海未「園田海未役の園田海未です」 (68)

※アホなことを落書きします。
 まともなラブライバーの方は、どうか読まずにそっと閉じてください。

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私はよく緊張する。
緊張すると、おもわぬことを口走ることがある。
幼いころ、ことりに向かって「おかあさん!」と言ったり、穂乃果に向かって「おねえちゃん!」と言ったりした。
今でも、授業中に急に先生に当てられると、「ことりのおやつになりたいです」とか、「ほのまんたべたいです」とか、零しそうになる。

エラい学者さんによれば、言いマチガイというのは深層心理の発露らしい。
押さえこまれた心は、もはや押さえこんだ当人にも気づかれることはない。
それがおもわぬ拍子に言葉になって零れでるなんて、おっかないことではないか。
私は、そんなふうになるまで、私というものを押さえこんでいるのだろうか?
じぶんのことというのは、じぶんでも、よくわからないものだ。
よくわからないので、とりあえず私は緊張する場面をなるべく避けるようにしている。

穂乃果「ラブライブ予選の報告もかねて、大勢のひとの前で話す練習をしよう!」
真姫 「ではさっそく、知り合いの放送部員に相談してみるわ」
海未 (やらないぞ…私はやらないぞ…)
にこ 「それはいいけど、誰が放送するの?
    みんなでやると時間がかかりすぎるわよ」
穂乃果「えーとねー、海未ちゃんと、花陽ちゃんかな!」
花陽 「ひええ、わ、わたしですかぁ?」
海未 「なぜ私たちなのですか?」
   (これはまずい、非常にまずいぞ…)

穂乃果「だって、なんか二人がさっきからソワソワしてるから、こういうの慣れてないのかもって思って。
    だーいじょーぶだよー、ふだんアイドルやってるんだから、これくらいカンタンでしょ」

天使のように朗らかな穂乃果は、知らないのかもしれない。
人まえで話すというのは、口べたな人間にとっては、歌うときとはまた違う緊張をもたらすものなのだ。
私が恥をかいたら、穂乃果は責任をとってくれるのか?
緊張のあまり、「穂乃果のつくったお味噌汁が飲みたいです」とか口走ったりしたら、ちゃんと責任をとってくれるのだろうか?
あれ、何だか興奮してきた。緊張もしてるけど。

穂乃果「さあ、それでは海未ちゃんからどうぞ!」

機器の電源が入った。もう逃げられない。
私は、「味噌汁、味噌汁」と心のなかでつぶやきつつ、椅子にすわった。
マイクに口を近づけたところで、はじめて気がついた。
穂乃果との新婚生活の想像でアタマがいっぱいで、何を言うかぜんぜん考えていなかった。
私のアタマは、エプロン姿でお豆腐を刻む穂乃果だけを残し、真っ白になった。
穂乃果のつくるお味噌汁はきっとおいしいが、今の状況はとてもまずい。
と、とりあえず、まずは自己紹介から…

海未 「え、えっと…園田海未役をやっている園田海未と申します」

やらかしてしまった。
みんなはこの発言を、世人のセンスを超越した「ラブアロー・ジョーク」の一種として聞き流してくれた。
しかし私だけは聞いてしまったのだ。
私の心の深層にひそむ、もうひとりの私の、心の声を。
そう、この言いマチガイは、私が押さえつけたもうひとりの私の声だったのだ。

「お前は園田海未を演じている役者にすぎない、ほんものの私はここにいるのだ。
 私はいつでも、言いマチガイによってお前のセリフを邪魔する準備ができているのだ」

私は、あのときの私の発言を、そんなふうに解釈した。

私のあとに発言した花陽も、緊張しているようだった。

花陽 「あ、あの…小泉花陽です。すきな食べものは、ごはんです」

彼女はこの発言の意図を、「私、ごはんが好きだから、つい…」と言いわけしていた。
しかし私だけは、聞いてしまった気がする。
花陽の心の深層にひそむ、もうひとりの花陽の、心の声を。
そう、この発言は、花陽が心のシャモジで押さえつけたもうひとりの花陽の声だったのだ。

「お前は小泉花陽と名乗っているが、ほんもののお前は、お前の身体をつくっているごはんなのだ。
 私(=お前=ごはん)はいつでも、おかわりへの欲求によって、お前のダイエットを邪魔する準備ができているのだ」

私は、あのときの花陽の発言を、そんなふうに解釈した。
「ちょっとその解釈は強引なんじゃねーの」という心の声が聞こえてくる気もするが、たぶん気のせいだ。

海未 「花陽、あなたの正体がごはんであるとしても、私はあなたの味方ですよ」
花陽 「ワタシ、ゴハンニナッチャッタノォ?
    えーと…よくわからないけど、海未ちゃん、ありがとう!」
凛  (本日二発目のラブアロー・ジョークが炸裂したにゃ)
希  (海未ちゃん、じぶんもボケたいからって、なにもそこまでシュールなネタに走らんでも…)

私は、花陽の味方として、これからも彼女を支えていこうと思う。
私にできることはごくわずかだが、ダイエットの手伝いくらいはできるかもしれない。
だが、それと同時に、私じしんの問題にも対処しなければならない。
そう、園田海未に園田海未を演じさせている、もうひとりの園田海未…何だかこんがらがってきた。

【数日後、音楽室】

海未 「…というわけなんです」
真姫 「なるほどね。
    だいたいわかったけど…音楽室は相談室じゃないのよ。
    ねえ海未、あなたの悩みが深刻なものだとしたら、私ではなく保健室の先生とか、お医者さんとかに相談すべきじゃないかしら。
    私はあなたの後輩にすぎないんだから」

海未 「たしかにそうです。
    しかし、まだそれほど頻繁に言いマチガイをしているわけではありませんし、まずは友人に相談してみようと思ったんです。
    そうすると、いちばん詳しそうなのは真姫かなと…
    だって真姫、私たちのアタマをカッサバいてみたいのでしょう?」
真姫 「物騒な言いかたはやめてよ。
    たしかに私は、医師をめざしている以上、人間の体や心のしくみに関心はあるけど。
    でも私には、まだわかんないわ。
    こういう問題に関しては、あまり軽々しいアドバイスはしちゃいけない気がするの」

海未 「わかりました。
    それでは、私の考えを手伝うことだけでも、してくれませんか?」
真姫 「ええ。もちろん。
    それくらいなら私にもできると思うわ」
海未 「それではさっそく、先ほど話した、園田海未に園田海未を演じさせている、もうひとりの園田海未について…」
真姫 「まって!
    海未がいっぱい出てきて、アタマのなかがトマトピューレになりそうよ。
    いま出てきた3人の海未っていうのは、いったい何者なのよ」
海未 「何だかスプラッタな比喩ですが、アタマがコンガラガッているということですね。
    しかし真姫、かしこいあなたにしては愚問ですね。
    海未は私ですよ。フフフ」
真姫 「混乱を助長するようなことはヤメテ!
    とりあえず整理するために、記号でもふったみたら?」

海未 「分かりました。では紙に書いてみましょう。
    えーと、いらない紙は…」

私はカバンの中から化学の先生が丹精こめて作ったプリントを取りだし、その裏に以下のメモを書きつけた。
(注:学校で配られたプリントは、だいじに扱いましょう)
なお、この落書きは、のちに化学の先生に発見され、3点のボーナス得点をいただくことになる。
これにより私は、恋の化学式の伝道師として穂乃果とことりに崇められることになるが、それはまた別の話だ。

【メモ】
ここにいる園田海未(海未A)
演じられた園田海未(海未B)
隠れている園田海未(海未C)

真姫 「うーん、なるほど」
海未 「海未Aというのは、ここにいる、身長159センチ、スリーサイズ●●(以下ノ数字ハらぶあろー検閲ニヨリ削除)の肉体をもった私のことです」

真姫 「そーすると、海未Bっていうのは何なの?
    私には、これを海未Aと分ける理由がまだ飲み込めないんだけど」
海未 「役者と役者によって演じられた人物は、区別する必要があると思います。
    いわば、海未Aという役者が、海未Bという役を演じているわけです。
    海未Bは、ときにμ’sの一員としての海未であり、ときに弓道部の一員としての海未であり、ときに生徒会副会長としての海未なのです」

真姫 「ははあ、わかってきたわ。
    そして、そのほかにまだ、海未Cがいるというわけね」
海未 「ええ、押さえこまれ、心の奥底に隠された私です。
    こいつがこの前、放送室で海未Aに言いマチガイをさせた張本人なのです。
    あれ、まてよ、本人ていうのは私のことだから、ええと…
    何だか私もコンガラガッてきましたが、とにかくこいつは、いつも隠れて私にチョッカイをだしてくるんです」
真姫 「もう私のアタマのなかは、トマトピューレからトマトジュースになっちゃったわ」
海未 「これまたスプラッタな比喩ですが、アタマのなかがもうグチャグチャになっているということですね」

海未 「ところで、AとかBとかCっていう記号は、人の名前につけるにはあまりにも無味乾燥じゃありませんか」
真姫 「そうかもね。
    でもこの場合はしょうがないんじゃない?」
海未 「作詞家の魂が、『スノハレのときみたいに、名前をつけようか』と叫んでいます。
    例えば海未Cは、私を陰で操る黒幕だから…」
真姫 「あなたの言いそうなことはだいたい分かるわ。
    シャドー園田とでも言いたいんでしょ」
海未 「いいえ。実体が海未Cのほうにあるのだとすれば、むしろシャドー園田は、Cの影にすぎない海未Aのほうです。
    ですから、海未Cは、ダーク園田と呼ぶべきでしょう」
真姫 「いやあなた、それはちょっと…」
海未 「そして、海未Bは、演じられた幻影にすぎないという意味で、ファントム園田と名づけましょう」
真姫 「かってにしなさい。
    私はそんな恥ずかし…いや、センスが突き抜けた呼びかたはできないから」
   (まだ医学の知識に乏しい私にも、海未の病名は分かる気がする。
    これが噂にきく中二病というやつね…しかも慢性の)

結局、私の詩情あふれる通り名は、「よけいにこんがらがるから」という理由により採用されなかった。
しかし、シャドー園田とファントム園田による、ダーク園田に対する戦いは、いま始まったばかりなのだ。

【翌日、ふたたび音楽室】

海未 「真姫、昨日はありがとうございました。
    私のくだらないタワゴトに付きあってくれて」
真姫 「私でよければ、いつでも話くらい聞くわよ。
    それにタワゴトなんて言っちゃダメよ。
    あなたにとっては、けっこうマジメな悩みなんでしょう?」

海未 「そうなんです。
    どうしたらいいかわからなくて、放送室で言いマチガイをする前から、実はずっと悩んでいたんです。
    でも、昨日の話のおかげで、だいぶスッキリしました」
真姫 「どんなふうに整理できるの?」
海未 「今起きているのは、善玉(海未AとB)と、悪玉(海未C)との戦いなのです。
    つまりこれは、善悪二元論という単純な図式で整理できるわけです」

真姫 「じゃあ、どうすればいいと思うの?」
海未 「なぜかはよくわかりませんが、私が押さえこんで心の奥に隠した海未Cは、がんばってマジメに生活しようとする私の邪魔をしています。
    とすれば、何をすればよいかは明らかです。
    善い私は、そういう悪い私を、もっと強く押さえこめばいいんです」
真姫 「海未、でも、それは…」
海未 「強い心と体をもった海未A(シャドー園田)は、海未B(ファントム園田)という役割を、もっと完璧に演じなければならないんです。
    隠れて邪魔しようとする海未C(ダーク園田)の付け入る隙がないくらい、がんばればいいんです」

すこしの沈黙のあと、真姫が口をひらいた。

真姫 「ねえ海未、私には専門的な知識はないし、先輩であるあなたにエラそうなことを言うつもりもない。
    でも、私は、その対処法は、まちがっていると思う」
海未 「なぜ? どこがまちがっているのですか?
    私はもっと完璧な人間になるべきなんです。
    もっとがんばって、そうすれば…」
真姫 「そんな無茶な考え方では、あなたはたぶん、いつかどこかでつまずくわ。
    それに今度は、前に放送室でつまずいたよりも、もっと痛いつまずき方をすると思う」
海未 「真姫…でも私は…」
真姫 「押さえつけられた海未Cは悪いヤツだって、あなた、言ったわね。
    でもホントは、海未Cは悪いヤツじゃないのかもしれない。
    あなたがつまずかないように警告してくれる、善いヤツなのかもしれない。
    あなたの問題は、善悪二元論で整理できるほど、カンタンな問題じゃないのかもしれない。
    あなたは、あなたが思っているほど、強い心と体をもっていないのかもしれないのよ」

長い沈黙のあと、今度は私から口を開いた。

海未 「真姫、助言してくれて、ありがとうございます。
    あなたの言うことは、よくわかっているつもりです。
    さんざん『がんばれ』という歌詞を書いてきた私が言うのも何ですが、もしかすると、私のがんばりかたは間違っているのかもしれません。
    でもね真姫、私に、もうしばらくのあいだだけ、カッコつけさせてくれませんか」
真姫 「誰に対して、カッコつけようとしてるのよ」

最後の真姫の質問に、私は答えなかった。
それでも感謝の気持ちをこめて、会釈して、微笑んで音楽室を出たつもりだ。
どんな微笑みに見えただろうか。寂しい微笑みに見えはしなかっただろうか。

その日、家に帰ってから、ひとりでぼんやり考えた。

期待された役割を演じるというのは、だれでもしていることだと思う。
長屋の熊さんは、三軒隣の八っつぁんに対して、よき隣人であろうとする。
タコ社長は、フーテンの寅さんに対して、愛すべきケンカ相手であろうとする。
だから私も、みんなから期待されているとおりの海未Bを演じてきたつもりだ。
しかし海未Bという役割は、いつのまにか、ずいぶん増えていた。
海未B、海未B´、海未B´´、海未B´´´…というふうに。

家族に対しては、娘という役割を演じる。
μ’sのみんなに対しては、μ’sの一員という役割を演じる。
弓道部のみんなに対しては、弓道部員という役割を演じる。
学院のみんなに対しては、生徒会副会長という役割を演じる。
まだまだ演じるべき役割はたくさんある。
女子高生、日舞の生徒…そして行きつくところは、海未そのものという役割を。

どうして私は、カッコいい海未ちゃんになろうとしてるんだっけ?
誰かが私に期待してくれたからだ。
その人たちに対して、私はいつでもカッコつけていたいのだ。
では、誰に対して、私はカッコつけようとしているのだ?
ここで私は、今日真姫にされた質問に戻ってくる。
この質問の答えを、すでに私は知っている。
せめてアイドルでいるあいだは、私はμ’sのみんなとファンのみなさんに対して、カッコいい海未ちゃんでいたいのだ。
はじめてそう願ったのは、ファーストライブ直前の控え室でのことだ。

――――――――――――――――
当時、私は短いスカートをはくのをためらい、下に履いたステテコパンツをいつまでも脱げずにいた。

海未 「ど…どうでしょう」
穂乃果「もー海未ちゃん、往生際が悪いよ!
    どーして愛用のステテコパンツ(花柄、しまむら、698円)を脱いでくれないの?」
海未 「だって、足を出すの、恥ずかしい…」
ことり「でも海未ちゃん、諸説あるけど、ステテコパンツは下着に分類されることもあるよ?
    キャー海未ちゃん、パンツまるだしでステージに立つのー?」
海未 「!」
ことり「ねえ海未ちゃん、ステテコパンツを脱いだ海未ちゃん、きっとすごく可愛いよ!」
穂乃果「海未ちゃん、ステテコパンツももちろん似合うけど…
    このスカート、いちばん似合ってるんじゃない?
    ほら、鏡をみてごらんよ」

私はステテコパンツを脱いだ。
脱ぎながら思った。
恥ずかしがり屋の私に、舞台に立つ勇気をくれたのは、この二人だ。
脱いだステテコパンツを握りしめて涙を流す、こんなにも情けない私に、期待してくれている。
だから私は、舞台を降りる日までは、二人の期待を裏切らないよう、カッコいいアイドルでいよう。
――――――――――――――

それ以来、アイドルとしての私に期待してくれる人は、少しずつ増えていった。
9人になったμ’sのみんな。
そして、ファンのみなさん。
私はみんなの期待にかなうように、パーフェクトにカッコいい海未ちゃんであろうとした。
アイドルで、生徒会副会長で、弓道部員でもある、理想の人間として。
あの日講堂で舞台に立って以来、私は一度も舞台から降りていない。
たとえ生身の私(海未A)が、理想の海未(海未B)からかけ離れた人間でしかなかったとしても、せめて舞台にいるあいだは、この理想を演じさせてほしいのだ。

しかしそんな私に対する、隠れた海未(海未C)のチョッカイは、日に日にエスカレートした。
隠れた私は「いつでも私はここにいるぞ」と胸の奥で主張しつづけた。
そして、放送室での予告どおり、隠れた私は、ときに胸の奥から出てきて、言いマチガイという仕方で、姿を現すことになる。

【以下、海未ちゃんの愉快な言いマチガイ、ダイジェスト】

―――――――――――――――――――――
ツバサ「高坂さん、はじめまして。
    ちょっと一緒に来てくれるかな?」
穂乃果「え?
    あ、あなた、もしかして…」

海未 (ことりに耳打ちする)
   「ことり、ひょっとこの人…
   (ひょっとするとこの人…)」
ことり「海未ちゃん、ヒョットコの人じゃなくて、A-RISEのツバサさんじゃないかな?」
―――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――
(μ’sの一同、穂乃果を追ってUTX学院にたどり着く)

海未 「みんな、ひょっとこの学校に穂乃果が…
   (ひょっとするとこの学校に穂乃果が…)」
ことり「海未ちゃん、どうしてもツバサさんをおちょくりたいの?」
絵里 「なるほど…この学校にはヒョットコがいるというのね。
    愉快な学校じゃない。さっそく行きましょう」
―――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――
(A-RISEとの会談)

絵里 (海未に耳打ちする)
   「ねえ海未、ヒョットコはいつ出てくるの?」
海未 「絵里、せっかくツバサさんたちが、私たちのことを評価してくれてるんですよ。
    チーズ蟹煮ててください
   (静かにしててください)」
絵里 「チーズ蟹の煮こみをA-RISEに振る舞えばいいのね。お安い御用よ。
    …しまったぁ! エリチカ、チーズ蟹がどこにいるのかわかんない!」
希  「なあ、かしこいエリチなら、もうちょっと静かにできるやんな」
―――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――
(A-RISEとの会談を終えて)

ツバサ「μ’sはたしかにすばらしいわ。
    でも、私たち、負けないわよ」
穂乃果「私たちも、負けません!」
海未 「(穂乃果ったら、また大それたことを…ここはフォローしないと)
    すみません、失礼なことを申しまして…
    A-RISEのみなさん、予選の会場を提供していただけるとのことで、本当にありがとうございます。
    当日は、餅羊羹鱈、あたたかく煮ていただければ嬉しいです
    (当日は、もしよかったら、あたたかく見ていただければ嬉しいです)」
絵里 「ハラショーだわ…海洋大国ニッポンにはチーズ蟹だけでなく、餅ヨーカン鱈までいるのね。
    ねえ希、こっちはデザートなのかしら? 煮込んでホットでいただくのかしら?」
希  「すみません、うちの絢瀬は、ふだんはもう少しだけかしこいのですが…」
――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――
(A-RISEとの別れ際)

