高垣楓「女神の思いやり」 (82)

・モバマス・高垣楓さんのSS
・総選挙応援企画
・書き溜め途中なのでちょっとゆっくり進行
・楓さんは女神

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「私は、あなたの女神ですから」

 前触れもなく。夢の中に、楓さんが現れた。
 ……ほお。
 どういうわけか、夢の中の楓さんは女神らしい。

「どうしたんです? 楓さん」

「さあ、手をお取りなさい。あなたの願いをかなえましょう」

「え? ええ」

 言われるままに彼女の左手をとる。すると。
 妙に生々しい感触、そしてなぜか手が光りだし……

「え? ……え?」

 楓さんはなにも言わず、そこで微笑んでる。
 ああ、相変わらずきれいだなあ。しゃべらなかったら。

 少しずつ意識が遠のき、うつつの間に身を漂わせ……




 pipipipi―― pipipipi――




 あれ。
 俺、飲みすぎたかな?

 いや、昨日は一滴も飲んでないんですがねー。
 左のてのひらを右手でなぞり、その感触を確かめながら、ひとりベッドから起き上がる。
 頭痛は、ない。






「あれはなんだったんだろうなー」

 駅から人が吐き出される。俺もその流れに身をゆだねてる。
 頭をかきながら出勤。気が重い。
 致し方ない。今日は最優先でクレーム処理、ときたもんだ。

 うちのアイドルが、大御所芸人ににらまれた。
 なんてことはない、ただのいちゃもんだ。もっと言えばひどいセクハラだ。
 でも悲しいかな、うちはまだまだひよっこ事務所。あちらは超大手の大御所。
 あちらがくしゃみをするだけで、こっちは彼方まで吹き飛ばされる。

 有り体に言って、下げたくない頭を下げてくるだけの、簡単なお仕事。
 人格? んなもん必要ありませんぜ。

 まったく。ほーんと。
 まったく。


 頭を抱えたくなる。でも、これも俺の仕事。アイドルに泥をかぶせては、いけない。
 とりあえず、肩書のある俺があちらにお詫びに行くことで、うやむやにしようという腹積もりだ。
 そういう世界。あれこれ考えたら、負けだ。
 事務所のビルに到着、と。ありゃ。
 エレベーターはいっぱいです、か。ま、しゃあない。階段で行きますか階段で。

 ……
 ……

「……はあ……ふう」

 息が上がった。俺、若くねえ。

「……おはようございまーす」

 ダルな気分で、事務所のドアを開けた。


「おはようございます」

「……ちひろさん、今日もさわやかっすね」

「あら、ありがとうございますー」

 ちひろさんは、入口に置いてある花瓶の水替えをしていた。
 凛や夕美が活けてくれる花を、ちひろさんが時々手入れしたりする。
 手を動かしながら、ちひろさんは続ける。

「でも、そんな悠長なこと言ってて、いいんですか?」

 目線をくいくいと、俺のデスクへ泳がせる。そこには。

「……遅い、です」

 おや、まあ。
 今朝ほど夢にご出演なさった件の女神さまが、俺の事務椅子に鎮座ましましておられました。


「楓さん、なにやってんすか」

「椅子に座ってます」

「いや。見ればわかりますけど」

 女神さまはなぜかご立腹。
 俺には、まったく身に覚えがない。
 これは、どういうことなんでしょうかねえ?

「あのお、楓さん」

「はい」

「なにか今日、約束ありましたっけ?」

「……いいえ?」


 おい。約束じゃねえのかよ。
 というか、あれ? 楓さん、今日オフじゃね?
 鞄を放り出し、中から手帳を出す。やっぱりオフだ。

「楓さん、お休みでしょ?」

「はい、お休みです」

「ですよねー」

「ですから、ここへ来ました」

 なんでですか。
 休みだから事務所へ、って、それ意味とおってないですから。

「なかなかPさんが来ないから、ちょっと飽きてました」

 暇つぶしですかそうですか。

「あの、一応は定時に出社してますし? まだ当たり前の時間かと」

 俺がそう言うと、楓さんはやや目を伏せ、そして上目づかいに視線を向けると。

「……来て、くれないんですか?」

 そう言った。


「いや、まあ。その……」

 こんな顔されたら、さすがにかなわない。

「すいませんでした」

 そう言ったとたん、楓さんの口元がにやりと上がり。

「……冗談です」

 と、笑った。

「この椅子、いーっすね」

 そう言って彼女は、くるくると回り始める。
 やれやれ、まったくもって。
 けしからん。実にけしからん。

 誰が付けたか25歳児。その肩書は伊達じゃない。


 仕事中の彼女は、それはそれはプロフェッショナルで。いつでも真剣で、手を抜くことはない。
 それが評価され、今や冠番組も持っているくらいだ。事務所のトップの一角、それは間違いない。

