まどか「……あなたが、犯人だったんだね」 (21)

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私は読書が好きです。
心が温かくなる本。
手に汗握る展開が売りのハラハラさせられる本。
うっかり夜中に読んでしまうと寝付けなくなってしまうような怖ろしいお化けが登場するホラー本に至るまで、気になったものは選り好みせずに読みます。
ですからヒーローや魔法少女が爽快に悪者を倒す、小説というよりは漫画に近い内容の本などを読んだりもします。
そういった小説を読んでいると「どこにでもいる普通のーー」だとか「なんの変哲もないーー」という風に主人公の「平凡さ」を強調する場面をよく見かけます。
しかし見かける度に思うですが「平凡」ってなんなのでしょう?
よく分かりません。
どんなにありふりれた小説の主人公にだって、大抵の場合は物語が始まった時点で数十年に及ぶ人生があった訳で、それを「平凡」の一言で端的に表してしまうというのは、どうも釈然としないものを感じてしまいます。
たかだか十四年弱しか生きていない私ですらーー帰国子女であるとか、手芸部と園芸部を掛け持ちしているとか、体育が苦手だとかーー特徴をあげつらえようとすれば、いくらでも出来るのですから。
更に気掛かりなのは、平凡な道を歩んでいたはずの主人公やその他の登場人物が、超常的な事件をきっかけに大成功を収めたり、また逆に狂わされてしまう展開です。
これだけはどうしても許容出来ません。
人が地道に十何年もコツコツと積み上げて来たことが、たった一つの出来事で埋れて無かったことになってしまうなんて、何だかとっても悲しい気がするのです。
それに例えどんな非常識で強烈な出来事が起きたとしても、それだけで人生や人物そのものが別人のように変わり果ててしまうだなんてあり得ないんじゃないでしょうか。
人は簡単に変われません。
少なくとも私はそう信じています。
だって私はーー魔法少女になっても何も変われなかったのですから。

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事の発端は半年前。
アメリカから日本に帰国し、故郷である見滝原の中学校にて幼馴染のさやかちゃんと数年ぶりの再開を果たし、新しい学校生活にもどうやら馴染めそうだと一人胸を撫で下ろしていた帰路の途中ーー
猫が、死んでいたのです。
アメリカはおろか日本でも見たことがない珍しい種類の猫でした。
しかしいくら珍しいといっても ーー恐らくは車やトラックに轢かれてしまったのでしょうーー下半身は擦り切れており、残った上半分もほとんどが赤黒く染まっているせいでせっかくの地毛も台無しでしたし、ほとんど原形を留めていない状態でした。
思わず目を背けたくなるような酷い有り様。
私はその猫に駆け寄って泣きました。
無惨に殺され、誰にも気付かれず、気付かれたとしても見て見ぬ振りで放置され続けていた目の前の猫が可哀想で仕方なくなったのです。

「やあ、まどか。初めまして」

そうこうしている内に背後から声を掛けられました。
はっとして振り向くと、そこに"人"はおらず、これまた猫型の見慣れない"獣"が飄々と佇んでいるだけです。
そして獣が語り掛けて来たという事実を受け止め切れず固まっていた私とは対照的に、獣は表情一つ変えず、それどころか口さえ動かさず、はっきりとこう言いました。

「僕と契約して魔法少女になってよ」

そうして私はーー魔法少女になったのでした。
猫を生き返らせてもらう代わりに、魔獣と戦い続ける使命を背負う羽目になったのです。

・・   ・・   ・・   ・・   ・・   ・・   ・・

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「猫を助けるために魔法少女になった」

このことを告げると皆決まって、私を叱ります。
最終的にさやかちゃんだけは小馬鹿にするように笑い飛ばしてくれましたが、あのマミさんですら不服そうに眉をひそめていましたし、杏子ちゃんに至っては終始怒りっぱなしでした。
それでも魔法少女になったことを後悔した日は一度もありません。
今だって、もし過去に戻ったとしても同じ願いで同じように魔法少女になると胸を張って言えます。
けれど知っての通り魔法少女というものは大変危険なお仕事ですから、本来どうしても叶えて貰いたい願いがある人や、どうしようもなく追い詰められた人以外はなるべきものではないというのもまた事実です。
そう考えると私は、皆の言うとおり、やっぱり考え足らずだったのでしょう。
現に浅い覚悟で小さな奇跡を願った報いか、私は契約しても内面的には何も変われませんでした。
学校での日々と魔法少女の非日常との狭間で四苦八苦しながらも、気がつけばそんな毎日を成長も挫折さえすることなく、楽々とこなしてしまう私がいたのです。
本にのめり込みようになったのもその頃からです。
ひょっとすると私は非常識で超常的な力に触れ合う中で、知らず知らずの内に、物語によくある劇的な変化というものを、無意識に求めていたのかもしれません。
たった一回ぽっきりの事件で、私の中の足りてなかったものを埋めてしまいたかったのでしょう。
だけどそんなある日の放課後。
本当に、事件は起きてしまったのです。
私の不謹慎な願望を実現するように。
軽い気持ちで非日常を謳歌していた私に、本当にそれでいいのかと疑問を投げかけるように。
あの一連の事件は、始まってしまったのでした。

・・   ・・   ・・   ・・   ・・   ・・   ・・

     ♪


「……ダメだ、痩せないと」

これはマミさん宅にて発せられた私の迷言の一つです。
マミさんの家にはその日、住まい主であるマミさん、さやかちゃん、なぎさちゃん、杏子ちゃんに私を含めて五人居て、みんな和気藹々と雑談に興じていました。
雑談の内容は確かその日倒した魔獣の数を競い合っていたかと思います。
やれ私がたくさん倒しただの、やれ私の方が大きいものを狩っただの、主にさやかちゃんとなぎさちゃんが互いに主張を押し付けあって大変エキサイトしていた覚えがあります。
魔獣退治に精を出した日には、互いを労い、褒め称え、自分たちへのご褒美として美味しい紅茶とケーキをこうしてマミさんの家で食して"打ち上げ"を行うというのが私たちの慣例なのです。
そんな中。
私は面前に置かれたショートケーキを、じっと睨め付けていました。
こぶしを握り、歯を噛み締め、穴が空くほど凝視していました。
何故そんなことをしていたのかというと、ここ連日連夜魔獣がひっきりなしに現れては「見つけて見つけて!」と言わんばかりにそこかしこで暴れ回る、"魔獣の大量発生"が起きていたものですから、自ずと打ち上げを行う頻度も多くなり、その際ついつい"自分へのご褒美"を過剰摂取してしまったせいか、知らず知らずのうちに私体重史上最高記録を大幅に塗り替えていたことが前日判明したのです。
そのため欲を捨て断食をもって自己精錬に励む壮大な決意を固めたものの、いざ好物の甘物を前にした途端あっさり決意は揺らぎ、「もう太ってもいい! 食べてやる!」と理性が暴走しかけた所で自制心が冒頭の発言へと形を変えて零れ落ちたのでした。

「あら、もしかしてダイエットしてるの? 奇遇ね。私も体重が増えて来ちゃって困ってるのよ」

するとマミさんがティーカップを机の上に置いて、私の独り言に応じました。
しかしながら、マミさんの"太った"は信用なりません。彼女はどうやら腹部よりも胸部に脂肪が溜まりやすい体質なようで、有り体に言ってしまえば太ったというよりおっぱいが大きくなった可能性の方が高いのです。
これが巷で話題の自虐風自慢というものなのでしょうか。

「私も私もー! 最近デブって来ちゃってさぁ。マミさんちのケーキがあんまりにも美味しいもんだから、ついつい食べ過ぎちゃうんだよねえ」

卓上に身を乗り出して話に乗ってきたのはさやかちゃんです。けれど幼馴染の私は知っています。さやかちゃんは着痩せするタイプではありますが、実はマミさんに負けず劣らずなバストの持ち主なのです。
彼女もまた太ったというよりも、頭とお腹の栄養が胸に行ったと見るべきでしょう。
許すまじ。

「チーズを食べまくればいいのですよ、まどか。チーズは万能な食糧です。ダイエットにも有効なのです」

なぎさちゃんは卓上のチーズケーキをパクパクと口に入れながらも、はっきりとそう言いました。
中々器用な芸当です。
とはいえチーズは栄養満点な反面、カロリーが高いのであまりダイエットに向いている食材とは言えないはずです。
いくらチーズが好きだからって誤った情報を吹聴しないでほしいかなって

「ったく。体重なんざ一々気にすんなっての。面倒いだけじゃん」

最後に杏子ちゃんが呟きました。
彼女の声はどこか上の空で、適当に発しただけのような響きを含んでいます。
それもそのはず。
彼女の興味関心の矛先は会話ではなく、卓上の美味しいご馳走に向いているのですから。
その証拠に彼女は喋りながらも、なぎさちゃんと同様にばくばくとお菓子やケーキに食らいついています。
しかもなぎさちゃんと違って、こちらはもごもごと篭った声です。
完全に食べることに集中しています。
知らない人が見たら、ちょっと引いてしまうほどのがっつきっぷりでしょう。
いやでもーー

「……杏子ちゃんはどうしてそんなに食べても太らないの?」

「あ?」

「何か秘訣があるなら教えて欲しいな」

そう。
私たちの中で一番の大喰らいは杏子ちゃん。
すなわち一番太りやすいのも杏子ちゃんなはずなのです。
それなのに、打ち上げの度にに見ているだけで胸焼けがするほどお菓子を平らげているにも関わらず、彼女はスレンダーな体型を維持し続けています。
お腹も、胸囲も、膨む気配は全くもってありません。
皆無です。
一体何故なのでしょう。

「別に、秘訣なんてないよ。ただ太りにくい体質なんじゃないの」

「本当に? 実はすごいダイエット方法隠してたりしてない?」

「なんで私がそんなこと隠さなきゃなんないのさ。知ってたらとっくに教えてるって」

「とか言いつつ本当はーー」

「知らないってば」

杏子ちゃんは呆れたように、それでいて少し困ったように苦笑いを浮かべました。

「佐倉さんがダイエットしてない、というのは多分本当よ」

私の執拗な質問攻めを見兼ねたのか、マミさんが杏子ちゃんのフォローに入ってきました。
些細なことにも気配りを欠かさない、いかにもマミさんらしい行動です。

「どうして分かるんですか?」

「ほら、以前話したことがあるでしょ。あなたたちが魔法少女になる前は佐倉さんとタッグを組んでたって」

そういえば、いつの日か聞いた覚えがあります。
元々見滝原はマミさんが担当していた地域だった、とか。
今では頼りがいのある姉御肌でツンデレ気味な杏子ちゃんも昔はツンツンに尖ったトンガリちゃんだった、とか。
確かそんなお話でした。
しかし、今更昔の話なんかを引き合いに出してマミさんは一体何を伝えようとしているのでしょう。

「でね。当時佐倉さんは家なき子で、野外で寝泊まりしている状態だったから、女の子がそれじゃあんまりだってことで私のこの部屋で寝泊まりして貰ってたのよ」

「ああそっか。マミさんは杏子ちゃんと生活していたわけだから……」

当然、食習慣も熟知しているはずです。

「そういうこと。佐倉さんは当時から大食漢だったけど、特にこれといってダイエットをしている様子はなかったわね」

「じゃあ、本当に太りにくい体質なんだ」

私の追及から逃れられたことに一安心したのか、杏子ちゃんはふう、と一息ついてまたしてもケーキを口に詰めつつ

「疑惑は晴れたみたいだね。だから言ったろ? あたしはダイエットなんて馬鹿な真似はしないよ」

そう、捲し立てました。

「うん、ごめんね。問い詰めるようなこと言っちゃって」

「いや、構わないよ。てかさ。あんたって元々どちらかっていうと痩せてる方じゃん」

「そう、なのかな……?」

「そうだよ。あたしからしたら、まどかはもうちょっと肉付けた方がいいくらいだと思うけどね」

「うーん。でもやっぱり羨ましいなあ。いくら食べても太らないだなんて」

「別にそう羨ましがるほどのもんでもないだろうに」

謙遜しながらも、決して食事の手は止めない杏子ちゃん。
比喩ではなく文字通り、常人なら既に胃袋が破裂してしまいそうな量をいとも容易く処理しています。
つくづく羨ましい体質です。
すると今までことの成り行きを見守っていたさやかちゃんがおもむろに口を開きーー

「杏子の通りだよまどか。いくら食べても太らないってことは、脂肪がつかないってことなんだよ? つまり……」

さやかちゃんはそこで一旦言葉を切ると、ちらちらと杏子ちゃんの胸へと視線を投げ掛けました。
その顔は意地悪そうにニヤついています。

「あ?」

ピタリ、とケーキを口に運んでいた杏子ちゃんの手が止まります。

「何だよ。何が言いたい」

「別にー? スタイリッシュな体型だなーって思いながら杏子を見てただけだよ」

杏子ちゃんの肩がぷるぷると震え始めました。

「……それはあれか? あたしの胸が小さいことへのあてつけか何かか?」

「いいなー。羨ましいなー。私なんか胸が大き過ぎて肩が凝って大変なんだもんな〜」

しかしながら、さやかちゃんの煽りは止まる所を知りません。
杏子ちゃん反応を楽しむように、挑発は熾烈さを増していきます。

「……おい待てや」

「ねえねえ、どうやったら胸を小さいままにしておけるの? 秘訣とかあったら知りたいんだけど。良かったら教えて欲しいなー?」

「……」

杏子ちゃんはついに口をぎゅっと閉じて、黙りこくってしまいました。
が、しかし。
顔が真っ赤です。
髪の色と同じくらい赤く染まっています。
悔しさを耐え忍んでいるのがありありと見てとれます。
目は口ほどに物を言うならぬ、顔は口ほどに物を言う状態です。

「いや本当に知りたいんだよ? あーあ、出来ることなら私の胸を杏子に分けて与えたいぐらなんだけーー」

「上等だごらぁーーっ!」

そこで杏子ちゃんの堪忍袋の尾が切れました。
逆上して、さやかちゃんを押し倒したのです。
押し倒してーーさやかちゃん両胸を、ぎゅっと鷲掴みにしたのです

「ちょ、ちょっと。何すんのよ」

「希望通り、その余分な脂肪をもぎ取ってやるって言ってんだよ」

「は? 何言ってんーーいたいいたいいたいいたいっ!」

「…………」

「待って! マジでいたいって! ほんとに取れちゃうから!」

「…………」

「せめて何か言ってよ!」

杏子ちゃんいいぞー、頑張れー。
そのままもぎ取っちゃえー。
無表情のまま黙々とさやかちゃんに襲いかかる杏子ちゃんを、私はひそかに応援します。
持つ者が持たざる者を愚弄する。それは許し難い重罪なのです。
決してあってならないことでしょう。
だから杏子ちゃんには、その調子で再発防止に尽力して欲しいな。
ーーなんて。
そんなことを考えていると

「やれやれ。女の嫉妬は見苦しいですね。杏子は困ったちゃんなのです」

私の願いとは真っ向から対立する爆弾発言が耳に飛び込んで来ました。
どうやら発言の主はなぎさちゃんのようです。
あれ? おかしいなあ。
なぎさちゃんも私たちと同じく持たざる者側のはずなのに。
とち狂ったのでしょうか。

「あら意外ね。なぎさちゃんはどちらかというと佐倉さんの味方をすると思っていたのだけど」

私の抱いていた疑問をマミさんが問いただしに掛かりました。

「ほほう。つまりマミは私の胸が小さいから、だから私も杏子のようにさやかに嫉妬すると、そう考えていたわけですね?」

「ええ。だってなぎさちゃんはまだ子供だからーー」

「甘いのです!」

なぎさちゃんは人差し指をぴんと立てつつ、ぴしゃりとそう言ってのけました。
これはなぎさちゃんの気分が乗っている時によく見せる、決めポーズの一種です。

「そうね。このケーキ、とても甘いわ」

「違うのです! そういう意味じゃないのです!」

天然気味なマミさんの台詞に対し、なぎさちゃんは手をパタパタとはためかせ、髪を逆立たせながら抗議しました。
自身の決め台詞を台無しにされて、相当おかんむりなようです。
ちなみにマミさんがこうした天然っぷりを発揮するのはなぎさちゃんに対してだけで、恐らくはその度に新鮮な反応を見せるなぎさちゃんの姿が面白くって、わざとズレたことを言ってなぎさちゃんをからかっているのだと思われます。

