男「劣等感」 (22)

男「……………」

男「…やぁ、もしもし?久しぶり。こんな時間に済まないね」

男「…何の用だって?そうだな…うん、愚痴が半分で、残りが相談だ」

男「僕の、彼女についてのね」



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男「……え、嫌味じゃないよ。君だって彼氏くらい作ろうと思えば作れるだろう」

男「……はは、冗談はよせよ。僕はもう彼女はいるんだ」

男「それで話の続きだけど…俺が彼女と付き合い始めて何年目か、知ってるかい?」

男「……そう、四年目だ。よく覚えてるね」

男「……おいおい、滅多なことは言うなよ。彼女が僕に飽きることはあってもその逆はない。断じてだ」

男「彼女は理想の女性さ。天使と言っても過言じゃないね」

男「見た目も素晴らしいし、性格はもっと良い。そのうえ頭も切れる。脚は長くて細く肌は綺麗、美術品かと疑いたくなるほどだ」

男「……ん、はは拗ねるなよ。彼女程でないにせよ君だって十分に魅力的な女性だと思うよ」

男「……ああ、済まない。別に今のは本題じゃないんだ。相談事は彼女についてだが、取り敢えず今は置いておこう」

男「それで急なんだけど、君は僕についてどう思う?」

男「…………」

男「……そうか、幼馴染の君がそう言うならその評価でおおよそ間違いじゃないと思いたいね」

男「じゃあ次の質問だ」

男「そんな僕が、彼女に釣り合うと思うか?」

男「…………」

男「……ふんふん、なるほど」

男「今度は間違いなく不正解だ。答えはNOだよ」

男「僕は普通だ。仮に君の見立てが正しくて、多少見た目と性格が良かったとしても…彼女の前じゃ普通の範疇だよ」

男「いや、自惚れとかじゃなくて僕は自分の顔に少しだけ自信がある。性格は…まぁ置いておこう」

男「さて、そんな僕が彼女に…『男女交際をしている』彼女に対してどんな感情を抱いていると思う?」

男「…………」

男「……好意、父性、肉欲、有用性…まぁ、どれも正解かな」

男「そして、それに追加でもう一つ」

男「劣等感だ」

男「君は最初から、僕の話の中でどこか自虐的な響きを感じ取っていたと思う」

男「半分はわざとだ。話を円滑に進めるためにちょっとわざとらしく話させてもらったよ」

男「そして君の言った、好意、父性、肉欲…まぁこの三つはいいとして…有用性」

男「君はこの感情が、僕が相談しようとしたものだと思ったんだろう?」

男「確かに僕は彼女に対外的な価値を感じている。彼女と共に出掛けると、周りの羨むような視線がどこにあっても付き纏う」

男「その羨望の意識が自分に向いているように感じ、僕が彼女を一種のステータスとして捉えている…この点は否定しないよ」

男「でもそんな事は大した問題じゃないんだ」

男「さて、長くなったけどここからが相談だ」

男「僕が彼女に抱いている最大の感情…劣等感についてのね」

男「この言葉を作った人は偉大だとまで思うようになったよ。まぁつい昨日の晩からだけどね」

男「…………具体的に?そうだな…例えば付き合い始めたばかりのころ」

男「その頃は浮かれてたね。誰と何を話しても彼女のことばかり考えていたさ」

男「ゲームは最初の何が何だかわからない初心者の頃が一番楽しいだろう?そのころはそんなことを考えながら色々何をしようか日々悶々としてたね」

男「生まれて初めて出来た彼女、それもあんなに素敵な女性が相手だとなれば、どれ一つとして実行まで及ばなかったけれどね」

男「僕は照れ屋なんだ」

男「付き合い始めて丸一年くらい経った頃だったかな。僕が浮気してると噂になったことがあったろう?」

男「まぁ結局最後には犯人が自首してくれたお陰で何とか丸く収まったけれど、あの時は大変だったな」

男「な、犯人さん」

男「…………」

男「……はは、謝らなくていいって。もう過ぎた事だ」

男「いやしかし酷かったな。女子からの評価は一瞬で底辺まで。男子からは普段から羨まれてはいたけどそれの反動かのように嫌がらせの嵐」

男「そうそう、あの頃に僕は骨折してただろう?あれさ、転んだってことにしてたけど実は折られたんだよね。逆上した男子の一人に」


男「骨を折ったのなんてあれが人生初めてでさ、ちょっとびっくりしたよ」

男「まぁいいんだけどね。今や完治してるし」

男「それより彼女の話だ。その頃の彼女と言えば、相変わらずの天使だったよ」

男「周りが誰も信じてくれなくて孤立してる僕を、彼女は事が解決するまで全く疑ってもなかったんだから」

男「もちろん真実を知ってたわけじゃないよ?何も知らないのに僕のことをあそこまで盲信するのは危険だと思うんだ」

男「もしあの噂が本当で、僕が正真正銘のクズだったら彼女は救われないしね」

男「結果として誤解は解けて僕は彼女の天使っぷりを再確認、しかも腕を折ったお陰で、不自由な生活を彼女に手伝ってもらえるとかいう天国まで体験できたんだ」

男「思えばあの件をきっかけにして彼女のことを真剣に捉えるようになったんだよね」

男「もちろんそれまで真面目に接してなかったわけじゃないけど…何だか現実味を感じられてなくてね」

男「そう言う意味では、君には感謝してもいいよ。ありがとう」

男「そして、そのまま付き合い続けて三年目になったころかな」

男「僕は彼女を疑い始めた」

男「こんな出来た人間が本当に自分何かのことを好きなわけがない、って具合にね」

男「一度疑うと不思議なもので、それまでは一々魅力的だった彼女の一挙手一投足が自分を欺くための演技に思えてきてね」

男「…………」

男「……そうだね、あの頃が僕は一番卑屈だったなぁ」

男「確かそうなった原因は…誰かに唆されたんだよなぁ…彼女の愛は偽物だ、ってね」

男「確かあれは……誰だったかな」

男「………ねぇ?」

男「さて、そしてその件も結局結論は同じだった。彼女はやはり天使だ」

男「一週間尾行までして彼女のプライベートを監視した末路が、まさか一時的とはいえ彼女と同居することになるとは」

男「いやはや、あの時は本当に日々が理性との戦いだったよ」

男「何にせよ、いつだって間違ってるのは僕だったってわけだ」

男「さてはて、そうして今この四年目に突入したわけだけど、そこで僕が彼女に抱き始めた感情」

男「先の通り、劣等感で御座います」

男「どうにもね…最近彼女と一緒にいると、僕でいいのかとばかり考えちゃってね」

男「彼女にはもっと、格好良くて知的で将来有望な好青年とかが似合うと思んだよね」

男「僕にとって彼女は光り輝く愛しい羽衣だとしても、彼女にとって僕は纏わり付く邪魔な汚い布切れに過ぎないんじゃないか…ってね」

男「…………」

男「……はは、慰めの言葉はいらないよ。確かに布切れは言い過ぎたかな。そこはほら、必要な誇張表現ってやつだよ」

男「…うーん…いや、確かに肩身は狭いけど…そこは問題じゃないんだ」

男「僕が劣等感を抱えてることも、肩身の狭い思いをしていることも…極端なことを言うと僕がストレスで死にそうだとしても」

男「別にそんなのはどうでもいいんだよ」

男「でもただ一つ…彼女が僕と付き合うことで彼女が幸せになる道を潰してるのかもしれないと思うと息が詰まって仕方がない」

男「僕じゃ彼女と釣り合わない、だったら僕はどうすればいい」

男「…………」

男「……うーん…それはもう考えたよ」

男「僕が彼女に相応しい男になろうとか、別れた方が彼女の為だとか…その辺はもうとっくに考えた」

男「彼女に相応しい男になる為の努力…これはもうやってる」

男「知ってる?僕この半年で身長は5センチ伸びたし筋肉もかなりついた」

男「もちろん服装や髪型にだって気を付けてる」

男「もちろん別れることも考えたよ?」

男「でも彼女は多分だけど凄く悲しむんだ」

男「こんな僕の為に涙を流して悲しんでくれるんだ」

男「だから、別れることなんてできない」

男「…………」

男「……いや、そんなことは出来ない」

男「彼女を悲しませたくはないって言っただろ」

男「例え僕が死んだって彼女は笑ってくれるならそれでいい」

男「まぁ僕が死んだら彼女は悲しむから死ねないけどね」

男「自惚れだと思うだろ?ところがどっこい案外これが本当でね」

男「…さて、そろそろ今晩の僕の話の本当の意味をネタばらしと行こうか」

男「……ん?ああいや、相談ってのは嘘だよ」

男「愚痴はまぁ本当。内容は大半が惚気になっちゃったけどね」

男「相談なんてしなくても僕の中で結論はもう出してたんだよ、付き合わせちゃってごめんね」

男「まぁつまり要件としては愚痴と、相談紛いの雑談と…あとこれは君宛じゃないけど、意思表明かな」

男「……ん、いや、僕の部屋のドアは薄くてね。盗み聞きは簡単なんだ」

男「まぁ、今僕の家にいるのは僕と彼女だけだし、彼女は盗み聞きなんてしないから問題はないってわけだ」

男「……………」

男「………さぁ、どうだろうね」

男「さて、今日は話を聞いてくれてありがとう。それじゃ、またね」

男「………ふぅ」

男「……さて…」

男「…………」

男「……やぁ、ドアは冷たくなかったかい?」

男「…………はは、どうだろうね」

男「さ、とにかく廊下は冷えるだろう?部屋に入りなよ」

男「今日は何だか、久々に晴れ晴れとした気分だ。今なら君に言えそうだ」

男「好きだよ」

終わり

天使だって盗み聞きくらいする、って話

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