【艦これ】秋月「お給料をもらいました」 (58)

どうしよう


何に使おう


取り敢えず最低限必要な買い物は既にした


牛缶や米、麦、漬物などを出来るだけ安い店を選んで買いあさる


しかしそれでも余るお金


流石は軍属


悩みながら歩く中、ふと見かけた店


ファミリーレストランというものだろう


洒落た外装だ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428768945

中では同年代や少し年上だろう少女たちが談笑している


心が引き寄せられる


普段なら見向きもせずに過ぎ去るであろう


だが今はお金が、力がある


余ったお金は貯金するのが一番だ


今後も同じ給料が出るとは限らないし、何か不測の事態が起きる可能性もある


『やめておけ』


何故か頭の中で白い服を着たムキムキの男が飛び蹴りしながら囁いてくる


『何を躊躇う使ってしまえ!今は大量消費の時代なんだぁ!』


今度はヘルメットを被った男がガッツポーズしながら言ってくる


あぁ、何をしているのだ


こんな悩んでいては戦いの場で足元をすくわれてしまうというのに

店の中から嗅いだこともないようないい匂いがする


牛缶が自分にとって高級品であったが、あの中にはそれよりもはるかに高いものがあるというのか


未知の世界


それは魅力的すぎる言葉


いかに豊かさとは無縁の生活をしているとはいえ、自分だって年頃の女の子


「きらびやかに過ごしたい」


「お洒落な格好をしたい」


「美味しいものをお腹いっぱい食べたい」


そんな欲求があるのは否定できない


だが一度その欲求に甘えてしまったら、もう二度と戻れなくなるのではないだろうか


そんな恐怖が足をすくませる

この恐怖は深海棲艦との戦い……いや、そんなものよりはるかに大きい


自分の今後の人生すべてに関わることなのだ


あの店の扉は自分にとって真理の扉だ


開けてしまったが最後、どんなことが待っているかわからない


体を持って行かれるかもしれない


魂だけのただの艦の姿になってしまうかもしれない


こんなことに怯えるくらいなら、やはりすぐにでも立ち去るべきだ


暖かい鎮守府の提督や皆と変わらない楽しい生活を送っていく方がいい


そうだ


自分にはまだ変化は早い


こんな所で決めるのは早計だ

うん、そう考えたら気持ちが楽になった


よし、帰ろう


皆の待つ、私の家へ


さようなら、新しいわたしいいいいいいいいいいいいいいんほおおおおおおおおおおおお!?


な、なんだ今のは!?


なんなのだ、この先ほどとは比較にならない、とてつもなくいい匂いは!?


店の入口を見る


そうか、店の客が扉を開けたのか!


それで店の中の匂いがあふれ出てきたのか!

まずい


先ほどまでの決意が、音を立てて崩れていく


それほどまでにこの匂いは殺人的な威力を秘めている


早く、早く閉まって


だが無慈悲な事に扉を開けたまま店前で話し続ける客


何を話しているのかはわからないが、時折笑うその表情が自分をあざ笑っているように見える


『ほら、これが欲しいのだろう?我慢は体に毒だぞ?』


そう私を指さして誘っているのだ

足がガクガクと震えだす


体中から汗が噴出する


思わず自分の身体を抱きしめた


だめ……我慢が……


視界が霞む


どうやら涙を流しているらしい


体もどこか熱く感じる


息を荒くしながら股をもじもじと擦り合わせる


んぅ……はぁ……んぁあ……


周りの人がなぜか自分を見ていたがどうでもいいことだ

どうすれば気を落ち着かせられるか


匂いからどんな食べ物が出てくるのか想像してみることにした


この濃厚なソースと肉を焼いた時特有の匂いは、ハンバーグという食べ物だろうか


早速脳内で試食を試みる


しかしそれは叶わない


そう、そんなものを食べたことがないのだ


知らない者がそれを想像しても、何も理解できまい


それでも本能を揺さぶる匂いに、ぽたり、と唾液が一滴口から洩れる


すぐにはしたないと気づき、だらしなく開く口を閉じようと試みる

震える口をゆっくり、ゆっくりと閉める


あと少し


そう思ったところで、しかし口は閉まりきらない


それは傍から見ると、親から餌をねだる小鳥


中途半端な位置で開いたり閉じたりを繰り返す口は、結果的に唾液の製造を促進させるだけだ


なにか口をふさぐものが必要だ


そうだ、指を咥えよう


自分を縛っていた腕の一本を開放し、ゆっくりと人差し指を口に入れた


卑しいことに、口内に何かが侵入してきたことで口はそれを味わおうと閉じられた

自分自身の指をねっとりと味わう


指先をちろちろ舐め、少し塩辛い感じを意識する


味が薄まってきた


指を奥まで口内に入れ、根元からしゃぶる


じゅぶじゅぶと溜まった唾液の音を響かせながら指を出し入れする


先ほどより落ち着きはしたが、依然視線は店の方から離すことが出来ない


上目遣いで店を見る自分の無力さに打ちひしがれながらも指を舐め続ける


周りの人間が股間を抑えながらいそいそと立ち去っていくが、やはりどうでもいいことだ


しかしその中に、聞き逃せない言葉があった

『あのお姉ちゃんお店見ながら何やってるんだろうね?』


『食べたいのかな?あんなになっちゃうなんてきっと貧乏なんだろうね』


『僕はお母さんみたいなおうちでよかったよ!だって好きなだけお腹いっぱい食べれるもん!あの子の家はきっと親がダメな人なのかな』


親……?


親とはなんだ?いつ発動する?


今の自分にとっての親は……司令?


ということは今、司令を馬鹿にされたのか?


自分のせいで?


何もかもを忘れて立ち尽くす

自分が悪く言われるのはいい


それだけの行いをしているし、現に今の状況など見せられるものではない


だが司令を悪く言われるのは気に入らない


私を深海の呪縛から助け出し、新しい生をくれた司令


補給やご飯の時、いつも量を心配してくれる司令


活躍した自分を、大きな暖かい手で撫でてくれる司令


誰よりも私を大切にしてくれる司令


…………


そうか、そうだったのか

自分が貧相にふるまうのは、司令にも迷惑をかけてしまう


貧乏だとか、貧相だとか、姉妹がいないから一緒にいると気まずいとか、痴女スカートだとか


そんなことは聞き飽きたし、否定する気もない


しかし自分でもなぜかは分からないくらい、司令を貶すことは許せない


艦娘として、鎮守府の仲間として、一人の少女として


いつの間にか足の震えは止まっていた


大地を踏み蹴り、店への一歩を歩き出す


例えこのお金が後で必要になるとしても


後で後悔するとしても


今この歩みを止めることの方が、よほど後で後悔することになる


もう迷わない

店の前に立つ


自分が変わってしまうかもしれない


それもいいじゃないか


貧乏というイメージ


今日この瞬間、それを消し去ってしまおう


そうすれば司令が馬鹿にされることはなくなる


扉に手を掛ける


光り輝く店内の光が自分を照らし出した


さぁ始めようじゃないか


輝ける明日は、もう目の前だ

「いらっしゃいませ。お一人様ですね。禁煙席のこちらの席にどうぞ」


案内され、4人掛けのテーブルに一人だけで座る


何という贅沢……!!


店の中から匂う香りも段違いだ


ふとメニューを見る


『ランチタイムライス無料!!なにをご注文いただいても結構です!!』


そんな宣伝文句があった


この瞬間私の中に天啓が宿った


そうだ、これを……!!

「ご注文はお決まりでしょうか?」


「はい」


「お水をください。あとこのお米もお願いします」


「へ?あ、ああ、お水ならすぐにお持ちしますので」


「?いえ、ですからお水だけで結構です。あとはこの無料のお米を」


「ぅええ?わ、分かりました。取り敢えずライスとお水をお持ちします」


そう言うと店員はすぐに水とお米を持ってきた


「お待たせしました。では追加のご注文はそちらのボタンを押してもらえれば結構なので。それではごゆっくり」


店員は去って行った

すぐにお米をおにぎりサイズに手で握る


そして店を出て、ある場所へ向かった


ああ、なんていい匂いなんだ


匂いの元は店の中と、あともう一つあった


排気口だ


店の中でやるのは、抵抗があった


だがここならば……

持ち出したアツアツのおにぎり


涎いっぱいの口へ、匂いを嗅ぎながら頬張る


涙が出た


こんなにも贅沢な食べ方が、今までにあっただろうか


それも無料なのだ


店から出てきて何かを叫ぶ店員の声すらも遠い


無我夢中で味わい尽くした


あまりの幸福感に意識が遠のく


マッチ売りの少女もきっとこんな気持ちだったのかもしれない


全身を包む喜びに包まれながら、意識を手放した

こうして司令の名誉は守られた


気が付いたら私は鎮守府に帰ってきており、執務室で寝かされていた


起きた私に、司令は涙を流しながら何度も謝ってきた


謝るべきなのはこちらなのに


後日、司令はご褒美だと言って同じレストランに連れて行ってくれた


もうその時にはお米無料はやっていなかった


何でも好きなものを頼んでくれという司令の言葉


私は迷いなく注文した


「すいません、お水下さい」


司令はまた泣いて謝っていた

終わり


なにこれ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月13日 (月) 20:09:30   ID: yC5qOPxN

オチが秀逸

2 :  SS好きの774さん   2015年09月24日 (木) 02:48:15   ID: Qeokx_00

書いたお前が言うなwww

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom