女「探し物はなんですか」(160)

女「探し物はなんですか」

「実は……家の鍵を失くしてしまって……」

女「なるほど」

「失くしたのは昨日だと思うんですが、さっぱり場所が分からなくって……」

女「わかりました、探しましょう」

「あ、ありがとうございます」

女「では、私の手を握ってください」

「は、はい」ギュ

女「そして目をつぶる」

「……はい」

女「どのような鍵か、強くイメージしてください」

「……はい」

女「例えば、家の鍵穴に差し込む感触」

女「重み、デザイン、持った感触」

「……はい」

女「……ええ、わかりました」

女「××駅のコインロッカーの前、そこで貴方は鍵を落としています」

「駅!! ええ、ええ、昨日行きました!!」

女「拾ったのは小さな男の子」

女「そして駅の係員へ渡され、落し物として処理されています」

「はい!! ありがとうございます!!」

女「これで、よろしいでしょうか」

「はい!! このお礼は、その、なんと言ったらいいのか」

「その、代金は」

女「聞いていませんか」

「ええ、その、なにも」

女「代金は貴方にお任せ致します」

女「出鱈目だと思えば別に支払う義務があるわけではありません」

「しかし、それでは……」

「その、貴方の占いはよく当たると聞いています」

女「占いではありません」

女「探し物をする、というだけですわ」

「必ずぴたりと探してくれる、と聞いてやってきました」

女「ええ、それは貴方がドアから入ってきた時にも聞きました」

「結果は信頼できる、と聞いているので出鱈目とは思ってはいないのですが……」

「しかし、その、相場が全く分からないので……」

女「相場、ですか」

女「……」

女「一日に10件の探し物をした日もあれば、一人もお客が来ない日もありました」

「はあ」

女「そして、私は大儲けがしたいのではなく、その日暮らしができれば結構なのです」

女「つまり、具体的には今日の食いぶちがあればいい、と考えています」

「……なるほど」

「私は、今日何人目の客ですか」

女「一人目です」

「……では、これで」スッ

女「ええ」

「ありがとうございました、失礼します」

女「ええ」

……

女「探し物はなんですか」

「この写真の場所を、知りたいのです」

女「ははあ」

「私が子どもの頃に家族と撮った写真なんです」

「思い出の場所なのですが、もうこの場所のことを知っている人がいないもので……」

「もう私も老いた」

「久しぶりにこの場所を訪ねてみたいと思ったのです」

女「なるほど」

女「では、私の手を握り、目をつぶってください」

「はい」

女「子どもの頃、この場所でなにをしたか、誰がいたか、思い出してください」

「……ええ」

女「難しくてもかまいません、そう強く念じてください」

「……ええ」

女「これは……」

「なにか、わかりましたか」

女「ええ、ですが……」

「いいです、言ってください」

女「流れる川、釣りをしていた貴方が見えます」

「……はい、確かに父親に教えてもらった気がします」

女「コテージに泊まっていますね」

「ええ、ええ、そうです」

女「湖のほとりの、綺麗なコテージ」

「ええ、ええ」

女「ただ……」

「ただ??」

女「残念ながら、今はゴルフ場になっています」

「そう……ですか……」

女「期待される答えではなかったと思います」

「いえ……結構です」

「思い出は思い出のまま、というのも悪くない」

女「そうですか」

女「お代は結構ですよ」

「いえ、そういう訳にはいきません」

「いつもお世話になっていますから」スッ

女「……では、ありがたく頂戴します」

「いつも、ありがとうございます」

女「いえ、こちらこそ」

……

女「探し物はなんですか」

「生き別れた妹を探しているのです……」

女「はあ、なるほど」

「今になってその存在を知ったので、なんとか一目会えないかと」

「生きているか死んでいるか、それが知れるだけでもかまいません」

女「……わかりました、探しましょう」

女「では、私の手を握り、目をつぶってください」

「……はい、ありがとうございます」

女「生き別れたというその妹さんのことを、貴方が知った時のことを思い出してください」

「……はい」

女「おや、昨日のことですね」

「ええ、そんなことまでわかるんですか」

女「ええ、なんなら今貴方が考えていることも当ててみましょうか」

「……」

「いえ、結構です」

女「そうでしょうね」

女「ちなみに私、まだ未成年なのでこれ以上手を変に握られると国家権力が訪問してきます」

「すみませんでした」

女「見えました」

女「貴方の妹さんは、生きています」

女「ただ……」

「ただ??」

女「貴方にはあまり、似ていませんね」

「ええ、そうかもしれませんね」

「父親が違いますし、僕は父親似ですから」

女「なるほど」

「どこで、どうしていますか??」

女「都内で、夜のお仕事をして生活しているようです」

「そうですか……」

女「会いに行かれますか」

「ええ、できれば、一目会いたい」

女「では、住所を書いておきますね」サラサラ

「すごい……本当にそんなことが見えるんですか」

女「ええ、だって私、『探し屋』ですから」

女「探し物は、この世のどこかにある限り必ず見つけます」

「すごい……噂通りの方だ」

女「む、どのような噂を」

「え、えっと……」

「美人が」

女「美人ではありません、愛嬌のある顔と覚えてください」

「路地裏の小さなボロビルの4階で」

女「ボロは余計ですね」

「破格の値段で探し物をしてくれると」

女「ええ、ええ、その日の食いぶちさえ稼げれば、私は大金を要求しません」

「会社の上司に聞いてやってきました」

女「なるほど」

「確かに美人ですね」

女「違います、愛嬌のある顔です」

「それって、あんまりいい意味で使わないんじゃあ……」

女「いいんです」

「水晶とかは使わないんですね」

女「ええ、占い師ではありませんから」

「もっと雰囲気のある服とかを、着ていると思っていました」

女「フードとか、ですか??」

「ええ、そうです」

女「スタンスは探偵に近いかもしれませんね」

「あ、そうですそうです、そういう印象を受けました」

「あの、もっとprされたら……」

女「prとは」

「インターネットで宣伝するとか……」

女「必要ありません、私、儲けたいわけではありませんので」

「でも……」

女「いろいろな方の人生に触れ、探し物をすることが楽しいだけです」

女「お客様が殺到するのも望んでいません」

「あの、じゃあ僕のブログに……」

女「万が一、今日のことを宣伝したら、すぐにブログごと消して差し上げます」

「そ、そんな……」

女「だから、口コミのみでお願いしますね」

「(でも、こんな経験をブログに書かないなんてもったいなさすぎる……)」

「(こっそり書いちゃえ)」

女「こっそり書いても、すぐに見つけられますからね」

「!!」

女「私の仕事、ですからね、それも」

女「電子情報でも、さっきのように探すことができますので、ね」

「す、すみません……」

女「いいえ、今後も御贔屓に、お願いしますね」

「(怖い人だ……)」

女「怖くありませんよ」ニコッ

今日はこの辺で

ひさしぶりだな
支援

>>20
まいど!!

前作は特になく、独立したお話です
今まで書いたもん、という意味であれば↓でも読んで暇潰しするがよろし
http://hamham278.blog76.fc2.com/


……

女「探し物はなんですか」

「また、頼みます、お嬢」

女「『お嬢』はやめていただけるかしら、と前に言いませんでしたか??」

「ええ、そりゃあ分かってんですが、なにぶんこういう口調なもんで……」

女「別に丁寧語にしてもらわなくても構わないのだけれど……『お嬢』はちょっと……」

「では『姐さん』の方が」

女「『お嬢』で結構です」

「で、探し物なんですが……」

女「ええ、今回はなんでしょうか」

女「ふうん、男の人……」

「ええ、ここだけの話ですがね」

女「貴方の兄貴さんの秘密を知っているのが危ないと」

女「しかし行方をくらましてしまったと」

「そうなんす」

「お嬢に頼るのも申し訳ねえと思ったんですが、どうしても見つからねえんで」

女「潜伏先を探せとおっしゃるのね」

「そういうことでさあ、礼は弾みます」

女「大金は必要ありません」

「いやしかし、兄貴が……」

女「それについては、後ほど」

女「とにかく、私の手を握って、目をつぶっていただけるかしら」

「へえ」

女「……その男の顔を、強く思い浮かべてください」

「……へえ」ニギニギ

女「……」

「……」ニギニギ

女「……雑念が」

「……」ニギニギ

女「手をさするのを、少しやめていただけますか」

「へえ」

女「……ええ、見えました」

「本当ですかい!!」

女「一週間ほど前、その男は××町の海岸沿いを逃走しています」

「ははあ、結構遠くまで行きましたな」

女「青い車に乗っていましたね」

「そりゃあ兄貴の車です」

「あの野郎が鍵を管理してたんでねえ」

女「そして……」

「へえ、その先は」

女「海に転落しています」

「ははあ、死んだんですか」

女「いえ、生きているようです」

「く……それで死んでてくれりゃあ探す手間も省けるんだが」

女「ただ、この先のことが私にもよくわかりません」

「へえ、お嬢にもそういうことがあるんで」

女「いえ、今までこういう人は……」

「まあ、そこまでわかってりゃあ、あとは簡単でさあ」

「海岸沿いを虱潰しに探させます」

女「ええ、それがいいと思います」

女「でも、見つけたら、殺すのでしょう」

「そりゃあ分かんねえですぜ、死にかけならほっときますし」

「あの野郎は優秀でしたからね、ケジメつけるってんなら兄貴も寛容になるでしょうぜ」

女「そうですか……」

女「その人がなぜ逃げたのか、心当たりはありますか??」

「ううん、それがよくわからねえんで」

「ヘマしたわけでもねえし、女と逃げたってんでもないし」

女「なにか持ち出しているものとか」

「いや、それは、お嬢にも言えねえんで」

女「そうですか、まあ深くは聞かないことにしましょう」

「へえ、すいやせん」

女「それにしても、なぜ見えないのでしょう……」

女「こんなことは今までなかったはずなのに……」

「そんなに気にすることはねえですぜ、十分でさあ」

「これ、今回の礼金です」ドサッ

女「……」

女「こんなに、頂けません」

「相変わらず欲のねえ人で」

女「欲、というか」

「その日暮らしができりゃあいいんでしたな」

女「ええ」

女「これだけ、頂いておきます」ヒラッ

「そんじゃ、どうも」

女「ええ」

……

女「探し物はなんですか」

「……」

女「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」

「いつもながら、大変申し訳ないのですが……」

女「犯人ですか?? 遺体ですか??」

「犯人の方です」

女「わかりました」

「いつも、本当に、申し訳ありません」

女「いいんですよ、仕事ですから」

女「ええ、見えました」

「……どこですか」

女「△△国際空港のロビーです」

女「深緑色のジャケットに黒いジーンズです」

「野郎!! 高跳びか!!」

女「周りに連れがいますね、カモフラージュかも」

「わかりました!! すぐに連絡してきます!!」

ドタドタドタ

女「あと……」

女「行っちゃった」

「いつも、すみません、本当」

「このお礼は必ず」

女「あの、貴方は現場に行かなくてもよろしいんですか」

「ええ、すぐに駆けつけられる部隊が準備していましたから」

女「そうですか」

女「ちなみに武装は……」

「万全です、ご安心ください」

女「そうですか」

女「素人の私が口出すことではありませんが、人質を取られないよう」

女「空港という人の多い場所ですから十分に注意してくださいね」

「ええ、その状況も十分に想定してあります」

女「……」

女「特に、女、子ども」

「もちろんです」

「場所がどこであれ上手く包囲する訓練を積んでいますから」

女「……」

「今回も、お礼はお食事で構いませんか??」

女「え、ええ」

「今日も、御案内するようにと命令されていますので」

女「いえ、その、経費で落ちないのであれば無理に代金を要求するわけでは……」

「そういう訳には参りません」

「ささ、お昼はまだでしょう??」

女「ええ、まあ」

「行きましょう行きましょう」

女「そう、ですね」

……

女「……」モグモグ

「どうです、こういう中華料理は」

女「ええ、とても美味しいです」モグモグ

「お偉いさん達がよく使うそうなんですけどね」

「はっは、こういうことでもないと僕なんかには縁のない店ですよ」

「敷居が高すぎます」

女「……」モグモグ

「なにか??」

女「いえ」ニコ

女「(私には見えてしまう……)」

女「(犯人が空港で人質をとる姿も、流れ弾が母子に当たる姿も……)」

「いやあ、役得です」モグモグ

女「(彼の言葉が真実ではなく、射撃訓練の足りない隊員が数名混じっていること……)」

「このエビうまいですよ、ええ」モグモグ

女「(彼が私を少なからず好いてくれていること……)」

女「(敷居が高いというのは不義理があって帰りにくい家などに使う言葉であること……)」

女「(それはエビでなく龍蝦というザリガニの料理であること……)」

「どうかしましたか??」

女「いえ、美味しいですね」ニコ

「いつも思うのですが、本当に不思議な力ですねえ」

女「ええ、私もそう思います」

「いつ、目覚めたんです??」

女「わかりません、幼いころから備わっていました」

「ははあ、神様からのプレゼントというやつですかね」

女「どうでしょう」

「ご自分のためには、使われないのですか??」

女「ええ、自分の探し物には、この力は使えないんです」

「ははあ、そりゃあ残念だ」

「あ、そうだ、もしよかったら僕の結婚相手なんかも探してもらえませんか??」

女「それは御冗談??」

「いえいえ、半分本気ですよ」

女「あとの半分は、優しさかしら」

「あとの半分は……勇気ですかね」

女「その勇気は、使われない方が賢明かと」

「僕がなにを言おうとしているか、わかるんですか??」

女「ええ」

「それも……探し屋の力ですか」

女「ええ、そういうことですね」

女「貴方の伴侶として、小柄で家庭的な、しっかり者の女性が来年現れます」

「え……」

女「小柄な女性はお嫌い??」

「あ、いえ、そんなことは……」

女「貴方の刑事としてのお仕事をサポートしてくれる、素敵な女性です」

女「もちろん、貴方をとても愛してくれています」

「あ、あの、それは」

女「出鱈目で言っているわけではありませんよ」

「でも、僕の手を……」

女「ああ、手を握るのはただの形式で、実は意味はありません」

「そうだったんですか」

……

女「それでは、ええ、御馳走様でした」

「また、よろしくお願い致します」

女「ええ、そのときは」

女「もちろん、貴方が私の所へ来られないのが一番平和なのでしょうけれど」

「ははは、そうですね」

女「お仕事、頑張ってください」

「ええ、ありがとうございました」

女「それでは」

女「……」

女「(あまり近付きすぎると、やはりダメね)」

女「(もう親しくしすぎない方が、いいかしら)」

……

ギィ

女「いらっしゃいま……」

男「ん、なんだ、若い姉ちゃんじゃねえか」

女「(この人……あのときの……)」

男「あんたが『探し屋』か」

女「え、ええ、そうです」

女「探し物はなんですか」

男「んーそうだなー」

男「財布を落としちまってね、黒いやつ」

女「では私の手を握ってください」

男「はいよ」ギュ

女「そして目をつぶってください」

男「……ん」

女「財布の中身や見た目、触った感触など……」

女「……え??」

男「どうかしたかい」

女「……」

男「ん??」

女「ご冗談でしょうか」

男「なにが」

女「貴方の財布は、貴方の後ろのポケットの中にあります」

男「!!」

男「かっかっか、マジか、あんたすげえな」

女「からかっているのでしょうか」

男「いやいや、すまん」

男「『探し屋』の実力を確かめたくてね、悪気はなかった」

女「悪気がないって言う人は、それを言えば許されると勘違いしている人です」

男「まあまあ、悪かったって」

女「それで、本当の御用はなにかしら」

女「御用がそれだけでしたらもうお帰りに」

男「おれは、自分の過去を探している」

女「……」

男「つまり、記憶喪失というやつだ」

女「……なるほど」

男「できるかい」

女「この世にあるものでしたら、探してみましょう」

男「この世に、ね」

男「禅問答みたいだな」

今日はこの辺で

女「……」

男「で、どうかな」

女「貴方は、青い車で海岸沿いを走行中、海に転落しましたね」

男「あれ、手は握らなくていいのかい」

女「ええ、あれは儀式的なもので、なくても何ら問題はありません」

男「あっそう」

男「若い姉ちゃんと手を握れるなんてレアな体験だと思ったが」

女「そういう失礼なことは言わないでください」

男「へえへえ」

男「で、なんだっけ、車で海に転落??」

女「ええ」

男「おれは海辺で見つかったらしいからな、まあ妥当なとこだな」

女「その前はやくざな仕事についていましたね」

男「へえ、そうなのか」

男「まあ、自分で言うのもなんだが、確かにガラが悪いよな、おれ」

女「逃げている途中でした」

男「なにから??」

女「警察から」

男「……」

男「おれは、犯罪者だったのか??」

女「そうとも言えるし、そう言い切るには少し情報が不足していますね」

男「言い方が回りくどいんだよ、姉ちゃん」

女「つまり、貴方はおとり、でした」

男「トカゲのしっぽ切りか」

女「いえ、自分から進んで」

男「おれは自己犠牲野郎だったのか」

女「組織のボスの秘密を抱え、ボスを救うために自分だけが犠牲になろうとしたのです」

男「で、失敗したと」

女「貴方は世間的に、死んだとされています」

男「でも、生きてるぜ」

女「あれから誰も、貴方を発見できていませんから」

男「んだよ、警察もたいしたことねえな」

女「今は警察も、他の事件で忙しいようですから」

男「あ、おれが息を吹き返したのは、漁師の人らに助けられたからだが」

女「その人たちも、貴方を庇ってくれていますね」

男「秘密にしてくれてんのか」

女「病院に入れられ、意識を取り戻した後ふらふらと抜け出していますね」

男「そうそう、そうだった」

女「貴方は今、どこでなにを」

男「ああ、この近くの薬局で働いている」

男「なにせ行くあても家もないからよ、ふらふらしてて」

男「まあどこへ向かってたわけでもねえんだけど、この町に着いてよ」

男「とりあえず包帯を替えようと思って薬局に入ったんだ」

女「お金なんか持っていなかったでしょうに」

男「あー金はなかったんだが、なんとかなる、と思って、な」

男「そしたら薬局の親父が住み込みで働かせてくれるっつうからよ、世話になってる」

女「そこには組織の人は来てませんね」

男「つっても、おれは組織の人間の顔なんか覚えちゃいねえし」

女「そうでしたね」

男「あのさ、あんた探し物をするのが仕事なんだろ」

女「ええ」

男「なのにさ、なにも機械も使わず、一人で、水晶とか使うわけでもなく」

女「占いとは違いますからね」

男「あんた、どんな力があんだよ」

女「ですから、探し物をする力です」

男「嘘だね」

女「え??」

男「あんた、何者だい」

女「……」

男「なにもかもわかっています、とでも言うようなツラしやがって」

男「神様か?? それとも、神様気取りか??」

女「どちらでも、ないつもりですが」

男「ふん、よくわかんねえが、あんたが得体のしれない女だってのはわかったよ」

女「同じ言葉をお返ししますわ」

男「おれは男だよ」

女「そう返すだろうと、思っていました」

男「……」

男「で、おれの過去については、もう他に言うことないのかい」

女「貴方が失った記憶というのは、いつからいつのことでしょう」

男「全部だよ」

男「おれは生まれも育ちも、そのやくざな組織に入ってたことも全部わからねえんだ」

女「でしたら、それを今すべてお伝えするのは時間がかかりすぎますわ」

男「おれには時間がたっぷりあるが」

女「明日、もう一度お越しください」

女「そのときに、貴方が満足できるまで、過去を探して差し上げます」

男「なんで、明日なんだ」

女「この後、30分ほどしたら、組織の人がここへやってきます」

男「な!!」

女「困るでしょう」

男「お、おお、よくわかんねえけど、困る気がする」

女「ですから、今日はもうお帰りになって、明日また出直してください」

女「明日でしたら、組織の人はもう来ないと思いますわ」

男「……」

男「なーんか、さ」

男「おれ、記憶がないことを楽観視してたけどよ、いきなり窮地に放り込まれた気分だぜ」

女「記憶を失ったことがありませんので、私にはよくわかりませんが」

男「そりゃそうだ」

女「あ、あと、組織の人のビルは隣町の△△通りにあります」

女「近付きすぎない方がよろしいかと」

男「お、おう」

女「あと、移動にはタクシーを使うのが一番ですね」

男「金があんまりねえよ」

女「そうでしたね」

男「変装でもした方がいいんじゃねえかな、どうかな」

女「お任せします」

男「じゃ、じゃあ、そろそろ行くわ」

男「明日もまた邪魔するぜ」

女「ええ」

男「あ、代金」ゴソゴソ

女「結構です」

女「貴方はまず、自分のことをなさって」

男「あ、ああ、わかった」

女「では、また」

男「ああ、邪魔したな!!」

ガチャリ バタン

女「ふう、不思議な人……」

……

男「いよう、今日も邪魔するぜ」

女「早いんですね」

男「今日はちょっと、な」

女「お仕事は??」

男「休みにしてもらった」

女「そうですか」

男「昨日、おれを探してたやつらが来たんだろ」

女「ええ」

男「なんて言ってた??」

女「『あの野郎、必ず探し出して八つ裂きにしてやる』と」

男「え!?」

女「『八つ裂きにした後ドラム缶に詰めて海に沈める』と」

男「ええええ!?」

女「もうあの薬局には戻らない方がいいですよ」

男「ええええええええ、待てよ待てよ、いきなりそんなピンチになんのかよ!?」

女「嘘です」

男「はあ??」

女「探し屋ジョークです」

男「てめえ!! 脅かすな!!」

女「どうしたんですか、そのサングラスと帽子は」

男「あ、ああ、薬局の親父に借りて」

女「余計不審ですけど」

男「そ、そうか」

女「それよりもヒゲとかどうです??」

男「余計不審だろ」

女「ですね」

男「……」

男「で、本当のところ、どうなんだよ」

女「私もわからない、と伝えたら、あっさり帰っていきましたよ」

男「なんだ、そうなのか」

女「新聞見ます??」

バサッ

男「なんだ、あんた若いのに新聞なんかとってんのか」

女「いえ、昨日もらったんです」

男「あん、どれを見ればいいんだよ」

女「ここです」

男「えーと、麻薬取引の組員、転落死??」

女「ええ」

男「……以前から麻薬取引の疑いがあった……組員が受け渡し直後に……」

男「……崖から落ち死亡した模様……引き続き捜査……」

女「わかりました??」

男「まあ、なんとなく」

男「麻薬取引の疑いがあった組織のチンピラが、取引を一人でやって」

男「潜入してた警察から逃げて、海に麻薬とともにダイブ」

男「チンピラの死体は上がってないが、組織の取引ではなくチンピラの勝手な行動ということで」

男「組織は麻薬取引の疑いを晴らした、と」

女「ええ、そういうことですね」

男「で、そのチンピラが、おれ、と」

女「そのようですね」

男「おれの自己犠牲は成功してんじゃねえの、これ」

女「ええ、きっと」

男「顔写真は載ってねえな」

女「どうしてでしょうね」

男「知ってんだろ」

女「え??」

男「あんた、何もかも知ってそうじゃねえか」

女「何もかもを知っているわけではありません」

女「私にもわからないことはあるようです」

男「わかりにくいな、ったく」

男「あんた、『探し屋』始めて何年だ」

女「2年と3か月と19日です」

女「29の二乗ですね」

男「まだ若いんだろ、いくつだ」

女「貴方の歳から、10を引けば」

男「おれは自分の歳を知らねえよ」

女「貴方は27歳と9カ月と3日です」

男「回りくどいな、馬鹿」

女「馬鹿は余計です」

男「学校はどうした」

女「行ってません」

男「なんでだよ」

女「怖いから」

男「怖いだあ??」

女「ええ、知りたくないことまで知ってしまうのって、怖いと思いません??」

男「知りたくないことってなあ、なんだよ」

女「ですから、知りたくないことです」

男「噂じゃあ、なんでも探せる不思議な力があるそうだが」

男「それだけじゃねえみたいだな」

女「ええ、貴方の言うとおり」

女「私には、幼いころから『わかってしまう力』が備わっていたんです」

男「具体的には??」

女「目の前にいる人は、私のことをどう思っているか」

女「目の前にいる人が、どういう過去を歩んできて、どういう未来を歩むのか」

女「目の前にいる人が、どういう人と結婚してどういう死に方をするのか」

男「全部、わかるってえのかよ」

女「ええ」

女「やろうと思えばどこにいる人でも、見ることができます」

男「全知全能、とかいうやつか」

女「全能ではないのです」

女「私自身は、ただの平凡な女です」

男「じゃあ全知か」

女「ええ、ほぼ」

男「ほぼ??」

女「私自身の未来は、何一つわかりません」

男「どうやって生きていくかも??」

女「ええ」

男「誰と結婚して、どうやって死ぬのかも??」

女「ええ」

男「それって、不安なのか、安心するのか、わかんねえな」

女「でも、自分のこと以外がすべてわかるということは、それだけで罪でした」

男「罪??」

女「私が初めてそれを意識したのは、幼稚園に上がった頃」

女「幼稚園に行く前に、母に言ったんです」

女「『今日は幼稚園が燃えるから、行っちゃダメ』って」

男「……」

女「私はこの力が異能だとは知りませんでしたから、なんの考えもなしに言ったんです」

男「……」

女「母は、私がぐずっているだけだと感じたんでしょう」

女「そのまま幼稚園に連れていかれました」

男「……」

女「私は、母に逆らうつもりもありませんでしたから、素直に従いました」

女「そして、『その時間』が近付くと幼稚園から離れました」

男「……」

女「結果、多くの先生と園児が焼け死にましたが、『偶然』園外に逃げていた私は助かりました」

男「……」

女「『あそこに歩いてる人、悪い人だよ、お婆ちゃんやお爺ちゃんを騙してる人だよ』とか」

女「『パパ、今日もそのチーム負けるから見ない方がいいよ』とか」

女「『今日自転車で出かけると骨折するから、歩いていく方がいいよ』とか」

女「『ママ、その化粧品は湿疹が出るからもう買わない方がいいよ』とか」

男「……」

女「そういうことを言っているうちに、両親も、友だちも、私を変な目で見るようになりました」

男「……それが罪、ってそりゃあ言いすぎだろ」

女「でも私にとっては、それは、罪だと感じました」

女「いじめられることはありませんでしたが、誰も積極的に寄って来ようとはしませんでした」

男「……」

女「まあ、そりゃあそうですよね」

女「心を見透かされてるみたいで、気持ち悪いですもんね」

男「……」

女「テストは、どんなひっかけ問題があろうとも100点」

女「どんなにカラッと晴れている日でも、私が傘を持ってきている日は雨が降りました」

男「……」

女「ひそかに好きになった人がいても、告白をする前に失恋することがわかっていました」

男「……」

女「クラスみんなの誕生日を知っていましたし、誕生日に何をもらうのかも知っていました」

女「サンタクロースは実在しているけれど、日本の庶民の家には来ないということも知っていました」

男「実在すんの!?」

女「ええ、北欧の山奥に」

男「……え、探し屋ジョーク??」

女「いえ、真実です」

男「あ、あれだろ、なんか公認の資格持ってるじいさんたちの集まりの……」

女「グリーンランド国際サンタクロース協会とは別に、本物がいます」

男「……もう、なんかわけがわからん」

女「○○ちゃんの好きな××君は、△△ちゃんが好き、ということも知っていました」

男「それはごく普通の女の子のような気がするが」

女「次の総理大臣の名前も、麻薬で捕まる芸能人の名前も知っていました」

女「大ヒットするドラマも、結婚するカップルも」

男「……芸能レポーターとか、できたんじゃねえか」

女「えへへ、みんなにもそう言われました」

男「……」

女「でも、自分がどういう未来を歩むのか、それは一切わからなかったんです」

男「……」

女「わかります?? この気持ち」

女「自分のことだけ、不透明なんです」

女「周りのみんなが将来何になるのかはわかるのに」

今日はこの辺で
明日は遅いです、すみません

はむはむ!!

こういうキャラでいこうかしら
再開します!!

男「それで、『探し屋』を??」

女「いえ、小学校を卒業したら、引きこもりになりました」

男「……」

女「母や父の言いたいこともわかりましたが、私は学校へは行けませんでした」

男「……」

女「毎日、窓から外の人を眺めていて、そして、ふと思ったんです」

男「……」

女「自分とまったく関係がない人の未来は、見ていて楽しい、と」

男「ほう」

女「それで、最初は占い師みたいなことを始めたんです」

男「占い、ね」

女「商店街の隅で、水晶を持って、フードをかぶって、化粧をして」

男「かっか、ありがちだな」

女「なかなか面白いものでした」

女「自分とまったく関係のない人ならば、知ることが苦痛ではありませんでしたから」

男「知りあいの未来を見ることは苦痛だったのか??」

女「死ぬ時期も見えます」

男「あ、ああ、なるほど」

女「両親が何歳で、どうやって死ぬのかも、知っています」

男「お、おう、そうか」

女「でも私が家を出たことで、安らかに亡くなる未来が見えたので、安心していますが」

男「未来ってのは変わるのか」

女「私の行動次第で、変わることもあるようです」

男「へえ、便利だな」

女「行動してみないと、わからないんですけどね」

男「で、占い師をどうしてやめたんだ」

女「有名になりすぎたんです」

男「へえ」

女「当たるって、神言だって」

男「神言ね」

女「ですから、もっと小規模な、その日暮らしができる小さな商売でいいかな、と」

男「それで、『探し屋』か」

女「ええ」

男「大した看板もあげてねえみたいだし」

女「ええ」

女「有名になることは望んでいませんから」

男「なるほどねえ」

男「でも、自分のこととなると占えない、か」

女「ええ」

男「あれ」

女「なにか」

男「あんたよ、『わからないこともあるようだ』みてえに言ってなかったか」

女「ええ」

男「自分のこと、と、他にもあんのか??」

女「……あるみたい、ですね」

男「なんだよ、その奥歯に物が挟まったみてえな言い方は」

女「貴方のことです」

男「ああん??」

女「貴方の未来だけ、見えないんです」

女「貴方が崖から落ちたところから先、一切が見えないんです」

男「……」

男「なんで??」

女「わかりません」

女「組織の人が来たとき、貴方のことが見えました」

女「車に乗って、逃走、転落、でも生きている」

男「……」

女「そこまでは見えたんです」

女「でも、その先が全く見えないんです」

女「こんなことは……初めてでした」

男「おれのこと、最初から知ってたってのか」

女「ええ、でも、ほんの少しです」

女「記憶を失っていることが関係あるのか、ないのか」

男「……」

女「私には、わかりません」

男「おれにはもっとわっかんねえ」

女「そうですよね」

男「じゃあ、あれか」

男「おれの過去は探してもらえても、今後組織の連中に見つかるかどうかなんてのは」

女「あ、それはわかります」

男「あん??」

女「組織の人の未来から、それは大丈夫だって、わかります」

男「……」

男「ややこしいんだなあ」

女「ええ、でも、慣れました」

女「自分のことを予想するのに、周りの人の未来を見てましたから」

男「なるほど」

男「まあ、いいや、今日は組織の連中は来ねえんだろ」

女「ええ、しばらくは来ませんね」

男「じゃあよ、未来の話はいいから、おれの過去を話してくれよ」

男「それならなんでもわかるんだろ??」

女「え、ええ」

男「できるだけちっさい頃からがいいな」

女「わかりました」

……

女「で、そのときに、貴方は虫かごを忘れていって」

男「かっかっか、馬鹿だなおれ」

女「で、仕方ないからシャツを脱いでその中にセミをいっぱい入れて」

男「~~~~」

女「わかります?? 上半身裸で丸めたシャツ持って」

男「わかるわかる、ぶはっ」

女「で、家の中に飛び込んで『お母さん!! プレゼント!!』って」

男「かっかっか、馬鹿だ、おれ」

……

女「で、初恋は実らなかった、と」

男「うわあ、おれ恥ずかしいやっちゃなあ」

女「まあまあ、そんな経験、誰でもありますって」

男「そんなもんかなあ」

男「元気してんの、その子」

女「ええ、元気で、olやって、今は結婚もしてて」

男「そっかあ~」

男「顔も知らねえ子だけど、今ちょっと感情移入しちまったわ」

女「貴方の物語ですからね、これ」

男「そうだったな」

……

男「親父もお袋も死んでんのかあ」

女「ええ、残念ながら」

男「でもよ、こう、息子がやくざな仕事してるなんて聞かなくて済んだんだから」

女「ううん、どうでしょう」

女「まあ、元気でやってれば、それが一番なんじゃないでしょうか」

男「お、イタコもできんのか」

女「いえ、想像で言っただけです」

男「かっかっか、なんだそうか」

男「あ、そうだ、全知ってことはよ、天国とか地獄があるかどうかも知ってんのか」

女「あ、ええ」

男「あんの??」

女「ありますね、ええ」

男「じゃ、じゃあよ、宇宙人!! 宇宙人はいんのか!?」

女「いますね、ええ」

男「マジで!!」

女「ただ、人類が宇宙人に出会うのにあと6万年かかりますね、ええ」

男「マジかよ!! 遅すぎんだろ!!」

女「その頃人類もだいぶ衰退してますが」

男「はあ~そんな未来も見えんだな、すげえな」

女「見えても意味ないですけどねえ」

男「誰も信じねえか」

女「そうですね」

男「見た目はどんな感じなんだ??」

男「ほら、肌の色とか、手足の数が違うとか」

男「まさか、ベタなタコ型とか??」

女「ムカデ、知ってますよね??」

男「よし、この話は終わり!!」

女「あれの色がちょっと違う感じで」

男「終わりったら終わり!!」

女「あれ、虫苦手なんですか」

男「うるっせえ!!」

男「じゃあ、あの、超能力!!」

女「はい??」

男「超能力は実在すんのか??」

女「ええ」

女「私のそれも近いと思いますが」

男「あ、ほんとだ」

女「サイキックは存在しますよ」

男「おれ、そういうのに憧れた時もあったんだよなあ」

女「覚えてるんですか??」

男「なんとなーく、な」

男「しっかし、全知たあ、最高の能力だな」

女「そうでしょうか」

男「だってよ、何でもかんでもわかるんだろ」

男「株も競馬も、ボロ儲けだ、金には困らねえ」

女「まあ、やろうと思えばできますね」

男「災害が起こるって分かってたら避難すりゃあいいし」

女「ええ」

男「自分に害のある相手なら近寄らなければいいし」

女「ええ」

男「最高の能力じゃねえか、大事にしろよ」

女「……全知なんて、くだらないですよ」

男「あん?? そんなことねえだろ、だって」

女「だって、世の中にはこれこれこういう高級食材があって調理法はこうで」

女「舌がとろけるようなおいしさで、ってそんなことがわかったからって、ね」

女「その味を体験できるわけじゃないんですよ、食べてみなきゃわからないんですよ」

男「お、おう」

女「宇宙人がいて、どんな姿で、どんな文明で、いつ地球に現れるか知っていたって、ね」

女「自分が出会えるわけじゃないし、触った感触や喋った感覚は知ることができないんですよ」

男「お、おう」

女「……全知なんて、くだらないですよ」

男「んーでも、水差して悪いけどよ」

女「なんですか」

男「おれのこと、これだけ知ってる奴ってのは、あんたしかいねえんだわ」

女「ん……」

男「少なくとも、おれにとっちゃあ最高の能力だね」

女「そ、そうですか」

男「もっと教えてほしいんだよ、おれのことを」

男「いや、違うな」

男「おれの過去を、もっともっと探してくれ、『探し屋』さん」

女「……貴方の未来は、見えませんが」

男「んなもん、当り前じゃねえか」

男「おれは過去が知れたらそれでいいんだよ」

女「……」

男「明日も、来ていいか」

女「え、ええ」

男「今度は飯持ってくる」

男「食いながら話そうぜ」

女「え、ええ、でも貴方、仕事は」

男「実はよ、ここのこと教えてくれたのは薬局の親父でさ」

男「おれの記憶が少しでも戻れば、ってことで、紹介してくれたんだよ」

女「はあ」

男「だから、仕事ちっと少なくしてもらって、合間に来るから」

女「え、ええ、貴方がいいのであれば、いつでもどうぞ」

男「ただ、その、組織の連中が来ないときを教えておいてくれよな」

女「もう、来ないですよ」

男「本当か??」

女「ええ、新聞見たでしょう」

女「もう諦めていますよ、警察も、組織も」

男「そっか」

女「あ、どうせ食べ物を買ってきてくれるなら、プリンも一緒にお願いします」

男「お、おう、任せとけ」

ゲロ眠!!
おやすみ!!
また明日も遅いですごめんなさい

……

男「ほれ、プリン」

女「いやったあ」

男「……」

女「なにか??」

男「いや、そういうところ見てると、やっぱ若えんだなあ、と」

女「ジジくさいこと言わないでください」

男「ジ……てめえ!!」

女「ほらほら、いいから早く食べましょう」

……

男「で、おれはその子のことをどれくらい好きだったんだ」

女「ん、難しいですね」

男「例えでいいからよ」

女「三度の飯より好きでしたね」

男「わかりにくい」

女「夢の中に出てくるくらい」

男「ああ、はいはい」

女「でも夢の中では彼氏がいました」

男「夢の中でくらい良い思いさせてくれよ!!」

……

男「で、手を離しちまって、落ちたと」

女「それが貴方の人生初の骨折です」

男「うわ、情けねえ」

女「あれだけ泣いたのも初めてです」

男「っかー」

男「ん、人生初のって言うことは、その後も骨折してんの??」

女「ええ、18のときにチンピラにボコボコにされて、やはり骨折しています」

男「やり返したり、とかは……」

女「一発も殴れてませんね、一方的でしたね」

男「弱!! おれ弱いじゃねーか!!」

女「で、そこを救ってくれたのが組織のボスです」

男「ははあん、それでやくざな世界にはいっちまった、と」

……

女「で、で、そこで、えっと、その」

男「ファーストキス??」

女「そ、そうです、その」

男「へえ~結構遅かったんだなあ、おれ」

女「……そう、ですかね」

男「ちなみにあんたはいつ??」

女「え、え??」

男「キス」

女「な、なななな、私の話は今関係ありませんし!!」

男「ねえのか、キス」

女「い、いやいや、いや、貴方の話をしましょう、ええ」

男「じゃあ、ほら、初hは」

女「な、なななな」

男「おれのだよ」

女「あ、ああ、いや、えっと」

男「いつだったの」

男「え、まだってことはねえよな、さすがに」

女「え、えっと、その」

男「ん??」

女「恥ずかしすぎます!! 言えません!!」

男「なんだよ~」

男「人の人生見放題なんだろ」

男「あんただけ知ってて、おれがおれの人生知らんとか、いやだろ」

女「いや、そりゃ、気持ちはわかりますけど、その」

男「あんだよ」

女「hな過去については、ちょっと、ノータッチということで」

男「んだよ、若い姉ちゃんに卑猥な話してもらえるなんてそうそうない体験なのによ」

女「え、えっと、もう、知りません」

男「知ってるくせによう」

男「な、あれか、おれモテてたか??」

女「ん、ええ、それなり、に??」

男「やり放題??」

女「ぶっ」

男「とっかえひっかえ??」

女「~~~~」

男「一番すげえプレイはなんだった??」

女「知りません知りません!!」

女「もうこの話はナシ!! 一切ナシ!!」

男「結構うぶなんだねえ、お嬢ちゃん」

女「最低!! その笑顔最低!! エロい!!」

男「なんだよ、これも依頼だろ??」

男「おれの過去を探してくれ、っつう」

女「……んんん」

男「今日はちゃんと依頼料も持ってきたしよ、プリンとか」

女「……ええ」

男「ほれ、だから一番すごかったプレイの話をだな」

女「しません!!」

男「かっかっか」

……

女「それっきり、その人とは会っていません」

男「そっかあ」

女「今は中小企業であくせく働いているようです」

男「ま、それが合ってるんだろうな」

女「会いたいですか??」

男「ん……」

男「会いてえけど、会いに行くのは迷惑だな」

女「そうでしょうか」

男「ああ、だから、まあ、このままでいいさ」

男「考えてみりゃあ、知りあいが全然いねえな、おれ」

女「ええ、まあ、ほとんどの縁を断ち切って組織に入っていたようですから」

男「家族ももういねえんだろ」

女「ええ」

男「友だちも絶縁状態だろ」

女「ええ」

男「んじゃあ、おれの知りあいってったら、薬局の親父さんたちと、あんただけか」

女「私がカウントされるとは」

男「え、だって、ここ数日ずっとここに来てんじゃん」

女「だからって」

男「記憶喪失のおれからしたら、かなり親しい間柄だぜ??」

女「そんなに!?」

男「もう親友くらいだな」

女「そ、そんなに!?」

男「あんた、友だちは」

女「い、いません」

男「親は」

男「あ、田舎で暮らしてるんだっけか」

女「え、ええ、二人で」

女「それがなにか??」

男「おれたち、ちょっと似てる気がしてよ」

女「似てますかね」

男「ああ」

男「あんたさ、最初はすげービジネス的っていうか、固っ苦しい喋り方だったんだよ」

女「はあ」

男「でもよ、全知っつうことを除けば、まだ若いただの女の子だろ」

女「はあ」

男「ちょっと口調がくだけてきたりしてさ、それがわかったんだよ」

女「……」

男「あんた、ほんとはもっと普通の暮らしがしてえんじゃねえの??」

女「……」

男「人の人生を覗き見してよ、傷つかないように立ちまわってよ」

女「……」

男「そんなのに、嫌気さしてんじゃねえかって思って」

女「……」

男「学校行って、友だちと喋って、笑って、ときどき喧嘩して、傷ついて」

男「先生に叱られて、テストで悪い点取って、隠して、親に叱られて」

女「……」

男「そんな普通の暮らしをしたかったんじゃねえの」

女「……っ」

男「おれもそうさ」

男「やくざな暮らしとか、してたって言われても、実感がわかねえ」

男「普通に平穏に暮らしていきてえなあ、と思ってる」

男「あんたもそうだろ??」

女「でも……そんなこと……」

男「無理、か??」

女「無理です、そんなの」

今日夜完結する予定です
遅くてすみません
はむはむ!!

女「この力は、押さえつけられないんです」

男「見たくなくても見えるのか」

女「ええ、だから、人とは深く関われない」

男「傷つくから??」

女「ええ」

男「あんたが、だろ」

女「……ええ」

男「じゃあ、おれがあんたのことをどう思ってるか、わかるってのかよ」

女「……」

男「わかんねえんだろ??」

女「……」

女「わかりません」

男「それがよ、『普通』なんじゃねえの」

女「普通……」

男「目の前にいる男が、自分をどう思ってるか」

男「どうやって生きて、どうやって死ぬか」

女「……」

男「わからない、だろ??」

男「ごく普通のことじゃねえか」

男「おれだって、あんたの考えも未来も、一切まったくこれっぽっちもわかりゃしねーよ」

男「普通だ、普通。ノーマルでスタンダードだ」

女「……これが、普通……」

男「そ」

男「おれのこと、見えないことが、不安になったか??」

女「不安……では、ありません」

男「だろ」

男「ここには、おれと、あんただけだ」

女「ええ」

男「未来が見えるか??」

女「見えない……未来は、見えません」

男「かっかっか」

男「未来が見えない、ね」

男「台詞だけ聞くと絶望的な状況みたいだな」

女「ふふふ」

男「でもそうじゃねえ、だろ」

女「ええ」

女「なんだか、清々しい気分」

男「そりゃあよかった」

女「ええ」

男「なあ、おれの過去について全部あんたが話し終わったらさ、どうなるんだ??」

女「どうなるって??」

男「依頼は完遂、ではさよなら~、ってか」

女「どうでしょうかね、わかりません」

男「わからんのか」

女「ええ、いつ話し終わるのか、その後どうなるのか」

男「じゃあ、次の依頼、考えておかねえとなあ」

女「次??」

男「ああ、たとえば……そうだな」

男「『おれの未来を探してくれ』とか」

女「うふふ、それは、困った依頼ですね」

男「探せるのか??」

女「一緒に探しましょうか」

男「一緒に??」

女「ええ、ちょうど私も、自分の未来を探してみたくなっていたところです」

……

「あれ、確かにここだと思ったんだけどなあ」

「この階、全部貸店舗になってるわよ」

「おっかしいなあ」

「なによ、嘘だったんじゃないの??」

「本当だって!! 本当にここに『探し屋』がいたんだって!!」

「本当かしら」

ガチャリ

「あれ、開いてる」

「ちょっと、勝手に入るのはまずくない??」

「まあ、お礼言うだけだからよ、な」

「そんなのあんたの都合じゃん」

「いや、だけどさあ」

「本当はそんな人いなくてさ、自分であたしのこと調べ回ったんじゃないの??」

「いや、本当だって!! 愛嬌のある顔の凄腕の『探し屋』が……」

「愛嬌のある顔って褒め言葉じゃないんじゃない??」

「自分でそう言ってたんだって」

「はいはい」

「いないわね、もう帰りましょうよ」

「お礼言いたかったんだけどなあ」

ピラ

「あれ、壁に張り紙があるよ」

「なになに、『お礼は気持ちだけで十分です』」

「……」

「……」

「はは、見透かされてんなあ」

「なに、これ、え、ドッキリ??」

「いや、こういう人なんだよ」

「どういう人よ!?」

「なんでも見透かしている、怖い人」

「さ、あの人の言葉も聞けたし、帰ろうか」

「もう、ほんと、意味わかんないんですけど」

「はっは、おれは満足したから、もういいの」

バサバサ

「あーあ、手紙が溜まってる」

「ん、結婚報告のハガキ??」

「ん??」

「『本当に小柄でした』だってさ」

「ふうん」

「意味わかんないな」

「ほんとね」

「はーあ、探し屋さん、どこでどうしてんのかなあ」

「もういいって、帰ろ」

「へいへい」

ピラ

「おっと、また張り紙が」

「なになに、『私は見えない未来を探す旅に出ました』だって」

「……」

「……」

「はっは、何もかも見透かされてんなあ」

「うん……」

「おっし、帰るぞ」

「あ、待ってよ、お兄ちゃん」



★おしまい★

ありがとうございました
せっかくの二人の関係を、あとちょいちょい後日談的なもんで書きます

よければ他のもどうぞ
>>23

【全知の女と記憶喪失の男】


トコトコ

女「あ、あれは!!」

男「どうした」

女「あ、あの、反対側の歩道を歩いているのは、4年生の時にクラスが一緒だった」

女「出席番号8番で、身長は前から4番目だったけれど今は175.4cmまで伸びてて」

女「サッカーが得意で女子に優しくて、今は高校に通いながらコンビニでバイトをしていて」

女「でも当時ラブレターを渡す前から失恋することが決まっていた斜め前の席の小泉君!!」

男「紹介が長すぎるわ」

女「ああ、行っちゃった……」

男「お前が長々と喋ってる間にな!!」

男「なんだよ、失恋を引きずるタイプなのか」

女「ええ、そうね、概ねそうね」

男「概ねってなんだよ」

女「大体そうね」

男「意味はわかってるよ」

男「んだよ、おれと一緒に来るって言うから、そういうのは全部清算したもんだと思ってたぜ」

女「清算??」

男「お前さ、おれのことどう思ってるわけ??」

女「え??」

男「さっきの小泉君とおれとどっちが好きなんだよ」

女「え、え、ええと??」

男「一緒に未来を、っていうのはよ、これからずっと一緒にいるもんだと思ってたんだけど、おれは」

女「えと、えっと??」

男「お前は、おれを、どう思ってるんだっつうの」

女「……」

男「黙るの禁止な」

女「え、えっと」

男「『わからない』も禁止な」

女「うう……」

男「ん??」

女「き、気になる存在です」

男「馬っ鹿お前、中学生じゃねえんだからもっと言い方あんだろ」

女「や、でも、恋愛経験全然ないんで、私」

男「関係ねえって」

男「おれだって恋愛経験ゼロみてえなもんだろうが」

女「あ、貴方とは違いますから!!」

男「一緒だよ」

女「違います!! 私はもっと清純です!!」

男「おれ、やっぱヤリまくりだったんか……」

女「やめてくださいそういう話題!!」

男「ああ、そうだったな、おれの恋愛経験は全部知ってるわけだ」

女「……」

男「おれはその過去を全部忘れてっからよ、それは一切関係なく、言うぜ」

女「……」

男「おれはお前が好きだ、惹かれてる」

女「……」

男「もちろん、おれのことを全部知ってくれてるってのも重要だけどよ」

女「……」

男「なんつーかこう、すべてを知ってるくせに、不器用で危なっかしいところが好きだ」

女「……」

男「で、一緒にいてえなあと、そう思ってるわけ」

女「……ええ」

女「私も、貴方と一緒に、いたいです」

男「じゃあ、利害一致だな」

女「……ええ」

男「っと、ビジネスライクな言い方になっちまったなあ」

男「相思相愛だな」

女「……ぷっ」

男「なんだよ」

女「だ、だって、いい歳して、真面目な顔して、『相思相愛だ』とか」クスクス

男「うるっせえ」

女「じゃあ、これからも、よろしくね」

男「ああ、そうやってくだけた口調の方が喋りやすいな」

女「あら、無意識だったわ」

男「いいんじゃねえの、それでよ」

男「とりあえずは、どこへ行こうか」

女「お昼を食べましょう」

男「おう、この辺にいい店、あるか??」

女「それよりも、食材を買ってきて、料理をふるまいますよ」

男「お、マジか、料理できるのか」

女「どうすればどういう味になってどう美味しくなるかは、私の頭の中にすべて入っています」

男「うおお、レシピ本がいらねえな」

……

女「せいっ」パラパラ

男「おいこら、胡椒かけすぎだろ!!」

女「むう」フリフリ

男「だあああ、卵が焦げる!! 火が強すぎる!!」

女「ええい」ガタガタ

男「こぼれてる!! こぼれまくってる!!」

女「うなあああああああ」ガチャガチャ

男「馬鹿!! 触るな!! やけどするから!!」

女「……」

男「ま、まさかこんな事態になるとは……」

女「……」

女「だから、言ったでしょう、全知なんてくだらないって」

男「……」

女「正しい美味しい作り方がわかってたからってね、自分がそれを実践できるかどうかは別なんですよ」

男「うん、実感してる」

女「ぶっちゃけ、卵が無惨になる姿は見えていました」

男「見えててやったの!?」

男「よし、料理を覚えよう」

女「無理ですよ、きっとずっとこんな調子ですよ」

男「馬鹿、お前が一生料理が下手だっていう未来は見えねえんだろ??」

女「え、ええ、それは、まあ」

男「じゃあよ、一生懸命練習したら、上手くなるぜ、きっと」

女「そ、そうですかね」

男「ていうか、上手くなってもらわねえとおれが困る」

女「そうですよね……いつまでも失敗作を食べてもらうわけには……」

男「未来の嫁にはさ、やっぱうまいみそ汁を作ってもらいてえし」

女「な、ななななな!!」

男「かっかっか、照れるな」

女「もう!! もう!!」

女「なんか、新鮮です」

女「あの、目の前にいる人が次になにを言うかがわからないっていうことが」

男「ああ、そうか、そうだろうな」

女「今まで私を好きなってくれた人もいるんですが」

女「その人の気持ちはもう知っていましたし、『あ、今から告白しようとしてるな』ってのもわかるんです」

男「かっかっか、相手にとっちゃあ厳しすぎる状況だな」

女「でもですね、貴方は突然そうやって恥ずかしいことを言うじゃないですか」

男「恥ずかしくねえよ」

女「私は恥ずかしいんです!!」

男「知らねえよ」

女「恥ずかしいけど、でも、そういうのが、なんかいいなって思えるんです」

男「そっか」

女「だからって、あんまり恥ずかしいことばっかり言わないでくださいね」

男「たとえば??」

女「その、好きとか、嫁とか……」

男「え、なんて??」

女「だから!! す、好きとか!! そういう言葉です!!」

男「……」ニヤニヤ

女「なに言わせてるんですか!!」

男「……」ニヤニヤ

男「じゃあ明日は、みそ汁だな」

女「……」

男「おれがうまいみそ汁作ってやるから」

女「記憶喪失のくせに……」

男「馬っ鹿お前、おれは飯は作れるんだっつうの」

女「本当ですかあ??」

男「だから、はよ真似て上手くなってくれよな」

女「……努力します」

男「未来の」

女「ストップ!! それ以上は言わなくていいですから!!」

男「かっかっか」

女「あのね、未来はね、わからないから、楽しいんですよ!!」

男「ああ、そりゃあ、そうだな」


【全知の女と記憶喪失の男】おしまい

最初は
女「探し物はなんですか?」
男「見つけにくいものです」
女「カバンの中は?」
男「机の中まで調べました」
って感じかと思ってた

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