未央「夜のデパート、そっと屋上に行こうよ」 (48)



夜のデパートの屋上は静かだった。

撤去される予定の観覧車にはグリーンのシートがかけられ、立ち入り禁止のポールが守っている。

SLは車輪が外され、レールの脇に置かれている。

まるで遊園地の抜け殻が、静かに安置され、眠っているような光景だった。


未央「本当に入ってもよかったの?」


実際に目の当たりにすると気が引けるのか、未央はそう恐る恐る尋ねた。


P「まだ正式に取り壊しには入ってないし、オーナーさんにも事情を伝えてるから大丈夫だ」


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正直に言うと、多少無理をお願いした。

くれぐれも事故のないようにと、何度も念を押された。


未央「そっか……」



そう呟くと、未央は静かにステージの方を向いた。

その目はステージ向こう側、ずっと遠くを見つめているようだった。


――――――




未央「ほんとに……? 私たちがデビュー?」

未央「やったね、しぶりん! しまむー!!」


ニュージェネレーションの企画を伝えられたとき、未来への扉の一つが開いた気がした。

その先に広がっている世界を、しまむーとしぶりんと、そしてプロデューサーと一緒に飛び込んでいくんだ。


未央「これが、私たちのデビュー曲……?」


卯月「す、すごいです。なんだか、上手く言葉にできないけど……」



すぐに渡されたデモテープを聴いた。

しぶりんは何も言わなかったけれど、その表情を見ればどんな気持ちかはわかった。

私たちの胸は皆、一様に高鳴っていた。


P「それで、今後の予定としては……」


シングルを2枚リリースの後、ニューアルバムまで大まかだけれど予定が立っている……

と、プロデューサーの説明が続いた。

他にも細かな注意なんかがあったけれども、実は良く覚えていない。


だって、それくらい嬉しかったんだから。


――――――




未央「お客さん、全然いないじゃん!!」


デビューライブは成功とは言えなかった。

正確に言えば、私の思い描いていたライブではなかった。


少しだけ足を止めて去っていく人、目もくれずに通り過ぎてしまう人。


垂れ幕をもって応援に駆け付けてくれた友達が、むしろ私を惨めにさせた。


あの時はプロデューサーに、ひどく迷惑をかけたっけ。


――――――




未央「え……?」


セカンドシングルをリリースして、少し経った後だった。


P「……それで、ニュージェネレーションのアルバムについてだけれど。……少し方針が変わってな」


それぞれでソロデビューして、それからニュージェネレーションのアルバムの制作に入ることになったらしい。


P「最初のデビューは、……凛。お前になった」


凛「……!」


未央「お……おめでとうっ! しぶりん!」




もちろん心から嬉しかった。

確かに、先にデビューされて悔しい気持ちだってあるけれど、同じ仲間がデビューできて嬉しくないはずがない。


P「二人も順にデビューする予定だから……レッスンを欠かさずにな」


卯月「はい! がんばります!」


未央「よーし! すぐ追いついちゃうからね、しぶりん!!」



しまむーのソロデビューが決まったのは、それから2か月ほどしてからだった。


――――――




それから二人の知名度はみるみる上昇していった。

スケジュールも多忙になり、週に一回程度しか会わなくなりつつあった。


一方で、私のデビューは先送りにされたままだった。



未央「プロデューサー。」


P「あ、未央か……調子はどうだ?」


未央「ラジオのこと、聞いたよ」


P「! ……そうか。」


P「美嘉のプロデューサーからの企画があってな。それで……」



プロデューサーは困ったような悲しいような顔をしていた。

みかねえと、しぶりん、しまむーの3人のラジオ番組。

みかねえが中心の番組に、まだソロデビューをしていない知名度のない私が入るよりも、二人が入るのは自然な流れだった。


未央「いいんだよ。それより、二人にちゃんとおめでとうって伝えといてね!」

未央「そして、私もきっとすぐ……」


追いついて見せるから。

前は胸を張って言えていた言葉が、どこかにつかえてしまっていた。


プロデューサーが、私の頭に手をのせた。


P「……がんばるよ。今はこれしか言えないけれど。」




その手は撫でるわけでもなく、ただ静かにのせたままだった。

まるで私のもやもやした気持ちを吸い取ろうとしているか、

あるいは暖かな優しさで満たそうとしているような手だった。


未央「……うん。私も、がんばる」


プロデューサーは一言も謝ることはなかった。

もし謝られたとしても、私はきっと何も言えなくなっていたと思う。


ただ私の目を見て、「がんばるよ」と言う彼を信じたいと思った。


――――――



『それでは次の出演者の紹介です』

『トライアドプリムスの皆さんです!』

『よろしくお願いしまーす!』



音楽番組では、トライアドプリムスのデビューが取り上げられていた。

統一したゴシック調の衣装が画面に映える。


無意識にリモコンに手が伸びていた。

電源ボタンを押してしまいたかった。


でも、それからどうするんだろう? 静かな部屋で一人、私は泣いてしまわないだろうか?

しぶりんやしまむーが人気になるのは、本当に嬉しい。


でも、それよりもずっとずっと……悔しい。



『それでは、自己紹介をお願いします』


『はい。渋谷凛です。』

『その……私の最初のデビューはニュージェネレーションという3人組で……』


気づいたら目を閉じていたけれど、その言葉に顔を上げた。

画面を通して、しぶりんと目が合った。


『今はまだ、活動できずにいますが、また必ずCDやライブも……』

『だからそれまで、トライアドプリムスもよろしくお願いします!』


司会者や二人の表情が、ほんの少しうろたえたように見えた。

きっと、台本にないことを無理やり言ったんだろうな。後で怒られなければいいけれど。



握っていたリモコンが汗で滑りそうになる。

しぶりんが出ている番組を消そうとしていた自分を恥じた。


『ありがとうございましたー!』


番組が終わって、凛にメールをした。

そういえば最近、忙しそうだったからあまり送ってないな。




…………………

TO  しぶりん
SUB 番組見たよっ!!

トライアドプリムスでもデビューおめでとう!
衣装も可愛かったー!!

あと、あの自己紹介、台本と違うこと言ってたでしょー?
でも嬉しかったよ。また絶対、ニュージェネレーションでライブしようね!!

疲れてるだろうから、今日は早く寝てね。おやすみー!

…………………



最後に「ありがとう」と添えようとしたけれど、少し悩んでからやめた。

――――――




週刊誌の見出しは『ニュージェネレーションの影と犠牲』だった。


『未だにソロデビューのないアイドルH・M、枕営業で精神を病んだ?』


するわけないじゃん。


『ニュージェネ復活=NG発言? 渋谷&島村、謹慎か?」


そんなわけない。


『関係者の話では、デビューは絶望的』


絶望、絶望、絶望、絶



「もうやめて!!!」

------------




P「未央!!」


事務所のソファーで目が覚めた。

夢だったけれど、あの記事は現実に書かれていた。

昨夜、その週刊誌をコンビニで見つけて、自分の部屋で読んだ。

すぐに破り捨てたけれど、それは頭の中に入り込み、幾度となく浅い夢に現れた。


P「……うなされてた」


プロデューサーの顔が私の真上にいた。

その顔に今までにない安らぎを感じた。

私は、目の周りが濡れていることに気づいた。

すぐに起き上って、何とか取り繕おうとした。




未央「い、いやな夢だった~。なんかね、番組で幸子ちゃんと一緒にスカイダイビングをね……」


腫れた瞼を隠すように、目をそらそうとしたけれど、プロデューサーは私をじっと見ていた。


未央「わ、私もああいう風にリアクションを……」


そう言いかけたところで、プロデューサーの手が頭に触れた。

そのまま引き寄せられて、胸に頭突きをするような姿勢になった。




すると、再び涙が押し寄せて、今度は止まらなくなった。

ネクタイを汚してしまうから離れなくてはならないと思ったけれど、そのまま顔をうずめていたかった。


プロデューサーは何も言わなかった。時折、手の力が少しだけ強くなった。


昨夜もあれだけ泣いたのに、涙はいったいどこから溢れてくるんだろう?


――――――




未央「ソロ…デビュー? ほ、ほんとに!?」


手渡されたデモテープを聴く。今度こそ本当だった。

もう何度、夢に見たかわからない。嬉しいのに、目が潤んで止まらなかった。


P「デビューライブも、小さな会場だけれど取ったぞ。」


ライブの企画書も見せてくれた。場所はデパートの屋上。子どものころに行ったことがある。

小さな遊園地がついていて、ステージもある。


P「……また一つずつ、がんばろうな」


プロデューサーは、またあの時のように、私の目を見て、そう言った。


私は言葉が出ずにいた。




またプロデューサーが、私の頭に手を乗せる。

やはり撫でることもなかったが、手の平の温もりを感じていたかった。


プロデューサーが手を離そうとする。咄嗟にその袖を掴んだ。


未央「……もう少し、このまま」


ようやく出た言葉はそれだけだった。

私がへこたれそうな時は、いつもそうやって乗せられた手。

慰めるでもなく、なだめるでもなく。

プロデューサーは静かに、私の気が済むまでそうしてくれた。


――――――




雲が風に流れると、その切れ間から月が覗いた。

その光は、眠ったままの遊具たちやステージ、そして俺と未央を照らし、頼りない影を作った。


未央「わたしね」


そう唐突に未央は呟いた。


未央「あれから何度もライブしたけれど、いつもここでデビューした時を思い出すんだ。」

未央「あ、もちろんニュージェネレーションのライブもだよ。でも、ここのも特別。」


ステージに近づくと、未央は檀上に軽々と登った。




P「あ、こら」


未央「大丈夫だってー!」


ステージには2つほど小さな水たまりができていた。

僅かにへこんでいることがわかる。

ステージの真ん中で、未央は目を閉じていた。


瞼の裏で彼女がみているであろう光景を、俺も目を閉じて想像した。

――――――




『……デパートの屋上にある観覧車の部品が、一部落下しました。』


『2人が軽傷を負い、警察では事故の原因を調べています。』


夕方のニュースでは、見覚えのあるデパートの屋上が映し出されていた。


未央「プロデューサー、ここって……」


数年前のソロデビューライブの会場だった。

作業服を着た人が指をさして、周りの人に声を掛けている。




『軽いけがでよかったですが、もし取り返しのないことになったら怖いですね』


現場でのインタビューには、そんなごく当たり前のコメントが並んだ。

それは世論として正しい意見だし、私もそう思うけれど、無機質な手触りを感じた。


P「有名なところだから、きっとすぐに再開すると思うよ。」


未央「うん……そうだね。」


それから数か月した後、老朽化や安全面の問題で、屋上の閉鎖が決まった。

――――――




「もーやせーゆーじょーパッションはー♪」


未央はデビュー曲の『ミツボシ』を口ずさみ、軽く踊って見せた。

三本の指は、月を指しているようだった。

スポットライトの代わりにもならないような月の光が、彼女を照らす。


俺は、1番を歌い終えたアイドルに拍手をする。彼女は手を振って応えた。


未央「ありがとー!」


笑顔をこちらに向けると、静かに檀上を降りた。




手を後ろで組みながら、俺の前に立つ。


未央「あの頃……」

未央「あの頃、ありがとうね。捨てないでいてくれて」


P「何言ってるんだよ」


未央にしてはずいぶん弱々しい発言だった。


未央「きっとあの時、Pさん大変だったと思ったから」




確かに、未央のソロデビューまでいくつもの企画書が突っぱねられた。

凛と卯月のデビューにすぐさま続く予定だったが、他のアイドルとの兼ね合いや、予算の都合で後回しにされ続けてしまった。


P「いや、俺の力不足のせいだよ。今更だけれど、すまなかった」


未央「謝らないでよ。ちゃんとこうやっていてくれるだけで、感謝してる。」


そう「ミツボシ」の詞を引用して、笑った。




未央「本当は別のアイドルの担当に変わるの、ずっと断ってたっていうのも知ってたよ」


P「……!」


凛と卯月の担当は、ほとんど外れているようなものだった。

もともとニュージェネレーションのプロデューサーという立ち位置だったのが、

ソロ活動や別のユニットでの活動が活発になり、俺だけではスケジュール管理ができない状態だった。


『一人のアイドルに使命感を持つのはいいけれど』


そんな言葉を掛けられることもしばしばあった。

しかし、いくら別のアイドルやユニットへ打診を受けても、決まって未央の顔が浮かんだ。




P「……さあな」


未央「Pさんの出世街道、外れちゃったねーっ」


そう悪戯っぽく、しかしどこか申し訳なさそうな声で言った。

琥珀色の目は、SLのあたりを眺めている。


P「何言ってんだ、ばか」


これからだよ。




凛はシンデレラガールに選ばれた。

未央もあともう一歩のところで及ばずだったが、デビュー当時から考えると大躍進だった。

あの暗いトンネルを、彼女は自らの力で抜けられたのだ。


未央「ね、あれやってよ」


P「あれ? って、なんだ?」


未央「ほら、あれだよ」


小さくお辞儀をするように頭をこちらに傾けて、ようやくその意味が分かった。

栗色の髪に手を伸ばす。



未央「そう、これこれ」


あの時、何故こんなことをしたのかはわからない。

ただ、「すまない」と「泣かないでくれ」と、他にも俺の決意やあれこれを伝えるには、

言葉ではあまりにもかなわなかった。



この子はどれだけ涙を流したのだろうか? あの暗いトンネルの中で。


しばらくすると、未央は額を胸にうずめるようにして、俺にもたれかかってきた。

何も言わないまま。それは、初めて彼女の涙を見たときと同じ格好だった。




一瞬、このまま強く抱きしめてしまいたいと思った。

しかし、そうしたところで、どこに連れていけるだろうか? 

彼女に相応しいのはもっと別な場所で、あのステージの向こう側にある。


あの日のように、彼女の頭だけをかすかに抱き寄せた。


次はお前が、あの靴を履く番だよ。


そう言うと未央は、ほんの少しだけ涙の滲んだ声で、うん、とだけ呟いた。



――――――



終わりです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

岡村靖幸の「真夜中のサイクリング」という曲を下地に、というか、雰囲気をイメージして書いてみました。
派手ではないけれど素敵な曲なので、是非聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=C1cXpyTW2JA




高垣楓「午前0時のコール」のシリーズを前に書きました。同じように地の文ありですが、こちらもよければお願いします。

イイハナシダナー 乙乙
総選挙も10位圏内ではないけどPaでは上位だから偽りの人気ではなかったな

あと、誤爆とかいろいろご迷惑おかけしました。


>>41
ちゃんみおの不遇な時代が終わって嬉しい。アニメでも自由気ままに動いてるし。

そうだ、曲の元ネタに、タイトルから気づいてくれた人がいて嬉しかった。

他にも支援してくれた方々、ありがとうございます。

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