モバP「高垣楓」 (18)

短い
地の分のみ

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一目惚れ。

俺にとっての彼女との出会いは、その一言に尽きる。

得意先の会社へ打ち合わせに行ったとき、偶然、彼女とすれ違ったのだ。

ただ、それだけ。

たったそれだけだったが、俺はその一瞬でその目を奪われた。

整った顔立ち、目を見張るスタイルのよさ、上品な立ち振る舞い。

それらすべてに俺の瞳が、俺の中の男が、惹きつけられた。

彼女は売れる。トップアイドルになれる。

そんな確信めいたが俺の心を一瞬にして満たしていた。

俺は得意先の打ち合わせも忘れ、彼女に声を掛け、必死とアイドルにならないかと説得した。

彼女は俺の突拍子もない行動に、いぶかしみ、戸惑っていたようにも思う。

確かに我ながら、最悪の交渉だったと思う。突然声をかけ、アイドルにならないかと誘う。

ナンパまがいの声の掛け方だ。下手をすれば通報されかれなかった。

それほどまでに、俺は彼女に必死だったのだ。

彼女は、俺の必死の言葉に耳を傾けてくれた。

それが堪らなく嬉しかった。プロデューサーとしても、一人の男としても。

話終えると、彼女は、少しだけなら、と頷いてくれた。

それが、俺と彼女の始まりであり

俺の人生の歪みの始まりでもあった。

スカウトから数ヶ月。

彼女の実力は驚くほどに向上していった。

特に歌唱力の面はずば抜けており、100年に一人の逸材だ、とも言われていた。

そんな彼女を世間が放っておくわけもなく、瞬く間にその知名度は増していった。

俺は鼻が高かった。

そんな彼女を見つけ出したということに。

そんな彼女の傍にいられるということに。

その頃の彼女との間柄は友好だったかに思う。

酒を誘うこともあったし、誘われることもあった。

交友を重ね、彼女を知れば知るほど、彼女に惹かれていった。

彼女と共にいられる時間はとても幸せで、当時はそれさえあれば他は何もいらなかった。

アイドルとプロデューサーとの垣根を何度越えたいと思ったかわからない。

それでも俺と彼女はプロデューサーとアイドルだ。

超えることなど許されない。

代わりにと、俺は彼女を必ずトップアイドルに導くと、約束した。

彼女もそれに、自分も必ずトップアイドルになる、と約束してくれた。


幸せだった。本当に。

思えば、その頃が幸せの絶頂であったと思う。

その幸せが永遠に、永遠に続けばいいと願っていたのに。


やがて、彼女は本格的に売れ始めた。様々なメディアの露出が増えていき、まさに引っ張りだこ、という状態だった。

それと同時に彼女の働きを評価された俺は、彼女だけでなく、ほかのアイドル達のプロデュースも任されるようになっていた。

当然、俺も彼女も仕事に追われるようになり、互いの時間を持つことができなくなっていった。

週に一度でも顔を合わせられれば運がいいといえる程に。

それでも俺は彼女を支えたい、彼女との時間を作りたいという一心で仕事を消化していった。

エクセルの一文字を打つことが彼女の助けになる。彼女との時間が増える、と一心不乱と働いた。

ほかのアイドル達が俺が必要ないようにとセルフプロデュースの術を身につけさせていった。

まさにそれは、身を削るという言葉そのものだった。

睡眠時間も十分に取れなくなり、疲労は段々と蓄積していく。

それでも、俺は辛いと思ったことがなかった。

それほどまでに彼女の為になりたかったから。

彼女の傍にいたかったから。

彼女を想っていたから。


愛していたから。



だが、そんな生活も長く続かなかった。

少ない睡眠時間、蓄積する疲労、膨大な仕事、他のアイドル達のミス、彼女に会えない時間。

それらについに俺の体が悲鳴をあげてしまった。

会社の中で俺は意識を失い、倒れてしまったのだ。

原因は当然過労。

俺は入院を余儀なくされた。

そのことは当然、彼女の耳に届いていた。

入院して2日目、彼女は自分が忙しいにもかかわらず、俺に会いにきてくれた。

前回会ってから一月以上たっていたかと思う。

彼女と会えたのは、心の底から嬉しかったが

こんなところで顔を合わせてしまったこと。

そして、彼女も疲れているというのに、自分だけ倒れてしまったことが、酷く情けなく思えてしまった。

そのときの俺は思うように笑えていなかったと思う。


どうして俺は、ちゃんと笑えなかったんだ。


入院期間は5日と短いものだった。

しかし、そのたった5日で俺と彼女の運命は決まってしまっていた。

病院を退院し、倒れた分を取り返せねばと出社したとき、俺を待っていたのは

部長の高垣楓のプロデュースの任を解く、という言葉だった。

目の前が真っ白になった。どうしてという言葉が頭の中を埋め尽くした。

気づかぬうちに俺は部長に詰め寄って、なぜと叫んでいた。

部長は俺と彼女を引き裂く理由を話していたが、よく覚えていない。

ただ、唯一覚えているのは。


彼女に、高垣楓に別のプロデューサーを付け、その任に俺がもう付くことはない。ということだった。


どうして俺はあの時倒れてしまったのかと、未だに自分を責めている。

倒れなけば、平気と仕事をしていればと、悔やまない日はない。

どうして、俺は倒れてしまったのだ。

どうして……。


それから俺はどん底まで堕ちていった。

営業成績は急落し、書類の作成もままならず

他のアイドル達のプロデュースもおろそかになって行った。

築き上げた会社、得意先、アイドル達の信用も崩れ去っていった。

それに比べて、彼女はどんどんと先へ進んでいった。

大きな会場でのソロライブもこなし、レギュラー番組の司会も努めるようになっていった。

そんな彼女の功績に対し、後任が持て囃される。

やつは大したことはしていないのに、ほぼ、彼女のセルフプロデュースで成り立っているというのに。

それなのに、どこの馬とも知れないやつが皆から認められる。

俺が見つけてきたのに、俺が彼女と一緒に歩んできたのに。

それが酷く不快だった。

しかし、それ以上に、彼女は俺から離れたというのに、以前とまったく変わらないということに酷く悲しくなった。

そして遂に俺は、詐欺まがいの仕事を契約をし、会社に多大な損害を与えてしまう。

しかし、俺はそれらに何の思いも持たなかった。

もう、何もかもどうでも良くなってしまっていた。


やがて、俺は会社を首になった。

会社を辞めることに悔いはなかったが

彼女をトップアイドルに導くという約束を果たせなかったことを、酷く悔やんだ。

そして現在。会社を辞めてから3ヶ月くらいたっただろうか。

俺は誰もいない実家で引きこもっていた。

毎日ただただテレビを眺め、眠る。そんな生活を送っている。

テレビを眺める理由はただ一つ。

彼女のトップアイドルになった姿をその目に納めるためだ。

それさえできれば、もう俺に後悔はなかった。

俺は彼女がトップになるのは近いうちだと確信していた。

そしてその確信通り、その時はすぐにやって来た。

年に一度のアイドルランク発表の日。

テレビではその様子が放送されていた。

10位から順に名前が発表されていく。

俺は妙な安心感の中、それただ呆然と眺めていた。

そして遂に、一位の名前が発表された。

当然名前は高垣楓。

発表と同時に彼女が控えから顔を出す。

テレビの向こうの彼女は満面の笑みを浮かべると同時に、喜びに涙を流していた。

その姿をみて、俺は心の底からの喜びをかみ締めた。

「おめでとう、楓さん」



これで、後悔はもう何もない。

これが俺のすべてだったのだから。



終わり
なんか違うなぁ

乙乙
自[ピーーー]るかと思ったが生きてて良かった

乙乙
一流アイドルともなれば、すれ違っただけの人が身を持ち崩すなんてこともあるんかもね
ちょっとだけ谷崎を連想した

和光市の市議会議員になるよりは現実味があるんじゃないか?

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