コナン「俺であって、俺じゃない」 (656)

「う……っそ、だろ」
「マジかよおい……」

 何の冗談か、誰かのイタズラか。
 目の前に俺がいる。
 いや、……正確には。
 工藤新一、が、いる。

 ご丁寧に江戸川コナンである俺が着てるのと同じデザインの、工藤新一サイズのパジャマを着て。
 そいつは目を丸くしながら俺を見つめていた。
 いや、確かにな、こないだの蘭との電話で「身体が二つあったらな!」って言ったぜ?
 だからって本当に二つになることねぇだろ?
 自分の身体を確認してみると、……江戸川コナンのままだ。

「……さてはテメェキッドだろ」
 ジロッと睨むと相手は「バーロ」と呟いて胡座をかき、頭をかいた。

「こっちはオメーが灰原か誰かの変装だって思いてぇんだけど。つーかさ、なんで工藤新一になってるんだ俺? なんで江戸川コナンが目の前にいるんだ? ワケわかんねぇよマジで」

「……。なぁ、本当に俺、なのか?」
「俺が聞きてぇ……。何なんだよこれ。どう論理的に解釈しようとしても出来ねぇ」

だいぶ前に発表した

ベルモット「一つだけゲームをしない? 脱出、ゲーム」 コナン「脱出ゲーム?」
ベルモット「一つだけゲームをしない? 脱出、ゲーム」 コナン「脱出ゲーム?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1403262175/)

の続きに当たる話です。
続きといいつつも読んでなくてもわかる内容にしたつもりですが、一応話題を引きずってる部分があるので
お時間のある方は読んでみていただけると「ああ、あの辺りね」ってなる感じかなと。

また、
「工藤新一は、消えろ」
とか
「灰原哀の、ひとりごと」
とか以前ぐだぐたと書いてたので、お時間のある方は読んでいただけると幸いです。

 朝。
 三連休の初日。
 横には小五郎のおっちゃんが寝ている。
 そして目の前には工藤新一、つまり俺。

「ほんっとーにキッドじゃねぇんだよな?」
「……疑うなら工藤新一なら知ってる事実を質問してみろ」

「じゃ、少年探偵団のメンバーをフルネームで」
「小嶋元太、円谷光彦、吉田歩美、灰原哀、そして江戸川コナン。あと、一応小林澄子先生も」

「蘭の母さんの名前は?」
「妃英理」

「俺の親父とお袋の名前は?」
「工藤優作、工藤有希子。旧姓、藤峰有希子」

「俺の誕生日は?」
「5月4日」

「…………嫌いな食べ物は?」
「レーズン」

「コーヒーは……」
 そこまで尋ねて、せーの、で二人でハモった。

「ミルク砂糖無しブラック!」

 だが、「うーん」と悩んでしまう。
「事前に調べてたらわかることばっかだしな」
「まだ疑ってんのかよ、さすが俺だな……」

 俺は……あー、なんかややこしいな。……デカい俺はげんなりとした様子で額に手を当てた。

「なら決定的な話、してやるよ。俺が江戸川コナン、になった晩に蘭に聞いた言葉。好きな奴がいるって言うから新一って人の事だったりして、ってからかった時の蘭の回答は、……」
 彼はそこまで言って、いきなり黙った。
「……この先、言った方がいいか?」
「いや、いい……」

 互いに赤くなってしまう。

「くそ、あぁ恥ずかしい」
「テメェが勝手にしゃべり始めたんじゃねーか……」
「それ以外にキッドがぜってー調べようがない話が浮かばなかったんだよ、仕方ねぇだろ」

 ともかく、だ。
 コイツが蘭が変装してるんでもない限り、あの晩にそんな会話をしたのを知ってるのはやっぱり俺しかいないわけで、コイツが俺自身……工藤新一だってことは確からしい。

 ……となると、今ここにいるこの俺はなんだ?

 いきなり変な不安が襲ってくる。
 顔を曇らせていると、
「んな顔すんなよ、俺なんだから」
 頭をポンポンと叩かれた。

「やめろよ、ガキじゃねーんだか……」
 イラッとして相手の手を払おうとした時。
「お父さーん、コナンくーん、朝ご飯よー」

 いきなり蘭の声が響いた。

 ドキッとして二人で慌てる。
 おっちゃんは深く眠ってるからまだ起きない。
 俺は小声でデカい俺に言った。

「何とかして蘭を外に出すから、その間に自宅に」
「わかった、頼む」
 それからドアに向けて声を出す。

「おはよう蘭姉ちゃん、今いくー!」
「……俺、傍から見るとこんな感じなわけか」

 俺の作り声を聞いて、デカい俺がゲッソリとしていた。

「おじさん、まだ寝てるよ」
「もー。また深夜にお酒飲んだのね。ハイ、コナン君ご飯」
「えっと、蘭姉ちゃん、その……お願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「僕、ご飯じゃなくてパンが食べたいなぁ」

 唐突な俺のワガママに蘭は目を白黒させた。
 俺は冷や汗をかきながらもニコリと笑顔を作ってみる。

「お願い!」
「仕方ないなぁ、待ってて。買ってくるから」

 ……先日の事件から、蘭は俺に対して少し甘くなっているように感じた。
 まああの日ほどのベタベタっぷりでは無くなったが。
 蘭が出掛けていく。
 彼女が階段を降り、ビルから離れたところでデカい俺を呼んだ。
 なんだか不似合いなスーツを着ている。

「パジャマでうろつく訳に行かねぇからおっちゃんの服借りちまったぜ。後で返しに来る」
「了解。蘭は右の方に行ったから左回りで行けよ」
「わあった」

 デカい俺が出て行き、俺は何故か安堵の息を漏らしてしまった。
 そして静まり返っている部屋でポツンとしていると、やっぱりさっきのあれは夢だったんじゃねぇかと思う。
 頬をギューッと引っ張ると、痛い。

「……駄目だ、やっぱりまったくもって理解出来ねぇ……頼む、醒めてくれこの夢……」

 そうしてボーッとしているうちに、買い物を終えた蘭が帰ってくる。

「ただいまコナン君。ごめんね、今度からパンも用意するようにするね」
「ううん。ワガママ言ってごめんなさい、蘭姉ちゃん」
「あはは、いいよいいよ。今焼くから待ってて」

 蘭がパンをトースターに入れたところでメールの着信音が鳴った。
 蘭は携帯を取り出し、そして確認すると一瞬不思議そうな顔をしてから。その表情をパッと明るくした。
 ……テメェのやる事だからパターンなんてすぐ読める。どうせさっき出ていったアイツからのメールで、「今日帰るから」とかなんとか書いてあるんだろう。

 あ、って事は工藤新一の方の携帯持って行きやがったなアイツ。
 工藤新一の携帯は厳重に隠してあるのにそれをすんなり持ってった、って事はやっぱ……そういうことなの、か?
 でもなぁ、うーん、うーん、うーん。

「コナン君! 新一ね、今夜来るって! こないだコナン君も話したがってたでしょ? 良かったね!」
「え……あ、えっと、やったー、新一兄ちゃんに会える嬉しいなあ!」

 嬉しかねぇ。

 またワケ分かんねぇ現実見ることになんのか。出来ればこのまま消えててくれたらすげぇ助かるんだけどな……。
 それに、気掛かりなことが一つある。
 そう思って嬉しそうな蘭の顔を見る。

 ……くそ、俺があっち側になりたかった。なんで俺は江戸川コナン側なんだよ……。

「蘭姉ちゃん……僕遊びに行ってくるね……」
 すると蘭はぐったりした俺の様子に気づいたようで、さすがに喜びを抑えて俺の顔を覗きこんできた。
「大丈夫? 具合悪いんじゃないの? 出掛けないで寝てた方が」
「ううん! 何ともない! いってきまーす!!」

 蘭の制止を振り切り、慌てて飛び出した。
 行く先は博士の家。

「博士!!」
 思い切りドアを開けて飛び込むと、
「よぅ……」
とうんざりした俺の顔に挨拶された。
 俺も思わずうんざりする。

「……そりゃ来るよな」
「……だな」

 ここに来る前に自宅へ寄っているようで、すでに借りていたおっちゃんのスーツから私服に着替えている。
 そこへ奥から博士がやって来た。
「もうワシにもワケが分からんわい。元の姿の新一が来たと思ったら『分裂した!』とか騒いでおるしのう」

「そして今、江戸川君が現れたわけね」
 灰原は雑誌を手にしながら椅子に座っている。

「ミステリーを通り越してファンタジーねこれじゃ。ま、どうせ誰かさんの変装でしょうけど」
 それに対して声を上げようとしたら、デカい俺が先に口を出した。

「ちげーんだって灰原! 気持ちはわかるけど本当に俺だ、工藤新一なんだよ!」

 灰原は呆れて視線を逸らした。
 俺は腕組みして灰原に言う。

「有り得ねえからな、こんなの。オメーがそう思うのはわかるし、実際当事者の俺達ですら信じられねぇんだよ。……コイツは、本当に『俺』なんだ」

 すると灰原は俺に向けて、言った。
「工藤君まで怪盗キッドの茶番に乗って遊んでるの? 下らないことには付き合いたくないんだけど」
「か、怪盗キッドじゃと? なんじゃ。そうじゃよなぁ、分裂なんてそんな、なあ」

 どうしても信じてくれない二人に、俺達は顔を見合わせて頷く。

「博士。俺が初めて小さくなってから出会った晩のこと、覚えてますか?」
 デカい俺が博士に問いかけた。

「おお、あの時は変な子供がおると思ってのう。危うく警察に突き出すところじゃったわい」
「そう。……あの日俺は、俺が小さくなった工藤新一だと証明する為に、貴方がレストラン・コロンボに行ったことを推理して当ててみせた」
「む、そうじゃったな。それで確かに新一君じゃと……」
「そして貴方は僕にこう言った。正体を誰にも明かすな、とね。それが知れればまた命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ、と」

 博士は一つ一つ頷いた。
 灰原はまだ疑いの目でデカい俺を見ている。

コメありがたいです

「それでは博士。あの夜に起こったことで、『工藤新一』でないと答えられないはずの質問、を僕にして頂けませんか?」
「……」

 博士は考え込み始めた。
 あの夜の事を知ってる人間なんて博士と俺しかいない。
 博士は思いついた、とばかりに顔を上げた。

「あの夜、新一の家にいたら誰か訪ねてきたな。誰か覚えておるか?」

 そう言われて俺と俺は思い切りため息をついた。
 デカい俺が、言う。

「あのさ博士。それ、工藤新一じゃなくても予想つくだろうから他の質問にしてくんねーか? 分かるだろ、灰原」

ええ。毛利探偵事務所の彼女でしょ」

 二人で頷くと博士は困った顔をした。
「し、しかしあんまり精細に覚えとらんのじゃ。だいぶ前だからのう」

「なら私が質問してあげる」
 灰原が前に出てくる。
 彼女はじ、とデカい俺を睨み上げ。
 そして、言った。

「私の本当の名前は?」

「……宮野、志保」
 灰原はそれを聞いて頷くと、少しためらってから。次の言葉を口にした。

「じゃあ私の姉の名前は? そして、私の姉は今どうしてる?」

 灰原の言葉に、今度はデカい俺の方がためらっている。
 一呼吸置いてから、彼はようやく口を開いた。
「お姉さんは宮野明美さん。俺が明美さんを救えなかった事を、灰原、オメーに責められたな。……どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったの、って」

 それを聞いて灰原は目を見開く。
 そして俺を一瞥し、再びデカい俺に目を向けると不敵に微笑んだ。

「……どうやらこの二人の言ってること、本当みたいね」

 博士はそれを聞いて目を丸くし、俺達二人を見比べる。

「しかし哀君、新一がキッドにその情報を予め教えておいたんじゃ」
「……いいえ」

 灰原は、首を横に振る。

「工藤君なら、人をからかう為だけに友人のそんなデリケートな情報を、しかも犯罪者でありライバルである相手なんかに渡したりはしない。これは明らかに本人の持っている情報としか考えられないし、考えたくないわ」

「本当に悪い灰原……。証明の為とは言え嫌な話、思い出させちまって……」

 デカい俺がすまなそうに言うと、灰原はくすりと笑った。
「幼児化の次は分裂。あなたって本当に研究しがいのある人ね」
「なぁ、灰原。俺達元に戻れると思うか?」

 横から俺が尋ねると灰原は首を傾げた。

「戻る必要があるの?」
「いやまぁ、だってそりゃ……」
「大きい方のあなた……この際便宜上こちらを工藤君、そして小さい方のあなたを江戸川君と呼ぶわね。……工藤君がこのままでいれば探偵事務所のあの子、喜ぶんじゃないの?」
「……それがものすごく問題というか……」

 拗ねた口調で言うとデカい俺も難しい顔をした。

「灰原、何とかならねぇか」
 それを聞いて「え」と顔を上げてしまう。
 デカい俺は続けた。

「わかるんだよ。たまたま俺は工藤新一側でコイツは江戸川コナン側になった。逆の立場なら俺だって工藤新一になりたかっただろうと思う、それに……」

 ジト、とこちらを見てくる。

「コイツこのままにしとくと蘭と風呂入り放題だし、一緒に寝放題だし、抱っこされ放題だし……」
「…………」
 今度は灰原が半目で睨んできた。

「……正真正銘二人とも工藤君ね。呆れた、思考回路の下らない部分までまったく同じなんだもの。同一人物だっていうなら納得いくわ」
 ハハ、と二人揃って苦笑してしまう。
 博士はまだ少し納得が行かない、という顔をしていた。







 今夜は博士の家に泊まると伝えたら、蘭のものすごくガッカリした声が電話口に返ってきた。
『だってコナン君、新一に会うの楽しみにしてたじゃない。一家団欒しようと思ってたんだよ?』
 俺はオメーらの息子じゃねぇっつーの。

「うん、ちょっと博士の家でやらなきゃいけないことがあって……。新一兄ちゃんには明日会うね」
『そっか……わかった。新一にはそう伝えておくね』

 さて、と。
 その新一兄ちゃんには今すでに会ってるわけだが。
 すっかり夢中になって、今日手に入れた新聞や本、特に医学書なんかを手当たり次第に読んでいる。

「……なんか手がかりありそうか?」
「んー……これと言った手応えがねぇな。ネットの方はどうだ?」
「今見てる。こっちも何もわかりそうにねぇ」

 モニタを見ていると後ろからデカい俺が覗きこんできた。
「考えられることはAPTX4869の副作用か何かだが……」
「もしくは解毒薬の副作用。こないだ二週間も保ってたアレが気になるな」

 どちらともなく、言う。
 そこへ灰原がコーヒーを二つ持ってやって来た。
「そうして並んでると本当の兄弟みたいね」
「兄弟、ねぇ……」

いいながらコーヒーを受け取る。
 が。二人で同時に飲んでから、二人で同時に「甘っ」と声に出してしまった。

「……コーヒーテストは合格、と」
 デカい俺が苦笑しながら抗議の声を上げる。
「コーヒーは砂糖も何も入れんなって言って……あ、俺なら砂糖入りは嫌がるから、か?」
 それを聞いて俺も思わず抗議した。

「俺まで疑われてんのかよ。キッドが俺に変装すんのは無理だぜ?」
「泥棒さんの変装とは限らないわ。組織が用意したスパイかも知れないじゃない」
「む……」

 むくれて見せると、灰原は「冗談よ」と首を横に振る。

「……さっき指紋を照合したの。二人共、以前取ってあった『工藤新一』の指紋と98.4%以上の確率で一致したわ。さすがに博士も納得したみたいよ」
「そう、か……」

 指紋、と聞いていきなり現実を突きつけられた気がした。

「……正直さ」
 デカい俺が呟くように言う。
「まだコイツが俺だって信じられなかったんだ。灰原の言うように、誰かの送り込んだ偽者かとか。……けど指紋か、指紋が一致してたら……言い訳しようがねぇよな……」

「……」
 黙り込む。

 灰原も黙ってじっと見ている。
 俺は認めたくない事実を、どうにか口から絞り出した。

「消えるとしたら、俺の方だな」
「……江戸川君?」

 灰原が眉をひそめる。
「俺は本来存在しない人間だ。こうして本物の工藤新一が居る以上、俺が存在する理由がねぇ」
 続けた俺の言葉に灰原は呆れて首を振る。

「江戸川コナン……いえ、工藤新一ともあろう人が随分弱気なのね。ひょっとしてあなたやっぱり、偽者なのかしら?」
 皮肉を込めた口調に俺は何も答えることが出来ない。
 だって自分が自分である証明、なんて一体どうしたらいいんだよ。

 ……その時、デカい俺が口を開いた。

「灰原。俺だって、工藤新一だって、人間なんだ。こんなワケの分かんねぇ状況になったら流石に冷静さ欠くに決まってんだろ。ましてやずっと戻りたかった『工藤新一』の身体が俺側に取られちまってるんだ」
「……あなたはあなたで、他人事みたいなこと言うのね」
「……」

 デカい俺が目を細めて灰原を見る。
 灰原はしばらく彼を睨み返していたが。
 視線を逸らし、踵を返した。

「もしかしたらAPTX4869の解毒薬のせいかも知れないわ。調べてみるから」
 そう言って部屋を後にする。
 ふぅ、と二人でため息をついた。

「他人事みたい、か。確かにな。行動や思考パターンは読めるが、分離して以降の実際の思考は、別々になってる」
「俺であって俺じゃない、か……。それこそもう兄弟みてぇなモンだと割り切って、他人として過ごした方がいいのかもな」

 顔を見合わせた。
 朝からこうやってコイツと顔を見合わせる事が多い。
 それから視線を落とした俺の不安を感じ取ったのか、デカい俺は俺の頭をそっと撫でてきた。

「……な。前向きに行こうぜ。蘭にさ、『新一兄ちゃんがね』って話すうちに、どこかに本当に『新一兄ちゃん』がいるんじゃねぇかって思う事、たまにあったよな」
 デカい俺の言葉に俺は口元で笑った。

「蘭との電話なんかで、工藤新一の状態で『コナンの奴が』って話す時に、本当に江戸川コナンが別にいる気がしてた」
「つまり今はまさにその状況、だろ? きっと必ず元に戻る。それまでは『新一兄ちゃん』と『コナン君』で逆に楽しもうぜ」
「ま、選択権はねぇな。それしかねぇか、でないと頭がおかしくなりそうだ」

 しかしそうすると俺は「新一兄ちゃん」を連呼する羽目になるわけで、どうにも屈辱感を感じる。
 ジッと見ているとデカい俺が優しい笑顔で「どうした、コナン?」と言ってから。
 ニッと嫌味っぽく笑った。
 ……あれ、俺ってこんなに性格悪かったっけ。
 何となく納得がいかない。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 いつどういうタイミングでまた元に戻れるかわからない。
 だから出来るだけ二人で行動しろと灰原に言われて、俺は小さい俺……コナンの手を引いて毛利探偵事務所の前に戻ってきた。

 コナンは「博士のうちに泊まるって言ったしな」と嫌がっていたが、
「灰原がああ言ってんだろ」
と脇に抱えて強引に連れ出した。
 途中、降ろせと抗議が上がったので降ろして歩く。

「……」

 何となく見下ろすと、憮然とした顔を向けてきた。
 そうして彼は前を見る。

「……なんか、嫌だな。俺なのは確かなんだけどよ。俺の前でオメーが蘭と仲良くしてんの……見たくねぇんだよな」
「かといって俺が蘭に素っ気なくするわけには行かねぇだろ」
「わあってるよ、……だから行きたくなかったんだ」

 二人でため息を吐く。
 兄弟というか双子みてぇなモンだと考える方が近いかも知れない。
 双子で、同じ人間に惚れちまった。
 しかも片方は絶対敗北の条件付きで。

 参ったな、コナンの立場から考えるとかなりキツい。
 連れて行くのをやめようと思い直して、手を離した。

「……やめるか?」
「ああ、出来れば」

 そのままコナンはズボンのポケットに手を入れ、事務所に背を向けて歩き出す。
 自分なのに自分じゃない、小さな背中……。
 下手をするとアイツはずっとあのままで生きていかなきゃならない。
 胸が痛んだ。

 こんなに痛烈に感じるのはやはり俺同士だからなんだろう。
 俺はやはり探偵事務所に入る事が出来なくて、そっとコナンの後を尾けた。


と。

 公園の前に車が停まっており、後部座席が開いて地図を持った人物が半身を乗り出している。
 二、三十代くらい? の中肉中背の男。
 その人物は、コナンに声を掛ける。

「ちょっと坊や。道を聞きたいんだけどね……」
 するとコナンはものっすごく不機嫌そうな顔で、吐き捨てるように相手に言った。
「今時その手に乗るか。バァァァァァァッカ」

 うわ、このクソガキ……と自分事ながら思ってしまうが、そんな事言ってる場合じゃねぇ。あれはそのまま車の中に引きずり込まれる手口だ。
 慌てて駆け寄り、コナンを抱き上げる。

「うわっデカいお……新一兄ちゃん、何でここにいるの!?」
 コナンが驚いて声を上げたが、男も驚いてこちらを見上げてきた。
 俺は会釈してみせる。

「すいません、うちの弟が失礼な事言って。あ、道ならそこに交番がありますからそこで聞いた方がいいですよ、それじゃ」

 コナンはむくれているが、仕方無さそうに迎えに来られた弟、という体を装うことにしたらしく俺にしがみついてきた。

 さて、とそのまま立ち去ろうとした時。
「もしかして工藤新一君かい?」
 と男に呼び止められる。
「え?」

 名前を呼ばれ怪訝に思って男を見ようとした、刹那。
 脇腹に、鋭く熱い痛みが走った。
 それから全身の筋肉の痙攣。

「ぐっ……」

 続いて身体の力が抜け地面に倒れ込む。
 やべぇ、……動けない。
 コナンの怒鳴り声が遠く聞こえた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 デカい俺……新一の身体が崩れるのと同時に俺は地面に投げ出された。

「あいてっ……、おい、新一! 新一!」

 スタンガンだ、くっついていた俺にも感電している。
 だが直接受けたわけじゃないからまだ身体は動いた。
 男が二人降りてきて、動けない新一を車に乗せる。

「テメェらやめろ!」

 叫んでベルトからボールを出し、シューズの出力を上げようと、ダイヤルに手を掛けた途端。
 後ろから口を塞がれ抱え上げられた。
「ぅぐっ……」
「そのガキも早く乗せろ!」

 ジタバタと暴れるが乱暴に車に放り込まれ、放り込んだ男がすぐさま隣に乗り込んでくる。

 反対側にはさっき地図を手にしていた男。
 ぐったりしている新一と俺を挟むように二人が座っており、俺の側にいた男が俺を掴んで自分の膝に乗せ、すぐに首に太い腕を回してきた。

「ガキ、騒ぐとグサリだぜ」

 脇腹にナイフの刃が当てられる。
 俺は息を呑んで周囲に目を走らせた。
 犯人は四人。
 チンピラ風の二、三十代の奴らばかりだ。

「……どこに連れて行くの」

 尋ねるとナイフ男がフッと笑う。
「いい所さ」
「僕達にとっては悪い所みたいだけど」
 言いながら新一を見やる。

 こんなあっさりやられてるなんて自分の分身ながら情けねぇ、とも思ったが。犯人の最初の標的は俺だったし、こんな事になるとは俺だって思わなかったから仕方ない。
 回復さえすれば俺達二人だし、なんとかなるだろう。この犯人達、よりによって運が悪いな。

 そう考えてから、俺はコイツらが「工藤新一」に標的を変えた理由を考えた。
 俺が新一兄ちゃん、と呼んだだけで工藤新一だとわかった。
 顔は以前から新聞やニュースに出ていたから知られているんだろうが……要するにコイツら工藤新一、に何らかの用事があるということだ。

 俺……江戸川コナンを最初に標的にしたのはたまたまか、工藤新一の知り合いだと知っていたのか。
 ……にしても最近誘拐事件に出会いすぎな気がする。何なんだ、何かそういう運気の巡りみてぇのなのか?
 なんて悩んでみるが今はそれはまあ置いといて、だ。

 しばらく走っていると隣から「うっ……」と呻き声が聞こえた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「あい、ててて……」

 ちくしょう、やられた。
 そう考えながら見回すと両隣は犯人達に挟まれている。
 そして左隣の犯人にコナンが拘束されていた。

「新一、……兄ちゃん、大丈夫かよ」
 こまっしゃくれた物言いで、それでも「兄ちゃん」と付けるのは忘れずにコナンが問う。

 あー、くそ……。

 意識は覚醒しているが、「身体が」朦朧としている……そんな表現がピッタリだ。
「なんだよ、オメーまで捕まってんのか」
 ハハ、と苦笑した。

 ……俺達は二人で一人だ。もしどちらかが死んだらどうなるんだろう……。

 右隣の男が電気を入れていないスタンガンを当ててくる。
「いやぁ、運がいいね。工藤新一君、君がこの町に帰ってくるのを待ってたんだよ。どこを探しても見つからなかったから」
「探偵業のご依頼ならもう少し穏便に願いたいですね。こんな子供まで巻き込んで」

コナンに目をやりながら言うとスタンガン男は笑った。
「そうしたかったんだけどな、なりゆき上仕方ない」
「身代金の要求か?」
 尋ねると男は首を横に振る。

「運がいい、ってのはその話さ。アンタ、この町に来たら高確率であの探偵事務所に行くだろ? あの探偵事務所の娘を拉致しようと思ってたもんでな、張ってたんだがそこにタイミング良く、アンタと一緒にいたこのガキが一人で歩き始めた」

「なら……要求は金、じゃなくて工藤新一の身柄、か。じゃあこの坊主にはもう用はねぇだろ。解放してやってくれ」
「だが顔を見られちまってるしなあ」

 男どもが目配せしている。
 コナンもコナンでこちらに目配せしてきた。

 ……子供がいると足手まといだ。

 コイツは俺だから子供じゃない、そんな理屈は分かってる。
 でも身体はどうやっても子供だという事実だけは覆らないし、コイツを人質にされてる今は正直動きづらい。一人ならなんとかなる。

 と、コナンが「ねえ、おじさん達」と作り声を上げた。
「新一兄ちゃんに何の用なの?」

「工藤新一君に調べて欲しい事があってね」
 スタンガン男が答える。
「彼じゃないと出来ない調査さ、多分な」
「そう……」

 工藤新一に出来るってことは江戸川コナンにも出来るってことだ。
 コナンの目がキラリと光ったのを見た俺は、コイツが何を考えたか一瞬で読み取った。俺を何とか解放させて、その調査は自分がやってやろう、とかその辺りだろう。ったく。

「コナン、蘭が心配すっから……家に帰してもらえ」
「それはこのおじさん達の気分次第だから、僕に言われても」
「泣いて懇願しとけば?」

 そう言うとコナンはふい、と顔を背ける。
 犯人達は俺達の会話を聞いていたが。

「坊主、帰ってもおじさん達の事は言わない事、警察だけでなく誰にも言わない事を約束したら帰してやってもいい。今日あったことは全部忘れるんだ。どうだ、出来るか? それを守らなかったらこっちの兄ちゃんは死ぬことになる」

 顔を見られた、とさっきの男は言っていた。
 てことはこのままコナンを連れて行くのは、どこかで殺すつもりだって事だ。
 そして俺にやって欲しい事があるという事は、俺は殺さないということ。

「……コナン、この人達の言う通りにしとけ。帰って忘れろ。蘭には俺はまた出掛けたって言っといてくれ」

 コナンは鋭い瞳で俺を睨んでいる。
 しばらく黙っていたが、やがて。

「冗談はテメェの存在だけにしろよ。バーロ」
 低い声で言った。

 ……はぁ……やっぱそう言うよな。俺だし。

「このガキ……」
 コナンを拘束している男から不穏な空気を感じる。

 ……逆の立場でも間違い無く同じことを言っていた、だってコイツは俺だから。
「このまま俺だけ帰ったらまた蘭が泣くんだよ、わかってんのか?」
「……わあってるよ」

 反論出来ない。蘭はこの間ひどく泣かせたばかりだ。泣き顔を思い出すと胸に刺さった。

「じゃあ坊主、このまま殺されても構わないな?」
「それは……」

 男の一人に言われて急にコナンの勢いがなくなり。
 だが、視線で俺に何かを訴えていた。

 見る。
 しめた、三百メートル先の信号が赤だ。
 車のスピードが落ちている。

「誰がテメェらなんかに殺されっかよ!」
 言うなりコナンはいつの間にやらキック力を上げていたらしい足で、思い切りナイフを持つ男の脛を蹴り付けた。
 続け様にその男の腕に噛み付く。
 と同時に、俺は右にいた男の脇腹にエルボーを食らわせ、左のナイフ男からその得物を取り上げた。

「ぐあ!!」
「ぐうっ」

「おっと」

 俺は右の男が取り落としたスタンガンをすかさず拾う。
「テメェら!」

 運転席と助手席から声が上がったがそんなもの気にしない、俺は両サイドの男にスタンガンを食らわせた。
「ぐっ!」
「うあ!」

 密着していたので少しビリッと来たがさっきみたいな倦怠感は起こらない、右の男の身体を上半身だけ乗り越えて、ドアを開ける。

うおー、レスあざす(´;ω;`)

「コナン!」
 拘束が緩んだ男の腕から逃れたアイツが手を伸ばしてきたので、引き寄せて抱き締め、そのまま車から転がり落ちた。

 周りからクラクションが聞こえる。
 運転席から男が慌てて降りるが、周りの視線に戸惑っている。
 俺がポケットから携帯を出してどこかに掛ける操作をすると、男は「チッ」と舌打ちして再び車に乗り走り去ってしまった。
 どこにも掛けなかった携帯をポケットに戻し、さて、と立ち上がると様子のおかしさに気づいた数人が車から降り、ざわついているのが聞こえる。

 と。
 見覚えのある顔が、その中にいた。

「工藤君、それにコナン君!?」
「あ、佐藤刑事」

 腕からコナンを下ろしながらこんにちは、と会釈すれば、驚いて目を丸くしている。

「今見たところだと、何かの事件に巻き込まれたようね」
「はい……ちょっと。コナン、今の車のナンバー覚えてるな?」
「うん。世田谷ナンバーだったね。世田谷324『わ』の15XX」
「レンタカーね」

 コナンの言葉を佐藤刑事が手帳に書き留める。
「さすがね、ナンバーから借り主を洗いましょう。取り敢えず話は署で聞くから二人とも乗って」
 頷いて俺達は佐藤刑事の車の後部座席に乗り込んだ。
 周りの車はすでに俺達から興味を失ったらしく、迂回して交差点を渡っていく。

「工藤君、ひょっとしなくても今のは、誘拐されかけていたのかしら……」
「……ええ。どうやら僕に用事があったようです。用を聞く前に脱出したので、内容はわかりませんが……」

 俺の言葉に頷くと佐藤刑事は車の無線を手に取った。
「米花町三丁目交差点において誘拐未遂事件発生。ただいま被害者を保護し、署に向かっています」
『了解』
 と返答がある。

「それにしても」
 佐藤刑事がバックミラーでこちらを見ながら言った。
「工藤君とコナン君が一緒に、しかも二人だけでいるなんて珍しいわね。以前怪盗キッドが工藤君に変装していたのには会ったけど」
 それを聞いて二人でハハ、と苦笑する。

「ちょっとこの前まで手掛けていた事件が一段落したもので、米花に戻ってきたらコナンに会ったんです。その折にさっきの犯人に。僕を脅す為にコナンまで人質に取られたんですが、巻き込んで悪い事をしました」

 俺の話を聞いていてコナンが横から口を出してきた。
「僕は大丈夫だよ。……それよりさっきの犯人、新一兄ちゃんに用がある、って気になるね。ほら佐藤刑事、この前も新一兄ちゃん誘拐されたよね。覚えてる?」
「ええ。私はあの時は参加してなかったけど、白鳥警部から聞いたわ。ただあの時のグループは全員逮捕したはず、とも聞いてるわね」

 ふむ、と先日の……俺に変装したキッドが誘拐された事件を思い出す。
 あの時、誘拐犯は親父の隠し財産が欲しいと言っていた。だから俺からその場所を聞きたいと。

 おかしなのは、その隠し財産の財源が「脱税した結果」だと思われていた事だ。
 あの親父が脱税なんてするはずが無い。
 もう一つ気になるのは「隠し財産」の存在そのものが、知られていたということ。
 親父、お袋、俺しか知らないんだから漏れるはずがないんだが……。

 考え込んでいるとコナンが小声で言った。
「まさか今日の奴らも……」
 きっと俺と同じように、あの時の誘拐原因……隠し財産について考えていたんだろう。
「可能性の一つとして考えた方がいいだろうな。それにしても何で脱税してるなんて思われたのか、さっぱりだ」

「脱税?」
 耳聡く佐藤刑事が食い付いてくる。

「いや、僕の父が脱税していると、先日の事件の犯人に思われていたんです。その理由がまったくわからなくて」
「私は直接お会いしてないけど、工藤君のお父様は立派な方だと伺ってるわ。もしかして工藤君のお父様の成功を妬んだ者による、デマが流れてるんじゃないかしら」
「妬み……」

 ふーむ、とコナンと顔を見合わせて考え込んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


『もー、新一ったら信じられない、楽しみにしてたのに! ごちそうも用意して!』
「わ……わりぃ、俺も本当に楽しみにしてたんだけどさ……どうしても抜けらんねー事件が……」
『明日は? どうなの?』
「明日はたぶん行ける……うん。いやぜってー行く!」

 今日の事情聴取で三時間ほど取られたら夜の九時になっていた。
 新一は蘭に平謝りしている。

 いつもは俺が変声機使ってアレやってたんだよな……。

 警視庁のロビーの長椅子で、何となく面白くなくて足をブラブラさせる。
 高木刑事が「お疲れ様、コナン君」と買ってきたらしいジュースを手渡してくれた。

「ありがとう高木刑事」
「しかし工藤君も大変だね。あれだけ有名な高校生探偵だと狙われる事も多くなるんだろうな」
「うん……そうだね……」

 何となくはぁ、とため息を漏らすと、高木刑事は真剣な口調で続けた。
「君も最近、良く『お手柄小学生』ってニュースに出るから気をつけた方がいい……ましてや子供なんだから、誘拐のリスクは彼の二倍だよ」

 珍しい高木刑事の表情に、思わず息を呑んだ。
 と、
「……って佐藤さんが」

 ああそう……。
 大体二倍って数字の根拠はなんなんだよ。
 と思わず心の中で突っ込んでしまったが、まあでも彼らの言うことも概ねわかる。
 特に今日の犯人は逃走したままだ、俺も顔を覚えられている以上警戒しなくては。

 ……蘭は大丈夫だろうか。

 最初は蘭を拉致するつもりだったらしいし、不安になる。
 蘭との電話が終わった新一がやってきた。

「こんばんは、高木刑事」
「やあ工藤君、久し振りだね。コーヒー買ってあるんだけど飲むかい?」
「いただきます」

 缶コーヒーを受け取って飲みながら新一が言った。

「レンタカーの借り主はまだ見つかっていませんか?」
「まだ少し時間がかかるようだね。今日は僕が二人を送るから」
「すみません。お世話になります」

 蘭には今日は阿笠博士の家に泊まると言ってあったので、そのまま二人とも阿笠邸の前で下ろしてもらった。
 まあ博士んとこ泊まるつもりは無かったけど。

「灰原んとこ寄ってみるか?」
 新一の提案に、
「いや、もう遅いし明日でいいだろ」
と答えると新一はそれ以上言わずに、工藤邸へ足を向ける。

「……」

 なぜか足が動かない。

 あの家は。
 あそこは、俺の家なのか……?
 あそこは、工藤新一の家であって江戸川コナンの家じゃない、だろ……?

 佇んでいる俺に気づいて、数歩進んでいた新一が振り向いた。
「コナン?」
 何か言おうとしたが口が乾いて声が出ない。

 新一は目を細めて俺を睨むと。
 戻ってきて俺の手を掴み、引いた。

「あそこは工藤新一の家でもあり、江戸川コナンの家でもあるんだ。ほら、帰るぜ」
「ちぇ、自分同士ってのはやりにくいよな。全部お見通しなんだからよ」
 そう言って思わず二人で笑い合ってしまった。






「コナン君、博士の家に泊まったんじゃなかったの?」
「おはよ、らんねーちゃん……って、アレ!?」

 辺りを見回す。工藤邸、……確かに昨夜入った寝室だ。
 隣では一緒に寝た新一が寝息を立てている。

「何で蘭姉ちゃんが……」
「昨日新一が約束破ったおしおきしようと思って来たんだけど。まさか、博士の家に行ったはずのコナン君がこっちにいるとは思わなかったわよ?」
「え、えっと、その」
「うっせーなぁ、何だよ朝っぱらから」

 新一が目を擦って起きる。
「……あ。よ、よー、蘭」
「よー、って……まいいか。おはよう、新一、コナン君」

 そう言うと蘭は踵を返した。
「朝ご飯作ってあげるから待ってて」

 蘭が去った後を眺めてから。
 また一つ、ため息をつく。

 ……二日目、か。

 やっぱり昨日の事は夢じゃなかった。
 工藤新一と江戸川コナンは分離したままだ。
 ……もう、戻れねぇのかな。

「くそ」
 頭をぐしゃりと掻くと、新一が俺の頭を抱き込んできた。
「大丈夫だ、戻れる。焦るな」
 抱き込まれていると何故かとても落ち着く。

 きっと戻るべき二人が傍に近付いているから、何かが共鳴してるのかも知れない。
 もしかして一卵性の双子なんてのはこんな感覚なのかも知れない、なんて考えながら……俺はそのままでいたい気持ちを抑えて顔を上げた。

「バーロ、焦ってなんかねぇよ」
「ふぅん? 泣きそうな顔してた癖に」

「し、してねぇ」

 ……なんかコイツやっぱ俺と違って性格悪くねぇか?
 なんて考えながらムーッと見上げていると、新一は欠伸しながらベッドから降りた。

「さてと、久々にこの姿で蘭の飯でも食うか。オメーも早く着替えろよ」
 言いながら新一はクローゼットを開いて着替え始める。
 この姿で、か。

 ……ん? この姿で?
 もし、……もし今俺がこの状態で解毒薬飲んだら、……一体どうなるんだ?
 心臓が跳ね上がるのを感じる。

 もちろん二人の「新一」で蘭の前に姿を現す気はねぇ、色んな苦労がパーになる。
 でも、もし、「俺も」戻れるなら、こんな悔しい思いしなくていいんじゃねぇか?

 よし、試してみようそれしかない!
 新一が着替え終わって出て行くのを見て、俺は慌てて着替えると食堂ではなく玄関に駆け出した。






 阿笠邸の玄関先。

 灰原が呆れた顔で俺を見ており、俺の希望はというと早速打ち砕かれている。
「分離したのがそもそも不可解要素なのに、そこで更に幼児化の解毒薬なんて投与したら、元に戻るも何もなくなるわよ? わかってて言ってる? 逆に予想も付かない毒性が出て、あなた今度こそ死ぬかも知れないわよ」

 何故か少し怒っている。

「だ……だってさ……」
 叱られた子供のように決まり悪く言うと、灰原は「……とにかく入って」と促してくれた。

「あなたが気にしてた、二週間保った解毒薬。あれが少し気になったから調べたんだけど……残念ながら、見当は付いてないわ」
「そうか……」

 でも心当たりもあれ以外にない。
 …………このまま。
 もしも戻れなかったら、解毒薬も禁じられた今となっては、本当に俺は「江戸川コナン」として生きていくしかなくなる。

「なぁ、灰原」
「なあに」
 灰原がパソコンでデータを開いて見ながら応える。

「……もし俺が、もういい、戻らなくてもいい、って言ったらどう思う?」

「…………」
 灰原は俺を一瞥してからまた画面を見た。

「完全に江戸川コナン、として生きると言うこと? それなら戸籍や国籍を作る準備が必要になって大変ね。まあその辺りはあなたのお父さんなら、適当にどうにかしてくれるんでしょうけど」
 灰原の手がキーボードを打つ。

 打ちながら、彼女は言った。
「それよりも……探偵事務所の彼女のこと、諦めなきゃならなくなるんじゃないの?」
「……そう、だな」

 俺が工藤新一に戻りたかった最大の理由は蘭だ。
 そして蘭の為の新一、は、……もう存在している。
 俺は蘭にとって必要のない存在になっちまってるんだ、最早……。

 キーボードを打つ手を止めて、じっと俺を見ていた灰原が言った。
「もしあなたが江戸川コナンのままでいる事を選ぶのなら、……付き合ってあげてもいいわよ」
「……え?」

 顔を上げると灰原は続けた。

「私も宮野志保には戻らないで、灰原哀のままでいてあげる」
「だ、って、オメーは」

「あなたと違って無理に戻る理由は今の私にはないしね。……彼女を奪られて泣きそうになってる探偵さんに、仕方ないから付き合ってあげる、って言ってるのよ」

「別に泣きそうになんかなってねぇよ」

 額にむの字を浮かべて言うと灰原はくすくすと笑う。
「私はむしろ……その方が歓迎よ」
「……」

 彼女がどんな意図をもってそう言ったのかはわからない。
 だが。
 俺の居場所を作ってくれるという灰原の言葉に心が揺さぶられる。

 もしかして……戻らない方が大団円、なんじゃねぇか。
 胸を締め付ける痛さがそんな予感を示していた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「コナン君遅いなぁ。二度寝しちゃったのかな」
「んー……ちっと見てくる」
「あ、新一は食べててよ。私行ってくるよ」
「トイレ行くからついで」

 何してんのやら、トーストを咥えながら部屋に向かい……少しだけざわっとしたものを感じた。
 昨日アイツが言ってた言葉。

『……なんか、嫌だな。俺なのは確かなんだけどよ。俺の前でオメーが蘭と仲良くしてんの……見たくねぇんだよな』

 同じ自分のはずなのに、蘭が自分ではない誰かと親しく話している。自分を蚊帳の外にして。
 そんな光景を想像すれば、アイツが何を考えるかは手に取るようにわかる。

 ……部屋からは、やっぱり居なくなっていた。

 多分阿笠博士の家。
 灰原に情報を聞きに行く、って体で出掛けたんだろう。

 訳の分からない不安が押し寄せてくる。
 分かれてはいけない物が分かれてしまったからなんだ、と咄嗟に思った。
 アイツは確実に俺の中身なんだ。俺自身なんだ。
 ……アイツが居ないだけでこんなに不安になる。

 今すぐ連れ戻したい気持ちを抑えて、俺は食堂に戻った。
「やっぱ二度寝みてーだ。どうせ休みだし寝かせといてやったよ」
「ふふ、そうなんだ。なんだかコナン君と新一が一緒に寝てるの見たら、兄弟みたいで可愛かったよ」
「兄弟みたい、はいいけど可愛いって何だよ……」

 蘭はくすくす笑う。
「新一はもちろんだけど、コナン君もずっとそばにいてくれたらいいのにな。コナン君はご両親のところに、いつか帰っちゃうんだろうけど……」
「……、そう、だな」

 いつか居なくなるのかな、どちらかが。
 それともずっとこのまま?

 たぶん、このままはキツい。
 居場所の見当は付いてる、なのに押し寄せる不安。
 この前、蘭が俺を心配した比じゃない気がした。
 まるで半身を裂かれているような気分だ。……いや、気分じゃねぇな。正にその通りの状況だ。

 アイツは?
 アイツは同じ気持ちは抱えてねぇのか?
 不意に浮かんだ疑問。

 それを考えていたら、……コナンが、食堂の扉を開けた。

「おはよう蘭姉ちゃん、新一兄ちゃん。朝ご飯食べたい」
「おはようコナン君。今あっつーい目玉焼き焼くから、待っててね」

 コナンは……食事中一度も俺を見なかった。

 デパートに行こうよ、と蘭が言った。
 じゃあ僕は友達と遊んでくるね、とコナンが言った。
 ……俺はコナンの首根っこを捕まえ、小声で話す。

「昨日の事件忘れたわけじゃねぇだろうな。解決するまで俺から離れるの禁止」
 そう言うと、コナンは視線を逸らしながら小声で悪態をついてきた。
「だって狙われてんのは工藤新一、だろ。むしろ俺はそばにいない方がいいんじゃねぇ? また昨日みたいに脅しの材料に使われるぜ?」
「……」

 やっぱりコイツには、俺みたいな感情は発生してないんだろうなと感じる。
 離れたくない、元に戻りたい。
 何故同じ自分なのに違うんだろう。こんな風に微妙に後ろ向きなのは、きっとこの状態が異常だからなんだろうと思う。

「ったく、我ながらクソガキだな」
 コナンにだけ聞こえる声で言ってから、彼を下ろして蘭に向き直る。

「んじゃ蘭。出掛けっか」
「うん。……コナン君もあんまり無茶な遊びはしちゃだめよ?」
 コナンは、急に保護者の顔になった蘭に言われて少しためらってから。
「博士がいるから大丈夫!」
 と作り笑顔で答えた。

 さてコナンが出掛けて俺達も出かけようと外に出た途端、蘭が不安そうに俺を覗き込んでくる。

「ねえ新一、コナン君なんだか変じゃなかった?」
「……どんな風に変だと思った?」

 冷や汗をかきながら、尋ねた。
 蘭は言う。

「わからないんだけど……何か落ち込んでるっていうか……元気がないっていうか……」
「うん、俺もそれは感じてた」
 落ち込んでる原因はわかってる。それを言う訳にはいかねぇけど。

 ふと、二人で同時に向こうに見覚えのあるカップルがいるのを発見する。
「あっ! 快斗君、青子ちゃん!」
 蘭の声に二人が振り向いた。

 キッドは俺を見て一瞬ギョッとしたが、すぐに平静を取り繕ったようだ。
 青子がはしゃぐ。

「この前は蘭ちゃんお疲れ様! 良かったね、コナン君無事に帰って来て」
「快斗君のおかげよ。本当にありがとう。あ、今日のお昼一緒に食べない? 私お礼におごるから!」
「えー、バ快斗になんかおごらなくていいって」

 二人でキャッキャと騒ぎ合う女子を眺めながら、キッドが小声で声を掛けてきた。
「なぁ……俺、マジックかイリュージョンでも見てんのかなぁ……」
「ん?」

 訝しんで見ると冷や汗をかいて頬を掻いている。
「さっき、あっちの通りでクソガキ名探偵、見たぜ……?」
「ああ」
 キッドの様子が何となく可笑しくてくつくつ笑っていると「説明しろよこの野郎」と睨まれた。

「説明出来りゃいいんだけどな。彼女達の前じゃ、ちょっと」
「なら夜オメーんちに行くから待機しとけ」
「そこまでして話すことでもねぇんだけど……ま、いいか。わかった、待ってる」

 彼らも米花デパートに用があったらしく、それぞれの相方に大量の荷物を運ばされながら、ひとまず俺達は帰路に着いた。






「コナン君、今日も博士のうちに泊まるんですって。あ、今日こそ、かな? そう言えば何で今朝新一の家にいたの?」
「何か調べ物があって俺の家に来てたらしいぜ。それでそのまま寝ちまったらしくて、仕方ねぇから俺のベッドで寝かせてやったんだよ」

 毛利宅で夕食を済ませた後。食器を洗いながらそう尋ねてきた蘭に、俺はテレビのニュース番組を見ながら答えた。
 ニュースではここからそう遠くない山の中で、男性の遺体が発見された事を告げている。
 暴行の跡がある事から、殺人事件だと見て捜査しているとの事だった。

「なるほどね。コナン君ってあんな小さいのに難しい本とか、結構平気で読むよね。ほんとに新一の小さい頃みたい」
「俺は親父が親父だし、文字覚え始めたら推理小説ばっか読んでたからなぁ……。親父がご丁寧に俺の読む本にフリガナ振ってくれてさ。意味がわかんねー言葉は、親父に意味聞いたりして。そうしたらあっという間に漢字も覚えちまった。コナンも多分似たような家庭環境なんだろ」

「はー……筋金入りの推理オタクね。一生治らないんだろうな」
「治す気もねぇよ」
「あ、でも『怒りを鎮めよ』を『おこりをちんめよ』とか読んでたりしたよね」
「……漢字自体は間違ってねーだろ」

 おっちゃんは俺が夕食のご相伴に預かるのを、初めこそ文句を言っていたが……材料費は俺持ちなのを知ると何も言って来なくなった。
 今は事務所で娯楽番組を見ているようだ。

「阿笠博士んちって事は今日はここに帰らねーのか」
「うん」

 あのガキとっ捕まえて連れて帰ろう、くらい思ってたんだがそれなら仕方ない。
 ……なんか俺の感情のそれとは逆で、ひょっとして俺のこと避けてんのかアイツ?
 まあいいや、取り敢えず今夜はキッドとの約束もあるし帰るか。

「蘭、今日はそろそろお暇すんぜ。ご馳走様でした」
「え、帰っちゃうの? 明日も休みなんだから泊まっていけばいいのに」
「あのおっちゃんのイビキの隣は、ちっとな」

 苦笑すると蘭はくすくすと笑った。
「うん。じゃあまた明日ね。おやすみ新一」
「おやすみ蘭」

 蘭に見送られて家に帰ってくると、玄関先で睨んでるヤツが一人。

「遅い」
「わりーわりー。蘭のとこでメシ食ってたんだよ。怪盗なら鍵開けて入ってりゃ良かったのに」
「鍵穴にピッキングの傷付けて欲しいのかよ」

 呆れながら言う彼を促して、居間に通す。

「そういやてっきり怪盗キッドの衣装で来ると思ったら、普通の私服なんだな」
「仕事でもねぇのにあんな目立つ格好するかよバーロ」
「……普通逆じゃねぇか?」

 今度は俺が呆れると、ははは、と笑ってキッドはソファに座った。

「で? あのガキンチョとオメーが同時に存在してる理由は? アレか、隣の博士の発明とかか。蘭ちゃんの目を誤魔化す為に精巧なロボット作ってみました、みてーな?」
「……やっぱそう思うよな、普通」

 しんみりと言う俺に、キッドは怪訝そうな顔をする。
「違うのか?」

「あれは、……正真正銘の俺だ」
「…………は?」

 わからない、と首を傾げる彼に、更に俺は続けた。
「分裂しちまったんだよ。工藤新一と江戸川コナンに」
「あのー……なんだか名探偵らしからぬ発言を聞いてる気がするんですが、俺」
 冷や汗をかいて目を白黒させている。

 ふぅ、と息を漏らして昨日からの経緯を掻い摘んで説明すると、キッドは乾いた笑いを漏らしながら、それでも一応信じた様だった。

「は、はは、信じらんねー……幼児化だけでもアレなのに、更に分裂……」
「俺自身が信じらんねぇよ。非現実的で非科学的で非論理的な話だけどな。実際に起こってるんだからもうどうしようもねぇ」
「まるで魔法だな」

 そう言ってから。
 彼は急に黙り込み、顎に手を当てて考える仕草を取る。

「……キッド?」
 名を呼ぶとキッドは我に帰り、首を振った。

「……、いや、まさかな」
「何なんだよ、心当たりでもあんのか?」
「無い」
「…………」

 何がしてぇんだコイツ。
 呆れて見ていると、キッドは立ち上がって
「んじゃ話はわかったし、お邪魔様でした」
と玄関に足を向けた。

「ま、そんな訳だからアイツに会ったらそれなりの対応でよろしく」
「りょーかい」

 キッドが居間を出て行く。
 途端、部屋はしんとしてしまった。

 いつもならこんな事で寂しいとは思わない。
 それなのに思ってしまうのは……きっと俺の中の「核」の部分が抜け落ちてるから、なんだろうな。そんな事を不意に思った。
 ……隣の家にいけばアイツはいる。

「アホか俺、駄々っ子かよ」
 そう独りごちて、俺は棚から適当な本を取って読み始めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


「なー、阿笠博士ー。俺ココんちの子にしてくれねぇかなあ」
「何を唐突に言っとるんじゃ」

 俺の言葉を冗談だと思った博士は可笑しそうに笑ったが。
 俺が笑っていないのを見て、笑いを治めた。

「……何のつもりじゃ? 新一」
「俺はもう新一じゃねぇよ。江戸川コナンだ。そう決めた」

 博士に動揺の色が見える。
 灰原が、静かに言った。

「そっちで生きる事にしたのね」
「ああ……蘭の為にもそれが一番いい。無理に元に戻る必要がねぇ。例の組織についてはあっちの俺が後は何とかしてくれっだろ。俺が蘭の家に居る必要性は無くなったわけだ」
「諦めるの? あの子のこと」
「……そうするしかねぇだろ」

 ふぅ、と息を漏らす。
 博士が動揺したまま尋ねてきた。

「良いのか新一? お前はそれで……」
「いいって言ってんだろ。あと博士、もう新一って二度と呼ばねぇでくれ。俺はコナン、だ」
「……」

 そのまま部屋を出た。
 今の情けねぇ顔を二人に見られたくなかったから。

 ……蘭の家に居れば必ず新一が来る。

 二人の交際を目の当たりにしなきゃならなくなる。
 それに耐えられる自信が、なかった。
 工藤邸に引きこもる事も考えたが、蘭が不審に思うだろう。博士が保護者になればその辺りは誤魔化せる。

 それに……あそこはもう俺の家じゃない。

「……少し夜風に当たってくるか」
 外に出る。
 夜風が熱くなった思考を冷ましてくれる。
 工藤邸を見遣ると、明かりが点いていた。

 ……足を向けようとして、やめた。

 会ってどうするんだ。この狂った現実を見せつけられるだけだ。
 心臓が、早鐘を打つ。
 足が迷っている。

 ……会いたい。

 会いたいんだ、本当は。
 分かれてしまった自分の半身に。
 でも……江戸川コナンで生きると決めたこの感情を整理しないうちに会ったら、きっと泣いちまうから。

 だからしばらくは、会わない。
 そう考えて博士の家に戻ろうとしたら、
「よーぅ、名探偵」
 聞きたかった声に似た声から、話し掛けられた。

 振り向く。

 ……会いたかった奴に、コイツは本当に似ている。

 でも、仮にコイツが工藤新一に変装して現れても、違う、とすぐにわかっただろう。
 似ているが違う人間。

「オメーかよ。何しに来たんだ?」
 精一杯感情を押し殺して口を開くと、キッドはガリガリと頭を掻いた。

「ほんっとーにオメーも名探偵なんだな。口の悪さが同じだ」
「……アイツに聞いたのか」
 問うと、キッドは頷く。

「で、さ……オメーらが分裂した件に少し心当たりがあるんだ。元に戻してやれるかも知れねぇぜ。あ、この事大きい名探偵には言ってねぇけどな」

 キッドの言葉に俺は目を見張った。
 え、……俺達が分離した理由に……心当たりがある?
 これってAPTX4869の解毒薬の影響じゃねぇのか?

 唖然として奴を見ていると、キッドは「ふーむ」と顎に手を当てながら俺を見た。
「でもこのままの方が蘭ちゃん的にはいい、か?」
 その言葉がグサリと胸に刺さる。

「なんなんだよ、バカにしてんなら帰れ」
「別にバカにしてるわけじゃねぇけど……実際問題、どう考えてる?」

 言われて、詰まってしまう。
 コイツはなんだか不思議な奴で、きっとこの世で新一の次に俺の心を読んじまう奴だ。
 奴は更に続けた。

「常時、工藤新一でいられる人間がいるなら彼女に取って幸せな事だよな。しかも偽者じゃなくて、正真正銘の工藤新一なんだから」
「……」

 考えを見透かされているようで、……何も言うことが出来ない。
 何か言えば下手を打ちそうで。
 キッドは、言った。

「……でもな、オメーも工藤新一なんだよ」
 その言葉に顔を上げるとキッドは更に言う。
「元に戻った方がいいと思うぜ。俺は」
「んなこと言ったって、どうしたら」

 抗議の声を上げるとキッドは片目を瞑りながら口許に人差し指を当て、「ちっちっ」と舌を鳴らした。

「だから心当たりがあるって言ってんだろ。……ただ悪い、数日待っててくれ。あと大きい名探偵にはご内密に」
「何でだよ?」
「たぶんオメー、この身体側になっちまって向こうに対して劣等感持ってんだろ? 一個くらい優越感持てることあった方が良くねぇ?」

 ったくなんなんだよコイツ、何もかも見透かしやがって。……なんだかキッドのマジックに掛けられている気分になる。
 俺はフ、と笑うとキッドを睨み付けながら、言った。

「なら稀代の魔術師、怪盗キッドのお手並み拝見と行こうじゃねぇか」
「この月下の奇術師のマジックショー。とくとご覧に入れましょう、名探偵」

 キッドが不敵に微笑んだ。

ここまででひとまず前編終了、ということで後編は明日投下します。
お時間あればまたお付き合いいただけると幸いです。

個別にレスするとうざいかと思うのでまとめてですが、
途中いただいたレス大変感謝です。
よろしくお願いします。

レスありがとうございました、励みになります。
再開します。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 落ち着かない。
 ベッドで寝返りを打つ。
 キッドのあの表情は何だったんだ。
 アイツ、きっと何か知ってる。

 ……んだろうが、アイツとこの現象に何の関係があるかがさっぱりわからねぇ。

『まるで魔法だな』

 アイツは言った。
 魔法なら科学も論理もクソもねぇ、でも魔法なんて存在しない。

 ……そういやアイツってマジシャン……マジックの使い手だったっけ。
 そんな事を考えながら時計を見ると午前二時。
 はぁ、とため息を漏らした。

 半日食事を取っていない錯覚を覚える。きっと朝にコナンが出掛けてから、アイツの顔を見てないせいか、と感じた。
 こんなに苦しく感じるくらいなら、博士の家に行けば良かった。
 目を閉じて何とか眠ろうと考える。

 いや、「考え」たら余計に眠れない……。
 まるで恋愛みたいだ、と自嘲した。だが恋愛とは違う。
 ……ぶっちゃけて言えば、それ以上の感情だ。
 俺ってひょっとして結構ナルシスト……なのかな。

 台所に行って水を飲んだ。
 明日迎えに行こう。
 そう決めて、ベッドに戻った。

 翌朝七時、休みの日に少し早くて申し訳ないが俺は阿笠邸を尋ねた。
 チャイムを押すとしばらくして灰原が出て来る。

「おはよーさん、灰原」
 灰原は黙って俺を見ている。

「……悪いな、こんな時間に」
「江戸川君なら寝てるわ。私は朝食作るから起きてたけど」
「その寝てる生き物を回収しに来たんだ」

 そう言うと灰原は目を細めた。
 玄関先から微動だにしないで、こちらを見据えている。
 ゴクリ、と息を呑んで、言った。

「上がらせてくんねーかな」
「……どうぞ」

 灰原は無表情に道を開けた。
 中に入る。
 しん、としている。博士もまだ眠ってるんだろう。

 不意に。
 灰原が声を掛けてきた。

「ねぇ、工藤君」
「なんだ?」

 すると灰原はたっぷりと間を置いてから。
 次の言葉を口にした。

「……江戸川君は、あなたとの別離を決心したわ」
「…………、え?」

 耳を疑う。

「江戸川君は元に戻らないで、江戸川コナンとして生きる事を選んだの」
「……、なん、……」

 息が詰まった。何を言ってるんだ?
 灰原の言葉が。脳に染みるまでに時間がかかる。

「このままでいた方が探偵事務所のあの子の為にいいから、って。実際元に戻る方法もまるで見当が付かないし、江戸川君が決心するまでもなくそうならざるを得ないでしょうけど」
「そん、……」
 言葉を、まともに口に出来なかった。

 元に戻らない?

 そんな、だって。もしずっとこのままなら一体どうなるんだ?
 俺もアイツもまともに生きていけるのか?

待ってたぜ?

「そういうわけで私からの調査は中止したから」
「……俺の許可なく決めんなよ。俺はそんな話知らねぇぜ?」

 抗議するように言うと。
 灰原は視線を逸らしながら言う。
「私も……その方がみんな幸せになる気がするの」
 灰原の発言の、意味がわからない。
 幸せになる? この異常な状況で?
 バカ言ってんじゃねぇよ、こんな狂った状況でみんなが幸せになるなんて、……ありえなさすぎんだろ。

「勝手に人の幸せ決めてんじゃねぇよバーロ!」

 叫んで思わず駆け出した。

 居間に設置されているベッド。
 そこにアイツは寝ていた。

 気にせず強引に抱き上げる。
 いきなりの振動に、コナンは驚いて目を覚ました。

「なっなんだ!?」
「帰るぞコナン」

 コイツに触れたとたん、呼吸が戻って来た気がした。
 心がすうっと軽くなっていく。
 コナンは少しの間呆然としていたが、我に返ると慌てて暴れ始める。

「おいコラ! 降ろせ!」
「降ろさねーよ。このまま帰んぞ」
「ざけんな、降ろせ!」

 散々暴れても逃れられないと観念した……かに見えたコナンは、いきなり俺の目の前でパンッ! と猫だましをかました。

「っ!」
 驚いて怯んだ隙に、俺の腕から抜け出して走って行ってしまう。

「猫かよ……」
 呆れてため息を漏らすと灰原が入って来た。
「それもかなりのきかん坊な子猫、ね」

 可笑しそうに笑っている。

>>125
愛してる

「工藤君、戻らないと決めたのは彼よ。戻りたいと言うなら彼を説得することね。そうしたら私も調査を再開してもいいわ」
「灰原ってさ、どっちかっつーと俺よかアイツ寄りだろ」

 苦笑して彼女を見下ろすと、灰原はニヤリと笑った。
「彼女と浮かれてデートしてる誰かさんより、振られて泣いてる子猫に情が移った、ってところかしら?」
「へぇ、そりゃまた」

 何となく俺への態度が厳しいっつーか……。

 やっぱ慣れてる江戸川コナンの方が話しやすいのかなあコイツも。
 なんて思って頭を掻いていると、博士が入って来た。

「おお新一君か、おはよう。今コナン君がすごい勢いで着替えて飛び出して行ったぞ。なんじゃ?」
「……あんニャロ」

 博士の口からこのメンバーの前で「コナン君」と言う名前が出るのはなんだか奇妙だったが、江戸川コナンとして生きていくからもう新一と呼ぶな……とでも言ったんだろう。手に取るようにわかる。

「灰原、追跡眼鏡の予備貸してくんねーか」
「バカね、江戸川君はあなたなのよ。追われないように探偵バッジのスイッチなんか切ってるに決まってるじゃない。携帯のGPSも切ってるんじゃないかしら」
「あー、そうだな。俺が逃げるならそうする」

 肩を竦めて「さて」と考え込んだ。
 となるとこの場合、次にアイツの行く所は。

「一つしか、ねぇか」
「頑張って説得なさい。私は応援してないけど」
「オメーなぁ……」

 灰原の言葉に再び苦笑して、俺は阿笠邸を出た。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 博士の家でお世話になることになったんだ。
 だから荷物まとめようと思って。

 なんて言えば、間違いなく何故なのか問いただされるだろう。
 さて理由は何にしたものか。
 もう少しゆっくり考えるつもりが、アイツが朝っぱらから来たせいで考える余裕もなく探偵事務所の前に来ちまった。

 ……蘭の顔が、見たい。

 これでケジメをつけよう。
 荷物は今度でもいい。
 そう考えた時、不意にキッドの言葉が浮かんだ。

『元に戻った方がいいと思うぜ。俺は』

 戻った方が、……蘭の為になる?
 それとも俺の為?

 戻りてぇよ俺だって、本当は。
 二人が一人になるだけじゃなくて、工藤新一にだって戻りたい。
 心当たりがあるって何なんだよ……。

 事務所を反対側の道路から眺め逡巡していると、車が一台事務所の前に停まった。
 何気なく車のナンバーに目をやった時、息が止まった。

 世田谷324『わ』の15XX。

 まさか奴ら蘭を人質にしに……!
 身体が勝手に動いていた。
 奴らのうち、三人が車から降りてくる。
 間違いない。あいつらだ。

 俺は道路を渡ると事務所への階段を上がろうとしている一人に向けて、思い切りボールを蹴り付けた。
 ボールが当たり、そいつが吹っ飛ぶ。
 他の二人が驚いて振り向いた。

「おい、あのガキだ!」
「このクソガキ!」

 麻酔銃の照準をセットしながら片手で携帯を取り出した。
 騒ぎを聞きつけて周りから人が集まって来る。
 犯人達は舌打ちすると、気絶した男を連れて車に戻り慌てて逃げてしまった。

 まずいな。あいつら、恐らくまたこの事務所を襲撃する。
 警察に電話をしようとしたが、ひとまず佐藤刑事直通の携帯に掛ける先を変えた。

「何、何の騒ぎ?」
 梓さんと店長がポアロから顔を出している。
「僕がボールで遊んでたら大人の人に当たっちゃって怒られちゃったんだ。もうその人は行っちゃったけど」
「そ、そう」

 頷くと二人はまた店に戻った。
 周りの人間も興味を失って散らばる。
 やがてそれらも完全に立ち去り、周囲には人っ子一人居なくなる。
 そうこうしているうちに佐藤刑事に繋がった。

『はい、佐藤です。コナン君ちょうど良かったわ、あなた達に連絡しようと思ってたの。例のレンタカーの借り主なんだけど、その人ね、先日の……』
「待って佐藤刑事、その話なんだけど……例の誘拐犯が毛利探偵事務所に来てたんだ。たぶん蘭姉ちゃんを攫おうとしたんだと思うよ。もう逃げちゃったけど、事務所から北東方面に逃げたみたい」

『! そうなの、わかったわ情報ありがとう。……コナン君、一緒に大人の人はいる?』
「ううん、僕一人」

『そう。あの犯人達はあなたに顔を見られているから、あなたを狙う可能性が高いわ。逃走したようだけど念の為今すぐ事務所に入って。それから私達が犯人を確保するまで、決して一人で行動しないこと。いいわね。後で私も高木君と一緒にそちらに向かうから。
レンタカーの借り主についてもその時説明するわ』

「うん、わかった」

 電話を切り、さて、と地面に四つん這いになってタイヤの跡を見た。
 まあ良くある型だな、このタイヤは確か、ええと……。
 と考えていた時。
 後ろからいきなり大きな手で口を塞がれた。

一行の長さ制限とかあるんすね……
佐藤刑事のセリフで投稿制限かかるとは思わなかった……

「っ!」

 その手はすぐに離れたが、続けて頭から大きな袋を被せられ周囲が見えなくなる。
 そのまま上から何か巻き付けているのか、身動きが出来なくなった。
「ん、……っぐ、っ」

 口が塞がれた時、ついでにガムテープを貼られたらしい。声が出せない。
「やっと捕まえたか」
「面倒くさいガキだったな。行くぞ」

 あの犯人達の声だ。しまった、一回りして戻ってきたんだ。
 ジタバタと暴れると腹を強く殴られた。
「ぐ、ぅ……」
 く、そ、なんて失態だ、情けねぇ……。

がんばれ>>1
負けるな>>1

>>142
あざすwwwww

 しばらく運ばれたようで浮遊感があったが、ややあってどこかに下ろされた。
 きっと路地裏にでも車を止めていたんだろう。
 何かが閉まる音がすると、袋から透けていた明るさもなくなり、真っ暗になる。
 車のトランクに乗せられたってところか。

 直に佐藤刑事から警視庁に連絡が行って、非常線が張られるはずだ。大丈夫、何とかなる。冷静になろうと目を閉じる。
 むしろ俺が捕まった事で奴らが蘭を標的にする事はなくなったはずだ。

 ……心配なのは、アイツ。

 俺を利用して新一を呼び出すに違いない。
 その前に佐藤刑事が捕まえてくれればいいんだが……。
 車が走り出す音が、聞こえた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 あのナンバーの車に乗ってた奴らが、どう見ても人間の子供が入ったらしきサイズの袋を車に載せたのを見た時、息が止まった。

 あと少し、早くコナンを追っていたら間に合ったのに。
 行き先はわかっていたのに、少しだけアイツの気持ちを落ち着かせてやろうなんて考えなかったら。

 すぐに車を追ったが人の足では当然追い付かない。あのスケボーがあれば、と悔やむがあれはコナンの持ち物だ……。
 くそ、情けない。奴らの標的は俺のはずだ。なら恐らく俺にコンタクトを取ってくるだろう。
 それまで、コナンを無事に捕らえてくれているのか。
 俺が下手を打てば確実にアイツは殺される。

 ただでさえ、顔を見られたから殺そうと考えていた奴らだ。どうしたらコナンを生存させられる。そればかりに頭が巡る。
 少なくとも、奴らの誘いに乗る必要がある。それだけはわかった。
 俺が標的なら、俺の家……工藤邸に連絡があるはず。

 そう考えて自宅に戻る。
 そわそわと、した。
 居場所がわかる時ですら離れていたら不安だったのに、今の状況なら尚更。

 ……そう考えて首を横に振った。
 アイツは、俺だ。

 状況を冷静に考えて、今頃打開策でも練っているだろう。大丈夫、何とかなる。
 くそ。早く連絡して来いよ。
 気ばかりが逸る。
 と、携帯が鳴った。

 ビクリ、と肩を揺らしてディスプレイを見ると佐藤刑事だ。

「……はい。工藤です」
『工藤君、毛利探偵事務所に先日の誘拐犯が現れた、って話はコナン君から聞いてる?』

 知ってる。
 知ってるくせに。俺は、わざととぼけた。

「いえ、聞いていませんでした。……どうなったんですか?」
『そう……。犯人の乗った該当車は恐らく市内を逃走中。米花の各地に非常線を張って該当ナンバーの車を捜索中よ。コナン君にも言ったんだけど、あなたも危険だから確保まで外をあまり歩かないで。それから、例のレンタカーの借り主がわかったの。そちらに到着したら説明するから』
「はい。わかりました」

 電話を切る。
 非常線、か。
 先日と同じナンバーの車。

 ナンバーが覚えられてると気づいていないならただの間抜けだが、もしかしてわかっていて同じ車を乗り回してるんじゃねぇか……そんな気が突然、した。

 外で車が停まる音がする。
 立ち上がる。
 窓から様子を見てみると、あの車だ。
 来た。

 どうする、佐藤刑事に連絡するか?
 先日のあの様子だと銃は持っていなかった。
 だが俺にはコナンのように麻酔銃やボール射出ベルトは無い。それに向こうにはコナンが捕まっている。

 どうする、どうする。

 ……ドアのチャイムが鳴る。
 俺は佐藤刑事の番号を呼び出した。

『はい、佐藤です。工藤君何かあった?』

 だがそれには応答せず、通話状態のままポケットに忍ばせ、玄関に出る。
「どちら様ですか」
 四人組のうち三人が玄関先に立っていた。

「よう、工藤新一君。用件はこないだ言った通りだ。ちょっと我々と来てもらえないかな?」
「お断りします、と言ったら?」
「断れるかな? あの時の生意気な眼鏡ボーズがこちらの手にあると言っても?」

 冷や汗をかきながらも、努めて冷静に振る舞う。
「何の話ですか?」
「とぼけちゃって。あの時一緒にいたアンタの弟だよ」
「僕に弟なんていません。僕の身辺調査をしたなら、そのくらいご存知かと思いましたが」

 すると男達は顔を見合わせて目配せした。
 ゴクリ、息を呑む。

「ざけんなよ兄ちゃん、じゃあトランクに入れてあるあのガキはなんだってんだよ」
「トランク? 大方無関係の子供を間違えて捕らえてしまったじゃありませんか」

 開けろ。
 確認しろとでも言って、俺にトランクの中を見せろ。
 そう考えながら、話を誘導していく。
 ……この会話は佐藤刑事に聞こえているだろうか。

「無関係、だあ? んなわきゃねーだろ」
「それとも子供を捕まえた、なんて言うのはフェイクで……子供なんていないんじゃないですかね」
「そこまで言うなら見せてやる。来い」

 周りを三人に囲まれながら車の後ろに行く。
 大きな頭陀袋が一つ入っており、真ん中の辺りと袋の口に近い場所がガムテープで巻かれている。恐らく胴体と脚だろう。
 袋はトランクが開いた途端にもぞもぞと動いた。
 男の一人が持っていたナイフで袋の底の方を切り裂くと、口にガムテープを貼られたコナンの顔が現れる。

「ほら、これでも知らないってのか?」
「ええ、全く……」

                                                     言いながら。振り向きざまにナイフの男に体当たりした。
「存じませんね!」
「うっ!」

 男がナイフを取り落としたのですかさず拾い、続けて二人目を思い切り蹴り上げた。

「テメェ!」

 トランクの前に立ち塞がり、ナイフを構える。
 誘拐犯とは言え傷付けることは出来ればしたくない。牽制をかけていれば直に佐藤刑事が来るはずだ、時間を引き延ばさねぇと。

 倒れた二人はすでに起き上がっているが、こちらにナイフがあるからか……やや遠巻きになったままで近付いて来ない。
 俺は疑問に思っていた事を口にした。

「この車、盗難車だな」
「へえー、良くご存知で」
 一人がニヤニヤと笑っている。

「レンタカーだ、すぐに借り主が割り出せてもいいはずなのに随分時間が掛かっていた。だから白昼堂々同じナンバーの車を乗り回していたんだ。借り主を割り出されてもすぐに足が付かない、……いや、逆だ。借り主を割り出させて捜査を撹乱する為に」
「ほーう?」

 俺は更に続けた。

「借り主を割り出しても、警察はすぐにこれがお前らに盗難されたものだとはわからなかった。何故なら、借り主はお前らに山中で殺されて自宅に戻ってねぇんだからな。
お前らのミスは、その死体をそのまま山中に遺棄したことだ。だからすぐに発見されて、殺人事件があったことを報道されちまった。
本来ならまた同じように別の車を盗難して次の犯行に及ぶべきだったが、焦ったお前らは日を開けずに同じ車でここへやって来た」

「……さすがの名探偵だな」

 そこまで話すと先程までの嫌味な笑いが消えた。
 そうして、ジリ、と近寄ってくる。

「そこまで解ってるならますますご招待申し上げないと、な」
「行ってもいい。けどこの子は解放しろ」

 すると俺が先ほど蹴り上げた男が、唾を吐き捨てながら言う。
「そうはいかないな。そのガキにはちょっとお仕置きしないとならないんでね」
「……」
 コナンに視線を向けると、静かに鋭い瞳でこちらを見ている。

 まだかよ佐藤刑事、……早く。
 口の中が渇く。
「この車で逃げても非常線、張られてるぜ?」
 その言葉に奴らは笑った。

「だろうな。だからな、仲間がアンタの言ったように今別の車を手配してこっちに向かってるところだよ。この車はどっかで捨てる」
「……また一人、殺したのか」
「職業柄今までたくさん殺してきたからな。今更一人や二人」

 なーるほどな。こいつらつまり、いわゆるヤクザか。
 まあこういう実行部隊は下っ端のチンピラなんだろうが、この手の犯行で有りがちな拳銃を持っていない理由もわかった。
 ところ構わずぶっ放す馬鹿がいるから、下っ端は大抵の場合銃は持たせて貰えない。

「ヤクザが俺に何の用があるって?」
「それは組長から聞いてくれ。お、来たな」

 向こうからワンボックスカーがやって来る。また『わ』ナンバーだ。
 くそ、佐藤刑事遅すぎんだろ……。
 仕方ない。
 俺は奴らがワゴンに気を取られている隙に、コナンを担ぎ上げて走り出した。

「待て!」

 コナンだけでも何とかしねぇと。
 博士の家に駆け込むか?
 いや、博士にコナンを預けるにしても撒いてからでないとまずい。

 ワゴンが追ってきたので、車の入れない小道に入った。
 ……遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる、やっとご到着か……。
 奴らは降りて追ってこようとしたが、サイレンを聞いて車に戻ると急いで発進した。

 あのナンバーも覚えた、品川315『わ』67XX。
 ほぅ、と安堵の息を漏らして塀にもたれ掛かる。
 コナンがむぐむぐ騒いで暴れている。
 その様子が何となく可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「ぷはは、なんかイモムシみてーだな」
 すると怒って「むぐー!」と唸る。
 取り敢えず口のガムテープだけ剥がしてやった。

「いてて……、おい口だけじゃなくて全部剥がせ!」
「オメー逃げるからダメ」
「逃げねーよ!」
「さっき逃げたヤツが言ってもなぁ」

 頬をペチペチ叩いてやると、何とも憎々しげに睨んできた。
 ふぅ、とため息を漏らして視線を逸らす。

「……江戸川コナン、として生きることにしたって?」
「……。ああ。その方が蘭の為にもいい」
「俺達の為にはよくねーだろ」

 するとコナンがハッと息を呑んだ。
 その頬を引っ張りながら俺は尋ねる。

「離れたら、何かおかしくならねぇか?」
「え……」
「何か心が、身体が、引き裂かれるような哀しさと苦しさに襲われるというか。……俺だけか?」

 コナンはそれを聴いて目を見開いてから視線を落とした。
 そうしてボソリと言った。

「……なる」

「やっぱり、な」
 はぁ、と息を漏らす。
「なのに逃げ回りやがって、バーロ」
「んなこと言ったって仕方ねぇだろ。顔合わせてたら泣き言言っちまいそうで……」
「言えよ」

 俺の言葉にコナンは顔を上げた。
 俺は続ける。

「俺同士なんだ。本当なら泣き言なんて誰にも言いたくねぇ。けど俺同士の前でだけなら、いいだろ? 言えばいいじゃねぇか、……蘭を奪らないでくれ、って……工藤新一の身体を返せ、って」
「そん、……」

 コナンが口を噤む。辛そうに瞳が歪んでいる。
 でもコイツは泣かない。
 泣くはずがない、泣いたって事態は好転しないことを俺達は知っているから。

 巻かれていたガムテープを外してやるとコナンを袋から出し、俺は彼をきつく抱き締めた。

「……逃げんなよ。俺は逃げねぇ。それが工藤新一だ。自分の運命から、逃げてたまるかよ」

 その言葉にコナンはフ、と笑いを零す。
「だからって、一生こうやってベタベタし合って仲良しこよしの兄弟やってるわけにはいかねぇぜ?」
「……だから、戻らなきゃならねぇんだ。俺達は」
「……」

 そうだな、と小さく頷いて。コナンが俺を抱き締め返してきた。
 暖かい。安心する。
 この体温は元は俺の中にあった物なんだろうか。
 それとも分かれた時に新たに生まれた物なんだろうか。
「ひとまず、家に戻るか」
 そう言ってコナンから離れ、立ち上がった時。

「工藤探偵、ご同行願いたい」

 後ろから頭に銃が当てられる。
 コナンとの会話に気を取られて後ろを見ていなかった。
 コナンは俺に抱き込まれていたから俺の後ろが見えていなかった。

 両手を上げながら振り向くと、サングラスを付けた男達が三人ほど。うち一人が銃を構えている。
 そして、彼らに護られるように和服に身を包み、同じくサングラスを付けた……先ほどのチンピラより遙かに威厳のある男が立っていた。

「ボスのお出まし、か」
「その脇に車が停めてある。乗れ」

 銃を突き付けた男が言う。
 俺はコナンに視線をやった。

「いいぜ。ただしこの子は関係ない、帰してやってくれ」

「おい、オメーなぁ、」
 コナンが何か言い掛けるが俺は首を横に振る。

「ここら辺でケリ、付けねぇとな」
「……」

 一度息を呑んでから。
 コナンは、言う。
「だったら俺も連れてけ」
「駄目だって言ってんだろ」
 俺がコナンを睨むと、

「いいだろう、子供は解放してやってもいい。お前には我々の指示に従ってもらう」
 ボスらしき男が通路の向こうを顎で促した。

 銃を突きつけられながら行ってみると、リムジンが一台停まっており、後部座席のドアが開けられている。
「乗れ」
「いかにも、って感じだな」
 呟いた時、脇をスッとすり抜けて車に乗り込んだ影があった。
「わー、すごいかっこいい車だね。僕こういう車見るの初めて!」
「バッ、コナン、降りろ!!」

 何やってんだこのクソガキ、人の苦労無駄にするつもりか!
「おじさん、僕も一緒に行きたい」
 コナンがニコリ、と微笑むとボスは少しの間黙っていたが。やがて隣にいた男に黙って顎で指示を出した。

「ボウズ、遊びじゃねえんだ。降りろ」
 そう言って指示された男はコナンを捕まえようと腕を伸ばすが、コナンは奥の方に引っ込んでしまう。

 なるほど。
 関係のない者は巻き込まない。いわゆる仁義、って奴をこのボスは持っているように思った。
 てことはあのチンピラ共はシッポ切りされたな。コナンが通報すればチンピラの顔は割れる。
 もしくはすでに殺されているかも知れない。

 手下の男が乗り込んでコナンを引っ張り出そうとしているが、すばしこくて捕まえられないようだ。

「もういい! グズグズしてるとその辺うろついてるサツが嗅ぎ付ける、その子供も乗せてけ!」
 ボスの指示に手下は仕方なく諦める。
 俺も車に乗るよう促され、中でニヤリと笑っているコナンを睨んでやった。

「……バーロ」
「何とでも言え」

 車が走り出し、コナンはまるで好奇心の強い子供のように窓に張り付いて外を見ていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 道筋は大体頭に入った。
 ただ、奴らが新一に何をさせる気なのかが気になる。
 工藤新一なら出来る調査、なら俺にも出来るはずだ。……体格の差を除いては。

 ややあって、どこかの純和風家屋の門の前で車は停まった。
 促されて降りる。
 ボスらしき男が懐から何か出して来た。
 飴玉と一万円札だ。

「ボウズ、これ持ってお家に帰んな。少し遠いだろうからタクシーでな。そして今日あった事は忘れるんだ。ボウズの事追い回してた怖い奴らはもう居ないからな」

 やはりな、あの下っ端共は仕事を連続ミスしたことで消されたんだろう。
 白昼なのに、顔を見られる状態で誘拐騒ぎなんて起こしていたのがそもそもの失態だし、レンタカーを奪った相手の遺体があっという間に発見されたのもミス。
 一般人に手を出しているというのもマイナス点だ。

 おまけに工藤新一の拉致は二回とも失敗し、顔を見た俺を殺すのにも失敗してるんじゃこの組との繋がりがあからさまになっちまう。

「帰りたくない」
 作り声で駄々をこねた。

「帰るんなら新一兄ちゃんと一緒がいい」
「……」

 ボスは黙って何か考え込む仕草を取る。
 手下の一人が、ボスに声を掛けた。
「組長、私がそのボウズ送っていきやしょうか」
「……」
 まだ考え込んでいる、何を迷っているんだろう。
 ボス……組長は、手下には答えず新一に向き直った。

「手荒な真似して悪かったな工藤探偵。おいテメェら、大事な客人だ。丁重におもてなししろ。その子供もだ」

 新一が目を丸くしている。
 なるほどな、なんて俺は感心してしまった。新一も同じだったに違いない。

 ヤクザが何だかんだでこの時代に生きていられるのは、まさしく「仁義」って物が存在しているお陰だろう。
 敵となる者には容赦無く手を下すが、無関係の一般人には手を出さない。
 むしろ一般人に被害が及びそうになれば守ったりもするのかも知れない。
 だから事件が起こって現行犯として取り押さえられたり、麻薬を扱っているのであればその麻薬取引の情報が漏れてしまったり、そんな事がない限り見逃されているに違いなかった。

 一方、入ったばかりの下っ端な奴らにはその仁義は育っていない者が多いのは、想像に難くない。だから一般人にも手を出すんだ、組の看板を笠に着て。

 組長が仮面を外す。
 顔には右目の上に斜めに傷が入っている。松本管理官とはちょうど逆方向だ。
 いかめしいが凛々しいその顔からは、組織のボスとしての風格が漂っていた。

