揺杏「全国のマナ悪どもに説教する」 (118)


久「失礼します」

揺杏「どうぞ~」


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久「あら、あなたさっきの準決勝で」

揺杏「どうも、お疲れ様でした。どうぞ掛けて下さい」

久「はあ……。あなたも呼ばれたの? 麻雀協会から話があるって言われて来たんだけど」

揺杏「私は呼ばれたわけじゃなくて、協会から雇われたマナー講師なんですよこれが」

久「マナー講師?」

揺杏「ええ。竹井さん、全国大会決勝進出おめでとうございます」

久「ああ、ありがとう。有珠山も惜しかったわね」

揺杏「いやいや、順当ですよ。順当に実力で勝ち上がった4校。絶対王者と第2シードに、
   ダークホースの2校が挑む。決勝も過去最高の視聴率が期待できるって話っすよ」

久「プレッシャーね」

揺杏「ただねー、その反面協会としては恐れてることもあるんですよ」

久「え、なにが?」

揺杏「年々ひどくなる対局マナーだけど、今年は過去最低だって」


久「マナー……」

揺杏「そこで、この機会に全国のマナ悪どもに説教して、
   決勝や個人戦ではクリーンな闘いをお茶の間にお届けしようって企画なんです」

久「それはわかったけど、なんであなたが講師なの?」

揺杏「さあ。なんでも上級生にも物怖じしないで注意できるとか。
   あとはプロとかお偉いさんが言うより、同じ選手目線の方が効くだろうって」

久「……でも準決での姿しか知らないわよね?」

揺杏「ああ、そこは協会が編集した県予選からのVTR見せてもらったんで」

久「そう……」

揺杏「それじゃあ竹井さんさ、なんで自分が呼ばれたかわかってるよね?」

久「ツモのことでしょ」


揺杏「そうだね。あれねー、観てる素人さんにはカッコよく映るかもしんないけど、
   同じ雀士からしたら最低の行為だよね」

久「……」

揺杏「空中に牌を放り投げるのからしてダメなんだけどさ、その上叩きつけたり引きヅモしたり。
   卓は痛むわ同卓者に威嚇するわで、イエローカードものだよね」

久「……」

揺杏「ねえ、なんであんなツモり方するの?」

久「いや……気分が乗っちゃって」

揺杏「多少打牌が強くなるぐらいは誰でもあるだろうけどさ、あれは練習しないとできないよね。
   ねえ、気分じゃないでしょ? やろうと思って練習してたんでしょ?」

久「……はい」

揺杏「どれだけ練習したの? 1回2回思いつきでできるようになるレベルじゃないよね?」

久「3年になるまで部員集まらなかったから、毎日やってました……」


揺杏「毎日!? どうりで失敗しないわけだよ。まあ大会じゃ失敗してないみたいだけど、
   普段の練習でも使ってるでしょ。その時部員に当てちゃったりしてんじゃないの?」

久「……それぞれ1回くらいは。次鋒の子は一番つきあい長いから3回くらい。
  男子部員の子は確か、5回くらいは……」

揺杏「うっお、かわいそーに。あれ、男子部員も1年生じゃなかった? やけに多いね」

久「男の子の前だと緊張しちゃって……」

揺杏「あっはっは! 冗談きついわー」

久「……」

揺杏「え、マジで?」

久「マジで」


揺杏「そーなんだ、これはまた意外というか……。他にはなんかないの、失敗談」

久「盲牌間違えてチョンボとか、牌飛ばしてなくしちゃったとか」

揺杏「はあ~。いくら上手くなってもさあ、大会でそれやっちゃうことあるかもしれないじゃん。
   それが原因で負けちゃいましたなんてシャレにならないでしょ。あんた部長でしょ?」

久「……はい、そうです」

揺杏「部長がカッコつけるために部員を危険にさらしていいわけ? ええ?」

久「……だめです」

揺杏「今後この空中飛ばしツモは禁止ね」

久「でも、あれやんないと調子が」

揺杏「へー、決勝でレッドカードもらってもいいんだ。決勝だとたぶん失格はないから、
   終局まで和了り放棄ペナルティかな。こりゃー白糸台の役満に刺さるかな」

久「うう……やめます」


揺杏「そうしなよ。じゃあ次、あんた口も悪いね」

久「え、そんなことないと思うけど」

揺杏「準決で私が注意したのは別にいいんだよ、あれは姫松が持ちかけたし、内容もカワイイもんだ。
   問題はこれね。県決勝の前半終了時。VTR流すから見てみなよ」


 智美『ぜんっぜん和了れなくてあったまくるなー』

 久『人間は一番弱いところに“くる”のよねぇ』


揺杏「わかった? 身に覚えあるよね?」

久「いや、あれはさ、そのー、蒲原さんも良くないわよね。“頭にくる”なんて牽制してるみたいじゃない」

揺杏「確かにそうなんだけど、ただの独り言とも取れるんだよね。
   竹井さんのは完全に相手に向けて言ってる。内容も挑発的だよ」

久「う……」


揺杏「決勝は周りみんな下級生で、比較的マナーの良い選手ばかりだからね。
   そんな中そういうこと言えば威嚇効果もあるだろうなー。こりゃ悪質だね」

久「ぐっ……」

揺杏「ってなわけで今後は対局中はもちろん、前後の会話は禁止ね」

久「えっ! それはさすがに……リズムに乗れないし」

揺杏「あんたねえ、ああいう言葉がぽんぽん出て来るってことはもう体に染みついてんだよ。
   何気ない一言でペナルティもらっていいの?」

久「わ、わかりました」

揺杏「っと、竹井さんはこんなもんかな。じゃあ行っていいよ」

久「失礼しました……」

揺杏「ホントはもっとガッツリ説教したいんだけど、まだまだ後が控えてるからね。
   約20人か……道のりは長いなー」

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揺杏「愛宕洋榎さんね、なんで呼ばれたかわかりますー?」

洋榎「わかっとるわ。うちが強すぎるんはマナー違反っちゅーことやろ?」

揺杏「そういうのいいんで。あんた私語が多すぎなんですよね。2回戦でも注意されまくってたじゃん」

洋榎「宮守の委員長か。ありゃ大物になるで」

揺杏「準決でも和了った相手に話持ちかけるし、ボケてツッコミ求めるし。
   完全にトラッシュトークのレベルだよ?」

洋榎「わかっとらんなー。大阪じゃあれがスタンダードなんやで」

揺杏「ふーん、そうなんだ。んで、ここどこだっけ」

洋榎「……」

揺杏「今やってんのって大阪大会だっけ」

洋榎「……」

揺杏「ふう、そういうのは地元でやんなよ。今までは多少しょうがないってかなり判定甘かったけど、
   個人戦からはバンバン反則取る方向で働きかけるってさ、麻雀協会も」

洋榎「え、ホンマか!?」


揺杏「うん。姫松のエースが1回戦で反則負けなんて、ちょっとカッコつかないんじゃないの~?」

洋榎「黙って打つのは調子狂うんやけどなあ……」

揺杏「黙るだけじゃ足りないけどね。全体的に打牌が強いのも直さなきゃ。これ見てよ」


 洋榎『出端くじきリーチ!』

 洋榎『なんで六筒やねん!』


洋榎「うーん、さすがや。惚れ惚れするな」

揺杏「しねーよ。牌は投げちゃだめなの。あんた名門姫松の主将でしょ? 後輩が真似していいの?
   逆に初心者がやってんの注意する立場でしょーよ」


洋榎「けど」

揺杏「あんたはそれでいいかもしんないけどさ、苦労するのはチームメイトだよ」

洋榎「なんでやねん」

揺杏「強い人がそれやっちゃうと言い訳に使われるんだよ。末原さんだっけ、プレイングマネージャー。
   あの人なんかも後輩指導してても“主将もやってる”でわずらわしいことになってんじゃないの?」

洋榎「う……」

揺杏「もっと悲惨なのは引退した後だよね。妹さんが新主将になったとするじゃん。
   やっぱりそうやって言い訳される上に、姉には言わないくせにって目で見られるんだよ」

洋榎「そんな……絹が……」

揺杏「いい? 今後は余計な一言はなし、牌の扱いは丁寧に」

洋榎「……すんませんでした」

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揺杏「大星淡さんね」

淡「ねえ、マナーってなに? あ、先輩に敬語使えとか?」

揺杏「いやいや、そういう社会常識的なのは協会側もノータッチだよ。あくまでも対局に関すること」

淡「身に覚えがないんだけど」

揺杏「マナー悪い人はだいたいそう言うんだよねー。
   大星さんはマナ悪ポイントの数でいったらダントツだよ」

淡「なんで! 口悪いって前は言われたけど、先輩に言われてから対局中は言わないようにしてるよ」

揺杏「うん、邪悪な顔の割には心の中に止めて口には出さないでいるよね。私もそうだけど」

淡「表情だってしょうがないじゃん。周りが弱すぎて笑えてくるんだもん」

揺杏「準決は2位抜けだけどね」

淡「……ケンカ売ってんの?」


揺杏「そんなつもりないよ。じゃあその2位抜け決めた和了りを見てみようか」


 淡『ロン。6000――』

 穏乃『大星さん! カン裏見た方がいいですよ』

 淡『ん……ああ、ルールだしね』


揺杏「はい、マナ悪ポイント1つめ、裏ドラめくらず点数申告間違えそうになる」

淡「……」

揺杏「高鴨さんに感謝しなよ。全国放送で恥かかなくて済んだんだから」

淡「だってこれは」

揺杏「もし裏ドラのってるの確定してたとしても、めくってから申告しなきゃ。
   なんでその点数になるか他家が一瞬混乱するでしょ」

淡「……千里山だってやったよ」

揺杏「めくらないで裏なしで申告するのはまあ、厳密に言えば褒められたことじゃないけど、
   少なく申告するのは本人の責任だからね。他家としては教える義務もないし、ラッキーで終わりだよ」

淡「う~、わかったよ。どうせ決勝ではまた高鴨穏乃がいるし、めくってから申告すればいいんでしょ」


揺杏「うん。でもそれだけじゃだめ。マナ悪ポイント2つめ、裏ドラめくるのに叩きつける。
   しかも高く掲げてから。これツモ切りダブリーのときもやってたよね」

淡「だめなの? こんなの演出じゃん」

揺杏「強打は程度によるけど、大星さんの場合明らかに通常のモーションからかけ離れてるよね」

淡「だってテルなんか」

揺杏「ストップ。正直言うと、大星さんは数は多いけど内容はそんな大したことはないんだ。
   先輩らがもっとひどいことしてるからね。その人らも呼んであるから、今は大星さんのことだけね」

淡「テルも呼ばれてるならいいや。わかった」

揺杏「じゃあ次ね。マナ悪ポイント3つめ、ダブリーかけるときの回転投げ」

淡「……でもちゃんと河に置けてるでしょ。練習したんだから」

揺杏「準決はね。地方大会ではどうなったっけ? 位置はうまくいったけど普通の縦置きになっちゃって、
   まわりが唖然とする中そっと横に直したよね」

淡「~~っ」

揺杏「さらに練習試合のときは上家の手牌に当てて、牌が見えちゃったもんで罰符払ってるねー」

淡「やめて!」


揺杏「やめる?」

淡「……やめる」

揺杏「よしよし。じゃあダブリーつながりでマナ悪ポイント4つめ、逆回転倒牌」

淡「まさか」

揺杏「これも地方大会で失敗してるね。勢いつきすぎて床に散らばっちゃって審議になったよね」

淡「ひいっ!」

揺杏「他の牌が動いてなかったから結局和了りとして認められたけど、ぎりぎりだろー」

淡「……それもやめる」

揺杏「よっし。サクサクいこうか、マナ悪ポイント5つめ、2位抜け嫌って見逃し」

淡「ぐっ……いいじゃん、結果的に決勝進出したんだから。先輩たちも別にいいって言ってたし」

揺杏「甘やかしてるなー。これはかなり悪質だよ。
   舐めプは特に叩かれるんだよ。今白糸台のホームページ炎上してるからね」

淡「ウッソでしょ!?」


揺杏「マジで。大星さん個人のアンチも増大中」

淡「……」

揺杏「これが1位抜けにメリットがあるなら戦略のうちなんだけど、
   今回は完全にふざけてるって反応だね。当然だけどさ」

淡「……もうしない」

揺杏「大分素直になったね。じゃあラスト、マナ悪ポイント6つめ……髪がウネウネ」

淡「カッコよくない? こうオーラが出てるっていうかさあ」

揺杏「そんなんされたら集中できないよ。対戦相手みんな笑いこらえてるからね」

淡「なんで!」

揺杏「あのね、バレバレなんだよね。透明な下敷きつなぎ合わせて静電気で逆立ててるんでしょ?」


淡「……ウソ、見えてるの?」

揺杏「肩からぐるっと頭の周りに円になってるよね。対局前に頭こすってるんだってね」

淡「そんな……え、じゃあテレビにも映っちゃってるの、“あわいちゃんサークル”」

揺杏「ばっちり」

淡「……死にたい」

揺杏「まあ、ネットではおバカかわいいって割と好評だったみたいだよ」

淡「なんだ、だったらいいか」

揺杏「舐めプで一気に手の平返されたけどね」

淡「うわあああぁぁん!」

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揺杏「松実玄さんかー、たぶん自覚ないよね」

玄「はい。私、小さい子たちと打つ機会が多かったので、マナーには人一倍気をつけてるつもりで……。
  だから、なにか至らないところがあれば教えてほしいのです」

揺杏「なるほどねー、それであのお嬢様切りか。いや、それはいいんだよ。
   ちょっとやりすぎかなとは思うけど。松実さんは打ち方については問題ないんだけどね」

玄「打ち方は、ですか」

揺杏「うーん、ちょっと言いにくいんだけどさー」

玄「大丈夫です。ちゃんと受け止めて直します!」

揺杏「松実さんねー、対局中に泣きすぎなんだよね」

玄「えっ」


揺杏「いやまあ気持ちはわかるよ。相手が強すぎて焼き鳥状態じゃ泣きたくもなるよね。
   でもねー、あそこまでボロボロ泣いてたら同情誘う戦略と見なされんだよなー」

玄「……」

揺杏「やっぱ実力差モロに出ちゃうことはあるわけで、ちょっと涙ぐんだり終局後に
   泣いちゃうことはあるよ。でも対局中ずっと泣き顔とかマジ泣きは御法度なの」

玄「……」

揺杏「実際あの時も園城寺さんは体弱いのに弱音吐かずに闘い抜いたよね。
   花田さんなんか松実さんの倍以上毟られてるけど、最後まですばらってたよね。同学年でしょ?」

玄「はい……」


揺杏「こども麻雀クラブだっけ、その子たちもテレビで応援してくれてんでしょ。
   小学生ぐらいだとまだ負けて癇癪起こしちゃったりするよね」

玄「はい……」

揺杏「それを諫める立場の人が対局中に情けない泣き顔晒してちゃあ、
   対局中に感情露わにしていいんだ、ってなっちゃうよ」

玄「おっしゃるとおりなのです……」

揺杏「決勝じゃあ宮永さんと辻垣内さんの稼ぎ合いの卓に放り込まれるんだから、
   準決より毟られるの目に見えてるでしょ。また醜態晒さないように、気を強く持ちなよ」

玄「はい……すみませんでした……」

揺杏(おいおい、これは言いすぎだろうよー。でもこの人なんか嗜虐心がそそられるんだよ)

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揺杏「臼沢塞さん」

塞「なに、別に変なことしてないと思うんだけどな」

揺杏「んー、臼沢さんって敵の力を塞ぐ不思議な能力持ってますねー?」

塞「……それがどうかした?」

揺杏「塞ぐときってどうするの?」

塞「調べてるんでしょ。見つめるの」

揺杏「見つめるゥ? にらむでしょーよ」

塞「に、にらんでなんかないでしょ」

揺杏「あのね、自分じゃどう思ってるか知らないけど“見つめる”レベルなのは最初の数局までだよ」

塞「……」

揺杏「実際力使ってると極度に疲労しますよね?」

塞「それは、まあ」


揺杏「その状態で塞ごうと見つめると、相手からしたら完全に睨みなんだよね。
   後半戦のVTRなんか見てみなよ。ほら相手萎縮しちゃってるよ」

塞「でも、マークする対局者を見るのは対局の自然な行為でしょ」

揺杏「それが妨害になってても?」

塞「……」

揺杏「私の対局時の集中法が深呼吸だとするじゃん。別に問題ないよね?」

塞「うん」

揺杏「じゃあそれが対面の顔面に絶えず吹きかけるレベルの息だったら?
   あんただったら妨害だからやめてって思わない?」

塞「……」

揺杏「な? 能力だから何してもいいってわけじゃないんだよ。牌塞ぐのはすまし顔でいられる間だけね。
   ただでさえ片眼鏡してるとババ臭さ増して調子狂うのに」

塞「それは関係ないでしょ!?」

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揺杏「チェー・ミョンファさん、でいいんだよね」

ミョンファ「はい。あの、なにか間違ってましたか? どうもまだわからない文化が」

揺杏「いや、文化は関係ないし牌の扱いとかは大丈夫だよ」

ミョンファ「では……歌のことでしょうか」

揺杏「そうそれ」

ミョンファ「日本では対局中に歌ってはいけないことは知っています。
        だから対局の区切りで歌っているのですが……」

揺杏「いやタイミングの問題じゃねーんだわ。ぶっちゃけて言うとね、あんた超絶音痴なの」

ミョンファ「音痴……ヘタということでしょうか」

揺杏「そうそう。もう凶器レベルでね」

ミョンファ「そんな……」


揺杏「そういうわけだから、対局始まったら一切歌うの禁止ね」

ミョンファ「しかし、これが私のスタイルなので」

揺杏「スタイルだぁ? そういうのはルールに則って初めて主張できるもんなの。
   妨害行為は禁止って習わなかったの?」

ミョンファ「妨害行為とはひどいですね」

揺杏「……あんたさあ、こうやってガラスを爪で」

ミョンファ「ひあっ!」

揺杏「ひっかいたら不快感すごいでしょ? 対局中にこんなこと許されると思う? ほらほら」

ミョンファ「ひいいぃ!」

揺杏「あんたの歌はそんぐらいの破壊力持ってんだよ。自重しなよ」

ミョンファ「うう……わかりました。国では日本のアイドルのようだって褒められたから留学したのに……」

揺杏「それ褒められてないよ」

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揺杏「園城寺怜さんね」

怜「顔色悪いのは勘弁してな。病弱なもんで」

揺杏「そんなのはマナーに関係ないっすよ。園城寺さんの打ち方はシンプルで模範的なんですよね。
   余計なことも言わないし。愛宕さんと同じ大阪代表とは思えないくらい」

怜「大和撫子やからな」

揺杏「なのにさあ、なんでリーチ棒立てちゃうわけ?」

怜「……病弱で手元がふらついて」

揺杏「そういうのいいんで」

怜「……」

揺杏「カッコつけてんでしょ?」


怜「ほら、私の打ち方って地味やん? セーラや竜華みたいに迫力なくて、
  1人だけ3軍で置いてきぼり感があったからな、必殺技を開発したろ思って」

揺杏「必殺技ねえ。弾いちゃって下家の顔に当てるのが?」

怜「うっ」

揺杏「勢い良すぎて内出血しちゃうのが?」

怜「くっ」

揺杏「指にくっついちゃってなかなか置けなくて焦ってるのが?」

怜「ひゃっ」

揺杏「何よりまずいのはね、見栄えのために棒を立てると同時に発声するときあるでしょ」

怜「……あかんかな」


揺杏「リーチの手順は1に発声、2に打牌、3に棒を置く、だからね。
   あくまでも発声がないと成立しないから、“一発消しで鳴かれたから取りやめ”ができちゃうよ」

怜「だってな、みんながもう下家の捨て牌に注目してるのに1人無言で棒立ててたらマヌケやん」

揺杏「マヌケだね。でもトラブルの元っすよ。うちの大将なら確実にイチャモンつけるね」

怜「わかっちゃいるけど、自力は3軍やからなあ……これがないと心細くてなぁ」

揺杏「園城寺さんなら練習重ねればあの人らに肩並べられるでしょ」

怜「そやな、打牌から棒立ての速度上げる練習するわ」

揺杏(そこかよ。3軍にふさわしいおめでたい脳みそだな)

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揺杏「清水谷竜華さん」

竜華「うちなんかした? 心当たりないんやけど」

揺杏「いやー基本的には全く言うことないんですけどね」

竜華「一応部長やから模範にならなあかんと思って気をつけてるつもりやで」

揺杏「うーん、その、清水谷さんの場合マナーというか、対局者や観戦者から怖いって評判で」

竜華「あー、たまに言われるなあ。うちのどこが極道に見えるんかわからんけど。
   悪いけど辻垣内さんなんかに比べたらうちなんか一般市民もええとこやん」

揺杏「いや、そこじゃないんですよ。あのね、準決でいきなり空中に手を伸ばして、
   なんかブツブツ言ってるから不気味でしょうがないって」

竜華「……」

揺杏「精神的にいっちゃってんのか、危ない薬に手を出してるのかって」

竜華「……いや、その、自分の内面と対話してるというか、第二の精神というか……」

揺杏「対局の様子VTRで見てみます?」


竜華「……こら怖いな」

揺杏「でしょ?」

竜華「口に出さないように気をつけるわ」

揺杏「ねえ、実際これ何してんですか?」

竜華「んー、これはな、強いて言えば怜との愛の共同作業やな。あ、怜って先鋒の園城寺怜な。
   怜とは中学からの大親友でな、昔から体弱くてよく膝枕したったおかげで、
   うちの太ももには怜ちゃんパワーが宿ってんねん。そんでピンチのときは怜ちゃんと相談して、
   戦術的にも精神的にも支えてもらうんや。いつものちょっと小憎らしい怜もええけど、
   優しく助けてくれる怜ちゃんもまた可愛くてな――」

揺杏(やっべ……ちょーやっべ)

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揺杏「鷺森灼さん。同じ2年生か」

灼「グローブならちゃんと許可取ってるけど」

揺杏「そんなの全然問題じゃないよ。帯刀してる人もいるぐらいだよ?
   むしろ許可取ってることが驚きだって」

灼「ハルちゃん――うちの監督が一応取っといた方が無難だって」

揺杏「へえ、有能だね。うちは大将が選手兼監督だからなー。
   でもそんな名監督がなんで鷺森さんのツモは矯正しなかったんだろうね」

灼「ツモがなに?」

揺杏「いやいや、明らかに普通じゃないでしょ」

灼「……ボウリングツモのこと?」

揺杏「やっぱそういう名前なのね」

灼「別にマナーに反してないとおも……」

揺杏「ホントかな~? 県予選思い出してみなよ」

灼「……」


揺杏「一番最初にやったときはボウリングのフォーム完全に再現してたよね。
   立ち上がって足クロスさせて、体も傾かせてさ」

灼「……」

揺杏「対局者混乱して固まっちゃったもんだから、点数申告し直してたじゃん」

灼「くっ……」

揺杏「さすがにやりすぎかと思って、次のときは立ち上がるだけにしたんだよね。
   それでも反応鈍いから仕方なく手の振りだけにしたと。ここまで合ってる?」

灼「……うん」

揺杏「いやーおもしろかったよ。いきなり立ち上がって、
   みんなが点棒用意してる間にそっと座るの。すっげーシュールな絵ヅラでさ」

灼「でももう直したから。手の振りぐらい自由だよね」

揺杏「ん~? それだけじゃないでしょ。決勝のオーラス、渾身のハネツモ」

灼「うっ」

揺杏「勢いつきすぎて卓の対面の縁まで一直線だったもんね。
   跳ね返ってちょうど手牌の横に収まったけどさ、内心すげー焦ってたでしょ。申告どもりまくり」

灼「恥ずかし……」


揺杏「あの腕の振りで、牌はせいぜい10センチぐらいしか滑らせないってのが元々無理あるよね。
   決勝の副将戦なんて優勝争いに直結する局面じゃん。力入っちゃうんじゃないの~?」

灼「……準決では特別な思い入れがあったけど失敗しなかったから」

揺杏「それだけじゃなくて、自分が和了るときの相手の様子知ってる?」

灼「いや……ツモに集中してるから」

揺杏「VTR見てみる? 強打する選手も少なくないから、上から下の動作は雀士なら慣れっこなんだけど、
   下から上の動作って未知の世界なんだよね。ほら、みんな反射的に顔ガードしてるでしょ」

灼「……ホントだ」

揺杏「特に対面にいていきなりボウリングされると怖いだろうね。完璧威嚇行為だよ」

灼「……」

揺杏「悪いこと言わないから普通にツモりなよ」

灼「でも、ハルちゃんとの絆が……」

揺杏「なにそれ」

灼「ハルちゃんもレジェンドツモって技があるから、派手にやったほうがいいって伝授してくれた」

揺杏(伝説級のバカだな)

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「チャンピオンにまで指導することになるとはねー」

照「なにがダメだった? 最近は食べカスが制服についてないか、
  チームメイトにチェックしてもらってから対局室に行くようにしてるよ」

揺杏「自分で見てくださいよ……。ま、単刀直入に言うと、鏡はイカサマです」

照「……え、照魔鏡のこと? あれ、見えてるの?」

揺杏「私は見えないんだけど、うちの大将が言うんだよ。一定以上強い人だと見えるんだろうって」

照「でもあれはあくまでイメージで一瞬だし、牌を見てるわけじゃないから」

揺杏「そういう言い訳が通用するのかねー。見える見えないじゃなくて、
   そこにモノがある時点でアウトでしょ。チカンの悪あがきかよ」

照「でもほんとに」

揺杏「あんた駅の階段で後ろのオッサンが靴に手鏡仕込んでても、
   パンツ見てるわけじゃないからって言えば気にならないの?」

照「いや、なるけど……」

揺杏「この技使ってるとそのうちスポーツ新聞の記者にも見える人が出てきて、
   “宮永テル、パンツ見テル?”とか書かれるよ」

照「い、いやだ……」


揺杏「うん、じゃあもう鏡禁止ね。あんなのなくても強いんだから大丈夫でしょ」

照「まあ、他にも技があるからね」

揺杏「羨ましい限りだねー。あ、でもあのツモもやめましょう」

照「コークスクリューツモのこと?」

揺杏「あ、そういう名前なんだ。そうっすそれです」

照「マナー違反ではないと思う」

揺杏「春季大会じゃ壁牌も手牌も吹っ飛ばして大惨事になったのに?」

照「あの時はまだ制御ができてなかった。今は完璧に調節できる」

揺杏「あー、知らぬが仏、チャンピオンは保護されている、ってところか」

照「どういうこと?」

揺杏「あれねー、牌飛ばないように他家が押さえててくれてんだよ」

照「え」


揺杏「さすが夏の高校生だよね、クリーンというか馬鹿正直というか。
   だれかがやり始めたら、なんかそれが暗黙の了解になってさ」

照「……ウソだ」

揺杏「ホントだよ。チャンピオンに牌崩す醜態を晒してほしくないってのと、
   相手のアホなミス待ちじゃなくて実力で勝負したいってのが総意みたいだよ」

照「でも、私の牌も無事だよ」

揺杏「いくらかは調節できるようになってるんだろーね。スクリューの影響受けるのは、
   主に上家と下家なんだよ。対面は角度によるし、宮永さん自身は台風の目的に無風」

照「あ、そっか」

揺杏「自分のところの壁牌をパッと腕でガードするぐらいだから、
   宮永さんの視界には入らなかったんだろうね」

照「確かに、あれやってるときはツモ牌と自分の手元しか見えない」

揺杏「そうだ、準決のVTR見てみましょーよ。ほら、この後半戦は園城寺さんが体調悪いし、
   松実さんが放心状態で反応できてなかったから、花田さんが1人で頑張ってたよ」


照「……ホントだ、私がツモると不自然な動きしてる」

揺杏「花田さんも報われないよなー。こんなに体張って体面守ってくれてんのに、
   何も知らないでどんどこ和了られて激沈みだもんなー」

照「う……」

揺杏「清澄なんかも決勝に向けてミーティングしたかな。妹いるんでしょ?
   先鋒の子に頼んでるかもよ。お姉ちゃんが恥かかないように守ってあげてって」

照「うう……」

揺杏「でもあそこのぶっちょーさんだったら、敵に情けをかける真似するなって妹さん叱ってるかもなー」

照「ううう……」

揺杏「うちの大将も個人戦出るんだけどさ、当たったら絶対晒し者にしてやるって言ってたよ」

照「もうやめる」

揺杏「それがいいって。別にあれやったからってツモ牌変わるわけじゃないんだから」

照「それはそうだけど、やっぱりチャンピオンたる者、カッコよく決めないと。
  これからはブーメランフックツモの方を使おう」

揺杏(バリエーションあんのかよ……)

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「はい、薄墨初美さんね。あれ、髪濡れてるね、入浴中でした? すいませんね」

初美「いえいえ、さっきまで海に行ってたのですよー」

揺杏「へえーいいなァ。神奈川あたり?」

初美「地元の秘境の海です」

揺杏「え、地元って鹿児島じゃなかったっけ」

初美「そうですよー。これ終わったらまたすぐ戻ります」

揺杏「すぐ戻れるんだ……。深く考えないことにしよう。あの、外でも巫女服なんだ」

初美「協会の呼び出しなら正装の方がいいと思ったですよー」

揺杏「良い心掛けですね。でもなんで呼ばれたかはわかってないみたいだねー?」

初美「親への差し込みならもう霞ちゃんにお説教されました」

揺杏「違う違う。あんなの戦略のうちでしょ、正解かどうかは置いといて」


初美「じゃあなんですかー?」

揺杏「もうね、マナーっていうか倫理観だよね。なんすかその服。他の人とずいぶん違うじゃん」

初美「私はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ体が小さいので改造巫女服なんですよー」

揺杏「今大会のクレーム案件、あんたの服装に関するものが2割占めてるって」

初美「ええっ! なにがまずかったですかー」

揺杏「うちも制服改造して露出増やしちゃいるけどさ……限度ってもんがあるでしょ!
   乳やら尻やら完全に放り出してんじゃねーよ!」

初美「フィギュアスケートみたいな肌色のタイツだって言えば大丈夫って霞ちゃんが言ってましたよー」

揺杏「思いっきり日焼け跡あんだろーが! そんな格好で振り込んで半泣きで喘いでんだから、
   そのまま放送したら完璧放送事故だっての」


初美「今までもテレビ出てたはずですけど」

揺杏「見たことある?」

初美「私は見てませんねー」

揺杏「じゃあ知らないんだね。薄墨さんの試合はね、手牌の他には真上から卓映すアングルと、
   薄墨さんの後ろからのアングルしかないんだよ」

初美「初耳ですよー、初美だけに」

揺杏「……」

初美「あれ、ダメですか」

揺杏「一回り上の人にしかウケないんじゃないすかね」

初美「霞ちゃんには大好評だったんですけど」


初美「じゃあこの前の試合も背中しか映ってないんですかー。せっかくの全国放送なのに」

揺杏「そこなんだよ。地方局ならいざ知らず、華々しい全国放送であんな地味なアングルだけで
   終わらせるわけにはいかない。ってことで他の試合と同じように豪華アングル放送に踏み切ったんだ」

初美「それならよかったですよー」

揺杏「薄墨さんさあ、恥ずかしくないの? 奇抜ファッションで有名な長野の選手だって、
   試合じゃまあまあまともな格好してるよ」

初美「はだけてないと落ち着かなくて、本来の力が出ないんですよー。
   どうせぺったんこですし……どうせ……」

揺杏「いや、大きさってより形状がね、隠さないとまずいお年頃だからね。
   それより何より気にしてほしいのは大股開きで股間アップの方だよ」

初美「ちょ、ちょっとまってください。なんですかそれはー」

揺杏「マジで知らないんだ。今のカメラってすごいんだよ。正面からのアングルって、
   普通は卓がジャマで上半身しか映らないじゃん。地方大会なんかもほとんどそうだよね」

初美「当たり前ですよー」

揺杏「最新鋭の設備があるところはね、複数台のカメラの映像を重ね合わせて全身映せちゃうんだよ。
   正面から。かなり下からのアングルでも」

初美「ええっ!?」


揺杏「だから小学生みたいに無防備に足広げて座ってる薄墨さんなんかさー」

初美「じゃあ私のお股が全国のお茶の間に……ないない! そんなの……っ!」

揺杏「見てみましょ、2回戦のV」

初美「あわわ……あれっ? お胸のところにボカシがかかってますよー!」

揺杏「ふっふーん。お、来るよ、問題の東4局」

初美「いやー! なんですかこのなめ回すようなアングルはー! 完全におっぴろげですよー!」

揺杏「でもちゃんとボカシ入ってるでしょ?」

初美「はい、危うくお嫁に行けなくなるところでした。でも生放送でこの的確なボカシ、
   これも最新技術ですかー? すごいですね」

揺杏「いや、これはカメラとかじゃないよ。そういえば薄墨さん、
   この試合宮守に塞がれたっておかんむりだったってね。恩を仇で返すとはこのことだ」

初美「え、なんで……まさか!」

揺杏「そう、このボカシは臼沢さんの防塞の力なんだよ!」


初美「ええー!? ないないない! そんなの……っ!」

揺杏「それがあるんだなー。おかしいと思わない? あのモノクルが人の能力塞げるってだけなら、
   そんな裏道具は禁止されて当然じゃん」

初美「そうです、ズルなんですよー」

揺杏「あれが黙認されてるのはね、牌を塞ぐのはあくまでも臼沢さんの力で、
   モノクルはそれを増幅してるだけだから」

初美「ホントですかー」

揺杏「そしてもうひとつ、いかがわしい映像を人の目から塞ぐ力もあるからなんだ」

初美「いかがわしい……」

揺杏「これが宮守の1回戦のVTR。薄墨さん他のチームなめてかかってるから見てないんでしょ、ほら」

初美「あ、私と同じようにボカシが!」

揺杏「この人が沖縄の銘苅さん。薄墨さんみたいに民族衣装なんだけど、
   改造しまくってギャル浴衣よりひどいことになってるでしょ」

初美「あ、この人完封されたって……」

揺杏「そう。この対局他の人はまともな格好してたから、ずっとマークされてたんだ」


初美「そうだったんですかー」

揺杏「熊倉監督も策士だよね。マナ悪雀士は多いけど、その中でもいかがわしい系の人は副将に多かった。
   だからモノクル使用認めさせるために、臼沢さんを副将に置いたらしいんだよなー」

初美「おかげで助かりました。海で再会したらお礼しなきゃですねー」

揺杏「ボカシ入ってても放送事故レベルだとは思うけどね」

初美「それは言わない約束ですよー」

揺杏「まあとにかくもうその服はやめなよ。恥ずかしい映像が一生残っちゃうよ。
   それに塞げるのが臼沢さんだけとも限らないんだから、そんな格好してると個人戦でも狙われるよ」

初美「うう~わかりました、この服はやめにします。
   でも制服取りに行くのは面倒ですね。水着でいいですかねー?」

揺杏「ああ、そっちの方が露出少ないし、大事なとこも確実に守れるし、いいんじゃないの……あれ?」

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「石戸霞さん。もしかして海水浴帰りですか?」

霞「あら、初美ちゃんに聞いたのかしら?」

揺杏「ええまあ。それじゃ手っ取り早く終わらせますか。マナーと言われて心当たりは?」

霞「それが思い当たらなくて。教えてくれるかしら」

揺杏「無自覚って? 一番タチ悪いんだよなー。あのですね、和了るとき胸で牌倒すのおかしいっすよね」

霞「あらあらごめんなさい。でもつい当たっちゃうのよね。どうしたらいいかしら」

揺杏「どうしたらってそりゃ、気をつけるしかないんじゃないの?」

霞「これでもマナーには気をつけてるつもりなんだけど。私たち作法はうるさく言われる立場だから。
  牌を取るときも袖を押さえたりしてるでしょう?」

揺杏「まあ、そうっすね」

霞「袖は押さえれば済むけれど、倒牌のときは両手がマナーだから胸を押さえるのは難しいの。
  力入れても引っ込むわけじゃないのよ、いくら大きくても」


揺杏「……ちょっと椅子引くとか」

霞「ああ、そうよね。岩館さんはすごいのね。だめね私ったら、全然思いつかなかったわ。
  傍目八目……灯台下暗し……なんて言ったかしら、こういうの」

揺杏「そりゃ暗に“お前は悩む必要ない体だな”って言ってるの? その通りだけどさ」

霞「そんなこと考えてないわ。でも言い訳するみたいで情けないのだけど、
  胸が当たって牌を倒すのはいけないことかしら?」

揺杏「はい?」

霞「マナーは周りを不快にさせたりゲームの進行を妨げたりするのを防止するためのものよね」
  
揺杏「そうですけど」

霞「麻雀に限らず丁寧にするときは両手を使うのがマナーだから、片手倒牌がダメなのはわかるわ。
  でも私の場合、両手を使った上で胸も使ってるのよ。むしろ丁寧さが増してるんじゃないかしら」

揺杏「なに言ってんの?」



霞「考えてみて。片手で握手するより両手の方が丁寧。
  そこにさらに胸を押しつけたらほとんどの人に喜ばれるでしょう?」

揺杏「……」

霞「目上の人にお酌をするとき、瓶は両手で持つもの。でも胸に挟むともっと喜ばれるのよ」

揺杏「……」

霞「神社で売り子をやってるときは、お釣りを渡すのに――」

揺杏「おねーさん、からかうのやめてね。ほんとタチ悪いんだから」

霞「本当のことよ?」

揺杏「わかったわかった。約半数は不快にさせてるんだけど、それは百歩譲ってしょうがないとしましょう。
   でもねー、その後手牌にかぶさって見えにくいのは致命的だよね」

霞「それは気づかなかったわ、どうしましょう」

揺杏「本来ならちゃんと役確認させろってクレームつくところだよ。ていうかわかってるよね。
   地方大会じゃ何回も言われてるでしょ、調べてんだよこっちは」

霞「あらあら、うふふ」


揺杏「うふふじゃないよ。宮永さんと末原さん一瞬すごい顔してたからね。苦々しい感じの。
   なんとなく指摘したら負けって気がして言えなかったんだろうけど」

霞「ずいぶん気持ちがわかるのね」

揺杏「……同属だからって言いたげだな。もう1人が姉帯さんでよかったね。
   あの人は無邪気にはしゃいでるだけだったからなー」

霞「岩館さんなら怒ったかしら?」

揺杏「残念ながら私は中堅なんで。石戸さん、うちと宮守が逆の位置じゃなくて助かったんじゃない?
   姉帯さんじゃなくてうちの大将だったら、三姉妹とその母の家族麻雀に見えただろーね」

霞「……確かにその中では私が一番体が大きいけれど、貫禄で言ったら宮永さんには負けるわ」

揺杏「あー」

霞「ちょっと怖かったくらいよ」

揺杏「これ言っちゃうと人の名借りた脅しみたいでイヤなんだけどさ、あんた宮永さんに目つけられてるよ」


霞「え?」

揺杏「あの人県予選の1回戦をトバして勝ってるんだけどさ、そのトバされた東福寺って学校の大将がね、
   あんたと同じことやって目つけられちゃったんだよね。あっちはホントのミスだったみたいだけど」

霞「1回戦なら持ち点少なくなってて狙われることもあるわ。偶然でしょう」

揺杏「5万点近くあったよ。それにもっと点少ないチームがあったけどそっちはスルーで、
   怒濤の連続和了りで一気に決めたんだよね」

霞「……」

揺杏「長野じゃもう常識なんですよ、宮永さんの前でそういうことしたらやられるってのは」

霞「そんな……」

揺杏「スルーされた千曲東っていったかな、そこの大将は清澄への対応が良かったって評されてるんだけど、
   それは闘牌の話じゃないんだ。制服をワンサイズ上のものにして、常に猫背を保っていた」

霞「それがなんの……はっ!」

揺杏「そう、体の凹凸を消し去り、敵じゃないとアピールしてたんだ。
   石戸さん、バカなことしちゃったねー」


霞「でも私はヘコまされてないわ。それどころか南二局まではけっこう差をつけて2位で……まさか!」

揺杏「南三局の大明槓からのツモ切り、不思議だったよね。たぶんあれは姫松へのアシストだよ。
   結果的に500点差で準決を逃すことになっちゃったね。悔しかったでしょ」

霞「あ……ああ……」

揺杏「あのマナ悪倒牌さえしなければ普通に通過できてたかもしれないね」

霞「そんな、私のせいで……私はただ、少しでも精神を揺さぶろうと……。
  で、でも私はもう引退だから、これで終わりよね」

揺杏「どうかな。負けたとは言え収支では大将戦トップ。コクマに声がかかるのは間違いないね」

霞「……今度こそどん底に落とされるのかしら」

揺杏「2回戦じゃ大将戦開始時点で永水は3位だったから、負けてもそんなにダメージないよね。
   これがコクマで先鋒とか次鋒でトバされちゃったらどうだろうなー」

霞「いえ、私と宮永さんは区分が違うから対戦はないはずよ」

揺杏「あっは。同卓してなきゃなにもできないとでも? 巫女さんらしくないね」


霞「……わ、私、どうしたらいいのよぉ~~」

揺杏「まずあの倒牌はやめること。どうせ挑発するためにわざとやってたんだろうから、やめられるよね」

霞「うん、すぐやめる、やめるからぁ~~」

揺杏「あとは辻垣内さんみたいにサラシでも巻いとけば?」

霞「あれ苦しくてイヤなのよぉ~~」

揺杏「テニスの世界じゃ逆豊胸手術してトップに駆け上がった人だっているんだから、
   そんぐらいガマンしなって」

霞「……そうね、その手があったわね。あの神様ならできるはず……!」

揺杏(やっべー、なんか思考回路ぶっとんじゃった。ちょっとやりすぎたかな。
   全部ハッタリだったんだけど。それにしても神様万能すぎじゃね?)

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「宮永咲さん。決勝進出の立役者ね」

咲「あ、有珠山の……」

揺杏「試合じゃ負けたけど、今は私が講師としてがっつりしごいてあげるからねー」

咲「あの、さっき衣ちゃんとか池田さんとすれ違って、すっごく落ち込んでたんですけど……。
  これ、全国大会出てる人だけじゃないんですか?」

揺杏「基本はそうだけど、長野決勝の人たちがほとんど東京に来てるって聞いて、ついでにね。
   あの試合は全国でも指折りでひどいマナーだったから」

咲「そうなんですか」

揺杏「あの2人は口悪いよね。“はやくツモれ”とか“塵芥”とか」

咲「ああ、そういえば」

揺杏「他にも池田さんはいきなり叫び出すし、天江さんは停電起こした上で発光して目くらましするし。
   宮永さんもあれにはまいったんじゃない?」

咲「いえ、家族で打ってるときはよくあったことなので。それより私もマナーがダメだってことですよね」


揺杏「そうだよ」

咲「やっぱりオーラスで衣ちゃんに話しかけたことですか? いろんな人に三味線って言われて……」

揺杏「まあそれもあるんだけど、それはそこまで重要じゃないよ。
   自分の手牌とか和了りに関することは何も言ってなかったし」

咲「それだと他に思い当たらなくて……私試合中はどっちかっていうと地味ですし。
  優希ちゃんみたいに強気なこと言えないし、部長みたいに派手なアクションできないし」

揺杏「うーん、派手じゃないけど特別なことするよね。2回戦ではしてなかったけど」

咲「あ、裸足になることですか?」

揺杏「それ」

咲「だめなんですか? 一応許可取ってますけど」

揺杏「裸足になるって行為自体は問題じゃないんだ」

咲「どういうことですか?」

揺杏「宮永さん、気を強く持って聞いてよ。あのね、宮永さんはね……足が臭いんだ」


咲「……は?」

揺杏「うん、そうだよね。でも……臭いんだ」

咲「……いや、いやいや。全然臭いしませんよ」

揺杏「体臭って本人は感じにくいんだよ」

咲「だって、そんなのみんなから言われたことないですよ」

揺杏「そこなんだよ。情報によると、幸か不幸か清澄のみんなは強い臭気に慣れてて気づいてない」

咲「臭気……」

揺杏「片岡さんは中学のときからタコスばっかり食べていた。
   チリソースはけっこう強烈なものもあるからね」

咲「……」


揺杏「染谷さんは雀荘やってるんだよね。雀荘といえばタバコがつきものだ」

咲「……」

揺杏「竹井さんは正露丸と湿布を愛用してるらしいから、およそ女子高生とは思えない臭気をまとってる」

咲「……そういえばお腹痛いとき正露丸くれたっけ」

揺杏「男子部員がいたよね、須賀君だっけ。あの子ハンドボールやってたんだってね」

咲「そうなんです。かっこよかったんですよ」

揺杏「へえ、それはそれは。ハンドボールでは滑り止めで手に松ヤニ塗るんだけど、
   須賀君はあれがクセになってたみたいだね」

咲「ええ……」

揺杏「原村さんだけは特にそういう情報ないんだよなー。もしかしたらそういう性癖だったりしてね。
   宮永さんのだったらむしろご褒美、みたいな」

咲「変なこと言わないでください」


揺杏「ごめんごめん。でもわかったかな?」

咲「でも、でも合宿のときは誰も何も言いませんでしたよ。
  あ、長野の決勝校のみんなで合宿したんですけど、あの時も裸足でしたし」

揺杏「知ってるよ。でも他校の人にいきなり“足臭いよ”なんて言わないでしょ」

咲「それは……」

揺杏「もうひとつ裏付ける話しよっか。その合宿で鶴賀の人とも打った?」

咲「はい。なるべくいろんな人と当たるように全校ごちゃまぜでやりましたから」

揺杏「じゃああのいつも明るい、ワハハって笑う……」

咲「蒲原さん?」

揺杏「そうそう、その人とは打った?」

咲「あ、そういえば打たなかったですね。確か1回同じ組になったんですけど、
  自分はもう引退だから妹尾さんに強い人と打つ経験積ませてやってくれって、交代したんです」

揺杏「それは建前だよ。蒲原さんは実家の職業柄、ものすごく鼻がきくんだって」


咲「え、じゃあ」

揺杏「宮永さんを避けたんだろうね、幼馴染に押しつけて」

咲「ひどい……」

揺杏「ま、そういうわけだから。靴下脱いでパワーアップは、
   対局室に臭い充満して妨害行為に当たるからやめようね」

咲「あ、そっか、そういうことか」

揺杏「ん?」

咲「つながった、つながったよ。お姉ちゃんが言ってたの、このことだったんだ」

揺杏「おーい」

咲「そうだよね、お姉ちゃんが出て行くって言ったあの日、私がお姉ちゃんのどら焼き踏んじゃって、
  袋の上からだから大丈夫だと思ったのに、この家にいるとお菓子がまずくなるって……」

揺杏「宮永さん、大丈夫?」

咲「全部、私の足が臭いからだったんだ……うふふ、ふふふ……あああぁぁァァ……」

揺杏(げっろ、なんか闇の扉開いたァ)

――――――――――――――――――――――――――

とりあえずここまで。後半はまた明日にでも。
後半はもっと酷いけどあくまでネタなので。
レス感謝です。


揺杏(さてと、ここからだなー。今までのは言わば前哨戦。ここからが本番だ)

揺杏「じゃあ加治木ゆみさん、長野決勝の最後の1人ですね」

ゆみ「ああ。私は3年だが麻雀歴は短くてな、何か間違いがあったなら教えてほしい」

揺杏「え、そうなんすか。達人っぽい振る舞いだから長年やってるのかと思った。薬指使うのも珍しいし」

ゆみ「あ、あれはマナー違反なのか? どうも癖がついてしまったんだが」

揺杏「いや、そういうわけじゃないっす。独特でカッコいいんじゃないっすか」

ゆみ「……無理に敬語を使う必要はないよ。その喋り方はどうも知り合いを連想させる」

揺杏「あ、そう? じゃあ遠慮なく。いやーうちの部先輩2人とも幼馴染だから敬語慣れてなくて。
   助かりまっす。あ、また言っちゃった」

ゆみ「そう牽制しなくてもいい。私が受け入れやすいように和ませてくれているのだろうが、
   大丈夫だ、逆ギレしたりしないさ」

揺杏「まいったねー。おねーさん、賢い女は敬遠されるよ?」

ゆみ「ムダに好かれるよりずっといい、願ったり叶ったりだ」


揺杏「そんじゃ直球勝負といこうかな。加治木さん」

ゆみ「ああ」

揺杏「卓に槍を降らせちゃだめだよ」

ゆみ「……は?」

揺杏「脅しだろうけどさ、あれ宮永さんが動いてたら腕貫くところだったよ」

ゆみ「いや、あの」

揺杏「いろんなマナー悪いツモだ能力だ説教してきたけどさ、武器の使用は論外だっての」

ゆみ「ちょ、ちょっと待ってくれないか。いや、確かにあの搶槓はそういうイメージはしていたが、
   あくまでも私の想像のはずだ。なぜ知っているんだ?」

揺杏「なに言ってんの。全国レベルの雀士だと周りの人にもイメージ見せる力があるなんて常識じゃん」


ゆみ「常識、なのか……。だが私は全国に出たことはない」

揺杏「あんたが全国レベルってことだろー。私なんかチームメイトの力でここまで来ただけだから、
   全国準決に出ててもそんな力ないよ」

ゆみ「そういうものなのか」

揺杏「あんた実際目にしてるでしょーよ、花とか月とか。他のチームの試合見たりもしてんでしょ」

ゆみ「いや、そうなんだが全部私の妄想かと思ったんだ」

揺杏「どんだけすごい妄想力だよ。とにかくさ、困るんだよ、
   麻雀があんな槍でぶっ刺される物騒な競技だって思われちゃあ」

ゆみ「……ああ、そうだな」

揺杏「テーブルゲームに興味持つのはわりかしおとなしい子が多いんだからさ、
   あんなイメージ見せられちゃ怖がってやりたくなくなるよ」

ゆみ「それは否定できないな」


揺杏「競技人口の減少は協会としても一番避けたいところだから、頼むよホント」

ゆみ「すまなかった」

揺杏「あ、あとさ、発声小さいときあるの気をつけた方がいいよ」

ゆみ「ん、そうだろうか」

揺杏「その搶槓のとき宮永さんが気づいてなかったじゃん。ロンって聞こえなかったんじゃないの」

ゆみ「ど、どうかな、ちゃんと言ったと思うけど、はは……」

揺杏「……あんたまさか、その後のセリフをカッコよく言いたいからって、
   あえて小さい声にしたわけじゃないだろうね」

ゆみ「~~っ!」

揺杏「図星かよ……幻滅したっす、センパイ」

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「弘世菫さん。何か言うことは?」

菫「ないな。私は白糸台の部長として恥じない所作を身につけている」

揺杏「思いっきり矢ぶち当ててんでしょーよ。あんなの見たら麻雀やめる子続出するっての」

菫「何を言う。私に射貫かれたくて入部した子は多いぞ」

揺杏「白糸台じゃそうかもしんないけどさー、方々からクレームきてんだよ。
   特に準決で射られた子の表情がトラウマになったって」

菫「二条か、息巻く若い芽を摘んでおくのも戦略のうちだ。そこは理解してほしいものだな」

揺杏「ウソつけよ。知ってんだよ、あんたがドSだってこと。チャンピオンが先鋒で稼いでくれるからって、
   打ち筋を見るとかなんとか言って、一番イイ表情する子ばっか狙ってるんでしょ?」

菫「心外だな。誰がそんなことを言ってるんだ」

揺杏「協会の情報網なめんなよ、調べはついてんの」


菫「……それで、マナーに反するからやめろというわけか」

揺杏「そーです」

菫「悪いが聞けないな。これは私の技術だ。ショック死するというわけでもないだろう。
  人の頭の中まで規制する権利は誰にもないだろ?」

揺杏「ホントにそれがイメージだけならね」

菫「なにを」

揺杏「弘世さんさ、あれがイメージ映像だって認識が定着してるのをいいことに、
   たまに本物の矢ぶち当ててるよね」

菫「バカなことを言うな」

揺杏「調べはついてるって言ったよね。密かな楽しみだったんでしょ?
   ところが松実さんにかわされてムキになって、流れ矢で照明壊しちゃった」

菫「……」


揺杏「運営側としてはアクシデントは避けたい。幸いカメラの死角だったから大事にしないで
   機材の弁償だけで済んだけど、手持ちなかったから部費に手をつけた」

菫「っ!」

揺杏「穴埋めするために、弘世様親衛隊からカンパを募る計画を立てている。
   どう? 筒抜けでびっくりした?」

菫「……どうして、それを」

揺杏「ほんとどうやって情報ゲットしてんだろーね。私にはそんなアテはないよ。
   でも小遣い稼ぎに売るアテならあるんだよなー」

菫「なに?」

揺杏「3連覇がかかる白糸台高校麻雀部員、それも厳格なリーダーとして名を馳せる部長のスキャンダルだ。
   マスコミが群がりそうなネタだよね」

菫「おい、待て」

揺杏「どうしようかなー。今懐具合が寂しいんだよなー。流しちゃおっかなー」

菫「わかった、やめる。やめるから……な?」


揺杏「そうだね、明日の試合をみて考えようかな」

菫「くっ……侮るなよ。私は狙い撃ちに頼らなくても充分闘えるんだ」

揺杏「どうですかねー。ピンチになって思わず使っちゃうんじゃないのー?」

菫「ふん、それはないな。決勝の面子は大して射貫きたいヤツもいないからな」

揺杏「そっか。中堅だったらよかったね、清澄の竹井さんなんかいいんじゃない?」

菫「ふん、浅いな。ああいうヤツは案外脆くてつまらないんだ。中堅なら新子だな」

揺杏「阿知賀の1年生かー」

菫「上級生にも張れると思ってる自信家で生意気なヤツが、どうあがいても敵わないと感じながらも、
  認めたくなくて泣きそうな顔で喰らい続けるのがいいんじゃないか」

揺杏「……ついてけねー。宮永さんの営業スマイルもすごいけどさ、
   弘世さんも対外用の顔と実態かけ離れてるよね」

菫「人は皆、心に獣を飼っているんだよ」

揺杏(なんだコイ……この人、マジきめぇ)

――――――――――――――――――――――――――

揺杏「亦野誠子さんか……」

誠子「早いところ済ませてくれないか。決勝に向けて少しでも多く対策を練っておきたいんだ」

揺杏「あ、やっぱ準決終わってからいろいろ頑張ったかんじ?」

誠子「そうだよ、できることはしておかないと」

揺杏「そっかー、それムダになっちゃうかもなー」

誠子「おまえも私のことを戦犯と呼ぶのか? まさかその失態がマナー違反と言うんじゃないだろうね」

揺杏「いやいや、そんなつもりないって。勝負は時の運だし、相手も手強かったしさ。
   私だって1人沈みで残り7千点だよ、しかも中堅で。あんなのどーしよーもないっての」

誠子「え、そうなの?」

揺杏「なんだ、逆ブロックは見てないの? うちの先鋒なんかも5万点以上毟られてさー。
   間違った打ち方してないし、うちは後半追い込みタイプなのに戦犯だなんだって、うるせーっての」

誠子「そうか、苦労したんだね。でもムダってどういうこと?」


揺杏「ああ、亦野さんさ、対策っていつもどおりの鳴きスタイルで考えてるでしょ」

誠子「それはそうだ。今さらこの打ち方を変えても付け焼き刃だからね」

揺杏「残念だけど、それはやめてもらえるかなー。マナー的にマズイんだよね」

誠子「ちょ、ちょっと待って、え、どういうこと?
   弘世先輩はともかく、私のスタイルのどこに問題があるんだよ」

揺杏「弘世さんにはさっき警告しといたよ。
   あのね、亦野さんは確かに釣り竿で直接攻撃してるわけじゃないんだけど、画ヅラ的にヤバいの」

誠子「はあ? どこが」

揺杏「今ネット上じゃお祭り騒ぎになってるんだよね。その……なんて言ったらいいかなぁ」

誠子「なんだよ要領得ないな、はっきり言いなよ」

揺杏「心の準備させて。今までで一番言いにくいんだよ、私だって一応乙女なもんで。
   遊んでそうとか言われるけど、簡単に口にできるほど経験豊富じゃねーんだよ」

誠子「え、それって、卑猥な意味ってこと?」


揺杏「つまりさ、亦野さん鳴くとき牌を河から釣り上げるじゃん。
   そうすると他の人の顔に水がかかるわけよ」

誠子「イメージだけどね」

揺杏「その様子がさ、面白おかしく取り上げられてるわけ。
   その……私が言ったんじゃないよ? ネットの表現をそのまま借りるとさ……」

誠子「うん」

揺杏「フィッシャー亦野誠子じゃなくて、自前の竿で顔にかけるのが好きな股野精子だ、って」

誠子「……」

揺杏「フィッシャーから派生して、ブッシャー亦野とか、プッシー亦野とか、ガンシャー亦野とかも……」

誠子「……え、どういうこと? 意味わかんないんだけど」

揺杏「いや、だからね、女子高生の顔に液体かけちゃ他のこと想像しちゃうでしょ。
   それを白昼堂々とテレビで流せないでしょって話」


誠子「何がマズイの? 他のことって?」

揺杏「え、マジで意味わかってない?」

誠子「何言ってるか全然わかんないんだけど」

揺杏「あれ、私がおかしいのか? 女がこの歳でそんなこと知ってる方がヤバいのか?
   そりゃあこんな話、爽みたいなヤツとしかしないけどさあ」

誠子「わけわかんないまま使うなって言われても納得いかないな、説明してくれよ」

揺杏「く……これ以上はさすがに……。そうだ、白糸台の先輩に聞いてみなよ。
   これこれこういうふうに言われたけど、やめた方がいいですかって」

誠子「宮永先輩か弘世先輩か……」


揺杏「あ、しかも決勝でアイドル人気のある原村和にぶっかけちゃっても、
   自分の命は保証されますかって」

誠子「はあ……」

揺杏「もしかしたら他の人でもわかるかも。大星さんは進んでそうだし、渋谷さんはムッツリそうだし」

誠子「わかった、チームメイトに相談して決めることにするよ」

揺杏「ホントに私が言ったわけじゃないからね。このマナー講座も視聴者からのクレームを基に、
   麻雀協会が指定した内容だから。そこんとこよろしくね」

誠子「わかってる。一応礼を言っておくよ。それじゃあ」

揺杏「うん。決勝頑張ってね~」



揺杏「ふう~~、イヤな汗かいたなー。そうだ、もう1回VTR見てみよう。準決でいいか」

揺杏「……やっぱどう見てもアレだよなあ。千里山なんて舌なめずりしてるし。
   白水さんの片目つぶるこの反応もなんだか……あれ、これ頬染めてないか?」

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「あ、どーも白水さん、ちょうどVTR見てたところですよ」

哩「おお、準決か。終わったことやけど、悔しかよ……」

揺杏「うん、感傷にひたってるところ悪いけど、うちも負けたばっかのところなんで
   遠慮なく言わせてもらいますね。これ、公衆の面前でなにやってんの?」

哩「リザベーションぞ」

揺杏「ちょっとは自重しようよ。麻雀って競技が勘違いされちゃうからね。
   あんたがクレーム件数ナンバーワンなんだよ。薄墨、亦野、白水の三銃士のせいで、
   インハイの中でも麻雀だけは深夜録画放送に限定される危機に瀕してるんだから」

哩「そいも戦術やけん、仕方なか。私も好き好んでしとるわけじゃなかよ」

揺杏「へー、そうなんだ。福岡大会……個人戦……決勝……」

哩「――っ!」

揺杏「鶴田さんは惜しかったよね、準決勝で負けちゃったんだよね。
   その分あんたが決勝で奮闘して見事優勝するわけなんだけど……なんでリザベーションしてんの?」


哩「……」

揺杏「うちの大将がすごい分析眼持ってるんだけどね、その分析によると、これ個人戦でやっても
   意味ないんだ。ただ、メリットないけどデメリットもない。鶴田さんにビビクンって来るぐらい」

哩「……」

揺杏「鶴田さんが敗退した後なら試合のジャマになることはないから、
   リザベかけ放題イタズラし放題ってわけ? しかも公開生放送で? ド変態じゃん」

哩「いや、そいは能力ん可能性ば実験しよったと」

揺杏「だったらリザベーションサーティーンってなんだよ! 8から上は意味ないだろーよ!」

哩「くっ……」

揺杏「人に見られながらガチガチに縛られて、後輩に刺激与えるのが好きなの?」

哩「……ばってん団体戦は」

揺杏「団体戦では勝つために必要ってのはなしね。調べはついてんだよ、
   ホントは鎖に引っ張られなくてもできるんでしょ」

哩「うっ」


揺杏「元々は右腕に腕輪が付くだけだったんだってね。まあ確かにそれが一番麻雀打つ制約っぽいよ。
   それがだんだん足とか首に付くようになって、鎖までついて……なあ、趣味なんだろ?」

哩「……」

揺杏「別に腕輪だけでもできるんだろー?」

哩「……はい」

揺杏「じゃあそうしなよ。ちなみに新道寺の部員が過去に密かにやったアンケートだと、
   部員の90%には趣味ってバレてて、95%がやめてほしいって思ってるよ」

哩「そぎゃんも……」

揺杏「意見ピックアップすると“なんもかんも性癖が悪い”“哩、出禁ぞ”
   “ふんふむ、九州の恥さらしね”だって」

哩「……姫子……姫子は」

揺杏「反対派じゃないのは二人だけかな。そのうちの一人じゃないの?
   “堂々と マイノリティな趣味だ! 文句あっか! て感じで立派です!”

哩「姫子……。もう一人は?」

揺杏「本来匿名だからね。“愛の形は人それぞれ 皆が違って皆すばら”だって」

哩「花田ん奴……」

揺杏「良い後輩を持ったねー。でも、このせいで花田さんがあんな目に合うとはねー」

哩「……?」

揺杏「知らないってのは幸せだよね。一部の部員には、花田さんは白水さんの愛人説が定着してます」

哩「んなっ!?」


揺杏「突然の先鋒起用に疑問を持った部員は過去のアンケートを思い出す。
   部長の明らかな変態行為を鶴田さん以外に擁護した人が1人だけいた」

哩「……」

揺杏「部長の寵愛を受けているのではないか。部長に起用の理由を問うと、どうやらトバないかららしい」

哩「……」

揺杏「もしかしてリザベの刺激って花田さんにも来てたりして。そうか、鶴田さんがビビクンしてる横で
   花田さんがすばらすばら言ってるのは、良い刺激ってことか」

哩「……」

揺杏「でも鶴田さんは顔赤くしてるのに花田さんは余裕そう。え、トバないってそういう意味か。
   と、まあこんな流れかな。白水さんの公開プレイのせいであらぬ誤解を受けちゃったね」

哩「花田が……そんな……」

揺杏「だからさ、もう縛りプレイはやめましょーよ」

哩「別んプレイば開発しろてか!」

揺杏「何もすんなって言ってんだよ! まったく、そこまで病み付きになるほど楽しいもんかねー」

哩「楽しいよ! おいで!」

揺杏(あ、この人ダメな人だ。鶴田さんの方説得しよ)

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「長かった……お二人が最後ですよ、辻垣内さん、ダヴァンさん」

智葉「なんだ、有珠山の中堅じゃないか」

ダヴァン「確かイワ……イワタテサン!」

揺杏「岩館です、どーも」

智葉「奇妙な縁だな。お前がマナーを説いてるのか?」

揺杏「はい、雇われっすけどね。とは言っても、私も思ってたことなんではっきり言わせてもらいますけど」

智葉「おもしろい。我々は留学生の多い編成だが、そういうことを言われないように
   礼儀作法はきっちり叩き込んできた。聞かせてもらおうじゃないか」

ダヴァン「サトハのスパルタには参りマス」

揺杏「あのさー、礼儀って問題じゃなくて法に触れてるでしょ。日本刀も銃も完全にアウトだよ」


智葉「……おまえはなにを言ってるんだ? 想像の世界だろう」

ダヴァン「バーチャルとリアルをごっちゃにしてはいけまセン。これがいわゆるゲーム脳でスカ?」

揺杏「いやわかってるよ、実際にケガするわけじゃないんだけどさ。でも考えてみてよ、
   夏休みに暇を持て余した子どもがさ、テレビつけたらおねーさんたちが真剣に麻雀打ってんの」

ダヴァン「日本の夏の風物詩でスネ」

揺杏「ルールわかんないけどなんかすごいなって目を輝かせてさ、来年中学に入ったらやってみようか、
   なんて考えてたら突然銃撃戦が始まるんだよ」

ダヴァン「なにかおかしいでスカ? 私の国ではよくある話でスガ」

揺杏「日本じゃそんなのねーんだよ! 防弾ガラスが標準装備の国とはちげーんだよ!」

ダヴァン「しかしこれは正式な決闘デス。相手もこちらを撃ってきますカラ、
     子どもの目にもクリーンな勝負に映りまスヨ」

揺杏「いきなり銃向けられて、いつの間にか自分の手にも銃があったら誰だって撃つよ。
   いやそーゆー話じゃなくて、そもそも麻雀で銃撃つなってこと」


智葉「だがクレームが来てるわけじゃないんだろ? 協会もなにを怯えているんだかな」

ダヴァン「こうやってまた留学生を追いやるつもりでスカ」

揺杏「話はそこら中で出てるよ。みんな報復が怖くてクレーム入れないだけ」

智葉「まあメグの件は一先ず置いておくとして、私の方は問題あるまい」

揺杏「大ありです。なんで麻雀見たいのに斬殺劇見せられなきゃならないの。
   確実に麻雀人気暴落するから」

智葉「斬殺とは人聞きの悪いことを言うな。勝負事で多少ダメージを受けるのは、
   視聴者としても迫力が出て喜ばしいことじゃないか」

揺杏「多少? 2回戦のこともう忘れたんですか?」

智葉「……」

揺杏「東白楽に集中砲火で、イメージとはいえ血ドバドバ出てたじゃないっすか。
   あまりのショックであの人泡吹いて倒れちゃって、試合一時中断したよね」

智葉「……そうだったな。さすがに強豪校のエースで手を抜けなかったんだ」

揺杏「うちの先鋒から聞いたんだけど、あんた対局室入るとき、
   東白楽の人と肩ぶつかってメンチきりあってたんだってね」

智葉「……」


揺杏「完全に私怨でしょ。ムカついたからめった斬りで嬲るって、ただのチンピラじゃん」

智葉「……ちっ」

ダヴァン「でも時代劇なんかは昼間からよく放送してまスヨ」

智葉「そうだ、ドラマや映画なんかでも銃や刀は山ほど出てくる。
   私らにだけやめろというのは、やはりおかしな話だな」

揺杏「さすがに協会ブラックリストのトップはしぶといねー。じゃあこれからも使うつもり?」

智葉「無論だ」

揺杏「ダヴァンさんも?」

ダヴァン「ロンオブモチ!」

揺杏「そっか……はあ、今年の個人戦は決まりか……」

智葉「まあな、技のキレを磨いた私に死角はない。こいつで去年の借りを返す」

揺杏「いや、辻垣内さんじゃないよ」


智葉「これでもまだ宮永には敵わないと言いたいのか?」

揺杏「違うよ。宮永さんでも優勝はムリだね」

智葉「……私でも宮永でも勝てない相手がいると?」

揺杏「うん。断言するよ」

智葉「どこのどいつだ。教えろ」

揺杏「わかるかな。姉帯さんだよ、宮守の」

智葉「姉帯? 確かに厄介な打ち手ではあるが、そこまでとは思えんな」

揺杏「そりゃ今まで一度も本気出してないからね。でもあんたらが銃だの刀だの使うんなら、
   あっちも遠慮なく使ってくることになる」

智葉「……わからないな、そんなに驚異的な隠し球なのか」

揺杏「まあ、どうせ個人戦でやられるだろうから、冥土の土産に教えてあげるよ。
   姉帯さんって去年まで村から出られなかったんだよ」

ダヴァン「ムラ社会というやつでスネ」

揺杏「なんでかっていうと、不思議な力があって、それがあまりに強力なんで、
   使い方を誤ると人を壊しかねないって恐れられてたんだ」


智葉「不思議な力?」

揺杏「詳しくは知らないけど、それを麻雀に応用してるみたいだね。
   監督さんがなんとかかんとか連れ出して今の学校にいるらしいよ」

ダヴァン「故郷を離レテ……ちょっと親近感デス」

揺杏「高校で打つようになってしばらくしてから、六つある力のうちの二つは封印したんだ。
   練習中に部員が気を失って、これは危険だって監督が禁止令出したみたい」

智葉「まあ、気を失うぐらいはあるかもしれないが」

揺杏「臼沢さんに塞がれた状態で、危険察知能力は随一の小瀬川さんが受けてだよ」

智葉「……先手必勝、やられる前にやるだけだ」

揺杏「まあムリだね」

ダヴァン「どうしてでスカ」

智葉「おまえは知ってるのか、どういう力なのか」


揺杏「んー、本来他チームの情報は流したくないんだけど、選手生命に関わるから特別だよ」

ダヴァン「選手生命……」

揺杏「一つは“大安”っていう防御の力で、白装束を纏って自分に害をなすものを無効化するんだって。
   元々は埋蔵金伝説を追って村に侵入する無法者を撃退するためためのもので、
   銃弾も刃物も通さなかったらしいね」

智葉「ちょっと待て、イメージの話だよな?」

揺杏「そのはずなんだけど……」

智葉「……二つ目は」

揺杏「防御ときたら攻撃だよね、“仏滅”だよ。自分の身長より長い柄の大鎌でね、
   そりゃあ腕も長くて射程距離長いから、どんなに逃げても気づいた時には首の後ろに刃が……」

智葉「……」

揺杏「それで、ちょん、と。背中を見せたら斬られる。対峙しててもいつの間にか後ろから
   ばっさりいかれてる。ついた呼び名が“背向のトヨネ”」

ダヴァン「……」

揺杏「今でもその村には白無垢の死神の伝説があるってさ」


智葉「……は、地方にはよくある民間伝承だろう。
   だいたい、そんな力があるならなぜ2回戦で使わなかった。なぜ今になって使おうというんだ」

揺杏「向こうのブロックの2回戦にも、マナー悪くて今日注意した人は何人かいたよ。
   でも武器まで使ってる人はいなかったから自重してたんでしょ」

智葉「……」

揺杏「それで負けちゃった後こっちのブロックの試合見たら刀やら銃やら使ってるから、
   なんだー使ってもいいんだ、って感じかな」

ダヴァン「サトハ、どうしまショウ……」

揺杏「宮守の監督も2回戦で負けるとは思ってなかったらしくて、今までは止めてたけど、
   団体戦の決勝見て解禁するか決めるんだって」

智葉「つまり、我々がこれまでどおりの闘い方をすれば、あいつも対抗してくるということか……」

揺杏「そ。辻垣内さんなら個人戦でもまず決勝まで行くだろうね。ま、いつも斬る側だったから、
   たまには斬られる経験もいいかもなー。それだけじゃ済まないだろうけど」

智葉「なんだ、なにがあるというんだ」


揺杏「……これ絶対ここだけの話ね、マジ。小瀬川さんの名誉のためにも」

ダヴァン「誓いマス」

揺杏「それ喰らったとき、イメージとはいえ自分の首が体から離れて転がってく感覚がして、
   ゲロって失禁しちゃったんだって。宮守が気心知れた仲間だけの小コミュニティでよかったよねー」

智葉「……」

揺杏「臨海って部員何人いるんだっけ。あ、そういうレベルの話じゃないか。
   もしかしたらプロも注目する全国決勝の舞台で、だもんなー」

智葉「い、いや、その前に1回戦でそんな事態になればもう使おうとはしないはず……」

揺杏「それはないと思うよ。かなり強い相手じゃないと最終兵器使うまで至らないだろうから。
   それにもしそうなっても、1回解禁されたらもう止まらないはずだよ」

ダヴァン「なぜでスカ?」

揺杏「姉帯さんってずっと閉鎖的な村で育ったから、それが悪いことって感覚ないみたいよ。
   実際村で無法者を相手にしてたときも、躊躇なく斬り捨てて笑うんだって。
   無邪気に“あはは、首ちょんぱだよー”って」


智葉「……」

ダヴァン「ク、クレイジー」

智葉「……」

ダヴァン「サトハ?」

智葉「……」

ダヴァン「サトハ、大丈夫でスカ」

智葉「……メグ、明日は決闘(デュエル)はなしだ」

ダヴァン「え、じゃあサトハモ……」

智葉「ステゴロでいく。いや勘違いするなよ、私はあいつを恐れたわけじゃない。
   だが万が一そこらの並の選手が喰らって、大会が中止にでもなったらたまらないからな」


ダヴァン「武士の情けでスネ」

智葉「私もおまえも、決勝だろうが得物を使わなくても充分だしな」

ダヴァン「イヤ、私はチョット……」

智葉「おまえは個人戦出ないからって、自分だけ使おうとするなよ。絶対だぞ」

ダヴァン「わかってマス。サトハのオモラシは見たくないですカラ」

智葉「恐れてないと言ってるだろーが」

ダヴァン「あ、オムツ履いて闘うのはどうでスカ?」

智葉「……!」

揺杏(なに“その手があったか”みたいな顔してんだよ)

――――――――――――――――――――――――――


揺杏「終わった……あ~~しんどかったあああぁぁ~!」

郁乃「岩館ちゃ~ん、お疲れ~」

揺杏「あ、赤阪さん。どうもです」

郁乃「帰ってくときのみんなの様子見てると、だいたい上手くいったみたいやね~」

揺杏「こっちはいっぱいいっぱいでしたけどねー」

郁乃「最後の2人と石戸さんあたりは難しいかな~て思ったけど、相当効いてたみたいやで~。
   あんまり情報集められなかったのに、ようやってくれたな~」

揺杏「そこはもうあることないこと吹き込んで、一世一代のハッタリかましましたよ。
   絶対麻雀より向いてますね、悲しいことに」

郁乃「ありがとな~。私ゆっくりしか喋れなくて、攻め立てるの苦手やから。
   岩館ちゃんみたいな口が上手くて度胸ある子が見つかってよかったわ~」

揺杏「いやー内心ビビりまくりですよ。個人戦終わるまではバレないことを祈ります。
   私の身の安全は保障してくれるんですよね」

郁乃「そこはなんとかするから安心しいや~。ホンマに危なくなったら元傭兵の人とかに頼むからな~」

揺杏「お願いしますよ、マジで」


郁乃「私よりは全然リスクないからなんとかなるって~」

揺杏「まあそうですよね。麻雀協会の名を騙って勝手なこと企画してる赤阪さんの方が、
   立場上ヤバイよなあ……」

郁乃「ま、リスクの分の見返りは期待できるからな~。岩館ちゃんにとっても悪い話やないやろ~?」

揺杏「……決勝校のどこかが戦意喪失して辞退してくれれば、準決勝で敗退した4校に
   繰り上がり出場のチャンスが来る、か。そう上手くいくかなー」

郁乃「それはあわよくばってぐらいやで~。他にもいろいろ旨みがあってな~。
   決勝がこのままあの4校だったとしても、しょっぱい試合になるやろ~?」

揺杏「まあそーですね。エース格の人たちが得意技使わないとすれば。
   他の面でも大分精神揺さぶりましたからね」

郁乃「そうなったら準決で力使い果たしたんやな~って、準決が名勝負扱いされるやろ~。
   各局のインハイ総集編でも、尺めいっぱい取ってもらえるかもわからんな~」

揺杏「あー、メディア露出が増えるのはうちとしてもありがたいですね」

郁乃「一番の狙いは個人戦やけどな~。そっちも出るやろ~?」

揺杏「あ、はい。獅子原ってのが一応」

郁乃「うちは洋榎ちゃんが出るからな~。ライバルはできるだけ蹴落としておきたいやろ~。
   勝負は卓に着く前から始まってる、ってヤツやな~」


揺杏「まあ、それは……。でもいいんですか、愛宕さんもがっつり落としちゃいましたよ」

郁乃「高校生でも強い子らなんかは横のつながりってあるからな~。この企画で洋榎ちゃんが
   呼ばれてなかったら不自然やろ~。あとでフォローしに行くわ~、好きに打っていいって」

揺杏「なるほどねー。でもそうなるとうちが疑われるんじゃないの?
   ベスト8で呼ばれてないのうちだけだし」

郁乃「やぁ~ん、そこは岩館ちゃんが呼ばれたことにしたらええよ~。
   元々有珠山の子らは変なクセないから、そのぐらいが自然やろ~」

揺杏「そうですかね……」

郁乃「手伝ってくれてありがとな~。たぶんコクマとか来年以降にも効果アリやで~」

揺杏「愛宕さんの健闘を祈ります」

郁乃「獅子原さんもな~。ほな行こか。
   あ、岩館ちゃんは賢いからわかってるとは思うけど、ここでのことは他言無用な~?」

揺杏「もちろんですよ……」


 正直、ヤバイ人に関わってしまったと思った。チームに対する異常なまでの献身は、
裏を返せば他は踏み台に過ぎないということで、私も例外でなく捨て駒の扱いだろう。
それでもメリットを考えると飛びつきたいぐらいの話ではあったし、敗退の一因になった負い目から、
こっちも最大限利用してやろうと思った。

 かくして、翌日の団体戦では前評判を裏切る凡戦の連続に加え、
大将戦開始時に1位でバトンをもらった清澄がオーラス数巡でゴミ手の和了り、
個人収支はプラマイゼロというなんとも消化不良な優勝を決めた。


 迎えた個人戦では、赤阪さんや私の目論見どおり、
周囲の有力選手の不調を尻目に普段どおりの強さを発揮する爽と愛宕が決勝進出を決める。

 調子の上がらない宮永照は、それでも安定の勝ち上がりを見せた。
去年の1位と3位が激突した準決勝では好試合が期待されたが、
姉帯の「あはは、頭ハネだよー」の一言に激しく取り乱した辻垣内が
懐に隠し持ったドスを抜き警備員に取り押さえられる珍事があり、宮永が労せず決勝に駒を進めた。

 最後の1人は宮永咲。1回戦から準決勝まですべて3万点とちょっとで1位抜けという
素人目には棚ぼたに映る勝ち上がりだったが、その魂を喰らうような闘牌姿に、
麻雀打ちは誰もが恐れおののいていた。


 決勝戦はもう地獄絵図だった。敵意をむきだしにする宮永姉妹の瘴気にあてられた爽と愛宕は、
宮永咲が狂気に満ちた顔で靴下を取り払った時、こみ上げる不快感が限界破裂、ついに卓上にぶちまけた。
それと同時に、宮永照がツモるはずみに妹の下腹部にブーメランフックをかすめてしまったショックで
宮永咲のダムは決壊。あまりの惨事に試合中止、優勝者なしという前代未聞の幕切れとなった。

 数々の伝説を打ち立てた第71回インターハイを境に選手たちの力は低迷し、
トップ選手でも地味な試合ばかりの高校麻雀の人気は廃れていった。


郁乃「久し振り~。1年ぶりやね、元気しとった~?」

揺杏「まあぼちぼち。ちょっと責任感じてますけどねー」

郁乃「ここまで影響出るとはね~。ま、おかげでシード復活したけどな~」

揺杏「おめでとさんです」

郁乃「有珠山も初出場から2年連続全国出場なんてすごいやないの~」

揺杏「ほんと奇跡っすよ。うちはエースのワンマンで来てるようなもんですけどねー」

郁乃「真屋さん上手くなったな~。個人戦も出るんやろ~?」

揺杏「爽の仇を取るって燃えてるんですよ。
   本人は決勝まで行けたから充分すぎって、全然気にしてなかったんだけど」

郁乃「洋榎ちゃんもネタになっておいしいって言うてたな~。メンタル強くて感心するわ~」

揺杏「……それで、またなにか企んでるんですか?」

郁乃「人聞き悪いこと言わんといてや~。今度は正真正銘の麻雀協会からの話やで~」

揺杏「あ、ほんとにつながりあったんですか」

郁乃「これでもちゃ~んとした監督さんになろうとがんばってるんやから~」

揺杏「それ去年も言ってませんでしたっけ。……え、協会が? なんの話ですか?」

郁乃「麻雀人気冷え冷えやろ~? そやからバイオレンス感出して見栄えするように、
   選手たちにもっと激しく打ち合ってほしいんやて。
   講師選んでいいって言われたから岩館ちゃん指名しといたわ~」

揺杏「はあ、別にいいですけど。……それで、どんな旨みがあるんですか?」

郁乃「あら~、抜け目ないな~」

揺杏「うちは去年に倣ってエースを大将に持ってくるスタイルにしたもんで、
   私が先鋒なんですよ。消去法的に。もうね、なりふり構ってらんなくて」

郁乃「知ってるで~。まあ、情報はばっちり押さえてあるから安心してや~。
   協会のとは別に私の特製の裏情報をな~」

揺杏「怖いなあ。ほんと、敵には回したくないね……」

――――――――――――――――――――――――――


由暉子「失礼します……あれ、揺杏先輩」

揺杏「や。まあ座りなよ」

由暉子「先輩も呼ばれたんですか? 麻雀協会から話があるって言われて来たんですけど」

揺杏「ふふふ……何を隠そう、私がその麻雀協会お抱えの講師なのさ」

由暉子「え、なんで先輩が、え、なん、あれ?」

揺杏「混乱してるねームリもないけど。いやちょっとしたツテでやることになってさー。
   でもよかったね、呼ばれたってことは全国でも有力な選手って認められたってことだよ」

由暉子「はあ……」

揺杏「この企画だと今やほとんどの選手が対象になるからねー」

由暉子「これ、なんの企画なんですか?」

揺杏「なんだと思いますぅ~?」

由暉子「いちいちそういうのはさまないでく」

揺杏「全国のマナ良どもに説教する」



終わり

思い付きでいろいろ書いたけどsakiキャラみんな好きです。
本当は代行はただの空気読めない頑張り屋であってほしい。
ありがとうございました。

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