勇者達「キャッキャッウフフ」魔王「納得いかない」(302)

勇者「さあ、行くぞ」

戦士「おお!」

魔法「ええ!」

僧侶「はい!」


側近「とっととその書類を片付けて下さい」

四天王・炎「新兵の調練内容の確認も今日中に必ずするように」

四天王・氷「……」ジトー

四天王・雷「まおーさま、おしごとおそーい」

四天王・風「予算案も本日中に確認してほしいのですけどねぇ」

魔王「……納得いかない」

炎「もうこのような時間か……全く、明朝早くから発つというのに」

風「炎の分も含めて、書類は朝一に取りに来ますので」

側近「それではお休みなさい」

雷「おやすみー」

氷「……」ペコ

魔王「……」

魔王「書類が十まーい、二十まーい」

魔王「三十まーい、終わらなーい」

魔王「……」

魔王「わ、私の目的は勇者に打ち勝ち、人間の国を支配する事で魔族、魔物の反映を目指す事であり」

魔王「書類処理を主とするものではない。という事で千里眼の水晶で勇者の様子を……」

僧侶『それでは今日は私が勇者様と同室で』

勇者『皆お休み、明日もよろしく頼むよ』

戦士『ちぇー……次の次の町かぁ』

魔法『順番どうりじゃない、何を文句があるの?』

僧侶『勇者様~♪』ギュ

勇者『おっと……こら、転んでしまうよ』

魔王「……」ビキビキ

魔王「くそがああああああ! 納得いかぁぁぁん!!」

魔王「何でだ! 何で勇者はこれほど好かれている?!」

魔王「何故私はここまで蔑まれて粗雑な扱いを受けねばならんのだ!!」

魔王「がああああ! 憎い! 勇者が憎いぃぃぃ!!」

魔王「早く来るといい勇者よ! 八つ裂きにしてくれるわああああ!」

魔王「……」

魔王「……ふう」

魔王「仕事しよ……」ガタタ

チュンチュン
勇者「ん~~……ふう」ググー

僧侶「んにゃ……」

勇者「僧侶、起きなよ」ユサ

僧侶「ふぁぁぃ……」

勇者(軽く運動も終わったし、魔法使いを起こしに行くか……)


戦士「クカー」

魔法「すう……すう……」

勇者(この二人、何時も薄着で寝てるけどよく風邪ひかないなぁ。羨ましい)

勇者「今日は北にある昔の砦跡に向おうと思っている」

戦士「んー?」モグモグ

魔法「何かあるのかしら?」カチャカチャ

勇者「特にめぼしい物はないだろうけど、魔物が住み着いていると困るからね」

僧侶「特に目撃報告も無いんですよね?」

勇者「そこで襲撃準備として隠れている可能性も否定できないだろう」

勇者「少し遠回りになるけども、北西の町に向うつもりで考えればそれほどの遠回りでもないしね」

戦士「いやーその町に行くのもメリットないし、それはポジティブ過ぎでしょ」

砦内
勇者「これは……随分長く、誰も立ち入っていないようだな」

魔法「杞憂で良かったわね」

戦士「んじゃあとっとと行こうぜ」

僧侶「この辺りは魔王軍も少ないですね」

勇者「とは言え油断は禁物だ。皆、気を引き締めていくぞ」


魔王(ふむ……あちらの地区に戦力を少し移すか。あそことそこの地区に余剰戦力があるな)サラサラ

側近「職務中に覗きとはいいご身分ですね」

魔王「ま、待てこれは列記とした戦略をだな」

側近「なるほど、失礼致しました。では戦略を立てるほど頭脳明晰な魔王様には追加の業務です」ドサッ

勇者「ふう……今日は暑いなぁ」ジリ

戦士「おーもうすぐ町だな」

僧侶「水浴びしたい……」

魔法「流石に、ね」



戦士「おお! 見ろよ、アイス売ってんぞ」

僧侶「……」ゴクリ

魔法「……でもねえ」チラ

勇者「か、甘味ものの趣向品だ。私達が成すべき事に必要かと言えば……」

戦士「まぁたそれだよ……」

魔法「たまにはいいじゃない。無闇に我慢するのはストレスよ」

僧侶「……」ゴクリ

勇者「むぅ……分かった、許可しよう」

戦士「マジで?! 今日は槍が降んな!」

魔法「買ってくるわ。勇者はどうするの?」

勇者「~~~~! ……い、いい」

僧侶「ゆ、勇者様……」

勇者「わ、私にも譲れぬ矜持がある! 打倒魔王が果たされるまで趣向品など……!」プルプル

戦士「あーあ、意地張っちゃって。ま、あたしらは食うけどねー♪」


勇者「お、きたきた」ジュジュゥゥゥ

僧侶「でっかいお肉……」

戦士「お前、こういうのは躊躇い無く食うよな」

勇者「当然だ。たんぱく質は筋肉となる。そりゃあ糖分も必要なのは分かるけれども」

勇者「肉よりも十分に補えているじゃないか」

魔法「そういう合理的なところ、あたしは嫌いじゃないわ」

戦士「なーなー、それってあたしもめいいっぱい肉食っていいって事?」

勇者「……君はあまりにも食べるから駄目に決まっているだろ」

戦士「そういやあ、このあとのルートってどうするつもりなんだ?」

勇者「北を回りつつ西を目指そうと思っている」

魔法「何故北を?」

勇者「その先に湖があり、湖の北にある町では特殊な武具があるそうだ」

僧侶「なるほど……それを」

勇者「現状の武具だけでは不安があるからね」

戦士「問題は……」

勇者「うん、まあ……金銭的にとか色々とあるんだけどさ」

魔王「よーし! 今日の分終わったぞぉ!」

魔王「めーし、めーし! めーし、飯!」

側近「……」ガチャッ

魔王(あ、なんか怒ってる雰囲気?)

側近「……今何時ですか?」

魔王「え? へ? き、君が聞いてくるなんて珍しいね……もうすぐ21時だよ」

側近「……ゆ、夕食とり損ねた」ガクッ

魔王「へ? いや別にメイド呼ぼうよ」

側近「……調理担当が今いません」

魔王「えっ」

魔王「えぇ? ちょ、なんで?」

側近「忘れたのですか……彼女達、本日は夜桜を見に行くと、20時より外出の予定を入れていたではありませんか……」

魔王「あー……」

側近「既に他の者も休まれているし……くっ」

魔王「あー……」

魔王「仕方がないなぁ」ボリボリ

魔王「君も食べていないんだろう? おいで」

側近「……?」

魔王「ハムに卵にレタスにパンに、と……なんだか朝食っぽくなっちゃったけど、この際し方がないな」

側近「……」

魔王「なに? どうしたの? 嫌い?」

側近「いえ意外だったもので。生卵、割れるんですね」

魔王「……俺は一体、何なんだ?」

側近「一人では生きていけない、戦う事だけが撮り得の何かでしょうか」

魔王「……もういいよ、俺はとっとと食べて自室に戻る」

側近「あ、じゃあもう少し待っていれば、貴方と二人で食事などという辱めを回避できるのですね」

魔王「……」

……
雷「そっきんちゃんから~」ドサッ

魔王「……ドウモネ」

側近「はい、こちらもどうぞ」ドサッ

魔王「えぇ……なんでいるの? 雷に手伝わせてる意味あった?」

側近「お願いしてすぐに新しい書類が来たのですよ」フゥ

魔王「最近デスクワーク多過ぎる……」

側近「人間との戦いも増していますからね。色んな事が流動的になっている証拠です」

魔王「そういえば……北と南東の戦線からは?」

側近「今のところ何も連絡がありませんね。まあ、炎と風の事ですから心配する事もないでしょうけども」

魔王「……それは慢心だよ」

魔王「先代達の少なくない敗因だ。決してしてはならない」

雷「そっきんちゃん、ほかにはー?」

側近「それでは花壇に水をあげましょう。一緒に行きましょうか?」

雷「うんー♪」

魔王「……」

勇者「ふう……ふう……」

魔法「あっつ……」

戦士「もう少しすりゃあ町だし頑張れよ」

僧侶「ひぃ……ひぃ……」

勇者「流石にきっついな……」グイ

魔法「汗が……お風呂……」

僧侶「戦士さん、元気すぎです……戦士さん返り血とか凄い浴びてるのに」

戦士「まー確かに気持ちは悪いぜ? だからとっとと町に行きてえのさ。近くに川もないし」

町・夜
勇者「あと少しだって?」

戦士「いやー……前に来た時はそんな感じだったんだけどさー」

戦士「うろ覚えの記憶ってあてにならないなー」ケラケラ

魔法「もういいわ……早く、早くお風呂に」

僧侶「宿屋ー……」

勇者「明日到着のつもりでゆっくり進めばよかった……」

僧侶「勇者様~」ギュ

勇者「こら」

戦士「はぁっ?! てめぇ! 今日はあたしだろうが!」

僧侶「あらぁ? 戦士さんの番は前回だったのでは?」

戦士「こんの猫かぶり聖職者がぁ」ギリギリ

僧侶「え~?」

勇者「また始めたか」ハァ

魔法「仲がいいわねぇ」

魔法「面倒だし放っておきましょ」

勇者「そうだな」

魔法「じゃあもう寝ましょ」

勇者「そうしようか」ガチャ

魔法「ええ」バタン

魔法「ふふ」ギュ

勇者「って、平然と私の部屋に来たな」ナデナデ

魔法「喧嘩両成敗というものよ」

勇者「はは、それはいいや」

魔王「~~!」ギリギリギリ

魔王「~~~~!」ドンドンドンドン

側近「仕事して下さい」

魔王「あんまりだ! 何故だ?! 何故お前だけぇ!!」ギリギリギリ

側近「……」ブォン

水晶「」バリィン

魔王「ひぃっ!」

側近「……」ブンッ

魔王「あぶっ!」ッパァン

側近「仕事して下さい」ニコッ

魔王「は、はい……」

戦士「ん……? あれ?! 勇者?!」

僧侶「はっ! 魔法使いさんもいません!」

戦士「ま、まさか……」ソロー

僧侶「これはもしや……」カチャ

勇者「すぅ……すぅ……」

魔法「すやすや……」

僧侶「な、ななな……」

戦士「ぶち起こ……くそ、勇者まで起きちまう……くっそ」


戦士「ふざけんなよてめぇ」

僧侶「酷いです……酷すぎます」

勇者「すまないなぁ」

戦士「え? いやいやいやそうじゃなくって!」

魔法「ふざけてて酷い奴、ね。そんな人とは一緒の部屋で寝たくないでしょ」

魔法「これからはずっと私と相部屋にしましょっか」

勇者「うーん、そうだなぁ」

僧侶「えええぇぇぇ?!」

戦士「そうじゃねえええええ! てか勇者も分かってやってんだろ!」

戦士「たく……次の町はあたし! その次、僧侶! であたし! 僧侶! 魔法使い!」

魔法「いやーんオウボー」

僧侶「抜け駆けしといていけしゃあしゃあとですね……」

勇者「発端は僧侶だろう。悪ふざけにしても少しは考えなさい」ピシャッ

僧侶「うっ……だって、我慢できないんです! 何日も勇者様と共に過ごせない夜なんて……」

戦士「野営で共に過ごすだろうが……」

魔法「一緒に過ごさない夜って宿に泊まる時、しかも三日に一回は二人きりだしねぇ……」

僧侶「野宿だと独り占めできないじゃないですか!」

戦士「言い切りやがった!」

勇者「僧侶。駄目だよ、そういう我侭は」メッ

僧侶「う……はい……」

勇者「分かればよろしい」ニコ

僧侶「うー」ギュ

勇者「よしよし」ナデナデ

戦士「そりゃそうとよ、真面目な話していいか?」

魔法「何かあったの?」

戦士「四聖獣って知ってっか?」

僧侶「……御伽噺の、ですか?」

勇者「確か……あれは実話、らしいというのは聞いた事があるな」

僧侶「じ、実話?!」

戦士「昨日のあのあとよ、酒場で自棄酒飲んでたんだが」

魔法「ちょっと……」

勇者「……散財しないでくれよ」

戦士「あたしのへそくりだからいいだろ」

勇者(戦士分、少しカットするか)

魔法(言わなきゃいいのに……)

戦士「でだな。北からここまで降りてきたって言う奴から話を聞いたんだが」

戦士「どうも北にあるいくつかの町じゃあ、四聖獣の目撃って割とあるらしいんだわ」

勇者「へえっ。興味深い話だな」

戦士「別に危害を加えられるとかないらしいが、万が一を恐れて結構な供物を毎年捧げてんだと」

戦士「それが結構な重荷だって困ってるそうだ」

僧侶「供物……まさか生贄でしょうか」ブルル

魔法「重荷程度であれば人身御供って事はないでしょうけども……どうするつもり?」

魔法「まさか討伐するとか言わないわよね?」

勇者「そりゃあね……。その四聖獣が悪さをしている訳じゃない」

勇者「気持ちは分かるけど供物は自己満足。それで苦しいっていうのは自業自得としか言えないなぁ」

勇者「むしろその四聖獣はどういった姿とか、そんな話はしなかったのだろうか? 御伽噺通りだろうか?」ワクワク

戦士「何でも巨大な亀らしいぞ」

僧侶「亀……」

戦士「つっても怪物よりの亀だってんでな。結構な速度で移動するとかなんとか」

魔法「四聖獣……本当に実在していたのね」

勇者「北の四聖獣……確か尾が蛇の亀だったはず。え? 蛇も巨大なのだろうか?」

戦士「そこまで聞いてないっていうかそこは重要な話じゃねえだろ」

魔法「まあ、現状だと事情の方が大切よね」

勇者「それにしても実在しているのに今だ静観かぁ」

勇者「完全な中立ってところだろうか?」

魔法「あるいは人間を歯牙にもかけず、魔王軍も脅威と見ていない、かしら?」

勇者「何れにせよ私達の出る幕ではないな」

僧侶「ですね……」

戦士「ちぇーっ。ちょっと見てみたかったのに」

魔法「ちょっと、て……位置的にはものすごい遠回りじゃない」

勇者「気持ちは分かる……凄い分かるっ」ウンウン

炎「四天王・炎、ただいまより北の領域平定より帰還した」

風「四天王・風、南東の戦線防衛より帰還しました」

魔王「おおっお疲れ様。どうだった?」

炎「報告どおり騎士による多国籍軍であった。かなり食い込まれていて少々梃子摺りはしたな」

炎「だが最終防衛ラインまで後退させる事に成功。戦線用の魔物は一割死亡、私の部隊は二割負傷、死者なし」

魔王「戦線への増員か……」

炎「ああ、必須だな」

風「戦線、あたしの部隊共に二、三割の負傷者で済んだわ……あー疲れた」

風「ただ再突撃されると結構困るから、あたしのところの部隊を二つ置いてきたわよ」

魔王「むぅ……徐々にジリ貧に……いやしかし、人間軍も消耗しているはず。決してこちらだけが苦しい戦いではない」

魔王「そういえば……珍しく、全員揃っているのだな」

風「あら? そういえば氷は出撃していないのね」

側近「ええ、そうですよ」

氷「……」ガチャ

雷「かぜちゃん、ほのおちゃんおかえりー!」バッ

炎「はは、ただいま、雷。良い子にしていたかい?」ダキッ

雷「うんー♪」

風「しばらく出撃はないのかな?」

側近「各自、部隊の調整をお願いします」

炎「仕事があるとは言え、束の間の休息だな」

風「皆いるなら折角だし食事とかどう?」

氷「……皆で、久しぶり」コクコク

側近「お二人の帰還を聞いて既に予約してあります」キュピーン

雷「わーい! おしょくじー!」

魔王「おお、流石だな」

炎「うむ、全くだな」

側近「あ、魔王様の分はちゃんとメイドに言いつけてありますので、何時もの時間に運ばれてきますので」

魔王「」

魔王「……」カリカリカリ

メイド「失礼致します」

魔王「おお、夕食か。すまないな」

メイド「いえ、仕事ですので」

魔王「……うん?」

メイド「仕事ですのでお気になさらないで下さい」

魔王「んんー? 何か凄いトゲのある言い方されている気がするなぁ?」

メイド「いえいえ、公私混同はしないという姿勢を示しているだけですよ?」

魔王「それ、胸中もろに語ってるよね? ねえ、そう思ってるって事だよね?」

翌日
側近「魔王様、大変です!」バタンッ

魔王「朝から騒々しいな……なに? 手持ち足りなくて魔王城でツケたとか言わないよね」

側近「寝言は寝ている時に言うものです。逆に頭部を強打すれば、寝ている時にまともな事を仰ってくださいますか?」

魔王「……で、よ、用件は」ブルル

側近「青ざめてどうしたんですか?」

魔王(だって燭台を手にしたじゃん……とは言えない)フルフル

側近「では本題に入ります。北東の戦線の近くにて勇者の一行らしき者の目撃情報があがっております」

魔王「なに?!」ガタッ

魔王(いくらなんでも早い……こちらも本腰入れねばならぬか)

