番外個体「笑顔に会いたい」 (30)

とある魔術の禁書目録の二次創作で番外個体SSです。

カップリングとしては一方通行×番外個体と上条当麻×禁書目録です。

苦手な方はご注意ください。

週一投下予定です。

よろしくお願いします。


———

朝は苦手だ——。番外個体と呼ばれる女性が目覚めて直ぐに思うことは常にソレだった。

労働をしたあとの人間の身体は疲労がたっぷりと溜まっている。
ひとは適度に食事を、運動し、そして快適な睡眠をとることで疲労を回復させ明日への糧を経る。
けれど、彼女は個体特性上、特に睡眠による恩恵を受けにくい為、
朝方に感じる気だるさは人並み以上であり、それに伴う苛立ちはきっと他人には想像し難いだろう。

番外個体。正式名称をミサカ20002号と名付けられた彼女は、俗にいうクローン人間であった。
物語のなかのSF的存在ではない。
思考する脳みそがあり全身に血液を送る心臓がある。
現実世界に地に足をつけて生きている。人間と大差ない。
捻くれまくった考えが大好きな当人は自分のことを「呼吸をする人形だね」と自虐交じりに評す。

では、人間との間にある差とは何か。

いまだ未発達な感情、定期的な延命治療が必要な身体もクローン特有の特徴だろうが、特出している「差」は
多数の同タイプクローン達の脳波よって形成される人間電子ネットワークである。

通称、ミサカネットワークと言う。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1360157086

東京都西部には、230万人ものひとが居住している巨大超能力養成機関・学園都市が広がっている。
同都市の人口の約八割が「学生」で、彼らは大なり小なり「超能力」を有していた。

能力の強弱による区分によって行われる学生のランク付け。
最弱のレベル0から、たった一人で軍隊と戦闘する事すら可能とされる最強のレベル5までの6段階。
良くも悪くも、学生たちは画一化された価値によって、無慈悲に優劣をつけられるのが当たり前の世界——それが、学園都市であった。

230万人の頂点・レベル5には現在7名の中高生が認定されており、
なかでも序列第3位の超電磁砲こと、常盤台中学2年の御坂美琴は屈指の知名度を誇る。
学園都市の広告塔の役割を否応なく背負わされている少女。
いつの間にか「クローン人間の素体」という役割までもを無理やり押し付けられてしまったのは、
悲劇の一言では片付けられない。

量産型能力者計画、絶対能力進化計画を経て、御坂美琴の遺伝子情報を元にして作られた、
御坂美琴と見た目のみが瓜二つ、能力的には欠落品でしかない、呼吸する人形が大量生産・大量消費され———、
現在では番外個体含め、およそ1万弱のクローン人間が学園都市内及び協力機関の庇護の下、生を謳歌している。

ミサカネットワークを構成する、同タイプの1万人のクローン人間、『妹達』。
少女たちの記憶や知識はネットワークを介して、すべての個体に共有され蓄積されていく。
相互のコミュニケーション方法にもネットワークはフル活用された。

日々、妹達が成長していく度に、ミサカネットワークも進化しているのかもしれない。

携帯いらず、時にはインターネットすら不要な至極便利に思われるミサカネットワークだが、デメリットも存在した。
毎朝、気だるさと苛立ちの中目覚める番外個体の習慣も、ミサカネットワークによるデメリットが原因、とも言えるのだった。

「おはよう。もう8時半だ、ねぼすけ。寝坊は良くないじゃんよ」
 
洗顔をしよう、と洗面台のある脱衣所のドアを開けると、タイミングよく居候先の家主と鉢合わせ。
意外に手入れのされているキレイな黒髪をビシッと後頭部の低い位置で束ね、愛用の緑色のジャージに身を包んだ黄泉川愛穂は、
呆れた顔で寝坊常習犯に声をかけた。

「ミサカが寝坊って、いつものことっていうか、お約束っていうか?」

「生活習慣はしっかりと身につけておくに越したことはないよ。
 人間、悪い方に開き直ったら駄目だと思うし。ほら、早起きは三文の得、とも言うじゃんか」

体育会系一筋の経歴を持つ黄泉川は、ある意味おおらかで、ある意味捻大雑把な人物だった。
心の許容範囲の広さで右に出るものはきっといない。
治安維持を自ら進んで引き受け(しかも無償)、
明らかに『お荷物』になるだろう厄介な存在をあっさりと受け入れた様は番外個体も感嘆しかなかった。

番外個体然り、
第一位とちびっこのコンビ然り。

一筋縄ではいかないメンツを、「ま、いいじゃんよ!」の一言で身内にした彼女の懐の深さを推して知るべし。

しかし、生活習慣については一際厳しく躾する方針らしく、同居人である未成年メンバーは皆、何度かお小言を言われている。
唯一例外も居るが——、

「むー。ヨミカワさー、ヨシカワには何も言わないじゃん。贔屓はよくない! と、いうことで
 ミサカの遅めの起床には今後目を瞑ってほしいなー。ニャー」

「ニャー言うな」
 
まあね、と黄泉川は曖昧に笑いながら、

「確かに、それを言われるとつらいじゃん。けどな? 桔梗は自分自身でリスクやらをわかった上で自堕落な生活をしてる。生活費ももらっているし」

芳川桔梗は休職している現状をこれ幸いにして、夏ごろから自堕落生活真っ最中。
番外個体が芳川と同じ時間帯で寝起きをしようとすれば、目の前の熱血体育教師は目を吊り上げ、
鬼か般若かと見間違うほどの形相でお叱りをうけるに違いない。

差別だ、と思わなくもないが、

「なんだかんだ言ってもさ、番外個体はまだまだ子供じゃん? 
 大人が注意するのは義務みたいなもんさ! ウザいかもしれないけど、ね。
 私の言ってることも、頭の隅っこにいれとく程度でもいいしな」

なんて、頭をぐしゃぐしゃと勢いよく頭を撫でられると、それ以上の不平不満かき消されてしまうのだから、大変厄介だ。
番外個体は心中で照れくさいような歯がゆいような気持だ。

なんとなく「自分が守られる存在なのだ」と言われているようで、つい頬が弛みそうになる。

寝起きの気だるさや苛立ちは何所へやら。
すっと、心の底から消えうせていく。

番外個体に、その自覚はまだない。

「子ども扱いしないでよね」

番外個体の頭をなでまくる黄泉川の手をペシッと軽く跳ねる。
照れ隠しか、と黄泉川は思わなくはなかったが、あえて指摘はしなかった。





いってくるじゃんよ、と黄泉川の出勤を“ついでに”見送った番外個体は、さっさと洗顔を済ませ、
寝まきから普段着である芳川からのお古であるピンクのアオザイに着替えると、リビングにあるソファーにどんと陣どり寝そべった。
普段は白髪の同居人の指定席なのだが、最近、真面目に学校に通い始めた少年はすでに家を出ていた。
自堕落生活の主である芳川はどうせ自室で睡眠を貪っているだろうし、
目覚めてから一切姿を見せないちびっこは、近所に住む同年代の子供たちと遊びにでも出かけているのだろう。

テーブルの上のチャンネルでテレビの番組を変えながら、

「——うわー。静かなのって、落ちるかねぇー……」

と、彼女らしからぬ独り言が口から漏れた。

賑わいこそが黄泉川宅の日常であり、賑やかさが喪失された空間はやけにちっぽけに感じられた。
テレビから流れてくる音がなければ、すぐにでも空虚を思い出させる部屋を飛び出していただろう。
1人が好きだったはずなのに、1人が嫌いになったのはいつの事だったか。
極寒のロシア、殺害対象だった男が差し出した細うでを握り返したのが始まりだっただろうか。

腹は空かない。
胃に入れたってどうせ吐くだけだ。

静寂が支配する室内で、忘れかけていた感情が眠気とともに湧き上がる。

「……やべーなぁ。超アタマ痛い」

だから、朝は苦手だ——。番外個体は今日も今日とて、思うことは常にソレだった。

「やっぱ苦情入れに行ってやろーか」

問題解決の糸口すらつかめやしだいだろうけど。

ミサカネットワークは深夜でも動きっぱなしだ。睡眠時、妹達たちの理性はほぼ完全に消え失せる。
感情だけが渦巻く情報網の海に身を投げ出すのは、今になってもしんどい作業だ。
悪性の感情を優先して拾い上げる性能付でも、一度に処理できる量には限界がある。

感情の芽がようやく顔を出したばかりの妹達だ。
枷のない牙をもつ素の感情の量も今まではたかが知れていた。
朝は苦手だと思いはすすものの、溜息をこぼすほどのものではなかったはずなのに。
変化があったのは、先月くらいからか。

限度ってもんがある。
最近は、この一言に尽きた。

表面では、妹達もなけなしの意地を引っ張り出して、笑顔を張り付けるのだ。
とある妹達の一個体は、

『臆病者のミサカに文句を言う資格はありません。
 見つけてもらうことばかり考えていたミサカに、嘆く事など許されるはずがありません。
 誰かがミサカのことを敗者だと笑っても、ミサカ自身は決して自分を笑ったりはしない。
 この世には勝ち負けばかりです。
 この気持ちそのものに優劣をつけるのは無粋です、と粋な女になることを目標に掲げるミサカはそう宣言します』

と、威勢良くのたまいやがったが、理性なしの本音は、言葉にならない悲鳴に似た後悔の念だったりするのだ。

くだらない。たった五文字で吐き捨てることは実に容易い。
所詮は息をする人形の身。非現実的な夢を胸に抱く個体が愚かなだけと見切りをつけ、
まあ「残念だったね☆」と一声かけてみてもいいか、と暇つぶしも兼ねて様子見をする。
それが、今まであれば、『らしい』と言われる行動だったように思える。

心のそこでは金切り声に近い悲鳴、とめどない後悔ばかりしているとある個体が、
それでもなお、繰り返す言葉を思いかえすと、吐き捨てる気もなくなった。

『恋ができる。なんて、贅沢なことでしょう。それだけで、この世界には無限の価値が生み出されるのですから』

本人は笑顔を繕っているようだが、能面にしか見えない表情で繰り返す姿はあまりに痛々しく、
関係がない番外個体の内側もズキリとえぐり取るような錯覚を覚えさせた。


ただ、
口角をあげ、
まったく目じりを下げない笑みは、
いっそ、思い出すだけで。





「……嗚呼、胸クソ悪いッ」





一人だけのリビング。
苛立ちに任せてテーブルを叩いても、番外個体を咎めてくれる人は、誰もいない。

期待

乙期待

乙期待乙


久しぶりの番外通行スレだな

乙 俺得きたwww

まだかな

もう2週間か・・・

1.5




同時刻、遠く離れた西の島国。
科学の発展とともに天からの奇跡が忘れ去られていく時代においても、天への信仰厚く信じる人々は少なからず存在する。
一先進国の首都として長きに渡り栄華を誇り続ける大都市は同時に巨大魔術組織のお膝元でもあり、
天への信仰の象徴たる大聖堂は、今日も今日とて堂々と大都市の中に極当たり前のように混じり込んでいた。

大聖堂の名に恥じない荘厳な内部の最奥では、可愛らしい女性の声が室内に響いていた。

「このような場合、日本的に言いければ、『終わりよければ全てよし』かしら」

優しげで快活した声色は実に見事だ。
相手を威嚇せず親しみをこめ警戒感を抱かせない天使の口調に、どれほどの信者が騙されていることか。

(土御門に教わった日本語がまったくもって正しくないと分かっても、直そうとする気配すらない。
 …………まあ、指摘したとしても、適当な屁理屈を言うだけだろうね)

 
『ヒドイ! ヒドイのよ! これだから最近の若者たるは! 
 この歳になると、新たな語学を覚え直すにも多大な労力を必要とするというにー!!』だのなんだの叫んで泣真似して大騒ぎして、

人のいいウエスタン侍ガール聖人やら、200人規模の戦闘部隊シスター軍団やらその他大勢を巻き込むに決まっているので、指摘なんぞしてやらない。
言ったが最後だ。
眼前の自称・日本語初心者の女狐は、僕を晒し者にするシナリオを瞬時に脳内で描いて実行し成功した上で、
今居る大聖堂の中で大爆笑するに違いないのだから。

「お前もそう思いて? ステイル」

左後ろに待機していた僕に問うために、わざわざ腰をひねり、こちらに顔を向ける。
上目づかいで同意を求めるな。
そのような仕草は、年頃の可憐な乙女が行なうから様になるのだ。

「そろそろご自身のお歳を考えてください、最大主教」

「あらあら。魔術師として一流とて、男してはお前もまだまだよな。
 女性に歳の話題を振るなんて無粋の極みでありけることよー?」

「ご助言は有り難いですが、無用なご心配かと。
 これでも、僕も英国紳士を自負していますので。レディに、歳と体重に関するトークはしませんよ」

「……ほーう? 『レディに』とな? 中々に良い度胸であるなー? ステイル?」

「はてさて何のことやら。まあ、暫くは月夜でも己の背後に注意を払うとしますよ」

「キーッ! 可愛くない、可愛くないのよ、この実在年齢詐欺少年めー!」

「年齢詐欺について、最大主教だけには言われたくありません」

実在年齢詐欺少年とは失礼な。

「僕はただ、他人より少しだけ背が伸びるが早かっただけです」

ジュニアハイスクールの高学年までの間に背を伸ばしそのまま成長が止まる人だってまま居るではないか、と続けると、

「いや、まあ、そうではありけるけれど。それでも、私もステイルだけには年齢詐欺と言われとうない」

お前のような貫禄あふれる14歳、世界中探してもおるまいに、と最大主教に睨まれた。

この人と会話をするとついつい溜息洩れてしまう。
目上——というか、斜め後ろに振り向いたまま頬を膨らませ視線で抗議を送ってくる、見た目年齢18歳程度の女性は、
その言葉にとどめるには余りに位の高い身分なのだが、僕がうやうやしく扱う事はあまりない。

魔術師であろうが一介の神父にすぎない僕と軽口を叩いているこの女性は、
世界最大の宗教・十字教の旧教三大宗派のひとつ、イギリス清教の事実上のトップである最大主教に坐し、名をローラ・スチュアートという。
曲者ぞろいの変人奇人の巣窟である必要悪の教会(ネセサリウス)を束ねる強者である。

僕との間柄は、上司と部下だ。
同組織に所属する身内であるが、時に僕は彼女に騙される。禁書目録の件では見事なまで。
しかし、完全な信頼はあり得ないが信用を捨て切れないやっかいな、そんな女性だ。

溜息ついでに煙草の箱を胸元のポケットから取り出す。

「一本、失礼しても?」

一本を口に加えたまま、礼儀として一応、許可の願った。

「ご自由に」

「どうも」

ジッポの火で煙草の先端に命を与える。
ニコチンの味を覚えてからというもの、口内から肺へと煙を送り、深く深く息を吐く瞬間が至極の時になってしまったように思う。
煙草の先が微妙に上下に揺らすのが僕の癖らしいのだが、完全に無意識下での行為だ。



気付かなかったの?、とかの少女に指摘されたのが遠い過去のよう。


「ああ、もう。別にお前と実年齢やら見た目年齢について応酬を交わすつもりはなかったというのに」

話題をそらされたのを、今更ながらご立腹してきたようだ。
僕があえて別の話題を提供したことを知った上で、軌道修正をしてくるあたり人が悪い。

「それでステイル。やはり、お前も『終わりよければ全てよし』と思いて?」

「今日はなおのことお人が悪い。貴方は僕の生きざまも魔法名も心情すらも見抜いている癖に。
 声質を取る必要性が何処にあるというんですか?」

「身構えることなきよ。単なる世間話」

「……」

フーッと息を吐く。
白く薄い煙が外界へと押し出されしばし滞空した後に空気中へと混じって消えた。

何事もなかったかのように。
煙は消え空気に混じったように。

時間が立てば、何もかもが、曖昧になるのだろうか——と、意味のないことをふと考え、あり得ないのだと思い返す。

なぜならば、

「Fortis931」

「ここで殺し名?」

「魔法名と言ってください」

  F o r t i s  9 3 1
我が名が最強である理由をここに証明する。

新たなるルーン文字の生成も、魔女狩りの王M(イノケンティウス)も。——いつしか、口先に加えるようになった煙草さえも。

全ては決意した生き方のために得たものであり、つかみ取ったものだ。

「其れが、僕の生き方であり、信念であり、全てであり、世界だ」

終わりよければ全てよしなんて、誰が言い始めた殺し文句だろうか。
まるで、結果さえよければ途中の苦難は全部を亡きものにしても許されるような、魔法の言葉だ。

彼、もしくは彼女が流した涙は幸福の陰に隠れてもよいのだろうかと、思わなくはないけれど。

それでも。

それでも。

彼女の笑顔がそこにあるならば。忘れたくないと泣かなくて済んだのならば。隣にいるのが僕でなくても。

「僕は今となんら変わりはしない、ということです。今までもいままでのように僕は僕でありつづける。
 『終わりよければ全てよし』という言葉にイエスもノーもない。ただ、彼女の笑顔が曇らない日々があるのならば……」

それでいい、と言葉を続けた。

「お前が魔法名を名乗り始めたのは13の時だったか」

最大主教が口を開く。からかいのような口調はいつしか失せていた。

「ええ。僕とともにいた禁書目録が眠りについたあの日から」

「当時は、仰仰しい名をとも思ったものだが」

今となっては、的を得た魔法名となったのやも知れぬなと、普段よりも低い声で。

「私ははな、知らせを聞き、悪くない落とし所にたどり着いたと思うたのよ?」

学園都市に居る少年の周囲は常に人の流れがあった。群衆は老若男女問わないが、少年は接した年頃の乙女の大部分の心を掻っ攫った。
野次馬どもは最終レースの勝者が誰なのか気になったものだった。

「神裂に五和は無論のこと、アニェーゼ部隊や王室派にも少年に心奪われた者は居たであろうな」

イギリス清教のみならず、ロシア正教にロシア成教、魔術結社や果ては科学サイドの人間まで。
こぶしを握り誰かの為に何かの為に戦い続けた、ただの少年に、誰も彼もが魅了され夢中になった。

そうして、最終的に、彼に選ばれる幸運を手にしたのは、健気に帰りを待ち居場所を守ったシスターだった。

「最大主教……ッ!!」

「怖い顔をするなステイル。
 確かに、イギリス清教の縁者が選ばれたことは、我々にとって最大の利益つながるのは事実。
 けれど、最後まで話を聞きたもう。」

今、利権争いについて議論する気はないと言い、彼女はさらに言葉を続ける。

「やはり、慕う殿方と添いとげられるのも、女子とっては一つの幸福の形だろうと思いけるの」

魔道図書館。それを、10万3000冊の禁書を。
小さな少女に背をわせたのはほかでもない自分自身と知った上で、彼女は続ける。

「禁書目録は私が小さな頃から手元に置き、今日まで保護下に置いてきた子なのよ」

最大主教の名のもとに、Index-Librorum-Prohibitorumと名を授け、彼女は養育の最高責任者であり続けた。

「———育て子は、私にだって可愛い子に変わりない」

僕と彼女とでは善悪の基準が違うように、愛憎の基準もまた異なるのだろう。
一年おきに禁書目録(インデックス)の記憶を消し、僕と神裂を年単位で騙し続け、常に損得を考える人物だ。

「私とて多少は禁書目録に思うところはある。半面、『ああ、思いが叶ってよかった』と安著したのだけれど、」

ただね、と。

「ステイル。お前とて、私にとっては、禁書目録と同様であろう? かわいい育て子に違いのうて」

僕が必要悪の教会に所属したのは、おそらく禁書目録とほぼ同年なのだろう。
僕もある程度自律した精神を持つようになった年ごろには、今の立ち位置に近い場所に居た。

イギリス清教内、ひいては最大主教ローラ・スチュアートの庇護下にいる「子ども」とも言えるかもしれない。



「片一方の育て子の幸福はうれしいが、
 しかし、もう片一方の育て子を思うとな。

 ……終わりよければ全てよしと言いきっていいものかどうか、私自身、少し迷うてな」


ローラ・スチュアート。
世界最大の宗教・十字教の旧教三大宗派のひとつ、イギリス清教の事実上のトップである最大主教に坐す人間。
僕との間柄は、上司と部下。 同組織に所属する身内であるが、時に僕は彼女に騙される。

しかし、完全な信頼はあり得ないが信用を捨て切れない。

やっかいな、本当に、やっかいな、そんな女性だ。

良いことと悪いことを均等に実行すると僕は常に彼女を評す。器用で不器用で。善人か悪人か。本当に本当に、やっかいなんだ。

「……それこそ、余計なご心配かと」

「の、ようだったみたいだ。魔法名を後悔せなんだ。
 この現状において名を誇りその志が折れぬならば、すでにFortis931の魔法名はステイル自身のモノであろう」

「……真意が掴めませんが」

最強とはいまだ遠いことは己が一番知っている。
悔しいと嘆く時間が惜しいから口に出さないだけで、常に壁にぶつかる痛みに耐える日々だ。
科学サイドにも魔術サイドにも僕以上の術者や能力者はごまんといる。嫌になるほど、上には上がいると突きつけられてきた。

「認めてしまうのは個人的には癪でなりませんが、アイツにだって、僕は勝てたことはない」

「物理的には、な」

「精神的にもです」

「さてどうであろうな?」


少なくとも、と最大主教は口元を上げ、


「志が折れぬも、ひとつの強さよ。思いが変わらぬも、ひとつの強さよ。
 ならば、幻想殺しにもお前は決して負けておらん。一人の乙女を『世界』と言いきったのだ」


それならば、己が名が最強である理由を証明し続ければよいと、


「育て子の幼き恋心が成就し、育て子の決意は揺るぎない。ならば、これ以上は何を問うも言うも、無粋であるけるな」


いつもより少しだけ純粋に笑うのだった。

1・5
ステイルや禁書目録が幼い頃から必要悪の教会に居たらな、という妄想です。

たくさんの乙コメントありがとうございます。


ステイルとローラの会話は腹のさぐりあいみたいで楽しい

2



十数年ばかりの経験論で語られる若造の主張は、実のところ、本人が思っているより薄っぺらかったりするのだ。

その程度のくそったれの人生だと決めつけた盲信的な価値観は、血達磨を積み上げる日々から誰かに魂ごと救いあげられた時に意図も簡単に崩れ去った。
絶対に崩壊しないと確信していたアイデンティティーは今や見る影もない。

いつからか、少年は。
もう、己の人生をくそったれだ、と吐き捨てることを止めていた。

だから、少年—— 一方通行 ——は、経験論で何かを抽出し外部に発することに、少しばかり消極的になった節があるかもしれない。
不必要に言葉を漏らす脆弱さが身を潜めたと褒めるか、感情表現が下手くそな彼の本音が更に分かりにくくなったと愚痴を言うかは人による。

彼自身は知らぬことだが、
身近にいる被保護者の女の子はにやりと笑いながら

「トゲトゲの心の先端が、ちょこ〜〜〜〜〜〜っっっっとだけ、まるくなったの」

と、言ったとか言わなかったとか。


 


「くっそ、ダリィな……」

二限目の授業は道徳だった。
長点上機学園の二学年用のとある教室で、白髪頭が人目を引く細身の少年が教師に悟られないよう欠伸を噛み殺しながら小声でぼやいた。
太陽が昇るにつれ、南向きに設置されている教室の窓は温かな春の日光を透していく。
あァ、厄介な席を引き当てちまった、と睡眠の誘惑に負けそうになる瞼と格闘しながら心中でこぼした。

今朝のHRで行われた『新学期恒例行事☆くじ引きによる席決め』争いで見事に超特大特等席を引き当てた一歩通行は、
のんびりな口調で当たり障りのない感動話に隠された人間の情とやらを説明する男性教員の話を、
窓側の最後列の席で肩肘をたてただらしのない姿勢で、右から左へと受け流す作業に没頭する。

同年代の他校に居る知り合い達が涙を流して欲しがる超特大特等席は、一歩通行にとっては無価値に等しいようだ。
もし、この場に上条当麻や土御門元春ら(一方通行の知り合いではないが、青髪ピアスと呼ばれる高校生を含む)が居たならば、
「なんとぜーたくな! 超特等席という激戦区を制した喜びはないのか!? かくも素晴らしい座席を勝ち取った喜びはないのかねぇぇぇええええーーー!!!??」
などど騒ぐこと必須なのだが———。

幸か不幸か。
彼らは第七学区のとある学校に通う男子生徒で、一方通行は学園都市屈指のエリート校長天上機学園に通う男子生徒。

いい年をした男どもが己らの学校で不毛な争いを繰りひろげていたのに反し、
エリート校とはいえ表だって超能力者にチャレンジする強者は一人として現れず……、
満場一致で超特大特等席こと窓側最後列の席は一歩通行のものと相成りました、まる。

さて、クラス連中の羨望がつまった教室の聖域(座席)が少年にとって、厄介な席へと成り下がるという悲劇が何故にして起きたのか。

理由は単純明快。

突き刺さってくる紫外線の量が半端ないのである。

頬に当たる日射の刺激を受けて色のない肌がチリチリと微弱な痺れを感じる。
刺激によって増しつつあるほてりが健康的な顔色と縁遠い彼の顔面の不健康さに強調する。
横目でドア付近の座席を盗み見れば、ちょうどいい感じで日陰になっており、
紫外線を浴びなくてよい仕様に仕上がっているそちらの席のほうが一歩通行には特等席に思えた。

生命活動に必要な最低限の力を除き、向けられたありとあらゆるベクトルを自動で『反射』していた能力機能が失われたのは昨年の八月末日。
一六にもなった年ごろになって初めて、少年は『人並み』の外部刺激を受ける日常を過ごすことになった。

決して悪いことばかりではない。
季節ごとによって姿を風の感触や、暖かさに合わせて服を着脱する習慣は目新しい発見だった。
雑音だと思い込み閉ざしていた都市に溢れた人々の生活音は、思いのほか心を落ち着かせる音なのだと知った。

小鳥の囀りとともに始まる一日。
ドアの向こう、廊下を挟んだ保護者の寝室からたたましく鳴る目覚ましい時計。
ぱこりぱこりと軽い同居人の誰かが擦るスリッパの底。
眠気の中で曖昧に鼓膜を揺らして交わされる朝の挨拶。

どれもこれもが、うるせェと呟いて無意識の内に耳を傾けてしまう、命の脈動にも似た彼を取り巻く生活音たち。

夏に失い、秋冬と乗り越えて、春を迎えた今。ある程度の外部刺激にようやく体が慣れつつある。
それでも、紫外線不足等が原因で白い髪と白い肌、赤い瞳を得た少年にとって、太陽の強い日差しはなかなか馴染めない事柄の一つであった。

余談だが。
刺激に肌が負けないように、と元科学者、現ニートの芳川桔梗から処方された薬用クリームを就寝前に塗るのが、
彼の身内にしか知られていない一方通行の隠された習慣であったりする。

(くじ運ねェな、俺)

教室のいちばん目立つ所にある時計の針は、授業終了十五分前を指していた。
この紫外線地獄と強制子守唄から解放されるにはまだ先のようで。

きっと、このような時に、気を紛らわせるようにアイツは軽い口調で言うのだろうか。

(あー。不幸だ)

くじ運の悪さを今更になって後悔しているあたり、随分と一方通行も十代の少年「らしく」なったようだ。

どうでもいいと些細なことを面倒くさげな顔で切り捨てていたのが数か月前だと考えれば、
驚異的な速さで些細なことに興味を持つような余裕を身につけたと言えよう。

今日は例年のこの時期に比べ気温が高く、一方通行は気休めで捲くっていた茶褐色のブレザーの裾を元通りに直した。
頬以外にも、手の甲までもが痺れてきた為だ。

そういえば、保護者の小言に根負けししぶしぶ制服を着用し始めた頃は、
「ここまで着慣れていないことが周囲にバレバレだと、変に清々しい印象になるじゃん……」と、
微妙な面持ちでコメントを送られたものだが、ここ最近はそのようなやり取りもしなくなった。

下したての制服が月日を経て体に馴染むようになったのもあるが、停滞していた成長が冬ごろから加速に転じたことも大きい。
心身ともに子どもの領域に居はするが、その領域から自然と自律し離脱していく日が近づいているのだろう。
同年代たちとの会話でも、体の節々が痛い、と時たま誰かが口にする。そんな年ごろに彼は居た。




「———で、だ」


終礼のチャイムが鳴る前に、道徳の教鞭をとる男性教員が授業のまとめに入った。


「この物語の最大の山場が主人公が告白するシーンってのは、読者全員がわかることだろう。
 ちょうど、起承転結の『転』にあたるだしな。
 
 さて、ここで皆に質問なんだが、これは果たして告白と呼ぶべきだろうか。
 
 シスターとの話だから根本には十字教の考え方がある。
 少し宗教文化の科目と内容がかぶるが———、十字教でいう『告白』ってのは
 自己の罪を天に告げて罪の赦しを求めることともされている。
 「愛を告げる」「罪を白状し許しをこう」という二点において、主人公は言葉の通りに告白している。

 けれど、これはそれだけの話だろうか、と先生は考える訳だ。

 罪を犯しました、許してください。そして、あなたを愛しています。という単純なものだろうか」


主人公は己の裏切りを、罪深さを、そして愛を。涙ながらにヒロインの女性に「告白」する。


「答えは生徒諸君、ひとりひとりで違うだろう。
 もちろん、物語通りに受け止めるのも一つの正解だ。
 提示されたことだけを受け止めずに、「自分なりの解釈」というものを持ってほしくて、した質問だ。

 果たして、これは告白か否か。少しだけ考えてみてほしい。

 面白い答えがわかった奴は、ひまなときにでも俺に教えてくれ。」

ちょうどここで、授業終了のチャイムが鳴り響く。

「んじゃ、今日はここまで」

待ちわびた日直の合図に合わせ、ほぼ八割ほど眠っていた一方通行の意識も戻った。




———起立、礼、着席。ありがとうございました。

「……ありがとォございましたァー」





2
第15巻で垣根くんが来ていたものが長点上機学園の制服だといいなと思い、茶褐色のブレザー。

乙コメントありがとうございます。次回こそは一週間後に。


まってるよ

まだまってるよ


期待!


セロリたんのブレザー…

乙&続きを待とうじゃないか!

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