 たくさんの手下達が並んで組長を出迎える。
 玄関先には「橘組事務所」という看板が掲げられていた。
 乱雑に数足の靴が脱ぎ捨てられている。
 組員の物なんだろうが、整理していないところを見ると何か事件が起こっており……整理する暇もなく組員がドタバタ出入りしていることが伺える。

 靴箱にはきちんと揃えられた若い女性向けの靴が数足……大きさや趣味から言って同じ人物の靴だろう。
 冷や汗を流しながらも組長の後に付いていくと、畳敷きの広間に通された。

 組長が高座に座る。
 組長の後ろには見事な掛け軸と生け花があった。
 向日葵と白いアマリリスがやたら主張している。珍しい組み合わせだな。
 俺達は組長の前に正座した。

 組長は俺に目をくれると、小さく笑って言った。
「大人しいボウズだ。それに賢い。工藤探偵、アンタの弟か?」
 新一はそれに首を横に振る。
「弟みてぇなモンだけど兄弟じゃない」
「ふぅん、随分似てるがな」
 じゃあ何なのか、を組長は問う事はしなかった。何か事情があると察したんだろう。

「おい、人払いしろ」
 手下に言うと最初のボディガード以外の手下は部屋から出て行った。
 内、一人が俺を持ち上げて連れ出そうとする。

「待って、僕も話聞きたい」
「ボウズには関係ねぇ話だ。おじさんが遊んでやるからこっち来な」
「でも……」

 すると組長が「いい、置いとけ」と声を掛けた。
「しかし親分」
「どうせガキが聞いても解かんねぇ話だ」
 言われてその手下は渋々と俺を下ろし、出て行った。

 組長は新一に顔を向ける。
「で、だ。工藤探偵、アンタに来てもらった用件、なんだがちょいと人探しを頼みてぇんだがな……」
 彼が続きを話そうとした途端に新一が口を開いた。
「お嬢さんの行方調査ですね」
 組長が目を見開く。

「……どうしてそれを?」

「玄関に、女性物の靴がありました。たぶん奥さんか娘さんの物でしょう。ですが、奥さんがいらっしゃるならこの場に同席しているはず。奥さんの行方調査かとも考えましたが……奥さんは亡くなられてるんだろうと思いました」
「何故そう思う」

「この部屋の花の生け方が恐らくそうだと。こういった大事な部屋の花は恐らく極道の方に奥さんがいらっしゃる場合、奥さんが生けられるはずです。
しかし今貴方の後ろにある花は向日葵やアマリリスをメインとした、大きく力強さを象徴した男性が好む花が多い。……貴方がご自身で生けてらっしゃるんですね?」

 新一がそこまで一気に言うと、組長はほぅ、と顎に手を当てた。

「なら、探してる相手が娘だと考えた根拠は」
 新一はそれに頷いて語りだした。

「僕達が丁重な扱いを受けた事がそのきっかけです。貴方の身内に危険が及んでいる、だから僕が冷静に推理をしてくれないと困る。
脅し付けて無理矢理言う事を聞かせては、動揺させてしまいますからね。それから、コナンを帰そうとした事。
コナンを人質にして脅す気は無いと言うことからも、依頼対象はよほど大事なお方……つまり、組員ではなく貴方の身内だと考えました。それと先ほど申し上げた玄関の靴。
乱雑に脱ぎ捨てられた中、その女性物の靴だけが整理されて、靴箱にしまわれていましたね」

「まぁな」
 組長が頷く。

 新一は頷き返して、続ける。

「奥さんの物でないなら、その靴はお嬢さんの物だろうと考えました。ならばお嬢さんが、お出かけかよほどの反抗期で無ければこの席に現れるはず。
なのにお嬢さんが現れないと言う事は、お嬢さんが来られない事情がある。先程からの情報を総合し……お嬢さんの行方調査を依頼されたいのではないかと考えたのですが。
いかがでしょうか」
「……」
 組長は茫然としている。

 新一は真っ直ぐ相手を見据えた。
 ……そうしてからややあって。
 組長が、高らかに笑いだした。

「流石、天下に名立たる名探偵だ! やはりアンタしかいないな。すまねぇがこの老いぼれの頼み、聞いてやってくれねぇか」
「貴方はまだまだお若いでしょう」
 新一が小さく笑った。
 確かに見目は五十そこそこ、しかも鍛えた感がある。老いぼれと言った風情じゃない。

 組長は頷いてから、手下に顎で何かを示した。
 手下が資料を取り出す。
 新一がそれを受け取り、俺は横からそれを覗きこんだ。

「ボウズが見たってわかんねぇぞ」
 組長の言葉に、
「これ、この前検挙を受けて書類送検された、明友会の資料だね」
と思わず口にしてしまった。
 あ、やべ、と思って自分の手で口を塞ぐと新一がジトっと見ている。

「ってこの前テレビで見たけど、ケンキョとかショルイソーケンってどんな意味なのかな、あはは」
「さすが工藤探偵の身内のボウズだけあって、賢いな」
 組長は笑っているが、あんまり地を出すのは今はやめておこう。いつもみたいに麻酔針を使ったり、誘導して他人に推理させる必要は無い。

「ここと今、シマ争いしてんだよ。検挙があってこっちが一歩リードしたけどな。それで焦った奴らが……」
「お嬢さんを攫った可能性が高い、と」
 組長が頷く。

 おいおい、また誘拐事件か。
 やっぱそういう星の巡り合わせなのかも知んねー……。
 はぁ、とため息を漏らす。

「彼らがお嬢さんをどこに隠しているか、ですね。取引の材料に使うならまだ殺してはいないはず。お嬢さんは無事です」
 新一の言葉に、組長の安堵した顔が見て取れた。
 最悪の事態は覚悟していたんだろう。そこに無事だと太鼓判を押されて喜んだのは、傍目にも明らかだった。

「ねぇ」

 俺は横から口を突っ込んでみることにする。

「極道の人って基本的に普通の人には手を出さないんだよね?」
「ああ。下のモンは憧れだけでこの世界に入ってきて、その流儀が解ってねぇ奴が多いがな。どこの組も上のモンは大抵が仁義を守ってるはずだ」
 それを聞いて、俺は頷いた。

「ならさ、僕がお嬢さん助けに行ってこようか?」
「…………は?」
 組長が目を丸くする。
 一方新一は呆れて睨んでいた。

 新一と目を合わせないようにして、俺は組長に更に言った。
「まさか子供が救出係だなんて、向こうも思わないでしょ?」
「いやまあ、子供の鉄砲玉なんてあまり無いからな、油断するだろうが……成功率も当然低い。ボウズが出る事はない」

 その組長の言葉に俺は首を横に振る。
「僕、『鉄砲玉』なんかになる気はないよ」
 組長が言葉の真意を図りかねたのか、黙り込んだ。
 新一は困った笑顔を浮かべながら組長に言う。

「コイツなら大丈夫です」

 言葉が出ない彼を他所に。
 新一が、更に言う。

「下手な『鉄砲玉』を使うより、遥かに成功率は高いでしょう。ただし、相手のボスを殺す気はありません。あくまでお嬢さんの救出。それに絞ってコイツを使いたいんですが、よろしいですか?」

 新一の勢いに……組長は圧倒されていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「オメーの思考パターンが読めるのがこれだけ恨めしいと思ったのは初めてだぜ……」
 出された茶を飲みながら俺はげっそりとしつつ言った。

「おっちゃんが事件現場で俺をポカポカ殴る気持ちがやっと解ったよ。ガキの癖にすっげーうぜー」
「俺の癖にオメーが言うな。んなこたいいからとっとと作戦練ろうぜ」
 出されたオレンジジュースを口にしながらコナンが言う。

 俺は頷いて、二人きりの客間で明友会の資料を開いた。
 策を練りたいので二人だけにしてくれと言ってある、他人がいると考えに集中出来ないからと。

 明友会の場所は杯戸町。米花にあるここからはそう遠くない。

「コナン、どう思う? お嬢さんの居場所」
「あー? ンなモン杯戸にはいねぇだろ」

 コナンの考えと俺の考えが合っていたので話を進める。

「なら監禁場所は……」
「居るなら、米花、だな」

「俺もそう思ってたところだ」
「なんでそう思う?」

「事務所に襲撃があったらすぐにお嬢さんが取り返される。監禁は別の場所だ。じゃあコナン、米花だと思う理由をどうぞ」
「米花にはこの組と警視庁がある。まさか橘組の足下、更に言えば警視庁の足下でそんな犯罪堂々とやってる訳がねぇ、って心理を逆手に取ってるだろうな」

 服部以上に話がスムーズだ。

 当たり前と言ったら当たり前なんだが、何も言わなくても同じ回答を導き出せる。しかもそれは互いの回答が間違っていないだろうと言う自信の元に。
 なんだかそれが、妙に心地良かった。

「コナン、オメーが救出役を買って出たのは監禁場所が明友会の事務所じゃないってわかったからだな? 組に乗り込むなら厳しいが、これなら頭脳と探偵グッズがあるなら子供の身体でも何とか出来る範囲だ」
「ああ。それに見張りは少ねぇだろうしな」
 そこまで話してから、コナンは急に俺を睨み付けた。

「なんか俺ばっかり推理してねぇ?」

「バーロ、オメーの回答が正解だって言ってんだよ」
 それからもう一度資料に目を落とす。

「コナンがお嬢さんのところに行ってる間、こっちは足止めしとく必要があるな」
「足止めなぁ。ここのヤクザのおっちゃん達に襲撃させる訳にはいかねぇしな。ぜってー殺し合いになる」

 コナンの言葉に少し、考え込む。
 俺の考えている仕草を見てコナンが目を細めた。

「俺が今思い付いたアイディアとどう考えても同じこと考えただろ。……止めとけよ?」

 コナンの言葉に俺は小さく笑う。
「でも犠牲を最小限に出来る方法だぜ? もちろん、ただ一人の犠牲も出さない意味で、だ」
「……」

 今度はコナンが考え込んだが、やがて諦めたようにため息を漏らした。
「しゃーねぇな。一番穏便に済ますのはそれしかなさそうだ」
「だろ?」
 ニヤリと笑ってみせると、
「ヘマすんなよ」
 コナンもニヤリと笑う。

 さっきも思ったことだが、こうした会話をしているのが本当に心地良い。
 ……少しだけ、元に戻らないでこのままでいてもいいかな、なんて思ってしまった。

 でもそんな訳にはいかない。そう思うのは今こうして顔を合わせているからだ。
 これが姿の見えない位置に行けば、途端に辛くなることはわかっている。

 大丈夫、コナンには麻酔銃もボール射出ベルトもキック力増強シューズも、蝶ネクタイ型変声機もある。
 ……気付くとコナンが睨むように俺を見ていた。

 わかってる。コイツからすれば俺のやることの方が遥かに危険だ。 
 だがヤクザの奴らには任せられない。
 俺だからこそ出来ること。

「んな顔すんな、大丈夫だよ」
 頭を撫でてやるとコナンは視線を逸らして口を尖らせる。

「バーロ、誰も心配なんてしてねぇよ。死なれたら元に戻れなくて困るからだ」
「我ながらツンデレだよなぁ」
「デレてねぇだろ……」

 はぁ、とコナンが呆れて睨む。
 俺は何となく可笑しくて。
 コナンの頭をポンポン叩いていた。




 明友興行。そう書かれた看板のあるビルの前。

 鉄砲玉というならむしろ俺の方が立場が近いな、そんな事を考えて苦笑する。
 橘組の組長には少し準備する事があると伝えて出て来た。救出に向かうと告げてしまうと、護衛やらなんやらが俺達についてきそうだったから。

 ……これは、交渉だ。

 例えヤクザ同士の抗争とは言え、少なくとも俺が関わった範囲では、死者はなるべく出したくない。

 自動ドアを抜け、中に入ると……あー、良くいるよなこういうヤクザやらチンピラやら。
 スーツの前をわざと閉めていない柄の悪そうな男が何人かうろうろしている。
 そいつらは俺に気づいてこちらにやって来た。

「あんちゃん、何の用だ? ここはアンタみたいな若造が来る所じゃねぇんだが」
 サングラスに白いスーツの男が言った。
 俺は少しだけ躊躇った振りをしてから、手にしていた書類入りの封筒を見せた。

「こちらの社長に届けなくてはならない書類があるんです」
「そんなら俺が社長に渡す」

 そう言って手を差し出してくるが、サッと後ろ手に隠す。

「社長以外がご覧になると大変困る代物ですので」
「そんなモンをなんであんちゃんみてぇな若造が持ってくんだ? ホラこいてんじゃねぇぞ?」

 この前の検挙のせいもあるんだろう、かなりピリピリしているようだ。
 俺はニッと笑って封筒を片手にしながら両手を上げた。

「言っときますが、他所の組の鉄砲玉とかじゃありませんよ。こちらの社長に大変有益な情報です、通して頂けませんか」
「……」

 相手は黙ると携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。
 しばらくして。

「ボディチェックがOKなら通していい、だとよ。ったくこんな時にこんなガキを」

 何やらブツブツ文句を言っている男を後目に、他の奴らが俺の身体を調べ始める。
 念の為封筒にも触れ、本当に書類しか入ってないようだ、と確認すると「通れ」と顎で促された。

 十二階。最上階にエレベーターは止まり、周りをヤクザに囲まれながらやってくる。
 一人が「アニキ、入ります」とノックした。

「おう、入んな」
 返事があり中に足を踏み入れる。

 一見するとただの社長室なんだが……壁を見ると日本刀やらライフルやら、銃刀法違反で今すぐしょっ引かれそうな物がずらりと飾られていた。

 こないだ検挙されたんじゃなかったのかよ。まあ、見つからないように隠してたんだろうが。

「んで? 俺に見せたいモンってのは何だ?」
 こちらのボスは四十代くらいだ。

 スーツ姿で橘組の彼より体格がいいが、髪に白髪が混じっている。そのせいで若干老けて見えるから、もしかしたら三十代かも知れない。
 四十代前後で白髪か、修羅場くぐってんだろうな。なんて非科学的なことを思ってしまう。
 ヤクザの頭、という風格はこの男からも感じられた。

「その前にお人払いを。他の方に見られたら、……恐らく貴方の方が困る物でしょうから」
「困るかどうかは俺が決める。見せな」

 やれやれ、とため息を漏らして封筒を渡す。
 それを開いた彼は中を見て、歯ぎしりした後。

「おい、この小僧以外は部屋を出ろ」
 と手下に命じた。

「しかし、アニキ……」

「いいから出ろって言ってんだろ!! それからこの部屋に近づくな!!」

 ボスの怒鳴り声に圧倒され、子分たちは部屋を出て行く。
 脂汗をかきながら、ボスが言った。

「どこでこの情報を……。何モンだ、テメェ」
 ボスの言葉に。
 笑みを浮かべながら俺は答える。

「工藤新一。……探偵、です」

 それを聞いてボスは息を呑んだ。

「なるほどな、探偵か。思い出したぜ、高校生の癖に迷宮入り無しの名探偵がいるってな。なら素行調査はお手の物、か。……要求はなんだ?」
 それを聞いて、俺は頷いた。

「橘組との抗争をやめて下さい」

 ボスは少しだけ固まったが。
 続いて大きく笑い出す。
「アホなことほざいてんじゃねぇ、今更止められるか!!」
「何故です? あなたは僕が調べた限りでも頭の悪い人じゃない。無駄な抗争なんて、あなたならいくらでもやめられるはずです」

「無駄じゃねぇからだよ。……大事なんだ、シマってのはな。それこそ組員の生き死にに関わってくる」

「……他の組員を殺してでも自分の組は守る、と?」
 問うと、ボスは深く頷いた。

「それが極道の世界ってモンだ」
「……」

 目を細めて相手を見つめ。俺は、吐き捨てながら言った。
「下らねぇな」
「なにぃ?」

 ボスの眉が吊り上がる。

「下らねぇ、って言ったんだよ」

 そう言って睨んで見せると、ボスは拳銃を一つ手に取りながら立ち上がり俺に銃口を向けてきた。

「ガキ、殺されてぇみたいだな」
「そうやって何でもかんでも殺せば楽なんだろうな」

 冷や汗をかきながらも、強気な姿勢は崩さない。
 あくまで相手より優位だという姿勢を見せ続けなければならない。彼らのような世界の人間には、弱みを見せたら終わりだ。
 彼を脅したあの書類の内容がある限り、優位性はまだ俺にある。

「……でもな。俺はアンタがそんなに愚かだとは思えねぇんだよ」
「何?」

 ボスがやや聞く体制になり、しめた、と思った。

「そうやって人を殺す度に相手の業をしょってくんだ。上になればなるほど、その重さはわかってるはず。でもやめられない。組を背負ってるから? 違うな、自分の意地の為だけだ。
ここまで登った誇りと意地を守る為だけに、アンタ達は自分の組員も相手の組員も巻き添えにして、地獄に地獄を塗り重ねてんだよ」

「……」
 ボスは黙っている。

 俺は一つ、大きく息を吸い込んでから。彼に言った。

「抗争なんて、傍から見たら下らねぇことばっかりだ。アンタらの抗争の話だけじゃねぇ、国と国との戦争だって同じだ。どちらかが大人なら起こらない。
大の大人が五歳の子供と玩具取り合って喧嘩するか? 大人なら譲るだろ? そういう事だよ、抗争なんて止めようと思えばいつでも止められる。
どちらかが大人なら止められる。一歩譲る勇気があればな。だが相手の言いなりになんのと勇気があるのとは違う。賢さの伴わない勇気はただの無謀だ。アンタにはその賢さがある。
……俺は極道の世界ってのを全面的に認めたわけじゃねぇ。だが、殺人と麻薬を扱わない他の流儀で生きるなら……飽くまで一般人には手を出さない、って流儀を貫くなら……ある程度は認めるべき『仁義』がある。
そう思ってんだよ、……どうだ? どうなんだよ、それが通じる仁義がアンタにはあるんだろ?」

 一気にそう話すと、ボスは諦めたようにため息を漏らした。

「それは正論なんだがな。正論じゃどうにもならん域に来ちまってんだよ、極道の抗争って奴はな。人殺しも時には必要な事がある。大事な何かを守る為ならな」
 彼は切なそうに視線を落とす。
 俺は、ふぅ、と息を一つ吐いた。

有希子さん

「……業が深いよな。人殺しが必要な時なんて、本当なら有り得ないんだ。それをしないと生きていけない業の深さがあるってのは……悲しい話だ」

「そんなセリフが出る高校生のガキ、ってのも笑えるな」
 ボスはその段になって初めて椅子から立ち上がった。
「……こないだ攫った橘の娘のことを言ってんな?」

「ええ。そちらは僕の手の者が救出に向かっていますが、出来れば穏便にすませたいんです」
 それを聞いて、ボスはふぅむ、と顎を撫でる。

「兄ちゃん、その度胸気に入った。明友会に入らねぇか?」

「すみません、……探偵、って仕事が天職なもので」

 俺の言葉にボスは可笑しそうに笑った。
「なら俺に不利なことが起こったら弁護頼むわ」
 探偵は弁護士じゃねぇんだが……。

 そんな事を思ってしまうが、仮に何かの事件が起こって、彼がその真犯人でないのなら、それを証明してやる事くらいなら出来る。
 敢えて弁護士との違いは口にせず、俺は。

「……弁護しきれないような愚行を起こさないことを、祈ってます」

 そう、答えた。

書いた本人がいうのも難だけど存外に長い……
あともうしばらく続きます、サーセン




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 米花にあるビジネスホテル全てに、大人の声……おっちゃんの声と名前を借りて、電話しまくった。
 工藤新一の名で問い合わせようか迷ったが、工藤新一はあまり表舞台に立ってはまずい。だからわりぃがおっちゃんの名を借りた。

 殺す気がないなら、管理が便利な施設に監禁してるはずだ。
 監禁が便利な施設。それはホテル。

 それもラブホテルやリゾートホテルじゃなくて、あくまでビジネスホテル。
 ラブホテルに何日も滞在するのはおかしい。
 リゾートホテルだと、客は遊びに出掛けていると思い込んでマスターキーで勝手に入って来る清掃員がたまにいる。
 高めのビジネスホテルなら清掃員を確実に断ることが出来る。

 明友会、の名に反応したのは三軒。うち二軒は客のプライバシーに関わるから泊まってるかどうかは答えられない、とのこと。

>>215
ゆっくりやってくれや
ゆっくり楽しませてもろとるで

 そう答えた時点で関係者が泊まってるってバラしてんだがまあいい、反応から見てもそっちは無関係だ。
 重要なのは残り一軒。

「いらしているんですが、その……。宜しければ毛利探偵にご相談申し上げたい事があるのですが……」

 ビンゴ、だ。
 ここまで素直に反応が来るとは思わなかったが、かなり迷惑しているんだろう。

 しかも明友会って言ったらこないだの検挙があるとは言え、かなりの大きい組織。
 この事を警察に言えばホテルを組の者で襲う、位の事は言ってるのかも知れない。

>>217
あざす(´;ω;`)

「お話を伺わせて頂きたいのですが、今軽く概要を教えて頂けますか? こちらも少し準備などがあるもので」

『はい、……毛利さんは暴力団の明友会についてお電話くださった、という事でよろしいですね?』

「ええ。その組員が泊まり込んでいるホテルを探していました。恐らく何かの事件に関わっています」

『そ、そうですかやっぱり……。明友会の名前で連泊を申し込んで来たのまではいいんですが、それからずっと部屋に籠ってる何かしているようなんです。
出掛けると言えば時々コンビニに食事を買いに行くぐらいですね。明らかに怪しいんで警察に相談しようとも思ったんですが、でも何かした現場を見たわけではないし、下手な事をすると報復が恐ろしくて……。
毛利さんのお電話は天からの助けです。うちのホテルで麻薬の取引や殺人でもされた日には……』

 ふむ、と頷いて、先を促す。

「では、何号室か教えて頂いてよろしいかな。場合に寄っては警察が踏み込みますので。もちろん、そちらのホテルに報復などが無いよう配慮致します」
『は、はい、12階の1205室……です』
「泊まっているのは何名ですか? 性別は?」
『男性が二名、です』
「わかりました。それでは後は我々に任せて待機をお願いします。警察が来た場合、すぐに部屋番号を教えてください」
 電話を切る。
 居場所はわかった、人数も。

 女性が入っていないと言うことは隠して連れ込んだんだろう。

 さーて、ちっと灰原にご協力願うか。

 そういや、さっき使っちまったからボールの補充、どうすっかな……。
 道中で適当なボールでも買うか? 博士のところに行く時間が惜しい。
 そんな事を考えながら、彼女の番号を呼び出す。

『はい。どうしたの江戸川君』
「頼みたいことがあるんだ。これからしばらくしたら、俺の探偵バッジからオメーのバッジを鳴らす。鳴ったらそれには応答しないですぐに佐藤刑事に連絡してくれ。佐藤刑事には、米花プリンスホテルのフロントに来て欲しい、それだけでいいから」

『……今度は何をしでかす気なの?』

「わりぃけどそれは終わったら話すよ。……いいか、俺から呼び出しが掛かるまで警察には言うなよ。下手なタイミングで警察が来ると人が死ぬ恐れがある」
『その話を総合すると……米花プリンスホテルで起こっている、何かの事件の中にあなたは飛び込んで行くつもりで、しかもあなたが直接警察に連絡出来ない状況に陥る可能性が高い。ということね。工藤君はどうしたの? 一緒じゃないの?』

「ハハ、さすが灰原だな。新一は同じ事件の別部隊として動いてる」
『事件を呼び寄せるまではまだしも、自分から飛び込んで行くのは大概にした方がいいわよ』

「仕方ねーだろ、人の命が掛かってんだし」
『……。ま、いいわ。言うとおりにしてあげるからちゃんと無事に帰って来なさいよ。でないと、明日からあなたの事苛めてあげられなくなって、つまらないから』

「ドSだなオメー……。取り敢えず頼んだぜ」

 本当なら暴力団関係だから組織犯罪対策部の方がいいんだろうが生憎親しい刑事がいない。それに先日から一等、俺達と関わっていた佐藤刑事の方が話が通じやすいだろう。
 よし、これで準備万端だな。と思った矢先に探偵バッジに通信が入った。

 なんだ? と思って出てみると。

『コナン君! 少年探偵団に依頼が入りましたよ! 猫探しだそうです、すぐに集合してください!』
 ……しまった、コイツらの存在忘れてた……。

「えーとな……悪い、今日出掛けてるからそっち行けねーんだ。オメーらなら解決出来ると思うから頼んだぜ。あ、それと灰原も連絡取れないからアイツは誘うなよ」
『えっ!? まさかコナン君と灰原さん、二人だけでどこかに!?』

 ワナワナと声が震えたかと思うと今度は

『コナン君、哀ちゃんと二人だけで出かけるなんてずるーい!!』
『おいコナン俺達も連れてけよ!』

 わいわいとバッジの向こうで騒いでいる声が聞こえる。
 あー、もうコイツらどうすっかな……。

「ちげーよバーロ。じゃあお前ら、猫探し終わったら博士んち行って灰原と一緒に待ってろ。あ、俺と灰原は一緒にいねーからな」
『あ、はぁ、ハイ、わかりました』

 通信を切る。
 要らない連絡をさせない為には対面させとくのが一番早い。
 後は灰原が適当にあしらってくれるだろう。
 まさかホテルに、佐藤刑事と一緒に探偵団ごと乗り込んで来はしないはずだ。

 ……来ない、よな?

