老人「そろそろオレも一人称を『ワシ』にするか」(29)

老人(会社を定年になり、年金をもらえる年齢になり)

老人(なんとなく入った老人会ではあったが──)



「ワシの孫が今度小学校に入るんじゃ」

「ほぉ~う、そりゃめでたいのう」

「ランドセルでも買ってあげたらどうじゃ?」



老人(みんな『ワシ』とか『~じゃ』とか使ってるんだよな)

老人(そろそろオレも一人称を『ワシ』にするか)

老人(だけど……ここでふと疑問がわく)

老人(なんで年を取ったからって、喋り方を変えなきゃならねえんだ?)

老人(だいたい『ワシ』とか『~じゃ』って多分広島あたりの方言だろ?)

老人(オレは広島生まれでもなんでもねえし)

老人(そもそも広島に行ったことすらほとんどねえ)

老人(そう考えると、変える必要ねえよなあって気もしてくるよな)

白髪「どうしたんじゃ?」

老人「え、あ、いや、なんでもないんです」

白髪「なにか悩みがあるなら遠慮なくいっておくれよ」

白髪「伊達に年は取ってないからのう」

老人「ど、どうも」

老人(急に変えてもかえって不自然だしな……今日のところはやめとこう)

ヒゲ「では、今日はゲートボールでもやろうかのう」

白髪「そうじゃな」

白髪「おぬしはどうじゃ? ゲートボールでかまわんか?」

老人「え……あ、はい。オレもかまいませんよ」

ヒゲ「それじゃあ、ゲームスタートじゃ!」

老人「……」

老人(ゲートボール、ねぇ。いかにもジジイの暇潰しって感じだな)

白髪「ほれっ」コツンッ

コロコロ……

白髪「よぉ~し、入ったわい!」グッ

ヒゲ「やるのう!」

眼鏡「お~、みごとな一打じゃった」

老人「……」

老人(分かってたけど……つまらん)

老人(こんな玉転がしより、野球とかサッカーをやりたいよ)

老人(もっとも、そんな体力残っちゃいないけどな)

老人(あと何年あるか知らんが、オレの残る人生は──)

老人(こんなジジイども(自分もジジイだけど)と玉転がして終わりだと思うと)

老人(なんか悲しくなってくるぜ……)

お~い……

老人(あ~あ、若い頃に戻りたい……。もっと激しい遊びしたい……)

白髪「お~い」

老人「──は、はいっ!?」ビクッ

白髪「次はおぬしの番じゃぞ」

老人「……あ、失礼しました」

白髪「まだボケるには早いぞよ」

老人「ハハハ、すみません」

老人(えぇっと……あのゲートを狙って打つんだったな)

「がんばれ~!」 「落ちついて狙うんじゃ!」 「ファイトじゃ~!」



老人(どうあがいても盛り上がるスポーツじゃないってのに)

老人(無理に盛り上げようとするの、やめてくんないかな。悲しくなるから)

老人(もうオレたちは朽ちていくのみの存在なんだからさ……)

老人(ジジイはジジイらしくしてりゃいいんだよ)

老人(はぁ~……)

老人(ならいっそ、オレもとことん老いぼれてみるか)

老人(よし、決めた……! ジジイ言葉を使ってみよう!)

老人「うむ、ワシはベストを尽くすわい」

すると──



老人「!?」ドキュゥゥゥゥン

老人(な、なんじゃ!? 今の感覚は!?)



ミキミキ…… メキメキメキ……



老人(か、体が……気が……充実していく!)ミキミキ…

老人(なんじゃ!? なにが起こっておるんじゃ!?)メキメキ…

老人(戸惑っている場合ではない! とにかくボールを打たねば!)

老人「チャーシューメーン!」ブオンッ



バシュウッ!!!



老人「な……!?」

老人(400ヤードは飛んだぞ……!)

老人(若い頃、ゴルフコンペでもこれほど飛ばしたことはなかったのに!)



