京子「変わるものと」あかり「変わらないもの」 (44)

変わるものと、変わらないもの。


変わったら嬉しいものと、変わらないでいてほしいもの。


生きていれば、色々なことがあるけど……。


変わろうと思っても、なかなか変わらなかったり、


変わってほしくないのに、変わっちゃったり、


変わりゆくものの変化を、とめられなかったり、


私たちの手ではどうすることができないものも、結構多いのです。



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「お手紙を出してきて」と頼まれて、近所の郵便局までお使いにいったあかりちゃんは、その帰り道……あるおうちの前で、足を止めていました。


「…………」


そのおうちは、とても懐かしいおうち。


最近はあまり来なくなったけど、昔は毎日のように遊びにきたことのあるおうち。


あかりちゃんのお友達の、京子ちゃんのおうち。


(京子ちゃん……いるかなぁ)


あかりちゃんと京子ちゃんは、とても小さい頃からのおともだち。


けれど、学年がひとつだけ違っているため、年を重ねれば重ねるほど……一緒にいる時間はちょっとずつ、少なくなってしまったのでした。


京子ちゃんはあかりちゃんの知らないところで、どんどん変わっていきました。


昔は弱気でよく泣いてしまう子だったのに、今ではとっても明るい元気な子です。


昔はあかりちゃんのほうがお姉さんみたいだったけど、今では立派に京子ちゃんの方がお姉さんです。


(懐かしいなぁ……)


このおうちを見ていると、まだ頼りなかったころの京子ちゃんと一緒に遊んだ日々が、はっきりと思い出されます。

そんなおもいでに浸っていると、突然ひとつの窓がからりと開かれました。


そこから顔を出したのは、ちょうど今しがた、こころの中に思い浮かべていた女の子。


「おー! あかり!」

「あっ、京子ちゃん!」

「何やってんのそんなところで~! 待って待って、今行くから!」

「う、うんっ」


勢いよく窓がしめられて、どたどたと階段を下りる音が聞こえて……がちゃっと扉が開いて、サンダルをつっかけた京子ちゃんが出てきました。


「いやーびっくりした! 窓開けたら急にあかりがいたから」

「あかりもびっくりしたよぉ。京子ちゃん出てこないかなぁと思ったら、ほんとに出てきてくれたから」

「あはは、知らないうちにテレパシー受け取っちゃったのかなー。で、こんなところでどしたの?」

「ちょっと郵便局までおつかいにいってたの。その帰りなんだぁ」

「ふーん……じゃあもう特に用はないの?」


あかりちゃんがうんと答えると、京子ちゃんは目を大きく輝かせて、あかりちゃんの手を取りました。


「じゃあうちに上がってってよ! 私ちょうど暇だったんだ~」

「いいの?」

「もっちろん! こんなところで立ち話もなんだしさー」

「えへへ、じゃあ遠慮なく」

京子ちゃんに手をひっぱられて、あかりちゃんはおうちの中に入って行きました。


「おかあさーん! あかりきたー!」

「お、おじゃましまーす」


京子ちゃんが大きな声で呼ぶと、奥からぱたぱたとおかあさんがでてきました。


「あらあかりちゃん、久しぶり! なんだか大きくなったわねぇ」

「えぇっ、そうかなぁ……?」

「この年頃の女の子はぐんぐん伸びるものなのよ。ささっ、あがってあがって」


京子ちゃんに案内されて、あかりちゃんは京子ちゃんのお部屋に通されます。


久しぶりに来た京子ちゃんのおうちは、よく通っていた小学生の頃とは細かい所が少し違っていて、あかりちゃんはそんな変化を見つけるように、きょろきょろしながら歩いていました。


「なに? そんなにきょろきょろして」

「あのね、京子ちゃんのおうちに来るの、ちょっと久しぶりだったから」

「えーそうだっけ? なんかよく来てる気がするけど」

「だって、京子ちゃんが中学校に入ってからは一度も……最後に来たの、まだ小学生の頃だよ?」

「うそー!?」

「京子ちゃんはあかりのおうちによく来てくれてたけど、あかりが京子ちゃんのおうちに来るのって、実はそこまでなの」

「んーそうだったかなぁ……あんまり考えたことなかったみたい」


「でも、小学校に入ってすぐくらいの頃は、よく来てくれてたわよね」


京子ちゃんのお母さんが話に加わりながら、アイスを持ってきてくれました。


「そうですねぇ、もっとちっちゃい頃の方がよく来てました」

「へぇ~……あんまり思い出せないや」

「もう、京子ったら失礼ね。せっかく来てくれてるのに」

「だってあかりとは今も学校で一緒にいるもん! 私としてはそんなに離れてる感覚ないのー」

「あかりちゃん、これからも京子をよろしくね?」

「よ、よろしくって……あかりよりも京子ちゃんの方が頼りになりますよぉ?」

「うふふ、そんなことないわよ。京子はさびしがりやなんだから」

「ちょっと何言ってんの!?」


お母さんにからかわれる京子ちゃんを見て、あかりちゃんはおかしくなってしまいました。


京子ちゃんは誰かをからかうことはあっても、からかわれることは少ないのです。

「それじゃあ、お母さんはちょっと用事があるから出かけるわね。あかりちゃん、ごゆっくり」

「あっ、はい。ありがとうございます」

「とりあえずアイス食べちゃうかー、溶けたらやだし」

「そうだねぇ」


アイスを食べながらも、あかりちゃんは京子ちゃんの部屋をきょろきょろと見回します。


あかりちゃんがよく来ていた頃と同じ部屋だけど、置かれているものは昔と違っていて、そんな些細な変化のひとつひとつにも、あかりちゃんは気づいてしまいます。


「こんなの置いてあったっけ?」

「それはいつ買ったんだっけなぁ……結構昔な気がするけど」

「あかりが前に来た時はなかったよぉ」

「そうだっけ?」

「うん」


アイスを食べ終わっても、しばらくあかりちゃんは京子ちゃんのお部屋をきょろきょろしています。


京子ちゃんも、一緒に遊べる何かはないかと探していました。

「あっ、これ!」

「ん?」


あかりちゃんが目をつけたのは、京子ちゃんが小さい頃によく遊んでいたお人形さんでした。


「懐かしいよぉ~……!///」

「あーこれかー。これであかりと遊んだっけ」

「そうそう! 京子ちゃんはこっちのお人形さんがお気に入りで、あかりはこの子が……」

「…………」


お人形さんを両手に持ったあかりちゃんを見ると、京子ちゃんは少しだけ昔のことを思い出せました。


一緒に遊んだ過去のワンシーンと、目の前の景色が繋がった気がしたのです。


「それにしてもあかり、よく覚えてるよねー。私全然思い出せないのに」

「だってあかり、京子ちゃんのおうちに遊びに来るのいつも楽しみだったもん」

「そうなの? 嬉しいこと言うね~」


なつかしいなぁ……と言いながら、その後もあかりちゃんは色々なおもいでの残るものを探していました。


お人形さんから、絵本から、おもちゃから、おはじきのひとつまで。


おもいで話を楽しそうに話すあかりちゃんを見ていると、京子ちゃんは胸があったかくなっていく気がしました。

一通りのお話に花を咲かせると、あかりちゃんはふっと笑いながら胸を押さえました。


「どうしたの?」

「ううん、なんかね……あかりの知らないところで、京子ちゃんはいっぱい変わっちゃったなあと思って……」

「そ、そうかなぁ……」


窓から差し込む夕方の陽が、あかりちゃんの赤い髪と優しい顔を照らして、京子ちゃんは少しどきっとしました。


「なんだかちょっとだけ、さみしいなぁ」

「……!」


目を閉じてお人形を抱くあかりちゃんが、ぽつりと言いました。


京子ちゃんはその言葉に、こころが大きく揺り動かされてしまいました。


だって京子ちゃんには、昔と今の違いがわかりません。


あかりちゃんと京子ちゃんの間には、何も変わりはないと思っていました。


それなのにあかりちゃんは、細かい変化のひとつひとつまでしっかりと覚えていて、


そして、こんなに切ない顔をしているのです。


「あ、あはは。ちょっとだけ、そんな感じがしちゃったよぉ」

「…………」


京子ちゃんは、あかりちゃんの顔が見れなくなってしまいました。


お人形さんを抱いているあかりちゃんは大きくなって、楽しげな笑顔はどこか切なさを感じさせます。


それは夕日のせいでもなく、表情に乏しいお人形さんの顔と比べたせいでもなく、


昔と今の、変化のせいでした。



昔と、違う。


何が違う?


それはきっと、一緒にいる時間が減ってしまったこと。


気兼ねなく家を行き来できていた頃と、一学年の間に生まれる差が大きくなってしまった、今との違い。


京子ちゃんとあかりちゃんの、距離。

「……変わって、ないよ」

「えっ……」


「なんにも……変わってなんかないよ!」

「京子ちゃん……?」


京子ちゃんは真剣な顔になって少しだけ何かを考えると、あかりちゃんの両肩に手をのせて、笑って言いました。


「よし、あかり! 明日も遊びに来て!」

「ふぇっ?」


「明日……日曜日、何か用事ある?」

「んーと……特にないけど」

「じゃあ決まり! 明日もうちに来てよ。二人で遊ぼう?」

「ふ、二人で?」


「遊べるものとか、なんか……いろいろ用意しておくからさ! 昔みたいじゃないかもしれないけど……一緒にいようよ!」

「そ、それはいいけど……」

「よーしっ、楽しみにしててね!」


京子ちゃんは、もう元気を取り戻していました。


楽しい明日に向けて、考えをめぐらせています。

そんな京子ちゃんを見たあかりちゃんは、気になっていたことを言いました。


「それなら、結衣ちゃんたちも呼ぼうよぉ」


京子ちゃんは得意気な笑顔で明日の予定を考えていましたが、あかりちゃんの問いかけに対しては、真剣な目で答えました。


「結衣には悪いけど……今回は、他の人は呼ばないでおこう」

「えっ……?」


ちょっと真面目な顔のまま、あかりちゃんの目をまっすぐにみつめて、京子ちゃんは言いました。


「あのね、私と結衣は二年生でしょ? 二年生が二人と、一年生のあかりが一人だと……2対1の関係になって、自然とあかりが離れちゃうんだ。それじゃだめなんだよ」

「あ、あかりはそんな風に思ったことないけど……」

「だめ……今までと一緒のことを続けててもだめなの。ちなつちゃんを呼んでもそうなっちゃうかもしれない……だから、あかりと二人がいいんだ」


京子ちゃんの真剣な目を見たあかりちゃんは、ちょっと恥ずかしくなったけど、「わかった」とうなずきました。


「うん……じゃあ、京子ちゃんがそこまで言うなら、そうする」

「ほんと?」

「明日も、来るね」

「よ、よし……! 楽しみにしててね!」


特に何をしていたわけでもないのに、外はすっかり夕方になってしまっていました。


京子ちゃんに見送られながら、あかりちゃんは自分のおうちへ帰ります。


赤い夕日の中に溶けていくあかりちゃんを見ていると、京子ちゃんはまだ少しだけ、胸が切ない感じがしていました。


(取りもどさなきゃ)


(私とあかりの……二人の距離を)


(何も変わってなんか……ないんだから!)

――――――
――――
――



翌日、あかりちゃんは約束通り、一人で京子ちゃんのおうちに来てくれました。



「なにするー?」


「なんでもいいよ~」


京子ちゃんは昨日あかりちゃんが帰ってから、二人でどんなことをして遊ぼうかを考えていました。


昔みたいに遊びたい……けど、中学生になった今、お人形さんで遊ぶわけにもいきません。


「あっ、ミラクるんの最新刊だぁ」

「ああ、それ読んでていいよ!」

「うーん、でもせっかく遊びに来たのにあかりだけ漫画読んじゃうのも……」

「いいっていいって! そんなの気にしないでよ」

「でもぉ……」


あかりちゃんは漫画を手にとっても、遠慮しています。


あかりちゃんにとって、京子ちゃんとの時間は大切なものでした。


二人でいる時間を、大切にしたいあかりちゃん……でも、京子ちゃんの考え方は違いました。


「あのさ、あかり……私たち、これからもずっと一緒にいられるでしょ?」

「え……う、うん」


「私は、明日もあかりと遊びたいと思ってる。明後日も……その次の日も、その次の日も。昔みたいに、毎日一緒に遊んでいたいんだ」


「だから、時間をもったいぶらなくてもいいよ。なにも忙しいことなんかないんだから。一緒の部屋にいられるなら、別に一人で漫画を読んでてもいい……私はそう思ってるよ」

「京子ちゃん……?」


あかりちゃんは、昨日から少し疑問に思っていました。


どうして京子ちゃんは、こんなに真剣な目であかりを見るのでしょう。


そんな疑問のまなざしに気づいてしまった京子ちゃんは、慌ててとりつくろいました。


「ま、まあ一番は、あかりにミラクるん読んでほしいだけなんだけどさ! 今回の巻すごいから!」

「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて……読ませてもらっちゃおうかなぁ」

「どうぞどうぞ!」

あかりちゃんが漫画を読み始めたので、京子ちゃんも同じようにして、何度も読み返した別の漫画を読み始めました。


けれど、何度も読んだその漫画よりも、京子ちゃんは目の前にいるあかりちゃんのことが気になってしまいます。


ちらちらとあかりちゃんを見ながら、今どのページを読んでいるのかとか、もうすぐ面白い場面に入るなとか、考えを巡らせています。


気になって、気になって仕方なくて、しまいにはあかりちゃんの後ろにくっついて、同じようにミラクるんの最新刊を読んでいました。


おかしな構図の二人でしたが、京子ちゃんにはその時間がとても楽しく感じられました。


二人が小さいころは、こうして一緒に絵本を読んだものです。


そんな頃に戻れた気がして、こころがあったかくなっていました。



「散歩でもいこうか!」

「さんぽ?」


おかあさんのつくってくれたお昼ご飯を一緒に食べて、大きく伸びをしながら京子ちゃんは言いました。


「ずっと部屋で遊ぶのもなんでしょ? 公園とかいこうよ!」


京子ちゃんに誘われて、あかりちゃんもその後をついていきます。


ちょっと日差しの暑い道を、京子ちゃんは先頭に立ってうきうきと歩いていきます。


目指す場所は一応公園なのですが、公園で二人で何をするんだろう……とあかりちゃんは気になっていました。


そこへ、


「しっ!」

「わぁっ…………え?」


京子ちゃんはとつぜん電信柱に身をひそめると、あかりちゃんをその後ろに隠すように待機させました。


「ど、どうしたの?」

「……ちなつちゃんがいる」

「えっ?」


あかりちゃんがそろそろと電柱から顔を出すと、遠くの方にもふもふの髪の女の子が歩いているのが見えました。


なにやら大きい袋を持っていて、こちらからでは背中しか見えないけど、それは立派にちなつちゃんの後ろ姿でした。


「ほんとだぁ、ちなつちゃんだ!」

「しーっ……静かに」

「?」

京子ちゃんは、ちなつちゃんが遠くに行くのを待っているようでした。


「……声かけないの?」

「うん……今日は、ちょっと」


ちなつちゃんの背が道を曲がって見えなくなると、京子ちゃんはまた公園に向けて歩き始めました。


「京子ちゃん……別に隠れることなんかないのに」

「ううん、今は……あかりと二人でいたいから」

「でもぉ……」


あかりちゃんには、京子ちゃんの考えがよくわかりませんでした。


京子ちゃんは、ちなつちゃんが大好きなはずです。


それなのに、せっかく偶然会えるチャンスだったのに、わざわざ身を隠してまで……なぜでしょう。



公園に着くと、京子ちゃんはブランコに乗り始めました。


あかりちゃんもその隣に座って、久しぶりのブランコでゆっくりと遊びます。


「あかり、学校はどう?」

「どうって?」

「中学生はさ、テストとか大変じゃない?」

「うん……でもなんとか大丈夫そうだよぉ」

「そっかー」


京子ちゃんはブランコを、力強く大きくこぎます。


あかりちゃんはそのシーンを見て、昔のことを思い出しました。


確か、結衣ちゃんが京子ちゃんのブランコを押して勢いをつけていたら、止まらなくなっちゃったのです。


京子ちゃんは怖がって泣いてしまって、結衣ちゃんは謝っていました。


そんな京子ちゃんが、今はぎゅんぎゅんと大きく漕いでいます。

「あかりー!」

「なぁに?」

「あのさー、明日も……」

「え?」


大きく揺れるブランコから話しかけるので、京子ちゃんの声は飛び飛びになってしまって、よく聞こえません。


「えいっ」ぴょんっ

「きゃっ!」


京子ちゃんはブランコの一番高い所から飛び降りると、上手に着地しました。


あかりちゃんが驚いていると、くるっと回った京子ちゃんが、笑顔で言いました。


「明日も……学校が終わったら、遊ばない?」

「えっ……」

「なんなら、うちに泊まってってもいいよ! そんでさ、火曜日一緒に学校行くの! どうかな」

「う、う~ん……お母さんが良いって言えば、いいけど……」

「ほんと!? じゃあ今からあかりの家行こうか! 私もあかりのお母さんにお願いするよ!」

「ええっ?」


急なアイデアをぽんぽんと出した京子ちゃんは、あかりちゃんのおうちの方面に向かって歩き出しました。


あかりちゃんもブランコをとめて、慌ててついていきます。


「ほ、ほんとに明日も一緒に遊ぶの?」

「うん! なんで?」

「だって……ごらく部もあるし、そこでも遊べるでしょ? そんな毎日……」

「毎日遊んでたじゃん、昔は。昔はできて今はできないことなんか、無いんだから!」

「そうかもしれないけど……」


「ごらく部が終わった後でもいいよ。遊ばなくたって……宿題見てあげてもいいし! それならいいでしょ?」

「う、うん。あかりはいいんだけど……」

「じゃあ決まり! 明日も一緒だ!」


京子ちゃんは、あかりちゃんの手をとって大きく歩き出しました。


二人であかりちゃんのお母さんにお願いにいったら、いいよと言ってもらえました。


学校がある普通の日にお泊りなんて、あかりちゃんは初めてのことかもしれませんでした。

――――――
――――
――



翌日。


いつものようにごらく部で遊んでいる、京子ちゃんと、あかりちゃんと、結衣ちゃんとちなつちゃん。


「昨日美味しいパン屋さん見つけたんですよ~」

「へぇ、どこに?」

「あのですね、公園のところを曲がって……」


ちなつちゃんが始めた話に、あかりちゃんが興味を示しました。


「……のところにあるんですけど、そこのチョコブレッドがすごくおいしいんです~!」

「あっ、昨日ちなつちゃんがもってた大きい袋、パン屋さんのやつだったんだぁ」

「え、何で知ってるの?」


そこまで話すと、漫画を読んでいた京子ちゃんはぴくりと反応しました。


そんな京子ちゃんに気づかずに、あかりちゃんは話を続けます。


「あのね、昨日公園の近くで、ちなつちゃんを見かけたの。おっきい袋持ってたよねぇ」

「なんだぁ、見てたの!? それなら声かけてくれればよかったのに~」


「も、もう結構遠くのほうだったからさ、追いつかないかなーって思ったんだよね~!」

「えっ、京子先輩もそこにいたんですか!?」


お話に割って入った京子ちゃんでしたが、言ってしまってから「しまった」と思いました。


「あ、あの~……昨日あかりと一緒だったから」

「え、そうなのか?」

「う、うん。京子ちゃんと遊んでた」


結衣ちゃんもちなつちゃんも、どんどん興味を示してきます。


京子ちゃんは、ちょっとだけ曇った顔になりました。


「一緒に遊んでたなら言ってくれればよかったのに。私昨日暇だったんだよ」

「私もですよ~。どこか行ってたんですか?」

「ううん、京子ちゃんのおうちにいたよぉ」


なんともない普通の会話なのに、京子ちゃんはそこからあまり喋らなくなってしまいました。


みんなが帰る時間になるまで、静かに持ってきた漫画を読んでいました。




帰り道。


「それじゃあまた明日~」

「じゃあねー」


みんなはそれぞれの帰る方向に、分かれていきます。


しかし、


「えっ、あかりちゃんそっちなの?」

「あ、うん」


あかりちゃんは、今日は京子ちゃんのおうちにお泊りなため、いつもと違う道から帰ります。


「あのね、この後京子ちゃんのお家に遊びにいくの」

「「ええっ!?」」


何気なく言ったあかりちゃんの言葉は、他の二人と……京子ちゃんまでをも、びっくりさせました。


「この後って……もう夕方なのに?」

「う、うん」

「あれ……あかりちゃんが持ってるその袋ってもしかして……」

「あっ、お泊りするから、そのお着替え」

「えー!!」

「ちょ、あかり……!///」


あかりちゃんはそこで初めて京子ちゃんを見て、なんとなくだけどわかってしまいました。


京子ちゃんは、あかりちゃんが今日お泊りをすることは……他の二人に秘密にしたかったのです。


「なんだ京子、泊まりで遊ぶ計画なんてあったんだ」

「ん、ま、まぁね……」

「それなら早くいってくださいよ~! それなら私も親の許可とって準備したのに~」

「…………」

あかりちゃんは、数日前の京子ちゃんの言葉と……昨日ちなつちゃんを見過ごそうとしていたときの京子ちゃんを、思い出していました。


『結衣には悪いけど……今回は、他の人は呼ばないでおこう』


『あのね、私と結衣は二年生でしょ? 二年生が二人と、一年生のあかりが一人だと……2対1の関係になって、自然とあかりが離れちゃうんだ。それじゃだめなんだよ』


『今までと一緒のことを続けててもだめなの。ちなつちゃんを呼んでもそうなっちゃうかもしれない……だから、あかりと二人がいいんだ』


(京子ちゃんは……あかりと二人になりたいんだ。他の誰も呼ばないで……)


結衣ちゃんもちなつちゃんも、二人のお泊りが気になっていろいろ話しかけてきます。


そして、


「私……今からでも準備すれば泊りに行けるけど」

「!」


結衣ちゃんがそう言った瞬間、京子ちゃんはあかりちゃんの手を取って走り出しました。


「わああっ!///」

「え、京子!?」

「京子先輩!?」


「ごめーんみんな! また明日ー!」たたたっ


一刻も早くその場から逃げるように……京子ちゃんは走っていってしまいました。


結衣ちゃんもちなつちゃんも、ぽかんとしています。


「なんなんだろ……京子のやつ」

「さぁ……」




「はぁっ、はぁ……!」

「…………」


京子ちゃんとあかりちゃんは、結構な距離を走りました。


おうちまでもうすぐといったあたりでスピードを落として、京子ちゃんは言いました。


「あかり……ごめんね」

「う、ううんっ……あかりの方こそ、ごめんね」

「えっ……?」


あかりちゃんは、息を整えながら京子ちゃんに話しました。


「京子ちゃん……みんなには秘密にしたかったんだよね」

「…………」

「あかり、気づかなくて……ごめんね。結衣ちゃんたち、不思議に思っちゃってるよね」

「うん……」


京子ちゃんは、ちょっと物憂げに、あかりちゃんの頭を撫でました。


「あかりは変なこと気にしなくていいよ。今日はお泊りなんだから、楽しくいこう!」

「う、うん!」

「帰ったらどうしようかー……汗かいちゃったし、まずお風呂かな」

「そうだね……」

「よーし、今夜は……」


「京子ちゃん」


あかりちゃんは、楽しげに話す京子ちゃんの手をとって、その目をやさしく見つめていいました。


「今度のお泊りのときは……結衣ちゃんとちなつちゃんも、一緒がいいなぁ」

「…………」


京子ちゃんは、ちょっとだけ はっとなってから……ちいさく「うん」とうなずきました。




京子ちゃんは思い出しました。


あかりちゃんは中学生になっても、相変わらず早く寝てしまう子なのだと。


「…………zzz」すぅすぅ

「まだ9時なのに……よく眠れるなぁ」


お布団を並べて敷いて、いろんなお話をしようと思っていたのに……あかりちゃんは早々に、夢の世界へ行ってしまいました。


その髪を撫でながら、昔のことを思い返します。


あかりちゃんは昔から、お昼寝もたくさんする子でした。


京子ちゃんと一緒に絵本を読んでいると、いつの間にか寝てしまって、その本の続きは京子ちゃんがいつも一人で読むのです。


「あかり……」

「…………」


起きないとわかっていながら、あかりちゃんに話しかけます。


「大丈夫……元に戻れるよ」

「…………」


「もうあかりに……寂しい顔は、させないから」

「…………」


京子ちゃんはまだ眠くなかったけど、あかりちゃんと同じようにして、今日はもう寝てしまおうと思いました。


あかりちゃんの髪を指で梳き、手を握り、目を閉じます。


あかりちゃんの手はとてもあったかくて、髪はふわふわです。


「何にも……変わってなんか、ないんだから……」


京子ちゃんは、あたたかいあかりちゃんにおでこをくっつけて、昔のように……眠りにつきました。

――――――
――――
――



京子ちゃんとあかりちゃんは、本当に毎日のように遊びました。


学校がある間も、京子ちゃんは昼休みにあかりちゃんを誘って二人きりで過ごしたり、お泊りだって、あれからもう三回もしたのです。


ごらく部が終わって、お家に帰って、一人静かにあかりちゃんのおうちに向かう京子ちゃん。


結衣ちゃんとちなつちゃんに秘密にしながら、京子ちゃんはあかりちゃんとの時間をたくさん作りました。


そんなある日のこと。


「京子」

「?」


「あのさ……最近あかりと、何かしてるのか?」

「っ!」


教室の窓からなんとなく外を眺めていた京子ちゃんに、結衣ちゃんが話しかけました。


「……いや、別に?」

「隠すことないだろ……色々知ってるぞ。ここ最近、ほぼ毎日あかりと一緒にいるんだってな」


京子ちゃんは、お外を見つめたまま話しました。


結衣ちゃんの顔が、見れなかったのです。

「うちの親が京子のお母さんと話してたみたいでさ、色々聴かされたんだ。最近京子は毎日あかりの家に行ってるって……」

「……!」


「泊まらなくても、よく二人で遊んでるんだろ? ちなつちゃんも……お姉さんがあかりのお姉さんと友達だから、そういう話をよく聞くんだってさ」

「…………」


窓の外には、体育の授業が終わったところらしいあかりちゃんがいました。


ちなつちゃんや櫻子ちゃんと一緒に、笑っています。


「なんで……何も言ってくれないんだ?」

「っ……」


「そんなに遊んでるなら……私だって一緒にいたいよ。誘ってくれればいいのに……」

「…………ごめん」


「ごめんってなんだよ……」


結衣ちゃんは、京子ちゃんとの距離を一歩つめました。


はっとなった京子ちゃんは、そこで初めて結衣ちゃんの顔を見ました。


「私は……そこにいちゃだめなのか?」

「…………」


結衣ちゃんは、怒っているような、けれど泣いてしまう寸前のような、そんな複雑な顔をしていました。

視線を戻した京子ちゃんは、日の光が反射する窓ガラスに、あの日のあかりちゃんの顔を思い描きました。



『あかりの知らないところで、京子ちゃんはいっぱい変わっちゃったなあと思って……』


『なんだかちょっとだけ、さみしいなぁ』


お人形さんを抱きながら小さく笑った、あのときのあかりちゃんの切ない顔は、京子ちゃんの脳裏に焼きついて離れないのでした。


二度と、あかりちゃんにあんな顔はさせたくない。


何も変わってなどいないことを、あかりちゃんにわからせてあげたい。


昔と今の違いなんて、全部無くしたい。


そのためには……


「ごめん……結衣」

「!!」


「もう少しだけ……待っててよ」


京子ちゃんは、あかりちゃんの切ない笑顔を思い描きながら、結衣ちゃんへの言葉を投げかけました。


結衣ちゃんは、幼馴染三人の中でも一番強い子でした。


だから、ちょっとくらいなら待っていてくれると思ったのです。


しかし、

「……仲間はずれにされるなんて、思ってなかったよ」

「えっ……」


結衣ちゃんの声が泣いていたことに驚いて振り返ると、結衣ちゃんはもう廊下の方へ向かって歩き始めていました。


ちらりとだけ見えたその顔……決して人前で泣くことのない結衣ちゃんが、確かに泣いていました。


「結衣っ!!」


京子ちゃんは急いで立ち上がりましたが、一瞬だけ見えた結衣ちゃんの表情がショックで、追いかけることができませんでした。



結衣ちゃんは、ずっと寂しいと思っていたのです。


いつも一緒の四人。その中の、昔からずっと一緒だった三人。どんなときも一緒で、毎日のように遊んでいた三人にとって、仲間はずれなんてありえないことでした。


京子ちゃんは、結衣ちゃんを仲間外れにしている気はありません。


ただ、待っててもらっていたのです。


先に一緒に中学校に入った、京子ちゃんと結衣ちゃん。あかりちゃんのいない間、二人はずっと一緒でした。


その一年間分、結衣ちゃんは待っていてくれると思っていました。


……自分の中で。


裏切られたような気持になってしまった結衣ちゃんは、ひどく悲しんでいました。


結衣ちゃんにとって、三人の中で仲間外れにされることは、この世で一番嫌なことだったのです。


そこから結衣ちゃんは、京子ちゃんと目を合わせてくれなくなりました。話もしてくれなくなってしまいました。


学校が終わって、一人ごらく部に行くと……そこにはあかりちゃんだけがいました。


あかりちゃんは「ちなつちゃんは用事があるんだってぇ」と言いました。が、京子ちゃんは、結衣ちゃんがちなつちゃんを誘って一緒に来なくなったんだと察知しました。

二人きりのごらく部。
京子ちゃんは今日も、あかりちゃんとのお泊りの約束をしていました。


「今日は二人だから……このまま京子ちゃんのお家にいっちゃおっか」と、あかりちゃんが少し恥ずかしそうに言います。


京子ちゃんは迷いました。悩みました。一瞬だけ見えた結衣ちゃんの顔と、あの日のあかりちゃんの切ない顔を比べました。


「京子ちゃん?」

「…………」


夕日に照らされるごらく部室。


あかりちゃんの顔が、あの日の切ない笑顔と重なりました。


「……一緒に、帰ろっか」

「うん」


京子ちゃんは、あかりちゃんと手をつないで、帰りました。




夜になり、あかりちゃんが寝静まった頃……京子ちゃんは、暗い部屋の中で一人眠れずにいました。


どうしてこんなことになってしまったのでしょう。


あかりちゃんに寂しい思いをさせてしまったことが、京子ちゃんの心を大きく揺さぶって。


それを取り戻そうとしていたら、今度は結衣ちゃんを失ってしまいました。


京子ちゃんは隣で眠るあかりちゃんを撫でながら、色んなことを思い返していました。


あかりちゃんは今、犬のきぐるみパジャマを着ています。


これは京子ちゃんがみんなにプレゼントしたものでした。


みんなで一緒にパジャマを着て、お泊りもしました。


あの頃にはもう、戻れないのでしょうか……



そこで突然、携帯にメールが来ました。


ライトを放つ携帯をとって、内容を確認します。


[京子先輩、起きてるなら、今すぐ外に出てきてください]


「…………!!」


メールの差出人は、ちなつちゃんでした。

あかりちゃんを起こさないように、静かに布団を抜け出して……京子ちゃんは、家の外に出ました。


「あっ」

「あっ……」


お家の前で、ちなつちゃんが立っていました。



「ちなつちゃん……」

「京子先輩……」


ちなつちゃんは家の外から……京子ちゃんの部屋のあるあたりを見つめました。


「あかりちゃん……来てるんですか?」

「……うん」


京子ちゃんは、ちなつちゃんの顔が見れませんでした。


きっとちなつちゃんは、結衣ちゃんから色々な話を聴いているだろうと思ったのです。


「…………」

「…………」


「……結衣先輩、泣いてましたよ」

「!!!」


ちなつちゃんは、京子ちゃんの両手首をつかんで、まっすぐに向き合いました。


「何やってるんですか、京子先輩……何がしたいんですか!」

「…………」

ちなつちゃんはこの日、ごらく部に行く前に結衣ちゃんに誘われて……そのまま二人で一緒に帰りました。


帰り道、泣き出してしまった結衣ちゃんを心配し、お家まで一緒に帰ってあげて、そこで全部を聴いたのです。


「うちのおねえちゃんも、あかりちゃんのお姉さんから色々聞かされたそうです……京子先輩とあかりちゃんは、突然毎日のように遊びはじめて、なにもない平日でも普通にお泊りするようになったと」

