【話伽】古の力と四人の戦士/01 (227)


昔々。

まだ精霊と人間が共にいた時代のお話し。

精霊と人間はたくさんの自然と一緒に、仲良く暮らしていました。

ある日、精霊は友好の証しとして人間に精霊の石を与えます。

人間は精霊の石によって様々な恵みを得ました。

しかし悲しいことに……

時が経つにつれ、人間は精霊への感謝を忘れていきました。








ーー人間に、友達に裏切られた


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精霊達は悲しみ、精霊石の輝きを奪ってしまいます。

すると、あっと言う間に空は暗闇に包まれてしまいました。

その時に生まれたのが、暗闇の妖精です。

生まれたばかりの暗闇の妖精は、ひとりぼっち。


ーーひとりぼっちは寂しい


そう思った暗闇の妖精は、自分を生んだ精霊達をさがします。

それはそれは一生懸命になってさがしました。

ですが中々見つかりません。


暗闇の妖精は寂しくて毎日泣いていました。

それから数日世界中を飛び回り、やっと精霊達を見つけました。

しかし精霊達は友達になってはくれませんでした。

精霊と違い生まれ出てから人間の嫌な部分しか見ていない暗闇の妖精。

暗闇の妖精には精霊達しか頼れる者はいなかったのです。

しかし精霊達は歓迎してはくれません。








ーー何で、友達になってくれないの?


暗闇の妖精が、そうたずねると


ーーお前の力は闇の力、友達にはなれない


と、言われてしまいます。

暗闇の妖精は、一人ぼっち……

洞窟でしくしく泣いていると一人の精霊がやってきました。

洞窟に現れたのは火の精霊でした。


うつむいたままの暗闇の妖精に


ーー大丈夫

ーー俺が、君を照らしてあげるから


と、火の精霊は笑顔で言いました。


優しくて温かい笑顔。

暗闇の妖精はそれが嬉しくて、たくさんたくさん泣きました。

暗闇の妖精は、火の精霊の優しい笑顔と言葉に救われたのです。

それから二人は他の精霊に内緒にして、洞窟で話すようになりました。

いくら生まれたばかりとは言え

暗闇の妖精が自分の気持ちに気付くのにそう時間はかかりませんでした。

暗闇の妖精は、優しく明るい火の精霊に惹かれ……








ーーー遂には愛してしまったのです


ですが他の精霊達がそれを許すわけがありません。

暗闇の妖精は闇の力を持ちます。

そのために、仲良くすることを決して認めなかったのです。

それから他の精霊達は二人が会えないように邪魔しました。


ーーどうしたんだろう?


いつも会いに来てくれる火の精霊が、いくら待っても来てくれない。

優しい火の精霊が嘘をつくなんて考えられない。


ーーもしかしたら、なにかあったのかもしれない。


心配になった暗闇の妖精は洞窟を抜け出し、こっそり精霊達の所に行きました。

するとそこで、精霊達が話しているのを聞いてしまったのです。

ひとりぼっちに戻った暗闇の妖精は、自分にいじわるする精霊達を


ーー憎みました


暗闇の妖精は人間の心を暗闇に染め

いじわるした精霊達にしかえしをしようと考えました。

しかし妖精の力はあまりに強すぎました。

数日と経たず、世界は怒りと憎しみに包まれ……

人間は戦争を始めてしまったのです。

精霊達の呼びかけにも応じず争いを止めない人間。

精霊達は国中を飛び回り、それが暗闇の妖精のしわざだと突き止めました。

その力を危険だと感じた精霊達は、暗闇の妖精を消し去ることを決めます。


火の精霊だけは反対しました。

暗闇の妖精は自分達が生み出した存在。

ならばきっと仲直り出来るはずだ。

人間も精霊も必要だからこの世界に生まれた。

ならば暗闇も世界に必要な存在だろう、と。

必死に説得しましたが

その言葉はみんなには届きませんでした。


ーー人間を救うためには、暗闇の妖精を消し去るしか方法はない

ーー消し去さらない限り、戦争は終わらない

ーーそうしなければ人間が滅びてしまうだろう


それを知った火の精霊は悩んだ末…

人間のために戦うことを決意しました。

こうして四精霊は四人の若者の力を与え、暗闇の妖精に戦いを挑んだのです。

しかし暗闇の妖精の力を前に、四人の若者は倒れてしまいます。

四精霊は暗闇の妖精を消し去るため、全ての力を四人の若者に与えました。

全ての人間達と、四人の勇気ある若者の未来を想って……

四人の若者は精霊そのものとなり、再び立ち上がります。

四人の若者は諦めてなどいませんでした。

そして……

精霊を宿した四人の若者と、暗闇の妖精の本当の戦いが始まりました。







ーー消えたくない


暗闇の妖精はその一心で一生懸命戦います。

愛する火の精霊を失い

おおつぶの涙を流しながら……

壮絶な戦いの末、暗闇の妖精は負けてしまいました。

暗闇の妖精は消える間際、つぶやくように言いました













ーーいつの日か

ーー貴男が私を照らしてくれると信じています


【お話し】

「またその話しか。リリヤ、お前も飽きないな」

リリヤ「いいでしょ。教えてあげてるんだから」

「俺はそんな話しは聞いた事がない。リリヤはそういう物語りに詳しいのか」

リリヤ「まあね。好きなんだ、こういう昔話し。なんか素敵じゃない」ウン

「素敵か、悲しいだけだ。俺には分からない」

リリヤ「はぁ…ルイには分からないの?」

ルイ「何がだ」


リリヤ「この妖精の寂しさとか、火の精霊に恋する気持ちとかさぁ」

ルイ「さっさと想いを伝えていれば、そんな大事にならずに済んだろう。」

ルイ「そうしていれば誰も悲しまずに済んだ。とは思う」

リリヤ「二人の仲を邪魔した精霊がいたから伝えられなかったんじゃない」


ルイ「まあ、結果だ」


リリヤ「なによ?」

ルイ「人間も精霊も悪い。結局は誰も救われない話しだろう」


リリヤ「えー、それを言ったらお終いだよ……」

ルイ「事実そうだ。その昔話しが本当だとしたら、だけどな」

リリヤ「あのね、ルイ」


ルイ「なんだ」


リリヤ「それ、なんとか出来ない? あんまり笑ってくれないし」

ルイ「俺は前からこうだろう。今更変えられない」

リリヤ「……もしかして私と暮らすの、嫌?」


ルイ「嫌だったら、とっくに出て行ってる」

ルイ「緑に囲まれた静かでいい場所だ。気に入ってる」

リリヤ「……私は?」ジッ


ルイ「よせ、そんな顔で見るな」フイッ


リリヤ「あ、照れてる。ふっふっふ、可愛い奴め」

ルイ「うるさい。それより、爽風の街に買い物に行くんだろう」

ルイ「そろそろ行かないと日が暮れるぞ」

リリヤ「へへっ、照れちゃって」


ルイ「いいから行くぞ。来い」スッ

リリヤ「は、はいっ」ギュッ

ルイ「いいか、まだ治りかけなんだ、あまり無理はするな」

ルイ「それと、具合が悪くなったらすぐに言え。いいな」

リリヤ「り、了解!!」


ルイ「どうした」


リリヤ「へへっ、ううん。何でもないよ?」

ルイ「そうか。なら、行くぞ」

リリヤ「(あっ、そう言えば、あの時もこんな感じだったっけ……)」

ガチャ…パタン……


【回想/眠り人】

リリヤ「暗闇の妖精は、一人ぼっち。か」

ペラペラ……パタン…

リリヤ「私も、一人ぼっち」チラッ

ルイ「………」

ううん、今だけは違う。

ずっと寝てばかりのこの人を入れたら二人だし。

三日くらい前、街から帰って来たら家の前に男の人が倒れていた。

放ってはおけないし看病してみたけど……

ルイ「………」


リリヤ「(怖い人だったらどうしよう。今更だけど……)」


ルイ「……さっきの話し。随分と寂しい話しだな。」

リリヤ「えっ!?(聞かれてた!?あぁ、恥ずかしい)」

ルイ「どうやら助けられたみたいだな。礼を言う。」

リリヤ「いえ、お礼なんて……体の方はもう平気なんですか?」

ルイ「ああ、もう大丈夫だ」


ルイ「きっと歩き通しで疲れたんだろう。」

リリヤ「そうですか……」

リリヤ「(旅してるのかな?無愛想な感じだけど怖い人ではなさそう)」

ルイ「どうした?」

リリヤ「えっ?いえ、何でもないです。」

ルイ「そうか」

リリヤ「は、はい」


ルイ「………」

リリヤ「………(間が、間が保たない!!空気が重い!!)」

ルイ「ああそうだ」

リリヤ「なんでしょうか?」ビクッ

ルイ「俺の名前はルイ」


ルイ「ルイ・フォルテアだ。改めて礼を言う、ありがとう」

リリヤ「あ、私はリリヤ・オーベルどす(あ、噛んじゃった)」


ルイ「ふっ、どすって……」

リリヤ「私は、リリヤ・オーベル。ですっ!!」

ルイ「いや済まない。馬鹿にしたわけじゃない。だだ、面白かっただけだ」

リリヤ「(くぅ、真顔で言われると何も言えない。いっそ盛大に笑ってくれい……)」


ルイ「なあリリヤ」

リリヤ「はい?(いきなり呼び捨てだとぉ?まったく最近の……)」

ルイ「迷惑でなければ世話になった礼がしたいんだ」

ルイ「俺に何か出来ることはないか?」

リリヤ「(と、思いきや案外礼儀正しい。何だか変な人)」

ルイ「??」

リリヤ「じゃあ庭の草むしっ…けほっ、けほっ…」


ルイ「おい、大丈夫か?」


リリヤ「けほっ、けほっ…」

リリヤ「大丈夫です。すぐ、良くなります…から」

ルイ「顔色が悪い。医者に」

リリヤ「はぁはぁ…けほっ……」


リリヤ「すぅ、はぁ、もう大丈夫ですから」


ルイ「そうか」

リリヤ「(ちょっと無理し過ぎたかな?でも少し休めばすぐ……)」クラッ

ルイ「!!」ガシッ

リリヤ「けほっ、けほっ…」

ルイ「おい、しっかりしろ。近くに医者はいるか?」

リリヤ「家を……出て見える…街に……」


ルイ「街に行けばいいんだな?」


リリヤ「はぁ、はぁっ…」コク

ルイ「街までおぶって行く」

ルイ「辛いだろうが、それまでは何とか我慢してくれ」

ルイ「この毛布と帯紐を借りるぞ」

…ファサッ…グイッ…ギュッ…

ルイ「よし。大丈夫か?しっかりしろ」

リリヤ「はぁ、はぁ…」

ルイ「すぐに連れて…ぐっ!!」ヂリッ


『もう、あんな思いはしたくない』


ルイ「痛…何なんだ、今のは」

リリヤ「けほっ、どうか、したん…ですか?」

ルイ「いや何でもない。行くぞ」


ガチャ…バタン…

次回 【回想/手段】

前話 古の力と四人の戦士
古の力と四人の戦士 - SSまとめ速報
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【回想/手段】

医師「注射して大分落ち着いてきたね、後で薬を出すから」

医師「飲み薬を続ければすぐに良くなるよ」

医師「今はさほど珍しい病ではないからね」

ルイ「そうか」


リリヤ「……すぅ…すぅ…」


医師「しかし、よくもまあ今まで耐えれたものだよ」

医師「と言うより、こんなに悪化するまで放っておいたのが不思議だね」

ルイ「……あんたは腕が良く、薬の調合にも秀でていると聞いた」

医師「へえ、それは嬉しいねえ」

ルイ「だが他の医師よりも多く金を取るとも聞いた」

医師「それを聞いても迷わず私の所に来たわけだ。」


医師「赤の他人を救う為に」


ルイ「ああそうだ」

医師「ふーん、そっか。でも金はないと……」

ルイ「ああ」

医師「それじゃ仕方無いね」

医師「知り合いの怖い人達にお願いして何とかしてもらうけど……」

医師「それでもいいよね?」ニコッ

ルイ「待て、その怖い人達ってのはどこにいる」

医師「ふむ、それを訊いてどうする気なのかな?」


ルイ「そいつらに会って、今日中に金を得る」


医師「あははっ、キミは面白いな」

医師「私はキミのような人、好きだよ?」スッ

ルイ「止せ、金は幾らだ」

医師「……女の誘いを断ったから20万にした」

ルイ「誘いに乗っても20万だったろう」


医師「あははっ、鋭いね」


ルイ「で、そいつらは何処にいる」

医師「酒場にでも行けば会えるんじゃないかなあ」

ルイ「まだ昼間なのに酒場にいるのか。まあいい、行ってくる」

医師「まさか強盗でもする気?」

医師「そこまで馬鹿には見えないけど一応訊かせてよ」


ルイ「それは会ってから決める」

医師「ふむふむ、まっ、気を付けてね」

ガチャ…

医師「あ、今日中とは言ってもそんなに遅くまで待てないからね?」

医師「そこら辺はよろしく。それまでこの子は人質にしておくからさ」


医師「あんまり遅いと、待ちくたびれて殺しちゃうかもよ?」


ルイ「安心しろ、すぐに戻る。それまで人質には手を出すな」

医師「はいはーい」

バタン…

医師「うーむ、初めて断られた。あんな男もいるんだねー」チラッ

リリヤ「すぅ…すぅ…」

医師「と言うより、こんな小娘に負けるとは悔しいなあ。どれどれ」

モミモミ…サワサワ…

医師「こんなものは、さっさと垂れちゃえ」


【回想/大胆交渉】

地下拳闘場

胴元「……もう一度言ってくれ。それは本気か?」

胴元「撤回するなら今のうちだぞ?」

ルイ「俺が勝ったら100万貰う」

ルイ「で、明日からあんたの選手として此処で稼ぐ」


胴元「お前が負けた場合はどうする?」


胴元「オレには一銭の足しにもならないんだぞ?」

ルイ「負けないさ」

ルイ「さっきもそう言ったはずだが、聞こえなかったか?」

胴元「……そうか、いいだろう。受けてやる」

ルイ「助かる」


胴元「ただ……」

ルイ「ただ、何だ」

胴元「お前が半端な強さじゃあ大して稼げない」

ルイ「何が言いたい」


胴元「ウチの看板拳闘士と戦ってもらう」


ルイ「いいだろう」

胴元「後悔するなよ」

ルイ「しないさ。先に上がって待ってる」ギシッ

ルイ「対戦相手の準備が出来たら言ってくれ」


胴元「(身長は高い、体も無駄なく絞られている。が、あの自信は何処から来る?)」

胴元「(確かに素材は良い。しかし、そこまで慣れているようには思えない)」

拳闘士「胴元、準備出来ました」

胴元「……嘗めて掛かるな、徹底的に叩き潰せ」

拳闘士「はい」ギシッ


胴元「待たせたな。始めるぞ」


ルイ「一つ確認したい」

胴元「何だ」

ルイ「脚以外ならいいんだったな。何をしても」

胴元「ああ、ルールはそれだけだ」

次回 【回想/彼の価値】

今日はここまで、ありがとうございました


【回想/彼の価値】

ザワザワザワ…

拳闘士「(捌きが上手い、目も良い。オレの拳が見切られている)」

ルイ「(思ったより速いが、問題はどうやって倒すかだ)」

ルイ「(あの体格であの首、余程の衝撃を与えない限り倒れはしないだろう)」


『おい、誰だよアイツ』

『知らねえよ』

『いきなり来て胴元さんに100万要求したんだってよ』

『はぁ!?よく殺されなかったな』

『でも、見ろよあれ』


拳闘士「(まだ手を出さないつもりか、ならば)」ブンッ

ルイ「(振りが大きい。潜り込むか?)」タンッ

拳闘士「(喰らえ……)」グンッ

ドガッッ…


ルイ「何でもあり、か。今のは危なかった」

拳闘士「(入り込んだ所に肘を合わせようとしたが、こいつ……)」


『と、止めやがった!!』

『丸太みてえな腕を、あんな細腕で……』

『あの野郎、まだ一発も打ってないぜ?』

『なめてんのか?』

『……いや、それはないだろう』

『アイツ、何か考えがあるのか?』

『どんな策があろうが倒せっこねえよ』


ルイ「(出来れば一撃で終わらせたいが)」

拳闘士「(ロープ際まで押し込んで、接近戦に持ち込む)」ダッ


ヒュッ…ブンッ…バシッ…

ルイ「(中々、思い通りには行かないな)」

拳闘士「(追い詰めた。このまま一気に仕掛けるか?)」

ルイ「(ここだ)」ズッ

ガンッ…

『頭突き?』
 
『狙いはこれか?』

『いや、あの程度であの人は倒れない』


拳闘士「(次はないのか?)」

ルイ「………」

拳闘士「(いや、下手に警戒するな。手数で圧す)」



ルイ「(やっと乗って来たか)」ダッ

拳闘士「(ロープ際を嫌った?しかし何故背を向ける?)」

拳闘士「(先程の動きからして只者ではないのは確かだ。罠か?)」ダッ

ルイ「(来い)」ユラ

拳闘士「(迷うな、このまま打ち抜け)」ズッ

ルイ「(……悪いな、少し眠ってくれ)」グルンッ

拳闘士「(なっ、回っ!?)」


ドガッッ…ドサッ…


ザワザワザワ……

拳闘士「(オレが倒れている?オレは殴られたのか?どこから殴られた?)」

拳闘士「(視界から消え、目の前に、組んだ拳が迫って……)」

拳闘士「(そうか。上から叩き付けるように、両拳を振り抜いたのか……)」

ルイ「掴まれ」スッ

拳闘士「ああ、済まないな」スッ


ガシッ…グイッ…


ルイ「あれで気を失わないとは、驚いたな」

拳闘士「よく言う……」

拳闘士「やはり、背を向けた時に警戒すべきだったな」


ルイ「気付いていたのか」

拳闘士「背を向けた時、何かあるとは感じたよ」

拳闘士「だがそれでも、オレの拳の方が速く届くと思った」

拳闘士「最後の一撃まで手を出さなかったのは見せたくないからか?」

ルイ「ああ、一度しか通じない攻撃を避けられたら困る」

ルイ「だから拳は絶対に見せなかった」

拳闘士「大した奴だ。まんまとやられたよ」

ザッ…

胴元「………」


拳闘士「胴元、申し訳ありません」

胴元「よせ、頭を上げろ。その男は強いか?」

拳闘士「強いです。紛れもない、本物です」

胴元「そうか、ご苦労だった。今日は休め、『これから』も頼むぞ」


拳闘士「!! はい、ありがとうございます」


胴元「……ルイ、だったな」

ルイ「ああ」

胴元「約束の100万だ。受け取れ」

ルイ「…………」

胴元「どうした?」

ルイ「いや、まさか本当に100万出すとはな」


胴元「約束は守る。でなきゃ裏ではやって行けない」

胴元「信用を失えば殺される。誠実な奴が生き残る」

ルイ「息苦しそうな世界だな。取り敢えずこれは貰って行く」

ルイ「仕事の話しは明日にして欲しい。急いでるんだ」

胴元「いいだろう。では明日、また此処で会おう」ザッ


ザッザッ……ピタッ…

胴元「ああそうだ。ルイ、約束は破るなよ?」


胴元「急に女……リリヤ・オーベルがいなくなるかもしれん」

ルイ「知ってたのか、耳が早いな(どおりで試合中に姿が見えないわけだ)」

胴元「逃げられでもしたら100万の損だからな」

ルイ「安心しろ。約束は破らない、逃げもしない」

ザッザッザッ…

胴元「……不思議な奴だ」

次回 【回想/支払い】

※主要人物のみ名前あり。
多くなったらまとめたりします。

おつ
待ってた


【回想/支払】

ルイ「約束の20万だ。受け取れ」

医師「あれ、随分と早かったね」

医師「一体どんな魔法を使ったのかな?」


ルイ「お前には関係ない」


医師「冷たいなあ。ま、お金貰ったからいいけどねー」

ルイ「頼みがある」

医師「ふむ、いきなりだね。なにかな?」

ルイ「此処に来たことをリリヤに知られたくはない。面倒だからな」

ルイ「それと、もう誰にも口外するな」


医師「んん?ちょっと待って」

ルイ「何だ」

医師「『もう』って、どういう意味かな?」

ルイ「奴等にリリヤの名、事の経緯を話したのはお前だろう」

ルイ「些細な情報で幾ら儲けたかは知らないが、もう誰にも話すな」

医師「いやいや凄いね。大当たり、キミの想像通りだよ」

医師「話したのは私。胴元さんとは付き合いがあってね」

医師「で、頼み事はそれだけかな?」

ルイ「取り敢えず1ヶ月分の薬が欲しい。30万出す」

医師「口止めと薬代にしては高いね。どういうつもり?」


ルイ「次からは少し安くしてくれ」

医師「あははっ、キミは本当に面白いなあ。久々に笑ったよ」

医師「分かった分かった。考えておく」

ルイ「助かる」


リリヤ「…すぅ…ふぅ…」

ルイ「ところで、もう家に帰しても平気か」


医師「もう安心していいと思う」

医師「でもあの子、体が弱いみたいだから無理させないようにね」

ルイ「そうか、分かった。世話になったな」

医師「ちょっと待った」

医師「個人的に訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

ルイ「答えるかどうかは内容による」


医師「じゃあ質問」

医師「キミは、何故そこまで出来るのかな?」

医師「見た感じからして、あの子とはそこまで深い仲ではなさそうだ」

医師「恋人や友人を助ける風でもない」


ルイ「……何が言いたい」


医師「キミはどれとも違うんだよ」

医師「例え恋人や友人であっても、そこまで出来る人間はそういない」

医師「でもキミは彼女を助けた」

医師「危ない橋を渡り、私に50万もの大金を払って……」

医師「何故だか訊かせてくれるかな?」

ルイ「分からない。ただ、そうすべきだと感じた」


医師「うん、キミは病気だね」

医師「はっきり言ってキミはおかしいよ?」

ルイ「何とでも言え」

医師「やれやれ、お人好しも行き過ぎれば死ぬよ?」


ルイ「死なないさ。悲しませるのも悲しむのも御免だからな」


医師「……まあ、馬鹿に付ける薬はないと言うからねー」

ルイ「うるさい。もう質問は終わりか?」

医師「うん。もう帰っていいよ」

ルイ「なあ」

医師「なにかな?」


ルイ「俺からも、一ついいか」

医師「どーぞ」

ルイ「もっと自分を大事にしたらどうだ」

医師「余計なお世話だよ」

ルイ「お互い様だ」

リリヤ「すぅ…すぅ……」

グイッ…ギュッ…

ルイ「もう行く。世話になったな、ありがとう」

ガチャ…バタン……

医師「……キミは、まるで分かってないよ」

医師「その優しさが、人を傷付けることだってあるんだ」


【回想/夜のお話し】

リリヤ「……う…ん…」

ルイ「目が覚めたか。具合はどうだ」

あの時と立場が真逆だ。

こんなはずじゃなかったのに、沢山迷惑かけちゃったな……

リリヤ「大分、楽になりました」

ルイ「そうか、良かったな」

リリヤ「あのっ、本当にありがとうございます。助かりました」

リリヤ「ルイさんも目が覚めたばかりなのに……」

ルイ「気にするな。俺がしたくてしただけだ」

ルイ「今は何も気にせず休め」


リリヤ「お薬とか、その……お金とか色々」

ルイ「いいんだ」

リリヤ「でも、何かお返ししないと」

ルイ「なら一つ頼みがある」

ルイ「もう夜更け、街に行くのは面倒だ」

リリヤ「??」

ルイ「……だから、お前が良ければ泊めて欲しい」

顔を背けながら、でも、はっきりした声だ。

耳、少し赤くなってる……

もしかして、恥ずかしいのかな?

何だか意外。

今日話したばかりだけど、私が思ってたような人じゃない。


リリヤ「こんな家で良ければ……」

ルイ「済まないな」

この人は優しい。

態度とか表情とか、言葉で示す人じゃない。

この人は、ルイさんは行動で示す人なんだろう。

ルイさんがいなかったら、一人ぼっちだったら……

私は死んでいたかもしれない。

だけど何で?

リリヤ「何で、そんなに優しいの?」

浮かんだ言葉は

私を無視して飛び出した。


しまった。

そう思ったけど、もう遅い。

この時、ルイさんが初めて困ったような顔を見せた。

その顔をじっと見つめながら、私より少しだけ年上かな、とか考えてみた。

すると顔を見られたくないのか、ルイさんは俯いてしまった。


ルイ「俺は病気らしい。医者にはそう言われた」


俯いたまま、ぶっきらぼうに言ってみせる。

もう一つ発見。

ルイさんは、照れ隠しが下手だ。


リリヤ「優しさは、病気なんかじゃないです」

ルイ「……薬を持ってくる。飲んだら寝ろ」

あっ、行っちゃった。

窓を見ると、にやけ顔の私が映っている。

どうやら、からかってるって思われたみたいだ。

からかったわけじゃない。

私は嬉しかっただけ……

こうして家で誰かと話すことが、ただ嬉しかった。


ルイ「……どうした。何故泣いてる」

リリヤ「え?あれっ、何で…」

ずっと一人ぼっちだったから。

家には誰もいないのが当たり前で、それに慣れていたから。

寂しさが紛れたら、違う寂しさが出てきて、私は泣いていた。

倒れていた人を助けたくて助けた。

けど、もしかしたら……

一人ぼっちが嫌だったから?


ルイ「……泣くな。ほら、飲め」

リリヤ「…は…い……」


わんわん泣く私の頭に優しく手を乗せる。

小さい子を宥めるみたいに……

頭に手を乗せたまま、指の腹で軽くたたく。

とん、とん……

慣れているのか、とっても心地が良い。


弟妹がいるのかな?


何となく、お兄さんって感じがする。

何で旅をしてるんだろうか?

家族や友達、恋人とかいないのかな……

それに何故辛そうな顔をしているんだろう。

どこか痛むの?

何か、あったのかな…?

リリヤ「すぅ…すぅ…」


ルイ「……おやすみ」


【回想/気持ち】

数日後

リリヤ「ルイさん、今日は休みですか?」

ルイ「ああ、今日は何もない」

リリヤ「あの、良かったら街に買い物に行きませんか?」ニコニコ

ルイ「……なあ、リリヤ」

リリヤ「はい?」

ルイ「今更だが、俺は此処にいていいのか?」

ルイ「この前、知らない男に詰め寄られて色々と言われた」

ルイ「仕事仲間に頼めば寝床くらい確保出来る」


リリヤ「……出て、行くんですか?」ズゥーン


ルイ「その男に、いつまでも厚意に甘えるなと言われたんだ」

ルイ「それで、言われてみれば確かにそうだと思ってな」

リリヤ「……あの、その男の人って」

ルイ「確か、八百屋をやってる男だったな」

リリヤ「……あぁ」

ルイ「??」

リリヤ「うぅ、どうしようかな。何かこう……」

リリヤ「あっ、そうだ!!」


ルイ「どうした」

リリヤ「用心棒とか駄目ですか?」

ルイ「俺を雇うのか」

リリヤ「いやそうじゃなくて、えーっと……」

ルイ「此処に居て欲しいのか」


リリヤ「それはそうですよ(あっ……)」


ルイ「どうした」

リリヤ「(今のは恥ずかしすぎる!!顔見れない!!)」

ルイ「まあ、それなら良かった」

ルイ「出来れば此処を離れたくなかったからな」


リリヤ「うっ////(ばかやろうっ!!)」

リリヤ「(普段無愛想なのに、こういうこと普通に言うからびっくりだよ!!)」

ルイ「八百屋に誤解もあるようだったし丁度良いな」


リリヤ「へっ!?何がですか?」

ルイ「買い物に行くんだろう」


ルイ「なら八百屋に行って直接説明すればいい。それに随分と心配していた」

ルイ「本人の顔を見れば安心するだろう」

リリヤ「そ、そうですね……」

リリヤ「じゃあ行きましょうか、ルイさん」

ルイ「ルイでいい」


リリヤ「(……やられる予感)」

ルイ「俺は初めから呼び捨てにしているし……」

ルイ「これからも一緒にいるなら、ルイでいい」

ルイ「話す時も、出来れば普段のように話してくれ」

リリヤ「うぅっ////」


『これからも一緒にいるなら』

リリヤ「(そういうの、恥ずかしく、ないのか!!)」


ルイ「おい、どうした」

リリヤ「は、じゃない。うん、分かった」

ルイ「なら、今から行くか」

リリヤ「うん!!」ニコッ

誰かと話すことがこんなに楽しい。

誰かって言うか、ルイと一緒いるのが楽しい。

ルイも、そう思ってくれてたらいいな……



ーー何故に、この洞窟へ来たのです

ーー私は皆が怖れる暗闇の妖精

ーー闇の中に生きる私は……




ーー貴男には、どう見えますか?

今日はここまで、次回から現在になります


【予兆】

現在・爽風の街道

リリヤ「(あれから3ヶ月くらいか、早いなぁ)」

ルイ「そういえば、近々火の国が戦争を始めるとか言っていたな」

リリヤ「えっ?あぁ、うん」

リリヤ「私はそう聞いたよ? あくまで街の噂だけどね」

リリヤ「他にも黒鎧の不死兵、土を操る幽霊が出たとか……」


ルイ「不死の兵士に土の幽霊か」


リリヤ「ちょっと、真に受けないでよ。噂だよ?」

ルイ「分かってる。だが戦の噂は真実味がある」

リリヤ「……うん」

リリヤ「最近向こうからは、あんまり人が来なくなったって聞いた」


ルイ「しかし何を考えているんだろうな火の王は……」

ルイ「今の平和を壊してまで何を手に入れたいのだろう」

リリヤ「だけど風の王様からは何もないし、心配しなくても大丈夫じゃない?」

ルイ「ただの噂ならいいんだがな」

ルイ「何だか少し嫌な感じがするんだ」

ルイ「上手く言えないが、世界の空気が変わったような……」

リリヤ「や、やめてよ。怖いなぁ」

ルイ「安心しろ。もしそうなっても俺が守る」

リリヤ「(こいつめ……不意打ちとは、ずるいぜ)」


リリヤ「(しかも台詞が様になってるから余計にドキッとする……)」チラッ

ルイ「どうした?」

リリヤ「いっ、いいから行こう!!」クイッ

ルイ「あんまり急ぐと体に悪いぞ。ゆっくりでいい」

リリヤ「くうぅ…馬鹿!!」ペチンッ

ルイ「よせ、叩くな」

リリヤ「ふんっ」ゲシッ

ルイ「……蹴るな」

リリヤ「ふん、少し格好いいからって調子に乗るなよ……」


ルイ「何言ってる」

リリヤ「今に見てろぉ」

リリヤ「いつか必ず、女の怖ろしさを教えてやるからなぁ」ニヤ

ルイ「そうか分かった。楽しみにしてる」

リリヤ「……へやっ!!」ゲシッ

ルイ「外して転ぶと怪我するぞ」

リリヤ「うぅ、馬鹿にして……」ペチンッ

ルイ「叩くな」

ルイ「リリヤ、どうしたんだ。さっきから変だぞ」

リリヤ「けっ、何でもないやい」


ルイ「泣くな」

リリヤ「泣いてないよっ!!」

ルイ「(やはり、一緒にいると退屈しないな)」


リリヤ「あっ、そうだ。夕飯は何が食べたい?」


ルイ「リリヤが作るのなら、なんでもいい」

リリヤ「くぬっ…こっ、このやろう」プルプル

ルイ「褒めたんだがな、駄目だったか」

リリヤ「ち、違うっ、本当は嬉しい…って馬鹿!!」クワッ

ルイ「もうすぐ着くぞ」

リリヤ「無視すんなっ!!」


風の国・爽風の街

ガヤガヤ…

リリヤ「うわっ、凄い人だね」

ルイ「今夜、闘技場で祭りがあるらしい」

ルイ「金持ち達が遠方、余所の国からも来ているんだろう」

リリヤ「まったく、闘技場なんて何が楽しいんだろ」

リリヤ「私なんて想像するだけで痛くなっちゃうのに」

ルイ「…………」

リリヤ「負けたら死んじゃうんでしょ?」

ルイ「だろうな」

ルイ「奴等はきっとそれが見たくて来ているんだろう」


リリヤ「なにそれ……」

リリヤ「そんなの全然理解出来ない。何が楽しいのかな」ハァ

ルイ「理解しなくていい、する必要もない」


ルイ「さあ、早く買い物を済ませて帰ろう」スッ

リリヤ「あっ、うん」ギュッ


ルイ「最初は野菜か」

リリヤ「ルイ、毎日野菜ばっかりでごめんね? 」

リリヤ「育ち盛りなのに……」

ルイ「それはお前もだろう」


ルイ「俺が世話になってるんだ。謝らなくていい」

リリヤ「へへっ、ありがと」

ルイ「(リリヤの笑顔は見ていて心が安らぐ。曇らせたくない)」

リリヤ「はぁ…闘技場なんて早く無くなればいいのになぁ」ポツリ

ルイ「……(だが、他に方法はない)」

リリヤ「どうしたの? 行こう?」クイッ

ルイ「そうだな」

トコトコ…

八百屋「おうっ、リリヤちゃんにルイじゃねーか」

リリヤ「こんばんは」


八百屋「しかしまあ、リリヤちゃんに男が出来るとはなぁ」

リリヤ「ち、違います!!」

八百屋「仲良く手を繋いでそりゃないだろ。なぁ、ルイ?」


ルイ「はぐれないように握ってるだけだ」

リリヤ「(地味に傷付く。慣れたけどねっ!!)」


八百屋「……ルイ、お前は相変わらず愛想がねえなぁ」

八百屋「顔も良いのに、勿体ねえぞ?」

ルイ「……そうか」

リリヤ「(そうなんだよ。さすが八百屋さん、分かってる)」ウン

リリヤ「あっ、かぼちゃが安い」タタッ

八百屋「全く、流れ者が転がり込んだって聞いた時は……」


ルイ「何だ?」

八百屋「ぶっ飛ばしてやろうかと思った」

八百屋「が、愛想はともかく、いい奴で安 心した」

八百屋「……ルイ」ズイッ

ルイ「どうした」

八百屋「リリヤちゃんに、手ぇ出したりしてねぇだろうな?」

ルイ「(何度説明しても恋仲だという誤解が消えないらしいな)」

ルイ「……リリヤは体が弱いんだ。そんな事するわけがないだろう」


八百屋「そ、そんな怖い顔すんなって。冗談だよ冗談」

ルイ「言っていい冗談と悪い冗談があるだろうが」

八百屋「済まねえ。確かにそうだな……」

八百屋「で、リリヤちゃんの病はどうだ? 」

八百屋「良くなってるか?」チラッ

リリヤ「玉ねぎ玉ねぎ……」タタッ

ルイ「ああ、咳もあまりしなくなった」

八百屋「そうかそうか。そりゃ良かった」

八百屋「あーあ。全く、神様も酷いことしやがるぜ」


八百屋「あんなに優しい子なのになぁ」

ルイ「安心しろ。俺が必ず治す」

八百屋「そりゃ頼もしいな……ん?」


八百屋「そういやお前、どんな仕事してんだ?」


八百屋「リリヤちゃんの飲み薬、高いんだろ?」

八百屋「ここらじゃあ見かけねえ、最近出来た鉄道関係か?」

ルイ「……いや、違う」

「こんな所で会うとは奇遇だな」

ルイ「胴元……」


八百屋「(ど、胴元だぁ!?)

八百屋「(ここらを仕切ってる大物じゃねえか!!)

胴元「出るのか」

ルイ「ああ、そのつもりだ」


胴元「死ぬなよ」

胴元「お前は王者。皆の憧れなんだからな」


ルイ「元・王者だ」

胴元「今でも変わらんさ」

タタタッ…

リリヤ「こんにちは」ペコッ

胴元「こんにちは、お嬢さん」ニコッ


ルイ「リリヤ、良いところに来た」

リリヤ「えっ、なにが?」

ルイ「この人が、前に話した仕事仲間だ」

リリヤ「!!(きっと偉い人だ。ちゃんと挨拶しなきゃ)」

リリヤ「初めまして、リリヤ・オーベルです」ペコッ


胴元「ええ、初めまして」チラッ

ルイ「………」コクッ


胴元「貴女がリリヤさんですか、ルイから話しは聞いています」

胴元「しかし残念だ……」

胴元「色々と話したいのですが、何分忙しいもので……」

リリヤ「いえそんな、会えただけでも良かったです」ニコッ

胴元「私も会えて良かった。では、失礼」ザッ

八百屋「……はぁ(こりゃあ心臓に悪いぜ)」


リリヤ「あっ、お礼言いそびれちゃったな」

ルイ「次に会ったら言えば良い。彼も忙しいんだ」

リリヤ「そっか。うん、また会えたらそうする」

リリヤ「あっ、そうだった。八百屋さん、これ下さい」ニコッ


八百屋「お、おう。五百でいい」

リリヤ「あのっ、いつもありがとうございます」


八百屋「気にすんな。リリヤちゃん、体に気を付けなよ」

リリヤ「はいっ。ルイ、帰ろ?」

ルイ「ああ、空気も冷えてきた」

スタスタ…

八百屋「何てこった……」

八百屋「そんな事して稼いでも、リリヤちゃんが喜ぶわけねぇだろう」


【違う道】

数日前・地下拳闘場

ルイ「で、話しとは何だ」

胴元「お前と出逢ってから2・3ヶ月が経った。早いもんだ」

胴元「ふらりと酒場に現れて、真っ直ぐ俺の席に来た」

胴元「挙げ句、澄ました顔して100万寄越せと来たもんだ」

胴元「丸腰で仲間もなく、脅しを掛けるわけでもない」

ルイ「思い出話しなら帰るぞ」

胴元「そう焦るな、話しは後だ」

胴元「それに、人の話しは最後まで聞くもんだ」

ルイ「…………」

胴元「ルイ、お前は俺が今まで見た中で最高の拳闘士だ」


胴元「野性的で華もある」

胴元「今や俺が抱えてる若い奴等はお前に憧れ、尊敬してる」

ルイ「奴等がか?話しすらしてないぞ」


胴元「近寄り辛いのさ。お前は違いすぎるからな」

胴元「憧れる存在を前にすると、人は動けなくなるものなんだよ」


ルイ「あんた、拳闘士だったのか」

胴元「随分前の話しだがな。だから奴等の気持ちが分かるのさ」

胴元「それにウチに限ったことじゃない」

胴元「余所が抱えてる奴等もきっと同じだろう……」


ルイ「そんな風に見られてたとは気付かなかった」

胴元「お前が見ていないだけだ。いつも違う場所を見てる」

胴元「だから、見えないのさ」

ルイ「………」

胴元「……お前は強い、自慢の拳闘士だ」

胴元「余所の組から何度もお前が欲しいと口説かれたよ……」

胴元「なあ、ルイ」

ルイ「何だ」

胴元「明日からは此処へは来なくていい」

胴元「お前には十分稼いで貰った。あの時渡した金の何倍もな」


ルイ「なら何故解雇する。理由は」

胴元「殺されるからさ」

ルイ「殺される?何を言ってる」

胴元「……若い頃、俺にも憧れていた拳闘士がいた」

胴元「彼には高い実力と人気があった。丁度、今のお前のようにな」

胴元「気前が良い人で何度か飯を奢って貰ったよ」

ルイ「………」

胴元「だが、賭けが大幅に偏った。何せ負けなしだからな」

胴元「これは運営する側からすれば困ったもんさ」

ルイ「……八百長か」


胴元「そうだ。それで調整する」

胴元「格下の拳闘士が、王者に奇跡とも言える『偶然の一撃』で勝つ」

胴元「……そのはずだった」

ルイ「成立しなかったのか」


胴元「何のことはない、あの人は勝っちまったのさ」

胴元「『約束』を破ってな」


ルイ「………」

胴元「挑戦者に賭けた奴等の中には当然、その筋の大物もいた」

胴元「大損も大損、取り返しの付かない裏切り……」

ルイ「俺にも、八百長の話しが来たんだな」


胴元「ああそうだ」

胴元「まるで、あの出来事をなぞるようにな」

胴元「まだ受けたわけじゃない、話しが出ただけだ」


胴元「今なら間に合う」

ルイ「……何故そこまで」


胴元「憧れのまま消えてくれた方が奴等も楽だからさ」

胴元「それに、お前のような奴が死ぬと後が面倒なんだよ」

ルイ「どういう意味だ」

胴元「人気あるが故に色々な憶測や噂が巷に溢れ、争いに発展する」

ルイ「彼の時も、そうだったのか?」


胴元「ああ、それはそれは酷いもんだった」

胴元「お抱えの拳闘士全員が駆り出されてな、まるで戦争さ」

ルイ「………」

胴元「……話しはこれで終わりだ」


ルイ「何故、俺が八百長を受けないと?」

胴元「受けないだろう?訊かずとも分かるさ」


胴元「これまで色々見てきたんでな、経験から来る勘だ」

ルイ「今まで、世話になった」

胴元「俺も、商売抜きにして拳闘を楽しませて貰ったよ」

胴元「久々だ。純粋に拳闘を楽しめたのは……」


胴元「………」

ルイ「…………」

ルイ「もう、行くよ」

ザッザッザッ……

胴元「ルイ、表にも舞台はある」

胴元「金持ち共しか入れない表の闘技場。合法の殺し合いだ」

胴元「金が欲しいのなら、そこへ行くといい」


胴元「お前なら、きっと生きて得られるだろう」

ルイ「考えてみる。何から何まで、済まないな」

ギイィ…バタン…


胴元「……行ったか。これで稼ぎが随分減るな」

胴元「それに……」

シーン……

胴元「この場所も、しばらく寂しくなりそうだ」

少し休みます。また後で


【決断】

リリヤ「まずは、かぼちゃを切って……」

リリヤ「うわっ、かったいなぁ」

ルイ「…………」


街の闘技場、合意の上での殺し合い。

色々と調べてみたが、とても正気とは思えない内容だった。

確かに勝てば莫大な金が手に入る。

それこそ遊んで暮らして行ける程の破格の金だ……

しかし生き残った者の話しは一度も聞かなかった。

一つの取り決めがある。

残酷で絶望的な取り決めだ。


挑戦者は

武器もなく舞台に立たされ、武器鎧を装備した処刑人と戦う。

金を得るには、この処刑人とやらを倒さなければならない。

制限時間内を生き残れば勝ちという条件もある。

だが実際のところ、制限時間などないようなものらしい。


どうあっても、血を見なければ納得しないのだろう。

挑戦者とは名ばかり、生け贄に違いない。


殺し合いなど成立しない。

この条件では成立しようがない。

皆が目にするのは一方的な殺戮、無惨な死に様……

それでも挑む者は己の実力を過信する馬鹿だけだ。

万に一つも勝ち目がないとしても、賭けたくなる。


ーーもしかしたら

ーーきっと俺なら

ーー生き残れるんじゃないか?

そんな薄っぺらい希望、妄想が頭を過ぎる。

だが生き残るだけでは駄目だ。

処刑人に勝たなければ、金は得られない。

どう考えても無謀だ。

武器鎧を装備した奴を相手に

何の装備もなく素手で挑んで勝てるわけがない。

相手も半端な実力ではないはずだ。

金額が金額だけに、何としても挑戦者を殺しに来る。


だが俺は出ると決めた。

何故ここまでするのか、俺自身にも分からない。

命を賭けてまでするようなことかと問われれば、否だ。


あの時の医師の言った通り、俺は病気なのかもしれない。

ただ漠然と、そこに感じるものに従っているに過ぎない。


俺は出なければならない。

そうしなければならないのだと、見えない何かが俺を押す。

この得体の知れない感覚の正体も、舞台に立てば分かるかもしれない。

『失うのは、あんなのは、もう沢山だ』

この声の正体も……


リリヤ「ルイ、どうしたの?」

リリヤ「買い物から帰ってきてからずっと黙っちゃってさ」

ルイ「いや、何でもない」

リリヤ「……?」

ルイ「夕飯、出来てたんだな。気付かなかった」

リリヤ「えぇー?何考えてたの?」

ルイ「……家の鶏の世話について」

リリヤ「嘘でしょ」

ルイ「ああ嘘だ」


リリヤ「はぁ……まあいいよ」

リリヤ「どうせ話してくれなさそうだし」

ルイ「リリヤ、夕飯」

リリヤ「あっ、そうだった。ちょっと待っててね」

カチャカチャ……コトン

リリヤ「今日は、かぼちゃのスープと……パンです」

ルイ「美味しそうだ」

リリヤ「ごめんね?」

ルイ「何で謝る。俺はリリヤに救われた」


リリヤ「だって、頑張ってお仕事してくれてるのに……」

リリヤ「私のお薬代でお金、あんまり残らないから」

ルイ「いいんだ。その病気ももうじき治る」

ルイ「だから、気にするな」

リリヤ「……うん」

ルイ「リリヤ、そんな顔するな。お前には笑顔が一番似合う」

ルイ「だから笑っていて欲しい」

リリヤ「(うぅ…本気で言ってるのが分かるから、本当に恥ずかしい)」

リリヤ「(凄く嬉しいけど凄く恥ずかしい。顔、見れないよ)」

ルイ「大丈夫か?」


ルイ「顔が赤いぞ、熱でも」

リリヤ「だ、大丈夫です!!」

ルイ「そうか」

リリヤ「ご、ご飯冷めちゃうし、早く食べよ? ねっ?」

ルイ「そうだな。いただきます」


リリヤ「(ずっと、ひとりぼっちだった。でも今は……)」チラッ


ルイ「うん、美味しい。体が温まる」

リリヤ「へへっ、ありがと」

リリヤ「(ルイは無愛想だけど、本当はとっても優しい……)」


ルイ「どうしたんだ?」

ルイ「きちんと食べないと良くならないぞ」モグモグ

リリヤ「う、うん。食べる」カチャ

リリヤ「(ルイの優しさに、私は救われてる)」

ルイ「食器は後で俺が洗って片付ける」

リリヤ「ありがと。じゃあ、お願いね?」

ルイ「(リリヤが眠ったら、街へ行こう)」

リリヤ「ねえ、ルイ」

ルイ「ん、どうした」

リリヤ「私は、貴方と出逢えて良かった」


ルイ「何だ急に」

リリヤ「そこは

『ああ、俺もだよ、リリヤ……』

リリヤ「とか言ってよ!!」

リリヤ「さっきは恥ずかしい台詞たくさん言ったくせに……」


ルイ「リリヤ、俺もお前に出逢えて良かった。本当だ」


リリヤ「くっ…ぬぅっ……」プルプル

ルイ「蹴るな殴るな叩くな」

リリヤ「……てやっ!!」ギュー

ルイ「つねるな」

リリヤ「へへっ、反則じゃないし」

ルイ「(……俺は、この笑顔に救われたんだ)」



リリヤ「どしたの?」

ルイ「(治ってきてるとは言え、完治したわけじゃないんだ)」

ヂヂッ…


『絶対に、失ってたまるか』

ルイ「(痛っ、最近、妙に多いな)」


リリヤ「ルイ、顔色悪いよ。大丈夫?」

ルイ「えっ? 」

ルイ「俺なら大丈夫。リリヤは休んでいてくれ」

リリヤ「う、うん。具合悪いなら言ってね?」


ルイ「大丈夫。だから休め。な?」ニコッ

リリヤ「(うっ、やられた……)

リリヤ(ルイには、これがあるから油断出来ないぜ)」

リリヤ「えっと……じゃあ、先に休んでるからね」

ルイ「今日は出掛けたし、早めに休んだ方がいい」

リリヤ「うん。疲れたし、そうする」


ルイ「ちゃんと薬飲むんだぞ?」

リリヤ「はーい…って、子供扱いするな!!」


ルイ「ははっ、分かった分かった」ポンッ

リリヤ「あっ、えへへ……って馬鹿!! もうっ、お薬飲んで寝るっ」ペチ ンッ

トコトコ…

ルイ「全く、さて食器でも洗うか…な…」ピクッ

ルイ「(……待て、今のは何だ? 何か変だ。何かが違う)」

ルイ「(俺が、俺じゃないような。何かが、入ってきたような……)」


【鮮血喪失】

爽風・闘技場前

ガヤガヤガヤ…

受付嬢「お兄さんは観客の方、じゃあなさそうね」

ルイ「ああ、観客じゃない。飛び入りでもいいんだったな」

受付嬢「はい、大丈夫ですよー」

ルイ「参加希望だ」

受付嬢「ねえねえ、お兄さんも一獲千金狙ってきた人?」

ルイ「理由なんてどうでもいいだろう」

受付嬢「まっ、そうだね。生け贄が増えるだけだし」

受付嬢「じゃっ、ここに名前書いて?」

受付嬢「死んでも良いです契約書」

ルイ「偽名でもいいのか」


受付嬢「いいんじゃない? 」

受付嬢「どうせ死ぬ人の名前なんて誰も気にしないし」

ルイ「そうか。ところで、飛び入り参加は俺で何人目だ」

受付嬢「えーっと、飛び入りはお兄さんが最初……」

受付嬢「で、多分最後」ニコッ

ルイ「そうか。しかし偽名か、考えてなかったな……」

受付嬢「ふふっ、変な人」

受付嬢「そうだなぁ、ラキとかでいいんじゃない?」

ルイ「それでいい」

受付嬢「はい、確かに受け取りました。はいこれ」スッ


ルイ「なんだこれは」

受付嬢「挑戦者の腕輪。それ付けて行けば通れるから」

ルイ「なる程な」

受付嬢「……ねえ、お兄さんは何で闘うの?」

受付嬢「他の人みたいに目がぎらぎらしてない。そういう人、初めて見た」

ルイ「理由は言いたくない」

ルイ「何を言っても、金目当てに変わりはないからな」

ザッザッザ…

受付嬢「へー、かっこいいじゃん」

受付嬢「まっ、どうせ死んじゃうんだろうけどさ」

受付嬢「参加者締め切りますよー、他に死にたい奴は居ませんかー?」

ーーー
ーー


闘技場内・挑戦者の檻

係員「出番までは、この部屋からは出れません。御了承下さい」

係員「開始まで時間があります」

係員「用意した料理は各々方御自由に召し上がって下さい」

係員「ですが、闘いに支障が出ない程度にお願い致します」

係員「では失礼します」

ギィィ…パタン…カチャリ

ルイ「……………」


『出番まではまだあるな』

『そこの階段から直接舞台に上がるのか』

『凄い歓声だ。一体どれくらいの観客がいるんだ』

『客は他国からも来てる。相当な数だ』

『腹減ったな、食うか』

『俺も少し食べるかな』

『こんな所で良く食えるな。俺も食うけどよ』

『うめーな!! こりゃすげぇ』


その後、主催者の呼び出しが始まった。

一人、また一人と階段を上がり、舞台へ立った。

地鳴りのような歓声。


観客は血の虜。

目の前で起きる死に魅入っている。


檻に返ってきたのは死体袋に入った挑戦者。

先程まで威勢良く料理を食べていた奴等は、胃をすっかり空にしていた。

中には現実を知り、死を意識し始めて泣き出す奴もいた。

しかしその挑戦者は、もう泣くことも笑うことも出来ない。

彼も、黒い死体袋の中で眠っている……


十数人が舞台へ立った。

だが生きて戻って来た者は未だ一人もいない。

第一の処刑人は止まぬ歓声を一身に浴びている。

残りは俺を含めて六人だったが、今、五人になった。

そういう場だと分かっていた。

分かっていたのに、人の死を喜ぶ奴等の気が知れない。


ーー狂っている

それ以外に言葉が見つからない。


リリヤの笑顔を想う。

『これ、御守りです。良かったら受け取って下さい』

看病した翌日に貰った御守りを握りながら……

早く終わらて、あの家に帰る事だけを考えた。


……どうやら、俺の番が来たようだ。


司会『次は飛び入り参加のラキ!! 舞台へ上がれ!!』

『『ウオォォォォッ!!!』』


ルイ「(喧しいし、やたら眩しい。これが表舞台、地下の方がまだマシだな)」

処刑人「まだガキだな……」

処刑人「へへっ、だがまあ、ご婦人方は喜びそうだ」

ルイ「(鎧兜は勿論、武器は斧か。背は高く体格もいい)」

ルイ「(しかし、やけに眩しくてやりにくいな)」

処刑人「おい小僧、もう始まってるぜ?」ダッ

ルイ「(鎧を着ているのに速い。皆、これでやられたのか)」


処刑人「おらっ!!」

ブオッ…

処刑人「ほぉ、良く避けたな」

処刑人「さっきまでは殆ど一撃だったんだがなぁ」

処刑人「まあ、その方が観客も喜ぶ……」ダッ


処刑人「そう簡単に死なれちゃ、観客が飽きるからな!!」ズッ

ルイ「人を痛めつけて、殺して、それがそんなに愉しいか?」


処刑人「馬鹿かお前……」

処刑人「ここは、闘技場は、そういう場所だろうがよ!!」ダンッ

ブンッ…

ルイ「そうだな。その通りだ」ダッ


処刑人「馬鹿が、斧だけだと思ったか?」ヒュッ

ルイ「そう思わせる為の大斧」

ルイ「誘い込む為の大振り」


ルイ「止めはその短刀で刺すつもりなんだろう」タンッ

処刑人「っ!? クソがっ…どこ」


ルイ「こんな場所で通じない理屈だろうが……」

ルイ「俺はお前を人間だとは思わないことにした」

処刑人「(コイツ、背中に張り付いて!?)」ブンッ

ルイ「既に十数人がお前に惨殺された」

ルイ「皆、名も知らぬ他人だ。しかし何故だか胸が痛い」


処刑人「(今度は兜の上に!! クソッ、離れろっ!!)」ブンッ

ルイ「運が良ければ俺を怨める」

ルイ「そう、運が良ければ……」グッ

ゴギッ…

処刑人「や、やがッ…」

…グラッ…ドサッ

首を折られた処刑人は、そのまま場外へと落下。

観客は挑戦者

俺の、狩られる側の勝利にざわめいている。

だが、ざわめきはすぐに止んだ。

間を置かず罵声が轟いた。


次いで怒声が飛び交った。

狂い人による新たな血の催促が始まる。

馬鹿な生け贄が足掻いて足掻いて……

その足掻きも虚しく酷たらしく死ぬ。


大の大人が泣き叫び……

死にたくないと命乞いしながら這いずる。


それが奴等の見たいもの……

だが、今は俺だ。

他の誰でもない

俺が無惨に切り刻まれる様を望んでいる。


殺すか殺されるか。

それだけの場所、その為の場所。

人を人ではなくす場所。

それは分かってる。


分かっているはずのに、胸が酷く苦しい。

腹の底から、煮え滾る熱い何かが迫り上がってくる。


どいつもこいつも人の血を見たいだけの獣。

人間性なんてものは無に等しい。

その醜さは伝染し、空気は澱んでいく。

取り敢えず一回戦は抜けた。


次戦は俺の後ろに控えている挑戦者が闘った後になる。

機会は平等に与えられる。

その筈だった……


俺が檻に戻る前

残りの挑戦者四名が一斉に舞台に呼び出された。


だが処刑人の姿はない。

舞台には、挑戦者だけが立っている。

異様な空気が俺達を包んだ。

まだ狩りが始まっていないのに、観客は血の催促をやめない。

それは一瞬の出来事だった。


狂い声を浴び呆然と立ち尽くす挑戦者に光る何かが飛来。

それはあっと言う間に三人の頭蓋を貫き、一人の胸を貫く。

俺は左腕を貫通したそれを眺め、やっと理解した。

五人が舞台に立った時点で、二回戦が始まっていた事を……


弓術「やっぱり残ったのはアナタ一人だけね」

弓術「他の獲物とは雰囲気が違う。何か武術でもやっていたの?」

ルイ「いや、特に」

弓術「あらそうなの……」

弓術「躱されたのなんて久しぶりなものだから。アナタ、素敵ね」

ルイ「………」


あの佇まい、構えに隙はない。

獲物を見据える瞳だ。

さっきの処刑人とは格が違う。

弓に絶対の自信を感じる。

あの短い間に、四人を確実に射抜いた。

奴は本物。

生粋の狩人。

かなりの距離があるが、闘うしかない。

下手に距離を詰めれば、辿り着く前に何度射抜かれるか分からない。

武器は一つ、一回切り。


失敗すれば次は無い。

何にせよ、これしか方法がない。

だったらやるしかない。

ルイ「……場外からの射撃は、認められてるのか」

弓術「そんなの、お客さんの反応見れば分かるでしょ?」

俺が聞いたのは最早人の声では無かった。

野獣の雄叫びか血に飢えた物の怪。

狂い声は重なり形を為し、俺に牙を立て噛み付いてくる。

弓術「ほらね? お客さんは、アナタに夢中だわ」

弓術「あの声、ぞくぞくするでしょ?」

ルイ「いや、嫌悪感しかない」


弓術「あら。私を殺したら此方側になれるかもしれないのに」

ルイ「こっち側……処刑人か」

弓術「そうよ。やる気になったかしら?」

ルイ「なるわけがないだろう。俺は違う、俺は人間だ」

弓術「あらそう、それは残念ね」

弓術「ところで、そろそろ準備は出来たかしら?」

ルイ「ああ、準備は出来た」

弓術「うふっ、いい顔ね」

弓術「痛みに歪む顔を、見せて頂戴!!」ググッ

ルイ「(躱す。まずはそれからだ)」


弓術「……フッ!!」

ヒュッヒュッ…ザクッ…

ルイ「くっ、一度に二つか」ズキッ

弓術「まだまだ、これからよ?」

弓では、それ程派手に血は出ない。

奴は動きを止める為に必ず四肢を狙ってくる。

その後で痛めつけ血を魅せたのちに止めを刺す。

それが奴のやり方、今の攻撃でそれを確信した。

血を見せる術がなければ大舞台の処刑人になど選ばれない。


ルイ「(武器は二つ。これなら距離を縮められる)」

弓術「諦めてないのね」


ルイ「当たり前だろう」ダッ

弓術「……速い。フッ!!」

動くな、奴はそれを狙ってる。

奴は射る前に声を出す。

それが罠。

声に反応して動いた所を射抜く。

声に惑わされるな。

弓術「へぇ、やるじゃない」ググ

次は射撃を阻止する。

手首返すだけの小さい動作に留めて、射る。


弓術「痛っ!?これは私の矢……」

弓術「これは、ますます楽しくなってきたわね」ググ

やはり動いたか、二度目は通用しないだろう。

だったら前に出るしかない、奴を場外に叩き落とす。

弓術「あらあら、その眼はなにかしら?」

弓術「アナタこそ人で無し。獲物を狩る獣だわ」ググ

ルイ「違う。一緒にするな」

走りながらの射撃は流石に精度が下がるようだな。

奴は舞台を周回しながら射撃するしか方法は無い。

このまま距離を詰めれば場外に落とせる。

もしくは、俺が接近するのを誘っているのか……


ルイ「(考えるな)」ダッ

ルイ「(今跳べば弓を引く前に蹴りが届く)」タンッ

弓術「得意なのは弓だけじゃないのよ?」ズオッ

ルイ「ちっ……なら、俺からも一つくれてやる」ヒュッ

ルイ「(頬を掠めた。少し遅れていたら、やられていたな…)」

ルイ「(だが奴の右瞼を切った。視界は半分)」

ルイ「矢筒から十字槍が出て来るとは思わなかった」

弓術「アナタこそやってくれたわね。もう少しで仕留められたのに…… 」

ルイ「右目は潰した。俺にも勝機はある」

弓術「いいえ。アナタにもう武器は無い」

弓術「もう、アナタに勝ち目は無い」ジャキッ

ルイ「……確かに、勝ち目は無さそうだな」

弓術「アナタ、何処を見て……なっ!?」

休憩


ルイ「伏せろっ!!」ダッ

弓術「うっ…何故?」ドサッ

ルイ「知るか。体が勝手に動いただけだ」

弓術「………」

もう少しで危うく真っ二つになるところだった。

まさか死者が蘇るとはな……

実際死んでいたのかは分からない。

生きていても、おかしくないだろう。

しかし首が折れているのに斧を投げるなんてのは不可能だ。

処刑人「客もびっくりしてるな。これは堪んねえ」


ルイ「お前、本当に人間か」

ルイ「首を折られているのに、立ち上がるどころか斧を投げるとはな」

処刑人「高い金払った甲斐があったぜ。こんなに力が出るとはなぁ」フラ

両手斧を片手で振り回している。

いくら体格が良くてもあれは異常だ。

有り得ない。

あの斧を片手で投げた。

なのに肩を外した様子も痛めた様子もない。

人間の出せる力じゃあない。

人間が到達出来る限界の域を容易く超えている。


ルイ「……聞いちゃいないな」

ルイ「おい、お前は今の内に逃げろ」

弓術「えっ? アナタ」

ルイ「喋るな。いいからさっさと逃げろ」

ルイ「あれは人じゃない。化け物か物の怪の類だ」

処刑人「……なぁ、クソガキ」

処刑人「そういやよぉ俺を怨めとか言ってたよなぁ?」ユラ

ルイ「っ、早くしろ!!」

弓術「…くっ」ダッ

処刑人「ああ、そうだそうだ」ググッ


ルイ「何を言ってる?」

処刑人「あの高飛車女、前から気に入らなかったんだよなぁ」

ルイ「っ、止せ!!」

処刑人「死ね」

グチャッ……

処刑人「ひひっ、最高に気分がいいぜ!!」

処刑人「んん?どうした!!ほら、笑えよ!!」

処刑人「お前等の好きで好きで堪らない死体だぜ!? 」

処刑人「おらっ、騒げよ!!」ブンッ


ズドンッ……


『きゃああああ!!』

『うわぁああ!!』

『誰か、誰か助け…て…』


処刑人「お前等は、血が見てえから来てんだろうがよぉ!!」

ルイ「っ!?」

一瞬、何をしたのか理解出来なかった。

行動が滅茶苦茶だ。

処刑人は観客席に向かって斧を投げた。

一切躊躇うことなく。

観客席の一部は大破。

途轍もない膂力による破壊。

そうとしか言いようがない。

あの場所に居た観客の血を見て喜ぶ者はいない。

場に充満していた狂喜の空気は晴れた。

新たに現れた狂い人の一振りで……


ルイ「お前、何のつもりだ」

処刑人「見せろ見せろって言うから見せてやったのに……」ブツブツ

処刑人「何だよ何だよ!!誰も喜ばねえじゃねえか!!」

処刑人「金持ち共がふざけやがって !!」

駄目だ。

会話にすらならない。

声、感情の起伏もかなり激しい。

もう正常な判断など出来ていないだろう。

俺の目の前にいるのは一体何なんだ。


処刑人「あぁ…めんどくせぇけど、全員殺すかぁ」ユラ


ルイ「止めろっ!!」

処刑人「あぁ? そうか、俺はこのガキに……」

何だあれは……

鎧の隙間から、どろりとした黒い物が流れ出ている。

あの黒く蠢くモノは何だ。


処刑人「痛かったぜぇ?おらっ!!」ズッ

ルイ「ぐっ、がっは…」


何がどうなってる。

理解出来ないことだらけだ……

死に体の人間が立ち上がって、人を超えた怪力を振るって……

人を、殺して……


ルイ「狂人だな」ググッ

処刑人「はぁ、俺が狂人だ?」

処刑人「だったらこの闘技場に居た奴等全員が狂人だろうが!!」

誰も彼も、人の痛みと死を喜び笑う人で無し。

そうだな、確かに同じ狂い人だ……

あの弓使いも人を殺した。

俺だってあいつの首を折った。

実際、死んでいたかもしれない。

だから殺されたって文句は言えない。

だってそうだろう?

此処はそういう場所だ。


だったら何故、弓使いを逃がした?

くそっ、何なんだ?

頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。

……何故、悩む?

何故混乱してる。

混乱する必要なんかないだろう。


何を迷う?何を考える?

答えはもう出てるじゃないか。


腹の底から迫り上がってくるような熱。

この熱が何なのか分かっていた筈だ。

あの弓使いが殺された時、観客が殺された時……

確かに、それを感じた。


全く馬鹿な話しだ。

散々地下拳闘で人を殴り倒しておきながら。

人を殴り倒した金で暮らしていながら。

それでも俺は……


ーー奇麗事

いや、これはもう絵空事だ。

身勝手我が儘、滅茶苦茶もいいとこだ。

ルイ「お前は俺が殺す」


処刑人「はあ?馬鹿かお前?」

処刑人「武器も無い、布切れを着たガキが、なに格好付けて」

ルイ「黙れッ!!」

処刑人「っ!!」

ルイ「俺は誰かを傷付ける奴を、誰かを悲しませる奴を……」

ルイ「絶対に許さない」


【舞い降りし者】

処刑人「……くくっ、あははは!!」

処刑人「俺を殺すだぁ!? 誰が? お前がか?」

処刑人「立ち上がってるのが精一杯の、ガキがかよ!!」

ルイ「うぐっ…」

確かに、こんな怪物に勝てるわけがない。

人を超えた腕力、脚力。

何とかして一発喰らわせたいが鎧を殴っても意味が無い。

もう一度首を折ろうかとも考えた。

しかし、それもどうやら無理そうだ。

処刑人「どうした。大口叩いたくせに、全然じゃねえか」


ルイ「化け物が」

処刑人「おいおい化け物なんて言うなよ。俺は人間だぜ?」ダッ

ルイ「がっ…」ドサッ

一瞬で距離を詰められ一瞬で距離を取る。

鎧にすら掠りそうにないな。

現に奴の動きに対応出来ていない。

速さ云々じゃない、奴の動きは変則的過ぎる。

大振りの攻撃なのに動作が速過ぎて避けられない。

どうやら俺を徹底的に痛めつけたいらしいな。


処刑人「あぁ…体が軽い」

処刑人「斧も良いが殴るのも中々良いもんだなぁ」


処刑人「こんな感覚、ガキの頃から今まで知らなかったぜ」

処刑人「これが本当に楽しいって事なのかもなぁ……」

ルイ「……ふざけるな、気狂いめ」ググッ

処刑人「あぁ? まだ立つのかよ」

処刑人「化け物はお前じゃねえのか?なあ、おい!!」ダッ

楽しい?

殴るのが、殺すのが、奪うのが……

そんなに楽しいか?

こんな奴が外に出たら……

奴の言葉通りだ。

逃げ遅れた観客は勿論、街の人達をも殺すだろう。


それを実現出来る力が奴にはある。

そんな事は絶対にさせない。

処刑人「なぁ、いい加減、死ねよ」

斧が振り下ろされた。

斧?

いつの間に取ってきたんだ?

だとしたら何て動きだ、全く見えやしなかった。

酷くゆっくりに感じる……


死ぬ瞬間と言うのは、こんな風になるのか。

ああそうか、俺は死ぬのか……


避けられそうにない、斧はもうすぐそこだ。

次の瞬間には顔面にめり込んでいることだろう。

だがその時は訪れない。

たった一人の、此処に居るはずのない人間が斧を止めた。


ルイ「……リリ…ヤ?」

今日はここまで


後ろ姿で分かる。

俺の前に立っているのは間違いなくリリヤだ。

鼻先で止まった斧の切っ先を掴むのは白く細い指。

腰まで届く黒髪が静かに揺れた。


ルイ「……リリヤなのか?」


普段とはまるで雰囲気が違う。

小柄で華奢なのは変わらないが、弱々しさなど一切ない。

寧ろ、その背中に頼もしささえ覚えるほどに力強い。

今俺は、リリヤに圧倒されている。


服装も違う。

全身が黒に覆われている。

修道女の衣服を真っ黒に染め上げたような……


リリヤ「ルイ、ごめんね」


その声は間違いなくリリヤのものだった。

滲み出る威圧感とは対照的な弱々しい声。

リリヤが斧からふっと手を離す。

一瞬ぞくりとしたが、斧は鼻先で止まったまま動かない。

処刑人も止まったままだ。

逃げる観客、照明の揺れも全て……

今この時、俺とリリヤ以外に動くものはない。


止まった時間の中で

リリヤは意を決したように振り向いた。

その瞳からは、今にも涙が溢れ出そうだった。

ルイ「何があった?」

リリヤ「何もないよ」

ルイ「嘘を吐くな、泣きそうな顔してるぞ」

リリヤ「へへっ、バレたか」

ルイ「そんな顔をしてれば誰が見ても分かる」

ルイ「もう一度訊く、何があった」

リリヤ「………」

リリヤ「もう、終わりなんだって」


ルイ「終わり?」

ルイ「一体何が終わるって言うんだ。話しが見えないな」

リリヤ「私はもう、ルイと一緒にいれないの」

ルイ「何故だ」

リリヤ「それは……」

ルイ「そのへんてこな格好と関係あるのか?」

リリヤ「へっ、へんてことか言わないでよ!!」

ルイ「似合ってないぞ」

リリヤ「うっ、私だって着たくて着てるわけじゃないの!!」

ルイ「そうなのか」


ルイ「なら何故そんな格好なんだ?」

リリヤ「……あんまり言いたくない」

ルイ「ゆっくりでいい、話してくれないか」

リリヤ「私、逃げてたの……」

リリヤ「大事な人を亡くした辛さや悲しみから」

ルイ「大事な人」

リリヤ「うん、とってもとっても大事な人……」

リリヤ「私を照らしてくれた人」

ルイ「……(どこかで聞いた話しだな)」

リリヤ「でも、全部思い出した」


リリヤ「だからルイを助けられた」

ルイ「……そうか」

ルイ「また、リリヤに助けられたな」

リリヤ「でもね、ルイがそうなったのも私のせいなんだ……」

ルイ「それは、どういう意味だ」

リリヤ「『最初から』こうなるようになってたの」

リリヤ「私と出逢ったのも、今こうして話しているのも……」

リリヤ「全部、私が決めたことなんだって」

ルイ「そのわりには他人事のように話すんだな」

リリヤ「……ちょっとは、そうだから」


リリヤ「でも、私がしたことなの」

ルイ「何だか難しいな」

リリヤ「女の人なんて、大体そうだよ?」ニコッ

ルイ「女の怖ろしさ、か?」

リリヤ「そう、怖いでしょ……?」

ルイ「怖いというか、困る」

リリヤ「へっへっへ、困らせてやったぜ」

ルイ「リリヤ」

リリヤ「……なに?」

ルイ「俺には、お前が変わったようには見えない」

ルイ「服装、雰囲気は変わったが、他はそのままだ」

リリヤ「……ううん、変わったよ」


ルイ「??」

リリヤ「……ルイ」

ルイ「何だ」

リリヤ「あなたが、私の大事な人」

ルイ「亡くしたんじゃなかったのか?」

リリヤ「……そう、一度は亡くした」


リリヤ「でも『貴男』は、この世界に再び現れた」

リリヤ「まだか細く、火を灯したばかりだけれど……」

リリヤ「貴男は消えていなかった」


ルイ「もう少し分かるように言ってくれ」

リリヤ「……そう、貴男は火を灯したばかり」

リリヤ「炎が宿る前の、生まれたままの姿」

ルイ「リリヤ?」

リリヤ「もう喪いたくない、失いたくない……」

リリヤ「今度こそ、私が守る」


【贈り物】

もう、俺の声は届いていない。

真白い細腕が伸びる。

それは胸元の御守りを握り締め、俺の中へ入った。

水中へ手を伸ばすように

リリヤの腕が胸の内側へと潜り込む。

痛みは全く感じない。

体の細部、その隅々に失っていた何かが行き渡る。

リリヤもそれを感じ取ったようだった。

左手で俺の頬をそっと撫でながら……

ゆっくりと右手を引き抜いた。


リリヤ「変なことしてごめんね?」

リリヤ「でも私、もう行かなきゃならない……」

ルイ「何処へ行く、家はどうする?」

リリヤ「……ごめんね」

ルイ「リリヤ、聞いてくれ」

リリヤ「……うん」

ルイ「俺も、お前が大事だ」

リリヤ「!!」

リリヤ「えへへっ、ありがと……」

リリヤ「私もルイのことが大事、大好きだよ」ニコッ

ルイ「なら行くな」


リリヤ「嬉しいな……」

リリヤ「でもそれは出来ないよ」

ルイ「どうしても行くのか」

リリヤ「うん」

ルイ「悪いが、正直混乱してる」

ルイ「何を言われても分からないことだらけだ」

リリヤ「ルイ、それは違うよ?」

ルイ「何が違うんだ」

ルイ「お前が何者なのかも、何を話しているのかも……」

ルイ「何をされたのかすら分からない」


リリヤ「ごめん……」

リリヤ「って、さっきからこればっかりだね……」

リリヤ「でも、いつかきっと思い出すから」

ルイ「思い出す?」

リリヤ「ルイが進む道の先に、必ず『それ』はある」

リリヤ「だからそれまで……」

ルイ「待て」

リリヤ「……さようなら」

ルイ「リリヤ、行くな!!」


そこには何もなかった。

土埃すら舞うことはなく、リリヤは消えた。

直後、止まっていた時が動き出す。

逃げ惑う者の叫び声が、再び闘技場を埋め尽くす。

背後で斧が石畳を粉砕する音が聞こえた。

そんな中、俺だけが止まったままでいた。



リリヤがいた場所を

リリヤを失った場所を見つめたまま……


処刑人「あぁ?何でお前そんなとこにいるんだ?」

処刑人「何で、死んでねえんだよッ!!」

ルイ「黙れ……」

処刑人「どうやら、まだまだやられ足りねえらしい」

処刑人「なら望み通り、そうしてや


ルイ「黙れッ!!」


処刑人「!?」

ルイ「考えるのは後だ……」

ルイ「お前の命は、俺が終わらせてやる」

処刑人「ひゃはは、また口だけか!!懲りねえ奴だな!!」

ルイ「………」

ズズッ……


何かが蠢いた……

胸の中心、鳩尾から少し上の辺り。

先程リリヤが手を入れた場所に、黒が浮かび上がる。

浮かび上がったのは、御守りに貰った黒水晶と同じ模様。

立ち上る炎のようで、かなり複雑な作りだったのを覚えている。


模様から複数の線が走る。

首から上がり、左右へ伸び、腹を辿って足先へ下がる。

尚も内側から溢れ出る。


それは体を包む鎧となり、頭を被う兜となった。

腰に黒剣一振り、指先は細く尖っている。

これが唯一、リリヤの残していったものか……

そういえば俺を守るとか言っていたな。

他にも、俺の進む道とか言っていた。

これが無ければ進めない、ということなのか?

だとしたら、随分険しい道になりそうだ……


処刑人「ぎゃはははっ!!」

ルイ「何がおかしい」

処刑人「俺を狂人だの化け物だと言ってくれたよなあ!!」

処刑人「じゃあテメエのその姿は何なんだ。あぁ?」

処刑人「テメエこそ本物の化け物なんじゃねえのか?」


ルイ「黙れ、俺は人間だ」


処刑人「そのナリで、よく言うぜ!!」ズンッ

ガギンッ……

処刑人「(こいつ、受け止めやがった!!)」

処刑人「クソッ、さっきまで反応出来なかったはずだ……」


処刑人「畜生、テメエは何だ!!何なんだッ!?」

ルイ「人でなしに答える義理はない」

処刑人「くそがあぁぁっ!!」ブンッ

ルイ「見える」

ルイ「(枷が外れたような、薄い膜から抜け出たような……)」

ルイ「(何というか、現実に存在している感じが強くなった)」

処刑人「畜生ッ!!」

処刑人「とっとと死ね!!俺に、殺させろ!!」ダンッ

ルイ「……死ぬのは」

処刑人「ッ!?」

ザンッ……

ルイ「死ぬのはお前だ、人で無し」

ちょっと疲れた。今日はここまでにします

>>43 嬉しいなあ、ありがとうごさいます


鎧に線が入る。

ひび割れなど、ただ一筋の黒線が処刑人を抜ける。

左肩から入った刃は一切の衝撃、抵抗を感じさせない。

何事もなく線を描き、処刑人の右脇腹からするりと抜けた。


一時の静けさ……

一拍置いて処刑人の体が斜めに滑り落ちる。


凄まじい切れ味。

あまりの滑らかさ。

それ故に、何ものかを斬ったという実感が湧かない。

俺は自分が振るった剣に怖ろしさを感じた。

少なからず、罪悪感や死の重みを感じるとは覚悟していたからだ。


しかし、この剣は所持者に何も感じさせない。

何事もなかったかのように、俺の手に握られている。

剣には刃毀れは勿論、血の一滴すら付着していない。

血の気が失せる程の美しさだ……

正直、今すぐに手放したい。

だがまあ、そうそう使う機会などないだろう。

それに、抜かなければいい話しだ。


ルイ「……何だ?」


剣から目を離し遺体を見ると

処刑人の鎧から、黒くどろりとした液体が流れ出していた。

本来なら血が流れるはず……


この黒い液体、これが処刑人に力を与えていたものなのか?


確か金で買ったとか言っていたな。

鎧に潜んでいた液体が全て這い出ると、ぴたりと止まった。

何となくだが、見られているような気がする。

ルイ「……」

俺は考えもないまま屈み、粘着く液体に手を伸ばした。

いよいよ触れるかという時

突如液体が蠢き凝縮、何かを形作ろうとしているようだ。


回転圧縮。

球体が細く尖り始めた。

細長くなったそれは、まるで槍のようだった。

しかしそれでは止まらない。

更に密度を増してゆく。

軋むような音を出しながら再び形を変える。

ルイ「受け取れ、と言うことなのか」

液体は小振りの剣へと姿を変え

俺の目の前、宙に浮いたまま静止している。

こんなもの、二つも必要ない。

が、処刑人のような奴が手にしたら厄介な事になる。


ルイ「しかし、二本ともに変わった形の剣だな」

ルイ「こんな剣は見たことがない」

などと言いながら、仕方なく掴み取り腰に当てる。

ただそれだけで、剣は勝手に鎧と同化した。

最初から装備していたかのような収まりの良さ。


ルイ「便利なものだな……」


しかしあれだけの騒ぎが起きたにも拘わらず兵が来ない。

色々な事が起きてすっかり忘れていたが、これはおかしい……

既に観客は逃げている。

観客席は無人、舞台に生きて立っているのは俺だけだ。


【水と風と】

ルイ「まさかこんなことになるとはな」

先程までは狂った叫び声で溢れていたのに……

この静けさが、ただただ不気味だ。

もう金は必要ない、この場にいる必要もなくなった。

一度、家に帰ろう……

少し物事の整理をしないとな。

戦いの熱が冷めて冷静になった時、どうにかなりそうだ。

「なる程、初めて見る型だ」

ルイ「誰だ」

「珍しく意識がしっかりしている」

「情報とは随分姿が違うが放ってはおけん」


ルイ「答えろ。お前は何者だ」

あの男の眼、普通じゃない。

見たところ老いた兵士のようだが、風の国の兵士ではないな。

服装が違う。

他国の兵士か?

だが、何故こんな所に他国の兵士が……


老兵「儂はジェイク・ロンベルク」


良く通る声だ。

そこらの兵士とは醸し出す雰囲気が全く違う。

しかし、今の俺を見ても驚かないところを見ると……

『こういう事態』に慣れているのか?


ジェイク「何を考えている」

ルイ「………(やはり、只者ではない。どうする)」

ジェイク「情報とは違うが、消すことに変わりはない」ズオッ

ルイ「なっ!?」

ルイ「(水滴?いや氷塊か?何なんだあの老兵は……)」

ジェイク「散れ。人を捨てた愚か者」

ガガガガッ…

ルイ「ぐっ!!」

水の弾丸、何とか防げたが……

鎧がなければ間違いなく死んでいたな。


あの力は一体何だ?

水を操っているのか?

ジェイク「今のを防いだか……」

ジェイク「その鎧、思った以上に硬いようだ」

何が何でもやる気のようだが、俺には戦う理由がない。

だが逃がす気はなさそうだ。

しかも、あの様子だと話しを聞いてくれそうにない。

ジェイク「次は、そうはいかん」

パキッ…パキパキッ……

ルイ「(水の弾丸に氷の槍か、拙いな……)」


ジェイク「逝け」ズッ

??「やめろッ!!」ゴッ

ズドンッ…

ジェイク「ぬっ…」

ルイ「今後は爆発か、次から次へと……」

少年「おい兄ちゃん、オレに掴まれ!!」

ルイ「……お前、何故飛んでいる」


少年「ああもうっ、そんなのいいから早くしろって!!」

ジェイク「……ロルフ・ヴァナ。人を裏切るつもりか」

少年「へっ、爺さんと組んだつもりはないね!!」


ジェイク「ならば、容赦はせんぞ」

ロルフ「あ、やべっ」

ドガガガッ…

ジェイク「……」

ジェイク「逃がしたか……」

ジェイク「一度戻り、王に報告せねばならんな」

ちょっと書き直すところあるからまた後で

なんか分からんがころころ変わるからつけとく

ーーー
ーー


ルイ「暗闇の妖精に四精霊か、まるでお伽話だな」

ルイ「で、お前とあの老兵……」

ルイ「確かジェイク・ロンベルクだったか?」


ルイ「奴が水の力を、そしてお前が風の力を持っている」

ロルフ「そうそう」


ルイ「此処2・3ヶ月の間」

ルイ「各国で黒水晶事件が相次いでるんだったな」

ロルフ「うん」

ロルフ「その辺りから、あの爺さんに付きまとわれてるんだよね」


ルイ「化け物退治をするのか」

ロルフ「うん、人の未来の為とか言ってた……」

ロルフ「あと、このままだと暗闇の妖精に滅ぼされるとかさ」

ロルフ「まっ、俺にはあんま興味ないけどねー」

ルイ「ロルフ、もっと詳しく教えてくれないか」

ロルフ「詳しくって言っても真面目に聞いてなかったしなぁ」

ロルフ「あ、でも、始まりは火の国だって言ってたよ?」

ルイ「………(火、炎。リリヤも言ってたな)」


ロルフ「王様が操られてるらしくて大変なんだってさ」

ルイ「なら戦争の話しは……」

ロルフ「多分本当だと思う」

ルイ「ロルフ、最近の事件は何か知ってるか?」

ロルフ「うーん、ああそうだ」

ロルフ「土の国のガウス?だったっけかな……」

ロルフ「そのガウス民族が狙われてて危ないとか何とか」

ルイ「ガウス民族……」

ヂリッ…



『タマシイは星になるんだ』

『星になって家族を見守ってる』

『みんな、ーーを見てるぞ?』

『ソニャ、ソニャ・ガウリ!!』


ルイ「痛っ…」

ロルフ「アニキ、大丈夫?」

ルイ「ああ、大丈夫だ」

ルイ「なあロルフ、ガウスではなくガウリじゃないか?」

ロルフ「あ、そうだそうだ。ガウリ族!!」

ロルフ「ってか、アニキ知ってるの?」


『ルイの進む道の先に、きっとそれはあるよ』

『きっと全てを思い出すから』


ルイ「……いや、思い出した」

ロルフ「へー、アニキは物知りだね」


ロルフ「オレ、ガウリ族なんて聞いたことなかったもん」

ルイ「だが何故、その民族が?」

ロルフ「ガウリ族に土の戦士がいたんだってさ」

ロルフ「だからじゃないかな?」


『いつか、見てみたいな』

『ソニャが育った場所、ソニャの見てた景色』


ルイ「……行けば、分かるか」

ロルフ「アニキ?」

ルイ「いや、何でもない」


ロルフ「あのさ、もしどっかにいくならさ……」

ロルフ「一緒に行ってもいい?」

ルイ「駄目だ」

ルイ「俺のはお前やロンベルクとは違う力だ」


ルイ「俺の姿を見ただろう」

ロルフ「でもアニキがやったんじゃない」

ルイ「何故知ってる」


ロルフ「オレ、アニキが戦うとこ見てたから」

ルイ「(見ていたのか、気付かなかったな)」

ロルフ「騒ぎに紛れて金盗もうとしたんだけど……」

ロルフ「何か、すげえカッコいいから魅入っちゃって」


ルイ「……ロルフ。お前、孤児か?」

ロルフ「あれ、何で分かったの?」

ロルフ「オレ話したっけ?」

ルイ「いや……」


ルイ「以前、そんな目をした子供を見た気がする」

ロルフ「そっか……」


ロルフ「こんなオレにも色々あってさ。今は盗みで生きてるんだ」

ロルフ「でも、今日アニキを見て思ったんだ」

ルイ「何をだ」

ロルフ「あの人に付いて行けば、何か分かるかもしれないって!!」

ロルフ「だからいいだろ?お願いっ!!」


ルイ「駄目だ」

ロルフ「何でさ!!」

ロルフ「オレ、アニキといれば変われるって思ったんだ!!」

ルイ「俺といれば、ロンベルクに殺されるぞ」


ルイ「俺といるのは危険だ」

ルイ「お前と違って、力を使えば化け物扱いされる」

ロルフ「アニキは化け物とは違うじゃんか」


ルイ「姿が変わるんだ」

ルイ「見る者には『他』との違いなど分かりはしない」

ロルフ「………」

ルイ「ロルフ、お前にはお前の道がある」

ルイ「一時の気持ちに流されるな。よく考えるんだ」


ロルフ「うん、分かったよ」

ルイ「言い忘れてたが……」

ルイ「さっきは助かった。ありがとう」

ロルフ「お礼なんていいよ」

ロルフ「オレがやりたくてやったことだし……」

ルイ「そうか……」

ルイ「俺は家へ帰る。お前もそろそろ逃げろ」

ルイ「追われてる可能性だってあるんだ」

ロルフ「……うん」


ルイ「……じゃあ、さよならだな」

ロルフ「ねえアニキ、やっぱりダメなの?」

ルイ「ああ、色々教えてくれたのに済まないがな」

ロルフ「そっか。うん、分かったよ」

ロルフ「……アニキ」

ルイ「どうした」

ロルフ「じゃあね」ニコッ

ルイ「……ああ、じゃあな」

ザッザッザ…

ロルフ「よく考えろ、か。難しいや」

ロルフ「……オレにはオレの道。オレの道かぁ」

今日はここまで、ありがとうございました


【いつか帰る場所】

ガチャ…パタン……

『ルイ、お帰り』

『お仕事お疲れさま』

もしかしたらとは思った。

少しだけ期待していた。


扉を開けて部屋に入る。

すると、リリヤがベッドで寝息を立てている。

その姿に一安心して眠る俺……


そんな願望があった。

だがそんな願望は一瞬にして吹き飛んだ。

リリヤのいない部屋。

一番なくてはならない存在が消えた部屋。


ルイ「……」

思っていた以上に重苦しく、鈍い痛みは胸に落ち着いた。

しばらくの間、出て行ってくれそうにない。

押し寄せる喪失感。

俺の中はたった一つの感情に染まり、今にも溢れ出そうだった。

思い切り叫び、内を空にしたかった。

言葉にならない何か……

それら全てを吐き出し、今だけでも楽になりたかった。

これ以上は、耐えられそうにない。

リリヤの部屋の扉を閉め、

いつも二人で食事するテーブル、椅子を引いて腰掛ける。


『いただきまーす』

『美味しかった?』

『へへっ、良かった』

あの声、あの笑顔をいつもここで見ていた。

手を伸ばせば届く場所にいた。

俯いた顔を上げても、やはり其処には何もない。


いるべき人がそこにはいない……


失うというのは、別れとはこんなにも辛いものなのか……

闘技場での出来事。

事実、現実が問答無用に突き刺さる。


ルイ「……本当に、消えたんだな」


『あっ、またそんな顔して』

『そんなだから誤解されるんだよ』

『そんなんじゃ損だよ』

『本当は優しいのに……』

『でも、私は優しいこと知ってるから』

『あ、照れてるのかな』

『ねえ、ルイ』

『笑顔って人を幸せにするんだって』

『だからね』


『ルイも笑った方がいいよ』


ルイ「……悪いな」

ルイ「今はどうにも無理そうだ」


一度椅子から立ち上がった。

だが即座に無駄だと悟り、座り直す。

どこを見ても記憶が浮かんで、勝手に再生されるからだ。

それはそうだろう。

ほんの数時間前までは一緒にいたんだから……


ルイ「もう過去だ」


そう自分に言い聞かせ、無理矢理に納得させる。

まずは落ち着いて考えるんだ。

ルイ「まず、何が起きた?」

斧が当たるかという時、リリヤが現れた。


そう、その場に突然。

理解を超える出現、どうやって現れたのか検討も付かない。

しかも指先で斧を止めて見せた。

時間さえも止まった。

まだ病気は完治していないし、元々体が弱いはず。

あの力は一体何処から……

ルイ「これはもういい、次だ」

それから、服装が変わっていた。

いや今思えば服と言うより、一部?


そうだ、言うなら体の一部だ。

俺の中から現れた鎧兜のような感じに近い。

後は、所々言動がおかしかった。

俺の胸に手を突っ込んだ時は、明らかに様子が違っていたな。

声は確かにリリヤのものだった。

しかし、色というか温度というか……

何かが違うように感じた。

ルイ「どう思う」

あの時のリリヤは

リリヤであってリリヤではない。


何か別の存在。

それが内側から現れたように思えた

なら、あの力は内に潜むもう一つの存在の力なのか?

それが何者であるのかは、まだ分からないが……


ルイ「……予想は付いてるはずだ」

認めたくはないが確かにそうだ。


大体の予想は付いている。

そんな可能性は考えたくはない。

だが本当のところ。

その本心は?

俺は、リリヤこそが暗闇の妖精ではないかと思っている。


四精霊の力をこの身で知った。

水や風を自在に操ることなど不可能だとは思う。

しかし実際目の当たりにしたからには信じるしかない。

弾丸に槍、爆発に飛行……


ならば、暗闇を操る存在がいることも十分に有り得る。

その闇黒の力を持つのが暗闇の妖精。


リリヤが俺に宿した力は、その闇黒の力に違いない。

ロンベルクが俺を消そうとしたのが、何よりの証明だ。

争うつもりはないが、再び会えば戦闘になるだろう。

俺にはロンベルクと戦う理由がない。

出来れば会いたくないな……


ルイ「今は、こんなところか」

リリヤに関して言えば、出来ることなら違って欲しい。

しかしこれからどうする?

『ソニャ、ソニャ・ガウリ!!』

土の国の部族・ガウリ。

行ってみるか、何か分かるかもしれない。

いつまでもこの家にいるわけにもいかないしな。

だが、いずれは……


ルイ「今はいい。それより」

そうだ……

思い出したということは、忘れていたということだ。


身に覚えがない、わけではない。

聞こえてくる声は、どれも聞き覚えがあった。

だが『俺は』知らない……


考えてみれば、俺の記憶は薄い……

はっきりと思い出せるのは、リリヤと出逢ってからだ。

それ以前の記憶は何かが違う。

薄ぼんやりとしていて

親の顔も故郷の風景もざらざらとしている。


ルイ「全く、頭が痛くなるな」


今まで考えまいとしていたが、どうやら無理そうだ。

記憶の差異、頭痛を伴う何者かの声。

忘れてなどいないのに『思い出した』という事実。

あの声は、リリヤが言う『それ』なのか?

俺自身おかしいことだらけじゃないか……

そう、この疑問は前からあった。


俺は、誰なんだ?

また後で

ーーー
ーー


ルイ「……朝か」

結局、自分が誰かなど分からない。

単に俺自身が難しく考え過ぎていた。

簡単なこと、俺は俺だ。


精霊だ暗闇だ……

化け物だ何だと言われても、俺の存在に変わりはない。


俺はルイ・フォルテア。

失っている何かを探す為、リリヤに会う為に旅をする。

それだけで十分だ。

と、考え至った時に眠ってしまったようだ。


テーブルに突っ伏して眠っていた為か体が痛む。

勿論昨夜の出来事も多いに関係しているのだろうが。

ルイ「顔でも洗うか」

ついでに着替えをしようかと服を脱ぐ。

すると胸の紋様が目に入った。


改めて昨夜の出来事

そのが全て現実のものだったのだと思い知る。


この力に助れられたが、同時に厄介な男に目を付けられた。

ジェイク・ロンベルク

味方ならば、さぞ頼もしい男だろう。

精霊の力を抜きにしても、奴の印象は強く残っている。


あの男……

ロンベルクは力に酔うような愚か者ではない。

執念というか

使命感が凄まじく強い男だと感じた。

まあ、そうでなければ兵士など務まらないだろうが……

とにかく、早めに国から出た方が良さそうだ。


兜で被われていたから顔は知られていないはず。

油断は出来ないが少しの間なら大丈夫だろう。


ルイ「……これは、リリヤの髪留め」

以前、これを鉢巻きと言ったらかなり怒られたな。

髪留め、確かリボンとか言ったか。


リリヤが気に入っていた物だ。

光沢のある白。

髪を後ろで結わえる、それだけに使う物。

そういえば、リリヤの奴はあまり使っていなかったな。

お気に入りだからとか何とか……

ルイ「折角だ。持って行くか」

部屋を物色したわけじゃなし、そこにある物を取っただけ。

会った時に渡してやればいい。

それまでは、持たせてくれ……

しかし、落としたりすればかなり面倒なことになる。


髪は結べる程長くはない。

何しろ女性が使う物だ、やはり抵抗がある……

ルイ「腕にでも巻いておこう」

こうすれば余程の事がない限り落ちたりしないだろう。

さて、着替えは済んだ。

後は家を出るだけだ。

金はないが、旅先で何とでもなるだろう。

ルイ「行ってくる」




ーー行ってらっしゃい!!

ーー気を付けてね?

ーーご飯作って待ってるから

ガチャ…パタン……


ロルフ「……」ポツン

ルイ「……何故いる」

ルイ「というか何故この場所が分かった?」


ロルフ「医者の姉ちゃんに訊いたら教えてくれた」

ルイ「(医師か、相変わらず口の軽い奴だ)」


ロルフ「アニキ、考えろって言ったじゃん?」

ルイ「ああ言った」

ルイ「だからこそ訊いているんだ。何故此処へ来た」

ロルフ「あのさ、オレ、一晩寝ずに考えたんだ」



ルイ「………」

ロルフ「そんで考えて考えて考えた」

ロルフ「で、やっと決めた」

ルイ「言ってみろ」


ロルフ「オレの道は、アニキと重なってる」

ロルフ「オレ、アニキみたいになりたいんだ」


ルイ「……(憧れ、か。胴元が言ってたな)」

ルイ「何故俺のようになりたいんだ」

ルイ「お前が思うほど、俺は大した人間じゃないぞ?」

ロルフ「うーん……」


ロルフ「そういうのってオレが決めることじゃんか」

ロルフ「アニキが言った通り、オレにはオレの道がある」


ロルフ「でもさ、道が重なってもいいだろ?」

ルイ「!!」

ロルフ「未来って『こうだ』って決まってるもんじゃないしさ」


ロルフ「オレの道が誰かの道に偶然重なることだってある」

ロルフ「そう思ったんだ……」

ルイ「そうか、分かった」


ロルフ「え、えっ?」

ルイ「一緒に行こうと言ってるんだ」

ロルフ「ホント!?」


ルイ「ああ本当だ。ただし……」

ロルフ「なに?」


ルイ「……無理はするな」ポンッ

ロルフ「へへっ、分かった!!」

ルイ「ロルフ、一つ訊きたい」

ロルフ「なになに?」


ルイ「俺を『アニキ』と呼ぶのは何故だ」

ロルフ「オレよりすげえなって思うからかな」ウン

ロルフ「あれ、なんか嫌?」


ルイ「いや、別に気にならない」

ロルフ「じゃあ、これからもアニキはアニキでいい?」


ルイ「ああ、呼びたいように呼べ」

ロルフ「あっ、オレからも一個いい?」

ルイ「何だ?」

ロルフ「アニキはもう少しこう……」

ロルフ「そう、笑ったりとか顔に出した方がいいよ!!」


ルイ「悪いな。前からこうなんだ」

ロルフ「そんなんじゃモテないよ?」

ルイ「一人いる。その人だけでいい」

ロルフ「彼女いんの!?可愛い!?」


ルイ「ああ、可愛いし料理も上手い」

ロルフ「なら尚更だよ!!」


ルイ「何がだ」

ロルフ「その彼女の為にも、笑った方がいいって」

ルイ「……考えておく」

ルイ「ほら、もう行くぞ」

ロルフ「どこ行くの?」





ルイ「土の国、ガウリ族の住まう森だ」


【いつか帰る場所】終


登場人物

精霊を宿す者

カル・アドゥル 18歳 炎

ソニャ・ガウリ 12歳 土

ロルフ・ヴァナ 16歳 風

ジェイク・ロンベルク 57歳 水


???

ルイ・フォルテア 24歳

リリヤ・オーベル 19歳

今日はここまで、ありがとうございました


【忠心と禁煙】

ジェイク「風のロルフを逃がした」

大臣「何だと?」

大臣「必ず引き入れろと言った筈だぞ!!」


ジェイク「似合いの台詞だ」

ジェイク「軍から逃げ出し政治に走っただけはある」


大臣「貴様、誰に向かって!!」

ジェイク「それ以上、口を開くな……」

大臣「ヒッ!!」ゾクッ

大臣「(何だあの眼は、くそっ、化け物め……)」


ジェイク「戦場に立ったこともない腰抜けが儂に指図するな」

ジェイク「王も貴様も、精霊の力を欲しているのは分かっている」

ジェイク「だが儂は貴様等に従うつもりはない」

大臣「ぐっ…」


大臣「ならば何故戦う!?王に背くと言うのか!!」

ジェイク「背く?何を言っている」


ジェイク「儂は最初から王に忠誠し戦っていたわけではない」

ジェイク「儂はこの国と人々の為に戦う」

大臣「き、貴様……」

ジェイク「風の国での経緯は伝えた。失礼する」

ギイィ…バタン……

大臣「軍人風情が……」ギリッ

ーーー
ーー


あのような男が上に立っているとはな。

いよいよ我が水の国も終わりか。

暗闇の妖精などいなくとも滅びるかもしれん。


我が国は、弱くなった。

争いなどなくとも内部が腐ればそれまで……

国に巣くい食い潰す愚かな為政者共、吐き気がする。


軍は国に尽くす。

それは王とて同じことだ。

国も民も貴様等の為にあるのではない。

少女「どうだった?」

ジェイク「また抜け出して来たのか……」


ジェイク「まあいい、儂がいない間の訓練は?」

少女「ちゃんとした!!」

少女「それで風は仲間になったか?」

ジェイク「いや、逃げられた」


少女「あぁ……爺ちゃんは怖いからな?」

ジェイク「儂にそんな口を利いているのはお前くらいだ」


少女「みんなに言われた」ウン

少女「タイサにそんな口をきけるのはお前ぐらいだ。って」ニコッ

ジェイク「お前は怖くないのか」

少女「あんまし怖くない」

ジェイク「………」

少女「でも、やっぱり時々は怖いかもな……」

少女「ちょっとだけ、な?」


ジェイク「………」

少女「もしかして怒ってるか?」

ジェイク「(相変わらず変わった娘だ)」

ジェイク「(会った時から比べると随分表情が良くなったな……)」


ジェイク「ソニャ、演習場へ行くぞ。付いて来い」

ソニャ「訓練か?」


ジェイク「それもあるが、煙草を吸いに行く」

ソニャ「そろそろキンエンするころじゃないか?」

ジェイク「死んだら禁煙する」

ソニャ「死ぬのか?」

ジェイク「………」

ソニャ「死んだらダメだからな?」クイッ

ジェイク「安心しろ。儂は死なん」

【忠心と禁煙】終

見ている方には申し訳ないですが此処で一旦終了します。

事情がありまして身の回りが忙しくなりました。
続きは書くつもりですが、それがいつになるのか分かりません。

ありがとうございました。

乙でした
気長~に待っているよ


【土と水】

ジェイク「力の応用と持続力。そして発想力」

ソニャ「くぬっ!!」

ゴゴゴッ…ズンッ…

ジェイク「大きく単調な攻撃は命を危険に晒す」ズオッ

パキキッ…ジャキン……

ソニャ「(っ、氷が生えた!!)」

ソニャ「(くやしいが、一枚上手のような気がしてきた……)」

ソニャ「(大きいのがダメなら、ちっちゃいやつをぶつける)」ゴゴッ

ボゴッ…ドッ…ヒュッヒュッ……

ジェイク「戦法を変え戦局を覆そうとするのは良い」ダッ


ソニャ「(あれ全部よけたのか?爺ちゃんなのに……)」



ソニャ「ふんっ!!」ブンッ

ジェイク「反応が鈍い。しかし戦法を変えようと……」ジャキ

ジェイク「それでも尚、窮地に立たされる場合がある」ビタッ


ソニャ「テッポウか、やられた……」

ジェイク「そこで重要になってくるのが、己自身の力だ」


ジェイク「精霊の力を過信するな。まずは己を鍛えろ」

ソニャ「ほう……なるほどな、なっとくした」

ジェイク「………」

ソニャ「あ、違う。わかりますた?」


ジェイク「訓練終了。今日はここまで」

ソニャ「りょーかいした!!」

ジェイク「(戦闘の飲み込みは早いが……)」

ジェイク「(言葉遣いを教えるのは時間が掛かりそうだな)」シュボッ


ジェイク「……ソニャ」フゥ

ソニャ「なんだ?」


ジェイク「風の国へ行った時、おかしな奴を見つけた」

ジェイク「力の源は黒水晶に違いない、だが奴はどこか違った」

ソニャ「どんな奴だった?まだ人間だったか?」

ジェイク「分からん」

ジェイク「全身が黒の鎧に守られ顔は見えなかったからな」


ソニャ「黒ヨロイの兵か?」

ジェイク「いや、奴等とは力の質が違う」

ジェイク「奴に殺気はなく、戦う意志も感じられなかった」


ソニャ「……それは、みょうだな?」

ジェイク「ああ、妙な奴だ……」フー

ソニャ「爺ちゃん、なんか悩んでるか?」


ジェイク「……儂は、傭兵になろうかと思っている」

ジェイク「我が国思えばこそ、他国の戦乱を鎮めなければならない」

ジェイク「軍に所属していては出来ることが限られてくる」

ジェイク「上の奴等には他国の情報を秘匿している疑いがある」


ソニャ「タイサはどうする?やめるか?」

ジェイク「そうなるかもしれん」

ジェイク「それに儂は肩書きなどなくとも生きられる」

ソニャ「何かカルみたいだな?」


ソニャ「カルはみんなが悲しくなるの嫌いだから戦った」

ジェイク「戦いに巻き込まれ苦しむ人を見たくないと?」

ソニャ「あ、それだった」

ソニャ「実は戦うのも嫌いなのに、頑張ってたな……」

ソニャ「カルは、優しくて強い男だ」

ジェイク「その男の話しをする度、お前は嬉しそうな顔をするな」


ソニャ「ソニャの自慢の男だからな!!」

ソニャ「しかし、今は休んでいる。たくさん無理したから……」ショボン

ジェイク「ならば強くなれ。守ってやれるほどにな」

ソニャ「むろん、そのつもりだが?」

ジェイク「ふっ、ならいい」

何とか書きたいところまで書けたので終わります。
読んでくれた方、ありがとうございました。

>>210の通り、一度終了します。
ありがとうございました。

まじおつ。いつかまた

レスしにきたよ。仕事終わったら読むよ

待たせたな、俺は約束を守る人間だということを証明しよう

びっくりするのが話の土台(設定)がかなりしっかりしてるということ
とてもじゃないが俺には真似出来ないな!
王道タイプだからなにか目新しい物を取り入れるとへたなゲームのシナリオより上をいくと思う。地の文にすると独特の雰囲気がもっと良く出ると思うけどそれ>>1次第かな

>>221
すまん、誰?

内輪のノリが広がるようで言うのもなんだが>>710

というか仮にも読者なんだから俺のことなんざ誰だっていいだろう

>>220ありがとう。気に入ったら読んで下さい。

>>221地の文に手を出して失敗したことあるから抵抗が……
感想指摘、本当にありがとう。

>>219ありがとうございます

お疲れさま

お疲れさん

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