提督日和 (191)

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・駄文

・提督目線

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加賀「暇ですね」

隣に腰を下ろしている秘書艦が呟いた。
穏やかな波を連れた春の海風が彼女の髪を撫でる。
空は不気味な程の青で、長くなりだした太陽は海面に踊っていた。

提督「そーだな」

彼女の呟きに答える。
こういった呟きは彼女が構って欲しいときによく聞く。

加賀「釣れそう?」

提督「こればっかりはわからん」

背の低い堤防に胡坐をかいて餌のついていない針を沈めている。
結果はどうでもいい。俺は釣り糸を垂らしていたい。
いつだったか彼女の野暮な問いに答えたことを思い出した。


深海棲艦との戦争から早一年。
問題は今も多々存在するが、平和な日々を送っていた。
主戦力である艦娘たちはその役目を終え、それぞれの道を歩き出した。
ある者は社会に溶け込み、ある者は隣にいる加賀と同じように軍に残った。
それは艦娘だけではなく、俺たち提督も役目を終え、スリム化によって地位を流された。
俺のように細々と提督をやっている者も少なからず存在する。
功績を上げた者を散りばめ防衛網を巡らすという大義名分に反感を覚えた者もいたが、俺のように現状に満足している者も存在する。
俺の中の幸せはあまりに小さく、そして贅沢過ぎるものなのだ。

沈黙が続く。不思議と落ち着く時間だ。
彼女とのこういった時間も俺の幸せなのだ。

加賀「提督、そろそろ戻りましょう」

不覚、時間が経っていることすら認識できていなかった。
明日もまた昇りだすであろう太陽は海との別れを告げていた。
足取りは軽い、今日もいい日であった。


_______



吹雪「提督、今週の土曜日お時間有りますか?」

提督「デートか?」

セクハラです。隣の加賀が箸を休め言う。
人数とは不釣り合いな大きな食堂でのことであった。

吹雪「ち、違いますよ!これです!」

吹雪から渡された書類に目を通す。

加賀「授業参観?」

『授業参観の案内』
実施日は今週の土曜日。読めたぞ俺に来いということか。
吹雪に顔を移すと少し不安げな表情を浮かべていた。
隣の加賀に手を差し伸べ、スケジュールを確認する。
ペラペラとページを捲り、少し可愛げのある文字を土曜日に見つける。

提督「大丈夫だ、問題ない」

良い返事が聞けてほっとしたのか、吹雪は緊張を解いた。
俺の返事への緊張かそれとも提出期限がギリギリであったことの緊張かは気にしない。
俺も良く書類ギリギリに出して拳骨を食らった覚えがある。


加賀「夜には帰ってきてくださいよ」

少し拗ねた声を出した。
安心してほしい、お前らとの酒には十二分に間に合う。

吹雪「それでは司令官!よろしくお願いします!」

軽い足取りで去っていく吹雪を見て思う。
彼女が通っている学校にはうちの奴ら全員の面倒を見てもらっている。
となれば全員の教室に顔を出せ、ということなのであろう。
もしくは吹雪しか俺に見てもらいたくないか。
どちらにせよ、少し嬉しい。戦時中初期の人形のような振る舞いから、大いに変化した。
成長ととらえていいのか、兎も角嬉しい。

加賀「嬉しそうですね」

提督「ああ、嬉しい」

目を合わせた後、再び食事を再開した。
少し冷えた筈の肉じゃががひときわ美味に感じた。


_________


加賀「ネクタイ曲がってますよ」

提督「慣れん服だなぁ」

意外と身支度に戸惑った。
いつも着ている軍服とは違うだけでこうも手こずるものなのか。
試着を手伝ってくれた加賀の手つきにも迷いがある。

加賀「あら、似合ってますね」

提督「元がいいからな」

紺色のスーツである。
第一線で奮闘してきたわが身には少し窮屈だ。

提督「昔上司に言われ買ったものを今着るとは」

加賀「早々に退職するのかと思われていたのでは?」

提督「冗談はまだまだだな」

加賀「練習しておくわ。いってらっしゃい」

提督「いってきます」

天候は上々。スーツを着ているせいか少し熱い。
学校まで三十分ほどである。
今から行っても指定された時間までまだ余裕がある。
俺も軍人である前に人である。行き慣れていない場所には時間を三十分つける。


提督「なんの授業だったか」

俺に報告してきた吹雪の時間割を確認する。

提督「外国語か」

海外の戦術を学ぶために一心不乱に勉強したのを思い出した。
初期の深海棲艦と日本における戦争は分が悪かった。
二次大戦以降日本は牙を抜かれ、身の丈に合わない剣ばかり背負っていた。
もちろんノウハウは叩き込まれていたが、経験が全くない状態であった。
そのため海外からの人材が多く日本にやってきた。俺もその一人である。

いつ何事にしても新しいことは不審に思われがちだ。
俺は不審者であったようで、俺の戦術は評価が悪かった。
空母を用いての奇襲。

当時は、今もそうだが納得できない。
俺の戦術などどの時代どこの国でもやってることだ。
珍しいことでも新しいことでもない。ただの局部的で断続的な敵を混乱させる奇襲。

やれ資材の無駄だの、奴らは混乱しないだの。
結局この国はあまり変わっていないのだろう。何度も愛想を尽かした。


職員「どうぞお入りください」

昔のことを思い出すと時間のたちが早い。
促されるまま学校に入り、吹雪の教室に入る。
授業開始前であり友達であろう生徒と笑顔の吹雪を見つけた。
目があったがすぐに友達に向きを直す。気持ちはわかる。

チャイムが鳴り授業が始まった。
教師のテンションが高いのは緊張しているからだろう。

教師「吹雪、この問題解いてみろ」

吹雪「は、はい!」

どうやらこちらも緊張しているようだ。
チョークを持つ手も少し震えている。スペルが違うのは勉強不足か。
書き終わった吹雪は黒板に背を向け正解を待つ。
吹雪と目が合い俺がほくそ笑んでいるのを見たのか、急に向き直り間違いを探し出した。
慌てようからか教室に陽気な空気が流れる。
吹雪が正解を書き終えたのを確認して教室を出る。まだまだ見る奴らがいるのだ。


良い時間というのはすぐに過ぎていく。
もともと短い時間がより一層短くなった。
満足感を胸に帰路につこうとしたとき

上司「提督!」

提督「おや、上司殿ではないですか」

戦時中何度も聞いた声であった。
俺の上司で俺の艦隊と共に戦術を展開した方である。
終戦後の引退以来お会いしたことはなかったが、こんな所であうとは。

提督「この学校にお勤めで?」

身なりや荷物ですぐにわかった。
こんなに近くにいたのなら言ってくれれば良かったものを

上司「戦友に会うと笑われると思ってな」

提督「では何故お声を」

上司「吹雪の教師としてな」

声色が変わった。
歩く上司の後を追いかける。


通されたのは来客室。
来客用のソファーに促される。

上司「思春期なようだ」

提督「年頃でしょう」

上司「艦娘であることにコンプレックスを感じているみたいだ」

彼女の友達から私のほうに相談がきてな、との付け加え。

上司「学校に来て勉強をしてくれてはいるのだが、考え込むことが多くなっている」

提督「委細承知」

上司「任せる」

短いやり取りを終え、席を立つ。

提督「上司殿」

上司「なんだね」

提督「誰も貴方を笑いません。どうぞ飲みにでも連れて行ってください」

上司「…考えておく」

誰が貴方を笑うものか。
未来を導く子供たちの教育に精を燃やしている貴方は、あの頃よりもより強い。
今回の一軒にしてもである。上司殿は多くの信頼を得ている証拠である。
自分のことを俺に伝えないという願いも、きっちり守られている。
いや、今は吹雪のことだろう。メンタルケアには自信がないが、俺はあの子たちの家である。


帰路につく、丁度生徒たちが学校を後にしている時間帯である。
親と一緒に帰路につく生徒を多く見るあたり、まだ終わって間もない。
吹雪は部活には参加していない。友達と遊ぶか勉強するタイプである。

吹雪「…提督?」

提督「おう」

良いタイミングだ。
まさか向こうから声をかけてくれるとは。

提督「英語は苦手だったか?」

吹雪「あれは緊張ですよ!」

提督「俺でよければ何でも聞いてやろう」

沈黙が続く。
学校を出て十数分、人気のない田舎道に出た。

提督「上司先生から聞いたよ」

吹雪の動きが一瞬止まる。
ぎこちない笑みで吹雪は応える。

提督「何を悩んでいるんだ?」

吹雪「ちょっとしたことです」

提督「嘘つけ」

強めに頭をぐしゃぐしゃかき回す。
自転車を引く足を止め、俯く。


吹雪「なんで、艦娘だったのかなーって」

提督「ふむ」

吹雪「学校の友達は良く接してくれるけど、やっぱり一線あって」

提督「怖がられていると」

頷く。

吹雪「私だけじゃなくて、学校に通っている艦娘皆思ってます」

吹雪「皆を守ったのに、頑張ったのに、受け止めてもらえない」

吹雪「私は一体何のために生まれて、何のために生きるのかって」

何度もその言葉を自分の中で聞いたことがある。
国のためにと勇み足で勉強し、訓練し、否定され、愛想を尽かしたときであった。
この疑問には今も俺の中で答えが出せていないのだ。


提督「吹雪」

吹雪「はい」

提督「俺は嬉しい」

吹雪「え?」

提督「話を逸らすようだが、お前が、お前たちがそう考えてくれることが嬉しいよ」

提督「お前たちが自分について悩むことはお前たちがただ命令を聞く兵器でないことの裏付けだ」

純粋にそう思った。
戦場において深海棲艦に対しての有効にして唯一の力であった艦娘。
誰もが兵器として認識していた彼女らも心が有り、今現在自分について悩みを持っている。
純粋に嬉しかった。

吹雪「…」

提督「話を戻す」

提督「俺にもお前と同じ悩みがあった」

吹雪「答えは、出せたんですか」

提督「はっきりとは出せていない」


空が赤みを帯びてきた。

提督「だが」

振り返る。吹雪も向きを変えた。
昏行く町に萌ゆる木々、烏の鳴き声に春の風。
大地の匂い、人の声。

提督「明日も見てみたいとは思った」

そう、結局俺はただ単純に明日を見たかったのだ。
俺が愛した故郷や人たち。
それら見たさに俺は戦いを続けたのだ。
彼女たちの悩みとはベクトルが違っているのかも知れないが、誰しもが持つ悩みである。
俺の出した漠然とした方向性もまた、誰しもに当てはまっても良いのではないのだろうか。

提督「これは俺の出した方向性だ。君の悩みは君のものだ」

提督「胸を張ってどうどうと向き合え」

提督「寂しくなったら周りの奴らに相談しな」

吹雪「…少しだけ、ほんの少しだけ楽になりました」

結局彼女はこの時間では悩みを解決することは出来なかった。
それでよいのだと思う。生きるといったことは、そういうことであると思うからだ。

提督「よっしゃ好きな食べ物おごっちゃる」

吹雪「…本当ですか!ありがとうございます!」

美味いものを食うのも答えだと思う。





提督「そーいやお前ら、自分が艦娘でどうとか考えたことある」

その後に宴会の席で良い具合に酔いが回った加賀と赤城に聞いてみる。
吹雪の一軒から同じ悩みを持つものも少なからず存在する。
彼女らの待遇については俺のほうも最善を尽くしているつもりであったが、不安や悩みも多く存在するのだろう。
我が艦隊のエースたちにその実を聞いてみることにした。

焼き鳥を頬張る赤城と器用に枝豆を剥く加賀が目を合わせた。

赤城「急にどうしたんです?」

加賀「そんなこと言うなんて珍しいわ」

提督「色々あったの」

赤城「うーん、私は特に考えたことありませんねー」

加賀「私はあなたとの結婚のことで悩んだことがあるわ」

赤城「あー!ありましたねそんなこと!」

俺の記憶では結構ノリノリだったような気もする。
加賀は加賀で悩んでいたようだ。赤いのは知らん。

赤城「もしかして提督、奥様の悩みに気づいてなかったの?」

加賀「頭にきました。赤城さん、そっち抑えてて下さい」

提督「ばっ!放せお前ら!あっあっ加賀しゃん腕はそっちに回らない!」

彼女たちの指揮に当たってはや数年。
年々笑顔が増え、それと同時に悩みも生まれてくる。

それに向き合い、乗り越え、挫折を知り、挑戦し、成功して、また悩んで

これが愛だとでもいうのか、俺はやはり幸せだ。

嗚呼、明日もまた日が昇る。



次回書きあがり次第投稿

誤字脱字のご指摘よろしくお願いします

駄文に付き合ってくれた方に感謝を


タコと酸味は強敵である。
口の中の中で確かな存在感を示す触感と、噛み締めるたびに溢れ出す旨みが
それを再認識させる。
マリネの残心を甘口の酒で洗い流し、イクラを載せた白米を口に放り込む。
プチプチと響くイクラを白米の湯気が上へ上へと押し上げ、顎を動かすと
色のついた湯気が口内に漫然なく広がり、白米を失った旨みにマリネを放り込む。

提督「美味い」

『居酒屋鳳翔』
書類に営業、現場で傷ついた男たちのナイチンゲールである。
傷口に薬が沁みるのと同じで、酒が体に沁みわたっていく。


仕事の勤労具合がブレブレな我が鎮守府。
暇な時もあれば、そうでない時もある。
今日という日は後者を持ってきたわけだ。

鳳翔「お疲れ様です」

夜間営業の店主がもう一杯と酒を差し出す。
この方には本当に頭が下がるばかりである。

鳳翔「今日はお一人なのですね」

提督「女子会というやつだそうです」

名の通り女の子の会である。
つまり男は禁制というやつだ。
鎮守府なんて女ばっかなんだから毎日が女子会だなんて思う。


鳳翔「普段は提督とご一緒ですから、たまには女の子同士も良いのでは?」

提督「顔に出てました?」

鳳翔「ふてくされておりましたので」

急に恥ずかしくなり、口内のタコに八つ当たり。
しかし考えてみればそうである。
彼女といえどもリラックスしたいはずだ。
今度何か願い事があれば聞いてやろう。


がらがらっと戸が開かれた。
珍しいものを見た。
絶滅危惧種の巨大なリーゼントである。
居心地が良いのか暖簾はリーゼントに腰を下ろしたままだ。
何とも滑稽である。

リーゼント「鳳翔さん!食材持ってきました!」

提督「こんな時間に?」

鳳翔「取れたてのイカです」

ほう、これは上々。
俺以外の客も喉が鳴る。

提督「刺身で」

満場一致である。
鳳翔さんはイカを受け取り早速調理に入る。

鳳翔「貴方も一つどうですか?」

リーゼント「まだ仕事があるんで、お気持ちだけ」

ご馳走様!と言い残すあたり見た目によらず中々粋な男なのかも知れない。

提督「彼は?」

鳳翔「不良だったそうですが、今はしっかり働いている方だと」

提督「となるとあの頭は」

鳳翔「ポリシーらしいです」

今夜の記憶は鮮明に覚えることであろう。
時間も時間なので帰路につくことにした。




加賀「なんだか騒がしいですね」

提督「外か」

仕事を片付けお茶をしているときであった。
窓をから入る波音に雑音が混ざっていた。

ノイズの元凶を確認するため窓から身を乗り出す。

提督「おや」

加賀「五航戦と…不良ですか」

すぐに思い出した。
鳳翔さんのところで見た兄ちゃんだ。




翔鶴「認めるわけにはいきません」

瑞鶴「翔鶴姉ぇ…お願い」

リーゼント「よろしくお願いします!」

暇なので近くに来てみたがなんだか穏やかではない。

提督「何事だお色気担当」

翔鶴「誰がですか!」

やだちょっと怖い。
リーゼントと目が合う。
この様子だと客の中に俺がいたことに気が付いていないらしい。

提督「鳳翔さんとこで会ったな」

リーゼント「もしかして…イカ持ってきたときの」

然り。
しかしてこの状況は一体どういうことなのか。
温厚な性格の翔鶴が憤りをあそこまで表にしているのは珍しい。
加賀が二人に事情を聴いているようだ。

提督「身内の喧嘩か」

リーゼント「そんなもんっす」

目でこの男の本気具合が伝わってくる。
何に対してかのものかは定かではないが、凄まじい剣幕が目でわかるほどだ。


提督「まぁ何にせよ少し静かにな」

鎮守府からざわつきを感じる。
これ以上野次馬が増える前に撤収したほうが互いにとって得である。

加賀の方も聴取と注意が終わったのか目で指示を待つ。

撤収。そう合図すると加賀は二人を鎮守府に促す。

リーゼント「俺!」

空気が震えた。

リーゼント「諦めませんから」

恐らく翔鶴に切った啖呵だろう。
翔鶴は走り去っていく彼を敵を見据える目で追いかけた。


提督「野暮なことだが立場上」

翔鶴「瑞鶴があの男にたぶらかされました」

瑞鶴「翔鶴姉!違うって!」

提督「話が進まん。加賀」

頷き加賀は翔鶴を連れ部屋を出る。

こういった出来事が起きた場合は提督という立場上
事情を聴き、最善を尽くさなければならない。
戦後の課題となった艦娘の社会的地位の確立における条例だ。
つまり艦娘のことは提督に任せるという従来のなんら変わりない関係なのだ。
俺としてもこちらの方が有り難い。
見ず知らずのわからんやつよか、自分を頼れば良いと考えている。
それは単なる自己満足なのかもしれないが、それでもと正当化するあたり
俺も彼女たちに愛着を持っているのだ。

提督「瑞っち、一体どうしたの」

瑞鶴「…あの人、私の彼氏なの」

提督「あー…そういうこと」

妹を溺愛している翔鶴が怒るのも無理はない。
俺も最初はただの不良かと思ってしまった。


瑞鶴「私が高校のとき、一目惚れしたとか言って声をかけてきたの」

瑞鶴「最初はもちろん断った」

瑞鶴「それでもあの馬鹿は声をかけてきて」

提督「折れたと」

瑞鶴「違うの。段々彼と話すのが楽しくなってきちゃって」

瑞鶴「ほらさ、私は艦娘だし周囲とあんまり馴染めてないっていうか」

無理して作った笑いが吹雪と重なった。

瑞鶴「もちろん一般の学校に通いたいって言ったの私だから後悔はしてないの」

瑞鶴「でも少し、寂しかった」

瑞鶴「鎮守府に帰ると暖かく迎えてくれる皆がいる分、ずっと…」

鎮守府は彼女たちにとって職場であり家である。
そのことは重々に俺が理解している。


ふと思い当った。
この鎮守府は、彼女たちにとって家であり、鳥籠なのではと。
結局自分の居場所は此処だけだと認識させる麻酔。
飛び回りたい鳥を押し込める小さな牢獄。
そんなイメージを持ってしまった。

瑞鶴「私が艦娘だってこと言っても、だからどうしたって」

瑞鶴「悪いことも止めて、卒業した後は働き始めて」

瑞鶴「提督さん、私の帰りが遅いときがあったでしょ」

瑞鶴「あれね、アイツの小さくて汚い部屋が心地良かったの」

瑞鶴「笑いあって、喧嘩したり、ご飯食べたり…」

提督「見つけたんだな、自分の居場所」

瑞鶴「うん」

喜ばしい。たいへん喜ばしいことだ。
だが喜びと同時に寂しさを感じるのは何故だ。
彼女たちの居場所になれなかった自分への罪悪感か。
得体のしれない湿り気の多いモヤモヤした気持ちが溢れてくる。
翔鶴の気持ちも、わかった気がした。



翌日、リーゼントが再びやってきた。
乱れ一つ無いスーツを着こなし、自らのポリシーである
リーゼントを全て刈り取り、清潔感を漂わせた姿であった。
彼を知る誰もが、瑞鶴ですら驚愕した。

話を聞くに、彼はどんなことがあっても必ず朝リーゼントをセットし
それを保ち続けていた。突っ張ることが生きがいなのだと。
学校側に何度注意され、強引にな手段を用いられても、死守したそうだ。
ただそれを天秤にかけると、あまりにも軽いものであった。

彼もまた、居場所を求めていたのだという。
信じた道を一人で突き進み続けた彼も孤独には勝てなかったのか。
それとも人を愛することに何かを見つけたのか。
或はどちらもか。


俺の中にあった湿り気は、彼の熱によって消し飛ばされた。
翔鶴も、彼と瑞鶴の交際を認めた。

必ず瑞鶴を守ること

翔鶴が念を押す。
もはやその心配はないことは、彼女も承知だった。

彼の瞳はあらゆる海原を焼き尽くし
幾千の剣戟を払い、王すら地に伏せるものだ。


何が来ようと彼を倒すことは不可能だろう。

だがその前に俺がそれら合切吹き飛ばそう。

燻っていたエンジンに火がついた。

彼とは鳳翔さんの家で良く食事をする。
その際には彼に俺が知っている世渡りノウハウや教養を酒と共に叩き込んだ。

十数年後、彼は国際関係の一流企業でその腕を振るうことになる。
その傍らには必ず一人の女性が立っていたそうだ。



元リー「提督さん」

提督「あんだよ」

元リー「酒とこいつ、相性が良いの知ってますか?」

彼が手にしたのはジャガイモを揚げた菓子。
むっ、となった。

提督「邪道じゃねーのか」

元リー「それが美味いんすよ」

提督「嘘つけ」

怖いもの見たさに一口。
カリカリと固く焼き揚げられた菓子はペッパーの香りと油を残す。
これはと、続けざまに酒を煽る。

提督「…いけるな」

元リー「でしょ」

何にせよ、見た目だけでは判断できないのかもしれない。



次回仕上がり次第投稿します

駄文に付き合っていただきありがとうございます

次回の方針的には少しシリアスめなものを書こうと思います

恐縮ではございますが、皆様の生活等で
不安に思ったことや、幸せだと感じたことなど書き残してくれると
非常にうれしいです(ネタに餓えた狼)

お言葉に甘え。
この生活(仕事)がいつ迄続けられるのかという不安と、生徒が恥ずかしそうにテスト結果を見せてくれ、それがその子にとっての過去最高得点、私が教えた苦手と言っていた単元が全問正解だったとき幸せを感じる。

