次男「西の森には魔女がいるんだぜ」 少年「…」 (71)

次男「こんな大きな口にずらずらーって牙を生やして」

少年「…」ペラ

次男「背丈なんかお前の3倍はあるんだぞ~」

少年「…」ペラ

次男「森に入ってきた、お前みたいな生意気なガキを魔法で迷子にして…」

少年「…」ペラ

次男「…そんでなぁ、火あぶりにして食べちゃうんだってさ!」

少年「…」パタン

次男「…」

少年「読書の邪魔だよ、兄ちゃん」

次男「ちぇっ、なんだよお前!ちったぁ反応しろよ」ムス

少年「反応も何も…。何の話してたの?」

次男「お、前なぁ…」

次男「だーかーら、俺たちの住んでる屋敷の西に、でっかい森あんだろ?」バンバン

少年「うん」

次男「そこにな、おっかねぇ魔女が住んでるんだと!」

少年「へぇ。それは面白いね」ペラ

次男「まーた読書に戻る!折角お前の好きそうな話してやったのに!」

少年「耳元で大声出さないでよ…」

次男「あんだと!?」

少年「そんなことより兄ちゃん、そろそろ剣術の稽古の時間じゃなかったっけ」

次男「え」

少年「中庭で剣術の先生が仁王立ちしてるの、見えない?」

次男「…」チラ

次男「ひえっ…」

少年「早く行かなきゃ、また怒鳴られるよ」ペラ

次男「うわあああああ!早く言えよてめえええ!!」ダダダ

少年「…」ペラ

バタン

少年「…ふぅ」

少年「…」ギィギィ

少年「んしょっと」ピョン

少年「この本棚の本はもう完全読破だな…。ふふ」

少年「週末にはお父様のお土産で新書が入るし…」

少年「…ふふ」クス

「お坊ちゃま、お坊ちゃまー!」

少年「…」

「お坊ちゃま、家庭教師の方が来られましたよ!どこにおいでですか!」

少年「…ちぇ」ムス

少年「…ここです」ガチャ

メイド「まぁ。また書庫になんて篭って。今から歴史のお勉強の時間ですよ」

少年「ん。もう少ししたら行こうと思ってたんだよ」

メイド「本当ですかぁ?…まぁいいです。急いでお部屋へ」

少年「…分かったよ」

「…えー、君のお父上である領主様が治めるこの土地は…」

少年(…本、もっと読みたかったなー)

「気候は温暖で土地も肥沃なため、農作物も育ちやすく…」

少年(あの棚にあった魔法使いの物語、気になるなー)

「特に小麦の生産が…」

少年(明日はお稽古ないし、夜更かしして読もうかな)

教師「…」

教師「少年君!!」ピシッ

少年「む。あ、はい」

教師「さっきからペンが動いてないようですが、聞いていますか?」

少年「勿論です、先生」

教師「ではさっき私は何と言っていましたか?」

少年「…この領地の気候と生産物の関係性についてです」

少年「けど先生、小麦は確かにここの名産ですが、近年では果実のほうが上回ってますよ。市場価値も高いし」

少年「それに肥沃ってのは言い過ぎなんじゃないですか?東の地方なんかは…」

教師「も、もういいです。よく聞いてましたね」

少年「…」ニコリ

教師「はぁ。ではもう…。今日はここまでにしましょう。君は教えなくても分かっているようですし」

少年「僕、もっと外の世界の歴史とかやりたいです」

教師「はいはい…」

少年「ありがとうございましたー」

教師「はい。復習をしっかりするように」

教師「…って君には必要ないでようかね」

少年「ふふ。御機嫌よう、先生」

教師「…はぁ…」

少年「…」タタタ

メイド「そ、そのー。声を荒げていたようですが、何かありましたでしょうか」コソコソ

教師「いえ、何も。しかし少年の知識量は実に素晴らしい」

教師「果たして私は必要なんでしょうか…」ズーン

メイド「い、いります!必要不可欠です!」


ギィ

バタン

少年「…ふんふーん」ペラペラ

少年「…いいなぁ、物語の主人公って」

少年「僕も冒険とかしてみたいなー」

少年「…」ペラペラ

少年「…」パタン

少年(魔法使いの物語…。面白すぎてもう読み終わっちゃった)

少年(面白かったなぁ。僕も主人公みたいに魔法を操ってみたい)

少年「…」ジッ

バタン!

次男「ふぃー!あっちー!つかれたー!」ドサ

少年「あ、お疲れ様、兄ちゃん」

次男「あのハゲ散々しごきやがって…。腹立つぜ全く」

少年「遅刻した罰だね。いい気味」

次男「なにを…って、もういや。今日は止めとく。疲れた」

少年「あはは」

次男「んでお前はまた、何を読んでたんだよ?」

少年「魔法使いのお話だよ」

次男「ほーん。…って分厚っ。頭痛くなるぜ」

少年「ねぇ、兄ちゃん」

次男「んだよ」

少年「何で僕たちは魔法を習っちゃいけないのかなぁ」

次男「…は?」

少年「歳の離れたお兄様は習ってたのに。剣も、座学も、魔法も」

次男「兄様は…アレだ、あの人は化け物だからだよ」

少年「僕と兄ちゃんだけ、座学と剣術とかばっかりだよ。つまんない」

次男「んー。俺ぁ、チマチマ勉強するより体動かしたほうがいいし」

次男「…魔法なんて、才能無いとできねーだろ。俺らには無理無理」

少年「…そんなことないと思うよ」

次男「だろ、実際。お兄様は才能あるから習えるんだぜ」

少年「僕にだってあるかもしれないじゃないか」

次男「知らねーよ、んなこと」

少年「僕も習いたいな…魔法」

次男「お前本当物好きだなー。必要ないし、怖いだろ」

少年「こわい?」

次男「そうだろ。魔法で身を滅ぼした人っていっぱいいるだろ」

少年「んー…」

次男「しかもお前、魔法にはクロとシロがあるらしいぜ」ズイ

少年「知ってるよそれくらい」

少年「黒は悪い魔物が使うやつで、白は僕ら人間が使える良い魔法でしょ」

次男「そそ。なーんかごちゃごちゃで面倒くせーよな」

少年「僕はそうは思わないよ」

次男「…これ以上おべんきょーなんかしたくねーよ、俺は」

次男「そんなことよりさぁ、俺さっさと剣術を上達させたいね」

少年「魔法のほうが楽しいもん、絶対」

次男「へいへい。勉強も運動もできるお前が、これ以上望むモンがあるなんてな」

少年「習いたいなー…」

次男「…じゃあさ、西の森の魔女ん所行けば?」

少年「え」

次男「あはは、そうだよ!魔女に魔法教えてもらえよ、お前!」

少年「…!」

少年「魔女って悪いやつでしょ?やだよ」

次男「でもよぉ、お父様は絶対魔法なんか許してくれないぜ」

少年「…」

次男「いいじゃん、こわーい魔女様の弟子になっちまえよ!」バン

少年「馬鹿みたいなこと言わないでよ」

少年「だいたい…。そんな話、歴史書にも書いてないよ。魔女なんかいない」

次男「いんや~?分からんぞ?」ニヤニヤ

少年「先代の領主様が、この土地の魔物は全部追い出したんだ。いるはずがない」

次男「見たことないくせに憶測で言うなよ。頭でっかち」

少年「…」ムッ

次男「やーい、弱虫ー」

少年「そっちこそ。筋肉バカ」

次男「ああああん!!?」

次男「筋肉バカだと!?お前こそ書庫に篭って本ばっかり読みやがって!このモヤシッ子!」

少年「僕はちゃんと外で運動もしてるよ。剣術も筋がいいって褒められたし」

次男「ぐぬ…。年下のくせに!」ブン

少年「口げんかで勝てないからって暴力?ふふ、兄ちゃんらしーい」クスクス

次男「俺のほうが筋がいいんだよ!」ブン

少年「うわ、やめっ」

次男「おらおらぁ!逃げるな弱虫ぃ!」ブンブン

少年「やめてってば!武器使うのはずるいよ!」

次男「じゃあお兄様への非礼を詫びな!」

少年「やだっ!そっちが先に魔法をバカにしてきたんだ!」

次男「んだとー!?」

……


メイド「…なんですか二人とも」

次男「…」ボロ

少年「…」ボロ

メイド「喧嘩ですか?」

次男「ちがう!こいつが…」

少年「兄ちゃんが…!」

次男・少年「…っ!」

メイド「もうすぐ旦那様がお帰りになるというのに、騒々しい」

次男「俺はわるくねーぞ」

少年「はぁ?何言ってるんだよ!」

次男「だってそうだろ!大体お前、いっつもスカしてて可愛げねーし!癪だ!」

少年「なんてこと言うんだよ!そっちこそ頭悪すぎて会話成り立たないんだよ!」

メイド「坊ちゃんたち!やめてくださいっ!」

次男「!」

少年「…っ」

メイド「仲直りなさいな。喧嘩両成敗です」

次男「やーなこった」ダッ

メイド「あっ、次男様っ!」

次男「俺はぜーったい謝んねーからな!ぶわぁああぁか」ピョンピョン

少年「…ふんっ」プイ

次男「せいぜい魔法使いの妄想でもしとくんだな!はっはー!」ダダダ

メイド「…まほうつかい??」

少年「なんでもないよっ。もう寝るっ」

メイド「…はぁ」

少年「……」ムスッ

少年(…兄ちゃんめ)モゾモゾ

少年(絶対許さない。誰が謝るもんか)

少年(…僕にだって魔法ぐらいできる)

少年(妄想なんかじゃない。僕もお兄様みたいに、才能があるはずだ)

少年「…」

少年(ああああもう!腹が立って眠れない!)ガバッ

少年「…うー」イライラ

…西の森に、魔女がいるんだってさ

少年「…」

少年「魔女」ボソ

少年「…西の、森」

少年「……」ゴソゴソ

少年(兄ちゃんをびっくりさせてやる。絶対、謝らせてやる!)

キィ…

少年「…」キョロキョロ

少年「…」タタタ

メイド「ふんふーん」

少年「っ!」バッ

メイド「らんらーん」

少年「……」ドキドキ

少年(…よし、見てない。いまだ!)タッ

ガチャ

バタン

メイド「…?」


少年「やった、脱出成功!」クス

少年(あとはバレずに馬を出して…。西の森はすぐだ!)

少年「どうどう。ちょっと一緒に走ろうね」ナデナデ

馬「…」

少年「よしいい子だ。後でいっぱいエサあげるからね」ヒョイ

少年(え、と。西の森…か。実は行ったことないんだよね)

少年(…立ち入り禁止らしいし、誰も入らないもん。不気味だから)

少年「…行こうっ」

タタタ…


少年(…あ、満月。妙に明るいと思った)

少年(満月の夜は神様のご加護があるんだ。きっと上手くいく)

少年(魔女を退治して兄ちゃんをびっくりさせるのも良いし)

少年(どうせただの嘘ってことを報告して、恥かかせるのもいいし)

少年(どう転んだって僕の勝ちだよね)クスクス

少年「…」

ザワッ

少年「…っ」ビク

少年(…やっぱり不気味、だけど)

少年(魔物なんて時代遅れな話だよ。いるはずないし)

少年「…大丈夫、大丈夫」

少年「…」

ホー…

少年「!」ビクッ

フクロウ「…?」

少年「な、なんだ鳥かぁ。もう、びっくりさせないでよっ」

少年(うう、兄ちゃんがいたらからかわれてたんだろうな)

少年「…」

少年(二時間くらい探し回ってるけど、やっぱ普通の森だ)

少年(大体、こんな所に魔女の家があるんなら地元の人に見つかってるんじゃないの?)

少年(…やっぱ、兄ちゃんのデマ?)

少年「…はぁー」

少年「疲れちゃったね。嘘だったんだよ。帰ろうか」ポンポン

馬「…」ピク

少年「ん、どうし…」

馬「ヒンッ!」バッ

少年「!う、わ!」

少年「こ、こらっ!そっちじゃないよ!戻るんだってば!」

馬「……」ダダダ

少年「ちょっと!言うこと聞きなってば!?」

少年(い、言うこと聞いてくれない!いつもはこんなんじゃないのに!)

少年(…奥のほうに行っちゃう…!)

…子どもを魔法で迷子に…

少年「…!」ゾク

少年「ねぇ、いい加減に…っ」

馬「……」ピタ

少年「うわぁ!?」グラッ

少年「…たた」ヨロ

少年「もうっ!何なの一体!方向全然逆なんだけど」

馬「…」

少年「…え」

少年「…!」




少年「…い、え…?」

少年「…」ポカン

馬「ヒンッ」

少年「家、だ。小さいけど…。どうしてこんな所に」

少年(…明かり点いてる。ってことは、人がいるんだよね?)

少年「…魔女の、家?」

少年「…」

少年「にしてはなんか可愛いんだけど…。お婆ちゃんが住む小屋みたい」

馬「ヒン」

少年「…よ、っと」スタッ

少年(…こんな所に、誰が住んでるの?)

少年「…ここで待ってるんだよ」ナデ

馬「…」

少年「…」タタタ

少年「……」チラ

少年(カーテン引いてある。中は見えないか、流石に)

少年「…」ドキドキ

少年「…」ゴクッ

少年「……あの」

ガサッ

少年「すみません、誰か…」

「グルルル…」

少年「…」ビク

少年「…」チラ

狼「…」ジー

少年「…うわぁあああああああああ!!?」

狼「ガルルルル…ッ」

少年(お、狼!?え!?どうしよう!?)

狼「ガウッ!!」

少年(逃、げ…)

狼「…」ダッ

少年「…!」

少年「…あっ!」ドサ

少年「…っ、助け…!」

ガチャ

少年「…!」

「…うっさいなー」

狼「!」ピク

「人の家の前でぎゃあぎゃあ騒ぐなっての」

少年「…あ、あ…」

「…ねどこに帰れ。子どもなんて骨ばっかで美味しくないよ」

狼「…くーん」

「帰れっての!!」

狼「!」ピョン

少年「……」

「…はー。全く騒々しい」

少年「…ぁ」

「…で、あんた誰」

少年「……ま」



少年「魔、女…?」

魔女「はい?」

少年「…」クラ

魔女「え」

少年「…」ドサ

魔女「え、ちょ」

……


少年「…」ゴロ

少年(…いいにおい)

少年(…お日様と、あったかいスープのにおい)

少年「…」

少年「…!?」ガバッ

少年「え、え、え!?」キョロキョロ

少年(待って、ここ何処!?僕、森で迷って…で…)

少年「…」

…あんた誰

少年「…ま、じょ…」

少年「……っ」ダッ

「…おーい」

少年「!」ビクッ

「何処行くの?」

少年「……ぁ」

「あんた足秘ねってるんだよ。冷やしとかないと駄目でしょ」

少年「……」

少年「…っ。来るな!」バッ

「…」

少年「お、お前が西の森の魔女なんだな!?」

「はぁ。まじょ?」

少年「…っ、そうなんだろ!だって、その額…っ」

「…ああ」



魔女「角が生えてるってこと?珍しいよね」

少年「…っ!し、喋るな!」ガタガタ

魔女「待って待って。角が生えてるだけで人を魔女呼ばわりはないでしょ」

少年「うわぁあ!」

魔女「待てってばぁそこの子ども」

少年「僕を殺す気なんだろ!?来るな!」ブンッ

魔女「何のことだよ…。って」

少年「…っ」ギュッ

魔女「刃物は駄目だ。子どもの癖に」

少年「うるさいっ!」ブンッ

魔女「ちょ、やめなさいってば!落ち着いて!」

少年「……っ」ブン

魔女「おい、おま」

少年「…っ!」ブン

魔女「…」

魔女「やめろって言ってるでしょ!」バシッ

カラン

少年「…」

少年(え、剣の刃が…消え)

魔女「びっくりした…。なんなのあんた」

少年「…」ペタン

魔女「落ち着きなってば。私は化け物かもしんないけど、あんたを食ったりはしない」

魔女「…まずそうだし」

少年「…」

魔女「私は魔女だ。そうだよ。けど、あんたに何もしない。オーケー?」

少年「…」

魔女「腰抜けちゃってるよ…」

少年「ほ、本物の魔女?」

魔女「あんた散々自分でそう言ってたじゃない。そうよ。魔女」

少年「…」ポカン

魔女「とりあえずベッドに戻りなさい。足の手当てがまだだから」グイ

少年「え…」

魔女「いいから!」

魔女「…」ブツブツ

少年「…」

魔女「よし。どう?痛みは?」

少年「…」フルフル

魔女「そう。ふふん、私の回復魔法もなかなかのもんね」

少年「魔法…」

魔女「…」サッ

魔女「はいはい怖がらないで。フード被ったらただの女。そうでしょ?」

少年「…」

魔女「んで、あんたはこんな夜中にここで何してたの?」

少年「ぼ、僕…」

魔女「見たところこの領地の子どもっぽいけど…。街から来たの?」

少年「…」コクコク

魔女「ふふん。大方、肝試しか何かのつもりだったのね」

少年「…っ」

魔女「ここに住んでる私が言うのもなんだけど、ここは禁断の土地らしいのよ」

魔女「子どもが遊び感覚で入っていい場所じゃないの」

少年「…」

魔女「さっきだって野生の獣に会ったでしょ?危ないのよ」

少年「う、うん…」

魔女「分かったならよろしい。怪我が治ったようならさっさと帰ってちょうだい」

少年「…」

魔女「外の馬もあんたのね。早く帰してあげなさいよ、眠そうよ」

少年「あ、あの」

魔女「はい?まだ何か?」

少年「…僕に何もしないの?」

魔女「あのさー。それ何回も言ったよね、しません!する意味がないです」

少年「…」

魔女「こんな森でショタが怪我して泣いてたら、魔女だって助けるわよ!バカね」

少年「ええ…」

魔女「…でも、おかしいな」

魔女「私の家、結界で守られてるから人間には見えないはずなんだけど」

魔女「…普通の人には」

少年「…えっと」

魔女「ま、いいや」

魔女「あんた、黙っててよね。一応私命の恩人だし」

少年「で、でも」

魔女「絶対言うな!言ったら呪うわよ!カエルにしてやろうか?」

少年「!や、やだ」

魔女「分かった?誰にも言うな、二度と近づくな。以上!」パン

魔女「睡眠時間削られたわ…。じゃあね、さようなら子どもさん」ガチャ

少年「…」

魔女「ほら、出た出た!」ドン

少年「う、うわっ」ゴロン

バタン

少年「……」

馬「ヒーン…」

少年「魔女、だ」

少年「本当に、いたんだ…!」

少年「すごい、すごいや…!あんな見たことない魔法使って…!」

「…早く帰れっ!」

少年「え」

グラッ

……


「い、おい」

次男「…おいってば!」

少年「…ん」

次男「お前何してんだ、こんな所で」

少年「え?…」

次男「馬小屋で寝るなんて、頭おかしくなったか?」

少年「!」ガバッ

少年「か、帰ってきてる」

次男「は?」

少年「うそ、どうして…」

次男「なあお前、本当にどうしちゃったんだよ」

少年「に、兄ちゃん。僕ね…」

誰にも言うな。言ったら呪ってやる

少年「…!」

次男「なんだよ?」

少年「…う、ううん」

次男「ははーん。分かったぞ、お前森に行こうとしたんだろ」

少年「!」

次男「でも怖くなってうじうじしている内に、そこで寝てたわけだ。だっせー」

少年「…う」

次男「あのなー、昨日のアレは嘘だ。街で聞いたデマなんだよ」

次男「西の森は近づいちゃいけないって口酸っぱく言われてるしな。騙されてやんの」

少年「…」

次男「おい、どうしたよ?何か顔色わるいぞ」

少年「な、なんでもない」

次男「ほら、そろそろ朝ごはんの時間だぞ。行こうぜ」

少年「…うん」

……


少年「…」ボー

次男「なぁ、おい」

少年「な、なに」

次男「お前、稽古用の剣どこにやった?明日研磨するんだってさ」

少年「剣…」

少年「あっ!!」バン

次男「うおっ、なんだよ!」

少年(け、剣!あの家に置いてきたまま…だった!)

次男「おいまさか失くしたとかじゃねーだろうな?お父様怒るぞー」

少年「な、失くしてないよ!今から探すから」

次男「ほーん」

少年「……」グルグル

少年(どうしようどうしようどうしよう)

少年(剣が無きゃ稽古もできないし、新しく買うにも無理があるし…)

少年「…」

少年(と、取りに行くしか…ないのかな)

少年「…う」

少年「…はぁ」

……


少年「大人しく待ってるんだよ」ポン

馬「…」

少年(き、来ちゃった…。また…)

少年(やっぱり夢じゃなかったんだ。家、ちゃんとあるし…)

少年「…」ソッ

コンコン

少年「…あ、あのー」

少年「…」

少年「あのー」コンコン

少年「…」

少年「…」

ガチャ

少年(う、わ。鍵開いてるし)

少年「…すいません、どなたかいらっしゃいますか?」

少年「…」

少年(剣とって帰るだけ、剣とって帰るだけ)キィ

少年「…」ドキドキ

少年(…本当に小さい家なんだな。台所と、部屋が3つくらいしかない)

少年「…」チラ

魔女「…」

少年「ひっ!!!?」ビク

魔女「…ん」ゴロン

少年(ソ、ソファにいる!気づかなかった…!)

魔女「…」

少年(え、寝てる…?)

少年「…」

魔女「…」ゴロン

少年(昨日は良く見る余裕なかったけど)

少年(…綺麗な女の人だ。全然魔女っぽくないや)

少年(お話の中の魔女って、お婆ちゃんで意地悪そうな顔してて…)

魔女「…」

少年(…角。やっぱりあるけど、それ以外は普通の…)

魔女「ん」パチ

少年「あ」

魔女「…うわ!?」ガバッ

少年「ご、ごめんなさい!ごめんなさいっ!」

魔女「ちょ、ちょっと!何!誰っ!?」

少年「ぼ、僕です!あの」

魔女「…うわっ!」ドサ

魔女「…あいてて…っ」

少年「だ、大丈夫ですか!?」

魔女「…ああ、昨日の子どもか。何勝手に入ってきてるのよ」

少年「か、鍵が開いてたので…つい…」

魔女「鍵開いてたら勝手に入っていいわけ?どんな教育受けてんのよ」

少年「ご、ごめんなさい…」

魔女「…もう。ソファから落ちて腰打っちゃったじゃん」

少年「…」

魔女「ちょっと、起こすの手伝ってくれない?」

少年「あ、はい」

魔女「…ん。っしょ」ムク

魔女「ついでにそこの車椅子に乗っけてもらうと嬉しいんだけど」

少年「車、いす?」

魔女「そ。そこにあるでしょ」

少年「は、はい」

魔女「ん。どうもね」ストン

少年(車椅子、って。どうして?昨日は普通に立ってたのに)

魔女「ほんで、二度と来るなって言ったはずなんだけど?」

少年「!あ、あの。僕」

少年「…ここに忘れ物しちゃったみたいで」

魔女「忘れ物?」

少年「はい。稽古用の剣なんですけど」

魔女「…あー、昨日振り回してたヤツ」

少年「は、はあ」

魔女「それ私が処分しておいた。危ないし、包丁にも使えないしね」

少年「え!?」

少年「…」

魔女「あ、駄目だった?」

少年「あ、あれ…。大事な物なんです」

魔女「そんなの知らないわよー」

魔女「大体何よ。夜中人の家の前で大暴れして睡眠妨害して」

魔女「手当てしたら魔女だなんだって大暴れして」

魔女「しかも今日は不法侵入した挙句、剣を返せですって?とんだ低モラル坊ちゃんね」

少年「…」

魔女「街の教育水準を疑うわ」

少年(こ、言葉が痛すぎる)

魔女「まあでも返してやらんこともないわよ」

少年「え。本当ですか!」

魔女「勿論対価として何かをいただくけどね」

少年「…」

魔女「あ、心臓とか命とかそういうグロいもんじゃないわよ」

魔女「剣なんて魔法でぱぱっと修復してあげるわ。どう?」

少年「お願いします!」

魔女「ふふん。じゃあこっち着いてきて」キィ

少年「はい…」

魔女「…ってか車椅子押しなさいよ。女性と体が不自由な人には優しくするもんでしょ」

少年「は、はい」キィ

魔女「はい、外に出て。家の隣に温室があるからそこに連れて行って頂戴」

少年「…温室?」

魔女「そう。魔女の温室」

少年「…は、はあ」キィ

ガチャ

少年「…う、わ」

少年(綺麗…。見たことない植物がいっぱいある)

魔女「すごいでしょ。魔法で色んな地域の植物生やしてるのよ」

少年「ここ以外の地域の?」

魔女「そ。あっちのは冬国ので、あっちのはずっと遠い常夏の国の」

少年「すごい…」

魔女「ふふん」

魔女「ってことで、はいこれ」ピラ

少年「え?」

魔女「今日のご飯にする野菜と果物の収穫リストと、薬草のリスト」

魔女「これ全部採って、水遣りして」

少年「こ、これ全部?」

魔女「何か文句あんの」

少年「ない、です」

魔女「あーこき使える人がいるっていいわね」キィ

少年(…時間どれだけかかるんだろう)

魔女「手ぇ抜いたりしたら、どうなるか分かるわよね?」

少年「は、はい!」

魔女「それじゃ。頑張ってー」キィ

バタン

少年「…はぁ」

少年(魔女の手伝い…って、なんだこれ)

少年(物語みたいな展開…)

……

魔女「…」グツグツ

少年「あ、あのー」

魔女「…」グツグツ

少年「あの。終わりました」

魔女「うわ。…あ、あんたか。びびった」

少年「野菜と薬草、これで合ってますよね?」

魔女「うん。…ってか遅いんだけど」

少年「ごめんなさい…」

魔女「まぁいいや。次は洗濯物干してくれる?」

少年「え」

魔女「この足じゃ洗濯物干すのも一苦労なのよねー。はい、早くする」

少年「…は、はい」

魔女「下着は中に干してねー」グルグル

少年(…何で僕がこんなことしなきゃ…)

魔女「返事!」

少年「は、はい!」

少年「…終わりました」

魔女「おー。ご苦労ご苦労」

少年「あの、剣はいつ治して…」

魔女「じゃあ次は畑の雑草抜いてきてくれる?」

少年「…」

魔女「何よその顔」

少年「やります」

魔女「それでよろしい」

少年「……」

……

少年「…」グッタリ

魔女「おー、綺麗になったわね。困ってたのよー、除草剤とか使いたくないし」

少年「も、もういいですか」

魔女「まぁ焦るなって。もう昼時でしょ、ご馳走するから食べていきなさいよ」

少年「…え」

魔女「魔女の料理なんか食べれない?」

少年「そ、そんなことは」

魔女「そ。じゃあおいでよ」

少年「はい…」


少年「…え、美味しい!」

魔女「当たり前でしょー。やることないから料理極めてるのよ」

少年「この料理、初めて食べました!」

魔女「この地方にはない調理の仕方だしねー。そっちのスープも美味しいわよ」

少年「…本当だ!」

魔女「良い食べっぷりだこと」

少年(…あ、毒とか入ってないよね?)

魔女「ん?」

少年「な、なんでもないです」モグモグ

魔女「…ふー」

少年「ごちそうさまでした」ペコ

魔女「ん。暫くゆっくりしときなさいよ」

少年(…まだ何かしなきゃいけないのか…)

魔女「んでさ」

少年「は、はい」

魔女「あんたどうやってここに入ってきたの?」

少年「どう、って」

魔女「たまーに旅人が迷い込んでくることあるけど、二回連続で来たのはあんたが初めてなの」

少年「…えっと」

魔女「魔女の噂を聞いたわけ?どこから?」

少年「僕の兄が話してて、それで確かめてみたくなって」

魔女「ふーん」

魔女「しかしおかしいな、結界が仕事してないのかしら…」

少年「けっかい?」

魔女「こっちの話。ってか、あんた私が怖くないの?」

少年「最初は怖かったですけど…。案外普通の人だなって」

魔女「正直ね」

少年「…あの」

魔女「はい?」

少年「あなたはやっぱり、魔女、なんですか」

魔女「そうよ。魔女って呼んでくれて結構。角生えて魔法使えりゃ立派な魔物よ」

少年「…」

少年「どうしてここに住んでるんですか?」

魔女「住みたいから」

少年「でも、大分前の領主の措置で、ここの魔物は一掃されたんじゃ」

魔女「あー、北の大移動ね。あったみたいだけど知らないわ。私うまれてないし」

少年「ずっとここにいるんですか?」

魔女「うん。物心ついたときから」

少年「一人で、ですか」

魔女「そうよ」

少年「…」

魔女「何よその哀れむような目は…」

少年「外に出たことは…」

魔女「ないわよ。結界があってこの家の庭からは出られないの」

少年「…」

魔女「あ、あのさあ」

魔女「あんた段々顔が輝いてるみたいだけど、どうし」

少年「僕を弟子にしてくれませんか?」

魔女「…」

少年「お願いします!あなたは本物の魔法使いです!僕を弟子に」

魔女「いきなりどした」

少年「僕、魔法を使いたいんです」

魔女「ちゅうにびょう、ってやつね。はいはい」

少年「お願いします!この通りですっ」

魔女「嫌よ面倒臭い」

少年「僕、魔法を教えてもらえるんなら何だってします!」

魔女「うわキモ…じゃなかった。何でそこまで熱があるのよ」

少年「昔から、魔法使いの物語とか好きだったんです。ずっと習ってみたくて」

魔女「それじゃあ人間の魔法使いを雇いなさいよ。お坊ちゃん」

少年「無理だからこうして頼んでるんです!」

魔女「やだ」

少年「どうしてですか?」

魔女「弟子なんて面倒くさい。私は一人ゆっくり暮らしたいの」

少年「…」

魔女「嫌よ。絶対、無理」

少年「そこをなんとか」

魔女「しっつこいわねー。もう帰ってよ」

少年「え、で、でも」

魔女「あーうざったい。帰れ!」

少年「剣…」

魔女「帰れっての!二度と来るな!」ドン

少年「え、うわ!」

バタン

少年「…ええええ」

少年(な、なんでいきなり怒ったんだろ)

少年(っていうか、剣…返してもらってないし)

少年「…」ガチャ

少年(鍵かかってる…そんな…)
……


次男「おう、お前どこ行ってたんだよ」

少年「…図書館」

次男「はぁ。まーたか」

少年(どうしよう…。弟子にもなれないし、剣も返ってこないし)

次男「…変なヤツ。落ち込んでるのか?」

少年「別に。なんでもない」

少年「…」ゴロン

少年(どうしよう、明日の剣術の稽古…)

少年(もう夜だし、買いにもいけないし)

少年(…怒られるかなぁ…)

コンコン

少年「!は、はいっ」ガチャ

少年「…あ、れ」

少年(誰も、いない)

ゴン

少年「いたっ。なにこれ」

少年(…あ。足元の、これって)

少年「…僕の剣だ」

少年(綺麗に治ってる。しかも前よりぴかぴか)

少年(…あの人が?)

少年「…あ」

少年(手紙だ)ピラ

「ガキへ

 剣はちゃんと治して返しました。これでいいでしょ

 二度と来るな       魔女より」

少年「…」

少年「すごい」

少年「…ふふ」クスクス

……

魔女「…ふぁ」

ドンドン!

魔女「!」ビク

「おはようございますっ、魔女さん!」

魔女「…」

「僕です!いらっしゃいますか!?」

魔女「マジか…」

少年「あ、おはようございます!」ヒョコ

魔女「うをおおおおおおおお!?」ビクッ

魔女「ちょ、あんた!窓から中覗くな!」

少年「開けてくださーい!お話があるんです」

魔女「話す事なんてない!」シャッ

「うわ、カーテン開けてください!」

魔女「……」イライラ

魔女「…よいしょ」ギィ

魔女「…外でぎゃーぎゃー喚くな。一体何の用?」

少年「えへへ、おはようございます」ペコ

魔女「はいはいおはよ」

少年「あの、剣の修理してくれてありがとうございます。綺麗になってました」

魔女「あーそう、よかったね」

少年「それで、僕弟子に」

魔女「だから嫌だって言ってるだろが」

少年「諦めません!お願いです!」

魔女「あんたこんな性格じゃなかったよね?何?怖いんだけど」

少年「お願いします!なんでもしますから!」

魔女「…大体二度と来るなって手紙にも書いてたでしょ。文字読める?」

少年「嫌です。僕、魔法教えてもらえるまで何度でも来ます!」

魔女「うわぁ…」

魔女「…面倒なことになったな」

少年「…」ジッ

魔女「あのね、本当に諦めてくれないかな。私は魔女だよ?こんなのから魔法習ったって…」

少年「…」ジッ

魔女「いや見つめてもだめ。帰れ」

少年「あの、じゃあこれ」スッ

魔女「なに、これ」

少年「街で流行ってるお菓子屋さんのケーキです。困らせちゃたお詫びです」

魔女「…けーき」

少年「はい。チョコレートケーキです」

魔女「…」

少年「あ、お嫌いですよね…。すみません、もう僕帰」

魔女「まあそう言わないで、お茶淹れるから上がっていきなさい」

少年「はい!」

……

魔女「うんまっ」モグモグ

少年「そうでしょう?今人気なんです」

魔女「くそー、街の娘どもはこんなに美味しいおやつを食べて生きてるんだな…」モグモグ

少年「僕、毎日だって買ってきます」

魔女「…う」

少年「ケーキじゃなくたって、何でも」

魔女「…」

少年(戦ってる…煩悩と…)

魔女「んー…」

少年「ここのお店、チーズケーキも美味しいらしくて」

魔女「しゃあねぇな、良いよ。弟子とやらにしてやる」

少年「やったぁああ!」

魔女「くそう。家じゃこんな本格的なケーキ作れないもんなぁ」モグ

魔女「悲しいことよ。魔女が甘味に堕ちるなんて」

少年「嬉しいです、僕がんばります!」

魔女「…(ま、いいか。雑用させまくれば)」

魔女(…ここに人間が来るなんて、すごい…珍しい、し)

少年「あ、自己紹介が遅れました!僕は少年って言います」ペコ

魔女「ふーん」

少年「えっと、あなたの…お名前は?」

魔女「無いわ。そんなもの。だから魔女って呼べば?」

少年「名前が、ない?」

魔女「そ」

少年「どうしてですか?」

魔女「さあ?どうしてだろ」

魔女「ま、一人暮らしだし俗世からは離れてるし、名前なんていらないもの」

少年「そうですか」

魔女「んじゃあ、早速働いてもらおうかな」

少年「はい!」

……


少年「…ふー」

魔女「あんた、ガキの割には体力あんのね。薪すぐに割っちゃった」

少年「稽古で鍛えてるんで」

魔女「ふーん、あっそ。じゃあ次は井戸で水汲んでね」キィ

少年「はい。あ、車椅子押します」

魔女「ふふん。気が利くじゃない」

少年「えへへ」キィ

魔女「…あ」

魔女「待って!やめて!」

少年「えっ」

バチッ

魔女「…っ!」

少年「ど、どうかしましたか?」

魔女「車椅子、引いて!早く…っ」

少年「は、はい!」キィ

魔女「……っ」

少年「どうしたんですか?足、痛むんですか?」

魔女「…水と布、持ってきて」

少年「は、はい!」

魔女「…」ギュ

少年「あの、大丈夫…」

魔女「大丈夫に見える?」ゴシゴシ

少年「…いいえ」

魔女「…っふー。熱かった」

少年「あ、足首…!黒くなってますよ!?」

魔女「騒がないで。今説明するから」

魔女「ほら、これ見て。右足首の所」

少年「…火傷、ですか。どうして」

魔女「体が結界に触れたからよ」

少年「え…」

魔女「私の両足首には、枷の呪いがかかってるの」

少年「かせの、まじない?」

魔女「そう。歩行機能を奪って、結界の外に出れなくする呪い」

少年「どうして、そんなもの…」

魔女「…」

魔女「まあとにかく、こういう厄介なモン持ってるから、気をつけて欲しいの」

少年「…」

魔女「ここに柵あんでしょ?この外に出たらアウト。出過ぎると死ぬ」

少年「え…」

魔女「あー、出なきゃ大丈夫だから。気をつけなきゃ」

少年「…ごめんなさい」

魔女「いいよ。説明してなかった私が悪いし、痣もすぐ消えるさ」

魔女「あ、あともう一つ言い忘れてたことあった」

少年「何、ですか?」

魔女「枷の呪いは魔法機能にまで及んでるの。私、昼間は魔法一切使えないのよね」

少年「は」

魔女「だから剣を治すのも、一旦あんたに帰ってもらってからやったでしょ?」

少年「ええええ!」

魔女「残念でしたー」

少年「そ、そんな!じゃあ僕」

魔女「夜に来る根性があるんなら、弟子を続行しなさいよ」

少年「…」

魔女「無理でしょ」

少年「で、できます」

魔女「…強情だなー」

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