サトシ「100レベのトランセルは立派な武器になると聞いたぜ!」 (112)

サトシ「オーキド博士が言ってたんだ、ジム戦のためにも絶対ゲットだぜ!」

サトシ「まずはトキワの森に赴き、100レベのトランセルを調達してくるぜ!」

ピカチュウ「ピカッ」ヘッ

サトシ「おいおい、ピカチュウまさかお前『序盤の森ダンジョンに100レベのポケモンなぞいるわけねーだろこのダボッ!!』とか思ってないよな」

サトシ「俺のやることに口ごたえしたらオーキド博士にチクッて、ポケモン図鑑からピカチュウのデータ全て抹消してやるからな!」

ピカチュウ「ピ、ピカ……」

~トキワの森~

サトシ「着いたぜ! 中々湿気の多い森だな! 太陽の光も葉で覆われ地上までは届かない、常に薄暗い!」

サトシ「ピカチュウ、フラッシュだ!」

ピカチュウ「ピッ?」

サトシ「だからフラッシュだよフラッシュ! 放電でもいいぜ!」

ピカチュウ「……」

サトシ「おいおい、まさかお前フラッシュさえ覚えてねーのか!?」

たいあたり
しっぽをふる
でんこうせっか
10まんぼると

サトシ「おいおい10万ボルトだけいっちょまえに覚えやがってこの無能が! サーチライト失格だぜ!」

サトシは一時間、二時間と草むらを探し回ったが結局トランセルさえ見つけることはできなかった

ピカチュウは邪魔だったので途中で逃した

サトシ「きっしょ~トランセルさえあれば岩タイプのポケモンなんぞギッチギチに破壊し尽くせるのにヨォ~!」

オーキド博士「どうしたサトシ君」

サトシ「博士、トランセルが見つからないです」

オーキド博士「ならワシのをやろう」

サトシは100レベのトランセルをオーキド博士から貰った!

オーキド博士「覚えている技は鉄壁、体当たり、糸を吐く、破壊光線じゃよ」

サトシ「す、すげぇ……この硬さならザクロみたいに割れそうだぜ!」

100レベのトランセルを手に入れたサトシは行く道行く道で現れるポケモンの頭を次々にカチ割って行った。

サトシ「でも経験値は入らないんだぜ……。可笑しいよなこのシステム」

12匹目のキャタピーをポケモンタワー送りにした時、サトシの前に麦わら帽子を被った少年が現れた!

サトシ「おいおい、俺の行く手を阻む気か?」

少年「おい、兄さん。あんたポケモントレーナーだろ?」

少年はつかつかとこちらへ近寄り鼻をフンと鳴らす。

少年「トランセルねぇ……地雷ってぇのがよく分かるね。あ、まだ進化させてないんだ。サトシでも気取ってんの?」

サトシ「おい、今なんつった。俺が地雷だと? 笑止! テメーの方こそ雑魚の典型みてーな物言いだな」

少年「んじゃ一丁ポケモンバトルしてみるかい?」

サトシ「よいぜ、正々堂々ぶちのめしてやる!! 小手調べと言ったところだ!」

~虫取り少年のジュンヤが勝負をしかけてきた!~

ジュンヤ「いけ、俺のキャタピー!」

キャタピー「ピイ~」

ジュンヤの放った紅白ボールからツヤツヤした毛虫野郎が飛び出した!
くそぅ、毎度のことながら気色悪いぜ。

サトシ「トランセル、君に決めたッ!」

サトシは鞘を模したジーパンのポケットからトランセルを勢い良く引き抜いた。

一陣の風が二人の武士の間をすり抜けていく。
抜き身状態のトランセルを下段に構えたサトシは電光石火、目にも留まらぬ速さでキャタピーに肉薄した!

サトシ「しっねええええ!」

岩タイプのポケモンの頭蓋をも粉砕するトランセル刀を、サトシはキャタピーに振り下ろした。
いつもならキャタピーの頭が見事に割れ、新緑色の体液がサトシの服を染め上げるはずであった。
しかし、今回は違った。

キャタピーが残像を残しその場から消え去ったのだ!

一陣の風が二人の武将の間をすり抜けていく。
抜き身状態のトランセルを下段に構えたサトシは電光石火、目にも留まらぬ速さでキャタピーに肉薄した!

サトシ「しっねええええ!」

岩タイプのポケモンの頭蓋をも粉砕するトランセル刀を、サトシはキャタピーに振り下ろした。
いつもならキャタピーの頭が見事に割れ、新緑色の体液がサトシの服を染め上げるはずであった。
しかし、今回は違った。

キャタピーが残像を残しその場から消え去ったのだ!

シャドーダイブか!? 答えは否。
サトシの背後にキャタピーが回っている。

サトシ「ちいッ!」

振り向きざまに横薙ぎをするも既にキャタピーはそこにはいない。
アギルダー並みの速さでサトシの攻撃を避けている。

サトシ「トランセル! 糸を吐くだ!」

トランセルの口から粘着性の強い糸が放射状に発射され、キャタピーを前方向から取り囲む様に襲いかかった。

少年「キャタピー、みがわり」

サトシ「なにィ!? みがわりなぞキャタピーは覚えないぜ!」

サトシの咆哮も虚しく糸が捉えたのはキャタピーのみがわりであった。

少年「ククク……知りたいか? 何故キャタピーがみがわりを覚えアギルダー並みの速さで動くか……」

口元にあるかなしかの微笑を浮かべ、少年は両手を広げた。

少年「このキャタピーは! 俺が改造した! 素早さのみなら最強のキャタピーだ! ……アギルダーとキャタピーを配合させたのさ」

サトシ「アギルダーと、キャタピーをだとッ!? く、狂っている! 正気の沙汰じゃあないぜッ!!」

少年「目もとを見ろ。何となくアギルダーっぽいだろう」

サトシ「た、たしかに……」

少年「みがわりは俺が改造で教え込んだ。ま、兄さんのトランセルみたいなものさ」

サトシ「こいつぁ相当なトレーナー能力を持つ小僧だ……完全に理解の範疇を越えてやがる……」

少年「キャタピー、とどめの破壊光線だ」

キャタピーの口が開き蒼白色の光がエネルギーをチャージし肥大化してゆく。
サトシもトランセルに破壊光線を命じた。

サトシ「こうならヤケだ! 破壊光線同士ぶつけ合ってどちらが押し切るかバトルだぜ!」

少年「俺のキャタピー、とくこうの種族値245だぜ」

サトシ「ゲエッ! やめろ、トランセル! 鉄壁だ、鉄壁だ!」

少年「クハハハもう遅い! 塵芥と化せ、サトシ気取りの坊や~!」

キャタピーの口から破壊光線が放たれる!
同時にトランセルの破壊光線もキャタピーめがけて一直線に伸びていた。

サトシ「ぬおおお! 避けろトランセル! 俺ごと避けるんだあああ!」

破壊光線がサトシの頬を掠める。
トランセルが最後の力を振り絞り、サトシに体当たりをかましたのだ。
一方勝利を確信していたキャタピーは、意外な展開に動けない。
瞬間熱線がキャタピーの頭部を吹き飛ばし、蒸発させた。
ジュンヤの手持ちのポケモンはこのアギャピーのみであったため、このバトルはサトシの勝ちとなった。

サトシ「ジュンヤ、テメーの負けだぜ! さぁ賞金を貰おうか」

そう言うとサトシはジュンヤのポケットをまさぐり始めた。
親から貰った小遣いをせしめるつもりなのだ。
サトシは相当にせこい少年であった。

サトシ「チッピラ1000円札一枚だけかよ。すくねーな」

ジュンヤ「文句言わないでほしいね。君には礼節ってモンが無いのかい?」

サトシがぼやくのも当然である。
今日の宿代、食事代、餌代諸々をこの1000円で賄わなければならないのだ。
サトシはジュンヤと別れ、トキワの森を抜け出した。
先ほどのバトルで破壊光線を浴びたトランセルは瀕死状態となっている。
そもそも破壊光線とは強いX線のことであり、浴びた生物が無事でいられるはずがない。

サトシ「ゲストハウスか……いや、1000円じゃゲストハウスも怪しいぜ!」

結局サトシはニビシティの広場で野宿することを決めた。

ホームレス「おい小僧。そこは俺のテリトリーだ。さっさとどきな!」

見るからに汚そうな格好をしたホームレスが、サトシに喧嘩を売ってきた。
売られた喧嘩は買わねばならぬ。

サトシ「行け!トランセル!ホームレスに破壊光線だ!」

ホームレス「グポォ!!!」ビチャビチャビチャ

サトシ「やったぜ」

ホームレス「かたくなる」

サトシ「ウホッwww」

サトシ「ところで、俺のトランセルを見てくれ、こいつをどう思う?」

ホームレス「凄く…固いです…」

サトシ「公園は皆の物だ、私物化はできないぜ。テメーこそ失せろよ臭いんだよ」

ホームレス「あぁん? テメー痛い目見ねーと分かんねーみたいだなあーん?」

ホームレスがさっと股間からゴージャスボールを取り出す。

ホームレス「ゴミ箱に捨てられていたのを拾ったのよ。しっかり中身も詰まってるぜェ~」

サトシは戦慄した。
このホームレス、まさかポケモン使いの一人だと言うのか!?
現在サトシの手持ちポケモンはゼロ。
ニビシティの名物は岩ポケモン。
ならこのホームレスもゴッツい岩ポケモンを所有しているだろう。
では、岩ポケモンに人間が素手で対抗すればどうなるか。
十歳の少年の骨などたちまち粉々に砕けてしまうに違いない。

ホームレス「オレの名はタケシ。さぁオレが挨拶をしたんだ。テメーも自己紹介して早く闇のゲームを始めようぜ!」

サトシ「タケシだって……? まさかあのニビシティジムリーダーのタケシなのか!?」

サトシは耳を疑った。

タケシ「ニビシティジムリーダー、だって? その名はとうの昔に捨てたよ」

サトシ「捨てた? どういう意味だ?」

タケシ「ジムを潰されたのさ」

タケシ「たった一人のポケモントレーナーのためにな」

タケシ「……ただのコクーンかとみくびっていた。オレが馬鹿だったんだ」

タケシ「オレのせいで……オレのせいでイシツブテ、イワークをポケモンタワー送りにしちまった……」

サトシ「なぁ、そのコクーン使いの名を教えてくれないか」

タケシ「……レッドだ」

タケシは吐き捨てるように言った。

サトシは過去の友人の名前を一挙に去来してみたが、レッドという人物は思い当たらなかった。
というよりサトシ自体、友達と呼べる者がほとんどいなかったのだ。

タケシ「オレの復讐すべき相手はジムを潰したコクーン使いのレッドだが、今はクソガキ、テメーを潰す。名を名乗れ」

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ! 今手持ちのポケモンは瀕死なんだ。悪いが素手で闘うがいいか?」

タケシ「馬鹿野郎、オレは『ポケモンバトル』をやりたいんだ。ビタミン剤やるからさっさと治せダボが」

タケシは股間から金平糖に似た薬を放ってきた。
どこで仕入れたか見当もつかないが、立派な『げんきのかたまり』だ。
この男、よほどバトルへの執念が強いと見える。

お礼も言わずサトシはかたまりをトランセルの口に押し込んだ。
左下に見える生命ゲージが蛍光グリーンに染まる。
数回素振りをしてから若きポケモントレーナーはトランセル刀を下段に構えた。

サトシ「準備オッケーだぜ!」

~浮浪者のタケシが勝負をしかけてきた!~

タケシ「ゆけ! ハガネール!」

宝石の散りばめられた絢爛なボールから飛び出してきたのは、なんとハガネールであった。

サトシ「なんだあのメガキャタピーは!?」

図鑑「ハガネール、てつへびポケモン。脅威はその防御力であります」

サトシ「鎧をまとったイワークってか! オシャンティだが戦闘向きではないぜ!」

サトシ「トランセル、破壊光線だ!」

タケシ「ハガネール! 空を飛ぶだ!」

サトシ「!?」

ハガネールの巨影が公園を覆う。
翼も無いのにいかにしてハガネールは宙に舞ったのか!?
もしやこのハガネール……

サトシ「ジュンヤと同じか。面倒臭いぜ!」

ポケモンバトルは相手の行動を先読みすることに勝利の秘訣がある。
無論それはゲームに限る。
実際のポケモンバトルでは先読み能力に加え、臨機応変に対処する適応力が必要になってくる。
思案する時間は殆ど与えられない。

サトシめがけて急降下してきた鋼鉄の塊をトランセルで受け止める。
金属音が澄んだ夜空を切り裂き、蒼い火花が双方の顔を照らし出す。

サトシ「ぶっさいくな顔だなテメェ!」

タケシ「ハガネール、サトシごと噛み砕け!」

鉄蛇の咆哮が風となりサトシの帽子を吹き飛ばす。
ハガネールが一歩退き、ちっぽけな戦士を粉砕せんと襲いかかった。
間一髪攻撃をかわしたサトシは、ハガネールの頭に跳び乗り、尖った先端を突き立てる。
しかし鎧は厚く、簡単に弾き返されてしまう。

サトシ「勝負がつかない……爽快感がない!」

タケシ「ふふふ、岩・鋼タイプの真価はその圧倒的な防御力にある。消耗戦に追い込み、敵が隙を見せたところで一気に叩きこむ!」

サトシ「ほうほう」

流石は腐っても元ジムリーダー。
基本的な戦法の心得は充分知り尽くしているようだ。
しかし、心得だけで何とかならないのがポケモンバトル。

タケシ「ハガネール! とどめのアイアンテールだ! 精肉処理のイメージで潰せ!」

鉄蛇はサトシを宙へ跳ね上げると、尾を銀色に光らせ振り回した。
落ちる寸前にしなる尾を叩きつけ、肋骨をへし折るつもりらしい。
しかし少年も愚かなトレーナーではなかった。

サトシ「トランセル! 近くの電柱に糸を吐いて移れ!」

粘着質の糸が放射状に放たれ、電柱に巻き付いた。

サトシ「上手くやったな! あとは鎧を剥がしてやるだけだが……」

名案が浮かばない。
そもそも鋼、地面タイプの敵に虫で挑むのが間違っていたのだ。

老人「なんじゃなんじゃ、ポケモンバトルしとるのか?」

幼女「わー! はがねーるすごーい!」

サトシ「チイッ! 野次馬が集まってきやがったぜ……見世物じゃねェッ!!」

その時、群衆の中からハガネールに突進する真紅の影があった。
ハヤブサ並みのスピードでハガネールの頭に乗り移り、手にした棍棒らしき物を振り下ろす。

ブグォッ……

頭蓋骨の割れる鈍い音に呼応するかの如く、鉄蛇の脳天から赤い血液が噴き出した。

サトシ「俺のトランセルでも割れなかったのに……奴は何者だ!?」

目を凝らして影を見つめると、どうやら人ではない。
鳥足の様な物が見える。

老人「バシャーモじゃ……。バシャーモがコクーンを武器にしてハガネールを殺しおった……!」

サトシ「なに!? ポケモンだと!? ありえねぇぜッ! ポケモンがポケモンを使役するなんてよォ~!」

いや、それよりも気になることがある。
鋼タイプのポケモンを一撃で葬り去る硬度……まさしくタケシの言っていた『只者ではないコクーン』なのではないか?
ならばレッドとやらが近くにいるはずだ。
タケシもそれを察知したようである。
血眼で群衆に突っ込んでいくと、

タケシ「ゴルァァァ!!! オレのハガネール殺した奴はどいつだァァァ!! レッドテメー遠くから俯瞰なんてさせねぇぞ、お前なんか人間じゃネェェェ!!!!」

サトシ「は、発狂しやがった!」

サトシ「これじゃジムバッチが貰えねぇ!」

サトシ「やむを得まいか」

電柱から降りたサトシは発狂しているタケシの背後に忍び寄ると、死なない程度に殴りつけた。
どよめく群衆をトランセルで威嚇し遠ざける。

サトシ「さてさて、ジムバッチはどこかな……」

サトシはタケシのありとあらゆる箇所をまさぐったが、何も無かった。

ジュンヤ「兄さんの探してる物、分かるよ。ジムバッチだろ? 僕持ってるんだよね~」

サトシ「テメーはアギャピーの少年!」

ジュンヤ「アギャピー、トランセルに進化させたんだ。はは、兄さんと同じだね」

サトシ「テメーと一緒にするな外道!」

ジュンヤ「顔に書いてあるよ。『ジムバッチをください』ってね」

ジュンヤ「僕、バッチなんか要らないんだよねェ~。今の時代ヤフオクで落札できるしさ」

サトシ「ちきしょう、上から見やがって」

今日はここまで

次回『サトシ、初めての窃盗』

満天の星空の下、二人の武士(もののふ)が俯せに倒れた浮浪者を挟んで対峙していた。
一人はマサラタウンのサトシ、100レべのトランセルを片手に幾つものポケモンの頭を割ってきた孤高のハンターである。
もう一人はトキワの森のジュンヤ、彼もまたアギルダーとキャタピーの遺伝子を配合させた最速改造ポケモン『アギャピー』の使い手である。

ジュンヤ「兄さんに負けてから僕、アギャピーをトランセルに進化させたんだ」

サトシ「なんだって!?」

ジュンヤ「結果、僕のトランセルは最速且つ最硬の種族値を誇るようになった。いわばニュータイプさ!」

ジュンヤ「同じトランセル使いとして旧式を使っている自分が惨めだと思わないか? ああ、あと今回は」

ジュンヤ「出てこいッ! サーナイトッ!」

ジュンヤが放ったネットボールから飛び出して来たのは、新緑色の髪を持った女性型のポケモンであった。

図鑑「サーナイト。抱擁ポケモン。たまごグループは不定形デス」

サトシ「クッ! 不定形だってェ? なんて野郎だ!! こいつは強敵な気がするぜ!」

サーナイト「よろしくお願いします」ペコリ

サーナイトがお辞儀をした瞬間、血を血で洗う壮絶なバトルが幕をあけた。

ジュンヤ「サーナイト! とびひざげりだ!」

サーナイト「了解しました、マスター!」

サトシ「うお、こいつしゃべんのかよ! てかなんだよとびひざげりって! ガチガチの物理アタッカーじゃねーか!」

サーナイトの滑るような動きを見切り、サトシは間一髪とびひざげりを回避した。
サトシの横を通り過ぎたサーナイトは膝を強かに地面に打ち付ける。

サーナイト「いっいたぁい! 骨折れました! これ絶対折れてる!」

ジュンヤ「痛みに負けるな! 次はからてわりだ! スイカを手刀で割る要領だぞ!」

サトシ「ククク、雑魚に時間をかける暇はないぜ。こちらから攻めさせてもらおうか!」

韋駄天の如きスピードでサーナイトに迫り、トランセルの角を突き出す。
その間、わずか三秒。
しかしサーナイトは手刀で突きを弾くと、少年の胴を掴み後方へ放り投げた。

サトシ「あてみなげか! こいつはやりおるぜ!!!」

サトシは左下にある自らの生命メーターをチラリと一瞥した。
四分の一ほど削られている。
あてみなげはそれほど威力の高い技ではなかったはずだ。
まさか……

ジュンヤ「お察しの通り、このサーナイト。物理攻撃の種族値が250だ」ニヤニヤ

サトシ「て、てめぇ……改造しやがったな。倫理の道から脱線しまくったマッドサイエンティストめ!」

ジュンヤ「兄さんのトランセルも立派な改造ポケモンだぜ?」

言葉を言いきらない内にジュンヤはトランセルの神速を活かし、サトシの背後を取っていた。

アギャンセル「ヴヴ……ヴ~」

瞳を真っ赤に光らせ、ゆっくりと口を開くアギャンセル。
闇の中に鋭利な牙が数本煌めく。

サトシ「お、おお。おおお」

狼狽えるサトシの後頭部に、サーナイトのとびひざげりが迫っていた。

ジュンヤ「どけ、サーナイト! とどめは僕がやる!」

サーナイト「え!?」

ジュンヤ「ドラァ!」

サーナイト「きゃ!」

トランセル刀でサーナイトを吹き飛ばす。
サーナイトのゲージは真紅に染まり、生命の危機を知らせる警告音が高らかに鳴り出していた。
動けないのを見るに、今度は本当にどこかしらの骨が折れたのだろう。

サトシ「てめぇ……いくら敵とはいえ自分のポケモンに手をかけるとは、ポケモントレーナーの風上にもおけぬ野郎だぜ!」

ジュンヤ「所詮あのサーナイトも捨て駒さ。僕のトランセルには遠く及ばないのさ」

サトシ「ほほう『所詮捨て駒』か……なら」

サトシ「俺がゲットしちまっても文句は言えねーよなあああ!?」

ジュンヤ「待て、それは暴論だ! 人のポケモンをゲットしたら泥棒!」

サトシ「違うね! これはスナッチなんだよおおお!」

ジュンヤの制止を振り切って、サトシはかつてオーキド博士から貰った黒色のモンスターボールをサーナイトに投げた。

その名も『スティールボール』
他人のポケモンを盗ることを第一に生み出された、麻薬並みに取り締まりの厳しいモンスターボール。
裏社会ではごく普通に出回っているらしい。

ボールは粒子化したサーナイトを吸い込み、少し揺れた後カチッとゲットを知らせる施錠音を鳴らした。
憎しみのこもった目でサトシを睨む少年ジュンヤ。

ジュンヤ「貴様……! 僕のサーナイトを! 僕のサーナイトをよくも……!」

サトシ「うるせぇだまれ。サーナイトを手放す理由を作ったのはてめぇだろーが。まさしく自業自得」

サトシ「サーナイト、GETだぜ!!」

ジュンヤ「う、うわあああああ!!」

我を失ったジュンヤが、トランセル刀を振りかざし凄まじい速さで襲いかかってきた。
大和魂、ここにあり。
サトシもトランセルに体当たりを命じ、双方玉砕を覚悟して突進した。
その時であった、コクーンを両手に持ったバシャーモが武士(もののふ)の決闘に割り込んできたのは。
バシャーモはコクーンを巧みに使い、二人の攻撃を受け止めると鳩尾にけたぐりを二連続で叩き込む。
二人は吹っ飛ばされ、地面を派手に転がる。

呻く二人をビルの屋上から見下ろす一つの影があった。
月光を背に佇むその影は、少年の様に見えた。

~謎の施設~

キリキザン「全員、停止せよ」

先頭を歩いていたとうじんポケモン・キリキザンが刃のついた左腕を水平に伸ばし、後に続くポケモン達を制止した。

キリキザン「あの男の話によれば、この先にレベルの上限を解放する不思議なアメとやらがあるそうだ」

彼らは皆、通常種ではなく人間によって改造された総合種族値1000以上のいわゆる『厨ポケ』であった。
更なる強さを求める彼らは、レベルの上限を無限解放するアイテムを探しに、とある男に黒い霧漂う施設へと案内されたのだ。

キマワリ「ちょwww黒い霧濃すぎるっスwwwマジソーラー撃てねぇwww」

このキマワリもとくこうの種族値が500以上と、外見からは想像もつかない程の強大な力を秘めている。

キリキザン「施設の全体像が分からん。誰かフラッシュか霧払いを覚えている者はおらぬか」

誰一人名乗り出ない。
改造ポケモンは亜空切断だのエアロブラストだの伝説級の技を覚えている割に、実用的な技に関してはからっきしなのだ。
キリキザンは忌々しく舌打ちした。

キリキザン「では、私が刀身を射出してその反射音で障害物を探るとしよう」

キリキザン「でぇりゃッ!!!」

キリキザンの掌から刃が数本放たれ、暗闇に溶けていった。
反響音はしない。
よほど奥まで続いているか、あるいは何かに刺さったか。
彼の予想は見事的中した。

突如暗闇から巨大な腕が現れ、キリキザンを捕まえたかと思うとそのまま霧の奥へ引きずりこんでしまったのだ。

???「餌の投入は済んだか」

???「ハッ。ゲーチス様の仰せの通り、改造ポケモン100匹を投入致しました」

ゲーチス「ククク……改造ポケモンを糧とする改造ポケモンか……」

ゲーチス「キュレムよ。……私が王として君臨するためには、貴様の力が必要なのだ」

ゲーチス「集めよ、世界中の改造ポケモンを集めよ! トレーナーを殺してもかまわん。いずれ死ぬ!」

ゲーチス「一刻も早くキュレムの力を復活させるのだ。真の厨ポケとして!」

プラズマ団団員「ハーッ!」

同じ頃、サトシとジュンヤはポケモンセンターに位置していた。
手持ちポケモンの治療も兼ねて、24時間営業のポケモンセンターで一泊することに決めたのだ。

サトシ「おいジュンヤ! こんなイイとこあるんなら最初から教えろよな!」

ジュンヤ「……ポケモンセンターを知らないなんて、お里が知れてるね」

ジュンヤ(クッ……このサトシ気取りに合計種族値2000の改造アルセウスで力の差を見せつけてやりたかったが、スティールボールがあるんじゃあまた盗られるかもしれんぜ……)

ジョーイ「お待ちどおさま! お預かりしたポケモンはみんな元気になりました!」

サトシ「ありがとうございます、ジョーイさん」

ジュンヤ「おや? ジョーイさんに対してはやけに礼儀正しいねキミ」

サトシ「まぁな、ポケモンを無料で全回復してくれるんだ。礼節をわきまえねぇと」

そう独りごちながら、サトシは近くのコンビニで買ったスルメを口に運び、ジュンヤにも勧めた。

サトシ「お前は気に食わんが、同じ屋根の下眠るとありゃ話は別だぜ。ほら食えよ」

ジュンヤ「僕はいい。そのスルメは君の盗んだサーナイトにやってくれないか」

サトシ「お前、やっぱりサーナイトが好きなんじゃねぇか」

ジュンヤ「は?」

サトシ「素直に認めろよ。どうせラルトスからずっと育ててきたんだろ?」

ジュンヤ「……そりゃ昔は好きだったさ。一番の相棒だった。でもな、やはりインフレの波には勝てなかったよ」

ジュンヤ「数年ぶりに外の世界を味わわせてやりたかったのさ。捨て駒と言え、かつては役に立ってくれたからね」

ジュンヤ「まさか、君が盗むとは思わなかったけれど」

麦わら帽子の少年は立ち上がり数歩進むと、サトシに光る物を放ってきた。
石を模した鈍色のバッジ。
まさしくニビシティジムのグレーバッジであった。

サトシ「ジュンヤ! どうしてグレーバッチを俺に……!?」

ジュンヤ「僕はレッドを探しに行く」

サトシ「あのコクーン使いをか!?」

ジュンヤ「そうさ。チャンピオンを負かしたパーティーで、どこまで奴と渡り合えるか興味が湧いたんだ」

ジュンヤはパソコンに向き直り、五匹のポケモンを引き出した。

ジュンヤ「出てこい、シャンデラ! ルカリオ! ガブリアス! メタグロス! アルセウス!」

早々たる顔触れに、サトシは腰を抜かしていた。

サトシ「お前……本当に虫取り少年か?」

ジュンヤ「ああ、僕はただの虫取り少年だ。君みたいなサトシもどきとは違ってね」

サトシ「いや俺、マサラタウンのサトシだけど。名前言わなかったか?」

ジュンヤ「……」

ジュンヤは無言でポケモン達をボールに戻すと、施設の隅に行き体育座りをした。

ジュンヤ「サトシ、サーナイトは君に預ける。僕がもしレッドに勝ったら……その時はスティールボールを僕にくれ」

サトシ「調子良いことほざきやがって。やっぱりテメーには返さねーよ」

毒づきながらもサトシの口元は、穏やかな笑みを湛えていた。
初めてできたライバルの存在に、彼自身親近感を覚えていたのかもしれない。

サトシはスティールボールからサーナイトを出すと、スルメを差し出し言った。

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ。これからよろしくな、サーナイト。スティールボールの居心地はどうだ」

サーナイトはそっぽを向いたまま答えない。
ジュンヤの行動に深く傷ついている様子だ。

サトシ「テメーにニックネームをつけたいんだがどうか? 前のご主人には何て呼ばれてたんだ?」

サーナイト「……さなえです」

サトシ「だっせェ! よし、テメーには物理アタッカーとして働いてもらうぞ。そのためにはニックネームが必要だ」

サトシ「……よし決めた! お前は>>50だ! >>50!」

沙亜夜

サトシ「……よし決めた! お前は沙亜夜(さあや)だ! 沙亜夜!」

沙亜夜「沙亜夜? 由来とか、特に意味はあるんですか?」

サトシ「あぁ? 沙亜夜は俺の最初の……」

沙亜夜「最初の?」

サトシ「いや、何でもねぇ。今言ったことは忘れな!」

沙亜夜「は、はぁ」

未だ沙亜夜がジュンヤを慕っていることに、サトシは気づいていた。
そして、自分に恐れを抱いていることも。

サトシ「仕方ねぇ野郎だぜ。極力ボールには戻さねェようにすっか」

サトシ「おい、沙亜夜! 俺は寝る、スルメ置いとくから食っとけよ。貴重な夕食だ」

沙亜夜「スルメなんて……ポロックが良いです」

サトシ「贅沢言うんじゃあねェッ!! きのみが買えるほど金稼げなかったんだよ、ろくなトレーナー見当たらなかったからよ!」

沙亜夜「ひ、ひいぃ! 失礼しました!」

サーナイトに一喝したサトシは、PCでSkypeを起動した。
ディスプレイに見慣れた老博士の顔が映る。
彼はサトシを画面越しに見ると目尻に皺を寄せ、気さくに笑った。

オーキド「おぉサトシ君! 久しぶりじゃのう! どうじゃ、100レベのトランセルは役に立っておるかの?」

サトシ「はい! 今ニビシティにいるんですけど、グレーバッジも無事GETできました。次はブルーバッジをGETしにハナダシティへ行きます!」

オーキド「ふむふむ、人を殺してなければ結構じゃ。時にサトシ君、そのトランセルについてじゃが……」

オーキド「『メガシンカ』をすることでポケモンに対しての殺傷力が格段に上昇するらしいのを知っておるか?」

サトシ「メガシンカ? トランセルってバタフリー以外にも進化するんですか?」

オーキド「そう……メガトランセルにの」

サトシ「メガトランセル……メガトラだって!?」

オーキド「そうじゃ。トレーナーの持つメガリングと、ポケモンのメガストーンが共鳴することでメガシンカは発生する」

サトシ「ちょちょ、んじゃ俺にもくださいよそのメガなんとかってアイテム」

オーキド「ならんな」キッパリ

サトシ「あぁん!? どうして!?」

オーキド「落ち着け、ちゃんとした理由があるのじゃ」

オーキド「そもそも改造ポケモン自体いほ……ゴホン。謎の多い研究中の種での」

オーキド「万が一、実験中に死者が出たらどうする? 研究所は閉鎖、わしは博士号を剥奪され懲戒免職を受けるじゃろう」

サトシの脳内に浮浪者となった元ニビシティジムリーダー・タケシの顔がよぎった。

オーキド「加えてサトシ君、まだ君はポケモントレーナーとして未熟じゃ」

オーキド「わしはそのトランセルを『他人から物を奪う武器』だけとしてサトシ君に持たせたわけではないぞ」

サトシ「……」

オーキド「意味を理解した時にわしの研究室に来なさい。では、これからも精進するのじゃぞ~?」プツン

サトシ「なんかうまいこと誤魔化された気分だぜ」

サトシ「改造ポケモンの意義、か……」

サトシはスルメをつついているサーナイトの隣に横たわり、静かに瞼を閉じた。

ニビシティの朝は早い。

少年A「いっけーサイドン! つのドリルかましたれーッ!」

少年B「グワーッ! 僕のデデンネがーッ!」

乳白色の朝靄を縫って、あちらこちらから勝者の雄叫びと敗者の慟哭が冷えた空気を震撼させる。
ベンチに腰掛けている少年・サトシもまたポケモントレーナーの一人であった。
悲鳴をあげる腹の虫を必死に抑え、誰にバトルを挑もうか思案中なのだ。
昨日のスルメ代で300円を失い、残った700円までミックスオレ二本分で使い果たしてしまった。
要は現在、サトシ達は無一文なのである。

サトシ「なぁ沙亜夜、ハナダシティに行く前に腹ごしらえしようと思うのだが、金持ってそうな奴見かけなかったか?」

沙亜夜「オボンの実のポフィンにミツハニーの蜂蜜かけて……うぅ、こんなに食べられないですぅ……」ジュルル

サトシ「おい! 聞いてんのかアホ!」

沙亜夜「ひゃいっ! な、なな何でしょー!」

サトシ「金、せしめに行くぞ。もう誰でもいい、手頃な奴を見つけてブチのめすぜ!」

沙亜夜「腹が減っては戦はできぬ、ってね! 空腹のまま闘っても本来の力は発揮できないと先代マスターも仰ってました!」

サトシ「あのなぁ……」

サトシ「俺達にはもう後がないんだよ。知らない街で、金も尽き、あてになる人物もいない! そんな状況で一縷の望みが見いだせたんだ。プライドも捨てて藁をも掴む思いで飛びつくしかないだろが!」

サトシ「お前はサーナイトだからよく分かんねぇかもしれないけどよ、人間ってのはポケモンほど単純な生き物じゃねぇんだよ!常に生きるか死ぬかのリアルポケモンバトル実施中なんだよ!」

奇妙な熱弁を奮ったサトシは、手持ちのサイドンでデデンネを瞬殺した少年に近寄った。

サトシ「おい、そこのサイドン使いの少年」

少年A「はぁ……僕になにか御用でしょうか?」

サトシ「俺とポケモンバトルしろ。今すぐにだ、こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ」

少年A「いや別に良いですけどね? 見るからにアナタ、バトル初心者でしょ?」

少年A「相性の悪いトランセルと紙装甲のサーナイトで、僕のムキムキサイドンに勝てるわけがないでしょう。幼児でも分かることだ」

サトシ「お前まるでジュンヤみてぇだな。癪に障る野郎だ、つべこべ言わずバトルしろよ! バトルしないとストーリーが進展しないだろダボッ!!!」

少年A「承知ッ……」ザッ

~短パン小僧のタケルが勝負をしかけてきた!~

タケル「いっけえええええ僕のサイドン!」ポーイ

灰色の巨体が土煙をあげて地面に降り立った。
サイドンの殺気漲った眼光が靄を貫き、サトシと沙亜夜に突き刺さる。
厚い脂肪と筋肉に固められたその身体は、重戦車に喩えても相違ない。
額についているドリル状の角をサイドンはギュルリと半回転させた。
ウォーミングアップのつもりか、それとも血に飢えているだけなのか。
おそらく両方であろう。

図鑑「サイドン、ドリルポケモン。いわ・じめんタイプで、中々知能が発達していマス。ちなみにあの回転するドリル状の角が、哀れなデデンネの命を奪ったと思われ」

サトシ「沙亜夜はかくとうタイプ専門だったよな。なら丁度いい、いっせーのーせで前後から挟撃するぞ」

沙亜夜「挟撃? とは?」

サトシ「俺がサイドンのどてっ腹にトランセルで風穴空けるから、お前はとびひざげりをすると見せかけ背後に回り、頸部に渾身の一撃を叩きこむんだ」

サトシ「音を立ててはいけない、あくまで隠密行動重視だ。心配すんなよ、サイドンはノロマで有名だからな」

沙亜夜「やってみます、マスター」

サトシ「サトシでいい。俺ァそういう呼び方されたくねェんだ。むず痒くなる」

沙亜夜「頑張りましょう、サトシさん!」

サトシ「応ッ!!!」

ニビシティ――二日目。
胸に煌めくバッジは一つ。
ここで負ければ後はない、サーナイトも見知らぬ男と野垂れ死ぬのは嫌であろう。
不意に、張りつめた空気の均衡を崩すかの如く巨体が動き始めた。

闘いの火蓋が切って落とされたのだ。

サトシ「行くぜ沙亜夜! 作戦通りにな!」

沙亜夜「はい、サトシさん!」

サトシは疾風の如く敵ポケモンに迫ると、ポケットに押し込んであるトランセルを勢い良く引き抜いた。
緑色の剣光が水平に走り、咄嗟に構えたサイドンの右腕と火花を散らす。
斬撃を弾かれたサトシは怯むことなく、第二撃を腹めがけて撃ち込む。
だが、丸太の様に屈強な腕がそれを阻み、剣を再び弾き返す。
十合辺り打ち合ったところで、サイドンがトランセルの先端部を掴んだ。
トランセルの生命ゲージがジリジリと削られていく。
それもそのはず、サイドンの握力は約5tを誇る。
最強の防御を持つトランセルと言えど、ダメージは免れない。
しかし、サトシはむしろこの時を待っていた。

サトシ「今だ! 頸部に膝蹴りブチかましやがれッ!!」

サトシが前方に注意を惹きつけている間、サーナイトの沙亜夜が作戦通り背後へ回っていたのだ。
タイプは不一致ではあるが、効果抜群な格闘技と驚異の攻撃種族値250を合わせればサイドンの頚椎など小枝に等しい。

サイドンは背後から迫る殺気を察知したのか、サトシごと身体を半回転させた。
すなわちサーナイトとサイドンの間にサトシを位置させる様にしたのである。

サトシ「やっべェ! このままじゃ飛び蹴り喰らうの俺じゃねーか畜生! おい沙亜夜こっちくんじゃねぇ! 去ね去ね!」

沙亜夜「ぎゃーッ! なんでサトシさんがいるのーッ!?」

タケル「キキキ、つのドリルを使うまでもなかったですかねェ……」

タケルの眼は窪み、頬はこけ、最早短パン小僧と呼び難い状態であった。
勝利を確信した時、タケルの頬は恐ろしい程までにこけるのだ。

サトシが口元に笑みを浮かべた。
無論、自暴自棄になったのではない。
この逆境のシンプルな打開案を思いついたからであった。
サトシは囁くように技名を発した。

サトシ「トランセル……破壊光線だ」

トランセルの口が開き、蒼白色の光球がサイドンの手の中で徐々に大きくなっていく。
タケルにはサーナイトとサトシが邪魔をしてその光景が見えない。
賢明なサイドンはトランセルから手を離したが時すでに遅し。
サイドンの右腕が、流血の弧を描きながら宙を舞っていた。
同時に反動でサトシも後方へ吹っ飛ばされる。
入れ替わる様に沙亜夜が頭上を越え、サイドンの鼻にとびひざげりを食らわせた。
鼻血が噴き出し、サーナイトの白い身体を鮮血で赤く染める。
歯が何本か折れ、鼻柱は醜くひしゃげた。
立派なのは角だけ、と言ったところであろう。

タケル「サイドン!? 一体何が起こったんだ! どうして僕のサイドンが劣勢なんだ!?」

タケル「くっそぉ、ならつのドリルだ! 奴らをグチャグチャに引き裂いちまえ!」

サトシ「させるかよ!」

再び剣光が一閃し、サイドンの角を斬り飛ばした。
鉄壁で防御力を更に上げたトランセルは、一撃必殺の技をも無効化する。
地響きの如き唸り声をあげた後、巨大な犀の魔物はゆっくりと崩れ落ちた。
額を襲う激痛と屈辱感に目をひん剥き、小刻みに痙攣を起こしている。
もう戦闘を続けられるような状態ではなかった。
トランセルをポケットに押し込み、サトシはタケルに向かい横柄に言い放った。

サトシ「殺しはしない、ポケモンセンターで治療すれば腕も治るだろう。さぁ賞金を早く寄越すんだ」

タケル「ぐぅッ! 僕のサイドンがここまであっさりやられてしまうなんて……!」

タケルもサイドンと同じく痙攣する右腕を左腕で掴み、必死に湧きあがる激情を心の内に押し込みながら財布に手を伸ばした。
指の隙間から諭吉の微笑む姿が見える。
諭吉はサトシの懐へと、悠々と消えていった。

サトシ「やったぜ! 一万円GETだぜ!!!」

沙亜夜「やりましたねジュンヤさん! これでレストランに入れるよぉ……」ウルウル

サトシ「おい、俺はサトシだ。間違えんなよポケモンの分際で」イラッ

沙亜夜「ほぇ? 私ジュンヤさんなんて言ってましたか?」キョトン

サトシ「糞ッタレが、無自覚とは性質が悪いぜ! これだから脳筋は嫌なんだよ。オラついてこい! レストラン行くぞ!」

沙亜夜(あれ……? サトシさんどうして不機嫌なの? 私達バトルに勝ったのに……)

タケル「ふふふ、一匹のサーナイトをトレーナー二人で取り合っているのか。生憎、僕は恋の鞘当ての行方を見守るほど暇じゃあないんでね」

一万円を強奪された短パン小僧は、不敵に笑うとサイドンをボールに戻してポケモンセンターへと駆けて行ったのであった。

~ファミレス~

二人用の席に案内されたサトシとサーナイトは、膝を付き合わせて今後の旅程について話し合った。
宿の予約から金銭、スケジュール管理など齢十歳の少年には身に余る作業であったが、サトシは苦ともしない。

沙亜夜「して、今後の予定は?」

サトシ「ニビシティの西におつきみやま、という山がある。それを越えて今日の夕方辺りにはハナダシティに着きたい」

沙亜夜「今日の夕方!? 時間厳しくないですかそれ。もう午前10時ですよ!」

サトシ「標高の低い山だ、急いで登りゃあどうとでもなる。だが問題は道に点在するポケモントレーナーの存在なんだよなぁ~」

確かに、おつきみやまには無数の山男が存在しており、時々訪れる無知な観光客を狙い今か今かと手ぐすね引いている。
無論サトシ達に負ける要素は無いのだが、絡まれると面倒だ。
今日中にハナダシティに着かなければ、物語の構成上非常に厄介な事態に陥る。
テンポの良さが失われ、読者には甘ったるい蜂蜜牛乳を飲み干した様な倦怠感だけが残ってしまう。

サトシ「最悪、おつきみやまのシーンを全カットするかもしれんぜ……!」

沙亜夜「カット? 木の実をカットするんですか? モモンの実とか上から真っ二つにできそうですよね~あははは」

サトシの苦々しい様子をよそに、サーナイトは今晩食べる木の実について考えていたようだ。
ここが人間とポケモンの『差』であろう。

沙亜夜「サトシさんもう注文決まりました? 私はオレンの実ジュースとイシツブテのヤチェの実ソース和え、ナックラーの蒸し焼きにしますけど」

サトシ「……お前可愛い顔して随分と大食漢なんだな。そんな華奢な身体のどこにイシツブテのソース和えなんぞが入るのやら」

沙亜夜「このコースはジュンヤさんがいつも私に作ってくれた料理でして。ジュンヤさんはイシツブテのコリコリした、キクラゲに似た食感が堪らなく好きだったんです」

ことあるごとにジュンヤの名前を出すサーナイトに、サトシは嫌気がさしていた。
仮寝の宿とはいえ、現在のポケモントレーナーはこのサトシだ。
共にサイドンとの激戦を乗り越えたこともあって、サーナイトに少し愛着が湧き始めた頃であった。
だからこそなおさら面白くない。
どうして目の前にいるサーナイトは頬を僅かに赤らめ、過去のトレーナーの話なんぞをしているのか。
ポケモンとして恥ずかしくはないのか!
この爛れた売女めが!

サトシはかぶっている帽子のつばを下げた。
目尻に浮かんだ悔し涙を隠すためであったのか、それとも嬉しげに語るサーナイトの整った顔を見ないようにするためであったのか、答えを知るのはサトシのみだ。

サトシ「俺はケンタロス100%ハンバーグデミソース添えのライスセット、それからモモンの実ジュースにするよ」

沙亜夜「ほぇ~私より1000円安い798円(ナナキュッパ)ですか~」

沙亜夜「あ! ナナキュッパってなんだかマスキッパに響き似てません? 似てますよね!」

沙亜夜のくだらない言葉に毒舌を返す気力すら、サトシにはなかった。

暫くして、二人の前に注文した料理が運ばれてきた。
肉汁の弾ける音や、モモンの実の甘い香りが食欲をそそる。
空腹は最大の調味料とはよく言ったものだが、今の二人はまさにその状況であった。
昨日からスルメしか食べていない。
それゆえ、自ずと食べ方も荒っぽくなる。
サーナイトの口元に青いヤチェの実ソースが口髭の様にこびりつき、サトシは笑いをこらえるのに必死だった。

人心地ついたところで、突然店内に放送が響き渡った。

放送『お食事中失礼いたします。厨房からナックラーが一匹逃げ出しましたので、目撃した方は近くの店員までお知らせください』ピンポンパーン

サトシ「ナックラーってあれだよな。お前が注文してた料理の奴じゃあないのか」

沙亜夜「かもですね、早く食べたいと思っていたのですが……困りましたねー」

サトシ「んじゃ別のにするか? ゴースの天ぷらとかあるぜ。あとメタモンとか」

沙亜夜「嫌です! 蒸したナックラーのミソとニビシティの近くで採れる岩塩のコラボが最高なんですよ!」

サトシ「わがまま言うなよオイ、メタモンだって噛みごたえはゴムみたいで最悪だが味は悪かねェだろ。贅沢言えないんだよ俺達は旅人なんだから」

沙亜夜「うぅ~」ウルウル

その時、自分のバッグがごそごそ蠢いているのにサトシは気づいた。
何かがいる。
ゆっくりと手を伸ばしバッグのかぶせを開け……

サトシ「うわっち! あっぶね! ヴォイ!!!」バッ

中から急に突き出してきた茶色の顎に驚嘆して顔を上げる。
もし手を引っ込めるのが一瞬遅ければサトシの手は噛み千切られていただろう。
口元を青く染めたサーナイトと目が合った。

沙亜夜「……何かいたんですか?」

サトシ「ナックラーだ、ナックラーがいやがった!」

ナックラーはのそのそとバッグから這い出すと、テーブルの上に登り物珍しげに辺りを見渡した。
前に座るサーナイトに目くばせをするサトシ。
もしこれが放送で言われていた『脱走ナックラー』ならば、早急に捕まえて謝礼金を受け取らねばならぬ。
サトシの思考回路が見事に繋がり、頭上の豆電球を光らせた。

サトシ「ナックラー。すまんが捕まってもらうぜ。元々逃げ出したお前が悪いんだからな」

少年は音を立てずにポケットからトランセルを引き抜く。
背後から忍び寄り、一撃で脳震盪を起こさせるつもりなのだ。

サトシ「沙亜夜、決して邪魔するなよ。こいつ一匹で何円貰えると思う? 多分な、五万はかたいぜ」

沙亜夜「……」

サトシ「しねぇぇえええい!!!!」

トランセルを大きく振りかぶり、ナックラーの頭に垂直に振り下ろした。
彼の狙いは正しく、力も脳震盪を起こさせるには十分だった。
しかし、寸前見守っていた沙亜夜が長い腕で真剣白刃取りをしてみせたことにより、サトシの計画は瓦礫の如く崩れ落ちてしまった。

サトシ「……沙亜夜、どうしてナックラーを助けた。テメーは金が欲しくないのか!?」

沙亜夜「やっぱり、目の前でポケモンが殺されるのを見るなんて私にはできません」

サトシ「殺すんじゃねぇ、気絶させるんだよダボッ!!」

沙亜夜「どっちみち殺すんでしょう? こんなにかわいくて円らな瞳をしているのに……殺すなんて残酷なこと」

『さっきまでイシツブテをもしゃもしゃ食っていたくせによう言うわ』とサトシは心の中で呟いたが、声には出さなかった。
些細なことでサーナイトとの関係を疎遠にしたくなかったのだ。

沙亜夜「サトシさん、このナックラー私達のパーティーに加えてあげませんか? どうせ行き場所も無いですし、成長したらきっと強くなりますよ! きっと!」キラキラ

サトシ「餌代が嵩むだろうが……。まぁお前の頼みなら断れねーな」

サトシ「こいつの名前は……そう! >>68! >>68でいこう。いいな?」

フライゴミ

沙亜夜「フライゴミ……。私とはエラい待遇の違いですね」

サトシ「俺のバッグに許可なく入った罰だ。見た感じ知能も赤児くらいだから、生ゴミ呼ばわりされても意味など分かるまいよ!」

サトシ「ったく、脇役が増えちまったら主役である俺の出番が減るだろうが!」

主人公にあるまじき発言をしたサトシは、ナックラーを肩に乗せた。
沙亜夜と同じく絆を深めるために、ボールには極力入れないつもりらしい。
フライゴミの四肢が肩に触れた途端、サトシの脳裏にある情景がフラッシュバックした。

サトシ「ピカチュウ……」

沙亜夜「ピカチュウ?」

サトシ「気にすんな、あいつはもうトキワの森に捨てたんだ。フラッシュも使えない無能だったからな」

沙亜夜「ハナダジムは水ポケモンの使い手が多いそうですけど……」

沙亜夜「ピカチュウ飼ってたんですか? なら迎えに行ってあげた方が」

サトシ「今さらトキワの森には戻れねェ。過去も未来も見るな、今この瞬間に命を賭けるんだ。ポケモントレーナーってのはそういうものさ」

彼の言葉は、サトシ自身に言い聞かせている様にも見えた。

沙亜夜「そ、そーゆーものなんですか……」

再び意味不明な演説で話題をそらすと、サトシはポンッと軽く膝を叩き立ち上がった。

サトシ「おし、ハナダシティ行くぞ! 夕方までにおつきみやま越えねぇと野宿になっちまうぜ!」

サトシ「沙亜夜、俺のポケナビ貸してやるから3000円以内で泊まれる格安のホテル探しとけ! いいなッ!」ポーイ

沙亜夜「わっわわわ! いきなり投げないで下さいよ落としちゃ! あ」グワッシャーン

フライゴミ「ナックナックwww」

サトシ「もうやだこいつら……」

こうしてサトシ一行はナックラーを店に返すことなく、ファミレスもといニビシティを旅立ったのであった。

~夜・ハナダシティ~

営業時間は既に終了している真夜中、プールの清掃をしているカスミの元に、思わぬ客が訪ねてきた。
自動ドアが開き、漏れ出すかの如くピリピリとした覇気がジム内に浸透する。
赤いジャンパーとモンスターボールに似た刺繍の施された帽子をかぶった少年が、片手にボールを弄び佇んでいる。

レッド「俺の名はレッド……道場破りを生業としている。ハナダシティジムリーダー……俺とバトルしろ」

小さな身体からは想像もつかない程の威圧感に、カスミは思わず二、三歩後ずさった。

カスミ「ポケモンバトルなら明日にしてもらえます? もう時間過ぎてるんでー」

レッド「臆したか、見苦しい」

多くを語らないのがレッドの特徴であった。
モンスターボールから剽悍な影が飛び出す。

レッド「ゆくぞ、バシャーモ!」

レッドの左手に装着されているメガリングと、バシャーモのメガストーンが反応した!
灰色の球体が四方八方へ飛び散り、二つの羽を耳に生やしたメガバシャーモが腕の炎を靡かせ出現した。
両手にはコクーンが握られている。

カスミ「あ、あのね君! もう店じまいの時間だし、何だって水タイプの使い手である私に炎タイプで挑むのよ!」

困惑しつつも、カスミはしっかり手持ちポケモンであるスターミーを召喚している。
話し合いのできる相手でないことを、薄々感づいていたのかもしれない。

スターミー「ヘアッ! 帰れジュゥワッチ!!」グルグル

カスミ「スターミー! ハイドロポンプよ。相手は所詮炎タイプ、ガンガンやっちゃって!」

スターミーが高速回転を始め、紫色のコア部分から大量の水が槍となって放たれる。
水はバシャーモを襲い、姿を隠した。
まともに喰らっては全身が木端微塵に吹き飛ぶ水圧である。

カスミ「グッジョブスターミー! このまま押し切るのよ! ……ん?」

相手の生命ゲージが全く減っていない。
まもるも、みがわりも使われていないにも関わらず一体何故?
答えは次の瞬間、形となって現れた。
水の槍が先端の方から凍り、レッドへ伸びた巨大な氷の柱へと変貌している。
冷凍パンチにより水を巧みに凍らせ、道を作りながらスターミーへと近づいていたのだ。
カスミは逆境をも勝機へ変えるバシャーモ、そしてレッドに戦慄した。

レッド「……橋渡し役ご苦労、褒美に死をくれてやろう」

言葉と同時に、メガバシャーモのマッハパンチがスターミーのコアを貫いた。
白い清潔なプールサイドは、なぞのポケモンの鮮血で緋色に染まった。

カスミ「嫌ァアア! 私のスターミーがァァ!」サーッ

スターミー「ヘ……ァッ……」

スターミーは何かに支えられるようにその場に立ち尽くしていたが、やがて仰向けに倒れた。
なぞのポケモンは永劫の眠りへと誘われたのだ。
そしてカスミのために立ち上がることも、ドロポンを放つことも二度とない。

カスミ「もうやめて……これはポケモンバトルなんかじゃないわ」

レッド「これがバトルでないとするならば、貴様の今までやってきたことは全て児戯に過ぎぬな」

カスミ「なんですって!?」

レッド「ポケモンが己の全力を振り絞り、命を賭けて死の応酬をする。これこそが真のポケモンバトルではないのか」

カスミ「うっ……」

レッド「悔しいか? ならボールを取れ。ジムリーダーであるからには、きちんと片をつけてもらう」

カスミは斃れたスターミーを無言で見つめていたが、踏ん切りがついたのかモンスターボールを手にした。

カスミ「ごめんね……みんなごめんね……」

カスミ「ゴルダック! ヌオー! ラプラス! 頑張ってスターミーの仇を討つのよ!」

ゴルダック「ダック!」トトッ

ヌオー「」ボケー

ラプラス「プラプラーwww」ドスン

カスミ「……いまいち覇気に欠けるけど、やるっきゃないわ!」

ゴルダック、ヌオー、ラプラスの三匹が一斉に水の波動を放った。
メガバシャーモは圧倒的な素早さでそれらを踊るように回避する。
サイコキネシスさえ両刀のコクーンによって防がれてしまう。
だが、三匹ともジムリーダーに育てられた存在とあって、メガバシャーモにつけこむ隙を与えない。
ラプラスの冷凍ビームがメガバシャーモの両足を地面に縛りつけた。
コクーンで必死に氷を叩き割ろうとするが、まるでびくともしない。

レッド「……」サッ

反対側の岸で、レッドが新たなモンスターボールを取り出したのをカスミは見逃さなかった。

カスミ「みんな気をつけて! ポケモンが一体増えるわ」

言葉を継ぐ間もなく、ボールから飛び出したポケモンが稲妻の如きスピードでゴルダックに襲い掛かった。

レッド「……」

レッドは左手を挙げた。
それは『10万ボルト』を命ずる合図だった。

ピカチュウ「ピ、カ、チュウ~~~!!!!」バリバリバリ

ゴルダック「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」ビリビリ

……それからのことは記すまでもない。
ピカチュウの10万ボルトがゴルダックを一瞬で消し炭に変え、続くアイアンテールでヌオーの頭蓋を割り、最後にボルテッカ―がラプラスへと炸裂したのだ。
勝負が終わった後、レッドはバシャーモに命じジムの壁に『RED』と血文字を書かせた。
このジムへレッドが来たのを証明するための、唯一の手段であった。

レッド「バッジはいらん。死した英雄らを供養してやれ」

カスミ「どうして……道場破りなんかすんのよ……」

レッド「……」

カスミの憔悴しきった問いに少年は何も答えず、地獄絵図と化した建物を後にした。

月の光が、蒼白くおつきみやまの山肌を不気味なほど美しく照らす。
静寂の星空を、ズバットの群れが獲物を求めて羽ばたいていく。
岩と同化したゴローンは旅人を見守り、その影から時折ピッピが顔を見せる。
おつきみやまは改造ポケモンの跋扈する都会と違い、まさに野生のポケモンの宝庫であった。
その山頂に一点キャンプの炎が燃えており、黒い煙を星の海へとたなびかせていた。

サトシ「ケッ、まさかおつきみやまごときでここまで迷うなんてな……不甲斐ないぜ!」

沙亜夜「結局野宿になってしまいましたね……」

サトシ「山男を振り切るのに苦労するわ、ナックラーは泥遊びしかしない無能なゴミだわ、サーナイトはマップ読めずに間違った道に連れてくわでよ」

沙亜夜「え、私にも責任あるんですか!?」

サトシ「おいおい、沙亜夜が道案内買って出たんだぞ? マップには普通に洞窟通りゃハナダシティ側に出るとあるぜ」

サトシ「だのに俺達は今! 山頂の岩に座っている! どういう訳だ、エェ!?」

沙亜夜「どういう訳もなにも……」

沙亜夜「私だってサトシさんの期待に応えようと頑張ってるんです!」

サトシ「過程より結果なんだよアホ! んじゃ聞くがよ、お前がポケモンバトルでガブリアスのHPを赤になるまで削ったとする」

サトシ「でも最後の最後で窮鼠猫を噛む、ガブリアスの地割れにテメーは倒れた! おい、これはどっちの勝ちだ。テメーか?」

沙亜夜「あーあーもうゴチャゴチャ言うなやかましい! サトシさんと旅を始めてからストレスだけが積もりに積もって…もう私限界です!」

サトシ「積もりに積もって? まだ一日や二日の付き合いだろ、馬鹿なんじゃねぇのコイツ?www」

沙亜夜の白い顔が憤怒で紅潮した。

沙亜夜「ジュンヤさんのもとに帰ります! さよなら!」

サトシ「えっ」

サトシ「どういうことだよ、それ」

沙亜夜「言葉通り、サトシさんと絶交しマスターに会いに行くんです」

サトシ「ジュンヤは今レッドを探しに全国を回ってる。加えてあいつは沙亜夜を俺に託したんだ! 俺には扶養義務がある!」

サーナイトは一瞥もくれず、砂利だらけの山道に足を踏み入れた。
どうやらサトシと本気で別れるつもりらしい。

サトシ「待て! 待ってくれ沙亜夜!」

サトシの声は悲壮感を帯びていた。

サトシ「アタッカーとしてお前が必要なんだ。沙亜夜抜きで、どうやってこっから先ジム戦を攻略すりゃいいんだよ!」

実際、沙亜夜の存在は現在のパーティーには無くてはならないものだった。
ホテル探しや金品その他の管理も、サーナイトが全て一人で承っている。
折角得た貴重な人材を、序盤で失うわけにはいかない。
猫撫で声で必死に繋ぎとめようとする。

サトシ「な、沙亜夜。賢明なお前なら分かるだろ? ゴミとサナギだけで飯は食ってけないんだよ」

沙亜夜「……もう沙亜夜と呼ぶのはやめてください。私はもうあなたのポケモンではありません」

サーナイトの返答は極めて辛辣で、声もまた冷ややかだった。
ここ最近のサトシの横暴ぶりに心底呆れ果て、失望していたのだ。
逃げ出したくなる気持ちも一理ある。

サトシ(クッ! かくなるうえは、スティールボールで無理矢理ボールに閉じ込めるしかねェッ!!!)

フライゴミ「ナック!」ガリッ

サトシ「あ、フライゴミッ! ボールに噛みつくんじゃあないッ!! おいやめろ無能、ミソほじくって食うぞ!」

そうこうしている間に、サーナイトは山頂から谷間へとサッと跳躍し、サトシの目の前から姿を消してしまった。
炎の爆ぜる音を省いて、完全なる静寂が場を支配した。

サトシ「お前のせいだぞ、フライゴミ。あいつを追わねばならない理由ができちまっただろうが」

サトシ「ったく、ズバットの群れに遭遇したらどうすんだよ。フェアリータイプの沙亜夜にはちと厳しい夜になりそうだぜ……」

ひとまずハナダシティへ行こう。
サトシと別れたサーナイトは、その思いを胸に滑りやすい砂利道をひたすら駆けていた。
夜気に当たり冷静になってきたのか、後悔の念が彼女の中に芽生えていた。
少し言い過ぎたかもしれぬ。
しかし、今から戻るのは自分のプライドが許さない。

沙亜夜「ハナダシティでサトシさんと合流しよう」

それがサーナイトの出した結論であった。

不意に、沙亜夜が足を止めた。
鎖帷子を着た二人の男が、何やら怪しげな会話を交わしている。
彼らの傍らには、若草色をした色違いのウツボットが少しの塵埃も見逃さぬと、双眸を炯炯と輝かせており到底素通りできる雰囲気ではない。
サーナイトは岩の影に身を潜めて、男達の会話を聞くことにした。

プラズマ団したっぱ1「やけに辛気臭い場所だな。本当にここに『いでんしのくさび』とやらがあるのか?」

プラズマ団したっぱ2「伝承にはかつて、キュレムの潜在能力を畏怖した人類が、おつきみやまの頂上に『いでんしのくさび』を埋め、未来永劫他人の手に渡らぬよう封印したとある。ゲーチス様もそれをお探しだ」

プラズマ団したっぱ1「はは、我らが頭領も遂に呆けなさったか。全世界の改造ポケモンを抹殺するのに、改造ポケモンを用いるとはな。本末転倒とはまさにこのこと」

プラズマ団したっぱ2「毒を以って毒を制す。キュレムなら後で科学班が上手く処理するさ。我々は与えられた任務を、無駄口叩かず淡々とこなしさえすればよい」

プラズマ団したっぱ1「ふん……腑に落ちねぇが、ぼちぼち作業を始めるとするか。おい、そこのオニドリルを持ってきてくれ。ドリルくちばしで掘削するから」

オニドリル「ギュイイイイン」ズガガガ

プラズマ団したっぱ1「ヒュウ! 良い仕事するねぇ奥さん」

プラズマ団したっぱ2「黙ってやれ、同じプラズマ団団員として恥ずかしい」

沙亜夜(改造ポケモンの抹殺……!? 早くサトシさんに知らせなきゃ!)ガサッ

プラズマ団団員2「何奴!」

雷轟の如き誰何と共に、ウツボットの背中から伸びた蔦が鞭の様にしなり、沙亜夜の隠れている岩を撃砕した。
続けざまにヘドロ爆弾が盛大に爆発し、山頂を黒煙と毒の瘴気で充満させた。
二つとも沙亜夜は身を低くし直撃せずに済んだが、タイプの相性的にウツボットは闘いを避けたい相手であった。

沙亜夜(サトシさんもマスターもここにはいない。私だけでなんとかしないと!)

プラズマ団団員1「どうした、いきなり大声出して。変なモンでも食ったか?」

プラズマ団団員2「……いや、岩陰から何者かが我々を覗いていた気がしたのだよ」

プラズマ団団員1「ハハハ! 馬鹿言うなって、こーんな真夜中に山をほっつき歩いてる酔狂者なんざ俺らしか……」

彼の言葉はこの時点で永久に凍結された。
黒煙に紛れ跳躍してきた沙亜夜により、その喉を握り潰されたのだ。
哀れな十字軍兵士は口から赤黒い血を吐いた後、漆黒の谷底へと消えていった。

プラズマ団団員2「貴様……もしや改造ポケモンか!」

低く呻き、沙亜夜を睨みつける。
腰に携えていたボウガンを構え、友を惨殺したサーナイトに狙いを定めた。
もはや紳士的な表情はその顔にはない。

プラズマ団団員2「悪魔め! ブッ殺してやる!」

放たれたボウガンの矢を寸前で掴み取ると、沙亜夜はそのまま団員の足へ突き刺した。
小さくジャンプし、鎖帷子で守られた頭へかわらわりを叩き込む。

プラズマ団団員2「ウッギャアアアア!!」

彼の頭部はV字型に変形した。
甲高い断末魔が月光の中を一直線に駆け上り、夜闇を一層濃くしたように思えた。

沙亜夜「人を……人を殺してしまった!」

沙亜夜は愕然とした。
ポケモン同士が魂をぶつけ合ってこそ、ポケモンバトルは意味を成す。
トレーナーを殺してしまっては、ただの殺人にしかならない。
たとえそれが正当防衛であったとしても、人間の刑法はポケモンには適用されないのだ。
害獣認定の後、保健所に送られるのがオチである。

沙亜夜「ど、どどどうしよう!」

両腕で頭を抱え、うずくまったサーナイトの首に蔦の先端がチクリと刺さった。
咄嗟に蔦を掴み引っ張るも、返しが付いているのか全く抜ける気配はない。
茎の管を通り、ウツボット特製の神経毒がサーナイトへ注ぎ込まれた。

沙亜夜「あうぅ……」

毒の作用により、手足が痺れ自由に動かない。
さらに雪花の如く白い顔に、紫色の斑点ができ始めた。
ウツボットの『どくどく』は毒と麻痺作用、二つの特性を持つ。
動けなくなった獲物を手繰り寄せ、溶解液で溶かしながら頂くのがウツボット界で最もメジャーな食事方法だ。
脚に蔦が絡みつき、ウツボットへの距離が徐々に縮まっていく。
頭は朦朧とし、視界はぼやけ天地の区別すらつかぬ。

沙亜夜(もう……終わりなのかな……人殺しのポケモンだから……生きていても……意味……)




???「ヴォイ! ウツボットテメェ! 俺のポケモンに何してやがるッ!!」

沙亜夜(……え?)

今更誤字訂正

蔦×
蔓◯

???「動くな沙亜夜! 今そっちに行く、力尽きるんじゃあねェぞッ!」

沙亜夜「サ……トシ……さん?」

半ばトランセルのスピードに引きずられる様に走り出したサトシは、近くの岩盤を踏み台にしてウツボットの目前へ躍り出た。
溶解液を巧みにかわし、口の部分を乱暴に引っ掴む。
鈍い音を立てて蔓は根元から切断された。

ウツボット「ピギィィィ!」

ウツボットの不幸は、蔓を切断されただけに止まらない。
地中に潜行していたナックラーがボロボロに噛みちぎられた根と共に顔を出し、誇らしげに一鳴きしたのだ。

サトシ「なるほどね」

サトシ「根を張って傷をチマチマ癒す魂胆だったのだな。狡猾にも程があるぜ!」

サトシ「テメーのご主人は余程性格の悪いゲス野郎だったのであろうな! ペッ!」

サトシ「ともあれお手柄だぞフライゴミ! うっーし、一気に破壊光線でカタをつけるぜ!」

フライゴミ「ナック!」ウキウキ

ウツボット「や、やめて……やめてくださ」

サトシ「成☆敗ッ!!!」

破壊光線はウツボットの眉間を見事捉え、そのまま貫通した。
ウツボカズラの死骸を見るまでもなく、サトシは猛毒に苦しむサーナイトに駆け寄った。

サトシ「大丈夫か、沙亜夜!」

サトシはボールを取り出し、戻そうと中央のボタンを押したがまるで反応しない。
フライゴミが噛みついた時に、ボールの拡大機能が故障してしまったのだ。
サトシはボールを投げ捨て、力の無いサーナイトを背負った。

サトシ「仕方ない、沙亜夜を背負ってハナダシティまで峠越えだ! フライゴミ遅れんなよ!」

山の気候は移ろいやすい。
ポツポツと小雨が降り始め、たちまち無数の糸が天と地を繋いだ。

サトシ「戻れ、フライゴミ! 地面タイプのお前にゃ雨は似合わねぇぜ!」

道中、血の匂いを嗅ぎつけたズバットの群れに襲撃されたり、座った岩がゴローンであったりと災難に絶えなかった。
それでもサトシは、サーナイトを決して放り出しはしなかった。
土砂降りの中、何故ここまで必死になって自分を見限ったサーナイトを運んでいるのか。
それはサトシ自身にも分からない。
ただ、打算によるものでないことは明らかだった。
無意識の内に、サーナイトを助けようという感情が芽生えていたのだ。

サトシ「博士の言ったことがようやく分かりかけてきた気がするぜ……」

どれくらい歩いただろうか、斜面は緩やかになり、砂利道は舗装された道になっている。
それはハナダシティが近いことを暗にほのめかしていた。

ハナダシティのポケモンセンターに到着したサトシは、サーナイトをジョーイに託した。
奥の部屋へ担ぎ込まれるのを見ながら、サトシは汗にまみれた顔で問うた。

サトシ「ウツボットの毒にやられたんです。助かりますかね、ジョーイさん!」

ジョーイ「すぐに解毒剤を投与させて頂きますが、後遺症が残る恐れも……」

サトシ「後遺症だって!? そんなに病状は深刻だってのかァ!?」

ジョーイ「まぁ、ウツボットの毒はアーボックやベトベトンを凌ぐ猛毒で有名ですからねぇ」

ジョーイ「むしろ息があること事態、奇跡に等しいのですよ」

サトシ「グッ……!」

淡々と語るジョーイと対照的に、サトシは苦虫を噛み潰した様な表情をしている。
自分の無力さを呪っても、沙亜夜の毒が抜けるわけではない。
時計は午前三時を告げ、無性に人恋しくなったサトシはPCでSkypeを起動した。

オーキド「おお、サトシ君! こんな夜更けにどうしたのだね」

サトシ「博士、前に言いましたよね。トランセルを俺に渡した意味。ただの暴力兵器ではないってこと」

オーキド「ふむ……サトシよ。精悍さが以前より一段と増しておるな。遂に真意を悟りおったか……」

サトシ「ただ物を奪うだけの矛でなく、弱者を守る盾として使え。博士はそう仰りたいのでしょう?」

サトシ「手持ちのサーナイトがウツボットに襲われているのを助けたんです。沙亜夜を守ること以外、何も考えていなかった……」

サトシ「でもあいつは今、毒で瀕死なんです。結局俺は、サーナイト一匹すら救えなかったんだ」

オーキド「まだ死亡したとは宣告されてなかろう。ならばできるだけ傍にいてやれ。それがサーナイトの救いへと繋がるのじゃ」

オーキド「時にサトシ君、約束通りトランセルをメガシンカさせる『トランセルナイト』を進呈しようと思うのじゃが」

オーキド「サーナイトの毒抜きが済んだら、マサラタウンに戻ってきてもらえるか?」

サトシ「済みません、ハナダシティに着いたからにはジムリーダーとバトルしてからでないと」

オーキド「ふむ……わしにしね と いうんだな!」

サトシ「は!?」



オーキド「いや、ちとメガシンカの研究で失敗してしまってのう……今研究所がポケモンで溢れかえっとるんじゃ」

オーキド「今も倉庫に何重も鍵をかけてポケモンの侵入を防いでいるのじゃが……持ちそうにない」

サトシ「シゲルはどうしたんです?」

オーキド「あんなモン、連絡つかんから捨て置いたわ!」

オーキドは両手を合わせ、頭を下げた。
相当事態は逼迫していると見える。

オーキド「助けてくれ! わしァここで死ぬわけにゃいかんのじゃッ!」

自業自得ではないか、とサトシは呆れたが画面の隅に映る奇妙な生物に瞠目した。
薄闇に紛れ、カイリキーの身体を持ったルナトーンが腕組みをして控えている。
背後から感じる殺気と、サトシの表情に異変を察知したオーキドは小声で囁いた。

オーキド『とにかく、早く戻って来てくるのじゃぞ。渡せる物も渡せなくなってしまうて』

サトシ「は、はぁ……」

メガルナトーン「オイオーキド、オレトアソベ」

次の瞬間、オーキドの身体が吹き飛びカイリキーの拳が画面一杯に映った後、砂嵐へと変化した。
サトシとしては、オーキドの無事をただ祈るばかりであった。

~三時間後~

安らかな寝息を立てているサーナイトの傍に、サトシは座った。
ウツボットの毒がほぼ抜けたと聞き、顔を見ようと馳せ参じてきたのだ。
一晩中眠らなかったのか、目元に黒い隈が浮かんでいる。
窓の外は明るみ始めていた。

うまい言葉が見つからず、サトシは天井に目を泳がせた。
大体、人生経験の少ない十歳の鼻垂れ小僧ごときに深みのある言葉を語らせよう、ということ事態間違っているのである。
気まずい雰囲気を打ち消すように、サトシは口を開いた。

サトシ「……沙亜夜、わがままばっか言ってごめんな」

サトシ「俺が至らなかったばかりに、お前の気持ちにちっとも気づいてやれなかった」

サトシ「努力するよ、俺。沙亜夜の期待に応えられるような、ジュンヤに負けないトレーナーにきっとなってみせる」

サトシ「だから、これからも俺と一緒に頼れる友としてカントー地方を旅して欲しい」

サトシ「沙亜夜の力が、どうしても必要なんだ……」

サーナイトを背負い峠越えした疲労と、彼女の命が救われた安堵感とでサトシはベッドに突っ伏して寝てしまった。

暫くして、ベッドに横たわっているサーナイトがゆっくりと瞼を開けた。
身を起こし、爆睡中の少年を見つめる。
細い腕がサトシの髪へ伸び、優しく撫でる。

沙亜夜「……もう、二度目は無いですからね。サトシさん」

サーナイトの慈愛に満ちた声と、窓から差し込む日の光、そして小鳥のさえずりが病棟の一室に柔らかな聖域を生み出していた。

今日はここまでです

「ギャアアアア!」

施設内に、ポケモンの断末魔が反響する。
改造キュレムが『食事』をしているのだ。
秘密宗教結社・プラズマ団本社の地下には、養殖場が広がり一日に一万匹もの改造ポケモンを生み出している。
生み出されたポケモンはすぐさま冷凍処理され、キュレムの食卓に並ぶ日を寒々しい冷蔵庫内で待つこととなる。
何のために生まれて、何をして生きるのか。
そんな簡単なことも答えられない不幸な改造ポケモン達は、蜜蝋の様に固められ鋼鉄の壁を眺めるばかりであった。

ゲーチス「……これで何匹目だね?」

ロット「今ので十万匹目でございます」

ゲーチス「……ロット。貴様は怖くないかね」

ロット「怖い?」

ゲーチス「これだけ多くの命を吸い、成長したキュレムがいかほどの力を発揮するか……想像しただけでもぞっとする」

ゲーチス「だが、同時にそれは甘美極まる夢でもあるのだよ」

ゲーチス「ワタクシの王国! ……なんとも素晴らしい響きではないか」

ゲーチス「イッシュ地方ではどこの馬の骨とも知らぬ小僧と愉快な仲間達に邪魔されたが、カントー地方ではそうはいかぬ」

ゲーチス「ゆけ、ロット! 改造ポケモンを更に集め、キュレムの力を増幅させるのだ!」

ロット「ハッ!」

ゲーチスの片腕・七賢人ロットは一礼をした後、その長い白髭を揺らしながら暗闇へ溶けていった。

翌朝、朝陽で薔薇色に染まるおつきみやまを背に一人の少年と三匹のポケモンがジム前でウォーミングアップに励んでいた。
ちなみに昨夜、フライゴミがナックラーからビブラーバへひっそりと進化している。
幼児程度の脳みそも発達を遂げ、改造ポケモンらしく話すことが可能になった。

サトシ「フライゴミ! 早く沙亜夜に竜の怒りをブチかませ!」

フライゴミ「嫌だし。てかなんでボクがそんなんやらなアカンの? 普通なら沙亜夜さんの方を重点的に鍛えますよねェ~」

サトシ「これは沙亜夜の回避訓練にも繋がるんだ。それに俺も眠いのをおして監督している。進化したからって増長するなよな」

フライゴミ「ふん。大体ね、竜の怒り”ごとき”でジムリーダーに対抗するなんて、最強のポケモンであるボクからすれば不本意極まるんスよねェ~」

フライゴミ「亜空切断とかエアロブラストとか考え直す余地あったよねェ~マジで」

沙亜夜「フライゴミさん、その竜の怒り”ごとき”さえちゃんと撃てない人が他の技を扱えると思いますか?」

フライゴミ「はい?」

沙亜夜「基本を積み重ねることで、応用にステップアップできるんです。まずは基本を固めましょう、フライゴミさん! ばっちこーい!」

フライゴミ「うわすげーサトシに毒されてら。ポケモンにまで説教なんかされたくないし。あー帰りて、家無いけど帰りて~」

沙亜夜「やる気がないなら私からいきますよ、かわらわり!!」ゲスッ

フライゴミ「ウボァ!!!」

進化をしたは良いのだが、能力を過信し鍛錬を疎かにする。
フライゴミのわがままぶりにサトシはかつての自分を見たのか、顔を顰めて嘆息した。

サトシ「んじゃ、そろそろお邪魔といくか」

一通りの訓練を済ませたサトシは、ジムの扉をゆっくりと開いた。
隙間から血の臭いが流れ、鼻を刺す。
室内はまるで夜の帳が下りたかの如く闇に包まれ、人がいる様子もない。

サトシ「な、なんだよこれ……」

赤黒い血がプールに溜まり、一匹のポケモンがうつ伏せに浮いていた。
プールサイドには頭を割られ天井を仰ぐヌオーと、黒焦げの『ポケモンだった物体』が二つ、物を言わず佇んでいる。
あまりの惨状に、サーナイトは思わずサトシにしがみついた。
サトシさえも息を飲み、目の前に現れた想像を絶する光景を凝然と眺めるしかない。

フライゴミ「お、壁になんか書いてあるぜ」

ビブラーバが壁のある一点へ飛んでいき、サトシ達に示した。
血文字で『RED』と荒々しく書き殴られている。

サトシ「レッドか!」

乾ききっていないせいか血が垂れ、文字として読むには辛かったがサトシはそうはっきりと感じた。

サトシ「コクーン使いのレッド……なるほど。このジムもタケシと同じく奴に道場破りされたんだな」

沙亜夜「あのプールに浮いてる子、きっとスターミーですよ。ああ、可哀想に……」

サーナイトの悲痛な声に、サトシは歯を食いしばり壁の血文字を睨みつけた。

サトシ「こんなのポケモンバトルじゃねぇ……! ただの殺し合いだッ!」

思えばサトシ自身も、これまで数々のポケモンを残酷な方法で屠ってきた。
殺戮という点では全く同じではないか。
レッド、そして自分に対する怒りの感情を抑えることができず、サトシはポケットにさしていたトランセルを勢い良く地面に叩きつけた。

沙亜夜「サトシさん、これブルーバッジじゃないですか?」

血みどろのプールサイドから、サーナイトが雫の形をしたバッジを拾い上げサトシの掌に乗せた。
しかし彼の顔は晴れない。
戦わずにバッジだけをGETするなど、まるでライオンのおこぼれを喰らうハイエナの如き醜悪な所業である。
このままでは正々堂々たる勝負を重んずるポケモン道と、まるっきり正反対の方向へ舵を切ってしまう。
バッジを戻そうとしたサトシの手を、若草色の手が優しく包む。

沙亜夜「サトシさんの気持ちは分かります。でも、返したところで全てが元に戻るわけじゃない。貰える物は、貰っておきましょう」

フライゴミ「そうそう、過ぎたことをウダウダ考えてもどうにもならないってこったね」

フライゴミ「さっさとこんな陰気臭い場所、オサラバしようや。ボクお腹ペコペコだよ」

沙亜夜「あ、ジムの向かいにあるラーメン屋さん美味しいですよ! ラルトスの頃よくジュンヤさんに連れて行ってもらいました」

サトシ「よし、オーキド博士救出の前にそのラーメン屋で腹ごしらえすっか!」

沙亜夜「そーしましょー! うふふ、楽しみだな~♪」

サトシ「ブルーバッジ、GETだぜィ!」

フライゴミ「あー腹へったわー」

どこまでも立ち直りの早い三人組であった。
こうしてジムリーダーと戦うことなく、サトシの胸に二つ目のバッジが燦然と輝いたのである。





店主「らっしぇい! 嬢ちゃん大きくなったねぇ!!」

沙亜夜「いえいえ、おじさんも若々しくて羨ましいです~。こちらサトシさんで、私のマスターです」

サトシ「ちっス」

店主「肝が据わってそうな好青年じゃないか。うむ、良し!」

店主「ところでジュンヤ君はどうしたね? 今日は見えないけど」

沙亜夜の表情が曇った。

沙亜夜「あ……その……ジュンヤさんは」

サトシ「すみません、醤油ラーメン三ついただけますか。積もる話もあるだろうが、こちとら腹の虫が泣き叫んでるんでね」

フライゴミ「うぇーん、お腹すいたよー」

店主「フッ……確かに無駄話は腹の足しにならんもんな。席について待ってな!」

カウンター席に座ったサトシは、かつての友・ピカチュウのことを考えていた。
フラッシュも使えない邪魔な奴。
ただそれだけの理由で、トキワの森まで連れ添ってきたピカチュウを追放してしまった。果たしてそれは正しい選択なのか。
フライゴミと同じく磨けば光る原石だったのではないか。

サトシ「オイオイ、過去に執着しても意味はないとフライゴミに指摘されたばかりじゃねぇか……」

半ば自嘲的に呟くと、隣に座るサーナイトに声をかけた。

サトシ「ああそうだ、次の町へ行く前に沙亜夜に渡したい物があったんだ」

沙亜夜「プレゼントですか?」

サトシ「まぁ、近いかな……っと」

サトシがバッグから取り出した物は、何の変哲もないディスクであった。
ピンク色の表面に小さく『99』と刻まれている。
困惑するサーナイトに、サトシはややぶっきらぼうに言った。

サトシ「技マシン99、マジカルシャイン。そろそろ沙亜夜にもドラゴン狩りをしてもらいたくてな」

サトシ「ひっそりamazonで注文して昨夜、お前が寝てる間に受け取ったわけよ」

沙亜夜「いやでもこれ特殊技……」

サトシ「元々サーナイトは特殊アタッカーだろ? オーキド博士に頼んで沙亜夜の特攻種族値を500底上げしてもらうさ」

沙亜夜「……ちなみにお幾らしました?」

サトシ「んー、8000ちょいくらい?」

沙亜夜「このばかぁっ!!!」

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