姉妹「 「とある田舎町の姉妹の春」 」 (140)

※百合エロ注意

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ここは、とある田舎町。
これといった大きな建物や娯楽施設などはなく、畑や原っぱのみが広がっているような町。
そんな田舎町に、とある姉妹が住んでいた。




姉「むにゃむにゃ……」

妹「お姉ちゃん、起きて、起きて」

姉「ん……うーん……」

妹「うーんじゃないよ、早く起きて」

姉「すぅ……」

妹「起ーきーろー!」

姉「んむ……?」

妹「今日は学校に早く行くんでしょっ!」

姉「んぁ……そうだった……」

妹「ほら、起きて!」

姉「んー……」ムクリ

妹「ほら、支度して。 朝ごはんはできてるよ」

姉「んー……」

―――――――――――――――――――――――




雪解けが始まり、多少は暖かくなってきた田舎町は今、春を迎えた。
春は別れの季節である。
それは、姉妹にとっても例外ではなく。




姉「……卒業かぁ」




姉は今日、学校を卒業する。
そういうことで姉は、なんとなく今日はいつもより早く学校に行ってみようという気になり。




姉「おお、誰もいない」ガラガラ




姉は一番乗りで、高等部の教室に入った。
長らくお世話になったこの学校に通うのも、今日で最後である。




姉「……よしっ」




姉はコートとカバンを机に置き、黒板の前に立った。




姉「……これが先生からの視点かぁ」




ぐるりと、教室全体を眺める。




姉「普段はなんてことない教室だけど……今日で最後だからかな、いつもよりも寂しい感じがする」




言いながら姉は、チョークを手に取った。




姉「んふふ、落書きしちゃえ!」




これまでの十数年間に思いを馳せながら、姉は黒板にチョークを走らせた。

―――――――――――――――――――――――




ユミ「……あれ、姉だ。 早いね」ガラガラ

姉「おはよー」

ユミ「おはよー……って、なんじゃこりゃ!?」




ユミが教室に入り、黒板を見て驚きに目を見開いた。




ユミ「こ、これをテレビじゃなくて現実で見ることになるとは……」




黒板には、中央にデカデカと卒業おめでとうという文字が描かれ、その周りにはユミの名前やらハルの名前やらが書かれ、色々な言葉や絵が添えられて、黒板を華やかに装飾していた。




ユミ「何これ、姉がやったの?」

姉「うん。 チョーク全部使っちゃった」

ユミ「よーやるよ、姉は……」




言いながら、ユミは黒板の前に立つ。
感慨深そうに、ユミが黒板に触れた。
机に腰掛けている姉からは、ユミの表情は見えない。

ハル「……あら、私、もしかして遅刻したかしら」ガラガラ

姉「来て早々酷い言われようだね!? してないよ! まだ全然余裕だよ!!」

ユミ「おはよー、ハル。 みんな揃っちゃったねぇ」

ハル「おはよう……って、何よこれ」




ハルも教室に入るやいなや、黒板を見て目を見開いた。




ユミ「姉が描いたんだって」

ハル「……そう」




いつもなら嫌味の一つでも言うところであるが、今日のハルにそれはなかった。




ハル「……」




ハルもユミと同じように、黒板に触れた。

姉「……卒業だね」

ハル「……ええ」

ユミ「……そだね」




どことなく寂しげな空気が、教室に満ちた。




姉「ハルは大学、ユミは専門学校、私はここで就職……みんな、バラバラになっちゃうね」

ユミ「……今までずっと一緒だったし、バラバラになるって言われても実感がわかないよね。 明日も明後日も、また皆で集まってそうで……」




寂しげに、ユミが笑う。
姉がこの学校に転入してきてから、三人はいつも一緒だった。




姉「うん……でも、ユミもハルちゃんも、明日にはもう出発しちゃうんでしょ?」

ハル「そうね……そうなると、もう……」

姉「……いつでも帰ってきなよ」

ユミ「うん、お休みのときは帰省するかなあ」

ハル「私も、余裕があれば」

姉「んふふ、私がユミとかハルちゃんの家に遊びに行ってもいいよ?」

ユミ「あ、それ面白そう」

ハル「アンタが来たら部屋が散らかりそうで嫌ね」

姉「なにおー!」




いつもの軽口の叩き合いも、今日はどこか空虚で。




姉「……」

ユミ「……」

ハル「……」




三人共々、姉の書いた黒板の落書きをただ黙って見つめた。

―――――――――――――――――――――――




さて、こちらは中等部の教室。
卒業式に出て高校生を見送る初等部の生徒と中等部の生徒たちが集まり、式歌練習をしていた。




トモ「先輩たち、みんな卒業しちゃうんだね」

妹「寂しくなるよね……」

ユウ「姉先輩は、確か町役場に就職だったっけ?」

妹「うん」

ユウ「ユミ先輩は専門学校、ハル先輩は大学……キレイに分かれたなぁ」

ヒロ「まあ、いつかは別れが来るもんだろ」

カズ「だなー」

ユウ「そうだね。 ヒロとカズを置いて僕らは今年から高等部だし」




中等部三年生だった妹とトモ、ユウは進級し、高等部へ。
ヒロとカズは中等部二年生だったので、そのまま三年生へとなるだけである。




ヒロ「高等部になっても、ユウは遊んでくれるよな!」

ユウ「いや、大学受験に向けての勉強もあるし……」

カズ「ユウなら大丈夫だって!」

ユウ「いや、あのねぇ……」

トモ「そういえば、妹ちゃんは卒業後の進路ってどうするの? やっぱり姉先輩と一緒?」

妹「わたしは……まだ、わかんないかな。 町長にはそういう道もあるって言われたけど」

トモ「そっか」

妹「トモちゃんは大学だったっけ?」

トモ「うん」

妹「そっか……」

先生「はい、じゃあ次は中等部! ここから歌って~」

―――――――――――――――――――――――




教頭「ただいまより、第36回、卒業証書授与式を始めます」




在校生が体育館に集まり、卒業式が始まろうとしている。




教頭「卒業生、入場」




体育館の扉が開き、三人の卒業生、ユミ、ハル、姉がゆっくりと歩いて入ってきた。




姉「お、やっほー」

妹「……もう」




姉が妹を見つけ、手を振った。
卒業式くらいじっとしてなよ……と思いながらも、無視するわけにはいかないので、とりあえず妹は小さく手を振っておいた。

教頭「卒業生、着席」




厳かに、卒業式は進む。
妹は姉が何かやらかさないかとハラハラしながら見ていたが、卒業証書授与の際も、校長先生やその他お偉いさん方のお話の際も特に何事もなく、式は終盤を迎えた。




教頭「式歌、斉唱」




卒業生と在校生が、一斉に立ち上がった。
ピアノの伴奏が流れ、全校生徒が歌い始めた。
歌が終わり、全校生徒が着席する。




教頭「第36回、卒業証書授与式を終了します。 卒業生が退場します」

―――――――――――――――――――――――




トモ「終わったね~、卒業式」

妹「だね。 誰も泣かなかったね」

トモ「ユミ先輩とか姉先輩は泣くかなって思ってたんだけど」

妹「うん、わたしもお姉ちゃんは泣くだろうなって思ってた」




卒業式が終わって、妹たち中等部は教室に戻ってお喋りをしていた。




姉「はーっはっはっはっ! 誰が呼んだか、私参上!」バーン

妹「うわあっ!?」

トモ「ええっ!?」

ヒロ「うおっ!? な、なんだ!?」




突然中等部の教室の扉が開け放たれ、姉が現れた。




ユミ「わざわざそんな大袈裟な登場しなくても」

ハル「本当、バカなんだから……」

姉「そこ、うるさいよ」




姉の後ろから、ぞろぞろと卒業生組が。

妹「ど、どうしたのお姉ちゃん?」

姉「時間があるから、せっかくだし在校生のみんなに挨拶して回ろうと思って」

トモ「挨拶?」

姉「んふふ、別に何かするわけじゃないんだけどね」

ユミ「んじゃ、こんなのはどう? 在校生から卒業生に質問タイム!!」

姉「おっ、いーね! やろうやろう!」

ハル「私は嫌なんだけど」

姉「ダメ。 絶対参加ね」

ユミ「はい! じゃあ私たちに質問がある人!」

ヒロ「はーいはいはい!」

ユミ「おう、ヒロ君! ……だったよね」

ヒロ「うっす! 三人には今、彼氏とかいるんすか!」

ユミ「おう、いい質問だ! では私から。 残念ながらいません! 募集中であります! はい姉」

姉「えと、私は……」




姉が、ちらりと妹を盗み見た。

姉「まあ、いないです。 はい」

ユミ「おお? その反応はもしや、好きな人はいると?」

姉「な、なんか妙にぐいぐい来るねユミ!?」

ユミ「ふっふっふ、これは暴露大会でもあるのだ!」

姉「い、いや、私はもういいから! 次、ハル!」

ハル「いないわよ」

ユミ「チッ、つまんない二人だね」

姉「自分もいないくせによく言うよ、ユミ……」

ユミ「はい、じゃあ、次の人!」

カズ「はいはーい!」

ユミ「おう、カズ君!」

カズ「好きな人はいるんすか?」

ユミ「いません! 素敵な王子様募集中です! はい姉」

姉「えーっと……」




再び姉が妹を盗み見て。

姉「……います」

ユミ「お!?」

ハル「おお!?」

ヒロ「おおお!?」

カズ「おおおお!!」

トモ「いるんだ……」

姉「うわなんかハルが珍しい反応を!?」

ヒロ「はいはい! それはこの中にいますか!」

ユミ「まあ待て待て、ヒロ君。 まずはハルの答えを聞かないと」

ハル「私もいないわ」

姉「うげ」




完全に墓穴を掘ってしまったような表情で、姉が妹に助けを求めるべく視線を向けた。
妹は自業自得だと言わんばかりに目を背けた。

ユミ「で、どうなの姉」

姉「え、えーっと……まあ、いる、けど……」

ユミ「きゃーっ! マジかーっ!」

ヒロ「誰だ!? 俺か!?」

カズ「いや……」

ヒロ「……ああ」




ヒロとカズが同時に後ろを振り向いた。
後ろには、ユウの姿が。




ユウ「……ん?」

ヒロ「なるほどな……あるな……」

カズ「だよな……」

ユウ「いや、僕はないでしょ」

ヒロ「またコイツはそんなことを」

カズ「知ってんだぞ、こないだ初等部の子に告白されてたことを!」

ユウ「なんで知ってるのさ……」

ヒロ「どうなんすか、姉先輩!」

姉「え?? いやまあ、この話はまたいつか……」

ユミ「言ったよね? これは暴露大会だって」

姉「……ひええ」

―――――――――――――――――――――――




姉「ただいま……」

妹「おかえり、お姉ちゃん」

姉「うん……」




ぐったりとした様子で、姉が帰宅した。




姉「教室戻ってからもさ、ユミがうるさくて……」

妹「あはは……まあ、自業自得だよね」

姉「うう……だって嘘つくわけにはいかないし……」

妹「お姉ちゃん、嘘ヘタだもんね」

姉「うー、疲れた……卒業式だけだったはずなのに疲れた……なんとかごまかせたけど……」

妹「お疲れさま。 明日、朝早くに先輩たちの見送りに行くんでしょ? なら、今日は早めにごはんつくるね」

姉「お願い」

―――――――――――――――――――――――




姉「ごちそうさまでした」

妹「お粗末さまでした」

姉「んー、明日からもう学校ないのかぁ……」

妹「そだね」

姉「……実感が湧かない」

妹「そういえば、もうお姉ちゃんと一緒に登校することがなくなるんだね」

姉「あ……あー!! それは嫌だ!!」

妹「嫌だって言われても……」

姉「でもほら、役場に行くまでなら!」

妹「役場は家からだと学校と正反対の方角でしょ」

姉「……うわあ、考えてなかったなあ。 うう、そっかそっか、妹と一緒に行けなくなるのかぁ……」

妹「……まあ、わたしも寂しいよ」

姉「んふふ、そっかそっか」

妹「うわ、わ」




姉が妹に擦り寄り、抱きしめた。

姉「でも、家では一緒だし?」

妹「……うん」

姉「ん……」ギュ

妹「ぁ……お姉ちゃん、ちょっと苦しい」

姉「ごめんね……」

妹「ふぁ……謝るんなら、緩めてってば……」

姉「うん……」




それでも、姉の妹を抱きしめる力は緩まない。

妹「……お姉ちゃん、そろそろ寝たほうがいいんじゃないの? 明日寝坊したら大変だよ」

姉「わかってる。 でも……もうちょっとだけ」

妹「……べつにいいけど」

姉「ねえ、妹」

妹「うん?」

姉「……泣いても、いい?」

妹「……いいよ」

姉「……ごめんね」

妹「気にしないで。 お姉ちゃんの気持ち、わかるから……」

姉「ごめん……ごめんね……っ」




姉が、妹の背中に顔を押し当てた。




姉「ぐすっ……ユミ、ハルちゃんっ……」

妹「……」

姉「ひっく、ぐすっ……」




妹は姉が泣き止むまで、ただ黙って自らの背中を貸してあげていた。

―――――――――――――――――――――――




翌日、早朝。




姉「……」




姉は、いつものバス停のベンチに座っていた。




姉「……あ」

ユミ「……おはよ、姉」

姉「おはよ、ユミ」




ユミが大きな荷物を足元に置いて、姉の隣に座った。




ハル「おはよう、ユミ、姉」

姉「おはよ、ハルちゃん」

ユミ「おはよ、ハル」




ユミの次にハルが現れ、同様にベンチに腰かけた。

ユミ「……妹ちゃんは?」

姉「来ないってさ。 三人の邪魔はしたくないからって」

ユミ「あははっ、邪魔なんかじゃないのに」

姉「ふふっ、私もそう言ったんだけどね。 今までありがとうって伝えておいてくれって言われたよ」

ハル「……本当、いい子よね。 妹ちゃんは」

ユミ「うん……」




三人の間に、沈黙が降りる。




姉「……ほんとに、最後、なんだよね」

ハル「……ええ」

ユミ「うん……」

姉「……寂しいよ」

ユミ「私も……寂しい」

ハル「そうね……」

姉「お? ハルちゃんも寂しいの?」

ハル「何よ、悪い?」

姉「いや、いつものハルちゃんなら、姉と会えなくなるなんてセーセーするわって言いそうだったから」




ハルの物真似を交えて、姉が言った。




ハル「……いつもの私だったら、そう言ってたでしょうね」

姉「今は違うの?」

ハル「……当たり前でしょ」




ハルが、ため息混じりに言った。

ハル「……姉」

姉「うん?」

ハル「その……ごめんなさい」

姉「何が?」

ハル「いつもいつも姉に強く当たって……その」

姉「なんだ、そんなこと?」

ハル「そ、そんなことって」

姉「いいよ、気にしてない。 全部わかってるから」

ハル「姉……アンタ……」

姉「何年一緒にいると思ってんのさ? ハルちゃんが素直になれないことくらい、わかるよ。 ね、ユミ?」

ユミ「あははっ、そだねぇ」

姉「んふふ、だから、気にしないで。 私は……全部嬉しかったから」

ハル「……姉……っ!」

姉「わっ」




ハルが、姉に抱きついた。

ハル「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

ハル「私っ、ずっと後悔してたっ……怖かった……あなたにばかり強く当たって、嫌われてないかって……っ!」

ハル「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……ひぐっ、ふぇええっ……」

姉「は、ハル、ちゃ……」

ユミ「うそ……あのハルが……」




姉の胸で泣きじゃくる、ハル。
こんなハルは、姉もユミも初めて見る。




姉「ハルちゃん……やめてよ、今日は泣かないつもりだったのに……っ」

姉「そんな姿見せられたら……っ、ハルちゃん……っ!」

ユミ「ぐすっ……やば、私も……」

姉「ユミ……」

ユキ「姉ぇっ……!」




三人が抱き合い、泣きじゃくる。

ハル「ほんとは、ユミと姉と離れたくないっ……私、ずっと一緒にいたかった……」

姉「うん……私も、ユミとハルちゃんと一緒にいたかった」

ユミ「私、手紙書くからっ! 休みには帰ってくるから! だから……」

姉「うん。 絶対に忘れないよ、二人のこと。 親友だもん」

ハル「姉……」

ユミ「うぅっ……ぐすっ……」




プップー、プシュー




ハル「あ……」

ユミ「う……」

姉「……ほら、バス来たよ」

ハル「……」

ユミ「……姉ぇ……」




バスの扉が開いた。
それでも、ユミとハルは姉から離れない。

姉「また会えるよ。 だから、ね?」

ユミ「……うん」

ハル「……そうよね」

姉「そそ。 だからほら、行って」




姉が二人の背中を押して、バスのドアの前に立たせた。




姉「……ユミ、ハル」

ハル「あ、姉……?」




呼び捨てにされたことに戸惑う、ハル。
姉は、涙で濡れた二人の瞳を交互に見て。




姉「またね」




にっこりと笑って、姉が言った。

ユミ「……うん、また」

ハル「……それまで元気でね、姉」




小さく手を振って、ユミとハルがバスに乗り込んだ。




姉「……ふふ」




姉が、窓から手を振る二人に向かって微笑みながら、手を振り返した。




姉「またこの町で……会おうね」




小さく呟いた姉の言葉が二人に届いたかどうかは、姉にはわからない。
ただ、バスが走り出す直前に、ユミとハルがまた泣いてしまっていたのを見ることができただけだった。

―――――――――――――――――――――――




春の昼下がり。
心地よい暖かさの風が吹き渡る、田舎町。




姉「……」




姉は、ユミとハルを見送ったバス停のベンチに座り、ぼーっとしていた。




妹「……お姉ちゃん」

姉「ふぇ……?」




姉が顔を上げると、心配そうに姉を覗き込む妹の姿があった。




妹「迎えに来たよ、お姉ちゃん」

姉「……どうして……?」




妹が、姉の隣に腰かけた。

妹「心配だったから」

姉「……そっか」




姉は少し俯き、すぐに顔を上げた。




姉「もう大丈夫だよ。 きっと、また会えるから」

妹「……うん、お姉ちゃんならそう言うかなって思った」




妹が立ち上がり、姉に手を差し出した。




妹「さ、帰ろう?」

姉「うん!」




妹の手を取り、姉が立ち上がった。

―――――――――――――――――――――――




姉「ん、んー……」




ある日の朝。
スーツ姿の姉が、鏡の前で鏡のなかにいる自分とにらめっこをしていた。




妹「お姉ちゃん、準備できた?」

姉「もうちょっとー」

妹「もう、何に手間取ってるの?」

姉「ネクタイが結べなくて……説明書の通りにやってもうまく結べないよ~」

妹「ちょっとこっち向いて」

姉「ん」

妹「んしょ……」スルスル

姉「……」




妹が姉のネクタイを解き、再び結ぶ。

妹「……はい、おしまい。 苦しくない?」キュッ

姉「……」

妹「お姉ちゃん?」

姉「……妹」クイ

妹「ぁ……おねえちゃ……ん、ふ……」チュ

姉「んふぁ……ありがと、妹」

妹「……うん」

姉「よーし、出勤じゃー!」

妹「あっ、待って! ほら、これ」

姉「ん? これ……」

妹「お弁当。 行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

姉「……うん、行ってきます!」

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さて。
春は別れの季節である。
それと同時に、出会いの季節でもあり。




町長「よく来たね、姉」

姉「うん」




姉は今、田舎町の役場にやってきていた。
今年から、ここが姉の職場となる。




町長「今日から君は、この役場で働いてもらうことになる。 覚悟はできているかね?」

姉「ばっちり!」

町長「それはよかった。 それじゃあ、君の配属される課じゃが……」

町長「この町の役場には、色々な窓口……課がある。 ほら、見てごらん」

姉「ん……あれ、でもひとつ空いてるとこがあるけど」

町長「そこが、今日から君が配属される課じゃよ。 今年から新しくつくられた、『町づくり課』じゃ」

姉「町づくり課……」

町長「そうじゃ。 君はこれまで町興しのために頑張ってきてくれた。 その能力を見込んで、新しく立ち上げたのじゃ」

姉「……そっか」

町長「ここが君のデスク。 大切に使うんじゃぞ」

姉「うん。 ね、町づくり課って私だけなの?」

町長「いや、もう一人、君の上司にあたる人が配属されておる。 そろそろ来るころじゃな」

「……おはようございます」




役場のドアが開き、一人の女性が入ってきた。




町長「おお、来たか。 ユキ君」

ユキ「おはようございます、町長」

姉「あの……?」

町長「このユキ君こそが、君の上司にあたる人じゃ。 仲良くしてやってくれ。 では、後は頼んだよ」

ユキ「はい」




町長が、奥の部屋へと消えていった。

ユキ「あなたが姉さんですね。 噂はかねがね聞いております。 よろしくお願いします」

姉「よ、よろしくお願いします!」

ユキ「あまり固くならなくても結構ですよ。 私が上司とはいえ、形だけです。 ここに来て、ここで働くのは私も初めてですから」

姉「そうなんですか?」

ユキ「ええ。 元々は別の町で働いておりました。 姉さんよりは多少経験は積んであるので、ぜひ頼ってくださいね」

姉「は、はい」

ユキ「それにしても……本当、可愛らしいですね。 テレビで観るよりも、ずっと」

姉「は、はい……?」

ユキ「姉さんのことは、テレビで知りました。 ご当地アイドルをやっていらっしゃるそうですね」

姉「あー、はい。 妹と一緒に……」

ユキ「ええ、知ってます。 私、ファンなんですよ」

姉「ええっ!?」

ユキ「しすたーしすたーに会うためにここに来たと言っても、過言ではないんです」

姉「う、うわ……なんというか、嬉しいんですけど恥ずかしいです……」

ユキ「しすたーしすたーは町を盛り上げるために結成されたと聞きました。 ですから、私も何か手助けができればいいなと思いまして」

ユキ「それで、思い切ってここに異動届を出したんです。 それが受理されて、この町づくり課に配属されたかと思いきや」

ユキ「部下がしすたーしすたーの姉さんだっただなんて……今私、すごく興奮してるんですよ」

姉「そ、そうなんですか……」




ユキの表情は先ほどからまったく変わっておらず、姉には興奮度が伝わってこなかった。




ユキ「さて、おしゃべりはこれくらいにしましょう。 残りは、勤務時間が終わってからで」

姉「は、はい」

―――――――――――――――――――――――




姉「ここが主にお祭りの会場になる敷地です」

ユキ「ふむ……なるほど、この町は本当に建物が少ないんですね」

姉「まあ、田舎ですから」

ユキ「ですが、桜がとても綺麗ですね」




ユキが所々で咲き始めている桜を見て、言った。




姉「ですね~。 もうすぐで見ごろですよ」




姉は役場を出て、ユキに町を案内している。
この町に来たばかりだというユキに、この町がどういうところなのかを教えるためだ。

姉「あれがスーパーで、こっちの小さいお店は居酒屋さんです」

ユキ「ふむふむ、最低限の商業施設はあるのですね」

姉「はい」

ユキ「それにしても、居酒屋ですか……」




ユキが、小さな居酒屋の店舗を見つめた。




姉「どうかしましたか?」

ユキ「……いえ。 次に行きましょう」

―――――――――――――――――――――――




その後。




ユキ「姉さん」

姉「ん。 はい?」




あらかた町を案内し終えた姉は、一度役場に戻っていた。
一応の視察だったということで、姉は報告書を作成していた。




ユキ「報告書はできましたか?」

姉「す、すみません……まだです」

ユキ「大丈夫ですよ。 最初から早く書ける人なんてそうそういませんから」

姉「うぐぅ……でも私、こういう書類作成とかは苦手で……」

ユキ「確か……夏祭りや秋祭りは姉さんが企画したのでしたよね? 計画書とかはどうされてたんですか?」

姉「えと、妹が見てくれて……」

ユキ「……なるほど」

姉「でも、これからは私一人でできるようにしないとって思ったんですけど」

ユキ「いい心がけですよ、姉さん。 それならば、どうぞ私を頼ってください」

姉「で、ですが、迷惑はかけたくありませんし」

ユキ「迷惑などではありませんよ。 部下を育てるのも、上司の務めです。 それに、独学でやっていつまでもできないほうが、より迷惑になるとは思いませんか?」

姉「う……ですね……」

ユキ「はい。 ですから、わからないことがあれば遠慮せずすぐに言ってください。 お教えしますから」

姉「……すみません。 では、ここなんですけど……」

―――――――――――――――――――――――




ユキ「……ふむ、OKです」

姉「ほんとですか!」




報告書を作り終え、ユキがチェック。
特に問題もなく、ユキがOKを出した。




ユキ「はい。 お疲れ様でした」

姉「ふぃえ~……」

ユキ「では……今日のお仕事はこれでおしまいです」

姉「終わりですか?」

ユキ「ええ。 細々としたものは、明日にしましょう」

姉「わかりました」

ユキ「それで、姉さん」

姉「はい?」

ユキ「この後、お暇ですか?」

姉「え? まあ、この後は家に帰るだけですけど……」

ユキ「なら、飲みにでも行きませんか?」

姉「……はい?」

―――――――――――――――――――――――




店長「らっしゃい! ……おう、姉ちゃんじゃねえか」

姉「こんばんは、おじさん」




田舎町に唯一ある、小さな居酒屋。
そこに、姉とユキが入った。




店長「おう。 お隣さんは友だちかい?」

姉「残念。 上司だよ」

ユキ「こんばんは」

店長「あー、そうか。 姉ちゃんは役場で働いてるんだったか」

姉「ふふん、そうだよ! 」

店長「へえ、あんたが上司かい。 どうだい、姉ちゃんの上司ってのは大変じゃないかい?」

姉「どういう意味かな!!」

ユキ「いえ、姉さんはとても素直ですから。 すごく楽ですよ」

姉「ふふん。 ほらね、どうよおじさん」

店長「ははっ、まあ、上司ちゃんの苦労もこれからよ。 なんせ妹ちゃんという前例があるからな」

姉「う、うう……まあ、今までずっと妹に頼りっぱなしだったけどさ……」

姉「でもね、決めたから! 私はもう頼りっぱなしにはならないって!」

店長「ほう……それは妹ちゃんにも聞かせてあげたい言葉だ。 んで、今日は何用で?」

姉「飲み会だよ、飲み会」

店長「ほほう、そりゃ社会人らしい。 注文は?」

ユキ「とりあえず、ビールと……姉さんはまだ飲めませんよね。 どうしますか?」

姉「私はオレンジジュースで」




姉とユキが、カウンター席に座った。

店長「あいよ。 妹ちゃんには連絡してあるのかい?」

姉「うん」

ユキ「そういえば、姉さんは妹さんと二人暮らしなのですか?」

姉「そうですよ」

ユキ「……ご両親は?」

姉「……まあ、色々ありまして」

ユキ「そうですか……すみません、辛いことを聞いてしまって」

姉「いえ、いいんです。 辛くはないですし、単純に重くなりそうなので……」

ユキ「私は大丈夫ですよ?」

店長「そういや、俺も聞いたことねえな……はいよ、ご注文の品物だ」




姉の前にオレンジジュースが、ユキの前にビールが置かれた。




ユキ「では、初仕事終了お疲れ様でした」

姉「お疲れ様でしたー! かんぱーい!」




姉とユキがグラスをぶつけ合い、あおった。

姉「……さて、じゃあ、さっきの話ですけど」

ユキ「はい」

姉「まず、私はですね、この町出身ではないんです」

ユキ「そうなんですか? てっきりこの町出身かと……」

姉「私が、小学生の時に妹を連れて逃げてきたんです」

ユキ「逃げ……」

姉「私、元はこの町からだいぶ離れたところに、両親と住んでいたんです」

姉「ですが、母親が別に男を作って逃げてしまいまして」

姉「その後、父が再婚したんですが……その再婚相手がまあ、私と妹を嫌いに嫌っていまして。 いじめのようなものを受けていたんです」

姉「父も頑張って止めようとしてくれてたんですけど……父に迷惑ばかりかけてるなって思って、再婚相手からの嫌がらせにも耐えられなくなって」

姉「それで……妹と一緒に家を抜け出してきたんです」

ユキ「ここへは……どのように?」

姉「不倫していた母方の祖父母が住んでいまして。 それを頼りにここまで、バスで」

ユキ「……そうだったんですか」

店長「姉ちゃんも妹ちゃんも……あれだな、苦労してんだな」

姉「んふふ、じゃあおじさん、サービスしてよ」

店長「この話を聞いたあとじゃあしゃあねぇな……枝豆くらいサービスしてやるよ。 ほら」

姉「わーい!」

ユキ「……」




店長に出された枝豆を嬉しそうに食べる姉を、ユキは複雑な表情で見ていた。

姉「んむ、ユキさんも食べます?」

ユキ「……ええ、いただきます」




言われて、ユキも枝豆に手を伸ばした。




姉「すみません、やっぱり重かったですよね」

ユキ「いえ……私こそ、すみません。 嫌なことを話させてしまって」

姉「いえいえ。 もう、今ではただの思い出ですから」

ユキ「……強いですね、姉さんは」

姉「んー……強くはないですよ。 ただ妹が支えてくれるから、こうして私は私でいられるんです。 妹のお陰ですよ」

ユキ「妹さんも嬉しいでしょうね。 姉さんにここまで想われて」

姉「ふふ、そうだといいなぁ……」

―――――――――――――――――――――――




妹「……」モグモグ

妹「……んむ、ふぁ、っくしゅっ!」




さて、こちらは姉妹のおうち。
妹が一人で夕食をとっている。




妹「んー……一人で晩ごはん食べるのって、なんか新鮮だなあ」




そんなことを独りごちながら、黙々と夕飯を食べていく。




妹「ん?」




そんな時に、玄関のドアの鍵が開く音がした。




妹「ありゃ、お姉ちゃんかな?」




いそいそと妹が玄関に向かう。
すると、ちょうど靴を脱ぎ終えた姉の姿があった。

姉「妹、ただいま」

妹「おかえり、お姉ちゃん。 早かったね」

姉「そうかな?」

妹「うん」

姉「妹は、まだ晩ごはん食べてるとこ?」

妹「そだよ。 誰と飲みに行ってたの?」

姉「んとね、ユキさんっていう、私が配属された課の上司だよ。 外から来たんだって」

妹「へー。 どんな人?」

姉「なんか、すっごく礼儀正しい人かなあ。 あと、若かった」

妹「ふうん。 頼りになりそう?」

姉「うん。 優しい人みたいだし」

妹「そっか。 ご飯はどうする? 食べる?」

姉「うん……」ギュ

妹「わ」




姉が、後ろから妹を抱きしめた。

妹「ど、どしたのお姉ちゃん」

姉「ね、妹ー?」

妹「なに?」

姉「好き」

妹「え」

姉「あ、すっごくドキドキしてるねー?」サワサワ

妹「ひゃっ……当たり前、でしょ。 大好きなひとに、そんなこと言われて……あんっ! ドキドキしない人なんていないよ……」

姉「……そっかぁ」

妹「……あ、お姉ちゃんもドキドキしてる」

姉「うん……自分でもわかるよ」

妹「ん……急にどうしたの、お姉ちゃん」

姉「んん……なんか、妹の声とか、においとか、聞いたり嗅いだりしたら、頭がぽわぽわしてきて……はむ」

妹「ひゃ……お、おねえちゃ……っ」




姉が、妹の耳を甘噛みする。




姉「ん……はむ、はむ……」

妹「はっ……ぅ……っ」

姉「はむ……かぷっ」

妹「んんんっ!」フルルッ

姉「かわいい……」




姉が妹の胸に手を回し、揉んだ。

妹「あっ! や、わたし、まだ晩ごはんっ……」

姉「妹ー……んちゅ、ちゅ……」




妹の胸を揉みつつ、姉は妹のうなじにキスの雨を降らせていく。




妹「ふぁ、ぁ……っ! さ、さてはお姉ちゃん、酔って……はうぅっ!」

姉「んぷ……そうなのかなー? 家に帰るまではなんともなかったんだけどー……」

妹「ま、まだ飲んじゃだめでしょ……んんっ!」

姉「だってぇ、飲まされたんだもーん……れろ」

妹「ひゃあぁっ」




妹の首筋をちろちろと舐めながら、姉が妹の服を脱がしていく。

姉「妹さー」ムニムニ

妹「んんっ……な、なに?」

姉「おっきくなってきたんじゃない? おっぱい」

妹「そうっ……なのかな? 言われてみれば、はぁぁっ……最近、ブラがキツくなってきたような……」

姉「このまま、私を追い越しちゃうかもー?」キュッ

妹「ふああぁぁっ!」




姉が、固くなった妹の乳首を強く摘まんだ。




姉「んふふ、私のおかげだね」

妹「……でも、お姉ちゃんもおっきくなったでしょ」

姉「……正直、次のサイズのブラが欲しいです」

妹「……」ワシッ

姉「んあっ!?」

妹「……」モミモミモミモミ

姉「ひゃあっ、あぁんっ! やっ、はげしっ……!」

妹「……牛にしてやる」

姉「ひっ、ちょっ、妹っ!」




妹が姉のスーツの上着を捲って胸を露にさせ、むしゃぶりついた。




妹「ちゅるっ……はぁっ、んぢゅるるるるっ!」

姉「ひゃはあぁっ! だめぇぇぇぇっ!」




妹は片方の乳首を指でくにくにと弄りながら、もう片方の乳首を吸う。
指や舌で乳首の周りをくるくるとなぞって焦らし、一気に刺激を与えることで、姉を追い詰めていく。

姉「やあぁんっ!! だめっ、乳首でイッちゃうよおっ!」

妹「はぁっ、はぁっ……ちゅぷっ、ちゅるちゅるっ……」

姉「んふぅぅっ……! だめっ、いくっ、いくぅぅっ……!!」

妹「ちゅぱっ……」

姉「ふえっ……え……なんで……?」




妹が、姉を愛撫する手と舌を止めた。
絶頂寸前だった姉の身体が、いじらしさにくねくねと身をよじらせる。




妹「ふふっ、イきたい?」

姉「イきたい……お願い、妹でイかせてよぉっ……」

妹「どうしよっかなぁ……」ツツ

姉「はあっ……はああぁぁ……っ、やらぁ、焦らさないでぇ……」

妹「……うわ、すごい濡れてる」クチュ

姉「んぅっ!」

妹「あっつい……ひくひくしてるし……」

姉「はぅぅっ……妹ぉっ……」




自ら腰を振り、妹の指に秘部を擦り付ける姉。

妹「お姉ちゃんだけ気持ちよくなるなんてダメ……わたしだって気持ちよくなりたいんだから」

姉「はぁ、はぁ……」




妹が姉のショーツを脱がせ、姉を壁に寄り掛からせた。
妹もショーツを脱ぎ、姉に身体を密着させた。




妹「足、上げて……」

姉「ん……」

妹「はっ、んっ……!」クチュ

姉「んんっ……!」




足を絡ませ、姉妹の濡れた秘部が触れ合った。




妹「はぁ、はぁ、はぁ……お姉ちゃん……」

姉「妹ぉ……ん……」




姉妹が、唇を触れ合わせた。
ついばむようなキスから舌を絡ませるキスへと変わるまでに、時間はかからなかった。

妹「はんっ……んちゅ……」

姉「んっ、むっ……!」




キスをしつつ姉妹は腰を揺らし、秘部を擦り合わせる。




姉「んはぁっ、妹っ……んっ、ちゅ……」

妹「おねえひゃぁっ……んむぅぅっ!」

姉「ちゅくちゅくっ……はふっ、らめ、イッちゃうっ……!」

妹「はぁはぁっ、だめっ、わたし、まだだからっ……!」

姉「む、むりぃっ! んああぁぁっ、むりだよおぉっ!」




ぬちゃぬちゃと、愛液で濡れた姉妹の秘部が擦れ合う。
その度に、姉が身を震わせる。




姉「だめっ、だめっ、いくっ……ふああああぁぁぁぁっっ!!」




姉がびくびくと身体を痙攣させ、絶頂する。


妹「もー……まだダメって言ったのに……」

姉「あう……はぁぁ……だって、さっきイかせてくれなかったから……」

妹「……もう」

姉「ん、ぅう……ちゅる……」

妹「んんっ……ちゅぱっ、はぁっ……わたしで気持ちよくなってくれるのは嬉しいけど、わたしだってお姉ちゃんで気持ちよくなりたいんだから……」

姉「ごめんね……」

妹「だから、もう一回……んんっ!」ニュル

姉「は、ぅっ……!」




妹が再び腰を動かし、姉の秘部に自らの秘部を擦りつけた。





妹「はぁぁっ……きもちいいっ……!」

姉「やっ、ぁっ! いきなりっ、はげしいよぉっ!」

妹「ごめっ、あぅぅっ! とまんないのぉっ!」




さっきよりも激しく、妹が腰を動かす。

姉「妹ぉっ、だめえっ! もっと、もっとゆっくりぃっ!」

妹「むりぃっ……さっき、イけなかったからぁっ……!」

姉「ふぁっ、ぁっ、こんなのっ、すぐイっちゃうよぉっ……!」




ぎゅっと目をつむり、姉が身を震わせる。




姉「んんんっ……!」ゾクッゾクッ

妹「はぁっ、ひぅっ! おねえちゃんっ、わたしぃっ……!」

姉「私っ、もぉっ……!」

妹「あ、あっ、あうぅっ! いっちゃっ……!」

姉「んぁっ、あはぁぁっ! 妹ぉっ……!」

姉妹「 「んああああぁぁっっ!!」 」




お互いの身体を強く抱きしめ、姉妹がびくびくと身体を震わせる。

妹「ふあぁ……はっ、んはぁっ……」

姉「はーっ……はーっ……」

妹「はぁっ、はぁっ……お姉ちゃん……?」




姉の様子がおかしいことに気付いた妹が、心配そうに姉の顔を覗き込んだ。




姉「はーっ……はーっ……」

妹「どうしたの……? 顔色悪いよ?」

姉「………………おえー」

妹「わーーーーっっ!!!!」

―――――――――――――――――――――――




妹「まったく……」ゴシゴシ

姉「うー……」




こちらお風呂場。
妹が、汚れてしまった姉の身体を拭いている。




姉「うー、きもちわるーい……」

妹「もうお酒はダメだよ? お酒は大人になってから」

姉「はーい……」

妹「まったくもう……」ゴシゴシ

姉「うー……」




怒ったような口調ではあるが、妹の表情はどこか嬉しそうで。




妹(でも、お姉ちゃんの新しい一面が見られたし……ふふっ。 酔っ払ったお姉ちゃんもいいかも……。 それに、さっきのはだけたスーツとお姉ちゃんの物欲しそうな表情……すっごくぞくぞくする……)




だなんて、思っているのだった。

姉「……あ、そだ」

妹「ん?」

姉「お弁当、ありがとね。 すっごく美味しかったよ」

妹「……うん、明日もつくるから」

姉「うん、お願い」




鏡越しに、姉妹が微笑み合った。

―――――――――――――――――――――――




翌日。




妹「おはよー、トモちゃん」

トモ「おはよ」




こちら、これから妹たちが通う高等部の教室。
昨日のうちに入学式が終わっており、今日は始業式がある。




ユウ「二人とも、おはよう」ガラガラ

妹「おはよー」

トモ「おはよ、ユウ君」

ユウ「今日から高校生だね」

妹「だね」

トモ「ちょっと、ドキドキするよね……」

妹「と言っても、校舎も制服も変わってないけどね」

先生「はい、皆さんおはようございます」ガラガラ




妹たちにとっては新しい担任であり、元・姉たちの担任の先生が、教室に入ってきた。

先生「うふふ、そこの子、緊張してる?」

トモ「は、はいっ」

先生「大丈夫よ~。 私、真面目な子には優しいから」

妹(お姉ちゃんはこの先生をものすごく怖がってたなあ……)

先生「で、あなた、妹さんね?」

妹「あ、はい」

先生「うふふ……あなたはお姉さんと違って、とても真面目だそうね」

妹「まあ……お姉ちゃんは落ち着きがない上に勉強が嫌いなので……」

先生「そうね……お姉さんが結局マトモに授業を受けてくれたことはなかったわ」

妹「不肖な姉がすみません……」

先生「いいのよ、高校生活は授業が全てではないわ。 お姉さんは町のためのボランティア活動に力を入れていたんだもの」

先生「それが実を結んで、今は役場で勤務をしている。 とても素敵なことだわ」

妹「……はい」

先生「それでも、もう少しくらい真面目に授業を受けて欲しかったけれど……さ、そろそろ始業式が始まるから。 体育館に行きましょう」

―――――――――――――――――――――――




さて、所変わって、町の役場。




姉「……」




ぼーっと、姉が窓から外の桜を眺めていた。




ユキ「……姉さん?」

姉「……」

ユキ「姉さん? どうかしましたか?」

姉「……お花見!」ガタッ

ユキ「は、はい?」

姉「妹っ、お花見なんてどうかな!?」

ユキ「お、落ち着いてください、姉さん。 私は妹さんではありませんし、お花見とは……?」

姉「あっと……す、すみません! ええと、せっかく桜も咲き始めてますし、町のみんなでお花見とか面白そうだなぁと」

ユキ「……ふむ」

姉「えっと、桜の木がたくさん植えてある広場があるので、そこを使えば……あっ、メモしなきゃ」

ユキ「……」




かりかりと何かをメモ用紙に書き付けていく姉を、ユキが見つめる。

姉「……できました! ユキさん、どうでしょうか!」ピラッ

ユキ「ちょっとお借りしますね……」




ユキが姉からメモ用紙を受け取り、読む。




ユキ「……面白そうですね」

姉「ですよね!」

ユキ「夏祭りの時とかも、こんな感じに思い付いたのですか?」

姉「え? あー……確かそうだったような……」

ユキ「ふふっ……面白いですね、姉さんは。 わかりました。 より詳細な計画書を作って申請してみましょう。 急がなければ、桜が散ってしまいます」

姉「はい!」

―――――――――――――――――――――――




姉「ただいまー!」




玄関のドアを開け放ち、姉が家に飛び込んだ。




妹「おかえり、お姉ちゃん。 ずいぶん興奮してるみたいだけど、どうしたの?」

姉「ただいま! んふふ、見てみて!」

妹「ん、なにこれ?」




姉がカバンからA4の紙を取りだし、妹に渡した。

妹「計画書……? お花見……へえ」

姉「あのね、町のみんなでお花見って面白そうだなって言ってみたの! そしたら、面白そうだから計画書を作って申請してみようって話になって」

妹「でも、これからやるには時間が足りないんじゃ……桜ってすぐ散っちゃうし。 しかもこれ、ほぼ真っ白だし」

姉「大丈夫! がんばる!」

妹「……まあ、お姉ちゃんがいいんなら別にいいけどさ。 何か手伝うことってある?」

姉「んーん。 今回はね、妹に頼らないで頑張ってみようと思ってるの。 いっつも妹に頼ってばっかりだったからさ」

妹「……そっか」

姉「だから、楽しみにしててね。 私、頑張るから!」

妹「無理はしないようにね?」

姉「うん!」

妹「じゃ、晩ごはんにしよっか」

―――――――――――――――――――――――




その日の真夜中のこと。




姉「えーっとえーっと……」




こちら、姉の部屋。
机に頬杖をつきながら、姉が計画書とにらめっこをしている。




姉「むうう……難しいなあ……」




姉がトントンとボールペンの先で机を叩きながら、頭を掻いた。
計画書は依然、ほぼ白紙である。

「……まず、具体的に何をしたいかを書くの」

姉「うわあっ!?」




姉が驚いて振り向くと、コーヒーカップを
持った妹が立っていた。




妹「はい、コーヒー」

姉「あ、ありがとう……」

妹「お姉ちゃんは、このお花見でどんなことがしたい?」

姉「えっと、町のみんなに楽しんでもらいたいから……」

妹「うん」

姉「みんなで料理とかを持ってって食べたり、屋台を出してもらったりとか」

妹「うん。 じゃあ、それを書いていくの。 ほら」

姉「あ……」




妹が姉のペンを持つ手に自らの手を重ね、計画書にペンを走らせる。

妹「他には?」

姉「えっと……」




ぽつぽつと、姉のやりたいことを書き出していく。




妹「これで全部?」

姉「うん」

妹「じゃあ、次ね。 目的。 このお花見を開催する目的」

姉「目的……うーん……」

妹「これはね、こういう効果を狙って云々って書けば大丈夫」

姉「ん……」




妹に手を添えられたまま、姉がペンを走らせる。
妹は、それを姉の肩越しに見ていた。




妹「うん……いい感じ。 あとは、日時と、必要なものと……」




こうして、姉妹の共同作業で計画書が埋まっていく。

妹「うん、いいね。 これで大丈夫じゃないかな」

姉「ふいー……」




しばらくして、計画書が完成した。
姉が脱力し、椅子にもたれ掛かった。




妹「お疲れ様、お姉ちゃん」

姉「妹も、お疲れ様。 ごめんね、結局こんな時間まで手伝わせちゃって……」

妹「ううん、平気。 それに、わたしの手伝いはいらなかったかもだし」

姉「ううん。 妹が手伝ってくれなかったら、きっと今でも真っ白だったよ」

妹「そんなことないよ。 だってお姉ちゃん、途中からはほぼ一人でやってたし」

姉「そこまで行けたのは、妹のおかげだから」

妹「違うよ。 お姉ちゃんの力だよ」

姉「妹」

妹「お姉ちゃん」




少し怒ったような目で、姉妹が見つめ合う。
けれど、ペンを握っていた姉の手とは逆の手の指が、添えられていた妹の手にそっと絡められて。
自然と妹の指も、それに合わせて絡めて。
ぎゅっと、握り合う。

姉「……妹は、頑固なんだから」

妹「お姉ちゃんだって……」




言いながらも、姉妹は目を閉じ、唇と唇を触れ合わせる。




姉「ん……」

妹「はふっ……ごめんね、お姉ちゃん一人でやるつもりだったのに、手を出しちゃって……」

姉「ううん……嬉しかった。 やっぱり、私は妹が助けてくれないとダメみたい……」

妹「お姉ちゃん……」




姉妹が見つめ合い、もう片方の手の指も、絡め合う。

妹「……ほんとはね、寂しかったの。 お姉ちゃんが、わたしに頼らないようにするって言ったとき」

妹「もちろん、それは良いことだと思うよ。 成長したってことだし」

妹「でも……やっぱり、お姉ちゃんに頼られないのは、寂しいよ……」

姉「妹……」

妹「前に言ったよね。 わたし、お姉ちゃんに頼られて、迷惑なんてしてないよ?」

妹「迷惑なんかじゃないから……だから、お姉ちゃん一人じゃどうしようもなくなったらでいいから」

妹「……頼ってほしいな。 わたしは、お姉ちゃんを支えるためにいるんだから」

姉「うん……妹、ありがとう……」

姉「ごめんね、頼りないお姉ちゃんで……私……」

妹「そんなこと、ないよ。 お姉ちゃんは、わたしをここに連れ出してくれた。 お姉ちゃんがいなかったら、今のわたしはきっとなかった」

妹「わたしがこうしてここに居られるのも、こうやってお姉ちゃんを支えたいって思うようになったのも」

妹「全部ぜんぶ、お姉ちゃんがわたしを助けてくれたからだよ。 全部、お姉ちゃんのおかげなんだよ」

妹「だから、頼りないなんて──ん、んむ」




さらに言葉を紡ごうとした妹の口を、姉は自らの唇で遮った。

姉「ぷは……や、やめて。 なんか、恥ずかしいから……」

妹「どうして? 全部ほんとのことだよ?」

姉「も、もー……恥ずかしいよ……」

妹「ふふっ……」




にっこりと笑う妹の顔を見ていられず、姉は思わず目を逸らした。




妹「だからね、お姉ちゃんが頼りにならないなんてこと、ないんだよ」

妹「お姉ちゃんは、いざって時にわたしのことを助けてくれる、すっごく頼りになるお姉ちゃんなんだから」

妹「わたしの大切な、大好きなお姉ちゃんなんだから」

姉「……」

妹「……顔、赤いよ?」

姉「だ、だってぇ……」




姉妹の手を握り合う力が、強くなる。
その握り合った手も、汗ばんできて。

姉「ううう……どうしよ、ドキドキが止まんない……」

妹「……わたしも。 ねえ、お姉ちゃん」

姉「な、なに?」

妹「……一緒に寝てもいい?」

姉「……」




熱っぽく、とろけた瞳で姉妹が視線を交わす。
姉妹の熱い吐息も、混じり合う。




姉「……うん」

妹「……えへへ」




妹ははにかむように笑って、姉と手を繋いだまま、ベッドに腰かけた。

―――――――――――――――――――――――




翌日。




ユキ「ふむ……」

姉「……」ドキドキ

ユキ「……完璧な計画書ですね。 すごいです」

姉「よかったぁ……」

ユキ「これは、姉さんが一人で作られたのですか?」

姉「いえ……実は、妹に手伝ってもらったんです」

ユキ「あら……」

姉「頼っちゃダメだって思って、頑張ってはみたんですけど……煮詰まってたところを見かねた妹が、助けてくれまして」

ユキ「そうでしたか……次は、頑張らなければなりませんね」

姉「はい。 ですが……よほどのことがあったら、きっとまた頼ってしまうと思います」

ユキ「誰かを頼るのは、決して悪いことではありませんよ。 頼りっぱなしというのはいけませんけどね」

姉「あはは……ですよね……」

ユキ「さ。 計画書も姉さんたちの尽力で完成しましたし、申請しましょうか」

姉「はい!」

―――――――――――――――――――――――




そして。




妹「おおー……」




町にある、桜の木に囲まれた広場。
そこに町民が集まり、レジャーシートを広げ、持ち寄った料理やらを飲み食いしている。
ユキが申請したこの企画はすんなりと通り、本日、無事行われることとなった。
このお花見は夕方を過ぎてから始まり、桜の木がライトアップされていて、なんとも幻想的な雰囲気を作り出している。




姉「妹ー!」タタタ

妹「あ、お姉ちゃん。 お疲れ様」

姉「ふふーん、どうどう? 綺麗でしょ!」

妹「うん……すっごく綺麗だね」

姉「だよねー! 夜に桜って結構いいでしょ!」

妹「だね」




妹が、ライトアップされた桜を見上げる。

妹「……ここ、お花見スポットとして宣伝できるかもね」

姉「だよねだよね! 来年に向けて、いろいろ準備してるんだ!」

妹「そっか、がんばってるんだね」

姉「うん!」




にっこりと笑って、姉が妹の手を取った。




妹「お姉ちゃん?」

姉「ちょっと来て!」

妹「え? わっわっ」




姉が妹の手を引き、走る。




妹「ど、どこ行くの?」

姉「ん? 本部!」




やがて、本部と書かれた白いテントにたどり着いた。

姉「ユキさーん!」




姉がテントの中に声をかけると、丁度カップを口に付けたところであろう人物が、姉に反応した。




ユキ「姉さん。 お疲れ様で……す……?」

姉「紹介します! このかわいいのが、私の妹です!」

妹「え? あ、えと、よろしくお願いします……?」

姉「んで、妹。 こちら、私の上司のユキさん」

妹「へっ!? あっ、えっとっ、妹ですっ! お姉ちゃんがお世話になってますっ!」




姉の上司だと分かった瞬間に、焦った様子で妹が頭を下げて自己紹介をした。

ユキ「あなたが……妹さん……?」

妹「は、はい」

ユキ「……」




ユキが、姉と妹とを交互に見た。




ユキ「……」

妹「あ、あの……?」




難しい表情をして姉妹を交互に見るユキを見て、何か機嫌を損ねてしまったのかと妹は不安になった。

ユキ「……こんな、こんな近くで、私はしすたーしすたーを……」

妹「は、はい……? しす……?」

ユキ「すみません、ちょっと写真を撮ってもいいですか!?」

姉「へっ? は、はあ、どうぞ……?」

ユキ「本当ですか!? ええと、ケータイ……あ、すみません、ちょっとケータイ取ってきますね!」




ユキが大急ぎでテントの中に入っていった。




妹「……お姉ちゃん」

姉「何も言わないで……。 私もよくわかんないけど、しすたーしすたーのファンらしくて……まさかここまでとは……」

妹「そ、そうだったの……」

ユキ「はあっ、はあっ、お待たせしました! すみません、ケータイで失礼しますね!」

姉「は、はい。 それで、私たちはどうしたら……?」

ユキ「そのままで……いえ、お二人とも、もう少しくっついて……」

姉「え、えと、こうですか?」

ユキ「はい! あ、あと手を繋いでくださると」

妹「こうですか?」

ユキ「そうですそうです! 本当に仲がいいのですね、お願いする前に指を絡めてくださるなんて」

姉「あっ」

妹「あっ」

ユキ「では、撮りますね! はい、チーズ!」カシャッ

―――――――――――――――――――――――




その後。




ユキ「………………」




テントの隅でうずくまる、ユキの姿が。




姉「あ、あの……ユキさん……?」

妹「だ、大丈夫ですか……?」

ユキ「すみませんでした……私、我を忘れてしまって……ああああ、崖があったら飛び降りてしまいたい……」

姉「いやそれはさすがにダメだと思いますけど!?」





姉妹は、羽目を外しすぎてかなり落ち込んでしまったユキのご機嫌取りに追われていた。

ユキ「あの……迷惑ついでにお願いがあるんです。 一曲だけでいいので、しすたーしすたーのパフォーマンスを見せていただけませんか?」

姉「えっ」

妹「ここでですか!?」

ユキ「はい。 皆さんのいる、向こうの広場で」

姉「で、ですが、許可は取ってませんし……」

ユキ「全責任は私が引き受けます。 どうか、お願いします!」

姉「……どうしよ」

妹「こ、ここまで頼まれたら、断れないよね……」

姉「だよね……」




というわけで、ご機嫌取りのためにパフォーマンスをする羽目になってしまったのだった。

―――――――――――――――――――――――




ユキ「………………最っっっっ高でした!!」

姉「あ、ありがとうございます……」

妹「あはは……」




急に決まったパフォーマンス後。
なんとか皆を盛り上がらせて姉妹がユキの元へと戻るとすぐに、ユキが姉妹の手を取り、目を輝かせた。




ユキ「本っっ当にかわいくて! もう私、感動です! もう死んでもいいです!!」

姉「い、いや……大袈裟すぎじゃ……」

ユキ「写真もいっぱい撮っちゃいました! 見てください、ほら!」




ユキがケータイの画面を姉妹に見せた。

姉「うわすごい数!?」

妹「何十……いや、何百枚あるのかな……」

ユキ「あ~、かわいいですよねしすたーしすたー! ああ、これならちゃんとしたカメラを買っておけば……」

妹「……なんか、不思議な人だね」

姉「でも、普段はすっごく真面目で冷静な人なんだよ? 私もここまで興奮してるユキさんは初めて見たくらいだし……」

妹「なんとなくわかるけど……あれかな、普段抑えてる分、こういうところで出てくるのかな」

姉「かもね……」




きゃぴきゃぴと撮った写真を見て黄色い声を上げるユキを、姉妹は複雑な表情で見ていた。

―――――――――――――――――――――――





姉「んお~っ、終わったぁぁ!」

妹「お疲れ様、お姉ちゃん」




お花見が終了し、片付けのあと。
かくして、姉が役場で働くようになって初の企画は、とりあえずの成功を収めた。




姉「ごめんね、手伝わせちゃって」

妹「大丈夫。 どうせお姉ちゃんを待ってるんなら、手伝ったほうがいいなって思っただけだし」




片付けを終え、姉妹は夜の暗闇のなか、家路についている。

姉「先に帰っててよかったんだよ?」

妹「お姉ちゃんは、わたしに先に帰ってて欲しかったの?」

姉「……そういうわけじゃないけど。 でも、悪いし」

妹「気にしなくていいよ。 今回わたしは何もしてなかったから、何かしたいって勝手に思っただけだし」

妹「それに、今まではわたしとお姉ちゃんでやってたことじゃん」

姉「……そだね。 そうだよね」




姉が妹の顔を見て、微笑む。




姉「じゃあ、これからも妹に手伝ってもらおーっと」

妹「……そう言われると手伝いたくなくなるのって、なんでだろうね?」

姉「えっ!? 頼ってって言ったの妹じゃん!」

妹「言ったっけ?」




とぼけたように、妹が空を見て言った。

姉「言ったよ! 頼ってくれなきゃ寂しいって!」

妹「言ったかなぁ?」

姉「むきーーっ!」ポカポカ

妹「い、痛い痛い! 言った言った! 言ったからっ!」

姉「もう……」

妹「でも……いつでも頼れるってわけじゃないからね?」

姉「……うん」




妹の言葉に何かを察し、姉は声のトーンを落とした。




妹「……」

姉「……妹」

妹「……うん?」

姉「私たち………………んん、何でもない」

妹「えー? なになに、気になる」

姉「何でもない……うん、何でもない」

妹「んー?」

姉「妹」

妹「なに?」

姉「好きだよ」




にっこりと笑って、姉が言った。
けれど、その表情にはなんとなく陰がある。
それを、妹は見逃さなかった。

妹「……わたしも、好き。 お姉ちゃんが好き」

姉「……んふふ。 ね、妹」

妹「今度はなに?」

姉「キスしてよ?」

妹「……ここで?」

姉「誰もいないよ? 誰も見てない」

妹「……もう、お姉ちゃんのあまえんぼ」

姉「えへへ……んん……」

妹「ん……ほら、これで満足?」

姉「うん! よし、帰ろー!」

妹「はいはい」




苦笑しつつ、駆け出した姉の後を追う妹。
先ほど姉が何を言おうとしたのか、妹にはわかっていた。
それは、妹が姉に対して言ったあの言葉。




妹「わたしたち、ずっと一緒だよね……」

姉「うん? 何か言った?」

妹「……ううん、何も言ってないよ?」




微笑んで、妹が姉の手を握る。
姉も微笑み、その手を握り返す。
姉妹が仲良く並んで、暗い夜道を歩いていった。

―――――――――――――――――――――――




月日は流れて。




姉「ん~っ、ふぅぅっ……」




とある秋の日。
デスクのパソコンのキーボードから手を離し、姉が伸びをした。




ユキ「お疲れ様です、姉さん。 コーヒー、飲みますか?」

姉「あ、いただきます」




姉がユキの持っていたカップを受け取り、口をつけた。




ユキ「あまり進みは芳しくないようですね」

姉「う……すみません、頑張ります」

ユキ「いえ、いいんですよ。 少し余裕がありますから」




ユキが自分のデスクについて、姉の方を向いた。

ユキ「最近、元気がないように思えます。 なにか悩みごとでも?」

姉「……いえ、大したことではないんです。 大丈夫です」

ユキ「そうですか……」




ユキがカップに口をつけ、コーヒーを口に含んだ。




ユキ「……姉さんがここに勤めて、もう三年目になりますね」

姉「はい」




妹が高等部に入り、姉がこの役場で働くようになってから、三年が経過した。
姉やユキの尽力により、この田舎町の人口は今、少しずつ増えつつある。




ユキ「妹さんは……今年で卒業ですね」

姉「……はい」

ユキ「進路は決まっているのですか?」

姉「……まだ、わからなくて。 聞いてみようとも思ったんですけど……」

ユキ「……それが、悩みなのですね」

姉「……」




姉が俯く。




ユキ「妹さんがどのような判断を下すのか……私にはわかりません。 ですが、もし迷っているようでしたら、うちの課に来るのも一つの道だとお伝えください」

姉「……ありがとうございます、話してみます」

――――――――――――――――――――――




その頃、妹は。




先生「呼び出してごめんなさいね、妹さん」

妹「いえ……それで、話とは?」




放課後の高等部の教室に、妹はいる。
高等部の先生に呼び出されたのだ。




先生「察しはついてると思うけど……進路の話よ」

妹「ですよね……」

先生「姉さんも、最後の最後まで悩んでいたわ。 結果的に就職に決めたけど……」

先生「あなたは、どうしたい? 姉さんと同じ道を進むか、別の道を進むか」

妹「……」




妹が俯き、膝の上で両手の人差し指をくるくると動かした。

先生「あなたの成績は申し分ない。 大学に行くというのなら、ぜひ行ってほしいと思ってる」

先生「けど、決めるのはあなただから。 申し訳ないけれど……あまり時間はないの」

妹「……わかっています」




俯いたまま、妹は答えた。




先生「……悩み事があるなら、先生は聞くわよ?」

妹「いえ、悩みというよりかは……あと一歩が踏み出せなくて」

先生「そう……」

妹「……でも、もう、覚悟は決めました。 ……先生」

先生「はい」




妹が顔を上げて、先生の目をまっすぐに見た。

妹「わたし、お姉ちゃんと同じ道を進みます」

先生「それは……就職する、ってこと?」

妹「はい。 ですが、卒業してすぐに、というわけではありません」

先生「つまり……?」

妹「大学で勉強して……それから、この町の役場に就職します」

先生「決めたのね?」

妹「はい」

先生「わかったわ。 どこの大学に行くかは考えてる?」

妹「はい。 トモちゃんたちの行く大学を考えてます」

先生「そう、去年のハルさんと同じ所ね。 妹さんの成績なら無理じゃないわね。 ここからは遠いから一人暮らしになると思うけど、大丈夫?」

妹「はい……少し、アテがあるので」

先生「そう。 何か心配なことがあったら、いつでも相談してね」

妹「わかりました、ありがとうございます」

先生「じゃ、これで用事はおしまい。 ごめんなさいね、残らせちゃって」

妹「平気です。 わたしこそ、心配をかけてしまって」

先生「いいのよ。 教え子を気にかけるのも、大切な仕事なんだから。 もちろん、仕事だけじゃなくて、人としても、ね」

妹「……ありがとうございます。 それでは、失礼します」

先生「ええ。 気をつけて帰ってね」




一礼をして、妹が教室を出た。

妹「……ふう。 さてと……」




学校を出てから、妹はポケットからケータイを取り出した。




妹「……」




電話帳アプリを開き、ある人物の電話番号を表示させる。




妹「……出てくれるかな」




少し躊躇いながらも、妹は発信ボタンを押した。




妹「……」




コール音が二、三度続いて。




妹「……あ」




コール音が途切れ、相手が電話に出た。




妹「もしもし……その、久し振り。 わたしだよ…………お父さん」

―――――――――――――――――――――――




再び月日が流れ、とある冬の日。




妹「……お姉ちゃんに避けられてる気がする」




大学進学を決めた、妹。
それから数ヶ月間、そのことを姉に伝えようとするも、姉は進路の話をやんわりと避けているようで。
それどころか、最近では会話すら少なくなってきてしまった。
そのうえ、仕事の帰りも遅くなってきて、妹が姉と会えるのは朝の短い間のみになってしまった。




妹「うう、せっかく覚悟を決めたのに……。 揺らいじゃう前になんとか伝えないと……」




朝の短い間では、会話すらままならない。
しかも姉は、どうも妹のことを避けているらしく。

妹「言おうと思ってからかれこれ何ヶ月か経ってるわけだけど……ううむ……」




妹としても、なかなか言い出す勇気が出ないのも事実で。
今の状況と揺らぐ妹の気持ちが、余計に妹自身をやきもきさせている。




妹「……ユキさんに相談してみようかなぁ」




妹が、ポケットからケータイを取り出した。
初めてユキと会ったときに、アドレスの交換は済ませてある。




妹「迷惑かもしれないけど……ごめんなさい、ユキさん」

―――――――――――――――――――――――




一方その頃、役場では。




ユキ「……姉さん、無理していませんか?」

姉「ん。 なんですか、急に?」




キーボードを打つ手を止めて、姉が顔を上げた。




ユキ「ここ最近の姉さんは、休日も返上して働きっぱなしです。 もちろん姉さんの頑張りは評価しますが、無理は禁物ですよ?」

姉「これくらい、大丈夫ですよ。 すみません、心配をかけてしまって」

ユキ「いえ、それは構わないのですが……あら、すみません」




ユキのポケットの中のケータイが震えた。

ユキ「……」




誰からのメールかを確認してから、ユキが届いたメールを開いた。




ユキ「……姉さん」

姉「はい?」

ユキ「明日は休んでください」

姉「え? ですから……」




ユキが無言で、自らのケータイを姉に渡した。
姉はよくわからないというような表情でそれを受け取り、画面を見た。




ユキ「妹さんからのメールです。 今送られてきました」

姉「妹が……?」




姉はメールに書かれている文面を読んでみた。
メールには、顔文字や絵文字を交えてこう書かれている。
『こんにちは、妹です。 お姉ちゃんがお世話になってます。 お忙しいところ、すみません。
実は、お姉ちゃんのことで相談があります。 最近休みなく働いているので、休ませてあげてほしいということと、わたしから話したいことがあるのでそのための時間がほしい、ということです。
休みなく働いているということは、忙しいのだとは思いますが……よろしくお願いします。』

姉「……」

ユキ「妹さんは、姉さんに話したいことがあるそうですね。 ……内容は、なんとなく察しがつきませんか」

姉「……はい」

ユキ「これは個人の家庭内のお話なので、口を挟みたくはないのですが……姉さんには、妹さんの話を聞く義務があります。 妹さんにも、姉さんに話す義務があります」

ユキ「今回の決断は、とても勇気のいることです。 姉さん、あなたも味わったはずですよね」

姉「……はい」

ユキ「姉さんが決断し、妹さんに話そうとしたとき……妹さんは、あなたから逃げましたか?」

姉「…………ちゃんと、聞いてくれました」

ユキ「……では、今の姉さんはどうでしょうか」

姉「…………」




姉が、俯く。

ユキ「……私は、姉さんを責めているわけではありません。 姉さんがとても辛い思いをしていることは、見ていてとても感じます」

ユキ「けれど辛いのは姉さんだけではないはずです。 ……そうでしょう?」

姉「……そう、ですよね。 妹だって、辛いはずですよね」

姉「なのに、私は……自分ばっかり逃げて……」




もじもじと膝の上で指を弄びながら、姉が呟く。




姉「……聞かなきゃ、ダメなんですよね」

ユキ「はい」

姉「怖い……けど、妹の答えはもうわかってるから……」




姉が、顔を上げた。

ユキ「では、明日はお休みということで?」

姉「はい。 しっかり……妹の話を聞こうと思います」

ユキ「そうしてあげてください」




ユキが微笑み、席を立った。




ユキ「では、私は町長に話を通しておきますね」

姉「ありがとうございます」

―――――――――――――――――――――――




その日の夜。




姉「ただいまー! ……あ、いい匂いがする」




姉が帰宅すると、玄関までいい匂いが漂ってきていた。




妹「あ、おかえりなさーい」




エプロン姿にお玉を持ってという、なんともベタな格好で、妹が姉を出迎えた。



姉「ただいま。 今日はカレー?」

妹「うん。 お姉ちゃん、好きでしょ?」

姉「んふふ、私は妹がつくってくれたご飯ならなんでも好きだよ」

妹「……それは嬉しいけど。 先にお風呂入る?」




少し照れながら、妹が尋ねた。




姉「そうしよっかな」

妹「ならちょうどよかった。 わたし、ついさっき入っちゃったから。 温めてあるから、すぐに入れるよ」

姉「ありがと。 入ってくる」

―――――――――――――――――――――――




姉「……妹の進路、か」




湯船に浸かり、姉がそう呟いた。




姉「きっと、もう決まってるよね……。 私と違って、妹は決断が早いから」




姉も、妹の進路は予想がついている。
けれど、妹の口からそれを直接聞くのが怖いのだ。




姉「……私だけ逃げてちゃ、ダメなんだよね。 妹だって、辛いはずなんだから」




妹だって辛いはず。
それは、妹の今までの行動を見てきた姉にはわかる。
これまで姉は、妹が進路の話をしようとした時に、先を聞くまいと避け続けてきた。
話題を変えたり、その場から逃げ出したり。
けど、それなら無理にでも話を続ければよかっただけだし、逃げ出した姉を捕まえて聞かせることだってできたはずなのだ。
妹なら、それができた。
けれど、妹はそれをしなかった。
それはきっと、妹にとっても辛い決断だったからだ。




姉「明日……私、大丈夫かな……? ちゃんと妹の話を聞いてあげられるのかな……?」

―――――――――――――――――――――――




姉「ふう……上がったよ~」

妹「あ、お姉ちゃん。 夕飯の準備できてるから、座って座って」

姉「ん、ごめんね。 手伝えなくて」

妹「いいよいいよ、仕事で疲れてるだろうし」

姉「……ごめんね」

妹「だから大丈夫だよ。 ほら、冷める前に食べて」

姉「うん。 いただきまーす」

妹「いただきます」

姉「んむ……やっぱりカレーは美味しいね!」

妹「だね」

姉「……それでさ、妹」

妹「うん?」

姉「私、明日お休みなんだ」

妹「明日? ふうん……そっか」

姉「うん、ユキさんがお休みをくれたから。 だから、明日は家でゆっくりしよっかなって」

妹「それがいいよ。 お姉ちゃん、ここ最近働きづめだったしさ。 たまには休まなきゃ」

姉「うん、そうする」

―――――――――――――――――――――――




夕食後。




妹「……明日、か」




お皿を洗いながら、妹が呟いた。
姉は自分の部屋に戻り、休んでいる。




妹「きっと、ユキさんが計らってくれたんだよね。 これが最後のチャンスかな……ここで言えなかったら、この先言えそうにないから」

妹「だから……わたしも、覚悟を決めなきゃ」




そう呟きながら、最後のお皿を食器棚にしまう。




妹「よしっ。 お皿洗いおしまいっと」

―――――――――――――――――――――――




そんなこんなで、翌日。




姉「……」ムクリ

姉「……結局ぜんぜん寝れなかった……」




姉がベッドから起き上がり、目を擦った。




姉「はぁ……」




ひとつため息をついてから、立ち上がる。




姉「妹、もう起きてるかなぁ……起きてるよねぇ」




おそるおそるといった様子で姉が自室のドアを開き、外を覗いた。

姉「このにおい……朝ごはん作ってるのかな」




廊下には、ふわりと漂う料理の香りが。




姉「うう、顔出しづらいなぁ……」

妹「……あ」

姉「あ」




姉がドアの隙間から顔を出したまま躊躇っていると、キッチンから顔を覗かせた妹とばっちりと目が合った。




妹「え、えと……朝ごはん、できたよ?」

姉「う、うん……」




おずおずといった感じに、姉が部屋を出た。

―――――――――――――――――――――――




姉「……」

妹「……」




どことなく気まずい空気が漂う、朝の食卓。




姉「……あのさ」

妹「う、うん」

姉「……やっぱ、なんでもない」

妹「……ん」





沈黙が降りる。

妹「……お姉ちゃん」

姉「うん?」

妹「……えっと」

姉「……」

妹「……」




先を促すべきだとわかっていても、何もできず。
先を話さなければならないと思っても、切り出せず。
もどかしい空気のまま、ただ時間だけが過ぎていった。

―――――――――――――――――――――――




そんなこんなで。




姉「ごちそうさまでした」

妹「お粗末さまでした」




結局何の進展もなく、夕飯が終わってしまって。
せっかくの休日が、特に何事もなく終わろうとしている頃。




姉「…………ちがああああう!!」




ついに業を煮やした姉が、叫んだ。

妹「わっ、なっ、なに!?」ビクッ

姉「妹っ!!」

妹「は、はいっ」

姉「そのっ……あのっ……」

妹「……」

姉「……っ」




姉が妹から視線を逸らし、俯いた。




姉「……進、路の話、でしょ」

妹「……お姉ちゃん」

姉「……昨日ね、ユキさんが妹から届いたメールを見せてくれて」

妹「そっか……うん、そう。 進路の話」

妹「……聞いてくれる?」

姉「…………うんっ」




膝の上で拳を握りしめ、姉が頷いた。

妹「……お姉ちゃん、わたしね」

姉「……っ」




姉がぎゅっと目を閉じ、唇を噛んだ。




妹「……大学に、行くことにしたの」

姉「…………」




姉にはわかっていた。
妹ならこう言うだろうと。
けれど、どこかで。
心の隅のほうのどこかで、もしかしたら私と同じ道を歩んでくれるかもしれないと。
そう考えてしまっていたから。

妹「お、お姉ちゃん……?」

姉「ふぇ……」




覚悟を決めていたはずだった。
何を言われても動揺しないと。
けれど、こうして妹の口から直接言われるのが、こんなにも辛くて。
溢れる涙が止められなくなるほどなんて、姉には考えられなかった。




姉「っ……!」

妹「あっ、おっ、お姉ちゃっ……!」




姉が立ち上がり、咄嗟に駆け出す。
突然の出来事に妹は姉の後をすぐには追えず、玄関のドアが閉じた音を聞くだけだった。

―――――――――――――――――――――――




姉「ひっく……ぐすっ……」




時刻は夜。
春が近くはあるが、まだまだ冬。
日が落ちた田舎町に吹く風は、とても冷たい。




姉「わた、しっ……サイテーだ……っ」




ここは、姉妹がよく使っているバス停。
そのベンチに姉が腰かけ、泣いていた。
必死に涙を抑え込もうとしても、次々と溢れて、頬を伝っていく。




姉「ちゃんと、聞かなきゃいけないのにっ……もう逃げないって、決めたのにっ……」




涙を堪えるのを止めて、姉が俯いた。
ぽつぽつと、姉の膝に涙が降る。
一際冷たい風が吹き、姉の頬を撫でた。

姉「ん……さむ……」

「お姉ちゃん」ピト

姉「わひゃああっ!? あっっつぅぅっっ!?」




姉が頬に感じた突然の熱に振り向くと、妹が缶の飲み物を持って立っていた。




姉「い、妹……」

妹「上に何も羽織らないで外に出て……風邪引いちゃうよ?」ギュ

姉「あ……」




背中から、妹が姉を抱きしめた。

妹「これ。 買ってきたからあげる」

姉「……ありがと、妹」




姉が、コンポタとプリントされた缶を受け取る。
栓を開けて、ちびちびと飲み始めた。




妹「……わたしね」

姉「……うん」

妹「すっごく悩んだよ。 ほんとは、このまま卒業して、お姉ちゃんをすぐに支えたかったから」

妹「でもね……今のわたしじゃ、お姉ちゃんを支えてあげられない。 今のわたしじゃ、力不足だから」

姉「そ、そんなこと……」

妹「……そう言ってくれるのは嬉しいよ。 でも……今のわたしじゃ、ユキさんほどの知識がないから。 だから、力不足なの」

妹「今までわたしがお姉ちゃんを支えてあげられたのは、お姉ちゃんより知識があったから。 でも、ユキさんのそれはわたしよりももっとあるから」

妹「だから……大学で勉強して、いっぱい知識を持って。 お姉ちゃんだけじゃなくて、ユキさんも支えられるくらいになって……絶対に、帰ってくるから」

妹「だから……わたし、大学に、行くよ」

姉「妹……」




妹の姉を抱きしめる力が、強くなる。

妹「ごめんなさい……ほんとはわたしから話すべきだったのに、お姉ちゃんに……」

姉「いいよ……こういう時くらい、お姉ちゃんらしさを見せなきゃ。 ……結局、こうやって逃げ出しちゃったけどさ」

妹「おねえちゃん……わたしっ……ぐすっ……」

姉「……っ」




ぐっと姉の背中に顔を押し当て、妹が泣きじゃくる。
妹の泣く姿を見るのはかなり久しぶりだった故に、余計に姉を辛くさせた。

―――――――――――――――――――――――




姉「……落ち着いた?」




妹の嗚咽が弱くなってきた頃に、姉が尋ねた。




妹「……うん」

姉「妹の泣いたとこ、久しぶりに見たよ」

妹「うぅ……」




恥ずかしそうに、妹が姉の背中に顔を押し付けた。


姉「大学ってさ、どこの大学にするの?」

妹「トモちゃんと……ハル先輩と同じとこ」

姉「そっか……やっぱり、ここからは行けないんだね」

妹「うん……」

姉「じゃあ、一人暮らしかな」

妹「……んとね、その大学、なんだけど」

姉「うん?」

妹「家から……近いんだよね」

姉「家から? え、遠くない?」

妹「ううん、ここの、じゃなくて……」

姉「……それって」

妹「うん。 お父さんの家……わたしたちが元々住んでた家のこと」

姉「そこに住むってこと?」

妹「うん。 お父さんにはもう話してあるから」

姉「……あの人は?」

妹「離婚したんだってさ。 わたしたちが家出してすぐに」

姉「……なんだか迷惑かけてばっかりだね、私たち」

妹「……うん」




沈黙が降りる。
今度は気まずい沈黙ではなく、事実を噛みしめるために訪れた沈黙である。

姉「……ね、妹」

妹「ん?」

姉「私もね、悩んでることがあるんだ」

妹「お姉ちゃんでも悩むことってあるんだ?」

姉「あるよっ! 真面目なことなのっ!」

妹「はいはい。 それで?」

姉「もう……妹のことだよ」

妹「わたし?」

姉「うん。 私が妹を縛っちゃってるんじゃないかって話」

妹「……どういうこと?」

姉「ほら、妹は私を支えたいって言ってくれるじゃん」

妹「うん」

姉「それがさ、妹を縛ってるんじゃないかって思うんだ」

妹「……うん?」

姉「ほら、私のせいで妹のやりたいこととか、妹の夢とか、全部台無しになってるんじゃないかな~って。 私、頼りないし……」

妹「……なんだ、そんなこと」

姉「け、結構真剣に悩んでるんだけどなあ!?」

妹「悩まなくていいよ、そんなこと。 お姉ちゃんのバカ」

姉「うっ……た、確かにバカだけど……」

妹「……前に言ったよね。 わたしは、お姉ちゃんを支えたいって」

姉「……うん」

妹「それが、わたしの夢だから。 ずっとお姉ちゃんの傍にいて、ずっとお姉ちゃんを支えてあげたいの」

姉「……なんかそれ、プロポーズみたいだね」




照れ笑いを浮かべながら、姉が言った。

妹「わたしもちょっと思った」




妹も、照れたように笑う。




姉「……嬉しいよ、妹。 すっごく」

妹「お姉ちゃん……」

姉「私も、妹にずっと傍にいてほしいよ。 それに、支えられるだけじゃなくて、私も妹を支えてあげたいよ」

姉「だから……妹が帰ってくるまでに、頼りになる、妹を支えてあげられるようなお姉ちゃんになるから。 約束ね」

妹「……うん、期待してる」

姉「うん! あっ、あともうひとつ!」

妹「今度はなに?」

姉「これもね、すっごく大切な悩みなんだけど」

妹「うん」

姉「それはね……」

妹「……ごくり」




神妙な面もちで、姉の話に耳を傾ける妹。

姉「……しすたーしすたー、どうしよう」

妹「…………」

妹「は?」

姉「だから、しすたーしすたーどうしよう」

妹「……あ、あー……そうだね、確かにわたしがいなくなるとしすたーしすたーは成り立たなくなるよね……」

姉「うん。 やっぱり解散かなぁ……私もそろそろアイドルを語るには限界な気もするし……年齢的に」

妹「うーん……確かにちゃんと考えなきゃいけない部分だよね」

姉「そだよ! うちのメインの稼ぎ頭なんだから!」




力強く手を握りしめ、姉が言った。

妹「まあ、解散はしょうがないと思うけど……後継者を探さなきゃね」

姉「だよねぇ……まあ、こっちで探しとくよ。 妹は受験勉強があるし」

妹「ごめんね」

姉「ううん、大丈夫。 こっちには強い強い味方がいるからね」

妹「強い強い味方……?」

姉「うん。 ユキさん」

妹「ああ……」

姉「きっとユキさんにしすたーしすたーの後継者を選んでもらえれば、心配要らないと思うんだよね」

妹「というか、やっぱりわたしたちじゃないとダメだって後継者が決まらないような気もするけどね……」

姉「……まあ、ほら、私たちもシロートだったし、少しは歌って踊れるような子だと見栄えもいいよね」

妹「かなあ……お姉ちゃんとしては、やっぱりわたしたちみたいな姉妹がいい?」

姉「できれば姉妹がいいけど……そもそもこの町には姉妹が少ないから」

妹「あー……」

姉「でも、ネットの声には姉妹だからこそいいってあるし……」

妹「……難しいね」

姉「ほんとにね。 というか、ここまで人気が出るとは思ってなかったし……」

妹「だねぇ……」




姉妹が揃って、空を見上げる。
未だ冬ということもあり、空気は澄んでいて、空には綺麗に星が輝いていた。

姉「……もうすぐ春だね」

妹「うん。 春が来る前に、わたしは受験かな」

姉「受験って、やっぱりあっち行って受けるの?」

妹「うん。 終わったらちゃんと戻ってくるよ」

姉「そっか……」




姉が、妹の手を顔まで持ってきて、頬に当てた。




姉「……つめたい」

妹「お姉ちゃんのほっぺはあったかいよ?」

姉「私は寒いままなんだけど!」

妹「上着も着ないで飛び出すからでしょ、まったくもう」

姉「うっ……」

妹「……帰ろっか」

姉「……うん」

―――――――――――――――――――――――




それから再び時間が経ち。
妹は無事受験を終えて、今日はその合格発表の日である。




妹「……」




妹は緊張で手が震えながらも、合格発表を見るためにパソコンを立ち上げた。
ブラウザを開き、大学のホームページを開いて、合否結果のページへ。
ずらりと番号が並んでいる中から、自分の受験番号を探す。




妹「あ、ある、かな……」




ようやく自分の受験番号に近い番号を見つけ、スクロールの速度を緩める。




妹「…………あ」




その中で、たった一つだけ、見慣れた数列が。

妹「……」




手元の受験票と数字ひとつひとつを見比べ、間違いがないか確認をして。




妹「……あった……わたし、受かってた……?」




もう一度確認。
間違いない。
妹の受験番号である。




妹「はああああぁぁぁぁ…………」




机に脱力。




妹「よかったぁ……受かってたぁ……」




こんな感じで、しばらく合格の余韻に浸っていると。




妹「……あっ! そうだ、お姉ちゃんに伝えないと!」




ハッと気が付いて、慌てて部屋を飛び出していくのだった。

―――――――――――――――――――――――




妹「お姉ちゃんお姉ちゃんっ!」

姉「うわっ!? なっ、なにっ!?」




妹が慌てて駆け込んだのは、ぐっすりと眠りこけていた姉の部屋。
姉は今日が妹の合格発表の日だと知っていたので、あらかじめ休日を取っておいたのだ。
もちろん、緊張でまったく眠れず、早朝になってようやく眠れた故の寝坊である。




妹「受かってたっ! 受かってたよっ!!」

姉「羽化……? え……?」




寝ぼけ目のまま、姉が妹を見る。
その目が、徐々に覚醒してきて。




姉「羽化……受か……受かって……」

妹「そう、大学! 合格したの!」

姉「あ……」




妹が大学に合格した。
寝ぼけていた姉も、ようやくその事実を理解した。




姉「そっか……そっかぁ、合格、したんだね……」

妹「うん!」

姉「おめでとう、妹……おめでと……ひっく、うぅっ……」

妹「お、お姉ちゃん!?」




姉の目から、涙が零れ落ちた。

姉「ごめ、んねっ……私っ、ひどいこと、考えてて……っ」

姉「妹が、合格しなければいいのにって……そしたら一緒にいられるのにって……」

姉「ごめん、ごめんなさいっ……覚悟はできてたはずなのに、なのに、私っ、私っ……」

妹「……まったくもう、お姉ちゃんは素直なんだから」

姉「んぁ……妹……」




姉を抱きしめて、妹が微笑んだ。




妹「わたしもね、ちょっと思ったんだ」

姉「え」

妹「もし落ちてたら……このままお姉ちゃんと同じとこに就職して、そのままずっと一緒にいられるなぁって」

妹「昨日の夜、そのことばっかり考えてて。 もしかしたら落ちたほうがいいのかもって、思っちゃって」

妹「でも、やっぱり今のままじゃダメだから。 今よりもっとお姉ちゃんを支えてあげられるようになりたいから」

妹「だから、わたし、行くよ。 大学に」

姉「……うん。 妹なら、そう言うかなって思ってた」




涙を拭って、姉が微笑む。




姉「じゃ、今日はお祝いだね! 妹の合格を記念して!」

妹「あはは、そだね」

姉「よっし、ご馳走のための食材を買いに行くよ!!」グイッ

妹「わあっ!? ちょっ、ちょっと待ってっ!! わたしたちまだ着替えてないからああっ!!」

―――――――――――――――――――――――




それから。




姉「ふわあ……まだちょっと寒いねぇ」

妹「ん……」




春になりたての時期。
姉妹は今、バスの停留所にいる。
妹の傍らには大きなバッグが置いてあった。




姉「……ほんとに、行っちゃうんだね」

妹「……ごめんなさい」

姉「あっ、いやっ、別に責めてるわけじゃないよ? ただ、行っちゃうんだなって思うと、寂しいなって……」




今日は、妹が町を出る日である。
早めに家を出たせいか、バスが来るまで多少余裕がある。

妹「ちゃんと帰ってくるから。 その時まで我慢我慢」

姉「うん、我慢……できるかな」

妹「わたしだって辛いし、寂しいし……でも、これを乗り越えたら、もうずっと一緒にいられるから」

姉「……そっか。 そっか、そっか……なら、頑張れるかも」

妹「うん。 というわけで、一つだけ約束してほしいの」

姉「なに?」

妹「わたしが帰ってくるまで……なにかよほどのことが起きない限り、連絡は取らないようにしよう?」

姉「えっ!? なんでよ!?」

妹「だって……お姉ちゃんとメールするだけでも会いたくなっちゃうし、声を聞くのなんてもちろん耐えられないし」

姉「う……確かに、私もそうなるだろうけど……」

妹「だから、メールするの禁止。 電話も禁止」

姉「が……頑張る」

妹「でも、本当に辛くなったときは電話してくれてもいいよ?」

姉「ん……」




少し不貞腐れたように、姉がそっぽを向いた。

姉「……じゃあ、私からも、一つだけ約束して」

妹「うん」

姉「……浮気は、ヤだからね」




不安そうな目で、姉が妹を見た。




妹「……」

姉「……な、なんか言ってよ」

妹「……はあ」

姉「なっ、なんで溜息なの!? 個人的にはすごく大切なことなんだけど!!」

妹「わたしが、浮気するように見える?」

姉「う……で、でも、わかんないじゃん? 世の中何が起きるかなんて……」

妹「するわけないよ。 わたしはずっとお姉ちゃん一筋だし、これからもお姉ちゃん一筋だから」

姉「……妹」

妹「安心した?」

姉「……うん、すっごく。 私も浮気なんてしないから……だから、安心して、行ってきてね」

妹「うん」




妹が微笑む。

妹「……そろそろバス、来るね」

姉「……うん」

妹「……あのさ」

姉「ん?」

妹「キス、してもいい?」

姉「……うん」




姉が目を閉じて、妹に顔を向けた。




妹「ん……」

姉「んぅ……」




妹が、姉の唇に自らの唇を重ねた。
しばらくして、離れる。

姉「……ちゃんと覚えとかないとね。 この感触」




つつ、と人差し指で唇をなぞって、姉が言った。




妹「……好きだよ、お姉ちゃん」

姉「うん。 好きだよ、妹」




お互いに泣きそうになりながら、抱き合う。
そこに、バスがやってきた。

妹「……来ちゃったね」

姉「……」




妹が姉から離れようとするも、姉が妹を離さない。




妹「お、お姉ちゃん?」

姉「……ごめん、もうちょっとだけ」




妹の肩に強く顔を押し当ててから、姉が離れた。




姉「ふうっ……四年分の妹分、もらっといたからね!」

妹「ぷっ……なら、四年間会えなくても安心かな?」

姉「どんと来い! で、でも、四年後にはちゃんと帰ってきてね……?」

妹「もちろん」




にっこりと笑って、妹がバスに乗り込む。
その妹の腕を、姉が咄嗟に掴んだ。




姉「……行ってらっしゃい、妹」

妹「……うん。 行ってきます、お姉ちゃん」




姉が、妹の腕を離す。
少し姉妹が見つめ合ってから、妹がバスの中へと入っていった。
クラクションが鳴り、バスが発車する。

姉「妹……」




走り去っていくバスを見て、姉が呟いた。




姉「……よしっ、決めたっ! 妹が戻ってくるまでに、この町をもっといい町にしてみせるっ!」




ぐっと拳を突き上げ、姉が高らかに宣言した。




姉「だから……妹に負けないように、私も頑張らなきゃね。 私は、妹のお姉ちゃんなんだから!」

完結です。
このSSは
姉妹「 「とある田舎町の姉妹の冬」 」
の続きとなっておりますので、お時間があればそちらもどうぞ。

やってやりました。
一年間すみませんでした。

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