側近「いかが致しますか?」

魔王「……至急、氷に出撃を」

魔王「戦線そのものを崩壊させても構わない。勇者達を滅ぼせ、と」

側近「そのような命令、よろしいのですか?」

魔王「勇者とは神々により選定され、神々の力を与えられた者のこと」

魔王「人間軍に比べればなんと恐るるべき事か……軍隊に戦線を踏破されるのであればまだ好機は数知れずあるのだ」

側近「魔王様のご意思、正しく理解しました。それでは氷に伝令を伝えてまいります」

魔王「ああ……頼むぞ」

……
「突撃! 突撃ぃ!」
「今日こそ戦線を突き崩すぞ!」
「ま、待て! なんだこの魔力……た、退避s」ゴァッ


「ぜ、前線が突如氷漬けになり……少なからず敵部隊も……」

「馬鹿な……味方ごと魔法を?!」

勇者「それほどの大規模な攻撃となると……」

戦士「魔王軍の幹部ってことか?」

魔法「そのようね……」

僧侶「いきましょう! これ以上の被害は食い止めなくては!」

勇者「ああ、勿論だ」

氷「勇者、きた……」

兵A「……」ゴクリ

兵B「ここが我々の橋頭堡か……」

兵C「ああ……勇者さえ倒せばこの戦は一気に傾くな」

氷「他は……?」

兵A「周囲の敵兵を抑えております」

氷「……」コクリ

氷「行こう」

勇者「!」ザザッ

戦士「へえ……明らかに大将格っぽいのがいっけども、女なんだな」

魔法「なんて、魔力なの……」

勇者「皆、周りを頼む」

僧侶「ゆ、勇者様……」

勇者「私は勇者だ。出切れば戦闘はしたくない!」

氷「魔王軍、四天王・氷……勇者は、殺す」

戦士「へっ、話合いの余地もねえな」

勇者「やるしか……ないのか」ギリ

……
勇者「はぁっ……はぁっ……!」ボロ

氷「……はぁ……はぁ……」

戦士「ふう、やっとか……」

魔法「こちらも向こうも魔力は空っぽね」

僧侶「でもこれで、ですね」

兵ABC「」

氷「負け……死ぬ……」

勇者「はぁ……はぁ……」ギュ

氷「……殺せ」

勇者「……っ」ギリリ

勇者「あぁっ!」ブォッ ガァンッ

戦士「お、おいおい……」

魔法「ちょ、なんで地面に叩きつけるように?!」

僧侶「ゆ、勇者様……?」

氷「……?」

勇者「何故だ、何故君達はそうなんだ!」

氷「っ」ビクッ

勇者「殺すか殺されるか! 敵か味方か! 何故、1か0かでしか世界が見えない!」

勇者「ふう……ふう……」

氷「……」オドオド

勇者「私は……できるだけ殺したくない」

勇者「勿論この状況で他の三人を生かして勝つ事ができるほど、比類なき力を持っているわけでもない」

勇者「だけど……勝敗が決して尚、殺そうとするほど愚かで浅ましく、知性の無い生き物ではない!」

勇者「例え敵でも……戦線にいた多くの者の命を奪った者だとしても、必ず殺せなど到底思えないし」

勇者「例え敵であろうと……生きて欲しいんだっ」

氷「!」ドキリ

戦士「勇者……分かっけどもよぉ」

魔法「それは流石に、考えが甘いわ」

僧侶「わ、私も、申し訳ありませんが……」

勇者「分かっている。だがこれが私だ、私なんだ」

氷「……降伏、する」

戦士「はっ?」

氷「勇者達の、捕虜になる」

勇戦魔僧「……」

勇戦魔僧「えええぇぇぇ?!」

戦士「い、いいのか? いや、結果としてはいいんだよな?」

魔法「でも魔王討伐の旅よ!? 連れて行くつもり!?」

勇者「彼女ほどの力の持ち主を拘束しておける場所などない」

勇者「た、確かに"私達の捕虜"というのは色々と都合がいいな……」ゴクリ

僧侶「せ、背中から討たれたらどうするつもりですか?!」

勇者「う、ううむ……」

氷「……襲ったり、しない」

勇者「むむむむむ……」

氷「嘘、つかない」

戦士「どうすんだよ……これ」

勇者「これはいやしかし、だが……」

勇者「本当に……いいのだな?」

氷「死ぬよりまし……それに」

氷「……」チラチラモジモジ

勇者「えっ」

戦魔僧「……」イラッ

勇者「……」

勇者「信用、していいんだね?」

氷「!」キュンッ

氷「……」コクコク

戦士「……」ギリッ

魔法「抑えましょ……ここは我慢すべきよ」ギリギリ

僧侶「神の天罰が下りますように」

魔王城
魔王「な、に……」

炎「馬鹿な……人間如きに氷が負けただと?!」

風「う、嘘よそんなの!」

側近「……私もそう思いたいのですが」

雷「……こおりちゃん、どうしたの?」オロオロ

炎「雷……」

風「……」

側近「まだ、分かりません。敗北した為、一部の部隊の者が撤退して得た情報です」

側近「その時点ではまだ、敗北したとは言え彼女は健在であった、と」

魔王「……」

側近「どう、されるのですか?」

炎「私に行かせろ! 氷の仇討ちだ!」

魔王「……」ギリ

風「な、何を渋っているのよ!」

側近「いえ、魔王様の苦悩も正しいのです。魔王城に残存する兵士の数はある程度いるものの」

側近「今回の件で士気は落ち込み、実際の数よりも大幅に少なく考えておくべき状況」

側近「その中で貴女まで出撃となった時、兵の士気の転びようによっては防衛力に不安が生まれます」

魔王「だが……手を拱いている訳にはいかない。戦線の状況は?」

側近「大きく後退した、との事です」

魔王「……炎、頼めるだろうか?」

炎「当たり前だろう」

魔王「こんな事を言いたくはないが……ここを押さえられなければ、北東の戦線は崩されるだろう」

魔王「そして一度崩れたパワーバランスは全ての戦線に影響を与える」

魔王「……ここが橋頭堡だ」

炎「……」ゴクリ

炎「必ず朗報と……氷を連れて帰ってくる」

炎「お前は次の作戦でも練っていろ」

魔王「ああ……任せたぞ」

勇者「さてと……今日は戦士と」

氷「……勇者と眠る」

戦士「……? は?」

氷「私は勇者の捕虜……夜間も、勇者の監視下にある、べき」

魔法「勇者、達が抜けてるわー?」

僧侶「援護した……意外っ」

魔法「自分の番になった時どうするつもりよ」ポソポソ

僧侶「あぁっ!」

勇者「な、なるほど……一理ある気がする……」

僧侶「あぁっ?!」

戦士「納得してんじゃねえよ!」

勇者「え? あ、あれ?」

魔法「氷さん? 私達のルールとしてね、宿屋に泊まる時には交代制で勇者と相部屋なの」

戦士「そうだそうだ! 手前はお呼びじゃねえんだよ!」

氷「私は……?」

魔法「?」

氷「私の番は……?」

僧侶「えっ混ざるつもりですか?!」

勇者「うーん……じゃあ魔法使いの次って事で」

戦士「いれんの?!」

勇者「お、おかしかったか?」

戦僧魔「……」

氷「……?」

勇者「……」オドオド

戦士「あーもう……このルール自体勇者の気遣いで成り立ってんだ」

魔法「反対、出来ないわねぇ」

僧侶「ぐぬぬぬ」

勇者「い、いい、んだな? という訳で次の次の次だ。今日は僧侶と魔法使いの三人部屋で」

氷「……」コクリ

数日後
勇者「なんか……不自然なほどに敵が下がっていっているな」

戦士「いや、そりゃあたしらで四天王の一人を倒しちまったんだから、敵兵もおっかなびっくりだろ」

氷「うん……」コクリ

僧侶「貴女が肯定していいのですか?」

氷「いい」

魔法「相手の士気が落ちている間に一気に攻めるわよ」

勇者「そうだな」

オオォォォォ
勇者「な、なんだ? この声は」

戦士「魔王軍からだな……何があったんだ」

氷「……」ピク

氷「多分、仲間が来る……」

魔法「え?! 四天王って事……?」

僧侶「そんな、早すぎます!」

勇者「いや、あの時に敵軍から魔王の下に伝達を行った者がいてもおかしくない」

勇者「だとすれば、これは当然の結果といえる」

炎「……」ゴゴゴゴ


戦士「まだ距離あんのにすっげぇ気迫だ……」

氷「炎……」

勇者「これは飽くまで私達の戦いだ」

勇者「君は手を出さないで欲しい」

氷「でも、教えて魔法は使って……」

戦士「……あれ、使っていいのか?」ポソ

魔法「であればだいぶ楽になるけども、捕虜というか寝返りよね、これ」

僧侶「勇者さんに中てられたのであれば当然の事ですよっ」ムフー

炎「!? 氷! 無事なのか!?」

兵士達「おぉっ! 氷様、ご無事で!?」

氷「……」コクリ

炎「貴様ら……いやいい、これは戦争だ」

炎「貴様達を殺し、仲間を返してもらう!」

戦士「言い出しづらいよな、これ」

魔法「その仲間はノリノリでこっちに助力してくれてるしねぇ」

戦士「でもまあ戦うって事なら」

勇者「ああ、やるぞ」

僧侶「はい!」

魔法「アイスアーマー!」カッ

炎「!? 氷の魔法! 貴様ら、彼女に拷問を!!」

勇戦魔僧「……」

氷「……」プイ

……
魔王「……本当、なのだな」

側近「はい……残念ながら」

風「……炎、まで」

雷「……」オドオド

魔王「戦線は?」

側近「最早あってないようなものです。各地の戦線も後退しつつあります」

魔王「……止むを得ないな」

魔王「これ以上の無駄な犠牲は人間軍との戦いに関わる。全軍、敵を牽制しつつ後退」

魔王「風、雷。頼めるね?」

風「ええ……」

雷「……」コクリ

魔王「これでも止められぬならば……その時はその時だな」

側近「……どうなさるつもりですか?」

魔王「勇者達の動き次第ではあるが、ここまで勇者達を通す」

魔王「軍は人間軍の進行速度を抑える事だけを考えさせる」

側近「決死の覚悟で勇者を討つと……?」

魔王「少なくとも、勝ちさえ出切れば人間軍の勢いは大きく削がれる」

風「……だったら、あんたも一緒に出撃とかはしないの?!」

側近「風、気持ちは分かりますが落ち着きなさい」

側近「魔王様が討たれたら逆にこちらの士気は総崩れよ……似た様な状況ではあるけども」

魔王「……もしかしたら過去の通り、人間を阻んで終わりかもしれないが、必ずそうとも言い切れない以上はな」

風「だからって……」

側近「少なくとも、ここにおびき寄せる分には勇者達が有利になる要素はありません」

側近「大将駒を生かし敵の大将を討つ、これが最低にして最大のラインなのです」

雷「……あたし、がんばるから!」

魔王「ああ……ああ……すまない」

炎「奇特な奴だ……生かそうなどと。甘い奴め」

氷「でも、それが……勇者のいいところ……」

氷「炎も、そう……?」

炎「ぐ……」カァ

炎「う、煩い!」プイッ


勇者「四天王が更に一人……」

戦士「つっても、氷の魔法が無かったら負けてたんじゃね?」

魔法「そりゃそうよ、今頃消し炭よ」

僧侶「ですね……」

炎「しかし……本気なのか?」

勇者「……私は、この戦いをただの血で血を洗う凄惨なもので終わらすつもりはない」

戦士「あたしらもこの話を聞いたのは最近なんだけどよぉ」

魔法「でも、ま。いきなりそんな話はできないものね」

僧侶「ある意味で反逆罪となりかねませんからね……」

氷「……でも、信じる」

炎「どちらかの壊滅ではなく共存でもって終結とする、か」

勇者「必ずや……必ず果たす。それが私の……勇者として選ばれた私が私に定めた使命だ」

炎「だが、戦闘は私達の力を借りないなど……正気か?」

勇者「ああ、ここで君達に頼っては駄目なんだ」

氷「でも……次は……」

炎「必ず残り二人の四天王が出撃するだろう」

魔法「ふ、二人同時?!」

戦士「そんな驚く事じゃねえよ。あんたって結構攻撃力重視のタイプなんだろ?」

炎「その通りだ」

戦士「四天王って事で考えると、きっと火力としてはあんたがそれなりの立ち位置だったんだろうよ」

戦士「それも敗れたとなったら、もう後がないと考えんのは普通だろ」

魔法「勝ちを急ぐ、という事ね」

勇者「魔王にとっても私、というよりも勇者という存在、勇者が持つ力が脅威なのだろう」

勇者「軍対軍ならいざ知れず、といったところか」

炎「……概ねその通りだ」フウ

炎「人間だ人間だと見下していたが……我々は愚かにも足を掬われていたようだな」

戦士「そのまま魔王もすっ転んでいてくれてると有難いんだけどなー」

氷「……それは、ない」

炎「あれは思考を巡らす性質であるからな。それ故に勢いが今一つであるが」

魔法「正直なところ、魔王ってどのくらいの強さなの?」

炎「どうだろうか。実力を間近に見た事は無いのでな」

戦士「はぁ?! じゃあなんでトップなんだよ」

氷「勇者と、同じ……」

魔法「……? え、まさか」

炎「魔王とて神々が選定しているのだ」

勇者「そ、そうなのか?!」

氷「……知らない、の?」

炎「驚いたな……てっきりそれぐらい知っているものだとばかり」

僧侶「……」

魔法「……僧侶はそれほど驚いていないようね」

僧侶「教会では……もしかしたらの話として伝わっておりました」

僧侶「あまり、信じたくない話でしたが」

勇者「何故……神々が」

僧侶「神々といえど一柱ではないという事です」

魔法「つまり邪神みたいなものが魔王を……まさか、あたし達は代理戦争?」

炎「詳しい事は分からないがどうやらそういう事ではないらしい」

僧侶「えっ? そうなのですか?」

炎「いや、本当に推測の域らしいのだが、魔王もその事を調べているようでな」

炎「どうも魔王と勇者は似た存在だと言う。双方ともに魔力を断ち切る力をもっているそうだ」

魔法「ああ、あれ……なかったら氷にも負けていただろう力よね」

戦士「魔力断裂、だっけか」

勇者「ああ、神々に選ばれし者、勇者のみに使えるという聞いていたが……魔王も使えるのか」

僧侶「神々に選ばれる、という点では相違はないですね……」

炎「という事を考えるに、複数の派閥に分かれた神々の争いの代理というのは妙だ、と」

勇者「それは……元々同じ力を持つ神、同じ派閥の神が決別したという可能性は?」

炎「同じ質問をしたが、否定は出来ないが仮にそうだとして、勝敗が着いて尚動きがないのはおかしい、と」

炎「何より、史実が明確に不自然さを語っていると言っていたな」

炎「勇者と魔王の争いは全て、勇者の勝利で終わるがその後の事は知っているか?」

戦士「確か何時だって魔王が残りの魔力を使って、結界みたいなもん作るんだよな」

僧侶「魔族、魔物側の領土を覆う魔力の障壁ですね」

炎「それは合っているのだがな、そんな力を持ち合わせていた魔王は今までにいないのだよ」

勇者「いない……? 馬鹿な。じゃあ過去に起こった事は一体……?」

炎「魔王はそれが神々の介入の証ではないかと睨んでいたな」

炎「それと魔王や勇者の出現周期を考えるに」

炎「神々の目的は人間軍と魔王軍で戦争する事にあるのではないか、と考えていたよ」

戦士「戦争に意味ぃ?」

魔法「人間の間引き?」

僧侶「え、ええと、特殊需要?」

勇者「僧侶、クイズじゃないよ」

勇者「しかし興味深い話だな……」

炎「まあ議論したところで何も変えられんし答えは分からないがね」

炎「ああ、そうだ。先の話も併せて、どちらか一方の壊滅を望んでいる訳じゃない、という事から」

炎「戦争をしている事が目的ではないか、と。周期の問題は意味はさっぱり分からなかったがな」

元魔王軍駐屯地 兵舎
僧侶「先ほどの話、どう思いますか?」

勇者「仮にあれが嘘だとして、あまりにもメリット皆無の嘘だ」

勇者「とすれば、あれは真実なのだろう。というよりも、あの二人にとってそれほど重要な話のつもりもない、か?」

勇者「しかし、今までの勇者の記録ではそうしたことに触れた内容はない」

勇者「単に今までの魔王が表に出さなかったのか、それとも現魔王が特殊なのか」

勇者「何れにせよ、私としては追い風になってくれそうで嬉しいばかりだよ」

僧侶「共存、ですか」

勇者「もしも殺しあう必要がないのであれば、これほど喜ばしい事はないな」

炎「……ちっ」

戦士「舌打ちすんなー」

魔法「これからは勇者との相部屋が五町に一回……」

戦士「単位が……間違っちゃあいないけども、ここから先は町はないんじゃね?」

氷「……待ち遠しい」

戦士「つーかさ、あんたら仲間を半裏切り状態だけどいいのかよ」

炎「そこは勇者の提案でもある、私達は飽くまで同行者という立場を得ているのが大きいな」

氷「……仲間に攻撃は……できない……」

魔法「ああ、なるほど……だからこそ受け入れていられるのね」

戦士「いや、片方はそんなん抜きでこっちに来たよな」

炎「えっ」

氷「……」プイ

翌日
炎「魔法使い。お前に私の魔法を伝授してやろう」

魔法「えぇ!?」

炎「な、なんだ……? 嫌なのか?」

戦士「いや、むしろいいのかよ?」

炎「……多対多での戦闘であれば止むを得ないとは言え、君達は極力殺生を行わずに済ませたい意思は分かった」

炎「だが流石に同胞に剣を向ける事はできない。だからこその助力だ」

勇者「……ありがとう。必ずや果たしてみせよう」

炎「ああ、私の親友達の事、よろしく頼む」

更に一週間後
勇者「私達の後を追って軍隊も押し上げてきたな」

魔法「楽でしょうね。敵が引いてくれているのって」

戦士「んー……なんかよぉ、さっきから敵の姿がちらほらしてんだよな」

氷「……そうみたい」

僧侶「一体何が……」

勇者「あれは斥候や偵察だな……ともすれば」

炎「……来たか」

風「……二人とも!」

雷「ほのおちゃん! こおりちゃん!」

炎氷「……」ビクッ

勇者「あ、あんな子供まで四天王なのか……?」

炎「あ、ああ……そうなんだ」プイ

氷「……」プイ

戦士「? 何で顔そむけてんだ?」

僧侶「氷さんまで……」

魔法(あの子に実情バレるのは心苦しい、と)

風「……どういう状況で二人を束縛しているかは分からないけども」

風「あんた達を殺して二人を助け出させてもらうわ」ゴォッ

炎「風……すまない、すまない」ボソリ

魔法「謝罪しちゃうの……?」

炎「いやその、なんだ。純粋に心配されて救い出すと意気込まれると、そのなんだ」

戦士「事情が痴情だしな」

炎「そこまでではないし致しておらん!」

風「……炎、待ってて!」ギリッ

僧侶(絶対、辱めを受けているとか勘違いされている……)

勇者「ぜぇ……はぁ……」

戦士「流石に……二人相手はきっちぃなぁ」

風「く……くそ」

雷「つ、つよい……ごめんね、ほのおちゃん、こおりちゃん……」

炎氷「……」ビクッ

風「あたし達を、どうするつもりだ!」

勇者「私は可能な限り、誰にも死んでもらいたくない」

勇者「その証でもあるのが、彼女達が健在している事だ」

雷「え……それじゃあ」

風「騙されないわよ! 二人を慰み者にしているのでしょ!!」

勇者「え!? い、いやそれはその気がないというか必要ないというか……」

炎「風、この勇者と言う人間は本気で魔物魔族と人間の共存を望んでいる大馬鹿者なのだ」

炎「だからこそ、私は自ら私の魔法を教え、二人との戦いに備えさせたのだ」

雷「ほ、ほのおちゃん……?」

風「う、嘘よ……裏切ったっていうの……?」

炎「そこは否定しない。だが、本来は絶たれるはずの命。ならばその愚かな夢の終末を見てみたいと思ったのだ」

氷「……あたしも、そう」

炎「……本当か?」

氷「……」プイ

風「……そうやって、生き長らえろと?」

炎「私はそうしようと決めた。実際どうだ? この四人の人間は手を抜いて戦っていたか?」

炎「戦えば分かる。全員が全員、全力で戦っている。それでも尚、決して私達を殺すまいと自らの命さえも賭けて戦っているのだ」

炎「だからこそ、信じてみたくなったのだ。何も手放しに信じろなどと言ってはいないさ」

勇者「とにかく、私としては彼女達二人は勿論、君達二人も傷つけるつもりはない」

勇者「だからお願いだ。投降してほしい」

風「……」ギリッ

雷「かぜちゃん……」

……
魔王「あの二人でさえ……!?」

側近「……」コクリ

魔王「そう、か……予想以上だな、勇者の力は」

魔王「すまない……四人とも。必ずや敵は」

側近「そ、それがですね。その、四人とも命に別状はないそうなんです」

魔王「な、なに……? 勇者の奴は何を考えて……」

側近「斥候が見た限りでは、ですが」

魔王「……」

魔王「最早、兵士達では大した消耗にすらならないのだろうな」

魔王「これ以上、戦線を退く訳にもいかない。転送魔法の罠を貼れ、転送先はこの城だ」

側近「! 正気ですか!?」

魔王「仮に私が勇者に勝ったとしよう。しかし、そのあとに戦う為の兵の数が足りなくては意味がない」

魔王「他の者と勇者を戦わすわけにはいかない。悪戯に死なせるだけだ」

側近「……畏まりました。すぐに手配致します」

魔王「併せて勇者達だけを通らすように陣を展開、人間軍を食い止めよ」

元魔王軍駐屯地
風「えぇっ!? 勇者と二人きりで相部屋だと!?」

雷「わーいゆーしゃちゃんといっしょー」

炎「私達の番はまだ先だがな……」

風「な、嘘でしょ!?」

戦士「なあ、おい……一番渋ったやつがもう手の平返してるぞ」

魔法「驚きの返し方ね」

風「う、うううるさい!」

僧侶「順番が更に……」

戦士「つうか魔王軍四天王なんだよな? なんなのお前ら」

戦士「んだけ役職だったから伴侶の一人二人いるんじゃねえのかよ」

勇者「なんだその根拠……」

魔法「さあ……」

僧侶「でも、ここまで勇者様にのめり込むのはちょっと謎ですよね」

風「いや、こんなの見たらもう無理だって」

勇者「よ、喜んでいいのかな、これは」

戦士「一応はいいんじゃね? なあ、お前らのボスの魔王はどうなんだよ。勇者に負けず劣らずのカリスマ性なんじゃねえの?」

氷炎風雷「……」

雷「まおーさま、ふつうのおふくきてまちにいたらわからない」

炎「そうなのだよなぁ……もうなんと言えばよいか」

氷「……ここは、魔王城、城下町、です」

風「あーうんうん、分かる。町の案内してても違和感ない」

戦士「うっわぁ……なんだよそれ」

炎「いや、仕事はある程度はちゃんとしてくれるのだがな」

僧侶「それフォローになってますかね?」

炎「上司としては決して悪く訳ではないのだが異性としては……」

風「……」

氷「……」

雷「まおーさま、どっかたよりなーい」

炎「こ、こらっせめてもう少し言い方というものが……」

魔法「求心力低そうね」

僧侶「ですね……」

勇者「……もしかして、なんていうかな。女性に対する気配りとか配慮が……」

炎「ある訳ないだろ!」

風「ある訳ないじゃない!」

戦士「問題の原因を垣間見た気がすんな」

魔法「典型的な男社会ならある程度登っていけるタイプみたいね」

勇者「四人ともさ、すぐに私達に打ち解けてくれたけど」

戦士「達つっても勇者が切欠だけどな」ボソ

魔僧「……」コクコク

勇者「まさかと思うが、その、私の気配り程度で今までの反動、という事なのか?」

炎「い、いや待て! 私はちゃんとお前の志を理解し、胸を打たれたからこそだな!」

風「あ、ああああたしもそうだし! 感動したし!」

魔法「……あなたは違うでしょ」

僧侶「明らか勇者様の言動で時めいていましたよね」

風「ちちちち違うし! 優しくされたぐらいで気持ちが傾かないし!」

戦士「……あいつ実は手の平で転がし易い?」

炎「……ハマるとそれはもうダンゴムシをも凌ぐ勢いだな」

戦士「良かったなぁ、その手に慣れた悪い虫がつかなくて」

氷「あたしは……勇者に一目惚れ、したから……」

戦士「おお、言い切りやがった」

勇者「い、いや、それは流石に困るのだけど」

氷「……ダメ?」

勇者「わ、分かっていて聞いているだろ? すまないが私にはその気がないよ」

氷「……」

炎「お前な……傍に居られるだけでも良しとしないか」

魔法「勇者との相部屋が楽しみなくせに……」

炎「それとこれとは別の問題だ」キリッ

雷「あたしもゆーしゃちゃんスキ!」

勇者「はは、ありがと」ナデナデ

戦士「お前らどんだけ苦労してきたんだ?」

炎「……だいたいの事柄を男性の扱いでされてきた、と思ってもらえれば分かり易いな」

魔法「それはストレスね」

僧侶「私達のリーダーが勇者様で本当に良かった……」

勇者「僧侶? その言い方はおかしくないかな?」

僧侶「私の中では一切おかしくありません!」

勇者「えぇ……そんな……」

戦士「でもまあなんか、お前らの様子に納得したわ。完全に反動入ってんな」

勇者「反動……反動か。もしかしなくて君達は魔王に辛く当たっていた、とか?」

炎「別にそんな事はないぞ?」

風「ええ、そうね」

氷「……うん」

雷「??」

炎「受ける仕打ちに対して正当な接し方をしていたぞ」

風「うんうん」

氷「……そうそう」

戦士「数日もたずに落ちたあたり、相当辛く当たってたって事だよな」

魔法「でしょうね……」

勇者「そろそろ夕食になるかな?」

戦士「かねぇ。なあ、ここの駐屯地ってどんだけ備蓄してるんだ?」

風「あたし達は駐屯地の管理まではしていないから分からないわよ」

魔法「更に部下が責任者、とか?」

氷「……そんな、ところ」

雷「……?」ジー

勇者「うん? どうかしたかい?」

雷「ゆーしゃちゃんのおててのもよう」

勇者「ああ、これか」

魔法「勇者の紋章ね」

雷「まおーさまとおなじだね」

勇戦魔僧「え 」
氷炎風  「 っ」

炎「……こ、これは」

氷「……」ゴクリ

風「ど、どどどどういう事?」

勇者「本当に同じなのか!?」

戦士「……おいおい」

魔法「なにこの展開……」

僧侶「魔王もまた勇者……?? 魔族・魔物にとっての勇者だから???」

炎「ま、間違いなく……いや、もしかしたら微妙に違うのかもしれない」

風「あ、うん……そうね」

魔法(魔王の手なんてまじまじと見てないし、て言いたそう)

勇者「しかし概ね同じというのは……」

戦士「何を意味しているのかわっかんねぇな」

僧侶「……やはり同じ神、もしくは同じ系統の神による選定、という事でしょうか」

炎「神々から特別に何かは聞かされていないのか?」

勇者「い、いや待て、私を何だと思っているんだ。そういうのはないからな?」

炎風「……」

氷「勇者……神託、みたいなの……?」

勇者「ないない。勇者の選定というのはこの紋章があるかないか」

勇者「古から続く戦いに則って、魔王討伐の為に戦いに赴く」

炎「そ、それは……」

風「魔王と……変わらない……」

戦士「? どういう事だよ」

僧侶「つまり魔王も紋章があるものが魔王であり、魔王として戦うのが慣わしとなっているという事ですか?」

氷「……そう」コクリ

勇者「……」

雷「?? みんなへんなかおー」

炎「そうだなぁ……困った困った。だけど雷のお陰で良い事が起こったんだ」ナデナデ

雷「エヘヘー」

魔法「この風習……一体何時から? そもそも魔族魔物と戦う事になったのは?」

勇者「そんな事……一切聞いた事が無いよ」

炎「我々も同じだ。それに、魔族も魔物も戦う事しかできない」

風「魔王も言っていたわね。所詮自分達は切った張ったしかできないって」

僧侶「……神々は一体何をお考えになってこのような事を」

兵士「勇者様方! 食事の用意が出来ました!」

勇者「あ、ああ、すまないな」

兵士「えぇと、その……」チラ

風「? 何よ?」ギラッ

炎「私達の事は構わず話してくれ」

兵士「は、はあ……貯蔵庫に大量のアルコールがありまして」

兵士「もし飲まれるようでしたら仰っていただければお持ちしますよ」

氷「……お酒」

炎「ここの担当は誰だ」ヒソ

風「今更分かったところでどうする事もできないけどもね」

勇者「……」ウキウキ

戦士「ただで飲めるとあってすげえワクワクしてやがるな」

炎「? 禁酒でもしているのか?」

魔法「身にならない趣向品は絶っているのよ。甘い物も鋼の意志で耐えてるし」

風「それは逆に体の毒じゃ……」

勇者「路銀がふんだんにある訳じゃないからなぁ……」ニヤニヤ

氷「……すごい、ご機嫌」

炎「それにしても勇者と戦士は発泡酒なのか」

戦士「その言い方からすると、そっち側も似た傾向なのか?」

風「人間の作るものとは味が違うのでしょうけども、発泡酒はクセが強すぎるのよねぇ」

魔法「分かる分かる。きついのよね、こっちも大抵の女性は果実酒よ」

僧侶「文化が分かたれているのに、そこは似ているというのも面白い話ですね」

勇者「飲めば美味しさが分かると思うのだけどもなぁ」

魔法「飲んで受け付けないから飲まないのよ!」

風「……何かあったの?」

僧侶「私と魔法使いさんは無理やり飲まされたので……戦士さんに」

勇者「んぐ、ごく、んく……ふうっ!」ドンッ

炎風「……格好良い」

氷「……素敵」

戦士「……」コク ゴト

炎「……意外だな。お前もグビグビ飲みそうなものだが」

戦士「無茶言うな。勇者と違ってあたしは一杯で十分だ」

勇者「人を魚のように飲むみたいな言い方はするな」

魔法「でも結構飲めるわよね」

僧侶「それでいて、そんな酔っている様子じゃないですものね」

炎「……いいなぁ勇者は」ジー

魔法「当然じゃない」

風「中性的な顔立ちで格好良くて綺麗で、なんていうか」

僧侶「気品の溢れる、みたいな?」

風「そうそれ!」

勇者「あ、すまないがもう一杯頂けないだろうか」

兵士「は、はい!」

戦士「……まだ飲むのか」

勇者「い、いや、三杯で終わりにするぞ?」

炎「勇者の子供時代が気になるな……」ゴクリ

戦士「あー子供時代かぁ」

魔法「そういえば、幼馴染だったかしら」

風「なっ! 羨ましい!」

氷「風、本音、だだ漏れ」

炎「しかし羨ましいのは確かだな。何分、幼馴染というのも縁がなかったからなぁ……」

僧侶「どんな感じだったのでしょうか」

戦士「んー」


勇者『戦士ちゃん戦士ちゃん!』

戦士『なに……?』

勇者『本ばっかじゃなくて釣りに行こうっ!』

戦士『……』コクリ


勇者『いっぱい釣れたー!』ヤター

戦士『わーい』バンザーイ

勇者『少しお腹空いたね! ちょっと食べよっ! 火起こそっ!』

戦士『……』コクコク


戦士「んな感じかなぁ」

勇者「懐かしいなー」

魔僧炎氷風「」

雷「へー」

炎「お、お前が本、ばっか……?」

風「今の回想、人物入れ替わってないの……?」

魔法「戦士が内向的とか、ありえないわ」ブルル

戦士「悪かったな。昔のあたしは可愛いもんだったんだぞ」

勇者「あー私が色々と連れ出してた所為かな」

戦士「だなぁ。つったって、町で年が同じってか近いの勇者だけだったからな」

戦士「必然的にそうなってたさ」

戦士「でもあん時の勇者、本当に可愛かったな」

勇者「そうかな? 振り返ってみても、かなりやんちゃしていた記憶ばかりなのだが」

僧侶「天真爛漫、みたいな感じじゃないでしょうか?」

戦士「おー正にそれそれ」

炎風「……」

氷「……人間に、生まれたかった?」

炎風「え?! や、その」

戦士「まあなんだ、うん。勇者は今も昔も良いな、うん」

勇者「ゴッゴッ……ふぅっ」

勇者「そう言われると流石に恥ずかしいな」

魔法(あ、もう飲み終わってる……)

勇者「さて……そろそろ寝るとするかぁ」ノビー

魔法「そうね」

雷「うー……」シパシパ

炎「さ、ベッドに行こうな」

雷「うん……」ゴシゴシ

風「本当に三杯飲みきった……」

炎「え? お、おお……」

勇者「いやぁ三杯は別にそこまで多くないよ」

魔法「並より多いわよ?」

勇者「ふう……」ボフン

勇者(……神託などは無く、いつの頃からか勇者と魔王、人間と魔族魔物は争うになった)

勇者(……勇者も魔王も神々に選ばれる)

勇者(……どちらも似たような紋章を宿し、似たような力を持つ)

勇者(今のところ勇者達が常勝、しかし魔王が死ぬと魔族や魔物の住む領域は不可侵の結界に閉ざされる)

勇者(魔王は……戦う事に、戦争する事に意味があると考えるだけの材料を持っている)

勇者(今分かっているのはこんなことぐらいか?)

勇者(……おかしいな。少なくとも過去の勇者達の記録に、本当に接戦であったというのは見かけた事がない)

勇者(だからこそ魔王との戦いに心から敗北を憂う者は少ない)

勇者(国王でさえ……私に沈痛の面持ちで魔王討伐を命じたりはしていなかった)

勇者("勇者であれば魔王を倒せる"。"魔王は勇者に勝てない"。そう考えている、そう考えるだけの理由がある)

勇者(勇者と魔王との戦いは常に、大なり小なり勇者に分があると言える……その差は一体?)

勇者(もしも私と魔王が宿した紋章は多少の差異があるとしたら……?)

勇者(……あるいはその力に差異があるとしたら?)

勇者(それはもしや……もしかしたら……だが目的は……)スゥ


勇者「やあ、お早う」スッキリ

氷炎風「……」

戦士「あたしらは見慣れた光景だな」

僧侶「ですね」

勇者(しまったな……酔った勢いで色々と思考を巡らしてしまった)

勇者(何かに気付いたような気がしたが……思い出せないものは仕方がないな)フゥ

勇者「他に実力のある幹部っていないのだろうか?」

炎「側近が魔法に長けているぐらいだな」

戦士「相性わりいな。相手が」

魔法「勇者の力で魔力を断ち切れるものね」

勇者(……あれ、なにか。……。まあいいか)

勇者「もう一度進行ルートを確認しようと思う。出発は一時間後で」

僧侶「それまでは自由、ですか?」

勇者「まあ、町じゃないしやれる事はないだろうけどね」

炎「ふむ……」ガチャチャ

炎「やはり、ガントレットが馬鹿になっているな」ハァ

炎「勇者達との一戦が効いているか……仕方が無いな」


武具庫
炎「今や人間軍に制圧された拠点の物資であるのは承知している」

炎「だが、可能なら物資の一部を譲っては頂けないだろうか?」

兵士A「え……えぇ?」

兵士B「勇者様から色々と話は聞いている。少しぐらいなら問題はないだろうな」

兵士C「しっかし……魔王軍の幹部って美人揃いだよなぁ」ボソ

兵士A「だな……勇者殿が羨ましいっ」ヒソ

炎「は?」ギロ

兵士B「お前ら、馬鹿な無駄口を叩くな。それにそもそも勇者様は……いや、何でもない」

炎「構わん。というか、その程度の事は初めから分かっている」

兵士A「??」

兵士C「な、なに? どういう事?」

兵士B「へえ、驚いたな……俺、というか大抵の奴は必ず勘違いするんだが」

炎「馬鹿にするなよ? 魔族とは言え私は女性だ」

兵士B「そういうものか」

風「暇ねー」

雷「ねー」

風「うん? 何あれ?」

雷「おそとにおイス?」

兵士「ここで散髪をして、うおっ!」ビク

風「なによ?」ギロッ

雷「ヘー」

兵士「な、なんでもありませんよ」ビクビク

風「……」ジー

風「勇者達との戦いで髪がこんなだから、少し整えてもらおうかしら」ニタァ

兵士「えっ」ゾォ

30分後
兵士「か、軽く整える程度にしましたが」ビクビク

雷「おーはやーい!」

風「……」

風「なによ、やるじゃない」

兵士「は、はは……アリガトウゴザイマス」

風「うーん……炎にも言われたけど、人間を侮っていたわね」

雷「アナドッテ?」

風「んー雷にはまだ早いかなぁ」ナデナデ

勇者「このルートかな……」

氷「……うん、魔物の遭遇も、少ないと思う」

戦士「決まりだな」

炎「どうだろうか?」

勇者「ああ、大方決まったよ」

炎「そうか……このまま魔王と対面か」

魔法「流石に思うところがある?」

炎「いや、側近には申し訳ないぐらいだな」

僧侶「幹部なのに民の事、とかないんですね」

炎「軍は割りとそんなものなのだがな。人間とでは考え方が違う、といったところか?」

風「というか、まず勝利を収めてから、という考えよね」

勇者「このルートかな……」

氷「……うん、魔物の遭遇も、少ないと思う」

戦士「決まりだな」

炎「どうだろうか?」

勇者「ああ、大方決まったよ」

炎「そうか……このまま魔王と対面か」

魔法「流石に思うところがある?」

炎「いや、側近には申し訳ないぐらいだな」

僧侶「幹部なのに民の事、とかないんですね」

炎「軍は割りとそんなものなのだがな。人間とでは考え方が違う、といったところか?」

氷「……むしろ、まず勝つ事、みたいな」

勇者「……炎、ガントレット変えた?」

炎「……!」ピクン

炎「あ、ああ、先の戦闘でボロになっていたからな」

勇者「……愛用している以上、お気に入りだったのだろう。その、すまない」

炎「……変なところで律儀な奴だな。確かに大切にしてはいたが、防具としての役割を果たしてくれたのだ」

炎「こんな事で恨んだりはしないさ」

勇者「そう言ってもらえると助かるよ」

魔法「にやついてる」

氷「……ちょっとした変化、気付いてもらえて嬉しいの」

魔法「ああ……そういう」

風「戻ったわ」

雷「ただいま~」

炎「おかえり雷、風」

勇者「あれ? 髪切ったの? 一体何処で?」

風「……!」ピクン

風「に、人間軍の兵士が散髪を行っていただけよ」

炎「へえ……人間に髪を触らせるとか珍しい事をするものだな」

戦士「どうせ気に入らなければいびるつもりだったんじゃね?」

風「し、しないわよ!」

勇者「嫌みの一つは言うつもりだったのかな」

魔法「じゃない?」

……
側近「間もなく、勇者がFポイントを通ります」

魔王「他ポイントへの魔力供給停止。Fポイントの転送魔法起動準備」

側近「転送場所は3階の中央フロア、でよろしいのですね?」

魔王「ああ、やってくれ」

魔王「これが最後となるか否か……」

側近「それでは私は中央フロアに待機します」

魔王「ああ、頼む……」

魔王城 3階 中央フロア

勇者「な、何が起こったんだ?」キョロキョロ

戦士「おいおい、ここは一体……」

炎「転送魔法だな。我々は魔王城……魔王のいる部屋の前に送られたのだ」

魔法「えぇ!? な、何故……」

風「当然よね。あたしと雷の攻撃も掻い潜った相手に、今更兵士をぶつけてもね」

僧侶「な、なるほど……」

雷「! そっきんちゃん!」

側近「……」

側近「どうやらただの捕虜、というのとは違うようですね」

炎「……ああ」

側近「一つだけ確認します」

側近「風、雷。貴女達は勇者他三名と戦い敗れたのですか?」

雷「う、うん……」オドオド

風「そうよ。炎と氷は一切、戦闘に加わらなかったわ。まあ、一部の魔法を教わってはいたけども」

側近「……とは言え、それをこの短期間に習得したというのは、実力の表れの一つであると言えましょう」

側近「尚且つ、四対二とは言えこれまでの経過を見るに、瀕死の重傷を負わせず戦闘を収める」

側近「治癒魔法が効く範囲での負傷で収める実力、ですか……」

側近「降参します」

勇戦僧魔「!
炎氷風雷  ?」

側近「私では勇者達を消耗させるどころか、時間稼ぎにもならないでしょう」

炎「え? いや、だが戦わず降参、なのか……?」

側近「それこそ無意味な無駄死にではないですか……」

風「う、うーん、まあそうなるわね」

側近「それに四人からは魔法による何かしらの束縛も感じられません」

側近「というより普通に会話をしていたところを見るに寝返った、と見るべきでしょう」

炎「う……」

風「改めて言われるときついわね……」

氷「……ようこそ、こちら側」

側近「……雷は幼いから仕方なしとしても、風や氷はまあ……けれども、炎までがそうであるというのなら」

側近「それ相応の事情があったと考えるのが妥当です」

氷「……うん?」

風「そ、側近? い、今凄いおかしな発言があったような気がするのだけども……」

側近「であれば、ここで無駄に痛い思いするよりも、貴女達がそうであろうと判断に至った存在」

側近「勇者にこの戦いの結末を全て託してみるのもいいでしょう」

戦士「おい、スルーされてんぞ。お前ら何やらしてきたんだよ」ヒソヒソ

風「う、うそ! 違うわよ! ちゃんとしてきたわよ!」ヒソヒソヒソ

側近「魔王様はこの先におります」スッ

勇者「あ、ああ……」

魔法「拍子抜けね」

僧侶「ほ、本当によろしいのですか?」

側近「……そうですね、一応確認しておきましょうか」

側近「勇者ならびに同行者三名に、魔王殺害の意思はありますか?」

勇戦魔僧「!」

炎「まあ、側近であるからな」

風「でも時々、思考が読まれているのかと思うほどよね……」

側近「……その表情が見れただけで十分です」

側近「ですが仮に魔王、彼女達四人とは訳が違います」

側近「少なくとも、私は魔王様の力だけは評価しております」

側近「努々油断なさらないように」

戦士「今、凄い辛辣な発言が混じっていなかったか?」

魔法「話の限りじゃ、それは個人の部分じゃないし……」

勇者「……実は君達の中で、魔王に対して一番辛辣なのは彼女なのでは?」

炎「……発言は控えさせていただこうか」

氷「……炎、それ、肯定と同義」

魔王「来たか」

勇者「魔王……」

戦士「けっ……」

魔法「……」ゴクリ

僧侶「……」ブル

側氷炎風「……」

雷「まおーさまただいまー」

魔王「」

魔王「……」

魔王「……」

魔王「ま、待て、考える時間をくれ……」

勇者「あ、ああ、うん、どうぞ」

魔王「すまない」

魔王「……」

魔王「……」

魔王「四人とも無事のようで何よりだ。うんうん、本当に良かった」

魔王「が、やけに静かだと思ったら側近寝返ったのか?!」

戦士「あたし、あいつがちょっと不憫になってきたわ」

魔法「奇遇ね、あたしもよ」

側近「能力的に考え、勇者達を消耗させることすら叶わない事」

側近「我が軍の四天王が何かしらの納得の元、魔法等の束縛なしに大人しく捕虜になっている事」

側近「以上から戦闘を回避、またこの戦争の顛末を勇者に賭けてみようと判断しました」

魔王「え、あ、うん……え? そんな理由……いやしかし……いい、のか?」

勇戦魔僧「……」

勇者「ま、魔王。もし可能であればお互い、話合いのテーブルに着こうじゃないか?」

魔王「話合い……話合いだと? 何を話し合う」

魔王「例え五人がどう納得しようと、我々には戦う事しかないのだ」

魔王「手を取り合うなど……どれほどの魔族魔物を殺せば実現できると思っている?」

勇者「だが剣を向け合うだけでは……」

魔王「お前は道中、話が通じる相手をどれほど見てきたというのだ?」

勇者「そ、それは……」

魔王「……気持ちは分からんでもない。争わないで済むのなら……それがいい。事実、全ての者が話にならん訳ではない」

魔王「だが、私は魔王だ。彼ら彼女らの上に立つの者として、今ここでそのような判断など許されんしするつもりもない」

勇者「ま、魔王……しかしお前が呼びかければ……」

魔王「勇者よ、我々の思惑など関係ない。既に賽は投げられているのだよ」

魔王「それでも尚、変えたいと言うのであれば、私を組み伏せ魔王の上に立つ者となれ!」バッ

数十分後
魔王「かは……はぁ……はぁ……」ボタタ

勇者「はぁ……はぁ……」

戦士「流石に、きっついぜ……」

魔法「ぜぇ……ぜぇ……」

僧侶「はぁっはぁっはぁっ」

炎「本当に、負かした。本当に勝ててしまうのだな……勇者を含むたった四人の人間が魔王に」

側近「ええ……今のところ、史実が覆される事もなく、ね」

勇者「魔王……私の指示に、従って貰おうか」

魔王「は、はは……ははははは!」ビチャチャ

勇者「ま、魔王!」

雷「ま、まおーさま……」

戦士「お、おい……こりゃあ」

氷「……あたしの魔力、あげる」パァ

僧侶「! 感謝します!」

勇者「僧侶!」

僧侶「はい! 治癒魔法!」シィン

魔法「……え?」

炎「!」

風「ま、まさか」

僧侶「ち、治癒魔法!」

魔王「……」ボタボタボタ

勇者「ありったけの薬草! それと包帯を!」

炎「あ、ああ!」ダッ

風「わ、分かったわ!」

勇者「死ぬな、魔王……死なないでくれ!」

魔王「面白い、奴な事だ……」ダラダラダラ

勇者「止せ、もう喋るな!」

僧侶「戦士さんも手持ちの薬草と包帯!」

戦士「お、おお!」

勇者「くそ、こんな……くそ!」ギリ

魔王「……」フッ

魔王「!」バッ

僧侶「!?」

戦士「な……!」

側近(その状態でまだ尚……!)

勇者「ま、まお……」


ドシュッ

ボタ ボタ

勇者「な……」

魔王「……」ボタ ボタ

弓兵「あ、な、まお……様……う、うわああああ!」バッ

風「待ちなさい!」

炎「止せ! 今はそれよりも……!」

魔王「……」ガクッ

勇者「く!」バッ

戦士「何だよ……どういう事だよ……こりゃあ」

勇者「何故、何故私を庇った!」

魔王「私がどう、なろう、と……この先、何が起ころう、と……」

魔王「決着が、着いた今……これ以上、禍根を残す、事は……許されん……」

魔王「この、命に代えよう、とも……それが……」

魔王「それが……王たる者の……責務だ……」

勇者「っ!」

側近「ま、魔王、様……」

僧侶「~~~! 血が、血が……止まりません!」

魔王「……」

勇者「……頼む、死ぬな。死なないでくれ!」

……数時間後
医療班「一応は持ち直しましたが、恐らく今夜が峠になるかと思います」

医療班「それを超えれば、明日、明後日には回復魔法も有効でしょう」

側近「分かりました。ありがとうございます」

医療班「我々にできるのはここまでなのが歯痒いところですけどね……」

炎「……」

風「だ、大丈夫でしょうね……」

氷「……分からない」

戦士「そういや雷は?」

魔法「流石にこの場所にはね。僧侶が面倒を見ているわよ」

炎「……すまないがここを任せてもいいだろうか?」

勇者「え?」

風「こうなってしまった以上、もう人間との戦闘は不要よね」

氷「……各部隊、戦線に呼びかける」

側近「どうなるかは分かりませんけども」

勇者「ああ、分かった。行ってくれ」

戦士「あたしらどーすんのさ」

魔法「……当然、調べるんでしょう?」

勇者「ああ。書庫のようなものを探し、とにかく古い記録を片っ端から探して欲しい」

勇者「何としてでも、この戦いの始まりを知りたい」

勇者「もしかしたらこちら側との情報を統合する事で、見えてくるものがあるかもしれないしな」

戦士「あいよ」

魔法「何かあったらすぐに知らせてね」

勇者「ああ……分かっている」

魔王「……」

勇者「……」

勇者「絶対に、死ぬんじゃないぞ」グッ

勇者「しかし何とも皮肉なものだな」

勇者「君を蔑ろにした彼女達が賞賛する私は」

勇者「君にこそ誇り高い気高さと凛々しさを感じるよ」

勇者「必ず、目を覚ましてくれ……頼むよ」グッ

翌々日
僧侶「これで傷は塞がりました」

戦士「目ぇ覚めねえじゃん」

炎「出血が酷かったからな」

風「でも小康状態でしょ? なら目覚めるのを待つだけじゃない?」

側近「ええ。私の方の仕事は粗方片付きましたし、勇者もやりたい事があるのでしょうし、ここは私が見ておきます」

勇者「そうか、すまないな」

魔法「まだ資料の精査が進んでいないし大歓迎よ」

勇者「はは、頑張るとするか」

魔法「実際どうだったのよ」

勇者「……魔王も同じ紋章だった」

戦士「へえ……」

勇者「おかげで思い出した」

魔法「何が?」

勇者「……魔王は私のミスリルの盾は切り裂いたが、このオリハルコンの鎧までは切り裂けなかった」

戦士「つっても、普通の金属ばかりのあたしの装備は両断されなかったけどな」

勇者「この違い、何か分かるか?」

魔法「……ミスリル銀は魔力を帯びているけども、オリハルコンの鎧は魔法そのものを帯びている」

戦士「ふーん……」

勇者「じゃあ魔王との戦いで効かなかった魔法は?」

魔法「落石魔……あっ!」

戦士「んだよ?」

勇者「私は魔力や魔力から変換されたエネルギーを切る。炎や風……物質化していないものを」

勇者「一方魔王は、魔力だけを帯びた物質、または魔力が変換され生み出された物質を切る」

魔法「これは……」

勇者「……まだ分からない事が多いけども、一つ言える事がある」

勇者「神々に選ばれた勇者と魔王は互いに戦う為に存在するんじゃない」

勇者「やはり……勇者と魔王は二つで一つの存在なのだろう」

勇者「とは言え……」

本「」ドッサリ

魔法「さあ、楽しい読書の時間♪」

戦士「あー逃げてぇ」

勇者「……やるとしようか」

戦士「あ、あたし雷の相手するから僧侶と交」

魔法「逃がさないわ」ガッシ

戦士「ちっ……」

二日後
勇者「魔王はまだ目覚めないのか」

側近「ええ……」

炎「こちらは落ち着いたよ。人間の軍隊はまだ戦線に残ってこちらを警戒しているがな」

戦士「魔王敗北は伝えんたんだろ?」

風「まあ半信半疑だけどね」

雷「ふーん?」

僧侶「あっちでまた折り紙でもしましょうか?」

雷「! する!」

魔法「完全に懐いてるわね」

勇者「流石だね」


炎「それで、そちらの調べ物はどうだったのだ?」

勇者「……分からない事もあるけどいくつかはね」

勇者「こちらと同じで魔王の紋章も6歳~15,6歳ぐらいの間に現れる」

風「それって有益な情報?」

勇者「うーん、これ自体だと勇者と魔王が相反するものとも、同じものだとも言えないからなぁ……」

勇者「それと以前、突如魔王である紋章が宿り、その者は発狂し、飛び出して行ったそうだ」

炎「なんだそれは……」

風「ちょっとしたコントね」

氷「……いつも、突然じゃないの?」

勇者「魔王討伐から新魔王の出現が極端に短かったそうだ」

炎「因みに結末は?」

勇者「当時の勇者に殺されたそうだ」

風「ええー……」

勇者「ただ気になる事に、魔王は魔物も人も関係なく破壊して回っていたそうだ」

側近「……? 妙ですね。魔王の紋章が発現しない事には、我々を取り囲む結界は晴れません」

炎「そういえばそういう話だったな」

勇者「そういう話……あ、魔王の方が年上なのか」

風「結界なんて薄っすらと記憶にあるぐらいよ」

戦士「今の話だとよ、飛び出していった魔王より先に魔物がいたって事か?」

魔法「そうなるわね」

氷「……どういう事?」

勇者「分からない。もしかしたらこの魔物と魔王発狂が関わっているのかもしれないが」

魔法「事例は一つだけなのよねぇ」

勇者「こちら側の史実にも魔王が錯乱し暴れていたのを討伐した、というのはあるが、事の真相までは」

僧侶「た、大変です!」バタン

勇者「な、なんだ騒々しい」

雷「まおーさまおきた!」

勇者「」バッ

戦士「早っ……」

魔法「……」

側近「私達も行きましょうか」

炎「ああ」

勇者「私が分かるか!? いやまずお前の名は!」

魔王「覚えておるわ……全く、何という奴だ。お前は」

勇者「ふ、ふふ……褒め言葉としてとっておこう」

魔王「……状況は?」

勇者「魔王軍は撤退。その時に人間軍に魔王敗北を伝えたが、当然信じていないため戦線を維持」

勇者「攻めてこないだけマシと言えばマシだがな」

魔王「そう、か。これから……どうしたものか」ボムッ

勇者「……」フッ

勇者「な、なあ、魔王。よけれb」

側近「お目覚めですか?」

炎「元気そうだな……こればかりは心配したが損したな」

風「ねー……」

氷「……」コクリ

魔王「辛辣……」

雷「まおーさまおケガなおってよかったね」

魔王「そ、そうだな……」

側近「……」チラ

勇者「……」チラチラ

側近「色々と話したい事もあるでしょう。ご無事も確認できましたし、私達はこれで一旦失礼しますね」

魔王「ああ」

戦士「あたしらも出るか」

魔法「そうね」

魔王「……?」

勇者「魔王」

魔王「……!? ……!?」キョロキョロ

魔王(な、なんだ? どういう状況だ、これは!)

勇者「……正直、何から話をすればいいのか分からない」

勇者「ただ私は、これまで続いてきたこの戦いの結末を、魔王の死で締めくくりたくないんだ」

魔王「……」

勇者「君の部下から話を聞いた。君とて、何かを変えたくて調べているのだろう?」

勇者「もしもそれが、これまでの魔王が続けてきた事だったとしても、君自身にその思いはあるのだろう?」

魔王「まさか……お前は何かに気付いた、のか?」

勇者「魔王の手に紋章があるだろう」

魔王「ああ、我々魔王は右手に魔王の証である紋章が宿る」サッ

勇者「私も、私達も勇者は左手に勇者の証である紋章が宿る」スッ

魔王「! 全く同じではないか……」

勇者「私達勇者は、6歳から15歳ぐらいの間に宿る。逆に言えばその年頃の者にだけ、紋章は宿る」

魔王「……」

勇者「勇者は……不定形の魔力や魔法を切る事が出来る」

魔王「……ふむ」

魔王「面白い話だ……私達は本来、戦いあう存在ではないのかもしれない」

勇者「……」ニヤ

魔王「なるほどな……我々の目的はそういう事かもしれない」

魔王「可能性すら考えていなかったのは甘すぎたな」

勇者「ま、魔王? ちょっと待て! 何を知っているんだ?!」

魔王「……? この城の書物に手をつけているのだろう? 初めの戦争については読んでいないのか?」

勇者「! 見つけていない! 教えてくれ!」

魔王「南北にて亀型と怪鳥の魔物が人間を襲い始め、人間軍が我々魔族魔物に攻撃を開始した」

魔王「時同じくして魔族の中から紋章を宿した者が現れ、皆は神々の使いとして祀り上げた」

魔王「半ば無理やり自分達の長、魔王として迫る人間軍へと追い立てたので」

魔王「こちらに記録はないが、似たような環境で人間軍に混じった勇者が魔王を討ち、初めての戦争は終着」

勇者「な……」

魔王「その後、我々の領土を覆う障壁が発生し、しばらくの猶予が生まれた」

魔王「その期に魔族は形ばかりの国を作り、謎の障壁が消えた先に待つ人間軍との戦いに備えた」

魔王「が、新たに紋章を持つ魔族が現れるまで、障壁は消える事はなかった」

魔王「それを繰り返すごとに……魔族魔物はただひたすら人間を襲い掛かるようになり」

魔王「人間もまた同様に襲ってくるようになった」

勇者「……」プルプル

魔王「ど、どうした?」

勇者「凄い! そんな詳細が分かっていたのか!!」

魔王「これでも、今の環境を憂っているのだよ」

魔王「だが、私一人が思ったところで、あまりにも数の多い末端を止める事は適わない」

魔王「最早、この激流を中から止める事などできはしないのだ」

勇者「ならば、私も手を貸す。流れの外にいる私がだ」

魔王「……私は負けたのだ。断る理由などないさ」

勇者「魔王っ」パァッ

魔王「……」ドキリ

魔王(なるほど……勇者の考えと、この容姿であれば彼女達が傾くのも難しくはないな)

勇者「しかし、初めに発生した魔物か」

勇者「……? そういえば魔王が出現するより先、結界の外で魔物が暴れていた例もあったな」

魔王「なに? 逆にその話は知らんな」

勇者「ああ、それはな……」

……
魔王「繋がったな……」

勇者「え? 何がだ?」

魔王「四方にいる醜い獣どもだ」

勇者「……」

勇者「四聖獣!?」

魔王「聖だと? 馬鹿な」ハッ

魔王「連中こそ世界を飲み込もうと企んでいる者達だ」

魔王「そして全ての元凶は連中だ」

勇者「亀と怪鳥の魔物……ま、まさか」

魔王「北の玄武、南の朱雀。その眷属である魔物だろうな」

魔王「その二体が先に動き、人間を攻撃したのだろう」

魔王「奴らに協調などはない。攻撃が魔族魔物に及ばなかったのはただの偶然だろうな」

魔王「我々の紋章と力は……神々が奴らを討伐させる為に干渉している結果だろう」

勇者「……人間の体には不定形の魔力を切る力が限界、か?」

魔王「わざわざ種族を変えてまでしたのだ。限界というより、適正と考えるべきだろう」

勇者「あ、そうか。二人とも魔族でよかったのか」

魔王「だが誤算は獣どもの詳細を人間達が知らなかったが為に、人間達の矛先がこちらに向いた事」

魔王「結果、魔王と勇者は対立する間柄になった、か」

勇者「馬鹿な……四聖獣が、そんな」

魔王「自分達はそっちのけで魔族達と人間達が争いだしたのを傍観していたのだろうな」

魔王「むしろ漁夫の利を狙ったか」

魔王「が、恐るべき力を持つ二者が現れ、様子見に徹した」

魔王「しかし、同じことの繰り返しで、その力が自分に向かう事はないと判断したのだろう」

魔王「発狂した魔王の件は、魔王がいない隙に狙いを定めた玄武か」

魔王「神々が干渉し、無理やり魔王の力を宿させた。結果、自我を失った者が生まれた」

勇者「四聖獣はより、手を出し辛い状況になった? いや、手を出さずに傍観していれば、少なくとも危険は無いと判断したか」

魔王「それが今日まで続いているという事なのだろう」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「し、しまった!」ガタ

魔王「な、なんだ?」ビク

勇者「いや、病み上がりのお前に長々と話をしてしまってすまない」

勇者「今日はこれまでにしよう」

魔王「体がだるいだけだ、気にする事はない」

勇者「……それは血が足りないからだろう」

勇者「しばらくはゆっくりしていてくれ」

魔王「……そうだな、たまの休暇だと思うとするか」

数日後
魔王「うむ、心配かけたな」バッ

炎「勇者、こちらはどうだ? 美味だぞ」

風「いい加減、もういいでしょ。勇者、こっちで一緒に食後のお茶でもどう?」

側近「確か人間はグリーンティーを好むのでは? いかがです? こちら側で栽培したグリーンティーでも」

氷「……コールドドリンク」

雷「こおりちゃん、それこおってる……」

戦士「ちっ……ちっ……」

魔法「人数が……」

僧侶「く……勇者様が遠い!」

魔王「納得したくねえなぁ……」

魔王「一応、上司が回復したというのに、流石にこれは泣いてもいいんじゃないかな……」

勇者「あ、魔王! もう出歩いていいのか?!」

魔王「いい加減、体も鈍るからな」

魔王「何より、少しぐらい健康な姿を見せんとな……」

勇者「え? 何でそんな語気が落ち込んでいくんだ」

魔王「い、いい加減レバーニラほうれん草炒め卵かけは……うっぷ」

勇者「ぁー……」

メイド「そんな! 一生懸命作っているのに!」

魔王「一生懸命味が変わらないように?」

メイド「はい!」ニッコリ

戦士「あいつやべえんじゃねえの……?」

魔法「あれでトップなのよね……」

勇者「そろそろ具体的な話をしていくべきか?」

魔王「そうだなぁ……何だかんだでもう、私がするべき仕事はないのだろう?」

側近「戦争状態が止まり、今までの業務の殆どが無くなりましたからね」

魔王「だそうだ。好きなように使うといい」

勇者「! ふ、ふむ……協力に感謝する」

魔王軍兵士「た、大変です!」

炎「どうしたというのだ?」

魔王軍兵士「そ、それが……」

魔王軍兵士「西の方角より魔王軍に属さない飛龍の群れが出現!!」

魔王軍兵士「西の砦が落ちました!」

魔王「早いな……動いたか」

炎「な、なに……?」

勇者「まさか……」

魔王「魔王と勇者の衝突、しかし障壁は生まれず」

魔王「ともすれば、魔王と勇者の和解と考えるだろうな」

側近「魔王様、流石に話が見えないのですが」

魔王「人間の側では四聖獣、我々にとってとくに名称はないが、四方にいる巨大な魔物達だ」

風「ああ……え? うそ、連中が攻めてきたの?!」

魔王「恐らく人間側もパニックだろうな」

魔法「あ、それ不味い流れ」

魔王「側近、転送魔法を準備できる地域は?」

側近「……現状、西部の第二砦」

側近「今も残っている北東の戦線拠点、人間側からかなり離れますが南南東の拠点ですね」

勇者「……どうする?」

魔王「奴らも馬鹿ではない。魔王と勇者の本来の在り方には気付いていると見るべきだ」

魔王「何よりこの状況が雄弁に物語っている。これは連中の存亡をかけた総力戦なのだろう」

魔王「猶予はない。各地に戦力を展開。我々は四聖獣の討伐に出撃する」

勇者「……討伐は私と魔王の二人で向う」

戦魔僧   「え
氷炎風側王  っ」

勇者「四聖獣に最も近いのは西という事でいいのか?」

側近「え、ええそうです」

勇者「まず私達二人で西、確か青龍だったな? 奴を討つ」

勇者「その間に北東と南南東から玄武、朱雀の魔物を皆で襲撃してほしい。玄武・朱雀そのものは放置だ」

勇者「戦士、魔法使い、僧侶。君達は北東より東へと進み、魔王軍の攻撃でない事を伝えつつ」

勇者「東部を襲っているであろう白虎の眷属である魔物を排除してほしい」

戦魔僧氷炎風側「……」

戦士「わーったよ」

魔法「仕方ないわね」

炎「非常時だ。目を瞑ろう」

風「勇者がそう言うんじゃ仕方ないわね」

側近「すぐに手配します」

魔王「何だろうか。この信頼の格差社会は」

勇者「は、はは……」

北東組
側近「それでは一斉に転送魔法を行いますので」

風「気合入れていくわよ」

氷「……」コクリ


南南西組
炎「私達は遠距離から撃ち落すだけと思うと楽だな」

雷「おそらにビカーってするだけでいいのー?」

炎「ああ、その通りだよ」ナデナデ


南東-東組
戦士「タイガー系ならあたしでも十分戦えるな」

魔法「だからこその配置よね」

僧侶「勇者様、どうかお気をつけて」


西組
勇者「皆もな」

魔王「全員生きて帰る事、それが最優先事項だ。武運長久を」

西部

スカイドラゴンの群れ「ギャォォォン!」

勇者「な、なんて数だ……」

魔王「我々は二人だ。隠密行動を取り、青龍の元まで進むぞ」

勇者「ああ……流石にあれを相手にする気にはならないな」

魔王軍兵士「ギリギリまで引き付けろ!」

魔王軍兵士「今だ! 撃てぇ!」

魔王軍魔法部隊「「フレイムカノン!」」ドドドン

スカイドラゴンの群れ「ギャアアアア!!」ボボンボン

勇者(……こっちの軍隊はどうやって魔王軍に対抗していたのだろう)

勇者「ふう……ここら辺は険しいな」

魔王「故の奴の居住地とも言えるな」

魔王「……各地の戦況が気になるところだな」

勇者「凄い部隊だったじゃないか。正直、人間の身で戦線を維持していた連合軍には頭が上がらないよ」

魔王「……馬鹿を言え。元々、ここの飛龍の群れが襲ってきた時の為の対空戦力だ」

勇者「四聖獣が凶悪な敵であるとは知らなかったんじゃないのか?」

魔王「あれだけの数の飛龍だ。どうあれ対策せず放置しておくなどできん」

勇者「なるほど、な……そろそろか」

魔王「ああ」

青龍「ガアアアア!!」ビリビリビリ

勇者「なんて、咆哮だ」

魔王「やるぞ」

勇者「ああ! たああああ!」ガギィィン

勇者「なっ……馬鹿な、刃が通らない!」

魔王「何の為の我々だ! 考えろ!」バッ

青龍「グルル……ガアアアア!!」

勇者(なんて巨大な炎のブレス!! これでは……)

魔王「切れ!!」

勇者「!」

勇者「たああ!!」ヒンッ

青龍「グル!」

魔王「はっ!」ザンッ

青龍「ガアアアア!!」

勇者「! そうか……四聖獣の体は……」

魔王「皮膚や体毛に大量の魔力が含まれているのだろう」スタッ

魔王「奴らの鎧は私が切る」

勇者「……二人で一人、か。分かった」ニヤリ

……
青龍「ガアア……」ドドン

勇者「はぁっ……はぁっ……」

魔王「ふう……ふう……何とかなったな」

勇者「ああ……」

勇者「あと、三体……」

魔王「まあ、その前に……」

勇者「ここを戻らないといけないのか……」

西の砦
兵士「魔王様! よくぞご無事で……!」

魔王「至急、北東の砦へ転移魔法を使ってもらいたい」

兵士「側近様より賜っております。さあ、こちらへ!」

勇者「何だかとんとん拍子で怖いな」

魔王「だからこその連中の行動なのだろうな」

魔王「まあ……私としてもこれほど話が進むとは思っていなかったがな」

魔王「ただ回復役ぐらいはいても良かったか……」

北東の砦
魔王軍兵士「現状はこのようになっています」

勇者「……玄武がいるのは山の方だな」

魔王「随分と雪が残っておるな」

勇者「そうか……人間側の領土だから知らないのか。あの山の標高が高いところは万年、雪に覆われた場所なんだ」

魔王「……そこにいそうだな」

勇者「嫌がらせもいいところだな」

魔王軍兵士「玄武は殆ど移動していないようですので、やはり山頂付近まで行く事になるかと思います」

勇者「ああ……」

魔王「はあ……」

勇者「魔王は転送魔法とやらを使えないのか?」

魔王「あれは高度な魔法だからな。陣を描く必要もある。人間式の転送魔法はないのか?」

勇者「ないよ。あったらどれほど便利なことか」

魔王「……地道に歩くか」

勇者「だな……」


数日後 町
勇者「今日はここで休むか」

魔王「まだしばらくかかるな……」

勇者「早急に討伐したいがどうしようもないな」

魔王「部屋はどうする? 勇者が嫌でなければ同室にしてしまおうと思っているのだが」

勇者「へ? は?! え?!」ビクッ

魔王「お、おお……すまない、そうだな。いきなり敵であった者と同じ部屋では眠れんか」

勇者「い、いや、え、その……」

魔王「気遣わせてしまったな。すまない、忘れてくれ……」スタスタ

勇者「~~~~!」

勇者「な、何を考えているんだ魔王は……ま、まさか……いやしかし、自惚れでは……」


魔王(うーむ難しいな……やはり考え方が違うのだろうか。あれほど拒絶されるとは)

夕食
勇者「さ、先ほどは取り乱してすまなかったな」

魔王「いや、こちらこそ思慮のない発言だった」

勇者「いや、私は……」

店員「ご注文はございますか?」

魔王「おお、そうだなぁ……勇者は何にするのだ?」

勇者「あ、ああ……そうだな」

三日後
風「……」ギロ

氷「……」ジー

側近「……」シラー

魔王「おお、三人とも……なんだその眼差しは」

風「あたしに邪眼があれば」

側近「切実にそう思いますね」

氷「……もげろ」

魔王「う、恨まれ方が半端なくなってきている」ブル

勇者「三人とも、そういうのはよくないぞ」

風氷「ごめんなさい」
側「申し訳ありません」

魔王(結局私が貶められているような)

側近「眷属は抑えられています。そうは決壊など起きませんのでご安心してお進み下さい」

魔王「すまないな。任せるぞ」

風「別に魔王の為じゃないし」

氷「……」コクコク

魔王「……何だろう。以前よりも更に威厳が凋落した気がする」

勇者「さ、さあ進もう魔王! のんびりしている暇はないぞ!」

三日後 山小屋

魔王「この季節でも吹雪くのか……」

勇者「ああ、結構良くある事だそうだぞ」

魔王「しかし参ったな……このままでは食料が足りないな」

勇者「……え? い、いやまさかそんな」

魔王「かなり切り詰めたし、行程も押してきたつもりだが如何せん時間がかかり過ぎた」

魔王「このままだと下山が厳しいな」

勇者「ど、どうするんだ……? 引き返すのか?」

魔王「まあ、少し小屋の中を調べようか」


魔王「小麦粉に貯蔵された長ネギか……」

勇者「お、終わった……」

魔王「何を言っているのだ。大量でないにしろそこそこの量だ」

魔王「貧しさはあるがこれならいけそうだな」

勇者「え?」

魔王「まあ、せめて卵ぐらいは欲しいが贅沢は言えんな」

魔王「何かボウルのような容器を探してくれ。まずはネギを刻む」

勇者「こういうものでいいか?」

魔王「ああ、貸してくれ」

魔王「これに刻んだネギ、水、小麦粉を混ぜてダマがなくなるまで混ざる」ネリネリ

魔王「あ、フライパンに火を通しておいてくれ」

勇者「わ、分かった」

魔王「混ぜ終わったら油をひいたフライパンに流す」ジュジュァァァ

魔王「できれば何かしらの調味料も混ぜたかったが……塩しかないのであれば仕方がないな」ジュウウ

魔王「両面がカリッと焼けたら完成だ。好みに合わせて塩を振って食そう」

勇者「お、おお……」

勇者「た、食べてみていいか?」

魔王「うむ、塩はこれだ」

勇者「……」パラパラ

勇者「……」モグモグ

勇者「悪くないっ」パァ

魔王「まあ、食える食材を焼いただけだしな」

勇者「ソースの類があれば普通にいけるな……」

魔王「まあ、小麦粉だからな。万能性はあるだろう」

勇者「……うん、うん♪」モグモグ

魔王「……」

勇者「な、なんだ? あ、一人で食べ過ぎてしまったか?」

魔王「いやなに、満足してもらえてほっとしているだけだ」

魔王「食べたら寝てしまおう。明日で決着をつけるぞ」

勇者「ああ、勿論だ」

……
玄武「グゥゥ……」ドザアアァァン

勇者「ふう……ふう……意外と、消耗せずに倒せたな」

魔王「さて、ここから下山だが」

勇者「あー……」

魔王「少し思いついた事がある、手を貸せ」

勇者「なんだ……?」


スキー板「じゃんっ!」

魔王「こんなものか」

勇者「おお……おおおぉぉ!」

勇者「す、凄い。スキー板を作った……」

魔王「いやただの二本の板とストック代わりの杖だがな」

魔王「勇者、スキーの経験はあるか?」

勇者「ふふふ、任せろ! *****国の地吹雪とは私の事だ!」

魔王「ほう……!」

勇者「ふふん」エッヘン

魔王「……」

魔王(どういう意味だそれ……)

勇者「魔王はどうだ? というよりそちらの領土は雪が降るのか?」

魔王「障壁で覆われていたとは言えその範囲は広大だからな」

魔王「積雪する土地も多くある。魔王として多忙を極める前に何度か行っているぞ」

勇者「よし、お互い問題ないな」

魔王「うむ。小屋の下の方に大岩があっただろう。あの辺りまでは滑って行こう」

魔王「そこから下は状況次第でソリを使う」ゴソ

勇者「い、何時の間にそんなものを……」

魔王「足に装着する為の部位を作るのに必要な材料を集めてもらっただろう? その間に削ってみたのだ」

魔王「一先ずの確認はこんなところか」

勇者「よーし、どちらが先に着くか競争だな!」バッ

魔王「い、いや別に私はそんn」

勇者「ゴー!」ドゥッ

魔王「なにその初速」

勇者「あーっはははははハハハハ,、,、,、...」ビュォォォォ

魔王「ぐおおお! 雪が舞い上がっ!」ブアアァァ

魔王「ホ、ホワイトアウト!? 勇者! その通り名は迷惑がられている証だぞっ!」

魔王「……」ズザァァ ズザァァ

魔王「よっと」ズザザザァッ

勇者「お、中々なものだな。だが私にはついて来れなかったようだな」

魔王「アイスアローとかキラーピアースとか、そういう殺傷力高そうなやつでなくて良かったな」

勇者「え? 何の話だ?」

魔王「い、いや、何でもない……」

魔王「……さて、雪の様子は悪くはないか」

勇者「そういえばソリは初めてだなぁ」

魔王「と思ったが止めよう」

勇者「えええぇぇぇ?!」

勇者「な、なんで……」

魔王「何を涙目に……そんなに楽しみだったのか?」

魔王「この斜面を見ろ」

勇者「……?」

魔王「スキーと違うし、適当に作ったソリだ。意図的に曲がるなどほぼ不可能」

魔王「加えてこの先はどうなっている?」

勇者「途中に急斜面があるな……」

魔王「スキーなら迂回する事が可能であるものの、ソリを使ったらそこに突入するか、完全にコースアウトするかだぞ」

勇者「……どっちも嫌だな」

魔王「だろう?」

魔王「まあ、思ったより雪質はいいからな。慎重に進めばスキーでもいいだろう」

魔王「……くれぐれもとばすなよ?」

勇者「別にカーブを描いて滑れないわけじゃないぞ」

魔王「ならいいのだが……とにかくここから先は急に雪質が悪い、というような事もあるだろう」

魔王「それを承知の上ならまた滑って進むとしよう」

勇者「よーし、それじゃあ行くぞ」キラキラキラ

魔王(完全に楽しんでる顔をしているな……)

北東の砦
勇者「次は朱雀か。張り切って行くぞ!」

魔王軍兵士「す、凄い……一切の疲労を感じさせない」

魔王軍兵士「これが勇者という者のバイタリティか……」

魔王(途中で息抜きのようなものがあったからなぁ)

魔王「すまないが南南東の砦へ頼む」

魔王軍兵士「は! 御武運を!」

魔王「玄武を倒したとは言え、お前達も無理はするな」

南南東の砦
魔王軍兵士「現在は炎様と雷様のご尽力にて、敵の進行は一切止まっております」

勇者「完全に抑えているのか……」

魔王「相性が嵌っているからな……特に雷」

勇者「……なあ、何故あんな子供が四天王なんだ?」

魔王「……あまりお前には言いたくないのだがなぁ」

勇者「隠す気か?」

魔王「……障壁が消えた直後、周囲を囲んでいた人間の軍隊が流れ込んできてな」

魔王「当時、生まれたばかりの赤子であった雷の故郷は戦火に包まれたのだ」

勇者「っ!」ビク

魔王「勿論、代々魔王がいない間に様々な防衛策は敷いている」

魔王「だが、住める土地にも限りがあるからな……どうしても障壁近くにも町を作らざるを得なくなる」

勇者「そう、か……」

魔王「当時、若くして既に魔王軍上層部にいた側近が動いて、生存者の救出などを行った」

魔王「だが、そうした孤児を引き取るところも十分ではないし、ましてや乳飲み子だ」

魔王「個人の財産の問題もある」

魔王「そこで側近はその乳飲み子を預かり、幹部達で育てる事にしたのだよ」

魔王「その後、物心を着く頃には圧倒的な魔力の高さを発揮し、彼女自身の申し出もあり」

魔王「正式に我々の一員としたのだ」

勇者「……」

勇者「だ、だがせめて他の方法も……」

魔王「慌しくなるにつれてあの子と過ごす時間は短くなるからな」

魔王「できるだけ共にいるにはこうするのが、な」

魔王「何より、戦争が本格化する前から雷が疎外感を感じてしまって大騒ぎだったのだ」

勇者「皆、納得していたのか?」

魔王「はは、まさかな。側近は四天王にした後の事も考えてから、この話を持ち出したのだが」

魔王「私も含め、当初は誰一人として賛同しなかったよ。特に炎はもう、激昂する勢いであった」

勇者「ああ、何となく分かるな……」

魔王「そんな経緯なわけだ。間接的とは言え人間が絡んでいたからな」

魔王「お前の事だ、気を病むだろうと思って話していなかったのだ」

勇者「……そ、そうか。そうだな……。ありがとう」

魔王「まあ、今となっては状況も変わったのだ。あの子とは仲良く……と言う必要も無いか」フッ

勇者「ああ、私の仲間達もあの子の事は可愛がっているよ」

勇者「にしても……なんで魔王は人気がないのだろうか?」

魔王「唐突になんだ……? そしてその言い方は中々に胸を抉るから止めてほしい……」

勇者「い、いやな? 長として王として尊敬できる姿勢であり」

勇者「そうした立場の者としての気配りはできる」

勇者「確かに女性に対する気配りというのは、あれなのかもしれないが……」

勇者「それにしても、と私は思っているんだ」

魔王「……側近に聞いてみた事はある」

勇者「ああ……的確なアドバイザーだな。どんな内容でも嘘偽りなく伝えてくれて……」

魔王「『上司としてはよくして下さっていると思っています。仕事が早い訳ではありませんが』」

魔王「『容姿は……まあ普通ですけど、特別私達に対し女性としての配慮はないですよね?』」

勇者「なんて返したの?」

魔王「ちゃんと代休も有給も認めているだろう……」

勇者「……。……で?」

魔王「『それでいいと思っているから、皆仕事だけはしっかりとするんですよ』」

勇者(ああ……彼女達の立ち振る舞いはそういう事か)

魔王「『あ、あと単純に弄ると面白いんじゃないでしょうか? メイド達はそんな感じだと思いますよ』」

勇者「完全に舐められているじゃないか……」

勇者「ま、まああまり気を落とすな」

魔王「流石にもう慣れたさ……」

勇者(それは慣れちゃいけないような……)

魔王「少し長話になったな。さ、行くぞ」

勇者「あ、ああ、そうだな」

四日後 町
魔王「あ、暑い」ジリ

勇者「南部だからなぁ」

魔王「ふー……一時の安らぎ」

勇者「だなぁ」グデー

魔王「む、アイスか……買ってくるか」

勇者「!」ビクッ

魔王「……どうかしたか?」

勇者「い、いや……アイス、か……しかし、ぐぬぬ」

魔王「何を頭を抱えている……」

勇者「いや、浪費は……しかもただの甘味」

魔王「ああ、そういえば炎から聞いたな」

勇者「そ、そんな話をされていたのか……え? 何だかんだで仲は悪くないんだな」

魔王「別に険悪ではないからな。で、もう装備は整っているだろう」

魔王「たかだかアイスの一つや二つ、節約するほど苦しくもあるまい……」フウ

勇者「た、確かにそうだが……ま、まだ全てが終わってなど」

魔王「そんな眉間に皺を寄せられた隣で味わって食えるものか」

魔王「私の奢りでも構わん。お前も食べろ」

勇者「う、ううう……ぐぐぐぐ」

……
勇者「……」パク

勇者「ん~~~~~♪」パァッ

魔王「!」

勇者「う~~~美味しい! 美味しい! 三年ぶりのアイスぅ!」パク パク パク

魔王「!?」

勇者「んん~~♪ ん? 魔王? 溶けてしまうぞ?」

魔王「あ、ああ……さ、三年?」

勇者「いざ旅に出てから断てるとは思っていないからな……事前に我慢し続けていたのさ」

魔王(物凄い可愛らしい顔をしたが三年も好物を断っていたのか。不憫な……)

宿屋の主人「いやぁ……三人部屋一つしか空いてませんねぇ」

三人部屋
魔王「……」

勇者「……」

魔王(仕方がないとは言え、この間あれだったからなぁ……)

勇者(ま、まさか止むを得ないとは言え魔王と同室とは……)

魔王「ん……? そういえば宿屋が埋まるというのは普通なのか?」

勇者「え……そういえばそうだな……決して狭い宿屋ではないし珍しいな」

宿屋の主人「ああ、祭りがあるんだよ」

勇者「へえ……」

宿屋の主人「しばらくは中止していたんだけど、ほら、魔王軍が降伏したし」

宿屋の主人「魔王軍の兵士が近くの魔物の掃討とかしてくれてるじゃないか」

魔王「ああ、なるほど」

宿屋の主人「ここの町はここらでも大きいからね。商売人は元より色んな人間が集まっているのさ」



魔王「始まったようだな。夜店も結構あるのか……凄いな」

勇者「そういえば久々だなぁ……祭りだなんて」

パァンッ
魔王「おお、花火か……」

勇者「だなぁ……」

魔王「良いものだな、こういうのも」

勇者「ああ……」

魔王「よもや、私がこんな事を思えるような時代がこようとは……」

魔王「勇者」

勇者「な、なんだ?」クル

魔王「本当に……本当にありがとう」

勇者「っ!」グッ

勇者(どうせ今晩は……ならば今ここで、今しかない今やるんだ今この時を逃すな私!)

勇者「ま、魔王っ」

魔王「? 何を裏返った声d」

勇者「んっ」チュッ

魔王「んむっ」

勇者「……」

魔王「……」

魔王(ええぇぇぇぇぇ)サァァ

魔王(い、今のは、え? 嘘? え? 事故、じゃない)

魔王(ど、どういう、そういう事か? そうなのか? えぇっ? と見せかけてまさかの!?)グルグルグル

勇者「……?」

勇者「……ま、まさか、その……全く慕われて、いなかっ、た?」サァァ

魔王(どっちだ、これはどっち、てええいもういい!)

魔王「そ、そんな事はないぞ!」

勇者「!」ドキリ

勇者「……? ……。まさか、その……まさか私の事をおとk」

魔王「!! ちちち違うぞ! 断じてそんな事は!」

勇者「そ、そうか……? ああ……良かった……まさかと思ってしまったじゃないか」ハァ

魔王「……」ドキドキダラダラ

勇者「初めて会う者には大抵勘違いされてしまってな……時折自信をなくすものだ」

勇者「ああ、だが魔王、いくらお互いが信頼し合っているとは言え、いきなり宿屋の相部屋はないと思うぞ?」

勇者「そういうところが、彼女達の反感を買っているんじゃないか?」

魔王「あ、ああ、うむ、そう、かもな」

勇者「だけど……ああ、今日は本当に良い日だ。これほど嬉しい事はない」パァッ

魔王「……」

魔王「しかし……そのなんだ? ほ、炎達は気付いているのだろうかなぁ?」シラー

勇者「冗談は止めてくれよ。分かっていないわけがないだろ」ハハハ

魔王(むしろ私が気付いていなかった事は墓まで持っていこう、うん)

魔王(だがまあ……女性として見てみれば美人ではあるな……先入観とは恐ろしいな)

勇者「ま、魔王……? そんなに見つめられると流石に恥ずかしいのだが……」

魔王「お、おお……すまない」

勇者「あ……花火も終わってしまっているな」

魔王「夜店でも周るか?」

勇者「……が、我慢する」

魔王「……」

勇者「四聖獣を倒したら首都で祭りになるだろうから……そ、その時まで我慢するっ!」

魔王「……ご褒美、か?」

勇者「……」コクリ

魔王(可愛らしいが人間の英雄の英雄たる偉業の褒美がそれでいいのか……?)

宿屋
勇者「……魔王」

魔王「ど、どうした?」

勇者「別に分かっているだろう?」

魔王「……い、いきなり今晩か?」

勇者「誰にも邪魔されずに二人きりでいられる時間は短い……今を逃せば次、そのような時間は当分訪れはしない」

勇者「そもそもその時には、まともに会う事すらできないだろう……」

勇者「それまで……私に恋焦がれていろと言うのか?」

魔王「……勇者」

魔王「……それはどちらにせよ恋焦がれるのではないか?」

勇者「……ちっ」

魔王「ごほん……だが、まあそこまで言われて手を出さぬほど、私も気弱な性格ではない」

魔王「勇者」グイ

勇者「ま、魔王」ギュ

勇者「せめて湯浴みさせてくれ」

魔王「……す、すまん」

勇者「い、いやいいんだ。私もその、初めてだし」ゴニョゴニョ

勇者「出たぞ」

魔王「……」ポケー

勇者「な、なんだ? そんなに見惚れているなよ」テレテレ

魔王「あ、ああ、すまん」

魔王「それにしても……」

勇者「うん?」ニコニコ

魔王「あんなほぼ男物の鎧を着ていたというのに、随分と胸があるのだな」

勇者「……」

勇者「……」ウツムキ

勇者「……」orz

勇者「デリカシー!!!」

魔王「す、すまん!!」

勇者「なるほどな……完全に納得だ。彼女達の行動は決して行き過ぎてはいないな、うん」ハハ

魔王「……」オロオロ

勇者「……まあいいさ、それでも私は君の事が好きでたまらないのだからな」フフッ

魔王「ゆ、勇者……」

勇者「……ムードをぶち壊されたとは言え、時間がないのは変わらないし惜しいのも事実」

勇者「魔王も湯浴みをしてきたらどうだ」

魔王「あ、ああ……」


……翌朝
魔王「……」チュンチュン

勇者「……すやすや」ギュッ

勇者「……」ニコニコ

魔王「……」ドキドキ

炎「……」ゴゴゴ

雷「?? まおーさまとゆーしゃちゃんなかよしこよしだー」

炎「……」ゴゴゴゴゴ

魔王「雷ぃ……」

勇者「……」ニコニコ

炎「覚えていろよ……覚えていろよぉ……」ゴゴゴ

魔王「ほ、本気の怨恨を感じるんだが……」

勇者「炎!」

炎「!」ビクッ

勇者「もう魔王は私にとって大切な人なのだ。そういうのは止めてやってほしい」ギュッ

炎「……」

炎「」ドザァッ

雷「ほのおちゃんがたおれたー!」

炎「ぐぞ! ぐぞぉ!」グスグス

勇者「炎……私も女性だぞ。逆にその反応は傷つくのだが……」

炎「なんでおどごじゃないんだぁっ!」クワッ

勇者「そんな無茶な……」

魔王「そ、そんな訳で我々は行くぞ」イソイソ

勇者「そうだな。大変だとは思うが、この場は頼むぞ」

炎「わがっだぁ」グズグズ

雷「かしこまり!」ハーイ

魔王「……変な言葉を覚えてしまったようだ」

勇者「だ、だが……か、可愛い……」プルプル

炎「ぐぞ! ぐぞぉ!」グスグス

勇者「炎……私も女性だぞ。逆にその反応は傷つくのだが……」

炎「なんでおどごじゃないんだぁっ!」クワッ

勇者「そんな無茶な……」

魔王「そ、そんな訳で我々は行くぞ」イソイソ

勇者「そうだな。大変だとは思うが、この場は頼むぞ」

炎「わがっだぁ」グズグズ

雷「かしこまり!」ハーイ

魔王「……人間側の領土に来て変な言葉を覚えてしまったようだ」

勇者「だ、だが……か、可愛い……」プルプル

数日後
魔王「朱雀はこの先か……しかし、なんだこの臭いは」

勇者「なんだ? そちらには温泉が存在しないのか?」

魔王「ああ、温泉の臭いなのか。随分な……」

魔王「あるにはあるが、そう多くはないからな。私は初めてだよ」

勇者「へー。因みにあそこに建物が見えるだろう」

魔王「というより山小屋だな」

勇者「あそこは温泉に入れるように整備されているんだ。今日はここまでにしよう」

魔王「……怪鳥型の魔物が多いというのによくあんなものを」

勇者「いや……あれほどの数は観測されていないかったからな。今思えば随分と危険な事を……」

魔王「……ふ~~~」チャポン

勇者「……は~~~」チャプン

魔王「……普通に混浴とは」

勇者「時間が惜しいと言っているだろ」スリスリ

魔王「……や、止めろ、抑え効かなくなる」

勇者「残念だが効かなくさせるつもりだ」

魔王「……? 何気に今までの環境に不満があったのか?」

勇者「……まあ、同性にしかモテなかった、というのはあるかな」

魔王(それは確信が持てず、言い寄って来なかった者も少なからずいたのだろうな)

朱雀「グエエエェェェ!!」ドザンッ

勇者「圧、勝!!」グッ

魔王「あ、明らかに強くなっている」

勇者「ふう……何故だろう。ここしばらく本当に体が軽い」

勇者「四聖獣と連戦だって構わないぞぉ!!」ゾォーー ゾォーー ォーー ォ-

勇者「これも魔王がいるからこそだな」ニコニコ

魔王「そう言われるとこそばゆいな……」

勇者「何を言っているんだ。魔王だって随分と張り切っていたではないか」

魔王「流石にな。格好悪いところを見せるほど、矜持のない男ではないんだ」

勇者「ああ。ああ、知っているよ」ニコニコ

魔王「だが、まあ……」

勇者「なんだ?」

魔王「今回ばかりは下山に苦労しそうだがな」

勇者「……あー」

魔王「先ほどの元気を当てようじゃないか」

勇者「……」

勇者「帰りに温泉山小屋!」ピコン

魔王(徐々にではあるが野営の方が休めるようになってきたかもしれん)ダラダラ

山小屋
勇者「それにしても」モゾ

勇者「何故、魔王は死ぬと結界が生まれるのだろうか……」

魔王「今こうして分かってみればなんて事は無い。神々による一つの防護策なのだろう」

魔王「魔王と勇者で争う事を危惧し、両者の衝突により片方が絶命した場合に発動するように設定してあるのだろう」

勇者「片方が滅ぼされない為……?」

魔王「そんなところだろうな。仮に支配という形に落ち着いたとしても」

魔王「紋章が現れた事を知られた時点で征服側に殺される。最悪の仕組みだな」

勇者「だから締め出す形の結界を……」

魔王「何故、神々が降臨してでも奴らを止めないかは分からない」

魔王「というよりも何かしらの制約があって降臨できないと見ていいのかもしれないな」

勇者「もしかしたら私達には……」

魔王「魔王と勇者、はより複雑な設定が施されているのやもしれないな」

魔王「それどころか獣を倒しただけでは終わらんやもしれない」

魔王「むしろ、それが目的ではないのかもしれない」

勇者「……」

魔王「何はともあれ、今あるすべき事をこなしていこうじゃないか」

勇者「そうだな」

数日後
勇者「これからは少し長い旅になるな」

魔王「馬でも使うか?」

勇者「うーん……乗馬経験はあるが世話まではあまり」

魔王「言っておいてなんだが私も似たようなものか……」

炎「どうやら片付いたようだな」

魔王「ああ、そちらはどうだ?」

炎「変わり……ない」ギリギリ

魔王「そ、そうか……」

勇者「各地の状況は分からないのか?」

炎「北と西は沈静化。ここも数日前より怪鳥の姿を見ないな」

雷「ひまー」

魔王「もうすぐお城に帰れるからな」

雷「わーい!」

炎「我が軍も含め、東側に戦力を固めているからそうそう危険な状況には陥らないと思うが……」

魔王「急ぐ必要はあるが慌てる必要はなさそうだな」

勇者「その情報の精度は?」

炎「我が軍の伝達魔法による、現地からの報告だ。それも一昨日の事だから古くはないだろう」

魔王「昨日や今日は?」

炎「私のところには何も来ていない。側近に確認を取ろうか?」

魔王「向こうが常時、連絡を取り合える状態ならそれでいい」

勇者「いいのか?」

魔王「というよりも、連絡のメインが側近なら既に彼女達も東に向っているはずだからな」

炎「まあ、恐らくは既に着いているだろうな」

魔王「という事だ」

勇者「な、なるほど」

しばらく後 東 駐屯地

勇者「す、凄い……」

魔王「両軍入り混じっているな……」

戦士「おっせぇよ」

側近「いえ、早いほうだと思いますよ」

風「流石にね」

勇者「さあて、最後の一体も片付けてしまおう」

魔王「ああ、そうだな」

戦士「……」ジー

魔法「……ゆ、勇者?」

勇者「……」ギクリ

僧侶「勇者様、そのまさかそんな事はないだろうと思いますが……まさか、魔王」

勇者「あー! 頑張らないとだなぁ! なぁ! 魔王!」

魔王「……隠し通せるものじゃないだろうに」

勇者「付き合いが長い分、そちらの四天王より面倒事になるんだよぉ……」

僧侶「あ゛ーーー! 嘘だーーーー!!」

魔法「うぐぐぐ!!」

魔法「ていうか戦士はなんでそんなしれっとしているの?!」

戦士「あ? そりゃあ幼馴染だしなぁ」

僧侶「何ですかそれ! 自分には特別な絆があるとでも!?」

戦士「いやお前らにみたいな好きとは違うってことだよ」

魔王「それもある意味、特別な絆では?」

戦士「ん? 確かにそうかもしれね」

魔法僧侶「」イラァ

勇者「ひ、火に油を注がないでくれ……」

勇者「と、とりあえず私達は白虎を討伐しに行く。皆はここを頼むぞ」

魔王(なんだかこの前の私みたいな状態だなぁ)

側近「魔王様、最後の一体です」

魔王「ああ、任せておけ」

風「……初めてちょっと頼もしいと思ったわ」

魔王「それでもちょっとなのか……」

勇者「魔王……」

勇者「森、か……」

魔王「流石にこれは……道とかはどうだろうか?」

勇者「元々、深くまでは誰も行かない森だからな」

魔王「最後の最後で一番難所だな」

勇者「まだ道のあった山の方が、ね……」

魔王「愚痴っても仕方がない。行くぞ」ザッザッ

勇者「あー……小屋とかないかなぁ」ボソリ

魔王(色欲の願望が透けて聞こえる)

三日後
勇者「……」

魔王「……」

勇者「今日何度目?」

魔王「この大岩、もう四回は見ているだろうな」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「ど、どうしよ」ガタガタ

魔王「お、落ち着け、落ち着くんだ」

魔王「気を落ち着けて感覚を研ぎ済ませろ」

勇者「……」

魔王「感じないか?」

勇者「ああ……魔王の温もりがそばにあるのを……」

魔王「違う、白虎の魔力だ」

勇者「あ、ああ……なんだそっちか」

魔王「……というかなんだ、意外と近くだな」

勇者「え? そうか?」

魔王「あの崖の上だな。道に迷っている我々を眺めて……いや監視か?」

一日後
勇者「で、結局そこまでの道が分からない、と」

魔王「また大岩か……」

勇者「他三体が死んでいる事に気付いているのだろうか?」

魔王「だろうな……そして我々が衰弱し、確実な勝算ある段階まで待ちに徹しているのだろう」

魔王「……ふむ」

魔王「よし、荒業ではあるが勇者。魔力を断ち切る力を使いまくれ」

勇者「え?」

魔王「これはただの遭難ではない。確実に魔法が介在しているだろう」

勇者「! 不定形なら」

魔王「そういう事だ」

崖の上
魔王「……いねえ」

勇者「よくよく考えれば、素直にここで待っていてくれる訳がないんだよな」

魔王「戦えば必然レベルで我々が勝てるのだろうからな……」

勇者「ああ、そうか。だからこそ、今まで強行手段は一度だけだったのか。下手に突いても利にならないもんな」

魔王「……これ、追いつけないんじゃないだろうか?」

勇者「奇遇だな……私もそう思うよ」

魔王「……」

勇者「……」

魔勇(詰んだ)

魔王「とりあえず追いかけるだけ追いかけてみるか」

勇者「う、うーん、建設的なようでそうでない案だ」


魔王「……? なんだ? 森の外に向っているのか?」ザッザッ

勇者「みたいだな……まさか皆が!」バッ


側近「ああ、お帰りなさい。遅いですね」

白虎「ガウ! ガウ!」ジタバタ

魔王「な、なんだと……」

勇者「捕らえてある……」

側近「お二人が楽しく追いかけっこされていらっしゃったようですので」

風「こっちに向ってきているらしいって事でトラップを貼っていたのよ」

氷「……皆、魔力空っぽ」

魔王「全力で魔力の網を作ったという事か」

側近「さあ、とっとと止めを刺して下さい」

勇者「うわ……」

魔王「しかしよく反撃されなかったな」

側近「そこら辺の対策ぐらいしておりますよ」

側近「とは言え、もうもたないでしょうけども」

魔勇「えっ」

白虎「グルルル」ブチブチ

勇者「おわあああ! 皆、退避しろ!」

魔王「ど、どうするつもりだったのだ!」

側近「魔王様が到着されるようでしたので待っておりました」

風「ま、逃げる準備できてるけどね」

氷「……」コクコク

勇者「ぜぇ……」

魔王「はぁ……」

白虎「」

側近「終わりましたか」

風「啖呵切った割に時間掛かったわね」

勇者「さ、流石にね」

魔王「歩き通してからの戦闘は堪えるな」フゥ

勇者「これで全ての四聖獣は討伐、か……」

側近「一先ず、我々魔王軍は引き上げて、後日改めて人間側との交渉でしょうか?」

魔王「そうなるな」

勇者「あ……そうか……そうだよな」

魔王「今生の別れでもあるまい」ナデ

勇者「……ああ、早めに済ませてくれよ」

風「まー色々と調整が大変だろうけどもね……」

氷「……前代未聞」

一ヵ月後
勇者「魔王!」

魔王「おお、勇者か」

勇者「随分と早くに協定が結ばれたな」

魔王「計らずとも人間軍との共闘は良い方向に進んだようでな」

魔王「それに協定と言っても、どちらに利があるといった内容ではないからな」

勇者「まあ、お陰で私も早々とこちらに来れたからな……嬉しい限りだよ」

魔王「ああ、私もだよ」

勇者「これからはゆっくりできそうなのか?」

魔王「まだ分からんからな」

魔王「今までは過去の経緯から私が長を勤めていたが、その制約の必要はなくなってしまったからな」

勇者「ああ……なるほど」

魔王「勇者はどうするつもりだ?」

勇者「英雄扱いされているけども、特に政略に使われることもなさそうだから」

勇者「そちらに問題がないのなら、私はこのまま魔王と共に生活していきたいところだな」

魔王「ふむ……新しく部屋を考えないとか」

勇者「! ど、同棲前提で考えてくれているのか」テレテレ

勇者(……しかし、長だというのに二人で暮らせないようなところに住んでいるのか)

魔王「まあなんにせよ……勇者、本当にありがとう」

勇者「何がだ?」

魔王「お前がいなければ、今この世界は存在していなかった」

魔王「本当に、お前のその意志が全ての流れを変えてしまったな」

勇者「……私がしたいようにしただけだ。私の方こそ、感謝しきれないよ」

勇者「お前がいてくれなければ未だに私は勇者という役割の者でしかなかった」

魔王「ではお互い様という事で」

勇者「ああそうだな……そしてこれからも、な」ニコリ


こうして長く続いた争いは終末を迎え、人と魔族そして魔物にとっての新たな時代が到来した。
だがしかし、順風満帆かに見えたものの、この後魔王に対する襲撃事件が相次いだという。

この非常事態に魔王軍側の四天王、人間側の勇者一行であった者達が全力で捜査にあたるものの、
犯人はようとして知れず、遂には迷宮入りする事となった。


   勇者達「キャッキャッウフフ」魔王「納得いかない」   終

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