ツバサ「会場のことで不安があればすぐに連絡してね。
    それではまた」
穂乃果「はい!また予選の日に!」
海未 「股をワインで切るのを楽しみにしております
   (またお会いできるのを楽しみにしております)
    あああ!また言いまちがえた!
    違うんですツバサさん、あなた、いま倒し合いたいと…ぬわあああ!
   (違うんですツバサさん、あなたにまたお会いしたいと…)」
絵里 (海未、ラブアローシュートだけじゃなくて、そんなオソロシイ技まで習得していたというの…希に叱られるから、今は喋れないけど、ハラショーよ)
凛  (今日のラブアロー・ジョークは、いつにもまして絶好調だにゃあ)
ことり(海未ちゃん、そのへんにしとかないと、ツバサさんに怒られちゃうよー)

ツバサ (園田さん、思ったより愉快な人だわ…)
―――――――――――――――――――――――――

いろいろと(主に私が)挑発的なこともしたが、A-RISEとμ’sは、なかよく一次予選を通過することができた。
しかし最終予選を控えた秋の日、私は生徒会で手痛い失敗をすることになる。

【生徒会室】

予算会議を控え慌ただしい生徒会で、私はひとりで仕事をしていた。
穂乃果とことりは、別の用事で席を外している。

海未  (まだがんばれる、まだがんばれる…)

あてどなく続いていた私の思考は、ノックの音で中断した。

海未  「はい、どうぞ」
美術部長「しつれいします、美術部長です…
     お、海未ちゃん! 予算申請書の提出に来たよ」
海未  「はい。ありがとうございます。
     拝見しますね…
     はい、問題ありません。確かに受け取りました」
美術部長「ありがとう。それじゃーよろしくね!」

美術部長が出て行ったあと、ぼんやりしていた私は、承認済みの箱にその紙を入れてしまった。

数日後、問題が発覚し、私は生徒会顧問に呼ばれた。
海未 「申し訳ございません、私の責任です」
顧問 「ミスは誰にでもあることだから、大丈夫だよ。
    でも、ちゃんと説明して、納得してもらうようにするんだよ」
海未 「はい、わかりました。
    それと先生…一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか」
顧問 「なにかな?」
海未 「このこと、高坂と南に言うのは、もう一日だけ待ってもらえませんか」

ひとまず美術部長に謝ったあと、私はあたふたと生徒会室に戻った。
美術部長にきちんと納得してもらうために、私は完璧な予算案を作って、みんなの前に提示しなければならない。
一日で、一人で、そんなことができるだろうか。
できるわけがない。
アタマを抱えていると、ノックの音がした。
穂乃果とことりにちがいない、と思って、おそるおそるドアをあけると、はたして違った。
前会長と、前副会長だった。

絵里 「顧問の先生から聞いたわよ。
    大変だと思うけど、だいじょーぶよ、誰にでもあることだから」
希  「そうそう。大丈夫よ、海未ちゃん。
    わけを話せばみんなわかってくれるよ。
    エリチもよーミスしとって、ウチに泣きついてたもんな」
絵里 「なによ! 希だってあれこれと…」

しばらく優しく慰められたあとで、事務的なアドバイスをもらった。
去り際、希が思いだしたように言った。

希  「穂乃果ちゃんとことりちゃんが助けてくれるから、安心やね」
海未 「いえ、このことはまだ、ふたりには言っていないんです」

ずっとポンコツにふるまっていた絵里の顔が、生徒会長の頃の顔に戻った。

絵里 「海未、潔いあなたのことだから、自分のミスを隠したいというわけではないわよね。
    そうすると、ふたりに言えない理由は一つ。
    あなた、ふたりに手伝わせないで、ぜんぶひとりで解決するつもりなんでしょう。
    ぜんぶ解決したあとで、なにくわぬ顔で、ふたりに自分のミスを打ち明けるつもりでしょう」
海未 「…」
絵里 「期限は、明日までといったところかしら?
    ねえ海未。ひとりぼっちの完璧主義者をやめて、ひとあしさきにポンコツになった私から、最後に一つ助言よ。
    すぐに穂乃果とことりに、わけを話して、おんぶにだっこして、手伝ってもらいなさい。
    それは、あなたの演じる理想の園田海未にとっては、あるまじきことかもしれないけど、でも必要なことなのよ」
希  「海未ちゃん、もし言えないんやったら、私から言おか」
海未 「いえ、大丈夫です。
    私から、きちんと言います。
    言わなきゃいけないときがきたんです」

そうは言ったものの、私には穂乃果とことりに真実を明かす勇気がなかった。
絵里と希と別れたあとで、私は予算関係の資料を抱え、よろよろと廊下を歩いていた。
もちろん、穂乃果とことりは、私のことを助けてくれるにちがいない。
しかし私は、これまで演じてきた理想の海未ちゃんの衣装を脱いで、ステテコパンツを履いた真の姿をさらす勇気が出なかった。
すると結局、理想の海未を演じてきた海未は、いつまでたっても臆病な海未のままだったわけだ。
だって、園田海未には、ひとりで舞台に上がる勇気がなかったように、ひとりで舞台から降りる勇気もないのだから。
ここまで考えたところで、私は小さな段差につまづき、スッテンコロリンと転んだ。

ああ、「いつかつまずくわよ」と言った真姫の診断は、やっぱり正しかった。
そして真姫の言ったとおり、放送室で言いマチガイをしたときより、ずっと痛い。
転んだ足じゃなくて、胸のずっと奥、海未Cのいるあたりが、ちくちく痛む。
起きあがることもできずに、ぶちまけた資料に顔をうずめて、ボーゼンと私が突っ伏していると、あの日私を舞台に上げてくれた幼なじみの声がした。

穂乃果「海未ちゃん!」
ことり「どうしたの?」

ふたりから起こしてもらったあとで、私は平静を装いつつ、事情を話した。

海未 「すみません。私のせいです。
    でも穂乃果とことりの手を借りるには及びません、私ひとりでできますから。
    起こしてくれて、ありがとうございました。
    それじゃ私はこれで…」

絵里の言いつけを守らず、ふたりから逃げようとする私に、うしろから声が聞こえた。

穂乃果「海未ちゃん、ひとりでがんばらなくても、いいんだよ?」
ことり「海未ちゃん、どんな海未ちゃんでも、カッコいいよ?」

ふたりの言葉を聞くと、それまで張っていた糸がぷつんと切れて、私の足はヘナヘナと崩れ落ちた。
そういえば、小さいころは、よくふたりに泣きついていたっけ。
私は手を伸ばして、ふたりに抱きついた。

海未 「ふえええん、ほのかああ、ことりいい。
    わたし、しっぱいしちゃった。つまずいちゃった。
    おねがい、たすけてよおお」

それから私は、穂乃果におんぶしてもらったり、ことりにだっこしてもらったりしながら、ホウホウの体で生徒会室にたどりついた。
それからあとのことは、多くを語る必要はないだろう。
穂乃果とことりは、一も二も言わずに予算案の作成に協力してくれた。
三人がかりでやっても、もちろん一日では終わらなかった。
予算会議の直前に、なんとか予算案を作り終え、予算会議は何とか無事に終わった。
ぺこぺこ頭を下げる私に、美術部長は、「いーのよいーのよ、海未ちゃんたら大げさねえ」と笑っていた。

会議のあと、事務的な作業を終えたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。
そういえば、今日の会議では、私はいちども言いマチガイをしなかったな。
真姫の言ったとおり、海未C(ダーク園田)は、私が思っていたほど悪いやつじゃなかったみたいだ。
海未Cが引き起こした愉快な言いマチガイは、揚げ足取りなんかじゃなかった。
胸の中に隠れた海未Cは、弱っちいままの海未A(シャドー園田)が、理想の海未B(ファントム園田)を演じきれないのを見かねて、助けの手を差しのべていてくれたのだ。
胸の中にいる自分ではなく、周りの人間に助けてもらうことを学んだ私の前に、海未Cが姿を現すことは、もうないのかもしれない。
あの悩ましくも愉快な言いマチガイが、もう聞けなくなると思うと、ちょっと寂しい気もする。

穂乃果「海未ちゃん、一緒に帰ろうよ!」
ことり「海未ちゃん、はやくはやくー!」
海未 「はい、今行きますよ」

もう夕日も沈んで、都会のどまんなかだというのに、星がよく見える。
大好きなふたりの幼なじみに挟まれながら、私はすこしだけロマンチストになっていた。
中秋の名月というのは、ちょうど今ごろだったかな。
私は、ビルの合間に浮かんだ月を指さして、つぶやいた。

海未 「好きですよ、穂乃果、ことり
   (月ですよ、穂乃果、ことり)」

海未C、通称ダーク園田。
おのれ、去り際にとんでもない言いマチガイをやらかして行きやがった。
私は月の話をしてるのに、どうして幼なじみに告白していることになっているんだ。
はずかしさのあまり、私の顔はラブアロー・ヒートを起こし、ヒョットコのように赤くなった。
私は網にかかったチーズ蟹のように手をばたつかせ、それから、陸に打ち上げられた餅ヨーカン鱈のように口をぱくぱくさせた。
しかし、口をぱくぱくさせながらも、私は先ほどの言葉を打ち消せずにいた。
言いマチガイは、ときに隠していた本心を伝える。
私が穂乃果とことりのことを好いているのは、ほんとうのことなのだ。

穂乃果「ホント? 穂乃果も海未ちゃんのこと、好き!
    ぎゅー!」
ことり「やった! ことりも海未ちゃんのこと、好き!
    ぎゅー!」

両側から、私の大好きな幼なじみに「ぎゅー」をされて、泣き虫の私は、こんどは嬉し泣きの涙を流した。
(ちなみに、私のあるかなきかの名誉のために言っておくと、鼻血は流していない)
ああ、これで大丈夫。
これで私は、また舞台に上がれる。
舞台に立つのが疲れたら、ときどき舞台から降りて「ぎゅー」をしてもらおう。
舞台から降りずに、理想のカッコいい自分を演じ続けることができるひとなど、どこにもいないのだ。
舞台に立つ私も、そこで演じられる私も、裏方として劇を見守る私も、みんな私なのだ。

【次の日、音楽室】
海未 「そんなわけで、真姫、あなたの助言はやはり正しかったです。
    あらためて、ありがとうございました」
真姫 「そんな、いいのよ。
    丸くおさまったみたいで、何よりね」

絵里 (ガランガチャン、とドアを開ける)
   「ズドラーストビィチェ!
    こんにちは、かしこいかわいい絢瀬絵里よ!」
希  「こら!エリチ!
    ドアをそんなふうに開けちゃダメっていつも言うてるやろ!」
海未 「ちょうどよかった。絵里、希。
    あなたたちの助言にも、お礼を言いたかったんです。
    ありがとうございました」
絵里 「気にすることはないわ。だってハラショーだもの。
    それより海未、私はついにあなたの言っていた餅ヨーカン鱈を捕獲したわ。
    ほら、これよ…できたてホヤホヤ」
希  「たい焼きやね。お餅入りの」
真姫 「絵里!ふーふーしてから触るのよ!
    あなたの持ちネタ、最近マンネリ化してきてるから」

誰かが「あっつ!!」と言うこともなく、平和に餅ヨーカン鱈を食べながら、真姫が私に訊いてきた。

真姫 「そしたら、あなたの中にいる三人の海未は、これからもなかよく暮らせるってわけね」
海未 「ええ。シャドー園田とファントム園田とダーク園田は、ひとつの園田の中にうまく統合されました。
    三者を包みこむ真の園田に、私は名前をつけました。
    トゥルー・ラブアロー・園田、と」
真姫 (問題は解決したけど、中二病はまだ治ってないのか…)

――――――――――
おわりです。
読んでくれた物好きな方、ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月27日 (土) 23:55:53   ID: Ep8GnE8_

面白かった

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