「…………」


「昼休みだって、あかりちゃんを連れ出して……私に見つからないようにしてますよね? なんでそんな逃げるようなことするんですか?」

「…………」


「ちゃんと教えてくれるまで……帰りませんよ」


……ちなつちゃんは本気でした。


ちなつちゃんは、これ以上ないくらい悲しむ結衣ちゃんの泣き顔を見せられて、その涙を止めることもできなくて、結衣ちゃんには京子ちゃんが必要だと思い知らされたのです。


「あかりの……ためなの」

「えっ……?」


ちなつちゃんは少し驚きました。


うつむいてわからなかった京子ちゃんの顔を上げさせると、京子ちゃんも泣いていたのです。

「あかり、が……一人になっちゃうから……あかりだけ、離れちゃうから……」

「ちょ、ちょっと……」


「ずっと一緒だった、から……私たちは、変わってないって、教えてあげたかった、からぁ……!!///」


夜10時をすぎて、こんな夜中に外で泣いていては、ご近所の人に聞こえてしまうかもしれません。


京子ちゃんはそんなことも構わず、ちなつちゃんに抱きついて泣きました。


「あかりを、ちゃんと、見てあげたかったの……! ずっと一緒に、いて、あげたくて……!!」


ちなつちゃんには、京子ちゃんの言っていることがあまりよくわかりませんでした。


ただ、幼馴染三人の中にある何かを守ろうとしているのは、結衣ちゃんからも京子ちゃんからも、確かに伝わってきました。


「……じゃあ……結衣先輩にも、そう言えばいいんじゃないですか」

「うぁぁ……うぅぅっ……///」


ちなつちゃんは、何もわからないけど……京子ちゃんを優しく受け止めてあげました。


何もわからないのに、涙がとまりませんでした。


そして、そんな二人を……窓から見ている影がひとつ、ありました。




その晩、京子ちゃんは、小さいころの夢を見ました。


あかりちゃんと、結衣ちゃんと、なぜか小さいころのちなつちゃんまで、そこにはいて。


みんなで一緒に、遊ぶ夢でした。


あかりちゃんも、結衣ちゃんも、ちなつちゃんも、みんな笑っていました。


あかりちゃんが、京子ちゃんの手を引きます。


ちなつちゃんが、京子ちゃんの背中を支えます。


結衣ちゃんが、遠くの方で呼んでいます。


京子ちゃんは、みんなに支えられて、歩き始めました。


――――――
――――
――

次の日の朝。


京子ちゃんが起きると、隣で寝ていたはずのあかりちゃんがいませんでした。


布団を全部めくってもいません。


よくよく見れば、あかりちゃんの荷物もありません。


携帯を見ると、メールが一件入っていました。


あかりちゃんからの「先に学校行ってるね」とだけ書かれたメールを見て、なんで……? と思うやいなや、携帯の時刻表示を見た京子ちゃんは飛び上がりました。


一時間目が始まる、寸前でした。


飛び起きて慌てて支度をすると、キッチンにあるお母さんの作ってくれたごはんが目に留まりました。


「ちゃんと食べてね」と書いてあるメッセージカードは、お母さんの字ではなく……あかりちゃんの字のものでした。




すっかり遅刻した京子ちゃんは、走って学校に来て、教室に入ろうとして……ギリギリで足を止めました。


(あれ……!?)


そこは、いつもの授業風景です。


クラスメイトも、みんな授業を受けています。


ただ……


(結衣が……いない……!!)


京子ちゃんの席と、もうひとつ……結衣ちゃんの席が、空いていました。


教室に入ろうと思った京子ちゃんは、そこで急いでUターンしました。


結衣ちゃんに謝らなくてはいけない。


昨日の夜から考えていたこと。


今朝の夢を見て、四人でいっしょにいるためには、ちゃんと結衣ちゃんに説明することが大事だとわかったのでした。


その結衣ちゃんがいないのでは、意味がありません。


学校を休んででも、結衣ちゃんに会いにいかなければ。


そして、走って昇降口まで戻った京子ちゃんは……ふと何かを感じて、自分の下駄箱ではなく、結衣ちゃんの下駄箱を開けました。


「あっ!!」


結衣ちゃんの靴が、確かにあります。


結衣ちゃんは学校に来ていたのでした。


では、いったいどこへ?


その場所へは、考えるよりも先に動いた足が、もう向かっていました。




「この前、たまたま京子ちゃんのおうちの前を通りかかって……久しぶりに、おうちにお邪魔したの」

「!!」


京子ちゃんがごらく部室の前にくると、中から話し声が聞こえてきました。


「久しぶりに来た京子ちゃんのおうちは……あかりがよく来ていた頃とは色々違っててね、京子ちゃんは気づけないって言ってたけど……あかりには、変わったもののひとつひとつがよくわかるの」


部室の中には、授業中なのに……あかりちゃんと、結衣ちゃんと、ちなつちゃんがいました。


「小さいころに遊んでいたものを見てから、今のものを見てると……小さいころの京子ちゃんと今の京子ちゃんが重なって、なんだかとっても懐かしくなったの」


「あかりの知らないうちにこんなに変わっちゃったんだ、って思ったら、胸がこう……きゅうって苦しくなって」


「そう言ったら京子ちゃんは……『じゃあ明日も遊ぼう』って言ってくれたの」



何にも変わってなんかいない。


あかりとはずっと一緒にいたんだから。


一年だけ早く、私が中学校へ入っちゃったけど、


だからって、私たちの距離が変わることなんてない。


昔みたいに一緒に遊べば、また元通りになれるよ。


だから、そんな寂しい顔しないで。


今までも、これからもずっと、あかりと私の距離は変わらないよ。

「京子ちゃんとずっと一緒に遊んでて……あかりはすごく楽しかった。嬉しかった」


「京子ちゃんの元気な顔を見てると、京子ちゃんや結衣ちゃんがいなかった間の寂しさが……溶けて消えていく気がした」


「皆に秘密で、二人で一緒にいる時間……それもちょっとドキドキして、特別な感じがして……面白かったの」


「京子ちゃんはね、ずっと……あかりのために動いていてくれたんだよ」


「あかりのことだけを見てくれて、あかりのことだけを考えてくれて、あかりの寂しさを無くそうとしてくれて……」


「だから……京子ちゃんを責めないであげて?」



京子ちゃんは、ごらく部の戸を背にして……静かに泣いていました。


自分がいったい何をやっていたか、自分でもよくわからなくなっていて、


友達も何もかも、失いそうになっていたのに、


そんな京子ちゃんをあかりちゃんは、ずっと支えてくれていたのでした。

「ちなつちゃんも昨日、京子ちゃんのお話聞きに来てくれたよねぇ」

「えっ……見てたの?」

「うん……京子ちゃん、すっごく泣いてたもん」


「結衣ちゃん……ごめんなさい。京子ちゃんを取っちゃって」

「い、いいよ……とられたとは、思ってないから……///」


「あかりはもう大丈夫。京子ちゃんも……もう大丈夫だと思う。ちゃんと自分から……ごめんなさいって、言えると思うの。だから……」


「だから……京子ちゃんを、許してあげてください」


そこで、一時間目が終わるチャイムがなりました。


京子ちゃんは、みんなに見つからないように部室を離れ……トイレにいって、顔を直しました。




放課後。


京子ちゃんは、掃除に向かう結衣ちゃんを呼び止めました。


「結衣……」

「…………」


今日一日、うつむいて過ごしていた京子ちゃんでしたが……しっかりと結衣ちゃんの目を見て、言いました。


「今日……ごらく部来てくれる……?」

「…………」


結衣ちゃんは、ちょっとだけ笑うと……京子ちゃんを抱きしめて、優しくいいました。


「絶対、いくよ」

「…………!」


「掃除終わったらいくから……先に行って、待ってて」

「う、うん……!///」


結衣ちゃんの優しい声が聴けた京子ちゃんは、泣いてしまいそうになりましたが……かばんをとって、走って部室に向かいました。

廊下は走らない! と先生に怒られながらも、京子ちゃんは走って……部室のある階に来ました。


「あっ……」

「あっ……!」


ごらく部室の前では……あかりちゃんが、扉を背にして待っていました。


「京子ちゃん……」

「あ、あかり……」


「あのね、ちなつちゃんはお掃除が終わったら来るって」

「うん……結衣も」


「えへへ……実は昨日、京子ちゃんが小さいころから好きだったお菓子、部室に持ってきてたんだぁ」

「えっ……」

「それ食べようよ。二人が来るまでに、お茶の準備しちゃおっか」


あかりちゃんは、いつもと何も変わらない笑顔で……部室の中へ入っていきました。


そんな小さくて愛しい背中に、京子ちゃんは飛びつきました。


「あかり……!」ぎゅっ

「わっ、きょ、京子ちゃん……?///」

京子ちゃんは、あかりちゃんを背中から抱きしめて……「ありがとう」と言いました。


そして、また泣き出してしまった京子ちゃんを、正面から優しく支えて……あかりちゃんは、柔らかく微笑みました。


「京子ちゃん……やっぱり、昔と変わってないねぇ」

「ううん、変わった……変わっちゃったよぉ……」


お母さんに泣きつく子供のように、あかりちゃんの胸に顔をうずめました。


「変わってないって、思い込んでただけ……変わるのが、嫌だっただけ……!」


「昔みたいに戻りたいって思ってる時点で、変わっちゃってるのに……それが認められなくて、わがまま言ってただけなんだ……!」


京子ちゃんの髪をかきわけて、リボンを立たせたあかりちゃんは、京子ちゃんを抱きしめながら……優しく言いました。



「京子ちゃんは、何も変わってないよ。今も昔もおんなじ、泣き虫屋さん」



夕日に照らされる、あかりちゃんのその笑顔は……


昔となにひとつ変わらない、優しい笑顔でした。

――――――
――――
――



変わるものと、変わらないもの。


変わったら嬉しいものと、変わらないでいてほしいもの。


生きていれば、色々なことがあります。


私たちの手ではどうしようもないこともたくさんあって、


でもそんな全てを受け止めて、笑えるようになれたなら、


これからもずっと変わらない、優しい人でいられると、そう思うのです……。




~fin~

ありがとうございました。

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