結衣「由比ヶ浜結衣の決意」 (111)

※以前同名のスレを立てたことがあります。
※ヤマなしオチなしです
※既に完成しているので投下するだけです

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朝。

目覚まし時計のハンマーがけたたましく鐘を叩き、私をまどろみの世界から現の世界へ呼び覚ます。

目覚まし時計はママほど優しくはない。

あいつはどれだけ私が遺憾の意を表明しても、あと5分だけと譲歩の交渉を持ちかけても一顧だにしない。

無慈悲に、そして正確に約束された刻を……

……なんて、ちょっとインテリっぽい口上を脳内で垂れ流してみる。

おまーじゅどばいヒッキー。

うん、全く似てないよね。知ってる知ってる。なんなら私が一番わかってるまである。



ふと、自分の手が携帯電話を握りしめていることに気づく。

寝起きでぼんやりした頭で、昨晩のことを思い出す。

ああ、思い出した。

右手をクンと振り、手首のスナップだけで二つ折の携帯電話を開く。そして確認。

曰く、新着メール1件。

メールの内容を確認したのち、すぐに返信画面を開く。

打ち込む内容はふたつ。

ひとつ、寝落ちしてしまったことのお詫び。

そして、もうひとつ。

「ふふふ、おはよ。ヒッキー♪」

「優美子おはよー」

「あ、姫菜おはよー」

「みんなおはよー」

私に声をかけてくれる友人にあいさつを返す。

一人一人に対してあいさつを返していたけれど、すぐにめんどくさくなってしまったのでとりあえずひとくくりであいさつ。

背負っていた鞄を机に下ろし優美子たちのもとへと向かう。

チラリと、目だけでクラスの中央を見る。

その席にはまだ誰も座ってはいない。

机の横のフックにも、鞄はかけられていない。

どうやら彼はまだ来ていないみたい。

遅刻はするなよー。

優美子たちとのおしゃべりもそこそこに席を立つ。

教室のドアを開け、廊下に出る。

ええと……これはですね、うん、そう、あれだあれ、ちょっとお花を摘みにですね。そう、ハイ。

手持ち無沙汰になり、とりあえず教室前の水道で手を洗う。

洗う洗う。お前はあらいぐまラスカルかといわんばかりに手を洗う。

うん、最近風邪が流行ってるって平塚先生も言ってたしね。手洗いうがいはしっかりとね。

ジャージャーとひたすら手を洗い流す。秋も深まってくると水道水もなかなかの冷たさだ。ほんと冷たい。

でもでも、手洗いはしっかりとね!そう!七兆回くらい!!

脳内一人おしゃべり。誰に聞かれているわけでもないんだけどね。当たり前か。

なんてくだらないことを考えている間も、私の意識は背中に集中している。

どんぐらい集中しているかっていうと、具体的に言えば織田信長から背に目を持つごとしって褒められちゃうくらい。もう酒井忠次か由比ヶ浜結衣かってくらい。

……なんて、昨日ヒッキーがメールで熱く語ってた戦国武将の話を引き合いに出してみたり。

うん、なんだか馬鹿らしくなってきた。一人でなに考えてんだろ私。

とここで、私の背中にある第三の目に感あり。パターン青、比企谷です。

キュッと蛇口を閉め、ハンカチを取り出し、手を拭き、ハンカチをしまう。その間実に0.7秒。

さも偶然出会ったかのように声色に若干の驚きの色を含めて……。

「おっ、おはようヒッキー!!」

満面の笑みで挨拶してしまった。しにたい。

ヒッキーが固まってる。ちょっとひいてるっぽいし。しにたい。

一限目、数学。さっぱりわからない。

ちらりと視線を教室の中央へ。さっぱりわからない人間もう一人発見。

うん、安心した。

二限目、世界史。さっぱりわからない。

ちらりと視線を教室の中央へ。割と真面目に板書をノートに書き写していた。

やっぱり文系全般得意なんだな。酒井高徳なんて戦国武将のウンチクをさらっと言えちゃうくらいだもんね。

……ん?高徳だっけ??

三限目、オーラルコミュニケーション。ああ、もう見ていられない。なんて痛ましい……。

先生!!私由比ヶ浜結衣はこのクラスの席替えを提案します!!

席替え席替えさっさと席替え!!

布団を叩くアレを(脳内で)ブンブンしてたら優美子にひっぱたかれた。痛い……。

四限目、現代文。さっぱりわからない。

ヒッキーはといえば……ね、寝てる!?ダメだこいつ、早くなんとかしないと……。

と思ったら、平塚先生に机の脚を蹴っ飛ばされてビクッとしてた。ふふふ、いい気味だ。

クスクスと笑っていたら平塚先生と目があった。平塚先生はなんだかニヤニヤしてた。しにたい。

「結衣見すぎー」

姫菜の席の方からそんな声が聞こえた。

気のせいだと思いたい。うん、きっとそう。気のせいだよね、姫菜?

そんなわけないじゃん。しにたい。

四限目終了の鐘が鳴り響く。待ってたよー!!

今日はゆきのんと一緒にお昼と食べる日。早く行かなきゃ。

たった一日会わなかっただけなのに、話したいことがたくさんある。

ママが紅茶に合いそうなお菓子を貰ってきてくれたこと、ゆきのんに似合いそうな服を町で見かけたこと、それから……。

「由比ヶ浜」

そうだ、今度ケーキを焼いてみようと思ってたんだっけ。そのことについても相談してみよっかな……。

「……由比ヶ浜?」

材料の買出しとか付き合ってくれないかな?そしたら一緒に他の買い物なんかも……。

「由比ヶ浜……聞いているのか由比ヶ浜」

「は、はっ!?はいっ!!」

「……授業が終わったら私のところに来なさい。以上だ」

無慈悲なる一言だった。

どこぞの独裁国家は「無慈悲」という言葉の意味を平塚先生から学びなおすべき。それくらいに無慈悲。静マジ無慈悲。

ごめんねゆきのん。今日はちょっと遅れます。

なつかしいの

すらりとのびた長い手足。

引き締まったウエストにはちきれんばかりの大きなバスト。

けだるげにタバコを吸っているだけだというのに滲み出る大人の色香。

同性の私から見ても、平塚先生はとても綺麗。すてき。

でもやっぱりタバコくさい。けむい。ごほごほ。

「あの……、私なにかやらかしましたっけ?」

「身に覚えはないかい?」

「うーん……」

頭をひねって考える。何も心当たりがない。

ので、早々に考えるのをやめた。

「ではヒントを出そう」

ででん!!

「由比ヶ浜、君が呼び出されたのは何かやらかしたからではない。むしろその逆だ」

やらかしたわけではない、むしろその逆……。うーん……。

「……あ、やってないんだ」

進路希望調査票まだ書いてないや。

「まったく……頼むぞ」

「へ、へぇ、どうもすいやせん」

「……なぜ江戸っ子なんだ」

「あは、あははははは……」

「未提出者はお前と比企谷だけだ。早く提出しなさい」

未提出者は私とヒッキーだけ。

私とヒッキーだけ。

私とヒッキー

『だけ』

なんだろう、ちょっと嬉しいぞ。

密かに感じるシンパシー。以心伝心。阿吽の呼吸。ツーカーの仲。運命共同体。並行世界の同位体。あ、最後のはなんか違うか。

もしかして、

もしかしての話だけれど、私とヒッキーって案外相性いいんじゃない?

なんだか波長合ってるんじゃない?プリでキュアなコンビ組めちゃうんじゃない?

「……顔、にやけてるぞ由比ヶ浜」

「……ハッ!?」

先生から漏れる苦笑の声。馬鹿なヤツだって思われちゃってるのかな。恥ずかしい。

「本当にお前の頭の中は……」

はいはい、どーせ私の頭はからっぽですよーだ。

「比企谷のことでいっぱいなんだな」

ぎゃおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

>>7
覚えてくれている人がいて嬉しい

「し、証拠は!!」

「ん?」

「証拠は!!私がヒッキーのこと好きだって証拠はどこにあるんですか!?」

うわ、私今推理ドラマの犯人みたいなこと言ってる……。

「……ほぉぉ、ふぅぅん?」

平塚先生の瞳が怪しく光る。

なんかヤバイ。

失敗した臭がマジパないっす。

「……はて、別に私はお前が比企谷のことを好きだなんて言った覚えはないんだがな」

「!?!?」

掘った……ッ、掘ってしまったッ……!!

墓穴………ッ、圧倒的墓穴ッ……!!!

「やっ、あのっ、そそそそそれはですねっ!!」

「お前は人に影響を受けやすいタイプだからな。すぐにわかったよ」

「は、はぁっ!?確かにそうかもしれませんけどそれとこれとは関係な……

「お前がこの前提出した小論文、文法や言い回しが比企谷のそれとそっくりだぞ。くくくっ……」

いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

「あと『逆説的に』って言い回しを使いすぎだゾ☆」

「好きな人に合わせたい、お揃いがいいって気持ちはわかるけど文脈を考えて使わないとダメだゾ☆」

やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

私のハートを容赦なくえぐってくる平塚先生。こわい。まじこわい。

今の私は……そう、例えるならハーゴン。

息も絶え絶えの瀕死の状態でシドーを呼び出したハーゴン。今にもぐふっとか言っちゃいそう。

「ふふふ、効いてる効いてる。だが残念。これからが本当の地獄だ」

「!?」

「さてさて、ここに取り出しましたのは一枚のプリント」

「あ、私の……」

「おととい数学の授業で使用したものらしいな」

「なんで私の数学のプリントを平塚先生が持ってるんですか」

「まぁ細かいことは気にするな」

「……それにしても酷いな。赤点ラインじゃないのかこれ」

……ぐふっ。

「ああ、へこむなへこむな。本題はそこじゃない」

「内容は酷いがそれなりに努力はしたみたいじゃないか」

「……?どうしてわかるんですか?」

「なに、簡単なことさ」

「お前は筆圧が高いみたいだからな」

「プリントの余白の部分にこうして鉛筆をかけてやれば……」

「ほら、お前が書いた計算式が浮かび上がってくる」

「うん、問題を解こうとするその姿勢は素晴らしいぞ。感心感心」

ああ、筆圧でへこんだ部分に鉛筆の粉が入って……。

なんだか懐かしい。子供のころによくやっていた気がする。

「……だが、これはいかんなぁ」

平塚先生の腕が再び動き出す。

プリントに黒い海が広がる。

炭の粉がプリントの凹凸に入りこみ、当時の私が書き連ねた文字を一文字ずつ浮かび上がらせる。

えーっと、なになに?『ヒッキーと……。

……!!!!

「あーっ!あーっ!あーっ!」

「ふははははは!気づくのが遅いぞ由比ヶ浜!」

「やだっ!やめて!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

まちかどアンケート。

道行く若者100人に効いて見ました。

Q.地獄って本当に存在すると思う?

もし私がそんな質問をされたのなら、こう答えようと思う。

A.目の前に存在する。地獄なう。

「えーっと、なになに……」

『ヒッキーとデ……遊びにいくところ!!』

「……ふむ。デートと書こうとしたが恥ずかしくなって言葉を濁したのか。なかなかどうして可愛らしいじゃないか」

なんか冷静に分析してるし。

……しかも当たってるし。

「表参道?ははは、やめとけやめとけ」

あー、今すぐ地球滅びないかなぁ。

「ふふふ、少しからかいすぎてしまったな。すまない」

ぽんぽんと頭を軽く叩かれ、撫でられる。

子供扱いされているようでなんだか癪にさわる。

でもまぁもう少しぐらいはいいかな。気持ち良いし。

なんて馬鹿なことを考えていたら、そっと頬に手を触れられた。

その手は、とても綺麗で。

その手つきは、とても優しくて。

慈愛の笑みをその顔に浮かべ、

ぐずる子供をあやすかのように穏やかに、

だけれども、しっかりとした口調で先生は言った。

「……由比ヶ浜、比企谷のことは好きか?」

別に怒られているわけではない。

平塚先生自身もそんなつもりはないはずだ。

だというのに、

私を捉えるその瞳には言葉に表すことができない凄みがあった。

別に気圧されたわけではない。怖いと感じたわけでもない。

でも、

私に対して真正面から向き合ってくるこの瞳に対して、言葉を濁すことはできないと思ってしまった。

だから……。

「……はい」

「私は、ヒッキーのことが」

「……ううん」

「私は、比企谷くんのことが好きです。大好きです」

「……一人の人間として、一人の異性として」

「何者にも揺るがない強い意志を持った彼が好きです」

「頭の良い彼が好きです。どんな時でも冷静な彼が好きです」

「口は悪いけど本当はとても優しい彼が好きです」

「自分に頼ってくるものを絶対に見捨てない彼が好きです」

「人の心の痛みを知っている彼が好きです」

「誰かのためなら自分が傷つくこともいとわない彼が好きです」

「……ただ」

「そんな彼を見ていると、不意に不安になる時があります」

「『誰かのために』と見返りも求めず自らを犠牲にして」

「誰にも知られず、誰にも評価されず」

「『俺はそんなものを求めているわけじゃない』と一人で考え、行動して」

「その結果、みんなに誤解され、孤立してしまう」

「……きっと比企谷くんは、自分自身が気付いていないだけで誰よりも傷ついている」

「困っている人に手を差し伸べることに夢中で、自分自分が叫んでいる悲鳴が聞こえないでいる」

「……そんな気がするんです」

「……だから」

「私は比企谷くんと違って馬鹿ですけど、私なんかじゃなんにもできないかもしれませんけど」

「……比企谷くんの傍にいたい。支えてあげたいって思うんです」

身体が熱い。

胸が苦しく、息苦しい。

手の平にじんわりと汗をかいている。

ふと冷静になってみれば、私の頬を撫でていた先生の手が離れている。

目の前は、両腕をだらりと垂らし、口をあんぐりと開けぽかんとした顔の平塚先生。

瞬間、全てを理解する。

やってしまった。というか言ってしまった。

足元に設置された地雷を地面ごと踏み抜いてしまった的なアレだ。っていうかなんだそれ。

何考えてんのさ私。もう意味わかんない。

「やっ、あ、ああああああの、これはですね!!」

つまりだ、

今の私の心境を一言で表すとこうなる

しにたい。

頭を抱えしゃがみこむ。

恥ずかしい。

恥ずかしい。

つーかマジで恥ずかしい。

いやもうホント空気読めよ私。いくら平塚先生がそういう空気にもっていったからって喋りすぎ。

あーもう恥ずかしい。

あーもう恥ずかしい!!!

ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

「ま、まぁそんなに気を落とすな。お前の気持ちが本物だっていうことは先生もよくわかったから。な?」

「うぅ……本当ですか?」

「……まぁ、正直あまりの本気っぷりにちょっとひいたけど」

「ほらやっぱり!!!」

「あーうそうそ!!冗談!!冗談だから!!!」

「って違う!!本題だ!本題に入るぞ!!」

「ゴホン。あ、あー」

「これあくまで私の個人的な考えだが、お前も比企谷も人としての一般常識と良識を持っているものだと思っている」

「だから不純異性交遊がどうのだと無粋なことは言わん」

「だが私も一応教師でな。特定の生徒に肩入れすることは立場上できないんだ」

「由比ヶ浜一人を応援することはできないが、先生はお前のことも応援しているからな」

「……はい」

「行動した結果の失敗と行動しなかった結果の失敗では後者の方が後々に悔やむ比率が大きい。人生とは往々にしてそういうものだ」

「だから迷ったときは行動にうつしなさい。結果は後からついてくるさ」

「……はい」

「声が小さいぞ!」

「は、はいっ!!」

「よし、けっこうけっこう」

「先生からの話は以上だ。部活に行って来なさい」

「……はいっ!!」

「…頑張れよ、由比ヶ浜」

「はいっ!では失礼します!!」

「おう」

……。

行ったか。

さて、一服一服。

どうも歳をとると話が長くなってしまうな。これでは他の先生方を悪く言えないぞ。

しかし……まさか由比ヶ浜の気持ちがあれほどのものとはな。

あいつも今時珍しい純粋ないい娘だ。比企谷のヤツ、なかなかどうしてやるじゃないか。

……それにしても当初の予定とはかなり話が変わってきてしまったな。

由比ヶ浜もあの二人に比べれば傷が浅いとはいえ、少なからずコンプレックスを持っているような節がある。

あの三人が互いのコンプレックスを克服させあってくれればそれが一番なんだが……年頃の男女三人だ。そうも上手くはいくまい。

となると、やはりキーとなるのは比企谷か。



そういえば、かつて徳川家康と石田三成がそれぞれの恵まれた様子を歌われた狂歌があったな。

「……比企谷に過ぎたるものが二つあり~♪」

似たような歌を歌われた二人だがその最期は実に対照的だ。

比企谷には三成の轍は踏んで欲しくないものだ。

「お前の左近も忠勝も生涯お前に忠節を尽くしてくれるとは限らんからな」

「お前はもちろん、雪ノ下も由比ヶ浜も私の可愛い生徒達だ。頼むから壊してくれるなよ果報者め」

部室へ向かう私の足は、気がつけば早歩きに、小走りへと変わっていた。

逸る気持ちが抑えられない。

心が、身体が軽い。

今まで誰にも言えなかったこと。

私一人の胸の中に留め続けていたこと。

私は、ヒッキーのことが好き。

言葉に出したことで、その実感が更に強まる。

身体がじわりと暖かくなる。

理由もなく高翌翌翌揚感に包まれる。

そして私は再認識する。

ああ、私はどうしようもなく彼のことが好きなんだ。

一人で勝手に気持ちが盛り上がる。

ハイテンションのセルフマッチポンプ状態だ。

そしてもう一人。

澄み切った漆黒の長髪に、すらりと伸びた健康的な肢体。

他者におもねるを良しとせず、ただひたすらに己の正義に忠実であり続ける。

凛とした瞳は、その高潔な姿勢をよく表している。

比企谷八幡と双璧を成す、我が校の孤高の傑物(※私調べ)

私の憧れの人であり、大切な友人。

その名を、雪ノ下雪乃。

通称ゆきのん。

超かっこいい。そんでもって超かわいい。

二人の存在は、私にとって晴天の霹靂だった。

二人の存在は、私からすればとても眩いものだった。

同い年とは思えないほどに、二人は自己の人格をしっかりと形成していた。

私みたいな人間は足元にも及ばない成熟した人間だった。

そう思っていた。かつての私はそう思っていたのだ。

私から見れば途方も無く大人に見える二人も、本物の大人から見ればまだまだ子供だった。

完全無欠だと思っていた二人でさえも、私と同じくコンプレックスを持ち、悩みを抱えていたのだ。

そして、二人と関係を持つようになって(あ、なんかこの言い方やらしい)気づいたことがある。

それは、二人の純粋さ。

私もまだまだ幼いとは言え、この歳になれば少しづつ人間の汚い部分に気づき始める。

私を含めた多くの人間は、それらの汚さに対して適当に折り合いをつける。

否定することもなく、受け容れることもなく、適当にごまかす術を覚える。

だが、二人は違った。

方法こそ違えど、二人はその汚さに対して真っ向から立ち向かっていったのだ。

少女は、その汚さを否定した。

人の業を嘆き、人の弱さを嘆き、その汚さを拒絶した。

人とは斯くのごとくあるべきだと、少女は人々を穢れから救済しようと一人奔走した。

少年は、その汚さを肯定した。

人の業を認め、その弱さを認め、その汚さを受け入れた。

それも含めての人なのだと、少年は人々の穢れを一手に引き受けようと一人耐えた。

多くの人間が妥協し、目を背けた事柄に対し、

二人は愚直なまでに正面から立ち向かっていった。

まるで幼子のような純粋さ。

二人が持つその純粋さに気づいたとき、

二人の存在は、私の中で更に眩しく輝き始めた。

二人と共にあることが誇らしかった。

二人と同じ時間を過ごせることがとても嬉しかった。

だから私は、奉仕部が大好きだ。

二人に会いたい。

二人の顔が見たい。

二人と話がしたい。

今日はなにか依頼があるだろうか。

奉仕部に持ち込まれる依頼はどれもこれも一筋縄ではいかない面倒なものばかりだ。

でも三人なら大丈夫。

どんな依頼だって解決してみせる。

もし依頼がなかったらそれはそれで構わない。

あの空き教室で過ごす時間は、何物にも変えがたい幸福な時間だ。

二人に会いたい。

二人に会いたい!!

