GACKT「モバマス?」 (516)

第一話

シンデレラガールズ

外を歩いていると、常に携帯電話をいじっている者達が目に付く。

あれじゃあチンピラにぶつかられても文句言えないよなぁ。

「…2015年、か」

気付けば僕ももう40代か。
…ああいう若者からすればもうおじさんと揶揄される年頃だな。

「…今年は、修gack旅行何処に行こうかな」

久しぶりに外国へ行こうか?
それとも、温泉にゆっくり浸かろうか。

…。

ダメだ。
僕一人じゃあまり考えつかないや。

…まあ、いっか。
これから会う親友にそれとなく相談してみよう。

それに、久しぶりの休日だしな。
話す事は沢山ある。

「…だけど」

待ち合わせの、店の中が見える程透き通ったガラスから見える窓側の席にいた自分の親友を見て何となく思う。

「……」

先程の若者達のように一心不乱に携帯電話をいじるその姿。

先に店に入って待っていてくれたのは嬉しい事だけど。

「…時代を感じるよねぇ」


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「お待たせ」

「あ、ガク!明けましておめでとう」

新年初顔合わせだな。
相変わらず無邪気な笑顔だ。

「明けましておめでとう、YOU」

しかし挨拶を交わすと同時にYOUの視線は手元の携帯電話に移った。

「あのさぁ、良い歳なんだから…」

「ちょっと待って…今ええとこ」

「…」

…ムカつく。

ゲームでもやってるのかな。

何かのリズムゲームとかだろうか。
もしなんだったら、僕もやらせてもらおうかと考え、彼の後ろに周る。

すると、それに映っていたのは、リズムゲームでも、パズルゲームでもなかった。

「…何これ?」

「ん?モバマス」

「モバマス?」

モバマス…何かの略なのは分かる。

モバイル…なんだろう?

「あぁ。ガクこういうのやらんそうやもんね。…アイドルマスターって知っとる?」

「知らない」

アイドルマスター。
また知らない単語が出てきた。

というより、それ多分アニメのゲーム…だよね。

「まあゲームが最初なんやけどね。これはそれのケータイ版!シンデレラガールズって言うんやけどね!」

「ふーん…面白いの?」

「面白いよ!…あ、がっくんもやってよ!」

「やだよ…」

ガンダムならそれなりに知ってるけど、それ以外のアニメとなると自分が声をあてた作品しか分からない。

漫画なら沢山読んでるんだけど、その中にもアイドルマスターというのは無かった。

「お願い!今招待するとSレアの…」

それからYOUは色々と語り出した。
途中からは全く聞かなかったけど。

しかしYOUがハマるのか…。
何故か知らないけど、興味深い。

YOUがハマる何かがこのモバマスとやらにあるんだろう。

『島村卯月、頑張ります!』

「は?」

「おお!卯月のSレアや!」

今、このキャラクターが喋ったというのは分かった。

絵柄からして、いわゆる萌えというやつなんだろうが。

40代の自分の親友がこれにハマっているのを見るのは少々心苦しかった。

「…で、これで登録完了!」

「…」

しかし結局、押しに押されて僕も始めてしまった。

数少ない休日を無駄にしそうで怖い。

「まずは、ガチャを引いて…」

「この緑スーツの子もアイドル?」

「ううん。これは事務員。千川ちひろって名前」

事務員、か。
変なスーツだなぁ。

「で、キュート、クール、パッションの3種類から選ぶんやけど…どれにする?」

「クール」

「即答やねぇ。それで…お、やっぱり律子やん!」

…秋月、律子。

「で、これが何?」

「まぁ、早い話こうやって…アイドル活動して、…すると新しいアイドルとかも出てくるんだよ」

『ふーん…アンタが私のプロデューサー?…まあ、悪くないかな』

こいつは何様のつもりだろうか。

「あはは…でも、この子も好感度上げてくといずれはデレるんやで」

「へー…」

結局その日YOUと過ごした時間の大半はそのゲームに持っていかれた。

全く、無駄な時間を過ごしたものだ。

…だけど、家に帰っても何故か僕は携帯電話をいじっていた。

「…」

こんなゲームに普通にお金出しちゃってる自分がいる。

時代のせいだよ、きっと。

…いや、きっとTAKUMIのせいだ。
毎日色んなゲーム進められてるうちに、ゲーマーとしての僕が生まれてしまった。
…そうそう、あいつが悪い。

「好感度…バトルに勝って…こう…仕事しても上がるんだなぁ」

…?
あれ、眠気がする。

いつものやつかな。

仕方ない、これは一旦置いて寝るとしよう。

続きはまた暇な時にやればいいさ。



…なんて、思うべきじゃないのかもな。

「…はっ!?」

…あれ?
もう朝?

僕はそんなに寝ない筈なんだけど。

確か寝たのは夕方くらいで…起きたのは、朝。

少なくとも10時間以上寝てるな。

…きっと疲れてたんだろう。慣れない事して。

年齢なんか関係無いよ。

「……あれ?」

何だか違和感がある。
いつも寝ているベッドにしては窮屈だ。

いや、違う。
これはベッドじゃない。

…それ以前に、僕の家にこんな部屋は無い。

「…」

ここは、何処だろうか。

見た事がない。

小さなソファーと、机と椅子。
それと安っぽい電気ストーブ。

…てか狭い。

「ここ、何処?」

ふと自分の格好を見る。

…まるでサラリーマンのようなスーツだ。

さっきまで私服だったのに。

「…」

いきなりの事に混乱し、頭が、脳が上手く働かない。

夢でも見てるのだろうか。

「…?」

ソファから立ち上がると、机の上にあるものに気づいた。

ファイルと、紙数枚。

何となくそれを手に取ると、それにはこう書いてあった。

「さんよんろくプロ…シンデレラガールズプロジェクト?」

何だこれ?
…訳が分からない。

状況が掴めない。

まさか、誘拐でもされたのか?

…何が、どうなってる?

「……シンデレラ、ガールズ…?」

この名前、何処かで聞いた覚えがある。

確か、YOUが…。

『シンデレラガールズって言うんやけど!』

…まさか、あれ?

僕は、あれの世界に来たのか?

…いや、普通に考えて何かのドッキリじゃないのか?

有り得る訳ないよ、そんな事…。

「…」

周囲をくまなく見回すが、カメラらしきものは無い。

それどころか、人の気配も無い。

ドッキリにしては手が込んでいる。

「…嘘、だよな?」

狭い部屋では、小声でも響くんだな。

…全く、参ったよ、もう。

しかしこのファイルが気になって仕方ない。

ゲームとかだったら、まず目の前の何かを調べるだろうし。

仕方なく、そのファイルを読む事にした。

折角だし、この事務所らしき部屋の事を見てみよう。

出ていくのは、それからでもいい。

「…?この子は…」

そこには、可愛らしい字で書かれた履歴書と写真があった。
名前は…。

「島村、卯月…」

これって…。

『頑張ります!』

あの子か?

髪型もこんな感じだった気がする。

「…」

何となくだけど理解した。

…僕は、本当にゲームの世界に来てしまったんだという事を。

「…あれ?」

このシンデレラガールズプロジェクト、一人しかいない。

後二枚用紙があるのに。

「…ということは…」

まだ、未定という事か?
つまり、ここは出来たてのプロダクションで、僕はそれのプロデューサー?

…いや、とりあえず携帯電話を確認しておこう。

ひとまずYOUに連絡をとらないと…。

『アドレス件数 3件』

「」

これは間違いなく僕の携帯電話だ。

とすると、誰かが意図的に消した、という事になる。

バンドメンバーはそんな悪質な事しないだろうし。

家族や家に常駐してるスタッフは考えにくい。

道で僕が倒れて、通行人がやって、…いや、だとしたら財布も盗られているはずだ。

というかそもそも僕が寝たのは自分の家だ。
道とかだったら僕は夢遊病者になってしまう。

色々と考えていると、何やら階段を駆けあがる音がした。

パタパタと、無邪気な走り方だ。

すると控えめなノックの後に木製のドアが開き、向こうから一人の少女が現れた。

「おはようございます!プロデューサーさん!」

……。

……?

「え、僕?」

「?プロデューサーさん?」

僕の耳が腐ってないなら、確かにこう聞こえた。

プロデューサーさん、と。

彼女のその言葉は、間違いなく僕の方に向かって発せられた。

というより恐らくここには僕と彼女しかいない。

とどのつまり、僕は…。

「僕が……君の、プロデューサー?」

「………えっ?」

彼女の名前は島村 卯月。
346プロダクションのアイドル候補生であり、今日は僕に呼ばれたから来たのだという。

彼女曰く、僕はアイドル達のプロデューサーであり、毎日のように会話している仲、らしい。

そして先程の僕の発言で自分がクビになったと思って泣いてしまったようだ。

可哀想だとは思うけど、いかんせん僕自身が状況を飲み込めないからなぁ。

「…ええと」

恐らく話というのは、このファイルに書いてある事だろう。

彼女をこのプロジェクトの一人として迎え入れる、という話。

まずはこの場を乗り切らなきゃな。

一応プロデューサーなんだし、な。

「今日は…卯月をこの…シンデレラ、ガールズプロジェクト…の一人目としてね、迎え入れようと思ってさ」

「シンデレラガールズ…プロジェクト?」

「そう。アイドルのユニットでさ。…実質まだ卯月一人で、後二人はまだ決まってないんだけど」

「…それって、もしかして…!?私が、アイドルとしてデビューするって事ですか!!?」

「…そういう事に、なる…よね」

実際なんの事だか分からないんだけど。

「や…やったぁ…島村卯月!頑張ります!!」

…この笑顔が見れたなら、今は良しとしよう。

「これからよろしくな。卯月」

「はい!プロデューサーさん!」

握手を交わす。
女の子らしい、小さな手だ。

…でも。

「プロデューサーさんはやめてくれないかな」

「えっ?」

「僕には、GACKTって名前があるから」

「は…はい!分かりました!GACKTさん!よろしくお願いします!」

全く、困った事になったな。
突然知らない世界に飛ばされて、アイドルのプロデューサーになって…。

でも、やってやろうじゃないか。

こうなったら、一流のアイドルにしてやるからな。

…僕は、僕のやり方で好感度を上げさせてもらうとするよ。

お前よりも先にトップアイドルのプロデューサーに辿り着いてやるからな、YOU。

でも、その前に。

「後二人、どうしようかな…」

…課題は多いな。

この世界はどうやら僕のいた所と少し違うようだ。

何となく察したけど、「GACKT」なんて誰も知らない、というか存在しない。

どうやら僕はここでは一般のサラリーマンらしい。

名刺もちゃんとある。
そこには「GACKT」ではなく、「神威 楽斗」と記されている。

そして少し街を歩けば、どこを見渡してもアイドル達の看板があり、ビルを見上げればアイドルの広告。

もうアイドル尽くしだ。

そしてその中でも一際存在感を放つものがある。

「…ななひゃく、ろくじゅうご。……ナ…ムコ?」

765プロダクションのアイドル。

恐らく彼女達が今この世界のトップアイドルなのだろう。

…勿論、シンデレラガールズとやらの広告も看板もありはしない。

さみしい限りだ。

「…0からのスタートか」

悪くない。

僕が作る、アイドル事務所。

…面白いじゃないか。

その看板、すぐに取っ払ってやるからな。

…だけど。

「…あれで、みしろって読むんだなあ…」

…プロダクションの名前はもう少しどうにかならないものだろうか。

「……?」

何だろう。
駅前で人混みが出来ている。

人が通るんだから、どいてくれないと困るよ。

「?」

人混みを後ろから見てみると、彼らの視線の先には警官と言い合いする女子高生。
それと、泣いている子供。
子供の下には、壊れたプラモデル。

……そりゃ、そうなるよなぁ。

でも、女子高生の方はしきりに首を横に振り、何もしていないと言っているようだけど、警官の方は聞く耳を持たないようだ。

確かに、ちょっと不良っぽくて目つきは悪いし反抗的だけど、そんな事するような子には見えないな。

…全く、野次馬達も面白がって見てないで、助けてやればいいものを。

「ちょっと、どいてもらえるかな」

人混みをかき分け、警官の方に行く。

「ちょっといいですか?」

「?…何でしょうか?」

警官が訝しげに僕を見る。
当然と言えば、当然か。

「少しはその子の言い分も聞いてあげたらどうですか?」

「?…いや、しかしですねぇ…」

状況的に、彼女が子供のプラモデルを壊したと思うのが普通だろう。

しかし当の本人が泣きじゃくって話にならない。

「…とりあえず、署の方で話を聞きます」

ここでは何も解決にならないと踏んだのか、警官は彼女に容赦無く言い放った。

…仕方ないか。
それが彼らの義務だろうしな。

「じゃあ、僕も行くから」

「はい?…まあ、構いませんが…」

今度は女子高生が僕を訝しげに見る。

あはは。
取って食ったりしないよ。

…まさか、こんな早く良い人材に巡り会えるなんてな。

「え!?じゃあ…ネジを探してて、それで…」

「うん…プラモデル置いて探してたんだ。お姉ちゃんも一緒に探してくれた」

そして、第三者が気づかずに踏んだと。

「…すいませんでしたぁ!!!」

警官達が彼女に頭を下げる。

彼女はさほど気にしていないようだったが。

まあ誤解が解けたようで何よりだと思う。

ごめん
ここじゃどうにもエラーが出ちゃう

「うわー出来てる出来てる!」

うん。
出来てるね。

「あー!これってピカピカポップにゃ!?…で、何でそれ見てるにゃ?」

「コラボするんだよ。グッズも出るんだってさ」

「えー!いいにゃー…」

杏達のユニットも少し落ち着いてきたので、次のユニットの「凸(デコ)レーション」をデビューさせる事にした。

今回はいつものように売り込みに行くのではなく、ピカピカポップというネットを中心としたものとコラボさせる事で売り出すという特殊な方法を取った。

インターネットサイトとのコラボレーション。
新しい売り込み方だよな。

昔では出来ないやり方だ。

今の御時世ネット社会となりつつある傾向にある中、これは丁度良い。

「結構人気があるらしいからね。それとコラボするという事は自動的にきらり達も注目されるって事にもなるんだよ」

おまけにこのピカピカポップ、テレビ局からも注目されているらしい。

「じゃあじゃあ!これからいっぱいいーっぱいお仕事出来るの!?」

みりあが瞳を輝かせて詰め寄る。

売れない事は無いだろうね。

「これからお前達を色んな所で露出させてくからさ。任せてよ」

「いや〜ん。露出だなんて、ガックンのエッチ…」

あはは。

「今更気付いた?」

「えー!GACKTさんエッチなの!?」

「みりあちゃん。エッチってのはね、ガクちゃんみたいな怖~い大人の事にゃ」

「?…ん〜?そ、そうなの…?」

みくがみりあの知識を書き換えようとしている。
どうせいつか覚える事なのにな。

…しかし好き勝手言ってくれるなあ。

「GACKTさんって怖いの?じゃあ露出すると怖い事になるの?」

「みりあちゃん。露出ってのはメディアとかだと思うにぃ?」

「めでぃあ?そーなんだ!」

…分かってないだろこいつ。

まあいいんだけどさ。

「そっかー…ガックン大胆だねぇ…」

「恐竜系男子だからな」

全く、僕をからかおうだなんて100年早いよ。
…というか、このメンツは本当苦手だ。

きらり、みりあ、莉嘉の三人ユニット、デコレーション。

凸レーションというのが正しいらしいけど。

…確かに合ってるよな。

二人はまだ小さな子供だけど、一人は僕より大きな高校生だ。

しかし性格的にはデコボコどころか平らなんだけどな。

…きらりが普段、どんな生活をしてるのか気になる。

「で、このイベント用移動車に乗って仕事してもらうんだけどさ」

「うんうん!じゃあ歌の練習しなきゃいけないよね!」

「今回はトークオンリーだよ」

「ええー!?」

彼女たちには可哀想だけど、今回のイベントは歌うのに適した環境じゃない。

というか、狭過ぎて踊れないだろうし。

「ガクちゃんはぁ、どんな事喋ったらいいと思うにぃ?」

…この子の喋り方、作ってるのか本心なのか。

出来れば後者であった方がいいんだろうけど、そうだとしたら17歳とはもう思えない。

「ガクちゃん?」

「ん…まあ、喋りたい事喋ったら良いんじゃないの?」

「むぇー…アバウトだにぃ」

こういうのに台本作ったって仕方ないじゃない。

というか、台本作るならまずこの喋り方から矯正する必要がある。

需要はあるだろうけど、僕には無いんだよ。

「でもでも、話題が無くなったらどうすればいいの?」

莉嘉はいつもベラベラマシンガントークをかましてくるくせにそんな事を心配してるのか。

「そうだなあ…」

この子達がどんな事を話すのか。

まあアイドルデビューの話とか、身の上話くらいなのかな。

「…放送事故にならなけりゃいいかな」

「えー?例えばどんなの?」

うーん…。

「処女です、とかかな」

「「…………」」

途端にみくときらりが黙り込む。

顔を真っ赤にして、俯きながら僕を睨み出す。

え?

「違うの?」

「「ガクちゃんのバカ!!!」」

あはは。
面白い。

「ねー処女って何?」

「何?」

「二人は知らなくていいにゃ!」

何も恥ずかしがる事は無いだろうに。

…きらりも意味は知ってるんだな。
意外。

イベント当日。
思ったよりも観客が集まっている。

まだまだ美嘉のLIVEに比べれば寂しいものだけど。

新人にしては上出来と言えるだろうな。

…ネット社会も意外と悪くない。

「ねえねえ!ポーズはこれでいいよね!」

「うーん、もっとセクシーにいきたいなあ」

「きらりはぁ、みんなで楽しくいきたいにぃ☆」

この子達には緊張感というものがないのだろうか。

まあ返って頼りになるからいいけどさ。

「そろそろ時間だよ。イって恋」

「「「はい!!」」」

…変な事言わないか心配ではあるけどね。

「それでは登場していただきましょう!デコレーションの皆さんです!!」

本番が始まって舞台袖から走って出ていくきらり達。

莉嘉、きらり、みりあの順番で上がっていくのだけど。

観客や野次馬の視線は明らかにきらりへ集中している。

それもそうだ。
僕も彼女達を見ているとお母さんといっしょでも見てる気分になる。

「凸レーションというと、デコボコという事ですね?」

「そうだよー!あたし達デコボコしてるでしょ?」

「年も私が11歳と、莉嘉ちゃんが12歳で、きらりちゃんが17歳なんだよねー?」

「おっつおっつ☆」

あの子達を纏めるのは年長者でもあるきらりの役目だ。

精神的にも恐らく一番上、だと思う。たぶん。

そう思っていると、莉嘉が客席ではなく、舞台袖の僕に向かって手を振ってるのが見えた。

みりあですら仕事に徹してるというのにな。

とりあえず僕も手を振っておいたけどね。

「カワイイー!!」

「えへへー★」

…受け入れてもらえたようで何より。

「お疲れー」

トークだけのイベントだったけど、3人にとってはとても貴重で忘れられない事だったようだ。

楽屋代わりのテントの中でまだ余韻に浸っている。

自分達がただ喋っただけで観客が湧き上がってくれるなんて。

そんなの、普通の日常生活じゃ無いもんな。

「ガックン!次は何処の会場なの?」

「原宿」

原宿と聞いてきらりの顔がにぱっと明るくなる。

何だろうか。

「えへへ…原宿は良く行くんだぁ♪」

「あ…そう」

….ああ、そうなんだくらいしか感想無いよ。

「…」

「入るよー」

しばしの沈黙の後、僕の後ろで誰かの声がした。
振り向くと、そこにいたのは。


「…とりあえずお疲れ様!三人とも。…四人かな?」

…。

帽子を深く被って、眼鏡をかけて変装しているようだけど。

「…美嘉さ、バレバレなんじゃないの?」

「えー!?でも野次馬に混じってた時は何とも無かったよ?」

…という事は。
オーラってやつか?

…アイドルオーラ?
…やっぱり分からないや。

「でも良く分かったね!それ程目に焼き付いてるのかな?」

「あれだけ了承も得ずに堂々と入ってくる奴なんてお前か未央くらいだよ」

「てへ★顔パスってやつで勘弁してよ」

…毎回後ろに来られるから、どうにも覚えちゃうんだよ。

「んー…えっとねぇ…莉嘉はGACKTさん見過ぎ!」

「えっ?ホントー?」

「きらりちゃんは……ちゃんと、出来てたね!」

「ばっちし?やったにぃ☆」

「で…みりあちゃんは頑張りすぎじゃないかな?」

「頑張りすぎちゃダメなのー?」

変な事考えてたら美嘉がトレーナーかと言いたくなる程に三人を評価しだした。

「あのさ…」

「それとGACKTさん、ちょっといい?」

それとなく注意を呼びかけようとした僕の声に被せるように美嘉が声を発する。

「何?」

そしてちょっといいかと言う割には僕の服を掴み引きずる勢いで歩き出した。

一応お前よりかなり歳上なんだけど。

「何なの?」

きらり達のいるテントから少し離れた所で止まり、僕の方に向き直った彼女。

ちょっと怒り気味で美嘉に質問すると、美嘉もまた眉間に少しだけ皺を寄せていた。

何が言いたいのか。

「GACKTさん。…あえて直接的に聞くけどさ、あの三人の事ちゃんと考えてあげてるの?」

「考えてるよ」

「…はあ」

何かムカつくな、この上から目線。

「ねえ、例えばみりあちゃん。あんな小さい子があんなに仕事に徹しててさ、偉いと思わない?」

「プロって呼ばれたいんじゃないの?」

前から憧れてたんだしな。

「違うよ。今みたいに他人事みたいにみりあちゃんの事考えてるから、そういうのが伝わるんだよ?…だからあれだけ必死に頑張ってる姿を見せたんじゃないの?」

「…何が言いたいわけ?」

「莉嘉だってそう。あの子寂しがりやで、GACKTさんからあまり話しかけてもらえないって言ってたよ。だからイベント中もチラチラGACKTさんの事見てたんじゃないの?」

「…それ、話しかけたくなかったんじゃなくて、話す事が無いだけなんだけど」

共通の話題がほとんど見つからないし。

「莉嘉はまだそういうのが分からないの!みりあちゃんもそう!……ねえ、さっきは言わなかったけどさ…」

「何?」

「きらりちゃん、時折すっごい悲しそうな顔してたよ」

…。

「あれが?」

「…あのね、もうこの際だから言うよ」

「…」

「GACKTさん、好き嫌いはっきりしすぎ。顔に出てるよ」

…。
……。

「…僕が?」

「正直、あたしの事そこまで好きじゃないでしょ?」

「どっちでもないかな」

「顔、物凄い嫌そうな顔してるよ」

「そんな顔してるか?」

「…あたしはとりあえず置いといて、きらりちゃんはああ見えて弱い子なんだよ」

「それと僕の関係は?」

「分かるでしょ!?GACKTさんがぶっきらぼうに接するから、あんな…」

…。
うーん。

自覚無いんだよなあ。

そんな風にしてたのかな…。

「…あ」

そういえば、蘭子の時も無意識に敬遠してたっけな。

かな子の時もそうだっけ?
…サングラス越しでも伝わるのか。

幼心には伝わりやすい、ということなのかな。

…幼い?

「…うーん」

「自分で選んだアイドルでしょ?ちゃんとコミュニケーション取ってあげなきゃダメだよ!」

拾ってきた犬みたいな扱いだよね、それ。

しかし選んだのは僕じゃない、というのは言い訳になるのかな。

「今日はおNEWの靴なんだにぃ!」

「わー!可愛い可愛い!!」

…。

蘭子程ではないけど、僕はどうにもきらりや小さい子供達も苦手なようだ。

きらりは僕とは正反対の性質だし、みりあや莉嘉も眩しすぎる。

おまけに彼女達は僕という男に遠慮なく抱きついてくる。

子供二人はまだどうでもいいけど、きらりの場合は少しだけ気にして欲しくもなる。

こうやって車に同乗してもそうだ。

前の座席にいる僕に向かって沢山話しかけてくる。

それだけ懐いたということなのか、はたまた先程美嘉に言われた事のように寂しがっているのか。

これ17歳なんだよな?

…参ったなあ。

「ねーねーガックン!お腹空いたー!」

「ええ…?」

赤信号で捕まっていた時、まさに原宿のど真ん中で莉嘉がぐずり出した。

まだ時間はあるけど、ゆっくりご飯を食べるような時間も無い。
かなり中途半端な時間だ。

「ならこの商店街にあるクレープ屋さんが良いと思うにぃ!」

「クレープ?」

食べに行くかこのまま進むか迷っていると、きらりが折衷案を出してきた。

というか、彼女が食べたいのだろう。

しかし原宿は本当にきらりの庭なんだな。

「それくらいなら良いよ。行こっか」

僕は食べてる姿でも愛でるとするよ。

「美味しー!」

「んまーい!」

きらりの言う通り商店街にあったクレープ専門店でしばしの休息を取ることにした。

周囲は僕らをどう見てるのだろうか。

にこやかに視線を送っている道ゆく人達。

子供三人を連れた保護者か、子供二人を連れた夫婦か。

出来れば前者がいいな。

「ガクちゃん!はいあーん!」

「「あーん!」」

きらり達が食べかけのクレープを僕に差し出してくる。

何も頼まなかった僕に気を遣ったのかな。

甘いのは微妙に苦手なだけなんだけど。

「ありがとな。一口だけ貰うよ」

うん…うん。
…まあまあ美味い。

しかしきらりのこの笑顔、確かに17歳には見えないな。
顔だけ見たら10歳かと思うくらいのベビーフェイスだ。

でも立ち上がったら僕より大きい身長。
そのギャップが逆にウケたのかもしれない。

「んしょ…」

少しすると、莉嘉が携帯を取り出し、僕らをバックに写真を撮っていた。

「?」

今流行りのSNSサイトへの日記だろうか。

「ううん、これシンデレラガールズのブログにアップしたら良いかなって!」

ああ、良いね。

「なら僕が撮るよ。メインはお前達だから」

「ダメ!ガックンも写るの!」

「そう?なら…」

周囲を見渡すと、一人の警察官と目が合う。

訝しげに僕を見ているようだけど。

まあ丁度良いや。

「あのお仕事中すいません。一枚写真をお願い出来ませんか?」

変に疑われるより堂々とした方が良いだろうしな。

「あの、まさにお仕事中なんですが…」

「そこを何とか」

「……まあ一枚だけなら…」

あはは、ごめんよ。
お姫様からご指名入っちゃったからさ。

「じゃーいきますよ…はいチーズ」

警察官が嫌々ながらも莉嘉の携帯で写真を撮る。

前に莉嘉、きらり、みりあ。
後ろに僕が三人を囲う形で入る。

これで少しは彼女達も機嫌が晴れたかな。

でもこうしていると、本当に家族みたいだな。

…あはは。

「ねーねー!この服可愛いよ!」

「これ蘭子ちゃんの着てる服っぽい!」

軽めの食事で終わるはずが、今度は初めて来た原宿に興奮気味の子供二人がどうしても服屋に寄りたいとぐずり出した。

おまけにきらりまでもが洋服を楽しそうに選んでいる。

休日にでも行けばいいと思うのだけど。

「…」

時間を確認すると、もうすぐ現地に行かなければならなくなっている。

…勘弁してよ。

「ガックン!似合う似合う?」

「いや、もう時間なんだけど」

「えー!?もう時間なの?」

「まだ早いよー!」

「向こうに着いても着替えとか軽い打ち合わせとかもあるから、これくらいで締めなきゃ」

「うー…せっかくみんなと一緒なのにー…」

「また休みの日にでも来ればいいじゃない」

と言っても、不定期になっちゃうけどね。

「でもでも、GACKTさんがいないよ!」

「僕?」

何で?

