八神マキノ「こうなってしまったのは、貴方のせい」 (8)

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※地の文あり
※P×マキノ

※八神マキノ
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●01

昔、ある心理学者がこう言ったそうね。

――人間は合理的に行動する動物ではない。自分の行動を合理化する動物なのである

ですって。



ねぇ、プロデューサー。
私は自分のことを、論理に従って効率的に行動してきた、と思ってたけど、
本当は後付の理屈をこねて、自分の行動を強引に合理化してるだけな気がしてきたの。

特に、貴方と出会ってからは。



●02



例えば、貴方と出会ったその日から、その徴候はあった。
貴方が私をアイドルとしてスカウトした時、私はそれを合理的でないと否定した。

すると貴方は、私がアイドルとして成功しうる理由をいくつか挙げてから、
“君は自分で評価するよりアイドルの素質がある。
 俺のプロデューサーとしての経験を信じてくれないか”と言い添えた。
私は、素人である自分より、プロである貴方の意見を信じるのが妥当だと判断して、貴方のスカウトに首肯した。



でもね、貴方についていってから気づいたの。
貴方は、スカウトする時、いつもそうだから。私と同じような台詞で口説くの。

それは確かに、スカウトする人の行動として、目的に沿った行動で。
知った時、納得はできたけど、少し寂しかったわ……それは、それとして。

本当は、出会い頭に貴方が私へ垣間見せたアイドルの世界に、
私はその瞬間から心が引き寄せられてしまって、
ただ頷く理由が欲しかったから、貴方の言葉を信じたのかもしれない。



貴方は、いつも私が信じたくなるような言葉を投げかけてくる。
信じられるか、信じられないか、判断に迷う微妙なところで、
最後に私の願望が私の理性を従わせる、そのぎりぎりをついてくる。

●03


例えば、最初のグラビア撮影が決まった日。
貴方が持ってきた水着の候補は、私どころか他のアイドルさえ面食らうほどの、数の多さと幅の広さだった。
肌を触れさせるまでもなく却下なサンプルもあれば、
野暮過ぎて、私ですらファンの志向性に合わないだろう……と切り捨てるものもあった。

貴方は“最初のグラビアだから、今後の方向性を検討することを兼ねて、多めに種類を揃えた”
と言ってくれた。そんなもっともらしい理由付けをされると、私もNGを出しづらい。

それでも、機能に甚大な問題があって、一目で『こんなもの着られないわ』
と言ってしまう水着もあったけど……本当に度し難いわ。



私はたっぷり4時間、貴方の着せ替え人形になっていた。
いくつもの水着を試して、結局はオーソドックスなものに落ち着いた。私が選んだ候補だった。

選ぶ間、貴方は私が受け入れてしまう瀬戸際を見極めていた。
私が貴方の前で肌を露出させることを気にしている間、貴方は私の肌の下を探っていた。



アイドルとしての活動を続けていって、評価を積み重ねていくうちに、
私の行動原理に『アイドルとしてどう見られているのか』という意識が組み込まれていった。
それこそがプロデュース、という仕事なのだろう。

それは同時に、私が貴方の指示に従うことへ慣らされていった、という意味でもある。


●04

例えば、温泉地にロケへ行った日。
アイドルとしての活動には、ビジネスかプライベートか厳密に区切れない時間もある。
ロケに行った際の休憩がその一種で、紅葉で有名な行楽地で仕事をした時は、
麗奈と、恵磨さんと、椿さんとで温泉卓球に興じたりしたわ。

集まった目的はビジネスだったけど、その時は私を含めみんなプライベートな顔を見せてたわね。

貴方と私の関係に、プライベートな属性が紛れ込んだのも、その日だった。



貴方は、湯上がりで髪をアップにしていた私に、熱心な視線を注いでいたわね。
アイドルとして髪を乾かさなければならないような場面は、今まで無かった。
あのグラビアも、水には入らなかった――水着の定義について考えさせられるわ――ものね。

『物珍しいかしら。髪を上げただけでしょう?』と言うと、
アイドルは僅かな差異で劇的に印象を変えられるものだ、と説かれた。
私もだいぶアイドルが板についてきた、と褒められてるようで、満更でもなかった。

一枚、写真を撮っていいか、と貴方に聞かれた。
仕事で使うものと思い込んで表情をよそ行きにした私を、貴方は笑って静止した。
“個人的に欲しかった”……ですって。非合理的ね。



でも、結局撮らせてあげた。
もう椿さんに撮られてたから、今更渋っても……という状況を狙われたんだもの、仕方ないわよね。

この写真集の一カットとして使えるかどうか、という何でもない写真が、
私の記憶に貴方が築いた、プライベートへ進む橋頭堡だった。



貴方が私の内心に忍んできている。
私の論理の綻びに付け入って、私の心理的抵抗を弱めて、
少しずつ着実に、私の奥に入り込んできている。いつの間にか論理の網目と同化しようとする。
私の表に出していないところに、貴方は痕跡を残し、重ねていく。

私は探る側であって、探られる側は柄じゃない……筈なのに、ね。



●05

11月のある日、貴方は私を食事に誘ってくれた。
海の近く、夜空に突き刺さる摩天楼。コンクリートは闇に溶けて、電光だけがキラキラ浮かぶ。
貴方がエスコートしてくれなければ、私はまともに歩けないほど敷居の高いお店だった。
せっかく予習してたのに……。

貴方はウキウキと微笑みながら“クリスマスから年末にかけて、大きな仕事が入ったから、
余裕があるうちにマキノとクリスマスの前祝いをしようと思って”と言った。

私は、同月の7日にプロデューサーに『特定の日付を祝う行動に論理性はない』
とか言った覚えがあるけど、普段抱えている思いを表す理由付けとして、
記念日の存在価値があるんだと……その日、実感できた。

だから、聖夜が一月早くたって、全然矛盾しない。



一度だけなら、という条件は不合理ね。
ある行動に対して、一番ハードルが高く一番葛藤が大きいのは、一番最初に臨む時だもの。

だから初めては特別。

それ以降は貴方の手管が、回数を重ねるごとに私の抵抗を取り払っていく。
私に受け入れさせていく。

貴方の味はクセになりそう。
成分で考えれば、私と同じ人間の粘膜、有意な差はない筈なのに。
論理では読み解けなくなってきたわ……。


●06

ある日、貴方は事務所で“曇った眼鏡もいいな”と言った。
春菜は“眼鏡で感じる四季ですね!”とレンズまで輝くほど感銘を受けていた。

私は貴方との経験を思い出して、反射的に顔を伏せてしまった。
貴方は、私の眼鏡をどうやって曇らせたのか、覚えているのかしら。

そんなことまで許してしまったのも、全部――



『こうなってしまったのは、貴方のせい……』とつい責任転嫁してしまう。
私も、まだまだ懲りていない。

貴方のせいだから仕方ない、と考えたら、貴方にされることをどこまでも受け入れてしまう。

私は、貴方にどこまでのことをされてしまうのかしら?



(おしまい)





認知的不協和ってこういうことらしいです(※うそです)

※うそです

読んでくれた人どうも

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