爽「誰にだって恥ずかしい過去のひとつぐらいあるもんだろ?」 (94)


 夏休み初日。
全国大会に向けチームワークを高めるという名目の下、真屋由暉子宅に集まった有珠山高校麻雀部。
しかしながら現在員は3名。
約束の時間になっても姿を見せない桧森誓子と本内成香の身に一体何があったのか。
彼女らの想像を絶する試練が始まる……!

「考えすぎだと思いますが」

「ユキー、ほっといていいよ。爽のバカ妄想はいつものことだから」

 だって遅くね?

「まだ5分ありますよ」

「めずらしく先に着いたもんだからって――お、噂をすれば成香から電話来た。もしもーし」


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 しかし、相変わらずユキの部屋は広々してるなー。冷房完備だし快適極まりないね。

「お二人は学校の寮暮らしでしたよね。暑いんですか?」

 扇風機ならあるんだけどな。お、成香なんだって?

「道分かんなくなったんだとさ。もちろんチカセンも一緒に。
 バス停前のコンビニにいるらしいから迎え行ってくるわ。ついでになんか買ってこよーか?」

 アイス! 種類バラバラにして、後でゲームで強奪戦やろーぜ。

「おっけー。地雷系もひとつ仕込んどくわ」


「私が行きますよ」

 いいって。家主が家空けるわけにいかないだろ。揺杏に任しときな。ほれ、帽子。

「サンキュー。そーそー、気にすんな。今家の人誰もいないんだろ? んじゃ行ってくんね」

 いってらー。

「お願いします……」

 30分もあれば帰ってくるだろ。ん、ユキどしたー? うかない顔して。

「あ、いえ、大したことではないのですが」

 なんだよ、言ってみ?


「今日、かなり暑いですよね。爽先輩はTシャツにハーフパンツですけど、
 揺杏先輩は長袖長ズボンで暑くないのかなと」

 あー、そこかー。

「そういえば学校でも長袖だったり上着羽織ったり、いつもタイツ履いてますし……。
 どうしてなのかと、なんとなく思っただけです」

 そうか……そこに気づいてしまったか。

「何か理由があるんですか?」

 ユキももうすっかり麻雀部の一員だからな。いい機会だ、私らのことを少し話しておこう。
私らは大体昔馴染みで麻雀やり出すまでは4人だけで遊ぶことも多かったから、
お互いのことは大体分かってるけど、ユキはまだ私らのこと分かってないとこも多いだろ。
有珠山高校麻雀部秘話……聞きたい?


「それは……はい。聞かせてもらえるなら」

 よし。ちょっとヘヴィーなところもあるけど、ユキなら大丈夫だろ。心して聞きたまえ。

「え、ヘヴィーですか」

 そ。敬愛する先輩たちを見る目が変わるかもよ。

「いえ、大丈夫です」

 うん、いい子だ。んじゃどっから話すかなー。んー、めんどくせーから全部だな、うん。
まずな、私と揺杏な、親いないんだよ。


 高校入るまでは児童養護施設にいてさ。ああいう施設にも色々あるみたいだけど、
私らのとこは小さい家がいくつか並んでるかんじでさ。
家ごとに大体子供6人ぐらいと職員数人で生活してんだ。そーゆーとこ行ったことある?

「いえ……」

 まあそうだよな。んで、住んでるとこは別れてても公園とか行事なんかで顔合わせること多いからさ。
ちっちゃい子から高校生まで兄弟みたいに仲良いんだけど、私かなり浮いてたんだわ。
っていうのも、今じゃ大分学習したからそんなことないんだけど、中学上がるまでかな、
そんぐらいまでは自分以外の感情っつーのかな、そういうのがよく分かんなくてさ。


 だから一緒に遊んでてもすぐ泣かせるようなことしたり、動物虐めてヒかれたりがしょっちゅうでさ。
そんな中揺杏だけは面白がって一緒にいてくれたんだよね。あいつもヤンチャだったしな。
でも私といるせいであいつまで周りに敬遠されちゃってなー。
ところでさ、ユキはああいう施設の職員ってどんなイメージ?

「え、それは……そういう仕事を選ぶぐらいだから、やっぱり熱心な方たちじゃないでしょうか」

 うん、そう。ほんと親身に、家族みたいに接してくれるんだ。
まあほんとの家族ってどんなもんか知らないけどさ。私の住んでた家の職員は、
私みたいな問題児もちゃんと面倒見てくれてたよ。ただ、ほとんどの人はそうなんだけど、
ごくごく一部にヒドい人間もいて、揺杏のところに一人“ダメな大人”がいたんだよ。

「ダメ、ですか」


 施設でも学校でも問題起こして、叱っても言うこと聞かない。まあ私らも悪いんだけどさー。
それでも私んとこの人は根気強く説教したり一緒に遊んだりしてくれたんだよな。
じゃあダメな大人はそういうとき、どうすると思う?

「まさか……体罰」

 正解。最初は強く引っ張ったり突き飛ばしたり程度だったのがエスカレートしてったらしいよ。
あいつ全身に痣とか切り傷とか火傷の痕が残ってんだよね。

「酷い……!」

 あいつも生意気だからやられても泣き入れなくて、それがよけい癇に障ったんじゃないかな。
それにそういうとき、助け求めたりバレたりしたら負けだって変な感覚になっちゃうらしいよ。
結局そいつも半年ぐらいでいなくなって、それからはそういうのなかったけどね。


 あいつが肌見せない理由分かった?

