凛「青色の中」 (19)

そんなはずはない場所なのに、眩しいくらいの青色の中で泳いでいる。
ずっとずっと廻って泳いでいる。


そうして夜中にふと目が覚めて、布団の中で部屋の暗闇をジッと見つめた。

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今見ていた青色の鮮やかさと部屋の暗さのギャップに少し驚いて、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

布団をグッと掴んで手のひらの汗を拭う。

心臓がドキドキした。


はじめは何も見えないけど、凛は最近知った。

こういうの暗順応っていうんだ。



目が次第に暗闇に慣れて、見えなかったものが見えるようになってく。

墨汁を眼に垂らしちゃったみたいに何も見えなかったはずなのに、眼にワイパーがついていてそれをウィンウィンって右に左に動かしたみたいに

目の前が鮮明になっていって、小学生の頃にかよちんと写真にイカスミを垂らしてセピア色の写真に改造しちゃう裏ワザをやったみたいに、

眼に垂らしてた墨汁がうすーくなってって、見えなかった部屋の中がようやく見えるようになった。

見慣れたタンス、勉強机、飾った写真に、壁にかけた時計とカチカチ動く、針の音。

カチカチって音を聴くたびに
カチカチって何かが凛の中でうまく噛み合わなくて
布団の中で居心地が悪くなる。

上半身をバサッとあげて、椅子の背もたれに寝る前にかけた黄色のパーカーをパサッと羽織って、

できるだけ音を立てないようにこっそりササッと家から飛び出した。

靴下を履いていないままはだしで履いた靴はなんだかいつもより一回り大きく感じてちょっとブカブカに思える。

普段は靴下なんて習慣で履いてるもので気にしたことなんてなかったけど、
なるほど、
歩くと靴の底がペタペタと足の指とかにひっつくようで歩きにくい。

意味あったんだー、靴下

って思いながら、暗い夜道をひとりで歩き出した。

パーカーだけだとまだちょっと寒かったかなぁーって思って
袖をグイってして手まで隠して両袖の部分を擦り合わせてたら、
クシュってくしゃみがひとつ出て、あ、風邪ひいちゃう?って不安に思ったら顔の横あたりの壁の上から、

にゃー

ってひと声。

見上げたら、黒い空間に黄色いかわいいまんまるが2つ。

なぁんだ、黒猫ちゃんが居たんだね。

暗くて気がつかなかったや。

へへって笑って凛は、風邪をひいたんじゃないことに安堵した。

凛に気づいた黒猫は足早に駆け出して、闇の黒にその身を溶け込ませて完全に見分けがつかなくなった。


ぽつんと残って、なんでだかちょっとさみしくなって損した気持ちになっちゃって、仕方ないやってまた歩き出す。

はぁーって吐いた息の色もわからないこの道は街灯が少なくて、
夜は危ないからひとりで出歩いちゃダメだって小さい頃凛はよくお母さんに言われていた。

そういう教えを破ってこうして歩いているせいか、
高校生になったはずなのに凛は罪悪感からか背徳感からか妙にワクワクとした気持ちを止められなくて、
ふふっと笑ってまた夜の道を歩いてく。

かよちんの家が近づいてきて、自然と足早になって、ワクワクがさらに高まった。

かよちんがこんな時間に起きているわけないのに、
どうしてだか部屋に明かりが点いていそうでワクワクしながらでも足音を立てないようにつま先立ちでかよちんの部屋のあたりに目をやった。

ひっそりとしたかよちんの部屋の窓の色は黒というより濃い群青色に見えて、
それでも、やっぱり起きてないかって当たり前のことを確認して、どこか、変に落ち込んでいる凛がいる。

起きてるわけないのに、ばかだよなぁ、って思って、
ちょっと期待して今にもかよちんが起きて部屋に電気がつかないかな、ってかよちんの家の前で立ち止まってみてみるけど、
部屋の色は濃い群青色のままで、
やっぱり、仕方ないやってなりながらゆっくりとかよちんの家の前を通り過ぎた。



小走りになるとまたブカブカな靴がワンテンポごとに意識を刺激して、へへって自然にまたにやけてた。

小道を避けて少し大通りに出ると、こんな時間なのにたまに自動車が車道を通り過ぎて行くから驚く。

凛は偶然目が覚めて、偶然夜の散歩に繰り出して、偶然この道を歩いているだけなのに、

そういう偶然が起こっている間中、さっきすれ違った自動車を運転している人はずっと車を運転していたのかなぁって考えると

凛は不思議な気持ちに心が満たされる。


そして、小学生の時に遠足で行った水族館のことを思い出す。

かよちんがはしゃぐ凛の跡を息を切らせてついてきた。

でも、かよちんは、凛が迷子にならないようにって息を切らせて足を持たせつかせて、

普段よりも重たいリュックサックを背負いながらも決して繋いだ手を離すことはしなかった。

かよちんの手に繋がれて、その当たり前さに気づかないで当たり前のように見回った水族館。

ぶ厚いガラスに隔たれたその先に広がる青色の世界で、水に満たされた空間をたくさんの名前もわからない魚たちが泳ぎ回ってた。

自由に脈絡なく泳ぐもの。
規則正しくグルグルと同じ場所を廻っているもの。
まるでオーロラみたいに群れをなして周回しているもの。


凛は不思議だった。

凛が朝起きてご飯を食べてかよちんと登校して学校にいって勉強したりドッヂボールをしたりしてる間に

この目の前にいるお魚さんたちはここでこうしてずっと同じように泳ぎ回ってる。

毎日毎日変わらないでグルグルグルグルと同じ場所をさまよい泳いでる。

飽きないのかな?

つまらなくないのかな?

違うところ行きたいって思わないのかな?

そう思ってること、どうしてか恥ずかしくてかよちんには言い出せなくて、

だけど、まるで金魚鉢の中に泳ぐ出目金に興味を持っていかれている猫のように、

目の前の大きな水槽に目が釘付けになって口がきっとポカンと開いてた。

今の自分の気持ちを言葉に表せなくて、
それでも口に出せない気持ちを青色に染まるかよちんに言ってみたくなって、

ギュと繋いだ手をさらに余裕がないやり方で握り返した。

かよちんは、不思議そうな顔をして同じように青色になってる凛の顔を青色を映している茶色の瞳で見返した後、
凛よりも優しい力の入れ方でギュと繋ぎ返してくれた。

それから凛はときおり、水族館の水槽の青色の中で泳ぎ回る魚のことを考えた。

凛が学校で勉強をしている時、
かよちんと遊んでいる時、
うまくいかなくて癇癪を起こしている時、
かよちんと些細なことで喧嘩した時、
仲直りして一緒に泣いた時、
小学校を卒業した時、
制服のスカートにドキドキして足を通した時、
かよちんが他の友達とも話が自然とできるようになった時、
一緒に遊んでいた男の子たちが凛の身長を追い越していることに気がついた時、
体育祭で一生懸命走っても勝てない相手に気づいた時、
かよちんがアイドルを見ている時の表情がとてもかわいいことに気がついた時、
かよちんと同じ高校に行こうと決めた時、
凛とかよちんが図書館で勉強した帰り道に肉まんを食べている時、
合格発表でかよちんと泣きながら互いの合格を喜んだ時、
高校に入学して新しいことを始められないかよちんの背中を押すことに躊躇した時、
それでも一緒にアイドル活動を始めた時、
穂乃果ちゃんや海未ちゃん、ことりちゃんに出会ってμ'sの一員になった時、
真姫ちゃんと出会った時、
にこちゃんを追って車の隙間を通っていった時、
合宿をしみんなで枕を投げ合った時、
μ'sのみんなで電車に乗って海を見にいった時も。


凛がそういう体験をしている間も、きっとあの水族館の水槽の中で、

魚たちは変わりもせずに変われもせずにグルグルとグルグルと同じ場所を廻って泳いでいたんだ。

そういうことを考えたら、凛はやっぱり不思議な気持ちになって、どうしていいのかわからなくなって、スゥと息を吸って、ハァとそのままを吐き出した。

見えない何かは凛を満たして、凛の中の何かがその中に少しだけ溶けて、
そしてその何かはまた空中に舞い散っていく。

凛の中の何かを少しだけ溶け出した何かは、凛の中のものを少しだけ溶かし込んだ分だけ重くなってて、
ちょっとだけ凛の周りでブヨブヨしながらゆっくりと空中に拡散していく。

凛は、凛の中の何かを少しとかし出した分だけ、身体が少しだけ軽くなって、気持ちも少しだけ軽くなった気がして、

一回り大きい靴の中の足裏にグッと力を入れてまた歩き出せる。



暗い夜道にどこからか犬の鳴き声がワンワンとさみしげに響き渡って少し驚いた時、ふと凛は思った。



こうしている間も水族館の水槽の中で泳ぎ回っているだろう、魚たち。

だけど、凛もこの世界も、

あの水族館の水槽の中と泳ぎ続ける魚たちとそう違いはないんじゃないかな、って。

グルグルと何かを続けていって、グルグルとまた誰かに出会って楽しんだり一緒に笑ったり一緒に泣いたりして、
そうしている間にまたグルグルとさよならをする。

そういうことを何回も何十回もグルグルと続けていって、
そのうちに変わることは変わってしまうだろうし、変わらないことはずっと変わらないでい続けるだろう。

かよちんが凛の隣にいてくれたように、真姫ちゃんと出会ったように、
μ'sのみんなで凛の周りに今ある当たり前を作ってこられたように。


真姫ちゃんは「終わらないパーティー始めよう」って言うけど、
それはほんのひとときの慰めにしかならなくて、でも真姫ちゃんがそう言いたい気持ちも凛にはよくわかるから、

「終わらないパーティーはないんだよ」だなんてことは真姫ちゃんに言わないけど。

終わっちゃうパーティーだって楽しいし、終わっちゃうからこそ楽しいのかもしれないし、終わらないパーティーをやったことがないからそこのところは凛にはよくわからないけど、

そうやって何気ないものをグルグルと続けていけばきっと、水族館の水槽の中のように人生は、生きることは、

鮮やかさな青色に満たされて永遠と泳ぎ回ることだってできるようになって、変わっていくことも変わらなく見えるようになるんじゃないかな。

そんなことを考えていたら、東の空は白んでいて、それでもまだ西の空は夜の闇を残している。

真上にはひときわキレイな星空が輝いていて、寒さがパーカーの隙間をぬって身に染み込むから、

ひとりぼっちをためらわずに吸い込んで吐き出せる。


そろそろ家に帰ろうとして歩き出すとまた一回り大きい靴のサイズがひときわ際立って、やっぱり自然とニンマリしてしまう。


いいんだ、これで、グルグルと続けていけばまたグルグルと何かが凛を満たしてグルグルとまた誰かと出会ってグルグルとグルグルと......さよならをしてでもまたグルグルと誰かと出会ってグルグルとグルグルとグルグルとグルグルと。

そうやって、歩き廻って泳いでいる凛の頬に少しだけ涙が流れて、

溜まっていった青色の中、

また少しだけ凛の気持ちも流れていくから、また少しだけ前に進める。

だけど、でも、あと少しだけ、グルグルと同じ青色の中で、
一緒に溜めた青色の中で、鮮やかなものを一緒にグルグルとグルグルと感じていたかったなって思ってる凛が、

自分でも嫌なくらい本音の凛だなぁって思って嫌いになれなくて、

徐々に歩くスピードが上がっていって最終的に、また歩き出してる朝もやの下。

頭の中ではやっぱりいつか見た水族館の水槽で架空の魚たちがグルグルと死ぬこともしないで泳ぎ続ける。


にこちゃんと希ちゃんと絵里ちゃんの卒業式が明後日となった日の朝のことだった。

おわり

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