八幡「俺ガイルRPG?」 (1000)

俺ガイルのSSです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1430984337

第0章 プロローグ

八幡「……あれ?」

眠っていた俺は目を覚ますと、強烈な違和感に襲われた。

ここは……どこだ?

昨夜、俺は自分の部屋のベッドで寝たはずである。

だが、今俺がいるここは間違いなく俺の部屋ではない。

八幡「……」キョロキョロ

……情報を整理してみよう。

今俺は、6畳ほどの部屋のベッドで起きたところだ。

この部屋にはベッド以外には小さな木の机と椅子があるだけだ。物が少なく、随分と寂しい部屋である。

この部屋に時計は見当たらない……携帯もない。時間は分からないが、窓から太陽の光が漏れている。おそらく朝なのだろう。

この部屋は間違いなくここは俺の部屋ではない。見覚えもない。俺が寝ている間に移動させられた?

しかし誰が? 一体何故……?

八幡「よっこらせっと」

何故この部屋で寝ていたのかは分からないが、このベッドで寝続けていても何も分からないだろう。そう考えた俺はベッドから起き上がり、この部屋から出ることにした。

何時間ほど寝たかは分からないが、寝覚めが良かったのか体は非常に軽かった。

八幡「ん?」

起きてから気が付いたが、見に纏っている服も昨日寝たときに来ていたジャージではなかった。俺が着ていたのは簡素な『ぬののふく』であった。

もしかして寝ている間に服まで着替えさせられた……? なにそれ気持ち悪い。

部屋のドアは特にカギなどもかけられておらず、普通に空いた。
部屋から出るとそこは木造りの廊下だった。ここはアパートか何かなのだろうか

辺りを見渡してみるが、ここがどこなのかを知る情報はない。

自分の出てきた部屋を除いて他に3つの扉がある。ここがアパートなら、同じような部屋への扉だろう。

そして奥には下へ繋がる階段が見えた。よし、とりあえずこのアパートから外に出て情報を集めにゃならん。

そう考えると俺は階段に向かって歩を進めようとした。

ガチャ

八幡「!」

しかし、その時隣の部屋の扉が空けられた。

誰だ……? 俺のことをここに閉じ込めた犯人か?

しかしその扉から出てきたのは全く予想外の、そして知った顔の人物であった。

八幡「……雪ノ下?」

雪乃「ひ、比企谷君!?」

八幡「……なんでお前がここにいんだよ」

雪乃「それはこちらのセリフだわ……あなたこそ、どうしてここにいるのかしら」

八幡「分からん。起きたら何故かここにいた」

雪乃「あら……私もそうなの。昨日は自分の部屋で寝ていたはずなのだけれど」

八幡「何?」

どうやら雪ノ下も起きたらこの部屋にいたらしい。反応から見てもおそらく本当だろう。

しかしそれなら余計に状況が分からない……俺だけならともかく、どうして雪ノ下までここに運んできたんだ?

今、雪ノ下は自分の部屋で寝ていたと言っていた。あのマンションに侵入して雪ノ下を拉致した? そんなことが出来るのか?

八幡「なぁ、お前昨日部屋の鍵をかけ忘れたりとかした?」

雪ノ下「いえ、私は確かに鍵をかけたわ……それに、私のマンションのセキュリティはそれなりに強固なものだったはず」

八幡「だよなぁ……」

前に雪ノ下のマンションに行った時のことを思い出した。あんな立派そうなマンションだ、さぞセキュリティも万全なのだろう。

じゃあどうやってここに連れてきた? いや、何故こんなリスキーなことを?

考えていても、方法も動機も分からなかった。

ガチャ

八幡「!」

雪乃「!」

俺と雪ノ下の間に沈黙が訪れた瞬間、雪ノ下の出てきた部屋よりひとつ向こうの部屋の扉が開けられた。

今度こそ犯人か、もしくは何か事情を知っている奴が出てくるのかと身構えていたが、その部屋から出てきたのはまたまた知っている顔であった。

結衣「わっ、ゆきのん!? それにヒッキーまで!?」

八幡「由比ヶ浜……!?」

雪乃「由比ヶ浜さん!?」

結衣「わーん! 聞いてよゆきのーん! 起きたらなんかここにいてー!」

雪ノ下「由比ヶ浜さんも……?」

結衣「えっ、ゆきのんも? もしかしてヒッキーも?」

八幡「ああ」

おそらく由比ヶ浜も、間違いなく俺達と同じように自分の部屋で寝ていたはずなのに起きたらここにいたというパターンだろう。

ますますどうやってやったのか分からなくなってしまった……。

雪ノ下「……ここで考えても、答えは出なさそうね」

八幡「そうだな」

結衣「じゃあ、どうするの?」

八幡「とりあえず……外に出てみるか」

雪ノ下「そうね。何か分かることがあるかもしれないわ」

雪ノ下がそういって階段を降りていった。俺と由比ヶ浜もそれに続いて階段を下り、外に出た。

──────────────────────────────────────

アパートなのかなんなのかよく分からない建物から外に出るのは簡単だった。部屋と同じく建物の入り口にも鍵はかけられていなかったのだ。

監禁目的だとは思えない。もしそうだとしたらあまりに詰めが甘過ぎる。

あれこれ考えていると、外にいる女性の姿が目に止まった。

八幡「先生……!?」

平塚「おお比企谷! それに雪ノ下と由比ヶ浜まで……君達もここに来ていたのだな」

なんと外にいたのは我らが奉仕部の顧問、平塚先生であった。

雪ノ下「先生……? もしかして、先生が私たちをここへ……?」

平塚「まさか。私は気が付いたらここの部屋で起きてな、近くを散策していたのだよ」

八幡「先生もっすか……」

一瞬先生なら無理矢理集めるのもやりかねない……と思ったがさすがに無理があるか。

平塚「君達は今起きたところかね?」

八幡「ええ……今どういう状況なのかもよく分からないんですけど……」

結衣「起きたらいきなりこんなところにいてびっくりだよねー」

雪ノ下「由比ヶ浜さんはもうちょっと緊張感を持つべきではないかしら……」

確かに。詳しくは分からんが、俺達は夜の間にまとめて拉致られているという状況じゃないだろうか。

俺も雪ノ下達と出会って少々緊張感を失っていたが、これは本来結構ヤバイ状況なんじゃないか?

そう思っていたが、平塚先生がそれに割り込んで否定した。

平塚「ああ、それに関してだがあまり心配はしなくて良いと思うぞ」

八幡「えっ、どうして」

平塚「先ほどこの辺りを歩き回って気が付いたのだが……どうやらここは現実世界ではないようだ」

3人「「「は?」」」

現実世界ではない? 先生の言ったその言葉に俺達は疑問符を浮かべた。

雪ノ下「あの……先生? 現実世界ではない、というのはどういう意味でしょうか?」

平塚「うむ……私もまだ長くいるわけではないからな……上手く説明は出来んが、町や人に違和感があるんだ」

結衣「違和感……?」

八幡「なんか違うなーって感じのことだ」

結衣「そっちじゃないよ! それくらいは知ってるよ!」

平塚「なんというかな……ゲームの中に入り込んだ、というのが分かりやすいかもしれん」

八幡「ゲームの中?」

これはあれですか、実はソードアー○オンラインみたいなあれが現実で出来ていて、俺達はそれを使ってここに来たとかですか。

だが言われてみれば、確かに自分の体にも少し違和感を覚える。体もやたら軽いし、なんか少し肌の感覚とかが少し違うような気がする。

だが本当にあのような機械が現実で運用されているわけがない。そもそも俺、昨夜は普通にベッドに入って寝たはずだし。

寝たはず……ん?

八幡「なるほどね」

雪ノ下「比企谷君、何か分かったのかしら?」

八幡「ああ……俺は昨日、普通に自分のベッドに入って寝た。そして起きたらここにいたんだ」

結衣「それがどうかしたの?」

八幡「お前らもそうだったんだろ? そして先生のゲームの中のような感覚……謎は全て解けた!!」

某探偵のように俺は高らかに宣言した。

平塚「おお、比企谷はこの状況をどう考えたのかね?」

八幡「ここは夢の中です」

平塚「……は?」

八幡「だってそうでしょう? 俺達は全員昨夜寝たという記憶があるんです。そして4人ものの人間を拉致してこんなところに動かすなんて普通に無理です」

雪ノ下「そうね……確かに現実的ではないわ」

八幡「だったら簡単だ、俺達は今夢を見ている状態なんだ」

それなら全てに説明がつく。

なるほど……ここは俺の見ている夢だったのか……八幡納得しちゃったよ。

ただひとつ普通の夢とは違うのは、自分が夢の中にいるって自覚している点である。

八幡「なんて言ったか、夢の中で自分が夢の中にいるって自覚するの」

雪乃「明晰夢ね」

結衣「めいせきむ? なにそれ?」

雪乃「夢の中で、自分が夢の中にいるって自覚することよ。確かにそれならこれらの不可解な点に説明はつくわね……はぁ」

八幡「なんだよ、いきなりため息なんかつきやがって」

雪乃「これが夢だとしたら、私の夢にあなたが出ているということになるもの……誠に遺憾だわ」

八幡「お前夢の中でもブレねぇな」

この雪ノ下だって俺の夢の中の登場人物でしかないはずである。だったら夢の中でくらい優しくなってくれても良くない? なんで夢の中でも罵倒されなくちゃならんのだ。

平塚「まぁここが夢の中だというのなら、起きるまで楽しもうではないか諸君。そうだ、あちらに町があったぞ。まるで中世ファンタジーのような町並みだった」

八幡「中世ファンタジー?」

それってなんか昔のヨーロッパみたいな? なるほど、もしそうならばゲームの中に入り込んだみたいだと言うのも分かる。

平塚「それに人もなんだがゲームの人物みたいでな……話しかけても同じ言葉しか喋らんのだ」

八幡「CPUじゃないですか」

もしそれが本当ならば、この世界は夢かゲームの中で確定だろう。さすがに現実で同じ言葉しか喋らない奴はいない。いや、例えば戸部とかいつもうぇーいって同じ言葉しか喋ってないような気がするな。もしかしてリア充の奴らは実質CPUみたいなものなのかもしれない。どいつもこいつも似たようなルーチンしてるし。

平塚「ああ……聞いて驚け比企谷。入り口にはあの伝説の存在『ここは○○の国だ』しか喋らない奴もいた」

八幡「マジですか!?」

由比ヶ浜「ねーねーゆきのん、私あの2人が何喋ってるのか分かんないよ」

雪ノ下「安心しなさい由比ヶ浜さん、私も分からないわ」

まぁ……とりあえずその中世ファンタジーみてーな町とやらに行ってみるか。

─────────────────────────────────────────────────

町人「ここは、1の国だよ!」

八幡「あのーお尋ねしたいのですけども」

町人「ここは、1の国だよ!」

八幡「……」

すげぇ、本物だ。

見た目は完全に普通の人間なのに、その人は壊れたスピーカーのように同じ言葉を繰り返していた。

……実際に目の当たりにすると、結構怖いな。

結衣「おー! あれすごいよー! ゆきのん見てー!」

雪乃「ええ……本当に中世のヨーロッパのような……今だとスペインに近いかしら」

そして今俺達は中世ヨーロッパのような町の中を4人で歩いていた

人通りは多いのだが、何故か人とぶつかりそうになることはない。これは夢補正なのか、俺の回避能力の高さ故なのか……。

結衣「ねーねー、あそこにすっごい大きいお城があるよ!」

平塚「うむ、私もあの城は気になっていた。ところで比企谷、中世ファンタジー物で城と言えば何を連想する?」

八幡「え? いやまぁ王様でもいるんじゃないんですか?」

平塚「そうだな、王様だ。そしてファンタジーものの王様のいる城といえば最初にイベントが起こる場所だと相場が決まっている!!」

八幡「いや知りませんよ」

平塚「ふははははは! 行くぞ皆! あの城からは何か冒険の匂いがする!!」

八幡「ちょっ、先生!?」

この人漫画とか大好きだからな……このファンタジーっぽい世界に来れてちょっと興奮しているのだろうか。

俺の夢なのに俺よりノリノリってどういうことよ……いや実は俺もこのゲームっぽい雰囲気には少しわくわくというか、ちょっと楽しみなところもあるんですけどね?

平塚「ふはははははー! 待ってろ王様! 勇者が今そこへ行くぞー!」

こんなにノリノリなアラサーを見ていたらなんかちょっと冷めてしまったのである。まぁどうせ夢の中だ。楽しそうならそれに越した事はないだろう。

……ていうか俺の夢なんだから、勇者は俺でしょ。あれ、これもしかして俺って今、異世界転生チーレム無双の主人公みたいなポジションじゃね?

久しく忘れていた厨二の血が疼いてきたぜ……!!

城内部

王様のいる城というのなら少しは入るのに手間がかかると思ったが、そのまま素通り出来てしまった。やっぱり勇者のパーティは顔パスなんだろうか。

結衣「わー! 中もすごいねー!」

そして由比ヶ浜はさっきからすごいねーしか言っていない気がする。どうしてリア充というものはやたら共感を求めるのだろう。ネットでもいいね! などとやたら共感を求めるものばかりのような気がする。自分の感覚でさえも、他人に肯定して貰えないと信用出来ないのだろうか。俺は俺の感じたものを信用していきたい。いや、そもそもぼっちだから感覚を共有する友達がいませんけどね。

平塚「む、ここが王のいる玉座の間だな。たのもう!」

八幡「道場破りじゃないんですから」

まさかここで王様に無礼者! とか言われて強制敗北イベントとかならないよね?

そんなことを考えていたが、中にいた初労くらいのおじさんは柔らかい笑みで迎えてくれた。王冠をかぶっていることから考えても、間違いなく王様というやつだろう。

王様「おお、よくぞ来た勇者達よ!」

平塚「おお……まさに王道のRPGの始まりのようだな!」

八幡「マジでゲームの最初みたいな感じですね……」

世界観や、パーティが4人だということも含めて、なんともドラ○エみたいだ。

王様「うむ、実は勇者殿達にここに呼んだのには訳がある」

呼ばれてねーよ、こっちから来たんだよ……と怨みを込めた目線を王様に向けるが全く気が付いていないようだ。おのれCPUめ。

王様「実はここ最近魔物の活動が活発になってきてな……調査によると、どうやら昔倒されたはずの魔王が復活したというらしい」

八幡「魔王……ですか」

これあれだ、最近流行りの勇者魔物のやつだ。なんて王道な始まり方なんだろう。

ていうかこの世界、魔物とかいるのかよ。

王様「うむ。魔王が復活したことによって、魔物にも影響が及んだというのが各国の調査班の結論だ。そこで勇者達よ、勇者殿達には魔王の討伐を願いたい」

平塚「よし、任された!!」

八幡「ちょっ、先生!?」

平塚「おいおい何に臆しているんだ比企谷。勇者といえば魔王と戦うものだろう。断る理由など何もないと思うが?」

いや普通にめんどうくさいって理由があるでしょ……例え夢の中だろうとも、俺は働きたくない。

雪乃「はぁ……話はよく分からないけれど、その魔王というのを放置するわけにもいかないでしょう比企谷君。私達が出来るというのであれば、私たちがやるしかないわ」

結衣「よ、よくわかんないけど頑張るよ!」

雪ノ下さん実は結構ノリノリだったりしない?

八幡「いや無理だろ。今俺達の装備はこの『ぬののふく』だけだぞ。魔王どころか、その活発になったっていう魔物とやらも倒せないだろ」

王様「心配するな、ここに武器を揃えてある。これを勇者殿達に授けよう」

八幡「……ほう?」

魔王退治はめんどくさい、めんどくさいが……武器というものには少し興味を惹かれる。いやその、俺も男の子なんでね?

平塚「ほほう……武器か……ふははははは、私に似合うのはどんな武器だと思う?」

そして俺より男の子らしい感性を持っていらっしゃるアラサー教師が約1名。

王様「よし、まずは勇者殿から武器を授けよう。参れ」

平塚「ふっ……それでは先に行かせて貰うぞ」

八幡「待ってください」ガシッ

平塚「な、なんだ比企谷!」

八幡「先生が勇者なわけがないでしょう」

どう考えてもこの面子ならば俺が勇者のはずである。ソースは異世界転生チーレム無双物のラノベ。基本的に、パーティ内で1人しかいない男こそが勇者である

王様「ううむ、お主は勇者殿ではないだろう……」

平塚「そ、そんな……」orz

そう言って先生は両手と両膝を地面につけて意気消沈してしまった。すいませんね先生、勇者の座はこの俺が頂きますよ。

王様「ううむ、お主も勇者殿ではないだろう……」

八幡「なん……だと……!?」

あれー、この流れってどう考えても俺が勇者ポジじゃないの?

ていうか、俺でも先生でもないならば、一体誰が勇者だというのか。

王様「勇者はそこの後ろにいる貴女だろう。参れ、勇者ユキノよ」

雪ノ下「……私、ですか?」

由比ヶ浜「わー! ゆきのん勇者なのー!?」

雪ノ下が勇者かよ!

……いや、良く考えてみれば俺なんかよりよっぽど勇者というポジションには似合っているのかもしれない。困っている人に救いを差し伸べるとか言ってたし。

王様「勇者ユキノよ、お主にはこの剣と防具を授けよう」

雪乃「ありがたく頂戴致します」

ユキノは ゆうしゃのよろいを てにいれた▼

ユキノは ゆうしゃのつるぎを てにいれた▼

雪乃「……あら」

雪ノ下がその防具を受け取った瞬間、雪ノ下の体が光に包まれた。そしてその光が消えると、雪ノ下は鎧に包まれた姿になっていた。

見た目は凛とした女騎士といったところか……無駄に似合うな、あいつ。

由比ヶ浜「わー、ゆきのんかっこいいー!!」

雪乃「意外と軽いのねこの鎧。そして動きやすいわ」

平塚「ほう……似合うじゃないか、雪ノ下」

雪乃「ありがとうございます」

平塚「ほら、比企谷は雪ノ下の姿についてどう思う?」

八幡「なんでそこで俺に振るんですか……」

雪乃「あら……別にあなたのようなファッションセンスが皆無そうな男の意見なんてどうでもいいのだけれど……一応聞いておくわ」

八幡「どうでもいいなら聞くなよ……まぁ、似合ってんじゃねーの」

くっ殺せとかあの辺りのテンプレのセリフが凄く似合いそうだ。

雪乃「褒められているはずなのに、文字通りに受け取れないのは何故かしらね……」

八幡「さ、さぁ……なんでだろうな……そ、それよりほら、俺達も武器と装備とやらを貰いにいこうぜ」

結衣「そうだねー、私のはどんなのなんだろう」

俺のはどんなもんになるのかね……槍とか? 昔忘れた厨二の血が再び疼く。

王様「僧侶ユイよ、お主にはこの杖と防具を授けよう」

結衣「そ、そーりょ?」

由比ヶ浜は僧侶か……なんか納得。でもあいつ回復呪文とか使えるのか? 間違って魔物を回復とかしたりしないだろうな……

ユイは そうりょのローブを てにいれた▼

ユイは そうりょのつえを てにいれた▼

結衣「わっ」

由比ヶ浜がそれを受け取ると、雪ノ下と同じように光に包まれた。そして光が消えると、体ほどの大きさの杖を持ち、白いローブを纏った由比ヶ浜が出てきた。

結衣「うわ可愛いー! なにこれ? ワンピース?」

雪ノ下「これはローブというものよ。確かに現代の日本ではあまり着るようなものではないわね」

八幡「確かに。ゲームの僧侶とか魔法使いの防具としてはメジャーなんだがな」

結衣「そうなの?」

八幡「お前ハリ○ポッターとか観た事無い? お前が今着ているのは、あれの白バージョンみたいなもんだ」

結衣「あーあの魔法使いみたいな?」

白だからちょっと分かりづらいけど。

平塚「ふふふ……次は私の番だな!」

八幡「あっ、先生」

さっきまで思い切り落ち込んでいたが、どうやら復活したようであった。

平塚「さぁ王よ、私にも力をくれ!!」

王様「うむ。格闘家シズカよ、お主にはこのメリケンサックと防具を授けよう」

平塚「えっ?」

八幡「ぷっ」

格闘家とは、まさに先生にピッタリな職業じゃないですか……普段拳で俺のこと殴りまくってるし。決してメリケンサックの年代が先生にぴったしだとか、そんなことは考えてはいない。

シズカは かくとうかのメリケンサックを てにいれた▼

シズカは かくとうかのぼうぐを てにいれた▼

平塚「む」

先生もまた、雪ノ下や由比ヶ浜と同じように光に包まれ、防具を装着した状態になった。

ぴっちりとしたタイツのようなものの上に白衣を着ていた。この世界で、しかも格闘家なのに白衣のまんまなんですか先生……。

平塚「ま、まさか武器がメリケンサックとは……しかし自分の拳で戦えるというのも悪くはないな、うん」

結衣「平塚先生、めりけんさっくってなんですか?」

平塚「うっ、そうか……君達の年代になるともう伝わらないものなのか……はは……」

八幡「そりゃ今時のJKにメリケンサックとか伝わらないでしょ……さて、最後は俺の番だな」

さて、俺の職業は一体何になるのだろう。槍使いだとか魔法剣士だとか決闘者だとかが頭をよぎる。

しかし現実的に考えて一番なりたいのは専業主夫だ。じゃなきゃ遊び人。

王様「黒魔術師ハチマンよ、お主にはこの木の棒と防具を授けよう」

八幡「……は?」

ハチマンは くろまじゅつしのきのぼうを てにいれた▼

ハチマンは くろまじゅしのぼうぐを てにいれた▼

八幡「うおっ」

王様から防具一式を受け取ると、体が光に包まれた。その光が晴れると俺は総武高校の制服姿になっていた。

八幡「っておい! これ普段の制服じゃねえか!」

どこの世界に制服で旅をする黒魔術師がいるというのか。あっ、ここにいましたね。てへぺろ。

さすがは俺の夢だ……他にろくな服装を脳が思いつかなかったのだろう。

由比ヶ浜「わー……いつも通りだね」

八幡「変なマント着せられるより、ある意味マシなのかもしれねぇけどな……」

だからって制服はどうなんだ制服は。

しかし、俺の職業は黒魔術師か……剣を振り回すことにも憧れはあるが、これはこれで厨二病が夢見る筆頭のものだ。くっ、静まれ俺の右腕!

遠い過去に思い描いた永久欠神『名も無き神』を思い出──やめよう、ここで黒歴史を思い出しても無駄に心にダメージを負うだけだ。

だが武器が30センチほどの木の棒というのも味気ない。おそらくこれを振って魔法でも唱えるのだろうが、もうちょっとマシなものはなかったのだろうか。自分の背丈ほどの大きさがあって、俺よりよっぽど良い出来をしている杖を貰った由比ヶ浜が羨ましい。べ、別にこっちの方が軽くて持ち歩きやすいから良いもんね!

雪乃「黒魔術師ね……あなたにはお似合いじゃないかしら」

八幡「なんだそれは、俺には陰湿でジメジメしてそうなのがお似合いだってか? 暗い地下でネズミとカラスをぐつぐつと混ぜたスープでも作ってそうとかお前なんで小学校の時の高野君が言ってたことを知ってるんだ」

由比ヶ浜「そこまで言ってないよヒッキー……」

他にも陰で呪ってきそうとかデス○ート書いてそうとかハロウィンになるとあいつ本性を表すんだぜとか言われたのを今でも忘れてないからな、絶対に許さねぇぞ二階堂さんに長谷君に山ノ内!

王様「うむ、これで全部だな」

八幡「あの、俺これ変えて欲しいんですけど」

王様「まずは勇者殿、この国の外れにある洞窟にいる狼の魔物を退治していただきたい」

スルー!? CPUの耳は都合のいいことしか聞こえないのだろうか。

雪乃「狼の魔物……ですか?」

王様「うむ。奴らは時々町に来ては人々を襲ってくるのだ」

じゃあ城の周りにでもいた兵士でもさっさと送ってやれよ、暇そうだったぞあいつら。

王様「そこでお主らにその魔物を退治してもらい、町に平和を取り戻してもらいたい」

そこで、の意味が分からない。だからなんでそれ俺達じゃなきゃ駄目なの。その辺の兵士でも魔物くらい狩れるでしょ。

平塚「比企谷、随分と不満そうな顔をしているが、こういうのが往々にして勇者達の役目だと決まっている。諦めろ」

八幡「くそっ、ご都合主義め!」

ゲームをプレイしている時もなんで勇者にばかり振るんだ? と常々疑問に感じていたが、勇者側に立ってみてもやっぱりなんでこちらにばかり振るんだ? と思う。ちょっとは働け国の兵士達。

王様「洞窟はこの国の北門から出て少し向かったところにある。頼んだぞ、勇者殿」

雪乃「お任せください」

こうして、俺達のRPGのような何かの幕は上がったのであった。

書き溜めしてから、また来ます

第1章 1の国編


1の国 城下町

王様に無理矢理魔物退治とかいう面倒極まりない問題を押し付けられた俺達は、城から出ると店が多く並ぶ商店街に来ていた。

とは言っても特にここに何か用があるわけではない、単に洞窟へ向かう北門への通過点だ。

平塚「ワクワクするな比企谷、まさにRPGゲームのようじゃないか」

八幡「俺は別にワクワクなんてしませんけどね、帰っていいですか」

雪乃「あら、どこに帰ろうというのかしら」

八幡「そりゃ家に決まってんだろ」

雪乃「あなたが現実世界に帰りたいだなんて、とうとう現実と向き合う覚悟が出来たのね」

八幡「ぐっ!」

そうだった、随分とリアリティのある夢だったのですっかり忘れていたがここは夢の中だった。

せっかく夢の中でゲームのような体験が出来ているのだから、それを蹴ってまで辛い現実と向き合うというのは確かに非合理的だ。

ていうか本当にここ、夢の中だよね?

体は現実と同じように自由に動くし、雪ノ下達との会話も至極自然だ。

本当に寝ている間に異世界に来ちゃったとかじゃないだろうな……。

しかし本当に生身のまま異世界に来たというのには、不自然な点があるのも事実だ。

肌から感じる感覚も現実のそれとは違う。言葉にするのは難しいがはっきりと違和感を覚えるし、現実ならありそうな体のダルさや疲れなども全く感じない。

他にも、さっき防具を渡された時なんてなんか会話ウィンドウみたいなのが見えたぞ。

ハチマンは かんがえはじめた▼

そうそう、こんなのってオイィ!?

八幡「さっきから出てる、このウィンドウみたいなのはなんだ?」

平塚「ゲームだと良くあることだろう」

良くあることで済ませちゃったよ、この人。

ここは夢の中で、なんかRPGっぽい世界観のゲームの世界に入った。そういう認識にしていかないと、いちいち突っ込むのもめんどくさくなりそうだ。

八幡「まぁどっちみち現実に帰る手段が分からないしな……仕方ないか」

平塚「うむ、どうせだ。起きるまで楽しもうじゃないか」

本当に起きられる時は来るんだろうな……ていうか本当に夢ならせめて服装もそれっぽくして欲しかった。

この中世ファンタジーのような雰囲気の中で、ただひとり総武高校の制服を着ている俺は周りから見るとさぞ浮いているだろう。

ぼっちとは目立たないからこそぼっちなのだ、下手に悪目立ちしてしまってはぼっちとは言えない。ぼっちプロ失格である。

そんなことを考えていると、さっきからすごいすごい言っている由比ヶ浜がすごい以外の言葉を口にした。

結衣「ねぇねぇ見て、あの店なんか違う感じしない?」

八幡「なんか違う感じってアバウトだな……」

由比ヶ浜が指を指した先の店を見てみる。なんか違う感じと言われても、見ただけでそんな違うような店には見えない。普通の露店のようだ。

だがしかし、しばらく見てみると確かに『なんか違う感じ』がその店からはしてきたのだ。

雪乃「確かに、あの露店からは他の露店とは何か違った雰囲気があるわね」

八幡「見た目的には、大して変わらん気がするがな」

見た目が変わらないのなら、一体何が違うのか。そう思ってその露店を見ていると、上の方に何かカーソルのようなものが出てきていた。

ショップ
 ▽

八幡「……なるほどな」

雪乃「何か分かったの?」

八幡「ああ、あれは多分勇者達が買い物を出来る店だな」

おそらく、他にたくさん並んでいる露店では俺達が買い物をすることは不可能だ。なんで分かるかって? そりゃそれがRPGゲームのお約束だからさ。

結衣「えー、こんなにたくさんお店があるのにあそこでしか買い物できないの?」

平塚「おそらくはそうだろう。ゲームをやっている身からすると当然のようだが、実際にその身になってみると寂しいものだな。さて、比企谷」

八幡「なんですか」

平塚「ここは魔物と戦うことが想定されるRPGゲームの世界の中だと仮定して、目の前に店があったらどうする?」

先生はニヤリと顔に笑みを浮かべながら俺にそう問うた。簡単だ、そんなのは決まっている。

八幡「回復アイテムを買い込む……ですかね」

平塚「ご名答。とりあえずあの店に行ってみるか」

ポケ○ンならまずキズぐすりとモンスタ○ボールを買うのがお約束だ。

平塚「雪ノ下、お金は王様から貰っていたっけか?」

雪乃「はい、防具と一緒に渡されていたようです」

残金:10000円

おお、このウィンドウっぽいやつ便利だな、是非現実世界にも導入して欲しい。

そして気になるのが、中世ヨーロッパみたいな世界観ながら通貨は円なことである。世界観ブチ壊しなのでやめて貰いたい。この世界を作った奴がいるとしたら、そいつは一体何をイメージしながらこの世界を作ったのだろうか。

平塚「ふむ、どうやらアイテムは何も持っていないようだ。やはり何かあの店で買っておくべきだろうな」

先生がそう言うと、俺達は露店へ向かった。

商人「いらっしゃい!」

ニア 買いに来た
  売りに来た

これ、ウィンドウが出てきたはいいんだけど、どうやって選択肢を選ぶんだ?

雪乃「買いに来ました」

商人「ほい、今あるラインナップだ」

ああ、答えは話しかけることか。店員に話しかけるという発想が基本的に無い俺からすると完全に盲点であった。

もしもこれが俺一人だったら、この時点で詰んでいたまである。頼れるパーティメンバーがいて本当に良かった。

売り物

ニア 薬草 100円

ってやくそうしかないじゃねぇか!!

商人「最近狼の魔物に襲われることが多くて、商品が入荷出来ないんだ」

ああ、RPG初期あるある文句ね。よく最初の方とか魔物の影響で売りに出せないとかで売り物に制限がかかってるあれだ。

だったらそこにたくさんある箱とか箱とか、それから箱には何が入っているんだ。まさか全部薬草ってわけじゃないだろうな……。

雪乃「私はゲームには疎いのですが……平塚先生、こういった買い物は任せてよろしいでしょうか?」

平塚「うむ、そうだな……何が起こるのか分からん。50個くらい頂こうか」

八幡「買いすぎじゃないですか?」

金銭には余裕があるが、最初から買う量にしてはあまりに多過ぎる気がする。

FFで最初からポーシ○ンを50個も買ってからダンジョンに繰り出す奴など聞いたこともない。いやFFの話が出来るような友達はいなかったからイメージだけど。

しかし、先生は真面目な顔つきで俺に答えた。

平塚「比企谷、これが本当にゲームならそうだが……実際に戦うのは私達だ。実際に魔物に攻撃されて痛みを感じる可能性だってある。備えはしておくに越した事はないよ」

八幡「……確かにそうですね」

ノリノリでゲーム気分のように見えたが、その実、平塚先生は俺よりよほどこのゲームについて真面目に考えていたらしい。

確かに、攻撃された場合どうなるかまだ俺達は知らない。夢の中らしく実際の痛みは無いと信じたいが、今のところ判断材料が少な過ぎる。用心しておくに越した事はなかろう。

そしてダメージなどを考えると、やはり気になるのはHPが0になった時のことだ。

八幡「……」

まさかどこのデスゲームみたいにゲームの中で死んだら実際に死亡する……なんてことはないと信じておきたいところだ。だがその可能性も考えて慎重に行動することにしよう。

ところで俺達のHPはどのくらいあるのだろうか。それを知らなければ、どの程度ダメージを受けて良いのかも分からない。

どういう原理なのかは分からないが、先生達のことを良く見てみるとステータスみたいなのが確認出来るようであった。おっと、ついでに俺のも確認しておこう。

ユキノ

職業:勇者

性別:女

レベル:1

HP:14

MP:10


ユイ 

職業:僧侶

性別:女

レベル:1

HP:18

MP:38


シズカ

職業:格闘家

性別:女

レベル:1

HP:35

MP:6


ハチマン

職業:黒魔術師

性別:男

レベル:1

HP:23

MP:30


雪ノ下HPひっく! ひっく! ゲームの中ですら体力ないのかよ!

14という数値が具体的にどの程度なのかは分からないが、後衛職であるはずの俺や由比ヶ浜より低い時点でお察しくださいというやつだろう。

あいつのHPにはよく気を配っておこう……。

逆に平塚先生は格闘家らしく、HPはかなり高めの数値だ。

そして由比ヶ浜や俺みたいな後衛職はMPが高めである。雪ノ下のHP以外はおおむねよくあるRPGゲーム通りといってもいいだろう。

平塚「よし、薬草は買い込んだ。それでは北門に向かうとしよう」

先生が買い物を終えると、俺達はそのまま北門へ向かった。

────────────────────────────────────────────────

北門へ向かう道中、歩きながら他の3人とステータスの確認の方法や意味などを伝え合っていた。

特に雪ノ下はHPやMPなどといったRPGあるあるの概念すら知らなかったので、俺と平塚先生が根本から教えることになったのだ。

しかしそこはさすがの雪ノ下、少し話をすればすぐに理解してくれた。

その雪ノ下とは対極の位置にいるアホの子、由比ヶ浜もRPGにはそこまで詳しくなかったので説明するには少々労力がいるかと思われたが、こちらは昔ポケ○ンのプレイ経験があったので、それに例えれば簡単に納得してくれた。

さすが国民的ゲームは普及率が違う。

そんなこんなで話をしながら10分少々歩くと、ようやく北門らしきものが見えてきた。

だが問題は、その北門があくまで『らしきもの』でしかなかったことである。

結衣「うわ……なにこれ……」

雪乃「これは酷いわね……」

元々1の国の北門であったろうそれは、ただの瓦礫と木の屑の山と化していた。

その周りにはそれを嘆いている人々と、数名の門番らしき兵がいた。

当然門としては全く機能しておらず、外の森がすでに国の中から確認出来る状態であった。

門の惨状を見て唖然としていると、瓦礫の山の周りにいた人々のひとりがこちらに気付いてやってきた。

商人「おお、これはこれは勇者様」

どうやらこいつは商人らしい。会話ウィンドウ超便利。聞き逃すこともないし。

雪乃「教えてください、どうして門はこのような状態になったのですか?」

雪乃がそう聞くと、商人は頭を抱えて項垂れた。

商人「数時間ほど前に、狼の魔物が襲ってきたのです」

八幡「……狼の魔物が?」

これは王様が言っていた、時々町に来ては人々を襲う狼の魔物というやつだろう。

雪乃「その魔物が、門をここまで破壊していったと。そういうことですか?」

商人「ええ、そうです……」

はじまりの町の周りにいる魔物というのは得てして弱小と相場が決まっているはずだが、まさか門を瓦礫の山にするほどの力があるなんて八幡聞いてない!

もしかしてこれ、最初から結構苦戦するんじゃ……狼が一体何をどうしたらこんな風に門を破壊することが出来るんだ。もしかして狼は狼でもヤム○ャみたいな奴だったりしない? 散々馬鹿にされてるけど、少なくとも今の俺達じゃ手も足も出ないぞ。

商人「門の近くにいた商人達も襲われて商品の食料を奪われてしまいました……幸い、奴らは食料を奪うとすぐに逃げ出したので、怪我人は出ませんでしたが」

怪我人は出なかったのは不幸中の幸いというところだろう。だが、瓦礫の山の周りにいる商人たちの顔色は優れない。そしてそれの対応に当たっている門番らしき兵の奴らはその時に一体何をしていたんだ。

商人「お願いします勇者様、商品は取り戻せないかもしれませんが、せめて奴らを倒してください!」

雪乃「分かりました、引き受けます」

即答だった。雪ノ下さんカッケェ。いや元よりそのためにここまで来ているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、その凛とした受け答えが妙に様になっていた。

商人も、その雪ノ下の答えに安堵したのか先ほどより表情が柔らかくなったような気がする。NPCだから、どこまで理解出来ているのかは分からんが。

商人「そういえばもうひとつ、ここが襲われた後に槍を持った女の子が来ましてね」

八幡「槍を持った女の子?」

商人「はい。その女の子はこの惨状を見た後、怒って狼が住む洞窟へと走り出していきました」

八幡「ひとりで?」

商人「そうです。私達は皆止めたのですが、そのまま行ってしまわれたのです……」

女の子が武器持ちとはいえ、ひとりで魔物が住む洞窟に突撃するとは随分命知らずな女の子だ。どんな奴なのか、気になるところだ。

商人「出来れば、その女の子も助けてあげてください」

雪乃「分かりました。ひとりで、となると心配ね。急いで向かいましょう」

結衣「うん、早く助けなきゃ!」

平塚「うむ、さっさと終わらせてしまおう」

商人との会話イベントが終わると、俺達は駆け足で洞窟へと向かった。

ちなみに外に出る際に門だった瓦礫の山を登る必要があったのだが、そこでパーティ内唯一俺だけが転んだことは記載しないでおく。

一応、転んだ程度ではHPが削られることも怪我をすることもないということが分かっただけ収穫だったと思っておこう……。

書き溜めしてから、また来ます。

俺ガイル。続 第6話はTBSで1:48から放送だから観とけよ観とけよ~

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国から出てから数分。

木に囲まれた道を進んでいくと、前から水色のどろどろとした何かがタマネギみたいな形をした塊がぽよんぽよんと飛び跳ねながらこちらに向かってきた。

結衣「ひっ、あれ何!? キモッ!」

八幡「とうとうはじめての戦闘か……」

スライムAが あらわれた!▼

スライムBが あらわれた!▼

見た目はド○クエに出てくるスライムそのまんまだった。おい、いいのかあれ。著作権とか、あとその他諸々。

雪乃「あれが魔物……でいいのね?」

八幡「間違いねぇな」

まさかあれが会話出来るNPCだったりはしないだろう。

いや、作品によってはスライムと会話出来る場面もあったりするのだろうが、それは今ではなかろう。

結衣「わ、私達はどうすればいいの?」

八幡「そうだな……」

相手はドラ○エの敵キャラのモロパクリだ。確かにRPGの最初の敵としてはお馴染みと言えばお馴染みではあるのだが。

となると、おそらくだがこの世界の戦闘はコマンド式戦闘であろう。

ウィンドウに表示された行動を選び、それに従って行動すればいいだけ……

そう思っていたがウィンドウなど待っていても出てきやしなかった。あれ、どういうことだ?

そんなことを考えていた俺やどうすればいいのか分からず突っ立っていた由比ヶ浜とは違い、平塚先生と雪ノ下は武器を構えていた。

平塚「ふふっ、腕が鳴るな。さぁ行くぞ!!」

先生はそう言うと、メリケンサックを指に嵌めてスライムに向かって駆け出していった。

えっ、この世界ってリアルタイム戦闘なの!?

普通こういうRPGってコマンド式戦闘じゃないの?

ドラ○エ式だと思っていたら、なんと戦闘は3Dテイル○式であった。

雪乃「なるほど……あれに攻撃して、倒せばいいのね」

そう言うと雪ノ下は腰にかけていた鞘から剣を抜き出し、平塚先生に続いてスライムに向かっていった。

八幡「お、おい雪ノ下、気をつけろよ!」

雪乃「あら、心配をしてくれているの? あなたにしては珍しいわね」

お前のHPの低さを心配してるんだよ。

雪乃「でも心配には及ばないわ」

雪ノ下は剣を構えると、物凄いスピードで駆け出した。

雪乃「はっ!」

一瞬でスライムとの距離を詰めると、すぐさま一閃。スライムに強烈な一撃を浴びせたのであった。

雪乃「やっ!」

そして容赦無くそのまま二撃、三撃。

目にも止まらぬ速さでスライムを切り結んでいく。

雪乃「これで終わりよ」

そして何度目かの攻撃でスライムA君は一度の反撃も許されないまま、光の塵になって消えていった。

なるほど、分かった。

雪ノ下はHPとMPが低くても、あのすばやさと技のキレだけでなんとかなるらしい。ちぃ覚えた。

結衣「ゆきのんすごーい!」

雪乃「別に大したことはしてないわ」

一方、もうひとつのスライムBは平塚先生がサンドバッグのようにタコ殴りにしていた。うっわ、すげぇ楽しそう。

本当にふたりとも戦闘ははじめてなのだろうか。

平塚「ハーッハッハ!」

一応相手はスライムなのだが、メリケンサックのみのほぼ素手のままで直接殴っていてヌメヌメとかしないのだろうか。

それともそこら辺のリアルな事情はゲーム的な都合で無視されているのか。本当にご都合主義が通る世界である。

いや、別にそういうご都合主義は俺達からしたらありがたい限りなんだけどさ。スライムを切りまくっていたら、その痕が剣にまとわりついて切れ味が悪くなるとかそんなことあったらめんどくさいし。

そんなことを考えている内にサンドバッグB もといスライムBもお亡くなりになっていた。かわいそかわいそなのです。

平塚「なるほどな、これが実戦か」

八幡「いや、俺達なんにもしてないんすけど」

そういえば、雪ノ下と先生が無双していたため俺と由比ヶ浜は初実戦だったというのに何もしていない。

いや何もしていないというのは表現が違うだろう。何かする必要もなく、前衛のふたりが敵を片付けてしまっていただけだ。

結衣「ふたりともかっこよかったよ!」

平塚「獲物を奪ってしまって悪かったな、次は比企谷と由比ヶ浜も戦闘に加わると良い」

えぇー……。雪ノ下と先生が全部片付けてくれるのなら、それに越した事は無いんですけど。

しかしそういうわけにもいかないのは分かっている。本番の洞窟の中に入る前に戦闘のやり方くらいは覚えておかなければならないだろう。

それから数分もしないうちに再びスライムとエンカウントした。

スライムAが あらわれた!▼

スライムBが あらわれた!▼

数分というと、実際のゲームでならばかなり長く感じる時間だろうが、リアルタイムで動いている俺達の身からすればそんなもんかという感じである。むしろ本物のゲームのように数歩歩くたびにエンカウントとかいうシステムじゃなくて本当に良かった。

平塚「じゃあ比企谷、由比ヶ浜。今度は君達がやってみるといい」

八幡「へいへい……」

めんどくせぇなぁ……俺はそう思いながら、30センチほどの木の棒を構えた。

さすがにこれで直接突き刺しに行くのは無謀というものだろう。黒魔術師らしく、何か魔法で戦うのが基本であるはすだ。

八幡「魔法ってどう使うんだ……」

そういえばその魔法とやらを使うやり方が全く分からない。

なんかこう、ウィンドウみたいなのが出てくるんじゃないのかと思ったが、前回と同様何か出てくることはなかった。

魔法が使いたい~とでも念じれば何か頭の中に思い浮かぶのだろうか。魔法が使いたい~!

あっ、今何か頭の中に浮かんだわ。これか。随分アバウトだ。

八幡「グラビティ!」

ハチマンは グラビティを となえた!▼

頭の中にふっと浮かんだ単語をそのまま口に出す。

すると、スライムAに向けて黒い塊っぽい何かが木の棒が放たれた。

そしてそれはそのままスライムAに直撃した。

八幡「やったか!?」

しかし、見てみるとスライムAは全く動じていない。

ダメージを与えられた感触は全く無かった。

どういうことだ?

雪乃「……あなたのそれ、何の役に立つのかしら」

八幡「いや待て、おかしい。確かに当たったはずだ」

俺の魔法『グラビティ』とやらは確かに直撃したはず。その瞬間をこの目で見た。腐っているこの目だが、一応視力は悪くは無いはずだ。

だが、スライムAは相変わらずウザったい顔をしながら鎮座しているし、その隣のスライムBはぴょんぴょんと飛び跳ねている。

ん?

八幡「分かったぞ、俺の魔法の効果が」

平塚「うむ、私も想像がついたぞ」

雪乃「一体なんなのかしら?」

八幡「ああ……魔法の名前から考えても、おそらく相手の体を重くするとか、行動に制限をかけるとかそういった類のものだな」

俺の魔法が当てられたスライムAは随分鈍い動きになっていたが、その隣のスライムBは相変わらずぴょんぴょん飛び跳ねている。ぴょんぴょんするのは心だけでいい。ウザいから今すぐその動きを止めろ

八幡「グラビティ!」

ハチマンは グラビティを となえた!▼

その仮説を証明するため、俺はもう一度魔法を唱えた。木の棒から放たれた黒い塊はスライムBに直撃する。

すると、先ほどまでピョンピョン飛び跳ねていたスライムBの動きが突然止まった。飛び跳ねることなく、地面で少しぷるぷるしているだけだ。

先ほど当てた、スライムAと同じ状態になったのだ。

八幡「デバフかよ……」

要するにこの呪文は弱体化呪文らしい。確かに、デバフ系呪文は黒魔術師らしいといえばらしいのだが……重力系呪文ならもうちょっとカッコいいダメージ呪文が良かった。重力系呪文といえば黒の魔本の子みたいな。そのうちアイアングラビティとかなって周りの森を全部なぎ倒せたり出来るようになるだろうか。

平塚「なるほど、比企谷の呪文は相手の動きを止めるものか。他にはないのか?」

八幡「よく分からないんすけど、多分今のところはこれだけですね」

他に使える魔法がないか、色々念じてみるもスッと頭の中に出てきたのは『グラビティ』のみだ。レベル1だから仕方が無いのかもしれないが、普通最初ってひとつくらいは攻撃呪文を覚えているものではないだろうか。

雪乃「相手の足を引っ張る魔法……比企谷君にお似合いよ」

八幡「うるせ」

相手の足を引っ張ったりとかしねぇから。何故なら足を引っ張る相手が俺にはいない。だって俺、ぼっちですから。

結衣「ヒッキーすごーい! どうやってやったの?」

八幡「いや、なんとなく頭の中に思い浮かんだんだが……」

本当に感覚で唱えたので、言葉で説明するのが難しい。

結衣「えー分かんないよー……開けゴマー!」

いやそれ違うから。魔法は魔法かもしれないけど。

それから何回やっていても由比ヶ浜は魔法を唱えることは出来なかったので、俺の魔法で動きが鈍くなっていたスライム達は雪ノ下と先生がサクッと倒してしまった。

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結衣「うー、ごめんねゆきのん」

雪乃「気にしなくていいわ、まだ始まったばかりだもの」

それから数度、魔物(今のところスライムのみだ)に遭遇したが、由比ヶ浜は未だに魔法を唱えることが出来ないでいた。

結果的にほとんどが雪ノ下と先生が魔物狩りをしているという状況である。いや俺も一応魔法を唱えてはいるのだが、スライム程度だと動きを鈍くせずとも前衛のふたりが瞬殺してしまうため、今のところあまり役に立ったようには思えないのであった。

平塚「なんでだろうな……僧侶である以上魔法を全く覚えていないとも思えんがな」

結衣「教えてヒッキー、どうやって魔法使ったの?」

八幡「いや、俺に聞かれてもな……」

なんか頭の中で魔法が使いたい~と思ったらパッと思いついたので、それをそのまま唱えただけだ。

そう由比ヶ浜には先刻から伝えているのだが、いまいち感覚が掴めないようでいた。

まぁ、今のところ雪ノ下と先生のタッグだけでなんとかなっている。戦った魔物はスライムのみとはいえ、ふたりともまだノーダメージだ。上々な滑り出しと言えるだろう。

国から出て、もう30分程経った。

八幡「……おい雪ノ下、平気なのか」

雪乃「ええ、平気よ」

これだけ歩けば体力の無い雪ノ下はバテるものかと思っていたが、先ほどから見ている限り特に疲れている様子は微塵も感じられない。

どうやらこの世界ではHPという概念は存在していても、スタミナという概念は存在していないらしい。事実、俺自身もだいぶ歩いてきたにも関わらず体はずっと軽いままだった。

しかしスタミナという概念が無いのであれば、雪ノ下にとってはかなり有利な条件だ。あいつの弱点とか体力の無さくらしだし。あれ、体力面の問題がない雪ノ下って実質最強じゃね?

そんなことを考えていると、前に山のようなものが近づいてきた。よく見るとぽっかりと穴が開いている。あれが狼の魔物とやらが住んでいる洞窟の入り口だろう。

平塚「あれだな」

八幡「多分そうっすね」

洞窟の中となると何か火かフラッシュを覚えているポケモ○の用意が必要かと思ったが、洞窟の中はところどころ穴が開いていて外の光が差し込んでいるようだ。思ったより明るい、このまま前に進めそうだ。

雪乃「それではいきましょうか、先に向かった槍を持った女の子の安否も心配だもの」

由比ヶ浜が魔法を使えないという問題は解決しなかったが、雪ノ下のいうとおり先にここに入っている可能性のある女の子も心配だ。

俺達はそのまま狼の魔物が待ち受けているであろう洞窟へ足を踏み入れたのであった。

書き溜めしてから、また来ます。

6話のいろはす可愛い過ぎたウェイ

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結衣「なんだが不気味だね……」

洞窟の中に入ると、外より少々冷たい空気に包まれた。

洞窟の中は多少薄暗く、由比ヶ浜が言ったとおり少々不気味な雰囲気を醸し出していた。

しかし、所々に穴が開いており、そこから太陽の光が差し込んでいるためそこまで視界は悪くない。

この程度の明かりがあれば魔物に気付かずに襲われる、床のデコボコに気が付かずに転ぶなどということもないだろう。

八幡「まぁ、明かりがあるだけマシだな」

平塚「こういうところなら、壁に蝋燭が並べられているのがお約束だと思うんだがな。どう思う、比企谷?」

八幡「いやどう思うって、あれ絶対非効率だと思うんですけど」

ああいう洞窟の壁に並べられている蝋燭っていつも火が点っているイメージなのだが、普通溶けきってしまうと思う。

それなのにも関わらず、人通りが少なそうな洞窟に限って蝋燭が並んでいるイメージがあるのはなんでだろうね?

まぁ今回に限ってはそもそも太陽の光が差し込んできているので、どのみち蝋燭など必要はない。もっとも太陽の光もそんなに好んで浴びたいものではないのだが。だって俺、ゾンビっすから。目が。

八幡「そういえば、もう大分スライムを倒したっていうのにレベル上がらないな」

ふと、自分のステータスに視線を動かす。

レベルは相変わらず1のままだ。HPにも変動はない。MPのみは少し減っているようだが、これは呪文を唱えた影響だろう。

ここまで倒したスライムの数は二桁を超えている、さすがに序盤にしてはレベルが上がるのが遅過ぎる気はする。

平塚「言われてみれば妙だな、確かにレベルが上がった感覚といったものはない……経験値などを確認することは?」

八幡「見当たりませんね」

経験値どころか、攻撃翌力や防御力といった基本的なステータスすら確認できない。ちょっとこれ作った人、手抜き過ぎじゃないのか?

確認できるのは職業や性別、レベル、HPにMPのみである。いや、性別とか入らないからもっと他のステータスを確認出来るようにして欲しかった。努力値とか。

レベルが上がるのが遅い可能性として考えられるのは、エンカウント率と同様に経験値が貯まるのも現実でやるゲームより遅くなっているというところか。

俺達は国の外に出てから、この洞窟の入り口まで30分ほど歩いてきた。その30分の間でスライムと遭遇したのは6,7回といったところだったはずだ。

これは、現実のゲームでならばさぞイラつくであろうエンカウント率だ。いや逆に助かるかもしれないが。

現実のゲームであれば30分も草むらの中を歩いていれば数倍は敵キャラにエンカウントしているはず。

つまり、このゲームの中の時間の進み方などは随分とリアルな進み方をしているらしい。そういうどうでもいいところで妙にリアリティとか出さなくて良いのに。リアリティがあるって、あれゲームじゃ決して褒め言葉じゃないと思うんですが。

八幡「もしかしたら、由比ヶ浜が魔法を使えないのもレベルが足りてないからかもしれんな」

結衣「えっ、どういうことヒッキー?」

八幡「ほら、○ケモンだってレベルを上げれば新しい技を覚えたりするだろ」

そして覚えている技が4つを越えると、無理矢理技をひとつ忘れさせられるのだ。なきごえのやり方すらも忘れさせられることだってある。あの世界の動物愛護団体は一体何をしているんだろう。あっ、それがポケ○ン大好きクラブなのか。

このアホの子は果たして4つも技を覚えられるのだろうか……現状に至ってはひとつも使えてないしな。

八幡「だからレベルが上がれば、由比ヶ浜も魔法が使えるようになるのかもしれない」

結衣「なるほど……魔法を使えるようになったら、私もゆきのんと一緒に戦えるようになるかな?」

八幡「……さぁな」

由比ヶ浜は俯いてそう言った。

どうやら先ほどからの戦闘を雪ノ下達に任せっ切りなのを気にしているらしい。

雪乃「気にしなくていいのよ由比ヶ浜さん。いるだけでマイナスになるあの男とは違って、由比ヶ浜さんはその……いてくれるだけで嬉しいもの」

結衣「ゆ、ゆきのん!」ガバッ

雪乃「……歩きづらいのだけれど」

雪ノ下のフォローを受けた由比ヶ浜は、目をうるうるとさせながら雪ノ下の腕に抱きついた。

こうやって見ていると、雪ノ下も昔とは大分変わったなと感じる。

友達の由比ヶ浜のためにフォローをするし、前までならばあんなにひっつかれたら離れろと言っていたような気がするが、今ではすっかり受け入れて由比ヶ浜に抱きつかれたままである。

うむ、眼福眼福。

ふたりのこのやり取りを見ていると、俺も百合属性に目覚めそうだ。いつか由比ヶ浜もさすがは雪乃お姉様とか言っちゃうのだろうか。……お姉様とは言わずとも、あまり今までと変わりはなさそうだ。

ただひとつだけきっちりと突っ込ませてもらうのならば、今の流れで俺のことをディスる必要性はなかったと思う。

最初から由比ヶ浜にあなたはいるだけで嬉しいって伝えれば良かったじゃねぇか。

ふたりの百合空間を邪魔しちゃマズいからあえて口には出さないけど。

そのやり取りを見ていた平塚先生はふむと手をあごに当てた。

平塚「由比ヶ浜の存在は雪ノ下に良い影響を与えているようだな、去年の春からは信じられんよ……君にも、少しは影響を与えていると良いんだがな」

八幡「いや、俺は他人からの影響とか受けないんで。俺は個性を大事にしているんです。他人とちょっと関わっただけで揺らぐような個性を個性とは言いたくありません」

平塚「はぁ……君の去年の春からの変わらなさも、信じられんよ……む」

八幡「おっ」

突然、先生が真面目な顔つきになって前の方向を見る。俺もそれにつられて前に顔を向けた。

バサバサと何か音がする。これは翼が羽ばたく音? どんどんとその音はこちらに近づいてくる。

間違いない、これは魔物が生み出している音だ。

八幡「洞窟の中だと、音が反響してイマイチ魔物の場所が分からんな」

雪乃「気をつけて、どこから来るか分からないわ」

雪ノ下がそう言った次の瞬間、横にいた平塚先生の体が突如後ろに飛ばされた。

平塚「うがっ!?」

八幡「先生!?」

雪乃「先生!!」

結衣「うわ、先生!?」

一瞬のことなのでよく見えなかったが、天井の方から何かが飛んできて先生の顔に体当たりをしていったようであった。

まさか上から来るとは。

八幡「あれは……?」

見てみると、それはコウモリのような魔物がそこにいた。ばさばさとうるさく羽を動かしている。

コウモリ「ギャーギャー!」

コウモリが あらわれた!▼

名前そのまんまかよ。もうちょい捻ったらどうだ。ズバ○トとか。

八幡「1匹か……グラビティ!」

出てきた魔物がそのコウモリ1匹だと確認すると、俺はすぐに木の棒をコウモリの方へ向けて呪文を唱えた。そして木の棒から黒い塊のようなものが発射される。

しかしコウモリはすぐに飛んでいってしまい、俺の呪文は当たらなかった。くそ、すばしっこい。

そしてそのコウモリは一度空で方向転換をすると、今度は由比ヶ浜に向けて猛スピードで突っ込んでいった。

マズイ、これは止められない。

結衣「わ、あぶな──」

雪乃「由比ヶ浜さん!」

しかしその瞬間、雪ノ下が由比ヶ浜の前に割り込んでいった。

雪乃「由比ヶ浜さんに手出しはさせないわ」

そう言って剣を鞘から抜くと、そのままコウモリに向けて剣を振るった。

その刃は正確にコウモリを捉え、一閃を浴びせたのであった。

……今、コウモリさん結構凄いスピードで飛んでいたような気がするんですけど。あいつ、由比ヶ浜のためなら不可能は無いのだろうか。

雪ノ下はそのまま連続でコウモリに剣を振るう。その全てが正確にコウモリを切り裂いていった。

追撃の手を緩めない雪ノ下は怒涛の連続コンボを決め続け、コウモリは光の塵となって空に消えていった。

結衣「ゆきのん、ありがとう!」

雪乃「例には及ばないわ、それより平塚先生。お怪我は」

平塚「ああ、大丈夫だ……不覚だ」

顔面に高速の体当たりを受けた先生であったが、見たところ怪我のようなものはない。HPの数字はきっちり減っていたが。

八幡「先生、ダメージを受けた感覚というのはどんな感じなんですかね」

とりあえず大丈夫というのであれば、次に気になるのがこれだ。

実際にダメージを受けた場合、俺達はどのように感じるのか知っておくべきである。

夢の中なのに変なところに気がいくなあ。

平塚「ああ……結構な速さのあれを顔面に受けたが、痛みというより痺れるという感じだな」

痺れる、か。もしそうであれば、戦闘中に大きなダメージを受けて動けなくなるとか、そういう変にリアルなことにはならないと思って良いのだろうか。

まぁ今のところ、リアルであったらめんどくさそうみたいなことは全部ご都合主義でスルーされていたので、実はダメージに関してもそんなに大したことにはならないだろうと思っていたのだ。

この調子だとHPが0になっても現実で死ぬとか、そういう重い話になることはないだろう……多分。

もちろんそもそも0にならないように慎重にいくつもりであるのだが。

結衣「あれっ」

雪乃「由比ヶ浜さん、どうかしたのかしら」

結衣「なんか今、頭の中で何か思いついたっていうか」

八幡「……魔法か?」

もしかして今のコウモリ戦でレベルが上がったのか?

そう思ってすぐにステータスを確認してみたが、由比ヶ浜のレベルに変わりはない。

八幡「とりあえず、その頭の中に思い浮かんだの唱えてみろよ」

結衣「わ、分かった……ヒール!」

ユイは ヒールをとなえた!▼

由比ヶ浜が呪文を唱えると、その杖から光が溢れ出した。そしてその光は平塚先生の周りを包み込んだ。

平塚「これは……」

シズカのHPは 6かいふくした!▼

八幡「回復呪文か……」

僧侶だから当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、由比ヶ浜の覚えている呪文は回復呪文だった。

先ほど先生が失った分のHPをそのまま回復したのだった。

八幡「ああ、なるほど……由比ヶ浜がさっきまで魔法が使えなかった理由が分かった」

結衣「えっ、どういうこと?」

八幡「お前の魔法は回復呪文だ。パーティメンバーの傷を治したりすることが出来るやつだ」

だが、先ほどまで俺達は誰一人として1足りともダメージを受けることはなかった。つまり。

八幡「俺達が誰もダメージを貰ってなかったから、お前の回復呪文も使う機会が無かったってことだな」

結衣「そういうことだったの!?」

全員がノーダメージならば回復系の呪文を使うことも出来ないだろう。だから、さっきまで由比ヶ浜は呪文を唱えることが出来なかった。おそらく、先ほどまでの疑問はこれが答えであるはず。

……アホの子だから、実は呪文を全く覚えられませんでしたテヘペロ☆ みたいオチも、少しだけ、ほんの少しだけ考えてはいたのだが……杞憂に終わってよかったようだ。

結衣「良かったー……あたしさ、もしかしたらこのまま足手まといになっちゃうかもなんて考えてたんだ……」

雪乃「由比ヶ浜さん……」

結衣「でもこれなら役に立てるね! ゆきのん、どんどん怪我しても大丈夫だよ!」

八幡「いや、ダメージ負わないに越したことないだろ」

こうして由比ヶ浜が魔法を使えない問題も無事解決し、俺達はさらに洞窟の奥を目指して進んでいった。

書き溜めしてから、また来ます。

初SSだから誤字脱字文法ミス多いのは許しちくり~

……

…………

………………

平塚「……む、あれは」

しばらく洞窟を進んでいくと、通路にぽつんと何かが置かれているのを発見した。

八幡「これは……宝箱?」

平塚「そうだろうな。やはり、ダンジョンといえば宝箱だな」

ぽつんと置かれていたのは、いかにもという感じの宝箱であった。

確かにダンジョンといえばアイテムが入っている宝箱が置かれているのはお約束だ。

千葉といえば落花生というように、ダンジョンといえば宝箱。

これは切っても切れない関係と言っていい。

そして勇者パーティというのは、こういったものの中身を取っていっても許されるものだと相場が決まっている。

例え洞窟の中にある宝箱の中を拝借しようが、他人の家に押しかけて壺を割ろうが許される。それがRPG世界の勇者というものである。

となれば、当然目の前にある宝箱を調べないわけにはいかない。まさかこんな最序盤からミミ○クとか出てこないだろうし。

何が入っているのだろうか。序盤だし、どうせ薬草だろうか。もしかしたら装備とかが入っているのかもしれないなどと考えながら宝箱に近づいたその時、俺の腕がいきなりつかまれた。

八幡「……なんで俺の腕を押さえつけているんですか先生」

平塚「宝箱だぞ……そんなものを開ける大役、君に任せるわけにはいかない」

八幡「いや別に大役でもなんでもないでしょ……俺が開けますって。ほら、先生の手を煩わせるのもなんですし」

平塚「いや、もしかしたら罠かもしれないだろう! 私は教師だ、生徒に危険な橋を渡せはしない」

八幡「言ってることはカッコいいんだけどなぁ……」

そんなわくわくした顔で詰め寄られても説得力は皆無だ。大方、単に宝箱を自分の手で開けてみたいだけだろう。

だが何が入っているか分からない宝箱を開けるというロマン溢れる行為に惹かれるのは、何もこのアラサー教師だけではない。

俺だって一応は男の子だ、目の前にこんな宝箱があれば自分の手で開けたいと思う気持ちくらいある。

平塚「下がれ比企谷、あの箱は私が開ける」ググッ

八幡「いや大丈夫ですって、俺一人で十分です」ググッ

雪乃「……この箱、何も入っていないようなのだけれど」パカッ

2人「「ああ──っ!!?」」

俺と先生が争っている間に、雪ノ下がその宝箱を開けてしまっていた。

お前、男のロマンをそんなあっさりと……。

八幡「って、何も入ってないだと? そりゃどういうことだ」

雪ノ下が開けてしまった(絶対に許さないリストに新しく書き加えておこう)宝箱の中身を覗き込んで見ると、確かに中身はからっぽであった。

平塚「こういうものは、普通は勇者パーティしか取れないものだと思うが……」

八幡「普通はそうですよね……」

何故この宝箱の中身は何もないのか。

これが現実ならば最初から何も入っていないと考えるのが普通だが、ここはゲームみたいな世界観の夢だ。

こんなダンジョンに宝箱が置いてあって、それに何も入っていないということに違和感を覚える。

そこでふと、国を出る前のことを思い出した。

八幡「……槍を持った女の子」

平塚「ん、どうした比企谷」

八幡「確か、槍を持った女の子が先にここに来ていたかもってことを思い出しまして」

結衣「そういえば、あの北門にいた人がそんなこと言ってたよね」

その時はてっきりイベント用のNPCか何かだと思っていた。

だが、このダンジョンに先に入ったということ。そしてこの空の宝箱。妙に引っかかる。

ゲーム的ご都合を考えるのであれば、この宝箱を開けられるのは間違いなく勇者パーティの面子だけだ。

雪乃「その槍を持った女の子が、この宝箱の中身を持っていったかもしれないと? そういうことかしら、比企谷君」

平塚「待て、その女の子とやらはNPCじゃないのか? だとしたら宝箱を開けられるとは思えないが」

八幡「俺もさっきまでそう思っていました」

判断材料が少な過ぎるため、どういう結論に持っていくにしても多分に憶測が混じる。

だが、もしもだが。

八幡「だが、もしも俺達以外にもこのゲームの中に入ってきている人間がいたとしたら?」

3人「「「!?」」」

もしも、このゲームの中に現実世界からやってきた人間が他にいるのであれば説明はつく。

その槍を持った女の子とやらは現実世界の人間で、先にこのダンジョンに入り、その道中でこの宝箱を開けてアイテムを入手した。

その可能性は考えられないだろうか。

雪乃「他にもこの世界に来ている人がいる……そんなことは有り得るの?」

八幡「知らん、正直今の状況そのものが有り得るのといっていいのかすら分からんしな」

まぁ、俺の夢の中だ。他に登場人物が出てきたとしても特に驚かない。

ドラク○のパーティといえば4人という固定概念があったから失念していたが、他にも現実世界の人間が出てくる可能性は十分有り得る話だ。

結衣「でもさ、それが本当だとしたら……その女の子、ひとりでこの先に進んでるんだよね?」

八幡「……かもな」

俺達は最初から4人だった。おかげで今のところ戦闘面で苦戦するようなこともなく進めることが出来ている。

だがその女の子は?

ぼっちでダンジョンに突撃するとは見上げた根性だ。賞賛に値する。

しかし、このRPG世界で主人公ひとり縛りプレイを最初からやるのは難易度が高過ぎるのではないだろうか。

八幡「あくまで仮説でしかないんだがな」

雪乃「……急ぎましょう」

しかし雪ノ下はその仮説を聞くと、駆け足で奥に向かっていった。

結衣「あっ、待ってよゆきの~ん!」

本当にその女の子が現実世界から来た人間なのかは分からない。

正直、宝箱は最初から空であった可能性の方がよほど高いように思える。

だが、何故か俺の頭は焦燥感で満たされていた。

………………

…………

……

……

…………

………………

雪乃「はあっ!!」

平塚「ふっ!!」

先ほどまでより急ぎながら、奥のボス部屋を目指して俺達は進んでいた。

いや、別に奥にボス部屋があると決まっているわけではないのだが、RPGのお約束的に考えて、奥に狼の魔物とやらがいる部屋があると思う。そういうものなのだから。

だが、早く移動しているとそれだけ雑魚の魔物とエンカウントする頻度も上がっていく。

先ほどの宝箱からもう5度の雑魚戦を終えていた。

ピロリーン

八幡「ん、なんだ今の音」

雪ノ下と先生がゴブリンのような魔物を片付けると(ちなみに俺の出番は相変わらず無かった)、どこからか軽快な音が鳴り響いた。

戦闘終了時のタイミングでの不可解な音。これはもしかしてと自分のステータスを確認してみた。

八幡「おお……」

見てみると、レベルの表示が2に変わり、HPやMPが微妙に増えていた。どうやら先ほどの音はレベルアップの音だったらしい。

レベルアップしてもメッセージすらなく、あんなチープな音が流れるだけなのか。寂しい演出もあったものだ。

雪乃「……あら」

平塚「む」

八幡「どうかしたんですか」

平塚「ああ、レベルアップした時に頭の中に何かが入ってきたんだ。多分新技か何かだろうな」

結衣「あたしも今頭になんか来たし!」

えっ、3人とも新技覚えたの!?

そう言われて慌てて自分の使える呪文を頭の中で確認してみる。『グラビティ』ひとつのままだった。俺の感じたときめきを返せ。

平塚「比企谷も何か技を覚え──何でもない」

八幡「ちょっと、今なんで言うのをやめたんですか」

平塚「その目を見るだけで分かってしまったからな……」

雪乃「いつもに増して腐ってるわよ、あなたの目」

俺の目は、口より物を語っているのだろうか。

結衣「あっ、なんか見えたよ!」

由比ヶ浜の声を聞いて俺達は前を向いた。

その先に、何かそれっぽい扉が見えた。おそらくはあれがボス部屋に繋がる扉なのだろう。

どうして洞窟の中に扉があるのかは知らないが、ぶっちゃけどうでもいい。

平塚「はじめてのボス戦か……腕が鳴るな」

雪乃「早く片付けましょう」

結衣「回復は任せてね!」

パーティメンバーは口々にそう言うと扉を開け放ち、中のボス部屋に入っていった。

ボス前にはセーブをするものだと相場が決まっているが、残念ながらこの辺にセーブポイントは見当たらない。

仕方が無いので、俺も黙ってそれについていった。

扉の中は広い空間であった。

ところどころに壊れた箱や袋が散乱しているのが見える。あれらは奪われた商人の食料だろうか。

そして奥には、何か影がふたつ立ちそびえていた。

???「兄貴、なにか来たぜ」

???「なにか来たな、弟よ」

そのふたつの影は、狼のような形をした魔物のものであった。

だが普通の狼とは全く違う。

二足で人間のように立っているし、歩いている。そして何よりそいつらは喋っていた。

イメージとしては赤ずきんちゃんの童話に出てくる狼に近いかもしれない。

そしてその狼の魔物の横に銀の鎧を纏った人間がひとり倒れていた。槍が近くに落ちており、そこの狼の魔物達に敗れたのだと予測出来る。

おそらく、あれが『槍を持った女の子』だろう。俺はその姿を確認する。

その時、俺の心臓が飛び跳ねたような気がした。目眩がし、頭の中が真っ白になったような気がした。

そんなわけがない、そう思って目の前の現実を否定してやりたかった。

見間違えだ、そう考えて目の前の惨状を受け入れたくなかった。

だが、狼の魔物の側で倒れている女の子のことを、見間違えることはなかった。

その女の子の可愛らしい顔には見覚えがあった。

その跳ねたアホ毛に見覚えがあった。

その顔を忘れるわけも無い。

それは。

八幡「小町──ッ!!」

それは間違いなく、俺の最愛の妹、比企谷小町であった。

書き溜めしてから、また来ます。

はじめてSS書いてるからびっくりしてるんだけど2万文字程度じゃ100レスにも届かないんだな……ウケる

小町のところへ飛び出そうとしたその時、いきなり俺の後ろ首をがしっと掴まれた。

俺の首根を掴み取っていたのは、雪ノ下の手だった。

雪乃「落ち着きなさい、比企谷君」

八幡「超落ち着いてんだろ今すぐ小町のところに行かなきゃ駄目だそれくらい理解しているだからもう行くぞ」

雪乃「あなたがひとりで特攻しても、返り討ちにあうだけよ」

雪ノ下がそうぴしゃりと俺に向かって言い放った。

そう言われてみれば確かに、今小町のところにひとりで向かってもそのままやられるのがオチだ。

小町の姿を確認して少々気が動転していたかもしれない。

冷静になって、今の状況を見つめなおす。

八幡「すまん、頭に血が上ってた」

雪乃「相変わらずのシスコンっぷりね……妹を大事に想うのは結構だけれど、それで小町さんを救えなかったら意味はないわ」

雪ノ下は剣を鞘から抜き、そして鋭い眼光でキッと狼の魔物を睨み付けた。

雪乃「あの知性の欠片も感じられない動物は私と先生が引きつけるわ。その隙に比企谷君と由比ヶ浜さんは小町さんのところへ」

八幡「分かった」

結衣「うん、任せて!」

そしてその雪ノ下に続いて、平塚先生も鋭い目で狼の魔物の方を見る。

平塚「私の生徒に手を出すとはいい度胸だ……私直々に、奴らには制裁してやろう」

八幡「小町は先生の生徒じゃないでしょう」

平塚「4月からは私の生徒になるのだろう? 大して変わらんさ」

そう言って、平塚先生は肩を回しながら武器を手に取った。

本当にそこらの男より男らしいですよ、先生。気を抜くとうっかり惚れてしまいそうになる。

雪乃「それでは、行きましょう」

雪ノ下の合図を機に、雪ノ下と平塚先生は狼の魔物の方へ向かった。

俺と由比ヶ浜は小町の方へ駆け出す。

狼兄「俺達はオオカミブラザーズ、俺が兄だ」

狼弟「そして俺が弟よ、貴様らもこの爪の餌食にしてや──」

うるせぇ、てめぇらのくだらねぇ口上なんて聞いてる暇なんざねぇんだよ。

俺は小町の方へ走りながら木の棒を構え、狼の片割れに向かって呪文を唱えた。

八幡「グラビティ!」

狼弟「る──むっ、体が重く……ぐあっ!」バキィ

狼兄「弟──!!」

俺が放った行動鈍化の重力の呪文は片方に当たり、その行動を制限する。

そしてその行動が重くなった方の狼の顔面を平塚先生が助走をつけたまま、思いっきりぶん殴った。

平塚「ふん、私の生徒に手を出した罰だ」

狼兄「くそ、よくも我が弟を!」

雪乃「あなたの相手はこちらよ」

もう片方の狼に向けて、雪ノ下は剣を振るった。

狼はそれに対して爪で応戦する。

狼兄「このアマ!」

雪乃「小町さんを傷つけられて怒っているのは、比企谷君だけではないわ」

雪ノ下は剣を素早く数度振るい、狼の爪を弾く。そしてがら空きとなった胴体に向けて剣を振り下ろした。

狼兄「ぐあっ!」

雪乃「私にとっても大事な後輩になるの。その後輩をいたぶってくれた罪の重さ、その品のない体に刻み込んであげるわ」

                            ×  ×  ×

2匹の狼は雪ノ下と平塚先生が上手く引き付けてくれていた。

その間に、俺と由比ヶ浜は小町のそばにまで来る事が出来た。

八幡「おい小町、しっかりしろ!」

倒れている小町の体を抱き起こすが、意識はないようで返事は返ってこなかった。

目を凝らして小町のことを見てみる。すると、ステータスが確認できた。

小町の残っているHPは1桁前半という風前の灯であった。

だが、幸いなことにまだ0にはなっていない。

俺は急いで由比ヶ浜に回復を頼んだ。

八幡「由比ヶ浜、頼む」

結衣「任せて! 小町ちゃん、今治してあげるからね……ヒール!」

ユイは ヒールをとなえた!▼

コマチのHPは 20かいふくした!▼

全快にはならなかったが、これでHPに余裕は持てた。

これで小町は大丈夫だろう。ほっと安堵のため息を放つ。

八幡「ありがとう、由比ヶ浜。これで小町は平気だと思う」

結衣「ううん、小町ちゃんは私にとっても大事な友達だもん……当たり前だよ」

小町「……ん、あれ……」

八幡「小町!!」

小町の意識が戻ったようだった。

開かれたその目はしばらくきょろきょろと動き、その後に俺のことを視界に入れると驚愕したような表情になった。

小町「お、お兄ちゃん!? なんでここにいんの!?」

八幡「そりゃこっちのセリフだ……だけど話は後だ、とりあえずあれを片付けないとな」

顔をあげて狼の方を見ると、雪ノ下と平塚先生はそれぞれ1匹ずつ狼の魔物を相手にして激戦を繰り広げていた。

雪ノ下は未だにノーダメージを保っていたが、多少強引に殴りかかっている平塚先生の方は何度かダメージを貰ってしまっているようで、HPは半分ほどにまで減っていた。

八幡「俺達も加勢しよう。小町、お前は戦えるのか?」

小町「もっちろん任せて! 小町、これでも結構強いんだよ?」

そういえばこいつ、ひとりでこのダンジョンの最後まで踏破してるような奴だった。ならば、戦力として申し分はないだろう。

結衣「私だってもうしっかり戦えるんだからね! 見てて!」

由比ヶ浜がいきなりそう言うと、杖を構えた。すると、由比ヶ浜の体の周りに赤い光がぽわっと出てきた。

これはさっきレベルアップした時に覚えたという新技だろうか。

結衣「ユイファイアー!!」

ユイは ユイファイアーをとなえた!▼

ほのおのえんだんが あいてをおそう!▼

どこぞの城○内ファイヤー並のネーミングセンスであった。もうちょっと他にいい名前なかったのかと考えたが、そういやこいつがつけるあだ名って大概あれな感じなのばっかだったな……。

由比ヶ浜が呪文を唱えると、周りに炎の玉が複数浮かび上がった。そしてその炎の玉は狼の魔物へ向かって飛んでいった。やっぱあれの名前、ファイアーボールとかでいいんじゃねーの。

狼弟「あづっ!!」

狼兄「あぢぃ!!」

その炎の玉は見事二匹の狼に的中した。ちなみにその狼の目の前で戦っていた雪ノ下と平塚先生には当たらずに過ぎ通っていたため、おそらくこの世界の攻撃魔法は味方に当たらないように設定されているのだろう。わぁいゲーム的ご都合主義、はちまんゲーム的ご都合主義大好き。

突然後ろから炎の玉が飛んできたことに驚いたのか、雪ノ下と平塚先生が振り向いてこちら側を確認した。

雪乃「今の炎は一体……小町さん、無事だったのね」

小町「ご心配お掛けしまったようで申し訳ないです……でもでも、これからは小町も頑張りますからね!」

狼兄「ぐおおお、おのれ小娘らめ!」

ファイアーボールをまともに食らって吹っ飛んだはずの狼が素早く起き上がり、雪ノ下達に向かって突進してきた。さすがにボス級が呪文一発で倒れたりはしないか。

それに対抗して小町が槍を構えて、キランと目を光らせた。

小町「さっきは1対2だったからボコボコにされたけど、もう負けないからね!」

小町はそういうと、槍を持って素早く前に突き出す。

狼の顔、肩、腕、腹、足と連続で槍を突き刺す。息もつかせぬ猛攻で狼に防御の隙すら与えなかった。

容赦ないな、あいつ。

狼兄「くっ、この!」

狼はがむしゃらに振るった右腕の爪で小町の槍を弾き、そして空いた左腕の爪を大きく振りかぶった。

小町「うわぁ、小町ピンチかも!」

狼兄「くたばれ!」

八幡「おっと、させるか」

そこに俺の鈍化呪文が狼に当たる。狼の動きが突如重くなり、その隙に小町は体勢を立て直した。

小町「ありがと、お兄ちゃん」

八幡「あんまり無理すんなよ、小町」

小町「気を付けるよ。ところで、お兄ちゃんって相手を遅くさせる魔法でも使えるの? うっわぁ、すっごく似合ってる」

八幡「うるせ」

雪ノ下にも言われたわ、それ。

そうしている間に、遅くなった狼に向けて雪ノ下が間髪入れず攻撃を繰り出していた。

雪乃「はっ!!」ズバズバズバ

狼兄「がぁぁぁあああ!!」

動きが遅くなった狼の爪は、雪ノ下の高速の刃に全く追いつけていなかった。

防御しようとすれば弾かれ、攻撃しようとすれば弾かれ、下がろうとすれば斬られ、前に進もうとすれば斬られる。

もうあいつひとりでいいんじゃないかな。

ちらりともう一方の狼を見てみれば、そちらも平塚先生の拳と由比ヶ浜の炎の魔法の援護によって手も足も出ずにフルボッコにされていた。

平塚「あたたたた──っ! 終わったぁ!!」

狼弟「ひでぶっ!!」

どっかで聞いたやられ役のセリフを吐きながら狼は吹っ飛んでいった。

この調子であれば、奴らを倒せるのも時間の問題だろう。

最初の小町のことはさておき、案外苦戦しなかったな……ボスとはいっても所詮一面ボスか。

そんなことを考えていた時だった。

狼兄「おのれおのれ、人間共め! このオオカミブラザーズをここまで追い詰めるとは!」

狼弟「どうする兄貴、処す? 処す?」

狼兄「やらいでか!」

そう言うと、狼達は遠吠えをあげた。わおーんと、この空間に通る声が響き渡った。

すると次の瞬間、狼達の体が突然赤く光り始めた。そして体の筋肉がびくんびくんと跳ね、どんどんと大きくなっていった。

そして数秒も経つと、狼の姿は先ほどまでより一回り大きくなっていた。

平塚「なんだ、あれは!?」

狼兄「ふはははははーっ、これが俺達の本当の姿よ!」

狼弟「この姿を見て無事に帰れた者はいないぞー!」

典型的な雑魚が言う台詞だ。そういうの死亡フラグって言うんだぞ。

狼兄「食らえー!!」

狼がこちらに駆け出してきた。だが多少体が大きくなったところで怖くなどない、要は当たらなければ問題はないのである。

八幡「グラビティ!」

俺は愚直に真っ直ぐ突っ込んでくる狼に向けて魔法を唱えた。動きさえ鈍くなれば、ただ的が大きくなっただけだ。

しかし、尽き立てた木の棒からは何の反応もなかった。

八幡「あれ、なんで呪文が出ないんだ?」

もしかしてと思い、急いでステータスを確認するとその予想は当たっていた。

俺のMPが0になっていたのだった。そういえばこの国から出た時からずっと、残りMPの量とか全く気にしてなかったなぁ……。

雪乃「下がって、比企谷君」

狼兄「オラァ!」

勢いよく振り下ろされた狼の爪を、雪ノ下は剣で受け止めた。

雪乃「うっ!」

だが、純粋な力比べではパワーアップした狼の方に分があるようであった。すぐに雪ノ下が押され始める。

平塚「雪ノ下!」

狼弟「てめぇの相手はこの俺だー!」

平塚「ええい、邪魔だ!」

平塚先生の方はもう一方の狼の相手で精一杯のようだ。これでは平塚先生の援軍も望めない。

そこで小町が槍を構えて、雪ノ下の相手をしている方の狼に突撃した。

小町「女の子に暴力を振るう男はモテないんだよーっ!」

小町の体が一瞬光輝いた。そして猛スピードで狼に近づき、その槍を狼の腹に突き刺した。

あれは小町の固有スキルか何かだろうか。

コマチは とっしんをつかった!▼

クリティカルヒット! オオカミブラザーズAに だいダメージ!▼

狼兄「ぐぼぁ!」

小町の突進をモロに受けた狼は大きく仰け反った。そしてその隙に雪ノ下が体勢を立て直す。

雪乃「助かったわ、小町さん」

小町「いえいえー、お互い様ですよー」

すぐに雪ノ下は剣を構え直し、狼の方へ駆け出した。

先ほど狼の魔物と真正面から打ち合ったのにも関わらず、全く怯むことはなかった。

例えここが夢の中のようでも、ゲームの中のようでも、感覚としてはリアルに近い。あの狼のような魔物と真正面から挑むなど、それなりに恐ろしいことであるはず。

だが、雪ノ下は真っ直ぐに、堂々と突き進んで行った。

雪乃「これで終わりよ」

雪ノ下の体が、先ほどの小町と同じように一瞬光り輝き出した。

そして次の瞬間に目にも止まらぬ速さで剣を1度、2度、3度、4度、5度。俺では数え切れないほどの斬撃を狼に浴びせたのであった。

ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼

オオカミブラザーズAは たおれた!▼

狼兄「ぐ、うおおおおおおお……」

狼弟「兄貴──!!」

平塚「おっと、余所見をしている暇があるのかな?」

狼弟「ひっ……!」

平塚「食らうがいい、これが私の本気だ!」

シズカは きあいパンチをつかった!▼

平塚「燃えろ! 私の小宇宙!!」

狼弟「ぐおああああ──!!」

平塚先生のアッパーカットが見事に狼の顎にヒットした。その狼はそのまま地面に倒れ、そしてウィンドウにメッセージが書かれた。

オオカミブラザーズBは たおれた!▼

ユキノたちは せんとうにしょうりした!▼

ピロリーン

雪乃「大したことはなかったわね」

結衣「やったね、みんな頑張った!」

平塚「またつまらぬものを殴ってしまった……」

小町「みんなの結束の力で勝利ってやつですねー! あっ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「えっなに、戦闘後に何かキメ台詞言うのもRPGのお約束なの?」

確かにテ○ルズなんかだと戦闘後に何かキメ台詞とか言うのってお約束だけど。

まぁ、小町が倒れていたところから色々あったが、一応は犠牲も特に出ることはなく。

それなりに長く感じたはじめてのボス戦は無事、終えることが出来たのだった。

長年SSはROM専だったけど書くのってこんなに大変なのかよ、っべーわまじ。
キャラの口調調べようと思って原作小説に手を出してたら数時間経ってる辺りが特に性質悪い。調べてる割に結構違和感あると思うけど。
あっ、まだまだかなり長く続きそうなのでよろしければお付き合いくださいませ。

書き溜めしてから、また来ます。

                                    ×  ×  ×


雪乃「さて、小町さんを傷つけた罪はどのように償わせようかしら」

雪ノ下が無様に地面に這いつくばっている2匹の狼に向けて剣を抜いた。その面は酷く冷徹であり、由比ヶ浜などは「ゆきのんこわっ!」と若干引き気味だ。

もちろん俺としては止める理由などない、それどころか俺も加わるまである。次はその剣を俺にも貸してくれ。

狼弟「ひいっ、悪かった! 許してくれ!」

狼兄「これからは人間のタメになることをするからよー!」

狼らは涙目でそういうと、ものすごい速さでどこかに逃げ出していった。ちっ、逃がしたか。

雪乃「待ちなさい、逃がしはしないわ」

小町「まーまーまーまー、落ち着いてください雪乃さん。小町はへーきですから!」

それを追いかけようと雪ノ下は走り出そうとしたが、小町がそれを抑えた。

結衣「ヒッキー落ち着いて!」

ちなみに同じく追おうとした俺は由比ヶ浜に止められていた。止めるな、お兄ちゃんには動かないといけないときがあるんだよ。

小町「お兄ちゃんも落ち着いて、今から追っても追いつけないでしょ」

八幡「む……」

小町が言うのなら仕方がない、命拾いしたな狼共。

平塚「ご苦労だった、まぁ上出来だったんじゃないか」

小町「先生もお疲れ様ですー。さてお兄ちゃん、なんでここにいるのか教えてほしいんだけど。しかも制服姿で」

ようやく落ち着いたので、早速今の状況を整理し始めることにした。俺も、何故小町がここにいるのかなど知りたいことはたくさんある。

八幡「俺は目覚めてみたら他の3人と一緒にこの世界にいたんだ。そんで国の王様にここにいる狼の魔物を倒せって言われてな、来てみたらお前がいたってわけだ」

俺は簡潔に自分の経緯を説明した。ちなみに制服姿である理由は説明しなかった。何故なら俺も分からないからだ。小町でさえも動きやすそうな銀の鎧なのに、俺ひとりだけがこのパーティの中で圧倒的に浮いてしまっている。

いやタイツみたいなものの上に白衣を羽織っている平塚先生もいつもと印象が大して変わらないから、もしかしたらそんなことはないのかもしれないが。いややっぱり浮いてるよねこの制服。絶対このファンタジー世界観にあってない。

小町「お兄ちゃん達も起きたらここにいたの?」

八幡「ああ、そうだ」

小町「小町はねー、昨日は部屋で寝てたはずなのに今朝きたらお城の部屋にいたんだよ」

どうやら小町も今朝この世界に来たようである。だが、俺達とはスタート地点が異なる。

小町「そしたら王様にこの装備貰っちゃってねー、北の方に向かってみるといいなんて言うから行ってみたら狼が商人達を襲って逃げてるじゃん!」

ほほう、小町をこの戦いに巻き込んだのはあのクソジジィだったか。あとで鈍化魔法でもぶつけてやろう。

小町「やられちゃった商人を見てるとなんかむかーってきてね、ここまでやってきちゃったわけです」

八幡「だからってソロで来る必要はなかっただろうが……」

小町「だってその時は他に仲間がいるだなんて分からなかったし」

それもそうか。それに比べると最初から4人パーティが組めている俺達は恵まれた境遇だったといえるだろう。

結衣「でも小町ちゃん、よくひとりでここまでこれたね」

小町「いやー大変でしたよ、ひとりだから囲まれると一気に不利になっちゃいますしー。あとは気合いと薬草飲みまくってなんとか」

小町もゲーム経験はそれなりにあるからか、国を出る前にあらかじめ薬草を大量に買い込んでいたわけだ。俺達は結局薬草を使うこともなくここまで来られたわけだが、小町の場合はナイス判断だったというわけだ。

小町「そうしてここに至る、ってわけなのです。いやー皆さんが来てくれて本当に助かりました、ありがとうございますー」

結衣「いいんだよー、気にしなくて」

雪乃「間に合って良かったわ」

本当、あと少し遅れていたら小町のHPは0になっていただろうと思うと背筋が凍る。ここに来た時点でHPは一桁だった上に、おまけにスタン(気絶)状態になっていたのだ。かなりギリギリだったと言えるだろう。

平塚「うむ、比企谷妹がこうして無事でいられてなによりだ。さて、町に戻ろうじゃないか」

あ、そういえばここからまた町に戻らないといけないのか。

最近のRPGはボスを倒すと近くにダンジョンの入り口に戻るワープ装置が出てくることが多いのだが、残念ながらこの部屋にはワープ装置みたいなものは見当たらず、俺達が入ってきた扉以外の出口も見当たらない。

仕方が無いのでしぶしぶそのまま来た道を引き返すことにした。別にそういうところはゆとり仕様にしてくれていいと思うんだけどなぁ……。

書き溜めしてから、また来ます。

×  ×  ×

雪乃「後ろから炎の玉が飛んできて、私の体をすり抜けていった時は少し驚いたわ」

結衣「あの時は本当にごめんねゆきのん!」

小町「でもでも、味方の魔法は当たらないってのは便利ですね! 小町達が敵を抑えて、結衣さんが後ろからファイアーって戦法は強そうです!」

特に急ぐ必要もなくなり小町が新しくパーティに加わったため、行き道とは違って和気藹々といった感じで帰り道を進んでいた。

ちなみに雑魚戦は全て前衛の3人に任せている。俺と由比ヶ浜のMPはすでに底を突いたためだ。

そういえば狼の魔物との戦いの時、後半の方から由比ヶ浜の戦っている姿が見えなくなっていたが、あれはMPが切れて呪文が使えなくなって後ろに下がっていたからだったのか。

そうそうMPを確認する際にステータス画面を見てみると、小町も含めて俺達のレベルは3になっていた。思い返してみれば、狼の魔物を倒した時にあのチープな音が鳴っていたような気がする。

やはりボス戦で貰える経験値というのは、雑魚敵から貰えるそれとは比較にならないのであろう。

ちなみに俺の呪文欄に新しく何かが追加されているということはなかった。さすがに鈍化呪文だけでは頼りなさ過ぎるし、攻撃呪文のひとつやふたつくらい欲しいものなのだが。ていうかなんで俺だけ新技覚えないのだろう。ちょっと運営さーん、ここバグってますよー!

帰り道も半ばにまでくると、行きの時に見かけた空の宝箱を再び見かけた。

八幡「そういや小町、あの宝箱って開けたのはお前か」

小町「うん、そうだよー」

やはり宝箱を開けることが出来るのはプレイヤーキャラクターだけというのは当たっていたのか。

小町「そういえば見せてなかったね、これが宝箱に入ってたアイテムだよ」

小町はそう言うと、どこからか瓶のようなものを取り出した。

そういえば昔はよくゲームの主人公ってあんな大量のアイテムをどこにしまっていたんだろうなぁと思っていたものだが、この世界でもアイテムは空間にしまって、空間から取り出すことが出来るらしい。

しかもパーティメンバー内でアイテムは共有出来るらしい。本当に便利なので、これこそ現実世界に導入すべき技術だと思う。

八幡「なになに……『復活の薬』だと?」

小町から瓶のようなものを手渡されたので、それを手に取ってウィンドウに出た説明を軽く読む。

この瓶の中には飴のようなものが入っており、これを口にするとHP0の状態から復活出来るらしい。なんだこの世界にもげんきのかたまり的ポジションのアイテムあるんじゃないですかやだー。

となればHP0になったらリアルに死亡というデスゲーム的なあれも多分ないだろう、そう考えて『復活の薬』をさっさと空間ストレージにしまった。

ああ、リアルでもこれが出来ればどんなに荷物が重くても手ぶらで行動することが出来るのに。いや、重い荷物を持って行動すること自体がそもそもあんまりない気がするけど。

八幡「それにしても、小町は槍使いなのか」

小町「そうなんだよ。お兄ちゃんは黒魔術師なんだっけ、ほんと似合うなー」

もういいよそのネタは。俺だって本当は槍を持って無双とかやってみたかった。

だが正直今の方が楽っちゃ楽なので、別にこのままでもいいような気がしてきた。槍とか持っても上手く扱える気がしないし。

小町「それで、雪乃さんが勇者で結衣さんが僧侶。平塚先生が格闘家と。うーん、皆さん似合ってますねー。特に雪乃さん」

雪乃「そ、そうかしら」

小町「そりゃもう、ドハマリですよー」

確かに雪ノ下の凛とした勇者姿は改めて見直してみても見事だ。あれほど鎧姿が様になる女子高校生もそうそういないだろう。

それに比べて……。

八幡「お前の鎧姿、ホント似合わねーな」

小町「えーっ、そんなことないよ! 今の小町的にポイント低い!」

八幡「お前のそのポイントはステータス画面で確認出来ねえのかよ……」

あまり重装備という感じではないが、小町が纏っているのは西洋式の銀の鎧であった。ゲームとかでよく見るやつに比べればはるかに軽量化されていそうではあるが、どのみち小町のイメージには微妙に合わないように感じた。

俺の制服姿よりはよっぽどマシだとは思うが。

八幡「俺からしたら、お前の方がよっぽど魔法使いとか似合いそうなんだが」

小町「まーそこはねー、小町も魔法使いとかの方が似合うと思うんだけど」

自分で言っちゃうのかよ。

小町「パーティ的には前衛3人、後衛2人の方がバランスいいしねー」

八幡「まぁ、そりゃそうだが」

小町が加わったので、今の勇者パーティは5人になっている。ゲームと違って4人までしか戦闘に出られないなどということはないのは先ほどのボス戦で判明している。モンスターハ○ターなんかだと5人での出撃は不吉とか言っていたような気がするんだが。

小町が途中参加したことにより、勇者パーティに変化が起こる可能性があるということが分かった。もしかしたら他にも現実世界から来ている人がいて、新しくパーティに加わることだってあるのかもしれない。おいおい俺の夢ちょっと処理追いついてんの?

それにしても、あんまりリアルに会話が進むものだから、だんだんここが夢の中なのかすら怪しく感じるようになってきた。現実世界ではないのは明らかなのだが……しかし他の4人はそこら辺のことを気にしていないようだし、俺も気にしないでおこう。

                                 ×  ×  ×

1の国 城内部


王様「おお、よくぞ戻ってきた勇者殿」

開幕直後に木の棒をジジイに向けて投げつけてやったが、残念ながらすり抜けていってしまった。小町を戦いに巻き込んだ奴のような奴を仲間判定しなくていいんだぞシステム。

続けて瓶か薬草でも投げつけてやるかとストレージを漁っていると小町に止められてしまった。妹さんそこどいて、そいつ殺せない。

王様「これは御礼だ、受け取ってくれ」

ユキノは きんいっぷうをもらった!▼

雪乃「ありがとうございます」

王様「あちらの会場にご馳走を用意した。どうぞ、召し上がってくれ」

このゲーム、飯食えるのかよ。朝から何も食べていないのにも関わらず、特に空腹は感じていないが。

結衣「うわーご馳走だって、ほら行こう!」

雪乃「ちょっと由比ヶ浜さん、手を引っ張らないで、ちょっと由比ヶ浜さん!」

平塚「ところでこの世界に煙草はないのかね、少々口が寂しくなってしまった」

小町「だってさ、ほらお兄ちゃん行こう!」

八幡「はいはい」

扉を開くとそこには大きな会場が広がっており、大量のご馳走が広がっていた。すげーなこれ、ゲーム内とは思えない細かさだ。

結衣「うわっ、すごっ! これ全部食べていいの!?」

八幡「お前これ全部食いきるつもりかよ、どこのインなんとかさんだよ」

結衣「違うし!?」

しかしゲーム内で食べても味はするのか……そう思いながら、試しにひとつ口をつけてみる。

八幡「……普通に食える」

正直に言って驚愕した。もちろん現実の食事に比べれば細かい諸々は全く違うが、一応味はした。それどころか普通にうめぇ。

平塚「ふむ、漫画やゲームの食事を旨そうと思ったことはこれまでにもあったが、まさかその夢が叶うときが来るとはな」

先生はそう言いながら骨に肉がついた、いわいるマンガ肉に大胆にかぶりついていた。本当に男らしい食べ方するなぁ、あの人……って待ってマンガ肉もあるの、俺も食べてみよう。

八幡「……ん?」

それから会場の隅っこで細々と食べていると、突然ウィンドウが開いてメッセージが書かれた。

ハチマンのHPが 4じょうじょうした!▼

ハチマンのMPが 7じょうしょうした!▼

なんと、この世界の食事はステータス上昇を兼ねているみたいであった。確かに食事でパワーアップするゲームもそんなに珍しくない。

それならもっと食べればさらにステータスが上がるのではないかと思ったが、そのウィンドウが出た頃はちょうど満腹であった。

上手く出来ているなと思いつつ、他の面子を見てみる。

小町は雪ノ下、由比ヶ浜らと談笑しながらまだ食事を続けている。平塚先生の姿は見当たらなかったが、どこかにでも行っているのだろうか

今から小町達の輪に入る気にもなれなかった俺は皿などを片付けると、その会場を後にして外に出た。

城の外に出ると、冷たい風が体を撫でた。太陽はとうに沈んでおり、辺りは暗くなっていた。現代日本と違って中世世界であるここは街頭などもなく、月と星の明かり、そして城から漏れる少しの光だけが外を照らしていた。

ふと空を見上げてみる。雲ひとつない空には綺麗な星が多く見える。

そのまま星を眺めながら、俺はこの世界について思考を巡らせた。

この世界がどういう原理なのか、どうやって来たのか、本当に夢の中なのかなどを考えるのはもうやめた。考えていても間違いなく答えは出てこない以上、考えるだけ無駄だという結論に至ったためである。

ならば次に考えるべきことは。

どうすればこの世界を脱出し、元の世界に戻ることが出来るかということだろう。

八幡「……」

案外今日このまま寝て朝起きたら向こうの世界の朝で、普通に学校に登校するんじゃないかという考えも頭をよぎった。

だが、何故か今俺がいるここをただの夢だとも思えなくなってきていた。

もしかしたら、明日も明後日もこの世界に残っているのかもしれない。

どうすれば元の世界に戻れるか。

自然に戻ることが出来ないのなら、方法はひとつだけ思い浮かぶ。

八幡「……魔王の討伐」

王様は言った、勇者には魔王を倒して欲しいと。

それがおそらくこのRPG世界の最終目標であると想像するのは簡単なことだった。

ならば、俺が為すべきことはそれしかあるまい。

魔王の討伐がこの世界の最終目標であり、現実世界に戻る唯一の手段。

ひとまず俺はそう仮定し、それに向かって行動することに決めた。

そう思っていた時、後ろから足跡が近づいてきた。振り返ってそちらの方を見てみると、長い髪と白衣、そして煙が風に吹かれているのが様になっている女教師の姿が見えた。

平塚「何を黄昏れている、比企谷」

八幡「……この世界にも煙草あったんすね」

平塚「ああ、城の中でちょっと探してみたら中の人に少しだけ分けてもらえてな、それでちょっと外に」

八幡「そうですか」

そうとだけ答えると再び辺りに沈黙が訪れた。平塚先生がタバコを1本吸い終えると、俺に向かって喋り始めた。

平塚「何を考えていたんだ?」

八幡「いや別に……どうやったらあっちの世界に帰れるのかな、的なことを」

平塚「そうか……」

先生は再び煙草を取り出し、マッチで火をつけた。ライターまでは存在していないのだろうか。

八幡「……先生も、俺と同じで現実世界から来たんですよね?」

平塚「ああ、そのはずだ。私も私でちゃんと自我を持っている。君の夢の登場人物じゃないさ」

こういったメタ的な話が出来ている以上、やはりただの夢ではないではないと確信した。

八幡「現実世界での昨日、何をやっていましたか?」

平塚「君達奉、仕部と生徒会が作ったというフリーペーパーの完成の報告を受けたのは覚えているが」

間違いない。平塚先生は俺と同じ日の夜にこの世界に来ている。

八幡「こちらで何日経っても、あちらでは一晩しか経ってないとかだと嬉しいですね」

平塚「本当にそれだけはお願いしたいところだな……まさか現実でも1日過ぎているとかだと笑えないぞ」

そこら辺こそ本当にゲーム的ご都合主義でなんとかしてもらいたいところだ。

平塚「城の中に部屋が用意されているらしい。そこで寝るがいい」

八幡「ども、じゃ先に行ってますね」

平塚「ああ、私もこれを吸い終えたらすぐに行く」

まだまだ分からないことは多い。

しかしひとまずの目標が出来たことで俺の心にかかったモヤは、若干だが晴れたような気がした。

時系列的には10.5巻の後ですが、来月の11巻発売までに終わる気がしなくてちょっと焦る。

書き溜めしてから、また来ます。


               ×  ×  ×


八幡「……」

翌朝。

ベッドで目覚めると、俺は真っ先に周りを見渡した。

ここは昨夜、俺が寝た城の部屋である。

ほんの少しだけ目覚めた時には現実世界に戻っているという期待は確かにあったが、そういったオチはなかったということだ。

仕方が無いので、俺はベッドから起き上がると扉を開けて部屋を出た。

この世界は起きたばかりでも頭が冴え、体の調子が良好なのが素晴らしい。

昨日晩飯を食べた広場に向かうと、そこには雪ノ下がすでにいた。

雪乃「おはよう、比企谷君。……まだこの世界にいたのね」

八幡「おう、おはよう。残念ながらまだこの世界にいるんだ」

そこらにあった椅子を引いてそこに座った。雪ノ下もここにいることだし、おそらく全員まだこの世界に残留していることだろう。

いや、これでもし小町だけ現実世界に帰っていたらそれはそれでショックだな……とか考えていたが、それから数分もしないうちに小町、由比ヶ浜、平塚先生とひとりも欠けることなくその広場にやってきた。

平塚「よし、全員揃っているな。全員起きたら王のところへ来いとのことだ」

広場を出る先生に続いて、俺達も王様のいるところへ向かった。

チラッと廊下に置いてある豪華な時計を確認すると短い針が7を指していた。この時間だとあんのクソジジィもしかして起きてないとかあるんじゃないのかと若干不安に思っていたが、部屋に入ると普通にいた。NPCの朝は早い。

王様「よく来た、勇者ユキノとその仲間達よ」

豪華な玉座に王様は座っていた。やっぱり小町を巻き込んだのは許せないのでもう一度なんか投げつけてやろうかと考えていると、雪ノ下がこちらの方を睨みつけてきたのでそれはやめておいた。いや別にやっても意味がないからやらなかっただけで、雪ノ下にビビってやめたとかそんなんじゃないんだからね!

王様「昨日はよくやってくれた。それでは今度こそ魔王討伐に向かってもらう」

王様はそういうとこちらにやや大きめの箱を渡してきた。雪ノ下がそれを開くと、中からアイテムが複数出てきた。そのうちのひとつにこの世界のものと思われる地図があった。

王様「今私達がいる、この国が1の国だ」

そういうと、雪ノ下が広げた地図の左端の方に目線を移す。はじまりの町は端っこにあるのはどこのRPGも大して変わらないのだろうか。

王様「そしてここから2の国、3の国、4の国を経由し、この最東部に存在する5の国に向かってもらう」

別にそれらの国を経由しないでも、そのまま東に直進すれば5の国に辿り着けるような気がするんですけど……まぁ、どうせ通路にどかせないNPCが立っていたりして前に進めなかったりするのだろう。仮に進めたとしてもレベルが足りなさそうに思えるし。

王様「その5の国はすでに魔王が支配している……勇者殿らにはそこまで行って魔王を討伐してもらい、5の国の解放およびに世界に平和を取り戻していただきたい」

別に魔王が死んだとしても世界に平和とは戻らないと思うんですよね。共通の敵を失って国らで争うようになるだけで、そういう意味では魔王がいた方が人間界的には平和なんじゃないかなと思う。

なんていつも勇者魔王物を読んでいる時の感想は、今は抑えておこう。今の俺達は勇者サイドにいるわけで、どうやっても魔王との戦いは避けられないわけだ。

王様「それではよろしくお願いします、ご武運を」

って説明それだけで終わり!? これから魔王を倒しに行くっていうのに、もうちょっとなんかないのか。

しかしそれっきり王様の反応はなくなってしまった。これだからNPCは……。

雪乃「行きましょう、これ以上ここにいても意味はないもの」

雪ノ下がそう言って部屋の扉を開け出て行くと、残りの3人もそれに続いて部屋を出ていった。俺はというと最後に反応のなくなった王様をぶん殴ってやろうかどうか考えていたが、結局踏ん切りがつかずにそのまま部屋を出た。


            ×  ×  ×

平塚「昨日の露店に行ってみよう」

城の外に出ると、平塚先生がそう言った。狼の魔物退治のイベントが終わったので、何か新しい商品が入荷しているかもしれないという判断からだろう。

パーティ内からは誰一人反対もなく、そのまま露店へ向かった。

商人「いらっしゃい!」

ニア 買いに来た
  売りに来た

雪乃「買いに来たのですけれど」

雪ノ下がそう言って品揃えを確認する。

薬草しか取り扱っていなかった昨日とは違って、装備も含めたそれなりの種類の商品が並んでいた。

それでも若干少ないように思えるが、序盤の店ならばこんなもんだろう。

HPを回復する薬草はまだまだストックが大量にあるので、今度はMPを回復するアイテムを買い込んでおくべきだ。幸い残金は王様から貰った金があるので余裕があるし、気が付かなかったが一応雑魚魔物を倒した時にも僅かながらお金を貰えているらしい。

ちなみにMPを回復するアイテムはオレンジグミだった。パクるにしても、ドラク○かテイル○のどっちかに決めて欲しい。ていうか薬草をド○クエから取るなら、それの対になるMP回復はFFのエ○テルだろ。

平塚「さて、比企谷。装備を買い換えようじゃないか」

八幡「先生は新しい町に行くたびに装備を買い換える派ですか? 俺は行けるところまで同じ装備を使う派ですが」

あとダンジョンで拾った装備のみ使う派。

平塚「ま、まぁここで戦うのは私達自身だしな……それに残金はまだそれなりにある、そんなにケチケチしなくてもよかろう」

特に反対って訳じゃないから別にいいんですけどね。ここで稼いだお金を少しでも現実世界に持っていけるのであれば話は別なのだが。

さすがにそれは有り得ないかと先程の考えを打ち消しつつ、露店に並ぶ装備を眺める。左隣にしゃがみこんだ由比ヶ浜がひとつの装備を手に取った。それを見てみると、なんとメガネだった。この世界にもあるんだな。

結衣「なんか思い出すね、そごうに行ったときのこと」

八幡「ああ、あんときな……」

メガネ……じゃなくてアイウェアだったか、あれは。雪ノ下の誕生日プレゼントを選んだ時のことを思い出した。さすがにこの世界のメガネにブルーライトカットとか、そういう機能はついていないと思うが。

由比ヶ浜からメガネを手渡されたので、つい反射的に受け取ってしまった。それをそのまま自分の顔にかけてみる。どうせかけてみろとかまた言われるのだから、だったら最初から自分でさっさとかけてしまった方が利口だ。

結衣「似合わなっ!」

小町「うわーお兄ちゃんそれはないよー」

由比ヶ浜だけでなく、後ろから割り込んできた小町からも芳しくない評価を頂いてしまった。おかしい、俺がメガネをかけるとこの腐った目を誤魔化すことが出来て、残念イケメンだったのが正統派イケメンになってモテモテになるというのが近頃のSSのトレンドだったはず……ちなみに俺がメガネをかける設定のSSは良作だという法則があるのでオススメだ。

八幡「ま、そうだろうなぁ……やっぱメガネは雪ノ下がかけている方がよっぽど様になるわ」

雪乃「えっ、あ……ありがとう」

見てみると、右隣に雪ノ下がいた。お前いつの間に。

八幡「あ、ああ……まぁ事実だしな」

小町「ほほう……小町がしばらく見ない間になにやら進展がー?」

うるせ。お前は受験勉強してろ。……ていうかこれ本当にリアルタイム進んでないよな? 魔王倒す頃には現実の試験が終わっているとかないよな?

平塚「私もメガネをかければ結婚出来るのかなぁ……結婚したい」

少し離れたところでは平塚先生が哀愁を漂わせていた。メガネの有無に結婚が出来るかどうかを賭け始めたらもう末期だと思う。早く誰かもらってあげてよぅ!

結局俺達はそれぞれ武器と防具をワンランク上のものを揃えるということになった。お金はこれですっからかんになったが、どうせ次の町に着くまで使う機会はないだろうし特に関係は無いだろう。

買い物を終えると、次の目的地の2の国へ向かうために南門を目指すことにした。その南門から出て道なりにすすむと、2の国に辿り着くらしい。

今回は特にイベントも無く、普通にそのまま南門に辿り着いた。

昨日狼の魔物に壊されていた北門とは違い、こちらの門はきちんと門としての役割を果たしていた。いや、どうだろうな……魔物に襲われて壊れる門とか、役割を果たしていないのと同じじゃないかな……。

雪ノ下が時計を取り出して、今の時間を確認した。まだ午前8時だ。ここから2の国まで徒歩だとそれなりの時間が掛かるとNPCが話をしていたが、この時間から出れば今日中に辿り着けないということはないだろう。

ちなみに、この時計は王様から貰った箱の中に地図と一緒に入っていたものだ。地味に便利なものをつけていたものだ。

平塚「よし、これから国の外に出る。再び魔物と遭遇することもあるだろう、皆準備は平気か?」

そう言って先生はパーティメンバー全ての顔を見る。そして全員が首を縦に振った。

雪乃「大丈夫です」

結衣「次の町はどんなところなんだろうねー」

小町「小町は絶好調ですよー!」

そして俺達は門番に頼んで門を開いてもらい、1の国を出た。

これでようやくひとつクリアか……。

これからまだ5の国まであると思うと、俺は国を出てわずか数秒で憂鬱になってしまった。

             ×  ×  ×
第2章 2の国編


こうして俺達は1の国を出て、2の国を目指して歩き始めたのだが、その道中で俺達は数多くのイベントをこなした。

笑いあり、涙あり、感動ありというとんでもない密度の内容でだった……。

その内容はあまりにも濃く、それら全てを詳細に語るのはさすがに手間だ。

ということで、1の国から2の国への道中はダイジェストでお送りしたいと思います。では、どうぞ。

NPC女「ねぇ、ダメなの……あたしじゃ、ダメなの……?」

NPC男「……俺じゃお前に釣り合わないだろ」

──立場の違いによって、結ばれぬ恋。

NPC女2「えー、ユリちゃんってばあのビキガヤ君と仲良いのー?」

NPC女2取り巻き「くすくす」

NPC女「えっ、あ……あはは……」

八幡「……一瞬、相模がこの世界に来てるのかと思った」

──身分違いの恋を嘲笑う周囲の環境

結衣「そんなので諦めちゃうなんて……絶対おかしいよ!」

──しかし、そこにひとりの乙女が立ち上がる!

NPC女「私は、それでも私は……」

結衣「諦めないで! 諦めなければきっと叶うから!」

NPC女「ユイ……」

──結衣の応援を受けて、逆境に立ち向かうことを決めたユリ(NPC女)!!

NPC男「やめろ、俺と一緒にいてもお前はろくなことにあわない。だから俺のことは──」

NPC女「それでも、それでもあたしは……ビッキーとの本物が欲しい!」

八幡「おいこの脚本書いた奴出てこい」

──『もう迷わない』そう決めた恋する乙女ユリ(NPC女)と、捻くれた男ビッキー(NPC男)の愛。

結衣「燃え上がれ! 恋のユイファイアー!!」

平塚「こ、これはまさか!!」

──結衣はこの恋をどう成就させるのか。

NPC男「見つけた……これが、本物だ……ユリ、好きだ」

NPC女「ビッキー……大好きだからね」

結衣「良かったねユリ……私もいつかは……えへへ」

小町「ねぇお兄ちゃん、あのふたりって結衣さんとお兄ちゃんに似て」

八幡「お願いだから何も言わないでくれ、いや本当にお願いだから」

──これは、一途な乙女と捻くれた男の愛のイベント。

──命短し恋せよ乙女。

NPC老人「ここを通りたくば、自分に打ち勝つのじゃ!!」

八幡「自分に打ち勝つ……?」

雪乃「それは、どういう意味かしら……?」

──彼らの恋を成し遂げた一行の前に現れたのは、難題を突きつける老人。

平塚「いいだろう……この私が相手になってやる!!」

NPC老人「その意気や良し! ならば破ってみよ!」

──その難題に挑むは我らが教師、平塚静!!

シャドウシズカ「ククク……やぁ、私」

平塚「お前は……私なのか……!?」

──その平塚の前に立ちはだかったのは、なんと自分であった!!

シャドウシズカ「本当はお前だって分かっているんだろう……このままだと結婚出来ないんだってなぁ!」

平塚「ぐはぁ!!」

八幡「先生────ッ!!!」

──自分は何よりも自分に正直で、何よりも自分に残酷だ。

シャドウシズカ「私だから分かるんだ、気付いているんだ……何故なら、お前は私だからだ!」

平塚「そうだな、私はお前だ……だが、お前も私だ!!」

シャドウシズカ「!?」

──しかし、その自分を肯定できるのもまた自分である。

平塚「受け入れてやる、お前を!! お前もまた、私なのだから──!!」

シャドウシズカ「おのれ私ィィィ!!!」

小町「ねぇお兄ちゃん、さっきから平塚先生が言ってることの意味分かる?」

八幡「考えるな、感じろ」

──過去の自分を受け入れ、彼女は今前に進む。

平塚「真ん中から打ち砕く!!俺の自慢の、拳でぇぇ!!」

──果たして、彼女は結婚することが出来るのか!?

小町「お兄ちゃん、手を離して! このままじゃお兄ちゃんまで落ちちゃう!」

八幡「馬鹿なことを言うな! 俺が、お前のことを見捨てるわけ無いだろうが!!」

小町「お兄ちゃんまで犠牲になることはないよ……だから、お別れだね。お兄ちゃん」

八幡「小町────ッ!!!」

──この昼、最大のピンチが比企谷兄妹を襲う!!

雪乃「マズイわ、魔物がそちらへ!」

平塚(未婚)「間に合わないか……!?」

結衣「ヒッキー、小町ちゃん!!」

──小町の行方やいかに!?

魔物「ぐひゃひゃひゃひゃ」

小町「お兄……ちゃん」

──魔物に攫われてしまった小町。このままでは彼女の命は無い。

八幡「俺は……無力なのか」

結衣「大丈夫だよ……小町ちゃんは生きてるってあたしは信じる!」

八幡「由比ヶ浜……!!」

──妹を助けるために、兄は立ち上がる!!

八幡「助けるんだ……小町を!!」

雪乃「出来るわ。あなたなら、きっと。」

──兄には、頼れる仲間達がいる!!

平塚「さぁ行け比企谷、妹を救えるのは君だけだ!」

八幡「うおおおおおお!!!」

魔物「ぎゃああああああああ!!!」

小町「お兄ちゃ──ん!!」

──やはり俺の兄妹バトル物はまちがっている。



監督「あっ、お疲れー良い画が撮れたよー!」

八幡「なんで演劇の手伝いが強制イベントなんだよ……!」

小町「えーでも小町は楽しかったなー……やっぱ小町のお兄ちゃんはお兄ちゃんしかいないって分かったし」

八幡「はぁ? どういう意味だ……?」

小町「むふふー、なんでもなーい」

パンさん「パン?」

雪乃「まさか……パンさん!?」

──少女は、奇跡の邂逅を果たす。

パンさん「パン~? パン!」

小町「えっ、まさかあのパンダのパンさん!?」

雪乃「ええ……信じられないのだけれど」

──そこで出会ったのは、パンダのパンさん。

パンさん「パン? パン!」

雪乃「ふふっ、そうね。私もそう思うわ」

八幡「えっ、お前あれなんて言ってるのか分かるのか……?」

──少女らは種族の壁を越えて、友情を誓い合う。

ドラゴン「おっと、そいつは私の獲物だ」

パンさん「パン! パン!」

雪乃「あなたに、パンさんを渡しはしない!」

──だが、そこに無情の現実が襲い掛かる!!

ドラゴン「がぁぁぁあああ!!」

パン「パン──!!」

皆「「「パンさ────ん!!!」」」

雪乃「まさかあなた……私のことを、かばって……!?」

──雪乃をかばって倒れてしまうパンさん。

ドラゴン「世の中、弱いものから倒れていくのが常識だ」

雪乃「そうね……私がもっと強ければ、パンさんはこんなことには……!!」

平塚「おい雪ノ下、それは!!」

雪乃「私は──限界を越える!!」

──友達のため、彼女は剣を取る!!

パンさん「パン……」グッ

ドラゴン「まさか……これは」

雪乃「いや、やめて……パンさ──ん!!!」

──彼女は友達を救えるか。

──雪乃とパンさんの友情物語。

……本当に色々あって、俺達は2の国に辿り着いた。

時間は午後の10時を越えていた。信じられないが、今朝1の国を出たところである。正直1週間くらい経っていると思っていた。内容が濃過ぎて。

雪乃「ううっ……パンさん……」

平塚「良い奴だったな……パンさん……」

八幡「そうですね……」

最後にパンさんが親指を立てながらドラゴンを巻き込んで自爆していったところは涙無しでは思い返せない。本当にお前は良い奴だったよ……。

結衣「ぐすっ……ねぇ、ゆきのん。元に戻ったら、パンさんのことをもっと教えて……」

雪乃「……えっ?」

結衣「あたし思ったんだ……パンさんのことをもっと知りたいって……」

八幡「俺にも教えてくれ、雪ノ下……パンさんは……パンさんは、俺達の本物の仲間だろう……!!」

雪乃「比企谷君まで……もちろんよ、パンさんの魅力を余すことなく教えてあげるわ」

小町「あっ、小町にもちろんよろしくです!」

平塚「私もだ……私も、もっとあいつのことを知りたい……!!」

雪乃「みんな……!!」

こうして、俺達の結束はパンさんを通じてより強固になったのであった。

パンさん、お前は俺達の心の中で生きているぜ……!!

書き溜めしてから、また来ます。

ヒノミチルーコノーヘーヤー

ソットトキーヲマーツーヨー

八幡「……」

翌朝。

2の国のとある宿屋の部屋で、俺は目を覚ました。

俺達がこの世界に来て3日目の朝だ。部屋にある時計を見れば、ジャスト7時を迎えていた。

昨日もそうだったが、この世界の睡眠はベッドに入って目を瞑ればその瞬間に寝ることができ、そして決まった時間に必ず起きられるようになっているようだ。

その上、体は常に軽いと良いこと尽くめだ。どうしてゲームの主人公が宿屋で一晩寝るだけで体力がマックスになるのか、その秘訣を垣間見たような気がした。

この機能があれば寝不足や寝坊といった問題は全て解消するだろうに、どうして現実世界はああも辛く厳しいのだろう。

もしかしてこの世界にずっといた方が健康的に過ごせるんじゃないかなぁとか思いつつ俺はもう一度目を閉じた。寝られなかった。この世界は二度寝を許さないらしい。

仕方がないので布団をどかし、ベッドから起き上がって部屋を出た。

階段を降りて宿屋のロビーに向かうと、そこにはすでに他の4人が揃っていた。

結衣「ヒッキー、やっはよー!」

八幡「やっはよー!?」

またなんか新しい挨拶が誕生していた。あれ、こいつ朝は普通におはよーとか言ってなかったっけ……。

小町「お兄ちゃんおそーい!」

八幡「すまん、二度寝しようとしたら寝れなくてな」

雪乃「どうして二度寝をしようという発想が出てきたのかしら……」

いや、二度寝って発想とか考えてやるもんじゃないんだよ。気が付いたら二度寝をしていて、起きたら昼になってるもんなんだ。なんならそのまま三度寝まである。

平塚「おはよう比企谷、皆揃ったようだな」

パーティ全員がやってきたことを確認すると、平塚先生は広げていた新聞を机に置いた。この世界にも新聞と言うものは存在しているらしい。どうして中世ヨーロッパみたいな世界観なのに日本語で書かれているのかという疑問は残るが。

平塚「この町にも王が住む城があるそうだ、ひとまずそこに向かおうと思う」

げ、また王とか会うのかよ。あの偉そうな態度あんまり見たくないんだけどなぁ。

平塚「どうやらこの国を治めているのは若い女王らしい。NPCの会話を聞く限り、たいそうな美人とのことだ」

まぁ、美人だったらどんな態度も許されるしね! 例え偉そうにふんぞり返ろうが、普通なら怒りを買うような毒舌を振るおうが、美人なら許される。

雪乃「……何か?」

後者はお前のことなんだけど。

宿屋を出ると、そこからでも大きくそびえ立つ城が見えた。

昨日は夜遅くにこの国に到着したので町並みを見ることは出来なかったが、1の国とはまた違った感じの中世ファンタジーっぽい雰囲気が出ている国のようだ。

結衣「わっ見て、噴水だ!」

小町「こっちは水のアーチがありますよ!」

この国は水が綺麗なことから、水を使った建造物が多々存在しているとのことだ。ソースはその辺のNPC。

どうしてあいつらは俺が何も聞かなくても「この国は水がウリなんだ」「あの噴水はこの広場のシンボルだよ」「また新しく水門が作られるそうだ、本当にこの国は水を使った建物が多いなぁ」とか独り言を呟いてくるのだろうか。独り言は俺の特技だというのに。

とはいえ、透明な水が流れる建造物の数々は確かにすごいものばかりだ。

町のあちこちに目を奪われつつ、俺達は城へ向かっていった。

その道中でも、NPCの独り言や会話が耳に入ってきた。盗み聞きをしているわけではない、あいつらが何故かよく通る声でそう言っているだけだ。

NPC1「なぁ聞いたか、この国のお姫様が攫われたかもしれないって噂」

NPC2「聞いた聞いた。でも噂だろ? あんま適当なこと言ってると兵が飛んでくるぞ」

NPC1「怖いわー、あんまり言うのやめとこ」

俺達にまで聞こえるほど大きい声で言っている時点でもう手遅れだと思うのだが。

それはさておき、その会話の中身には少々興味が沸いた。

NPCがこういった話をしていると、それは次のイベントに関わることが多いからだ。

八幡「姫が攫われた……もしそれが本当なら、次のイベントは姫を連れ戻すこととかになるのか」

平塚「攫われた姫を勇者達が助ける。まさに王道中の王道じゃないか」

お姫様ねぇ……。

何故か、その単語に不吉な予感がした。

                          ×  ×  ×


城に辿り着くと、門にいた兵士がこちらにやってきた。どうやら顔パスでそのまま通してくれた1の国の兵士と違って仕事をしているらしい。

兵士「止まってください、どのようなご用件でありますか」

雪乃「私は雪ノ下雪乃と申します。よろしければ、ぜひ女王様のお目にかかりたいのですが……」

兵士「おお、勇者様であられましたか。女王様はこの先の通路を真っ直ぐ行った先の部屋におられます」

今の自己紹介でどうやったら勇者だと分かったのだろうか。

予想以上に素直に兵士が門を開いてくれたので、城の中に入ると1の国の城と同様に豪華な作りであった。庶民暮らしなので豪華以外にこういったものを褒める言葉が思いつかねぇ。

城の中にも噴水のようなものが複数あり、この国が水に深い関わりを持っているというのがよく分かる。

八幡「そういやグー○ルで『千葉県 水』って打つと候補に『千葉県 水 まずい』とか出てくるんだよな……」

結衣「えっ、なんで今ここで言うの!?」

いや、そんなにまずいと思わないんだけどね? これはあれか、俺が千葉を愛するがあまり千葉の水は全ておいしく感じるようになっているのか、そもそも他県の水の味が分からないから比較のしようがないのか。それ以前に水道水をそのまま飲む機会がないだけのような気もするが。

平塚「む、あそこが王座の間か」

入り口から少し歩くとすぐに女王がいるという部屋の前にまでやってきた。雪ノ下が扉の前の兵士に挨拶をすると、兵士はすぐに扉を開けた。

雪ノ下に続いて部屋に入ると、中に玉座に座っている女王の姿が見えた。

雪乃「失礼致します、私は1の国からやって参りました雪ノ下雪乃と──」

女王に向かって雪ノ下が挨拶をしようとしたとき、突然言葉を失って信じられないという顔つきになった。

いきなりどうしたのか分からず、俺も前にいる女王のことを見てみる。

その瞬間に、雪ノ下が固まった訳を察した。俺の顔も雪ノ下のように信じられないという顔になっていただろう。

横にいた由比ヶ浜と平塚先生も驚愕した顔つきで女王の方を見つめていた。ただひとり、小町のみがパーティメンバーが驚いている意味が分からずに疑問符を浮かべていた。

何故小町を除く俺達4人が言葉を失っているのか。

それはそこにいた女王様が、まさかの知り合いだったからである。

めぐり「あはっ、おはよう雪ノ下さん」

雪乃「どうして……城廻先輩がここに……」

この国の若くてたいそう美人である女王。

我らが総武高校の元生徒会長・城廻めぐりはいつも通りのほんわかとした笑顔を浮かべていた。

めぐり「いやー、雪ノ下さんが勇者だーっていうのは聞いてたんだけど……本当に見てみるとびっくりだねー」

めぐり先輩改めてめぐり女王は、そう言って俺達を見渡した。

城廻「平塚先生に由比ヶ浜さん、比企谷くんもいたんだね」

八幡「……ども」

会うのはしばらくぶりだったが、苗字を覚えられていたようで少し嬉しくなる。体育祭の時にちゃんと覚えたと言っていたのは嘘ではなかったらしい。いや、体育祭終わった後も何回か呼ばれていたっけか。

小町「ねぇお兄ちゃん、この人知り合い? いつの間にこんな美人さんと知り合いになってたの?」

八幡「ウチの高校の前生徒会長だ。奉仕部での仕事の時に何度か会ったことがあるってだけだ」

めぐり「比企谷くんの妹さんかな? 私は城廻めぐり、今はこの2の国の女王をしてるよ」

小町「あっ、比企谷小町でーす、よろしくお願いします」

この世界でもめぐりんほんわかパワーは健在であった。例えゲーム世界でもあのオーラを遮断することは出来ないらしい。めぐりん、恐ろしい子ッ!

めぐり「あはっ、可愛らしい妹さんだね。小町さん、よろしくね」

小町「ううっ、戸塚さんとはまた違うベクトルの眩しさ……お義姉ちゃんとしてはどうだろう……」

そうだ戸塚だよ戸塚。小町だけでなくめぐり先輩までこの世界にいるとなると、思った以上に現実世界よりこの世界に来ている人数が多いのかもしれない。となればそのうちのひとりが戸塚である可能性は十分にある。ああ、マイラブリーエンジェル戸塚たんよ。早くお前に会いたい。

どこにいるのかも分からない戸塚に思いを馳せていると、雪ノ下達は俺を置いて話を進めていた。

雪乃「城廻先輩も2日前に起きたらこの世界に来ていて、そして王女になっていたということですね。それと、私が勇者だと聞いていたと先ほどおっしゃっていましたが、それはどこからの情報なのでしょうか」

めぐり「各国の王族には勇者ユキノのことは伝えられていて、そこから私も聞いたの。他にもここにはあっちの世界から来ている人がいたから、間違いなく雪ノ下さんのことだなって分かったの」

平塚「待て城廻、他にもここにきている人がこの国にいるのか?」

えっ、戸塚? 戸塚がここにいるの? 今戸塚って言ったよね?

めぐり「はい、そうです……そう、そのことで勇者の雪ノ下さんたちにお願いがあるの」

そう言うと、めぐり先輩は真剣な眼差しになる。前にも見たことのある毅然とした態度、確かに生徒会長を務め上げた威厳がそこにはあった。

めぐり「これは昨日の話なんだけど、この国のお姫様──と言ってももちろん私の子どもではないんだけど、とにかくそのお姫様が魔物に攫われちゃったの」

雪乃「魔物に……!?」

町で流れていた噂ってのは本物だったのか。しかし、魔物が絡んでいるという物騒なことになっているのまでは知らなかった。

めぐり「情報規制はしてるからあんまり攫われたことは広まってないはずなんだけど、どこからか町にも噂として漏れちゃってるみたいで。このままだとお姫様も危ないし、国の雰囲気も悪くなっちゃうと思うんだ」

なるほど、国としてはお姫様が攫われたということは公表してはいないらしい。だから中途半端に噂が流れてしまっているのだろう。

めぐり「その魔物の在り処はすでに分かってて、国の兵士を向かわせてはいるんだけど全く連絡が取れなくて……そこで、雪ノ下さん達に魔物を倒してお姫様を連れ戻してもらいたいの」

予想していた通り、あの噂はお姫様救出系イベントのフラグだったらしい。

そしてこの国でやるべきことも判明した。

攫った魔物を討伐、およびお姫様の救助。要するにク○パ倒してピ○チ姫助けて来いってことだ。

雪乃「分かりました。引き受けます」

めぐり「ありがとう雪ノ下さん。そして、そのお姫様っていうのが私達と同じ世界から来た人なんだ」

八幡「なに……!?」

まさかマジで戸塚がお姫様だというのか……?

や、やばいぞそれは。何がやばいかって俺のSAN値がやばい。

しかし、めぐり先輩が言ったその人物は予想とは異なるものの──ある意味イメージ通りの人物であった。

めぐり「お姫様っていうのは、一色さんのことなの。一部の民からは、いろは姫って呼ばれてるみたい」

酒飲んで勢いで書くのよくないなぁ

書き溜めしてから、また来ます。

八幡「しかし……一色が姫様ねぇ」

めぐり先輩からの依頼を受けた後、俺達は城を出て2の国の城下町を歩いていた。

この国の西門から出た先の森の中にあるアジトに一色を攫った魔物がいるらしい。

すでにこの国の兵士を派遣しているが、その兵士らからは連絡が付かないという。

連絡が付かないということは、その魔物に返り討ちにされたかバックれたかの二択である。しかしNPCがバックれるとも思いづらいので、多分返り討ちにでもされたのだろう。俺ならバックれるだろうし、なんならそもそも兵士にならないで専業主夫になっているまである。

しかし、どうしてマンガやゲームのモブ兵士というのは大抵やられ役なのだろうか。ポッと出の勇者なんかより、長年働いている兵士の方がよっぽど信頼出来るのではないかと思う今日この頃です。

結衣「いろはちゃんがお姫様かー、なんか似合いそうだね」

結衣がたははと笑いながらそう言った。実は俺も同意見だ。

八幡「確かに、あいつほどお姫様が似合う奴もそうそういねぇだろうな」

結衣「えっ……ヒッキー、それどういう……」

八幡「あのあざとさといい、人を振り回すあれといい、完全にワガママお姫様って感じだろ」

あとは男子人口の多いサークルに投げ込んでも立派に『姫』をやれちゃいそうである。ジャグラーのように野郎共の心を手玉に取る姿が容易に脳裏に浮かぶ。

それにしても、『いろは姫』って無駄に語呂いいな。伊達の親族なの? どうして男として生まれてこなかったんだとか言われちゃうの?

結衣「あ……そういう意味ね、うん」

八幡「?」

結衣「えっ、いや、なんでもないよ! あはは……」

小町「はー……、本当にごみいちゃんはごみいちゃんだなぁ……」

八幡「いやお前は知らんだろうが、一色という奴はそういう奴なんだ」

小町「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……ごみいちゃんの戦闘力……たったの5か……ごみめ」

せめて『いちゃん』をつけて。

雪乃「そこのごみ谷君はさておいて、それよりも一色さんが魔物に攫われた理由が気になるわね……」

八幡「待て、さすがにごみ谷はストレートに酷くない? 俺でも泣いちゃうよ?」

雪乃「気持ち悪いから泣くのはやめてもらえるかしら」

平塚先生、今の聞いてましたよね。イジメの現行犯ですよ現行犯!

あっ、あの人露店のタバコ買い漁ってやがる。教師仕事しろよ。今の職業は格闘家かもしれないけど。ていうかタバコ買える店とかあんのかよこのゲーム。

結衣「そういえば、なんでいろはちゃんを誘拐したんだろうね?」

由比ヶ浜がそう指を顎に当てながらそう言った。

確かにわざわざ王族の姫を攫ったということは何かしら理由があるはず。それは気になるところだった。

雪乃「殺害……が目的ならば、わざわざ攫ってはいかないでしょうね……」

八幡「誘拐っていえば身代金とかじゃねぇの」

誘拐の目的として最もポピュラーなものといえば身代金目当てだろう。

現代日本だと身代金目当ての誘拐は滅多に成功しないというが、ファンタジー物のゲームではどうなのだろうか。

雪乃「ええ、他にも姫という立場を利用して国を脅すなどといった可能性は高いわね」

結衣「うう、いろはちゃんが心配なんだけど……急がなくてもいいの?」

八幡「大丈夫だ、こういうイベントは大抵勇者が行くまで次に進まない」

結衣「そういう……ものなの?」

八幡「そういうもんだ」

城を出てから時計の針が何故か止まっているし、おそらくこの国を出るまでは時間が進むことはないのだろう。

となれば、今やるべきことは次の戦闘に備えて準備を怠らないことである。

ひとまず、1の国から2の国への道中で消費してしまったアイテムを補充するために、俺達はアイテムを売っているショップへ向かった。タバコを売っているショップは何故かタバコしか売っていなかったのである。なんでわざわざタバコ専門店とか用意してるのこの世界は。

商人「いらっしゃい!」

雪乃「買いにきたのですが」

商品「あいよ、見ていってくれな!」

消費系アイテムを一通り補充した後、装備の品揃えも確認してみる。しかし、内容は1の国で買ったものと変わらないようだった。ならばここで装備を買い換える必要は全くないだろう。

ていうか、いい加減俺の装備は制服以外には変えられないんですかね……他の4人は新しい防具を買うと多少豪華な作りに変わっていたが、俺だけ見た目は制服のままである。

装備名も『そうぶこうこうのだんしせいふく+1』である。この世界に総武高校あんのかよ。

防御力は多少上がっているようではあったが、見た目に何の変化も見受けられない。

一応職業は黒魔術師なんだから、いい加減それっぽい服装に着替えさせてほしい。そうでなくても、せめてこの中世ファンタジーに合う服装にしたい。

平塚「おお、肉まんが売ってるぞ」

八幡「なんで肉まん……世界観ぶち壊しですね」

町並みは中世ヨーロッパみたいな感じなのにも関わらず、肉まんが売られているというのもおかしな話だと思う。

もうちょっとそれっぽい食べ物とか無かったのだろうか。いや、俺も中世ヨーロッパの有名な食べ物とか知らないけど。

……そもそも、この町並みだと制服姿の俺が一番おかしいか。

平塚「どうせだ、全員食べていこうじゃないか。腹が減っては戦は出来ぬというしな」

八幡「腹は減ってないんですけどね……」

昨日に至っては回復アイテムを除けば一日中何も食べてはいなかったが、空腹を感じることはなかった。常に体は軽くて空腹は感じないとか本当にゲーム様様って感じだ。

だが空腹は感じずとも、飯を食えば何かしらのステータス上昇に繋がるというのは分かっていた。ならば別に食べるのを拒む理由もあるまい。

俺は平塚先生から肉まんをひとつ貰うと、それをそのまま口に頬張った。悪くない。働かずに食う飯はうまい。

いや、このお金は俺達が魔物を倒して稼いだお金なのだからがっつり働いているような気がする。今ここになって分かったが、働いていようがいまいが飯のうまさは変わらんらしい。もし将来働かずに食う飯はうまいかと聞かれたら働いていても変わらないと答えてやろう。

肉まんを全て飲み込むと、ウィンドウが開いてメッセージが出てきた。

ハチマンのHPが 2じょうじょうした!▼

ハチマンのMPが 3じょうしょうした!▼

さすがに1の国の城で食べた豪華な食事に比べると上昇値は高くは無かったが、肉まんひとつで上がるなら安いものだろう。

相変わらずHPがパーティの中で最も低い雪ノ下に大量に食べさせて少しでもHPを上げさせた方がいいんじゃないかと考えたが、ふと満腹になっていたことに気が付いた。

大食いしてステータスを大きく上げるという手段はどうやら取れないようになっているらしい。

八幡「……おっ?」

ウィンドウがまだ閉じていなかったので、何かと思って読んでみると、ステータス上昇を知らせること以外にまだテキストが続いていたことに気が付いた。

ハチマンは スキル『こんじょう』が はつどうした!▼

八幡「スキル……?」

これは前回の食事では無かった事だ。他の4人もこういったものが出ているのか見てみると、他の4人のウィンドウにはただステータスの上昇を知らせるテキストのみが書かれていた。

小町「小町達にはそれ出なかったよ?」

八幡「となると、ランダムで発動とかだろうな」

モ○ハンの猫飯とかでもランダムでスキルが出てくることもあるし、あれのようなものだろう。

ただ、そのスキルの肝心の効果が一切分からないのだが、これはどういう効果を持っているのか。

雪乃「あら、根性という言葉はあなたには一番無縁のような言葉のように思えるけど」

八幡「そうだな、こんな言葉は犬にでも食わせちまえばいい。大体、根性という言葉を盾にすればどんな理不尽もまかり通ると思ってる社会が悪い」

小町「うわー、バイトも大抵バックれたりするお兄ちゃんらしい言い分だなー」

ほっとけ。


                         ×  ×  ×


しばらく歩くと西門に辿り着いた。ここから魔物の在り処に向かうらしい。

今回は特に門が壊されているということは無かったが、その門の周辺をウロウロしているNPC兵士が目に付いた。

NPC兵士「ああ、心配だ心配だ」

もちろんこのNPCがどんな悩みを抱えていようが俺は全く気にしないし、ぶっちゃけ言えばどうでもいい。

だが明らかに不審な態度を取っているNPCというのは、何かしら重大な情報を呟くことが多い。

だからどんなにどうでもよくても、一応話だけは聞いておかねばならない。

NPC兵士「ああ、いろは姫を救いにいった部隊が帰ってこない。心配だ心配だ」

おい、一色が攫われたってのは情報封鎖されるレベルの情報じゃなかったのかよ。もしかして町で噂になってるのってこいつのせいじゃないのか。

NPC兵士「あの部隊には腕も腰も脚も細くて白い肌の可愛い子もいたが……あの子は無事だろうか……」

兵士はそう言って台詞を止めた。なるほど、分からん。

今の話のどこに重大な要素があったというのだ。

一色を救いにいった兵士達から連絡が付かないっていうのはすでに分かっていることだし、今分かった新しい情報はその中に可愛い子っていうのがひとりいるってことだけだ。

しかし、それを知ってどうしろというのだ。

平塚「ふむ、これは姫だけでなく兵士も救う必要があるということだろうか?」

八幡「げっ、救助対象が増えただけじゃないですか」

しかし腕も腰も脚も細くて白い肌の可愛い子、ねぇ。

どんな奴なのかは知らんが、戸塚の可愛さには適わないだろう。ああ、戸塚可愛いとつかわいい。

兵士の話を聞いた後に西門から2の国を出ると、雪ノ下が持っていた時計の針が再び進み始めた。

やはりイベントをこなしている道中のみ、この世界の時間は進んでいくらしい。よく分からんシステムだ。

そうでもなかったら、他の国が魔王を討伐するまで宿屋で寝てればいいという俺の考えがまかり通るからだろうか。あっ、二度寝は出来ない仕様でしたねテヘペロ。

雪乃「この先にある森を抜けた先に一色さんを攫った魔物のアジトがあるそうよ。急ぎましょう」

そう言って、雪ノ下は走り出した。あいつスタミナが無縁なこの世界になってからよく走り出すな。

だが、国の外に出たということでここはすでに雑魚敵がポップする地域だ。走り出してからすぐに魔物が飛び出してきた。

クマ達「「「クマーッ!」」」

クマAが あらわれた!▼

クマBが あらわれた!▼

クマCが あらわれた!▼

クマDが あらわれた!▼

人間の大きさほどの熊に近い何かのような獣が4体も出てきた。現実の熊よりは小さ目のサイズだが、数が多い。さすがステージ2というべきか。

しかし、昨日の1の国から2の国の道中にかけて数多くの激戦をこなしてきた俺達のレベルは5にまで上がっている。多少相手が多くなってもおそらく対応出来るだろう。

特に最後のドラゴン戦ではかなりの多くの経験値を稼がせてもらった。あっ、パンさんのことを思い出して目が潤みそう。

ちなみに俺の覚えている呪文は何故かひとつのままだった。本当にバグっているのではないだろうか。

雪乃「それでは行きましょう」

平塚「よし、気合いを入れて行くぞ!」

小町「はいはーい、小町にお任せー!」

真っ先に前衛の3人が突撃し、後衛である俺が鈍化魔法、由比ヶ浜が攻撃魔法か回復魔法で援護するというのがこのパーティのお決まりパターンになっていた。

最初のうちは魔法の扱いに不慣れだった由比ヶ浜も、だんだんと慣れてきたのか上手く魔法を扱えるようになってきている。

結衣「しびれちゃえ! ユイサンダー!!」ビシャーン

熊A「クマクマー!!」

派手な雷をぶっ放す由比ヶ浜を横目に見ながら、俺も前衛に襲いかかろうとしている熊に向けて重力の魔法をかける。

別に自分の魔法が役に立っていないというわけではないのは分かっている。相手の行動を制限することによって前衛が動きやすくなっているのは確かだ。べ、別にガハマさんの魔法に嫉妬してるわけじゃないんだからね!

クマB「クマッ!」ヒュッ

雪乃「はっ!」ズバッ

クマB「クマー!」

そして今日の雪ノ下の技の冴えっぷりも見事なものだ。襲い掛かる熊パンチをギリギリのところで避け、隙が出来たところにカウンターの斬撃を浴びせていく。

ちなみにここに至るまで未だに雪ノ下のHPは1も減ったことがない。ゲーム補正が多分に含まれてはいるとはいえ、あいつ本当に女子高生なのだろうか。

平塚「ゴムゴムのッ!! ピストルッ!!(ゴムじゃないけど)」バキッ

クマC「クマッ!!」

そして熊の顔面に活き活きと殴りかかっている暴力教師こと平塚先生も相変わらず絶好調のようだった。

パーティ内で一番楽しそうに戦っているあの戦闘狂は、その突撃スタイルから被弾率が最も高いものの、HPと攻撃翌力の高さで毎回ゴリ押していた。

小町「とりゃー!」ザクッ

クマD「釣られクマー!!」

小町はリアルの運動神経こそは割と普通程度だったと思っていたが、槍のリーチの長さを上手く活かして立ち回っていた。

それから俺の鈍化魔法が大抵小町の相手をしている魔物にいっていることもあって、そこそこ高い撃破率を保っている。

あと今、熊の断末魔なんかおかしくなかった?

小町「いえーい! やりましたね、雪乃さん!」

雪乃「え、ええ」

小町が手を挙げてハイタッチをしようとしていたが、雪ノ下がどう対応したらいいのか分からなさそうにしているのがなんだかおかしかった。

あいつは他人とゲームをやったりする経験はおそらくないだろう。ゲームのことをピコピコとか言っていたくらいだし。

だが、このゲーム(?)を通じて少しくらい他人と遊ぶ楽しみを覚えれば丸くなったりするのかね、と考える。

俺? 俺とか他人と遊び楽しみとかめっちゃ分かってるよ。小町とか小町とか、あと小町とかとよくゲームやってるしな!

              ×  ×  ×


雪乃「ここね」

2の国を出てから約1時間が経った。

ようやく一色を攫った魔物がいるというアジトの正門前にまでやってきていた。森の中に堂々と建物が建っているのだから、その浮きっぷりは尋常ではなかった。

2の国の西門からの距離としてはそこまで長くないと思うのだが、雑魚戦が思った以上に多かったために意外と時間を食ってしまったようであった。

八幡「結構大きいな、これ。探せば他に入り口あるんじゃねーのか」

雪乃「そうね、何も正面突破にこだわる必要はないわね」

平塚先生は、えーこういうのは真正面から行くものだろーと言っていたがそれは無視することにする。俺達の目的は一色奪還が最優先だ。正門から突撃する必要もあるまい。

だが、そう思っていた時だった。

ドガンと建物の中から大きな音が響き渡った。

直後に正門から煙のようなものがあがる。

結衣「ねぇ、今のって……?」

雪乃「分からないけれど、迂回路を探している暇は無くなったわね」

雪ノ下がそういうと、正門に向かって駆け出した。俺達もその雪ノ下に続く。

正門からアジトの中に入ると、2の国の兵士と思われる人が何人も倒れていた。あちこちに破損した槍や盾、鎧の欠片等が散乱していた。

結衣「酷い……」

小町「待ってください、あっちでまだ誰か戦ってますよ!」

小町が指した指の先を見てみると、そこにはただひとりで、トカゲが二足で立っているような魔物と戦っている鎧姿の兵士の姿がいた。

しかしすでに足は覚束なくなっておりフラフラと体が揺れている。あまり長くは持たなかったそうだった。

雪乃「助けに行きましょう」

雪ノ下がそう言って剣を抜いた。俺も木の棒を取り出して、魔物に向けて呪文を放つ。

八幡「グラビティ!」

その木の棒の先から放たれた黒い重力の塊はトカゲの魔物に当たってその動きを重くする。

その間に雪ノ下が素早く魔物との距離を詰め、刃をキラリと光らせた。

ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼

雪乃「邪魔よ」

容赦ない連続斬りが魔物を襲う。体が重くなっている状態の魔物は何も抵抗も出来ないまま、光の塵となって消えていった。相変わらずの容赦の無さだ。

雪ノ下が魔物を片付けたのを見届けると、俺は満身創痍になるまで戦い続けていた兵士のそばに向かった。

最後に残ったNPCからなら何か新しい情報を貰えるのではないかと思ったからである。

だが、その兵士を見た瞬間。

世界の時間が止まったような気がした。

雪乃「比企谷君、どうし──」

後ろから駆け寄った雪ノ下も、その兵士の顔を見て言葉を失った。

NPC兵士『あの軍団には腕も腰も脚も細くて白い肌の可愛い子もいたっていうのに……あの子は無事だろうか……』

国を出る前の兵士の言葉が思い出される。

なるほど、確かにその通りだ。鎧に囲まれて見えないが、確かにこの子の腕も腰も脚も細いだろうし、そして肌は透き通るように白い。

戸塚「助けてくれてありがとうございまし──八幡!?」

その可愛い可愛い兵士──戸塚彩加は、驚愕した顔で俺の顔を見た。

書き溜めしてから、また来ます。

千葉村の水着回で

八幡「平塚先生…。やれば出来るじゃないですか。アラサーと言っても通じますよ」

静「私はまだ立派なアラサーだ!」腹パン

四十前の設定なのかな

           ×  ×  ×


結衣「さいちゃん、今治すからね──ヒール!」パアッ

戸塚「ありがとう、由比ヶ浜さん」

ひとまず、デッドゾーンにまで陥っていた戸塚のHPを由比ヶ浜に回復してもらっていた。

戸塚に対しては色々聞きたいことがある。その可愛さの秘訣とか。どうしたらそんな天使のようになれるの? とか。

だが、まずは今置かれた状況の把握が先だ。

八幡「戸塚、俺達は2日前の朝に起きたらこの世界にいたんだが、お前もそうなのか?」

戸塚「うん、僕もそうなんだ。そしたらいきなり兵士になってて……」

八幡「なに? いきなり兵士にだとぉ!? 上司にいじめられたりしなかったか? 残る傷跡とかつけられてたりしないか?」

戸塚「だ、大丈夫だよ、みんなよくしてくれたよ」

結衣「ヒッキー、キモい」

雪乃「話が進まないから、後にしてもらえるかしら……」

俺は戸塚のことを想って心配しているだけだというのに、何故批判されなければならないのか。

戸塚「城廻先輩と一色さんがこの国の女王とお姫様っていうのは聞いてたから、他の人ももしかしたらこの世界に来てるんじゃないかって思ってたけど……八幡達も来てたんだね、嬉しいな」

八幡「ああ、戸塚がいるところには必ず行くさ。ひとりぼっちは、寂しいもんな……」

小町「はいはーい、お兄ちゃんはあそこに倒れている兵士さん達の介抱を手伝ってねー」

八幡「待ってくれ俺はまだ戸塚には伝えていない言葉がたくさんあるんだ、戸塚──!!」

戸塚「あ、あはは……」

雪乃「はぁ……申し訳ないわね、戸塚くん。私達の状況も説明するから、あなたもこの世界に来てからのことを教えてくれないかしら」

戸塚「うん、分かったよ雪ノ下さん」

戸塚────!!!

入口に倒れていた兵士達を介抱──とはいってもNPCには由比ヶ浜の回復呪文が効かなかったため、仰向けに寝かせて並べただけだが──した後、雪ノ下から聞いた話をまとめるとこうだ。

戸塚は俺達と同様、2日前の朝に目覚めたらいきなりこの世界にいたということ。

そして何故か国の兵士になっていたが、RPG経験もそれなりにある戸塚はなんとか切り抜けられたということ。

めぐり先輩や一色の存在は知ってはいたが、実際に会ってはいないということ。

そして今回、一色が攫われたことによって兵士に魔物討伐命令が下され、その魔物討伐部隊に戸塚も組み込まれていて今に至る……と。

確かにめぐり先輩からはこの世界に戸塚がいたとは聞いていなかったが、会っていないのなら仕方がないか。

戸塚「それで今から一色さんを助けに行かなきゃいけないんだけど、ひとりじゃちょっと自信ないし、手伝ってくれない……かな?」

八幡「もちろんだ。っていうか、俺達も元々そのつもりで来たんだしな」

戸塚「ありがとう、八幡!」

そう言って戸塚は天使のようにぱあっと輝いた笑顔を向けてきた。

守りたい、この笑顔。

戸塚「それじゃあよろしくね、みんな!」

雪乃「改めてよろしくお願いするわ、戸塚くん」

結衣「よろしくねー、さいちゃん!」

小町「よろしくお願いしますっ、戸塚さん!」

平塚「よろしく頼む」

サイカが なかまになった!▼

ウィンドウにそのテキストが流れた時、俺ははじめてこの世界に感謝したような気がした。

グッジョブRPG! 戸塚と旅が出来るなんて夢のようだぜ!

あっ、この世界自体が夢のようなものか。いや最近夢なのかゲームなのか判断がつかなくなってきているけど。

もしかしたら天国なんじゃない? だってほら、天使いるし。ふたりも。

八幡「そういえば戸塚の職業ってなんなんだ?」

戸塚が仲間になった後、奥のボス部屋に向かいながら俺は戸塚にそう尋ねた。

鎧に剣という装備なので剣士辺りだろうか。

しっかし……小町と同様、かなり簡素な造りになっているとはいえ鎧が似合わない。もうちょっと他にあったのではないだろうか。ドレスとか。

戸塚「僕は魔法剣士だよ」

八幡「魔法剣士……? じゃあ、剣だけじゃなくて魔法も使えるのか?」

戸塚「うん。とはいっても、まだまだ未熟なんだけどね……」

戸塚はそう言って、やや苦い笑みを浮かべた。

だが、前衛も後衛もこなせる人材はこの何気にパーティでは初めてだったりする。

いざという時に前にも後ろにも動けるというのは貴重である。俺とか常に後ろにいるし。

さらに言うと3回に1回くらい何もしてない時すらある。ほら、雑魚魔物の数が少ないと前の3人がフルボッコにしちゃうからね、仕方ないね。

戸塚「ところで、八幡の職業は何? 装備は総武高の制服みたいだけど……」

八幡「やっぱ聞かれるよな、これ……」

出来るなら突っ込んで欲しくなかったが、やはりこの世界で制服を着ているとそれなりに目立つ(浮いてるとも言う)ようだ。

ちなみにめぐり先輩にも笑われました。ほんわかパワーで癒されたから別にいいけどね!

八幡「俺は黒魔術師っていう職業をやってる。なんで制服なのかは、俺にも知らん」

戸塚「黒魔術師? すごそうだね、どんな魔法を使えるの?」

うっ、そこもやっぱ聞かれるのか。

まさか相手の動きを重くする鈍化魔法ひとつしか覚えていないとは言えない。とはいえ、この期待するようなキラキラした眼差しをした戸塚の夢を壊すわけにはいかない。

八幡「じ、実はだな、俺の魔法は重力で全てを押しつぶす『バベルガ・グラビ」

小町「お兄ちゃんが覚えてる呪文は相手の動きを遅くさせるやつひとつでしょ」

パーンってなりましたね、夢が。

ち、違うもん……俺のレベルがもっと上がれば、きっともっと強い呪文覚えるもん……!

そのうち地球の重力を借りてシン級の呪文を覚える展開とかあると思う。この世界が地球上なのかどうか知らんけど。

戸塚「でも、僕もまだまだ使える呪文少ないし、一緒に頑張ろ! 八幡!」

八幡「ああ、戸塚! 一緒に、一緒に頑張ろう! な!」

結衣「あ、あたしもほら、もっと色んな呪文使いたいなーとか……ヒッキー、あたしも一緒に頑張るから!」

八幡「お前はもうすでに色々使えるだろ……まだ手を出したりないのかこのビッチめ」

結衣「ビッチじゃないし!?」

平塚「ふっ、このパーティも賑やかになってきたものだな。しかし技か……、技といえばRPGの戦闘を彩る重要な要素だ」

八幡「確かにそうっすね」

RPGの戦闘といえばやはり派手な剣技や魔法というイメージが強い。ものによってはその作品の強い印象として残ることだってあるくらいだ。10万ボルトとか。いや、あれはRPGというよりアニメか。

平塚「せっかくの機会だ、私ももっと色んな技を使ってみたいものだ」

先生、通常攻撃でもいつも技名叫んでるじゃないですか……特にGガンから取ることがやたら多い気がする。前にあった事例だと「爆熱!! ゴッドォォォ、フィンガァァァアアア!!」とかめっちゃノリノリで、しかもセリフ全文付きで叫んでいたこともある。もしかして全部暗記してるんじゃないのかこの人……。

八幡「例えば、どんな技使いたいとか思うんですか?」

平塚「やっぱ格闘家だしなぁ、波動拳とか使いたい」

おお、王道だ。格闘家といえば格闘家らしい技だ。RPGではなく格ゲーだけど。

まぁ、平塚先生なら手から衝撃波をぶっ放すようになっても、なんら違和感はないだろう。なんならリアルでも違和感ないまである。

平塚「そうだなぁ……スト2やりこんだ世代としては、やはり実際にサマーソルトキックとか竜巻旋風脚とかはやってみたいと思うだろう。他にもトリケラトプス拳に狼牙風風拳などといった有名な技も外せん。それからそれから……どうした、比企谷。そんな顔をして」

八幡「いや、先生……年齢がバレ「しょおおおおりゅうううけぇぇぇえええん!!」どふぅ!!」

魔法は仲間に当たらないようになっているのに、物理攻撃は当たり判定あんのかよ……がくっ。

まだ予定の半分にすら届いてないけど、絶対に完結させるつもりでいるから付いてきてくれると嬉しいなと思います。

書き溜めしてから、また来ます。

         ×  ×  ×


戸塚がパーティに加わってくれたことにより、動きやすさはグンと上がった。

戸塚「えいっ!」ズバッ

ゴブリン「ギャア!」

前に出て物理で押す必要があれば前衛を務め、

戸塚「ウィンドカッター!」ヒュッ

コウモリ「キー!」

後に引いて魔法による援護の方が効果的と見れば後衛を務める。

テニスという競技も、かなり前衛と後衛の入れ替わりが多いスポーツだが、もしかしたらその経験がここに活きているのかもしれない。

また、雪ノ下平塚先生小町の包囲網から漏れた魔物が後衛にやってきてしまって俺がボコられるということが今までに何度かあったのだが、そういったことも戸塚の参入によって無くなった。

後衛にいる戸塚がいざとなれば、その魔物に剣で斬りかかることが出来るからである。

ていうか、今まで後衛に近づいてきた魔物への対処パターンが、俺が肉の壁になって前衛が戻るか由比ヶ浜の詠唱時間を稼ぐというワンパターンしかなかったのがおかしい。

ちなみに、そうなった時は毎回俺が盾になっていたおかげで、今のところ由比ヶ浜もノーダメージを保ち続けていたりする。別にいいんですけどね、回復役もこなす由比ヶ浜より俺の方が囮として適しているのは確かだろうし。

クマ達「「「クマーッ!!」」」

クマAが あらわれた!▼

クマBが あらわれた!▼

クマCが あらわれた!▼

クマDが あらわれた!▼

戸塚が参入してからもう10回目くらいの戦闘だ。このアジト内は、外に比べるとエンカウント率がだいぶ高いような気がする。

このアジトが無駄に広いせいで、結構長い間歩き続けているというのもあるだろう。

てかクマ率高いな、おい。

森ならともかく、建物内になんでクマがいるのかはもう突っ込み飽きたので、もうしないことにした。

戸塚「八幡、僕は前に行くね」

八幡「ああ、頼む」

前衛の4人がそれぞれ熊を相手取った。俺と由比ヶ浜もすぐさまに呪文の詠唱を始める。

八幡「グラビティ!」モワーン

結衣「痺れちゃえ、ユイサンダー!」ビリビリ

もう隣との呪文比較はやめだやめ。俺には俺の成長のしかたがある。

俺の呪文は戸塚が相手をしている熊の魔物に直撃した。その動きは重くなり、思うように体が動かせなくなる。

そして戸塚はそのまま熊の魔物に向かって剣を振り下ろした。

戸塚「やあっ!」ズバッ

クマA「クマッ!」

そしてそのまま二撃、三撃と切り刻んでいく。雪ノ下に比べればさすがに速度面では劣っているが、一撃一撃の威力は戸塚の方がわずかに上回っているようである。ソースは熊に攻撃した時になんか出てる数字。あれってダメージでいいんだよね。

実は最初こそ戸塚の剣の腕前にはやや心配を抱いていたものの、ここ10回の戦闘を見る限り杞憂であったようだ。

正直に言うと、すでに俺なんかよりパーティにとってよほど大きい戦力になってる。つか、俺が何もしてなさ過ぎるだけなんだがな。

小町「きゃあっ!」

八幡「小町!?」

すでに楽勝ムードだと思われたその時、小町の悲鳴が響き渡った。

すぐにそちらの方向へ目をやる。見れば、小町が熊の攻撃を受け、槍が弾き飛ばされていた。

雪乃「小町さん!」

雪ノ下達前衛組も小町のピンチにはすぐに気が付いたが、その前衛らも目の前の熊と相手をしている。すぐに助けにというわけにもいかないだろう。

すぐさま俺は小町のところへ駆け出した。俺が盾になれば、小町が武器を拾い直してこの熊に攻撃を加えるまでの時間を稼ぐことくらいは出来る。

八幡「小町、さっさと拾ってこい!」

小町「お兄ちゃん!!」

さぁ来い熊野郎!

お前らのクマパンチを受けるのももう4回目だ!

いい加減慣れてきたぜ!

クマB「クマァー!!」ゴウッ

八幡「くっ!」

熊が大きく腕を振りかぶった。

だが、その腕が俺に襲い掛かることは無かった。

結衣「燃えちゃえ、ユイファイアー!!」ゴゴゴ

由比ヶ浜が呪文を唱えた瞬間、10を越える火の玉が身の周りに具現化した。そしてそれらは猛スピードで熊に襲い掛かる。

生まれた火の玉の全てが俺の目の前の熊に見事にヒットし、熊が炎に包まれていく。それから幾ばくもしないうちに光の塵となって消えてしまった。

結衣「やー、間に合ってよかったよー」

小町「結衣さん、ありがとうございます! かっこよかったですよー!」

キャイキャイ

八幡「……」

あの、なんか妹のために飛び出した俺すっごい馬鹿っぽいんだけど……。

俺も攻撃呪文使えるようになりたいなぁ……はぁ。

平塚「む、あれはボス部屋じゃないか?」

他の3人も熊を倒し、熊がいたその通路の先になにやら大きい扉が見えた。

あの扉が行き止まりとなっている。ほぼ間違いなく、ボス部屋だろう。

雪乃「あの中に一色さんがいるのね」

雪ノ下がそう呟いた。その目はいつもよりさらに真剣であり、そして何かが燃え滾っているようであった。

最初のうちはあんなに相性悪そうだったっていうのに、いつの間にか一色といい先輩後輩関係が出来ているんだよな、こいつら。

雪ノ下のあの目は、一色への心配と危害を加えた魔物への怒りが混じっているのだろう。

本当にこいつは……。

小町の時もそうだったが、なんだかんだでこいつ根は友達想いなんだろうな。ただちょっと、ぶきっちょさんなだけで。

仕方があるまい。そんなぶきっちょさんな、ぶきのしたぶきのんの心意気に俺達も協力してやりますか。

八幡「雪ノ下。小町の時のように、一色の身柄は俺が確保しに行く。だから、お前は魔物に集中してくれ」

雪乃「比企谷君……分かったわ、なら一色さんはあなたにお願いするわ」

八幡「任せろ」

去年までの俺なら、まさか雪ノ下と任せた、任せろというやり取りが出来るようになっているとは思いもしないだろう。

平塚先生も似たようなことを考えているのかどうかは分からないが、なんかやたら生暖かい目線をこちらに向けていた。なんかその目だけすごいお母さんっぽい。早く誰か貰ってあげてよ!

雪乃「開けるわ」

雪ノ下がそう言って、ボス部屋の扉を開けると、ギイィと重い音を発した。

この中には一色と、そして一色を攫ったボス敵がいるのであろう。

いいぜ、お前が一色を攫って無事に逃げられると思うなら。

まずはその幻想をぶち殺す!

……雪ノ下が。

SS書き手殺しと評判高い玉縄君が活躍しそうな予感がする「俺ガイル。続」第7話はTBSでは1:48~、CBCでは2:47~から放送します。
お見逃しがないように。

書き溜めしてから、また来ます。

ボス部屋の中に入ると、その中は大きな広場のような空間が広がっており、そして奥には人影が見えた。

デーモン「ほう、ここまで辿り着いた奴がいるとはな」

距離が少々離れているので適当だが、約2.5mくらいはありそうな人型に、悪魔のような羽を広げている奴がそこには立っていた。

あれが、このステージのボスだろう。ウィンドウを見てみると、あの魔物の名前はデーモンと書かれていた。

そしてさらにその奥を注視してみるとドレスを纏った少女がひとり、縄で縛られていて倒れている。

顔を見てみると間違いなく一色だった。パーティメンバーの顔が少々険しくなる。

デーモン「姫を取り戻しにでも来たか? だがこいつは魔王様へのいい手土産になる。返すわけにはいかんな」

長ったらしい口上に付き合っている暇は無い。俺は雪ノ下達とは少々離れたところから一色のところへすぐさま駆け出した。

そして木の棒を取り出して、あのデーモンに向けて先を向ける。そのまま俺は鈍化魔法を唱えた。

八幡「グラビティ!」

これであいつの動きを重くし、雪ノ下達がそれに対応する。その間に俺は一色の身柄を確保する。前回のダンジョンで小町を助けた時とやっていることは同じだ。

だが、そこにひとつ誤算が生じた。

デーモン「ふん!」バシッ

八幡「何っ!?」

なんと裏拳で俺が放った黒い重力の塊を弾き返してしまったのであった。

そしてそのデーモンの顔がこちらに向けられる。

デーモン「厄介そうな魔法を持っている……お前から潰すのが良いだろうな」

くっ、こいつからは強者オーラが溢れ出ている。

同じボスでもどこか小物感が否めなかった一面ボスとは違って、こいつは本当に強い。そう感じさせる貫禄が確かにあった。

マズい、俺は接近戦では何の取り得もない。このまま接近されれば、そのままやられてしまう。

だがデーモンがこちらに動くより早く、雪ノ下がデーモンに向かって斬りかかっていた。

雪乃「一色さんを返してもらおうかしら」

デーモン「活きがいいのがきたな、かかってくるがいい」

デーモンがそういうと、どこからか剣を生み出し、雪ノ下の一閃を受け止めた。

平塚「私のこの手が光って唸るっ!! お前を倒せと、輝き叫ぶっ!!」

小町「ど──んっ!!」

平塚先生と小町もそれに続いてデーモンに襲い掛かる。だが、デーモンは剣を大きく振って3人全員の攻撃を弾き返した。

3人はすぐに体勢を立て直すと、一斉にデーモンに攻撃を仕掛けた。しかしデーモンは剣と背中の羽を上手く利用して、3人の攻撃を捌いていた。

あいつは本当にヤバい。3人が同時に襲い掛かっても、互角以上にやりあっている。早いところ一色を確保し、俺も加勢に向かう方が良いだろう。

後ろでガキンガキンと武器と武器がぶつかり合う金属音を聞きながら、一色のところまで辿り着いた。

ステータスを確認すると、HPはマックスのままだったが状態異常:スタン(気絶)と書かれており、一色の意識はなかった。このままでは一色は目を覚まさないだろう。

だが、一色はなんとしてでも取り返さなければならない。

理由としては、デーモンの後ろに置いておくより俺達後衛がいる場所に置いておけば、いざという時にデーモンが一色を連れて逃げ出すという手段が取りづらくなること。

ゲームのボスがそういった行動を取るかは怪しいところではあるが、用心するに越した事はなかろう。

あとはまぁ、雪ノ下に約束しちまってるしな。

状態異常を治すアイテムは持っているので、それを使おうとするとアイテムはパーティメンバーに入っているプレイヤーにしか使えないという警告のウィンドウが現れた。なにそれ初見なんだけど。

だが、確か由比ヶ浜は状態異常を治す呪文も覚えていたはずである。呪文ならば、NPCでなければ、パーティメンバーに入っていなくても効果が適応されるはずだ。事実、前回のダンジョンではまだパーティに入っていなかった小町に回復呪文が通じているのだから。

だがその由比ヶ浜は今、前衛組の援護で手一杯でこちらまで来るのは難しいであろう状況だ。

ならば、俺が一色を連れて由比ヶ浜のところへ向かうしかあるまい。

八幡「しょうがねぇな……」

一色の足と肩の辺りを持ち、そして抱き上げた。現実での俺なら人間ひとりを運ぶどころか、そもそも持ち上げることすら不可能だっただろう。しかし、ゲーム補正のあるここでならばなんとか持ち上げることくらいは出来そうだ。

だが、ここから由比ヶ浜のいるところまでそこそこ距離がある。持ち上げることは出来たとはいえ、俺の腕への負担も決して軽くは無い。あそこまで運べるだろうか。

八幡「……まぁ、やるしかねぇもんな」

雪ノ下も、由比ヶ浜も、平塚先生も、小町も、戸塚も、みんなあの恐ろしいデーモンを相手に必死に戦っている。

それに対して俺はただ女の子ひとりを運ぶというだけだ。ここで弱音を吐いて逃げるわけにもいかない。

俺は一色を抱き上げたまま、由比ヶ浜の方へ向かう。出せる限りのスピードを出しながら、しかし一色を落とさないように気を付ける。

デーモン「ぬっ、させるか!」

俺が一色を持ち逃げしようとしたことに気が付いたのか、デーモンの注意がこちらに向かった。

だが、雪ノ下達の止まない猛攻を捌くので手一杯なようだった。デーモンはすぐに目の前の相手に集中する。

雪ノ下「あなたの相手は、私たちが務めるわ」

デーモン「なかなかやるな小娘!」

雪ノ下達がボスをひきつけている間になんとか由比ヶ浜のところまで一色を運び込むことが出来た。この世界ではスタミナは関係ないはずだったが、何故だか異様に疲れた。

結衣「ヒ、ヒッキー!? それお姫様だっこじゃ……」

それを意識させるな、異様に疲れてる理由がバレちゃうだろ。緊急事態だから仕方ないって自分に言い聞かせていたっていうのに。

八幡「由比ヶ浜、一色の回復を頼む。状態異常の方だ」

結衣「あっ、うん、分かった!」

一色の目が覚めれば、あとは後ろの方に下げることが出来る。そうすれば、デーモンの手に届くことはなくなるだろう。

由比ヶ浜は一色の傍にしゃがみ込むと、すぐに呪文の詠唱を始めた。

結衣「いろはちゃん、待っててね──リカバリー!」

由比ヶ浜が呪文を唱えると、一色の体が光に包み込まれた。その光が一色の体に吸収されるのを見届けると、ステータス画面にあった状態異常が消え去っていた。

いろは「う……ううん……」

八幡「おい、一色。起きろ」

いろは「ううん……ここは……はれ?」

状態異常が消え去ると、すぐに一色の目が開いた。そして周りをきょろきょろと見渡してから俺の顔を見つけると、途端に顔が驚愕の色に染まった。

いろは「えっ、ええっ!? せ、先輩!?」

八幡「よう、いろは姫。随分と遅いお目覚めだな」

いろは「なんでここにいるんですかまるで王子様かと思ったじゃないですか割と本気でときめきかけましたけど心の準備が出来てからにしてもらえませんかごめんなさいっていうか今名前で呼びませんでしたか」

目覚め直後にそれだけまくし立てられるなら、もう心配要らなそうだな。

八幡「まぁ、説明は後だ。お前は後ろの方に引いていてくれ」

結衣「いろはちゃん、また後でね!」

いろは「あっ、結衣先輩までいる! っていうかあっちにいるの雪ノ下先輩!? えっ、これほんとどういう状況ですかぁ!?」

起きたらいきなり総武高校の面子に囲まれている状況に一色は混乱しっぱなしのようだった。仕方が無いとは思うが、今それを説明している暇は無い。

俺と由比ヶ浜は再びボスの方へ向かった。

見れば雪ノ下と平塚先生がデーモンの剣と打ち合っており、戸塚が風の魔法でそれを援護していた。少し離れたところでは小町が薬草を飲んで、少なくなっていたHPの回復を図っていた。由比ヶ浜の回復が途切れているため、回復アイテムを使うために離脱せざるを得なかったのだろう。

平塚先生のHPも半分を切っている。それを見た由比ヶ浜は早々に回復呪文を唱え始めた。

雪ノ下はあれだけ激しい戦闘の最前線に居続けながらもHPはマックスを保っているという化け物っぷりを発揮していたが、回避を最優先にしているせいかあまりデーモンへ有効打を与えられていないようだ。

戸塚「あっ、八幡! 由比ヶ浜さん!」

八幡「すまん遅れた。あまり攻め込めてはいなさそうだな」

戸塚「うん……あのボス、かなり強いよ。僕の魔法と、前の3人で攻め込んでもなかなか大きな一撃が入らない」

戸塚がやや苦しそうな声でそう言った。今までの敵は基本的にダメージを与えれば隙が出来たので、そこを突いていけばそのまま勝てるパターンが多かった。

しかしあのデーモンは雪ノ下の斬撃や平塚先生の打撃を受けても、ひるみもせず剣を振るってくる。大人数でハメ倒す戦法はどうやら通じなさそうだ。

だが、俺の鈍化魔法が当たればどうだろうか。

さっきは馬鹿正直に真正面から撃ったために弾かれてしまったが、前衛と打ち合っている今なら好機だ。動きが遅くなれば前衛も楽になるだろう。

そう考えて木の棒をデーモンに向けた。

その矢先のことだった。

デーモン「ええい、じれったい! 邪魔だ!」

突如、デーモンの体が光り始めた。剣をどこかに消し去り、両手を真上に挙げた。

雪ノ下、平塚先生、小町がデーモンの不審な行動を前にして距離を取ろうとしたが、少し遅かった。

デーモン「はーっ!!」

デーモンは だいばくはつをつかった!▼

瞬間、デーモンの周りで爆発が複数巻き起こったのだった。

ドゴン! ドゴン! と大きな爆発音が俺の耳を襲う。

当然、近くにいた前衛組はそれに巻き込まれた。

雪乃「きゃあっ!?」

平塚「うおっ!?」

小町「うわっ!!」

八幡「……!!」

悲鳴を上げながら3人が吹き飛んでいく。

反射的に脚が動き、小町たちのところへ駆け寄ろうとした。

が、瞬間に思い直し、俺は動きかけた自分の脚を無理矢理押し留めた。

今、俺が小町達の側に行っても何の意味もない。

クールになれ八幡。俺のやるべきことはそうじゃないだろう。

前を見ろ。デーモンは大技を放った直後で、立ち尽くしている。今こそがチャンスだ。

八幡「グラビティ!」

俺はそのまま鈍化魔法を唱える。木の棒から黒い重力の塊が放たれ、それは真っ直ぐにデーモンの方へ飛んでいく。今度こそはそのまま直撃した。

だがそれで安心してはいけない。今打てる最善の行動を考えるため、俺は思考のリソースを全て現状の確認に費やした。

雪ノ下、平塚先生、小町は吹き飛ばされてしまい、デーモンからやや離れた位置で倒れている。HPを確認すると、平塚先生と小町は半分前後残っているが、雪ノ下だけは2割以下、デッドゾーンに入っていた。

そして俺の横には由比ヶ浜と戸塚がいる。ここの3人で、パーティの体勢を立て直さなければならない。

俺は現状を把握すると、2人にすぐに指示を出した。

八幡「戸塚、デーモンの足止めを頼む。由比ヶ浜は雪ノ下のところにいって回復してやってくれ」

戸塚「わ、分かった!」

結衣「うん!」

そう言って俺達はそれぞれのやることをやるべく、すぐに駆け出した。俺はアイテムから薬草を取り出しながら、小町の側に駆け寄る。

八幡「おい小町、大丈夫か」

小町「うう、お兄ちゃん……ありがと」

小町は薬草を受け取るとそのまま口へ放り込む。すると、HPがある程度回復した。

八幡「小町は戸塚のところに行ってくれ」

そう言うと、俺は再び周囲を見渡した。

平塚先生は自分で起き上がり、すでに回復に努めている。由比ヶ浜は雪ノ下の回復にしばらく時間を取られそうだ。

そして戸塚は、デーモンを単騎で抑えている。しかし多少動きが遅くなっているとはいえ、あのデーモンを相手に1対1は負担が重いようだ。徐々に押されていっている。

戸塚「ううっ、強い……!」

デーモン「朽ち果てるが良い!」

デーモンが剣を振るい、戸塚の剣を弾き飛ばした。

さらにそのまま剣を大きく振り上げると、それを戸塚目掛けて勢いよく振り下ろした。マズい、小町も俺もここからでは間に合わない。他の3人もまだ動くことは出来ていない。

八幡「戸塚!!」

小町「戸塚さん!!」

その剣が戸塚を切り裂く──そう思われた瞬間であった。

いろは「いろはスプラッシュ!!」

どこからか、滝のように大量の水がデーモンを狙って押し寄せた。その水の塊はデーモンを飲み込み、そのまま押し出した。

デーモン「むぅ!?」

俺は思わず振り返って、その呪文の声が聞こえた方向を見た。

そこにはステッキのようなものを前に突き出し、明らかに不機嫌そうなお姫様の姿があった。

いろは「はー、ほんと意味分からないんですけど……とりあえずあいつやっつければいいんですかー?」

いろはが なかまになった!▼

……だ、だいたい少なめに見積もって七割くらい、だな
……残りのストーリー量が。


キャラクターの一人称、他キャラへの呼称、口調などには気をつけているつもりですが、もしなにか違和感を覚えるところなど御座いましたらご指摘いただけると幸いです。
地の文の日本語への指摘は……スレが埋まっちゃいそうなほどたくさんあるのであれですが。


とりあえず一点、雪乃→八幡への呼び方が「比企谷君」で統一していましたが、正しくは「比企谷くん」ですね。
俺ガイル的には基本君はくんですね。修正します。


それでは書き溜めしてから、また来ます。

八幡「一色!?」

あいつプレイアブルキャラクターだったのか……姫だっていうから無意識のうちに戦力外として考えていたが、まさか魔法を使えるとは。

一色「あとで全部説明してくださいよー、先輩」

八幡「ああ、分かった。あいつを倒してからな」

今の一色の水魔法による奇襲によって、デーモンは大きく押し出され、距離を取ることが出来た。

その隙に雪ノ下と平塚先生は回復を終え、戸塚は弾き飛ばされていた剣を回収した。

雪ノ下「一色さん……」

一色「まったくもー、さらっとわたしのことをハブらないでくださいよー。先輩なんて縄外さないで行っちゃうし」

よく見てみると、一色の近くに縛ってあったはずの縄が落ちていた。そういえば時間が無かったし、こいつを縛っていた縄はそのまま放置してたな……魔法が使えるのに先程までずっと何もしていなかったのは、この縄を解いていたためだろう。っつか、こいつ自力で自分を縛ってた縄を解いたのかよ。

デーモン「おのれ!」

デーモンは体勢を立て直すと、剣を構えてそのまま突進を仕掛けてきた。すでに俺の鈍化魔法の効力は切れているようで、もう通常通りの速度で向かってくる。

それを雪ノ下、平塚先生、小町、3人が迎え撃った。

剣と剣がキンと交差する音が鳴り響く。その間に俺は再び鈍化魔法を構えた。

八幡「グラビティ!」

黒い重力の塊が飛んでいって、デーモンに直撃した。瞬間、デーモンの体が重くなったように行動が鈍くなる。

デーモン「むぅ!」

その鈍くなった隙を見て、雪ノ下が剣でデーモンの持つ剣を弾き飛ばした。

武器を失い、行動も重くなっている。そこが好機とばかりに3人は一気に攻勢に転じた。

雪乃「散りなさい」ヒュッ ズバズバズバッ

ユキノは ソードダンスをつかった!▼

雪ノ下が、まるで舞うように剣を振るい、相手の体を連続で斬り裂く。

平塚「衝撃のッ! ファーストブリットォ!! うおおおおおお!!」ゴォォォオオオ

先生の右手が、人差し指、中指、薬指、小指、親指の順番で硬く握りこまれた。

シズカは シェルブリットをはつどうした!▼

いや先生が装備してるのただのメリケンサックだから! 赤い羽根っぽいのも何も生えてないから!

小町「撃槍・ガングニールだぁぁぁあああ!!」カイホウゼンカイ!! イッチャエハートノゼンブデー

コマチは ガングニールをつかった!▼

ガングニールだとォッ!?

待って! 中の人的には合ってるけど待って!! 違う!! なんか違う!! あなたの歌って何ッ!? 何なのッ!!?

デーモン「ぐおおおおお!!」

前衛らの必殺技を一身に浴びたデーモンは大きくよろめいた。

今までどれだけ攻撃を加えても隙も見せなかった、あのデーモンが。

デーモン「まだだ!」

だが、まだあのボスの戦意は相していなかった。デーモンは両腕を真上に挙げ、体を光らせた。

八幡「やばいぞ、またあの爆発が来る!」

結衣「させないよ!」

それを見ると、由比ヶ浜、一色、戸塚の3人がすぐに呪文の詠唱を始めた。術者の体が光り輝き、呪文が放たれる。

結衣「痺れちゃえ、ユイサンダー!!」ビシャーン

いろは「溺れてください、いろはスプラッシュ!!」ゴゴゴ

戸塚「風よ起これ、ウィンドカッター!!」

由比ヶ浜の放った電撃が、一色が放った水の流れが、戸塚が放った風の刃がそれぞれデーモンに襲い掛かる。

デーモン「うがああああああああ!!」

魔法攻撃を連続で受け、デーモンが吹き飛ぶと体の光が収まった。どうやら、光っている間にダメージを与えればあの大爆発をキャンセルすることが出来るらしい。

デーモン「馬鹿な、そんな馬鹿な……この我が!」

平塚「攻略方法は分かったな……よし、このまま押し切るぞ!」

皆「「「おおーっ!!」」」

その後はデーモン側に主導権を握らせることもなく、勇者パーティ側が優位な立場を保ちながら戦闘が進んでいった。

30分程、前衛の物理攻撃と後衛の魔法攻撃でループしているとついにデーモンのHPが尽き、倒したというウィンドウが開いた。

ちなみに俺がやったのは、ちょこちょこ遠くから鈍化魔法の効力が切れないように打ち続けていただけである。

いや確かにボス戦でデバフ役は必須だろうけどさ……、思った以上にこの役地味だな……。

現在のパーティは八幡、雪乃、結衣、平塚先生、小町、戸塚、いろはの七人で、これで新規加入は最後です。
リアルのRPG物でもパーティメンバーくらいパッケージか説明書で全部バレるだろうし、これくらいなら物語外で語っても許される……?

書き溜めが尽きて、今夜の投稿が難しいため、次回は明日の夜以降になると思います。
それでは書き溜めしてから、また来ます。

デーモン「ぐおお……だ、だが、魔王様は私などよりはるかに強い、いつか痛い目を見るぞ……」

そういうと、デーモンの体が光の塵となって爆散した。辺り一帯に、光の塵の雨が降った。

私などよりはるかに強い……ね。

やられ役の散り際の台詞って何故どれも似たようなものなのだろうか。なんかの国際条約でテンプレでも定められていたりするの? ちなみに他のテンプレには『やったか!?』『ここがお前の墓場だ!』などがある。

他にも散り際の台詞として有名なのは『五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで』という辞世の句とか。あの剣豪将軍(もちろん元ネタの足利義輝の方である)の散り際の台詞である。材木座も何かあるたびに俳句とか読むキャラになればもうちょっと知的な感じに──キモいからやっぱいいや。

雪乃「……終わったわね」

結衣「やったね、ゆきのん!」

家族が増えるよ! ……脳の中でツッコむだけで抑えられて良かった。実際に言葉に出していたら、あの材木座ですらびっくりするレベルでドン引きされていただろう。

平塚「みんな、ご苦労だったな。協力、絆、結束の力の勝利だな!」

数の暴力の言い方を変えただけでしょ……さすがは国語教師だ、物は言い様だと言う事をよく理解している。似たようなことをチームプレーと言い換えた葉山といい、国語の成績が良い人間は本当に口が良く回る。うっ、頭がっ。

小町「おつかれでーす! いやー雪乃さん相変わらずのご活躍っぷり!」

雪乃「そんなことは……出来ることをやったまでよ」

いろは「雪ノ下先輩のあれ凄かったじゃないですかー、早すぎて全然見えませんでしたもん」

女性陣がわいのわいのと今のボス戦を振り返って話が盛り上がっていた。いいね、君達は。俺みたいな地味な役には目立った賞賛なんてやってこないですよ。比企谷八幡はクールに去るぜ。

だが、若干卑屈になりかけていた(いつも通り)俺のところに由比ヶ浜と戸塚が並んでやってきた。

結衣「ヒッキーもお疲れ~! 頑張ってたじゃん!」

八幡「いや俺は何もしてねぇし……お前みたいに炎も雷も回復も使えないんでな」

結衣「卑屈だっ!? いやそうじゃなくてさ、ほら……いろはちゃんの……こととか……」

戸塚「そんなことないよ、八幡! 僕は八幡の頑張ってるところ、ちゃんと見てたからね!」

八幡「戸塚、今夜星を見に行こう」

結衣「なんで星見に行くの!?」

ばっかお前知らないのかよ。千葉村で戸塚と星を見る→駅前のワックで夏休みについて語り合う→サブレの散歩を一緒にする→戸塚と一緒に夏祭りに行く(……由比ヶ浜もいた気がする)→戸塚&小町とプールに行く→戸塚と映画を観に行く(ホラー映画を観に行くとCG回収)という選択肢を選び続ければ戸塚ルートに入れるのは常識だろ。それとももしかしてPS Vita買ってないの? 『やはりゲームでも俺の青春ラブコメはまちがっている。』は絶賛好評発売中だぞ。もちろん俺はトロフィーをコンプリートするまでやった。

戸塚の天使っぷりを再確認し、やはり俺の青春ラブコメの最適解は戸塚ルートじゃないのだろうか。と考えていると、そこに雪ノ下達の輪から離れてきた一色がこちらにとことことやってきた。

一色「せんぱーい!」

八幡「なんだ、今俺は戸塚ルートに入った時の将来図を考えていて忙しいわけだが」

一色「は?」

やめて。そのガチの引きっぷりはさすがの俺でも心を抉られるレベル。女子高生の『は?』『ウザ』『キモ』の3大ワードは禁止カードに制定するべきだと、八幡思うな!

いろは「そうじゃなくてですねー、ほら色々聞きたいんですよー。なんでここにいるのとか、なんで先輩が制服なのかーとか」

もう慣れた、制服について聞かれるのは。この先何度これについて聞かれることになるのだろうか。

そして会った人に現実世界から来て今に至るまでの状況説明もこれであれこれ4度目である。さすがに何度も同じ説明をしていると慣れてきて、今ではだいぶスムーズに一色に経緯を説明することが出来た。

そして一色の状況も教えられたがこいつも他とほとんど一緒で、起きたらこの世界にいて、そしてこの世界に与えられたロールプレイをこなしているという感じだ。

一色の場合は2の国のお姫様になっていて、そしてそこでめぐり女王と会い、そして魔物に攫われたという流れだったらしい。

八幡「でも、お前職業:お姫様じゃねぇの? なんで魔法使えるんだ?」

いろは「わたしはお姫様兼魔術師? ってのになってるらしくて。あまりこういうのよく分からないんですけどねー」

えっ、いろは姫も魔術師なの。ただでさえ薄い俺の存在価値がさらに薄くなるじゃん。被るなよ。俺は黒魔術師だけど。

八幡「それで水魔法使えるのか……そういえば、お前んとこの国はやたら水をプッシュしてたな」

先ほどのボス戦で一色が『いろはスプラッシュ』とか言いながら水魔法を唱えていたことを思い出した。なるほど、水の国の姫様なら水の魔法が使えてもおかしくはないって訳か。

しかし『いろはスプラッシュ』ねぇ……何かが引っ掛かる。いや、もちろん卑猥な意味じゃなくてね? そもそも卑猥な意味なんて存在しない。しないったらしない。

いろはスプラッシュいろはすプラッシュいろはす……。

ああ、なるほど。

いろは「うわっ、なんですか先輩。目だけじゃなくて顔つきまで腐ってますよ」

八幡「腐ってねぇよ。腐ってるのは目と性根だけだ」

いろは「それ、自分で言うんですか……」

2の国の水ってもしかして『いろはす』で出来てるんじゃ……やめよう、そこに気が付いたら消されてしまうかもしれない。



              ×  ×  ×


雪乃「そろそろ戻りましょう。城廻先輩にも報告しなくちゃいけないでしょうし」

メンバーのHPやMP等をアイテムで回復し、休憩を10分ほど入れた頃、雪ノ下がそう言った。それを聞いて、パーティメンバーがぞろぞろと部屋の出口に向かって歩き始めた。

またここから広いアジトを歩いて戻らなくてはいけない。めんどくせぇな……どうしてこの世界にはダンジョンの入り口にまで戻るワープゾーンもなければ、あなぬけのヒモもモドリ玉もないのだろう。

タバコとか実装してる暇があるのだったら、そういうところこそお客様視点でカスタマーサイドに立って考えるべきだよ。はっ、いかんいかん意識が高くなってしまった。そんなに長い間関わりがあったわけでもないのに、どこぞの玉縄くんが与えたインパクトは相当なものだった。

間違っても小町には海浜総合高校の面子には関わらせないように言っておく必要があるな……そんなことを考えながら、俺も他のメンバーから数歩離れた位置を保ちながらついていこうとした。


その時。

この部屋に、足音がひとつ響き渡った。

いや、もしかしたら本当は足音なんて聞こえてなかったかもしれない。ここには7人もの人間がいて、ぞろぞろと同時に歩いていたのだ。ひとつの足音なんて響き渡るわけもなく、かき消されるだろう。

それでも、その足音だけは全てを無視して、俺の耳に届いたような気がした。

瞬間に俺はその足音が聞こえた方に顔を向けた。俺だけではない、そこにいた全員が同じ方向に向かって振り返った。

気が付かなかったが、この部屋には俺達が入ってきた最初の入り口だけではなく、奥にも扉があったらしい。その扉が開けられており、そこにひとりの人が立っていた。

黒のマントを広げて立っていたその人からは何か、言葉に出来ない何か──強いて表現するのならば威圧感のようなものを受けた。

ここからその人まで50メートル以上離れている。そこらの体育館の端と端ほど離れているのにも関わらず、俺はその人を見ただけで冷や汗のようなものをかいている気分になった。ゲームっぽいこの世界では汗はかかないので、あくまで気分だが。

その黒マントの人はカツン、カツンとこちらの方へ向かってくる。警戒しつつ、その黒マントを観察する。

その人は女性であった。非常に整った顔立ち、艶やかな黒髪、黒マントとやや厨二っぽい黒い服装に身を包んでいても、ところどころから覗く透き通るような白い肌。一言で言ってしまえばとんでもない美人で──どこか雪ノ下に似ている。

俺は知っている、この女性を。

そしてあいつはもっと知っている、この女性を。

???「あっれー、デーモンくんがいないなぁ……あれ、もしかして」

その女性も俺達に気が付いたようで、顔をあげた。そして俺達──もしくは雪ノ下の姿を確認すると、その顔がにこやかに歪む。

雪乃「──姉さん」

陽乃「あれー? 雪乃ちゃん? わっ、本当に雪乃ちゃんだ!」

雪ノ下陽乃。彼女から感じるこれは威圧感なのか、それともなんなのか。

書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


陽乃「わー、話には聞いてたけど、本当に雪乃ちゃんいたんだー! その勇者姿、似合ってるぞっ」

雪乃「……なぜここに」

上機嫌な陽乃さんに対して、雪ノ下の態度は非常に冷ややかなものであった。まぁ、いつも陽乃さんの前だとこんなもんな気がするが、今はただ冷ややかなだけでなく、その瞳には何故ここに姉がいるのか分からないという疑念も混じっている。

陽乃「比企谷くん達もいたんだねー、なんか勢ぞろいって感じだなー」

次に陽乃さんは他のメンバーの顔とひとりひとりと確認していった。その目が俺の目と合ったとき、寒気が背筋を襲った。相変わらず、あの奥に何を隠しているか分からない瞳に見つめられるのには慣れない。慣れたくない。

警戒を解かず、構えている俺達を見て陽乃さんはわざとらしく肩を落としてため息をついた。

陽乃「はー、そんなにピリピリしないでよー。お姉さん、傷つくなー」

平塚「そこで止まれ、陽乃。お前は何が目的だ」

そこで一歩前に出たのは平塚先生だった。その顔は険しく、平塚先生が教え子に向ける顔にしては非常に珍しかった。

陽乃「やだなぁ、静ちゃん。そんな怖い顔で睨まないでよ。せっかくこんなところで会えたっていうのに」

平塚「その呼び方はやめろと言っているだろう……まぁ、気がついてしまった以上言わないわけにもいかんだろうしな」

そこでひとつ間を入れて、そして平塚先生は言った。

平塚「お前のステータスが確認出来ない──答えろ、お前は敵側の人間か?」

それを聞くと、俺も急いで陽乃さんの方を見る。今までは例えパーティメンバーでなくても、NPCでないキャラは必ずステータスを確認出来た。パーティに入る前の小町や一色がそうだった。さらに言うなら、戦闘に加わっていないめぐり先輩でも一応ステータスは確認することが出来たのだ。

しかし、今陽乃さんの方を見てステータスを確認しようとしても出てこない。

これが意味するのは何か。

陽乃「んー、まぁもったいぶるようなことでもないしね。そうだよ、私は雪乃ちゃん達からしたら敵側だね」

陽乃さんは嘘をつくことも誤魔化すこともなく、あっけらかんとそう認めてしまった。

そして、続けて衝撃の言葉を口にする。

陽乃「私の職業は『魔王』──勇者サマが倒すべき、最終目標じゃない?」

雪乃「!?」

結衣「陽乃さんが……嘘っ……!?」

いろは「は、はるさん先輩が……!?」

パーティ内が驚愕の色に染まった。勇者達が倒すべきラスボスがまさか陽乃さんだなんて。

それを聞いた俺は。

八幡「……」

ぜーんぜん普通でした。いやもうほんといつも通り。ぶっちゃけ予想してた。

正直最初に魔王とかの話聞いてた時ですらちょろっと陽乃さんの顔が脳裏横切ってたし、めぐり先輩が姫様ってジョブついてるって知ったときには魔王とか陽乃さんやってそうだなとか超思ってたし。もしもこの世界がSSだったら1章が始まる前に魔王は陽乃ってレスがついてるまである。

横をちらっと見てみると、平塚先生も全く動じてない。俺と同じでとっくに予想していたか、例え唐突に陽乃さんが魔王ポジにいるって聞かされても納得するタイプだろう。

だが問題はそこじゃない、そんなところにはない。陽乃さんが魔王だなんて犯人はヤスとかと同レベルの周知の事実だ。

問題は、何故その魔王陽乃がここにいるかというところにある。

ここはまだ第2ステージのはずだ。そして、最初にあった王の話を聞く限り魔王の居城は5の国だったはずだ。普通、魔王というものは魔王城でふんぞり返っているものではないだろうか。

まぁ、普通のRPGならばそれがお約束だろう。だが、この世界の魔王はNPCじゃない。自分で思考することが出来る人間が魔王を務めている。

しかも、それが雪ノ下陽乃である。一体何をしでかしてくるか分からない。

陽乃「勇者サマってさ、魔王をやっつければいいわけじゃない?」

陽乃さんがそう切り出した。顔には不適な笑みを浮かべており、まさに『魔王』の風格を感じさせる。

陽乃「じゃあ、魔王って何をすれば良いと思う?」

俺達勇者側の勝利条件は魔王の討伐だ。

ならば、魔王側の勝利条件はなんなのか?

正直に言って、これは一概に決められるものではない。勇者が魔王を倒すものと相場が決まっているのに対して、魔王は作品によってやることが違う。例えばクッ○みたいにピ○チ姫を攫うのが目的だったり、世界をやり直すために全部滅ぼすのが目的だったりもする。

だが、やはり魔王といえばこれだろう。

八幡「世界征服……!?」

陽乃「あっはっは、それも面白かったかもね」

あ、あれー? 違うの……魔王といえば世界征服するものじゃないのん……?

陽乃「まぁ、私としてはどうでもいいんだよ、こんな虚偽の世界。自分の物にしたってつまんないもーん」

八幡「だったら何がするつもりだっていうんですか」

陽乃「んー、別に特に決めてないんだよねー」

決めてないんかい。

陽乃「私だって好きでこんな世界に来てるわけでも、好きで魔王役やってるわけじゃないし……あっ、じゃあこういうのはどう?」

陽乃さんは突如何かを閃くと片目をつむり、右人差し指を頬に当てて可愛く言った。

陽乃「雪乃ちゃん、私の軍門に下らない?」

雪乃「絶対にお断りするわ」

なんといきなり魔王が勇者へ降伏勧告をしてきたが、雪ノ下の返事は速攻だった。

雪ノ下がそう返事するのは分かっていたのか、陽乃さんは動じることもなくからかうような口調で続けた。

陽乃「まぁ、そうだよねぇ。でもさ、勇者が魔王を倒したら勝ちっていうなら、魔王は勇者を倒したら勝ちじゃなきゃフェアじゃないと思うのよねぇ」

八幡「雪ノ下さんが勇者を倒したら、魔王側の勝ちじゃないんですか」

陽乃「だって直接戦闘だったら私が絶対勝っちゃうでしょ、それじゃつまんない」

陽乃さんが相変わらず笑みを崩さないまま、そう言い放った。雪ノ下の顔はそれに対してだんだんと険しくなっていく。

陽乃「だから、これでいいんじゃない? 私の勝利条件は『雪乃ちゃんが降参して私の元に来る』。これでどうかな?」

雪乃「その条件だと、私は絶対に負けないわ。私が姉さんに下ることなどないのだから」

陽乃「だったらフェアだよね、私だって絶対に雪乃ちゃん達に負けることなんかないんだもーん」

そこまで言われて、雪ノ下がとうとう剣を掴んだ。そのまま鞘から刃を抜き放ち、剣と怒りを含んだ目線を陽乃さんに向けた。

雪乃「だったら、ここで姉さんを倒せないかどうか、証明しましょう」

八幡「お、落ち着け雪ノ下」

俺は慌てて雪ノ下の側に向かって剣を下すように言う。俺達は先ほどデーモンを倒してレベルが6に上がっていたが、さすがにこれでラスボスに手が届くとは思えない。

今やっても、陽乃さんの言うとおり絶対に勝てない。

雪乃「やらなければ分からないわ」

だが雪ノ下は俺の制止を振り切って、そのまま陽乃さんに向かって駆け出した。剣を構え、それを陽乃さんに向けて振るう。

雪乃「はっ!」

振るわれた剣が陽乃さんを捉え、そのまま斬る──と思ったが。

陽乃「全く、せっかくお姉ちゃんが忠告してあげたのに……『私が絶対勝っちゃうでしょ』って」

雪乃「……!!」

陽乃さんは右手の人指し指と中指で雪ノ下の剣を受け止めていた。二本の指で白羽取りって、それ二指真剣白刃取りってやつなのでは……? 陽乃さんの母校は総武高校じゃなくて、武偵高校の間違いなのではないだろうか。

そこへ平塚先生がメリケンサックを嵌めたまま、陽乃さんのところへ飛び込んできた。

平塚「加勢するぞ、雪ノ下!」

先生の、助走から容赦ない右ストレートが陽乃さんの顔面を目掛けて撃ち放たれる。

平塚「悪く思うな、陽乃」

陽乃「気にしなくてもいいのに、届いてないから」

平塚「なっ!」

だが、その右ストレートは陽乃さんの顔に届くことはなかった──その直前で、左手の人差し指一本で平塚先生の拳を止めていたのであった。

陽乃「絶望させてゴメンね──」

陽乃さんが軽く両腕を払うと、雪ノ下と平塚先生の体が浮いて数メートルほど吹き飛ばされる。

陽乃「──これがレベルの差だよ」

RPGにおけるレベルとは絶対だ。2は1の上位互換であるし、1が10に勝つことはそうそう起こり得ない。

陽乃さんはラスボス魔王だ。まだ冒険を始めたての俺達よりはるかに高いステータスを誇っているというのは想像に難くない。

数字は残酷だ。どちらが上か下なのかをキッチリと示してくる。

陽乃「じゃあ、これで終わりだよ」

雪ノ下達を吹き飛ばすと、陽乃さんの体が光に包まれる。あれは、由比ヶ浜達が呪文を唱える時の事前動作と同じものだ。

ハルノは サンダーフォースをとなえた!▼

陽乃「ばいばい、雪乃ちゃん」

陽乃さんの腕から、巨大な雷のビームのようなものが雪ノ下に向けてぶっ放された。人一人は余裕で飲み込めそうなほどの大きさはある。雪ノ下のHPであんなものをマトモに食らえば間違いなく一撃死だ。

結衣「ゆきのん!」

雪乃「──!!」

だが、雪ノ下は陽乃さんに吹き飛ばされて倒れた状態から素早く起き上がり、そして猛スピードでそこから飛び出した。これで雪ノ下があの電撃に巻き込まれることはない──

そう思い電撃の射線上を確認した時、俺はすぐさまに地面を蹴り走り出した。

雪乃「っ、由比ヶ浜さん! 逃げて!」

結衣「えっ、あっ……」

その電撃がそのまま真っ直ぐに行くと、その先には由比ヶ浜が立ち尽くしていた。由比ヶ浜は雪ノ下しか見ていなかったのか、自分の方向に電撃が飛んできていたことに気付くのが遅れていたようだ。

陽乃さんは雪ノ下に向けて電撃を撃っただけではない、その雪ノ下の後ろにいる由比ヶ浜まで射程に入れた上であの電撃ビームのようなものを撃ったのだろう。

八幡「由比ヶ浜!!」

だがそれに早く気が付き、駆け出した俺ならばまだ間に合う。そのまま全力で駆けた俺は由比ヶ浜のところへ飛び込み、両腕でそのまま突き飛ばした。

結衣「あうっ、ヒッキー!」

そして俺もそのままそこから離れようと思ったが──由比ヶ浜を突き飛ばしたことによって、由比ヶ浜がいた場所に今俺がいる。そして電撃はすぐ目の前にまで飛んできていた。

あっこれ死んだわ。もう避けられねぇ。

雪乃「比企谷くん!」

小町「お兄ちゃん!」

いろは「先輩!」

平塚「比企谷!」

戸塚「八幡!」

結衣「あ、いやっ……ヒッキー!!」

そう悟った次の瞬間。

俺の体は巨大な電撃のビームに包み込まれた。

毎度書く量も少なく早さも遅くてすんませんとです。

書き溜め尽きちゃったので、もうちょっと書いてからまた来ます。



        ×  ×  ×


めのまえが まっしろになった!

電撃で視界が埋まる。体の感触も麻痺してきたような気がしてきた。いやぁこのゲーム世界はリアルな痛みがなくて本当に良かった。

電撃が俺の体を通り過ぎた後、由比ヶ浜の声が耳に届いた。

結衣「いやっ、ヒッキー! 死んじゃ嫌!!」

バーロー、この世界はゲームなんだから別に死にゃしねぇだろ……確か最初のダンジョンで小町が『復活の薬』みたいな蘇生アイテムなの取ってただろ。あれでも俺にでも飲ませてくれ。あれっ、でもあれ確か飴のような固形物だったよな? 死んだ俺がどうやってあれ飲み込むんだ? ていうかなんで俺死んだのに由比ヶ浜の声が聞こえてるんだっていうかそもそも──

八幡「──生きてる?」

結衣「ヒッキー!?」

雪乃「比企谷くん!?」

俺は、生きていた。

自分のステータスを確認してみると、残HPはギリギリ1で踏みとどまっていた。

だが、何故だ? 陽乃さんの放った電撃ビームの威力は確かに即死級のはずだ。あれをモロに食らった俺が生きているのはおかしいだろう。

もしや、実は手加減して撃っていたのかHPをギリギリ1で残すなんて器用な真似をするなぁなどと考えつつ陽乃さんの方を見てみると、その陽乃さん自身も何が起こったのか分からないという疑惑の表情を浮かべていた。

結衣「ヒッキー、今回復するからね!」

陽乃「あっれー、おかしいな……今の比企谷くんが食らったら、10回は死ぬレベルの魔法だったと思ったんだけどなー」

そんなレベルの魔法をぽんぽん撃たないでくれませんかね……。

何が起こったのか理解出来ないままでいると、ふとウィンドウにテキストが流れていたことに気がついた。

ハチマンは スキル『こんじょう』を しようした!▼

ハチマンは HP1だけたえた!▼

ハチマンは スキル『こんじょう』を うしなった!▼

これは確か、町で肉まんを食べた時に発動していたスキルというやつだ。

つまり、俺はこのスキルがあったおかげで今の陽乃さんの攻撃を耐えた──そういうことになるのだろうか?

効果は判明していなかったが、今の状況から考えるに『HP0になる攻撃を受けたら1度だけHP1で耐える』といった感じだろうか。詳しい効果はテキストで説明されていないので分からんが、ポケモ○のきあいのタスキとか、ロックマ○エグゼのアンダーシャツとか、あれに似たようなものだろう。

なんにせよ、このスキルで俺は九死に一生を得たというわけである。いやぁ、肉まん食べておいて本当に良かった。これを勧めておいてくれた平塚先生には後で礼を言っておこう。

陽乃「へぇ、面白いものを持っていたんだね」

陽乃さんは一瞬こそ俺の生存を目にして驚いていたようだが、すぐにいつもの微笑を顔に浮かべた。

陽乃「ま、それが発動するのは1回っきりでしょ? だったらもう1度魔法を」

雪乃「姉さん」

陽乃さんの楽しそうな声を、雪ノ下の冷たい声が遮った。

雪乃「今、姉さんは私ではなく由比ヶ浜さんを狙ったでしょう」

陽乃「やだなぁ、そんなことないよ。たまたまだよ、たまたま」

けらけらと陽乃さんはそれを笑いながら──嘲りながら、言葉上はそれを否定する。そしてわざとらしく、奥に意味を込めたような口調で言葉を続けた。

陽乃「それにさ、もしもそうだったとしてどうするの? 雪乃ちゃんは」

雪乃「──絶対に許さない」

刹那、空気が凍った気がした。

雪ノ下が纏う雰囲気が、一気に冷たい何かに変貌する。

その変貌に驚いていると、ウィンドウにテキストが更新されていたことに気がついた。すぐにそれを確認する。

ユキノは おうぎをおぼえた!▼

おうぎ? 扇? 扇要? 忍野扇? あっ、いや違うか。奥義か。

ここで言う奥義というのは、必殺技みたいなものだろうか? RPGなどではあるあるのものだが、雪ノ下は今ここでそれを習得したというのか。

ユキノは おうぎをつかった!▼

雪乃「凍てつきなさい──」

雪ノ下の体が、水色の光の塵──見ようによっては雪にも見えたが──に包まれた。

床に雪の結晶のような魔方陣が描かれ、空気が突如氷のように冷たくなる。

味方であるはずの俺ですら、思わず寒さと恐ろしさで鳥肌を立ててしまうような感覚を覚えた。

雪ノ下は剣を陽乃さんに向けると、その奥義名を叫んだ。

雪乃「──エターナルフォースブリザード!!」

瞬間、陽乃さんの周囲の気圧が氷結した。

先ほどまで陽乃さんが立っていた場所の辺りが一瞬にして氷のつららを逆にしたようなもので埋まった。

この部屋の床が、壁が、天井がピシピシと凍る。よく見ると、俺がいる床も薄氷のようなものが張っていた。

……っていうかその典型厨二必殺技、お前が使うのかよ。いやイメージ的にはぴったりなんだけどさ。

だが、さすがの陽乃さんといえども氷の中に埋まってしまえば、ひとたまりもないだろう。

そんな甘いことを考えていた、わずか数秒後のことである。陽乃さんを包み込んだ氷の塊から光が漏れ出した。

そして次の瞬間、その光がぱあっと広がったと思うと、その氷の塊が弾け飛び、中から陽乃さんが悠々とした態度で出てきたのであった。

陽乃「びっくりしたー……いきなり氷の中に閉じ込められちゃうんだもん」

不覚にも、俺は一瞬とはいえ忘れていたのだ。俺達の目の前にいるのは、ただの敵キャラではないということを。

この世界のラスボス『魔王』なのだと。

あの、雪ノ下陽乃なのだということを。

小町「そんな……雪乃さんの奥義も効かないなんて……」

いろは「えっ、これまじヤバいんじゃないんですか。今ので倒せないって、はるさん先輩どんだけですか!」

当然、パーティ内にも動揺が広がる。この広い部屋ですら凍らせてしまう雪ノ下の奥義をまともに食らっても、陽乃さんは全く動じた様子を見せなかった。

だったら一体何をどうすればいいのか。エクスカリバーでも持ってこないと、この魔王を倒せないのか。

だが、現状俺達は一切の特別なアイテムを持っているわけではない。そして素のままやっても勝てそうにも思えない。

万策尽きた。どうやってもここから陽乃さんに勝てるビジョンが見えない。だとすれば、逃げることしか選択肢はないが、果たしてこの人数で陽乃さんから無事逃げ切れるのだろうか……。

陽乃さんが相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、一歩雪乃下に向かって近づく。

陽乃「でも、これで分かってくれたかな? 漫画みたいに主人公がいきなり覚醒したって、それで逆転勝利なんてご都合主義はそうそう起こらないんだよ」

雪乃「姉さん!」

雪ノ下が剣を構えて再び陽乃さんに向けて突撃する。

だがその振り下ろされた剣は、陽乃さんの蚊でも追い払うかのようなやる気のない腕の一振りで弾き飛ばされる。

そしてその腕が雪ノ下の方に向かい、そのまま雪ノ下の首へ向かったかと思うと、陽乃さんの華奢に見える手が雪ノ下の首を掴んでそのまま持ち上げた。

雪乃「がっ……!」

平塚「おい、陽乃! やめろ!」

陽乃「まったくもう……まるで私が弱いものイジメをしてるみたいじゃん」

陽乃さんは首を掴んだまま、雪ノ下を平塚先生の方に向かって投げつけた。先生はそれに驚きながらも、雪ノ下の体を受け止める。

陽乃「なんだか白けちゃったなぁ……やっぱり魔王は魔王らしく、魔王城に居座りながら部下を使って勇者サマと戦うべきなのかなぁ」

雪乃「げほっ、げほっ……ま、待ちなさい、姉さん……!!」

平塚「やめろ雪ノ下、悔しいが今の私たちでは陽乃には勝てない!」

平塚先生がまだ動こうとする雪ノ下の体を押さえつけて、陽乃さんに立ち向かうことをやめるように言った。

陽乃「まだやる気なのかな、雪乃ちゃん。でも今の弱い弱い雪乃ちゃんとやっても、お姉ちゃんとっても退屈なの」

雪乃「っ……!!」

陽乃「だから、どーしても私と戦いたいんだったら魔王城で待っててあげるから、そこまで来なさい。まっ、今の雪乃ちゃん達じゃそこまで来ることすら出来ないだろうけどね」

陽乃さんは嫌味たっぷりにそう言うと、黒いマントを翻して奥の部屋に向かって歩き始めた。その背中に、先生が言葉を投げつけた。

平塚「陽乃……お前は、そういうことをするような奴じゃなかったはずだ」

陽乃「何を言ってるのかなぁ、静ちゃんは」

からかうような声でそう返す。だが、次に陽乃さんがこちらに向けた顔には笑みも何も浮かべられていない。何の感情も読み取れないような顔をしていた。

陽乃「私は『何も変わってない』よ。この世界でも、あの世界でも」

陽乃さん陽乃さん書いてて本気でゲシュタルト崩壊してきたんだけど、八幡→めぐり&陽乃って脳内だと「めぐり先輩、陽乃さん」で、台詞だと「城廻先輩、雪ノ下さん」で合ってたよね?
いろはの「はるさん先輩」呼びといい、絡みが多くないキャラの呼称を調べるのは大変だっ。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


雪乃「……」

陽乃さんが部屋から去ってから、それなりの時間が経過した。

今は、帰りの道中である。

結衣「……」

パーティ内に会話は一切起こらない。

勇者・雪ノ下は、魔王・陽乃さんにボッコボコにされてからずっとあんな感じで意気消沈しているし、こういう時に一番空気をどうこうすることに長けている僧侶・由比ヶ浜も自分に非があると思いこんでいるのか、ずっとだんまりのままであった。

八幡「……」

結局、何故陽乃さんがあそこにいたのかは不明なままだ。

結果だけ見るなら、雪ノ下に対して宣戦布告を行なったか、挑発をしにきたかとしか思えない。

だが、もしもそれが目的なのだとしたら。

過去に一度、陽乃さんは雪ノ下の敵であり続けるために振舞っているんじゃないかと考えたことがある。

もしかして陽乃さんはこの世界であっても、『雪ノ下の敵』を演じ続けるつもりなのだろうか……。

八幡「……」

答えは考えても出てはこない。元々何を考えて生きているのか全く読めないのだ、雪ノ下陽乃という人物は。

そんな考えても答えが出てこないものを延々と考えていても仕方があるまい。定期試験も、分からない問題は後回しにするというのがセオリーだ。

それより、今のこのパーティ内の重たい雰囲気をどうにかする方が先決だ。

ぼっちであり続けた俺が集団の空気を読んで行動しようと思うなんて、過去の俺が聞いたら腹を抱えて笑うだろう。いや、ふっと一瞬だけ笑って見下したような目を向けるかもしれない。マジかよ最低だな俺。失望しました俺のファンやめます。

だが、今は事情がある。

小町「……」

戸塚「……」

小町と戸塚まで、その重い雰囲気に当てられて沈んでしまっているのは見るに耐えないのだ。

今の戦いはどう考えても強制負けイベントのようなものなのだ、それを引きずっていつまでも沈んでしまっていても仕方が無い。俺なんて人生強制負けイベントばっか踏んでるのに。なにあれ本当に理不尽だからやめて欲しい。

まして小町と戸塚は今回の陽乃さんの一件には一切の関係がない。彼女らが沈む理由は何一つとしてない。

だが、こういうときどんな言葉を投げかければいいのか分からない。普段のコミュニケーション欠乏がここにきてツケを払う羽目になるとは思わなかった。

そんなことを考えていた時であった。

八幡「……ん」

目の前からクマの魔物が数体やってきた。本当にクマ率たけぇな、他に魔物いないの?

クマ達「「「クマーッ!!」」」

クマAが あらわれた!▼

クマBが あらわれた!▼

クマCが あらわれた!▼

3体か、一色も加わった今のパーティで特に恐れることはないだろう。

この重い雰囲気をどうにかする方法は後で考えるとして、とりあえずあの魔物達をさっさと倒してしまおう。

小町「あっ、敵だ! よーしっ、小町いっきまーす!」

珍しく一番槍は槍使い・小町であった。わざとらしいほど明るい声を出しながら熊に向かって突撃しに行く。

あいつもこの暗い雰囲気にうんざりなのだろう。この戦闘を機に、空気を変えたいと思ったのだろうか。

雪乃「……行くわ」

いつも一番槍を飾っていた雪ノ下も、小町より少し遅れながら熊に向かって駆け出す。そして剣を抜き放ち、熊に斬りかかる。

だが、その剣技はいつもよりキレがなかった。俺は剣については初心者なので細かいことは分からないが、そんな初心者目線から見ても、今の雪ノ下はいつもの雪ノ下らしくない。

クマB「クマッ!」ガッ

雪乃「あっ……!」

そんなことを考えていた時。

熊の振るった爪が雪ノ下の剣を弾き飛ばした。

やはり今の雪ノ下は本調子ではない、いつもならば熊に剣を弾かれることなど絶対にありえない。

状況を掴めていないのが、一瞬呆けた雪ノ下に向かって熊がもう片方の爪を突き立てようとした。

さすがにここからでは俺の行動は間に合わない。どうしようもないかと思った時、天使の刃が熊と雪ノ下の中に割り込んでいった。

戸塚「雪ノ下さん、下がって!」

雪乃「……戸塚くん」

天使っていうか戸塚だった。戸塚は剣で熊の爪を受け止めると、それを無理矢理押し返した。

ひるんだ熊に向かって戸塚は連続で剣を振るう。

サイカは れんぞくぎりをつかった!▼

戸塚「やっ!」ズバズバズバ

クマB「クマーッ!!」

戸塚の刃が、熊のあらゆるところを切り裂く。

そしてそのまま熊は光の塵となって空に消えていった。

戸塚「雪ノ下さん、大丈夫?」

雪乃「ええ……ありがとう、戸塚くん」

戸塚に助けられた雪ノ下だったが、結果としてさらに雪ノ下の雰囲気は黒く沈んでいった。

雪乃「……こんなザマでは、姉さんに勝てるわけもないのよね」

戸塚「雪ノ下さん」

その雪ノ下に声をかけたのは、戸塚であった。その天使のような顔は、いつもより若干引き締まっているように感じた。

戸塚の声は落ち着いていて、けれどもどこか諭すような口調だった。

戸塚「今の雪ノ下さんは、どこか焦っているように見えるよ」

雪乃「……っ」

戸塚「あんな強い魔王と戦ったんだから、しょうがないとも思う。でも、」

戸塚はあくまで冷静に、だがしっかりとした声で続けた。

戸塚「焦りは禁物、だと思う。それに、僕達もいるから」

──戸塚が、俺の知らないところで成長していることは知っていた。前にテニス部の部長をしっかりとやっていたことを見た時に、それは強く俺の脳裏に刻み込まれたはずだ。

だが、ここに来て再び俺は戸塚への認識を改めることになる。

もういないのだ、雪ノ下の冷たい目線に射抜かれただけでぴくっと身体を震わせていた時の戸塚は。

今の戸塚彩加は。

あの雪ノ下雪乃と対等に、真っ直ぐ目を合わせ、物事を言えるようになっている。

その戸塚に続いて、小町たちも雪ノ下の周りに集まり始めた。

小町「そうですよ、雪乃さん! 小町達みんなで倒せばいいんですから、ひとりだけで焦ることないですよ!」

いろは「まったく、せっかくパーティ組んでるのに、まさかひとりで強くならなくちゃいけないとか思ってたんですか? わたし達もいること、忘れないでくださいよー」

雪乃「……そうね、少し焦り過ぎたかしら。焦りは何も生まないというのに」

雪ノ下はそう言って顔を上げると、戸塚の方に目線を向けた。

雪乃「ありがとう、戸塚くん。……もう、私なんかよりずっと立派になったわ」

戸塚「そ、そんなことないよっ。僕だってまだまだ未熟で……」

結衣「さいちゃん……そうだよね、引きずっててもダメだよねっ」

小町「いやー、戸塚さん助かりましたよー」

そう言って、パーティ内の雰囲気が再びにぎやかになっていった。なんだ、俺なんかが無駄な気遣う必要なかったな。

そのやり取りを遠巻きに眺めていると、横にいる平塚先生がタバコをふかしながら俺に話しかけてきた。

平塚「比企谷。戸塚があのように変わったのは、君達奉仕部の影響も大きいのではないかね?」

八幡「……さぁ。少なくとも、俺は何もしてませんよ。戸塚が勝手に成長しただけです」

平塚「そうか、ならそういうことにしておこう」

先生はくくっと笑うと、からかうようにそう言った。タバコを吸い終えるとそれを地面に投げつけ、足で踏み潰した。……ゲーム内とはいえ、マナー悪くないすか。

先生は言葉を続ける。

平塚「君達が変えた戸塚が、今度は君達を変えようとしている。人間関係の妙というやつだな」

八幡「……」

人間は変われるのだろうか。

ふと、そんなことを考える。

少なくとも、前にいる戸塚は前とは違う。

俺は戸塚との付き合いはまだ1年にも満たないほどだが、はじめて会ったときに比べて確実に変わったと断言出来るだろう。

人間は、他人と関わることで変わりあうことが出来るのだろうか。

ぼっちであったはずの俺や雪ノ下ですら──変わることは出来るのか。

出来るのかもしれない。戸塚や、周りの人間を見ていてそう思う。

事実、雪ノ下も最初にあった頃に比べて変わっていっているだろう。

『変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが』

それはいつの誰の言葉だったか。

だが、今の戸塚の変化を逃げなどと言えるわけがない。

進んでいるのだ。

前に、進んでいる。

いつか俺も、戸塚のように前に進むことが出来るのだろうか。

そんなことを思う自分に少し驚く。俺でも前に進みたいと思えるようになったとでも言うのだろうか。ある意味、それ自体が大した変化っぷりのように思える。

そう自虐しつつ、ふとあの雪ノ下陽乃のことを思い出した。

彼女は、完璧な人間である。

おそらく他人などいなくとも、ひとりでなんでも出来るのだろう。

なら、陽乃さんはどうやって変わるのだろう。

陽乃さんは、今までどうやって前に進んでいったのだろう。

──私は『何も変わってない』よ。この世界でも、あの世界でも。

陽乃さんの去り際の台詞が、妙に俺の耳の中に残っていた。

ここのSSを書いている息抜きでいろはすSSを書いていました。良かったらそっちも読んでみてください。

いろは「先輩、バレンタインデーって知ってますか?」八幡「は?」
いろは「先輩、バレンタインデーって知ってますか?」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1431921943/)

しかし、まさかのミスで1レス飛ばすという大失態。しかもそのまま、まとめサイトにまとめられるというあれ。泣きたい。

書き溜めしてから、また来ます。



      ×  ×  ×


めぐり「みんな、お疲れ様でしたっ! 一色さんも無事に帰ってこれて良かったよ!」

時計の短い針が夜の8に差し掛かった頃、2の国にまで無事帰ってきた俺達は城に戻ってめぐり先輩のところへ戻った。

色々あったが、めぐり先輩の癒しの鼓動、ほんわかぱっぱめぐめぐめぐ☆りんめぐりんパワーによって、全ての疲れがめぐりっしゅされていったような気がする。

いや、もしも仕事帰りにこの笑顔で迎えてもらったりしたら一瞬で仕事の疲れとか飛ぶんだろうな。

将来、めぐり先輩と結婚する野郎のことが今から憎たらしくなった。

もしもめぐり先輩が婚約発表とかしたら、パートナーのことを暗殺しにいこう。あの元生徒会の忍者集団も、きっと協力してくれるはずだ。

めぐり「ご馳走を用意しているから、みんなあっちの広場に移動してね」

おお、ご馳走だ。この世界だとお腹は減らないが、何故か味はちゃんとするものだから食べられるものなら食べておきたい。

それにステータス上昇、運が良ければスキル付与もあるというオマケ付きだ。

今日、陽乃さんの電撃ビームを受けた時のことを思い出す。あの時、俺はスキルのおかげで九死に一生を得たのだった。

いや、本当にあの時肉まんを食べておいて良かった。あれが無かったら死んでいたと思うと、背筋が凍る。

まぁ、仮に本当にHPが0になって死んだとしても。アイテム『復活の薬』がある以上死んでもおそらく復活はするのだろうが、ショップにはこのアイテムが売られていなかったため、今のところひとつしか持っていない。だったら出来るだけ温存しておきたいというものだ。

そういえば、この『復活の薬』って確か飴みたい固形物だよな……? ストレージから『復活の薬』を取り出してみてみると、やはり固形物だ。これ、死んだ状態でも飲み込めるのか?

まだパーティ内でHPが0になったメンバーはひとりも出ていないため、HPが0になった時のことは分からない。

もしかしてHP0になっても戦えないだけで意識は残っていて、飴を飲み込むことくらいは出来るのだろうか?

まぁ、その時になってからでは分からないだろうと軽く考えながら復活の薬をストレージに戻すと、俺も他にパーティの後ろに付いていって広場の中に入った。

結衣「わぁっ、すごい!」

小町「豪華ですねー!」

その広場の中には、1の国のときと同じように大量の豪勢なご馳走がテーブルに並んでいた。えっ、今日は全員ご馳走食っていいのか!! おかわりもいいぞ!

とはいえ、この世界では食べられる量は決まっている。だからおかわりが仮に無制限だったとしても、食べられる量は一定だ。リアルでもそうかもしれないが。

めぐり「ふふっ、いっぱい食べてね」

ぽわぽわとしためぐりん☆スマイルを受けてしまってはたくさん食べざるを得ないだろう。オラ、腹ペコペコだぞ!

平塚「ふふふ、思い出すな……こういうパーティ会場みたいなところを見ると……そう、それは去年の秋の頃の話だった」

平塚先生がせっかくめでたい場なのに、愚痴を垂れ流し始めた。よく見ると平塚先生の足元に複数の酒らしきものが入っていたと思われる瓶が転がっていた。この世界、タバコだけじゃなくて酒もあるのかよ。つか、平塚先生飲むペース早過ぎだろ。まだここに入ったばかりじゃ……。

平塚「ひきがらぁ、ちょっとつきあえ、朝までろむろぉ!!」

八幡「えっ、ちょっ、先生飲みすぎじゃ」

平塚先生の腕が俺の首をガシッとホールドする。ちょっ、近い近い良い匂い近い。ゲームなのに匂いまで無駄に再現してんじゃねぇよ!

しかし、平塚先生ってこんなに早く酔うタイプだったか?

前に文化祭の打ち上げかなんかでも先生はかなりの量の酒を飲んでいたが、ろれつがまわらなくなるということはなかったはずだ。

もしかすると、この世界の酒はよほどアルコール度数が高いか、または酔いが回りやすいように出来ているのかもしれない。

ゲームの中でくらい酔わなくても良いじゃない! あれっ、逆か?

どちらにせよ、こんな状態の平塚先生を俺一人で相手するのは骨が折れる。助けを求める意味で、他の連中の集まりの方へ目を向けた。

だが、由比ヶ浜や戸塚、めぐり先輩は苦笑いを顔に浮かべるだけで全く動こうとはしないし、雪ノ下と一色、小町に至ってはこちら側を見てすらいなかった。えっ、助けるつもりないの?

戸塚「あ、あはは……」

結衣「ヒ、ヒッキー……がんばー……」

平塚「おらっ、ひきがらも、ろめ!」

八幡「は、薄情者共めぇぇぇえええ!!!」



    ×  ×  ×


八幡「……酷い目にあった」

結局その後、平塚先生が酔い潰れて寝てしまうまでウザ絡みし続けられた。

今後、この世界では先生に酒を飲ませるのは控えよう。

結局ぶっ倒れた平塚先生は無理矢理部屋に運び込んで、ベッドに寝かせた。

一色を運んだ時の疲労感とは全く別ベクトルの意味で体中が疲労感に包まれる。はぁ、疲れた。

この世界でスタミナは関係ないといっても、酔っ払いの相手を長時間続けても疲れないという意味ではない。出来ることなら、精神面のスタミナも関係なくして欲しかった。

八幡「……」

平塚先生をベッドに置いてきた後、俺は歩いてひとりで城の外に出た。

やっぱりひとりでいるのは落ち着く。

このパーティになってから団体行動がほとんどなので、ぼっちにはなかなか苦行なのだ。

朝起きてから夜寝るときまで他人と過ごすなんていられるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!

まぁ、今は外にいるのだが。

空を見上げると、そこには満天の星空が広がっている。

1の国で見た星空も絶景の一言に尽きたが、ここの水の建造物に囲まれて見る星空もまた乙なものだった。

八幡「……すげぇな」

思わず、そんな声が漏れてしまった。これなら本当に戸塚を連れ出して星を見にいっても良かったかもしれない。その場合、戸塚ルート一直線だがな!

星空を眺めながら、今日会ったことを思い出してみる。

めぐり先輩に出会い、アジトに潜り、戸塚を助け、一色を助け、デーモンを倒し、そして陽乃さんに出会った。

なかなか濃い一日を過ごしたと思う。本当に一日だったのか、ちょっと不安に思ってしまうくらい。

こんな日々が魔王・陽乃さんを倒すまで続くのか……と思うと本気で鬱になる。仕事してる人って毎日似たようなことを考えながら日々を過ごしているのだろうか。やっぱりぼくははたらなかないで、おうちをまもってるがわになりたいとおもいましたまる

働きたくねぇなぁと考えつつ、身を翻して城に戻ることにした。

ろくに飯も食えていないし、そろそろ小町辺りがどこにいったのか心配してしまう頃だろう。

まだ飯は片付けられていないといいなぁと思っていると、城の入り口の辺りに人影が見えた。

結衣「あっ……ヒッキー」

その人影の正体は、由比ヶ浜結衣。

どうやら。

俺の一日は、まだ終わりを迎えないらしい。

書いてる自分が言うのもなんだけど、このSS長いよ無駄に長い!

でも残念ながらここまできて打ち切りするつもりは全くないので、書き溜めしてから、また来ます。

八幡「よう、由比ヶ浜」

結衣「探したよ! 消えちゃったと思ったじゃん!」

八幡「わりといつも消えてるぞ」

おかげでステルス性能の努力値はカンストしてる。255とか小学生の時にとっくに振り終えた。最近はきそポイントっていうんだっけ?

まぁ、このステルス性能のおかげで得することはいっぱいある。集団行動の時に、他人に無駄な気を遣わせなくて済むしな。ここからはステルスヒッキーの独壇場っすよ!

モモちゃんは長野予選が終わってからも特典とかカラー絵の出番が多くていいなぁと考えていると、ふと由比ヶ浜の言葉に引っ掛かりを覚えた。

八幡「……探したよってどういう意味だ、まさか俺を探してたのか」

結衣「あ、うん。ヒッキーに話したいことがあって」

俺に話したいこと? なんだそれは。離されることは常々あっても、話されることは滅多にないので心当たりが思いつかない。

結衣「……まだ、お礼言ってなかったからさ。あの、陽乃さんの時の……」

八幡「ああ……」

そういえばあの時、俺は由比ヶ浜を無理矢理突き飛ばして電撃ビームを身代わりに食らってたんだった。

あの後色々あって、由比ヶ浜と話すタイミングが無かったのだ。

結衣「ありがとう、ヒッキー」

八幡「礼なら雪ノ下に言え、友達のためにあんなに怒ってくれる奴そうそういないぞ」

結衣「あ、もちろんゆきのんにはもうお礼言ったんだけどね」

でっすよねー。ぼくに真っ先にお礼とか言いに来る訳ないよねー。あの雪ノ下さんより先にぼくにお礼しにきたと思うとか、相変わらずの自意識過剰っぷりだなぁぼくちんは☆

結衣「でも、それでもありがとう……ヒッキーがいなかったら、あたし死んじゃってたかもしれないし……それに嬉しかったから……」

八幡「……別に礼を言われる筋合いはない。回復役のお前より、俺が死んだ方が効率的だったし」

結衣「もう、そういう意味じゃないの!!」

由比ヶ浜が怒った顔でそう詰め寄ってきた。若干顔が赤かったように見えたが、ここは外で夜だ。

暗くて、よく見えてなかったかもしれない。

激おこぷんぷん丸と怒ったまま、由比ヶ浜は言葉を続ける。

結衣「相変わらず捻くれてるんだから……お礼くらい、素直に受け取ってよ」

八幡「……悪い」

礼とか普段全然言われないから、受け取り方とかすっかり忘れていた。お礼参りだったらやられたこともあったかもしれないが。

まぁ、受け取れというなら受け取ろう。

八幡「じゃあ……どういたしまして……」

結衣「うん、ありがとう!」

八幡「いや、そこでまた言ったら終わらないでしょ……」


お礼の挨拶にお礼で返したら、いつまでたっても終わらない。無限ループ!!

結衣「うん、お礼はこれで終わり。じゃあ次の話ね」

八幡「えっ、まだなにかあんの」

お礼をしにきたというなら、それが終わったら戻ればいいのに、由比ヶ浜はまだ話を続けるつもりらしい。

待てよ、俺はそんなに長々と話を続けられるほどコミュニケーション能力に自信はないぞ。

結衣「あるよ! ほら、あたしのことを庇ってくれたのは嬉しいんだけどさ……やっぱりその、自分を犠牲にするそのやり方っていうかさ」

今度は何についての話をするのかと思えば、なんと俺のやり方についてだった。

結衣「修学旅行の時とかとは全然違うけど、ああいうのはもうなしだって言ったじゃん!」

八幡「……いや、あれはなんていうか足が勝手に動いてた」

結衣「えっ……あっ」

八幡「……あ」

言ってしまってから、自分の放った言葉の恥ずかしさに気が付いた。それではまるで……。

慌てて、誤魔化すように言葉を続けた。

八幡「あ、いやほらな、だからさっきも言ったけど回復役のお前より俺が盾になった方が効率がいいってなだけで」

結衣「……だから効率とか、そういうことじゃないって言ってるのに」

由比ヶ浜は、ぽつりとそう呟いた。

そして少しの間を開けた後に、顔を上げて俺の目を射止めるように見つめてくる。

結衣「じゃあ……もしもあたしとヒッキーが逆の立場だったら、ヒッキーはあたしを盾にする?」

八幡「ぐっ……いや、それはなんつーか違うんじゃねーかな……」

結衣「なんで? 逆の立場だったら、あたしを盾にした方が効率いいんじゃないの?」

そう言って、悪戯が成功した子どものようにニヤリと笑う。くっ、この子ったら……こういうどうでもいいところにばっか頭が回るようになって……悪い子と付き合いが増えたんじゃないの?

八幡「……お前、やっぱずるいわ」

思わず、そんな言葉が口から漏れた。前にフリーペーパーを作っていた時にも同じようなことを言った気がする。その言い方はずるいだろ、と。

そして、そんなずるい言い方を続けていたのは過去の自分だということも自覚してしまう。

結衣「前にも言ったじゃん、あたしはずるいって」

そう言う由比ヶ浜の声はとても柔らかい。とても柔らかくて──とても優しい。

結衣「あたしもさ、ちゃんとするから。ヒッキーとかゆきのんに頼りっぱなしにならないように、するから」

八幡「……別に、お前にはいつも助けられてる。俺も、多分雪ノ下もな」

結衣「そ、そうかな……じゃあ、もっとがんばるから! 助け合えるように!」

八幡「……ああ」

助け合う、か。

少し前の俺なら、その言葉には嫌悪感しか覚えなかっただろう。

助け合うなんて言葉は欺瞞だ。その美しい響きに反して、実のところは誰かに面倒を押し付けて狡賢く得をしようという言葉の裏返しでしかない。例えば、文化祭の時の相模がそうだった。

しかし、今の俺なら。今の『俺達』なら。

素直に、助け合うという言葉を受け止めてもいいのだろうか。

八幡「……」

結衣「……」

俺達の間に、なんの気もなしに沈黙がやってきた。

もう話は終わりだろう、そろそろさすがに戻らないと小町達に無用な心配をかけさせてしまう。

そろそろ戻るかと声をかけようとした時、由比ヶ浜の口が先に開いた。

結衣「あ、あのさヒッキー」

まだなにかあんのかよ……もう貸し借りの話は清算し終えただろ。

そう考えていたが、由比ヶ浜の話は予想とは全く異なるものだった。

結衣「いろはちゃんのスマホにあったさ、あのツーショットってどういう意味なのかな……」

八幡「……は?」

由比ヶ浜の言った言葉を理解するのに、少々時間を要した。今までの話を完全に無視し、流れをぶった切る内容だ。

それにツーショットってなんのことだ……と思い返したとき、前に一色に連れまわされた時のことを思い出した。

そういえば、あの時一色に撮られていた写真は由比ヶ浜と雪ノ下には見られていたのだった。あの時はフリーペーパーに使う写真だと一色が説明して難を逃れたはずだったが、まさか覚えていたとは……。

ていうか、それ今掘り出すことなのかよ。今じゃなくてもいいと思うし、なんならそのままずっと埋めたままにして欲しかったまである。

結衣「ほら、いろはちゃんとのツーショット写真撮ってたじゃん」

八幡「ありゃ一色が無理矢理店員に頼んで、勝手に撮ったんだよ……」

結衣「えー本当? ……そのわりに楽しそうだったよね」

八幡「あのー由比ヶ浜さん? 落ち着いて?」

目のハイライトが仕事してないから!

怖い、怖いよガハマさん!

忙しい時に女の子と遊んでんじゃねーぞって意味なんだろうけど、あれは本当に一色に騙されて連れ出されただけだから!

あの日、一色に騙されて千葉駅に行った時のことから写真を撮った時までの経緯を由比ヶ浜に説明したが、今度はマンボウのようにぷくーっと膨れて不機嫌になってしまった。目に光は戻ったが。

結衣「……へぇ、ヒッキーはいろはちゃんとは遊びに行っちゃうんだね。あたしにはまだ、ハニトーのお返ししてないのに……」

八幡「ぐっ……」

それを言われると言葉に詰まる。本当にこいつズル賢くなってきたな……口の回る奴の近くに長い間いたせいなのだろうか。あっ、もちろん口の回る奴というのは雪ノ下のことである。

だが、未だに文化祭の時のハニトーのお返しをしていないのは事実だ。

いや、忘れてはいないのよ、でもそのなんだ心の準備とかあのなんかその他諸々の諸事情があって、由比ヶ浜のことを誘えていないだけなのだ。

あれからもう半年近くは経ってるな……そろそろ何かしら、考えねばならないのかもしれない。

八幡「まぁ……そのうちな」

結衣「もう! そのうちそのうちって言って忘れないでよ! あっ、じゃああたしとも写真撮ろうね!」

八幡「いや、無理して撮るもんでもないと思うが……」

満天の星空の下、やかましい声とやる気のない声が混じる。

俺達の周りを、月の淡い光が照らしていた。

ここのSSを書いている息抜きで(中略)そちらも宜しくお願い致します。

八幡「雪ノ下雪乃がねこのしたねこのんになった」
八幡「雪ノ下雪乃がねこのしたねこのんになった」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432002727/)

このRPGSS、本当に無駄に長いので全部読んでくださっている方がどれほどいるかは分かりませんが、感想とかくれると幸いです。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


サーガーシーニーイークーンーダー

ソコヘー

八幡「……」ムクリ

……なんで朝って、律儀に毎日来るんだろうな。

めぐり女王の城の部屋のベッドで起き上がった俺は、最初に時計を確認した。

見れば7時ジャスト。

必ず決まった時間に起きられるこの機能、マジで便利だから今すぐリアルでも実装して欲しい。

さて、この世界に来て4日目の朝を迎えた。

これ本当にリアルでも4日とか経ってないだろうな? 割と本気で不安なんだけど。

まぁ、不安に思っていても今すぐどうこう出来るわけではない。

出来るとすれば、一番この世界を脱出できる可能性の高そうな行動を取ること──すなわち『魔王』雪ノ下陽乃を倒すために、このRPGをクリアしていくことだ。

確か、昨日は夕飯を食べた後すぐに解散したから、一度状況整理のために朝は広場に集まるんだったな。

次のやるべきことを思い出すと、俺はベッドから起き上がって部屋から出た。

広場にやってくると、すでに先に小町と雪ノ下が席に座っていた。

なにやら話をしているようだ。

雪乃「問題、太宰治の著書を3つ挙げなさい」

小町「えー、えと、だいざおさむ……」

どうやら雪ノ下が問題を小町に出しているようだ。あいつ、まさかゲーム世界に入ってまで勉強する羽目になるとは思わなかったろうな……。

いや、今小町は本来遊んでいる状況ではないのだ。受験まであと幾ばくもない。太宰治が試験に出るかどうかはさておいて、少しでも知識を見につけておくに越した事はないはずだ。

小町「う、うーん……」

雪乃「太宰治は特に有名なのだから、それくらいは覚えていて欲しいのだけれど……あら、比企谷くん。おはよう」

小町「あっ、お兄ちゃん。おはよー」

雪ノ下と小町が俺がやってきたのに気が付いて挨拶をしてきた。俺もそれに対して軽くおうとだけ返すと、近くの席に座った。

小町「ねぇねぇお兄ちゃん、だざ、だざい、ざいもくざ? おさむ? さんの本って何か知ってる?」

八幡「あのワナビと歴史的文豪を間違えるんじゃねぇよ……」

かの有名な文豪も、まさかあの作家モドキと間違えられるとは思わないだろう。失礼極まりない。

八幡「学校でもやっただろ……じゃあヒントだけくれてやる。邪知暴虐の王を除かなければならぬと決意した」

小町「わかんないよ! ヒントになってないよ!」

こいつマジで太宰治忘れたのか……あんの厨二野郎の苗字を覚えてるくらいなら、まずはそっちを先に詰め込め。あれのこととかマジ忘れていいから。

八幡「太宰治の作品なら、とりあえず『走れメロス』くらいは言えるようになれ」

小町「ああ、思い出した! あの真っ裸になって走るやつでしょ」

八幡「アバウトな覚え方してんな……」

確かに間違ってはないけど、その覚え方はさすがに失礼だと思う。本当に受験まで1ヶ月を切った受験生の言葉なのだろうか。

八幡「あとは『人間失格』と『斜陽』だな。そのみっつは覚えておきたいところだな」

雪乃「そうね。それらを押さえておけば平気だと思うわ。もちろん他にも素晴らしい作品はたくさんあるから、それらも読んで欲しいのだけれど……」

小町「あ、あはは……まぁ受験が終わったら考えておきますね……」

八幡「無駄だ雪ノ下、ウチの書庫にもたくさんあるけど小町は今まで全く読んでねぇよ」

ふと、『走れメロス』の邪知暴虐の王と言ったことで陽乃さんのことを思い出した。確か前に邪知暴虐の王と言った時に陽乃さんに文学少年とか突っ込まれたことがあったはずだ。

何の奇縁か、今の陽乃さんは『魔王』という、一般的なRPGでいう邪知暴虐の王のポジションになっている。

今、陽乃さんは一体何をしているのだろうか。

陽乃さんは、たしか戦いたいのなら魔王城で待っているからそこまで来いみたいなことを言っていたはずだ。

となると、今は魔王城にいるのだろうか?

しかし、あの人が何のちょっかいもかけてこないとは思いにくい。いつもどこからか雪ノ下にちょっかいをかけてくる、そういう人だあの人は。

もっとも、俺は本当にそういう人だと言いきれるほど陽乃さんのことを知っているわけではないのだが……。

小町「あっ結衣さーん、こっちですよーおはようございまーす」

結衣「小町ちゃん、おはよー」

思考が途切れ、小町と由比ヶ浜の声が耳に届いた。

なんか昨日はやっはよーとか言っていた気がするのだが、あれは不評だったのかどうなのか、普通の挨拶に戻っていた。

由比ヶ浜に続いて、戸塚と平塚先生もやってきた。

平塚「おはよう、諸君。一色は城廻と一緒に来るらしいから、少し待てということだ」

ああ、一色がいないと思ったら、そういやあいつこの国の姫だった。じゃあ、俺達とは違う部屋にいたのだろう。っつーか先生、平然としてますけど昨日の酔っ払いのことを忘れていたりしませんよね……?

とりあえず陽乃さんについて今考えていても仕方が無い。魔王については後回しにするとして、とりあえず戸塚エンジェルに挨拶をしにいくとしよう。



   ×  ×  ×


めぐり「へぇ……はるさんが魔王だったんだね……」

一色とめぐり先輩がやってきた後、俺達は広場で朝食を取りつつ昨日の顛末をめぐり先輩に報告していた。

昨夜は平塚先生がすぐにあんな状態になったのもあって、報告する機会を失っていたのだ。

いろは「つまり勇者の雪ノ下先輩達は、これから各国を回ってはるさん先輩を倒しにいくって流れですか?」

八幡「いや、そうだけどよ……『雪ノ下先輩達は』って言い方はおかしいだろ……お前もパーティに入っちまってるだろうが……」

こいつ、さらっと自分は行きませんよアピールしてなかった?

いろは「えっ、わたしはこの国の姫なんですよ? 行けるわけないじゃないですか」

アピールじゃなかった、本当に行く気がなかった。

めぐり「大丈夫だよ、一色さん。この国は私がなんとかしていくから」

いろは「あ、あう……」

どうやら一色もこれで勇者パーティ入りが完全に確定したらしい。

これで、このパーティは男1女5戸塚1の構成になったわけだが、唯一の男の俺が全く無双出来ないのはおかしくね? これがキリトさんだったら二刀流でバッサバサやって女性陣から褒められまくるんだろうな……。

いや、やっぱ働きたくないし無双とか出来なくていいから俺をこの城に置いていってくれねぇかな。そしてめぐり先輩のほんわかスマイルに癒されながら日々を過ごしたい。しかも現在女王であるめぐり先輩なら年収1000万どころじゃないだろう。あれっ、もしかして今のめぐり先輩って最高の条件が揃っているのではないだろうか?

マジで今すぐめぐり先輩にプロポーズして振られてこようかな……おいおいシュミレーションですら振られてるじゃねーか。

これ以上無駄に失恋経験値を溜めたくはない。非常に惜しいが、めぐり女王への逆玉の輿作戦は実行せずに消えてなくなってしまった。

めぐり「あっ、そうだ。雪ノ下さんに渡すものがあるんだった」

突如めぐり先輩はそう言うと、どこからか袋を取り出した。あの謎の4次元ストレージって、勇者パーティ以外でも使えるんすね……。

ユキノは ガラスのふえを てにいれた!▼

雪乃「これは……?」

めぐり「私もよく分からないけど、なんか雪ノ下さんに渡さないといけないような気がして」

女王が渡してきたアイテムってことは、今後何かで役に立つのだろう。

しかしめぐり先輩本人がそれについて全く把握してないのもどうなのだろうか。いつものゲーム的ご都合主義というやつか。

めぐり「きっと何かに役に立つと思うんだ」

雪乃「とりあえず、ありがたく受け取ります」

雪ノ下はそう言うと、その笛が入った袋をストレージにしまった。

そろそろみんなも朝食を食べ終わった頃だろう。俺のHPとMPの上昇もウィンドウにて知らせてくれた。

残念ながら昨晩に続いて、朝食でも特にスキルは発動しなかったようである。やはりあれはランダムで発動するものらしい。昨日は本当にたまたまラッキーなだけだったんだな。

そう思っていると、ふと視界の端で光り輝くのが見えた。そちらの方向に目をやると、由比ヶ浜の体が光っている。

結衣「えっ、なにこれ!?」

当の本人は何が起こっているか理解していないようだが、由比ヶ浜のウィンドウにはしっかりスキルの発動を知らせるテキストが更新されていた。

ユイは スキル『バーサーカー』が はつどうした!▼

結衣「ば、ばーさーかー?」

なにそれ? 英霊? ──バーサーカーは強いね。

イメージだと強大な力を得る代償として理性を失うような感じだ。

だが俺の時と同じく、特にスキルの説明はどこにも書いていなかった。

小町「これはどんな効果なんですかね?」

雪乃「バーサーカー……ベルセルクのことかしら、神話で聞いたことはあるのだけれど」

結衣「うーん、役に立つといいんだけど」

由比ヶ浜たちがやいのやいの話しているが、結局結論は出なかった。

ほんと、スキルの効果くらいどっかに書いておいてくれよな。

平塚「……バーサーカーか、あまり良いイメージはないな。不吉の前兆でなければ良いが」

八幡「先生、それ死亡フラグっていうんじゃないすか」



    ×  ×  ×


めぐり「それじゃあ頑張ってね、みんな!」

雪乃「はい。姉さんは必ず倒します──私が」

平塚「城廻も頑張ってくれ」

いろは「うー……城廻先輩だけ女王のままなんてズルいですよー……」

準備を済ませ、めぐり先輩に見送られながら俺達は城を出た。

これから2の国を出て、3の国を目指すのだ。

だがその前に、ショップで消費系アイテムを補充することになった。

この前みたいに、国から国に移動する間ではどんな激戦が待っているか分からない。もうパンさんの悲劇を二度と繰り返してはいけないのだ。

ついでにボス戦を終えたことによって、新しい装備が入荷している可能性もある。そろそろ俺もこの総武高校の制服を卒業したい。

いや、確かに着慣れているといえば着慣れているものだが、この世界観とは相変わらず合わないのだ。

今も周りの人からチラチラ見られているような気がする。その周りの人たちというのは皆NPCのため、ただ自意識過剰なだけなのだが。

とにかく、今度こそ新しい装備を買う。勝ってこのファンタジー世界に入り込むんだ!!

八幡「──と思っていた時期が、俺にもありました」

いろは「なにを独り言をぶつぶつ言ってるんですか、先輩は」

八幡「……お前にはわからねぇよ」

現実は厳しかった。ゲームだけど。いや本当のところはゲームなのか夢なのかも分からないけど。

今俺が装備している防具は『そうぶこうこうのせいふく+2』だった。店の商品の品揃えを確認した時、フッって笑ったの許さねぇからな雪ノ下。

いろは「そんなことより先輩、わたしのこれどうですかー?」

八幡「……」

昨日と今朝はおよそ戦闘には向かないドレス姿を纏っていた一色であったが、今回店で購入した一式の装備はドレスらしさを残ししつつ、動きやすいように改良されたドレス。

一言で言ってしまえば鎧ドレスであった。

いいね、君たちは。ファンタジーらしい装備が出来て。

妬みを含みながらジーッと一色の鎧ドレスを睨みつけていると、一色は一瞬何かに気付いたように、はっと顔を上げながらスカートを押さえてまくしたて始めた。

いろは「はっ、先輩なんでわたしのスカートガン見してるんですかもしかして中を覗きたいとか思ってましたか残念ですがさすがに今ここではご期待に沿えませんごめんなさい」

八幡「えっ、いや違」

誤解だ、と叫ぼうとしたその矢先、俺の両肩にぽんと手がひとつずつ乗せられた。

小町「お兄ちゃん? ちょーっとそれは小町的にポイント低いかなって」

結衣「ねぇねぇヒッキー、こんなところで覗きをしようとするのは犯罪だと思うな」

あの、お二人さん?

お願いだから、その手に持ったなんかのアイテムの瓶みたいなのを下ろしてくれません?



   ×  ×  ×


八幡「……橋、か?」

2の国を出発して、歩いて約1時間経った頃。

俺たちは大きな川の上にかかる橋の前に来ていた。

雪乃「地図を見る限り、この橋を渡らないと3の国に行けなさそうね」

マジ? 国と国を繋ぐのがこんな橋ひとつでいいのかよ……確かに、それなりに大きい橋ではあるが。

しかしこの橋の下を流れる川はすごい規模だ。ってかこれ川と呼んでいいのかすら疑わしくなるほどの大きさだ。

八幡「この大きさだと落ちたら助けにいけねぇから気をつけろよ」

結衣「怖いこと言わないでよ!」

だが、この橋の上で魔物と戦闘になり、万が一にでもこの橋から落ちたらもうどうしようもない。

まぁ、この橋の幅は軽く見積もっても20メートルはある。端に寄らなければ平気だろう。

戸塚「すっごい大きいねぇ……どれくらいの長さがあるんだろう」

幅は数十メートルでも長さは数キロ以上ありそうだ。向こうの岸もわずかにしか見えない。

これは橋を渡りきる前に結構な回数魔物と遭遇しそうで嫌だなと思っていた矢先に、突然橋に何かが表れた。

八幡「……これは、魔物か?」

突如橋に表れたのは、犬のような姿をした魔物? だった。

その魔物は寝ているようで、ぐーぐーいびきをかいていた。

しかし困ったな、こいつが横に大きく広がっているせいで橋の大半が埋まってしまっている。

いろは「なんですかねこの犬みたいなの……避けて端っこ通りますか?」

八幡「いや、多分これは罠だな。犬の横を素通りしようとした瞬間に犬が起きて襲われたら下の川にドブンって感じか」

となると、この犬らしき魔物を倒すしかない。寝ている今なら奇襲のチャンスだろう。

しかし20メートルの幅の橋の大半を埋める程度にはこいつはでかい。中ボス的存在だろうか、気を引き締めねばなるまい。

そこで周りを見渡してみると、ふと雪ノ下の姿が見えないことに気が付いた。

八幡「あれっ、雪ノ下は……」

きょろきょろと周りを見てもいないので、後ろを見てみるとそこにいた。

が、しかし。

俺よりさらに数十メートルほど後ろに下がっていた。

雪乃「……」

そういや、あいつ犬駄目だったな。

……どうしよう。

書き溜めしてから、また来ます。

平塚「なぁ、比企谷。これは城廻に貰ったあれを使うんじゃないのか?」

八幡「城廻先輩から貰ったあれって……ああ」

平塚先生に言われて、城でめぐり先輩に貰ったアイテムの事を思い出した。

たしか、ガラスのふえとかいう名前のあれだ。

平塚「おそらく、その笛であの犬? みたいなやつを起こすんじゃないのか?」

八幡「ポケ○ンのふえとカビゴンですか……」

しかし、ことごとくみんなあの魔物を犬っぽいなにかとしか認識していないのな。

まぁ、15メートルくらいあるあれを犬と呼びたくない気持ちは分かる。

平塚「ふふっ、思い出すなぁ……フジろうじんに貰ったポケモ○のふえでカビゴンを起こすイベント……間違えて倒してしまい、思わず電源を切ったらレポートかいてないとかあったなぁ……」

八幡「……俺が生まれてくるよりも前の話ですね」

平塚「んなぁ!?」

いやね? 赤緑ってあれ発売年1996年ですからね? 今から19年前だから、現在高校2年の俺は生まれていないわけで。

まぁ、XYでもカビゴンをポ○モンのふえで起こすイベントはあるから、ネタ自体は通じますよ先生!!

閑話休題。

とりあえず、あのガラスのふえをとやらを使ってみる価値はありそうだ。

俺は雪ノ下に声が届く位置まで歩いていき、そしてふえを使うように頼むことにした。

八幡「おい、雪ノ下。城廻先輩に貰った笛あるだろ、あれ吹いてくれ」

雪乃「この笛を?」

八幡「ああ、それであの犬っぽいなにかが退く可能性がある」

雪乃「分かったわ」

雪ノ下はそう言うと、未だに原理が不明な4次元ストレージから笛を取り出しそのまま吹き始めた。

雪乃「~♪」

結衣「わぁ……」

いろは「綺麗な音色ですね……」

戸塚「すごいね……」

確かに雪ノ下が吹いた笛は、なんていうか少し切なくて、柔らかい音色だった。

一色が綺麗な音色と表現したのも分かる。

が。

八幡「お前……さすがにそんなところから吹いても届かないだろ……」

雪ノ下は、犬から数十メートル以上離れた位置に立ったまま演奏していた。

さすがにそこからじゃ犬を起こすには音量が足りない。

仕方が無いので、もっと犬の近くへ近づくように促すことにした。

八幡「もうちょっと近づいて吹いてくれ」

雪乃「……吹いても退かないじゃない、嘘をついたわね比企谷くん」

八幡「聞け」

駄目だ……こいつ犬のこと苦手過ぎだろ……。

しかしこのままでは、この先には進むことが出来ない。なんとかして雪ノ下を犬の近くにまで移動させ、笛を吹かせる必要があった。

八幡「頼む、雪ノ下。このままじゃ立ち往生だ」

雪乃「……じゃあ、あなたがこれを吹けばいいじゃない」

八幡「お前が口をつけたものを吹けるわけないだろ」

雪乃「あっ……」

雪ノ下はそう言われて気が付いたのか、顔を赤らめて笛をサッと体の陰に隠し、そして俺のことを睨みつけた。いや、今のはお前の自爆だからね?

いくら女子のリコーダーの先を入れ替えたことのある俺でも、今ここでそれを受け取って口にしようだなんて度胸は──やめよう、胸が痛くなってきた。

まぁ、真面目な話そういうたいせつなものポジションのアイテムってのは勇者しか使えないものなのだ。実際試したけど俺じゃ取り出せなかったし。だから雪ノ下に頼むしかない。

そこへ、いつまでもうだうだやっているのを見かねたのか暇になったのか、一色がとことことこちらまで歩いてやってきた。

いろは「何をしてるんですかー? 早く動きましょうよー」

八幡「いや、こいつが犬苦手だから動いてくれないんだよ……」

雪乃「……別に、犬が苦手というわけではないわ。その、あまり得意ではないというだけで」

それを世間では苦手って言うんだけどな。

しかし同じことを昔言ったような気がするし、一色の前でこれ以上下手に突っついてやるのも可哀想なので言わないでおいた。

いろは「えー、雪ノ下先輩って犬苦手なんですかー!? なんていうか、ちょっと意外ですー」

言いやがったこの後輩。

しかも思ったより煽り口調で。

そう煽られては、この負けず嫌いにおいては右に出るものはいない雪ノ下雪乃が反応しないわけがなかった。

雪乃「な、何を言ってるのかしら一色さんは……私が犬が駄目だという証拠はないわ」

普段の会話で証拠証拠言い出す奴の大半は悪魔の証明を求めているから性質が悪い。証拠あんの? とかいきなり言い出す奴ってどうしてあんなに頭悪そうに見えるんだろうな……。

だが、今回に限っては別だ。面倒だし、さっさと終わらせたいし、ここは一色の味方についてさっさと終わらせてやろう。

八幡「お前がそこで立ち尽くしているのが最大の証拠だろうが。ま、逆にあの犬に近づけて笛を吹けるってんなら犬が苦手じゃないことを証明出来るんだけどな」

雪乃「……随分と見え透いた挑発ね」

駄目かー。これなら行けると思ったんだが、さすがに釣り針が大き過ぎたらしい。

と思いきや。

雪乃「いいわ、その安い挑発を買いましょう。私があんなものを恐れているわけがないということを、今ここで証明してあげるわ」

わーちょろかったー。

こいつ、もしかして由比ヶ浜とは違う意味で将来なんか変な男に騙されたりしないだろうか……。

かくして、雪ノ下雪乃改めちょろのしたちょろのんは、あの犬へ近づくというミッションを課されることになった。

雪乃「……」

……あんなぷるぷるしながら一歩一歩ゆっくりと歩いている姿を見ると、さすがに助け舟を出したくなる気になる。

が、あいつが動いてくれない限りどうしようもないのは確かなので、ここは心を鬼にして犬の方へ向かってもらおう。がんばれがんばれ。

いろは「……先輩、もしかして本当に雪ノ下先輩って犬が苦手なんですか?」

八幡「あいつの前ではあんまり言うなよ、泣くぞ。俺が」

いろは「なんで先輩が泣くんですか……」

なんでかって? そういうのがあったら俺が情報を流したからって思われて、雪ノ下にいじめられるからです。まぁ流したの俺なんだけど。

雪乃「……それで、これを吹けばいいのね」

おお、いつの間に犬の近くにまで移動してる。大した進歩だ……それでも5メートルくらいは離れているような気はするが、あの犬の大きさを考えれば頑張った方だろう。

そこで雪ノ下が笛を吹き始める。

雪乃「~♪」

犬?「……わう?」

すると、犬の方に反応があった。先ほどまで閉じていた目が開き、体が起き始めた。

やはりあの笛はここの犬を動かすためのキーアイテムだったようだ。

まぁRPGだとあるあるだよな、クリアしてないと貰えないアイテムを使わないと突破出来ない障害物の存在ってのは。

さて、その障害物の犬……の魔物? でいいのかあれは? 改めてまじまじと見てみると、見た目完全に現実世界の犬なんだけど。具体的にミニチュアダックスフントだなあれは。なんかで見たことあるなぁ。

その犬は立ち上がると、こちらに気が付いたのか顔を向けてくる。

犬?「わん!」

雪乃「ひゃあっ!!」

犬が吠えると、近くにいた雪ノ下が驚いてどったんと腰を床に打ち付けた。

……なんかやけに可愛らしい悲鳴が聞こえた気がするんですけど、気のせいかな? 気のせいだよね?

しかし、この犬マジで犬だな、見た目が。今からこいつを倒さなければならないと思うと割と気が滅入る。

似たようなことを考えているのか、由比ヶ浜も顔を暗くしていた。

結衣「うう、サブレにそっくり……ねぇヒッキー、あの子と戦わなくちゃいけないの?」

ああ、そうだ思い出した。なんかで見たことあると思ったら、由比ヶ浜から預かったこともあるサブレだサブレ。あれも確かミニチュアダックスフントだったはずだ。

しばし犬の様子を伺う。確かに、由比ヶ浜にあれに攻撃しろというのは酷だろう。

雪乃「ひ、比企谷くん……!」

八幡「あん?」

雪ノ下が呼ぶ声が聞こえたので、そちらの方を見てみる。すると、まだ犬の近くで座っていた、何やってんだあいつ。

犬の動きを警戒しつつ、軽く走って雪ノ下のところに向かうと、雪ノ下は顔を赤らめながら小声で言った。

雪乃「あの、その……腰を」

八幡「……腰を、なんだ」

雪乃「……腰を……抜かしてしまって……」

八幡「…………」

雪乃「その……男手なら、私を運べると思って……」

……こいつ、やっぱ意外とアホなんじゃないの?

そもそもゲームで腰を抜かすとかあんのかよ。そう思って一応雪ノ下のステータスを確認してみると状態異常:腰抜かしとなっていた。あんのかよ。

八幡「……別に俺が運ぶ必要もないだろ」

そう言って、状態異常を治すアイテム『なんでもなおし』をストレージから取り出して雪ノ下に渡してやる。

雪乃「あ……」

雪ノ下は、何かに気が付いたような顔でそれを受け取った。

もしかしてアイテムの存在も忘れてるくらい混乱していたのか……どんだけ犬のことが苦手なんだよ。

ふと、犬の方に意識を向けてみる。

犬はこちらの方を見つつも、そのまま居座っているだけで何かしてこようとはしなかった。

おかしい。普通の魔物なら間違いなく襲ってくる位置だ。だがその犬は襲うどころか動こうとすらしないし、いつも魔物と会ったときのウィンドウも開かない。

となると、実はこいつは魔物じゃなくて犬型のNPCなのか?

そう考えていると、ようやくウィンドウが開いた。そこにテキストが表示される。

なんと いぬが おきあがり▼

なかまになりたそうに こちらをみている!▼

なかまに してあげますか?▼

ニア はい
  いいえ


そんな選択式のウィンドウが開いた。

こんなんドラク○でよく見たわ。

だが、こういうのって普通倒してから出てくるものじゃないだろうか。

まぁ、倒さずに仲間になってくれるというのなら楽だしそれに越した事はない。由比ヶ浜も戦わなくて済むと思ったか、ほっとしてるし。

さて、問題は本当にこいつを仲間にするかどうかだが。

八幡「おい、雪ノ下。これどうす……」

いなかった。

辺りをきょろきょろと見てみると、雪ノ下はすでにまた数十メートル離れたところにまで移動していた。あいつ……。

まぁ、あんなに離れていてはまた聞きにいくのは面倒だ。だから勝手に俺が選んでもいいだろう。恨むなよ、雪ノ下。

八幡「仲間にする、で」

そういうと、犬が突如光になって消え去った。

その後には、モンスターボールのような球体が残されていた。

ハチマンは いぬを なかまにした!▼

ハチマンは なかまをよぶを おぼえた!▼

てっきり犬のまま付いてくると思ったけど、モンスターボール方式なのね。いや雪ノ下のためにも助かったっちゃ助かったが。

俺はそのモンスターボールみたいなものをストレージに入れると、自分のステータスを確認する。

すると、技のところになかまをよぶが追加されていた。グラビティ以外はじめての技だ。

……まぁ、自分は働かずに戦えるというなら俺にとって理想の技だ。文句などあるわけない。ほんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけ派手な技を覚えて無双したいなぁなんて思ってないんだからね!

このイベントは犬の強制加入イベントだったのかなぁとか考えていると、由比ヶ浜がこちらに向かって走ってきた。

結衣「ヒッキー! 今の子って仲間になったの?」

八幡「ああ、なんかそうらしいな」

結衣「へぇー! あ、なんか名前つけてあげようよ!」

八幡「サブレ」

結衣「ええ!?」

こうして、俺達の仲間にサブレ@犬の魔物が加入することになったのだった。

今度雪ノ下の近くでなかまをよぶを使ってみよう……殺されるかもしれないけど。

最後少々駆け足になりましたが、第2章終了です。

第1章が約3万文字だったので、それより短くするつもりで書いていましたが、なんか倍ほどの長さになりました。
ほんと無駄に長くなって申し訳ないです。第3章以降は最初から駆け足で行こうと思います。

また、息抜きでほんわかほのぼのハートフルラブコメディSSを他スレで書いてます。
小町「こまちにっき!」八幡「は?」
小町「こまちにっき!」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432110358/)
もしよかったら、こちらも宜しくお願いします。

そして、これからTBSおよびCBCでは「俺ガイル。続」第8話が放送されます。お忘れなく。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

第3章 3の国編


NPC「ここは3の国だ」

八幡「……」

国の入り口に立って国の名前言うだけのアルバイトって自給いくらくらいなんだろうな。

昔俺がやった看板持ちのバイトは結構割が良かったんだが。

あれは心を無にするだけで稼げる優良バイトだった、たまに酔っ払いにウザ絡みされるのにさえ気をつければ。

小町「わー、この国も大きいですねー!」

戸塚「すごい暑いね……2の国とはまるで反対だね」

さて、あのサブレの捕獲イベントが終わった後、1時間程歩くと3の国に到着した。

1の国と2の国の間などはイベントが多かったのもあって半日以上かかったが、今回はイベントらしいイベントもサブレの一件だけであり、魔物との戦闘回数も少なかったおかげでまだ正午である。

もっとも、この国に入った瞬間にまた時計は止まってしまった。

つまりイベントを進めなければ、またこの時計が動くことはないだろう。

いろは「ていうか、この国暑くないですか……わたしの国を見習って欲しいです」

平塚「心頭滅却すれば火もまた涼しというだろう、気をしっかり持て。それにしても暑いなここは……」

いやあんたが気をしっかり持て。数秒で掌返さないでください、あんたはどこの政治家だ。

しかしさっきから他のパーティメンバーが言っているように、この国は非常に暑かった。

ゲームなんだから感じる温度くらい一定にして欲しい。

汗が出ないだけマシといえばマシなんだが。

雪乃「とりあえずあの城を目指しましょう」

雪ノ下が指を指した先を見てみると、少し遠くのほうに高い城が見える。

おそらく、あの城にこの国の王がいるのだろう。

歩き出した雪ノ下に続きながら、NPCの会話に聞き耳を立てた。

NPC1「この3の国は別名、火の国とも呼ばれるんだ」

NPC2「おいおいまたボヤ騒ぎかよ、今月に入って何百回目だ」

NPC3「2の国は水が名物だが、この国は炎が名物だ。女王も炎のように熱く滾っていると聞く」

そんなことを聞きながら城に向かっていく。なるほど、ここが酷く暑いのは2の国が水の国に対してここが火の国だからか。火の国とかなんか分からないけど燃えるってばよ。

そしてこの国の王も女なのがさりげなく判明していた。女王って言っていたし。

めぐり先輩と同じくこの国も女王が一番偉いのだろうか。

結衣「女王様かー」

そのNPCの発言を聞いていたのか、由比ヶ浜がそんなことを呟く。

結衣「そういえばさ、この国の女王様もあたし達が知ってる人だったりするのかな?」

八幡「ああ……確かに可能性はあるな」

1の国の王はクソジジィ……じゃなかったNPC老人だったが、2の国はめぐり先輩が女王を務めていた。

もしかしたら、この国の女王も総武高校の面子だったりする可能性は高い。

結衣「じゃあさ、この国の女王様が誰だか予想してみようよ!」

戸塚「いいね、考えてみよう!」

いろは「じゃああの3年の先輩とかはどうですかねー」

そんな感じで、由比ヶ浜の周りで女王誰だ予想ゲームが始まっていた。しかし出てくる名前のほとんどが俺は知らない名前なので全く会話に入れない。まぁ、大体いつも入れてないけどね。

仕方がないので、俺は近くのNPCの発言に集中することにした。

NPC4「この国の女王は金髪が映える美人だよな、そして炎のように非常に気が強い」

NPC5「騎士団長も女王と並ぶ物凄い美形だ。剣の腕も立つしよく気が利くから部下からの評判も良い」

NPC6「女王の側近に、よく鼻血を出して倒れる女がいるらしい。一体どうしたのだろうか」

NPC7「騎士団にっべーっべーってよく叫ぶ奴がいるんだが、ありゃどういう意味なんだ?」

八幡「……」

はい分かっちゃいましたー、この国のトップ分かっちゃいましたー。

なんならその側近とか騎士団とやらのトップとそのメンバーも分かっちゃいましたー。

マジかよ、あいつらが管理してる国なのかここは……。まぁ火の国だしね、炎の女王がいるのはある意味当然だよね。

結衣「うーん、わかんないなー。誰がいるんだろうねー」

おい、お前が分からないでどうするんだ。一応友人だろ。



     ×  ×  ×


前回に似たようなやり取りをして門番に門を開けてもらい、俺達は城の中に入った。

城の中もやたら炎を使った装飾が多くて暑いったらありゃしない。

ただでさえ外はクソ暑いというのにさらに暑くしてどうすんだ。

兵士「どうぞ、お通りください」

兵士が女王の間に繋がる大扉を開けると、雪ノ下が真っ先に入る。

俺達も雪ノ下に続いて中に入った。

そしてその中にあった玉座では、予想通りの人間が足を組んで偉そうにふんぞり返っていた。

あれが、獄炎の女王だろう。

三浦「ちょっとー、あんたら来んの遅くない? あーしら、結構待たされてるんですけど?」

葉山「まぁまぁ優美子、落ち着いて。雪ノ下さん達もお疲れ、こちらに来ていることは城廻女王から連絡が来たんだ。そこに椅子を用意してあるから座るといいよ」

海老名「はろはろ~、ユイも来たんだ~」

戸部「っべーわ、マジで勇者来たわこれ~」

そしてその玉座の周りには、これまた予想通りの面子が並んでいた。

三浦、葉山、海老名さん、戸部の4人がそこにはいたのだった。もう現実世界の人間がいても全然驚かなくなってきたな……。本当、何人の人間が巻き込まれているのだろうか。

結衣「ええ!? 優美子が女王様だったの!?」

ええ!? お前本当に分かってなかったの!?

いつもあいつらとつるんでいるはずの由比ヶ浜ですら気が付かなかったというのに、対極の存在であるはずの俺が気が付いたということは、もしかして俺の方があいつらと友達と言えるのではないだろうか。

これで俺もぼっち脱出でリア充だ。違うか、違うね。

ちなみに雪ノ下は俺と同じく気が付いていたようで、特に驚きもせず一歩前に出た。

雪乃「三浦さんがこの国の女王という認識でいいのかしら」

三浦「ん、大丈夫」

雪乃「そう」

前までのふたりなら、この時点ですでになにか一悶着あったかもしれない

だが、この前のマラソン大会での件でちょっとは互いへの認識を改めたのだろう。三浦からも雪ノ下からも特に何か噛み付いたりすることはなかった。

……が、それ以上何も会話をしないのでは結局話が進まない。

ここは由比ヶ浜に頼んで話をしてもらった方がいいかもしれない。やだ、私ったら滅茶苦茶気が利いてる? もしかしたらこの空気読みスキルでリア充になっちゃうかもしれない?

葉山「雪ノ下さん、結衣、君達に頼みたいことがあるんだ」

なーんて俺が変な気を回す前に葉山が先にこの停滞しかけた空気を動かした。さすがイケメン、気付くのも早ければ動くのも早い。こいつが勇者やった方がいいんじゃないの?

雪乃「頼みたいこと、とは何かしら?」

葉山「ああ、実はこの国から少し離れたところに廃墟となった城があるらしくてね」

出、出~~~廃墟城奴~~~!!

RPG物に置いて、廃墟といえばまず城か屋敷の二択である。理由は広さがないとダンジョンとして成り立たない以上、城と屋敷は一番都合が良いから。以上。

葉山「その城の奥に、魔王への攻略に役に立つアイテムがあるっていうのをNPCから知ったんだ」

雪乃「魔王への攻略に……?」

葉山「ああ、そこで雪ノ下さん達にもそのアイテムを回収するために手伝ってもらいたい」

なるほど、ダンジョンの奥にラスボスへ効くアイテムがあるっていうのもこれまた王道パターンだ。どうでもいいが、葉山がアイテムとかNPCとか発言していると違和感がすごい。

そしてそれとは別に、ひとつ気になることがある。

八幡「だったら、お前らが先に行って取ってきても良かったんじゃないか?」

そこにあると分かっているのなら、何も俺達の到着を待つ必要はない。さっさと行って攻略し、アイテムを持ってくればいいのだ。

だが葉山は苦笑しながら、俺の質問に答えた。

葉山「もちろん、先に俺達だけでそのダンジョンにまで行ったさ。だけど、あのダンジョンは少し厄介な作り方をしていてね」

八幡「厄介な作り方?」

葉山「ああ。二箇所にボタンがあって、そのボタンを同時に押さないとボスへの扉が開かないんだ」

へぇ、廃墟なのに無駄に凝った作り方してんだな。

葉山「さすがに二手に分かれる余裕があるほど俺達の戦力は大きくなくてね、仕方がないから城に引き返すと城廻女王から勇者達のことを書いてある手紙が来たんだ」

手紙? 一体どのように送ってきたんだと疑問に思っていると葉山が伝書ハトだよと付け加えた。なるほど、携帯やメールがないこの世界では伝書ハトを使うらしい。まさか実際に使っているのを見ることになるとは。

雪乃「分かったわ、ならそのダンジョンを攻略するために葉山くん達に協力すればいいということね」

葉山「ああ。頼めるかな?」

雪乃「分かったわ、引き受けましょう」

そう葉山に返答すると、踵を返してこちらの方向に顔を向けた。

雪乃「みんなもいいかしら」

結衣「当たり前だよ、ゆきのん!」

小町「もちろんですよー!」

雪ノ下がそう問うと、他の皆は口々にそれに好意的な反応を返した。

いや、いいかしらとか尋ねるんなら引き受ける前に言えよ。

どうせやらなきゃ時計進まないし、拒否権ないからやりますけどね、ええ。逆らわないから社畜って言うんですよ。

こうして、俺達は葉山達と一緒に壇上攻略に赴く羽目になったのであった。

平行で複数のSSを書いていても投稿ペースも文字量も犠牲にしない、うん暇人にしか出来ないねこれ。

書き溜めしてから、また来ます。



神父「おお!八幡死んでしまうとは情けない」

八幡「いや、死んでねぇし」


雪乃「性根が腐ってるからかしら・・・」

結衣「あはは・・・」

神父「ザオ○ク」

神父は八幡にザオ○クを唱えた

八幡「おい止めろ!だから死んでねぇよ」

しかし八幡の目は死んだままだ

小町「ザオ○クですらごみぃちゃんの目は蘇らないんだね」

八幡「・・・」



       ×  ×  ×


八幡「……」

葉山達とダンジョンに行くことが決まってから少しの時間が流れた。もっとも、イベントが進んでいるわけではないので時計は止まったままだ。

俺達は今、城の中の部屋で待機している。葉山達がダンジョンに行くための準備をしているため、しばし待たされているのだ。

周りを見渡してみれば、また雪ノ下が小町に対して問題を出している光景が見えた。よく見ると由比ヶ浜もその近くにいる。

雪乃「問題、千葉県が全国で生産量一位の食べ物をみっつあげなさい」

聞けば千葉県の話をしているではないか。意識せずとも、耳がそちらの方へ向いてしまう。

小町「とりあえず落花生ですよね」

結衣「あと梨もだったよね!」

おーおー、アホの子なのによく覚えてたな。

そうだ、千葉県の梨の生産量は全国一位を誇る。ふなっしーなんかの存在もそこから来ているのだ。

しかし、そのふたつだけ答えると小町も由比ヶ浜もうんうん言って答えが行き詰ってしまった。

マジかよ……千葉県が生産量日本一を誇るものって結構あるぞ……。

雪乃「……正解は伊勢海老よ、伊勢海老」

進行が止まってしまったふたりを見かねたのか、とうとう雪ノ下が答えを言ってしまった。

しかし、無駄に感情がこもっていたような気がするな……。

前に文化祭の打ち上げの時にも伊勢海老をやたら推していたような気がするのだが、やっぱり好きなんじゃないの?

八幡「あとはイワシとかほうれんそうとかも、地味に千葉県がトップだぞ」

小町「うわ、お兄ちゃんいたんだ」

結衣「ちょっ、驚かさないでよ!」

雪乃「……驚いた、私に気付かれないまま近づいてこれるなんて」

思わず突っ込んでしまったら、この言われ様である。

いや、確かにグループで話している時に外野からいきなり突っ込まれたら驚きもするのか。

ごめんね、今までグループの中に入ったこととかないからお兄ちゃん分からなかったよ。

そんなやり取りをしていると、がちゃりと扉が開く音が響いた。

そちらの方を振り返ってみると、葉山が先頭に三浦達がぞろぞろとついてきて部屋の中に入ってきた。

よく見ると、最初にいた戸部や海老名さんだけではなく大和とあともうひとりもいた。なんだっけあのもうひとり。そうだ思い出した童貞風見鶏大岡だ。

葉山「待たせたね」

葉山の装備はきっちりとした鎧と剣で、まさに騎士って感じだ。女騎士のような雪ノ下と並ぶと本当に絵になる。やっぱあいつが主人公やった方がいいんじゃねぇのか。

三浦「結衣―、あーしのこれどう? キマってない?」

先ほどまで女王らしいドレス姿だった三浦もやや軽そうな鎧姿になってやってきた。見た目としては雪ノ下に近いだろう。あれもまたくっ殺みたいな台詞が実に似合いそ……心なしか三浦に睨みつけられたような気がした。これ以上変なことを考えるのはやめておこう。

海老名「たかまがはらにーかしこみーかしこみー」

海老名さんの装備はどこかで見た巫女服と榊だった。そうだ、確か千葉村で見たあれにそっくりなのだ。しかもステータスを見てみると職業はきっちり陰陽師になっていた。このゲーム無駄に適応力ありすぎだろ。だったら俺のこの制服ももうちょっと別のものにして欲しかったものだ。

戸部「つーかこれめっちゃあるわー」

大和「それな」

大岡「それめっちゃあるわー」

葉山の取り巻き三人組は、葉山のそれと似ているものの少し簡素な鎧をまとっていた。武器は戸部が斧、大和が戟、そして大岡が……なんと野球のバットだった。まさか装備関係で俺の同レベルで酷い奴が他にいるとは思わなかった。思わず同情してしまう。いや、木の棒よりマシだと思うけど。

葉山がこちらまで歩いてくると、何故か俺の方へ向かってきた。なんだ、お前は俺のステルスを見破れるとでも言うのか。

葉山「ところでさっきは聞きそびれたんだけど……どうしてヒキタニくんは制服なんだ?」

ほっとけ。



  ×  ×  ×


自分達のパーティと葉山達のパーティが合流し、3の国から出発すると時計が再び進み始めた。イベントがスタートした証だろう。

元々7人だった俺達に葉山達の6人が加わったため、今のパーティはなんと13人だ。

これはRPGの攻略パーティとしてはかなりの大人数だ。あと不吉な数字でもある。

三浦「でさー、あーしの国とかマジそんな感じなんだよねー」

結衣「そうなの? 前に言った2の国っていうところはー」

由比ヶ浜は久しぶりに再開した三浦や海老名さん、葉山達のグループに混じって会話をしていた。いつものクラスでの光景に近い。

小町「へー、小町も生徒会やってたんですよー」

いろは「わっ、だったら小町ちゃんもウチの生徒会に来てくれると嬉しいなー」

戸塚「小町ちゃんが生徒会になったら、総武高校も良くなりそうだよね」

小町は一色、戸塚達と会話をしている。そういえば小町と一色って現実世界ではまだ会ったことがなかったはずだが、なんだかすでにもう仲良くなっているように見える。

小町には一色の悪いところが伝染しないことを祈るばかりだ。

ちなみに俺は当然そのパーティからちょっと離れて後ろをついていっているだけだ。ぼっち万歳。

こうやってグループ行動でも存在感を消して空気に徹し、他人に迷惑をかけないことに関しては定評が有るのだ。

一方で雪ノ下はこのパーティの先頭を歩きながらも、他の面子とは会話をせずにぼっちでいる。

俺とは正反対の位置にいるのに、やってることが同じってのもなんだかなぁという感じだ。

そんなパーティメンバー相手に人間観察をしていると、平塚先生が俺の近くにやってきた。

平塚「どうかね、ここでの居心地は」

八幡「最悪ですよ、なんでゲームでもあんなリア充共を見なきゃならないんですか」

平塚「はっはっは、期待通りの返しだ」

先生は軽く俺の言葉を笑い飛ばすと、柔和に微笑んだ顔を向けてきた。

平塚「だが、これも千葉村の時以来のいい機会だ。まだまだ君たちは別のコミュニティとうまくやる術が見についていなさそうだからな、これを機に少しはうまくやる方法を考えたまえ」

八幡「あの時よりはマシになったと思うんですけどね」

平塚「どこがだ。この前の海浜総合との話し合いなんて酷かったじゃないか」

八幡「うっ……」

そこを突かれると厳しい。平塚先生が言っているのは、クリスマスの時の玉縄率いる海浜総合高校との会議のことだろう。

確かにあれなどは、まさに別のコミュニティとうまくやれなかった最悪のパターンのひとつに近いといえるだろう。

八幡「いや、あれはあくまでイベントの問題のソリューションを見つけ出すパフォーマンスであってですね、結果にコミットしようと」

平塚「君は一体何を言っているんだ」

はっ、また意識が高くなってしまった。しかも手もろくろ回しのようにぐるぐる回っていた。本当にあの玉縄くんが残していったインパクトは大きい。

もし小町が本当に総武高校の生徒会に入ることになったら、海浜総合高校と関わることだけは絶対にやめとけって強く言い付けておこう。

八幡「ていうか俺だけじゃなくて雪ノ下にも言った方がよくないですか、それ」

平塚「無論、雪ノ下にも同じことを言うつもりだ」

そう言うと、平塚先生は俺の側を離れて雪ノ下の方へ向かった。去り際に、ひとつ言葉を呟く。

平塚「君たちはお気に入りの生徒だからなぁ、卒業する前に教えておきたいことが山ほどある」

にかっと笑った平塚先生の顔が、妙に印象に残った。

ほんと、あと10年早く生まれて10年早く出会っていたら──そんな仮定に、意味はないなんて分かってはいるのだが。

昨日はこまちにっきの方を書き終えた瞬間にぶっ倒れてたので更新出来てませんでした、申し訳ありません。

まさか小町の誕生日が3月3日だということを終盤まで完璧に忘れていて、帳尻を合わせるために四苦八苦していたなんて言えるわけないんだよなぁ……。


書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


八幡「……」

雪乃「はっ!」ズバズバ

カニ「カニーッ!!」

三浦「らぁっ!!」ズバズバ

トカゲ「カゲーッ!!」

前衛にいる雪ノ下と三浦のふたりが、剣を振るって魔物をぶった斬る。

その様子は、鬼気迫るものであった。

八幡「……」

どうしてこうなったんだっけか。ちょっと前に合ったことを思い返してみる。

確か、なんかの話の流れで誰が一番魔物を倒せるかーみたいな感じの内容になって、そこで雪ノ下と三浦が触発されてあんな感じになってしまったはずだ。

──まぁ、あーしが一番倒せると思うけどね。

──あら、言うわね。でも私が全部狩ってしまうから、あなたの獲物はなくなっていると思うのだけれど。

そんな感じで出てくる魔物のほとんどが雪ノ下と三浦が退治されてしまっている。たまに漏れてくるのを葉山か戸部辺りが狩る程度だ。

おかげで後衛に全く出番が回ってこないし、まして直接攻撃手段がない俺に至っては完全に蚊帳の外だった。

いや、決してサボっているわけではない。

パーティに13人もいれば、必然的に出番がやってこない人間が出てくるのも自明の理なのだ。

だから今の俺がぼーっとしているのも仕方が無い。俺は悪くない、他の奴らが優秀なのが悪い。

ピロリーン

おっ、どうやら雪ノ下か三浦かが倒した魔物から貰った経験値でレベルアップをしたようだ。

例え誰が魔物を倒そうとも俺にも経験値が入るからこのパーティ制度はいい。働かずにもらう経験値はうまい。

ちなみに俺は特に新しい技は追加されていなかった。もうレベルも7だというのに、俺はイベント以外で追加された技は一切無しだ。レベル1の時から覚える技が変わらないとか何? アンノーンなの?

小町「お兄ちゃーん」

八幡「ん?」

まぁ確かに俺の生態とか実質アンノーンみたいなところあるしなーなんて考えていると、俺のところへとことこと我が妹小町がやってきた。

小町「暇」

八幡「……だろうな」

今も一応このパーティは魔物と戦闘中なのだが、それもやっぱりほぼ雪ノ下と三浦の無双状態だ。

雪ノ下と三浦は互いにこいつには絶対負けないみたいなオーラを出しつつ、魔物をばっさばさと斬り伏せていく。

あいつら、マラソン大会の一件でちょっとはマシな間柄になったと思ったのに全く変わってねぇ。むしろ、前よりライバル的な意味で溝が深くなっているまである。

……いや、見ようによっては協力して魔物狩りをしているとも言えるのか? モンスターハ○ターじゃん。

三浦「ちょっと、それあーしの獲物なんだけど!」

雪乃「あら、あなたが動くのが遅いのが悪いのではなくて?」

三浦「あぁ!?」

……いやぁ、本当に仲良いな。口ではああは言っていても、やっていることは協力プレイなのだから。うんうん。

まぁ、こんな感じなので他のプレイヤーの出番が全くないのである。小町が暇とかいうのも頷ける。だって俺も暇なんだもん。

小町「お兄ちゃんの知り合いってさ、なんていうか個性的な人が多いよね」

お前も、その個性的な面子のひとりだっつーの。



    ×  ×  ×


その先の戦闘もほぼ雪ノ下と三浦の活躍によってすぐに終わることが大半であった。

そのまま1時間程進むと、ようやく件の廃墟の城とやらにたどり着いた。

葉山「ここが、言っていた城だよ」

結衣「へー、なんか雰囲気あるね!」

戸塚「すごく……大きいね……」

八幡「戸塚、今のもう一回言ってもらっていいか?」

戸塚「えっ?」

小町「こら、お兄ちゃん」ゲシッ

八幡「いてぇ!」

なんだよ小町……俺はただ、純粋な気持ちで戸塚の声が聞きたかっただけだというのに……。

葉山「この城にはふたつの入り口があって、それぞれ全く別の部屋に繋がっている。そしてその奥の部屋にあるボタンを、ふたつとも押し続けなきゃならないんだ」

葉山がそう説明すると、雪ノ下がこくりと頷いて応えた。

雪乃「分かったわ、ならここで二手に分かれましょう」

葉山「ああ。俺達はこっちの扉から入るから、雪ノ下さんたちはあっちの扉から入ってくれ」

そう言うと、葉山に続いて三浦、海老名さん、戸部、大和、大岡もパーティから別れてあちらの扉に向かっていった。

葉山「それじゃ、そっちの部屋のボタンを頼む」

三浦「結衣も気ぃつけなよ?」

海老名「そっちも頑張ってね」

結衣「うん! 隼人くん、優美子、姫菜も頑張ってね!」

雪乃「それでは、そちらの方はお願いするわ」

由比ヶ浜たちが手を振って別れを告げると、葉山たちはそのまま扉の中へと消えていった。

それを見送ると、雪ノ下も身を翻してもうひとつの方の扉へと足を向ける。

雪乃「それでは私たちも、私たちのやるべきことをやり遂げましょう」

結衣「うん、頑張ろうね、ゆきのん!」

雪乃「……くっつかないでもらえるかしら」

由比ヶ浜が雪ノ下の腕を取ると、そのままぎゅっとその腕に抱きついた。

雪ノ下はそれに一瞬顔をしかめて言葉の上では拒否の意を唱えたが、結局それ以上のことも言わず振りほどこうともしないまま由比ヶ浜を腕にくっつけて歩き始める。

そして今度はそれを見た小町が、由比ヶ浜がくっついていない方の雪ノ下の腕に突撃していった、

雪乃「小町さんまで……」

小町「んー、雪乃さんにベッタリできる機会とかそうそうないのでー。あー小町にも雪乃さんのようなお姉さんがいたらなー」

そう言った小町に対して、雪乃は一瞬はっと驚いたような顔をした。

しかしすぐにそれを納めると、今度は柔らかい笑みをその顔に浮かべて言葉を紡ぐ。

雪乃「……そうね、私にも小町さんのような妹がいたら良かったと思うわ」

小町「えっ、本当ですか!? いやーこれならお互いのためにもなりますね! 小町は雪乃さんがお義姉ちゃんになって欲しいし、雪乃さんは小町が妹になってほしい。ならば雪乃さん! 是非ウチのお兄ちゃんとうわわ!」

八幡「これ、小町。雪ノ下が困ってんだろうが」

雪ノ下が若干反応に困るほどまくし立てていた小町の後ろ首を無理矢理引っ張り、雪ノ下の元から引き剥がした。

すると小町が物凄く怒ったような顔をこちらに向けて、怒鳴り始める。

小町「ちょっとお兄ちゃん、何するの!?」

八幡「んだよ、お前にはお兄ちゃんがいるでしょお兄ちゃんが。ほれ、俺の腕にくっつくがいい。あっ、今の八幡的にポイント高くないか?」

小町「今のはさすがに小町的にポイント低いかなー……」

八幡「なん……だと……!?」

この前なんかは俺の腕を取りながら一緒に夜のお店(※コンビニ)まで行ったというのに、こいつもしかしてそのこと忘れているのではないか。

もしかして嫌われちゃったかなと小町の兄離れにショックを受けていると、雪ノ下にくっついたままの百合ヶ浜もとい由比ヶ浜がなにやらじっとこちらを見つめていることに気がついた。

八幡「……どうした、由比ヶ浜」

結衣「えっ、あっ、いやなんでもないよなんでも、たはは」

八幡「……?」

明らかに俺の方を見ていたと思ったが、違っただろうか。そう思っていると由比ヶ浜がそのまま言葉を続けた。

結衣「いやー、その、もしヒッキーがお兄ちゃんだったらどうなるのかなー、なんてことを……あはは」

八幡「お前がもしも妹だとしたら面倒見切れねぇよ」

結衣「辛辣だ!?」

いやだってあのアホの子だよ? たまに雪ノ下ですら手に負えない時があるくらいなのに、この俺が世話など見切れるわけがない。ちょっと頭が残念なところがある小町ですでに手一杯だ。えっ、小町に面倒見られていることの方が多い? ほっとけ。

その小町はどうしているかと目を向けていると、いつの間にか俺の元を離れて由比ヶ浜の方へぴゅーっと走ってしまっていた。

小町「いやーでもですね結衣さん、ウチのお兄ちゃんはそりゃもうたまにどうしようもないところもありますが、ああ見えても結構妹のためには色々やってくれたりする優しいところもありまして、是非結衣さんに引き取って貰えるとうわわ!」

八幡「これ、小町。由比ヶ浜が困ってんだろうが」

俺もすぐに小町のところへ向かうと、由比ヶ浜にまくし立てていた小町の首を掴み、そして無理矢理引き剥がした。

すると、またすごい形相になった小町が俺の目を睨みつけてくる。

小町「なにすんのさー! せっかくお兄ちゃんのいいところをアピールしようとしているのにー!」

八幡「余計なことはせんでいい。それに俺の妹は小町ひとりだけだ」

小町「お、お兄ちゃん……」

俺と小町の間に感動のムードが立ち込める。うんうん、千葉の兄妹はやはりこうでなくちゃいけない。

そんな俺達のやり取りを遠巻きで見ていた戸塚がふっと笑った。

戸塚「でも、八幡にはいいところいっぱいあるよ! 僕も、たくさん言えるから」

八幡「戸塚ぁ!!」

小町「ええ!?」

すぐに戸塚の元へ駆け出してその手を取った。

ああ、そうだな……俺には戸塚しかいない……戸塚エンドこそトゥルーエンドなんだ……!!

小町「そ、そんなのってあり……!? やっぱりお兄ちゃんの青春ラブコメはまちがってるよ……!!」



       ×  ×  ×


先ほどまでは少しわいわいやっていたパーティも、ダンジョン──廃墟となった城の中に入ると緊張感が漂ってきた。

葉山たちが抜けていったので、今の陣形はいつも通りのものに戻っている。

先頭に雪ノ下と平塚先生、ちょっと後ろに小町と戸塚、そしてそれの後ろに一色と由比ヶ浜という並びだ。ちなみに俺はそれよりさらに後ろでひとりです。なんだ、いつものことじゃん!

もし万が一働く羽目になったら探偵とかやろうかな、同僚とか上司とかいないから人間関係に気を遣わなくて済む上にこのステルス性能がめちゃくちゃ役に立つし。

なんて考えていると、前に影が複数表れるのが見えた。

魔物かと思い、パーティメンバー全員が身構える。

ウマ達「ウマーッ!!」

ウマAが あらわれた!▼

ウマBが あらわれた!▼

ウマCが あらわれた!▼

ウマDが あらわれた!▼

ウマEが あらわれた!▼

ウマFが あらわれた!▼

城の廊下に突然馬の魔物の大群が現れる光景はなかなかにシュールだった。前面の熊に続いてその鳴き声はなんなんだよ。ヒヒーンって鳴け。

しかし前回のダンジョンに比べると出てくる数が多い。さすがは第3ステージといったところか。

ウマ達「ウマーッ!!」

馬の魔物達は固まったまま、こちらに向かって勢いよく突進をしかけてきた。さすがにこれに真正面からぶつかるわけにもいかないので、全員素直に横に動いてこれを避ける。

そして俺たちの横を馬の魔物達が通り過ぎると、すぐに後衛陣が魔法を唱え始めた。ゲームではこういう突進系の雑魚と戦う時、突進した後の隙だらけなところに攻撃するのがセオリーだからな。

八幡「グラビティ!!」モワーン

結衣「葉っぱの刃に切られちゃえ、ユイリーフブレード!!」ヒュッヒュッ

いろは「ちょっとスパッと行きますよー、いろはスラッシュ!!」ビュッ

戸塚「鋭い風の刃! エアスラスト!!」ヒュゴー

えっ、俺以外の呪文全部初見なんだけどなんで皆新しい呪文覚えてんの? しかもなんで全部斬属性なの?

唱えられた呪文の数々が馬の魔物の大群に襲いかかり、その陣形を大きく乱した。

そこへ前衛の3人が武器を構えて突撃する。

雪乃「今、楽にしてあげる」

平塚「肘打ちぃ! 裏拳正拳! とおぉりゃあぁぁ──!!」

小町「えーいやっ!!」

3人の攻撃にウマが複数頭吹き飛ばされる。

だが馬のHPは意外と高く、それだけではまだ全てを狩り尽くすことは出来ていなかった。

ウマD「ウッマー!!」

雪乃「!!」

馬の一頭が雪ノ下に向かって突進をしかけにいく。雪ノ下はそれにすぐに気がついたが、避けるには少々距離が短過ぎる。

これはさすがに雪ノ下が一撃貰ったか。

そう思ったのだが、雪ノ下は何を思ったか避けるどころか、逆に馬に向かって思い切り飛んだのだった。

雪乃「はっ!」

すると雪ノ下はなんと馬の背に飛び乗り、そしてそのまま跨った。……そういや、あいつ乗馬が趣味とか昔どっかで言ってたなぁ。だからって走ってる馬に飛び乗ることは普通やらないと思うんだけど。

雪乃「ふっ!」

そしてその馬に跨ったまま剣で馬をめった刺しにし、馬は何も出来ないまま光の塵になって消え去った。え、えげつねぇ……。

いろは「いろはスプラーッシュ!!」ゴゴゴ

馬F「ウママーッ!」

その雪ノ下のぶっ飛んだ曲芸を見ている間に他の馬の魔物も方がついていたようで、振り返ってみれば馬の魔物のあとの光の塵が一面に漂っていた。

軽く肩を回しながら戻ってきた雪ノ下に対して、思わず感嘆半分呆れ半分のため息をついてしまった。

八幡「お前、ほんとすげぇな」

言うと、雪ノ下は悪戯っぽく笑う。

雪乃「あら、知らなかったのかしら。これでも私、結構なんでも出来るのよ」

またまた息抜きで新作書いてます、そちらも宜しくお願いします。

結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」
結衣「一日一万回、感謝のやっはろー!」八幡「は?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432456542/)

こまちにっきは……息抜きにならなかったからね……。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


平塚「む、扉か」

しばらく城の廊下を進むと、やや大きめの扉が見えた。

他の部屋の扉より豪華な作りだ。おそらくこの扉の先に、例のボタンとやらがある部屋があるのだろう。

雪乃「でも、この扉には鍵が掛かっているようね」

雪ノ下が扉を開けようとしたが、それには鍵が掛かっているようで開くことはなかった。

見れば、その扉には鍵穴がある。

八幡「RPG的に考えるなら、ここの鍵がどっかに落ちてるだろうな」

戸塚「他の部屋の宝箱とかに入ってるのかな?」

大抵こういったものは鍵が別の部屋に落ちていると相場が決まっている。

リアルで考えれば、部屋の鍵が他の部屋に落ちているなどまずありえない話だ。

しかし、ここはRPGをイメージしたような世界だ。

ならば、今までどおりRPGのお約束に乗るのが上策だろう。

いろは「じゃあ、さっそくその鍵とやらを探しに行きましょうよー」

一色はそう言うと、近くにあった別部屋の扉を開こうとタタタッと走って行ってしまった。

八幡「あ、おい。ひとりで先に行くんじゃ」

カニ「カニーッ!!」

いろは「きゃあっ!!」

言わんこっちゃない……。

このダンジョンはいつどこに魔物が潜んでいるのか分からない。

そのような状況で、単独行動をするのは愚の骨頂である。

……まさか俺が他人の単独行動を責める日が来るなんてなぁと少し自虐的になりながらも、素早く木の棒を構えて一色に迫るカニにその先を向けた。

八幡「グラビティ!」モワーン

その先から黒い重力の塊のような何かが飛び出し、それが蟹のような魔物に直撃する。

するとその蟹の動きが極端に重くなり、ハサミのようなものの動きも鈍くなった。

八幡「さっさとこっち来い」

いろは「ひゃあっ!」

その間に素早く一色の元へ駆け寄ると、蟹の魔物の側から距離を取るように一色の手を引っ張った。

そしてそこへ雪ノ下が剣を抜きながら蟹の魔物へ斬りかかり、その体を一瞬で光の塵へと変える。

雪乃「これで終わりよ」ズバッ

八幡「悪い雪ノ下、助かった」

雪乃「いえ別に……いつまで手を握ってるの」

八幡「あっ」

いろは「ひゃっ」

雪ノ下に指摘されて、素早く一色から手をどける。そういえば仕方がなかったとはいえ、いきなり女子の手を引っ張るようなことをしてしまったのだった。

八幡「あ、悪い……」

いろは「い、いえ……わたしは助けてもらったんですし、先輩が謝らなくても……」

思わず顔を横に向けてしまった。くそ、そう顔を赤くされると意識しちまうじゃねぇか!

いや、これは不可抗力。あくまで一色を助けるために必要なだけだった。おーけー?

結衣「むー……」

一色から目を逸らして他のメンバーに目を向けてみると、由比ヶ浜はマンボウのように顔を膨らませ、心なしか若干怒りをこめたような目で俺の方を睨みつけていた。

小町「ほほう……いろはさんも、もしかしてお義姉ちゃん候補だったり……我が兄ながら、隅に捨てて置けませんなぁ」

その隣では小町がぶつぶつと何かを呟いていた。こちらは何かムカつく目で俺の方を見ている。なんだその生暖かい目は。

八幡「そ、それよりほら早く部屋の中を探そう。鍵があるかもしれねぇしな!」

なんだか居心地が悪い空気が流れ始めてきたので、それをリセットするような意味を込めて、やや大きい声を出しながら部屋の中に入る。

……俺も集団の空気とか感じられるようになって来ちゃったんだなぁ。これが成長というヤツなのだろうか。

戸塚「あっ、見て八幡! 部屋の奥に宝箱があるよ!」

突然、戸塚が大声で部屋の奥を指差した。それに釣られて俺もその先を注視してみると、確かにそこには宝箱がポツンと置かれている。

おそらく、あれが扉をあける鍵の入った宝箱だろう。

いろは「ああいうのって、勝手に開けていいんですかねー?」

俺の横でぴょこっと一色がそう話しかけてくる。そういやこいつは第2ステージの道中で仲間になったから、まだ宝箱を開けるところを見たことがないのか。

八幡「いいんだよ、俺たち勇者一行は魔王を倒すためなら何をしても許される。道に落ちてる宝箱を開けようが問題ないし、なんなら他人の部屋に不法侵入してツボを割っても怒られないまである」

いろは「さすがに他人のツボ割ったら怒られませんかね……」

いやぁ、ところがどっこい許されるんだなぁこれが。

許されるどころか、もはやRPGでは勇者のテンプレ行動のひとつと言えるだろう。

一色ってRPGとかやらねぇのかな。やらなさそうだな。やりそうに見えねぇなぁ……。

雪乃「あったわ、あの部屋の鍵かしら」

いつの間にか宝箱に近づいていた雪ノ下が、その中身の鍵を見せてきた。

状況から察するに間違いない、あの部屋の鍵だろうな。

八幡「じゃあ、さっきの鍵の付いてた部屋に戻るか……」

それを確認すると、身を翻して部屋の出口に戻ろうとする。その時だった。

バタン!! と大きい音が部屋に響き渡る。

見ると、部屋の出口の扉が勝手に閉まった音であった。

八幡「誰かが閉めたのか?」

いろは「いえ、全員部屋の中にいると思うんですけど……」

一色の言うとおり、パーティメンバー7人全員が宝箱の周囲にいる。だからこの中の誰かがその扉を閉めたというのは超能力でも使わない限りあり得ない。

ということは……。

八幡「罠か!」

それに気付くのと同時に、部屋に複数体の魔物が湧き出てきた。

確かに、入り口近くに蟹の魔物が一体いるだけなのは少な過ぎると思っていたが……。

すると、近くの平塚先生がメリケンサックを手に嵌め直しながら一歩前に出た。

平塚「ふっ、いいだろう。ならばここは私に任せて──先に行けぇぇぇえええ!!」

八幡「いや……出口閉まってるんすけど……」



   ×  ×  ×


出てきた魔物たちを一掃すると、再び出口の扉が開いた。

まぁ、さっきの部屋の入り口の蟹の魔物といい、鍵を回収したら出てきた魔物の群れといい、こういうトラップ的な要素があるのもRPGのダンジョンではお約束だろう。よくあることだ。

しかし、RPGとかそういうのに慣れていなさそうな一色はぶーたらと文句たらたらであった。

いろは「ああいう不意打ちってよくないと思うんですよねー! もうちょっと心の準備をさせて欲しいっていうか」

最初の入り口の蟹の魔物に襲われた一色はぷんすかと怒っている。

しかしその怒り方すらもどこかあざとい。

こいつは怒る動作ですら計算してやらなきゃ気が済まんのか……。

雪乃「別に……いつ来てもいいように心構えをしておけば問題ないわ」

一方で、同じくRPGに慣れていないだろう雪ノ下はこんな感じだ。まぁ、こいつの場合いつも何かに備えているように見えるしな……お化けは苦手そうだったけど。

そして他の面子は全員RPG経験者なので、こういった事態があった程度では騒いでいない。戸塚と平塚先生に至ってはなんかダンジョンのお約束的な話をしている。俺も混ざりたい。

いろは「えー雪ノ下先輩だから出来るんですよそういうのはー」

雪乃「大したことじゃないでしょう。いつどのようなことがあっても対処出来るように心構えを」

ゾンビが あらわれた!▼

雪乃「ひゃあっ!!」

いろは「いろはスラーッシュ!!」ヒュンヒュン

ソンビ「うぼあーっ!」ドーン

いろは「……で、心構えがなんですっけ?」

雪乃「……」キッ

いや、なんでそこで俺を睨むんですかね……。べ、別にちょっと可愛い悲鳴あげたなとか思ってないよ?

ていうか、いろはす全然ビビってないじゃん。やっぱさっきの云々って全部計算じゃないのん……?


   ×  ×  ×


最初に行った部屋に戻ると、雪ノ下が鍵を取り出して鍵穴にそれを差し込んだ。

そしてその鍵を捻ると、ガチャリと鍵が開いたような音がする。

かぎが ひらいた!▼

わざわざウィンドウも開いて、テキストが更新された。なら間違いない。これでこの中に入ることが出来るだろう。

雪乃「開けるわよ」

さっきの反省なのかどうなのか、やや慎重に扉を開く。

しかし、今回は特に入り口付近に魔物はおらず、部屋の奥まで見渡しても特に敵のようなものは見えない。

中の部屋は、広場といっていい程広い作りになっていた。

そしてこの部屋の奥には何か台のようなものが設置されており、それの上にボタンのようなものが置かれていた。

八幡「あれが、葉山の言ってたボタンだろうな」

そういや、あっちの部屋とこっちの部屋のボタンを同時に押さなきゃいけないって言っていたような気がするのだが、葉山達のパーティはもうすでにボタンのある部屋に辿り着いたのだろうか?

そんなことを考えながら部屋の奥にまで進むと、後ろの方でまたバタンと大きな音がした。

振り返ってみると、開けっ放しにしていた扉がまた勝手に閉まっていた。ということは……。

八幡「またか……」

雪乃「魔物が来るわね」

まさか二部屋連続で同じ罠を使ってくるとはな。

それともなんだ、さっきのは今回のための演習みたいな感じだったの?

ぽっぽっと、部屋のあちこちに魔物がポップする。今回は部屋が広いだけあって、さっきより若干多めのように見える。

八幡「じゃあ、さっさと片付けるか……」

結衣「ま、待って! 魔物がどんどん出てくるよ?」

八幡「は?」

よく見てみると、魔物のポップする音が止まらずにポッポッと鳴り続いていた。

ウィンドウのテキストが次々と更新されていき、スクロールが追いついていない。

スライムが あらわれた!▼

ソンビが あらわれた!▼

クマが あらわれた!▼

ヘビが あらわれた!▼

ゴーレムが あらわれた!▼

コウモリが あらわれた!▼

カニが あらわれた!▼

ドクロが あらわれた!▼

スライムナイトが あらわれた!▼

デビルが あらわれた!▼

サソリが あらわれた!▼

アーチャーが あらわれた!▼

トカゲが あらわれた!▼

ウサギが あらわれた!▼

おっさんが あらわれた!▼

カマキリが あらわれた!▼

ジャイアントが あらわれた!▼

マシーンが あらわれた!▼

…………………………………………

……………………

…………

……

平塚「おい……これは何体いるんだ!?」

戸塚「す、すごい数だね……」

結衣「これ、倒せるの!?」

いろは「や、やばいですやばいですまじやばいです!」

小町「ぜ、全部倒さなきゃ駄目なの……?」

雪乃「……!!」

八幡「これって、まさか……!!」

モンスターハウス。

部屋に閉じ込められ、大量のモンスターに囲まれる罠。

今、俺たちは文字通りモンスターのハウスに閉じ込められてしまったのであった。

書き溜めしてから、また来ます。



      ×  ×  ×


雪乃「はぁ!!」ズバッ

小町「てやーっ!!」ヒュッ

平塚「チェストォォォオオオ!!」バキッ

戸塚「やぁ!!」シュッ

結衣「ユイファイアー!!」ゴゴゴゴ

いろは「いろはスプラッシュ!!」ドバー

八幡「グラビティ!!」モワーン

四方八方から襲い掛かる魔物の集団を相手に、俺たち勇者パーティは一言で言えば苦戦していた。

いつものパターンは前衛が魔物を押さえつけて、後衛が安全地帯から呪文を叩き込むというものだ。

しかし、こうも魔物に囲まれるとその定石パターンは使えない。

前衛が押さえ込める魔物には限りがあるし、先ほどからもうすでに何体もの魔物が後衛の方にまで侵入してきている。

この部屋に、もう安全地帯と呼べるようなところはなかった。

カニ「カニーッ!!」

いろは「先輩ガードッ!!」

八幡「ぐわぐぶぐわばらっ!?」

そして俺は、後衛に近づいてくる魔物を鈍化魔法で遅くしつつ、たまにこうやって肉の壁となって後衛陣の呪文を稼ぐ時間を稼いでいる。

いや、壁になりたくてなっているのではない。今のは一色が俺のブレザーを引っ張って無理矢理蟹の魔物に向かって突き飛ばしたのだ。絶対に許さない、絶対にだ!

いろは「よーし、いけますよー! いろはスラッシュ!」ヒュッ

カニ「カニッ!!」スパー

いろはは いろはスラッシュをとなえた!▼

かぜのやいばが あいてをきりさく!▼

俺が蟹の魔物を押さえつけている間に、一色がカマイタチのような刃の呪文を唱えて蟹の魔物を真っ二つにする。味方の呪文は俺には当たらないとは言え、自分の体を刃が素通りしていくのは普通に怖い。

結衣「ハートレスサークル!!」

ユイは ハートレスサクールをとなえた!▼

まわりのみんなの たいりょくをかいふくする!▼

由比ヶ浜が呪文を唱えると、俺たちの周りの床に光の魔方陣が描かれた。すると、その魔方陣の上に立っていた俺たちのHPが回復する。

今までノーダメージを保ってきていた後衛の由比ヶ浜や一色も致命的というほどではないにせよ、ダメージを受けてしまっているのだ。

結衣「ヒッキー、大丈夫!?」

八幡「俺は大丈夫だが、後ろにいる奴の頭が大丈夫じゃねぇ」

いろは「ひどくないですか先輩!」

いや、どう考えても酷いのはお前でしょ。

まぁこの状況でいつまでも一色を責めていても仕方があるまい。実際俺が盾になった方がいい場面だったのは事実だし。

前を向くと、前衛陣が必死に魔物の数を減らすべく奮戦していた。

雪乃「これで終わりよ」スパスパスパ

クマ「クマァァァ!!」

ユキノは ソードダンスをつかった!▼

雪ノ下が、舞うような剣技で熊の魔物の腕を、足を、顔を斬り裂く。相変わらずいつ見ても、惚れ惚れするような動きだ。

小町「千の磔-ラッシュ・ロック-!!」ゴゴゴゴゴ

ゴーレム「ウゴゴ!!」

コマチは ラッシュ・ロックをつかった!▼

がんせきが あいてにおそいかかる!▼

だーから、小町は中の人的には合ってるけどキャラに合ってない技を無理矢理使うな!!

平塚「──教えてやる。これが、モノを[ピーーー]っていうことだ」ボコッ

デビル「ビビルッ!!」

先生まで対抗して中の人ネタを使わなくても──使ってない!! 自分の中の人がヒロインやってる格ゲーの主人公の名言ではあるけど自分の中の人ネタじゃない! 先生スト2だけじゃなくて、まさかメルブ○までプレイしてたんすか格ゲー好き過ぎでしょ。

しかもよく見るとただの通常攻撃だ!! さすがにメリケンサックで死の線は見切れなかったらしい。

戸塚「アバンストラッシュ!!」ズバァ

ドクロ「ドクッ!?」

サイカは アバンストラッシュをつかった!▼

けんにためたとうきを しんくうはのようにとばす!▼

あーやったやった、傘でやった。下校中にひとりで傘振り回してたら、近くにいた女子の集団に『なにあれー』『あれヒキカエルくんじゃなーい?』『プークスクス』って笑われた辛い記憶が思い返される。

しかし戸塚って意外とこういうの好きなんだよな。やっぱり男の子か。

雪乃「キリがないわね……」

小町「ま、まだいるんですか……」

しかし、パーティメンバーの奮戦に反して魔物の数はまだまだ多い。

というか、現在進行形で新しく魔物が出没しているのだ。

いつの間にか由比ヶ浜が全体回復呪文を覚えてくれていたおかげで、今のところこれだけの数の魔物を相手に強いても戦線が崩壊する事態は起きてはいない。

しかし、いつかはMPが切れてアイテムに頼らざるを得ないタイミングがやってくる。

その時になってもこのまま戦線を保ち続けられるだろうか……?

八幡「……あ」

ふと、サブレのことを思い出した。

この世界に来てから鈍化魔法ひとつで戦い続けていたのですっかり忘れていたが、そういえば今の俺はなかまをよぶという新しい技を習得していたではないか。

今こそ、あの15メートルはあるサブレの力を借りる時ではないだろうか?

八幡「よし、頼むぞサブレ!!」

ストレージからモンスターボ○ルのようなものを取り出すと、それを素早く投げた。

瞬間、そのボールが開いて中から光が溢れ出てくる。

ハチマンは なかまをよんだ!▼

サブレ「わんわん!!」

八幡「……あれっ?」

しかしそこに出てきたミニチュアダックスフントのような犬は、かつて見た15メートルほどある巨体ではなく、3メートルほど──それでも犬にしては十分でかいが──にまで縮んでいた。

あれか、よくある敵だと強いけど仲間にした瞬間に弱くなるっていう奴か。いや、サブレが敵だった時はないけど。

まぁいい。とにかく今は犬でもなんでも欲しい状況だ。

多少縮んでも戦力になってくれるのなら問題ない。

八幡「いけっ、サブレ!! 10万ボルト!!」

サブレ「わんっ!!」

10万ボルトは撃ってくれなかった。かなしい。

しかし3メートルほどの体になったサブレは素早く近くの魔物に迫ると、その首を一瞬で食い千切った。

サブレ「わうん!!」

おっさん「ぐあああああああああああ!!!!」

うわ、ゲーム補正なかったらグロかったろうなあれ。

アーチャー「ふっ!」

近くにいた弓を構えた人形のようなものがサブレに向かって弓を放ったのが見えた。すぐに声を張り上げて、サブレに指示を出す。

八幡「避けろサブレ!!」

サブレ「わん!!」

サブレは素早くそこから飛んで弓を避けると、そのままダッシュで弓の人形に向かって突進していった。

サブレ「ガルッ!!」

アーチャー「あぐっ!」

そしてそのまま勢いを乗せた爪で一閃、人形を真っ二つに引き裂いた。

結衣「す、すごい、すごいよサブレ!!」

15メートルの巨体は何故か失っていたものの、サブレは十分以上に強かった。

動きは素早く、牙は魔物を喰い破り、爪は魔物を切り裂く。

その無双っぷりによって、魔物の勢いが大きく挫かれた。ここはサブレの勢いに生じて、攻勢に出るときであろう。

八幡「よしっ、サブレに続くぞ。グラビティ!!」シーン

……あ、あれ?

魔法が出ない?

MPを確認してもまだ残量は残っていたので、不思議に思っているとひとつの可能性に辿り着いた。

おそらく、サブレを呼んでいる間は俺が魔法を唱えることは出来ないのであろう。

まぁ、これもRPGではよくあることだ。なら、ここはサブレに任せつつ俺はアイテムの使用に専念するとしよう。アイテムも使えなかった。じゃあもう逃げ回ってるわちくしょう!!

小町「い、いやああああ!!」

突如、小町の悲鳴が響き渡った。すぐにそちらの方へ振り返ると、小町が複数の魔物に囲まれているではないか。

おっさんB「ぐへへ、いいことしようや」

おっさんC「ははは、いいではないか、いいではないか」

おっさんD「上の口では嫌がっていても下の口はどうだろうなぁ!!」

小町「お兄ちゃ──ん!!」

八幡「小町!!」

すぐに小町の下へ駆けつけようとするが、ここからでは少々距離がある。これでは間に合うか分からない──が、あいつの速さなら!

八幡「サブレ、小町を助けてくれ!」

サブレ「わうーん!!」

すると、サブレは素早く地面を蹴り、数秒もしないうちに小町の下へ駆けつけた。

サブレ「わんっ!!」

そしてそのまま牙で一体目、爪で二体目、尻尾で三体目を片付けた。あいつ、手際良過ぎだな……。

小町「わぁ~、サブレありがとっ!!」

サブレ「わうーん」

サブレは小町に軽く挨拶のように喉を鳴らすと、そのまま光の塵になって消えてしまった。

小町「サブレ!?」

そしてその光の塵は球状になり、そのまま俺の手元に返ってきた。

八幡「時間、か……」

どうやら呼び出しても、無期限にずっと戦わせられるわけではないらしい。正しく計っていたわけではないが、体感で5分程だろうか? 一定時間が経つと、サブレはまたモンスタ○ボールに戻ってきてしまうらしい。

ならもう一度呼び出せばいいと思ってモンスター○ールを投げつけようとすると、ウィンドウが出てきてテキストが更新された。

なかまは よびだせない!▼

のこりじかん 2:59:50▼

八幡「マジかよ……」

はじめてのなかまをよぶを使った経験で分かったことが複数ある。

まず、サブレはめちゃくちゃ強いこと。

サブレを呼び出している間は、俺は魔法及びアイテムを使えないこと。

サブレが戦える時間は大体5分程度であること。

そして一度呼び出すと、次に呼べるようになるまでに3時間は掛かるということだ。

5分戦わせるのに3時間待たなきゃならないとか、燃費悪過ぎでしょ……。

クマ「クマーッ!!」

カニ「カニーッ!!」

サル「ウキーッ!!」

八幡「げっ」

だが、サブレが消えようとも魔物の出現は止まらない。

サブレの活躍によって一時はこちらの有利になったと思われた戦況が、時間を経るごとにだんだんと押されてしまっているのが分かる。

クマ「くまもんっ!」

雪乃「うっ!」

結衣「ゆきのん!」

雑魚相手にはまだダメージを負ったことがなかったあの雪ノ下ですら、襲い掛かる数の暴力の前に押されつつある。

このままでは非常にマズイ……何か、何かないか……。

ゴーストA「ケケケ」

ゴーストB「ケケケ」

ゴーストC「ケケケ」

八幡「な!?」

そしてまだ出没する新しい魔物の中に、今まで見たことのない魔物が現れた。

白い球体のようなものに目がついているあれは……ゴーストと呼ぶらしい。テ○サみたいだ。

ゴーストAは ゆうれいびをとなえた!▼

ゴーストBは ゆうれいびをとなえた!▼

ゴーストCは ゆうれいびをとなえた!▼

すると、なんとそのゴーストたちは呪文を唱えて炎の固まりを複数こちらに向けて放ってきた。

今まで呪文というのは勇者パーティが使うばかりで、ボス戦を除けば相手に使われたことはない。

思えば、勝手に魔物は呪文を使ってこないと思い込んでいたのだろう。

結衣「きゃああああ!」ボゥ!

いろは「うわわっ!!」ボゥ!

八幡「由比ヶ浜、一色!!」

そのゴーストたちの呪文をまともに受けてしまったのは由比ヶ浜と一色のふたりであった。ふたりとも、予想外の位置から飛んできた呪文に対処できなかったのだ。

八幡「グラビティ!!」

素早くゴーストに向けて鈍化魔法を唱えるが、それでも止められたのは一体のみ。残りの二体は、続いて魔法を唱えた。

ゴーストAは ゆうれいびをとなえた!▼

ゴーストBは ゆうれいびをとなえた!▼

八幡「避けろ──!!」

雪乃「えっ──うっ!!」ボゥ!

小町「わわわっ!!」ボゥ!

その魔法は前衛の方に飛び、魔物と交戦中であった前衛陣のほうに飛んでいった。

だが、魔物と剣を交わしていたまま後ろから飛んできた呪文を避けることは適わずに、そのまま直撃してしまう。

まずい。由比ヶ浜と一色が体勢を立て直せていないまま、前衛も二人が吹き飛ばされてしまっている。そして当然、ゴースト以外の魔物も大量にこちらに向かってきている。

一度パーティの戦線が崩壊すると、後は個々で戦うしかない。

しかし、その圧倒的な物量の前ではひとりで押し返せる数には限りがある。

戸塚「うう……ま、まずいね……」

平塚「厳しいな、まだ魔物はいるのか……」

八幡「……」

もう前衛組のHPもそれぞれ半分を切っている。アイテムを使える隙がなさそうな現状、由比ヶ浜の回復を待ちたいところだが、その由比ヶ浜も呪文を唱える隙が見つけられていなさそうだ。

その由比ヶ浜を援護しに行こうとすれば、周りを魔物に囲まれる。万事休すだ。

このまま行けば、誰かのHPは尽きるだろう。そしてこちらの数が減れば、さらに魔物のことを抑える事が出来なくなる。そうしていった先は全滅だ。

それだけは避けなければならない。だがサブレはしばらく使えないし、他のメンバーも全員今を凌ぐだけで精一杯な状況だ。

万策尽きた。もう、この状況をどうにかする方法が思い浮かばない。

だが、なんとか。なんとかしなければ。

結衣「やだ……」

ふと、どこからか呟きが聞こえたような気がした。

だがその声はすぐに周りの喧騒にかき消された。

八幡「グラビティ!!」

ゴースト「ケケケ」

クマ「クマー!」

スライムナイト「フッ!!」

俺が鈍化魔法をいくら撃っても、魔物の集団を抑え切れない。本当にもう駄目なのか……?

結衣「やだ……やだよ……」

雪乃「ううっ!!」

小町「雪乃さん! あっ、きゃああああ!」

八幡「小町ぃ!! くっそおおおおお!!」

平塚「落ち着け比企谷っ、なんとか出来ないか……!?」

戸塚「うわっ、ああっ!!」

いろは「や、やばいです……もう、MPないです……!」

結衣「やだよ……!!」


結衣「こんなの、やだよっ!!」


刹那、どこからか光が溢れたような気がした。

その光はドス黒く──そして、部屋中がその黒い光に満たされる。

ウィンドウが開くと、短いテキストが更新されていた。


ユイは スキル『バーサーカー』をはつどうした!▼

書き溜めしてから、また来ます。

(自分の他作品のネタ持ってきたりリンクしたりすることはないので、ご安心してください)

八幡「な……!?」

黒い光が溢れ出している元を見てみると、由比ヶ浜が叫びながら杖を構えているのが見えた。

まさか、この部屋中を満たすような黒い光をあいつひとりで出しているのか?

結衣「あああああああああああああっ!!」

雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん!?」

小町「結衣さんっ!?」

由比ヶ浜の周りから溢れる黒い光は留まるところを知らず、まるで放流を開始したダムの水のように溢れている。

そこにウィンドウが開くと、短い一文のテキストが更新された。

ユイは おうぎをおぼえた!▼

八幡「奥義……!?」

これは雪ノ下が陽乃さん戦で覚えた時と同じような必殺技なのだろうか。

由比ヶ浜は、今この窮地においてそれを習得したということになる。

ならばそれはこの状況を打開する鍵となるんじゃないか……?

結衣「あああああああああああああっ!!」

いろは「ちょっ、結衣先輩大丈夫なんですかっ!?」

戸塚「由比ヶ浜さん! しっかりして!」

だが、あの黒い光を溢れさせながら叫ぶ由比ヶ浜を見ていると本当にただの救いなのかはかなり疑問だ。

正直に言って、かなりの不安を感じる。今の由比ヶ浜が正気のようには思えない。

──……バーサーカーか、あまり良いイメージはないな。不吉の前兆でなければ良いが。

──先生、それ死亡フラグっていうんじゃないすか。

城での、そんな先生との会話が思い返された。

やはり、バーサーカーという言葉から連想する不吉の予感は的中してしまったということなのだろうか。

状況から察するに、暴走状態みたいなものである可能性も高い。

このまま続けさせては、嫌な予感がする──!!

平塚「くそ、由比ヶ浜を止めなければ!」

だが、今の由比ヶ浜を止めることは出来るのだろうか。

それに仮に止められたとして、このままでは結局周囲の魔物に飲まれてやられてしまうだけじゃないのか?

ならばいっそ由比ヶ浜の暴走にでもなんにでも任せて、この状況を打破する可能性に賭けた方がいいのではないだろうか?

結衣「あああああああああああああああああっ!!!」

しかし由比ヶ浜が叫んでいるそれは、まるで悲鳴のようにも──

そして、助けを呼ぶ声のようにも聞こえた。

八幡「由比ヶ浜っ!!」

最悪あいつをぶん殴ってでも止めなければならない。大分遅れてからそう感じた俺は周囲を一回見渡す。

だが、他のメンバーは散り散りになっていて由比ヶ浜への距離が遠い。ここから一番あいつに近いのは俺だ。

一瞬遅れて、俺は近くの魔物の攻撃を避けながら由比ヶ浜の元へ駆け出し、その勢いのまま走り出した。

が、それでは遅く──そしてウィンドウにテキストが書かれた。

ユイは おうぎをつかった!▼

結衣「冥府に墜ちし狂える戦士の魂よ、今現世に具現せよ──」

由比ヶ浜が詠唱を開始すると、周りから溢れ出す黒い光が一層強まった。

八幡「由比ヶ浜っ……!!」

雪乃「由比ヶ浜さん!!」

溢れ出す黒い光によって、俺の視界もだんだんと黒く染まっていった。由比ヶ浜の姿も、見えなくなっていく。

ただ、由比ヶ浜の苦しく叫ぶ声だけが聞こえた。

結衣「──バーサーカーソウルッ!!!」

ただ、俺も、皆も、魔物も──そして、由比ヶ浜も。黒い光に染まる光景だけが見えた。

──そして全てが暗転する。

────────────────

─────────

─────

──

それから幾ばくかの時が経ち、黒い光が徐々に引いていった。

視界に光が戻り、ぱちぱちと瞼を開きながら現状を把握しようと周りを見渡す。

俺は……とりあえず無事なようだ。

雪乃「何があったの……?」

雪ノ下、無事。

小町「う……目がちかちかする……」

小町、無事。

戸塚「た、助かったの……?」

戸塚、無事。

平塚「全員生きているか?」

平塚先生、無事。

一色「生きてはいますけどー。魔物はどこいったんですかねー?」

一色、無事。

他のパーティメンバーも周りを見渡しながら、現状を把握しようとしている。

あれだけ部屋中に溢れかえっていた魔物の姿は、一匹も確認出来なくなっていた。

小町「あれ、ほんとだ。魔物いなくなっちゃいましたね」

雪乃「由比ヶ浜さんは──どこ?」

俺もそれに釣られて、由比ヶ浜の姿を探す。

おそらく、あの魔物たちは由比ヶ浜のあの黒い光によって消え去られたのだろう。

なら、その当人はどこへいった?

あれだけ苦しそうに叫んでいた由比ヶ浜はどこへいった?

戸塚「あ、いた!」

戸塚が指を差した先に視線を動かすと、少し離れたところに由比ヶ浜の姿が見えた。

どうやらあいつも無事だったようだ。ステータスを確認してみるがHPは先と変わりない。

雪乃「由比ヶ浜さん、無事!?」

由比ヶ浜の姿に気がついた雪ノ下は、由比ヶ浜に向かって走り出した。

あいつが他人のために走るようになるとはなぁ……。少し前なら考えられなかったようなことだが、今ならそうするだろうなと納得する。

もう、雪ノ下にとって由比ヶ浜はかけがえのないともだ────

結衣「……」ブンッ ガッ

雪乃「きゃっ……!!」バタッ

ち?

八幡「ゆ、由比ヶ浜?」

あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

『雪ノ下が由比ヶ浜のところへ駆け寄ったら、由比ヶ浜が杖で雪ノ下をぶん殴っていた』

な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をしているのか分からなかった……。

雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん……!?」

結衣「……」

おもいっきり殴り飛ばされた雪ノ下も、何故そんなことをされたのか訳が分からないといった困惑の表情を浮かべて由比ヶ浜の方を見た。

結衣「……」

由比ヶ浜はそれに答えず、ただ立ち尽くして倒れた雪ノ下を見下げていた。

その由比ヶ浜の表情からは何も読み取れず、そして何の感情もないように見える。

平塚「……まさか、正気を失っているのか?」

いつもの姿とはまるで違う由比ヶ浜の姿を見て、平塚先生がそう漏らした。

確かに、今の由比ヶ浜からはいつもの騒がしさの影も見えない。

ただ、無。

何の感情も、何の表情も、何の言葉も、無かった。

結衣「……」ヒュッ

雪乃「!!」ガッ

が、由比ヶ浜はすぐに杖を振りかぶると、そのまま倒れている雪ノ下に向けて振り下ろした。

それに対して雪ノ下は素早く剣を抜くと、倒れた姿勢のままその杖を受け止める。

平塚「おい、由比ヶ浜しっかりしろ!」

さすがに見かねたのか平塚先生がダッシュで由比ヶ浜の方へ向かう。

そして由比ヶ浜を押さえようと後ろから羽交い絞めにした。

結衣「……」ブン

平塚「なぁっ!?」

だが、由比ヶ浜は一体何のトリックを使ったのか羽交い絞めにされた状況から無理矢理平塚先生の拘束を解き、そのまま先生の胸倉を掴んで空高くぶん投げた。

平塚「くっ……なんて馬鹿力だ……」

幸い、平塚先生はそのまま受身を取って地面に着地した。しかし由比ヶ浜の変貌っぷりに動揺を隠せていないようだ。

結衣「……」

雪乃「くっ!」

由比ヶ浜が平塚先生とやり合っている間に雪ノ下は素早く起き上がると、由比ヶ浜から少し距離を取る。そして真っ直ぐに由比ヶ浜の方を向いた。

雪乃「由比ヶ浜さん、しっかりして!」

結衣「……」ヒュッ

だが、それに対する由比ヶ浜の返答は言葉ではなく杖を構えての突進であった。

小町「ちょーっとさすがにマズイですよ由比ヶ浜さーん!」

戸塚「由比ヶ浜さん、落ち着いて!」

小町と戸塚がそれぞれ槍と剣を持ち出しながら由比ヶ浜の方へ駆けつける。ちなみに一色はあわあわとしてるだけで動こうとはしてなかった。まぁそう言う俺も何もしてないんですけどね。だってあの由比ヶ浜こえぇもん。

一応鈍化魔法で由比ヶ浜を押さえようと撃ってはみるが、いつも通り呪文は味方への判定は無かった。一応あんなんでも由比ヶ浜は味方扱いになっているらしい。

由比ヶ浜が呪文を使わずに杖で直接殴ってこようとしているのも、あいつが攻撃呪文を使っても俺たちには攻撃判定が無いからかもしれない。

結衣「……」ヒュッ ヒュッ

小町「うわ、うわわ!」

戸塚「ゆ、由比ヶ浜さん!!」

今の由比ヶ浜は、普段からは想像もつかないような杖捌きで小町、戸塚、雪ノ下それぞれの得物をいなしている。

3人はなんとかして由比ヶ浜を止めようとしているが、あの暴走状態の由比ヶ浜は思っていたよりはるかに強く、3人がかりでもうまくいっていないようだった。

それはもちろん、3人側には由比ヶ浜に攻撃しづらいという事情もあるからだろうが……。

結衣「……」

小町「うわっ!」

由比ヶ浜が杖を振るい、小町の槍を叩き落とす。

結衣「……」

戸塚「わっ!」

そしてさらにそのまま戸塚の剣も弾き飛ばし、

結衣「……」

雪乃「っ!!」

そして雪ノ下へ杖が振り下ろされた。

しかしこれは雪乃が剣で受け止め、つば競り合いのような形になった。

だが、平塚先生が投げ飛ばされたように今の由比ヶ浜はいつもよりはるかに強いパワーを持っている。すぐに雪ノ下側が押され始めた。

雪乃「くっ!」

純粋なパワー対決は不利とみると、剣をずらして杖を流し、雪ノ下は数歩下がって由比ヶ浜から距離を取る。

結衣「……」

これだけの激闘を繰り広げながら、由比ヶ浜の顔には一切の動きが無い。

目の光は失われ、表情は無く、ただ機械のように雪ノ下へ攻撃を加えようとしていた。

仲間判定とされている今、例え物理攻撃を与えようともHPは減らせないのに。

雪乃「……由比ヶ浜さん」

正気を失って暴走状態となっている由比ヶ浜の猛攻を受けながらも、目の光を一切曇らせない雪ノ下。

剣を構え、由比ヶ浜の方を真っ直ぐに捉える。

雪乃「そういえば、あなたとは喧嘩らしい喧嘩というものをしたことがなかったわね」

雪ノ下のその言葉を聞いて、過去を振り返ってみる。今までに、すれ違いや見解の相違と言ったものはたくさんあった。あまりに多過ぎてちょっと思い出し笑いしそうになったくらい。

しかし、確かに雪ノ下と由比ヶ浜の間では喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかったはずだ。

生徒会選挙の時の対立が一番それっぽいといえばそれっぽいが、あれも喧嘩かというと少し怪しい。

雪乃「本ではよく読むけれど……実は私、喧嘩と言うものをしたことがあんまり多くないのよ」

八幡「そりゃお前と対等に立てる奴が少ないだけだ」

雪乃「そうね」

思わず口を挟んでしまったが、雪ノ下は軽く微笑んでそう返してきた。

今までいじめとそれに対する報復などは数多くあっただろうが、あれを喧嘩と呼ぶのは少々違うだろう。俺が見てきた中でも、ギリギリ三浦との諍いが入るかどうかくらいだ。

喧嘩というのは、同じレベルでないと成立しない。

雪乃「実はほんの少しだけ、喧嘩というものに憧れていたのよ」

微笑みながらそう言う雪ノ下の声は、少しだけ何かを求めているようなそんな感じがした。

雪乃「由比ヶ浜さん、あなたなら私と対等な立ち位置で戦ってくれるのかしら」

結衣「……」

由比ヶ浜は、答えないし応えない。

雪ノ下が言葉を続ける。

雪乃「由比ヶ浜さんは正気ではないしこんな状況ではあるけれど。あなたと戦えるというのは、ほんの少しだけ楽しみね」

そう笑って雪ノ下は少し腰を低くし、剣を強く握り締めた。

雪乃「みんな、少し私のワガママを聞いてもらっていいかしら」

八幡「なんだ」

雪乃「少しでいいから、私一人で由比ヶ浜さんと戦わせてくれないかしら」

そう言う雪ノ下の目は少しの喜びと──強い、想いに満ち溢れていた。

……ま、由比ヶ浜と物理戦をするのに無駄に何人もいても邪魔だもんな。

八幡「構わねぇよ、ただしあんまりヤバそうなら横槍入れるからな。小町が」

小町「小町が!?」

だって俺の呪文は由比ヶ浜に通じねぇし、木の棒一本でどうにか出来るわけねぇじゃん。

雪乃「助かるわ」

それを聞いた雪ノ下は軽く息を吸い込むと、ダッと地面を強く蹴り飛ばして由比ヶ浜の方へ跳んだ。

結衣「……」

それに対して、由比ヶ浜は素早く杖を振って雪ノ下の剣を受け止める。

ガキンッ!!

雪ノ下の剣と、由比ヶ浜の杖が衝突する音が部屋中に鳴り響いた。

雪乃「帰ってきてもらうわよ、由比ヶ浜さん!!!」

このSSが人生初めてのSSなんですけど、いつになったら完結するのでしょうか……。
一応、ストーリー的にはもう半分切ってます。もうしばらくお付き合いください。

また、明日から数日ほど更新が出来なさそうです。申し訳ありません。

そしてTBSでは26:06~、CBCでは27:07~から「俺ガイル。続」第9話が放映されます。
お見逃しのないよう。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


雪乃「はぁっ!!」

結衣「……」

ガッ! ガキン!

雪ノ下が振るった剣を由比ヶ浜が杖で受け止め、激しい衝撃音が部屋に響いた。

かれこれもう30分はこの戦いを続けていた。

その間、一瞬足りとも緊張感は途切れない。

雪乃「ふっ!」

結衣「……」

雪ノ下が袈裟切りを仕掛けると見せかけて、由比ヶ浜の杖が左肩の方へ向くと一瞬で剣を引っ込めて逆袈裟に切り替える。

しかし由比ヶ浜もすぐにそれに反応すると、杖を逆側に向けて剣を受け流す。

そしてそのままその杖で雪ノ下の首を狙うが、それを雪ノ下は少し頭を下げて避け、その体勢から切り上げようとする。

それに気付いた由比ヶ浜は地面を蹴って大きく下がり、雪ノ下の剣の届く範囲から離れた。

戸塚「す、すごい……」

小町「全然何やってるか分からないです……」

この世界にスタミナの概念は無い。体力の無い雪ノ下からしたらそこだけは幸いだ。

だが、スタミナも関係なく、そして仲間判定になっているこの二人でいくら切り合った所でHPも減らない。

この戦いの勝利条件はただ一つ、由比ヶ浜が正気を取り戻すことだけだ。

だが現状、由比ヶ浜が意識を取り返す前兆は全く見えない。

結衣「……」

雪乃「……由比ヶ浜さん」

いくらスタミナは切れなくても集中力はそうはいかないだろう。

さすがに30分もあの戦いを続けていたら雪ノ下といえどもいつかは集中力を切らすときが来る。

その前に誰かが由比ヶ浜の相手を受け継ぐべきなのだ。

しかし、あの雪ノ下に代われとは誰も──俺も、声を掛けることは出来ていなかった。

雪乃「……!!」

雪ノ下が駆け出し、そして振りかぶった剣を由比ヶ浜に向けて振り下ろす。しかしそれも由比ヶ浜は杖で受け止める。

すると、雪ノ下はそのまま剣を引くこともせずに体重を乗せて押し始めた。そしてつば競り合いの形になる。

雪乃「ねぇ、由比ヶ浜さん……今のあなたに、私の声は届いているのかしら」

結衣「……」

しかし今の由比ヶ浜の力は常識の範疇を超えている。雪ノ下を剣ごと簡単に弾き飛ばす。

それに対して雪ノ下はすぐに体勢を立て直すと、また駆け出して剣を由比ヶ浜に向けた。

雪乃「あなたはかつて言ったわよね、言ってくれなきゃ分からないこともあるって」

結衣「……」

雪ノ下が由比ヶ浜の首を目掛けて容赦なく剣を水平に振るう。由比ヶ浜は軽くしゃがんでそれを避けたが、そこに再び雪ノ下が剣で切りつけに掛かる。

由比ヶ浜はそれを杖で受け止めるが、軽くしゃがんだ後では体勢が悪い。雪ノ下の剣に押されていく。

雪乃「確かに言わなきゃ分からないこともたくさんあるのかもしれないわ……」

結衣「……」

雪乃「たとえば、あなたへの感謝とかね。思えば、色々と言葉にしてないことが多過ぎたわね」

結衣「……」

由比ヶ浜はその体勢から無理矢理後ろに跳び、距離を取ろうとする。しかし先ほどと同じ動きは雪ノ下に読まれていたか、雪ノ下もすぐさまに前に飛んで由比ヶ浜と距離を詰めた。

雪乃「私はあなたと出会えて本当に良かったわ……感謝してる。でもあなたはどうかしら……私はあまり口が上手ではないから、上手く問えないわ」

結衣「……!」

そして素早く由比ヶ浜の手元を狙って剣を振るう。先ほどと同じく首を狙われると思っていたのか由比ヶ浜は一瞬しゃがもうとしたが、狙いは違った。

そのまま剣は由比ヶ浜の手元を掠め、そして持っていた杖を地面に落とした。

狙いは、由比ヶ浜の持つ杖を落とすことだったのだ。

雪乃「あなたは、私と出会ってどう思っているのかしら──言葉で問えないなら、せめてこの剣で伝えたい」

そして武器を失った由比ヶ浜に一閃、雪ノ下の剣が振り下ろされた。

ズバッ!!

それは由比ヶ浜の左肩から右側の腰にかけて、真っ直ぐと斬られた。

八幡「一撃……入った!」

正気を無くしてから、由比ヶ浜本人に一撃を入れられたのは今のがはじめてだ。

よくゲームでは混乱状態に陥った仲間を攻撃することで、それを解除するということがある。

もしも、由比ヶ浜の暴走状態を解く方法が時間経過ではなく、一撃を与えるというものならば──

結衣「……じゃん」

雪乃「由比ヶ浜……さん?」

結衣「あたしだって……ゆきのんと会えて、良かったって思ってるに決まってるじゃん……」

雪乃「由比ヶ浜さん!!」

雪ノ下の一撃を貰った由比ヶ浜の目に、光が点る。そしてそのまま雪ノ下に駆け寄ると、強くその背中を抱きしめた。

結衣「ゆきのんの声、届いてたよ……ありがとう……ありがとう」

雪乃「き、聞かれてたの……少し恥ずかしいわ」

結衣「恥ずかしくなんてないよ! あ、あたしだってゆきのんにめっちゃ感謝してるし……今回だけじゃなくて、いつも……」

雪乃「由比ヶ浜さん……」

雪ノ下の腕も、由比ヶ浜の背中に回された。

そしてその腕も強く由比ヶ浜を抱きしめると、由比ヶ浜がえへへと笑った。



     ×  ×  ×


八幡「……押すぞ」

百合フィールドを展開し始めた雪ノ下と由比ヶ浜はさておいて、俺は部屋の奥にあるボタンのところへ向かった。

モンスターハウスだったり、由比ヶ浜のバーサーカーモードだったりで忘れかけていたが、元々この部屋に来た理由はこのボタンを押してラスボスのいる部屋の扉を開くことである。

俺はそこにあるボタンを押すことにした。

ぽちっとな。

すると、どこか少し離れたところでゴゴゴと鈍い音がするのが聞こえた。

おそらく、今のはラスボスの部屋の扉が開く音だろう。

となると葉山たちはとうにボタンを押していたのか。随分と待たせたみたいで悪いな。

八幡「……おい、由比ヶ浜。そろそろ雪ノ下を離してやれ」

雪ノ下がものすごく顔真っ赤にして恥ずかしがっていて、そろそろ見ていて可哀想だから。

結衣「あっ……ごめんねゆきのん! ちょっとくっつきすぎて嫌だったかな」

雪乃「あ、いえ、別に嫌というわけではないのよ……むしろ、由比ヶ浜さんが相手なら嬉しいわ」

結衣「ゆ、ゆきのん!」ガバッ

八幡「おい、無限ループしてんじゃねぇ」

さて、ようやく諸々が終わったような気がするが、これらはあくまでラスボスへの前哨戦に過ぎない。

本番はあくまでここからなのだ。

俺たちはラスボスの部屋と思われる部屋の前までやってきた。その扉はすでに開け放たれており、その奥には大きい空間が開け放たれている。

八幡「この先にラスボスがいるんだな……」

小町「な、長かったね……」

平塚「だが、これからが本番だ。気を引き締めろ」

いろは「えー、もう終わりでいいじゃないですかー……なんでまだあるんですかー……」

戸塚「ま、まぁ……そういえば葉山くんたちのことを待たなくていいの?」

雪乃「別に一緒に突撃しなくてもいいでしょう……なんなら、葉山くんたちが来る前に終わらせるわよ」

結衣「わっ、ゆきのんなんかすごい!」

そうして、俺たちはラスボス部屋に一歩踏み入れた。

俺たちの戦いはこれからだ!!

書き溜めしてから、また来ます。

◆//lmDzMOyo先生の次回作をご覧ください。

結衣「ゆいゆいにっき!」八幡「え?」
結衣「ゆいゆいにっき!」八幡「え?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433167863/)


で、他の息抜き用のSS書いてたら、肝心のこちらの書き溜めが進みませんでしたとさ。申し訳ありません。
明日の夜までには書き溜めしてきます。



     ×  ×  ×


雪ノ下を先頭に、俺たち勇者パーティ一行はラスボスの部屋に足を踏み入れた。

中には先ほどのモンスターハウスが起こった部屋よりさらに広い空間が広がっている。

それを見渡した由比ヶ浜がほえーと感嘆の声を漏らした。

結衣「うわー、広いねー」

その姿に、先ほどまでのバーサーカーの面影はもうない。いつも通りのアホ面を浮かべている。

なんとなくそれを眺めていると、由比ヶ浜と目が合った。

結衣「な、なにヒッキー?」

八幡「いや……もう平気なのかって思っただけだ」

結衣「あ……ごめんね、さっきは迷惑かけちゃったみたいで」

そう言って由比ヶ浜はしゅんとうな垂れた。

先ほど由比ヶ浜から少し話を聞いたところによると、どうもあの暴走状態の間の記憶はないらしい。

最後の雪ノ下の言葉を除いて、スキルが発動して魔物を蹴散らし雪ノ下と戦うまでの全てのことを忘れているようだ。

八幡「別にお前は悪くないだろ。あのスキルってのが悪い」

結衣「それは……そう、かもしれないけど」

だが、そう言っても由比ヶ浜の顔色は晴れなかった。

仕方がないので雪ノ下の方を向いてみると、はぁと軽くため息をついて由比ヶ浜へ声を掛けた。

雪乃「由比ヶ浜さん、比企谷くんの言う通りよ。私が気にしてないんだから、もう気にするのはやめなさい」

結衣「うう、ゆきのん……」

雪ノ下が由比ヶ浜の頭を撫でてそう言うと、由比ヶ浜もそれ以上何かを言うのをやめた。

しかしあれですね、君たちさっきから仲良いね。言っとくけど、がちゆりまではフォローしきれないからな?

平塚「む、見えたぞ」

平塚先生の声に、俺は再び意識をこのボス部屋に戻した。

見れば、奥のほうに黒い影が見える。あれがこのダンジョンのラスボスだろう。

パーティメンバーもそれを確認するとそれぞれ武器を構え、空気が若干ピリッとする。

やや慎重になりながらその影に近づいていくと、その影が晴れていき、全貌が明らかになった。

八幡「あれは……機械か?」

そこにいたラスボスは、なんと機械作りであった。

球体状の胴体に、そこから伸びた両腕にはそれぞれ刃がつけられている。

足は四脚になっており、胴体の中に赤く光る目のようなものが映っていた。

マシン「シンニュウシャハッケン、シンニュウシャハッケン、ハイジョシマス」

その機械のようなものは俺たちを確認すると、そう機械仕掛けの声を発しながらガシャンガシャンとやかましい音を立て、両腕の刃を光らせながらこっちに向かってきた。

八幡「中世ファンタジーじゃねぇのかよ、なんでこんな近未来的な殺人マシンみたいなのがいるんだ!!」

平塚「今はそんなことを言っている場合か!!」

マシンの振り下ろす刃から避けるように、パーティメンバーがそれぞれそこから離れた。

ドスンとすごい音がする。振り返って見れば、マシンの刃が地面に突き刺さる音であった。

戸塚「うわ、すごいパワーだね……」

八幡「食らったらヤバそうだな」

だがああいう大振りのパワー攻撃と言うものは、得てして当たらなければ意味がないのである。

あのマシンの移動速度も、刃を振るう速度も、特に目で負えないほどではない。

確かに一撃貰えばそれだけでやられてしまいそうなパワーはありそうだが、気をつければ問題はないだろう。

八幡「グラビティ!!」

俺は木の棒をマシンに向けると、そのまま呪文を唱えた。黒い重力の塊が放たれ、そのまま直撃する。

それを見た雪ノ下と平塚先生が即座に地面を蹴って駆け出した。それぞれ獲物をマシンの方に向けて攻撃を仕掛けようとする。

雪乃「はっ!」

平塚「私のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めとと轟き叫ぶ!!」

動きの鈍くなった状態ではこのふたりの攻撃に対処は出来まい。そう高を括っていた、その時であった。

マシン「ハイジョ!」ギュイン!!

そのマシンの胴体が高速で回転し、刃の付いた両腕を大きく振り回した。当然、近くにいた雪ノ下と平塚先生はその範囲内に巻き込まれる。

雪乃「きゃっ!!」

平塚「うおっ!!」

結衣「ゆきのん! 先生!!」

そのふたりは大きく吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。雪ノ下のHPは一撃で赤にまで落ち込んでおり、すぐに由比ヶ浜が駆けつけた。

雪ノ下と先生が心配だが、それは僧侶に任せよう。

それより今俺が気にするべきことは他にある。

八幡「なんだ今の高速回転……俺のデバフ呪文が効いていない?」

今のマシンの動きは、鈍化魔法を受けたものとは思えないものであった。突然の回転だったとは言え、あの雪ノ下ですら避けられないほどの速さだったのだ。

しかし、確かに俺の鈍化魔法は直撃していたはず。ならば、何故ああも早く動ける?

戸塚「八幡、もしかしてあのボスには弱体化呪文が効かないんじゃないかな」

八幡「……かもな」

となると考えられる可能性は、戸塚が言ったようにそもそもデバフ系呪文が効かない能力を持っているということだ。

それならば、俺のこれが効いていないことにも納得は出来る。

八幡「あれ、じゃあこの戦い俺やることなくね?」

戸塚「八幡、来たよ!」

八幡「うおっ!!」

そしてそのマシンは勢いよくこちらにがしゃんがしゃんと向かってきた。それに対して、戸塚が剣を構えて立ち向かう。

戸塚「やっ!!」

戸塚の振るった剣が、マシンの胴体に当たる。しかし、カキンと不快な金属音が鳴り響いただけで戸塚の剣は弾かれてしまっていた。

マシン「シンニュウシャ、ハイジョ!」

戸塚「うわっ!」

八幡「戸塚!!」

その戸塚に対して、マシンの刃が大きく振るわれた。しかし戸塚は寸前でなんとか剣でその刃を受け止める。

戸塚「ううっ!」

戸塚の体がそのまま大きく後退する。そこへ小町が槍をマシンに向けて付き立てたが、これもカキンと弾かれてしまう。

小町「か、硬いよお兄ちゃん!!」

八幡「闇雲に攻撃しても、意味は無さそうだな」

どうも、あの機械はそれなりに硬い装甲を持っているらしい。それは今の戸塚と小町の武器では全くダメージを与えられなかったことから間違いないだろう。

となれば、正攻法でダメージを与えるのは諦めるべきだ。

どこか弱点を捜しだし、そこを突くしかない。

考えろ俺。

デバフ呪文が通じず、またサブレもまだ呼び出せない現状の俺は戦闘面に置いて何の戦力にもなれない。

せめて頭脳面で何か役に立たなければ、前で戦っている彼ら彼女らに申し訳が立たないというものだ。

ひとつ、考えを思いつくと俺は一色に向かって指示を出すことにした。

八幡「一色、水の魔法を使えたよな。それを使ってくれ」

いろは「わ、分かりました!」

八幡「由比ヶ浜、雷の魔法を頼む」

結衣「分かったよ、ヒッキー!!」

ああいう機械系のモンスターというのは、大抵水と雷系統の攻撃には弱いと相場が決まっている。

ならば、このふたりの魔法ならばあれにダメージを与えることが出来るだろう。

いろは「いろはスプラッシュ!!」

結衣「ゆいサンダー!!」

一色の水魔法と由比ヶ浜の雷魔法が重なり、一種のイルミネーションのような美しい輝きが部屋を明るく満たした。

しかし、それらはすぐに容赦なくマシンに襲い掛かる。

マシン「ギ、ギギ!!」

八幡「よし、効いてる!」

やはり予想通り、あの機械には水と雷は通じるようだ。なら一色と由比ヶ浜には、このままその魔法を撃ち続けてもらうのが得策だろう。

八幡「一色はそのまま水魔法を。由比ヶ浜は雷魔法を撃ちつつ、前衛が危なくなったら回復に移ってくれ」

いろは「了解です!」

結衣「うん、分かった!」

後衛のふたりに指示を出してから、次は前衛らの方を向く。

先ほどまでのあれを見るに、おそらくこの戦いでもっとも有力なダメージソースは間違いなく一色と由比ヶ浜だ。

ならば、あの馬鹿力を振り回すマシンを前衛らで押し留めてもらうのがいいだろう。

八幡「他はあれの足止めだ。普通に攻撃しても効かねぇだろうし、回避中心で立ち回ってくれ」

平塚「ちっ、避け続けろというのは性に合わんが仕方がない」

平塚先生がそう言うと、前衛の三人はマシンの方へ向かった。するとマシンは刃のついた両腕を前衛に向かって振り下ろすが、それは空を切って地面に衝突した。

あれひとり足りねぇなと周りを見てみると、横に雪ノ下が立っていた。

八幡「どうした、雪ノ下。回復が終わってなかったか」

雪乃「いえ、それは大丈夫よ。それにしても……あなた、司令官似合わないわね……」

八幡「喧嘩売ってる暇あんなら前行け前」

提督歴ならそれなりに長いんだがな……。

まぁ、あのマシンがデバフ無効を持っている以上今回に限っては俺は戦闘面では何の役にも立てない。ならばせめて頭脳面で働こうとしたまでだ。

雪乃「でも不思議ね、あなたが後ろで指示を出してくれると思うと安心して戦える気がするわ」

八幡「はぁ?」

雪乃「任せたわよ、司令官様」

なにやら意味深な言葉を言い残していくと、雪ノ下はいつも通りものすごいスピードでマシンの方へ突っ込んでいった。

しかし、安心して戦える、ねぇ。

あいつがそう言ってくれるのなら、その期待に応えないわけにもいかないだろう。

八幡「戸塚、後ろから来てるぞ! 小町、しゃがんで避けろ!!」

ならば俺は他のメンバーが全力で戦えるように、ひたすら頭をフル回転させようではないか。

比企谷八幡、長年をぼっちで過ごした故に鍛えた思考力を今こそ発揮する時だ。

書き溜めしてから、また来ます。



        ×  ×  ×


雪乃「はああ!!」

小町「やああ!!」

戸塚「ええい!!」

平塚「受けろよ、私の速さをよォ!!」

マシン「ハイジョ、スル!!」

前衛の4人が、果敢に殺人マシンに対して立ち向かっていく。

とはいえ、物理攻撃であのマシンに与えられるダメージは微量だ。おそらく、それだけであれに打ち勝つのは不可能に近い。

だが前衛組の役割は他にある。

結衣「ユイサンダー!!」ピシャーン

いろは「いろはスプラッシュ!!」ゴゴゴゴゴゴゴ

マシン「ギギッ!!」

主なダメージソースとなる、由比ヶ浜と一色の魔法を与えるための足止めだ。

マシン「ギ、ギギ……」

この戦闘が開始してから、大体30分が経っただろうか。今のところ前衛があのマシンの周りで足止めを行なって、由比ヶ浜と一色がダメージを与えていくというサイクルに狂いは起こっていない。

前の4人は上手く交代して立ち回っており、大きなダメージを負うこともなく戦闘を進めていた。。

俺の鈍化魔法が効かず、時折機械らしく通常の生物では不可能な動きで攻撃を仕掛けてくるが、あの4人はそれぞれそれらを上手く回避している。

これがこのまま続くのなら、おそらくこのラスボス戦は余裕で片が付くだろう。

八幡「……」

ラスボスだというのに、あの陽乃さん戦やモンスターボックスを経験したせいか、だいぶ拍子抜けだな……。

が、いくらハメパターンに入ってもそのままで勝てるとは限らないのがRPGのラスボスというものだ。こういったものには、大抵何かしら仕込まれているものだ。そう例えば──

マシン「ギギギギッ、ハイジョ! ハイジョ!」

雪乃「!?」

平塚「腕が増えた、だと!?」

小町「うっわ、気持ち悪い!」

──体力が一定値を切ると、第二形態に変身するとかな。

マシン「シンニュウシャ、ブッコロス!!」

ガシャンガシャンとけたたましい音が鳴り響く。すると、そのマシンの胴体から新しく刃の付いた腕が二本生え、そして赤く光っていた目らしきものは今度は青く光っていた。普通逆じゃないのか……。

しかし、腕が倍に増えたというのは厄介だ。単純に攻撃翌量も倍に増えるわけで、つまりはそれだけ前衛の負担が増えるということ。そして前衛の負担が増えれば、それだけ後衛が狙われる可能性が高くなるということだ。

また、先ほどまでは破壊力は高いものの単調な動きが多かった。だから前衛組は今の今まで大きな損失なく立ち回れたというのもある。

そしてこういう新形態になると、新しいモーションが追加される可能性も高い。これは一度、様子を伺った方がいいかもしれない。

八幡「全員、一度下がれ! 動きを見る!」

雪乃「分かったわ」

指示を出すと、全員マシンの次の行動を警戒しつつ距離を取った。

あの4本に増えた刃の腕で、今度はどのような攻撃を繰り出してくるというのだろうか。

マシン「ギギギッ、ギ!!」

八幡「なっ!?」

すると、あのマシンは4本に増えた腕全てをがむしゃらに振り回しながらこちらに突っ込んできたのだった。

八幡「うおおおっ、逃げろ!!」

雪乃「滅茶苦茶やるわね……」

やっていることは雪ノ下の言うとおり滅茶苦茶なのだが、あいつのやっていることは確かに理に適っている。

ああいう風に常に腕を振り回していれば、前衛組は近寄ることも出来ない。かと言って、後衛組が呪文を唱えようとすればその前にあいつの突進がやってくる。

今のところ、俺たちに出来ることは逃げ回ることのみだった。幸い、マシンの走行速度は全力で逃げれば追いつかれることは無いほどの早さだ。

結衣「この機械、あたし達のことばっかり狙ってくるよー!」

いろは「なんでずっとついてくるんですか、ストーカーですか!?」

しばらくメンバーが散り散りに逃げているとある程度法則が見えてきた。あのマシンは、由比ヶ浜と一色を中心に狙っている。散々魔法をぶち当てた報復だろうか。

しかしそれが今やられると一番厳しい行動だ。前衛組はあれに近づくことは出来ないし、そのマシンに攻撃手段を持っている由比ヶ浜と一色を狙うのは確かに良策と言えるだろう。

ならば、こちらにも策がある。

八幡「由比ヶ浜、一色! 端と端に別れて逃げろ!」

幸い、この部屋は相当に広い。なら、由比ヶ浜と一色を端と端にやってしまえば片方のことが狙えなくなる。そうすることによって。狙われていない方は魔法を撃つことが出来るということだ。

結衣「わ、分かったけど、このマシンずっと追ってくるよー!」

戸塚「援護するよ、エアスラスト!!」

マシンから由比ヶ浜と一色を逃がすため、戸塚が風の魔法を唱えた。

戸塚から放たれた複数の風の刃が、マシンを切り刻もうとする。その風が直撃すると、ガキンガキンと大きな音が響いた。

今の風の刃はあの硬い装甲によって弾かれたように見える。とてもマシンにダメージを与えたようには見えない。やはり斬撃ではあの装甲にダメージを与えることは出来ないのか。

しかし今の風の刃が当たった瞬間、わずかだがマシンの動きが止まった。

結衣「今のうち! いろはちゃん、逃げるよ!」

いろは「分かりました!」

その隙をついて、由比ヶ浜と一色が逆方向へそれぞれ逃げ出す。すると機械は一瞬だけ固まったが、すぐにガシャンガシャンと走り出した。

ターゲットは── 一色だ。

いろは「ちょ、わたしの方に来るんですか!?」

結衣「待っててね、いろはちゃん!」

マシンが一色の方へ向かっていったため、由比ヶ浜がフリーになった。すぐに呪文を唱え始め、由比ヶ浜の周りに光が満ちる。

結衣「痺れちゃえ、ユイサンダー!!」ピシャーン!!

マシン「ギギッ!!」

由比ヶ浜が放った電撃が、マシンに直撃する。するとマシンはぐるんと胴体を回転させて、今度は由比ヶ浜に向かって走り出してきた

結衣「ええっ、今度はあたし!?」

八幡「一色、頼む!」

いろは「言われなくてももうやってますよー」

それを見るとすぐに一色に対して指示を出したが、それより早く一色はすでに魔法を唱える準備に入っていた。光が満ち、そして魔法が発動する。

いろは「いろはスプラッシュ!!」

マシン「ギーッ!!」

水の塊がマシンに襲い掛かる。見事に直撃だ。

するとバゴンと大きな爆発音がマシンから聞こえる。

見れば、マシンの装甲の一部が壊れ、中の機械が丸見えになっていた。

小町「ねぇ、お兄ちゃん。あの中を攻撃すれば、大ダメージ与えられそうじゃない?」

八幡「それはそうだが、あの振り回す腕の中を突っ切れるか?」

小町の言うとおり、あれは狙ってくれといわんばかりの弱点だろう。あれを突けば、おそらく小町たちの近接武器でもダメージを与えることが出来る。

しかしあのマシンは相変わらず4本の腕を振り回しっぱなしだ。あれではそもそも前衛組があそこに突っ込むことも出来ないだろう。

そこで、ふと戸塚の方へ目をやった。そういえば先ほど風魔法でもあのマシンの動きを止めることは出来た。

ならば、魔法で動きを止めている間に前衛らに突っ込んでもらうことは出来るだろうか?

八幡「危険はありそうだけどな……」

しかしそれで止まる時間は本当に一瞬だ。その間にあの刃の腕が再び動き出せば、突っ込んでいった前衛たちは一溜りもないだろう。

だが、小町は俺の腕を引っ張りながら叫ぶ。

小町「だいじょぶだよ、お兄ちゃん! やらせて!」

そういう小町の目には、熱く燃え上がるような炎が見えたような気がした。ふんすっと、気合いが入っている。

小町「ていうか、さっきから小町たち何もしてないんだよ! ちょっとくらい活躍したいよ!」

八幡「ああ、そう……」

ぶっちゃけちゃったよこの妹。まぁ、先ほどまで前衛組は囮役だったし、あの状態になってからは逃げ回ることしかしてない。

だから少々フラストレーションが溜まっているのだろう。見れば、平塚先生と雪ノ下も同じく燃えるような目でこちらを見ていた。

平塚「少々危険なのは承知の上だ。だがラスボス戦だろう? それくらい当たり前だ」

雪乃「逃げてばかりというのは、あまり肌に合わないわね……あなたとは違って」

八幡「今の流れで俺のことディスる必要なくない?」

はぁ、と軽くため息をついてから状況を見渡してみる。

あのマシンは相変わらず由比ヶ浜と一色の間を行ったりきたりしている。一見このまま由比ヶ浜と一色の間でループし続ければいつか倒せるかと思うが、そのループが出来るのは由比ヶ浜か一色のMPが尽きるまでで、そしてすでにもう一色の残りMPが僅かだ。

早いところ行動を決めなければ、今度は由比ヶ浜が追いかけられる羽目になるだろう。

前の前衛組がやる気のようだし、この3人を突っ込ませる方向で動くことにしよう。そう決めた俺は、まず戸塚に向かって指示を出す。

八幡「戸塚は後衛に移って、魔法で時間を稼いでくれ」

戸塚「分かったよ、八幡!」

ぱぁっと輝いたその笑顔には百万ドルの夜景も適わないだろう。今しばらくその笑顔を見続けていたかったが、断腸の思いで戸塚から目を離すと次に前衛の雪ノ下、平塚先生、小町に目を向けた。

八幡「じゃあ、3人は戸塚と由比ヶ浜、一色が魔法で足止めしている間にあの空いた穴を狙ってくれ。無理はしないように」

雪乃「善処するわ」

平塚「腕が鳴るな」

小町「よーし、いっきますよー!」

ねぇ、無理はしないでって言ったの聞こえてた? 俺の指示が半分くらいのところで3人とも走っていっちゃったんですけど?

まぁなんだかんだやってくれるんだろう、あいつらなら。

4本の刃の腕を振り回しながら部屋を縦横無尽に走り回るマシン。

それに追いかけられながら逃げている由比ヶ浜。

MPが切れたのか、アイテムを取り出している一色。

呪文を唱え始めた戸塚。

状況を正しく把握し、次にどう動くのが最も効率がいいかを考える。

今の俺にはそれしか出来ないし、そしてそれが出来るのは、今の俺だけだ。

思考をフル回転させる。

いざという時は俺が飛び込んで掴みかかれば数秒くらいは時間稼げるかなと考えつつも、あのマシンを倒す最良の方法を探っていった。

うん、「また」なんだ。済まない。

八幡「春擬き」
八幡「春擬き」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433333398/)

本当に素晴らしい曲なので、是非CDなどを買って聴いてみてくださいね。


それでは書き溜めしてから、また来ます。

戸塚「風の刃よ巻き起これ、エアスラスト!!」

戸塚が呪文を唱えると、周りが黄緑のような色の光に包まれる。

一瞬ふっと空気が揺れると風の刃が空から複数生み出され、それらはマシンに向かって勢いよく飛んでいった。

マシン「ギッ!」

その風の刃がマシンに直撃し、ガギンと大きな音を響かせる。

硬い装甲に弾かれたように見えたが、マシンの動きは一瞬だけ止まった。

その隙を狙って、前衛の雪ノ下、平塚先生、小町の3人が同時に地面を蹴って駆け出した。マシンの装甲の一部分に空いた穴を突くべく、ただひたすら走る。

マシン「ハ、ハイジョ!」

雪乃「!!」

だが、マシンの硬直時間は本当にわずかだった。マシンの胴体についている青色に光った目のようなものが雪ノ下たちの方を向くと、そちらに向かって4本の腕を振り下ろそうとする。

結衣「やらせないよ、ユイサンダー!」

そこへ由比ヶ浜の詠唱の声が聞こえた。

瞬間、ピカッと稲妻の一撃がマシンを襲う。マシンの振り下ろされようとした腕がピタリと止まり、それを見た雪ノ下たちはまたすぐに突進を続ける。

だがそのマシンの硬直時間もやはり長くは続かず、再び腕をピクリと動かす。

それに対して、雪ノ下たち3人は散り散りになって行動を開始した。

雪乃「私たちの誰かひとりでも、あの弱点を突ければいいわ」

そう言うと、雪ノ下はいつもの猛スピードで、真っ直ぐにマシンに突っ込んでいった。だが当然愚直に進んでいるそれはいい的だ。マシンの刃の付いた腕が、雪ノ下を襲うために振り下ろされる。

雪乃「遅いわね」

しかし、その腕は空を切った。見れば雪ノ下はわずかに体を傾けただけで、その腕の攻撃を避けていたのだった。ほんとあいつ女子高生かよ。

だがマシンの腕は残り3本、それらも全て雪ノ下に向かって振り下ろされようとしていた。

いろは「いきますよー、いろはスプラッシュ!!」

そこに、一色の詠唱の声が聞こえた。MPの回復は済ませたのか体が光に包まれている。

そして一瞬魔方陣のようなものが浮かぶと、そこから水の塊がマシン目掛けて勢いよく放出された。

その水魔法がマシンに直撃すると、再びマシンの動きが止まる。

そしてその間、前衛組は立ち止まらずにひたすら突っ切っていた。

雪ノ下たちがマシンまで残り数メートルまで来た。

そこでマシンの腕の動きが再開し、今度こそ前衛らを亡き者にしようとその刃を振るう。

平塚「私には構うな、先に行け!」

雪乃「先生!」

その刃に対して、平塚先生はメリケンサックを嵌めた拳でなんと真正面からぶつかっていた。

ガッと鈍い音がここまで聞こえる。だけども、さすがに機械の勢いよく振り下ろされた刃に人の拳では分が悪く、そのまま平塚先生が勢いよく吹き飛ばされた。

平塚「がはっ!!」

八幡「先生、無茶し過ぎです!!」

そう言いながらも、それと同時に俺はマシンに向かって駆け出していた。武器も防具もろくにない、だがこの身で出来ることもあろう。

マシンは2本の腕を地面につけ、残り2本を構えている。戸塚、由比ヶ浜、一色らは魔法を全力で唱えているが、おそらくそれは間に合わない。

そして再びマシンの腕が勢いよく振り下ろされる。ターゲットは雪ノ下だ。さすがにこの近距離、あの素早い振りでは対応出来ないだろうと思われた時だった。

小町「やーっ!!」

雪乃「小町さん!」

そこに小町が割り込み、槍で刃の腕を受け止めた。キンと金属と金属が打ち合う音が響く。

小町「行ってください、トドメを刺すのは勇者の役目うわーっ!!」

台詞を言い切る前に、マシンの腕にそのまま吹き飛ばされてしまった。だが、その姿は最高にカッコよかったぞ我が妹よ。

雪乃「これで……」

そして雪ノ下が剣を引き、そして装甲の穴に向けて突き刺そうとした。

それと同時に、マシンの残りの一本の腕が雪ノ下に振り下ろされる。

おそらく雪ノ下の剣があの穴に届く前に、マシンの刃の腕が雪ノ下に届くだろう。

だが。

八幡「うおおおおおっ!!」

雪ノ下の体とマシンの刃の間に割り込むように、俺は飛び込んだ。武器もなければ魔法もない。あるのはこの身ひとつ。

だが、それで十分だ。マシンの刃が俺の体に当たるのを感じる。だが、一瞬だけでも時を稼げれば。

雪乃「やぁああああああああああっ!!」

雪ノ下の渾身の突きが、マシンの装甲に空いた穴に吸い込まれるように打ち込まれた。

マシン「ガ、ガガガガガガガガ!!?」

八幡「ぶるあああああっ!!」

機械が、壊れたスピーカーのような不愉快な音をけたたましく鳴らしたのと、最後の一撃を貰って吹き飛んだ俺の無様な悲鳴が部屋に響いたのは、同時だった。

マシンを たおした!▼

ピロリーン

雪乃「やった……のかしら?」

結衣「ま、間に合った?」

いろは「やりましたね!」

おい、君たち。勝ったのを喜ぶのはいいんだけど、俺の心配もしてくんない? 一応HPが今の一撃だけで赤まで行ったんだけど。

だがまぁウィンドウにも出たとおり、今のでマシンを倒すことは出来たのだろう。だったら、別に回復は急がなくてもいいか──

なんてのんきなことを考えていた、その時である。

マシン「ビビビビ、ビ────ッ!!!」

雪乃「!?」

倒したはずのマシンから、不快な警告音のようなものが騒がしく鳴り出した。

まだすぐ側にいた雪ノ下は耳を塞ぎ、吹き飛ばされたせいで少し遠くにいた俺もあまりの騒がしさに顔をしかめた。

あれは一体何の音だ……そう考えていた、次の瞬間であった。

ドガンと、派手な爆発音がした。

その音のした方を見てみれば、あのマシンが最後に大きな自爆をしたようだ。

いや、それ自体はどうでもいい。

そのマシンの側にいた、雪ノ下は?

八幡「雪ノ下っ!」

結衣「ゆきの──ん!!」

当然、側にいた雪ノ下がその爆発に巻き込まれていないわけはなかった。

爆発に巻き込まれた雪ノ下の身体が大きく空に放り出され、そして地面に雑に投げ出された。

八幡「おい、しっかりし──え?」

すぐにその雪ノ下の側に駆け寄る。ステータスを確認してみると──

HPが0になっていた。

結衣「ゆきのん? ゆきのん、返事をしてよ、ゆきのん!!」

由比ヶ浜が、倒れている雪ノ下の肩を掴んで大きく揺する。

だが雪ノ下は返事をせず、指の一本足りともぴくりとは動かさなかった。

平塚「最後に自爆か……やられたな……」

小町「雪乃さん、返事してください!」

他のメンバーも雪ノ下の近くに駆け寄ってくると、それぞれ驚きの表情を浮かべていた。

今まで俺たちのメンバーの中では、一度もHPが0になったケースは起きていない。だが、今まで恐れていたことがとうとう起こってしまった。

そして、悪いことというのは重なるものだ。

──カツン。

陽乃「あっれー隼人くんたちと遊んでたら、マシンちゃんもうやられてるのー?」

少し離れたこの部屋の入り口から、どこかで聞いたことのある声と足音が聞こえた。思わず振り返ってみれば、そこにいたのはこの世界の魔王であり──

八幡「雪ノ下さん……? なんで、ここに」

──雪ノ下雪乃の姉・雪ノ下陽乃であった。

TBSでは1:46から、CBCでは2:47から俺ガイル。続第10話が──放映前に間に合いませんでしたね、一応放映数分前くらいまで書いてたんですけど。
いろはすはかわいい。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


陽乃「隼人もこっちの世界に来てるって聞いたからちょっと遊んでたんだけど、比企谷くん達もいたんだね」

薄い笑みを浮かべながら、陽乃さんはコツコツとこちらに向かって歩を進めてきた。

そういえば先ほどまでラスボス戦に集中していたのですっかり忘れていたが、このダンジョンには葉山たち一緒にやって来ている。

そしてラスボス部屋の扉も開かれたことから、あいつらはボタンを押すところまでは行ったはずなのだ。

それなのにも関わらず、ボタンを押してからそれなりの時間が経った今でも葉山たちのパーティがラスボス部屋にやってこなかった理由。

それは、まさか──

八幡「……葉山たちに、会ったんですか」

陽乃「うん、まぁちょっとね」

陽乃さんは俺たちから少し離れたところで立ち止まると、ふっと笑った。

陽乃「隼人たちもさー、雪乃ちゃんと一緒であんまり強くなくてさ。あの金髪の子? のHPを0にしてあげたらそれだけでパーティがガタガタになっちゃってて、あまりにつまらないからこっちの様子を見に来たんだけど」

金髪の子……三浦のことだろうか。

今の陽乃さんの言葉を信じるのであれば葉山たちがこの部屋に来ることができなかったのは、おそらく陽乃さんと戦闘になっていたからだろう。

そして三浦がやられてしまい、陽乃さんはそこで戦闘を切り上げた、と。

……どうして、あの葉山が陽乃さんと戦闘という流れになったのかは分からないが。

陽乃「ついでだからここに配置してたマシンの様子を見に来たら、たまたま比企谷くん達もいたってわけ。なるほど、隼人は比企谷くん達に協力して貰ってこのダンジョンの仕掛けをクリアしてたんだね。ところで雪乃ちゃんは?」

結衣「……!!」

陽乃「あら」

陽乃さんの目線がしばらくきょろきょろと動くと、由比ヶ浜の腕の中でぐったりと横になっている雪ノ下を捉えた。すると、陽乃さんの表情が一瞬失望したように無になった。

しかしすぐにまた薄ら寒い笑みを浮かべ直すと、俺の方を向いた。

陽乃「雪乃ちゃん、瀕死状態じゃない。何があったの?」

八幡「……ここにいたラスボス戦で、少し」

陽乃「ふーん」

そうつまらなそうに呟くと、踵を返して俺たちに背を向けた。

陽乃「あーあ、つまんないの。ここにいたのって結構弱かったと思うんだけど、雪乃ちゃんってばそんなのにやられちゃうんだ」

平塚「おい、陽乃。言葉を慎め」

陽乃「事実でしょ」

言葉通り本当につまらなさそうにそう言うと、一瞬だけこちらの方に振り返った。

八幡「!!」

その陽乃さんの目はこちらがぞっとするほど冷たく、そして何かが奥に隠されているような印象を受けた。

陽乃「雪乃ちゃんが死んでるんなら興味ないや、じゃあね」

ハルノは しゅんかんいどうをつかった!▼

そうそっけなく言うと、陽乃さんの身体が一瞬光のようなものに包まれる。そしてウィンドウに短い一文が書かれると、その姿はどこにも見えなくなった。

瞬間移動まで身につけてるのか……魔王城にいるとか言いながら、前回のダンジョンにいたり今回のダンジョンにいたりしたのは、その呪文のせいか。

八幡「……」

相変わらず陽乃さんは、底が見えない。一体何を目的にしているのかさえも、未だによく分かっていない。

そして、雪ノ下が死んでいるなら興味がないとは? 雪ノ下にだけ用があるのか?

考えても答えが出てくることはない。

結衣「そ、それよりゆきのんどうしよう! 起きないよ!」

八幡「あ、ああ」

そうだ、今はそれより雪ノ下の件を解決する方が先決だ。

ステータスをもう一度確認する。雪ノ下のHPは0となっており、状態のところには『瀕死』と書かれている。

おそらくだが、ポケ○ンと同じ感じで本当に死んでいるわけではないだろう。

それに、確か最初のダンジョンで小町が宝箱から『復活の薬』という蘇生アイテムを入手している。それを使えば、雪ノ下のことを復活させることが出来るだろう。

俺は四次元ストレージからその『復活の薬』を取り出す。すると、ガラス瓶が出てきたのでそれを由比ヶ浜に手渡した。

八幡「確かこれが復活出来るアイテムだ、それを使ってやれ」

結衣「わ、分かった」

由比ヶ浜はそう返事すると瓶の蓋を開けて中から飴のようなものを取り出し、そして雪ノ下の口へ運んだ。

結衣「……あれ」

しかしその飴を雪ノ下の口元へやっても何も起こらない。当然、意識のない雪ノ下が口を動かすこともない。

小町「どうすれば食べてくれますかね」

八幡「瓶になんか説明書いてないのか」

結衣「あっ、今読むね」

由比ヶ浜が瓶を持ってウィンドウを開いて、出てきたテキストを読み始めた。

そういや、前にも死んだ奴にどうやってあの飴っぽいのを食わせるのか考えたけど分からなかったんだよな。

しばらくふむふむとウィンドウに出てきたテキストを読んでいた由比ヶ浜だったが、突然固まるとカタンと瓶を手から落とした。

見てみれば表情も凍り付いており、口をぱくぱくさせている。

八幡「……どうした?」

結衣「ヒヒヒ、ヒッキー、こ、これを見て」

思わず声を掛けると、ようやく動き出した由比ヶ浜は何故か顔を赤らめながら瓶を俺に手渡してきた。

なんだなんだと思いながらそれを受け取り、そしてウィンドウを開いた。

ふっかつのくすり▼

ひんし じょうたいから たいりょくを ぜんかいふくする▼

しようするには くちうつしで たいしょうにたべさせる▼

八幡「……」

目をごしごしとこすって、もう一度そのテキストを読み返した。

しかしその内容に変わりはなく、ただそう書いてあるだけだった。

小町「なになにどしたの……わっ、これは……」

いろは「わわわ、口移しですか?」

平塚「な、なんだと……!?」

戸塚「す、すごいね、なんだか……」

他のメンバーも横からそれを除き見ると、それぞれリアクションを取っていた。

……なんで、なんで蘇生アイテムを使うのに口移ししなくちゃならないんですかね。

結衣「ね、ヒッキー……どうしよ?」

あははと、無理矢理浮かべたような愛想笑いをしながら由比ヶ浜がこちらにそう話を振ってきた。

……いや、俺が知るかよ。


陽乃「へくちっ。ううっ、なんか面白いものを見逃した気がする……」

息抜きと称して他のSSばっか書いてそうに見えるかもしれないですが、一応あくまでメインはここです。はい。

書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


八幡「……さて、どうするか」

由比ヶ浜の膝枕の上で意識を失っている雪ノ下を見下ろしながら、俺はそう切り出した。

現在雪ノ下のHPは0になっており、瀕死状態となっている。

話しかけても、体を揺すっても一切反応が無い。

これで口付けしないと起きないとか、まるで白雪姫である。雪ノ下だけに。

もしこれで俺が死んでいたのなら、マジで死んだゾンビを扱うが如く投げ捨てられていただろう。……ほんと、陽乃さんの時スキルで死んでなくてよかった。

結衣「え、えーと……口移しって……」

由比ヶ浜結衣は、あははと愛想笑いを浮かべながら膝に乗せている雪ノ下の顔を見つめた。

その口元には……そこで俺は目を逸らした。変に意識してしまって仕方が無い。

平塚「…………」

平塚静は目を瞑り、腕を組んでどんと立っていた。……よく見ると肩とかがぷるぷる震えている。あの、先生? 一応彼氏いたことあるんですよね? キスくらい経験ありますよね?

戸塚「あ、あはは……どうしようね?」

戸塚彩加は、由比ヶ浜のように愛想笑いを浮かべてどうしようかとこちらに目線を向けてきた。ふと、戸塚の唇に視線がいってしまう……もう、間違ってもいいかな?

いろは「えーと、これどうするんでしょうかね……」

一色いろはも、またどうしましょうという視線を俺に向けてきた。いや、だから俺に振られても困るんだが……。

このだだっ広い部屋に沈黙が漂う。

先ほど陽乃さんが来襲したときの緊張感溢れる沈黙とは違い、どうすればいいのか分からない気まずい沈黙だ。

小町「そーですねー、まぁ雪乃さんも女の人ですしー」

しばらくどうすればいいのか考える振りをしていると、小町の間延びした声がその沈黙を破った。

なんか思いついたのかと小町を見ると、小町もまた俺の方を見ていた。

小町「お兄ちゃんがやっちゃえばいいんじゃない?」

八幡「アホか」

だが俺はそれを一言に断って、妹の頭にチョップを食らわせた。

正直、小町がそうからかってくるのは予想済みだ。

ここにいる男は俺一人だし、いつも変な気を回してくる小町がどうこうしてくるのは目に見えている。

……あっ、戸塚もいたわ。

小町「えー、お兄ちゃんここはチャンスでしょチャンスー」

だが、小町はしつこく俺の手を掴んでぶんぶんと振り回す。

八幡「あのな……」

小町の手を振り払って、それから目を背けた。

すると、一色と由比ヶ浜がこちらを向いていることに気がついた。

八幡「……どうした」

いろは「……いえ、先輩だったら喜んで雪ノ下先輩にぶっちゅーってやると思いまして」

ぶっちゅーってなんだよ、ぶっちゅーって。その言い方古くない? 平塚先生が言うならまだ分かるんだけど。

結衣「……」

で、由比ヶ浜の方はマンボウのように頬をぷっくりと膨らませたまま俺のことを睨んできていた。

心なしか顔が赤く見える。

ゲームなのにほんとこういう細かい表現しっかりしてるな。いや本当にゲームなのか知らんけど。このやり取り何回目だよ。

結衣「……ヒッキー」

八幡「……なんだよ」

少しの間、俺のことを睨み続けていた由比ヶ浜がようやく口を開いた。

名前を呼んでから、しばらくもごもごと口を動かしていたが、突如何かを決めたように顔を上げる。


結衣「ヒッキー、ゆきのんに……してあげて」



八幡「……は、なんだって?」

由比ヶ浜が言っている言葉が理解できず、思わず聞き返してしまった。

別にどこぞの難聴ではない。言葉はしっかり聞こえていた。

だが、その上で理解できずに聞き返してしまったのだ。

結衣「だ、だから……ヒッキーがやってあげてって言ってるの!」

顔を赤くし、目を見開きながらそう大声で叫ばれた。

いや、言われ直してもやっぱり意味がわからない。

八幡「……なんで俺がやるんだよ、お前がやればいいだろ、百合ヶ浜」

結衣「ゆ、ゆり……? や、でもほら、あたし達……女の子、どうしだし……」

胸の前で人差し指どうしをつきあわせ、由比ヶ浜はぼそぼそと呟いた。

ばかねぇ、あんた。女の子どうしだからいいんじゃないの! ほら、ユキ×ユイとかあると思わない? 考えるだけで、こう、なにかがこみ上げてきますよ。

八幡「……じゃあ、平塚先生とかどうすか。人口呼吸のやり方とか教師なら知ってるでしょ」

平塚「は、はぁ!?」

何故か、話を振られた平塚先生はあたふたしていた。

八幡「生徒のピンチですよ、ほら先生出番です出番」

平塚「あっいや……そりゃ生徒のピンチを助ける教師には憧れるがな……」

だが、平塚先生にしては珍しく歯切れが悪い。

こちらとしては平塚先生にやってもらうのが一番収まりがいいと考えているのだが。

平塚「……いや、私も比企谷がやるべきじゃないかと思うよ」

八幡「はぁ!?」

なんと、まさか平塚先生までが由比ヶ浜サイドについてしまった。おいあんた教師だろ。

八幡「何考えてるんですか」

平塚「あまり私が口を出すべき場面ではないと思うのでな。タバコを吸ってくるので、私は席を外そう」

八幡「えっちょっ」

平塚先生はそう言うと、タバコを加えながら手を振りそのまま部屋の出口の方へ向かっていってしまった。

後には、俺、由比ヶ浜、小町、一色、戸塚が残される。

再び気まずい沈黙がやってきた。

しかしこのままでは埒が明かないのは確かだ。雪ノ下をこのまま放置するわけにもいかないし。

誰かがやらなくてはならない。

平塚先生がやるのが一番、そうでなければ由比ヶ浜がやればいいのにと思っていたが、何故かこの二人が揃って俺に押し付けようとしている。

八幡「……なぁ、由比ヶ浜。頼めないか?」

一応、確認するようにもう一度由比ヶ浜にそう言った。

しかし由比ヶ浜は首をぶんぶんと振ると、いつもより真面目な顔で俺の方を向く。

結衣「駄目だよ……ゆきのんもさ……ヒッキーの……方が……」

最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかったが、断られたのだけは分かった。

百合ヶ浜もとい由比ヶ浜さんがやってくれりゃ誰もが納得してくれると思うんだけどなー。

しかし由比ヶ浜の決意は固そうだし、仕方が無いので他に頼むしかあるまい。

そう考えて、周りを見渡した。

八幡「……」

戸塚「八幡?」

戸塚は──こんなんでも一応、男の子だ。さすがに任せるのはマズかろう。

いろは「……先輩?」

一色は頼まれてくれるだろうか?

平塚先生はどっか行っちゃったし、由比ヶ浜はああだし、戸塚に任せるのはマズいし、小町は俺がやらせねぇとすると、他に候補が一色しかいない。

駄目元で一色に頼んでみることにした。

八幡「なぁ、一色。お前が」

いろは「お断りします」

言い終わる前に断られた。せめて話は最後まで聞け。

八幡「……やっぱ、女どうしじゃ抵抗あるか」

いろは「まぁ、それもありますけど……」

一色はもじもじと指をあわせると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

いろは「……あたしも、先輩がやった方がいいって思いますから」

八幡「……」

一色も、由比ヶ浜サイドについてしまった。

戸塚はかなりばつが悪そうにしているが、特に何か言い出そうとする様子ではなかった。

小町「んー、満場一致ですねー。じゃ、ほらほらお兄ちゃん」

八幡「しゃーねぇな……葉山たちが着くのを待つか」

小町「なんでそうなるの!?」

いや、だって、ほらねぇ?

俺に口付けされるとか、さすがに雪ノ下さん怒るでしょ……と後ろ頭を掻きながらパーティメンバーを見てみる。

八幡「……げっ」

すると由比ヶ浜、一色、小町が、俺が思わず後ずさりしてしまうほど怖い目でこちらを睨んできていた。

小町「はぁ……ヘタレとは思ってたけど……ここまでとは」

いろは「ちょっと、葉山先輩にはやらせませんよ」

結衣「……………………」

中でも由比ヶ浜がダントツで怖い。

その由比ヶ浜が、ポツリと声を漏らした。

結衣「ヒッキーはさ、いいの?」

八幡「なにがだよ」

結衣「ゆきのんと……隼人くんがさ、キスをしても」

八幡「いや、キスってわけじゃ……」

ふと、雪ノ下と葉山が口付けを交わす妄想が脳裏を掠める。

美男子と美少女の口付け。

それはもう、絵に飾っても様になるような光景だろう。

八幡「……」

だが、どうしてか。


自分の胸が、一瞬ざわつくのを感じてしまった。


小町「……お兄ちゃん? なんか怖い顔してるよ」

八幡「へ? ああ、悪い」

言われて、つい自分の顔の筋肉が強張っていたことに気が付いた。

別に怖い顔とか、そんなのをしたつもりはなかったのだが。

はぁと小町が大きいため息をつく。

小町「そんなに他の人にやらせたくないなら、お兄ちゃんがやればいいのに……」

八幡「いや別にやらせたくないとか、そんなんじゃ」

小町「はいはーい、もういいから。人命救助なんだから仕方ないと割り切って」

そう言って、小町は強引に蘇生アイテムの入った瓶を俺に押し付けてきた。

八幡「……」

結衣「……」

いろは「……」

由比ヶ浜と一色が、ジト目とも睨みともつかない目で俺の方を見ていた。

…………はぁ。

八幡「……人命救助だからな、仕方なくだぞ」

そう自分に言い聞かせるように、言い訳を口にしながら瓶の蓋を開けた。

ポンっと、軽快な音が鳴る。

八幡「……」

その中にある飴を取り出して、それを眺めた。

……全部お前が悪いんだからな。

結衣「ヒッキー……」

八幡「……ていうか、お前らここにいる必要なくね? 出来れば見て欲しくないんだが……」

結衣「え? ああうん、ごめんね気が利かなくて」

由比ヶ浜はそうあたふたしながら言うと、膝に乗せていた雪ノ下を俺に渡してきた。

小町「えー! 小町は見てたいけど」

八幡「アホ。悪い由比ヶ浜、小町を連れていってくれ」

結衣「あ、あはは……ごめんね小町ちゃん、あたし達はちょっと出ていこ?」

小町「お兄ちゃんのばかーっ! へたれーっ! 八幡!」

いや、なんで俺の名前を悪口のように言うんですかね?

いろは「……」

戸塚「じゃ、じゃあぼくたちも外にいるね」

八幡「ああ」

一色と戸塚も最後に一瞥すると、由比ヶ浜についていって部屋から出て行った。

このだだっ広い部屋に、俺と意識のない雪ノ下だけが残される。

八幡「……はぁ」

雪乃「……」

……もう、あれこれ考えるのをやめよう。

そうだ、仕方ないんだ。これは人命救助。人口呼吸とかと一緒。

そう頭の中で言い訳を続けながら、俺は飴を自分の口に放り込んだ。

そして──




    ×  ×  ×


雪乃「……ここは」

結衣「あっゆきのんが起きた!」

……しばらく経って、雪ノ下が意識を取り戻したのか、由比ヶ浜の声が聞こえてきた。

ちなみに俺は部屋の端で体育座りをしながら顔を膝に埋めているので、その光景は見えていない。

小町「お兄ちゃーん、雪乃さん起きたよー!」

八幡「……」

……。

小町「ちょっと? お兄ちゃん?」

俺の側にまでやってきた小町が、肩をゆらゆらと揺らしてきた。

八幡「……いや、そのほっておいてくれない?」

小町「そういうわけにもいかないでしょ、ほら行くよ」

八幡「あっおい」

小町に無理矢理手を引かれ、雪ノ下たちが集まっているところへ連れて行かれる。

ふと、その中心にいる雪ノ下と目があった。

雪乃「……どうしたのかしら?」

八幡「……なんでも」

思わず、雪ノ下の口元に視線が行ってしまった。

……死にたい。

感謝のやっはろーの方が完結しましたので、そちらの方もよろしくお願いします。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



    ×  ×  ×


平塚「見つけたぞ、これが葉山の言っていた魔王への攻略に役に立つアイテムというやつだろう」

しばらくどこかに行っていた平塚先生が、何かアイテムを手に持ったまま帰ってきた。

そういえばすっかり忘れていたが、元々このダンジョンにやってきた目的はその対陽乃さん用のアイテムとやらを回収するためだったな……。

平塚「この部屋の奥に隠し部屋があってな、そこの宝箱の中に入っていたよ」

八幡「一人でトレジャーハンターやってきたんですか……で、一体どんなアイテムなんですか」

俺がそう尋ねると、平塚先生はそのアイテムを投げて渡してきたのでそれを受け取る。

それはスイッチのついた箱のような物だった。

その箱のようなものの説明を見るためにウィンドウを開く。

アイテムせつめい▼

なまえ:タイムストップ▼

すこしのあいだ、あいてのじかんをとめる すごいスイッチだ!▼

一度つかうと、きえてしまう▼

八幡「時間停止アイテム……?」

ゲームでも時間停止系のアイテムや呪文というのはたまに見かけるが、相手の身動きなどを全て止めるという性質から極めて強力であり、そして大抵の場合貴重なアイテムだったり払うコストが大きかったりする。

なるほど、ラスボスを倒して手に入れた甲斐はありそうな強力なアイテムだ。時よ止まれ! ザ・ワールド!

とはいえ、説明にも書いてある通り一度使い切りのアイテムのようだ。これは確かに、ラスボスになると思われる陽乃さん戦まで取っておくのがいいだろう。まぁ俺は取っておいたエリクサーを肝心のラスボス戦で使わないで、後から使ってなかったことに気が付くタイプなんですけどね。

平塚「時を止めるとは、まさにラスボス戦での必殺技に相応しいじゃないか。ところでどれだけの間、時を止められるのだろうな」ドドドドドドドドド

説明には少しの間としか書かれておらず、具体的な時間は書かれていない。血とか吸ってないけど9秒間くらい止まるかなぁ……。

まぁ、何分も止められると期待はしない方がいいだろう。そう適当に考えながらそのスイッチを四次元ストレージに放り込んだ。……四次元に干渉出来るなら普段から時を止められてもいいだろうに。

結衣「あっ、隼人くん達だ」

由比ヶ浜の声に振り返ってみると、部屋の入り口に葉山たちのパーティがやってきていた。

しかし、その葉山たちの雰囲気は暗い。

葉山「すまない……随分と遅れた」

八幡「……災難だったな」

まぁ、さすがに陽乃さんと戦闘になっていたのならば仕方があるまい。俺たちもあの陽乃さんの強さは身をもって知っているので、あまり責めづらいというのが本音だ。

軽く葉山たちの面子を見渡してみる。

戸部ら3バカはどうでもいいとして、海老名さんはいつもよりやや無理に笑顔を浮かべている印象を受けた。そして三浦は……なんでか、顔真っ赤。

──隼人たちもさー、雪乃ちゃんと一緒であんまり強くなくてさ。あの金髪の子? のHPを0にしてあげたらそれだけでパーティがガタガタになっちゃってて。

ふと、陽乃さんの台詞が脳裏を駆け巡った。

……HP0、復活の薬、ちょっと気まずそうな海老名さん、顔を真っ赤にしたままの三浦、そして葉山。

あっ。(察し)

しかし雪ノ下が……された記憶がないということは、三浦も同じようにその時の記憶はないはずだろう。

なのに顔を林檎のように赤くしているということは、復活の薬の使用方法を知っていた?

いや、それはあまり三浦のイメージに合わないな。

だとしたら……葉山、まさか伝えたのか……?

あいつ男かよ、やるなぁ。

ちなみに雪ノ下には瀕死状態になってから復活の薬を使って蘇生させたことまでは説明したのだが、その経緯については何の説明もしていない。いやね、そりゃもう無理ですわ。当の本人は瀕死状態になってしまったことについて反省しっぱなしだったので、その経緯について特に気にしていなかったのが幸いだ。

まぁ、これで実は葉山以外がやっていたとかだったら腹を抱えて転げるほどのコントなのだが、三浦の顔が赤くなっているのはどう見ても怒りからくるものではなく羞恥か嬉しさからくるものであろう。

結衣「優美子、大丈夫?」

三浦「……えっ、いや大丈夫……へへへ……」

うっわ、めっちゃ幸せそう。リア充爆ぜろ。

八幡「さっさと戻ろうぜ、早く寝てぇし」

これ以上あの雰囲気に当てられるのも嫌なので、そう言って帰宅ムードを作ろうとする。

事実、対陽乃さん決戦兵器も葉山パーティも回収した以上ここに長居は無用だ。さっさと帰ってさっさと寝るに限る。

ベッドが俺を待っている……そんなことを考えていると、葉山が俺の方に向かってやってきた。

それに気が付いて葉山の方に顔を向けると、葉山はやぁと軽く手を挙げた。

葉山「アイテムの回収は済んだのか?」

八幡「ああ、悪いが先に貰っちまった」

葉山「構わないよ、元々雪ノ下さん達に渡すつもりだったんだ」

そう快活に言う葉山だったが、やはりどこか雰囲気は重い。

その理由は三浦の件なのか、それとも……。

葉山「……そういえば、陽乃さんと出会ってね。戦うことになったんだけど、完敗だったよ」

……どうやら、葉山の気分が沈んでいるように見えるのは陽乃さん戦の敗北を引きずっているからのようだった。良かったな三浦まだワンチャンあるぞ、Yだし。ワンチャンのY。

八幡「ああ、雪ノ下さんに聞いた」

葉山「こっちにも陽乃さんが来ていたのか?」

八幡「ついさっきまでな」

そう言うと、葉山の視線が少し離れたところにいる雪ノ下の方に向けられた。

その雪ノ下は小町や一色らと囲んで談笑しているようだ。……小町、一色、お前ら下手なこと漏らすんじゃねぇぞ。

八幡「そういや、お前なんで雪ノ下さんと戦ったんだ」

葉山「……あっちから仕掛けてきたからな。多分向こうは遊びのつもりだったんだろうけど、俺は手も足も出なかった……そのせいで優美子は……」

ギリッと歯軋りをする音が俺の耳にまで届く。

そう言った葉山の顔は酷く苦々しそうにしており、拳を強く握り締めていた。

八幡「……そんな気にすることかよ、ありゃ相手が悪い」

そう適当に声をかけると、葉山が驚いたような顔で俺の顔を見た。

葉山「……慰めてくれているのか? 君にしては珍しい」

八幡「は?」

いや、別にそんなつもりは全くなかったのだが。べ、別にお前のことなんてどうでもいいんだからねっ!!

八幡「ばっ、ちげーよ、事実だろ。俺たちも雪ノ下さんにボッコボコにされたしな」

葉山「……そうか」

葉山はそう言って顔をあげると、身を翻して三浦や由比ヶ浜たちがいる方へ足を向けた。

葉山「済まない、時間を取らせちゃったな。それじゃあ帰ろうか」

そう号令をかけると、他の皆もぞろぞろと出口に向かい始める。あっれー、おかしいな。俺が帰ろうって言った時は誰一人反応してませんでしたよね……?

これが日陰者とリア充の発言力の違いか……とやや遠い目をしていると、誰かが俺の近くにまでふらっとやってきていた。

海老名「や、ヒキタニくん」

八幡「海老名さん……」

はろはろ~と手を振りながらこちらに近づいてきた赤いフレームの眼鏡をつけた女子──いや腐女子だが──海老名姫菜は、俺の顔を見るとふふっと軽い微笑みを浮かべた。

海老名「ねぇねぇヒキタニくん、隼人くんとはどう? 最近すごい仲いいよね? はやはちあったりするんじゃない?」

八幡「ねぇよ、ねぇ」

即座に否定すると、海老名さんはさも愉快気に笑った。本当にやめてくれ。俺はあいつのことは嫌いだ。

そして、海老名さんは笑顔をひっこめると急に真顔になり、小声で言葉を紡ぎ始めた。

海老名「……ヒキタニくんならさ、たぶん隼人くんのことを受け止めてあげられると思うんだ」

八幡「……」

海老名さんの言葉に対して、俺は沈黙で答えた。

……冗談じゃない、なんであんな奴のことを受け止めてやらにゃならんのだ。

しばらく黙っていると、海老名さんは腐腐腐と笑いながら顔を上げた。

海老名「やっぱり、時代ははやはちだよ! 時代と、あとわたしも、はやはちを求めてるんだよ!」

八幡「嫌に決まってんだろ……」

どう考えても、求めてるのは海老名さん一人なんだよなぁ……。

海老名さんはしばらく腐腐腐と恐ろし気な笑い声を漏らしていたが、不意に眼鏡のフレームを指で押し上げた。光が反射して、彼女の視線の先が分からなくなる。

海老名「多分、隼人くんはわたし達には何も言ってくれないからさ。でもきっと、ヒキタニくんなら頼りに出来るんだと思う……」

小さな声で呟かれた言葉、ともすればともすればそれは聞き逃してしまいそうなほどにか細かった。

その真意を問おうとすると、アホっぽい声が大きく聞こえてきた。

結衣「姫菜ー、ヒッキー、置いていっちゃうよー」

海老名「あっごめーん、すぐに行くねー」

由比ヶ浜の声に海老名さんも大きな声で答える。身体を由比ヶ浜のほうに向けながら、ちらっと俺の顔を見た。

海老名「じゃ、また今度はやはちについて熱く語り合おうね!」

八幡「その今度は二度とこねぇよ」

だが俺のその否定は聞こえてたのか聞こえていないのか、そのままたたっと由比ヶ浜のほうへ走り去ってしまった。

俺もゆっくりと、その後を追う。足を一歩前に進めながら、海老名さんの言葉を思い返していた。

葉山が俺に何かを言う事など、まして頼ってくることなど金輪際ないだろう。

葉山は俺なんかよりすごい奴だ。

決して対等などではない。

俺が葉山を助けることなど、ありえるわけがない。

……だがきっと、これも俺が勝手に葉山に期待しているだけなのだろう。

あいつは、常にすごい奴なのだと。




      ×  ×  ×


八幡「つ……疲れた」

城の広場のソファーにどかっと座りながら、はぁと大きな息を吐く。

あの後、再びパーティが13人になってからは特に想定外の事態も起こらずに3の国の城にまで無事帰還した。

なんなんだよ、毎回そうだけどなんでダンジョンってあんなに広いのにワープ機能ねぇんだよ、なんで毎回歩いて帰ってこなくちゃならねぇんだよ。

スタミナの概念はなくても、普通に精神面での疲れがどっと来る。

おまけに帰り道でもまた雪ノ下と三浦が魔物狩り競争始めるし。お前らさっきまで死んでたんだよね? 随分と元気ですね? あっ、そのことを思い出すと俺が死にたくなるからやめよう。

小町「疲れたおじさんのような声出しているねー」

ソファーの背もたれにだらしなく寄りかかっていると、我が妹・小町がこちらに向かってやってきた。

小町「なんか会社帰りのお父さんみたいだよー、小町的にポイント低ーい」

八幡「なに、そりゃ聞き捨てならねぇ」

あのクソ親父に似てきたということは、小町からの好感度も親父に似てくる可能性があるということだ。それだけは避けねばなるまい。小町に嫌われたら多分アパホテルから飛び降りる自信がある。ちなみに千葉県で一番高いホテルのことね。

小町「全く、働く気がないのに雰囲気だけ疲れた社会人みたいとか、ほんとどうしようもないよねー」

そう呆れたように言ながら、小町は俺の隣にぽすっと可愛らしく座った。俺の妹がこんなに可愛いわけがない。

しばらくの間座ったまま黙っていた小町だったが、突然俺の肩に頭を乗せてきた。

そして、小声でぼそっと呟く。


小町「……雪乃さんの唇はどうだった?」


八幡「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

思わず声にならない悲鳴をあげると、小町がジト目で俺の顔を見つめてくる。

小町「ちょっとお兄ちゃん、そんなリアクション取らないでよ。こっちが反応しづらくなっちゃうでしょ」

八幡「お前な……」

妹のジト目に対してやや強めに睨みつけたが、小町はぷいっと顔を逸らしてしまった。

八幡「……あの時は流されちまったけど、やっぱ俺がやるべきじゃなかっただろ。たとえ女どうしだろうとお前らの誰かがやるべきだった。雪ノ下のことを考えればな」

小町「まーだそんなこと言ってるのごみいちゃんは」

そう言うと、小町がむくれながら俺の頬を指でぐりぐりと押してくる。痛い痛い。ゲームだから痛くないけど。

小町「……雪乃さんは、他の誰にやられても嬉しくないでしょ」

八幡「ん、そりゃどういう」

俺が問い詰める前に、小町はすたっとソファーから立ち上がった。

そしてくるりと体を回転させて、俺の方を向く。

小町「じゃー仕方ないね、お兄ちゃんにいつものお得意の言い訳を差し上げましょう」

八幡「おい、誰の得意技が言い訳だ」

小町「お兄ちゃん」

即答だった。いやまぁ間違ってはないんだけどさ。

ふふーんと笑いながら、小町は腰に手を当てる。

小町「この世界はさー、ゲームなんでしょ?」

八幡「……なるほど」

小町の言いたいことが、すぐに理解できた。

確かに言われてみれば、この世界はゲームか夢か、はたまた何か特殊技術で作られた世界か何かだ。

細かいことは分からないが、少なくとも現実世界ではない。

そう、決してリアルの出来事ではない。

得意顔の小町はそのまま言葉を続ける。

小町「だから、そんなにいつまでも気にしないの」

八幡「……それもそうだな」

確かに。ゲームだからノーカンノーカン。

もう過ぎてしまったことはどうしようもないが、あとから受け止め方を変える事くらいは出来る。

八幡「そう考えたら、少し楽になってきたわ」

小町「ん、じゃあそろそろご飯食べにいこ?」

そういって小町は広場を目指すべく歩き出した。

俺もソファーから立ち上がると、小町に続いて歩き出す。

小町「…………ほんとは、気にして欲しいんだけどね」

……最後の誰かの呟きは、きっと妖怪のせいなのだろうと。

心の中で、そう言い訳した。

>>326で第3章以降は最初から駆け足で行こうと思いますと書いたな、あれは嘘だ。
現時点で第2章の約5万文字を超えてしまいましたね……。第4章こそは抑え目にしたいなと思います。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



     ×  ×  ×


そういえばすっかり忘れていたが、この国の姫様は三浦であった。

で、その三浦姫から提供された飯を食ってから、俺は城の外にあるベンチで一人黄昏れていた。ちなみに今回は誰もスキルは発動していなかったので、微妙に安堵の空気が流れたとか流れていないとか。

やはり一人は落ち着く。

この辺りに人通りは一切無く、音は一切しない。静寂が耳に痛いほど。

ベンチで足を組みながら、ふぅと息をついた。

贅沢を言えばマッ缶を飲みたいところではあるのだが、残念ながらこの世界にマッ缶は存在していないのだ。

仕方がないのでマッ缶を飲みたい欲を飲み込みつつ、空を見上げた。

この世界に雲という概念はないのか、何一つ不純物のない綺麗な星空が広がっている。

ずっと見つめていると、その空に吸い込まれてしまいそうだ。

この世界が地球なのかどうかは知らないが、空にはまるで真珠のように澄んだ月が浮かんでいる。

電灯のないこの夜の世界を、月灯りが明るく照らしていた。

八幡「……」

そんな星空を見上げながら、これまでのことを思い返す。

突然この世界に放り込まれ、王に魔王討伐を命じられ。

ダンジョンに潜ったら小町がいて、そして変な狼達を倒し。

2の国に行けばめぐり先輩、戸塚、一色と再会し。

魔王・陽乃さんにはボッコボコにされ。

そして何故か大きいサブレが仲間になり。

この3の国では葉山や三浦たちと出会い。

先ほどダンジョンをクリアして、今ここに至る。

この調子だと材木座の野郎もどこかにいそうだなぁと一人で苦笑していると、カッカッと軽快な足音が辺りに響いた。

そちらの方に目だけをやると、一人の少女がこちらに歩いてくるのが見える。

足を一歩前に出すたびに、亜麻色のセミロングが揺れた。

きらりと月明かりが照り返して、光の粒子が舞う。

そのくりっとした大きな瞳は、真っ直ぐに俺の方を見ている。

一色いろは。

彼女はベンチの側にまでやってくると、その歩みを止めた。

いろは「横、座っていいですかー?」

八幡「好きにしろ」

あまったるくおねだりするような声でのお願いに対して、やや冷たく突き放したような言葉で返した。

しかし一色はそれに気にした風もなく、じゃ失礼しまーすと言いながらぽすっと俺の隣に座る。

わざわざ城からそれなりに離れたところまで来たのに、何をしにきたんだこいつは……。

あちらから何か話を切り出すのを待っていたが、一色は俺の隣に座ったっきり何も言葉を発さなかった。

再び、辺りに沈黙が舞い降りてくる。

八幡「……」

いろは「……」

それからしばらくの間、俺と一色は静寂を慈しむようにそっとしていた。

俺は別にこの沈黙を苦には思わなかった。

隣に一色がいるだけ。ただそれだけだ。

とはいえ、ここまでわざわざ来たのなら何か言うことくらいあるだろうと思い、そっと目を一色の方にやると、ようやくその口を開いた。

いろは「先輩」

短く、そう言う。

八幡「ん」

俺もそれに対して、ただ短くそう返した。

いろは「……先輩は」

普段のきゃるんとした声とは違う、小さくて重い声。

そしてどこか真剣な声音で、言葉を紡ぐ。


いろは「……先輩は、好きな人っていますか」

八幡「はぁ?」

だが、その真剣な声音からは全く想像もつかない質問が来たので、思わずちょっと間抜けな声を出してしまった。

それってあれだろ、よくクラスの女が俺の反応を見て嘲笑うための質問だろ?

ちなみにあれ、何を答えても笑われるので質問をされた時点で詰みである。理不尽極まりない。

すると一色はいつも通りの表情に戻ると、ぷんぷんと怒った風に顔を上げた。

いろは「でーすーかーらー、先輩には好きな人はいるんですかーって聞いてるんですー!!」

八幡「いや、なんでそんなに怒って言うんだよ……」

こちら側に身を乗り出してきた一色を手で制しながら、再び距離を取る。

八幡「別にいねぇよ」

いろは「本当ですか?」

その一色の質問に否定で返したが、何故か一色は問い詰めるようにもう一度確認を取る。

俺ははぁーと大きくため息を吐くと、一色の方を見て念を押すように言う。

八幡「だからいねぇっつってんだろ」

いろは「そうですか……」

思ったより、自分の語気が強くなってしまった。

一色が軽く俯くと、再び俺たちに間に沈黙が降りる。

今度は苦に思わない沈黙ではなく、重苦しい沈黙であった。

さすがの俺でもこれはマズいと思い、わざとらしく咳払いをした。

八幡「んん……あれだ、一色。雪ノ下のことなら気にしなくていいんだぞ」

いろは「へ?」

一色が驚いたように顔を上げたが、俺は気にせずにそのまま言葉を続けた。

八幡「ここはゲームの世界だしな、あんなのノーカンだノーカン」

いろは「あ……」

八幡「……雪ノ下のことを気にしてたんだろ」

そう一応確認を取ると、一色はこくんと頷いた。

もしかしたら、自分も後押ししてしまったことを気に病んでいるのだろうかと思っていたが、どうやらその通りだったようだ。

いろは「……もし、先輩に他に好きな人がいたら悪いなって」

八幡「いねぇし、ゲームだし、気にすんな。これで話は終わりだ」

決して、一色が気に止む必要などはない。

それにあの場は誰も見ていない。

だから俺が本当にしたという証拠はない。シュレディンガーの猫という奴である。違うか。

八幡「じゃあ、そろそろ戻ろうぜ」

重くなってきた雰囲気を打ち破るように、ベンチから立ち上がる。

そろそろ戻ってやらないと、小町とかが心配するだろうし。

しかし、そこで俺の体がぐいっと引かれて、思わず転びそうになる。

振り返ってみてみれば、俺の制服のブレザーの端を、一色がつまんでいた。

八幡「なんだよ……」

いろは「もうちょっと、お話していきましょうよー」

八幡「えー……」

嫌そうな顔を向けたが、一色の手は俺のブレザーを離してくれなかった。

仕方が無いので、もう一度椅子に座りなおす。

どうやら、まだまだ夜は長いようだ。



某スレで派手にやらかしてしまって、本当に申し訳ありません。

投稿中にアニメ始まっちゃってかなり焦ってます。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



      ×  ×  ×


ヒコーキグモーガーニージーンデ

キテシマーウマーエニー

八幡「……」ムクリ

ということで、この世界に来てから五日目の朝である。

時間はいつも通りのジャスト七時。

結局昨夜は一色との雑談に夜遅くまで付き合わされ、それから城の部屋のベッドに入って即就寝したのであった。

一色には散々気遣いが足りないの会話を盛り上げるのが下手なのどうのこうの怒られたのだが、対女性どころか対人間とのコミュニケーションスキルがほぼ皆無の俺に何を期待していたのであろうか。

俺は体を起こすと、部屋の扉を開いて広場に向かう。

よしっ、今日もがんばるぞいっ。

この炎の国は朝から暑いなと思いながら、こつこつと廊下を歩く。

広場の扉を開いて中を見渡してみると、その中では太陽が輝いていた。

な、なんでこんなところに太陽が……。だから暑かったのか!?

戸塚「あっ、おはよう! 八幡!」

太陽じゃなかった戸塚だった。

驚いた……この地上にとうとう太陽が舞い降りてきたかと思った。実際戸塚の笑顔は太陽のように輝いているのだが。

八幡「お、おう、戸塚」

戸塚「……どうしたの? ちょっと体調悪い?」

八幡「い、いや、大丈夫だ、ゲームだから体調とか悪くならないしな……」

戸塚「そう? ならいいんだけど……」

この世界はスタミナの概念が存在せず、また体調などが悪くなることも無い。ゲーム的ご都合主義万歳。

しかし、精神面はリアルと同様である。

戸塚の笑顔を見ればこちらも笑顔になってしまいそうになるし、戸塚の笑顔を見ればこちらも楽しくなってくる。

つまり戸塚が笑っていれば心身ともに万全と言うことだ。なにそれ無敵やん。

結衣「あ、おはようヒッキー!」

雪乃「おはよう」

八幡「おう」

そうこうしているうちに他のパーティメンバーもぞろぞろと広場に集まってくる。

俺がやってきてから五分も経たないうちに、七人全員が揃いきった。

平塚「よし、全員揃ったようだな。今日はこの国を出て4の国を目指す」

結衣「えっ、もう出ちゃうんですか?」

平塚「無論だ。この国でやることは済ませたしな。だがその前に、女王たちに挨拶していこう」

そう言った平塚先生の後を追って、俺たちもこの広場を出た。

だが、その前に一つ気になったことがある。

その疑問は、後で晴らすことにしよう。





   ×  ×  ×


葉山「おはよう」

王座の間に向かうと、その中でドレス姿の女王・三浦、鎧をきっちり着こなしている騎士・葉山、巫女姿の陰陽師・海老名、そしてなんかあと戸部、大和、大岡の6人がすでに待っていた。

葉山の笑顔もまたピッカピカに輝いてはいるが、戸塚のそれとは全くの別ベクトルの輝きだ。

戸塚の笑顔は見るとこちらも笑顔になるのに対して、こいつの笑顔は見ていてイラッとくるのがまさに正反対。

結衣「あっおはよーみんなー」

三浦「おっ、結衣―」

海老名「おはよう、ユイ」

由比ヶ浜がいつもの面子と挨拶を済ませたのを見ると、雪ノ下が一歩前に出た。

雪乃「昨日はお疲れ様、私たちはこのまま4の国を目指すわ」

葉山「ああ、分かった。頑張ってくれ」

雪ノ下と葉山とのやり取りを聞いていて、先ほど気になった疑問が再び頭に浮かんだ。

その疑問を、そのまま葉山にぶつけることにした。

八幡「なぁ、葉山。お前らは一緒にこねぇの?」

葉山「ん?」

雪乃「え?」

俺がそう言うと、葉山と雪ノ下が驚いたように俺の顔を見た。

確かに驚くのも無理はないだろう。俺から一緒に来ないかなんて誘うなんて、今までになかったからな。

だが、ナチュラルに葉山たちが勇者パーティに参加しない流れには違和感を覚えたのであった。

八幡「俺たち現実世界から来た組の最終目標は魔王・雪ノ下さんを倒すことだ。だったらそのためにパーティが多いに越した事はないだろ」

同行した期間は短かった上に、その道中も雪ノ下と三浦ばかりが魔物を狩っていたので詳しいところは分からないが、少なくともその三浦は雪ノ下とやりあえるだけの実力を持っていたし、葉山も普通以上に戦えるはずだ。

もちろん葉山たちにパーティに合流してもらうのは正直に言って嫌なのだが、あくまで目的は魔王討伐だ。

その目的を達成するという一点だけを見るのであれば、葉山たちの強力を得た方が効率いいのは間違いない。

しかし、葉山は目を瞑りながら首を横に振った。

葉山「すまないが、俺たちは君たちと一緒に行動することは出来ない」

八幡「そりゃなんでだ」

葉山「ロールプレイって知ってるか?」

八幡「ああ、まぁ」

理由を聞けば、葉山から出てきた単語は予想していない単語だった。

何故ここでロールプレイという言葉が出てきたのかは分からないが、俺がそれを問うより先に横にいた由比ヶ浜が首をかしげた。

結衣「ろーるぷれい?」

八幡「お前、RPG知ってるんじゃなかったのか……RPGってのはロールプレイングゲームの略なんだよ」

結衣「だから、そもそもろーるぷれいってどういう意味なの?」

由比ヶ浜がそう聞くと、葉山が笑みを表情に浮かべながらその問いに答えた。

葉山「簡単にいえば、決められた役割に沿って行動することさ。ちょっと違うけど、演劇とかに近いかもしれない」

結衣「へー。じゃあ、ろーるぷれいんぐげーむっていうのは?」

葉山「それはそのまま、決められた役割でゲームをすることさ。例えば俺なら3の国の女王を守る騎士、雪ノ下さんなら1の国の王様に勅命を受けて旅をする勇者、結衣はその勇者に同行する僧侶として、この世界で動く」

結衣「へー」

由比ヶ浜は納得したようにこくこくと頷いていたが、本当に分かっているかは怪しいところだな……。しかし葉山ってRPGとか分かるんだな。少し意外だ。

そんな俺の考えを察したのか、葉山は苦笑しながら俺もゲームくらいやるさ、と答えた。

葉山「そして、どうやらこの世界はRPGと同じようだ。自分の役割に沿う行動しか出来ない」

八幡「役割に合った行動しか出来ねぇって、なんかやろうとしたのか?」

疑問に思ったことを即座に聞き返すと、葉山の顔に影が差した。少し俯きながら、言葉を紡ぐ。

葉山「どうも、俺は国の騎士という役割から外れたことは出来ないらしいんだ」

八幡「だから、どういう意味だそりゃ」

葉山「俺にも分からない……おそらく、そういう仕様なんだろう」

くっと悔しそうな歯噛みをする葉山は、どこか自分の無力感を嘆いているように見えた。

葉山「あのダンジョンに向かうことは出来たが、2の国や4の国に向かおうとすると見えない壁が出てきたりする。勇者たちと違って、自由な行動が取れないんだ」

八幡「……」

本当に、RPGに出てくるNPCみたいなご都合主義を押し付けられているようだ。

よく分からん仕様だが、これは勇者パーティが仲間を増やし過ぎてインフレするのを抑えるためか?

めぐり先輩が2の国に留まったのもそのためか?

2の国の姫である一色はなぜかパーティに加われたが、それは最初から俺たちのパーティに加わることが決まっていた?。

相変わらず、この世界への疑問は絶えない。

葉山「理由は分からない以上、『そういうものだ』と思ってもらうしかない。悪いな」

八幡「そういうことならしかたねぇな。まぁ、ゲームだしな」

俺がやや皮肉っぽく返すと、葉山は軽く笑う。

次に、その隣で王座に座っている三浦たちが口を開いた。

三浦「まぁそういうことで、あーしらはあーしらで、ここで出来ることを捜すから。頑張ってね、結衣」

海老名「一緒に行けなくて申し訳ないけど、わたし達もここから何か協力出来ること見つけるから!」

戸部「マジ頑張ってくれよなー、応援してっから!」

大和「それな」

大岡「俺も」

結衣「うん、ありがとう、みんな!」

いろは「葉山先輩も、頑張ってくださいねー!」

とりあえず、葉山たちが何故同行しないかの疑問は解決した。

挨拶も済ませたし、もう用はあるまい。早いところ4の国に向かうとしよう。

雪乃「……それでは、私たちはこれで」

葉山「ああ、頑張ってくれ」

別れを告げると、俺たちはぞろぞろと出口に向かう。だが、雪ノ下だけは葉山と何か言葉を交わしていたようだ。

だが、俺が聞くようなことでもあるまい。先にこの部屋を出ているとしよう。


雪乃「あなたは、この世界でも決められた役割をそのままこなすのね……」

葉山「そうかもしれない……。でも、もしかしたら俺だけじゃないかもしれない。きっと、陽乃さんも──」




   ×  ×  ×


三浦城を出て、露店でアイテムを補充すると、俺たちは炎の3の国を出た。

いや、本当に暑かった……。国から出た瞬間に感じる温度が一気に変わったような気がする。

ゲーム的ご都合主義が極まると、門を通るだけで温度が一気に変わるらしい。

結衣「ねーゆきのん、次はどこに行くの?」

雪乃「次は4の国というところよ、確かこの先の道を真っ直ぐ行って……」

雪ノ下が地図を取り出しながら、次の国へのルートを確認する。

その光景を後ろからぼーっと眺めていると、ふと一色と小町が話をしているところが目に入った。

小町「えー、でもお兄ちゃんは──」

いろは「先輩って、でも──」

なんか、俺の話をしているような気がするな……。

俺のように自意識高い系ぼっちになると、周りのヒソヒソ声が全部自分のことを話しているように聞こえる。

しかし、今回は聞き間違いでもなく、本当に俺の話だろう。

八幡「なんだ、呼んだか」

小町「あっ、お兄ちゃん」

思わず気になって話しかけに行くと、小町がくるっと振り返った。一色もあっせんぱーいと顔を上げる。

小町「今ね、学校でのお兄ちゃんの話を聞いてたんだよ」

八幡「お前は俺の母ちゃんか、恥ずかしいからやめい」

そう楽しげにいう小町の顔はにやにやとしている。

割と妹に学校のことまで根掘り葉掘り聞かれるのって恥ずかしいもんだ。

小町になんか変なこと漏らしていないだろうなと一色の方を見ると、こちらはこちらでにまにまと笑っている。

いろは「わたしは、家での先輩について聞きましたよ。結構良いお兄ちゃんしてるんですねー」

八幡「おい、小町。お前何話したんだ」

小町「え? まぁ、ほら受験迫った小町のためにラーメン作ってくれたりとか、超頼れるお兄ちゃんなんですよーっていう営業活動」

八幡「お前、前にも同じようなこと言ってたよな……」

確か千葉村辺りで平塚先生相手にも営業活動という名目でうんたら俺の話をしていたような気がする。

小町ポイントをためたサービスだからと言ってたが、ためた覚えもないのでぽんぽん家のことを他人に話すのはやめていただきたい。

いろは「あとはまぁ、小さい時に妹のために早く帰ってたりとかー、あとは」

小町「わうあー! ちょっ、いろはさん! そこまで言わなくてもー!」

一色の言葉を慌てながら小町が遮る。

かーっと小町の顔が赤くなり、ぷんぷんと一色に向かって怒っていた。いいかいろはす、真のあざとさっていうのはこうやるもんだ。

しかし、その後の流れまで含めて千葉村でやったまんまじゃねぇか。小町お前進歩しねぇなぁ。

小町に視線をやると、林檎のように赤く染まったその顔を誤魔化すようにげほんげほんとわざとらしく咳払いをした。

小町「ま、まぁ? こんなお兄ちゃんですけど? 正直面倒ですし? 誰かに早く引き継ぎたいなーみたいな?」

ちらっちらっと一色に向かって視線を投げかける。あの、正直面倒とか言われるとさすがに傷つくんだけど……。

小町「ほら、一色さん。今ならお兄ちゃんお安くなってますよ?」

八幡「小町ちゃーん、人をセール品みたいに売り出さないでねー」

いろは「あ、あはは……」

小町の頭を掴んでぐりぐりと決める。

小町がぎゃーと叫んでいるのも構わずにそのままぐりぐりとやり続けていると、一色がちょっと羨ましそうな顔でこちらを見つめていた。

いろは「仲、いいんですねー」

八幡「まぁな、でもまぁ千葉の兄妹なんてどこもそんなもんだぞ」

いろは「はぁ?」

そのこいつ何言ってんだみたいな容赦ないジト目はなかなか精神に来るな……。

すると、俺の腕から脱出した小町がとててっと一色の方に向かった。

小町「ま、まぁ……こんな兄ですが、仲良くやってくれるとありがたいなって思うわけですよ」

いろは「まー先輩は先輩ですしねー、お喋り出来る後輩なんてわたしくらいしかいないでしょうしねー」

そ、そんなことねぇ!

俺にだって会話出来る後輩くらいいるわ! …………た、大志とか?

いろは「仕方ないですねぇ、妹さんにも頼まれてしまいましたし。これからもよろしくお願いしますね、先輩」

八幡「あ、ああ」

最後にてへっと笑う一色と、小町が並んでいるのを眺めながら、やっぱこいつら似てるなと感じる。

はぁとひとつため息をつきながら、ふと小町が高校に入学したらと未来に思いを馳せた。

そうなったら、きっとまたこの二人が並ぶことを見ることがあるのだろう。

高校でも、一色と小町が楽しそうにお喋りする日々がやってくるかもしれないだろう。

この光景が、いつか現実世界でも見ることが出来ればいいなと。

強く、強く願った。


きっと、葉山隼人はリアルでもロールプレイをしている。


ということで第三章完結です。
今のところスレ立てした時に考えたストーリーからはみ出ていないので、このままブレなければ残りあと第四章と最終章で終わる予定です。
読んでくださっている人が何人いるかかなり怪しいところではありますが、よろしければもうしばらくお付き合いください。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

第4章 4の国編


NPC「ここは4の国なんだよ!」

いつもの国の入り口に立っている国の名前を言うだけのNPCのセリフを聞きながら、俺たち勇者パーティは4の国の門をくぐった。

中には非常に緑が多く、爽やかな風が吹いている。

あまりに暑かった3の国に比べると、非常に過ごしやすい気候だといえるだろう。

雪乃「自然が多い国のようね」

結衣「わー、すっごい風が気持ち良い!」

ふわっと涼しい風が吹き、肌を撫でる。ゲームの中とは思えないほどに心地良い。

緑を基調とした町並みと合わせて、とても落ち着いた雰囲気を感じる国だ。思わず感嘆のため息が漏れてしまう。

八幡「へぇ、なんていうか落ち着くなここは」

戸塚「なんか良い雰囲気の国だね」

そう言ってにぱっと戸塚が笑う。

うむ、緑の自然、心地良い風、そして戸塚の笑顔。もう最高の組み合わせだな。

そんな町並みを眺めながら、大通りを真っ直ぐに進んでいく。

自然に合わせてなのか、中の建物も緑色や黄緑色のものが多く、そして町の人の雰囲気まで落ち着いているように感じる。

町も女王も建物も燃えていた3の国と比べると、まさに真反対といった感じだ。

雪乃「さて、この国の長を探しに行きましょう」

雪ノ下を先頭に、俺たちはぞろぞろ道を進んでいく。

国柄なのか、自然を扱っている店が多いようだ。

それらに目をやりながら歩いていると、由比ヶ浜がそういえばさーと話を切り出してきた。

結衣「この国の一番偉い人もやっぱりあたし達の知り合いなのかな?」

いろは「今のところ城廻先輩、三浦先輩と来てますもんねー」

3の国のときと同じように、王様誰だ予想ゲームが始まっていた。

確かにこれまでの傾向から察するに、ここの王もまた総武高校の面子である可能性はかなり高い。

とは言っても、俺の知り合いと呼べる知り合いってほとんど今までに出てるんだよな……。

クラスの面子で言えば葉山グループは全員3の国で出ていたし、戸塚は今ここにいる。あとは誰か忘れているような気がするが……川……川……相模川……?

ああ、相模か。しかしこの落ち着いた雰囲気の国の長として相模はさすがに合わないような気がする。

この雰囲気に合っている長といえばまさにめぐり先輩であろうが、彼女は2の国の女王として既に登場している。いや、まさかのダブルキャスト説あるんじゃない?

結衣「うーん、誰だろうねー」

いろは「ぱっと思いつきませんね」

俺なんかよりはるかに人脈が広いであろう由比ヶ浜や一色たちでも、これといった候補が出てきていないようだ。

これ以上考えていてもおそらく出てきそうになかったので、NPCの会話に聞き耳を立てることにした。

3の国のときはNPCの発言で誰だか予想がついたしな。

NPC1「この風の国の女王はとても幼い、大丈夫だろうか」

NPC2「部下にえらく面倒見のいい人がいるらしい、なんとかなっていると聞くが」

NPC3「城の門番、いつも暑そうなコートを着ているが平気なのだろうか……」

八幡「……」

今のNPCの会話から分かったことがいくつかある。

とりあえずこの4の国は風の国とも呼ばれるらしい。それはこの心地良く流れる風を感じれば納得出来る。

そしてここの長も女王らしい。女王率高くね? RPGの王様らしい王様だった1の国ってまさか稀少なんじゃないの?

面倒見のいい部下ってのは、それだけだと何も分からないな……だが暑そうなコートを着ているというのは、もしや……。

3の国に比べると分かったことは少なかったが、とりあえず門番に絡まれないように城に入れるルートを捜さないといけないなって思いました。

それからしばらく歩くと、女王のいる城──というより屋敷のような建物のところに辿りついた。

周りをきょろきょろと見渡してみるが、どうもこの正門以外からは入れそうにない。

えーマジかーあいつと会うじゃんーと思っていると、どこからか聞いたことのある声が響き渡った。

材木座「ハーッハッハッハッハッハ八幡」

八幡「高笑いと俺の名前を繋げるのはやめろ」

思わず突っ込んでしまうと、その先にいたのは予想通りの野郎だった。

材木座義輝。中二病患者。説明終わり。

その材木座は俺の顔を見るやいなや気持ち悪い高笑いを周囲に響かせた。いや、見てるこっちが恥ずかしくなるからやめてねそういうの。

材木座「待っていたぞ八幡! 突然ゲームみたいな世界に飛ばされてwktkしてたのに友達はいないわ門番という役割上やることが少なかったりで寂しかったぞ!」

八幡「あっそう……」

このRPG世界に来て一番喜びそうなのが材木座であるとばかり思っていたが、まさかのロールプレイの残酷さを一番に受けている身だった。

確かに町の中央にある屋敷の門番って冷静に考えて見たらやること少なそうだな……是非俺と代わってほしい。

材木座「さぁ、八幡! ここを通りたくば我を倒してから行けい!!」

八幡「や、そういうの面倒だからやめてくんない?」

本当に面倒だったのでさっさと門を開けてほしかったのだが、材木座は門の前で仁王立ちしたままで動こうとはしない。

よく見るとウィンドウにテキストが更新されていた。

もんばんの ヨシテルが しょうぶを しかけてきた!▼

ええー、これマジでバトル展開なのーと呆れたため息をつくと、雪ノ下が一歩前に踏み出ながら剣を鞘から抜いた。

雪乃「……倒してしまって構わないのかしら?」

八幡「いいんじゃねぇの、あっちから喧嘩売ってきたんだし」

適当にそう返すと、雪ノ下がそのまま材木座に向かって駆け出す。

当の材木座は一瞬戸惑ったように体を震えさせたが、すぐに剣を抜き放つと雪ノ下と対峙した。

これ、一応イベント戦闘扱いなのかぁと思いつつ俺も木の棒を取り出す。そしてその先を材木座に向けて呪文を唱え始めた。

材木座「さぁかかってこい勇者共! この剣豪将軍が相手を『グラビティ!』む、体が重くなっ『ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼』ぐはげぶごはっ! ぐっ、まだまだぁ!『グラビティ!』ちょまっ、八幡? それ重ね掛けしても意味がな『ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼』ごばっ! ぬぅぅ、やるな『これあたしも入った方が良いのかな……ユイファイアー!』熱い! あつーい! お、おのれ『ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼』ぐぶごぼかはっ、体が重くて力が『ざ、材木座くん、頑張ってー』『てめぇ戸塚に声援貰うとか羨ましいじゃねぇかこの野郎!!』ぐはっ! 八幡、グーはやめてグーは『ユキノは れんぞくぎりをつかった!▼』ぐああああああっ!!」

ヨシテルは たおれた!▼

いやぁ、いい勝負でしたね。




     ×  ×  ×


材木座を倒して門を開けさせ、屋敷の中に入ると、その中も緑を基調とした柔らかい印象を受ける空間が広がっていた。

建物の中なのにどこからから心地良い風が吹き、俺の制服のブレザーがふわっと広がる。

平塚「ふむ、ここの屋敷を作った人は良いセンスをしているな」

平塚先生が周りを見渡すと、うんうんと頷いていた。

確かに建物内で緑を使うというのは結構珍しいと思うが、この屋敷内はその緑色が自然と合っているように感じられる。

雪ノ下や由比ヶ浜たちも、屋敷内を眺めては感嘆の声をあげている。

雪乃「落ち着いた雰囲気ね、3の国の炎の城よりは私好みだわ」

いろは「えー、ここもいいですけどー、うちの2の国の水の城の方がいいですってー」

結衣「確かに水の国の城も凄かったよねー、優美子たちの炎のあれも凄かったけどー」

そんなこんなで感想を言い合いながら(俺は特に何も言ってないけど)歩いていると、突き当たりに大きい扉が見えた。

おそらく、あの扉の向こうに女王とやらがいるのだろう。

小町「結局、誰が女王なのか予想できませんでしたねー」

雪乃「開ければ分かることよ」

そう言いながら雪ノ下が扉をぎいぃと音を立てながら開く。

その先にあったのは今までの玉座の間のような大仰な広場ではなく、小洒落た部屋だった。

めぐり先輩や三浦がいた広場のような豪華さとはベクトルが違うものの、まるで映画に出てくる貴族のような落ち着いた雰囲気のある部屋だ。

辺りには柔らかそうなソファーや大きい机、本棚などが並んでいる。

そして、その部屋の奥にある机の向こう側に小さな女の子が一人座っているのが見えた。

八幡「あ……」

小さな女の子ではあったが、見た目に反して少々大人びているような雰囲気を醸し出している。そしてその女の子の長く艶やかな黒髪には見覚えがあった。

留美「八幡……」

八幡「よ、よう……」

そこに座っていた少女──鶴見留美は俺の顔を見つけると、やや驚いた表情になる。

そして俺も同じように驚いている。てっきりこれまで通り総武高校関係の面子が来ると思っていたのだが……。

まさか、そこで総武高校とは一切関係のない留美が現れたものだから、俺の頭の中は少々混乱気味だ。

どう反応すればいいか考えていると、一色がとんとん俺の肩を叩いてきたのでそちらの方に振り返った。

八幡「なんだよ」

いろは「いや、先輩あの子とお知り合いですか? 年下好きだとは思ってましたけど、まさかそこまで手を出してるなんて……」

八幡「いやちげぇよ、そんなんじゃねぇよ」

なんかあらぬ誤解を受けていたので、速攻で否定を返す。

や、本当にそんなんじゃないからね? ただちょっと夜の山道で脅してグループを分散させようとしただけ──あれっ、これもしかしてロリコンと思われた方がまだマシなんじゃねぇの?

ていうか一色も留美とはクリスマスイベントで会ってるはずなのだが、どうやら覚えていないようだ。

まぁあそこでちらっと見ただけの小学生の顔をいちいち覚えてはいないか。

否定しても一色が疑うようなジト目でこちらを見てきていたので、誤魔化すように咳払いをしながら留美の方を見た。

八幡「お前がここの女王なのか?」

留美「……お前じゃない」

俺の疑問に対して返ってきたのは、疑問に対する返答ではなく、睨むような視線と冷たい言葉であった。

そこで、去年のクリスマスイベントでも似たようなやり取りをしたことを思い出す。

そういやこいつ、名前で呼ばないと妙に不機嫌になるんだよな……。

今でも女の子を下の名前で呼ぶのは抵抗があるが、名前を呼ばないと話が進まなさそうなので、仕方なくそう呼ぶことにした。

八幡「なぁ、留美」

呼ぶと、留美はこくんと頷いてくれた。そのまま話を続けることにする。

八幡「留美がこの4の国の女王ってことでいいのか?」

留美「うん」

再び留美がこくんと頷く。どうやらマジで小学生がこの国の女王らしい。平気なのかここ。

さて、留美が女王なのが確定したところで、次は何を質問しようかなんて考えていると、ぎいぃと後ろの扉が開かれる音がした。

その音に、俺たち全員が振り返る。

一体誰が入ってきたのだろうかと見てみれば、そこには青みがかった黒髪の少女が立っていた。

川崎「るーちゃん、ご飯どうす──あ、あんた達なんでここに!!?」

その少女は俺たちを見ると、目をくわっと見開き、表情には驚愕の色が浮かび上がっていた。

あれ、こいつなんか見たことあるような。名前なんだったっけな──川越? 川島? 川原……?

名前を思い出そうとあれこれ考えていると、また机の方からガタッと揺れる音がした。見れば留美が立ち上がっている。

留美「あ、沙希お姉ちゃん」

八幡「沙希お姉ちゃん!?」

川崎「はぁ!? な、なんであんたに沙希お姉ちゃんって呼ばれっ、ちょっ、ていうかなんでここに」

俺も、そして今のやり取りで名前思い出したけど川崎沙希も、この状況が上手く把握出来ず、互いの顔を見合わせることしか出来なかった。

何もかもが良く分からんが、とりあえず分かったことが一つ。

川崎、お前この世界でもシスコンやってるんだな。


6日も空くとは思わなかった……。
しばらくちょっと更新速度が落ちるかもしれません、申し訳ありません。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


川崎「はぁ……」

留美の後ろに立った川崎がえらく不機嫌そうに息を吐く。

あれからとりあえず川崎を落ち着かせ、それから俺たちがこの世界に来てからこの国に来るまでの経緯について、そして留美と知り合いであった理由など諸々を説明していた。

川崎「なんであんた達とるーちゃ……留美が知り合いなのか分からなかったけど、そういうことか」

八幡「まぁ、そういうわけだ。ところでお前はなんで留美にお姉ちゃんなんて呼ばせてるんだ」

川崎「えっ!? いや、ちょっとそれは」

留美「私がこの世界に来たとき、沙希お姉ちゃんが助けてくれたの」

川崎「留美!?」

川崎が慌てたように留美の口を抑えようとするが、留美はそれに構わず言葉を続けた。

留美「私、この世界のことよく分からなくて。いきなりこの屋敷にいて困ってたら、一緒にいた沙希お姉ちゃんが色々やってくれて……」

八幡「はぁ、なるほどねぇ」

いきなりこのRPG世界に飛ばされた留美を、同じく飛ばされた川崎が世話を焼いていたということだろう。多分、そういうしてるうちにお姉ちゃん意識が芽生えたんだろうな。さすがブラコンにしてシスコン。相手が年下だったらなんでもいいのか。

一方、当の川崎は顔を朱に染めながらそわそわと落ち着きのなさそうにしている。

川崎「いや、その、たまたま偶然いただけっていうか……あたしは昔、弟の付き添いで少しだけゲームやってたことあるから、この世界のこともなんとなく分かってたってだけで」

八幡「そういや、大志とかけーちゃんとかは来てねぇのか」

川崎「いや、この世界に来てるのは、あたしの知る限りだとあたしとるーちゃ……留美と……、あと外にいる暑苦しいのしか」

暑苦しいのって。まぁ誰のことを言ってるのか分かるからいいけどさ。

川崎「大志たちも心配だし、早く元の世界に戻りたいんだけど……」

雪乃「安心して川崎さん、私たちは元の世界に帰る為にこうやって来ているの」

八幡「ああ、だから何か魔王を倒すための情報とか知らないか?」

川崎「魔王……」

川崎は手を顎に当てしばらく何か考えていると、はっと何かに気が付いたような表情になって留美の顔を見た。

留美も同時に何かを思い出したのか、川崎と目を合わせている。

川崎「確かこの国から少し離れたところに遺跡があるんだけど、その奥に魔王城への鍵があるらしいって国の人が言ってたのを聞いたことがある……」

八幡「魔王城への鍵……?」

もしもそれが本当なのだとすれば、それを手に入れなければ魔王城に入ることすら出来ないのではないか?

ならば、この国での目的はおそらくその鍵の入手なのだろう。

そう納得していると、留美が言葉を続けた。

留美「でも、その鍵は普通にやっても手に入らないの」

結衣「えっ? それってどういう意味?」

留美「その鍵は遺跡の奥に封じられている……その封印を開けるには風の国の女王の力が必要だって、城の人が言ってた」

川崎「そして風の国の女王はるーちゃん。多分、遺跡の奥にまでるーちゃんを連れて行く必要がある……」

ああ、とうとうるーちゃん呼びを言い直さなくなったよこの人。全然良いと思うんですけどね。

それはさておき、今知ったことはなかなかに重大な情報だ。

前回は葉山たちとダンジョンに向かって対魔王アイテムを回収しにいったものだが、その情報が正しいのであれば今回は留美を連れて遺跡とやらに向かう必要がある。

しかし、留美を遺跡に連れて行っても大丈夫なのだろうか。

不安気な視線をやると、川崎がキッと睨み付けてきた。こえぇ……。

しかしその顔もすぐに不安な表情に切り替わる。

川崎「るーちゃんは戦うことは出来ない……本当は危ないからやめてほしいんだけど、でもそうしないと元の世界に戻れないのなら……」

留美「沙希お姉ちゃん、わたしは平気だよ」

川崎「るーちゃん……」

そんな川崎の手を引っ張り、優しい顔で声を掛けたのは留美であった。俺は特に声を掛けることもなく、そのやり取りを見守ることにした。

留美「わたしが行かないと駄目なんだから、私も行く。そうしないと、沙希お姉ちゃんも本当の妹と弟に会えないんでしょ?」

川崎「……分かった。るーちゃんがそう言うなら……」

そうぽつりと呟いた後、ちらっとこちらを向いてきた。

川崎「そういうわけなんだけど……あたしも行くからさ、るーちゃんのことを、守って欲しい」

八幡「むしろ俺たちが頼む側だろ。留美に来てもらいたいってな」

雪乃「ええ。鶴見さん、あなたの力を貸していただけないかしら」

留美「うん……わたしでいいなら」

雪ノ下が留美のところまで歩み寄ると、手を差し伸べる。それに対して、留美は握手で応えた。

雪乃「それならよろしく頼むわ、鶴見さん」

留美「うん、こっちもよろしく」

サキが いちじてきに なかまになった!▼

ルミが いちじてきに なかまになった!▼




   ×  ×  ×


八幡「で、お前は魔物とかと戦ったことはあんのか?」

留美と川崎の協力を取り付けた後、戦闘用の装備に着替えて戻ってきた川崎に話しかけた。

ちなみに川崎の装備は黒みがかった銀色の鎧であり、普通にファンタジー系ゲームでよく見るようなオーソドックスなものであった。いいなぁ、俺もこんな制服なんかよりそういうのが欲しかったなぁ。

川崎「一応、外を巡回した時にそれなりに魔物とは戦ったことはあるけど」

そう言う川崎のステータス画面を見てみると、俺たちと同じ12であった。ていうか俺たちもいつの間にこんなにレベル上がってたんだな……多分モンスターボックスとボス戦のせいだと思うんですけど。

しかしここまで旅をしてきたはずの俺たちと、この国にずっといたはずの川崎のレベルが同じなのは何故なのかは引っ掛かるが、RPGあるあるの「途中参加のメンバーはパーティメンバーと同じレベルになる」法則が発動しているのだろう。俺も楽してレベル上げしたかったです。

川崎「あたしより、あんたこそ戦えるの? 制服だし」

八幡「この制服に関してはほっとけ」

もう何度目になるか分からないが、やはりこの制服に突っ込まれてしまった。

まぁ周りの奴らはみんな鎧とかファンタジーっぽい装備の奴らばかりだし、唯一現実世界と同じ服装である俺が浮くのは仕方がない。

平塚先生のみは現実世界と同じような白衣をタイツのようなものの上に羽織っているが、あれでも何故かこの世界に馴染んでいるように見えるからあの人は凄いよなぁ……。

留美「八幡」

八幡「おう」

川崎の後に続いて、留美もやってきていた。先ほどのドレス姿とは違い、動きやすくするためかワンピースのような姿に変わっている。

留美のステータスも確認してみるが、こちらはHPのみが表示された。俺たちと違って攻撃力などは表示されていない。おそらく非戦闘要員なのだろう。川崎の言うとおり、対魔物戦の戦力として数えるのは無理そうだ。

留美「準備は大丈夫だよ」

八幡「じゃあ行くか」

留美と川崎が準備を終えると、俺たちはぞろぞろと屋敷の中を移動していく。

屋敷の外に出ようとした時、何やらでかい物体が扉の辺りにいることに気が付いた。

材木座「待て待てい八幡!」

八幡「お前死んでなかったのか……」

でかい物体だと思ったら、なんと材木座であった。あっれーこいつさっき戦闘で倒したはずなんだけどなー。イベント戦闘での敗北は死亡に扱われないのだろうか?

よくRPGとかで強制敗北イベントってあるけど、あれ実際の戦闘ではNPCのことボコボコにしてたはずなのに、その後の会話イベントだと普通に余裕そうにしてると腹立つよね。あれに近い怒りが今沸いてる。

材木座「どこに行こうというのだ、八幡よ」

八幡「まぁ、かくかくしかじかって感じでな」

材木座「ま、待ってくれ八幡……かくかくしかじかとだけ言われても、我には意味は通じぬのだが……」

あっれーここゲーム世界なんだからそれだけで説明終わったりしないの? そういうところに対してゲーム的ご都合主義は発動しないのかなー。

正直全部こいつに説明するのは面倒だし、雪ノ下たちを待たせるのもあれなので、簡単に説明することにした。

八幡「まぁ色々あって遺跡に行くことになった。だからお前は門番を頼む。じゃあな」

材木座「待て待て待て、待って八幡、置いていくな!」

ちっ、こいつうぜーな。人の袖引っ張りながら捨てられた犬のような上目遣いやめてくれない? お前がやってもどこにも需要ないし、俺の心にも何も響かないから。

八幡「なんだよ……」

材木座「我も行く! この剣豪将軍が助力するのだぞ、ありがたく思うのだな!」

八幡「……」

材木座「待って、無視しないで、先行かないで」

戸塚「は、八幡、材木座くんも、ね?」

八幡「……ちっ」

材木座「舌打ち!?」

戸塚が言うならしゃーねーなー、戸塚が言うならなー。

材木座「けぷこんけぷこん、まぁ我が仲間になったからには大船に乗った気分でいるがいい!」

八幡「泥舟の間違いじゃねぇだろうな……」

ヨシテルが いちじてきに なかまになった!▼

川崎たちの時と同じように材木座が仲間になったメッセージがウィンドウに表示された。

奇妙な高笑いをする材木座を見ていると、肩ががくっと重くなったように感じられる。

ああ、今すぐ離脱させたい……。




   ×  ×  ×


国の門をくぐり抜け、外に出ると一面に大きな草原が広がっていた。

見回した限りだと魔物は見えないが、国の外ということでいつポップしてもおかしくはない。気は抜かない方がいいだろう。

結衣「うわー、すっごいいい眺めだねー」

小町「風も気持ちいいですねー」

平塚「うむ、空気がおいしいな……ゲームだが」

いろは「平塚先生、煙草を吸いながら空気のおいしさとか分かるんですか……ゲームですけど」

八幡「……」

だが、パーティ内の空気は妙に抜けていた。いやまぁ、確かにぴりぴりしすぎても仕方ないんだろうけど……。

軽くため息をつき、メンバーの一番後ろの位置から前にいるメンバーたちを眺めた。

いつもの7人に加え、川崎。留美、そして何故か材木座が一時加入しているため、現在のパーティは10人となっている。

由比ヶ浜、小町辺りが川崎の近くに寄って話し掛けており、やや賑やかな雰囲気になっていた。

結衣「沙希はさ、風の国でどんなことをしてたの?」

川崎「あ、あたしは別に……留美の手伝いとか、色々……」

留美「いきなり女王になってたからやることは多かったけど……沙希お姉ちゃんが助けてくれて」

小町「ふーむ、やはり沙希さんは姉力にして最強……ゆくゆくはお義姉ちゃんにしたい……」

川崎「おねぇっ……は、はぁっ!? そ、そんなことあ、あるわけないし!」

材木座「ちなみに我も結構手伝ったのだぞ、八幡!!」

八幡「いや、なんでそれを俺に言う……」

戸塚「あはは、材木座くんもあの国で色々頑張ってたんだね」

材木座「戸塚氏……やはり我の苦労を分かってくれるのは戸塚氏だけか……!」

八幡「おいてめぇ表出ろ」

戸塚「八幡、ここ表だよ……」

やいのやいのやっていると、ふと何か魔物が出現したような雰囲気を肌で感じ取った。

見れば他のメンバーも全員雑談をピタリと止め、周りを見渡している。

前の方の空間が一瞬歪むと、そこに魔物が現れ、ウィンドウにテキストが更新された。

サイクロプス達「ウゴオオオオオオ!!」

サイクロプスAが あらわれた!▼

サイクロプスBが あらわれた!▼

サイクロプスCが あらわれた!▼

いろは「うわっ、きもっ、なんですかあれ」

一色が身を捩って表情までドン引きしていたが、一瞬自分のことを言われたかと思って俺が身を引いちゃったよ。女子がキモッて言うと自分のことだと思うってあるあるだよね……俺の場合、勘違いじゃなくてガチで言われたことも多いし。

それはさておいて、目の前に出てきた魔物はサイクロプスという一つ目の巨人であった。ゲームなどでもちょいちょい見たことのある怪物だ。

巨人の男のような風貌で布のパンツみたいなのだけは何故か履いており、筋肉質のような体は隆々としている。

大きさは2メートルちょいほどか。巨人と呼ぶには少々小さいかもしれないが、普通の人間からすれば十分大きい。

しかし今までのスライムやらよく分からないクマやらに比べると少々凶暴そうな雰囲気を感じる。なんだかんだ言ってもゲーム終盤の敵か。

留美「沙希お姉ちゃん、頑張って」

川崎「うん、ちょっと待っててね」

留美の声援を受けた川崎は優しい顔で頷きながら武器を取り出す。

そういえば川崎の武器ってなんなんだろうなーと思いながら目をやると……。

八幡「……鎖鎌?」

川崎「何じろじろ見てんの」

じゃらじゃらと取り出した鎖の先には鎌と分銅がついている。俗に言う鎖鎌と言う奴だ。

い、いやぁ……ファンタジーRPGの武器としてはどうなんすかね……制服姿の俺がどうこう言っても説得力は皆無かもしれないが。

しかし不思議と鎖鎌を構える川崎に違和感はない。っていうか、無駄に鎖似合いますね川崎さん……。不良っぽい雰囲気のせいかしら。

川崎「行くよ、はぁっ!!」

そのまま分銅のついた鎖をぶんぶんと振り回しながら、川崎は果敢にサイクロプスの一人に突撃しにいく。

そのまま勢いよく投げられた分銅がサイクロプスの首に絡みつき、サイクロプスが身を捩る。

その隙に川崎はもう片方の鎌の付いた方を持つと、それをサイクロプスに向かって思い切り振り下ろした。

川崎「食らいな!」

一閃、サイクロプスの左肩から右下に向かって綺麗に切り裂く。

しかしサイクロプスはそれだけでは怯まず、鎖を掴みつつ川崎へ拳を振るおうと腕を振りかぶった。

八幡「グラビティ!」

その腕が動く前に俺は唱えていた呪文を発動する。黒い重力の塊が構えた木の棒の先から放たれ、サイクロプスに向かって真っ直ぐに飛んでいく。

そしてその黒い塊がサイクロプスに当たると、途端にその動きが鈍くなる。それを見た川崎はすぐに鎖をサイクロプスから外すと、ばっと後ろに跳んで距離を取った。

八幡「大丈夫か?」

川崎「今のはあんたの? 助かったよ」

そういや俺の鈍化魔法について説明してなかったなぁと思っていると、瞬間後ろのほうから派手な魔法の音が鳴り響いた。振り返るまでもない、由比ヶ浜と一色の呪文であろう。

結衣「ゆいサンダー!!」

いろは「いろはスプラッシュ!!」

由比ヶ浜と一色が唱えた雷と水の魔法が入り混じり、サイクロプスたちに直撃する。

がああっと悲鳴をあげるサイクロプスに対して、川崎を含む前衛組は隙を与えんとすぐに各々の獲物を振り回す。

雪乃「早く終わらせましょう」

小町「とりゃーっ!!」

平塚「これが! これだけが! 私の自慢の“拳”だぁっ!!」

戸塚「やああっ!!」

川崎「覚悟するんだね」

材木座「ぶもおおおおおっ!!」

なんか一人牛みたいな雄たけびをあげて突撃していった奴がいたような気がするけど、心底どうでもいい。

がががっと派手な音がし、サイクロプスに対して確実にダメージを与えていることを示す。しかしそれだけではあの一つ目の巨人たちは倒れない。

あの筋肉隆々とした体つきはこけおどしではないらしく、それなりにタフなのだということが分かった。

八幡「グラビティ!!」

今までの雑魚敵ならば二回目を撃つ前に大抵片付け終わっているのだが、今回の敵はそれなりに固い。ならばMPをケチるより支援に向かった方が良かろうと二発目の鈍化魔法をサイクロプスのうちの一体に当てる。

俺の魔法は、川崎と小町が相手をしているサイクロプスに当たり、その動きが目に見えて鈍くなった。

サイクロプスC「が、がああっ……!?」

小町「お兄ちゃんナイスアシストッ! いっくよーっ!!」

コマチは とっしんをつかった!▼

小町は槍を構えると、そのまま真っ直ぐにサイクロプスに向かって駆け出した。そしてその槍が勢いよくサイクロプスの胸の辺りに突き刺さる。

川崎「行くよ!」

サキは きりさきをつかった!▼

それに続いて川崎は鎌を持ちながら駆け出すと、鎌を持った腕を少し引き、刃がキラリと光る。

そのままサイクロプスの近くまで行くと、その鎌を真っ直ぐに振り下ろす。それはサイクロプスの肩の辺りに命中し、そのまま切り裂いた。

そしてそのまま二人は攻撃の手を休めず、小町と川崎は連続でサイクロプスに追撃を浴びせる。それからサイクロプスが光の塵になって空に消えていくまでにそう時間は必要なかった。

材木座「うおおおおおおおおおおっ!!」

他の面子も見やれば、材木座がやたらカッコいい叫び声を発しながら剣をサイクロプスに突き立てている姿が確認出来た。あいつ、本当に戦闘出来るんだな……びっくりした。声だけ聞いたら勇者王みたいだったぞ……。

雪乃「終わりよ」

そしてもう片方のサイクロプスは、今丁度、雪ノ下の華麗な剣技の前に光の塵と貸しているところであった。あいついつ見てもすげぇな……むしろ、前より技が冴え渡ってきてるような気がする。

全てのサイクロプスを倒したことを確認したところで、ふうと息をついた。

八幡「これで終わりか」

雪乃「ひとまずは片付いたようね」

材木座「八幡! 見てたか、今我がラストアタックを決めたのだぞ!」

あーあーうるせぇ。相手にするのも嫌なので材木座に背を向けると、ふと留美と川崎の姿が見えた。その近くには先ほど川崎とナイスコンビネーションを見せた小町もいる。

留美「沙希お姉ちゃん、かっこよかったよ」

川崎「別に、大したことじゃないでしょ」

ぷいっと留美から顔を背けると、丁度俺と目が合った。一応適当に手をあげて挨拶しながら声を掛けた。

八幡「おつかれさん、お前もすごかったな」

川崎「……別に、これくらいは」

小町「いやあ沙希さん凄かったなーっ、これ鎖鎌ってやつですか? ちょっと見せてくださいよー」

川崎「あ、ちょっと危な」

小町が川崎と盛り上がっているのを見ていると、留美がてこてことこちらに近寄ってきた。

留美「で、八幡は何をしてたの」

八幡「お前……俺は魔法でみんなの手助けをしてたの。俺の魔法を食らうと、そいつは動きが遅くなるんだ」

留美「……なんか、地味」

八幡「縁の下の力持ちと呼んでくれ」

まぁ、このパーティ内で直接ダメージを与えられないの俺だけだしなぁ……。

別に足手まといになってるとは思わないが、留美の言うとおり地味なのは確かだ。

言いながら留美の顔を見ると、やや暗い表情で俯いていた。

留美「……でも、地味でも八幡は役に立ってる。わたしはなんにもやってない」

八幡「気にすんなよ、俺だって本当は何もしたくない」

言うと、留美はきょとんと何を言ってるのか理解できていないような顔になった。

八幡「まぁあれだ、留美が見てるだけで頑張れる奴もいるだろうしな。そういう意味では役に立ってるだろ」

留美「なにそれ……」

やや呆れながらも、ふっと留美の顔に笑みが戻った。一瞬俺の顔を見た後、その視線は川崎の方に移った。

八幡「ま、留美が応援してりゃ川崎は嬉しいんじゃねーの」

留美「沙希お姉ちゃんは凄くいいお姉ちゃんだから……八幡は、いいお兄ちゃんなの?」

八幡「あん?」

一瞬呆気に取られたが、すぐに目線を小町にやる。小町は川崎と楽しそうに何やら武器について話をしているようだ。

八幡「ばっかお前、俺よりいいお兄ちゃんなんてそうそういねぇぞ。あそこにいる小町は俺の妹だけどな、あんないい妹に育ったのは俺みたいないいお兄ちゃんがいたからだぞ」

留美「ふーん、そ」

そちらから投げかけてきた疑問なのに、それに答えたら興味なさそうに返すのは酷くないですかね……。

しばらく川崎と小町のやり取りを遠巻きに眺めていると、つんとわき腹の辺りを指で刺された。ぞわっと背筋に何か走ったのを感じながら振り向くと、留美がこちらを見上げていた。

留美「八幡は、妹に応援されると嬉しい?」

八幡「ああ、めちゃくちゃ嬉しいね。そのまま太陽に向かって走り出したくなるほどな」

留美「……意味分かんないんだけど」

うーん、留美の呆れたような声、すっごい癖になりそう……。もっと言ってくださいお願いします。

しかし次に留美が紡いだ言葉は、優しさが含まれている声だった。

留美「……じゃ、八幡も頑張って」

八幡「……ああ」

少し遅れて留美の言った言葉を理解して、頷きながら返事をした。

やはりいい兄姉に恵まれると、いい妹に育つんだなって思いました。まる。

そこで一瞬、もう一組の姉妹が脳裏を横切った。

陽乃さんと雪ノ下。

陽乃さんはいい姉だったのか。

雪ノ下はいい妹だったのか。

だが軽く考えても答えは出ない。答えを出すには、俺は彼女らのことを何も知らなすぎる。

雪乃「そろそろ行くわよ」

その思考も長くは続かず、雪ノ下に掛けられた声で途切れた。

八幡「ん、分かった。小町、川崎、行くぞー」

小町「はーいっ」

川崎「この妹、本当に元気だね……」

軽く雪ノ下、川崎、小町を見渡してから、ふとこんなことを思う。

もし、この中の兄妹関係が一人でも入れ替わってたらどうなってただろうなんて。

そんな、あり得ない妄想を。


こ、更新率悪くて本当にごめんなさい……。
めぐりスレの方をを早めに終わらせたいのと、単純に書く時間があまり取れてないせいです。申し訳ありません。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


川崎「はっ!」

川崎が振るった鎌が、魔物を切り裂く。

そのままその魔物は光の塵となって、空に消えていった。

八幡「おう、お疲れ」

川崎「あ……うん」

戸塚「これで終わりかな」

戸塚の声を聞いて、周りを見渡す。

出没した魔物たちは、今川崎が倒したもので最後であるようだった。

最初の戦闘から一時間ほど草原を歩き回っており、すでに魔物との戦闘回数は二桁に到達していた。

今までに比べると雑魚も一体一体の体力や攻撃力が上がっており、やや苦戦を強いられる場面も少なくなかったものの、今のところ一人も欠けることなく進んできている。

軽く息をつきながら周りを見渡すと、その先に何か岩で出来た建物のようなものが見えてきた。

雪乃「あれが遺跡かしら?」

少し進んでみると、その建物らしきものの全貌が見えてくる。

間違いない、あれが魔王城への鍵が封印されているという遺跡だろう。

まるで石で作られた城のような形をしており、一体どのようにして作られたのか疑問に思う。

結衣「うっわー、すっごい大きい……」

平塚「壮観だな、わくわくしてきたぞ」

戸塚「ちょっとこういうの、どきどきするね」

その遺跡を見上げたパーティメンバーの感想はそれぞれだ。

ちなみに俺なんかは地震が起きたら崩れそうだなーだなんて、まるで夢もキボーもありゃしないことを考えていた。

材木座「ふっふっふ、我が血も滾ってくるわ!」

八幡「じゃ、とっとと入っちまおうぜ」

なんかうるさくなりはじめてきた奴を無視して、そう言って歩き始めた。

遺跡の入り口付近に近づいてみると、改めてその大きさに驚く。

特に入り口には扉も何もなさそうだったので、そのまま中に入ろうとすると、ピリッと肌に何かを感じた。

思わず後ろを振り返ってみると、次元が歪んでいる。他のメンバーたちも気が付いているようで、それぞれ警戒し始める。

八幡「魔物か……」

これからダンジョンの中に入ろうと言う時に水を差すとは無粋な奴らだなとそれを睨んでいると、材木座が一歩どんっと大きく地面を踏みしめながら前に出た。

材木座「はっぽん、なるほど……よし、ならば八幡たちは先に行けい! ここは我が任された!!」

八幡「じゃ、お言葉に甘えまして……よしお前ら、先行こうぜ」

材木座「えっ、ちょっ、八幡!?」

せっかく材木座が魔物の相手をしてくれるというので、俺たちはそのまま遺跡の中に入った。

戸塚「え、えっと……材木座くん、置いていって良かったのかな……」

八幡「あいつがそう言い出したんだから別にいいだろ」

まぁ、最悪ダンジョンの入り口に入りながら戦えば魔物に囲まれることもなく1対1のように戦えるだろうし、あいつ一人でもなんとかなるんじゃないのかな? 知らんけど。

後ろから材木座の「薄情者ぉぉぉおおお!!」という叫び声が響き渡ってきたが、戸塚を除く全員はそれを無視してダンジョンに奥に向かって歩き出した。

じゃあな材木座、お前の勇姿は忘れるまで忘れない。ざいもくざ? だれだっけそいつ。

結衣「うわー中もすごいねー」

いろは「薄暗いですね……」

川崎「るーちゃん、転ばないようにね」

留美「うん、ありがとう」

メンバーも速攻で誰かさんの存在を忘れてしまったのか、気にすることもなく遺跡内をきょろきょろと見渡している。

……なんか一周回って哀れに思えてきたが、今からあいつ拾いに戻るのは嫌だしな……。

遺跡内は少しだけ外から太陽の光が差しているだけで、灯りはほとんどない。まるで最初の1の国の洞窟のようだ。

荒れ果てている足元に気をつけながら、ぞろぞろと前に進んでいく。

八幡「戸塚、足元には気をつけろよ」

戸塚「うん、ありがとう八幡!」

小町「お兄ちゃん……戸塚さんにだけは気が利くんだから……」

八幡「お前もだよ。なんなら手でも繋ぐか?」

結衣「え、ええ?」

小町「やだよ、気持ち悪い」

うーん、気を遣って手を差し伸べたのに妹にぺしって弾かれるのは割と心にクるものがあるねー。泣いても良いかなー。

川崎「るーちゃん、大丈夫?」

留美「うん、平気」

一方で留美は川崎と手を繋いで、足元に気をつけながら進んでいた。いいなー、うちの妹さんはもう反抗期になっちゃってなー。

ちらと隣の戸塚に視線を走らせると、きょとんとした顔でこちらを見ている。

八幡「じゃ、じゃあ戸塚……俺と、手を繋ぐか?」

戸塚「えっ?」

結衣「ヒッキー、キモ」

八幡「ああ?」

ばっと振り向くと、由比ヶ浜がじとっとした目線をこちらに向けていた。

よく見ると、その周りにいる雪ノ下、一色、小町も似たような目つきをしながらドン引きしてらっしゃった。

八幡「ばっかお前、ふざけんな。もし戸塚が転んで珠のような肌に傷が付いてみろ、お前責任取れんのかよいい加減にしろよマジで」

結衣「なんか本気で怒られた!?」

雪乃「別にゲームなのだから転んでも傷は付かないと思うのだけれど……」

いや、実際転んでも傷は付かないんだけど、こう気分的にね。

戸塚「は、八幡、ぼくは大丈夫だから、ね?」

八幡「そ、そうか? 気を付けろよ? 何かあったらすぐに俺を呼んでくれよな?」

いろは「……先輩、戸塚先輩に対して甘過ぎませんかね」

一色からものすごく冷たい声を掛けられたので、そちらを向いてみるとやはり冷たい視線を向けられている。

いろは「わたしもちょっとその足場不安だなーって思うんですよねー、ねー先輩ー?」

八幡「あっそう、ハイハイでもしてれば?」

いろは「なんですかこの扱いの差!?」

一色ががばっと身を乗り出し憤慨の表情を向けてくるが、いやだって四つん這いになってハイハイで進めば転ぶことないじゃん……。

待て、戸塚のハイハイしてもらうという手もなくは……何故ここにはカメラがないのか。是非撮りたかった。

いろは「はっ、まさか先輩わたしがハイハイをしてる所が見たかったんですかさすがにそれにはいはいとは答えられないっていうか赤ちゃんプレイを強要してくる先輩はどうやっても擁護出来ないですごめんなさい」

八幡「は?」

戸塚のハイハイ姿を妄想しているとなんか早口でまくし立てられていたので、見てみれば一色がすごい形相になっていた。いや、誰が赤ちゃんプレイを強要してたんですかね……?

小町「……お兄ちゃん、さすがにそれは小町的にポイント低いかなって」

八幡「え、俺なんか言ったか?」

いろは「まさか無意識で言ってたんですか……」

八幡「すまん、戸塚のことしか考えてなかった」

いろは「先輩にとって、戸塚先輩ってどういう存在なんですかね……」

神。天使。太陽。

この世のあらゆる言葉を尽くしても表現できない。それが戸塚だ。言わせるな恥ずかしい。

結衣「……もしかして、ヒッキーって赤ちゃん好きなの……?」

八幡「ん?」

由比ヶ浜がなんかすごい複雑そうな顔で俺の顔を見ていた。

なんで赤ちゃんの話になっているのかは分からないが、しかし赤ちゃんか……。

八幡「そうだな……別に好きとか思わねぇけど、自分に娘がいたらなって思ったことはある」

結衣「えっ、む、娘……?」

雪乃「……」

いろは「先輩の、子ども……?」

川崎「……!!」

そう答えると、何故か女性陣が身を乗り出して俺の言葉の続きを待っているようだった。

結衣「ヒッキー、娘が欲しいの?」

八幡「ああ、だって小町の遺伝子継ぐんだぞ、絶対可愛いだろ」

結衣「やっぱりシスコンだ!!」

小町を見る限り、我が家の遺伝子には相当期待できるはずである。

小町みたいな娘だったら欲しいよなーとか思ったが、今の親父の小町からの扱いを思い出すと一瞬で気分が落ち込んだ。やっぱ小町は妹だけでいいや。

その当の小町は、はぁ~と呆れたようなため息を吐きながら頭を抱えていた。

小町「お兄ちゃん……そういうのやめてよ……」

八幡「悪い、小町。やっぱ小町は小町だけでいいわ」

小町「お、お兄ちゃん……」

俺と小町の間に感動的な雰囲気が流れる。周りの雪ノ下たちの絶対零度のような視線とかマジ気にならない。

しばらく小町の頭を撫でていると、ちらっと顔を上げて俺の目を見つめてきた。

小町「ま、娘がどうこう以前に、お兄ちゃんは相手を捜しなよ」

八幡「まぁ、そのうちな。養ってくれる人がきっと見つかるはずだし」

平塚「殺すぞ」

前の方からものっすごい殺気が放たれたのを感じて、ゲームの世界なのにも関わらず全身の産毛が立ったような錯覚に陥る。

見やれば、先ほどからほとんど話題に加わっていなかった平塚先生がこちらを振り向き、鬼のような形相を顔に浮かべていた。

そのオーラに気圧され、思わず身を捩ってしまう。

平塚「そのうち……そのうちと言っているうちに、年月は過ぎていくんだよ……」

八幡「あ、あの、平塚先生……?」

平塚「いいか、結婚相手というのは見つかるものじゃないんだ……自分から捜さねば永遠に見つからないものなんだ……私は……私は……!!」

いつの間にか、平塚先生の周りに漂っていた怒りのオーラは哀愁のオーラに変わっていた。

このままだと俺が貰っちゃいそうになるので、早く誰か貰ってあげてよぅ!!

結衣「ま、まぁまぁ先生……」

あまりに見るに耐えかねたのか、由比ヶ浜が慰めるように平塚先生の下へ近寄っていった。

結衣「平塚先生にも、きっといい相手が見つかりますって」

平塚「ほ、本当……?」

結衣「そ、それに平塚先生の子どもとか絶対美人になりますし」

平塚「げふぅ」

八幡「先生ェ────!!!」

結衣「あ、あれ?」

結婚相手にも恵まれてないのに、子どもの話をこの人に振るとかこの子何考えちゃってんの!?

しかし当の由比ヶ浜は何が悪かったのか分かっていないようではてなと首を傾げている。無垢って、時に罪よね……。

いろは「はぁ。で、先輩。娘って言ってましたけど、男だったらどうするんですか?」

この状況でまだ子どもの話を続けようとする一色も相当に大物だ。びくんびくんと床に突っ伏した平塚先生が痙攣を起こしているが、もう面倒なので由比ヶ浜に任せよう。

八幡「男だったら俺みたいな息子に育つだろ、そんな面倒な息子誰が欲しいんだ」

いろは「自覚あったんですか……」

雪乃「そう思っているのなら、あなたの両親のために少しは改善しようとしなさい……」

一色と雪ノ下の呆れたようなため息が重なったが、俺は気にしない。ほら、これも個性だと思うんだよね。

留美「……八幡がお父さん?」

ん、とその声の元を見てみれば、川崎と手を繋いだままの留美が俺の顔を見上げていた。

しかしこの二人こそ、こうやって手を繋いでいると姉妹というより母と娘のように見える。いや、別に川崎さんがお母さんみたいに見えるって意味じゃないんだけどね。

八幡「なんだ、留美は俺が親父だったら嫌か」

留美「うん」

即座に頷かれてしまった。そっかー。だめかー。

しかし、そのあと近くの川崎の方を見上げると、そのまま言葉を続ける。

留美「……沙希お姉ちゃんみたいな人がお母さんだったら良かったのに」

川崎「ちょ、るーちゃん、何言ってんの?」

八幡「……」

川崎は顔を赤くしあわあわとしていたが、俺は別のことを思い出していた。

千葉村の時、確か留美はお母さんがいつもお友達はいるのかとか聞いてくるとか、そういった話を聞いたことがある。

もしかしたら、留美はお母さんとの仲はあまりよろしくないのかもしれないなんて、そんな余計な考えが脳裏を掠めた。

しばらく川崎と留美のやり取りを眺めていると、再び留美の顔がこちらに向けられた。

留美「……沙希お姉ちゃんがお母さんで、八幡がお父さんだったら、良かったかもね」

八幡「は?」

川崎「ばっ、るるるる、るーちゃ、あんたちょっ、ほんと何言ってんの!?」

それを聞いた川崎が耳まで沸騰したタコのように真っ赤に染め上げて慌てふためいていた。

留美から手を離して、ぶんぶんとその両手を振っている。そんなに動揺するなよ、俺まで動揺しちゃうだろ。

川崎「ば、ばか、本当に……あっ」

八幡「おっと」

本当に動揺していたのか、川崎は足元の岩に気が付かずに足を取られ、前向きに倒れてくる。

しかしすぐ前には俺がいたので、すぐにその川崎の体を受け止めた。

八幡「おいおい平気か、留美に気を使う前に自分の足元見ろよ」

川崎「あ……、ありがと……」

すぐに川崎は俺の近くからがばっと離れると、留美の側に戻っていった。

それを見届けてから俺も前の方向を見ると、何やら雪ノ下たちがじとっとした目線でこちらを見つめていた。この数分で何回ジト目を向けられているのよ俺は。

八幡「……なんだよ」

雪乃「……いえ、別に」

結衣「あはは、ナイスキャッチだったね、あはは……」

いろは「む……」

小町「おっとなんだか面白い雰囲気に……さぁ始まりました『俺のクラスメイトと部長と生徒会長とあと……あと、沙希さんが修羅場すぎる。』実況は比企谷小町でお送りいたします。さぁ解説の戸塚さん、この状況についてどう思われますか?」

戸塚「ええ? ど、どうと言われても……は、八幡はかっこいいよ?」

八幡「戸塚ェ、お前は俺にとっての新たな光だ!」

戸塚「う、うん?」

小町「ええー……この状況ですら戸塚さんルートに入るの……戸塚さん強キャラ過ぎない……?」

なんだか雰囲気がよく分からない方向に向かってきたので、雪ノ下たちの目線から逃れるように身を捩って、遺跡の奥の方を見ると、ポツンと赤い箱のようなものが置いてあるのが見えた。

八幡「ほ、ほら、あそこに宝箱があるぞ」

話題を逸らすようにその宝箱に指を差す。すると皆の注目がそっちに向かった。

そのまま進んで宝箱の近くに行くと、雪ノ下がその箱をぱかっと空ける。

その中からは、どこかで見たような瓶のようなものが出てきた。

ユキノは ふっかつのくすりを てにいれた!▼

雪乃「あら、これは蘇生アイテムね……どうしたの、みんな」

結衣「なななななな、なんでもないよ!!」

小町「べべべべべべ、別に何も」

あっれー、おかしいなー、ゲームの中なのにめちゃくちゃ汗が止まらないような感覚がするなー。

雪乃「……?」

明らかに動揺している由比ヶ浜や小町の様子を見た雪ノ下が、訳が分からなさそうに首を傾げた。思わずその唇に目がいってしまいそうになったが、全力で顔を背ける。

川崎「……どうしたの?」

八幡「さ、さぁ……」

当の雪ノ下と同様に事情を知らない川崎も事態が飲み込めていないようであったが、こちらはすぐに興味なさそうにふーんとだけ呟いた。

先とは全く違う方向性で雰囲気がおかしくなってしまい、どうこの空気を変えようかと逡巡する。

雪乃「ねぇ、由比ヶ浜さん? 私の目を見て。何か隠してないかしら?」

結衣「ゆ、ゆきのんに隠し事なんてないよ?」

そう言って雪ノ下が一歩前に出て、由比ヶ浜に詰問するように近寄る。

さすがにこんな形でバレたくはない。いっそ力づくで止めるか? 疑いは晴れなくともそれの方がマシ──

材木座「はああああああああちまああああああああああああああん!!」

などと考えを巡らせていた時、はるか後方からどこかで聞いた叫び声が響き渡ってきた。

思わず振り返ってみれば、材木座がだだだーっと駆けつけていた。そのまま俺の側までやってくると、俺の胸元をがっと掴みかかってくる。

材木座「貴様、我一人を置いていきおってからに! 死ぬかと思ったじゃないか!!」

八幡「お前がここは任せて先に行けっつったんだろうが……」

両手で材木座を押しのけつつ軽くそう返事をしたが、内心では材木座に感謝していた。

この変な雰囲気を思いっきりぶち壊してくれてサンキューと言った感じである。いやぁ本当にこいつはいい雰囲気も悪い雰囲気も変な雰囲気もぶち壊してくれるなぁ。

少なくとも、今の雪ノ下以外の面子にとっては、感謝すべき乱入だ。

材木座「だからと言って、本当に行く奴がおるか!!」

八幡「うるせぇな……雪ノ下、早く行こうぜ」

雪乃「え、ええ……」

極めて自然にそう誘導すると、雪ノ下は手に入れた復活の薬を四次元ストレージの中に入れて歩き始めた。

よし、なんとか誤魔化せただろうか……。

見れば、その後ろの由比ヶ浜や小町たちもはぁ~と安堵のため息をついている。

雪ノ下が前に進んでいったのを見てから、さりげなく由比ヶ浜の近くに駆け寄った。

八幡「お前何動揺してんだよ……」

結衣「う、うう……ごめんね」

材木座「八幡、話は終わっておらぬぞ!! 八幡!!」

八幡「あーあーうるせぇ」

しかし、悔しいが今回の件では材木座に助けられたのは事実だ。

仕方がないので、少しだけ感謝の意味も込めて材木座の話に付き合ってやることにした。


あ、あの、感想やお褒めの言葉を頂けるのは非常にありがたいというか、嬉しく思うのですが……。
しかし、雑談スレにまで当スレの話題を持っていくと荒れる要因にしかならないので、出来るなら控えていただけるとありがたいと存じます。
それにエタった作品はなくてもエタらせた方がマシだった作品は過去にありますしね……。

あ、感想自体はめちゃくちゃ嬉しいので、このスレで投下していただけるとSSを書くモチベーションに繋がります。よろしくお願いします。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



  ×  ×  ×


サイクロプス「があああああああ!!」

雪乃「ふっ」

一つ目の巨人が振り下ろした拳を紙一重で避ける雪ノ下。

そして素早く剣を引くと、それをサイクロプスの首に向かってシュッと斬りつけた。

それは綺麗にサイクロプスの首に命中し、そのまま光の塵となって消えていく。

コウモリ「キエエエエエ!!」

雪乃「!」

その雪ノ下に向かって、空からコウモリのような魔物が勢いよく飛んできていた。上から来るぞ、気を付けろ!!

雪ノ下は少し遅れて空を見上げると剣を構えようとする。しかしコウモリの降下速度は思いの他速く、このままでは雪ノ下に体当たりが直撃するかと思われた。

しかしその瞬間、どこからか鎖が伸びると、その先がコモウリに直撃してその体を弾き飛ばす。

川崎「よしっ」

雪乃「川崎さん、ありがとう」

その鎖は、川崎が咄嗟に投げ放った鎖鎌であった。

礼もそこそこに、雪ノ下は剣を構えてすぐに弾き飛ばされた先のコウモリの元まで駆け寄る。

そしてその剣を真っ直ぐに振り下ろすと、煌く刃は寸分狂いなくコウモリの頭を捉えた。

兜割りのような一閃を食らったコウモリはそのままHPを0にし、光の塵となる。

それを見届けた雪ノ下は、くるっと振り向いて川崎に軽く頭を下げた。

雪乃「助かったわ」

川崎「別に、これくらいはね」

ぶっきらぼうに川崎はその礼を受け取ったが、雪ノ下は気にした風もなく周りを見渡した。

雪乃「これで終わりかしら」

結衣「うん、こっちも終わったよー」

その雪ノ下に向かって、由比ヶ浜がぱたぱたと駆け寄った。先ほどまで由比ヶ浜や小町たちが対峙していた蟹のような魔物たちもすでに塵となっている。

もうすっかり川崎と材木座を加えたパーティでの戦闘にも慣れてきており、上手く連携を取れてきているようだ。

たまーに材木座が先走る癖があるのが気になるが、そこは周りがなんとかフォローしている。まぁ、材木座が先走ったところでダメージ受けるの本人だし。

材木座「ハーッハッハッハ、見たか八幡よ、我がミラノ・フー・ドリアを!!」

八幡「ただの連続斬りだっただろうが……」

何、299円で食えんのその技? とじとっとした目線を材木座に送っていると、その奥に何か扉のようなものが見えてきたことに気が付く。

戸塚「あ、見て、大きい扉があるよ」

平塚「ボス部屋……にしては少々早すぎるような気がするな」

そのままその扉の近くに近づいてみると、その扉には三つの窪みがある。

試しにその扉に手を掛けてみるが、全く動く気配はない。おそらく鍵か何かが掛かっているのだろう。

結衣「開かないの?」

八幡「ああ。多分、この窪みに入るもんを捜してこないとな」

RPGの常として、扉に何か窪みや穴が開いていたら、間違いなくそこに嵌めるアイテムが必要なのだ。

そのお約束に漏れなければ、この扉もここに嵌めるアイテムが必要である可能性が高い。

平塚「ふむ、やはり扉を開けるにはアイテムが必要。これぞ王道だな」

しかし昔はRPGのダンジョンを扉のカギを捜す為にダンジョンの隅々を歩き回ることに何の疑問も持っていなかったものなのだが、最近は中の人がダンジョンの隅々まで歩き回って欲しいという願いからカギをあちこちに配置したのかなーなんて邪推してしまうようになってしまった。ごめんね、ぼく汚れた大人になっちゃったよ。

カギとなるアイテムを捜すべく、一旦その扉前からは離脱して奥の通路に向かって歩き始める。

数回の戦闘を経て、通路の突き当たりまで進むと小さい扉があった。その扉にはカギは掛かっていないようで、先頭を歩く雪ノ下がそれを開く。

その扉の先には小さな部屋が広がっていた。

雪乃「あれかしら」

雪ノ下が指を刺した先を見てみれば、部屋の奥にポツンと宝箱が置かれている。あの宝箱の中にカギが入っていると見て間違いないだろう。

そのまま雪ノ下に続いて全員が部屋の中に入ると、宝箱の置いてある付近の次元が歪んだ。それから数秒の間を置いた後に魔物がその姿を現す。

八幡「……ま、大抵こういうのって何かしら魔物が潜んでたりするよな」

戸塚「来るよ、八幡!」

ミノタウルス「ごおおおおおおお!!」

ミノタウルスが あらわれた!▼

そこに具現した魔物は、先の一つ目の巨人サイクロプスと同じように、巨大な人間のような形をしていた。

しかしそのサイクロプスとは全く違う点がある。それは頭がまるで牛のような形をしていることだ。

そして体も大きく、憶測だが3メートルほどあるように見える。右手にはハンマーのようなものを持っており、見た目からもサイクロプスより強力であろうことは容易に想像できる。

その明らかな強キャラオーラを感じているのは俺だけでなく、皆もそうであるらしかった。ピリッとした緊張感がパーティ内に走る。

ガッとミノタウルスが地面に転がっていた石を蹴った。それと同時に雪ノ下が一番先に牛頭の巨人に向かって駆け出す。

少し遅れて、俺、由比ヶ浜、一色、戸塚がそれぞれ呪文を唱え始めた。

確かに強そうな魔物ではあるが、数自体は一体のみだ。全員で掛かれば、決して苦戦するようなことはないはずだ。

八幡「グラビティ!」モワーン

そしてこういうデカブツ一体との先頭では、俺の鈍化魔法がよく効く。俺の構えた木の棒の先から、重力の塊のようなものが真っ直ぐに放たれた。

ミノタウルス「どおおおおおおう!!」シュン!!

八幡「なに!!」

だが、あの牛頭の巨人はその見た目に反して素早く動いた。俺の放った呪文を避けながら、向かっていく雪ノ下に対して手にしたハンマーを振るう。

雪乃「!」

さすがに真っ向からパワー勝負を持ちかければ分が悪いことは分かっているのか、雪ノ下はその振るわれたハンマーに立ち向かうことはせず、それを素直に身を屈めて避けながら、ミノタウルスの後ろを取るために立ち回る。

そしてそこらで由比ヶ浜たちの呪文の詠唱が終わり、魔方陣がぱあっと広がった。

結衣「燃えちゃえっ、ユイ・ギガフレイム!!」ボウ!!

ユイは ユイ・ギガフレイムを となえた!▼

きょうれつなほのおが あいてをおそう!▼

いろは「がーっと行きますよー、いろはスピードスター!!」ヒュンヒュンヒュン

いろはは いろはスピードスターを となえた!▼

よけられないほしがたのこうせんを むすうにはっしゃする!▼

戸塚「これならどうかな、ガルダイン!!」ゴオオオオ

サイカは ガルダインをつかった!▼

サイカのまわりに たつまきがはっせいする!▼

えっ、君たちまた新しい呪文覚えたの? 俺未だに最初の鈍化呪文以外だとイベントで覚えたサブレ召喚だけなんだけど……。

そんな俺の羨望と嫉妬をよそに、由比ヶ浜たちが唱えた派手な呪文がミノタウルスに向かって放たれる。広範囲をカバーする呪文が多かったおかげか、それらは避けられないまま直撃した。

ミノタウルス「がああああっ!!」

結衣「ええっ!」

しかし、炎と星と竜巻に包まれてもあの巨人は怯むことなくハンマーをぶんぶんと振り回し続けた。もしかしてスーパーアーマー的なものを持っているのだろうか。あ、材木座が吹き飛ばされた。

雪乃「はああっ!」

しかし今の呪文にでも紛れ込んでいたのか、いつの間にミノタウルスの後ろに回りこんでいた雪ノ下が跳んで巨人の背中を一閃に斬り裂く。

それと同時に、前にいた川崎、小町、平塚先生もそれぞれの獲物を持って飛びかかった。

ミノタウルス「がう!!」

川崎「うわっ!?」

平塚「なっ!!」

小町「きゃあっ!」

それに対して、ミノタウルスはただのハンマーの一振りで3人をまとめて薙ぎ払う。あれらの呪文と雪ノ下の斬撃を受けながらも動けるとは、パワーもタフネスもかなり高いようだ。嘘だろミノタウルスってMTGとかだと普通2/3のバニラとかだろ……。

八幡「グラビティ!」

しかし、小町たちには悪いがそのおかげであの巨人に隙ができた。その瞬間をついて再び鈍化魔法を唱える。

今度はミノタウルスでも避ける余裕は出来なかったようで、俺の放った重力の魔法が直撃する。瞬間、その動きは目に見えて鈍くなった。

平塚「よし、いいぞ比企谷!」

ハンマーで思い切り吹き飛ばされたはずの平塚先生がすぐに戻ってきた。

拳を握り締めると、そのままミノタウルスの側にまで駆け寄る。

平塚「ふるえるぞハート! 燃え尽きるほどヒート!! おおおおおっ、刻むぞ血液のビート!」

そして高く跳ぶと、その勢いのまま拳をその牛頭に向かって叩き込みまくった。

平塚「山吹き色の波紋疾走-サンライトイエローオーバードライブ-!!」ドバドバドバドバ

やった! この音、いつも聞く波紋の流れる音だ!

平塚「どうだっ!」

ミノタウルス「ぐおおおおおっ!!」

いやもちろん波紋の流れる音とかゲームかアニメでしか聞いたことはないし、そもそも平塚先生いつの間に波紋を流し込めるようになったのっていう感じではあるが。いやウィンドウ出てないからただのパンチのラッシュか……。

その平塚先生に続いて、他の吹き飛ばされていた前衛たちもそれぞれの得物を構えて突撃しに向かう。

小町「雷鳴突き!!」ドォ!

コマチは らいめいづきをつかった!▼

川崎「行くよ、はあっ!」シュッ

サキは やつざきをつかった!▼

材木座「フォッカチオ! ガムシロ!」ヒュンヒュン

八幡「お前ただサイゼのメニュー叫びたいだけだろ」

それぞれが牛頭の巨人に攻撃を加え、ガガガッと派手な音が鳴り響く。

そのまましばらく囲むように攻撃を加え続けていると、ミノタウルスはおおお……と断末魔の叫びを放ち、光の塵となって消えていった。

材木座「フハハハハ、甘いぜ!」

八幡「チョロいぜ!」

平塚「チョロ甘だな」

瞬間、材木座と平塚先生の二人と目が合い、こくこくと頷いた。やっぱやりたいよね、RPGの戦闘の後だと。

留美「お疲れ、沙希お姉ちゃん」

川崎「ん、ありがとう」

小町「いやー、無駄にしぶとかったですね」

雪乃「一体だったから良かったけど、もし他の魔物と一緒に出るようであれば少々厄介ね」

いろは「えー、今のと他のを一緒に相手するとかマジやってられないですよー」

今のミノタウルス戦の感想を口々に言いながら部屋の奥にまで進む。

そこには赤い宝箱が置いてあり、キラリと輝いている。それを雪ノ下が開けると、その中からはボールのような形をしている石が入っていた。

ユキノは ふういんのいし1を 手に入れた!▼

雪乃「これ、文字が彫られているわね」

結衣「え、どれどれ?」

雪ノ下が手に取った球状の石を見てみると、確かに文字が彫られている。

『太』

ただ、それだけが彫られている。

太い……太いねぇ……とちらっと視線を隣に走らせると、そいつはびっくうとそのふくよかな巨体を跳ねさせた。

材木座「な、何故我を見る!?」

八幡「何も言ってねぇだろ、ほら次行こうぜ」

材木座「八幡? 質問に答えろ八幡!!」

その部屋から出て次の部屋に向かう。

そこでもミノタウルスが出たが、一度やっている相手だからか、先ほどよりも早く倒すことが出来た。

そこで二つ目の『治』が彫られている石をゲット。

最後の部屋でもまたまたミノタウルスが出てきたが、三度目ともなると全員慣れてきており、ほとんど苦戦することもなくそれを片付けることが出来た。

そしてその部屋で出てきた石には『宰』と彫られている。

八幡「太宰治……だな」

雪乃「おそらくそうでしょうね」

それらの石を並べ替えるまでもない。この三つの文字が意味するのは間違いなく太宰治という名前だろう。

最初の窪みが開いている扉にまで戻ってくる。

雪ノ下が石を持ってその扉に近づくと、ポゥっと石と扉が薄い光を纏い始めた。

戸塚「わ、いきなり光り始めたよ?」

平塚「何か文が書かれているようだが」

すると、先ほどまでは何も書かれていなかったはずの扉に、光の文字が浮き出ていた。

『作家の名前を当てはめよ』

その文が書かれている下には、三つの窪みが開いている。ここまでくれば確定だ、この窪みに太宰治の順番で石を嵌めるだけだろう。

しかしこの世界、日本どころか地球ですらないファンタジー世界のはずなのに、そのダンジョンで日本の作家の問題が出るのはどうなんでしょうかね……?

雪ノ下が素直に太宰治と石を嵌めこむと、ガコンと派手な音が扉からなった。すると、そのままゴゴゴゴとその扉が開き、奥への階段へ通じるようになる。

雪乃「随分とあっけなかったわね」

平塚「いいや、雪ノ下。これはおそらく小手調べだよ」

雪乃「……?」

平塚先生の諭すような言葉に雪ノ下ははてなと首を傾げたが、俺はなんとなくその意味を分かっていた。

もしかしたらこういう問題が再びあるのかもしれないと、そう暗に伝えているのだ。

そして階段を登って二階に辿り着くと、やはりその予想は当たってしまった。

結衣「また扉だね……」

留美「……ここ、また穴が開いてる」

いろは「えーっ、またさっきみたいなのをやるんですかー!?」

その扉を見た一色が肩をがっくりと落とした。

そうは言ってもRPGのダンジョンの謎解きというものは大抵一回で終わらないのがお約束だ。むしろ、3の国までのダンジョンではそういった面倒さが無さ過ぎたとまで言えるだろう。

扉を見ると、窪みは先ほどと違いひとつしか開いていない。

しかし、今度は最初からその窪みの上には何か文章が書かれている。

『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』

ただその一文だけが簡潔に書かれており、他に何かヒントらしきものも見当たらない。

だが、それがなんなのかは俺でも知っている。見れば雪ノ下や平塚先生もほほうと納得した様子である。

結衣「こーじょーしんのないものは馬鹿……?」

一方で由比ヶ浜はそれの意味を分かっていないのか、首を捻ってうーんうーんと唸っている。おいマジかこれくらい聞き覚えあるだろ。

雪乃「……由比ヶ浜さん、夏目漱石という名前を知っているかしら」

結衣「ええっと……お札の人だ!」

雪乃「合っているのだけれど、その答え方は少しどうかと思うわ……」

合ってるんだけどね。前までの千円札の人なんだけどね。

まぁ一般の人からすれば、ある意味当たり前のような答えだろう。

平塚「……国語教師としては少々複雑な気分だな」

結衣「あ、あれですよね、ほら走れなんとかっていうのを書いた人!!」

平塚先生の落胆した様子を見て由比ヶ浜が慌てたようにそう答えるが、平塚先生の肩はさらに深く落ち込むばかりだった。

惜しい。それはさっきの太宰治だ。あと走れなんとかじゃなくて走れメロスだ。男子だとほぼ確実に走れエロスとかネタにするので、何故かメロスだけは絶対に覚えていたりする。

雪ノ下もこめかみを押さえながら、呆れたようにため息をつく。

雪乃「……夏目漱石が書いた『こころ』という作品の、有名なフレーズよ」

そして至って簡潔に扉に書かれている文章について説明をした。まぁそれ以上説明したって絶対に通じないし大体合ってる。

いろは「あー思い出しました。これあれですよね、三角関係で修羅場ってるやつ」

八幡「違うな一色、これは人間不信の話だ。どんな人間でもいきなり悪人になりますから人のことを信じちゃいけませんよっていうことを教えてくれる偉大な文学作品だ」

小町「……それ、確かお兄ちゃんの中学生の頃の読書感想文でしょ」

げっ、なんで知ってるんだと思ったが、そういえば小町には前に『こころ』について書いた読書感想文を見せたことがあったんだ。

雪乃「あなた、読書感想文にそんなふざけたことを書いていたの……」

平塚「昔からその捻くれた根性は変わっていなかったのだな……」

その小町の言葉を聞いた二人のため息が重なる。いや、別にふざけて書いたつもりは全くないんだけど……。

いろは「はぁ、先輩って昔から先輩なんですね」

そして一色も何故か、しらーっとした目で俺のことを見ていた。いや、昔は知ってる後輩なんて一人もいなかったから先輩だった時期はないんだが。

戸塚「でもこれは窪みが一つしかないし、さっきより楽なんじゃない?」

そんな俺を責めるような雰囲気を変えようとしてくれたのか、戸塚がそう口を挟んできてくれた。やはり俺の見方はお前しかいないよ……。

だが、その考え自体は甘い。チョロ甘である。窪みがひとつしかないから、ひとつだけ持ってくればいいとは限らないのだ。

八幡「いや、もしかしたらハズレの答えが書いてある石もあるかもしれない。となると、答えの書いてある石を捜す為に捜し回る必要があるかもな」

戸塚「あ、確かにそうだね」

いろは「はぁ~結局歩き回るんですか……」

材木座「ぐっ、昔受けた右足の古傷が……八幡、我はこの扉の前を守護する故、石の回収は任せたぞ」

八幡「また置いていくぞお前」

材木座「あ、すんません今行きます」

そうして俺たち勇者パーティは、再び扉のカギを捜す為に歩き始めた。

RPGとしてはお約束でも、リアルタイムで感じると結構面倒くさいなぁこれ……。


書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


戸塚「そういえば、この遺跡って何の遺跡なんだろうね?」

八幡「ん?」

次へ進むための扉を開けるため、それに必要な石を捜す事になった俺たち勇者一行。

その石を捜している道中で、戸塚がそう言い出した。

戸塚「ほら、こんなに立派な遺跡なんだから、何かあるのかなぁって」

八幡「そう言われりゃそうだな」

戸塚にそう言われて改めて周りを見渡してみる。

この遺跡は戸塚の言うとおり立派な作りをしており、今歩いている廊下の壁にも何かよく分からない絵のようなものが細かく彫られている。

今までろくに意識してなかったが、この世界にも何か歴史のようなものがあるのだろうか。

雪乃「墓……かしら?」

結衣「ひっ、怖いこと言わないでよ、ゆきのん!」

平塚「中途半端に崩れている石造りの建物というのはわくわくするな、こう所々に木や苔が生えているのが味を出していて良い」

材木座「ふむん、やはり廃墟は男のロマン!」

戸塚「分かるなぁ、なんかドキドキするよね」

いろは「お宝とか落ちてないんですかねー、金とか。お墓なら埋蔵金くらいあってもよくないですかー?」

小町「あー、なんかそういうのありそうな雰囲気ありますよねー」

川崎「るーちゃん、そこ足元危ないよ」

留美「うん、ありがとう」

パーティ内の感想はバラバラであった。

墓かどうかで話を進めている雪ノ下と由比ヶ浜。

廃墟のロマンについて語り合っている平塚先生、材木座、戸塚。

金品の話になってしまっている一色と小町。

もはやそんなに興味はないのか、普通に進んでいる川崎と留美。

いやぁ、まとまり感のないパーティだなぁ、こいつら。

まぁ、もっともその話に加わってすらいない俺にどうこう言われたくもないだろうが。

戸塚「ねぇ、八幡はなんだと思う?」

八幡「ん、ああ」

すっかり輪からはぐれているものだと思っていたが、大天使戸塚が話に入れてくれた。

材木座「我は城だと思うぞ、きっと名のある大名が住んでいたに違いない!」

八幡「確かに外から見たときは石のような城だったな」

だが大名という言い方はどうなのだ、せめて王様とかそういう言い方にしようぜ。中世のファンタジー世界だし。

八幡「ま、でも雪ノ下の言う通り墓かなんかじゃねぇの。無駄に奥に入りにくい構造になってるし」

戸塚「うーん、でも一番ありえそうだよね」

しかし墓に侵入者防止のための罠を仕掛けるのは分かるのだが、それがクイズ形式というのは如何なものか。

それとも案外王族にしか解けない問題だとかそういう設定なのかもしれない。

この遺跡の謎についてああだこうだと話し合っていると、いつの間に通路の端にまで辿り着いていた。

そしてその先には、下の階と同じような小さな扉がある。多分これ同じパーツ流用したな……。

雪乃「開けるわよ」

雪ノ下がその扉を開けると、また小さな部屋に繋がっていた。その奥にポツンと赤い宝箱が置いてあるのも下の階と同じだ。

これやっぱり下の階の部屋の部屋そのままコピペしてるだろ……。

そしてそのまま部屋に入ると、これまた下の階と同様に時空が歪んで、そこから魔物が現れる。

先ほどまで雑談を繰り広げていたパーティメンバーもそれぞれ獲物を構え、目の前に出てきた敵を警戒し始めた。

平塚「来たぞ、気をつけろ!」

ケンタウロス「うおおおおお!!」

ケンタウロスが あらわれた!▼

歪んだ時空から現れたのは、人間の上半身と、馬のような下半身を持ち合わせたような魔物であった。

その名はケンタウロス。

神話やゲームなどでもちょくちょく見かける、半人半獣の怪物である。

その手には斧のようなものを持っており、馬の足はカッカッと地面を叩いている。

ケンタウロス「おおうっ!!」

八幡「!!」

その人間と馬の組み合わさった怪物は俺たちの姿を確認するやいなや、勢いよくこちらに駆け出してきた。

さすが馬の下半身を持っているだけあって、その速さは人間離れしている。

雪乃「避けて!」

雪ノ下が叫ぶと同時にメンバーが散り散りに分かれた。

今回も下の階のミノタウロスと同じように敵の数は一体のみだ。ならば一つに固まるのではなく、囲むようにした方がいいだろう。

ケンタウロス「おおう!!」

雪乃「!!」

結衣「ゆきのん!!」

しかし、その馬の足を持つケンタウロスの俊敏さは予想をはるかに超えていた。そのスピードで空いた距離を一瞬で詰めると、雪ノ下に向かって斧を振るう。

雪乃「くっ!」

間一髪、雪ノ下は剣でその斧を受け流すが、ミノタウロスはそのまま走り去ると、すぐにUターンをして今度は他のメンバーに向かって高速の突進を仕掛けに行く。

高速でずっと走り回る相手というのは厄介だ。立ち止まらないのでこちらの攻撃は当てづらく、囲むことも出来ないので多対一という数の利を活かしにくいためである。

八幡「グラビティ!!」モワーン

結衣「ユイサンダー!!」バリバリ

いろは「いろはスラッシュ!!」シュッ

後衛組がそれぞれ呪文を唱え、魔法攻撃を仕掛けにいく。

だが、あの高速で走り回るミノタウロスに当たることはなかった。それらは全てミノタウロスの後ろの方に飛んで行ってしまう。

ミノタウロス「があっ!!」ブンッ

戸塚「うわっ!」

そのまま勢いをつけて駆けるミノタウロスは戸塚とすれ違いざまに斧を振り下ろす。一閃、その獲物が光ると戸塚のHPがごっそりと減った。

八幡「戸塚ぁ!」

小町「今度はこっちに来たよ!」

そしてパカラパカラッと勢いよく斧を振り回しながら小町や平塚先生などの方に突撃しにいく。

前衛組らもその動きを止めんと真正面から突撃しにいくが、そのミノタウロスの勢いの前に吹き飛ばされるばかりであった。あっ、材木座が吹き飛んだ。

雪乃「あの速さが厄介ね……」

いつの間に俺の隣に立っていた雪ノ下がそう呟いた。

あのミノタウロスがやっていることは、要はただ斧を振り回しながら部屋中を駆け回っているだけである。ただ、それだけのこと。

だが、ただそれだけのことがシンプルな脅威となっている。

俺の鈍化魔法を含めた魔法攻撃らはことごとくあの馬の速さについていけておらず、その動きを止めようと前衛組が出張ればその勢いの前に吹き飛ばされてしまう。

なんとかして動きを止め、その間に俺の鈍化魔法を当てられればいいのだが……。

川崎「あたしに任せて」

八幡「川崎?」

そこで一歩前に出たのは川崎であった。その手で鎖をぐるぐると、まるでカウボーイのように回している。

川崎「あたしが食い止める」

留美「沙希お姉ちゃん、頑張って!」

そう言うのと同時に川崎がミノタウロスに向かって走り出す。そしてその鎖を構えると、ミノタウロスの真正面に立った。

まさかあいつ、玉砕覚悟であの魔物の動きを止めるつもりか?

その川崎の狙いに気が付いた俺はすぐに呪文を唱え始める。川崎の犠牲を無駄にするわけにもいかない。

川崎「はっ!!」バッ

ミノタウロス「がああっ!!」ドカッ

川崎が突撃してきたミノタウロスに向かって、真正面から突撃していき、その鎖を巻き付けようとする。

しかしその勢いのあるミノタウロスの前に川崎の体はすぐに跳ね飛ばされてしまい、その鎖も同時に飛ばされてしまう。

留美「沙希お姉ちゃん!」

八幡「グラビティ!!」モワーン

だが一瞬、確かに川崎とぶつかり合ったミノタウロスの動きが止まった。その瞬間をとらえて、俺の鈍化魔法がミノタウロスに向かって放たれる。

その重力の塊が真っ直ぐに飛んでいくと、それはミノタウロスの体に見事に命中する。と同時にミノタウロスの体の動きが鈍くなり、その自慢の速さも俺たちの足で十分追いつけるほどにまでになった。

八幡「ナイスだ、川崎」

結衣「沙希、大丈夫!?」ヒール!!

川崎「別に、出来ることをやっただけ」

由比ヶ浜の回復呪文を受ける川崎に褒め言葉を送ったのだが、ぷいと顔を背けられてしまった。

うーむ、俺にしては素直な褒め言葉を送ったつもりだったのだが、それは川崎のお気には召さなかったようだ。さすがですお姉さま! とでも言った方がよかったかもしれない。

平塚「よし、今が好機だ。全軍突撃! よもや命を惜しいと思うな!」

叫んだのは、先ほどあのミノタウロスに吹き飛ばされていた平塚先生だ。拳をギュッと握ると、そのまま魔物に向かって駆け出す。

それに続いて雪ノ下、小町、材木座、戸塚らの前衛組も獲物を構えてミノタウロスを囲む。

一度鈍化魔法さえ当ててしまえばこういった多対一ではもう勝利確定のようなものだ。あとはそのままフルボッコだドン!

先ほどまで縦横無尽に駆け回っていたミノタウロスがボッコボコにするのを、俺はただぼーっと眺めていた。

バキッドカッと容赦のない打撃音が聞こえてくる。そんなリンチ状態になってから、魔物が光の塵と化するまでにそう時間は要らなかった。






雪乃「……Nね」

魔物を倒した後、奥に置いてあった宝箱を開けて一言、雪ノ下が呟いた言葉がそれだった。

見れば、その宝箱に入っていたのはNと彫られた球状の石であった。これも下の階と同じ鍵となる石だろう。

八幡「アルファベット一文字か、じゃああの扉に嵌るのは多分Kだな」

雪乃「そうね」

『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』

あの扉に書かれていた文を思い出す。

そして、その言葉を放ったのは『こころ』という作品のKという登場人物だ。

その選択肢がアルファベット一文字というのであれば、ほぼ間違いなく答えはKだろう。

結衣「ん、どういうこと?」

由比ヶ浜は俺たちの会話の意味を分かっていなかったようで、首をかしげながらそう尋ねてきた。

八幡「簡単に言うと、この石はハズレだ。別の当たりの石を捜さないとな」

いろは「え~、そんなぁ……さっきのは無駄骨だったんですか……」

はぁーと肩を露骨に落とす一色だったが、お前さっきの戦闘ほとんど何もしてなかったよね? 一発呪文を外してから、それから何もしてなかったよね? 輪から微妙に外れて仕事してましたアピールは俺にはすぐに見破られるぞ。なんせ俺がその道のプロだからな。

八幡「多分、あの扉に嵌るのはKって書いてある石だな。それを捜すしかない」

いろは「ええー……めんどくさいですね……」

一色が言葉通りに、心底面倒くさそうにそう呟いた。表情ももううんざりといった感じだ。

一色じゃないが、俺だって面倒くさい。出来ることなら一発で正解の石を引き当てたかったのだが、これはもう運でしかないし、どうこう言っても仕方があるまい。これが牌……じゃなくて石に愛されし子なら一発ツモれた可能性もあったのだが。

まぁどうせ正解の石を見つけるまで前に進むことが出来ないのだから、捜すしかない。

八幡「じゃあ次の部屋行くか……」




×  ×  ×


結局、正解のKの石を見つけたのは3つ目の最後の部屋だった。

雪ノ下が空けた宝箱にはKと掘られた石が入っている。ちなみに2つ目の部屋で見つかったのはDという文字だ。3つとも並べるとNDKである。ねぇどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?

雪乃「ようやく見つかったわね」

八幡「多分それが正解のカギだろ、早く戻ろうぜ」

答えの石が見つかったというならこれ以上この部屋に用はない。

しかし疲れたな……ゲーム世界なので身体的な疲労は溜まらないが、精神的疲労は普通に溜まる。

それはおそらく先ほどまで3回連続で戦う羽目になった人と馬が合わさった魔物ケンタウロスのせいだろう。単純な力ならば下の階で戦ったミノタウロスの方が強いだろうが、ケンタウロスは速さという点であちらを大きく上回る。

素早い相手というのは、単に力強いだけの相手より戦っていてよほど厄介だと感じる。ほら蚊とか。

人間関係だってそうだ。真正面から向かってくる奴より、あの手この手で絡め手を使ってちょこまか動く奴の方が相手にしていて厄介なものだ。

平塚「いや待て、もうひとつ宝箱があるぞ」

そんなことを考えていると、ふと部屋の端から平塚先生の声が聞こえてきた。そちらを見てみれば、端の方にもポツンと宝箱が置いてある。

八幡「この部屋には宝箱がふたつある……?」

平塚「まぁ開けてみるとしよう」

そう言うのと同時に平塚先生がその宝箱を開く。

扉を開ける石ならばKが正解だろうし、もうこれ以上石は要らないと思うんだけどな……。

平塚「む、中に入っているのは石じゃないのか?」

八幡「え、じゃあ何が入ってるんですか?」

平塚「どうやら普通のアイテムらしい」

平塚先生が宝箱から取り出したものは、確かに石ではない。だが、似たような丸い形はしている。

その白色のは球体からはうっすらと湯気が立っており、どこかいい匂いもしてきた。

八幡「これは……!?」

平塚「肉まんだ!」

シズカは にくまんを てにいれた!▼

八幡「……は?」

小町「肉まん……?」

戸塚「肉まん……だね?」

なんと、その宝箱に入っていたのは肉まんであった。

いや、確かにRPGで宝箱の中に食べ物アイテムとかそういうのが入っているということ自体は珍しくはあるまい。リンゴとかキノコとかアップルグミとか。

しかし実際に目にしてみると、宝箱の中にポツンと肉まんが置かれている光景は果てしなくシュールだ……。

平塚「どうやらひとつしか入っていないようだが……食うか?」

八幡「いや、いいっす……」

いくらゲーム内だと分かってはいても、やはり外に落ちていた食べ物を食べるというのには抵抗がある。

他のメンバーの様子も窺ってみれば大体俺と同じようなことを考えているのか、皆苦笑を浮かべていたり首を振ったりして断っていた。

平塚「そうか、なら私が頂こう」

全員がそのまま断ってしまったので、平塚先生がその肉まんを一口に食べきった。すっげぇ男らしい。

その肉まんを飲むこむのと同時にウィンドウが開かれ、テキストが更新される。

シズカのHPが 4じょうじょうした!▼

シズカのMPが 1じょうしょうした!▼

シズカは スキル『スーパーアーマー』が はつどうした!▼

平塚「む、これは……」

八幡「スキルが?」

平塚先生の体が光り、ウィンドウでスキルの発動を知らせるテキストが更新されている。

スーパーアーマー……普通のゲームだと相手の攻撃を受けても仰け反らないだとか、よろめかないだとかで、無理矢理攻撃を通していけるスキルだというイメージがある。

もしもこの世界でもそのイメージどおりの効果を持っているのであれば、突撃タイプの平塚先生にとっては非常に都合が良いスキルだろう。

平塚「ほほう、これはいいものを手に入れたな」

結衣「むー、普通に良さそうなので羨ましい……」

前回スキルによって色々あった由比ヶ浜は複雑そうな目で平塚先生を見ている。

しかしまぁあれは確かに大変だったが、あの時由比ヶ浜がバーサーカーになってくれなければ俺たちは全滅だった可能性も十分有り得たわけで、十分助けられているといえば助けられているのだ。

それに初代スキル『こんじょう』には俺自身が助けられている。おそらく今回も平塚先生の『スーパーアーマー』には助けられることになるだろう。

平塚「よし、ならば次の一番槍は私に任せてくれ。おそらくこのスキルは突撃するのに都合が良い」

平塚先生もスーパーアーマーの意味するところを分かっているのか、どんと胸を張った。

でもこういうスキルって仰け反らない代わりに大抵相手のハメ技に弱いんだよなぁ、平気かなぁ……。




    ×  ×  ×


元の扉の前に戻り、雪ノ下がKの字の入った石を扉に嵌め込んだ。

するとギギギと重い音がしながら石の扉が開き、奥の広場が見えるようになる。

その奥には非常に大きな空間が広がっており、やや薄暗いこともあってよく見渡すことは出来なかった。

平塚「気を付けろよ、どこから魔物が出てくるか分からんからな」

雪乃「……」

結衣「うう、なんだか怖いね……」

警戒しつつもその広場に侵入する。

それから奥にまで入り込んだが、魔物とエンカウントすることもなく、広場の一番端にまでやってきてしまった。

戸塚「ボスがいそうな広場だけど、誰もいないね?」

留美「……あれ!」

突然留美が大声を出して何か指差したので、俺もそれに釣られて指の先に目をやる。

そこには大きな崖が出来ていた。

そして細くて長い橋が架かっており、その橋の先の向こう岸に何か祠のような物がそびえ立っている。

川崎「多分、あの祠に魔王城への鍵が封印されているんだと思う」

留美「私の力で、多分あの封印を解ける」

雪乃「なら行きましょう」

鍵の封印を解くために、向こう岸の祠に行く必要がある。そのためにはこの橋を渡らなければならない。

しかしこの橋は非常に細く、また崖の下には真っ暗な闇が広がっている。もしも落ちれば命はないだろう。

八幡「全員で行くと橋が持つか怪しいな……」

川崎「じゃああたしとるーちゃんだけで行く。るーちゃん、行くよ」

留美「うん」

川崎に手を引かれた留美は、その細い橋を渡っていく。

橋がぐらぐらと揺れる度に留美がぎゅっと川崎の手を握るが、見ているこちらも手に汗を握るほどビビる。俺この橋渡らなくてよかった。

留美「うう……」

川崎「大丈夫だよ、るーちゃん」

そう言って留美の手を握り返している川崎の足も震えているように見えるが、それに関して突っ込むのは野暮と言うものだろう。

結衣「み、見てるこっちまで怖いね……」

八幡「橋を揺らそうとするなよ、絶対にだぞ」

結衣「しないし!」

材木座「む、それはやれという前フリか」

平塚「本当にやってみろ、この崖に突き落とすぞ」

材木座「ひっ、じょ、冗談で御座います閣下……」

幸い、この橋が途中で崩れること等はなく、川崎と留美の二人は無事向こう岸へ辿り着くことが出来た。

留美「着いた……」

川崎「ふう……」

雪乃「それでは鍵の回収をお願いするわ。私も向こう岸へ向かった方が良いかしら」

その時であった。

ゴゴゴと地響きの音が鳴り響き、グラグラと地面が揺れる。

八幡「地震か?」

結衣「うわっ!」

雪乃「みんな、伏せて!」

その地震は思いの他強く、普通に立っているのすら困難であった。

しゃがんで地震をやり過ごすしかないか……そう思っていたとき、突如バキッと何か木が割れるような音が聞こえてくる。

結衣「あっ、橋が!」

小町「崩れちゃいましたよ!」

地震がまだ収まらないうちに、崖に掛かっていた細い橋が崩れ、そのまま崖の下にまで落ちていくのが見えた。

マズイ。これで川崎と留美の通路がなくなってしまった。もしもこんな時に魔物があちら側に現れたら──

その懸念は、すぐに現実となって襲い掛かってくる。

いろは「ようやく地震収まりましたね……」

川崎「るーちゃん、平気……はっ!」

戸塚「あ、見て!」

コウモリ「ゲゲゲ!」

向こう岸に視線をやると、なんと川崎と留美の周りに魔物が複数体現れているようだ。

どれも一体一体は大したこともなく、今までに何度も葬ってきた雑魚魔物だ。

しかし現状川崎は一人であり、しかも留美という守るべき存在がいる状況だ。その状況でも無事にやり過ごせるとは限らない。

川崎「ちっ……るーちゃんは下がってて、あたしがなんとかする」

留美「沙希お姉ちゃん!」

雪乃「マズいわね、早く私たちも向こう岸に渡る方法を捜さないと」

???「フッフッフ、そうはさせんぞ」

雪乃「!?」

突然後ろの方から低く不気味な声が聞こえてきて、思わずばっと振り向く。すると先ほどまで誰もいなかったはずの広場の中央にフードを被った何者かが立っている。

そのフードを被った奴は、俺たちの視線が集まったことを見ると、ふははと高笑いを発した。

???「貴様らが勇者だな?」

雪乃「ええ、そうよ。あなたは何者かしら?」

???「ふはは、これは失礼」

雪ノ下に冷たい目線を受けたそいつは、何がおかしいのか高笑いを続けたままフードをバッと外した。

露わになった顔は醜く、まるでゾンビを連想するような顔であった。

シャドウ「我が名はシャドウ。ここに封印されし魔王城の鍵の守護者よ」

雪乃「そう。なら申し訳ないのだけれど、その鍵を頂いていくわ」

シャドウ「そういうわけにもいかん、魔王ハルノ様に怒られてしまうのでな」

姉の名前が出た瞬間、ぴくっと雪ノ下の眉が動いたような気がした。

しかしすぐにいつもの不敵な笑みを携えると、剣をシャドウとやらに向ける。

雪乃「なら力ずくで頂くわ。そこをどきなさい。川崎さんが危ないのよ」

シャドウ「もちろんどけん。通りたければ、私を倒してからにしてもらおうか」

しゅごしゃの シャドウが しょうぶをしかけてきた!▼

やはりあのフードのゾンビみたいな奴はこのダンジョンのラスボス的存在らしい。

しかし見た目大して強くなさそうな……体格も俺と同じくらいである。いや、魔法か何かに特化しているのかもしれん。警戒を怠るわけには行かない。

川崎「はああああっ!!」

コウモリ「ギャピッ!!」

向こう岸からは孤軍奮闘している川崎の雄たけびが聞こえてくる。

しかしいつまで持つかは分からない。早いところなんとか救助しに行きたいところだが……。

川崎「るーちゃんは、あたしが守る!!」

留美「沙希お姉ちゃん!!」

雪乃「川崎さんと鶴見さんが待っているの、悪いけれどすぐに終わらせるわ」

平塚「兵は神速を尊ぶ、行くぞ!」

ダッと地面を蹴り、雪ノ下、それと並んで平塚が勢いよく駆け出す。

そのままシャドウの方へ向かうが、当のシャドウの顔には何かを隠しているような笑みが浮かんでいた。

シャドウ「ふふふっ、お前らの相手をするのは私ではない」

雪乃「!!」

シャドウはそう言うと、地面を蹴って空高く飛び上がる。

そして、そのまま空中で滞空してしまったのであった。

空に留まれてしまっては雪ノ下たち前衛組の近接攻撃は全く届かない。由比ヶ浜たちの魔法に頼るしか……。

どう攻撃するかを考えていると、シャドウの周りに光が漂い始め、魔方陣が現れた。

シャドウ「代わりに影が相手を務めよう」

すると、先ほどまでシャドウが立っていたところから影が伸び、質量を持ってウネウネと人の形になる。

小町「うわっ、影が人の形に!」

平塚「見たことあるな、この技……」

その平塚先生の言葉でうろ覚えな記憶を掘り起こしてみると、確かに一つ思い出すものがあった。

かつて1の国から2の国向かう道中で、平塚先生は己の形をした影、シャドウシズカとの戦闘経験があったのであった。

あのシャドウとかいう奴、まさか似たような感じで影を人に変えて戦わせることが出来るのだろうか。

しばらくしてその影が人の姿を持つと、俺たちの顔が驚愕の色で染まる。

雪乃「……!!」

結衣「嘘……!!」

八幡「そうきたか……」

シャドウが呼び出した影は、俺たちのよく知る人そっくりの姿になっていた。



めぐり「あはは、よろしくね」


三浦「あーしとやろうっての?」


ほんわか笑顔を浮かべる水の国の女王、城廻めぐり。

苛烈な睨みを利かせる火の国の女王、三浦優美子。

影は彼女らと全く同じ姿になり、そして敵意を持った目線をこちらに向けていたのであった。

シャドウ「さぁ、友人と戦えるか勇者たちよ。私が試してやろう」



しばらく更新出来てない間に、某あーしさんSSが完結からの復活を果たしてたり、ムキのんが突然の復活からの完結を遂げていたりで驚きを隠せません。
両名ともお疲れ様です。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

ケンタウロスが途中からミノになってやがる



   ×  ×  ×


めぐり「強そうな人たちだね……でも、負けないよっ!」

三浦「こんな奴らにあーしらが負けるわけないでしょ」

八幡「城廻先輩……」

結衣「優美子……」

二人の反応を見る限り、どうやら俺たちのことを知っているようには見えない。どうやら記憶までは引き継いでいるわけではなさそうだ。

しかし、その見た目や声、雰囲気などは全く元の姿と同じであるように見える。

めぐり「あはは、お手柔らかにね」

ほんわか笑顔を浮かべるのは水の国の女王、城廻めぐり。

少し飾りがついたドレス型の鎧を身に纏っており、その手には身長近くもある大きな杖を持っている。

三浦「ふん……」

不機嫌そうにこちらを睨みつけてくるのは火の国の女王、三浦優美子。

装備している鎧や剣は前にダンジョンで同行した時と全く同じものだったが、あの時と違って今回は敵側の存在だ。

シャドウ「さぁ行けい影よ、奴らを駆逐するのだ」

空に浮かんだままのシャドウがそう告げると、三浦が地面を勢いよく蹴り飛ばしてこちらに突撃し、めぐり先輩は呪文の詠唱を唱え始めた。

くそっ、肝心の術者は空で文字通り高みの見物ってやつか。

三浦「しゃらあああああっ!!」ゴゴゴゴゴゴ

ユミコは ほのおのとつげきを つかった!▼

轟っ! と炎が燃え上がる音と、気合いの入った叫び声が広場に響き渡った。

その身に激しい炎を纏った三浦が、剣を構えながら物凄い勢いで俺たちの方に突撃してくる。あんな技は前回同行した際には見た覚えがないが、そんな大技を隠し持っていたのか。

本人のイメージ通りに堂々と燃え盛る真っ直ぐな突撃に対して、雪ノ下と平塚先生がそれぞれの武器を構えながら一歩前に出た。

雪乃「私と先生で三浦さんを止めるわ、援護をお願い」

平塚「生徒を殴るのは気が引けるが、今回ばかりは仕方があるまい」

いや、あんたいつも俺のこと殴ってるだろ。

そんな俺の心の中のツッコミに対しては当然何の返答もなく、そのまま雪ノ下と平塚先生の二人は燃える三浦に向かって真正面から立ち向かっていく。

言いたいことはあるが今はその時ではない。俺も素早く呪文の詠唱を唱え始め、手に持つ木の棒の切っ先を三浦に向ける。いくら激しく燃え上がる炎の女王と言えども、鈍化魔法さえ当ててしまえば楽に対処することが出来るだろう。

しかし、その三浦の勢いは想像をはるかに超えていた。

三浦「どきなっ!!」ゴゥッ!!

ユミコの かえんぎり!▼

雪乃「なっ!?」

瞬間、三浦の振るった剣に、爆発したかのような激しい炎が広がった。その炎は雪ノ下と平塚先生を巻き込み、その熱風の余波が後衛にいる俺たちのところにまで届いた。

雪乃「ううっ!!」

平塚「うおっ!?」

結衣「ゆきのん!!」

小町「先生!!」

爆発のような衝撃を真正面から受けた雪ノ下が後ろの方にまで飛ばされ、そのHPを半分近くにまで減らした。

このパーティ内でもっともHPが低い雪ノ下とはいえ、まさか一撃でHPの六割を持っていかれるとは思わなかった……三浦の攻撃力は、おそらく想像をはるかに上回っている。

平塚「うおおおおおっ!!」

三浦「えっ!?」

だがしかし、雪ノ下と同じように爆発に巻き込まれたはずの平塚先生は、そのままその炎の中をかいくぐり、三浦に向けて拳を振るった。

平塚「だああああっ!!」

三浦「ちっ!!」

しかしその渾身の拳はギリギリで三浦の剣に阻まれ、メリケンサックと剣が打ち合い、金属と金属がぶつかり合う音が響く。

雪ノ下は吹き飛ばされたということは、今の三浦の攻撃には吹き飛ばし判定があるはず。ならば何故平塚先生は吹き飛ばされることなく、炎の中を突き進めたのか。

──シズカは スキル『スーパーアーマー』が はつどうした!▼

そこで、先ほどここに来る前の部屋で平塚先生が食べた肉まんで発動したスキルのことを思い出した。

なるほど、もしかしたらあのスキルのおかげで平塚先生にはそういった判定が無効になっているのかもしれない。

もちろん無効になっているのは吹き飛ばされたというところだけであって、HPはキッチリ減ってはいたが、そこはさすがパーティ内最もHPと防御力が高い格闘家だ。全体の3割も減っていなかった。

平塚「勇気の力……その目に焼き付けろ! このぉぉっ!」

拳で直接刃と打ち合ったのにも関わらず、平塚先生はそれを意にも介さず再び拳を三浦に向かって打つ。

平塚「ブロウクン! マグナァム!!」ゴウ!!!

材木座「へっ!?」

ちょっ、それは中の人的に材木座が叫ぶべき技じゃ……ていうかロケットパンチじゃなくて普通に殴ってるだけだし。人の身でロケットパンチ打たれても嫌だけど。

三浦「はあっ!!」

だが燃えているのは平塚先生だけでなく、対峙している三浦もであった。平塚先生のパンチに対して、真っ向から剣を振るう。

しかしそうやって平塚先生が三浦と打ち合ってくれているのは俺としては都合がいい。

この隙に、三浦に対して鈍化魔法を当てに行く!

八幡「グラビティ!!」モワーン

黒い重力の塊が放たれ、そしてそれは三浦に向かって真っ直ぐに飛んでいった。

平塚先生の体を貫通し、俺の重力の魔法はそのまま三浦に直撃し──

たかに思われた。

ゴウ!!

八幡「何っ!?」

しかし俺の魔法は、三浦の纏っている炎に触れるとじゅうと音を立てながら燃えて消えてなくなってしまったのであった。まさかあの炎はデバフ無効まで兼ねているのだろうか。それともドリームオーラか何か?

ならばあの炎を消して貰うしかあるまい。そう考えた瞬間に、後ろの方で詠唱を終えた一色と戸塚の魔法陣が広がる音が聞こえてきた。

いろは「火に対しては水ですよ、いろはスプラッシュ!!」

いろはは いろはスプラッシュを となえた!▼

戸塚「風よ起これ、ウィンドカッター!!」

サイカは ウィンドカッターを となえた!▼

一色の魔方陣から水の放流が、戸塚の魔方陣から風の刃が巻き起こり、それらは三浦に向かって襲い掛かる。

現在、三浦は平塚先生と激しい打ち合いをしており、それらの魔法を避けられる状態ではない。味方の魔法攻撃は当たり判定がないので、このまま行けば三浦だけが一方的に魔法攻撃に巻き込まれる。

しかし魔法を唱えていたのは、何もこちらの後衛組だけではなかったことを、三浦の後ろで光る水色の魔方陣を見るまで忘れてしまっていたのだ。

めぐり「水の精霊さん、お願い! ハイドロポンプ!!」ドドドドドド

めぐりは ハイドロポンプを となえた!▼

ドドドと激しい音と同時に、めぐりさんの魔方陣から水のビームのようなものが勢いよく放たれた。

その勢いは凄まじく、対峙した一色の水魔法、戸塚の風魔法をたちまち蹴散らす。そしてそのまま真っ直ぐに放たれたその水のビームは仲間である三浦を貫通して平塚先生を巻き込んだ。

平塚「ぐぼあっ!!!」

だが、問題はそれだけでなかった。その水のビームはそのまま勢いを落とさずに後ろの方向──すなわち俺たち後衛組が固まっているところにまで突き抜けてきたのだった。

八幡「ぐあああああああっ!!」

いろは「きゃあああああっ!!」

戸塚「うわあああああああっ!!」

結衣「みんな!!」

雪ノ下の回復のために離れていた由比ヶ浜を除き、スーパーアーマーを持っているわけでもない俺たちは全員その水の魔法に吹き飛ばされる。端の壁に叩きつけられると、がはっと肺の中の空気が全て外に漏れた。

八幡「……おいおいマジかよ」

今、めぐりさんの水魔法は、同じ水魔法である一色、そして戸塚の風魔法の両方を吹き飛ばした挙句、そのまま後ろの俺たち3人をまとめて吹き飛ばすほどの威力を誇っていた。

これはラスボス査定によって威力が上がっているのか、それとも単純に水の国の女王が誇る実力なのか。

結衣「みんな待ってて、ハートレスサークル!!」

ユイは ハートレスサークルを となえた!▼

由比ヶ浜が魔法を唱えると、地面に大きな魔法陣が広がる。それと同時に、その上にいる俺たちのHPが少し回復した。

しかし、めぐり先輩の水魔法によって貰ったダメージは思いの他大きい。戸塚はともかく、完全に後衛装備の俺と一色のHPはもう少し余裕を持ちたいところだ。

八幡「すまん、少し離脱する!」

由比ヶ浜の回復呪文は前衛で戦い続けている平塚先生と、先ほど戦線に戻った雪ノ下に当てるべきだ。そう考えた俺は一色を連れて少し離れてアイテムでの回復に頼ることにした。

八幡「結構手痛いの貰ったな……」

いろは「うう、あんなに簡単に破られるとは思ってなかったですよー……」

同じ水の魔法を使ったのにも関わらず簡単に打ち破られた一色の表情は暗い。気持ちは察するが落ち込んでいる暇はない。

相変わらず三浦の激しい炎は留まるところを知らない。あれにめぐり先輩の強烈な水魔法のバックアップがついているから厄介だ。どうにかして、あれを崩さなければならない。

八幡「……」

どうすれば、この状況を打開できるのか。

そのためにもまず状況を正しく把握する必要がある。

俺は一つ深呼吸をしてから、落ち着いて周りを見渡した。

まず俺と一色は、広場の少し離れたところで回復に努めている。

広場の真ん中では炎を纏っている三浦と、雪ノ下、平塚先生、小町、材木座(いたのか……)の4人が激しい戦闘を繰り広げている。だが三浦の猛攻を前に、雪ノ下たちは上手く攻め時を見つけられていないようだ。

雪ノ下たちの後ろでは由比ヶ浜、戸塚がそれぞれ魔法で援護しており、三浦の後ろではめぐり先輩が魔法の詠唱に入っている。どうもめぐり先輩の魔法は一撃の威力は高いものの、相応に詠唱に掛かる時間も長いらしい。

さて、俺は何をすべきか。

俺の鈍化魔法は三浦の炎に対しては効果がない。

一方で、後ろに控えているめぐり先輩は詠唱時間が長く、身動きが取りづらそうだ。ならば俺はめぐり先輩の無力化に向かうべきだろう。

八幡「一色、お前は戸塚たちからは別の所から三浦に向かって魔法を唱えろ」

いろは「えっちょっ、先輩どこ行くんですか!」

それだけ一色に伝えると、俺は遠回りをしながらめぐり先輩のところへ向かう。ちなみに一色に戸塚たちと離れた所で魔法を唱えるように指示した理由は、単に一回の魔法で巻き込まれないようにするためだ。

めぐり「……む、誰かなそこにいるのは」

さりげなくステルスヒッキーを使用しながらめぐり先輩を鈍化魔法で狙えるポジションにまで向かっていたつもりだったが、そこへ辿り着く前にめぐり先輩に見つかってしまう。

俺の方を見ためぐり先輩は、にこりと、ほんわかとした笑みをその顔に浮かべた。その雰囲気は完全に俺の知る元のめぐり先輩と同じであったが──しかし、あれはシャドウの生み出した影でしかない。決して、本物じゃない。

めぐり「悪戯をしようとしてる悪い子には、お仕置きしなきゃいけないね?」

八幡「ははっ、勘弁してください」

めぐり先輩の言葉を受けて、思わず引きつった笑いが漏れてしまった。まるで出来の悪い子どもを躾けるような可愛らしい姿は見ていて思わずめぐりっしゅされてしまいそうになるが、今はそれどころではない。

ここでめぐり先輩を止めなければ、再びあの超弩級水魔法が放たれてしまう。それを阻止するためにも、どうにかしてめぐり先輩を止めなければならない。

比企谷八幡、ここが正念場だ。


>>753
申し訳御座いません、気が付きませんでした。
御指摘ありがとうございます。


小話。
この前投稿された某俺ガイルクロスオーバーSSの文章量が全部で804kbとのことでしたが、
あれがどんくらいヤバいかっていうと、この俺ガイルRPGが全部含めて約450kb、めぐりバレンタインデーが220kbくらいです。ヤバい。


それでは書き溜めしてから、また来ます。

他のスレでヒッキー誘い受けって海老名さんに言わせてたけど誘い受けの意味わかってる?
自分から誘うけどいざという時は受けみたいな感じだからヒッキーには合わないかな?って。
むしろガハマさんのが誘い受けかと。

某クロス作品のタイトル教えてくれませんか?
いま色々読み漁ってて気になります

>>774
大体お察しの通りその場のノリで出しただけです……

>>775
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」



   ×  ×  ×


八幡「グラビティ!!」モワーン

詠唱を続けていためぐり先輩に向けて、俺は素早く木の棒を向け、そして呪文を唱える。

鈍化魔法、グラビティ。

この世界に来てから最初に覚え、そしてサブレ召喚を除けば俺の使える唯一の魔法。

黒い重力の塊を放ち、当たった相手の動きを鈍くするというデバフ系の呪文である。

雪乃「はあっ!!」シュッ

俺は、前線に立って剣を振るうことは出来ない。

結衣「今回復するね、ヒール!!」パアッ

俺は、その前衛を回復魔法で支援してやることは出来ない。

いろは「吹っ飛んでください、いろはストーム!!」ゴオオオオオ

俺は、派手な攻撃魔法を扱うことは出来ない。

それでも。

それでも、俺にしか出来ないことがある。

例えそれが地味なことであっても、相手の足を引っ張るような行為であっても。

構わない、それが俺にしか出来ないことなら。

あんなゲームのような、ピカピカと光り輝く剣と魔法の戦いは彼女らに任せておこう。

代わりに、彼女らが満足に戦えるようにそのお膳立てをするのが我が道。

比企谷八幡の歩む道だ。

めぐり「!!」

俺の手に持つ木の棒から黒い重力の塊が放たれたのを見ると、めぐり先輩は己の詠唱をキャンセルし、素早くそこから飛び退いた。

判断が早い。

めぐり先輩は時間の掛かる大規模水魔法の準備をしていたのだ。

それを一瞬で取りやめ、回避行動に移るとはなかなかやる。一瞬でも躊躇ってくれれば俺の魔法が直撃してくれたものの。

残念ながら俺の魔法こそは当たらなかったが、それでもいい。

あくまで俺の目的は、めぐり先輩の魔法の詠唱を止めることだ。

たとえ俺の魔法が当たらずとも、俺一人でめぐり先輩の行動を止めることが出来れば、あとの三浦に残りの7人で当たることが出来る。

いくら三浦の攻勢が激しいものであろうとも、めぐり先輩のバックアップが無ければ止められないほどではない。

少しでもこうやって時間を稼ぎ、他のメンバーが三浦への戦いに集中出来るようにしよう。

めぐり「うーん、君は私の邪魔をするつもりなんだね」

君、と呼ばれたことに少し引っ掛かりを覚える。

──比企谷くんね。うん、ちゃんと覚えた。

今、俺の目の前にいるめぐり先輩は、俺の知るめぐり先輩ではない。あくまであのシャドウとかいう奴が生み出した影でしかないのだ。

だから、見た目が一緒なだけの別人物。

それは分かっているはずなのに、少しだけ心の中に影が差す。

シャドウ「クックック……」

空に浮かんで高みの見物をしているだけの術者、シャドウの笑いが上から聞こえてきた。野郎、人の知り合いの姿で好き勝手遊びやがって……。

めぐり「じゃあ、まずは君から止めようか!」

ぱあっ、とめぐり先輩の周りに魔法陣が広がった。いかんとすぐにシャドウからめぐり先輩に目線を戻す。

遅れて、俺も呪文の詠唱に入る。めぐり先輩の詠唱には時間が掛かるが、俺の魔法は詠唱を始めてから発射までのタイムラグが小さい。おそらく俺の方が早く魔法を使えるだろう。

が、俺はそこで勘違いをしていた。

一体いつから、めぐり先輩の呪文がハイドロポンプひとつだと錯覚していた?

めぐり「スロウ・シャワー!!」

めぐりは スロウ・シャワーを となえた!▼

うけたあいての うごきをおそくする!▼

めぐり先輩は詠唱を素早く終えると、持っていた身長ほどある大きな杖をくるんと振るう。

すると、小さい魔法陣が空に浮かび、そこからシャワーのように流れる水が俺に対して襲い掛かってきた。

八幡「うわっ!?」

本当にシャワーみたいな勢いの水であり、特に吹き飛ばされたり、ダメージを受けた感じはしない。

ただ水を掛けられただけのようだ。相手を濡らすだけの魔法? んなわけがない、一体今のシャワーに何の……意味……が……!?

八幡「あ……れ……?」

瞬間、自分の体が思ったように動かないことに気が付いた。

手や足が重く、すぐに行動をしようとしても、頭で思い浮かぶ動きと、現実の自分の体の動きが噛み合わない。

……これはまさか。

八幡「デバフ……!?」

めぐり「あはは、思ったように動けないでしょ」

まさか、めぐり先輩も──鈍化魔法を使えるなんて。

俺の動きは遅くなり、素早く体を動かそうとしても全く思うように動かせない。俺の魔法を受けた奴はいつもこんな感じだったのだろうか。

八幡「くっ……」

めぐり「じゃ、詠唱を再開しよっか」

俺が自分の体を動かすのに戸惑っていると、めぐり先輩が再び大規模水魔法の詠唱に取り掛かった。

マズイ、このままでは再び先の魔法を放たれてしまう。あれを撃たれてしまえば体勢を立て直すのは難しい。

なんとかしなければ……。

戸塚「八幡!!」

八幡「とつ……か……!?」

そう思っていたところに、戸塚が剣を構えながらこちらの方に駆けつけてきた。

三浦と戦いながらもこちらの状況を見ていたのだろう。助かる。

めぐり先輩は再び詠唱をキャンセルすると、その大きな杖を構え、突進してくる戸塚の前に対峙した。

戸塚「城廻先輩、ごめんなさい!」ヒュッ

めぐり「なんで、謝るのかなっ!?」カキンッ!!

戸塚が勢い良く剣を振り下ろしたが、めぐり先輩はそれを杖で受け止める。キィンと剣と杖の激突が生み出した火花が散り、その戸塚とめぐり先輩の戦いに彩りをもたらす。

自分の振るった刃が受け止められたと見るや、戸塚は無理につば競り合いに持ち込むことはせず、すぐに剣を引いた。

戸塚「やあああっ!」

叫びながら、めぐり先輩の空いたところへその剣を振るう。

だが、めぐり先輩は戸塚の斬撃に対し、器用にその大きな杖を回し、その剣を再び受け止めた。

めぐり「やあっ!!」キンッ

戸塚「うわっ!」

一体その細身にそんな力があるのだろうか──めぐり先輩がその大きな杖をそのまま力任せに振るうと、戸塚を剣ごと無理矢理押し返した。そして素早く詠唱を始めると、魔方陣が浮かぶ。

めぐり「スロウ・シャワー!!」

先ほどと同じく、魔法陣からシャワーのように水が降ってきた。それは戸塚の体に直撃し、その動きを鈍くさせる。

戸塚「はち……まん……!」

八幡「とつ……か!!」

俺の動きも未だに鈍い。この鈍化状態は一体どれくらいで解ける? 30秒? 1分? そして戸塚が稼いでくれた時間はどれくらい?

それを計算し終える前に、めぐり先輩は素早く次の呪文の詠唱に入っていた。くそ、まだか、早く解けろ……!!

遅くなってはいても、決して動けないわけではない。ノロノロとしながらも、俺は木の棒を構え、それをめぐり先輩に向ける。

八幡「グ……ラ……ビ……」

めぐり「水の精霊さん、もう一回お願い! ハイドロポンプ!!」ドドドドドド

俺の魔法が発動しきる前に、めぐり先輩の詠唱が終わってしまった。

瞬間、水色の魔方陣が大きく広がり、そこから水のビームのようなものがドドドと轟音と共に放たれる。

八幡「……ティッ!!」モワーン

と同時に、俺の鈍化状態が解け、重力の魔法がめぐり先輩の方に飛んでいく。大型魔法を唱えた後の硬直時間でもあるのか、今度はその魔法は避けられずに、めぐり先輩に直撃した。

めぐり「きゃあっ!!」

だが、時は既に遅し。めぐり先輩が放った水のビームはすでに三浦たちが戦っている広場の中心に向かっている。

雪乃「きゃああああっ!!」

小町「うわああああっ!!」

平塚「ぐあああああっ!!」

材木座「ぐぼおおおおおおっ!!」

結衣「みんな!!」

その大規模水魔法、ハイドロポンプは三浦と戦っていた前衛組全員を巻き込んだ。

その場からは少し離れていた後衛の由比ヶ浜と一色はそれに巻き込まれずに済んだようだが、事態は深刻だ。

前衛組はスーパーアーマーを持っている平塚先生以外全員が吹き飛ばされ、またそのHPを大きく減らしている。特にHPの低い雪ノ下は再び一撃でレッドゾーンにまで陥っており、由比ヶ浜が素早くその側へ駆けつけた。

だが、それを三浦が黙って見過ごすはずがなかった。

三浦「回復なんてさせるわけないっしょ」

結衣「優美子!?」

ダッと地面を蹴り、由比ヶ浜に向かって走り出す三浦。マズい、由比ヶ浜は近接戦闘の心得があるわけでもないし、相手は雪ノ下たちが複数で掛かってすら手こずっていた炎を纏う三浦だ。

一度近付かれてしまえば、由比ヶ浜では一瞬で焼ききられてしまう恐れすらある。

平塚「おっと、その前に私を倒してもらってからにしようか」

三浦「!?」

が、その三浦の前に、スキル『スーパーアーマー』のおかげで吹き飛ばずに済んでいた平塚先生が立ちはだかった。

ふっと口元に笑みを浮かべると、白衣のポケットからタバコを一本取り出す。

平塚「丁度、タバコの火が欲しかったところだ。君の火を分けてくれないか」

三浦「ふん、なら望み通りに分けてあげる……体ごと燃え尽きな!!」

ドン、と力強く地面を踏み込む音が聞こえた。同時に三浦が炎の剣を振りかぶり、平塚先生を言葉通り燃やし尽くさんと弾丸のように駆け出す。

そんな炎の塊の突撃に対し、平塚先生は一瞬足りとも臆することなく、拳を構えて三浦の元へ走り出した。

いくらパーティ内で最もHPと防御力の高い平塚先生と言えども、先のめぐり先輩のハイドロポンプのダメージはそれなりに効いているようで、そのHPは半分ちょいほどにまで落ち込んでいる。

そんな状態でボス補正を受けている三浦と真正面からサシでの勝負を引き受ければ、無事で済むとは限らない。

戸塚「八幡!」

八幡「戸塚、すぐに行くぞ」

めぐり先輩の鈍化魔法の効力が切れた戸塚が、素早く平塚先生と三浦の元へ向かう。

本当ならばまだ鈍化状態が続いているめぐり先輩のHPを少しでも減らしておきたいところだったが、今はそれどころではない。

三浦「大人しくそこどいてくんない?」

平塚「それは出来ない相談だな──あいにく、背に生徒を預かっている身なのでね」

口にタバコを加えたままニヒルに笑う平塚先生の瞳に、一切の恐怖や怯えといった感情は見えなかった。

相手は真っ赤に燃え盛る炎の弾丸、そして平塚先生自体は手負いの身。決して、笑える状況ではないはずなのに。

三浦「なら、そのまま燃え尽きて欲しいんだけどっ!!」ゴオオオオオ

ユミコは レーヴァテインを つかった!▼

平塚「燃えるのはハートだけで十分だ! 撃滅のッ、セカンドブリットォォォオオオ!!」ドドドドドド

シズカは シェルブリットをはつどうした!▼

三浦の炎の剣と、平塚先生の熱い拳が交錯する。瞬間、ドガン! と激しい爆音が鳴り響き、両者の得物が弾かれる。

近くにまでやってきた俺のところにまでその衝撃が伝わり、思わず全身の毛が逆立ってしまったような感覚になった。

三浦「はあああああっ!!」

気合いの込められた叫び声と共に、三浦が再びその炎の剣を平塚先生に向かって勢いよく振り下ろす。

平塚先生は当然退かず、その刃をメリケンサックの嵌った拳で真正面から受け止めた。二度目の衝撃音が鳴る。

三浦「はっ、そんな拳であーしの剣を受け続けることなんて出来ないし!」

平塚「できるできないが問題じゃない、やるんだよ」

そして、三度、四度と、剣と拳が打ち合う音が鳴り、その度に激しい火花を散らす。

五度目はなかった。

いろは「いろはスプラッシュ!!」ゴゴゴゴ

ようやく後衛にいた一色の詠唱が終わり、魔法陣から放たれた水の魔法が三浦に襲い掛かる。

今度ばかりはめぐり先輩の魔法も間に合うことは無く、その水の魔法はそのまま三浦に直撃した。

三浦「きゃっ!」

意外と可愛らしい悲鳴と同時に、三浦の纏っていた炎がふっとその姿を消した。

今ならば──俺の魔法も届くかもしれない!

八幡「グラビティ!!」モワーン

素早く唱えた俺の重力の魔法が、三浦に直撃する。いくら炎の女王と言えども動きを遅くしてしまえば怖くは無い。

三浦「こ……の……」

平塚「ふぅ、助かったよ」

八幡「平塚先生は、早く回復してください」

ステータスを見れば、平塚先生の体力はもうレッドゾーンだ。スーパーアーマーのおかげで誤魔化せてはいたのだろうが、やはり炎を纏う三浦と0距離で戦い続けるというのはHPを減らし続ける行為だったのだろう。

雪乃「待たせたわね」

結衣「平塚先生、大丈夫ですか!?」

激しい戦闘を行なって平塚先生が稼いでくれた時間は、数値にしてみれば1分にも満たない時間だったろう。しかしパーティが体勢を立て直すには十分、そして本当に大切な時間だった。

雪ノ下、小町、材木座がそれぞれHPをマックスに戻し、戦線に復帰したのだ。

材木座「うむんむ、軍師八幡よ。我に策を与えよ」

八幡「誰が軍師だ……雪ノ下、小町は今三浦と戦っている戸塚、一色の援護、材木座は俺と一緒に城廻先輩の足止めだ」

雪乃「分かったわ」

小町「よし、じゃあ行きましょう、雪乃さん!」

そう言うと、全員が各地の持ち場に移動する。

戸塚「やぁっ!」

三浦「このっ……!」

現在戸塚と一色は鈍化状態の三浦を攻撃しており、由比ヶ浜は平塚先生の回復をしている。

三浦の方はこのまま任せるとして、俺は材木座を連れて再びめぐり先輩の方へと戻った。

とうに鈍化状態は解けていためぐり先輩は頬をぷくーっと膨らませ、やや怒りをこめた、それでもどこかほんわかした目線をこちらに向けている。

めぐり「む、よくもやってくれたね」

八幡「お互い様でしょう」

軽口もそこそこに、再び俺とめぐり先輩は呪文を唱えあう。先ほどは遅れを取ったが、今度は一人じゃない。

めぐり「スロウ・シャワー!!」

めぐり先輩の放つ水の鈍化魔法が魔方陣から放たれる。だがしかし、その水は俺にまで届くことは無かった。

材木座「ぬおおっ!!」

材木座の巨体が、その水を全て受け止める。ナイス盾。

瞬間、材木座が鈍化状態となり、その動きが非常に鈍くなるが、盾となっている現状はむしろ好都合だ。

八幡「グラビティ!!」モワーン

数秒遅れて、俺は材木座の後ろから鈍化魔法を唱える。呪文を打ち終わったばかりのめぐり先輩はそれを避けられず、そちらもまた鈍化状態となり、その行動が著しく重くなった。

めぐり「う、うう……」

めぐり先輩の脅威となる大規模水魔法はただでさえ詠唱に時間を取るため、一度鈍化状態にしてしまえばそれなりに長い時間を稼げる。

残念ながら俺はダメージを与える手段を持っておらず、ダメージソースになりそうな材木座がこれなので、せっかく遅くなっているめぐり先輩に対して攻撃を仕掛けることは出来ない。

だが、それでもいい。めぐり先輩さえ止めることが出来れば、前衛組が三浦をなんとかしてくれるだろうから。

ちらとそちらの方に視線をやれば、めぐり先輩の邪魔が入らなくなったことによって一色が水魔法による支援を存分に行なえるようになったおかげで、雪ノ下たちが優位に戦闘を進めているようであった。

雪乃「散りなさい」ヒュッ ズバズバズバッ

ユキノは ソードダンスをつかった!▼

三浦「ちっ!」カキカキカキン!!

雪ノ下の舞うような剣技を三浦は辛くも剣で受け止める。しかし三浦の周りにいるのは雪ノ下一人ではなく、その横を小町が狙い打つ。

小町「やっ!」

三浦「あっ!」

小町が文字通り横槍を刺し、三浦を仰け反らせる。三浦の纏う火のオーラが無くなり、こうやって囲んでしまえばあとは多対一の利を活かして、このまま三浦を倒すことが出来るだろう。

一方で俺は材木座を盾にしつつ、めぐり先輩の動きを止め続ければいい。雪ノ下たちが三浦を倒し次第、めぐり先輩のHPを削り切ってもらおう。

平塚「よし、私も出るぞ!」

そしてこの状況を作り出した張本人、平塚先生が由比ヶ浜の治癒魔法を受け終わったのか、そう宣言しながら前線に戻っていった。後はハメゲーだ。ここから三浦たちがひっくり返す手段は無い。

三浦「ちっ……」

めぐり「あはは、力及ばず、だったね……」

それから三浦とめぐり先輩のHPを0にするまでにそう時間は要らなかった。




   ×  ×  ×


シャドウ「ほほう、見事だ」

三浦とめぐり先輩を倒した後、上を見上げてみればシャドウはまだふわふわと浮かんでいた。

雪乃「いい加減に降りてきなさい」

雪ノ下が怒気を込めて、シャドウに向かってそう言う。

だがシャドウはおかしそうに笑い、雪ノ下の言葉をまともに受け取らなかった。

シャドウ「クックック、まだ終わりではない。次の影を用意しようではないか」

八幡「まだあんのかよ……」

どうやら、今の三浦とめぐり先輩だけがラスボスというわけではなさそうだった。

マジかよ、あの二人でも十分ボス級の強さだったっていうのに、今度は誰が出てくるんだ……。

シャドウ「過去、貴様らを苦しめた奴を呼び出してやる。クックック……!!」

八幡「俺たちを苦しめた……?」

シャドウはそう高笑いしながら呪文を唱えると、影が人の形に変わり、そして再び俺たちの知る人間と全く同じように変化していった。

その人間とは……。

相模「えぇ? うちぃ? うちにできるかなぁ。ぜーったい無理だぁってぇっ!」

玉縄「やぁ、僕は玉縄。このバトルを通じて人間的にグローアップ出来たらいいなって思ってるんだ。正々堂々、フェアなバトルをしよう!」

八幡「……」

雪乃「……」

結衣「……」

いろは「……」

戸塚「……?」

小町「誰?」

平塚「……」

材木座「けぷこんけぷこん、相手が誰であろうと変わりは無い! いざ尋常に勝負!!」

シャドウ「クハハ、貴様らの記憶から呼び出させてもらった。因縁とも呼べる相手であろう。さぁ、どう出る?」

相模「うちは『ハチマンは グラビティをとなえた!▼』『ユキノの はやぶさぎり!▼』『コマチの ブレイブスピア!▼』『えっと、これぼくも行った方がいいのかな……?』『ユキノの ソードダンス!▼』『ハチマンは グラビティをとなえた!▼』『サイカは ウィンドカッターをとなえた!▼』『ユキノの しっぷうぎり!▼』『あの、雪乃さん? なんだか怖いですよ?』『察してやれ小町』『ユキノの ひょうけつぎり!▼』『コマチの れんぞくづき!▼』『サイカは エアスラストをとなえた!▼』『ユキノの ブリザーラッシュ!▼』『ユキノの れんぞくぎり!▼』『ユキノの さみだれぎり!▼』『ユキノの だいせつだん!▼』きゃあああああああっ!!『ミナミは たおれた!▼』」


玉縄「それじゃあ僕が『シズカの きあいパンチ!▼』『ヨシテルの れんぞくぎり!▼』『いろはは いろはスプラッシュを となえた!▼』『ユイは ユイファイアーを となえた!▼』『君がッ、泣くまで、殴るのをやめないッ!』『光になれー!』『いろはは いろはスラッシュを となえた!』『[ピーーー]ぇ!!』『あ、あの、いろはちゃん?』『いろはは いろはストームをとなえた!▼』『いろはは いろはすビームを となえた!▼』『う、うむ……生徒会長殿に一体何が……?』『あはは、色々あってね……』『シズカの ばくれつパンチ!▼』『我は放つ光の白刃!』『いろはは いろはスパイラルを となえた!▼』『ユイは ユイサンダーを となえた!▼』『いろはは いろはスパークを となえた!▼』うああああああああっ!!『タマナワは たおれた!▼』」

シャドウ「なっ、瞬殺だと……!?」

あー、うん。呼び出す相手が悪かったと思うよ。特に雪ノ下と一色がなんか死ぬほど怖かったし。

さすがにこれは誤算だったのか、シャドウの声には焦りが含まれている。

シャドウ「く、くそう、ならば次の影が最後だ! 現れよ!!」

わざわざ次で最後だと教えてくれる辺りがRPGのやられ役っぽい。そうか、次で最後なのか。いやー二戦目がほとんどボーナスステージだったし、あとひとふんばりで終えられそうだ。

MPを回復するアイテムを口に含みながら、シャドウの影が実体化するのを眺める。さてはて、次は一体どんな奴が出てくるのやら……。

その影が具現化し、人の形を取る。

影の姿を見た瞬間、思わず口の中のアイテムを噴き出しそうになってしまった。

八幡「なっ……!?」

雪乃「あら」

結衣「うそ……」

いろは「ちょっ、ええっ!?」

俺だけではなく、パーティメンバー全員の顔が驚愕の色に染まっていく。それは、めぐり先輩と三浦が出てきたときの比ではないほどに。

シャドウが繰り出した、最後の影とは。

影八幡「俺は悪くない、社会が悪い」

影雪乃「真実から目を背けないで。現実を知りなさい」

影結衣「やっはろー!」

影いろは「よく言われるからわかるんですよ~。トロそうとか鈍そうとかー」

影葉山「やぁ、よろしくお願いするよ」

八幡「──!!」

そこに現れたのは、俺たちがよく知る顔。

俺、雪ノ下、由比ヶ浜、一色、あと何故か葉山。

影が姿を変えたのは、俺たち自身の姿であった。

シャドウ「さぁ、己自身を越えられるか? この私が試してやろう!」


金色のガッシュと俺ガイルのクロスオーバー書こうかなーとか思ったんですけど、あまりに大変そうで挫折しました。
八幡とガッシュのぼっちコンビとか凄い楽しそうなんですけどね。誰か書いてくれませんかね。

それでは書き溜めしてから、また来ます。



   ×  ×  ×


影雪乃「あら、相手は私たちなのかしら?」

影結衣「わ、あっちにもあたしがいる!?」

影いろは「えー、わたしあんなんじゃないですよ~」

影八幡「……俺って、端から見るとマジで目腐ってんのな」

影葉山「俺……はいないみたいだな。でもまぁ雪ノ下さん達が相手っていうのはちょっとやりづらいかもな、ははっ」

まさか自分自身に目が腐ってると言われる日が来るとは思わなかった。

いや俺から見ても、影の俺は目が腐ってると思ったけど。

一方で本物、我ら勇者パーティ組の反応といえば。

雪乃「あら、相手は私たちなのかしら?」

結衣「わ、あっちにもあたしがいる!?」

いろは「えー、わたしあんなんじゃないですよ~」

おい、まさかの反応モロ被りかよ。影に完全にセリフ先取りされてるぞ。大丈夫か。

小町「うっわ、お兄ちゃんだ。お兄ちゃんだよお兄ちゃん」

八幡「紛らわしいわ」

戸塚「でも、城廻先輩とか三浦さんと同じようにそっくりだね……」

平塚「ふむ、今回は私の影はいないのか……また熱い拳を交わせるかと思ったが」

材木座「ぷーっ、八幡は影になっても八幡であるな!! ぷふーっ!!」

八幡「笑うな、うぜぇ」

材木座を軽くあしらいながら、ちらと崖の向こう側にいる川崎の方に視線をやる。

今、川崎はソロで留美を守りながら戦っているはずだ。果たしてまだ無事であろうか。

川崎「はああっ!!」ザシュッ

コウモリ「ピャーッ!!」

留美「沙希お姉ちゃん!!」

川崎「るーちゃんには指一本触れさせない……あたしが、守る!!」

自慢の鎖鎌を振り回しながら、己と留美を囲むように飛び回っているコウモリやゴーストといった魔物を追い払っていく。

川崎のHPはもう黄色、全体の4割程にまで陥ってしまっている。

宣言通り留美のHPが欠片も減っていないのはさすがであるが、このままでは川崎が持たない。

川崎がやられれば、魔物は次に留美に襲い掛かり、戦う術を持たない留美はそのままやられてしまうだろう。

現在『復活の薬』はひとつしかない。もしも二人ともやられれば片方の復活が出来ない。

……そもそも出来ることならひとつとして使いたくない。早めに影の俺たちとシャドウを倒して川崎たちの救助の方法を捜す必要があるだろう。

雪乃「……そうね、川崎さん達を早く助けに行かないと」

俺が崖の向こう側にいる川崎たちの様子を窺っているのを見かけたのか、雪ノ下がそう呟いた。

八幡「そうだな」

雪乃「その前にまず、あの私たちの偽物を倒さなければならないわね」

問題はそこだ。

俺たちの前に現れたラスボスは俺、雪ノ下、由比ヶ浜、一色、葉山の影五名である。つまり五影じゃん。なんか里の長っぽい呼び方になっちまったってばよ。

まぁそれはさておき、先の三浦、めぐり先輩の例のようになるのであれば、あそこにいる俺たちの個々のステータスは、ラスボス補正によって俺たち自身より高い可能性がある。

この世界にいる本物の三浦とて、雪ノ下とタメを張るレベルの実力者だ。が、いくら三浦が強いとは言っても、雪ノ下たち複数人を相手に圧倒出来る程ではない。

しかし先ほどの三浦の影は、炎のオーラとめぐり先輩のバックアップがあったとはいえ、雪ノ下、小町、平塚先生、材木座の前衛4名を相手にひとりで立ち回れていた程に強かった。

となると、あそこにいる俺たちも、俺たち自身より強い可能性が高い。いかん、紛らわしいな俺。

もしもその仮定が正しいのであれば、かなり手強い相手になりそうだ。

あっちには葉山がいるとはいえ未だに人数の面ではこちらの方が優勢ではあるが、三浦、めぐり先輩のふたりの時ですらああも苦戦したことを考えると、今からすでに先行きが不安である。

とはいえ、逃げるわけにも避けるわけにもいかない。

苦戦するのは分かっていても、それでも早く俺たちの影を倒し、川崎と留美の救助に向かわねばならない。

雪乃「行きましょう。紛い物は所詮紛い物だということを思い知らせてあげなくてはね」

結衣「よしっみんな、頑張ろう!!」

小町「うーん、雪乃さん達と同じ姿に攻撃するのは気が引けますけど……」

雪乃「気にしなくていいわ、あれは偽物よ。存分にやってもらって構わないわ」

戸塚「偽者だっていうのは分かってるんだけど……、ぼくも、八幡と戦うのはちょっと嫌かな……」

いろは「じゃあわたしは先輩を存分に狙いますねー」

材木座「ほっほん、なれば我も八幡狙いで行こう!」

八幡「なんでお前らそんなにノリノリで俺に攻撃する気満々なの? 戸塚見習えよ」

平塚「遊んでる場合か。ほら、早く行くぞ!!」

雪ノ下と材木座は剣を、小町は槍を、平塚先生は拳を構えながら影たちに向かって突撃しにいく。由比ヶ浜、一色、戸塚はそれぞれ支援のための詠唱を始めた。

俺は前衛とは別に、広場の端の方から影たちのところへ向かうことにした。雪ノ下たちと戦闘している間に、横からデバフ魔法を打ち込めればいいなという考えだ。我ながら狡い。

さて、影の俺たちは一体どのようなことをしてくる? 全く同じような行動? それとも三浦みたいに新技を使ってくる? ああ、それと影の俺の鈍化魔法にも気をつけなければなるまい。うわっ、俺めんどくさっ。

影葉山「まずは俺が行こう」

影の集まりから、葉山が一歩前に出た。シャキンという音を鳴らしながら腰の剣を抜く。

そういえば、本物の葉山の実力はよく分かってないんだよな。前に同行してた時は雪ノ下と三浦がほとんど魔物を倒してしまったせいで、他の面子に出番がなかったし。

葉山も何度か魔物を討伐はしてはいたが、それだけでは実力を推し量る判断材料にはならない。

さて、影葉山の実力はどんなものか……。


影葉山「ギガスラッシュ!!」ゴウッ!!!


刹那、稲妻の一閃が煌く。

雪乃「きゃああああっ!!」

小町「うわああああああっ!!」

平塚「うおっ!!?」

材木座「ぶもおおおおおおおっ!!!」

八幡「なっ!?」

次の瞬間、前に突き進んでいた前衛組が大きく吹き飛ばされ、その身が空中に大きく放り投げられた。

開幕大技ぶっぱだと……葉山が取りそうな戦術には見えなかったが、事実雪ノ下たちは吹き飛ばされ、早くも前線は瓦解してしまっている。

平塚「ぐっ、いきなりやってくれるじゃないか……」

唯一、スキル『スーパーアーマー』を持っている平塚先生のみがその場に立ったまま残ることは出来た。残るHPは7割強。めぐり先輩の魔法と比べるのもあれだが、近接攻撃の一撃にしてはかなり持っていかれた方だろう。

影葉山「このまま斬りこませてもらおうか」

影雪乃「早々に終わらせましょう」

起き上がる隙も与えんと影の葉山と雪ノ下が剣を振りかぶりながら、吹き飛んだ前衛組に対して追撃を仕掛けてくる。

同時に、ドンと地面を蹴る音がした。見れば平塚先生が由比ヶ浜の回復呪文が来るのも待たずに、ふたりの前に立ちはだかっていた。

影葉山と影雪ノ下は一瞬顔をしかめたが、その走り出している勢いをつけたまま剣を平塚先生に向かって振り下ろす。

平塚「はぁっ!!」

ガキン! ガキン! と、激しい金属音が二回鳴り響いた、

影葉山「……!」

影雪乃「なっ」

なんと、平塚先生は左の拳で影葉山の剣を、右の拳で影雪ノ下の振り下ろした剣を弾いたのだ。そしてすぐにその拳を引くと、がら空きになっていた両者の腹に向かって両方の拳を突き出す。

平塚「食らえ!」

影葉山「くっ!」

影雪乃「ふっ!」

が、すぐに影葉山たちも飛び退いて平塚先生の拳圏内から離れる。平塚先生のダブルパンチが空を切るが、影葉山たちはその隙を突かず、距離を取って一旦体制を立て直した。

影の葉山がふっと顔に笑みを浮かべる。

影葉山「両腕で俺たちの剣を二つとも弾くとは、滅茶苦茶ですね」

平塚「2体1の状況だ。無茶くらいするさ」

結衣「ハートレスサークル!!」

平塚先生が時間を稼いでくれている間に由比ヶ浜の回復魔法が唱えられた。大きな魔方陣が広がり、味方たちのHPが回復する。

いろは「いろはスプラッシュ!!」

戸塚「エアスラスト!!」

と同時に、他のふたりの詠唱も終わり、水と風の魔法が影葉山と影雪ノ下に向かって派手な音を立てながら向かっていった。

すぐに葉山たちはその場から飛び退いたが、そのまま進んでいった魔法は後ろの方にいる影由比ヶ浜と影一色を狙う。

影葉山「しまった、結衣、いろは!!」

影結衣「任せて!!」

パァッと明るいオレンジ色の──本物の由比ヶ浜と同じような魔方陣が広がった。そしてその魔方陣が収縮すると、光の壁のようなものが影由比ヶ浜たちの前に立ちそびえた。

影結衣「あたし達を守って、ユイバリアー!!」

ズガガッと喧しい音が響き渡る。

見れば、影由比ヶ浜が唱えた呪文によって現われた光の壁は、一色の水の魔法と戸塚の風の魔法を同時に受け止めていた。その光の壁は一片足りとも欠けることはなく、キラキラと輝かしい光を瞬かせている。

いろは「バリアーですか!? あんなの結衣先輩使えたんですか!?」

結衣「あたしは使えないよ!!」

やはり、影のあいつらは俺たちが使えないような呪文まで使えるようだ。なんでだよ、そこは使える呪文まで一緒にしておくべきだろ。不平等だ!!

そこで気付く。影の俺はどこにいった? 今、光の壁の中にいたのは影の由比ヶ浜と一色だけだ。俺の姿が見えない。

素早く周りを見渡すと、広場の端の方に後衛の由比ヶ浜たちの方に近寄ろうとしている影俺の姿を発見した。うわぁ、さりげなく端を歩いて後ろを狙うとかマジ体育祭の棒倒しの時の俺じゃん……。

なお、今の俺も端を進みつつ影由比ヶ浜たちを狙おうとしてたのでやろうとしてたことは全く同じだ。……こいつ馬鹿なんじゃねぇの。あ、俺か。

まぁそれはともかくとして。

影の俺も使える呪文はほぼ間違いなくデバフ系だ。あいつを後衛の由比ヶ浜や一色たちに近づければ厄介なことになる。その前に対処せねばなるまい。

狙いを影由比ヶ浜から、俺の影の妨害に切り替える。やはり自分の始末は自分でつけるのが一番だろう。

俺の影に向かって駆け出すと、すぐに気が付かれたようで、影の俺が俺に向かって顔を向けた。

影八幡「なっ、俺のステルスヒッキーが見破られただと……」

八幡「俺なんでな……」

自分の姿で、自分の声で、自分がしそうな発言をされ、一瞬自分の中に言いようのない怒りのようなものが渦巻いたのを感じた。

ドッペルゲンガーというものがある。

それは自分と全く同じ姿形をしており、それを見るとしばらく後に死んでしまうという、有名な都市伝説だ。

あれの死因には様々な説があるが──中には、自分と殺しあうから死ぬなんてのもある。なんかどっかのラノベで見た。

なんでも、自分以外の自分が自分のような行動をしているのに耐えられないとかなんだとか。自己嫌悪の最たるものを発してしまうらしい。

俺は自分が大好きだ。自分と殺しあうなんてとんでもない。なんなら友達になっちゃうまであるぜHAHAHAなんて流していたが、今こうやって自分自身と対面して感じる。

気持ち悪いと。

八幡「どうせ俺のことだから端でこそこそやってると思ったぜ」

影八幡「マジかよ、さすが俺だな。でもまぁ、俺だしな。俺でも同じようにしたかもしんねぇな」

俺のことを知ったように俺のことを語るんじゃない。

なるほど、こうやってドッペルゲンガーは殺し合いに発展するというのか。

自分じゃない自分が、自分のことを自分だと思っているのが許せなくて。

影八幡「まぁ、とりあえず俺から止めておくか」

八幡「……」

俺と影の俺が、同時に木の棒を取り出す。制服姿だけでなく、武器も同じなようだ。雪ノ下たちもそうだったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだろうが。

まるで拳銃を突きつけあうガンマンのように、互いに木の棒を突きつけた。そして呪文を唱える。

八幡達『グラビティ!!』

互いの、他の足を引っ張ることしか出来ない呪文が交錯する。

私事で恐縮ですが、とうとう内定を貰って就活が終わりました。わーいわーい。
ということで、これから少しは更新率を高めていければいいなと思っています。よろしくお願いします。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

オメ!
就活並行であの量産速度とか、どんだけ筆早いんだよww
ちなみに業種きいてもいい?

皆様、ありがとうございます。
火曜辺りから更新率を上げていきたいと思っています。
ただまぁ他に書きたいネタが10個くらい思いついているので、そっちも書きたいと言えば書きたい……。

>>835
さすがに業種を答えるのは抵抗がありますが、パソコンでカタカタやる仕事とだけ。


それでは次回更新まで少々お待ちください。

俺の放った重力の塊と、影の俺が放った重力の塊がぶつかり、バンッと破裂する音が鳴り響く。

それを見届けることもなく、俺は素早く回り込むように移動し、影の俺の横を狙いに行く。だが相手も同じことを考えていたようで、見事に真正面でかち合う。

影八幡「よっ!」ヒュッ

八幡「あぶねっ!!」

影の俺は俺の姿を確認すると同時に、なんと手に持った木の棒で俺の顔を狙って突き刺しに来た。

なんとかそれを反射的に顔を逸らして避けると、俺は地面を蹴って後ろに跳び退き、距離を取る。

まさか木の棒で物理的に刺しにくるとは思わなかった。多分食らってもダメージ自体は大したことはないだろうが、仰け反った瞬間に鈍化魔法をぶち当てられる可能性がある。なるほど、対人戦だとそうやって無理矢理命中させるという手もあるのか。

効率よく鈍化魔法を当てようとしたその戦術だけでなく、容赦なく人の顔に棒を突き刺そうとする辺りも含めて、どうも戦い方という点で影の俺は本物の俺より一歩先を行くようだ。

俺とかその発想があっても人の顔に木の棒を突き刺そうとか思わねーもん。こえーし。ゲームだけど。

影八幡「早く食らってくれると俺としては楽なんだけどな」

八幡「そりゃ俺からしても同じだ」

にいっと口の端を歪めながら、そうに皮肉っぽく返す。すると影の俺はそりゃそうか、と言葉少なく呟いた。言葉や仕草がいちいち自分に似ていることに軽い苛つきを覚えたが、今はその感情に身を任せている場合ではない。

こんな奴を相手にしていないで、早いところ相手の妨害に向かいたいところなのだが。

ちらと目を少しだけ広場の中心にやる。いつの間にか影葉山に吹き飛ばされていた雪ノ下たちは戦線に復帰しており、影葉山や影雪ノ下たちと壮絶な打ち合いを行なっている。

その後ろで、由比ヶ浜や一色たちが怒涛の魔法合戦を繰り広げていた。

雪乃「はっ!!」キンッ!!

影雪乃「ふっ!!」カキンッ!!

影葉山「これならどうかな?」ヒュッ

小町「うっ、重い……」キィン!!

平塚「比企谷妹下がれ、私が行く!」バッ

材木座「むむっ、我も!!」

結衣「燃えちゃえ、ユイファイアー!!」ゴォォォオオオ

いろは「溺れてください、いろはスプラッシュ!!」ゴゴゴゴゴゴ

戸塚「風よ起これ、ウィンドカッター!!」ヒュッ!!

影結衣「聖なる光よ、今ここに十字架を打ち立てん! グランドクロス!!」ピカーッ

影いろは「水の精霊、ちょっとこっち来てくださーいっ! ウンディーネッ!!」ドドドド

いろは「だからあっち側の覚えてる呪文おかしいですよー!!」

やはり三浦やめぐり先輩同様、一人一人のステータスは影の方が上のようだ。

影雪乃「これでどうかしら」ヒュッ!!

雪乃「うっ!」キンッ!!

雪ノ下も影の自分を相手に苦戦しており、平塚先生たちも人数面で勝っていながら影葉山の猛攻に押されつつある。

由比ヶ浜や一色に至ってはほぼ上位互換の呪文を連発されており、ろくに相殺も出来ていない有様であった。

あの影の内の一人でも、俺の呪文で鈍化状態に変えられれば、おそらく戦況は一気に優位に傾くだろう。

だが、その妨害に向かいに行くためには、目の前にいる影の俺が心底邪魔なのである。

影八幡「はっ!」

八幡「ちっ!」

影の俺が繰り出した蹴りを、再び後ろに跳び退くことで回避する。いかん、どんどんと後ろに追いやられてしまい、影雪ノ下たちからどんどんと距離が離れてしまっている。逆に、影の俺は雪ノ下たちの方へ近付いていく。

ステータスが上回っているのは雪ノ下だけでなく、目の前の影の俺もそうであるようだ。

戦術面で上を行かれているだけでなく、単純なスピードなども心なしか俺より速いように感じる。ただ元々の俺のステータスが大したことがないせいか、なんとか目で追える程度ではある。悲しいことだが。

しかし今のところ、こいつも呪文はグラビティ一発しか使用していない。

こうやって蹴りなどで近接戦を挑んでくるということは、もしかしたら俺と同様にグラビティしか使用出来る呪文がないのかもしれない。

いや、それとも他に呪文はあっても、この近接戦では隙が大きくて使えないとかの理由はあるかもしれない。

いずれにせよ、少なくとも今すぐにこの状況を一瞬でひっくり返せる代物ではないだろう。そうであればこんなまどろっこしい体術戦など挑まずにさっさと使っているはずである。多分。俺ならそうする。

俺ならそうするということは、あいつでもそうするということ。今すぐにこの戦況を変えられるものがあれば──

八幡「!!」

──ある。

そういえば、俺にはグラビティ以外にも使用出来る技があるではないか。

サブレ召喚。

3メートルほどの巨大な犬を呼び出すという、逆転打が。

時間制限と、連発できないという弱点がある故に常用は出来ないのですっかり存在を忘れていた。

前のモンスターボックスでの戦闘のことを思い出す。サブレは相当の戦闘力を持っており、今この戦況を変えるには十分な一手のように思える。

それにあのサブレ召喚はイベントで覚えた特殊技だ。影の俺も使えるとは考えづらい。

だが、あのサブレを召喚している間、俺は呪文を唱えることが出来なくなるという弱点がある。また、サブレは5分前後しか呼び出せず、一度消えてしまうと3時間は再び呼び出すことは出来なくなってしまう。

確かに戦況を変えるワイルドカードではある。ではあるのだが──切り時が難しいのも確かだ。

影八幡「……なんか企んでんのか?」

八幡「お前もそうじゃねぇのか」

軽口を叩きながら、サブレを出すタイミングを見計らう。

しかし前衛組はすでに押されている状況であり、由比ヶ浜たちもMPの消耗が激しい。

今のままだとジリ貧だ。これは早めにサブレという札を切る場面ではないか?

そう判断した俺は、ここでサブレを呼び出すことにする。ストレージから素早くモンス○ーボールに似た球状の物体を取り出すと、それを広場の真ん中に向けて大きく放り投げた。

瞬間、そのボールが開いて中から光が溢れ出てくる。

影八幡「な、なんだ!?」

八幡「いけっ、サブレ! 君に決めた!!」

ハチマンは なかまをよんだ!▼

サブレ「わんわん!!」

影雪乃「い、犬!?」

影葉山「な、なんだこれは!?」

影結衣「え、サブレ!?」

突如現われた巨大な犬の出現に、影たちも動揺を隠せていない。ついでに反応を見る限り、どうも影の雪ノ下も犬が苦手であり、影の由比ヶ浜もサブレを飼っている設定らしい。

だとしたらこちら側からしたらやりやすい。少なくとも影の雪ノ下と由比ヶ浜は戦いにくくなるはずだ。相手の弱点を突くのはゲームの常識だ。遠慮なく突かせてもらおう。

影八幡「そっちの俺はそんなことが出来んのかよ……」

八幡「色々あってな」

やはり影の俺はサブレを呼び出すことは出来なさそうだ。

さて、これでしばらくの間、広場の中心での戦闘はだいぶやりやすくなったはず。

問題はここからである。俺の目の前にいる影の俺をどう抑えるか。

八幡「……」

サブレを呼び出している間、俺は他の魔法を撃つこともアイテムを使用することも出来ない。

だが、そのことを影の俺は知らないはずだ。

であれば、それを隠しつつ、俺は隙あらば鈍化魔法を撃ちますよ~とブラフを仕掛けるしかない。

影八幡「あのままじゃ雪ノ下たちがやべぇな……俺が背を向けても、そのまま大人しくしてくれねぇか?」

八幡「んなわけねぇだろ」

影八幡「……だよな」

本当のところ、影の俺がこのまま走り去ってしまえば、俺は何もすることは出来ない。

しかしそうしないのは、背を向ければ後ろから鈍化魔法を撃たれてしまう可能性があると思い込んでいるから。

出来ればサブレが消えるまでの五分間、俺はハッタリだけでステータス差のある影の俺を相手にしなければならない。

思わず自分の口の端が歪むのを自覚した。

だが、やるしかない。一度こいつを放してしまえば、たちまち戦況は再びひっくり返されてしまう。いやほんとめんどくせぇな俺の呪文。相手にするとここまでめんどくさいのか、リアルタイム戦闘での鈍化魔法って。

影八幡「じゃ、俺を鈍くさせてからあっちに向かうか」

八幡「出来るもんならやってみろよ、俺」

後は頼むぞ、雪ノ下たち。俺が俺を引きつけている間に、出来るだけ状況を有利に変えてくれ。




   ×  ×  ×


Side - Hiratsuka


平塚「なっ!?」

目の前にいきなり大きな犬が現れ、思わず驚きの声が漏れてしまった。

私の倍以上はある巨大なミニチュアダックスフントのような犬がいきなり目の前に出てみろ、そりゃ驚いても仕方がないだろう?

しかし、この犬どこかで見たことがあるような……。

平塚「……比企谷か!」

そうだ、思い出した。

確かこの犬は比企谷が呼び出せる犬だったはず。名前は……サブレと言ったか。

ということは、この犬は比企谷が呼び出したのだろう。

その比企谷の方を振り向いてみれば、何やら不敵そうな笑みを携えて影の自分と向き合っていた。

確か、聞いた話だとこの犬を呼び出している間はあいつは呪文を唱えることもアイテムを使うことも出来ないはずだが、どうしてああも余裕そうな笑みを浮かべてられる……?

……なるほど、ブラフか。

相手は己だ。当然自分の呪文の怖さも分かっているはず。それを利用して、三味線を弾き、影の自分を足止めしているというわけだな。

全く、無茶をする……が、情けないことに現在私たちは影を相手に苦戦しているところだったので、正直に言って犬の援護は非常に助かる。

危険を冒してでもこちらの助けに回ってくれた比企谷の心意気に応えるため、私たちも奮起せねばなるまい。

サブレ「わんわん、わんっ!!」ヒュンヒュン

影葉山「くっ、意外と素早いな……」

小町「いいよーサブレ!! もっとやっちゃってー!!」

平塚「よしっ、皆、サブレに続け! 遅れを取るなーっ!!」

比企谷のハッタリも、このサブレの援護もずっと続くわけではない。

ならば、その時間が切れるまでに出来るだけ影の奴らにダメージを与え、そして優位な状況を作り上げなければならないだろう。

私は意を決して拳を強く握り締めると、影たちの方に向かって駆け出した。

生徒と同じ姿をしているのを殴り飛ばすのは心が痛むが……悪く思うなよ!!


更新率を上げると言ったな、あれは嘘だ。
いや嘘で言ったつもりはなかったのですが、まぁ就活の後処理やらなんやらありまして遅れてしまいました。
今後はしばらく資格勉強とかやりながら、更新率を上げる努力をしていきたいと思ってます。よろしくお願いします。

また、一応念のために書いておきますが、RPG、めぐりバレンタイン、けーちゃんのはじめてのおつかいなど、私の書いている現行スレでは俺ガイル続の円盤特典のaとnのネタバレは一切しない予定ですので、未読の方も御安心ください。


それでは書き溜めしてから、また来ます。

平塚「数え抜き手!」

抜き手の指を四本構え、打つ度にその指の数を減らす。

平塚「4・3・2・1!!」ドドドド

影葉山「くっ!」

そして最後の一本貫手、渾身の一発を──

影葉山「うおっ!」ヒュッ

平塚「なにっ!」

しかし、最後の拳だけは咄嗟に身を引かれてしまい、空を切ってしまう。

マズイ、大きな隙を晒してしまった。

見れば影の葉山は剣を構え、すでに反撃を仕掛けようとしている。くっ、多少のダメージは止む無しか……。

サブレ「わんっ!!」

影葉山「なっ」

と覚悟を決めていたところに、巨大な犬サブレが影の葉山に向かって突進を仕掛けにいっていた。

葉山はそれを辛うじて剣でガードしたものの、大きくその身をよろけさせた。その間に、私もすぐに体勢を立て直す。

平塚「すまない、助かったサブレ」

サブレ「わんっ!」

そのままサブレは勢いよく牙を剥き出しにしたまま、葉山に向かって噛み付こうと飛び掛る。

見た目は現実にもいるミニチュアダックスフントなのだが、3メートルもの大きさを誇り、それが牙を剥いて噛み付こうとしている光景はなかなかにシュールだな……。

いかんいかん、今はそんなことを考えている暇はない。

この頼もしいサブレが味方としていられる時間はそう長くはない。出来ることならば、このサブレがいなくなる前に影の一人は倒してしまいたいところだ。

材木座「喜べ、貴様がこのRPG世界での邪王炎殺拳の犠牲者一号だ! 食らえええっ!! 炎殺黒龍波ァァァアアア!!」

隣での対影雪ノ下の戦いを見てみると、材木座が果敢に影の雪ノ下に向かって突撃しに行っていた。しかしあれだな、君がその技名を叫ぶのはなんでかしっくり来るな……いや、邪王炎殺拳を使えるとは思えんが。

影雪乃「ふっ」ヒュッ

材木座「うごがっ!!」

案の定、愚直に突撃していた材木座は影の雪ノ下の剣技の前に簡単にひれ伏していた。

何がしたかったんだ……と思っていたら、その倒れた巨体の裏から、比企谷妹と雪ノ下がそれぞれの得物を構えて影の雪ノ下に飛びかかっていった。

小町「偽物だけど雪乃さんごめんなさい小町スペシャルスピアーッ!!」ヒュッ

雪乃「さっさと倒れてもらえないかしら」シュッ

影雪乃「うっ!!」

材木座を切り伏せた直後だったこと、思わぬ奇襲だったことが功を奏してか、ふたりの攻撃が影の雪ノ下に直撃する。

サブレがやってきてから、他の相手にも人数が割けるようになってきたため、だいぶ戦いやすくなってきているように思える。

相手の後衛にいる影由比ヶ浜と影一色の魔法がほとんど飛んでこなくなってきた辺り、あちらに向かっている戸塚もうまく妨害を成し遂げているようだ。

平塚「よしっ、このまま押し切るぞ!!」

今のペースで行けば、影の雪ノ下たちが相手といえども押し切ることが出来そうだ。

あと気がかりなのは、何の対抗策もなく自分の影と戦っている比企谷だが……死ぬんじゃないぞ。




   ×  ×  ×

Side - Hachiman


影八幡「ほっ」

八幡「くっ!」

影の俺が突き出した拳を、腕でガードする。

やはりこいつには身体能力も戦い方の面でも俺の上を行かれているようだ。

確かにこういう自分対自分って大抵相手の方が多少強かったりするのが定番なのだろうが、俺の影ならこういう場面であっても戦いたくないでござるくらい言って欲しかった。

今の俺はサブレを呼び出している最中なので、呪文もアイテムも使えない状態だ。

しかしそんなのは全く関係なく、普通にやってても呪文もアイテムも使う暇などないというなんとも情けない状況であった。

だが、ある意味好都合でもあった。

俺がグラビティを唱える暇もないおかげで、使えないというハンディを背負っていることに気付かれている様子はない。

いやほんと情けない結果論ではあるものの、過程はどうあれサブレが消える五分間を稼げればなんでもいい。

それだけの時間があれば、きっとサブレの援護を得た雪ノ下や由比ヶ浜たちは戦線を押し戻すことが出来るだろう。

影八幡「ちっ、あっちの状況はあんまり良さそうじゃないな……」

軽い舌打ちが聞こえる。

こちらが押し返してきているということは、あちらからすれば当然ながら喜ばしくないということ。

影の俺はすぐにでもあちらの応援に駆けつけたいところだろうが、背を向ければ俺の鈍化魔法が飛んでくる恐れがあるために下手に隙を見せることができない。

俺が理性で動くような人間でよかった。

もしもここでなりふり構わず中央の方へ走られてしまったら、実は呪文を使うことも出来ない俺に妨害手段は一切ないのだから。

影八幡「さっさと倒れろっ」

八幡「くうっ!」

それでも焦りはあるのか、さっきよりやや強引に攻め込んでくる。

元々ステータスでも戦術面でも劣る俺は、こうやって力任せに戦われるとやや分が悪い。

しかしここで背を見せようものならそれこそ本当に鈍化魔法を食らってしまう。

例え不利な状況であっても、出来るだけ時間を稼がなければならない。

影八幡「らあっ!」

八幡「うおっ!」

大振りなパンチを、なんとか身体を逸らして避ける。

すると、影の俺の横に大きな隙が生まれた。

このまま殴られっぱなしだというのも癪だし、何よりこれは好機だ。

俺はその隙をついて、思い切り影の俺のわき腹辺りに右ストレートを入れる。

八幡「どうだっ!」ドスッ

影八幡「くっ!」

俺は決して人を殴り慣れているわけではない。

今のストレートにだって、うまく強く力を込められていたかは怪しいところだった。

しかし大振りのパンチを避けられてしまっていて体勢が不安定だった影の俺にとってはそれだけでも十分な一撃になったらしく、そのまま地面に倒れこんでしまう。

影八幡「ぐあっ!」

よしっ、倒れこんだ今が好機。

そこに俺の鈍化魔法をぶち込んで──

八幡「──あっ」

って今は呪文を唱えられないだろうが馬鹿!

せっかくの好機だったのに、ここでこいつを押さえ込めないのはもったいない。いや、呪文が使えないなら無理矢理物理的に押さえ込めばよかったか?

しかし残念ながらその考えに気が付いた時にはすでに遅く、影の俺は速攻で立ち上がっていた。

影八幡「絶好のチャンスだと思ったんだが、なんで今呪文を使わなかった?」

八幡「っ、それは──」

しまった、考えが足りなかった。

今の俺に決定打と呼べる技は一切ない。そんな状況だからこそ時間稼ぎに徹するべきなのに、まさかこんな形で呪文が使えないことを露見させてしまうとは……。

影八幡「まさかお前、あのサブレみてぇな犬を呼び出してる間は呪文使えないな?」

八幡「……答える馬鹿がどこにいる」

そうは言ったものの、これはマズい状況だ。

影八幡「なら、お前に用はねぇ」

八幡「あっ、待て!」

影の俺はやはり今のやり取りだけで確信してしまったようで、すぐに身を翻すと雪ノ下たちの方へ走り去ってしまった。

俺もすぐにそれを追うが、単純な足の速度ではステータスの数字で劣る俺では追い越すことは出来ない。

影八幡「待ってろ、今行く!」

影葉山「比企谷!?」

影雪乃「比企谷くん、この犬をなんとかして!」

広場の中央まで走ってきて、周りの状況を見渡した。

まず戦闘の中心ではサブレが大暴れしており、影葉山と影雪ノ下をその巨体と素早さで押し込んでいる。

その後ろから、平塚先生、小町、材木座がそれぞれ影の相手の隙をついて攻撃を加えているようだ。雪ノ下は……サブレから離れて普通に戦闘に加わっているようだ。まぁ別にいいか。

後衛では由比ヶ浜が前衛の回復を、一色は攻撃呪文による援護を行なっている。

戸塚は影の由比ヶ浜、影一色の詠唱の妨害に向かっているようだ。相手の後衛の呪文妨害に人数を割ける辺りは人数で勝るこちらの利点だろう。

だが、今こうやって上手く戦闘を回すことができているのは、サブレによって驚異的な突破力を持つ影葉山、影雪ノ下の両名を封じ込めている点が大きい。

それが封じられてしまえば──

影八幡「グラビティ!!」モワーン

影の俺が重力の魔法を唱える。木の棒の先から黒い塊のようなものが放たれ、それは一直線に飛ぶ。

サブレ「わぅ……ん?」

その重力の塊が飛んでいった先は当然サブレだ。

それが直撃してしまったサブレの動きがたちまち遅くなってしまう。

影葉山「助かる──ギガスラッシュ!!」ゴウッ!!

材木座「ぬおーっ!!」

サブレの動きが止まると同時に、葉山が大技をいきなり放つ。大きな稲妻の薙ぎ払いによって、前にいた材木座たちが軽く吹き飛ばされる。サブレにも直撃してたが、あいつにHPの概念があるかは分からん。

雪乃「くっ……」

雪ノ下はその一閃を辛うじて剣で受け流してようだが、さすがに大技なだけあって、受け流しただけでも多少の硬直時間が生まれる。

影雪乃「そこよ、アイシクル・ブリザード!!」ヒュンヒュンヒュン

その隙を狙って、影雪ノ下が剣を振るう。するとそこから多数の氷のつららが出現し、まるで弾丸のように雪ノ下の方へ飛んでいった。影のあいつ、遠距離攻撃も出来るのか!

雪乃「──!!」

それにすぐに気がついた雪ノ下は、ばっと地面を蹴り飛ばした。そこから横に飛び跳ね、なんとかそのつららの射線上から抜け出す。

が、すぐに何かに気が付いたように通り過ぎていったつららの方を振り返った。俺もそれに釣られて雪ノ下が向いた後ろの方へ振り向く。

すると、その先には。

結衣「えっ──きゃああああああああああっ!!!」

雪乃「由比ヶ浜さん!!」

八幡「由比ヶ浜あああ!!」

影雪ノ下が放ったつららの射線の先には、なんと呪文の詠唱中であった由比ヶ浜の姿があった。

気が付くのにも遅れたこともあり──その多数のつらら全てが、由比ヶ浜の身体を貫く。

いろは「ゆ、結衣先輩!!」

近くにいた一色がすぐに吹き飛ばされた由比ヶ浜の元に駆け寄る。

が、すぐにその表情が絶望に染まる。

いろは「嘘……そんな、結衣先輩!!」

八幡「一色、どうした!!」

俺もすぐに由比ヶ浜と一色の側に走り出す、すると一色が目に涙を浮かべたまま、俺の顔を見上げた。

いろは「結衣先輩が……結衣先輩が!!」

俺も由比ヶ浜の側に寄ってしゃがみこみ、由比ヶ浜の顔を見た。

目を閉じており、意識があるようには見えない。

まさか、と嫌な予感が過ぎる。

後衛職である由比ヶ浜の防御力は決して高くない。それで、ステータスがかなり上昇されている影雪ノ下の大技を全弾まともに直撃してしまったのだ。

その予感が当たって欲しくないと願いつつ、由比ヶ浜のステータスを確認する。

だがしかし──俺の願いは、届くことはなかった。

八幡「嘘だろ……」


ユイ HP 0/114 じょうたい:ひんし


そのステータス画面は、無情にも由比ヶ浜のHPが尽きたことを告げていたのだった。


書く時間は増えたはずなのに、暑さによって書くペースが大幅に落ちてしまっていました。申し訳ない。あと大体めぐりバレンタインのせい。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

雪乃「由比ヶ浜さん!!」

小町「結衣さん!!」

平塚「由比ヶ浜っ!!」

前衛陣の悲痛な叫び声がこちらにまで届いてくるが、それに対して影雪ノ下たちは攻勢の手を緩めることはない。

影雪乃「スノウ・スラッシュ!!」キィン!!

雪乃「くうっ!!」キンッ

影葉山「アルテマソードッ!!」ズガンッ!!

戸塚「うわっ!!」ガガガッ

影いろは「ようやく邪魔者が消えましたね、これで呪文が使えますー! 渦潮さん、全部を巻き込んじゃってくださいっ、メイルシュトロームっ!!」ゴゴゴゴゴ

影結衣「なんかもうひとりのあたしがやられてるのは複雑だけど仕方ないよねっ、開け光の扉、セラフィックゲート!!」ピカピカピカ

小町「ちょっ、こんなの避けられるわけがきゃああああっ!!」

平塚「ぐおおおおおおおっ!!」

材木座「くぽあああああああっ!!」

八幡「くっ、やばい……」

サブレが影の雪ノ下&葉山を抑えられなくなったことによって、相手が大技を振るい始めるようになってきた。

また、相手後衛の邪魔をしに向かっていた戸塚が影葉山に弾かれてしまったために、影由比ヶ浜&一色が再び呪文を唱え始めてくる。

これによって前衛組が大きく押し戻されてしまい、状況は再び振り出しに戻ってしまった。

いや、先ほどより明らかに悪いと言っていいだろう。

こちらの回復役、由比ヶ浜は現在HPが0になってしまったために動けない状況であり、今前衛たちは自分でアイテムを使う以外に回復する手段はない。

だが、当然ながら相手の猛攻を避けながらアイテムを使うような隙はなかなか作れず、回復することも出来ないままであった。

いろは「ど、どうしましょう先輩!?」

八幡「落ち着け……」

今体力に余裕があるのは後ろにいる俺と一色だが、どちらも前衛に出張れるようなタイプではない。

しかし誰かが影雪ノ下たちを足止めしなければ、前衛の雪ノ下や小町たちがアイテムを使ってHPを回復する時間が取れない。

だからと言って今のまま真正面からかち合い続けてしまっては、前衛組の中からも戦闘不能者が出てしまってもおかしくないのだ。

今ここに至って回復役の由比ヶ浜の偉大さを思い知る。

『復活の薬』はまだひとつあるにはあるが……それを使っている時間もなさそうだ。

一体どうすればこの状況をひっくり返せる……?

──ワンッ!!

そう思った瞬間であった。

サブレ「ガルルッ!!」バッ

影葉山「なにっ!?」

影雪乃「ひっ!?」

影八幡「しまった、もう時間だったのか!?」

先ほどまで影の俺の鈍化魔法にかかっていたはずのサブレが、雄叫びを挙げながら近くの影雪ノ下たちの方に突撃しにいく。

近くにいた影雪乃、影葉山、そして影の俺の三人は突然のサブレの行動は予想外だったのか、その突撃をまともに食らって大きく弾き飛ばされた。

影雪乃「きゃっ」

影葉山「ぐっ!」

影八幡「がっ!!」

八幡「サブレ!!」

そうか、まだサブレは消えていなかったのか。

しかし影の俺の鈍化魔法によって、ただでさえ少ない具現化していられる時間はさらに減っているはず。

おそらくあと1分といられる時間はないだろう。

八幡「小町、お前ら今のうちに回復しろ!」

小町「了解っ、お兄ちゃん!」

だが、なんにせよこれは好機だ。

サブレの奇襲によって、相手の前衛は全て遠くまで吹き飛ばされている。

この隙にこちらの前衛組はアイテムで回復する時間を取れるだろう。

だが、単に回復するだけでは先ほどまでの状況のやり直しになるだけだ。

相手の影雪ノ下、影葉山の突破力は非常に高い。数で勝っているこちらの前衛組が束になっても、真正面からの力押しでは勝てないほどだ。

さらにそれを後押しする影由比ヶ浜、影一色の強烈な広範囲魔法が厄介だ。影雪ノ下たちを数で囲んで戦おうにも、後ろから魔法で毎度流されてしまっては囲むことすらままならない。先の影三浦、影めぐり先輩の二人のコンビも似たような戦い方をしてきた。

だから、その陣形を今のうちに崩す。

相手の前衛が、中央から離れている今の内に。

影結衣「さ、サブレ!?」

影いろは「こ、こっちに来ますよ!?」

サブレ「ガウッ!!」ダダダッ

後衛職というのは、総じて防御力が低いものなのだ。

だから、由比ヶ浜はステータスが大幅に上昇しているとはいえ、影の雪ノ下の技一撃で戦闘不能にまで追い込まれてしまったのだ。

しかしそれは相手も同じことであるはず。

八幡「サブレ、その二人に攻撃しろ!」

サブレ「ワウッ!」バッ

相手の前衛組が動けない間に、相手の後衛組をサブレの圧倒的攻撃力を持って戦闘不能にする。

それが今取れる最善の行動であるはずだ。

影いろは「ま、魔法を──間に合いませんよ、結衣先輩!」

影結衣「サブレ! あたしだよ! 結衣だよ!」

八幡「サブレでも、本物と偽物の区別くらい付くわ」

影の由比ヶ浜の声には耳を貸さず、サブレは勢いよくその巨体で影の後衛の二人に突撃する。

サブレ「ガウッ!!」ドガッ!!

影結衣「きゃあああああっ!!」

影いろは「な、なにするんですかーっ!!」

さっきの戸塚による攻撃によってHPが減っていたのもあるのだろう。予想通り相手の後衛の防御力が低いのもあるのだろう。サブレの攻撃力が高いのもあるのだろう。

そのままサブレの突進、そこからの連続犬パンチが容赦なく叩き込まれると、影由比ヶ浜、影一色のHPがたちまち0になっていくことを告げるテキストがウィンドウに更新された。

影結衣「そ、そんなぁ……」

影いろは「ううっ、ダメでしたか……」

サブレの猛攻を受けた二人の身体が、光の塵となって空に消えていく。

偽物とはいえ顔見知りと同じ姿をしている奴が巨体の犬にボッコボコにされるシーンはあまり見ていて気持ちのいいものではなかったが、そんなことを言っていられるような状況でもない。

ややラッキーパンチ気味ではあったものの、絶体絶命の状況を一気にひっくり返すことが出来たことを喜ぶべきであろう。

サブレ「わう~ん」

と同時に、サブレの身体も光に包まれ始めた。

サブレの戦闘可能な5分を迎えたのだろう。しかしその働きはとてもわずか5分間のものとは思えないほどのものであった。

八幡「よくやったサブレ……お前のおかげで、なんとかなりそうだ」

サブレ「わう……」

そして、サブレも光の塵となって消え去ってしまった。これで次にサブレを呼び出せるようになるまでにあと3時間かかる。

だが、残りの影雪ノ下たちとの戦闘に3時間は掛からないだろう。つまり残りの相手はサブレの協力無しで倒さねばならない。


川崎「はあああっ!!」ザシュッ!!

留美「沙希お姉ちゃん、もう限界だよ! 逃げて!」

川崎「馬鹿言わないで。それに、どうせ逃げる場所なんてないよ」


それに崖の向こうで戦っている川崎のHPも赤にまで陥ってしまっている。3時間なんて待っていられるわけがない。

早いところ、残りの相手も片付けなければ。

影葉山「結衣、いろは! ……よくもやってくれたね」

八幡「お互い様だろうが」

サブレに吹き飛ばされていた影葉山たちが、広場の中央にまで戻ってきていた。

影の葉山の鋭い眼光が、俺に向かって向けられる。

待て、俺は悪くない。サブレが悪い。

小町「お兄ちゃん!」

と同時に、小町たち前衛組も駆けつけてきた。

八幡「小町、全員回復は終わったか?」

小町「うん、皆大丈夫だよ!」

見れば、小町、雪ノ下、平塚先生、材木座、戸塚全員のHPがきちんと満タンにまで戻っている。

よし、これならばいけるだろう。

材木座「ほふん、八幡よ。我らはこれからどうすればいいのだ?」

八幡「さっきサブレのおかげで偽者の由比ヶ浜と一色は倒せた。相手の後方支援がなくなった以上、あとは囲んで各個撃破が妥当だろうな……」

数で勝るこちらは、囲んで相手に横槍を入れるという戦法を取ることが出来る。

さっきまでは影由比ヶ浜たちによる魔法によって囲もうにもすぐに吹き飛ばされてしまっていたが、それがなくなった以上は、多対一に持っていって各個撃破していくべきだろう。

八幡「偽物の雪ノ下と葉山に各2人ずつ付いて、常に2対1になるように戦ってくれ。戸塚と一色は攻撃魔法で支援だ」

見れば影雪ノ下たちがすごい勢いでこちらに向かっている。これ以上話し込んでいる余裕はなさそうだ。

雪乃「分かったわ。由比ヶ浜さんの仇、取らなくてはならないわね」

そう言う雪ノ下の目からは、燃えるような意思が感じ取れる。やはり先ほど自分が避けたことによって由比ヶ浜に攻撃が当たってしまったことを気にしているのだろうか。

平塚「比企谷、君はどうするつもりだ」

八幡「俺は自分との戦いがあるんで」

セリフだけ抜き取ればカッコよく聞こえるかもしれないが、用は先ほどと同じく影の俺の相手を引き受けるということだ。

自分で言うのもなんだが、やはりこの鈍化魔法は非常に厄介な呪文だ。こういう乱戦であると、一人が動けなくなっただけで戦線が崩壊する恐れもある。よって、誰かが影の俺の相手を務めなければならない。

平塚「分かった、行くぞ!」

ダッと地面を蹴る音がする。平塚先生が先陣を切って前に進み出た。

影葉山「はっ!!」

相手の先陣を切るのは影葉山。

影葉山の振るう剣と、平塚先生の突き出した拳が打ち合い、甲高い金属音が広場に鳴り響いた。

エタらんエタらん。
正直言っちゃうとエタらせてぶん投げようかなとか思ったことは何回もあるけど、叩かれようとも多分最後まで書く……多分。

めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」八幡「はい?」
めぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」八幡「はい?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433651798/)
それと先日、同時進行していた他スレが完結しました。そちらもよろしくお願いします。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

乙です
新作期待してもいいですか?

>>899
期待に沿える出来になるかは約束できませんが、今月中にあと二、三本くらい書きたいなぁ……とは思ってます。
書き上げられるか怪しすぎるので、あくまで思ってるだけですが。
そのうち感謝のやっはろーシリーズも再開したいとは考えてますが、あれ結構書くのに時間掛かるのでなんともです。

Side - Hiratsuka


平塚「私のこの手が光って唸るっ、お前を倒せと輝き叫ぶ!」

材木座「最後に勝利するのは……勇気ある者だぁぁぁぁっ!!」

叫びながら私が拳を、そして材木座が剣を構えながら駆け出す。

私たちが狙うのは、影の葉山だ。もう片方の影の雪ノ下には、雪ノ下本人と比企谷の妹が向かっている。

影の葉山はふっと軽い笑みを漏らしながら、剣を構えて私たちを迎え撃つ体勢に入った。

影葉山「結衣といろはがあんな一瞬でやられるとはね……仇は取らせてもらおうか」

材木座「ふぬぅん!!」バッ!!

きらりと、剣が広場に差し込む光を反射した。と同時に材木座が大きく振りかぶった剣を影葉山目掛けて勢いよく振り下ろす。

それを影葉山は己の剣の腹で受け止めた。

瞬間、ガキィィン! という衝撃音が轟き、小さな花火が散る。

材木座はそのままつば競り合いに持ち込もうと剣を押し込むが、単純な力比べではステータスの勝る影葉山の方が優勢のようだ。

影葉山は涼しい顔を崩さないまま、材木座の剣を身体ごと押し返す。

影葉山「はっ!」キィン!!

材木座「ぬっ!?」

キィンと音が鳴ると同時に、押し返された材木座が大きく仰け反る。そこに生まれたのは大きな隙だ。

当然、影葉山はそれを見逃さない。すぐに剣を軽く引くと、材木座に向かってその刃を振るおうとして──

平塚「させるかっ!!」ドッ!!

影葉山「くっ!」

当然、それを許すわけにもいかない。

私は影葉山の振るう刃と材木座の間に、割り込むように身を躍らせる。ギリギリのタイミングで私の拳が影葉山の振るう剣に当たり、攻撃軌道を逸らすことが出来た。

そしてすぐに拳を握り締めると、剣を弾かれた影葉山に向けて右ストレートを放つ。が、手ごたえはあまりない。影葉山も反射的にすぐに身を引いていたために、私の拳の当たりは浅かったようだ。

しかし当然それで終わりにするわけではない。当たりが浅いならばすぐに第二第三のパンチを打ち込めば良い。

平塚「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ──ッ!!」ドドドド

影葉山「くっ!」

私の拳のメリケンサックが、影葉山の剣にぶつかる度に甲高い金属音が鳴り響く。私の猛ラッシュを剣で捌こうとはさすがだが、私はスーパーアーマーを持っているため、多少剣で弾かれた程度では怯むことはない。

そしてこの零距離であれば、影葉山の剣より私の拳の方が早い。幾度か、私の拳が葉山の身体を捉える。

そのまま沈むまで私の拳を食らい続けてくれれば楽だったのだが、そう簡単にはいかないようだ。

影葉山「やりますね、でも俺も押されたままでいるわけにはいかない」ゴッ!!

突然、葉山の剣が眩い閃光に包まれた。おそらく大技で強引に私のラッシュから抜け出そうというのであろう。

マズいな、一旦引くしかない……だが、今咄嗟に引いて避けられる技だろうか……?

影葉山「爪竜連牙ざ──」

いろは「葉山先輩に打つのはちょっと気が引けますけどー……飲み込んでくださいっ、いろはスパイラル!!」ゴウッ!!

その時だった。

突如、私たちの足元のところに魔方陣がぱぁっと広がる。

ゴウ! と派手な轟音が響くのと同時に、影の葉山がその魔方陣から現れた水の渦巻きに巻き込まれた。

影葉山「なっ!?」

丁度、一色の呪文の詠唱が終わったのだろう。ナイスタイミングだ。

平塚「一色か、助かった」

魔法攻撃は味方には当たることはない。これほど大きく広がっている水の渦巻きの中にも、私が巻き込まれることはないのだ。おかげで、渦巻きの中を観察出来るというちょっとレアな経験が出来てしまった。

だが、当然渦巻きの中の光景に魅入っている余裕はない。渦巻きの中に捕らわれ、動けなくなっている影葉山を狙う絶好の機会だろう。

これを見逃すわけにもいかない。私はそのまま渦巻きの中に入り込み、そして中にいる影葉山の側へと向かった。

影葉山「!?」

渦巻きの中に入ってきた私の姿を見つけたのか、その目を見開く影葉山。

だが、渦潮の中に捕らわれてしまった影葉山は自由に動くことが出来ない。少々アンフェアな状況ではあるが、こちらも手加減出来るような状況ではないのでな……全力でいかせてもらおう。

平塚「悪く思うなよ、はあっ!!」ドガッ!!

影葉山「ぐあっ!!」

私の右ストレートが、影葉山の顔面に綺麗に突き刺さる。ドガッと鈍い音がしながら、影葉山は渦巻きの外にまで大きく吹き飛ばされた。

所詮姿だけが一緒である偽者なのだとは分かっているが、生徒の顔面を思い切り殴り飛ばすというのはあまり良い気分ではないな……。

影葉山「くっ……」

私が殴り飛ばした結果とはいえ、一色の水魔法から脱出することが出来た影葉山は素早く体勢を立て直す。

しまったな、もう少し渦巻きの中でタコ殴りしていた方が結果的に多くのダメージを与えられたかもしれん。

材木座「ぬぅ、遅れを取ってしまった……」

平塚「今からでも遅れを取り戻すために働きたまえ」

とはいえ、これまでの戦闘で影葉山に与えたダメージもかなり溜まってきているはずだ。

残念ながらこの世界の戦闘は相手のHPを確認することは出来ないので、具体的にどの程度追い詰めているのかは分からないが、これでまだ残りHPが三割以上あるということはない……とは思う。

あと一押しだ。

軽く息を吸って、気合いを入れなおす。影葉山の一撃は恐ろしいが、私と材木座で上手く切り替えて相手の隙を突いていけばそもそもその一撃を出させずに完封することが出来るはず。もっともその材木座がやや不安定なのは気になるところであるが……。

まぁ、それは仕方があるまい。これまでずっと旅をしてきて数々の戦闘を乗り越えてきた私たち勇者パーティほどは経験を積んでいるわけでもないのだから。それに致命的なミスをするほどではないし。

よし、このまま押し切ろう──

そう思った時。

平塚「!?」

材木座「こ、これは!?」

刹那、身体中が凍るような冷気に包まれる。

もしや影葉山の氷呪文か、と思って咄嗟に顔を向けるも、当の影葉山も困惑したような様子である。

影葉山「なんだ……!?」

どうも、影葉山が何かを仕掛けてきたわけではなさそうだ。

氷……と思わず雪ノ下のことが脳裏を掠めた。

もしや、これは彼女の何かか?

雪ノ下の方に視線をやると、雪ノ下の周りが雪の結晶の形をしたような光に包まれていた。

平塚「まさか──!?」




Side - Hachiman


影の由比ヶ浜&一色はサブレの活躍によって退場させることが出来た。

しかし、このボス戦が終わったわけではない。

まだ影の雪ノ下、葉山、そして俺が残っている。

相手の後衛からの大規模魔法はなくなったとはいえ、影雪ノ下と葉山の突破力は依然として脅威であることに変わりはない。

そして影の俺の使う呪文の面倒臭さも変わりはない。

そんな残りの三人を、崖の向こうで戦っている川崎、そしてその傍らにいる留美の二人が倒される前に片付けなければならない。

俺は、再びその面倒臭い呪文を使う影の俺の相手をすることにした。

八幡「グラビティ!」モワーン

木の棒を構えて、鈍化魔法の詠唱を終える。黒い重力の塊のようなものが現われ、真っ直ぐに飛んでいった。

影の俺は俺の方ではなく、雪ノ下たちの方を向いている。上手くいけばこのまま直撃してくれるのだが。

影八幡「くっ!」バッ

が、俺の鈍化魔法のスピードというのはそこまで早くない。その存在に気付いた影の俺が咄嗟にその場を飛び退いて呪文は避けられてしまった。

こういう時、相手が判断のつく人間相手だと本当に厄介だ。ミノタウルスなどといった魔物はパワー面では確かに強力だが、俺の魔法の厄介さに気が付いて咄嗟に避けるとか、そういう判断は出来ないからな。

影八幡「ちっ……」

影の俺の舌打ちがここまで聞こえてきた。

現状、相手の面子は3人で、こちらは7人だ。単純計算で、相手ひとりに対してふたり以上で当たる事が出来る。

だが、俺ひとりが影の俺を押さえることが出来れば、影雪ノ下、葉山のそれぞれに3人もつくことが出来るのだ。

相手の後衛の魔法攻撃による妨害がなくなった今、相手にとってこの3体1の状況を崩すのは容易ではない。

影の雪ノ下や葉山が強引に大技でその状況を突破しようにも、常に3体1の状況を保っていればそもそも大技を撃たせる隙も与えないで済む。

このままいけば、この圧倒的優性を返されることはない。

ただ、影の俺の鈍化魔法によってのみ、その状況をひっくり返される可能性はある。

もしも影の俺の鈍化魔法によってこちらの前衛の動きが止まり、その隙に大技を撃たれてしまえば、回復役の由比ヶ浜がいない現状ではそのまま瀕死に追いやられる可能性も高い。

もしこちらにこれ以上の人員の欠落があれば、形勢逆転される可能性もある。そこまではいかなくとも、川崎の救助が間に合わなくなる確立はぐんと上がってしまう。

よって、今一番警戒しなければならないのは影の俺だ。

だから、俺は影の俺によって逆転をされないようにマークする。

八幡「悪いな、ここで足止めされてくれ」

影八幡「この……」

影の俺もそれらの状況は全て理解しているのか、やや焦ったような表情を浮かべている。

しかし、だからといって無理に呪文を撃とうという様子は見せない。俺たちの鈍化魔法は、隙が大きい割にスピードはない技だ。面として対峙してしまうと、そう簡単に撃つ事は出来なくなる。

サブレを召喚する前と同じような、にらみ合いに近い状況になる。

こいつを足止めすればいいだけの俺としてはありがたいが、己の仲間の援護に向かいたい影の俺にとっては厳しい状況であるはずだ。

当然、あちら側もそれらのことは理解しているだろう。

ダッと地面を蹴る音がする。影の俺が、俺に向かって駆け出してきた。

これまでの戦いぶりを見るに、影の俺も使える呪文はグラビティひとつのようだ……敵ながら俺の影でごめんと内心で謝りたくなってしまったが、今の俺にとっては予想外の行動を取られることがないという意味で追い風だ。

となれば、影の俺が取るアクションは、体術で俺を倒してから鈍化魔法を打ち込み、俺が動けない間に影雪ノ下たちの支援に向かう……といったところか。

ろくなダメージソースを持たない俺の今の目標は、影の俺を倒すことではない。他のパーティメンバーたちが影雪ノ下、葉山の両名を倒すまで足止めすることだ。だから、突っ込んでくる影の俺と真正面から戦う必要はない。

ただ、逃げる!

影八幡「待て!」

基本ステータスはあちらの方が上だ。単純な足の速さでは勝てない。だが、要は相手の鈍化魔法を受けず、かつ影雪ノ下たちの支援をさせなければいいのだ。

俺は前衛たちが戦っている広場の中央から離れるように逃げ出す。これで影の俺が背中を向ければ後ろから鈍化魔法を打ち込めばいいし、追ってくるのであればそのまま追いつかれる寸前まで逃げればいい。

そう考えていたのだが。

八幡「なっ!?」

ちらと後ろを見やれば、なんと影の俺は踵を返して広場の中央の方へ向かおうとしていた。

こちらを追ってくると踏んでいた俺にとっては予想外の行動であったが、それならそれですぐに俺もそれに対応した行動に切り替えることにする。

背を向けて走り出した影の俺の後ろから鈍化魔法を打ち込んでやろうと、俺は呪文の詠唱を始めた。

八幡「グラビティ!」モワーン

──呪文を唱えてから、自分の軽率な行動を悔いた。

影八幡「かかったな」

俺が呪文を放つのと同時に、影の俺がばっと振り向いた。そして軽く身体を逸らすと、俺の放った黒い重力の塊を避ける。

しまった、今の逃走は俺に呪文を撃たせて隙を作るための演技だったのか!

それに気付いた時にはすでに遅い。俺は呪文を撃った後の硬直状態になっていた。

だが、硬直状態は決して長くはない……それにグラビティの速度はそんなに早くない。今から影の俺が呪文を唱えてもそれが俺の元にまで届くとは限らない。

早く動け、動けと身体を動かそうとする──その時であった。

八幡「冷たっ!?」

影八幡「な、なんだ!?」

突如、空気が凍ったように感じた。

いや、見れば広場中の空気が、壁が、床が、本当に凍っている。

これは、一体──?


お盆前に投稿しようと思っていましたが、書くのが間に合わないままお盆に入ってしまったため、少々間が空いてしまいました。
別にめぐりのバレンタインデーのやつを書き終えたから燃え尽き症候群になったとかじゃないそんなんじゃないちょうよゆう。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

Side ? Yukino


雪乃「小町さん、頼むわ」

小町「了解です、雪乃さん!」

影の葉山くんに対しては平塚先生と材木座くん、そして影の比企谷くんに対してはこちら側の比企谷くんが向かった。

そして残る影の私に対しては、私自身と小町さんのふたりで当たることになる。

影雪乃「……よくも、由比ヶ浜さんと一色さんを」

雪乃「それはこちらのセリフでもあるのだけれど」

こちらの由比ヶ浜さんを痛い目に合わせたツケはきちんと払ってもらわないとね。

地面を蹴り出し、その勢いのまま剣を突き出す。

雪乃「はっ!」シュッ

ユキノの ヴォーパル・ストライク!!▼

技を使用してポゥッと光に包まれた剣を、影の私に向けて放つ。単発の突き技だ。

影雪乃「ふっ!」バッ

シャドウ・ユキノの スノウ・スパイク!!▼

一瞬、冷えた空気が私の頬を撫でた。氷の魔力に包まれた影の私の一閃が、私の突き出した剣をカキンという衝撃音と同時に弾く。

雪乃「くっ!」

悔しいけれど、認めるしかない。

影の私の力は、私自身よりも勝るようだ。

真正面から打ち合っても、勝負にならない。

影雪乃「そこよ」

一撃を弾かれた私に立て直す余裕を与えまいと、影の私は再度剣を構え直して距離を詰めてくる。その速度は異様なまでに早く、きっとその剣は私が回避行動を取るより前に届いてしまうだろう。

けれど、今のこれは、1対1の勝負ではない。

小町「てやーっ!!」

コマチは クロスランサーを つかった!!▼

影雪乃「うっ!?」

私に向かって突撃してきていた影の私の横に、小町さんが勢いよく槍を突き出す。

唐突な横槍に、影の私もさすがに体勢を崩した。

その隙に私もすぐに立て直して、影の私へと間合いを詰めにいく。

雪乃「はあっ!!」ヒュッ

相手の手元を狙って剣先を向けた。目的は相手の武器を弾き落とすことだ。小町さんによる攻撃を受けた直後である今ならば、この攻撃にまで反応することは出来ないはず──。

影雪乃「っ!!」

しかし影の私は咄嗟に後ろに跳び退いてしまい、私の剣は地面を打った。あんな不安定な体勢から、素晴らしい反応速度だと思う。さすがは私の影、と言ったところかしら。

けれど、そんな無茶な回避をいつまでも続けられるわけではない。私の剣は避けられてしまったけれど、すぐに小町さんが影の私に向かって槍を構えて飛び出していった。

小町「とおっ!!」ガキンッ!!

影雪乃「きゃっ……!」

小町さんの放った突き技が、影の私の胸の辺りを正確に捉えた。槍と鎧がぶつかり合い、激しい火花が散る。

ただでさえ咄嗟の回避行動にとって不安定だった姿勢から、小町さんの突き技を真正面から受けてしまったことによってさすがの影の私と言えども耐えられなかったのか、後ろに転がっていった。

地面に転がった相手に対して複数人で囲もうとするのはあまり褒められた戦い方ではないでしょうけど、今はそうも言っていられないわね。

この好機を逃すわけにもいかない。すぐに私も小町さんもそれぞれの得物を構えて、倒れた影の私に向かって攻撃を加えようとする。

雪乃「食らいなさい」

小町「雪乃さんをボコボコにするのはちょっと心が痛みますけど許してくださいっ!!」

私の剣と、小町さんの槍が煌く。そのまま影の私に突き刺さる──そう思った瞬間であった。

影雪乃「……甘いわ」パアッ

雪乃「!?」

シャドウ・ユキノは スノウ・バリアを つかった!!▼

突如、影の私の地面に魔方陣が広がった。そしてぱぁっと光り輝くと同時に、影の私の周りに雪で出来た壁……まるでかまくらのようなものが現れる。

そして私と小町さんの振り下ろした一撃は、そのかまくらのようなものに弾かれてしまった。

小町「防御魔法……!? こんなものまで使えたんですか!?」

影雪乃「奥の手は最後まで取っておくものよ」

槍の一撃が弾かれ大きな隙を晒してしまった小町さんに対して、雪の壁の呪文を解いた影の私が迫る。

雪乃「小町さん!!」

なんとか手を打ちたかったけれど、あの雪の壁に弾かれて硬直してしまっているのは私も同じ。

影の私の刃が、小町さんに向かって振り下ろされる。

影雪乃「これで、おしまいよ」ゴッ!!

シャドウ・ユキノの ブリザード・ストライク!!▼

小町「きゃああああああああっ!!」

雪乃「っ!!」

小町さんの悲鳴と、影の私の氷の一撃による衝撃音が鳴り響いた。

あれだけの大技をまともに受けてしまった小町さんは大きく吹き飛ばされる。けれど、不幸中の幸いと言うべきか、辛うじてHPは0になっていないようね。

とはいえ、そのHPは赤く点灯しており、とても危ない状態。あのままでは戦闘に復帰するのは危険でしょうし、アイテムで回復をしなければならない。

そしてその間、あの影の私の相手をしなければならないのは私だ。

小町「ううっ……すみません雪乃さん、少しお願いします……」

影雪乃「一撃では仕留め切れなかったようね……まぁ、いいわ」

カチャ、と再び剣を構え直す。それに対して、私も己の剣を構えた。

私と、偽物である私の間にピリッとした緊張感が走る。

ゲームの中の世界だというけれど、肌に走るこの圧力はまるで元いた世界で感じるものよりよほど鋭いように思えた。

影雪乃「はっ!!」

先に床を蹴り駆け出してきたのは向こう側からであった。

その鋭い刃を横薙ぎに繰り出してくる。私はそれを剣の腹で受け止めると、キィンと火花が散って腕に衝撃が伝わった。

それで終わりではない。剣を弾くと、相手の防御の薄そうなところに向けて剣を振るう。しかしすぐに反応されてしまい、私の一撃は空を切った。

だけど、元から避けられると踏んでいた私はすぐに剣を引いて二撃目を繰り出す。影の私の身体を捉えたと思ったけど、その二撃目は剣で受け止められてしまった。

甲高い金属音が鳴り響く。それから私と私の間で動きを読み合い、そして少しでも先の一手を撃とうと剣を打ち合う。キン、キン、と、互いに攻撃を仕掛け、それを迎え撃ち、反撃を試みればそれに対してまた反応が返される。

読み合いで劣っているとは思わない。けれど──単純なパワーと、そしてスピードという面に置いて、影の私は少しばかり私の上を行っていた。

影雪乃「ふっ!」ガキィン!!

雪乃「くっ!!」

私の意識の薄かったところに、容赦ない一撃がやってきた。辛うじて反射的にそれを受け止めることは出来たけれど、今のはとても危なかった。

正直に言って、押されてきている。小町さんが復帰するまでにはまだ少々時間が要るでしょう。その時、私が入れ替わりでHPを回復しなければならない状況になっていたら今度は小町さんひとりにあれの対処を頼まなければならない。

自分のことを褒める事に繋がるかも知れないけれど、さすがに小町さんひとりでは厳しい相手でしょう。

私はある程度HPに余裕を持たせたまま小町さんが復帰するまで時間を稼がないと、再び2体1の状況に持ち込めない。

けれど──

影雪乃「これでどうかしら」キンッ キンッ ガキンッ!!

雪乃「くううっ!」

段々と、影の私の振るう剣の速度が増しているように感じた。必死にその猛攻に対応しようとはするけれど、先ほどまでにより明らかに追いつかなくなってきている。

影雪乃「そこよ!」ヒュッ!

雪乃「きゃっ!」

そしてとうとう、一突きが私の胸の真ん中辺りに直撃してしまった。ザザッと後ろに押されてしまう。ステータスを見れば、HPがガクンと減っていた。

だめ、このままでは……。

影雪乃「……あなたでは、私には勝てないわ」

雪乃「な……」

冷たく言い放たれたその声に顔を上げると、影の私がまるで見下すかのような目線を向けていた。

影雪乃「他の仲間を守れないまま、己の無力さを知るといいわ」

その目線がちらりと別の方向へ向かう。その先にいるのは小町さんだ。

雪乃「……これ以上、私の仲間たちを失うわけにはいかないわ」

先ほどの、由比ヶ浜さんが倒れてしまった時のことがフラッシュバックされた。

二度と私の無力さが原因で誰かが倒れるなんてことはあってはならない。

こんなところで、諦めるわけにはいかないわ……。

影雪乃「そう、けれど現実は非情よ。それを私が教えてあげるわ」

タンと地面を蹴る音がした。同時に、影の私が突風の如くこちらに突っ込んでくる。

力及ばないかもしれない。それでも、ここで退くわけにも、負けるわけにもいかない!

立ち上がって剣を構え直し、その突進を真正面から受け止めようとした。

その時。

戸塚「暴風、吹き荒れて! テンペスト!!」ゴウッ!!!

サイカは テンペストを となえた!▼

辺り一面に、黄緑色の魔方陣が広がった。これは、戸塚くんの──?

そして次の瞬間、ゴウッと巨大な竜巻が周りに吹き荒れた。

影雪乃「きゃあっ!?」

小町「わわっ、戸塚さんすっごい!!」

戸塚「ぼくだって……みんなの役に立ちたいんだ!」

そういえば先ほどから戸塚くんの呪文が飛んできていなかったけれど、これの詠唱に取り掛かっていたのでしょう。

それにしても、戸塚くんもいつの間にこれほどの強力な魔法を習得していたのね。

突然の嵐に、影の私もその動きを止めている。

絶好の機会だ。きっと、影の私もさほど体力はないでしょうから……。

一撃で、決めにいく。

ユキノは おうぎをつかった!▼

雪乃「凍てつきなさい──」

周りに、雪の結晶が舞う。

空気が冷え、そして水色の魔方陣が広がった。


雪乃「──エターナルフォースブリザード!!」


瞬間、広場中の気圧が氷結する。パキパキという音と共に天井から床、果ては壁までもが氷に包まれていく。

影雪乃「これは──!?」

暴風の中に捕らわれていた影の私も、つららのような氷の中に閉じ込められる。

雪乃「はあああああっ!!」

叫びながら、さらに奥義の出力を上げていく。もっと、もっと凍りつくす。

──全てを出し尽くしたと、そう思った時。

私たちがいた広場一帯が、氷の部屋と化していた。



今更だけど、なんで俺ガイルSSを書いてるのに戦闘描写で頭を抱える羽目になってるんだろう……。
正直自分の文章力の無さに泣きたくなってますけど、まだ当分続くっぽいです。よろしくお願いします。

それでは書き溜めしてから、また来ます。

Side - Hachiman


八幡「……雪ノ下か!?」

一瞬にして広場中が凍り付いてしまった。

その氷の波動に、先ほどまで前にいた影の俺まで巻きこまれてしまっている。

こんな芸当が出来るのはあいつしかいないだろう。

見たところ影の俺も凍り付いているようなので、そこから注意を逸らして雪ノ下の方を振り返る。

雪乃「……これで、おしまいかしら」

小町「す、すごいです雪乃さん!!」

材木座「聞いたことがある……一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させるという禁断の奥義! エターナルフォースブリザード! 相手は死ぬ!」

平塚「これからがいいところだったというのに……」

そちらの方を見やれば、剣を鞘にしまい込んでいる雪ノ下と、その周りに小町たちの姿が見えた。

そしてその前には大きなつららのようなものがそびえ立っている。その中には影の雪ノ下、さらに俺の影と同様に巻き込まれたのか、影の葉山までが氷の中に閉じ込められていた。

おいおい、まさかあいつ、3人のボスキャラを同時に仕留めたってことになるのか……? どんだけ強いんだよ、エターナルフォースブリザード。さすがは誰もが考える最強必殺奥義。相手は死ぬ。

しかしこれだけヤバい奥義ですら、あの魔王・陽乃さんには通用しなかったのだ。

無論あの時よりだいぶレベルは上がっているとはいえ、じゃあ今ならあの陽乃さんに通用するかと思えるかといえば、いまいちそんなビジョンが思い浮かべられない。

果たして、あの魔王に勝つことは出来るのだろうか。

……いや、まだまだ陽乃さんと戦うまでには猶予があるはず。今は、ここのボスを倒せたことを喜ぶべきでは──じゃない!

八幡「そうだ、あいつは……」

影の俺たちとの連戦だったのですっかり忘れていたが、このダンジョンのボスは影の俺たち自体ではなく、それを呼び出していたシャドウとかいう奴だったはずだ。

そのボスの姿を捜して、あいつがいたはずの上空を見上げると。

八幡「……うわーお」

シャドウ「…………」

なんということでしょう、そこにはカッチカチに凍りついたボスの姿があるではありませんか。

どうやら宙に浮いていたはずのシャドウまでもが、雪ノ下の奥義に巻き込まれていたらしい。

いや、本当にすげぇなこれ……。もうこれからのダンジョン全部エターナルフォースブリザードだけで突破しようぜ。そんなに連発出来なさそうだけど。

しかしまぁ、見たところボスも巻き添えとはいえ倒せてしまっているみたいだな。

とりあえずボス戦を終えられたことに安堵のため息をついていると、ゴゴゴゴゴゴゴと地響きが聞こえてきた。

八幡「な、なんだ?」

戸塚「あ、見て!」

いつの間にかこちらに近付いてきていた戸塚が指差した方を見てみると、崖の方に橋のようなものが出来ていた。

なるほど、ボスを倒したから元に戻ったのか。なんというゲーム的ご都合主義。まぁ今更だが。

戸塚「ぼく、川崎さんのところに行ってくるよ!」

八幡「頼む。材木座、お前も戸塚と一緒に川崎の援護に回ってくれ」

材木座「うむ、承知した」

平塚「私も行こう」

橋を渡って川崎と留美の救出に向かった戸塚たちを軽く見送ると、俺は後ろの方を振り返る。

ボス戦はなんとか終えることが出来たものの、無事というわけではない。

いろは「雪ノ下先輩、大丈夫ですかー?」

雪乃「私は大丈夫よ。それより由比ヶ浜さんは……」

ボス戦は終わったが、無事というわけではない。

戦闘の最中で、由比ヶ浜のHPは0になってしまっているのである。

HP0の瀕死状態から元に戻るためには蘇生アイテム『復活の薬』を使用しなければならない。

その『復活の薬』を使用すれば、HPが0になっても復活することは出来る。

だがしかし、問題はその『復活の薬』の使用条件にある。

……お忘れの方も多いと思うので、一応説明しておこう。

対象が瀕死状態であり、口を動かせないからという性質のせいなのかどうかは知らんが、その飴状の薬を飲ませるには誰かが口移しで飲ませなければならないというのだ。

そして前回のダンジョンにおいて、雪ノ下が瀕死状態になった際、俺がその薬を飲ませる役を請け負った。

さて、ここで問題がふたつ。

一つ目は、今瀕死状態になってしまった由比ヶ浜に誰が薬を飲ませるか。

二つ目は、

雪乃「由比ヶ浜さん! ……やはり返事はしないのね。小町さん、確かこういった状態に使える薬があったわよね?」

小町「い、一応……まぁ……あ、あはは……」

雪乃「?」

そのことを、どうやって雪ノ下に説明するか……である。

前回瀕死状態だった雪ノ下は、このアイテムの使用方法を知らない。

これから由比ヶ浜に『復活の薬』を使用するのであれば、それはつまり雪ノ下に……前回、どうやって雪ノ下に飲ませたのかまで説明する必要も出てくるだろう。おそらくは、きっと俺がやったということまで。

本当は雪ノ下も川崎の救助に行ってくれれば良かったのだが、あれどう見ても由比ヶ浜の側から離れそうにないし、事情を話さないで離れてくれるとも思わない。

小町「あ、あう……」

いろは「あ、あー……」

雪乃「小町さん? 一色さん?」

見れば、小町が助けを求めるような視線を俺に向けている。一色も気まずそうな表情でお茶を濁していた。おそらく俺と同じようなことを考えているのだろう。

……仕方がない。由比ヶ浜にアイテムを使わねばどうしようもないし、どうせいつかは話そうとは思っていたわけだし。

それに材木座たちが戻ってくるとまた面倒だ。誰が由比ヶ浜に飲ませるにしろ、見られてぎゃあぎゃあ騒がれてもあれだし。

腹、括るか。

八幡「雪ノ下」

俺の呼びかけに、雪ノ下は何かしら? と言いながら振り向いた。

と同時に、小町と一色もやや驚いたような表情を浮かべながら俺の方に振り向く。

八幡「あー……、これが由比ヶ浜の瀕死状態を治せるアイテムだ」

言いながら四次元ストレージから『復活の薬』を取り出した。中に飴のようなものが入っている瓶を雪ノ下に対して見せ付ける。

雪乃「そう、なら早速由比ヶ浜さんに」

八幡「だが、これを使うにはちょっと面倒な条件があってな」

説明を続けながら、俺は雪ノ下や由比ヶ浜の近くにまで寄った。

八幡「このアイテムは飴みたいな形をしてる。でも、今の由比ヶ浜は瀕死状態だから動けない。だからこれを飲み込むことが出来ないんだ」

雪乃「そうなの……なら、私の時はどうやって使ったの?」

まぁ、当然の疑問だよな。前回のボス戦で雪ノ下が倒れてしまった時には、アイテムを使って蘇生したとしか伝えていない。口移しをした云々に関しては説明していないのだ。

少々間を置いてから、俺は説明に入る。

八幡「……口移しだ」

雪乃「は?」

八幡「このアイテムは、口移しで相手に飲ませる必要がある。誰かがやってな」

雪ノ下は何を言ってるのか分からないという困惑の表情を浮かべて首を捻った。当然の反応だと思う。俺たちも最初そのことを知った時は似たような反応をしていたはずだろうから。

さすがに信じられなかったのか、俺から薬を受け取ると、アイテムの説明文を確認し始める。

しかし広がったウィンドウに書かれていることは、たった今俺が説明したことと変わりないものであるはずだ。

雪乃「……本当なのね」

やはりそうだったのか、テキストを読み終えた雪ノ下ははぁとため息をつきながらウィンドウを閉じた。

そして、はっと何かに気付いたように目を見開いた。

俺も反射的に、雪ノ下が何に思い当たったのか、それに気付いてしまう。

雪乃「……なら……私が倒れてしまった時……一体誰が……」

八幡「……」

……そりゃ、気付くよな。気付いてしまうよな。

言いたくねぇなぁ。

だが、そういうわけにもいかないことは理解している。

仕方がない場面であったのは確かだ。しかしだからと言って──例えゲームの中の世界であろうとも──まぁ、その? 口付けをしてしまったのは事実なわけで。

それを黙っているわけにもいかないだろう。

意を決して、俺は再び口を開いた。

八幡「──俺だ」

雪乃「……っ」

一瞬、雪ノ下の表情が強張る。そして鋭い視線を俺に真っ直ぐに向けてきた。

その目を見返すことが出来ず、思わず視線を逸らして身を捩ってしまう。今の雪ノ下と目を合わせられる自信がなかった。

雪乃「……そう」

しばらく沈黙を挟んでから、雪ノ下が短くそう答えた。そしてその視線は俺から由比ヶ浜へと移る。

近くにいた小町と一色はうろうろとしているだけで、どうしたらいいか分からないようにしていた。

八幡「黙っていて悪かった」

雪乃「……仕方がなかったのよね」

八幡「え?」

雪乃「仕方がなかった……のなら、仕方ないでしょう」

八幡「あ、ああ……」

日本語としては少々おかしいような気はしたが、野暮な突っ込みを入れることもなく同調する。

雪乃「……今はそのことは置いておきましょう。由比ヶ浜さんを助けることが優先だわ」

八幡「あ、ああ……そうだな」

予想していたよりあっけなく流されてしまい、肩透かしを食らってしまったような感覚に陥った。……まぁ、今はと言っていたし、後で話があるのだろうけども。

とりあえず由比ヶ浜を助けることが最優先なのは俺も同意だ。川崎たちの方から聞こえてくる戦闘音も徐々に収まってきた。そろそろ戻ってきてもおかしくない。

しかし、まだ問題は残っている。

由比ヶ浜に誰がこの『復活の薬』を飲ませるのかというものだ。

八幡「じゃあ……誰が由比ヶ浜にそれを飲ませるかだが──」

雪乃「あなたがやりなさい」

八幡「──は?」

言い終える前に、雪ノ下の声が遮った。

一瞬呆気に取られ、そして少し遅れてから雪ノ下の発した言葉の意味を理解しようとする。

──あなたがやりなさい。

無理。理解出来なかった。

八幡「は? いや、お前何を言って」

仮に俺がやりそうな流れになったとしても、一番反対しそうだと考えていた雪ノ下から推してくるとは思ってもみなかった。

あなたに由比ヶ浜さんを任せるわけにはいかない、私がやるわ! がちゆり! みたいな流れを予想していたのに……。

雪乃「……一度、経験したことがある人がやった方がいいでしょう」

いや、技術的な要素は特にないんだから、経験云々はあまり関係ないような……。

八幡「や、その、雪ノ下は」

小町「いいからちゃっちゃとやっちゃいなよお兄ちゃん、雪乃さんの時には鼻息荒げながらむしゃぶりついてたくせに」

八幡「最悪の誤解だ!!!」

雪乃「…………あなた、人の意識がないことをいいことに、私に何をしたのかしら」

八幡「待ってくれ!! 小町が適当言ってるだけだ!」

雪ノ下が自分の身体を抱くようにしながら一歩後ずさって、まるで汚物を見るかのような冷たい視線を俺にくれてやがった。待ってくれ、俺は悪くない。小町が悪い。普通に。

……だが、まぁ今ので少し張り詰めていた空気が弛緩したような気がする。ちょっと助かった。やり方は選んで欲しかったけど。

八幡「……仕方ねぇな」

いろは「あれ、今回は割とすんなり行くんですね」

八幡「二回目だし……なによりあいつらが帰ってくる前に終わらせたい」

とうとう川崎たちの方の戦闘音が鳴り止んだ。となれば、ここに戻ってくるのも時間の問題だろう。

さすがに材木座とか留美たちの前でする羽目になるのだけは御免だ。それだけは絶対に避けたい。

由比ヶ浜の側に寄り、しゃがみこむ。目を閉じたまま動かない由比ヶ浜からは、いつもの騒々しさの欠片も感じなかった。

雪乃「……言っておくけれど、必要なこと以外の変なことを由比ヶ浜さんにやったら絶対に許さないわよ」

八幡「しねぇよ!」

雪ノ下から手渡しされたアイテムを受け取りながら反論する。まさかこいつ、他の奴もいる場で俺がそんなことをする可能性があると思っているのではないだろうか。あるわけがない。ちなみに他に誰もいなくても当然そんなことはしない。

薬を受け取ってから由比ヶ浜の顔を見ると、自然とその唇に視線が行ってしまう。もしもこの世界がゲームの中でなければ、きっと鼓動がすごい勢いになっていたに違いないだろう。

雪乃「……川崎さん達も戻ってきているわ。私たちが壁になるから、早いところ済ませなさい」

八幡「お、おう……」

言うと、雪ノ下は小町と一色と一緒に立ち上がって、戻ってくる川崎たちから俺と由比ヶ浜の姿が見えないようにする位置に並ぶ。

……まぁ、色々思うことはあるが、これ以外に選択肢はない。後で死ぬほど謝り倒す他あるまい。

瓶の蓋を開けると、中に入っていた飴のようなものを素早く口の中に放り込む。

そして──




    ×  ×  ×


小町「沙希さん、大丈夫でしたか?」

川崎「ギリギリでなんとか……この氷、あんたがやったんでしょ? ……助かったよ」

雪乃「別に礼は要らないわ。救助が遅れて申し訳ないくらいよ」

平塚「まぁ、二人とも無事で何よりだ」

留美「……八幡は?」

いろは「あ、えっとー……」

八幡「……もう平気だ」

留美「あっ、八幡」

気がつけば、川崎と留美、そしてその二人を救助しに行っていた皆も全員戻ってきていた。……あっぶね、結構ギリギリだった。

材木座「八幡よ、聞けい我の八面六臂の活躍を!」

八幡「いい、聞かん、やめろ、興味ない」

材木座「八幡!?」

戸塚「あはは、でも材木座くん、本当に頑張ってたよね」

適当に材木座をあしらっていると、ふと後ろの方で人が動く気配がした。

振り返れば、由比ヶ浜がうーんうーんと唸って頭を押さえながら立ち上がっている。……とりあえず、よしと。

結衣「あれ、あたし……」

雪乃「由比ヶ浜さん!」

結衣「あ、ゆきのん……」

立ち上がった由比ヶ浜の側に雪ノ下が急いで駆けつけた。続いて小町と一色も由比ヶ浜の周りに集まってくる。

結衣「えっと……どうしたんだっけ……?」

小町「あー、その、一応ボスは倒せましてー……」

由比ヶ浜たちのやり取りを視界の端に捕らえながら、俺はやや急ぎ気味にその場から離れた。なんとなく気まずかったというのもあるし、俺が近くにいない方が小町たちも色々説明しやすかろう。

その輪から外れて数歩歩くと、平塚先生がポンと肩を叩いてきた。

平塚「君がやったんだろう?」

八幡「……なんのことっすかね」

何を、とは聞かれなかった。だが、言われるまでもなく何について問うているのかは予想がつく。

平塚「まぁ、だからといってどうこう言うつもりはないんだ。ただの確認さ」

八幡「はぁ……」

言葉ではそう言いつつも、その顔が微妙にニヤけているように見えるのは気のせいだろうか。

だが、その表情が唐突にすっと真剣なものに切り替わった。

平塚「……雪ノ下もいたのに、君に任せるとはな。よほど信頼されていると見える」

八幡「前回の雪ノ下も今回の由比ヶ浜も、平塚先生がやってくれたら全部丸く収まったと思うんですけど」

平塚「あ、あはは……そうだな……」

やや恨みがましくそう言い放つが、平塚先生は曖昧に笑い飛ばして誤魔化した。おい教師。

平塚「しかし、私がやっても丸く収まるかは知らんがな……」

八幡「……収まるでしょ、あいつらも平塚先生だったら普通に納得すると思いますし」

平塚「どうだかな……さて、由比ヶ浜も起きたことだし、そろそろ当初の目的を果たそう」

やや意味深な雰囲気を出して煙に巻かれてしまった。いや、普通に平塚先生が一番丸く収められると思うんだけど。

パンパンと手を叩く音が鳴った。皆の注目が平塚先生の元に集まる。

平塚「皆、ご苦労。大変な相手だったが、よくやってくれた。しかし我々の目的はボスを倒すことではない。あくまで魔王城の鍵を手に入れることだ」

魔王城の鍵……? あれ、なんだっけそれ。なんか聞き覚えある。

小町「なんでしたっけ、それ?」

小町も忘れているのか、小首をかしげながらはてなマークを浮かべている。

雪乃「……元々ここに来た理由は、その鍵を手に入れるためでしょう」

額に手をつきながら、呆れたようにため息をつく雪ノ下。……ああ、そうそう、このダンジョンには魔王城に行くための鍵が封印されてるんだよね。やっだなぁ、この俺が忘れてるわけないじゃないですかー?

川崎「それで、その鍵の封印を解くには風の国の女王……るーちゃんの力が必要」

そうだ、元々川崎と留美の二人が崖の向こう岸に行った理由は、あっちにあった祠に鍵が封印されているからだった。

八幡「で、その鍵は取ってきたんですか?」

平塚「いや、まだだ」

八幡「えっ、なんで?」

どうせならそのまま回収してくればよかったのに。

そんな疑問をぶつけると、平塚先生はにかっと少年のような笑みを浮かべた。

平塚「せっかくの封印を解くなんてイベント、勇者無しで進めるわけにもいかないだろう?」

雪乃「……?」

平塚先生の熱い眼差しを向けられた雪ノ下は、なんのことなのかあまり理解していないようだった。




   ×  ×  ×


平塚「全員集まったか?」

その確認の言葉に、周りを見渡してみる。

見れば10人全員がちゃんとあの橋を渡れたようだった。いやー怖かった。底が見えないほど深い崖に対して、橋が細くて揺れるしで本当に怖かった。

結衣「あ……」

八幡「ん……」

その途中で、ふと由比ヶ浜と目が合った。が、すぐに目を逸らされる。

雪ノ下の時とは違い、由比ヶ浜はあの薬の使用条件を知っている。……あの態度から察するに、雪ノ下たちの誰かから俺がやったと吹き込まれたか、もしくは言われずとも察してしまったのだろうか。

……マジで後で謝らないとなぁ……。そして、雪ノ下にも。

とりあえず、今はこちらだ。

目の前には、なんだか古そうな祠がそびえ立っている。このいかにも感、きっと魔王城の鍵が封印されているのだろう。

雪乃「これに鍵が……?」

平塚「おそらくな。それでは、頼んだぞ」

留美「はい」

言われて、一歩留美が前に出た。祠の前にまで進むと、両手を伸ばして祠に向ける。

ふわっ。

八幡「!?」

瞬間、留美を中心にして風が巻き起こった。それは、戸塚が戦闘中に使うような攻撃用風呪文などとは違い、とても柔らかいものであった。

その風で何が起こったのかは、素人である俺にはよく理解できなかった。

だが、きっとなんか封印を解除する効果でもあったのだろう。ガチャリ、と何か鍵が開いたかのような音が祠から鳴った。めちゃくちゃ古い木製に見えるんだけど、そんな金属製の音鳴らすのもどうなんだ。

見れば、祠の中心の戸が開いている。

雪乃「封印が解けたみたいね」

そう言うと、雪ノ下は祠の戸を開く。そして手を伸ばすと、その戸の中にあったアイテムを回収した。

ユキノは まおうじょうのかぎを てにいれた!▼

八幡「それが魔王城の鍵か」

雪ノ下が手に入れたアイテムを見ると、まるでお札のような形をしているものであった。しかしなんでお札なのだろう。一般的に知る鍵というものとは随分と形が違うが、まぁ魔王城の鍵とやらを開けられるならどんな形でもいい。

そのまま四次元ストレージの中に鍵を仕舞うと、雪ノ下はくるりと面子を見渡す。

雪乃「長かったけれど、ようやくこれで目的を達成したわね……それでは、帰りましょうか」

八幡「本当に長かったな、今回……」

はぁ~と長いため息をつきながら、今まで来た道を引き返す。これであなぬけのひも的なアイテムがないことを恨むのも4度目だ。無駄に長いダンジョンを引き返すのもかなりの時間が掛かるし。

ダンジョンはクリアしたけれども、まだ今日は終わっていない。

八幡「……」

ちらりと、前を進む雪ノ下と由比ヶ浜に視線をやる。

まだ、今日は終わっていない。


なんか気がついたら950越えててビビりました。はい。
1000埋めちゃうと内容完結してなくても勝手にまとめサイト載っちゃうのが嫌なんで、このスレ埋めないまま2スレ目に行きたいなーとは思ってます。ありなのかな。知らんけど。

最近スランプ入り気味ですが、書き溜めしてからまた来ます。

ラットによる実験では、ラットをラーメン内に入れると87%の確率で溺死する。

2)カップラーメンを食べた人が将来200年以内に死亡する確率はほぼ100%。

3)凶悪犯がカップラーメンを購入する確率は、同じ犯罪者がアフガニスタン国債を購入する確率よりはるかに高い。

4)カップラーメンを気管に入れると咳嗽反射が起こり、最悪の場合窒息により死に至る。

5)カップラーメンを食べながら自動車を運転した場合、重大な人身事故が発生するおそれがある。

6)健康な成年男子にカップラーメン1個のみを与えて長期間監禁した実験では、被験者の99%が50日以内に死亡した。

7)電化製品をカップラーメン内に入れると、破損するおそれがある。

8)25年間保存されたカップラーメンは有毒である。

9)カップラーメンを作る際に火傷をした人の85%は、カップラーメンがなければ火傷はしなかったと述べている。

10)米国では倒壊したカップラーメンの入ったコンテナの下敷きになって人が死亡した事例が報告されている。

このデータからわかるように
カップ麺は危険

   _   / ̄`ヽ、 
     \`フ′/  | ̄__ 
   f'ー-、_,ソ  ,′  レ´ _/ 
   ヽ    |  l   ! ̄  _`ーァ 
    \  ヽ !  / '´ ̄ , ´
      \_,ゝ、_,ノ、__ , ‐´  ナwwwwwwゾwwwwwwノwwwwwwクwwwwwwサァーwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 
      / ,   、 `ヽ 
       J  ー      し 
      \       ,fへ 
      , ー'^'┬─'T´  ノ 
       `ー─ ′  `'''''´ 

J( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwww 
J( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwwwJ( 'ー`)しYowwwwwwwwwwww

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         /"'-,,_/     ヽ_,,-'"i
    ,─--,,,,/__/      ヽ_,,l,,--─''ヽ

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      ヽ     o゚((●)) ((●))゚o    /
       ヽ    :::::⌒(__人__)⌒:::   /
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    \        _ノ  ヽ、_        /
      ヽ     o゚((○)) ((◎))゚o    /
       ヽ    :::::⌒(__人__)⌒:::   /
        〉      |r┬-|     〈  チョッギッ、プルリリィィィィィィイwwwwwwwwwwwwww
       k//゙゙''-,,/ヽ'| |  |   -,,ア、
      /          | |  |   ヽ   ヽ
        l /"\ ___  `ー'´     ,/゙ヽ l
      | "''ー-' ヽ 、-二''-、   `" '-‐''" |

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    ,─--,,,,/__/      ヽ_,,l,,--─''ヽ

    \        _ノ  ヽ、_        /
      ヽ     o゚(($)) ((^))゚o    /
       ヽ    :::::⌒(__人__)⌒:::   /
        〉      |r┬-|     〈  チョッギッ、プルリリィィィィィィイwwwwwwwwwwwwww
       k//゙゙''-,,/ヽ'| |  |   -,,ア、
      /          | |  |   ヽ   ヽ
        l /"\ ___  `ー'´     ,/゙ヽ l
      | "''ー-' ヽ 、-二''-、   `" '-‐''" |

俺の身体中が突如光を帯びた、と思ったら、俺は脱糞していた
恐ろしいまでの脱糞だった身体中の穴という穴全てから糞尿を撒き散らしていたのだ
だがしかし、俺はそれを認知するには時間が足りなかった
光ははやく目では追えない
そのことが仇となったのだ
俺が現状を把握する頃には周りは糞だらけだった
周囲の人は俺を軽蔑した
誰も俺を助けてはくれなかった
泣いた・・・恥も外聞もなく叫び泣いた
そんな時、一人の少女が俺に声をかけてきた
「大丈夫ですか?」
俺は「大丈夫なわけないだろ!」と怒鳴り散らした
それが大層批判を浴びたらしく
周りからは蔑みの声が聞こえた
しかし少女はにっこりと笑い
「私の家が近いんです。お風呂をどうぞ」
と言ってきた。その時俺は決壊した

またもや糞尿を撒き散らしたのだ
少女はうんこに埋もれた
周りはうんこに埋もれながらも俺を殺そうとした
少女はうんこから出てくると、怒らず
「やめなさい。」と言い
笑顔で糞尿を撒き散らしていたのだ

周囲はこれにはびっくり。そして、みんなで撒き散らした。それが始まりだったのだ

俺こそが比企谷八幡

たけどそれはもう終わりだ

これからはお前が比企谷八幡だ

ワイ、チンフェやで宜しくニキ

すまんンゴねぇ

1はお疲れなんや確かにワイのせいで辛いかもしれん
だが
お前らの過度な期待と信奉は1を追い詰めてるんやで

ワイは終らせたるで

いつでもええんやで
1の好きにしてええんやで


続きお願いします


わかっとるのか?

お前らは楔をはったんや
とても重く固い

ワイはどんなに叩かれても構わんのや
ID変わればワイは逃げられる
だけどなぁ1は逃げられないんや

確かに1が好きで勝手にやってることや
やめたきゃやめればええ

だが

やめてないのは

お前らがそれを許さないからや 
わかるやろ?やめさせてないのは

だからワイは決めたんや

誰や?あ?

まぁええわ

ワイは決めたんや
1を終らせたるってな

そうや
1は休むんや 


だから

もう休んでええんやで?
休養は必要や

>>958
すまんなぁwwwwwwwwwwwwww
>>1000やでwwwwwwwwwwwwww


キッズと信者どもも辛いのぅワイみたいのに少しでも侵食されて

このIDと被った奴は可哀想だな
お前ら無知キッズどもに袋叩きに会うんやからな  
 ほな
ID変えるやでさいなら

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年05月15日 (金) 01:52:32   ID: LR203LXo

割と好き

2 :  SS好きの774さん   2015年05月29日 (金) 02:25:43   ID: xA45ntA0

がんばれがんばれー

3 :  SS好きの774さん   2015年05月30日 (土) 17:32:58   ID: LrKOAGk1

一気読みした!
いいね、続き楽しみ!!

4 :  SS好きの774さん   2015年06月06日 (土) 00:17:36   ID: Le9_HWBe

口移しで飲ませる意味www

5 :  SS好きの774さん   2015年06月09日 (火) 20:30:34   ID: RSI8nSBH

わろた

6 :  SS好きの774さん   2015年06月10日 (水) 22:00:09   ID: U8nXYZAZ

語彙とか知識とか色々足りないのに難しい言い回しを使いたい中学生が書いたような内容
「〜でせう」と「閑話休題」を使う奴の中身の無さは異常

7 :  SS好きの774さん   2015年06月16日 (火) 08:39:20   ID: KOeJaWAG

お前はSSに何を求めているんだ

8 :  SS好きの774さん   2015年06月18日 (木) 17:06:32   ID: 9U493xT_

それな

9 :  SS好きの774さん   2015年06月18日 (木) 20:23:58   ID: 0P57_sJx

※6
あたまわるそう

10 :  SS好きの774さん   2015年06月20日 (土) 21:36:27   ID: ZQ-AIPPW

おもしろい。どう決着がつくのかしらん。

11 :  SS好きの774さん   2015年06月22日 (月) 20:40:58   ID: m7CP7U9q

SSなんざ嫌なら見るなの一言だろwww

俺は面白いと思ってるから頑張って!

12 :  SS好きの774さん   2015年06月27日 (土) 14:20:11   ID: 610JtwIW

とても面白いので更新なるべくはやくして欲しいです。
期待してるので頑張って下さい。

13 :  SS好きの774さん   2015年06月28日 (日) 23:37:09   ID: IaF23oti

とてもおもしろいです

14 :  SS好きの774さん   2015年06月29日 (月) 01:05:28   ID: kjhTDqCM

最高

15 :  SS好きの774さん   2015年06月30日 (火) 00:50:07   ID: I-H9xeAa

すごくおもしろいです
更新頑張ってください

16 :  SS好きの774さん   2015年07月02日 (木) 00:12:09   ID: apNwJiSj

最高です
わたしは楽しみに待ってます
更新頑張ってください

17 :  SS好きの774さん   2015年07月03日 (金) 23:29:47   ID: cK2JKFG6

面白い!
続き待ってます!^ ^

18 :  SS好きの774さん   2015年07月06日 (月) 23:06:12   ID: V7vzngES

続きが気になります
更新頑張ってください

19 :  SS好きの774さん   2015年07月07日 (火) 23:43:29   ID: GcmdmLRY

どこがいいの
原作無視しすぎ
いみわからん

20 :  SS好きの774さん   2015年07月07日 (火) 23:44:43   ID: GcmdmLRY

おあんjswjそkwmsんっそkんdhbでょs

21 :  SS好きの774さん   2015年07月07日 (火) 23:48:26   ID: GcmdmLRY

>>19
>>20何書いてるのおもしろくないなら読まなきゃいいのに
楽しんでる人もいるんだし
わたしはおもしろいと思ってます。
更新頑張ってください

22 :  SS好きの774さん   2015年07月15日 (水) 16:54:31   ID: MjIQPL0q

ピクシブの頭悪い奴が書いてるオリキャラが出る俺ガイルSSや特定のキャラを咎したりしてるSSや作者の妄想が詰まった気持ち悪いSSよりは100倍面白い

続き楽しみ

23 :  SS好きの774さん   2015年07月18日 (土) 18:33:10   ID: rIVtN9kc

米22
ワザワザPixivと特定して貶めてるあたりが凄く気持ち悪いな。

24 :  SS好きの774さん   2015年07月21日 (火) 03:48:35   ID: XInVC1Mv

>>23

いちいち咎してるお前も気持ちわるいな
シブでSS書いてる奴かな

25 :  SS好きの774さん   2015年07月21日 (火) 14:03:07   ID: eeeDnFq7

とても面白かった

俺ガイルとRPG掛け合わせるという発想が斬新で

このss続き楽しみに待ってますー

26 :  SS好きの774さん   2015年07月22日 (水) 23:47:05   ID: vh5dwJfn

普通におもしろい

27 :  SS好きの774さん   2015年07月24日 (金) 15:03:31   ID: OzTE2qgM

コメでも言われてるが

ケンタウロスがミノタウロスになってるぞw
超スピードで動けるミノタウロスとかどんな化け物だよw

28 :  SS好きの774さん   2015年08月04日 (火) 01:41:31   ID: DJDHptwh

八幡以外全員死んだらじごぎせいとかで自分以外復活するんじゃないかな

29 :  SS好きの774さん   2015年09月06日 (日) 02:12:41   ID: omFmi6Dq

お疲れ様です。
主様の作品はどれもクオリティが高く、非常に楽しみにさせていただいております。
この作品もとても面白く、終わりが気になる感じなので、ぜひ最後まで続けてくださいな。
陰ながら応援させていただきます。

30 :  SS好きの774さん   2015年09月07日 (月) 17:28:28   ID: zGG0L9hW

1000超えなくてもまとめサイト?には載ってるんだよなぁ

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