乃々「ここ、どこなんですか……」 (45)

【モバマス×Bloodborne SS】です

注意点
・今回のツアーで森久保が狩人をやるということで思いついたネタ
・ほぼ地の文あり、長い。Bloodborneのキャラが登場したりゲームのネタバレを含みます
・森久保がすごい苦労する

以上が許容出来る方は楽しんでいただければ、駄目でしたら閉じて頂いて

よろしくお願いします


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辺りを包み込む花と草の香り。その香りに刺激されて目を覚ました少女は、自らが置かれた状況をぼんやりと
認識してつぶやいた。

乃々「ここ、どこなんですか……」

立ち上がりって前を見ると、そこにあるのは巨大な月に照らされた古い屋敷。整えられた石造りの道といい、
周りの景色といい、それまで居たはずの場所とはあまりにもかけ離れた光景に少女の混乱は強まっていく。

乃々(私、どうしてこんな場所に……うぅ……)

ひとまず目の前の屋敷に向けて歩き始めた少女……森久保乃々は、そこに辿り着くまでの間に思い出せる
範囲で状況を整理を始める。乃々が意識を失うまでにあったはっきりとした記憶は、彼女が今回のツアー
イベントで狩人役に選ばれたということから、他のイベントメンバーと共にその演技の練習を行っていた所まで。

そこから先の記憶はまるで靄がかかったかのように正確に思い起こすことが出来ず、ただ大きく黒い獣ように
会ったような気がするという感触のみが残っていた。

乃々(そうだ、私たしか、人の視線から逃げ込める場所を探そうと皆から離れてツアー会場を散策してて……)

乃々(それでなにか、すごく恐ろしいことを体験したような……)


今の状況になった理由を掴むきっかけとなるはずの記憶を思い起こそうと必死になる乃々だったが、ふと屋敷の
側に捨てられるように置かれた人形を目にすると、自分でも不思議なことにそれまでの疑問がすべて吹き飛び、
ただただその人形に目を奪われてしまった。

乃々(なんて綺麗なお人形さん……)

無造作に捨てられているようでありながら、身に纏う衣装は大切にされていそうな思いが感じられるほどに美しく、
その顔の造形はまるで今にも動き出しそうで。

乃々(なんだかすごく惹きつけられて……)

???「その人形が気に入ったかね?」

乃々「うひゃあ!?」

突如として呼びかけられ、まさか人がいるとは思わなかった乃々は心臓が飛び出そうなほどに驚いてしまう。
そんな少女の姿に声をかけてきた人物は苦笑する。

???「これはすまない。驚かせてしまったようだね」

乃々「あ、えと……」

多少落ち着いた乃々は声がした方向……すなわち目の前の階段の先にある屋敷の入り口を見る。そこには
車椅子に座った白髪の男性がおり、乃々の顔を見たその人物が今度は逆に驚いた様子をみせた。


???「これはまた……今度の狩人はまたずいぶんと幼く可愛らしいお嬢さんだ」

乃々「狩人……えっ!?」

老人の口からでた『狩人』という言葉に、乃々はこれがツアーの本番なのかと焦ってしまう。

乃々「あ、あの! も、もしかしてもうツアーのイベントは始まってるんですか……? だ、だったら心の準備が
まだなのでもう少し待っていてほしいんですけど……あぅ……」

???「ツアー……? なんのことだねお嬢さん?」

乃々「……あれ?」

首を傾げる老人を見て、乃々も同じように首を傾げる。一瞬モバPによるドッキリを仕掛けられているのでは
ないかという不安も頭によぎったが、今回は芳乃と愛海も同行してのイベントの上、これだけの規模のセットを
乃々1人のために用意するとも思えない。

なによりその肝心のモバPの姿がどこにも見えないことが、彼女の不安をより一層掻き立てた。

乃々「うぅ……プロデューサーさんいぢめですか……今回のお仕事もちゃんとやりますから
早く姿を見せてください……」


???「ふむ」

あまりにも頼りない少女の姿に、老人は困った表情を見せる。

???(魔物め、一体どんな基準でこの子を選んだのだ。とても狩人に向いているとは思えんぞ)

けれどもこの場所に来てしまった以上、余程のことがなければ少女がこの夢から帰ることなど出来ない事を
知っている老人は、ひとまず屋敷の中に少女を案内することに決めた。

???「ひとまずそんな所で立っていないで屋敷に入りなさい。なにか茶でも飲んで温まりながら、
お互いことを話そうではないか」

乃々「で、でも、あぅ……分かりました……」

ドッキリであれば不安な姿を見せればモバPがそのうち飛んでくるだろうと考えていた乃々であったが、
いつまで経ってもその気配がないことを悟ると、老人の言葉に仕方なく従うのであった。


乃々「――……あ、おいしい」

屋敷に案内され、自らをゲールマンと名乗った老人から渡された紅茶を口にした乃々は、その甘さと温かさに
少しばかり癒される。

ゲールマン「しかし、そうか……アイドル……イベント……すまないが、私にはさっぱり分からないな」

乃々「そ、そうですか……。じゃ、じゃあ私はなんでこんな所に」

思い出せる限りの記憶を頼りに自らの状況を説明した乃々は、この屋敷の主であろう老人から原因を聞けるので
ないかと期待していたが、当のゲールマンも困惑している姿に落胆してしまう。

乃々「うぅ、こんなことなら1人で会場を出歩くんじゃなかった……もうわけが分からないんですけど……」

ゲールマン「いや、分かることも有る。例えば君がここに喚ばれた方法などならだがね。だが、
それを今の君に話すことは出来ない」

乃々「なんでで……!」

問い詰めようとした乃々は一瞬だけ合わせた視線の先にあったゲールマンの瞳を見てそれ以上の言葉を飲み込む。
その瞳が乃々に伝えたのだ、今少女が踏み込もうとした深淵と同じ恐怖を。

乃々(も、もう帰りたい……なんなんですか……)


泣きそうになる乃々にゲールマンは彼にしては珍しく慌てた様子を見せたが、それ以上に驚かせるものが
彼女の足に触れた。

乃々「……ふぇ?」

使者達「「「UAAAAA……」」」

乃々「ひぃいい!?」

ぴたぴたと足に触ってくるその小さな存在に悲鳴を上げる乃々であったが、ゲールマンはにこやかな表情を浮かべる。

ゲールマン「おや、君はどうやら余程使者達に気に入られたと見える。彼らがここまで自力で動くのは久しぶりに見たよ」

乃々「な、なんなんですかこれ!? なんですか!? や、やだ!!」

ゲールマン「そう怯えずとも害はない。彼らは『使者』だ、君のような狩人を慕って従う。言葉を話すことはないが、
良い連中だよ」

乃々「害はないって……すっごく怖い見た目なんですけど……!」

ゲールマン「そこも含めて愛嬌があるだろう?」

乃々(な、ないない、絶対ない……!)


