結衣「やれやれ」 (12)

小学校六年生の冬、あかりが自殺した

窓を閉めた車のなかにはいり、ガスポンプの先をなかにいれたのだ

死ぬ間際、あかりは苦しかっただろうか

それとも、途中で気を失ったため、穏やかに[ピーーー]ただろうか

あかりがみずから命を絶ったことは、幼馴染だった私と、私よりもずっと繊細な京子に、深い影を落とした

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残りの小学校生活、私は心にぽっかりと穴が開いたのを自覚しながら、まるで規則的に動く人形のように学校へ行ったり来たりして、ながながとつづくおびただしい時間を埋めていった

京子はといえば、私よりもずっと様子がおかしかった

あんなにも大人しかった京子は、九官鳥のようによく喋るようになり、なにかに突き動かされているように不自然に活発で、社交的になった

私はそんな京子の変化を心配していた

私の心配は、おそらく友達へのそれの程度を超えていただろう

なぜなら私は、京子のことを、愛していたのだから

京子「結衣ー!」

結衣「ん?どうした、京子」

京子「今日、ゲーセン行こうぜ!ミラクるんのぬいぐるみがクレーンゲームにあってさ!私びっくりしちゃって…」ぺらぺら


京子の饒舌さは、小学校に入る前からの幼馴染の私には、あまりにも奇妙なものに映った

京子は、このまえまで…正確にいえばあかりが死ぬまえまで、大人しく、人見知りが激しくて、私やあかり以外とはコミュニケーションをとるのも怯えていたような女の子だった

口数も少なく、私は本当に、彼女をお姫様のように扱っていたのだ、あたかも私が騎士であるように

結衣「ゲーセンはいいよ。でも京子、おまえなんか最近おかしいぞ?大丈夫か?なんでそんなに、元気なんだよ…」

あかりが自殺したのに、という言葉は噛み殺した

京子「ふぇ、いや、その、えと…」びくびく

結衣「京子…?」

京子「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」涙ぽろぽろ

結衣「京子!?どうした、ごめんそんなつもりは…!」

京子「ごめんなさい、お願い、嫌いにならないで、私のことを見捨てないで、結衣、お願い」ひっく、ひっく

京子「なんでもするから…!償いはするから…!お願い、私のことを嫌いになっちゃいやだよ、結衣!」ぽろぽろ

結衣「私が京子のことを嫌いになるわけないだろ!おい京子、大丈夫か!」

結衣「ごめん、私が悪かった!京子も辛いんだよな、なんか、妙に最近のお前は元気に見えてさ、でも、やっぱりそれはあかりが死んだことが辛かったからなんだよな…!」

京子「私のせいなの!」

結衣「え?」

京子「ぜんぶ私のせいなのおおおお!!!」

京子の話によるとこうだった

京子とあかりは、私に隠れて、夏休みあたりから付き合っていたらしいのだ

まえから京子は、あかりに魅力を感じていたのだが、あかりに告白されて、舞い上がってOKしてしまったらしい

しかし、あかりは「結衣ちゃんには秘密ね」と言ったらしいのだ

京子はなぜと言ったが、あかりは理由を教えてくれなかったらしい

結衣「事情はわかったよ。今更秘密にしたことをとやかく言うつもりはない。でも、それがなぜあかりの自殺が京子のせいということになるんだ?」

京子「えっち…しようとしたんだ」

結衣「えっちって…お前らまだ小学生だろ!」

京子「あかりが、したいって言って、私は怖いからいやだって言ったんだけど…」ぽろぽろ

京子「断るなら、別れるっていわれて、私、あかりのことを愛していたから、いいよって言っちゃって…」


愛している人の口から、別の人への愛を聴く

私の胸は、心臓を串刺しされたようにずきずきと痛んだ

京子「それでね、私は、う、うう、ううぇええええええ」びちゃびちゃ

結衣「京子!大丈夫か!」すりすり

結衣「とりあえず、保健室に行こう?放課後に話そう、うん」

京子「う、うん…!」


京子を保健室へ連れて行ったあと、私はあまりにも急で、あまりにも残酷なこの事実に、寒気をおぼえた

あかりの死は、あかり自身の問題で終結するものではなかった

ずっと、なぜ私たち幼馴染に、相談してくれなかったんだろう、私はそんなにも信頼されていなかったんだろうか、と自分を責めていた

しかし実はそんなものはポーズでしかなく、心の底ではあかりも相談できない問題に覆われていたんだろうと思っていた

だが、この問題は、私たち幼馴染三人の問題だったのだ

脂汗をかき、私までもがトイレで吐いた

そして、白い、天使のように清潔な色をした便器が、赤茶色の汚物にまみれているのを数分間も凝視していた

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