幸子「カワイイボクから綺麗な私へ」 (35)


【モバマスSS】


 拙作
 みく「両手は挙げない」
 きらり「きらりは大きいよ」

 との関連作ですが、単独でも読めると思います。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427850735


「失礼します。興水です」

 社長室の片隅の置かれたモニターには懐かしい映像が流れていた。

 それは、私にとっての大切な思い出。

 今の私への、スタート地点。

 
 
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 くるりくるりと回るように歩きながら、鏡を覗き込む。
 いったん離れて、何もない宙に向かってウインク一つ。
 しゃなりと肩を揺らして、右手の人差し指で唇に触れる。
 一瞬触れた指を離して、確認するように視線を向けた。

 そしてニッコリ。

「唇メイクで、ボク、カワイイ!」 
 
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 懐かしい。

 それは、私の初CM。まだ怖い物知らずだったときの、初めての大きなお仕事。

 あのとき、プロデューサーが我が事のように喜んでくれたことを思い出す。

「ボクはカワイイから当然ですね」

 そんな生意気な口にも、

「ああ、そうだな。さすが、幸子だ」

 優しく返してくれたプロデューサー。

 本当に私は生意気……いや、馬鹿だった。


「よかったにぃ、幸子ちゃん。はぴはぴ?」

「幸子チャンには負けてられないにゃ! Pチャン、みくにもCMのお仕事欲しいにゃ!」

「ねえねえ、これってギャラどれくらいなの? 歌うよりこっちの方が楽かなぁ?」

「これも、プロデューサーさんのおかげですねぇ、幸子ちゃん?」

 諸星きらり、前川みく、双葉杏。

 そして、佐久間まゆ

 皆、私のかけがえのない仲間たち。

 一人一人が、それぞれの言い方で私の成功を喜んでくれている。

 それでも私は、こう言ったのだ。


「ふふーん、当然ですよ」

 とても生意気な。その年齢の少女だけが許される向こう見ずな物言いで。

 私にだって……その当時の私にだって、言い分はある。

 誰かを馬鹿にしたわけじゃない。誰かを傷つけたかったわけじゃない。

 ただ私は、自分に自信を持っていただけ。その根拠など何も考えずに。

 誰かを貶めるのではなく、自分を高めたかっただけ。

 私はただ、自分を魅せたかっただけ。 

 自分を誰に魅せたかったのか、あの頃はまだ気づいていなかったけれど。  

 あの頃は…………

 
 
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 ボクはアイドルなんです。
 そりゃあ今はまだデビューしたてですけれど、必ずトップアイドルになるんです。
 だってボクは、こんなにカワイイんですから。

 プロデューサーさんだってボクのことを認めていますよ。

 ねぇ、きらりさん。

「幸子ちゃんは可愛可愛にぃ☆」

「んー。きらりが可愛くないって言うの見たことないような気が……」

 杏さん、なにげに酷いこと言いますね。


「幸子チャンはちゃんと可愛いから自信を持つにゃ」

 さすがみくさん。いいこと言います。

「でも、みくのほうが可愛いにゃ」

 前言撤回。

「プロデューサーさん、おはようございます」

 ドアを開けて入ってきたプロデューサーに最初に声をかけたのは、いつものようにまゆさんでした。

「おう」

「こんなカワイイボクのプロデュースが出来るなんて、プロデューサーさんは幸せものですね!」


「お、おう。って、幸子、いきなりだな、おい」

「なんですか、その大きな袋」

「こら、覗き込むな。開けようとするな」

「もしかしてこれ、ファンレターですか?」

「まあな、チェック前だし、お前らだけじゃなくて、凛やのあさんたちのも混ざってるから勝手に開けるなよ」

「はーい」

「あと、プリントアウトしたメールなんかもあるから」

「ふふーん、ボク宛ての大量のレターやメールの管理なんて、プロデューサーも大変ですね」


「お、おう」

「いいですよ、ボクは心が広いから、きちんと整理が出来るまで待ってあげます」
「だけど、ファンの言葉にはちゃんと目を通さないといけませんからね」

「そうだな。じゃ、待っててくれ」

 そして……

「きらり、杏、みく、まゆ、幸子、ファンレターの検閲終わったから、渡すぞー」

「にょわ♪」

「んー」

「来たにゃ」

「はぁい」

「やっと来ましたね」 


「きらりはこれ。レターとメールな」

「はいはーい、きらり、ぜーんぶ読んじゃうにぃ。お返事ばっちし☆」

「杏はこれな」

「うぇー、めんどいなぁ、全部テキストファイルに落としてメールで送ってよぉ」

「こっちはみく」

「ふっふっふ、また増えたにゃ。人類ニャン化計画は順調にゃ」

「何言ってんだ。おーい、まゆの分、置くぞ」

「はい。確かに受け取りましたぁ」


「よし、あとは……」

 四つの束を渡し終えました。

 次は、ボクのファンレターですね。

 きらりさん、杏さん、みくさん、まゆさん。みんなそれぞれもらいましたけれど、ボクだって……

「幸子、これ」

 二枚の紙。

「へ?」

「メールをプリントアウトしたものだ」

「あ、はい」


 チラリと見たけれど、ほんの数行だけ。
 
「あまり気にするな。まゆやみくだって、最初はそんなもんだったからな」

「ふふっ、そうですよ、幸子ちゃん」

「この事務所に来るまでは酷いもんだったにゃあ……」

「もっとも、まゆはぁ、プロデューサーさんさえいればファンレターなんていりませんけれどぉ」

「こら、まゆ。そういう言い方をするな」

「ごめんなさい」

 皆にたくさん来たファンレター。
 ボクには二枚の紙。


 むう……

 うん。そうだ。

「しょーがないですね、プロデューサーさん」

「ん?」

「まだまだカワイイボクが世間に知られていないって事じゃないですか」
「世間がボクを知れば、放っておく訳がありませんからね!」

「幸子は可愛いからな」

「そうですよ。プロデューサーさんもわかっているじゃないですか」

 だから、お仕事をもっとくださいね。
 ボクは、もっと頑張りますよ!


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 こうして……この角度で……うん、この角度が一番カワイイ。

 なんで笑ってるんですか、凛さん。

「あ、ごめん。別に馬鹿にしてるとかそういうわけじゃなくて」

 なんなんですか、もぉ。

「うん、なんていうか」

 なんですか。


「幸子は可愛いなぁ、と思って」

 え?

 な、なんですか、突然。

「そ、そうですよ。こんなカワイイボクがいて、凛さんも嬉しいですよね」

「そうだね」

 むう。調子が狂います。
 だけど、凛さんはシンデレラプロではもうトップです。
 トップの人に認められるのはやっぱり嬉しいです。

 その凛さんは、ボクとは数歳しか違わないけれど、可愛いと言うよりは綺麗という言葉が似合う人で。
 だから、シンデレラプロで一番カワイイのはやっぱりボクなんです。


「幸子の可愛さは、みくやきらりとは違うものね」

 勿論、みくさんやきらりさんだってアイドルとして立派にカワイイですけれど。ボクが一番ですから。
 でも、『違う』ってどういう意味ですか? 

「うん……やっぱり、羨ましいよ、少し」

 凛さんの言うことはよくわかりません。

 だからボクは、きらりさんとみくさんを観察することにしました。

 きらりさんもみくさんも、ボクよりは歳が上だけれどもやっぱり可愛い人です。凛さんとも違います。
 
 だけど……

 ボクは見ました。二人が「綺麗」になるところを。



「PちゃんPちゃん、きらりもたぁくさん頑張って、ファンのみんなとハピハピするよ☆」


「ハピハピできたら、きらりもぉ、ほーめ褒めして欲しいにぃ」





「ふっふっふっ、きらりチャンには負けないにゃ」


「なんと言ってもPチャンとみくは、スーパープロデューサーとスーパーアイドルにゃ」



 
 だって、二人はアイドルなのに。
 ファンの前で綺麗になるんだったらわかります。

 でも。
 でも。

「しょーがないじゃん」

 杏さん?

「あいつが優柔不断なんだから」

 あいつ?

「みくも凛もきらりも、趣味が悪いよ……ま、一番悪いのはまゆかな」

 杏さんの言うことも、よくわかりません。

 
「なんで、プロデューサーさんの前に行くと綺麗に見えるんですか?」

 きらりさんだって、みくさんだってカワイイのに。

「杏にだってわからないよ。だけどさ」

 なんですか?

「二人が綺麗になるのがわかるって事は、幸子もそういうことなんじゃあないのかな」

「ボクはいつだってカワイイですよ? プロデューサーさんの前だって、ファンのみんなの前だって」

「うん。幸子はそれでいいと思う」

 やっぱりボクには、よくわかりません。

 
 
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「よ、来たか」

「ええ、社長」

 あの人は笑う。

「……あー、まいったな。確かにそうなんだけどさ。社長呼びは慣れねえなぁ」

「まゆさんは元気ですか?」

「ああ、おかげさまでね」

 あれから独立して一国一城の主になったプロデューサーさん。
 今ではまゆさんと結婚して、現事務所の社長だ。
 きらりさんと杏さん、みくさんもこの事務所に所属している。勿論、私も。


「直接お話するのは久しぶりですね」

「まぁな。そっちのプロデューサーは、よくやってるだろ?」

「ええ、よくやってくれてます」

「うまいこといってるのに、俺がしょっちゅう出張るわけにもいかんだろ」

「うふふ、まゆさんが焼き餅でも焼きますか?」

「んー、結構当たっているかもな」

「ところで、私を呼んだのは、懐かしいCMを見せるだけのため?」

「いやいや」


 かつてのプロデューサーさん……社長は言う。

 私……興水幸子の初CMの会社が、その続編を撮りたがっているのだと。

 かつて少女だった人たちが、私と同じように年を経た女になって。

「『カワイイボクから綺麗な私へ』 勿論今回は、歴とした大人向け化粧品だ」

 私もいつの間にか、カワイイよりも綺麗が似合うと言われるようになった。その自負もある。

「当時担当していたスタッフが何人か呼ばれていてな、だったらってんで、俺も出張ったわけだ」

 ある意味、とてもこの人らしいフットワークの軽さだ。

 いつまでたっても、やっぱりこの人は変わらない。

 私も思わず、笑っていた。


「受けるかい? 幸子」

 私の答えは決まっている。

「ええ、勿論」

 あの頃、貴方の前で綺麗になろうとしたのはきらりさんとみくさんと凛さんだけど。

 貴方の前で一番綺麗になれたのはまゆさんだけど。

 もっと早く「綺麗な私」になれていたら、何かが変わっていたのかしら?

 だから、貴方の前での私は……

「だってボクは、カワイイですから」

 カワイイボクでいたいから。
 

 
 以上、お粗末さまでした

 総選挙の応援SS書かなきゃ(義務感)

 
 

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