ひとまず使者から逃げるように椅子から立ち上がった乃々は、屋敷の入り口に向かって歩き出そうとする。

ゲールマン「どこへ行く?」

乃々「帰るんですけど……来た以上絶対帰り道があるはずです。だからそれを……」

ここにいても事態は改善しないと判断した乃々は、とにかく一刻でも早くプロデューサー達の元に戻りたい
一心で帰る道を探そうとするが、それをゲールマンの一言が断ち切る。

ゲールマン「残念だが君の言うプロデューサーの元へは帰れんよ。君が目的を達成するまではな……」

乃々「そ、そんなの調べて見なくちゃ……」

ゲールマン「だがこれは絶対だ。神と呼べる連中の力でも借りない限りは……そしてその神というのも……」

そこで言葉を濁したゲールマンに不穏な物を感じた乃々であったが、もはやこの場所に詳しい彼にここまで断言
されてしまっては本当に帰るのは駄目なのだろうと諦めると、何故か逆に心の何処かで奇妙なやる気が浮かんで
くるのを感じるのであった。

乃々「そうなんですか……じゃ、じゃあ、私がここに喚ばれた理由ってなんなのか知りたいんですけど……」

ゲールマン「……うむ、そうだね……」


乃々のつぶらな瞳に一瞬走った狂気に、少女が順調に夢の影響を受けていることを確認したゲールマンは、
あえてそれを気づかないフリをして質問を返す。

ゲールマン「それにしても突然元気になったじゃないか、どうしたのかね?」

乃々「別に……でも、こういうシチュエーションの少女漫画だと、そのうち頑張っているヒロインにかっこ良く
助けてくれる人が現れるというのは定番ですから……」

少女の中にある知識がうまく彼女を狩りに向かわせているのだと理解したゲールマンは、新たな狩人の登場に
安堵と、こんな幼い娘までをあの凄惨な場に引きこまめばならない現状に無力感を覚えつつ、うまく乃々を
誘導していく。

ゲールマン「そうか……ならば今は外へ出て見るといい。君の話に出てきた世界の町並みとはずいぶん違うが、
だからこそ外の世界は君にとって有意義なものになると思うよ」

乃々「外の世界……? やっぱりここから帰れるですか……?」

ゲールマン「いや、一時的に目覚めてここから「出られる」だけだ。「帰れる」わけではない。難しいとは
思うが、わかってほしい」

乃々「???」


なにがなんだか分からないと疑問の表情を浮かべる乃々の姿は、永い間夜を過ごすゲールマンにとって
久しぶりに見た純粋な人の愛嬌というもので、それが彼自身にとっても驚くべき善意をもたらした。

ゲールマン「さて……外へ出るとしても、今のヤーナムは戦う力が無ければ危険だ。そのために君にはこれを貸そう」

乃々「こ、これ銃じゃ……一応私も持ってるんですけど……」

ゲールマン「ああ、君がここに来た時に持っていた玩具かね? あれではだめだ、なんの力にもならないよ」

水銀弾を乃々が持てるだけ渡したゲールマンは、さらに懐からなにかの道具を取り出すと、二つ紋章のような
物を選び、それを彼女に見せる。

乃々「これは……?」

ゲールマン「カレル文字といって……まぁ、君が詳しく知るのは後でもいいだろう。今はこの文字をよく見るんだ」

言われるがままに文字を見つめた乃々は、そのカレル文字と呼ばれるものが自分の心に刻み込まれるかのような奇妙な
感覚を覚えて身震いする。

乃々「あ、あの、これ、いつまで見れば……」

ゲールマン「もう見なくてもこの文字を思い出せるかな?」

乃々「な、なんだか頭の中に常に文字があるような感覚までするんですけど……」


ゲールマン「よろしい、今君に見せたのは『湖』と『左回りの変態』というカレル文字だ。これがきっと君を助ける」

見せられたカレル文字のうち片方があまりにも酷い名前だったため、少々顔が引きつる乃々であったが、確かになにか
身体が動かしやすくなった感じがするため、素直にお礼を述べておくことにした。

乃々「あ、ありがとうございました。少し体が軽くなった感じがします……」

ゲールマン「それは良かった。では最後にだが……」

なにかを渡そうとしたゲールマンだったが、それより早く使者が乃々の足を触り、彼女に武器を差し出した。

乃々「ひっ……って、これ、斧……?」

使者「「「UOOOOO……」」」

ゲールマン「どうやら先を越されたか、だが使者からの贈り物はもらっておくべきだな。しかもそれは獣狩りの斧か」

渡された斧を手にした乃々は、その見た目に反して自分の力でも持ちやすい重さだった斧を試しに右手で振ってみる。
ヒュパっという空気を裂く音が心地よく、そしてそれが簡単に相手の生命を奪えるものだとの証明でもあることに
気づいた乃々は、改めて自分が向かおうとしている外の世界というものに、いつもの自分からは考えられない興味が
湧いてくるの感じるのであった。

乃々「これは……これなら、私でもなんとかなりそうなんですけど……でも、ここまでしてくるなんて……外は
どれだけ危ないことになってるんですか……?」

ゲールマン「今日は獣狩りの夜だから、何が起きてもおかしくないくらいだよ。なに、今はあまり深く考えないといい。
外の世界を見て、怖くなったら最初は帰っておいで」

乃々「……はい」


渡された銃と斧を大事そうに胸に抱いた乃々は、ゲールマンからさらに外の世界への出方と、外からここに帰って
くるには使者が集まる灯りを見つけてそれを側で見つめることと、手強そうな獣に出会ったら決して無策で飛び込む
ことはしないようにとの説明を受けた。

ゲールマン「――それと、君の言っていた世界のことについてだが、私のほうでも出来る限りのことはしてみよう。
期待はしないでほしいがね」

乃々「そ、そんな……ゲールマンさんが悪いわけじゃないですから……」

屋敷の側にある文字の刻まれた墓石へと向かいながらゲールマンとそんな会話を交わした乃々は、少しだけ笑って見せる。

乃々「それにきっと皆が助けに来てくれるって……信じてます」

ゲールマン「……あぁ、来るといいな。では、気をつけて」

乃々「こ、怖いですけど……行ってきます」

外へ出るための方法として説明された通り、墓石に刻まれた場所の名前『Central Yharnam』を見つめながらそこに集まる
使者達に手をかざすと、乃々の体は光りに包まれると共に透明になっていき、まさに一瞬にしてその場から消えるのだった。


ゲールマン(……行ったか……ではすぐ戻ってくるだろうから、しばし待っているとするか)

外に向かった乃々を見送ったゲールマンは、複雑な心境を胸にしまいながら屋敷へと戻ろうとする。
その時、狩人の夢の世界に風が吹いた。ゲールマンとここを見ているもう1つの存在でなければ引き起こせないはずの
大きな風が。

ゲールマン(……なんだ)

背中に隠した物の感触を確かめながら辺りを警戒するゲールマン。けれど風を生み出した存在はそんな彼をまるで子ども
扱いするかのように唐突に、そして鈴のような美しい声で彼に語りかけてくるのだった。

???「そう警戒なさらずー。わたくしは少々お話を聞きにきたのでしてー――」


乃々「――……はっ!?」

自分が透明になる感覚や、なぜか英語で刻まれていたはずの墓石の文字を『ヤーナム市街』と読めたことなど、
新たに浮かんだ感覚や疑問によって一瞬意識が遠のいていた乃々は、どこから聞こえる咳の音や金属を擦る物音で
我に返っていた。

乃々「こ、ここが……外?」

辺りを見回した乃々は、その雰囲気に圧倒されると共に目を輝かせる。彼女のいるヤーナム市街はまるで昔の
ヨーロッパのような建物が並び、道に乱雑に積まれた大小様々な生活道具や、闇に沈みかけている空の模様など、
すべてが普段の日常では味わえないものばかり。

少女漫画であれば吸血鬼や狼男などの存在がメインとして登場しそうなその街並みは、14歳の少女に最高を刺激を
与えるのだった。

乃々「す、すごい……まるで漫画の世界に来たみたい……」

ヤーナム市街の雰囲気に呑まれ新たに湧いた疑問が押し流された乃々は、感動のまま使者が集まる灯りから離れ始める。

乃々(これが、ゲールマンさんの言っていた外の世界……でも、危険なんてなさそうですけど……)

胸に大事に抱いていた銃と斧をそれぞれ左手と右手に持ち直しながら、乃々はどうするか考えて、まず先ほどから聞こえる
咳の音の元へと向かう。

乃々(咳をしてるってことは人ってことですし……なにか聞けるかも……)


ランプのついた窓へと近づいた乃々は、わずかに感じられる人の気配を安堵し声をかけようとするが、ここで先ほど見た
墓石の文字のことを思い出す。

乃々(そういえば、ゲールマンさんは日本語で喋ってましたけど、この外の世界の人は日本語喋ってくれるんでしょうか……)

英語などろくに喋れない乃々はどう話しかけたものかと迷うが、そんな彼女に気づいた窓の住人が気を利かせて先に
話しかけてくれるのだった。

???「そこにいるのは狩人かな?」

乃々「あ、え、一応そうらしいですけど……」

驚いたことに聞こえてきたのは日本語でそれがまた乃々を困惑させたが、会話が出来る以上は情報を入手しようと彼女は
意を決して言葉を返していく。

乃々「あの、私は森久保乃々といいますけど……あなたは?」

???「驚いた、声からして随分若い女の子のようだが……ゴホッゴホッ! ……失礼、私はギルバート。君と同じく
外から来た者だ」

乃々「えっ!? ほ、本当なんですか!?」

まさか最初に話しかけた人物が自分と同じ外の人間だとは思わなかった乃々は嬉しくなってしまう。

乃々「あ、あの、あなたはどうやってここに来たんですか! 帰ろうとは思わないんですか……? もりくぼは帰りたいん
ですけど帰れなくて……だからその方法を探してて」

ギルバート「ゴホゴッホッ! ま、待った待った、落ち着いて、1つずつ話してごらん」

乃々「あ、ごめんなさい……」


あまりにも興奮していた自分が急に恥ずかしくなった乃々は、顔を赤くしながらギルバートの自分の状況を説明する。
そして返ってきた答えは残念ながら彼女にとって良いものではなかったのだった。

ギルバート「……うーん、どうやら君の言う外と私の言う外では相当に違いがあるようだ……ゴホッゴホッ。すまないね、
力になれなくて……」

乃々「あぅ……そんな、こちらこそ……」

冷静に考えてみればあの不可思議な空間にいる老人が分からないことが市街にいる一般市民に分かるはずもなく、外の世界と
いうのもこのヤーナム市街の外ということを言っているはずだったのである。それでも一瞬でも外に帰れる希望が見えた乃々を
落ち込ませるには十分で、街並みを見て得た感動はどこへやら、乃々は再び泣きそうな表情になりながらも会話を続ける。

乃々「で、ではせめて、なにか調べ物が出来そうな場所なんてないですか……」

ギルバート「ゴホッ、君のような若い子がこの夜に外を出歩くのは心配だが……けれど、そうだね。こんな不思議な現象に
ついてなら、大聖堂にいる人間ならなにか分かるかもしれないね」

乃々「大聖堂、ですか?」

ギルバート「ああ、道なりに行けばたどり着くこの市街の大橋を渡った先には聖堂街と呼ばれる場所があって、
そこの本拠地が大聖堂だ……ゴホッ」

新たな手がかりを手に入れた乃々は、目の前の灯りを見ながら思案する。ここにいれば何があってもすぐにゲールマンの
いる場所に戻ることが出来るが、自分のいた元の世界へ戻る手がかりを探すためには先に進むしか無い。危険と安全を
秤にかけてやはりこの場へ留まろうと決意しかけた乃々であったが、ある音が彼女の決意を打ち壊す。

乃々(……? 今何か)

最初は空耳かと思った乃々であったが耳を澄ませて見ると確かに聞こえるのだ。「オギャーオギャー」と泣く赤ん坊の声が。

乃々「赤ちゃんが、泣いてる……?」


ギルバート「ん、今何か言ったかい?」

乃々「いえ……あ、ギルバートさん、ありがとうございました。私はこのまま大聖堂に行ってみることにします」

ギルバート「そうか、気をつけて。ゴホッ……今日は獣狩りの夜だ。危険だと思ったらすぐに逃げなさい」

赤ん坊が外で泣けるのであれば危険などなにもないだろう。不思議なことにそのことに全く疑問を抱かなかった乃々は
ギルバートに別れを告げると灯りから見て右側にある階段を降りて先へと進みだした。
カラカラとなにかを引きずる音が大きくなり、その音の正体がつかめる位置まで来ると、乃々の意識はさらに落ち着いていく。

乃々(……普通に人が歩いてるんでけど……どの辺りが危険か分からないんですけど)

乃々のいる位置から下の通路には松明と武器を手にした人々が歩いており、獣狩りの夜と呼ばれていた割には一向にその獣の
姿が見えないことが少女の警戒心まで下げていく。

乃々(……銃や斧までもらってしまったのに……まぁ、使う状況が来ないほうがいいんですけど)

そんなふうに楽観して道を進んでいた乃々は、ふと前を見て物陰に潜む男性に気づくと、さすがにその怪しさに若干後ずさる。

乃々(あの人なんであんな場所にいるんでしょう……?)

あの人物に近づかずに済む道はないかと辺りを見回すが迂回路のようなものはなく、あるとすれば壊れた柵の部分から下へと
飛び降りるという選択肢程度。

乃々(さすがにそれはいやですし……まぁ、変な人だからといって急に襲ってくるはずもないですよね)

下がった警戒心と落ち着いた心が導き出したこのまま道なりに進もうという思考を素直に受け入れた乃々は、それでも少しだけ
慎重に歩き始める。直後。


毛むくじゃらの男「GUUOOOOO!!」

乃々「ヒィ!?」

視界に乃々を捉えたのか、物陰に潜んでいた男は目の前の障害物を手にした鉈で破壊しながから一気に突っ込んでくる。
その姿は異様であり、男の全身はまるで獣のように毛深く、そして目は完全に理性の光を失っていた。

乃々「ま、まって! もりくぼはただ大聖堂に行きたいだけなんですけど!」

叫びも男の耳には届かず、そもそも人の言葉を理解している様子すら感じられない男性は、あらかた目の前にあった物を
破壊し尽くすと、今度は乃々を同じ目に合わせるために再度武器を振り回しながら突撃してくる。

乃々「こ、来ないで……ひゃあ!?」

首を狙って振られた鉈を寸前で身を屈め回避した乃々は、そのまま距離を取るために左方向へと転がる。本当は道のある
右方向へと進みたかったのだが、それでは男の振り回す鉈を避けきれないと判断してのことだ。

乃々(うぅ……もりくぼは獣じゃないのに……というかあの人絶対様子がおかしい)

異様な風貌と理性の欠片も感じられない動き。これを果たして人間として認識してよいものか。普段の乃々であれば絶対に
浮かばないであろう疑問が、夢の影響を受けた体を自然と動かし、彼女自身が気づかぬままにその左手に握った銃の引き金を
引かせようとする。
しかしその動きよりも僅かに速かった男の反応が、結果として乃々の精神を救ったのは幸か不幸か。

毛むくじゃらの男1「UUGOOOOA!!」

乃々「やめ……あっ……」

男が振り向きざまに薙ぎ払った鉈を避けようとバックステップをした乃々は、妙に地面へ着地する時間が遅いことが気になって
下を見る。そして自分がいつの間にか柵のない場所に追い詰められており、今のバックステップでそこから飛び降り形になった
ことも認識した。


乃々「お、落ちるんですけどー!」

下へと落下したことで頭が一瞬前であった場所を通過した鉈によって斬り飛ばされるという事態は回避した乃々であったが、
盛大な尻もちをついた痛みが彼女を襲う。

乃々「いたた……」

けれど襲ってくるのはそれだけではなかった。燃える磔台を見ていた男も落ちてきた乃々に気づくと叫びを上げ、上の男と
同じように乃々に斬りかかってきたのだ。

毛むくじゃらの男2「UUOOOOA!!」

乃々「ひぃいい!」

振り下ろされる鉈を前転する形で回避した乃々は、先に見えていた階段を急いで降りる。

乃々(ヤバイんですけど前言撤回するんですけど助けて欲しいんですけど!)

武器をもらった時の自信はすでに吹き飛んだ乃々は、階段を降りていた先で待ち構えていた二人の男にも気づかれ
その虚ろな瞳に恐怖する。

乃々「あ、えと、あの……」

毛むくじゃらの男3「GUOOOOA!!」

毛むくじゃらの男4「WHY!? WHY!?」

乃々「あぁやっぱりぃー!」


叫びながら振り回される斧を前転で避けた乃々は、後ろから迫る男と目の前の二人に挟まれ瞬間の判断を迫られる。
この道を左に逃げるか右に逃げるか。どちらに逃げても嫌な予感がひしひしと感じられるため、まるで街全体が乃々を
追い込んでいるような錯覚すらある。

乃々(どうしようどうしようどうすれば……)

けれど迷いは命取り。騒ぎを聞きつけたのか左から突如として新たな男達が乃々に襲いかかってきたではないか。

毛むくじゃらの男5「RRUOOOOO!!」

毛むくじゃらの男6「What!! What!!」

乃々「ひやああ!!」

振り下ろされる剣と斧。ギリギリの所でそれを避けた乃々は、道の左側からさらに後続が歩いてきているのを視界の端で
捉えると、すぐさま右側へと走りだす。
もはや手にした武器を使って追い払うという思考すら出来ず、乃々は泣きながら逃げる。

乃々「助けて……助けて!」

しかし逃げた先、広場へとたどり着いた乃々はその場の光景に絶句する。そこには今も乃々を追いかけてきている男たちの
数倍は居ようかという群衆が集まっており、彼らは皆一様に、なにかに取り憑かれたかのように、広場の中心で燃え盛る
磔台を見つめていたのだ。

乃々「こんなのってありですか……うひぃ!?」

唖然としていた乃々は後ろからバァンと音が響き、自分のすぐ側を何かが通過したことに悲鳴を上げる。
振り返ってみると手にした武器で追いかけてくる男たちだけでなく、マスケット銃を構えた男がこちらを狙っていることに
気づき、乃々は慌てて物陰に隠れようとする。


だが今の銃声で悲鳴を上げたことが完全に広場の群衆の気を引いてしまったのか、それまで磔台を見ていた者達の視線が
すべて、隠れようとする乃々を捉えてしまう。

群衆「「「UOOOOOOOO!!!」」」

乃々「い、いやぁああ!!」

隠れるのは無理だと理解した乃々は再び走る。広場の先の扉は閉まっており、磔台から見てそれぞれ左右に道があることが
確認できる。ここで行く方向を間違えれば袋小路だろう。

乃々「どっち、どっちを……!」

どちらにせよ右の道も左の道も群集がいることは間違いなく、乃々は本能に従って左の道へと逃げることにした。階段を
駆け上ると待ちぶせの群衆からの攻撃と馬車の上に立っている男からの射撃を浴びせられるが、それをどちらも紙一重で
回避しながら、少女は必死の形相で駆ける。

そして左の道の先、広場の閉まった扉の反対側に位置する場所までなんとか逃げ込めた乃々は、後ろを振り返り最後に
飛んできた銃弾を横に転がって回避しながら警戒する。

乃々(お、追って……来ない……)

荒い息を整えながら、磔台の側にいた群衆が噴水のあるほうまで追ってこないことを確認した乃々はそこでやっと座り込む。
アイドルとしての練習のため数時間も走りこみをしていたことなどが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったと
ぼんやりと考えながら、乃々は少しだけ休憩する。


本当はこのまま眠ってしまいたいほどの疲労感が襲い始めてきているのだが、先ほどから広場の扉を乱暴に叩き続けている
大男の姿をすでに視界に捉えてしまった以上、眠ることも出来ない。

乃々(……ゲールマンさんの所に帰るための灯りからは随分離れてしまいました……うぅ……いぢめですか)

もはやなぜこんな風に大聖堂を目指そうとしたのか、そのきっかけとなる心変わりが自分でも理解出来なくなっていた
乃々は、ゲールマンから渡された銃を抱え込んで足を縮こませる。

乃々(帰りたい……早く、こんなところから……)

しかし念じた所で事態が好転するわけでもなく、ゲールマンの所に帰るには灯りを見つけるしかない。もはや大聖堂に
向かうことなどほぼ諦めた乃々は、早く安全な場所に逃げたい一心で重い体を引きずり起こす。
立ち上がった時足元で転がった液体の入った瓶を4個ほど眺めた後、なにかに使えるかもしれないと拾っておきながら。

乃々(……とにかく、先に進むしかなさそうですけど……あんな広場にはもう戻りたくないですし……)

これまで走ってきた感覚で、どうやらいつもよりもスタミナがあることを感じていた乃々は、あえて危険が分かっている道を
戻るよりも、なにが起きるか分からなくても群衆が少なくなりそうな先の道を進もうと判断する。

どうやらこの街はある程度1本道で繋がっているらしく、そうだとすればこの噴水のある広場や磔台の燃えていた広場ほどの
スペースがこの先に待っているとは考えづらいことも、先に進む判断を促した。

前へ進むと決めた乃々の行動は早く、扉を叩き続ける大男に気付かれないよう急いで噴水の側を駆け抜けると、その先にある
階段の下で上へと続く道の様子を伺い始める。

乃々(井戸の側には犬みたいなのが……それに、さっきよりも数が少ないですけど、やっぱり怖い人達もいます……)

視線の先にある井戸の近くには、肉が爛れてしまっている凶暴そうな犬が徘徊しており、あれに見つかってしまうと
厄介なことになるのは確実そうである。けれど見回しても結局はその犬のいる場所を通過するしか先へと進む方法は
なさそうで、どのタイミングで飛び込むかが迷いどころである。


乃々(階段から降りてきてる人たちが、もう少し階段から離れた瞬間に……? それともいっそいなくなってくれるのを
期待してもうちょっとだけ様子をみて――)

だが乃々に様子をみる時間はなかった。ぞわりと背筋に走った悪寒を頼りに後ろを振り向くと、先ほどまで広場の扉を
叩いていたはずの大男が、いつの間にか乃々のすぐ側までやってきて手にしたレンガを振り下ろす直前だったからだ。

大男「MOOOOOO!!」

乃々「そ、そんなぁー!」

頭をレンガで叩き割られる寸前で前転で回避した乃々だったが、そのせいで犬の徘徊する井戸の場所に飛び込む形に
なってしまう。

乃々「あ」

肉の爛れた犬1「WON!!」

乃々「も、もうどうしてこんな……」

肉の爛れた犬の跳びかかりをさらに前転で回避した乃々は、階段から少し離れた位置で男たちがこちらを認識したことを
確認すると、意を決して走りだす。

男たち「「AAAAAA!!」」

振り下ろされる武器と狙い打たれる弾丸を走って避けた乃々は、男たちの隙間を縫って一気に階段を駆け登る。

乃々(よ、よし! これなら)

肉の爛れた犬1「GRRUUUUU!!」

肉の爛れた犬2「WON!! WON!」

乃々「お、追ってくるなんて聞いてないんですけど……!」


階段を駆け上り一息つこうとした乃々は、けれど執念深く追いかけてきた肉の爛れた犬達に追い立てられ、そのまま
反対方向にあった階段を駆け下りて逃げる。その先は多少広い空き地となっており、ぱっと見ただけでは完全に他の
道がなくなっている袋小路になっているのだった。

乃々「しま……」

振り返って駆け下りてきた階段に戻ろうとする乃々ではあったが、グロデスクな姿で牙をむき出しにして追いかけくる
犬達が完全に退路を塞ぐ形で待ち構えており、もはやそれも叶わない。

乃々「嘘……」

肉の爛れた犬1「RRUUUUU……」

肉の爛れた犬2「SHIIIII……」

あのおぞましい牙で噛み付かれたら、乃々などひとたまりもないのは考えなくても分かる。自分が貪り食われる光景が
頭によぎった乃々は、しかし追い込まれたことでやっと手にした武器の感触を思い出す。

乃々「うぅ……や、やるしか、ないんですか……」

犬に注意を向けながら辺りをもう一度見回した乃々は、左の段差から落ちないようにすることを心に決める。先ほど
誤って落ちた場所よりも遥かに高いうえ、下は逃げてきた群衆が集まっている広場。落ちたら今度こそ命はないだろう。

乃々「こ、こうなったら……こないで欲しいですけど……来るなら来てみろ……!」

肉の爛れた犬1「GRUUUUA!!」

ツアーの狩人役の練習を思い出し、今だけはその役を演じきることでこの場を凌ぐ力を呼び起こした乃々は、
飛びかかってきた1体に向けて銃口を合わせて引き金を引く。
特殊な作り方をされたゲールマンの銃は、装填された水銀弾を分解すると銃口から散弾として発射し、無数の小さな弾丸は
呆気なく犬の体を吹き飛ばす。


肉の爛れた犬1「GUA……」

乃々「や、やった……!」

だが喜びに浸かるのもつかの間、残るもう1体は今ので乃々の動きを学習したかのように立ち回り始め、彼女が照準を
合わせようとする度に右へ左へ、すさまじい瞬発力で翻弄する。

乃々「こ、この……!」

強引に狙いを定めようとした焦りが隙を産み、肉の爛れた犬はその隙を逃さず乃々に喰らいつく。

肉の爛れた犬2「GAAAU!!」

乃々「ひっ……!」

牙が右腕に触れる寸前、持っていた斧の柄を盾のように差し出すことで犬の牙をそれに咬ませることに成功した乃々で
あったが、犬は飛びかかった勢いのまま乃々の目の前を通り過ぎ、それに合わせて斧を彼女から奪い取る。

乃々「あぁ!」

さらに口にした斧を器用に振り回し、乃々の残る武器である銃もその手から弾き飛ばしたではないか。

乃々「じゅ、銃が……!」

優勢だと思っていた状況が一瞬にして絶体絶命へと変化したことに乃々は絶望し、その場にへたり込んでしまう。
口に咥えた斧を放り捨てながら、肉の爛れた犬はそんな乃々をまるで威圧するかのように、今度はゆっくりと近づいてくる。

肉の爛れた犬2「GRUUUUU……」


乃々「ひ……あ……」

恐怖で声が出ない。後退り、もはや建物の壁にまで追い込まれた乃々の脳裏にはこれまで生きてきた体験が次々と
思い起こされる。

乃々(これ……走馬灯ってやつなんでしょうか……もりくぼは、こんなところで……死ぬ……?)

アイドルが楽しくなってきて、友達も増えて、これからいっぱい楽しいことがあるはずなのに、こんな訳の分からない
場所で死ぬ。それがどうしようもなく悲しくて、乃々は涙を零しながら目を閉じる。

乃々(助けて、誰か……やだ、こんなの……誰か……プロデューサーさん……!)

肉の爛れた犬2「UOOOAAAA!!」

抵抗する気力もなくなった獲物に歓喜の叫びを上げながら、肉の爛れた犬は襲いかかる。
そしてその牙は乃々の頭を一撃で喰いちぎ……らなかった。

BAAAANG。

肉の爛れた犬2「CANN……」

乃々の銃とは別の発泡音。その直後に犬の息絶える叫びが聞こえ、乃々は恐る恐るといった様子で目を開ける。目の前には
確かに今その瞬間まで乃々を襲おうとしていた犬が死体となって横たわり、さらにその向こう側、階段の所を見ると1人の
男性が銃口から煙を上げる銃を構えてこちらに向いていた。

乃々「プロ……デューサー……さん?」


???「獣狩りの群衆が騒ぐわ屍犬がなにかを追いかけてるわと、様子を見に来てみれば……おい、無事か」

乃々「…………あ」

犬を倒してくれた男性は銃をしまいながら乃々に近づいてくる。距離が近づくほどにその人物がモバPでないことが分かり
落胆する乃々であったが、助けてくれた人物に黙ったままは失礼だと、なんとか言葉を絞り出す。

乃々「あ、ありがとうございました。助けてくれなければ私は今頃……」

乃々の声を聞いた男は、それまで出会った理性ある人達がしたのと同じように驚いた様子を見せる。

???「まさか……この声の感じと匂い……お前、女の子か」

乃々「へ……? そ、そうですけど……」

見れば分かるはずの質問をする男性に首を傾げた乃々は、しかし男性の顔の様子を見て納得する。その人物の両目は包帯で
塞がれており、乃々の姿を視認していないのだ。

どこか聖職者のような恰好の男性は、乃々に顔を近づけ本当に女の子かどうか匂いを詳しく確かめ、さらに頭などを触って
実体があるかどうかまでを確認すると、そこでやっと警戒を解いたのか右手の斧もしまいながらさっきまでより幾分柔らかい
声音で話しかけてきた。

???「驚いた、本当に女の子か。獣狩りの夜に出歩くのは不用心すぎるぞ、こんな所でなにをしている」

乃々「あ、えと、私は森久保乃々っていいます。実は――」

これまでの経緯を簡潔に説明した乃々は目の前の男性……ガスコインと名乗った人物が次の言葉を発するのを待った。

ガスコイン「こことは違う外の世界から来て、そこへ帰る方法を探しに大聖堂へか……それ以前にゲールマンに
出会った狩人だと? お前みたいな子供かが? 武器はどうした」


乃々「あ、そうでした……」

犬に奪われ吹き飛ばされた斧と銃を回収した乃々は、どこも壊れていないことを確かめると少しだけ安心し息を漏らす。

乃々「良かった……壊れてません……」

ガスコイン「まったく、武器を獣共に奪われる狩人なんぞ聞いたことがない。獣狩りの夜に外に出るなら絶対に武器を
手放すな、死にたくないならな」

最もな忠告をされてしまい、乃々は苦笑する。この厳しい人物はその近寄りがたい見た目に反してとても優しいようで、
それが一瞬だけモバPにも重なったがゆえの安らぎの笑みだった。

ガスコイン「なぜ笑う……まぁいい、大聖堂へと向かうならこの大橋を進めばすぐだ。今は封鎖されているが、
俺がなんとかすれば扉も開くだろう」

乃々「え、一緒に来てくれるんですか……?」

思いがけない提案に乃々は喜ぶ。こんな状況では話が出来る相手というだけでありがたいのに、共に来てくれるとあっては
あまりにも心強い。

ガスコイン「あぁ、噂に聞いたことがある狩人共とお前が同じ存在なら、あの使者共が集まる奇妙な灯りの場所まで
送ったほうがいいんだろうが、下があの様子ではいくら俺でも守りながらは厳しい……というか良く逃げ延びれたな」

乃々「も、もう必死でしたから……」

下の広場に群集が集まっていることを音で感じていたガスコインは、乃々があの数を相手に無事に切り抜けてきたことを
賞賛する。そして逃げるだけで敵をまともに倒していない乃々が心配になったからこそ、同行を申し出ているようだ。


乃々「それで、あの、一緒に来てもらっていいんですか……?」

ガスコイン「構わん。どうせお前に同行している最中でも俺の目的は達成出来る。それと言っておくが、お前も一応狩人なら
これからは躊躇するな。この夜に姿が見えたらそれはもう獣、そうでなくともやがて獣になるのだから」

乃々「で、でもガスコインさんは獣じゃないんですけど……」

妙な所で反論してきた乃々が可笑しくて、ガスコインは盛大に笑うといつも娘にやっているような感覚でぐしゃぐしゃと
その頭を撫でる。

乃々「わ、わわ……」

ガスコイン「ハッハッハ! そうだな、お前の言うとおりだ、俺は獣じゃない。ハッハッハ!」

久しぶりに笑ったガスコインは気分を良くすると、乃々を守るような形で先へと歩き出した。

ガスコイン「じゃあ行くぞ。大橋にも少々敵がいるから俺がそいつらを狩る。お前は物陰に隠れながらその銃である程度
援護してくれ」

乃々「は、はい」

言うが早いか、すぐさま敵を見つけたガスコインはすさまじい速さで突っ込んでいく。彼の見つけた敵を乃々も少々遅れて
視認するが、その敵を見た瞬間彼女の頭に鈍い痛みが走る。

乃々(……あ……)

見えているのはガスコインよりもさらに大きな黒い獣。そのどこか狼のような敵の姿を見て、乃々の中にある形の覚束ない
記憶が少しだけはっきりしていく感覚が痛みと共にやってくるのだ。


乃々(そうだ、私……あの獣にツアー会場で襲われて……でもなんで、こんな所にいるはずの獣が会場に……)

ガスコイン「ウラァアアアアア!!」

いつまにか斧を変形させて両手持ちにしていてガスコインは叫びとともに跳躍し、落下地点に向けて斧を叩きつける。
その衝撃によって吹き飛んだ黒い獣のうち、右側に居た方を斬り払ってトドメを刺したガスコインは、前転し間合いをとって
残るもう1体に向き直る。

黒い獣「GUUUUU!!」

獣の叫びに物陰に潜む乃々の体は一瞬竦むが、相対しているガスコインはどこ吹く風で、斧を片手持ちに変形すると走り
抜き様に横一閃し、残った獣も仕留めきる。

ガスコイン「……こんなものか……よし、先に進むぞ」

乃々「……あ、はい」

ガスコインが黒い獣を仕留めたことで、乃々を襲っていた頭痛の波も去っていった。結局この獣がどうして自分を会場で
襲ったのかは謎であったが、それ以上にすさまじい強さを見せつけたガスコインの姿が、今の乃々にはとても頼もしかった。

さらに先に進むと広場で見かけた大男と、妙に肥え太ったカラスが集まる場所に出くわしたが、それもガスコインが跳躍から
斧を振り下ろす一撃でまとめて片付けてしまい、乃々の出番はないままに大橋の一番奥手前の門にまで辿り着くのだった。

乃々「なんだかあっさり着いちゃったんですけど……もりくぼの苦労はいったい……」

この大橋に来るまでの危機的状況を思い返し、やはりこういう場面で1人でいるのはやめようと心に誓った乃々は、それでも
もうすぐ目的の場所まで行けるという希望を胸に門をくぐって、急に立ち止まったガスコインの背にぶつかった。

乃々「あたっ……ガスコインさん……?」

ガスコイン「……まずい」


歴戦の狩人としての勘、視力の代わりに強化された聴覚と嗅覚が、これから起こることをガスコインに警告する。彼は急いで
乃々だけでも門の外に出そうとするが時すでに遅く。

乃々「あ、あれ……なんだか変な霧がかかって出られないんですけど……」

ガスコイン「チィ! おい、どこか適当な場所に急いで隠れろ! 俺がいいというまで出てくるんじゃないぞ!」

乃々「え、どうして、もう敵は――」

その時、大気を切り裂くような咆哮があたりに響いた。乃々は先程までの敵とは違うその悲鳴のような異様な叫びに恐れを
感じて急いでそばにある馬車の物陰に隠れる。

ちゃんと乃々が隠れたことを確認してからガスコインは武器を構え、緊張の面持ちで前方を見る。咆哮の聞こえてきた場所を。
そこは聖堂街。そして人には絶対不可能な高さの跳躍を行って大橋へと飛び降りてきたソレは、ガスコインの姿を確認すると
再びすさまじい咆哮を上げた。

聖職者の獣「KIAAAAAAYAAAAA!!」

ガスコイン「聖職者の獣……このタイミングで……!」

左腕が右腕に対して異常なほどに大きく、その頭部には乃々が今まで見てきたどんな生物の物とも違う奇妙な形の角があり、
巨体はやせ細っているというのに見る者すべてを圧倒する存在感がその獣にはあった。

乃々(な、なんですかれあれ……! すごい危ない予感がするんですけど……!)

馬車の影から聖職者の獣の姿を確認した乃々は、突然現れた恐ろしい敵に足が震える。対するガスコインはただただ冷静に
聖職者の獣を眺め、攻撃の隙を伺う。

ガスコイン「俺も神父の端くれだ、獣とはいえ元同業者。せめて苦しまないように殺してやる」

きっと聞こえていないであろう宣言を聖職者の獣に行いながら、ガスコインは走った。その直前彼に向かって跳躍を行っていた
聖職者の獣は、誰もいない落下地点に拳を振り下ろす。


先んじて走っていたガスコインは、聖職者の獣の後ろから両手持ちに変化させた斧で最大威力の斬りつけを行うために
身をひねる。限界まで絞られた弓のごとく力の貯めたガスコインの身体が一気に動いた瞬間、手にした獣狩りの斧は
まさしくその名の通り獣を殺す武器となって、彼を中心に斬撃の竜巻を引き起こす。

乃々(す、すごい……!)

遠目からでも今の斧の回転斬りの威力の凄まじさが伝わってきており、乃々は思わず興奮してしまう。斧によって胴体を
傷つけられた聖職者の獣は出血し、これ以上のダメージを浮けないためにその巨大な左腕で反撃の裏拳を浴びせようとする。

けれどそんな見え透いた動きがガスコインに通じるはずもなく、彼はバックステップを二回行い間合いを取ると、今度は斧の
柄の端をギリギリの位置でもって踏み込み、聖職者の獣の左腕を横に斬りつける。

聖職者の獣「GUOAAAAA!!」

たまらず聖職者の獣はその左腕を持ち上げ、敵を叩き潰そうと振り下ろしてくるが、それよりもガスコインの動きのほうが速く、
彼は横に斬りつけた斧をその勢いのまま背中へと持って行き、そこから反動をつけて聖職者の獣の顔面目掛けて振り下ろす。

聖職者の獣「KGOOOOAA!?」

頭部に凄まじい衝撃を受けた獣は堪らず頭を垂れるように地面に跪く。ガスコインはその最大のチャンスを逃さず再接近すると、
獣の頭部を掴み、なんと右手をその獣の頭に突き刺したではないか。

乃々(え、ええー!?)

人が巨大な獣の頭に腕を捩じ込ませるという信じされない光景に、乃々は我が目を疑ってしまうと共になぜかその様に興奮し、
魅入られ始める。だが戦っているガスコインは真面目な様子で腕を突き刺した頭からなにかを引きずり出すと、それを獣に
見せつけるかのように握りつぶした。

聖職者の獣「GKYAOOOOGAA!!」

連続しての大ダメージにガスコインがそのまま押せるかと思われたが、聖職者の獣がここでもう一度大きな咆哮を上げると、
動きに変化があらわれた。


聖職者の獣「GIAAAAAA!!」

それまで緩慢だった動きが嘘のように激しくなり始め、ガスコインが攻撃する隙を見いだせないほどに短距離の跳躍からの
跳びかかり攻撃や、左腕と右腕を混ぜた連続攻撃を開始したのだ。

ガスコイン「チィ……!」

狩りに慣れたガスコインにとっては避けやすい動きばかりなのが幸いではあったが、攻撃する隙を見出しにくいのが彼には
不満であった。そんな戦闘の様子を見ていた乃々は、怯えや恐れ以上に興奮と熱が高まっていることを自覚せずに、
なにか手伝えることはないかと考えだす。

乃々(な、なにか手伝わないと、このままじゃガスコインさんが……そ、そうだ、あの瓶!)

ここに来るまでの道中で拾った液体の入った瓶。あれを投げつけて聖職者の獣の気を散らせばガスコインの攻撃する隙が
出来るのではないかと考えた乃々は、震える手で瓶を取り出す。
いつもなら恐怖に負けてしまいかねなかった乃々は、しかし瓶を見つめた時、僅かに反射して映った自分の目を見て
湧き出てきた勇気に後押しされ、馬車の影から飛び出した。

乃々「こ、これでも、どうですか!」

ガスコイン「……!? なにしてる、隠れてろ!」

飛び出してきた乃々に気づいたガスコインは叫ぶが、奇妙な高揚感に包まれた乃々は意に介さず瓶を投げる。4個あった内
二つは聖職者の獣に届くことはなかったが、1つは獣の胴体に当たり、もう1つは獣の巨大な角に命中した。
さらにその瓶に満たされていた液体は発火性だったのか、角にあたった瞬間に発生した静電気かなにかが着火剤となり、
聖職者の獣の頭部を炎で包み込んだ。

聖職者の獣「GYOOOOAAA!?」


突如として予想外のダメージを喰らった聖職者の獣は堪らず再び地面に膝をつく。ガスコインは乃々が危ないことを
したことに舌打ちしつつも、彼女によってもたらされた最大のチャンスを活かすべく、再び獣の頭部を掴んでそこから
なにかを引きずりだす。

聖職者の獣「AAAAAAAAAA!?」

乃々(や、やっぱり、すごいんですけど……!)

二度も巨大な獣からなにかを血飛沫とともに引きずりだしたガスコインの血塗れの姿に、乃々は普段の彼女とは
思えないほど恍惚とした表情でふらふらと戦闘を観戦する。
だが聖職者の獣はそんな乃々もすでに敵と認識しており、斧を構えて油断なく襲い掛かってくるガスコインよりも、
今の己の状態でもすぐさま捻り殺せそうな彼女を先に潰すことに決めたとばかりに、突然ガスコインを無視して乃々へと
跳躍したではないか。

ガスコイン「……まずい!!」

乃々「……え……」

視界から突如見えなくなった聖職者の獣を探してゆったりとした動きで上を見る乃々。ガスコインはその動きで少女が
狩りに酔い始めたことを悟ると、急いで走りだす。

ガスコイン(間に合え……!)

乃々「あ、あれ、獣が上――きゃ!?」

跳躍してきた聖職者の獣の左拳が乃々を叩き潰す直前、ギリギリのところで彼女を突き飛ばすことに成功したガスコインで
あったが、その代償に彼の身体は獣の拳の直撃を受けてしまう。

ガスコイン「グアアアア!!」

乃々「ガ、ガスコインさん!!」

弱い者から潰すつもりが予期せず良い結果を生むことになったことを喜ぶように、聖職者の獣は歓喜の叫びと共にガスコインを
聖堂街側の壁にまで吹き飛ばした。


乃々「あぁ!?」

1人残される形になってしまった乃々は、けれどなぜか恐ろしさよりもはっきりと感じる手にした武器の感触に困惑する。

乃々(や、やらなきゃ……やられちゃう……私のせいで、ガスコインさんが……だから……!)

先ほど見たガスコインの動きを参考に、さらに暴れる勢いが増した聖職者の獣の動きを華麗に避けつつ吹き飛ばされた
ガスコインの元に近づいた乃々は、彼の身体がまだ動いていることを確認して決意を固める。

乃々「や、やります……こいつを、倒すんですけど!」

ガスコイン「よせ……無茶だ……逃げろ……せめて……1人だけでも……」

朦朧とする意識の中でガスコインは呼びかけるが、乃々はその言葉をあえて無視して聖職者の獣に向きなおる。彼のように
斧を両手で持ってしまうと身長のせいでまともに扱えないことが分かりきっている以上、乃々は別の方法であの巨体に
対応しなければならない。

乃々(あいつは……ガスコインさんの攻撃や炎が頭を襲う度に膝をついてた。つまり、頭が弱点で、そこを攻撃できれば!)

聖職者の獣「AAAAAAA!」

最後のトドメとばかりに腕を振りながら突進してきた聖職者の獣。その動きをギリギリまで見て、ガスコインのように攻撃が
当たる寸前で腕を掻い潜った乃々は、先ほど彼がしたように聖職者の獣の後ろで、最大威力の攻撃をするための準備を始める。

聖職者の獣「KGAAAAAAA!?」

まさか攻撃を避けられると思っても居なかった聖職者の獣は、もはや自分の命があと僅かという焦りからか、激しい連続攻撃を
浴びせて完全に殺しきろうと乃々へ無防備に振り向いてしまう。ここでもし、聖職者の獣が乃々を掴むように腕を動かしたり、
ガスコインを仕留め切るような動きをすれば、彼女に勝機はなかった。けれどもこの瞬間、乃々の勝利が決まる。


乃々「……悪い狼は、もりくぼが退治しますけど」

ツアーでの自分の役の台詞を呟きながら、落ち着いた様子でゲールマンの銃に10発の水銀弾を込めていた乃々は、聖職者の獣が
振り向いた瞬間引き金を引き、その頭部に向けてすさまじい威力の銃撃を浴びせる。

聖職者の獣「GYOOOOAAAGAA!?」

角が吹き飛ぶほどの衝撃が頭部を貫き、聖職者の獣はこの戦闘で最後となる頭を垂れる形での膝をつく状態になる。垂れてきた
頭を見つめた乃々は、ガスコインと同じく頭部に腕を捩じ込もうとして……やはりそれは気持ち悪いと右手に持った獣狩りの斧を
深々と獣に突き刺した。

聖職者の獣「GA……」

突き刺した斧を引き抜いた瞬間、聖職者の獣は大量の血飛沫を乃々に浴びせながらその姿が溶けていき、まるで最初から
獣などいなかったかのように死体も残さず消滅してくのだった。

ガスコイン「――……倒しちまいやがった……犬も殺すのがやっとだったやつが、聖職者の獣を……」

聖職者の獣のような巨大な敵との闘いにおいて、相手がどれだけ瀕死であろうと一瞬の油断、慢心が死につながる。そんな
場面に初めて遭遇したであろうはずの少女が、今は浴びた血に悦んだ表情を浮かべるまでに成長した。
だが、その力の付け方ではいずれ道を踏み外す。それを嫌というほど知っているガスコインは、輸血液を使ってなんとか
起き上がれるまでに回復すると、未だに聖職者の獣が消え去った地点で立ったままの乃々を呼び寄せた。

乃々「ガスコインさん、身体は大丈夫なんですか……?」

ガスコイン「ああ、なんとかな。それよりお前、そろそろ帰れ。お前みたいな奴はこれ以上ここに居ては駄目だ」

乃々「え、で、でも」

渋る乃々に分からせるように、ガスコインは大橋にいつの間にか現れた物を指さした。それは乃々がこのヤーナム市街に
最初に現れた時に見ていたのと同じような灯りであった。

乃々「あ……灯り……」


ガスコイン「本当なら大聖堂まで案内してやりたいが、この身体じゃすまないが無理だ。だからお前は別の方法で外に帰る
方法を見つけろ」

乃々「で、でも、今の私なら、きっと獣相手も大丈夫なんですけど……!」

反論する乃々であったが、そんな彼女に分からせるためにガスコインはすさまじい殺気を浴びせる。

乃々「あぅ……」

ガスコイン「いいか、これ以上進めばお前が狩るのは獣だけじゃなくなる可能性もある。それにさっきの戦い方も危うすぎる。
調子に乗るな、獣狩りでまぐれで勝てることは2度はないぞ」

乃々「うぅ……」

窘めなれた乃々は落ち込み、それと共にガスコインの言葉は正しいことも理解する。先ほどの聖職者の獣も、
ほとんどガスコインが仕留めかけていたからこその勝利だと考えると、彼がいなくなった先で同じように戦えるかは
今の乃々には自信がなかった。

乃々「わ、分かりました……とにかく一旦ゲールマンさんの所に戻ってみます」

ガスコイン「それでいい。できればそのまま外の世界に帰れるといいな。お前の雰囲気は、こんな夜には似つかわしくない」

娘を思い出したガスコインは、最後に優しく乃々の頭をなでてやると、そのまま灯りへ向かうよう促した。

ガスコイン「さあいけ、できれば二度と会わないことを祈っておこう」

乃々「あ、あの、ガスコインさんありがとう、お元気で……」

別れの挨拶を交わした乃々は、灯りをつけ、その光を見ながら現れた使者達に手をかざす。するとヤーナム市街に来た時と
同じように乃々の身体は光りに包まれると共に透明になっていき、一瞬にしてその姿は消え去るのだった。


乃々「――……はっ!?」

再び身体が見えるようになった時、最初にやってきた屋敷の庭先に立っていることを理解した乃々は、自分の身体の様子を
見て首を傾げる。

乃々(……あれ? あんなに血が付いてたはずなのに)

聖職者の獣との戦いで浴びたはずの血は、まるで夢だったかのように乃々の身体から綺麗さっぱり消えてなくなっており、
それがどこか寂しさと安堵を乃々にもたらす。
それ以外の変化はなにかないかと辺りを見回した時、乃々は奇妙な違和感を屋敷の階段の側に見出した。

乃々(……あんな人、いましたっけ……?)

そこには優しげな佇まいで乃々を待っているかのような女性が1人立っており、その服装は最初に来た時打ち捨てられていた
人形のものと酷似していることが、乃々の違和感を加速させる。

乃々「あの……あなたは?」

気になった乃々は女性に話しかけ見ると、彼女は名乗らずただ人形らしく言葉を伝えてきた。

人形「ようこそ狩人様、お会いできて早々ですが、大樹の下で、ゲールマン様がお待ちのはずです、お早くそちらに
お向かいください」

乃々「……えっと、どういうことですか……?」

人形「私には何も。ですが、お早く」

人形はそれ以上の会話を行わず、ただ乃々を大樹の元へ促すばかり。訳がわからない乃々であったが、ゲールマンが待っている
以上時間をかけるわけにもいかず、言われたとおり屋敷の裏にある大樹へと向かう。


ゲールマン「おかえり狩人。どうだったかね、初めての外は」

待ち構えていたゲールマンは、車椅子に座りながら乃々を見つめ、そんなことを尋ねてくる。

乃々「な、なんだか色々凄まじいことがありすぎて……でも、すごい大きな獣を倒せたが今でも夢みたいで……」

ゲールマン(ほぉ……)

乃々のいう大きな獣というのが聖職者の獣のことであろうと見ぬいたゲールマンは、自分が多少力を貸しすぎたとはいえ、
初めての狩りでそこまで行ってしまった目の前の少女の才能に驚嘆する。

ゲールマン(この子であればもしかすれば……いや、よそう)

だがこれ以上違う世界の人間を巻き込むことは出来ないと少しだけ湧いた欲を消し去り、ゲールマンは要件を述べていく。

ゲールマン「なるほどね……あぁ、ところで私の貸した銃はまだ持っているかね?」

乃々「あ、あります。これのお陰ですごく助かりました……」

ゲールマン「ふむ、それならば良かった。さすがに私も銃がないと困るのでね、そろそろ返してもらおうかと」

乃々「も、もちろんお返ししますけど……」

名残惜しそうに銃を見つめる乃々の姿に、予想以上に夢の影響が早いことを確認したゲールマンは、乃々は最初に持っていた
舞台用の銃を返しながら、ある人物と約束したとおり彼女を正しい世界に返すための準備を始める。


ゲールマン「さて、狩人……実は君を元の世界に戻す方法が見つかった」

乃々「ほ、本当ですか!? あ、でも、獣狩り……」

ゲールマン「そちらについてはまた新たな狩人がそのうち現れるから心配しなくても良い。君は、自分の世界に帰ることだけを
考えなさい。元よりこれは君にとって悪夢のようなものなのだから」

ゲールマンの言葉に納得していないような、嬉しそうな、そんな複雑な表情を浮かべながらも、乃々はこれで元の世界に
戻れるのだという現実を受け入れることにする。

乃々「わ、分かりました。もりくぼは元の世界に戻ります……あの、それで、どうやるんですか……?」

ゲールマン「君は後ろを向き給え。そうすれば、次に目覚めた時、君は夢を忘れ、朝に目覚める」

そんな簡単なことでいいのかと思う乃々であったが、言葉に従い彼女はゲールマンに背を向ける。

乃々「あ、そうだゲールマンさん、色々ありがとうございました、お茶、美味しかったです……」

ゲールマン「……それは良かった、ではさらばだ、可愛らしい優秀な狩人。血を恐れたまえよ」

その言葉と何かが身体を通過する感覚を最後に、乃々の意識は闇に落ちていった。


「――……! ……ぼ! 森久保ォ!」

誰かがなにかを叫んでいる。それが自分の名であることを認識するまで若干の時間を要した乃々は、ぼんやりとした意識の
中で目を開け、自分を呼ぶ者の顔を見る。

乃々「……プロ……デュー……サー?」

モバP「ハッ!? 起きた、起きたのか!? 森久保、分かるか、ちゃんと分かるか!!?」

乃々「あ、あの、そんな風に怒鳴らないで欲しいんですけど……ちゃんとプロデューサーさんだって分かるんですけど……」

モバP「うおぉおおお!! 森久保ォオオ!!」

乃々「うひゃあ!?」

強く抱きしめられて焦る乃々であったが、なにかとても嬉しそうなモバPの様子に、彼女は仕方なくしばらく抱きつかれたままの
状態でいることにした。
そして後から聞いた話によって、自分がツアー会場の外で倒れた姿で発見されたこと。目立った外傷もないのに半日も
目覚めなかったことなどを知った乃々は、なにか大事な記憶が抜け落ちているような感覚を味わう。

乃々「あの、プロデューサーさん、もりくぼは、倒れた時なにか持っていませんでしたか? 銃というか斧というか……」

モバP「銃? 銃ならそこにある舞台用の銃を持っていたぞ。見てくれた医者の見解だと、乃々が1人で演劇の練習をしていて
その銃で頭を強打でもしたんじゃないかって話だったが……」

乃々「え、そ、そうなんですか……?」

なにか、それだけではなかったはずなのに、その部分だけがまるで夢だったように消えてなくなってしまっている。そんな
不思議な気持ちが、乃々の中をぐるぐると渦巻く。


モバP「自分のことなのになんでそんな不安そうなんだ……まぁいい、今日は安静にして様子を見て、大丈夫そうなら明日から
ツアーの練習を再開だ。それでいいか?」

乃々「あ、はい……迷惑かけて、ごめんなさい……」

モバP「いいさこれくらいのこと。だが、次からちゃんと気をつけてくれ、他の皆もすごく心配してからな」

乃々「……はい」

そうしてイベントの調整のためにモバPは部屋から出ていき、入れ替わりで今度は1人の少女が入ってきた。

芳乃「乃々殿、此度は災難でありましてー」

乃々「芳乃さん……いえ、私がちゃんと注意してれば……」

新たに部屋に入ってきた和服の少女……依田芳乃は、反省している乃々を慰めるかのように意味深な言葉を呟く。

芳乃「いえいえー、乃々殿だけの責任ではなくー。わたくしが赤ずきんをやれる嬉しさのあまり力を込めていましたらー、
予期せぬ世界とつながってしまいー。それが原因でしてー」


乃々「……え?」

芳乃「けれども向こうの者達とすでに交渉は済みー、故にー、もはやそなたの身に起きたことは夢としてー」

乃々「あ、あの、意味がよく……」

芳乃の言葉に困惑する乃々であったが、芳乃はただ笑顔で最後に付け加えた。

芳乃「理解せぬほうが良きこともこの世にはありましてー。だからこそー、そなたの疑問は気のせいでしてー」

その笑顔にはなぜかすさまじい力が感じられ、乃々はただただ自分の疑問が気のせいであると納得する。その瞬間、
乃々の中にあった大事な記憶が抜け落ちているような感覚も、夢を見ていたような不思議な気持ちも消え去り、
少女はまるで何事もなかったかのように、また普通の日常へと戻っていくのであった。

〈終〉

Bloodborneの狩人衣装は森久保似合いそう、それとSな森久保は結構好きです
あとさすがにゲームそのままの敵の耐久度とかで書くとお話の流れが作りづらいので、その辺りは変えています
長かったですが読んでくださった方ありがとうございました

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