 アイツらの顔を思い浮かべて、俺は何となく不安になった。







 米花プリンスホテル、1205室。「起こさないでください」の札が掛かっている。
 俺は脇に途中で買ったサッカーボールを抱え、麻酔銃の照準レンズを立ち上げてから、変声機で声を調整してドアをノックした。

「失礼します、お客様。フロントにお荷物が届いていたのでお届けに上がりました」
 程なくして部屋の中から返事が来る。
「ああん? 誰からだ?」
「差出人は明友会、高嶋秀三様……となってらっしゃいます。食品のようですが」

 中から「頭からの差し入れじゃねぇか?」と聞こえてくる。
 ドアが開いた。よし。

 出て来た相手へ出会い頭に麻酔銃を打ち込むと、相手は声も上げずにドアにもたれ掛かった。

 おい、どうした? と二人目がやって来たのですかさずキックの出力を最大にして、ボールを打ち込む。
 相手の顎に命中し、目標の人物はあっさり後ろに倒れた。
 ボールが脇に転がる。

「ふー……」

 中をそっと覗き、念の為見回す。

 ベッドに若い女が手足を縛られ、目隠しと猿轡されて転がされていた。
 うん、これ以上仲間はいねぇな。

 女性に歩み寄ると今の音に驚いたらしく、俺が近づくのに怯えている。
「大丈夫? お姉さん、助けに来たんだよ」
 ひとまず手を解放してやると、今度は脚をはずしてやる。その間に彼女は自分で目隠しと猿轡を外していた。

「ぼ……坊やが?」

 明らかにただの小学生が助けに来たとなれば、そりゃ驚くだろう。

「お姉さんのお父さんが工藤新一、って探偵のお兄ちゃんに依頼してね。ここを見つけたんだ。僕はその手伝い。明友会には新一兄ちゃんが向かってるよ」
「明友会に!? 駄目だよ、今彼らはいきり立ってるから危険なんだ!」

 動揺する彼女の言葉を聞きながらシーツを剥がし、縦に裂くとそれでチンピラ二人を縛り上げながら答える。
「新一兄ちゃんなら大丈夫。それより今警察に連絡するね」

 言って携帯を取り出す。
 これなら灰原の手を煩わせる必要はねぇな、そう思って佐藤刑事の番号を電話帳から呼び出そうとした。

「おっと、その電話こっちに寄越してもらおうか」
「……」

 入り口を睨むと、こちらに銃を向けた男が立っている。

「……もう一人居たのか」
「交代しに来たらこのザマだ。大人二人をどうやって縛り上げた? ガキ」
「さぁ」

 やれやれ、結局灰原に頼むことになりそうだ。
 携帯を手渡す。

「ちっ、場所移動する羽目になりそうだな。どうやって大人二人倒したかわかんねぇが小僧、お前も一緒に来てもらうぜ」

 相手が縛られた仲間に目をやっている隙に。
 俺はポケットに忍ばせたバッジのスイッチを押す。
 後は時間稼ぎすれば佐藤刑事達が来るはずだ。

 その時。

『おいコナン、一体何やってんだよ! 灰原に連絡すんなって言っといてお前が連絡してくるって、やっぱこっそりなんかやってんだろ!』
『ち、ちょっと小嶋君、それダメ!』
『元太君ー、灰原さんのバッジ勝手に出ちゃダメですよー』
『だってピーピー鳴ってんのに灰原が全然出ねーからよー』

 …………………………。

 コイツら、猫探しはどうしたんだよ。そんなに簡単に見つかったのかよ。
 いや、……コイツらの動向を読み切れなかった俺のミス、だな完全に。

 ああ、もうダメだ……。
 すっかり毒気を抜かれて脱力してしまった。

 男が近寄って来て強引に俺の腕を掴み、ポケットから引っ張り出す。

「小型のトランシーバーか?」
『コナン、今の声誰だ?』

 男は足下に落としてバッジを踏み付ける。
 もうバッジから音はしなくなった。

「ガキが探偵きどりか。おい、橘の娘! 立ってこっちに来い!」

 冷や汗をかきながら彼女を見ると彼女はそれでも気を保っているようで、相手を睨みながら歩み寄る。
 さすが極道の娘だけあって普通の女性より気が強いようだ。
 男は彼女を抱き寄せると、腰に手を回して脇腹に銃を当てた。

「小僧、付いて来い。言っとくが妙な真似したり逃げようとしたら、この女撃つからな」
「……わかった」

 警察は灰原の通報によってこちらに向かってはいるはずだ、だが人質を取られていては……。

 男が、俺が後ろにいるのを確認しようと振り向いた時。

 いきなり男の身体が弾き飛ばされた。
 拳銃も床に転がる。

 ハッと見ると新一、それに見知らぬ男がいた。
 新一は上げていた脚を下ろす。

「セーフ、だな」

「オメーなんでここに……」

 ぽかん、と見ていると新一と一緒に来た男がサッと拳銃を拾い、懐に隠した。

「ったく、組のチャカ勝手に持ち出しやがって」
「頭……」
 蹴られた男が唖然と見ている。

「勝手に持ち出したケジメは後で付けてもらうからな。おい、サツが来る。ズラかるぞ。そいつら解け」
「へ、へい……」

 男達は二人で伸びている奴らの縛めを解くと、二人でそれぞれ肩に担ぎながら出て行く。

 去り際に頭と呼ばれた男……が新一を見た。

「工藤君だったな。今回はお前の度胸に敬意を表して、だ。奴らとの抗争は止めねぇ」
「貴方達の業の深さは、僕にはどうにも出来ない範囲のようですから」
「だがオメーみたいな考え方は嫌いじゃないぜ。またな、工藤君」
「ええ」

 新一は彼らが去る様子を目を細めて眺める。
 おいおいまた会う気かよ、ヤクザに。

「いいのか? 逃して」

「ああ……。この場所を教えたら見逃す、って約束だった。ま、近い内に足も付きそうだったしな。お嬢さんが証言したら、だけど」
 言いながら新一は彼女を見た。

「……ご無事で良かった」
「あの、あなたは……」
「あなたのお父さんに頼まれてあなたを助けに来ました。……工藤新一、探偵です」
「そ、そう。見たことあると思ったらあなた、あの有名な……。私は橘百合香。ええと、……そっちの坊やの方はお名前は?」

 彼女がいきなり俺に向かって言ったので一瞬戸惑ってしまった。

「僕は、江戸川コナン。新一兄ちゃんと同じ、探偵だよ」
「そう……」

 俺の言葉を聞くと、彼女……百合香さんは嬉しそうに微笑んだ。
「こんな小さな子が乗り込んできた時、夢かと思ったよ」

「ハハ、……しかしコナンが二人倒しててくれて助かったな。向こう銃持ってたし、三人で反抗されたらあの親分がいてもヤバかったかも」
「ちぇ、仲良くなってんじゃねーよ。これなら新一と一緒に乗り込んだって同じだったじゃねぇか」
「んなこたねーよ。先にオメーに気を取られて油断しててくれたから、あっさり倒せたんだ」
「……俺は要するに囮か」

 不満げに言うと新一は俺の頭をポンポンと叩いてくる。

「あの親分が物分り良くて運が良かっただけなんだって。そうでなきゃどうやって乗り込もうか、それともオメーがお嬢さん連れて帰って来るの待つか、まだ考えてたとこだったしな」
「物分りがいい、って問題じゃねーだろ。何か脅しのネタ使ったな?」

「あ、やっぱわかるか。こないだの検挙で頭が交代しただろ? 密告があったんじゃないかっ

すいません、>>240ミス。
>>242に訂正お願いします。

 俺の言葉を聞くと、彼女……百合香さんは嬉しそうに微笑んだ。
「こんな小さな子が乗り込んできた時、夢かと思ったよ」

「ハハ、……しかしコナンが二人倒しててくれて助かったな。向こう銃持ってたし、三人で反抗されたらあの親分がいてもヤバかったかも」
「ちぇ、仲良くなってんじゃねーよ。これなら新一と一緒に乗り込んだって同じだったじゃねぇか」
「んなこたねーよ。先にオメーに気を取られて油断しててくれたから、あっさり倒せたんだ」
「……俺は要するに囮か」

 不満げに言うと新一は俺の頭をポンポンと叩いてくる。
「あの親分が物分り良くて運が良かっただけなんだって。そうでなきゃどうやって乗り込もうか、それともオメーがお嬢さん連れて帰って来るの待つか、まだ考えてたとこだったしな」
「物分りがいい、って問題じゃねーだろ。何か脅しのネタ使ったな?」

「あ、やっぱわかるか。こないだの検挙で頭が交代しただろ? 密告があったんじゃないかってな。その密告者が誰か……てのをちゃっちゃと証拠と揃えて密告者ご本人に見せたら、快く協力してくれたぜ」

>>243っスねorz>訂正

 まだ頭にポンポン触れてくるのがそろそろウザい。

「あー、極道の世界って裏切りは最大の罪だかんな、そんなのバレたら頭から降ろされるどころじゃねーな。ってかだからガキじゃねーんだから頭触るのやめろって」

 鬱陶しく思って振り払うと新一は可笑しそうに笑った。
 横で百合香さんも笑っている。

「兄弟みたいだけど、苗字が違うのね」
「ま、ちょっと色々ありまして」

 そんな話をしていると「コナン君! それに工藤君!?」佐藤刑事の声がする。

「コナン君から通報を頼まれた、って博士のところのあの子から連絡があったんだけど……何があったの? いえ、その前に工藤君、あなたさっき私の携帯に……」
「えっと。僕達が襲われた件に関しては一応解決しました、すみません」
「は? か、解決? どういう事?」
「それは後ほど説明します。それでその……コナンの通報の件は……」

 新一が頭をかく。

 俺は百合香さんを一瞥してから、佐藤刑事に向かって言った。

「この部屋に明友会、って暴力団の人が泊まってたのは知ってる?」
「ええ、フロントで聞いたわ。毛利探偵が来る予定になってたって聞いたけど」
「毛利探偵は事情で来られなかったので僕が、代わりに」

 横から新一が言った。
 それに繋げて俺は更に続ける。

「ホテルの人が凄く困ってたんだって。でも何かをしてるの見たわけじゃないし、通報出来ないって言ってたの横で聞いたから、じゃあかわいそうだから僕が、って勝手に知らせたんだけど、逃げられちゃったみたい。やっぱり悪い事やってたのかな?」
「逃げられ、って」

 佐藤刑事は一瞬唖然としたが。何とか気を取り直したのか、顔を引き締めて尋ねてきた。

「で、そいつらはこの部屋で何をしていたの?」
 すると後ろから百合香さんが出て、説明する。

「私と手打ち盃の為の相談をしていたんです」
「手打ち……盃? ええとごめんなさい、あなたは一体どなた?」

 佐藤刑事が尋ねると百合香さんはキリッと表情を引き締めてからお辞儀した。

「橘組頭領が娘、橘百合香。警部さんには大変ご迷惑をお掛けしました。……手打ち盃、ってのは双方の仲直りの為の盃を、頭首同士で交わすこと。
その為の仲裁人を選別していただけで、犯罪は一切行っておりません。彼らはこないだの検挙があったから少し警戒して引き上げただけです。ですがこのホテルの堅気の方にも不安を掛けました。後で詫びを入れたいと思っております」

「そ、そう。まあ、今回は押さえなくてはならない事件、ではないようだし、私の出る幕ではない、という事でいいのかしら……」

 百合香さんは新一が奴らを見逃すと言った意を汲んだらしかった。
 結構頭の回転が早い。頭領の娘として徹底的に教育されてるんだろう。

「ひとまず帰って上に報告しないとね。工藤君達、乗っていって。誘拐事件が解決したって件も詳しく聞かなきゃならないし」
「すみません佐藤刑事。ちょっと色々と事情がありますので、後ほど伺わせて頂きたいんですが……」

 新一の言葉に彼女はやや困った顔をしたが。
 ため息を漏らして、頷いた。

「あなただから信用するけど、落ち着いたら必ず連絡してちょうだい」

 佐藤刑事は一緒に来た警官と共に帰っていった。

「ムダ足踏ませてわりぃことしたな」
「いや、正解だよ。警察呼んでなきゃ明友会の奴らがさっさと引き上げてくれたかわからねぇし、俺が間に合ってなかったらお前また、あのままどっかに連れていかれて殺されてたからな」
「俺もそう思ったから通報の準備してたんだけどな。もうどっか連れ回されるのは勘弁だぜ。あーあ、ガキの身体って、ほんと不便だよな……」

 はぁ、とため息を吐いて頭の後ろで手を組む。

「二人とも、うちに来てくれない? たぶん父さんが待ってるから」

 百合香さんに言われてああそう言えば、と俺達は我に返った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


「工藤探偵、百合香と結婚して跡目継いでくんねぇか?」
「……………………は?」

 何か聞き間違えたかと思った。

「えーと……」
 目を丸くして固まっていると、橘組の組長は更にいう。

「子供の助っ人がいたとは言え、実質一人で解決しちまうなんて大したもんだ、しかも一人も死人を出さねぇなんてな。アンタをウチの跡目に向かえてぇんだ、ぜひ」
 組長の隣には着物に着替えた百合香さん。

 こうして落ち着いて見ていると、恐らく二十歳そこそこなんだろうと思う。

「ま、姉さん女房になっちまうがな。どうだ? ウチの百合香、悪くねぇと思うんだが」

 何を口にすればいいか迷っていると、コナンが目つき悪くニヤニヤとこちらを見て小声で言った。

「良かったなぁ、じゃあ蘭は俺が幸せにしてやっから」
「……元に戻った時困るのはオメーだぞ」
「じゃ、戻るのやーめた」

 …………。

 俺は組長にまた向き直る。

「あの、お嬢さんのお気持ちなんかもありますし……」
「百合香は構わんと言っとる。お前さんの事を以前からの活躍で気にかけ取ったらしいんだが、今回の事で気持ちが決まった、とな」
「あ、は、はぁ……それはどうも」

 間抜けな応答をしつつも彼女を見ると、ポッと赤くなって俯いてしまった。いや、これ本気でやべーだろ。
 ど、どうする? どうする?

 冷や汗……いや脂汗をだらだら流している俺を見て、コナンはため息を吐いてから口を開いた。

「おじさん。新一兄ちゃん、恋人いるよ」

 え、とコナンを思い切り凝視してしまう。
 まだ恋人って言える関係じゃねーぞ、そりゃ互いの気持ちはほぼ確定してんだろうなとは思うが……なんて言うか、んなことコイツも重々わかってるはずだ。

「コレがいんのか。別れな」
「あっさり言わないでよおじさん」

 コナンが困ったように笑う。

「新一兄ちゃん、小さい頃からずーっとずーっとその人のこと好きだったんだ。それがやっと実ったんだから、可哀想なこと言わないであげて」

 それを聞いて組長がむ、と顔を顰めるが。
 俺は息を飲み込んでから土下座のポーズを取り、頭を下げた。

「すみません、橘さん。コイツの言ったとおりです。ソイツの為なら死んでもいいと思える、大事な女がいます。百合香さんは素晴らしい女性で、彼女に不満はありません。ですが申し訳ありません組長、僕にその女を守らせてやってください。僕を男にさせてください」

 そうして顔を上げて真っ直ぐ彼を見る。
 百合香さんが声を出した。

「親方。出会ったばかりの私とそのヒトを比べんのは無理だよ」
「…………わかった」

 やっと諦めてくれたようだ。ほぅ、と安堵する。
 組長はパンパン、と手を叩いて子分を呼んだ。

「客人がお帰りだ。送ってやんな」






 車が発進する直前、組長が車の窓ガラスを叩いて来たので開ける。

「工藤探偵。また何か事件あったら頼むわな」
「あまり事件を起こさないように頑張って頂けると嬉しいんですが」

 思わず苦笑して言うと組長が笑う。
「百合香の件も諦めたワケじゃねぇからな。いつでも来いよ」
「は、はは……」

「ボウズも良く頑張ったな。後十年歳食ってりゃお前も百合香の婿候補に欲しいとこだ」
「ごめんなさいおじさん、僕も好きな娘がいるんだ。でも百合香お姉さんも大好きだよ!」

 コナンの言葉に組長は一瞬黙ったが。
 次の瞬間、高らかに笑いだした。

「いやいやこのボウズ、将来大物になるぞ!」

 本当に愉快そうに笑っている。
 後ろから百合香さんが声を掛けてきた。

「二人とも本当にありがとう。大切な人、大事にしてやってね」
「はい」
「うん」

 彼女の言葉に頷いたコナンが寂しそうだったのは、……気のせいだろうか。

 ……帰りの車の中、コナンはずっと窓の外を眺めていて一度も俺を見なかった。

「んじゃ俺、明日からガッコだし蘭の家に帰るから」

 工藤邸の前で降ろされ、開口一番にコナンは言うとそのまま俺に背を向け探偵事務所の方へ歩いて行く。
 時刻は19時。もう夕食の用意は済んでるだろうから、今から押し掛けたら迷惑だろう。
 明日は佐藤刑事に事情聴取を受ける羽目になるだろうし、今日はもう休んでおくか。

「気ぃつけて帰れよ。おやすみコナン」

 コナンは一度振り返ったが。
 何も言わずに、そのまま歩いて行った。








 その日から。コナンは俺の前に、姿を現わすことは、なかった……。

END

乙!!!

分裂したことについて解決する、この後の続きがあります。
が、同じくらいかそれ以上長くなるのでスレを立て直すか
このままこのスレで続けるか迷う感じであります。
また後日どうするか検討しますので、見かけたらよろしくです。

ひとまずここまで読んでくださった方。本当にありがとうございました。

>>259-260
ありがとうございます(´;ω;`)

乙ありがとうございました。

一晩考えたんですが、スレ長くなっちゃうけど
完全続編なので同じスレでやった方がいいと判断しましたので
このスレで続行します。

今夜の7時か8時ごろから第二話として再開しますので
よければお付き合いください。

レスありがとうございます、再開します。
第二話投稿前に一件注釈

この話に出てくるまじっく快斗側のキャラは、
現在放送されているA-1制作の「まじっく快斗1412」ではなく
2012年に放送されたトムス制作の方がベースになっています。

そちらのみで登場したアニメオリジナルキャラの介入がありますので
ご承知置きください。

第二話
「奇跡も、魔法も、あるんだぜ」



 ダルイなぁ……すげぇキツイ。
 ぼーっと教科書を眺める。
 灰原が時々こちらを見てくるが、あまりに怠くてまともに反応も出来ない。

「江戸川君、具合が悪いなら帰ったら? 横でグダグダされてると気になるんだけど」
「なあ、そこは普通『江戸川君、大丈夫?』だろ」

「いい歳して自分の体調管理が出来ない人に同情する寛大な心は、残念ながら持ち合わせてないの」
「ハハ、相変わらずドSだなオメー……」

 それでも、帰るほどではないからと思って授業は受け続ける。

 休み時間は仮眠した。
 昼休みは給食を食べたら寝た。
 やっと放課後だ。

「なあなあ、今日は何の調査するんだ?」
 元太の言葉に、歩美と光彦が眉を下げる。
「でもコナン君、具合悪そうだよ?」
「そうですねぇ。じゃあコナン君は早くおうちに帰して、僕らはこの前の猫探しの続きをしましょう」

 こないだの猫、結局まだ見つかってなかったのかよ。
 もう三日経ってんぞ。

 ……なんてツッコミも追いつかない。

 口を開くのも怠いし、そもそも足を進めるのすら辛い。
 これ、この症状何なんだ、貧血? それとも風邪?

「どこかの誰かさんが早く判断して早退しないから。博士に迎えに来てもらって、場合に寄っては病院に行くわよ。いいわね江戸川君」
「あー、頼む……」
 そう返事して顔を上げた時。

 前方に見えた人物に一瞬、ギクリとした。

 しかし違う人間だとわかってホッと胸を撫で下ろす。

「よぉ、ちびっ子探偵団」
「あっ新一お兄さんこんにちは!」
 それを聞いて新一そっくりの男、……今は黒羽快斗の姿の怪盗キッドは、苦笑しながら頬を掻いた。

「ハハ、俺、快斗ってんだけど。高校生マジシャンの、黒羽快斗」
「えっ」
 三人はマジマジとキッドを眺める。

「新一お兄さんにしか見えないよ?」
「双子の兄弟ですかねえ」
「苗字が違うじゃんか」
「もしかして小さい頃に両親が離婚して、それぞれに引き取られたのかも知れません」

 おい、勝手に人の親を別れさせんな。
 キッドを見ると否定もせずまだ苦笑したままだ。

 灰原が仕方無さそうに、助け舟を出してやると言わんばかりに口を開いた。
「あなた達、ドッペルゲンガーって知ってる? この世にはまったく血の繋がりがないのに、自分にそっくりな存在が三人はいるんですって」

 灰原の言葉に子供達+1がへぇー、と感心している。
 灰原は更に言った。

「そして、そのドッペルゲンガーに出会ってしまうと……出会った人はまもなく死んでしまうそうよ」
「えええええええー!?」
 それを聞いて子供達+1が驚きの声を上げた。

 ……おいおいおい、そこの小学一年生と同レベルの高校生。

「じゃあこのお兄さんと新一お兄さんを出会わせちゃダメだね!」
「そうだな、殺人事件が起こっちまうぞ! 何としても出会わせないようにしねーと!」
「少年探偵団、活躍の場ですね!」

 三人が騒いだところでキッドがふむふむ、と頷いた。
「やべーな、工藤新一とは会わないようにしないとな。頼むぜ少年探偵団!」

 言いながらニヤリとこちらに目を向けてくる。
 …………コイツ本当にドッペル効果で死なねーかな。

 呆れつつも、助け舟になってないただの舟を出した灰原に視線を向けると、彼女は素知らぬ顔でキッドに尋ねた。
「それで、どうしたの? まだ高校生が授業終わる時間じゃなかったと思ったけど」

 灰原に言われてキッドは頷いた。
「テスト期間だから早くてね。ちょっと眼鏡の坊主借りてくぜ」
 キッドに首根っこを捕まれる。

 いつもなら離せ、と騒ぐんだが今はそんな気分じゃない。大人しく持ち上げられる。
「おろ? 大人しいな」
「黒羽君、江戸川君体調が悪いみたいだから今度にしてくれない?」

 灰原の言葉にキッドはじっと俺を見てから。
 うーん、と唸った。
「これ具合悪いんじゃなくて腹減ってんじゃねーの?」

「は?」

 俺を除いた四人が目を丸くする。
 俺はさすがに呆れて口を開いた。

「メシは食ってる……」
「じゃあコレ食ってみ」

 彼はポケットから飴を出し、俺を降ろしてから口にそれを放り込んできた。
「……甘い」
「ま、飴だからな」
 少しだけ元気が出た気がする。

「いいなー、歩美も飴食べたいなあ」
「俺も!」

 元太達に言われてキッドは可笑しそうに笑ってからポケットに手を入れる。
 そうしてそれぞれに言った。

「右手をな、グーにして。握ったまま手の甲を上にして、俺の前に出してみな」

「? うん」

 灰原まで手を差し出している。
 するとキッドはそれぞれの右手にそっと触れていった。
 それから。

「はい、左手を開いて、グーにした右手の下に。それからグーをパーにしてみよう」
 子供達が言われた通りにやると、左手の上に飴が落ちてきた。

「うっそー! ずっとグーにしてた手から飴が出てきた!」
「凄いですねお兄さん! もしかして魔法使いですか!?」
「今度はうな重出るようにしてくれよ!」
「それはちょっと……」
 喜ぶ子供達を他所に、灰原は無言で飴を食べている。

 やれやれ、と思ってキッドに背を向け、
「おい、オメーら帰るぞ」
歩き出すがいきなり地面が遠のいた。

 なんだ? と思って振り向くと、またキッドが俺の首根っこを持ち上げている。

「おい、さっきから何なんだよ! 持ち上げんなっつーの!!」
「あっ、コナン君元気になったー!」

 歩美の声にはっとした。
 さっきまでの気力がない感じが、消えている。

「……飴を嘗めたら治った。ということは高齢による身体機能の劣化により起こりやすい、糖尿病から由来する低血糖症……」
「灰原、俺まだ未成年なんですけど」
 真面目な顔で言う彼女にツッコむと、

「……もしくは栄養の摂取を長期間絶ったことによる貧血」
「つまり?」
「お腹が減ってるのよ」

 ビシッと言い切られてしまっては反論できない。
「えーと……」

 と困っていると、「だから言っただろー?」とキッドに得意げに言われてしまった。
「わあったよ、オメーに付き合ってやるから降ろせ。おいお前ら帰ってていいぜ」

「わかったー」
「コナン君、また明日」
「おうコナン、じゃーな」
「……」

 さっきのしょうもねぇジョークから一転した灰原が、四人の中で一人だけ難しい顔をしたままだった。
 が、取り敢えずといった風情で他のメンバーと共に帰っていく。
 キッドが俺を降ろす。

「こんな歳からダイエットは良くねーんじゃねぇの?」
「……今の灰原の顔見ただろ?」
「ん? ああ」

 はぁ、とため息を漏らして俺は続けた。

「食ってんだよ本当に。毎日毎食ちゃんと、灰原の作ったメシ。学校で給食だって食ってる」
「……どゆこと? てかあの小さい彼女の作ったご飯? 何で? オメー蘭ちゃんちに住んでんだろ?」

 その言葉に首を振る。
 するとキッドは少し悩んでから。
「まさかあの小さい彼女ととうとう結婚……!!」

「死ね。帰る」
 背を向けて歩き出した俺をキッドが慌てて引き止めてくる。

「悪い、ジョーダンだって、軽く流せよなぁ」
「そういう冗談に受け答えしたい気分じゃねーんだよ」
 不機嫌な顔で答えるとキッドは深刻そうな顔をした。

 俺の後頭部に手を当て、
「取り敢えずそこで話そう。な」
近くの公園へと促してくる。

 ベンチに座ると、キッドは近くの自販機からジュースを二つ買ってきた。
「ほい」
「コーラじゃなくてブラックコーヒーが良かった」
「奢りにワガママ言ってんなよ。なるべく栄養入れとけって」
 そういうとキッドも飲み始める。
 開けて飲んでみると、確かに。頭が凄くスッキリした気がした。

「な、名探偵。その後大きい名探偵とはどうだ?」
「あー……。三日前を最後に会ってねぇ」

「へぇ、何でまた」
 彼の問いに俺は俯いて、ポツポツと、絞り出すように何とか言葉を口にした。

「元に戻らねぇことにしたんだ」
「え」

 キッドが目を丸くしたが、俺は気にせず続ける。
「やっぱさ、蘭のそばに工藤新一がいた方がいいんだ」
 胸の奥に何かが込み上げるが必死に抑える。
 キッドはじっと聞いている。

「元に戻ったらきっとまた江戸川コナンの身体になる。……工藤新一は消える。その時、分かれてた期間の記憶とかはどうなっちまうかわかんねぇけど、そうしたらまた蘭の前から工藤新一が居なくなっちまうんだ。そうしたらまたアイツの事、泣かせるハメになる……」
「……」
 キッドは腕組みして聞いていたが……。

 やがて、ため息を漏らして首を振った。

「それだけか?」
「え?」
 顔を上げるとキッドが厳しい顔をしている。

「オメーさ、もしかして逆に自分が消えるかも知れねぇ、って思ってないか? それが怖いから戻りたくなくなったんだろ?」
「何言って、……そん、」

 そんなわけねーだろ、と言いたかった。
 だが、……キッドの放った言葉に血の気が引く。顔が青ざめるのを感じる。

 俺は怖いのか?

 俺の方が消えるかもしれない、それを恐れてるのか?

 ふら、と立ち上がった。

「名探偵?」
「……帰る。また具合悪くなってきた」
 そのまま、フラフラ歩く。

「おい、俺の話まだ終わっ」
 それを最後まで聞く前に。

 俺の意識は唐突にブラックアウトした。






 冷たい。ヒンヤリとした感触が額に当たっている。

 呼吸も意識も正常に戻っていた。
 一体なんだったんだ、……ここはどこだ?
 服は俺サイズのパジャマに替えられている。
 起き上がって見回すと、工藤邸の俺の部屋だった。
 濡れたタオルが落ちる。

「あんニャロ。よりによってこんなトコに運びやがって」
 はぁ、とため息を吐いてベッドから降りると、誰かがドアを開けて入ってくる。

 その顔を見たら、なんだか泣きたい気分になってしまった。それが嬉しくてなのか悲しくてなのかは、解らない。

 それを堪えて相手の顔を見る。
 俺の分身であるソイツは、盆に載った粥を手にしてそばにやって来た。

「具合、どうだ?」
 粥を脇のテーブルに下ろし、額に手を当ててくる。
 思わずパシッと振り払ってしまった。

「触んな。具合はもう大丈夫だ」
「……ならいいけどよ」

 新一は目を細めてから立ち上がる。

「ま、あんまり無理すんなよ。オメーは俺だから無理とか無茶とかする性格なのはわかってるけどさ。あ、キッドが俺抜きで話したいってよ。そんじゃ」
 新一が出て行く。
 急にしんとした寝室がなんだか妙に物悲しい。

 何なんだよ、……何で俺こんなに後ろ向きなんだよ、こんなんじゃなかったはずだろ?
 工藤新一は、江戸川コナンは、もっと論理的に前を見据えて困難にぶつかっていって、解決するまで諦めない。

 それがポリシーのはずだったじゃねぇか。なのにこのザマはなんだ。

 ベッドに胡座をかいて座り込む。
 と、キッドが入って来た。

「だいぶ顔色良くなったな」
「バーロ、何でここに来た。阿笠博士んちに連れてってくれりゃ良かったのに」
「ま、何となくここがいいかなって? 嬉しそうだったぜ、大きい名探偵。無碍にされちゃってかわいそ」
「アホか」

 肩を竦めると、キッドはこほん、と一つ咳をした。

「この前言ったろ。オメーらを元に戻す目処が付いたんだよ」
「え……」

 キッドの言葉に俺は目を見開く。

「え、マ、マジか!! いやちょっと待て、なんでオメーが!?」
 そう問うとキッドは決まり悪そうに頭を掻いた。
「んー、ちっとな、ワガママなお姫様が……って言っても仕方ねぇか。今週末、土曜日。時間作れるか? あ、でもオメーが元に戻る決心が付いたら、の話だけどな」
「……」

「俺の話はこれで終わり。じゃあ決まったら教えてくれ、金曜に一回こっちに来るから。それとも西の探偵君ともメアド交換してるし、オメーともしとく?」
 軽いノリで言ってくる奴に、俺は首を横に振って拒絶の意思を示した。

「いらねーよ。どこの世界に怪盗とアドレス交換する探偵がいるんだよ」

「ま、そりゃそうか。西の探偵君も俺が怪盗キッドだってのは知らないしな。それじゃ」
 キッドが去る。

 ……どうしようか。

 元に戻ったら一体『江戸川コナン』はどうなるんだろう、それへの不安は確かにある。
 それともやっぱり江戸川コナンが残って、蘭をまた待たせる日々になるのか?
 それとも、アイツが……新一が残るのか?

 頭ん中がぐちゃぐちゃだ……。

 ノックの音がして新一が入って来た。
 ハッとして立ち上がり、急いで脇をすり抜けようとするが、あっさり捕まえられてしまう。
 新一は俺を抱き上げて向かい合うと、思い切り睨んできた。

「また逃げんのかよ」
「うっせーな! 一番会いたくなかった奴と二人きりとか、虫唾が走るんだっての!」
「ワケわかんねー意地張ってんじゃねぇよ、アホか」

 新一が言い放った言葉に思わず黙り込んでしまう。
 新一は続けた。

「……会いたくなかったわけねぇだろ。それは俺が一番わかってんだよ。でもな、これだけは理解出来ねぇんだ。何で……何で蘭を諦めた?」

 息を呑む。
 新一は更に言葉を紡ぐ。

「蘭を諦めたからそれの呵責で、罪悪感で、勝手に自分を断罪して、その贖罪で俺と蘭を避けてたんだろ? 俺達二人がいるところを見たくない、ってだけなら個々で会えばいいだけだ」
「そんなんじゃ……」
「『そんなんじゃねーよ』は俺には効かねぇから禁止」
「……」

 何を言うべきか、わからない。
 何を言ったらいいか、……。
 少し、考えてから。

「そんなわけ、ねーだろ」
 思い切って口にした。

「んなわけねーだろ!! 蘭のこと諦められるなんて、そんなはずないだろ!! 『毛利蘭を好きだ』ってことは『工藤新一』のアイデンティティの一つになってんだ、そんな簡単に諦められるなら最初から好きになってねぇよ!!
小さい頃から、……ずっとずっと好きだったんだ!! 今更諦められっかよ!!」
 それは嘆きを誤魔化すように口から溢れ出る。

「でも、アイツの望んだ工藤新一がここに居るんだよ!! どうしろってんだよどうにもならねぇだろ!! 俺が何とかして蘭から離れるしか、方法、ねぇじゃねえか!!」
 新一は、黙って聞いていた。
 俺は涙を流す代わりに、更に叫んだ。

「蘭が、蘭が大事なんだ!! 大切なんだ!! だから、アイツの望む通りにしてやりたいんだ、だから、江戸川コナンはいらな」
「ストップ」

 いきなり新一の手に口を塞がれる。
 もご、と見ていると新一は言った。

「……俺は今、オメーにすげぇ嫉妬してる。わかんねぇんだろうな、お前には。蘭から離れてたお前には」
「……」

 じっとしていると、新一は口から手を離して俺を床に下ろしてから、自身もベッドに腰を下ろした。
 どう反応すればいいのかわからず、そのまま彼を見つめる。

 新一はやや厳しい顔を俺に向けてくると顎で自分の隣を示した。
 仕方なく隣に腰を下ろす。
「昨日、蘭が泣いてたんだよ。良く見てねぇとわからないくらいに、小さく。どうしたのか聞いてみたら……コナン君、もう帰って来ないのかな、だってさ」
「……え」

 驚いて目を見開くが、新一は続けた。

わしじゃよ
            ,. -――‐- 、
          ∠--_、__,. , ---\
         /:∠二、   ´_二二_'ヽ

       __/ / ,. ― ミヽ  /,. ―-、ヾ,マ、_
     __/,、匸:| {  ● }}={{ ●   } |::] ,、ヽ__
  r―/: :|├/ヘヽゝ--彡'―ヾミ ---'ノノヾ┤|: :├: 、

  /: : : : :ハ Y  `三三{_    _}三三´_  Yノ : ノ: : :}
  V: : : : : :`| ({{ : : : : : : ≧≦: : : : : : : }}) |: : : : : ノ、

  ` ヾ: :_ -ヽ   ̄マ ̄ ̄  ̄ ̄タ ̄  /‐- :_: : : :}
        \   ` ー---‐ ´    /     ̄
          ` ー .____, - '"

「急にご両親に言われて阿笠博士のおうちにお世話になることになった、って言われたけど、私ひょっとして至らないところあったのかなあ、って。……コナン君が出て行って三日経って、まるで新一が最初に居なくなった時みたいに不安で寂しいって言ってた。
 新一が居るから我慢出来る。逆に新一がいない時はコナン君がいたから我慢出来た。私って欲張りなのかな、二人ともが私に必要みたいなの、だってさ」

「蘭が、そんなこと……」

 新一が頷く。
 ふぅ、とため息を漏らして彼は更に言った。

「俺が傍にいるのに寂しい、不安だなんて言わせちまうなんて、悔しい以外の何物でもねぇよ。蘭はやっぱどこかで感じてるのかもな。工藤新一と江戸川コナンは同じ奴なんだって」
「蘭には敵わねぇな、ハハ……」

 嫉妬。か。
 ずっと俺がコイツに感じてた事なのに。コイツも同じ気持ちになってたなんて。
 何だか今までの自分が馬鹿馬鹿しくなって恥ずかしくなった。

「蘭はすげぇ女だよ。こないだの名古屋のことだって、普通の女じゃぜってー無理だよな……」
 新一が小さく笑いながら言う。

 俺はそれには答えず、新一にもたれ掛かって目を閉じた。

「あー……こうしてるとすっげー楽だ。今朝までの怠さが嘘みてーだ……」
「避けてるからだろバーロ。俺だってすげぇきつかったよ。ま、身体が高校生だからオメーよりは保ったみたいだけど」

 新一の手が頭を撫でてくる。
 心地良い。
 目を閉じたまま、黙って撫でられる。
 それから。

 新一は少し躊躇ってから、次の言葉を口にした。
「なあ。阿笠博士んとこじゃなくてうちに来いよ。そうしたら倒れることなんて無くなるぜ」

「……どーすっかな」
 目を開け、ぼうっと宙を眺める。

 何だか安心しきって、眠くなってきた。
 そういやキッドがなんか言ってた気がする、……今週の土曜日……なんだっけ。
 そのまま意識が落ちて行く。

 抱えられて、ベッドに寝かされたのまでは覚えていた。

本日はここまで……
また明日同じくらいの時間に来ますのでよろしくお願いします。

やせいの>>1の スレさいかい だ!!




◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S

 キッドの奴がコナンを運んできてくれた時には九死に一生を得た、と思った。
 今夜も会えないなら無理やり連れ戻しに行こうかと思ってたくらいだ。

 顔を合わせてねぇと少しずつ、少しずつだけど自分から何かが流れ出す気がする。
 そして触れ合うと、身体が正常に戻る。
 一生このままでいるわけで居るわけにはいかない。
 でも元に戻る目処も付かない。

 はぁ、とため息を漏らして寝ているコナンの頬に触れた。
 そういや粥、片付けねぇとな。

 食器を持って台所へ。

 少し悩んだ結果、レンジで温めて食べる事にする。
 子供の食べ残しを食べる母親か俺は……などと自己ツッコミをしつつ食べると、美味い。

「ちくしょうキッドの奴、お粥程度が美味いとか反則だろ……」

 あんまり料理が上手くないらしい、と周りから何故か言われている俺は、今回の粥をキッドに任せたんだが……あー、家政夫にでも雇いてぇ。
 食べ終わってさて、と考える。

 阿笠博士に話に行くか、コナンは俺の方で引き取るって。
 元々俺同士なんだから本来はそれが正しい。

 立ち上がり、隣の家に行くと女科学者の彼女に出迎えられた。

 表情はあまり動いていないが、少しだけ不安げに彼女は言った。

「江戸川君なら居ないわよ。もっとも、居てもあなたは通さないでくれって言われてるけど」
「その江戸川君なら俺んちにいるぜ。今日はオメーと博士に用があって来たんだ」

 俺の言葉を聞いて灰原は目を見開く。
 それからため息を吐いた。

「あれだけあなたを避けてた江戸川君を無理に連れて行ったの? ……誘拐犯」
「なんだそりゃ。倒れたからってキッドが連れてきたんだよ」

 灰原のワケのわかんねぇ物言いに抗議すると、彼女は首を振った。

「なら怪盗さんが誘拐犯ね。それにしても倒れたの彼……。取り敢えずいいわ、上がって。そうそう言い忘れてたわ。博士は出掛けてるから居ないの」
「そうか……」

 居間にやって来てキッチンの適当な椅子に腰掛けると、灰原が声を掛けてくる。

「悪いわね。今コーヒーを切らしてて紅茶しかないわ。今朝江戸川君が飲んじゃったから」
「いやいいぜ、何も出さなくて。……な、灰原。相談があるんだ」

 それでも灰原は湯を沸かし始めた。
 沸くまでの間とばかりに俺の隣にやってきて腰を下ろす。

「相談って?」
「コナンさ、俺んとこで引き取りたいんだ」
「……」
 灰原が黙り込む。
 顎に手を当てて何かを考え込んでいる。

 そうして、口を開いた。

「実はね。さっき、探偵事務所の彼女からも電話で言われたの。江戸川君を事務所に戻す事は出来ないか、って」
「蘭が?」

 灰原は頷いて続ける。
「それは江戸川君次第ね、って答えたら、やっぱりご両親の事じゃなくて私がコナン君に嫌われちゃったのね。どうしてかな、なんて甘えたこと言ってきたから……こう言ったわ。『工藤君を取りたいなら江戸川君を諦めなさい。江戸川君を取りたいなら工藤君を諦めなさい』って」
「なっ……」

 俺は驚いて目を見開き、思わず灰原の肩に強く掴みかかってしまった。

「何ワケわかんねーこと蘭に言ってんだよ! オメーがそれ決める権利あんのか!?」

 すると。

 灰原は、……急に瞳を歪めて俺から視線を逸らした。
 彼女のその表情に、俺は動揺してしまう。

 湯が沸いたことを知らせるヤカンの音が鳴った。

 灰原は俺の手を振り払うとキッチンに回り込んで、火を止めた。
「工藤君。天は二物を与えず、って言葉知ってるわよね? 本来は才能や資質に対していう言葉だけど」
 紅茶を淹れながら彼女が言う。

 俺は息を呑むことしか出来ない。
 紅茶を差し出しながら、彼女は言った。

「江戸川君と工藤君両方とも欲しい、だなんて贅沢過ぎる話だと思わない?」
「灰原……お前」

 冷や汗を、かく。

 灰原は隣に戻って来て紅茶を飲み始めた。

 そうして。
「さっきの話をしたら、彼女言ってたわ。『どっちかを選ぶなんて私には出来ないよ。どっちも大事な人だもん』ですって」

「それで……オメーは何て?」
 灰原は、息を一つ吐いてから。
 こう言った。

「二物どころか一物も手に入らない人だって世の中にはたくさんいるのにね……。彼女との電話は、とにかく私が決める事じゃないし、江戸川君が何を考えてるのかも良くわからないから、本人と話して、って言って終了」
「……」

 灰原は何のつもりで蘭にそう言ったんだろう。
 いつか元に戻ったら、やはりどちらかしか存在しなくなるわけで、その時に備えさせる為にわざと?

 ……どう考えてもそれしか思い付かない。
 コイツは変に蘭に素っ気ないところはあるが、無意味に嫌味をいう人間じゃない。

 灰原が見上げて来た。

「飲まないの?」
「あ、いや、貰う」

 紅茶を飲む。美味い。

「サンキュ、な」
 そう、ふと零すように言うと灰原は首を傾げた。

「紅茶がそんなに美味しかったの?」
「……ああ。すっげー美味い」

 それは嘘では無かったので素直にそう言う。
 灰原は可笑しそうにクスリと微笑んだ。

「あなたのところに引き取る、って話もそれこそ江戸川君次第ね。元々ここに来たのは彼の意思だし、彼がいいと言うならそれに反対する理由はないわ」
「そっか。じゃあまたアイツと話してみる」
 紅茶を飲み終わり、立ち上がって俺は背中越しに彼女に言った。

「さっきはごめんな、掴みかかって責めちまって」

「まったくよ。白昼堂々襲われるかと思ったじゃない」
「オメーな……」

 呆れて睨むと灰原は不敵に笑っている。
 俺は振り返って灰原に歩み寄ると、その顎を人差し指で持ち上げて言った。

「あんまり人のことバカにしてっと本当に何かしちまうぞ? 今は高校生のこの身体なんだからな」
「児童虐待ね。通報させて貰うから、出来るものならどうぞ?」

 ニヤニヤ笑ってるもんだから、何となく腹が立って。

 灰原の両肩を掴んで顔を傾け、一気に近付けた。

 3センチの距離で止まって、顔を離す。
「なーんてな、ザマーミ……」
 その顔を、見なければ良かったのに。

 ……真っ赤になって驚いてはいるけれど、それでも嫌がっていなかった、灰原のその顔を。

 それは今までに見たことがない彼女の表情だった。
「……え、あ、ご、ごめんなんつーかその、やり過ぎたっていうか、……とにかく悪い、ごめん! 俺帰るな! じゃあ!」
 慌てて出て行く。

 背後で灰原が何か呟いていた気がしたけど、聞いてない振りをして走った。

 あークソ、変ないたずら心起こさなきゃ良かった。
 阿笠邸の門の前。未だに心臓がバクバク言っている。

「小学一年生に何か感じちまったら完全に犯罪だな……」
 思わず声に出してしまう。

 中身がアレなのはわかってんだが、やっぱ外見がソレなのに何か思うのはおかしい。
 大体、アイツの裸見た時だってまったく何とも思わなかったのに。なんであんな表情見ただけで驚いてんだ、俺は。

 色々考えながらも深呼吸して、やっと落ち着いた。
 まあ灰原のことはひとまず置いといて、自分ちに帰ろう。そろそろコナンが起きてるかも知れない。

 自宅を見ると門の前に誰かが居た。

 なんだ? と思って見ていると。
 その人物は俺に気付き、こちらに歩み寄ってきた。
 優雅と言える身のこなし。
 ルビーを思わせる美しい瞳、透き通るような肌。
 整った目鼻立ち。
 ロングストレートの黒髪にセーラー服のその少女は、まっすぐこちらにやってくる。

「工藤新一君ね?」

 彼女の問いに
「確かにそうだけど……」
と答えると彼女は俺の頬に触れながら、言った。

「あなた、私の物になりなさい」

「…………は?」

 その途端、俺と彼女の周りがいきなり光り始める。
「な、なんだ!?」
「大丈夫。怖くは無いわ。あなたが私の虜になる儀式を始めるだけですから」
「何言ってんだ、誰だオメー!!」
「あら……私を知らないの。まあ仕方が無いわね、学校も違うし。江古田高校二年B組、小泉紅子、よ」

 こいずみ、あかこ?

 うーん、やっぱりこんな女知らねぇ。
 なんだか鬼気迫る物を感じた俺は、慌てて逃げようと身体を捻った。

 か……身体が動かねぇ。
 見ると地面から伸びている光の帯が身体中に巻き付いて、拘束している。
 身を捩るが外れない。

「何なんだ、いい加減にしろよテメェ!! てかなんだこれ、手品か何かか!?」

 手品? と、思って頭に何かが引っ掛かったが。
 小泉紅子は途端に何故かものすごく嫌そうな顔をした。

「私の魔法を手品なんかと一緒にしないでくださる? 軽くチャームを掛けてあげるだけのつもりだったけれど。わたくしの力、と言うものをじっくり見て頂く必要があるようね」
 そう言うと紅子はパチンと指を鳴らした。

 そう言うと紅子はパチンと指を鳴らした。
 俺と彼女の身体が浮き上がる、……マジで何だこれ、ワケ分かんねー……!

 ジタバタとしていると、紅子が傍に寄って来て俺を抱き寄せた。
 そうして、俺の目を塞ぐように片手を当ててくる。

「っ、……!」

 くらり、と眩暈がする。
 コイツ……、ほんとに何なんだ、……。

 意識が暗くなっていく中で、下から灰原の叫び声が聞こえていた。

>>333のラストと>>334の一行目被りました、サーセン






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 玄関のチャイムがうるさい。

 ボーッとしながら起き上がると、俺はインターホンのある場所に向かった。
「はい、どなたですか?」
『江戸川君!! すぐに出てきて!!』
「……灰原?」

 ふあ、と欠伸しながら玄関に出ると、血相を変えた灰原が肩で息をしている。

「なんだよ、どうし……」
「工藤君が攫われたの!!」

「……え」

 その言葉は、俺の意識を一気に覚醒させるには十分な力を持っていた。

 きっとまた親父の隠し財産を狙った奴らだ、クソッ。
「灰原、見てたのか? 犯人の特徴は? この事は警察には?」
「け、警察になんて言えるはずないじゃない。相手は工藤君ごと宙に浮かんで消えました、だなんて」
「…………へ?」

 灰原がゴクリと息を呑む。

「私だって、この目で見たんじゃなければ信じられないわ。まるで魔法のように、宙に消えた」

「相手は? 男か?」
「それが工藤君の陰になってたから良く見えなくて……女性だった気もするんだけど」

 魔法? そんな奇っ怪なトリックを使うのに心当たりがあるなら、キッドしかいねぇ。
 でも、女?
 女に変装したのか? 何の為に。
 なんでそんな方法で新一を拉致する必要がある?

「灰原、詳しく状況聞かせてくれ」

 灰原を玄関に入れて、動揺する彼女を落ち着かせようと肩を軽く叩く。
 灰原は切なそうに眉を下げながらも言った。

「さっき工藤君が来てたのよ。江戸川君を自分のところに引き取りたい、って。私は江戸川君次第ね、って答えた。江戸川君が了承するなら構わない、って」

 灰原の話を黙って聞く。
 灰原は更に続ける。

「彼が出て行って、何となく気になるから窓から彼の姿を追っていたの。そうしたら道路の方から急に強い光が現れて……驚いて外に出たら、光の帯のようなものに拘束された工藤君と、犯人らしき人影が一緒にいたわ。ほどなくして、それらはいっぺんに消えてしまった」
「うーん……」

 一体どんなトリックなのか。自分の目で見てねぇから、彼女の話だけではさっぱりわからない。
「一応現場見てみっか……」

 着替えてから灰原と共に外に出る。

「この辺りよ」
 それは阿笠邸の門前だった。

 くまなく見て回るが、何も手掛かりが見付からない。
「宙に浮くなら、吊るす仕掛けの跡でも残ってるはずだけどな……まるっきり何もねぇ。マジかよこれ」
「どうしたらいいのかしら」

 ふと彼女を見ると、動揺して冷や汗をかいている。
 何となく、灰原のこんな表情は珍しいように思った。

「……灰原?」
 声を掛けると灰原は我に返って俺を見た。

「……く、……江戸川君。取り敢えず魔法……いえ、奇術ならあの怪盗さんが詳しいんじゃない?」
「ああ、俺もそう思ってたとこだけど……」

 今、俺を『工藤君』って呼ぼうとした。
 あれだけキッチリ呼び分けてた奴なのにどうしたんだろう。

「灰原、もしかして体調でもわりぃのか?」

 訝しんで尋ねると、灰原は首を横に振る。
「何でもないわ、大丈夫。それより早く囚われの探偵さんを助けてあげないとね」
 彼女の言葉に俺は頷く。

「うっし、今からちょっとキッド探しに出掛けてくる。オメーは家に戻っててくれ。何かあったら調べ物とか頼むかも知れねぇ」
「わかったわ。怪盗さんを探すアテはあるの?」
「ん、まぁな」

 それから何となく気になって、灰原の頬に手を当ててみた。
 触れた頬が熱い。
「やっぱオメー熱あるんじゃねぇか?」

 顔が真っ赤だ、心配して覗きこむと脂汗まで滲み出した。

「今日の昼間具合悪そうにしてた、誰かさんのが伝染ったのかしら。そういえばあなたこそ倒れたって聞いたけど大丈夫なの?」

 赤くなりながら俺の手を掴んで下ろさせ、しれっと言う彼女に俺は頷く。
「俺の方はしばらくは大丈夫、ただ早いとこアイツ見つけねぇと……。あ、灰原。俺の手伝いはいいから薬飲んで寝とけ。風邪こじらせたらアレだしな」

 そう告げて踵を返して走り出そうとした時、灰原がボソッと言った。

「……風邪なんかじゃないわよ、馬鹿」
「ん?」

 首だけ振り返ると背中をドン、と押される。
「早く行きなさい。あなたの言う通り部屋で休むから」

「あ、ああうん」

 何だか灰原の言動が不安定だが、やっぱり体調が悪いんだろう。

 そんなことを考えながら、博士んちの玄関先に置いてたスケボーを取ってきて乗り込む。
 充電はしっかりしてあるが、日が落ちかけている今では電池切れが少しだけ不安だ。何しろ目的地がはっきりしていないから。
 まずは電車で江古田へ向かう。

 アイツが前に探偵事務所に飛び込んできた時着ていた制服、あれは江古田高校のもののはずだ。
 学校の近辺に住んでてくれりゃ助かるんだが……。

 高校近くのハンバーガーショップを覗いてみた。
 高校生らしき少年少女が数名いるようだ、彼らの誰かが知らないだろうか。

 中に入ると「おや、江戸川コナン君じゃないか」と後ろから声を掛けられた。

「あ、白馬の兄ちゃん。こんばんは」

 こんなところでコイツに会うとは。驚いて呆然としてしまう。
 手にハンバーガーのセットが載ったプレートを彼が持っている姿は、何だか不似合いだ。
 こういうジャンクフードは食べねぇタイプだと思ってたんだが……。しかも私服って事は学校帰りとかじゃない。わざわざ食いに来たって事だ。

「白馬の兄ちゃんってこういうの食べるんだ」

 出会ったのが意外過ぎて、思ったことをそのまま尋ねると彼は困ったように笑った。

「本当ならあまり食べたくないんだがね、少し事情があって……」
「事情?」
「彼女さ」

 白馬の視線の先には美しいロングストレートの少女が座っていた。
 かなりの美人だ。なるほど、デートってところか。

「へぇー、白馬の兄ちゃんの恋人?」
「いや、まだそうじゃないけど。誘われれば無碍には出来ない関係、かな。今日は街中で偶然出会ったんだけどね」
「ふぅん……」

 彼女はこちらに目をくれると俺の存在に気づく。
 そのまま笑顔で手を振って、こちらにやって来た。

「白馬君、知り合いの子?」
「あ……すまない、ちょっと見知った顔だったんでね。それじゃコナン君、また会う機会があったら」

 白馬は去ろうとしたがその少女はなぜか俺をじっと見下ろしている。
 何だろうと思ってから、ふと、思い付いた。

「あの、江古田高校の人ですか?」

 すると彼女はふわりと笑う。
「ええ、そうよ。小泉紅子。べにこ、と書いてあかこ、よ。よろしくね」

 名前は聞いてねーんだけど。

「じゃあ黒羽快斗、って人知らない? その人の家探してるんだ」

 俺の問いに白馬と紅子が顔を見合わせた。
 それから、紅子が答える。

「知ってるも何も、私達のクラスメートよ。ねぇ白馬君」
「ええ。彼とコナン君も知り合いらしいですね」
「知り合いっていうか……」

 探偵と怪盗っていうか。
 あそっか、白馬がキッドの……いや、黒羽快斗の知り合いだった事を忘れてた。彼に聞いとけば良かったんだ。

「とにかく快斗兄ちゃんの家に行きたいんだけど、場所教えてくれないかなぁ」
「それなら私が案内して差し上げても良くてよ」

「え」

 紅子の言葉に声を上げたのは白馬だ。

「紅子君、デートは……」
「デート? 私、デートしてるつもりなんてなかったわ。友達と二人で夕食を取るだけでデート、って扱いになってしまうの? それは困るわね」

 ……何だこの女。

 外見が良いからって調子乗ってるタイプの女だろうな、と一発でわかる。
 思わずはぁ、とため息を漏らした。

「僕、一人で行くから場所だけ教えてくれればいいよ。だからお姉さんは白馬の兄ちゃんとデート続けて」
「まぁ坊や」
 俺の言葉に、彼女はいきなり信じられない、といわんばかりに目を見開いた。

「お姉さんと並んで歩きたくないの?」

 うわ、なんだこの女面倒くさいな。一人で行くって言ってんだろ。

 紅子は視線を逸らして何か考えてから。
 俺に視線を戻して言った。

「ともかく一緒に行ってあげるから」
 それからいきなり俺の手首を掴む。
 かなりの強い力で。

「いっ……お姉さん、痛いよ、それに僕一人で行きたいんだよー!」

 その訴えに紅子の手は少しだけ緩んだ。
 それでも振りほどけそうには無い。
 紅子は白馬に振り向くと、これまた飛び切りの笑顔でこう言った。

「ごめんなさいね白馬君。この埋め合わせは今度するわ。あ、申し訳ないのだけど、私が注文した分も食べてくださらない?」
「あ、ああああ紅子君!?」

 白馬が目を白黒させているが、紅子はそれを無視して出口へと歩き始めた。

 俺は引っ張られる形になってしまう。

「……ねぇ、あの人恋人じゃないの?」
「ただのクラスメートよ。まぁ他の男どもを水準に考えたらそれよりは高いけれど、それでも『彼』に比べたら」
「彼?」

 尋ねると紅子は少しだけ嬉しそうにはにかんだ。
 が、いきなり不機嫌になった。

「そう、あの男に比べたら」

 なんだか知らねぇが可愛さ余って憎さ百倍、ってところなんだろうか……。
 その「彼」に随分な愛憎があるようだ。

「紅子お姉さんはその彼が好きなんだね」
 歩きながら言うと、紅子はくすくすと笑う。

「ええ、好きと言うか。これから好きにならせると言うか」
「……えーっ、と?」

 なんだかこの話題あまり触れない方が良さそうだ。
 そろそろ話題を逸らそうと別の話題を考えている時、紅子が言った。

「今から行く家の彼……黒羽快斗。それがその彼よ」
「へ?」
 驚いて見上げてしまう。
 更に、紅子は言った。

「またの名を、怪盗、キッド」

「!」

 紅子の口からそれが出た事に唖然としてしまう。
 彼女に正体をバラしているのか?
 それとも……。

 どう反応すべきか悩んでいると、紅子は俺に冷たい笑顔を向けてきて、言う。
「怪盗を捕まえに行くつもりかしら? キッドキラーさん」

 俺の顔は時折ニュースに出るから知られているのはおかしくないが……。
 何故か紅子の言葉に、俺の頬を冷や汗が伝った。

「快斗兄ちゃんは、怪盗キッドなんかじゃないよ」
 絞り出した声に彼女は小さく笑う。

「そうね、その方がいいかも知れないわね、今は……」

 意味深な物言いだ。本当に何なんだこの女。

 それからほどなくしてやって来たのは、パッと見ただの一軒家だ。
 ここが怪盗キッドのアジト?
 ……うーん、見えない。

「紅子お姉さん、ほんとにここなの?」
「ええ。ほら、表札」

 彼女が指した先を見ると「黒羽」と表札が掛かっている。

 紅子が迷わず玄関先のチャイムを鳴らすと、ややあってから『はい』と女性の声で応答があった。

「こんばんは、黒羽快斗君のクラスメートの小林紅子と申します。黒羽君に用があるのですが、ご在宅でらっしゃいますか?」
『あら、まあ。はいはい、ちょっと待ってね。かーいとー! 女の子のお客様よ! ……違う違う、青子ちゃんじゃないって! 小泉さんって言ってたわよ!』

 ……うーん、ますます怪盗のアジト臭くねぇ。
 訝しんで玄関を眺めていると、ガチャリとドアが開いた。

「だからさぁ母さん、紅子はそんなんじゃねーんだって」
 冷やかされたんだろう、後ろに向けて文句を言いながら……本当にキッドが出てきた。

 うわぁ、と何故かげんなりしてしまう。キッドの日常なんて、見ちゃいけねー物を見た気分だ。

「あんだよ紅子こんな時間にってうわあああああああ! め、ボウズ何でここに!?」

「こんばんは、快斗兄ちゃん」
 名探偵、と言いかけて慌てて言い直してる奴に思い切り作り笑顔と作り声で挨拶してやると、キッドは思い切り目を据わらせて睨んでくる。

「黒羽君、あなたに小さなお客様よ」
「……」

 キッドはしばらく悩んだ顔をしてから。
「母さん、ちょっと出てくる」
 と、ドアを閉めた。

本日はここまで。
レス、支援励みになります、ありがとうございます。

明日はちょっと夜の10時か11時過ぎになりますが、適当に更新があったら見ていただけると幸いです。
明日もよろしくお願いします。

*「かんしゃのきもちをこめて ふくびきけんを おまけしておきますね。

毎度感謝です、再開






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.S


 部屋に誰かが入って来る。

 誰か、ったって決まってる。あの女だ。
 うつろな目で見上げると、女は俺の傍に立て膝をついて顔を覗き込んで来た。

「う……」
 革のベルトで猿轡を噛まされているので喋る事が出来ない。
 紅子は後ろ手に回されている俺の手首にそっと触れた。

「暴れたのね。赤くなっているわ」

 それから俺の足を見る。
 手首も足首も、膝も、それからついでに腕と胴も革のベルトで括られている。
 この女が出掛けてから外そうと暴れてみたが、一向に解ける気配はなかった。
 何のつもりだ、と彼女を睨み付ける。
 彼女はそれを見て不機嫌そうになった。

「数時間置いたのにテンプテーションの魔法、まだ効いていないの? よほど強情なのか、……それともあなたもやはり……」

 やはり? 何だ?

 どちらにしろ喋れないのでじっと視線だけで訴えると、紅子はフ、と笑ってから口のベルトを外した。

「……なあ、明日学校だから帰りてーんだけど」
「あなたが魔法に掛かってくれればいつでも」

 長い睫毛を伏せながら彼女が言う。
 俺は「好きで掛かってねぇわけじゃないし……」とため息を吐いて目を逸らす。
 紅子は俺の上半身を抱き起こした。

「何故ここに連れて来られたかわかる?」
「さっぱり」

 すると紅子は俺を壁にもたれさせ、俺から離れて話し始めた。

「あなたにテンプテーションを掛けると言う話は、したと思うけれど」

 俺達の足下には大きな魔法陣が光っている。
 ずっとここに寝かせられてたのか。

「実はね。わたくしの虜にならない男はこの世で唯一、怪盗キッドだけ、と言う預言がずっと出ていたの。けれど……先々週になってその預言の結果に男がもう一人増えた。それが工藤新一、あなたよ」
「へぇ。じゃあつまりお嬢様のワガママの為だけに、俺はこんなところに連れて来られたワケな。くだらねー」

 紅子がキッと睨んでくる。
 俺が視線を逸らして黙ると紅子は隣に腰を下ろし、こちらに身を寄せた。
 そのまましなだれかかって来る。

「今日ね……江戸川コナン君、て子に会ったわ。生意気な子ね」
「……」

 黙って彼女を睨むと紅子はくすくすと笑い、俺の耳たぶに口付けて来た。
 思わず顔を逸らす。

                   __       ,、, -、 ,. -――‐- 、  _,へ
                / /,. Y__ヘー 二く: : ヽ: ∠--_、__,. , ---\: : : ⌒>'⌒,ー─'二< ヽ.、

               /  , '//二\> 人 ): : /:∠二、   ´_二二_'ヽ:: : :/ 人く >'二 \ \  \
             , '  // //  ヽ.i |   __/ / ,. ― ミヽ  /,. ―-、ヾ,マ、_ /  // /  \ ;.  \  \
             ,' , ./   !.、.● ノ,ィュ__/,、匸:| {  ● }}={{ ●   } |::] ,、ヽ__ 《ミュ \_.●ノノ   ー-、゙、
           , --. |.//./,二 -Z'' 三 r―/: :|├/ヘヽゝ--彡'―ヾミ ---'ノノヾ┤|: :├: 、 'ー、''ミv‐二゙\\ !
          _i_: : : : : 、| | / ● ,.ィ゙  /: : : : :ハ Y  `三三{_    _}三三´_  Yノ : ノ: : :}:、  \k、● \\ イ
         |: : : : : : : :、、ヽ_ /;ソ、 ,V: : : : : :`| ({{ : : : : : : ≧≦: : : : : : : }}) |: : : : : ノ、Nir、_ ノ,、\ ./ ノく
       /,┬ ミ .  ノく >- ,ィ'彡': : :Y` ヾ: :_ -ヽ   ̄マ ̄ ̄  ̄ ̄タ ̄  /‐- :_: : : :}ヾ、: : :ヾミュ -- くノ :{、
    , N 冖;く  ,.  〉 _人` ヾ: : :./   ,/  / \   ` ー---‐ ´    /     ̄\  ゙ヽ: : ヾ  ゙̄《,v | ヽ、
  /゙ , ン,二 ミ , ,: : !: : : -、 〈ミ‐ '  ̄ ̄   ,/    ` ー .____, - '"     \  ゙  ̄.\ィリ  //\ヽ、\

./ .| .| | /   i. 川:/: : : !: : \_ __ - ゙´                         ヽ 、    __,/: : : :ノ:く .| | l 、
|  '、 '、l ●.ノ,r‐-ヽ: : : : : : : :イ                                 |   ̄ ̄ \: : : : : : :ノノ./. ∨ :,
|  ,  `ヽ== イ   Ⅵ\:_: :- '´                                 |  !   |Ⅳ ヽ: : :Y´ '´  .|   |
|  |  , 上 ,!   .   /\.!            アガサローリングじゃよ       |  !   |lA  ,゙ー´=‐-、 、  .!
.、 , !、/イ ●ヾュ、_イ :|_人: : : ヽ                                 |  ゙、 !: : 川 /' ● .i .| l |  !
. ヽ | 、| |   .| 川: ./: : :_ : : : \ ___                             ヽ  ヾ |,. ':ー : :ヽ、 ノ .| ! .| /
  ゙ ヽ ー-二 / 川:. >' : : : _ :/_    `ヽ 、                          ゙__ /: : : : : : : :L ,.ィ  ,/
     ー凵 <  ミツヽ/, '  (イ.\ __   \    ,. ‐ ´ ̄ ̄ ̄` ‐ .、     , '´ ̄    ̄\: 、: : :r ´N ´
       ! 、二 彡 ̄ | /-、__ ,ィ;ュ : :\ `_    /    , -─‐-- 、  \   _  , .-t ,/:ヾ}  ト 、ヽノノ
         |、: : : : : : :| く>二 ヾミュ、: : { : : : : ‐-/  __ム__ __〉、_ ヽ‐ : : :ヽ 、 /: : :,ィュ,- 、Y 〉 l|
           | : : : : :,ヾr ./  \/  ヾミ/: : : : : | ({{ : : : : : : :><: : : : : : :}}) |、: : : : : ∧_ ≪/二 く 〉〈
          ̄ヽ-,' 、\\ ● l!.、  . {: : /: :/A   ,三三{     }三三 、 人V: : : : :/    f/´  ヽ ゙、 |
            ! 、\.\>=≪, -ミ 〈`.┤__!├、 / /r─‐ ミュ─ 彡─ くヽ∨┤|: :/─´  /_、 ●./ ,イ ゙;
            ゙、\- 、  i | ● \ヾ' ‐ヽ_ [::| {   ● }}={{ ●  } |:コ__/: :/イ〉,'三ミぐヾ二.-.' ' ./|
             \   \  | \  _ノ| , _ .r 'ム、、ー‐._ /  ヽミ ─  / /:ミソ´ 彡'/ ● ∧   ///
               \  \_>,_ く >.y /: : ヽ, 二二 , __ ,二フ: /: ト、 ( | 、 // r '  ./
                ` ー - -‐ '' ヽ -へ ,r : :\─‐ ' ´  ` ─ ラ'i : :\く_<ヽ、__/// /
                             `ー´ ` ‐-----‐ ´ ヽ: :>、/ー‐∨、__r_'. -‐'

「コナンに変なちょっかい掛けてねぇだろうな」
「さすがに私も小学生は範疇外ですから。……ただ、あれが本当にただの小学生なら、ね」

 紅子の瞳が怪しく光る。
 この瞳を見てはいけない気がした。
 慌てて視線をはずすと紅子が言った。

「あの子、何者なの?」
「え?」

 その問いを受け、彼女に視線を戻してしまう。
 紅子は俺を見つめながら続ける。

「小学生にしては異様な知識量、あの話し方。機転。何より黒羽君が対等に接していた。……普通の子じゃないわね。何者? あなた、知ってるんでしょう?」

「俺は……アンタの方が知ってると思ってたけど……」

 眉をひそめて首を傾げると、紅子は不思議そうな顔をした。
「だって私は今日が初対面よ?」

 どういう事だ?
 ここに連れて来られた時。
 あの光の拘束が何かのトリックでないのなら、じゃあ俺達が分離したのはこの女のせいだと思ってたが……それじゃやっぱり違うのか、別の原因?

「あの子からあなたと同じ、澄んだ気を感じる。そしてあなたと同じ様な瞳を持っていた。それこそ同一人物ではないかと思えるくらい。……確認しようとしたら、さすがね。弾かれてしまったわ。おっしゃいなさい、あの子は何者なの?」

「それを教えたら家に帰してくれる、ってなら」

 不機嫌な顔でそう言うとやっぱりと言えばやはり、紅子は首を横に振った。
 知らないというならもちろん教えるわけにはいかない。
 同一人物だと知ってしまったら、この女はアイツにも手を出すだろう。

 俺が口を噤んでしまったので、紅子はため息を漏らして、再び俺の口に革ベルトを付けた。
「ぐ……」 
「まあいいわ。どうせテンプテーションに掛かれば、何でも私のいいなりになるのだから」

 そうして俺の身体をまた魔法陣の上に横たわらせる。
 この上で寝かされていると時々意識がぼうっとする。

 その度に脳裏に紅子の顔がよぎった。
 だが、すぐに何故か蘭の顔が浮かんだ。

 ……何度も何度も紅子の顔が浮かび、それがまた蘭の顔に上書きされる。
 目を閉じて考えた。

 魔法。そんなものこの世に存在してるはずがねぇ。

 でも俺が今体感させられているコレは? そうすると催眠術の一種、なんだろうか?
 催眠術、もしくは洗脳。
 そういう器具を使っているところは見られないが、それ以外説明がつかない。

 だとすればこっちの精神がどんだけ保つか、が勝負どころだ。
 ……それにしてもおかしな女だ。彼女を一瞥すると、彼女は小さく笑った。

「食事は後で持ってきてあげるわ。もし排泄がしたければその時に言って。それまでに漏らしたかったら、そうしても構わないけれど。じいやに掃除をさせる羽目になるけれどね」

 愉快そうに笑って出て行く。
 あー、トイレなあ……。

 別に当分行きたくはならなさそうだが、まあこの縛めを外してもらえるチャンスは、それしかなさそうだ。
 目を閉じ、再びじっと考える。

 どうやって逃げ出すか、そればかり。
 時折紅子の顔がまた浮かび、それが蘭で打ち消され。きっとそのおかげで洗脳に掛からないんだろうな、と思った。

 ……蘭。

 喋れない口で呟く。
 それから。コナンを思い出した。
 アイツ、俺を探してるだろうか。いや探してるに違いない。だから紅子と出会ったんだろう。

 ここにいる事を知らせられたらいいんだが、携帯は紅子に奪われてしまっている。
 間違いなく電源は切られているだろうからGPSは働かない。
 俺はこうして寝てるだけだからいいけど、アイツがまた倒れちまったら多分お手上げだな。

 ならやはり自力で出るしかねぇ。

「……っ、ぐ」

 声を漏らしてまた手首のそれがどうにかならないかと暴れる。
 これさえ何とかなれば、と部屋を見回すが部屋には何もなかった。
 コンクリ打ちっぱなしの部屋に、明かり取りの為のローソクが一本だけ。

 ローソクか……。
 あれで焼き切れないだろうか?

 でもローソクの位置は高めの燭台の上で、あれを使うなら立ち上がるか、それとも燭台を倒すか。
 倒すのは先ほど紅子が長時間離れた時に試したが、ガッチリ床に固定されてて動きやしねぇ。
 身体を起こしたいんだが、足首だけならまだしも膝も縛られてるもんだから、上手く起き上がれない。

 ……紅子が食事持ってくんの待つか。
 そう考えて炎を見つめる。
 ……………………。

 あーチクショウ、暇だ!!

 テレビか何か置いてけよなぁ、あの女。
 そう考えた時、扉が開いた。

 食事か、と思ってそちらに顔を向けた時。
 人影が紅子では無いことに気づいた。
 誰だ?

 ……、男、だと思うが廊下からの逆光で顔がよく見えない。
 ソイツは傍に寄ってくると、片膝をついて覗き込んで来る。

 その途端背筋がゾクリとした。

 黒いスカーフで頭部をまとめ上げているせいで髪の色はわからない。

 顔を隠す、三面レンズの施された仮面。
 黒い衣装に身を包んでいるその男は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
 黒の組織に似た臭いを感じて俺は身を捩らせ、出来るだけ下がろうとする。
 が、数センチやっとズレただけだ。

 男が、口を開く。

「なるほど。良く似ているな」
「……?」

 眉をしかめて睨むと、奴はいきなり俺を肩に担ぎ上げた。
「っ!」
 突然の出来事に頭の中が混乱する。

「うっ、……ぐっ、……っ」

 思わず思い切り暴れると、男が静かな声で、言った。
「少し大人しくしろ。殺しはしない……まだ、な。しばらく夢でも見ていろ」

 男は俺の鼻先に何かを被せてきた。
 何かが噴き出す音が聞こえると同時に、甘い香りが漂ってくる。

 頭の中がぼうっとする。
 おいおいおいおい、待てっつーの。ひょっとしなくてもこれ二重誘拐かよ。
 コイツと紅子は多分関係ねぇよな、クソ……。

「後は片割れの方、か」

 その声をうつろな意識で聞きながら……俺の身体から、力が抜けていった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


『はーい、どなたですか?』
「おい、犯人わかったぜ。答え合わせさせやがれ」
『しっかし、名乗りもしねぇで可愛くねぇ物言いだな。ま、さすが。早かった』

 黒羽家玄関先。
 玄関チャイムを押して、インターホンに出たのがキッドだったので開口一番にそう言うと、ため息らしき音が聞こえてきた。

 さっきの時点で紅子を直接絞り上げても良かったんだが、俺一人だと彼女の雰囲気に飲まれそうになる。
 せっかくだから、キッドの手を借りたほうがいいと判断した。

「バーロ、ヒントとか言っててほとんど答えだったじゃねぇか。とにかく早くしろ」
『へいへい、今出る』

 その応答があった途端に「あら坊や」と後ろから女の声がした。
 まさか紅子か、とギクリとして振り返るとそこにはセミロングヘアの女性。
 母さんと同じ歳くらいかな。と考えていたら、

「まあ!」

と女性はいきなり顔を明るくして俺を抱き上げた。

「あっ、え、あ、あの、ちょ、」
「んまぁ、快斗の小さい頃にそっくり! 可愛いわねー! 坊やいくつ?」
「あ、あの、小学一年……です」

「そう! 快斗も一番可愛かった頃ねー。もう、今のあの子ったらすっかり一人前ぶっちゃって、ってそんなこと君に話しても仕方ないわね。ごめんなさいね?」

 間違いねぇな。この人キッドの母親だ……。
 ポーカーフェイスが売りのはずの、天下の大泥棒の親がこんなにテンション高くていいのかよ。
 まさかアイツ親には内緒で怪盗やってんのか?……いや、そんなはず無いよな、いくらなんでも。

「なんかお邪魔みたいだから俺、どっか行ってた方がいい?」

 玄関先で呆れて眺めていたキッドがこれまた呆れた声を上げる。

「あら、やっぱり快斗のお客様なの?」
「え、江戸川コナンです。初めまして」

 軽く頭を下げると

「礼儀正しいのね! あー快斗の弟に欲しいわー。むしろ快斗と交換したいわぁ」
などと言い始める。

「あのー、お母様……息子はいたく傷つきましてございます」
「冗談よ。ハイ」

 そう言ってまるで猫でも渡すようにキッドの母は俺をキッドの方に差し出した。
「ほいほい」
 と呑気な声を上げながらキッドが俺を受け取る。

「じゃ快斗、あまり遅くならないようにね。もしあまり遅くなるようならその子送るか、泊めてあげなさい」

 言って、彼女は家に入って行った。
 思わずポカンとしてその後ろ姿を見送ってしまう。

「騒がしい母でスミマセン……」
「いや、あのノリはなんか慣れてる。それはいいけど降ろしてくれ」
「しかし名探偵軽いなぁ! オメーちゃんとメシ食ってんのか?」
「いいから降ろせって言ってんだろ」

 ジロ、と睨むとキッドは「はいはい」とため息を漏らしながら俺を降ろした。

「ところでキッド。まさか俺と新一を分離したのも今回の犯人と同じ奴、とかフザケた事言わねぇよな」
「おっ、良くわかったな。まあダイレクトに聞いたわけじゃなくて『工藤新一絡みで最近変な事しなかったか?』程度しか確認してねぇけどさ、あの反応は間違いねぇな」

 はぁ、と息を吐いてキッドを見上げる。
「原理は良くわかんねーけど、あの女も灰原みたいに科学者か何かなのか?」

「……科学者、ね」

 俺の独り言に近い問いに、キッドは何故か眉をひそめた。
 俺は敢えて無視して話を続ける。

「なんだって紅子は見知らぬ俺にこんなことしたんだ? おかげでこっちはいい迷惑だ」
「あー……、俺もアイツには時々迷惑掛けられてるモンで。アイツさ、なんか占いやるらしいんだけど、それが『私の虜にならない男はだぁれ?』みてーなくだらねーモン占ってるらしいんだよな」

「何だそりゃ……」
 思わずハハ、と乾いた笑いを漏らしてしまうと、彼は更に言う。

「それがずっと俺一人だけだったのが、先々週くらいからいきなり工藤新一も追加されたらしいんだよ」
「ああ、あの二週間ばかり俺が工藤新一に戻ってた時か」

 キッドが俺の言葉に頷く。

「んで、じゃあ俺より先に落とそうと思ったけどどこ探しても見当たらない。仕方ないから魔法で無理矢理引きずり出した結果が、コレ……みたいだな。まあそこは俺の予測も混じってるけどさ、でも……そう考えると合点がいく。
分離なんてそんなアホらしい話も、アイツの魔法のせい、ってならな」
「……は?」

 ワケがわからず混乱して、思わず大声を上げてしまう。

「うっそだろ、だって、……マジか、これ本当に魔法のせいなのか!? いや、待てちょっと信じらんねー、え、魔法??」

 それを聞いてキッドは肩を竦めると、俺の頭を軽く一つ、叩いてきた。
「やっぱ魔法の存在信じてなかったのな」

「たりめーだ、バーロ!」
「でも信じざるを得なくなったんじゃねぇの?」
「…………いや、だって」

 魔法なんて存在してたら、不可能犯罪やり放題じゃねぇか……。
 どうしても信じられなくてうんうん唸っていると。

「黒羽君!!」

 叫ぶようにキッドを呼ぶ声がした。
 二人で振り向くと、紅子、だ。

「紅……」
 俺が声を掛けようとしたら、紅子は俺をスルーしてキッドに飛び付いた。

「どうしよう、黒羽君、私……」

 必死な形相で、肩で息をしている。
 さっき話したのと雰囲気が打って変わっていることに目を丸くしていると、キッドが紅子の肩にそっと手を触れた。

「どうした?」
「……念の為先に言っておくわ。儀式が終わったら、ちゃんと無事に帰すつもりだったの」
「それ、って工藤新一の話か?」

 キッドの問いに紅子は頷く。

 儀式ってまさか、新一を虜にするとか言うアレか。
 ワケわかんねー女……と思いつつ眺めていると、紅子は振り絞る様にキッドに言った。

「それが、先ほど儀式の部屋に行ったら居なくなっていたのよ……絶対に逃げられないようにしていたから、自力で逃げた事は有り得ないわ」

 ……訂正。
 ワケわかんねー女、じゃなくてストーカー女だ。

「人様の預かり物を失くしてしまうなんて、私、申し訳なくて」
「いや、物じゃねーし預かったんじゃねーだろ……」

 流石にキッドが苦笑しながらツッコんだ、が。

「間違いないわ、誰かに盗まれたんだわ」
「あくまで物扱いはやめないワケか。ま、それはともかく穏やかじゃねーな。オメーんち行くぞ、案内しろ」
「え、あ」

 いきなり紅子が戸惑う。

「魔女の館を他人に知られるわけには」
「担任の先生に電話して聞いてくる」
「わかったわ、案内するから参りましょう」

 な、何だろう。微妙にコイツらのノリに付いていけない。

 魔法とか魔女とか大真面目に語ってる奴らをこっちのホームに引きずり出すのはひょっとして無理なんじゃねぇかと、今更ながらに思った。






 紅子の家はやたらおどろおどろしい洋館だった。
 俺んちも幽霊屋敷と言われて久しいが、いやいやこれはまた。まさしく「魔女の館」って表現がピッタリだ。

 紅子に案内されて中に入る。

「ここが儀式の部屋よ」

 通された部屋は、床に魔法陣らしき図柄が描かれていて……後はその脇に燭台に載ったローソクがポツン。
 それ以外は何もなかった。
 中に入って見回す。

「笑気ガスの匂い、か……」

 本当にごく僅かに残る匂い。注意していないと嗅ぎ逃すだろう。
 俺の呟きに、キッドが紅子に向き直った。

「紅子。工藤新一に麻酔とか使ったりしたか?」
「いいえ。そんなもの必要がないから」

 だとすれば間違いなくここから更に連れ去られたんだ。
 ったくこの女のせいでややこしくなっちまった……。

 じ、と睨み上げると紅子は最初の横柄な態度はどこへやら、しおらしい顔つきで屈み込んで来た。

「ごめんなさいね、坊や。まさか本当に、その、こんな事になるなんて、私」
「……別に、今更責めないよ。魔法とかよく分からない物なんて、新一兄ちゃんも僕も理解の斜め上だったし……そんなワケわかんない状況じゃなきゃ、多分自力で逃げてたよ新一兄ちゃん」

 こう素直に謝られたら文句も言えねぇ。
 はぁ、とため息を吐いたが……キッドは部屋のあちこちを見渡していた。

「おい、名探偵。ちょっとヤバいヤマになっちまったかも知れねぇ」

「え? 犯人に心当たりあるのか?」

 尋ねるとキッドは厳しい顔つきで、顎に手を当てながら言った。
「心当たりっつーか勘、なんだけどよ。どうも部屋の名残りの感覚が俺の知ってるヤバい感覚と似ててさ。……動機も何となくわかる」

 ゴクリ、と息を呑む。
 キッドは更に語った。

「……やべぇな、今度こそ早く見つけねぇとアイツの命が危ない」

 その言葉にザァッと血の気が引いた。
 マジかよ……本当ならここで再会して終わり、だったのに。……クソ!

 思わず壁を横殴りする。

 その様子を見てか、キッドが言った。

「おい紅子。責任取って工藤新一の居場所探せよ」
「ええ……そのつもりよ」

 紅子が目を細める。
 俺は紅子に目を向けると頷いた。

「紅子お姉さんの『魔法』が頼りだよ、お願い」

 魔法なんて今でもまだ信じてねぇけど。
 今はワラにも魔法にも縋りたい気分だ。






「ここから西南西の方角に禍々しい気配がありますわ」
 ……なんだか怪しい露出の高い衣装に着替えてくると、怪しい呪文を唱えながら人の頭ほどもある水晶球を見て……紅子が言った。

「はっきりした位置はわからねぇのか?」
 キッドの問いに
「その"気"に阻まれてしまってはっきりわからないの、……でも私もこの気は感じたことがある。これは……」
 紅子は不安げな表情になる。

「……快斗兄ちゃん、動機がなんとなくわかる……って言うのは? どんな動機?」
「……」

 尋ねるとキッドは答えるのを少しためらってから。
 口を開いた。

「俺の予想が当たってるなら、ソイツが狙ってんのは……俺だ。工藤新一は多分俺に似てるから連れ去られたんだと思う」
「ええ、あなた達本当に似ているわ。わたくしになびかないところまで、ね」

 最後は皮肉っぽく紅子が言ったが、キッドはどこ吹く風だ。

 水晶球を覗いても俺には何も見えない。
 彼女の言っている『西南西』は本当に合っているのか……。

「……」
 キッドが何故か俺をじっと見つめて来た。
「……何だよ?」
「いや、……別に」
「何なんだ」

 キッドの視線の意味がわからなくて首を傾げる。
 と、奴はいきなり俺の首根っこを掴み上げ、踵を返して紅子に言った。

「紅子、俺達は今から工藤新一を助けに行く。オメーはここでもう少し占っててくれ。何かあったら連絡頼む」
「ええ、わかったわ……気を付けて黒羽君。巨大な闇があなたを取り込もうとしている……」

「そう簡単にやられねーよ。んじゃな」

 持ち上げられたまま館を出たところでやっと降ろされた。

「そういやさっきからオメーが持ってるスケボーっていつも俺を追い回す時に乗ってる奴だろ? 二人乗り出来んの?」
「出来なくはねぇけど……今は日が出てないからな。二人乗りしたら途中で充電が切れると思う」
「あ、そ」

 そう言うとキッドはさっさと歩き出す。
「どこに行くんだ?」
「空飛んだ方が早いだろ。高い所に行こうぜ」

「あー、バカと煙は高い所に登るからな」
「……連れてかねーぞ」
「冗談だって」

 そう言って笑ってやると、キッドはニッと笑みを返して来た。

「ジョーダン言う余裕は出来たんだな」
「まーな。ワケわかんねー魔法での拉致より、縛られてた奴が笑気ガス使われて連れて行かれた、って方がよっぽど解りやすい」

 するとキッドは急に難しい顔をする。
 歩きながら、彼は言う。

「……さっきも言ったけど……マジでヤバい相手なんだ。もし大きい名探偵を拉致った理由が、俺を誘き寄せるエサに使うか何かなら俺が行くまでは無事だろうけど……。もしそうじゃないなら、……」
「そうじゃないなら?」

 尋ねるとキッドは目を細めた。

「そうじゃないなら、オメーら二人の関係性がバレて……奴らの研究の為に連れて行かれた、とかかな。もしそうならアイツは、次にお前を狙ってくる」
「研究? って何のだ?」

 俺の問いに、キッドは黙る。
 しばらくこちらも黙って回答を待っているとヤツがようやく口を開いた。

「不老不死、の……研究。今言えるのはこんだけだ。でもって、オメーが変な薬のせいで若返ってることがスパイダーにバレたんだとしたら、って」

「なるほど、不老不死なんて俺もこんな姿じゃなきゃ笑い飛ばしてたトコだけどな。若返りは不老不死なんて考える人間には最大の関心事なわけか。で、その敵……スパイダー、って言うんだな?」

 キッドは頷いてから、なぜか軽く首を振った。
 はて、と思って見つめると。

「今回の犯人はスパイダーだ。でもソイツは、不老不死を欲しがってるどっかのバカに雇われてる奴らしい」

 俺はふむ、と頷き返してから口元で笑ってみせる。
「ならさ。追跡眼鏡をオメーに渡して、わざと狙われるってのはどうだ? このままだと新一の居場所掴むのに時間かかりそうだしな」
 だがキッドは首を横に振った。

「それで何とかなる相手ならいいんだけどよ。……名探偵が二人掛かりで向かっても何とかなるか……」
「おいおい、どんだけヤバい奴なんだよ……」
 キッドにそこまで言わせるほどの実力者。

 もしかして……ジンのように頭の切れる、まずい敵なのかも知れない。

「……だから、囮には俺がなる」
「え?」

 思わず間抜けな声を出してしまった。
 キッドは手を差し出してくる。

「元々アイツが狙ってるのは俺だ。探偵バッジだったか、それ俺に預けてくれ」
「そういう冗談はつまんねーな」

 はぁ、とため息を漏らすとキッドはムッとした。

「こんな冗談は流石に俺も言わねぇよ」
「冗談にしか聞こえねーんだよ。男子高校生二人を小学生一人が助けに行けってか。しかも俺、『タイムリミット』付きなんだぜ?」
「……俺が負ける前提ですか」

 奴は俺を半目で睨んできつつも引きつり笑いをしている。

 俺は真顔で続けた。

「それに、オメーを誘き出す為のエサにしてる可能性もある、って言ってただろ? もしそうならお前が捕まった時点で新一はジ・エンドじゃねーか」
「……それは、まあ」

 キッドは肩を竦めると、向こうに見える廃ビルを指した。
「あのてっぺんから飛ぶぜ」
「了解」

 二人で階段を登る。
 西南西のどの範囲まで飛べばいいんだろう。
 そう考えてゴクリと息を呑む。

「なぁ……どのくらいまで飛べばいいんだ?」
 尋ねると、キッドはコクリと頷いた。

「お前が反応するとこまで」
「は?」

 怪訝な顔をすると、キッドはやれやれと鼻息を漏らした。
「大きい名探偵が近くになったらオメーの感覚? みたいのが反応するだろ? 離れたら体調悪くなって、近づいたら体調良くなるんだから」
「はぁ……探知機代わりなワケか」

 ものすごく解りやすいが微妙に理不尽な物を感じつつ、屋上に着いた。

 スケボーは持って行けねぇな。そう思って屋上の扉の横に立て掛ける。
 キッドがポケットから丸い玉をいくつか取り出す。

 ポンポンと軽い破裂音がしたかと思うと、次の瞬間には白い衣装に身を包んだ怪盗キッドが立っていた。

「さて、今宵盗ませて頂きますか。囚われのプライベート・アイ、という名の宝石を」
「相っ変わらずキザな気色わりぃ言い回しだな。工藤新一を助けに行くでいいじゃねぇか」

 俺が呆れながら言うとキッドはニヤリと笑った。

「何事にも雰囲気作りと言うものが大事なもので」
「あっそう」

 やれやれ、とため息を吐くと怪盗は俺に向けて手を伸ばして来た。

「来いよ。飛ぶぜ」

 頷いてその手を掴むと、ぐいと引き寄せられて背中合わせで抱えられた。
「あ、やっぱ向かい合わせにしてしがみついてくれた方が俺の腕、楽かも」
「……」

 こんなことがなきゃ男に、しかもコイツにしがみつくとか一生縁がなかった気がする……。
 微妙な気分になりながらも、ヤツに体勢を変えられたのでそのまましがみつく。

「落としたらぶっ殺すぞ」
「そうなったら俺を殺す前にオメーが死んでんだろ」

 なんて軽口を叩きあってから、キッドが飛び立った。

 これがキッドがいつも見てる景色か、なんて呑気に考えてしまう。
 それから服を掴んだ自分の指先を見て……、少しだけ、ヤバいな、と思った。
 時間の経過で確実に『タイムリミット』とやらに近づいているようだ。

 新一見つけるまで保ってくれよ、……そう考えてから、そう言えば紅子が言ってた事を思い出した。

 手を引けば体調が悪くならなくなるまじないを掛けてやる。

 さっき掛けて貰えば良かったんじゃねぇのか、……いや、駄目だ。
 今のコレは新一探知機も兼ねてるからそれは駄目だ。

 なら、助けた後は?
 ……いや、今はそれを考えるのは止めとこう。

 俺はキッドの服を掴む手に力を込めた。

本日はここまで。お付き合いありがとうございました。
明日もまた同じくらいの時間でよろしくお願いします。

再開ッス
最後ですがよろしくお願いします。






 屋上には停止したヘリコプターが待っていた。

 待っていた、という表現が恐らく適切なんだろうと思う。
 乗降口が開いていて、中は薄暗くてよく見えない。
 ……どっちだ。降りてくるのはどっちだ。

 息を呑んで見守っていると……やはりと言えばやはりの結果でやや落胆してしまった。
 金色の髪をなびかせる男に、「お早いお帰りで」と半分茶化すように声を掛ける。
 だが奴は俺を一瞥すると、そのまま建物の奥へと消えていった。

 ……どういうことだ。
 コナンは? いないのか?

 そうか、……失敗して戻って来たんだ。ならここに長居する理由はねぇ。

 それを考えていると。

 ヘリから数人の男達が降りてきたので、そのまま踵を返し階下へ向けて走り出す。
 そいつらは俺に気付いて慌てて追ってきた。

 ……ちぇ、あの金髪男が俺を気にしなかったからこのまま見逃してくれると思ったのに。

 走っていると最初に俺が入れられていた部屋のドアが目に入った。
 そこから奴が現れる。
 挟み撃ちか、まあそりゃそうか。

 ……だが今、絶好調に回復した俺の中には何か自信のような物が溢れていた。

「失敗したんだな?」
 口を開かない奴に、問う。

「失敗して戻って来たんだな? なら直にキッドが来る。オメーの負けだ」

「いいや」

 男は首を横に振った。
 訝しみながら睨むと、男は続けた。

「……首尾は、上々だ」

 そう言ってニヤリと笑う、……屋上ではヘリの落とす影のせいで薄暗かった事と、彼の服が黒いから……気づいていなかった。
 彼の身体に血が付いている。
 生臭い嫌な臭い。

 どくん、と心臓が跳ね上がった。

「その様子だとヘリコプターの中はまだ見ていないようだね」
 男が笑いながら言う。
 後ろから、駆け付けた男達がやって来ると金髪男は彼らに言った。

「彼にヘリコプターの中の『物』を見せてやれ」

 またどくん、と心臓が跳ねる。

 ヘリの中に何があったんだ?
 中にある「物」?
 コナンを捕らえてきたなら何故連れて降りて来なかった?

 心臓が早鐘を打つ。

 金髪男に言われた彼らは、俺を屋上へと促した。
 開かれたままのヘリの乗降口、……奴の身体に付いていた血。

 ……最悪な状況を……覚悟するべきか否か、それを目の当たりにしたらどんな反応をしたらいいのか……。

 拳をきつく握りしめる。
 冷や汗が流れる……一歩一歩、ヘリコプターに歩み寄って……乗り込もうとした時。
「止めときな名探偵。そこにオメーが探してる物はないぜ」

 頭の上から声が降ってきた。

 振り仰げば白い彼の姿が朝日に映える。
 いつも月夜に銀の光を浴びる彼が、朝日の金色の光を浴びている姿は……いっそ美しくも見えた。

 後ろにいた男達が、サッと彼に向けて銃を構える。

「おーお、物騒だねぇ」

 そう言うとキッドは俺と奴らの間にヒラリと飛び降り、俺を庇うように立つ。

「キッド、俺が探してる物は無い、って? どういうことだ?」

 尋ねると一瞬キッドの顔が暗くなった気がしたが。
 すぐにニッと笑って、言った。

「中に探し物があると思わせて、名探偵に抵抗されること無くあっさり乗せちまってさ、後は敵の本拠地にご招待ってな。んで空振った俺とスパイダーがサシで対決ってわけだ」
「スパイダー……」

 それが誰の名を指しているかは一瞬でわかった。

 ふと、キッドを見ると……その白い衣装のあちこちが血に濡れている。
 少し茶ばんだそれは、彼のマントにも付いていた。

「キッド、オメーその血……」
「これは……関係ない、気にすんな」
 そう言ってキッドは前方の彼らを見据える。

 その後ろから、スパイダーが現れた。
 キッドは懐から小振りのナイフを何本も取り出すと、奴らに向けて立て続けに放った。
 軽く投げただけらしくそれは彼らには当たらなかったが。

「普段のショーならこんな物騒な物は使わないんですがね……今の私には残念ながら、あなた達を傷付けないという自信が無い」

 静かに……静かに、キッドが言う。

 こんなに怒っている彼の顔を、俺は初めて見た気がする。
 モノクル越しに見えるその瞳は静かに燃え盛っていた。

「……お前は下がってな。絶対に手を出すな」
「バーロ、んなわけに行かねーよ」

 言って前に出ようとしたら。
 キッドが一瞬物悲しそうにこちらを見た。
 そうして、すぐに怒号を張り上げた。

「手ェ出すなっつってんだろ!! これは俺のヤマだ!! 手ェ出すつもりってなら今からテメェも俺の敵だ!!」
「キッド……お前、何言って……」

 彼の怒鳴り声に思わず怯み、一歩下がる。

 キッドは俺に振り返らずに、奴らに向けて取り出した玉を放つ。
 辺りが煙幕に包まれた。
 何も見えない。俺も他の奴らからの不意を食らわないよう、緊張して周囲に気を張る。

 煙の中で「ぐあっ」だの「うっ」だのと、呻き声がいくつか聞こえた。
 まさか、……殺してないよな。変な方向に心配してしまう。

 煙が晴れると立っていた影は二つ。

 白の衣装と黒の衣装が、陽の光りに照らされていた。
 足下には他の奴らが倒れ込んでいる。外傷は見当たらないから気絶させただけだろう。

「スパイダー、……テメェだけは俺は絶対に、……絶対に許さねぇ」
「許さないなら……どうすると? 殺す、か?」

 キッドの言葉を受けてスパイダーがニヤリと笑う。
 キッドは首を横に振り。それから、気色ばみながら言った。

「殺してなんかやらねぇさ。死ぬよりももっともっと苦しい目に遭わせてやる。いっそ殺してくださいと言いたくなるような目を、……未来永劫に、な」

 その顔を見ていると、ヒヤリと汗が伝った。
 こんなキッドは見た事がない。

 黒羽快斗の時は人懐こくて明るくて、観客に手品を披露してやるのが楽しそうで。
 怪盗キッドの時はクールに振る舞いながらもどこか憎めなくて……人前で目立つのが大好きで、決して人を傷付けることの無い、ハートフルな怪盗。
 ……今ここにいるのはそのどちらでも無い。

 ここにいるのは……国際指名手配犯、犯罪者番号1412号、その人だ。そう、感じた。

 キッドの言葉にスパイダーは笑う。高らかに。
「フハハハハハ! お前のような甘い人間が? いいだろう、仕留めてやる。仕留めてお前を食ってやる! 羽を失った哀れな蝶として!」
 言うなり彼は宙に浮いた。

 キッドはそれを見上げたが、すぐに懐からトランプ銃を取り出した。
 すばやく数発撃つと弾はスパイダーの両脇に当たる。
 何もない空間に、それでも何かが当たる音がして……スパイダーは一瞬バランスを崩したが、給水塔の上に飛び乗った。

 それからすぐさま小型のナイフを数本放ってくる。
 キッドはヒラリとそれをかわし、……そのまま宙に浮いて、奴と対峙した。

 俺は、と言えばそれをただ見ているしか出来ない。
 今の俺は彼らのショーの観客だ。

 どうやって浮いているのかだとか、そのトリックを暴く余裕も無い。
 横から茶々を入れてそのショーを崩してはいけない、……そう頭の奥で感じた。

 ……キッドが、冷やかに言う。

「テメェの得意技は相手に幻影を見せて惑わすイリュージョンだな? アンタのフィールドで、アンタに最高の屈辱を味わわせてやるよ」
「お手並み拝見と行こうか……」

 スパイダーが不敵に微笑む。
 キッドも口許を吊り上げ、微笑み返した。

「くだらねぇよな。せっかくいい腕持ってんのに、それを他人を傷つけることにしか使えねぇなんて。人を傷付けるという禁忌を侵したお前のイリュージョンよりも、俺のマジックの方が遥かに上だと……見せつけてやるぜ」

 キッドが指を鳴らす。
 それに合わせて軽快な音楽が鳴り出した。

 その曲は……『小さな世界』。それがスパイダーを皮肉ったのか、別の意図があったのかはわからない。
 世界中どこだって、笑いあり涙あり。みんなそれぞれ助け合う小さな世界。
 子供の声に載せてその歌が響き渡る。

 スパイダーは周囲を伺いながら、キョロキョロと辺りを見回した。

「どこ見てんだよ?」

 その声は複数に重なって聞こえた。

 俺とスパイダーがハッとすると、……そこには何人ものキッドが立っていた。
 どうなってんだこれ……俺までキッドのマジックにかかってんのか?

 そんな事を思う間に、複数のキッドが一斉にスパイダーに向けてトランプ銃を撃つ。
 奴はかろうじてそれらをかわして給水塔から降りたが、

「遅いね」

 一人のキッドがそう言ったかと思うと。
 ……トランプ銃ではなく。

 本物の銃を、奴の頭に突き付けた。

 ハッとして叫ぶ。
「撃つなキッド!!」

 キッドは俺に視線を投げてきてから。ニヤリと笑うと、威嚇のつもりかスパイダーの足下に、撃った。

 途端に他のキッド達がいなくなり、背後にかかっていた楽曲も止まる。
 キッドは冷たい目をこちらに向けた。

「……甘いんだよ。オメーは」

 キッドがそれでも撃たなかった事に、心底安堵する。何だかんだ、まだアイツは大丈夫だ……アイツは正気だ。
 でもここまでキッドを怒らせるものは果たして、何だろうか。

 目を細めて彼を見つめる。
 スパイダーが、動いた。

「お前のイリュージョンは……こんなものか?」
 舌なめずりしてニヤリとする奴に、キッドは不敵に笑み返した。

「誰が今ので終わりだって言った? まだテメェは俺のマジックにかかったまんまだぜ?」

「何?」
 ここに来て、スパイダーの動揺が明らかに見て取れた。

「さあ、今からが地獄のショーの始まりだ」

「フフ…、今からお前にさっきのショーの礼をしてやろう。地獄を見るのはお前だよ」
 スパイダーの言葉をキッドは、鼻で笑う。

「ハワード・サーストンの三原則。これから起こる現象を教えてはならない。同じマジックを二度以上見せてはならない。種明かしをしてはならない」
 言って、さっきまでスパイダーに向けていた拳銃を懐にしまう。

「けどな、オメーは特別ご招待のお客様だ。これから起こる現象を教えてやる。同じマジックも何度だって見せてやる。……だが、種明かしはしてやらない。トリックのわからないマジックを未来永劫見続ければいい」

 キッドが話している間に、スパイダーは動き出した。

 キッドに触れるかどうかの位置までやってきた時……スパイダーは右手から細い糸で編まれた網を吐き出した。
 だが、それはキッドの後ろへと放たれて空振りする。

 何だ? と怪訝に思って眺めていると、スパイダーは今度はナイフを取り出して斬りかかった。
 だがそれもキッドには当たらず、キッドの左腕のそばを通って空を切る。

「何をしたってどうしたって俺は殺せねぇよ、残念な殺し屋さん。永久に俺と戦ってな」

 そう言うと……キッドは、踊るように暴れて見えない者と戦っているスパイダーに背を向けた。
「もっとも、もう聞こえてねぇかな」

 ……何だよコイツ……、こんなヤバい奴が……俺のライバルだってのか。

 過去のキッドとの対峙を思い起こす。俺はずっとコイツに遊ばれていただけなんじゃないか、……そう思えるほどに、今のキッドは冷酷で禍々しく、そして神々しかった。
 キッドがゆっくりとこちらにやって来る。

「……名探偵」

 声を掛けられ、俺は突然現実に引き戻される。
 冷や汗をかきながらキッドを見据えた。
 キッドは、ボソリと言った。

「……終わった、ぜ」
「そう……みたいだな」

 多くは言わない。
 この怪盗は、敵対する者の命をいくらでも奪える力を持っている。

 なのにあくまで強盗ではなく、怪盗として活動するポリシー……それを守れるほどの実力を目の当たりにして、……俺は思わず口の端を吊り上げて笑ってしまった。
 倒しがいのあるライバルの存在に嬉しくなってしまって。

「ヘリの中、確認しとくか。一応」

 言ってヘリコプターに乗り込もうとしたら、キッドが俺の肩に手を掛けて引き留めてくる。
「俺が先に入る。待ってろ」

「何でだよ。残党がいるとでも思ってんのか? いるならとっくに出てきてんだろ」
 するとキッドは気まずそうな顔をして視線を逸らした。

 彼の様子に。
 俺は何だか可笑しくなって、軽い口調でこう言った。

「それとも、中にコナンの死体がある……とでも思ってるとか?」

「っ!」
 キッドの目が見開かれる。

 それから、まるで子供が泣き出す時かのように瞳を歪めた。
「名、探偵、……すまねぇ、…………すまねぇ、俺」
「……」

 あまりに深刻な様子に、宥めるように肩を叩いて。
 耳元で囁いてやる。

「勝手に殺してんじゃねーよ。バーロ」
「……え?」

 キッドが虚を突かれたように顔を上げる。
「待ってろよ。今日の礼にさ。俺がオメーに素敵な夢見せてやるから」

 キッドを置いてヘリコプターに乗り込むと、そこには……青い顔をしたまま、呼吸器を取り付けられて輸血を受けているコナンが眠っていた。

 軽く頬に触れて、撫でる。
 この状態になった原因は一目でわかった、大腿動脈からの大量出血。

 やられると酷い時は即死してもおかしくない位置だが、どうやら出血したとほぼ同時に止血を受けたらしく、恐らく血は派手に出ただろうが致命にはならなかったようだ。
 手当てもしっかりしてある。太ももの付け根に巻かれた包帯。
 問題は、その止血と手当てを誰がしたか、って事だ。

 やった奴は明白だ……あのスパイダーって男。
 だがスパイダーがやった瞬間に何故止血する必要があるか。

 ……それも明白。
 ここをやったのはコナンの動きを止める為。
 血を流させたのはキッドに、コナンが死んだと思わせてコナンの存在の追跡をさせない為。

 まあ結果的にキッドはコナンを探して、ではなく、コナンの死体を持っているスパイダーに復讐する……という名目で追ってきてしまったようだが。

 奴は俺とコナンを揃えて、生きたまま「あの方」とやらに差し出すと言っていた。
 なら殺すわけにはいかないだろうから、素早く……それもキッドに知られないように止血したんだと推測出来る。

 輸血用の血液やら救命装置やらが用意してあったのは、最初からそのつもりで二人に攻撃を仕掛けたんだろう。
 しかしここまで的確な処置がしてあるってことは……さっきキッドが気絶させた奴らの中に医療資格のある奴がいたに違いない。

 そんなところもあの黒の組織にやり口が似ている。

 スパイダーの唯一の誤算は、大事な人間を殺されてブチ切れたキッドの実力を見誤ったこと、だ。

 ……俺の感覚が突然、分かれる前のように戻ったのは……長時間離れてたコイツが至近距離にやって来たせいだろう。

「キッド、来いよ」
 外の彼に声を掛けると、恐る恐る入って来て……そのままキッドはへたり込んだ。

「何だよ……生きてたのかよ……悪運強い奴……」
「ハハ、無様な格好だな。さっきまでの奴と同一人物とは思えねーぜ?」

 嫌味に笑ってやるとキッドは拗ねたように顔を逸らした。

「しゃーねーだろ、本気で死んだって思い込んでたんだから……」

「……なあ、種明かししないって言ってたけど種、教えてくれねぇか?」
 見上げてくる彼にそう尋ねると、キッドは少し考える仕草をしてから口を開いた。

「言っただろ、アイツのフィールドで戦ってやる、って。……催眠術を掛けたんだよ」

「……催眠術」
「最初に『小さな世界』を流しただろ? あれに、ちょっと仕掛けがな。催眠術だからいつかは醒める、でも自分の得意分野でやられたって事実は永久にアイツを苦しめるはずさ。
……本当はすげぇ危険な技だから使いたくなかったんだけどさ。マジシャンのプライドがあるんで全ての種明かしはご勘弁下さい、名探偵」

 急に敬語になったキッドに俺は目を丸くしてから笑みを零す。
 そうして、再びコナンを見た。

「……にしてもどうやって帰るか、だな。コナンは下手に動かせねぇし」
「ハワイで親父にヘリの運転は習ってねぇの?」
「馬鹿言うな、こんな軍事用のデカいヘリ……」

 言いかけて。
 キッドをちらりと見やる。

「小型ヘリなら習ってるから、誰かさんのサポートがあればたぶん何とか……」
「……チート過ぎんだろ名探偵」

 キッドの呆れ声に、俺は可笑しくなって笑ってしまった。



■■■■■■■■■■side.K


「オメーの与太で今回みたいな大惨事になったのはわかってんな? 反省してるな?」
「……ごめんなさい」

 俺の叱りに対してしおらしい紅子を前にすると、叱る気がやや減退したが敢えて心を鬼にする。
 ……「生きたまま」ってワードが奴にあったからこそ助かったわけで、それが無ければ確実に小さな名探偵は死んでいたから。

「当分の間魔法使うのは禁止」
「え、でも黒羽君……毎日の儀式などがあるのよ」
「き・ん・し。俺がいいって言うまで禁止。守れないならぜっ・こ・う!」
「……わかりました」

「ま、その辺にしといてやれよ。全員生きてたんだからさ」

 先日のカフェ。

 横からブラックコーヒーを飲みながら大きい名探偵が紅子へ助け舟を出す。
 俺はケーキを一口食べてから、呆れて彼を見た。

「ほんっとにこんなケーキより遥かに甘いよなオメーは。今度があっても助けねぇぞ」
「そんな事言って助けちゃうのがお前なんだよな」

 可笑しそうに笑うのでムッとしてケーキをパクつく。
 紅子が申し訳なさそうに名探偵を見た。

「……わたくし。黒羽君のことは諦めないけど、あなたのことは諦めるわ……。あなたの後ろにはどうやら輝きの聖女がいらっしゃるようですから」
「そりゃどーも」

 それを聞いて俺は思わずげっそりとしてしまった。
 最近は最初の頃よりは大人しいからまだいいものの……はぁ。俺の事も諦めてくんねーかな。

 名探偵がまた笑っている。
 そんなに面白い事はねぇよ、このサディストめ。
「そういえば」

 笑いを治めて名探偵が紅子と俺に向き直った。

「コナン……一度だけ目を覚まして、土曜日に黒羽に会わないと……って言ってたけど何だ? また寝ちまったから詳しく聞いてねぇんだけど」
「ああ……」

 テストも終わるし、紅子を呼んで二人を一つに戻すセッティングをしようと思ってた日だが……小さい名探偵があの状態じゃそれどころじゃないな。

 うーん、と唸ると名探偵は不思議そうな顔をする。

 紅子が言った。
「光の……、いえ、工藤新一君。あなた、江戸川コナン君と一人の人間に戻りたい?」
「…………は?」

 名探偵がポカンとしたところに、紅子が更に言った。
「黒羽君から聞いていない?」
「何を?」
「あなた達を二人に分けたのは私の魔法よ」

「……………………は? 魔法? 何が?」

 ああそうか、魔法がどうのの話をしたのは小さい方だけど、中身が同じなコイツもやっぱり魔法の存在を信じてないワケか。
 さてどう話そうかと考えていると、名探偵はため息を漏らした。

「冗談は今回の事件だけにしてくれよ……」

「私も冗談かと思ったわ、江戸川コナン君の正体があなただったなんて。道理でいくら工藤君を探しても見つからなかったはずね。魔法で無理に引きずり出したら、まさかあなた方が分離してしまうとは思わなかったの」

 紅子の言葉に名探偵は目を丸くする。
 それから紅子を指しながら俺を見てくるので、「しゃべってないしゃべってない」と思い切り首を横に振った。

「何で無関係の紅子に俺が名探偵の正体バラす必要があるんだよ。まあこれから問い詰めようとは思ってたけどさ、まだ詳しい話はなんにも」

「いや、だって現に、……知ってるし、彼女」

「ですから。私の魔法が、あなた方を分離したと魔王ルシュファーから聞いたから。あの子があなたと同じ瞳を持っていた理由も分かったし……そうでなければさすがの私もあなたとあの子が同一人物だとまでは、行き当たらなかったわね」

「…………」
 ワケがわからないと混乱している名探偵がちょっと面白かったが、からかうのは後にして俺は話を進めることにした。

「名探偵……オメーが幼児化した、って事実だって他人が聞いたら魔法みたいな話だって思うだろ。科学で解明出来ない『魔法』なんて存在しないって思ってるだろうけど。それは科学が魔法って技術に追い付いてないだけなんだよ」
「まあ、それは……なんつーか……」

 反論出来なくなったのか、する気がなくなったのか、名探偵は黙り込んだ。

 紅子はクスリと笑うと、テーブルの上で両手を組んで顎を乗せながら、名探偵に言う。

「もし戻らなくてもいいと言うなら、あなたとあの子が離れても体調が悪くならないおまじないをかけてあげるわ。どうする?」
「え……」

 名探偵はその言葉に迷った仕草を見せた。
 俺はそこに関しては口を挟む余地は無い。
 どういう判断を下すのか、じっと眺める。

 ややあって。

「……戻るよ。この状態は異常なんだ、……今の身体で蘭と一緒にいてもアイツを常に不安にさせちまうだけで……一人に戻ってから、改めて工藤新一に戻らねぇと、意味がないんだ」
「そう」

 紅子が頷く。
 そうして。
 射抜くような瞳で、俺を再び見て……言った。

「江戸川コナン君側、でいいのね? 工藤新一君側……あなたでなくて、いいのね? あなた達が望むならそれも可能なのよ」

「……ああ。コナン、でいい」
 この言葉でここに来るちょっと前に、彼からこっそり聞いていた話を俺は思い出す。

 例の組織を壊滅させるまでは、江戸川コナンとして身を隠してなきゃならない。だからこそ蘭に正体を明かしていなかったんだから。
 そんな大事なことを、俺は浮かれてすっかり忘れちまってた、って。

「でもどちらにせよ、まずはあの子が回復しないと駄目ね」
「魔法で何とかなんねーの? それこそ」

 俺が尋ねると紅子は首を横に振った。

「私の赤魔法は他に対する呪いが中心なの。その性質で時折黒魔法と混同されるけれど……回復だとかそういった範囲は他に対して益する魔法、白魔法でないと駄目ね。それには正天使と契約を結ばないとならないから、私には無理だわ」
「…………」

 会話に付いていけないらしい名探偵は黙りこくっているが、別に付いてこさせる必要はない。

 俺は頷いてから紅茶を飲んだ。
「なら本人の治癒力で回復するしかねぇか。全治一ヶ月、って言ってたかな」

「私の方はいつでも構わないわ。工藤君、あなたのタイミングで声を掛けてちょうだい」

 そう言って紅子は自分の携帯番号のメモを名探偵に渡した。
 名探偵は動揺を隠さないまま、それを受け取る。

 そうして。
「じゃあ……その内、連絡するよ」

 俺も連絡先交換すべきだろうか……、そう考えてから、小さいのに拒否られたのを思い出した。
 ま、いっか。自宅まで知られたし、これ以上敢えて手の内を晒す必要はない。
 俺とコイツはあくまでライバル、なんだから。

 ……俺の正体に関する記憶も赤魔法で消せねぇかな……なんてふと思ってみたりした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆side.C


 病院の白い天井を見てると、こないだの名古屋での軟禁を思い出して嫌な気分になる。
 はぁ、とため息を漏らした時、部屋に誰かが入って来た。

 見ると、新一。
 ベッドの隣の棚にケーキの箱を置くと、顔を覗きこんできた。

「調子はどうだ?」
「ん、傷が時々痛む以外は良好」

「蘭は?」
「さっきまで居たけど俺の着替え洗濯に行ったよ」
「そっか……」

 二人で同時にふぅと息を漏らす。

 病院に運ばれた俺は改めて処置を受け、数針縫う羽目になった。
 筋組織にもダメージがあるので抜糸後にリハビリしないとならない。

「ったくとんでもねぇ男だったな、あのスパイダーって奴」
「かなり凄腕の殺し屋らしいぜ。キッドも大変だよな」

 問題は……そいつにキッドが掛けたっていう催眠術はいつ解けるのかってことだ。もしかしてもう解けているかも知れない。
 江戸川コナンと工藤新一が同一人物だって事実を知られた以上、なんとか手を打ちたいんだが……どうしたらいいんだろう。

「なぁ新一。俺達の正体……」
「ああ……」

 最悪の場合……蘭のいる町から、米花から出て行く必要がある。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom