【ラブライブ】パーフェクトまきちゃん誕生日「未完の最終楽章」 (132)

パーフェクトまきちゃん誕生日とは、パーフェクトなまきちゃんの誕生日である。

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問い。パーフェクトとは?

これに答えるにあたって一つ前置きをしておく必要がある。

私は実につまらない答えに行き着いてしまったということだ。

そしてこれから私はその答えに至るまでの過程(プロセス)を話そうとしているということだ。

つまり私は今から実につまらない話をすることになる。

そのうえ筆を取ってみるとどうでもいいことまでつらつらと書いてしまうもので、本筋とは関係のない話をしてしまうかもしれない。

こうして私が過去について言及する機会はもうないだろうと思うとつい余計な話をしてしまいたくなる。

これは、私の最後の物語だ。

なぜ最後なのかということは最後まで読んでいただければわかるかと思う。

問い。パーフェクトとは?

これに答えるにあたって一つ前置きをしておく必要がある。

私は実につまらない答えに行き着いてしまったということだ。

そしてこれから私はその答えに至るまでの過程(プロセス)を話そうとしているということだ。

つまり私は今から実につまらない話をすることになる。

そのうえ筆を取ってみるとどうでもいいことまでつらつらと書いてしまうもので、本筋とは関係のない話をしてしまうかもしれない。

こうして私が過去について言及する機会はもうないだろうと思うとつい余計な話をしてしまいたくなる。

これは、私の最後の物語だ。

なぜ最後なのかということは最後まで読んでいただければわかるかと思う。




さて、まず初めになぜ私はパーフェクトでなくてはいけなかったのか。この疑問に答えたい。

そのためにはこの問いをされたときの話をしなければなるまい。

さらにそのためにはなぜそう問われたのか、という話も必要になってくる。

物事はそう複雑ではない。しかしどこにも始まりがない。

こうやって遡っていくとどこから語り始めればいいのかわからなくなってしまう。

極めれば私が生まれた日から順を追って話さなくてはならなくなるだろうが、それには及ばない。

ただ思いついたままに書いていこうと思う。多少話の前後を違えるかもしれないがそう見当違いでもないだろう。

私はこれからすべての疑問に答えていくつもりだ。その一点に関しては安心して欲しい。

三日トマト、おいしゅうございました。



・・・・・

わたしの名前は”西木野まき”! 6さい。

お歌がとっても大好きなの。ピアノもひくの。

大好きだから毎日ひくの。それから、コンクールにも出るの。

それでね、いちばんになるとパパとママはすごく喜んでくれるから。

わたしはパパとママも大好き。だからわたし、またピアノでいちばんを取らなくっちゃ。

ピアノだけじゃなくてね、なんでもいちばんになるとほめてくれるの。



――だから私、なんでも一番を目指すわ。



まき「んっ……ふぁ」



机にうつ伏せにしていた体を起こして背伸びをする。

少し眠っていたかもしれない。なにか夢をみていた気もする。

私は時折、こうして授業と授業の合間に短い睡眠を繰り返している。

最近は睡眠をとる暇が業間しかないのだ。

さて、次の授業は世界史か……。

私はまだ少し気だるい頭を右手で支えながら席を立った。

・・・・・



P(パーフェクト)M(まきちゃん)M(メモ)。

私は常にメモを持ち歩いている。あらゆる、どんな細かな疑問も全てここに書き留める。

そして必ずその疑問に対する答えをみつける。平たく言えば研究だ。

私はこうして見聞を広め、知識を深める。

しかしながら近頃はさっぱりメモが増えない。既に私に知らぬものはないということだろうか。

それならそれで構わないが、なんだろう。この空虚な心持ちは。

私は最近勉強ばかりだ。つまり最近の私は疑問を持つ前に知ってしまう。

「疑問を持って、それから考える」この過程を飛ばして私はただ知り続ける。

それではダメだ。と昔”エリー”が言っていた。

私はその”エリー”の考えに疑問を持ち、それから考えた。

今の私はその意味を理解している。

それでいて、やはり私は勉強時間を減らすことはできない。

ああそうか、だから私は最近寝不足なのか。合点がいった。

とにかく単純に今はメモを書く暇がないんだろう。そう悪いことではない。いいことだ。

パーフェクトな私がよりパーフェクトになるだけだ。



うみ「お疲れのようですね、”まき”」




食堂。食事そっちのけでテーブルに突っ伏している私の肩に、誰かの柔らかい手の感触。

目を覚ますと同時に体がビクッとなる。ちなみにコレ、ジャーキングっていうのよ。



うみ「そんな姿勢で眠っていると体を痛めますよ」

まき「ちょっと横になって目を閉じていただけよ」

うみ「よだれが」

まき「……おなかがすいたのよ」

うみ「ここは食堂ですよ」

まき「次は体育なの。運動前にたくさん食べるとつらいし」

うみ「じゃあなんでここに来たんですか」



私がよだれを拭いながら立ち上がろうとすると、”うみ”はそれを制止した。



うみ「大丈夫ですか”まき”、何か食べたほうがいいですよ」

まき「大丈夫よ」

うみ「頑張りすぎると、過労で死んでしまいます」

まき「心配ない。これでも私、いままで一度も死んだことがないの」

うみ「一度も? それは意外でした。”パーフェクトまき”にも経験したことのないことがあるとは」

まき「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりね」




平静を装ってそう応えはしたが……ハッとした。

そうか、私にはまだやるべきことがある。

急に頭が冴えてきた。全身に血が巡る。メモとペンを取り出し、早まる鼓動に耳をすます。

なんだこの高揚感は! 懐かしい。気だるさも眠気も、いつも間にか吹き飛んでいた。



まき「ありがとう。”うみ”」

私はPMMにこう書き留める。



「死とは」。



・・・・・




【死とは】



まき「”ほのか”って、死にそうになったことある?」

ほのか「えっ」



放課後音楽室でピアノを弾いていると、ときどき誰かが顔を出してくれることがあった。

今日は”ほのか”がやってきた。



まき「あのときは本気で死を覚悟した。みたいな」

ほのか「うーん、あるね」

まき「あるのね」

ほのか「車に轢かれそうになってね、死というものを肌で感じたよ。うん」

まき「そしてどうしたの。轢かれたの?」

ほのか「まさか。避けたよ」

まき「避けたの」

ほのか「いやあ。あれはちょっと危なかった」

まき「あなた信号って知ってる?」

ほのか「知ってるよ。青がススメ、赤がトマレ」

まき「黄色は?」

ほのか「注意してススメ!」

まき「黄色もトマレよ」

ほのか「歩道には黄色はないよ。青が点滅するの」

まき「なるほど。じゃあ青が点滅したら渡ってはダメ」

ほのか「そのときは信号なんて見てなかったんだ。前しか見てなかった」

まき「どうしてそんなことに」

ほのか「知らないよ。でもギョッとしたね。死を覚悟したというより、後から思い返してよく生きてたなーって感じだけど」

まき「それってどんな感じ? 死を感じるってどうなの」

ほのか「難しいな。えっとね、背筋がゾクゾクってなって、胸がウッて止まって、景色がモアーンてゆっくりで、パニックなんだけど頭は冷静で、みたいな」

まき「擬音ばっかりでわからない」




少し前に”りん”から聞いた「崖から海に落ちた」と「登山中に落ちそうになった」という経験談と合わせても「死」というものが全くピンとこない。

どうやら聞く相手を間違えたらしい。

すこし考えればわかることだった。”りん”も、”ほのか”も、死とは縁遠い存在だ。

この人たちは死ぬことなんて考えちゃいない。



まき「ありがとう”ほのか”。他に死にそうなった人は知らない?」

ほのか「ああ、前に”りんちゃん”が……」

まき「はいありがとう」



それはもう聞いた。



・・・・・




また別の日。

その日は”にこちゃん”が私の奏でる餌に釣られてノコノコとやってきた。

どうやら私のピアノは暇人を惹きつけるらしい。



まき「あら”にこちゃん”。こんなところで油売ってていいの?」

にこ「たまには息抜きもいいじゃない」

まき「そうね。私のこれも息抜きよ」

にこ「いつからか、音色が変わった気がするのよ」

まき「そうかしら」

にこ「気がするだけよ。”にこ”にはピアノはわからないけどね」

まき「わかろうとしないからよ」

にこ「わかる必要がなかった。いつもあなたが弾いてくれたから。

……音色が変わったということは、うまくなったってことかしら」

まき「音の善し悪しなんて人それぞれよ。あなたにはどう聞こえた?」

にこ「わからないってば」

まき「そう……残念」

にこ「でも、一人で弾いていた頃よりはいい音じゃない。どっちにしても、変わることってそう悪いことじゃない」

まき「あなたになにがわかるのよ」

にこ「いやだからわからないって言ったじゃない」

そのとき、全く突然の話だが、私はあることを思いついた。

そう。「死」について”にこちゃん”にも聞いてみようと思いついた。

メモを見なくても思い出せるのは、メモをしたからなのだ。



まき「ところで話は変わるんだけど、”にこちゃん”って死にそうになったことある?」

にこ「この流れでどうしてそうなるのよ、ビックリしたわ」

まき「”にこちゃん”が恥ずかしいこと言うから話題を変えたのよ」

にこ「なんで話題変えるのよ、最後まで聞きなさい」

まき「変わることってそう悪いことじゃないんでしょ」

にこ「……」

まき「私は興味があるの。あなたの臨死体験」

にこ「あなたが私に興味を向けるなんて珍しいこと。そう物騒な話じゃなかったら喜んだのに」

まき「いいから教えてよ」

にこ「はいはいそうねえ。そういえば以前”りん”と一緒に崖から海に落ちたことがあって、これが本当の『りん死体験』なんちゃって……」

まき「はいありがとう。その話は聞いたことあるからもういい」

にこ「なんでよ!」




私は”にこちゃん”との会話をやめてピアノを弾くことにした。

音楽は言葉の代わりになる。言葉の繋ぎになる。そしてときに言葉を超える。

しかしこの場合は”にこちゃん”を無視したように見えたかもしれない。



にこ「じゃあ私、帰るわ。『勉強』しなきゃね」



――あら、もう帰ってしまうの?

私はその想いをピアノの音色に乗せてみた。

しかしこの場合は”にこちゃん”の話に耳を貸さずピアノを弾いているように見えたかもしれない。



にこ「帰ることってそう悪いことじゃないでしょ」



――変える違いよ!

私は精一杯のツッコミを込めてピアノを弾いてみた。

渾身のボケをスルーされた”にこちゃん”はそのまま帰った。音楽って難しいわ。



・・・・・




経験の伴わない知識に私は頭を悩ませた。

私は死んだことがなかった。

私の知り合いにも死んだことのあるものはいなかった。

当時は憤慨する自身の魂を鎮めるためにピアノを弾き続けていたのかもしれない。

そんな私が鎮魂歌を奏でていると、音楽室の扉がまた開く。



のぞみ「なんかスピリチュアルなミュージック」

えり「ハーイ”まき”。久しぶりね」

まき「この前会ったじゃない」

えり「毎日顔を合わせていた頃と比べるとね」



もう春も近いというのに”のぞみ”はものすごい厚着をしている。

毛糸の帽子。耳あて。マフラー。セーター。腹巻。手袋。靴下。膝掛けもマントのように羽織っている。

一方”エリー”は季節感のない薄着。さすがアイデンティティの四分の一がロシアなだけはある。

制服の上には一枚も羽織っていない。このふたりが並ぶと今がいつなのがわからなくなる。




まき「今っていつ?」

えり「今は今よ。いつでもないわ」

まき「相応の服装をしないと風邪をひいて、死んでしまうわよ」

のぞみ「子供は風邪の子やから」

まき「風違いよ。子供は健康でいなさいよ」

えり「馬と鹿はなんとやらってね」

まき「馬鹿は風邪をひかないでしょ。馬だって鹿だって風邪くらいひくわよ。生きているんだもの」

えり「少なくとも『今っていつ?』なんてお馬鹿なことを言う子は風邪をひかないわよ。安心して」

まき「私じゃなくてあなたたちの身を案じているのよ馬鹿」

のぞみ「じゃあウチら誰も風邪ひかないね」

まき「ひくわよ、生きてるものは風邪をひくの」

えり「妙に頑なじゃない……”パーフェクトまき”」

まき「あなたにその名で呼ばれるのは久しぶりね」

えり「さてはメモが増えたわね。今度は何を調べているの?」

まき「私、あなたのそういう見透かしたような態度キライよ」

えり「あら気に障ったならごめんなさい。よかったら教えてくれないかしら」

まき「そういう大人っぽく譲歩する態度もキライ」

えり「じゃあどうすればいいの?」

まき「その全然困ってないのにいかにも手詰まりみたいな顔するのもキライ」

えり「もう私が嫌いなんじゃない」

まき「いや、そういうの差し引いても別にあなたを嫌いなわけではないけど」

えり「あらダイタン」

まき「そういう態度もキライ」

えり「私もよ」

のぞみ「”まきちゃん”、これでも”えりち”結構ガラスのハートやから……」

えり「いいの。”のぞみ”。彼女なりの愛情表現なんだから」

まき「くっ……まあいいわ。私は今『死』について考えているの」

えり「なるほど。”のぞみ”、死とは?」

のぞみ「死ぬとは、風邪をひかないこと」

まき「なるほど……得意げに揚げ足取らないで」

えり「健康とは、風邪をひかないこと」



両者の間に大きな違いはないのかもしれない。



まき「じゃあ死ってなに?」

えり「難しいこと言うのね。ああ、馬鹿げた話をしていたさっきが恋しい」

のぞみ「もしかしてペットの九官鳥、死んじゃったとか?」

まき「死んでない。そもそも飼ってない」

のぞみ「真面目な話、死ってスピリチュアルだと思う」

まき「”のぞみ”にとってはそうでしょうね。大抵スピリチュアルよ。あなたにとっては」

のぞみ「ウチは”まきちゃん”と違って知らないことがいっぱいあるからね。

知らないこと、わからないこと。それがスピリチュアルや」

まき「じゃあ質問を変えましょう。『死を感じる』ってどういうことだと思う?」




“のぞみ”は知らないこと、わからないことを「スピリチュアル」というらしかった。

なるほど”のぞみ”にとっては死もまたスピリチュアルであった。

人は皆知らないことを恐れる。だからオカルトやスピリチュアルを信じる。

知らないものを指差して「あれはなんだ」と言うのが怖い。だから「あれがスピリチュアルだよ」と笑ってみせる。

ならば「スピリチュアルとはなんだ」という問いに意味はない。

「スピリチュアルについてどう思う」。これが正しい問いだ。

事実、「死」をスピリチュアルと言ったのぞみも「死を感じる」ことに関しては別の言葉を用いてくれた。



のぞみ「ドラマとか映画とかさ、時限爆弾の解除で赤と青どっちを切る……? ってシーンがよくあるよね。

みててドキドキする。まさにそのときウチは死を感じてると思う。まるで自分のことみたいに」

えり「今その爆弾があったら、”のぞみ”ならどっちを切るの?」

のぞみ「ウチ今ハサミ持ってないし」

えり「言ってくれれば貸すけど」

のぞみ「”えりち”は用意がいいなあ。なんでも持ってる」

えり「あらゆる事態を想定してのことよ」

のぞみ「じゃあノリもってる?」

えり「ええあるわよ。道具袋の中に文房具は一通り揃ってる。」

のぞみ「すごいなあ。道具袋持ってる高校生は”えりち”の他にはいないよ」

えり「ハサミがなくても、ノリでベトベトにしたら壊れて爆発しないかも」

のぞみ「セロテープでグルグル巻きにしたら爆発を抑えられるかも」

えり「そんなことが可能かしら……もしくは」

まき「待って」

のぞみ「ああ”まきちゃん”。なんの話だっけ?」

まき「こっちが聞きたいんですけど」

のぞみ「ごめんごめん、冗談」

まき「あなたたち、私と話すときは意味わかんないこと言っていればいいと思っているでしょ」

えり「ものは使いようね。柔軟な視点を持つことよ」

まき「いつまでその話してるのよ」

えり「死も同じかもしれない」

まき「無理やり繋げないで」

えり「ちょうどノリとセロテープがあったもので。お気に召さなかったのなら切っていいわよ」

まき「私もハサミは持ってないの」

えり「じゃあ聞きなさい。爆弾が爆発したら死んでしまう。

それで『まずい、死んでしまうやん』って思う。これがつまり死を感じるってことよね」

まき「そうよ。そうやって死について知るしかないんだもの。だって死んじゃったら死を知ることはできない」

えり「死んだら死を知れない。死ななきゃ死を知れない」



なるほど、”エリー”はいったい何を言いたいのか。

話を爆弾になぞると、導線の赤と青どちらかを切ると爆弾は止まり、ハズレなら爆発。

つまり赤と青は生と死の選択なのだ。そして爆発が死。そのまんまだ。




えり「安楽死と延命治療、どっちを選ぶ?」

まき「どっちも結果は死なの?」

えり「だってそのとき爆発を防いだら、あとは永遠に生きられるの?」

まき「無理よ。生きているものは風邪をひくし、死ぬ」

えり「じゃあどうする? 赤か、青か」

まき「安楽死が赤で延命治療が青ね」

えり「いや別に色はどっちでもいいのだけれど」

まき「”誰かさん”の道には黄色がないらしいのよ。だから色の役割はしっかりしとかないと」

えり「黄色はどこにでもあるはずなのに。とにかく爆弾を前に手元にはハサミ。どうする?」

まき「ハサミじゃ導線は切れない」

えり「あなたらしい答えね。『ハサミじゃ導線は切れない』だってよ”のぞみ”」

のぞみ「真理やね」

まき「そもそも、あんなのフィクションよ。時限がきたら問答無用で爆発するものでしょ」

えり「正解。時限のわからない時限爆弾。それが死よ」



そうかそれが死か。なるほどわからない。

いや、もう少しでわかりそうな気がする。



えり「死を感じるのはそう難しいことじゃない。爆弾のタイムリミットは毎日迫っているんだから」

のぞみ「突然ですが”まきちゃん”にクイズです。ロウソクが一本増えるたびに三つ減るものなーんだ?」

まき「本当に突然ね……わかるわよ。……。ちょっと待って。わかるから」

のぞみ「これがわかれば、多分わかるよ」




“エリー”に言わせれば私は既に正解を知っている(私はパーフェクトなのでこれは当然のこと)らしかったが、結局”のぞみ”のクイズが割り込んできたせいで正解を出すことはできなかった。おのれ”のぞみ”、邪魔だてしてくれる。

ちなみにクイズの正解も出なかった。



PMM

ロウソクが一本増えるたびに三つ減るもの



・・・・・




もう少しこの取り留めのない話を続けなくてはならない。

過程は時に結果より有意義な場合もある。

果たしてこれがその場合なのかと言われるとそれは私には判断できないが、書くだけ書いておけば必要になった時にいくらか足しにはなるだろう。

なんなら読み飛ばしてしまっても構わない。真っ直ぐになれないひねくれた私をどうか許して欲しい。

こう言い訳を挟む行があったら続きを書くべきだろうか。そうしよう。

さて、それから私は相変わらず「死」について考えた。

そして私は再確認する。やはり私は死を知らない。



私は死ぬことにした。



死ぬまでの予定を立てた。

この予定表に私はP(パーフェクト)M(まきちゃん)S(スケジュール)と名前をつけた。




月曜日

死を受け入れられず落ち込む。

火曜日

少しづつ現実を受け入れ始める。

水曜日

お世話になった人に感謝を述べる。

木曜日

死ぬまでにやっておきたいこと。

金曜日

明日死ぬなら何食べる?

土曜日

私は死ぬ。



・・・・・




パーフェクトまきちゃんは土曜日に死ぬ。

明日からはそういう風に生きなければならない。

そういうつもりで生きてみよう。ちょっとばかし死ぬ気で生きてみよう。

よし、なんかそんな気がしてきた。私は土曜日に死ぬような気がしてきた。いける。

日曜日の夜、私はPMSを確認してから眠りについた。



こうして「"パーフェクトまきちゃん"の死ぬ気で生きる一週間」が始まった。

*****



1日目 



暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。



パーフェクトまきちゃんはスマートキューティを作り、かしこいとかわいいが出来た。



*****

月曜日。

食堂の隅でひとり学食をつついていると、二つの人影が左右から差した。

私はすぐそれに気がつき、またそれが誰のものであるかも検討がついたがしかし、そのまま調子を崩さなかった。

二人は当たり前のように私を挟むようにして席に着く。



まき「……」

えり「今日の”まき”、元気がないみたい」

うみ「ええ。なんだか遠い目をしています」

えり「久しぶりにこの組み合わせになったのに」

うみ「それでちょっと大人しいのかもしれません」

えり「なるほど」

うみ「あー! “えり”のお弁当タコさんウィンナーが入っています!」

えり「えー! ほんとう、どれどれ」

うみ「すみません入っていませんね」

えり「入ってないわね。場を盛り上げようとしてくれたのはありがたいけど適当なことは言わないで」

うみ「”えり”こそ、自分のお弁当なのに初めて聞いた風な反応でしたよ」

えり「ついウッカリ」

うみ「どんなウッカリですか、ねえ”まき”」

まき「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私、今日はそんな気分じゃない予定なの」



そう言って私はほんの少し口をつけた学食を持って席を立った。

なにせ私は死期が近い。受け止めきれない現実にとても喉を通らないのだ。そういうつもりだ。




えり「たいへん。よっぽどたいへんなことがあったんだわ」

うみ「今はそっとしておいてあげましょう。自分から話してくれるかもしれません」

えり「でも私、放って置けない」

うみ「しかし心配しすぎるのも帰って悪いかもしれません」

えり「そういうものかしら……」

うみ「わかりました。そんなに言うなら私が少し探ってみましょう。

“えり”は受験も近いでしょう。今は大事なときです。あなたが余計な負担を負うことはないでしょう」

えり「ありがとう”うみ”」



・・・・・

放課後、私は屋上で黄昏ていた。

たぶん死にそうな人はこういうことをすると思う。

事実その時の私はつい気持ちが入り込みすぎてしまって本当に死ぬんじゃないかと思い込んでいたほどだった。



まき「はあ……」

うみ「やはり、ここでしたか」

まき「あら”うみちゃん”」

うみ「私でよかったら、相談に乗りますよ」

まき「無理よ。こんなこと誰にも言えない」

うみ「誰かに話せば、胸がすっとするかもしれません」

まき「一般的に、他人にやすやすと吹聴していいような問題じゃないの」

うみ「誰にも話さないと約束します。また、詮索もしませんし、助言なんて真似もしません。ただ聞くだけです。本当に、ただ聞くだけです」

まき「本当に? ただ聞くだけ?」

うみ「本当に」

まき「わかった。約束よ」

うみ「約束です」



――私、近いうちに死ぬの。

――え。



私は呆然と立ち尽くす”うみ”に背を向け、屋内に戻る扉を開けた。




何言ってんだ私。



自分の中だけでそういうことにしておけばよかったのに、私はなんだかすっかりそのつもりになってしまっていた。

すぐ振り返って嘘だって言わないといけないのに……。

いやダメだ。嘘じゃない。嘘と言ってしまったら私のこの心持ちも嘘になってしまう。

死を知るために私はこの状態を保たなければいけない。

大丈夫だ。”うみ”は「誰にも言わない」と約束してくれた。あの子は約束は絶対に破らない。それこそ死んでも。

彼女一人ならまだ事は大きくはならないだろう。

変な汗をダラダラ流して階段を降りる。

するとそこには”エリー”が。



えり「あ、あら”まき”。もう屋上は戸締りよ」

まき「ああ……見回りに来たのね。私はもう帰る。でも向こうに”うみ”がまだいる」

えり「そそそそそうなのね。さっようならっ!」

まき「さよなら」



あの態度、絶対聞かれてたわよね! もおおおおおお!

まずい。え、なに、私死ぬの?

うんそうなんだけど。そうよ。私は死ぬのよ。いやそうなんだけど……。

もういい死んでやる。パーフェクトまきちゃん”に二言はないのよ。




“うみ”と別れ、それから”エリー”と別れ、私は下駄箱で上靴から外靴に履き替える。

月曜日が終わる。

私はまだ死にたくない。

私が死んでも世界は回る。

今日は重力が少し強い。なかなか足が上がらない。

私はしばらくそこに立ち尽くすことにした。



・・・・・




「”まきちゃん”」



誰かが私を呼んだ。いや、私の名前を呼んだ。いや、「”まきちゃん”」と言った。



はなよ「”まきちゃん”、どうかしたの?」

まき「どうもしない。ただ信号が赤なだけよ」

はなよ「”まきちゃん”ちょっと座ろうか」

まき「大丈夫よ。もう帰るの」

はなよ「大丈夫じゃないよ。なんだかこのまま帰したら、車に轢かれそう」



”はなよ”は誰もいない教室に私を引っ張り込んで、椅子に座らせた。



はなよ「自暴自棄はいけません」



私は何も応えないことにした。ただ”はなよ”の話を聞いてうなずくだけにした。

”はなよ”はとても聞き上手だから、話さなくても聞いてくれる。




はなよ「そうだよね。私”まきちゃん”のことなんにもわからないけど、でもずっと一緒にいたよね。

私”まきちゃん”のことなんにもわかってあげられないかもしれないけどね、それでもわかってあげたいの。

だから私これから勝手にいろいろ言うけど、もしかしたら見当違いかも知れない。

それで思うんだけどね、私そういうのいちいち聞き返しちゃったり確認しちゃったりするでしょ。でもそうしているときっと私の言いたいこと言えなくなっちゃうから。

だからそうはしないね。これから私まるで”まきちゃん”のことなんでも知ってる風に話すけど、どうか最後まで聞いてください。

私はただ私の言いたいことを言いたいだけだから、それが正しいか間違っているかは関係なくて、えっと……」



私が静かに頷くと、”はなよ”はホッと一息つく。それから少し間があって、”はなよ”はこう言うのだった。



はなよ「『死』とは『否定』だよ、”まきちゃん”」



・・・・・




はなよ「例えば『目が死んでいる』なんて言うよね。目は生きていないのに。

少なくともそう言われるまではその目はただの目だよ。でも『死んでいる』と言われた瞬間その目は死んじゃう。

それは否定だよ。人が死ぬことも同じ。『この人はもう生きていない』。否定されることが『死』だよ。

だから私、”μ’s”は死んでないと思う。もう終わっちゃったけど、ラブライブも終わっちゃったけど、”μ’s”は解散したけど、誰にも否定はされてないから。

”まきちゃん”も”μ’s”だよ。”まきちゃん”も誰にも否定されてないんだよ?

”まきちゃん”は”まきちゃん”のままでいいんだよ。なのに。

……どうして? 私ずっと聞かなかったけど、どうして“まきちゃん”はパーフェクトじゃなくちゃいけないの?」

ううん。私きっとわかるよ、“まきちゃん”は……」

まき「ありがとう”マスターはなよ”」

はなよ「思いつめちゃダメだよ”パーフェクトまきちゃん”……私ね、ずっと心配だったの。

もしあなたが『自分はパーフェクトじゃないのかもしれない』なんて思い出したらどうなるだろうって……」

まき「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりね」




”はなよ”は涙ぐみ、私の手を握る。

それから、どんな病気でも諦めなければきっと治る。とも言ってくれた。



……どうしてそうなったの?

あれか”エリー”か、あれしかいない。くそ無駄に仕事が早い!

”エリー”がみんなに私が死ぬって言って回っているんだ! もおおおおおおお!



なんだかわからないけど、このまま話していたら”はなよ”に「死んではいけない」と言われるような気がする。

死ぬなんて言っていないのに。いや死ぬんだけど。

私はそこで話を切りあげて下校した。



*****



2日目 

神は空をつくった。

パーフェクトまきちゃんはギャラクシーをつくった。



*****




これまででようやく私がなぜパーフェクトでなくてはいけないのか、と問われるまでの話を終えた。

その答えをすぐにここに書く事は容易いがやはりそうするからには私は理解して欲しいと思う。

なぜその答えに至ったのか。その話をしてからでも遅くはない。

あるいは勿体ぶっているように思われるだろうか。

事実そうなのかもしれない。私はこの手紙を書き終えてしまうことを避けているのかもしれない。



・・・・・




火曜日。私は狂想曲を奏でる。



次の日の”はなよ”はもういつもどおりだった。

いつもどおり、大したことのない話をした。

”はなよ”は夢の話を私にした。

おぼろげだが、次のような話だったと記憶している。

人はなぜ眠るのか、といった内容だった。

「私、人は眠ることで死ぬ練習をしていると思うんです。意識の途絶える恐怖と戦う訓練。

あ、そうだとしたら私たちみんな、死ぬ経験をしたことあるんだね! 

人は眠ることで死ぬ練習をして、夢を見ることで生きる練習をしてるんだ」




なぜ突然“はなよ”はそんな話をしたのか。

今考えてみると、もしかしたら“マスターはなよ”は何かを察していたのかもしれない。

皮肉にも私は彼女のおかげで「PMS(パーフェクトまきちゃんスケジュール)」の予定通り死を受け入れ始めた。



PMM



夢とは



そう書き込んでメモを閉じる。

……”エリー”を見つけなければ。少しでも話が広がる前に食い止めなければ。

さすが我がライバル。ここまで”パーフェクトまきちゃん”を追い込んだのはあなたが初めてよ。



・・・・・




【夢とは】



まき「”エリー”を見なかった?」

にこ「ここ二、三日は見かけてないけど。会ったら”まき”が探してたって言っとくわ」

まき「できればあなたより先に見つけたいわね……」

にこ「なんで?」

まき「こっちの話よ」

にこ「ふーん。ことりは?」

ことり「んー。今日は一回だけ廊下であったけど、今どこにいるかはわからないな」

まき「呼んでないのに出てくるクセに、探すといないんだから」

にこ「メールか電話じゃダメなの?」

まき「ダメよ」

にこ「今どこか聞けばいいのに。にこがメールしようか?」

まき「いい。いいから。結構だから」

にこ「なによ変なの」

まき「二人こそ、こんなところでなにしているの?」



放課後、”エリー”を探して校内を歩いていると家庭科室に”ことり”と”にこちゃん”がいるのが見えた。

だから私はこうして二人に”エリー”を知らないか聞いてみたのだ。




にこ「たまたま”ことり”がここにいるのが見えてね」

まき「”ことり”は何をしていたの……ミシンなんか出して」

ことり「ときどきこうして、衣装を作っているの」

にこ「それをにこは見学してたっていうか、まあほどんど邪魔してたって感じ」

ことり「そんなことないよ」

まき「衣装って誰の?」

ことり「誰のでもないよ」

まき「じゃあその衣装はなに?」

ことり「衣装は衣装だよ。誰が着ても、誰も着なくても」



ミシンが布を縫い合わせるために動く。

規則的な感覚で機械音が鳴る。そしてそれが途切れると、なぜだか途端に物足りなくなる。

耳が音を探し始める。それでも静寂が続くと、なんだろう。少しもの悲しくなる。

ことりはミシンの代わりに口を動かし続けた。




ことり「……ずっと、こうしていたから。急に何もなくなっちゃうのが寂しいの」

にこ「ほとんど毎日、ことりはそうしていてくれたからね」

ことり「それはいいの。好きでやっていたから。……だからなの。

毎日聞いていたこの音が聞こえないのが耐えられないのかも。

私ね、やっぱり好きなの。衣装を考えて、それをミシンで大まかに形にして、それから細かいところは手縫いでね、それから……」



”ことり”は柔らかい笑みを浮かべながらミシンから生地を取り外す。

本人の言うとおり、これから細かいところを手縫いするのだろう。

まあ私には……。



まき「私にはわからないわ」



にこ「わかろうとしないからよ。わかる必要がなかった。いつも”ことり”がやってくれたから」



・・・・・

ことり「”まきちゃん”には夢はある?」

まき「夢って?」

ことり「”にこちゃん”はみんなを笑顔にするアイドルになりたいんだよね。そういう夢」

まき「ああ、そういう夢ならもう叶ったわよ。みんなで叶えたじゃない」

にこ「それはみんなの夢でしょ。あなたの夢はないの?」

まき「なにが違うの? ”にこちゃん”だってその夢は叶ったんじゃないの?」

にこ「まだまだよ。私はまだまだこれからよ。私はまだ夢の途中」

まき「そうなんだ」

ことり「私もね、夢がある」

まき「夢のお話ね。素敵。ねえ聞かせてよ”ことり”の夢」

ことり「その夢はずっと昔から見ていたの。それからある日その夢が叶うかもってなった。

でもそのとき私は、別の夢の途中だったの。みんなで叶えたい夢の途中。

私はその夢を放り投げて、自分だけの夢を見ることなんてできなかった」

まき「その夢は同時に見ることはできなかったの……?」

ことり「できなかった。私の夢はここでは叶わない」

まき「ここってどこ?」



ことり「ここはここだよ。どこでもない」




にこ「そんなことがあったなんて知らなかった……。言ってくれれば私きっと応援したのに。

自分の夢のためだったんでしょ? それを……あなた馬鹿よ」

ことり「アハハ……」

まき「ごめんなさい。でも、でも今なら」

ことり「そうだね。だから私は今度こそ『自分の夢』を見始めた。

だから”まきちゃん”にもそういう夢を見て欲しいな。なんて、おせっかいだね」

まき「心配しないで。私にも夢はある」



そう。そういう夢なら私にもある。”ことり”のようにずっと昔から持っている。

偉大で、尊くて、正しい夢を。



まき「私は医者になるのよ」




そう。私は医者になろうとしていた。

ずっとずっと小さい頃から、医者になると決めていた。

いつからだったか思い出せないほど私は医者に一途だった。

これが私の夢……。



にこ「そうは見えないけどね」



だからそんな風に、あっさりと、当たり前のように否定されるなんて「夢にも」思わなかった。

私の夢は否定された。

私の夢は死んだ。



にこ「”まきちゃん”ってそう言う割には全然お医者さんになりたいようには見えないのよ」

まき「急に何よ、なにか気に入らなかった?」

にこ「いや、怒ったとかじゃなくて、単純に純粋にそう思うの」

まき「どうして? 私こんなにたくさん勉強してるのよ。医者になりたくて」

にこ「勉強してるのはパーフェクトのためじゃなかったの?」



――あれ?



まき「……そうだ、けど……。そうだ、私はパーフェクトだからなんでも知ってて、医者になるためじゃない。

じゃあ私、医者になるためになにしてるんだっけ?」

にこ「なにもしてないんじゃない? だから医者になりたいようには見えないのよね」

まき「嘘……」



私がパーフェクトでいなくてはならないのは、サンタさんが来なくなってしまうからだ。医者になるためではない。

パーフェクトでなければ、いい子でなければサンタさんは来ない。

私はサンタさんに見捨てられることを恐れた。



私は親に見捨てられることを恐れた。



親は私に一番になれと言った。

私が一番になると親は喜んだ。

親が喜んでいると私は嬉しかった。

だから私はなんでも一番になった。

私はいい子だった。

毎年サンタさんが来た。

でも、一度だけサンタさんが来なかったことがあった。

その年の最後のテストで私は100点を取ることができなかった。

そんな私に親はこう言った。

――まきは悪い子だ。

親は医者だった。

親は私に医者になれと言った。

私は音楽が大好きだった。

それでも親は私に医者になれといった。

私は医者になることにした。

私はピアノをよく引いた。

親は勉強をしろと言った。

私はピアノのコンクールで入賞した。

親は勉強をしろと言った。

私は勉強をすることにした。

いくら勉強しても私には知らないことが山ほどあった。

私が知らない。と首を横に振ると親は悲しんだ。

私は常にナンバーワンで、100点でなくてはいけなかった。

私はそうなろうとした。

私は時折ピアノを引いた。

親は勉強しろと言った。

私は100点を取れなかった。

その年、私のもとにサンタさんはこなかった。



サンタさんがこないと言うことは私は悪い子なんだ。

それではダメだ。私はいい子でなくてはいけないんだ。

なんでも知っているいい子でなくてはいけないんだ。



私は、パーフェクトでなければいけないんだ。



その日、”パーフェクトまきちゃん”は誕生した。

”パーフェクトまきちゃん”が生まれたのは、神様の生まれた日だった。



・・・・・




思い出した。私が医者になろうと思った理由。私がパーフェクトでなくてはいけない「本当の理由」。



ことり「ま、”まきちゃん”……どうして泣いているの?」

まき「えっ、あっ……」

にこ「えっ、えっと、な、泣くことないじゃない、ごめんね、えっと」

まき「違うの……違うの……」

にこ「”まきちゃん”泣かないで、”パーフェクトまきちゃん”」

ことり「”パーフェクトまきちゃん”!」

まき「あなたたちにそう呼ばれるのは久しぶりね」



人は眠ることで死ぬ練習をする。

人は夢を見ることで生きる練習をする。



私は夢の中で死んだ。


*****



3日目 

神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。

パーフェクトまきちゃんはメトロノームを作り、時が生まれ、血にリズムを刻ませた。



*****




私がパーフェクトでなくてはいけなかったのは、そういう風に育ったからとしかいいようがない。

そういう風に育てた親が悪いと思われることもあるだろう。

しかし当の本人この私はそうは思わないのだ。

確かに、親はそういう親だった。そういう親を「俗物」と嫌悪したこともある。今もしているかもしれない。

それでも私は両親を愛していた。

年に一度のクリスマスパーティが楽しみだった。

唯一無二の父と母を、私は愛していた。



・・・・・




【愛とは】



水曜日。私はラブソングを歌う。



まき「今日もいるのね」

ことり「うん」

まき「昨日と同じ衣装」

ことり「うん、もう少しで完成しそうなんだ」

まき「完成したら、どうするの?」

ことり「私、こんな衣装が作れるんですよ。って見せるの」

まき「誰に?」

ことり「私の衣装を見てくれる人」

まき「”ことり”が着て歩くの? それ着て外歩くの?」

ことり「ううん。着てるところを見るんじゃなくて、衣装そのものを見てくれるの」

まき「それってもしかして……」

ことり「できた!」

まき「そういうことだったのね。頑張ってね、”ことり”」

ことり「うん。じゃあ私行ってくる」

まき「今から?」

ことり「できたらすぐに持ってくるように言われてたの。じゃあね”まきちゃん”」

まき「ええ。うまくいくといいわね」

ことり「ありがとう!」

まき「こちらこそ、あなたにはたくさんお世話になった。本当に今までありがとう」

ことり「……? これからもよろしく!」



”ことり”は衣装を大事にしまいこんで、それから夢に向かって走っていった。

・・・・・



PMS(パーフェクトまきちゃんスケジュール)によると水曜日はいままでお世話になった人に感謝を述べる予定だ。

私は誰にお世話になっただろう。まずある八人の顔が即座に浮かんだ。……うち一人は既に済んだが。

それから、両親にもお世話になった。

私は親をあまりいいものだとは思っていないが、お世話になったことは間違いない。

また、愛していることも間違いない。愛されていることも間違いない。

どんな親でも、親は親だった。

それだけに「愛」というやつはなかなか理解しがたい。



PMM(パーフェクトまきちゃんメモ)に新たに加わった項目「愛とは」。

そんなことをぼんやり考えながら私はピアノを弾き語る。



大好きだばんざーい!

まけないゆうき 私たちは今を楽しもう

大好きだばんざーい!

頑張れるから 昨日に手を振って ほら前向いて



ほのか「らーらーらー らららららららー」

まき「らららー らららー らららららららーらー」

うみ「せっかく聴きいっていたのに、邪魔しないで”ほのか”」

ほのか「いやあ。つい一緒に歌いたくなって」

まき「いつからいたの」

うみ「すみません。歌い始めから聴いていました」

まき「別にいいけど」

ほのか「私やっぱり”まきちゃん”のピアノ好きだよー」

まき「”エリー”をおびき寄せたかったんだけどね」

ほのか「”えりちゃん”ならさっきみたけど」

まき「どこで!? なにか言われなかった?」

ほのか「もう帰っちゃったよ」

まき「どうなの、なにか言われなかった?」

ほのか「え、特になにも」

まき「”うみ”っ!」



私が死ぬことを知っている”うみ”は”エリー”も私が死ぬことを知っていることを知らない。

さらに”エリー”は”はなよ”にそのことを知らせたということも”うみ”は知らない。

私が死ぬことを知っているのは三人で、全員を知っているのは私だけだ。

つまり私が死ぬことを知っている人たちはお互いが知っていることを知らない。

つまりどういうことだ? まあいいや。



うみ「ほ、本当です。私以外はまだ知らないはずです……いつか自分の口で言うのでしょう? ……ぐすっ」



すでに涙目に見える”うみ”だったが、タイミングはここだと思った。

そう。「お世話になった人に感謝を述べる」タイミングだ。



まき「”うみちゃん”……いままでありがとう」

うみ「……!」

ほのか「なにコソコソ話してるの!」

まき「やめてよ、そんな簡単に泣くんじゃないわよ」

うみ「だって……”まき”がもっと自分に素直になれって前にぃ……ふぇ……うぅ」

ほのか「”うみちゃん”……?」

うみ「うっ、うっ、あぅ……」



それから”うみちゃん”は私の胸の中、歯を食いしばって静かに泣いた。

“月(うみ)”は“太陽(ほのか)”に月の裏側が見えないように背を向けた。

そうして目から溢れるムーンソルトは全て私が受け止めた。

今宵の月の裏は少し湿っぽかった。



・・・・・




ほのか「うみちゃんもしかしてだけどさっき……」

うみ「泣いてません」

ほのか「そ、そうか」

うみ「少し”まき”のピアノに心が揺さぶられはしましたが」

ほのか「あ、なるほどそういうことか。”まきちゃん”のピアノは素敵だね」

まき「でも、あなたたちが誘ってくれなかったら、私のピアノは今も誰にも聞かれることはなかった」

ほのか「おお、急にどうしたの」

まき「私を仲間に入れてくれて……友達になってくれてありがとう」

ほのか「えぇ!? こ、こちらこそありがとう?」

まき「なによ……それだけよ」

ほのか「ど、どうしちゃったの。まるで……」



「まるで」のその次を遮るように私は穂乃果に叫ぶ。



まき「青は!」

ほのか「ススメ!」

まき「赤は!」

ほのか「トマレ!」

まき「黄色は!」

ほのか「トマレ!」

まき「よし!」

ほのか「青は!」

まき「ススメ!」

ほのか「赤は!」

まき「トマト!」

ほのか「オレンジは!」

まき「キライ!」

ほのか「よし!」


まき「オレンジはキライ。ミカンはキライ」

ほのか「どうして?」

まき「だって好きじゃないんですもの」

ほのか「じゃあしょうがないね。でも好き嫌いはよくないよ」

まき「でもトマトは好きよ」

ほのか「どうして?」

まき「なんだかわからないけど、大好きなんですもの」

ほのか「なるほど。それは『愛』だね」

まき「愛? 愛を知っているの?」

ほのか「もちろん」

まき「”うみ”は愛を知ってる?」

うみ「聞いたことはあります」

まき「そうなの……じゃああなたたちにとって愛ってなに? 『愛とは』?」



ほのか「愛とは、許すこと」



まき「深そうね。どういう意味?」

ほのか「そのままだよ。愛があればどんなことも許せるのさ。

嫌なところがあっても、それを許すことができるのが愛だよ。

嫌なところがあるってことは、嫌なところがわかるってことで、嫌なところがわかるってことはそれだけよくみてる、知ってるってことだよ。

そして嫌なところを差し引いても好き。これが愛」

まき「でも私、トマトに嫌なところなんて一つもないわ。

味、見た目、ネーミング、どれをとってもパーフェクト」

ほのか「ヘタは?」

まき「はっ……!」

ほのか「まきちゃんはトマトのヘタも食べるの?」

まき「食べない……」

ほのか「いままでそれを気にしたことがあった? 煩わしく思ったことがあった?」

まき「アイ ネバー……」

ほのか「それが愛だよ」



なるほどそれが愛か! 私はトマトを愛してるばんざーい!



うみ「一理ありますが、私は違う考えです」

まき「では”うみ”にとっての『愛とは』?」



うみ「愛とは、許さないことです」



なんと、愛とは許すことでもあり、許さないことでもあるらしい。



うみ「嫌なところがあったら、はっきりそう言う。これこそ愛のなせるワザ。

そこに目をつむって妥協するのは絆の浅い者同士のすることです。

愛しているからこそ、ビシッと指摘して、正してやらないとならないのです」

まき「なるほど……でもトマトは言ったらヘタをなくしてくれるかしら」

うみ「可不可の問題ではありません! 現状に満足しないこと! 切磋琢磨!」

まき「でも私、トマトに許せないところなんてない」

うみ「トマトから酸味が消えたらどうですか」

まき「許せない」

うみ「そういうことです。妥協を許さない。それが愛です」

ほのか「そんなのやだよ、愛してるなら許してよ!」

うみ「許しません」

まき「ふむ。つまり愛は人それぞれってことね」

うみ「だから”まき”、現状に満足してはいけませんよ。求めなければ与えられません」

ほのか「いやいや”まきちゃん”。全てを受け入れる大きな心が大切だよ」



・・・・・




”うみ”曰く、「愛とは許さないこと。求めなければ与えられない」。それはよくわかる。

かつて初めてサンタさんを求めた”のぞみ”に私はそれを与えた。

そのせいで未だに”のぞみ”はあんな暑苦しい格好をしているわけだが。

”ほのか”曰く、「愛とは許すこと。全てを受け入れる大きな心」。これもよくわかる。

どんなに「俗物」と罵っても、やはり私は両親を大切に思っているのだから。

「許してよ」。「許さないで」。どちらも私なの。

いよいよ私は”私”というものがわからなくなってきた。

”私”の夢はわからない。”私”の求めるものもわからない。

私はついにメモにこう書き込む。



PMM



私とは。



そのときだ。私が音楽室の窓から、下校する”エリー”を発見したのは。



・・・・・




【私とは】



まき「”エリー”!」

えり「……”まき”」

まき「やっと見つけた」

えり「私を探していたの?」

まき「探したわよ! 余計なことをしてくれたわね」

えり「なんの話?」

まき「みんなに『”まき”が死ぬ』って行って回っているんでしょ」

えり「どうしてそう思ったの?」

まき「あのとき屋上で聞いていたんでしょう?」

えり「ええ。ごめんなさい。でも、誰にも言ってないわよ。”うみ”が誰にも言わなかったから」

まき「え……?」

えり「自分の口で言うんでしょう? 私は……何も言ってない」



”エリー”は誰にも話していない……?

確かにほとんどの人がまだ知らないような様子だった……そもそもどうして私そう思ったんだったかしら?



えり「でも私は”うみ゛とは違って『詮索しない』って約束はしなかった。だから聞かせて。……なにがあったの、”まき”」

まき「なにも」

えり「この間のメモのお話と関係があるの?」

まき「私、あなたのそういう見透かしたような態度キライよ」

えり「気に障ったのならごめんなさい。……でも私は知りたいの」

まき「そういう大人っぽく譲歩する態度もキライ」

えり「どうすれば教えてくれる?」

まき「その全然困ってないのにいかにも手詰まりみたいな顔するのもキライ」

えり「もう私が嫌いなんじゃない……」

まき「いや、そういうの差し引いても別にあなたを嫌いなわけではないけど。

なぜなら愛とは許すことだから」

えり「えっ、私“まき”に愛されているの?」

まき「勘違いしないで。愛にもいろいろあるのよ」

えり「私も“まき”のこと好きよ。あ、勘違いしないでね。決してそういう意味じゃなくて」

まき「わかってる」

えり「だから……教えてよ”まき”。なにがあったの、あの話は本当なの?」

まき「どうすれば教えてくれる……ね。じゃあ先に私の質問に答えてくれたら、考えてあげる」

えり「本当? 全力で答えるから」

まき「じゃあ答えてみせてよ、あなたにとって『私とは』なに? 『愛とは』なに?」

えり「私とは……アイとは……? I(アイ)とはね。I(アイ)って私のことよね。英語で。つまり『私とは』、『自己とは』ってことね」

まき「まず『私とは』に答えてくれるのね」

えり「私とは……I(アイ)とは……I(アイ)とは……」

まき「え、『愛(アイ)とは』が先? どっち?」

えり「『I(アイ)とは』……今考えているから少し時間を頂戴」

まき「『愛(アイ)とは』が先ね。わかった」




恥ずかしながら、私はこのとき「愛」と「 I 」とを聞き違えていた。

いや、元はといえば勘違いしたのは”エリー”が先なのだが。

お互い「勘違いしないで」と言っておきながら見事に勘違いをしてしまった。

そしてこれがさらなる勘違いを私に引き起こすのだが、それは翌日の話だ。

というのも「考える葦」こと”エリー”はしばらくその場で考え込んだ末、一日欲しい。と言ってきた。

本当に全力で答えるつもりらしかった。私はそれに応じた。



えり「必ずあなたが満足できる答えを用意してみせるから。じゃあね」

まき「期待してる。また明日」

えり「また明日」

まき「……それから、今日までありがとう」

えり「どういたしまして。『また明日』」

・・・・・



書き忘れていたが、既に”りん”と”はなよ”にはその日の朝の段階で「いままでありがとう」という旨を伝えてあった。

“エリー”以外の三年生には今日のうちには会えなかったので、また日を改めることにして下校した。

あとまだ言っていないのは……。

私は帰って両親に会うのが憂鬱だった。



*****



4日目 

神は太陽と月と星をつくった。

パーフェクトまきちゃんは月の涙をつくった。



*****




木曜日。私は前奏曲を聴く。



PMS(パーフェクトまきちゃんスケジュール)



月曜日

死を受け入れられず落ち込む。

火曜日

少しづつ現実を受け入れ始める。

水曜日

お世話になった人に感謝を述べる。

木曜日

死ぬまでにやっておきたいこと。

金曜日

明日死ぬなら何食べる?

土曜日

私は死ぬ。



今日は木曜日。「死ぬまでにやっておきたいこと」をやる予定の日だ。

そのためには私は何をやりたいのか、何を求めているのかを考える必要がある。

「私とは」。その答えが必要だ。

いつもそうだ。物事はいつも絡み合う。

私の中にある何かは、いつもどこかで関連を持っている。



まき「……まだ?」

えり「もう少し」

まき「そろそろ時間切れよ」

えり「時限爆弾の?」

まき「シンキングタイムのよ」

えり「ノリとセロテープがここにあるわ。間を繋いでおいて」

まき「間を繋ぐのは文房具じゃない」

えり「じゃあなに?」

まき「そうね例えば、音楽室から聞こえてくるピアノの音とか」

えり「……今日は聞こえないわね」

まき「当然よ。私はここにいるんだから」

えり「ここってどこ?」

まき「ここはここよ。どこでもないわ」

えり「『私とは』」

まき「考えがまとまったの?」

えり「あなたが間を繋いでおいてくれたおかげでね」



放課後”エリー”は私を屋上に呼び出した。

私はてっきり昨日の答えを用意してくれたのだと思ったがそれは少し違った。

校庭を見下ろしている”エリー”を見つけ話しかけようとすると、彼女はもう少しだけ考えをまとめる時間が欲しいと言ったのだ。

すべてを受け入れる広い心を持つ私はそれを了承し、その間にPMSを確認していた次第だ。



えり「私……すなわちI(アイ)とは」

まき「愛(アイ)とは?」

えり「私とは、『個』よ」

まき「私とは……どっちだ」

えり「大きな一固まりの中にある『個』それが私。自分。私とは、小さな一つの情報」

まき「小さなひとつの情報」

えり「そう。そして小さなひとつの情報が集まってできる大きな一固まり、それが『英知(エイチ)』よ。

私が何かを知ったとき、私は私の中に私以外の『個』を取り込む。

そうしてできる大きな情報。それもまた『個』。ワン イズ オール。オール イズ ワン。

もっとわかりやすく言うと、私はμ’sで、μ’sは私。

I(アイ)とI(アイ)が繋がって英知(エイチ)になるのよ」




まき「愛と愛が繋がってHになるの!?」

えり「そう。そうよ」

まき「”エリー”のエッチ! 変態! 見損なった!」

えり「どうして!?」

まき「HってHってエッチ!? 愛ってエッチ!?」

えり「IはHじゃないでしょ。あ、IとIが繋がってHになるってこと? 字面的に?」

まき「あ、あ、愛がどう繋がるとエッチになるの!?」

えり「どうって……Iを横棒で繋ぐんじゃない? I―IでH」

まき「よこぼうってなに!?」

えり「えぇ!? ……じゃあもうノリとテープでいいわ。I(アイ)をノリとテープでつなげると英知(エイチ)になるのよ」

まき「愛(アイ)をノリとテープで繋げるとH(エッチ)になる……」




それはどういう意味なのかを考えているとヘンな気持ちになってきたので私は考えることをやめた。

私は顔をトマトみたいに真っ赤にして沈黙した。



えり「ま、”まき”……急にどうしたの、どこか辛いの?」

まき「……」



私は黙り込む。なんだか恥ずかしい時みたいに体が熱くて、涙が出てきた。



えり「どうしましょう……どうしましょう……」



”エリー”も静寂が気まずくて困惑しているようだ。

こんなときはそう……私は”ことり”のミシンの音が恋しくなった。

なにか音を探して耳を澄ます。

この静寂の間を繋ぐ何かを探す……。



ふと、なにか聞こえたような気がした。

いや聞こえる。“エリー”も気がついて顔を見上げる。



えり「これって……音楽室の方?」

まき「誰かがピアノを弾いている……?」



私たちはヘタクソなピアノの聞こえてくる音楽室へ向かった。

吸い寄せられうように、自然に足が動いていった。

ああ、こういうことか。私がピアノを弾いていると誰かがやってくる理由がやっとわかった。



・・・・・




演奏が止むと、私たちは扉越しに拍手を送った。



「だれ!?」



まさか聴かれていたとは思わなかったのだろう。

演奏者は飛び上がってこちらを振り返る。



えり「ふふ。上手だったわよ」

まき「ヘタクソ」



にこ「なによ、別にいいでしょ放っといてよ!」



私たちを押しのけ音楽室を出ようとする”にこちゃん”を引きずって再びピアノの前に座らせる。



えり「どうしたの”にこ”? ほら、弾いていいのよ」

にこ「もう弾き終わったの! 帰るの!」

まき「どうして”にこちゃん”がここに?」

にこ「なんとなく弾いてみようと思っただけよ」

まき「ピアノできたのね」

にこ「小さい時授業で習った程度よ」

まき「いままで触りもしなかったクセに」

にこ「その必要がなかったからよ」

まき「どうして今になって、よりにもよってピアノなんて弾きたくなったりするのよ」

にこ「わかろうとしたのよ」



なぜだか私の心は穏やかではなかった。

”にこちゃん”が一人で音楽室にいることが、一人でピアノを弾いていることが気に入らなかった。

業腹だ。私以外の誰かがここでピアノを弾いていることが非常に不快だ。許せない。



えり「なにか弾いて見せてよ」

にこ「そうねえ、二曲くらいならできたけど」

えり「すごいじゃない。やってみせて」

にこ「『きらきら星』」



”にこちゃん”はぎこちない手つきで「きらきら星」を弾き語る。

「きらきら星」は元来フランスの歌で、確か向こうの歌詞では愛を歌った歌だった。

確かこんな歌詞だ。



頼りになるものは 私の杖と犬しかなかった

愛の神は私が負けるのを望んで 犬と杖を遠ざけた

ああ 愛が心を大切にするとき 人は甘い喜びを味わうのね



にこ「ふふ……どう? にこにかかれば、こんなもんよ」

えり「うんうん。心が込もっていて素敵だと思う」

まき「もう一曲できるのよね、ついでだから聞かせてよ」

にこ「いいわよ。『ABCの歌』」



A B C D E F G

H I J K L M N

O P Q R S T U

V W X Y Z



まき「同じ歌じゃない!」

にこ「歌詞が違うでしょ!」

まき「同じよ」

にこ「あなたにはわからないでしょうね」

まき「なんですって」

にこ「あなたには違いがわからないのよ」

まき「そこまで言うならやってやろうじゃない。刮目しなさい”モーツァルト”の『きらきら星変奏曲』」



”にこちゃん”を押しのけ、私は鍵盤を弾(はじ)いた。

こんなに感情を込めて音楽を奏でるのは久しぶりだった。



えり「素直じゃないのね。『ピアノ教えて』って言えばいいのに」

にこ「私、あなたのそういう見透かしたような態度キライよ」



・・・・・




のぞみ「ズルいズルいよ、ウチも呼んでよ」

えり「ごめんなさい。でもいつの間にか集まっちゃっただけなの」

にこ「そうそう。にこが気持ちよく一人で弾いていたところに二人が来たの」

のぞみ「ふーん。じゃああの『ABCの歌』は”にこっち”の演奏だったんかあ」

にこ「そういえば二人はどうして一緒に?」

えり「え……? あ、そうだ」

まき「そういえばまだ『私とは』の答えを聞いてない」

えり「えっ、答えたじゃない」

まき「まだよ」

えり「そんな、あれじゃダメだったの?」

まき「ダメね。これじゃあ私はあなたの質問には答えられないわ」

えり「ご満足いただけなかった……?」

のぞみ「なんの話?」

まき「『私』ってなに?」

のぞみ「私ねえ」

にこ「私ねえ」

まき「”にこちゃん”、私とは?」

にこ「私とは私。”にこにー”よ」

まき「”のぞみ”、私とは?」

にこ「スルーしないでよ!」

のぞみ「私ってあなたのこと? なら”まきちゃん”は”まきちゃん”でしょ。

ごく普通のJK(女子高生)、”パーフェクトまきちゃん”」

まき「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりね」

えり「ふふ!」

まき「なにがおかしいの?」

えり「おかしいじゃない。実に興味深いじゃない。今の二人の答え。

一方は『私は私』。もう一方は『私はあなた』。もうよくわかるじゃない。これ以上ないってほどに」



「私とは」、自身を指すときもあれば、他者を指す場合もある。

「私とは」個人のものではなく、もっと集団的なものなのだ。

私は私であるが、あなたでもある。私は既に私だけのものではない。

生きているものは総じて私なのだ。私の一部なのだ。

生きているものは風邪をひくし、死ぬし、私なのだ。



まき「なら、『私が死ぬまでにやりたいこと』って『あなたが死ぬまでにやりたいこと』であって、『あなたが私に死ぬまでにやって欲しいこと』なのね」



だとしたら「死ぬまでにやりたいこと」なんて私にはない。

私の中にそれはない。そんな自分勝手は許されない。

死ぬ人間に求めることなど一つしかない。「死なないで欲しい」。



まき「『あなたが死ぬまでにやりたいこと』ってなに?」

のぞみ「ウチは死ぬまでにUFOが見てみたいなー」

まき「UFOなんてオカルトよ」

のぞみ「でも見たことあるって人いっぱいいるよ?」

まき「でもオカルトよ。科学的には何一つ根拠がない」

のぞみ「科学なんて、オカルトと同じくらい不確かで無根拠だよ。

科学的に解明されたからって、なんでそれを根拠なく信じられるの?

科学もオカルトも確証とかそういう話じゃなくて、ただ信じる信じないの話やん。

だったらウチは信じたいものだけ信じるよ。例えばサンタさんとかね」



サンタさんを掛け合いに出されると私は何も言えなくなった。

確かに信じる信じないの中に根拠は介入しないのかもしれない。

在るということは信じられているということだ。一人でも信じているものが在ればそれは在る。

そして信じる者がいなくなれば、それは死ぬ。

私が死ぬのは、私が私を信じられなくなってしまったから。

だから私は、死ぬまでに自信が欲しい。



まき「私、死ぬまでに自転車に乗れるようになりたいな」



えり「今すぐしましょう、行きましょう」

にこ「ピアノを教えてくれたお礼に、私も教えてあげる」




その日の夕暮れ、傷だらけの私は”エリー゛と”のぞみ”と”にこちゃん”に抱えられようにして帰宅した。

どうしてそんなことになったのかということはここでは伏せておくことにする。

また、私の願いは果たして叶ったのかどうかというのも想像にお任せしようと思う。

この手紙を読むであろうあなたたちなら、私のことよく知っているでしょう?



*****



5日目 

神は魚と鳥をつくった。

パーフェクトまきちゃんはスパリゾートをつくった。



*****




私は死ぬために生きた。

生きているものはいずれ死ぬ。

誰しもが死ぬために生きている。

ならば……。

私はPMMの「死とは」の項に斜線を引き、こう書き直す。

生とは。



・・・・・




【生とは】



金曜日。私はフィナーレを歌う。



まき「『明日死ぬならなにが食べたい?』」

はなよ「ごはん!」

りん「ラーメン!」

まき「あなたたちいっつもそれ食べてるじゃない。もっと特別なものがいいんじゃないの」

はなよ「それでも私はごはんがいいな。白くてツヤツヤのごはんになら殺されちゃってもいいよ」

りん「大好きだからいっつも食べているんだよ。だから明日死ぬなら大好きなラーメンだよ」

まき「ふうん。そういうものなの」

りん「そういうものだよ。”まきちゃん”は?」

まき「私はね、考えてみたんだけど……何も食べない」

りん「何も食べない!?」

まき「だって、明日死ぬんでしょ。何も食べる必要がないじゃない。

どうせ死ぬなら何も食べなくていいじゃない」

はなよ「確かに……」

りん「確かに……」

まき「愚問も愚問よ。誰かしらこんな馬鹿な質問考えたのは」

はなよ「でもやっぱり、お腹ペコペコのまま死んじゃうのは嫌だな」

まき「食べる時間を削って何かほかのことをしたほうが有意義じゃない?」

りん「場合によってはそれもアリだね」

はなよ「最後の晩餐を削ったとして、一時間くらいかな。なにが出来るだろう」

りん「晩餐だけ? そうすると昼食は摂ることになるから、『死ぬ前に何を食べるか』を考えなくちゃいけなくなるよ」

はなよ「本当だ。じゃあ丸一日何も食べちゃいけないんだ」

りん「たいへんだ」

はなよ「たいへんだ」

りん「待てよ、『明日死ぬ』って、明日のいつ? 朝食くらい間に合うんじゃない?」

はなよ「そうかせっかく最後の最後に選び抜いたものを食べても、次の日普通に朝ごはんに間に合っちゃう可能性もあるんだ!」

りん「そのときこそ、何も食べないほうがいいね。台無しになっちゃう」

はなよ「そうだね。でもその選択は前の日にしっかり食べていたからこそできるんだよ。

『どうせ明日死ぬんだから何も食べない』でいて、さらに次の日の朝食も抜くなんてことしたら……」

りん「死んじゃうにゃ!」

はなよ「そうだよ、死ぬ前に死んじゃうよ」

りん「という訳で、ヘリクツ言ってないでちゃんと食べなきゃダメだよ”まきちゃん”」

まき「なんの話よ!」

りん「『明日死ぬならなに食べる?』の話だよ」

まき「わかってるけど……。その話題で明日の朝食の心配するのはあなたたちくらいよ。

どれだけポジティブシンキングなのよ」

りん「ふふ。照れるにゃ」

まき「褒めてないけど」

りん「しかもりんのポジティブはまだまだこんなもんじゃないよ!」

まき「なんで急に張り切ってるのよ」

りん「そもそも『明日死ぬ』とは限らないよ。もしかしたら生き延びるかも知れない」

まき「前提から覆してくるなんて……」

りん「なんで死ぬのか知らないけど、隕石なら逸れるかも知れないし、宇宙人なら気が変わって帰るかも知れない。病気なら急に治るかも知れない。

明日のことなんて誰にもわからないよ。

誰だろうね、『明日死ぬなら何食べる?』なんてお馬鹿な質問考えたのは」

まき「でも”りん”、それは延命治療に過ぎないのよ。生きているものはいつか必ず死ぬんだから。

それを避けても永遠に生きられるわけじゃない」

りん「そんなのわからないよ」

まき「えっ」

りん「もしかしたら永遠に死なないかもしれない。絶対に死ぬって証拠はどこにもない。

いつか死なないことができる日が来るかも知れない。

だってりんは全然死ぬって気がしないよ」




そうか。”のぞみ゛の言っていた科学とオカルトの等しい「曖昧さ」。

そこに漬け込めば「生きているものは死ぬ」ことさえ不確かになる。

この世に否定できるものなどないのだ。

信じれば導火線だってハサミで切れる。

「否定」は「死」。つまりこの世に死ぬと決まっているものなどないのだ。



まき「そっか……じゃあ毎日ちゃんと食べなきゃね」

りん「そうにゃそうにゃ! 生きるとは食うこととみつけたり!」

はなよ「じゃあ改めて聞きましょう”まきちゃん”。『明日死ぬならなに食べる?』」

まき「私ミカンを食べてみるわ。ミカンは嫌いだけど、どうせ明日死ぬんですもの」

りん「それはいいことだね。じゃありんも、明日死ぬならお魚を食べてみようかな。

りんはずっと死なないけどね」

はなよ「私は……嫌いな食べ物なんてないなあ」

まき「ありがとう。”りん”。”はなよ”」


はなよ「これでもう疑問はない? 『夢とは』、『愛とは』、『私とは』、『生とは』。全てに答えられそう?」

まき「前々から思っていたんだけど……”マスターはなよ”あなた一体……」

はなよ「私、まるで”まきちゃん”のことなんでも知ってる風に話しちゃうから」

まき「そう、だったわね……」

りん「なになに、なんの話?」



私はとうの昔に答えを得ていた。

今回私はそれを確認したに過ぎない。

パーフェクトとは……”パーフェクトまきちゃん゛は……。



まき「”ワイルドりん”。最後にもう一度だけあなたと勝負がしたいわ」

りん「いいよ。”パーフェクトまきちゃん”」

まき「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりね」

りん「うん。でもこれが最後だよ」




私はPMM(パーフェクトまきちゃんメモ)を開き、四つの問いをぶつける。

それは彼女の耳に到達すると、直感に打ち返される。



まき「『夢とは』?」

りん「μ’s」

まき「『愛とは』?」

りん「LOVE」

まき「『私とは』?」

りん「μ’s」

まき「『生とは』?」

りん「LIVE」



私の戦いは終わった。



・・・・・




――どうして”まきちゃん”はミカンが嫌いなの?

――”パーフェクトまきちゃん”は、『未完(ミカン)』が大嫌いなのよ。



私はミカンをひとつ買って帰った。

片目をつむり、信号機の真ん中にミカンを重ねる。

青はススメ。赤はトマト。オレンジはミカン。

なんだ、私の道にも黄色はないじゃないか。

”パーフェクトまきちゃん”の最後は、ミカンだった。

白い筋が気持ち悪くて、薄い皮が飲み込めなかった。

”パーフェクトまきちゃん”は未完(ミカン)の最終楽章(フィナーレ)に耳を澄ませながら筆を置き、ようやく書き終えたそれに目を通す。




これまで話した中に私の出した答えが詰まっている。

私の全てが詰まっている。

遺書なんてものを書くのも初めての経験だったから、上手くかけているかわからないけれど、最後まで読んでくれてありがとう。

最後に。

メトロノームほのか。

ムーンソルトうみ。

スパリゾートことり。

ギャラクティカにこちゃん。

バットのぞみ。

スマートキューティエリー。

マスターはなよ。

ワイルドりん。



私みんなのことが大好きよ。



・・・・・




全てを書き終えた私はベッドに横たわり、布団をかけ、静かに目を閉じる。

私は明日死ぬ。



まき「さよなら。”パーフェクトまきちゃん”」



*****



6日目 

神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。

パーフェクトまきちゃんはワイルドをつくり、神の真似をする蝙蝠をつくった。



*****




【パーフェクトとは】



土曜日。私へ鎮魂歌を贈る。



パーフェクト。故に孤独。

私は常にひとりだった。私の世界に私以外は有り得なかった。

私を理解してくれるものなどないのだと、頬杖をついた孤独の城。

今は遠き夢の跡。

孤独。故にパーフェクト。

私は私を愛していた。愛するあまりに恐怖した。

ひとりでいる限り、私のパーフェクトは揺るがない。

天上天下唯我独尊。森羅万象全知全能。

やめてこないで近寄らないで。私はひとりで完璧だから。

だから私は今日もひとりでピアノを弾く。




「すごい! あなたピアノもお歌もとっても上手。アイドルみたいにかわいいし」



なのに誰かが私を褒めた。

孤独の城は砂の城。

私の孤独は白い波にさらわれた。



「私、高坂ほのか。あなたは?」



恐れるな。なせなら私はパーフェクト。

私はパーフェクト。

私はパーフェクト。

私はパーフェクト。



「私はパーフェクト。”まき”」

「”パーフェクトまきちゃん”、あなたアイドルやってみない?」



・・・・・




孤独な私に、お友達ができた。

初めて誰かをおうちに入れた。わざわざ落し物を届けに来てくれた優しい子。



「お、お邪魔しています。”小泉はなよ”です」

「どうしてあなたがここに?」



「もしかして“西木野さん”、アイドルに興味あるの……?」



「あなたこそ、興味があるなら絶対やるべきよ」



「どうして”西木野さん”がりんと”かよちん”の話に入ってくるの!」



学校で”はなよ”と話していたら、その子が割って入ってきた。

なんだこれは、どうしたことだ。

こんなはずじゃなかったのに。

こんなはずはないのに! 孤高の天才美少女、この”パーフェクトまきちゃん”が……。



・・・・・




「私は高坂ほのか。それからこっちが”ことりちゃん”で、こっちが”うみちゃん”」

「よろしくね! ”はなよちゃん”」

「それで、あなたたちはどうすんですか?」

「どうするってりんは……」

「やろうよ! アイドル!」



やめてよ、私はひとりでも平気よ。

ひとりでも完璧だから、ひとりでも大丈夫だから。

なのにどうして? こんなはずはないのに!



「私の名前は”西木野まき”。”パーフェクトまき”よ」



なのにどうしてこんなに嬉しいの?



・・・・・




「”パーフェクトまきちゃん”はウチと違ってなんでも知ってるから」

「ハラショー!」

「にっこにっこにー」



次第に私を理解してくれる人が増えていった。

私を認めてくれる人が増えた。

みんな”パーフェクトまきちゃん”を認めてくれた。

私もみんなを認めるようになった。

みんなを憧れるようになった。

メトロノームみたいにみんなを引っ張ってってくれるところ。

月の涙のように清らかなところ。

スパリゾートみたいにみんなを癒してくれるところ。

ギャラクシーのように大きくて未知数なところ。

スマートでキューティなところ。

蝙蝠みたいに駆け引き上手なところ。

バーのマスターみたいになんでも聞いてくれる優しいところ。

元気いっぱいでワイルドなクセに繊細なところ。



私はとうの昔から「パーフェクト」ではなくなっていたんだ。



・・・・・




「いつからか、音色が変わった気がするのよ。気がするだけよ。”にこ”にはピアノはわからないけどね」



「音の善し悪しなんて人それぞれよ。あなたにはどう聞こえた?」



そうだ。音に善し悪しなんてないんだ。

優劣はなく、順位もない。「一番」になんてなれなくて、ならなくていいんだ。



――私、なんでも一番を目指すわ。



ううん。もういいのよ。”パーフェクトまきちゃん”。



「でも、一人で弾いていた頃よりはいい音じゃない。どっちにしても、変わることってそう悪いことじゃない」



だって私はもうパーフェクトなんかじゃなくても、パーフェクトよりずっとずっと素晴しいから。

たったひとりでパーフェクトだった頃より、ずっとずっと素晴らしいミュージックを奏でられるから。

だからもういい加減、”自分を認めてあげましょう”?

変わることってそう悪いことじゃないんだから。

あなたは本当はずっと昔から、気がついていたのよ。

この一週間、あなたはそれを認めるための準備を、それを認める練習をしてきた。

死ぬ気になれば、なんでもできる。さあ覚悟はいい? ”西木野まき”。



まき「ええ。いままでありがとう。”パーフェクトまきちゃん”」



私は”パーフェクトまきちゃん”を否定する。



*****



7日目 

神は休んだ。

パーフェクトまきちゃんは死んだ。



*****




一週間が終わるとまた一週間が始まる。

時の流れに、たぶん終わりは無い。

いつものように朝が来て、少女たちは学校に集う。

何気ない一日が始まり、終わり、また始まる。

死んでいったものを残して。



【パーフェクトまきちゃんのいない世界】



[1]



りん「”かよちん”おっはよー!」

はなよ「おはよう”りんちゃん”。また今日もギリギリに来て……」

りん「えへへ、だって朝練がないと特に早く登校する理由がないから」

はなよ「それも今のうちだけだよ」

りん「だからこそだよ。二年生になったらまた練習練習の大忙しなんだから」

はなよ「二年生になったら、ね」

りん「……うん。あ、今日は”まきちゃん”まだ来てないんだ。遅いにゃー」

はなよ「そうなの」

りん「お休みかな?」

はなよ「それならいいけど」



チャイムが鳴り、生徒たちは席に着く。

それから少しすると先生が教室に入ってくる。

朝の挨拶を済ませたあと、出席の確認が始まる。

”西木野まき゛の姿はまだない。




りん「どうしたんだろう”まきちゃん”」

はなよ「あとでメールしてみようね」

りん「うん。サボテンの絵文字いっぱい送ってやるにゃー」

はなよ「どうして?」

りん「『サボってんじゃないぞー』なんちゃって」

はなよ「……」

りん「風邪じゃないといいけど。本当どうしたんだろうね」

はなよ「まさか”まきちゃん”、本当に……」



先生は点呼を終えると、本日の日程を確認する。

それから最近流行っている風邪の注意を喚起していたそのときだ。

私が教室に入ったのは。



まき「すみません。遅れました」



なぜ遅れたのか、私は適当に寝坊しましたと言って席に着く。



りん「”まきちゃん”!」

はなよ「”まきちゃん”!」

まき「何ようるさいわね」

りん「心配したんだぞー! 風邪だと思って」

まき「私が風邪なんかひくわけないでしょー」

りん「あれ……? なにか変わった?」

まき「何言ってるの”りん”。私はいつもどおり」

りん「ほんとうにそう? ”まきちゃん”少し変わった気がする」

まき「ごく普通の”西木野まき”よ」




私の名前は“西木野まき”。

音ノ木坂学院一年生。ごく普通のJK(女子高生)よ。

唯一、私に何か変わった点があるとすれば……そう。

くせっ毛を直したこと。

久しぶりにヘアアイロンで髪の毛を真っ直ぐにしてみたのだ(それでも真っ直ぐにはなりきらなかったけど)。

おかげで学校には遅れてしまったけどね。



そんな私をみんなは――。



りん「いや、やっぱりちょっとおかしくない? ”まきちゃん”」

はなよ「”まきちゃん゛どうしちゃったの?」

まき「なんでよ、今のどこがおかしかったのよ。普通でしょ」

りん「うん普通なんだけど……あれー?」

はなよ「なんか……あれー?」

りん「りんはこっちの゛まきちゃん”も……嫌いじゃないけど……あれー?」



・・・・・




[2]



昼休み、私は食堂で学食を食べていた。

今日は遅刻したのでお弁当を持ってこなかったのだ。ついでに言うと朝ごはんも食べていなかったので食欲全開。パクパクと口に運んでいく。

ちゃんと朝ごはんは食べないとね。



えり「ハロー”まき”」

まき「ご機嫌よう。”エリー”」

うみ「あの……具合はいかがですか? ”まき”」

まき「なにが? バッチリよ。お腹ペコペコなの」

うみ「え……あれー?」

えり「”まき”! 聞いて。また考えてみたの。『私とは』……」

まき「なにそれ意味わかんない」

えり「えっ!? あれー……」

うみ「いいんですか”まき”、見聞を広めなくて」

まき「いいのよそんなこと」

うみ「ダメです”まき”! 死んでしまうからってそんな自暴自棄は」

まき「ああ。私はもう死んだわよ」

うみ「ええー!」

まき「もう死んだの。だからもういいの。パーフェクトとかどうでもいいの」

えり「ええー!」



私は空っぽになった食器を片付けるとさっさと食堂を去った。

次は体育だから早く着替えないとね。たくさん食べてパワー満タンよ。



・・・・・




[3]



私は何事もなく生き続けた。これからもそうだろう。



ほのか「あ、”まきちゃん”。メモ取るのやめたらしいね」

まき「そうなの」

ほのか「パーフェクトもやめたらしいね」

まき「そうなの」

ほのか「それでいいの?」

まき「いいのよ。今はいろんなものが愛おしい。ミカンすら愛おしい」

ほのか「『愛』がわかった?」

まき「『愛』がどういうものかなんて、どうでもいいことよ。『愛』は『愛』でしょ。なんでもない」

ことり「なんだか寂しいけど、”まきちゃん”がそれでいいなら、それでいいよね」

まき「ありがとう”ことり”。ようやく私も、自分の夢が見られそう」



それからしばらく、私は音楽室にはいかなくなった。

代わりに聞こえるようになったヘタクソなピアノの邪魔をしないように、静かに校門を出る。

ああ。なんて清々しいんだろう。未完(ミカン)であることの何が悪いのか。

私は自由だ。「パーフェクト」という呪いから解放された足取りは軽い。

完璧でいることも、難しいことを考えすぎるのも、誰しもが通る「病」のようなものだ。

過ぎてしまえばなんということはない。生きているものは誰しも風邪をひくのだから。



・・・・・




[4]



「卒業おめでとう」



私たちはファンファーレを踊る。

三年生が卒業して、私は二年生になった。

十七歳の誕生日には、”エリー”と”のぞみ”と”にこちゃん”がいなかった。

きっと十八歳の誕生日には”ほのか゛と”うみ”と”ことり”がいないんだろう。

私のケーキに刺さっているロウソクが一本増えるたび、私の友達は三人、私のもとを去っていく。



「ロウソクが一本増えるたびに三つ減るものなーんだ?」



答え。”μ’s”。

生まれたときから刻まれる時限爆弾は、節目節目で時の流れを宣告する。

時を止めたくて、何かを切らなくてはならないときだってある。

でもね、私たちの導線はハサミでは切れない。



「”まきちゃん”、お誕生日おめでとう」



私のもとに、サンタさんはもう来ない。

なぜなら私はもう子供ではないのだから。





パーフェクトまきちゃん誕生日



終劇

・・・・・









*****



419日目

神は幾度となく休んだ。

パーフェクトまきちゃんは伝説になった。



*****




新芽芽吹く春。

今年も初々しい一年生が入学してきた。

この喜びもひとえに、音ノ木坂学院が廃校にならなかったおかげだ。



「それでは、アイドル研究部のみなさん。よろしくお願いします」

司会進行が手を挙げるのを合図に私たちはステージ中央に並ぶ。

それから照明がつき、音楽がかかる。

私たちは踊る。歌う。笑う。

一分ほどに編集された音楽が止むと、ポーズを決めた私たちは整列しなおす。



はなよ「こんにちは! アイドル研究部部長、三年生の”小泉はなよ”です。

まずは新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます!

えっと……。ごめんなさい、こんなにたくさんいることに驚いちゃって。

ご存知のとおり、私の学年、三年生はひとクラスしかないもので。

それがこんなにたくさんの生徒が入学してくるようになったのは……。

かつて”μ’s”というスクールアイドルがこの学校にいました。

彼女たちはこの学校を救おうと必”死”に戦いました。

”夢”は廃校阻止、そしてラブライブ優勝。彼女たちに憧れて入学したという方もいるかと思います。……なんて、いなかったらどうしよう。

安心してください! 彼女たちの意思は”私”たちの中に”生”きています!

アイドルが大好き、アイドルになりたい。そんな気持ちさえあれば、誰でもスクールアイドルになることができます。自信がなくても、引っ込み思案でどん臭くたってなれます。

なぜなら人はみな、生まれたその瞬間から”パーフェクト”なんですから。

ぜひ興味のある方は『アイドル研究部』まで遊びに来てください。どなたもどうぞ。歓迎します」




部長の一礼に合わせて私たちも頭を下げる。

これで当面の目標だった新一年生に対する部活紹介も終わりだ。

舞台袖に戻り、ホッと一息……つく間もなく私はその場を後にする。



はなよ「り”りんちゃん”、どうだったかな?」

りん「バッチリバッチリ!」

はなよ「はぁー。よかった」

りん「でも『引っ込み思案でもなんたら』ってところ、下書きにあったっけ?」

はなよ「あああれはつい、熱が入っちゃって」

りん「あはは。“かよちん”らしくてよかったよ」

はなよ「あれ、”副部長”は?」

りん「一年生の退場通路に勧誘のポスター貼り付けるんだって張り切ってたよ」

はなよ「それいいの?」

りん「知らない」



・・・・・




ありさ「どうしよう……」



その子は破けたポスターを持って掲示板の前でオロオロしていた。

どうやら壁に張ってあったアイドル研究部の勧誘ポスターを破って落としてしまったらしい。

見兼ねて私が出ていこうとしたそのとき、二人が現れた。



りん「こんなギリギリのところに無理やり貼るのがいけないんだよ」

ありさ「あ、あのう、ごめんなさい」

りん「いいのいいの。あなたは悪くないよ」

ありさ「そうなんですか? 私日本に来たばかりで、何にもよくわからないんです」

はなよ「それは大変だね。こういうときは『ABCの歌』を歌ってごらん」

ありさ「え?」

はなよ「いいからいいから。困ったときは歌を歌おう」

ありさ「はあ」

りん「恥ずかしい? じゃあ一緒に歌おうか」

ありさ「じゃあ……」




A(エー) B(ビー) C(シー) D(ディー) E(イー) F(エフ) G(ジー) ――。



まき「英知(エイチ)! 愛(アイ)! JK(女子高生)!

L(ライブラリー)M(まきちゃん)N(なんでも袋)!」



ありさ「えぇ……なに……?」

まき「ライブラリーまきちゃん参上!」

ありさ「誰ですか?」

まき「英知と愛の女子高生”ライブラリーまきちゃん”よ。お困りのようね」

ありさ「あ……はい、ポスター破っちゃって」

まき「大丈夫大丈夫。ノリとテープでくっつけて貼り直しましょう」

ありさ「わあ! ありがとうございます!  でもどうしてそんなもの持っているんですか?」

まき「LMN(ライブラリーまきちゃんなんでも袋)にはなんでも入っているのよ。

道具袋から知恵袋までなんでもこいよ。あらゆる事態を想定してのことよ」

ありさ「本当にありがとうございました」

まき「困ったときは『ABCの歌』を歌いなさい。もしくは『きらきら星』でもいいわ。

そうしたらどこからともなく”ライブラリーまきちゃん”が駆けつけて、あなたのピンチを助けてあげる。

私の中には大図書館が広がっていて、マキペディアには大抵のことが載っているのよ。

”ライブラリーまきちゃん゛に知らないことなんてほとんどないんだから」

ありさ「どうして助けてくれるんですか?」

まき「ある人たちに、私はこの学校を任されているの」

はなよ「私たち、ね」

りん「みんなが守ったこの学校を、守り続けていたいんだ」




私は時折、あの”りん”との最後の戦い以降何も書き込まれていない「PMM」を開いては眺める。

パーフェクトだった頃の私が残した財産だ。あらゆることが書き記されている。

そして最後のページには



μ’s LOVE μ’s LIVE



とだけ書き込まれ、あとは白紙が続く。



はなよ「あっ、向こうで『ABCの歌』が聞こえる! さあ、行くよ”まきちゃん”」

りん「走れーっ!」



”バット・ムーンソルト・スマートキューティ・ワイルドりん゛と”メトロノーム・スパリゾート・ギャラクティカ・マスターはなよ”に背中を押されて、私は駆け出す。



今日もどこかで、Zまで歌われない「ABCの歌」が鳴り響く。






パーフェクトまきちゃん



Fin

パーフェクトまきちゃんの軌跡



パーフェクトまきちゃんメモ「PMMと32文字の戦い」
【ラブライブ】パーフェクトまきちゃんメモ「PMMと32文字の戦い」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1413/14138/1413832157.html)

パーフェクトまきちゃんクリスマス「Xmas・SP」
【ラブライブ】パーフェクトまきちゃんクリスマス「Xmas・SP」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1419/14192/1419259355.html)

パーフェクトまきちゃん誕生日「未完の最終楽章」



やり遂げたよ最後まで。

今までありがとうございました。さよなら。

>>122
外伝みたいのいくつかある?

ツバサのとかのんたんのとか

>>124
確かに他にも書いたことはありますが殆どの場合トリップは変えています
あまり過去作を晒すことに積極的ではありません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月26日 (日) 22:51:55   ID: HuoIubOQ

よかったよ。

2 :  SS好きの774さん   2015年04月29日 (水) 23:24:17   ID: BCsgVlUt

面白かったです

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