リーゼント……漁業……フォーゼからのあまちゃんかしら


投下開始します


>>39
>>40


ご協力感謝します


加賀「お花の様子はどうですか」

提督「腐ってないから元気だろ」

象のシルエットを意識したジョウロで紫陽花に水をかける。
象の鼻から流れ落ちる雨を紫陽花は来たる季節の前触れかと青々しく受け止める。

一艦隊の指揮を任される者として軽率極まりない行動だといつか彼女に叱咤された記憶がある。
彼女もいい加減諦めたか、現状に俺と共通の価値観を見つけたのか。

提督「書類とか増えてないよな」

加賀「ええ。今日中の書類等に関しましても対処は完了してます」

提督「訓練のほどは」

加賀「物陰から見ていたでしょう」

我が艦隊は皆真面目なのか、弛みきったこの時代においても訓練を怠らない。
変に生真面目になってないあたりに関しても安心である。


ふと目線を上げると、鎮守府の影が花壇を飲み込もうとしていることに気づいた。

加賀「お昼過ぎてますね」

提督「食ったのか」

加賀「あなたと一緒にとろうと思って」

提督「お前たまにぐっとくるよな」

年季の入った象を水道付近に置き、花壇を後にする。
何せ気分が良い。ぐっときた。良い。
しかしそれでも課題は残った。花壇を移してやらなければいけない。






提督「客?」

吹雪「はい。提督のご友人らしいです」

秘書艦にボールを投げる。
首に横に振る限り、事前にとのことはないようだ。

吹雪「『盟友』と言えばわかると仰っていましたが…」

ピンときた。一人心当たりがある。
すぐに客間に通すように指示を出す。

加賀「誰ですか?」

提督「盟友」

加賀「私はここで仕事をしています」

提督「それ俺の」

加賀「どうせ長くなるのでしょう」

浮足立っているのを悟られたのか。
彼女曰く馬鹿な話は長いとのこと。
今日のところはお言葉に甘えることにする。


友人「よう」

提督「おう」

何せ盟友との再開だ。
彼の傍らにいる酒瓶殿を見る限り、彼女の想像以上に長くなることだろう。



用意したつまみを口にし、酒瓶を二杯あけている男とは幼少の頃からの付き合いである。
共に国の防衛を志し、その使命を全うした一人だ。

しばらくは雑談を交わした。
故郷の現状がどうだとか、あの頃はこうだったとか。
話題は尽きることがない。

提督「で、何かあったのか」

友人「ん?あぁ…実はな縁談の話でな」

提督「間に合っとるわ!」

友人「俺じゃ俺!」

だと思ったと共に一笑い。
彼の艦隊は戦艦を中心とした突破力を活かした艦隊。
度々うちと上司殿と作戦を展開した艦隊だ。
その実績は凄まじいもので、MI作戦時に大きな武勲をたてた。
彼ほどの人材が三十路を目の前にして妻子もなしでは落ち着かないといったところであろう。


提督「で、見せてみろよ」

友人「ほい」

縁談の案内を開く。五人ほどの候補があったが、どれも俺の家内には及ばない。
いかん。やっぱり酔ってるな。

提督「ピンとこんな」

友人「だろう」

提督「何だただの愚痴だったのか?」

興味がないなら興味がないと言えばよかろうに。
彼の身分上、断れない者からの縁談かも知れないが。

友人「艦娘との結婚を考えとる」

提督「ほう。ええんでね」

友人「ほいでお前の方からも」

提督「ん、進言しておく」

持つべきものは友だと言い酒を飲みほす。
そういえばと昔から秘書の艦娘と仲を噂されていたことを思い出した。
恐らくそれであろう。


提督「そいで」

友人「ん?」

提督「他はなんじゃい」

幼少期からの付き合いで腹の探り合いはお互い得意である。
何か隠し事をしているのがバレバレなのだ。

友人「…俺は、やはり臆病者だ」

雰囲気がガラリと変わった。
弱り切っているような、今にも死んでしまいそうな気がした。

提督「どないした」

友人「結婚が決まれば引退しようと思う」

…思っていたほどの衝撃は無かった。

薄情かもしれないが、ただそうかと思った。
珍しい話でない。現に上司だって引退した。

心配なのは彼の後釜が誰になるかだろう。
そんなことを考える余裕まであったのだ。
彼の心情を知るまでは、そうかと思えた。


友人「最近の生活で、俺はどこか居場所がなくなった気がしてな」

体に緊張が走った。

友人「作戦を立てる腕も落ちて、いつも秘書に迷惑をかけている」

友人「…なぁ提督。俺は戦場が恋しいんだ」

悲壮に満ちた顔だった。

友人「…これじゃあただの戦争屋だよな」

提督「言うな」

沈黙が続く。実際、友人の語りに思考が上手く回らない。
彼の胸の内は俺の中にあるものに突き刺さった。
同情に近い感情が充満していく。
それと同時に強い共感も。

俺たちのような若い世代には戦うことが人生であった。
彼も俺も、海に骨を流すつもりでいた。
骨となり漂い、敵にぶつかっていく覚悟であった。

それら全てを終戦が奪ったのだ。
彼の全てを、平和が奪ったのだ。
乱暴な、八つ当たりに近い解釈だ。


友人「俺がやろうとしていること、わかるな」

提督「居場所がないから、女と共に早隠居生活」

友人「昔からきっかり言うよな」

提督「お前が昔、良いところだと褒めた」

友人「そうだ俺は死神だ」

自虐にかられた友人は秘書艦に対するありのままを言った。
一生戦場で活躍したい秘書艦に土下座までかまし
彼女の願いを自身の欲望に応えるために殺したのだと。

友人「臆病者で構わない。最低で構わない」

友人「もう一人は嫌なんだ」

完全に俺と彼の道は違えたのだと悟った。
彼は今、海原の墓場に一人でいるのだ。
そしてまた俺の前から大好きな奴が消えていくのだ。

お前の隣には俺の陽炎すら残っていないのだと。
何かが込み上げてきた。


提督「お前を励ます言葉はない」

提督「ただ、これだけは忘れないでくれ」

提督「お前は戦争屋なんかじゃない」

提督「必死で孤独と戦った、俺の盟友だよ」

それは自分にも言った言葉でもあった。
何時わが身が露になるのか、恐怖を感じた。

友人「…すまない」

瞼が熱くなった。
賞賛か、悲しみか、盟友が戦死したことに、ただただ涙を流した。
彼もまた、情けなさか、喜びか、盟友が見届けてくれたことにただただ涙を流した。
外はもう夜だろうか。俺が思っていた以上に、話は長くなった。




友人から手紙が来た。
元気でやっていますとのことだ。
全ては友人自身が決めたことだが、やはり後悔が残った。
俺は果たして正しい選択をしたのかと。
やはり止めるべきだったのか。
それと同時に、今の俺は何なのだろうと。

以前吹雪に偉そうなことを言ったが、生きている以上この問題にぶつかったとき
嫌でも足を止めてしまうものだ。

それでも明日を見たいのだ。

皆の居場所を守りたいのだ。

何度も自分に言い聞かせ、花壇の水やりを開始する。
紫陽花は季節に迎えられ、その花を咲かせている。
ただやはり午後をすぎると影に飲まれてしまう。

この花壇は果たして動かすべきなのであろうか。
歯を食いしばってこの花壇で生きる花々を移してよいのだろうか。
友人の顔が脳裏を横切った。

加賀「どうかした?」

はっと我に帰った。

提督「ん、この花壇を」

加賀「移すのなら手伝うわ」


提督「いいのかな」

加賀「いいのでは」

提督「なんで」

加賀「日の光を多く受ければもっと綺麗になるわ。花ですもの」

提督「花だから、か」

加賀「花だからです」

提督「花だもんな」

加賀「ええ」

提督「加賀」

加賀「なに?」

提督「一人にしないでくれよ」

加賀「ええ」

提督「加賀」

加賀「なに?」

提督「甘えていいかな」

加賀「もちろん、貴方は人間ですもの」


手紙に同封されていた写真が落ちた。
真っ直ぐな笑顔を浮かべた友人と、優しい笑みの秘書艦。
懐に入れ、作業を開始する。
共に野を駆け抜け、海を割り、交わした盃を忘れぬように。

花壇からの移動が完了した。
涙を流した紫陽花は、照り付ける太陽の微笑みに応えていた。

隣で加賀が「綺麗でしょ」と笑った。
それに笑顔で返した。

盟友よ、どうやら俺はまだそっちにいけそうにない。
どうか、どうか見守ってほしい。
自らを殺した意志を忘れずに、どうか。

お前が去った花壇にまた花を咲かせて見せよう。

太陽が笑いかけてくれる限り



投下完了しました。

あまり急ぎ足で完成度を落とすのもあれなので
ペースを落として書いていきます

誤字脱字とネタ提供よろしくお願いします


良い反応があったので今更ながら

ネタ提供もとい個人の体験談や感想は
全て自己責任でお願いします

ご自分の考え等を批判されるのを不快に思うのならご自重下さい

私としては考えの批判や反応等も材料に出来たらと思うのでおいしいです(ゲス)

ロマンチスト魂に火がついたらドンドン書いていって下さい(催促)


ペースを上げて完成度を上げるといったな

あれは嘘だ


投下開始します


憲兵「全く、困ったものだ」

提督「なんです珍しい」

雨の匂いが懐かしい今日この頃。
釣り仲間である憲兵殿と竿を垂らしていた。

俺とは違い慣れた手つきで餌をつける憲兵殿が呟く。
知り合って長いが、愚痴を言うのは初めてかもしれない。
彼はあまりグチグチ言わない、カラっとした性格だ。

憲兵「上の堕落っぷりだよ」

提督「ああ、時代というやつですか」

共に竿を垂らしている時点で
あんたもな、と突っ込みたくなる。
そうなると自分にも言えてくるのだが、何分仕事がないのだ。

憲兵「それもあるが、強化の副作用がな」

提督「指揮系統に異常が?」

憲兵「全体的に甘えが見える」

苛立ち気に竿を振る。

憲兵「緊急事態につき仕方なく海外から人を呼んだが」

提督「疑ってるわけじゃないんですけど、流石にそれだけでは」

確かに経験にこそ乏しいが、組織としての運営が行き詰ることはないだろう。

憲兵「奴さんら、やはりビジネスが上手い」

提督「ノウハウは」

憲兵「何も」

提督「映像は」

憲兵「消えていた」

提督「前線は」

憲兵「艦娘に指揮をとらせろと?」


やっと意図が見えた。
運営そのものが弛んでいるのではない。
艦娘を指揮する提督たちが弛んでいる、もといまともに戦えない状態なのだ。

戦争初期において不利の連続を作り出した責任感か
自らが磨いてきた戦術が通用しないことに対しての失意か。

何においても我々は人間なのだ。
失敗に恐怖し、跳び箱を飛べない。

初めから、それを狙ったうえでのビジネスだったのだろう。
それでは傭兵である。
果たして法は彼らを許すのだろうか。

許す。そうする。
二次大戦後もそうであったように、今後もそうなのだろう。


憲兵「恐らく君ら若い世代は保険だろう」

こちらの考えを見抜いたのか、釣れた魚をバケツに入れ言う。

憲兵「我々は君たちを見捨てない、証拠に彼らがいる。とな」

憲兵「教育についても若さが影響してくる」

憲兵「年寄りからしたら、不愉快でしかないからな」

なるほど。
新戦術を会得した若い世代が旧世代の人間に技術を伝えるとなると
それなりの弊害が生まれる、というのだ。
だがしかし…


憲兵「納得していないな」

提督「まぁ、職場なのですから仕事を全うするのが義務です」

提督「それをつまらん意地で国益に関わることを鈍らせますか?」

現状をわかりきっているのならば、対処すれば良いだけだ。
国の為に舵を切る男たちが、それをないがしろにするだろうか。

憲兵「若いな」

そろそろ行く、と収穫を手にし鎮守府とは別方向へ歩いていく。
見送るこちらはどうも納得がいかない。

その考え方の根本には、艦娘を対人間用の兵器として使う前提があるのだ。

最後の一言も、探求の疑問を漂わせた。

餌のない針に魚がかかっていることなど知らずに
磯野香りの意のままになっていた。





翌日、来客があった。
事前に来訪の知らせもあり、時間通りの訪問に好感を覚えた。
時間の十五分前などに来られても、中途半端な対応が目につくだけだ。

新戦術についての研究をしている学者である。
年齢としては俺と同じぐらいで、俗にいう新世代であった。

その顔つきは荘厳というには優しすぎ
学者と呼ぶには先生のほうが型にはまる感じがした。

互いに社交辞令を済ませ、本題に入る。
中身に関しては新戦術普及のための相談である。


学者「提督殿は奇襲を得意にしていたと伺っております」

提督「そのようですな」

学者「今日はその心得と訓練に関してご教授のほうを」

失礼な話、急にやる気が失せた。
昨日までは何かの力になれればと勇んでいたが
どうも憲兵殿の話を聞いてからは憂鬱である。

学者「何か問題でも?」

提督「どうも腹の調子が」


思わず嘘を言った。
そんな話をしたくないと、言えない場である。
言わばこの会談も提督としての立派な職務であり、俺はそれを執行するもの。
ノーとは言えないのだ。

学者「…提督殿の心中、ご察し致します」

どうやら本当に虫がいたようで
俺の腹の具合など、初めから察していたようだ。

学者「この鎮守府を見れば、納得もします」

学者「提督殿は艦娘を兵器としてではなく、一人の人間として扱っている」

学者「証拠に信頼も厚く、鎮守府内にも教室がおいてあります」

学者「勝手な妄想でありますが、提督殿自らが?」


優しさを仮面と疑うほどの切れ者である。
客間までは加賀が誘導したはずで、部屋の前など通り過ぎるだけであったろう。
限られた情報量で結論を導き出す手腕は学者に留まらせておくには
勿体ないと、軍人としては思ってやまない。

提督「学者殿の前で心得があると言うのも恥ずかしいぐらいですが」

学者「ご謙遜を」

実際、高等学校程度の知識である。
加賀や大学に通っている艦娘にも手伝ってもらっている現状からは
自信を持って自らを肯定するわけにはいかないのだ。

学者「素晴らしいお考えだと思いますよ」

提督「知識は力にも引けを取らない宝であると考えております」

学者「学の道を行く私に、その言葉は贅沢過ぎます」

人を煽てるのも上手である。
つい本心を漏らしてしまう。


提督「私の戦術は艦娘を用いての深海棲艦に対する戦術です」

提督「近代兵器とは勝手が違うのは…」

学者「承知の上です」

学者「近代兵器と艦娘」

学者「それぞれの戦術を重ねるのが私の研究であります」

研究資料を手渡された。
内容を確認するに、艦娘の戦術の優位点を近代兵器の戦術に応用するものだ。

提督「…今更なのですが、何故私に?」

提督「私の戦術は艦娘と深海棲艦を兵器と見ない上での戦術」

提督「学者殿の研究材料とするにはあまりにも…」

学者「故にです」

強い返事だった。


学者「指揮するものが何を何として定め、行動するのか」

学者「提督殿の考えそのものが、貴重な資料であります」

月から見た魚座は魚座に非ず。
ならば地球から見える魚は、実際は何なのだろう。
千変万化。人も正にそれなのだという。

人には人の、それぞれの認識があり
その認識の差異による微小なまでの現場における指揮のずれ。
俺のそれは大きいもので、対極をなすものは大いに存在する。

その点で俺という存在は貴重なのだという。
針を餌だとみる魚なのだという。


俺は自らの戦術の心得を全て話した。
失礼だが、学者殿の目の前で本人の身分や裏などを確認するのを忘れない。
用心に用心をかけた、長い会談であった。

会談の最中、学者殿が立ち向かうことになる受難に
同情の念を抱いた。

憲兵殿の言う通り、旧世代の人間には受け入れられないものが
多々存在することも会談を通して知ることが出来た。

日本における戦争は終わったが
世界各地では未だに深海棲艦の影が見える所があるという。
日本のことばかりに目を向けていた俺には、寝耳に水であった。
なればと、伝授にも力が入った。




会談後、学者殿と、俺の若さを感じた。
皮肉などではなく向こう岸が見えるような跳躍を予期させるものだった。
おごりかと笑うものもいるだろうが、互いに確かな力を感じた。

憲兵殿のいう若さが、わかった気がした。

突き進め、その願いが込められた言葉だったのではないか。

そう思うようになった。

今後も何度も顔を合わせるが、きっと憲兵殿は答えてはくれないだろう。
俺の方もそんなことを聞く気などない。

近い将来、革新的な戦術の生みの親になる学者殿の健闘を願い
今日もまた、餌のない針を命の濁流に放った。




投稿完了だベネット


艦これSSなのに艦娘が全く出てこない…

どういう…ことだ…!?


投下開始します


加賀「王手です」

汗が目立つようになった季節の頃
自己主張の激しい蝉も瞼を閉じる執務室。
無情な音が将棋盤に響いた。

提督「ま、待った!」

加賀「待ったは無しの筈ですが」

提督「そこを何とか」

加賀「貴方の負けです」

我妻ながら何と気のきかない…!
そんなのだから堅物女だと言われるのだ!

加賀「何か文句でも?」

提督「…いえ、ないです」

我が家の食物連鎖の頂点に君臨する加賀に抗議などできようもない。
将棋にしたって何百と打っているが俺が勝った記憶がない。

加賀「提督のくせに将棋が弱いですよね」

提督「将棋が出来ればいいもんじゃない」


不満げな声も出る。
女相手に負けを繰り返していてはメンツがないものだ。
尻に引かれている時点でそんなものないのだが。

そもそもだが加賀の前で格好の良い真似が出来た記憶がない。
良くこんな男と結ばれたものだ。

加賀「さ、夕飯のお買いものでもいきましょうか」

提督「あれ?食堂は?」

加賀「間宮さんはお休みです」

しっかりして下さいと一言。
全くその通りだ。
前々のこともあり、少々勇み足で部下の事を気にかけてやれなかった。
この対局も加賀が提案し、渋々受けたものだった。
自重せざるを得ないだろう。

提督「二人で大丈夫か?」

将棋盤を片付けている加賀に尋ねる。
何せこの鎮守府にいる人間分の食料を買うのだ
二人では限界がある。


加賀「今日は二人きりです」

俺の心配はよそに、飄々と答える。

提督「そうなの?」

加賀「皆外で食べると言っていましたよ」

それは初耳である。
季節は夏、しかも年頃の娘。
外に出て夏を満喫したい気持ちもわかる。
鎮守府を空にするのはどうも心配だが、警備の者もいるし大丈夫であろう。
文字通り万が一戦闘があっても、すぐに対処できるよう訓練もしてある。
ともあれば夫婦水入らずを楽しむのも良い。
そう考えると彼女ではないが、気分が高揚する。

提督「ほんならちょっと奮発して高いとこ行っか」

昔デリカシーがないと彼女に言われてから
女性の好きそうな店や、状況というものの研究を行っている。
俺の中では既に夜景もプラスされ、方程式が出来上がっている。


加賀「いえ、今日は家でゆっくりしましょう」

出鼻を挫かれた。
やはりまだまだ未熟なのだろうか。

提督「その心は?」

加賀「二人きりが良いです」

沈黙が生まれた。
照れたのかそっぽを向き、行きますよと一言。
この女には何度惚れ直したことだろう。
独特の、魔性と言っても過言でない魅力がある。

提督「おう」

加賀「はい」

途端に俺の方も照れくさくなり
先を行く加賀の背中を追った。









提督「今日は俺が作る」

加賀「はい?」

煮え切らずに唐突に言った。
豆腐をスーパーの籠に入れようとした加賀が困惑した。

加賀「急にどうしたの?」

提督「いいから作る」

子供の様な物言いであったろう。
元凶も子供の様な理由であるのだ、仕方ない。
好きな子の前で良いところを見せたい。
思春期のような、青々しい考えだった。

加賀「流石に炒飯は飽きたわ」

提督「ぐぅッ!」

唯一にして最高を誇る切り札を一蹴された。
嗜みの炒飯の選択肢を消された時点で俺に出来る料理はごくわずかだ。

提督「逆境を追い風で臨め…!」

加賀「万事休すじゃないですか」

提督「兎に角俺が作る!」

もはややけくそである。
三十路前の精一杯のわがままは
周囲の客にも聞き渡り、微かな笑い声さえ聞こえてくるほどだ。
羞恥心がわいているのは加賀も同じか、顔が赤い。


加賀「わかりました。それではお願いしますね」

早くこの場を去りたい気持ちに負けたのか
買い物籠を俺に渡す。

提督「よっしゃ任せろ」

何やらため息が聞こえてくるが
籠を握るとなんだかいけるような気がした。







もやしだ。もやしを放り込め。
十年以上も前の記憶が蘇った。
未知の世界で生きていかなければならぬ状況で
体に叩き込んだ唯一の料理が蘇った。
名付けて『もやしの肉サンド』
頭の悪いネーミングだが、名は体を表すとはこのこと。
肉は確か家にあった記憶がある。
この料理はもやしと肉だけで成り立つ究極の料理だ。
これ以外の材料など知ったことか。

加賀「やさいは取らないの?」

提督「口出し無用」

女は引っ込んでろ。これは男の料理だ。
初志を忘れうっかり毒づいてしまう。

加賀「気が変わったら入れて頂戴ね」

提督「ふん」

俺にだって意地があるのだ。
啖呵を切ったのならば貫き通す。

…野菜なんて白菜だけでいい。
そもそももやしをメインディッシュに使うのだ
多めに見てほしいものであるが
他ならぬ秘書艦からの進言だ。

加賀「白菜いれますね」

提督「うん」

急に情けなくなり力のない返事をする。
今度からはしっかり意見を聞き入れることにしよう。

白菜を入れる際に触れ合った指の熱は
不思議な程に長く居座っていた。










加賀「意外といけますね」

提督「だろ」

もやしの肉サンドを食べての感想だった。
実際俺の方もこんなに美味いなんて思いもよらなかった。
ポン酢様様である。

加賀「ですが」

提督「はいわかっております」

パレットを彩ったのは加賀である。
もやしの肉サンドに神経を使いすぎて白旗を上げたのだ。
もう身の丈以上のことはしないと心に誓う。
良いところを見せるつもりが、カッコ悪いところばかり見せてしまった。

空っぽになった食器たちの禊を終えると
珍しいことに加賀から酒を持ってきてくれた。
大抵は皆の飲み会に参加するか、俺の飲みに付き合うかだ。
自分からというのは本当に珍しい。

何かあったかと聞くのも野暮なので
彼女からの誘いを喜んで受け入れる。
それに元々酒は用意してあったのだ、今更一本増えたところで。

提督「乾杯」

加賀「乾杯」

予想したより酒が進んだ。
酒自体が良いものであったことと
二人きりという状況が為す現象かもしれない。


提督「カッコ悪くてごめんなぁ」

つい本音を漏らした。
さんざん恥をかいたのだから今更恥をかくのを
恐れるのも馬鹿らしい。

加賀「指揮のお姿は今も素敵ですよ」

提督「今も、ってなんだよぉ腐ってくみたいな言い方して」

加賀「色あせないという意味よ。本当に素敵」

加賀「普段はカッコ悪いけど、そこも愛おしいわ」

どうやら彼女の方も大分堪えてきているようだ。
しばらく見つめ合った。
布団はもう敷いてある。風呂なんて明日入ればいい。
途切れ気味の理性が悲鳴を上げている。


加賀「MI作戦のときもそうだったわ」

提督「なにが?」

加賀「私たちの宿命の作戦だというのに、貴方はいつもどおり」

提督「そりゃお前ぇ、負けちゃいけないのなんていつものことだろ」

加賀「そうね。そのとおりね」

加賀「だから今日という日も…」


提督「覚えてるよ」

加賀「えっ」

加賀が目を見開く。

提督「結婚記念日だろ」

流石に心外である。
思わず死んだ理性が息を吹き返した。

加賀「…覚えてたの?」

提督「あたり前田の殿様」

加賀「仕事一杯入って…」

提督「三倍の速度で処理してたろ」

加賀「外食しようって…」

提督「夜景をバックって素敵ですやん」

加賀「自分で料理って…」

提督「お前に良いところ見せたかった」

よかった。喜色を孕んだ声が
蘇った理性の火を掻き消した。

提督「こっちこい」

加賀「あっ」

忘れるものか。
惚れた女と結ばれた日を
極上の責任を胸に灯した火を

この日の夏の夜は短く、より熱を感じた。







後日聞いた話だが
気を利かせた皆が俺たちを二人きりにしたそうだ。

そんなことをしなくても別に問題ないと思うが
そこには複雑な女心があるそうな。

提督「王手」

加賀「待って下さい」

提督「待ったは無しなんだろ?」

加賀「ダメです」

提督「ダメってお前…」

加賀「ダメなものはダメです」

今日も執務室に
無情な音が響いた。


投稿完了です

誤字脱字報告、ネタ提供待っています

投稿開始します。

私が体験した戦争に関わるノンフィクションがあります。
不快な思いを感じる方は読まないで下さい


雪風「司令ぇ!」

加賀「ノックを忘れてはダメよ」

提督「はいやり直し」

灼熱の太陽。
灰色の大地を熱する光は容赦を知らない。
全てを焼き尽くさんとする彼は我が執務室にも魔の手を伸ばす。
ついでに書類も焼き尽くしてほしい。
汗やら何やらで湿った書類を加賀も憂鬱な顔で処理する。
クーラー?知らない子ですね。

雪風「司令ぇ!」

提督「どーしたの」

子供は無敵である。
全ての現象に対して何らかの興奮を覚えるからだ。
勢いを余って入室した彼女もまたその一人であろう。
少し焼けが目立ち、手には麦わら帽子が握られている。


雪風「落し物です!」

提督「ん?その帽子か?」

雪風「はい!」

見覚えのない麦わら帽子を突きつけられる。
加賀が首を横に振るあたり、俺の所有物ではないらしい。

提督「俺のじゃないぞ」

雪風「あれ?」

心底不思議そうな顔をされた。

提督「他の奴らのじゃないのか?」

雪風「司令と加賀さん以外にはみんな聞きました!」

全員に聞いたのか、その元気をわけてほしい。

加賀「雪風、それはどこに落ちてたの?」

加賀は帽子と雪風の出会いを質問した。

雪風「鎮守府の中に落ちてました!」


関係者以外立ち入り禁止の我が鎮守府。
どこのやからかも知らない者の立ち入りはないわけで、
持ち主は鎮守府内の人物に限定される。
彼女が本当に全員に聞きまわったのなら、持ち主は見つかる筈である。

もはや迷宮入り間違いなしだろう。

提督「…雪風はそれ欲しいか?」

雪風「雪風は自分の帽子を持ってます!」

提督「なら俺がもらってやる」

何の因果で此処に流れ着いたかは知りえないが
これも何かの縁であろう。
捨てられるぐらいならば俺が被ってやろうでないか。

大事にして下さいね、と元気よく退室する雪風。
丁度良い大きさの帽子を被って見せ、その言葉に応える。

加賀「また拾い物をして」

提督「言うな。帽子なんて軍帽しかないんだ」

良い被り心地である。
恨めしそうな顔を見せる加賀の視線も気にならない。
そうだ。外に行こう。
急に脱水症状を起こした心に湖が噴出してきた。
そうと決まれば迅速に書類に手を振ろう。


加賀「単純ですね」

提督「男とはそんなものだ」

呆れ顔の加賀に少年の心は答えた。




肌に沁みた汗が蒸発する。
風と熱を制した優越感に浸りながら自転車は坂道を滑る。
古い整備だろうか、アスファルトに微量ではあるが荒が目立つ。
それが逆に全身に小刻みな振動を与え、満たされる気持ちになる。

田んぼに両脇を固められた坂道を終えると
海原に臨む墓場が見えた。
それらの間を道が続いている。
会いたい人はいないが、無性に墓場に登りたくなった。
道の脇に自転車を停め、緑が絡んだ石段を登っていく。
蝉の鳴き声が近く、管理のいきわたっていない道は道とは言いがたい。


しかし、誰かが通った後を道と呼ぶのなら、それは確かに道であった。
先客がいたのだ。
暖かい海風と共に流れ込んできたのは墓の前に手を合わすお婆さんであった。
重そうな浴衣姿、そのうなじにはうっすら汗が浮かんでいる。
荷物も多く、恐らくは掃除用具であろう。
自らが登った道を振り返り、労いたい気持ちに駆られた。

周囲を見渡すと墓石の文字が読めないほど荒れている墓が多くあった。
横たわり、緑と共に過ごしているものもあった。
目線をお婆さんに戻すと、目が合った。
驚いた表情を見せたが、すぐに優しい眼差しに戻った。


お婆さん「こんにちは」

提督「こんにちは」

挨拶を交わす。

提督「お一人ですか?」

お婆さん「主人と二人です」

非礼の詫びに、優しい許しを得た。
本当に優しい、しかしどこか悲しさのある声であった。
波の音が聞こえる。此処には静かな時間が流れている。

お婆さん「どうしてここに?」

提督「恥ずかしながら、少年の心が」

察してくれたのだろう、微笑みを浮かべてくれた。
海を眺めながらしばらく話をした。


ご主人は太平洋戦争で亡くなったらしい。
式を挙げてしばらくのことであったそうだ。
それからは天涯孤独で、静かに暮らしているらしい。

俺は自分が提督であることは黙っていた。
不思議な負い目を感じたからだ。

お婆さん「帰ってくるって言ったんだがねぇ…」

提督「心中、ご察し致します」

そろそろ家に帰るという。
昔はこの場で一日を過ごすこともあったが
体力の衰えを感じているらしい。

提督「お供しますよ」

お婆さん「お言葉に甘えさせてもらいます」

お供をするのが人情というものだ。
中々に重量のある荷物を担ぎ、共に墓を後にする。
道に降りると、自転車に荷物を移し、共に歩き出す。


お婆さん「昔もこうやってあの人と歩いたわ」

提督「それは羨ましい」

お婆さん「煽てるのが上手ね。主人にそっくりだわ」

提督「光栄ですな」

お婆さん「本当に良く似ているわ」

身に離さず持っている写真を見せてもらった。
確かに似ていた。髪を切ればそれであろう。

お婆さん「貴方、ご結婚は?」

提督「良い妻が支えてくれています」

お婆さん「大事にしてくださいね」

提督「ええ。その点には抜かりのないつもりです」

世間話をしながらしばらく歩いた。
照り付ける暑さも忘れ、歩き続けた。
直に太陽も愛想を尽かしたか、ゆっくりと水平線に潜っていった。


お婆さん「今日は楽しかったわ」

提督「俺もです」

年季の入った木造建築の前で別れの挨拶に入った。
焦げた空には星々が浮かんでいる。

お婆さん「主人と一緒にいたみたいだったわ」

提督「ははは、墓場で会ってるでしょうに」

お婆さん「そうだったわね」

挨拶を終え、我が家に帰宅しようとしたときであった。
お婆さんが、あっと声を上げた


提督「どうかなさいました?」

お婆さん「…蛍が」

見上げた視線は俺でなく、麦わら帽にあった。
俺はそっと麦わら帽を脱ぎ、上からそれを見つけた。
淡い光を放つ。立派な蛍であった。
蛍は俺に見つかると羽をはばたかせ、お婆さんの胸元にとまった。

提督「これはまた、人懐っこい蛍でありますな」

お婆さん「………」

提督「…?どうかしました」

一筋の涙が頬を伝うのを見た。
たった一筋ではあったが、何千の想いがあった。

お婆さん「…私はやっと、明日に進めそうです」

提督「え?」

お婆さん「…主人が死んでから同じ今日を繰り返してきました」

お婆さん「やっと、やっと朝がやってくる」

日は完全に姿を消し、暗闇に浮かぶ星々だけが残る。

お婆さん「貴方が連れてきてくれたのかもね」

年を感じさせない、美しい笑みであった。
加賀には悪いが、初めての浮気だ。


お婆さん「貴方にも、新しい朝がやってきますように」

祈りの言葉を受け、帰路につく。
一人の夜道には、星々の明かりは眩しすぎた。



後日知ったことだが、此処周辺には蛍が多く群生していたらしい。
時代と共に姿を消し、今では滅多に見かけなくなった。
お婆さんとご主人が青春を駆けた時代、蛍を送ることによって
愛情を伝える風習があったそうだ。

お婆さんの後だが、三か月後に息を引き取った。
天涯孤独であったが、その顔にはあの優しい笑みが浮かんでいたそうだ。







提督「なぁ加賀」

加賀「なんです」

不機嫌である。
原因は勿論、やる気を取り戻した太陽。

提督「俺にも明日はやってくるのかな」

加賀「日の話はしないで」

提督「えぇ…」

拒絶ここに極まれり。

加賀「…まぁやってくるでしょう」

取り付く島はあったらしい。


提督「来るかなぁ」

加賀「当たり前よ。いつかは明日が来るわ」

提督「まぁそうだけどさぁ」

加賀「馬鹿な話は終わり。それより、雪風からもらった帽子は」

提督「ん?あぁ、持ち主が見つかってさ」

加賀「へえ、誰のだったの」

提督「秘密」

加賀「教えて」

提督「秘密」

加賀「貴方だけずるいわ」

提督「詫びに今度良い所に連れていくよ」

高台から美しい海原を臨める
優しい祈りがこもった場所。

麦わら帽の持ち主はそこにいる。


投稿完了です

誤字脱字、ネタ提供よろしくお願いします

投下開始します


残暑。
記録的な猛威を振るった熱も撤退戦へ。
だが撤退戦と言えど油断は禁物である。

まだまだ熱の思い出がこびり付く執務室は静かであった。
独り言をぼやく趣味はない。要するには一人きりなのだ。

我が愛しの秘書艦様も訓練に参加している。
一日にも及ぶ大きな訓練である。
本来ならば俺もその訓練に参加すべきなのであろうが
他の鎮守府との合同訓練であり、俺の艦隊が出向くことになっており
その際にどうしても俺の存在は足枷以外の何物でもないのだ。


向こうが後輩ということもあり
胸を貸す気持ちで艦隊の運用を任せてみたのだ。
何よりこのクソ熱い中ピチピチの軍服に身を包むのは御免こうむる。

そうこう時間が経ち、明日の分の書類も片付いてしまった。
体内時計がアラームを上げている。
室内にかけられた時計に目をやると、四時を指している。
昼飯を食い損ねた。夢中になるとわが身を顧みない悪い癖がでた。
食堂に出向いても良いが、中途半端な時間に飯をとることになる。
腹は確かに減っているが、今は食うべきではないだろう。

となると何処か時間を潰す必要がある。
釣りにいくという選択肢も用意できたが、気分ではない。
頭を捻っていると、執務室のドアがノックされた。
誰であろうか、鎮守府内に残っている者は少ない。


加賀「ただいま戻りました」

提督「あり?はやくない?」

予想に反し、立っていたのは訓練中であろう我が秘書艦。
何かあったのだろうか、不機嫌なオーラがにじみ出ている。

ご苦労様です、とお茶を差し出す。
もはやどちらが秘書かわからない。

提督「どうかなさいましたでしょうか」

加賀「いえ、手ごたえが無さすぎただけです」

話を聞くに、訓練の日程を全て終えてしまったので帰ってきたとのこと。
その原因はどうやら後輩にあるようである。

加賀「指揮が悪すぎます。あれでは宝の持ち腐れよ」

提督「あー」

後輩は友人の後釜として配属された男だ。
その成績と的確な判断力を買われ選ばれた、所謂天才というやつだ。
俺たちの世代も異例に名を連ねるが、元々若さを買われた世代である。
しかし後輩は異例中の異例、御年十七の天才。
その男が指揮しきれないとなれば、外からの原因としか考えがつかない。


加賀「向こうの艦娘も愚痴を言っていましたよ」

提督「外からちょっかいかけられたとかは?」

加賀「友人殿が引退したとは言え、虎の子部隊です」

確かにあの舞台にちょっかいかける奴は
よほどの自信家か馬鹿だけだろう。
となれば問題はどこからやってくるのだろうか。

加賀「本当に怖いのは無能が指揮官だと身をもって知れました」

提督「よみを誤ったんじゃないか」

加賀「それにしてもです」

無茶苦茶な指揮に向こうの部隊の旗艦が指揮を飛ばすほどだったそうだ。
前線が指揮系統を握るのは感心できない。
どうしても主観的な考えが混じってしまうからだ。


加賀「提督のいない我々に後れをとるなど…」

激情家の彼女はしばらく根に持つだろう。

提督「して、こちらの陣形は?」

加賀「訓練通りに」

相手の事ばかりいじめていても成長に繋がらない。
自らの欠点を反省することで堀を埋めていくのが効果的だ。
模擬線の一部始終を録画したデータをもらう。

さて、全員帰ってきたとなれば前倒しで仕事を再開出来る。
不機嫌な加賀に全員を食堂に集合させるよう指示。
大反省会の始まりである。








提督「吹雪ィ、動きが鈍い。鈍らすのは敵の動きだろーが」

提督「雪風ェ、焦り過ぎだ。敵が近づいたら冷静に速やかにだ」

提督「瑞鶴、偵察が甘い。幸せボケしてんじゃねーぞ」

提督「翔鶴、周囲を気にし過ぎだ。陣形が乱れてる」

提督「赤城、加賀、途中で飽きてんじゃねーぞ」

全員憂鬱な顔つきである。
結構な距離を往復し、戦闘までしたのだから無理もない。
しかし皆ノートを取り、一人一人の指摘を記録している。
こうも真面目だと教育のし甲斐があるものだ。

ダメ出しを書きなぐった黒板にチョークを置き
垂れ流しの映像はそのままで告げる。


提督「そろそろ俺も腹減ったから飯にする」

飯の単語に過剰に反応するんじゃない。

提督「しかしメニューは俺の方で選択する。いつも通りだ」

我が家では頑張った奴に好きな飯を食わすスタイルである。
どのメニューをとっても栄養をとれる献立だが
それぞれの好き嫌いを意識して作ったものだ。

それぞれに指示を出しメニューを取らせる。
我らの番はまだかと待ちわびるエース二人は除く。

提督「お前らは皆が飯を食うところを目の前で見てもらう」

提督「その後お前ら二人で皆の分の皿洗ってもらう」

提督「飯を食うのはそれからだ」

ちなみにメニューは
『スーパーヘルシー野菜でか盛りセット』だ
動物性たんぱく質はアジフライだ。
彼女たちには物足りない量だろう。

赤城&加賀『異議あり!』


提督「戦闘中に飽きるやつがあるか、それを慢心というんだ」

赤城「提督は疲れてます!」

加賀「そうよ、疲れてるのよ貴方」

我が艦隊のエースともあろう二人が言い訳とは情けない。
おまけに俺のせいにするだとか、加賀に至ってはハニートラップの準備を始めた。

提督「体罰執行!」

つらつらと責任を逃れようとする頭にチョップをかまし
彼女らにとって地獄を沸騰させるような刑を執行した。






加賀「提督、お手紙です」

提督「おう」

先日の無様な振る舞いを反省したのか
いつもより数段丁寧な行動を取る加賀。
今日は焼き肉にでも連れて行けと言わんばかりの眼光を向けている。
ふと視線を感じ、訓練中の海原に目をむける。
視線の主は赤城である。器用に攻撃をしながらドヤ顔でこちらを見つめる。
元々相性の良い二人は思考すら相性が良いようだ。

提督「はぁ…」

二人に対してのため息でもあるが、
連れて行ってやろうとする自分の甘さにもであった。

ともあれ、焼肉より仕事である。
受け取った手紙の送り主を確認する。
昨日のことを引きづっているのは彼女たちだけではないらしい。


加賀「あの無能からですか?」

提督「加賀」

加賀「失礼しました」

深々である。
丁寧に書かれた手紙の内容を確認する。
先日の非礼を詫びる中身であった。
流れるような達筆で書かれたそれにはもう一つの意図が混じっていた。
指揮に関する指導の願いであった。
謝るだけなら誰でも出来る。
大事なことはそれからだ。良い向上心である。
それに焼肉にいかない良い口実を得た。

提督「今から出る。明日には帰宅するわ」

加賀「ッ!?正気ですかッ!?」

提督「なにが?」

加賀「焼肉に連れて行ってくれるのは嬉しいですが
   昼間から明日までなんて…流石に家計に響きます!」

提督「いや出張。そいじゃあ」

善は急げだ。
一人混乱している加賀を残し、一目散に鎮守府を後にする。
爆撃の激しさが増したのは気のせいではないらしい。







後輩「て、提督殿!?」

提督「やっ、就任式以来だな」

古き良き趣を重宝した内装は友人の時代からなんら遜色ない。
突然の訪問に目を丸くした後輩が出迎えた。

提督「突然の訪問申し訳ない」

後輩「い、いえ!本来ならば自分が出向くところをわざわざ…」

提督「その点に関しては礼を言わせてもらう」

意図が全く見えないといった感じである。
とてもではないが恥ずかしくて言えない。
立ち話も何だと、客室まで送ってくれた。


見覚えのある勲章がズラリと並んだ客間。
どうやら勲章などは荷物になるので置いて行ったのだろう。
目で物色していると、秘書艦であろう者が茶を用意してくれた。

戦場で見かけたことがある。
確かこの者は

提督「武蔵殿、お久しぶりで」

武蔵「覚えていてくれましたか」

提督「あの勇ましき姿、如何様にして忘れられましょう」

戦艦武蔵。
友人の虎の子部隊の牙だ。

提督「先日は姉上の結婚、おめでとうございます」

武蔵「なに、二人とも勝手なものですよ」

高く笑うあたり、嬉しい限りであろう。
しばらくの間談笑をしていると、準備ができたのか後輩が入室してきた。


後輩「何度も申し上げますが、この度は誠に」

提督「気になさるな。それよりも」

本題である。
大方の予想は出来ているが、本人の口から言わせるのが俺のやり方だ。
一瞬口ごもるも、意を決したか口を開く。

後輩「責任感にございます」

提督「だろうな」

移動中に思案した原因の第一候補が真っ先にやってきた。
あまりにも捻り気のない心情にため息が出た。
予想通り過ぎて拍子抜けである。

友人「かの英雄、友人殿から受け継いだこの部隊
   私のような半人前が指揮を取ると思うと
   頭が冴えず、訓練通りにすらなりませぬ」

武蔵「私がついていながら、不甲斐ない限りでございます」

両人ともに深々と頭を下げる。

提督「表を上げてくだされ、俯かれては教授も出来ますまい」

後輩「では!」

肯定の意を示すために首を縦に振る。
元々それが目的で抜け出してきたのだ。
茶まで出されて、断る通りもない。

提督「出来る限りを致しましょう」

今日は一泊泊めてもらい、明日の朝訓練に参加することにした。








大会議室に整然と整列する虎の子部隊。
我が艦隊の三倍はあろうその規模は圧巻である。
しかし現状の不満だろうか、綻びが目立つ。
社交辞令もほどほどに早速訓練のほどを見させてもらった。

訓練は上々だという。
やや納得がいかない点が存在するが、根本を覆す問題ではないので
後から指摘しても問題ない。

部隊を半分にわけての模擬線、快く承諾を許してくれた。
戦力は丁度半分とは言い難い。
後輩の部隊には大戦艦武蔵がついているのだ。
数を均等にしても、火力、突破力共にこちらが不利。

どのように戦うのか、そう質問する艦娘が多い。
作戦は紀元前から続く正攻法だ。
斜にならした各部隊を敵艦隊を接触させ、斜を利用し囲い込む作戦だ。
航空戦に限っては制空権を確実に取らせないスタイルでいく。
換装をせずに戦闘機のみを飛ばしていく。
用心深く索敵を行うことも重要である。


単純すぎるとの意見も出たが、それがベストだ。
慣れない指揮のもとに複雑な作戦を展開するとなると不安要素しかなくなる。
ならばいっそ、単純な力強さで敵にぶつかる方が良いのだ。

ミーティングを終え、演習に入る。
部隊は海原へ。俺と後輩はそれぞれのテントの中から指示を出す。
信号弾が空に溺れていく。演習開始である。





提督「敵の展開は?」

抜かりがなければ航空戦に対処した陣形とのこと。
一陣の偵察機の犠牲と共に入手した情報だ。
どうやら俺の評判に陣形を左右したようだ。

提督「進行を遅めろ、敵の偵察機を誘いだす」

手前味噌だが俺は妙手で知られている。
せいぜい評判を利用させて頂く。
進行を遅めることによって作戦の展開を漂わせば

提督「よくやった」

相当数の偵察機を落とすことに成功。
よほど警戒されていたのかこちらが想定した以上の数だ。
まずは相手の情報網を断った。
しかし偵察機をほぼ全滅させられた相手には陣形を知られているだろう。


提督「敵の攻撃がくる」

六つに分けた部隊を二つに分け挟撃の形を取る。
敵からの攻撃が開始された。

提督「陣形を崩す。一と四は敵をあぶり出せ。他の部隊は後方支援」

提督「艦載機も来る。各空母部隊は第一陣の戦闘機を発艦」

提督「誰が空の王者かを教えてやれ」

陣形を崩すことに成功、同時に制空権獲得。
漏れた部隊の殲滅も確認。
損害は一と四が激しく、火力が下がっている。


提督「一と四は二と五と交換し後方支援、敵をかく乱させろ」

艦載機第一陣の損害軽。
陣形が早めに崩れたことにより被害はすくない。

提督「戦闘機第二陣。全機発艦。敵をかく乱させると共に水上機を叩け」

こうなれば、もはやどうしようもない。
敵陣形は総崩れ、情報も何も入らない暗闇の中で敵に囲まれるのを待つのみ。
何人かは特攻をかけてきたものの全て迎撃に成功。
余力を残して、敵大将を討ち取った。

提督「皆ご苦労。戦闘は終わったが演習はまだ終わらん
   偵察を忘れずに戻ってこい」









全部隊の回収が終了すると、艦娘たちに少しの休憩を取らせた。
彼女たちの反省会なら後でも構わない。

提督「あそこで乗ってくるかぁ?」

後輩「情報が無かったものですから…」

提督「偵察機を一気に出す必要なんてなかったろ」

後輩「提督殿の妙手に対抗するためにはと…」

問題はこの天才だ。
どうにも他人との戦闘に余計な神経を使っているのだろう。

提督「いいか。何事も目標を捉え行動しろ
   迎え撃つなら迎え撃つだ」

後輩「わかってはおります。しかし…」

提督「人は出来ることしかやれんのだ
   俺は出来ることをやった。お前はやれなんだ。
   そこが此度の戦の敗因よ」


何にせよ時間がかかることがわかった。
やはりまだ若いのと経験値の差を感じた。

提督「若すぎるんだ。生き急ぐなよ」

提督「武勲をたてたいのはわかるが、それに近道などない」

提督「ゆっくりと見聞を深め、地道に力をつけろ」

提督「機会を求めずに、やってくるまでひたすら地道にだ」

後輩「はい…」

まだ受け入れられないことも多いだろうが
それが真実であり、効果的だ。

後輩「皆と共に反省してまいります」

提督「ああ」

後輩「この度は誠にありがとうございました」

そう言い残し客間を後にする後輩。
早々と立ち去る姿は年相応で、涙を見られまいと必死であった。
彼と入れ違う形で秘書艦の武蔵がやってきた。


武蔵「提督殿、この度は見事な戦ぶりでした」

提督「なに、皆が良く動いてくれたのだ」

武蔵「それに比べてうちの指揮は…」

提督「言うな。彼には経験が足りないだけだ」

武蔵「…そうだな」

提督「それに、君もまだまだだな」

武蔵「…この武蔵が?」

提督「ああ。秘書艦ならば、傷ついた男を労わるものだ」

提督「俺を見ろ。一日会ってないだけで不安になってくる」

武蔵「ハッハッハッ、惚気ですかな」

提督「本当さ。今すぐ抱きしめてやりたい」

武蔵「心得た。この武蔵、若武者を支える力となろう」


そうと決まればと、後輩の後を追い反省会に向かった。
一人残された部屋で天井を眺めながらこの鎮守府の安泰を確信した。
きっと俺や友人を超えるような男になるであろう。
何度も挫折を味わい。何度も努力し、またひれ伏す。
このサイクルを通して人間というものは成長していく。
日本刀のような製法で練られた人物像は
切れ味鋭き、真っ直ぐな魂となるであろう。
未来の大将軍に、ささやかな激励を送った。



投下完了しました。

キャラを上手く使えこなせてないって
はっきりわかんだね

何かコツなどがあれば
恐縮ではありますがご教授の方よろしくお願いします

投稿開始します

調子に乗ったら
中途半端に長くなってしまいました

反省はしています


提督「夏祭り?」

元リー「うっす」

居酒屋鳳翔。
残暑を過ぎた季節に不釣り合いな風物詩が開かれる。
そう報告したのは何かと面倒を見てやっている元リー。
まだ未成年というものもあり、酒は飲ませてやれないが
その顔つきは成年男性と比較しても深く、同年代を思わせるものだ。
昔の杵柄だろうか、顔の至る所に見られる古傷はその顔つきに
スパイスを加えるものとなっている。

提督「夏ってのは厳しいよな」

元リー「過ぎた夏を惜しむ祭りらしいっすよ」

提督「それで、お前は何すんだ?」

元リー「イカ焼きっす」

御世話になっている漁師さんからの提案で
一種の宣伝に近いものを行うらしい。


鳳翔「まぁ、今年も楽しみですね」

店主の鳳翔さんが言う。
俺はというと、この祭りに参加したことがない。
例年祭りは夜に開かれ、中々の賑わいらしい。
祭りごとは好きな方ではあるが、例年何かと仕事が入ってしまうのだ。

実はこの季節、意外と仕事が忙しい。
例年夏の日差しにやられたのか、海賊などと言ったものが現れる。
直接手を下すわけではないのだが、近隣海域の調査などの依頼が舞い込む。
加え、過ごしやすい季節になったのをいいことに
船に乗って勝手に遠出する若者もいるので、救出等に駆り出されるのだ。


提督「どーせ今年もなんかあって行けないんでしょーっと」

酒の誘いが強くなった。
提督と言えども俺も人間。
ストレスとか色々たまるものなのだ。

元リー「…忙しいとは思うんですけど」

提督「ん?」

瑞鶴を貸してほしいとのことだ。
暑苦しい屈強な海の男たちだけでは客の層も狭くなるという。
そういうものなのかは知識がないので計り知れないが
砂漠に咲く花をみずみずしいと感じるのと同じだろう。

提督「持ってけ持ってけ」

元リー「仕事の方は」

提督「事務的なものだから大丈夫」


大人に気を使い過ぎである。

鳳翔「私もお手伝い致しましょうか?」

からかうような笑みだ。
鳳翔さんもちょびちょび酒を飲んで、酔い始めたのだろう。

提督「やだなぁ~、野暮ってもんですぜ」

鳳翔「そうでしたね~」

二人で笑い声を上げた。
元リーはというと照れというより困惑気味である。
酒に酔ったいい大人たちの餌になるなど気の毒な男だ。

提督「今日はもう遅い。さっさと帰って勉強して寝ろ」

助け舟か送り船だかわからなくなったが船を出す。
提督だけに船を出すのは得意なのだ。
飲み過ぎたようでそんな冗談も浮かんでくる。
元リーが去った後も閉店まで酒を煽る。


加賀「飲み過ぎですよ」

提督「あり?どったの?」

加賀「鳳翔さんからのSOSです」

泥酔してしまったようで
我が愛しの妻のお手を煩わせてしまったようだ。
ふらついた足取りで加賀のもとまで辿り着く、重労働である。

加賀「ご迷惑をおかけしました」

鳳翔「ご贔屓にさせてもらっているのですから、構いませんよ」

会話が聞こえてくるが、頭に入ってくる単語が乱反射している。
我ながらどうしてここまで飲んでしまったのだろう。
今日は特別に嫌なことなどなかった筈だ。

我が身を振り返りながら、加賀に支えられ夜道を歩く。
加賀もその点にはご立腹である様子だ。


提督「子供の頃に戻りたいなー」

星空を見上げながら勝手に口が動いた。
今日の暴飲の原因はこんなことだったのか。
自分の口から自分の知らない言葉が出ることに新鮮さを感じた。

加賀「年寄りみたいなこといって、まだ若いでしょ」

提督「若いと子供は違うんだよ」

加賀「はいはい。後で聞きますから家に帰りましょう」

提督「かがー」

加賀「なんですか」

提督「愛してるぞー」

加賀「はいはい。私も隣にいますからねー」

彼女は軽くあしらったつもりだろうが
今の俺には限りなく私服な言葉だった。









頭蓋が内側から殴りつけられる衝撃を味わう。
完全な二日酔いである。
どうしようもない気持ちの悪さを感じるが思考は働く。
ありじごくのような作業が続く。

加賀から少し説教をされた。
飲み過ぎて仕事に支障をきたすな、とのことだ。
戦争は確かに終了したが、責任感を失ってはいけない。
もっともなことであり、ぐうの音もでない。

加賀「提督。お仕事の追加です」

全ての感情を捨て作業マシーンと化した俺の仕事を加賀が増やす。
もう苛めないでと心が叫んでいるが誰にも届くことはないだろう。

仕事の確認をする。
やはり期待はするもので、夏祭りと被っていないかとチェックしてしまう。
無慈悲とはこのこと、出張につき夏祭りには迎えない。


提督「不在中のことは任す」

加賀「了解しました」

提督「それと、ちび共には祭りを楽しめと」

加賀「そのように」

憂鬱である。
夏祭りにいけないことも原因の一つだが
もう一つは出張の目的についてである。
加賀も雰囲気で察してくれたのか、余計な口を挟まず作業に戻る。


各地の防衛を任された各々の鎮守府の代表が集まる集会。
昔馴染みと顔を合わせるのは悪いものではないが
この各地が忙しい時期に収集されることは滅多にない。
あるとすれば、急を要する問題が起こったときだ。

明日の海の様子がどんなものか気になった。
出航の予定もないし、出張も明日でない。
それでも太陽の棺の先にある闇から、一抹の予感がひしひしと感じられた。
と同時に、平和な海に最終決戦の名残を感じた。

明日の海は、荒れる。








各々が社交辞令を終え、席につく。
会議の空気は重く、議長である元帥殿はその厳格な面を更に深めていた。
集会は初めてであろう、俺の隣に座る後輩の顔色も悪い。
各々の顔つきも予感をうかがわせるようなものだ。
恐らく俺の顔もそうなっているであろう。
ここにいる皆全員が、同じ心境に立っている。
その事実がまた、緊張のねじを締め続けている。

元帥「今日集まってもらったのは他でもない」

元帥「外からの圧力が本格的なものとなってきた」

憲兵の顔を思い出した。
彼の語った危惧が、現実のものとなり始めた。
ようするには我が国が良い金づるとなることだ。
敵などこじつけ、焚き付ければいくらでも出来上がる。
それをぶつけ、救済するという自作自演にも似たやり口。


元帥「政治家も話を進めているらしいが雲行きは怪しい」

元帥「我々は一人でも戦えることを証明しなければならない」

何と戦うというのか。
全員の疑問であった。
深海棲艦との戦いには決着がついた。
戦うものはこの海にいないはずだ。
最悪な選択肢が脳をちらつく。

元帥「最悪の選択はしない」

元帥「今から指名するものは、外の海での戦闘に終止符をうってもらう」

場がどよめく。
つまり、未だに紛争が続く海域に出向き、海外との連携を取り
主戦力となり深海棲艦を叩けとの命令だ。
それによって外様の目の前で、我らの力を証明するというのだ。


元帥殿は最悪の選択をしないといったが
俺には戦いの全てが最悪に思えた。
甘いとは思う。実際にそうしない限り、将来は暗いものになる。
だがそれ以上に、自分の未来を自分で決めようとする彼女たちを
再び戦場に駆り出す行動の方が重かった。
軍人失格であろうがなかろうが、俺は彼女たちを愛していた。
あの煉瓦造りは俺の家であり、皆俺の家族であるのだ。

元帥「提督は」

自分の名前が呼ばれた。
指名するといった時点で、わかりきっていたことだ。
友人もいない。かつての戦友はそう多くない。
その中で今もその座にいるものが選ばれるのは、当然のことであった。
戦いの場は修行をつんだ国であった。
俺の留守は後輩が見てくれる形になった。


後日、酷く疲れ切った顔をしていると加賀に指摘された。
何があったのだと問い詰められたが、答える気にはなれなかった。
僅かな望みを天に祈るだけである。
かの地での戦争の終結。もしくは俺の家族が戦場にいくことのないこと。

奇跡的に、後者の祈りが通った。
思わず大声を上げて喜んだ。
すぐに加賀のもとに駆け込み、力いっぱい抱きしめた。
彼女はひどく困惑したが、そっと抱き返してくれた。
触れ合った体温が命を意識させる。

しばらくは味わえないだろう体温が俺を勇気づけてくれた。
確かに彼女たちは戦場にいくことはなくなったが
国の名を守るために、俺はその地に向かい指揮を取ることとなった。
旅立ちの時、結局彼女たちには海外出張とだけ言い残した。

俺の戦いの幕開けである。








かの地の戦況は良いものではなかった。
戦力は互角。
しかし敵の防御力を上げた陣形が、迫りくる壁となり
じわりじわりと追いつめる形となってしまっている以上
もはや不利と断定する他ないだろう。
現地の司令官とも情報を交換した。
想像していたほどの差別を感じなかったのは
この地の英雄が我が師であったことと関係しているのであろう。


早速訓練を開始する。
この地の号令は全て記憶している。
大体思うように動いてくれたが、俺の戦いに対応してくれるか心配だった。
何より、彼女たちに愛着を持てないことに違和感を感じた。
結局俺が愛しているのは、俺の家族だけなのだろう。
丸裸にされたかつての正義感が今の俺を責める。
自己嫌悪に何度襲われても、酒を飲むことはなかった。
愛すべきものたちがいたからこそ、酒が美味かったことを痛感した。
同時に自分が、この地の者たちを愛せない度量の少ない男だと
再び自己嫌悪が襲った。
その度に、早く決着をつけ、あのぬくもりに顔をうずめたくなった。

戦況は絶望的な所に立たされてしまった。
俺や現場の者たちの奮起もあり、何とか戦線は持ち直したが
良い打撃を加えることも出来ずに、延長戦になってしまったのだ。
短期決着は誰もが望むものだ。何分資材がないからだ。
何とか資材をかき集めても、十分な戦闘も出来ない。
艦娘も司令官も、焦燥しきっていた。


窮地に立たされた俺に我が国から資材の支援が来た。
支援の通達が来たときは彼女たちが来るのではと
無力なわが身を呪ったが杞憂に終わってくれた。

何とか持ち直し、奮起の結果、敵に打撃を与えることに成功。
最終決戦に持ち込むことが出来た。
慢心はしていない。敵も最終決戦とだけあって
見たこともないような大部隊であった。
臆することはなかった。この戦いが終われば、彼女たちに会えるのだ。







天は俺を見放した。
前半の戦いは有利だったものの、天候により足場が崩れた。
後半の戦いは敵部隊の独壇場であった。
連日の戦闘で、俺の方も神経をすり減らし絶望的な状況を受け入れるしかなかった。
夜。何とか生き残ることが出来た。
低く暗い雲が戦場を漂う。死神のようだ。
まともに動けるものは少ない。
この状況下で野戦の決断を下すことはできなかった。

貴方は故郷に帰れ。ここで死ぬことはない。
副官を務める男が、俺に言った。
かつての、ここへやってきたばかりの俺ならそうしただろう。
だが俺も浮気性なもので、この地に住む人々に自然と愛着が湧いていた。
自己嫌悪に陥っていたことがばからしくなるくらいに。


雪が降ってきた。
暗い雲が送るそれは、地獄への手向けにも思えた。
彼女たちの行く末を見届けることを出来ないのは心苦しいが
自分の未来に向かって舵を進めた彼女たちに
俺のような古びた羅針盤はもう必要ない。
永遠というものはない。必ず別れが来る。
それがほんのちょっとだけ、早くなっただけだ。

覚悟は決まった。
この海が俺の墓場だ。

覚悟が伝わったのか、俺の指示を前場の者全員が待つ。
その眼は俺と同じ目だ。
何物にも代えがたいものを守るために我が身を振るう。
そのことに後悔に後悔など一切ない。
刀のような真っ直ぐな心。


何とかなるような気がした。
そんなことなどないのだが、そんな気がした。
無茶なことをする俺を、加賀はいつも諭していたのだが
隣に彼女がいないのならば、止めるものはいない。

加賀「この消耗では野戦は絶望的よ」

覚悟は決まったのだ。邪魔をするな。

加賀「聞いているの?」

話しかけるな

加賀「頭にきました」

もう一度君を抱きしめたかった






瞬間、頬をぶたれた。
何も考えることができなかった。
勢いを殺せずに転倒してしまう。
だがその痛みとぬくもりが、妄想などではなく
現実のものだと裏付けした。

何故ここに君がいるのだ。

何故武装しているのだ。

何故俺の家族が皆ここにいるのだ。

提督「…何故」

加賀「隣にいると誓ったわ」

倒れこんだ俺を起き上がらせながら加賀が言う。

赤城「食費」

吹雪「学費」

瑞鶴「同じく」

翔鶴「同じく」

鳳翔「お客」

雪風「司令がいなきゃいやです!」

加賀と雪風以外ほとんどの者が金関係である。
保身だが、がめつくなるよう訓練した記憶がない。
所詮俺は金づるだったのか。
悲しいんだか何だかわからないが目頭が熱くなった。


加賀「この地の危機を知った元帥殿が私たちを」

提督「元帥殿が?」

加賀「貴方の全力引き出すのは私たちしかいないらしいわよ」

場がざわめく。
それはそうだろう。
異国の言葉でいきなりぶたれ、今は感慨にふけっている。
そんな現状を目にしているのだ。
だが安心しろよ現地の部隊。

提督「俺はお前たちをもう一度戦いに放り込む」

加賀「御意に」

赤城「ならば」

提督「そうだ」

彼女たちの目はあの日見た目となんら変わりない。
あの日から彼女たちの覚悟は決まっていたのだ。
それに比べ俺はなんと情けない男なのだ。


俺が彼女たちの居場所だと?
自信過剰もいい加減にしろ
彼女たちがいるから俺がいるのだ
彼女たちがいなければ、俺はただの無力な飲んだくれだ

その彼女たちが俺のために戦ってくれるというのだ。

ならば

そうだ

提督「連中に誰が海の王たるかを叩き込んでやれ!」

湧き上がる我が部隊。
現地の部隊も湧き上がる。
言葉こそわからないが、それを超えたものを感じたのだろう。
俺も湧き上がってくる力を抑えずにはいられない。
ぐしゃぐしゃに絡み合った血管が激流と化した鮮血で正されていく。
連戦による疲労も深海に沈み、知略の全てが渦を為す。
もはや死神からの贈り物など、俺にとっては勝利の美酒にすら感じた。






提督「照明弾と探照灯の照準を雪を降らす雲どもに定めろ!」

提督「やれ!」

闇夜を切り裂く勝利の光が死神に向かって飛んでいく。
二つの武器は、夜戦において効果的な作用をもたらす光源だ。
この光で敵を確認し、それを狙い撃ちにするものだ。
照明弾は周囲を照らすものだが、探照灯の用途は違う。
探照灯の光の矛先は本来敵である。
直接的を照らし、それを撃つ。
この二つの武器を雪雲に放つ。
大量にそして広範囲に渡って、敵のバリケードは照明弾が飛び越える。

提督「加賀!やれるな!」

加賀「空母部隊、全艦発艦準備完了。いつでも」

提督「やれ!」


照らすものは海を覆う闇である。
各駆逐、軽巡が武装した光は雲の中で乱反射を繰り返す。
幼いころ、雪の日の雲は何故あんなに眩しいのだろうと思った。
明らかに明るく、その雲の色だけは夕焼けと変わりないと思えた。
幼き日をこの日に再現したのだ。
この明るさならば、俺の部隊であれば、飛ばせる。

全ての空母の第一陣は全機爆撃。
広範囲に渡っての攻撃によりまずは不意打ちに成功。
夜に艦載機を飛ばすバカは俺だけだ。
迎撃の心配も、先に敵を叩き潰せば問題ない。

提督「第二陣、統率を取る者を焼き尽くせ!」

二陣を切るのは威力に長けた艦載機。
混乱の後にやってくるのは指揮ができるものだ。
そいつらは明らかに動きが違う。
それを狙うのだ。


敵もこの明るさなら対空射撃に乗り出す可能性もある。
だがそれも対策済みである。
細々と群を為す雲雲の隙間には宇宙へと通じる闇が待ち受けている。
影を用いそれと同化するように飛べば、迎撃のリスクは減る。
思わぬ電撃的な攻撃に、敵の大将であろう艦も対処に時間がかかる。
大将らしからぬその行動は、完全な隙であった。

吹雪「敵潜水艦も沈めました!」

提督「俺に近づいてきた死神を呪うんだな!」

提督「全艦、死に損ねた敵に止めを刺せ!」


こうなればもはや烏合の衆。
敵大将もその中の一つに過ぎない。
響く轟音、闇を開く光。
暴虐の全てを、深海の名を冠した者どもにぶつけた。

何時間が経ったのだろう。
海域における敵の全滅に成功した。
全艦燃料と弾薬がそこをつき、もはや全力を出し切った状態だ。
乱射を繰り返す光も次第に風に流され
気づけば、暗闇が再び支配する空間に戻った。

提督「各員、よくやった」

提督「我々がこの海の王だ」

勝利の叫びが
水平線から昇る太陽と共に世界に響き渡った。








女は怒らせると怖いのは知っての通りだ。
あの海戦の後、散々皆からお叱りの言葉を受けた。
黙って出て行ったことや、勝手に死のうとしたこと。
いろんな言葉が胸に突き刺さった。
それは痛くもあったが、嬉しくもあった。
生きている実感があった。
その場に存在しているだけではない、生きている感覚。
久しく味わえなかった、私服の時間。

俺の代わりにこの椅子に座っていた後輩は
超絶不機嫌な加賀に何度も泣かされたという。
俺だって時々泣きそうになるから文句は言えない。
むしろしっかりこなしてくれて感謝している。

元リーは俺が海外に行ったことを知り
海外に興味を持つようになったとかで
瑞鶴と共に外国語の教室に通い始めた。


元帥殿も一晩で終わらせるとは想像していなかったらしく
緊急で手配した海外の戦力に無駄な労力を使わせてしまったことを
悔やんでいる様子であった。
だがそのおかげで、海外の戦力に、武を示せた。
俺以外の司令官の活躍もあり、本初の目的は達成した。

が。

提督「誠に申し訳ありませんでした」

問題はこの女、加賀である。
今回の件でとっても頭にきたらしく、海戦後から一週間経った今もカンカンである。
そのくせ、離れようともしないのだから困りものである。


提督「マリアナ海溝より深く反省しております」

加賀「………」

誠意を見せて誤ってもこの様子である。

提督「…何がお望みでしょうか」

加賀「では」

勝利の兆しが見えた。
謝罪に反応したのはこの時が初めてである。


加賀「外出した際には必ず外出先を伝えること」

加賀「電話には必ず出ること」

加賀「お金の方も私が管理します」

加賀「出張の際は私もついていきます」

加賀「それから」

提督「子供か俺は」


加賀「子供です。体のおっきな子供です」

加賀「貴方は私がいないと全くダメです」

加賀「今回の件も私が元帥殿に進言しなければ上手くいきませんでした」

加賀「自分の能力も顧みず一人で背負って」

加賀「身の丈以上のことに遭遇して仕事も全うできずに」

加賀「結局は私に助けられた」

加賀「散々人様に心配をかけて…」

加賀「そうなることを見越して私たちを、私を連れて行かなかった貴方は」

加賀「大人なんかじゃ、ありません」


緊張と加賀の荒くなった呼吸が、執務室を埋めていた。
その目は微かに赤くなっている。
荒い呼吸が納まりをみせ、頭に上った血も、ゆっくり帰っていく。
静寂の支配が始まった途端、抱き付いてきた。
何度も胸板に顔を擦り付ける。
確かめるように、自分がここにいるように。
そばにいてくれと。
俺もたまらず抱きしめた。
ずっとずっと抱きしめた。
俺も彼女も互いに互いを必要としている。
言葉は必要ない。言葉なくして判りあえた。


生きることは戦うことだと思う

人それぞれに与えられた戦場

不安であったり

孤独であったり

後悔であったり

妬みであったり

絶望であったり

いろんな姿で立ちふさがる


どんなに怖くてもその相手からは逃げられない

引かれ合うようにぶつかる

それに勝たなければならない

確かにそれは君の戦いだけど

君ひとりで戦わないといけないわけではないのだ

誰かと共に、友人であったり、愛する人であったり

君もまた、誰かの隣に立ってあげられるかも知れない

誰かが君を必要としているのだ

お婆さんの祈りを思い出した

「どうか明日が来るように」

誰かが言った。
夜明け前が一番暗いのだと

過去になった今が手を振り見送ってくれている

俺も、やっと、新しい朝を迎えることが出来そうだ

降り出した雪は死神の推薦状などではなく
明日へ向かう俺への花束に見えた。
綺麗な白い花が、静かな海で花を咲かせていた。

投稿完了です

戦闘描写とかシリアス上手く書ける人って凄いと思った(コナミ
誤字脱字、アドバイス等御座いましたら
恐縮ですがよろしくお願いします

乙です
私服じゃなくて至福では?

>>181

そこに気づくとは…やはり天才か…

ご指摘ありがとうございます

色々と書いてはみたのですが
どうも蛇足くさくなってしまったので
勝手ながらこのSSは終了と致します

また艦これで何か書こうと思うので
そのときはどうぞよろしくお願いします

お付き合いして下さった方々、ありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月21日 (火) 21:50:20   ID: 6cFFrPoJ

とても良かった。

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