和「迷子の咲さん」 (284)



―――――私の見ている今の咲さんが


―――――私にとっては、本当の咲さんなんですよ


―――――それがどんなに歪んでいても


―――――私にとっては…いつも迷子の咲さんが…




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―清澄、部室―






咲「カン」

咲「自摸。清一色、嶺上開花。3000、6000」


京「うおっ!親かぶりかぁ」

久「まくられた…」

優希「まーた咲ちゃんのトップだじぇ」


咲「うん、なんか今日は調子いいみたい」


久「なあに、ここからが本番よー!」






咲「…ツモ。嶺上開花のみ」


咲「400、700です。はい、私の勝ち」


京「くっそ、また焼き鳥かぁ」


久「はぁ…ほんと、憎たらしいほど強いわね」


優希「咲ちゃんやばすぎるじぇ!」


咲「へへ、次もがんばるよ」



わいわいがやがや




和「…」



まこ「どうじゃ和、咲の様子は」



和「そうですね、経過は良好です」



まこ「それは安心じゃ」



和「想定日までには、間に合うと思います」


咲(…?)



久「そろそろ疲れたわ…和、私のとこ入ってくれる?」


和「はい。部長、どこかお出かけですか?」


久「ええ、気分転換のついでに、ドリンク買ってくるわ。みんな飲みたいものある?」


京「買い出しなら、俺いきますよ?」


久「いいのよ、たまには。須賀くんにはいつもいってもらってるし…遠慮なく打ってて」


京「じゃあ、お言葉に甘えて。俺コーヒーで。」


まこ「わしは緑茶がええのう」


優希「私はコーヒー!なければタコス!」


和「私は午後ティーがいいですね、ミルクの」



久「私はなににしましょうかねー…いてて」



咲(部長、腕がつらそう)



咲「部長、私もいきますよ!染谷先輩、代わりに入ってください」


久「…そう?ありがと」



まこ「はいよ、いってきんさい」




久「…さて」


久「じゃ、いきましょうか」



久「咲」








久「助かるわー、腕張っちゃってたのよね」


咲「今日はずっと打ってましたからね、部長」



久「ええ、インハイ予選も間近だし」


咲「そうか、もうすぐなんだ」


咲(そこで勝てば、全国。そしたらお姉ちゃんにあえるんだ)



咲「…あれ?」


久「自販機はこっちよ、咲」



咲「あ、…こっちか。」


久「そんなだから、いつも迷子になるのね」



咲「…気をつけます」






咲「…あれ?部長?」


久「こっちよ、咲」


咲「あ…すいません」


久「ほらね、いつも迷ってるわ」


久「学校の中なのに」



咲「…すいません」


久「もっと気を付けないといけないわ」


咲「…でも、あっち側には」


久「ええ」


咲「なにがあるのかなって」


久「そうね」


咲「気になりませんか?あっちのほう」


久「なるかしら」


咲「だって私、良く考えたら」


久「…」


咲「一度も行ったことがないんです」


咲「学校の中なのに」



久「…咲」



咲「はい」


久「自販機はこっち」



咲「…はい」







久「ほら。ここよ、咲」



咲「やっとついた」



久「咲が道を覚えないからよ」


咲「うう…」



久「咲、みんなの注文覚えてる?」



咲「たしか、珈琲、緑茶、珈琲かタコス、午後ティーのミルクでした」


久「そうね。記憶力は正常みたい」


咲「あたりまえですよ、そんなの」



久「自販機にも一人でいけないくせに」


咲「うう…」


久「いつもどうしてるの?」


咲「いつも?」


久「たとえば」


久「学校にはどうやってきてるの?」



咲「…?どうって、歩いてきています」



久「いいえ、そんなことじゃなくて」


咲「え?」


久「どういう道を通って、きてるの?」



咲「そんなの、ふつうに」



久「どの道を、どう曲がってる?」



咲「…」



咲(…あれ?)



咲(どうしてたんだっけ)



咲(わからない)




咲「…」


久「…咲」


咲「はい、部長。」




久「いいのよ」


咲「なにがですか?」




久「それでいいの」


咲「そうなんですか?」



久「そうよ」


咲「そうなんだ」




咲(はあ、よかった)


がたんがたん!



咲「ひっ」


久「自販機の音よ。あ、一本持ってくれる?」


咲「は、はい…」


久「さ、部室にもどりましょ、咲」






久「戻る道は簡単でしょう?つぎ、左に曲がるわよ」


咲「そうですね、言われたとおりにしたら。」


久「そうよね」


咲「はい、教えてもらえば迷わなそうです。けど」


久「けど?」


咲「どうして行きの時は教えてくれなかったんですか?」



久「どうして?」



咲「もしかして、からかうためにそうしてるのかなって」


久「そんなことないわ。つぎ、右ね」


咲「そうかなあ」


久「だってそうしないとあなた、わかってくれないじゃない」



咲「?」



久「一人じゃどこへもいけないってこと」


咲「え、それってどういう…」



久「あ、そうそう、咲」



咲「どうしました?」



久「こっちの通路みて」


咲「はい?」



久「こっちの通路は絶対通っちゃだめよ」



咲「こっちは通っちゃだめ…」


久「そうよ、何度も言うようだけど」



咲「先生にも言われました」


久「そうでしょうね」


咲「あの」


久「ふむ?」



咲「こっちになにがあるんですか?」



久「…さあ」


咲「さあって」


久「きっとつまらないものよ」


咲「そうなんだ」


久「きっとそうよ」


咲「もし通ったら?」



久「…咲」


咲「どうなるんだろう」



久「知らなくてもいいの」



咲「…」


久「べつにいいじゃない」




久「ただの通路よ」


咲「…」



久「ねぇ咲」



咲「は、はい?」



久「コーヒーもう一本持てる?」



咲「あ…はい」





京「あ、おかえり咲、部長」


和「おかえりなさい」


まこ「おかえりんさい」


優希「咲ちゃん迷わなかったかー?」


咲「うん、部長が教えてくれたからね。はい、珈琲」


優希「さんきゅーだじぇ」


京「咲、俺のもプリーズ」


咲「はい、京ちゃん」


京「さんきゅさんきゅ」


久「はい、まこ。緑茶ね。」


まこ「ありがと。咲は間違わんかったか?」


久「ええ、これは間違わなかったわ」


まこ「ほうかい。なら、これは異常なしか」


京「異常なしっすね」


和「異常なしですね」


優希「なくてよかったじぇー」


咲「もう、みんな馬鹿にして」


久「ふふ、馬鹿にしてなんかないのよ」



咲「そうなんですか?」


京「おう、大丈夫だよ咲」


咲「そうなの?みんな」



和「みんな安心してるんですよ」


優希「ホッとしたじぇ」



咲「そっか…」


咲(よかった、みんな安心してくれたんだ)



咲「あ、原村さん、午後ティー」


和「ありがとうございます」


咲「ううん」


和「その調子ですよ、宮永さん」


咲「うん?」


和「どんどんクリアして、みなさんを安心させるんです」



咲(くりあ…?)



和「県予選も近いですからね」


和「がんばれば、きっとお姉さんにもあえますよ」


咲「そっか、そうだよね」


和「もちろん」


咲「原村さん、私がんばるよ」



和「がんばってくださいね」







咲「遅くなっちゃったね」


和「そうですね、随分打ちましたから」


咲「うん」


和「さあ、いっしょに帰りましょうか」


咲「うん、帰ろう」



咲(そうか)


咲(登下校のときは原村さんと一緒だから迷わないんだ)



和「宮永さん?」



咲「ううん、なんでもない」



和「…」


和「…あの、宮永さん」


咲「うん?」


和「悩み事があったら、なんでも話してくださいね」


咲「ありがとう原村さん」



和「当然です、お友達ですから」


咲「うん。友達だもんね。あ、そういえば…」



和「はい?」



咲「私話したことあったっけ?お姉ちゃんのこと」


和「はい。みんな知っていますよ」


咲「そっかぁ」



和「ええ、お姉さんは有名ですからね」



咲「そうなんだ。やっぱり凄い、お姉ちゃん」


和「宮永さんも負けていませんよ」



咲「へへ、お姉ちゃんにはかなわないよ」


和「そんなお姉さんの前でも、プラマイゼロをしていたわけですし」


咲「うん、でも正面からぶつかったらきっと負けちゃうよ」


和「強くならなきゃですね」


咲「うん、強くなりたい」


和「インハイ予選ももうすぐですから」


咲「勝てばお姉ちゃんと会えるかな」


和「ええきっと会えますよ。でも」



咲「でも?」



和「またこっそり一人で東京まで会いに行ったりしたら」



咲「…?」



和「お話してくれないかもしれませんね」



咲「ね、ねぇ原村さん」


和「はい?」


咲「私、そんなことまで話したっけ」


和「ええ」


和「私は宮永さんから聞きましたよ」


咲(そうなんだ…いつ話したんだろう)


咲(覚えてない)


咲「…」


和「宮永さん」



咲「あ、うん」


和「つきましたよ」


咲「どこに?」



和「宮永さんのお家です」



咲「そっか、ここ」


和「はい」


咲「私の家」


和「はい、もちろん」




咲「いつもありがとうね、原村さん」


和「なにがですか?」


咲「いつも登下校一緒にしてくれて」


和「当然ですよ、私もこの近くですし」



咲「でも、家まで来たら回り道だよね」



和「いいんですよ、友達ですから」



咲「ふふ、ありがと」


和「それに、宮永さん一人じゃ」


咲「うん、迷子になるもんね」


和「そうですよ」



咲「うん、ありがとう」



和「では、おやすみなさい。また明日」



咲「うん、また明日」










咲「お父さん、ただいま」


咲父「…ああ、おかえり」


咲「ごめん、遅くなっちゃって」


咲父「ああ、いいよ」


咲父「今日はどうだった?」


咲「たのしかったよ」


咲父「道に迷ったりしなかったか?」


咲「うん、大丈夫」


咲「いつもついてきてくれる人がいるから」


咲父「そうか。…咲」


咲「うん?」


咲父「みなさんの言う事を、よく聞くんだぞ」


咲「うん、聞くよ」



咲父「お前はみなさんについていきさえすればいい」


咲「うん、よくわかってるよ」



咲父「ああ、それでいい。ごはん、できてるから」



咲「うん」


咲父「食べ終わったら、いつもの薬を飲むこと」


咲「うん、わかった」



咲父「お風呂も沸いてるから」



咲「今日は一緒に入るんだっけ」



咲父「いや、今日は違う」


咲「そっか」



咲父「お風呂からあがったら、あのシートに記入すること」



咲「うん、分かってる」



咲父「じゃあ、お父さんは寝室にいるから」



咲「うん、書き終わったらいくね」








咲(《その1、微熱はあるか》…なし)


咲(《その16、便秘気味か》…そうでもないね)


咲(えっと?《その128、知らない人に話しかけられなかったか》…なかったね)



咲(ふうー…《その567、妙に異性が気になることはあるか》…ないよねー)




咲(はぁ?っ…やっと1000問終わったよ)



咲(なんなんだろう、これ)



咲(お父さんの仕事に必要らしいけど)



咲(…ふふ。今日も結局、ほとんどの項目を“なし”にマルつけただけだよ)



咲(なんの意味があるんだろ。うーん)



咲(そういえば)



ぱらぱらぱら




咲(…《その999、最近、自分の身の回りで変だと思うことがあったか》)



咲(……ないけど、なんとなく)


咲(…マルにしてみよう、かな)





ぎしぎし、ぎしぎし




咲父「くっ…お前の体がっ!っ!悪いんだっ…!おいっ!咲!っ」


咲「…っ…んっ……んっ」



咲(…そろそろ終わるかな?)



咲父「咲…出すぞ…っ…」


咲「うん…おとう…さんっ………っ…」







咲「…」


咲父「よかったぞ、咲」



咲「…うん、お父さんの疲れがとれたならよかったよ」



咲父「じゃあ、自分の部屋に戻りなさい」



咲「はい」


咲父「風邪を引かないようにな」


咲「うん、気をつける」


咲父「…咲、もういちど確認するが」



咲「…どうしたの?」



咲父「父さんとこの遊びをしてることは、周りの人に話してないな?」



咲「うん、話してないよ」


咲父「あのシートの自由記入欄にも、書いてないか?」


咲「うん、書いてない」


咲父「よし、それなら行っていいぞ。おやすみ」



咲「おやすみ、お父さん」








和「おはようございます、宮永さん。お迎えにあがりました」



咲「おはよう、原村さん。いつもありがとう」




和「きょうもいいお天気ですね」



咲「うん、よく晴れてて気持ちいいね」


和「じゃあいきましょうか、学校へ」






咲「…だよ??」



和「ふふふ、おかしい」



咲「ね、そうでしょ?ほんとに」



和「ですね…そういえば、宮永さん」



咲「うん?」


和「昨日、うかがおうとしたんですが」



咲「うんうん」



和「東京に、お姉さんのお宅に行ったんですよね」



咲「あ、そうだよ」



和「一人で行ったんですよね?」



咲「うん、内緒で」



和「お父さんは怒ったでしょう?」



咲「ううん、そういう約束だったから」


和「約束ですか」



咲「そうだよ」



和「約束…ふむ。それにしても、よく道に迷わなかったですね」



咲「ううん、とっても迷っちゃったよ」



咲「東京なんてどこにあるかもわからないし」



和「そうですよね。それでどうしたんですか?」



咲「うん。知らない人の車にね、乗せてもらったんだ」



和「すごい勇気ですよ。何度聞いてもびっくり」



咲「へへ…そうかな」




咲(何度聞いても…?)



咲(私、そんなことまで話したんだっけ)



和「でも、よく乗せてくれましたね」



咲「よく考えたらそうだよね」



和「だってその男性、本当はその日は神戸に向かうはずだったんですよ?」



咲「そうだったんだ…」



和「はい、そうだったんです」



咲(男性…?)



咲(私言ったっけ、それが男の人だって)


咲(それに…神戸って?なんでそんなこと)


和「宮永さん?」


咲「…どうして原村さんが知ってるの?」



和「ああ」


和「その人、私の知り合いだったんですよ」



咲「え!すごい、偶然だね」


和「偶然ですね。まぁ狭いですから、長野は」



咲「まあ、長野はせまいよね」



和「はい…。あと、気になったんですけど」


咲「うん?」


和「どうやって東京に向かってもらったんですか?」


咲「えっと、頼んだんだ」


和「どんなふうにですか?」



咲「東京の、この住所につれてってほしいです…って」



和「……へえ」


和「住所、ですか」


咲「うん、お姉ちゃんの住んでるとこの住所」



和「よく知ってましたね」



咲「まぁ、家族の住所だもん。知ってるよ」


和 「そうですね、家族ですもんね」


咲「そうだよ」


和「よく聞き出せましたね」



咲「え?」



和「だって」



和「お父さんは隠していたでしょう?」



咲「…え?」


和「なにかと引き換えに教えてもらったとか?」



咲「どういうこと?原村さん」



和「まぁ、いいです」



和「それで、その住所に向かってもらったんですね?」


咲「う、うん」


和「その男性」


咲「うん?」



和「神戸で大事な仕事があったはずなんですよね」


咲「あ、そんなこと言ってたかも」


和「見返りは求められませんでした?」


和「お金とか」



咲「えっと…確か、最初は断られそうになったんだよね」


和「ふむ、それはそうでしょうね」



咲「うん、それでお金を払おうとしたけど、そんなに持ってないし」


和「どうしたんですか?」


咲「しばらくどうしようって悩んでたら、『乗せてやるよ』って」


和「タダで乗せてもらえたんですね」



咲「うん、優しい人だったよ」



和「そうですか、それは運が良かったですね」



咲「うん、ラッキーだったよ」



和「車の中」



咲「え?」


和「車の中では、どんなことをして過ごしました?」



咲「えっと、CDを聞いたり…、おしゃべりしたり…」



和「途中で車を止めませんでしたか?」


咲「あ、休憩をするために、止めたはず」


和「その時にはなにかしました?」



咲「ああ、そのおじさんが疲れてたからね」


咲「疲れのとれる遊びをしたよ」



和「…疲れの取れる遊び?」



咲「うん、知らない?疲れの取れる遊び」



和「…ああ、そう」


咲「わかった?」



和「わかりました。普通のことでしたね」


咲「そうそう、みんな普通にするって言ってたよ」



和「ふむ、みんな普通にするんですか」



和「誰がそう言ってたんですか?」



咲「えっと、それはそのおじさんじゃなくて…」




咲(…“お父さんとこの遊びをしていることは秘密だぞ”)





咲(この質問に答えたら、秘密じゃなくなっちゃう)





和「宮永さん?」


咲「ごめんね、原村さん。忘れちゃった」



和「そうですか。なら、仕方ないですね」



咲「ごめんね」



和「仕方ないですよ、口止めされているんだから」


咲(………え?)


咲(どうしよう…話題、変えたほうがいい気がする…)




咲「え、えっと!そうだ」


和「どうしました?」


咲「原村さんさ、私をつれていってくれた人と知り合いなんだよね」


和「あ、そうですよ」


咲「お礼をしたいんだけど、連絡先教えてくれる?」


和「なるほど。でもむりですよ」



咲「え?どうして?」


和「その人は死んじゃいましたから」



咲「………え?」


どくん、どくん、どくん…



咲「…しん、だ?」


和「ええ、つい最近のことです」


咲(なんで…なんで…)



どくん、どくん、どくん…



和「ねぇ、宮永さん」


咲「…っ!」びくっ



和「最後にひとつ、聞いても良いですか?」



咲「…う、うん」



和「あなたが東京に行ったのって」



和「いつの話でしたっけ…?」




どくんどくんどくんどくん




咲「そ、それは………」



咲「生まれて…数ヶ月の……」




どくんどくんどくんどくんどくんどくん



咲(!?……?)


咲(私…どういうこと?いったい私、今なんて…)


私(わたし、…わたし、わたしは…)




和「宮永さん!」


咲「はっ…はい!」




和「ついちゃいましたね」



咲「え……?」



和「ほら」



和「学校です」




咲「………」



咲「………うん」








きーんこーんかーんこーん





和「………」


和(二時限目の鐘)


和(そろそろのはず)





prrrrrr…



和「…はい、原村です」



和「はい…はい。報告のとおりです」



和「はい、間違いありません。今朝、確認もとれました」



和「………」



和「はい…申し訳ありません」



和「…わかりました」



和「……はい………え?」



和「………それは決定ですか?」



和「………いえ」



和「…いいえ……了解しました」




和「……」




和「もしもし、竹井さんですか?原村です…」





―放課後、部室―








優希「先制親リーーーチ!!!」


咲「うわー早い」


和「これは厄介ですね」


京「ここでかぁ、じゃあ俺は…」




ぱんぱんっ!




久「…はいごめん、ちょっと打つのやめてくれるー?」




一同「…??」



久「はーい、みんな注目ね」


優希「なんだじぇ部長?私のリーチを止めたということはタコス絡みかー?」


京「なんだなんだ?」


久「今日はみんなに大事な話があってね」



まこ「お前さんはもったいぶるのが好きじゃのう」


和「気になりますね、宮永さん」


咲「うん、なんだろう」



久「では発表します…じゃーん!」


久「県予選の日程が2週間、早まりました!」






咲「………え?」


和「ふむふむ」


まこ「それは大変じゃ」


優希「なんの!清澄のエースたるもの、いつでも準備万端だじぇ」


京「いつからお前がエースになったんだよ!」



咲「み、みんな、ちょっと待って」


他の皆「…?」


咲「これって、普通のことなんですか…?」



他の人「………………」




咲「部長…インハイって、大きな大会ですよね」


咲「あの、理由はなにかあるんですか?」



久「………」


咲「なにか事情があるはずですよね…?部長?」



咲「じゃなきゃそんなに大幅にスケジュールずれたり、普通ありえないと思うんですけど…」




他の皆「…………」



咲「え、事情、ないんですか?……あの、みんな?」



咲(みんな…どうしたの?)



久「…まぁ、いいじゃない」


久「そうそう、スケジュールで思い出したわ」



久「これによって強化合宿はできなくなりましたので、みんなそのつもりで」



優希「えーーー!!」


京「せっかく卓球特訓しておいたのになぁ」



咲「え、ちょっと、みんな」




まこ「須賀、お前さんは卓球の前に麻雀をがんばらにゃいかんじゃろ」


京「唯一俺が活躍できるかもと思ったのに…」





咲「み、みんな…?無視してる、の…?」


咲(そんな…なんで)



咲「部長、話をk 「えーそれでは!!!!!」



咲(ひっ)



久「3日後のインハイに備えてきょうはこれで解散します」




久「それと、インハイまでの2日は部活は休みにします。猶予は大事に使ってね」



咲(な……)


咲「いや、3日後って…そんな、早すぎませんか?」



和「大丈夫ですよ」



咲「そんな…原村さんまで…」


和「宮永さんの腕前なら、なにも心配ありません」


優希「そうだじぇ」


京「そうだよ、咲はつえーんだから」


まこ「なーんにも心配いらん」




にこにこ、にこにこ

にこにこ、にこにこ、にこにこ




咲(なんで)


咲(なんで…そんなにみんな笑ってるの…?)


咲(なにがそんなにおかしいの…?)




咲「…みんな、不思議じゃないの?」


久「なにがかしら」


優希「ぜんぜんわっかんねーじぇ」


京「さては大会が近くなって、咲、焦ってきたんじゃねーか?」



咲(どうして…。私がおかしいの?)




咲「そんな…急に……ありえない」



和「よかったじゃないですか」


咲「…え?」



和「つまり、全国の日程も早まるということですよ」



和「このほうが、お姉さんとも早く会えますよ」



…そっか…そうじゃの…なるほど、そうよね…


おねえさんには私も会いたいじぇ…


そうですよ…そうね…そりゃあいいな…




和「よかったですね、宮永さん」



咲「……そ、それはそうだけど」



咲(でも、そっか……そうだよね)


咲(これでもっと早く、お姉ちゃんに会えるんだ)


このへんで休憩します。
零時くらいに再開します。おつかれさまでした。

寝ちゃってたすいません
再開





和「さ、帰りましょうか」


咲「原村さん…」


和「そんな不安そうな顔しなくても」


咲「でも…おかしいよ、理由もなく日程が早まるなんて」


和「だから、なんども説明したとおりです」


和「宮永さんは今年が初めてだから知らないだろうけど、麻雀の大会はそれが普通です」



咲「…ほんとうに?」


和「私が嘘をつく理由がありますか?」


咲「…うん。わかったよ…信じる」




和「…何か話をしましょうか」


咲「何の話にする?」


和「そうですね…今朝の話の続きでも」



咲(今朝の話…?)



――むりですよ。


――その人、死んじゃいましたから。



咲(……)



和「宮永さん」



咲「…う、うん」


和「東京は広かったですか?」



咲「う、うん、とっても広かったよ」



和「お姉さんのおうちはどうでした?」


咲「大きかったよ、とっても立派で」



和「じゃあ、東京でいっしょに住めたら素敵ですね」



咲「うん…そうだね」


和「その時、お姉さんとはどんな話を?」



咲「…」


和「宮永さん?」


咲「なんにも…話してくれなかったんだ」



和「…」


咲「私ね、お姉ちゃんに無視されちゃって……」



和「あの…宮永さん…ごめんなさい、辛いことを…」



咲「ううん、大丈夫…それに」



咲「麻雀を通してなら、お姉ちゃんと話せる気がするんだ」


和「…好きなんですね、お姉さんのこと」


和「なんだか妬けてしまいます」


咲「えっ…ははは、そうかな」


和「話してくれますよ、きっと」


咲「うん。全国にいって、お姉ちゃんと…」







和「つきましたね」



咲「うん、私の家」


和「次にあうのは大会当日ですね」


咲「うん、頑張ろう、原村さん」


和「はい、宮永さんも頑張ってくださいね」



咲「それじゃあ、おやすみ原村さん」



和「おやすみなさい…あの、咲さん」



咲「ん?」


和「…いえ、大会、がんばりましょうね」


咲「もちろん。がんばろう!それじゃあね」




ばたん、がちゃ



和「………」




和「…………………………」







咲(気のせいかな)


咲(さっき原村さん、私のこと名前で…)


咲(ふふ、また仲良くなれたよ)




咲「…ただいまーお父さん」



……しーん



咲「お父さん…?」




咲「おとうさーん?」




……しーーーん



咲「いない。午後は家にいるはずなのに」




咲「トイレかな」




がちゃ



咲「いない。お風呂かな?」



がちゃ


咲「いない…。寝てるのかな」




がちゃ、がちゃ、がちゃ



咲「…どこにもいない」










咲「やっぱり、どこにもいなかった」


咲「お父さん、今日は帰り遅いのかな」


咲「……」


咲「お腹…すいた」







咲「…もう夜の1時だ」


咲「今日はお父さん帰ってこないのかな」



咲「どうしよう、一人じゃご飯も作れない」


咲「そういえばお湯の沸かし方もわからない」



咲「どうしよう…」


咲「……」



咲「……Zzz」












──県予選2日前──




咲「…はっ」


咲「いつのまにか寝ちゃった…もう朝」


咲「お父さんは今日も帰ってないのかな」



咲「お父さん?いるのー?」



しーーーーん



咲「……いないみたい」



咲「…あれれ?リビングになにかある」



咲「マーガリンとジャムのパン…それと牛乳」


咲「こっちはオムライスと、フルーツジュースの瓶…」


咲「こっちは、うな重。お野菜もある。それに烏龍茶」


咲「これ、食べていいってことかな…」



咲「お父さんが置いてったのかな?」




咲「…そういえば見てないところがあった」


咲「冷蔵庫の中!」


咲「ほかに食べ物もあるかもしれないし」


咲「もしかしたらお父さんもそこに…」



咲「ってそんなことないと思うけど」






咲(冷蔵庫はなぜか空っぽだった)


咲(それと、当たり前だけどお父さんもいなかった)


咲(ついでにパン以外の食べ物を、冷蔵庫にいれておいたよ)



咲「さて」


咲「朝ごはんにはパンがいいよね」


咲「いただきます」


もぐもぐ


咲「うん、おいしい」



咲「おいしいけど」



咲「ちょっとさびしい」






咲「…ごちそうさま」


咲「さて、学校にいかなきゃ」


咲「……」


咲「……」



咲「…いつもとなにかが違う」



咲「なんだろう…」



咲「…そうか!原村さんが迎えに来てないんだ」


咲(えーっといまは…7時半)


咲「いつもこれくらいの時間にくるはずだよね」



咲「…もう少し待ってみよう」






咲「…原村さん、遅いなぁ…」


咲「ふぇぇ、このままだと遅刻しちゃうよ」


咲「…って、いつも原村さん頼りじゃだめだよね」


咲「今日はひとりでいってみようかな」








咲「というわけで、外に出てみました」


咲「朝日がまぶしいね」


咲「…」



咲(学校はどっちだろ…?)


咲(だめだ、わからない)


咲(でも、あきらめちゃダメ。がんばろう)








咲「心配だから、お裁縫の毛糸を持っていこう」


咲「これを玄関に結んで」


咲「毛糸を道に垂らしながら進んでいけば」



咲「…ほら、迷ったときも、毛糸をたぐっていけば家に戻れる」



咲「本で読んだ、アリアドネの糸だね」


咲「ミノタウロスにあったら逃げないと」



咲(…いそごう)







てくてくてく…


咲(んー、こっちじゃなさそう)



てくてくてく…


咲(こっちでもない)



てくてくてくてく…


咲(…こっちは行き止まり)



てくてくてくてくてく…


咲(ふぇえ)


咲(こんなことしてたら、遅刻しちゃうよ…)







咲「だめだ、たどり着かない」


咲「やっぱり私一人じゃ学校にはいけないのかなぁ」



――あなた一人じゃどこへもいけないってこと




咲「…部長の言う通りだったね」




咲(もう足もクタクタだし、毛糸の長さも限界)



咲(家に帰ろう…)





ガチャ、ばたん



咲「ただいまーお父さん」


咲(あ、お父さん、いないんだった)



咲(…いま何時くらいかな)




咲(うわあ、もう12時)




咲「はぁ…学校サボっちゃったよ」



咲「お腹も空いたし…」


咲「どうしよう…」



咲「…あ!」






もぐもぐ、もぐもぐ


咲(ちょうどオムライスがあってよかったよ)


咲(夜ごはんにはうな重とサラダを食べればいいし)



咲(これなら生きていけるね)


咲(…あ、でも明日はどうしよう)


咲(うーん………でもいまは考えなくていいや)


咲(お父さんも帰ってくるかもしれないし…)



もぐもぐもぐ…








咲「…はぁ」


咲(結局、夜になってもお父さんは帰ってこなかった)


咲(…どこにいっちゃったんだろう)


咲(…今日は誰にも会えなかった)


咲(…なんだか心細い)


咲(はぁ、みんなに会いたいなぁ)


咲(…もう、寝よっかな)


咲(みんなの夢がみれますように…)


咲(……)













──次の日──



もぐもぐ、もぐもぐ



咲(夜が明けても、お父さんは帰って来なかった)

咲(だけど昨日と同じように、三食分のご飯がリビングに置かれてて)



咲「うん、ミートソースおいしい。でも少し薄味」



咲(結局、この日も原村さんは迎えにこなかったから、私は学校に行かず、家にいる)



咲「どうしよう」


咲「方向音痴なせいで不登校になっちゃうなんて」


咲「…ばかみたい」


咲「………はぁ」



……



咲「もう夜」


咲「明日は県予選…」


咲「原村さんが来なかったら、会場にいけない…」


咲「そしたら、当然失格だよね…」


咲(そしたらお姉ちゃんにも会えないし…どうしよう)



プルルルルル、プルルルルル…




咲(電話だ!そうだ!電話があったよ!)


ガチャ


咲「はい、もしもし、宮永ですけど!お父さん!?」


和『…もしもし、原村です…宮永さんですか?』




咲「あ!うん、原村さん!私!咲だよ!」



和『咲さん、大丈夫ですか…?』


和『二日間、学校をお休みしてたみたいですけど』


咲「あ…うん。ちょっと具合が悪くって…」


咲(道がわからなくて行けなかったなんて言えない…)


和『そうですか、それは心配ですね…』



和『明日の大会には出られそうですか?』



咲「う、うん、大丈夫。熱は下がったから」



和『そうですか…よかった…。それじゃあ、身体に障るといけないし、あまり長電話はいけませんね』


咲「あ、うん、そうだね。早く寝なくちゃ」



和『咲さんの声が聞けてよかったです。ご飯も残さず食べてくれて。それじゃあ、明日は頑張りましょうね』


咲「うん、おやすみ。がんばろうね!」


和『明日はお迎えにあがりますね。では、おやすみなさい…』



がちゃ




咲「はぁ…よかったよ、原村さんの声が聞けて。明日は迎えに来てくれるみたいだし」


咲(…そういえば電話があるってことは)


咲(お父さんに電話かければよかったんだ!)



咲(…ってあれ?そういえば私…)


咲(お父さんの電話番号しらない…)


咲(あれ?ちょっと待って?)



咲(私…自分の家の番号、原村さんに教えてないよね…)



咲(というかそもそも、自分の家の電話番号を知らない…)



咲(………なんで?)



咲(……とにかく、明日にそなえて寝ないと!)

寝なきゃということで、寝ようと思いマース!
つぎも夜ごろ再開します、ありがとうデース

ぬるりと再開






その夜、私は夢を見た。


まだ生まれて間もないころの私。


まだ言葉も満足に話せなくて、できることといったら、ただ手を伸ばすだけ。




その先にいたのは、やさしそうな女の人。


私のおかあさんなのかな。


おいしいスープをスプーンですくって、私に飲ませてくれた。


私がひとくち飲み込むたびに、その人はうっとりして、幸せそうな顔で微笑むんだ。


とってもきれいなひと。


たぶん私は、このひとに見覚えがある。


素敵な桜色の髪。
お人形さんのような整った顔立ち。
それにおっきな胸。


このひとは……




────原村さん…?






──県予選、当日──






咲「……ふぁー……朝?」


咲「えっと時間…時間」

咲「うわっ、もう6時だ!7時半集合だから、早く準備しないと…」



ぴんぽーん、ぴんぽーん


咲「あわわわ…原村さん、ちょっと待って」


がちゃ


和「おはようございます…咲さん。…あら?」


咲「ご、ごめん…今起きたばっかりなんだ」


和「…ふむ」


咲「な、なに?」


和「…パジャマ姿の咲さんもアリですね」


和「とってもかわいらしいですよ」


咲「あ、はは、そう…?」


和「ええ…。それでは名残惜しいですけど、着替えてくださいね」


咲「あ、うん!ごめん原村さん、すぐに済ますね!」



和「いえ、急がなくてもかまいません。ゆっくり着替えてください」


和「私はそのあいだに朝ごはんの用意をしていますから」


咲「え…でも原村さん、そんな時間あるの?今日大会だよ?」


和「はい、まだ時間の余裕があるので…キッチン、使わせてもらいますね」


咲「う、うん。じゃあ、着替えてくるね!」








ぬぎぬぎ


咲(…よかった。原村さんは来てくれた)

咲(それどころか、うちで朝食まで作ってくれてる)


咲(……)


咲(…いや、そうじゃないって!)


咲(どうして朝食がないって知ってるの?)


咲(それって…)


咲(お父さんがいないってことも知ってるってこと?)


咲(それって……やっぱり、なにか隠してるってこと?)









咲「…き、着替えてきたよ」


和「1人で着替えられましたね、えらいですよ」


咲「う、うん。ところでさ、お父さんのことなんだけど…」


和「朝ごはん」


咲「え?」


和「できましたよ」


和「シュガートーストと、ハムエッグ。あと野菜スープです」


咲「えっ、うわわ、すごい!」



和「飲み物はオレンジジュースでいいですか?」


咲「う、うん。…おいしそうだね」


和「じゃあ、一緒に食べましょうか」







和「いただきます」


咲「いただきます…」



もぐもぐ



和「どうですか、お味は?」


咲「すごくおいしいよ!原村さん」


咲「それにしても、あんな短い時間でよく作れたね」


和「え?ああ、朝食はいつも自分で作っていますからね」


和「慣れているんだと思います」




咲「そうなんだ…すごい」



咲(キッチンを使ったはずなのに、フライパンもなにも出てない…)


咲(そうだ、そもそも変だよ…)


咲(この家には食材がないはずなのに)


咲(冷蔵庫の中にはなにも入ってなかった…。いったい材料はどうしたの?原村さん…)



和「…ゆっくり食べていいですからね」


咲「あ、うん。そうしたいけど…」


咲「大会のこと考えるとさ、なんかそわそわしちゃって…」


和「大会のためを思えばこそ、しっかり食べましょうね、咲さん」


和「なんでも朝食をとらないと、脳の活性化が阻害されるんだそうですよ?」


咲「そ、そっか…うん。しっかりたべるよ」




もぐもぐ


咲(シュガートーストもハムエッグも、出来立てにしては少し冷めてる…)


咲(たぶん、あらかじめ作ってきたんだ)


咲(原村さんがきたのは6時…いつもよりかなり早めだった)


咲(私が着替えてないことは、計算どおりだったんじゃないの?)


咲(つまり私を着替えるようにうながして、朝食を作ると言って、その間にあらかじめ作っておいた食べ物を盛り付けただけ…)


咲(でも…なんでそんな嘘をつくの?なんのために?)




咲(……)じー


和「………」


和「咲さん」


咲「う、うん?」


和「怪しんでるでしょう?」


咲「…!え、いや、そんなことないけど…」


和「いいえ、変ですよね。たしかに」


咲「ま、まぁね、ちょっと変だとは思ってたけど…」



和「はい…」


和「あの…じつはですね」


和「私の家、親が忙しくって。朝食も一人で食べることが多かったんです…」


咲「うん…そういえば、さっきも言ってたよね、自分で作ってるって」


和「だからね、家族との朝食って、憧れだったんですよ…だから」



咲「それで、わたしと?」


和「…はい。今日は大会ですからね。一人の朝食は、なんだか心細くなりそうで」



咲「…それで作ってくれたんだ?」



和「はい…なんだか強引なやり方ですみません…。引きましたか…?」



咲「ぷっ…」


和「…咲さん?」


咲「はははっ。原村さんって、かわいいとこあるよね」


和「もう、わらわないで下さい…」


咲「そっかそっかぁ、なーんだそんなことかぁ」


和「もう、咲さん…」


咲「ううん、私もよくわかるよ。ひとりでご飯を食べる寂しさ」


咲「ここ2日、お父さんがいなくてさ。三食ぜんぶ一人でたべてたんだよ」


和「あ…そうだったんですか。そういえばお父さんの姿が見えないですね…」


和「朝早くだったので、てっきりお休みになっているのかと…」


咲「うん、でもいいんだ。和ちゃんが一緒に食べてくれるんだもん。」


咲「一緒にたべよう…和ちゃん」





和「は、はい…。あっ、咲さん!いま名前で呼びましたね!?」



咲「へへへ」


和「ふむ…きょうは記念に残る日ですね。覚えておかないと…」



咲「はは、おもしろいね、和ちゃんは」


和「咲さんと食べれるなんて、嬉しくて…。あ、そのスープも飲んでみてくださいね、私の自信作なので」


咲「うん、いただきます」


ごくごく



咲(………?)




…あれれ?おかしいな…


…なんで私、この味知ってるんだろう。




和「…咲さん?」


咲「…………うっ…うっ」


和「咲さん?泣いてるんですか…?」



和「ご、ごめんなさい!あんまりお口に合わなかったですかね…」



咲「…ちがう」


咲「…ちがうよ、和ちゃん…」


咲「おいしいよ…とってもおいしい…」


咲「ただ、なんでだろうね…とっても優しくて、懐かしくて……私…」


和「咲さん…」





これ……


お母さんの味だ────










咲「それじゃあいこっか、和ちゃん」


和「そうですね、参りましょう。会場へ」


咲「今日もいいお天気だね」


和「本当ですね。あ、ちゃんとついてきて下さいね」


咲「うん、はぐれないようにするよ」


咲「時間は大丈夫かな?」


和「大丈夫です。まだ6時半ですから」


咲(6時半…?起きてからまだ30分しか経ってないの…?)


咲(楽しい時間ほど早く過ぎるってやつかな…)








和「こっちですよ?咲さん」


咲「あ、うん」


和「もう、そんなだから迷子になってしまうんですね」


咲「う、うん…よく言われる」



和「もっと気を付けなきゃいけませんね」


咲「うん…ごめんいつも」


和「…ちがうんですよ」


咲「え?」


和「ほんとうは、そんなことないんです」


咲「ほんとうって?」



和「いいえ…いそぎましょうね」


咲「…うん」



咲(いま、和ちゃん、少しだけだけど)


咲(悲しそうな顔してた…)







和「…だったんですよー?」

咲「はは、おもしろいね」

和「ね、ほんとうにそう思いますよねー」



咲「…ねぇ和ちゃん」


和「どうしました?咲さん」


咲「…道…すごくすいてるね」


和「あぁ…たしかにそうですね」


咲「というか、誰も、いないよね…」


和「たしかに、めずらしいですね」


咲「…」



咲「ねえ、和ちゃん。この道ってさ」


咲「この道ってさ、ほんとうに会場に向かってるの…?」


和「………」


咲「もしかして、道に迷ってたり?はは、そんなわけないよね…」


和「…」


咲「ね、和ちゃん?」


和「………それだけですか?」



咲「え?それだけって…?」


和「気付いたことは、それだけなんですか?」


咲「ど、どういうこと?」





和「たとえばですね…そう、同じ理由で、一昨日のこととか」


咲(…一昨日?)



和「咲さんは、二日前に一人で外出しましたよね?私が迎えにこないから、一人で学校を目指して」



咲「…どうしてそのことを?」


和「…咲さんは裁縫用の毛糸を持って、あっちをいったり、こっちをいったり」


咲「…だから…どうして?」


和「そのとき、人には会いませんでしたか?」


咲「……え?」



和「…人には会わなかったはずですよね。それどころか車にさえ出会わなかった。ちがいますか?」


咲(そういえば…そうだった)


和「人と会えば聞けるんですよね、学校への道なんて。誰かしら知っているはずなんですからね…」


咲「……」


和「でも、誰もいなかった。おかしいと思いませんか?朝の平日の出勤時刻に、人が誰もいないんですよ?」


和「これ、どういうことか考えました?咲さん」





咲「たしかに、そうだけど…でも」


和「まだまだありますよ。私の昨日の電話」


咲「電話?」


和「内容を覚えていますか?私、おかしなことを言いませんでした?あの時」


咲「おかしなこと?」



和「“ご飯も残さず食べてくれて”…そう言ったんですよ、私。」


咲(………!)


和「ありえないですよね?だって知らないはずなんですから」


和「三食分のご飯がリビングに運ばれてたことなんて」


咲(…まさか…!)


咲「まさか…あれ、和ちゃんが作ったの!?」


咲「もしかして、お父さんがいなくなった理由も、知ってるの!?」


和「…」


咲「答えてよ、和ちゃん…!」



和「…………はぁ」


咲「ねぇ!原村さん!」


和「…どうしてもっと早く気付かないんですか…?」


咲「え?…なに?」



和「…どうして!!もっと早くそれを聞かないんですか!!!」


咲「……っ」


和「どうして…こんな状況でも、私が本当のことを喋ってくれると思ってるんですか…?」


咲「……の、和ちゃん…」


和「どこまでお人好しなんですか…」


和「もっと…不審がってくださいよ…信用しないでくださいよ…!!」


咲「和ちゃん…なにを言ってるの…?私、わからないよ…」



和「ほかにも…たくさんあったはずじゃないですか!!今までだっておかしなことは!!いくらだって…!」



和「どうして私たちの思い通りにさせてしまうんですか…」


和「これじゃ…このままじゃ咲さんが…」




咲「……らないで」


和「…はい?」


咲「…怒らないで、和ちゃん…わたし…こわい……こわいよ…」





ぐすっ……うう、…ぐすっ…ううう




和「…咲さん…」


和「県予選…遅れてしまいますから…」



咲「ううぅ、こわいようう…おねえちゃん…おかあさん…おとうさん…」



和「咲さん……」








咲「……」


和「……あの」


咲「…」


和「…もうすぐつきますから」


咲「…うん」


和「……あと2分ほどです」


咲「…うん」


和「……追求しないんですか?さっきのこと」


咲「…うん」


和「それは…どうして?」


咲「…和ちゃんを信じてるから。…それに」


和「それに?」


咲「嬉しかったから」



和「な…なにが嬉しいんですか、あんなに怒鳴られたのに…」



咲「だってさ、いまの和ちゃんって」


咲「ほんとうの和ちゃんって感じがするから…」


和「…」


咲「いまの和ちゃんは演技をやめてくれてる。…いつも演じてたんでしょ?和ちゃんは…和ちゃんを」


和「…」


咲「だから、私はいまの本当の和ちゃんを信じるよ」



和「………」


和「…もうすぐ、会場です」



咲「うん」




────行こう












和「つきましたね」


咲「ここが会場…?」


和「そうです」


咲「…なんかさ、殺風景だね」


和「そうですね」


咲「なんかさ…」


和「…」


咲「なんかさ、病院みたいだね…」


和「……ええ」


咲「と、とりあえず、中入ろうよ…」


和「…はい」








咲「ここが…会場の中…?」


和「そうですよ」


咲「人、誰もいないね…」


和「いないですね」


咲「っていうかさ、ここ、やっぱり病院だよね…!」


和「そりゃあそうですよ」


和「県予選会場は病院なんですから」


咲「そ、そうなんだ…しらなかったよ…」


和「……」


和「…はぁ」


和「そんなわけないじゃないですか…」


咲「………そっか、はは…」


和「笑ってる場合じゃないですよ…」


咲「……」






咲「…」


和「ねぇ、咲さん」


咲「うん?」


和「あの壁の時計、見えますか?」


咲「うん…見えるよ」



和「いま、何時ですか?」



咲「……」


和「…いま、何時ですか?」




咲「…8時28分。」


和「そうですよね。待ち合わせの時間は何時でした?」



咲「…7時半…だったかな」


和「そうですよね。さぁ…どう思いました?」


咲「遅れちゃったなって。まいっちゃうよね…でも話過ぎたもんね、私達…はは…」


和「……」


咲「な、なに?」



和「…わかるでしょう。私は嘘をついたんですよ」


和「会場は謎の病院で、待ち合わせ時間にもきちんと間に合わせなかった」


咲「…」


和「それでも、私を信用できますか?ほんとうにここが会場だと思えるんですか?ほんとうに?」


咲「…信じるよ」


和「今なら、逃げられますよ。私は追いかけませんよ」


咲「…逃げたりしないよ」


和「そうですか…」


和「それなら」


咲「…」


和「思い残すことのないように」











和「じゃあ、いきましょう」


咲「うん…」


和「ここが、控え室です」



がちゃ



…おー!咲!咲だ!やっときた!



咲「あっ!」


優希「遅いじぇ!咲ちゃん、のどちゃん!」

京「二人揃って道に迷ったのかー?」

まこ「まったく世話の焼ける後輩じゃのう」


咲「みんな…きてたんだね!」


久「…来ちゃったのね」


和「…はい」


久「…」



咲「よかったよ、みんなに会えて!私ね、なぜかお父さんが帰ってこなくて!学校にもいけなくてさ…」


咲「でも和ちゃんの手料理たくさん食べたり、一緒に朝ごはん食べれたりしたんだ!」

咲「スープが美味しくてね、和ちゃんと道で大喧嘩して、でも嬉しくて、えっと、それから…」


和「咲さん」


咲「!…う、うん」


和「みんなの話を聞いてあげてください」


咲「あ、そっか…ごめんなさい、一人で喋っちゃって」


和「いえ…じゃあみなさん。ひとりずつ」


和「咲さんに挨拶を」








優希「おはよ!咲ちゃん」


咲「おはよ、優希ちゃん」


優希「タコスがあるじぇ!咲ちゃんも食べるかー?」


咲「いいよ。優希ちゃんの大事な食べ物だし。ほら、タコスパワーでしょ?」


優希「そっか…でも、あげるといった渡されたタコスは、人に返すもんじゃないじぇ」


咲「え?ああ、じゃあ貰っちゃおうかな…」



もぐもぐ


優希「咲ちゃんおいしいか?」


咲「うん、とっても美味しいよ」


優希「それはよかったじぇ…」


優希「………」


咲「優希ちゃん…あ!やっぱりこれ、食べたかった?」


優希「…ううん、そんなことないじぇ。咲ちゃんにあげるなら、わたしは惜しくない」


咲「あ、うん、そっか」


優希「…咲ちゃん、こうは思ったことはないか?」


優希「誰かの善意とか思いやりは、きっとそれをもらった人の栄養になる…」


優希「その栄養はまた誰かへの思いやりになって、そうやってずっと回り続けるんだじぇ」



咲「えっ…あ、うん…哲学的だね」


優希「タコス学的といってほしいじょ」


咲「なにそれ…」


優希「だから…わたしが咲ちゃんにあげたタコスは永遠に世界をまわりつづける」


咲「う、うん」


優希「だから、ある意味私のタコスは永遠に滅びない。ゆえに、わたしは滅びない」


優希「咲ちゃんはひとを救うから…だから、咲ちゃんも、ずっと無くならない」


優希「わたしの中や、その他のいろんな人達の中を、咲ちゃんの善意が風になって吹き抜けるんだじぇ」


咲「えっと……そっか。そうかもしれないね」


優希「うむ…。きっとそう…」


咲「ありがとう、なんだか元気でたよ」


優希「うん…んじゃ、そろそろ先鋒戦。気合入れていってくるじぇ!」


咲「うん、またね」


優希「ああ、さよならだ!咲ちゃん!遊んでくれて楽しかったじぇ!」









まこ「おはよう、咲」



咲「おはようございます。染谷先輩」



まこ「なんだか実感ないじゃろ…準備は万端か?」



咲「大丈夫だと思います…たぶん」



まこ「たよりないのう…」



咲「ぜ、全力をだしてがんばります!」



まこ「はは、言い直さんでもええんじゃ。咲は強い。それはみんな認めとるから」



咲「そ、そうでもないです」



まこ「打っとるときの咲は本当に頼りになるからのう。覚えとるか?Roof-topでバイトやったときのこと」


咲「あはは、よく覚えてます」


まこ「あのときの咲のメイド姿は、ほんとに似合っとった。常連客にもえらく評判じゃったよー?」



咲「あ、あれは恥ずかしかったですよ…」


まこ「でも、まんざらじゃあなかったじゃろ?わしゃあ、あのとき本気でうちの看板娘になってもらおうか、悩んだくらいじゃ」


咲「ははは、和ちゃんはもっと似合いますから…和ちゃんのほうが」


まこ「店ってのはな、本当は別にカフェじゃないんじゃ。あれは嘘。本当はうちがやってたんは、しがない居酒屋でのう」


咲「は?…な、何言ってるんですか?」


まこ「咲みたいな気立てのいい子が、うちの看板娘をやっとったら、うちはもっと繁盛して…わしもこんな胸糞悪い仕事をしなくて済んだんじゃろうか…」


咲「なんなんですか?居酒屋ってなんのことですか…?染谷先輩?」


まこ「…いや、こっちの話じゃ。すまんのう」




/先鋒戦が終わりました。各校の次鋒の選手は、所定の位置についてください\



咲「は、はや!早くないですか!?」


まこ「咲…いってくる。愚痴ばかり聞いてもらってすまんの。わしは咲のこと、忘れんから…じゃあいってくる」


咲「は…はい…がんばって下さい…」










久「おはよう、咲。顔色悪いわね…大丈夫?」


咲「なんだか…みんなが変なんです…それで…」


久「そうかもしれないわね、なんせ全国への切符がかかってるんだから。緊張しないほうがおかしいわ」


咲「いえ、そんなことじゃないんです…なんていうか、みんな麻雀がどうしたって話じゃなくて、もっと他のことで悩んでるみたいで…」


久「咲…大丈夫。みんなそれぞれ色んな事情や、弱さを抱えてるのよ。それを吐き出さずにはいられないの。許してあげてね」


咲「そっか…大丈夫ですよね…みんな」



久「大丈夫」


久「それに咲。私は演技をやめないから」


咲「…え?」


久「最後まで私は、あなたにとっての部長でいてあげる。私はあなたの世界を守る」


咲「どういうことですか?」


久「どうってことないわ。たとえば、あなたの世界観がパズルのピースで出来ているとするじゃない?」


咲「は、はぁ」


久「あなたの世界観が、パズルピースがバラバラと落ちるみたいに崩壊していっても、私というピースはそこに残してあげる」





咲「あのー、部長…」


久「ん?」


咲「優希ちゃんや染谷先輩より、更にもっと意味不明なこと言ってますよ?」


久「いいのよ。わからないことは優しさよ」




/次鋒戦が終わりました、中堅の選手は所定の位置についてください\



久「きたわね。いよいよ…」



久「咲。私はずっとなにがあっても貴方の部長よ。だからさよならなんて言わない。それじゃ、稼いでくるわね!」



咲「はい、いってらっしゃい…部長」


咲(全然意味わからない…部長は部長…当たり前だよ…そんなの)







咲「京ちゃん、おはよ。どうしたのその荷物…」


京「おう咲。これは差し入れだよ。見ていいぞ、中身」


咲「え、うん…」


ごそごそ、ごそごそ


咲「え、なにこれ」



京「驚いただろ?咲が欲しいって言ってた文庫本やら、絵本やら、好きだったお菓子やら、飲み物やら、集めて詰めてきたわ」


咲「うわ、重い!っていうか、私の欲しいものしか入ってないよね?これ」


京「なんていうか、まぁ…日頃レディースランチを取りに行ってもらってるお礼、だな」


咲「へぇ、そうなんだ…どうも」



京「それ全部咲のだから。まぁ大将戦まで時間あるし、それで好きに時間つぶしてくれよ」


咲「え、あ、うん。ありがと…京ちゃん」


京「あのさぁ、咲。じつは俺、お前が好きだった」


咲「あ、うん………って、はい?京ちゃん?」


京「こういう出会い方じゃなかったら…お前が普通の高校生なら、きっともっと早く思いを伝えてたと思う」


咲「あ、そ、そうなの。ありがと」


咲(冗談だよね…?)


京「俺は必死で我慢してたんだ。ずっと。褒めてくれよ咲」


咲「え…、うん、まぁ、えらいんじゃない?」


京「でもあの野郎は、自分の役割も守らないで欲望に従っちまったんだ」


咲「京ちゃん…誰のことを言ってるの?」


京「でもな、大丈夫だよ。俺が責任を持って処分したから。咲を汚したやつはもういない」


咲「きょ、京ちゃん…?何言ってるの?何かあったの?顔色悪いよ?」


京「実は、今日そのことで上の人に呼ばれてるんだ。でも俺は後悔してないから」


咲「京ちゃん…大丈夫?悩みがあるなら…」


京「お前と会えてよかったよ、咲。じゃあもう一回買い出しいってくるから…またな!」



咲「う、うん…いってらっしゃい…」






咲(みんな、何を言ってるんだろう)


咲(内容はよく分からなかったけど…)


咲(でもなんだか…)


咲(こんなんじゃ、まるで、まるで……)







和「咲さん」


咲「あ、おかえり和ちゃん。どこいってたの?みんなと話し終わったよ…?」


和「そうですか…じゃあ、いきましょうか」


咲「え、どこに?」


和「決まってます、そんなの。さあ行きましょう」


和「大将戦が行われる部屋へ」








咲「ちょっと…!待って和ちゃん!副将戦まだやってないよね?」


和「いいんですよ、もうそんなことは。ついてきてください」


咲「そ、そんな!中堅戦が終わったって放送、まだ聞いてないよ…?」


和「ああ、あのアナウンス放送。うるさかったのでさっき切ってきました。どのみちもう必要ないですし…あんなもの」


咲「まって!痛い…!腕、ひっぱらないで…!足、早いよ、和ちゃん…」



和「いいから、こっちです!」








咲「はぁ…はぁ」


和「ここです。このドアの中が、大将戦の会場です」


咲「はぁ…はぁ…このドアの中が…?」


和「はい。…もう時間です咲さん。入って」


咲「う、うん…」



ガチャ…

ね、ねむい!!だめだ今日はおしまい
つぎの投下で一応終わりまで行く予定です、お付き合いありがとデース

花粉にやられてました。いけるとこまでやってみます。





咲「…和ちゃん?」


和「はい」


咲「部屋のなか、真っ暗だよ…?」


和「…照明が落としてあるんだと思います。じきに明るくなりますよ」


咲「そ、そっか…」


和「すぐに目も慣れてきますから。そのまま奥へ進んでください」


咲「うん…あ、あの、和ちゃんもきてくれない?」


和「…私は暗いのは怖いので、いきたくないです」


咲「…」


和「入り口で、見ていてあげますから」


咲「…うん。そこで見ててね」


和「はい、ここで見ています」


咲「…」











私は真っ暗な部屋を、そっとふみだした。


一歩、また一歩。


振り返ると、出口でドアを開け放したまま、和ちゃんが見ていてくれてる。


大丈夫。和ちゃんが見守ってくれるなら、進める…。





これで…五歩。



そこで目が慣れてきて、だんだん部屋の広さが把握できてきた。


そんなにひろくない…たぶん、九畳ってところ。


部屋は長方形で、コンクリートの壁。


入ったときは暗くて分からなかったけど、部屋一面、真っ白で、無機質な部屋。


周囲を見まわしてみると…とくになにもない。


あるはずのカメラも、照明も、それをつなぐ配線も、なんにもない。麻雀をする部屋にはとても見えない。






さらに目が慣れてくると、もうすこし奥がはっきり見えてきた。


中央になにかある。でも、雀卓じゃない。…細長い…箱のようなもの。


私は少しずつそれに近寄った。一歩、もう一歩…。


これは…なんだろう。何を入れる箱なんだろう。けっこう大きい。




振り返って、出口にいる和ちゃんを見る。


外からの光が逆光になって、和ちゃんの表情がよく見えない。


和ちゃん…なにを考えてるの?どうして私をここに連れてきたの?


この箱は…なんなの?…人が入れるくらいの大きさ。まるで…棺おけみたいな…。





和ちゃんを見る。


和ちゃんは、ちゃんと部屋の前にいる。逆光のせいで、もうシルエットだけだけど。


ただおびえる私を、和ちゃんは見つめている…。


和ちゃんの表情は分からない。


私にはもう、部屋の暗さよりずっと、和ちゃんが暗く見える。





部屋の中に視線をもどす。


初めて見る、棺おけみたいな箱…。でも私にはなぜだか、この箱に見覚えがある。


どうしてだろう。私はこの箱を知っている。どこで見たんだろう…






“その箱に見覚えがありますか?”



…不意に和ちゃんの声がひびいた。私は質問にうなずく。



“そうですか…なら、教えてあげます”



“それは、あなたが昔過ごしていた場所です”






…そうか。この箱、この形。やっと思い出した。


いつか私はこの箱の中で、目を覚まして…そこには、和ちゃんが────










────そのとき、ガン、と扉が閉まる音がした。











ドンドンドンドン



咲「開けて!!開けてよ和ちゃん!!!」


ドアについた小さな窓から、無表情な和ちゃんの顔が見えた。なにか私に話しているけど、声が聞こえない。


でも私にはわかる。どうしてだろう。和ちゃんは謝っている。私に謝ってるんだ。


耳をすます。何か音がする。部屋の隅だ…部屋の隅から、空気が漏れるような音が…!



────煙だ。煙がでてる…








「開けて、和ちゃん!おねがい、開けて…!」


喉から血が出そうなほどの私の叫びも、たぶん和ちゃんにはとどいていない。


和ちゃんの口が動いていた。おなじ口の動きを繰り返している。なにかを呪っているようにも見える。


煙が充満していく。私は咳き込みながら、それでも、開けてと叫んでドアをたたいた。


なのに和ちゃんは、ただ無表情で私を見ながら、聞こえない言葉を繰り返すだけ。





──突然意識が遠のく。たぶん、煙のせいだ…なんだか足がふらふらする。



視界が急に狭くなった。息が苦しい…。がくんと足が崩れ落ちて、ドアに倒れ掛かる。


扉に背をもたれながら、ずるずる身体が滑り落ちる。扉を叩いて痺れた腕が、くたりと床に転がる。





私は床にへたりこんだ。もう、声もでなかった。ドアをたたくこともできなかった。


うつろに上を見上げた。扉の窓に和ちゃんが見える。この角度じゃ、目元しか見えないけど。


きれいな瞳…。私は見上げながらそう思った。瞳がいつもより、ずっと輝いて見える。


それがなんでだか私にはわかった。和ちゃんは泣いているんだ。私を見て…泣いている。


和ちゃんはなにに対して謝ってるんだろう。私にはちっとも分からない。


煙がふわりと漂って、和ちゃんを見えなくする。私はもっと見ていたいのに。ずっと見ていたいのに。


煙は私を埋め尽くす。煙が何も知らない私を笑っている。私を馬鹿だと笑っている。和ちゃんは泣いているのに。










もう体は動かない。耳鳴りが頭にひびく。いま聞きたいのは、和ちゃんの声なのに…。


思いつきで耳をドアにあてる。微かだけど、声が聞こえる…。





――――ごめんなさい。



和ちゃんは、そうつぶやいていた。なんどもなんどもそうつぶやいていた。





意識が薄れていく。視界がぼやけて、部屋の壁も、ドアの形も、もうなんだかわからない。


ただひとつ、煙の向こうに和ちゃんの顔が見える。ただ私を見つめている…。もう私には、それしかわからない。


そのことが、なぜだかうれしかった。和ちゃんの顔が見れるなら、それでいい…。


景色の輪郭が溶けていく…。すべてが暗く吸い込まれて、ついに和ちゃんの顔まで塗りつぶされていく。


それだけは…それだけは消さないで…私は大きななにかに向けて願った。



最後に、闇の中で、ぽつんと彼女の瞳だけが残った。和ちゃんの瞳は泣いていた。


どうして泣いてるの…? 私には分からない。ただそのことがいまさらのように、悲しくなる。



泣かないで和ちゃん…。そうつぶやいて、意識が途切れた。


















───…きさん





───…きさん







和「咲さん!!!!!!」





咲「…う、うわっ、和ちゃん!」


和「よかった…よかった…だいじょうぶですか!?」


咲「うん…ここ、どこなの?」


和「ここは…大将戦が行われる部屋…です…」




咲「え…っと、あぁ、そっか。明かりがついてるから、違う部屋にみえたよ」


和「…さっきは…おかしなことをしてごめんなさい…咲さん……」


咲「…ひどいよ和ちゃん、急に閉じ込めたりして……」


和「ごめんなさい……ごめんなさい」






咲「……」


和「……」



咲「…ねぇ和ちゃん、教えて」


和「はい…」


咲「どうしていま、私の身体、動かないの?」


和「……さっき吸った、ガスのせいです」


咲「ガスってさっきの煙…?」


和「はい…」


咲「…そっか。…和ちゃん」


和「はい…」


咲「私はいま、どこで寝てるの…?」


和「…箱の中です…」


咲「箱の中…?あの棺桶みたいな箱…?」


和「そうです……」


咲「そうなんだ…」






和「具合はどうですか?」


咲「…悪くないよ、怖かっただけ」


和「そうですか…」


咲「うん…」


和「…」


咲「…」


咲「この棺桶みたいな箱…懐かしい」


和「……」


咲「なんでかな…」






和「…今は大丈夫ですから」


咲「…ん?」


和「私がついていてあげます」


咲「…それは」


咲「…とっても心強いけど」


和「……」


咲「さっきさ…何を、謝ってたの?」


和「……」


咲「答えたくないなら、いいけど…」





和「…私は」


咲「…」


和「…まだ…話したいことがあったんです」


咲「…話したいこと?」


和「はい…だから…」


咲「うん…」


和「とっさにガスの注入を止めました…」


咲「ガスってあの煙だよね?」


和「…はい」


咲「あの煙を、吸い続けるとどうなるの…?」


和「……昏睡します…」


和「そしてずっと…生きたまま、目覚めなくなります…」





咲「それは怖いね…」


和「…」


咲「…じゃあさ、和ちゃんが私を助けてくれたんだ…?」


和「……」


咲「…うれしい」


和「……」








咲「…和ちゃん」


和「…はい」


咲「…私、どうしたらいい?」


和「…」


咲「…お姉ちゃんには、もう会えないの?」


和「…会えますよ…全国にいって」


咲「うん…」


和「…試合を勝ち抜いて…」


咲「…」


和「…そしたら…決勝で…」


咲「…ふふ、和ちゃん」


和「…」


咲「嘘ついてるでしょ」


和「…」




咲「…ねぇ」


和「…」


咲「話したいことって、なに?」


和「…」



和「まず…私達は」


咲「うん」


和「ずっと守ってきたんです…咲さんを…」


咲「…」


和「…病気や、怪我」


和「脳の異常や精神疾患…いろいろなものから」


咲「…」


和「咲さんの身体が…傷つかないように」


咲「…」


和「この擬似的な社会に閉じ込めることで…守ってきたんです」







和「…なのですが」


咲「…」


和「あなたは私達の仲間の一人に」


和「裏で傷付けられていたことがわかってしまいました…」


咲「……傷つけられた?」


和「それがきっかけで、別のプランに変更がなされたんです…」


咲「べつのプラン…?」


和「……そうです」


咲「…わからないよ」


和「…」


咲「そんな説明じゃ…わたしにはわからない…」


和「……」


咲「…きっとまだ、大事なことを隠してるんでしょ?」




咲「…和ちゃん」


和「…」


咲「私は…これからどうなるの?」


和「あなたは…」


和「このあと、あのガスで眠らされて、東京に運ばれます」


咲「…東京?」


和「…そうです。東京の病院で…」


和「ある人を救いに向かうんです」


咲「人を…救う…」


和「そうです」


咲「…誰?誰を救うの…?」


和「……」


咲「ねぇ…和ちゃん?」






和「彼女は高校生です…麻雀部員の」


咲「…高校生?麻雀部員…?」


和「彼女は、白糸台高校という学校の一年生なんです…」


咲「白糸台…お姉ちゃんと同じ」


和「……彼女は重い病気を患っています」


咲「病気…?」


和「余命いくばくもなく…もってあと2週間の命だそうです」


咲「そんな子を救えるの…?」


和「はい…救えるんです。咲さんなら」


咲「わたしなら…?」


和「咲さんにしか、できないことなんです…」




咲「…私にしか、できない…?」


和「そうです…」


咲「どうやって救うの…?」


和「………」


咲「…言えないんだね」


咲「…なんて名前の子なの?」


和「………」


咲「…それも、言えないんだね」


和「ごめんなさい…」









咲「…でもさ、よかったよ」


和「…よかった?」


咲「私、東京に行けるんだね…」


和「…」


咲「そしたらお姉ちゃんにも会えるかもしれないし…」


和「…」



咲「それにさ、その病気の人」


咲「お姉ちゃんと同じ高校の麻雀部員なんだもんね」


和「……」


咲「もしかしたら…お姉ちゃんのお友達かもしれないよね?」


和「……」


咲「そしたら…お姉ちゃんは喜んでくれるかもしれない」


和「…」


咲「“がんばったね咲”って、私を褒めてくれるかもしれない…」


和「……」


咲「もし、私が会えなくてもさ」


和「……」


咲「お姉ちゃんが喜んでくれるなら…すごくいいことだよね?」


和「…」


和「…そうですね」







咲「…なにかさ、気をつけることとかある?」


和「…気をつけること?」


咲「病気を治すんだよね?失敗したら大変だし…」


咲「私のせいで失敗したら…もうしわけないからさ…コツとかあるのかな?」



和「…咲さんは」


咲「…」


和「なんにも考えなくていいんです…」


和「その温かな気持ちだけあれば…それだけでいいです」


和「あとは穏やかにしていてください」


咲「…でも、不安だよ」


和「大丈夫ですよ」


和「きっとあなたのお姉さんは褒めてくれますから」


咲「…ほんとう?」


和「はい。嘘じゃありません」


咲「お姉ちゃんが………」


咲「お姉ちゃんが…褒めてくれる」


咲「それなら私は……もう充分…」


和「……」







和「……あの」


咲「…うん」


和「まだ、時間はありますからね…」


咲「…もう大丈夫」


和「…」


咲「私を東京に連れていって…和ちゃん」


和「…いいんですね?」


咲「道に迷っちゃだめだよ?」


和「ふふ、咲さんじゃあるまいし…迷ったりしません」


咲「そうだね、私じゃないもんね…はは」


和「本当はね、咲さん」


咲「うん?」


和「本当の咲さんは迷子になる子なんかじゃないんです…」


咲「どういうこと?」


和「私たちが見守りやすくするために、そういう風に変えただけなんです」


咲「…ぜんぜんわかんない」


和「でも、それはあなただけの個性なんですよ」


咲「うーん…?」



咲(本当の私…?個性?)








和「咲さん…そろそろ時間です」


咲「…そうなんだ」


和「時間がきたら…この箱にふたをします」


咲「和ちゃんが、見えなくなっちゃうね」


和「見えなくても、声は聞こえますから…」


咲「そっか、よかった」




和「ふたを閉じたら、箱の中にさっきのガスが噴射されます…」


咲「さっきのガス?ってことは私…ずっと目覚めることができないの?」


和「…そうなります」


咲「和ちゃんともお別れ…?」


和「…はい」


和「怖いかもしれませんが、我慢してくださいね…」


咲「…うん、お姉ちゃんに褒めてもらえるなら、がんばるよ」






和「ふたにはロックが掛かるので…ふたを閉めたらもう顔が見れません…」


和「だから…」


和「よく見せてください…咲さんの顔を…」


咲「…うん…よく覚えていてね」


和「はい…咲さん」


咲「…私にも…和ちゃんの顔をよく見せて」


和「…はい…咲さん…」


和「………」


咲「和ちゃん…?」


和「ごめんなさい…お姉さんに会わせられなくて」


咲「いいよ。これでお姉ちゃんを喜ばせられるなら…それに」


咲「私はお母さんには会えたから」




和「…え?」



咲「私ね、赤ちゃんの時の記憶があるの…」



和「…赤ちゃんの時の記憶…?」



咲「いつだか私は…この箱で過ごしてて…」



咲「そして…お母さんにスープを飲ませてもらってた…」



和「……ふむ」



咲「和ちゃんは…私のお母さんなんでしょう?」



和「…ふふ、咲さん、なに言ってるんですか?」



和「そんなオカルト、ありえません」






和「…じゃあ閉めますね」


咲「…うん」





ぱたん…ガチャ…


プシュー…






和「いま、中にガスが流れ始めました…」


咲「うん、ぷしゅーって音がしたよ」


和「中はどうですか?」


咲「へへ、真っ暗でなんにもわからない」


和「暗くても、声は聞こえますから」


咲「うん…よく聞こえるよ」




和「お話をしましょうね、咲さんが眠りに落ちるまで」



咲「おねがい。…そういえばさ」



和「…はい?」



咲「和ちゃんって、本当はいくつなの?」



和「え?なんでですか?」



咲「だって私のお母さんなんでしょ?」



和「まだそんなおかしなこと言ってるんですか…もう」



咲「だってそうなんだもん」



和「…15歳ですよ」



咲「私のお母さんなのに、それはおかしいよ」



和「…15を、3倍した数です」



咲「えーっ!?そうなの!?」



和「いや、冗談ですから」



咲「なんだ、はは」


和「あたりまえです」





プシュー………




咲「また、音がした…」


和「はい」


咲「この音がするたびに、和ちゃんとのお別れが近づくんだよね」


和「…」


咲「もう皆にも会えないね」


和「……」





プシュー……



咲「…まただ、ガスの音」


和「………」


咲「ふふ…やっぱり、ちょっと怖いね」


和「………」


咲「和ちゃん?」





プシュー……



咲「…また、ガスの音」


和「………」


咲「ふふ…やっぱり、ちょっと怖いね」


和「………」


咲「ねぇ、和ちゃん?」


和「あの…咲さん」


和「すごく大切なことを話しますから…よく聞いてください」


咲「う、うん」





和「…咲さんの年齢について…です」


咲「…え?」


和「いくつだと思います?」


咲「…私…私だよね?」


和「そう、あなたの年齢です…」


咲「えっ…15歳だよ?」


和「いいえ…違うんです」


咲「…?」







和「あなたは、生まれてほとんどたってません…」


咲「…どういうこと?」


和「あなたは15歳ではなく…」


咲「……」


和「たったの6ヶ月です」


咲「……和ちゃん…?」





和「…あなたは宮永咲さんの…クローンなんです」



咲(………どういうこと…?)






    ────普通の高校生だったら、もっと早く想いを伝えてた────




           ────生まれて…数ヶ月の────





咲(………たったの6ヶ月…?)








        ────咲さんの身体を傷付けないように────



        ────擬似的な社会に閉じ込めることで────







咲(………私が、クローン…?)






    ────世界観が、パズルのピースでできているとするじゃない?────





咲(………そんな…まさか…)





咲(………そうだ、この箱から)





          ────“本当の咲さん”は────


          ────迷子にならないんです…────





咲(………私は生まれたんだよ……)






          ────白糸台高校の1年生────


        ────彼女は重い病気を患っています───






咲(………それなら、病気の女の子っていうのは…)





咲(………そうか)




         ────咲ちゃんは人を救うから────



         ────咲ちゃんはなくならない────






咲(………そういうことだったんだ…)










       ────だからそれは“あなただけ”の────


          ────個性なんですよ────






咲(………そうか…私は、偽者だから)







    ────どうして早く気付いてくれないんですか…!────


       ────このままじゃ…咲さんが…────







咲(………だから私…)








     ────スープ、美味しいですか?咲さん…?────







咲(………だから私、死ぬんだ…)















咲「……まさか」


咲「…“本当の咲さん”は迷子にならないっていうのは…!」


和「……」


咲「“本当の”って…そういうことだったの…!?」



咲「まさか…まさか…!」



和「…ごめんなさい…」





咲「今までの和ちゃんの言葉、なにがなんだか…わからなかったけど」


咲「…ちょっと繋がってきたよ…でもまさか…そんな…!」


咲「ひどいよ…わたしは…」


咲「そういうモノだったの……?」



和「………」



咲「ねぇ和ちゃん…!」


咲「わたしは……ただの偽者だったの…?」


咲「わたしの…みんなとの毎日は全部…偽物だったの…?」






和「…いいえ、いいえ咲さん!」


和「それはちがいます…!」




咲「でも…」


咲「でも…私は……」


咲「私は…宮永咲の、クローンなんでしょう…?」


咲「本物の咲は…!!お姉ちゃんと同じ白糸台に通ってる一年生で」


咲「私はこれから、本物の咲の病気を治すのに使われるんでしょう…!?」


咲「私は、道具みたいなものなんでしょう…?」






和「…クローンがどうとか、そんなの」


和「そんなこと、どうだってかまいません…」


和「私の見ている咲さんが…私にとっては本当の咲さんですから…」


和「どんなに歪んでいても、作り物であっても…私にとっては」


和「私にとっては、あなたが、本物の咲さんです…」


咲「………」



和「私たちの毎日も、作り物じゃありませんよ…」


和「みんなとの思い出。笑ったこと、泣いたこと」


和「麻雀で負けて悔しかったこと…勝てて嬉しかったこと……」


和「それはぜんぶ、本物の宮永咲さんが知らない、私たちだけの本当の記憶…」


和「クローンのあなたとだけ分かち合った、本物の思い出です…」




咲「和ちゃん……」


和「…6ヶ月前のことです…」


和「私は、この箱から目覚めたばかりの、あなたの母親代わりをしていました…」


和「あなたは美味しそうに、私の作ったスープを飲んでくれました…」


和「私はそれがたまらなく嬉しかった……そしてそれを、あなたは覚えていてくれた…」


和「私の今の気持ちは…クローンのあなたがくれた、本物の気持ちです」


咲「…」



和「私は、あなたを失うことが…今とても、とても悲しい」


和「あなたはクローンですが…偽者ではありません」



咲「……」




咲「和ちゃんは卑怯だよ…こんな大事なこと…最後の最後に…」


和「そうです…!私は最低です…」


和「こんな綺麗事を言いながら、あなたを見殺しにすることしかできない……!」



咲「……」


咲「和ちゃんは…今日、私を逃がそうとしてくれたよ」


和「……」


咲「ありがとう…全部教えてくれて…」


咲「お母さん…」











プシュー………




咲「………和ちゃん」


和「どうしました…?」


咲「…私…みんなとまた会える…?」


和「…またいつか会えますよ」


咲「私、お姉ちゃんに、喜んでもらえる…?」


和「ええ、きっと」



咲「……」


咲「…ガスの効き目かな…眠くなってきちゃった」


和「…はい」


咲「和ちゃん。眠る前に、私に名前をつけて」




和「…名前?」


咲「私が、“宮永咲”じゃないんなら…私にも、本当の名前を付けて…」


咲「それを聞いたら…すこし、やすむから…」


和「…そうですね」


和「そういえば…麻雀部のみんなで、あなたを“迷子の咲”と呼んでたんですよ」


和「それはいかがですか?」




咲「ふふ、なにそれ…もはや名前じゃないよ」


和「すみません、冗談です」


咲「もっと…かわいいのにしてよ…」


和「うーん…そうですね」


咲「…」


和「じゃあ、こういうのはどうですか?」


咲「……」


和「あの…聞こえてますか?」


咲「……」



和「…咲さん…?」


和「…………」


和「咲さん…?咲さん…!!」








―3ヵ月後―









店員「えーそれじゃあ、このお花がいいでしょうか?」


和「あまりピンときません」


店員「むむ、困りましたね…そうだな」


店員「花を選ぶときのコツは、その人のイメージを思い浮かべることですよ」


和「なるほど…それでしたら、こっちの白い花を、二束おねがいします」


店員「二束ですか…?かしこまりました」




和「ちなみに、このお花の花言葉は、なんというんですか?」


店員「諸説ありますが…白い薔薇の花言葉は、“純潔・素朴”とかですかね」


和「ふむふむ、合ってますね」


店員「プロポーズにつかうんだったら、『誠実で尊敬できる』みたいな意味も」


和「なるほど…たしかに、誠実ですし、尊敬できますね」


店員「ということはプロポーズに贈るんですか?珍しいですね。女性から贈るなんて」


和「えっと、そういうわけではないんですが…」


和「ただ、お見舞いにもっていこうかと」






店員「お見舞い?ということは、相手は家族とか友人ですか?それとも同僚とか?」


和「いえ、初対面の他人なんです」


店員「えっ、初対面でお見舞いするんですか?…それ、怪しまれません?」


和「いや、初対面なんですが、久しぶりの再会でもあるので…」


店員「…は、はい?」












和(ついた。ここが入院先の病院ですね)


和「えっと……どこだろう」



?「あの、原村さん?こんにちは」



和「こんにちは、お久しぶりです…咲さんのお姉さん」


照「いえ…こちらこそ、本当にありがとうございました…」


照「妹の命を、救っていただいて…」















和「咲さんのリハビリは順調ですか?」


照「はい…着々と。今朝も廊下の端から端まで三往復も歩けたらしくて…。」


照「余命宣告をされたころと比べると…移殖手術後は見違えるほど回復しました…」


和「そうですか。よかった」


照「お医者様がいうには、年内に退院できるだろう、と…」


和「そしたらそのときは、お祝いしてあげないとですね」


照「はい…ケーキを買って…また家族みんなで麻雀を…」


和「そのときは、照さん…どうか忘れないであげてくださいね」


照「はい…忘れません。“もう一人ぶんの”ケーキ…」


和「そうです。そして、もう一人ぶん、彼女を褒めてあげてください」


和「彼女は眠る前に、それだけを望んでいましたから」


照「…はい」












照「咲の病室はこちらです…。咲、入るよ?」


咲「どうぞー」


和(…咲さんの声だ)




がらがら






照「こんにちは、咲…」


和「こんにちは、咲さん」


咲「お姉ちゃんこんにちは…。その人は…?」


咲(わぁ…すごいきれいな人)


照「咲、この人は…」


照「咲のことを、命を捨てて救ってくれた女の子の、そのお友達…」


咲「そ、それは…はじめまして…!白糸台高校一年生の、宮永咲ですっ」


和「はじめまして、咲さん。原村和と申します」


和「今日は、あなたを救った女の子のことを話しにきました。あ、その前に、このお花を…」







咲「わぁ、ありがとうございます…きれいな白い薔薇…」


咲「あれ?二束ありますよ…?」


和「はい。一束は咲さんに」


和「もう一束は、あなたの中で生きている、“迷子の咲さん”へ…」   



                            槓


なんか、無駄に長くなっちゃいました、ほんとにありがとうございました
たのしかったです!!!おやすみなさい!!!!

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