「マミの言った通り、私はまだ子供なのです。つまり私にはまだ無限の可能性が秘められているのです」

「なるほどね。なぎさちゃんはよく寝る子だから、きっと成長も良いわね」

「その通りなのです! 低レベルな次元でいがみ合っている、そこの将来性皆無なおばさん達とは格が違うのです!」

際どい発言です。
杏子ちゃんは勿論、さやかちゃんをも敵に回しかねません。
もし杏子ちゃんの耳にこの暴言が届いていたら、間違いなく、問答無用で飛びかかられていた所でしょう。
というか。
私が飛びかかりたい。
年功序列というものを優しく丁寧に、びっちし教えてあげたい。

「? いがみ合ってるおばさん達ってーーもしかして美樹さんと佐倉さんのこと?」

「むしろさやかと杏子以外に誰がいるのですか」

「え、でもあの二人は別にいがみ合ってなんかいないわよ?」

「はあ? 取っ組み合いの喧嘩をおっぱじめておきながらいがみ合ってないだなんて、ちゃんちゃらおかしいのです! マミの目はどこについているのですか!」

「もう。人を非難する時は、せめてその前に自分を省みないとダメよ? ほら、よく見てみなさい」

「何を言って…………ふぇ?」

マミさんに言われた通り、さやかちゃん達の方を見てみるとーー

「ちょ、杏子っ……やめてっ……たらっ……」

「……」

「だから、待っ……あっ……んんッッ……」

「……」

見る耐えないことになっていました。
……いやちょっと待て下さい。
あの二人は何を考えているのでしょう。
先輩の家で、それも公衆の面前で、一体何をおっぱじめているのでしょう。
マミさんもマミさんです。
何がほら、なのでしょう。
どこがよく見てみなさい、なのでしょう。
明らかに子供に見せちゃいけない場面だったでしょうに。
全力で止めるべきだったでしょうに。
と、そんなことを呆然と考えていると。

「やっぱり今日の晩御飯はハンバーグがいいのです」

「んー、でもなー。五人分ともなるとちょっと材料が心許ないわね」

マミさんとなぎさちゃんが仲睦まじく談笑している光景が視界の隅に映りました。
さやかちゃんと杏子ちゃんについては放置を決め込むことにしたようです。
実現不可能とすら言われている、完スルーをいとも容易く実行しています。
驚きです。
いや、しかし。
冷静になって考えてみると、さやかちゃんと杏子ちゃんが気が付くとイチャついている現象は、(こんなに過激だったことはないにせよ)今に始まったことではないので、今更慌てふためく方がどうかしているってことなんでしょうか。
胸のコンプレックスを刺激されてつい見落としてしまいましたが、さやかちゃんが杏子ちゃんにちょっかいを出して、その後二人仲良くじゃれつくという展開もまた、もはや私たちの間ではお約束の予定調和の一つでもありますし。
マミさんにとっても、なぎさちゃんにとっても慣れっこなのでしょう。

そこまで考えて。
ふと、気付きました。
私、また"余ってる"。


さやかちゃんと杏子ちゃん。
マミさんとなぎさちゃん。
五人で集まって上記のペアが成り立つと、自然と私が"余る"のです。

誤解されてしまいそうなので、ここだけは先に強調しておきたいことなのですが、私は別に余ること自体は特に気にしていません。"余った"際に寂しいとか疎外感を感じたりすることはないのです。
奇数人の集団には避けて通れない宿命ですし、何より彼女達とは半年とはいえ、それなりに密度の濃い時間を共有して来ただけあって、そういう細かいことを一々気に留めるような段階はとうに越えています。

ただ。

ただ、こうして一人ポツンと余った時。
私はいつも心に穴がポッカリと空いたようなーー欠落感を覚えるのです。
今はとても充実した日々を送っているはずなのに、これ以上は望みようがはずなのにーー足りない。
ここにいるはずの何かが、何者かが、いない。
どうしようもないほどに、欠けている。
こんなことをしている場合では、ないのです。
私は、もっと大きな何かのーーーー

「ちょっと、まどか。聞いてんの?」

「え?」

「さっきから話かけてんのにうんともすんとも言わないから、どうしたもんかと思ったよ」

「ごめんごめん、ちょっとぼんやりしてて」

私は、唐突に耳に飛び込んできた、杏子ちゃんの声で現実に引き戻されました。
どうやら彼女に何度も話かけられていたようです。
全く気付きませんでした。

「まどかは気合いが足りませんね。ダメダメなのです」

「気合いが足りないってーー一体何の話をしていたの?」

「あの生意気なデブどもをいかにぶちのめしてやろうかって話をしていたのですよ!」

激昂しながらもなぎさちゃんが指差した先にはーーさやかちゃんとマミさんがいました。
なるほど。
いつもの間にか、私がぼんやりしている内に、巨乳VS貧乳の対立構造が出来上がっていたようです。
つまり私は何を言うまでもなく、自動的に貧乳チームへ割り振られてしまったのでしょう。
……ちょっと納得がいきません。

「あ、マミのやつ今こっちに舌出して来やがったのです! バカにしてるのです! 絶対に許せないのです!」

先程の余裕はどこへやら、なぎさちゃんは地団駄を踏んでわめき散らします。
その騒音が原因で近隣トラブルのに発展したら、どう責任をとるつもりなのでしょう。
それにしてもマミさんが無邪気に舌を出している姿というのは、中々新鮮です。
激レアと言えます。
さやかちゃんのような半端者と違い、マミさんレベルになると、胸の大小に頓着しなくなるようで、いつもは本人もそれを鼻にかけることはないのですが、どうやらマミさんはなぎさちゃんをからかうためなら主義主張をもあっさり翻してしまようです。
で、半端者のさやかちゃんは何をしているのかと言うと

「やーい。ぺちゃパイの嫉妬は見苦しいぞー」

相も変わらず、懲りもせず、煽っていくスタイルを貫いていました。
いっそ清々しいくらいです。

「さやかちゃんだって言うほどないじゃない」

「さっすがー。アメリカンなまどかさんは意識が高いねえ。でもおかしいなあ。その割にまどか自身は……あれれえ?」

「うん、やっぱりちょっと調子に乗り過ぎかなって」

直後、血で血を洗う仁義なき戦いが、この狭い密室で繰り広げられることになるのですが、諸事情により詳細は割愛。
誰だって自分たちの痴態を、微に入り細に入り懇切丁寧に晒したくはないでしょう。
あまりの大騒ぎに血相を変えた管理人さんが乗り込んで来た、といえば何が起きたか大方バレテしまうとは思いますが。
まあ、とにかく。
いつの間にか、私は余り者ではなくなっていました。
五人集まれば誰かしら一人、余る時だってあるでしょう。
そんなものです。
けれどそれはほんの一時的なもので、本来わざわざ取り沙汰すべき問題ではないのです。
一人ぼっちの時にひしひしとのしかかってきた欠落感や喪失感は、皆と騒いでいる内に綺麗さっぱり忘れてしまうーーその程度のものなのです。
しかし。
その日に限って、暗澹とした感情は尾を引きました。
誰と居ても、何を話しても、心の奥底がチクチクと痛みーーいつもならとっくに影を潜めているはずの後ろ暗い気分が、あたかも波打ち際のように、押し寄せて来ます。
そんな微妙なコンディションからーー私と私を取りまく全ての人を狂わせる、凶悪な事件は始まったのでした。裏を返せば、私がそんなコンディションでさえなかったら、恐らくあの事件は始まりすらせず、そうでなくともまた違った結末を迎えていたのでしょう。

今回はここまでです
スマホからなんで絵文字の一部が文字化け起こしちゃってますが大目にみてやってください

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