【モバマス】楊菲菲「春宵一刻値千金」 (8)

※登場キャラ 楊菲菲とPのみ



※楊菲菲
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●01 【士為知己者死 女為説己者容】


ジャジャーン! ふぇいふぇいダヨー!
ふぇいふぇいは香港から来てて、日本の学校に通ってるんだケド、
実はアイドルでもあるんダヨー!

アイドルはとっても忙しいケド、アイドルは昔からの憧れだったし、
仕事でいろんなコト教えてもらったり、周りもみんないいヒトだから、毎日楽しいヨー!



「なぁ、ふぇいふぇい」
「プロデューサーさん、どしたヨー?」

ワタシと一緒に仕事をしてくれるプロデューサーさんは、
いっつもよく笑ってくれる、笑顔のステキなヒトなんダヨー。
だからワタシのほかのアイドルも、楽しく仕事をしてるネー。

まぁ……それでも、お仕事うまく行ったときの笑顔が一番ネ。
失敗したり落ち込んでて、慰めてくれるときの笑顔は、
プロデューサーさんが気にするな、って言ってくれてても、ちょっと申し訳ないと思っちゃうカラ。

というのも、ネ……。



「ふぇいふぇいよ。中国には、
『士為知己者死(男は自分を理解してくれる人のために命を懸けるもの)
 女為説己者容(女は自分を愛してくれる人のために身を飾るもの)』
 って言葉があるらしいな」
「そうダヨー! 日本でも有名ネー」

みんなの前では、ニコニコして、鼻歌交じりなプロデューサーさんも、
ホントはワタシたちに負けないくらい……もしかするとワタシたちよりも、
もっと真剣に仕事やってるんダヨー。

「こういう言葉を考えると、アイドルの仕事って命懸けなんだな、と思えてさ」

そういうトコロを、チラっと見ちゃったりすると、
ワタシも何だか胸がドキドキしちゃうんダヨー。



「まー、それも程度があるデス。そのコトバを残したヒトだって、
『范・中行氏皆衆人遇我、我故衆人報之(人並みの扱いなら人並みに報いて)
 至於智伯、國士遇我、我故國士報之(大恩には大恩にふさわしく報いる)』
 ってすぐあとに言ってるヨー」

たまにネ、そういう顔見せるノ。
プロデューサーさんは、ズルいと思うナー。

「じゃあ俺も、もっとしっかり働いて、ふぇいふぇいたちにいい仕事持ってきて、
 アイドルとしてもっと立派になってもらわないとなー」



ネー、プロデューサーさん。
私がどのぐらい一生懸命アイドルやったら……

プロデューサーさんはふぇいふぇいのために、命を懸けてくれるのカナ?


●02 【掌上明珠】


ハイハーイ! 今日はふぇいふぇい一日中お仕事の日ダヨー。
しかも何と! プロデューサーさんがずっと付き添ってくれるって話だカラ、
朝から楽しみで楽しみでしょうがなくて、仕事前からばっちりキメちゃったネー!

「今日は、まず昼は……手作りアクセサリーを作らせる工房でのお仕事だな。
 なんでも、ヒスイとかメノウとか、そういうオリエンタルな宝石を素材にするのが売りの店らしい」
「ヒスイ、ネー。香港では街中でいっぱい売られてる感じだけど、日本ではドウ?」

そういえば、コッチに来てからあんまりヒスイの小物とか見ないネー。
もしかして、日本じゃヒスイって採れないのカナ?

「まー日本では限られてるんじゃないか? 俺、ヒスイは北陸土産ってイメージしかない。
 今までアクセっていうと、西洋的なモノが主流だったけど、だからこそヒスイとか物珍しいのかな」
「あと、手作りってのも女の子のココロをくすぐるネー!」

自分の作ったモノは、自分で持つのも、人にあげるのも特別な感じがするヨ。
特に、人にあげて喜んでもらえるのは、スゴく嬉しいヨー。

ワタシがプロデューサーさんに作ってあげるのはだいたい料理だけど、
今日お仕事でアクセサリーを作るらしいから、
ふぇいふぇい頑張って作って、プロデューサーさんに受け取ってもらえたらいいナー。



で、ネ。
お昼過ぎまでかかって、3時のおやつも過ぎて、
やっとヒスイ玉を連ねたブレスレットが一つできたヨー……。

「お、お疲れふぇいふぇい……なんか、途中からガガガガとかギュイイインとか、
 ずいぶん男らしい作業音が混じってたような気がするんだが……」
「あー、それはネ……」

何でも、お手軽なプランだったら、ビーズのようにヒスイ玉を紐に通すだけ、というのもあるらしいケド、
本格的にヒスイを磨いてアクセサリーをつくる、ってコースもあるらしくてネ。

ほらワタシお仕事で来てるじゃないデスか。
だから、電動工具とか使うのにもチャレンジ! しちゃおうカナーなんて。

「おかげでたいへんだったヨー。だから、ハイこれ、プロデューサーさんにネ!」



そう言って、ワタシ渾身のブレスレットをプロデューサーさんに差し出すと、
プロデューサーさんは意外そうな顔をしたネ。

「アクセサリーだったら、ふぇいふぇいみたいに女の子がつけたほうが似合うんじゃないか?」
「んんー、コレは特別ネ! プロデューサーさんにあげようと思ってつくったカラ」

普段ネ、ふぇいふぇいもプロデューサーさんにお礼の印とかで料理つくってあげたりするケド、
料理って食べちゃったあとは、形に残らないんだヨー。

で、プロデューサーさんってけっこうマジメなところがあるから、
アイドルたちからのプレゼントって受け取らないんだよネ。

「ネーネー、お願いプロデューサー! ホラホラホラー!」

ワタシがプロデューサーさんの手のひらにブレスレットをムリヤリ押し付けると、
プロデューサーさんはとっさにヒスイ玉とワタシの指をぎゅっと握ったんダヨー。

「お、おう、分かったから……ちょっと俺の手には小さい気もするが」



ワタシが手を離すと、プロデューサーさんの手のなかで、
ワタシが作ったブレスレットがまたぎゅっと握られたネー。

「どうした? ふぇいふぇい。なんか顔が赤いぞ」
「ト、とにかくソレ、ふぇいふぇいだと大事にしてネ!
 ずっと持っててくれなきゃダメ! ダヨ!」



……まったく、プロデューサーさんったら気づいてないのカナ……。
でも、もし気づかれてたら、ふぇいふぇいは……アーもうどうにかしてヨー!

●03 【雲雨巫山】


「アレ? もうこんな時間になっちゃったノ? まだ明るいケド……」
「春が近づいてくると、どんどん日が長くなってくるからな。
 2月ぐらいじゃ、この時間はだいぶ薄暗くなってヘッドライトつけてたのに」

アクセサリー工房を出て、次の現場までプロデューサーさんのクルマで移動ダヨー。
普段はほかの子たちもいるから、なかなか座れないナビシートも、
今のワタシならすーっと座れちゃうネー。何だか特別な気分がするヨ♪

「んー、なんだか雲がでてきたみたいヨー。次のお仕事は外だよネ。大丈夫?」
「天気予報では晴れだったんだが、春の空は気まぐれだから読めんよ」

ワタシがシートに座って、プロデューサーさんがクルマを出したら、
そのホンの少しあと、フロントガラスにぽつぽつ雨粒が見えた。

「……まぁ、ふぇいふぇい、次の現場までしばらくあるから……。
 さっきはアクセ作りで午前中から頑張ってて疲れただろう? 寝てていいぞ」
「えーそんなノって、プロデューサーさんだってほかのヒトと連絡とったりとかしてて、
 仕事してたんでショ? ふぇいふぇいがマシン使うのに気づかなかったぐらいネ」
「うっ……」

プロデューサーさんは、今日一日ふぇいふぇいの付き添いといっても、
アイドルをたくさん受け持ってるから、ほかの子のレッスンの様子確かめたり、
仕事の書類読んだり、いろいろやることがあるんだよネー……。

そうは言っても、ワタシもギュンギュンガンガン機械使うなんて慣れないコトやってたカラ、
クルマのちょうどいい揺れとかもあって、だんだん眠くなっちゃって……



~~~~~~~~~~



アレ? プロデューサーさんどーしたヨー。
そんなじーっとふぇいふぇい眺めてて。ワタシの顔に何かついてるカナ?

え、ちょっと、その、いきなりそんな近づかれたら……あっあの、どうかしたカナ?
顔が赤い? 何言ってるのよモー、ふぇいふぇいは紅顔の美少女なんだからネ!

って、わっ! そんなぎゅってされたら、ふぇいふぇい実はドキドキしてるのがバレちゃ……
い、いや何でも、ナンデモないネー? あ、あれ、あっ、そんなトコ触っちゃ……!

別に、イヤじゃ、イヤじゃないケド、ホラ、モノには順序ってものがあるでショ?

アッ、ダメ、ダメだヨ……そんなの、まだ、ふぇいふぇいココロの準備が……っ



~~~~~~~~~~



「――い、おーい、ふぇいふぇーい、ふぇいふぇーいっ」
「ンあああっ! ぷ、プロデューサーサンじゃないデスカっ? ドーシタノー?」
「……落ち着け。次の現場についた、ってだけだ」

ワタシがフッと目を覚ますと、プロデューサーさんが……顔っ、カオが近いネっ!

「う、ううっ……は、ハズかしいネっ」
「あ、ごめん。アイドルの寝起き顔をじろじろ見るなんて、すまなかった」
「イヤ……べ、べつに、いいケド……起こしてくれて、アリガト……」

ワタシはプロデューサーさんの顔が見れなくて、つい目で顔を隠しちゃったら、
プロデューサーさんはしまったっ! って素振りだったネー。

ホントは、ふぇいふぇいが勝手に恥ずかしがってたんだケド……。

クルマのフロントガラスを見上げると、雨は降ってるんだか降ってないんだか、
端っこの方に弾けて押し退けられた雫が残ってたダケ。

「……何か飲み物でも買ってくるか?」
「そ、そうネ。せっかくだから、お願いしようカナー……」

外の雨でしっとり濡れた地面とか見ると、
自分が見てたユメをお空に見透かされたみたいで、
なかなかクルマから出られなかったヨー。


●04 【落花流水】

次にふぇいふぇいたちが向かったのは、トーキョーのど真ん中に造られた日本庭園ネ。
ここはサクラがキレイに見えることで有名だから、
この時期になると撮影とかでも予定がぎゅうぎゅうに詰まってしまうらしいノ。

「雨上がりにライトアップされた黄昏の桜、というのも乙なものだなぁ」
「プロデューサーさん……こんなステキなところ、撮影に使ってもいいノ?」

ワタシはこの間お茶を勉強したときに、少し日本庭園のコトも教えてもらったけど、
ここはたくさん並んだサクラの木の間に、石で形を整えた池を構えていて、
人間の手が入ってるのを隠しているような、草木と水と石の庭だったネー。

「俺は中国庭園のこととかサッパリ分からないけど、
 西洋式庭園みたいにきっちり植物の形を整えたりするのか?」
「まぁ場合によりけりネー。珍しいカタチの岩をどーんと置いたりするヨー」



この庭園はすっごく有名で、
やっぱりプロデューサーさんはかなりムリして予定いれてたようで、撮影は慌ただしかったナー。

せっかく頑張って取った場所なら、もうちょっとヤマトナデシコ?
みたいなアイドルのほうが似合ったんじゃないの? と言ったら、プロデューサーさんは、

「ふぇいふぇいみたいに異国情緒のある子が、いかにも日本ってところに映ってもらうと、
 それはそれで別の味が出るもんだよ。ま、ほかのアイドルから羨ましがられるかもな」

とか言われちゃったヨー。



「さっきのしとしと雨のせいで、ちょっと花びらが落ちちゃってるな。
 桜花は、春風に吹かれてひらひら散っていくのが一番美しい、とか言われるが、
 風に散りぬべきときを待たずして、落ちちゃったか」

プロデューサーさんが、庭園の池の水面に浮かんでいる薄紅の花びらを見ながら、
ほとんど聞こえない大きさの声でつぶやいてたネ……。

たぶん、プロデューサーさんのコトだから、もっともっと咲いていられたハズの子たちが、
いろいろあってアイドルを辞めちゃったりしたのを、一足早く散った花びらで思い出したんダヨ……。

「ふぇいふぇいは、水に浮かぶ花、どっちかといえばスキだけど……そうだネ!
 もしプロデューサーさんがサクラみたいに散っちゃったら、ふぇいふぇいの水に身を任せるんだヨー」
「落花流水? って、この水は池だから、流れてないじゃないか」
「イーんダヨー。水が流れちゃったら、それで終わりなんだカラ!」



水はどこかへ流れてくものだから、不自然かもしれないケド……。
でも、プロデューサーさんが落花で、ふぇいふぇいが流水なら、
いつまでも水面にプロデューサーさんを浮かべていたいものネー。

●05 【春宵一刻値千金】



庭園でのお仕事を終えると、ワタシはプロデューサーさんのクルマに乗って、
プロダクションの事務所まで送って行ってもらった。

プロデューサーさんは『寮まで送って行く』って言ってたけど、
ワタシは『ちょっと歩きたい気分だから結構ネ。でも、できれば付き合って欲しいノ……』
と断って、事務所でクルマを降りた。

まぁプロデューサーさんは、
こんな暗くなった時間に一人でふぇいふぇいを歩かせる人じゃないから、
寮まではしっかり送ってもらうんだけどネー。



「この道の並木も、桜だったら見るからに春らしいんだが……銀杏じゃなあ。
 春に何もないどころか、秋は強烈に臭いし」
「そんなコト言うの良くないヨ。これはこれでいい雰囲気ネー」

すっかり日が落ちても、あたりの店の明かりや人通りで騒がしい道の中を、
ワタシとプロデューサーさんは並んで歩く。事務所と寮の距離は、歩いて10分ぐらい。
何でも、土地の都合であまり近くには建てられなかったそうネ。

「そうだな。今をときめくアイドル・ふぇいふぇいと二人きりで散歩してりゃ、
 雨でじっとり湿った銀杏並木もキラキラして見えるもんだ」
「またー、そんなコト言っちゃって調子いいんだカラ!」



事務所に遅刻しそうなときの道程は、あんなに長いのに、
こうしてプロデューサーさんと帰り道を歩いていると、
どれだけゆっくり歩こうとしても、もうこんなところまで来たノ? なんて思っちゃうヨ。

いや、むしろ今日一日ずっとそんな感じだったネ。
プロデューサーさんといると、時間があっという間に過ぎちゃって困るヨー。



「ネ、プロデューサーさん」

今、プロデューサーさんと歩いている東京のビル街は、
香り高い花も無いし、月も摩天楼に隠れて見えない。
相変わらず、静けさとは無縁の町並みだけど――

「『春宵一刻値千金』って、知ってル?」
「……まぁ、聞いたことぐらいは」

――それでも、今ここでプロデューサーさんと並んで歩く時は、値千金でも足らないぐらいだヨ。

「ふぇいふぇいはさすがだなー。俺にもそのぐらい春の趣を汲む教養と感性がありゃ、
 気の利いた詩歌の一首ぐらい、口から出るんだろうけど」

……あー、分かんなかったカー。
春宵一刻値千金って、どっちかって言うと本当の意味は――



「分からないなら、ムリにキョロキョロするコトないネー。
 その代わりコッチを向くのネ、プロデューサーさんっ」
「はいはい、詩的感性が鈍くて悪かったなー」

――ま、そういう細かいコト、今はいいカナ。
値千金のこの瞬間、プロデューサーさんを独り占めして過ごしていると思えば……ネ。


(おしまい)


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