「何でって…」

みりあと莉嘉が互いの顔を見る。

「察しろ」みたいな感じだけど、分かんないよ、それじゃ。

「みりあちゃんも、莉嘉ちゃんも、この前のこと気にしてるんだにぃ」

きらりが僕の隣に来て話す。
この前?

「うーん、みくちゃんの、ほら…」

…ああ、あれね。

「別に気にしてないよ。ってか忘れてたし」

「でも、ガクちゃん何だかきらり達といると静かだにぃ」

静かなのはいつもなんだけどなあ。

「僕ってそんなにいつもはうるさいの?」

「そういうことじゃないよ?」


きらりが少しだけムッとした顔で詰めよってきた。

迫力あるようで無さ過ぎじゃないだろうか。

「ガクちゃんはぁ、いつもきらり達と話そうとしないにぃ…。だから、すっごく寂しいんだよ!」

美嘉に言われた事を再び思い出す。

つまり、あまり話しかけられないから自分達が好かれていないと思っていたのか。

凛のように構いすぎると嫌がる子もいれば、構って構ってな子もいる、か。

…女心って、難しいなあ。

「まあ、うーん…そうなの、かなあ?」

だからといってどうしろと言うのか分からないけど。

「「「…」」」

三人がじーっと僕を見つめる。
こんなにドキドキしない視線は初めて味わうな。

…仕方ない、か。

「…まあ、たまには一緒に何処か行こうか」

「わあい!ガックンとデート!」

「デートだあ!デートって何?」

「デートってのはぁ、男の子と女の子が一緒にお出掛けする事だにぃ!」

…嵌められたな、これ。

まあ、うん。
悪くないよ、そういうの。

「とりあえず、もう行こうよ。本気で時間無いよ?」

「「「はーい!」」」

目的の全てを果たした三人は改めて仕事場に向かおうとする。

「ほらガックン走って走って!」

…好き勝手言うよなあ。
誰かさんに似てるよ。

あ、姉妹だもんな。あはは。

「早くしないと遅れちゃうにぃ!」

「前見てないと…」

「…あっ!」

あーあ、転んじゃった。

…きらりはピンクのストライプか。
予想通りというか、なんというか。

「痛いにぃ…」

外傷は特に無かったものの、どうやら足を挫いてしまったようだ。

足首が赤くなっている。

大した怪我ではないようだけど、走るのは無理そうだな。

「きらりちゃん大丈夫?」

「ごめんね。私が走ろうだなんて言っちゃったから…」

みりあがきらりに涙ぐみながら謝っている。

莉嘉も時間を気にする事なくきらりの心配をして、必死に彼女の足を治そうとしている。

…この子達、素直だなあ。

しかしきらりは俯いたまま、全く応答しない。
いや、してはいるが。

「ごめんね。きらりは一番年上なのに、こんなみんなの足引っ張るような事してごめんね…」

本気で泣いてしまっている。

…年上は僕なんだけどな。

どうやら本当にメンタルが弱いようだ。

そういえば、歌のレッスンの時も一番泣いてたよなあ。

…いつもこういう所に気づいてやれない。

…僕も、まだまだ未熟者だ。

「きらり、アイドルなんて向いてないのかなあ…」

「そんな事ないよ!きらりちゃんがいるから凸レーションなんだよ!」

「こんなのタクシー捕まえたらすぐ行けるもんね!」

「きらり」

「…?…どうしたの、ガクちゃん…?」

「きらりは「北風と太陽」の話、知ってる?」

「…?」

頑なに閉じた心を開くのは、強引な方法ではダメだ。

まずは相手の心をゆっくりと温めていかなきゃならない。

「きゃっ…が、ガクちゃん…?」

「タクシー乗り場まで、こうしてやるからさ」

「おお!お姫様抱っこ!!」

「GACKTさんすごーい!!」

僕ときらりは正反対の性質。

彼女を太陽とするなら、僕は月なのかもしれない。

だけどきらりは人間だ。
太陽のようにずっと輝いてるわけじゃない。
いつかはバテる時もある。

そんな時は、陰から支えてやらなきゃならない。

倒れかかったら、後ろから支えてやるまで。

つまりは、僕はきらりの「影」、という事か。

いや、アイドル全体の影、か。

「ガクちゃん…」

「自分より小さなオトコにこんな事されるなんて思わなかったろ?」

「…ううん。すっごく嬉しいにぃ☆」

涙目ながらも精一杯、もしかしたら今までで一番のかもしれない笑顔を見せたきらり。

…おかしいな。

…ちょっと、ドキッとした。

あれから周囲の奇異な視線を無視しながらタクシーまで歩き、何とかギリギリの時間で向こうに着いた。

一応ちひろに遅れるかもしれないという連絡をしておいたからか、現場のテントではちひろが凛と美波と蘭子を引き連れて待っていてくれていた。

…でも。

「あははは。何その格好」

「衣装がこれしか無かったの!!」

http://livedoor.blogimg.jp/syutarutsu/imgs/4/3/43274f27.jpg

きらり達が着いた事でホッとしたのかすぐさま私服に着替えた凛と美波。

蘭子は衣装が気に入ったようで暫く着ていたけれど。

凛のツインテール、イケてるのかどうなのか…。

「お、始まるみたいだね!」

先に現場に入っていた美嘉が声を上げる。

舞台を見ると、きらり達が楽しげに自己紹介していた。

「「「こんにちはー!凸レーションでーす!!」」」

…今ならはっきり言える。

良い笑顔だってな。

http://www.youtube.com/watch?v=qV7-FJvj_T0

「ねえ、GACKTさんもきらりちゃんみたいに笑ってみたら?」

仕事も終わり、後片付けをしているスタッフ達を見ているとふいに美嘉が喋る。

「笑顔ならいつも見せてるけどなあ」

「いつもの悪どい笑顔じゃなくてさ」

失礼な奴め。
こうしてやる。

「あー!変装バレちゃうでしょ!!」

…けど今回は美嘉のおかげかもしれないな。

彼女達の良さを発見、いや再確認させてもらった。・

アイドルとしては美嘉の方が一枚も二枚も上手という事だったか。

でももう大丈夫だ。

もしもう一度彼女達の事を聞かれたらこう言ってやるからな。

彼女達は、「僕が」見つけたアイドルで。

「僕の」育てた最高にイケてるアイドルだってな。

第十話 終

また明日書きます

ついに来た。

…うん、ついに。

「346プロ合同LIVE、アイドルフェスがやっと来ましたね!」

ちひろと部長、僕の三人。

会議室で中年と高翌齢のおじさん二人と年齢不詳の女の子が大人とは思えないウキウキ感を醸し出している。

こんなにも分厚い冊子を見てるとそんな気にもなるさ、あはは。

「…で、まずは合宿、と」

冊子で一番はじめに注目したのはシンデレラガールズ達の合宿。

個々で練習していては全員で歌う新曲なんて到底覚えられない。

…新曲か。

「GACKTさん!気合の入った曲期待してますからね!」

気合か。
僕は気愛だけどな。

全く、ちひろも無茶を要求するものだ。

僕への曲作りは良いとして、このアイドルフェス。

当日までの時間があまりにも短い。

果たして彼女らは無事にこのフェスを終えられるのだろうか。

…いや、僕の育てた子達だ。

これくらいやってのけなきゃダメだよ。

「…私が、ですか?」

「そうだよ」

そしてこの合宿。
僕は諸事情で途中までしか参加出来ない。

つまり、誰かが子供達の面倒を見てやらなきゃならないということだ。

子供達の面倒を見るのは年長者の役目。

シンデレラガールズで年長者といえば。

「美波には辛いかもしれないけどさ」

この子だ。

新田 美波。
おしとやかで穏やかな外見とは裏腹に、ラクロスで鍛え上げた足腰とスタミナ、精神力。

内も外も出来た奴ってのはそうそういない。

この子に関しては僕も絶対に
選んだと思う。

「辛いなんて事は…ちゃんと務まるのかなって」

「出来るよ。僕はそう思ってる」

しかし美波の顔は心配でならないといった顔だ。

初LIVEの時はあんなに頑張ってたのにな。

「…あの、GACKTさんの諸事情って?」

「…色々だね。スタッフとの打ち合わせとか、衣装とか、…後は…」

…。
いけないいけない。

これ以上は今は禁句だ。

「…後は?」

「…ナイショ」

気になるって顔だな。
あはは、可愛い。

「ねえねえ!ご飯とか何が出るのかな?」

みりあと莉嘉は楽しそうだな。

恐らくこの子達は修学旅行にでも行く気分になってるんだろうな。

…合宿ってのがどれだけキツいか知らないみたいだね。

「ガクちゃん、本当に大丈夫にゃ?」

みくが僕に寄ってくる。
何が心配なのか。

「だってまだみくと李衣菜ちゃんは曲も完全じゃないにゃ」

完全か。
…完全ねぇ。

「なら大丈夫かな」

「え、何でにゃ?」

「まだシンデレラガールズは僕の目標の10%にも達してないよ」

「…鬼畜だにゃあ…」

彼女達のレベルは僕に言わせればまだまだ低いと思う。
素人に毛が生えたくらいと言っても良い。

「…でもそんなんで当日大丈夫にゃ?」

「当日までに100%にすればいいってだけだよ」

むちゃくちゃを要求してると思うか?

大丈夫だよ。

1ヶ月で舞台を仕上げた奴がここにいるんだから。

合宿に向かう日の朝。

向こうに行くまでの時間にはまだかなり早いというのに皆既に集合している。

よっぽど楽しくて仕方ないんだな。

事務所の中を見回すと、まだまだ空気は明るい。

女の子らしく、互いの荷物を見せ合ったりしてる。

「やっぱ携帯扇風機と冷感スプレーは外せないよね!」

「私も持ってきました!」

「私も…後タオルかな」

…。

この子達も大概だな。

「ねえガクちん!合宿すぐ抜けちゃうって本当なの?」

「ギリギリまではいるつもりだよ」

「…そっかあ…」

未央の顔が少しだけ暗くなる。
あはは。寂しがっちゃって。

「…良いとこ、見せようと思ったのにな」

良いとこ?

…ああ、そういえば初めのLIVEはボロボロだったもんな。

「良いとこってのは、見せようと思ってやっちゃダメだよ」

「え、あ、うん。ごめん」

…随分懐いたもんだよなあ。

何となく彼女達のバッグを見てみる。

花火や浮き輪まで持ち込んでる奴もいる。

…お気楽だなあ。
向こうに行って落胆しなきゃいいけど。

「…」

凛や卯月のバッグはきちんと整理されているというのに、未央のは割と乱雑だ。

「ってか未央さ、服くらいもうちょっと綺麗にたたみなよ。シワつくよこれ」

「え?あ、ご、ごめん…あはは」

無理矢理閉めたのか蓋部分が膨らんでる。
乱雑に入れた証拠だ。

こういう事からちゃんとやらないといけないよ。リーダーなんだから。

…ん?

「カバンからはみ出してるよ。何これ」

「え?…あっ…ちょっ…見ちゃダメ!!!」

「…へえ」

白か。
…予想通り。

346プロはそれなりに大きなプロダクションだ。

こういった大人数を乗せるバスも出してくれるんだからな。

「快適だなあ」

「快適じゃないよ!」

未央が僕の前の席でぷんすか怒っている。

見られるのが嫌ならはみ出させるなよ。

「ふーんだ」

「…」

だけど本当に旅行にでも行くみたいだ。

これから覚える事はかなりキツいというのにな。

…いや、ちゃんと分かってる奴がいるな。

「…」

事務所に来た時からほとんど口を開かず、外を見ている美波。

13人もの子達にどうやって指導してけばいいのか。
恐らくそんな事を考えているのだろう。

生真面目な子だよ、全く。

「着いたみたいだね」

「わーい!」

「早く早くー!」

我先にとバスから降りていく面々。

「はしゃぎ回るなよ…」

最後にゆっくりと降りていった美波を見て思った。

…確かにこれらをまとめるのはまだ若い美波にはキツそうだな。

…。

これから泊まる合宿所。

長い階段を上がり、見えてきたのは海を一望できる日当たりの良い民宿。

広い体育館もついている。

「…?」

…うーん。
どっかで見たっけ?

…いや、知らないな。

「とりあえず着替えて体育館に集合。話もあるから」

着替えというキーワードに未央がびくりと反応したのは見逃さなかった。

「…で、まあそういう事だからさ」

僕がしばらく離れるということはニュージェネレーションズやアーニャは知っていたようだけど、他の面子はまだ知らなかったようだ。

多少なりとも嫌がる子供達がしがみついてくる。

「えー!やだやだガックンと一緒がいい!」

「GACKTさんもう行っちゃうの!?」

「きらりも寂しいにぃ!」

…重い。

「その間のリーダーは美波に任せるからさ」

自分の名前が呼ばれた事でびくっとしたが、何とか笑顔で皆の前に立つ美波。

「…私頑張るから、宜しくね!みんな!」

僕がいなくなるのは本当だと察したきらりやみりあや莉嘉は手を離し、美波に声援を送った。

だけどなあ。

言う事聞くのかなあ、こいつら。

「…まあ、うん。言う事聞かない奴は美波がラケットで殴りにいくからさ」

「ええー!!?」

「GACKTさん!そんな事しませんから!!!」

「じゃ、頼んだよ美波」

「はい!全力であの子達をサポートします!」

頼りになるんだかならないんだか。

「…もし困ったら電話くれればいいからさ」

「は、はい!」

シンデレラガールズを向こうに置いてきて、僕一人バスに乗る。

さっきまであんなに賑やかだったのになあ。

あればうるさいけど、無いと寂しい。

僕って本当にワガママだ。

「…」

何となく一番後ろの席から外を見る。

『~!』
『~!』

杏以外の面子は僕を見送りに来てくれたようだった。
何言ってるか聞こえないけど。

…これドナドナじゃないよな?

「…あー…」

海沿いの道を走るバス。
一人貸切状態だ。

とても快適で、気持ち良い。

かなり安らげる。

…わけないな。

一人はいつだって寂しいよ。

…前はこんな事無かったのにな。

「…?」

あれ、前?
前って、なんだ?

「…」

うーん…。

全然分からないや。

多分、元の世界の事だろうな。

2、3ヶ月缶詰め状態の時もあったしな。

…んん??

事務所に戻るとやはり賑やかだ。

近々大きなフェスをやるという事で、いろんな奴から質問攻めにあう。

そして。

「GACKTさぁん。久しぶりに二人っきりですねぇ」

この眠くなるような声。
346プロに帰ってからずっと後ろをついてまわってくる。

「…そうだね」

久しぶりってのは恐らく過去の僕の事を言っているんだろうな。

つまり、僕は知らない。

「…うふふ。GACKTさぁん、嘘はいけませんよ?」

「え?」

「まゆはぁ、GACKTさんのどんな表情でも見抜けるんですよぉ?」

…おお怖い怖い。

「…もう昔の事ですからねぇ。今はあの子達につきっきりで…」

僕はこの子に何をしたんだろうか。

さすがに自分の半分も生きてない子に手は出さないけど。

「しょうがないよ。つきっきりで見てやらなきゃならないんだから」

「でも今はいませんよねぇ?」

「…残念だけど満員なんだよなあ」

シンデレラガールズ達の事務所の扉の前で向き直る。

改めてまゆの瞳を見る。

…何で光が無いのだろう。

「お帰りなさいGACKTさん!…あら、佐久間さん?」

「うふふ。美嘉ちゃんも入れたんですからいいですよね?」

「え、ええ…」

何だろうなこの子は。
僕の意見など聞く耳持たないようだ。

…それにしてもこの世界に僕が来る前の「僕」ってどういう感じだったんだ?

誰かに聞くわけにもいかないし。

前はああだったとか、こうだったとかいう感じでもないし。

どちらかといえばそんなに変わってはないようだけど。

瑞樹もそう言っていたからな。

「…まゆ」

事務所内のソファに座り、自然な動作で隣に座ったまゆに話しかける。

「はぁい。何ですかぁ?」

話しかけられたのが嬉しかったのかニコニコしながら返事をするまゆ。

彼女なら、どうだろう。

「僕って、変わった?」

「…そうですねぇ。私以外の女の子達に…」

「そうじゃなくてさ、客観的に見てだよ」

「…」

まゆフィルターを介するとわけが分からなくなる。

出来れば第三者視点で答えて欲しいな。

「…随分、優しくなりました」

…。

優しくなった?

「前のGACKTさんは、こう、凄く気難しくて、…すいません。こんな事言っちゃいけないのに」

…。

ああ、なるほどな。

それは、昔の僕そっくりだ。

…そんなに気難しくなかったと思うけど。

「はい。お茶が入りましたよ。佐久間さんも」

話を遮るようにちひろがお茶を二人分、机の上に置いた。

まるで今の話を終わらせたいかのように。

「ちひろ、あのさ…」

「GACKTさん?もうすぐ打ち合わせですよ?」

…あ、そうだった。

ここにお茶を飲みにきたわけじゃなかったな。

「…じゃあ、行こうか」

「はい!」

「じゃあまたな、まゆ」

「…はい」

いけないな。
また自分の事でいっぱいになってた。
ここに来てからの僕の悪い癖だ。

打ち合わせの為の会議室に行くまでの間、珍しくちひろは無口だった。

いつもならあの怪しいドリンクを僕に押し付けようとするのに。

「ちひろさ、何かあった?」

「いいえ、何も?」

…これは嘘だ。
僕でも分かる。

何もという割には僕に顔を見せようとしない。

声のトーンも低い。

…何を隠してるんだろう。

気になるけど、今は答えてくれそうにないな。

「…着いたよ」

「…あ!はい!」

…戸惑ってるのが丸わかりだ。
会議室って書いてあるのに素通りしてる。

…これは、気になる。

「…で、衣装はこういった感じで…」

会議の内容の一つ、衣装デザインの決定。

スタッフ達が提案した物を絵にしてある。

シンデレラガールズ達の衣装。
まるでお姫様のような衣装だ。

まあシンデレラって銘打ってるからな。

…きらりと杏はサイズまで特注しなきゃならないけどな。

「今西部長、これで良いよな?」

「うんうん。可愛らしい衣装だ。…舞台の方も素晴らしいねえ」

孫を可愛がるおじいちゃんか。
…少しは部長としての意見を言って欲しいものだ。

「当日は恐らくお客さん達の渋滞も予想されますので、現地スタッフの増員もしたいのですが…」

スタッフからも色々な意見が出る。
良いねえ。
これぞプロダクションのあるべき姿だ。

無意識に笑みがこぼれてしまうよ。

結果3時間にも及ぶ会議が終了し、やっと休みになった。

まだ事務仕事が残っているけど、ここでゴールデンタイムとしても良いだろう。

「…お」

部長が先に休憩している。
彼もまた男のゴールデンタイム中という事か。

「僕も休憩する事にしたよ」

「おや、GACKT君」

「ちょっと疲れちゃってさ」

「…そうか。君も随分と変わったね…」

変わった。

確かに彼はそう言った。

…彼にも聞いてみようかな。

「あのさ、僕ってそんなに変わったかな?」

「変わったねえ…。昔は、何というか、若かった、と言わせてもらおうかな」

若かった。
彼は恐らく僕にかなり気を使っているのだろう。

彼の言わんとした事、何となく察する事が出来た。

…まだガキだったという事か。

…。

え?

「…僕ってここに来て何年経つんだっけ?」

「ん?…そうだねえ。もう3年は経つんじゃあ、ないか?」

3年て。
そこまで前じゃないのか。

「君はこのプロダクションが出来た当初からいる唯一のプロデューサーだからね」

…成る程。
初期メンバーって事ね。

…そりゃあ、いろんな奴から話しかけられるわけだ。

というか、まさか僕って本当に他のアイドルもプロデュースしてたのか?

「今でも覚えてるよ。まだ出来たてで、無名だった頃に人手が足りなくて困っていた時に君が来たんだ。…君はもう覚えてないかな?」

「…ほとんど覚えてないね」

…覚えてない、というか知らない。

「あの時は驚いたよ。一応会社の面接だというのに長髪にピアスに着崩したスーツ。それと人を威嚇する様な目。おまけにサングラス。…正直困ったよ」

ただのチンピラじゃないか。
僕ってそんな性格だったっけ?

「しかし猫の手も借りたい私達には雇う以外の選択肢が無くてね。…いざ雇ってみたら、一日たりとも遅刻はしない、休まない、愚直に仕事に向かう。…見た目とのギャップに思わず驚いたものだ」

「へぇ」

「ただ、アイドル達からはとても怖がられていたね。無口で、何を考えているか分からないと」

…ボロクソ言われてるなあ。
そりゃ今でもピアスは空けてるけどさ。

「その上一言も弱音は言わないからか、アイドル達も自然に君に気を使って意見を言ったりする事が無かったんだ」

「へぇ…」

「…そんな中、一人だけ君に真っ直ぐ向かい合ってたアイドルがいたのも、覚えてないかな?」

真っ直ぐぶつかってくるオンナか。
悪くないよな。

でもなあ。
知らないんだよなあ。

「…あー…ごめんよ。あんまり思い出せないや。あの時は仕事でいっぱいいっぱいだったからさ」

「ははは。そうかもしれないね。…千川君だよ?」

「え?」

…千川。
僕はその名字に聞き覚えがある。

だって、いつも僕の近くにいるじゃないか。

「…あ、あー。ちひろ、うん」

まずいな。
内心かなり動揺してる。
思わずどもってしまった。

「勿論千川君だけじゃない。他にも色んなアイドル達を手がけていた…そんな中でも一番熱心にプロデュースしていたのが、千川君だったんだ」

「あ、うん…」

「あえて今はちひろ君と呼ぼうかな。…ちひろ君は君に対していつも真っ正面から向かい合っていた。そして君もまた彼女に真っ正面からぶつかっていた」

それが僕の性格だからな。

「君とちひろ君はまあまあ順調だったよ。彼女も色んな仕事をこなしていた。…だけど、それはある事件をきっかけに崩れてしまったね」

ある事件、か。
言い合いでの喧嘩とは思えないけど。

「あの時は私も…」

「部長、GACKTさん」

何だよ。
今僕は真剣に彼の話を…。

「…あ」

彼女は椅子に座る僕と部長を悲しげな顔で見つめていた。

「…ちひろ」

今までの彼女の反応から察するに、この話は聞きたくないという事だろう。

「…あの」

「GACKTさん。もう終わった事ですから」

「…」

「これからは、私は事務員ですから」

…何だろ。
ほっといたらダメな気がする。

多分この件に関しては解決しきってないのだろう。

この件といっても何の事か分からないけどさ。

…次から次へと問題が訪れるな。

その日の夜。いつもより遅めの帰宅だ。

少し疲れたかな。

…お腹空いた。

「…何処に行こうかな」

今日は何だかモヤモヤする。
飲みたい日だ。

何処か適当なバーとか無いかな。

「…ん?」

ちょうどその時だった。

携帯が鳴っている。

「美波?」

…そういえば、悩み事があったら電話くれって言ったよな。

あの時はこんな風になるなんて思いもしなかったなあ。

「…もりもり」

『もりm…もしもし、GACKTさん』

声色から察するに合宿に向かう時よりもさらに元気が無くなっている。

こりゃ何かあったな。

「…とりあえず、話してみなよ」

『あの…新曲の振り付けがバラバラで、新しい曲を覚えるのを嫌がってる子もいて…』

嫌がってる?
ずいぶん偉くなったな。

…まあ、それどころじゃないってことだろうけどさ。

それは僕も同じだよ。

「ちゃんとラケットで脅した?」

『そんな事出来ませんよお…。どうしたらまとまってくれるのかなって…』

まとまる、ねえ。
…うーん。

…あ。
そうだ。

「じゃあさ、何かゲームやりなよ。皆で出来るやつ」

『みんなで、ですか?』

「リーダーのお前への下克上ゲームでさ、レクリエーションだよ」

『…レクリエーション…』

そうそう。
簡単な話だ。
修gack旅行、いや、ある意味雪板苦羅武だ。

「まとめる為には言葉じゃダメだ。行動で示さなきゃ」

『…はい!分かりました!美波…キメます!』

「あはは。そのセリフ良いな」

『あっ…』

電話の向こうで恥ずかしがっているのが分かる。

「顔張れよ。僕が行く頃には最高にイケてるチームにしてくれ」

『はいっ!』

…さて、これで解決したかどうか知らないけど。

次は、僕の番だな。

「…」

駅前に来ると色んな店がある。明日も平日だからか、あまり人はいない。

いるとしたら、チャラそうな若者達だ。

学生諸君は夏休みだっけ。
羨ましいものだ。

…しかしこうして歩いていても、誰も僕に振り向かない。

それもそうだ。僕はしがないサラリーマンだしな。

スーツ着て、1人で飯屋を探すおっさん。

…今の僕は井之頭GACKT。あはは。

「…あ」

訂正だ。
僕は井之頭じゃない。

何故なら孤独じゃないから。

立ち並ぶ店から外れた隠れ家のような店に入っていった緑色のスーツの女の子を見てそう思った。

…小料理屋か。
洒落てるな、あの子。

「…」

ちょっといい感じだ。
狭くもなく、広くもない。

店内は静かで、和の空間が広がっている。

良いねえ。
今の僕らにぴったりだ。

こちらを振り向き、顔を真っ赤にしたちひろにそう目で訴えた。

いつもならなんてことない笑顔で迎え入れるのにな。

…あんな事があった後だしな。

「ご飯食べに行くなら誘ってくれれば良いのに」

「…あ、あの、GACKTさん、どうして…」

「偶然見かけちゃってさ」

…タイミングが良いのか悪いのか。

「今日は僕も飲もうと思ってたんだ」

「…も…って。私は、そんな…」

「…お前とは、最近腹割って話してなかったよな」

「…」

「どうかな。たまには」

「…少しだけですよ」

あはは。
そういう時に限って飲んじゃうんだ。

「…」

少し、どころじゃないな。
かれこれ2時間は飲んでる。

隣を見ると、舟を漕いでるちひろ。

「…ヤバそうだね」

「そんな事ないですよぉ…」

まゆみたいな喋り方だな。
酔ってる証拠だ。

彼女なりにストレスが溜まっているんだろうな。

…もしくは、忘れたいのか。

でも、何となく思う。

「…」

この世界に来て誰かとこうして飲んだ事は無かったからかな。

久しぶりの感覚だ、と。

「GACKTさんはぁ、楽しそうですねぇ…」

「そうだね。1人の時より楽しいよ」

「…違いますよぉ。シンデレラガールズのみんなといる時すっごい楽しそうなんです」

「…それも、そうだね」

「…私の時は…」

…ん?

「…それって…」

「私がアイドルで、GACKTさんは私のプロデューサーで…」

…まさか本人から聞くとは思ってなかったな。

「GACKTさん、私が他のプロダクションの人からいじめられた時の事覚えてますかぁ?」

「…何だっけ?」

「とぼけないでくださいよぉ。今でも忘れてませんよぉ。…あの時、相手は大手のプロダクションだったのに、私の事凄く庇ってくれて…」

「…」

「相手のプロデューサーに脅された時も、思いっきり…こう、ぐわーんっ!て!」

「…えぇ…?」

「…でも、逆に相手のプロデューサーさんに苦情出されて…」

「…」

「GACKTさんはそれでプロデューサーを辞めるって言って…」

「…」

…。

『GACKTさん!プロデューサー辞めるって…』

『辞めるよ。あんな奴らが堂々としていられる今の業界なんていたくない』

『…私のせいです。私がもっとしっかりしてれば…』

『違うよ。僕がこの業界を嫌いになったんだ。お前のせいじゃない』

『…嫌です。私、GACKTさん以外の人がプロデューサーなんて嫌です!』

『お前は絶対一流になれるよ。大丈夫だから』

『…だったら、変えていきましょう…?』

『え?』

『私達二人で、この業界を変えましょうよ!』

『…』

『…私達で、最高のプロダクションを作るんです。だから…』

『…!』

『…これからは、私は、アイドルではなく、貴方の同僚です』

『…ちひろ…』

『私が、サポートしますから、だから…辞めないで下さい!』

『…』

…。



なるほどねえ。
この世界の僕はそんな感じだったんだなあ。


それであんなに大きなプロダクションになったのか。
…まるでドラマだな。

…でもそれ、「僕」じゃないよな。

…良いのかな、「僕」で。

「…」

隣でついに撃沈したちひろを見てそう思う。
仮に僕が元からこの世界にいたら、同じ事をしていただろうか。

もしかしたら、今もちひろがアイドルとして輝いていたかもしれない。

いや、最悪な展開になっていたかもしれない。

…僕が、この世界に来た理由って何だ?

何で、僕は…。

…。

「…GACKTさぁん…えへへぇ…」

…僕にはこの子やあの子達に接する権利があるのか?

…もう、わけが分からない。

ちひろを無理矢理起こし、タクシーで帰らせた後、僕は鬱屈した気分のまま家に帰った。

考えれば考えるほど嫌になる。

僕は、この世界の僕から彼女達を奪おうとしていると。

この世界の僕の生きがいを奪い去ろうとしていると。

…僕は、この世界の僕は、僕の事を許してくれるのか?

僕だったら、どう思う?

…。

「…分からない」

僕は何故この世界に連れてこられたのか。
こんな思いを味わわせる為にか?

…だとしたらそいつはよっぽど趣味が悪いな。

一人悩んでいると、既に時間は深夜になろうという所。

そんな時、携帯に着信が入ってきた。

こんな時間にだれだよと思ったけど、その相手は…。

「…凛?」

「…もしもし?」

『もしもし、GACKTさん?…何となく、電話しちゃった』

「あはは、そっか。…でも夜更かしは良くないな」

『GACKTさんだって夜更かしだよ。…何か、元気無いね』

「え?あはは、ちょっと疲れててさ」

『……本当に?』

「本当だよ」

『…嘘。もう付き合い長いんだから分かるよ。…いつもならもっと変な感じで出るもん』

「…あはは」

『何があったの?』

「色々、かな…」

『…』

「…」

『…ねえ、私に言ってくれたよね?』

「?」

『悩むのは材料が足りないからだって、その材料を探す為に前に進めって』

「…」

『GACKTさんがそんな事じゃ困るよ。私達のプロデューサーなんだから』

「…」

…何だろうな。

今、僕の足を掴む枷が、外れたような気がする。

「…あはは。そうだよな。僕らしくない事しちゃったな」

『そうだよ。…ね、GACKTさん?』

「ん?」

『…ごめん。何でもない。…また明日ね』

「…そうだね。お休み」

『……お休み』

「…」

…また明日、か。

…あはは。

そうだったな。

悩んでどうする。
僕は恐竜系男子だぞ?

あの子達が誰かのだなんて、関係無いよ。

選択肢は一つ。

前に進むだけだよ。

これまでも、これからも、な。

…。

最近購入したソファで目が覚めた。

時計もセットしてないけど、いつも通りの時間だ。

「…」

いや、代わりがあったからかな。

外は本当、うるさいよな。

…夏だもんな。
蝉の鳴き声くらい聞こえるよ。

元の世界じゃ地下で寝てたから味わえなかった。

何だか新鮮だなあ。

「…朝かあ」

ここに来てから随分規則正しい生活を送るようになった。

おかげさまで二日酔いも無い。

そんな気分も悪くない。

むしろ今までにないくらい清々しいや。

なんせ、僕は姫のお墨付きだからな。

「…じゃあ、行こうか。GACKT」

立ち止まってる暇なんてない。
僕は一度決めたら最後までやり抜く主義なんだ。

…最後、か。

http://www.youtube.com/watch?v=oflbCSxjSVU

「GACKTさーーん!!」

「ガクちゃーーん!!」

「ガックーーン!!」

「ガクチーーン!!」

…呼び方統一しない?

「あはは。そんな寂しかった?」

合宿最終日。
というか今日の午後までには帰らなきゃならない。

…けど。
まずは、これだよな。

「はい、皆のTシャツ。イケてるだろ?」

「おお…何かガクちんっぽい」

黒い色を基調とし、胸にはシンデレラガールズのマーク。
そして背中には…。

「ねえGACKTさん。これどう見てもヤンキーの集団だよね…」

『嬢』。

凛はどうやらそこが気になって仕方ないらしい。

「あのさ、せめて姫にならない?」

「姫より嬢のが強そうじゃない?」

「喧嘩しにいくわけじゃないんだから…」

あはは。
そのうち着慣れるよ。
そういうもんだ。

「良いですね!ロックって感じ!」

「みくはこんなの反対にゃー!」

…これこそ僕だ。
間違いない。他の誰でもない僕だよ。

「さ、バスに乗って。午後から使う奴らもいるんだから」

「「「はーい!」」」

皆より先に玄関で靴を履いていると、下駄箱の上に一つの色紙が置いてあった。

その色紙にはアイドル達のサインが書かれている。

「765プロ…へえ」

765ってあれだよな。凄い有名プロダクション。
この子達もここを使ってたんだな。

…成る程。
もしかしたらここで合宿すると何かあるのかもしれないな。

運頼みは大嫌いだけど、ここはあやかるとしよう。

そんな事を考えている時、後ろから美波の声が聞こえた。

「GACKTさん!」

「ん?」

「あの、ありがとうございました!」

「何が?」

「GACKTさんのおかげで、みんなをまとめる事が出来たんです!」

…ああ、そんな事言ってたっけ。
色々あったから忘れてた。

「じゃ、これからもリーダー任せたよ」

「へ?」

「年長者のお前がリーダーじゃないとな」

「え、ええええ!?」

「姉さん!」

「わっ!」

美波の後ろをコソコソついてきた未央が驚かせるように美波に話しかける。

「みなみん姉さん!…じゃなかった。これからはリーダーだね!」

「み、未央ちゃん…その姉さんはやめて…」

姉さん。
…姐さん?

何があったのだろうか。

…いや、何となく何があったか分かった。

若干ふざけながらも美波に対し真っ直ぐ爪先を揃えて立つ未央を見て確信した。

美波…キメたな。

「あ、あの…まだやれるかどうか分かりませんけど、頑張ります!」

それに、シンデレラガールズの皆の顔を見て思う。

ここに着いた時のバラバラ感は微塵も無く。

皆がこれからのフェスに想いを馳せている。

ようやく、一致団結したようだ。

…良くやってくれたよ、美波は。

「じゃ、行くよ」

「「「はい!!!」」」

しかし横一列に並んだこの子達の背中。

…面白すぎ。

http://www.youtube.com/watch?v=kUgYZhFrpMI

「皆さんお帰りなさい!」

事務所に帰ると、いつものように笑顔で僕達を迎え入れたちひろがいた。

「ちひろ、二日酔いしてない?」

「大丈夫です!このドリンクを飲めば!」

「…いやいらないって……いやごめん。ひとつだけ貰うよ」

久しぶりに受け取ってもらえたのが余程嬉しかったのか飛び上がって喜んでいる。

中身はいらないけど。

…まあ、これくらいはね?
解決策も見つかったことだしな。

しかし後ろからの黒いオーラはなんだろうな。あはは。

「…GACKTさん。二日酔いって?」

「ん?」

振り向くと、そこには。
凛…いや、シンデレラガールズの皆が。

「…もしかして、きらり達が合宿してる時にぃ…」

「二人で、一緒に、デート、ですか?」

「…ガクちん?」

「…私の事、リーダーにしてくれたのに…」

…。

あー。

そう来るか。
こういう一致団結も来るのか。

だけど今日くらいは、いいかな。

このやかましい騒音は、僕の、今の生きがいだからな。

それに、約束しちゃってるもんな。
こいつらをトップアイドルにする事を。

ちひろと、…姫達とな。


第十二話 終

休憩します

とある夢を見た。

いや、あれは夢なのかどうか。

とても鮮明で、リアルだった。

親友のYOUから、ゲームをやらされて、気付いたらとても狭い事務所で置きた。

そして、そこにはアイドル達がいて。

…何故か顔が分からない、というか見えない。
この子達の名前も。

ほとんどおぼろげにしか見えない。

まるで紙芝居のようだ。

…でも、そういった事なら今までとさほど変わらない。

違うとすれば、何だろう。
顔が分からないとか、紙芝居みたいとかじゃなくて。

そこには、元からアイドル達がいて。

でも、全く無名で。

でもひとつのチャンスを掴み取って。

挫折もたくさん経験して。

後輩アイドル達も出来て。

…そして。

『GACKTさん!行っちゃダメ!!』

『GACKTさん!!』

…あれは。

……凛?

その隣にいるのは…。

…。

「…ハッ!?」

…。

…まさか僕が机に突っ伏して寝る日が来るとはな。

…ああ、JESUS。

「…今、何時だろ…」

こういう時って、何故か腕時計よりも先に壁にかけてある時計を見てしまう。

…昼か。

あれ、僕昨日なにしてたっけ?

…ああ、そうだ。
確か、合宿が終わったんだっけ?

「…おはよ。GACKTさん」

凛の声がする。
割と近くで。

「…ん、おはよう」

声のする方を振り向くと。

「…え?」

そこには。


「どうしたの?ガ・ク・ト・さん♪」

ウエディングドレスを着た凛がいた。

え?

あれ?

「…」

そして何故か、タキシードを着ている、僕。

…。

「…アアアアアアッ!!?」

…。

……。

「…夢、か…」

…何だ、今のは?

今のはどう見ても凛だけど、凛じゃない。

凛はあんな事絶対に言わない。

言うわけがないよな。

…ここは。

…自宅か。


「どしたのガクちん?凄い叫び声あげて…」

未央の声がする。

良かった。いつも通りだ。

…。

「………あ?」

いつも通り?

いや、自宅に未央が来るわけないだろ。
住所も教えてないんだぞ。

「ガクちん?どーしたの?」

…ゆっくりと、緊張の面持ちで未央の方を向く。

そこには。


「ねーパパが調子悪いみたいでちゅねー…」

膨らんだ腹を愛おしそうに撫でている未央がいた。

…。

「…ァァアアアアアアッ!!?」

…。

……。

…夢か。

…ヤバイ。
凛よりもヤバイ。

何だ、何だこの夢は。
結婚どころかゴールインしてるじゃないか。

僕はあんな年下に手を出す様な奴じゃないぞ。

「……」

周囲を見渡す。
良し。ここは事務所だ。

僕はスーツ。
時刻は昼。

何も怖くない。
大丈夫、ただの夢だ。

その時、ドアを乱暴に開ける奴がいた。

誰だ?
僕はそんなヤンキー育てた覚えはないぞ。

…これは叱ってやらないとな。

「ダメだろ。そういう開け方したら…」

ドアから出てきたのは。



「ハ?うるせえよジジイ!!!」

木刀を持ったツナギ姿の卯月だった。

「……ァァアアアアアアッ!!!?」

…。

「…ハアッ…ハアッ…夢か…」

…勘弁してくれ。
未央や凛はもとより、卯月は勘弁してくれ。

卯月はいけない。
あの子は一番真面目で純粋な華の女子高生なんだ。

思わず顔を両手で覆ってしまう。

…さっきから冷や汗が止まらない。

…何だ?
僕はニュージェネレーションズに何かしてしまったのか?

あの子達は僕に恨みとかあるのか?

「…さすがに、もう無いよな…?」

…。
うん。

無いか。

…良かった。

「ああ、良かっ……」

…。

冷静に考えよう。

今、僕はスーツを着ている筈だ。

ここは事務所だもんな?

じゃあ。

何で。

僕はシンデレラガールズ達の衣装を着ているんだ?

冷静に焦っていると、ドアが大きな音を立てて開く。

今の姿を誰にも見せるわけにはいなかないというのに。

「GACKTちゃん!」

「あ!?」

ドアを開けて入ってきたのは卯月、凛、未央。
てかGACKTちゃんって何だ。

「あ?じゃないよ!もうこんな所で何やってるの!?」

彼女達はそう言うと僕を引っ張り連れていこうとする。

何だ、僕は今から何をするんだ?

「今からLIVEでしょ!?プロデューサーが待ってるよ!」

「プロデューサーは僕だろ!」

「何寝ぼけてるの!?」

こっちの台詞だ。
何で女装したおっさんがアイドルデビューしてるんだ。

…頼む。
誰か僕を助けてくれ。

「ほら着いたよ!ガクちゃん準備して!プロデューサーも来るんだから!」

「準備!?」

いきなりなんだ。
準備ってなんだ?

焦っていると、向こうからゆっくりと歩いてくる奴が一人。

「…」

「あ!プロデューサー!ガクちゃん連れてきたよ!」

…。

…プロデューサー。

…。

…プロデューサー?


「GACKTちゃん!今日も頑張っていきましょうね!」

そいつは黒スーツを着たちひろだった。

「…ァァアアアアアアッ!!?」

…。

……。

何度目だよこれ。

まさか無限ループってやつじゃないよな。

「ガクちんどーしたの?」

「!!?」

びっくりした。
…未央か。

「…」

「…ガクちん?」

…腹、膨らんでないよな?

「…?が、ガクちん?そんな真剣な目で見つめられても…」///

良かった。
僕はそこまで堕ちてなかったか。

「凄い叫び声だったよ?よっぽど嫌な夢見たんだね…」

次は凛か。
…ウエディングドレス着てないよな?

「…な、何?」///

…着てないか。
良し。

「もしかしたら疲れてるのかもしれませんよ?大丈夫ですか?」

…卯月も、大丈夫だな。
声だけ聞けば分かるからいいや。

「…いや、かなり酷い夢見ちゃってさ…始めの頃は結構…」

「…結構?」

…あれ?
どんな夢だっけ?

…後半からどんどんひどくなっていったから忘れちゃったよ。

せっかく良い夢だったのに。

「…ちなみに、酷い夢って?」

凛が聞いてくる。
かなり心配そうな顔だ。

「…お前達が出てきて、それだけなら良かったけど…」

「…それから?」

「…絶対にあり得ない事をしてきたんだ」

凛、未央、卯月が顔を見合わせる。

「…私達が」

「絶対に」

「…あり得ない事を?」

…これ以上は言いたくない。
というか、思い出したくない。

個人的には卯月が一番酷かったけどな。

「…でも、悪い夢って意外と良い事の前兆だったりしますよね!」

卯月がせめてものフォローを入れてくれた。

そうだよな。
僕もそれは聞いた事がある。

「…良い事かあ」

何だろうな。

「…しまむーは何だと思う?」

「えっ?…私は、その、みんなで…トップアイドル!…かな?…えへへ」

「…もー!可愛いなあー!」

「えへへ…」

卯月はこういうキャラだよな。
間違いない。

木刀持って殴り込みに行くような奴じゃない。

…でも。

「それはダメだよ」

「え?」

「トップアイドルになる事を運任せにしちゃダメだ。なれたら良いんじゃなくて、なるんだよ」

そうだ。
トップアイドルに、なるんだよ。
じゃなければシンデレラガールズを作った意味が無い。

「…そう、ですね!じゃあ…えっと…」

何か何時の間にか願い事をお祈りする会みたいになってるぞ。

…僕にとっての話じゃなかったの?

「…あっ……」

卯月はそれっきり顔を赤くして口を閉じてしまった。

まあ、何となく察した。

…女の子らしいや、あはは。

「未央とか凛は?」

二人にも質問してみるが、彼女らも赤くなって押し黙っていた。

…アイドルだもんな。
そういう事に憧れる気持ちも分かる。

「…ね、ねえ、ガクちん。ガクちんは?」

未央が上目遣いで僕に聞いてくる。
両手の人差し指をツンツンしながらとか、少女漫画みたいだな。

「…僕ねぇ…」

今の僕にとって良い事。

…たくさんあるなあ。

それを聞いた途端、三人の頭上に?が浮かんだ…ように見えた。

彼女らにはどうやら忙しいおじさんの気持ちは分からないようだ。

「ゆっくり出来る時間が欲しいんだよ」

ゆっくりゆったり。
確かに睡眠で無駄な時間を過ごすのは嫌だけど。

…実は、たまにはゆったりしたい。

温泉につかってみたりさ。

「んー…じゃあさ、ねえしぶりん!しまむー!」

未央が凛と卯月を引き連れ何やらコソコソ話している。

気になるけど、聞かせてはくれなさそうだ。

「「「……」」」

そして、三人ともこちらを振り向く。

「…GACKTさん」

凛がソファに座り、未央のハンバーガークッションを敷き、それをポンと叩く。

未央と卯月はソファの近くで待機。

…ああ、成る程ね。

「お客さんこってますねー」

凝ってないよ。
僕の体内年齢は15歳なんだぞ。

身体も柔らかいんだ。

「言ってみただけー」

「えっと…こう、かなぁ?」

「…」

凛と未央と卯月が一生懸命僕の体をマッサージしている。

良いなこれ。
くすぐったいけど。

足と、腰と、首。

とりあえず全部くすぐったい。
下手くそめ。

「…」

…でも、悪くない。

これはこれで良いや。

…夢とか、気にならなくなるな。

例え僕の過去に何があったとしても、それは過去だ。

変えられない昨日より、今、そして未来だ。

忘れちゃダメな事もあるかもしれない。

時折振り向く事もあるかもしれないけどさ。

でも今こうして仲間がいる。

…今は、それでいいや。

さて、明日からも顔張るかな。

…。

「んしょ…んしょ」

「よっと…」

「…こうですか?」

「…ああ、うん。そんな、感じ…いやちょっと痛い…」

「え?じゃ、じゃあ…こうですか?」ゴリッ

「コノヤロー!!!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

…これ、いつまでやるんだろうか?

第十二.五話 終

明々後日書きます

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