白髪「ほっほっほ、ついに達したようじゃな」

老人「た、達した!? どういうことじゃ……!?」

白髪「つまり、ようやくおぬしも目覚めたということじゃよ」

白髪「ワシらのようなジジババの最後の力“老人力”に……!」

老人「ろ、老人力!? いったいなんなんじゃ、それは!?」

白髪「老いた者のために、神様が与えて下さった最後の力のことじゃよ」

白髪「いうなれば、ロウソクの火の最後の輝き、じゃな」

老人「火の輝き……!」

老人「──ってそんなもんに目覚めたら、すぐ死んでしまうのでは!?」

白髪「それは心配無用じゃ」

白髪「“老人力”は老後をすこやかに過ごすための力じゃし」

白髪「むしろ、力に目覚めた方が寿命は延びる」

白髪「じゃが──」

白髪「“老人力”は強大な力ゆえ、使いこなすのは非常に難しいのじゃ」

白髪「たとえば、ほら──」

白髪「よく、やたらめったらキレまくってるジジイや」

白髪「いつまでも自分のポストにしがみつくみっともないジジイがおるじゃろ?」

老人「おるのう」

老人「ちょっとしたことですぐ怒鳴りつけてくるジジイや」

老人「いつまでも社長職や会長職にしがみついてるジジイなどじゃな」

白髪「彼らはな、自分の“老人力”を使いこなせず、振り回されてしまっているため」

白髪「あのように暴走してしまっているのじゃよ」

白髪「つまり、どうエネルギーを発散していいか分からんようになっておるのじゃ」

老人「うむむ、それで“老害”などと呼ばれるようになってしまうわけか……」

白髪「じゃが、自力で“老人言葉”を使い始めたのなら心配はあるまい」

白髪「おぬしには輝かしい老後(みらい)が待っておるよ」

老人「──ん? 老人言葉というのは?」

白髪「さっきいってたじゃろう。『うむ、ワシはベストを尽くすわい』と」

白髪「あれが“老人言葉”じゃよ」

老人「あ……」

老人「つ、つまりこういうことかな?」

老人「ワシは“老人言葉”を使ったから、“老人力”に目覚めた、と」

老人「さらに、それを自在に使いこなせるようになる、と」

白髪「そういうことじゃ」

老人「う~む……しかし、400ヤードも玉を飛ばしといていうのもなんじゃが」

老人「まだ信じられんのう」

老人「言葉づかいひとつでそれほど変わるなんて……」

白髪「なにをいっとる。言葉というのは案外バカにできんもんじゃよ」

白髪「“言霊”という言葉もあるぐらいじゃからな」

老人(言霊……たしか、言葉には力が宿ってる、とかそういう意味じゃったか)

老人「じゃが……今までこんなことは一度もなかったぞ?」

老人「こんなトシになって、いきなり“言霊”を信じろといわれても……」

白髪「なぁ~にをいっとる。これはなにも、初めてのことではないぞ」

白髪「おぬしは今までも、老人力への目覚めのようなことを経験してきたはずじゃ」

老人「え?」

白髪「たとえばほら、一人称を『ボク』から『オレ』にした瞬間──」

白髪「なんというか、自分が“男の子”から“男”になったって気がしたじゃろ?」

老人「た、たしかに……!」

老人(生まれて初めて、自分を『オレ』と呼んだ瞬間──)

老人(一つ上の段階に進んだって感じがしたわい)

老人(上半身が盛り上がり、下半身が立ち上がるって感じがしてきたのを覚えとる!)

白髪「他にも、『お母さん』を『お袋』と呼んだ瞬間──」

白髪「親からの自立の第一歩を感じたじゃろう?」

老人「う、うむ……!」

老人「母さんを守るんじゃなく、これからは母さんを守ってやるって気になったわい」

老人「ワシは守護神って気になったわい!」

白髪「社会人になって、本格的に一人称に『私』を使うようになったら──」

白髪「社会の一員になったって気がしてきたじゃろ?」

老人「したした!」

老人「もう社会の歯車になるのはイヤだとかいってらんない、って感じしたわい!」

老人「ようやくスーツが似合う男になれたって感じがしたわい!」

老人「……」ハッ

老人「そうか……“老人力”とはなにも特別な力ではなかったということか……」

白髪「うむ、そういうことじゃ」

白髪「さて、ゲートボールを再開しよう」

白髪「さっきの一打はなかったことにしてやるから、もう一度おぬしの番じゃ」

白髪「今度は400ヤードも飛ばしたりせんようにな」

老人「おお、かたじけない!」



老人(“老人言葉”と“老人力”を使いこなし、ワシは楽しく愉快に老後を過ごすぞ!)

老人(そして、次世代にバトンを渡すんじゃ!)コツッ

コロコロ……



老人「よしっ!」グッ

白髪「おおっ、うまい!」

ヒゲ「なかなかのお手並み! こりゃ期待の新人じゃな」

眼鏡「ほぉ~う、いいショットだったわい」

老人「ほっほっほ、これがワシの実力じゃよ!」

やがて──





ナンミョォ~ホ~レン…… ポクポク……



「おじいちゃぁ~~~~~ん!」

「最期まで、アグレッシブに青春を生きていたわね……お義父さん」

「ああ、いい死に方したよ、オヤジは……」

……

……

……

老人『え、と……やっぱりいわなきゃダメ? なんか恥ずかしいんじゃが』

幽霊『当然だろ、ジイさん! アンタもうユーレイなんだから!』

老人『う、うらめしや……』

老人『!』ズォォォォォン

老人『こりゃすごい! 死んでるのに元気があふれてくるわい!』ゴゴゴ…

幽霊『な? これが“ユーレイ言葉”ってやつさ』

幽霊『あとはふわふわ気楽に浮いてるもよし、誰かの守護霊になるもよし』

幽霊『悪霊や妖怪と戦うもよし、だ!』

幽霊『人生ってのはユーレイになってからが本番なんだぜ!』

老人『いやぁ~、この世でもあの世でも言葉って大事なんじゃなぁ』




~おわり~

母の日に ジジイSS いかがです

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom