シンジ「…カヲル君、カミソリ没収ね」(611)

カヲル「……どうして」

シンジ「…もってたらまた手首、切るじゃないか」

カヲル「……」

シンジ「しかも、こんな歯こぼれして錆びたカミソリで…また膿むよ?」

カヲル「……うん。いいよ」

シンジ「…とにかく、これは没収だから」

カヲル「…うん」

シンジ「これ、捨ててくるね」

シンジ(カヲル君は絶対に僕の言葉を否定しないから、素直にしたがってくれる)

シンジ(…でも、また隠れてやっちゃうんだろうな。消毒液、補充しとかないと)

………

カヲル「は…ぁ…」ガタガタ

カヲル(あと一回だけ、あと一回だけ切ったらもう止めよう。このハサミも、すぐに片付けるから…)

カヲル「……」

すっ

ぽたっ

カヲル「…ぅ…」 ビクッ

カヲル(…駄目だ、全然足りない…)

ぐりぐりっ

カヲル「ぁ゙…っ!ぐっ、ふぅぅっ…!」ビクン

ごりごり

ぶちぶち

カヲル「い゙っ、ぎ…ぁ、!」ギリギリ

カヲル(傷口が熱い、身体が熱い、脳が…熱い)

カヲル(痛い、痛い痛い痛い)

カヲル(僕、今……こんなに必死に、生きてるんだ…)

シンジ「…カヲル君?」

カヲル「っ…!?し、シンジ君…!?」ハッ

カヲル「み、見ないで!!違うんだ、これは…違う!僕は、僕は…!!」

シンジ「落ち着いてカヲル君!…起こったりしないから、…ね?」

カヲル「…ぅっ、シンジ、君……」

シンジ「カヲル君……」

シンジ「大丈夫だよ、カヲル君…ほら、見せて」

カヲル「シンジ君…ごめん、ごめん…なさい…」ボロボロ

すっ

シンジ「…また派手にやったね。こんなに抉れて…骨まで見えてる」

カヲル「……ごめん」

シンジ「…謝らないで。僕が勝手に、君に構ってるだけなんだから」

カヲル「……」

カヲル「本当にありがとう、シンジ君…でももういいよ」スッ

カヲル「治療なんてしてもしなくても…すぐに治ってしまうんだから」

シンジ「……」

シンジ(カヲル君は傷の治りが異様に早い。それは本来、いいことなんだろうけど)

シンジ(でもそれは結果として、彼の自傷を加速させてる。もっと傷が残れば、もう少しは自傷のペースが落ちるんだろうけれど……)

シンジ「…カヲル君、今日は何があったの?」

カヲル「……」

カヲル「…子猫がね、死んでたんだよ」

シンジ「うん」

カヲル「可哀想に、痩せ干そって…餓死したみたいだったんだ…」

カヲル「…それで、ね」

シンジ「…うん」

カヲル「……その、子猫…が…」プルプル

カヲル「……ッ!」

シンジ「…もういいよ、カヲル君。ごめんね、嫌なこと聞いたよね」

カヲル「……ごめん、シンジ君…ごめん…」

……………

カヲル「……」

シンジ「…こんなところにいたの、カヲル君」

カヲル「……」チラッ

シンジ「何してるの?」

カヲル「…星をみてるんだよ」

シンジ「…そっか」

シンジ「…僕も見よっかな」

カヲル「……不思議だよ、シンジ君」

シンジ「?」

カヲル「…こうして二人で、星を見上げたことがあった気がしないかい?」

シンジ「あったかな?」

カヲル「……それはずっとずっと、昔の…いや、未来…ううん」

カヲル「……きっと、僕の思い違いだね。忘れてくれ」

シンジ「カヲル君…?」

カヲル「シンジ君、知ってるかい」

シンジ「…?」

カヲル「…今見えてる星はね、何万年も…何億年も昔の姿なんだよ」

シンジ「距離の関係で、だっけ」

カヲル「そう。…僕達が今見てる光は、気が遠くなるほど太古に爆ぜた…星の断末魔かもしれない」

シンジ「……」

カヲル「もしかしたら、僕ももう、とっくに」

シンジ「…止めてよ、そんなの」

カヲル「……ごめん」

シンジ「カヲル、君…星見るのって楽しい?」チラッ

カヲル「……」ジッ

カヲル「…どうだろうね」

シンジ「……」

シンジ(この、寝たまま肘を立ててるカヲル君…どこかで)

カヲル「…僕は、何のために生まれてきたんだろうね」

シンジ「……」

シンジ「…そろそろ帰ろう。風邪引くよ」

カヲル「うん、分かった」

シンジ「…カヲル君、今何か持ってる?」

カヲル「……、」

シンジ「…僕に渡して」

カヲル「…………うん」

カヲル「……はい」

シンジ(…今度はカッターか。そうとう刃が減ってる)

シンジ(でもこれで、とりあえず家に帰るまでは大丈夫だ)

シンジ「…ありがとう。ほら帰ろ、カヲル君」

カヲル「…どこに」

シンジ「…?…君の家に決まってるでしょ?」

カヲル「…そうだね」

シンジ「さ、立って」

カヲル「うん」

すたすた


カヲル「ここまでで、いいよ」

シンジ「で…でも」

カヲル「…一人でも大丈夫だよ。もう何も持ってないから」

シンジ「……そういうことじゃ…」

カヲル「…シンジ君は優しいね。真っ白な真綿のように繊細で汚れやすくて…そして優しい」

カヲル「……でもね、どんなに柔らかい真綿でも、傷口に当てれば痛いんだよ」

シンジ「…カヲル君?」

カヲル「…シンジ君のことは好きだよ。でも、僕達は一緒にいるべきじゃないと思うんだ」

カヲル「…僕といると、君はきっと不幸になるよ。シンジ君は幸せになるべきだ」

シンジ「……それは、僕が決めることだろ」

カヲル「ごめん…」

シンジ「謝らないでってば」

カヲル「……」

シンジ「…ごめん。……また明日」

カヲル「…うん、また明日」

…………


タタタッ

シンジ(カヲル君…今日は学校にも来なかった)

シンジ(心配だ。とりあえずカヲル君の家に行ってみよう)ハァハァ

シンジ(…学校の鞄に救急セットつめてるから…重いな)ハァハァ




シンジ「…着いた。カヲル君、カヲル君?いるの?」ガチャガチャ

シンジ「……またドアが開いてる…」

シンジ「…あがるよ」

タタタッ

シンジ「カヲル君、いるよね…カヲル君……!」ハァハァ

カヲル「……ふっ、ぐぅ…ぅ…」

シンジ「カヲル君の声だ!あっちの…寝室?」

シンジ(……泣いてる?)

シンジ「…なんだ、この匂い…」ピクッ

シンジ(…鉄臭い)

シンジ「いた…カヲル君!…っ!?」ビクッ

シンジ(…酷い、ベットが一面血塗れだ)

カヲル「ふうっ、うぅ…ぐっ…シンジ君……」

シンジ「カヲル君、大丈夫!?」バッ

カヲル「……こっちに、来ないでよ…見ないでよ…お願いだから」

シンジ「カヲル君…」

シンジ「…カヲル君、こっち向いてよ。顔も、傷も……そうやって隠さなくたってもいいんだ」

カヲル「……嫌だ」フルフル

シンジ「……」

シンジ(カヲル君にはっきり拒否されるなんて、初めてだ)

シンジ「…カヲル君、ごめん」

カヲル「ッ!?」

ガバッ

カヲル「何するんだ、シンジ君…離して、離してよ!!」バタバタ

シンジ「…うぅっ、」

シンジ(……何だこれ、本当に酷い…)

シンジ(左胸の皮膚と筋肉が掘り返したみたいになくなってる…
露出してる肋骨も、欠けて……こっちなんか、完全に折って放り出してる)

カヲル「…あ、はは…見られちゃったね…参ったなぁ……はは」

カヲル「……おかしいよね、これだけやったのに生きてるんだよ。平気なんだよ」

シンジ「……」

シンジ「…!」ハッ

シンジ(き、救急車!何を呆然としてるんだ、早く呼ばないと…!)バッ

ガシッ

カヲル「待ちなよ、シンジ君」

シンジ「は、離してよカヲル君!このままだと死んじゃうんだよ!?」

カヲル「…それが何か、いけないことかい?」

シンジ「……!!」

カヲル「どうして、…生きなければならないんだ」

シンジ「…もう、カヲル君は…僕の言うこと聞いてはくれないんだね」

カヲル「…!」ハッ

シンジ「…いつも僕、言ってたよね…死なないでって」

カヲル「……違う、違うんだよ、シンジ君…僕は…」スッ

シンジ「離してくれたね、ありがとう……ごめんね、僕のわがままに付き合わせて」

シンジ(…僕がこうやってひき止めなければきっと、カヲル君は一思いに…)

シンジ「…はい、そうです……はい、出血が酷くて……はい、はい…」

カヲル「……」

シンジ「…もう大丈夫だよ、すぐに来てくれるから」

カヲル「…うん」

カヲル(ありがとうって、言うべきなんだろうか)

シンジ「…それにしても…」チラッ

シンジ(…この散らばってる道具…)

シンジ(果物ナイフや刺し身包丁はまだ分からないでもない。けど…)うっ

シンジ(…金槌にペンチ、千枚通しなんて…あれは…肉叩き?)

シンジ「…どうして、こんな事を…ここまでするなんて、初めてだよね」

カヲル「……僕が何なのか確かめたかったんだ。だから中を見た」

カヲル「……僕、人間なんだろうか」

シンジ「え…?」

カヲル「…こんな状態で…大事なトコ見えてるのに、流暢に話ができるのもおかしい。でも、それより」

カヲル「…ないんだ、心臓」

シンジ「な、何言ってるの…!?」

カヲル「ないよ、ないんだよ。その代わりに…無機質で、冷たくて硬い…赤い…丸い…」

シンジ「カヲル君どうしたの…!?ちゃんとあるじゃないか、心臓が…」

カヲル「…本当に?」

シンジ「え…?」

カヲル「本当にあるかい?…ほら」

ガバッ

シンジ「ひ…っ!」ビクッ

カヲル「…君が、そう思いたいだけじゃないのかい?僕が、ヒトだと」

シンジ「な、何してるのカヲル君…そんなに傷口を広げたら…」

カヲル「…駄目だよシンジ君。目を逸らしては」

シンジ「…っ」ギュッ

カヲル「目を開けて、シンジ君。隠していたものを覗いたのは君じゃないか。どうせ覗くなら、ちゃんと見つめて」

シンジ「……」パチッ

カヲル「…そう。もっとちゃんと見てよ…僕を」

シンジ「…カヲル、君…」

カヲル「どうだい」

シンジ「……あ…あるよ…心臓…動いてて、ちゃんと心臓の形を…してる」プルプル

シンジ(……完全に見えてる…。肺は心臓の上部を包み込むような形状のはずなのに…まさか引っ張り出したのか?)

カヲル「……シンジ君が言うのなら、そうなんだろうね」

カヲル「…でも、まだ…僕は信じられないんだ」

カヲル「…君が、確かめてよ」

シンジ「……っ」ビクビク

カヲル「…その手で」


シンジ「…無理だよ、出来ないよ、そんなの…」

カヲル「…お願いだから、シンジ君」

シンジ「……」

そーっ…

シンジ「……」

カヲル「どうしたの?シンジ君。あともう少しだけ、手を伸ばしてよ」

シンジ「…やっぱり、駄目だよ…素手で、直接なんて」

カヲル「……」

ガシッ

シンジ「っ、カヲル君…?」

シンジ(カヲル君の腕、冷たい…)

ぐいっ

シンジ「ぁ…!」

ぴとっ

カヲル「っあ゙ぁ…!!」ビクッ

シンジ「…ッ!!」

カヲル「手を引かないで!……大丈夫、だから」ゼェゼェ

シンジ(鼓動が早くなった…)ゾワッ

カヲル「…それじゃ、分からないだろう?もっと指を裏まで回して…握って」

シンジ「……ぅ、」

ぬるっ

カヲル「ぁ…ッ!!!!」ビクンッ

シンジ「カヲル君…!?」

カヲル「…ふっ、ふ…ふぅッ、う…」ガタガタ

シンジ(…どれだけ痛いんだろう。想像もつかない…)

カヲル「…はぁ、あ…は、…」ゼェゼェ

シンジ「やっぱり、もう止めようよ…!」

カヲル「……いや。そうは、いかない…よ」

カヲル「…ふふ、少しだけ…慣れてきたよ。君に心臓を掴まれるのって、こんな感覚なんだね」

シンジ「い、痛い…よね…?」

カヲル「ああ、すごく痛いよ。まるで全ての感覚が痛覚になってしまったようだ」

シンジ「……ごめん…」

カヲル「…そんな顔をしないでよ。謝らないといけないのは僕なのに」

カヲル「……ねぇ、僕の一番大事な場所に触れている感想はどうだい?君の言葉で、詳しく聞かせて…シンジ君」

シンジ「ど、どうって…」

シンジ「……ぬるぬるで…柔らかくって…すごく動いてて…あ…熱い」

カヲル「…そう。君はそういうふうに感じてくれているんだね」

シンジ(……拍動が聞こえる、伝わってくる…心臓ってこんなに動いてるんだ…)

カヲル「分かるかい?シンジ君…君はね、今、僕の全てを掌握しているんだよ」

シンジ「……」

カヲル「君のさじ加減一つでどうにでも出来てしまう…不思議な気分だよ」

カヲル「…心臓が煩いね。やっと僕にも聞こえてきた…
ふふ、君にも分かるよね?こんなにバクバクしてるの」

シンジ「…うん」

カヲル「…でも、心臓が張り裂けそうなのに……心のどこかで安心している気がする」

シンジ「安心…?」

カヲル「……酷く穏やかなんだ。生まれてくる前、僕が僕になる前に…戻ったような」

カヲル「…約束の場所に、辿り着いたような」

シンジ「何を…」

カヲル「妙な話をしているのは分かってる。だけど、シンジ君……やっぱり僕は、君と……っ」フラッ

シンジ「か…カヲル君!?」

カヲル「…あれ、どうして今さら…」

カヲル(目の前が暗く…なって…)

ドサッ

シンジ「…カヲル君、カヲル君!!」

……………



カヲル「……ん、…」

カヲル(…ここは)

シンジ「あ…おはよう、カヲル君…!よかった、目を覚ましたんだね!」

カヲル「…シンジ君」

シンジ「…ごめん、個室とはいえ、病院では静かにしないとね…。
覚えてる?倒れてからすぐに救急車が来て…緊急手術が終わってから、二日くらい君は眠ってたんだ」

カヲル「……倒れるところまでは鮮明に覚えている、けれど…」

シンジ「…そっか」

カヲル「…流石の僕も、二日…意識が戻らなかったか」

シンジ「……酷い傷だったからね。お医者さんも、…生きてるのは奇跡的だって」

シンジ(…本当は、『ありえない』とか『信じられない』って言ってたけれど…そんなこと、カヲル君には言わなくていい)

カヲル「奇跡的、ね……安い奇跡だよ、まったく」

シンジ「…そんな言い方しないでよ。カヲル君が助からなかったら…僕…」

カヲル「…………ごめん」

カヲル「…本当にごめん」

シンジ「いいよ、そんなに謝らなくたって…」

カヲル「違うんだ、……あの時のことだよ。」

シンジ「……」

シンジ(…まだ、掌に感触が残ってる……)

カヲル「あの時、僕はどうかしてたよ。嫌がる君に無理矢理、あんなことを……」

シンジ「…いいんだ、僕なら大丈夫だから」

カヲル「でもシンジ君、僕は……うっ、ぐ…」ズキッ

シンジ「…まだ痛むよね?起き上がっちゃ駄目だよ、安静にしていないと」スッ

シンジ「今くらいは辛いこと、考えなくてもいいと思うよ」

カヲル「……そうかな」

シンジ「…うん」

カヲル「…ふふ、そうだと…いいな」コテン

カヲル「……」スゥ

シンジ「…寝ちゃった」

シンジ(こんなにぐっすり眠っているなんて珍しいな)フフ

シンジ(…なんだか僕も眠くなっちゃった)

シンジ「……」うとうと





カヲル「…シンジ…君…」ボソッ

カヲル「……最後の、…なんだよ。…僕…のことを少しでも……なら…」スーッ

……………



カヲル「……」パチッ

カヲル(…変な夢を見ていた気がする。目覚めが悪いな…)

カヲル「…もう夕方か。よいしょ…おや、」ムクリ

シンジ「………」スヤスヤ

カヲル「…ふふ、シンジ君…ベットにもたれかかって寝るから、シャツがずれてお腹が見えてるよ」

カヲル(シャツ、下ろしてあげないと)スッ

カヲル(これでよし、と…)

カヲル(…何だっけ、こういう情景を歌った歌があったような)

カヲル「……」

カヲル(……そうだ、谷川俊太郎作詞の、『きみ』だ)

カヲル(『きみはぼくのとなりでねむっている
しゃつがめくれておへそがみえている』…だったかな)フフ

カヲル(たしか、『ねむってるのではなくて…』…と続くんだよね)

カヲル「……ねぇ、シンジ君。君はよく、僕の前でそんなに無防備な寝姿を晒せるね」ツンツン

シンジ「ん…」モゾッ

カヲル「僕がさぁ、…君をどう思っているかなんて、君はまったく知らないだろ」

カヲル「二日前も…君は無警戒に、そして不用心に僕の家にあがって来てくれたよね」

カヲル「…正直なところ、嬉しかったよ。僕は君に心配をかけたいわけじゃないけれど…やっぱり、心配してくれるのは嬉しいから」

シンジ「……」スヤスヤ

カヲル「…悪い、話が逸れたね。…あの寝室の僕のベット…その下にあったものが分かるかい?」

カヲル「鍵をかけて、大事に仕舞っているんだよ…」

カヲル「……何だと思う?シンジ君」フフッ

カヲル「…分からないよね。……教えてあげる。
睡眠薬と新品のコップ。それからヘリウムガスと透明な袋…後はちょっとした小道具だよ。……全部、二人分」

カヲル「睡眠薬だけ一人分なんだけどね……。
つい最近、やっとそろったんだ。特にコップが、なかなか良いものがなくて…。
でも、あのデザインならシンジ君もきっと気に入ってくれると思うよ」

シンジ「……」スーッ

カヲル「…怖くなったかい?」

カヲル「……もし、その穏やかな寝息が演技なら…逃げ出してもいいんだよ。
シンジ君がそうするのなら、僕は追いかけたりしない。…もう二度と、君の前に現れないだろう」

カヲル「…君の、自由なんだ」

カヲル「……なんて、ね」フフッ

カヲル「ふふ、ははっ…あはは…!本当は分かってるよ、シンジ君。
君は寝ている、何も聞いてなんかいない…」

シンジ「……」スヤスヤ

カヲル「そうだ、君はいつだって何も知らない…!真実を伏せられて、それに翻弄されている…!」

カヲル「………素敵だよ、本当に」ナデナデ

シンジ「ん、ぅ…」モゾッ

カヲル「…君は何て無知で、何て無垢なんだろう」フフッ

サラッ

カヲル「…ふふ、シンジ君の髪は、こんなに柔らかいんだね」

シンジ「ぅ…」ピクッ

カヲル「……無垢が罪だと言うのなら、知ることは罰だ。何も知らなければ傷付かないし汚れない。…そうだろう、シンジ君」サラサラ

カヲル「……あと、ここから先も…君は何一つ聴くことができないから教えるのだけど」

カヲル「…この前、『僕達は一緒にいるべきじゃないと思う』なんて言ったよね?
……あれは嘘なんだ」ニコッ

睡眠薬は一人分…(アカン)

カヲル「…全てが本心じゃないわけじゃない。僕といると君が不幸になるのも…きっと、真実だ」

カヲル「……でも、僕には分かっていたんだ。君はあの程度の言葉じゃ、僕から離れて行かないってね」サラサラ

シンジ「…ふ…ぅ」モゾッ

カヲル「そうでもなければ、あんな恐ろしい言葉…とても口に出来ないよ」フフッ

カヲル「…君はね、僕を捨てられない。自分よりも可哀想な死にたがりで…自分を否定しない僕を。
否定されることは怖いんだろうね、辛いんだろうね…特に、君にとっては」

カヲル「だから君はきっと…仮に、今の言葉が聞こえていたとしても……」

カヲル「…ふふ、流石にその妄想は都合が良過ぎるかい?」クスクス

カヲル「けして、僕は……」

カヲル「僕は、君を不幸にしたいわけじゃないんだ。君には…叶うなら、幸せになって欲しい。本当だよ」

カヲル「だけど、僕の望みと君の幸せは両立出来ない…ジレンマの角なんだ」

カヲル「…だからと言って、君が僕から離れて行くなんてとても…とても耐えられないんだ…。
…それは死ぬことより余程、生きていくことよりずっとずっと遥かに…苦しい」

シンジ「……」スーッ

カヲル「だから、だからね、シンジ君…ねぇ、シンジ君…」サラサラ

カヲル「……僕と一緒に、地獄まで落ちてよ」


……そんなことが許されると思っているのかい?


カヲル「……」


…そんなことに、シンジ君を巻き込んで良いわけがないだろう。


カヲル「…しつこいな…シンジ君がいる時くらい、黙っててよ」


……

…一人で死になよ。


カヲル「……煩いッ!!」

シンジ「…?…ぁ、カヲル君…」モゾッ

カヲル「し、シンジ君……」ビクッ

シンジ「…僕、寝ちゃってたんだね」

カヲル「…あぁ、そうだよ。すまない、起こしてしまったみたいだね」

シンジ「いいよ、うたた寝してただけだから。…それよりカヲル君、何か言ってたようだけど…」

カヲル「……」

シンジ「…どうしたの?」

カヲル「…何も。ただの独り言だよ。……全部、独り言」

シンジ「…そっか、うん」

………………
一週間後




シンジ「…おじゃまします。……カヲル君、いる?」ガチャッ

カヲル「やぁシンジ君。早かったね」ニコ

シンジ「今日は学校、早く終わったんだ。…ごめんね、退院してすぐなのに無理言って誘っちゃって」

カヲル「何を言ってるんだい、僕をリハビリに連れ出してくれると言うのに…。
ありがとう、シンジ君」フフッ

シンジ「…うん、どういたしまして。…じゃ、早く行こう。今なら予定より1つ早いバスに乗れるよ」

カヲル「……麦茶があるけど、飲んでいかないかい?」

シンジ「いいよ、お茶を持ってきたから。気を使わないで」ニコ

カヲル「そうかい?……少し、残念だな…」

シンジ「…よかった、バスに間に合ったね。どこに座る?」

カヲル「…誰も乗客はいないね…君の好きなところでいいよ」

シンジ「じゃあ、広いし一番後ろに行こうよ」

カヲル「そうしようか」

シンジ「よいしょ…」ストン

カヲル「……」ストン

シンジ「あ、動き出した…」

ブオオオ…

シンジ「…カヲル君、長袖だから厚いでしょ?僕しかいないし、上げときなよ」

カヲル「……そうだね。そうさせてもらうよ」グイッ

シンジ(…手首に傷がない。少なくとも昨日今日は切ってないんだ。
…今日はなんだかカヲル君が少し元気なようだし…うれしいな)

シンジ(…でも、なんだかソワソワしてる?ような…)

カヲル「…すまないね、シンジ君」

シンジ「何?」

カヲル「これから行く川のことさ。…僕の為に気を使ってくれたんだろう?」

シンジ(…そう。プールとかだと傷が人目に付くかもしれないから、出来るだけ近くの泳げそうな川を探したんだけど…)

シンジ「…僕、あんまり人混みとか好きじゃないから」ハハ

カヲル「……ありがとう。本当に…」フフッ

カヲル「……ねぇ、シンジ君……君は…」

シンジ「どうしたの?カヲル君」

カヲル「……ううん、やっぱり何でもない」フフッ

シンジ「…何それ」アハハ

シンジ(カヲル君、今日はよく笑ってくれる…)

シンジ「……あ、カヲル君…もうすぐ着くよ」

カヲル「…楽しみだね、本当に…」

…………

シンジ「わぁ…大きくないけど、思ったより綺麗な川だね…!」

カヲル「…木の影が落ち込んでいて、水辺に咲いている花がさらさらと流されているね…。
まるで、ホッグスミル川の様に厳かで優美だ」

シンジ「…ホッグス…?」

カヲル「ホッグスミル川。ハムレットの第4幕7章の一場面をジョン・エヴァレット・ミレイという画家が描いた時にモデルにした川だよ」

シンジ「…初めて聞いたけど、きっとそこも、綺麗な川なんだろうね」

カヲル「うん。特にその絵画は本当に美しいんだよ…憧れるくらいにね。……さ、泳ごうか」

すたすた

カヲル「……ん、…」スルッ

ヒラッ

シンジ「…カヲル君、そんな脱ぎ捨てていったら風に飛ばされちゃうよ?」

カヲル「大丈夫だよ、今日は風なんて吹かないから」フフッ

シンジ「たしかに、風はなさそうだけど…」

カヲル「…ね、気にしないでいいよ」

カヲル「……」スッ

シンジ(…でも、靴は並べるんだ…)

シンジ「もう少し川から離して置いたほうがいいんじゃ…」

カヲル「……いいんだ、これで。…ほら、シンジ君も早く」

シンジ「ちょ、ちょっと待って…!」スルッ

ちゃぷん

カヲル「…冷たくて気持ちがいいね」

シンジ「うん。……あれ、カヲル君、胸…」

カヲル「……そう。心臓が見えてたのに、一週間と二日であの傷が跡形もなくなるなんてね…。もう笑うしかないよ」

シンジ(…だから担当のお医者さんは、あんなに追い出すようにカヲル君を退院させたんだ…。
たしかに普通じゃ考えられない。でも…)

シンジ「…でも、本当によかったよ。傷が残らなくて」ニコ

カヲル「……シンジ君は、そういうふうに言ってくれるんだね」フフッ

カヲル「ごめんね、傷のこと黙ってて…本当は、もう普通に動けるんだけど…。
君が誘ってくれたのが嬉しくて、言えなかったんだ」

シンジ「…そっか。じゃあ、気兼ねなく泳げるね」

カヲル「ふふ、そうだね。…もうちょっと、あっちへ行ってみようか」すすっ

シンジ「あ…」

カヲル「……どうしたの?シンジ君。もっとこっちにおいでよ」プカプカ

シンジ「…僕から誘っておいて何なんだけど…僕、泳げないんだ。だから、足がつかないところは…」

カヲル「大丈夫、最初は僕の腕に掴まるといい。泳ぎ方を教えてあげるよ」

シンジ「…でも」

カヲル「……平気だから。ほら」フフッ

シンジ「…うん」ギュッ

カヲル「…そう。そのまま上を向いて…肩の力を脱くんだ」

シンジ「……こ、こう…?」プカプカ

カヲル「…そうしたら、腕を離してごらん。落ち着いて、ゆっくり」

シンジ「……」ギュッ

スッ

カヲル「…怖くないから、目を開けてごらん…君は、ちゃんと一人で浮かんでいるよ」

シンジ「え…」パチッ

シンジ「……本当だ」プカプカ

カヲル「…シンジ君は飲み込みが早いね。練習すれば、僕よりずっと上手に泳げるようになるよ」

シンジ「そ、そんなことないよ…でも、水に浮かぶのって気持ちいいや」

カヲル「……」すうっ

シンジ「え…?か、カヲル君…!?待ってよ!」バチャバチャ

ガシッ

シンジ「……追い付いた…いきなり離れて行かないでよ。びっくりするじゃないか…」ハァハァ

カヲル「…よく出来ました」フフッ

シンジ「…え?」

カヲル「一人で泳げたね、シンジ君」

シンジ「…あ、たしかに…」プカプカ

シンジ「カヲル君は…人に何かを教えるのが上手だね。すごいや」

カヲル「…そんなことはない。シンジ君の要領がいいだけさ」ニコニコ

シンジ「あ、ありがとう…。でも、こんな深いところは流石に危ないんじゃない?戻ろうよ」

カヲル「そうしようか。……でも、その前に…君に言っておきたいことがあるんだ」

カヲル「……聞いてくれるよね」

シンジ「う、うん…?」

カヲル「……シンジ君。本当に、本当に…ありがとう…僕を、こうして誘ってくれて」

カヲル「…僕、は…僕はね、ずっと……」

シンジ「か、カヲル君…?落ち着いて…」

カヲル「…う、うん…悪いね、凄く緊張していて…」

カヲル「……」スーッ ハー…

カヲル「……」フゥ

カヲル「……だけど、シンジ君は意地悪だね…僕の気も知らないでさ」

シンジ「…?」

カヲル「…僕はね、ずっと我慢していたんだよ?毎晩君を思い出しながら、ずっと想像して…そして、堪えてきたのに」

シンジ「な、何のこと…?」

カヲル「……すぐに分かるさ。…せっかくだから、さっきバスの中で言いそびれたことも言ってもいいかい?
…これで、終わりだから」

カヲル「…君はさぁ…どういうつもりで僕を人気のない川なんかに誘ったんだい?」

シンジ「え…?……お、泳ぐのってリハビリにいいって聞いて…」

カヲル「…君は僕を…いまだに過大評価しているようだね。…僕は、君が思うより余程、自分の欲求に素直だから」

カヲル「…今だって、そんなに気を許して体を預けている。君はもう少し……慎重になるべきだったんだ」

カヲル「……だけど、もう遅い」

シンジ「…っ!?」ゾワッ

シンジ「カヲル君…っ」バッ

カヲル「…ここまで来て…逃がすものか」

ガシッ

シンジ「は…離して!!」

シンジ(カヲル君が何を言ってるのかよく分からないけど…逃げなきゃ…!)バタバタ

カヲル「そんなに暴れないで、シンジ君……
おとなしてくれたら、辛くないように…優しくしてあげられるから。…ね?」

ぎゅうううっ…

シンジ「カヲル君、肩…痛い…」

カヲル「…だったら抵抗しないでよ、拒否しないでよ。君がそうしてくれたら、痛くないようにするから」フフッ

シンジ「…っ」カタカタ

カヲル「恐いかい?…恐いよねぇ…でもそれって、これから起こることが?それとも…」

カヲル「……僕が?」ニコ

シンジ「…それは……っ」

カヲル「ああ、いいんだシンジ君。言わないでいいんだよ…いや、…言わないでくれ」

カヲル「…どちらが答えだとしても…僕はきっと、とても悲しくなるから…。…まぁ、どちらも…なんだろうけどね」

ぐぐっ…

シンジ「痛っ…」

カヲル「…見ていて分かるだろう、シンジ君。…もう抑えられないんだよ、衝動が…」プルプル

カヲル「《To be, or not to be》、問われているのがそれなら…今の僕らに…
いや、今の僕に選べるのはたった1つだけなんだ」

シンジ「…っ?」

カヲル「僕はね、ずっと…」

カヲル「ずっと、シンジ君とこういうことがしたかった。ずっとずっと…君と、こうなりたかった…!」

カヲル「…、……君が悪いんだよ」

カヲル「許してなんか言わない、恨まないでなんか言えない……シンジ君、」

カヲル「……ごめんね」

ぐっ

シンジ「…ぁ」

ザブッ

シンジ「……、!…」ゴボゴボ

シンジ(駄目だ、肩を押さえつけられて…水面に上がれない…!)バタバタ

カヲル「苦しいかい?シンジ君…」

シンジ(…水を飲んじゃ駄目だ、口を閉じなきゃ…っ)ムグッ

カヲル「ごめん、ごめんね…本当は君に、苦しい思いなんてさせたくないのに…」

カヲル「…だけど、止めないよ。僕の…ふふ、」

カヲル「…僕の、心は…今、これ程までに悦楽に充ち満ちているのだから…!
……そうだ、嬉しくてたまらないんだよ!」

ぐっ…

カヲル「シンジ君とこうして……二人で死ねると思うと…ッ!!」

シンジ「………」プルプル

カヲル「ふふ…必死に息を堪えているのが分かるよ、シンジ君…」

カヲル(…………そこまでして、生きたいかい)

カヲル「……」

シンジ(も…う……息が…)

カヲル(この体勢じゃ、あまり深くは押さえつけられないな…僕は非力な方だし、何かの拍子に息が出来てしまうかもしれない。
…そうなれば直ぐには窒息しないだろう。あまり長引かせると可哀想だし……)

カヲル「……」

パッ

シンジ(肩を押さえてた手がなくなった…?よし、今なら…!)バタバタ

シンジ「……ぷはぁっ!」バシャッ

シンジ「よかった、なんとか…」ゼェゼェ

シンジ(…?……カヲル君がいない…)キョロキョロ

シンジ(…、もしかして)ハッ

シンジ「下っ……うわ!?」ビクッ

ガシッ

カヲル(…逃がさないよ)

シンジ「あ、足首に…っ…やめてよ、カヲル君…!」バタバタ

カヲル「……」グイッ

シンジ(駄目だ、引きずりこまれる…っ!)バタバタ

ザブン!

シンジ(く…口に水が…!!)ゴボゴボ

シンジ(落ち着け…っ!気管の方には入らなかった…息を止めるんだ)ムグッ

シンジ「……」バタバタ

カヲル「…、…」グイッ ゴボゴボ

シンジ(カヲル君が潜る力の方が強い…いったいどうすれば…)

カヲル(……わからない)ゴボゴボ

カヲル(シンジ君、あんなに必死にもがいて…どうしてそんなに生きようとするんだい?)

カヲル(…生とは…そんなに尊いものなのかい?)

カヲル「…っ、ぶ…げふっ、ぁ…ん゙ぐっ」ゴボゴボ

カヲル(…水が、気管のほうに…反射で咳が出るのに、上手くできなくて体が跳ねているのがわかる…)ビクッ ビクッ

カヲル(…苦しいけれど、これで…シンジ君と死ねるのなら……)ブクブク

カヲル(……水面が遠い…これだけ引きこめば、きっとシンジ君…も…この…まま……)

カヲル「…………」

シンジ「……?」

シンジ(…足首を掴んでた手が、離れた…!)バタバタ

シンジ(……水面まで、息…持って………)

バシャッ

シンジ「っはぁ…!…はぁ、あ…うっ、げほッ…」ゼェゼェ

シンジ(…い、生きてる……)ハァハァ

シンジ「そ…そうだ、カヲル君…っ!」

シンジ(…カヲル君が上がって来ない…)

シンジ「……っ…」

シンジ(……駄目だ、やっぱりこのまま見捨てるなんて出来ない…!)

シンジ「…カヲル君…っ!」

ザブンッ!

シンジ(…いた、カヲル君!)ブクブク

カヲル「……」

シンジ(もう意識がない…急がないと!)

ズキッ

シンジ(…耳が…水圧かな…いや、今はそんな場合じゃない…!)

ガシッ

シンジ(……捕まえたのはいいけど、なかなか上にいけない…)バタバタ

シンジ「…、……っ!…」ブクブク

シンジ(…あと少し…っ!)バタバタ

ザバッ

シンジ「…っ、はぁ…!」ハァハァ

カヲル「……」ピクッ

シンジ(…カヲル君、やっぱり息してない…どうしよう!)

シンジ「…と、とりあえず岸に…!」バタバタ

シンジ「ん、っ…!」

ズルズル

シンジ(意識のない人って、やっぱりすごく重いや…カヲル君、こんなに細いのに…)

シンジ「…よし、何とか水際からは離れたね…」

シンジ(…カヲル君は…)

カヲル「…、……」ピクッ

シンジ「……」ジッ

シンジ(…とりあえず心臓は動いてるけど…息が出来ないみたいだ)

シンジ(…いったい、どうしたら…心臓動いてるんだから心臓マッサージじゃないだろうし、
肺に水が入ってるから人工呼吸したって…)

シンジ「…カヲル君、カヲル君っ!しっかりして!」ペチペチ

カヲル「…っ、…ぐっ…ぅ゙…」ビクッ

シンジ「!」

カヲル「ぁ゙…っ、…ごぼっ、が…」ゴボゴボ

シンジ(水が…戻らないように横を向かせて吐かせなきゃ…!)グイッ

カヲル「がふっ、げ…っ…ふぅっ、…ぇ゙っ、」ビチャビチャ

カヲル「…ふ…っ…は…ぁ…はぁっ、は…」ハァハァ

シンジ(水、全部出たのかな…普通の呼吸に戻ってきた。でも、まだ意識が…)

シンジ(今はそれより…口の中の水、拭くんだっけ)

シンジ(…救急セット持って来たから…たしか、ガーゼが…)ガサゴソ

シンジ「…あった」

シンジ(…けっこう溜まってる)グイッ

カヲル「…、…」

シンジ(反対の手で舌を抑えながら…)グッ

カヲル「ぁ…ぇ…っ」ビクッ

シンジ(…舌抑えられたら気持ち悪いよね…ごめん、もうちょっとだけ我慢してね…)

カヲル「…?…へぅ…シンジ…ふ…」

シンジ「カヲル君っ!?」スルッ

シンジ「カヲル君…よかった…!」

カヲル「…僕、は……どう…し……ぁ…!」

カヲル「…っ」バッ

シンジ「か、カヲル君!?まだ動いたら…」ガシッ

カヲル「げほっ、ふ…ぅっ…は、離して…っ!」

シンジ「は、離したら…どうするの」

カヲル「………今度こそ死ぬんだよ…一人で」

シンジ「な、何言って…!」

カヲル「…君こそ…っ!どうして僕を助けたりしたんだ!僕は、君を…!」

シンジ「……」

カヲル「…離してよ。きっと、もう…君は僕を…っ…離して!そうなったらもう…僕は…!!」

シンジ「…っ」

ペシッ

カヲル「ッ、……シンジ君…」

シンジ「……帰ろう、カヲル君」

カヲル「……」

……………

シンジ(…帰りのバスの中で、カヲル君は絶対に僕と目をあわせなかった)

シンジ(時々咳き込んで…それ以外は、膝に置いた拳を見つめて、ずっと肩を小さく揺らしていた)

シンジ(…僕も、何て声をかけていいか分からなかった)

カヲル「……」

シンジ「……」

カヲル「…どこまでついて来る気だい?」

シンジ「あ…」

カヲル「……もう、僕の家の前だよ」

シンジ「……」

カヲル「…どうして、君は…」

シンジ「………じ…じゃあ、僕はもう…」クルッ

カヲル「…待ちなよ」ガシッ

グイッ

シンジ「カヲル君…っ!」

カヲル(…どうして抵抗しないんだ)グッ

シンジ「あっ…」

カヲル「…来なよ」グイッ

ガチャッ

バタン

シンジ「カヲル君、腕…痛いよ…っ」

カヲル「…ごめん」パッ

カヲル「……逃げなくていいの?」

シンジ「……」

カヲル「あんな事があった後にこんな所までのこのこ着いてきてさ…
挙げ句こうやって家に連れ込まれて…恐くないのかい?何されるか分からないんだよ?」

カヲル「……殺されるかもしれないんだよ」

シンジ「……」

カヲル「…何か言いなよ…っ!」ガシッ

シンジ「…っ!」ビクッ

カヲル「…一体、どこを見てるんだい?…こっちを見てよ」

シンジ「……」

カヲル「…見るんだ。君と死のうとした……君を殺すつもりだった、この僕を!」グイッ

シンジ「…っ」

カヲル「……そうだよ、隠さなくていいんだよ…その怯えた目を。
…怖いんだろう?」

シンジ「…こ、恐くないって言うと……嘘になる」

カヲル「…だろうね。僕はそれだけのことをした。
…僕がシンジ君を今までどういう目で見てたか、よく分かったよね?」

カヲル「…はは、軽蔑しただろ?…ここ最近は君が優しくしてくれている時も、一人の時も…君と死ぬことで頭がいっぱいだったよ。
ずっと考えてた。どうやったら君と死ねるか、どうやったら苦しませないか、何て言って殺そうか……君が最後に僕に吐く恨み言は、何かって」

シンジ「カヲル君…」

シンジ(…今思えば、今日はカヲル君が元気に思えたのも…僕と……)

シンジ「…そんなに、僕と…し、死にたかったの…?」

カヲル「そうだよ。……ああ、そうだとも!」

シンジ「ひ…っ」ビクッ

カヲル「僕はもう一秒だって生きていたくない…!でも、シンジ君と離れるなんて、もっと嫌なんだ…!だから!」

ガシッ

シンジ(首に、カヲル君の手が…)ゾワッ

カヲル「…こうやって君と死にたかった。…いや、死にたいんだよ」

カヲル「……」パッ

シンジ「あ…」ヘナヘナ

シンジ(…首に手を添えられただけで、何もなかった…)トスン

カヲル「…今度こそ殺されると思った?そんなふうにへたりこんだりして」

シンジ「……」コクン

カヲル「……そう」

カヲル「……どうして、そんなに恐がるくせに逃げもしなければ拒絶もしないんだい?」

シンジ「それは…」

カヲル「…何も、今に限った話じゃない…ずっと不思議だった。
君には家族も友達もいるのに、どうして彼等との時間を犠牲にしてまで、僕に構ってくれるんだい?」

シンジ「……自分でも、よく分からないんだ…でも、カヲル君は…大事な、友達…だから」

カヲル「……」

カヲル(……友達、…)

カヲル「……大事な友達だから、放っておけなかった?放っておいたら死んでしまいそうだった?
自分がいないと…死んでしまいそうだった?」

シンジ「そ、そういう事じゃ…!」

カヲル「いや、それで正しいんだよ。君がいないなら、止めないなら…僕は何も迷わずに死ぬだろう。
…でもね、」

カヲル「……本当に僕が大切なら、僕と死んでよ、シンジ君。
そうしてくれるなら、僕はいっとう幸せなんだから」

シンジ「…、…」グスッ

カヲル(…何も、泣かせるつもりなんてなかったのに)

カヲル「……その沈黙は、承諾と理解していいのかな」

シンジ「……っ…」

シンジ「……」フルフル

カヲル「……」

カヲル(…やっぱり、頷いてはくれないんだね)

シンジ「…そ…そんなの、僕には……」グスッ

カヲル「……」

シンジ「…でも、カヲル君にも死んで欲しくないんだ……わがままなのは分かってる、…分かってるけど…」

カヲル「…そうかい」

シンジ「…」コクン

カヲル「……もういい、もういいよ、シンジ君」ポンポン

シンジ「…カヲル君…」グスッ

カヲル「だから泣かないで、シンジ君。そうやって君を必要以上に苦しめて…悲しませるつもりはなかったんだよ」

シンジ「……」

カヲル「……君は僕の所有物ではないのだから…あんなこと、許されるはずはなかったんだ。…すまない」

シンジ「…わ、分かってくれたなら、いいんだ…」

カヲル(分かってはいたけれど…君にあんなふうにはっきり拒否されたら、僕はもう…君を無理矢理には…
こんなことなら、聞かなければよかった。
…いや、それ以前に)

カヲル(…君に泳ぎ方を、教えなければよかったね)

カヲル(…全部、僕のミスだ。君がこうして泣いているのも、それを見ている僕がこんなに辛いのも…。
……何も与えず何も語らず、何も言わせず…連れていけたならよかった)

カヲル「…ごめんよ、シンジ君…」

シンジ「うん…」

カヲル「…僕は本当は…君が望む限り、僕に出来る全てを叶えてあげたかった」

カヲル(これは嘘じゃないんだよ…
だけど僕はあの瞬間、誘惑に負けてしまった。負けることを良しとしてしまったんだ。
例えそれが、君自身の意志を無視することになると分かっていても)

カヲル(…自分で思っていたよりもずっと、僕は自己中心的だったんだね)

カヲル「…だから、今の今になって…だけれど」

カヲル「……君が、生きていて欲しいと願うなら…僕は出来る限り、この激しいデストルドーに逆らうと約束するよ。
…たとえ、生きていくことが僕にとってどれだけ辛くても。だから、だから…」

カヲル「……僕を捨てないで」

シンジ「…そんなことしないよ、絶対…頼まれたってできない」

カヲル「…シンジ君…」

シンジ「……」ニコ

カヲル「……すまない、すっかり遅くなってしまったね。…もうお帰り、シンジ君」

シンジ「でも、カヲル君…」

カヲル「……あまり暗くなると危ないから。…ね」

シンジ「…わかった。そうするよ」

カヲル「送って行こうか?」

シンジ「……ありがとう、大丈夫だよ」

カヲル「……」

シンジ「…じゃ、また明日ね…カヲル君」

カヲル「……うん」

シンジ「……」スタスタ

シンジ(…幸せって、何なんだろう。生きるって、どういうことなんだろう。…考えたこともなかった)

シンジ(死ぬのは絶対にいけないって、そんなの誰でも本当は嫌だって思ってたけど…カヲル君は、)

シンジ「……」

シンジ(…本当に僕がカヲル君のことを大切に思っているなら、僕は…)

シンジ(……どうするべきなんだろう。…死ぬって、本当は何?)

シンジ「……寒いや」

………………

翌日




あんな口約束してよかったのかい?


カヲル「…シンジ君がそう望むなら」


死なないなんて選択肢があるのかい?


カヲル「………さぁ」


どうせ生きてても迷惑なんだけどね。だからいっそ早いうちに死んで、解放してあげたらどうだい?


カヲル「…だけど、…」


…本当は自分でもそうしたいくせに。
……まだ結局、彼と死にたいくせに。


カヲル「だからもう黙ってよ…ッ!!」

カヲル「…!……ぁ…っ」ガバッ

カヲル(…なんだ、夢か…酷い寝汗だ)

カヲル「…眠ってるときくらい、忘れさせてよ」ハァ

カヲル「……」

カヲル(…体が重い、頭も心も……)

カヲル(………死ねなくても…せめて傷付けたい。少しでも楽になりたい…)

カヲル(…昨日の今日なんだから、跡が残らないようにしないと。
シンジ君に余計な心配をかけたくない…少なくとも、この気持ちが続いているうちは)

カヲル(……どうしよう。切るのはなし…)

カヲル「……」カタカタ

カヲル(…駄目だ。早くしたい、すぐにしたい…)

スッ

カヲル(長袖のシャツ…これなら)

くるっ

きゅっ

カヲル(…これで首を絞めても、跡なんて残らないはず)

ぎゅううっ…

カヲル「……んっ、……」ピクッ

カヲル(…やっぱり苦しい、苦しいけど…)

カヲル(…苦しいこと、痛いことで頭をいっぱいにしておけば辛いことは考えなくていいんだ。
…だからこの感覚は嫌いじゃない。むしろ……)

カヲル(…それに、こうしてはっきりとした苦痛があれば、それが罰になるから…。
それを感じてる間だけは、こんなどうしようもない自分でも許されている気持ちになれる)

カヲル(それは本当に刹那的だけど…その一瞬だけでも、確かに僕は楽になれるんだ)

カヲル「…か、…ふ……っ」ヒュー…ヒュー…

カヲル(耳鳴りがする、頭の中がドキドキする……どうして酸欠の時って、こんなに肩が跳ねるんだろう…)ビクン

カヲル(あと少しだけ…手に力が入らないけれど、あとほんの少し…)

ぎゅううっ

カヲル「…ぁ゙……っ!?…げふっ、ぅ…っはぁ!!」パッ

カヲル(変な所に入って…思わず手を離してしまった…)

カヲル「……」ゼェゼェ

カヲル(…これじゃ足りない、もっと、もっと…激しい…)ハァハァ

カヲル「ほかに何か…」キョロキョロ

カヲル「あ…」スッ

カヲル(…電気コードだ)

カヲル「……」

ゴソゴソ…

カヲル「…よし」

カヲル(緩く結んでドアノブにかけたから、少し経てば解けるはず…)

カヲル(…あとは、首にかければ…)バクバク

スッ

ぎゅっ

カヲル(あ、あれ…?)

カヲル(こんな、完全に息が出来ないのか…口が…)パクパク

カヲル(…体は焦燥感でいっぱいなのに、頭は妙に冷静で…何だろう、こ
ういうの、初めてじゃないような…
でもさっきほど苦しくないな…この方法も駄目か)ぼーっ

カヲル(…そろそろ止めなきゃ、本当に死んで、……?)ピクッ

カヲル(あ、体…動かな……?)

カヲル(……だ、駄目だ…これでは…)ピクピク

カヲル(………でも、これ…きも……っ)ガクン

カヲル「……」

……………


シンジ(今日は学校休みだし…お弁当でも作って持っていこうかな)トントン

シンジ(カヲル君ってあんまり食べてないし、食べても戻しちゃうみたいなんだけど…
僕の作ったのなら、ちゃんと食べてくれてるみたいだから)

シンジ(何にしよう…前に野菜炒め食べてたような。…でも、もっとカロリーとか鉄分とれるほうがいいよね。
…レバーとか嫌いかな)トントン

サクッ

シンジ「…痛っ」

シンジ「血が…いたた…」ペロッ

シンジ(…カヲル君は、どうして…)

すっ

シンジ「多分、こうやって手首に刃を添えて……いや」

カチャッ

シンジ「…上から、刺すように……」

シンジ「……?」ハッ

シンジ(僕、何やってるんだろ…)

…………

カヲル「………、」ピクッ

カヲル「……ぁ…」

カヲル(…体が動く…なんとか生きていたようだね…)モゾッ

カヲル(……電気コードって案外切れやすいのか…おかげで助かった)

カヲル「なんだか寒いな…けふっ、……ん?」ベチョッ

カヲル(…よだれ……)

カヲル(…まさか)ゴソゴソ

カヲル(……よかった、よだれだけみたいだね…)フゥ

カヲル「着替えなければ………あっ」

カヲル(やってしまった…首に跡が残っている)

カヲル「……」

カヲル(…タートルネックってどこに仕舞ったかな)

……………

シンジ「カヲル君ーいるー?」ピンポーン

シンジ(鍵かけてるなんて珍しいな)




カヲル「あ…シンジ君…」

カヲル(今日も来てくれたんだね…そっか、昨日『また明日』って言ってくれたよね)

カヲル「今開けるよ」

カヲル「…シンジ君」ガチャッ

シンジ「おはよう、カヲル君…あ、こんにちは、かな?」

カヲル「…こんにちは。…だね。熱いだろう、早くお入りよ」

シンジ「うん。おじゃまします」

カヲル(…もう、何もしないつもりではあるけれど…)

カヲル(どうしてそんな無警戒に僕と二人きりになれるんだろう?)

シンジ「…あれ、カヲル君?どうしてそんな服着てるの?暑くない?」

カヲル「あ、うん……ちょっとね」

シンジ「……」ジーッ

カヲル「シンジ君…?」

シンジ「…ごめん、ちょっと見せて」

グイッ

カヲル「あっ…」

カヲル「…何でもないんだ、本当に…!」バッ

シンジ「……」

シンジ「…カヲル君、首…絞めた?」

カヲル「ど、どうして…っ」ビクッ

シンジ「…白目、真っ赤だから」

カヲル「え…っ」

シンジ「…あんまり首を強く絞めると、顔の血管が破れて内出血を起こしたりするんだよ。
…白目のところは、特に目立つんだ。…首を隠してるのも、跡があるから…だよね?」

カヲル「ぁ…」

カヲル(全く気が付かなかった……どうしたら、どうしたらいいんだ…!?)

カヲル「ち、違……シンジ君、これは…っ!!」カタカタ

カヲル「死、死のうとしたんじゃないんだ……!少し、少しだけ苦しくなりたくっ…て」

シンジ「カヲル君…っ」

カヲル「…だっだから僕は、君との約束を…破っ…りたかったわけじゃ…!
違う、違うんだよ…!ご、ごめ…っごめんなさっ…!!」ブルブル

シンジ「…お、怒ってないから、大丈夫だから…!」

カヲル「……っ」ポロポロ

シンジ「落ち着いて、ね…ほら、深呼吸」

カヲル「う…ん」

カヲル「……」スー ハー

シンジ「…落ち着いた?」

カヲル「…少しは…」

シンジ「…よかった」

シンジ「……手当てしたいから、首…見せてくれる?」

カヲル「…………うん…」スッ

シンジ「…けっこう強く絞めてるね…」

シンジ(…内出血が酷い。気道あたりは大丈夫みたいだけど…)

カヲル「ほ、本当にご…」

シンジ「いいんだ、謝らないで。やりたくてやったんじゃないんだから…
だから、そうやって目を逸らさなくてもいいんだよ」

カヲル「……」チラッ

シンジ「…でも、少しずつ…やめていこうね」ニコ

カヲル「……うん」

シンジ(擦り傷とかあってもおかしくないけど…痣が濃すぎてよく分からないや)

シンジ「…こうしても痛くない?」スッ

カヲル「…?」

シンジ「カヲル君?」

カヲル「あ、うん…大丈夫だよ」

カヲル(何なんだろう、この感じ…)

>>116
我慢したかったけどやっちゃったんだよね的なニュアンスです
シンジとしてもそう思っておきたいので

カヲル(……どうしてこんなに、心臓が…)バクバク

ぐぐっ

シンジ「ちょっと、カヲル君っ!?」

シンジ(首に添えた僕の手を、上からカヲル君が押さえて…)

カヲル「……」ぎゅぅぅっ

カヲル(…あたたかい。それに、心臓を握られた時と同じような…いや、もっと……)

シンジ「カヲル君っ、そ…そんな押さえたら…爪が食い込んで…!」

カヲル「……、」ハッ

カヲル「…す、すまない。大丈夫だったかい…?」パッ

シンジ「僕は何ともないけど…ああ、やっぱり…血が出ちゃってる」

カヲル「……」

シンジ(どうしたんだろう、いきなり…)

シンジ「とりあえず消毒しとくね」ポンポン

カヲル(……恐怖なんて全くなかったのにまだ脈が治まらない…どうして)バクバク

シンジ「……はい、終わったよ。もう隠さなくていいからタートルネックは脱いでおいてね、擦れるといけないから」

カヲル「…ありがとう、そうするよ」ぬぎぬぎ

カヲル(…シャツでいいかな)いそいそ

シンジ「……」プイッ

シンジ(…何で僕、わざわざ目を逸らしたんだろう?)

カヲル「…?」

カヲル「…着たよ?シンジ君」

シンジ「あ、うん……」

シンジ「…そうだ。僕、お弁当持ってきたんだ。そろそろお昼時だし、食べない?」

カヲル「本当かい?…嬉しいな」フフ

シンジ「よし…ちょっと待ってね」ゴソゴソ

シンジ「…はい、どうぞ」

カヲル「美味しそうだね。…いただきます」スッ

シンジ「いただきまーす」

シンジ(結局野菜炒めと焼き魚メインにしたんだけど…ちょっと作りすぎたかな)

シンジ(…うん、味は悪くない)モグモグ

カヲル「…やっぱり、シンジ君の作るご飯は美味しいね」モグモグ

シンジ「カヲル君はいつもそう言ってくれるね」ニコ

カヲル「本当に美味しいんだよ」フフ

カヲル(…シンジ君は、僕なんかのために、わざわざ…)ゴクッ

カヲル(……まだ飲み込むときに喉が痛む)ズキッ

シンジ「ところでさ、カヲル君…最後にちゃんとご飯食べたの、いつ?」モグモグ

カヲル「……」

カヲル「…一昨日の昼…だったかな…」

シンジ「そっか。…無理にとは言わないけど、もうちょっと食べよっか」

カヲル「うん…」モグモグ

シンジ(本当は無理にでも食べて欲しいんだけど…急かしちゃ駄目だよね。吐いちゃったら意味ないし…
それにしても、やっぱり作ってきてよかった)

カヲル「……」モソモソ

シンジ(…かなりペースが落ちてきた…そんなに食べてないのに)

シンジ「…カヲル君、無理しないでね。ちょっと作り過ぎちゃったから」

カヲル「……うん…ごめん、ごちそうさま」

シンジ「いいよ。お粗末さまでした」

シンジ(…でも、少しでも食べてくれてよかった)ふふっ

シンジ「…ふう、ごちそうさま…と」

シンジ(やっぱり多かった…お腹いっぱいだ)フゥ

カヲル「……」

カヲル(…シンジ君は、もう帰ってしまうのだろうか…僕にお弁当を食べさせるために来てくれたようだし)

カヲル「……シンジ君、テレビ…見るかい?」

シンジ「…?…うん、見るよ」

カヲル「それじゃあ、つけるね」ピッ

カヲル(…シンジ君の好きそうな番組は…ないか。ニュースでもつけよう)ピピッ

キャスター『…続いて、次のニュースです。行方不明として捜索されていた15才の少年が昨日未明、遺体で発見されました』

シンジ「……」

カヲル(しまった…こんな気分が沈むようなニュースをシンジ君に見せるなんて…今さらチャンネルを変えても不自然だし…)

シンジ「…たしか、三日前から捜索されてたんだよね…。亡くなっちゃったんだ」

カヲル「……そのようだね」

キャスター『ご家族の様子です』

家族『どうしてあの子がこんなことに…私はこれから、どうしたら…!!』ポロポロ



シンジ「……」ジーッ

カヲル(…もし、僕が死んだら…)

カヲル(シンジ君は、どう思うんだろう)

……………


シンジ「…もうこんな時間かぁ…テレビ見てるとあっという間だね。…僕、もう帰らなきゃ」

カヲル「…そう、か…うん、最近は少しずつ日が短くなってきたしね」

シンジ「うん…じゃあね、カヲル君」

カヲル「…待って、シンジ君。…送っていくよ」

シンジ「…ありがとう、ここまでで大丈夫だよ」

カヲル「そうかい?少し心配だよ…もうこんなに暗いじゃないか」

シンジ「…それはカヲル君も同じじゃないか。気をつけて帰ってね」ふふっ

カヲル「……うん」

シンジ「ばいばい、カヲル君…また明日ね」クルッ

カヲル「…また明日」ニコ

シンジ「……」スタスタ

カヲル「……」

カヲル「………」ジーッ




カヲル(…もうシンジ君の後ろ姿が見えないな)

カヲル(そろそろ、僕も帰ろう)

カヲル(少し前まで、これくらいの時間でも明るかったのに…そうだったら、シンジ君はもう少し…)

カヲル「……」トボトボ

カヲル(…ただいま)

シーン…

カヲル(…着いた。特にすることもないし…はやくお風呂に入って寝てしまおう)

カヲル(一人で起きていたって、嫌な考えで頭を埋めるだけだ)

カヲル(…よし、準備できた)

カヲル「…っ」

ちゃぽん

カヲル「やっぱり、まだ傷が沁みる…」

カヲル(…そうだ、鏡…)チラッ

カヲル「……」

カヲル(…白目、真っ赤だ…これじゃ、ばれないほうがおかしい。どうして気付かなかったんだろう)

カヲル(痣のほうはもう薄くなってきてる…そんなに痛くもない)

カヲル(…この縦に並んでる傷は…そうか、シンジ君の爪痕だ。僕があんなに押さえたから…)スッ

カヲル「あ、…っ」チクッ

カヲル(小さい、小さい傷…シンジ君の爪はこんなに小さいんだね)フフッ

カヲル(……僕の場合…これくらいの傷だと、明日には跡形も残ってないだろう…)

カヲル「……」

カヲル「…っ、は…ぁ」ぼーっ

カヲル(逆上せたかな…そろそろあがろう)

カヲル(…髪を乾かすのが面倒だ)ワシャワシャ

カヲル(タオルで十分かな)ワシャワシャ

カヲル「…」ブルッ

カヲル「…今晩は少し肌寒いな…はやくベットに行こう」スタスタ

ぼふっ

カヲル(…マットレスを変えたからやわらかい。前のは血まみれでどうしようもなかったからね…)

カヲル「……」ゴソゴソ

カヲル(ベットの下の…ここに…)

カヲル「…あった」スッ

カチャッ

カヲル(…この2つのコップ、もういらなくなってしまったね…あんなに悩んだのに)コツン

カヲル(……使わない、使わないけど…とりあえず捨てずにとっておこう)カチャカチャ

カヲル(…シンジ君はもう寝たのかな)

カヲル「……シンジ君…」ボソッ

カヲル(…そういえば…今日のあれは、本当に何だったんだろう?)スッ

きゅうっ…

カヲル(自分でこうやって首に手をそえても、特に何も感じないのに…。
シンジ君が僕の首に手をやったときの、あの胸騒ぎはいったい…)

カヲル「…、…はぁ…」モゾッ

カヲル(あの時のことを思い出すと、また心臓が…)バクバク

カヲル「っ……」

カヲル(…いや。僕は何をしてるんだ、寝る前に…。
もう、本当に早く寝よう…何だか、今日は珍しくぐっすり眠れそうな気がする…)すぅっ

カヲル「……」スーッ

??????


カヲル(…体が浮かんでいるような気がする。心も軽い…)

カヲル(……きっとこれは夢なんだ。僕が、こんなにも安らかな気分になれるはずがない)

カヲル(もう少し、目を閉じていよう…)



シンジ『…くん、』

シンジ『カヲル君、ねぇ起きて…カヲル君!』ペチペチ

カヲル「え…し、シンジ君…!?」パチッ

シンジ『おはよう、カヲル君』ニコニコ

カヲル「ど、どうしてシンジ君が家に……やはり、夢…?」

シンジ『…カヲル君、寝ぼけてるの?君が呼んだから来たのに』クスクス

シンジ『それに…こんなに用意するの、けっこう大変だったんだよ?』ゴソゴソ

カヲル「呼んだって…僕が?…それに、そのリュックは…」

シンジ『忘れちゃったの?カヲル君が用意してって言ったのに…ほら』ガサッ

シンジ『ちゃんと持ってきたよ。タオルとか、麻縄…せっかくだからなめしたのにしたんだけど…普通のほうがよかった?』

カヲル「…??」

シンジ『そうだ、ちょっと台所借りるね。ぬるま湯も用意しないと…500mlくらいで十分かな』

カヲル「待ってよシンジ君、本当に、何がなんだか…」ガバッ

シンジ『あ、カヲル君は横になってていいよ。全部、僕がしてあげるから』ニコ

カヲル(…?)

カヲル「…シンジ君、教えてくれないか?君は、今から…何をする気なんだい?」

シンジ『何って…カヲル君が今、僕に一番して欲しいことだよ』ニコニコ

シンジ『…僕に一番、させたいこと』

カヲル「僕がシンジ君に、させたいこと…?」

シンジ『……もしかして、気づいてないの?』



??????




カヲル「ん……?」パチッ

カヲル(…シンジ君がいない…どこへ…?)ムクリ

カヲル(……いや、やはりあれは夢…?…でも…)

カヲル「……」

カヲル(…駄目だ、どちらかよく分からない…今まで、こんなことはなかったのに)

カヲル(……とりあえず、今は学校へ行く準備をしないと。あまり休んでいてもシンジ君に心配させてしまうかもしれない)

カヲル「まだ5時前だけど…早いほうがいいよね」

…………
コンビニ



店員「いらっしゃいませー」



カヲル(…いつも通り、このコンビニで待機するとしよう)スタスタ

カヲル(雑誌コーナーからシンジ君が通る通学路が見えるから…今日も、立ち読みするふりをして待とう)

カヲル(まだ6時くらいか…少し早いかな?いや、シンジ君が何かの理由で早く登校することもあるかもしれないし、早いに越したことはない)

カヲル「……」ペラペラ

カヲル「……」チラッ

カヲル(まだかなぁ)

カヲル「……」ペラペラ

カヲル「……」

カヲル(7時45分…いつもならあと10分ほどだね…おや、)

カヲル「…あれは…!」

カヲル(シンジ君だ…!やっぱり早く来ておいて正解だった。急いで出なくては)タタッ

カヲル「…はぁっ、シンジく…」タタッ

カヲル「…!」

アスカ「しっかしアンタ最近ほんと付き合い悪いわよね」スタスタ

シンジ「そうかも…ごめんアスカ」スタスタ






カヲル「……」ジーッ

カヲル(また彼女だ…たしか、シンジ君の幼なじみだとか)

カヲル(…基本的に、いつも一緒に登校してるよね…っ)

カヲル「…っ…、」ガリガリ

ぬるっ

カヲル「あ…」

カヲル(…またやってしまった…人がいる場所でフラストレーションが溜まると、見えないところをえぐる癖もやめないと…
また肩から血が出ている、絆創膏は持ってきていたかな)

アスカ「ていうか…もうあの転校生に構うの止めたらぁ?」

シンジ「どうしてそんなこと言うんだよ、急に…」

アスカ「…最近、シンジまで転校生…渚みたいなカオしてるわよ」

シンジ「え、それって…」

アスカ「違う、顔の造りじゃなくて表情の話よ」

シンジ「なんだ」

アスカ「何かクマが出来てる日も多いし…悪影響受けてんじゃないの?」

シンジ「そんなこと…ないよ」






カヲル(…ここからでは二人の声は聞こえない…何の話をしているんだろう)ガリッ

アスカ「だいたい、アンタが渚の何を気にかけてるのか知らないけど…それって果たして意味があるのかしらね?」

シンジ「…アスカはなんにも知らないじゃん」

アスカ「…む…そりゃあシンちゃんはなぁんにも言ってくれないものねぇーっ?アイツのことなんか、知るわけないわよ!!」フンッ

アスカ「…でも、アンタが構わなきゃやっていけないようなら…意味がないと思うの」

シンジ「…どういうこと?」

アスカ「そのまんま」

アスカ「シンジはずっと渚に構ってられるわけじゃないでしょ?これからもずっと一緒にいるなんてありえないじゃない。
でも、そうなったらアイツはどうなるの?」

シンジ「……」

アスカ「あたしは、本当に何も知らないけど…シンジが渚を何かから助けたいのは分かるわ。それがアンタにしか出来ない大役なのも…
でも、だからこそ、そんなの…余命幾ばくの人間を機械に繋いで無理矢理生かすのと変わらないんじゃないの?」

アスカ「…生命維持装置にずーっと繋いでいられるならいいけどね」

シンジ(……)

アスカ(うつむいて黙っちゃった…流石に言い過ぎた?)

アスカ「な、なにもシンジが無駄なお節介焼きとまでは言ってないわよ?ただ、いつか…」

シンジ「……ううん、アスカの言うことも…間違ってないと思う」

シンジ(比喩でも何でもない…その通りだから)

アスカ「あ、そう…なら、渚との付き合いかたを考え直してみることね。本当にアイツが大事なら尚更よ」

シンジ「…うん、考えてみる。…アスカに筋の通ったお説教されるなんて、珍しいや」ハハ

アスカ「バカにしてんのぉ!?あたしが真面目に…!!」

シンジ「あはは…してない、してない」








カヲル「……」ガリガリ

学校




シンジ「やっぱり今日はちょっと早かったみたいだね」ガラッ

アスカ「ゆっくりできていいじゃない」



トウジ「お、おはよーさん」

ケンスケ「二人ともおはよう」

シンジ「おはようトウジ、ケンスケ」

アスカ「グーテンモルゲン!」








カヲル(爪が血だらけだ…洗ってから教室に入ろう)ジャバー

カヲル「……」ガラッ

シンジ「あ、カ…渚君、おはよう」

カヲル「おはよう、碇シンジ君」ニコー

トウジ「渚も早いなー、おはようさん」

カヲル(鈴原君か…シンジ君の友人にくらい愛想よくしないと)

カヲル「…おはよう」ニコ

…………


教師「…で、ここに代入して…」




カヲル(……僕がこうしてここにいて、何になるんだ)ボーッ

カヲル(何を学んだところで、僕の行く末はきっと…たったひとつなのに)

カヲル(……シンジ君は)チラッ

シンジ「うーん……」カリカリ

カヲル(…シンジ君はいつも一生懸命だね)フフッ



教師「…じゃあ、ここの答え…渚君」

カヲル「……a=1/4 , b=7…です」

教師「正解」

キーンコーンカーンコーン

教師「…はい、ここまで。次の授業までにこのページの応用問題を解いておくように」

カヲル(…終わった…やっと休憩時間だ)

カヲル(この時間は嫌いじゃない…シンジ君が、僕に声をかけてくれるかもしれないから)

カヲル(…でも、僕からはシンジ君のところへは行かない。…僕には、その資格がない)

カヲル(……シンジ君)チラッ

シンジ「……」スタスタ

カヲル(…出ていってしまった。トイレだろうか)ハァ

カヲル(…本でも読もう)パラパラ

女子「…あ、本当に来てる!」

女子「ねぇ渚くん!入院してたらしいね、大丈夫だったの?」タタッ

カヲル「…何」

カヲル(…読書の邪魔しないで欲しいな…
誰だっけ…ああ、隣のクラスの…)

女子「今日は何の本読んでるの?」

カヲル「…別に」

カヲル(三島由紀夫の『憂国』って言っても…彼女は多分知らないだろう。教える必要もない)

カヲル「…ごめん、ちょっと用があるんだった」ガタッ

女子「あ…」

カヲル(…別に、用なんてないんだけど)スタスタ

カヲル(……適当に時間を潰してから、教室に帰ろう。
何でわざわざ声をかけてくるんだろう…本当、面倒くさい)ハァ

シンジ「あ、…渚君!」タタッ

カヲル「し…碇…シンジ君」

シンジ「どうしたの、何か難しい顔してるけど…」

カヲル「…何でもないよ」ニコ

シンジ「そう…?…そろそろ教室に戻らない?次の授業始まるよ」

カヲル「そうしようか」

………

キーンコーンカーンコーン


カヲル「……」ペラペラ

カヲル(…読んでいるだけで体の内側がじくじくする…)

シンジ「渚君!」タタッ

カヲル「…おや、どうしたんだい?碇シンジ君」ニコ

シンジ「もう昼休みだよ。ご飯食べないの?」

カヲル「…もうそんな時間だったか」

シンジ「今日も屋上でいいよね?」

カヲル「…君とならどこへでも。
…ああ、その前に購買へ寄ってもいいかい?今日は何も買っていないんだ」

シンジ「…それなら大丈夫だよ。早く行こう、お腹減っちゃった」

カヲル「…?…うん」

ヒカリ「また碇君とられちゃったね」

アスカ「…別に構わないわよ。勝手にしろっつーの」

トウジ「そのわりには分っかりやすい仏頂面しとるけどなぁ」

アスカ「うっさい!」

ケンスケ「渚がいないときは教室で食べるのにな」

アスカ「…ふん、どうでもいいわよ」

レイ「……」

アスカ「…何ボケッとしてんの、食べるんだから早くこっち来なさいよ」

レイ「…わかった」

シンジ「…こうして屋上にくると…なんだか解放感があるよね。空が見えるし、人はいないし…」のびーっ

カヲル「…そうかい?」

シンジ「うん。…そうだ、お昼のことなんだけど…作ってきたんだ。
カヲル君、今日あたりそろそろ学校に来るかなと思って」

カヲル「シンジ君…そんな、わざわざ…」

シンジ「いいんだ、どうせ自分のも作るんだから。…サンドイッチだけど、かまわない?」

カヲル「…とても嬉しいよ、ありがとう」フフッ

シンジ「よかった、そう言ってくれて」ふふっ

カヲル「いただきます。…今日も美味しいね。僕はシンジ君より料理が上手い人を知らないよ」モグモグ

シンジ「大袈裟だよ…僕より美味しく作れる人なんていくらでもいるよ」

カヲル「…シンジ君はね、もっと自分を評価するべきだと思うよ。
君はそれに相応しい人間なのだから…料理に限らず、ね」

シンジ「……そうかなぁ」モグモグ

カヲル(そうすれば、君は…誰かに必要とされなくとも生きていけるんだよ)

カヲル(……でも、我が儘を言うなら…それは少しだけ、先送りにして欲しいかな)

カヲル「…そうだ、シンジ君。君に聞きたいことがあるんだ」

シンジ「何?カヲル君」モグモグ

カヲル「……」

カヲル「……シンジ君は…式波さんのことが好きなの?」

シンジ「え…!?」

シンジ「な、い、いきなり…どうしたの?」

カヲル「仲いいなって…思ってさ。…どうなんだい、好きなの?」

シンジ「…そ、そんなんじゃないよ…!アスカは、普通に…お、幼馴染みで…」

カヲル「……ふぅん…」ジーッ

シンジ「…カヲル君…?」

カヲル「……」

カヲル「…そう」フフッ

カヲル「僕にはそういう人がいないから…少し気になっただけなんだ。ごめん、変なことを聞いたかな」

シンジ「ううん…トウジやケンスケにも聞かれたことあるから…」ハハ…

カヲル「でもシンジ君、顔が赤いよ?」

シンジ「そ、そんなことないよ!」

カヲル「……」

キーンコーンカーンコーン

シンジ「あ…もう昼休み終わっちゃうね。早く戻ろう」

カヲル「そうだね」

カヲル(…そうだ、あのことも確認しておかないと…)

カヲル「……ねぇ、シンジ君…今日の朝、…」

カヲル「……」

シンジ「…朝がどうしたの?」

カヲル(…いや、冷静に考えてみればあれが現実のわけない
……じゃあ、どうしてあんな夢を…)

カヲル「…ごめん、やっぱり何でもないよ。今朝、ちょっと変な夢を見てね」フフッ

シンジ「どんな夢だったの?」

カヲル「素敵な夢…らしいよ」

シンジ(らしい…?)

…………

キーンコーンカーンコーン


ケンスケ「やっと終わったなー」のびーっ

トウジ「しっかし熱いなぁ…帰りにコンビニ寄ってアイス買うていかんか?」

ケンスケ「賛成ー」ぐてっ






シンジ「アスカ、今日も…その」

アスカ「…はいはい、渚と帰るんでしょ?さっさと行きなさいよ」ハァ

シンジ「うん……じゃあねアスカ、また明日!」タタッ

アスカ「……ちぇっ」プイッ

シンジ「渚君、帰ろう」タタッ

カヲル「うん」ガタッ


カヲル「……」チラッ

アスカ(…?…こっち見た?)

カヲル「…、…」クスッ

アスカ「!」ビクッ


シンジ「どうしたの?」

カヲル「何でもないよ。さ、帰ろう」ニコ




アスカ(…気のせいかしら)

アスカ(はぁ…今日はヒカリは日直だし、一人で帰るしかないか…)

アスカ(…別に、そんなのどうでもいいんだけどね)

レイ「……」ジーッ

アスカ「…何よ、用事がないならアンタも早く帰りなさいよ」

レイ「…いまから、雨が降るわ」

アスカ「は?」

アスカ「こんな晴れ空よ?降るわけないじゃない」

レイ「…降る」

アスカ「……仮に降るとして…だから何よ」

レイ「…傘」ガサッ

アスカ「何よ、貸してくれるってわけ?」

レイ「……ひとつしかないの。貸すと私が濡れる」

アスカ「……」

アスカ「…ああもうっ、だから何が言いたいのよアンタは!?」

レイ「……その」

レイ「…一緒に、帰らない…?」

アスカ「え」キョトン

レイ「……」フイッ

レイ(…言えた)

アスカ「…何よ、独りぼっちの可哀想なあたしにお慈悲をくれるってわけ?」フン

レイ「…そういうのじゃない」

アスカ(……)

アスカ「…別に…荷物持ちなら構わないわよ」フン

レイ「……そう」

レイ「…重い」ググッ

アスカ「本当に持たなくてもいいわよ…」クスッ

………


ポツッ

シンジ「あれ、雨だ…」

カヲル「本当だね」

ザーッ

シンジ「わっ、けっこう降ってきた…!」

カヲル「大丈夫だよ、シンジ君」バサッ

カヲル「傘を持ってきてるから」

カヲル「入りなよ、濡れてしまう」

シンジ「え…でも」

カヲル「…平気さ、誰も見てない」フフッ
シンジ「そういうことじゃないんだけど…じゃあ、お邪魔します」スッ

カヲル「……」クスッ

カヲル「天気雨だね、珍しい」

シンジ「うん…日差しが強いからかな…金色の雨が降ってるみたい」

カヲル「…なんだか、今日のシンジ君はロマンチストだね」

シンジ「え?そ、そうじゃなくて…!」

カヲル「…ふふ、誉めてるのさ。豊かな感性持ち、それを言葉に出来るのは素晴らしいことだからね」

シンジ「う、うん…?でも、ほら…
こういうのって、ちょっと綺麗じゃない?」

カヲル「……そうだね、綺麗だと思う」

カヲル「シンジ君といると…世界が少し鮮やかに見える気がするよ」

カヲル「君は太陽のようだね。暗く冷たい常しえの虚無のなかに、唯一揺蕩う有限の光…」

カヲル(…すぐそばにあるようで、その実気が遠くなるほど果てしない闇のむこう側…)

カヲル(……そして、決して傍らにはいられない)

シンジ「なっ何言ってるの…カヲル君のほうがよっぽどロマンティストじゃないか」

カヲル「…何をそんなに照れているんだい?」ニコニコ

シンジ「……もう」

すたすた

カヲル「…さて、どうしようか。いつもはここで別れるけれど…」

シンジ「いつも通りでいいよ。僕、走っていくから」

カヲル「……そんなことしなくても…家まで送るのに」

シンジ「もう雨は止みかけてるし…本当、すぐそこだから。平気だよ」ニコ

カヲル「……そう」

シンジ「うん。…じゃあね、また明日」バイバイ

カヲル「…」ヒラヒラ

シンジ「……」クスッ

タタタッ…

カヲル(…行ってしまった。気をつかわなくたっていいのに…
というか、僕はむしろシンジ君を送って行きたかったんだけど)ジーッ

カヲル(でもまぁ大丈夫かな、ここからシンジ君の家が見えるくらいの距離だしね)

カヲル(…シンジ君、家に着いたみたいだね。今日は誰もいないのかな…自分で鍵を開けているね)ジーッ

カヲル(あ、入った)

カヲル(……よし、僕も帰ろう)

…………
自宅




カヲル(今日は何だか楽しかったな…やっぱり学校に行ってよかった)

カヲル(…でも、少し疲れた。もう、着替えたら寝てしまおうか…
夜には目が覚めるだろうし、お風呂とかはそれからでもいいかな…)

カヲル(ご飯も食べないと。でも、まだ満腹だな…
いつもなら吐くところだけど、シンジ君が作ってくれたものなんだから我慢しなきゃ)

カヲル(…胃の中に何かあるっていうのも、食べる行為そのものも…
いかにも生きたがってるみたいで好きじゃない)

カヲル(…僕は、…そうじゃないんだから…)ウトウト

カヲル(……もう、このままソファーで寝ようかな。ベットに向かうのも…億劫だ)コクン

??????


カヲル(まただ、この夢…)ガバッ

カヲル(…?…今度は体がだるい…なんだろう、この疲労感は)ハァ

カヲル(でもやっぱり、気持ちは軽い…)

シンジ『あ、カヲル君。今日はソファーで寝てたんだ。これでだいたい終わったけど、気分悪くない?』

カヲル「終わった…?」

シンジ『準備がね。覚えてない?とりあえず、ベット行こっか。ソファーじゃ狭いから』ニコ

カヲル「……」

カヲル(昨日の続きからなのか…?もしそうなら、この先に僕の…『シンジ君に一番させたいこと』が?)

カヲル「……」スッ

すたすた

シンジ『…はい、ベットに座ってね。で、両手をこう…後ろに回して』

カヲル「…?」ストン スッ

シンジ『一応、キツめにしとこっか』

ぐるぐる
ギュッ

カヲル「っ、シンジ君…何して…!?」

シンジ『後ろ手に縛ってるんだよ?カヲル君は抵抗なんてしないと思うけど、無意識に暴れることもあるかもしれないし…
…うーん、ちょっと難しいな』ギリギリ

カヲル「…い゙っ、」ビクッ

シンジ『ごめん、痛かったかな…。でも、ちゃんと出来たよ』

カヲル(…全然動かせない…これが、シンジ君にさせたいこと…?)

シンジ『じゃあ、次は目をつぶってね』

カヲル「……」スッ

カヲル(…どうして僕は従っているんだろう…)

シンジ『タオルで目隠ししておくね』グルッ

カヲル「あ…」

シンジ『…すぐに止めれば問題ないらしいけど…これも念のためだから。
出ちゃったら嫌だよね?』

カヲル「…何が出るんだい」

シンジ『…眼球とかかな』

カヲル「え…っ!?」

シンジ『準備完了だね。…初めよう』トンッ

カヲル「…っ」ボフッ

カヲル(これから、何が…?)

カヲル「…ねぇ、僕が…君にさせたいことって一体…?」

シンジ『…もちろん、すっごくいいことだよ。…動かないでね』ギシッ

カヲル「…」

シンジ『そんなに緊張しなくていいよ、楽にしてて。顔、もうちょっと上に向けてくれる?』

カヲル(…どうせ夢なんだ、従ってみよう)

カヲル「…わかったよ」スッ

すっ…

カヲル「…、…」ピクッ

シンジ『…まだ軽く触れてるだけなんだけど…どう?自分の喉に僕の両手が置かれてる感覚は』

カヲル(…やっぱり、あの感じ…また…心臓が煩い)バクバク

シンジ『……』ぎゅっ

カヲル「…っ…シンジ君…どうして…?」

シンジ『…最初だし、あんまり辛くないのにしよっか』グッ

カヲル「え…………ぁ…あっ」ピクッ

カヲル(…首を絞められているのにに、どうして苦しくないんだ…)

カヲル(……体、浮かび上がるような…目の前が白く…て…)ボヤーッ

シンジ『…どう?自分でするより、ずっといいと思うんだけど』

カヲル「……ぅ……ん…」

シンジ『……』パッ

カヲル「あ…、……は、ぁ…あっ、はぁっ、はぁ…!!」ハァハァ

カヲル(……死ぬかと思った……いや、それより僕…さっき…)ガクガク

シンジ『すっごい痙攣してるね。…息、整えて』

カヲル「う、うん…」ハァハァ

カヲル「……これが、…シンジ君にさせたいこと…?」

シンジ『そう。これを…最後まで』

カヲル「最後まで…それって…」

シンジ『…はい、休憩終わりね。もっかいやろっか』

カヲル「…どうして?…僕はこんなこと…」

シンジ『望んでいない?…そんなわけないよね』ぎゅっ

カヲル「やめ…っ…シンジ、く……」ピクッ

シンジ『…そんなに嬉しそうな顔してるのに』

カヲル「……え?」


ぐぎゅっ

??????




カヲル「…ッ!」ガバッ

カヲル「……」ハァハァ

カヲル(…僕は、何て夢を……)

カヲル(…いや、たかが夢…そうだ、疲れているのにソファーなんかで寝たから、変な夢を見たんだ。
…きっとそうだ)

カヲル(…本当に夢なのか?まだ体の末端が冷たくて冷や汗が止まらなくて、耳の奥がズキズキしているのに…?)

カヲル「…違う」ブンブン

カヲル(…夢だ。他愛のない、何の意味もない……そうでなければ何なんだ)

カヲル「……?」

カヲル(これは…まさか)

カヲル「……」ゴソゴソ

カヲル「…あ…、…」

カヲル(……)

カヲル「…やっぱり」ハァ

カヲル(…どうして……)

カヲル(とりあえずトイレに…いや、もうついでにお風呂に入ろう)

寝てる間にどうなってたのかはご想像にお任せします

…………


ザーッ


カヲル「…、…っ…」

カヲル「はぁ…」

カヲル(…このまま適当にシャワーを浴びたら出よう)

カヲル(さっき時計を見たけど、たしか夜の2時くらい…だったかな)

カヲル(こんなに長時間寝たの、いつ以来だろう…きちんとした時間に寝ていたら言うことなしだったんだけど)

カヲル「……」

カヲル(…5時になったら学校へ行く準備をしよう。眠れもしないのに、一人の夜は長すぎる)

6時10分

コンビニ






カヲル(今日もここでシンジ君を待とう)

カヲル(…よく寝たからかな、今日は少しだけ体調がいいね)

カヲル(……気分は最悪だけど)

カヲル「……」ペラペラ

カヲル(今日はシンジ君、何時くらいに通るのかな…)

カヲル(……今日もあのコと、一緒なのかな…)

7時54分


カヲル(まだかな…今日は少し遅いな)

カヲル「おや?あれは…」




アスカ「……」ツカツカ




カヲル(シンジ君の、幼馴染みの…珍しいな、一人なんて)

カヲル(……別に、彼女のこと自体はどうでもいいんだけど…)

カヲル(今日は、シンジ君は一人で登校するんだろうか?)

カヲル「……」

カヲル(…一緒に登校できるかもしれないな)フフッ

9時12分


カヲル「……」

カヲル(…おかしい、遅すぎる…)

カヲル(……シンジ君、今日はどうしたんだろう?寝坊したのかな?)

カヲル「……」ソワソワ

カヲル(あと少し…一時間だけ待ってみよう…)

10時


カヲル(いくらなんでも……シンジくん、本当にどうしたんだろう)

カヲル(今日はお休みなのかな?…でも、そういう時は連絡をくれるのに今日は…ない…)

カヲル(…ついに、愛想を尽かされた……!?)

カヲル(そんな…これから僕…どうすれば…)オロオロ

カヲル(…いや、落ち着くんだ…まだ、そうと決まったわけじゃない……と思いたい…)

カヲル(何か、あったのかな)

スッ

カヲル(スマホは…おと沙汰なしか。どうしよう、僕からかけてみようか…)

カヲル「……」

カヲル(…迷惑だと思われたらどうしよう。それが恐いから、僕からかけたことなんてない…
駄目だ、…恐い)

カヲル「……」ジーッ

カヲル(スマホを見つめていたって何にもならないのに…)ハァ

カヲル「どうしよう…シンジ君……」




カヲル(……とりあえず、コンビニから出よう…)

カヲル「……」ウロウロ

カヲル(どうしよう…もう帰るべきかな…)

カヲル「はぁ…」

ヴーッ

カヲル「!」

カヲル(スマホが…)スッ

カヲル「…シンジ君からだ…!」

カヲル(よかった…!)

ピッ

カヲル「もしもしっ、シンジ君!どうしたんだい、何かあったのかい…!?」

シンジ《か、カヲル君?落ち着いて…》ゲホゲホ

カヲル「ご、ごめん…つい…。風邪かい?」

シンジ《うん…けっこう熱出ちゃって…》 ゴホッ

シンジ《朝、凄く喉が痛かったからましになってから連絡しようと思ったんだけど…今度は熱が…フラフラして…》

シンジ《line送ればよかったね…カヲル君、今学校?》

カヲル(シンジ君は、毎朝コンビニで僕が待っていることを知らない…)

カヲル「…ああ、そうだよ」

シンジ《…そっか。ごめんね、お昼ご飯作れないや…》ハハ

カヲル「気にしないでよ、今辛いんだろう…?」

カヲル「……何か、僕にできることはある?」

シンジ《…じゃあ、えっと…悪いんだけど、学校の帰りにポカリとか買ってきてくれたら嬉しいかも。
今日はうち、誰もいないんだ…》ゲホゲホ

カヲル「……一人なのかい?」

シンジ《…うん》

カヲル「…すぐに持っていくよ」

シンジ《え?学校は…》

カヲル「学校なんてどうでもいいんだ。…シンジ君のほうがよっぽど大事だからね」

カヲル「他に欲しいものはあるかい?」

シンジ《え、えっと…》

…………

カヲル「シンジ君…家の前に着いたよ」タタッ

シンジ《えっと…郵便受けに予備の鍵いれてるから、それで入ってくれる?》ゴホゴホ

シンジ《ごめん、玄関開けに行くのも辛いかも…》

カヲル「わかったよ………うん、あった」

カヲル(…本当は、ここに鍵があることは知ってたんだけどね)ガチャガチャ

ガチャッ

カヲル(…開いた)

カヲル「お邪魔します。……えっと…シンジ君の部屋は?」キョロキョロ

カヲル(…ふぅん…こういう間取りなんだ)

シンジ《そこの階段を上がってから…一番右のドアだよ》

カヲル「二階だね?」スタスタ

カヲル「ああ、ここだね…声が聞こえる」

シンジ《うん、こっちからも聞こえる。その部屋だよ》ゲホゲホ

カヲル「…入るよ」コンコン…コン

ガチャッ

カヲル「…シンジ君、大丈夫かい?」ガサッ

シンジ「うん、ごめんね……うわ、すごい荷物だね…そんなに頼んだっけ…?」

カヲル「ああ…足りないといけないから、頼まれたものは全部多めに買ってきたんだ」

シンジ「…それでも多くない?そんなに買ったら高かったんじゃ…なんだか悪いなぁ」ケホッ

カヲル「いいんだよ、僕一人だとお金なんてあまり使わないし…貯金してもね」

シンジ(…そういやカヲル君って、
けっこう広いマンションに一人で引っ越して来たし、生活費も毎月かなり振り込まれてるみたいなんだよね…
こっちへ来る前はどんな生活してたんだろう)

カヲル「……」ジーッ

カヲル(…シンジ君って、こういうパジャマを着て寝るんだ)

シンジ「どうしたの?」

カヲル「……いや、何でもないよ。…飲み物なんかはここに置いておくね。
あまり冷やすと体に良くないから」ドサッ

シンジ「ありがとう…本当ゴメンね、学校あるのにわざわざ呼んだりして」

カヲル「…僕が来たいから来たんだよ。気にしないでおくれ」フフッ

カヲル「…そうだ、加湿器はあるかい?」

シンジ「うん、今は使ってないけど…そこにあるよ。何で?」ケホッ

カヲル「風邪を引いたら、喉を保湿しなくては…夏の終わりでもね。
…つけるよ」ポチッ

シンジ「そうなんだ…」

カヲル「…さて、マスクを取ろうか。シンジ君」

シンジ「え…」

カヲル「息苦しいだろう?」

カヲル「マスクを外しても喉は大丈夫だよ。加湿器をつけたからね」

シンジ「そんなことじゃなくて…カヲル君に伝染っちゃうよ。けっこう咳いてるのに…」ゲホゲホ

カヲル「それなら心配はいらない。僕はほとんど病気になったことなんて無いんだ。もちろん風邪にもね…。
今回だってきっと平気さ」ズイッ

シンジ「でも…」

カヲル「……ほら、外すよ」

スッ

シンジ「……、」

カヲル「…はい、これは捨てておくね。
…楽にしてよ。どうしてそんなに肩に力を入れて息を止めているんだい?熱が上がってしまうよ」

シンジ「あ…その、マスクを人に外してもらうなんて…初めてだったから、なんだか…」

カヲル「…そう」フフッ

シンジ「…そうだ、カヲル君…飲み物取ってくれる?のど渇いちゃった」

カヲル「わかったよ。…はい、どうぞ」スッ

シンジ「ありがとう」

シンジ「…、…」ゴクゴク

カヲル「…すごい飲みっぷりだね。そんなに渇いていたのかい?」

シンジ「あはは…うん。もう一本取ってもらえる?」

カヲル「…ふふ、シンジ君は欲しがりやさんだね。…はい」スッ

シンジ「そ、そう?」

カヲル「ああ、いいんだよ。発熱時の水分補給は大切だから」フフッ

シンジ「うん…」ゴクゴク

カヲル「だから、君の思うままに欲して、求めて…好きにしてよ。
全部、君のものだから」

カヲル「……全部…全部、君にあげる」

シンジ「…?…カヲル君、一体何の…
…いや、飲み物の話か」

カヲル「……」フフッ

シンジ(やっぱりカヲル君って…たまによく分からない話するなぁ)ゴキュゴキュ

シンジ「……ん゙、 げふっ、!」ゲホゲホ

カヲル「し、シンジ君?大丈夫かい…!?」さすさす

シンジ「…げほ、っ…は…はぁ…うん、ちょっとむせただけ…」ケホッ

カヲル「……食欲がないなら、もう寝るかい?やはり、風邪の時は寝ないと」

シンジ「………うん」

カヲル「…僕がいたら寝にくいだろう、少し席を外そうか」

シンジ「……ううん、迷惑じゃないなら…ここにいてよ」

カヲル「…!…シンジ君…」

シンジ「今日、誰も帰ってこないんだ…
何だか、こんなに体調悪いときに一人でいるの…って…」ケホッ

カヲル「……」

カヲル「…いいよ、それなら隣にいてあげる。それを君が許す限りは…ずっと」フフッ

カヲル「…ふふ、考えたこともなかった。こんなふうにシンジ君の方から、僕を求めてくれる日が来るなんて」

シンジ「…やっぱり、迷惑だった?」

カヲル「…まさか。嬉しいんだよ…。
もう電気は消そうか。ほら、布団はきちんと被って」スッ

シンジ「ありがとう…」ふふっ

カヲル「…さ、もうお休み」

シンジ「…うん。おやすみ」

カヲル「……」ニコ

…………



シンジ「……」スヤスヤ

カヲル「…ぐっすりだね」クスクス

カヲル(しかし、本当に無防備だな…シンジ君にとって、僕はそれほどまでに信頼に足る人物かい…?
…違うだろう?)

カヲル(…シンジ君は心配性なのに…それでいて、少しお人好しなところがあるね)

カヲル(……そんな調子じゃ、いつか、誰かに…)


……そうなる前に、いっそ…


カヲル「…煩いな」

カヲル(…本当、僕は…何を考えてるんだか)ハァ

カヲル(…心のどこかが疼くような、ざわめくような…
シンジ君の寝顔を見てると、どうも…良くない気分になる)ジーッ

カヲル(…どうしてだろう、こんなに穏やかな寝顔なのに…
いや、だからか)ハァ

カヲル「……」ツンツン

シンジ「んー…」モゾッ

カヲル(…良くないついでに、あれ……してもらおうかな)チラッ

カヲル(…僕を信用してくれているのに、寝込みを利用するなんて…ずるいよね…
でも、こんな時でもないと)

カヲル(……確認、確認するだけだから…許しておくれ)スッ

カヲル「…手、貸してね」

ピトッ

カヲル「…、…」

カヲル(…掌が熱い)

ぎゅっ…

カヲル(やっぱり、上から押さえるだけじゃ…絞められるのとは全く感覚が違う)

カヲル(…でも……ああ、やっぱり…)ドキドキ

カヲル(…やっと分かったよ、この…胸の高鳴りの意味が)フフッ

カヲル(…僕の…本当に望んでいたことが)

カヲル(……結局、あの夢の通りなんだね)

カヲル(…今も…君と一緒に死のうとした時より、ずっと気持ちが高揚しているのが分かる…)バクバク

カヲル(あの日、道端で蛆が湧いた子猫の死体を見た時に感じた気持ちの正体も…ようやく分かった)

カヲル「…僕は…」

カヲル(僕は、あの子猫が羨ましかったんだね…
彼がどうだったかは分からないけれど…結果として、誰にも引き留められず、何も思い残さず…独りぼっちで死んでしまえた子猫が)

カヲル「……」

カヲル(こんなこと、気付かなければよかった。
自分の気持ちなんて…気付かなければ、最初から存在しないのと同じことなのに)

カヲル「…君との約束…守れる気がしないね…」

カヲル(……僕は知っている。…この行為の先に、享楽の極点と永遠の安寧があることを…それなのに)

カヲル(…そこにたどり着けるのが嬉しい筈なのに、それにずっと焦がれていた筈なのに…。
…どうしてこんなに辛くて、切なくて…虚しいんだろう)

カヲル(……でも、それでも…)

カヲル「…もう少しだけ、こうさせていてね…シンジ君」ぎゅっ

カヲル(…君の手の中って、なんて温かで…なんて心地が良いんだろう…)

カヲル「……はぁ…、」

ぎゅうぅ…っ


シンジ「…ぁ、……?…カヲル君…何してるの?」

カヲル「っ、シンジく…!」ビクッ

パッ

カヲル「な、何でもないよ…あの、あの…
シンジ君の手が…温かいなって…」

カヲル(…僕は何を言っているんだ…でも、あんなことシンジ君には言えない…)

シンジ「…寒いの?」

カヲル「あ、…うん、そうなんだ。…寒かったんだよ」

シンジ「まだ、こんな季節だけど…暖房つけようか?」

カヲル「いや、もういいんだ。…今は、これだけで。…温まったからね」

シンジ「そう?」

カヲル「……どうだい、眠って…少しは楽になったかい?」

シンジ「うん…ちょっとましかも」

カヲル「食欲は?もう夜だし…食べられるなら何か胃に入れて、薬を飲まないと」

シンジ「あんまりないけど…ウイダーくらいなら大丈夫かな」

カヲル「それならたしか、頼まれた分がここに…」ガサガサ

カヲル「…何味がいい?」

シンジ「何でもいいよ」ケホッ

カヲル「じゃあ…はい、グレープフルーツ味」スッ

シンジ「ありがとう」

カヲル「ところで、ご両親はどこへ行ったんだい?今日は帰らないんだろう?」

シンジ「旅行へ行ってるんだ。本当は僕も連れて行ってくれる予定だったみたいだけど…学校があるしね。
…結局登校できてないんだけど」ちゅーっ

カヲル「そうなんだ…いつ戻って来るんだい?」

シンジ「明日の夜だよ」モグモグ

カヲル「……ふぅん…」

カヲル(……あれ?、)

カヲル「…ねぇシンジ君、これって風邪薬かい?」

シンジ「うん、今飲んでるやつだよ」

カヲル「…あと一錠しかないよ」

シンジ「本当だ…リビングに取りに行かないと…」ヨロッ

フラフラ

カヲル「ちょっと、シンジ君…」ガシッ

カヲル「…君は寝ていてよ。僕が持ってくるから」

シンジ「…そうしてもらおうかな。…ちょっと無理っぽいね…はは」

シンジ「えっと…リビングの端っこに小さい引き出しがあるから、そこの一番上のところ探してきてくれる?
そこにあるはずだから」

カヲル「分かったよ」

………

カヲル「…これか。やっと見つけた」ガサッ

カヲル(…リビングの場所を聞いておくんだった…無駄にいろいろ探し回ってしまった)

カヲル「……」

カヲル(薬…か。これを飲めば、シンジ君の風邪は多少は良くなるんだろう)

カヲル(…逆にこれを飲まなければ、シンジ君の風邪は治らないで…悪化するんだろうか)

カヲル(そうなれば…あと一日はこうしていられるのかな。
シンジ君が誰にも会わないで、どこにも行かないで…ずっと僕を頼ってくれるんだろうか…)

カヲル(…………でもやっぱり…駄目だ、そんなの。
シンジ君があんなに辛そうなんだから、…できるだけ早く治るようにしてあげないと)

カヲル「…シンジ君、お待たせ」スタスタ

ガチャ

カヲル「…シンジ君?」

シンジ「……飲みすぎたみたい」

カヲル「?」

シンジ「……お腹空いた気がして…2パック飲んじゃったんだけど…」ウプッ

シンジ「…気持ちわるい…」

シンジ「…吐き気…する」プルプル

カヲル「ど、どうしよう…少し我慢できる?」

シンジ「うん…ていうか、吐き気だけで出てくる気配はないかも…」

カヲル「…とりあえず、トイレ…行こうか。多分、吐いてしまったほうが楽になるよ」

シンジ「ん…」フラッ

カヲル「だ…駄目だよ、一人で立ったりしたら…」ガシッ

カヲル「僕につかまって。ほら」

シンジ「……うん…」ギュッ

シンジ「…」フラフラ

カヲル「慎重に…あと少しで階段、終わるからね」

シンジ(…よかった、なんとか階段は降りた…)ヨロヨロ

カヲル「トイレは…あのドアだね?」

シンジ「うん…」

カヲル「焦らなくていいから、足元気をつけて」

トイレ


カヲル「とりあえずは間に合ったね…」

シンジ「ううっ…」プルプル

カヲル「…シンジ君、辛いのは分かるけれど…吐くときはそんなにうずくまってはいけないよ」

シンジ「……」

カヲル「…出せそう?」

シンジ「…駄目だ…出ないよ」フルフル

カヲル「……」

カヲル「…シンジ君、それじゃ吐きにくいから体勢を変えよう。少し腰を上げて」

シンジ「うん…」スッ

カヲル「足ももう少し開いて…頭を出来るだけ下げて。
嫌かもしれないけれど、水面から遠いと跳ねるから」

シンジ「…」グッ

シンジ(う…この体勢だけでかなり気持ちわるい…でも、まだ出ない…)プルプル

カヲル「…ちょっと、ごめんね」ギュッ

シンジ「あ…」

カヲル「後ろから少し体重をかけるから…ちゃんと便座に手をついていて」グッ

シンジ「ん、っ……カヲル君、これくらいは自分でするから…」

カヲル「…君は吐き馴れていないだろう?…大丈夫、自分でするより早く済むよ」

カヲル(本当は牛乳か何か飲ませておきたいけれど…そんな余裕はなさそうだね)

カヲル「…今からみぞおちを抑えるから、腹筋に力を入れないで。よけいに痛くなるよ」

シンジ「え…」

カヲル「…口は開けておいてね。…いくよ」

カヲル(前に回した腕をシンジ君のみぞおちの前で組んで…)ギュッ

カヲル(斜め上に押し込むように締め上げる…!)グッ!!

シンジ「い゙…ッ!!」ビクンッ

カヲル「口を閉じない!」グリッ

シンジ「ぁ゙っ…は、ぃ…!」

シンジ「……」ブルブル

カヲル「…出そうかい?」グリグリ

シンジ「…うぁ、…」ダラーッ

シンジ(よだればっかり出てくる…)ハァハァ

カヲル(駄目か…ならば)

カヲル(…あれで吐かせるか)

シンジ(つま先が…床から浮いてる…)ガクガク

カヲル「シンジ君、降ろすよ」スッ

シンジ「…っ、…ぅ」ペタン

シンジ「……」ゼェゼェ

カヲル「すまない、辛くしてしまったね…次で最後だから、頑張って欲しい」

カヲル(医療用のゴム手袋は…ないか。一般家庭だしね)

カヲル「…僕は手を洗ってくるから、君は息を整えておいてくれ」タタッ

ジャバー

シンジ(手を洗ってくるって…まさか)

カヲル「…さ、シンジ君。もう一度さっきの姿勢をとって」スタスタ

シンジ「も、もういいいよ…!本当に、自分で…」

カヲル「自分でしたことがあるのかい?」

シンジ「な…ない、けど」

カヲル「そうだろう?だから僕がしてあげる…慣れているからね」ギュッ

カヲル(…このまま腰を持ち上げてて…)グイッ

カヲル「…頭、下げるよ」グイッ

シンジ「うわ…!」

シンジ「ゔ…カヲル君っ、背中…そんなに力かけないで…!」

カヲル「こうしないと前屈みになってくれないじゃないか…ほら、ちゃんと両手で支えて」

シンジ「……」プルプル

カヲル「…そうだよ、そのままにしていてね。…指、入れるよ」ぬるっ

シンジ「…ん、…っ」ピクッ

カヲル「抵抗があるかもしれないけれど、これが一番確実だから…我慢しておくれ」

シンジ「あ゙…っ、ふ…ぐぅ」

カヲル(シンジ君の口、狭いな…奥までねじこめない)くちゅっ

カヲル「シンジ君、舌出して」

シンジ「……ん、…」ちろっ

カヲル「…いいこだね。反対側の指で押さえるよ…痛くしないから」ぐにっ

シンジ「へ…っ、ぁ」ピクッ

カヲル(……やっぱり、自分のときとは少し違うな…吐かせる時のポイントがすぐに分からない)ぐにぐに

カヲル「……」

カヲル(…、…ここだ)ツンッ

シンジ「…ッ!?」ビクンッ

シンジ「お゙っ、うぇ……ぐ…っ、!」むぐっ

カヲル「つっ…!シンジ君、噛まないで…」ピクッ

カヲル(おかしい、執拗に口蓋垂を刺激したのに吐かないなんて…我慢しているのか?)

カヲル「……」

カヲル(…僕に吐かされるのは、そんなに抵抗があるかい…?)

カヲル(……とにかく…もう一度、別の…もっと奥に指を入れてみよう。
あと、意識を喉から出来るだけ逸らしてあげないと)

カヲル(…別の場所にも刺激を与えればどうにかなるだろう)

ぐにぐに

シンジ(あ、…舌を押さえてる指が…)ピクッ

カヲル「…シンジ君」ボソッ

シンジ「っ、…」ゾワッ

カヲル「シンジ君、そんなに喉にばかり意識を向けないで。もっと背中側の…僕の感覚に集中して」ボソボソ

シンジ「ぅ、…ん゙…」ブルッ

カヲル(…そろそろかな)

シンジ(…これ以上奥に入れられたら…本当に出そう…)ブルブル

シンジ「か…カヲル、く…っ」

カヲル「…どうしたの?シンジ君。喋ると苦しいよ?」ぐにぐに

シンジ「へ…ぅぐ、……見、ないで…」

カヲル「どうして?」

シンジ「…も…っ…出ちゃう、から…」

カヲル(なんだ、そんなことを気にしていたのか)

カヲル「……分かった、目を閉じておくよ」スッ

カヲル「見ないから…もう抵抗はやめて、僕に大人しく全てを委ねるんだ。
……いいね?」

シンジ「…っ、……ふぁい…」

カヲル(口蓋垂では駄目だったから…さっきより不快かもしれないけれど、舌の付け根を触ってみよう)ぐっ

シンジ「ぇぶ…っ」 ピクッ

カヲル(…まだ弱いか)グリグリ

シンジ「ふぅっ、げふっ…え゙ぇ…!」ビクンッ

シンジ(あ、これ…本当に…)ゾクッ

バッ

カヲル(…手が払いのけられてしまった……)

カヲル(目は閉じているけど…一応、むこうを向いていてあげよう)プイッ

シンジ「…げふっ…ゔっ、え゙え゙え゙ッ!」ビチャビチャ

シンジ「ふぅっ、う……ひぐっ…えぷ…っ」パタタッ

カヲル(…終わったかな)チラッ

シンジ「う…ぐぅ…」ハァハァ

カヲル「……もういいかい?」

シンジ「……」コクン

シンジ「……っ、う…」ポロポロ

カヲル「…泣かないでよ」

シンジ「…ごめん…っ、…」ポロポロ

カヲル「どうして謝るんだい」

シンジ「……」ううっ

シンジ「…カヲル君、手…洗ってきなよ」

カヲル「それより、君が先にうがいでも…」

シンジ「…いいから」

カヲル「……分かったよ」

ジャバー


カヲル(そんなに苦しかったんだろうか)ゴシゴシ

カヲル(……まだ、指が熱と感触を覚えている…。
それなのに、シンジ君の喉までこの指が入ってたなんて、今となっては嘘みたいに思える)

カヲル(やっぱり、自分のとは違うんだ…なんだか不思議な気分になる。
……シンジ君の内側って、あんなに熱くて…柔らいんだ)

カヲル(…いけない、早く洗い終わらないと)ゴシゴシ

カヲル「…終わったよ」

シンジ「……」フラフラ

ジャバー

シンジ「…、…」くちゅくちゅ ぺっ

シンジ「……はぁ、」

カヲル「大丈夫かい?」

シンジ「……うん」

カヲル「…苦しかったかい?」

シンジ「……ううん」

カヲル「……」

カヲル「…もしかして、…恥ずかしかった…?」

シンジ「……」コクン

シンジ「…う…っ」ジワッ

カヲル(…少し強引だったかな…)

シンジ「ほ、本当にごめん…いくらなんでも、あんな…汚いのに」グスッ

カヲル「…何を言っているんだい、僕が無理矢理したのに…。
それに、ああいうのは見慣れているから」

カヲル(ほとんどゼリーと胃液だけだったしね)

シンジ「……指も噛んじゃったし…」

カヲル「大丈夫だよ…ほら、血も出てない」

シンジ「でも、歯形が…」

カヲル「…これくらい平気だよ」ニコ

シンジ「……」グスッ

シンジ「……でも…その、」

カヲル「?」

シンジ「……あ、…ありがとう…。かなり楽に…なったから」ボソッ

カヲル「シンジ君……よかった」フフッ

シンジ「……」グスッ

カヲル「…部屋に戻ろうか」

シンジ「…うん」

……


カヲル「…シンジ君、横にならないと…」

シンジ「……いいよ、これで」

カヲル(どういうことなんだろう、何をするわけでもなく僕の隣に座って…
さっきの件のせいで妙な空気なのに)

シンジ「…けふっ」

カヲル「そうだ、夜の分の薬は…」

シンジ「…今は無理だよ…」フルフル

カヲル「……そう」

カヲル(この距離感も…何なんだ)

シンジ「…もうこんな時間だけど…カヲル君はどうするの」

カヲル「どうするって…」

シンジ「………泊まっていかないの」

カヲル「え…い、いいのかい…?」

シンジ「……」コクン

カヲル「…だったら…そうさせてもらうよ」

カヲル(……本当にどうしたんだろう)

カヲル「あ、でも…着替えとかないから、僕…一回帰るよ」

シンジ「…そうだね」

シンジ「……」

カヲル「じゃあ、僕は…」スッ

シンジ「うん」

シンジ「……早く戻ってきてね」ニコ

カヲル「…もちろん」

…………

カヲルのマンション
風呂場






カヲル(お風呂を借りるのも悪いし、家で入っていこう)

カヲル「……」ゴシゴシ

カヲル(いつも綺麗にしているつもりだけれど…本当にきちんと洗わないと)

カヲル(……いや、特に理由はない…けれど)ゴシゴシ

カヲル(……ない…はず)

カヲル「……」

カヲル「…いけない、急がないと」

カヲル(傷はもう…ほとんど何も残っていない)

カヲル(指にあったシンジ君の歯形も…もはや消えかけている)ジッ…

カヲル「……もうあがろう」












カヲル「……」ワサワサ

カヲル「…あつ、っ」

ブオーッ

カヲル(当たり前だけど…髪って、ドライヤー使って乾かすと全然指通りが違うな)スルッ

……………
碇家




カヲル「……シンジ君、おまたせ」コンコンコン

シンジ「…どうぞ」

ガチャ

カヲル「……着替えたのかい?」

シンジ「うん。汗かいてたから…体も拭いたんだ」

カヲル「着替えとかタオルは、どうやって…」

シンジ「もうあんまりフラフラしないから、自分で取りにいったよ」

カヲル「……そう」

カヲル(それくらい、してあげたのに)

シンジ「カヲル君も着替えて来たんだね…もしかして、お風呂も入った?」

カヲル「うん。…すまない、待たせただろうか」

シンジ「そんなことないよ」ニコ

シンジ「……、」ふぁあ

カヲル「眠いのかい?」

シンジ「ん、ちょっと…。おかしいな、今日はほとんど寝てたのに」

カヲル「…発熱時には体力も奪われるから無理ないよ。…もう寝ようか、シンジ君」

シンジ「うん…」

カヲル「ところでシンジ君、僕はどこで寝ればいいんだい?」

シンジ「あ…」

カヲル「…?」

シンジ「…考えてなかった…どうしよう、予備の敷き布団なんてないし…」

カヲル「……」

シンジ「……」

カヲル「…やっぱり僕、帰ろうか?」

シンジ「ま、待って…!」

シンジ「……えっと、このベット使っても…いいよ」

カヲル「…だったら、君はどこで…」

シンジ「……いや、その…」

シンジ「…ベット…半分、貸すよ」

カヲル「……」

シンジ「や、やっぱり嫌だったかな…狭い?」

カヲル「あ、いや…そうじゃなくて…本当にいいのかい?」

シンジ「……うん」

カヲル「…本当に…?」

シンジ「…?…うん、僕はかまわないよ。ほら、このベット…ちょっと大きめだから」

カヲル(…そういうことじゃないんだよ)

カヲル「……え、えっと…寝ても、いいのかい…?」

シンジ「うん、どうぞ」スッ

カヲル「……じゃあ…」ゴロン

カヲル(…嬉しいけれど…落ち着かないな)くるっ

シンジ(…あ、むこう向いちゃった)

カヲル(…嫌だな、何かがもやもやする…シンジ君の方を向けない)

シンジ(僕も壁向いとこ)くるっ

カヲル(……あ、)

カヲル(…シンジ君の匂いがする…まだ、シンジ君の体温が布団に残っている)モゾッ

カヲル(……これじゃあまるで…僕達、)

シンジ「…何か、いいね」

カヲル「……え?」

シンジ「友達と一緒に寝るって」フフッ

カヲル「……」

シンジ「カヲル君?」

カヲル「……そうだね。…きっと…そうなんだろうね」

カヲル(またこれだ。僕は一体いつまで君に虚勢をはって、強がればいいんだろう)

カヲル(…確かに、醜い僕の中身をこれ以上見られたくはない。けれど…)

カヲル(……けれど、心のどこかでは暴かれたいと思っている気がする。
抉られてかき出されて…全部、晒してしまいたい)

カヲル(……そして、それが許されるなら……受け入れてほしい。…なんて)

カヲル(……絵空事だね)フフッ

シンジ「…ねぇ、カヲル君」

カヲル「何だい…?」

シンジ「……あのね、聞いておきたいことがあるんだ」

シンジ「きっと、近い未来までに聞かないといけないから…どうせなら、今…聞ききたいんだ」

カヲル「いいよ、何でも聞いてよ。言えることなら…何でも答えるから」

シンジ「…………今なら、もし君が答えたくないことなら途中で寝てたってことにしてくれればいいし…
言いたいけど言えないなら…寝ぼけた戯言だってことにしてくれてもいいから」

カヲル「……」

シンジ「…カヲル君は…どうしたいの?」

カヲル「何を?…誰を…?」

シンジ「…これからの全部を」

カヲル「………生きるよ。君がいるなら」

シンジ「……」

シンジ「僕は、君に…『僕の思う幸せのありかた』を押し付けてたのかもしれないって…思ったんだ」

シンジ「きっと、僕の思う幸せと…カヲル君の思う幸せって、別のところにあるんだと思う」

カヲル「…そうかもしれないね」

シンジ「もしかしたら、君の幸せは僕には理解できないかもしれないけど…
聞くことだけは、できるから」

カヲル「……」

カヲル「…それが君にとって…どんなにおぞましい呪詛の言葉だとしても?」

シンジ「……っ、…うん。聞きたいんだ」

カヲル「……」

カヲル「…だったらシンジ君…目を閉じておくれ」

シンジ「え…?」

カヲル「これから僕が言うのは寝ぼけた戯言で…そもそも、君は寝ていて何も聞いてはいないからさ」

シンジ「……うん」スッ

カヲル「………君が聞きたいなら、全部聞かせてあげる。一番醜いところを見せてあげる。そして否定して…朝には忘れてくれればいい」

ギシッ…

シンジ(カヲル君、動いた…?)

カヲル(……僕は、何をしようとしているんだ)

カヲル(全てを伝えるなら、それは…さぞかし忌まわしい告白になるだろう。…それは、僕にとってもだ)

カヲル(………それでも僕は、君に……)

カヲル「……」フッ

カヲル「……僕も、君に…聞いて欲しかったよ。シンジ君」

カヲル「……僕はね、ずっとこの身体に…いや、自分の在り方に違和感を持っていた」

カヲル「上手く言えないけれど…いつも、自分は『こうあるべきではない』、『ここにいるべきではない』と感じてきた。
それはどうやったって拭えない不快感だった」

カヲル「だから、生きたくないんだと……生きたくないから、死ぬしかないんだと思っていたよ」

カヲル「……でも、今の今になってそれは違うと分かった。
僕は生きたくなかったんじゃない、そうやって消去法で死を選ぼうとしたわけじゃなかった」

シンジ「……?」

カヲル「……死にたかったんだ。本当に、純粋に…それだけだったんだよ」

カヲル「君を殺して、自分も殺せれば幸せだと思っていた。
君の全てを自分のものにして死ねるなら、それ以上のことなんて無いと思っていた……でも、もはやそれすらも違う」

シンジ「……」

カヲル「……奪いたかったんじゃない。……奪われたかったんだ」

シンジ「……っ、…」

シンジ「…それって、つまり……むぐっ、」

パシッ

カヲル「いけないな、シンジ君…寝言なんて。…こっちに戻れなくなるよ」フフッ

カヲル「…ほら、寝言に返事をすると、寝言を言った人の魂は何処かに行ってしまうと言うだろう?」

シンジ「……、…」

カヲル「……だけど、もう今さら後戻りはできないんだよね。…分かっているよ」

シンジ「……」

カヲル「……」

カヲル「…失望しただろう?あんな約束をした矢先にこれなんだから…。
僕は一体、何度君を失望させれば気が済むんだろうね。…ごめん」

カヲル「……本当に、ごめん…」

カヲル「…でも、ずっと君に言いたかった。
………無垢で清らな君には、何一つ理解されなかったとしても」

シンジ「……」

カヲル「…こんな気持ち、君は抱いたことないだろうね。誰かに向けることなんて、後にも先にもないだろう」

カヲル「……生温いようで、煮えたぎるような…止めどなく溢れてきて、それでいて喉の奥がむせ返る程粘いような。
生臭くて、苦くて…ほんの少しだけ甘いんだ」

カヲル「…出来ることなら、綺麗な君の中一面にこれをぶち撒けて汚してあげたいよ。
…そうでもしないと、君には伝わらないだろうから」

シンジ「……」

カヲル「…一体何なんだろうね、この気持ちは」

カヲル「……もう、自分でもよく分からないんだ。君にとっての僕って何だい?僕にとっての君って…何だろう」

シンジ「…」

カヲル「…シンジ君も本当は気付いているだろう?
君が僕の存在をどう捉えていたとしても…結果として、友達なんかじゃないんだよ。僕達は」

シンジ「…、…。」ムグッ

シンジ(だったら、僕達は…?)

カヲル「…友達になんて、こんなに醜い感情を向けたくならないよ…。
……何故君なんだろう、どうして君でなくてはいけないんだろう」

カヲル「……可哀想に」

カヲル(だからと言って…逃がしてあげるつもりもないけれど)

シンジ「…。」

カヲル「……」

カヲル(…ついに口にしてしまった。見せてしまった……)

カヲル(……具体的な結末を提示した瞬間から、物語は終わりを急ぐものだ)

カヲル(…もう長くは続かないだろう。…蜂蜜の泥沼に二人ゆっくりと沈みこむような、こんな関係には…)

カヲル(そこから這い出すのか、はたまたどん底まで落ち込むのかはわからないけれど)

カヲル「……約束だからね、きっと…朝になる頃には忘れるんだよ」

シンジ「……、」

カヲル(…無かったことになる訳がない、分かっている。
賽は投げられたのだ。…投げたのは僕。投げたかったのも、僕。
……だから、これでよかったんだ)

カヲル(……ああ、でも…どうせ、取り繕っても戻れないなら…
もう、いっそ、)

ズッ…

シンジ(…何の音…?)

ズッ…ズルズル

ギシッ

カヲル「……ねぇシンジ君、仰向けになってごらんよ。窓から空が見える」

シンジ「…?」クルッ

シンジ(さっきより声が近い…)

カヲル「……ふふ、そうしていてね」

ギシッ

カヲル「……星がとても綺麗だよ。雲ひとつない星空だ」

カヲル「……月も綺麗だよ。綺麗…だと思う」

シンジ「…?」パチッ…

カヲル「ああ、駄目だよシンジ君。目を開けたりしては…」スッ

シンジ(手のひらで、瞼が…)

シンジ(…あれ?今、一瞬しか見えなかったけどカヲル君と目があったような…)

カヲル「……僕には綺麗に見えていても、君にも同じように綺麗に見えるとは限らないからね」

シンジ「……」

ギィッ…

ギシッ

シンジ「…っ」ピクッ

シンジ(今、僕の頭の両側でスプリングが軋んだ…?
カヲル君は何をして…)

ギシギシッ

カヲル「……シンジ君、息を止めて」

シンジ「……?」ピタッ

シーン…

シンジ(呼吸の音がしない…カヲル君も息を止めてる?)

ギイィッ……

カヲル「…、…」

ギシッ

カヲル「…」

ギシッ

ゴロン

カヲル「…もういいよ、シンジ君」

シンジ(…声が横から聞こえる…最初の位置に戻ったんだ)

シンジ(……何もわからなかったけど、さっきのは…?)

カヲル「……これで全部だよ。僕の腹の内、汚いところ…全部」

カヲル「…全部見せたよ」

シンジ「…カヲルく…」

カヲル「君はまた…寝言なんて言って……余程酷い悪夢を見ているのかな」フッ

シンジ「…、…」

カヲル(…ごめんよシンジ君。…君の返事を聞くのが恐いんだ)

カヲル「…すまない、長くなったね…。僕はもう寝るよ。だからもう、こんな寝ぼけた戯言はお終いだ」

カヲル「……おやすみ、シンジ君」

シンジ「……」

……………




シンジ「……」スー…

カヲル(シンジ君は寝たようだね…さすがにしばらくは起きていたけれど、やっぱり疲れていたんだろう)

カヲル「…なんだか、妙に清々しい気分だよ。シンジ君」

カヲル(……でも、それ以上に恐ろしい。…朝が来るのが…
…シンジ君が起きてしまうのが、恐い)

カヲル(ああ、もう…朝なんて来なければいいのに。
このまま目を閉じて、シンジ君も僕も…いっそこの世界の何から何まで一切合切が目覚めなければいいんだ)

カヲル(…そうすれば、こんな安らかで幸せな時間が永遠に続くのにな)

カヲル「……」ぐるっ

シンジ「…」スーッ

カヲル「…ねぇ、こっち向いてよ」

シンジ「…」スヤスヤ

カヲル「……」グイッ

シンジ「ん、…」

カヲル「……」

カヲル(君が寝ている時なら、こうして向かい合える…)

カヲル「……」じーっ…

シンジ「……」スヤスヤ

カヲル(…しかし…さっきのあれは、どういうつもりだったんだろう)

カヲル(どうしてシンジ君は無理矢理にでも目を開けなかったんだ。
見えない状態で僕が何をするか心配にはならなかったのか)

カヲル(……信頼、なんだろうか。…友達としての)

カヲル「………」

ザァアア……

カヲル「雨…」

カヲル(昨日からずっと曇っていたし、おかしくはないな。…むしろ、遅いくらいだ)

カヲル(夜雨対床、か…)

カヲル「……」

シンジ「…、」モゾッ

カヲル「っ」ビクッ

シンジ「……」スヤスヤ

カヲル(何だ、起きてはいないのか…よかった)

カヲル「…よく眠るんだよ、シンジ君」フッ

……………


翌朝



カヲル「……」

カヲル(…結局、一睡もできなかった…)ハァ

シンジ「……」スヤスヤ

カヲル(…シンジ君の隣で妙な夢を見なかっただけでもよしとしようか。眠れないのは慣れているしね)

カヲル(……しかし、もう太陽が高い…起こしたほうがいいんだろうか)

カヲル「……」

カヲル(…いや、無理に起こすことなんて…。
このままにしていてもシンジ君は起きてしまうのだから、あとほんの少しくらい…)

シンジ「……、…」ムニャムニャ

カヲル(寝言?)

シンジ「…ん、…でも…そんな言い方…」ムニャムニャ

カヲル「……どんな夢を見ているんだい?」フフッ

シンジ「ぁ、…か」

カヲル「…?」

シンジ「…あす、か」

カヲル「……っ」

ガシッ

カヲル「シンジ君、起きるんだ…シンジ君!」ユサユサ

シンジ「っ!?」ビクッ

シンジ「え、あ…あれ?カヲル君どうしたの…?」

カヲル「……」

カヲル「……どんな夢を見ていたの…?」

シンジ「ゆ、夢…?」

カヲル「だって、さっき…!」

シンジ「ご…ごめん、覚えてないよ…」

カヲル「…」

カヲル「……そう」

シンジ「どうしたの、一体…そんな慌てて」

カヲル「…いや、覚えてないならいいんだよ…。うん、よかった」

シンジ「?」

カヲル「大したことじゃないんだよ、少しうなされていたようだから…思わず起こしてしまったんだ。
すまない」

シンジ「そうなの?ありがとう…そんなに良くない夢だったのかな」

カヲル「そうだね。きっと…とても悪い夢だったんじゃないかな。…君の記憶に残らなくて、本当によかったよ」ニコ

カヲル「……」ジッ

シンジ「ぁ、…」プイッ

カヲル「……」

シンジ「……」

カヲル「…シンジ君、」

シンジ「な、何かな、カヲル君」ビクッ

カヲル「……」

カヲル「何か飲みなよ。まだ熱はあるようだし…朝は食べられなくても水分はとらないと」

シンジ「そ、そうだね。そうするよ」ホッ

カヲル「アクエリアスでいいかな…はい」スッ

シンジ「ありがとう…ん、」ゴクゴク

カヲル「…飲みすぎないでね」

カヲル(さっきの、あの反応…シンジ君は、僕が何を切り出すと思ったんだろう)

カヲル(……やっぱり、昨晩の…)

シンジ「、…」ゴクゴク

カヲル「……」

シンジ「…ふぅ」ぷはっ

カヲル「ふふ、今日もいい飲みっぷりだね」

シンジ「え、えっと…その、朝って喉渇くから…」

カヲル「うん、そうだね…ペットボトル、貸して。捨てておくよ」ひょい

シンジ「いや、それくらい自分で…あっ」

カヲル「ごみ箱はどこなんだい?」

シンジ「…机の右だよ」

カヲル「机の右……ああ、ここだね」スッ

カヲル「……、」ピタッ

カヲル「……」まじまじ

シンジ「え、何…どうしたの?」

カヲル「…っ」ハッ

カヲル「ご、ごめん…何でもないんだ」ポイッ

シンジ「何か変なものでも捨ててた?」

カヲル「ほ…本当に何でもないよ、ごめん」

シンジ「…?」

シンジ「……けほっ」ズビッ

シンジ(…鼻かもう)

ちーん

シンジ(…すっきりした…鼻水は今日よりかなりましかな)くしゃくしゃ

カヲル「……」ジッ

カヲル「…、」フゥ

シンジ「…どうしたの?」

カヲル「あ、いや……はい、ごみ箱」スッ

シンジ「ありがとう」

ぽいっ

訂正



シンジ「……けほっ」ズビッ

シンジ(…鼻かもう)

ちーん

シンジ(…すっきりした…鼻水は昨日よりかなりましかな)くしゃくしゃ

カヲル「……」ジッ

カヲル「…、」フゥ

シンジ「…どうしたの?」

カヲル「あ、いや……はい、ごみ箱」スッ

シンジ「ありがとう」

ぽいっ

シンジ「あ、そうだ…学校は…」ハッ

カヲル「まだ熱があるだろう?今日も休むべきだ」

シンジ「でも、カヲル君は…」

カヲル「学校なんて別に構わないよ。今から行っても遅刻だしね」

シンジ「……そっか、そうだね」

シンジ「…カヲル君、ごめんね。何でもかんでもやらせちゃって…」ゴホッ

シンジ「…その、今さらだけど…迷惑だったら…帰ってくれても全然…」

カヲル「…シンジ君、」

カヲル「迷惑だなんて、思ってないよ」

カヲル「…僕はいつも君にしてもらう側だからね。君に何かしてあげられるのが嬉しいんだよ」

シンジ「…」

カヲル「…だから、何か出来ることがあったら教えてね」

シンジ「う、うん…、っ」ゴホゴホ

カヲル「おや…いけないな、まだあまり回復していないのかな」

シンジ「鼻水とか怠さはかなりましなんだけど…、」ケホッ

カヲル「……どうしたものかな」ズイッ

シンジ「ちょ、ちょっとカヲル君…っ」

カヲル「どうして息を止めるんだい?」

シンジ「……だって…」

シンジ「ていうか、本当に伝染るよ…?」

カヲル「いや、そうなればと思ってさ。ほら、風邪は他人に伝染すと治るとか言うからね」

シンジ「迷信だよ…」ケホッ

シンジ「ほ、ほら咳いてるから離れて…」

カヲル「……」

カヲル「…分かったよ」スッ

カヲル(どうせこんなことをしても、僕に伝染らないのは分かっていたけれど…)ハァ

カヲル「…なら、どうやったら治るんだろう?」

シンジ「やっぱり薬飲んで寝て…じゃないかな」ケホッ

カヲル「薬…そうだ、もうお昼前だし何か食べないかい?昨日からまともなもの食べれていないだろう、可能ならお粥でも…」

シンジ「そうだね、お粥くらいなら…」

シンジ「お粥…作らなきゃ」フラフラ

カヲル「あ、ちょっと待って…!」ガシッ

カヲル「まだ料理なんて危ないよ。…台所を借りてもいいかい?」

シンジ「え?」

カヲル「僕が作るよ。大丈夫、お粥くらいならどうにかなるよ。…駄目かい?」

シンジ「でも…あ、いや、迷惑とかじゃないんだけど」

カヲル「じゃあ構わないね。少しだけ待っていておくれ」

シンジ「あ…」

すたすた

シンジ(行っちゃった)

…………



カヲル(料理のために包丁を持つなんて久しぶりだな…)トントン

コトコト

カヲル(よし、あとは煮込むだけ…)

カヲル「…?」

プルルルル

カヲル(…固定電話…二階のシンジ君には聞こえないだろう、取り次がないと)

ガチャ

カヲル「……もしもし、」

アスカ《あ、シンジ?やっと出たわね、スマホ見なさいよこのバカ!》

カヲル「…!」

カヲル「……」ギリッ

アスカ《風邪はどうよ、まだ寝てんの?ほんっとだらしないわね!早く治しなさいよ!》

アスカ《……ちょっと、シンジぃ?聞こえてんの!?》

カヲル「……」

ガチャッ

ブチッ

カヲル(…電話線、帰るときには戻しておかないと)ポイッ

カヲル(シンジ君は…いつ彼女に風邪だと伝えたんだろうか。…昨日からずっと一緒にいるけど…)

カヲル(…ああ、僕が来る前か。じゃあ、僕より先に……彼女に連絡したんだ)

カヲル「……」ガリガリ

カヲル(…いいな。……羨ましいな)ガリガリ

………


カヲル「お待たせ、シンジ君。できたよ」コト

シンジ「わぁ、ありがとう…!」

シンジ「…あ、そうだ。電話、かかってきたりした?何か聞こえたような気がするんだけど…」

カヲル「………ああ、そうなんだよ。君に取り次ごうと思って、勝手に出てしまったんだ。すまない」

シンジ「全然いいよ、ありがとう。それで誰からだった?」

カヲル「……それが、間違い電話か何かだったみたいなんだ。無言で、しばらくしたら切れてしまったよ」

シンジ「そっか」

カヲル「…そんなことより、食べてみてくれないかい?もう熱くないように冷ましてあるから」ニコ

シンジ「そうだね、いただきます」パク

シンジ「美味しい…美味しいよ!」モグモグ

カヲル「それはよかった、本当は炊き粥にしたかったんだけどね。
…どうしたんだい、少し以外そうな顔をしているね」クスクス

カヲル「僕が料理できるなんておかしいかい?」フフッ

シンジ「い、いや…カヲル君が料理するなんて聞いたことなかったし…」

カヲル「そうだね…」

カヲル「一応、一通りのことは教えられているけれど…たしかに、自分で作るのは久しぶりだよ」

カヲル「自分だと、わざわざ作ってまで食べようとは思わないからね。お金ならあるし…」

シンジ「でも、作れるならそっちのほうがいいよ。レトルトとかばかりだとあんまり…」モグモグ

カヲル(君が作ってくれる分で足りているから大丈夫じゃないか。……なんて、さすがに図々しいかな)

カヲル「………そうしてみるよ」

シンジ「うん」ニコ

シンジ「…ねぇ、カヲル君…作るときに指切ったりしなかった…?」チラッ

カヲル「…うん」

カヲル(それは、どちらの意味で聞いてくれているんだろう)

シンジ「そっか、うん…そうだよね」モグモグ

シンジ「…ふぅ、ごちそうさま。すごく美味しかったよ」カタ

カヲル「…お粗末様。嬉しいよ」フフッ

シンジ「…」

シンジ「あのさ、カヲル君…」

カヲル「なんだい?」

シンジ「……」

シンジ「…こんなこと、本当は僕から言っちゃ駄目なんだろうけど……」

カヲル「?」

シンジ「……その…切ったりしなくて、大丈夫なの…?」

カヲル「……」

シンジ「……僕の前だと、カヲル君…そういうの、我慢してくれてるみたいだから」

シンジ「全くしなくて大丈夫なら、なにも問題ないけど…我慢して、後でこっそり傷つけるくらいなら…」

シンジ「……っ、…その…」

カヲル「…」

シンジ「………僕がいるところで…して」

カヲル「シンジ君…」

シンジ「…手当ても、すぐに出来るから…」プルプル

カヲル(…そんなに無理してまで…そういうことを言ってくれるんだね、君は)

カヲル(……なら、是非もない)

カヲル「…見ていてくれるのかい?」

シンジ「…」コクン

カヲル「僕が…この手首をぐちゃぐちゃに掻き回すところを?」

シンジ「…っ、…うん」プルプル

カヲル「……へぇ…」ニコッ

カヲル「じゃあ…君が、してよ」

シンジ「え…っ?」

シンジ「なんで、そんなこと…」

カヲル「…君にしてもらうほうが、痛いだろうからね」ニコ

カヲル「他人から与えられる肉体的感覚の鋭さは、自分で与えるそれとは天地の差だろう?ずっと強く、激しく感じる」

カヲル「……もう、自分でしたって大して痛くないんだ。…君がしてくれるなら、少しの傷で済むかもしれないよ」

シンジ「……」

カヲル「僕に、痛いこと…してくれないかい?」

シンジ「……で、できないよ…」プルプル

カヲル「……」

カヲル「……そうだよね。すまない、無理を言ったね」スッ

シンジ「カヲル君、どこへ…?」

カヲル「…いくら優しい君でも、気分を損ねてしまっただろうからね。…僕はおいとまするよ。
…僕と一緒にいたくないだろう?」

シンジ「あ…ま、待って!」

カヲル(…やはりそうするよね、君は)フフッ

カヲル「……どうしたの、シンジ君。…こんな僕でも、まだ何か君を助けてあげられる事があるのかい?」

シンジ「……そうじゃ、なくて…」

カヲル「…なら…」

カヲル「こんな僕を…君が、助けてくれるの?」

シンジ「……っ」

カヲル「僕の為に…何か、してくれるの?」

シンジ「……僕は…、」プルプル

カヲル(…『僕の為』って言葉…好きだよね?シンジ君は)

シンジ(…今帰ったら、絶対カヲル君は家で自分を傷つける…
そうなったら、またどれだけ酷い状態になるか分からない…)

シンジ(……カヲル君の為…、)プルプル

シンジ(…そうだ、僕が少し頑張ればカヲル君の傷は結果としてましになる…カヲル君の状態が良くなるんだ)

シンジ(そうだよ。僕が、僕が…やれば……)カタカタ

シンジ「……カヲル君、」

カヲル「…なんだい?シンジ君」

シンジ「……」

シンジ「………するよ…僕がする、から…行かないで」

カヲル「…いいのかい?本当に…?」

シンジ「…うん…っ」カタカタ

カヲル「…嬉しいよ、シンジ君…っ」

カヲル(…本当に大好きだよ、君のそういうところ)ニコ

シンジ「…ど、どうすればいいの…?」

カヲル「そうだね…そこのカッター、使ってもいいかい?」

シンジ「……うん」

カヲル「…しっかり持ってね…ほら、刃を出して」スッ

シンジ「……」チキチキ

カヲル「…じゃあ…はい、」スッ

カヲル「……僕の、まだ綺麗な手首。…よく見ておいて欲しいな」

シンジ「ぅ、…」チラッ

カヲル「…机、借りるね」

スッ

シンジ「ティッシュ…?」

カヲル「うん。机を汚すといけないから、手の下に何枚か敷いておくんだ」

カヲル「…よし、できた。
…さぁシンジ君。そのカッターを…僕の、ここへ」

シンジ「…」カタカタ

カヲル「…怖いかい?…やめたいかい?」

シンジ「…やる…やるよ……っ」スッ

カヲル「…」フフッ

シンジ「……」カタカタ

ぴとっ…

カヲル「さぁ、力を入れてごらん」

シンジ「……」

シンジ(やらなきゃ…僕が、やらなきゃ…!)

シンジ「…ごめん…っ」ボソッ

スッ…

じわっ

シンジ「…!」ビクッ

カヲル「…どうしたんだい、まだ皮膚に切れ目が入っただけだよ?」

カヲル「…ほら、早く…もっと」

シンジ「…」プルプル

ぐぐっ…

カヲル「もっと刃を立てるんだ、手首に対して垂直にして」

シンジ「う、うん」スッ

ずぶっ

カヲル「…っ」ピクッ

シンジ「あ…」ビクビク

カヲル「…、…大丈夫だよ、まだまだ…この程度では」ニコ

カヲル「……もっと、深く入れてよ」

シンジ「…、」ブルブル

ぐぐっ…

カヲル「…っ」

シンジ「……ダメだよ、これ以上刺さらない…」

カヲル「…刃を寝かせて、少しだけ引き抜いて」

シンジ「…っ」スッ…

カヲル「ん゙っ、…ぐ…」ピクッ

つぅぅっ…

シンジ「ち、血が…!」

カヲル「…そうだね、血だよ。…君が出してくれたんだよ」

シンジ「…う、…」

カヲル「…さぁ、もう一度差し込んで。それを何回かしてくれれば満足出来ると思うから」

シンジ「……うん」プルプル

ズブッ…

スッ

カヲル「ぁ、……」ビクッ

シンジ「……っ」

グチッ ググッ

プチッ

カヲル「…そう…上手…っ」フフッ

シンジ「…カヲル君…」ブルブル

だらだら

シンジ(こんなに、血が…)ゾッ

シンジ「……」ブルブル

カヲル「どうしたんだい?」

シンジ「…も、もういいよね?…これで、終わりにしようよ…」

カヲル「…やはり、辛いかい」

シンジ「……」

カヲル「……なら、君はカッターをしっかり握っていてくれるだけでいいよ」

シンジ「え…」

カヲル「…こうやって、自分で動くから」グッ

ズブッ

グリグリ

シンジ「ぁ、あ…!!」

カヲル「…これなら…っ、い゙ッ…ぁ゙…」グリグリ

カヲル「…大丈夫だろう?」ニコッ

シンジ「だ、駄目…やめて、カヲル君…!!」ガタガタ

シンジ「最後までっ、するから…もうこんなの…」ブルブル

カヲル「……分かったよ」ピタッ

カヲル「…シンジ君、もう片方の手で…僕の手を押さえていて欲しいんだ」

シンジ「…うん」スッ

カヲル(震えてる…可哀想に。…僕って、本当に最低だ)

シンジ「……も、もう一度…するよ」

カヲル「うん…」

ズブッ

カヲル「ふ…っ…ぐ」ビクッ

ギッ……

シンジ「あ、あれ…?動かない…」

カヲル「…もっと強くしてごらん」

シンジ「……、」グッグッ

カヲル「っ、…ぃ…」ピクッ

だらー…っ

シンジ「う、動かないよ、カヲル君…」

カヲル「…仕方ないな」

カヲル「…」スッ

シンジ「…?」

カヲル「…、」グッ

ミチミチ

シンジ「な、何やって…!?」

カヲル「…見ての通りさ、開いてるんだよ…指で…ぅ、」ググッ

シンジ「ゔっ…」ゾッ

カヲル「……どうして目を反らすんだい?」

シンジ「…だって」ブルブル

カヲル「…見ていてくれるんじゃなかったのかい?」

シンジ「…」ブルブル

カヲル「……僕はね、君に目を反らされるのが一番悲しくて…一番、嫌いだよ」

シンジ「……そんな…」チラッ

カヲル「…ごめんね、ありがとう…そうしていてね」ニコ

カヲル「ふぅっ…ぐ……ぃ…」グッ

ミチミチ

カヲル「…ッ、あ゙…、…!!」ビクッ!!

シンジ「ひ…ッ!」

カヲル「……ほら、これで動くよ」ハァ…ハァ…

ぐぱっ…

シンジ「ぅ、…カヲルく、…」ガタガタ

カヲル「……何を怯えているんだい、僕ならこの程度の傷は珍しくもないだろう?」

シンジ「…っ」ブルブル

カヲル「ほら」スッ

シンジ「ま、まだやるの…!?もうこんなになってるのに…!」ビクッ

カヲル「…傷口を開くのは僕がやったからね。…多分、見た目ほど痛くもないよ。
…特に、僕の場合は」

カヲル「…さあ、シンジ君。もっと痛くしてよ…
まだ全然…足りないんだ」

シンジ「………ぅ…うん…」ガタガタ

カヲル「…ありがとう」

シンジ(もし出来ないって言ったら、また自分で…
それに、僕がやるって言ったんだ…)

シンジ「も、もうちょっとだけだからね…」スッ

カヲル「…うん」

サクッ

カヲル「ぃ゙…ッ!!」ビクッ

シンジ「カヲル君っ!?」

シンジ(何だ、今の感覚…っ
カヲル君の反応も明らかにさっきまでと違う…)ゾワッ

シンジ「ど、どうしよう…!カヲル君、大丈夫!?もしかしてっ何か悪いところに…」

カヲル「…っ、ふふ…大丈夫だよ……これだけ開いておいて、変なところも悪いところも…ないさ」

シンジ「……」

カヲル「特別敏感なポイントがあるだけさ。体の表面だって、同じ刺激でも感じる場所によって変化するだろう?」

シンジ「じゃあ、ここ避けて…」

カヲル「駄目だよ、そこに…もっとしてよ」

シンジ「なんで…」

カヲル「言っただろう?痛くしてって……ねぇ、早く」

シンジ「……うん」スッ

シンジ(何も考えちゃ駄目だ、早く終わらせて…手当、しないと…)

ぷにっ

ぷちっ

カヲル「ぅあ゙っ……ああああッ!!」ビクンッ!

シンジ「っ…!」ビクッ

カヲル「だ、大丈夫…大丈夫だからっ、そこもっと…ぃ゙だっ゙…あ、あ…っ!」

カヲル「…手、止めないでっ…シンジ君!」

シンジ「ぅ、う…」ブルブル

カヲル「うぅっ、ふ……ぅ゙……ぁ、」ピクッ

ザクッ

ぷちゅっ

カヲル「ぐ、いぁ…あああぁぁッ…!」

シンジ「…!」ブルブル

カヲル(なんて痛いんだ…痛いことなんてもう慣れていると思ったのに…
視界が歪むほどの痛みなんて、いつ以来だ…)クラッ

カヲル(きっと、自分じゃないから……いや、)

カヲル(シンジ君が、してくれているから)

カヲル(…痛みの向こう側にたどり着けない。いくらされても慣れることはない……
…自分でするときもこうなら、もっと楽なのに)

カヲル「ぁ、……はぁ゙……はっ、」ゼェゼェ

ぐちっ…

カヲル「~~~~~ッ!」ガタッ

シンジ「ごめんっカヲル君…!」ぎゅっ

シンジ(ちゃんと手、押さえてないと…)ぎゅううっ

シンジ(早く、早く終わって…!)ブルブル

カヲル(また震えて…本当に、可哀想に……ごめん)

カヲル(でも、だけど…)

カヲル(…これがもし僕でなくて…たとえば式波さんなら、シンジ君はここまで自分を押し殺してでも…こうして願いを叶えただろうか?)

カヲル(……そんなはずないよね。
…もちろん、それには色々な理由があるのは分かっているけど…)

カヲル(…シンジがこうしてくれるのは僕だから。……僕にだけだ……)

カヲル(……嬉しい)

カヲル(…なんて…幸せなんだろう)

カヲル「ふぅっ……ぃぎ…」ピクッ

シンジ「……」ブルブル

ミチッ

シンジ「あ…あれ、また引っかかって…」

カヲル「……」

シンジ「どうしよう、えっと…」

シンジ(カヲル君に抜いてもらうのは駄目だ、またさっきみたいに…)ゾワッ

カヲル「…」フフッ

カヲル「…今度は、君が抜いて」

シンジ「……」

シンジ「…うん、」

シンジ「…」ググッ

シンジ(カヲル君がしたみたいに開くのは絶対に駄目だ…でも、どうしよう…)

シンジ(出来るだけ無駄に動かさないで、角度を変えてみよう…)ググッ

パキッ

シンジ「な、何だよ…この音…」

カヲル「何も心配しないで。…っ、…君の思う通りにして」

パキパキ…

シンジ(…本当に、これで…?)

ペキ…ッ

ミチッ

カヲル「…んっ、…」ピクッ

パキパキ

シンジ「……っ」グッ



…こつん

シンジ「!?」ビクッ

カヲル「ひ…っ゙!…ぃ、い…」ブルブル

シンジ「…か、カヲル君…」カタカタ

カヲル「………平気だよ…すこしびっくりしただけ…」ニコ…

シンジ「…」

シンジ(抜いたら、もう絶対に終わりにしよう…いくらなんでも、ここまですればカヲル君も…)

シンジ「…す、すぐに抜くから…」グッ

シンジ(はやく、はやくしなきゃ…!もうこんなに血が出てる…!)ググッ

パキパキッ

ペキ…

カヲル(…これは)

ピキッ

カヲル「っ、…ん゙…!」ピクッ


パキンッ!

シンジ「あ…ああ…っ!」ブルブル

カヲル「……、……ああ、折れてしまったね…カッターの刃」ハァ…ハァ…

シンジ「どうしようっ、な…なかに残って…」ブルブル

カヲル「……」フフッ

シンジ「……っ」

シンジ「………僕が、抜けばいいの……?」

カヲル「頼めるね…?」

シンジ「……」コクン…

カヲル「…怪我をしないようにね」ニコ

シンジ「…」スッ

ヌルリ

シンジ「…っ!」ゾワッ…

シンジ(…刃、温かい…それに、血でぬるぬるして…)ブルブル

シンジ「…カヲル君…ぬっ、抜くから…!」

カヲル「…いつでもどうぞ、シンジ君」フフッ

シンジ(ためらっちゃ駄目だ、一気に抜くんだ……!)ギュッ



ズボッ

カヲル「ゔッ……あ゙ぁっっ!!」ビクンッ

シンジ(抜けた…!)

カヲル「……はぁっ、はあ……ぁ、…」へなへな

カヲル「…っ…」ぺたん

シンジ「カヲル君っ、どうしたの…!?」

カヲル「あれ…?何だか体に力が入らなくて…っ、…」ゼェゼェ

シンジ「も、もういいよね…!?すぐ手当てするから…!」

カヲル「う、うん……」バクバク

カヲル(また心臓が煩い……それに、熱い)ハァハァ

シンジ「カヲル君、手…貸して」

カヲル「はい…」スッ

シンジ「ぅ、…」ゾッ

シンジ(こんなに深くしちゃったんだ…これだったら、カヲル君がしたほうがまだよかったんじゃ…)

シンジ(いや、これでよかったんだ…よかったんだ…!)ブルブル

シンジ「……救急車、呼んだほうが…」

カヲル「そんなものは必要ないことは、君もよく知っているだろう?
…手当て、してくれないのかい?」

シンジ「………分かった、すぐにするから」

シンジ(……いつも通り、消毒して止血して…包帯でいいのかな…)ぽんぽん

カヲル「ッ…」ピクッ

シンジ「滲みる…?」

カヲル「…構わないさ。…続けて」

シンジ(……どっちにしろ、僕にはこれくらいのことしか出来ないんだけど)ぽんぽん

シンジ「……」ギュッ

シンジ「…ごめんなさい」

カヲル「え…」

シンジ「……こんなに、するつもりじゃなかったんだ…」ブルブル

カヲル「……」

カヲル「…うん」ニコ

シンジ「…ごめん、こんな…酷い傷にしちゃって…!!」ブルブル

カヲル「うん」ニコニコ

シンジ「ごめんなさい…!」

カヲル「うん」ニコニコ

カヲル(君のせいじゃない、僕が頼んだんじゃないか…とでも、言ってあげるべきなんだろう。本当は)

カヲル(気にしなくていいよ。…とね。
その否定の一言さえあれば、シンジ君の罪悪感は軽いものになるんだろう)

カヲル(……でも)

カヲル(でもあと少しだけ…君の的外れな懺悔を聴いていたい。
…僕の為だけに罪悪感に押し潰されそうになってしまっている君を見ていたいんだ)フフッ

シンジ「痛かったよね……」

カヲル「うん。あんなに痛いのは久しぶりだったよ。…我を忘れるような、目も眩むような苦痛だった」ニコニコ

シンジ「……っ!」

カヲル「…嬉しいよ、君にあそこまでしてもらえるなんて」ニコニコ

シンジ「……ごめん、ごめんなさい…!」ブルブル

カヲル「お礼を言わないとね…ありがとう。
凄く良かったんだよ、君にしてもらうのはね」ニコニコ

シンジ「うぅ…っ」ブルブル

カヲル「…本当にありがとう」ぽんぽん

シンジ「……、」コクン

カヲル「……」ニコニコ

シンジ「……」プルプル

カヲル(…あまりいじめてもいけないな)

カヲル「……ごめん、無理をさせたね。君は何にも悪くないんだよ、僕が無理矢理やらせたんだから」

シンジ「う、うん……」

カヲル「……手当て、続けてくれるかい」

シンジ「わかったよ」

カヲル「…シンジくんは手当てが上手だね」

シンジ「そうかな…?」

カヲル「うん、技術的にも申し分ないし…それに、気持ちがこもってるのが分かるよ。君が、僕を大切にしてくれてるのがちゃんと分かる」

シンジ「あ、えっと…」わたわた

カヲル「冗談だよ、ふふ。でも、君の手当てが上手いのは本当。
君に、傷口に綿を当てられるのが好き。消毒液を垂らされるのが好き。
…君に、包帯をぎゅってされるのが…好きだよ」

カヲル「ほら、もっと包帯を締めて。ちゃんと血が止まるように」

シンジ「う…うん…」ぎゅううっ

カヲル「……っ、」ピクッ

カヲル(穴を掘らせては埋めさせるという拷問があるらしいけれど…
他人を無理矢理に傷つけて、それを自分で手当てしてくれたシンジくんはどれだけ辛かったんだろう)

カヲル「……」なでなで

シンジ「あ、駄目だよカヲルくん…!いくらきつく巻いても包帯の上からそんなに触ったら…」

カヲル「…ああ、ごめん」スッ


バタン


カヲル(なんだ、何の音だろう?…一階から?)

シンジ「玄関の音…父さんと母さん、帰ってきたんだ!」

カヲル「え…!?」ビクッ

カヲル「…ごめん、シンジくん。僕帰るね」バッ

シンジ「え、カヲルくん…?」

カヲル 「ごめん」スタスタ






ユイ「シンジー、ちゃんと寝てたー?お土産買って…あら?」

ゲンドウ「……」

カヲル(やっぱり鉢合わせになるか…でも、早くおいとまさせてもらわないと…)

カヲル(……僕が保たない)ガタガタ

カヲル「お邪魔しています」ペコリ

ユイ「シンジのお友だち…かな?」

カヲル「はい、風邪だと聞いたのでお見舞いに」ニコニコ

ユイ「あら、ありがとう。お名前は?」

カヲル「渚カヲルです」ニコ

ゲンドウ「……本当に見舞いか?」

カヲル「っ」ビクッ

ユイ「ちょっと、なに言ってるの!
…カヲルくん、せっかくだからご飯食べていかない?シンジも喜ぶんじゃないかしら」

カヲル「嬉しいのですが…すいません、今からどうしても用があって…。
僕はこれで…お邪魔しました」ペコリ

ユイ「あら…」

カヲル「……」スタスタ

カヲル「……っ、…はぁ、はあっ、は
…ッ!!」ゼエゼエ

カヲル(落ち着け…!もうシンジくんの家は出た、ご両親の前でも粗相はなかったはずだ…!!)ゼエゼエ

カヲル(罪悪感と恐怖で頭がいっぱいだった、僕がシンジくんにさせたことがばれたらどうしようって…!!)ハァハァ

カヲル(……はは、おかしいや…シンジくんに申し訳ないんじゃないのか…
ご両親と向かい合って罪悪感に駆られるなんて)ハァハァ

カヲル(もう、僕の中でシンジくんに迷惑をかけることが当たり前になってるんだろうか。迷惑をかけることを、何とも思わなく…)

カヲル「……駄目だよね、こんなのじゃ…」

翌日の朝

コンビニ



カヲル(ああ、シンジくんだ…!もう風邪は大丈夫なんだね、良かった)

カヲル(あれ、今日は一人…式波さんはどうしたんだろう)

カヲル(……どうしよう、こんなことなかなかないし声をかけてみようか?いや、昨日あんなことした挙げ句勝手なタイミングで帰ってしまったし……
でも、どうせクラスで会うし…それに)うろうろ

カヲル(……一緒に学校、行きたいな)

通学路



カヲル「し、シンジくんっ…!」

シンジ「あ、カヲルくん!おはよう。朝会うなんて珍しいね」

カヲル「お、おはよう…えっと、式波さんは…」

シンジ「何か怒ってて先に行っちゃったよ。何でだろ…昨日着信に気付かなかったからかな」

カヲル「……」

シンジ「ほら、僕らも早くいこうよ」

カヲル「ああ、うん」

カヲル「…昨日はごめん。いきなり帰ってしまって…」

シンジ「いいよ、気にしないで」ニコ

シンジ(カヲルくん、あんまり親しくない人と話すの好きじゃないみたいだし…人見知り?なのかな)




女子「わぁ、渚くんじゃない!めずらしいな、おっはよ!碇くんもおはよ」スタスタ

シンジ「おはよう」

カヲル(……朝からうるさいな…でもシンジくんがいるし、愛想よく愛想よく)

カヲル「…おはよう」

女子「ねぇねぇ渚くんっ、今日放課後空いてる?うちらと遊びに行かない?」

カヲル「いや、今日はちょっと…」

シンジ「……」

女子「えー、じゃあいつ空いてる?」

カヲル(しつこいな)

カヲル「…ごめん、空いてない。行こう、シンジくん」グイッ

シンジ「うわっ、ちょっと…」

カヲル「……」ツカツカ

シンジ「あ、あのこ…あれでいいの?」スタスタ

カヲル「いいよ、知らないし」ツカツカ

シンジ「……カヲルくんって人見知り?」

カヲル「え?……うん、君以外の人と話すのは好きじゃないという意味では、そうなるのかな」

シンジ「…無理にとは言わないけど、もう少し優しくしてあげたらいいんじゃないかな…?」

カヲル「え……え??」

シンジ「い、いや、そんな驚かなくても…」

カヲル「優しくしていいのかい?笑いかけて、いいのかい…?」

シンジ「?」

カヲル(シンジくんが誰かに優しくしてると、笑いかけてると僕の胸は胸焼けみたいに苦しくなる。
なのに…シンジくんはそうじゃないんだろうか。僕だけ、なんだろうか)

シンジ「…えっと、あのこに限った話じゃなくてね、クラスで挨拶するときも堅い作り笑いだし」

カヲル「…気づいていたのかい」

シンジ「わかるよ、僕にはもっと自然に笑ってくれるから」

シンジ「心から笑え、なんて難しいと思うけど…みんな、悪い人じゃないからそんなに壁を作らなくていいと思うんだ。
僕が言うのも何なんだけど」

カヲル(シンジくん以外の人なんて、どうでもいいよ。別に仲良くしたいとは思わない)

シンジ「カヲルくんのことを好きな人はいっぱいいるんだよ、それって良いことなんじゃないかな?」

カヲル(……でも、シンジくんが言ってくれてるんだ。他でもない、僕の為に)

カヲル「うん…やってみるよ」ニコ

シンジ「その顔、その顔!」ふふっ

……………

学校

休憩時間



カヲル(シンジくんは予習か何かしている……本でも読んでいよう)ペラペラ

女子「カヲルくーん!」バタバタ

カヲル(またか…馴れ馴れしい、誰だったかな…分からないな)ハァ

カヲル(でも…)

シンジ「……」チラッ

カヲル(シンジくんが見てる…よし、今朝言われたようにしてみよう。シンジくんが望むならこれくらい…)

カヲル「こんにちは」ニコッ

女子「ど、どうしたの?今日は元気そうだね///」

カヲル「そうかい?…君こそどうしたの、何か御用かな」ニコニコ

カヲル(疲れるな、これ…だけど頑張らないと)

女子「う、ううん!何読んでるかなって…!」

カヲル(クラス外から来てそう言うか…)

カヲル「…『孤島の鬼』だよ。有名だけど、知ってたりするかな」

女子「ううん、分かんない…」







シンジ「……」ジー

シンジ(何だろう、分かんないんだけど…もやもやする)

シンジ(いいことのはずなのに、落ち着かない……嫌だ、これ)ガタッ

シンジ「な、渚くん…次の授業、何だっけ」スタスタ

カヲル「碇くん…?数学だよ?どうしたんだい」

女子「…」ムスッ

シンジ「あ、そ、そうだよね!ごめん、ちょっとボーッとしてたかな」アハハ…

カヲル「…?」

女子「……」

カヲル(会話が途切れて気まずい。もう帰ってくれないかなこのこ)ニコニコ

女子「…あ、私…用事思い出しちゃった…!今度詳しく教えてね、それ!」タタッ

カヲル(よかった。しかし疲れたな、意図してないのだろうけどシンジくんに感謝しないと)フゥ

カヲル「ねぇ、碇く…」

アスカ「バカシンジ!ちょっとこっち来なさいよ!!!」

カヲル「あ…」

シンジ「アスカ!?い、今行くよ!」ビクッ

シンジ(よかった、機嫌直ったのかな…?)タタッ

カヲル「……」ジトッ

アスカ「楽しそうに話しちゃってさ、いい御身分ね!朝もあたしがいなかったから渚と登校したんでしょ」フン

シンジ「う、うん…」

アスカ「あのさ、あたしに言うこととかないわけ?」

シンジ「……ご、ごめん!昨日電話気づかなくて!」ペコッ

アスカ「はぁ?あんた一回……まぁいいわ、今回は許しといてあげる」ハァ

シンジ「ありがとう…」

アスカ「まあ、それで呼んだんじゃないから。おまけよ。
ヒカリが先生にプリント綴じるの頼まれちゃって…あたしも手伝ってるけど終わりそうにないのよねぇ」

シンジ「手伝えばいいの?」

アスカ「そ。流れ作業にするから、バカシンジはプリントを半分に切る係りね。ほら、カッター」 ぽん

シンジ「あ、……」ダラッ

シンジ(あれ、冷や汗が…)ダラダラ

アスカ「ちょっと、どうしたの…!?あんたまさかカッターが怖いの?」

シンジ「そ、そうかも…」プルプル

シンジ(だ、駄目だ…昨日を思い出して、カッターを見るだけで怖い…
感触が、手に、)ブルブル

アスカ「ったく、ガキねぇ…いやそんな話じゃないか。あんたカッター苦手だっけ?
とりあえずほら、ハサミあるからこっち使いなさいよ」スッ

シンジ「あ、ありがとう…」ホッ







カヲル(シンジくん……)ジー

カヲル(可哀想に、昨日させたことが辛かったんだろう……僕のせいだ)フフッ

カヲル(…?…あれ?)

カヲル(僕、今…笑ってた?どうして…)

カヲル(シンジくんの心に傷を負わせてしまったかもしれないのに、忘れられなくなってしまうかもしれないのに…)

カヲル(……僕は、……どうしてこんなに、嬉しいんだ…)

…………

放課後




シンジ「ごめんね、僕日直なのに待っててもらっちゃって」

カヲル「いいよ、いくらでも待つよ」そわそわ

カヲル「……」カチカチ

シンジ(何だか落ち着きがない…?それに、ホッチキスをずっと持ってる)
シンジ「黒板消したら終わりだから、もう少しだけ待ってね」ゴシゴシ

カヲル「……ねぇ、シンジくん。今、僕たち二人きりだよね」

シンジ「うん、そうだね…?」

カヲル「…………してよ、シンジくん」

シンジ「え?」

カヲル「……」

カヲル「今ここで、僕を傷付けて」

シンジもデレ出したし大丈夫じゃね

シンジ「ま、待ってすぐに終わらせるから…」

カヲル「…駄目なのかい」

シンジ「だって、ここ…学校だよ……!?」

カヲル「見つからないようにするよ、声も我慢する。だから、だから…」

カヲル「今してくれないと……僕、…」

シンジ「……」

シンジ「…わ…わかったよ」

カヲル「…!」

カヲル(聞いてくれるんだ…どうしてそこまで)

カヲル(して欲しいのは勿論本当だけれど、君は拒否すると思っていた…
僕が誰かに優しくしても何とも思わない、君の心を確かめたくて、きっとそこまではしてくれないだろうって)

カヲル(そうしたら、何かの諦めも付くだろうって…なのに……)

カヲル(君にとっての僕なんて、君における僕の認識なんて、「友達」だったはずなのに)

カヲル(僕は、「友達」じゃない何かになれたのかな。「友達」じゃない何かに、なってしまえたのかな)

カヲル「ありがとう……」ニコ


カヲル「じゃあ…そうだな、これを持って」スッ

シンジ(ホッチキス…普通の、芯のはいったホッチキスだ)カチカチ

シンジ「これ、もしかして…」


コツコツ


シンジ(ヒールの音…?    そうか、先生が見回りに来たんだ!)

教師「誰かいるのー?」コンコン

シンジ「ど、どうしよう…!?」

カヲル「シンジくん落ち着いて、まだ何も…うわっ、」

シンジ「カヲルくん、こ、こっち!」グイッ



バタン


教師「入るわよー?」ガラッ

教師「あれ、誰もいない……おっかしいわねぇ」

コツコツ





シンジ(行った……)

カヲル「し、シンジくん、どうして掃除用具入れなんかに…」モゾッ

カヲル(さすがに狭い…それに暗いな)

シンジ「ご、ごめん…隠れなきゃって思っちゃって…」

シンジ(……後ろめたくて、思わず…)

シンジ「とりあえず出よっか」

カヲル(……いや、これは…)

カヲル「…………いいよ」

カヲル「このまましようよ、…ね」

シンジ「こ、ここでって…こんなに狭くて暗くて殆ど何にも見えないんだよ…!?」

カヲル「僕は夜目が利くから、少しなら見えるよ。狭いのもすぐになれるさ。
……見えない方が痛いの、君もわかるだろう」

カヲル「それにここなら、例え誰かが教室に入ってきてもすぐにはばれないよ。嫌なものも必要以上に見なくて済む。君にとっても好都合じゃないのかな」

シンジ「……」

カヲル「……お願い、シンジくん」

シンジ「わ、分かったよ…カヲルくんが、そうしたいなら…」

カヲル「ありがとう。出来るだけ僕がするから、君は言う通りにそれを持っていてくれればいいよ。
右手、もう少し上げてくれるかい」

シンジ「うん…」

シンジ(ホッチキスで、一体何を…)ゾワッ

カヲル「……」ゴソゴソ

シンジ(…見えない、怖い…)

カヲル「よし。シンジくん…ホッチキス、閉じて」

シンジ「え、」

カヲル「途中で何を挟んだ感覚があっても、ためらわないでね。勢いがないと駄目だから」

シンジ「……」ブルブル

カヲル「…震えているね」スッ

シンジ「っ」ビクッ

シンジ「だって、ホッチキスなんて……!」ブルブル

カヲル「今さら何をためらうんだい?昨日はあんなにしてくれたのに」

シンジ「……」

カヲル「ね、早くおくれよ。欲しいんだ、欲しくて欲しくて堪らないんだ。……君からの痛みが」

シンジ(…そうだ、今更だよね…それに、僕にしかカヲルくんを助けられないなら…)

シンジ(もう、どうにでも…!)ギュッ


ザグッ

カヲル「ッ!!」ビクンッ

カヲル「うっ、……い゙……」ブルブル

シンジ(カヲルくん、手で口を抑えてる…?)

シンジ「い、痛い…?ちゃんと痛い……?」

カヲル「うん、すごく痛い…嬉しいよ。
そうして…手を離さないでね。ちゃんとホッチキスを握って、動かさないで」

シンジ「?」

カヲル「っ、……」グイッ

シンジ(ホッチキスごと腕が引っ張られてる…これって、)ゾワッ

ミチミチ…

シンジ「カヲルくん!?挟んだままそんなに動いたら大変なことに……!」

カヲル「するんだよ、大変な傷に……ゔ、ああ…っ!」メリメリ

シンジ「何で…」ゾワッ

シンジ(見えないけど、吐息が、体温が…近い)

カヲル「……ねぇシンジくん、君が僕にこうしてくれるのは、僕が嫌いじゃないから。僕のために…だよね…?」

カヲル「でもね、どんな傷を付けたって一時しのぎの騙くらかしにしかならないんだ。治ってしまうんだから。
そうしたら、もう誰も君のしてくれたことを証明できない。だからきっとまた僕は求めてしまう。君の行為を、君の気持ちを…」

シンジ「……」

カヲル「昨日の傷だって、あんなに酷くしてくれたのにもう塞がりかけてる……駄目なんだ、それじゃ」

カヲル「…っ、…
……あの夜に、あんなことまで言ったんだ。本当はもう、僕は、僕は……君に捨てられて、絶望の底で死んだって構わないのかもしれない」

カヲル「でも…だからこそ、消えない烙印が欲しいんだ。君が僕を嫌いじゃなかった証が、だれも否定し得ない君の気持ちの傷跡が……
生半可な傷が何になる…?」 メリメリ

シンジ「そんな、」

カヲル「怖いんだ、寂しいんだ…っ
死んだらこの傷みたいに、君との日々が何もかも無かったことになりそうで……意味が無かったと言われてるようで……!」 ブチブチ

カヲル「っ、あ…!」

ブチッ

ボタッ…


シンジ「…!」ビクッ

シンジ「カヲルくんっ……そんなこと言わないで…!」ガシッ

カヲル「し、シンジくん…!?」ビクッ

カヲル(良く見えないけど、これって…)

シンジ「ほ、欲しいならいくらでもしてあげるから…そんなの止めて、絶対に僕は、君を…」ブルブル

カヲル「……」

シンジ「僕に出来ることなら、何でもする…だって僕、きっと、カヲルくんのことが…!
…………?」

カヲル「シンジくん…?」

シンジ(何?今、何を言おうとした?)

シンジ「……っ、…………ううん、何でもない……」

シンジ「……もう、いいよね。終わろう」

カヲル「……あ、あの…あと、一回だけ……挟んだら、すぐに離してくれていいから…」

シンジ「……」

カヲル「シンジくん、……」

シンジ「…うん」

カヲル「ごめんね。…そう、そのまま…そこに」

シンジ「い、いくよ…」

シンジ(一回、あと一回だけ…!)ギュッ

ザクッ

カヲル「あッ、……」ビクン

シンジ(何回やっても嫌な感覚だ…それにやっぱり何も見えない。血の臭いだけ…)

シンジ「ほら、もう出ようよ…」

カヲル「…うん」




バタン

シンジ「……」フゥ

カヲル「疲れたかい」

シンジ「う、ううん。平気」

カヲル「気分、悪いだろう。嫌だったろう?」

シンジ「それは、……」

カヲル「…ねぇ、シンジくん。いくら嫌でも苦しくても…いずれは、これも忘れるの?」

シンジ「…?」

カヲル「……例えばの話なんだけれど。確かにあった出来事を世界の誰もかれもが忘れたら、それはもう最初からなかったことと同じなのかな」

シンジ「…そんなこと、あるわけがないよ……皆が忘れるなんて」

カヲル「例えば、だよ。
……それでさ、もし僕だけが覚えていたとしたら、それは僕の見た夢に過ぎないのかな。…おかしいのは、僕なのかな」

シンジ「カヲルくん……?」

カヲル「絶対に忘れられたくなかった。……そんな気持ちも、全部、嘘になるのかな」

シンジ「……何の話?」

カヲル「お伽の話、夢語りだよ。きっともう、当事者ですら分からない」

シンジ「……一人でも、」

カヲル「?」

シンジ「一人でも覚えているなら、それは確かにあった事だと思うよ。例え証明できなくたって」

カヲル「本当にそう思うかい?」

シンジ「……うん」

カヲル「だったら……君は、覚えていてね」ガシッ

シンジ「え?」

カヲル「どれだけ時が流れて君が世界で独りぼっちになっても、世界に何もなくなっても、他の何を忘れても」

カヲル「僕のせいで嫌だったこと、辛かったこと、苦しかったこと。僕に、そんな気持ちにさせられたこと。
……全部全部、忘れないでね。なかったことに、しないでね」

シンジ「…もしかして、僕何か、忘れて…」

カヲル「……いや違うんだ。ごめん、変なこと言ったね。
黒板、消しておいで。僕も掃除用具入れを片付けてくるから。終わったら帰ろう」

シンジ「ちょっと待って、先に手当てしないと!」

カヲル「……今日はいいよ」

シンジ「でも、シャツの袖からそんなに血が……せめて止血しなきゃ」

カヲル「……分かったよ。じゃあ、血だけ拭いてもらえるかい?手当てはいいから」

シンジ「うん…」

シンジ(頑なだな…何か理由があるのかな)

カヲル「このまましておくれ」

シンジ「うん」スルッ


ふきふき


カヲル「…、…」ゾクッ

カヲル(何だろう、袖から腕を入れられると妙に……)

シンジ「……」ふきふき

シンジ(最近のカヲルくん、いろいろとちょっと我が儘かもしれない。……嬉しいな)フフッ

シンジ(今まではどこか遠慮してたみたいだったけど…僕にできる範囲なら、カヲルくんが我が儘言って頼ってくれるの…
すごく気持ちがいい。嬉しい)

シンジ(……それにしても、どこを傷つけたんだろう?一回目は今拭いてる右の二の腕だと思うんだけど、二回目の傷が見当たらない)

シンジ(これだけ血が出てるし、あの感覚…今日も酷い傷にしてしまった)ふきふき

カヲル「っ!」ビクッ

シンジ「ご、ごめん!服で見えなくて…」

カヲル「いいんだよ、ありがとう。もう大丈夫……ほら、やること終わらせて帰ろう」スッ

シンジ「ね、ねぇ!二回目の傷は…」

カヲル「駄目、内緒。……心配はいらないよ、血はそんなに出てないみたいだから」

シンジ「そう…?」

シンジ(どうして今日はそんなに傷に触れられたくないんだろう?)

………

通学路


カヲル「すっかり遅くなってしまったね……ごめんよシンジくん」

シンジ「……」

カヲル「シンジくん?」

シンジ「あ、あのさ…今日ずっと言いたかったんだけど、朝の……」

カヲル「朝…?ああ!あれか。シンジくんも見ていてくれたよね?僕、頑張ったんだよ。愛想良くできたと思うんだけど」ニコニコ

シンジ「それのことなんだけど……やっぱり、無理しなくてもいいかなって…」ボソッ

カヲル「無理?無理なんて…」

シンジ「しっ、してるよ!……多分」

カヲル「でも、そうしたほうがいいんだろう?ならそうするよ。他ならぬ君の助言だしね」ニコ

シンジ「……じゃあ、しないで」

カヲル「え?」

シンジ「しないでって言ったら……止めてくれるの?」

カヲル「ど、どうしたんだいシンジくん」

シンジ「……」

シンジ(言わなきゃ…
大丈夫、カヲルくんならきっと僕の気持ちを分かってくれる。受け止めてくれる)

シンジ「……あのね、カヲルくんが他の人にニコニコしてると、なんだかモヤモヤして…変な気持ちになるんだ」

カヲル「!」

シンジ「……ごめん、何でだろうね。良いことのはずなのに。しかも僕が言い出したのに」シュン

シンジ「だから、今まで通りにして欲しいんだ……なんて、」

シンジ「……」チラッ

カヲル「…そうかい、だったら君のいう通りにする。もうずっと、君としか笑わない」

シンジ「本当?」

カヲル「本当だよ」ニコ

カヲル(もしかして、シンジくんも僕と一緒なのかな。……いや、それは希望的過ぎるか。
でも、少しくらいは自惚れてもいいのかな…)フフッ

シンジ「よかった…」ホッ

シンジ(本当は駄目だよね、こんなことを喜んでちゃ……
いや、もういいんだ。何が正しいかなんて。カヲルくんが求めることをしてあげる、僕のしたいことをする。それでいいはずなんだから)

カヲル「……ああ、もう別れ道だね。君と歩く道は短いよ」

シンジ「そうだね、僕もカヲルくんと一緒だとあっという間に感じる」ニコ

カヲル「シンジくん…」

シンジ「あっ、そうだ。最後にもうひとつ、言っておかなきゃいけないことがあるんだった」

カヲル「何だい…?」

シンジ「明日、日曜だけど…予定あったりする?」

カヲル「特にないよ。どうしたの?」

シンジ「あの、えっとね…12時に、坂の上にある公園に来て欲しいんだ」

カヲル「公園に?どうして……」

シンジ「そ、それだけ!詳しいことは明日言うから…じゃあね!」タタッ

カヲル「あ……」

シンジ「絶対来てね…!」タタタッ

カヲル(行ってしまった……逃げられた?)

カヲル(何だって、あんなだだっ広いだけの公園に……)ジー

カヲル「……」

カヲル(…僕も帰らなくては)テクテク

翌朝


????? ?




シンジ『……』ぎゅうう

カヲル(また、この夢……)

シンジ『…嬉しそうじゃないね』

カヲル「……夢だからね。君はシンジくんでもないし…っ、げほっ、えぅ゙……」

シンジ ?『そうだよね、君の夢に本当にシンジくんがいるわけないものね』ぐぐっ

シンジ?『じゃあ、現実なら嬉しいんだ。僕がシンジくんなら、嬉しいんだ』

カヲル「……」

シンジ?『シンジくんが、こんなことしてくれると思うかい?』

シンジ?『こんなことを、させるつもりかい?彼に、どれだけ重いものを背負わせることになるか分かるだろう?』

シンジ?『……シンジくんとなんて、出会わなければよかったんだよ』ぐぐっ

カヲル「でもっ、僕はシンジくんに出会えて……!」ゲホゲホ

シンジ?『それは君の気持ちだ。シンジくんはどう思っているのだろうね?』

カヲル「っ…」

シンジ?『それに、君にとってもこの出合いは不幸だったはずだよ。シンジくんに出会う前は、自傷なんてしたことなかっただろう?』

カヲル「それは……」

シンジ?『シンジくんに会うまでも空虚に生きていたけれど、死にたいなんて思わなかった。シンジくんに会うまでは、自分と世界との違和感になんて殆ど気づかなかったじゃないか』

シンジ?『早くさよならしなよ。いつまで甘えているつもりだい』




??????






カヲル「……っ」パチッ

カヲル(……夢だ、夢だ、夢だ…忘れてしまえばいいんだ、あんなこと)



…………シンジくんは、君のことをどう思っているだろうね。


カヲル「…! まただ…」


…………彼にこれ以上迷惑をかけて、まだ苦しませたいのかい。

……本当に大切なら、どうすればいいのか分かるだろ。


カヲル「煩い、煩い煩い煩い煩い煩い!!!」ガバッ

カヲル「…やめて、やめてよ…頼むから……」ブルブル

カヲル(本当は分かってる、これはただの夢でも幻聴でもないって)ブルブル

カヲル(全部僕なんだ、僕にかろうじて残った理性と良心の声なんだ……)

カヲル(最近は頻度が減ってきている。きっと、じきに声も聞こえなくなる。
そうなったらどれだけ幸せだろう?何も考えずシンジくんにすがって、甘えていられるんだから)

カヲル(でも、そうしたらシンジくんは……)

カヲル「……どうしたらいいのかな。もう分かんないや……」

カヲル「助けてよ、シンジくん……」ポロポロ


…………さよならするんだよ。


カヲル「もういやだ…っ…どうして、どうして……」ポロポロ

ピピピピピ…

カヲル「っ」ビクッ

カヲル(目覚まし…そうか、今日はシンジくんとの約束が)

カヲル「行かなくては…」フラフラ



…………何の用事だろうね、もう関わらないでくれって話かもしれないね。



カヲル「……そうだね」

カヲル「…それでも行かないと。シンジくんを待たせるわけにはいかない」

カヲル(僕からはとても言えないけれど、シンジくんが僕との別離を望むなら、僕は、僕は……)ブルブル

カヲル「…っ、ぅ…」ポロポロ

…………

公園




シンジ「カヲルくん!待った?」タタッ

カヲル「いいや、僕も今来たところさ」

カヲル(本当は三時間前には来ていたけれど、そんなの僕が勝手にしただけだ)

カヲル「それで……何の用なんだい?何か、改まった話とか…?」

シンジ「うん、そんな感じ…」

カヲル「そ、そう……」ビクビク

シンジ「あのね、カヲルくん……えっと……」

シンジ「た、誕生日おめでとう!!」

カヲル「……?…え?」きょとん

シンジ「えっと、今日だよね?9月13日…前に教えてくれたよね」

カヲル「あ、ああ…うん、そう…だね。そうか、今日が…」

シンジ「改めておめでとう、カヲルくん」ニコ

カヲル(……シンジくんが、僕の生まれを祝ってくれているのに)モヤモヤ

カヲル「……」

カヲル「……ありがとう。でも、本当にそう思ってくれているのかい…?僕が生まれたこと…生きていることが、めでたいことだと思うかい?」

カヲル(僕は何を言ってるんだろう?ありがとう、その一言で済んだのに……)

シンジ「違うの?」

カヲル「……こんなに君に迷惑かけてる僕が、君の近くで生きてるんだよ…
僕だって……自分でも、良いことだなんて思えない」

カヲル「……僕なんかと出会わない方が君は幸せだった。僕なんか、生まれてこなかった方が……」

シンジ「……」

シンジ「…正直、カヲルくんがそう言う気はしてた。それでも僕は君に、おめでとうって言いたかったんだ」

シンジ「僕は、カヲルくんが今ここにいること…嬉しいから」

カヲル「どうして……」

シンジ「…僕、今まで誰かにこんなに必要とされたことなかったんだ。だから頼られたって迷惑じゃないんだよ。カヲルくんが頼ってくれるの、凄く嬉しい」

シンジ「それに君といるとなんだか楽しいんだ」ニコ

シンジ「……僕だけ、かな」

カヲル「そんなことはないよ…!ぼ、僕も…」

シンジ「そっか…よかった」ホッ

シンジ「だから、おめでとう。カヲルくん」

カヲル「…………うん…」

カヲル「あ、ありがとう……えっと、」そわそわ

シンジ「?」

カヲル「ご、ごめん…おめでとうだなんて、初めて言われたから……あ、あはは…」へらっ

シンジ「…ふふっ」ニコニコ

カヲル「あの、シンジくん…本当に……ありがとう、ありがとう…」

カヲル(君の一言で、生まれてきてよかったかもしれない、と思えてしまうなんて)

カヲル(案外単純だな、僕……)フフッ

カヲル「そ、それで改まった話って……」

シンジ「え?誕生日おめでとうって話だよ?」

カヲル「へ?」

シンジ「僕の家だと父さんや母さんがいるし…」

シンジ(カヲルくんの家は……悪いけどちょっと殺風景だから)

シンジ「せっかく休日だから、公園ででも気持ちよくお祝いしたいなって」フフ

カヲル「そんな、わざわざ…悪いのに」

シンジ「気にしないでよ、僕がしたかったんだ。
……あ、あのね、僕お弁当作ってきたんだ。食べない…?」

カヲル「嬉しいよ、いただいてもいいかい?」

シンジ「うん、そこのベンチに座ろっか」

シンジ「よいしょ……」ストン

シンジ「ちょっと…いやかなり作りすぎちゃったかも」アハハ…

カヲル(お、お重だ)

カヲル「食べれるよ…うん、大丈夫…」

シンジ「いや、無理しないでね…」

カヲル(シンジくんが僕の為に作ってくれたんだ、頑張って食べないと。それに、とっても美味しそうだ)

カヲル「いただきます」


…………



カヲル「ごちそうさま…」

シンジ「大丈夫…?ま、まさか半分以上食べてくれるなんて……空っぽだ」

カヲル「無理なんてしてないよ。とても美味しかった、ありがとう」ニコ

カヲル(かなり苦しいけど…美味しかったのは本当。何より、君の気持ちが一番嬉しいな…)

シンジ「よかった…早起きして頑張ったかいがあったよ」

シンジ「……ねぇカヲルくん、何か欲しいものとかある?」

カヲル「欲しいもの?」

シンジ「うん、誕生日プレゼント。僕が用意できるものなら…僕に出来ることなら何でもいいよ」

シンジ「何かない?」

カヲル「…こうして祝ってもらえて、一緒に君の料理を食べれるだけで十分だよ」ニコ

シンジ「……僕に出来ること、ないかな?せっかくなんだから」

カヲル「……」

カヲル(僕の本当の望みは、君に……でもそんなことは…)

カヲル「…今日一日、君とゆっくり過ごせれば幸せかな」フフ

シンジ「…………うん、わかったよ。元々そのつもりだったから」ニコ

シンジ「どうしよっか、どこかへ遊びにいく?」

カヲル「いや、この公園で十分だよ。君と静かに、散歩でもしたい」

シンジ「そっか。じゃあとりあえずぐるっと一周しようよ」

…………



カヲル「やっぱり広いね、この公園」

シンジ「全部まわるのは久しぶりだけど……そうだね、妙に広いや」

カヲル「…おや、あれは……」スタスタ

シンジ「どうしたの?…花?」

カヲル「うん。珍しいな、この場所でこの季節に咲いているなんて……」ガサッ

カヲル(場違いの死に損ない、まるで僕みたいだ)フッ

カヲル「……」

ぷちっ

カヲル「はい、シンジくん。これをあげるよ」

シンジ「あ、ありがとう…何て言う花?」

カヲル「……チョコレートリリーだよ」

シンジ「へぇ…じゃあ百合なんだね」

シンジ(人から花なんて初めてもらった…もしかしたら、何か意味があるのかな?)

カヲル「そうとも言えるね。帰ったら調べてごらん、気に入らなければ捨ててくれていいから」

シンジ「ううん!そんなことしないよ…花瓶にでも生けとくね」

カヲル「そう……」フフ

シンジ「けっこう歩いたし、そこの木陰で少し休憩しない?」

カヲル「うん、そうしようか」

ザアッ……

シンジ「風、涼しいね。そうだ、お茶がまだあるよ。飲む?」

カヲル「ありがとう、頂くね」ゴク

カヲル「……」フゥ

カヲル(幸せだな。僕なんかが、こんなに幸せでいいのかな。
……それでもこの幸せだって、あとひとときだけ…)

カヲル(今日で何もかもが終わりなら良かったのに。幸せの中で眠っていられただろうに)

シンジ「……」うとうと

カヲル「どうしたの?眠いかい?」

シンジ「うん…なんだか木漏れ日が気持ちよくて……あはは」

カヲル「少し横になりなよ。僕もそうするから」

シンジ「うん……」こてん

シンジ「少ししたら、起きるから……」すぅ

カヲル「ふふ…」

カヲル(…シンジくんの寝顔、好きだな…いつも幸せそう。君はきっと辛い夢なんてみないんだろうね)

カヲル「……」うとうと

カヲル(…僕も眠いな…)


…………



シンジ「ん、……」パチッ

シンジ(もう夕方だ……気持ちよかったな)むくり

カヲル「……」スーッ…

シンジ(ふふ、カヲルくんも寝てる…)クスッ

カヲル「う、ぅ゙……」もぞっ

シンジ「?」

カヲル「違う、……は、僕は……やめて、違う……」

シンジ(またうなされてる…カヲルくんはあまり僕の前で寝たりしないけど、たまに寝るとほとんどこうだ。きっと、いつも毎晩…
辛そう、苦しそう…)

カヲル「助けて…っ……シンジ、く…」もぞっ

シンジ(僕の、名前…)

シンジ「カヲルくん、起きて…!」ユサッ

カヲル「う、っ……あ、あれ……シンジくん…」ボーッ…

カヲル「……あ!…」ハッ

シンジ「どうしたの?」

カヲル「な、何か変なことを口走ってはいなかったかい…?」

シンジ「…うん、大丈夫。ちょっと寝苦しそうだから起こしただけだよ」ニコ

カヲル「そうか…」ホッ

カヲル「……日が暮れてきたね」

シンジ「そうだね」

カヲル(もうおしまいか…)

カヲル「今日はありがとう、シンジくん。きっと…生まれてから今までで一番幸せだった」

シンジ「もう、おおげさだなぁ」

カヲル「嘘じゃないよ、何かも駄目になりそうなくらいに……幸せだよ」

シンジ「……本当に?」

シンジ「本当にそれだけで、幸せ…?」

カヲル「……?」

シンジ「僕にして欲しいこと、もっと他にあるよね?」

カヲル「……っ」

カヲル「…………ないよ。……これ以上なんてない。はは、君は一体何を…」

シンジ「……じゃあ、あれは嘘なの?」

カヲル「……」

シンジ「…あの夜のこと」

チョコレートリリー、ググったが黒百合のことなんだな

花言葉が「恋」「呪い」な上に
川端康成が「いやな女の、生臭い匂いだな」って書いてるそうなんだが…調べさせて良いのか…?

カヲル「…………それは言わないでいてくれる約束だったろう」

シンジ「言わなければ済む気持ちなの?」

カヲル「…………」

シンジ「違うよね」

カヲル「……違わない。言わなければずっと、君とこうして生温い関係に浸っていられるじゃないか…!!」

カヲル「…………ほら、もう休憩はやめよう。帰ろう。
あの分かれ道で『また明日』って言ってよ…明日も明後日も、ずっと……」

シンジ「……駄目だよ、もうだめだ」

シンジ「カヲルくん、今…凄く苦しいんだよね。このままだと、辛いんでしょ」

カヲル「それでもいい。……やっぱり無理だ、君に捨てられても構わないかもだなんて…
今から思えば、全く大した嘘だった。僕はこのまま、ずっと君と…」

カヲル「……でも、君は僕との関係を終わりにしたいんだね」

シンジ「違う、そうじゃない…!!」

シンジ「……君を、助けてあげたいんだ」

カヲル「無理だ、君に僕なんか救えない……!!僕を救うことがつまり何を意味するか、君だってわかるだろう!」

カヲル「……君に人は殺せない」

シンジ「……」ドンッ

カヲル「っ!?」ドサッ

シンジ「動かないで」

カヲル(シンジくんが僕に、馬乗りになって…首に)

シンジ「��������出来るよ」ぎゅっ

カヲル「あ…」ビクッ

シンジ「君を、殺せる」ググッ

訂正


カヲル「……君に人は殺せない」

シンジ「……」ドンッ

カヲル「っ!?」ドサッ

シンジ「動かないで」

カヲル(シンジくんが僕に、馬乗りになって…首に)

シンジ「…………出来るよ」ぎゅっ

カヲル「あ…」ビクッ

シンジ「君を、殺せる」ギリギリ

カヲル「っ……」ブルブル

シンジ「……抵抗しないんだ」ぎゅうう

カヲル(そうだ。僕は何をしているんだ、首を締められているのに…止めさせないと……)ゼェゼェ

カヲル「だ、駄目だ、シンジくん……やめ、て……っ」

シンジ「うん」パッ

カヲル「っ、げふ、はぁ……!」ゲホゲホ

シンジ「…ね。出来るよ、ちゃんと」

カヲル(心臓が、無茶苦茶に煩い…)ドッ ドッ ドッ

カヲル「ど、どうして…こんな、」ゲホッ

シンジ「……僕、ずっと考えてたんだ。何が正しいかって、そればっかり」

シンジ「でも、正しいことしててもカヲルくんを助けてあげられない。幸せにしてあげられないって分かったんだ」

シンジ「…………ううん、違うな。君が幸せになれる方法が、きっと正しいことなんだ」

シンジ「……僕やっと気付いたんだ。君と一緒にいたいのは友達だからじゃない。僕達は友達なんかじゃない」

シンジ「������僕、カヲルくんが好きだよ。君のことが、好き」

カヲル「…!」

シンジ「だから一緒にいたい。……出来るなら、助けてあげたい」

カヲル「……違う、君は僕を憐れんでいるだけだ…好きなんかじゃない……
こんな、どうしようもない僕を好きなわけがない」

シンジ「ううん。好きだよ」ギュッ

カヲル(シンジくんの、手…僕の手に……)

シンジ「どうしようもない君が好き。どうしようもなく君が好き。
……それじゃあ、駄目かな」

カヲル(駄目だ、違うんだ…
シンジくんはきっと何か勘違いをしている。
もし仮に僕を好きでいてくれたとして、そういう意味の「好き」ではないんだ)

カヲル(……なのに、)

カヲル(嬉しいな。嬉しい…もう、何もかもどうでもいいくらいに。
……君の「好き」に、溺れていたい)

カヲル「いいのかい、そんなことを言ってしまって……」ぎゅうっ…

カヲル「そんなこと言うと、僕は君の優しさに甘えてしまうよ。君に、すがってしまうよ…?」

シンジ「うん…」

シンジ「いいよ。甘えてよ、すがってよ…君にそうされるの、好きだから」

カヲル「……そうかい。
…でもね、そうするとこれから先の人生を棒に振るかもしれないよ。何もかも台無しになる。君を必要とする人なんてもう現れないかもしれない。
……それでも、いいの?」

シンジ「君を救えるのが僕だけなら……いいよ。どうなったっていい。
一人で地獄に落ちたって、かまわない」

カヲル「……そう。君はもう、僕を手放せるんだね。強いなぁ、君は」ニコ

シンジ「……」


カヲル「……ならばどうか、僕を助けて。
僕を……殺して」

シンジ「……」

シンジ「ねぇ…何かやっておきたい事とかはない?」

カヲル「ないさ、いつだってこうされたかったもの。いつ何時だって、死んでしまいたかった。やり残したことなんて…………」

カヲル(……)

カヲル「ああでも……最後にもう少しだけ、君と言葉を交わしていたいな。
喉笛と指に君を感じたまま、こうしていたい…」

シンジ「うん」

カヲル「……ねぇシンジくん。……ありがとうね」


カヲル「……君に会えて幸せだったと、今なら言い切れる。君と過ごした時間は一瞬のような永遠だった。あの時間だけが、僕の全てだったよ。
……君は、僕と会えたことをどう思う?素直に教えて欲しい」

シンジ「……僕も、君に会えてよかった。始めて自分に価値があるんだって思えた。こんなに楽しかったのも君が始めてだよ。
だから本当はちょっと……ううん、すごくさみしい」

シンジ「…もうどうしても、生きていけない?」

カヲル「……無理だろうね。僕の胸が今どれだけ高鳴っているか分かるだろう。嬉しいんだよ、君に殺されて死ねることが…
一度知ってしまったら、もうこの気持ちをなかったことに出来るわけがない」

シンジ「……そっか」

カヲル「もう、二度と君に会うことはないだろう。
……全部夢だったのかもしれない。いつか君が望んだ理想の夢に、僕が無理矢理に紛れ込んだだけだったのかもしれない。でももう、こうして痛いほど幸せな夢に迷うこともない……」

カヲル「夢は終わって、そして目覚めもしない。……全部、何もかもこれで終わりだ」

シンジ「……」グスッ

カヲル「そんな顔をしないでおくれ。君の笑顔が好きなんだ、笑ってみせてよ」

シンジ「…っ、……うん…」へらっ

カヲル「ふふ。かわいいね、君は…」

カヲル(どうせお別れなら、この笑顔も僕が貰っていってしまいたい…)

カヲル(……笑顔は無理だけれど……)

カヲル(僕は君の、その優しいところがいっとう好きだったから。出来るならそれを貰ってしまおうかな)

カヲル「…シンジくんは優しいね。本当に優しい……」

シンジ「……そうかな」

カヲル「君がこんなに優しくなければ、僕はこうして死ねることもなかっただろうね。君も、僕を殺さずに済んだ」

シンジ「でも、こうしないとカヲルくんがずっと…」グスッ

カヲル「だから優しいのさ。……ねぇ、君の優しさに、僕は殺されるんだよ」ニコ

シンジ「…っ」

カヲル「君が優しいばっかりに、僕は死ぬんだ」ニコニコ

カヲル「……可哀想にね」

シンジ「……」プルプル

カヲル(恩も知らずに酷いことを言っているのは分かってる。だけどもう、これでシンジくんが誰にも優しくなんてしなくなればいいな。
君に甘えるのは僕が最初で最後。……なんて素敵なんだろう)

カヲル(そうなればシンジくんの一番のものを、僕が貰っていってしまえるんだ。
生まれの祝いにさよならを。冥土の土産にもうひとつ、それを貰おう。最後の我が儘だ、どうか許しておくれよ)

シンジ「優しくするのって、悪いことなの……?」ブルブル

カヲル「悪くなんてないさ、僕は嬉しいもの。だけどきっと、いけないことだね」

シンジ「……」

カヲル「忘れるなんて許さないからね、何もかも」ニコ…

カヲル「……一方的に話してしまったね。もう、これで十分だよ。本当に思い残すことなんてない。
さぁ、僕を殺してくれ」

シンジ「…っ、うん…」すっ

カヲル「…手、震えてるね。っ、げふっ…やっぱり、怖い?」ゲホッ

シンジ「ううん…僕、頑張るよ」ぎゅうう

カヲル「あ゙っ、ぁ…」ヒュー…ヒュー…

カヲル「……もう少しだけ、力を緩めてしてくれないかい…?」ゲホッ

シンジ「でも、そんなことしたら余計に苦しく…」

カヲル「いいんだ、少しでも長くこの感覚に浸っていたい。刻み込みたいんだ……」

カヲル(僕の心に、君の手のひらに…消えないように)

シンジ「……わかったよ」きゅっ

カヲル「っ、そう…上手だね。真綿で締めるように、ゆっくり………」ピクッ

シンジ「…?……僕、こうするの…初めてじゃない気がする。僕、いつか君を…」

カヲル「いいや、初めてだよ。…何も知らない、君が…好きだから。何も知らないまま、殺して」

シンジ「……」

カヲル(シンジくんの手のひら、暖かいな…気持ちいい)

カヲル(苦しくてたまらないのに、辛いのに……どうしてこんなに落ち着くんだろう。どうして、幸せだと感じてしまうんだろう…)

カヲル「ねぇ、っ…シンジくん……僕の名前、呼んで…」ゼェゼェ

シンジ「……カヲルくん」

カヲル「シンジ、く…ん……」ヒュー…ヒュー…

カヲル(……僕も、君のことが好きだったよ。君に会えたこと、嬉しかった。こうなる結末でしかなかったとしても……)

シンジ「カヲル、くん…」

カヲル「……」ニコ

カヲル(もしかしたら僕は、君に会うために、……)

カヲル(……そうだったら、いいな)

カヲル「……ありが、と…う」

シンジ「っ、カヲルくん…」ギリギリ

カヲル「…………、……。……」

シンジ「カヲルくんっ、カヲルくん……」

カヲル「…………」

シンジ「カヲルくん……」

カヲル「……」


…………………



シンジ「……星が綺麗だよ、カヲルくん」

カヲル「……」

シンジ「星を見るのって楽しいよね。…ね」

カヲル「……」

シンジ「ふふ。今日は、友達の家に泊まるって言ってきたんだ。
人気のない公園でよかったよ、朝まではこうしていられるね」

カヲル「……」

シンジ「だからもう少しだけ、二人でいようよ」

カヲル「……」

シンジ「…おやすみ、カヲルくん」




END

お付き合いありがとうございました。いろいろと長くなってしまいました。何ヵ月やってたんだ…

ピクシブに後日談のようなものがあるので、もしよろしければどうぞ。 http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5809999

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月17日 (月) 16:02:12   ID: 54PtYTZg

早く続きが見たいです早く続きが見たいです早く続きが見たいです
こういうの待ってました

2 :  SS好きの774さん   2018年03月16日 (金) 12:49:19   ID: 3DMuPBrR

良かったです

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