艦娘という存在 (58)

*小説の書き方をしています。

独自設定が非常に強いです。一部、ゲーム上の設定さえも無視しました。

独自設定が強いわりに、ガバガバとしています。

読んでいただけるだけで、幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1430047691

 「――、A鎮守府の提督を命ずる」

 はい? と言い返しそうになるところを、僕は飲み込む。
 相手は軍部の最高階級、元帥だ。

 「しかし、私は……」

 僕が言い終わる前に、元帥は言葉を遮った。

 「良い、言わなくても分かる。少々、事情があってだな……」

 元帥は、僕が提督に選ばれた理由を、一から説明してくれた。
 僕は胸に巨大な不安を抱えながら、提督になった――

 私はA鎮守府の提督となった。式典の開始時刻まで、あと数分。
 腕を組んで手の震えを抑えながら、執務室で待機している。

 コンコン。ドアがノックされる。
「失礼します」と言って入ってきたのは、『駆逐艦』の電(いなづま)。
 見た目の年齢は、小学生くらいだ。

 「司令官、式典が始まります」

 「ありがとう」

 私は提督としての威厳を見せつけるため、軽く、電を睨み付ける。電の表情も、堅くなった。

 私は電に導かれて講堂へ向かう。講堂にはすでに135人の『艦娘』が直立していた。
 私は厳粛な空気の中、壇上に上がる。歯を噛みしめ、目を細めることで堅い表情を作っているが、実際は相当緊張している。

 「私が、このA鎮守府の提督として着任した谷川だ。諸君に求めることは、私への信頼、そして諸君同士の信頼。信頼なくして物事を成すことはできない、特にそれが、生死の狭間に立つ、戦争なら――」

 私は『艦娘』に向かって敬礼をする。即座に『艦娘』も、私に敬礼する。
 一糸乱れる連帯。見ていて気持ちがいい。私はゆっくり手を下ろした。

 「以上! 各自自室に戻り、司令を待て。解散!」

 「はい!」

 『艦娘』の、一糸乱れる応答の後、彼女たちは小走りで講堂を出ていった。
 中には先ほどの電や、彼女に近い年の『艦娘』も多くいる。そんな子も、軍隊の一員として、規律を正しているのだ。

 私の着任したこのA鎮守府は、普通の軍隊ではない、
 提督である私以外、全員『女子』なのだ。

 『女子』と言えば少し誤解が生じる。
 彼女たち『艦娘』は、クローン技術によって生み出された、人工の、クローンヒト型生物である――

***
***

 僕は幼馴染の田中茂(タナカシゲル)と共に、電車に乗っていた。
 行き先は防衛省。
 お互い、大学で生物学の道へ進み、クローン技術の若手研究者として、多少の注目を浴びるまでになっていた。

 「シゲル、そろそろ着くよ」

 「ん、もう着くのか」

 茂はタブレットをかばんにしまう。
 小学生からの付き合いだからか、お互い、名前で呼び合っている。

 「次は~四ツ谷~四ツ谷。お出口は~……」

 車内アナウンスと共に僕らは席を立ち、目的地、防衛省へと向かった――

 「本日はお忙しい中、ありがとうございました。担当の山野と申します」

 防衛省とあって、迷彩服を着たのムキムキな人に会うと思っていたが、実際、山野さんはスーツ姿の体格の良い男性だった。

 山野さんは挨拶を終えると、「これからのことは他言無用で」との前置きの上、僕らの前に書類を置いた。

 『艦隊プロジェクト概要』

 僕らは、現在の日本の現実を教えられた――

 数か月前、日本海に謎の生き物『深海棲艦』が現れた。
 人間に近い知能を持つと予想され、火器を用いて、人間を攻撃してくる。

 一個体が単独で攻撃を仕掛けてくるため非常に小回りがきき、既存の大型の艦での攻撃はほぼ不可能だった。

 この生物と戦うためには、兵士が小型のボートに乗り、深海棲艦のスピードに合わせて戦う必要があった。
 この兵法は、かつての特攻に近いものだった。

 もちろん、世論はこの作戦を大いに批判した。湯水のように人が死ぬ、と、マスコミには騒がれた。
 この世論が、悲惨な現実へ立ち向かう術を、封じ込めた。

 「人間以外がやればいい」

 誰かがそんな結論を出した。しかし人間サイズのアンドロイドは非常に高価で、実用的ではない。

 「クローン人間にやらせれば良い」

 これは人々の、戦争からの逃避の究極だった。

 そうして計画されたのが、『艦隊プロジェクト』。
 クローンヒト型生物を大量に製造し、『艦隊』を組ませ、海上で深海棲艦と戦わせようとするプロジェクトだった。

 現在、陸上・海上・航空自衛隊が一丸となって深海棲艦の内地への侵入を防いでいるという。その間、僕らは艦隊プロジェクトを進める。
 僕はクローン技術の確立を、シゲルは『人工子宮』の技術の確立を担当した。
 シゲルの研究は、後にコウノトリプロジェクトと呼ばれた。

***
***

 私が着任した翌日、早くもA鎮守府で初めての出撃が行われる。
 艦娘たちは皆、『艦娘養成施設』で、ある程度の実技訓練は受けているらしいが、不安だ。
 昨日、出撃する駆逐艦と航空母艦の実力を見たのだが、そもそも初めての深海棲艦との会敵である。あてにはできない。

 「――以上。無事を祈る」

 「はい! 第一艦隊、出撃します!」

 旗艦の電の声と共に、第一艦隊の面子は、海へ飛び出して行った。私はその様子を、司令室の窓から、見守っていた。

 出撃の際、提督の私は司令室から旗艦に司令を出す。
 指令を受けた旗艦は他の艦娘に指示を出し、また、提督に戦況を報告し、必要に応じて攻撃をする。
 そして、その旗艦を務めるのが、今回は電だ――

 「敵艦は全艦轟沈。私と吹雪が小破をしました。以上が報告です」

 「ご苦労。次に備えてくれ」

 退出の際に全員が「失礼しました」と言った後に、再び執務室が静かになる。
 訓練の成果か、彼女たちは深海棲艦の動きに合わせ、適切に攻撃を仕掛けていたようだった。
 そして結果は、見事、敵艦隊全滅。素晴らしい。
 この出撃によって、艦娘の強さが証明されたのだ――

 第一艦隊の旗艦には、私の秘書をやってもらうことにしている。強いて言えば『秘書艦』だ。
 今日は電がやってくれている。

 提督の執務は相当に大変で、作戦の考案、戦果の艦娘別のまとめ、上への報告、情報のまとめ、などなど、多岐にわたる。
 ほとんどのものは秘書艦と分配してやっているが、一つ、私一人でやらなくてはならないものがある。

 「電、それが終わったら、部屋に戻っていいぞ」

 「えっと……まだお仕事が残っていますが」

 「私の仕事だから、心配ない。先に帰ってくれ」

 「では、お先に失礼します」

 電は最後の仕事を終え、執務室から出ていった。
 それを見計らい、私はメールアプリを、パスワードを入力して起動させる。

 一日の最後に行い、なおかつ、艦娘に見られてはいけないもの。
 それは、艦娘の健康状態を本部に送ることだった。

***
***

 コウノトリプロジェクト、人工子宮の研究は中止となった。
 専門家として最初から分かっていたことではあった、課題が多すぎた。

 現在、生物が作り出す高い栄養価を再現することは不可能とされている。母乳でさえ人工的に合成できないのだ。
 子宮の再現など、短期間での実現は不可能に決まっている。
 よって、クローンヒト型生物製造のためには、子宮提供者『産みの親』が必要となった。
 軍部は募集をかけ、産みの親には数百万単位の謝礼金を出すことにした――

 そして、一人の試験個体が完成した。
 遺伝子操作を加え、筋力、生命力を高く、また、発育速度は非常に速い。そんな男子が生まれた。
 出産するとすぐ、我々研究者の元へと送られた。生まれた直後は体の機能に何の欠点もなく、健康体だった。

 2か月ほどで、成人ほどの大きさとなった。全てが順調だった。
 基本的な言語能力や身体能力も順調すぎるほどに取得し、人間と混ざっても、何の違和感もないほどだった。
 ただ、成長の2か月は尋常じゃない量のカロリーを必要とするためコスト面での問題が発生した。よって、今後のクローンは全て女子となった。

 彼は『金子一』と名付けられた。『金子』は産みの親の苗字、『一』には、初めてのクローンヒト型生物であるために付けられた。
 彼はその後、防衛大学の一般入試を通り(研究のための学力診断を目的としたため、優遇措置は一切取られていない。採点官も知らない。)、
 優秀な生徒として、そのまま軍隊に入った――

***
***

 最初は上官としての威厳を示すために、堅いキャラを演じていた。
 しかし艦娘たちと濃厚な時間を過ごすとともに、私の仮面ははがれてくる。
 私の生来フランクな性格が、艦娘に伝わっていた。気づけば、A鎮守府は戦場に似つかわしい、ゆるい鎮守府となっていた。

 そんな状況でも艦娘たちは私を慕ってくれ、また真剣に戦ってくれた。
 私の指示のせいで艦娘を大怪我させてしまうことはしばしばあった。しかし未だに、轟沈、死んでしまった艦娘はいない。
 これは軍部からも称賛され、私としても誇らしいことだ――


 艦娘『曙』が旗艦を務める第二艦隊。第一艦隊は現在、遠征、シーレーンの監視に行っているのだ。

 「潮の砲撃が命中、轟沈!」

 「残りの敵は」

 「ゼロよ。今回は少なめだったので、早く片付いたわ」

 「そうか……」

 深海棲艦はたいてい、6匹以上で攻撃をしてくる。しかし今回は4匹。
 深海棲艦が絶滅しかけている証拠だと最初は歓喜していたが、なんとなく、不安だった。

 「艦隊のメンバーは」

 「全員いるわ。潮が小破したくらいで、大きな被害は出てないわ」

 「了解。撤退してくれ」

 …………返事がない。それどころか、通信が切れている。

 「曙……曙、応答せよ!」

 砲撃の爆音と共に、通信が復活する。

「っ、す、水中で何かが爆破して……漣が……」

 「っ! 潜水艦だ。水上の潜望鏡を確認しろ!」

 「せ、潜水艦って……あっ!」

 「曙?」

 通信機の奥から、ザー、と、砂嵐が聞こえてくる。曙の通信機が、故障したのだ。

 「艦隊、応答せよ!」

 「司令官、潮です! 指示をお願いします!」

 駆逐艦『潮』が応答する。彼女はどんな状況を、目の当たりにしているのだろうか。

 「潮。全艦、魚雷準備、雷撃戦に持ち込め」

 その後、潮が旗艦を代わり、潜水艦を全滅させた。撤退命令を出すと、私の脳裏に曙のことがよみがえる。
 私は海岸で、艦隊の帰りを待つ。段々と大きく見えてくる、第二艦隊のメンバー。
 人数を数えると6人。一人は潮が背負っているのが見えた。曙は無事だったのだ。

 「提督、私は曙ちゃんを医務室に運びます」

 「分かった。曙は無事なのか?」

 潮は一瞬黙り込み、消えるように「きっと」と答えた――

 航空母艦『赤城』が、代理として報告をする。

 「曙が大破、潮と漣、赤城が中破。……潜水艦から、我々は旗艦を守ることができませんでした。申し訳ありません」

 「いや、お前は悪くない。想定しなかった私の責任だ」

 そこで、ノックの音と共に潮が入ってくる。

 「ご苦労。曙はどうだ?」

 「……少し、危険な状態らしいです。自発呼吸はしているので、命は助かるそうですが……」

 「……赤城は下がってくれ。潮と話したい」

 赤城は「失礼しました」と言い、静かに執務室から出ていった。

 「まず、私のせいで君たちを傷つけたことを謝罪する。申し訳ない」

 潮は黙ったまま、俯く。頬に一筋の光が走ったとき、私はすぐにそれが涙であると分かった。

 「……少し、昔話をさせてください」

 私は潮を椅子に座らせ、潮の話を、ただただ聞いていた。それは、曙が、艦娘がまだ、艦娘養成施設にいた頃の話だった――

 翌日、曙は普通に回復していた。その早さには、医師も驚いていた。
 艦娘の生命力に、私は少し、誇らしく思った。
 医務室へ曙の見舞いに行くと、曙はボーっと、窓の外を見ていた。

 「……曙、体調はどうだ?」

 曙はふいに現れた私に身を強張らせ、「大丈夫」と小声で答えた。あまりそうとは思えない。

 「……私、あまり怪我した時のこと覚えていなくて……」

 「それくらい、辛かったんだろう。私の責任だ、申し訳ない」

 「い、いや……別に……」

 普段の曙は、私の顔を見るなり顔をしかめ「クソ提督」と罵る問題児だった。
 捻くれた性格なのは前々から聞いていたし、私自身もさほど気にしていない。
 しかし、普段から活発な子が急におとなしくなると、異常に心配になるものだ。それが大怪我のあとであれば、なおさら。

 「……本当に大丈夫なのか? 元気がないようだが」

 私は再度、しつこく尋ねる。それで余計に嫌われても良い。しかし、今の曙は、明らかにおかしい。
 漂う沈黙の中、曙の声が、響く。

 「私、昔の夢を見ていたの――」

***
***

 艦娘の製造が始まった。
 産みの親は百数十人集まり、艦隊プロジェクトは順調に進行していった。
 艦娘の名前には第二次世界大戦における艦船の名前から採用するらしい。

 微妙な遺伝子操作を加え、艦娘の急速成長の終点を少女にしたり、成人にしたりもした。
 これは、子どもの身軽さ(後に駆逐艦娘と呼ばれ、駆逐艦の名前が採用された)を目的とした仕様だった。
 そして艦娘は、出産の時を迎えた。

 産みの親たちの急激な栄養失調により一時は失敗も覚悟していたが、なんとか無事に、艦娘135人が産まれた。
 自身を犠牲にして艦隊プロジェクトに参加した産みの親には、600万円を基本給とし、体の障害に応じて数百万円が上乗せされた。

 艦娘は約2週間の授乳期を過ぎたのち、親元を離れ、艦娘養成施設に入れられた。
 寮には艦の型別に部屋が割り当てられ(姉妹艦のいない島風は陽炎型に入れられた)、
 シゲルの下で教育を。吉田健一海軍少佐のもとで実技教育を受けた。

 また、艦娘には『艤装』と呼ばれる、海上を移動しながら攻撃できる特殊な武器が支給され、その訓練も、吉田少佐の下で受けたという。
 僕の仕事は、艦娘たちの監視と健康調査のみとなっていた。清掃員を装い、艦娘たちの様子を、艦娘たちに怪しまれない程度に見た。
 艦娘135人は全員が集団で行動するため、全員の様子を公平に確認できた。

 そして、怪我をした子がいれば簡単な消毒をしてあげたり、喧嘩を見れば仲介に入ったりと、できる限り艦娘に接しようとした――

 最初に話したのが、曙だった。彼女は産みの親の危篤の連絡を受け、1日の休暇が与えられた。
 夜遅くに返ってきたであろう曙が、海岸でしゃがみこみ、着ている制服に海水をジャバジャバかけているのを、私は見かけた。
 私は隣にしゃがみ込み、曙に話しかけた。

「どうしたの? 君は確か、外に出たんだよね?」

「……」

「外の世界はどうだった? 広かったでしょう」

「……ウザイ」

口を利く気力はある。僕は少し、ホっとした。

「……何があったんだ?」

「なんであんたに話す必要があるの?」

 予想通りの返事。僕も彼女と同じくらいの年齢なら、こう答えたかもしれない。
 しばらく黙っていると、曙は泣き出した。最初は小さかった嗚咽が、段々と大きく、そしてはっきりと聞こえてくる。
 僕が覗き込むと、彼女は「泣いてないから」と強がった。

 曙が落ち着き、静寂が訪れた。再度僕が、「何かあったの?」と尋ねると、曙は素直に、話してくれた――

 軍部の配慮で、産みの親に会いに行った曙。初めての外の世界で地図を頼りに病院まで行き、無事、病室までたどり着いたという。
 ドアを開けると、医師と看護師の冷たい視線を受けたのち、旦那さんと思われる男性に、

「お前のせいで、嫁は死んだんだ! お前を産んだせいで!」

 と、病院中に響くような大声で怒鳴られたらしい――

「……胸で、何かがシャリーンて……」

まだ心の幼い曙の、大切な何かは、音を立てて崩れた。本人がそう言った。
僕は曙の背中をそっと撫でたのち、こう言った。

「悲しいことは忘れて、もう寝なさい」

生意気だった曙は、小さく笑い、部屋に戻っていった。

***
***

 深海棲艦は、時を経るごとに強く、しつこくなっていった。
 軍部で、深海棲艦を調査するという『特別調査隊』が組織されたが、全く動けていないらしい。
 深海棲艦自体の調査も、深海の調査も。

 艦娘は普通の人間よりも生命力が高くされている。そのため多少の怪我であれば、薬効のある風呂で入浴するだけでも、十分回復する。
 しかし、かつて潜水艦に攻撃された曙くらいの怪我となれば、医務室で適切な処置を受けることとなる。

 艦娘たちの練度は上がり、駆逐艦娘でも大型の深海棲艦に太刀打ちできるくらいになっていた。
 しかし、意識不明の重体になる艦娘も、徐々に増えていった。

 深海棲艦との戦争の中で一番の重傷を負ったのは、朝潮型駆逐艦娘の『霞』と『満潮』だった。
 1週間ほど昏睡状態が続いた後、さらに一週間が完全な回復に必要だった。
 私が朝潮型の長女である『朝潮』と見舞いに行けば、「作戦のせいよ」「もう死ねばいいのに」「命令だけの人は気楽ね」と、口々に罵倒された。
 黙って頭を下げる私を見て朝潮は二人を止めようとしたが、二人は朝潮にも、同じようなことを言った。

 「二人とも、司令官に何て口を利くの!」

 「だって本当のことじゃない! もっとまともな作戦だったら、私たちはこんな目に合わなかったのよ」

 満潮の言うことは最もだ。全責任が、私にはある。ただ、面と向かって言われると辛いものだ。

 「大体、このクズの作戦はいつもいつもおかしいのよ。全く、死ねばいいのに」

 パチーン
 朝潮が霞の頬をはたいた。乾いた音が、病室に響き渡る。

 「いい加減にしなさい!」

 朝潮の目は、霞を真っ直ぐ、鋭く見つめる。霞は目を見開いて、ポカンとしていた。
 朝潮は生真面目で責任感にあふれる、長女にふさわしい子だった。
 誤りを言葉で制し、自分自身のスキルアップも怠らない。そんな朝潮が、霞をはたいた。

 「……朝潮まで、これの肩を持つのね。私をこんな状態にさせた、このクズの」

 霞は目を細め、呆れた目を、朝潮に送る。その時に朝潮が返した言葉は、私の心をえぐった。

 「私が死んでも鎮守府に支障はないでしょう。しかし、司令官が亡くなっては、鎮守府は止まってしまいます。霞、頭を冷やしなさい」

 朝潮は冷静な口調でそう言った後、私の腕を引っ張り、病室から出ていった。部屋から出る直前にチラリと見た霞の表情は、曇っていた――

  朝潮は真面目だ。そして従順だ。
 私情を挟まず行動するその性格は、良く言えば軍人の鏡。悪く言えば、動く人形とも捉えられた。
 実際、彼女はコスト削減を考え、大破にも関わらず中破とごまかしたこともあった。

 「あの二人には、あとで私から言っておきます。ごめんなさい」

 朝潮は、私に向かって頭を下げる。きっと、妹がやったことの責任を取ろうとしたのだろう。

 「お前が謝る必要はない。それに、あいつらの怪我の責任は、私にある」

 「……ごめんなさい」

 朝潮は再び私に謝罪する。私は歩みを止め、朝潮の方に向きかえった。

 「なぜ、謝るんだ?」

 「……あの二人が捻くれてしまったのは、きっと私のせいなんです。さっきは、はたいてしまいましたが、
 本当は、私にそんなことをする権利は、ありません……」

***
***

トイレ掃除のためにトイレに入ったら、朝潮型駆逐艦娘1番の『朝潮』が泣いているのを偶然見つけた。

「どうしたんだ?」

「……」

「僕でよければ、話してごらん。誰にも言わない。指切りしよう」

安易すぎるかとも思ったが、朝潮は小指を差し出し、指切りに応じてくれた。

「……で、何があったんだい?」

僕はあくまで、『通りすがりの物好きな清掃員』を演じた。適度に真剣に、適度にいい加減に接する。

「私、妹が5人いるんですが……」

朝潮は僕に、姉妹のことを相談してくれた。僕はそれがなんとなく嬉しかった。
朝潮の悩みは、姉として振る舞おうとしても空回りする、ということだった。
姉妹というのは、軍部が、グループ化によって管理を楽にするのが目的だ。血縁関係も何もない。
しかし姉妹という以上はある程度の上下関係を押し付け、長女には姉妹、グループの代表を自動的に任される――

「……なるほどねぇ」

「それで、姉としてやっていく自信をなくしちゃって」

「もう少し、頑張ってみようよ」

「はい?」

僕は、ありきたりだとは思いながらも、朝潮にアドバイスをした。それは、とにかくお姉ちゃんらしく振る舞うこと。
妹たちが朝潮のことをお姉ちゃんと見ないのは、歳が近いから、そして、自分たちと同じだから。
同い年でも大人びている子、幼く思える子がいるように、歳の同じ姉妹だとしても、
お姉ちゃんらしく振る舞えばお姉ちゃんとして見てくれるだろうというのが、僕の考えだった。

朝潮は素直に、僕の考えを聞いていた。それから、朝潮は変わっていったのかもしれない――

 艦娘たちの実技訓練が、海で行われている。安全のためか、艤装と腰にはウキのようなものが巻かれている。
 僕は建物の中から、艦娘たちの様子を見ていた。

 「朝潮型、集合せよ!」

 吉田少佐の声と共に6人の艦娘が小走りで集まる。駆逐艦『満潮』は数日前の演習で骨折をしていた。
 6人は即座に艤装を装着し、点呼を取った。軍人らしい機敏な動きだと思った。

 「出撃せよ!」

 満潮を除く5人の少女たちは海へ飛び出していった。

 この時、彼女たちは不幸にも深海棲艦に会敵してしまった。吉田少佐との連絡役は霞だった。
 霞は吉田少佐に指示を求めたが、少佐は自衛隊本部への連絡と霞の状況把握に手間取っていたらしい。
 実際に霞も、吉田少佐以上に慌てていたことだろう。

 吉田少佐は、「蛇行しながら帰投せよ」と指示を出したが、霞は無視して砲撃。
 装備されていた模擬弾が頼りなく出てきたという。

 その後、朝潮型全員を巻き込んだのち、自衛隊に救助された。
 それから、霞と満潮は捻くれていった。
 霞はまともな指示を出さなかった吉田少佐を恨み、満潮は、自分以外の姉妹が全員怪我をしたことに、妙な後ろめたさを感じたことだろう――

***
***

 特別調査隊が深海棲艦の住処を断定した。
 国内、国外の研究機関、軍隊とも連携し、住処の壊滅を目的とするらしい。
 艦娘たちは戦闘よりも、その護衛に回ることが多くなった――

そして、住処の壊滅に成功した。しかし生き残りによる攻撃はかつてないほど激しく、
護衛任務に当たっていた艦娘三十数人は中破し、帰投したほどだ。

私は直ちに大型の艦娘を派遣。敵の情報が全くなかったが、なんとか、対抗はできた。
その日から、私はFinalのFから取った、『F作戦』の制作に打ち込んだ。
深海棲艦は、人間の調査の行き届かぬ深海で、人知れず進化した、ただの生物だった。
我々の使命は、その深海棲艦の歴史に終止符を打つこと。

生命倫理など、理性的なことを謳うことはできない。これは、我々の存在にさえ関わることなのだ。
深海棲艦の生き残りは強かった。完治に、また意識を取り戻すのに数日を要する艦娘は、何人もいた。

艦娘はクローンヒト型生物である。代わりは人工的に作れる。しかし、私はそれを実行したくはない。
武器としての性能は同じであっても、人としての性格は全く異なる。

今はまだ余裕があるからそんなことを言えるのだろうが、彼女たち135人と過ごした2年間を否定することは、
私は、自分の死よりも辛いものに感じてならなかった。

加賀、大和、五十鈴を出撃に出す。万全に動ける艦娘のうち、帰投できる見込みのある艦娘は、この3人だけだった。

「無事を祈る。そして、深海棲艦を撲滅してくれ。出撃!」

「はい!」

3人は海の遠くを睨み、出撃する。その表情はいつにも増して真剣だ。私は司令室からその様子を見たのち、別の服に着替えた。

「敵艦発見です!」

旗艦、加賀の声が聞こえてくる。戦闘は始まった。特別調査隊の情報より、きっと、最後の戦闘になることだろう――

「ヒュー……ヒュー……」

 加賀の荒い息が聞こえてくる。常に冷静だった加賀が、ここまで追い込まれるとは……

「加賀、しばらく私は司令室を離れる……耐えてくれ」

「……提督は、いったい何をお考えで……」

「必ずお前を助ける!」

 私は通信機の前に手紙を置いた後、席を離れる。そして外に出た。
 私は、軍部に依頼して特注してもらった、私専用の『艤装』を身につけている。
 一年ほど前から、毎日〇四〇〇から練習はしていた。
 実戦経験がない以上、艦娘には及ばない。しかし、今はその艦娘もいないのだ。

 艦娘の姿が見えてきた。私は一発、深海棲艦を撃つ。加賀が私に気が付いた。

 「て、提督……どうして……」

 「多少は貢献できればと思ってな」

 加賀の疲労は、火を見るよりも明らかだった。緊張が私の胸を圧迫したが、そんなもの、どうでもいい。

 死んでも良い、平和が訪れるなら。私は戦闘に参加した。目の前で見る深海棲艦は予想よりも大きい。

 大和と五十鈴はすでに戦場を離れており、加賀と二人で戦った。

 加賀の表情は鎮守府で見てきたものとは全く異なり、怖い。しかし今はそれが、頼もしかった――

***
***

 艦娘たちの訓練は、間もなく終了しようとしていた。
 あと何日かしたら、彼女たちは全員、ここを離れて戦場に行く。どれくらいで戦争が終わり、どれくらいの艦娘が生き残ってくるのかは分からない。
 あわよくば、全員戻ってきてほしいものだ。

 艦娘の提督は、金子一が務めるだろうと言われていた。彼も強いて言えば『艦娘』だ。僕らが作った、クローンの最初の試験個体。

 彼は非常に優秀だった。僕らが誇りに思えるほど。
 運動も学問も人付き合いも器用に、そして真摯に積極的にこなす、絵にかいたような『エリート』だった――

 「ハジメ、軍部の人がお呼びだ」

 「は?」

 僕は研究室で、艦娘たちの健康状態のデータをまとめていた。これは軍部に命令された仕事だった。
 かつてクローン研究に使われていた研究室は、今や僕とシゲルの作業部屋となっていた。

 「すみません、まだデータをまとめきれていないのですが……」

 「私は知りませんが、とにかく元帥殿の命令です。谷川研究員、ご同行願います」

 ドアの向こうにいた軍部の人は、軍人らしい体をした、目つきの怖い、若い男性だった。
 僕は不安な気持ちを抑え、元帥の部屋まで歩いた。相当長い道のりだったとは思うが、時間はあっという間に過ぎていった。

 「失礼します」

 軍部の人が扉をノックして、部屋に入る。僕もそれに続いた。

 「ご苦労。お前は下がってくれ」

 「失礼しました」

 扉の閉まる音が響き、部屋には私と元帥の二人きりとなった。緊張で汗が出てくる。

 「谷川研究員」

 「はい!」

 元帥が僕の名前を呼ぶ。僕は反射的に、返事をした。元帥は襟を正し、改まって、言葉を発した。

「谷川一、A鎮守府の提督を命ずる」

はい? とは言わなかったが、僕は目を見開いた。僕はただの研究員だ。
運動もろくにやらず、軍の礼儀も知らない。そもそも、僕は軍人ではない。

「しかし、私は……」

軍人ではない、と言おうとしたところで、元帥は手で、僕の言葉を制した。

「良い、言わなくても分かる。少々、事情があってだな……」

元帥は僕に、事情を一から説明してくれた。噂の通り、金子一が提督を務める予定だったという。
しかし、彼もまたクローンヒト型生物である。人間の戦争を、人間以外が統率することに、不安は拭えなかった。

そこから色々な案が出たのち、艦娘のことを熟知している僕に白馬の矢が当たったという。

「艦娘は武器とはいっても、意志を持っている。それは谷川が一番理解していることだろう。
心配はいらない。書類の事務作業と艦娘のリードをしてくれればいいんだ。どうか、受けてくれないか?」

僕は断ることができない。軍部最高階級、元帥の前で。
僕はほぼ反射的に受け入れたが、そこまで嫌とも思わなかった。ただ、一つ疑問があった。なぜ、シゲルではだめだったのか。

「……何か気になることがあるようだな。言え」

心を見透かされたことに僕は動揺を隠せなかったが、言われた通り、自分の不安をそのまま言った。

「田中茂は、なぜ選ばれなかったのですか?」

「あいつは教師をやっていた。艦娘に近い奴が提督をやっては、緊張感がないだろう」

「しかし私も、幼児期の世話や、清掃業務をやっていました」

「艦娘たちは何も覚えていない。問題ない」

何も覚えていない。そういえば前にシゲルが言っていた。艦娘は短期間で言語能力を取得する分、幼児期の『思い出』は存在しないかもしれない、と。

「……清掃業務の中で、何人かの艦娘と接触しましたが、それは」

「心配ない。清掃員が提督をやると思うのか?」

「いえ……」

その後いくつかの注意事項を元帥から伝えられ、僕は提督となった。現役司令官の方々に熱く厳しい指導を受け、軍人としての心構えを体に刻み込んだ。

気を引き締めるために、プライベートでも『僕』をやめ、『私』に変えたのはこの時だ。

そして鎮守府への着任。執務室で腕を組んでじっとしていると、電が、ドアをノックした。

「司令官、式典が始まります」

艦娘養成施設とは違った雰囲気が、電からは感じられた。私は威厳を表明するため、軽く電を睨んだ。電の表情が一層堅くなった。

式典では、全員が真剣に私の話を聞く。
表情を見る限り、私が、あの清掃員であり、彼女たちを『作って』、『世話』した張本人とは、誰一人として気づいてはいなかっただろう。

***
***

 気付いたとき、我々が戦っていた深海棲艦は死んでいた。
 黒い液体を体から流し、水面付近に漂っていたと思えば、ゆっくりと、しかしあっという間に、沈んでいった。
 加賀と私はぼろぼろになった服をまとい、その様子を眺めていた。

 「……勝ちましたね」

 「ああ……」

 私と加賀は、しばらく呆然としたのち、鎮守府に帰投した。
 鎮守府の海岸では多くの『仲間』が、私たちの帰投を祝ってくれた。その中には、途中で戦闘を抜けることになった、大和と五十鈴の姿もあった。
 二人とも、まだ怪我は深いはずだ。

 「提督! 御無事で何より」

 「ありがとう。だがお前はまだ治療に専念するべきだ」

 大和はほぼ全身に、ところどころ赤くにじんだ包帯を巻いた状態で、私の手を取る。彼女の優しさを感じた。
 私はすぐに医務室で軽い治療を受ける。艦娘とは違い、完治には数週間かかる見込みだ。

 そして、もしもを想定して保存していた薬をふんだんに使い、怪我の艦娘を治療させた。
 現在特別調査隊が再度深海を調査中だが、きっと、戦争は終わった。

戦争後の事務仕事は多くの艦娘に手伝ってもらい、無事、終えることができた。まだ左手のギブスが不自由だが、あまり関係ない。

軍部から祝いとして、酒と美味いものが送られてきた。私はそれで、小さな宴会を開いた。

その翌日、深海棲艦、撲滅確定の知らせが来た。

その後、艦娘は産みの親の元へ戻され、一人の日本人女性として、生きていく予定だ。

2年間の戦争は、彼女たちにどんな影響を与えたのだろうか。

私は、艦娘の未来に、幸があることを願うのみだ。
-FIN

続き(ssの書き方をしていますよ)
映画『艦これ』―平和を守るために

閲覧ありがとうございます。ssで、初めて印刷して校正しました。
お楽しみいただけたのであれば、幸いです。続きも読んでみてください。

質問などあればどうぞ。設定のガバガバは、お許しください

乙です

もっと続けてこの提督や艦娘側も掘り下げて欲しい

>>43
ありがとうございます。

このssは、映画『艦これ』の続きのつもりで書いたものです。設定をはっきりさせたかったので。
映画『艦これ』では、後日談の方で、特定の艦娘の未来を掘り下げています。

言い忘れました。
私の過去作 提督「艦むすの感情」とは多少かぶりがありますが、そちらは無視してください。

HTML化の依頼をしました。

閲覧してくれた方、ありがとうございます。
また会えたら、宜しくお願いいたします。

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