「はい……すみません、変なこと聞いて」

 別にユキが謝ることじゃないって。

「爽先輩は大丈夫だったんですか」

 ほんとごく一部だからね、そういうのはなかったな。ただ相変わらず避けられてたし、
あいつの相手は大変だって陰口言われたりはしてたなー。まあ友達なら揺杏がいたし、
あんま気にしてなかったかな。中学入る頃には、周りがどういう反応求めてるかなんとなく分かってきて、
学校じゃそこまで避けられはしなかったしな。ちょっと変なヤツ、ぐらいで。素行は悪かったけどね。


「不良だったんですか」

 私なんかかわいいもんだよ。今度は揺杏の方がさ、あんなことがあったし、
私を嫌がってるようなことを婉曲にだけど聞かされたりして、すっかり大人に不信感持っちゃってなー。
中学上がってからはあいつの方が本格的にグレちゃったよ。
不良グループみたいなのあるじゃん。そこに入り浸ってた。

「爽先輩とも疎遠になってたんですか?」

 いや、それでも変わらず付き合ってたよ。なんかウマが合うんだよな。
ただ施設じゃ私らセットで腫れ物扱いだからさ、いいかげん出たくなって、
学費免除の寮生活できるここを選んで、必死に勉強したわけだ。


 私が受かってからあいつも誘ったら、最初は勉強できないから無理だって言ってたけど、
発破掛けたらその気になったみたいでな。だから私ら入学したときはそれなり頭良かったんだぞ。

「なんだか想像できませんね」

 施設離れて寮暮らしになってからは気が楽になって、お互い丸くなったもんだよ。
あいつの場合逆高校デビューだな。元々コミュ力高いから、大人しいグループからギャルグループまで、
交友関係広いんだよなあ。1年の時元ヤンって噂になったらしいけど、もう忘れられてんじゃねーかな。
まあ、そんなわけだからあいつの長袖についてはあんまり触れないでやってくれ。


 そうそう、もっと触れないでほしいのは成香の髪な。あいつの髪で隠れてるとこはっきり見たことある?

「そういえば……なかった気がします」

 正直変だろ?

「え、いや、その……気になったことはありますけど……」

 あいつの場合揺杏よりキツくてなー、右頬にでっかい火傷の痕があるんだよ。
ああやって隠すしかねーのさ。

「そんな……! 成香先輩も、虐待なんですか」

 成香は親いるんだけど、どーも母親が育児ノイローゼんなっちゃったみたいでさ。
小さい頃に、熱湯ぶっかけられたらしいよ。それが元で一時期施設にいたんだって。
あ、私らとは違うとこだから高校入るまで面識はなかったよ。親んとこ戻ってから、
身体的なのはなかったみたいだけど、トラウマんなってんだろーな。


「なんという……」

 あいつ、私らの前じゃ楽しそうにしてるけどさ、最初会ったときはすっげー警戒されてたよ。
いっつも顔色うかがってビクビクしてんの。今でもちょっと名残あるだろ?
ユキと会ったときはもう大分改善されてたけどな。あのときは私ら3人が一緒にいたし。
まあチカの友達って紹介されてもそんな調子だからさ、学校変わる度に最初は馴染めなかったらしいよ。

「もしかして、いじめ、とか」

 そーだな、体ちっちゃいし気弱いし空気読めないしオドオドしてるし、格好の標的だよな。
あ、私らはやってないよ? 素行不良だけど、そーゆーのはつまんないからね。
むしろいじめっ子が調子に乗ってるのを突き落とす方が面白くてなー。


 私と揺杏は小中別だったから、そんときのことは知らないんだけど、
いじめられる度にチカがかばったって話だよ。

「よかったです。誓子先輩は昔から友達思いでしっかりした人だったんですね」

 あー、ほんとそーだな。日陰者の私らの中でも、チカだけは家庭環境恵まれてるし順風満帆だよ。
……この麻雀部って人数少ないだろ? 実はさ、人の少ないことに目付けて、
他のヤツが入部してこないように画策したんだよ。
良い子ちゃんが多くて麻雀人気ないのも幸いしたけどな。
なんでかっつーと、私が入学したとき思ったんだよ、これまで爪弾きにされてばっかだったから、
そういう日陰者だけでくつろげる環境を手に入れようって。


「最初はほとんど爽先輩と誓子先輩だけだったって聞きました」

 うん、私らより上の人らはほとんど来なかったから、もう極楽だったよ。
でもさ、私がなんでチカを追い出さなかったと思う?

「え、だって幼馴染なんですよね」

 って言っても小学校前までだぜ? それだけだったらなんとかして途中で退部に追い込むよ。
入学して再会してしばらく接してたらピーンと来たんだよ。あ、こいつ何かあぶねーなって。
案の定チカも私らと同じ、どこまでいっても疎外感拭えないタイプだったよ。
表面上は性格良し、器量好し、友達多くて責任感もあって……なんだけどな。
もったいねーけど、しょーがない気もするかな。


「何も問題ないように見えますが……」

 あいつのじーさん、私らのいた施設の施設長なんだよ。んで、親父さんも福祉関係の仕事なんだって。
言ってたよ、尊敬してるって。でもなあ、教師なんかにありがちなパターンなんだけど、
家族がそういう立派な立場で仕事で忙しくしてると、子供の方が構ってもらえなくてひん曲がっちゃうんだ。

「それは偏見だと思います」

 全部が全部とは言ってないよ。チカはそーゆーパターンだってだけだ。
つってもチカの場合分かりやすくグレたわけじゃなくて、むしろ良い子になろうとした。
私もお父さんやおじいちゃんみたいな立派な人になるって。幼稚園のときから世話焼きお姉さんタイプでさ。
勉強もスポーツも頑張って、鼓笛隊だったか、クラブとか委員会にも参加して。


「そうやって頑張れるのは立派なことじゃないですか」

 ところが! ところがだ、どんなに頑張っても親は自分を見てくれない。褒めてはもらえるけど、
自分と過ごしてても施設で問題起きたりするとすぐそっちに行っちゃう。
自分より施設の子たちの方が大事なんだ、幼心にそう刻まれたんだろーよ。
もっと良い子に、もっと人の役に立つ人に、そうやってエスカレートしていくうちに歪んでくるんだ。
人の役に立ちたいってところはお前と似てるけど、お前は頼み事引き受けたり、雑用したりだったろ?

「そうです。それが落ち着くんです」

 あいつはそれじゃだめなんだ。お前のは“自分で自分の存在を認めたい”ものだけど、
あいつのは“周りに自分の価値を認めてほしい”ってのが根本だからな。班長とか後輩の指導係とか、
人の上に立てるところにいく。でも生徒会長みたいな規模の大きいところにはいかない。
直接仕切れるような少人数のコミュニティで支配側に回るんだよ。
あ、麻雀部部長はただのなりゆきだからな。私との二択だったらほとんどのヤツは自然当確だよ。

「ふふっ、そうかもしれませんね。でも爽先輩だって頼りになりますよ」


 あんがと。んでまあ、そうやって称賛を集めるわけだけど、いくら名声を集めても、
親はやっぱり自分を優先してくれない。だから、そこで止まらず最高の相方を見つけてしまうわけだ。

「成香先輩ですか」

 そう。10年来のつきあいとはいえ、異様なくらいべったりしすぎだと思わない?

「えっと、まあ確かに先輩後輩の域は越えてる気がしますね」

 だろー? 私と揺杏なんかもっとつきあい長げーけど、さっぱりしてんだろ?

「お二人は悪友という表現がぴったりです。良い意味でですよ」

 悪友ね、そのとおりだわ。でもお互いいないならいないでやってけるんだよ。
あいつらの場合もう離れらんないとこまできてる。
いつからかは知らないけど、たぶん小学校高学年ぐらいじゃねーかな。
チカは気づくんだよ、この子は私がいないと生きていけないんだって。錯覚なんだけどな。

「依存状態ですか」


 うん。チカはね、成香が困ったり泣いたりして、それを助けて成香が、
『やっぱりちかちゃんがいないとだめ』って顔してくれるときに自分の存在意義を実感できるんだよ。
だから成香を護るためならどんなことだってする。それでいて、
護る必要がなくなると自分の存在意義が失われるから、いつまでもダメダメな成香でいてほしいんだ。

由暉子「ダメダメって……」

 成香は成香で、昔施設に入ったのを自分が悪くて親に見捨てられたと思ってるから、
無償の愛で護ってくれるチカは特別な存在で、自立したらもう構ってもらえなくなるんじゃないかって怯えて、
いつまでも甘えてしまう。

「お互いのためにならないって言うんですか? でも、誓子先輩も成香先輩も一緒にいると幸せそうで……。
 本人がいいならそれでいいんじゃないでしょうか。そもそも、全部爽先輩の憶測ですよね」

 まあな。でもな、私、1回チカのぶっ飛んだとこに遭遇したことあるんだよ。
あれは成香と揺杏が入学して2カ月ぐらいだったな。もちろんすでに部に入ってたよ。
お前の予想どおり、成香がいじめられててなー。クラスの一部のグループだけだったみたいだけど。
ただ本人は言わないし、どうもそうらしいって揺杏が耳にしたぐらいで、私とチカは学年違うから実態がつかめない。


 そんなある日の昼休み、昼飯食ったあと何かの用事でチカと職員室行って、
ついでに成香の様子見に行こうってクラスの前通り掛かったら、まさに現場に出くわしてさ。
ギャル3人組に囲まれて髪引っ張られてからかわれてたんだよ。明らかに成香は嫌がってて。
その瞬間チカがすっ飛んでって、鼻面にグーパンだよ。『なにやってんだああぁ!』って。

「……想像できません」

 他の2人も蹴っ飛ばしたりぶん投げたりして、あっという間に全員戦意喪失。
私はとりあえず成香を保護してさ、野次馬が増えてきて揺杏も隣のクラスから駆けつけたから、
揺杏に成香を保健室に連れてってもらったんだ。んで改めてチカを止めに行ったらさ、
マウントポジションで髪掴んで顔面ボコボコ殴ってたよ。『成香に近づくな』とか言いながら。

「ええ……ほんとですか」

 いやー完全に目がイッちゃってたね。まーとにかく、チカは成香のことになると見境なくなるんだ。
もちろんいじめるヤツが悪いし、怒るのは当然なんだけどな。


「そうですね。でもそれだけやってしまうと停学ぐらいにはなっちゃいそうですけど」

 にひひ、そこはこの爽さんの悪知恵で、厳重注意で済ませたよ。チカにも抵抗されたように偽装したり、
口裏合わせたり脅したり。ただそれからがまた大変でなー、チカが事あるごとに成香が心配って言って、
成香のクラスに行こうとしてたからよく止めてたよ。
あの一件で成香のバックにヤバい先輩がいるってのは伝わったからいじめられることはなくなったし、
行き過ぎると逆にクラスメートが怖がって交流に支障が出るからって説得して。

「逆襲とか、陰でというのはなかったんですか?」

 そこは揺杏が時々成香のクラスで昼食べたりして牽制してたよ。揺杏通じて友達も増えたみたいだしな。
思えばあれで一気に成香の警戒も解けた気がするな。

「雨降って地固まる……ちょっと違いますね」

 はは、固まったな、私らの結束は。でも成香のやつ、チカや私が非難されるのはおかしいって、
教師には不信感持ってしまったな。


由暉子「え、非難って、誓子先輩はまあ分かりますけど、爽先輩は咎められる必要ないですよね」

 ああ、それはテクのうちでな。チカが全部しでかしたとなるとさすがに処分免れないと思って、
半分私がやったことにしたんだ。もちろんチカは自分がやったって言う。
私は、それは私をかばってるんだって主張する。教師が駆けつけるまでに2,3人脅して、
私がやったって言わせたから証言も食い違う。まあ普段の生活態度からすればみんな私が関わってると思うだろ。
でも事実が曖昧なまま重い処分にするのは危険性が高いから、向こうも厳重注意で茶を濁すってわけだ。

由暉子「先輩らしいというか……」


 まあそんなわけで、状況からしたらまっとうな対応なんだけど、成香からしたら、
正しいことをした先輩たちを咎めるなんて、となるわけ。
それがいき過ぎて一時期アンチ・キリスト思想だったよ。元々信心深い方だったのが災いして、
こんなに熱心に祈ってるのに救われない、シスターも主の教えも嘘っぱちだーって。

由暉子「この学校でそれはちょっとまずいですよね」

 あいつの場合表立って反抗するほど気ぃ強くないから、表面上はそれまでどおり真面目な生徒で、
私らの前でだけキリスト教批判する、みたいな。んでなぜかゾロアスター信仰に没頭して、
アフラ=マズダを崇拝してたな。

由暉子「アフラ=マズダが悪神と戦う存在というところに惹かれたのかもしれませんね」


 お、詳しいじゃん。そうそう、ゾロアスターが火を神聖視するってんで、あいつライター隠し持っててさ、
『火を見ると落ち着くんです』とか言ってるわけ。あいつなりの精一杯の反骨精神だったんだろーな。

由暉子「成香先輩らしいですね。かわいらしい……」

 笑っちゃうのがさ、それを担任に見つかってタバコ吸ってるんじゃないかって疑われたらしいよ。

由暉子「ぷふっ! 成香先輩がタバコって、ミスマッチすぎます」

 似合わないよな。でもそんなもん学校に持ってきてたら立場上尋問せざるを得ないだろうな。
夏場じゃストーブとも思われないし。揺杏曰く、相当なテンパり具合だったって。
成香って嘘つけないもんな。まさか正直にゾロアスター信仰の道具って言うわけにいかないし。
結局揺杏が部活関係のだってごまかして事無きを得たみたいだよ。


由暉子「なんだか……思っていたより波瀾万丈だったんですね」

 ちょっと脱線しちゃったな。でもまあ、そういうことだから。

由暉子「色々話してくれましたけど、私が知ってしまってよかったんでしょうか」

 ああ、みんなには前に了解取ってあるよ。さすがに勝手に暴露するわけにはいかないさ。
もしそういうタイミングがあったら伝えようって、みんなの合意あってのことだよ。

由暉子「でも、なんだか意識してしまいそうで」

 別に気にすることないからな。過去は過去。確かに良い境遇とは言えないけど、
自分らなりに楽しんでるからいいんだよ。良い仲間も揃ってるしな。
気遣われると逆に厄介だから、今までどおり仲良くしてやってくれ。
誰にだって恥ずかしい過去のひとつぐらいあるもんだろ?

由暉子「……そうですね」

――――――
――――
――


揺杏「たっだいま~」

誓子「おじゃまします。ごめんねー迷っちゃって」

成香「すみません、遅くなりました」

爽「あー、いいよいいよ。どーせチカがムキになって当てずっぽで行こうとしたんだろ」

誓子「そんなこと……あるけど」

揺杏「外暑かったわー」

成香「あ、アイス食べますか?」


爽「このぐらいの暑さで軟弱だなー。アイスはゲームの景品にするからおあずけだ」

誓子「部屋で涼んでた人が何言ってるの。ちょっと寒すぎじゃない?
   冷やしすぎは体に良くないよ。一旦エアコン消しましょ」

揺杏「あざっす」

爽「ああ……楽園が……」

由暉子「やっぱり……意識してしまいますね」

爽「ん?」

由暉子「いえ、アイス冷やしておきますね」

――――――
――――
――


爽「うお~頭痛てえぇ」

誓子「がっつきすぎでしょ」

爽「チマチマ食ってちゃアイスに失礼だろ」

成香「意味不明で怖いです……」

揺杏「ユキは逆に食が進まないみたいだねー」

爽「ユキー、元気出せよ。たまには負けることもあるさ。それ、そんなにマズイ?」

揺杏「私の一口食うかー?」

由暉子「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと気持ちの整理がまだ……」

爽「なんだよー。言ったろ、気遣われると逆に厄介だって」

誓子「え、何かあったの?」

揺杏「おまえまさか、後輩に手出しちゃったの!? サイテーだな!」


爽「違うって! ちょっと昔話してただけだよ」

揺杏「ほんとか~? 怪しいな~」

由暉子「いえ、本当に何でもないんです」

揺杏「ふーん、ならいいけど。しっかし部屋暑くなってきたね。成香~、窓開けてよ」

成香「あ、はい」

由暉子「またエアコンつけますか?」

揺杏「いや、いいよ。袖まくればちょうど良いぐらいだ」

由暉子「そうですか……えっ!? 先輩、袖、え!? あれ、腕、きれい……」


揺杏「なんだよーいきなりテンパって」

誓子「揺杏が腕まくりするのが珍しいからじゃないの?」

由暉子「あの、気を悪くしたらすみません、傷は……治ったんですか?」

揺杏「ん? 傷なんてないけど~?」

誓子「もしかして揺杏がいつも長袖だから、傷を隠してると思ったの?」

揺杏「あー、そういうこと。違う違う。私、肌激弱でさー。
   この時季はちょっと陽に当たるだけでも大変なんだ。その上エアコンの風も苦手でなー。
   今やどこの店でも冷房ついてるから、外でも中でも長袖必須なんだよ」

誓子「大変よね、すぐ赤くなっちゃうもんね」

揺杏「それ知ってるから誓子先輩は気ぃ利かせてよくエアコン止めてくれるわけ。マジ感謝です」

誓子「ふふん。まあ私もあんまり好きじゃないし。やっぱり自然の風が一番よ。ね、なるか?」

成香「はい、風が気持ちいいです」

由暉子「! 成香先輩! 髪が風で……あれ、火傷、ない……」


誓子「なあに、成香の髪もそうだと思ってたの?」

由暉子「だって、火傷を隠すためって……」

成香「ええっ! なんですかそれ! 火傷なんてありませんよ。
   私、よく右目だけ一重になって目つき悪くなっちゃうんです。だから恥ずかしくて……」

誓子「別に気にすることないのに。あれはあれでかわいいよ」

由暉子「……あの、爽先輩、どういう……」

爽「あっははははは! いひひひひ!」

由暉子「……」

爽「あーダメだ、腹痛てえ! ぐひゃひゃ!」

由暉子「騙したんですか……騙したんですね!」


揺杏「やっぱコイツの仕業か」

誓子「だから爽の話は9割聞き流していいって言ってるじゃない。
   揺杏のはともかく、なるかの顔1度ぐらいは見てるでしょ」

由暉子「今思えばそうです……あまりに真剣なもので完全に思い込んでしまいました」

揺杏「このペテンヤロー、申し開きはないのかね」

爽「ごめんごめん、ユキがあまりに素直でかわいいからさー、悪戯心が湧くんだよ。
  かわいいのは罪だ! 罪には罰を!」

由暉子「はあ……全部嘘だったんですね。まったく、話が凝りすぎで創作の域を超えてますよ。
    考えてみれば無理のある設定ですけど」


成香「どんな設定だったんですか」

由暉子「揺杏先輩が元ヤンだとか、成香先輩が異教徒だったとか、
    誓子先輩がいじめっ子をボコボコにしたとか」

成香「……」

誓子「……」

揺杏「……あー」

誓子「そんなこともあったっけ……」

由暉子「え、あれ」

爽「フィクションなのは傷のことだけだよ。あとは実話」


由暉子「あ……ごめんなさ……」

揺杏「んー、別にいいって。事実だしねー」

誓子「うん、いつか言わなきゃって思ってたし。ユキがあまりに純粋に慕ってくれるからさ、
   なんか隠し事してるみたいで後ろめたかったのよ」

成香「うう……恥ずかしいです」

揺杏「幻滅したか? ごめんなー立派な先輩じゃなくて」


由暉子「そんなことないです!」

揺杏「うおっ」

由暉子「ちょっとビックリしましたけど、でも色々ありながら明るく前向きに生きてることとか、
    私なんかに優しくしてくれることとか全部含めて、私みなさんのことが大好きです!」

誓子「ありがと。うれしいわ」

揺杏「あーもーかわいいなーユキは」

成香「ユキちゃん……すてきです」

爽「いいねいいね。こうして有珠山高校麻雀部の結束はより固くなったのであった」

揺杏「黙ってろよおまえはよー」

爽「んなっ!? オーバーなウソを混ぜることによって、
  普通ならヒかれる恥ずかしい過去を最終的に受け入れやすくするというテクを褒めろよ!
  ドアインザフェイス的な」

誓子「はいはい」

揺杏「そんなこと言ってさー、どーせ自分のことは良いように脚色してんだろ。
   ユキ、こいつの三股事件とか聞いた?」


由暉子「それは知りません」

爽「あっバカ! 私だってホントに恥ずかしいとこは伏せてるっての。
  チカの先輩とのキャットファイト事件とか」

誓子「ちょっと!」

爽「揺杏の援交疑惑事件とか」

揺杏「おい!」

成香「あ、あの、お手洗いお借りしますね」

由暉子「あ、はい」

爽「……逃げたな」


誓子「やめましょう、お互い握ってるのものが多すぎるわ」

揺杏「そーですね。もう充分恥ずかしい思いしたし」

爽「そうだな……しかし痛みは分かち合ってこそ真の仲間だ。そうだろ、ユキ」

由暉子「え、はあ」

爽「私らは恥ずかしい思いをしたから、今度はユキにしてもらおうかな。
  というわけでユキちゃんの恥ずかしい黒歴史ノートを公開してもらおう!」

由暉子「……そんなものありませんよ」


爽「お、今一瞬本棚見たな? 揺杏、本棚だ!」

揺杏「ラジャー!」

爽「あのでかい辞典の箱なんか怪しいな~」

由暉子「ありませんから」

誓子「こらこら。揺杏も悪ノリしないの」

爽「ジョークジョーク。さすがに人ん家で物漁ったりはしないよ、私も揺杏も」

誓子「ふふ、どうだか」

爽「イヤがる女の子の恥ずかしい部分をムリヤリさらけ出すのは趣味じゃないしね」

由暉子「だから、ありませんからね」


誓子「そういえばノートで思い出したけど、ユキ前に神学のノートなくしたって言ってたよね」

由暉子「あ、あれはすぐ見つかりました。お騒がせしました」

誓子「そう、ならよかった。必要なときは言ってね、1年生のときのとってあるから」

爽「そうだぞ、遠慮しないで頼っていいからな」

由暉子「……爽先輩もノートとってたんですね」

爽「私だってノートぐらいとるよ!」

由暉子「教義の確認もその場ででまかせなのかと思いました」


誓子「あはは! ウソつきだもんね」

揺杏「シスターも騙くらかしてるかもねー」

爽「騙したのは悪かったよ~。ほら、飴ちゃんやるから」

由暉子「あ、いただきます」

爽「ほら、チカも。せーのっ」

誓子「わ、投げないでよ」

爽「手で取るって……わかってないなーチカは」

誓子「どうしろってのよ」

爽「揺杏、いくぞー」

揺杏「ばっちこい」


爽「それっ」

揺杏「はむっ」

爽「ナイスキャッチ!」

由暉子「口で……揺杏先輩は器用ですね、色々と」

爽「見たか、この阿吽の呼吸を」

誓子「普通包装したままやらないでしょ。うまく唇ではさめなかったら口の中はいっちゃうじゃない」

爽「むきだしだと落としたときに汚しちゃうだろ」

誓子「そういう配慮はあるのよね……」

成香「戻りました」

爽「お、成香~飴やるぞ。口で取れよ、ほらっ」

成香「え、え、あ~、はぷっ」


揺杏「あー惜しい」

誓子「目つぶっちゃうところがかわいい」

由暉子「わかります」

爽「まあ片目じゃ無理だよな」

成香「ああ~棚の裏にいっちゃいました……あれ、これってもしかして……やっぱり!
   ユキちゃん! 前になくしたって言ってたノート見つけました! これ神学のノートですよね」

由暉子「え、それ」

成香「内容ごとに分けてるんですね、さすがです。
   でも『聖戦士グロリア・トゥルーフの黙示録』って初めて聞きました。
   黙示録ってヨハネだけじゃなかったんですね!」


誓子「な、なるか、それ、ぷふっ!」

由暉子「……」

揺杏「笑っちゃ、だ、だめだって、ぶふぉあっ!」

由暉子「……」

爽「あー、なんつーか、まあ気にすんな」

由暉子「……」

爽「誰にだって恥ずかしい過去のひとつぐらいあるもんだろ?」

由暉子「ジーザス!」


おしまい

コメありがとうございます。
続きがわいてきたので投下して〆ます。

コメントありがとうございます。
続きがわいてきたので投下して〆ます。


由暉子「……」

成香「ごめんなさい、私が勘違いしちゃったから……」

誓子「ごめんねユキ、その……バカにしてるわけじゃないのよ」

揺杏「そーそー、成香の勘違いがおかしかっただけだって」

爽「悪かったよ。ほら、機嫌直せって」

由暉子「傷つきました……先輩たちなんかゴルゴタの丘に吊るされればいいんです」

揺杏「拗ね方までカワイイんだからよー」

誓子「ね、どうしたら許してくれる?」

成香「なんでもします!」

由暉子「……私と同じように恥ずかしい思いしてくれたらいいですよ。
    さっき聞けなかった恥ずかしい話、教えてください」


爽「えーっ! あれはちょっとなあ……」

揺杏「どうしても?」

由暉子「だって、私だけ知らないの仲間はずれみたいじゃないですか……」

爽「……わかったよ。淋しがり屋のユキちゃんのためにも、身内の恥をさらけ出すかな」

揺杏「おい、何一人で喋ろうとしてんだよ、また脚色するだろ」

誓子「そうよ。こうなったら自分で話すわ」

揺杏「うん、変なとことか分からないとこは周りからフォローするかんじで」

爽「誰からいく?」

揺杏「時系列でいいんじゃない?」

誓子「っていうと私かぁ……ユキ、覚悟はいい?」

由暉子「は、はい!」


誓子「私たちの一つ上に麻雀部の先輩がいるって話、憶えてる?」

由暉子「あ、はい。受験のために来なくなったんですよね」

誓子「あれね、ホントはそれだけじゃないの……」

~~~~~~~~~~~~~

誓子『寒い~~。もう3月も半ばだってのになんで雪国ってのはこう……あ、来たかな?
   遅いよ爽……じゃない……。矢元先輩、お久しぶりです』

矢元『あれ、桧森だけ?』

誓子『はい。爽は課題仕上げてます』

矢元『あっそ……』

誓子『……』


矢元『変わってないねーここ。爽来るまでビリヤードでもやろうか』

誓子『……いいですよ』

矢元『エイトボールでいい?』

誓子『はい』

矢元『あ、ブレイク権もらっていい? 久々に気持ちいいのかましたいな』

誓子『どうぞ』


誓子『さすがですね』

矢元『まだまだ腕は衰えてないね』

誓子『……もう来ないと思ってました』

矢元『え、なんでよ』

誓子『あ、そっか。小納谷先輩も卒業しましたもんね』

矢元『……』

誓子『ホントに爽のことかわいがってたから、小納谷先輩が来るとハブられてましたもんね』

矢元『アンタもでしょ』

誓子『私は別に、週に1度くらいは好きにさせてあげてただけですよ。
   他の6日も部活以外の時間も私が独占してたんじゃ、さすがにかわいそうですから』


矢元『それにしちゃ余裕なさそうだったけどね』

誓子『……』

矢元『それに、私と爽が時々授業サボって遊びに行ってたの知らないの?』

誓子『知ってますよ。必死にアプローチしてたのも。
   あはは、全然相手にされてなかったじゃないですか』

矢元『っ!』

誓子『あら、簡単なコース外しちゃいましたね。じゃ、私の番っと』

矢元『……ま、別にあいつに特別執着してたわけじゃないよ』

誓子『わーすてきな負け惜しみ』


矢元『アンタら二人は生意気盛りだから御しがたいんだよな。
   来月には新入生も入ってくるだろうからね、もっと気弱な子に目をつけることにするよ』

誓子『……』

矢元『あれ、上達したと思ったらまだまだね。ほら、キュー貸しなよ』

誓子『やっぱり1本だけじゃ不便ですね。ムダにやりとり増えますし』

矢元『そう? 新入生に教えるときに1本のキューで手取り足取りってのも良いと思うけど』

誓子『……また部活に出る気ですか?』

矢元『そーだな、復帰もいいかもな。かわいい新入生が入ってくるかな』

誓子『……どうでしょうかね』

矢元『ねえ、合格発表のとき抱き合ってた子、入らないのかな?』


誓子『! 見てたんですか』

矢元『私も後輩が受験したもんでね。桧森と違ってあの子おとなしそうでかわいかったな』

誓子『なるかにちょっかい出さないでください』

矢元『なるかっていうんだ。名前もかわいいねー。
   あ、名前だけならアンタも好みだけどね、“ちかちゃん”』

誓子『その呼び方はやめてください』

矢元『えーなんで? ちかちゃん』

誓子『……やめろ』

矢元『もしかしてその呼び方していいのはなるかだけ、とか? ちかちゃん乙女ー』

誓子『やめろって言ってんだろ!』


矢元『は? 誰に口きいてんの?』

誓子『帰れ。負け犬根性がうつる』

矢元『っ! てめえ!』

誓子『痛ッ……てぇなこの!』

矢元『あ……鼻血……もう許さねえ!』

誓子『呪え、己の所業を』


爽『わりー、課題手こずったわー。っておい! チカやめろ!
  キュー放せ! キューはやばい! キューはやべーって!』
 
~~~~~~~~~~~~~

誓子「……とまあ、そんなことがあってあの人もう来なくなったの」

爽「ユキ、チカを怒らせるなよ。粛清されるぞ」

由暉子「申し訳ございませんでした!」

誓子「そんなことしないわよ。もう……」

成香「ちかちゃんは私を護ってくれたんですよ。ちかちゃん、すてきです……」

誓子「なるか……」


由暉子「あれ、もしかして三股事件ってそのことですか?」

誓子「ちがうちがう、あれは友達とか後輩としてのもので、誰もそういう関係じゃないの。
   まあ、あの人はそういうポジション狙ってただろうけど」

揺杏「爽って先輩ウケは良いからねー。生意気カワイイ弟みたいに映るらしいよ」

誓子「あと本性知らない下級生とかね」

揺杏「私らが入学してしばらくさ、休み時間なんかに爽が成香とか私のクラスに来ることがあって」

爽「後輩が学校生活馴染めてるか気になって。面倒見いいだろ?」

由暉子「私のクラスにも来てくれましたね」


爽「ユキとか成香はだいたい教室にいたからちょっとダベってすぐ去って、だったんだけどさ。
  揺杏は私に似てアクティブだから、どっか行ってることも多くてなー」

揺杏「それなら普通帰るじゃん。こいつそこで待ってたり他のクラスに探しに来たりして、
   その間誰彼構わず声かけてんの。学年違うのに。知り合いでもないのに」

誓子「あきれるほどのなれなれしさよね」

爽「半分は変な目で見られてたな。でも半分はちゃんと返してくれたぞ」

誓子「怖がってたんじゃないの。仮にも先輩なんだし」

揺杏「んで、ほとんどの人には“関わり合いにならないほうがいい先輩”って認識だったんだけど、
   ほら、おとなしくてあんまり友達いないような子にとっては衝撃だったらしくて」

爽「あの時はモテ期が来てたんだよ、1年生から立て続けに三人だもんな」


由暉子「まさか、三人とも」

爽「……うん。いや、だって、そんなこと初めてだったからさ。これ逃すのはもったいないと思って」

由暉子「うわ……そんなの当然……」

誓子「そう。バレないわけないよね」

揺杏「そのあおりをモロに受けたのが私とチカセンね」

成香「あのころの二人はとっても大変そうでした……」

~~~~~~~~~~~~~

成香『コーヒーとクッキー持ってきました』

誓子『ありがと』

揺杏『はあ、一息つける』

誓子『さすがになるかの家までは来ないわよね』

揺杏『どうだろ、三人とも爽が初めての恋人らしいから、その反動で制御きいてないんだよなー』


誓子『揺杏のところ、昨日は何回来た?」

揺杏『一人二回、計六回』

誓子『私も同じ……』

揺杏『休日は部屋にいるのが怖いよ』

成香『あの……なんで爽先輩の恋人さんが二人の家に来るんですか?』

揺杏『……成香、今あいつは三股をかけている、それはわかるな?』

成香『はい。あ、でも一人私の友達がいるんですけど、
   もうちょっとしたらその子以外とは別れるって言ってましたよ』

誓子『なるか、爽はね、それ三人全員に言ってるのよ』

成香『えぇ~!』


揺杏『だからあの子たちは今表面上は仲悪くなくて、みんながみんな、
   “もうちょっとしたら捨てられるんだから、それまでは泳がせてあげる”って思ってんの』

誓子『自分以外の二人はほっといても脱落するとなると、今度はまた浮気されないように他に目をつける』

揺杏『で、一番疑わしいのが昔なじみで高校1年間ほぼ二人きりだった誓子先輩と』

誓子『幼稚園からずっと一緒の幼馴染の揺杏ってわけ』

揺杏『連休中はうまくローテーションして三人とも会ってるらしいから、
   会ってない時間帯に牽制しに来るんだよね』

成香『なんと……』

誓子『ま、もうちょっとの辛抱よ。もうちょっとすればみんな騙されてるのに気づいて、
   修羅場アンドデストロイよ』


成香『爽さん、どうしてそんな……』

揺杏『あいつ恋人も友達もあんま変わんないんだろーね。友達と遊びに行ったら偶然他の友達と会って、
   んじゃあ一緒に行くか、って。そんなノリなんだよ』

誓子『そうそう。誰を選ぶのかって言われても、
   なんでみんなで仲良くできないんだろう、とか思ってそう』

揺杏『でもさあ、三人ともちょっと執着が尋常じゃないよね。
   あえて触れないようにしてたけど、まさかさあ……』

誓子『いや、いやいや。いくら爽でもまだ2週間足らずよ?』

揺杏『うん。みんな入学したてで初めて恋人ができた奥手なクリスチャンだもんね。
   最後までいってないよね……』

成香『あの、その友達の子が“君が特別だって証がほしい”って言われて、
   えっと、その……抱かれたって……』


誓子『……』

揺杏『……』

誓子『絶対全員に言ってるわ』

揺杏『うん、ヤってるわ』

誓子『……どうする揺杏、人の恋路にあんまり首つっこむのは、って思って今までクギ刺す程度だったけど』

揺杏『もういっちゃいましょ。これ以上爽の好きにさせてたら、私らまで刺されかねないよ』

誓子『そうね。爽呼ぶわね』


爽『ん~しょうがないか。わかったよ、三人とも別れる。でも切り出し方が難しいな……。
  そうだ、チカか揺杏さ、恋人のフリしてくれない?』

誓子『絶対イヤ』

揺杏『命が惜しい』

~~~~~~~~~~~~~

爽「……そしてひたすら平謝りで決別を達成し、平穏を取り戻したというわけだ」

由暉子「想像以上に畜生でした。地獄の業火に焼かれますよ」

爽「それでも天国に憧れる!」


成香「でも、三人が元気になってくれてよかったですよね」

揺杏「ああ、成香と私でフォローしたもんな~」

誓子「二人に感謝しなさいよ」

爽「わかってるよ。さすがに反省した」

揺杏「あの一件で全学年に噂広まって、完全にモテ期終わったからなー」

爽「ま、女の子はどんどん新しい恋バナに夢中になるから、しばらくしたら忘れられたけどね。
  今の1年生には知られてないだろ」

由暉子「はい、全然聞いたことありませんでした」


爽「ってことは揺杏の援交事件も?」

由暉子「初耳です」

揺杏「おい、“疑惑”を入れろよ。濡れ衣なんだから……」

~~~~~~~~~~~~~

揺杏『毎度~。うーん、けっこう稼ぎになるなー』

爽『お、揺杏じゃん。なに、またやってんの?』

揺杏『うん。臨時収入あったからメシおごってやるよ』


爽『ごちそうさま』

揺杏『けっこう食ったなー』

爽『そしてドリンクバーで更に元を取る』

揺杏『今度は爽のおごりね』

爽『あいよ、臨時収入あったらね』

揺杏『とぼけんなよー。あそこにいたってことは雀荘だろ?』

爽『バレたか』


揺杏『この前の1万円も返せよ。別に急ぎはしないけどさ』

爽『わかったわかった。帰ったら貯金と相談して、返せるようだったら部屋行くよ』

揺杏『期待しないで待ってるよ。……ねえ、部活さー、麻雀にしてもいいんだよ。
   そんなに強いんだから良いとこいけんじゃない?』

爽『んー、卓がないとなあ……面子も揃わないし。とりあえず日銭稼ぐだけでいいかな、麻雀は』

揺杏『そっか。でも気をつけろよ。雀荘は学校的にはグレーゾーンだろ』

爽『大丈夫だよ、ノンレートだから』

揺杏『よく言うよ』


爽『揺杏の方がまずいんじゃないの? ちょっと噂になってるよ、2年生の間でも』

揺杏『なにが?』

爽『揺杏が援交してるって』

揺杏『好きに言わせとけばいいよ。やましいことはないんだから』

爽『ヤってなくても、歳いったオジサンと会ってお金もらってるんだから、
  状況的には同じようなもんじゃないの?』

揺杏『語弊のある言い方だね。私はコスプレ衣装とかフィギュアの小物とか作って、
   それにお金払ってもらってんだよ。れっきとしたビジネスだろ』


爽『んー、じゃあ喫茶店とかでよくない? なんでカラオケなんだよ』

揺杏『堂々と美少女フィギュア出すわけいかないだろー。それに採寸することもあるからね。
   女の人なら家行ったりするんだけどさ、さすがに知らない男の家に上がりこむのはねー』

爽『じゃあどんな服がほしいとか打ち合わせするだけ?』

揺杏『そう。完成品確かめてもらったりね』

爽『歌ったりしないの?』

揺杏『時間余ればすることもあるかな』

爽『ぶっちゃけ、勘違いして誘われることもあるんじゃないの?』

揺杏『ヤらせろって? まあ、たまーにあるよ。丁重にお断りしてるけど』

爽『気をつけろよ。そのうちホントにヤられちゃうぞ』


揺杏『大丈夫だって。護身用のスタンガンも持ってるし』

爽『あ、それ中学のときの戦利品だったよな。まだ持ってたんだ』

―――――――――――――



成香『大変です! 揺杏ちゃんが指導室に連れてかれちゃいました!』

爽『あー、ついに来たか』

誓子『男の人と繁華街歩いてるの何回か目撃されてたみたいね』

爽『毎回違う男、しかも年齢層バラバラと来れば援交疑うよな』

成香『それだけじゃないんです! ホームルームのときに抜き打ちの持ち物検査があって、
   鞄からその……避妊具が見つかったって……』


誓子『ええ!? 避妊具って、つまり……ゴム?』

成香『はわっ! は、はい。しかもクラスの人の話だと、
   お金と“揺杏ちゃん予約 前金”ってメモが一緒に入ってたって』

誓子『うわ……。え、私たちにも内緒で、ホントはやってたのかな。
   ねえ爽……あれ、どうしたの? 顔色悪いよ』

爽『……やっべぇ……イタズラしたの忘れてた……』


誓子『はあ!? じゃああれ、爽の仕業だったの!?』

爽『昨日金返そうと思って揺杏の部屋行ったんだけどさ、ただ返すんじゃ面白くないなーって思って。
  鞄に忍ばせて時間経ってから発見させるつもりだったんだけど、そのまま戻って寝ちゃった』

揺杏『で、起きたらすっかり忘れたってわけか』

成香『うわあ~~ん! 何事もなくてよかったです~~!』

揺杏『ごめんな、心配かけて』

爽『ゴメン……』

誓子『相変わらずトラブルメーカーね……』

揺杏『まあいいよ。筆跡ですぐ疑い晴れたしね。爽が指導室入ってきた瞬間、
   みんな納得した顔してたよ。男と会ってたのは説明が面倒だったけどさ』

誓子『そっか……。ねえ揺杏、今回のことがなくてもやっぱり私たち心配だな』

成香『そうですよ、いつかなにかあるんじゃないかって怖いです……』


揺杏『……うん、もうやめようかな。変な疑いかけられるのも思ったより面倒だったし、このへんが潮時かな』

爽『せっかく元ヤンの噂も落ち着いてきたしな。でもホント心配してたんだよ。
  最近服作ってるときの揺杏、あんまり楽しそうじゃなかったからさ』

揺杏『趣味じゃないもの作るのも疲れるからね。着てもらってもいまいち映えなかったり。
   だから、今度人のもの作るときは、とびきりカワイイ子に着てほしいなあ』

~~~~~~~~~~~~~

揺杏「……とまあいろいろあったけど、願いはかなったよ。
   とびきりカワイイ子に着てもらえて、服作るの楽しくてたまんねー」

由暉子「いえ、そんな……えへへ」


爽「どうだ、麻雀部秘話、堪能したか?」

由暉子「はい……。あの、ありがとうございます、ワガママきいてくれて」

揺杏「いいってことよ」

誓子「恥ずかしいっていうか、ちょっとユキには刺激強すぎるかなって方が大きいし」

由暉子「やっぱりみなさんはすごいですね」

成香「え、なんでですか?」

由暉子「話してもらっといてなんですけど、お互い恥ずかしい部分に触れられても笑っていられるというか」

爽「なんかエロいな」

由暉子「ちがいます! 話としてですよ」


爽「わかってるって。過去のことだしな。そんな時代もあったねと笑える日が来てんのさ」

誓子「それにお互い、バカにしたり攻撃したりするわけじゃないってわかってるから」

揺杏「うん、からかうのも愛情表現だよね」

成香「他の人に言われたらイヤかもしれないけど、みんなならって思えます」

爽「お互いネタにして笑い合えるぐらいがちょうどいいんだよ。
  だからおまえも恥ずかしいところ突かれても愛だと思え」

由暉子「……そうですよね、なるべくそうしてみます。
    いざとなったら抵抗しちゃうかもしれませんけど」

成香「ユキちゃんなら大丈夫です!」


揺杏「あれ? そういえば成香の話してないねー」

爽「お、そうだな。ここは成香が手本を見せてやらないとな」

成香「ええっ! そんな、恥ずかしい話なんて思い浮かびません……」

誓子「いっぱいあるじゃない。中2の運動会とか」

成香「わあああぁぁぁぁ!」

――――――
――――
――


爽「……永水の牌譜どこだっけ」

揺杏「ちょっと待って……あった。はい」

爽「サンキュ」

揺杏「あー、頭がオーバーヒートだわ」

爽「早いよ。データはあってありすぎることはないんだから、少しでも多く目を通しておきな」

揺杏「実戦に越したことはないだろー」

爽「そりゃそうだけどさ、二人じゃさすがにな」

揺杏「早くミサ終わんないかなー」

爽「おまえも出てくれば?」

揺杏「冗談でしょ」


成香「お待たせしました」

由暉子「こんにちは」

揺杏「お、来たね。よっし、これで牌譜とのにらめっこから解放される」

爽「抜け番中はまた牌譜だからな。……あれ、チカは?」

成香「それが……シスターに呼び出されてお説教です」

揺杏「え、チカセンが!? めずらしいね~」

爽「なんだよ、久々にプッツン誓子が出ちゃったか?」

成香「いえ、そうじゃないんですけど……讃美歌がツボに入ったみたいで、
   歌ってる最中に笑いが止まらなくなっちゃったんです」

揺杏「へー。なんだろーね。ユキなんか分かる?」

由暉子「……いえ、私は席が離れてたので」


爽「ちなみに何歌ってたの?」

成香「“荒野の果てに”ですけど……」

爽「なんだっけそれ」

揺杏「有名なやつじゃん。 ♪グロ~ォォォォォ~ォォォォォ~ォォォォォ~リア~
   ってすっごい伸ばすやつでしょ」

成香「はい、それです」

爽「あー、そういうことか」

揺杏「こりゃキツイねー」

成香「え、分かったんですか!?」


揺杏「私も参加してたら耐えられなかったかもなー」

成香「え、え、なにかおかしいですか?」

爽「ほら、真面目な雰囲気だとちょっとしたことが面白くなることあるだろ。
  耐えようとするとよけいおかしくなる、笑いの相乗効果とでも言うかな」

揺杏「教会なんて空気で1回思い出しちゃったらしばらく抜け出せないだろーね」

成香「思い出す? 何をですか?」

爽「そりゃあ決まってるだろ。成香も昨日見たろ」

由暉子「言わないでください」

爽「聖戦士グロリア・トゥル」

由暉子「そこまで! そこまで!」


おしまい

ありがとうございました。
チカセンの扱いがひどい気がするけど有珠山全員好きです。
依頼出してきます。

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