【ラブライブ!】雪穂「私の趣味?」 (115)

穂乃果「ねぇねぇ、雪穂の趣味って何?」

雪穂「え? 趣味?」

穂乃果「そうそう。好きなことでもいいよ」

雪穂「好きなこと……」



なんだろう。私の好きなこと。

趣味と言えるほど、のめりこむものって何だろう。

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ゲーム?

……いや、お姉ちゃんに付き合ってやることが多くて、自分からはそんなにしない。

服とか……は、特にこだわりはない。

あ、洋菓子は好きかも。

でも作れない。

しかも食べ過ぎると太るし……。

雪穂「ないかな」

穂乃果「ええっ!? ないの!?」


そんなに驚くことかなぁ。

別に私も、好きで趣味を持たないわけじゃないんだし。



雪穂「じゃあお姉ちゃんの趣味って何かあるの?」

穂乃果「それはもちろん――――

雪穂「ダラダラすること以外ね」

穂乃果「……ないです」

穂乃果「でもさ、やっぱり趣味があると楽しいんだよ」

雪穂「ない人に言われてもね」

穂乃果「あはは」


趣味ってそんなに重要なものだっけ。

確かにあったらあったで楽しそうだけど、なくても十分楽しいと思う。


穂乃果「今日ね、学校でみんなにも聞いてきたんだ」

雪穂「趣味のこと?」

穂乃果「うん」



お姉ちゃんそう言うのすきだよね。

きっとテレビか何かで見たんだろう。老後まで続けられる趣味特集みたいな。

……それちょっと気になるかも。

穂乃果「ことりちゃんは裁縫が趣味でー、海未ちゃんは日々の稽古が好きなんだって」

雪穂「ふーん」


まあ予想のつく答え。

2人の趣味が逆だったら、ちょっと面白そうかも。


穂乃果「……あとなんだっけ。凛ちゃんはラーメンで、真姫ちゃんはトマト……」

穂乃果「ちがう! これ好きな食べ物の話だった!」

雪穂「はいはい。お姉ちゃん電気消すよー?」

穂乃果「えー? もっとおはなししようよー」

雪穂「ダメ。お姉ちゃん、朝から練習あるんでしょ?」

穂乃果「あっ、そ、そうだった!」

私から見ると、お姉ちゃんは十分に趣味を持ってるように見えるよ。

だって今、お姉ちゃんはスクールアイドルに夢中だもん。

夏休みがもうすぐ終わりそうだっていうのに、こんなにも外は暑いのに。

朝早く起きなきゃいけないのに、帰ってきたらお店の手伝いもしなきゃいけないのに。

それでもお姉ちゃんは、笑顔でこう言うんだもん。





穂乃果「行ってきますっ!」

雪穂「……行ってらっしゃい」


かといって、毎回私を起こさなくてもいいんだけど……。

ねむ……。


雪穂「……今何時だっけ」


そういえば今日は、亜里沙と一緒に買い物に行く約束をしてる。

亜里沙はマジメだから、結構早い時間から待ってくれてたりする。


雪穂「7時……かぁ」


ねむいねむい。

お店の手伝いも帰ってきてからだし、午前中はゆっくり過ごそうかな。

雪穂「……」


とか考えてたのに、結局起きちゃう。


雪穂「そんなに面白い番組、やってないなぁ」


夏休みの朝、特に面白い番組はやっていない。

アニメとかも子ども向けだし、かといってニュースを見るのもなんか違う。

あるよねー。


雪穂「ん、なにこれ」


適当にチャンネルを変えていると、ニュースでもアニメでもない番組を見つけた。

……あ、旅番組だ。

雪穂「……旅かぁ」


趣味が旅。

カッコイイけど、なんかスケールが違いすぎる。

第一そんなお金もないし。

ちょっと遠出するくらいのお金は、お店の手伝いでお母さんがくれるお駄賃から出せるけど……。


雪穂「この時期に遠出はなぁ……」


暑い。絶対暑い。

日焼けとかするし、そもそも1人でどこか行きたいところなんてない。

そんなことを考えていても、旅番組はどんどん進んでいく。

ちょっと楽しそうかも。

私だったら、さっき画面の隅に映った変なお土産屋さんみたいなところに寄るかも、なんて考える。

そしてすぐ、『友達や恋人との旅行にオススメ!』なんてテロップを見て現実に引き戻される。


雪穂「1人旅はなぁ……」

雪穂「って、違う違う。旅する前提じゃないってば」


旅費もないんだから。

いったい何考えてるんだろう。

私、そういうところにちょっと憧れでもあるのかな。

雪穂「……あ、温泉だ」


ぼーっとしてたから置いてかれた。

気付くと、テレビに映っていたのは露天風呂だった。


雪穂「温泉……」


そうだ、旅はダメでも温泉とかならどうかな。

近くにあるところなら気軽に行けるし、ちょっとした旅行気分も味わえる。

そんなにお金もかかりそうにないし、これなら趣味とも言えるかもしれない。


雪穂「ま、こんな近くに温泉なんかないんだけどね」

そもそも趣味の話は昨日のことで、別になくてもいいんだもん。

……なんかこう考えると負け惜しみみたいでやだな。


雪穂「……はぁ、寝よ」


ちょっと期待してたのかもしれない。

休日に温泉でのんびりしてみたいとか、ちょっと思ってたのかも。


雪穂「あれ、お父さん? おはよう――――


自分の部屋に戻ろうと立ち上がった私の前に、お父さんが横切った。

おまんじゅう作ってたんじゃなかったっけ。音してたし……

って、何か落とした。


雪穂「……温泉、リニューアルオープン?」


チラシだった。

雪穂「……ふーん、こんなところあったんだ」


ジャグジーやサウナもあります、なんて宣伝文句がついてる。

しかも、『会員になると入浴券1枚につき、焼きおにぎり1つ無料』という文字がでかでかと書いてある。

地図を見ると、そんなに遠い場所にあるわけじゃなさそうだった。


雪穂「ていうかお父さん。私の話、聞いてたの?」


通り過ぎようとしたお父さんの肩が跳ねた。

お姉ちゃんそっくりでわかりやすいんだから。


雪穂「……」


行ってみようかな。

あわよくば、趣味になればいいな。

少しだけ夢を膨らませながら、私はチラシを自分の部屋に持ち帰った。

つづく

亜里沙「あっ、雪穂!」

雪穂「えっ、亜里沙もう来てたの?」

亜里沙「早起きしちゃったから」


亜里沙のことだから15分は早く来てる。

だからこっちは20分前に集合場所へ向かおう……なんて思ってたんだけど、やっぱり負けた。


雪穂「亜里沙っていつも早起きだよね」

亜里沙「雪穂と遊べると思うと、すぐ起きられるんだよ」

雪穂「そんなものなの?」

亜里沙「うん、そんなものー」


なんだろう、お姉ちゃんも練習のために早起きするようになったし、亜里沙も早起きしてる。

お父さんもお母さんも仕込みとかお店のことがあるし早起きする。

……や、ヤバイ!

亜里沙「あ、そうだ雪穂」

雪穂「ん? なに?」

亜里沙「最近ね、お菓子を作るのにチャレンジしてるの」

雪穂「おかし……お菓子? 亜里沙が?」


作れるの?

亜里沙ってお菓子とか作れたっけ。

って何? これってまさか――――趣味の話だったりする?


亜里沙「うん、お菓子。最初はクッキーとかが簡単だってお姉ちゃんに教えてもらったんだけど……」

雪穂「クッキー……」


亜里沙がクッキー。

亜里沙ってカワイイし、お菓子作りもできたらモテるだろうなぁ。


亜里沙「完成したらグミになったの」

雪穂「グミ!? なにそれ錬金術!?」

亜里沙「噛んだらぶよぶよしてて……」


すごい。

なんか気になってきた。

雪穂「ねぇ亜里沙」

亜里沙「入れる材料間違えたのかなぁ」

雪穂「亜里沙」

亜里沙「はいっ」

雪穂「それって……趣味?」


普段の私なら、こんなこと聞かないだろう。

でもちょっと気になる。

私も趣味を持とうとしてるから、かもしれない。


亜里沙「趣味……? ううん、特技にしたいの」

雪穂「特技?」

亜里沙「自分で作れたら、アレができるでしょ?」

雪穂「アレ? ……あ、自給自足……は、ちょっと違うかな」

亜里沙「ううん、無人島生活!」


この子はどこへ行く気だろう。

結局その後は、いつもと変わらない休日を過ごすことになった。

いつもと違うことといえば、買い物の内容がお菓子の材料だったことくらい。


雪穂「お菓子かぁ」

亜里沙「雪穂にあげるのは、もう少し上達してからになりそう」

雪穂「ああ、うん」


正直言って、そのぶよぶよしたクッキーが食べてみたいとは言わないでおこう。

本当に何を入れたのやら。


亜里沙「あ、次はどこに行く?」

雪穂「次?」

亜里沙「雪穂の行きたいところでいいよっ」


私の行きたいところ。

ふと、脳裏に温泉のチラシが過った。

雪穂「行きたいところ……って言うほどでもないんだけど」

亜里沙「どこどこ?」


亜里沙が楽しそうに訊ねてくる。

そんな顔されるほどのところじゃないんだけどな……。


雪穂「最近さ、リニューアルオープンした温泉があるのって……知ってる?」

亜里沙「おんせん?」

雪穂「そう。温泉」

亜里沙「温泉……」


ん? おかしい。

亜里沙の反応が薄すぎる気がする。

いつもだったら、もっとこう……温泉! ジャパニーズオンセン! みたいに……いや、これは違うよね。

というか、亜里沙ってそういったレジャー施設みたいなところ好きそうだと思ったんだけど……違った?

いやいや、それは間違ってないはず。

なら、この反応の薄さの理由は――――


亜里沙「雪穂、おんせんって何だっけ?」


やっぱり。

雪穂「銭湯ならわかる?」

亜里沙「バトル?」


違う違う。

って、私も最初はそういう勘違いしたっけ。


雪穂「えっとね……お風呂みたいなものだよ」

亜里沙「おふろ……」


みるみるうちに亜里沙の目が爛々と輝き始めた。

ああ、亜里沙ってすぐこういう顔するよね。

始めて亜里沙にお団子食べさせたときも、こんな顔してたなぁ。



雪穂「行ったことないの?」

亜里沙「旅行でホテルとかに泊まったことはあるけど、おんせんは行ったことない!」


……あ、そうだ。

ちょっとだけ、いい考えが浮かんだ。

雪穂「なんなら……明日行ってみない?」

亜里沙「いいの!?」


亜里沙の持った買い物袋が揺れる。

割れ物、私が持っててよかった。


雪穂「いいよ、私も行ってみたかったし」

亜里沙「写真撮っていいの?」

雪穂「いや、それは……ダメかな?」


盗撮とかと間違われても困るしね。

亜里沙「あ、でも私、お金あんまりないよ……」

雪穂「そんなに高くなかったよ」


チラシに載ってたのを一通り眺めたけど、学生でも気軽に利用できるくらいの値段だったと思う。

無料会員になると半額とかもあったし。

……これだけ覚えてるってことは、私、結構気になってたんだなぁ。


亜里沙「じゃあまた明日、おんせんだね!」

雪穂「うん、そうだね」


少しホッとした。

1人で行くのは、ちょっと勇気がいるような気がして。

雪穂「亜里沙」

亜里沙「なに?」

雪穂「ありがとね」

亜里沙「どういたしまして! ……でも何が?」

雪穂「ナイショ」

亜里沙「えぇー?」


亜里沙が楽しそうでよかった。

明日はしっかり案内してあげよう。




誰よりも温泉を楽しみにしていたのは、実は亜里沙より私の方だったのかもしれない。

その証拠に、私はその日の夜の店番で、お客さんに笑顔を褒められた。

……ちょっと子どもっぽいかな。

お姉ちゃんにも、何かいいことあったのーとか聞かれたし。

わかりやすいのは私も一緒なのかなぁ?

つづく

雪穂「……これでよし」


カバンの中に着替えと使いきり用のトリートメントやタオルを詰め、準備万端。

夜に出歩くわけにもいかないので、今日も昼から遊ぶことになった。

でも遊びに行くのが温泉って、ちょっと変だよね?

まあでも、私も夢中になれるもの、ほしかったし。これでいいの。

いいの。


雪穂「行ってきます!」

穂乃果「いってらっしゃーい」


……あれ?

今、聞こえるはずのない声がしたような――――


雪穂「えっ? お姉ちゃんいたの?」

穂乃果「ひどいよ雪穂! さっきからリビングにいたよぉ!」


全然気が付かなかった。

雪穂「お姉ちゃん、練習は? もうお昼だよ?」

穂乃果「今日はね、練習がお休みの日だよー」


ごろごろと床を転がり始めるお姉ちゃん。

くつろいでるなぁ。

あ、そうだ。お姉ちゃんも一緒に行くか、聞いてみようかな。


穂乃果「こんな日はごろごろするに限るねぇ……」


来てくれなさそう。

ていうかもう半分くらい寝てるし。


雪穂「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね」

穂乃果「いってらっしゃーい。お土産よろしくねー」


お土産って何だろう。

温泉でのお土産と言ったら――――




亜里沙「温泉たまご、温泉まんじゅう!」

雪穂「って、本当にあるの?」

亜里沙「昨日ちゃんと調べたんだよ。あと、温泉の作法も」


果たしてそれはどこの温泉の話なのやら。

亜里沙にお土産の話を振ったら、すぐに食いついてきた。

それにしても亜里沙はマジメだと思う。

予習とか復習をちゃんとこなしてそう。


亜里沙「一礼して二拍手、それから……」


亜里沙。それ、本当に温泉の作法?

亜里沙「湯船に浸かる時は、まず右足から」


えっ、そんなところまで?


亜里沙「水しぶきをあげたり、波を立てないほど点数が高い……」


そういう競技だっけ。


亜里沙「そして一番大事なのが――――


大事なら間違えないでほしいところ。


亜里沙「遊泳禁止」

雪穂「よくできました」

亜里沙「あってた? よかったぁ……」


最後のだけね、とは言わないでおいてあげよう。

亜里沙「温泉ってどこにあるの?」

雪穂「ここからまっすぐ。駅から15分って書いてあったから、ここからだと10分もかからないかな」

亜里沙「10分……」


亜里沙が意味ありげに腕を組み始める。

今度は何が始まるんだろう。

亜里沙はたまに……たまにじゃない。よく突拍子もない行動をとることがある。

そこそこ慣れたとはいえ、まだ何を考えているかはわからない。

亜里沙が今日は何を言い出すか。

それが最近の私の楽しみだったりする。

……あれ、これって趣味?

あれ!? 趣味あるじゃん!


亜里沙「しりとり、しながら行こう!」

雪穂「あ、うん。いいよ」


私のちょっとした動揺を尻目に、亜里沙は相変わらず楽しそうだった。

つづく

雪穂「つくね」

亜里沙「ね……ねんど!」

雪穂「ねぎま」

亜里沙「ま……? マラカス!」

雪穂「すなぎも」

亜里沙「も……も……」

雪穂「はい、3秒経ったよ」

亜里沙「あー! あぁぁ、また負けたぁ……雪穂ってしりとり強いね」


こっちだけ焼き鳥縛りだったのに、何で私が勝ったんだろう。

悔しそうに顔をしかめる亜里沙を見ると、ちょっと笑えてくる。

亜里沙「あ、雪穂。もしかして温泉って……ここのこと?」

雪穂「ん? あ、ここだ」


亜里沙の視線の先には、目的地である温泉があった。

娯楽コーナーの広さと温泉の種類の豊富さが売りなだけあって、店舗はそこそこの大きさだった。

意外とすぐ着いちゃった。

結局、道中のしりとり対決の結果は、私の5連勝で終わった。

2回目から「3秒で答えられなかったら負け」、3回目からは私だけハンデとして、食べ物縛り、動物縛り、焼き鳥縛りと順に追加されていった。

なぜ焼き鳥だったのかは、亜里沙が途中で焼き鳥屋の看板を見かけたからだと思う。

店先に張り出してあったメニュー、覚えておいてよかった。


亜里沙「……思ったより大きい」

雪穂「え? そうなの?」


亜里沙ってば、どんなところを想像してたんだろう。


亜里沙「バスタブがたくさんあるだけなのに、こんなに大きいんだ……」


この子、中に入ったら絶対大騒ぎする。確実に。

亜里沙「こんなに大きいと、ちょっと緊張しちゃう」

雪穂「え? そう?」

亜里沙「うん。だって迷子になりそうで……」


……ありえる。

手をつないでおいた方がいいかも……って、それはそれで変だよね。

まあ、ずっと見てたら大丈夫なはず。

あっ、いや、全然変な意味じゃないよ。ずっと見てるとかそういう――――


亜里沙「雪穂ー? 入るよー?」

雪穂「あっ、ごめん」


もしかして、緊張してるのは私の方なんじゃないかな……。

ねんどの返しでねぎまって雪穂負けてるよ

亜里沙「わ、自動ドア」

雪穂「いやいや、そんなので驚いてたらキリないよ?」

亜里沙「えへへ」


ジャグジーとか見たらすごい反応しそう。

ロッカーとかでもビックリしたり……なんかタイムスリップした子みたい。


亜里沙「ここは前払い?」


人差し指を立てて、首を左に傾ける亜里沙。


亜里沙「それとも後払い?」


今度は右に傾ける。

ちょっとかわいい。


雪穂「券売機で券を買うんだよ。ほら、これで買うの」

亜里沙「あ、これ知ってるよ。牛丼並盛!」

雪穂「ないない」

>>45
あらほんと
訂正


雪穂「つくね」

亜里沙「ねるねるねるね」

雪穂「ねぎま」

亜里沙「ま……? マラカス!」

雪穂「すなぎも」

亜里沙「も……も……」

雪穂「はい、3秒経ったよ」

亜里沙「あー! あぁぁ、また負けたぁ……雪穂ってしりとり強いね」


こっちだけ焼き鳥縛りだったのに、何で私が勝ったんだろう。

悔しそうに顔をしかめる亜里沙を見ると、ちょっと笑えてくる。

雪穂「えっと、学生だから……」

亜里沙「雪穂は何食べるの?」


そんなにお腹すいてるのかな。

食べ物ばっかりでしりとりしてたらそうなるかも。


雪穂「ご飯はあとでね」

亜里沙「うんっ」


会員になればフードコートでも割引してもらえるらしいし、昼食はここにしよう。

今は人が多いし、1時間くらい経てば人も減ってくると思うし。


雪穂「亜里沙、まずは入浴券っていうのを買うの」

亜里沙「え? どれどれ?」

雪穂「あ、あった。この右上のボタンね」

亜里沙「押していいの?」

雪穂「ダメ」

亜里沙「……」


ボタンの前に指を突き出したまま固まる亜里沙。

面白いから少しだけそのまま。

雪穂「押していいよ」

亜里沙「押した!」


押す前に「押した」って言うんだ。

でも押しても券は出てこない。

あれ? 何か間違えた――――って、そうだ。


雪穂「まだお金入れてなかった」

亜里沙「む、無銭飲食……!」


温泉から食い逃げが出るなんて、警察もビックリすると思う。



その後、会員登録の手続を済ませる間に亜里沙が迷子になったり、亜里沙が卓球台に釘づけになったり。

挙句の果てにはマッサージチェアで亜里沙が寝たりしたけど、ようやく脱衣所にたどりついた。

……いい汗かいた、と思うことにする。

つづく

雪穂「亜里沙、いい? 大きな声を出しちゃダメだからね?」

亜里沙「うん」


本当に大丈夫なのかな。

そそくさと衣服をロッカーに詰め込んだ亜里沙の挙動を見るに、かなり楽しみにしているようだった。

しかもバスタブが詰め込まれていると思っているらしいし、ドアを開けた途端に叫んだりしそうで――――


雪穂「あと、走っちゃダメだよ?」

亜里沙「……雪穂ぉ」

雪穂「ん?」

亜里沙「子ども扱いしすぎ」

雪穂「うっ」


た、確かにそうかも。

いくら亜里沙がはしゃいでると言ったって、そんな非常識な行動はしないはず。

うん。そうだよね。

よし、信じた。

雪穂「じゃあ行くよ」

亜里沙「はーい」


と、亜里沙にばっかり注意していたものの、私も楽しみだった。

この温泉は、サウナも露天風呂もあるらしく、評判は結構いい。

わくわく……なんちゃって。


亜里沙「あれ? ドア開かないよ?」

雪穂「それ、引き戸だよ」

亜里沙「おぉ」


やや脱力するやりとりを終えた後、亜里沙はしっかりと戸を引いた。

その先に見えたのは――――


雪穂「わっ、すごい湯気」


まだ何も見えなかった。

亜里沙「……ん? あれ?」

雪穂「……お」


段々と湯気が晴れていく中、亜里沙が首を傾げた。


亜里沙「……!」


あ、気付いた。

もちろん、そこに見えるのはバスタブなんかじゃない。

薄い色をした木が張られた床と壁。

数多く並ぶシャワーと蛇口と鏡。

石のようなタイルで囲われた風呂釜。


雪穂「おー……」


なんて言うか……いい感じ?

予想通り、「ザ・温泉」って感じがする。

あれ。ジ・温泉? まあどっちでもいいか。

亜里沙「……」


私の隣に魂の抜けた友人が一人。

石になったみたいに動かない。

まあ私も、亜里沙と同じ立場ならこうなってると思う。


雪穂「どう? 驚いた?」

亜里沙「ハラショー……」

雪穂「え? 何?」

亜里沙「カメラ、持ってくればよかった……」


それはやめようね。

曇るし。捕まるし。

亜里沙「まずは、かけ湯」

雪穂「うん」

亜里沙「かけていいお湯の量は1リットルまで」

雪穂「別に決まってないよ」


何かにつけて規定を決めたがる亜里沙。

1リットルって……足りるのかな。

え? この桶1杯分でどのくらいだろう。


亜里沙「あ、ここ人が少ない」

雪穂「えっ、ちょっ――――


桶に気を取られた隙に、亜里沙が単独行動を始めてしまう。

人が少ないって、それってどういう――――って、それ水風呂!


亜里沙「うわぇっ」


つま先を浸けた亜里沙が悲鳴のような声をあげる。

よかった。飛びこまなくて。

雪穂「大丈夫?」

亜里沙「裏切られた……」


そうだね。

そうやって人は成長するんだろうね。


雪穂「先に髪とか洗っちゃおうか」

亜里沙「うん。がんばる」

雪穂「その意気だよ」


少し困惑気味の亜里沙を連れ、洗い場に到着する。

かける言葉が見つからない私も、変な答えを返してる気がする。

その意気ってなんだろう。

亜里沙「雪穂、これはどう使うの?」

雪穂「ああ、シャワー? これはボタンを押すと、しばらくお湯が出てくるんだよ」

亜里沙「しばらく?」

雪穂「うん。しばらくすると止まっちゃうから」

亜里沙「へぇー。なんで途中で止まるんだろう……」


私も小さい頃、そんな風に思った。

懐かしいなぁ……。

そうだ。どうせ使うんだし、いっぱい押しておこう。

昔もこんな風に、しばらく出続けるようにボタンを連打してたっけ――――


亜里沙「うわー!?」


すると突然、隣から悲鳴が聞こえてきた。

雪穂「え? 亜里沙!?」

亜里沙「急にお湯が……まだボタン押してないのに」

雪穂「えっ」


すぐ横にいたのは、ずぶ濡れの亜里沙。

え? ボタン押してないのに出てくる?

そんなことってありえるの?

……って、私の方にお湯が出てないのって――――


雪穂「あ」


見上げると、私の使うはずのシャワーヘッドが亜里沙の方に傾いていた。


雪穂「ごめん亜里沙……」

亜里沙「?」


この温泉の洗礼は、妙に亜里沙に厳しかった。

つづく

雪穂「ふー……」

亜里沙「はらしょー……」


やることを一通り終えて、ようやく湯船に浸かる。

久しぶりに亜里沙の「ハラショー」を聞いた。

なんて意味だっけ?


亜里沙「ばばんばんばばん」

雪穂「え? 何それ」

亜里沙「お風呂に入ったら歌うんでしょ?」

亜里沙「ばばんばんばばん」


亜里沙、それじゃターミネーターだよ。

亜里沙「んー……違うような気がする」


お、気付いたかな?


亜里沙「ばばん……ばばん?」

亜里沙「ばん……」


それにしても気持ちいいなぁ。

来てよかったかも。

人もそんなに多くないし、ちょっとだけ足を伸ばしてみる。


亜里沙「ばばんばばんばんばん」

雪穂「あ、それだ」

亜里沙「ほんと!?」

雪穂「うん」

亜里沙「ばんばばばんばん!」


ちがう。

雪穂「歌なんて気にしなくていいんだよ?」

亜里沙「ううん、温泉に入るんだから!」


そんなルールはないんだけどなぁ。

まあ、亜里沙の好きにさせてあげよう。


亜里沙「ばばんばばんばんばん」

亜里沙「……よし」


なるほど。もうリズムはつかめたらしい。

さすがはアイドルの妹……って、それは私もだ。

なんとなく面白そうだし、ちょっとくらいは助言してあげようかな。


雪穂「あとは音程だけだよ」

亜里沙「うん……音程がわからなくて……」


そんなに深刻そうな顔をされても。

亜里沙「あっ、雪穂は歌えるの?」

雪穂「えっ」


突然の質問に怯んでしまう。

ああ、うん。

わかるよ。この先の展開が。


雪穂「えっとねぇ……」

亜里沙「うんうん」


期待に胸を躍らせる亜里沙。

うん、あのね亜里沙。人前で歌うのって、そこそこ勇気のいることなんだよ?

いくら人が少ないからって言って、そう簡単にできることじゃ――――


亜里沙「そっか、雪穂も歌えないんだ……」

雪穂「……一応、歌えないこともないけど」

亜里沙「えっ! すごい!」


私って、自分で思ってる以上に亜里沙に甘いのかも。

亜里沙「じゃあ歌って!」

雪穂「……それはその」


ちょっとどころじゃなく、結構恥ずかしいと思う。

さっきまでお風呂でのんびりしてたのに、変に緊張してきちゃった。



――――もしかして、お姉ちゃんもこんな風に思うことってあるのかな。



亜里沙「雪穂?」

雪穂「えっ? あ、ごめん」


亜里沙の言葉で、はっと我に返る。

一瞬だけ変なことを考えてた。

……お姉ちゃんって、そんな性格じゃないもんね。うん。

昔からお風呂に入ったら歌ってたし。

……そうだよね。

雪穂「……」

亜里沙「……」


少しだけ沈黙が流れる。

水の音や、ドアを開閉する音が反響するのだけが聞こえてくる。

なぜか亜里沙は、私の方をじっと見つめたままだった。


――――でも、お姉ちゃんだって人並みに緊張するよね。


静かになったせいで、またそんなことを考えた。

まあ、普通は緊張したりするのが当たり前。

でもライブとかでしっかり歌っているのは、慣れてるからなのかな。


――――緊張とかより、楽しいって思ってるからなのかな。

亜里沙「雪穂、悩んでるみたい」

雪穂「!」


にぶちんの亜里沙にそんなことを言われる。

普段は鈍いのに、こういう時は鋭い。


雪穂「ううん、大したことじゃないよ。ただ――――


ただ、何だろう。

その答えを閃く前に、私の口は勝手に動いた。




雪穂「夢中になれるものがあるって、いいな……って」


あれ。

これじゃ私、本当に悩んでるみたいだ。

違うの。そうじゃなくて……なんて言うか……。


亜里沙「あ!」

雪穂「え?」

亜里沙「雪穂も高校デビュー、するの?」


えっ、何それ。

ていうか雪穂「も」って、どういう意味?

それより高校デビューって……何?

つづく

亜里沙「雪穂もするんだー……おそろいだねっ」

雪穂「ちょっと待って」

亜里沙「え?」


この子の言うことだ。きっと誤用に違いない。

そもそも高校デビューってどういう意味だっけ?

高校生になるから、新しいことを始めようとかそういう感じのやつだよね?

いや、私、特に何も始めようとは――――


雪穂「……してるじゃん」


湯船に映った自分の表情は、少しだけぎこちないように見えた。

亜里沙「あれ? してないの?」

亜里沙「雪穂も新しいこと、しようとしてない?」

雪穂「あ、うん。してる……ね、うん」


私の歯切れの悪い返答に、亜里沙は少し不思議そうに微笑む。

私のやろうとしてること、高校デビューだったってこと?

でも、温泉だよ? なんか違うような気がする。

亜里沙から目をそらし、湯船の自分に問いかける。


――――私は何をしたいの?

なんで趣味なんて、持とうと思ったの?

割と普段から、私は周りに合わせるタイプだ。

と言っても、そこまで流されやすいわけでもなく、きちんと自分の意見は持ってるつもり。

なのに何でだろう。私はただ、お姉ちゃんの問いかけひとつで趣味を持ちたくなった。

いつもなら、「私にはなくてもいいや」なんて思えたはずなのに。


亜里沙「雪穂、あのね」


人が段々と減っていくせいか、亜里沙の声が自然と耳に入る。


亜里沙「ナイショの話、してもいい?」


湯船に浮かんだ隣の亜里沙は、どこか寂しげな顔をしていた。

亜里沙「お姉ちゃんはね、最近μ'sの活動に夢中なの」

亜里沙「だからあんまり、私とは遊んでくれないんだー」


亜里沙は手を動かし、ぱしゃぱしゃと水面を叩く。


雪穂「私のお姉ちゃんも、一緒だよ」


私もその真似をして、一緒になって水面を叩いた。

映っていた自分の表情が、ゆらゆらと揺らいで見えなくなった。

亜里沙「雪穂も、遊んでもらえなくて寂しい?」

雪穂「それはどうかなぁ。遊んであげてるのは、いつも私の方だし」


なんちゃって。

こんな風に言ってはみたけど、本当はわかってるんだ。

お姉ちゃん、私が寂しがってるときはすぐに遊んでもらいたがるんだよね。


亜里沙「ふふ」

雪穂「どうしたの?」

亜里沙「雪穂って、穂乃果さんと仲良しだね」

雪穂「って、亜里沙も人のこと言えないでしょ」


そんな風に、仲がいいとか言われるのは慣れてない。

私は、つい恥ずかしくて誤魔化した自分に、もっと恥ずかしくなった。

雪穂「それで、続きは?」

亜里沙「うん……それでね、私、ちょっとうらやましかったんだ」

亜里沙「……っ」


急に声が聞こえなくなる。

え? 何かあったの?

もしかして、泣いてたり――――


亜里沙「へくしゅっ」

雪穂「……あら、湯冷め?」

亜里沙「サメ?」


だよね。知ってた。

亜里沙ってそんな風に泣かないもんね。うん。

内心、かなり焦ってたのはナイショ。

雪穂「話の続き、お風呂あがってからにする?」

亜里沙「あ、露天風呂行ってみたい!」

雪穂「ん。今なら誰もいないみたいだし、そうしよっか」


話の腰は折れたものの、まだまだ亜里沙は話したいみたい。

私も続きが気になるし、きちんと温まってからお風呂をあがってもらいたい。

気付けば人も、私たち以外は誰もいなくなっていた。


雪穂「ふやける前には、お風呂あがろうね」

亜里沙「ふやけたら身長伸びるかなぁ」


それはちょっと興味あるかも。

亜里沙「では行きます」

雪穂「どうぞ」


手すりを持ちながら、やけに慎重に湯船に浸かりに行く亜里沙。

なんでだろう。

あ、ちゃんと入り切った。


亜里沙「ほわー……」


最初に聞こえたのは、おばあさんみたいな声じゃなくて、妖精みたいな声だった。

亜里沙らしいといえば、亜里沙らしいかな。

私も入ろう。

雪穂「露天風呂、どうですか?」

亜里沙「んー? ああ、ええっと……」


さて、亜里沙はなんて言うかな?


亜里沙「外なのにお湯がぬるくなくて、びっくりした」


ああ。だからゆっくり浸かってたんだ。

水風呂の洗礼は、随分とためになったらしい。


雪穂「それじゃ、続きを聞こうかな」

亜里沙「いーい湯ーだーなー」


歌えるじゃん!

って、そっちの続きじゃないよ、亜里沙。

雪穂「ほら、さっきの話の続き」

亜里沙「あ、そうそう。忘れてないよ」


本当に大丈夫かなぁ。


亜里沙「えっとね……ああ。お姉ちゃんが遊んでくれなくて寂しいの」


よかった。

大丈夫そう。

亜里沙が真剣な表情になったのを見て、私は外の景色に視線をずらした。


亜里沙「でもね。それ以上に、すごくうれしい」


しかし、視線を引き戻された。

うれしい? 何で?

亜里沙は真剣な目をしていた。

亜里沙「お姉ちゃん、やりたいことが見つかってよかったなぁ、って」

亜里沙「楽しそうで、よかったなぁ……って」

雪穂「そうなの? でも、亜里沙は寂しいんじゃないの?」

亜里沙「え?」


きょとんとした顔で私を見る亜里沙。

いやいや、亜里沙が言ったんだよ?


亜里沙「雪穂は、そう思わないの? 穂乃果さんが夢中になれるものがあっていいなぁ、って」

雪穂「それは――――思う、かな」


たぶん、そう思う。

夢中になって打ち込めるものがあるのは、正直に言うとすごく素敵だと思う。

い、いや。寂しいとかじゃなくて……。

亜里沙「それでね、私、それがうらやましかったから、お菓子作りを始めたの」

雪穂「……え?」


途端に話題が変わった。

いや、変わってない……?


亜里沙「夢中になれるもの、何か見つけたくて」

雪穂「夢中に……」


――――私と一緒だ。

……ん? 一緒?


雪穂「……えっ、いやっ。そういうわけじゃ――――


うん、まずは冷静になろう。

確かに私は、お姉ちゃんがアイドルに夢中でうらやましいなー、なんて思ったこともあった気がする。

お姉ちゃんに相手してもらえなくて、寂しいと感じたこともある……と思う。

だから私は――――


雪穂「お姉ちゃんみたいに、なりたかった?」


何かに夢中になって、輝いているお姉ちゃんみたいに。

……。

…………。

そんなことはない、はず。

……とも言い切れない。

たぶん、そんな気持ちは20パーセントくらいはあったかもしれない。

30パーセントかもしれない。

多く見積もっても、せいぜい40パーセントくらい。

……。

十分憧れてるじゃん……私……。

雪穂「……亜里沙」

亜里沙「はい」

雪穂「今日の帰り、パフェでも食べに行こう」

亜里沙「パフェ!」


うん。

ちょっと今日だけは、自分にご褒美をあげよう。

それで、お姉ちゃんにお土産も買って行こう。


やり場のない恥ずかしい気持ちを抑えきれずに、私はゆっくりと湯船に沈んでいった。

つづく

雪穂「ただいま」

穂乃果「おかえりー」


家に戻るとお姉ちゃんが店番をしていた。

にこにこ笑いながら、私におかえりと言ってくれる。


雪穂「これ、お土産。お父さんとお母さんにも渡しといて」

穂乃果「うん、わかっ……ええっ!? ケーキ!?」

穂乃果「ゆ、雪穂。どうしたの? 頭打ったりした?」


はい、お姉ちゃんの分は没収。

穂乃果「ご、ごめんなさい」

雪穂「よろしい」


お姉ちゃんはちょっとだけ涙目になりながら、私が取り上げたケーキを抱えた。

もう、素直に受け取ればいいのに。

なんて、素直じゃない私が言ってみる。


穂乃果「じゃあこれ、冷蔵庫に入れてくるね。その間、店番頼んでもいい?」

雪穂「いいよ」

穂乃果「ありがと!」


軽やかな足取りで冷蔵庫へ向かうお姉ちゃん。

やっぱり買ってきてよかった。

雪穂「……はぁ」


お姉ちゃんが戻ってくるまで、私はカウンターの裏へと回った。

感じたのは、いつもと違う雰囲気。

私にとっては、特に何も感じないこの場所も、お姉ちゃんが見たら違う景色に見えるのだろうか。

よくわからない。

でもお姉ちゃん、最近は「世界のなにもかも輝いて見える」って感じで楽しそう。

……本気で打ち込めるものがあってこそ、だったりするんだろうなぁ。

穂乃果「入れてきたよー」


ぱたぱたと慌ただしい足音を立てながら帰ってくるお姉ちゃん。

足音でわかっちゃうのもなんだかなー。


穂乃果「今日はお客さんたくさん来たんだよ」

雪穂「へぇ、そうなんだ」


さりげなく私の隣に立つお姉ちゃん。

話を遮って部屋に戻るつもりもないので、私は近くの棚に荷物を置いた。

着替えとか入ってるから、少し大きめの鞄だしね。置かないと疲れちゃう。


穂乃果「……って、雪穂、服変わってない?」

雪穂「ううん」

穂乃果「そっかー」


別に隠さなくてもいいんだけど、なんとなくバレたくはない。

女の子ってそういうものだからね。うんうん。

穂乃果「それでねそれでね――――」

雪穂「うん」


お姉ちゃんの「それでね」は、話が長引く合図だ。

いつもなら雑誌を読みながら聞いたりするんだけど、今日は何故か普通に耳を傾けてしまった。

なんでだろう。

いや、自分でもわかってるんだけどね。

自分の中でも建前を忘れない私って、なんだか不器用だよね。

穂乃果「そうそう、次の曲は明るくて楽しい曲がいいと思うんだ」

穂乃果「みんなでぱーっと盛り上がって、お客さんもわーってなる感じの!」

雪穂「あはは、よくわかんない」

穂乃果「そう?」


……そういえばお姉ちゃん、前より真剣な表情することが増えたかも。

今もこうしてスクールアイドルの話とかをしてくれるけど、なんて言うか真剣みが増えたというか。

ちょっと前だと「何ができるようになった」とか「何が完成した」とかいうことばかりだったのに。

今はもう、「何を目標にする」とか「何でお客さんを盛り上げるか」とかばっかり。

それはすごいこと。素直にそう思う。

でも言わない。

恥ずかしいから。

穂乃果「そのためには、もっともっと頑張らないと」

雪穂「頑張ってね。応援してる」

穂乃果「うん、がんばる!」


お姉ちゃん、楽しそうだなぁ。

趣味っていうより、むしろ本職? いや、天職かも。

まあ、こんなお姉ちゃんを見てる私も、結構楽しかったりする。

話を聞くのは面白いし、時にはアドバイスもしてあげられる。

そんな現状が、私は――――


あ。

雪穂「お姉ちゃん」

穂乃果「え? なに?」

雪穂「私の趣味、あった」

穂乃果「あった? あったって何? んん?」


気付いてなかった。

そうだ、これ、趣味じゃん。


穂乃果「趣味って忘れるものだっけ……」

雪穂「さあ?」


盲点だった。

今日、亜里沙と話してなかったら、ずっと気が付けなかっただろう。

穂乃果「じゃあ教えてよ。雪穂の趣味」

雪穂「やだ」

穂乃果「えー!?」

雪穂「私、ちょっと用事あるから。もう部屋に戻るね」

穂乃果「ええっ!?」


お姉ちゃんを置いてけぼりにして、鞄を持って、私は急いで自分の部屋に向かった。

ぱたぱたと慌ただしく、軽やかな足取りで。


雪穂「ふふっ」


温泉も楽しかったけど、やっぱり私の趣味はこれなんだ。

これなら、心から打ちこめる。

雪穂「おねえちゃーん!」

穂乃果「はーい!」


私は、わざわざ距離とってから言うことにした。

直接言うのは恥ずかしいから。

きっとそれだけ。

ううん、それだけじゃない。

でも、今はその単純な理由に甘えよう。


雪穂「私の趣味はね――――





ちょっと恥ずかしくなった。

雪穂「やっぱり内緒!」

穂乃果「えー!?」


ああ、ダメだった。

なんて言うかその……うん。

きっと3年後くらいには、素直に話せるようになるんじゃないかな。

たぶん。



……やっぱり言わないかも。

だってさ、恥ずかしいじゃん。



「お姉ちゃんのファンでいることが、私の趣味だよ」、だなんて。





……えへへ。



自分でもびっくりするくらいの微笑みを、お父さんとお母さんに見られているのに気付くまで、それほど時間はかからなかった。


おわり

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月08日 (水) 22:20:11   ID: g1kbpsgG

春夏秋冬シリーズという作者に忘れられた存在

2 :  SS好きの774さん   2015年05月08日 (金) 15:16:55   ID: PnEhK8L9

素晴らしかったです
海水浴はやく見たいな(笑)

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