 こなた、プライベートのときはこんな感じで、実に大人げない。
 まあ、彼女といるとこれが日常なのだろうなあ、と。半ばあきらめの心境だ。
 いやはや、飽きないねえ。楓さんといると。

「ほらほら、目が回っちゃいますから。その辺で」

 俺はがしりと椅子をつかみ、彼女を止めた。

「……そうだ」

 楓さんはなにかを思いつき、俺に提案する。

「今日は一日、Pさんのアシスタントになります」

 楓さんは左手で挙手すると、嬉しそうにそう言った。

「アシスタント?」

「はい。アシスタント、です」


「……はあ」

 いや、ただの営業ですし。一緒に行っても愉しくはないですよ?
 ああ、でも楓さんがいたほうが捗るとこもあるかもなあ。そういうとこメインで巡るか。

 あ。
 ダメだ。今日は、ダメ。
 頭下げに行かなきゃならないんだった。そんな修羅場に連れて行ける訳がない。
 そう気がついて、楓さんにお断りを申し入れようと思ったとたん。

「お断りは、なしですよ? 拗ねちゃいますから」

 先手を打たれた。

「……すねすね……すねすね」

 そう言いながら、俺の椅子でツイスト運動をはじめる女神さま。
 あー、くっそかわいいなあ。言わないけど。
 ここでお断りしようもんなら、ずっとウエストシェイプするんだろうなあ。
 それも面白いかと浮かんだ頭を振り、楓さんに応える。

「はいはい。今日は一日、よろしくお願いしますね」

 そう言うと彼女はぱあっと眼を輝かせて。

「お任せあれ」

 と、嬉しそうに言った。




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「今日はまた、どういう風の吹き回しです?」

 移動の社用車の中。楓さんはなぜか緑の事務員服を着て、助手席に乗っている。

「え? だってアシスタントですから。隣に乗るのは当たり前、じゃないですか?」

「いや、だからってその恰好は」

「大事なことはまず『かたち』から、ですよ?」

 楓さんは人差し指を立てて、実にいいドヤ顔でおっしゃる。
 ええ? そうかなあ。
 その緑色が目に入ると、どうにも複雑な気持ちになるんですが。

 そもそも、なんで楓さんサイズの事務員服があるんだろう?
 ま、いいや。深く考えないでおこう。


「いや、そうじゃなくてですね。なんでアシスタントやります! って言ったのか、と」

「ふーむ」

 楓さんは立てていた人差し指をくちびるにあて、少し考え込むと。

「お告げ、です」

 再びドヤ顔でおっしゃた。

「お告げ。ほお。楓さんは巫女さんになったんですか」

「ええ。夢にPさんが出てきまして」

「え」


 あ、やべ。マジ声で返事しちまった。
 なんだって? 楓さんの夢に出た? 誰が?

「私、Pさんの手を取ったんです」

 ……俺か。

 ちょっと待て出来すぎだろ、これ。同じ夢見たってか?
 ……ないない。ありえん、それは。

「で、どうなったんです?」

 俺がそう訊くと、彼女は。

「そこで、目が覚めました」

 と答えた。

「……ま、冗談ですけど」

 という言葉を追加して。


「ええ。冗談すか……残念」

 そりゃそうだよな。当たり前じゃん。
 俺は半ば本気で残念がってしまい、ついこんなことを口走る。すると。

「でも」

 楓さんは俺の方を向き。

「信じるものは救われると、言いますよ?」

 そんな一言を。

「救われますかねえ? そうだなあ」

 俺は車を運転しながら、言葉を探す。

「ん。信じましょう。楓さんは女神ですし?」

 自分の気まずさを言葉でごまかし、運転に集中しようとする。
 彼女はくすりと笑い。

「私が女神、ですか?」

「ええ。なにかご不満でも?」

「私が女神に見えるなんて」

 彼女はどんな表情で、そう紡いだのだろうか。
 俺は、前を見ている。


「Pさんは、めがみえなく、なっちゃいました? ……ふふっ」

 いつもの調子で笑顔を見せた、気がした。





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「あ、おつかれさま……って、楓さん!?」

 某テレビ局にて。担当ディレクターは、楓さんの格好を見て驚いていた。

「おつかれさまです。事務の高垣です」

 楓さんはにこにこ笑顔を崩さない。
 ディレクターは俺を呼び、耳打ちする。

「ねえねえPちゃん」

「はい?」

「これって、コスプレ?」


 同じことを何度も訊かれれば、さすがに慣れる。
 俺はため息を洩らしつつ、答える。

「いいえ?」

「じゃあなにこれ。いや、似合ってるけどさあ」

「今日の気分は、事務員さんなんですと」

 このディレクターさんは、楓さんの冠番組担当。旅行番組だけあって付き合う時間も長く、ある意味ツーカーだ。
 この番組のおかげでエグゼクティヴの肩書がついた、なんて喜んでいたけど。

「あーそうなの。まあいつもの楓さん、だねえ」

「ですです。しばらく付き合ってやってください」

 さすがに扱いに慣れている人は、なんとやらである。ディレクターは早速、目の前の事務員さんに話を合わせた。


「事務の『高垣』さん、これはこれはおつかれさまです。今日はPさんと営業ですか?」

「はい。今日は専属アシスタントです」

 楓さんは先ほどからまったく、笑顔を崩さない。

「いつもPが、お世話になっております」

 そう言って彼女は、深々とお辞儀をする。
 実に堂に入ってるというか、プロ事務員の応対だ。少なくとも思いつきでできるようなにわか、じゃない。

「いやいや。『Pさん』のおかげでうちの番組も好調をキープしてるし、ありがたいですよ」

「ありがとうございます」

 すっかり楓さんは、仕事モードのスイッチが入っている。

「そうそう、主役の高垣さんにもよろしくお伝えくださいな。『事務の高垣』さん?」

 ディレクターがそう言うと、楓さんは笑みを崩さずこう言うのだ。

「承りました。必ずや『高垣に』申し伝えます」

 ディレクターは苦笑いした。


「さて。あ、そうだ。ちょっとPちゃん時間ある?」

「ええ、大丈夫ですけど」

 彼は俺に声をかけると、ちょっと河岸を変えないかと合図する。
 ん?
 ここでは、ちょっと話しずらいことなのだろう。俺は目線で同意する。

 ところが傍らの事務員さんが目ざとく、それを発見した。

「もしよろしければ、私も同席させていただければ幸いなのですが?」

 楓さんはそう言った。
 アイコンタクトばればれじゃんか。俺、使えねぇ。
 ディレクターと再びアイコンタクトを交わし、仕方ないかと納得する。

「たぶん、面白い話ではないですけど」

 俺が言う。

「大丈夫です。アシスタントの本分は弁えてるつもりですので」

 こう言われたらいよいよ逃げられない。
 ディレクターは俺たち二人を別室へ案内した。


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 会議室の片隅。俺たち三人はかたまって、いかにも秘密の話をしそうな雰囲気を作っている。

「ま、楓さんもちらりと耳にしたかもしれないし。短くはない付き合いだからねえ」

 ディレクターは半ばあきらめ口調で、話を切り出す。

「Pちゃんはひょっとして、これからあちらの事務所行くの?」

 ディレクターはそう言った。ということは。

「はい。一応頭下げに」

 もちろん、件の方とうちのアイドルとのあれこれ、について。
 ディレクターがこう切り出すということは、向こうさんからなんらかの行動があったという証だ。

「そっかそっか。まあ、面白くないだろうけど一応ね。仁義切っておかないとね」

「それはまあ、よく知ってることですし」

「うん。あっちの部長もさ、またかって困ってたみたいだし」


 件の芸人さんは、それはそれは両手で足りないくらいの前科がある。
 そのたびに、あちらのお偉いさんは火消しに廻る。

 はっきり言えば、女癖の悪さ。
 きれいに遊んでくれればいいものを、なんと言うか、片っ端から食い漁ってはポイポイと捨てまくる。
 それがスキャンダルとして浮かんではいつのまにか消えているのも、あちらのチカラでどうにかしているという、実によくある話だ。

 実際、共演NGのタレントもかなりいる。それでも、この世界で本人が生き残っているのには訳がある。
 それはこの芸人が、自分の事務所の大株主だ、ということ。

「まあ、共同オーナーを首にはできませんから、ねえ」

 むかし、高額のギャラを株で払ったとかなんとか。信憑性のあるうわさ。
 しかも芸能プロはだいたい、未上場の企業ばかり。それがどんなに大きくても、だ。
 金はある。事務所での力もある。そんなふうにして彼は大御所などと言われるようになった。
 そして。

 事務所の力関係は、そういう諸々のしがらみを昔から培ってきた事務所に、一日の長がある。
 新興の中小事務所は決して、大きな顔ができないようになっているのだ。


「俺もさあ、こうして肩書がついてくるとさ、なかなか好き勝手に言えないことも多くてさ」

 ディレクターがぼやく。
 そういう『お付き合い』というものは、上に行くほど、古くなるほど、強固で頑固だ。

「だから、まあ。Pちゃんにこうして『世間話』をするくらいしかないのさ」

「いえ、非常に助かります。ディレクターさんの立場は、重々承知です」

 仲良くしてくれるディレクターさんは古株ではある。でも、古いしがらみくそくらえと言ってた人だし、実行もしてる。
 いや、この界隈の誰もが、このままじゃいけないって、どこかで思ってる。
 それを口に出せる勇者は、そういないけど。

 ……俺も、勇者じゃ、ない。


「まあ、あちらの部長さんもよく知ってますし、とりあえずしゃんしゃん、で」

 ひとりができることなど、限られている。
 だからせめて自分とこのアイドルたちには、不安なく楽しく、アイドルやっていてほしいと。そう願う。
 俺は今日も、泥をかぶる。

 ふと。
 楓さんが俺のほうをちらりと見ると、なにか悲しそうな表情を浮かべた、気がした。

「まあ、こう言っちゃあなんだけどさ」

 浮かない顔をしていたディレクターは、その顔を引き締め、楓さんに向き合う。

「楓さん。Pちゃんのこと、頼むよ」

 そう言われた彼女は、ちょっと驚いた表情をすぐに整え。

「承りました」

 そう微笑んだ。






「Pさん?」

 局の食堂で。
 俺と楓さんは、コーヒーなんぞすすっている。

 さっきまでディレクターと三人で、例の大御所の話をしていた。
 しかしいくら話したところで、こちらがまず頭を下げるというのは既定路線。
 理不尽だと憤ってしかるべきものだけど。

「……いや、なんでも」

 俺はちょっと、ぼうっとしていたらしい。

「顔に書いてありますよ?」

「え?」

「『行きたくねぇなあ』って」


 楓さんはそう指摘する。

「ああ、顔に出てましたか。ダメだなあ……」

 俺は冷めたコーヒーを片手に、ため息を洩らす。

 担当アイドルを前にして、こういう気落ちしたところを見せるのは、きっとよくないことなんだろうと思う。でも。
 楓さんとは、彼女がデビューのころからずっと一緒だ。
 互いに顔を見れば気心が知れる、という関係になれている、かもしれない。
 ……俺の勘違い、かもしれない。

 たぶんどんなに取り繕ったところで、彼女には見抜かれるのだろう。
 いやはや。
 どんな神様よりも、霊験あらたかじゃないか。

「ダメなんかじゃ、ないですよ」

 俺のそんな思いを知ってか知らずか、楓さんはそんなことを言う。

「そうですかねえ」

「そうです。だって私は、Pさんが頼りですから」

 そう言われて。
 まあ、多少は報われているかなあ、なんて。そんなことを考えた。


「……Pさんは」

「はい?」

「頭を下げることに、ためらいはないんでしょ? それが」

 楓さんが憂いを持った表情を見せながら、俺に問う。

「理不尽なことであっても」

 俺は頭を掻いて、こう答えた。

「ええ。仕事ですから」

「……ウソばっかり」

「え?」

 楓さんはちょっとふくれっ面をしたと思ったら、素の表情になる。

「好きなんでしょう? アイドルが……いえ、アイドルの笑顔が」

 ああ、まったくかなわないな。この人には。
 ええ、そのとおりですよ。


「そうですよ。ええ、そうです。飾らない笑顔っていいじゃないですか。俺にはごほうび、ですよ」

 堰を切ったように、言葉があふれる。

「だから、俺はやれます。仕事ってぶっちゃけ、言い訳ですよ。ただ笑顔が見たい。その一点です」

 彼女はまっすぐに、視線で俺を射抜く。
 ひとしきり話した俺は、コーヒーをすする。

「ま、忘れてください。ただのくだ撒きです」

 俺がそう言うと、楓さんは目を伏せ、首を横に振る。そして。

「手、出してください」

 そう言われ、なにげなしに手を出してしまう。彼女は俺の手を取り、こう言った。

「大丈夫。報われますよ……願いは、叶います……」


 俺は今、夢の中にいるのだろうか。
 いいや。どこをどう見ても、機能性に富んだ社員食堂だし。現実だろう。
 でも、事務員服を着た目の前の25歳児は、今この場所で確かに女神だった。
 そう、思った。

