【R-18】雪風「しれぇの前でおもらししてしまいました」 (52)

百合(レズ)、キャラ崩壊、聖水ネタ注意
艦娘は何らかの要因で擬人化した艦艇そのものという設定です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1425567946

あと地の文注意も書き忘れてました。



駆逐艦雪風は夢を見ていた。
遠い昔、艦娘になる前の夢。戦争の記憶。

大きな戦いに何度も出撃した。
その度に何度も敵を屠り、屠られた味方を見送った。

雪風はいつも屠り、見送る側で。
仲間も姉妹も雪風を置いて行ってしまう。
見送るしか出来ないことが心苦しくて、どんなに叫んでも当時は鋼鉄の塊でしかなかった彼女の声は誰にも届かなかった。

ときには見送るだけでなく、自らその手にかけることもあった。
同型艦として同じ場所で産まれた妹はあのときなにを思っていたのだろうか。

そしてときには、見送るのではなく見捨てなければならないこともあった。
『見捨てないで』
艦娘として再会しはじめて聞いた仲間の言葉。

彼女は当時もそう叫んでいたのだろうか。
ボロボロになりながらもかろうじて生きているその身で、去っていく雪風達の背に手を伸ばすこともできずに。

妹を沈めたことも仲間を見捨てたことも、雪風自身の意思ではない。
その頃の雪風は自分の思うとおりに動くことなどできなかったのだから。
だが実行したのが雪風であることは紛れもない事実。

今では皆一様に気にしていないように笑っている。
それでも、その笑顔の奥にある小さな陰があることを雪風は知っている。
それを作ってしまった一因は自分にあることも。

それならば――

「……っ!」

唐突に雪風は回想という名の悪夢から目を覚ました。

(ここは……)

寝起きで思考が混濁し自分がどこにいるのかさえも曖昧な雪風。
寝ぼけ眼を擦する雪風だが、ほんの数秒後には思考も視界もはっきりして来た。
見慣れた天井。そこは雪風が艦娘として配備されている鎮守府、その執務室だ。

長く秘書艦を務めている雪風にとって、寝所が自室ではなくこの部屋となることは普段通りのことである。

(夢……まただ)

己のいる場所を把握した雪風は今しがた見た夢を反芻する。

雪風が過去を夢見るのはこれまでにも何度かあった。
最近は頻度が減ったがそれでもまだたまにこうしてうなされることがある。
頻度が減ったきっかけは――

「まつ毛触ると起きるって本当だったのね」

傍らから聞こえた声に雪風は真っ直ぐに仰向けとなっていた身体を横に傾けた。
同時に動く視界には天井よりも低い壁と、一人の女性の姿が映る。
第二種軍装に身を包んだまだ年若いその女性は、この鎮守府の司令官だ。

「しれぇ……?」

「なに、雪風?」

煎餅布団から身を起して司令官を呼ぶ雪風。
司令官はそれに応えて雪風の名を呼び、その額を撫でた。

「起こしてくれたんですか?」

「今日は泣いてたから」

言われて雪風は頬に手を当てる。
冷たさを感じるのは夜気で頬が冷えているせいではないことを、微かな湿り気が教えてくれた。

「泣いたら起こそうって決めてる」

うなされてる度に起こすとまともに寝られないでしょうから、と司令官は雪風の頬を――涙の跡を指でなぞり拭う。
優しい手つきに心地のいいくすぐったさを覚えて雪風は瞼を閉じた。

ぶっきらぼうで仏頂面。
ともすれば愛想がなく冷たい人間に思われがちな司令官だが、感情を声や表情に出すことが少ないだけだということを雪風は知っている。
ほんとうに雪風を愛してくれているのだと。

「あの、しれぇ」

「ええ、もう今日の仕事は終わったから」

ただ呼びかけただけの雪風が伝えたいことを瞬時に読み取り、司令官は頷いた。
そうさせるだけ繰り返されてきたやりとりだということの証明だった。



(あったかい……)

煎餅布団の上に座る司令官、その更に上――膝の上に雪風は座っていた。

こうして司令官に抱きしめられていると、雪風は今の自分が過去の自分とは違うことを強く実感することができる。
後頭部にかかる息遣い。脇の下を通って腹部に回された白く細い腕。
全身を包み込むように押し付けられた司令官の身体はやわらかく、あたたかい。

そのぬくもりも、やわらかさも、ただの鋼鉄の塊であった頃には感じられなかったものだ。
海風よりも微かな吐息も、爆炎よりもぬるい熱も、今では確かに伝わってくる。
自分はもうただの鋼鉄の塊ではないのだと思い出させてくれるその体温は、雪風にとってなによりも愛しいものだった。

雪風は司令官の手に自らのそれを重ねた。
指の間に自分の指を差しこむようにして固く結ぶ。
両者の薬指にはめられた指輪がぶつかり、音をたてた。

(恋人繋ぎ……)

以前に司令官から聞いたその呼び名。
はじめて手を繋いだときに聞かされ、恋人という部分が気恥かしくて振りほどこうとしたが、司令官に抑え込まれてしまったのを今でも雪風は覚えている。

(あのときはほんとうにこういう仲になるとは思いもしませんでした)

触れ合う指輪を見つめ、雪風はそれをはじめてはめた日のことを思い出す。

指輪と書類一式を雪風に見せ『ただあなたを強くするためだけにするわけじゃない』と、いつものようにぶっきらぼうに司令官は言った。
目の前に突き出されたそれらに雪風は目をしばたかせながら、『どういう意味ですか』と問いかけた。
意味がわからなかったわけではないが、驚きで頭が真っ白になってつい口に出してしまったのだ。

そんな雪風の問いに司令官は雪風の左手を取り、薬指に指輪をはめて言った。
『あなたのことを愛している』と。
そのときばかりはぶっきらぼうな声は震え、仏頂面の頬には朱が差していた。

その声や表情が空っぽになった雪風の頭に司令官の言葉を沁み渡らせた。
沸きだして来る喜びに興奮。感極まった雪風は頷くことさえ出来ずに泣きだしてしまう。
そんな雪風を司令官はただなにも言わずに抱きしめた。
違う違うと拒絶を意味する涙ではないことを繰り返す雪風の髪を、わかっていると言うように何度も撫でながら。

しばらくして泣きやんだ雪風は、しっかりと司令官の目を見つめ『雪風もしれぇを愛してます』と答えた。
そのときの司令官の笑顔は今でも雪風の脳内にしっかりと焼き付いている。

幸福に満ち溢れたその笑顔。
長く秘書艦を務めた雪風でもはじめて見るその顔は、もしかするとそのときの雪風も浮かべていたのかもしれない。

雪風が司令官に惚れたのは司令官が有能だったからというだけではない。
確かに司令官の手腕は鮮やかなものだ。
着任してから今までただの一人も、そしてただの一隻も犠牲を出さずにいくつもの大規模作戦に従事し、成功に貢献している。
それに安心感を覚えているのも事実。だがそれだけではない。

司令官は雪風に人のぬくもりを教えてくれた。
愛らしい服で身を着飾り、友人や姉妹と連れだって何気ない会話を交わしながら遊興にふける。
司令官は雪風達にそんな人並の幸せをくれたのだ。

そして何よりも雪風の心の重石を軽くしてくれた。
以前の雪風は過去のことで比叡や磯風から逃げるようにしていた。
謝らなければならないことはわかっているのに、どうしようもなく怖くて二人を避けていた。

そんな雪風の背中を押したのは他でもない司令官だ。
逃げようとする雪風を二人の前まで引きずり、『ちゃんと話をしろ』と促した。
覚悟を決めて頭を下げた雪風に二人は言った。

『気にしないで』

『みんなを助けてくれてありがとう』

その言葉に雪風がどれだけ救われたか。

それから悪夢を見る回数は多少少なくなった。
礼を口にするたびに『あなたのうなされてる声がうるさいから』と司令官は嘯く。
それが事実ではないことを雪風は知っていたし、もし事実であったとしても気持ちに変わりはない。
彼女が司令官を愛していることには。

司令官に懸想した雪風だが、告白を受けるまで想いが報われることはないと考えていた。
元来人でない彼女は性別を特に気にすることはなかったが、司令官は列記とした人間だ。
同性――しかも、雪風のような幼子に恋することなどあり得ないと当時の雪風は信じてやまなかった。
そしてそれでいい、とも。

愛しているだけで幸せだった。
愛されていなくても司令官は雪風に幸せをくれるから、それでいいのだと。
自分は幸せになる権利などないのだからと、自らの気持ちを封じ込めて納得させていた。

今にして思えば何故気付かなかったのかわからないぐらいに、司令官は雪風を意識していたのだが。
秘書艦として側に置くのはもちろんのこと、服や菓子を与えてごきげんを取ったり、寒いからなどと言って雪風を布団へ誘うことはしょっちゅう。
雪風が誰かと遊びに出たあとは、休暇を取ってまで彼女と出かけることまでしている。

雪風が比叡、磯風に許されて思わず涙を流し抱きつこうとしたときなど、司令官が無理やり割って入って自分の胸で泣かせた。
あまりにも露骨で比叡と磯風は呆れて苦笑していたが、雪風は司令官の想いに気づくことはなかった。
『気づいていなかったの?』と司令官自身に問われて、雪風は自分の鈍さと思い込みの激しさを思い知ったのだ。

幸福な回想から帰った雪風が最初に感じるのは司令官のぬくもり。
ただでさえ幸福感でいっぱいになった心にさらなる幸せを注ぐ熱。

(雪風は幸せ者です)

雪風は自分の胸に手を置く。
ほんの少しいつもより早い鼓動が伝わった。

『ほんとうに自分のような女児でいいのか』と聞けば、『世間体のために恋をしているわけじゃない』と言ってくれた。

『どれだけ減っても悪夢でうなされることがなくなることはない』と言えば、『抱きしめる口実になる』と笑ってくれた。

『自分には幸せになる権利なんかない』と叫べば、『なら私の幸せにする権利を使う』と抱きしめてくれた。

そうやって司令官は雪風の何もかもを受け入れて愛してくれる。

(しれぇに出会えたことが、雪風の一番の幸運です)

ただ一人生き残ってしまう自分の幸運を恨んだこともあった。
だが今は司令官と出会えた幸運を毎日のように幸運の女神に感謝している。

「しれぇ……」

雪風の口から漏れた声は今の雪風の心のように幸福に溢れていた。

「……」

司令官はその言葉になにも反応しない。
雪風が自分を呼んだのではなく、ただ愛しい人の名を口にしただけなのだとわかっているから。

司令官の想いは雪風にも伝わってまた大きな幸福感を齎す。
司令官にもまた。

音も無く静謐で冷たい空気が流れる夜半の執務室。
二人がいるその場だけは切り取られたようにぬくもりに溢れていた。

「しれぇ、もういいです」

それから数分して雪風は司令官の頭を見上げてそう言うと結んだ手を離した。

「珍しいわね。いつもは2、3回私から聞かなきゃやめようとしないのに」

司令官の台詞に少しだけはずかしくなる雪風。
いつもは司令官の言うとおり『もういいか』と言われても『もう少しだけ』とせがんで、雪風から離れようとしたことはほとんどない。

「もう飽きちゃった?」

「そんなことありません! 雪風だってもっと司令官のぬくもりを感じていたいです!」

司令官の問いを雪風は必死になって否定する。

「冗談よ」

「冗談に聞こえません……」

その様子を見て司令官は言い、雪風は胸をなでおろしがらニコリともしない司令官の顔に頬を膨らませた。
司令官の問いにも表情にも冗談めかした雰囲気など一切ない。

「ごめんなさいね。感情を表に出すのが苦手なの」

謝るその言葉にもおよそ感情らしいものは感じられない。
司令官が冗談を言うときはいつもこうなので、その度に雪風は真剣な反応を返してしまうのだ。

「いえ、雪風が司令官のお声から察知できないのが悪いのです」

「できるようになられても困るけどな。慌てるところが見られなくなって」

「わざとやっているんですか!?」

「さあ、どうかしら?」

はぐらかす声も無感情。

(しれぇの声から感情を読むのは未だに難しいです……)

その事実が少し悔しくて雪風は拗ねたように唇を尖らせた。

(でも一つだけわかるのは――)

「……」

(雪風の反応を見て司令官が楽しんでいるということ)

今のように拗ねたり、怒ったり、笑ったり、様々な反応を見せる雪風を見て司令官は確かに楽しんでいる。
だからこそ度々雪風に冗談を言ってはからかってくるのだ。
他の艦娘には見せない司令官の顔。
無機質な仮面の下に潜む喜悦は、雪風の胸を弾ませる。

(しれぇ、またいつかあのときの笑顔を見せてくださいね)

雪風も愛していると答えたときに見せた司令官の笑顔。
あれ以来見ていない司令官のとびきりの笑顔を見られるのなら。

(からかわれるぐらいなんでもありません)

そう思う雪風だった。



「で、どうしたの?」

「はい?」

「なにか用事でも思い出した? こんな夜中だけれど」

司令官に訊ねられて雪風は自分が何をしようとしていたのかを思い出す。
司令官を楽しませてあげられたことに満足して失念しかけていたが、雪風には司令官から離れてまでやらなければいけないことがあったのだ。

「えっと……」

しかし、それを口に出すのは憚られて雪風はワンピースの裾を掴みもじもじと身体を揺らす。

「ああ、トイレね。行ってらっしゃい」

「い、言わないでください!」

仕草からあっさりとなにを考えているのかを言い当てられて雪風の頬が赤く染まった。

(うぅ、感覚とかを再現したのはいいですけど、こういうところまで人間らしくしなくていいのに)

当然ただの艦艇だった頃にはなかった人間らしい生理現象に、最初のうちはとても戸惑った。
それなりに慣れてきたとはいえ、今でもまだ煩わしく思うときがある。

雪風は抱きしめられていたときとは別種の熱を覚えながら、執務室の扉にかけていった。

「うっ……」

扉を開きそのまま踏み出そうとする雪風だったが、うめき声をあげてその場で踏みとどまってしまった。
すでに夜は0時を回り深夜と呼ぶべき時間帯。
鎮守府は全館消灯されて廊下には夜闇が満ちていた。

普段ならば何ごともなく行けただろうが、先ほどまで怖い夢を見て司令官に慰められていたのだ。
心まで凍てつくような恐怖の後に司令官のぬくもりを感じたばかりであった雪風に、この廊下は寒々しさに過ぎた。

「うぅ……」

唸ってみるものの恐怖心は薄れはしない。
逆に強まっていくものもあって、雪風は内股になりながらその場でせわしなく足踏みした。

「一緒に行こうか?」

「へっ!?」

いつの間にか背後にいた司令官からそう言われて、雪風は素っ頓狂な声をあげて飛びあがった。

「い、いいです!」

「あなたが良くても私は困るわ。さすがに執務室でお漏らしされるのはね」

「おもらっ……!?」

やはり司令官は無感情だが雪風は頬が焼けるように熱くなるのを感じる。

「ほら、行くわよ」

「ま、待ってくださいっ! ひ、一人で行けますぅ~!」

言葉を詰まらせた雪風の手を取り歩き出す司令官。
当然雪風は抵抗を試みたが、あまり激しく動くと司令官の前で粗相をしてしまいそうだったこともあり無意味に終わってしまった。

「一人でできる?」

「できますよ!」

辿りついたトイレで司令官のからかいと繋いだ手を振り払い、雪風は個室の中へと飛び込んだ。

(これじゃまるで見た目通り、いや見た目以下の子供みたい)

結局手を引かれたままでここまで来てしまったことが情けなく、はずかしい。
狭い個室の中で雪風は羞恥に震えた。

(早く済ませよう)

恥ずかしさを堪えて雪風は下着を下ろし、ワンピースを捲り上げる。
顕わになった下腹部を冷えた空気が撫ぜていく。

(し、しれぇがそこにいるのに……)

薄い壁の向こうに司令官の姿を幻視し、雪風の中に今まで以上の恥ずかしさがこみ上げてきた。
微かな背徳感と快感を伴って。

(な、なんで興奮してるのあたし!)

速まった呼吸を気の迷いだと頭を強く振り雪風は便座に腰かけた。

冷静になった途端に襲いくるのは言いしれない恐怖。
さすがに電気は点いているがこの狭い密室は、今の雪風にとって恐ろしいものに感じられた。

「私は外で待ってるから」

「ま、まっ……」

薄い壁の向こうから聞こえた司令官の声がひどく遠く聞こえて、雪風は思わず呼びとめてしまう。

「なに?」

「そ、そこに、そこにいてください……」

呼びとめてしまったからには言い訳することもできず、雪風は情けないと思いながらもそう言った。

「……わかったわ」

ほんのわずかな時間迷っているかのような沈黙の後、戻ってきたのは了承の言葉。

「あ、ありがとう、ございます」

遠ざかる足音が聞こえてこないことに、雪風は強く安心した。
司令官の存在が一層近くに感じられて、雪風の恐怖心を和らげていく。

(あれっ?)

これならばと意気込んだ雪風だったがふと別の問題に気が付いた。

「しれぇ」

「なに?」

雪風の呼び掛けにすぐさま返る司令官の応答。
壁の向こう側まで音は届くということの証明だ。

「み、耳塞いでてください!」

これからたてる音を司令官に聞かせたくなくて、雪風は真っ赤になり叫ぶようにして言う。

「……はいはい」

少しの間を持って司令官は肯定の意を返す。
その間は呆れか羞恥によるものであると考えるのが普通だが、

(残念がってる……?)

雪風には何故か不承不承に頷いているように聞こえた。

(そんなわけない! 変な妄想しちゃいけない!)

もう一度頭を振って邪な考えを振りはらう。
自分の背徳感と声だけしか聞こえないことから来た妄想だろうと結論付ける雪風。

(ほんとうに塞いでるの?)

しかし、その疑念が雪風に別の疑念を齎した。
残念がっている、つまり聞きたがっているなら耳を塞いでいないのではないか、と。

(しれぇを疑うなんて!)

愛する司令官を疑う自分を雪風は叱責する。
だが一度生じた疑念は中々拭い去ることができない。

「しれぇ?」

恐る恐るかけた声に応じる言葉はない。

(ちゃんと塞いでくれてる。すいません、しれぇ)

心の中で司令官に謝りつつようやく安心と思った矢先に、今度はまた別の疑念が頭をもたげた。

(いなくなってたりしないよね?)

「しれぇ!」

応答がないのは司令官がそこにいないからではないかと不安になって、雪風はもう一度司令官を呼ぶ。
先ほどよりも大きな声だったが、やはり応答はなかった。

(か、確認するだけ……)

もう限界も近いが不安の方が勝り、雪風は便座から立ちあがると個室のドアのカギを開ける。
そのまま顔だけ出して確認しようとしたが、

「しれっ……きゃっ!」

勢い余って踏み出してしまい、膝下まで下げた下着で足が上手く動かせず転んでしまった。

「雪風?」

耳を塞いで近くの壁に寄りかかっていた司令官が、いきなり飛び出して床に倒れた雪風を見て怪訝な声をあげる。

「しれぇ、いたんですね」

「あなたがいろって言ったんでしょ」

上半身を起こし司令官を見上げた雪風に、さしもの司令官も呆れを隠せないといった表情で言った。

「よかった」

ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、自分が今下着を下したままであることに気がつく雪風。
見ればこけた拍子にワンピースもめくれていて、雪風の下腹部は何にも遮られることなく司令官の視線に晒されている。

「み、見ないで!」

思わず敬語も忘れて雪風はワンピースの裾を床に押しつけるほど引っ張った。

(み、見られた、しれぇに雪風の……)

ワンピースの裾を握りしめて雪風は羞恥に震える。
何度も湯船を共にしているので見られたことははじめてではないのだが、なぜかはずかしさがこみ上げてきた。
そして個室の中で下着を下したときに感じたものよりも確かな興奮も。

(なんでこんな、違う!)

明らかに羞恥とは別の理由で速まる鼓動に、雪風は愕然とした。
自分は司令官に秘部を見せて喜ぶような変態なのかと。
否定しようとしても雪風の中に生れた快感は目を逸らせないほどに大きい。

(しれぇっ!)

漠然とした恐怖を感じて雪風はすがるように司令官へと視線を向けた。
座ったままの雪風を見下ろす司令官の目は一見するといつものように無感情だが、雪風には違っているように見える。

(悦んでる? 興奮してる?)

ほんの小さな、誰よりも近くにいた雪風でなければ気付かないようなほんの些細な違いだったが雪風は確信した。
司令官は楽しんでいる。
雪風のあられもない姿を。羞恥に震えるその顔を。

雪風の心臓が一際高く跳ね上がった。
うれしかった。
滅多に感情を表に出さない司令官を目に見えて楽しませてあげられたことが、はずかしさに勝ってうれしかった。

それが最後のきっかけとなった。
元々限界が近かったところに倒れた衝撃を受け、更には安堵からの興奮と目まぐるしく変わる精神状態。
そこまで耐えに耐えた雪風の身体だったがそれ以上堪えることは不可能だった。

「あっ、や、やだっ……!」

惚けていた雪風も直前になって気がついたが時すでに遅い。
己から溢れだしたものがワンピースとそれを押さえつける手を汚す。
雪風がどれだけ懸命に止めようとしても、我慢の末に溢れだしたその勢いは収まることはなかった。

「みなっ、やっ、あっ、ああっ……」

パニックになった雪風は意味ある言葉が紡げなくなっていた。
そうしている間にも溢れた液体は床を伝って投げ出された雪風の足をも濡らしていく。

暖かなそれが広がっていくにつれ、雪風の羞恥、そして快感も比例するように高まっていった。
司令官に見られているのにどうしようもなく気持ちよさを感じるのは、我慢から解放されたせい。
自分にそう言い聞かせて、雪風は固く目を閉じ羞恥と悦楽に震えながら収まるときを待ち続けた。

「はっ、あっ、あぁ……」

ようやく全てを出し切った雪風は最後の快感にびくりと身体を震わせる。
実際には十数秒ほどのごく短い時間だったが、雪風にとっては何時間もの長さのように感じられた。
それだけ短い時間だったが、雪風の下半身は膝下まで下げた下着まで自ら流れ出たもので濡れている。

(こんなところ見られたら、もう……)

これ以上ないほどに情けなく、汚い姿を司令官に見られてしまった。
幻滅されたに違いない。雪風を途方もない絶望感が襲う。

「ちがっ、違う、違うんです、しれぇ! 雪風、雪風はぁ……!」

足が震えて立ちあがることができず、自らが作った水溜りに座りこんだまま雪風は必死に弁明した。
司令官の顔を見ることが怖くて固く閉じたままの瞼からは、涙がにじんでいる。

「……」

対して司令官は何も言わずに踵を返した。

「しれぇ!」

遠のいて行く足音を聞いて雪風はたまらず叫んだ。
雪風の胸中にあるのは見捨てられる恐怖。
かつて仲間に味あわせたそれが如何に重いものであったか、身を持って知ることとなった。

「待って、やだ! 見捨てないで!」

雪風は去っていく司令官の背に半狂乱になって呼びかけるがその歩みが止まることはない。

「やだ、やだっ……!」

今すぐ追いかけたいのに足は震えるばかりで、身体は途切れ途切れに息を吐く以外の行動がとれなかった。
心臓を鷲掴みにされたような苦しみが雪風の身体を縛る。
涙が頬を伝って水たまりに零れ落ち、小さな水音を立てた。

「ふぅ……」

その音に反応したわけではないだろうが、司令官は足を止めて一つ息を吐く。
嘆息ではなく張りつめた息を吐き出して、気持ちを落ち着かせようとしているように雪風には聞こえた。

「しれぇ……?」

司令官が立ち止ったのを見て平静を取り戻した雪風をしり目に、司令官は手洗い台の上につけられた収納棚からタオルを取りだす。

「あんまり騒ぐと誰か起きてきちゃうわよ」

そんなことを言いながら司令官は雪風の元へと戻り、手にしたタオルを差し出した。

「とりあえずこれで拭いて、お風呂入ってきなさい」

風呂――ドックの片隅でバスチェアに腰かけた雪風は、頭からシャワーを浴びていた。
適度な熱を持った湯が雪風の貧相というよりは、幼いと呼ぶべき未成熟な肢体を流れ落ちていく。

(誰もいなくてよかった)

艦娘の修理にも使われるこのドックは、修理に時間のかかる空母や戦艦の艦娘が夜を徹して使用していることもある。
幸いにして前日は出撃していなかったおかげで、今は雪風以外に人影はない。
綺麗に拭いたので見られても単に遅い湯浴みに来たようにしか見えなかっただろうが、それでも見られたくはなかった。

(雪風はまだしれぇのことを信用できないの?)

シャワーに打たれながら雪風は心の中で自分を責めていた。

(しれぇはちゃんと雪風の言うことを聞いてくれてたのに)

司令官を信用できずパニックになって汚いところを見せたあげ句に、見捨てないでなんて見苦しくわめいたのは全て雪風の落ち度だ。

(しれぇが、雪風のことを見捨てるわけないのに)

自分が後片付けしておくからと、司令官は身体を拭き終わった雪風をドックへ送り出した。
見捨てないでとわめく――つまりは雪風が自分のことを信用していないことを見せつけられてもなお、司令官は雪風に変わらず愛情を向けてくれた。

(情けない……)

司令官の愛情が本物だということは雪風も理解していたのに、不安をぬぐい去れずに叫んでしまった。
あまつさえ、司令官にハレンチな姿を見せつけることに興奮を覚えていたのだ。
目の前の鏡に映る自分の姿がとても醜く見えた。後悔で目端に涙が滲みだす。

(しょげてちゃだめ! これから謝って取り返そう!)

頭を振って沈んでいく気持ちを奮い立たせる雪風。
顔を上げてシャワーで涙を流すとバルブを捻って湯の勢いを強めた。

「とにかく綺麗にしなきゃ」

手に取ったノズルを太ももから爪先にかけて動かす。何度も丹念にそれを繰り返して汚れを洗い落としていく。
軟肌を叩くシャワーの水滴はいつもより熱く、強い。
両足共に満足のいくまで湯で流し続けた雪風は、タオルで擦る前にともう一度丁寧に全身を洗う。

頭から胸、腹部と徐々にシャワーを当てる部位を下げていく。
そして腹部よりもさらに下の部位に湯が当たった瞬間、

「んぅっ……!」

雪風は身体に走った未知の感覚に思わず声を漏らして、シャワーを取り落としそうになった。

(な、なに? こんなの、いつもは感じないのに)

普段からそこになにかが触れると、他の場所とは違うくすぐったさのようなものを感じてはいた。
だが声を上げてしまうほどに強烈な感触を受けたことはなかった。

(勢いが強いから?)

湯の勢いをいつもよりも強めているから、強く刺激されて感じてしまったのだろうと雪風は推測する。
勢いを落とそうと雪風はバルブに手を伸ばした。しかし、その手はバルブにかかる前に止まる。

(いけないこと、だよね? でも……)

それがはしたないことだということは雪風にも理解できた。
理解できていながら、雪風は逸らしていたシャワーをもう一度己の秘所にあてがう。

「うぁ……!」

幾筋もの水滴が秘所に殺到し打ちつける度に、今まで感じたことのない快感が雪風の身体を震わせる。

(でも、ちょっとだけどこかで感じたような……)

雪風はその身に走る快感に既知感を覚えた。
産毛が立つような寒気と共に、身の内に熱いなにかが燃え上がるような感覚。

(ああ、これさっきの)

次第に高まっていく熱をどこで覚えたものか、雪風は思い至る。
それはついさっき、司令官の前で露出しあられもない姿を見せたときに感じたものと同じ熱。
そしてそれが、雪風が司令官のことを想っているときに感じているぬくもりとも同種であることに。

(ごめんなさいしれぇ、雪風は……大好きな人に抱きしめられているときに、こんなことをしているときと同じ気持ちになるような子でした……)

自分の中にある司令官への劣情を自覚して、大きなショックを受ける雪風。
だが、シャワーを持つその手が動くことはない。
司令官を想っていると尚のこと昂る何かが雪風の身を焦がして、どうしようもなく気持ちがよかったのだ。

(ごめんなさい、ごめんなさい……)

心中で司令官への謝罪を繰り返しながら、雪風は幼いその声に艶めかしい色を乗せて喘ぎ続けた。

どれくらいそうしていたか、雪風がなにかもどかしさのようなものを抱きはじめた頃、ドックの入り口が開き誰かが入ってきた。

「しれぇ?」

雪風が慌ててバルブを締めて水流を止め、持ち手を留め具にかけて振り返り確認すると司令官の姿が見える。
風呂場なのだから当然にして裸で、手にしたタオルは彼女の大事な部分を隠す役割を果たしていない。
雪風のものとは比べるべくもなく大きな双丘と桜色の先端も、雪風がつい先ほどまで刺激し続けていた部位も余すところなく視界に映る。

(あっ……)

いつもならば綺麗だと思いはしても何ごともなく見ていられるその裸身が、今は雪風の心臓を大きく跳ね上がらせる。
雪風の身体が強張り我知らず内股となった。

対して司令官はいつもと変わらない様子で雪風の元へと歩いてくる。
近づくほどに鮮明になる司令官の身体に雪風の息が荒さを増した。

「顔、赤いわよ雪風」

「こ、これはっ!」

「泣いていたの?」

先ほどまでの行為を見透かされたのかと思って慌てる雪風だったが、司令官からの問いは別のものだった。

「な、泣いていたわけではないですが……」

雪風は体内の熱が急速に引いていくのを感じた。
自分がなぜこの場所に来たのかを思い出したからだ。

「すいませんしれぇ。雪風はしれぇのこと――」

「わかってる」

もう雪風のすぐそばにまで来ていた司令官は、謝罪の言葉を遮るように屈んで雪風の身体を抱きしめる。

「し、しれぇ!」

唐突なその行為に雪風はまたも頬を紅潮させた。
執務室で抱きしめられたときとは違い、正面から向き合って肌と肌が重なる。
顔に押し付けられた胸の弾力が、彼女の中で消えた熱をもう一度燃え上がらせた。

「だ、だめです!」

「なにがだめなの?」

よからぬ感情がうずくのを感じ取った雪風は司令官から離れようとしたが、司令官はそれを許さない。
彼女の身体に腕を回して離さなかった。
強くとも雪風が痛くないように絶妙に加減された腕の力。その思いやりにまた一つ雪風の鼓動が上がる。

「雪風は、雪風は……」

「わかってるって言ったでしょう」

強く唇を噛む雪風を制止するように、司令官は雪風を抱く力を強めた。
ほんの少しだけ感じる痛みは、雪風が罰を求めていることを察してのものだろう。

「癒えない傷もあるわ。あなたの心の傷がそうであることはわかってる。わかっててあなたを愛しているの」

「しれぇ……」

どこまでも無機質、されど真に雪風への愛情に溢れた司令官の言葉に、雪風の胸に宿る熱がその質を変える。
猛るような荒々しい炎のような熱ではなく、優しく柔らかなぬくもり――雪風が何よりも愛する司令官のぬくもりに。
そのぬくもりが雪風の興奮を安堵に変えていく。

「だから、絶対あなたのことを見捨てたりしない」

「はい、ずっとお側に置いてください、しれぇ」

誓うように言う司令官を、雪風は頷き抱きしめ返した。
決して離れないように強く。

「雪風」

「なんでしょう? 司令官」

抱きしめ合っていた時間はどれくらいだったか。
トイレに行くために中断した分を取り返すつもりだった雪風に司令官は告げた。

「膝痛い」

「ああっ! すいません!」

司令官は椅子に座った雪風と背を合わせるために膝立ちになっていた。
固いドックの床に膝立ちになっていれば、痛くなるのも当然の話だ。
すっかり失念していた雪風は、慌てて司令官の身体から手を離した。

「よいしょ」

司令官は一度立ち上がり雪風の隣に置かれたバスチェアに座る。
シャワーノズルを手にしてバルブを捻り、水がお湯に変わるのを確かめてからノズルを頭の上へ持っていく。
重力に従って司令官の身体をお湯が伝い落ちる。
何度も見てきたはずのその姿が、今の雪風には妙に艶めかしく映った。

(落ち着いた拍子にこんな! だめっ!)

自分を戒めるも司令官から目が離せない雪風。

「ん? どうしたの?」

「な、なんでもありません!」

その視線に気がついた司令官が首をかしげ、雪風は司令官の視線から逃げるようにそっぽを向いた。

(雪風はいつの間にこんなにいやらしい子になってしまったのかな)

顔を背けても聞こえてくる水音がそれを浴びる司令官の姿を想起させる。
司令官の濡れた肢体を想い、雪風はまた知らずうちに膝を打ち合わせていた。

「雪風」

堅く目を閉じて内なる熱が冷えるのを待っていた雪風だが、司令官の声が間近で聞こえたことに驚き瞼を開ける。
司令官はバスチェアを引いて雪風の隣に座っていた。

「な、なんでしょう?」

「それはこっちの台詞。まだ気にしているの?」

平静を取り繕うも声が上ずってしまう雪風に司令官は問いかける。

「ち、違います!」

「じゃあどうしたの? さっきからなんだか苦しそうよ?」

大きく首を横に振り水滴をまき散らしながら否定する雪風に対して、司令官は問いを重ねる。

「それは……」

雪風は口ごもった。
司令官の心配を払拭したいとは思うが、自分の浅ましい感情を口にすることは憚られる。

(嫌われたら……いや、逃げてちゃいけない)

言い訳を探そうとした雪風だったがすぐに思い直した。

(全てを伝えよう。雪風の想い、全て受け止めてくれるはず)

雪風の汚いところも、暗いところもなにもかもを受け止めて愛していると言ってくれた司令官。
そんな司令官にこの期に及んで隠しごとなどしたくなかった。

何よりも知ってほしかったのだ。
己の全てを、愛する人に。

(お、落ち着け、冷静に……!)

鼓動を早める胸を押さえ雪風は大きく息を吸う。
全身を強張らせる緊張感は戦闘時のそれよりも強かった。

「それは、雪風が……」

「雪風が?」

「雪風が、しれぇの裸を見て興奮しているからです!」

一度言葉を切り続きを促す司令官の声を聞き、意を決して雪風は叫ぶようにして心中を吐露した。
二人だけのドックの中に雪風の声が反響する。

「雪風はしれぇに抱きしめられているときに、いつもえ、エッチな気分になっていました!」

一度吐きだしてしまえばもう後には引けない。
雪風はそのままの勢いで今までの自分の想いを暴露していく。

「さ、さっきもしれぇが近くにいるときに下着を下すことに興奮して、しれぇに、み、見られてるときも背中がぞくぞくしてて!」

「……」

「だから、もうさっきのことを気にしてるんじゃありません! 雪風がいやしくも司令官に欲情しているだけですから!」

言いたいことを全て言い終わり、雪風は荒くなった息を吐く。
自分が発した言葉の残響がやけに長く耳に残った。

(と、とてつもなくはずかしいことを言ってしまった)

やりきった充足感と共に襲いくる怒涛のごとき羞恥の熱。
火が付くとはこのことかと思うほどの恥ずかしさだったが、雪風の心に後悔はない。
自分が抱えているものを司令官に伝えられたのだから。

(しれぇ、どんな顔してるだろう?)

言葉を発するのに夢中で見えていなかった司令官の顔を想像しつつ、雪風は下げていた頭を上げた。

「……」

顔上げて見えた司令官の顔は、呆気に取られている様子だった。
いきなりあなたに欲情していますなんて言われたのだから無理もないことだ。

(この表情、はじめて見た)

何度も目を瞬かせる司令官を雪風は可愛いと思った。
こんな顔をして驚くのかとまた新たな司令官の表情を知れてうれしいという感情が沸き上がる。

「……そう、私に興奮してくれてたんだ」

「えっ?」

「よかった。私だけかと思ってた」

茫然としていた司令官が我に返って告げた言葉に、今度は雪風が目を瞬かせた。

「えっ、しれぇも、なんですか?」

「当たり前でしょう。あなたのこと愛してるって言ったじゃない」

当然だと毎度のぶっきらぼうで言う司令官。
だがその頬が紅潮しているのはシャワーを浴びたせいではないだろう。

「少し不安だった。自分だけだったらどうしようって」

「しれぇ?」

「あなたはまだ子供だし何より女だから、私にそういう感情を抱いてくれるのか不安だったの」

次いで放たれた司令官の言葉には確かな感情が乗っていた。
不安とそれが払拭された安堵。

(しれぇも悩んでいたんですね)

雪風を愛しているとなんの衒いもなく司令官は言ってみせた。
胸を張ったその姿があまりにも堂々としていて、迷いも恐れもないのだと雪風は思い込んでいた。

(そんなわけない。しれぇは人間なんだから)

かつて雪風が抱いた懸念――同性に懸想するなどあり得ないという感情は、確かに司令官の中にも合ったのだ。
悩まないはずがない。雪風のような同性の幼子に懸想することは世間一般から見れば『異常』なのだから。
それに青年の愛と幼児の愛ではその意味合いが異なってくる。
司令官は雪風の言う愛が自分の愛と同じものであるのかという不安も抱えていたのだろう。

上官と部下という点で見ても二人の関係は不適切なものだと言えよう。
司令官はときには雪風に死ねと命じなければいけない立場なのだ。

そんなふうに司令官には、女として、大人として、軍人として、様々な立場としての不安があった。
『異常』の誹りを受けることになろうとも。愛する人に死ねと命じることになろうとも。
それでも何もかもを飲みこんで雪風を愛していると言ったのだ。

「しれぇ……」

雪風の言葉は執務室で抱きしめられていたときと同じ、ただ愛しい人の名を呼んだだけのもの。
身体の中に収まりきれない感情が漏れ出したものだ。

(今日だけで何回しれぇの愛を再確認したかわかりません)

まだ日付が変わって間もないのにと雪風はおかしく思った。

対して司令官はうつむいていた。
雪風には不安を吐きだしたことを後悔しているようにも見える。
司令官が感情を表に出さないのは生来の性格であることは事実だが、司令官という立場にいることも関係していると雪風は睨んでいた。
だからこそ、部下である雪風にそれが二人の関係に関してのものであれ、不安を口にしたことを司令官は悔やんでいる。

「しれぇ」

「雪風……」

今度は呼びかける意を持って司令官を呼ぶと、司令官も反応して顔を上げた。

「雪風はうれしいです、しれぇの想いを聞けて」

雪風は手を伸ばし司令官の頬に添える。
伝わる体温が炎にくべられる薪のように雪風の熱を上げていくのがわかった。

「雪風もしれぇを見捨てません。たとえ世界中の人間に後ろ指を指されることになっても、しれぇの側にいます」

「ゆき、かぜ……?」

「愛しています、しれぇ……」

その熱に突き動かされて雪風は身体ごと司令官へ倒れ込むようにして、唇を奪った。

(これが、これがキス……)

『幸運の女神のキスを感じちゃいます』を口癖にしている雪風だったが、真にキスを経験したのはこれがはじめてだ。
はじめて触れた司令官の唇。
己の唇を通して伝わってくる感触は、いつものように沸き上がる安堵を快感で塗りつぶしていく。

(いつもと変わらない司令官の感触なのに、なんで……なんでこんなに気持ちいいの……?)

濡れた唇から数滴の湯が雪風の口内に流れ込んで来た。
シャワーから出た何の変哲もないお湯であるはずなのに、その味は蜜のように甘い。

(もっと……)

雪風の中に灯る炎がまた大きく盛りを上げた。
司令官に任せるようにしていた身体を、唇を、自らの意思で押し付ける。

(もっと、もっと欲しいっ……!)

形のいい司令官の胸や唇が押せば押すほどに沈みこんでいく。
それがまた雪風の興奮を煽り、生まれた更なる欲求を満たすために身体を押しつける力を強めさせた。
今の雪風が身体に込めている力は、半ば司令官を押し倒そうとするほどに強かった。

(もっと、ずっとこのままで……)

自身がどれほどの力を込めているか気が付くこともできず、雪風は己が炎を充足させるために快楽を貪る。
そのとき、司令官に倒れ込みほとんど爪先立ちのようになっていた雪風の足が滑り、彼女が座っていた椅子を蹴飛ばした。
ひっくり返った椅子が床を転がり、けたたましい音がドックに木霊する。

「あっ――」

その音で我に帰り自らの行為を認識した雪風は、慌てて司令官から飛び退いた。

「も、申し訳ありません!」

「謝ることはないけど、そうね、慰めるにしてはちょっとがっつきすぎかしら」

床に膝をつき土下座する勢いで謝罪を口にする雪風に、司令官は唇をなぞりながらそう言った。
司令官の人差し指に押さえられて司令官の唇が歪む。
まだ唇に残る同じ感触が雪風の頬に差す朱を濃くした。

「まさかはじめてがあなたからなんてね」

「いやだったでしょうか?」

「まさか。言ったでしょう、あなたが私にそういう感情を持ってくれるのがうれしいって」

「あぅ……」

司令官に嫌がられていなかったことはうれしいが、『そういう感情』を改めて自覚して恥ずかしさがこみあげてくる雪風。

「やっぱり、あなたは可愛いわね雪風」

「し、しれぇ!」

縮こまった雪風に愛らしさを見て言う司令官に、雪風は思わず大声をあげてしまう。

「さっ、こっちに来て雪風」

「えっ?」

「続き。まだ、満足してないでしょう?」

差しのべられた手と共にかけられた司令官の誘い。
その意味がわからないほど雪風は子供はなかった。

「あ、あの、その、ふつ、不束者ですが――」

「そういうのいいから早く。結構寒いんだからね」

しどろもどろになる雪風を急かす司令官。
風呂場にいるので当たり前だが彼女は裸で、シャワーを浴びた後なので全身が濡れていた。
お湯から得た熱が冷めれば普段よりも寒さを覚えてしまうことになる。

雪風自身も同じ状態なのだが、あまり寒さを感じていなかった。
艦娘であることはもちろんながら、全身の血が煮え滾るように熱いからだ。

「し、失礼、します!」

意を決して雪風は立ち上がり、もう一度司令官に倒れ込む。
重なり合った身体が伝える司令官の体温は、雪風のそれと等しいほどに熱かった。

司令官の膝の上。そこは雪風が最も安心できる場所のはずだった。
されど今その場に座る雪風は出撃時よりも激しい興奮状態にあった。
肩は大きく上下しており所在無げに自分の腿に置いた手はせわしなく開閉を繰り返している。

「雪風」

「ひゃいっ!」

「おっと、危ないわよ」

真上から聞こえてきた司令官の声に、雪風は思わず飛び上がった。
司令官はそのまま滑り落ちそうになる雪風の身体を抱きとめる。

「もうちょっともたれかかりなさい」

そう言うと司令官は雪風の腹に回した腕を引いて彼女を抱き寄せた。

「ふあっ……」

司令官の胸が雪風の背中を包み込む。
いつもならば安堵を与えるその柔らかさが、雪風の息を益々荒げさせた。

司令官の抱擁は雪風にとって『安心』の象徴だった。
海風より微かな司令官の吐息。
爆炎よりもぬるい司令官の体温。
雪風の心を静めてくれるはずである司令官の感触は、今雪風の心を猛らせていた。

「あなた本当に抱きしめられるのが好きね、雪風」

真上から聞こえて来る声を振り仰げば司令官の顔がそこにある。
無機質な仮面を脱ぎ捨て微笑みを浮かべるその表情。
見たことのない司令官が、雪風だけしか知らない、雪風だけの司令官がそこにいる。

「しれぇ……」

「抱きしめられるのよりこっちの方が好きになっちゃったりしないでね? 毎回毎回だと大変だから」

陶酔したような声で自分を呼ぶ雪風に微笑み返し、司令官は抱き寄せるために組んでいた腕を解き、雪風の身体に這わせた。

「ひっ……」

雪風は身体を震わせて小さく悲鳴を上げた。
司令官に撫でられたことは今まで何度もあったが、ここまで変わるものなのだろうか。
しなやかな指はときには幼子に触れるかのような繊細さで、またときにはえぐり込むかのような激しさで雪風を愛で、責める。

「あ、ふあ、あぁ……」

司令官の指が肌を撫でる度、雪風の口からは喘ぎ声が漏れた。
一つ声を漏らし、息を吐くごとに雪風の奥でなにかが悦んでいる、そんな気がした。
同時に理性が一つずつ剥がれ落ちていくような感覚も。

そうやって雪風の意識を剥離させていきながら、司令官の指は徐々に腹部から上へと向かう。
どこを目指しているのかは、雪風にも想像に難くない。

「はぁっ……あ、あっ……」

喘ぎながらそこへの到達を待ちわびる雪風。
快感に晒されながら、頭の中はいずれ来るであろうより強い快感のことでいっぱいになる。

(どんな、感じなのかな……)

そこに触れると気持ちいいということは雪風も知識として知っていた。
だが恥ずかしさと恐怖が好奇心に勝り、今まで自分でも触れたことがなかったのだ。

(お腹でも、こんな、気持ちいいのに……)

いつもとは違う撫で方。雪風が知らない人を気持ちよくする指使い。
いつもは多少くすぐったいだけである腹部で身悶えするほどの快感を覚えているというのに、もっと敏感な部位に触れられたらどうなるのか。
ほんの少しの恐怖と多大なる期待が雪風の中で綯い交ぜになり、背筋を泡立たせた。

(これも見越してるのかな、しれぇは……)

ただ直接的に快感を与えるだけでなく、『焦らす』ことによって雪風の背徳感を喚起させること。
恐らくは司令官は意図してやっているのだと雪風は思った。
目の前の姿見に映る司令官は変わらずに微笑みを湛えていたから。

(まるで、性教育を受けているかのような気分です……ううん、きっとようなじゃなくて……)

雪風が受けた教導されているかのような感覚。
それもまた司令官の意図するところだろうと雪風は断じた。
なぜならば――

(次は雪風が、しれぇを悦ばせてあげなきゃいけないから……)

司令官に触れられる度に雪風の奥でうずくなにか。
恐らくは司令官の中にもあるそれを悦ばせるのは他でもない雪風の役目だから。

想いを秘めた雪風は司令官の実地による性の手ほどきを、快楽によって混濁していく脳内になんとかとどめようとする。
だが司令官は健気なその想いを知ってか知らずか、快楽の波によってそれを蹂躙する。

「んんんぅっ……!」

一等敏感な部分に触れられ雪風の身体が大きく跳ねる。
せっかく記憶した知識も喘ぎ声と共に吐き出されて、あとに残るのは脳を蕩けさせるような快感だけだった。

「見つけた、雪風の気持ちいいところ」

「あっ……」

雪風の耳元に顔を寄せ司令官が囁く。
ほのかに暖かい吐息と、聞いたことのない甘い声が耳朶を叩き雪風の身体を震わせた。

「変なところで感じるのね」

「んぁっ……、へ、変なんですか?」

「まあ、感じやすいところは人それぞれらしいから」

そう言いながら司令官は、見つけ出した雪風の敏感な部分を責め立てる。

「ひゃぅ……、あ、あんっ……」

「もっと聞いてたいけど、風邪引いたらあれだから。雪風の性感帯探しはひとまず終わりにするわね」

「あっ、あっ……」

耳元から聞こえてくるのは耳をふさぎたくなるくらい恥ずかしくて卑猥な言葉。
だというのに、司令官の口から、司令官の声で聞こえてくるのだと思うと、既に早鐘を打つ雪風の心臓を一段と高鳴らせた。

「また今度。そのときは、私のも探してみなさい」

「はぁぁっ……!」

次いで聞こえた台詞で想起させられた『また今度』の光景に、雪風は思わず身体を抱きしめる。

(会話も、大事なんですね……)

司令官からの教示を茹だった頭に刻みつけようとする雪風だったが、意識は既に『次』に集中してしまっていた。

「ほら、腕どけなさい」

「は、はい……」

司令官に言われるがまま、雪風は肩に回していた腕を自然に伸ばす。
これで雪風の微かな膨らみを遮るものはなくなった。

「ずいぶんとお待ちかねみたいだったけど、雪風は胸が一番感じる子なの?」

「か、感じるとか、わ、わかりません……けど、そそ、そういうことするときって、さ、さわ、触るん、ですよね……?」

「そっか、本当にはじめてなのね」

何度も言葉を詰まらせながら聞き返した雪風に、司令官は逡巡するように眉根を寄せた。

「怖い?」

「……はい」

端的な問いに雪風は少しの間迷い、頷く。
未知への恐怖はぬぐい去れず、依然として雪風の中に存在した。
だが、好奇心もまた消えることなくそこにある。

「やめよっか?」

「続けて、ください」

「いいの?」

「しれぇにしてもらいたいって気持ちの方が、強いですから」

労りの言葉に首を振り、雪風は司令官の手を自らの胸へと誘った。

「っぁ、あぁぁ……!」

司令官のものと比べるべくもなく小さなそれでも、押し潰される感覚は快感となって雪風の身を駆け巡る。
上手く息が吐けずに引き攣った喘ぎ声が滑稽なほどに空いた口から漏れだした。

「押されただけでこんなに? 痛いわけじゃないのよね?」

「ちがっ、いたく、なっ……」

大げさな反応を示すので心配そうな表情を作る司令官に対して、雪風は息も絶え絶えに答える。

「そう、たまに痛いときあるからよかった。特にこのくらいの大きさだとね」

「ひゃっ……しれぇはぁ……押されても、こんなにならないんですか?」

「押されただけで感じてたらあなたのこと抱きしめてあげられなくなるわ」

いつも押し潰されてるからねと司令官は苦笑を浮かべて言った。
その手でいつもとは逆に雪風の胸を押し潰し、揉みしだきながら。

「ひあ、ああぁ……」」

「ふふっ、雰囲気に飲まれてるのかしら? 色々がんばったかいがあったわね」

「がんばっ……た?」

快楽の切れ間になんとか聞き逃さずにすんだ司令官の言葉に雪風は首を傾げた。

「感情を出すのが苦手だって言ったでしょ? でも、無表情でされたら怖いでしょうから、がんばってるのよ」

言われて思い返せば、事がはじまってからの司令官は普段からは想像できないほどに感情豊かだった。
その艶やかな笑顔だけはどんなに脳が蕩けようとも、焼きついて離れないだろうと雪風が確信するほどに。
だがそれは――

「それは、しれぇが、え、え、エッチな、だけじゃ……」

「……エッチなのはお互いさまでしょ。自分のこと棚にあげない、の!」

図星を突かれた司令官は唇を尖らせると雪風の胸を揉むのをやめ、やおら指を伸ばして桜色の突起を強く弾いた。

「ひっ、ああっ……! はっ、んんぅ……!」

鮮烈なほどの快感に雪風の全身は引き絞られたかのように強張る。
息詰まる喉から絞り出される彼女の声は、息ができない苦しさとそれを圧する快楽の色に濡れていた。

「ん、そろそろいいかな」

あの後からずっと雪風の胸を弄び続けていた司令官が、急にその手を止めた。

「あっ……」

「んっ、危ないわね」

急に緊張から解放されて前に倒れ込む雪風の身体を、司令官が抱きとめる。

「はぁ……あぁ、あっ……」

「ふっ……もうちょっと我慢してね雪風」

礼を言うこともできず前のめりのまま、大きく肩を上下させる雪風。
そんな雪風の髪を愛おしそうに撫でながら司令官は囁いた。

「もうちょっと……?」

「ええ、もうちょっと。苦しいでしょうけど、あと少しだけ」

「苦しい、なんて、雪風は……その、気持ちいいから……」

「わかってるわ。だけど、ずっとビクビクしてたら苦しくもなってくるでしょう?」

苦しいわけじゃないと顔をあげて否定する雪風に、司令官が訊ねて来る。

「そ、それは……」

「ず~っと気持ちよくさせとくのもある種の拷問になる。めんどくさいわよね人間って」

「そうかもしれません、けど……」

司令官は冗談で言ったのだろう。
しかし、雪風はその言葉を聞いて黙ってはいられなかった。
真剣な顔で司令官を振り仰ぎ、一度言葉を切って強調するように言った。

「雪風は人間になれて幸せです」

痛みや苦しみを感じるおよそ戦いには不都合で、抑えようもない不合理な生理現象を生じるこの身体。
煩わしいことばかりの人間の身体が雪風は大好きだった。

「あったかくて、気持ちいいです、しれぇ」

髪を撫でていた司令官の手を取り、胸に当てる雪風。
玩弄の残滓に身を跳ねさせながらも、その顔は大切な宝物を抱え込んでいるかのように穏やかだった。

「しれぇがくれるもの、全部雪風の宝物です。このぬくもりも、快感も、苦しみだって……」

鋼鉄の身では得られなかったもの。身体から伝わる感覚。
嗚咽も叫びも誰にも聞こえず一人で完結していた雪風にとって、他者との『繋がり』は何にも勝る幸福だった。

(そう、きっと雪風がしれぇに惹かれはじめた本当のきっかけは――)

――陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ、宜しくお願い致しますっ!

――ええ、よろしく雪風。

(あの日、はじめて会ったとき、しれぇが雪風の言葉に、言葉を返してくれたからだったんだ)

頷いて、ほんの一言言葉を交わしただけだった。
だが、その一言を雪風がどれだけ切望していたことか。
差しのべられる手をどれだけ夢に見たことか。

もう一人で泣かなくていい。
涙を拭い、慰めてくれるぬくもりを感じたあの日。
あの瞬間からずっと――

「大好きですしれぇ、大好きです……」

司令官の瞳を見つめて雪風はもう一度伝える。
自分の確かな想いを愛しい人に。

「雪風……」

満面の笑みで見上げて来る雪風に司令官はうれしいような、困惑するような顔をしていた。

「……振ったのは私かもしれないけど、エッチしてるときにそんな真面目な顔しないで」

「あ、あぇっ、え、エッチって……」

脳が極度の興奮で振り切れたせいなのか、状況を失念していた雪風は再び自覚した。
今は司令官と情交を結んでいる最中なのだと。

「私がせっかくがんばってるっていうのに」

「ご、ごめんなさい……」

責めるような司令官の視線から目をそらした雪風は、しゅんとして謝罪の言葉を口にした。
俯いて生真面目な告白は似つかわしくなかったのだろうかと自戒する。

「私も大好きよ雪風」

そんな様子を見かねてか、司令官は雪風にのしかかるようにして身体を密着させながらそう言った。
耳元で呟くようなささやかな声は、喜びと愛しみに溢れていた。
震える耳朶が忘れていた沸騰するような体温と、彼女にそれを与えた快楽の残滓を思い出させ、荒い吐息に艶やかな色を注ぐ。

「ふふっ……」

「あっ……」

妖艶な笑声をあげながら司令官の手は雪風の下腹部へと伸びる。
それを追い自らの秘部に視線をやった、雪風に戦慄が走った。
いつの間にかそこからなにかの液体が溢れだしていたのだ。

「な、なんで、さっき、出してっ」

「雪風」

「ちがっ、違う、違うんです、しれぇ!」

(またしれぇの前で汚いものを、しかも今度は身体にかけてしまうなんて!)

司令官の膝を濡らす液体を見て、雪風は半狂乱になって叫ぶ。
立て続けに二度も同じことを繰り返す自分が、情けなくて恥ずかしくて仕方がなかった。

(これではしれぇに嫌われなくても、雪風が雪風自身のことを嫌いに――)

「落ち着きなさい雪風」

「っぁ、あああっ……!?」

自責する雪風に声をかけて司令官は伸ばした手を、雪風の濡れた秘所に添えた。
自分を責めるなと宥めるかのような優しい手つきで割れ目をなぞるその指に、雪風は声と身体を振るわせた。

「これはおしっこじゃないわ。あなたが気持よくなっている証なの」

「あはぁ……気持ち、いい?」

「そう。気持ちよくなったり興奮したりすると出てくるものよ」

司令官は濡れた人差し指を雪風の目の前に持ってくると、説明しながら親指とくっつけては開いてを繰り返す。
微かに糸引く液体と、小さな水音を雪風が知覚できるように。

「み、見せないで、ください……」

「いいじゃない見ておきなさい。体調によってちょっと性質が変わったりするのよ」

「し、知りませんそんなことっ!」

顔を背けても一度目にした光景も、耳にした音も消えてはくれない。
また一つ知らない生理現象の知識を手に入れてしまった。

「これはね本当は……男の人のモノを、ここに入れやすくするために出てくるものなの」

雪風をからかって楽しそうにしていたのとは一転して、司令官はためらいがちに声を落とす。

「男の人の……」

男女の性交における重要な行為。
意識せずとも自然にそれを促す機能が人間には備わっている。
その事実が意味することは、今司令官と雪風が行っている行為が『不自然』であるということ。

「ごめんね雪風。私はあなたにその悦びを教えてあげることができない」

伏し目がちに言う司令官の声にはぬぐい去れない後ろめたさがあった。
一人で完結しなくなったということは、すなわち二人だけで完結するようになったわけではない。
それぞれに立場があり、倫理がある。不道徳な行いにはリスクがつきまとうのだ。

(でも、今だけは……)

雪風は再度司令官の手を自分の秘部へと引き寄せる。

「しれぇ、エッチしてるときにそんな真面目な顔しないでください」

先刻司令官からかけられた言葉を、今度は雪風が投げ返した。
反響する声に返る応えは司令官が飲みこむ息以外ない。

「今だけは、しれぇと雪風だけの世界なんですから……」

ただ二人だけのドックで、雪風は司令官に告げた。

(問題から目を背けて、先送りにしてるだけなのかもしれない、だけど――)

「……そうだったわね」

「ふぁぅっ……!」

ふっ、と微かに口角を上げた司令官が雪風のそこを、湿り気を掬いとるかのように撫ぜていく。
司令官の細指が触れた端から快感が全身を駆け巡り、血を燃やしながら喘ぎ声となって出ていく。
激しい熱を覚える一方で、雪風は背中に総毛立つような寒気も覚えていた。

誰にも言えない秘密を司令官と共有している背徳感。
誰も知らない司令官を一人占めにしていることへの後ろめたさ。
それらが、快感の熱とぶつかり絡み合い、より艶美に巧妙な快楽となって雪風の中で渦巻く。

(ごめんなさい司令官、雪風はやっぱりいやらしい子です)

禁忌を犯していることに興奮を覚えるこの身を心の中で司令官に詫びながら、雪風は断続的に駆け巡る淫楽に酔いしれた。

「もうちょっと我慢なさい」

「あっ、ああっ、ああぅ……」

裂け目の淵をなぞる様に雪風を責めていた司令官が、両手を伸ばして肉襞を押し広げていく。
湿った音を立てて裂け目が広がる感触が、雪風に嬌声をあげさせる。

「ちゃんと目を開けて見なさい、雪風」

「あぁ……」

司令官に言われ、恐る恐る瞼を上げる。
鏡に映る陶然とした顔の自分と、司令官。
そして、司令官の指に広げられた自らの『内』が雪風の目に飛び込んできた。

司令官の言う『気持ちよくなっている証』を滴らせ、薄桃色が雪風の息に合わせて蠕動している。

(見られてる、しれぇに雪風の中を……)

自分でもはっきりと見たことも、触ったこともなかった場所を、司令官の手で見せつけられているこの状況。
雪風の『未知』を司令官が蹂躙していくその様は、まるで司令官の色に染められていくようだと、雪風の中に仄かに愉悦の火が灯る。
すぐさま快楽の波に流し消されてしまったが。

「今日は時間もかけられないし、爪も切ってないから入れるのはまた今度ね。こっちをしてあげるわ」

「こっち……っ!? ぁっ……!」

微かに唇の端を上げながら言う司令官の言葉を疑問に思ったのもつかの間、雪風の身体に今までで一番の衝撃が走った。
瞳孔も口も滑稽なほどに大きく開かれる。
だというのに喉は蓋がされてしまったかのようで、漏れ出す声は極微かなものだった。

「ここが大多数の女にとって一番感じるところよ」

「あっ、ああああっ……はぁぁぁっ……!」

司令官が雪風の下腹部でなにかを撫でながら、何ごとか言っている。
耳元で発せられるその言葉さえも今の雪風には届かない。
解放された喉から吸い込んだ空気を、そのまま全て吐きだしているかのような勢いで、甘く濡れた声で啼き続けることしかできなかった。

「雪風、ちょっと声大きい」

「はぁっ、あ、あああっ……!」

反響する声が想像以上に大きかったのか、司令官は周囲を見回して咎めるように言うが、雪風の耳にはやはり届かない。

「しょうがないわね」

苦笑を浮かべた司令官は雪風の肩に預けるようにしていた頭を動かし、絶えず艶声を発し続けるその大口を自らの口で覆い塞いだ。

「――っ!?」

身悶えしていた雪風の身体が一瞬で硬直する。
口内へと侵入してきた司令官の舌は、まるで獲物を締め付ける蛇のようなしなやかさで雪風の舌を絡め取った。
絡まりあった舌から司令官の唾液が喉へと伝い落ちる。

少し粘り気のあるそれは雪風に取ってまさに甘露であった。
しっとりと染み込むように、叫び続けた雪風の喉を潤していく。

「――っ、――!」

司令官との深い口づけは雪風の思考能力をまた一つ大きく削ったが、それだけではなかった。
司令官は雪風の手は怪しく蠢き続けているのだ。

下から突き上げてくるような快楽の波を、声に転換して逃がしていた雪風だったが、もはやそれも叶わない。
無我夢中で司令官の舌を振りほどこうとするが、絡まり合った舌は頑として離れる気配はなかった。

(このままじゃ雪風、おかしくなるっ!)

逃げ場を失った快楽の波は身体の中に沈殿し、絶え間なく送られてくる後続の波と混じり合い、今や荒波と化していた。
血が滾り、臓腑を握りしめられているかのような錯覚に陥る。
熱くて苦しくて、気持ちいい。
もはや雪風にも正体がわからない霊妙な感情が、雪風の欠片ほどに残った理性をはぎ取っていく。

(しれぇ、しれぇ!)

心中でもはやそれしか言葉を知らぬように、愛する人の名を叫び続ける雪風。

「んぅっ……」

息を止める限界が来たのだろう、司令官の舌がするりと雪風の口内から抜けていく。
あれほど振りほどこうとしたのに名残惜しくて、雪風の舌も追いかけて口内を脱した。
互いに犬のように突き出しあった舌に、唾液の橋がかかる。
その光景を雪風はしかと見ることができなかった。

「しれぇっ……! あ、あああっ、んんああぁぁっ……!」

その間も司令官の指は休むことなく陰核を撫でていた。
溜まった快楽を声に帰る間もなく、雪風の高まりは最高点に到達したのだ。

一度司令官の名を呼び、それを飲みこむようにして発せられた一番大きく、激しい嬌声。
締めつけられていた臓腑が解き放たれ再び脈動をはじめ、滾りきった血液が一気に冷めていく。

下腹部で高まりきった何かが快楽の荒波を跳ね泳ぎ、総身を激しく痙攣させた。

(あぁっ……待って、もうちょっとだけ、この感じを、味あわせ……)

もはや脳は焼き切れてしまったようで、雪風の視界と意識が段々と白く染まっていく。
深い充足感を、何よりも満たされている感触をもっと楽しんでいたかった雪風だったが、意識はすぐに白く塗りつぶされてしまった。

「んぅ……?」

窓から差し込む朝日に雪風は目を覚ます。
ぼやけた視界に広がるのは執務室の天井。

「あ、れ……?」

ドックにいたはずだと目を瞬かせて視界をはっきりさせると、天井の染みがよく見えるようになった。
困惑しながら雪風は上体を起こす。
身体に掛けられていた布団が、煎餅布団の上に滑り落ちた。

(服もちゃんと着てる?)

陽光の元に曝された雪風の体はいつも着ているワンピースを纏っていた。
雪風に残る最後の記憶では一糸纏わぬ姿だったはずだ。

(ま、まさか、夢?)

思い至った結論に、雪風の身体がかっと熱くなる。

なんと破廉恥な夢を見てしまったものだと、枕を抱えて転げまわる雪風。
二転三転と世界が廻る中、こちらを見る司令官と目が合った。

「……っ!? お、おはようございます!」

「おはよう雪風。朝から元気ね」

腹が痛くなるほどの急制動を掛けて回転を止めた雪風を、司令官は普段通り無機質な瞳で見下ろす。

(いつもと変わらないしれぇだ)

妖艶な笑みなど欠片もない、よく見知った司令官の顔に大きな安堵と一抹の寂しさを覚える雪風。

(夢、だったんだ。そうだよね、しれぇがあんな顔するなんて……)

落胆の溜息を吐いて雪風は夢の中の司令官を思い出す。
脳を直接揺さぶるかのような甘く艶やかな声と、喜色を隠さない表情。

(い、いけないっ、こんなこと考えてるってバレたら、しれぇに幻滅されちゃう)

身体の奥で微かな疼きを感じた雪風は、慌ててそれを押さえつけるように下腹部に手を当てた。

(あ、れ?)

返ってきた感触に雪風は違和感を覚える。
掌の熱が普段よりも近くに感じられたのだ。

掌だけではない。愛用のワンピースと肌が直接擦れ合っている。
普段はもう一枚薄い壁を隔てているはずなのに。

「パンツは洗濯中よ。大丈夫、洗濯機に放り込む前にちゃんと水洗いしといたから」

「えっ……?」

司令官に告げられた言葉の意味が最初はよく理解できなかった。
間抜けな声をあげてから数秒後、雪風は思い出す。
『夢』は雪風が司令官の前で粗相をしてしまったところからはじまったのだということを。

よく見ると司令官は爪を切っている最中のようだった。
なぜ朝っぱらからそんなことをしているのか、雪風には思い当る節があった。

――今日は時間もかけられないし、爪も切ってないから入れるのはまた今度ね。

意識が快楽の海に沈む直前に聞こえた司令官の声が、頭の中で木霊する。

(ゆ、夢じゃなかったんだ、雪風は本当にしれぇと、え、エッチして……)

夢の、否、昨夜の熱が、興奮が再び雪風を包み込んでいく。
熱が喉から水分を奪い生唾を飲み込ませた。

「ねぇ、雪風」

「は、はい、しれぇ」

呼びかける司令官の声に、滑稽なほど震える声で応じる雪風。
息と鼓動を荒くしながら、次の言葉を待ちわびる。

「昨日教えたこと、ちゃんと覚えてる?」

投げかけられた問いは雪風の予想通りで、欲望通りだった。
司令官から教えられた様々なこと。
快楽に流されて消えていったものもあるが、脳に焼き付いて忘れたくても忘れられない。
だが雪風は、

「いいえ、すいません、よく覚えてません……」

首を横に振りながら立ち上がった。

「そう」

そんな雪風に司令官は怒るでもなく呟いた。
怒らないのは雪風の本意を知っていて、自分の本意もまた同じだからだろう。

「で?」

主語もなく司令官は訊ねてくる。
ほんの一言の極短な問いかけに込められた意図を雪風は瞬時に察することができた。

ワンピースの裾を掴む手に力が籠る。
熱に浮かされて足がおぼつかなくなり、真っ直ぐ立っていられなくなる。

「だから――」

それでも目だけは司令官から逸らさずに雪風は握りしめた薄衣を捲り上げた。
現れるのは汗と染み出す別の液体で濡れた陰部。
本来は秘されてあるべきで、されど昨夜司令官の手で開拓され染められてしまったそこは、司令官の視線を浴びて悦びに打ち震えるかのように微動する。

「――もう一度、教えてください……」

雪風の口から出てきた声は、自分でも驚くほどに甘ったるくねだるような声音だった。

目の前に曝け出された雪風の秘裂とおねだりを受けて、司令官の口端が吊り上がる。
淫猥で艶美な笑みは雪風が昨夜目にしたものと同じ、雪風だけが知る、雪風だけの司令官の姿。

(雪風がちゃんと『覚えられる』日はくるのかな……?)

『覚える』ということは、つまり司令官からの『教育』を受けられなくなるということ。
その先、『教育の実践』に興味がないでもなかったが、雪風はまだ『生徒』のままでいたかった。
齎される愛欲を飲み干す側でいたかった。

(出来の悪い生徒でごめんなさい、しれぇ……)

淫欲に抗えない自分を心中で恥じ、司令官に詫びる雪風。
そんな想いも女陰を這う司令官の舌が生み出す欣悦と、嬌声の中に飲みこまれて消えていった。

これで終わりです。

エロに入るまでが長くてすいません
心に傷を負った女の子とか同性愛特有の後ろめたさとかそういうのが好きなもので

次は
睦月「これが最強の艦娘の戦い方だ~」女提督「フロート(笑)」
夕張「大変です提督! 工具が女の子になりました!」

のどちらかでスレ立てます

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