「竜と友達になる魔法だけが存在していた」 (56)

竜「別にいいだろ、飛べないのくらい。風使いだけが道じゃないさ」

少年「そういう事じゃなくてさぁ……、その、悔しいじゃん、ボクが飛べないとテトにまで迷惑がかかる」

竜「私は別にいいんだがなぁ。むしろ下手に飛んで怪我されてもアレだし」


竜と人が暮らすこの都市では、偉大なる彼らと友達になる魔法だけが存在していました。

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風を自由自在に操る魔法『ドライヴ』。

竜と人が遊ぶために、竜が人に教えた魔法でした。


大きさも知能も魔力も強さも竜の方が上でしたが、竜は人と遊ぶのが楽しかったため、一番人に負担がかからず簡単な、その魔法だけを教えたのでした。

人ははじめは魔法を使うのが苦手でしたが、竜と遊ぶうちにその使い方を身に付けます。


自身の身体を浮かせるところからはじめ、最後には自分の力だけでドラゴンの身体を浮かせ、その翼の進路を決めるところまで上達する人もいます。

竜は自分の重たい身体をドライヴで浮かして飛んでいますが、人と共に魔法を使うと、自分でドライヴする何倍も速く、楽しく飛べて楽ちんでした。


次第に人は空を見るようになり、気が付けばドライヴは車や飛行機位の日常になっていました。


竜「ていうか卒業試験まで一月以上あるだろう。諦めないで上達を目指すのはどうだ?」

少年「だって同期で飛べないのボクだけだもん……今更上達するはずないよ……」

竜「うーむ、ハルの悪い癖だぞ、そういう事言っちゃうのは」


ドライヴを行ううえで欠かせないのが、竜と人との相性です。

例えばある人と飛べば10フィートの高さまで行けるところを、別の人なら20フィート行けちゃうなんてざらです。


性格などもあるでしょうが、ドライヴは相性のいいペアで行うのが鉄則なのです。

そうは言っても大抵の家に一体は竜がおりましたので(竜は相性の良い家と代々付き合っていきます)、ペアすらいないという事は稀でしたが。


竜「さ、今日の修行はこの辺にして、そろそろご飯食べに戻ろうか」

少年「……」


竜と人が共に暮らすようになってからは、一つの家で一体の竜と友達になるのが一般的になりました。

お父さんが友達だった竜は、お父さんの子供も友達です。


竜は寿命が長いので、何世代もその一族と友達になります。

友達になるのに契約や血は要りません。

竜は遊び好きでしたので、何かに縛られたり堅苦しい契約などで、友達を定義づけたくはありませんでした。

少年「ただいま……」

母「おかえり! 今日の修行はどうだった?」

少年「……」

母「あっはっは、まぁそういう日もあるさ! 明日は飛べるようになるよ!」


竜「そうそう、明日明日。てかお母さん、おなかすいた」

母「あーごめんテト! 夕飯もうすぐ出来るから待っててー!」

竜「今日何?」

母「イチゴ豚の丸焼き! 中まで火が通ってなかったら言ってね!」

竜「あ、やった。イチゴ豚好き」


竜のご飯を作るのもお母さんの仕事です。

女子力とか言っている余裕がなくなるほどに、ご飯作りは女性の当り前なスキルとして認識されているのです。


少年「……お父さんは?」

母「まだ帰ってないわよー」


ハル少年のお父さんは警察の様な仕事をしています。

対『ドライヴ』犯罪特化型の部署に勤めているのです。

少年「お父さんはあんなにドライヴが上手いのに」

母「アタシのが遺伝しちゃったかねぇ。母さん昔ドライヴしようとしてね、樹齢200年くらいの大木を根こそぎ持ってったこともあんのよ」

竜「あれはラルカが泣いてたなぁ。あんな娘にドライヴされたら宇宙まで吹っ飛びそうって大慌てで」

母「ラルカには相当お世話になったわね、あはは。水の国の方旅してるってこないだ言ってたわ」

竜「ドラコンの友としてはあれ以上の竜は中々いないよ。古代種ノルウェーの純血ってアイツしか見たことない」

母「どうしようもない怖がり屋さんだったけど。ま、嫁いでも友達なのは変わらんからね、律儀に実家に顔出してるよあの子」


お母さんのパートナーだった竜は、お母さんがこのうちに嫁ぐと同時に旅に出ました。

一年に一度ほど実家に戻りながら、また旅に出るのです。


竜はテトのようにずーっと人間と暮らすのも居れば、ラルカのように旅に出るものまで様々です。

基本的に『こうしなければいけない』ルールなどはなく自由なのです。

テトはイチゴ豚をむさぼりながら言いました。


竜「そう言えばハル、明日魔法理論の試験じゃなかったか?」

少年「でも、いくら理屈で覚えたって修行が出来ないんじゃ話にならないよ」

竜「ある程度は理論でいけるかもよ。私は生まれて長いが、人間は感覚で飛ぶより理論づけて飛ぶ方がいいらしい。そういう友達が何人も居た」

少年「ほどほどの点数は取るよ、頑張って。ごちそうさま」


かちゃ、と食器を置くと、少年はそっと自分の部屋に戻ります。

戸を閉める音がリビングに響きます。


テトは窓から心配そうに顔を覗かせました。

大きさ的に家には入りきらないので、窓から首を伸ばしてリビングに居るみんなと会話をするのです。


竜「今日もダメだったけど、そんなに落ち込むようなことじゃないと思うがね。まだ子供なんだし、ゆっくりやっていけば」

母「あの年の子どもは難しいものよ。飛べるなら飛べる方が嬉しいだろうし」

竜「運動神経は悪くない。魔力もきちんとあるのにどうしてか……あ、イチゴ豚美味しかった。また作って」

母「はいはい」

コンコン。

ハルが机に突っ伏していると、何かが窓を叩きました。

そっと開いてやると、見慣れた銀色の鱗が顔を出します。


竜「ハル、勉強はどうだ?」

少年「テト……分かんないよ、複雑すぎて。もう無理」


ハルはまた顔を伏せます。

ノートが涙でふやけたせいで顔に数式が張り付いていたことは、テトは言わないでおこうと思いました。


竜「大丈夫だ」

少年「何が」

竜「明日は飛べるようになる。そうだ、ナオキに見てもらえばいい」

少年「無理。お父さん忙しいし、見せられるほど上達してないもん」

竜「そんなことないぞ」

少年「そんなことある。もう、勉強するからそこ閉めて」

竜「あ、ああ、すまない」


窓を閉めると、内側から鍵がかかりました。

思ったより重症かもしれません。


長く生きてきたテトでも、子供の悩み程難しいものは知りませんでした。

友達の、それも深刻な悩みです。

どう慰めていいものか分かりません。

竜「『ドライヴ』」


こんな日はテトの気持ちも晴れません。

遠くに散歩に行くことにしました。


翼を大きく広げ、自身の身体を浮かせます。

夜風は重たい鱗を持ち上げ、心地よく頬を流れていきました。


竜「気持ちいい」


でも、友と飛ぶ気持ち良さには及びません。

ご飯だって何だって、誰かと一緒にやった方が楽しいのは、何千年も前からそう決まっているのです。

竜「私があの子に、友達としてしてあげられることは何だろうか」


空に浮かぶ月はだんまりです。

誰かに相談したくても、竜の友達は当然他の家の子とよく遊びます。

彼らに相談することで、ハルの悩みが他へ漏れてしまうかもしれません。


そうなってしまっては、ハルはテトと友達でいてくれないかも分からないのです。

それはハルが大好きなテトにとって、非常に恐ろしい事でした。


竜「もう少し向こうまで飛ぶか」


月は全部見ていましたが、これは大昔から口の堅い奴で、誰の秘密も漏らしたことはありませんでした。


ちなみに太陽は口が軽いです。

割と悪事なんかを曝し上げにします。

朝。


竜「おはよう、よく眠れたかい?」

少年「うん」

竜「そうか、お母さんが朝ごはん作ってくれてるぞ」

少年「うん」

竜「早くしないと冷めるからな、着替えたら一緒にいただきますするぞ」

少年「うん」


帰ってきて窓のかぎが開いていたという事は、少年も色々考えたのだろうと、テトはそう思いました。

昨日みたいに気まずくならないようにしなければいけません。


テトは頑張って話しかけますが、少年は生返事でした。


朝ごはんになってもどこかぼうっとしていてなかなか箸が進んでいません。

魔法理論のテストは大丈夫なのでしょうか。


テトは心配でなりませんでしたが、それを言ってしまうと益々プレッシャーをかけるようで心苦しいので、なるたけ平静を装って朝ごはんを食べます。


ちなみに朝ごはんは親玉キノコとボーボー鳥のソテーです。

少年「行ってきます」

母「行ってらっしゃい!今日はミグミグの実のカレーだから遅くならないようにね」

竜「! ハル聞いた?ミグミグだって!」

少年「うん」

竜「……」


出かけるときになっても、ハルはいつもより元気がない様子。

今まで修行での失敗なんてたくさんありましたが、ここまで落ち込むことはありませんでした。


テトはどうしていいのか分からず、黙ってハルを見送りました。


少年「……昨日、結局眠れなかったな」


教科書を片手に通学路を行く少年は大あくび。

その手はどうしてか新しいマメだらけでした。


少年「魔法理論大丈夫かなぁ」


どう見ても、遅くまで勉強していた人間の手ではありません。

特に何事もなく学校につきましたが、少年は教科書を半分も読み終えていませんでした。

少女「おはようハル! 勉強してきた?」


登校してくるなり後ろから飛びついて来たこの女の子。

名前をシンシアといい、ハルの昔からの友達でした。


少年「おはよ、シンシア。全然勉強してないよ」

少女「えーっ、そんなに眠そうにしてて? ホントは徹夜でもしたんでしょう」

少年「徹夜はしたけど勉強はしてないんだよ」

少女「どういうことなの……」


たまにやべーを連呼しながらテスト勉強をしてない事をアピールする極悪非道が居ますが、ハルは本当にやってきていませんでした。

でもハルは焦っていません。


焦らない理由ももちろんありましたが、それ以上に眠いのです。

先生「おはようみんな! 朝の時間を始めます! 連絡は特にないです! 朝の時間を終わります! サーテストだ! 教科書しまえー!」


8時30分。

担任の先生は入ってくるなり爽やかな笑顔でそうまくしたてました。


面倒なことがウ○コ食べるのの次に嫌いといつも言っていますが、ウ○コ食べると言った時の先生の顔が怖すぎるので皆何も言えません。

聞かなかったことにして、先生のせっかちについていっているのです。


少年「……」


さっさと配られた答案用紙は、全部で五枚ほどもありました。

魔法理論は量が多く、しかも難しいテストとして生徒に嫌われています。


Q.『ドライヴ』を使う時の竜の魔力流形を図示しなさい。

Q.ヒトの通常の魔力流形を図示しなさい。

Q.魔力を竜の逆鱗から放出した時の、『ドライヴ』の進行方向を答えなさい。



テストは案の定難しかったです。

でも少年は全部知っていました。

『ドライヴ』に関する理論の問題。


どこをどうすれば、竜と人はどう遊べるのか。

全部知っているのに、自分が出来ることは一つも書かれていませんでした。


『テトと遊べない』。


すらすらと問題を解いていくうちにそんな格言のようなワードがふと浮かんで、それはどんどんどんどん大きくなってしまいました。


ぽたり。



テスト用紙に落ちて紙がふやけます。

慌てて目を擦ったけれど、出てきたのはその一滴だけでした。

少女「どうだった?」

少年「ズタボロだったよ」


心がです。

今回も途中で解くのが嫌になったので、そこそこいい点数で終わるでしょう。


ハル少年は悲しくて退屈なのでテストが嫌いでした。


家に帰ったら修行しよう。

ルーティンのように続き、一向に上達しない修行でしたが、それでもやらない訳にはいきません。


これまでの苦労が無になるような気がして怖かったのです。


テスト以外の授業はなんとなく終わり、ハルは家路につきました。

少年「テト、ただいま。修行いこ」

竜「おかえりハル、おやつも食べないでいくの?今日雪リンゴのパイだよ?めちゃくちゃおいしいよ?」

少年「いいよ、後で食べる」

竜「そ、そうか。じゃ修行に行くか」

少年「うん、ありがと」


テトはそんな少年を見るのが苦しくてやり切れませんでした。


いい加減こんなに頑張っているこの子を空に連れ出してやりたい。

頬を抜ける風の冷たさや近くなる太陽、触れるとしぶきを吹き上げる海面を見せてやりたい。


彼が学校から帰ってくるまで、テトはずっとそんな事を考えていました。


少年「じゃ、いつもの丘に」

竜「うん」


修行は家の近くの丘でやります。

風がよく吹いていて『ドライヴ』の助けになりますし、誰からも見られないからです。

いつもの丘で少年は手に力を籠めます。


少年「『ドライヴ』!」


少年を中心に風が吹き始めます。

風を収束させ、上昇気流を発生させるイメージで身体を持ち上げる。


魔力放出は掌、太もも。

意識して行わなくても、身体はそれを覚えていました。


竜「そう!そのまま体勢キープ!」

少年「くっ……あああ!」


どたっとしりもちをついて、少しだけ浮いた少年は地面に落ちました。

また失敗です。


竜「い、今のは良かったぞ!いつもより0.02秒くらい長く浮けてた!」

少年「……」


テトは励ますのが下手でした。

少年「……もう一度」

竜「うん」


何度やってもうまくいかない。

長く生きてきたテトにも理由は分かりません。


やり方は間違えてないし、飛べない理由などないのですが、実際飛べてないのですから仕方ありません。

見守るしかない。


そう思いながらも、テトの身体には自然と力が入っていました。


少年「『ドライヴ』」


ふわっ。


突然、少年の身体は今までとは比べ物にならない高さまで上がりました。

成功です。


今までに比べたら出来すぎているほど綺麗なドライヴでした。


少年「う……わっ、テト!見た?!出来た!ドライヴが出来た出来た出来た!!」

竜「あ、お、おめでとうハル!すごいね!」






テラは体に力が入るあまり、してはいけない事をしてしまいました。

やった瞬間に後悔しましたが、ハルの喜びように何も言えませんでした。


そっと、自分のドライヴで彼を浮かしてしまったのです。

やった瞬間口は乾ききり、どっと汗が噴き出ました。

身体はピクリと硬直します。


ハルが自分で気づくはずがないのです。

竜と人に流れる魔力は同じであり、使った魔法も同じです。


ハルには、自分がとうとう『ドライヴ』を成し遂げたとしか考えられなかったでしょう。

少年は泣き笑いで顔をぐしゃぐしゃにします。


竜「は、ハル!今のは……」

少年「良かった……出来た……。ごれで、これでやっと遊べるよ、デド……!」

竜「!!」


そして竜は、少年が誰のために頑張っていたかを痛感しました。

『ドライヴ』は竜と人との遊戯魔法。


少年が夢見ていたのはただ、テトと空で遊ぶことだけでした。


ああ、ああ、ハル!

私はとんでもないことをしてしまった!

君の努力を踏みにじってしまった!


それでも、どうしても、テトは告白できませんでした。

罪悪感と自己嫌悪に打ちのめされて家路につきます。

母「え―――――ッ!!キャ―――すごい―――おめでとぉおお――――――!!!」

少年「えへへ……」


家の中の喜びが大きくなるたび、テトは頭を抱えました。


ああどうしようどうしよう。

いっそ告白してしまおうか。


でもそんな事をすれば、この大きな喜びの粒がなくなって、この家は悲しみに包まれてしまうのです。

自分の情けなさを恨みました。


でもどんなに悔やんだところで、時間は返ってこないのです。


竜「あああすまない、すまない、ハル……」


苦悩は続きます。

翌日、テトはここ数百年間で最も最悪な気分で目を覚ましました。

朝ごはんは好物の土曜牛でしたが、ほとんど食べられませんでした。


お母さんは心配しました。

何故って、竜はめったに病気などにはならない生き物だからです。


病院へ行こうと言われましたが、原因も症状も解決方法も全部わかっていたので断りました。


上機嫌なハルを見送る心苦しさといったら、それはもう鬼虫を何千匹かみつぶしても足りません。

少女「ハルおはよ!なんかご機嫌だけどどうしたの?」

少年「あ、分かる?実はさ……って?!」

友「おーすハルゥ! ちったあ飛べるようになったか?」

少年「いってぇ…… バーキ、後ろから飛び掛かるの止めてくれって言ってるだろ」


バーキと呼ばれた男子はハルのクラスメイトの中で一番の『ドライヴ』使いです。

少々いじめっこ気質が入っていますが、ハルはもう慣れっこでした。


少年「それがさ、昨日ついに飛べたんだよ!」

友「はぁあ?!」

少女「えーっすごい!!ホントにおめでとう!!」


突然の報告に二人も驚きを隠しきれません。

友「じゃあ修行尾の成果とやらを見せてくれよ!」

少女「あ、私も見たい見たい!みんなでドライヴで遊ぼうよ!」


放課後見せる約束をして、それぞれのクラスへ行きました。


先生「んで、分類学的にみるとローズクォーツだけど、この竜はヒスイとの掛け合わせだから、青い鱗と銀色の瞳を持つ竜、スオウドラゴンとなる。ここまで分かったか?」

少年「えへ、えへへへへへへ……」


授業など頭に入りません。


ようやくドライヴでみんなと同じように遊べるのです。

少年の歳で満足にドライヴが出来ないのは、中学生が自転車に乗れないのに等しく致命的でした。

少年「ただいま」

母「あらおかえり。しっかり自慢してきた?」

少年「うん、今日丘でシンシアとバーキに見せることになった」

母「あっはは、あんたのドライヴもついに日の目を見たか。父さんも、あんたはすごい風使いになれるって言ってたからね、信じていいよ」

少年「うん、ありがとう。行ってくる!」

竜「あ、い、行ってらっしゃい!」


さぁ大変です。

このままではハルは自分のせいで、友達の前で恥をかいてしまいます。


竜「えーと、百年くらい使ってなかったけど……『インビジブル』」


テトは少しだけ迷った後、竜固有の魔法で姿を隠してついていくことにしました。

人間で使える人は世界に何人も居ません。

友「さぁハル、修行の成果とやらを見せてくれよ!」

少年「ん、うん……改めてやるとなると緊張するなぁ……」

少女「焦らなくていいからね、ゆっくりで」


約束の丘ではもう、シンシアとバーキが待っていました。

二人ともハルを期待に満ちた目で見ています。


友「んじゃ、俺たちは先に上がっとくぜ……と。『ドライヴ』」

少女「ハルもすぐおいでね。待ってるから」


二人は浮かび上がると、上空5mくらいでピタリと止まりました。


バーキはもちろんの事、シンシアもなかなかの風使いです。

スピードや高度をとにかく求めるバーキに対して、シンシアは遊ぶようにふわふわ飛ぶのです。


少年「二人とも待っててね、すぐいくから」

友「おう! 来い来い!」

少女「頑張れーっ!」


テトは目を覆いたくなりました。

でも、でも、ああでも、やらなければならないのです。


犯した過ちを隠すには、更に大きな過ちを重ねなければなりませんでした。

泣きそうになりながら魔法を使います。


少年「『ドライヴ』」


少年の身体がふわっと浮かびました。


少女「キャ――――――ッすごい!!ハル、ホントにドライヴ出来るようになってるじゃない!!」

友「フン、男ならこんくらい出来なきゃな!」

少女「ちょっと、もっとましな褒め言葉はないの?!」

少年「ううん、二人ともありがとう。出来てみれば、案外簡単だったのかも」

友「現金な奴だな! 出来る前は死にそうな顔してたってのに!」

少年「ハハハ、そうだね。でももう大丈夫」

少女「じゃ、ゆっくりその辺飛んでみましょうか。 まだ不安定だからゆっくりね」

少年「うん!」


テトは緊張でひとつも目が離せませんでした。

あまりに力が入りすぎたのか、自分の身体が浮いている事にも気づいていません。


テトの身体に当たって木々ががさがさと揺れましたが、三人は勿論『姿が消える魔法』がある事も知りませんので、丘の天辺まで飛んで行ったり草原を撫ぜたりして遊んでいました。


友「どうだァハル、気持ちいいか?!」

少年「も、サイッコーだよ!!」


日が暮れるまでそうしていると、テトはすっかりくたびれてしまいました。

乙!

>>34いつもありがとう

楽しそうに笑うハルを尻目に、テトは一足先に家に帰ります。

精一杯の笑顔でハルにおかえりを言わなければならないからです。


テト「うっ……ううっ……」


はっきり言って死にそうに心はズタボロでした。

いっそ誰かにボコボコに殴られて、ありったけの罵声を浴びせられて、殺されてしまえたらどんなに楽になるでしょうか。


でもそんな事をしても救われるのは結局自分一人で、決してハルではないのでした。

そんな身勝手な願いが叶えられるはずもありません。


テト「私は、どんなにか罪深い事を……」


ハルに殺してほしいと思いました。

長い間空けてしまってすみません
続き書きます


―※―

テトが戻ってから少しだけして、家の扉が元気に開きました。


少年「ただいま!!」

母「あらおかえり。お披露目はどうだった?」

少年「飛ぶって気持ちいい! すっごい楽しかった!!」

母「良かったねぇ、ふふ」


家の中は明るく華やかで、テトは楽しそうな二人を見るのが拷問のように思えました。

ついこの間まで自分も居たその空間が、お前はダメな奴だ、どうしようもない奴だと否定してくるのです。


でもそれは事実で、テトは一心に頭を下げながら、無言の罵声を浴び続けなければならないのです。

それだけの事をしてしまったのだと思いました。


本当は知っています。

傷口は絆創膏をしても膿むだけという事。

罵声に聞こえるのは幸せな音だという事。


そう思う自分がどうしようもなく嫌で、喉の奥がきゅっと狭まるのを感じました。


父「ただいま」


泣きたくなっていると後ろから、落ち着いた響きの声が聞こえました。



竜「お父さん」

父「どうしたテト、何だか元気ないなぁ」


久しぶりに見たお父さんの顔は相変わらず優しくて、テトは何故だか涙が出そうでした。

嬉しくも、悲しくも。


父「何で家に顔入れてないの? ハルと喧嘩でもしたのかい?」

竜「何でもないよ、ちょっと、その、疲れてさ」


要領を得ないテトの返事は、察しのいいこの人を騙せるほどよく出来たものではありません。

自然と背筋が伸びてしまいます。


お父さんはテトをじっと見た後、ならいいけど、と言って家の中に入ってしまいました。

きっと何か違和感を感じたのに違いありません。


ハルの幸せな報告を聞いて、さっきのテトの態度と照らし合わせて、何かを感じるに違いありません。

きっときっと、そうに違いないのです。


竜「ああっ」


テトは顔を覆います。


とうとう望み通り、自分の悪事が日の下にさらされてしまうのです。

恐ろしくて震えが止まりません。


結局この日は、マヨナカフクロウより遅い時間に眠りました。


母「あーナオキ!お帰り!」

少年「あ、お父さん聞いて聞いて聞いて聞いて!!」


家の中ではハートが具現化するほどの幸せが溢れていて、お父さんは少し面喰いました。

どうしたというのだろう、と思う間もなく息子の嬉しそうな報告。


少年「ドライヴがさ!!」


ああ。

お父さんは違和感を感じました。


ハルがずっと修行していたドライヴ。

その成功をテトが喜ばないはずがありません。


彼のドラゴンだって、どんなに心待ちにしていたか分からないのですから。

自分の息子と大空を飛ぶことを。


幸いにも風に愛された自分はかつて、テトと飛び回りながらいつもその話をしていました。

ハルのお母さん、ニコが、ハルを身ごもった時の事。


ナオキの子どもはきっとすごい風使いになる。

ああ、きっとそうなる。

楽しみだなぁ、私はキミの子どもと、君より高いところまで飛べるかもしれないんだ。


ナオキ、君は偉大な風使いだ。

いずれそうなる訳じゃなくて、既に君は高みへ跳ぶ権利を手にしている。

私は嬉しいんだよ。

君という風使いと、そして、生まれてくる子どもを愛せることに、空を共に飛べることに。


そのテトが喜んでいない。

何かあったな。


父「……」


実は以前にハルの『修行』を見た時から、ナオキは少しだけ違和感を感じていました。

魔力はきちんと上から下に流れている。体勢も悪くない。


こう言っては何ですが、余程病による魔力欠乏であるとか、年老いて筋力が足りないとか、そんな事情でもない限り『浮かべない』なんてことはまずありません。

何かのきっかけですぐ飛べそうなのですが、確かに見ていて感じないことがないわけではありません。

強いて言うなら魔力流形に違和感がありました。


きちんと上から下に流れることでロケットのように魔力を『噴射』し、『浮かぶ』。

燃費の悪い技ですが、始めて跳ぶ時には一番やりやすい技でもあります。


他の魔力放出や魔力の節約は、それから覚えていけばいいのです。


ナオキは人間に珍しく「見える」人だったため、その違和感の正体が掴めました。

『噴出しているように見える』。


魔力は確かに放出されているのですが、その魔力がハルの身体を浮かすために使われてはいないように思えました。

とは言え放出されたエネルギーが人体を浮かばせない理由がありませんので、お父さんは結局、息子に何も言えませんでした。


例え伝えたところでそれを解決する方法もなく、かえってハルを混乱させてしまうかもしれなかったのです。

長く開いてしまって済みません


父「そうか、やったな! おめでとうハル」


しかし嘘が上手い人と言うのは、こういう時に自分の感情をうまく押し殺す術を知っていました。

ハルは父の穏やかな称賛に、何も違和感を感じませんでした。


少年「今度父さんにも見せてあげるね」

父「ああ、その時は一緒に三人で飛ぼうか」

少年「ええ?! 母さんも?!」

父「はは、違う違う。テトと、父さんと、ハルで」

母「母さんはお弁当作って待ってるからね」


親と空を飛ぶ、というのは補助輪自転車のように、この都市の男の子には気恥ずかしい物です。

しかし彼のお父さんは国内でも腕利きの風使いであり、ずっと一緒に飛びたいと思っていた人でした。


少年「うん! 絶対約束ね」

父「ああ、今度の休みに、必ず」



翌日。


上司「……ナオキ、すごいことになった。A級以上の風使い全員に召集かかってるぞ」

父「え」


出社と同時にそう伝えてきた上司の顔は、大変険しいものでした。


父「A級以上全員とか、戦争でもするんですか?」

上司「近いうちにそうなるかもしれんな」

父「いやイズキさん、冗談のつもりだったんですが」


対ドライブ犯罪及び危険種特化部。通称『風特』。

ナオキは全国でも指折りの風使いでした。


風使いはドライヴの技術や実績に応じてランク分けがなされますが、彼は『S』。

全部で19人しかいない最高ランクの持ち主です。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月14日 (火) 09:51:10   ID: SdQE-ev6

純粋に面白い、期待。

2 :  SS好きの774さん   2015年05月01日 (金) 20:03:35   ID: vDF7de4-

しゅごい

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