「なんてばかなぼく」(25)

※地の文だらけで、俗に言うssとは違うかと思います。
書き溜めはありますが、もしもしなのでちょっとペースが遅いかもしれません。多分暗いです。それでもよろしければ、お付き合い下さると嬉しいです。

──

 彼女の全てを知ったのに。
 彼女は、前よりもっと眩しくなった。

 ──思春期が、想いの邪魔をする。

──

──

 夕方。
 五時頃の話。

──

「……それ以上、綺麗にならないで」

 本音から不意にこぼれた僕の呟きは、少し先を歩く彼女の背中を少しだけ揺らした。

「……あは、何それ。ばかじゃないの?」

 幼馴染同士らしい軽口が秋風を連れて、微妙な距離感を保ったまま僕らの横を滑っていく。

 心なしかいつもより歩く速度の遅い彼女は、ホテルを出てから僕の顔を一度も見ない。少し俯いて、登り坂をぎしぎし踏みしめて歩いている。

「……」
「……」

 沈黙の上に、二人の足音が乗っかっていた。夕陽が、坂の上から無神経に僕らの顔を必要以上に紅く照らす。

「……」
「……」

 制服のスカートに埋(うず)める彼女の指が、僅かに震えている。僕はその先で揺れるチェック柄の短い裾を眺めながら、壊れてしまった大切なことを痛感していた。

「……後悔、してる?」

 沈黙の打破。太陽よりも空気の読めない素振りとタイミングで、僕はまるで気の利かない質問を吐く。

「……ん。後悔っていうんじゃないけど、何か少し変わった感じがして、……ちょっと今は普通でいられない、かな」

 はにかんだ表情に似合わない涙目をくっつけて、彼女が半分だけ振り返る。いつも強気な彼女には珍しい、歯切れの悪い言葉だった。

「……ごめん」
「何で謝るのよ。私が頼んだことじゃない」

 坂の上に向き直りながら、彼女が放つ。色素の薄い自然な栗色のショートカットが、夕陽を透かしてきらきらと瞬いた。

 さっきまでその毛先は、僕の素肌の胸の上に。鼻の前に。撫ぜる指先に。確かに、在った。甘い香りも、信じられないくらいの柔らかさも、僕のものだった──はずなのに。


 ──それ以上、綺麗にならないで!


 無音の絶叫。彼女の全てを知ったのに、彼女は前よりもっと眩しくなった。

「……私たちには、今日みたいな決定的な日が、絶対に必要だったんだよ……」

 目一杯に手を伸ばしても、もう永遠に手に入らない。坂を登りきった時、僕が見つめた夕陽は、絶望的に真っ赤に燃えていた。

──

 午後。
 二時頃の話。

──

「……引き返すなら、今のうちだと思う」

 平静を装うには不十分な裏返った声で、僕は浴室から出た彼女に言った。巻きつけたバスタオルの裾をぎゅっと握って俯く彼女は、唇を震わせて僕の前で立ち尽くす。

「……」
「……」

 休憩三時間で四千円の部屋の照明は、無遠慮な不埒さで僕らを恥じているかのように洸々と瞬いていた。

 鎖骨や太股がのぞく。幼い頃から知っているはずの彼女だけれど、あまりにも美しいその白い素肌が、確実に僕の理性を狂わせ始めている。

「……」
「……」

 彼女の肌にへばりついていた水粒が、ベッド脇の床に落ちる。飛沫が瑞々しい音を立てて、沈黙の中を反響した。

「……ばかにしないでよ」

 制服に、染み込む。彼女からの水滴だとか、ボディソープの匂いとか、僕の先走る臆病で下品な恋心が。

「……ちょっと待って。僕もシャワーを」
「伝わるかな」

 僕の喚きを途中で遮って、彼女が呟く。僕が僅か怯んで「え?」と聞き返した時、微かに生まれた隙間がはらりとバスタオルを落下させた。

「……」
「……」

 自然と、彼女をぎゅっと抱き締めていた。物理的な隙間はなくなって、その代わりに生まれた必然的で絶対的な悲事を、僕は無視する事にした。

「何? なんて言ったの?」
「……なんでもない。いいから早く脱ぎなよ?」

 彼女を横たえる。直視する彼女の表面的な魅力を、僕はその時明らかに斜めに、邪にだけ見ていた。

「……あとから取り消しとか出来ないんだからな」
「……当たり前でしょ。ばかじゃないの」

 貪り始めた僕の頭上で、彼女が悲しげに囀ずっている。

 僕が深く潜った時、どうやら彼女がベッド脇の操作盤で照明を落とし、有線放送のボリュームを上げたようだった。

 大音量がリズミカルに響き始める直前、僕の耳は微かに彼女の小さな叫びを捉えていた。

「……ばかみたい」

 僕の啄みは、言い訳や自棄糞に満ちていた気がする。

──

 正午過ぎ。
 喪失の跫。

──

「ねえ、お願い聞いて欲しいんだけど」

 彼女の申し出は、放課後の帰宅路で偶然に会った、金曜の昼間のこと。中間試験も半分が終わり、週末の詰め込み勉強をあてにする学校側の配慮で、殆どの生徒が明るい内に帰宅をしていた。

「……なんの話?」

 繁華街が近い飾り煉瓦の道を歩きながら、僕は、中間試験前半の出来と、最近避けていた彼女との思いがけぬ下校を悔やみ俯く。聞き返した言葉も、彼女の問い掛けに僅かな厄介事の匂いがするのに気付き、煙たく感じて出たものだった。

「……だから……」
「面倒なことならお断りだよ」
「……なんかさ、最近そうやって私を遠ざけるよね? 寂しいなあ、せっかくの幼馴染じゃない」

 僕の顔を覗き込むように、彼女が体を折って舌を出す。捻った体の線が、僕の昔から知る彼女と変わってきている事に気付き、僕の胸はなんとなくもやもやした。

「だって、やっぱまずいでしょ。幼馴染って言ったって、男と女だよ? それに……」
「それに?」

 照れ隠し。眼鏡を中指で押し上げる仕草で、赤面をごまかしたつもり。跳ねるように歩く彼女のスカートがふわりと舞って、視界の端で思春期の不純を誘う。毎日見ているから、わかる。彼女が、彼女のすべてが、日に日に眩しくなっていく。

「……彼氏さんに悪いし」
「ばかみたい。何それ」

 彼女には、恋人が出来ていた。僕らの一つ上の先輩で、バレー部のエースアタッカー。長身で格好良くて人気者。僕とは正反対の、とにかく色んな意味で、良い人。

「その通りの意味だよ。僕なんかといて変な噂にでもなったら、先輩が心配するじゃないか」
「なる訳ないよ、だって」
「わからないだろ、人の噂なんて」
「それなら私だって彼女さんに悪いよ。私も遠慮が必要?」

 僕には僕で、恋人がいる。彼女より先、二ヶ月前に美術部の後輩からの告白を受け、はじめての“彼女”が出来ていた。薄い眼鏡で口数の少ない、僕とちょうど釣り合うくらいに地味な、そんな女の子。

「そんな話はいいでしょ」
「よくないよ、くだらないこと言うんだもん」

 頬を膨らませ唇を突き出す。自然な艶の彼女の唇から、今の僕は目が離せない。

 ──いや、目が離せなかったのは、昔から。
 ずっと、彼女が好きだったんだ。

 障壁や非常線は、卑屈な僕が張った、臆病な諦め。

──

 その直後、会話。
 おわりのはじまり。

──

 ……何?
 お願いって。

 ──練習、しない?
 予行演習。私と。
 幼馴染同士、二人でさ。

 ……よくわからないよ。

 ──きっと、分かると思う。
 私がどう思ってるかも
 伝わる、よね?



 ……いいかもね。それ。
 先輩の為にも、初めての前に
 経験しといた方がいいよね。
 付き合うよ、香織。

 ──ありがとね、尚。

ありがとうございました。

ありがてぇ…ありがてぇ!!

>>22
こちらこそありがとうございます(?)

最後の名前はいらんかったな

でも好きだよこう言うのも
ショート・ストーリーって点で言えば立派なssだ

乙(^ω^)

>>24
>>1です。乙ありがとうございます。
最後の名前はかっこつけたくてやっちまいました()

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