 楓さんは、しばらく手を掴んで目を伏せていた。そして、その手をぶんぶんと振り、握手よろしくアクションする。

「さあ」

 手を離した彼女は立ち上がり、目線で俺に合図する。

「戦場へ、向かいましょうか」

 やっぱり、彼女にはかなわない。




※ とりあえずここまで ※

いよいよストックが無くなりました
頑張って書きますので、ちょっと間が空きますが、お待ちください
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「いや、わざわざお越しくださってすいません!」

 さて。
 俺と楓さんは、応接室という名の決戦場に通されている。
 そして、相手方の部長さんはひどく恐縮している。

 俺と楓さんは顔を見合わせた。
 先方は俺の知ってる部長さんではなく、総務部の担当部長さんだった。

「いえ。あの、業務部の部長さんは」

「申し訳ございません! 今、営業で出張しておりまして……」

 ただただ恐縮するばかりの総務部長さん。
 ふーん。なにか、あるんだな。
 そうは思いつつ、まずはやるべきことを。

「いえ、本日は謝罪に参りまして……この度は、弊社のアイドルが○○さんの心証を害しましたこと、お詫びいたします」


 先手必勝。
 おもむろに俺たちふたりは立ち上がり、深々と最敬礼をした。

「申し訳、ございませんでした」

「いえいえ! わざわざお詫びいただくほどのことじゃございません!」

 しっかしこの部長さん、素人だな。
 ここは淡々と挨拶返しで、それでお互いにおしまいにしてしまえばいいのに。
 あまりに対応が素人だ。というか。

「いやあの、業務部長さんがおられなければ、業務部のどなたかでよかったんですが」

 俺は助け舟を出す。いや、ここまでする道理はないけれど。
 でも、業務部にはそれなりに人がいるわけだし、こちらの応対に人が割けないなんてことは、ちょっと考えにくい。

 隣の楓さんは、落ち着いてニコニコとしている。
 実にいつもどおりというか、アシスタントとして完璧というべきか。

「ええと……まあ、その……」


 総務部長さんのあたふたが止まらない中、あちらの事務員さんがお茶を持ってくる。

「どうぞ」

「あ! ありがとう! まあ、どうぞおかけください!」

 ようやく俺たちは着座を許可された。
 そしてお向かいの部長さんは、汗をぬぐいつつ着座する。

 さてどういう状況か。もともとない頭をしぼって、考える。
 間違いなくなにかがあった。業務部が出払っているということは、事務所的にかなりまずいことが起きている証左だ。
 で、素人の総務部長をよこしたってことは。いや、待てよ。
 彼は、総務『担当』部長。総務部長、じゃない。
 しかもなんの担当やらさっぱりわからない。

 ふむ。
 なるほど、生贄か。

 今なにかが起きている。その時間稼ぎにとりあえずお前行って来い、と。
 こんな感じか。
 だとしたら、俺たちの事情はあまり知らないのだろうし、長居しても仕方ない。
 事情を知らない人間に話をしたところで、らちが明かないし。
 なら、いったん退却だ。


 出されたお茶には手を付けず、隣の楓さんに耳打ちする。とりあえず出直しましょう、と。
 彼女はそのまま首肯した。

「まあなにか、お忙しいようですし。業務部さんが一段落したところで、またお伺いします」

 俺たちふたりは席を立とうとする。

「まずは、Pがお詫びに来たということをお伝えいただければ……」

「おい! 業務のやつら誰も取り合わねーんだがどうなってんだあ!?」

 そう伝えようとしたところで、ダミ声が応接室に響く。
 現れた顔を見て、俺は舌打ちをする。

 ……おい。
 タイミング悪いにもほどがあるだろ、これ。

「ああん? お前たちなんだあ?」

 そこに現れた御仁こそ。
 大御所、その人だった。


※ とりあえずここまで ※

短いですがお待たせしましたので
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 致し方ない。覚悟決めよう。
 俺はできるだけゆっくりと、あまり大きな声にならように注意しながら挨拶をする。

「お取込み中のところ申し訳ございません。わたくし、シンデレラプロのPと申します」

「シンデレラプロぉ?」

「はい。こちらは高垣と申します」

 意図的に、楓さんを『アイドル』とも『アシスタント』とも告げず、紹介する。

「高垣でございます」

 楓さんは俺の意図を汲んでくれたらしく、淡々と自己紹介をする。
 その様子を値踏みする、大御所。

「ふぅん? ……ああ、デレプロっつうと、あのガキのいるとこか。まったくよお」

 大御所は俺をにらみつけた。

「俺の誘いを断りやがってよお。お前んとこのアイドル、教育なってねえんじゃないか、ああん?」

「○○さん! ここは穏やかに!」

 大御所がすごむところで、『担当』部長さんが押さえる。
 なんというか、まあ。

「先輩はたてるべきもんだよなあ? わかるだろ?」

 うちのスタッフからは、いきさつも含めていろいろ聞いていたけど。これは。

 ちっちぇえ。ちっちぇえよ、おっさん。
 小悪党ほど饒舌だと言うけれど、まったくそのとおりで。
 こんなんでも生き残れるもんなんだよなあ、などと、不謹慎にもそう思った。

「この度は、○○様の心証を害しましたこと、お詫びいたします」

 そんな思いを腹にしまいこみ、俺は頭を下げる。


「お前が謝ったってクソの役にもたたねえんだよ! あのガキ連れてこいよ!」

 大御所は俺にかみついた。
 ああ、なんとでも言いなよ。あんたに言われたところで、痛くもかゆくもないよ。

「俺が直々に、オトナにしてやっからよぉ!」

 同じようなことを、あの子は直接言われたのだ。
 そばにいたうちのスタッフは、彼に殴られた。それでも彼らはうちのアイドルを避難させ、守ったんだ。

「……申し訳、ございません」

 頭を下げ続ける。
 怒りの波が次々押し寄せてくる。その波が、俺の頭を冷やす。
 アイドルのことを想えば、こんな暴言、屁でもない。

「……ったくよぉ」

 のれんに腕押しのせいか、大御所の気勢が削がれる。
 だが。

「お前よお。言葉じゃなくて、ちゃんと形で誠意を示さんと、わかりやすいもんもわからんだろ?」

 彼が下卑た言葉を吐く。

「……申し訳ございません」

 頭を下げ続ける。

「なあ、お前よお。ちょうどいいじゃねぇか」

 そして彼は。

「そこのねーちゃん、俺に寄こせ」

 楓さんにロックオンした。


「……それは」

 俺がそう言いかけたところで、楓さんは俺を手で制する。
 彼女は俺に微笑みかけ、軽くうなずくと。

「私、でしょうか?」

 大御所と対峙した。

「なかなか美人連れてるじゃねえかよぉ。おうねーちゃん! うちの事務所に来いや」

 大御所、いや、おっさんは、ねっとりした口調で楓さんを口説く。

「ねーちゃんの器量なら、うちでアイドルにしてやってもいいぜぇ?」

 楓さんは背筋を伸ばし、その言葉を受けた後。

「ありがとうございます」

 と、一礼をする。

「でも」

 彼女は続けざまに、こう言った。

「○○さんにはご存じいただけなくて大変残念ですが、わたくし、シンデレラプロでアイドル、やらせていただいてます」

 楓さんは口元だけを、にこりとした。
 おっさんは、あっけにとられている。

 こええ。こええよ楓さん。
 あまり表情が変わっていないように見えるけど、俺には分かる。
 あれは怒りの眼だ。

「高垣楓、と申します。よろしくお願いいたします」


 楓さんは再び礼をする。

「……なんだよお手付きかよ」

 おっさんは小声でそう愚痴るが、楓さんは眉ひとつ動かない。
 食い下がるおっさん。

「なあ、そんなちんけな事務所より、うちに来た方がいい思いできるぜぇ?」

 おっさんは顔を近づけると、楓さんに言った。

「俺が食わせてやっから。な?」

 怒り心頭、というのは、こういうことか。
 なんだろう。とりあえず殴らせろよ、おっさん。
 あれほど努めてクールを装ってた俺だが、我慢の限界を超えた。

 だが、楓さんは。

「そうですか」

 と告げた直後、おっさんに向かって。

「おとといきやがれ。ですよ?」

 そう言ってのけた。


※ とりあえずここまで ※

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「えいっ」

 楓さんは、おっさんの肩を軽く突く。
 ふらふら、と。おっさんは後ずさりして、ソファーに倒れこんだ。

「……お。おいっ!!」

 おっさんは、一瞬なにをされたのか理解できなかったらしい。我に返って、怒鳴る。
 楓さんはやはり背筋を伸ばし。

「申し訳ありません」

 と、お辞儀をする。

「わたくし、シンデレラプロが大変気に入ってますので。こちらのお世話になる気持ちは、ございません」

 彼女は、両の手を胸の前であわせ、言った。

「それに……心に決めた方が、おりますし」

 楓さんはそう言うと、これ以上ないような穏やかな表情で、微笑んだ。


 え? ええ!?
 聞いてないぞそんなこと!?
 誰だよそれ。まずいだろスキャンダルだろそれ。

 怒りとか、ドロドロしたなにか、とか。
 そんな些末な感情が全部吹き飛んで、俺はあっけにとられる。

「ああん!? なにわけわっかんねぇこと言ってんだよ!」

 おっさんが吠える。

「おまえらみんな干してやる! みんなだ! いいか! 泣きついても知らねぇぞ!!」

 弱いやつほどよく吠える。と、言うけれど。
 このおっさんはずっとこうして、この世界で生きてきたのかなあ。いや、んなことないよな。
 どこでどう道を踏み外したんだかなあ。

 考えても詮方ないことを、思う。
 ま、俺にはどうでもいいことなんだけど。

「ところで」

 楓さんはいまだ表情を変えず、おっさんと対峙し続けている。

「○○さんは『生活安全課』って、ご存知ですか?」


「……あん?」

 おっさんはなんのことか、分かっていないようだ。しかし。
 横にいる『担当』部長さんの顔色が変わった。

 そう、か。そういうことか。

「いえ、ご存じなければ結構です」

 そう言うと楓さんは、俺の方を向いた。

「Pさん。こちらの皆さま方もお忙しいようですし、お暇しましょう」

「……あ、ああ」

 間抜けな声を出す俺。ああ、締まらなねえなまったく。
 もう一度、俺と楓さんは向き直す。

「それでは、本日は失礼します。業務の皆さまにもよろしくお伝えください」


 俺はこう言うと、ドアへ向かおうとした。ところが。
 楓さんがくいくい、と。俺を引っ張る。

「あ、そうそう」

 楓さんは、おっさんへ声をかける。
 ああ、そうでしたか。待ての合図でしたか。
 俺も彼女に合わせ、おっさんに向き合った。

「青い果実ばかり好んで食してると、いつか」

 楓さんは一度目を伏せ、再び見開くと。

「とても苦いのに中るかも、ですよ?」

 言葉を、投げた。

「……なっ!」

「……では、失礼します」

 絶句するおっさんと青い顔をした部長を残し、俺たちは応接室を後にした。






「楓さん、知ってたでしょ」

「……はい?」

 帰りの車の中。俺はぶっちゃける。

「俺が今日、あちらさんの事務所に行くこと」

「はい」

 楓さんはあっさりとゲロった。

「それで、今朝はあんなまどろっこしいことしてまで、ついてきた、と」

「そうですよ?」

 結局は、お見通しだったのだ。
 俺が、どう立ち振る舞うのかということまで。

「まあ大変ありがたいことではありますけど、ね。でも」

 俺はため息をつかずにいられない。

「あんな危険な真似だけは、やめてください。寿命が縮みます、俺の」

「……ごめんなさい」


 楓さんは殊勝な表情で、そう言う。

「なんで、そこまでするんです? はっきり言えば、これは楓さんが首突っ込んでやることじゃない。なんでです?」

 それは訊かなければならないことだった。
 少なくとも大事なアイドルを危険地帯に踏み込ませた、俺が責任を取らなければならないことだけに。

「……お告げ、ですよ?」

「だからそういう冗談は」

「いいえ。冗談なんかじゃ、ないです」

 楓さんは窓の外を見やり、答える。

「私はPさんの願いをかなえたかった。だからそうした……それに」

 楓さんの表情を運転席からうかがうことは、できない。

「仲間のつらい顔、見たくないです。やっぱり笑顔が、見たいですから……」


 おっさんとのトラブルは、事務所のアイドルたちみんなが心配していた。
 そして、件のおっさんのよろしくない噂は、たびたび楽屋でも聞いていた、らしい。

 そんな中、先ほどのディレクターが楓さんに、情報をくれた。
 うちの局に警察が来た、と。
 おっさんがどうなるんだ? 逮捕か? 番組どうする?
 今でももめてるらしい。

「だからって、アイドルがやっていいことじゃないでしょう? 楓さんになにかあったら、俺が悲しいです」

 おそらくあちらの事務所も、生活安全課が動いてることは知ってるはずだ。
 大手なのだし、警察OBも雇われてるはず。
 右往左往で、こちらの応対まで手を回すことが、できなかったのだろう。

 そこまで動いているのならおそらく、おっさんはもうチェックメイト、だ。
 もう俺が動かなければならないことは、なにもないのだろう。

 なのに。なんで楓さんは。

「それはほんとに、ごめんなさい。でも」

 楓さんは。

「Pさんがつらい顔をするのは、見たくないんです」

 そんなことを口にした。


「あのですねえ。そうは言っても楓さんになにかあったら、俺が困ります。ほれ、楓さんの想い人、でしたっけ?」

 そうだ。
 楓さん、心に決めた人がいるっつってたじゃん。思い出したぞ。
 これはきちんと訊いておかないと。あとあとの対応、困るし。

「その心に決めた人って、誰なんです? ほら、スキャンダル対策とか考えないとならないですからね!」

 俺は続ける。

「はっきり言ってください。善処しますから」

 俺がそう言うと、楓さんは目を見開き、まるで信じられないといった表情で俺を見た。そして。

「胸に手を当てて、考えてみたらいいんじゃないですか?」

 と言い、ぷいとそっぽを向いてしまった。


 え? 俺、怒らせちゃった?
 いやいやいや。大事なことだし。

「胸に手を当てて、って」

「……Pさんなんか、知りません」

 あいかわらずそっぽを向く楓さん。

 いや、胸に手を当ててもさあ。
 胸に。手を。
 ……まさか。
 ありえないと思いつつも彼女の表情を伺おうとする。
 楓さんは。

 顔を、赤らめていた。

 さすがに、気がついた。

「……ああ、いや。その。楓さん」

 俺はなにを言ったらいいんだ? 誰か教えてくれたのむ。

「……すいませんでした」


 謝ったところで、楓さんは振り向いてくれない。
 ああ、もう。どうする俺。

「……楓さんが大事で。これからもその、一番大事で。ええと」

 もうなに言ってんだかわかんねえ。

「……大事に、します」

「……赦します」

 楓さんは振り向き、それはもういい笑顔を見せてくれた。
 それを見て、俺は。

「楓さん、マジ女神」

 うっかり口ばしったのだ。


「あらPさん。まだ私が、女神に見えます?」

「え? あ? いや。あれ? はい?」

 自分が口ばしった一言に気がつき、俺はしどろもどろになる。

「あ、ああ……はい」

 素直に認めるしかなかった。
 確かに隣にいる楓さんは、あのときも、今も、女神だ。
 俺を助けてくれた。それで十分じゃないか。

 緑の事務員服だけど。

「ふふっ。そういうことにしておきます」

 楓さんはくすりと笑い、シートに身を預ける。

「あーっ! なんだか疲れちゃいましたね」

 大きく伸びをする楓さん。ほんと、おつかれさま。
 そして。

 ありがとう。


「Pさん。今日の私、がんばりましたよね?」

 楓さんは運転中の俺に、顔を近づける。

「ああ、うん。ほんと、感謝してます」

 これは、俺の正直な気持ちだ。

「なら。今晩はサシでお酒を、所望します」

 楓さんは、俺を酒宴へと引き込む。
 まあ、がんばってくれたし。俺もお礼がしたいし。

「ええ? でもこの前だって呑みに行ったでしょうに」

 そこがそれ、素直にうんと言えないひねくれ者。勘弁してください、楓さん。

「え? だって私は、女神なんでしょう?」

 ちょっと不満顔の彼女。女神が、なんですって?
 その顔がにやりと変わり、そして。




「女神様には、御神酒を奉るもの、ですよ?」



 人差し指をたてて、どや顔で言った。

 ぷっ。
 はいはい。そうですね。

 やっぱり、楓さんにはかなわない。



(おわり)


これにて完結です。おつかれさまでした

神秘的な楓さんも、25歳児な楓さんも、かっこいい楓さんもいいですよね
ラストスパート! 楓さんをシンデレラガールに!

では ノシ

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