部室である空き教室の引き戸が視界に映りやっと歩を緩める。

歩きながら乱れた息を整える。

二人はもういるのだろうか?おそらくいるだろう。

ふと心に芽生えるいたずら心。

そうだ、二人を驚かせてみよう。

ちょうど都合よく引き戸が少しだけ開いている。

あの隙間から教室を覗き込み、タイミングを見計らって飛び込んでみよう。

二人は驚いてくれるだろうか。それとも呆れるだろうか。

二人の反応を想像すると顔が綻んでしまう。

ばれないように、そーっと……。

引き戸の隙間から、部室の中を覗き込む。

そして、





私は、





後悔する。

なぜあんなことをしてしまったのかと、

なぜ素直に部室に入っていかなかったのかと、

なぜ、あの光景を見てしまったのかと。

二人が笑いあい、親しげに談笑しているだけであればどれだけ良かったことか。

二人が頬を染めあい、愛を語り合ってりるだけであればどれだけ良かったことか。

二人が身体を重ねあい、行為にふけっているだけであればどれだけ良かったことか。

そのようなわかりやすい記号が示されていればどれだけ楽だったであろうか。

しかし、現実は違った。

私が想像する「最悪の事態」が、どれだけ下卑たものであったのかを思い知らされた。

私が教室を覗きこんだ時、二人の間に言葉はなかった。

お互いに無言のままそれぞれが持ち寄った文庫本を読みふけっていた。

なんてことはないいつもの奉仕部の風景だ。

そんないつもどおりの風景を、こうやって外から覗き見ることで改めて気づかされたことがある。

それは、空気。奉仕部が部室として使用しているこの空き教室の雰囲気。

互いに交わす言葉はなく、静寂が支配するこの空気。文庫本のページをめくる音がとても大きく聞こえるこの空気。

二人によって作られた二人のための空気。

それはさながら、長年連れ添ってきた老夫婦のようであった。

言葉にしなくても伝わる関係。

かつて私たちは、そんなおとぎ話のような関係を夢見て、失敗をした。

三人の気持ちが、思惑がバラバラなのに、私たちはわかりあっていると勘違いし、すれ違いを重ね、奉仕部はめちゃくちゃになった。

言葉にしないと伝わらないことがある。

言葉にしても伝わらないこともあるのだ。「きっとわかってくれるはず」という考えがどれだけ甘いものだったのか身をもって知ったはずだった。

だと言うのに。

二人の間に流れる空気は、確かに互いのことをわかりあっているそれであった。

私『たち』があれほど望んでやまなかった夢のような関係を、二人は少しずつではあるが、確かに築きつつあった。

『それ』がなにを意味するのかわからないほど私は幼くはない。

目に映る状況を理解すると、目頭が熱くなる。

床に突っ伏し、すんでのところで溢れそうになる涙を抑えこむ。

泣くのはだめだ。泣いてはいけない。

泣いたら負けだ。誰に対しての勝ち負けかは知ったところではない。

逃げてはいけない。逃げるわけにはいかない。

私の大好きな、私の愛するあの二人はどんな苦難を前にしても決して諦めることはなかったではないか。

こんなところで私一人が逃げ出してしまっては、それこそ二人に合わせる顔がない。

あのとき、バラバラになった奉仕部を建て直したヒッキーの言葉を思い出す。

『それでも、』

そう、ヒッキーは諦めなかった。

『それでも、俺は……』

もう一度思い出せ。

私が好きになったあの男のことを。

『俺は、』

あの男と結ばれたいと願うのであれば、あの男に釣り合う女にならなければならない。

こんなところで逃げるような卑怯者がどの口で好きだと言うのか。

だから、だから私は……。

『俺は、本物が欲しい』

「……私も、私だって本物が欲しい!!」

「……」

「……」

「……」

固まる、いや、凍りつく空気。

瞬間、理解。

口に出てたのだろうか。いや、うん。わかってるわかってる。

これアレだよね。間違いないよね。モロだよね。出ちゃってるよね。無修正だよね。

……あぁ。

しにたい。

変なものでも食べたのかとゆきのんに心配され。

俺のトラウマをほじくり返すのがそんなに楽しいのかとヒッキーに嫌味を言われ。

とりあえず私の本物発言に対するつるし上げは終わった。

「……本物かぁ」

マイカップに淹れてもらったゆきのんの特製紅茶をちびちびと飲みつつ(熱い…)ひとりごちる。

そうだ、本物を求めているのはヒッキーだけじゃない。

私も…、きっとゆきのんも本物を求めている。

私が求める本物……。

本物の奉仕部。

ゆきのんとの本物の関係。

そして……、ヒッキーとの本物関係。

どれかひとつも妥協はしたくない。全部欲しい。

そんなことを言ったら、平塚先生はどんな反応をするだろうか。

二兎を追うものは一兎も得ずということわざがある。

取らぬ狸の皮算用ということわざがある。

あれも欲しいこれも欲しいなんてわがままいけませんと怒られたことがある。

……知ったことか。

奉仕部の関係を壊さず、ゆきのんと今以上に仲良くなって、そして必ずヒッキーの彼女にしてもらう。

私は絶対に諦めない。

ゆきのんに、ヒッキーに相応しい人間は、それぐらいのこと涼しげな顔して余裕でやってのけるはずだ。

私の大好きな二人のために妥協は絶対許されない。

私は、すべてを手にいれる。

そんな決意を、今ここに誓おう。

一.由比ヶ浜結衣の決意 了

幕間一.葉山隼人の嫉妬

瞬間、わずかに、そして確かに、葉山隼人の胸の奥にどす黒い感情が湧き上がった。

彼女――一色いろはが自分に好意を寄せていたことは知っていた。知っていたからこそ、のらりくらりとかわし続けていた。

直接言葉にこそしなかったものの、『お前には興味ない』と当たり障りのないよう伝えていたはずだ。

それは彼女も承知していたはずだった。

彼女は計算高い女だったはずだ。勝ち目のない戦はしない女だったはずだ。

それがなぜ、こんなことになってしまっているのか。

そう、すべては『彼』によるものなのだろう。

久しく感じていなかった黒い感情に、葉山隼人の身体は侵されはじめていた。

グループの中で初めに『彼』の存在に気づいたのは由比ヶ浜結衣であった。

彼女は、『彼』という存在を知り、『彼』という人間の本質のほんの一部に触れ、彼に魅せられた。

戸部翔という少年が、『彼』を頼った。

海老名姫菜という少女もまた、『彼』を頼った。

自分の大切な友人である由比ヶ浜結衣を取られ、『彼』を蛇蝎の如く嫌っていたはずの三浦由美子でさえ、

『彼』という存在を認め、本当に由比ヶ浜結衣のパートナーとして相応しいのかどうかと小言を吐くようになった。

さらにはあの雪ノ下姉妹でさえ。

そして極めつけが一色いろはである。

進級直後は歯牙にもかけていなかったあの男は、今や多くの人間から一目置かれ、頼りにされるようになっている。

クラスで誰にも相手にされないかわいそうなぼっちが、今や自身の存在を脅かす大きな存在となっている。

葉山隼人は人間関係を構築、運用する際に争いの回避を念頭に置くきらいがある。

それは彼が幼いころより父母に従い、いわゆる大人の世界というものを経験してきたが故に導き出された結論だった。

自分の幼さ、無力さのせいで大切な関係を失わせてしまったが故に導きだされた結論だった。

争いを良しとせず対話を第一とし、対話を重ねた上でなお解決しないようであれば曖昧な態度をとり、問題の風化に努めた。

これまでの友人関係もそうやって築き、維持をしてきた。

つかず離れずの距離を維持し、誰も傷つかない暖かい関係を続けることが出来ていた。

そんな折に湧き上がった問題が戸部翔・海老名姫菜より寄せられた相談であった。

結局は『彼』の力技によりうやむやに出来たのだが、果たして『彼』の介入が無かった場合、

自分一人の力であの問題を解決できたのだろうか。

葉山隼人は思案を巡らせる。

なぜあの時自分は、『彼』に助けを求めてしまったのか。

なるほど確かに葉山隼人の選ぶ解決案は最善の一手とは言えないのかもしれない。

それは葉山自身が誰よりもよく理解しており、理解した上でなお取り続けていたのだ。

最善の手を狙う必要はないのだ。

悪手の回避をすることに重きを置くべきなのだ。

最悪の結末にならなければ良いのだと、そう考えていた。

ではあの時の、最悪の結末を迎える可能性を孕んだ悪手とは一体なんだったのだろうか。

葉山隼人は馬鹿ではない。

葉山隼人はわかっていた。

あの状況下で悪手とされる手はひとつではなかったことを。

自身の心情に従い取り得る選択肢のことごとくが、最悪の結末につながっていたことを。

やはり自身ではどうしようもなかったという結論に辿りつき、葉山隼人は『彼』に対する黒い感情を燃え上がらせる。

葉山隼人にとって、『彼』の思想は絶対に相容れるわけにはいかないものであった。

二人の思想は中庸を起点とし、完全に正反対の、正負の方向に離れたものであると認識していた。

そう、『彼』を肯定するということは、転じて自身を否定することとなってしまう。

故に認めることができない。それが間違いだと断じ、考えを改めるよう『彼』にも強く忠告をした。

にも関わらず、『彼』は忠告に耳を貸さずわが道を貫いた。

その結果が修学旅行終に端を発した奉仕部の空中分解であり、葉山隼人の懸念どおり『彼ら』の関係はめちゃくちゃになった。

当然の結果であった。

他者を省みず、それどころか自身を省みることすらせず、無神経に触れてはならない患部をつつくからだと。

理想と現実の乖離を直視せず、ひたすらに理想を追い続けたからだと。

己の内なる悲鳴に耳を傾けようとしない人間が、どうやって他人を救うことができるのかと。

多分なる呆れと、若干の哀れみと同情、そしてわずかながらの優越感。

やはり『彼』は間違っており、自分は間違っていなかったのだと再認識した。

したはずだった。

それでも『彼』は、彼女たちは、傷つきながら、猜疑心に苛まれながらも再び一つとなり、歩みを始めた。

葉山隼人は、自身のそれまでの人生を全て否定されたかのような錯覚を覚えた。

自身が十数年かけて築き上げてきた全てが、『彼』の数ヶ月の行いに取って代わられたような感覚に陥った。

今まで自分がしてきたことは一体なんだったのだろうか。

葉山隼人は『彼』に対する黒い感情を更に強く燃え上がらせる。

だが、葉山隼人は知らない。

自身が『彼』に対して覚えた黒い感情が、『憎悪』に類するものではなく『羨望』に類するものだということに。

葉山隼人は知らない。

対極に位置すると考えている自身と『彼』の思想の立脚点が、実は同一のものであるということに。

数直線の0を起点に正負に位置する関係ではなく、円の0度と360度のそれに似ているということに。

葉山隼人は知らない。

『彼』に対してだけ、自分は本音を打ち明けられているということに。

葉山隼人は知らない。

自身が『彼』に強く魅かれているということに。

葉山隼人は知らない。

これから十年後、二人は唯一無二の親友となるということに。

幕間一.葉山隼人の嫉妬 了

目が覚める。

広がる視界はいつもの見慣れた天井。私の部屋。そりゃそうだ。

目覚ましのアラームはまだ鳴っていないはず。

枕元にあるスマホの時刻を確認。午前5時47分なり。

……あちゃー。

目覚ましセットしてあるのに勝手に起きちゃったよ。

楽しみで楽しみで仕方ない遠足の朝かっての。

……なんだか無性に悔しくなってきた。

腹いせに念を飛ばして向こうも起こしてやる。

「朝ですよ、起きてください先輩」

「遅刻は許しませんからねー」

二.一色いろはの打算

あ、ごめんなさい
すごい今更だけどネタバレ注意で

改札を出て時間を確認。

午前9時6分。

約束の時間は午前10時。

……うわー。

どんだけ早いんだよ。どんだけ気合入ってんだよ私。

我ながらドン引きですよこれは。

だけどもうきちゃったものは仕方ない。

お茶でも飲んで適当に時間を潰すとしましょうか。

午前9時48分。

先輩の姿、未だ見当たらず。

いやーどうなんでしょうねコレ。

まがりなりにもデートですよデート。

男なら30分前行動は当たり前なんじゃないでしょうか。

そこんところどう思います葉山先輩?

あ、そっか。デートって言ってなかったんだっけ。

うーん……情状酌量の余地はあり……?

午前9時56分。

先輩到着。

おっそ!!おっそ!!

10時集合なのに4分前到着って!!!

ちょっと癪なので少し遅れていこう。

ファッションセンスはまぁまぁってところだろうか。ちょっと地味だけど。

でも服のチョイスはきっと家族任せなんだろうなぁ……。

午前10時3分。

まぁこんなものだろうか。

そろそろ合流しましょう。

暖房の効いたお店を後にし、先輩のもとへ。

……おっと、気づかぬうちに早足になってしまってるぜ。

これじゃまるで私が先輩とのデートを楽しみにしてるみたい。

ごめんなさいちょっとそういうの本当に気持ち悪いんでやめてもらえませああまずい顔がにやけてるのが自分でもわかるまずいまずい

……。

……。

……。

……崩れるようにベッドに倒れこむ。

ああ、これが世に言う満身創痍ってやつですね。いろはす初体験。

いやー疲れた。マジ疲れましたよ今日は。

先輩のエスコート力の低さにはドン引きだったけどまぁ許してあげます。

楽しかったかつまらなかったかと聞かれたら超楽しかったと答えてあげるくらいには楽しめましたし。

……でもやっぱり疲れた。超疲れた。

不思議と嫌な感じはしない、心地よい感じの疲労感が私を夢の世界へといざなう。

あぁ……化粧落とさないと……着替えないと服に皺が……あぁでも……。

……ぐぅ。

私の本命はやっぱり葉山先輩。

かっこいいし、爽やかだし、あとなによりかっこいいし。

だから先輩はあくまでキープ。保険。次善の策。イロハミクス第二の矢。

昔の中国の人だって狡兎三窟って格言を残してるし、謀略で有名な日本のおじいちゃんも矢は三本用意しときなさいって言ってるし。

……なんかちょっと意味合いが違う気がするけど気にしない。

言葉の持つ意味合いは日々うつろい行くものだしね。

確信犯もわかってて敢えてやる人のことを指すし壁ドンだってイケメンがするものだし。

つまりはあれです。細けぇことはいいんだよってことです。

いつでもポジティブ。いつだってプリズム。それがほほえみインサイド一色いろは。

なおイロハミクス第三の矢は作者急病のため発表の予定はございません。あしからず。

おっと話が反れました閑話休題。

脳内会議の議題を本題に軌道修正。

どう見てもあの二人も先輩にホの字なんですよね。

私も最初は趣味悪いなーなんて思ってたんですけど、気がついたらフォースの比企谷面に堕とされてしまった感があります。

先輩ってなんていうかアレなんですよ。なんでもしてくれるんですよ。

こっちがちょっとぶりっこしたらデレデレしながら言うこと聞くような馬鹿男子じゃなく

文句を言いながらも受け入れてくれるお兄ちゃんみたいな感じ。

女として見られていないんじゃないか疑惑もあるけど、やっぱりあのお兄ちゃん力の高さはいろはす的にポイント高い。

弟さんか妹さんでもいるのかな。

顔もベース自体は悪くないし、目つきの悪さを治してもうちょっと愛想がよくなればなぁ。

持ち前の面倒見の良さも相まってそこそこモテるような気がするのに。勿体無い。

……ってなに考えてんだ私。

私ももう二人のこと笑えないなぁ。

まぁ私が先輩のこと結構本気で好きになりつつあるのは事実だけど。

ご安心めされい。

この一色いろは、ちゃんと慎みを知る女でごぜーます。

私の先輩に対する感情なんか、お二人のそれと比べれば天と地ほどの差があることちゃんとわかっておりやす。

ゆえに私は、ちゃんと分をわきまえて先輩へのアピールをさせていただきます。

まぁ本命は葉山先輩だし。

本命は葉山先輩だし。

うん、ここ大事。

もし私の夢が破れるようなことがあって、かつその時にまだ先輩がフリーだったら。

先輩とお付き合いさせて頂くことにしましょうか。

我ながら完璧。隙を生じぬ二段構え。

どっちも失う可能性?ハハハこやつめ。

おい今私のことビッチって思ったやつ表出ろ。

そりゃあ確かに拗らせ童貞臭MAXな先輩なんかはいい顔しないとは思いますけど。

いやね、実際問題あれですよ。

別にいいじゃないですか。ってゆーか普通のことでしょ。ごく普通。普通すぎます。普通過ぎて逆にひくまである。

ゲームの話じゃないんですよ。現実の話なんですってばこれ。

主人公の俺くんしか好きにならない人格設定をされているNPCじゃないいんですよ私。

私だって一色いろはっていう人生の主人公なんですよ。

そりゃ男の一人や二人目移りしちゃいますよ普通。

それにですね、男の人は凸だけど私たち女の子は凹なんですよ。受け入れる側なんですよ。

私だって一人の乙女ですし、初めての相手になるかもしれない人選びなんてそりゃ慎重になりま……この話はやめましょうか。

というわけでですね。

先輩にはキープ期間中に私が惚れてしまうようないい男になっておいてもらいたいですね。

具体的にはあれです。ずばり年収。

年収一千万超えの超一流企業に就職とかしようものならイチコロですよイチコロ。

それは冗談にしても、大手企業に勤めてもらって私はパートでもしてお小遣い稼ぎってのが理想ですね。

まぁそれが難しいのなら共働きもありですかね。最近じゃ珍しくもないし。

最悪私さえ働いていれば慎ましい生活を心がければやっていけないこともないでしょうし。

……っていやいやいやいや!!

何考えてんの私!?

そもそも先輩がいけないんです。もともと私は葉山先輩一筋だったのに急に現れてですね……

……。

……。

……。

「……んん」

「……んぁ?」

「……あぁ、私あれからそのまま寝ちゃったんだ」

なんて夢を見てたんだ私。

夢の中で脳内会議とかなにそれこわい。

「……3時過ぎ」

外はまだ暗い。夜中か。

「お風呂入ってねよ……」

そして月曜はまた先輩のところに行かないと。

フリーペーパーのお願いをしないと。

「お風呂……お風呂入らないと……」

「……ぐぅ」

二.一色いろはの打算 了

幕間二.邪知暴虐なる王の功罪

いつの頃からか、彼女は気付いた。

自分が他の人間と違うということに。

いつの頃からか、彼女は気付いた。

自分が周囲の人間から信頼を寄せら、頼りにされていることに。

いつの頃からか、彼女は気付いた。

周囲の人間が自分の存在を勝手に神格化し始めていることに。

いつの頃からか、彼女は気付いた。

周囲の人間が自分を見ていないということに。

自分という存在に、周囲の人間によって勝手に作り上げられた理想像が貼り付けられていることに。

いつの頃からか、彼女は気付いた。

自分はこの者たちが大嫌いなのだということに。

彼女は求めた。

周囲の人間によって無責任に、都合よくつくられた偽りの自分ではなく、本当の等身大の自分を見てくれる人間を。

長い時間を経て、彼女は一つの結論を出した。

そんな人間はいないのだと。

自分は、これまでも、そしてこれからもずっと一人なのだと。

それが彼女たるものに課せられた宿命なのだと。

そして彼女は己の心を閉ざした。

自身を慕う幼馴染の少年にさえも。自身を慕う血の繋がった妹にさえも。

誰にも心を開くことのない、空虚なる日々を過ごしていた最中、

彼女は一人の男と出会った。

初めにその男と出会ったのは、彼女ではなく彼女の妹だった。

彼女の妹が通う――かつて彼女も通っていた高校の生徒だあり、ささいな偶然により知己を得たのだ。

腐った目をした偏屈で性格の歪んだ男であった。

人の営みを小馬鹿にし、常に斜に構え人のやること成すことに文句を付けなければ気が済まない男であった。

だが、彼女は気付いた。

この男もまた、周囲の人間に絶望し、心を閉ざした者なのだ。

純真すぎる故に高すぎる理想を持ち、幻想を抱き、現実との差を埋めることができず苦悩する。

結論に至る過程は違えど、自身と同じ道を往くものなのだ。

そんな男が、妹と付き合いを持つようになった。

彼女は一抹の不安を感じずにはいられなかった。

姉である彼女の影響を受け人間不信なきらいはあるが、彼女の妹は夢見がちな少女であった。

姉である彼女と比べやや奔放気味に育てられ、少し世間知らずなところもある。

付け加えさせて貰えば、異性との交際経験も皆無である。

そんな妹があの男という異物と交わってしまえばどういったことになるのか。

果たしてそれは、彼女の懸念どおりに起こってしまった。

ありもしない『本物』という言葉に踊らされ、あの男に魅せられてしまった。

信頼と依存を履き違え、妄信的にあの男を信奉するだけの愚かな女と成り果ててしまった。

彼女は激しく後悔した。

両親の育て方にも原因がある。周囲の人間の愚かさにも原因はある。

だがそれだけでは足りない。

妹という人間の人格形成の根幹は、間違いなく姉である彼女によるところが大きい。

妹の歪みは、弱さは、全て自分のせいなのだと。

自分が妹の道を誤らせてしまったのだと。

彼女は激しく後悔した。

彼女は男のことを、二人のことを認めない。

だがその根幹となる彼女の考えが間違っているとしたらどうだろうか。

この世に六十億の人間がいれば、六十億の思想信条がある。

二人が求める『本物』が偽りのものであると誰が断ずることができようか。

一人の女が気になる異性を想う行為を、それは偽りのものであると誰が断ずることができようか。

真に『本物』という言葉に踊らされているのは一体誰だろうか。

人間とは斯くの如く在るべしという理想論に執り憑かれてしまっているのは一体誰だろうか。

真に心が歪んでしまっているのは一体誰だろうか。

そんな別視点からの考えを想像できないほど彼女は愚かではない。

だが彼女はそれをしようとはしない。

彼女ほどの人間をもってしても、自身の考えが、信念が偽りのものであった場合の衝撃を受け入れることができないから。

いや、果たして。

彼女は本当にそこまで強い人間なのだろうか。

真に救いが必要なのは一体誰だろうか。

雪ノ下陽乃は、今も答えが見つけられずにいる。

幕間二.邪知暴虐なる王の功罪 了

ろくでもない人生だと思っていた。

ろくでもない両親と、ろくでもない姉の下、ろくでもない私が出来上がった。

ろくでもない人間に囲まれ、ろくでもない両親に道具として扱われ、ろくでもない人間と結婚させられ、ろくでもない最期を迎える。

そうなると思っていた。だが、そうはならなかった。

ある日を境に、灰色だった私の世界は色鮮やかに煌く美しい世界に変わった。

世界がこれほどまでに光に溢れているものだったなんて知らなかった。

世界がこれほどまでに優しいものであったなんて知らなかった。

もしこれまでのろくでもない人生が、彼と――比企谷くんと出会うために仕組まれていたものだと言うのなら、私は神の存在を信じよう。

三.雪ノ下雪乃の回顧

おはよう、と声をかけてきた級友たちに挨拶を返す。

自分がこんなにも愛想を振りまけるなんて我ながら驚きだ。

脱いだローファーを下足箱に入れ、代わりに上履きを取り出す。

そんな所作のひとつひとつでさえ身体が軽い。

……と。

「おはようございますっ!雪ノ下先輩っ!」

屈んだ私の頭上から降ってくる少女の声。

計算し尽くされた明るく可愛らしい声色。先輩と呼ぶことから後輩であることが伺える。

私が知る人間の中で該当する者はただ一人。

「おはよう、一色さん」

「はいっ!おはようございますっ!」

初めに声を掛けてきたのは向こうだというのに、律儀に私の挨拶を返すところに好感が持てる。

……。

……。

……ん?

私が挨拶を返したというのに、彼女はニコニコと笑顔を浮かべたままその場を動こうとはしない。

……ああ、なるほど。

手早く上履きに履き替え、一色さんに向き直る。

「お待たせ、では行きましょうか」

「はいっ!途中までお供させていただきます!」

こういうことには慣れていないからか、彼女の意図を理解するのに少し時間がかかってしまった。

ああ、こんな当たり前のことを慣れてないと言ってしまうあたり、私も比企谷くんのことを笑えないわね。

ふふふ。

多くの人は私のことを誤解しているみたいだが、私だって授業はつまらない。

くだらない、無駄だとまで言うつもりはないが、やはり退屈であるとは感じてしまう。

そう、だから、授業中外の景色に目がうつってしまうことも仕方の無いことなのだ。

視線の先に比企谷くんがいたとしても、それはただの偶然でありそこには深い意味などないのだ。

何気なく目をやった先で知り合いが体育の授業をしていれば、それを追ってしまうことは自然なことだろう。

そうしてかれこれ数分の間比企谷くんを追っていたが、視認可能な範囲の外にいってしまったので授業に戻ることにした。

黒板に集中しようと意識を前に向けると、こちらを向いている右前の女生徒と視線があった。

どれほどの間かは知らないが、私が比企谷くんのことを目で追っている間、彼女は私のことを観察していたようだ。

悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女は身体の向きを前に戻した。

彼を見ていたところを見られた。

その事に気付いたとき、私は頬が熱くなっていくのを感じた。

放課後、部活動の時間。

叩く、叩く、ひたすらにキーボードを叩く。

現在奉仕部はあの子――一色いろはが持ち込んできたとんでもない依頼に追われ修羅場の真っ最中だ。

納期まで残された時間を鑑みれば、全員で同じ作業をしている余裕なんてない。

というわけで、奉仕部メンバーは目下個別行動中だ。

由比ヶ浜さんは各種折衝のため校内を駆け回っており、比企谷くんと一色さんは各部活への取材中。

残った私は一人部室で進捗管理表を作成していた。

作業自体に特に問題はなく、順調にExcelの画面上に項目が追加されていく。

そして、追加されていくほどに浮かびあがる無茶な作業工程。

それもこれも一色さんの計画性のなさが原因だ。彼女にはもっと生徒会長としての自覚を持って欲しい。

いや、そもそも比企谷くんが彼女の依頼を断っていればこんなことには……。

だいたい比企谷くんは彼女に対して甘すぎるのよ。あの子がちょっと泣きそうな顔をしたらホイホイと言う事を聞いてしまって……。

若干の苛つきを覚えながらも作業は捗る。

そしてなぜか、作業の捗りに比例して部室内に響く打鍵音が大きくなっていった。

……ふぅ、おしまい。

『なぜか』異様に作業が捗ったのだけれど、これは嬉しい誤算だ。

未だ予断は許さない状況だけれども、これなら一息入れるぐらいの余裕はありそうね。

そう考え至り、ティーセットに手を伸ばす。

が、ポッドをつかむ前に止まる手。一つの閃きが脳内をかける。

今の私は疲れている。頭脳労働で疲れている。とてもとても疲れている。

ならば仕方ないだろう。栄養補給なのだ。これは当然のことだ。

疲れた頭には糖分の補給が一番。これはもはや世界の心理と言っても過言ではない。過言かしら。

鞄から財布を取り出し、部室をあとにする。

そしてやってきたのは昇降口前の自販機。

後方確認。人気はなし。

右方確認。人気はなし。

左方確認。人気はなし。

硬貨投入。購入ランプの点灯を確認。

目的の商品を確認。購入ボタンを押下。

売買契約成立。ゴトリという音とともに、商品が届けられる。

取り出し口より商品を取り出し、周囲を確認。人気はなし。

目的は達成した。早々に部室に戻りましょう。

部室に戻る。

まだ誰も戻ってきていないようだ。

椅子に腰を下ろし、先ほど購入した商品を懐から取り出す。

大寒を過ぎ春の息吹を感じ始める決算期とはいえ、まだまだ空気は冷たく鋭い。

両手に収まっているロング缶は体の内から熱を発し、強く自己主張をしていた。

意を決し、プルタブに手をかける。

プシッという音が室内に響きわたり、飲み口を確保する。

おそるおそる口を近づけ、一口すすってみる。

「……なんというか、その」

「……甘いわね。すごく」

オレンジがかった黄色い缶。そこに書かれた『練乳入り』の一言は伊達ではなかったようね。

MAXコーヒーを片手に作業を再開。

やることはまだまだたくさんある。

まったく、何が悲しくて生徒会の手伝いをしなければならないのかしら。

そう心の中で悪態をつくが、その実そんなに嫌ではなかった。

私が部室でこんなことをしているなんて一年前の私が見たらどう思うのだろう。

そう、一年前の。

一年前の、比企谷くんと由比ヶ浜さんに出会う前の私が見たら……。

この一年で私は大きく変わった。

これはもちろん主観的な評価ではあるけれども、客観的に見てもそう捉えてくれる人が多いと思う。

それはもちろん……。

由比ヶ浜さん、一色さん、海老名さん、三浦さん、そしてなにより……比企谷くん。

彼らと出会ったというところが大きいのでしょうね。

由比ヶ浜結衣さん。私に無償の愛を教えてくれた人。

不条理に怒り、悲劇に涙を流し、楽しいことがあれば笑い、良いことがあれば喜ぶ。

天真爛漫という言葉がこの世に生を受けたかのような純真さ、そして慈母のような優しさ。

貴女には何度助けられたことでしょうね。



一色いろはさん。私のような人間を先輩と呼び慕ってくれる人。

少し腹黒いところはあるけれども、それも含めて彼女の可愛さなのかしら。

根はやっぱり素直なところもあるし、彼女に泣きつかれたら比企谷くんでなくても無下にはできないわよね。

海老名姫菜さん。私に大切なものを失う怖さ、和を守ることの尊さを教えてくれた人。

彼女の想いがわかった今だからこそ、あの人の……葉山くんの苦悩を少しだけ垣間見ることができたような気がする。

和を守るということを至上の命題にするのは賛同しかねるけど、和を失うことの恐ろしさは身をもってしることができたわ。

生徒会長選挙の一件、私が二人ともっと言葉を交わした上の立候補であれば結末は違っていたかもしれないわね。



三浦優美子さん。私になりふり構わず戦う意思の強さを教えてくれた人。

本当に大切なものが何かということを見誤らず、その実現のために傷つくことを恐れず立ち向かうことができる強い人。

貴女という人間への理解の不足、偏見を棚に上げて一方的に敵視していた私の愚かさを謝らせて欲しいわ。

そして、比企谷くん。

嘘と欺瞞にまみれたこの世界でただ一人、己の信条を曲げずに高潔であり続けようとする傑物。

私の理想の人。

貴方はいつだって、なんにだって完璧であり続けようとしたわね。

どれだけ無理難題を課せられても、どれだけ自分が傷つこうとも、貴方はただの一度も逃げようとはしなかった。

自身が傷つくことよりも、自身が逃げ出したことによって生まれる悲劇や道理の歪みの方を恐れている。

自身への被害を損得の感情に含まず、淡々と理想の追求を行うことのできる強い人。

私が困難に陥ったとき、窮地に立たされたとき、いつでも貴方は私のそばにいてくれて、私を助けてくれる人。

私が姉さんの影に苦悩しているときに、私は私で良いと支えてくれた人。

貴方は私にとってのスーパーマン。

私の彼に対するこの気持ちを調べたことがある。

『尊敬』、なるほど確かに私は彼のあり方を尊いと思っている。間違いではないだろわね。

『畏怖』、間違っているとは言わないけれど、100%そうかと言われればそうでもない気がするわ。

『親しみ』、これはあるわね。ただ、やはりこれだけでは説明しきれない気もするの。

『依存』、きっと姉さんはこう評するのでしょうね。そんなものは本物でないと。否定はしないわ。

『愛情』、この単語を見て、彼の顔を思い浮かべて、胸が熱くなった。悔しいけどそれが答えなのでしょうね。

結論とすれば、『尊敬』が二割、『依存』が三割、『愛情』が五割。そんなところかしら。

『尊敬』、『愛情』に関しては構わない。問題はやはり『依存』ね。

確かに今の私は少し比企谷くんに依存し過ぎているような気がする。それ自体は自覚している。

問題は、その『依存』という感情に対して改善するべきだと考えている自分と、何が悪いのかと考えている自分がいることね。

『依存』という言葉を調べてみると検索結果にはネガティブなワードばかりがヒットする。

曰く、依存対象が存在しないと自己の安定を保つことができない、自己の満足のために他人を支配・束縛しようとする、などなど。

対して、ネガティブなものに比べれば若干数は劣るが、ポジティブなワードもヒットしたりする。

曰く、互いを尊重し支えあい更なる高みへ上ることができる、共依存と無償の愛は紙一重、などなど。

ここまで調べておいておきながら、私は自身の持つ感情がどちらに属するのか判断が出来ない。

ただ一つ言えることは、ポジティブな依存であり続けたいということ。

だって、いつまでも比企谷くんに助けられてばかりじゃ嫌だもの。

私だって比企谷くんを支えてあげたいのよ。

まぁ、この件に関してはまだまだ検討の余地があるわね。

それでもただ一つ、現時点でもハッキリと言えることは、

今の私たち――奉仕部に敵意を持つ者がいたら、私が絶対に排除してみせる。

これだけは絶対。

私がやっと手に入れることができた、たった一つだけの心の拠り所。私の全て。

この暖かい関係を壊そうとする者を私は絶対に許さない。

そんなことを考えているうちに時間はかなり経っていたようで。

気付けば太陽は大きく傾き、下ろしたブラインドの隙間から西日が差し込んでいた。

まばゆく鋭い日差しが私の目を貫く。

眩しさに耐えかね、右手を顔の前に広げる。

ブラインドの隙間と、広げた手のひらによって減衰した金色の光は私の身体を暖かく照らす。

あぁ、こんな平和な毎日がいつまでも続けばいいのに……。

「……世界が、平和でありますように」

「世界が平和でありますようになんてゆきのんはスケールがおっきいねー」

「……なっ!?ゆ、由比ヶ浜さん!?」

不覚にも声が裏返ってしまった。

「えへへー。ただいま!ゆきのん!!」

帰参のあいさつを言い終わるかどうかのところで、由比ヶ浜さんは私に抱きついてくる。

「なっ、ちょっ」

「ゆきのんもお疲れ様ー!」

彼女の両腕は私の首に素早く回され、万力のような力で(これは比喩的表現ではないわ)私を引き寄せようとする。

「いやー実は結構前に戻ってたんだけどねー?ゆきのんが一人で物思いに耽ってたから気になっちゃって」

「最初は何か悩み事かなーって心配してたんだけどさ、そしたらゆきのんがフッって感じで笑ってたから安心しちゃった!!」

「わかった、わかったから……!」

「せかいがー!へいわでー!あーりますよーにぃぃぃぃ!!!」

「やめて!由比ヶ浜さんやめてっ!!」

その後すぐに比企谷くんと一色さんが帰ってきて、由比ヶ浜さんの奇行を散々いじり倒して解散して……。

最後の最後にどっと疲れたような気もするけれど、今日は楽しかったから良しとしましょう。

……あぁ、違うわね。

今日『も』楽しかったわ。とても。

いるのかいないのかわからない神様。もしいるのなら私の願いを聞き入れなさい。

もちろん思考停止して願いの口上を口にするだけではないわ。私自身、実現に向けてできる限りの努力はするわ。

だから……。

「どうか、私たちの絆がいつまでもいつまでも続きますように……」

三.雪ノ下雪乃の回顧 了

番外.やはり俺の将来設計は間違っていた。

腕時計を確認。約束の時間はとうに過ぎている。

あの野郎……誘ったのはそっちの方じゃねぇか。遅刻するとはどういう了見だ。

こっちは溜まってる仕事を無理やり切り上げて時間を作ったっていうのに。

「悪い悪い。遅くなった」

「まったくだ。43分の遅刻だぞ。立ちっぱなしで足が棒だ」

「だから悪かったって。にしてもこんなところでずっと待ってないでどこか店に入って時間潰してれば良かったのに」

「馬鹿言え。お前がいつ来るかわからないのに勝手に待ち合わせ場所を離れられるか」

「……?いや、俺メール送ったろ?1時間遅刻する。着いたら連絡するって」

「……」

携帯を確認。やべ、なんかランプが光ってる……。

「……メール、見てなかったのか」

「と、とりあえず店に入るか!!」

「悪かったな、帰り際に緊急の案件が入っちゃってさ」

「別に構わねーよ。今のご時勢仕事があるだけありがたいさ」

「……仕事、忙しいのか?」

「まぁぼちぼちだよ。お前に比べたら大したことないさ」

「お前それ嫌味か?貧乏暇なしって言いたいのか?」

「ははは、そんなことないさ。お前は相変わらず卑屈だな」

「そう言うお前は相変わらず爽やかだな。反吐が出るぞ」

「こりゃ手厳しいことで」

「……まぁいい。酒も来たことだし乾杯といこうぜ」

「おっと、それじゃ主催者の俺が乾杯の音頭を取らせてもらうよ」

「主催もなにも俺とお前の二人だけじゃねーか」

「まぁまぁ、そういう細かいことは気にするなって」

「じゃ、いくぞ」



「比企谷家、第一子誕生に乾杯」

「……ありがとよ、葉山」

番外.やはり俺の将来設計は間違っていた。 了

以上です。お粗末さまでした。
誤字脱字等ありましたら脳内補完をしてください。

いっこ訂正
葉山と八幡が交互に喋ってるのにひとつ抜けてしまってました
>>98

「悪かったな、帰り際に緊急の案件が入っちゃってさ」

「別に構わねーよ。今のご時勢仕事があるだけありがたいさ」

「そう言って貰えると助かるよ」

「……仕事、忙しいのか?」

「まぁぼちぼちだよ。お前に比べたら大したことないさ」

「お前それ嫌味か?貧乏暇なしって言いたいのか?」

「ははは、そんなことないさ。お前は相変わらず卑屈だな」

「そう言うお前は相変わらず爽やかだな。反吐が出るぞ」

「こりゃ手厳しいことで」

「……まぁいい。酒も来たことだし乾杯といこうぜ」

「おっと、それじゃ主催者の俺が乾杯の音頭を取らせてもらうよ」

「主催もなにも俺とお前の二人だけじゃねーか」

「まぁまぁ、そういう細かいことは気にするなって」

「じゃ、いくぞ」

ありがとうございます。
あと、昔の話になりますが進撃の巨人SSも書いてました。
良かったら読んでください。

ジャン「勇者たちの凱歌」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月26日 (日) 19:06:38   ID: eNy0QqAd

渡来さんなにやってんすか。

自分的には好みなSSだった

2 :  SS好きの774さん   2015年05月25日 (月) 12:48:44   ID: LDbOuJEV

nice

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