海未「絵里のハートを」 (25)

絵里「今日は天気悪いわね。夕方なのに、真夜中みたい」

部室に絵里と二人きり。滅多にないこの状況。

絵里「ね、ねぇ海未」

すぐ隣に座る彼女の、いつもより頼りない声が私の心を揺さぶります。

絵里「作詞の手伝いなんだけど、また今度に……」

そういうわけにもいきません。この機会を逃すわけには。

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絵里「ほら、外、暗いし」

ピッカン、と彼女の言葉を遮るかのように曇天が光りました。

絵里「ひゃっ!」

大丈夫ですよ、絵里。遠くで雷が鳴っただけです。

ガタッガタガタッ

絵里「う、海未! 窓が揺れて……」

大丈夫。風がちょっと強く吹いただけです。

絵里「うぅっ……」

それよりも、キリッとした眉が下がっていますよ。ふふっ。

絵里「もうっ、なに笑ってるのよ!」

すみません、つい……。それにしても、ずいぶんと厚い雨雲ですね。

絵里「ほんとにね。今にも落ちてきそうだわ」

そう言って、窓の外を眺める絵里の横顔。ふふっ、やっぱり不安そう。

絵里「さっきからなにを笑っ……」

絵里がこちらに目を転じるとともに、今度はずいぶんと近くで雷が鳴りました。

絵里「いやぁ!」

フッ、と部室の明かりが消えました。まさかとは思いますが。

絵里「え……な、なに? ねぇ海未、なにがあったの?」

扉の向こう、廊下の先で先生の大きな声が聞こえます。

絵里「まさかとは思うけど……」

停電。それだけは聞き取れました。

絵里「だから言ったじゃない、また今度にって!」

怒っているのに震えている声。生徒会長の威厳は、そこにはありません。

絵里「ねぇ、海未……」

閉めきった部室。外から差し込む光も少ない今、闇よりも暗いのではないかと錯覚してしまいます。

絵里「ねぇってば!」

袖口をぎゅっと掴まれ、絵里がいるはずのほうに顔を向けると。

絵里「……」

バチリ、と音をたてるかのように、うっすらと目に涙を浮かべた絵里と視線がぶつかりました。

絵里「電気がつくまで、このままでいいかしら……」

うなずきもせず、その瞳をじっと見つめたまま、彼女の方へと身体を寄せます。

絵里「……海未?」

普段ならしないであろう私の行動。彼女はなにを思っているのでしょう。

絵里「ちょっと、どうしたのよ……」

昼とも夜とも言えないこの時間。この時が訪れるのを待っていました。

絵里「なにか言ってよ、海未……」

白か黒か……はっきりさせましょう。

絵里「どうしたのよ、ねぇ」

彼女の肩を抱き寄せ、髪を結っているおかげであらわになっている耳元へと、唇を添えます。

絵里「ちょっと、くすぐったいわ……」

狼狽えるような声。当然、その表情はわかりません。

絵里「海未?」

ねぇ……ドキドキ、しますか?

絵里「!」

私と絵里しかいないこの部室で。

絵里「い、いきなり、どうしたの?」

それでも、絵里にしか聞こえないよう、他の誰にも聞かれないよう、囁きます。

絵里「今日のあなた、少しおかしいわ……」

おかしくなんてありません。これが、本当の私です。

絵里「……」

私の言動に驚いたのか、あるいは、やはり暗闇が怖いのか、その肩は少し震えています。

絵里「あなたがこんなことをするなんて」

怖く、ありませんよ。

絵里「っ……」

耳元で囁けば、返ってくるのは声にならない声。

絵里「海未、いい加減にしないと……」

耳元から顔を離し、なお抗おうと開くその唇に、そっと、 人差し指を添えると。

絵里「あっ……」

素直ですね、絵里は。そういうところも、素敵です。

絵里「……」

ねぇ、絵里。

絵里「……なによ」

少し怒らせてしまったようです。キッ、と睨むその目は……あぁ、その表情も、また素敵です。

絵里「……」

おっと、そんなこと思っている場合ではありません。せっかくの機会を棒に振ってはいけませんから。

絵里「なにか言ったらどうなのよ」

……ねぇ、絵里。

絵里「……」

あなたの心、鷲掴みにしますね。

絵里「急にどうし……っ」

無意識に、あるいは意識的に、私の左手は、彼女の太ももへとのびていました。

絵里「う、海未?」

右手は彼女の頬に触れて。

絵里「んっ……」

いいんですか。

絵里「……」

目を瞑る彼女は、声にしなかったその問いに応えるように、小さくうなずきました。

絵里「……」

微動だにしない彼女へと、そっと、そっと近づきます。

絵里「……っ」

少しだけ開いた唇から、微かに息が漏れるのを感じました。……もう少し。

重なる唇。あぁ、なんて……。

絵里「んっ……」

なんて、幸せなのでしょう。

絵里「……海未」

離した唇、彼女の顔を見るのが恥ずかしくて、彼女の首もとに顔をうずめてしまいました。

絵里「……」

どう、でしたか。

絵里「どうって、その……」

私は、とてもドキドキ、しました。

絵里「その、えっと……」

……。

絵里「私も、ドキドキ……したわ」

絵里「……あ、電気、ついたわよ」

そう、絵里は言いますが、私の視界は彼女でいっぱいでわかりません。

絵里「ほら、海未。いつまでそうして」

順番が逆になってしまいましたが。

絵里「あら、なぁに?」

好きだから。

絵里「……ええ、私もよ」

……。

絵里「……」

……それ以上、何も言えませんでした。あなたへ抱く、この熱い思いのことは。

それから数日が経ち、私と絵里は何事もなかったかのように振る舞っています。

絵里「ちょっと、海未……皆がいるわよ……」

そっと耳打ちしてくる彼女。そう。皆の前で、振る舞っているだけ、なのです。

絵里「んっ……」

皆があれやこれやと話している部室。その中で、私は隣の彼女の太ももをなぞっています。

絵里「バレたらどうするのよ……」

それは、私も困ります。

絵里「じゃあ」

でもね、絵里。

絵里「……なに?」

私……何よりも刺激が大好きかもしれません。

――おわり

三森すずこさんの楽曲「Heart Collection」が元ネタでした。

ありがとうございました。おやすみなさい。

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