前川みく「孤独のグルメ」 (15)

昼間は学校で勉強をし、終わればレッスンの為に事務所へ向かう。
レッスンが終わるのはとうに日は暮れ、街頭の光がいっそう増す時間帯。
あまり女子高生が一人で歩くのはよくないけれども、仕方がない。
Pチャンは忙しいし、かといってタクシーは財布にダメージが大きい。
何より、この後食べるご飯をまだ決めていないのだ。
「お腹すいたにゃー…」

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まだ売れているとはいえない身であるからこそ、
こういう時間の過ごし方ができるのは実は結構な幸運なんじゃないかと思うときがある。
いつもだったらスーパーの特売か半額惣菜を沢山かったりするのだけど、
今日はどうにもそういう気分ではない。
多分、杏ちゃんに「飴ばっかり食べてると栄養が偏るにゃ!!」と言ったのがいけなかった。
偏ったご飯が、食べたくなってしまった。
無性にお腹がすく。
「言霊か、にゃあ」

『運命の変わり目っていうのは、割と些細なことなのよ』『わかるわ』
誰が言ったのか忘れてしまったけど、本当にドラマみたいな出会いもあるものだ。
車のライトが反射して眩しさから目を背けたら、ふと、ソースの匂いを感じ横を向いた。
薄め目の向こうにあったのは一軒の定食屋だ。
瞳孔が細く絞られた。
「今夜は、これにゃ」

「まだ大丈夫ですかー?」
暖簾がかかってはいるが、ドアは全開のお店た。
中にぼちぼち人がいることから、まだ営業時間であることはうかがえるが、
いかんせん時間が時間、割と切りのいい時間はお店によるのだ。
店主の「空いてる席にどうぞー」の声を聞いて、ふたり掛けのテーブルに座った。

お水が目の前に置かれるまでの間、店内をゆっくり見回してみた。
いかにもな壁紙に手書きのメニューが画鋲で貼ってある。
電気は一応蛍光灯ではあるけど、天井に穴あけを間違えた跡を発見してしまった。
きっと、このお店はPチャンが生まれるよりずっと前から。
「ふーん、これが昭和って感じなのかにゃ」

と、落ち着いた感じを必死に装いながら心の中はソースの匂いで一杯だった。
店主がお水を持ってきたと同時にはっきりと言った。
「焼きそばとライス大盛り!」

店主の顔が一瞬、スタドリを無料でプレゼントされた
Pチャンみたいな顔になってたのは、きっと気のせいだ。
いつもはみんなのアイドル可愛いみくにゃんだけど、今は野生の猫科。
食事の前にはアイドルは関係ない。今は一匹のメス猫にゃ。
「あ、店員さん、紅生姜沢山乗せてください」

「すいません、今、紅生姜切らしててー」
がーんにゃ・・・。女将を呼べにゃ・・・。貴様に本当の紅生姜を、にゃ・・・。
仕方ない、気を取り直そう。このもやもやは青海苔を沢山かけて紛らわすことにした。

終わり際で注文も少なかったのか、注文の品はすぐに出てきた。
この速さは、いい。
ライブで歌った後の拍手と同じで、こういうモノは速いに越したことはない。
余韻をかみ締めるのは、ライブが全部終わった後でいい。
注文からライブが始まり、お会計でライブが終わる。
余韻と反省はその後だ。


まずはソースの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
ジャンキーな香りが脳髄を本能をチクチク刺激する。
勉強にレッスンで疲れた体に香りが溶け込んでいく。
甘酸っぱく芳醇な香りのソースを炒めるというだけで、
濃縮され、限界まで凝縮されたそれは弾けるように全身に飛び出してくる。

「いただきます」
心から思った。

ライブの最中は頭が真っ白で、という言葉を良く新人アイドルからはよく聞く。
ライブ中に変なことを言ったり、動きがぎこちなかったり、逆に凄い弾けてたり。
それは本当に一心不乱に心の底から一生懸命な裏返しだと思う。
時には失敗してしまうこともあるだろう。
私も正直なところ、まだライブに慣れたとはいえない。
だから、仕方ない。
店を出た後に鏡を見たら、鼻の上に青海苔が付いていたのは、仕方のないことだ。
まだ肌寒い夜道を歩きながら、ソースの香りのする息を吐いた。

「明日も頑張るにゃ。そうしよう、そーするにゃ」

春の風はまだまだ冷たい。

お粗末さまでした。

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