好きな海未への甘え方 (42)

えりうみです。
甘えたい絵里ちゃんと甘えてほしい海未ちゃんのお話。
絵里→就活中
海未→大学生
という設定で書いています。

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カチャリという家の鍵が開けられる音がして急いで玄関口に向かうと、丁度私が足を止めた瞬間にドアが開き、パンツスーツ姿の疲れきった顔をした恋人が入ってきました。

「ただいま……」

「おかえりなさい、絵里」

家に入るなり、絵里は鞄を受け取ろうとした私の首にもたれかかるように抱き着きました。ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐります。

「疲れたわ……本当に疲れた……」

……何があったのかは、後で聞くとして。

私は絵里の背中をあやすように軽く叩きます。

「お疲れ様でした。ご飯もお風呂も用意できていますが、どうしますか?」

ふふ、何だか新婚さんみたいです。少し恥ずかしいですけど、たまにはこういうのもいいですね。

「……海未がいい」

「なっ……!」

途端に顔が熱くなっていくのを感じながら言葉を紡ごうとしますが、こんな時に限って何も出てきません。
口をぱくぱくさせながら固まる私に、絵里は更に畳み掛けました。

「だめ……?」

耳元で囁かれた声に、私の顔は更に熱を帯びます。

「あの、えっと……そうです!まずはお風呂にしましょう!ねっ!」

「じゃあ一緒に入る」

……な、何を言っているのでしょうか。一緒に入る?誰と誰がですか?

「じゃなきゃ離さないんだから」

……私と絵里が?

「むむむむ無理です!!恥ずかしすぎます!!!」

慌てて絵里を引き剥がそうとしますが、一向に離れてくれません。

「どうして?高校の頃はお泊りしたときによく一緒に入ってたじゃない」

「そ、それは絵里が無理矢理……!」

「高校の頃は入ってくれたのに、今は嫌なの?私のこと嫌いになっちゃった?」

顔は見えませんが、声が微かに震えています。
……泣いている、のでしょうか。

「嫌いになんてなりません!誰よりも絵里のことを愛していますっ!」

うっ……勢いでまた恥ずかしいことを言ってしまいました……。

「本当?」

「ほ、本当です」

「じゃあ一緒に入ってくれる?」

「……分かりました」

一度頷くと、絵里が私から離れました。
満面の笑みを浮かべる絵里の顔には、涙の跡なんてこれっぽっちもありません。

「やった♪」

「絵里……図りましたね?」

「何のこと?それより入るって言ったわよね。今更無かったことにはできないわよー?」

「ず、ずるいですよ!そんなの!」

「……嫌なの?」

「……くっ」

「ふふっ、ほら……行きましょ?」

絵里はそう言って、私の手を引いて脱衣所へと歩みを進めました。

「~~♪」

「……」

鼻歌を歌いながら自分の身体を洗う絵里を、お湯に浸かりながらバレないようにこっそりと眺めます。

白くしなやかな四肢や華奢ながらも筋肉のある身体は正直とても綺麗で、いくら見ていても飽きません……って、私は変態ですか!人の身体をじろじろと見るなんて……最低です!

「海未?どうしたの?」

「い、いえっ!とても綺麗な身体だなと思いまして」

「……」

ああああぁぁぁぁぁっっ!!!!
何を言っているんですか私は!!これではあなたの身体を見ていましたと自白しているようなものじゃないですか!

「あのっ!い、今のは違うんです!言葉の綾というか……」

「……海未」

「はい……」

軽蔑の視線を向けられるのを覚悟して恐る恐る顔を上げると、頬を赤く染めた絵里が私を見ていました。

「ありがとう」

「……っ」

……照れたように笑う絵里の可愛さを知っているのは、世界中で私一人で十分だと思います。

「ねぇ、海未」

「はい?」

「……触りたい?」

「はいっ!?」

突然何を言い出すんですかこの人は……ここはお風呂ですよ?触るということはつまりここで……っそんなのダメです!ありえません!破廉恥です!!常識に欠けていますっ!!!

「腕」

「……はい?」

腕?腕って……あの腕ですか?

「顔が真っ赤になってるけど……どこを想像したの?ふふっ」

「……」

「まぁ、海未が触りたいなら別に私はどこを触られてもいいけど……なんてね」

「……」

「あれ?海未?ねぇ海未、海未ちゃーん?」

「あなたは……」

「最低ですっ!!!」


「何もあんなに怒鳴ることなかったじゃない……」

「自業自得です!人をからかおうとするのが悪いんですよ」

お風呂から上がりダイニングテーブルに向き合って夕食を食べていると、絵里が思い出したように口を開きました。

「海未、明日って何も予定ない?」

明日ですか。確か何もなかったような気がします。

「大学も休みですし、何もありませんよ」

「私も明日は休みなの。だからデートでもしない?」

「はい、いいですよ」

「決まりね。駅の近くのカフェの春限定メニューが気になってたの」

嬉しそうに笑う絵里を見ていると、私まで嬉しくなりますね。

「海未もどこに行きたいか考えておいて?」

「分かりました」

まだ満開ではありませんが、桜を見ながら散歩するのもいいかもしれません。

「ハラショー♪この焼き魚、とっても美味しいわ」

「ふふ、気に入っていただけて良かったです」

洋食では絵里に負けてしまうかもしれませんが、和食には自信があるんですよ。
就活中の絵里のために心を込めて一生懸命作ったのですが、こうして喜んでもらえると作った甲斐があります。
……これは恥ずかしくて言えませんが。

「私、海未の恋人で本当に良かったわ」

「な、何ですか突然」

改めて言われると何だかくすぐったいです。

「だってこんなに美味しいご飯が食べられるんだもの」

上機嫌で魚を頬張る絵里。
嬉しいのですが……ちょっと複雑ですね。

「……ご飯だけ、ですか?」

思わず漏れた言葉に、絵里は驚いたように青い目を丸くしました。

「海未……拗ねてるの?」

「そっ、そんなこと……」

言い返せず、顔が再び熱くなっていくのを感じます。
うぅ、余計なことを言ってしまったばかりに……

「へぇ、可愛いじゃない」

「その顔はやめてください!!」

にやにやと……全く、何なんですか一体!

「もちろんご飯だけじゃないわよ?海未は可愛いし、かっこいいし、ちょっとヘタレだけど優しいし、誠実だし、私のことを一番に考えてくれるし、わがままだって聞いてくれるし」

「そういう拗ねた顔だって、大好き」

「そっ……そうですか。ありがとうございます」

無邪気そうに笑いながら言うあたり確信犯ですね……。それとヘタレは余計です。

「あ、また赤くなってる」

「~~っ!食事中は黙って食べてください!」

「ふふ、はいはい」

……何だか負けた気がします。

夕食を終えてソファに腰掛けながら小説を読んでいると、絵里が私の太ももに頭を乗せてきました。

「……重いです」

「失礼ね。これは私の愛の重さなのよ」

「何を言っているんですかあなたは……」

「髪、ほどいてくれる?」

私の方を向いたまま寝転がる絵里の言葉に分かりましたと頷いて、髪を後ろで緩くまとめているシュシュを髪の毛が絡まないように丁寧に外します。

絹糸のような艶のある柔らかな金髪が私の太ももの上に滑り落ちていくのを見ていると、絵里が吐息混じりに呟きました。

「……膝枕っていいわね。海未が好きなのも頷けるわ」

「べ、別に好きというわけでは……」

嫌いかと言われればそれは嘘になりますが。

「だっていつも私に膝枕されながらえりぃ、えりぃって抱き着いてくるじゃない、こうやって」

絵里にお腹に顔を押し当てながら腰に抱き着かれて、動揺で頭の上に小説を取り落としそうになるのを慌てて持ち堪えました。

「そんなことしてませんっ!」

「嘘は駄目よ?」

「うっ、で、ですが、もう少しマシなはず……!です……」

言っているうちに自分でも自信が無くなって尻すぼみになってしまった私の反論に、絵里が吹き出しました。
もう……穴があったら入りたいです。

「でも、そんなところも私は好きよ。恋人に甘えられるって嬉しいもの」

「……絵里だって甘えてください」

「だから今こうして甘えてるのよ。重いって言われちゃったけど」

「あ、あれは……」

「照れ隠し?」

「分かっているなら言わないでください……」

今日だけで何回顔を赤くすればいいんでしょうか……。

「……」

押し黙ってしまった絵里に、私は少し迷ってから声をかけました。

「……絵里」

「なぁに?」

「今日はいつもよりも疲れていたようですが……何があったんですか?」

絵里が今まで黙っていたので、もしかしたら言いにくいことなのかもしれません。
ですが、絵里にこのまま溜め込ませるのは私が嫌です。

「別に大した話じゃないわよ?」

「はい、それでも聞きたいんです」

「……今日、OB訪問に行くって話はしたわよね」

「はい」

実際にその会社で働いている先輩から話を聞く、というものでしたよね。

「それで、指定されたお店に行ったの。小さなカフェみたいなところで、最初は参考になる話をたくさんしてくれたわ」

「でも、途中から所々変な質問が混ざるようになったのよ。彼氏はいるのかとか、好きなタイプとか」

「セクハラじゃないですか!」

「ええ、挙句の果てには今度ゆっくり飲まないかって電話番号の書かれたメモを渡されたわ」

「許しません……二度と口を聞けなくします。会社名を教えてください」

人の恋人に手を出すということがどういうことなのか……その身にしっかりと教え込む必要がありますね。

「大丈夫。一緒に飲んでくれたら上に採用するように掛け合う、なんて言うもんだから、受け取った瞬間目の前でビリビリに破いてやったわ」

「そうですか……」

それなら安心ですね。
しかし絵里は綺麗で優しいので今後もこういうことがあるかもしれません……心配です。

「……私が帰ろうとしたときに、今まで失敗したことなんてなかったのにってその人が言ったのよ」

「それを聞いて私、自分が今やってることって何なんだろうって思ったの」

「ほとんど毎日説明会に行って、話を聞いて、自分で調べて、そういう人が大半ってことは分かってるけど、そうじゃない人もいるんだって考えると何か……疲れちゃって」

「それだけの話よ」

依然として表情を見せないまま、絵里は最後に淡々とそう言いました。

「そんなことがあったんですね……」

「ごめんなさい、つまらない話をして」

……何ですか、その言い方は。

「どうして謝るんですか。つまらない話などではありません」

「確かに私がどうこうできる問題ではありませんが……私にだって話を聞くことくらいはできるんですよ?」

絵里の頭をゆっくり撫でながら私は続けます。

「私は、絵里の話なら何でも聞きたいんです」

「不安や悩みがあるなら、一人で溜め込まずにいくらでも私に言ってください」

「疲れたときは、いつでも私を頼ってください。甘えたいときには好きなだけ甘えてください」

「絵里がそうであるように、私だって絵里に甘えられたら嬉しいんです」

「絵里と私は恋人同士なのですから、何も遠慮することはないんですよ」

「……うん」

返事と共にゆっくりと私の腰に腕を回す絵里の背中を撫でていると、小さな声で名前を呼ばれました。

「海未」

「はい?」

「好きよ」

「私もですよ」

「大好き」

「私も大好きです」

「愛してるわ」

「私も愛していますよ、絵里」

「……ちゅーしてほしい」

「っそ、それは……」

すみません、恥ずかしいです。

「甘やかしてくれるって言ったじゃない」

「言いました……」

ようやく寝返りをうって上を向いた絵里と目が合うと、私の服の裾を軽く握って瞼を閉じました。

「ん」

「は、はい」

ここでできなくて何が恋人ですか!何も初めてするわけではないんです。落ち着いて、冷静にいきましょう。

私は大きく深呼吸をして、髪を耳にかけながら絵里に顔を近づけました。

ま、睫毛が長いですね……どうしたらこんなに美人が生まれてくるのでしょうか……。

「……海未?」

「はいっ!」

…………ええいままよっ!

「っん……」

絵里の唇に自分の唇を重ねると、微かな吐息がどちらからともなく漏れました。
……心臓が爆発しそうです。

少しして離れようとしたとき、絵里に腕を掴まれました。

「え、絵里?」

「……もっと」

頬を微かに赤く染めて、潤んだ瞳で上目遣いで私を見る絵里は言葉では言い表せないほどに可愛くて、私の小さな理性を決壊させるには十分すぎる効果がありました。

「絵里っ!」

「きゃっ、ちょ、ちょっと海未、がっつき過ぎ……っ」

ごめんなさい、絵里。もう耐えられません。
明日出掛けるのは午後からにしましょう。

「絵里……ちゅっ」

「うみぃ……っふ、ぁ……んっ」

今回、私は一つ大切なことを学びました。
それは、甘やかし過ぎると大変なことになる、ということです。
……主に私が。

end

以上で終了です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

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