男(最強の魔女…どんな人なんだろう)魔女「えへへ、こんばんは」ニコッ (611)


男「──あの、貴女は…? 魔女様はどちらにいらっしゃるので…」

魔女「私が魔女です」

男「………」

魔女「………」


男「あ、あぁ! 御伽噺でもよくありますものね! 高い魔力をもつ御仁は何百歳になろうとも若いお姿を保たれて……」アタフタ

魔女「先日、十八になりました」ニコッ


男「……からかっておいでで?」

魔女「いいえ」

男「………」

魔女「………」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427070800


男(おかしい、絶対かつがれてる! だってこの目で見たんだ、去年行われた魔女様の演習!)

男(この砦の最上階から手を翳して、しばらく詠唱したと思ったら閃光が放たれて)

男(視界の果てにある山がひとつ消えて、凄まじい轟音と爆風が遅れて届いて……)


男(あの時、最上階へ移動される魔女様なら見た。後ろ姿だったとはいえ、少なくとももっと背が高かったはずだ)

男(一瞬見えた横顔から察してたぶん二十代後半、それでもお若いなと思ったけど……だからって!)


男「………」チラッ

魔女「……?」ニコッ


男(そんなわけない! どう見てもただの純朴な乙女じゃないか!)


魔女「嬉しいです」

男「はい?」

魔女「やっと貴方の目を見て話せました」


男「昨日までカーテン越しに話していたのは、本当に貴女様なのですか」

魔女「そうです」

男「でも声も口調も随分違います」

魔女「声は違って聞こえるよう部屋に小さな結界を張ってましたから。口調は……ごめんなさい、わざと高圧的にしていました」


男(本当なのか…この人が)

魔女「魔女の本当の姿を世間に知らせるわけにはいかなかったのです。どうかお許し下さいね」ペコッ

男(この月の国を大国たらしめる力を秘めた、恐るべき魔女──)


……………
………


…半年前、月の国『魔女の砦』


大隊長「──総員整列っ!」

……ザンッ!


大隊長「皆、良い面構えだ。程よく緊張しているようだな。……赤色小隊、配置を言ってみろ!」

赤小隊長「はっ! 砦より二時方向、盾兵を先頭に放射状配置とし中央に弓兵が控えます!」ビシッ


大隊長「よかろう、黄色小隊!」

黄小隊長「砦より四時から八時方向、槍兵と弓兵を二列帯状配置とし後方の警戒にあたります!」ビッ


大隊長「青色小隊!」

青小隊長「はっ! 砦より十時方向、赤色隊との対象配置で北側の警戒にあたります!」ピシッ


大隊長「今日この日、我々部隊が魔女様の演習警護にあたる事はこの上なき栄誉である」

大隊長「しかしこの砦に部隊が集中している事は、逆に言えば魔女様が姿を見せる事を知らせているも同じだ」

大隊長「ここは内陸といえど、国内にクーデターを目論む者や他国に内通する者がいないとは限らん」

大隊長「魔女様の命を狙うべく襲撃が行われる可能性は、決して否定できない」


大隊長「白色小隊! 貴様らの任務は!?」

白小隊長「はっ! 申し上げられません!」

大隊長「……よし、それでいい。貴様らこそ最も誉ある任に就く、それだけを覚えておけ」

大隊長「十年に一度の演習、総員いっさいのぬかりは許さん! 配置につけっ──!」


………



男「──で、結局ただの砦内の警護かよ。そりゃ最後の生命線と言えばご大層ではあるけど、暇な任務だな」

友「まあ、外が慌ただしくならない限り仕事がないものな」

男「でももしかして、この白色小隊の中に裏切り者がいたりして?」ニヤリ

眼帯「おかしなこと言わないでよ。小隊長はピリピリしてんだから、聞かれたら背後から斬られるよ」


男「へっ、俺があの小隊長に負けるとでも?」

友「だから口に出すなって。解ってるよ、お前の腕は。月の国でお前に敵う奴なんかいない……魔法以外はな」

男「それを言うな」

眼帯「だって男くらいだよ? 毒消しの魔法さえ使えずに騎士団に入った人なんて」


男「魔法なんか使えなくたって、小隊長のハゲごとき──」

白小隊長「──実に頼もしいことだな」

男「げっ」

友「うわぁ……」

眼帯「あーぁ…」


白小隊長「この任務の後はどこへ赴きたい? 東西南北、好きな方面の辺境へ就かせてやろう」

男「私は永劫、王都において小隊長殿の右腕として働きとうございます!」ビシッ

白小隊長「ふん……残念だがそれはならん」


眼帯「男、ご愁傷さま」

友「手紙くれよな」ポンッ

男「ええぇ……まさか本当に辺境に飛ばされるので?」


白小隊長「ここを辺境と呼ぶなら、そういうことになるな」

友「ここを? では、今後は…」

白小隊長「そうだ、我々は演習後もこの砦に残り、誉れ高くも魔女様の警護にあたる」


男「……冗談でしょう?」

白小隊長「冗談なものか。しかも男、貴様はそれだけではないぞ」

男「先ほどの発言は謝りますって」

白小隊長「それとは関係ない、個人的には殴ってやりたいがな」


友「それでは…」

白小隊長「男、心して聞け。これは貴様に対する上層部から直接の指令だ──」


………



男(でけぇ扉だ……)ゴクリ


『──男、貴様は魔女様の付き人だ。直接に言葉を交わす事になる大役ぞ』

『なんでも下手に魔法適性のある者では、近づくだけで魔女様の御力にあてられてしまうとの事だからな』

『魔力の欠片もない貴様なら、その偉大な力にあてられるどころか、気づく事さえできまいて──』


男(本当に上層部からの命なのかよ…ただ怖いから押し付けてるだけじゃねえの)チッ

男(運んだスープがぬるかっただけで消し炭にされた奴もいるとか……本当か嘘か判らないけど、散々脅されたし)

男(俺だって怖えぇよ…)ブルブル


ギイィィイィィ……

男(扉が勝手に開いた…!)

男「………」

男(入れ…って事だよな)ハァ…


男「し…失礼致します! 恐れ多くも本日より魔女様の手足となるべく命を受け、まずはご挨拶に伺わせて頂きましたっ!」ビシッ

魔女《……こちらへ来い》

男「はっ!」

男(広い部屋だ……奥にカーテン、恐らくその向こうが寝所。声がするのはカーテンの向こうか)


魔女《…名を申してみよ》

男「『男』であります!」ピッ


魔女《ふん……顔色は変わらぬようだな、妾の魔力に臆する様子も無い》

男「は…恥ずかしながら私は魔法適性が皆無でございまして…」

魔女《ほう…? それで貴様が選ばれたわけか》

男「はい、何なりとお申しつけ下さいませ!」


魔女《……よかろう。頼むぞ、男》

男「あ、ありがたき幸せ!」

魔女《昼間は演習の警護、ご苦労であった。退がって休むが良い》

男「はっ、失礼致します」ペコリ


カッ、カッ、カッ……ピタッ

魔女《……どうした?》

男「あの強大な御力、月の軍に身を置く者として誇らしゅうございました」

魔女《思ってもおらぬ事を、安い世辞など要らぬぞ》


男「…いいえ」

魔女《……?》

男「心から、格好良かったです」


魔女《ふ…あははっ、ははははは……面白い奴よ、気に入ったぞ──》

ギイィィイィィ…バタンッ……


………



友「──本当かよ、魔女様に気に入られたって!?」

眼帯「なんて言われたの!?」

男「言葉をそのまま受け取っていいかは解らないけどな、気に入ったと言われはしたよ」


友「おいおい…まさか魔女様を娶って大出世とかするんじゃないだろうな」

男「まさか、そんな怖いこと言うなって」

友「ははは……まぁ、うっかり尻なんか触って消し炭にされないように気をつけな」

眼帯「もう、友はいちいち言う事が下品だなぁ」


男「触るもなにもカーテンの向こうだって、顔も見てねぇよ」

友「でも演習で見かけた感じ若かったぜ? 眼帯みたいな男勝りでもないだろうし、その内カーテンの中に呼ばれるんじゃねえの?」クックッ…

眼帯「殺す」

男「だから、よせってば…」


友「なんにせよ名誉な事だよ」

眼帯「羨ましいなら交代してもらえば?」

友「おっと、そいつは御免だけどな」


男「しかし与えられた特別な任務ってのが、この砦の継続的な守護だなんてな…」

友「この白色小隊が編成された時、ちょっと妙だと思ったんだよ」

眼帯「小隊長含む隊員全てが両親も無けりゃ家庭も無い、天涯孤独の身だもんね」

友「それも合点がいったってもんだ」


男「はぁ…退役まで帰れないって事なのかな…」

友「噂だけど十年くらいだって聞いたぜ」

眼帯「つまり次の魔女演習の時までって事」

男「そういや、引継ぎにまだ数名残ってるけど、前任の警護隊も大部分は引き上げてるみたいだもんな」


友「まあなんにしても十年……長いけどな」

男「ちぇっ…もう寝るよ、明日からは魔女様の朝食も運ばなきゃ」

眼帯「大変だね」

友「しっかり顔洗ってから行くんだぞ──」


ZZZzzz…ZZZzzz…
…ムニャ、サケモッテコーイ…ZZZzzz……


『──心から、格好良かったです』


男(……気に入ったと言ってはもらえたけど、軽口だったかな)

男(でも…思ってたほど怖い感じはしなかったんだよな)


男(不思議なのは、騎士団員たる俺が魔女様の召使いをすることの意味…)

男(確かにこの砦では兵士以外にはあまり会わないけど、それでも炊事係や事務方なんかもいないわけじゃない)

男(他人の身の世話をするなんて事に全く慣れない一兵卒を、その役に充てる理由はなんだろう)

男(それに…じゃあ今まではどうしてた? 世話係が引継ぎも無しに替わるなんて、魔女様だって困りそうなもんだ)


男(…俺の知るところじゃないか)

男(無礼を働いて消し炭にされないよう振舞うので、精一杯…ってね──)


……………
………



男(えっと…また勝手に扉開くのかな)

男(……あれ? 開かない、まだお休みなのか)

男(ノックしてみよう…)


ソーーーッ……コン、コンッ

男「………」

ギイイィィィ…

男(開いた…)ゴクリ


男「お、おはようございます!」ビシッ

魔女《ん…もう朝ですか…》

男「は?」

魔女《うっ…ごほんっ、ご苦労…》

男(なんか口調が……気のせいか、変なこと言ってお怒りを買うのは御免だな)


男「朝食をお持ちしております」

魔女《うむ、カーテンの脇からこちらへ》

男「失礼いたします」カラカラカラ…


魔女《…では、話すがよい》

男「話す?」

魔女《そうだ、貴様の話を聞こう》


男「……恐れながら私は貴女様の召使いとして遣わされたと存じております。命ずるお言葉を頂戴するは私の役目かと」

魔女《ふん…食事も湯浴みも一人でなせぬほど老いぼれてはおらん、何をさせよというのだ》

男「なんなりと」

魔女《だから妾は『話せ』と命じておる。この砦の中はひどく退屈でな、貴様の話を聞かせてくれ》


男「私の話…でございますか」

魔女《そうだ、なに…時間は売るほどある。生い立ちだろうが戦の話だろうが構わぬぞ》


男(どういう事だよ…召使いって、つまり退屈凌ぎの相手って事なのか)

男(生い立ちとか…そんな面白い話あるかなぁ)


魔女《……話さんのか?》

男「滅相もございません。ただ、何から話せば良いか…」

魔女《貴様、生まれはどこだ?》

男「東の港町であります」

魔女《港町…ならば海に近い地で育ったのだな》


男「むしろ『海しか無い』というべき片田舎でございますれば、魔女様にお聞き頂く価値のあるような話は…」

魔女《いや、興味深い。覚えておる限り古い昔話から聞かせてみよ》

男「……私はその港町で、両親の一人息子として生まれました」


魔女《…その頃の事を覚えておるのか?》

男「し…失礼いたしました! 覚えている限りの昔話をと申されましたのに……お許しを!」


魔女《いや、そういう意味ではない…すまぬ》

男「え…?」

魔女《腰を折ったな…そのまま続けてくれ》

男「は…はい、それでは……私の父は漁師をしており──」


………



魔女《──ふむ、それで? 子供達が集い学ぶ『学校』とやらに通い始めて、どうなったのだ》

男「大変楽しゅうございましたが……家に持ち帰ってからこなさなければならない『宿題』だけは憂鬱でもありました」

魔女《学校で学ぶのは楽しいのに、家ではつまらぬのか》

男「学校では友人と共に学ぶから楽しいのです。家に帰れば、今度は外で遊びたくなるものでございます」

魔女《ほう、ほう、なるほど…》


男「……恐れながら魔女様、夕食の時刻でございます。おそらく扉の前に届いているかと」

魔女《なんと…もうそのような時刻であったか》


…パチンッ
ギイイイィィィ……


魔女《男よ、食事を運んだら、貴様も食べてくるといい》

男「ありがとうございます」

魔女《ただし、終わったらすぐに来るのだ。早く続きを聞かせよ──》


……………
………


…1ヶ月後


友「おはよう、今朝も早いんだな」

男「ああ、魔女様のとこへ行かなきゃいけないからな」

友「……大丈夫か? 連日、早くから遅くまで…昼の訓練の時間以外はずっと呼び出されてるじゃないか」

男「ありがとよ、でも平気だ」


友「魔女様の部屋なぁ…俺なら重圧でどうかなっちまいそうだ」

男「魔法適性はまるで無いんでね」

友「そういう意味じゃねえよ」

男「はは…解ってる、でも心配ないって」


男「じゃあそろそろ御主人様のところへ行くかな」

友「御主人様…か」

男「……どうかしたのか?」


友「いや……先週、落日の国が降伏勧告を受け入れたって聞いた」

男「ああ、この一ヶ月の間で白夜に続いて二国目だ」

友「そもそも落日は砂漠化が進んだり異常気象が襲ったり、疲弊した状態ではあったと聞くけど」

男「白夜も一昨年、大地震があったらしいしな」


友「でも、きっと最終的に降伏を決断させたのは魔女様の演習なんだろうな…と思ってさ」

男「まあ、あの威力なら一国の首都を灰にするくらい可能だろうからな、歯向かう気を無くすのも頷ける」

友「月王陛下は世界の全てを手中にするおつもりなんだろうか」

男「…かもしれないな」


友「以前、旭日の国から戻った部隊から聞いた話…言ったっけ?」

男「街ふたつ、廃墟にしたってな」

友「『手段を選ばず、女子供を含め全てを殲滅せよ』なんてな、俺たちがその命を受けたらどうする?」

男「……どうもできないよ、俺たちは兵に過ぎん」


友「俺は…月の国を、孤児の俺を施設で育ててくれたこの祖国を守りたくて騎士団に入ったんだ」

男「ああ」

友「違う国に侵攻し、略奪を行うためじゃない」ギリッ

男「解ってる……声が大きいぞ」


友「すまん…だけど、覚えてるか? 騎士団に入隊した時の陛下の演説」

男「『諸君らは偉大なる魔女を守る騎士である』…か」


友「だったら他国への侵攻は魔女様が望んだ事なのか? 魔女様の近くにいるお前はどう思う?」

男「……そうは思わない、魔女様はきっとそんな事を望む方じゃない」


友「自然災害や異常気象が続く世界と暴走する祖国…か、どうなっちまうんだろうな」

男「少なくとも俺たちは十年間は他国の侵略には回されないんじゃないか、幸いだと思おうぜ」

友「でも、もし本当に魔女様の力を攻撃に使おうとしたら…」


男「…すまん、行くよ。また夜に酒でも飲みながら聞こう」

友「ああ……そうだな、悪かった」

男「いいよ、気持ちは解る。落日は死んだお袋さんの故郷なんだろ?」

友「その街も砂漠に飲まれたって聞いたよ」

男「…そうか」

友「引き止めてすまない、また昼の訓練で──」


………


…カッ、カッ、カッ


男(友の言いたい事も解る……魔女様の力は偉大なものだけど、それを脅しに使うなんて)

男(そんな事を自ら望むような人じゃないはずだ)


男(魔女様は俺なんかの他愛も無い話を楽しみにして下さっている)

男(俺たちみたいな平民の暮らしを、全然知らないだけに興味深いんだろう)

男(そんな御方が他国とはいえ民の暮らす街を殲滅する事など──)


砦長「──魔女様の部屋へ行くのか」

男「はっ…! これは砦長殿、挨拶が遅れ申し訳ございません!」ビシッ

砦長「よい、魔女様は貴公を大層お気に入りのようだ。足止めして悪かった」

男「とんでもない事でございます、ありがたき幸せ」


砦長「解っておると思うが、21時までにはこの階から退去するようにな」

男「はっ、心しております」


………



男「──その小島に渡れば、大層たくさんの魚がおりまして」

魔女《ほう…どのような?》

男「魔女様がお口にされるような魚もおりますれば、あまり食用にはいたしません色鮮やかなものも」

魔女《……見てみたいものだな》


男「お勧めはいたしませぬが……何しろ海月が多くございます、刺されて命を落とすようなものはおらずとも、酷く痒みが残ります」

魔女《海月か、知っておるぞ。水面を漂っておるのであろう? そうか…それは刺すのか》


男「他にも、何しろ海辺は水面からの照り返しもありますれば、肌が焼かれる事にも注意せねばなりません」

魔女《なるほど、海辺というのは過酷なのだな》

男「仰る通りでございます。訪れたとしても海に入ろうなどと思われませんよう──」


………



男「──その丘には時季になると一面の浜撫子が咲き、緑の織物に薄紅のステンドグラスをちりばめたような鮮やかさでございます」

魔女《浜撫子…初めて聞く花の名だ》

男「この月の国では東部の海岸線にしか咲かぬ花です」


魔女《地に根を張り咲き誇る花か…さぞ美しいのであろうな》

男「華やかな切り花とはまた違った美しさがあるかと」

魔女《………》

男「……魔女様?」


魔女《いや…想像を馳せておった、構わん続けてくれ》

男「はっ、さらに丘を山裾側に下ると泉が湧いており──」


………



魔女《──さあ、昨夜の続きを早く聞かせてくれ》

男「はて…どこまで話したか…」

魔女《ええい、勿体ぶるでない! 酒屋の娘が漁師と駆け落ちて、どうなったのだ!》


男「ああ、そうでございました。それはもう大変だったのです。まず娘の父親が激昂いたしまして…」

魔女「うむ、うむ」

男「漁師の家に怒鳴りこもうとするも、既にそこはもぬけの殻でありました」

魔女《それはそうであろうな、近所の家に居ては駆け落ちとは言わぬだろう》

男「しかし街道をいくら探せど、立ち寄りそうな宿場町をあたろうといっこうに見つかりませぬ」

魔女《おお……して、二人はどこへ逃げたのだ》


男「お解りになりませんか? 駆け落ちたのは漁師でございますれば…」

魔女「まさか…海か! しかし舟がない事くらい、すぐ気づきそうなものだが…」

男「彼は隠し持っていたのです、二艘目の舟を──」


………



男(平凡な俺の人生だ、じきに面白く話せるような事柄は尽きた)

男(剣技の訓練の話、花や魚の名や姿、訪れた事のある街の風景を語るだけ)

男(それでも魔女様は興味深そうに、度々『早く続きを』と急かしながらそれらを聞いてくれた)


男(魔法学は無論として、生物学も物理学も俺には理解できない知識量をもつ魔女様は)

男(俺の話に補足を下さったり、時に俺が勘違いをしている事に対しては正しい知識を教えても下さった)

男(逆に、平民の暮らしを知らないだけ……と考えるには)

男(あまりにも、この世界に対する本当の意味での知識は乏しいと思われた)


男(俺はいつの間にか、恐れ多くも魔女様と過ごす時間が楽しくなっていた)

男(そして俺がこの役目に就いて、およそ半年の時が流れた──)


……………
………



友「──あれ? 今日はゆっくりしてるじゃないか」

男「ああ、魔女様は日中ご多忙らしい。夕食後だけ来いって言われたよ」


眼帯「ちょっと寂しかったりー?」ニヤニヤ

男「からかうなよ……たまには昼まで二度寝するのもいいさ」

友「ははは……しかし魔女様のご多忙と関係あるかは知らんが、妙に外は慌しいな」

男「本当だな、廊下から走る音が聞こえて──」


…ガチャッ!

白小隊長「──貴様ら! すぐに表へ出て整列しろ!」

男「ええぇ…」ガクッ


ザワザワ…ナニガアルンダ…?
ダレカ クル ラシイゼ…


白小隊長「総員、整列っ!」

ザンッ…!


……ゴロゴロゴロ…ヒヒィーン

男(ん…馬車の音…か?)ヒソヒソ

友(国章が入ってるぞ、政府の要人か)ヒソヒソ


白小隊長「国王陛下に敬礼!!」

ビシッ…!

眼帯(国王だって…!)

友(驚いたな…)ヒソヒソ


男(月の国王…こんな間近では初めて見た)

男(50年前、この国が魔女の力を武器に勢力を拡大し始めた頃)

男(皇子の身でありながら、戦線の筆頭に立って数々の武勲をたてたという)

男(そうじゃなきゃ三男が王位を継承するなんて、あり得ないだろう)


男(国を統べる国王と、その国最大の力の象徴たる魔女…)

男(どっちがこの国の盟主なのか……俺には関係ないのかもしれないが)

男(少なくとも今日、それはここに揃ってるんだな──)


……………
………


…現在、魔女の部屋


魔女「──驚いたでしょうね、魔女の正体がこんな小娘だなんて」クスクス

男「……滅相もございません」

魔女「いいのです。もうあんな偉そうな話し方はしませんから、どうか『男様』も気楽に」


男「そ、そのようなわけには参りません!」

魔女「えっ」

男「魔女様がどのようなお姿であれ、私の主に違いはございません故…」

魔女「そう…ですか」ポツリ


男「しかし何故……隠してこられたお姿を、私に見せて良かったのですか」

魔女「ええ、許されましたので」

男(許された? 偉大なる魔女様が許しを得る必要が…?)


魔女「……今日の昼間は、よく休めましたか?」

男「はい、陛下をお出迎えする際と訓練以外は怠惰に過ごさせて頂きました」

魔女「毎日お付き合いを願ってごめんなさい、でも本当に貴方のお話を聞くのが楽しくて」

男「ありがたき幸せにございます」


男「しかしながら初めてお目にかかるとはいえ、魔女様は顔色が優れぬようお見受けします」

魔女「陛下のご訪問に少々疲れただけです、平気ですよ」

男「それならば今日は早めにお休みになられては」


魔女「嫌です」


男「……出過ぎた事を申しました、お許しを」ペコリ

魔女「ごめんなさい、心配をして下さったのは解っているのです。…でも」

男「…?」

魔女「やっと男様と偽らずに話せるようになったのですもの。すぐに寝るなんて、嫌です」ニコッ

男「こ…光栄に存じます」ドキッ


男「……先ほど私に姿を明かす許しを得たと仰ったのは、国王陛下よりのことなのでしょうね」

魔女「はい」コクン


男「私以外に対しては…?」

魔女「元より私を知るこの砦の者以外では、男様にのみ明かす事を許されました」

男「承知いたしました。隊の仲間にも決して話しません」

魔女「…ご面倒をおかけしますね」


男「とんでもない……私だけがお目にかかれるなど、この上なき喜び」

魔女「ふふ、ありがとうございます」

男「例え構わぬと申されましても、話したく無うございます」

魔女「あははっ、やっぱり男様は楽しい御方ですね」クスクス


魔女「男様、こちらへおいで下さい。見て欲しいものがあるのです」

男「はっ、すぐに」


魔女「ほら…私のベッドの真上、天の明かりが届くように吹き抜けの窓になっているのですよ」

男「これは見事な、どうりで昼や月夜にはカーテンの内が明るく浮かんでいたわけです」

魔女「それと…ほら、こっちの壁にも窓が」

男(これは小さな窓だな…開きもしない)


魔女「天窓からは空しか見えませんが、こちらの窓からは外が見渡せます。私、ここからの眺めが大好きなんですよ」

男(え…? でも、この方角は砦の裏の岩山しか…)

魔女「昼間だと山肌に草が揺れるのが見えるのです。時季には石楠花が咲いているのを見つける事も」ニコニコ


魔女「きっと…この反対側の眺めは、もっとずっと壮大なのでしょうね。この何倍もの世界があるのでしょう?」

男「何倍ではききません」

魔女「見てみたい、今から楽しみです」


男「……では、やはり去年の演習をなさったのは貴女様ではなかったのですね」

魔女「はい、黙っていてごめんなさい」


男(じゃあ、あの時の魔女様は今どこに…?)

魔女「……およそ10年前、この部屋を与えられました」

男「10年…」

魔女「それからはここと窓から見える景色が私の世界の全て」

男「それまでは…?」

魔女「同じ砦の中、窓のない部屋でした」

男(そんなところに何年間も…)グッ…


魔女「ここを与えられた時は嬉しかった。でも半年前、そして今日はもっと嬉しいのです」

男「魔女様…」

魔女「男様が私の話し相手になってくれて良かった。心から感謝しています」


男「なぜ外の世界をご覧になれないのです?」

魔女「ひとつには、やはり魔女の命を狙う者を警戒しての事です」

男「しかし、たまに砦の屋上に出るくらい…」


魔女「最も大きな理由として、魔女になる者は特別な環境を整えられたこの砦の外では長く生きられないのだそうです」

男「!!」


魔女「幼い内は日光に曝される事も危険だと……部屋に窓が無い事も仕方がなかったのでしょう」


男「今、魔女に『なる者』と…?」

魔女「……口が滑りました、お忘れを」

男「魔女様…やはり顔色が優れません、どうかお掛けを」

魔女「ありがとう、ではベッドに掛けさせて頂きます。男様もそちらの椅子にどうぞ」トスッ…


男「お気遣いありがたく存じます……が、体調が思わしくないなら──」

魔女「──嫌です…と言いました。まだまだ時間はあるはず、今宵も話をお聞かせ下さい」

男「承知いたしました」

魔女「どうか細かに、この目で見た程に想像したいのです」

男「できる限り、努力いたします──」

ここまでー


………


…二時間後


男「──ともあれ、何とか人数分揃った虹鱒をその川原で焼いて酒のアテとしたのです」

魔女「………」

男「では、そろそろ今宵はお時間でございますれば、私はこれで…」


魔女「………」フラッ…

男「魔女様…!?」

魔女「…ん……」トサッ……スヤスヤ…


男(……眠られただけか)ホッ…

男(そもそも顔色が優れなかったから、驚いてしまった)


男(しかし、このままベッドの縁に横倒しの状態で置いておくわけにもいかない)

男(一度起きて頂くか……)


男「魔女様……」

魔女「…綺麗……な…花…」スゥ…


男(……良い夢をご覧のようだな)

男(やむを得ん、抱き上げてベッドの中央に移って頂こう)

男(決して疚しい想いはございません故、お許しを…)スッ


フワッ……ポフッ、トサッ


男(これでよし…と)

魔女「………」スヤスヤ


男(さて、隊舎に戻るか)

男(この扉、外からは自分では開けられなかったけど……)


カチャ、ギイィ…

男(よかった、内側からは開くみたいだ)

男「おやすみなさいませ、魔女様。そのまま良い夢を…」ペコリ

ギイイィィィ……バタン…


男(もう21時ちょうどくらいだな、早く降りないと)

男(…魔女様、すごく軽かったな)

男(あんなお美しい乙女だったなんて、未だに信じられない)


男(部屋に訪問するのが尚更楽しみかも)

男(…なんて、それこそ消し炭にされても文句言えないな)クスッ


カッ、カッ、カッ…


砦長「待たれよ、男殿」

男「砦長殿……申し訳ございません、時間が過ぎましたか」

砦長「いや、時間はちょうどだ。すまないが、少しこちらの部屋へ」

男「はっ」


砦長(……くれぐれも、粗相の無いようにな)ヒソヒソ

男(はい…?)


…コン、コンッ

砦長「失礼いたします、国王陛下」

男「……っ…!?」


月王「ご苦労……貴公が魔女殿の話し相手か」

男「お…男と申します! 陛下のお目にかかれるなど、光栄の極み!」ビシッ!


月王「良い、楽にせよ。貴公の話は魔女殿からも聞いておる」

男(なんだ…この部屋は、様々な器具…機械? 白衣を着た職員がいる)


月王「……驚いたであろう? 魔女殿があのような若き乙女だったなど」

男「どのようなお姿、お歳であれ、陛下と等しく私の主である事に変わりはございません」

月王「ふむ、私と等しく…か、良き心構えだ」

男「ありがたきお言葉」


月王「本来なら今宵、貴公が魔女殿に謁見する前に伝えておきたかったが、ままならず今になってしまった」

男「なんでございましょう」

月王「魔女殿を主と呼んだ言葉を信じるなら有り得ぬだろうが、まさか彼女の肌に触れてなどおるまいな?」

男「は──」


『──やむを得ん、抱き上げてベッドの中央に移って頂くか』


月王「どうした? まさか過ちでも犯したと…」

男「め…滅相もございません! 指一本触れておりません!」アセアセ

月王「ならばよい、今後も一切触れてはならぬ」

男「御意に」ドキドキ…


砦長「男殿、解っておろうな? 過ちを犯すなというだけではないぞ」

月王「うむ…貴公は魔法への適性が薄く、それ故に適任であったとは聞いておる。しかし流石に触れればただでは済むまい」


男「ただで済まない…とは?」

砦長「貴公の中に僅かでもある魔力が暴走し、最悪の場合命を落としかねんのだ」

男(……馬鹿な、俺は彼女を抱き上げたんだぞ)


月王「それともうひとつ……砦長、すまぬが少し席を外してくれ」

砦長「はっ」ペコリ


月王「男よ、これは貴公の胸だけに留めるのだ。…魔女殿に対し語る話の内容についてだが──」

男「………」ゴクリ

月王「──彼女の知らぬ外の世界を語って聞かせるのは構わぬ、だが決して生に執着させるな」


男「それは、どういう…」ハッ…

月王「…どうした?」

男「いえ、陛下のお言葉に問いを返すなど……失礼を致しました」ペコリ

月王「良い…全てを話す事は出来んが、ある程度は知っておかねば貴公も惑うであろう」

男「………」


月王「聞いておるかもしれぬが、魔女として産まれた者は外界の環境で生きる事はできん」

男(……え?)

月王「そして彼女らは、どうあっても齢三十を数える事はできぬのだ」

男「!!」

月王「これもまた定め……無論、現在の魔女殿も存じている」


男「それでは、去年の演習を行った魔女様は」

月王「歴代の魔女殿が、その生涯の最期に執り行う務め…それが魔女演習なのだ」

男「生涯の最期…」

月王「最も国の為になる最期の形、もしあの演習を行わずとも彼女の天寿は一年と残ってはいなかった」


男「月の繁栄のために、残り僅かな命を投げ打ったと?」

月王「解るであろうな? 必要悪なのだ。現にその後すぐに白夜と落日は屈した、恩恵は計り知れん」

男「………」ギュ


月王「やむを得ぬ事とは言え外の景色すら満足に見られない魔女殿は、広い世界に憧れの念を抱いておろう」

男「…はい」

月王「その想いは演習の日、叶えられるのだ。この砦の屋上からその身体が許す限りの時間、景観を心に刻む」

男(そして…最期の魔法を放つ)


月王「男よ、どうかその日まで魔女殿にこの世界の素晴らしさを語って差し上げてくれ」

男(より強く憧れを抱かせろ…って事か)

月王「そうすればその日の風景は、なお美しく目に映るであろう」

男(魔女様に望んで自らの命を差し出させるために)


月王「ただし、先も言った通りだ」

男(決して、生きる事の喜びは語らず)

月王「魔女殿を生に執着させてはならぬ」


男(俺の役目は、魔女様に…)ギリッ

月王「よいな、男…魔女の騎士よ」


男(喜んで命を投げ出させる事だっていうのか──)


………



男(──だけど、おかしい)

男(俺は魔女様に触れても、なんともなかった)

男(そりゃあ俺がよっぽど魔法適性が無いだけなのかもしれないけど)


男(陛下は話の中で『魔女として産まれた者』と言った)

男(でも、魔女様は今日……)


『──魔女になる者は特別な環境を整えられたこの砦の外では長く生きられないのだそうです』

『今、魔女になる者と…?』

『……口が滑りました、お忘れを──』


男(陛下の言うように生まれ落ちた時から魔女としての力を持っているなら)

男(日の光さえ浴びられぬ赤子をどうやって探し、この砦に運んだっていうんだ)

男(砦の中で産まれた…?)

男(……それなら腹の中にいる内から、その子が魔女だと判ってた事になる)

男(そんな事があるだろうか…)


男(今の魔女様は、残りおよそ十年の生涯って事だ)

男(じゃあ既に他に、次の魔女となる者もこの砦に暮らしているのか?)

男(それは一人だけなのか? なぜ他の国には魔女がいない?)


男(……くそっ、釈然としない)

男(恐らく陛下の話には嘘が含まれている。どの部分か…あるいは)

男(全てが──?)

ここまで
できるだけ連日投下します


……………
………



男(──それでも、俺になにができるっていうんだ)

男(陛下の話の真偽もはっきりとせず、まして魔女様はそれを信じておられるはず)

男(俺の不確かな考えを告げても、そんなの心を惑わせるだけ──)


魔女「──男様?」

男「はっ…」ドキィッ

魔女「どうされたのです。…なにか考え事でも?」

男「こ、これは失礼を! ええと…漁の話の途中でありました」アセアセ


魔女「……ごめんなさい、連日ここへお呼びしているから疲れも蓄積されているのでしょうね」

男「とんでもない、隊の仲間は日々砦内の警護に立っているのです。それと比べれば楽なものでございましょう」


魔女「ふふっ…最初の頃は緊張ですごく疲れていたように見えましたが?」

男「うっ…気を緩めているつもりはございませんでしたが…」

魔女「いいえ、嬉しいです」

男「……申し訳ございません」


魔女「ここを訪れて頂く事、男様は苦痛ではありませんか?」

男「無論、変わらず光栄の至りと存じております」

魔女「どうか本心をお聞かせ下さい」ジッ…

男「……本心…でございますか」


男「私は…大変楽しゅうございます」

魔女「……どのように?」


男「恐れながら魔女様は、やむを得ず外界に出られた事がありません」

魔女「はい」

男「それを私が語り、魔女様は興味深く聞いて下さいます」

魔女「実際にとても興味深いですから」


男「その…失礼かもしれないのですが」

魔女「?」

男「私は、魔女様をそこへお連れしているつもりで語らせて頂いております」

魔女「……ありがとうございます」


魔女「本当に連れていって貰えたら、どんなに楽しいでしょうね」

男「連れていきとうございます」グッ…

魔女「私は外では生きられませんから」ニコ

男(……やはり魔女様は、そう信じておられるのか)


魔女「ごめんなさい、困らせましたね」

男「いえ、しかし…」

魔女「なんでしょう?」


男「いずれ、屋外で演習をなさるのでは…? その時、お身体に差し障りは無いのでしょうか」

魔女「!!」ビクッ


男「…申し訳ありません、私が知るべき事ではありませんでした」

魔女「演習は短時間の事ですので、心配には及びません」

男(明らかな動揺が見られたな……やはり演習の意味はご存知みたいだ)


魔女「も、もう今宵の時間も少ないですね。なにかお話をして下さいますか?」

男「はい、なんなりと」

魔女「では……ええと、そう…ですね…」


男「漁の話の続きでよろしいでしょうか?」

魔女「……ううん…あ、そうです、歌を」

男「歌…?」


魔女「はい、私は音楽というものをあまり知りません」

男(まずい、俺もあんまり知らない)

魔女「楽譜なども見た事はありますが、音階がよく解らないのです」

男「な…なるほど」


魔女「だから、よかったら歌って頂けませんか?」ニコッ

男「ぐ……聴くに耐えられるかどうか…」

魔女「大丈夫です」ワクワク

男(なにが大丈夫なんだろう…)ダラダラ


魔女「できれば覚えたいので、簡単な歌だと嬉しいです」フンス

男「ううむ…それだと、子守歌くらいしか存じません…」

魔女「子守歌! ちょうどいいではないですか、今は就寝前です」パァッ

男「そ、それはあまりに失礼では? まるで魔女様を子供扱いしているようで…」アセッ


魔女「お待ち下さい、私すぐに横になります」イソイソ…ポフッ、ファサッ

男「えっ、えっ…あの…!?」

魔女「これで大丈夫です! さあ!」キラキラ

男「はぁ…どうか笑わないで下さいますよう…」

魔女「笑いません、約束します」コクン


男「…ごほん、あー、あー…」

魔女「もう始まっているのですか…?」

男「まだです」

魔女「咳払いは覚えなくて良いのですね」ニコッ


男「金色ーのー麦畑ーにー日が落ちーたーのはー♪」

男「母上ーがー焼くーパンのー香りがー煙突ーからー届く頃ー♪」

魔女「………」


男「今はー星がー昇りてー渡り鳥ーがー休む夜ー♪」

男「髪をー撫でるはー命のー左手♪ 掌をー包むはー魔法のー右手ー♪」

男「母に抱かれー魔法にー誘われー眠る愛児よー♪」


魔女「………」スヤ…

男(本当に寝た…)フゥ…


男(……子守歌で眠りにつく魔女様…か)

男(幼い頃は日の光を受ける事もできず、今も満足に世界を見る事すら叶わず)

男(きっと、母の腕に抱かれて眠る事も無かったんだろう)


『──私はその港町で、両親の一人息子として生まれました』

『…その頃の事を覚えておるのか?』


男(あれは、本当に解らなかったんだ)

男(乳飲み子の記憶なんか誰も持っていない、それさえも知らないから)

男(俺が本当に生まれた頃の記憶を語れると思ったんだろうな)

男(……なにが魔女の騎士だ)

男(主を死なせるための務めなど──)


カラーン…コローン…


男「……っ…」ハッ

男(いけない、21時になってしまった)スッ…


ギイイィィィ…パタン…


男(急がないと…)

男「!!」


砦長「──次の王都への定期報告書は二週間後に送る事になる」

砦長「私に見せて差し支えないものは一応目を通しておきたい、分けておいてくれ。いや来週で構わん」

砦長「それでは最後は施錠を確実にな、先に休ませてもらおう」…バタンッ


男(この間の部屋……砦長は引き上げたようだけど)

男(あの白衣の職員はまだいるみたいだな)


男(…いけない、何を考えてる)グッ

男(俺はただの一兵卒だ、月の国軍に属する騎士だ)

男(でも…俺は──)


『本当に連れていって貰えたら、どんなに楽しいでしょうね』

『私は外では生きられませんから』


男(──魔女の騎士じゃないか)


…コン、コン


《…誰だ? 砦長殿か?》

男「先日立ち入らせて頂いた、白色騎士小隊の男だ」

《ああ…魔女様の付き人の、何の御用でしょうか》


男「今後、魔女様に接する上で知っておくべき事があったら、貴方に訊くよう陛下に仰せつかっている。少し話を伺えないか」

《砦長を通して頂けませんか?》

男「陛下は砦長に対しても全てを話してはおられぬようだったが…?」

《………》


男(さっき聞こえた会話からしても、この者は砦長以上に深いところを知っているはず)


《どう言った内容でしょう?》

男「ドア越しに訊けぬ話……と言おうか」

《……少々お待ち下さい》


カチャッ…キイィィ…


男「遅くにすまない、核心に迫る話をする時は砦長にも聞かれないように…と言いつけられていたのでな」

白衣「ふむ…しかし陛下は男殿にどこまで?」

男「陛下が話して下さった事は、さほど掘り下げた内容ではない。しかし中途半端な情報を魔女様ご本人から伺ったのだ」

白衣「…なるほど、それは対応に困るでしょうね」

男「ああ、少し知恵を拝借したい」

白衣「どうぞ、中へ」


男(定期連絡は二週間後…か、下手をしたらその時には首が飛ぶな…)


男「魔女様は幼き頃、日の光さえも受けられなかった…それは聞いた話に合わせてある」

白衣「はい」

男「しかし魔女様ご本人も、その事に疑問を抱かれているようなんだ」

白衣「ああ…やはり、そうでしょうな」


男「私も聞いた時から疑問であったからな。まさかこの砦で産まれたというわけではあるまい」

白衣「確かに、今の魔女様がここへ入られたのは二歳の頃でありました」


男「二歳…か、それでは一切覚えていないわけだな。今後も嘘をつき通すことはできるか」

白衣「ええ、是非その方向で。外に出られない事自体が嘘だと知ったら、魔女様は簡単にこの砦を潰せてしまいます」

男(……!!)


男「……次の魔女になる者は、もうこの砦に?」

白衣「それについても魔女様がなにか言っておられたのですか」

男「ああ…既に決まっている…と」ゴクリ

白衣「そうですか…やはり察せられるのでしょうな。確かにひとつ下の階に一人の少女が」


男「去年演習を行った、先代の魔女様が使っていた部屋にでも?」

白衣「その通りです。ようやくその少女も地下を脱し、日の光を浴びられた…ということですな」

男(地下…それが窓の無い部屋か)


男(しかしまだその少女の事を魔女とは呼ばないんだな…)

男(だったら、これは賭けだが──)


男「──いつ、その少女は魔女に?」


白衣「なんと…そんな事まで」

男(怪しまれた…か…?)

白衣「今までとは事情が違います。高い魔力を持つ方を魔女と呼ぶなら、既に魔女という事に」

男「しかし今現在は私が接している御方こそが魔女…という事か」


白衣「そうですね、全ての行程が終わるまでは。……その様子だとつまり魔力譲渡の件も聞いているのでしょう?」

男「……ああ、ぼんやりとだが」ゴクリ


白衣「はぁ…やはり何も知らない方を魔女様の付き人につけるなどすべきでなかったんだ」

男「魔女様とて人間だ、先入観を持たぬ者に胸中を話したくもなるだろう」

白衣「それは解りますがね……辛い運命を背負わされた方ですから」


男「大丈夫だ、私は魔女様から聞いた話を広めるつもりはない。ただ、疑問を抱えたままではどうにも話がし辛くてな」

白衣「よかったですよ、せめて貴方のような人で。何しろ魔女様が約束と引き換えに話し相手を求めるなど歴代で初めての事だそうですから」

男「約束…?」

白衣「ええ、それこそ魔力譲渡に同意する…という約束です。失礼ながら貴方は褒美の品というわけですね」


男「その譲渡は、いつ行われる」

白衣「魔力の譲渡は六月末、来週に最初の一回を行う予定です…が、これは魔女様も承知しているとはいえ、改めて話題とはしない方が」

男「…なぜだ」

白衣「年に一度、十年に渡り血を分け魔力を譲渡する…それこそが死を手繰り寄せる行為だからですよ」


男(血を分ける…死を手繰るだと…?)


白衣「もし魔女様が薄々ともその事に勘付かれているとしたら、自らの命を切り分ける事に恐れはあるでしょうから──」

ここまでー


……………
………


…1週間後


男「──魔女様、どこか具合が悪くございますか?」

魔女「いいえ…大丈夫です」

男「しかし顔色が優れません」

魔女「明日から少しの間、男様に会う事もできないのです。どうか今宵は今しばらく話をお聞かせ下さい」


男「三日間…でございましたね」

魔女「はい、魔力を高めるための儀式のようなもので」


男「それが顔色が優れぬ理由なのでは?」

魔女「…関係ありません」

男「ならば結構です。またつまらぬ話でも聞いて頂くとしましょう」


男「まず外を歩くというのは、存外疲れるものでございます」

魔女「そう…ですか」

男「ましてやずっと同じ部屋におられる魔女様であれば、最初は日に5里も歩く事は望めますまい」

魔女「………」


男「そのくらいの距離しか進めないという事は、満足に日々の湯浴みなどは得られないという事」

魔女「なんの話を…?」

男「無論、食事も携帯に向いた簡素なものとなります」


魔女「男様…」

男「ただし街道は緑も豊かで、時には川の流れや滝、海が見晴らせる事もございます」

魔女「男様、おやめ下さい」

男「夜は天窓に切り取られることなく、満天の星空を見ながら眠りにつく事に…」

魔女「やめて下さいっ!」


魔女「私を連れているつもりで話して下さるのは解ります!そういうお話はいつも楽しいです!」

男「………」

魔女「でも、今日はどうされたのですか…? そんな言い方をされたら、それが叶わぬ事が辛くなります」


男「ならば…叶えては如何です」


魔女「できないから辛いのです! 知っておられるでしょう…!?」キッ

男「ええ、存じております」

魔女「ならば──」

男「──明日から三日間、最初の魔力譲渡に臨まれる事も」

魔女「!!」


魔女「なぜ…それを…?」

男「魔女様、気づいておいでなのではありませんか」

魔女「……なにをです」

男「その魔力譲渡…次の魔女に血を分ける行為は、貴女様の命そのものを切り取る事」


魔女「そんな事はありません」

男「そう確信されているのですか」

魔女「だって…魔力の引き継ぎとは関係なく、魔女は長く生きられないのです!」

男「二十代の内に亡くなってしまう…?」

魔女「……そうです」


男「幼い内は太陽の光を受ける事さえ許されず」

魔女「はい」

男「今も貴女様の世界の全ては、この部屋から望める景色だけ」

魔女「そうです、この砦の外では生きられません」


男「誰にそう教えられたのです?」

魔女「…男様、おやめ下さい」

男「幼少を過ごした窓の無い部屋、決して開かぬよう作られたこの部屋の窓…いつその真偽を確かめられたというのです」

魔女「それ以上言ってはなりません! 反逆罪で罰する事に…!」ダンッ

男「誰に対する反逆ですか」


魔女「国王陛下に対し──」

男「──私は魔女の騎士です」


魔女「……男様…」

男「魔女様、お手をこちらへ」

魔女「な…なりません! 如何に貴方が魔力への感応が低くとも、私に触れたら…!」


男「それを教えたのは誰です」

魔女「!!」


男「…お手を」スッ

魔女「………」フルフル

男「失礼致します」


魔女「あっ…だめっ──!」

──ギュッ


男「……どうです?」

魔女「嘘……触れてる…のに」

男「外界を歩いてみたい、世界を目にしたい、死にたくない…」

魔女「あ…ぁ……っ」ツーーッ


男「魔女様、もう一度申し上げます」

魔女「……っ…!」ポロポロッ

男「その望み、叶えては如何ですか」

ちょっと追加、続きはまたあした


魔女「でも……私…は…っ!」グスッ

魔女「自分は…外で生きられない……そういう病だと…!」

魔女「それ…をっ……特別な環境を整えたこの砦で…陛下はっ……私を生かして下さって…!」


魔女「どうやって、ここまで連れて来られたのか…病は本当なのか…っ」ヒック

魔女「疑問に思っても…恩が…あるからっ…!」

男「魔女様…」


魔女「だから…! それを返す…ためにも……魔女になる…って!」グスンッ


男「これまでの時間を思えば、あまりに残酷かもしれません」

魔女「うっ…うぅ……っ」

男「しかし貴女様は病など患ってはいない、本当は外の世界でも生きられるのです」


魔女「じゃあ……どうすればっ…!?」

男「ご命令を」

魔女「命…令……?」


男「私は貴女様の騎士にございますれば」

魔女「騎士…私の…」

男「なんなりと」

魔女「……でも」ギュウッ


男「以前も申し上げました」

魔女「……?」

男「私は語らせて頂いた、その景色を見せとうございます」


魔女「う…ぅ…」

男「貴女様に死んでなど欲しくないのです」

魔女「…でも私は、あと十年足らずしか生きられませんっ」

男「それも偽りだと申しました」


魔女「だけどっ……私が生きるために、自由になるために貴方を巻き込むなど…!」

男「先ほど私は何と言ったか、もうお忘れですか」

魔女「……ぅ…」

男「貴女に世界を見せたい、私自身がそう望んでいるのです」


魔女「………」グッ


魔女「………」フルフル


魔女「………」スゥ…


魔女「男様……私の騎士…」ジワッ


魔女「それでも私は命ずるなど…できません」ポロッ


魔女「だから……お願い…します」ボロボロ…


魔女「私を…ここから」グスン


魔女「連れ去ってください──」


男「──御意に」

魔女「……ぅ…」グスッ


男「では早速、参りましょう」スッ…

魔女「え……どちらへ?」キョトン

男「この部屋の出口は、あの扉をおいて他にありません」

魔女「で…でもっ、正面からでは…」

男「魔女様、決して離れませぬよう」


ギイイイィィ……


男「…さあ、早く」

魔女「……ぅ…」

男「大丈夫、ここはまだ砦の中ですし、貴女は外でも生きられます」


男(この階に人の姿はないみたいだな…)

魔女「……あの、私…ずっとここにいても建物のつくりはほとんど解りません」

男「ご心配なく、私はもう半年もここにおります」


魔女「もしかして…隠し通路でも?」

男「いいえ、廊下と階段の位置くらいは解ります」

魔女「ええぇ…」


男「気をつけて、階段です。降りるのも初めてでは?」

魔女「そ、そんな事はありません! 今までもこの廊下は歩いた事があります!」ムッ

男「これは失礼を」

魔女「…でも、ありがとう」ニコ

男(先代の魔女様から魔力を引き継ぐ施術の時…だろうな)


カッ、カッ、カッ…


砦長「──男殿?」

男(砦長殿…!)

魔女「!!」ササッ


砦長「今、誰が後ろに隠れたのだ?」

男「夜の散歩にはちょうどいい季節ですのでね」

砦長「答えよ、貴公の後ろにいるのは誰だ」

男「誰…などと、そのような雑な呼び方をなさいませんよう」

砦長「貴様…まさか」


男「偉大なる我が主、魔女様の御前です。お言葉に気をつけて頂きたい」

砦長「くっ…! 誰かっ、警護隊っ!!」


ダダダダダッ…!


友「砦長殿、いかがなさいました!?」

砦長「おお…あそこを! 男め……魔女様を攫わんとしておる! 斬り捨てよ!」


友「なんと…砦長殿、お怪我はありませんでしたか」

砦長「私の事はいい! 早く反逆者を!」

友「そうですか、ご無事なら何よりでした」…スッ


男「魔女様、お許しを」

魔女「え…?」

男「隊の誰にも話さない…と約束いたしましたが、いたしかたなく」


…チャキッ


砦長「な…!?」

友「動くな、叫ぶ間も与えんぞ」


砦長「貴様も…!」

友「我々白色小隊以外にも僅かといえど常駐の兵がおりますからな。人質は大事かと」ニヤリ

砦長「なんだと…小隊全員が裏切ったというのかっ──」


………


…砦一階


友「──眼帯、首尾はどうだ」

眼帯「はん、一人残らず縛りあげたからね。もう人質に用は無いわ」


砦長「貴様ら…! 魔女様の御力を我が物にするつもりかっ!」

…カッ、カッ、カッ

男「笑わせるな、そうしてきたのはこの国の方だろうが」


友「男、どうだった?」

男「すまん、待たせた。だめだ、部屋は見つけたがどうやっても扉が開かん」

眼帯「次の魔女となる少女…救いたかったけど」

魔女「魔女の部屋は内側からしか開けられません…」


眼帯「…驚いた、貴女が魔女様なの? ただの女の子じゃない」

男「眼帯、口が過ぎるぞ」

魔女「お気になさらず、多くの方を巻き込んでしまってごめんなさい」

友「何を仰います、我々は望んでこうしているのです」


──ザンッ!

眼帯「白色騎士小隊、隊士32名! 砦警護を離れ、只今より魔女様護衛の任につきます!」

魔女「ありがとう…皆さん、男さん」


男「友、あとの一人は?」

友「解らない…昨夜、話をした時から悩んでいたようだが今は姿が見えん」

眼帯「開門するよ!」


砦長「よせっ! 魔女様は外では生きられぬ!」


魔女「……っ…」

男「大丈夫、信じて下さい」

魔女「…はい」グッ


ギイイイィィィ……ゴオオォォン


魔女「………」

男「さあ、魔女様」

魔女「これが…外の世界」

友「光溢れる朝でなく申し訳ありません、今は急ぎましょう」

魔女「はいっ」グスッ


眼帯「魔女様、お手を」スッ

魔女「ありがとうございます──」


──バチィッ!


魔女「きゃ…っ!」

眼帯「痛った…!?」


男「魔女様っ! お怪我は…!?」

魔女「びっくりした……でも私は平気です」


友「よかった…」

眼帯「私は痛かったんだけど?」フリフリ

友「痛いだけでどう心配しろって?」

眼帯「あんた、覚えてなさ…い……うぅっ!?」ゾクゾクッ…フラッ…

男「眼帯…っ!?」

友「!!」ダダダッ……バッ──!


──トサッ


眼帯「う…ごめん、友…なんか突然…」クラクラ

友「もしかしてこれが魔力にあてられる…って事なのか」


男「魔女様、大変失礼ですが私の後ろに」

魔女「も、申し訳ありません…」

眼帯「いいえ、私が不用意だっただけ…です…」

男「すまん、眼帯。俺が『大丈夫だ』と伝えてたから」


眼帯「ありがと、友……もう大丈夫。さっきのはチャラにしたげる」

友「どこも打たなかったな?」

眼帯「うん」コクン

友「まあ、打ってもおつむの出来は変わらないだろうけどさ」

眼帯「やっぱ覚えときなさい」チッ


男「…友は? 魔女様との距離はそう変わらないと思うが、なんともないのか」

友「俺は平気だな、眼帯そんなに魔法に長けてたっけ?」

眼帯「失礼ね、あんたよりは得意よ」

友「はいはい……でも、少なくとも魔法適性のある者は魔女様に触れられないってのは本当だったみたいだな」


魔女「……ごめんなさい」シュン…

男「いいえ、自分が触れて問題がないからと勝手な判断をしたのは私です」

友「まあ元々そうだけど、やっぱり魔女様の付き人は男しか務まらないって事か」


男「……では失礼ながら」スッ

魔女「はい」ソーーッ…

…ギュッ

友「本当になんともないんだな」


男「堀を渡ります、丸太を組んだ橋ですので足元にお気をつけを」

眼帯「おお…姫様って感じ」ニヤニヤ

魔女「お、およし下さい」テレテレ

男「冷やかしてないで、急ごう。夜の内に街道の分岐を幾つかは超えておきたい」

友「だな、どこかで馬車でも調達できればいいが…」


ザッ、ザッ、ザッ…


眼帯「一応、砦屋上にある通信台の日射鏡は壊しておいたよ」

男「砦から一番に通信を中継するのは、あの山の尾根にある連絡塔だ。念の為そこの反射鏡も壊しておけば更に時間が稼げるな」

友「総員で行く必要はないだろ、5人くらいでも送るか」

眼帯「まずは砦から見えなくなるくらいまでは離れなきゃ、そこから進路を予定の方向に──」


??「──動くな、貴様ら」


男「誰だっ!」ザリッ!

??「ふん、誰だとは随分なご挨拶だな」


眼帯「あーぁ…」

友「…やっぱり出てくんのかよ」ハァ…

魔女「あの方は…?」

男「我々の…クソ親父代わりです」


白小隊長「魔女様の拉致、施設の破壊……許し難い反逆ぞ」

男「小隊長…」

友「すまん…打ち明けはしたものの、説得しきれなかった」

眼帯「行動を起こそうとした時には、もう部屋にいなかったんだよね…」


白小隊長「貴様らの馬鹿げた話になぞのると思ったか。これ以上の暴挙は断じて許さん、全員剣を捨て地に膝をつけ」チャキッ…

魔女「男様…」ササッ

友「魔女様、隊の後方へ」

眼帯「みんな、魔女様を囲むように! 魔法に長けた者は一定の距離を保って!」


白小隊長「……聞こえんのか、すぐに剣を捨てろと──」

男「──小隊長、剣を捨てるのはそちらです」

友「そうですよ、これだけの隊士を相手に独りで勝てるとでも?」

白小隊長「勝つか負けるかは問題ではない、我が配下が反旗を翻すなら身をもって正すまで」


男「この国は魔女様に嘘を教えてまで、その力を武力としていたのです」

白小隊長「我々もその武力、月に忠誠を誓う騎士だ。軍人の誇りも失ったか」スラッ……キンッ

男「我々は魔女の騎士、その誇りは失くしてなどいない」チャキッ


眼帯「やるしかないの…?」

友「…多勢とはいえ、小隊長相手に手を緩め互いに無傷とはいかないだろうな」

男「友、眼帯……俺が相手をする。手を出さないでくれ」

魔女「男様…!」

友「魔女様、男はこの小隊…いや我が軍の誰よりも優れた剣士です」

眼帯「魔法はてんで駄目だけどね」


白小隊長「男……このような形で貴様と対峙するとはな」

男「小隊長、退いて下さい」

白小隊長「それはならん…っ!」ザリッ

男「くそっ…! 分からず屋め!」ヒュッ──!


──キイイイィィン…!!

ここまでー


シュンッ…ザザッ、キィンッ!
ギリギリギリ……!


男「小隊長! あんたを斬りたくはない!」シュルッ…ヒュンッ!

白小隊長「ならば我が剣の錆となれ! 反逆の首謀者に対し退く剣など持たん!」ブンッ!


カンッ、キンキンッ!


魔女「あの…押されているのでは…っ!?」

友「男は手を緩めています。くそ…あれで勝てる相手じゃ…」


…ガキィンッ!!

白小隊長「くっ…!」グラッ…


眼帯「やった、体勢を崩させた…! 男、今の内に小隊長の剣を払って!」

友「だめだ! 誘いに乗っちゃ…!」


男「おおぉっ!」ブンッ──

白小隊長「──凍てつけ、小童」チリチリッ!

魔女「凍結魔法…!」

友「男、離れろっ!」


男「くそっ…!」ザザッ…!

白小隊長「そら……今度は貴様の懐が空いたぞっ!」ブンッ──!

──キイイィィィンッ!!

男「ぐっ…」


友「危ない…なんとか止めたが…」

眼帯「だめだよ、本気でいかなきゃ勝てない…」ギリッ

魔女「男様…」


白小隊長「口ほどもない、魔法なぞ無くとも負けぬのではなかったか?」グググ…ッ

男「くそっ…たれ…!」グラッ…

白小隊長「知る顔だからと斬る事もできない程度の覚悟で反逆とはな…呆れさせてくれる」ニヤリ

男「小隊長…お願いです…っ」ザッ…ザリッ…


男「退いてくれっ! 小隊長……親父殿っ!」ググッ…!

白小隊長「出来の悪い息子を正すは親の務めだっ」シュルッ…

男(離れた……いや、来るっ!)チャキッ


白小隊長「どうしても信ずる道をゆくなら…!」スチャッ…ググッ

男「よせっ!」

白小隊長「ワシを斬ってゆけ!!」バッ…!

男「くそおおぉぉっ──!!」


──ドンッ!

…ポタッ…ボタボタ……ブシュッ


白小隊長「……ふん、甘いな」

男「小…隊長…」

白小隊長「なぜ…殺さんかっ…た……」グラッ……ドサァッ


魔女「ぅ…わ……脚が…」ガタガタ

友「魔女様、あまり見ませんよう」

眼帯「片脚を飛ばし戦闘不能にする……そうしかなかった」グッ…


白小隊長「……今からでもいい、殺せ」

男「断る」

白小隊長「部下が反乱を起こし、それを止められず敗れた上官など極刑に決まっておろう」ハァ…ハァ…


男「……俺たちはこれから尾根の通信塔を沈黙させ、東の海沿いへ向かいます」

白小隊長「なにを言う…嘘の情報で撹乱しようなど」

男「いいえ、必ず言った通りに動きます。どうかその情報をもって赦しを乞いて下さい」


白小隊長「……ワシを生かすために自らの主を危険に晒す気か、どこまで甘いのだ」

男「俺は、貴方に生きていて欲しい」

白小隊長「………」ハァ…ハァ…


男「孤児だった俺たちの糞親父になってくれて嬉しかった。…俺は──」

友「──みんなだよ」

眼帯「みんな、貴方が好きだった」グスッ

白小隊長「…ふん」


男「おさらばです…親父殿」ペコリ

白小隊長「……馬鹿息子、阿呆娘共が──」


………



『──新入り共、名は』


『男であります!』

『友であります!』

『眼帯です!』


『我が隊に配属されたという事は、貴様ら全員孤児であったのだろう』

『はっ…』

『この白色小隊、ワシを含め総員が天涯孤独の身よ。恐らくは戦になれば先陣を切る事となる』

『覚悟の上であります!』

『誰が先に逝こうと、恨み言は零すな。この隊の者は皆同列と思え』


『同列…しかし我々はまだ入隊したばかり、そのような意識をもつわけには参りません』

『…兄弟は産まれ落ちた時から同列、違うか?』

『兄弟?』

『兄の為なら弟は死ぬべき、貴様らはそう思うのか』

『それは…そうは思いませんが』


『貴様らを合わせおよそ30名……大所帯な事よ』

『小隊長殿…』

『歓迎するぞ、末弟ども。どうだ…我が家を得た気分は──』

夜にもうちょっと投下予定


……………
………


…五日後、魔女の砦


白小隊長「──何卒ご容赦を!」


月王「隊士が反逆を謀るなど、上官の不徳以外の何物でもないぞ」

白小隊長「くっ……どうか…」


砦長「陛下、束縛された我々を解き放ったのはこの者…寛大な措置を」

月王「ふむ……そうだな、単騎で片脚を失ってまで逆賊を止めようとした、その心意気は汲まねばならぬか」

白小隊長「ありがたき幸せっ!」


月王「部下に裏切られ傷を負い、生き残っても命乞いをせねばならんとは憐れなことよ」

白小隊長「全てあの不届き者共のせい……おのれ、孤児を育てて下さった陛下への恩を仇で返すとは…っ」ギリッ


月王「それで、その反逆者共の動向は?」

砦長「はっ…尾根の連絡所を沈黙の後、山越えの進路をとる…と」

月王「それはこの者が言ったのか」

白小隊長「正に! 脚を落とされた後、辛うじて保つ意識の中たしかに聞き申した!」

月王「ほう…」


白小隊長「奴らは魔女様の御力を盾に、西の廃城に立て篭もるつもりでございます!」


月王「…なるほど。砦長、追手は出しておるのであろうな」

砦長「無論でございます。西の廃城へと続く街道全てに対し厳重な捜索を行わせております」

月王「たわけめ……だがしかし──」チャキッ


──ズシュッ!


白小隊長「ひ…!? ぎゃああああぁぁっ!!」

砦長「陛下っ…!?」

月王「どうだ? 脚の切り口を更に抉られる心地は?」ザクッ…グリグリ…


白小隊長「ぐぁっ…へ…陛下っ、ひいぃっ!!」ブシュッ!ボタボタ…

月王「反逆を止められず、手傷を負い」

白小隊長「お…お許し下さいっ…」ハァ…ハァ…

月王「命乞いをしながら部下を売る言動…」

白小隊長「どうか…! 私はこれからも陛下に忠誠を…っ」

月王「そしてこの媚…砦長が騙されるのも無理はない」


砦長「はっ…?」

白小隊長「……っ…!」


月王「逆賊は恐らく東に向かったであろう……違うか、役者」

白小隊長「ち、違いまする! 奴らはたしかに西へ向かうと…!」

月王「私を甘くみるな。砦長、すぐに部隊を呼び戻せ、東…恐らくは海岸線の街道を目指したはずだ」

砦長「なんと…この者は逆賊を庇いだてしていたと…!?」


白小隊長「……くっ…」

月王「どうした、もう喚くのはやめたか」

白小隊長「ここまでする所存ではありませなんだ、しかし──」


──チリチリッ

白小隊長「どうせ死ぬなら…! 我が子が信じた道、このワシが開いてくれるっ!」


砦長「陛下っ! 魔法を放つ気です!」

白小隊長「王よ! 凍てつくがいい!」キイイイィィン…!

月王「ふん…こざかしい──」


…ボッ!


白小隊長(炎…!? 凍結魔法が消える…!)

月王「──そのような矮小な魔力で、私を凍らせるつもりとはな」


??「陛下…お怪我は」

月王「見ておっただろう、触れられてもおらぬ。…よくやってくれた」

白小隊長(ローブを纏った…女…?)

??「ありがたきお言葉」


月王「さあ、もういい。この屑を焼き払うのだ」


…ザッ、バサァッ


月王「…魔少女……最後の魔女よ」


魔少女「火炎魔法モード、出力2%…」スッ


ゴオォッ!


白小隊長「くっ…うぐっ! あああああぁぁぁっ…!!」

月王「これで僅か2%か…素晴らしいぞ」ニヤリ

白小隊長(…最後の…魔女だ……と…)ガクッ

魔少女「陛下に楯突く愚か者め、燃え尽きるがいい」


ゴオォ……メラメラメラ…


白小隊長(…逃げろ……男…我が子…達よ──)


──ボロッ…ドシャァッ


砦長「へ…陛下、この御方は…」

月王「次の魔女としてこの砦におった者だ、知らぬ訳ではあるまい。それよりもこの失態、貴公の罪も軽くはないぞ」

砦長「…返す言葉もございません」ブルルッ

月王「だが『あの手段』に出なかったのは英断だ。此度は不問としてやろう」

砦長「ははっ…」


魔少女「…陛下、私も逆賊を追いますか」

月王「急くな、魔少女。魔女の失踪は自分の意思でなく、無理に拉致されたもの……そう思わせておかねばならん」

魔少女「………」


月王「お前の存在を知られる事は、兵達に余計な詮索の余地を与える事となりかねんのだ」

月王「なに…魔女はなんとしても生かしたまま捕らえ、その力をお前に譲渡させる」

月王「お前が本当に無尽蔵の魔力を得るためには、今の魔女の力を吸収せねばならんのだからな」


月王「これが最後、もう十年もかけるものか。一度にほぼ全ての魔力を吸い出しても構わぬ」

月王「そして残りかすの魔力で最期の演習を執り行わせ、代わってお前は真の魔女となる……あと少しの辛抱よ」


魔少女「…仰せのままに」


月王「その時こそ遂に、無限の力をもつ魔女が進軍を開始するのだ」

月王「くっくっ…世界が月の前に平伏す時は近い──」

ここまで

なんか酉は一作目だけど過去作あるよね?

>>161
うん、でもこの話は完全に独立してる
過去作は読まなくて無問題です


………



ザアアアァァァン…サアアァァァ…


魔女「──これが…海」

男「想像と比べていかがです?」

魔女「こんなに大きいなんて…青いなんて、想像できませんでした」

男「ここから数日、見飽きるほど眺めて頂く事になりますので、覚悟の程を」ニコ

魔女「…飽く事などあるのでしょうか」クスッ


眼帯(いい雰囲気だねー)ヒソヒソ

友(坂とか以外でも、もう手繋いどきゃいいのに)ヒソヒソ

眼帯(羨ましいなー、憧れちゃうなー)ヒソヒソ

友(このへん熊が出るらしいから誘惑してみたら?)ヒソヒソ


ブッコロス!
ギャー!ソンナダカラ テヲツナグ アイテモ イナインダロ!
ヤカマシイ!シネ、ニブチン!


魔女「賑やかですね」

男「仲がいい証拠、いつもの事です」

魔女「いいな…」ボソッ


男「さあ…海を眺めながらで結構です、進みましょう。あの者達もすぐついてきますよ」

魔女「はい……私に海を見せるために、わざわざこの街道を?」

男「それも無くはありませんが、何より都合が良いからです」


魔女「でもこのように開けていては見つかりやすいような気がします」

男「それは言葉を返せばこちらからも追っ手に気づきやすいという事ですよ」


男「…昨年、先代の魔女様が行われた演習、凄まじい御力でした」

魔女「『心から格好よかった』…でしょう?」クスクス

男「おやめ下さい…あの頃は演習で見たのが貴女様だと考えておりました故…」ポリポリ

魔女「あはは、ごめんなさい……それで?」


男「あのような全力の魔法は命に関わるのかもしれませんが、やはり同じ御力を持っておいでなのでしょう?」

魔女「…自慢ではありませんが、遥かに上かと」

男「なんと…」


魔女「先代が演習を行った際には、既にほぼ全ての魔力を私に引き継いでおられたはずですので」

男「それでは、例えばあの水平線に浮かぶ島を消し飛ばす事も…?」

魔女「はい、恐らく三割程度の力で」

男「…これは驚きました」


魔女「魔法については、別に学んだわけではないのです」

魔女「先代から5回に分け血を受け継ぐ時、自然と理解していました」

魔女「血が覚えている…という事なのかもしれません」

魔女「砦の地下で魔法の修練をした事はありますが、施設を破壊しないよう力の一割も出せませんでした」

魔女「それでも何となく、自分が持てる力の量は判るのです」


男「それなら尚更、追っ手は姿を見せては近づけますまい」

魔女「え…?」


男「我々が魔女様を連れ去った事、恐らくは我々がその力を私物化するために拉致したもの…と説明されていると思います」

魔女「追っ手にとっては小隊の方々は悪者になっているのですね…」シュン…

男「まあ半分事実でもありますし」

魔女「そんな事はありませんっ」


男「…ありがとうこざいます。我々は主にそう言って頂けるならそれで充分です」

魔女「男様…皆様は私を救い出して下さったのです」


男「しかしながら強大な魔力をもつ魔女様を、ただの一個小隊が力ずくで連れ去るなど不自然な話です」

魔女「…たしかに」

男「つまり例えば我々がそそのかしたにしても、魔女様は自らの意思もあって我々と行動を共にしているのではないか…そう考え及ぶはず」


魔女「ああ…なるほど、理解しました」

男「失礼ながら、私が追う立場であれば消し炭にされるのは御免ですのでね」クスクス

魔女「なんだか本当に失礼な気がします…」ムム…


男「追っ手にしてみれば、物陰から近付いての奇襲しか有効な手立てはないはず」

魔女「ということは…このような海岸では」

男「はい、少なくとも約半分の方位は時おり船の影に気をつければ良いという事です」


男「そしてそれと近い考えのもと、この行軍には目的地とするところがあります」

魔女「……どこでしょうか?」

男「そこを拠点とすれば全方位、船影に気をつけるだけですむのです」


魔女「全方位……もしかして」

男「お解りになられましたか」ニヤリ

魔女「では、今向かっているのは…港でしょうか?」

男「その通り、私の故郷である東の港町へと歩んでおります」


魔女「やはり…しかし男様の故郷ということは、軍も警戒しているのでは」

男「無論、細心の注意を払わねばなりません。…が、船を出せばこちらのものです」

魔女「つまり、行き先は島…でしょう?」


男「そう、この隊の目的地は新たな魔女様の住まいとなる、いわば『魔女の島』です」

魔女「そうするに都合の良い島があるのでしょうか…」

男「私は漁師の手伝いをしておりました故、心当たりはございます」

魔女「それは──」ハッ…


『──その小島に渡れば、大層たくさんの魚がおりまして』

『魔女様がお口にされるような魚もおりますれば、あまり食用にはいたしません色鮮やかなものも』

『…何しろ海月が多くございます、刺されて命を落とすようなものはおらずとも、酷く痒みが残ります』

『海辺は水面からの照り返しもありますれば、肌が焼かれる事にも注意せねば──』


男「──小島とは申しましても、周囲を歩こうと思えば小一時間程度はかかる大きさです」

魔女「…はい」

男「昔は漁師の島でございました。今は住む者はおらず家屋は少しの修繕で、畑や井戸はそのまま使えます」


男「結局限られた土地に魔女様を閉じ込めてしまう事に変わりはございませんが…」

魔女「身に余るほどです」ジワッ…

男「食べ物も今のような携帯食ではなくとも簡素です。主に魚や野菜になりましょう」

魔女「自分達で作った野菜…?」グスン

男「ご不満もありましょうが魔女様にはその島で太陽の下、長生きして頂きます」

魔女「不満…など…」ポロポロ

男「…それならなによりでございます」


魔女「海月に気をつけねばなりませんね」グスッ

男「そうです、日焼けにも注意しなくては。決して泳ごうなどと思われませんよう」

魔女「それは無理です、きっと泳ぎます」ニコ

男「……そう仰ると思っておりました、港町で海月に刺された際の塗り薬を買っておくとしましょう」

魔女「お手間をお掛けします」

男「この魔女の騎士、例え沁みると申されましても心を鬼にして塗りますのでご容赦を」クスクス

魔女「あはは…ちょっと怖いです」


魔女「はぁ…可笑しい、私はこんなに幸せで良いのでしょうか」

男「まだ気を抜かれませんよう。見晴らしが良いとはいえ、特に夜間などは注意せねばなりません」

魔女「はい、気をつけます」


男「島に着けば見張りが船影を捉えない限り、寝るなり泳ぐなりお好きにできますので。それまでご辛抱を」

魔女「私も交代で見張りますよ」

男「あはは…お願いするかもしれません」


魔女「魔女の島…楽しみです」

男「島を消し去る程の力を持つ怖い御人は幸いその島の中にいる事となりますので、ご心配なく」

魔女「む…その方は怖くなどありませんっ」フンス

男「おっと、怒らせると消し炭にされかねませんな」ニヤニヤ

魔女「もうっ、またそのような事を──」

ここまで


……………
………


…王都、騎士団駐屯地


赤小隊長「──急げ! あと15分以内に出撃準備を整えろ!」


青小隊長「慌ただしいな」

赤小隊長「逆賊の追撃命令だ、急ぐに越したことはない」

青小隊長「まさか魔女様が攫われているとはな。最初から騎士団に命ずればいいものを」

赤小隊長「当初は砦の兵を中心に派遣していたらしいが、見当外れだったとか…」

青小隊長「表沙汰にしたくなかったのだろうな」


赤小隊長「解っていると思うが、騎士団の外に漏らしてはならんぞ」

青小隊長「もちろんだ。…気をつけていけよ、王都の事は心配するな」

赤小隊長「ああ、頼む。まあ今この月の王都に攻め込もうという国もあるまいが」


青小隊長「万一の事があったところで、我われ青だけでなく黄と灰も残るんだ。お前らの帰るところは無くなりゃしないさ」

赤小隊長「はは、こっちの事も心配はいらん。白小隊ひとつに対して緑・橙と我々の合同隊だからな」

青小隊長「しかし白は腕っこきばかり、気は抜くなよ」


赤小隊長「……白小隊、なぜこんな真似を」

青小隊長「わからん…白小隊長にそんな野心があったなど、とても信じられん」

赤小隊長「孤児を集めた隊だ、白の小隊長は家族のように大事にしていた。それ以上を望むような奴ではなかったのに…」


青小隊長「魔女様が望み、白小隊を巻き込んだのか…?」

赤小隊長「そうは聞いていないな。それに魔女様程の御力があれば、お一人でどうにでもなるはずだ」

青小隊長「確かにな、むしろ目立つ方が不利だろう」

赤小隊長「だとすれば、やはり白小隊が魔女様を我が物にしようとした…その方がまだ納得がいく」


青小隊長「正直、俺も行きたかったよ。白の小隊長と剣を交え、その理由を問いただしたかった」

赤小隊長「…その想い、預かろう」

青小隊長「頼んだぞ。…さあ、部下に急げと言った手前、お前が遅れるわけにもいくまい」ポンッ

赤小隊長「ああ」

青小隊長「武運を。願わくば白の奴らの目を覚まさせ、生きて連れ帰ってくれ──」


……………
………


…東の海岸線


男「──よし、今日はここで休もう」


友「両側が切り立った崖か、これなら見張る範囲も狭くてすむな」

男「この先は行き止まりだから、三人ずつくらいが谷の入り口側を見張れば充分だ」

眼帯「さっすが、地元に近づいてるだけに詳しいね」


魔女「男様の故郷まで、あとどのくらいなのです?」

男「このペースだと四日というところでしょうか」

友「…東の港町か、どう考えても警戒命令は届いてるだろうな」

眼帯「気をつけないとね」


男「今夜ここを宿営地としたのは、ひとつ理由があってな」

友「へえ…? どんな?」

男「その理由は、谷をもう100mくらい進んだ行き止まりにあるんだ。眼帯の後ろを流れてる小川の水に触れてみれば解るよ」ニヤリ

眼帯「へ?」

魔女「私、触れてみます──」


──チャプッ


魔女「えっ……温かい!」

眼帯「私も触ってみる! …うわ、ほんとだ!」キャッキャッ

友「じゃあ、行き止まりにあるのは温泉か」

男「この辺りの沖合は良い漁場でな。何日も漁に出る時はたまに寄ってたんだ」


眼帯「やった! お風呂だ!」

魔女「嬉しい…」

男「魔女様、眼帯と共に先に湯浴みをどうぞ」

魔女「はいっ」ウキウキ


眼帯「覗いたら斬り捨てるからね」ジトッ

友「へへっ、剣持って風呂に浸かる気かよ?」ニヤニヤ

魔女「あの…覗いたら氷漬けにしますから…ね?」モジモジ

友「えっと、洒落になりません」ガクブル


眼帯「じゃあ魔女様、着替え持ったら行きましょう」

魔女「はいっ」


………



眼帯「うう、暗いなぁ。足元よく見えないや」

魔女「えいっ」ボッ

眼帯「わ、すごい。空中に炎を出したままなんて初めて見ました」

魔女「普通に地面や物を対象とするよりはちょっと難しいですね」

眼帯「ていうか、そんな事できるって初めて知ったんです…」テヘヘ


魔女「…このくらいの距離で、お身体は大丈夫ですか?」

眼帯「このくらいなら平気のようですね。あっ…湯気がたってる、あそこみたいですよ」

魔女「わあ、思ったより広いですね」


眼帯「……このへんで脱いだらいいかな」

魔女「誰もつけて来たりしてませんよね…?」キョロキョロ

眼帯「あはは…ほんとに魔女様のご入浴を覗こうなんて命知らずはいませんよ」

魔女「じゃあ、脱ごうかな……なんだか恥ずかしいです」モジモジ


眼帯「よっ…と」カチャカチャ…バサッ

魔女「うっ」


眼帯「…はい?」タユン

魔女「な、なんでもないです…」フイッ

眼帯「誰かと入浴とか初めてなんでしょう? 照れ臭いかもしれないけどお気遣いなく」クスクス

魔女(胸当てとか装備してるから判らなかったけど、眼帯さん意外と胸大きい…)ドキドキ


眼帯「さ、魔女様も早く脱いで。さすがに置いといて先には入れないですからね」

魔女「は…はい、じゃあ後ろ向きで…失礼します」モゾモゾ


…シュルッ、ファサッ


魔女「ん…解けない、あら…?」モタモタ

眼帯(月の国最高の人間兵器たる魔女…か、そうとは思えないなぁ)ジリッ

眼帯(背中向けて服を脱いで…ほんと隙だらけ)


ジリッ、ジリッ…

眼帯(果たしてどのくらい近づいたら──)


魔女「──ぷぁっ…脱げた。恥ずかしい、早くお湯に浸かりましょう」クルッ

眼帯「ん、じゃあお先にどうぞ」

魔女「熱くないかな……あ、丁度いいです」チャプッ


ザブッ…バシャバシャ
…チャポン


魔女「気持ちいい…」ホゥ…

眼帯「失礼ながら、お邪魔しますね」チャプン


魔女「…あの、同じお湯に浸かって魔力にあてられたりはしませんか?」

眼帯「ん? ああ…大丈夫です。これ以上は近寄れないかもですけど」


魔女「わあ…上、星が見えます」

眼帯「両側が谷だから満天とはいきませんけどね」

魔女「そうじゃなかったら周りが気になって入ってられないですよ」


眼帯「どこかから追っ手がくるかも…って事です?」

魔女「どちらかというと、見られてそうで…」

眼帯「あははっ…小隊にそんな不埒な事をする者は…友くらいかな…?」

魔女「大丈夫じゃなくないですか」

眼帯「もし友だったら遠慮なく私が斬り捨てちゃいますよ。男だったら魔女様のためにもそうはいかないけど…男はそんな事しません」ケラケラ


魔女「ふふ……嬉しいなぁ」

眼帯「…なにがです?」

魔女「女性とこんなお話ができるの、初めてです」

眼帯「あー…そうか、今まではまともに話せるの男だけでしたもんね」


魔女「あの…眼帯様、その…」

眼帯「や、やめて下さいよ『様』づけなんて…呼び捨てで結構です」

魔女「じゃあ、私もそうがいいです」

眼帯「えっ…そんなわけには…」


魔女「…今、言いかけたこと。変なお願いなんですけど…」

眼帯「なんでしょう?」


魔女「うぅ……と、友達に…なってくれますか…?」モジモジ


眼帯「………」

魔女「嫌ですよね! こんな山を吹き飛ばす力をもつ女の友達なんて! 触る事さえできな──」


眼帯「──魔女ちゃん」

魔女「は、はいっ!?」


眼帯「呼び方、それでいい?」

魔女「……はいっ!」パァッ

眼帯「私の事は好きに呼んで? えへへ…よろしくね」

魔女「わぁ、どうしよう…嬉しくてにやにやしちゃう」ニヘラ

眼帯「手を繋いだりできないのが残念だけど、私も嬉しいよ。オトコばっかりの小隊だったから」


魔女「眼帯さんはどうして騎士団に入ったんですか?」

眼帯「どうして…かぁ、私は孤児だけどもともと王都に暮らしててね」

魔女「孤児…」


眼帯「月の国ってどんどん勢力を拡大してたから、軍は慢性的な人手不足で」

魔女「……魔女の力を誇示して…ですよね」

眼帯「う、ごめん。そんなつもりじゃ」

魔女「ううん、ごめんなさい。大丈夫です」


眼帯「…その中でも孤児は特に優先的に雇い入れてたの。最前線に送るには好都合だからだと思う」

魔女「………」

眼帯「私も志願して…でも最前線の捨て駒なんて嫌だし、頑張って騎士団の入団試験を何度も受けてね」

魔女「それで白色小隊に…」


眼帯「うん、孤児ばかりを集めた小隊。長年に渡り魔女の警護につくための隊だったわけだけど」

魔女「はい」

眼帯「だからこうなるのは運命だったんだよ。まさかその魔女サマとお友達になっちゃうなんて考えもしなかったけどね」クスクス


魔女「あはは……前に私が男様に姿を明かした時、男様ともお友達になれたらって思ったんです」

眼帯「断られたの?」

魔女「ううん、私が不躾すぎたんです──」


『──もうあんな偉そうな話し方はしませんから、どうか男様も気楽に』

『そ、そのようなわけには参りません!』

『えっ』

『魔女様がどのようなお姿であれ、私の主に違いはございません故──』


眼帯「──もう、融通きかないなぁ…男ってば」ハァ

魔女「ふふ…でも、男様が自分を『魔女の騎士』だと言って下さることもちょっと嬉しかったり」


眼帯「男だけじゃないよ、友も私も…小隊みんながそう」

魔女「うん、ありがとう」

眼帯「でも私以外のみんなにも『様』づけはやめてもいいかもね、男も友もそんな呼び方似合わないよ」

魔女「うっ…が、がんばります」


眼帯「白小隊はね、みんな家族なの。あのハゲ小隊長が糞親父、不本意かもだけど…もう魔女ちゃんも家族だよ」

魔女「不本意だなんて、すっごく嬉しいです」フンスフンス


眼帯「…まあ魔女ちゃんにとって、男だけは特別なのかもしれないけどね?」ニヤリ

魔女「そ、そんなことは…」アセアセ

眼帯「あはっ、そんなことありそうだよー?」ケラケラ


魔女「はぅ…私、もう上がりますっ」ザバッ

眼帯「えー? もっとゆっくり入ってようよ」

魔女「なんだか逆上せちゃったみたいです。さっきの話とは関係ないですけどっ」

眼帯「どうだか? じゃあ、私も上がろうかな」ザァッ…

魔女「ご遠慮なく。先に戻ってますから、ゆっくりなさって下さい」

眼帯「……ん、じゃあ…お言葉に甘えてもう少し」チャプッ


魔女「よかったら友さん呼びましょうか?」ニヤリ

眼帯「ば、馬鹿なこと言わないで……もうっ!」

魔女「あははっ、逆上せちゃいますね──」


………



魔女「──お先でした」

男「湯加減は良かったですか? あれ…眼帯は?」

魔女「まだゆっくりされてます」


友「おいおい…地形的に護衛は要らないだろうけど、暗い道を独りで帰らせるなんてアイツ…」ハァ…

魔女「ご心配なく、明かりなら魔法で…ほら、大丈夫」ボッ…パァッ

男「おぉ…何もない宙空に炎を、初めて見ました。そんな便利な使い方ができるのですね」

友「男は普通に魔法で草を燃やす事もできないもんな」

男「うるせえ」


友「どうやるんだろ、人差し指たてて…んん? 目標物が無いと魔力が集中できないぞ…?」

魔女「ふふ…けっこう難しいですよ。正直、高位の魔道士の方でないとできないかも」

男「へっ、お前もできねえんじゃねえの」ニヤニヤ

友「うっせ、燃やすぞ」チッ


………


…チャプン


眼帯(──魔女ちゃん…かぁ)

眼帯(まさか恐ろしい魔女があんな女の子だったなんてなぁ…男から聞いた時は驚いた)


眼帯(同じように孤独の身、辛い運命を負わされて)

眼帯(ようやく自由になろうとしてるんだよね…)

眼帯(みんなの家族…)

眼帯(そして、私の友達…か…)ハァ


ザァッ…


眼帯(…暗いな)スッ…

眼帯「えいっ」


ボッ、パアァッ…


眼帯(便利な事聞いたなぁ──)

ここまでー


……………
………


…二日後


魔女「──綺麗…!」

眼帯「うわー、ピンクの花が群生してる」


友「こりゃ風光明媚なところだな、奥に見えるのが枯木の禿山じゃなきゃもっといいのに」

男「馬鹿な…あそこはたくさんの動物が棲む森だったんだぞ」

眼帯「……この辺も、植物の枯死が進んでるんだね」

友「十年で砂漠の規模は倍にもなったっていうしな」

男「くそ…これじゃ水の補給に寄るつもりだった泉も…」


魔女「……男さん、その泉は本来どこに?」

男「あの禿山の裾野でした…」


友「遠目にだけど、山裾に沼みたいなところがあるぞ」

男「とても飲料水にはできそうにないな……水の備蓄は?」

眼帯「今日いっぱいの分で限界かな…」

友「参ったな、せめて川でも通ってりゃいいが」


魔女「どうして植物が枯れたり水が澱んだりするのでしょう…」

眼帯「…弱ってるんだよ」ボソッ

魔女「なにがです…?」

眼帯「大地…この星が、力を失ってる」

魔女「…それはどういう──」


友「──おい、あそこ…行商のキャラバンじゃないか?」

眼帯「あっ、本当だ」

友「三頭引きの馬車五台も編成してる。丁度いい、水かせめて酒でも積んでないかな」

男「あまり金に余裕はないが、やむを得んか…」

眼帯「おーい! 停まってー!」


商人「これは軍人さん達、なんの御用で? 当キャラバンは税金ならちゃんと……」

男「検問ではない、飲料にできるものを積んでいたら分けて欲しいんだ」

商人「それは失礼を、商売の話でしたか。それなら荷台にいくらも積んではいるのですが…」

友「…が? なにを勿体ぶってるんだ?」

商人「重い樽でございますのでね、そちらの手持ちの容器に移して小売いたしましょう。どうぞ後方へ」


男「この荷馬車か」

商人「左様でございます、幌は綱を引けば開きますので…」

友「こうか?」


…グイッ、バサァッ


眼帯「友っ! 危ない!!」


ダンッ!…シュッ、ズバッ──!


友「──ぐっ…!?」ブシュッ!

男「友っ!! くそっ、追っ手か…!」キンッ


赤小隊長「いけッ!! この至近距離なら魔女様の力も使えまい、一気に制圧しろ!!」

赤隊士「おおおおぉぉっ!!」ザンッ!


男「赤色小隊! 騎士団が追撃部隊とは…!」チャキッ


キイイイィィィンッ!


眼帯「友! くそっ、どけ! どいてよっ!」ブンッ!キィンッ!

赤隊士「剣を捨てろ! 勝ち目はない!」ギャッ!カイィィンッ!

眼帯「ぬかせっ! 模擬演習で一度でも白に勝った事があったっての!?」ヒュンッ…ザザッ

赤隊士「…数が違うのでな」


バサァッ!ザンッ、ザザンッ!


緑小隊長「後方へ! 魔女様を確保しろ!」

橙小隊長「総員、魔法による援護! はぐれた白隊士のみ狙え!」


男「三隊編成だと…!?」ザザッ!

赤隊士「どこを見ている、魔法音痴」ヒュッ…!

…ザシュッ!

男「うっ…!」ポタポタッ…

魔女「男さんっ!」

白隊士「魔女様、できるだけ離れて下さいませ! もしもの場合は我々もろとも貴女様の魔法で!」

魔女「そんなことっ…!」


男「く…そっ! 魔女様っ…斬られた者を治癒する魔法はございますか!?」キィンッ!ギリギリッ…

魔女「は、はいっ! 切断されていない傷なら…!」


赤隊士「ふん…もう怪我の心配か! 腰抜けめ、そのまま強情を張れば命もないぞ!」シュッ…キンッ!カァンッ!

男「勘違いするな──」ヒュッ

赤隊士(消えた…!?)

──ズバァッ!

赤隊士「ぐぉ…」グラッ…ドサッ

男「治癒されるのは貴様らだ。自分の為に人が死ねば、魔女様が嘆くだろう」


眼帯「はん…斬り落とさなきゃいいのね──」

ザシュッ!ズバッ…!

赤隊士「がぁっ…!」ドシャアッ

眼帯「──オッケー、こんな感じ。でも手元が狂ったら許してよね…!」キッ


橙隊士「くっ…強い…!」ザリッ

眼帯「友のところへ…! 道を開けろぉっ!」ザシュッ…!


赤小隊長「くそ…白小隊め、こんなにも練度が違うのかっ!」

橙小隊長「中でズバ抜けているのは、伏した友を除けば男と眼帯だけだ! 集中して狙え!」


赤隊士「おのれ…っ!」

男「はっ…!」ズバッ!ザシュッ…!

橙隊士「怯むな! 囲めっ!」ザザッ

赤隊士「おおおぉぉっ!」

男(くっそ…多過ぎる…!)ギンッ…カンッ、キィンッ!


橙隊士「凍りつけ、男っ!」キイイィィン…

男「!!」

橙隊士「凍結魔法っ!」ピシイィィッ!

眼帯「男っ…!」

男「喰らうかっ!」バッ!


赤隊士「よく躱したな、だが隙だらけだ──」

──ザシュッ!

男「がぁっ…!」ボタボタボタッ


魔女「男さん! やだっ…男さんっ!!」


男「く…態勢を整えろ! いったん丘上へ撤退するんだ…!」ガクッ、ハァッ…ハァッ…

眼帯「待って、友がっ! しっかりして、立って! 友!」ガバッ

友「馬鹿やろ…先に逃げろ…」ボタボタ


緑隊士「魔女様、大人しく我々とご同行を」

魔女「…それならばなぜ最初から話し合いを求めないのですっ」キッ…

緑隊士「うっ…」タジ…


魔女「なぜ──」ババッ

…バチバチバチッ!

魔女「──男さんや友さんに血を流させる必要があったのですかっ!」ピシッ…バチッ、バリバリバリ!

緑隊士「ひっ…!?」


魔女「痺れてなさいっ! 雷光魔法!」バチイイィィィッ!!

緑隊士「うあああああぁぁぁっ!」ビリビリビリ


赤小隊長「魔女様、まさか本当に自ら望んで…!」

橙小隊長「橙隊士っ! 防壁魔法、すぐにだ!」


橙隊士「おおおぉぉっ!」ブウウゥゥゥン…

魔女「…舐められたものです──」ゴゴゴ…バチッ…バチバチッ!

橙隊士「う…わわ…」ガタガタ

魔女「──そんな紙の壁でも、貫くためには手加減できなくなりますが、よろしいですか…?」スゥッ…


…バチッ…バリバリッ……カッ!
ズドオオオォォォォン…!!


橙隊士「う…ゎ……隣の丘が消し飛んだ…!」

魔女「次は脅しではありません。この美しい花咲く丘を抉らせないで下さい…」スゥッ


赤隊士「ひ、退けっ!」

緑隊士「馬鹿言え! 距離を空けたら一網打尽にされるぞ!」


男(追撃隊が怯んでいる…今なら…!)ザリッ…

男「白小隊隊士の総意として告げる…!」ハァッ…ハァッ…

男「我々は貴隊と交戦を望まない! 剣を降ろし、対話を!!」


緑小隊長「逆賊の言葉を聞く耳などないわ! 総員、怯むなっ!」

男「なにをもっての逆賊か! 我ら騎士団は魔女に仕える者! 貴公達は今、誰に剣を向けている!」


ザワザワ…

…ドウイウ コトダ?
マジョサマ ハ ノゾンデ ニゲタノカ…?
…バカナ!


橙小隊長「……おのれ、魔女様をそそのかしておきながら」

赤小隊長「待て、兵達が動揺している。強行を命ずる事は混乱を増すばかりだ」


男「もう一度言う……どうか…対話…を……」グラッ…バタッ


魔女「男さんっ!」タタタタッ…

…ガバッ

魔女「すぐに! すぐに治しますから!」アセアセ

男「だめです…まだ、癒してはなりません……交戦が止むなら、先に…追撃の隊士…を…」ハァ…ハァ…

魔女「そんなっ…! でも…でもっ」フルフルフル


男「対話を願ったのはこちらです…先に自分達が治癒され、戦力を取り戻すわけにはいかない…」ゲホッ…ゲホッ…!

魔女「ぅ…」

男「大丈夫…死にはしない…です」ニコ…


眼帯「魔女ちゃん、友も傷はそこまで深くないよ」ズルズル

友「おぅ…よ…乱暴に引きずられる方が…ダメージでかいぜ…」ハァ…ハァ…

眼帯「うるさいっ」グスン


魔女「…追撃隊の皆さん、聞いたでしょう! お願い、交戦をやめて話を聞いて下さい!」

緑小隊長「どうする…」

橙小隊長「しかし対話が決裂した際、いきなり魔女様の魔法を喰らえばひとたまりもないぞ」


魔女「交渉の間は白小隊の方々を包囲して頂いて結構です! それなら私は魔法攻撃できません! お願い…早く停戦の決断をっ!」

赤小隊長「…良いでしょう。追撃隊総員、傷の深い者から魔女様の治癒を受けよ──」


………



赤小隊長「──今の話は真なのか」

男「はい」


緑小隊長「演習が魔女様の命と引き換えの行為だとは…」

橙小隊長「しかも魔女様ご本人を騙し、砦に幽閉して…か」

魔女「間違いありません、私はずっと砦の外では生きられぬと教えられてきました」

男「我らは魔女の騎士団、いかに月の部隊とはいえそれでは主の半分を蔑ろにするも同然」

赤小隊長「……確かに」


橙小隊長「他国への侵攻、魔女様を単なる兵器とする暴挙…いずれも正義とは呼べぬ」

緑小隊長「だが、我らは月の軍人だ」

赤小隊長「いかにも…それが国の方針であれば、従う事こそ正義に他ならん」


男「しかし…!」

緑小隊長「男よ、気持ちは解る。個の想いとしては騎士道を捨てた正義など意味はない」

橙小隊長「よせ、緑の。騎士道以前の問題だ」

赤小隊長「そう…貴様らと同じく天涯孤独の身であれば、我らとて協力を惜しまなんだかもしれん」

男「赤小隊長殿…」


赤小隊長「だが我らには王都に家族がある。己の信念だけの為に動くことはできぬのだ」

男「……では、再び剣を?」ゴクリ…

緑小隊長「そうしたくはない…」

橙小隊長「………」ギリッ


赤小隊長「もうひとつ聞かせろ、男よ。…貴様らの小隊長はどうした?」

男「……っ…」

緑小隊長「…その返答次第だ。奴は我らの友人であった」


男「小隊長殿は…私が斬りました」グッ


橙小隊長「!!」

赤小隊長「…殺したのか」

男「いいえ…しかし片脚を斬り飛ばしました」

緑小隊長「………」

男「そしてその忠義の傷と我らの行方の情報をもって、王に対し赦しを乞うよう願ったのです」


赤小隊長「なるほど…では決まりだな」

橙小隊長「うむ」


友「くっ…」

男「……解りました。交戦の再開はどうか騎士道に則り、合図と共に──」

緑小隊長「──たわけが、誰が決裂だと言った」

眼帯「え…?」


赤小隊長「白の隊士諸君よ…落ち着いて聞け。残念だが我が友人である白小隊長は、恐らくもう生きてはいまい」

男「なっ…!?」

友「どういう事です!」


緑小隊長「諸君らが魔女様を連れ去ったあと数日、砦周辺の一般兵により組織された追撃隊が捜索にあたっていた…」

橙小隊長「どこを探していたと思う…? なんと真反対、西の廃城の方面だ」

眼帯「そんな…じゃあまさか…」

赤小隊長「白小隊長め…貴様らを庇いだてし、嘘の情報を渡しておったのだろうな」


緑小隊長「貴様らに敵対したのも演技…あるいは自らを斬らせ、覚悟を与えるためかもしれん──」


『──知る顔だからと斬る事もできない程度の覚悟で反逆とはな…呆れさせてくれる』

『どうしても信ずる道をゆくなら…! ワシを斬ってゆけ──!!』


男「──小隊長…糞親父め…」

橙小隊長「脚を落とされ、それでもなお貴様らに信念を貫かせようと庇った…我らはその想いを踏みにじる事などできぬ」

赤小隊長「だが、本当に貴様らと行動を共にするわけにはいかぬのだ……許せ」


緑小隊長「追撃隊総員、白の勇士達に必要なだけの水と食料を分配せよ!」

男「ありがとう…ございます…っ」

眼帯「でも、それじゃ追撃隊が処罰を…」

橙小隊長「なに…魔女様の御力に敗れて帰ったとすれば無理もあるまい」

緑小隊長「厳罰までは喰らうまいし、かといって何も無しではいつかあの世で亡き友人に合わせる顔がないというものよ」


赤小隊長「次に貴様らと会う事があれば、やはり争わねばならぬかもしれん。その時は互いに運命と思おうぞ──」

ここまで


……………
………


…三日後の夜、東の港町


眼帯(──うぅ、スースーするんですけど…)モジモジ

眼帯(ダメだなぁ…普段から騎士団の隊装ばっかだから、スカートとか全然慣れない)

眼帯(……しかし、いくら夜だからって人影が無さ過ぎるような)キョロキョロ

眼帯(灯りが点いてる家自体、見当たらないよ──?)ウーン…


『──どうもおかしい、遠目とはいえ静か過ぎる』

『港町ねぇ…田舎だし、こんなもんじゃねえの?』

『この夕暮れの時間帯なら、漁から戻る船の影くらい幾つもあるはずなんだけどな…』

『もしかして月の軍が待ち構えてたり…?』

『そんな風にも見えないが、可能性はあるな…』


『じゃあ、私が偵察に行くよ』

『馬鹿言ってんなよ眼帯、本当に待ち伏せされてたら一人で太刀打ちできねえだろ』

『だから女の私が行くんじゃない。ふっふっふ…衣装ひとつでオンナは化けるのよ…?』

『その衣装はどこにあんだよ』

『あるんだな、これがっ! こないだの赤小隊とかが乗ってたキャラバン、ほんとに商品の荷物も積んであってさー』

『女物の服もあったから、私も眼帯さんも数着頂いたんですよね──』


眼帯(そうは言ったけど、やっぱり巻きスカートはやめとくべきだったなぁ…動き難いし)

眼帯(着替えて見せた時、友がぽかーんとしてたのは面白かったけど)クックックッ…


眼帯「こんばんはー?」トン、トンッ

眼帯(夜の酒場すら誰もいない、やっぱりおかしい)

眼帯(そしてなにより…)チラッ

眼帯(…このところどころに散った血痕……どういう事? 既にひと騒動あったみたい──)


…ザッ

??「──動くな、女」

眼帯「!!」


………


…港町手前の森


友「──遅いよな? なっ? そろそろやばくねえ?」ソワソワ

男「23時くらいまでに戻るって言ってたろ。今、まだ22時だぞ?」

友「いやいやいや、町の様子がどうかなんて小一時間もかけりゃ判るはずだろ。絶対おかしいって」イライラ


男「まあ落ち着けよ、心配なのは解るけどさ…」

友「アイツが心配なんじゃねーし、バレたら余計に警戒がきつくなって不利だからさ」

男「はいはい、そういう事でいいよ」ハァ…

魔女(素直じゃないなぁ…)


白隊士「男、もしも…だぞ? もし港町に警戒が敷かれてなかったら、一杯飲んでいいか?」

男「ふざけんなよ、ここが正念場だぞ?」

白隊士「ちぇっ…まあ、そう言うと思ったよ…」ガックリ

男「舟に乗ったら少しは余裕もできるよ、それまで我慢しな」


魔女「……お酒、私も飲んでみたいです」

男「一応この国では十八から飲酒は認められておりますが…」

魔女「じゃあ飲めますね!」ニコニコ


男「しかし慣れぬ舟と慣れぬ酒では、目も当てられない事になりますよ」

魔女「うーん…じゃあ島まで我慢します」

男「そうなさって下さい、さっきの者のようなうわばみを見習ってはいけません」

魔女「そんなにたくさん飲むのですか?」

男「あいつは王都のスラム出身ですのでね、十八といわず年少の頃から水代わりだったようです」


魔女「王都…では眼帯さんとは以前からのお知り合いかもしれませんね」

男「眼帯と?」

魔女「ええ、眼帯さんも王都の出身だと聞きました」

男「……そんな話は聞いた事がありませんでした、おかしいな」

魔女「なにか…?」

男「いえ…王都の騎士団駐屯所にいた時、眼帯は図書館の場所も知らなかったような──」


友「──男! 俺、ちょっと様子みてくるわ!」イソイソ

男「ちょ…!? 馬鹿やろ、お前さっき自分でバレたら不利だって言ってたろ!」

友「うるせえ! だってアイツ、あんな可愛い格好してさ…!」

魔女(可愛いとか、本人に言ってあげたらいいのに…)


男「落ち着けって、もう帰ってくるよ…」

友「でももし本当に警戒の兵にバレてて、捕まってたらどうすんだよ!」

男「携帯用の照明弾持たせたろ? 何かあったら打ち上げるって」

友「急に背後から来られたらできないだろ! そんで押し倒されて、なぶりものに……やっぱ行ってくる!」ダダダッ!

男「うわ、自分で言って心配になってんじゃねえよ──!」


…ザッ

眼帯「──ただいま…って、なにやってんの?」

友「眼帯!」ビクゥッ


男「ああ…よかった、こいつがお前のこと心ぱ…うぐっ!?」ドスッ

友「黙れ」

魔女(うわぁ…)


友「それで、町はどうだったんだ?」キリッ

眼帯「…静かだけど、何事も無かったよ」

男「何事も? 警戒もされてないのか?」

眼帯「……うん」

友「それ、なんか逆に怪しいような」

眼帯「大丈夫……行こう──?」

ここまで
ちょっと短くて申し訳ない


………



友「…なんか、確かにすんなり町には入れたけどさ」

男「真夜中にしても不気味なくらい静かだな」

眼帯「………」


魔女「そのまま港へ…?」

男「ええ、夜に紛れるに越したことはありません。故郷を懐かしむ心持ちでもないですしね」

友「舟のあてもあんのか?」

男「俺の舟がある。地元の友人に託してはいたが、消えても文句は言わんだろう」

魔女「この隊全員が乗れる程の大きさなのですか?」

男「まあ、なんとか…獲れた魚と同じような扱いで良ければ」

友「魚臭い生簀の中は勘弁してくれよ」


男「ん…? 眼帯、遅れてるぞ」

魔女「さっきから無口ですね…」

眼帯「………」


男「その角を出れば港だ、慎重にな…」

友「……人影は見えんな」


魔女「舟に乗り込めばひと安心なんですよね…?」

男「魔女様の乗る舟に安易に近づける者などいないでしょうからね」

友「風も緩いし船出にはいい夜だ、行こうぜ」

男「よし、油断するな…」


…タタタタッ

友「大丈夫そうだ、来い」

男「魔女様、遅れませんよう」

魔女「はいっ」

眼帯「………」


友「どの舟だ?」

男「ええと…手前から七艘目だな」

友「なるほど、けっこう大きいな」


魔女「あの…男さん」

男「はい?」

魔女「帆…っていうんですよね、あの…あれで普通なんですか?」

男「舟の帆が何か…」


友「…おい! どういう事だ…!?」

男「!!」

友「どの舟も…! 全部、帆が焼け焦げて破れてるぞ!」

魔女「そんな…」

眼帯「………」


男「…まずい」ゾクッ

友「これをした奴がいるぞ、この町に。…決断は早くした方がいい」

男「戻ろう……とりあえず、元いた森まで。みんな、できるだけ静かに…速やかに戻れ──!」


??「──そうはいかんな」フワ…スタッ

友(なに…! 仮面の剣士…どこから現れた!?)

男「くっ、構うな! 退け!」ダダッ


──ブンッ…スタッ!スタスタッ!

??「逃げ切れると思うか?」

??「残念だったな…月の騎士よ」


友「ちくしょ…いきなり増えやがって…!」チャキンッ

白隊士「おおおおぉぉっ!」ダダッ…ヒュンッ!キィンッ!

??「…野蛮な事だ、いきなり斬りかかるとは」シュッ…カァンッ!

友「男! まだ数じゃこっちが勝ってる! 今の内に魔女様を連れて逃げろ!」ヒュンッ!カァンッ…キンッ!


男「友…みんな、頼んだ! 魔女様、こちらへ!」

魔女「は…はいっ!」タタタッ


友「眼帯も行けっ!」

眼帯「……っ…」ギュウッ…

友「早く! こいつら幽霊みたいに現れるぞ! 魔女様の傍にいろ!」キイイイィィィンッ!

眼帯「ごめん…友っ…」タタタタッ──


魔女「はあっ…はぁっ…!」タッタッタッ…

男(いかんな、魔女様は走る事にも慣れていない…)


──ブンッ…スタッ!

??「そこまでだ、止まれ」

白隊士「なめるなっ…! ようやく舟に乗って酒にありつけるとこだったのによ!」チャキッ


…スタスタッ!ザンッ!

男「しつこいぜ、何人現れるんだ…!」

白隊士「男、眼帯、止まるな! 俺達が食いとめる!」

魔女「でも…! 相手の方が人数が…っ!」ゼェ…ゼェ…


??「おっと…やめておけよ。手加減した魔法じゃこの装備には通用せんぞ」

??「だが周囲の家屋には住人がいる、眠らせているがな。本気を出して巻き込みたくはなかろう?」チャキンッ…


キイイイィィィンッ!
カンッ!キンキンッ…ギィンッ!


男「くそったれ…! みんな、頼む!」

眼帯「………」


タッタッタッタッ…ガッ!ズシャッ!

魔女「うっ…!」ドサッ…

男「魔女様! 大丈夫ですか!? お手を…!」

魔女「はぁーっ…はーっ…大…丈夫…」ゲホッ…ゴホンッ


──ブンッ…スタッ!

??「…捕らえたぞ」チャキッ

男「ほざけっ!」チャキンッ…シュッ!

ギイイィィンッ!


??「凄まじい速さの初撃だ…強いな」ギリギリギリッ

男(次の一人が現れたら眼帯の手まで塞がっちまう…!)グググ…ッ


魔女「くっ…! 凍りつきなさいっ!」ヒュオオオォォォ…

??「無駄だというのに」

魔女「凍結魔法!」コオオォォォ…ピシッ!ビシビシビシッ…!


…バリイイィィィン……


魔女「!!」

男(氷柱が届く前に割れた…!?)


??「この特殊兵装に力を絞った魔法は届かん…町を破壊する気で放つならともかくな」ヒュンッ!

キィンッ!ギンッ…カァンッ!

魔女「そんな…!」ハァ…ハァ…


男「眼帯っ! 魔女様を頼むっ!」ビュンッ!キンッ!


眼帯「………」グッ…

魔女「男さん…お願い、死なないで!」

眼帯「…行こう、魔女ちゃん……」


タタタタタッ…


??「………」キィンッ…!

男「おら、目で追ってる余裕なんか与えねぇぞ!」シュンッ!

ガキイイイィィン!ガンッ!ガガンッ!

??「くっ…なんて重さだ…!」ビリビリビリ…


男「おおおぉああぁぁぁっ!」ザリッ、ブゥンッ!

??「弾け飛べ…爆砕魔法!」カッ…!

男「──!!」


──ザッ!ザザッ…!


男(…危ねえ、なんて魔法使いやがる。発動まで一瞬だったじゃねえか)ハァ…ハァ…

??「恐ろしいセンスだな…今のを避けるか」

男「何者だ貴様、月の者ではないな……あんな魔法見た事もない」ジリッ…


??「これは失礼した、仮面のままではそなたらの騎士道に反したか」スッ…ファサッ

男(仮面を…あの瞳は…!)

??「ほう…? 先の魔法は見た事がなくとも、この左眼の意味するところは解ったようだな」

男「左の瞳だけが真紅…貴様、魔道士の国と名高い星の兵か。道理で魔法に長けていたわけだ」


??「私は星の国、魔法剣士隊長を務める『魔剣士』だ。名乗る意味もないが、騎士殿を相手とするなら礼儀だろう」


男「ふん…不意打ちをかけておいて今さら騎士道を語るとは笑わせる。…なぜ姿を消したまま斬りかからなかった?」

魔剣士「矮小な魔法を弾くのも姿を消す事も、この特殊兵装の力…しかし特に後者は酷く集中力と魔力を消費するのでな」

男「剣を振るうことも出来ない…というわけか。ではなぜ星の国の兵が我々の邪魔をする?」

魔剣士「騎士道に則ったとしても、そこまで話す義理は無い」


男「そうかい…俺は月の国騎士団白色小隊所属の男だ──」ヒュッ…!

ガキイイイィィィンッ…!!

男「──今は逆賊だがな…っ!」グググ…ッ


………


タタタタタッ…


魔女「はぁ…はぁっ…」

眼帯「………」タッタッタッ



『──動くな、女』

『何者…っ』

『ふん…やはり眼帯か、なんだその格好は』



魔女「…はぁっ…はっ……どっち…でしたっけ…」ハァ…ハァ…

眼帯「……右」



『仮面をとらねば判らんか…これでどうだ』

『……兄様…!』

『久しいな、妹よ。魔女の砦に入って以後、満月の夜の通信も絶えどうしているかと思ったぞ』



魔女「もう…そろそろ…はぁっ……町の出口……はぁーっ…」タタタタッ…

眼帯「そこを…左…」タッタッタッ…


『しかし何故これまで目的を果たせていないのだ』

『その…魔力にあてられる…から…近づけなくて…』

『一瞬の機会ならありそうなものだ』

『………』

『…属する隊に情を移している…違うか?』



魔女「はぁっ…はぁ……えっ…!?」タタタッ…ザッ

眼帯「………」…ザッ

魔女「どうして……はぁっ…眼帯さん…行き止まりです…戻りましょう」ハァ…ハァ…



『この後、我々がお前達の行動を阻害する』

『お前と魔女だけが残るように、他の隊士を足止めしよう』

『それならお前がやったとは疑われない』



魔女「眼帯…さん?」ハァ……ハァ……

眼帯「…忘れてたかった」ポツリ


魔女「なにを…あの、話は森に戻ってから…」

眼帯「このまま、魔女の島に着ければ」スッ…



『魔女の力は強大だ…なりふり構わなければ、全てを巻き込み消し去る事も容易いだろう』



眼帯「それで関係なくなると思ってた…そうしたかった」シュルシュル…

魔女(左眼の帯を…?)

眼帯「でも…この左眼からは、逃げられなかったみたい」ファサッ…

魔女「その瞳は…? 眼帯さん…貴女は…」



『油断を誘い、隙をつけ、さもなくば魔女に対し勝機は無い。いいか、眼帯…我が妹よ──』

眼帯「私は元・星の国魔法剣士隊候補生──」チャキッ…



魔女「……嘘…」



『──魔女を殺せ』

眼帯「──魔女の暗殺者」


ここまで


魔女「…こんな時に冗談言うわけないですよね」

眼帯「うん」

魔女「だったら…暗殺者が名乗っちゃだめじゃないですか」

眼帯「うん」


魔女「…それに」

眼帯「………」グスッ

魔女「そんなに泣いてちゃ、殺せるわけないですよ」

眼帯「う…ん…」ポロポロ…


魔女「眼帯さん…私、なにもしません」

眼帯「……っ…」グスン

魔女「殺さなきゃいけないんだったら…今しかないですよ」

眼帯「でも…」

魔女「今なら友さんにも知られずにすみます。男さんにも、みんなにも」


眼帯「できない…よ…」

魔女「…うん」

眼帯「家族だもん…友達だもん…っ」ボロボロ…

もう1レス落としとかないと、格好つけたつもりでも眼帯があまりに間抜けに思えてきた
失礼しました、ここまでっす


魔女「眼帯さん、私…貴女と一緒に魔女の島へ行きたいです」ニコッ

眼帯「だけど…私は魔女ちゃんを…みんなを騙してて…」

魔女「つい今、みんな家族な事、私の友達である事は嘘じゃ無いって話してくれたじゃないですか」

眼帯「魔女ちゃん…」

魔女「眼帯さん、森へ行きましょう? きっとみんな無事に合流しますよ」

眼帯「…みんなを危険な目に合わせたのは私なんだよ」グスッ


魔女「男さんも友さんも、負けないです」

魔女「剣を交える音ももう聞こえなくなりました、みんなこっちへ向かってるはず」フルフルフル…

魔女「大丈夫…大丈夫ですよ…」ギュッ


眼帯(魔女ちゃん…震えてる、不安なんだよね)グッ…


眼帯「私…戻る」

魔女「えっ…?」

眼帯「みんなに加勢する。魔女ちゃん、ここは街の外壁に面したところだから、万一の時は遠慮なく魔法を使って──」


魔剣士「──その必要はない」ズル…ズル…


眼帯「兄様…!」チャキッ

魔女(眼帯さんのお兄さん…?)

眼帯「み、みんなはっ!? 男…友は…!」

魔剣士「男…というのは、これの事だったな」グッ…


ポイッ…ドシャアッ!


魔女「男…さん…!」クラッ…

眼帯「……っ…!」ギリッ


魔女「嘘…男さん……嘘でしょう…」ヘナヘナ…ペタン


魔剣士「手強かったがな、しかし──」

魔女「──許さない」ボソッ


眼帯「うっ…!?」ゾクゾクッ

魔女「絶対…許さない…っ!」ゴゴゴゴゴゴ

…パチッ!ピシィッ…バチバチッ!


魔剣士「ぐ…まずい、こんなにも…!」フラフラ…

眼帯(魔力にあてられるどころじゃない…! 押し潰されそうな…)ガクッ

魔女「男さんの亡骸を渡しなさい。苦しめはしません、一瞬で灰にして差し上げます…!」スゥッ…


魔剣士「よすんだ…! ま…待てっ!」

魔女「姿を消してはどうです? そのあと一秒で一里以上も離れられるなら…ですが」


魔剣士「くそっ…! 違う、この者は死んではいないっ!」


眼帯「!?」

魔女「…苦し紛れの嘘ですか」

魔剣士「本当だ! 魔法で昏睡させただけだ!」


…ZZZzzz…ZZZzzz…


魔女「へ…?」プシュウ…

眼帯「昏睡ってか…ぐっすり寝てる…?」


魔剣士「はぁ…はぁ…やはり恐ろしい魔力だな……」ゼェ…ゼェ…

魔女「では、なぜ殺さなかったのです?」

魔剣士「我々が殺害しようとしたのは魔女…貴様だけだからだ。我が国は何も戦を望むわけではない…」

眼帯「じゃあ、友も…他のみんなも…」

魔剣士「お前が魔女を不意打つその時間を稼げ…そうしか命令してはいない。恐らくは無事だろう」


魔女「戦を望まない…そうは言いつつも、やろうとした事は脅威となる魔女の排除ではありませんか」

魔剣士「…脅威か、それは星の国に限った話ではないな。世界各国…そう、この月の国さえも例外ではない」


魔女「……月も?」

魔剣士「ふん、どうせ此度の計画は失敗だ。先の話からして眼帯は我々と共に戻る気もないのだろう。そいつから聞くがいいさ」バサァッ

眼帯「う…」

魔女「ま、待ちなさい! まだ話は終わって…」

魔剣士「覚悟して聞く事だ、知れば苦しむ事になろう」


男「…う……ぅ…」グッ…グググッ…

魔女「男さん!」タタタッ


魔剣士「こやつ…恐ろしいほど強いが、魔法への耐性は皆無だな。まさか触れもせずに放つ催眠魔法が効くとは思わなかった」


男「く…そ……てめぇ、なぜ殺さなかった…」ズズ…

魔女「男さん! 無理しないで…!」ガバッ

魔剣士「なるほど…魔女に触れられても平気なほど魔法適性が無いという事か。起き上がる前に退散するとしよう」スッ

男「待てっ…!」


ブゥンッ…キュイイイィィン…

魔剣士《…我々はなんとしても魔女を殺さねばならん、恨みはなくともな》


男「ふざけろっ…! 次は千切りにしてやらぁっ!」

眼帯「兄様!」

魔剣士《眼帯、達者でな──》

魔女「消える…」


──フワリ……スゥッ

ちょい短いけどここまで


……………
………



『──なぜだ、星の御子が産まれぬ。もう前の御子様が崩御されて四十年以上になる』

『今までは十年と空いた事はなかったが』


『御子様の力がこの星に満たされねば、土は痩せ水は澱む…いずれは生命など育めなくなるぞ』

『魔女だ…御子様の力のみを無理に引き継いだ魔女がいるからだ』

『ただの人間に御子様の力を与えた月の愚か者め』

『まさか月の王家に嫁入りした姫が御子を産むとは…』

『もう半世紀以上も前の事だ、それを悔いても遅い』


『殺せ、魔女を殺す以外に術はあるまい』

『しかし居場所が掴めぬ』

『御子様と同じ強大な力だ、我が国の魔力感知装置に現れぬはずがないのに』

『月の国は遅れた魔法工学しか持たぬと考えられていたが、魔力を遮断する施設程度は有しておるのだろう…』


『およそ十年の頻度で魔女のものと思しき強力な波動が観測されているというではないか』

『国境の山を抉り諸国を震え上がらせるための魔女演習だろう、力に取り憑かれた狂王の蛮行だ』

『その時に位置の特定は…?』

『時間が僅か過ぎて完全にはできていない、中央の山岳周辺の辺境が有力だが…』


『何か方法はないのか』

『月にとって魔女の力は軍の要…それを守るなら当然、兵をつけているはず』

『その中に兵を送る…? そう都合よくいくだろうか』

『わからん、情報が乏し過ぎる』

『我が星の国の者は御子様を産む可能性がある故に、でき得る限り外へ出さん…月への間者も送ってはおらぬ』

『諦めるわけにはいくまい、あらゆる手段を用いても策を探るのだ──』


………



『──魔剣士の妹よ、魔法剣士隊の入隊試験に首席で合格した貴様を見込んで、任務を与える』

『はっ…』

『月の魔女を暗殺する計画については、兄より聞いておろう?』

『魔女を警護する騎士隊に潜入し、機会を狙う…と』

『そうだ、貿易のため月の国に配していた商人が得た情報によれば、月の軍は孤児を雇い優れた者を一個部隊に集めているという』

『孤児を…でございますか』

『辺境へと送り、長きに渡り魔女の警護に就かせるためという話だ。確実ではないが信憑性は高い』


『では、私はそこへ?』

『そうだ、開発された身隠しの兵装を用いて王都に侵入し、孤児を装って軍に入隊する…長い任務だが、請けてくれような』

『身に余る光栄に存じます』


『我が星の国はこの惑星の守護者、貴様はその英雄となるのだ』

『星の命の下、必ずや魔女を亡きものに──』


………



『──長く、酷な任務だ。まだ正式に入隊してもいないのに』

『…でも、光栄なことだから』


『お前は剣士としても魔道士としても、いずれは私を凌ぐと思えるほど優秀な戦士だが…』

『兄様にそんなに褒められたの、初めてだよ』

『しかしお前は優しい、暗殺者には向かん』

『…大丈夫、やり遂げてみせる』


『その左眼、眼帯をせねばならんな』

『うん』

『包帯にしておくか…女の顔の傷を見たがる下衆が月におらねばいいが』

『そんな奴いたらひっぱたくよ』


『ほら…後ろを向け』

『じ、自分でできる…よ?』

『…未熟な妹を送り出す兄として、そのくらいさせてくれ──』


……………
………


…港町から数km、東の海岸


眼帯「──私は月の軍に入隊して、騎士団の試験を受けたの。そしてこの小隊に」

眼帯「星の国は魔力を使った通信施設を持ってて、大気中の魔力が高まる満月の夜には定期連絡を送ってた」

眼帯「でも、あの砦は魔力を遮断するように作られてて、そこからは連絡できてない」

眼帯「ずっと…みんなを騙してた。魔女の騎士なんて口で言いながら…私は……暗殺の機会を窺って…」グスッ…


友「…眼帯」

眼帯「解ってる……どんな報いでも受ける」

魔女「報いだなんて、誰もそんなこと望んでないですよ」

友「そうだよ、この隊は家族だろ。一緒に島へ──」


男「──馬鹿言うなよ、友」


友「男…? 何を…」

男「さっきの交戦からここまで全てが筋書き通りの茶番だったらどうする」

魔女「えっ…」

眼帯「………」


友「正気か? 小隊に入った時からの付き合いだぞ!?」

男「その長い時間をずっと騙し通してきたんじゃないか、いや…今の話の真偽すら怪しい」

魔女「男さん…!」


バッ……グイッ!


友「てめえ! ぶっ飛ばされてえのか!」グググ…

男「放せよ、友…兵装のベルトが切れる。替えは持ってないんだ」

友「ふざけんな、冗談なら今の内に訂正しろ」キッ


眼帯「やめて…友、仕方ないの」


男「冗談なもんか…放せ。今も魔女様は隙だらけだ、眼帯から目を離してる場合じゃ──」


──バキィッ!


男「ぐっ…!」ドサッ…

魔女「!!」ビクッ


眼帯「やめて! お願い!」


友「いい加減にしろよ、男…」ハァ…ハァ…

男「……そっくり返すぞ、友。いい加減に目を覚ますのはお前の方だ」ペッ

友「まだ言うつもりか…!」グッ


男「いくらでも言ってやるさ。そいつが暗殺を諦めたなんて保証、誰がするっていうんだ」

友「俺がしてやらあ!」


眼帯「……友…」


男「話にならん、俺もお前も魔女様のための騎士だぞ。危険因子を庇い立てするなんて…」


魔女「男さん、それなら私からお願いします。眼帯さんを信じてあげて下さい」

男「魔女様…それは!」

魔女「眼帯さんは抵抗しないと言った私を斬りませんでした。あれが演技なら、そんな機会を見過ごしますか…?」


眼帯「魔女ちゃん…」グスッ


魔女「家族だから、友達だから殺すなんてできない…そう言ってくれた人を、私は疑いたくありません」

男「……しかし」


魔女「男さんはそのとき寝てたから見てないでしょうけれど」

男「うっ」グサッ


魔女「ご自身で見てもいないのに、演技かどうかの判断ができるのですか?」シレッ

男「うぐっ」グサグサッ


魔女「もう一度言います、眼帯さんを信じてあげて下さい」


友「…さっきなんて言ったんだよ、誰のための…なんだって?」ボソッ

男「うぐぐっ」フルフルフル…

魔女「ふふ…そうですね、では──」コホンッ

眼帯「…?」



魔女「──親愛なる我が騎士、男。家族を疑ってはなりません、これは命令です……なんて、どうです?」ニコッ



男「くっ…承知いたしました」ハァ…

友「へっへっ、ざまあみろ」ケケケッ


眼帯「…ありがとう」グスン

ここまで

今日の晩には続き投下予定です
説明不足で解りにくくなってるので、ちょっと話の中で眼帯に説明させますー


男「だが今の眼帯の話は突飛で複雑過ぎる、更に噛み砕いて説明してもらうぞ」

眼帯「…知る限りの事は全部話すよ」コクン


友「でもそれより先に行動だろ、これからどうする? この町の舟は全滅だった」

男「お前…よくついさっき俺をぶん殴っておいてそんだけ切り替えられるよな」チッ

友「納得はいってなさそうだけど、主張は通ったからいいんだよ」

男「……まあ、今は次の行動を急ぐべきってのはもっともだ。頬の痛みについては覚えてやがれ」


魔女「舟の帆はいつごろ直されるでしょう…?」

男「先の交戦のあと町の家屋をいくつか覗き見してみましたが、眠らされている中には武装した月の兵も確認できました」

友「そいつらが町にいる間…つまり警戒が解かれない限りは、修繕はされないだろうな」

男「仮面で顔を隠した星の隊が我々であると誤認される可能性も充分ある。今後さらに警戒は強くなるだろうな…」


友「別の港町へいくか」

男「いや、恐らく全ての港の警戒態勢が増すはずだ。……やむを得んな、次点と思っていた手に甘んじよう」

魔女「次点…?」

友「なにか次の案があったのかよ」

男「まあな…このまま海岸線を南東へ下る、一日強はかかるくらいか。行こう、進みながら話す──」


………



魔女「──きゃっ」カツッ、フラッ…

男「暗いので足元にお気をつけを。今少し町から離れるまで、例の魔法で灯りを得る事もできません」

魔女「はい、大丈夫です…」

男「…歩けますか?」

魔女「もちろんです、弱音などはくわけには参りません」

男(しかし、さっきは全力で走ったはずだ…お疲れだろうな)


魔女「わっ…」ビチャ

男「ぬかるみが…お手を」スッ

魔女「はい」ハァ…


男「……魔女様、やはり無理があるようです」

魔女「平気です」

男「いいえ、そうは思えません。…友、荷物を頼めるか」ドシャッ

友「ああ、分けて持つよ。おーい、みんなー」


男「どうぞ、魔女様──」ザッ

魔女「え?」

男「──背に負って参ります」


魔女「え、えええ…!? いえ、あの…そんなの男さんが…!」アセアセ

友「男が負っていた荷物、全部合わせれば失礼ながら魔女様一人とさほどの差は無いかもしれませんよ」

魔女「で、でも…!」


男「魔女様、今は早く」

魔女「大丈夫ですから! 歩けますからっ!」

男「なりません、さあ」

魔女「…ぅ……」


男「魔女様」

魔女「あぅ…わかりました…」ソローーッ


…トサッ、ギュッ


男「しっかり掴まっていて下さい」スクッ

魔女「わわ…重くないでしょうか…」

男「荷物より軽いです」ザッ、ザッ…


魔女「うぅ…だめです、やっぱり恥ずかしいですっ。降ろして下さい…」

男「失礼ですが」

魔女「…はい?」


男「慣れぬ夜道…仕方が無いとはいえ、歩みが遅いのです」

魔女「うっ」グサッ


男「最初は魔女様なら空くらい飛べるものと思っておりました」

魔女「うぐっ」グサグサッ


男「……先ほど私も弱味をつかれましたのでね」クスッ

魔女「お、怒っているのですね…」

男「いいえ…むしろ」

魔女「?」


男「魔女様が、より家族のように思えました。…軽口ですが、お許しを」


魔女「………」

男「怒りましたか?」

魔女「…いいえ」ギュッ


…ザッ、ザッ、ザッ


男「──眼帯、こっちへ来い。魔力にあてられない程度でいい」

眼帯「……うん」


男「…魔女様を暗殺する計画が持ち上がったのは、新たな『星の御子』が産まれない事が理由だ…そう言ったな」

眼帯「あの…魔女ちゃんには辛い側面のある話になるよ。後にしようか…?」


魔女「背負われたままで情けないですけど…聞くべき事であれば、私は聞きたいです」

眼帯「………」


魔女「眼帯さん、お聞かせ下さい」ゴクリ

眼帯「…わかった」コクン

眼帯「ちょっと長い話になるけど……」ハァ…


眼帯「…御子様は世界にただ一人、でも過去には十年と間を空けずに存在してきたの」

眼帯「ただ…その強大過ぎる力を他国に狙われないよう、ずっと星の国は存在を隠し続けてた」

眼帯「崩御されたあと十年以内に誕生する星の民の子達の中で、誰かが加護を受けて産まれてくる」

眼帯「産まれたら、じきに解る…何しろ生後一年も経てば凄まじい魔力を帯び始めるから」

眼帯「でも今は…御子様は四十年以上も産まれないまま」


魔女「……それが私のせい?」

眼帯「………」グッ

男「その部分…魔女様と星の御子の関係とは?」


眼帯「…五十年以上前の事だよ。当時の月の国はまだ今ほどじゃないにせよ、軍国主義の色を強めてた…」

眼帯「そして星の国では、ちょうどそのころ当時の御子様が崩御された」

眼帯「そもそも御子様を軍事利用なんてしてなかったし、存在自体明らかにしてなかった。でも実質、星の国は弱体化したという事…」

眼帯「…何しろ小さな島国だからね。だから脅威が自国に向く事を恐れた星の国は、月の国との友好を図ったの」


眼帯「その手段のひとつとして、星の国は自国の姫君を月の王家に嫁がせたんだよ。…そして数年後」

友「まさか、その姫様が…?」

眼帯「うん…皮肉な事に、御子様を産んだの」コクン


眼帯「迷わず御子様の力を軍事利用した月の国は、他国への侵攻を加速していった」

眼帯「でも力を酷使した御子様は若くして命を落とした…って」

眼帯「それは星の国の『魔力感知装置』で把握されてたし、星の王家の血を引くわけだから…内密にも知らせは届いたみたい」

眼帯「そして同時に、月による他国への侵攻は一時減速した」

眼帯「でも十年後、月の国はその力の健在を誇示するために国内で演習を行った…国境の山をひとつ消し飛ばしてね」


男「それが今に続く魔女演習…か」

眼帯「…そして、新たな御子様は産まれなかった」

魔女「御子の力を人工的に引き継いだ魔女が存在するから…と?」

眼帯「うん…そう考えられてる」コクン


男「だとしたら侵攻じゃなく自衛のためとはいえ、やはり魔女様を殺めようとするのは軍事的な理由によるものじゃないか」

眼帯「…完全には否定できない」

男「完全には…? じゃあ不完全でもいい、聞かせろ」


魔女「もうっ、男さん…言い方が刺々しいですよ」

男「うっ…は、はい…」


眼帯「それは…御子様が産まれる理由に関わる事なんだよ」

眼帯「御子様の強大な魔力は星からの預かりもの。必要に応じて星に返したり、また預かったりするものなの」


魔女「星…というのは?」

眼帯「ああ…ごめん、星の国の事じゃないよ」

眼帯「この世界、大地や海や空も含めて全て…」

眼帯「…つまり、この惑星の事だよ」

友「なんか習ったな……夜空の星々の中で、観測すると他の星と違って動きが惑う星…この世界もそのひとつだって」


眼帯「抽象的な言い方だけど、この惑星は生きてる。例えば地震や雷、風や雨も惑星の活動なの」

眼帯「それらは全部、惑星の生命力…私達にとっての魔力を使って、発生したり食い止められてたりするんだよ」

眼帯「普段の風や普通の雨、澄んだ空気を維持する事なんかは、ほんの僅かに魔力を消費しながら叶えられるものでね」

眼帯「反対に大きな地震や強過ぎる嵐なんかは、たくさんの魔力を消費しながら食い止められてる…」


友「なんか話が大き過ぎて、解ったような解らないような…」ウーン…

男「それで? 惑星からその魔力を預かるというのは、どういう事だ」


眼帯「ここが一番難しいんだけど…人間も動物も虫も木々も、全ての生き物は惑星に護られてるんだよ」

眼帯「同時に、その惑星の生命活動によって脅かされる事もあるんだけど…」

眼帯「自らが育む命にとって有益なものは与え、脅威となるものはできるだけ少なく小さく…惑星はそう加減をしてるの」


眼帯「例えば巨大な地震が起こる時、それを最小限に抑えるためにたくさんの魔力を消費してる」

眼帯「でも、そうすると一時的に雨や風みたいな必要とされる気象を引き起こす魔力が足りなくなる事があって…」

眼帯「…その時、御子様の魔力は自然と必要なだけ星に返されるようになってる」

眼帯「逆にそういった大きな活動がしばらく無くて魔力が過剰になると、許容量を超えた力は暴走し大災害を引き起こしてしまう」

眼帯「だからその時は逆に、御子様に余分な魔力が預けられるの…」


眼帯「…その均衡を保つための、惑星との連携が──」

魔女「──人工的に魔力を譲渡された魔女には、できないという事ですね」

眼帯「そう…そしてその魔力が惑星に返されない限り、次の御子様は…産まれない」


友「じゃあ近年自然災害が増えてたり、植物の枯死が進んでたりするのは…」

眼帯「うん、惑星の魔力が足りなくなってるから…だね」


魔女「私が生きてる事は、この惑星に生きる命全てを危機に晒してる…って事なんですね」シュン…

男「魔女様、そのような考え方をなさってはいけません」

友「そうですよ、悪いのは月の王家じゃないですか」

魔女「…はい」


男「だが、眼帯。それじゃお前はどうする気なんだ? 惑星を見捨てる事にしたってのか」

眼帯「その答えは…見えない。でも私は魔女ちゃんを殺せないよ」

魔女「眼帯さん…」


眼帯「魔女ちゃんが普通に長生きしたって、あと数十年だもの。今まで半世紀近くも御子様は存在しなかったんだから…」

友「…生命が絶滅するなんて事にはならないか」

魔女「でも…それって──」


『──覚悟して聞く事だ、知れば苦しむ事になろう』

『我々はなんとしても魔女を殺さねばならん、恨みはなくともな──』


魔女「──私は…どれだけの命を犠牲にして生き長らえる事になるのでしょうね…」

友「………」

眼帯「………」


男「…関係ありません」

魔女「え…?」


男「私は魔女の騎士。魔女様が生きるためなら、他の何をも斬り捨てる所存です」

友「…俺だって、そうですよ」

魔女「ありがとう…ございます」

眼帯「………」ギュッ…


男「眼帯…お前はどうなんだ」

眼帯「私…は……」

友「……言えよ。遠慮や躊躇いなんて、お前にゃ一番似合わねえぞ」

魔女「眼帯さん…」


眼帯「私は…私…もっ…」ググッ

男「………」

眼帯「他の何を置いても…友達に生きてて欲しい…!」キッ

魔女「…はいっ」ニコッ


男「いいだろう…作り話にしては手が混み過ぎてる、とりあえず信じておこう。ただし、警戒を解いたとまで思うな」

眼帯「ありがとう…」

友「……ふぅ」ホッ…


友「それで? 今度は男の話だ、これはどこへ向かってるんだよ?」

魔女「次点の手…って言ってましたよね。舟のあてが…?」


男「少し小さい舟なので、この人数を運ぶなら二度の往復が必要でしょう」

友「だから予備の策としてたわけか」

魔女「二艘目の舟…それも男さんの──?」ハッ…


『──お解りになりませんか? 駆け落ちたのは漁師でございますれば…』


男「…駆け落ちた漁師の話、覚えておいででしょう?」

魔女「じゃあ…」


『彼は隠し持っていたのです、二艘目の舟を──』


男「…その二人は、亡き祖父母でありました──」

ここまでー

すごく説明が長いので読み飛ばせるように三行で

・御子がいないと惑星が荒れるよ
・魔女では惑星と魔力を共有できないよ
・魔女がいる限り御子が生まれないよ

これだけでOKです


……………
………


…翌々日、夕方


友「海沿いの小さな森……本当にこんなところに舟置いてんのかよ?」

眼帯「なんか民家のひとつも見えないね…」

魔女「でも確かに海側に向かって道が分かれてますよ」

友「道…といっても、獣道に近い気がしますけど…」


魔女「男さん、間違いないんですよね?」

男「は…はい……その奥です…」コソコソ

友「なにコソコソしてんだ?」

男「し、してねえし、堂々としたもんだし」アセアセ

眼帯「どこが…」

友「で、そんなとこに放置されてる舟なんて、使い物になるんだろうな…?」

男「放置は…してない…」キョロキョロ


魔女「…じゃあ? どなたか管理されているのですか?」

男「うっ」ギクッ

友「だったらその人を探して声を掛けなきゃな」

男「いや、いい! こっそり盗み出せばいいから! さあ、そーーーっと行こう!」アタフタ

魔女「それは駄目なんじゃ…」

友「まあいいや、行こうぜ。他の皆は手前の砂浜で待たせてんだ、早く舟回してやんなきゃ」


ザッ、ザッ、ザッ…


友「あ…森が開けた」

眼帯「あれがその舟? 確かにちょっと小さい…」

魔女「すぐ脇に家屋がありますよ、煙突からちょびっと煙出てます」

友「いい匂いがする、朝飯作ってんのかな。声かけたらご馳走に…」

男「馬鹿言うな、とっとと乗り込むぞ」ソソクサ

眼帯「え、本当に声掛けないの?」

男「当たり前だ、見つかったらどうす──」


??「──こらぁっ!! 舟泥棒っ!!」


友「お…管理してる人か?」

眼帯「みたいだけど…」

魔女「…女性?」

男「うぐ…」ガックリ


??「…あれ? なんか見た事ある顔だね?」

男「よ、よぉ…久しぶり…」

??「もしかして、男? 嘘、帰ってきたの…!?」パァッ

男「元気そうでなによりだよ…幼馴染、風邪でもひいてりゃよかったのに」ゴニョゴニョ


幼馴染「わ…本当に男だ! 何年ぶりよ、連絡も寄越さずに…もうっ!」タタタッ…

男「ちょ」

幼馴染「おかえりっ!」…ギュッ!

友「!?」

眼帯「!?」

魔女「………」ピクッ


男「やめろ、放せ馬鹿やろ」ジタバタ

幼馴染「ふふふー、立派な騎士様になっちゃってー」ニコニコ


魔女「………」ピシッ…ジジジッ…

眼帯「やめて魔女ちゃん魔力上げないで、あてられちゃう」


友「な、なあ…男、その娘とはどういう関係?」

男「えっと…オサナナジミで──」


…ガチャッ

チビ「──おっかあどした? おとう帰ったん?」


魔女「………」バチッ!

眼帯「うわぁ…」ヨロッ

友「魔女様、さすがに俺もクラクラするんですけど…」フラフラ…


幼馴染「あれ、そちらのお嬢さんは…? 騎士様じゃなさそうだけど」

男「お前も魔力にあてられないのか、魔法苦手だったもんな」

幼馴染「さっぱり駄目な男に言われたくないよ、私は薪に火くらいつけられるよ?」


魔女「あの、男さん。そのお綺麗な方と子供さんはどなたですか…?」ニコニコ、ピシッ

男「や、あの、ただのオサナナジミです…」

魔女「…ただの?」ニッコリ


幼馴染「ははーん…お嬢さん、なるほど…そういう」ニヤニヤ

男「やめろ、変な顔すんな。魔女様、こいつはオサナナジミ以上のなんでも無いんです」

幼馴染「あら心外ね、貴方八年前になんて言ったか覚えてないの?」クスッ

男「頼むから黙れよ、ほんと」


友「なんでコソコソしてたか解ったわ…」

眼帯「この案が次点だったのって、舟の大きさだけじゃなかったみたいだね」

魔女「昔のいい人…?」ズーン

男「違う、違います! ああもう…そうじゃなくて…」


??「──ただいま、お客さんか?」

チビ「あ、おとう!」キャッキャッ

幼馴染「あっ、おかえりダーリン! 男が来てるの、久しぶりでしょ!」

地元友「おぉ!? 男か、おいおい何年ぶりだよ!」


男「昔…フラれたんです、俺が」ウッ

魔女「ごめんなさい…」プシュウ

いったんここまで


………



幼馴染「──月の明りがー窓からー注ぎてー♪」

幼馴染「揺り籠ーの影もー漕ぐ舟ーのようー♪」


チビ「おとうは一緒に寝ないん…?」ウトウト

幼馴染「今日は懐かしい友達が来てるからね、いい子に寝ようね」ナデナデ

チビ「んー…」


幼馴染(早く寝ないかなー)

幼馴染(私も話に入りたいな…あのお嬢さんの事ももっと訊きたいし)


チビ「お歌はー?」

幼馴染「はいはい…」

幼馴染「青いー水面もー暗く染む夜──♪」


地元友「──乾杯だ、再会に」コチンッ

男「酒で付き合えなくてすまんな」

地元友「こっちこそ、俺だけ酒で悪いくらいだ」

男「はは…このトウモロコシ茶も懐かしいよ」ゴクッ


地元友「しかし…隣の部屋で寛いでもらってるが、あれが魔女様とはな」

男「信じられないのも無理はない、俺も目を疑った」

地元友「舟は自由にしてくれ、元々お前の舟だ」

男「ありがとう──」


『──お前、軍に入るって本気か』

『ああ、騎士を目指すよ』


『舟はどうする、祖父さんの形見だろ…?』

『できれば…お前に託したい。この港の舟も、もうひとつも』

『どっちかというと秘密の波止の小さい方ばかり使うようになるぞ』

『構わないよ、でもまとめて市場に卸す時は港の方も使うだろ』


『お前、地元を離れるのは…もしかして』

『あいつの事だけが理由じゃないよ』

『じゃあそれもあるんじゃないか』

『そりゃ少しはな…ほんの少し』

『……すまん』


『もう決めた事、役場で願書も出したんだ』

『そうか…』

『辛気臭い顔はやめてくれ。幼馴染はお前を選んだんだぞ、胸を張れよ』

『ああ、幸せにするよ』

『頼むぜ…俺は騎士になって、お前らの暮らしを守りたいと思ったんだ──』


地元友「──本当に騎士になったんだな」

男「ああ…守るものは言ってた事と違ってしまったけど」ゴクン


地元友「茶、飲んだか?」

男「うん、ご馳走さま。じゃあ…行くよ」コトン

地元友「…察してくれて助かる、許してくれ」

男「いや、当然だ」スッ…


地元友「一度じゃ乗り切れないんだろ、本当は俺が船頭をすればいいんだろうけど…」

男「隊士に一人、慣れてはないけど操船の経験がある奴いるから」


トン、トンッ…カチャッ


友「…行くか?」

眼帯「いつでも大丈夫だよ」

男「静かに頼む、子守歌の邪魔にならないように──」


………


バサバサッ…!ギィッ…


男「いい風向きだ、夜でも月明かりでよく見通せる」

友「そこ、木が出っ張ってるぞ」

男「舐めんな、ここからの出船なんて慣れたもんさ。動くぞ…魔女様、座っておいて下さい」グイッ

魔女「はい」


地元友「気をつけていけ、どうか元気で」

男「ありがとう、舟を取り上げてすまん」

地元友「港にいきゃあるんだ、家族が食うくらいなんとでもなるさ」


男「万一、軍が聞き込みに来たら…」

地元友「留守の間に舟を盗まれた…って言うことにするよ」

男「それで頼む…迷惑をかけずに済めばいいんだけど」

地元友「…あいつに怒られるだろうな──」


…ガチャッ!タタタタッ

幼馴染「──男!なんで…明日の朝までいるって…!」ハァ…ハァ…


ギィッ…バサバサバサ…


男「幼馴染! またな!」フリフリ


幼馴染「どこに行くの! あんたまた私に何も言わずに…っ!」

地元友「危ない、落ちるぞ…もう届きゃしないだろ」

幼馴染「どうせまた貴方だけ全部聞いてるんでしょ!」

地元友「仕方ないんだって…」


幼馴染「ねえ! 騎士じゃない娘…魔女ちゃんだっけー!?」

魔女「は、はいっ」

幼馴染「貴女が誰なのかわかんないけど、男をお願いー! そいつ魔法も全然使えないし、焼き魚しか作れないしー!」

男「おいおい…変なこと言うなよ、煮魚もできらあ」


幼馴染「それと、けっこう寂しがりやだからー! 放っといたら拗ねちゃうからねー!」

魔女「…えっ、あのっ」

幼馴染「でもいい奴だからーっ! きっと貴女を守ってくれるから! ずっとくっついてあげててー!」フリフリ

魔女「はい…! そうしますっ!」フリフリ

幼馴染「仲良く、元気でねー! またおいで──!!」フリフリフリ…

ちょい追加、ここまで


……………
………


…月の王都


月王「──おのれ…おのれっ! 港町でも取り逃がすとは…!」ダァンッ!

大臣「配した兵を無力化した者達については、現在調査中で…」ブルブル


月王「赤小隊他、追撃に失敗した部隊はどうした!」キッ

大臣「た、隊舎にて謹慎に処してございます!」

月王「甘い! 懲罰房に投獄しておけっ!」


??「気がたってるみたいねぇ…陛下ったら」


月王「何者ぞ! 私は今、機嫌が悪い…下手な事をぬかせば処刑する──」

??「──これはこれは、失礼。しかしこの処刑人たる私を処するなんて、どんな方法を用いるおつもりかしらぁ…?」ニヤリ


月王「おお…黒騎士、戻っておったのか! 丁度良い、もはや貴公の隊を呼び寄せるしかないと考えておったところだ!」

黒騎士「呼ばれた気がしたのよぉ」

月王「ふ…調子のいい事を。大臣、席を外せ」

大臣「ははっ…」


…キィッ…パタン

大臣(黒騎士…とうとうあのオカマ率いる殲滅部隊、黒小隊が出されるのか…)ガタガタ


黒騎士「落日の残党の次は、どこの誰を? 白夜に抵抗部隊が? それとも旭日がしつこくも…? 誰でも皆殺しにして差し上げますわよ」ウフフ…

月王「白小隊だ…奴ら魔女を拉致し、東へ逃げおった。今頃は海を渡ろうとしておろう」

黒騎士「あらぁ…自軍の反乱部隊とは、陛下にたてつくなど愚かな兵がいたものねぇ」


月王「必ず魔女を生かして捕らえるのだ…そのためにも、砦を経由してゆけ。大方を知る貴公なら」

黒騎士「なるほど、彼女の初陣というわけ。これはエスコートのし甲斐があるわぁ…美容についても教えてあげなくっちゃ」


月王「初代の魔女から今まで、半分ずつの血を受け継いだ少女だ…最後の、そして最強の魔女となる」

黒騎士「あら、じゃあ今の魔女の命なんて固執しなくとも、その娘がいればよろしいんじゃなくて?」シレッ

月王「ふん…解らんわけでもなかろうに」

黒騎士「ふふふ…そうよねぇ。初代からずっと血を受け継いでおきながら、未だに少女なんておかしいわ」


月王「我が国の持てる魔法工学技術の全てを注ぎ込んだ生ける兵器だ。魔力が必要量保たれていれば老いる事などない」

黒騎士「永遠の若さなんて嫉妬しちゃいそうですわ」

月王「魔女など比較にならん魔力を有するが、その半分以上を生命の維持に費やすのが難点。だがそれも間も無くの事だ…」

黒騎士「じゃあ…?」

月王「次の譲渡を受ければ、遂に魔少女の命の源である魔力増殖炉は安定運転に入り、無尽蔵の魔力を持つ事になるのだ」クックックッ…


黒騎士「怖い御方…そんな力を手にして、何をお望みなのかしら」

月王「…全てだ、王家に生まれ落ちながら何も与えられる事なく埋れかけていた。私は全てを自分で手に入れ、捧げねばならん」

黒騎士(捧げる…ねぇ…?)クスッ


月王「よかろうな…決して『魔女の名』は呼ぶな。あくまで生け捕りにするのだ、手足を引き千切ろうと、生きておれば構わん」

黒騎士「本当の名を耳にすれば魔女は死ぬ…利用するだけして捨てる時はゴミ以下なんて、陛下も悪い御方だわぁ」クネクネ

月王「自衛のための最後の手段だ、決して口に出すでないぞ。魔女の名を知るのは私と貴様、砦長の三人…それ以上要らぬ」

黒騎士「ふふふ…解ってますわよ、必ずや生かして連れ帰ってご覧に入れるわ──」


……………
………


…月の国、東海域の諸島

ザアアアァァァン…ザザアァァン…
…サァァアアアァァ


男「──頼むぞ、気をつけてな」

白隊士「途中で時々交代してもらいながら、なんとなく勘は取り戻したよ」


男「とにかく本土の南東の岬と、遥かに霞む火山島を見て位置を把握するんだ」

白隊士「よせやい、餓鬼の遣いじゃねえんだぞ。迷子になんかならねえって」

男「すまん、任せた」


白隊士「この便で友と眼帯を連れてくるよ。片道二日…あと二回で一週間ほどか」

男「水は? 食料は?」

白隊士「ぬかるもんか、ちゃんと酒を積んだぜ」ヘッヘッヘッ

男「ちゃっかりしてんな…ほんと迷子になんなよ──」


魔女「──全員が渡れたわけじゃないから、まだ気を張っておかなきゃいけませんけど」

男「はい」

魔女「着いたんですね…ここがその島、男さんのお祖父さんがお祖母さんと駆け落ちて暮らしたところ」

男「…後には許されて港町に帰りましたけれど」


魔女「島に名は?」

男「ありません、ですがこれからは『魔女の島』と」

魔女「贅沢な事です…砦の部屋とは大違い」


男「しかし生活の不便さも段違いです、まずは草を取るだけとはいえ畑を使える状態にしなければ」

魔女「はい」

男「当面の食料は魚が中心になるでしょう。舟は無いので釣りをする事に」

魔女「不謹慎かもしれませんけど、楽しみです」


男「餌にする虫を触れますか?」

魔女「ふふ…ずっと狭い世界に閉じ籠っていたのです、何にでも興味津々ですよ?」

男「…予想以上の不気味さに悲鳴をあげない事を期待しています」


男「あとは野生の果実や山菜を探しましょう、脚気を患ってはいけません」

魔女「この島に植物の枯死が及んでなくて良かったですね」

男「それでも昔より多少衰えた気もいたしますが…まあ、このくらいなら御の字としましょう」


魔女「…これであと二往復の便が無事に島まで着けば、全てが終わりますか?」

男「無論、特に夜間を中心に見張りを怠るわけにはいきません」

魔女「はい」

男「しかし船が接岸できるのはこの浜辺だけ、注意するのはさほど難しくはないと」


魔女「…もし、追っ手の船影が見えたら?」

男「その際はお手間をおかけしますが、魔法で周りの海を荒して撃退を」

魔女「海…つまり波を荒らせば良いのですか」

男「先日見た丘を吹き飛ばす魔法を用いれば、とても船は近づけないかと。さすがに沈めてしまうのは気が進みませんでしょう…?」

魔女「そうですね、追っ手も一人ひとりの兵には何の悪意も非も無いのですから」


男「…大丈夫です、魔女様の御力の前に近づける船などありますまい」

魔女「ずっと平穏であって欲しいですね」


男「もしもの話…月の大船団が押し寄せたとして、魔女様はどれくらい魔法を使い続けられますか?」

魔女「あの丘を消した程度であれば、百か二百ほどは」

男「驚きました…これは月の国中の船を集めても近づくなどできそうにない」


魔女「それで持てる魔力の半分ほどでしょう」

男「半分ですか」

魔女「ただ…更に使い続けたり、もっと大きな魔法を使って総魔力の三分の二を超える消費をすると、命に関わってしまいます」

男「先代魔女様の演習のように…?」

魔女「あれはほとんどを譲渡した残りとはいえ、持てる全魔力を発動する最期の魔法ですから」


男「…5回に渡り魔力を引き継いだ…と仰られましたね」

魔女「はい」


男「失礼ですが、それはどのくらいの頻度で…?」

魔女「正確には覚えていませんが…おそらく二年に一度ほどだったかと」

男(二年に一度…延べ5回──)


『──魔力の譲渡は六月末、来週に最初の一回を行う予定です…が、これは魔女様も承知しているとはいえ、改めて話題とはしない方が』

『年に一度、十年に渡り血を分け魔力を譲渡する…それこそが死を手繰り寄せる行為だからですよ──』


男(──白衣の職員の言葉…計算が合わない。考え過ぎか…?)


魔女「…男さん?」

男「は、失礼しました。さっそく山に果実でも探しに参りましょう」

魔女「はい、私も行きます」


男(……大丈夫、やっと魔女様が手に入れた安住の地だ)

男(脅かさせやしない…万一漁船を装って接岸する小さな舟があっても、俺達が護る)

男(決して…そう、魔女様と同じ力を持つ者でもいない限りは──)


『──いつ、その少女は魔女に?』

『今までとは事情が違います』

『高い魔力を持つ方を魔女と呼ぶなら、既に──』

つづく

>>352

しまった、台詞が途中だった

月王「必ず魔女を生かして捕らえるのだ…そのためにも、砦を経由してゆけ。大方を知る貴公なら」

しかも途中送信してしまった…

月王「必ず魔女を生かして捕らえるのだ…そのためにも、砦を経由してゆけ。大方を知る貴公なら魔少女を連れる事も許そう」

に訂正させて下さい


……………
………


…星の国、中枢


星の将軍「──そうか、魔剣士の妹は魔女の側に…」

星の副将「それをそのまま見逃すとは、魔剣士も身内だからと甘い事を」

星の将軍「よせ…年端もゆかぬ娘を暗殺者に仕立てるなど、我々のやり方に問題があったのも事実だ」

星の副将「しかし魔女を葬る事を諦めるわけにはいきませぬ、これは惑星の守護者たる我々の使命──」


──ダダダッ、ガタッ!

星の兵「はぁ…はぁっ…! ご報告差し上げますっ!」ゼェ…ゼェ…


星の将軍「何事か、騒々しい」

星の兵「つ…月の辺境において、魔女と思しき強力な反応が確認されました!」

星の副将「辺境で…? 今朝までは東の諸島に反応が見られたはずだが」

星の将軍「そんなに急に移動したというのか? 間違いではないのか…」

星の兵「それが…っ! 諸島部の反応はそのままに、二つ目の反応が現れたのです──!」


……………
………


…1週間後、魔女の島


魔女「──あ、あの…まだですか?」ソワソワ

男「もう少し…次のアタリが出るまで待って下さい」

魔女「はいっ」ドキドキ…


…ピクピク、ピクッ…フッ…


魔女「浮きが消えました!」

男「アワせて!」

魔女「えいっ!」ビシィッ!


ググググ…!

魔女「うわ…すごい引きです! さっきの豆アジと全然違う…!」

男「落ち着いて、魚が泳ぐのと反対向きに竿を寝かせて」


ダババババッ!


魔女「わわっ! 水面で暴れて…!」

男「もっと竿を寝かせて、できるだけ水面に出さないように…今度は深くに突っ込んでます、竿を上げて…!」


魔女「難しいです、交代して下さい! 逃げちゃう!」アワワワ…

男「大丈夫、もう疲れ始めてますから」

魔女「うう…お願い、逃げないで…」

男「もう少し、もう少し…よし! 糸を掴みました!」ザバッ!ビチビチビチッ…


魔女「やった! 大きいの釣れました!」フンスフンス

男「お見事、立派なヒラスズキです。これは夕食の主役になりますね」


魔女「はぁ…手がへとへとです。でも楽しい、釣れると嬉しいですね」

男「まだまだ、おそらく今日は三便目…最後のひと班を乗せた舟が着くでしょう。もう少し釣っておかなければ」

魔女「ふふ…船頭をしている方にもゆっくりお酒を飲んで頂かないと」

男「そういう事です。もう少し潮が引いたらアテとするための貝でも拾いに参りましょう」


魔女「………」

男「…魔女様?」


魔女「食べ物を自ら確保するのは、とても大変なのですね」

男「…そうですね。釣りならまだ面白みも強い方、もちろん農耕も実りの時季などには喜び深いものではありますが」

魔女「それも味わいたいです」

男「はい、是非」


魔女「私は今まで、国に生かされてきただけです」

男「…そんな事は」

魔女「例えそれが国の都合であったとしても、何もせずに食事や寝床にありついてきました」


男「私からすれば、あの砦に縛られて過ごす事こそ御労苦以外の何ものでも無く思えます」

魔女「外の暮らしを知らなかったのですから、憧れこそすれ羨むなどできようもありません」

男「…それでもです」

魔女「だからこそ…来る日に血を譲渡し、短いと教えられた命を国の繁栄のために捧げるのは務めだと、そう思っていました」


男「今は違うとお解りでしょう?」

魔女「はい」

男「どうかこの島で、天の与え賜うた命が尽きるまで…我々はそう望んでおります」

魔女「…怖いです、幸せ過ぎて嘘のよう」

男「魔女様…」


魔女「魚を獲る事も田畑を耕す事も、苦労と引き換えの喜びに満ちています」

男「はい」

魔女「ただ生かされてきた私が、男さん達の力を借りながらとは知りつつも、今は『生きている』と感じられる…それがとても幸せ」

男「何よりも有り難きお言葉です」


魔女「…男さん、だから私はもう貴方達の主ではないかもしれません」

男「?」


魔女「私は貴方達のおかげで日々を生きています。それは…子が親の、妹が兄の庇護を享受するように」

男「そんな…なんだか恐れ多い気がします」

魔女「お答え下さい、私達は家族ですか?」


男「…はい、家族です」

魔女「よかった…」ニコッ


魔女「でも、隊のみんなが家族…なんですけど…」

男「はい…?」


魔女「か、家族にも色々あって…ですね」

男「?」

魔女「親子…とか、兄弟とか」

男「はい、祖父母と孫もそうですし」


魔女「他には?」

男「他…? 姉妹とか?」

魔女「いえ、あの、その二人は血が繋がってなくても家族だったり…」

男「ああ、夫婦ですか」

魔女「そう! それです!」

男「はい、それが…?」


魔女「その…私は……やっぱり、男さん…だけは──」ゴニョゴニョ…


友「──あ、いたいた。おーい、まだ沖だけど舟が見えたぞー」


男「おー、すぐ行くよー」

魔女「うっ」

男「魔女様、お手を」

魔女「は、はい…砂浜に行きますか?」

男「そうですね、迎えて労ってやらないと」


友「頭から麦酒でもかけてやるか」

男「少し風が強くて波打ち際に寄りにくいだろ、近づいたらロープを投げてやった方がいい」

友「ああ、眼帯が用意を進めてる」


魔女「………」

できれば晩に続きを投下


………


…隣の島

ザッ、ザッ、ザッ…


黒騎士「──酷いところねぇ、日差しが強くてお肌が荒れちゃう」

黒隊員「黒騎士様、日傘を」

黒騎士「持っておきなさい、あとでいい子いい子してあげる」ウフフ


魔少女「……見えた」ザッ

黒騎士「ああ…なるほど、やっぱり見つけた小舟はあそこを目指してるみたい」

魔少女「もう用済み、吹き飛ばす」

黒騎士「せっかちねぇ…お待ちなさいな、まだ浜に人影が見えないわ。違う島と見せかけるために航路を選んでるかもよ?」

魔少女「………」チッ


黒騎士「舌打ち、聞こえたわ」

魔少女「聞こえるようにした」


黒騎士「生意気な小娘だこと、陛下の秘蔵っ子でなければお仕置きなんだけど」

魔少女「……お前から先に吹き飛ばしてもいい」スッ…


黒騎士「おやめなさい、私は貴女の名前も知ってるわよ?」

魔少女「………」

黒騎士「フフフ…魔力を高める数秒もあれば名を唱えられるわ」

魔少女「それは陛下が許さない」

黒騎士「そうねぇ…でも私も死にたくないし、貴女が牙を剥くなら躊躇わないけど」クスクス


黒隊員「黒騎士様、浜辺に白小隊と思しき人影が現れました」

黒騎士「不用心だこと、どうやら小舟は全く気付いてなかったみたい。水平線ギリギリを追ってたのにねぇ」


…スッ

魔少女「光線魔法モード、出力20%」キイイイィィィィン…


黒騎士「……解ってるわね? 島そのものを消し飛ばせば魔女を生け捕りにできないのよ?」

魔少女「………」チッ

黒騎士「また聞こえたわ」

魔少女「…聞こえるようにした」


………



友「──だいぶ近づいたな」

眼帯「そろそろロープ投げる?」

男「いや、本当に届くくらいにならないと流されるだけだ」

魔女「手を振ってますよ、おかえりなさーい!」フリフリフリ──


──カッ!バチッバリバリバリッ…!


男「うっ…!」

眼帯「眩し…何っ!?」


ドゴオオオオォォォォン…!!


魔女「きゃあっ…!」

男「魔女様! 伏せて…!」


ズズズズズズ……


友「…収まった…か…?」

男「なんだよ…これはっ、海が抉れてる…!」

眼帯「嘘…でしょ…?」

魔女「舟が…! 舟が無い…!」


…ザアアアアアァァァァッ!


友「波がくるぞっ! 離れろ!」

眼帯「急いで!」

男「ふざけんな…! 舟は…あいつらはどこへ行ったんだよ!?」

友「男! 今は丘に上がるんだ、早く!」

眼帯「魔女ちゃん、走って!」


男「波なんか来ねえよ! くそっ…!」ギリッ

友「何を言ってる! 来ないって──」クルッ


魔女「──!!」

眼帯「えっ…!?」


友「一瞬の間に…海が凍ってる…」

眼帯「なにこれ…隣の島から道みたいに…!」


男「魔女様…貴女の魔力でこれを再現する事は可能ですか?」

魔女「は、はい! 凍結魔法…おそらく二割ほどの力で…」

男(やはり…)グッ


友「魔女様に出来たからなんだっていうんだよ! 魔女様はここにいるだろ!」

男「次の魔女となる少女…」

眼帯「まさか…! あの砦に残した!?」

友「そんな…まだ魔力の譲渡はしてない筈だろ!」


男「予想に過ぎん…続きは後だ。魔女様、あの氷の道を壊せますか?」

魔女「はい! 火炎魔法を──」


──カッ…!


眼帯「最初と同じ光!」

男「いかん…!」

魔女「くっ…防壁魔法っ!」バッ!


キイイイイィィィンッ!
バチッバリバリバリッ…!ゴオオオオォォォッ!!


友「うぉ…っ!!」

眼帯「わわっ!?」

男(弾き飛ばした…!)


魔女「光線魔法…私が三割ほどの力で放つのと互角です!」

友「魔女様に匹敵するなんて事…!」


眼帯「男! 友! 氷の道を誰か来るよ!」

男「馬…騎兵か…! くそ、やはりあの道を壊さないと…」


カッ…!バチッバリバリッ…!
ゴオオオオォォオォォォッ!!


眼帯「うわ…また!」

魔女「防壁の手を緩められませんっ!」

友「糞ったれ! 騎兵隊が上陸する…漆黒の鎧、あれは黒色小隊だぞ!」


ザッ…ザザザッ!


男「黒…殲滅部隊」グッ…


ヒヒィーン!ブルルッ…


眼帯「騎士団で唯一、魔女じゃなく王に仕える騎士…」ゴクリ


シュルッ…ザンッ!


友「旭日の街を廃墟と化した非情の小隊、その長は──」ザリッ


バサァッ…


黒騎士「あはァ…ご機嫌麗しゅう、『白旗』小隊のゴミ虫各位殿」ニタアァ…ッ

男「──男色の怪人、黒騎士…!」チャキッ

ここまで


カッ…!バチッバリバリッ…!


魔女「うぅ…! また…っ!」バッ

キイイイィィィィンッ!
ゴオオオォォオォォッ…!!

黒騎士「ほんと、面倒よねぇ…魔女を生け捕りにするには不意打ちで吹き飛ばす事もできないもの」


男「黒騎士…念のため訊くぞ」

黒騎士「はぁ? 貴方、質問ができる立場だと思って?」

男「海の水と共に消えた舟はどうなった? あの光線魔法とやらは、どこか遠くへ瞬間移動でもさせる魔法か…?」

黒騎士「…なにを寝ぼけた事を言ってるのかしら? そんな御伽噺みたいな魔法あるわけないでしょう?」


男「そうかよ…じゃあ、あいつらは死んだんだな」

黒騎士「あいつら? …あぁ、貧相な小舟で追っ手にも気づけなかった間抜けな蟻の事?」

男「………」ギリッ…!


黒騎士「それなら蒸発して空気にでもなったんじゃなぁい? そういえばさっきから臭い気がしてたのよねぇ! あはっ…あはははっ!」ゲラゲラ

男「お前も死ねよ──」ザッ!


──キイイイィィィン!


黒騎士「フフ…速いわ、噂通りねぇ…」ギギギッ…

男「貴様も噂通りだよ…!」ザリッ!


ヒュンッ…カンッ!キィンッ!


黒騎士「あはっ…私はどんな噂で語られてるのかしらっ…!?」

男「性格も喋り方も風貌も…っ!」ガンッ!ギィンッ!

黒騎士「……っ…」シュンッ…!

男「吐き気を催す…だとよっ!」ブゥンッ…


…ガキイイイィィィンッ!


黒隊員「散開! 隙を狙って魔女の腕を斬り落とせ! 右腕を奪えば魔法は使えん!」ザザッ

友「させるか…! 眼帯、そっちを頼む!」

眼帯「任せて! 友、魔女ちゃんの周りをしっかり固めるんだよ!」

黒隊員「お前らが友と眼帯か…こいつらに限ってはぬかるわけにいかん、集中してかかれ!」


白隊士「はっ…ナメてくれるじゃねえか、雑魚扱いされるとはな!」

黒隊員「…違うとでも?」

白隊士「雑魚かどうか、首を落とされてもちゃんと見ときやがれっ!」


魔女「皆…! すぐ加勢を…っ!」

カッ!バチッバリバリッ!

魔女「くっ…!」


キイイイィィィンッ!ゴオオオォォオォォッ!


魔女(こんなに連続で攻撃魔法を放つなんて…!)ハァ…ハァ…


黒騎士「ヒヒッ…! ちゃんと防壁を張るのよぉ? あんたがそうしないと私まで灰になっちゃうんだからッ!」

男「よそ見してんじゃねぇっ!!」シュンッ!ガキィンッ!

黒騎士「んもう…そんなに早く死にたいの…?」



友「うおおおぉおぉぉぉっ!」ズバァッ!

黒隊員「ひっ! ぎゃっ…!!」ブシュッ!ガクガク…バタッ

友「次だ! 来い、おらっ!」ハァーッ…ハーッ…



黒隊員「くっ…すばしっこい! 片目の癖に!」

眼帯「剣ばっかに気をとられてていいの…!?」コオオオォォォ…!

黒隊員「魔法…!」ザッ

眼帯「残念、やっぱり剣で!」ヒュッ!ズバッ…!

黒隊員「がぁっ…!」グラッ…ドサッ!


キイイィンッ!
カァン!ギンッ…シュッ…!ザザッ!

「ぐああぁあぁっ!」

「くそ、誰か! 囲まれてる…!」



魔女(さっきまで…あんなに幸せだったのにっ…!)ギュッ…



シュッ…ズバッ!キンッ、ギィンッ!
ザザザッ!

「なにが殲滅部隊だっ! おら、死ねっ!」

「陛下に仇なす逆賊め! 死ぬのは貴様らだっ!」



魔女(さっきまで、最後の舟を迎えるために笑顔だったのに…!)



キイイィィィンッ!
ズシャッ!ガンッ、ズバァッ!

「ぐっ…!」

「腕がっ…ぎゃああああぁあぁぁっ!」

ドンッ…ブシュッ!ザザッ!



魔女(家族が…傷ついていく、倒れていく…!)



ギンッ!ズバッ…
カァンッ、ギリギリ…ザッ!

黒隊員「黒騎士様っ…加勢を…!」

ドスッ!ブシュッ!

白隊士「魔女…様……ご無事…で…」ドサァッ



魔女「嫌…やだよ…! こんなの…!」


黒騎士「はぁ…はぁっ…流石ね、剣の腕じゃ僅かに及ばないみたい」ハァ…ハァ…

男「だったら諦めて死ね…!」ズァッ…!


黒騎士「…剣は、ね──?」ニヤリ

──キンッ…ピシィッ!


男(凍結魔法! 速い…!)

黒騎士「凍てつきなさい!」ビキビキビキッ!

男「ぐっ…!」グラッ

黒騎士「チッ…片脚しか捉えられなかったわね、でも終わりよ」ヒュッ…


キイイイイィィィィンッ!


男「…ざけんなっ!」ザザッ…ザリッ…

黒騎士「馬鹿力ねぇ、その状態でも重心を移動できるの…」ギリギリッ…!

男「おらああああぁぁぁっ!!」ギッ…ミシミシッ、バリイイイィィンッ!

黒騎士「あはっ、凍結魔法の氷を力尽くで割るなんて初めて見たわ」


男「おら、今度はこっちだ!」ブンッ!


ギンッ!ガンッガァンッ!


黒騎士「フフ…でも動きは鈍ったみたいね、力任せになってるわよ」シュッ…ヒラッ…

男「くそ…っ!」ゼェ…ゼェ…


黒騎士「フン、周りは五分五分ってとこね…あの友と眼帯を除けばこちらが押してるけれど」

男「間をとってねえで来いよ…! とっとと貴様を斬り伏せて皆のとこへ行かなきゃなんねぇんだ!」ペッ

黒騎士「…いいわ、ケリをつけてあげる。ただし──」スッ…


男「……?」


黒騎士「──危なっかしいから、間はとったままでね。切り刻んじゃいなさい、風刃魔法!」ゴオォッ…!

ズバッ…!ザクザクッ!

男「ぐっ…!」


魔女「男さんっ!!」

カッ…!バチッバチバチッ…!

魔女「また…! やめてよっ!」バッ

キイイイィィィィンッ!ゴオオオォォオォォッ…!!


魔女「お願いっ! もう来ないで…!」ハァ…ハァ…!


男「ちく…しょう…!」グググッ…

黒騎士「そんなに力んだら血が吹き出して死ぬわよぉ?」クックックッ

男「風魔法ごときで…俺にとどめを刺せると思うな…っ!」チャキッ…!

黒騎士「思って無いわ」


…ヒュンッ


男「……っ…」


ボタボタ…ブシュッ!


黒騎士「でも…更に動きの鈍った貴方を斬るくらい、容易くてよ」

男「く…そっ……」グラッ


…ドシャァッ!


魔女「嫌…! もう傷つけないで、男さんがっ!」

黒騎士「あはァ…月の誇る人間兵器の癖に、こんなモノが大事なの? この──」


ドスッ!


黒騎士「──標本みたいに背中を串刺しにされた虫けらが?」クスクス

魔女「うわああああぁぁあぁっ! 男さん…男さんっ!!」


友「男…! くっ、どけっ! くそぉっ!」キンッ、ギィンッ!

眼帯「男! 嘘でしょ…死んでないよねっ!?」カァンッ!キンッ、ギリギリ…


黒騎士「いい頃合いね、赤の狼煙矢を放ちなさい」スッ

黒隊員「ははっ」


ビシュッ!ヒュイイイィィィ……ボワッ!


黒騎士「…これで暫く光線魔法の攻撃は止むわ。ただし魔女の魔力上昇を感知したら瞬時に次を放つからね…フフフ」

魔女「お願い…みんなに治癒魔法だけ使わせて下さい!」

黒騎士「治癒魔法? ああ…じゃあ私がしてあげる」スッ…


…パアアアァァアァァァッ


黒隊員「おお…」

黒隊員「ありがたき幸せ、黒騎士様」

黒隊員「さすがだ、一瞬で傷が消えた…」


黒騎士「フフ…どう? 実は私も先代の魔女から少ぉしだけ血を受けてるのよねぇ」クスクス

魔女「し、白のみんなには…!?」

黒騎士「あなた魔女の癖に馬鹿なの?」

魔女「…っ! もういい、私がっ──」スッ


カッ…!バチッバリバリッ…!

魔女(──光線魔法!!)ババッ!


キイイイィィィィンッ!ゴオオオォォオォォッ…!!


魔女「違う! 今のは攻撃魔法を使おうとしたんじゃないっ!」キッ


黒騎士「解ってるわよぉ…でも対岸の魔少女は貴女の魔力が上昇すれば無差別に撃ってくるわ」クックックッ…

魔女「もう…やめて……みんなが死んじゃう…」ヘナヘナ…ペタン

黒騎士「あはァ…悔しいでしょうねぇ。救う力を持つのに、仲間が弱っていくのを眺めるしかできない…ゾクゾクしちゃう」ブルルッ


友「ふっざけんなっ!」ブンッ!

キイイイィィィンッ!ギギギッ…

黒隊員「ハッ…疲弊しきった貴様らと全快の我ら、勝負になるのか?」ニヤッ

友「くっそ…! どけよっ!」



魔女「やめて…」



眼帯(治癒魔法…使った事ないけど…私にもできる?)パアアアァァァ…

黒隊員「おっと」ヒュッ!ズバッ!

眼帯「ああぁっ…!」グラッ…ボタボタッ

黒隊員「まさか白の隊士にもそんな芸当を持つ奴がいるとはな」ヘッヘッ



魔女「お願い…やめてっ」グスッ



黒騎士「アンタ達、もう何人か殺しときなさぁい?」

黒隊員「はっ!」ジャリッ!


ヒュッ…ズバッ!


黒隊員「恨むなら…」ブンッ!

白隊士「ぐぁっ…! おの…れ…」ドシャアッ

黒隊員「…あの魔女を恨みな」

白隊士「ぎゃああああぁぁぁっ…!」ブシュッ!グラリ…バタッ



魔女「やめてええええぇぇぇっ!」ボロボロ…

黒騎士(…そろそろ壊れたかしらぁ?)ニタァッ


黒騎士「魔女…いいこと? こうなったのは貴女のせいなのよ?」

魔女「私の…せい…」グスン


黒騎士「私は貴女を生かしたまま連れ帰るよう命ぜられてるわ」

魔女「……?」

黒騎士「だから貴女が素直に従えるように、わざと急所は外してある」

魔女「急所…外す…?」


黒騎士「私の剣に貫かれたこの人…まだ息があるわよ?」

魔女「!!」


黒騎士「フフ…抵抗せず、魔力封印の呪縛を右手に受け、そのまま私達と王都へ行く…そう約束するならここまでにしてあげる」

魔女「じゃあ治癒魔法を…!」

黒騎士「馬鹿なこと言わないで、そんなの起き上がってまた抵抗してくるに決まってるじゃなぁい」ケラケラ


男「…魔女…様…」グッ…ググッ…

魔女「男さんっ!」

黒騎士「ほぉら、まだ意識さえあったみたいよぉ? …どうするの?」


男「今…の内…に……我々もろと…も…」ハァ……ハァ…

黒騎士「あんたに喋れなんて言ってないわ」グリッ

男「うぐっ…ああぁっ!」ゲホッ!ゲホッ…!

魔女「やめてっ!」

黒騎士「早く決断なさいな? あの片目の娘も少しは治癒魔法を使えそうだけど、間に合わなくなるわよぉ?」


魔女(…魔女の島……やっと着いた…のに…)

魔女(すごく…幸せだったのに…)グッ…

魔女(ずっとあんな日に…続いて欲しかったのに…っ)ギュゥッ


黒騎士「…まだ少し足りないみたいねぇ、希望の糸を断ち切ろうとしたらどうかしら…?」


黒騎士「四肢を縛られなさい、束縛魔法!」スッ…バチィッ!

眼帯「う…ッ!?」ギシッ…!

黒騎士「その娘、連れてきなさい」

黒隊員「はっ」


友「眼帯っ!」

黒隊員「構う余裕なんざ無えだろ?」シュッ…!

ドスッ!

友「うっ…ぐ…」ズル…ズルズル……ドサッ


黒騎士「…さあ、どうしようかしら? この娘が死んだら誰も傷を癒せないわ」

魔女「う…ぅ…」

黒騎士「殺す? それとも同じ隊の奴らに輪姦させる? 右腕だけ残して手足を斬り落としましょうか?」

眼帯「魔女ちゃん…構わない…から、この場ごと…吹き飛ばし…て…」ギリギリ…


黒騎士「フフフ…その包帯の下には、どんな醜い傷があるのかしらねぇ? 見せてみなさい」グイッ

シュルッ…!

眼帯「…くっ……」キッ


黒騎士「あら…? 怪我なんて無いじゃない、その紅い瞳…あんた星の国の民だったのね」

友「違…う……そいつは…俺らの家族…だ…」

黒騎士「つまらないわ、やっぱり仲間に犯させる方が楽しそう」フイッ


魔女「……ま…した…」グッ

黒騎士「んん? 何ですって?」

魔女「貴方達と…共に行きます…から…」ポロポロ…


眼帯「だめ…魔女ちゃん…」

友「魔女様…! お願い…です、魔法で…こいつらを…っ」

男「………」ハァ…ゲホッ、ゲホッ…


魔女「皆さん…巻き込んでごめんなさい…私は王都へ行きます」


魔女「眼帯さん…治癒魔法は触れて使うのが一番効果が高いはずです」

魔女「見た目には傷口が塞がっていなくても、柔らかい血管や筋組織はすぐに繋がるはず」

魔女「まずはその方法で、みんなの命を取りとめる事を優先して下さい…」


黒騎士「でも、いくつか治せないトコロがあるのよねぇ。心臓とか、脳とか…」ニヤァ…

魔女「…? 何を──」


黒騎士「──その紅い目、とか」ヒュッ!

スパッ…!

眼帯「うっ…!」ポタポタポタッ…!


魔女「眼帯さんっ!」

友「……!!」ギリッ

黒騎士「あはっ…いいじゃない、もっと包帯が似合うようになったでしょう? あははははっ」ゲラゲラゲラ


魔女「もうやめて! お願い…言う事をきくから…!」

黒騎士「じゃあ、右手を出しなさい?」

魔女「はぃ…」スッ…


眼帯「いけな…い…魔女…ちゃん……」ハァ…ハァ…


黒騎士「呪縛に抵抗しちゃだめよ? 素直に受け入れるようにしなきゃ、貴女の魔力を封じるなんてできっこないわ」バチッ…バババッ

魔女「………」ギュッ

黒騎士「そうよ…いい子ね。…ふぅ、できたわ」バチィッ!


黒騎士「さあ…怖い魔女も無力化できたところで、皆殺しにしようかしら?」ニヤァッ

魔女「それはできません」

黒騎士「…フフフ、そうねぇ。魔法を外に放てなくとも、体内で使える魔法がひとつだけあったわね」

魔女「これ以上皆さんに手出しをしたら、私は自爆魔法を使います。生かして連れ帰るのでしょう…?」


黒騎士「この虫けら共は島に置き去りになさい。舟も無い、近い港は全て封鎖…逃げようがないわ」

黒騎士「魔女、いいわね…? 貴女が自ら死んだら、数日の内に魔少女が島を消し飛ばすわ」

黒騎士「あはっ…ゴミみたいな虫達でも、丁度いい鎖としては役立ってくれそうじゃない? 愉快だわぁ…あはははっ!」


魔女「皆さん…本当にごめんなさい。亡くなった方には詫びようもないけど…」

魔女「どうかせめて…今、息のある人だけでも生きのびられますように」


魔女「…少しの間だけでも、私は幸せでした。本当にありがとう、友さん、眼帯さん、皆さん…」

友「畜生…っ」

眼帯「…どうして…こんな…」


魔女「男さん…大好きでした」ニコッ

男「……魔女…さ…ま…」ハァ……ハァ…


魔女「さよなら──」

ここまで


……………
………


…二日後、夕方

ザアアアアァァァァザザアアアァァァン…
…サァァアアアァアァ


男「………」ボーーーッ


『──皆さん…本当にごめんなさい。亡くなった方には詫びようもないけど…』

『どうかせめて…今、息のある人だけでも生きのびられますように』

『…少しの間だけでも、私は幸せでした──』


男「魔女…様…」ポツリ

男「…何が…魔女の騎士だよ」


『どうかこの島で、天の与え賜うた命が尽きるまで…我々はそう望んでおります』


男「どの口が言ったんだ…」グッ…


友「──男、まだそうしてたのか」ザッ

男「友…」


友「食事の用意、進んでるぞ。今日は潮がよく引いたからな、貝や雲丹がたくさん採れた」

男「…悪い、欲しくない」

友「はぁ…お前、昼もロクに食ってないだろ。それじゃ治る傷も塞がらないぞ」


男「いいよ、俺の傷は消えなくても。それより眼帯は…?」

友「左目は治らない。…頬から額への傷痕も今からじゃ消えないな」

男「…俺のせいだな」

友「お前だけじゃねえよ、みんなあいつに治癒してもらったんだ。…自分の傷は致命傷じゃないからって、後回しにしやがって…」


男「熱は引いたのか?」

友「だいぶな…ぶっ倒れるまで治癒魔法使い続けてたから、無理もないさ」


男「俺は大丈夫だ、友…眼帯についててやれよ」

友「ちっとも大丈夫そうじゃねえよ」

男「…すまん、でも何をしてても考えちまってさ」

友「黒騎士の最後の言葉…か──」


『──魔女はアンタ達のために死ぬ事も許されないわ、だから残される者もしっかり苦しまないとねぇ』

『本当は魔女を陵辱してやればいいんでしょうけど、私以外触れられないし…でもそれなりに傷を負ってもらおうかしら? あははっ』

『いい…? 月王陛下は言ったわ、魔女の手足を引き千切っても構わない…って』

『アンタ達を生かす為に、魔女は爪を剥がされ髪を毟られても命を絶てないのよ』

『フフフ…泣き叫ぶ様を、しっかり想像なさい──?』


男「──なぁ、友…魔女様は今どんな目にあってる…!?」

友「男、落ち着けよ…」

男「手足を斬り落とされた御姿なんて、想像したら気が狂いそうなんだ! …なぁっ!」


友「冷静になれ、男。魔女様だって人間だ、耐え難い苦痛を受ければ正気じゃいられない」

男「それが心配なんだろ!」

友「聞けよ! そんな苦しみから逃れるためなら、思わず自爆魔法って奴も使いかねないだろ?」

男「……呪縛を受けても使える魔法…か」

友「だから…たぶんそんな目にはあってねえよ、黒騎士だって魔女様に死なれちゃ困るはずだ」


男「魔女様を生かして連れ帰るのは恐らく魔力の譲渡のためだろ? じゃあそれが済んだら…?」

友「……解らん、でも今はまだ大丈夫だ。それまでに何か救い出す手を…」

男「無えよ、そんなの! 舟も連絡を取る術も無いんだぞ!?」

友「落ち着けって…」


男「いっそ俺達が全員自決すれば!? そうすりゃ魔女様は苦しみを受ける前に命を…!」

友「馬鹿言うな、どうやってそれを知らせるんだよ。連絡の術が無いって言ったばかりだろ──」


眼帯「──あるよ、一つだけ」ザッ


友「眼帯…! 起き上がって平気なのか!?」

眼帯「大丈夫…まだ全快とは言えないけど」ハァ…


男「眼帯…すまん、俺達のためにお前の顔に傷を残してしまった」

眼帯「気にしないで、小隊に入ってからは片目で剣技を磨いてきたんだから」ニコ

友「無理すんなよ、まだ休んでないと」

眼帯「みんなだって傷の治癒が完璧じゃないもの、私だけ休んでられない」


男「それで…眼帯、一つだけある術ってのは…?」

眼帯「…あまり気は進まないかもしれない。でも状況は変わった筈だから…もしかして」

友「?」

眼帯「今日は潮がよく引いたんでしょ? たぶん大潮だよ、だから今夜は──」


………


…月の国、北東の洋上


ザザザザザザアアァァァ…


黒騎士「──はぁ、日陰が無いんだもの…本当に嫌になっちゃうわね」

魔少女「………」チッ


黒騎士「舌打ち、聞こえるようにしたの?」

魔少女「…そう、人に舟を漕がせておいて暇そうだから」

黒騎士「仕方ないじゃないの、貴女の風魔法を用いればこんな中型船ひとつ進ませるなんて優しいものでしょう?」

魔少女「…それならそこにいる荷物にでもさせればいい」


魔女「………」


黒騎士「だめよぉ、呪縛を解いたら何をするか解ったもんじゃないわ」クスッ


魔少女「…呪縛の印…忌まわしい紋様」

黒騎士「フフフ…いかに魔女や貴女でも、これを施されたらどうしようもないものねぇ」ニヤニヤ

魔少女「…ある程度の魔力を持つ者が触れ解呪を使えばすぐに消える」

黒騎士「あはっ…貴女達に誰が触れられるっていうの? 簡単な呪縛だけど、むしろ魔女にとってこそ完璧だなんて皮肉ねぇ」クスッ


魔女「……王都まで、あと何日かかりますか」ボソッ

黒騎士「んん…? なにか企んでるのかしらぁ?」

魔女「私はあとどのくらい生きられるのか訊いているだけです」フイッ


黒騎士「南東の諸島からだと対角線になるものねぇ…この速さでもまだ一週間はかかるかしらぁ?」

魔女(一週間…)


黒騎士「…本当に気になってる事は違うわよねぇ? 貴女、自分の役目が済んだらあの島を消されると思ってるでしょう?」

魔女「………」

黒騎士「フフフ…その通りだと思うけどぉ? でも諦めなさい、あの近辺の港は事が済むまで出船を許されないわ」


魔女「…それなら今、私が命を絶っても同じですね」

黒騎士「そうねぇ、だけどできないでしょう? 万に一つも島に残る虫けら共が生き残る可能性を信じたい…違う?」ニヤニヤ

魔女「………」ギュ…


魔少女「…水平線に船が」

黒騎士「んん…? どこの船かしら、けっこう大きそうね」


魔少女「…沈める」スッ

黒騎士「おやめなさい、あのくらい沖なら公海に入るわ」

魔少女「………」チッ

黒騎士「今は月の東海岸一帯に入港規制が敷かれてるはず、たぶん月旭海峡を回ってきたのよ──」


………


…星の大型船


魔剣隊員「──魔剣士殿、通信が入りました」

魔剣士「ご苦労、もう満月が昇ったか。どれ──」


バサッ…ガサガサ…


魔剣士「──なんと…眼帯から本国に通信があったらしい」

魔剣隊員「妹君から…?」

魔剣士「なるほど…先に本国から知らされていた二つ目の魔女反応、そういう事か」


魔剣隊員「それと、先刻より船の魔力検知計が振り切れるほどの反応を示しております。もしやいずれかの魔女が近づいて…?」

魔剣士「…そうだとして我々を敵とみなしているなら、前触れも無く消し飛ばしてこよう。抵抗しても無駄だ」

魔剣隊員「はっ…では、針路は」

魔剣士「そのまま変えるな。それと南東の諸島に対し直接の通信が可能か試みてくれ」


魔剣隊員「…直接…ですか?」

魔剣士「眼帯はそこにいる。繋がるようならこう送れ。『逆賊の力を貸り受けにゆく』…と」

魔剣隊員「はっ…!」

魔剣士「魔少女…次の魔女か。解らんものだな、魔女を殺すべき我々の針路が魔女に仕える騎士と交わるとは」


魔剣隊員「満月の魔力供給、最大に入ります!」

魔剣士「よし、帆に送る風魔法を増幅! 月の南東諸島へ、全速前進せよ──!」

ここまで


……………
………


…月の王都


大臣「──陛下のご様子は?」

侍女「まだ多少の発熱はございますが、安定はしています……ただとてもうなされて」


大臣「そうか…」

侍女「例え風邪であったとしても用心に越した事はございません」

大臣「うむ、交代で付き添いを頼む」

侍女「はい」


大臣(…万一の事があった場合、世継ぎがどうなるか)

大臣(陛下は第三皇子でありながら王位を継がれた…骨肉の争いは避けられまい)

大臣(しかも先代の正妃ではなく第二妃の子、本来なら国王になる筈はなかったのだ──)


『──聞いたか? またあの呪われた姫に触れた者が命を落としたらしいぞ』

『なんでも魔力が強過ぎて近づく事さえ命がけだとか。実の母親もそれで死なせたんだからな…』

『しっ…兄様、聞こえますわ。噂をすれば…』

『聞こえたって構わないさ、どうせ正統な王位継承権を持つ我々に歯向かうなど許されまい』

『ふん、第二妃…いわば妾の子の分際でよくここで暮らせるよな。兄妹ともどこか地方にでも送っちまえばいいんだ』


『………』

『妹姫、行こう』

『兄上…母上が私を撫でようとして命を落としたというのは本当なのですか』

『……母上はお前を愛していた、触れられぬと知りつつも抑えられなかったのだ』


『なぜ…私はこんな力を…』

『それは…解らない。だがその力は神がお前に与え賜うたもの、きっと何か意味がある』

『でもそれ故に私だけでなく兄上まで忌まれてしまうなど』

『私の事はいいんだ、妹姫』


『…私達はここで暮らしてはいけないのでしょうか』

『あの者達の言葉など耳を貸さなくていい、お前は私が護る』


『近く、戦があると聞きました』

『ああ…私も征く、お前を残すのは気がかりだが部隊を率いねばならん』


『……兄上、私をお連れ下さい』


『何を言う、そんな事できるわけ無いだろう…』

『兄上は私の力は神が与え賜うたものと仰って下さいました、そこには与えた理由がある…と』

『それは…しかし…』

『ならば私は兄上のお役に立ちたいのです。兄上が武勲をたてれば、きっと私達の居場所が…!』

『妹姫…』


『…私はこの国を統べる兄上を見とうございます』

『………』

『兄上…王家に生まれ落ちながら居場所さえ与えられない私達です、ならば二人で…それを』

『…全てを…二人で──』


月王「──ぅ…妹姫…」ハッ…


侍女「陛下、お目覚めでございますか」

月王「……ああ、私は…夢を…」

侍女「酷くうなされておいででした、お加減はいかがでございましょう…?」


月王「うむ…古い夢であった…だが忘れ得ぬ記憶だ。なに…具合は悪くない、まだ死ねぬ」

侍女「何よりでございます。先刻、軍部より通信が届いておりますが…」

月王「…内容は?」


侍女「私には解りかねますが、一文のみ『白は朱に染み、月の矢は漆黒の下に』…と」


月王「月の矢…黒の下に……ふふ…ふははっ…!」ガバッ

侍女「陛下、ご安静に…!」

月王「何の事はない、風邪など失せたわ。なるほど、そうか…道理で古き記憶も夢に浮かぶわけよ──」


……………
………


…十日後深夜、月の国西部の洋上


ザザザザザザアアアァァ…


男「──まさかあんたの手を借りるとはな思わなかったよ」

魔剣士「さて…借りているのはどちらだろうかな」

男「次に会えば千切りにするつもりだったんだが」


魔剣士「妥協の末、利害が一致したに過ぎん」

男「魔女が二人いたんじゃ、一人を味方につけるしかないものな」

魔剣士「そういう事だ」


男「…しかし本当は二人の魔女が相打つ事を望んでいるんだろう?」

魔剣士「私は騎士では無い…が、そのように義理を欠いた事は望まんよ」

男「どうだかな」

魔剣士「…剣に誓おう」


男「魔少女を討った後は、もう魔女様の命は狙わない…眼帯からそう聞きはしたが」

魔剣士「まあ実際のところ状況が変わった…いや、理解したと言うべきか」

男「ほう…なにをだ?」

魔剣士「それについても妹から聞いているのではないか?」

男「そうだとしても、あんたの口から聞きたいね」


魔剣士「…今までは魔女が月の袂にいる限り、御子様の再誕は無かった」

男「御子の魔力だけが引き継がれてゆくから…だな」

魔剣士「しかし、そなたらの企て通りとなれば話は違う。魔女は力を譲渡する事無く、いつか死ぬ」

男「天寿を全うした後の事だ」

魔剣士「それまでの間にも惑星は弱るだろう、だが永劫続くわけではない」


男「それがあんた達の妥協点という事か」

魔剣士「無論、その魔女の力を借りる時点で恩義もできる。妥協という言葉通りには受け取らないでくれ」

男「ふん……まあ、信じておくとしよう」


男「あと、どのくらいだ?」

魔剣士「三時間ほどか…夜明け前には着こう」


男「……大きな船だ、王都は驚くだろうな。突如として星の軍艦が岸に着くんだから」

魔剣士「王の居城が海に面した市街のすぐ隣りとは、強気なものだ」

男「魔女の力を得た今の王が遷都したからな」

魔剣士「しかしこの船も魔女の力をもってすれば張子の虎だ。接岸後すぐに下船せねば一網打尽にされるだろう」


男「魔女様は間違いなく王都にいるんだろうな?」

魔剣士「少なくとも魔力感知装置が捉えた反応は、二つに分かれる事は無かった。そして今は王都の方向を指している」

男「魔女様も魔少女って奴もその先にいる…ってわけか」


魔剣士「気は昂ぶっているだろうが、今しばらく身体を休めよう」

男「…そうだな」

魔剣士「船室にいる、なにかあったら声をかけてくれ──」


カッ、カッ、カッ…


「──だね、もう傷は平気?」


魔剣士(…妹の声、船尾か。話しているのは……)


友「へっちゃらだよ。口を開けてても皮一枚だ、すり傷と変わんねえ」

眼帯「うん、私も。熱もすっかり下がったし」


友「…まさか、月の王都に攻め込む事になるなんてな」

眼帯「ほんの半年ちょっと前までは、そこを守ってたのにね」

友「そうだな…でもその時も俺たちは魔女の騎士だったし、仕える主は変わってないぜ」


眼帯「……私は、みんなを騙してたけどね」

友「眼帯…」


友「……さっき、怪我はもうすり傷くらいのもんだって言ったけどさ」

眼帯「うん…?」

友「お前の左目は…そうはいかないよな」

眼帯「……そだね」


友「包帯…とってみてくれないか」

眼帯「えっ」

友「どうしても嫌ならいい…決して下衆な興味で言ってるんじゃない」

眼帯「…いいよ」スッ…


スルスル…シュルリ、パサッ


眼帯「あはは…こんなになっちゃった」エヘヘ

友「…もう痛くないのか?」

眼帯「傷口はね、でも時々瞼の下…治せない目が痛む事があるかな」


眼帯「こんな事言ったら魔女ちゃんが悲しんじゃうから、ここだけの話…だよ?」

友「…なんだ?」


眼帯「うん…やっぱりさ、なんだかんだ言って…けっこう落ち込んでるんだ」

友「片目を失った事か?」

眼帯「どっちかというと、顔に傷が残った事…かな」

友「………」


眼帯「まあ…あんたにこんな事言っても、どうせ『熊はそんなの気にしない』ってからかわれそうだけどさ」

友「……熊じゃねえよ」

眼帯「ん?」


友「俺は、そんなの気にしねえ」


眼帯「…どういう意味?」

友「初めて会った時から、お前はずっと左目を包帯で隠してたじゃねえか」


眼帯「それは…紅い瞳を見せるわけに──」

友「──俺はそのお前をずっと見てきたんだ。包帯の下には見せたくない傷があるんだろう…そう思ってた」


眼帯「友……」

友「だからその傷で何か変わる事なんてねえんだ」

眼帯「…ありがとう」


友「でも…悪かったよ、それを見せろなんて言って」

眼帯「ううん……友、ひとつ頼んでもいい?」

友「頼む…? 何を?」

眼帯「包帯を巻いて欲しいの」


友「俺、不器用だぞ?」

眼帯「いいんだ、友に巻いて欲しい」

友「…解った、後ろ向けよ」

眼帯「うん…」



魔剣士(…なるほど、隊に情を移すわけだ)

魔剣士(もはや兄の出る幕は無いか、寂しい事だな──)フフッ


………


…夜明け前


ザザザザザザザアアァァァ…


魔剣隊員「──第一魔導士隊の艦が合流! 本艦の右舷に並走します!」

魔剣隊員「続いて第二・第三魔導士隊の二艦、左舷および後方に合流します!」

魔剣隊員「海洋守護艦隊より『現在位置、西方約半海里。貴艦との合流を許可されたし』との直接通信あり!」

魔剣士「許可すると返せ、ただし遅れれば魔法攻撃の標的となるぞ…と付け加えてな」


友「…すげえな、星の国…どこが小国だ」

眼帯「でもこれは主要な部隊だけとは言っても、ほぼ全軍だよ」

男「全軍…? もし失敗したら、月に滅ぼされるぞ」


魔剣士「我が国は惑星と共に生きている。この作戦の失敗は主たる惑星の命運が尽きた事を表すも同じだ」

男「ほう…惑星に仕える身か」

魔剣士「そう言い換えてもいい……さあ、月の王都に着くぞ」


「守護艦隊、合流します! 接岸まで残り五分!」



魔剣士「上陸後の手筈は伝えたな、そなたらの小隊には周知を?」

男「ああ、一応は。向こうの出方次第でどうなるかは解らんが」


友「もう一度確認しといた方がいいんじゃないか?」

男「俺がかよ」

眼帯「ウチの隊に号令かけるなら、男がするのが一番だよ」

男「お…おぅ……」ボリボリ


カッ、カッ、カッ…カツンッ


男「あー、ごほん……白色小隊、総員整列──!」

──ザンッ!


男「本艦は間もなく月の王都西側の岸壁へ着く!」

男「どの時点でかは判らんが、接岸前後は魔法攻撃が予想される! 総員、速やかに下船せよ!」



「接岸まで残り三分!」


男「上陸後、予め配置した六班に再編成! 星の魔法剣士隊および魔導士隊を先導し、王城を目指す!」

男「眼帯は魔剣士殿率いる特別隊と共に身隠しの兵装を用い、魔女様奪還の別部隊とする!」

男「別部隊は西側石垣の夜間連絡路より侵入! 他の隊は市街の一から六番通りそれぞれを進み、注意を引きつける!」

男「魔女様奪還後は速やかに撤収する! 合流地点は東の森林内の湖だ!」

男「ただし魔女様の力を封じる呪印が解かれた場合、魔少女との交戦もあり得る! その際は可能な限り援護せよ!」



「接岸まで残り二分! 艦、減速します!」



男「…騎士隊をはじめ見知る部隊との交戦もあろう。しかしこれは魔女の騎士たる我々の誇りを賭けた作戦だ」

男「一切の容赦は要らん…『知る顔だからと斬る事もできない程度の覚悟』では、糞親父に尻を蹴りあげられると思え」

男「だが…その糞親父は我々が命を落とす事は望むまい」

男「……総員、生きて帰ろう」



「接岸まで残り一分! 耐衝撃体勢、用意!」



友「そうだな……島へ戻ろう」コクン

眼帯「うん、私達家族の島だもんね」ニコッ


男「本作戦は再度あの島へ上陸する時を以って終了とする! 無論、それは──」



ゴオオオオォォォォン……

「接岸確認! 上陸開始!」



男「──魔女様と共にだ! 健闘を祈る!」

ここまで


魔剣士「下船急げ!」

魔剣隊員「月の警戒兵が集結しています! 矢の弾幕が濃過ぎる…!」

魔剣士「魔導士隊っ!」

魔導隊長「物理防壁魔法、急げっ──!」


──カッ!


男「!!」

眼帯「あの光は…魔少女の!」


バチッバリバリッ…!
ゴオオオォォオォォッ…!!

…グワッ!ドオオオォォン…ズズズズズ…


魔剣隊員「二番艦、沈黙! くそっ…!」


男「小隊の連中は皆降りたか!?」

友「大丈夫だ! 全員いる!」


月兵「なんだ、今の光は!?」

月兵「味方なのか敵なのか…!」

月兵「あんなのに狙われたら終わりだぞ!」


男「しめた、迎撃の月兵もさっきの魔少女の攻撃で怯んでる、今の内に班ごとに散開するぞ!」

眼帯「何も知らないんだもんね…」


月兵「おのれ! 侵入者の前進を許すな!」

月兵「でも…港湾警備の兵だけでは数が違い過ぎて…!」


カッ!バチッバリバリッ…!


月兵「ひぃっ! まただ…!」


グワッ!ドドオオオォォン…ズズズズウウゥゥン…


魔剣隊員「旗艦が被弾! 沈みます!」

魔剣士「構うな! もう無人だ、白小隊の先導に続け!」

魔剣隊員「おおぉっ!」


眼帯「兄様…っ!」

魔剣士「よし、別働の特別隊! 集え!」

男「眼帯! 頼んだぞ!」

眼帯「…うん!」


友「さて…こっちはこっちの仕事だな」チャキッ

男「二番街通りは頼む、武運を」

友「しっかり引きつけるように、派手にいこうぜ」

男「馬鹿、大通りの真ん中なんかに出るなよ。魔法攻撃の的になるぞ」

友「解ってらぁ、じゃあ…また東の森でな!」


………



側近「──陛下! 岸壁に乗りつけた船の正体が判明致しました!」

月王「この時勢において月に盾突く愚か者め、どこの籍だ!?」

側近「星の国の艦船にございます!」

月王「星だと…!? 自らが望んだ不可侵条約を覆したというのかっ!」

側近「そ、そういう事に…」


月王「黒小隊…黒騎士を出せ! 一兵たりとも城に近寄せるでない!」

側近「ははっ!」


月王(おのれ…なぜ今になって…)

月王(…まさか、魔女となにか関係が…?)

月王(星…母上の祖国か。もし妹姫の…魔女の力が星の国に関わるものだったら?)

月王(魔力を遮断しないこの城に魔女と魔少女が入った事で居場所を特定したとしたら…説明がつく)


月王「魔女は今どこに幽閉しておる」

側近「地下二階でございます!」

月王「警備の兵は?」

側近「同じ階に二十の兵を」

月王「五十に増せ、地下一階と地上一階を半々に守備にあたるのだ」


側近「地下二階そのものは…?」

月王「私は自ら以外、誰も信じぬ。自軍の中で星に内通する者が無いと言い切れるか?」

側近「はっ…お、仰せのままにっ!」


月王「…魔少女のいるバルコニーに出ておる、状況は随時報告せよ」

側近「陛下、今お姿を見せては危険です!」

月王「ふん…そうか、私が信じる者なら一人だけおったな」

側近「……?」

月王「魔少女だ、あやつの隣ほど安全な場所など無いわ」


カッ、カッ、カッ…


月王(…魔少女)


魔少女「…焦がし貫け、光線魔法」バチッ!

バリバリッ…!ゴオオオオォォォッ!


月王「やはり凄まじい力だな」

魔少女「…陛下、侵入者の艦船は全て撃沈致しました」

月王「うむ…ご苦労、しかし既にもぬけの殻であろう」

魔少女「…賊は王城に向かい、街路を侵攻中との事」

月王「解っておる、城下を灰と化すわけにはいかぬ。責めているわけではない」

魔少女「………」


月王「賊の船は星の国のものという事だ。今は各通りに騎士団を向かわせ、城門に黒小隊を配している」

魔少女「……何を目的に奇襲など」

月王「先日の魔女演習に危機感を募らせたか、あるいは国の政策とは無関係の過激派部隊か…それとも」

魔少女「…?」


月王「もしかすると狙いは魔女かもしれんな」

魔少女「魔女が狙い…とは?」

月王「星は直接的な兵器でなく、魔力を利用した様々な通信や観測機器といった魔法工学に長けていると聞く」

魔少女「ここに魔女がいる事を嗅ぎつけ、亡き者にしようと…」

月王「そこまでは解らん、だが魔女と星の国には何らかの関係があるやもしれぬ」


魔少女「……今、魔女は?」

月王「城の地下に幽閉し、幾重にも警戒を敷いてある。姿を消しでもせぬ限り、近づけまいて──」


………


…王城、連絡路


眼帯(──身隠しの兵装…ほんとに消耗が激しい、ゆっくり歩く事しかできない)

魔剣士《…大丈夫か、きつくなったら立ち止まって目を閉じるといい。少し楽になるだろう》ヒソヒソ

眼帯《平気…早く魔女ちゃんを助け出して、みんなを囮役から解放しなきゃ》ヒソヒソ

魔剣士《訓練も無しに兵装を使いこなすとは…やはりお前は才能に長けているな》ヒソヒソ


魔剣隊員《…魔剣士殿、一階はかなりの数の兵が警戒しております》

魔剣士《魔女らしき反応は上方と地下の両方で感知されているな》

眼帯《さっきの光線魔法は城の上層階から放たれてたと思うから、そっちが魔少女じゃないかな…》

魔剣士《うむ、やはり地下階か》


眼帯《予備の兵装は持ってきてるんでしょ? 魔女ちゃんなら呪印さえ無ければ使いこなすだろうけど…》

魔剣士《どう考えても呪印を解いているとは思えんな。通常、三日ほどで消えるが…繰り返し施されているに違いない》

魔剣隊員《兵の数が多い区画です、お静かに──》ヒソヒソ


月兵「──どういう事なんだよ? 俺達はまだしも、地下を見張ってる奴らは何の意味があって配置されてんだ」

月兵「港から賊が侵入したとは言うし、さっきからすごい音がしてたが…」

月兵「陛下の身辺を警護するなら解るが、地下に何かあるってのか?」


眼帯(…本当になんの情報も与えられてないんだね)

魔剣士(用心深いと言うべきか、疑り深いと言うべきか)

魔剣隊員《…まずいですね、地下への通路に扉が。恐らく向こう側から鍵が掛かっていると》ヒソヒソ…


月兵「俺さ、時々この国のしようとしてることが解らなくなるんだよな…」

月兵「他国への侵攻の事か?」

月兵「それもそうなんだけどさ……聞いたか? こないだなんか騎士団の小隊が三つも懲罰房に放り込まれたって」

月兵「ああ…赤・緑・橙の隊だろ? 何らかの任務に失敗したとか」


眼帯(あの三隊が何のために出撃したかも知らないんだな…)


月兵「でもさっき地上で姿を見たんだよ」

月兵「そりゃ、この混乱を収めるために解放されたって事だろ」


月兵「だから変なんだよ。三小隊も出撃しておいて任務に失敗するって、何か不測の出来事かあるいは大きな手落ちでもあったはずだろ?」

月兵「手落ちがあったから懲罰を受けたんじゃないのか?」

月兵「それなら責を問われるのは普通、隊長格じゃないか。なんで隊士全員なんだよ」

月兵「そういや…そうだな、どういう事だろう」


月兵「考え得るとしたら、裏切りかあるいは何かの口封じ…」

月兵「それが緊急事態になったら解放されるってのか」

月兵「この地下にあるものにしたってそうさ、俺達は何を護ってるかも知らないまま…」


眼帯《…兄様、このまま扉の前で待機してて》ヒソヒソ

魔剣士《どうする気だ…?》ヒソヒソ

眼帯《扉、開けさせてみせるよ──》ヒソヒソ


眼帯(──兵の目が届かないところまで戻って)

眼帯(ここでいいかな…イチかバチかだけど…)スーッ…ハァーッ…


バサァッ…ブゥンッ!


眼帯(ふぅ、兵装の効果を解くとすっごい楽だなぁ)

眼帯(よし…)


カッ、カッ、カッ…


月兵「!? …そこにいるのは誰だ!」ジャキッ!


眼帯「ご苦労様。地上は混乱してるけど、まだ賊は王城までは達してないわ。ここも変化は無さそうね?」

月兵「はっ…! これは騎士団の…失礼致しました!」ビシッ

眼帯「まだウチの隊は誰も来てないみたいだけど、すぐに集まると思うわ。地下階の防衛を言い渡されてるの」


月兵「では地下二階を…? やはり、最初に警護していた階を無人にするなどおかしいと思いました」

眼帯(地下二階…無人って、本当に兵を信用してないんだなぁ。でも好都合…)


月兵「騎士団が後ろに控えて下さるなら心強い。しかし、恐れながらその甲冑…貴女様は白色小隊所属では」

眼帯(まずい…? 白の反逆も知らされてないと思ったけど…)ゴクリ

月兵「ここ半年も王都で姿を見ませんでしたが、どこか遠地へ…?」


眼帯「…仕方ないね、ひとつだけ話すよ。『貴方達がここで何を護ってるのか』気になるでしょう?」

月兵「は…?」


眼帯「我々、白色小隊は昨年から魔女様の警護にあたっていたわ。それが今、ここにいる…解るかしら?」

月兵「では、まさか…地下には…!」

眼帯「これ以上は言わない、でも私が地下を訪れる理由も解ったんじゃない?」

月兵「ははっ!」


眼帯「じゃあ気を引き締めて警護を続けてちょうだい。地下へは何か合言葉でも?」

月兵「はい、ノックの回数が決まっております。扉までお供致しましょう」


眼帯(私、役者になろうかなぁ──)

ここまで


………


…城下、一番街通り


月兵「──急げっ! 通りを封鎖しろ!」

月兵「くそ…兵数が足らん! 増援はまだか!?」


魔導隊員「炎壁魔法!」キュウウゥゥン…


ゴオオォッ!メラメラメラ…


月兵「うぐ…近づけん!」

月兵「お、おい…賊の中に混じってるのって…!?」

月兵「どういう事だ!? あれは我が国の騎士団じゃないか!」


男「どうする…? 抵抗するなら容赦はしないぞ」

月兵「何を…気でも違ったか!」


男「長く語る時間はない。いいか…我々は魔女様の騎士として、主を救うために行動している」

月兵「魔女様を…?」

月兵「戯言を! 魔女様は我が国の力、お前達はその月に刃を向けているではないか!」

男「貴様らが月王に仕える事を正義とするなら、我々の正義とは相容れん。斬られたくなければ剣を捨て、道を開けろ」キンッ…


月兵「どうする…騎士団を相手にこの人数では勝てんぞ」

月兵「怖気づくな、我々は王都の守護部隊だ! 道を開けるなどという選択肢はないっ!」チャキッ


ヒュンッ…!ザザッ、キィンッ!
カンッ!ザリッ…シュンッ!


男「誇りに殉ずる意気や見事だ」


ズバァッ!

月兵「…ぐ…ぉ……」

…ズル…ドサァッ


男「…他の奴はどうする? 剣を捨てるか、道を開けるか」

月兵「強い…やはり騎士団とやり合うなど──」


赤小隊長「──ならば我々が相手をしよう、守備隊…遅れてすまなかった」

男「赤色小隊…!」

赤小隊長「やはりまた相見えてしまったな」

男「小隊長……再び剣を交える事になれば運命と思え、そう仰いましたね」


赤小隊長「貴様らの顔が見えた以上、この奇襲の意味するところは察しがつく」

男「それでも退いては頂けないのでしょう」

赤小隊長「理由がどうあれ、我が国の兵を斬った。我々はそれを敵と見なさねばならん」

男「……違いありません」スチャッ


赤隊士「白小隊…星の魔導士共と手を組むとは」

赤小隊長「…ぬかるな、前の交戦とは違うぞ。こやつらは覚悟をもって我々を殺さんとするだろう」

男(俺たちの目的は時間稼ぎと囮…それでも手を抜く事ができる相手じゃない)


赤小隊長「総員散開っ! 賊を殲滅せよ!」

男「白小隊、交戦! 道を開けっ!」

魔導士隊「魔導隊、白小隊を魔法援護!」


「おおおおおぉぉぉっ!!」


ザザッ!
ガキイイイィィィン──!


………


…王城、門前広場


黒騎士「──派手な音ばかりしてるけど、暇ねぇ」フワーアァ…

黒隊員「賊は各大通りを侵攻中、それぞれに騎士団を迎撃にあてているとの事です」

黒隊員「これは城門まで辿り着けないやもしれませんな、我々の出番があるかどうか…」


黒騎士(……なぁんか、妙なのよねぇ)

黒騎士(奇襲をかけるにして、軍艦を何隻も港に乗りつけるとか目立ち過ぎだし)

黒騎士(城下を混乱させるための砲撃も無い…予期せず魔少女の魔法攻撃を受け、その間が無かっただけかしらぁ…?)

黒騎士(それがわざとで、そこに意味を見出すとしたら──)


黒隊員「──報告差し上げます! 賊の船は星の国籍! また侵入者の中に島に置き去った筈の白小隊の姿を確認致しました!」

黒騎士「白小隊ですって…? あはァ…やっぱりねぇ」ニヤァ


黒騎士「確かに目を斬ってやった小娘は星の民のようだったけど、まさか国そのものと繋がってるとはね」

黒騎士「あんた達、半数は城の地下へ向かいなさい!」


黒隊員「はっ…しかし陛下はここを守れと…」

黒騎士「無駄よ、賊は本気で王城に達するつもりなわけじゃないわ」

黒隊員「では、侵攻中の部隊は陽動だと…!?」

黒騎士「星の魔導士の事だもの、どんな手を使ってくるか解らない。あるいはもう既に魔女のところへ侵入してるかもね」

黒隊員「くっ…急げ! 確か地下二階のはずだ!」


黒隊員「黒騎士様、残りの半数はどうすれば?」

黒騎士「……魔女を攫う気だとしたら、それが達成されたらすぐにでも離脱するはず…」ブツブツ

黒隊員「黒騎士様…?」

黒騎士「北は海…艦船は既に沈んでる、西は平原……見通しが良すぎるわ。残るは…東の森林──」

ここから後はまとめて一気に投下予定
今日の晩か明日あたりに


………


…王城、地下二階


魔女(──暗い…なぁ)

魔女(幼い頃にいた砦の地下に戻ったみたい)


『──恐れながら魔女様は、やむを得ず外界に出られた事がありません』

『それを私が語り、魔女様は興味深く聞いて下さいます』

『失礼かもしれないのですが……私は、魔女様をそこへお連れしているつもりで語らせて頂いております──』


魔女(また男さんの話、聞きたいな…)

魔女(ううん…もっと、男さんと世界を旅したかった)

魔女(贅沢になっちゃったな…知らない方が幸せだったのかな)


魔女(舌を噛み千切れば死ねるって本当かなぁ)

魔女(…でもそうしたら、島の男さん達は)


魔女(魔力の譲渡、三日後だっけ)

魔女(たぶん一度に全部の血を渡すから、それまでの命…だよね)

魔女(生き残ってた人、みんな無事ならいいな…)


魔女(男さん…生きてるよね)

魔女(男さん…私の事、忘れないでくれるかな)

魔女(男さん…)グスッ

魔女(……助けて…なんて思っちゃ、駄目…だよ…ね…)ポロポロ…


魔女「金色の…」

魔女「麦畑ーに……♪」

魔女「…日が落ちーたーのはー♪ …だったっけ」

魔女(せっかく男さんが教えてくれた子守歌)

魔女(せめてちゃんと歌えるようになりたいな…)


魔女「今はー星がー昇りて……渡り鳥ーがー休む夜ー♪」

魔女「髪をー撫でるはー命のー左手…♪ 掌をー包むは──」


《──上手じゃないの、星の子守歌なんてどこで覚えたのかな?》


魔女「誰っ…!?」

《あれ、誰…なんて随分なご挨拶だなぁ》


バサァッ…ブゥンッ!


眼帯「…友達、でしょ?」

魔女「眼帯さん…!」


魔剣士「…しかし、まさに牢獄に囚われているとはな」バサッ、ブゥンッ

魔女「えっ…!? 星の…!」

眼帯「大丈夫…今は魔女ちゃんを殺そうとなんてしてないよ」


魔剣士「この鉄格子ではこじ開けるのは無理だぞ」

眼帯「魔女ちゃん、右手の呪印を最後に施されたのはいつ…?」

魔女「今朝方です…まだ解けそうにありません」


魔剣士「この階から撤収させられた兵が鍵を持っているとは考え難いな」

眼帯「どうしよう……私、また姿を消して鍵を探しにいこうか──」


魔剣隊員「──魔剣士殿、勘付かれました! 上階より兵が追ってこようと…!」

魔剣士「くそ…物理防壁魔法を継続的に張れ! 近付けてはならんっ!」

魔剣隊員「はっ!」


魔剣士「魔女を解放した後は上階の不意をつき強行突破するつもりだったが…万事休すか」ギリッ

魔女「ごめんなさい……私のせいで…」


眼帯「……魔女ちゃん、右手を格子から出して」


魔女「え…?」

眼帯「早くっ! 兵の侵入を止める程の物理防壁なんて五分と保たない!」

魔女「は…はいっ」スッ


魔剣士「何を、まさか…?」

眼帯「……大丈夫、大丈夫…」スゥーッ…ハァーッ…

魔剣士「よせ! この距離にいるだけで、この圧迫感を受けてるんだぞ…!」

眼帯「どうせこのまま──」バチッ、キイイィィィィン…バリバリッ


ギュッ!ジュウウゥウゥゥッ…!
バチバチバチッ!


魔女「眼帯さんっ!? 私に触れたら…!」

眼帯「──待ってても、死んじゃうだけでしょ! …解呪っ!」


バチバチッ…!ブシュッ…ボタボタッ!


魔剣士「傷口が開いているぞ! …くそっ、治癒魔法っ!」キュウウウゥゥゥン…

眼帯「ぐっ…うぅっ! 消えろ! 早く消えてよっ!」ガタガタ…

魔女「眼帯さんっ!」

眼帯「えへ…へへ……平気だよ…魔女ちゃ…ん…」ニコ…


魔女「そんな…包帯にも血が!」

眼帯「この包帯…誰が巻いてくれたと…思う…?」バチィッ…シュウウウゥゥ…

魔女「…え……?」

眼帯「へっへーん…友だよ……あの鈍ちんが…巻いてくれたの」ハァッ…ハァーッ…


『──俺は、そんなの気にしねえ』

『初めて会った時から、お前はずっと左目を包帯で隠してたじゃねえか』

『俺はそのお前をずっと見てきたんだ──』


眼帯「悪いけど…さ……魔女ちゃんに…生きてて欲しい…だけじゃない…」バチッ…ボタッボタボタ…

魔女「…?」

眼帯「私だ…って、生きたい…明日がある…のっ…! その為には…魔女ちゃんの力が必要なんだよ…っ!」バリッ…!キュウウウゥゥゥン──!


──バシュウウウゥゥゥッ!ドオォンッ!!


眼帯「ふぁ……呪印…消えた…」ヘナヘナ…ペタン

魔剣士「しっかりしろ! 無茶な事を…だがよくやった」


魔女「……ありがとう、眼帯さん」

眼帯「あはは…男達も囮になってくれてるし、早く行きたいけど…力が…」

魔女「この後はどう動くのです?」

魔剣士「王城から東の森林にある湖で合流予定だが」


魔女「東…どちら側でしょうか」

眼帯「ええと…西から入って地下二階に降りて、ああ来て……たぶんあっちかな?」


魔女「解りました」スッ…

眼帯「魔女ちゃん…?」

魔女「魔剣士さん、眼帯さんを連れて少し離れて。…この魔法、使うのはなんとなく抵抗があるのですが」ババッ…バリッ!


キイイイイィィィン…バチバチィッ──


魔女「──焦がし貫きなさい…!」

眼帯「それは…!」


カッ…!バリバリバリッ!

魔女「…光線魔法っ!!」

ゴオオオオォォォッ!
ズドオオオオォオォォォン──!!


………


…城下、一番街通り


赤隊士「──くっ、強…いっ…!」ガキイイィィンッ!

男(だいぶ前進できている…あの角を曲がれば城門か、黒小隊でも出ていなければいいが)ギリギリギリ…


赤隊士「おのれっ、こっちだ!」ブンッ!

魔導隊員「物理防壁!」キュイイイィィン…

魔導隊員「撃ち降りろ、落雷魔法!」ピシィッ…ドゴオオォォンッ!

赤隊士「ぐあぁっ…!」バリバリッ…


男「おらあああぁぁっ!!」シュッ…ズバァッ!

赤隊士「が…ぁっ…」グラリ…バタッ

男「進め! 城は目前だっ──!」


──カッ…!バリバリバリッ!


魔導隊員「…魔少女の攻撃か!?」

男「いや…! あれは…」


ゴオオオオォォォッ!ズドオオオオォオォォォ…


男(…違う、城の地下から放たれている! 眼帯…やったな!)

魔導隊員「男殿!」

男「ああ…総員、別方向に散開だ! 合流地点で!」ザッ


赤小隊長(あれを合図のように賊が散ったな…)

赤隊士「追いますか!?」


赤小隊長「いや…先の凄まじい魔法、賊にとっての別部隊が任務を果たしたという事だろう」

赤隊士「それでは…魔女様は」

赤小隊長「……王城が陥ちた可能性がある、まずは城門へ!」


タタタタタッ…!


男(…城の地下から東の空へ放たれた魔法……おそらく脱出路を得るためのものだろう)ハァ…ハァ…

男(つまりそれで穿たれた孔から、魔女様が…!)


月兵「貴様、白小隊だな…! 止まれ!」チャキッ

男「やかましいっ!」ガキイイイィィィン!

月兵「ぐぁっ…け、剣が弾かれて…!」


シュウウウウゥゥゥ…モクモク…
…ガラッ、カラカランッ


男(…あそこか、幸い兵士も慄き退いてるな)ハッ…ハァッ…

男(魔女様は…? もう出たのか?)フゥ…


…ガラッ…ジャリッ、ザッ

魔剣士「…いいぞ、月兵の姿は無い」

眼帯「ごめん…兄様、もう肩貸さなくて大丈夫…」


男「!!」


男「眼帯! 魔剣士殿!」ザッ

眼帯「男…!」

男「魔女様は──!?」


──ザクッ…ヒョイッ

魔女「…男さんっ!」タタタッ…!

男「魔女様っ!!」

魔女「会いたかった…!」ガバッ!ギュウッ…


男「よかった…お怪我は? 酷い事はされておりませんか!?」

魔女「大丈夫です、でも…もう会えないと思ってた……うわあああぁぁん!」ボロボロ…

男「泣くのは後です、皆と合流して島へ戻りましょう」ナデナデ


眼帯(そこはキスのひとつでもして泣きやませるとこでしょ…)チッ


友「…眼帯! 上手くやったんだな!」

眼帯「友!」


男「ははっ…! 生きてたか、みんなは!?」

友「みんなバラバラの方向から東の森を目指してるよ、俺たちも行こうぜ。魔女様、走れますか?」

魔女「はいっ」


──カッ!バチッバリバリバリッ…!


魔剣士「まずい…! 来るぞ!」

魔女「防壁魔法っ!」


キイイイイィィィンッ!
バチッバリバリバリッ…!ゴオオオオォォォッ!!


友「くっそ…! あの時と同じだ!」

男「いや、今は黒色小隊に囲まれてはいない! 魔女様、少しずつでも進めますか?」

魔女「はい、攻撃がやんでいる間なら…!」

眼帯「男、魔女ちゃんをお姫様抱っこしたら!? 魔女ちゃん、それでも防壁は使えるでしょ!?」


男「なるほど──」

魔女「えっ…!? わわっ!」グイッ

男「──失礼! 走ります!」ダダダッ


カッ!バチッバリバリバリッ…!

魔女「ちょ…なんだか私、格好悪いんですけど…! もうっ…防壁魔法っ!」

キイイイイィィィンッ!ゴオオオオォォォッ!!


………


…王城、最上階


魔少女「──森へは逃がさない」カッ!バチッバリバリバリッ…!

月王「魔女め、どうやって呪印を解いた…」

魔少女「…誰かが決死の覚悟で魔女に触れた…そうしか考えられません」


月王「賊には白小隊が混じっているという事だ」

魔少女「!!」


月王「確かに私は騎士団に対し、魔女の騎士であれ…そう説いてきた」

魔少女「……それはあくまで我が国、陛下の御力としての魔女を守護せよという命だったはず」

月王「そうだ…しかし奴らは私に仕える気など無かったのだ」

魔少女「陛下…」

月王「結局、私は何一つ掌握する事など叶わんのかもしれぬ…」


魔少女「それは違います」

月王「…?」


魔少女「私は…この私だけは、一切の偽り無く陛下に忠誠を誓いましょう」

月王「…魔少女」

魔少女「陛下に触れられぬこの身が恨めしゅうございます」

月王「そうか……ならばやはり私は全てを手に入れ、捧げねばならぬ──」


近衛兵「──陛下!」

月王「…何事ぞ」

近衛兵「地下より発せられた正体不明の攻撃により、地中梁および東の主柱が破損! 王城は僅かずつ傾倒しております! すぐに脱出を!」

月王「!!」

近衛兵「賊はその攻撃以来、撤退の動きを見せております! 我が騎士団は城門に集結、陛下の護衛は万全です故…何卒お急ぎ下さい!」


月王「ぬぅ…散り散りに逃げられては騎士団も追い切れぬか」ギリッ

魔少女「…陛下、私に魔女追撃の命を」

月王「魔少女…しかし」

魔少女「最悪の場合、魔女を殺さざるを得ないかもしれません」

月王「………」


魔少女「無限の魔力が無くとも、私はこの世の全てを陛下に献上してみせます」

『…私はこの国を統べる兄上を見とうございます』


月王「私の唯一にして絶対、そして最強の味方か」

魔少女「はっ…」


『…全てを…二人で──』


月王「──よかろう。ゆけ…魔少女、追撃を許可する」


………


…王城東、旧街区


友「──しばらく魔法攻撃がないな」

眼帯「この旧街区を抜ければすぐ森だよ、あと少し!」


魔女「あの、魔法攻撃が止んでるなら降ろして…」テレテレ

魔剣士「止んでいるとはいえ、いつ次が来るかは判らん。後方の警戒は怠らない方がいい」

魔女「うぅ…」


男「できるだけ物陰を。旧街区に居住者はいない、見つかったら遠慮無く撃ってくるぞ」

眼帯「魔女ちゃん、もしかして街区全体を焼き払う事とかできたりする?」

魔女「王城の上階からでは無理だと思います。範囲が広すぎて魔力が収束しきれません」

友「地上に降りたらどうなんです?」

魔女「光線魔法なりを横一線に薙ぎ払えば…」


眼帯「誰かいる!」

男「あれは…」

友「白小隊の仲間だ! 先に来てたんだな、おーい!」


タタタタタッ…


眼帯「あれ? 座って…休んでる?」

魔剣士「待て、おかしい…森まであと少しなのに休息をとるわけが──」


男「──!!」

眼帯「どういう…事…?」

友「剣撃を受けて…死んでる…!」


魔剣士「…この街区、追っ手が潜んでいるぞ」チャキッ

眼帯「追っ手っていうか、待ち伏せされてたっぽいね」キンッ


友「なんか…嫌な予感がする」

男「捕虜にして情報を得ようとするでもなく、容赦なく背中から斬りつけてるな」

魔女「まさか──」


──カッ!バチッ…バリバリバリッ!!


眼帯「くるっ…!」

男「魔女様!」

魔女「防壁魔法っ!」キュイイイィィィン…!


ゴオオォォオォォォッ!!
ドゴオオォオォォッ…!ゴゴゴゴゴゴゴ…


男「なんだ…!? 今までとは範囲が比較にならない!」

眼帯「旧街区が薙ぎ払われる…」

友「民間人はいなくても…これじゃ、先に来てた仲間が!」


ズウウウゥゥゥゥゥン…ズズズズズ…


眼帯「本当にただの荒野になっちゃった…」


パカッ…パカラッ…

魔少女「…見つけた、魔女」


魔剣士「馬に乗って…あれが魔少女か?」

魔女「間違いありません。…降ろして下さい、男さん」

男「………」スッ

魔女「今の魔法、ご覧になったでしょう? このまま森へ逃げても同じです」ザッ…


眼帯「どうするの…?」

魔女「…あの人を葬る事ができるのは、私だけです」ゴクリ


魔少女「…葬る? この私を…?」


パカラッ…トトッ、ブルルルッ
…シュルッ、スタッ


魔少女「ふん…立場が解っていないらしい」

魔女「…解っています」

魔少女「餌になる予定の貴様と、それを喰らう私だ」

魔女「私の血が欲しくて仕方ない、未完成の魔女でしょう? 貴女は…」フフリ

魔少女「……っ…」チッ


ヒュッ…!ズシャアッ!!


魔剣隊員「ぐぁ…っ!!」ドサァッ!

男「!!」

魔剣士「何者…!」バッ…!


黒騎士「あはァ…魔少女にばかり気をとられてるからいけないのよぉ…」ニタァ…


友「黒騎士…! 黒色小隊っ!」ザッ

眼帯「いつの間に!」


黒騎士「いつの間に…じゃないわ、さっきからいたわよ」

男「…じゃあ、斬られていた仲間は貴様が」

黒騎士「あと数歩進んだら物陰からザックリ斬ってやろうと思ってたのに、魔少女が全部薙ぎ払っちゃうんだものねぇ」ヤレヤレ

友「ちっ…相変わらず胸糞悪りぃオカマだ」


黒騎士「さぁ、どうするの? 島での再現といきましょうか…?」ニヤリ

眼帯「ふんっ…ずいぶん小隊が少ないじゃない、僅かでもこっちの方が数で上だね」

友「あの時のようにいくとは思ってくれるなよ」ザリッ…


魔剣士「黒騎士とやらを除く敵小隊は我々で引き受けた」

友「男、あっちは俺たちじゃどうにもならねぇ」

眼帯「うん…魔女ちゃん、気をつけて」

魔女「はいっ」

男「…友、眼帯、黒騎士を頼む」


魔少女「…来ないなら、こちらからゆく」バチッ…バチバチッ!

魔女「………」ジジッ、バリバリバリッ…!


友「さあ、借りを返そうか…!」ザリッ!

眼帯「死になよ、オカマ野郎っ!」シュンッ!

黒騎士「…片眼じゃ懲りなかったみたいねぇっ!」ガキイイイィィィンッ!


魔少女「…雷撃魔法モード、出力50%」バリバリバリッ!ゴゴゴゴ…

魔女「凍てつき砕きなさい、凍結魔法…!」ヒュオオオオォォォォ…


バチィッ!カッ!ドゴオオオォォォン…!ゴゴゴゴ…
ピシッ…ビキビキビキッ!メキメキメキィッ!!

ビリッ…!ババババッ…バリッ!
バチバチッ…ガシャアアアァァァァンッ!!


男(落雷を氷で受けて砕けた…! 互角なのか…?)


魔女「地に臥せよ! 重力魔法!」ギュウウウゥゥゥン…!

魔少女「くっ…防壁魔法!」キイイイィィィィンッ!

男「…邪魔するようで悪いが、死ねよっ!」ザッ!

魔少女「!!」ザッ…!

男「もらった…!」ヒュンッ…!


ガキイイィィィィン…!


男「なに…!? 魔法・物理両方の防壁だと!」ザザッ


魔少女「…甘い、死ぬのは貴様だ。光線魔法モード、出力10%」バチッ…バリバリッ!

魔女「させないっ! 四肢を縛られよ、束縛魔法っ!」バチィッ!シュルルッ…!


魔少女「…ちぃっ」ギシィッ!

男(今の内か…!?)


魔少女「束縛など焼き切ってくれる…火炎魔法、出力40%」ゴオオオォォォッ!

男(発動前に叩き斬ってやる…!)シュンッ…!

魔少女(こいつ…死が怖くないのかっ)ザザッ


ズバァッ…!ブシュッ!


魔少女「く…はっ…!」グラッ…

男「ちっ…浅いか」

魔少女「……おのれっ!」キュイイィィ…パアアアァァァ


男(くそったれ、一瞬で治癒しやがる…!)ザザッ

魔女「男さん! 離れて!」


魔女「男さんが作った好機、無駄にしない! 弾け飛びなさい…爆砕魔法っ!」カッ…!

魔少女(…防壁、間に合わない──)


ドオオオオォォォォォン…ッ!ゴゴゴゴゴゴ…


男「やった…か…?」

魔女「防壁が現れてました…でも完璧じゃないはず」


「……光線魔法モード、出力100%」


男「!!」

魔女「防壁魔法っ!」キイイイィィィィン…


カッ!ドゴオオオオオォォォォオォォン!!
ズズズズズズ…


魔少女「…許さん、調子に乗りおって。生け捕るための手加減は終わりだ」バチッ…バリバリッ…ピシィッ!

魔女(なんて威力…私の最高出力より上かもしれない)ハァ…ハァ…


………


…旧街区入口付近


月王「──あの煙は……魔少女はどうなっておる!」

側近「陛下、これ以上の接近は危険です!」

月王「騎士団よ! 早く魔少女の加勢に向かえ、可能な限り魔女を生け捕るのだ!」


赤隊士「馬鹿な…あんな中に飛び込んでどうしろと…」

緑隊士「誇りに殉ずる事と犬死には別だ!」


ザワザワ…ザワ…


月王「私の命が聞けぬか!」

側近「しかしながら陛下、あの場に踏み入る事は現実的でありません!」

月王「このっ…腑抜け共がっ!」


月王「魔少女…」

月王「死ぬな…魔少女…」

月王「…お前だけは私の下におらねばならぬのだ──」


………



魔少女「………」チッ


…ビリッ、ビイイィッ…ポイッ


男「はん…服が裂けて色っぽくなっても容赦なんかしねえぞ」チャキッ

魔女「男さん、接近は用心して下さい。彼女の魔法は私より僅かに強く…速いです」


魔少女「僅かに…? それは今までの話だ──」スッ…

男「…?」

魔女(いけない…!)


──ピシィッ!ドオオオオォォォォン…!!ゴゴゴゴ…


男「ぐ…はっ…」グラッ…

魔少女「…雷撃魔法、出力10%。魔力上昇の時間など必要ない…それでも防壁で反応するとはな」

魔女「男さん!! 治癒魔法っ」キュイイイィィィィ…

魔少女「ふん、さっきの逆だ。凍結魔法、出力30%──」ヒュオオオオォォォォ…!


魔女(火炎魔法での対抗じゃ間に合わない…!)


ビシィッ…!ビキビキッ、メキメキメキッ!!


魔女「防壁魔法っ!」キイイィィィンッ!

魔少女「雷撃魔法、出力40%! 爆砕魔法、出力50%…!!」バチィッ…!!カッ!

魔女「ぐっ…! なんて…速さ…!」ハァッ…ハァッ…!


男「魔女…様…」グググ…

魔女「男さん! 起き上がっちゃだめです!」


魔少女「貴様は這いつくばって魔女の死に様を眺めていろ、重力魔法っ!」ギュウウウゥゥン…!

男「うぐっ…!」ズシイイィイィィッ!

魔女「男さんっ!」


魔少女「そら…防壁を解く間など与えんぞ、風刃魔法モード出力60%──!」ゴオオォオォォッ!


………



魔剣士「──はぁっ!」ズシャアッ!

黒隊員「ぅ…ぐぁ…っ!」ズルズル…バタッ


魔剣士(こちらは優勢だが、魔女は苦戦しているな…)ハァ…ハァ…

魔剣士(しかし男殿が援護すらできん状況で、加勢など無意味だ)ギリッ

魔剣士(黒小隊を全て片付けたら、我ら全員で防壁を張れば一度でも魔少女の攻撃を凌げるか…?)


黒隊員「貴様がこの隊の長のようだな、首はもらうぞ」チャキッ

魔剣士「お前達のような下衆にくれてやる首などないな」キンッ…


ヒュッ!キンッ、カァンッ!ギリギリ…
…シュッ…ギイイイィィンッ!!


魔剣士(……果たしてそこまで温存しておけるかも怪しいか)ハァッ…ハァッ…

魔剣士(妹達は──?)


………



友「──らぁっ!!」シュンッ!キイイイィィンッ…!

眼帯「痺れろっ! 雷撃魔法っ!」バチィッ!バリバリッ!

黒騎士「ちっ…!」ババッ!


友「へっ…防戦がちじゃねえか、オカマ野郎」ハァ…ハァ…

黒騎士「調子に乗るのもいい加減になさいな…?」ギロッ

眼帯「調子に乗ってるんじゃないんだよね──!」スタッ、ザザザッ…ヒュンッ!


──キイイイィィンッ!

眼帯「勝てる…って、手応えを感じてるんだよ!」ギリ…ギリギリ…

黒騎士「このッ…包帯ブスがぁっ!」

友「誰に向かってブス言ってんだ糞がっ!」シュッ…ズバァッ!

黒騎士「ぎっ…!」グラッ…ボタボタッ!


眼帯「へぇ、そんな性格してても血は赤いんだ?」

黒騎士「はぁっ…はぁ…治癒魔法っ…!」キュウウウゥゥゥン…


友「ここがテメーの死に場所だよ。殺すのは白色小隊の『友』だ、覚えとけ」

眼帯「ちょっと、私を忘れないでくれる?」

黒騎士「覚えとくわ…白旗小隊の『カス』と『クズ』がここで死んだってねぇ…」ハァ…ハァ…


友「まだ減らず口がきけるらしいな、気持ち悪りぃオカマ口調のまんまでよ」

眼帯「ほんと、その不細工な顔で私をブス呼ばわりするとか失礼しちゃう」


黒騎士「…不細工?」ピキッ


友「お? 気に触ったか、オカマ不細工。なんなら鏡でもとってきてやろうか」

眼帯「やめてあげなよ、たぶん今まで見た事ないんだよ──」


黒騎士「──誰が不細工じゃこのボケナス共があああぁぁっ!! 貴様ら顔焼いてズル剥けにしたらあああぁあぁぁっ!!」ゴオオォォォッ!


友「げ、なんかブチ切れたぞ」

眼帯「あんたが不細工とか言うから」

友「先に言ったのお前だろ」


黒騎士「もう終わりにしてやる、覚悟はいいかクソッタレ共ォッ…!」

友「へっ…いいぜ、俺も早く終わらせて魔女様のとこ行かなきゃよ」

黒騎士「お前らが先だ、ボケェ!」

眼帯「先…?」

黒騎士「先にあの世逝って待ってろっつってんだよ、糞アマァ!! 刃に宿れ、雷撃魔法っ!」バチィッ!バリバリッ!


友「剣に魔法…!?」

眼帯「何それ、星の国でも見た事ないよ!」


黒騎士「……ぐふふ、さぁ…どっちから地獄に送ってやろうか──!」


………



魔女「はぁっ…はぁーっ…」ゼェゼェ…

魔少女「…ふん、意外としぶといな」ハァ…ハァ…


魔女「負けるわけには…いかないの…」キッ

魔少女「……しぶといだけでなく、鈍いのか。まだ勝てるつもりでいるとはな」チッ

魔女「例え勝てなくても…負けない。負けたら男さん達も死んでしまう…」

魔少女「刺し違えても…とでも? 残念だな、それさえも不可能だ」


魔女「貴女は何故、そうまで頑なに月の国に仕えるの…?」

魔少女「国に仕えているのではない、私は陛下に忠誠を誓った」

魔女「……私の事を知っている貴女は、魔女というものがどういう存在か知っているはずでしょう?」

魔少女「いくら話しても情にほだされる事はないぞ」


魔女「貴女だって利用されてるだけ…それでいいの?」

魔少女「利用されている…? ふん、自分と一緒にするな。私は後の魔女に命を譲ったりはしない」

魔女「……?」

魔少女「私は最後の魔女、永遠の命を得た究極の魔女なのだからな」

魔女「永遠の命…」


魔少女「初代の魔女からずっと、その血を半分ずつ受け継いできた…私の心臓はその魔力を増幅する事で動き続ける」

魔少女「あとはお前の血さえあれば、魔法に使う分の魔力すら無限に増幅できるようになるはずだった」

魔少女「だがお前は死ななければ解らんようだ、それは諦めてもいい」

魔少女「無尽蔵の魔力など無くとも、世界を陛下の前に跪かせるくらい容易い事」


魔少女「どうだ…せめてお前との違いは解った──」

魔女「──同じだよ、可哀想」


魔少女「可哀想…だと?」ギリッ

魔女「男さんに出会う前の私と同じ…今の私よりもずっと可哀想」

男(魔女…様…)

魔少女「…戯言を、もうじきに死ぬお前よりも可哀想などと、意味が解らん。気を違えたか」


魔女「永遠の命なんて、言い換えれば永遠の鎖と同じ」

魔女「私は砦に縛られている間、外界を見る夢も人と触れ合う望みも持てず、きっと早く死にたいと願ってた」

魔女「叶わぬ希望を胸に馳せても苦しいだけ…それなのにどうしても憧れてしまうから」


魔少女「寝言を言うな、ここはどこだ? 砦の中か? 暗く陰鬱な部屋か? お前が憧れた外界に他なるまい」

魔女「…違う。私が憧れた世界はこんな、人が傷つき死んでゆく場所じゃない」

魔少女「それはお前が世界を知らな過ぎただけだ」

魔女「ううん…それは確かにこの世界にあるの。魚を獲ったり、野菜を作ったり…苦労と引き換えの喜びに満ちた場所」


魔少女「…そのような陳腐な幻想を押し売りされても、私にはなにも響かない」

魔女「だから可哀想だと言ってるんだよ」


魔少女「まだ言う気か、いい加減に黙れ」

魔女「いくらでも教えてあげる、私だって教えてもらった事だもの」

魔少女「黙れ…と言っている」


魔女「国の繁栄とは、他国を占領し領土を広げる事じゃない」

『──来る日に血を譲渡し、短いと教えられた命を国の繁栄のために捧げるのは務めだと、そう思っていました』

『今は違うとお解りでしょう?』


魔女「ずっと生かされるのではなく、その時を生きているという実感こそが喜びなの」

『ただ生かされてきた私が、男さん達の力を借りながらとは知りつつも、今は「生きている」と感じられる…それがとても幸せ』


魔女「…永遠の命なんて、その幸せの前に意味は無いんだよ」

『どうかこの島で、天の与え賜うた命が尽きるまで…我々はそう望んでおります』

『…怖いです、幸せ過ぎて嘘のよう──』


魔女「…だから、私は負けない。そんな素晴らしい世界に生きる男さん達を死なせない、そして──」

魔少女「…黙れ、貴様!」

魔女「──貴女を救うためにも、負けられない」


魔少女「ふざけるな! どうやって負けずに終わるというのだ!」

魔女「貴女を倒す、それ以外に無いわ」

魔少女「貴様と私では魔力の総量が違う、貴様はもう私の全力の魔法を防ぐ力を残していない!」

魔女「………」


魔少女「いいか…私は一時的なら魔力を増幅炉へ送るのを止める事ができる」チリッ…ジジジッ

魔少女「防壁魔法は発動こそ一瞬だが、消費の軽い魔法というわけではない」

魔少女「受け止める魔法と同じだけの魔力を消耗する、知っているだろう…」バチッ…チリチリッ

魔少女「…ならば、私の放つ魔法がお前の全力を遥かに上回っていればどうなる?」


男「く…そ……! 魔女様…逃げて下さい! 魔少女は貴女を殺すつもりで撃ってきます!」ググッ…

魔女「…私も、彼女を殺すつもりで対抗します」

魔少女「笑わせるな! 増幅炉遮断…!」キュウウウゥゥゥゥン……!


魔女「放てばいいわ、受け止めてあげる」

魔少女「なんだ…その余裕は、なぜそんな態度でいられる!? 怖れろ! 命乞いをしてみろ!」


魔女「どうして? 私が貴女を怖れるわけないじゃない。だって…」


魔女「…貴女は私の…魔女の妹でしょう?」

魔少女「!!」



『──母上はお前を愛していた、触れられぬと知りつつも抑えられなかったのだ』

『その力は神がお前に与え賜うたもの、きっと何か意味がある』

『妹姫、全てを…二人で──』



魔少女「ふざ…けるなっ! 私を…私を妹と呼んでいいのは…陛下だけだ!!」

魔少女「光線魔法モード、出力200%!!」バチィッ!バリバリッ!


男「魔女様…! ご自身だけに防壁を…っ」

魔女「防壁は使いません、きっと防げない…」


魔女「防壁よりも発動が早く」

魔女「どの魔法をも消し去る、純粋な魔力の塊…」

魔女「…えへへ、男さん…二回も言ってごめんなさい」


魔少女「魔女も! 魔女の騎士も! 月も! 星も! 世界も! 全部…消えろっ!!」カッ…!!


バチィッ!ゴオオオオォォオォォォッ!!


魔女「大好きでした……さよなら」

男「魔女様……っ」


魔女「──発動せよ、最期の魔法──」


キュウウウウゥゥゥン…パアァッ…!


魔少女「最期の魔法…だと…!? 私の魔法が…消える!!」バリバリ…バチィッ!シュウウゥ…

魔女「全てを放て、消滅魔法…!!」カッ!!



ドゴオオオオォォォオォォォォォンッ!!!
バチッ!バリバリッ…!!ズズズズズズズズズ…



男「最期の…魔法……」

男「嘘…でしょう、魔女様…」



魔女「……ごめん…なさ…ぃ…」フラッ…



…ドサァッ


男「…嘘だ」ズズ…



男「……今のが…最期の魔法だなんて…冗談ですよ…ね?」ザリッ…ズズズッ



男「魔女…様…」ズリッ…ベシャッ、ズズズ…



男「ほら、起きて…島へ帰るんでしょう…?」ドサッ



男「………」スッ…



男「なんで…息が弱ってるんですか……脈が…消えかかって…」ブルブル…



魔女「…男…さん……どこ…?」

男「魔女様! 生きて…!?」

魔女「あは…もう、目が…見えない……です…」

男「!!」


魔剣士「男殿! 今のは…!? こちらはあらかた片付いたが──」ダダダッ

男「魔剣士殿…!」

魔剣士「──これは…!!」


男「治癒魔法を! 早く、魔女様にっ!!」

魔剣士「……消滅魔法を使ったのか」

男「何を言ってるんだ! 早くしてくれっ!!」

魔剣士「男殿…それは無理だ、治癒魔法は外傷しか癒せない」


男「じゃあ何か無いのか! あんた、魔女様と魔少女の両方が死ねば都合がいいから…!」

魔剣士「違う…!」

男「嘘だ! これで惑星の御子が産まれるから、わざと…っ!!」

魔剣士「許せ……本当になにも手立てが無いんだ」ギリッ


男「死んだ後、生き返らせる魔法は! 俺の命と入替える術は…!?」

魔剣士「………」フルフルフル


魔女「……男さ…ん…」

男「魔女様! すぐにっ…すぐに何とかしますからっ!!」


魔女「もう…すぐ……耳も聴こえなくなる…から」

男「そんな事…!」フルフルッ

魔女「…お願い、あの…子守う…た……歌ってくれません…か? それで…眠りた…ぃ…」


魔剣士「!!」

『──上手じゃないの、星の子守歌なんてどこで覚えたのかな?』


男「嫌です! 今は寝ないで下さい!! 魔女様っ…」

魔剣士「男殿、魔女に『星の子守歌』を教えたのは誰だ?」

男「何を言ってるんだ、なにか方法を…!」

魔剣士「何とかする方法を探っているんだ! 答えろ!!」

男「……俺だ、それがどうした!?」


魔剣士「男殿はなぜその歌を…いや、それはいい。男殿は親族に星の国出身の者がいるのか?」

男「そんな話は…聞いた事がない」

魔剣士「……そうか、やはり違う──」


男「──ただ、会った事も無いが…祖母は月の国の者では無かったかもしれない」


魔剣士「どういう事だ? 男殿の出自は…」

男「俺の家系は東の港町に…だが、祖父はその町にいた良家の娘と駆け落ちたんだ」

魔剣士「港町……商人…貿易…」


『貿易のため月の国に配していた商人が得た情報によれば、月の軍は──』


魔剣士「──星の…血を継ぐ……魔力を持たぬ…者…」

男「どうしたんだ、魔剣士殿! なにか手があるなら早く!!」


ガラガラッ…ズズッ


魔少女「…ぐ…うっ……」フラッ…フラフラ…

魔少女「……くっ…なんという…事、右腕が千切れたか…」バチッ…ジジジッ


男「魔少女…!」

魔剣士「今は放っておけ! 右腕を失えば自爆以外の魔法は使えん!!」

男「あの腕…あいつ、半分機械だったのか…」


魔剣士「……そうだ、腕…」ハッ…

男「……?」


魔剣士「もはや伝説や神話と呼べるほどのものではない…御伽噺のようなものだ」

男「…なにを?」

魔剣士「男殿、魔女の手を握れ……右手と右手、左と左を交差するように!」

男「どういう事だ、これでいいのか?」ササッ…ギュッ


魔剣士「いいか…男殿、ふざけて言っているのではない」

男「ああ、どうすればいい」

魔剣士「そのまま、魔女と口づけを」

男「な…なにっ!?」


魔剣士「今はその片鱗が民間の唱歌に残るだけだ。最初の御子様が惑星の精霊から力を預かった話──」


《──金色の麦畑に日が落ちたのは》


魔剣士「惑星の魔力を正しく受け取る方法は、血を譲渡する事などではない」


《母上が焼くパンの香りが煙突から届く頃》


魔剣士「自らの命を差し出し、代わりに魔力…つまり惑星の生命力を受け取る」


《今は星が昇りて渡り鳥が休む夜》


男「くっ……魔女…様……し、失礼を──」ソーーーッ


《髪を撫でるは命の左手 掌を包むは魔法の右手》


──チュッ

ここまで


フワァッ…
ピカッ!パアアアァァァ…ッ


魔剣士「うっ…!」


バシュウウウゥウゥゥッ!


魔剣士(眩しくてよく見えない…しかし、これは…)

魔剣士(持つべき魔力も無く、故に見つける事も叶わず…それでも)


……ドンッ!


魔剣士「産まれていたのか…」

男「………」シュウウウゥゥゥ…

魔剣士「…惑星の御子」


男「…なるほど、魔女様は『血が覚えている』と表現されたが」

魔剣士「……?」

男「魔法の理を宿主に教えるのは、魔力そのものだったらしい。…理解したよ」ザリッ

魔剣士(!! ……左眼が…紅い!)


男「魔女様は暫くは起き上がれまいが、徐々に受け取った命と馴染むだろう。…魔剣士殿、頼む」

魔剣士「はっ…! 仰せのままに…御子様!」ザッ

男「よしてくれ。俺はただの元漁師で、今は魔女の騎士だ──」


………



月王「──魔…少女…! あんな姿に…だが生きておる!」

月王「早く! 魔少女を保護しろっ! 腕などいずれ直せる、早くせんかっ!!」

月王「おのれ…魔女めっ! 私の魔少女を…!!」ギリッ

月王「殺せ…! もはや魔女など要らぬっ!!」


緑小隊長「陛下…! 魔女様を殺せなどと…」

橙小隊長「先の光が何事かは判らぬが、魔少女殿も魔女様も今は無力だ! 両名とも保護せよ!」


月王「ふざけるな! 魔女は殺せと言ったのだ!! 八つ裂きにしろ!」

青小隊長「我々は魔女の騎士、そのような命をきく訳には参りませぬ!」

月王「貴様ら…やはり所詮は私に仕える気など無いという事か!」ドカァッ!

青小隊長「ぐっ…!」ドサッ


月王「貴様らが仕える魔女とは月の力の事ぞ! あの女は我が魔少女に牙を剥いた! もはや逆賊に過ぎん!」

月王「今の魔女は魔少女! 貴様らは魔少女に仕えるのだ!」

月王「ならばあそこに転がる無様な女は貴様らの敵に他なるまいがっ!」


黄小隊長「陛下…貴方は魔女様を道具としか考えておられなかったのか!」

橙小隊長「『諸君らは偉大なる魔女を守る騎士である』…あの演説は、我々を掌握するための出鱈目だったと…」


月王「黙れっ! ちっ…騎士団の小隊長はどの色も同じか…っ!」

月王「今すぐ魔女を殺せっ! あの屑のように焼き払われたくなければな!」

月王「逆賊を庇いだてした、愚かな白の小隊長のように──!」


──ザシュッ!


赤小隊長「…陛下、我々は魔女様の騎士。そして今、貴方が『屑』と呼んだ者の友人です」

月王「貴…様……っ!」ポタッ…ボタボタッ!


緑小隊長「騎士は誇りに従うもの」

橙小隊長「主を殺める事を望み、友人を殺し」

青小隊長「ましてそれを虫けらの如く呼ぶ貴方に、我々が忠誠を誓う道理はない」


月王「裏切…り……者めっ…」ブシュッ…!グラァッ…ドサッ


月王(…やはり……私の味方は…お前だけだったのか)ゴホッ…

月王(魔少女…いや──)


……



『──妹姫、薬を』

『ごめんなさい…兄上……』

『何を言う、お前を酷使し過ぎたのは私だ…許せ』

『いいえ…私が望んだのです』


……



『妹姫っ! 私は次の国王になるぞ! 父上も認めざるを得ないと仰った…!』

『………』

『…妹姫…?』

『兄…上……どうか…私の血を……誰かに…引き継いで…』

『何を言っているんだ…?』

『…魔力は……血に宿ります…私は…力だけになっ…ても……兄上と共に──』


……



『──陛下!妹姫様が意識を…!』

『おお…! すぐに行く!』


『…ぁ……ぅあ……』

『これ…は…?』

『できる限り身体組織は保存しつつ施術いたしましたが…何しろ五年を経ております故…』

『妹姫の記憶はどうなったんだ…!? 何も憶えていないのかっ!』

『記憶はあるかもしれません…過去の光景などは残っているかも』


『ならば何故このような…』

『知識を全て無くしているのです…今は産まれたばかりの赤子と同じ、これから徐々に言葉を教えていかなければ』

『…なんという事だ……』

『少しずつでも魔女の血を戻してゆくのが、ひとつの手段と考えられます──』


……



『──何か記憶は戻ったか?』

『わかり…ません、へい…か…』

『そうか…陛下…か』


『ごめんなさい、へいか…』

『お前のせいではない……魔少女』

『…ま…しょうじょ?』

『そうだ、お前は魔少女と名乗れ』

『はい…へいか』

『…何も憶えておらずとも良い……ただ、お前だけは私の味方であってくれ──』


……



月王(──魔少女は力を失い)

月王(…私は天寿を待つまでもなく地に臥せる…か)

月王(二人で全てを…手にできなかった…な…)


月王「もはや…これま…で……殺せ…」ハァ…ハァッ…

赤小隊長「せめて、苦しむ事はさせますまい…覚悟を──」キンッ


魔少女「──どけ…貴様らに陛下の介錯なぞさせん」ズズッ…ズズズッ…


赤小隊長「魔少女…!」ザッ

橙小隊長「気をつけろ! 右腕が無くとも自爆するぞ!」


魔少女「陛下…」ズズッ…ザリッ…

月王「魔…少女……」ゲホッ…ゴホゴホッ…


魔少女「申し訳ありません、陛下…」ズズッ…

月王「魔少女…私に触れて…くれ、それで死ねるなら…良い」

魔少女「…仰せのままに」スッ…


…ギュッ


月王「…これ…は、なぜ…触れていられるのだ…?」

魔少女「……増幅炉を遮断し、右腕が落ちた事でほとんどの魔力が散逸したのかもしれません」

月王「そう…か……ふふ…丁度いい、最期にお前に触れられるとは…な…」


魔少女「陛下、長い間…縛ってしまいました」

月王「…何を言っている?」


魔少女「二人で…全てを。でも…私はもう充分…」


月王「魔少女…お前、記憶が…?」

魔少女「…記憶ならずっとあったのかもしれません。でも脳裏に浮かぶ光景が何なのか解らなかった」

月王「……そうか…そう…か」ゲホッ…ゲホッ…


魔少女「私はどこまでもお供致します」ニコッ

月王「うむ…逝こ…う…妹姫」ギュッ…

魔少女「はい、陛下…いえ──」


キュイイイィィィン…ジジッ、バチバチッ!


魔少女「──兄上」


カッ…!
ドオオオオォオォォォン!!ズズズズズ…

いったんここまで


………



友「──ちっ…! どうすりゃいいんだ!?」

黒騎士「ヒャハハッ!! ほぉら! 避けきってみせろ!」シュッ!ヒュンッ…!


眼帯「くそっ…凍りつけ! 凍結魔法っ!」ヒュオオオォォォッ!


ピシッ!ビキビキビキ………バリイイイィィィンッ!!


眼帯「届かない…!? 剣に雷撃を宿したままで防壁なんて…!」

黒騎士「バァカがっ! 宿した時点で魔法の発動は終わり、 次の魔法ならいつでも使えるんだよォ!!」ザリッ!ヒュッ…!

友「うっ…!?」グラッ…

黒騎士「もらったぁ!!」ブンッ!


ガキイイイィィィンッ!!


友「うああああぁあぁぁっ…!!」バチィッ!ビリビリビリッ!

黒騎士「はははっ!! 剣で受けちゃ駄目だって言ったろォ!?」ゲラゲラゲラ


眼帯「友っ…! 治癒魔法っ!」キュイイイィィィ…

黒騎士「はん…甘めぇんだよ、ブス。防壁魔法!」ピシィッ…!キイイィィィン!

眼帯「そんな! 治癒魔法が…!」

友「く…そっ…!!」グググッ…


黒騎士「ククク…状況はよく見えねぇが、もう頑張っても意味なさそうだぞ?」

友「ふざけ…んなっ!」チャキッ

眼帯「なにが意味ないってのよ!」


黒騎士「さあな、偉そうなジジイも糞生意気な小娘も…お前らの魔女も死んじまったんじゃねえか…?」

友「!!」

眼帯「…えっ!?」


黒騎士「だから手前ェらも、諦めて死ねよぉっ!! ヒャハハハッ──!」ザッ!



「──お前が死ねよ」


…ヒュンッ!!


黒騎士「!!」バッ!ザザッ…

男「…ふん、躱したか」


友「男…! 魔女様は!?」

男「心配ない。今は眠っておられるが、じきに目を開けるだろう」

眼帯「…よかった……」


黒騎士「魔女が来るならともかく、お前が来てなにか変わるとでも思ってんのか? このカスがっ」チッ…

男「随分喋り方が薄汚くなってるじゃねえか、気色悪いよりほんの少しマシだな」

黒騎士「うるせえ! 今度は手前ェが痺れやがれっ!!」ブンッ…!

眼帯「男っ! その剣を受けちゃ駄目!!」


男「…防壁魔法」スッ…


友「え?」

眼帯「はい?」


黒騎士「なんのつもりだ魔法音痴──!」


キイイイィイィィィンッ!!


黒騎士「──な…に……!? 物理と魔法の二重防壁だと…!!」

男「剣に魔法か、なるほどな」

黒騎士「どういう事だ! キサマッ!!」


男「こうか? 剣に宿れ、火炎魔法…っ」ゴオオオォオォォッ!

黒騎士「なぜ…そんなに簡単に魔剣をっ! しかもその大きさ…!」ブルブルブル…

男「よし、来いよ。雷撃と火炎の魔剣、力比べしてみようぜ」ニヤリ


黒騎士「お…おのれぇっ! 死ね! どうせ見掛け倒しだっ!!」ザッ…ヒュッ!


キイイィイィィンッ!ゴオオォォッ!
ジュウゥゥ…ドロドロドロ…


黒騎士「剣が…溶けた……」ガタガタガタ


友「どうなってんだ…?」ポカーン

眼帯「解んない…」キョトーン


男「…四肢を縛れ、束縛魔法!」バチィッ!

黒騎士「ぐっ…!?」ギシッ


男「いいザマだな、これからどうなるか解るか?」

黒騎士「ひっ…! あの…許してっ、ねえ!?」

男「旭日の国や白夜の国で、そうやって命乞いする奴を何人斬った…?」

黒騎士「私は陛下に命ぜられて! そうよ、仕方なく…っ!」


男「もともと気持ちの悪い顔斬っても、イマイチなんだけど──」ヒュッ…


──プツッ…スパァッ!!


黒騎士「ぎゃああああぁああぁぁぁっ!! 目がっ…! 目がぁーっ!!」ボタボタボタッ

男「見ろよ眼帯、お前の何十倍も喚いてるぞ」

眼帯「まるでゴミのようだね」


魔剣士「──男殿!! 魔女が意識を取り戻したぞ!」


男「ああ…意外と早かったな。友、眼帯…行ってやってくれないか」

眼帯「う、うん…もうこっちは大丈夫そうだしね」


黒騎士「うぅっ…! お願い! 殺さないでっ…!!」


友「…なあ、男」

男「ん?」

友「眼帯の仕返しをしてくれたのはいい、でも…もうこれ以上は苦しめるなよ」

男「友…」


友「そいつは仲間もそうじゃない人もたくさん殺した。でも、いくら強くなってもお前は俺の誇れる親友のままでいてくれよな」

男「……わかった」

友「それにもっと酷い事なんてしたら、きっと魔女様に怒られるぜ?」

男「ははっ、違いないな……俺もすぐに行くよ」


黒騎士「じゃあ、殺さないでいてくれるのっ!? ねえっ!」


男「それとこれとは別だ、苦しめはしないが」チャキッ

黒騎士「待って! いい事を教えてあげるからっ!」

男「いや、別に知りたくない」スゥッ…


黒騎士(糞っ! 糞ぉっ! 駄目だ…殺される!)

黒騎士(ならばせめて今、魔女の名を叫べば…!)

黒騎士(…いや、待てよ──)


男「──死ね、黒騎士」ヒュッ…!ザシュッ!


黒騎士「ぐっ…ぁ…あぁ……っ!!」ポタポタッ…ブシュゥッ!ガクッ…

黒騎士「あは…ァ……私の負け…ねぇ…」ククク…

黒騎士「…どうせ死ぬ…なら、そのイイコト…教えてあげる」ハァ…ハァ…


男「……?」


黒騎士「呼ん…で…あげるといい…わ……魔女の…名は────」

追加ここまで
次回投下でエピローグ、完結予定


…………………
……………
………


…五年後


白衣「──以上がいわゆる『魔女事変』の経緯、そして終焉ですね」

白衣「その後の事は皆さんも記憶に新しいと思います」

白衣「月王を失った月の国は新たな王をたてようとしましたが、間も無く民衆により倒され民主主義国家となりました」


白衣「およそ50年前以降に占領した地域は全て元の国へ返還され、月の国の領土は当時の五分の三ほどにまで縮小したのです」

白衣「軍も一旦解体され、現在では専守防衛を約束した自衛組織としての機能を留めるのみ」

白衣「そして元来より月の領土であった地域でも、ひとつだけその支配下から外された場所があります。……解る人は?」


生徒「はい、魔女の島です!」


白衣「その通り、あの島は世界で最も小さな独立国となりました」

白衣「惑星の御子様を君主とし、今は約100人が暮らしています。そのおよそ半数が御子様を護る『御子の騎士』ですね」

白衣「ここはその御子の騎士を育てるための学校。つまり島にいるのは皆さんの先輩という事になります」


生徒「質問です! 君主が惑星の御子様なのに島の名前が『魔女の島』なのは何故ですか?」


白衣「なるほど、当然の疑問です…が、これに明確な答えはありません」

白衣「簡単に言えば『御子様がそう呼ぶから』魔女の島なのです」


白衣「他に何か質問は?」

生徒「はい! 月王に従い魔女の血の譲渡について研究していた悪い人が、今は先生をしているのは何故ですか!?」

ドッ…!アハハハハハ…
ソウダソウダー!ワルモノー!

白衣「はぁ…去年も受けたなぁ、この質問」ガックリ


白衣「黒騎士の台詞じゃありませんけど、それこそ当時の国王の命令で仕方なく執り行っていたのです」

白衣「もちろん知っていると思いますが、この施設こそがそれを研究し実行していた場所…つまり魔女の砦」

白衣「現在は負の遺産として保存されると共に、こうして御子の騎士を育てる場として活用されて──」


ハナシ ヲ ソラシタ ゾー!
ワルモノー!キチクー!
アハハハハハ…

白衣「ぐぬぬ…」


ガラッ…


校長「随分賑やかだな」カッ、カッ…

白衣「砦長、すみません…廊下まで響いていましたか」

校長「ごほん、私は校長だが?」

白衣「あ…失礼いたしました、つい癖で」


コウチョウ ダ…!
ワルモノ ノ アジト ノ ボス ダ…
チョー ワルモノ ジャン!アハハハハハ…

校長「…この者達が御子の騎士を目指す二期生か、去年と変わらず活きがいいようで何よりだ」チッ


白衣「もう特別講師はお着きに?」

校長「ああ、さっきな。今は控え室におられると思うが」

白衣「そうですか、じゃあ静かにさせないと……はい! 皆さんお静かに!」パンパンッ!


シーーーン…


白衣「皆さんの入学を祝い、激励下さるために、特別講師が来られています。これから私が呼びに行きますから、静かに待って──」


──ガラッ

友「…あ、悪い。呼びに来るんだったか」


ダレダ アレ?
バカ!シラナイ ノ カヨ!?
マジョ ジヘン デ クロキシ ト タタカッタ
レジェンド ノ ヒトリ ダゾ!

ザワザワ…


白衣「お静かにっ! はぁ…本当は次の時間に友さんのお話を頂くつもりでしたが、まあいいか」

友「悪いわるい……じゃあ、真面目な激励は次の時間で。今はなにか質問でも受け付けようか」


生徒「はいっ! 魔女様を砦から攫う時、校長を人質にとった感想を教えて下さい!」

ドッ…!アハハハハハ…


友「ははは、悪いことしたなぁ…って思ってるよ、さぞ怖かったでしょう?」

校長「殺されると思いました」

友「まあでも魔女様を攫うなんて、大それた作戦だったからな。あの時は必死だった」


白衣「他に質問のある方ー?」

生徒「はいっ! どうやって眼帯さんを口説いたんですか!?」


アハハハハハ…
キキターイ!ヒューヒュー!


友「ば、馬鹿野郎…それは企業秘密だ。校長、こいつら全員あとで砦の周り五周走らせましょう」

校長「十周いっときましょう」

白衣「はい、この後の休み時間は持久走に決定で」


ヒデー!
ドコ ガ ヤスミ ジカン ダー!
ダレ ダヨ ヨケイ ナ シツモン シタ ヤツー!?

ブーブー!


友「はぁ、ほんと活きがいいな」

校長「ははは…御子の騎士を目指すなら、これで良いのかもしれません。では友殿…よろしくお願いいたします」

友「ためになる話ができるかは解りませんよ?」

校長「なんだかんだ言って、みんな貴方達に憧れて入学してきたのです。なんでも話してやって下さい──」


──ガラガラ……ピシャン


校長「ふぅ…」


校長(…あの悲しい砦が、こうして笑顔の溢れる場所になった。喜ばしいことだ)

校長(私も白衣も、この施設で働けるなど光栄の至り)

校長(確かに半ば強制されていたとはいえ、本来なら処罰されていてもおかしくはなかった)

校長(…しかし、御子様よりこのような役目を頂戴した以上、それに身を尽くそう)


校長(魔女様…島でお元気にされているのでしょうな)

校長(…貴女の名を知っているのも、もう私だけ)

校長(私はこのまま、墓まで持って行く所存です)

校長(魔女様…どうかここに囚われていた間の分まで、幸せな時を──)


………


…魔女の島


地元友「──はい、お足元にご注意下さいー。この度はご乗船ありがとうございましたー」


幼馴染「ご苦労さま、今日の便も満員御礼だったね」

地元友「ああ、新婚旅行の夫婦が三組もいらっしゃるようだったよ」

幼馴染「あらあら、それはお金落としてくれそうだねぇ。よーし、今度は私が頑張らなくちゃ」

地元友「ははは…」


幼馴染「はいはーい、魔女の島観光ツアーでお越しの皆様ー! 長らくのご乗船お疲れさまでしたー!」

幼馴染「参拝順路は東回りとなっておりまーす! 参拝順路あちらからでーす!」

幼馴染「お帰りの際は是非この船着場でお土産をお買い求め下さーい!」

幼馴染「魔女の島ビスケット、魔女の島サブレ、魔女の島の磯で採れた貝の佃煮など、各種名物をご用意しておりまーす!」


幼馴染「また御子様のサインをお求めのお客様は参拝前にこちらでご予約頂くと、御子様にお名前を書き添えて頂きまーす!」

幼馴染「私が御子様のオサナナジミであるが故に実現した当店限定の特典となっておりますので、是非ご利用下さいませ──!」


魔剣士「──盛況な事だ」

地元友「おかげさまでね。少し久しぶりじゃないですか、魔剣士さん。ご乗船お疲れさまで」

魔剣士「波が穏やかで何よりだったよ」


地元友「…この度はおめでとうございます」

魔剣士「ありがとう、見に来ておかないと悪く言われそうに思えてね」

地元友「ははは…違いない、早く行ってあげて下さい」

魔剣士「あいつはもう自宅に?」

地元友「ええ、今週の頭から戻ってると聞きました」

魔剣士「わかった、行ってみよう──」


………


…島の岬


ザアアァアァァァ…ザザアァアァァァン…
…サアアアアァァァァ──


魔女「──いいんですか? 戻らなくて」

男「だって時間通り戻ってもサインに名前書かされるだけですし」

魔女「あはは…」


男「私は惑星との魔力共有バランスを調整するのに忙しいんです」フンス

魔女「へえ…共有バランスの調整って、岬にゴロ寝してするんですね」クスクス


男「魔女様もしてみては?」

魔女「……じゃあ、お隣よろしいですか?」

男「どうぞ、ご遠慮なく」

魔女「失礼します」ポフッ…ゴロン


男「この時間帯、ちょうどクスの大樹が太陽を隠して、木漏れ日が心地いいんです」

魔女「ほんと…すぐに寝ちゃいそう」

男「置いて行きはしないので、どうぞ目を閉じても結構ですよ」


サラサラ…ザワワ…
…サアアァアァァ


魔女「……今年は魚、大漁だそうですね」

男「はい、特に鯵がいいようです」

魔女「落日の砂漠も少しずつ緑を取り戻してると聞きました」

男「そうらしいですね」


魔女「全部、男さんのおかげなんでしょうね?」

男「……私は木陰で昼寝したり、釣りをして過ごしてるだけですよ」

魔女「それでも、です」


男「みんな大層に御子の騎士だとか構えて、そんなのいいのに」

魔女「だめですよ、命を狙われたりしたらどうします?」

男「私が死んでも、その内新しい御子が産まれるんでしょう」


魔女「じゃあ何か弱みを握られて、その力を軍事利用されたら…?」

男「弱み?」

魔女「はい、例えば…そうですね、私を人質にとられたら?」

男「お、それは困りますね」

魔女「ふふふ、だからこの島はみんなで護るんです」


男「…でも、魔女様は私が護りますよ」

魔女「御子様に護って頂けるなんて、光栄の至りですね」


男「それを思えばみんなが御子の騎士になってくれて良かったのかな」

魔女「……どういう事です?」

男「ええと…それは、ちょっとゴロ寝せずに話しましょうか」ムクリ

魔女「?」ムクッ…


男「魔女様、実は…ですよ」ゴホン

魔女「はい」

男「あの日、ひとつ黒騎士から聞かされた事がありまして」

魔女「黒騎士…から?」


男「…それは、どうして黒騎士が知っていたのかは解りませんが、貴女の本当の名前です」

魔女「!!」

男「…よろしいですか?」

魔女「は、はい」ドキドキ…


男「──なんとかメアリなんとかかんとか…です」


魔女「なんとか…ですか?」

男「はい……メアリってところだけは間違いありません…が、長過ぎて覚え切れませんでした」ハァ…


魔女「ぷっ……あはっ…あははははっ」ケラケラ

男「すみません…」ポリポリ…


魔女「いいです、顔も知らぬ両親がつけたか月王がつけたか判りませんが、あまり興味はありません」

男「おや、そうでしたか」

魔女「名前とは家族がつけるもの、今の私の家族は島の皆さんですから」

男「なるほど…じゃあ、そのみんなが御子の騎士になった事が好都合…という話ですが」

魔女「はい」


男「それは…今は魔女の騎士は一人でいい、そう思うからです」


魔女「……その一人とは、男さんですよ…ね?」

男「もちろんです」

魔女「………」テレテレ


男「はぁ…なんとか思い出して、プロポーズの時には名前で呼ぼうと考えたんですが…ダメでした」

魔女「男さんが私をそう呼んでくれる限り、魔力を失っても私は魔女。聞いた名前はそのまま、お忘れ下さい……ところで」

男「………」ドキッ

魔女「今、なんと──?」


………



眼帯「──魔女ちゃーん! 男ー!」フリフリ


男「あれ? 眼帯…」

魔女「えっ…もうこんなとこへ歩いて来ても大丈夫なんでしょうか」

男「いいんでしょう、ほら…自ら腕に抱いてるみたいですし」


魔女「私、まだ抱っこさせてもらってないんです! させてくれるかな…」ワクワク

男「…私なんか触れられませんけどね」ガックリ

魔女「あ…そうか…」


眼帯「早く、赤ちゃんが日に焼けちゃうー! 兄様も家で待ってるからー!」フリフリフリ


男「ああ…そういえば、今日は魔剣士殿が来るって言ってましたっけ」

魔女「……あの、男さん」モジモジ…

男「なんでしょう」


魔女「その…どうしても赤ちゃんに触りたかったら…ね?」

男「はい…?」

魔女「ちょっとくらいの間なら、魔力…お預かりしますから──」


【おわり】


過去作置き場、よかったらお願いします
http://garakutasyobunjo.blog.fc2.com

一応、メインで使ってる酉でレス

とうとう終わってしまった次回作とか書く予定ある?あるならその酉で検索して絶対読む

レスありがとうです

>>582
今のとこ、次の新しいのは予定してないです
でもやっぱたまにファンタジー書くの楽しい、またやります

黒騎士の結末は男に殺される事に変わりなかったから
叫んだら魔女を殺せたけど男が魔女を[ピーーー]方が最悪の結末って考えてしまったんだろうね
性格の悪さと頭の良さが災いして一番不幸な結末を狙ったが男が馬鹿だったので失敗したって感じ

>>602の方の言う通りです

核兵器級の危険人物を砦に幽閉しておくのに何の保険も打たないんじゃ不自然だと思って名前で死ぬ設定作ったけど、ちょっと最後処理に困ってしまったんだ

女性陣描いたのでポイ投げ、あくまでイメージ一例として

魔女

眼帯

魔少女



このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom