牛股権左衛門は果し合いにおいて

伊良子清玄に敗れて死んだ

あの世を彷徨っているところを、白坂小梅と名乗る者に声をかけられ

突然、芸能事務所に放り込まれた牛股権左衛門であった

牛股「先生！」

ちひろ「先生？私はちひろですよ。しっかりしてくださいね」ﾆｺｯ


アイドル、事務所、プロデューサー…

どれも珍妙なことばかりであるが

アシスタント・千川ちひろの笑顔は、師・岩本虎眼を彷彿とさせるものがあり

牛股権左衛門はどこか安堵した

曖昧な師である岩本虎眼にかわり道場の経営と

門弟の指導を行っていた牛股権左衛門の経験は

時代も文化も異なるこの時代でも

少なからず活かされる

合戦に於ける激戦区を「虎口前」と呼ぶが

虎眼流にとっては、そこが「住処」である

そのような虎眼流にとっては魑魅魍魎の巣窟である

芸能界に順応するのも、容易であった


しかし…

アイドル一同（口が裂け、顔に傷がある……怖い）

牛股「……」

虎眼流の剣名が濃尾一帯に広がり

最盛期には門弟千人を越えるほど

隆盛を示したのには理由があった


他流のもの丁重に扱うべし、たおすことまかりならぬ

「伊達」にして帰すべし

かかる者の姿は「虎眼流強し」を世に知らしめ

道場の名声を高むるに至るなり…

虎眼の考えからである

口の裂けた牛股権左衛門をはじめとして、隻腕の藤木源之助

盲目の伊良子清玄は「伊達」…"不足"している者である


権左衛門は、何人かのアイドルから避けられていると感じていた

権左衛門の姿を見て、気の弱い者は失神した


牛股(殺めるは易し、プロデュースするは難し）

――事務所

李衣菜「おはようございます！」

牛股「多田か」

李衣菜「プロデューサー、今日もロックですね！(傷が)イケてます！！」

牛股「うむ」


権左衛門にとって、多田李衣菜の"ロック"は理解不能である

しかし、アイドル・李衣菜から避けられている気はしなかった

牛股「某スタジオにてグラビアの撮影がある」

李衣菜「プロデューサー、グラビアよりロックしたいです！」

牛股「ロックと？」

李衣菜「クールで、かっこよくてロックなお仕事ないんですか？お願いします！」

牛股「多田」

李衣菜「はい！」

牛股「ロックと申したか」

李衣菜「はい！ロックです」

牛股「楽器は用いらんと申すか」

李衣菜「……」

牛股「ギター等は用いらんと申すのだな」

木村夏樹のように楽器を用いらず

ロックと宣言する李衣菜には

他のアイドル・歌手とは違う、天稟があると権左衛門は考えた


牛股（出来ておる）

しかし何故この組み合わせを思い付いてしまったのか

李衣菜「…うっ」

牛股「……」

ちひろ「ギターの講師なら紹介しましょうか？一年間契約の料金一括払いなら、紹介料を割引しますよ？」

李衣菜「そ、それはちょっと…ロックじゃないかな～？なんて」

牛股「多田、ついて参れ。これより稽古を行う」

――会議室

牛股「これよりロックを禁ずる」

李衣菜「ええ！？」

牛股「これを額につけ、座れ」

李衣菜「これはネコミミ？ネコミミとロックと関係ないですよね！？」

牛股「頭を下げてはならぬ。お主は、ただまっすぐに前を見据えよ」

李衣菜「ちょっと待ってくださいよ！ロックは絶対に」

李衣菜「やめ…」


権左衛門の骨子術が李衣菜の所作を封じた

骨子術とは人体の経路を利用したものである

背骨から、つま先にかけて煮えた鉛を流し込まれたような

痛みに襲われた李衣菜は、全く動くことができず、イスにへたり込んだ

ぴたっ　

ネコミミ　装　着


李衣菜(な…こ、これは…一体)

牛股「流れ星」


スゥォオオ

権左衛門は肺一杯に息を吸い込む

李衣菜「！？」

虎眼流"流れ星"

二本の指による猫科動物が爪を立てるが如き、異な掴み

刀身を挟む左手の存在によって

剣に『蓋』をして、神速を生み出す秘剣である


権左衛門の素手による"流れ星"によって、李衣菜のネコミミは切断された

権左衛門の肉体は全身、余すところなく凶器である


李衣菜「あ……あ……」

牛股「もし奪わんと欲すれば、まずは与えるべし」

李衣菜「ひっ……」


じょぼぼぼぼぼ…ぼ

会議室に尿の臭いが満ちた

牛股「弱めんと欲すれば、まずは強めるべし」

李衣菜「っあ……わわ」

牛股「縮めんと欲すれば、まずは伸ばすべし」

牛股「而して」

李衣菜「…あっ…」

牛股「開かんと欲すれば、まずは蓋をすべし」

牛股「ロックを求めるならば、まずは捨てるべし」

李衣菜「は…はひ」

牛股「ロックの道は開けよう」

牛股「此度の稽古については他言無用であるぞ」

李衣菜「はい…」

牛股「立て。グラビアの撮影ぞ」

李衣菜「プ…プロデューサー！私、頑張ります！」

牛股「某スタジオに参れ。時間は……である」


李衣菜「ありがとうございますプロデューサー！着替えて行ってきます」

ガチャ

李衣菜の失禁を見て見ぬふりをする情けが、権左衛門には存在した

牛股「出来ておる…多田は」


李衣菜の尿の清掃は、権左衛門が行った

虎眼の世話をしていた権左衛門にとっては

失禁の後始末は、日常茶飯事である

門外不出の"秘めおきし魔剣"

腕の立つ剣客でも、見ただけで解明できる術理ではない

この世において、この奥義に関する術理を

看破する者がないとは言い切れないが

アイドルの才覚によっては

手心を加えるのも、やむなしと権左衛門は考えていた

――事務所

ちひろ「李衣菜ちゃん、やる気満々で仕事に行きましたよ」

牛股「左様で」

ちひろ「李衣菜ちゃんは良い子なのですが、あと一歩…」

牛股「……」

ちひろ「欠けているというか足りないんですよね」

牛股「アイドルとして"不足" …と申されるか」

ちひろ「ロックなのにギターが弾けない点とか」

牛股「ご案じ召さるな」

ちひろ「え？」

牛股「"不足"を知る者は、足る者でございますれば」

牛股(多田に明日はある)

終わり

ありがとうございました
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