【艦これ】艦娘「ケッコンカッコカリオコトワリ」 (1000)

地の文。安価有り。捏造マシマシ。

以上がOKで、お暇な方。暫くの間、お付き合いしていただければ。

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 一言で表すならば、それはきっと『意地』だった。




1.吹雪

吹雪「お断りします」

満面の笑顔である。
その小首を傾げる仕草も、非常にキュートだ。

同時に、びしり、と音を立てて、自分の動きが止まったのがわかった。
表情を数値化できるなら、今の自分の表情は彼女のそれにそのままマイナスを乗算したような、苦々しいものに違いないだろうと確信が持てる。

思うに彼女は、用件を予想していたのだろう。
何がそんなに楽しいのか目の前でニコニコと笑う吹雪は、こちらの呼び出し時の指示をガン無視して、艤装を着装せずに執務室を訪れた。

まあ、着任時からの付き合いだ。
彼女がたまに抜けてしまうのは良く知っている。
大方、指示内容を少々聞き漏らしたのだろう。
艤装は確かに必須だが、今の段階では準備にしか過ぎない。
だったら伝えるべき用件から先に伝えてしまおうと、本題を切り出そうとして

吹雪「私、お断りしますよ。司令官」

その瞬間の機先を制された。

二度も言わんでよろしい、ちゃんと聞こえとるわい。

ぶすったれた表情のまま椅子に座って言葉の一つも発しないこちらに、吹雪はもう一度声をかける。
常だったらこちらの気持ちを和ませてくれる、朗らかな笑顔を浮かべたまま。
この子のこの表情でこんなに気持ちがささくれ立つことがあるなんて、あまり知りたくはなかった。

提督「……何を断るって?」

吹雪「またまた。司令官ってば白々しいですね」

こちらの精一杯の悪足掻きに、しかし吹雪はころころと笑い声を返して後ろで組んでいた手をほどいた。
そしてその右手で執務机、正確にはその下に潜っている俺の右手を指さすと

吹雪「それ。司令官が持っていらっしゃる、それですよ」

そう言って、もう一度にっこりと微笑んだ。
今日の我が鎮守府の初期艦様は、やたらと俺の神経を逆撫でしてくれる。

提督「……」

正直、何となくそんな予感はしていた。
モノの在り処まで指摘されては仕方がないと観念し、膝の上で待機していた右手を机の上に出す。
その手に握っていた物と一緒に。

吹雪「お断り、しますよ。司令官」

モノが正式に場に出たところで、と。

吹雪は人好きのする表情を微塵も崩さないまま、三度。
しかも音節をきっちり区切って、丁寧に俺に拒否の意を告げた。

表に出た代物。
俺が吹雪がこの部屋に訪れる前から机の下で握り締めていた物は、黒い、何となく高級そうな意匠の一つの小箱。
無論、箱自体が重要なわけではない。

中には、一対の指輪が収まっている。
大本営から賜った艤装が一つ。
『ケッコンカッコカリ』用の指輪だ。

提督「……まず少し遅くなったが、最高練度おめでとう。吹雪」

吹雪「ありがとうございます、司令官。司令官にそう言って頂けて私、とっても嬉しいです」

司令官のお蔭です。
そう言う吹雪の顔はほんのり上気しているようにも見え、言葉通りとても嬉しそうだ。
頬を僅かに紅潮させた吹雪は、そして機敏な動作で伸ばした右手を、ぴっと眉の上あたりに持ってくる。

手を掲げての敬礼は脱帽時にはしないように、と、いちいち眉を顰めていた着任当初を思い出し、またげんなりと気分が沈む。
吹雪を始めその後どんどん着任してくれた艦娘たちは、艦娘には制帽はありませんし、と言い、それに公の場ではきちんとしますから、と加え、そのまま彼女らがコミュニケーションの一種として定着させた鎮守府の軽い挨拶。

提督「で、だな。そんな練度が上がりきった吹雪に一つだな」

吹雪「お断りしますって、司令官。さっきから私、ずぅっとそう言ってますよ」

呆れた、と、そう言って。

俺の言葉を最後まで続かせず挨拶の手を下ろした吹雪は、その手を握り拳にして腰に当て、この部屋に来て初めて表情を崩した。

吹雪「司令官、時々私の話、聞いてくれませんよね」

軽く頬を膨らませて肘を大きく開き、その小さい体を少しでも大きく見せようとする吹雪。
たまに彼女が見せる、私、怒ってますよ、のポーズだ。

そう。
怒ってますよ、のポーズなのだが。

提督「今、俺の話を聞いてくれないのは、吹雪の方だろう」

吹雪「聞かなくてもわかりますよ。ケッコンカッコカリ、の事でしょう?」

正直なところ今のこの状況で、怒っています、との意思表示が許されるのはむしろ俺の方じゃあるまいか。
なにせこの初期艦、徹底的に俺の話を聞いてくれないつもりらしい。
そしてたとえ聞いたとしても、的確に先を潰してくれる。

提督「いや、そうだけれども」

吹雪「じゃあやっぱりお断りしますー。その艤装は私、受け取りません」

提督「受け取りません、って、君ね」

吹雪「イヤですー。絶っ対に、イヤですー」

問答の末に、吹雪は眉間に皺を寄せて舌まで出してきた。
子供っぽい仕草だとは思うが、同時にそれは吹雪の意志が強固なものの証左でもある。

つまり吹雪は、冷静な話し合いを続けようとしているのだろう。
その上で、きっちりと俺の提案を断る気でいるのだ。その為には俺の感情を必要以上に昂ぶらせてはいけない。
だからそんな仕草を混ぜて、それを防いでいる。

素直な子だ。
それに加えてつくづく、良く気が回る子だ。

吹雪「第一、司令官、分かり易すぎますよ。練度が限界に達した私に、執務室に艤装を装着したうえで来るように、だなんて」

提督「む」

仮に私がお受けするつもりだったとして、ムードもへったくれもないじゃないですか。と、吹雪。

確かにそれに関してはぐうの音も出ない。
へったくれ、だなんて言葉を女の子が使うことに対する是非は一旦置くとして。
現実問題、そんな俺の浅慮は、どういう理由かはともかく俺からのケッコンカッコカリの提案を断るつもりだった吹雪に、その心構えと先制のチャンスを与えることになってしまった訳で。

吹雪「まあ、私は助かりましたけれど」

そしてその結果が今俺の目の前に佇む、特型駆逐艦の1番艦の涼しい顔な訳で。

少し前の自分の行動に歯噛みする。
何と浅はかな。
実に、実に忸怩たる思いだ。

とはいえ。

提督「……仮に。仮に、だ」

吹雪「はい?」

我ながら非常に諦めが悪いと思うが、それでも一つ聞かずにはいられない。

提督「もし俺が、こういう言い方はあまり正しくはないと分かってはいるが、不意を打てていたとして、吹雪は今回の話を受けてくれたか?」

吹雪「いえ、お断りしたでしょうね」

ずばり、と。

言葉が、その及ぼした影響の擬音を持てるのならば、正にそんな音がしただろう。
紫電清霜の名刀ですっぱりと物を断つが如く、吹雪は簡潔明瞭に、二言だけで俺の希望を切って捨てた。

提督「……結局、同じじゃないか」

吹雪「まあ、えっと……」

提督「同じじゃあ、ないか」

吹雪「えっと……そうですね。はい」

ちょっと酷くないか。
それなりに打ちのめされ、だんだん体に力も入らなくなってきた俺の睨視の眼差しを受けて、流石に気まずそうにした吹雪は、頬に指を当て、あはは、と笑う。

提督「……まあ、仕方ない、か」

そしてそれなりの間、吹雪を睨みつけてから、ふぅ、と深く息を吐いて、言う。

任務『ケッコンカッコカリ』が発令されたのはそれなりに前。
そしてそれと同時に大本営から送られてきた、件の任務を遂行する上で留意すべしとされた原則が幾つかあった。

正直なところ、面倒だからその全てに目を通したわけではないが、その内の一つとして、艦娘側の意志を尊重するというものは確かにあった。

艦娘の側にも選ぶ権利があるんだから出来る限りそれを汲んであげなさい。
つまりはそういうお達しだ。

それがある以上、現状をこれ以上どうすることもできない。
それに吹雪がそのお達しを知っているのかどうかは別にして、こうまではっきり拒絶されたのではどちらにせよ申し込みにくいというものだ。

提督「わざわざ来てもらって悪かった。フラれた以上は仕方がないから、これを吹雪に渡すのは、諦めるとするよ」

いささか力が入っていたため前傾姿勢になっていた体を、椅子の背もたれに預ける。
そんな俺を見て、困ったように笑った吹雪は、それでもそれ以上ケッコンカッコカリの話題には触れようとせず、踵をきちんと合わせて一礼を寄越した。

吹雪「それでは司令官。吹雪、失礼させていただきます」

あくまで端的に。
至極事務的に。

そんな印象で辞そうとする吹雪の背中に、ふと、悪いとは思ったものの一声投げかけたくなった。

そういえば理由を聞いていなかったな、と。

吹雪「理由、ですか?」

俺のその質問に、ドアノブに手をかけた吹雪の動きが止まる。
しかし、こちらを振り返りはしなかった。

考えるそぶりすら見せず、すぐに吹雪は返答に口を開いた。
聞えた声から何となく震えているような印象を受けたのは、ドアによる反射のせいか。



吹雪「イヤだから、ですよ。それ以外に理由が要りますか?」

そして吹雪はその一言だけ残して、ぱたん、と静かに行儀よくドアを閉じて、出て行った。

提督「……吹雪?」

それは、聞いたことのない声色だった。

聞き違いではない。
吹雪の声は、やはり震えていた。
その振動の根に垣間見えた感情に、だから俺はもういない彼女に呼びかけざるを得なかった。

吹雪は素直な子だ。
余程の事が無い限り、或いは余程の事があればあるほど、その感情は顔に、声に、表面に出てくる。

それを踏まえるとあの声に込められた感情はそのまま、吹雪の本音で。
そして多分、あの感情は、俺の聞き違いでなければ。

第一秘書艦では、既に無い。
それでもずっと吹雪と一緒にやってきた。

俺が着任して以来ずっと、吹雪と一から。
吹雪と一緒に艦隊を作り上げてきた、吹雪と共に進んできた、そんな俺の聞き違いでないのならば、多分あの感情は。

提督「……ともあれ、またフラれたか。そこそこ仲良くやってこれてると思ってたんだけど」

正直、ショックは大きい。
少しでいいから、それから目を逸らしたかった。
とはいえ、勝手に頭は回ってしまうのだが。

また受け取りを拒否されてしまった黒箱は、俺と同じようにしょんぼりとその艶を顰めてしまったように見える。
同病の伴を憐れんでそっとその表装を撫でた後、俺の身はそのままずるずると重力に導かれるがまま椅子をずり落ちて行った。

耳に残った、吹雪の最後の言葉の奥に聞えた感情に引きずられるように、ずるずるとずり落ちて行った。

あくまで多分だ。
多分だが。

提督「なんか嫌われるような事……したかねぇ」
ちらりと、しかし明確に見えた、嫌悪。

イヤだから。

吹雪のその声は、俺にはそう聞こえた。
俺にはそうとしか聞えなかった。



 ― ― ―

正直、そんな予感はしていたのだ。

大本営が定めたケッコンなどと言うネーミングは、その字面のインパクトと儀式過程によって、発令が予定された時点から各鎮守府の話題を席巻していった。
今でこそ多少落ち着いたとはいえ、それでも高い練度の艦娘が在籍する鎮守府では未だにその存在が意識されているらしい。

かくいう当鎮守府でも、発令当初は鎮守府全体が浮足立っているというか張りつめているというか、ある種の緊張感が漂った。

実際のところ、かねてからその存在を耳にしていた俺としても、その実装はとても喜ばしいものであったし、任務の発令を一日千秋の思いで待ちわびていた。

のだが。

ある日を境に、その雰囲気が一変した。
それがいつだったか、正確な日付までは思い出せないが、その日を境に艦娘たちの様子が明らかに変わったのだ。

その変化は肌で、というか、何となくうなじの辺りを何かにムズムズとくすぐられる様な、何か忘れ物をしている様な、そんな煮え切らない違和でもって感じられるものだった。

良く晴れた日だった、と思う。
朝起きて、寝ぼけ眼をこすりながら身支度を整え、執務室にて今日の仕事の予定と軽い作業をこなし、朝飯を食べるために食堂を訪れた。
そして鮭の塩焼きをつつき、良く漬かった沢庵を租借し、味噌汁の最後の豆腐を摘まんだ時点でその違和感の正体に気づいた。

朝起きてから何人かの艦娘と言葉を交わし、何人かの艦娘とすれ違い、何人かの艦娘の会話を耳にするも、ケッコンの単語を聞いていない、と。

そして俺は味噌汁を飲み干すと残りの朝飯を平らげて食後のお茶をすすり、執務室に戻って仕事を再開した。

俺はその後も粛々と執務をこなし、所定の作業といつも通りの日課と多少の問題を処理して、概ねいつも通りの時間に布団に潜り込んだ。
朝、食堂で箸を持った時に感じた、うなじのかゆみに首を少しだけ捻って。

初日はそんなもので、二日目、三日目と経過しても、自分の中の違和感が増すだけで概ねそんな具合だった。

そしてその日からそれなりの日数が経過した現在、右手の中の黒い箱を弄びながら椅子に深く沈んでいる提督がいる以外、ここは問題なく回っている。

艦娘たちの態度には、全く、と言っていいほど変化はなかった。
ただ、話題からケッコンカッコカリの単語が消えただけ。

理由は今もって不明。
直接問いただそうと思ったこともあったが、前大戦を潜り抜けた歴戦の猛者でもある彼女達は話題に触れようとする愚か者を、時に威圧し、時に煙に巻き、時にやり過ごし。

そして変化の影は、その尻尾すら見せようとしない。

提督「それが却って不気味だ……」

嫌われた、と言うわけではないと思う。
皆、変わらず良い子達だ。

だからこそ。

提督「受け取ってほしいんだがな」

ともあれ、このままでは腰も痛い。

吹雪が退出してからもう大分経った。
俺もいつまでもこうしてはいられまい。

今日はここまで。見切り発車ですが、こんな具合で進めていきます。
基本的に書き溜めて投げる方式をとりますので、更新は遅くなります。


↓+2 次の艦娘

遅くなりました。ちょっと推敲して落っことします。



2.磯風

磯風「む。司令?」

生きている以上、腹は減る。
腹が減ったら、食欲が出る。当たり前の話だ。

体調や精神状態によってその欲求は増減するが、幸い、軍人と言うことに加えて元々の性格もあるのだろう。
ショックを受けてもきちんと食える胃袋を持っている身としては、何があっても食事は取れる時に取っておくことにしている。

この場合は、単なるやけ食いかもしれないが。

ともかく、そうして食堂への道を進んでいるところに、後ろから声がかかった。

振り返ってみると、長く艶やかな黒髪に磨かれた紅玉の様な瞳。陽炎型駆逐艦12番艦の磯風がこちらに早足に近づいてきているところだった。

提督「磯風か」
磯風「ああ。どうした司令、何だかふらふらしているぞ、危なっかしい」

つ、と横に並んだ磯風は、ごく自然にこちらに歩調を合わせ、そのままこちらを見上げてきた。
切れ長の瞳、その中心にある赤に捉えられ、思わずどきりとする。

磯風という艦娘は非常に、語弊を恐れずに言ってしまえば、非常に雄々しい。

艦娘の顕現理由やその大本の原因については、未だ諸説争われるところではある。

が、確かな事を一つ上げると、彼女ら艦娘は前大戦時のその各々の生まれ、航跡、武勲。
艦が辿った経歴に沿ったアイデンティティを確立している者達が多いということが言える。

全ての艦娘に言える事だが、見目が麗しい。
そして各艦種、更には姉妹艦の型ごとにまたその容姿や装いに方向性がある。

そこに来て今、俺の横で、普段は若干吊り上っている形のいい眉を僅かに下げながらこちらを見上げてくる磯風はというと、まず陽炎型らしい清潔そうな水兵服が良く似合っている。

そして、歴戦の、一説には日本海軍最高の武勲艦とまで称されることもある磯風は、その魂を人の形とするにあたって、武勲に沿った多少堅苦しい性格として生まれてきたようだ。

とはいえ。

提督「そういう磯風は、何だか機嫌が良さそうだな」

磯風「ふふ、わかるか?」

言うと、磯風は右の拳と左の掌を勢いよく合わせた。
ぱちん、と小気味のいい音が一瞬廊下に響いて、消える。

磯風「最近、なかなか調子が良くてな。艤装が良く馴染んできている」

そして打ち鳴らした両手を握り、開き、もう一度それを繰り返した。
口元には両頬の筋肉を締めるような慎ましい笑みが浮かんでいる。

磯風「元の自分。磯風に近づいているような感覚がわかるんだ。この人の体というのも、なかなかどうして悪くない」

そう言う磯風の声は、その容姿の年齢相応に弾んでいる。

……何に喜んでいるのか、という一点については目をつぶる必要があるものの。

提督「余り根を詰め過ぎるなよ」

磯風「なに、心遣いは嬉しいが、随分と着任が遅れてしまったからな。その分を取り返さなければ、と思ってな」

そう声をかけると、ふ、と力を抜いて破顔する。
打てば響くこの性格は磯風の数多い魅力の一つで、まあつまりは、真面目なのだ。
ぴんと伸びた背筋と同じように真っ直ぐな気質。

本人は着任時期の遅れを気にしてはいるが、その性格のままに遅れなぞ何するものぞ、とメキメキと練度を上げ続けている。
その勢いたるや同型の陽炎型、艦首を同じくする駆逐艦娘だけでなく、鎮守府に在籍する他の艦娘達の良いカンフル剤となってくれていて、こちらとしてはむしろ頼もしい限りだ。

磯風「近頃はその感覚が面白くて、数字もあまり確認していないが……。今が恐らく、70と80の間くらいだろう」

提督「……もうそんなにか」

磯風「ああ、このままの勢いでまだまだいけそうだ、頼りにしてくれ」

そして磯風は一度、目を細めて笑うと、俺の袖を指先で摘まむ。

提督「ん?」

磯風「さて、司令。私の機嫌の理由は話したぞ。次は指令の番だ」

俺の疑問の声も一瞬のもの。
その指先を支点に、磯風は自身と俺の体をくるりと回した。
きびきびとした動きとそれに伴う表情の変化に、すっかり目を奪われていた俺は、その力に何の抵抗もできず、廊下の中心で磯風と二人、お互いに向かい合うような格好で歩みを止められてしまった。
しかしその間合いの近さに思わず、半歩分後ずさってしまう。

磯風「言った通り、どうにもさっきまでの司令は危なっかしく見えたのでな。この磯風、何か力になれないか」

提督「や、磯風」

そしてその空いた間合いを、白い手袋に包まれた右手を形のいい胸部に添えた磯風が、詰める。
別に他意はないのだろう、磯風にしてみれば、その間合いが話をしやすい間合いだ、というだけの話で。

しかしこちらの側に、男性の側にしてみれば、ただでさえ凛々しい外見の女性にこうまで真っ直ぐ視線を向けられたまま詰め寄られるというのはどうにもこうにも据わりが悪い。

提督「磯風」

磯風「何だ、司令?」

加えて客観的に見てみれば、頭一つ分ほど小さい女性に詰め切られそうな野郎という絵面もよろしくない。

提督「……とりあえず、近い。少し離れてくれ」

磯風「ん、そうか?」

なので、大人しく白旗を上げておく。
何となくではあるが、両手を軽く上げて害意が無い事も示しておく。
対して磯風はさして何を気にした様子でもなく、小首を傾げるだけで、素直に半歩分体を引いてくれた。

磯風「……ん?」

とはいっても、何をどう切り出したものか、と降参の形に掲げていた両手を下ろす。
その時、何となくだがポケットに入れっぱなしだった例の小箱に指先が掠り、コツリと硬質的な音が鳴った。

普段の喧騒に満たされた鎮守府内だったなら聞き逃してしまうような小さな音だったが、磯風と俺しかいない廊下ではその音はやけに大きく聞こえる。
耳聡くそれを聞き取ったらしい磯風は、音の出どころを探して僅かに視線を泳がせ、すぐに俺の軍服のポケットのふくらみに見当をつけたようだった。

磯風「ああ、なるほど」

瞬間、だった。

磯風「それか」

こちらを窺い見るように半眼気味だった磯風の目が更に細まった。
その奥に見える、睨むかのように一点を凝視し続ける磯風の紅い眼。
先程まで自分の成長を語って爛々と輝いていたそれが、まるで熱を奪われて急激に冷え固まってしまったマグマのようにどす黒く濁る。

磯風「そういえば、先程吹雪を呼び出していたっけな」

納得したような声色で、磯風は再びこちらに視線を上げた。
熱の失った目に捉えられ、ぞくり、と背中が泡立つ。

磯風「可哀想に」

何の感情も読み取れない赤錆のような瞳で俺を捉え続けたまま、磯風はそっと右手を俺の左頬に沿わせた。
しかしその口からぽつりと零れ出たのは、そんな冷たいの印象とは真逆の呟きだった。

提督「磯風?」

撫でるでなく。
押すでもなく、まして掴むでなく。
ただ、そっとそのいささか冷たい手を俺の頬に沿わせたままじっと動かない磯風に恐る恐る呼びかける。
すると磯風は瞬間的にくしゃりと表情を歪めると、かぶりを振って半歩体を下がらせた。
彼女自身が話しやすい間合い、その半歩分先に。

磯風「なるほど、司令があんな足取りになるわけだ」

そして再び頭を上げた磯風の眼には、いつもと同じ紅玉の輝き。
こちらを窺い見るような半眼の下で、形のいい鼻からふふ、と笑声が漏れた。

提督「何だ、どういう意味だ」

磯風「いや、いい。何の用件だったかだとか、どういう結果になっただとか、大体わかっているから」

無理はしないでいいぞ、わかっているからな。
そう言って磯風は半歩下がった勢いのまま、たん、たん、とリズムよく、もう二、三歩後ろ向きに下がった。

僅かに崩した表情は。
その意味を読み取ろうとするより前に、磯風はいつものからりとした笑みを浮かべ、更に言葉を続けた。

磯風「あの呼び出しがかかった時の吹雪の様子で、大体わかる。まあ気を落とさない事だ、司令」

提督「……俺が何の用だったかなんて、分からないだろう」

磯風「あのタイミングで、しかも名指しで呼び出しておいてそれはないんじゃないか」

吹雪にも言われたことではあるが、それを言われると辛い。

磯風「まあ、悪手だったな」

磯風はそう言ってくすくすと笑った。

全く、こっちの気も知らないで。

提督「何の用だったかに関わらず、磯風の予想通りとは限らないぞ」

磯風「いや、ほぼ間違いはないと思うぞ。さっきも言った通り呼び出しのかかった時にも吹雪の様子を見たし、実はさっきもすれ違った」

提督「……参考までにどんな様子だったか、聞かせてくれないか」

磯風「それは吹雪の名誉に関わるから、私の口からは言えないな」

そして磯風は俺の三歩先で、くるりと踵を返した。

磯風「さて、時間を使わせてしまったな。司令も食堂だろう?」

補給、もとい食事は大事だぞ。
今日は何だろうな。

そう付け加えて磯風は俺を先導するように歩き出す。
さっき出会ってから始終ペースを握られっぱなしだったのは何となく面白くはないが、ともかく飯は食わねばなるまい、とそれに続く。

磯風「今日は何だろうな」

思えば先の話から察するに、既に艤装を装着して何かしら動いてきたのだろう。
肩を並べて廊下を進む磯風は、とても嬉しそうに隣を歩く。

提督「昼からあまり重いものはな」

磯風「いや、司令。夜に食べたい気持ちもわかるが、むしろ一日の行動を考えるなら本番は昼の方だ。重いものを食べるなら、今の方がいい」

提督「……なるほど」

磯風「多少食べ過ぎても動けばいいんだ、動けば」

なるほど、体を動かし慣れてるやつの考えだ。

この分だと

提督「磯風」

まだ先は長いことは間違いないが、遠からず彼女も最高練度に達するだろう。

磯風「司令」

磯風がこちらの呼びかけに被せるように、俺を呼ぶ。
食堂は目の前だ。

提督「何だ」

磯風「自意識過剰と言われるかもしれないが、先回りさせてもらう」

口調に押され先を譲ると、磯風は淀みなくすらすらと話し始めた。
その語調には何の躊躇いも伺えず、これから話すことに対する磯風の意思は既に決まっている事が、良くわかった。

磯風「吹雪がどういった考えで指令のそれを断ったのか、それ自体は彼女の考えだから詳細には分からない」

歩みを止めないまま、磯風は食堂に向かって歩調を変えずに、しかしこちらを見ることなく言葉を続ける。

磯風「これに関して私と同じ考えなのかもしれないし、違うかもしれない。だが、私と吹雪とで同じものもある」

上官である俺への礼式だろう。先回りして食堂の扉に手をかけた磯風は、その時初めて俺の方をちらりとだけ見上げた。

磯風「返答だ。司令、私も吹雪と同じで、それを司令から受け取るのは、御免蒙るよ」

そして扉を開け、俺に先に入るように促した。
何も言えずにいる俺を写す磯風の瞳の色は、先ほどまでに見たどの色でもない、ただいつも通りの澄んだ目だった。

今日はここまで。
艦娘毎の話はなるべく可愛く均等な長さに書きたいのですが、話の展開だとかタイミングによって多少の増減は出ると思われます。
そこだけはご了承ください。

↓+2 次の艦娘

>>1、このままではとても無味乾燥な話になりそうなことを今更ながらに気付いて動揺。ど、どげんしよ(震え声
推敲が終わり次第、落っことします。



一つ、皆さんに質問があります。艦娘たちを愛していますか?



安心しました。話を進めることができます。



3.赤城

磯風「――それで谷風に引っ掻き回してもらって、その後浜風がだな」

提督「……」

カラッと揚がった豚肉の上にたっぷりとかかったカレールー。
確かに肉厚なとんかつがこの皿の主役ではあるが、かといってルーの方が手を抜かれているというわけでもない。
ルーにどろどろになるまで溶かし込まれているらしい何種類かの野菜は、原型は留めていないものの、強いとろみに旨味を付け加えている。

……のだろう、多分。
俺は先ほどから延々と、スプーンの先でカツとルー、それと白米を皿の左側から順番に混ぜ続けているだけだから良くわからないが。

磯風「報告書は後ほど上げるが、実は浦風の数字自体はあまりよくない。が、あの場をまとめたのは間違いなく浦風だ。司令には、その辺りもきちんと考慮に入れて――」

磯風は宣言通りの重いもの、大盛りのメンチカツ定食を、第17駆逐隊の編成で先ほどまで行っていたらしい演習の成果を身振り手振りを交えて語りつつ、次々と口に運んでいる。

時折もぐもごと租借に手間取っているようだが、概ね行儀よく満足そうに、そして俺とは対照的なスピードで順調にそれらを片付け続けている。

磯風「無論この磯風の活躍も語りたいところではあるが、何と言っても雪風だ。あいつは本当に――」

目の前のカツカレーと対面に座った磯風の定食。
こちらには汁物も一緒についているから量としては大差ないだろうが、その細い体の何処に男性とほぼ同じ量の昼食が入っていくのか、割と疑問だ。

磯風「――全く」

男女の腹囲と胃袋の差の関係性に考えを馳せながら再びスプーンを更に左端に導いたところに、ため息交じりの声。

それと同時に止まることなく進んでいた、磯風の箸と口が止まる。
下げ気味だった視線を上げると、片眉を下げた磯風が綺麗にそろえた指で汁椀を口元に運ぶところだった。

磯風「……何だ、司令。まだ拗ねているのか」

提督「いや、拗ねているというか」

行儀よく、音を立てずに少量を啜って味噌汁の椀を戻し、磯風は一度箸を置く。
そして代わりに湯呑を持つと、一度、熱、と呟いてからまたわずかな量を喉に流し込んだ。

磯風「拗ねているだろう。さっきからほとんど減っていないぞ、それ」

提督「……全部が均等に混ざってから食べるのが習慣でな」

磯風「私には、十分すぎるほど混ざっているように見えるが。ああ、ほら、そのカツなんて少し衣が剥がれているじゃないか、もったいない」

言われて改めて自分の皿の中を見てみると、なるほど、米も少々つぶれてしまっている。
食感よりも全体の調和が優先視されるカレーと言うメニューにあって、食材の一つのこの程度の損傷はそこまでのマイナスにはなりえないだろうが、確かにもったいないと言えばもったいない。

だが

磯風「……どうした、司令?」

提督「いや、何でもない」

きょとん、と。

本当に、きょとん、というオノマトペがそのまま当てはまる表情を浮かべる磯風をじっと見る。
だが、悩みどころは他にある。

女性という種は皆そうなのか、或いは艦娘だけが特別なのか、正直俺にはよくわからない。

磯風「ひょっとして、私の顔に何かついているか……?」

視線を向け続けるうちに磯風は、次第にそわそわと肩を揺らし始める。
そしてはっと気づいたように備え付けの紙ナプキンを取ると、少々慌てた様子で口元を覆った。

お喋りはやめなかったものの、あれだけ行儀よく食べていたんだ。何もついてはいないが。

磯風「そ、そうか。良かった」

提督「ああ、気にしないでいいぞ」

磯風「司令、あの、何でもないなら、あまり見ないで欲しい。……その、照れる」

安堵の声を上げた磯風は、くしゃくしゃにしてしまった紙ナプキンをそっと、恥じ入るように丁寧に伸ばして定食の脇に置く。
その仕草までじっと眺めつつ、俺は心中でさらに首を捻った。

女性という生き物は皆、カッコカリと言えど、たった今ケッコンを断った相手と食卓を共にできるような精神力を備えているのだろうか、と。

赤城「ここ、宜しいですか?」

提督「ん?」

片方の提督は視線を磯風に固定したまま半ば機械的な動きでカレーを混ぜ続け、一方の磯風は頬を朱に染め居心地悪そうに身を捩っている。
そんな良くわからない事になっている食卓に、どしん、と軽い衝撃が走った。

提督「赤城か」

赤城「ええ、失礼しますね」

その細腕でよくもまあ、と感心する量を乗せた盆を食卓に乗せ、にこやかにほほ笑んだ赤城が磯風の横に腰を下ろした。

赤城「いただきます」

そして優雅な仕草で手を合わせて盆に向かって少し頭を下げると、意気揚々と茶碗を持ち、まずは、と綺麗に焼き色の付いた鮭の身を解しだした。

赤城「……んん、美味しい」

磯風もそうなのだが、艦娘の大半は行儀がいい。
が、赤城の食事の作法は、その中でも特にいい方だろう。

加えて、一口一口を運び、咀嚼するごとに浮かべる幸せそうな表情。
実に嬉しそうに食事を取るもので、食事を作る間宮や鳳翔も赤城の食事を作るときは特に美味しく作れる気がすると言っているのを以前聞いたことがある。

提督「良く食べるなぁ」

赤城「ええ、戦をすれば腹も減りますから。磯風さんもたくさん食べないと、大きくなれませんよ?」

磯風「参ったな、食べているつもりなんだが」

赤城が隣に来たことでペースを取り戻したのか、磯風が赤城と自分の膳を見比べて、苦笑いを浮かべた。

俺と磯風の二人分を合わせた量があるだろうか、そんな量の昼食を前に置いた赤城はしずしずと、しかし止まることなくそれの量を減らしにかかる。

提督「しかし、良く食うな」

赤城「空母ですからね。これだけ食べなければもたない、というものも情けなくはありますが」

そう言ってはにかむ赤城は、その言葉とは裏腹にとても嬉しそうに良く煮られた大根を口に運ぶ。

艦娘は概ね、人間よりも良く食べる。
一応、それには根拠がある。

彼女らの体は魂と器。
大雑把に分けてこの二つで成り立っている。
更に付け加えると、外見上人の形を取っている部分の大半が魂で、艤装の部分の大半が器だと言われている。
顕現に必要なのは、燃料、鋼材、弾薬にボーキサイト。
これに妖精の力を加えると、艦娘が顕現する。

海上顕現、所謂ドロップも、戦場において深海棲艦が憑代に使っていた鋼材などが艦娘達との攻防により浄化され、海に満ちる魂がこれに上手く宿った場合に艦娘が顕現する、という理屈だそうだ。
激しい戦場で大型艦がドロップしやすいのも、大型の深海棲艦が多いほど戦場に浄化された資材が多く散る事に由来するらしい。

さて、そんな彼女たちの魂部分。
人の形を取っている箇所は、見た目通り人に限りなく近い。
魂といっても一般的なイメージの幽霊のようにモノに触れられないわけではなく、それ自体が実体を持っている。
となればもちろん、怪我もするし腹も減る。
生物としては非常識な成り立ちなくせに、その生態は至極常識的なのだ。

ここで問題になってくるのが、その体が消費するエネルギーである。
人間は本来、当たり前の話ではあるが、その五体のみで生まれてくる。
自分の体を運用するうえで面倒を見る必要があるのは自分の体だけなので、その為にはそれに必要なエネルギーを摂取すればいい。
が、艦娘達はそうはいかない。

彼女らには艤装がある。
それを人の身で運用しなければならない。
人の五体の中で一番エネルギーを消費するのは、実は脳だという説がある。
人の身に顕現しながら人以上の、艤装と言う外部機関を操らなければならない彼女らの脳への負担は生半可なものではないし、その処理に加え実際それらを制御しなければならないのだからその消費たるや想像を絶する。

それぞれの『前世』にて、それらを運用していたためノウハウは掴んでいるのだろうが、それはン千トンの排水量を誇っていた鉄の巨体がやってのけていたことであって、今の彼女らは小さい方なら小学生並み、大きくても職業モデル程度の大きさしかない。
艦船などと大きさを比べるのは、それ自体がナンセンスだ。

故に、エネルギーが要る。
艤装、艦載機自体が動くための補給はその資材で補えるが、大元のエンジンである魂たる人の身は、人であるが故に食料からそれを得なければならない。
だから大型の艤装や艦載機を操る艦娘ほど多くエネルギーを摂取しなければならないのだ。

よって人でありながら人よりも多く食べる。食べなければならない。それは、半ば彼女らの義務であると言って過言ではない。

だから多くの鎮守府では、特に食の充実を図っているところが少なくないと聞く。
義務であるなら、食べなければならないなら、それを少しでも楽しいものにしたい、という動機からだ。

赤城「少し早く来すぎたかな、とも思ったんですが、提督たちがいてよかったです」

当鎮守府でもそれは変わらず、一人で食べても味気ないですからね、と笑う赤城は自他ともに認める大食艦だ。
幸せそうに食べ物を頬張る彼女の姿を嫌うものはいない。

赤城「で、お二人は何を?」

提督「赤城と同じく、早めの昼食を」

磯風「フラれ男を慰めていたところだ」

赤城「フラレ……?」

んん、と一つ咳払いをして、磯風が俺の言葉を途中で断ち切る。
若干幸せな気分に浸っていたところに、酷い奴だ。
そんな意味も含めて、鋭い目線を送ってやるが、そんなものは何処吹く風と磯風はメンチカツの一切れを頬張った。
赤城は赤城で単語の意味を捉えかねたのか、箸を茶碗の縁に下ろして一瞬首を傾げたが、すぐに合点がいったようにまた一口、磯風と同じように米を口に運んだ。

赤城「ああ、吹雪さんですか」

何故わかる。
別に嫌なわけではなかったが、少なくとも慰めてはいなかっただろう、と、延々と一人で喋っていた磯風に一言言いたい気持ちもあったが、それ以上にあまりの赤城の飲み込みの良さに若干肩がコケる。

赤城「さっき呼び出しがあった後、艤装無しに指令室に向かうのを見ましたから」

ああ、そうですか。

今度は磯風に言ったような負け惜しみを言う気も起きない。
こうも連続で吹雪とのケッコンカッコカリが不成立に終わった事を見抜かれると、流石にがっくりと項垂れてしまう。
何か、俺はそんなに勝率の低い勝負に挑んだってのか。

赤城「いえ、まあ、何と言いましょうか」

歯切れ悪く、しかし口に含んだ食べ物の歯切れは良く、赤城が言い淀み

磯風「更に言えばこの磯風にもケッコンカッコカリの指輪を渡す予約をしようとしてきたぞ。断ったがな」

提督「うぐぅ」

磯風は残敵の掃射を決行した。
この武勲艦、的確に人の弱みを射抜いてきやがる。
酷い。

磯風「まあ、フラれ司令の事はともかくとして」

俺の上げた引き攣り声に、磯風はくすくすと笑う。
その後メンチカツの最後の一切れを飲み下し、ごちそうさまでした、と箸を置いた。

磯風「そういえば赤城も最高練度じゃないか、なあ、司令?」

提督「あんまり、ともかくと出来ていないじゃないか」

磯風「いや、しかしだな。やはりこの流れから、気になるだろう?」

提督「俺は気にならん」

そう言う磯風の隣には、こちらに苦い笑いを向ける一航戦。
いや、いい。
君はそのままご飯を頬張ってて構わないから。

もう本格的にカツカレーを放って頭を抱える俺を余所に、赤城は持ってきた皿の中身を既に半分ほど平らげ終わったようで、いったん箸を置く。

赤城「私、既に提督の申し出は断らせていただいてますよ」

そして赤城は俺の言外の望みを一切無視した一言を放ち、お茶を啜って一息入れた。

磯風「……司令、そうなのか?」

提督「……まあ、大分前の話だな」

磯風の練度の上昇は確かに目を見張るものがあるが、艦娘が艦が辿った経歴に沿ったアイデンティティを得るというのなら、赤城は一航戦の看板を背負った経歴がある。
普段は飄々としている印象こそ受けるものの、一度戦場に立てば前大戦で培ったのだろう艦載機運用法で空母機動部隊の中核を担う。
その勢い、威力は正しく猛威だ。
となれば一つの戦場で得てくる経験値も生半可なものではなく、赤城の練度はするすると上がっていった。

磯風「興味本位で、断った理由を聞いてもいいものか?」

ケッコンカッコカリのシステムを考慮に入れれば、確かに赤城とそれをするのは十分選択肢に入る。
だが丁度、あの艤装を持て余していた当時の俺が、さあそろそろか、と思案に暮れていたところに、赤城は概ねこんな事言ったのだ。

赤城「燃費が良くなるらしいじゃないですか」

磯風「うん?」

首を捻る磯風。
当時は、俺もそうだった。

大本営の発表によれば、あの指輪によって提督と強い絆を結んだ艦娘はまず、運と耐久力が上がり、更に艤装に対する燃料、弾薬の補給量が割合減るらしい。
日々、闘争を生きる艦娘としては良い事づくめと言える。
無論、艦娘側のメリットだけでなく、提督の側としても食欲増進や、夜はぐっすり、などと大好評だそうだ。
そこだけ抜き出すと、なんだか怪しい健康器具みたいだが。

赤城「私、食べるの結構好きなんですよ」

磯風「まあ、それは見ればわかる」

赤城「たくさん食べるのも、お腹いっぱい食べるのも、好きなんです」

足りなくなったものが補充される、っていう感じじゃなくて、満たされる、っていうんでしょうか。
種類が多いのも、嬉しいですよね。と赤城。

赤城「だから、燃費が良くなると食べる量も減るのかな、って思っちゃうと、ちょっと」

赤城はそう言って、はにかんだ。
前も、今も。

赤城「艦隊運用してくださっている提督には、本当に申し訳ないんですけれど」

もし、それで良いと仰って下さるのなら、貴方のそれを受け取らないでもいいですか。

聞く側としては馬鹿馬鹿しい理由かもしれないが、その視線には誠意が見えた。

色気も何もない切り出し方だった、と我ながら思う。
確か、前回も食堂で、全く同じように断られた。
そして焼き直しのように、再び同じセリフを言われる。
全く、磯風め。

正直、資材に余裕がないわけではない。
とはいえ以前も、そして今も、あんな表情をされると何とも渡しにくいものがあった。

赤城「提督には本当に感謝してるんですよ? 食事だけじゃありません、他にもたくさんの物を頂いています。……たまに、艦のままであった方が楽だった、と思うときはありますけれど」

ぽつりと呟いて、赤城は続ける。

赤城「だから、お気持ちは嬉しいです。けれど『赤城』はそれを受け取ることはできません」

そして深々と頭を下げた。

磯風「貴方とのケッコンカッコカリは嫌だ、とはっきり言ってやると良い。それくらい言わないと司令は理解しないぞ」

赤城「もう、磯風さん」

横から茶々を入れる磯風をたしなめ、赤城は昼食の片付けにかかる。
赤城にとっては残り少ないだろうそれらに挑んで、それでも一層幸せそうに頬張る姿を見ると、食い気を優先されるのも仕方がないか、と小箱を引っ込めたのを思い出す。

だから今回も、ポケットに入れたままの小箱は、少し重みが増した気がするものの、今この場で出番はなさそうだった。

赤城「……ところで提督、そのカツカレー、召し上がらないなら頂いてもよろしいですか?」

提督「ダメだ」

昼時は緩やかに過ぎていく。

だが、フラれている。
赤城さんを取ってくださった方、突然の独自設定解説回、申し訳ありません。

んで、今日はここまでです。

↓+2 次の艦娘

何とか今日中に、と思ったのですが、ちょっと無理そうです。
明日の夜頃には投げられると思われます。遅筆、申し訳ありません。

明日って今さ。
推敲が終わり次第。

徐々に細かい矛盾が出てきましたが、勢いで行きますんでオナシャス



4.球磨

赤城「攻撃隊、全機発艦!」

昼食を片付け終わると、磯風は報告書をまとめるから、と自室に向かい、赤城は演習の約束をしているから、と食堂を出て行った。

生憎、今日の午前中の予定は一つだけだった上にそれも早々に片付いてしまった。
そんな諸般の事情からごっそりと時間が出来てしまったため、この後の分の仕事も大半が終わっている。
そのため午後は鎮守府内を散歩、もとい見回りでもしようかとふらふらしていると、赤城の引き締まった号令が耳に届いた。
丁度、室内演習場の近くだ。

提督「あれは赤城と……球磨?」

演習場を高場から見下ろせる場所に設えられた窓。
そこから見える馬鹿広いプールの中央辺りに赤城と向かい合う、緑色の水兵服。

球磨型軽巡洋艦の1番艦、球磨だ。

二人はお互いの挙動を一瞬たりとも見逃さじと目を見開き、今まさに演習の真っ最中。
フィールドになる足元のプールには、かなり高い波が立っている。

彼女らが身を投じる戦場は、当たり前だが凪いだ海ばかりではない。
雨、風、波、日差しの方角に温度や湿度。
有利不利はその時々だが、周りに存在するありとあらゆる物は常に変化していく。
そのため演習場はある程度そんな気象条件を再現し、なるべく実戦に即した訓練ができるような設計がされていて、今の高波も演習前にそう設定したために立っている物だろう。

とはいえ。
その波の高さに、思わず首が傾ぐ。

赤城の放った矢は本来物体がそうとるべき放物線の軌道から離れ、前大戦の艦上爆撃機群に姿を変じた。
そしてさらに加速した彼らは己が主と対峙する相手を屠らんと、軽巡洋艦に狙いを定める。
その翼跡には微塵のブレも見えない。

そう、微塵も。

足元は、水上を自由に移動できる彼女ら艦娘といえど、気を抜けばたたらを踏みかねないような荒れた水面。
本来の海上であるならばあれだけの高波が立っているなら、それだけ強い風が吹いていて当たり前だ。

だというのに、今、ガラス一枚隔てた演習場内には、少なくとも艦載機の飛行を妨げるような風は吹いていないようだ。
勿論、演習場の設定次第でそういった天候を作り出すことも出来る。

出来るが。

それにしては条件があんまりに一方的だ。
かたや艦載機を操り、三次元的な攻撃を可能とする空母。
かたや足回りで相手との距離を調整し、火砲で射抜く軽巡洋艦。
二人が演習をする前にどんなやり取りをしたかは知らないが、球磨は何を考えてこんな条件を飲んだのか。

球磨「行くクマッ!」

気合と共に球磨が海面を蹴り、その猛りを真正面に受けた赤城が頷く。
来なさい、と言わんばかりに。

クラウチングスタートもかくやと言った前傾姿勢で滑走する球磨の頭上から、彼女をそのまま海面に叩き付けるような勢いで艦爆が迫る。
翼下に抱えた爆弾は、命中すれば一発で球磨を行動不能に至らしめるには十分な威力を持っており、ましてその軍勢を操るのはあの赤城だ。
早々に決着の目は見えた。

かに思えた。

球磨「な、め、る、な、クマぁー!」

提督「っ!?」

固唾を飲んで状況を見る俺の目の前のガラスが、ビリビリと震える。
言うまでもない、球磨が上げた咆哮だ。

口は荒れた海面に向いている。
演習場はたっぷりと水を湛えた途方もない大きさのプールを中心に各種事故を考慮に入れて十分な広さがある。
そんな演習室の中心で上がった球磨の雄叫びは文字通り音の速さで外縁に位置する窓ガラスを貫き、俺の鼓膜を叩いた。

提督「なん、っつー声を……!?」

もはや音の兵器だ。
三半規管内のリンパ液まで掻き回されたとみえ、目の前が白黒し、一瞬とはいえ足もとまで覚束なくなる。
支えを求めて思わず窓枠を掴んだ俺に関係なく、水上の状況は動いていた。

爆弾もかくやという怒号。
単なる威嚇に留まらないそれに、翼達の一糸の乱れも無い統率が傾いだ。
そしてその綻びを、単装砲弾のダメ押しが更に広げる。

赤城「――っく!?」

が、完璧に乱されたかのようにみえた編隊は、一航戦赤城が操るそれだ。
バランスを乱されてなお、身を低く、自らの下を掻い潜ろうとする獲物を捉えんと鋭く軌道を翻す。

球磨「……被弾、クマッ!?」

目標を捉え損ねた火薬が海面に次々と水柱を立てる中、そのうちの一つが球磨の右肩を掠った。
呻いた球磨はぐらりと体を傾け、その足もうねる波面にとられそうになる。

球磨「……クマァッ!」

が、球磨はまた一つ、気合の一声と共に強引に体を捻じり、自らを取り囲んだ水柱、丁度球磨の背後に位置する一本を強引に蹴りつけた。
艦娘は船底を模した艤装でもって海面を駆ける。
それは即ち、彼女らの足の艤装には水に対する反発力があるということだ。

水柱が一つ、横っ腹から粉々に砕け散る。
水飛沫が更に細かく、最早蒸気と言って差し支えないほどに球磨達の周りに満ち

赤城「――何処に」

赤城が一瞬、強引に推進力を得て加速した球磨の姿を見失った。

赤城「装備換装を急――っ!?」

艦載機を手元に戻した赤城の判断は決して間違ってはいない。
一度隊伍を崩されたうえ、その殆どは弾薬をばら撒いてしまった。
水煙に紛れて球磨が迫っているのは間違いないのだから、せめて次の一手を装填しておくべき。
正しい、というより、取るべき行動はそれ以外に無い。

が、それでも若干遅かった。
艦載機を着艦させるべく赤城がかざした右手。
その陰に、球磨が肉薄していた。

赤城「っくぅ!」

航跡を目の端で捉えたのか、はたまた勘か。
赤城はとっさに艦載機の着艦を中断させ、飛行甲板で球磨の砲撃を受ける。
直撃弾と言って差し支えないほどぴたりと赤城を捉えた砲弾は、しかし飛行甲板に斜めに弾かれる。
赤木の体も大きく傾くが、しかしその右手には既に二の矢が握りこまれている。

球磨は砲撃の勢いのまま、赤城の横を駆け抜けた。
仕留めきれなかったからにはもう一度距離を開けるのが得策と判断したのだろう。
球磨は左肩ごしの単装砲の狙いを大まかに定めつつ、そのまま赤城との間合いを取る。

赤城はそんな球磨を追撃しようと体を反転させ

赤城「可動機、追撃用――っ!?」

それが決定打となった。

後一瞬、赤城が振り向くのを遅らせていたなら、自身の足元に迫る四筋の雷跡に気付いただろう。
多分、球磨が水柱を蹴りつけたと同時に放ったのだろう長槍が、的確に標的を射抜いた。

標的になった赤城自身は、足元が爆ぜるまで気付かなかったに違いない。
高所から見下ろしていた俺でさえ、その瞬間まで気付かなかったほどだ。

かくして赤城、大破。
演習は終了。

げに恐ろしきは、意外に優秀な球磨ちゃん。
魚雷の着弾を確認した球磨は、それでもなお単装砲の狙いは外さずに航行を続けている。
つまりそれは、あの魚雷が不発に終わったとしてもまだ追撃が可能だったということで。

提督「……空母相手にタイマン張って勝ちやがった」

しかも、次手まで残して。

正直、息をするのも忘れていた。
そして呼吸を思い出したところで、感嘆の溜息しか出ない。

プールの上ではようやく飛沫が収まり、その向こうからへたり込んで両手を掲げた赤城が現れる。
赤城のボロボロになった格好と苦笑いを確認し、球磨は大きな呼気と共にゆっくりと単装砲を下ろした。



 ― ― ―

艦娘同士が撃ち合う場合。
彼女らの魂は一人一人ではもちろん違うものの、それでも割と近しい、とされている。
何がどう近しいのかまでは俺は良く知らないが、ともあれそのような理屈でよほどの害意を持って同士討ちをしない限り、その損傷はすぐに癒えるそうだ。

球磨「ッ。ハァ、ハァッ……」

演習場に降りてみると、二人が丁度水から上がるところだった。
が、その光景は奇妙なもので、多少破れてしまった服をぴっ、と正した赤城が、球磨に肩を貸している。
赤城に寄りかかるようにしている球磨は覚束ない足取りで、息も絶え絶えだ。
考えてみれば正規空母相手に単艦で殴り合いを挑んだのだ、無理もない。

赤城「お見事でしたよ、球磨さん」

プールサイドにドサッと腰を落とした球磨に、赤城が話しかける。
球磨は後ろ手を付いて天を仰ぎ、少しでも多くの空気を肺に送り込もうと大きく肩を上下させている。

球磨「あんなの、たまたま、室内だったから上手くいっただけ、クマ……」

球磨「実際には使えないし、そもそも赤城が、もうちょっと艦載機、出してたら、掻い潜ることもできなかったクマ……っ」

入口の俺に気付かず、二人は演習の軽い講評を始める。
なるほど、確かに赤城の操る航空機の数は少なかった。

すると、球磨の言うことももっともではある。
赤城が本気で全艦載機を駆使して球磨を追い詰めようとしたならば、今回のようにはいかなかった事だろう。

が、移動コンディションの悪さや開幕初手を譲った事等々、球磨の側にも多数のハンデを噛ませてあった事も、また事実。

赤城「そう言われてしまうと、室内のたまたまを制せなかったこちらとしては、耳が痛くてしょうがないんですが」

球磨「あ、いや、そういう意味で、言ったんじゃなくてクマ……」

困ったように笑う赤城に、球磨は慌てた様子で自分の直前の言葉を掻き消すように手をぶんぶんと振る。
赤城の言う通り、球磨の動きは見事なものだった。
多少の条件はあったものの、事実だけ見れば肩口に一発貰っただけで正規空母を制して見せたのだ。
誇りこそすれ、卑下するものでは決してない。

が、球磨の顔は晴れない。
振ったまま浮いていた手を、目の前まで持ってくるとぐ、と握り、それをじっと見つめる。

球磨「もっと、もっとクマ。まだ、全然、クマ」

赤城「球磨さん……」

そして球磨はなにやら神妙な顔つきで、己の拳を見下ろす。

あまり立ち入っていい雰囲気ではなさそうだ。
そう思ってこっそり踵を返そうとしたところ

赤城「あら、提督?」

提督「う」

やはり正規空母と言うべきか、赤城の声に背中を捕まえられた。
流石、動く者に対する視力が抜群にいい。
今までは球磨に気を取られていたため気付かなかっただけなのだろう、なんとも気まずいタイミングで見つかったものである。

球磨「……提督だクマ」

赤城「さっきぶりですね」

提督「よ、よう」

赤城の声に顔を上げた球磨に、片手を挙げて応じる。

球磨「見てたのかクマ」

提督「ああ、見せてもらった。……お見事だったぞ、球磨」

球磨「そりゃ、どーもクマ」

対する球磨の目付きはいささか鋭く、声音にはかなりの険がある。
恐らく演習での疲れだけではない。

確かに、艦娘たちの態度には、全く、と言っていいほど変化はなかった。
ただ、それはあくまで『言っていいほど』の範囲であって。
態度が明らかに変わった艦娘も、事実、何人かいる。

球磨はその内の一人だ。

球磨は出で立ち、言動こそ個性的だが、きちんとした責任感を持っている艦娘だ。
何か仕事を任せればその成否に関わらず、ちゃんと説明できる顛末を付けて修める事ができ、ある程度何を任せても安心できる。
とはいえ、多少構ってほしがりな面もあり、以前は出撃でも演習でも遠征でも、何か仕事を終えたら何かと対価をねだられたものだった。

が、やはりあの頃が境だったと思う。
球磨の俺に対する態度は、硬化の一途を辿っている。

提督「お疲れ様、球磨。繰り返すようだが、お見事だった」

球磨「撫でないでほしいクマ」

にべもない。

未だに座り込む球磨の頭に延ばした俺の右手を、球磨はふい、と躱す。
以前は一番安上がりで、それだけに一番そうしてやっていたものだったが、球磨は徐々にそれを嫌がるようになり、最近では俺に触れられるのさえ拒むようになった。

赤城「球磨さん」

球磨「ふん……」

赤城の言葉にも、球磨は顔を背けるのみ。
以前は良好な関係を築けていたと思っていただけに、ここ最近の球磨の態度は何とも心に突き刺さる。
所在なさげに彷徨う右手をさりとて球磨の頭に乗せる訳にもいかず、仕方なく自分のこめかみに添える。

何かしただろうか。

そんな質問はとうにした。
その度に球磨は、何にもないクマ、と目を逸らすだけ。

提督「……その、何だ。頑張ってくれているのは分かるが、無理はしすぎるなよ。いくら球磨でも体を壊す」

話しながら球磨の顔を見ると、滝のような汗がとめどなく流れ続けている。
正直、今の球磨は見ていられない。
憔悴しきって、立ち上がるのさえままならない球磨のこんな姿を見るのは、初めてではない。

ずっと張りつめている。
張りつめすぎていると言ってもいい。
俺への態度が変化し始めた前後から、球磨は何かに取り憑かれたかのように、出撃と演習を繰り返すようになった。

優秀な艦だ。
一度出撃すれば、きっちりと戦果を挙げて帰ってくる。
ただし、今のように一人では歩けないほどに疲れ切った姿で。
しかし、ブラウンの瞳にギラギラと闘志を燃やして。

提督「球磨ならちゃんと体調管理も考えてやってるんだろうが、たまには休んでくれ。最近、出突っ張りだろう」

球磨「無駄に使った燃料と弾薬の心配ならしなくていいクマ。後で赤城の分まで、球磨が遠征に行って取ってくるクマ」

提督「そんな心配をしてるんじゃない。そう聞こえたんなら、謝るよ」

そんな調子で出撃を繰り返している内、球磨の練度も上限に達した。
しかしそれでも球磨はそのローテーションを止めようとせず、むしろ尚更、自分に鞭打つように過密な訓練を課した。
その頃にはすっかり球磨との関係も拗れてしまっていたため、ケッコンカッコカリの話など、しようもなかった。

球磨「別に、提督が謝る必要、無いクマ。球磨が無理やり赤城に演習頼んで、練度も上がらないのに無駄に資材を使ったのは事実だクマ」

提督「だから俺は別に」

球磨「自分の行動の責任を取るだけクマ。提督は球磨の心配しただけなんだから、謝ることなんて一つもないクマ」

球磨はこちらと目を合わせないまま早口で言い切ると、襟で汗を拭った。
取りつく島もない。
傍らの赤城も、眉根を下げて思案してくれているようだが、良い考えはない様だ。

提督「球磨、話を」

球磨「吹雪にケッコンカッコカリの話、したって聞いたクマ」

唐突に、球磨がこちらを睨みあげた。
その目の奥には明確に、しつこい、と書いてある。

提督「今、その話は関係無いだろう」

球磨「大アリだクマ。提督が球磨と話したがるから、話題を提供してるんだクマ」

赤城「球磨さん」

赤城が固い声を出した。
球磨はその静止に視線すら寄越さず、変わらずこちらを睨み続けている。

提督「……赤城から聞いたのか」

球磨「別に、もう鎮守府の殆どが知ってるクマ。わざわざ赤城から聞くまでも無く、知ってるクマ」

提督「もし、そうだとして俺が誰にその話をしようと」

球磨「確かに、関係ないかもしれないクマ」

赤城「球磨さん、提督も」

球磨につられ、こちらの語調も多少強いものになってしまう。
それは良くない。
冷静な話が出来なくなる。

それを危惧したのだろう、唯一冷静な赤城が間に入ってくれようとするのだが、球磨の言葉はそれより先に俺に届く。

球磨「でも、これだけは言っとくクマ」

足には未だに力が入らないだろうに、球磨は膝に手をついてふら付きながらも立ち上がった。

球磨「球磨は球磨型巡洋艦の1番艦クマ。球磨には妹達を守る義務があると思ってるし、それを球磨自身に課してきたクマ」

赤城「球磨さん。落ち着きなさい」

そして、再び、ぐ、と吊り上った目で俺を睨み、赤城の強めの静止にも一切応じずに、訥々と続ける。

球磨「それは鎮守府の皆にも同じだクマ。家族みたいに思ってるから妹と同じように球磨が守るクマ」

そして一際大きく息を吸い

球磨「だから、球磨は家族を傷つけるヤツは絶対に許さないクマ。誰であっても例外じゃないクマ」

言外に、それが例え俺であろうとも、と言っているのか。

赤城「球磨さん、いい加減になさい」

赤城が四度目の静止と共に、俺たちの間に割って入る。
そしてそのまま球磨に気圧され詰め寄られるままだった俺を自然と球磨から離し、球磨の動きを抑えるように肩に手を置いた。

が、その瞬間、球磨の瞳が燃え上がる。

球磨「っ! 何で、赤城はっ!」

目の前のモノに、ただ噛み付く。
球磨がかつて自分を茶化して言っていたように、その姿は獣のようで。
以前なら笑い話にできたのに、とかろうじて冷静な部分がそんな事を思った。

球磨「赤城はムカつかないクマ!? 腹立たないのかクマ!?」

赤城「球磨さん、止めなさい」

何度目かの赤城の静止にも従わず、震える手で力いっぱい赤城の襟を掴みあげながら球磨が叫ぶ。
それは獣と言うよりも駄々をこねる子供のようだった。

球磨「提督は自分の事ばっかりクマ! 自分の事しか考えてなくて、提督は、提督はっ!」

赤城「球磨さん……!」

球磨「提督なんか――っ!!」

赤城「球磨型軽巡洋艦1番艦、球磨!」

提督なんか。

球磨がその言葉を継ぐ直前、赤城が眉を吊り上げて声を張り上げた。
声量としては先程の演習で球磨が出した声の方が大きいのだろうが、それでも腹にドシンと響く重い音圧。

その声量に、流石に球磨も肩をびくりと揺らし、言葉を詰まらせた。

赤城「……言いすぎですよ、球磨さん」

球磨「……口が滑ったクマ」

傍から見ても力がこもっていなかった手を赤城の襟から離し、球磨はばつが悪そうに視線を斜めに落とす。

提督「赤城――」

今ほど、自分を情けないと思ったことは無いかも知れない。
どうするべきかもわからず球磨に歩み寄ろうとし、赤城に制止される。
黙ってふるふると首を左右に揺らす赤城に、その足が止まってしまう。

艦娘二人が上げた怒鳴り声の残響が消え、プールの淵に寄るさざ波の音だけしか聞こえなくなって数分。

球磨「……口が滑ったついでに、もう一つ、教えとくクマ」

ようやく歩けるようになったのだろう、球磨がふらふらと、赤城、そして俺の横を通り抜ける。
何も言わないのがいいのか、何か言った方がいいのか。
言うにしても、いったい何を。

もたついている間に、球磨は演習場の出口まで差し掛かってしまう。
扉の取っ手に、寄りかかるように手をかけた球磨は、俺を片目だけで睨みつけ、口を開く。

球磨「最近着任した子は知らないクマ。でも」

そして球磨は苛立ちのままに口角を上げ、力任せに扉を殴り、出て行った。
室内には、その余韻だけが残った。



球磨「それ以外だったら、この鎮守府に提督のそれを受ける子は多分いないクマ」

ブチ切れ球磨ねーちゃん。感情剥き出しな子は書いてて楽しいですね。
今日はここまで。

↓+2 次の艦娘

先が気になるな


因みに何人で終わりの予定?

球磨の発言からして比較的新参のイベント勢はどうなるんだろ

おはようございます。いくつかご質問っぽいの頂いてるんで、回答をば。


>>194
(あんまり人数的なものは考えてないなんて言えない

徐々に情報小出しにしてきてるので、こっちも明かしちゃいますが、艦娘の安価で地味にコンマ判定とってます。
累計値でやってるんで、話を進めていけばその内誰かがぽろっと喋りますので>>1が書けるまでやっていこうかな、とは。
あと、情報を持っている艦娘も何人かいますので、彼女らを安価でとっていただければ、累計値に関わらず情報開示はされます。
話の展開と>>1のボキャブラリーの尽き具合で、累計値無視して開示する可能性もなくはないですが。


>>200
提督に対する当たりが柔らかくなります(ケッコンできるとは言ってない

実際、どうしましょうか。
比較的新しい艦娘が出てきた時点で考えようと思っていたんですが、丁度秋月とっていただきましたし、これも安価で決めちゃいましょうか。

ヒェェ、何かすごい伸びてる……。
遅くなりました。多分、8、9時頃には。

おっそーい。
推敲が終わり次第。



5.秋月

怒鳴り声を真正面から喰らうと神経が磨り減る、というのを久しぶりに思い出した。
刺々しい語調が、聴覚と精神にもろに刺さるのだ。

軍学校、というかあの手の職業訓練施設というのは、どこでもある程度前時代的にならざるを得ない。
これでも一応、その課程を修了している身ではあるので、そういったメンタルに対するダメージにはある程度慣れているつもりだったのだが。

提督「……流石に、堪えたかな」

丁度、球磨が腰を下ろしていた辺りに片膝を立てて座って、どれほど経ったか。
そう思って見上げた演習場の採光窓から見える日の光の角度はほぼ真上。
大して傾きが変わっているようには見えないから、実はあまり時間は経っていないようだ。
構造上割と殺風景な演習場にいるのと精神的な動揺から、時間の変化に対して鈍感になっているらしい。

赤城「あまり、思いつめないでくださいね」

暫くは俺を気遣って一緒にいてくれた赤城も、少し前に出て行った。

提督「別に世を儚んで入水なんてしないから、大丈夫だ」

赤城「もう。冗談でも止めて下さい」

確かに少々悪趣味だったかもしれない。
出入り口が閉まるまで、赤城は心配そうな顔で俺を見ていた。

お程までの騒々しさが嘘だったように、演習場内は静まり返っている。
時折、ちゃぷちゃぷと水が波打つ音は聞こえるものの、それだけ。
大量の水を湛えているプールがどど真ん中に鎮座している為、必然的に室内の湿度は高く、文字通り、水を打ったような静けさだ。

不意に意識されるのはやはり、ポケットに入れっぱなしになっている黒い小箱の中身。
思えば、午前中からずっとコイツの話題ばかりだ。
取出し蓋を開けると、吹雪が部屋に訪れる前に確認した時と全く変わらない良く磨かれた一対の円環が、陽光を反射してきらりと光った。
あまりの変化の無さに少々憎らしくもなったが、よく考えるまでも無く八つ当たりも甚だしいし、第一、コイツを手放すわけにはいかない。
手放すわけにはいかないのだ。

秋月「あ、司令。本当にいた」

演習場の出入り口扉から声が聞こえた。
指輪に向けていた視線を外して振り向くと、その隙間からひょい、と高射装置と『第六十一駆逐隊』と書かれたペンネントで飾られた焦げ茶色の髪が覗き

秋月「ふぎゃ」

がつん、と扉に挟まれて悲鳴を上げた。
演習場の扉は、防音やら湿気やらの関係でかなり閉まり易く作られており、加えて重さもそこそこある。
なので、生半可な力で開けてしまうと痛い目に会うのだ。
艦娘とはいえそんな扉に頭の前後を挟まれ、かなり痛かったのだろう、焦げ茶色はとっさに扉の影に引っ込み、演習場には再び静けさが戻る。

提督「……秋月?」

しばし待つ。

が、一向に動きのない扉に近付くと、向こう側からは呻き声が聞こえてくる。
ゆっくりと開けて覗き込むと、秋月が頭を押さえてへたり込んでいた。

秋月「ううぅ、しれぇ……」

呼びかけに顔を上げた秋月は、目に涙をいっぱいに溜めている。
余程痛かったのか、滑舌まで何だか雪風か時津風のようになっていた。

提督「だ、大丈夫か……?」

秋月「ううううう」

提督「全く、ここを開ける時は気を付けろと言われていたろうに」

額を抑えた秋月は、呻きながら何度もこくこくと首を動かす。
まあ、大丈夫ではありそうなものの、平気ではなさそうだ。

提督「ちょっと見せてみろ」

怪我でもしていたら、あまりよろしくはない。
秋月の近くにしゃがみ、ハンカチを取り出す。
頭を押さえっぱなしの秋月の手を退け、髪を上げて額を見る。

秋月「あ。し、しれ……」

提督「ん、血は……出てない。擦り剥いても無いな、赤くなってるだけだ」

幸い、多量の内出血もなさそうだ。
そのまま手を回して同時に挟まれた後頭部もさすってみるが、軽いこぶが出来た程度で、その他は大したことはなさそうだ。

提督「……艦娘ってのは、本当に頑丈にできてるんだな」

あるいは秋月が特別に石頭なだけか、とも思ったが、流石にそれは飲み込んでおく。
ともかく派手な音だった割に大したこともなさそうでよかった、と結局使わなくて済んだハンカチをしまう。

秋月「あ、あの。し、司令」

提督「ん」

秋月が大人しくしてくれていたお蔭で、随分と患部が見やすかった。
が、秋月の声が丁度顎のすぐ下の辺りから聞こえて、お互いの距離を今更思い知る。
咄嗟の事だったとはいえ、随分と近付きすぎてしまったようだ。

提督「わ、っと。悪い」

秋月「あっ……い、いえ。ありがとう、ございます」

身をさっと離すと、いつの間に正座したのかぴんと背筋を伸ばした秋月は、短いスカートの端をきゅ、と固く握り、その拳を見開いた目でじっと睨みつけていた。
耳もかなり赤くなってしまっており、随分と恥ずかしい思いをさせてしまったらしい。

提督「すまん、もうちょっと気を利かせればよかった」

秋月「いえ、そんな。心配していただいて、その……」

最後はぼそぼそと何事かを呟き、秋月はすっかり俯いたまま小さくなってしまった。
根が真面目な彼女に、どうにも悪い事をしてしまったようだ。

が、そもそも彼女がどうしてこんなことになっているのか。
近くに都合よくその原因でも落ちていないか、目線を動かすと

提督「ん?」

実に都合よく、すぐにその原因と思われるものが見つかった。
秋月の足元に一枚、アルミ盆が置かれている。
そしてその上にはラップにくるまれたいくつかのおにぎり。

一番初め、秋月がこの扉を開き損ねたのは、恐らくこれを持ったまま何とか扉を開こうと横着をしたせいだろう。

なるほど両手を塞いだまま真っ直ぐ入ろうとすれば、ああなっても仕方があるまい。

秋月「そ、そうなんです。面目ない……」

指摘された秋月は、さっきとは違う原因で顔を赤くし、その色を隠すように頬を両の手で覆う。
まあ、こちらとしては大した怪我もなかったようだから、次から気を付けてもらえれば別にいいんだが。

提督「それにしても、この量は」

そこそこの大きさのアルミ盆には、その大きさに応じたそれなりの数の握り飯が乗せられている。
丁度、二人分ほどか。
秋月は扉に挟まれた直後に、なんとかこれだけは不時着させたのだろう。
幸い行列の並びが少々崩れただけで済んだらしいそれらは、秋月が一人で平らげるには流石に少々多すぎる気もする。

と、すれば、最初に聞えた秋月の声も併せて考えると。

秋月「ええ、司令がここにいる、って伺いまして。沈んでるだろうから、お昼前だし何か一緒に食べればどうだ、って」

それで一緒に食べようかと思いまして、と秋月。

なるほど、入水を心配した赤城辺りが、秋月にお使いでも頼んだのだろうか。
こちらは早昼を片付けてはいるが、普通ならば今頃が昼食の時間だ。
誰かを寄越すにしても、それに託けるのが一番手っ取り早かろう。
良く見れば、秋月は腰に水筒まで下げている万端ぶりだ。

欲を言えば、赤城にはもうこちらは昼を済ませているということを思い出してほしかったものだが、まあ、赤城らしいと言えば赤城らしいか。

提督「わざわざありがとう。それじゃ、少し貰おうかな。演習場の中でもいいか?」

秋月「ええ、勿論です。少しと言わず、遠慮せずにどうぞ」

折角持ってきてもらったものをこのまま廊下で頂くのはなんだしな、と秋月の横に置かれたアルミ盆を持ち上げる。

秋月「あ、司令! 私が持ちますから」

提督「いいよ、また頭を挟まれでもしたら今度こそ怪我だ。それより扉を開けておいてくれ」

秋月は一瞬、恥ずかしそうに、う、と呻いたが、しかし前科があるだけに大人しく扉の開閉役に回ってくれた。
そのまま扉を潜り、先ほどまで座っていた辺りまで進む。

提督「椅子でも持ってこようか」

女の子を直接地面に座らせるのは、と遅れながらに気付いたが、当の秋月は演習場の壁際に寄せてあった適当なブルーシートを引きずってくると二人分が座れるくらいの範囲をさっと手で慣らす。

秋月「広いし、こっちの方がいいと思ったのですが。司令がいいなら、ですけれど」

提督「なるほど、そうするか」

秋月「良かった。じゃあ、どうぞ」

まあ軽いピクニック気分で、それも悪くはないか。
野外とは違っていささか殺風景なのが少々難ではあるが。

腰かけた秋月との間に盆を置き、腰を下ろす。
すっかり凪いだプールの水面を眺めながら、適当な包みを一つずつ手に取る。

提督「いただきます」

秋月「いただきます」

二人してプールに向かって足を放り出しておにぎりを頬張る。
俺の方は流石にきちんと昼食を食べた後だからそこまで多くは入りそうにないが、横の秋月はまくまくととても美味しそうに、鰹節が具の一塊にかぶりついている。

秋月「あ、司令。どうぞ」

提督「ありがとう」

水筒の中身は温めた煎茶のようだ。
口に含むと、租借途中の塩と海苔だけのシンプルな握り飯がほろほろと解けていき、実にホッとする。
安心する味だ。

提督「ふぅ」

そして溜息と共に一息つく。
人間、単純なものだ。何かが満たされれば、他の何かもそれに引っ張られて調子が良くなる。

そうして塩むすびを一つ、平らげると、傍らの秋月がこちらを見上げていることに気付いた。
心配そうにじっと。

秋月「……持ち直しました?」

提督「ああ、何とかな。ありがとう」

秋月「良かったです。司令に元気がないと、鎮守府全体が落ち込んでしまいますから」

まあ、艦隊指揮を任されている以上、テンションは常にある一定以上の水準に保っておかなければならない。
打たれ強い自信はあるつもりだが、しかし

提督「……秋月、君は他の艦娘と比べると着任して日が浅い方だな」

秋月「え。は、はい」

提督「忌憚のない意見を聞かせてほしい。君の目から見てこの鎮守府は、俺の指揮する艦隊は、どうだ?」

雰囲気の変化に、秋月が戸惑ったのがわかる。
しかし、これは聞いておきたい。

少し前に練度が限界に達した娘から今日の吹雪までは、少しの間を置くことになった。
その間、ケッコンカッコカリの話題は出ていなかったから、その期間中はいつも通りの和気藹々とした鎮守府であった。と思う。
少なくとも表面上は。

だから、正直に言ってしまえば多少気楽に構えていた部分もある。
が、流石にこうまで拒否されるというのは。

秋月「この鎮守府、ですか?」

提督「ああ、そうだ。このおにぎりのお礼だ。今君が何をどう言おうと、心に留め置くだけで何処にも何も漏らさない事を約束する」

秋月「そうですね……」

秋月はそういうと、次の塊に延ばした手を止めてしばし考え込む。
秋月の練度は確か50から60の間ほどだったか。
その役割から空母と一緒に演習などをこなしている姿をよく見かけるが、真面目で快活な性格から鎮守府によく溶け込んでいるように見える。
着任が多少遅かったと言えど、鎮守府に、艦娘達に何かおかしいところがあるなら断片程度には触れているはずだ。

藁にも縋る、と言ってしまえば流石に秋月に失礼だが、心境としてはそれに近いものがある。

秋月「……良い鎮守府だと思いますけれど」

しかし秋月は、俺の思惑から外れてそう答えた。
多少眉根を寄せながら。

提督「なに?」

秋月「あ、良いとか悪いとかの価値観に普遍的なものはないとか、そんな難しいお話はなさらないで欲しいのですが……」

提督「いや、そうでなく」

秋月の眉の角度は、俺が何故そんな事を聞くのかわからない、という疑問の傾きだ。
思わず固い声が出てしまい、それに秋月が一瞬肩を揺らした。
一応、脅かす意は無い事を示し、しかし疑問は止まらない。

提督「何かこう、不満はないのか。雰囲気が悪いとか、出撃がきついとか、先輩連中が厳しいとか……俺に文句があるとか」

秋月「……不満、ですか?」

提督「そうだ。何かないか」

秋月「……それは突き詰めた細々とした不満などを上げればキリがなくなってしまいますけれど、そんなのはどこにでもあるものだと思いますし」

秋月は首を捻って、再び一拍置く。

秋月「ご飯は美味しいですし、体に疲れもありません。皆さんにも良くしていただいてます」

秋月「……確かに、加賀さんと瑞鶴さんとかみたいに、時々けんかするような方々もいらっしゃいますけど、それはそれで必要な事だとも思いますし」

そして秋月は不満、不満ですか、と呟きつつ、首の角度をもう少し深くした。

提督「……遠慮してないか? 俺が相手では言いにくいとか」

秋月「いいえ、そんな事は。まあ、本当に私が隠し事をしているんだとしてもそう言うのでしょうけれども」

それでも、と秋月は続ける。

秋月「私たちは戦っています。だから時々ぶつかるようなことはありますけど、大体はお互いを思っての事」

秋月「皆さんが皆さん、相手の事を考えれるのは必要ですし、大事です」

つい先ほど受けたばかりの球磨の激情。
あれは間違いなく尋常ではなかったし、その球磨の言を深く読んでしまえばこの鎮守府であれに類する感情を燻らせているのは球磨だけではないということになる。
球磨はそんな嘘を言う娘ではないのはよく分かっているが、かといって秋月も。

どういうことだ。
疑問譜に飲まれる俺を余所に、秋月は真っ直ぐ俺を見て、にっこりと笑う。

秋月「それもこれも。司令官が司令だから、こうなっているんだと思います。ですから、私はこの鎮守府で、司令の下で良かった、って、そう思います」

提督「……ありがとう」

秋月「いえ、そんな」

一応、本心ですよ?

そう付け加えて、耳まで赤くした秋月は、さっとおにぎりを両手で掴み、そして自分の顔を隠してしまう。
あまりに真っ直ぐに感謝を述べられてこちらも一言しか返す事が出来ず、しばし呆ける。

単に秋月が俺への不満が無いだけか。
いや、それはどうだろう。
努めて皆には平等に接しているつもりだし、他の艦娘が不満を持っているなら秋月にもある程度の不満があってしかるべきの筈。
今、秋月が俺へ気を使っているという事も、表情を見ればそれも考え辛い。

なら、球磨のあの激昂は。
似たような状況に置かれているだろう二人の態度が、ここまで違うということはあり得るのだろうか。

そしてなにより、だ。
そもそも艦娘に嫌われるということ、それ自体が。

秋月「ところで司令は」

提督「ん?」

思考の泥濘に沈みかけていた俺の意識を、秋月の一言が引き上げる。
いつの間にやら顔を隠すのに使っていたおにぎりは食べ終えたらしく、包むのに使っていたラップを小さく丸めながら秋月は俺に聞く。

秋月「司令は、何故演習場に? 沈んでらっしゃるだろうから、と伺ったのですが」

提督「ああ」

そういえば、秋月はそう言われてここに来てくれたんだったか。
扉まで秋月の様子を見に行ったときに、再びポケットに潜った小箱を取り出す。

提督「これだ。球磨にえらく怒鳴られてな」

秋月「球磨さんに、ですか?」

秋月は首を傾げつつ俺の手の小箱に手を伸ばしかけ、ぴくり、とその手を止めた。

秋月「ああ、ケッコンカッコカリの指輪ですか」

提督「そうだ」

秋月「そうですか。それが」

秋月はまじまじと、興味深そうに小箱を眺める。
ぱかりと開けると、先ほど開けた時と寸分変わらず、一対の環がきらりと光る。

秋月「噂通り、二つあるんですね」

提督「艦娘用と、提督用だな。まあ、秋月はもうちょっと練度が足りないから、まだ関係ない話だが」

秋月「そう。……そうですよね」

そして再び蓋を閉じ、丁寧にポケットにしまい込む。
万が一、があったら事だ。

秋月「じゃあ、秋月、まだまだ頑張りますね」

そして俺が小箱をポケットにしまうと、秋月は満面の笑みを浮かべ、軽く敬礼を寄越す。

提督「おう、頼りにしてるぞ、防空駆逐艦」

秋月「お任せください。秋月、艦隊と司令をお護りしますね」

敵の手ごわさはもちろんだが、艦載機の能力も段違いに上がってきた。
秋月の対空能力が戦況の鍵を握る場面も増えていくだろう。

悩んでばかりもいられない。
やらなければならない事も、考えるべき事も山ほどあるのだ。
今日の仕事の殆どは終わっていると言え、余剰時間を使ってできることも何かあるだろう。

提督「さて、それじゃあそろそろ行くか」

秋月「そうですね。……あの、司令」

提督「ん?」

秋月「握り飯、少々多かったでしょうか。あまり召し上がっていないようなので」

提督「ああ、いや。昼は既に食べ終わった後だったから、な」

秋月「そ、そうだったんですか? すみません、もうお昼を終えているとは知らなかったものですから」

そういって秋月は、どうしよう、と盆に視線を落とす。

提督「いや、折角だから残ったものは貰って行くよ。間食に丁度いい」

秋月「申し訳ありません。もう少し私が気を利かせていればよかったんですが」

提督「赤城に言われてきたんだろう? 腹にモノをためてよかった面もある。そこは感謝しなくちゃ――」

言葉が途中で止まる。
別に何を感じたわけでもない。
ただ、秋月がきょとんと、大きめの目を開いて俺をじっと見ていたからだ。

秋月「赤城さん? ですか?」

提督「あ、ああ。赤城に言われたんじゃないのか? 俺が演習場にいて沈んでるだろうから、何か一緒に食べればどうだって」

秋月「ああ、何となくかみ合わないと思ってたんですが」

秋月は心底意外そうな顔で、しかし何処か納得したような表情でそう呟いた。

秋月「赤城さんにはお会いしてません。食堂に向かう途中だった私を、丁度いい、って呼び止めて教えてくれたんですよ」

皆が皆、相手の事を考えれるのは大事。
秋月はそう言った。

俺もそれは必要だと思う。
大事だと思う。
しかし、それは。

その思いやりは。

秋月「球磨さんが。私に、ここに司令がいることを教えてくれたのは、球磨さんですよ」

それは果たしてどういう相手にまで向けられるものなのか。

球磨の激情は、間違いないものだった。
演習場のガラスを震わせる肺活量を使い、俺の事を勝手だと叫んだ。

その思いやりは、そうまでした相手に対しても発揮できるものなのか。

秋月可愛いですよね。なぜウチにはいらっしゃらないのか。
今日はここまで。

↓+2 次の艦娘

出来れば今日中に、と思ったのですが、ちょっと無理そうですー。
日曜の夜辺りには、頑張って落とせるといいかな、と。すみません。

日が昇るまでが夜だから(震え声
遅くなりました、推敲にもう少々いただきます。

私事ではありますが、親族の結婚式がありました。そんなときに私は何を書いているんでしょうね。(真顔

いきまーす。




とある鎮守府で一人の提督が死んだ。
それ自体は、戦時下である鎮守府ではごくありふれた、何処ででもあり得るような出来事。




6.春雨

そろそろ午後の他鎮守府との演習の時間だ。
練度が高い艦娘を更に伸ばすか、或いは鎮守府全体の戦力の底上げを図るか。
割と迷う選択肢ではあるが。

提督「ん」

秋月「どうしました、司令?」

考えることは多い。
が、やることももちろん多い。
鎮守府運営を任されたこの身が一つしかない以上、俺にできることは残念ながら限られてしまう。

その上で何を優先するかと言われれば、俺は艦隊運営とその安全を何より優先しなくてはならないし、そうするつもりだ。
なにくれと思案するのは後からでもできる。
俺自身よりも優先する事なんて、いくらでもあるのだ。

吹雪にケッコンカッコカリを断られて改めて分かったが、やはり今の鎮守府は何かおかしい。
歯車の歯が一つ欠けたような、或いは多くなったような、座りが悪い違和感がある。
が、それでも艦隊全体は問題なく回っているし、個々のモチベーションが落ちるということも全くない。
球磨のような艦娘も何人かいるが、そのせいか戦果だけ見ればむしろ以前より良くなっている。

俺自身としてはそんな姿は見てられないが、面倒見が多い娘達が多いここでは、ギリギリのその先へ踏み外すような無茶をする前に、必ず誰かが彼女達を止めてくれる。

そして最終的に残るのが俺への拒絶と違和感だけなら、それは別に後回しにしても構わないものだ。
何を言われようと俺がきちんと見てさえいれば、彼女達が決定的な事態に陥るのは避けられるのだから。

なら、俺がする事、考えることは決まっている。
今でいうなら、練度を上げ、生存率、もっと欲張れば勝てる確率を上げるべく下地を整えることだ。

そう考えをまとめて、その為に動く。
まずは、と、演習の予定が記された書類を取りに戻った。

提督「この鎮守府……」

秋月が作ってくれたおにぎりは、ありがたく間食用に頂戴した。
それをまとめて手提げビニールに入れ、片手に書類を持ち、廊下を歩いていた時だ。

書類に列記された鎮守府の一つ。
正確にはその鎮守府の提督名に目が留まる。

提督「……秋月、今日の演習に参加する予定は?」

秋月「え。参加出来れば、とは思っていますが、何か?」

演習場から出て以来、行くところも特にないと見え、手持無沙汰なのだろうか、秋月は俺の横をついて回っている。
思い返せば、最近の秋月の俺に対する態度は概ねこんな感じだったように思う。
もちろん大体は自分の用事をこなしているのだが、俺を見かけるととてとてと後ろにくっついてくる。
その振る舞いは球磨とは正、ではないにしろ概ね反対だ。

防空駆逐艦と言う船種の特性上、出撃時は何かと空母の傍について離れないと聞くが、海上での彼女は大体こんな感じなのだろうか、と戦場での空母の追体験をしているような気持ちになる。

とはいえ俺の傍にいる間、秋月の視線はほぼずっとこちらに向いており、何となく監視されているような気にもなるのだが、それはそれ。
今はそれが逆に助かった。

提督「ここ、この鎮守府だ。この鎮守府との演習後、ここの提督と話がしたい。話を付けてくれるか?」

秋月「はあ、別に構いませんが」

無論、自分でアポイントも取れるのだが、俺の記憶違いでないなら相手方は俺に比べて階級はそこそこ上、中々に多忙な方だったはず。
多少礼を欠くことにはなるが、秋月が演習に参加するなら彼女に頼んだうえで俺からもコンタクトを取っておけば確実だろう。
そうすれば恐らく、話をするくらいの時間はとってくれるはず。

提督「じゃあ、ちょっとよろしく頼もうか」

秋月「ええ、お任せください。……一応、どういったお知り合いか、伺っても?」

提督「以前、大本営の会議に呼ばれたとき、ちょっとな」

秋月「そうですか、了解しました。では秋月、演習の準備を整えてきますね」

提督「ああ、頼んだ」

言って秋月はくるりと工廠の方へ踵を返す。
俺の後をついては回るが、何か用事が出来れば秋月はそちらに向かう。
そこに何の意図があるのかは計りかねるが、まあ、防衛を主眼に置いた防空駆逐艦の性のようなものなのだろう。
物静かについてくるだけなので、何に不便するわけでなく、むしろ人手が欲しい時には助かっているので別にかまわないのだが、自分の時間をもっと持ってもいいのに、とは思う。
まあ、今回も今回で用事を言いつけてしまった俺が言っていい事ではないのかもしれないが。

そんな風に思いながら見送った秋月の背中が、廊下の角に消える。
さて、それじゃあと彼女とは別の方向に歩を向けると

春雨「司令官!」

提督「ん」

廊下の向こう。
丁度、秋月が曲がっていったのとは逆の方から、ばたばたと足音が聞こえてくる。
振り返ると目に入ったのはまず、白いベレー帽を頂いた長い長い、桃色の髪。
鮮やかなその髪色の、艤装を背負ったままの一人の艦娘は、突き当りの廊下を俺の左手側から右手側、秋月が歩いて行った方向へと大股で走り去ったと思ったら

春雨「司令官!」

目の端に探し人を見つけたのだろう、すぐに方向転換したようで右手側の廊下から再び顔を出した。

提督「春雨」

そしてそのまま白露型駆逐艦5番艦春雨は一直線にこちらに駆けてくる。
走る度に髪をはらはらと踊らせ、その先端で窓から燦々と降り注ぐ陽光を細かく蒼色に散らしながら走る春雨は、随分慌てた様子だ。

春雨「司、令官……!」

提督「お、おう、早かったな、春雨」

春雨「……は、い」

白露型の艤装は少々背が高く、それを着装したまま、ほぼ全力に近い勢いで駆け寄られると流石にちょっと怖いものがある。
足音も彼女自身の体重に、艤装の重量まで加わって非常に重々しく響くから、その迫力も尚更だ。
思わず二、三歩退いてしまうが、三度、俺を呼んだ春雨は俺の直前で膝に手を付き、息も切れ切れに停止した。

そろそろ戻ってくる時間とは思っていたが、遠征後の片付けやらを考えると報告に来るには少々早い。
砲は流石に置いてきたようだが、艤装も背負ったままな所を考えると、まさか帰還するやその勢いのまま鎮守府を駆けまわっていたのだろうか。

そんなに慌てて、帰った早々から俺に何の用だろう。

春雨「……っ、あ、あの、司令官っ!」

提督「お、おう」

春雨「えっと、けっ……!」

提督「け……?」

そして春雨は、息継ぎもそこそこにばっと顔を上げると再び大きく目を開き、言葉に詰まりつつではあるが俺に詰め寄ってきた。
艤装を下ろしていないということもあって、普段より大きく見える春雨に寄られると、顎の下から突き上げられるような圧迫感がある。
思わず春雨が踏み出す一歩分、こちらも一歩後退してしまうが、

春雨「えと、あの、その……っ!」

当然の理屈として、あちらとしては距離を詰めようとしているので、後退したその分を、彼女はまた詰めようと一歩踏み出す。

提督「春、春雨! ちょ、ちょっと待て……っ!」

約五歩分、それを繰り返し、このままでは壁にぶつかるまで後進するか、いっそ反転して走り出さなければならなくなる。
そう思い、春雨の両肩に手を付き、彼女を留めようとする。



春雨「……司令官っ!」

提督「ひっ!?」

磯風のそれとはまた違う、ガーネットのような紅の瞳。
春雨はその瞳一杯に俺の姿を映しつつ、両肩に置かれた俺の手も、がっしと自らの手で捕らえた。
磯風とほぼ同期ではあるが、それでも彼女より着任は若干先。
輸送、護衛が得意と語る春雨は、自らの得意分野で順調に練度を上げてきた。

確かその数字は磯風と大差ない、或いはそれを少々上回る80の前半ほどだったか。
そこまでの高練度、しかも艤装と同期した艦娘の力に固定されればいかな成人男性の力とはいえピクリとも動かない。

無論、春雨が俺に限らず、誰かに危害を加えるような事をするなどとは万が一つにも思っていないが、普段のふんわりとした、一見すれば気の弱そうな彼女とは全く異なる、いっそ鬼気迫ると言ってもいい春雨の勢いに、思わず変な声が出てしまった。

提督「は、春雨……?」

春雨「……えっと」

両肩にて俺を捕まえた事でもう間合いが開くことは無いと、春雨は距離を詰めることを止めたようだ。
とはいえ、彼女の中でもまだ考えがまとまっていないと見える。
俺をその視界に収めているだろう瞳は言葉を探すようにくるくると忙しなく動き、また肩も大きく上下しており、未だ息を整えているようだ。

春雨「えっと、えーっと……」

提督「……まあ、何だ」

瞼をぎゅっと閉じて言うべき言葉を懸命に模索しているのだろう。
気遣い上手で、自分以外の安全を優先して考えなければいけない護衛任務が得意、なんていう器用さは持つ割に、日常生活では何かとパニくり症な春雨の、そこそこ良く見る一面だ。
そんな具合に頭を捻る事、数十秒。
勢いに押されたこっちもいい加減落ち着いてきた。

ともかくまずは、だ。

提督「……お帰り、春雨。お疲れ様」

春雨「……っ! 春雨、作戦完了! 艦隊帰投です、はい!」

春雨が慌てている理由はなんにせよ、まずは無事の帰投だ。
こちらの労いと同時、春雨は跳ねあがるようにぴしっと、終了報告と共に姿勢を正す。
答礼を返すと、春雨はくすぐったそうに目を細める。
その拍子に、掲げた手に触れた桃の髪が一房、さらりと流れた。

春雨の髪は、とても綺麗だ。
が、同時に何だかよくわからない髪だ。

まず、とても不思議な色彩をしている。
束になる、というか光を遮断すると桃色に見えるのだが、光に晒すと実は一本一本が薄く蒼い。
寒冷地に暮らす白い動物の体毛が実は透明な事と似る、のだろうか。
正直、良くわからないが、実際そうなっているのだからしょうがない。

更に髪質は非常に細く、動くたびに水か風か、とにかくそんな不定形の何かが揺れるようにさらさらと流れるが、それに反して多少の負荷をかけただけでは癖がつかないという質のいい衣服繊維のような特性まである。
見た目に面白く、非常に手触りも良い一方で、異常なまでの腰の強さまで併せ持つ。
そんな脅威のミラクルヘアーは、白露型姉妹艦達には遊び道具にされ、一部身なりに気を使う艦娘達の羨望の的になり、癖が強い髪質の艦娘達からは嫉妬の視線を浴び、挙句、夕張や明石、大淀等、装備や任務に熱心な連中からは、そのキューティクルに秘されたメカニズムを解明すれば新素材の開発が可能になるのでは、と日夜狙われているとか言った話まで聞く。
最近では鎮守府の七不思議に数えられているとかいないとか。

閑話休題。

そんな春雨の髪に見とれたまま掲げっぱなしだった手を下ろすと、春雨もそれに倣ってようやく敬礼を解いた。
こちらもこちらで呆けていたし、春雨も春雨で春雨自身良く分からないテンションでここまで駆けてきた部分はあるのだろう、お互いにどうすればいいかわからない間が、しばし流れる。

春雨「……あ」

そして間が悪く、或いは良く、その沈黙に、きゅぅ、といった可愛らしい音が水を差す。
音源など探るまでも無い、目の前でお腹に両手を当てて頬を赤くしている春雨だ。

午前中、それも朝一から遠征に出ていたのだ。
空腹もやむを得ないところだろう。

提督「……これ、食べるか?」

春雨「……ありがとうございます、助かります」

自分の手を見れば、丁度、秋月からもらったおにぎりが入った袋。
ちょっと俯いてしまった春雨にそれを掲げると、彼女は顔を赤くしたまま、こくりと頷いた。
まあ、胃が少しでも満ちれば多少なりとも落ち着くだろう。



 ― ― ―

春雨「……ふぅ」

どこかに移動する時間も惜しかったので、廊下の端に寄り、窓枠に腰かけておにぎりを頬張る。
単純ながら傑作携帯食料だと思う。
非常に取り回しが効くし、何より楽だ。

先人の知恵に感動している俺の左隣で、春雨は艤装を開いた窓の外にはみ出させながら俺と同じように窓枠に腰かけ、焼きたらこ入りの一塊を租借し終わり、一息ついたようだ。
行儀よく、そっと小さな手を合わせ、軽く瞼を閉じる。

春雨「……御馳走様でした。ありがとうございます、司令官」

提督「礼なら後で秋月に会った時に言っておいてくれ、きっと喜ぶ」

春雨「はい、そうします」

流石に飲み物を用意してやれなかったので、多少もそもそとはしたろうが、それでも春雨は俺が一つ片付ける間に、そこそこの大きさのものを三つほど食べ終わった。
間食用、と貰ったものではあるものの、秋月の事だ、遠征疲れの春雨の腹の足しになったとあれば、そちらの方が喜ぶだろう。

提督「何事もなかったか?」

春雨「各員、装備等も特に異常無し。遠征成功です、はい」

提督「ああ、お疲れ様。報告書は急がないから、ゆっくり纏めてくれ」

春雨「了解です。……司令官も何だかお疲れですか? 少しやつれたような……?」

提督「……午前中からいろいろあってな。疲れがどっと。まあ、気にしないでくれ」

簡潔な報告だけ済ませてもらい、後は待つ。
身長の差もあり、俺は寄りかかるように窓枠に座っているが、春雨は少々背が足りないらしく、また、艤装の重さもあってその方が楽なのだろう、完全に窓枠に腰かけて浮いた足を僅かにふらふらと遊ばせている。
普段はあまりそういった仕草をしない娘だが、今は器用にバランスを取りながらそのふらつかせている爪先に視線を落としてじっと押し黙っている。
先程、俺に掴みかからんばかりの勢いでここまで駆けてきたときに比べるとだいぶ落ち着いたので、程なく考えもまとまるだろう。

春雨「……司令官」

提督「ん?」

やがて春雨は、眉根を僅かに寄せながら、それでも意を決したように俺に上目遣いの視線を寄越した。

春雨「吹雪さんに、ケッコンカッコカリのお話をなさったって、聞きました」

結局、というか、やはりそれか。

まあ、吹雪を呼び出したのは春雨達に遠征を頼んだ後だったし、帰投した時に誰かに聞いてそのまま駆けてきたといったところだろう。
本当に今日は一日、この話題ばかりだな、と春雨から視線を外す。

提督「まあ、な」

春雨「指輪。お渡ししたんですか、吹雪さんに」

春雨の声音は、今にも消え入りそうな弱々しさだ。
気は優しく、そこまで我を通すタイプでもないが、春雨は芯の強い娘だ。
その春雨でもこんなトーンの声を出すことがあるんだな、と少々驚き、同時にどう答えたものかと、右手でがしがしと側頭部を掻く。
ここまで神妙にこられてしまうと、かえって返答に困ってしまう。

提督「……まあ、実は、だな」

春雨「…………イヤ、です」

そんなに慌ててきてくれたところ悪いが、あっさりと断られてだな、と。
言おうとしたところで、春雨の指先が俺の左袖を握った。

春雨「ダメです、司令官。私、イヤです」

ぐっ、と。
体が少し傾くほど、袖を強く強く握られる。
駆けてきたときもそうだったが、艤装をまだ着装していることを忘れているのではないか、と思うほど、春雨は指先が白くなるほど、俺の袖を力を込めて握っている。

言葉を続けるにつれて段々と伏し目がちになり、最後には完全に目元は前髪に隠れてしまう。
それでも春雨の言葉は、弱々しいながらも途切れない。

春雨「司令官が既に決めてしまったんなら、私はもう何も言えません。けどもし、まだ決めてないなら……止めて下さい。お願いです」

いつの間にか窓枠から降りていた春雨は、しかし袖だけはしっかりと握ったまま。
そして、こちらを見ることは無く深々と頭を下げる。
その姿からは、真摯、というよりもいっそ切羽詰まったような印象すら受ける。
春雨のこの姿勢が、俺が誰かとケッコンカッコカリをすることに対する姿勢だとするなら、なるほど、遠征から帰投するや艤装も外さないままここまで来たのも、先程までの剣幕も、そのせいなのだろう。

まあ、ともあれ

提督「取りこし苦労、なんだがな」

春雨「え?」

確か吹雪と春雨の仲は悪くなかったとは思う。
むしろ、あまり仲の悪い艦娘のペアと言うのも思い浮かばないがそれは一旦置いておくとして。

何故、ここまで吹雪に指輪を渡してほしくないのかはわからないが、今日既に何回か、自分からも言っているし言われているように、吹雪に指輪を渡すことは叶わなかった。

春雨「ホント、ですか?」

提督「嘘を言ってどうする。何処かで今朝の話を聞いたんなら、多分、一緒に話してたと思うぞ、その事も」

良くも悪くもスキャンダラスな話題だ。
自分で言うのも情けないが、必ず事の顛末までが口の端に上ったに違いない。
俺の言葉に、春雨はぱっと顔を上げる。
その目は、僅かに潤んでいた。ように見えた。

春雨「あ……そうかも、知れないです。はい」

一瞬、春雨のその表情に驚くが、二度、三度、ぱちくりと瞬きをし、帰投直後の事を思い出すように下唇に軽く拳を当てた彼女の瞳には、いつも通りの赤色があるだけ。
単に光の加減で、湿ったように見えただけか。

提督「ともかく、だ。イヤだから、ってバッサリ断られたよ。取りつく島も無しだった」

春雨「そう、ですか。……吹雪さん、そんな事を」

思い返せば。

今日まで、吹雪の普段の態度には球磨のような劇的な変化はない。
だが、部屋を退出する直前にちらりと覗いた吹雪の激情。
あれは球磨のそれと非常に似通っていたように思う。
俺の事を、自分の事しか考えていないと叫んだあの激情と。

だが他の面にあっては、様々な新顔が入ってきている昨今にあっても初期艦として一層よくやってくれているし、自己研鑽も怠らず戦果も申し分ない。
そして恐らくだが、もし今すぐに吹雪と会うことがあったとしても彼女の態度は変わらないのだろうという予感がする。

それが一層わからない。
彼女達の、感情の波が、濃度が見えないのだ。

提督「しかし、こうまで受け取ってもらえないとな」

ため息交じりに、未だにポケットに収めてある小箱に触れる。
そういえば、さっき演習の資料を取りに戻った時においてくれば良かったな、と思いながら、それを取り出す。

春雨「……司令官、それ?」

提督「吹雪に受け取ってもらえなかったヤツだ。何となく、持ちっぱなしでな」

受け取ってもらえないと、困るのだ。
提督としては、いや寧ろ、俺としては。
そう、誰かに。
皆に。

提督「春雨も――」

春雨「え」

気付けば、考えが口に出ていたのか、傍らの春雨が俺の顔を見上げていた。

提督「春、雨?」

春雨「司令官?」

春雨も、いずれ。
それもそう遠くない内に。

確かにそうは思っていた。
そして実際聞かれたのだろうが。

俺を見上げていた春雨は、その顔色を一瞬だけ赤くしたかと思うと、さっと

春雨「……司令官?」

目は大きく見開かれ。
唇まで青くして。
カタカタと小刻みに震えた体を抱えるように両手を前に回して、春雨は俺に正対していた。

春雨「それは、命令、ですか?」

春雨は、確かに気は強くない。
が、芯は強いのだ、とても。
事実、深海棲艦を目の前にしようと彼女が臆しているところなど、見たことが無い。

その春雨が。

提督「……いや、そんな命令はしない。嫌なら断ってくれて、構わない」

春雨「……私、私、はっ」

思考が口について出てしまっただけだ。
誤魔化すことも考えたが、今、それはすべきではないだろう。
春雨の様子は、尋常ではない。

何を、そんなに。
後ずさろうとする春雨を留めて、そう聞きたかった。

春雨「私、は。……夕立、ううん、時雨姉さんなら……ダメ、それでもダメ……っ」

が、姉妹の名前を呟きながら、かぶりを振りながら、春雨は徐々に俺から距離を取る。

提督「春雨っ」

春雨「っ! 司、令官。――っ、ごめんな、さいっ」

呼びかけに我に返ったように、春雨は俺を見た。
が、その顔色は依然として真っ青のままで、何かに必死に耐えるように歯を食いしばっていた。
今度は見間違いなどではなく、目には一杯に涙を溜めて、ただ必死に、何か恐ろしいものから逃げようとするかのように。

提督「春雨――」

春雨「ごめん、ごめん、なさい――っ!」

反射的に、右手を伸ばす。
しかし、その伸ばした右手は宙を掻いた。

提督「頼む、春雨、待っ」

春雨「来ないでっ!」

提督「――っ」

踵を返した春雨は、そう叫んで走り出した。

そして、春雨に届かなかった俺の右手に決壊した涙だけを残して彼女はここに来たときと同じように、しかし今度は俺の方を見もしないで去ってしまった。
泣き声は、最後まで聞えなかった。



吹雪へ

君はきっと怒るだろうが、その分、どうか悲しまないでほしい。
これは決して君のせいなどではありはしないし、なにより僕は僕の生きたいように生きたのだ。

当鎮守府にも、ようやく大和が着任しました。何あの火力、凄い。そして春雨は育成中です。kawaii。
今日はここまで。

↓+2 次の艦娘

若干早目に出来ました。ちょっと推敲します。

情報開示回じゃないのにそれっぽく出来てしまってますが、気にせずいきまーす。



7.鳥海

鳥海「デリカシーに欠けているんですよ。司令官さんは」

提督「ぐ……」

鳥海「はい、お終い。……ですっ」

提督「痛っ!? ……すまん、鳥海。ありがとう」

鳥海「どういたしまして」

ぱちん、と多少強めに俺の額を手のひらで打ち、鳥海がサージカルテープを固定する。
そしてそのまま、てきぱきと救急箱の片づけを始めた。
対する俺は、と言うと加療後のガーゼをいじるくらいしかやる事が無い。

……うすうす自覚はしていたが、傷の治療すら艦娘にやってもらう辺り、ひょっとしてダメ人間なのではあるまいか。

いや、勿論これくらい自分でも問題なく出来るのだ。
出来るのだが、鳥海にやってもらった方がきちんと出来るからやってもらっただけだというか。

鳥海「別に血も出ていませんでしたが、念のため、ね」

鳥海は苦笑いで救急箱を収め、切り取ったテープの端やら細々としたゴミを捨てに行く。

提督「鳥海は平気か?」

鳥海「艦娘ですから。司令官さんの頭突き程度、何ともありませんよ」

言いつつ俺とぶつかった額を、指で軽く弾く鳥海。

鳥海「伊達に普段が普段から、どてっ腹に砲弾をもらっているワケじゃありません」

その言い方だと、俺との頭突きに備えて砲雷撃戦をやってるみたいに聞こえかねないが、まあ鳥海が何事もないなら別にいい。

鳥海「それより、あまり治療時には体に力を入れないでくださいね。後でガーゼとか、ずれちゃいますから」

提督「や、それは……」

鳥海「何か?」

提督「……いや、わかった。次、が無いに越したことは無いが、気を付ける」

鳥海「そうしてください」

言う鳥海は、とっくに練度が上限に達してはいたものの、最近、姉妹共々改二改修が完了したばかりだ。
役割は違うものの、十分艦隊の要を担えるだけあって非常に頼りになる。
そしてその一方で、姉と妹で別の面倒見の良さがあるため非常に助かっている。

いるのだが。

なんというか、改二改修はいろいろと『増える』傾向にあると思う。
確かに艦船たる彼女らの戦闘力の向上を主眼に置けば、砲や装備の増強がその手っ取り早い方法であるため、何かが『増える』という根拠は納得できる。
だから、摩耶と鳥海の改装が決定した時は別の安堵感もあったのだ。

が、いざ改装を済ませてみれば、あまり増えていないとは、いや、むしろ若干減っているとは思わなかった。

体を固くしてしまうのも、無理らしからぬところだろうと理解していただきたい。
ガーゼを当てられた後もジクジクと痛む額の熱が、未だに少し引かないのは、そこを加療してもらっていたこととは関係ないと思いたい。
頑張ったのだ、何をとは言わないし、言えないが。
むしろ誰かに褒めてもらいたい。

椅子の向きを直しながら何となく鳥海を視線で追うと、部屋に設えられた収納の、少し高所が所定位置らしい場所に救急箱を片付けようとしていた。
背伸びする彼女の脚につい目が行ってしまいそうになるのを意識し、ガーゼの当てられた額を少し強めに圧迫する。

提督「つっ……!?」

鳥海「司令官さん?」

提督「……や、何でもない。何でも」

鳥海「……?」

一瞬振り返った鳥海は、怪訝そうな顔で片づけに戻る。
未だに熱が引かない額が、何となく罪悪感上乗せで、痛む。

まあ、男性の本能なのだろう。
仕方がないと思う反面、心底、阿呆かとも思う。

あの後。

提督「春雨っ!」

春雨が走り去った後。

彼女の剣幕とそれに直面した戸惑いで一瞬出遅れたものの、やはり、と廊下を駆けだした。
艤装を背負っているとはいえ、それと同期している以上、その重さによる減速は期待できない。
全力で追いかけないと、追いつくどころか差を広げられてしまう、とピッチを上げた。

追いついて何を聞くのか。
何が出来るのか。

そんな全部がわからなかったが、ともかく。
涙を流す春雨を放っておくことも出来ず、とにかく追いかけようとした。

のだが。

提督「待ってくれ春さ痛ぇ!?」

鳥海「え――きゃぁっ!?」

ゴギン、だか、ボゴン、だか。

春雨が消えた曲がり角に差し掛かった時だった。
よく分からない音と同時に、世界が反転した。

廊下は走ってはいけません。
何故なら廊下の曲がり角でぶつかってしまうととても痛いからです。
小学校で散々先生に言って聞かされた教訓がン年越しに身に、いや、額に染みた瞬間だった。

鳥海「痛た……あ、司令官さん?」

提督「……っ、っ!」

知っているだろうか。
人間、二か所同時に痛感を認識することはできない。

あまりに痛い思いをすると必要もないのに体を動かしてしまうのはだからだろうか、などと、勝手にゴロゴロと転がる体を、ほんの数%だけ残った冷静な部分が客観視する。
全く持って何の役にも立たない分析だが。

鳥海「司、司令官さん、大丈夫ですか?」

提督「……あ、ああ、その声、鳥海か? すまない、ぶつかって、ぐぅ、ぶつかって、しまったのは、君か?」

鳥海「え、ええ。私こそ、ごめんなさい。それより、へ、平気ですか?」

提督「ああ。いや、大丈夫……くないかもしれないぃ」

鳥海「司令官さん!?」

きつく閉じた瞼の裏には、幾つもの色とりどりの星が飛んでいる。
何とか声も絞り出せるが、それも絶え絶えだ。
一番強かにぶつけたらしい額は、熱くて冷たくて、ズキズキしてヒリヒリする。

この感覚、こうやって額に両手を押し当てて体を丸めて転がっている内に、どこかへ落っこちてくれたりはしないだろうかと、わけのわからない希望を抱いて床をのたうった。

提督「うぐぐ……」

鳥海「ちょ、司、司令官さん! ……摩耶、摩耶ー!」

悶絶して廊下をごろごろと左右に転がる俺に駆け寄ってくれたらしい鳥海は、俺の惨状を一人では如何ともしがたいと判断したらしく、声高に姉を呼ぶ。

後は、情けなくもずるずると、女子二人の手で高雄型の部屋に運び込まれた次第だ。

提督「……本当に、すまん」

鳥海「私はちょっと尻餅をついてしまっただけですから、本当に平気ですよ」

大分前傾で走っていたため、丁度額と額がぶつかる形になったようだ。
目、鼻、口にぶつからないで本当に良かったと思うが、かくして、石頭なのは秋月だけでなく艦娘全員なのだと証明された。
そこに何の感動があるわけでも無いが。

俺がそんな馬鹿な証明を見出している間に片付けを終えた鳥海は、湯呑を二つ持って俺の横の椅子に腰を下ろす。
丁度部屋の真ん中に置かれた、片側に二脚、その対面に二脚が置かれた楕円形の机。
恐らく今俺が座っている側が摩耶と鳥海、その対面が高雄と愛宕の席なのだろう。

鳥海「はい、司令官さん」

提督「何から何まで、ありがとう。頂く」

鳥海「ええ、どうぞ」

鳥海は、俺の前に持ってきた片方を置き、自分も湯呑から一口すする。
俺も鳥海に倣い、湯気の立つ湯呑から緑茶を一口すすった。
正直、あまりゆっくりしている暇はないのだが、鳥海の厚意を無碍にするのも忍びない。

鳥海「……ふふ」

提督「ん、何だ?」

鳥海「ふふふ、いえ何でも。……ふふふ」

と言っても、普段、そこまで自覚しているわけでもないのだが、やはり日本人なのか、緑茶を飲むと人心地ついてしまう。
ほぅ、と知らず溜息を漏らす俺の横で、何でもない、と言いつつ、鳥海は片手を口元に持っていき笑いを堪える。

提督「……何だ、いったい」

鳥海「ふふふ、ごめんな、さい。ふふふ……でも、司令官さんのあの時の顔ったら、おかしくって」

提督「……言ってくれるな、頼むから」

鳥海「ふふ、はいはい」

痛みに対する反射で涙目になるのは仕方があるまいとは思うが。
それでも何が嬉しいのか、一層にこにこと笑いながら鳥海は二口目をすすった。

提督「……ご機嫌だな」

鳥海「司令官さんのあんな顔、めったに見られるものじゃありませんので」

提督「そうですか」

鳥海「ええ、そうですよ」

こうまで言いきられると、どうしようもない。
せめてもの抵抗で、機嫌よく鼻歌まで歌いだしそうな鳥海とできるだけ対照的になるように、眉間に深くしわを寄せて、二口目をずずっ、とすすり上げる。

部屋に高雄と愛宕はいなかった。
どうやらどこかに出かけているようで

鳥海「仲がいいとは言っても、流石に四六時中、居場所まで把握はしていませんよ」

と、鳥海。

部屋に運び込んでもらい、治療まで施してもらった手前、事情を話さずにいられるわけがなかった。
事の経緯、結果、事細かく。
もちろんそれは俺の主観のみに基づくもので、春雨側の事情が抜け落ちたものだ。

だから、事の顛末につながる手掛かりはあまり多くないかもしれない。
そう最後に付け足した俺の話を聞き、摩耶は深い、深い溜息をついた。

摩耶「全くしょうがねぇな。春雨も……お前も」

がしがしと後頭部を掻いた摩耶は、そう言って鳥海に俺の治療を任せて部屋を出て行った。
そして俺は、大人しく治療を任された鳥海に、てきぱきと患部を診察、加療され、ついでにデリカシーの無さを責められたわけだ。

鳥海「ところで、司令官さん。午後のお仕事は?」

提督「あ、ああ。急ぎの物は……無いかな、多分」

緑茶を半分ほど減らした辺りで口を開いた鳥海に、机の上に積んであった書類の厚みを思い返して答える。

飛び込みの何かが入ってくることも考えられるが、何分、大所帯だ。
何処かで何かあれば、伝言ゲームよりよほど正確に、かつ、迅速に俺に伝わってくるだろう。
もっとも、彼女ら一人一人のポテンシャルを鑑みると俺抜きで解決できない事態の方が少ない。
事実、今まで何度かあった緊急事態も、俺のところにその報告が来る頃には、こんなことがありましたが、こうやって沈静化しました、といった事後報告になっていたということもざらだ。
最古参の吹雪は、それも俺がきちんと一から作り上げてきたからだ、と言ってくれるのだが、何とも。

鳥海「それじゃあ、ちょっとゆっくりしていって下さい。皆、出掛けてしまっているようですから」

提督「いや、俺は」

鳥海「私達の改二を祝って皆さん色々差し入れて下さったんですが、私達だけじゃ食べきれなくて。どうしようか困っていたところなんです」

もしお気に召したものがあれば、執務室に持って帰っていただいても構いませんので、と鳥海は救急箱をしまった戸棚とは別の所から、色とりどりの缶や袋を取出してきて、机の中心に置く。

鳥海「取り皿もご用意しますね」

手際よく、くるくると部屋の中を移動する鳥海に、部屋を辞するタイミングを逸してしまう。
押しが弱い、と言われてしまえばそれまでなのだが、鳥海の機嫌は至極良いように見える。
常日頃頑張ってくれている艦娘達の厚意に触れてしまうと、どうにも断り辛いのだ。

鳥海「さ、どうぞ。どれも、皆さんが気を使って選んでくれたものばかりですので美味しいですよ」

そんな風に俺が優柔不断極まりなく進退を決めかねている内に、いくつかの取り皿に、鳥海らしい几帳面で、なおかつ取る側も配慮もきちんと考えられた盛り付けが為される。

ビスケットやチョコレート、キャンディーに饅頭等々。
和、洋、中の様々な菓子類。
こういったものは値段が高ければ味がいいというわけではないが、確かに鳥海の言うとおり皆がきちんと吟味して選んだのだろう、どれも非常に美味しそうだ。
既製品の中にちらほらと手作りであろう品も、それなりの数、見受けられる。

提督「じゃ、ちょっとだけ」

鳥海「ええ、召し上がっていってください」

何だか今日は物を貰ってばかりな気がする。
こちらからは一向に渡せないというのに。

僅かな不満は脇に置き、とりあえず手近なプレッツェルを摘まむ。
固く焼かれたスナックタイプのこの菓子の大元は、確かドイツが発祥だったか。

提督「腕組み、とか言う意味だったか、確か」

鳥海「あら、良くご存知ですね。司令官さん」

提督「ドイツ勢が来る前に少し、な。……ん、美味い」

ぽきっ、と小気味よい音で、歯の上で生地が砕ける。
しっかりと焼しめられた断面は口内で水分を含むことなく、欠片になるまでその食感を保ち続けた。
余計な添加物一切を加えていないのだろう、口に入れる前に払った岩塩の匂いのみがそのアクセントで、正直、少しだけ酒が欲しいと思った。

鳥海「他にもいかがですか?」

提督「ん、いや、非常に魅力的ではあるんだが」

鳥海「……そうですか?」

提督「……悪いが」

プレッツェルに続いて、二、三品を口にする。
その都度、それに関する雑学とか、その菓子を持ってきてくれた艦娘についてあれこれと話し、更にあれもこれもと薦めてくれる鳥海をやんわりと留める。
僅かに眉尻を下げる鳥海に少々申し訳なくはあるが、ただでさえ、昼飯に次いで秋月の握り飯を食べた後なのだ。
磯風の言うとおりまだ昼時なのだから、食べたところで動けばいいのだが、こうまでしっかりとした食感の物を貰ってしまってはそれもままならなくなってしまう。

なにより。

提督「それじゃあ鳥海。俺はそろそろ」

鳥海「あら、もう行ってしまわれます? せっかく、お茶のおかわりを入れたんですが」

提督「ありがたいんだが、その」

鳥海「春雨さんなら、摩耶が様子を見に行ってくれていますから、大丈夫ですよ」

鳥海は、電気ポットからこぽこぽと急須に湯の追加を注ぐ。
これをやってしまうとあまり美味しいのが出ないんですがと言いつつ、そこに追加の茶葉を少々落とした。

提督「だが、話した通り、春雨の様子は」

鳥海「大丈夫。大丈夫ですよ」

提督「確かに摩耶は面倒見がいい。しかし」

鳥海「司令官さん」

そして鳥海は蓋を抑えて、僅かに急須を揺する。
そして自分の湯飲みに追加を淹れると、ふぅ、と吐息で少し熱を冷ましてから口を付けた。

提督「鳥海」

鳥海「大丈夫、ですよ」

ことり、と上品に湯呑を置き、鳥海は微笑む。
そこで、ようやく悟る。

提督「鳥海。……君は」

鳥海「ごめんなさい、司令官さん」

初めからか、或いは少なくとも摩耶が部屋を出てから、俺は鳥海に足止めされていたようだ。

鳥海「でも、今、司令官さんが行っても春雨さんは更に泣いてしまうだけでしょう」

鳥海は確信を持って、大丈夫、と答えた。
彼女がそういうのだから間違いはないのだろうが、彼女は今、俺が更に春雨を泣かせてしまう、とも言った。

鳥海は恐らく、いや、ほぼ限りなく正確に、春雨の拒絶の理由を、涙の理由を知っている。

提督「鳥海」

鳥海「練度が限界に達した時、私は司令官さんに言いましたね」

鳥海は静かに、しかし俺の言葉を真上から叩き潰す。
俺が言葉を差し挟む隙を開けることなく、鳥海は更に続けた。

鳥海「ケッコンカッコカリはお断りします、と。続けて、こうも言いました」

摩耶と前後したタイミングだと記憶している。
鳥海は練度が限界に達した出撃の後、その足で執務室を訪れると、俺の目を真っ直ぐ見て言ったのだ。

鳥海「私は、司令官さんに隠し事はできませんから、と」

先んじて正直に言いに来ました。
だからここから先は何も聞かないでください、と。

鳥海「私は他の方々みたいに、司令官さんを煙に巻いたり、はぐらかしたりはできませんから」

にこりと、しかし悲しそうに眉を下げて鳥海は微笑む。
いつのまにか、先ほど治療を施してくれた時と同じように、椅子ごと体をこちらに向けて。

今、この話を、鳥海自身がこんなに悲しそうに笑わなければならないのに、この話を持ち出したということは。

一つは、分かっている事ではあるが、春雨がああまで狼狽えたのはケッコンカッコカリが理由であるという事。

そしてもう一つは、今回、鳥海はその理由を理解しているが、これ以上何を言うつもりもないという事。

鳥海「私からは、何も言えません。前もそうでしたが私の理由はもちろん、春雨さんの理由も。彼女も、それを望んでいると思います」

鳥海の言葉に、浮きかけた腰を落とす。
右手で目を覆い、ただ彼女の言葉を聞くしかなかった。

鳥海「……私の理由と、春雨さんの理由が同じかどうかまでは分かりません。けれど、彼女の理由自体は恐らく、私が思っている事とそう遠くはない思います」

提督「……そうか」

鳥海「……けれど、一つ。艦隊運営に支障は出しません。それだけは、お約束します」

ああ、確かにそれは助かる。
鳥海が保証してくれれば、尚更だ。
声に出したいが、言葉にならない。

ここは面倒見が多い娘達が多い。
だから、ギリギリのその先へ踏み外すような無茶をする前に、必ず誰かがその無茶をしそうになった誰かを止めてくれる。

だが現段階でその誰かに、俺はなれない。
その事実に思った以上に打ちのめされる。

沈黙がしばし。
情けないながら涙も出ず、視界を閉ざして押し黙る俺の左手が、ふと、温いものに包まれる。

鳥海「いつでも頼ってほしいんですよ?」

顔を上げると、鳥海が両手で俺の手を包み、自らの頬に寄せていた。
眼鏡越しの視線を若干潤ませ顎を引くその姿は、喉に引っかかっている何かを飲み込もうとしているように見える。

提督「……戦闘から艦隊運営。果ては日常生活に至るまで君達に頼りっきりだ。最近じゃ自分はダメ人間なんじゃないかと思ってる」

俺の言葉に、ふふ、と笑う鳥海だが、これは紛れもない俺の本音だ。
当たり前の事実だが、俺一人では何もできない。

まあ、家事なんかはどうとでもなる。
けれど勿論、そうじゃない。

提督「君達がいなければ、鎮守府は立ち行かないし……俺は提督じゃない。これ以上君達に、何を」

鳥海「いいえ。……いいえ、司令官さん」

しっかりと俺の左手を握り、その手に力を更に込めて鳥海はかぶりを振る。
違うのだ、と。
俺の言葉を明確に否定し、首を振る。

鳥海「司令官さん。そしてそれが届かない限り、私が」

そして鳥海は、俺の左手に頬を寄せもう一度だけゆっくりと。

鳥海「ううん、私達があなたのそれを受け取ることはないでしょう」

そう言って、首を横に振った。
左の手の甲に、少し前に触れた覚えのある湿り気が残った。

提督はむっつり。ウチの鳥海さんはあんまり育ってません。だって恰好がエロいんですもの。
ところでちょっとだけ思ったんですが、皆さん、安価には嫁艦を出しているんでしょうか?
今日はここまで。

↓+2 次の艦娘

ちょっと今回は時間かかると思います。
気長にお待ちいただければ。

凄く遅くなって凄くごめんなさい。ヘルシング読んでました。Amen。
一応、今夜中には。

本当に遅くなりましてすみません。いきまーす。



8.古鷹

手には二つの手提げビニール。
片方は秋月の握り飯。
もう片方は

鳥海「考え事には甘いものですよ」

鳥海に持たせてもらった、菓子のおすそ分け。

結局、春雨を追うことはできなかった。
鳥海にああまで言われた以上、今、俺が春雨を追うべきではないのだろう。
とりあえず、今日の分の仕事を全て片付けてしまおう。
何かを考えるのはそれからでもできる。

それが逃避、とまでネガティブなものでないにしろ、ある種の代償行為であることは重々承知している。
が、だからと言っていつまでも考え事ばかりしていていいわけはない。
艦娘達を率いる提督である以上、自分にはこの鎮守府を回していく義務があるのだ。

提督「……仕事にかまけて家庭をおろそかにする父親ってこんな気分なんだろうか」

いや、別に鎮守府の父親って訳ではないんだが、何となく仕事を言い訳にしている様で気が咎めるというか。
いやいや、そうは言っても仕事はしなければならないから言い訳って訳でもないんだが。
いやいやいや――。

提督「……ドツボだ」

占い師が初手から「人間関係でお悩みですね?」と切り出す理由は、人間の悩みの約八割ほどがそれだからだとか。
突き詰めれば今回の件も、コミュニケーションが原因故の悩みと言うことになるのだろうか?
何だか今なら、ころっとツボでも水晶玉でも買ってしまいそうだ。

提督「ええい、仕事だ仕事」

ぶんぶんと頭を勢い良く振って、考えを振り落す。
執務室の扉を多少乱暴に開け放ち、机にどかっと腰を下ろす。
仕事の目途は立っているとはいえ、午前中、この背もたれからずり落ちて以来ここにまともに座っていなかった様な気もする。
不在だった間にも幾つかの作戦資料や各種具申、資材管理や明日以降の演習予定等々、数こそ多くないが目を通さなければならない文字は着々と増えている。

片付けられること、片付けられない事。
両方が山積するのなら、まず減らせるほうから減らしていかねば。

提督「さて、やってしまいますかね」

手始めに秋月におつかいを頼んだ手前、早急に演習の編成、作戦などを決定しておかなければならない。
在籍艦娘の各種データが記されている名簿のバインダーを書棚から取出し、練度を降順に整理したページを捲り出す。

提督「……」

幾度となく目を通した名簿。
その練度順の項。名簿自体は定期的に更新されているのでページの端がくたびれているようなことはないが、それでも他の項目に比べると、ここだけ多少紙質が柔らかくなってしまっている気がする。
そこにはそれなりの数、99の文字群が並んでいる。

無論、ここに記されているのは単に数字だけ。
その真価はこの二文字のみで読み取れるものではないが、それでもこれは彼女らの戦いの航跡の一端を表す数字だ。
そして同時に、今現在の俺の悩みの種でもあるのだが。

一つ、確信を得た事がある。
今回の一件、初期艦である吹雪に話を持ちかけたのが原因で少々話が長引いた感があるが、ケッコンカッコカリの話を持ち出さなければ、概ね鎮守府は以前通りだ。
……まあ、球磨のように威嚇じみた態度を取られるのは多少……いや、大分辛いが。

ともかく多少の気を使って行けば、鳥海の言うとおり問題なく艦隊を運営することは出来るし、出来てきた。
運営、戦略、海域への進行。
それだけを考えれば、艦娘達の練度、備蓄共に万全とまではいかないまでも戦っていくことはできるだろう。

だが。

提督「それだけじゃ……」

運営だけでは駄目なのだ。
ああ、確かに勝手と言われるかもしれない。
それでも彼女らだけが傷ついていいはずはない。
その為に、俺が出来ることがあるならしてやりたい。
なんだって、だ。

提督「到達点はそれを目指すとして……」

さて、次いで考える必要があるのは、ここ数日間中の鎮守府全体の運用だろう。
正直、今日の一件は少々話が広がり過ぎているような気がする。
これまでも何回か断られたことはあるものの、磯風が赤城の件を知らなかったように、個々人の間でしか把握されてないような件もあるようだが、球磨が言うには、今回の件にあっては鎮守府全体がこれを知っているらしい。
加えて、球磨の怒鳴り声や春雨の様子を誰も見聞きしていないなんてことはありえないだろう。

そうなると、俺がそうせずともケッコンカッコカリの話を意識されてしまいかねない。
言い訳になるが、ここまで話をバラ撒くつもりはなかったのだ。
まあ、誰への言い訳かは知らないが。

提督「とすると、目下必要なのは……」

古鷹「提督ー?」

今回の件を話す事が出来、かつそれで出た対応策を根回す事が出来る優秀な相談相手か。
それもなるべく気が回って、出来るだけ気質が穏やかで、可能な限り今回の件にあたって中立的な立場でいてくれるそんな――

提督「……古鷹か」

古鷹「え?」

コンコン、と。

丁寧なノックが二回響き、その後たっぷり2、3秒ほどおいて執務室の扉が開かれる。
胸元に幾枚かの紙を持ち、演習前だからなのだろう、艤装に触れる際に冷たくないようにと大本営改修設計班から支給された黒いインナーを着込んだ古鷹型1番艦、いや、全重巡洋艦の1番艦たる古鷹が入室してくる。

提督「…………丁度良かった」

古鷹「……え?」

首を傾げながらも執務机に近づく古鷹とすれ違う。
入ってきた彼女とは逆方向、執務室の扉に足早に向かい

提督「………………ちょーど、良かった」

古鷹「…………えーっと?」

一度、扉を開いて廊下の左右をさっと見通し、誰もいない事を確認してから後ろ手にガチャリと錠を下ろす。
神経質になりすぎかもしれないが、いかんせん鎮守府全体がナイーブになっているかもしれない事態だ。
他の闖入者は遠慮願いたい。

意図はしていなかったが、古鷹ならば願っても無い。
待ち人来る、だ。
自然声も、抑え目で低くなる。

提督「……………………ちょっと、話を聞いてくれないか?」

古鷹「………………提督?」

ぴかぴかと古鷹の特徴的な左目が、彼女の瞬きと一緒に瞬く。
心なしか、冷や汗をかいているようにも見え、口も何だか波打つような笑みを形作っている。

古鷹「……………………え?」

書類を抱える腕で、そのまま体を抱くようにして、古鷹はあくまでにこやかに歩み寄る俺から、一歩、また一歩と距離を取り

古鷹「…………………………っきゃぁー!?」

何故だか高々と悲鳴を上げた。



 ― ― ―

提督「全く、誰か来たらどうするんだ」

古鷹「……私が悪いんでしょうか」

窓も扉もきちんと閉めた。
正直必要はないと思うのだが、扉の錠はもちろん、窓の錠まできっちりと。
これで誰も部屋に立ち入ることは出来まい。

執務机はあまりマメではない俺の性格を表すが如く少々散らかっているし、話し合いには向かないため、応接用の机に甘味を乗せるスペースを確保し、鳥海から分けてもらった何品かを置く。

提督「何も悲鳴を上げる必要はないだろう。何がそんなに怖かったんだ」

古鷹「自覚をお持ちでないなら、良いです……」

始め、何故かきゃあきゃあ言いながら室内を逃げ回っていた古鷹だったが、何とか部屋の端にて、宥めること数分。
とりあえずはソファに座ってゆっくりしていてくれとの俺の言葉の通り、今は片頬を膨らませてはいるものの、妖精さん謹製の応接ソファにちょこんと腰かけている。
身に覚えのない害意ではあったものの、古鷹の誤解が解けて何よりだ。
まあ、半泣きにまでならずとも良かったろうに、とは思うが。

ともあれ過程がどうであったにせよ、古鷹が説得に応じてくれたので彼女に相談が出来る、というのが何より大きい。
多少の曲折は、この際些末だ。

提督「甘いもので釣ったのが効いたかな……」

古鷹「一番、酷かったですよ」

聞えないように小さく言った独り言を、艦娘の聴力は聞き逃さなかったらしい。
誘拐犯の文句じゃないですか、と言う古鷹に、多少背筋が伸びるのを感じつつ、さりとて割と的を射ている気がする古鷹の言葉に何を返せるわけでない。
じぃっ、と、半眼のまま煌めく左目の光量を心なしか上げた古鷹の、文字通りの視線が多少痛くはあるが、無言のまま彼女の前に一通りの茶器セットを並べ、自分もその対面のソファに腰かけた。

提督「……さて、と」

古鷹「はあ。……大体、何ですか、その額の」

提督「まあ。ちょっとな」

思い思いに息を吐き出し、居住まいを正す。
古鷹には既に何の用件かは告げてある。
しかし、いざ切り出すとなり枕詞に迷っていると、古鷹が持ってきた紙束を差し出した。

古鷹「とりあえず、午前中の艦隊行動結果と、午後の演習編成草案。あと……午前中の遠征部隊の報告書です」

提督「纏めて持ってきてくれたのか。わざわざ、ありがとう」

古鷹「いえ。手間が少ないに越したことはありませんから」

受け取った書類をパラパラと捲ると、古鷹の言うとおり、書類は午前中の艦隊行動の概ねが集められていた。

概ね。
つまるところ、球磨が行った赤城との艦隊内演習だとか、春雨の部隊の遠征結果だとか。
そういったものの報告もそこに含まれている。

手間が少ないに越したことは無い、と古鷹は言うが、彼女の事だ。
鎮守府内の異変を敏感に感じ取り、わざわざそちらに出向いて集めてきてくれたのだろう。

ちなみに彼女自身が持ってきたのは、古鷹及び青葉型に宛がわれた一室における消耗品補給の申請書。
それも事後報告でも全く構わないような代物だ。

他の、執務室に顔を出しにくい艦娘達の為にわざわざでっち上げたとまでは考えにくいが、逆に彼女ならばやりそうなことでもある。

重巡洋艦種1番艦。
すべての従順の姉ともいえる古鷹は、小型艦と大型艦の橋渡し的な存在である重巡の中でも、特にそういったフットワークが軽い。
腰が軽い艦娘は多くいるが、持ち前の気の穏やかさや他を立てる気質において、艦隊運営の立場から言えば非常に重宝する人材だ。

オウ、ミス。

>>572
× すべての従順の姉ともいえる古鷹は、小型艦と大型艦の橋渡し的な存在である重巡の中でも、特にそういったフットワークが軽い。

○ すべての重巡の姉ともいえる古鷹は、小型艦と大型艦の橋渡し的な存在である重巡の中でも、特にそういったフットワークが軽い。

すみません。

まあ、古鷹を重用する理由は他にもあるのだが、ともかく。

提督「大体、了解だ。後で詳細に目を通しておく。ありがとう、古鷹」

古鷹「はい。お願いします」

書類の端を整え、脇に置く。
そして古鷹がこれらを持ってきたということは要するに、午前中の俺の行動を、彼女はほぼ知っているということで。

提督「……で、だな」

古鷹「はい」

提督「……」

古鷹「……そもそも、私にその相談をするんですか?」

提督「……なるべくなら、聞いてもらいたいと思っている」

古鷹「私、その件に関して、すっっっっごく微妙な立場にいるんですけれど。提督、ご存知ですよね?」

提督「……わかってるよ」

古鷹「ホントですか?」

提督「頼むよ、古鷹」

古鷹「……はぁ」

提督「……頼むよ」

古鷹「……わかりました。……けど」

光る。
『前世』でのかの海域での戦闘の名残なのだろう、古鷹の瞳は探照灯のように光る。
そのせいで一見、虹彩異色のように見え、左右で視力が異なるのかと始めは心配したものだが、どうやらそんな事も無いらしい。

そんな彼女の瞳は、光を放射、つまり内から外に光を放っている一方で、吸い込まれるように澄んでいる。
人の目を真っ直ぐに見て話すから、それは尚更だ。
艦隊の艦娘達に話を聞くに、相談相手として名が上がる艦娘は幾人かいるものの、全艦種の中でも安定的に古鷹の名前が挙がるのも、彼女のそういった性格の為なのだろう。

古鷹の瞳は、チラチラと燐光を放っている。
目は口ほどにものを言うとは言うが、古鷹の場合、それが殊更分かり易い。
感情の波をそのまま表して、左目が一定のパターンで瞬くのだ。

そして今の間隔は

古鷹「うーん」

まあ、困るだろう。
古鷹自身が語ったように、彼女は非常に微妙な立場にある。
各艦娘の相談相手になっている手前

提督「……痛い腹、ってほどでもないだろうが。腹を探られるのには、抵抗があるか?」

古鷹「……ええ、まぁ、そんなところなんですが」

そうだろう。

鈍い、鈍い、とよく言われる。
むしろそんな察しの悪さで良く戦術を立案できるものだと言われるが、俺がたまたま感情の機微を読み取るより、火力の運用方法を考える方に血の巡りが良かったというだけだ。
別に軍内部で成り上がるための権謀術数を巡らしているわけでなし、艦隊を維持するためには自分の頭の回転方向にはむしろ感謝している。

ともかく、そんな鈍い俺にもそろそろ、艦娘達が、理由はそれぞれにしろ、共通してなんらかしらの隠し事をしていることぐらいは分かる。
別にそれはお相子だ。
俺だって、言えない秘密の一つや二つ、持っている。

だから、全てを教えてほしいとは思わない。

だが、俺は

古鷹「提督は」

古鷹が、床に這わせていた視線を、つ、と上げる。
更なる改修を重ねてより自在に照度を調整できるようになった左目の瞬きは、極最小限に抑えられていた。

古鷹「一つ、確認させていただきたい事が」

古鷹「提督は、艦隊を問題なく運営したいんですか、それとも……ケッコンカッコカリを執り行いたいんですか?」

問いに答えようと、息を吸う。
しかしその一息は、肺の底にこびりついた。

艦隊の運営だ。
その文節を吐き出す予定で開けておいた気管が、余剰な空気の流入で、ヒュッ、と音を鳴らす。
俺自身、表面上では艦隊の運営を優先すべし、と思っていたものの、自分が思う以上にケッコンカッコカリに比重を置いているようだ。
意識下のそれを正確に古鷹に突かれ、呼吸が止まった。

古鷹「……まあ、どちらであろうと、提督が本気で何かしたいと思うなら一番簡単な方法がありますよ」

石を落とし込まれたように、横隔膜が動かない。
呼吸が、言葉が詰まって出てこず、小さく口を開けるだけの俺に気付かず、或いは気付かないふりをして古鷹は続けた。

古鷹「……私達は、艦娘は船です。人が海を駆けるために必要とした道具の一種。人間の、貴方達の矛や盾たらんと建造された艦船です」

古鷹は真っ直ぐに、その見る者を捉えて離さない瞳で俺を見る。
決して目を離させまいと。耳を塞がせまいと。

古鷹「元々が人の為に作られた身。私達はただ、貴方達の為にあります」

基礎知識だ。
深海棲艦にシーレーンを侵されてこの方、海軍に関わりを持つ人間なら誰もが知っている、艦娘の起源。
そんな常識を、古鷹はゆっくりと語り

提督「古鷹」

ただ、これを続けさせてはいけない、と思った。

チリチリと、何かが灼ける。
そんな幻聴が聞こえた。

古鷹「だから、私達は人間達に、貴方に。提督に逆らえませんし、逆らいません」

古鷹「そもそもそうできませんし、そうする必要が無いからです」

提督「古鷹、待て。俺は」

チリチリと。

篝火が燻っている。
熱源は頭頂だ。
表層意識が白く濁り、頭がカァッと熱くなるのがわかる。

頭の毛の先が、チリチリと。
その幻聴で耳を覆えれば、古鷹が続ける言葉を聞かずに済むだろう。

古鷹「ですから提督」

艦娘に先を越されてばかりの一日だ。
止めろ、と俺が口に出す前に古鷹は言った。

古鷹「道具たる私達には『ご命令』を。それさえ下されば、私達はどんな事でも躊躇いません」

古鷹「提督が進めと仰れば進みます。退けと仰れば退きます。無茶を通せと仰れば道理なんて考えません」

提督「古鷹、俺はそれをする気はない。だから」

古鷹「そして戦えと仰るなら、この身体が最後の一片になっても敵の喉笛に食いついて見せます」

提督「だから」

そして、拳が振り上がる。
意識の外のその動作を、俺はそのまま受け入れた。

古鷹「……もちろん、沈めと仰るなら」

提督「止めろ、古鷹!」

これ以上は。

感情のまま、机を力任せに殴りつける。
声を荒げた俺に、古鷹は困ったように笑いかけた。

古鷹「……古い小説あるそうですね。人間の言うことに決して逆らわない、ロボットの話が」

提督「艦娘は、君達はロボットじゃない。まして道具じゃ」

古鷹「ええ。……そう言って頂けることが、どれだけ嬉しいか」

古鷹は俺の、机に落とされたままの拳を見て目を細める。

古鷹「ごめんなさい、提督。少し、ううん、大分、意地悪をしました」

そして、でも、と続けた。

古鷹「覚えておいてください。私たちが同時に、道具としての矜持も持っているということを」

古鷹「だから、私達は貴方のその指輪を受け取りたくなくって……そして、私の口からその理由を言えません」

私と同じくらい、もしかしたらもっとそれを言いたい子がたくさんいて。

古鷹は、そう言って笑った。
今日、何度か見た、悲しそうな表情だった。



 ― ― ―

古鷹「さて、そろそろ演習の時間ですね」

出した菓子、そして茶に一通り手を付けて、古鷹が立ち上がる。

提督「ああ、頼む」

古鷹「精一杯、頑張ってきますね」

格上の相手だ。
練度が十分な彼女らであっても、勝ちを拾うのは簡単じゃないだろう。

提督「古鷹」

古鷹「はい、提督」

古鷹がゆっくりと間食を進めてくれたおかげで、こちらも大分落ち着いた。

だから、激励をしようと思った。
頑張れ、と。

緊張を解いてやろうと思った。
演習だし格上の相手だからそこまで気張らなくていいぞ、と。

提督「古鷹。……俺は君達を、困らせているか?」

古鷹「ええ、提督。とても困ってます」

球磨に自分の事ばかりと言われるわけだ。
いざ、口に昇ったのは全く別の。

しかし一拍置いた古鷹は、白い歯を見せて

古鷹「……とっても、とってもですよ。お互い様、ですけれどね」

提督「そうか。……すまないな」

古鷹「いえ。何より、ですね。何で一日でこんなに話が進んでるんですか。ここ暫く、この話になんか触れようともしなかったのに」

提督「いや、何ていうか、だな」

古鷹「やっぱり、初期艦は特別、でしたか?」

提督「そんなことは、無いぞ。……きっと、無いぞ」

意識外に、目が泳いでしまう。
平等には接しているつもりだ。
だからきっと、吹雪に断られたことと今日の俺の状況とは、特に関係が無い。

はずだ。

古鷹「……ふふっ。ホント、腹芸が下手ですね、提督は」

眉を八の字に寄せたまま、古鷹は上品に笑った。
そして改めて執務室の扉に向かう。

提督「古鷹」

古鷹「はい?」

朝も似たような光景があった。
あの時の少女は振り返ってくれず、そしてそれが発端で今まで来ているような気もするが、今それは一旦置いておく。

提督「艦娘は人間の命令には逆らわない。さっき君は、自分たちを古典SFを引き合いに出してそう例えたな」

古鷹「そうですね」

提督「じゃあ、一つ質問だ。……もし今俺が、『君達が隠していることを教えろ』と命令したら、君はそれを教えてくれるか?」

古鷹「……んー」

朝の光景とはまた違う。
当然だ。
俺が声をかけている相手も、状況も、まるで異なる。

しかし、古鷹は振り向き、小首を傾げはしたものの、その割にあまり悩んでいるそぶりも見えない。
そして吹雪と同じく、すぐに返答を口にした。

古鷹「……それでもやっぱり、お答えすることはできません。難しいところですけれど、こればかりは」

提督「……そうか」

実際、古鷹に命令したところで恐らく答えは同じだろう。
となるとますます訳が分からない。

もとより命令するつもりなどないのだが、艦娘達の行動が、どうしても矛盾に塗れているように思えてならないのだ。
或いは何か

古鷹「ああ、そうだ。提督」

提督「ん?」

古鷹「誰かが既に言ったかもしれませんが、艦隊運営は問題ありません。私や他の子達が何かしないでも、きちんとしていますよ」

提督「そうか、助かる。ありがとう、古鷹」

鳥海に続き、古鷹にそういわれれば間違いなかろう。
まあ一応、根回しはしておきますけど、と続けた古鷹にお礼を返す。

が、考えを中断される形になってしまったため、いささか事務的な返答になってしまったせいか、古鷹はこちらを向いたまま、一向に部屋を辞そうとしない。

提督「……古鷹?」

古鷹「それと提督」

声をかけると古鷹は、人差し指を自身の唇に近づける、声を潜めるジェスチャーをとり、その仕草の通り小声で囁いた。

古鷹「……ホントは、私も球磨さんと同じように怒ってるんですよ?」

提督「球磨と、同じ……?」

古鷹「損なポジションですよね、私」

そして振り返る。
今朝の吹雪も、俺の都合のいいように考えれば俺に表情を見られないよう、こちらを振り返らなかったのかもしれない、と今更ながらに思い当たる。

古鷹「提督に、一つだけヒントを」

扉に歩を進めながら、古鷹は続ける。

古鷹「球磨さんの様子。……泣いてましたよ。きっと、春雨ちゃんと同じみたいに」

提督「球磨が?」

古鷹「ええ。それをどう考えるかは、提督次第ですけれど」

そして古鷹はノブに手をかけ

古鷹「頑張ってください、提督。……あと少し、ですよ」

そして、ぱたん、と扉が閉じられる。

皆、行儀が良くて助かる。
思えば、執務室の扉を一番雑に扱っているのは俺かもしれない。

提督「……さて、それじゃそろそろ行くかな」

古鷹も言ったが、そろそろ演習の時間だ。
それが終われば、今日の予定は粗方終わりか。

ぐ、と、両手を組んで大きく伸びをする。
思い悩んでいる場合ではないのだろう。
彼女らが何を隠しているのであろうと、古鷹の言うにはお互い様らしい。

提督「頑張れ、ね」

古鷹は最後に、そう言った。
そして、どう捉えるかは俺次第、とも。

なら、もう少し俺の勝手に進ませてもらう事にしよう。
球磨には、古鷹には、怒られてしまうかもしれないが。

そして資料を手に、部屋を出ようとする。

提督「ん?」

丁度、そのタイミングを計ったかのように、執務机の上で、電話が鳴る。

提督「もしもし。――ああ、これはお久しぶりです」

電話口は、演習を申し込んだ、そして秋月にアポイントを頼んでおいた提督。
演習前だということで連絡をくれたらしい。
結果的に秋月には二度手間になるお使いを頼んだ事になってしまったため、いささか申し訳ないが。

提督「――ええ、ええ。――そちらもご健勝そうで何よりです」

まあ、演習前に頼みたい事もあったから都合がいい事には変わりない。
受けてくれるならという前提入りだが、多少時間の調整をする必要があるな、と腕時計を確認しながら、算段を整える。

提督「――ああ、いえ。ちょっとお願いしたい事がありまして。――ええ、ええ」

日が傾いてきた。
窓から見える海が、きらきらと茜色を帯び始める。
そろそろ夕暮れ時だ。

ちょっと雑くなってしまって、少々キャラ崩壊してしまいました、ごめんなさい。
古鷹は面倒見はいいけれどちょっとだけ要領が悪い娘、ってイメージなんですが……。ちょっと違いますか。

今日はここまで。今回は艦娘安価は無しです、すみません。

SF小説だったよなロボット三原則って

>>634
アイザック・アシモフの「I'robot」が初出だね。
ちなみに「第零原則」なんてのもあったりする。

普通の人は知らなくて当たり前だろ
何ドヤ顔してんの気持ち悪い

>>648
普通の人は顔真っ赤にして掲示板に書き込んだりしないんだぜ?

今回のパートは短いからラクショー、って慢心していたらこの体たらく。
今日はちょっと遅いので無理ですが、明日の夜には多分。

とてもごめんなさい。惑星のさみだれ読んでました。白道さんかわいい。
推敲出来次第。

明日(明後日

ごめんなさい。いきまーす。



8+.演習

総合艦隊演習。
連合艦隊、支援艦隊まで結成して行う、大規模演習だ。

気候、海面条件等々が容易に設定できるため、普段なら鎮守府同士の演習もどちらかの施設の演習場を使って行うことが多いが、この演習に関しては鎮守府近海にて行われる。
理由は二つだ。

一つは、純粋に規模が大きすぎるため。
そもそも鎮守府内の演習場もバカみたいな大きさのプールではあるものの、この演習に使うにあっては更に大きさが足りない。

そしてもう一つは、示威行動。

そもそも総合艦隊演習は、ある程度以上の戦果かつ、規模の鎮守府同士でしか行うことができない。
この演習自体、艦娘達の練度を高めるためであると同時に、深海棲艦へのけん制行為でもあるためだ。

合計8艦隊、48もの艦娘が出撃し、至近距離でメンチを切りあって始める殴り合い。
その規模ときたら凄まじく、かつその個々の実力まで高いとくれば、近距離ではもちろん、水平線の向こうまでその衝撃が伝わることになる。

『こちら』の刃の巨大さ、鋭さを『あちら』に示す。
これを内腑に抉りこまれて、お前たちは無事でいられるか。
要は、そういうことだ。

深海棲艦の全容は未だ、連中の形貌と同じく闇に包まれている。
その戦力の規模も同時に明らかになっていないが、少なくとも今までこちらの戦力はあちらに通じている。
いくつかの海域における中枢まで攻め込むことが出来ているのがその証拠であり、そして、そういった中核にあって人語を解する個体も確認されている。
ならば恐らく連中には理性があり、ならばそういった威嚇も意味があるだろう、との判断だ。

まあ実際、近頃は連合艦隊を編成しなければならないような苛烈な戦闘が展開される海域も増えてきたため、どちらにせよ大規模な艦隊の戦闘の訓練は不可欠。
消費される資材の量や場所の確保の容易性などから、今は一部の鎮守府のみに限られた演習ではあるが、いずれ多くの鎮守府で行われることになるだろう。

ともかく、今回、この演習は非常に俺にとって都合がいい。
まず、戦闘の規模自体が大きいため、当然割と時間がかかること。
そして

提督「どうも、お久しぶりですね」

ウチの鎮守府の執務室は、近海を見下ろせる位置取りで設営されている。
つまり今日の演習を観覧するなら、この部屋が一番の特等席と言うわけだ。

来客用のソファには、先ほど古鷹が来たときと同じように茶器セットと茶うけ。
それとそれぞれの艦隊の資料等々、艦隊演習を監督するにあたって必要な準備が為されている。
ついでに窓際には、別の部屋から二脚、椅子を持ってきて置いておいた。

わざわざご足労頂いた演習先の提督は、机を挟んで俺の対面。
白く染まってなお豊かな髪の下で、その人柄通りの柔和な笑みを浮かべながら紅茶に一口、口を付けた。

老提督「ああ、本当に久しぶりだね。例の会議……いや、彼の葬儀以来か」

提督「……そう、ですね」

老提督「こんな老骨が未だにピンピンしているというのに。ああも生き急がれると、どうにもな」

提督「でも、彼に悔いは無かったと思います。……良く、わかります」

老提督「そうかね。……まあ、そうかも知れないな」

歳は70前後だったか。
しかしその佇まいには、老いてなお、という言葉が実にしっくりくる。
ぴんと背筋を伸ばした姿は、70という年齢が想起させる典型的な二種、つまり太いでもなく痩せているわけでもない、非常にスマートなそれだ。
そのシミ一つない白い軍服の生地の下は、ソーサーとカップを品よく持つ骨ばった手が如実に物語る。
文武両道を地で行く、歴戦の古強者。
俺のような若輩は色々と学ぶべきところが多い、親子ほども離れた正に人生の先達だ。

老提督「まあ、君も随分な無茶をしていると聞くが」

提督「予定通りの艦隊運営と、無理のない進軍の計画を練っているつもりですが」

老提督「そうかね」

提督「根が臆病者なもので」

老提督「そういう事ではないんだが……まあ、いいかな」

ちらりと腕時計を見ると、そろそろ演習開始の予定時間だ。
窓から多少離れたソファからでも、海上に展開され、互いに砲口を向けあう大編隊が見て取れる。

今回、総合艦隊演習は非常に俺にとって都合がいい。
まず、戦闘の規模自体が大きいため、当然割と時間がかかること。
そしてもう一つは、非常にやかましいこと。

鎮守府外壁に設置されたスピーカーから、開始のブザーが響く。
ほぼ同時に、大口径の砲から弾丸が滑り出る発砲音、そしてそれが白波を木っ端微塵に消し飛ばしたであろう着弾の轟音が、窓から飛び込んできた。

老提督「……っ、相変わらず腹に響く音だね」

提督「ええ。そうですね」

心なしか、二人共に声も大きくなる。
耳のキャパシティに対してあまりに大きい音を受けたせいか、一瞬無音になったような錯覚を受けたせいだろう。
ともかくこれで、まあ今更そんな心配もないだろうが、総合演習に参加していない艦娘にだろうと盗み聞きなどの心配をする必要はなくなった。

老提督「それで。いったい今日は、何の話かな?」

提督「実はですね。少々相談ごとに乗っていただきたくて」

老提督「ふむ。……いいだろう、何でも話してみなさい」

そう受け応えてゆっくりとカップを置く彼の左手の薬指には、銀色の指輪が光っている。



 ― ― ―

事情は、俺が話せる範囲で全て話した。
加えて今日一日の大体の動きも。
流石に個々の言動までは無理だったが、俺の受けた概ねの印象も大体。

提督「……というわけなのですが」

演習は大体中盤に差し掛かったか。
当然、演習の結果は気になるため、話しながらちょくちょく様子を見ていたが、双方共に、小、中破が目立つようになってきた。
それだけの時間、話していたということになる。

対するあちらの提督も、今回の演習資料、こちらの鎮守府のデータなどに目を通しつつ、俺の話に耳を傾けてくれていた。
時折、相槌を挟みつつ、途中で会話を中断することなく、じっと。

やがて、俺の事情の概ねを聞き終わった彼は、茶請け皿からビスケットを一枚摘まんで、さく、と齧った。

老提督「……美味いな」

提督「え。……ええ、艦娘達が選んでくれたものらしいので」

老提督「そうか。道理で」

もしかしたら作った物かもしれないが、まあ、それはいい。
話が終わった後の第一声がそれか、と少々肩がコケる。
そのコケさせた当事者である彼は、残りのビスケットを一口に放り込み、租借したのち、紅茶をすすった。

老提督「……ふぅ」

そして一息、大きくため息をついた後、茶器を机に戻し、首を俺の方に向け

老提督「相変わらず、君の話はつまらんな」

一息に、そう言い放った。

提督「んなっ!?」

老提督「そして相も変わらずクソ真面目だ。あぁ、やだやだ。柔軟性に欠いた若者ほど、面白くないものはない」

自然なものか、それとも自覚してか、肩まで両手を上げた挙句、やれやれと首を左右に振る。
そのステレオタイプな呆れを表す仕草が、尚更こちらの感情を煽る。

提督「一言目からそれというのは……っ」

老提督「まんじりともせず聞いていた私の我慢強さを褒めてほしいほどだよ。何度欠伸を噛み殺したかわからん、まったく退屈この上ない」

第一、成人過ぎた野郎二人の間でケッコンケッコン行き交う様がどれ程の絵面か想像できるかね、と彼は更に被せてくる。

老提督「いや、想像するまでも無いな。酷いものだよ、全く」

提督「そっ、それは話題の上で仕様が無く」

老提督「だぁーから君はクソ真面目だというんだ。……それに、だな」

資料に目を通すためにかけていた細身の老眼鏡を外し、彼は眼光鋭く俺を見つめた。
元々の細目のせいで睨まれている様な圧迫感に次ぐ句を奪われ、俺は一歩踏み止まらざるを得なかった。

老提督「そうだな、最後に君と話したのは……古鷹君か。君の所の古鷹君は、どんな娘だね」

提督「っ。し、しっかりもので、艦隊の聞き役と言うか、よく目を届かせることが出来る……」

老提督「そうか、なるほど。で、彼女は何と言ったかね」

提督「何と?」

老提督「ああ、一番最後に、だ。一番最後の言葉だけで構わん」

提督「ええっと。……あと、少しだ、と」

老提督「そうか」

なるほど、と。
顎にやった手を、揉むように動かし、彼は少々視線を惑わせた。
が、その揺れ方はなんというか、自分勝手な物言いで申し訳ないが、俺に配慮することを考えている様なものではないようだ。
何故ならそれは、俺の全身を遠慮なく、気ままに、無粋この上なくじろじろと這うような視線だったからだ。

老提督「そうだな。それに、彼女らが黙っていることを何故、私が仮にそれを分かったとして、話していいと思うのかね」

提督「っ!?」

その物言に途端に引っかかった。
俺は、相談に乗ってほしい、と言っただけだ。
彼に答えを求めたわけではない。
にも関わらずこの人は。それはつまり、この人はその片鱗にしろ

提督「彼女らの……彼女らが言わないでいることを、あなたはご存じなんですか……!?」

老提督「む。少々口が滑ったか。……それにしても君は、話がつまらない割に時々えらく勘がいいな」

提督「そんな事は、今はっ!」

老提督「分かっているよ。ああ、君の言う通りだ」

老提督「とは言っても、勿論、彼女らから聞いたわけではないよ。君の所の秋月君とは、少し話をしたがね」

それも、君の後の重ねのアポイントだったから、そこまで長々と話をしたわけではないが。
彼はそう続ける。

老提督「多少の事情と情報を知っていればこれほど簡単な事も無い」

老提督「何と言うか君は……君は、艦娘や海軍を信用しすぎているきらいがあるね」

提督「……え?」

老提督「君、よく鈍いと言われるだろう。愚鈍ではないが、頭が堅すぎるな」

窓の外でひときわ大きな砲撃音が聞こえる。
どうやらあちらも決着が近いらしい。
窓から差し込む日も完全に茜色に染まり、間もなく夜だ。

老提督「全く、わざわざ総合艦隊演習を申し込んできてまで相談事があるなんて言うから、何事かと思えば」

言って彼は、後頭部に手をやりながら、ソファから立ち上がった。
そしてとうとう、あふ、と本人曰く我慢していたらしい大欠伸を隠そうともせず、ぐぐ、と全身を伸ばし

老提督「彼女らの顔を立ててヒントだけあげよう。大いに悩め若人」

そして、先の彼自身の発言と若干矛盾したことを言いだした。

老提督「艦娘の練度。一先ずの限界が99なのは何故か」

提督「……それがヒント、ですか?」

老提督「今の君は、な。基本事項を確認することで、見えてくることもあろうよ」

基本事項。
基本事項だ。
提督をやっている以上、いや、今の海軍、艦娘に少しでも関わるものなら――。

提督「――いや」

老提督「ん、どうかしたかね?」

提督「……練度。というより、彼女らのそれは%です」

提督「『以前』の彼女らをどれだけモノにできているか、どれだけ近づけているかの再現度、です」

古鷹も、俺に説いた。
彼女らの基本を。
基礎を。
そして彼もそれを改めて俺に問う。

多少の事情と情報を知っていれば。
目の前の提督はそう言った。
俺は何かを見落としているのか。

老提督「その通りだ。練度が最高ともなれば、彼女らは艦船を、彼女らの性能を使いこなせているということになる」

提督「はい」

老提督「……ということに、なるな」

提督「……はい?」

老提督「いや、だから、な?」

艦娘は艦船だ。
練度1の艦娘は、その艤装の1%の力しか引き出す事が出来ていない、ということ。
つまり練度が99になった彼女らを相手取るということは、その名を頂いている艦そのものと戦うということに等しい。
勿論、サイズの違いはあれど、戦力的にはそういうことだ。

とはいえ。

提督「……終わりですか?」

老提督「だってな、これ以上言うことは無いからな。言ったら、いくら君でも気づいてしまうだろうよ」

提督「なっ!?」

老提督「君は恐らく、ほんの僅かな事柄を除いたほぼ全てを知っている。後は整理だけだ。それで、それでもまだわからないなら」

そして、彼は最後、カップの底に薄く、膜のように残った琥珀を飲み干した。

老提督「後は、彼女らと話す事だ。それこそ、私との対話で全て気付くなど、彼女らの望むところではあるまいよ」

そのタイミングで丁度、二度目のブザーが拡音器から鳴る。
演習が終わったようだ。
結果は

老提督「どうやら、私の所の勝ちのようだ」

老提督「これで尚更、これ以上喋るわけにはいかなくなったな」

提督「ぐぅっ」

窓に歩み寄り、そしてニヤリと口角を上げた。
別に元々、これ以上話す気などなかっただろうにも関わらず、だ。

忘れていた。
この外見につられて忘れていた。
この方が、いや、この人がこういう人間だということに。

基本は柔和なのだ。
人当たりも良い。
が、何と言うか、老人だ。
悪い意味で、老人なのだ。

自分より若い人間が苦しんだり、悩んだりするところを見て喜ぶような、それを嬉しいと感じるような、そんな

老提督「なにか、失礼な事を考えてはいないかね?」

老提督「私は別に、君を虐めて楽しんでいるわけではないよ」

提督「い、いえっ、別にそのような」

老提督「君なんか虐めたって、何の面白味も無い」

老提督「絡むなら、もっと反応が多様な者の方がいいからな。こちらだってそれ位選ぶさ」

提督「こっ……の」

老提督「この?」

提督「ぐぅっぬ、ぬ……」

拳を握りこみそうになって思わず留める。
このジジ……いやいや、もとい御老体、我慢しないとブン殴ってしまいそうだ。
そして運よくそれが為されてしまった場合、彼に何をされるか、それも怖くて。

老提督「やれやれだ。次はもっとましな話題で招待してくれたまえよ」

提督「ちょっ」

と、お待ちを。

見送りもしなければならない。
我が儘を言って、しかもこちらに出向いてまでもらったのだ。
それ位はしなければと、扉に向かう彼を止めようとするその言葉を、彼は後ろ手に示した二本の指で止めた。

老提督「君にぶたれるのも怖いし、もう二つだけ口を滑らせてあげよう」

老提督「それが君の身になるのかどうかなど、私は知らんがな」

帰り支度もしなければならないし、黙って聞いてくれよ。
そう言って、彼は書類をまとめだした。

老提督「諸説あるが、私の考えだ。深海戦艦と艦娘、どちらが先かを論ずるなら、私は艦娘が先だと思っているよ」

提督「何を仰って」

老提督「黙って聞いてほしいと言ったはずだ。議論するのは、またの機会にしたい」

老提督「ぶつ切りなのは申し訳ないが、私は口を滑らせているだけだから、質問はご勘弁願うよ」

資料を選り分け手早くまとめ、持ち込んだ鞄にしまう。
使用した茶器もきちんと揃え、彼はいよいよ帰り支度を整えてしまった。

そして

老提督「君はアイザック・アシモフを読んだことがあるかね?」

提督「……え?」

行かせるつもりはなかった。
拘束だとかそんな物騒な事ではなく、もう少し、事情を。
彼が気付いた事を聞き出したいとそう思った意識は、あっさりと不意打ちに怯む。

古鷹の言に。
そしてそれを異音同義にて繰り返した彼の言に、怯む。

老提督「一度、手に取ってみたまえ。傑作だよ」

古鷹も引き合いに出した、ロボットSF。
その開祖と言っていい作家の名を口にし、彼は扉に向かう。

あれはレトリックだと思っていた。
人間に逆らわない彼女らの表して、古鷹がそう言っただけだと。
俺にとっての解決の糸口がそこに含まれているとは、あまり思っていなかったが。

老提督「口が滑るのはこれまでだ。君の秘書艦によろしくな」

提督「あ、と。ええと、その、お見送りを」

老提督「ああ、それは結構。許可を貰えれば少し君の鎮守府も見ていきたい。どちらにせよ、すぐに帰るつもりはないから」

提督「え、ええ。見ていただくのは一向に構いませんが」

老提督「では、そうさせてもらおう。適当にふらふらしたいから、むしろ一緒でない方がいいな」

そう言われては、無理についていくこともできない。
惑う足先をどう向けることもできず、仕方なしにその場で頭を下げる。

提督「その、また、何と言いますか」

老提督「ああ。またな」

そして俺が扉を開けると、彼は軽く会釈をして、廊下に出る。
そして去り際に細い目を更に細めて俺に笑いかけると、そのまま廊下の端まで去って行った。

老提督「……次に会うときは、もっと元気な君に逢えるといいと思うよ。では、達者でな」

ひらひらと後ろ手を振り「その額も早く治せよ」と、高齢を感じさせない足取りで矍鑠と歩み去って行った。

俺が呼んだ客人である。
あるんだが。

提督「……何のために来たんだ、あの人は」

思わずそうこぼさずにはいられなかった。
窓の外は、すっかり夜だ。

一旦ここまで。

ここまで読んだけどなんだか意味ありげなはぐらかしばっかりだなぁ

三原則と、新しい要素を取り入れたのもどうかと思う、けどそれより、キャラクターの言い回しが嫌なんだな、絶妙に嫌らしい

老提督「だってな、これ以上言うことは無いからな。言ったら、いくら君でも気づいてしまうだろうよ
提督「じゃあ、一つ質問だ。……もし今俺が、『君達が隠していることを教えろ』と命令したら、君はそれを教えてくれるか?」
古鷹「……それでもやっぱり、お答えすることはできません。難しいところですけれど、こればかりは」

謎解きは最後にというのは創作物でよくあるんだし、わからないでもない。
だけどその謎を知りたいからと最後まで読ませるには、感情移入させる人物だけわからないまま、彼を除く全員がわかってる状況がよくないと感じる。
途中文句が度々ある人いるのも、ケッコン断られながら理由は知ることもさせてもらえず、孤立を感じてしまってんじゃないかな



 ― ― ―

来客の見送りも済み、今日の鎮守府の業務は全て終了。
艦隊運営に関する部屋の火は、ほぼ全てが落ちている。
もちろん、提督執務室も例外ではない。

動くものは何もないその真暗な部屋に、光が差し込む。
理由は単純で、部屋の扉が開いたからだ。

提督「いかん、いかん。忘れてた」

独り言を言いながら入室したのは、この部屋の主。
この鎮守府の提督、その人。
彼は電気をつけるのを面倒に思ってか、体の記憶のみで視覚に頼ることなく、闇の中をすいすいと執務机に向かう。
家具の位置など、体に染みついているのだろう、自身の爪先すら見えにくい闇の中で、その歩みを全く止めることなく彼は机に辿り着いた。

そして彼はベルトに丈夫な紐で結着された鍵束をズボンのポケットから引き出すと、袖机の上から二段目。
この鎮守府の誰であろうと、彼の秘書艦であろうと触れることを許していない引き出しの鍵穴に、その鍵束の中の一本を差し込んだ。

がらりと引き出されたその中にあったのは、箱。
それと、箱。

黒い、箱。
黒い、何となく高級そうな意匠の箱。

箱と、箱。

箱と、箱と、箱。


箱と、箱と、箱と



箱。箱、箱、箱、箱。






箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱――




みっしりと、その引き出しが問題なく滑り出せる、ギリギリの高さまで敷き詰められた箱の群れ。
その直方体の固まりは、輪郭をすっかり闇に同化させている。
が、彼はその一番手前、一つだけ抜けた窪みに上着のポケットから取り出した、他と全く同じ形の黒箱を収めた。
この部屋の中を、調度品の間を縫って進んできたのと同じような、迷いない動作で。

優に二十を超えるであろうその箱達を、光の無い室内で見る彼の目にはやはり一点の光も灯っておらず、しかし彼には闇の中でもその箱達がくっきり見えているようでもあった。

しばし引き出しを開けたまま、闇の底に沈んだ箱に視線を向けていた彼は、やがて引き出しを閉じる。
そして、しっかりとそこに鍵をかけて部屋を出て行った。
部屋に再び、暗闇と静寂が残った。

そういえばこの前、復活のF見ました。面白かったです(粉蜜柑
今日はここまで。

↓+2 次の艦娘

不意を打てたと思ったのに(チッ

五月雨、了解しました。

こそっと。
ごめんなさい、立て込んでました。もう少し時間下さい。

超、遅くなりました。
推敲しますので、明日の夜には。

あと四時間は早く帰れるはずだったのに……。
まもなくー。

「えへへ、司令、官。私……やりまし、た、よ?」

弱々しい笑顔。
切れ切れの息。
力なく握り返してくる手。

吐息は鈍器、腕を伝う血は刃物。
それらに打ちのめされ、自分の中の理性が崩れていくのを、確かに感じた。



9.五月雨

五月雨「提督?」

その声に、無意識に首を回したのだろう。
鼓膜と右肩に、骨と筋が鳴るゴキリという音が響いた。

夢を、見た気がする。
えらく前の、碌でもない夢。
夢の中で呼ばれたのと違う呼び名に顔を上げると、ぼぅっと霞む視界の向こうに、逆巻く青い長髪が揺れた。

提督「……五月雨?」

五月雨「はい、五月雨です。提督」

五月雨が来たか、と思った。
村雨か、時雨か、五月雨か。
そのいずれかだとは思っていた。

激動の、とはいっても、何だか自分ばかりが空回りしていたような気もするのだが、ともかく俺にとっての激動の一日が明けた、その翌日。
飛び入りで総合艦隊演習なんてやってもらったにも関わらず、昨日一日の業務は滞りなく運営されていた。
実際に動いた彼女らの負担に比べれば、命じた俺なんぞほぼ口を動かすだけだったに違いない。
何とも申し訳ない、と慙愧の念に耐え難く、今日は最低限の業務以外を中止、或いは延期して、殆ど全ての艦娘に暇を出した。

皆、思い思いに過ごすように、と総員起こしと共に告げ、こちらは細々と業務をこなそうと早朝の習慣をこなした後、早めの朝飯を掻きこみ、執務室に籠った。
そして決裁書類を始めとした、概ねいつも通りの紙束の嵩を少々減らしたところで、どうやら睡魔に負けてしまったらしい。
壁掛け時計に目をやれば、覚えのある時間から丁度半分ほど長針が動いていた。

提督「……休みを出したと思ったが」

五月雨「ええ、そうですね」

妙な夢を見たせいで、いささか夢現の境が曖昧だ。

ひょっとしたら艦隊全体に休暇を出したのも夢の中でしかなかっただろうかと危惧したが、どうやらそちらは本当に出せていたようだ。
ほっとしたと同時、ならば何故五月雨がここにいるのかといった疑問が湧く。

五月雨「思い思いに過ごせ、って、仰いましたよ?」

言って、五月雨は机に湯呑をトン、と置く。
彼女が着任した当時は、よく高台が着地する寸前にひっくり返していたことを思い出すと、大いに成長したものだと感慨深くもなるのだが、今はそうではない。

提督「それは、揚げ足取りじゃないのか」

つまりは五月雨はせっかくの休みを、こうして俺の手伝いに使うことを選んだらしい。
しかし、それではこちらも休みを出した甲斐が無いというものだ。
自由に一日使えると言っても、やはり休みは休みできっちりと自分が好きなように過ごしてもらいたい。

提督「というわけで、早々に退出しなさい。きっちりと休むよーに」

五月雨「それで私が出た後、提督はお仕事をなさるんでしょう?」

提督「それは、ほら、俺は管理職だし、一応、ここは俺の私室扱いだから」

五月雨「じゃあ、私が本か何かを持って、改めてここにお邪魔するのは」

提督「ダメに決まっているだろう。今日一日、五月雨はここに立ち入り禁止だ」

五月雨「じゃあ、演習でもしに」

提督「それもダメだ。体を休めたり、遊んだりする以外は禁止。きちんと休まないと、望んだ時に望んだ結果を出せないぞ」

五月雨「あれもダメ、これもダメ。思い思いに過ごせ、って仰ったじゃないですか」

提督「仕事に関すること以外は、と付け加える。さあ、どこへなりとも行って来い。先立つものが無いなら、多少の都合はつけてやれるぞ」

尻ポケットに入れておいた薄手の財布の残弾を思い返しつつ、お茶はありがたく頂いておく、と湯呑に口を付ける。

湯の水温は適度。
程よい口当たりで、実に美味い。
真面目な五月雨の努力が見て、いや、味わってとれる、ほぼぴったり俺好みの味の繊細なお茶だ。
思わず、ほぅっ、と一息入ってしまうが、今この状況で五月雨に欠片の優位も与える訳にはいかない、と慌てて頬を引き締める。

五月雨「……執務の間の息抜きは必要だと思いますけど?」

提督「……何の事かな」

が、少々遅かったらしい。
表情筋の変化を目ざとく見逃さなかったらしい五月雨は、少し流し目気味に俺を見る。

五月雨「あまり根を詰めるとドジっ子しちゃいますよ?」

提督「……別にそこまで重要な仕事って訳じゃない。ダラダラやるから、別に平気だ」

五月雨「ながらでやるより、ささっ、と終わらせて、提督も休みましょう? せっかく丸一日、殆ど何もないんですし」

提督「それでも、五月雨の手を煩わせるほどじゃない。俺一人で大丈夫だから、五月雨はだな」

五月雨「……提督は」

湯呑を載せてきた盆を持ったまま、五月雨は視線を斜め下に投げる。
声のトーンを少し下げた彼女は、いつもは真ん丸な目の半分を前髪に隠し、ぽつりと独り言のように続けた。

五月雨「提督は、そんなに私に出てって欲しいんですか?」

提督「え、あ、いや……」

五月雨の声色が、僅かに震える。
さらさら揺れる前髪が、五月雨の虹彩の光を乱反射させ、瞳も濡れているように見える。
反射的に思い出されるのは、昨日の春雨の涙。
ちょっと強く追い出そうとしすぎたか。
取り繕うように言葉を継ごうとするが、生憎そこまで口が回る性分ではないから、とっさに良い文句も出てこない。

提督「五月雨も、普段、護衛だ遠征だと、色々疲れているだろう。昨日も最後の演習で鎮守府全体がバタバタしたし、せめて、と思ってだな」

五月雨「私は提督のお手伝いが出来れば、って思っただけなのに」

提督「……普段から皆には苦労をかけてばかりだ。こっちの勝手で申し訳ないとは思うが、余裕があるときにはきちんと休んでほしい」

コホン、と一度、間を整えて話し出すも、五月雨の顔色は晴れない。
むしろますます、首の角度は深くなっていく。

五月雨「私も、提督にはきちんと休んでほしいんです。提督、よく夜遅くまで起きてらっしゃいますし、今日だって、朝早くから体を動かしてたの、知ってます」

提督「……やるべき事をやっているだけだ。五月雨の心遣いは嬉しいが、流石に俺が休むわけにはいかないだろう」

五月雨「分かってます。ですから、お邪魔はしませんから……」

消え入りそうなほど小さな声を更に細くしてなお、五月雨は一歩たりともそこを動こうとしない。
盆を胸元に抱えて俯く彼女の前髪は、目元どころか顔のほぼ全てを影に隠してしまっている。
五月雨自身も疲れているだろうに、それでも俺を気遣ってくれる上に、それが出来ないからとこうまで沈む。
何ともありがたく、同時に我が身が情けなく。
語勢が弱まっていくのを自覚し、頭をがしがしと掻くが、それで勢いが戻るわけでもない。

何とか五月雨がいいように、と、弱まった語気のまま言葉を続けた。

提督「俺も五月雨が休んでくれないと安心できない。君の気遣いは本当に嬉しいんだが」

五月雨「私も、提督がお休みにならないなら、気兼ねなく休めません。……提督、私、お邪魔ですか?」

お邪魔なら、そう仰って下さい。

きゅ、と抱える盆に力を加えるのは、僅かに震える肩を抑えるためか。
いくら雄々しく海面に立つ艦娘といえど、見た目はか弱い少女のもので。

そのか弱い少女に目の前で肩を抱かれ、そんな五月雨に強く出れない俺を、誰が責められようか。

提督「五月雨、邪魔なんてことはない。確かにいてくれれば、助かる」

五月雨「……ホントですか?」

提督「ああ、本当だ。だから、決して邪魔だからって訳じゃ」

五月雨「じゃあ、いいですよね」

提督「え」

そしてそれが原因で、交渉における常套と言っても差し支えない『泣き落とし』だなんて古典戦術に引っかかった俺を、誰が責められようか。

パッと上げた五月雨の顔には、涙の跡だとかその類を見て取ることはできず、目にすら角膜を湿らせる以外の水分は、湿り気すら無さそうだ。

提督「……五月雨」

五月雨「流石、提督。丁寧に、お願いすればきっとわかってくれると思ってました」

丁寧に、の部分を殊更強調し、五月雨はくるりと踵を返し執務室の給湯スペースに向かう。

体面というのはこういった時、本当に邪魔だと思う。
一度、五月雨に対して弱々しく出てしまった以上、再び強く出ることは、少なくとも俺には出来ない。
書類を濡らさなくなっただけでも大したものだと思うのに、全く、成長したもんだ。

五月雨「それに、きちんと休まないと、望んだ時に望んだ結果を出せませんからね」

そしてそんな、どこかで聞いたようなダメ押しをして、五月雨は俺好みのお茶のおかわりを淹れてきた。



 ― ― ―

そして五月雨は、自分で言ったように至極静かに過ごしている。

来客用のソファに腰かけ時折こちらに意識を向けるものの、それ以外は手元の文庫本に視線を落としている。
何の本なのか多少気になったが、彼女の髪の色をもう少し薄めたような色彩の水色のブックカバーに包まれている為、残念ながらそのタイトルは不明だ。
文字の羅列だけはちらりと見えたため、小説本であることは間違いなさそうだが。

別に互いに何を言うわけでなく、するわけでなく、ただそこにいて、思い思いに過ごすだけ。
鎮守府にいる艦娘の数は多いが、こういった雰囲気になって気まずくないのは、やはり早期着任組であるからだと思う。
その中でも特に、吹雪、叢雲、漣、電、そして五月雨。
彼女らには最初期からどんなにか助けられたかわからない。

気遣い上手なのも、長く一緒に過ごしてきた最初期組の、特に練度が高い彼女らだからこそのもので。

提督「……五月雨」

五月雨「はい?」

文庫本を開いたまま膝に置き、湯呑を持ち上げていた五月雨がその手を止め、怪訝そうな顔で俺を見る。

五月雨「あ、おかわりですか?」

提督「あ、いや」

五月雨「じゃあ……えっと?」

提督「や、すまん。やっぱり何でもない」

五月雨「……?」

思い当たった事がある。
叢雲、漣、電、そして五月雨。
彼女らの練度は既に99に達している。

すっかり大所帯になってしまったこの鎮守府における、最初期艦たる五隻の艦娘。
その中でも吹雪だけが、異様に練度の伸びが遅かった――いや、99に達するのが遅かった、と言うべきか。

吹雪が出撃その他任務をサボっていたわけではない。
むしろ、彼女は鎮守府運営に積極的だ。
にも関わらず、限界練度に達したのはごく最近。
基本的に俺の記憶にある吹雪の姿は、とにかく何かを抱えてバタバタと鎮守府内を駆けまわっている姿だ。
こればかりは誰に聞いても、似たような認識になるに違いない。
吹雪は今日も頑張ってる。
艦種を問わず、皆から聞く言葉だ。

それを念頭に思い返せば。

五月雨「……提督?」

五月雨に呼びかけられ、手を止めて彼女の顔を凝視しているのを自覚した。

提督「あ。ああ、すまん。やっぱり、その、きちんと休めていないんじゃないかと思って」

五月雨「いえ。執務室でこうしているの、私、好きですよ」

提督「そうか、ならいいが」

五月雨「第一、予定されてないお休みを急に頂いても、ぱっとどこかに出かけられるほど器用じゃないですし」

提督「あー。その点に関しては、確かにそうか。……他の艦娘達にも、悪い事をしたかな」

五月雨「あ、でもでも。お休みが嬉しい事に変わりはありませんし。そこまでお気になさらないでもいいかと」

鈍いうえに気も利かないとは、救いようがない男である。
であるが。

そんな鈍い男がそんな具合の忠言を拝受してから一晩考えた結果。
吹雪が限界練度に達するのが遅れたのは、彼女は最初期艦の立場を利用して、というと聞こえが悪いがともかく、利用して色々とスケジュール調整をする等して、自身の練度の伸びをコントロールしていたからではないか、と思い当たった。

別にそれ自体は構わない。
それを背信行為だなんだというつもりも毛頭ない。
ぶっちゃけた話、吹雪が俺に気付かれないようにそれを行っていたとしても、それを大したモンだと驚きこそすれ責めるつもりなど全くない。
一晩、考えた結果、俺がそれに思い当たれたというのが、個人的にはデカい。

そしてもう一つ。

流れが、ある気がするのだ。
今までは、遅々として進んでいなかったようだが、一連の出来事になにか流れのようなものがある気がする。

その流れは吹雪の練度が限界に達した事で加速したが、それはあくまで結果論で。
もしかしたら彼女らとしては今回の騒動は予想外であると同時に、その反面でいつこうなろうとも良かったのではないか、そんな印象も受ける。

事実、吹雪からこっち、何人かの艦娘とこのやり取りをしたが、反応は各々で異なったものの、その中でも、心の準備、とでも言えばいいのか、俺を『迎撃』する準備が出来ていた艦娘も何人かいたように思う。
赤城、鳥海、古鷹辺りが顕著か。
吹雪も俺の呼び出しに対して、分かり易い、と言っていたためその類に入るかもしれないがともかく、だ。

艦娘達の反応は、確かに各々だった。
が、一貫していたものもある。

指輪を断るという、堅固な意志。

提督「五月雨」

五月雨「はい?」

その中でも特に球磨や

提督「俺に聞きたいことは無いか?」

春雨なんかは感情を高ぶらせてまで、これを断った。

五月雨「……ありませんけど?」

心底不思議そうな顔で、五月雨は言った。
少々、考えはしたものの、さらりと。
表情から察するに、本当にないのだろう。

提督「そうか」

待てど暮らせど、というほど長い時間ではないが、昨日の春雨の様子について五月雨からは一言も無い。

言うまでもなく、五月雨は優しい娘だ。
白露型の姉妹艦が仲が悪いという話も、聞いた覚えがない。
にも関わらず、だ。

寝ぼけ眼に彼女の姿を見たとき、五月雨が来たか、と思った。
村雨か、時雨か、五月雨か。
そのいずれかだとは思っていた。
あるいは、白露型の全員か。

弁護しておくが、夕立や涼風が冷たい、と言っているわけではない。
彼女らが来るなら、何か、別の手段出来ただろうと予想していただけで。

ともかく、昨日の春雨の様子を思い返すに、制裁とまではいかないまでも、何らかの事情聴取に類する事は覚悟していたのだ。
しかし、昨日はあの後も白露型からは何のアプローチも無かった。
そして今も。
同様に、あれだけ感情を高ぶらせ、古鷹曰く泣いていたらしい、球磨を長女とする球磨型からも。

いくつか理由は考えられるが泣いた理由自体が、俺に聞いてもしょうがない事か、或いは俺に聞くまでもない事のどちらかであると考えれば、一応の合点はいく。
そして、鳥海は春雨の理由をわかると言っていた。
彼女がわかるのだから、姉妹艦達がそれを知っているのは何らおかしくない。
ならば、俺に聞くまでも無い事である、と考えるのが一番正解に近しいのか。

彼女らと話す事だ。

あの提督はそう言った。
尋ねて、答えを得る。
ケッコンカッコカリの話題がこの鎮守府で絶えて以来、今もって出来ていない事だが、ここまでもつれてしまっている以上、俺としても理由を知らずにはいられない。

提督「五月雨。……?」

五月雨「はい?」

お互いに見つめ続ける事、数十秒ほどか。
さて、何を話したものかと思案し続けた意識にふと、割り込んだものがあった。

五月雨の右の頬、その丁度真ん中くらいがほんの僅かに黒ずんでいる。

提督「五月雨、それ、どうした?」

五月雨「え?」

俺の指示の位置を右手で撫でた五月雨の顔が一瞬歪む。
苦痛の表情だ。

俺の見間違いではなく、黒く煤けたそれはどうやら砲撃戦の傷跡のようだ。

提督「……どういう事だ、出撃要請は受理していないが」

五月雨「あ、えっと……」

昨日の段階では、五月雨は怪我を負うようなスケジュールで過ごしていなかった。
それでなくとも一日の終わりには、艦娘達の体調は虚偽なく申告させている。
間違いなく、今日の朝には五月雨には怪我一つなかったはずだ。

執務室を訪れてから既に相当の時間が経っている。
その間、五月雨の頬にそんな傷跡が出来るような機会はなかった。
なら、これは深海棲艦との戦闘行為によるものに間違いない。

艦娘同士が撃ち合った傷はすぐに癒える。
が、深海棲艦と交えた砲火による傷は簡単には治らない。
彼女らの魂と器のあり方が、人間のそれに比べて曖昧でありながら、ある一方では非常に強固な関係性を持つからだ。
単純に人間のそれとは大幅に異なるからだ。

一般に、深海棲艦に人類の兵器は通用しないと言われている。
これはレトリックとしては正しいが、正確ではない。
奴らの存在は艦娘達と近しい。
連中にも物理法則は通じるのだ。

戦いの場において波、風の影響を受けることはもちろん、それが試みれるかは別として普通に触れる事も出来るし、重さもある。
である以上、例えば力を加えて押せばその力積分の移動もするし、当然、発砲された弾に対する作用と反作用も働く。
人間の兵器、そして深海棲艦が実体を持っている以上、誰であろうとその物理的影響から逃れることはできない。
しかしそれでも、人間の兵器は連中を打倒するには至らない。

何故か。

もう一度言うようだが、連中の、そして艦娘の魂と器の在り方が人間と大幅に異なるからだ。

艦娘、そして深海棲艦の存在の『核』は魂であり、艦娘と深海棲艦の戦いは、魂と魂の殴り合いだ。
魂に決定的な打撃を与えない限り、船の現身達が沈むことは無い。
つまり魂による攻撃が不可欠なのだ。

無論、魂のみで攻撃することは敵わないから、魂が十分に乗った物理的攻撃力が必要になる。
大雑把にまとめてしまえば、魂と攻撃力の乗算がダメージだと言われている。
この計算式の『魂』はインパクトの瞬間にそこに含まれている魂の量で、『攻撃力』は火薬の爆発力などを含めた包括的な攻撃力ということだそうだ。

人間が扱う兵器では、インパクトの瞬間に際する魂の量が足りない。
具体的な減衰率は知らないが、隔てる境界が多いほど、魂の伝達率は落ちる。
単純に銃が弾丸を発射する機構を考えても、人から銃身、薬莢、弾丸。
そして着弾までの減衰まで含めると、具体的ダメージは微々たるものとなる。
もっと複雑な発射段階を要する兵器となれば、尚更だ。

含有する魂の量が少なかろうとも、兵器自体の攻撃力が巨大であるならダメージも見込めるが、必然的に、膨大な火力が必要となる。
つまり理論上、人間が最も深海棲艦にダメージを与えるには、身体接触若しくは原始的な武器を用いた白兵戦か、弾性を利用した間接武器若しくは爆弾等を投擲する中距離戦が効果的ということになる。
極論してしまえば、深海棲艦は殴って殺せる。
遮蔽物の殆ど無い海上を、連中の攻撃を掻い潜ってそこまで接近するという、現実味の薄い前提が必要な話ではあるが。

対して艦娘達はその艤装も含めてが彼女らの身体だ。
つまり彼女らが艤装から砲弾を撃ち出すという行為は、隔てる境界の数を考えると人間が物を投擲するのとそう変わらないということで、彼女らが放つ砲弾には、我々人類が放つ砲弾とは比べ物にならない量の魂が『乗っている』。
深海棲艦に対して具体的な攻撃を見込むことができ、逆も然りだ。

後は、魂の削り合いだ。
相手の魂を決定的に砕いた方が勝ち、負ければ沈む。

艦娘は深海棲艦に比べると、器に比べて魂の方が割合が多いと言われているので、多少のダメージを負った程度では魂たる人間の体には重傷に至るような傷は出来ず、服飾が破壊されるだけに留まるらしい。
更に、沈んでしまうような大きなダメージを負ったところで、核たる魂がそのダメージに『追いつく』までに僅かなラグがあるらしく、その場で即撤退すれば、轟沈を免れる場合もある。
今日の海軍が艦娘の運用基本として大破撤退を掲げているのは、そういう理屈からだそうだ。

まあ多少枝葉が付いたものの、つまりは半霊体である艦娘、或いは深海棲艦にダメージを負わせるには同じく半霊な攻撃手段が必要であって、つまりは艦娘が具体的ダメージを負うのは概ね深海棲艦によるものであるということで。

そしてつまりは、五月雨が頬に傷をこさえているのは

五月雨「えっと、実は今朝……」

提督「こっそりと、か?」

五月雨「はい、白露型の皆と一緒に近海に。……すみません」

提督「はぁ」

つまりはそういう事であって。

溜息を吐きつつ、執務机の端の電話機に手を伸ばす。
入渠ドックに内線を一本、空きがあるのを確認する。

提督「ドックは空いてる。すぐに入渠するか、明石に頼め」

五月雨「で、でも、提督。こんなの、かすり傷で」

提督「ダメだ。どんな小さな怪我であっても看過できない。こればっかりは命令だ」

五月雨「う……」

頑として譲らない俺の態度に五月雨は勢いを失ったようで、言葉を詰まらせる。
が、言葉通り、俺はこればかりは引く気はない。
行かない理由も無いだろうが、どうしてもというのなら抱えてでも連れて行く。

退室させられるのが面白くないのか、五月雨は視線を下げてぼそりと言う。

五月雨「……私でも気付かないような、こんな小さな傷なのに」

提督「外から見た方が見える場合だってあるだろう。とにかく、即時、何らかの加療を受けるように」

その為の連絡は、しておくから。

五月雨にそう言うと、彼女は自分の白いスカートの端をきゅっと握って、俯いたまま小さく何事かを呟いた。

五月雨「提督は私達を――」

提督「ん?」

元々が小さな声で、前半はともかく、後半を聞き取ることはできなかった。
何を言ったのか。
聞き返そうとすると同時、顔を上げた五月雨は

五月雨「提督がさっき、聞きたい事があるって言ってたの。春雨姉さんの事ですね?」

提督「……ん、まあ、そうだな」

五月雨「やっぱり、そうだったんですね」

五月雨「……自分で、白露型の皆と、って言った時、ようやく気付きました」

言いつつ、五月雨は今まで自分が使っていた茶器やらの片付けを始める。
どうやら俺の言うとおり、加療を受けに行ってくれるようだ。

五月雨「提督、出撃の理由ですけど」

提督「いい、何となくわかる。春雨に随伴したんだろ」

五月雨「……気分転換に遊覧でも、と思ったんですけれど」

その最中に、『はぐれ』にでも遭遇してしまったというところだろう。
まあ、彼女らの実力を考えれば、遭遇してしまったのは寧ろあちらの方か。

そう考えると、もうとっくにやられてしまったその『はぐれ』には、むしろ哀れみすら感じるが。

提督「別に、構わない。むしろ良く、武装も一緒に持って行ってくれた。念のため聞くが、他の皆に被害はなかったのか?」

五月雨「はい、あちらは私に向かって一発、発砲しただけで。それも当たらなかったと思ったんですけど」

提督「そうか、わかった」

聞けば、本当に近海をぐるりと一周してきただけのようで。
報告書も、今の話を基に俺が片手間に作っておけばいい。

それじゃ、後は早く治療に行くように。

そう送り出そうとしたものの、五月雨はまだ動こうとしない。

提督「どうした、まだ何か?」

五月雨「一個だけごめんなさいです、提督。実はその出撃の時、いっぱい、悪口を言っちゃいました」

提督「……ん」

一瞬、言葉の理解が追い付かなかったが五月雨が深々と頭を下げる姿を見て、白露型の全員が海上を駆けながら思い思いに罵声を張り上げている光景が目に浮かぶ。
五月雨の礼の角度を見るに、成程、よほど手ひどく言われたらしい。

とはいえ

提督「いや、構わない。……まあ、当然だ」

当然だ、と思う。
昨日の春雨の姿は、鮮明に思い出すことが出来る。
それを思えば、当然だろう。

提督「悪口程度、いくらでも。……何を言われようと、嫌われようと」

五月雨「提督、それは違いますよ」

五月雨はふるふると首を横に振ると、さっと執務机に前に歩み寄った。
長い長い、青い髪がその動きを追ってふわりと舞う。

五月雨「提督、私は――」

机の上、ペンを持ったままだった俺の右手に自分の両手を重ね、五月雨は真っ直ぐに俺を見る。

五月雨「――ううん、私達は、皆。皆、皆、提督の事が大好きなんですよ?」

何があろうと。
提督がどう思おうと。

五月雨が口にした、明確な好意。
真っ青な澄んだ海のような瞳は微塵も揺らがず、彼女の目の前にある間抜け面がはっきりと映りこんで見えた。

提督「何を――」

五月雨「そっ、それでは、提督っ!」

俺が口を動かすと同時、眼前の五月雨の顔が瞬間的に茹で上がる。
言った後で、自分の言葉を理解したのだろう。
バネ細工のように上半身を跳ねあげた五月雨はさっと額に手をやると

五月雨「白露型五番艦五月雨、治療命令、了解です! 入渠にあたり退室いたします!」

息継ぐ間も置かずそう言って、扉の方に駆けだした。
言葉の真意を問いただすより前に、五月雨が転んでしまわないかの方が気になってしまったのは、長らく彼女と過ごしてきた故の悲しい性か。

結果としてそれは取りこし苦労で、ばたばたと五月雨は扉に辿り着く。
そしてそれは同時に、彼女に言葉の真意を問いただす暇が無い事でもあり。

提督「しっかり治してくるんだぞ!」

五月雨「わっ、わかりましたぁ!」

提督「何だったら修復剤を使っても――」

がちゃりと、そしてばん、と。
俺の言葉を最後まで通すことなく慌てて開閉された扉は、いささかの音の余韻を残しつつ、それでもその役割を果たさんとぴったりと閉じた。
その向こうから五月雨の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

ドックか明石の所か、どちらに行くかはわからないが、一応明石の方にも連絡を入れておくか。
そう思って、もう一度内線に手を伸ばしながら、考える。

提督「……にしても」

大好き、か。

五月雨を疑うわけではない。
が、これまでの、そして昨日の艦娘達の様子を見て、それを鵜呑みにしていいものか、とは思う。

思う、が。



イヤだから、ですよ。

リフレインするのは、吹雪の言葉。

それは思った以上に深々と、心に刺さっていたらしい。
深い深い棘の痛みが和らぐのを感じ、思わず頬が引き攣る。

ひく、と痙攣した表情筋に活を入れるように、掌を口元に叩き付ける。

提督「痛っ!」

今更、そんな一言で。
それに昨日までの事を考えれば、その真意も額面通りとはいかないのだろう。

そうは思うが、安心が先立つ。
ああまで言った以上、五月雨の傷の心配をする必要はもうないだろう。

そう言えば、こっちの額の傷も。

提督「もう大丈夫か」

昨夜、寝る前に自分で留め直したガーゼを上から少々圧迫し、痛みが無いのを確かめる。
込めた力以上の痛みは無く、テープをぺりぺりと剥がし、一式をゴミ箱に放り込んだ。

五月雨が淹れてくれた茶に手を付け、机に向き直る。
書類の文字に目を落とすと、先程までよりスムーズにその文脈が頭に入ってくるように感じた。

提督「……よし、やりますか」

調子は上々、一日は始まったばかり。
五月雨が言った通り、仕事なんかさっさと片付けてしまおうか。

大変時間かかりまして、申し開きもございません。次はもうちょっと早く出来るように、何とか。
今日はここまで。
しかし正直、1スレで終わると思ってたんですが、次スレ要りますね。立ててきます。

↓+2 次の艦娘

足柄さん了解しました。

とりあえず、次スレ。
【艦これ】艦娘「ケッコンカッコカリオコトワリ」 2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432133041/)

履歴

1.吹雪 >>2-21
2.磯風 >>46-60
3.赤城 >>93-120
4.球磨 >>154-188
5.秋月 >>294-320
6.春雨 >>353-384
7.鳥海 >>421-445
8.古鷹 >>557-597
8+.演習 >>679-725
9.五月雨 >>916-963

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このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月06日 (金) 02:55:30   ID: rhV9tCU5

辛辣…

2 :  SS好きの774さん   2015年03月08日 (日) 03:13:43   ID: pt9wCgNn

これはなかなか…くるな…

3 :  SS好きの774さん   2015年03月14日 (土) 04:10:12   ID: sxlT9Ya-

胸が辛いが、いいな…

4 :  SS好きの774さん   2015年03月17日 (火) 12:04:48   ID: QQE1o5rR

なんか理不尽すぎない?
今のところは、なんだろうけど。

5 :  SS好きの774さん   2015年03月17日 (火) 12:14:01   ID: wUG1U001

提督が壊れて全員解体待ったなしだな

6 :  SS好きの774さん   2015年03月17日 (火) 14:06:11   ID: bT870wjB

さすがにそろそろ自分がなぜ嫌われたのか
なにをやらかしたのか 再検証と自省を始めるべきだな
この提督
それをやらんでいろんな相手に声かけて振られ続ける道化芝居を見続けるのはさすがにつらいわ

7 :  SS好きの774さん   2015年03月17日 (火) 17:56:17   ID: s5HAXpvZ

これだけモヤモヤさせたまま引っ張るんだからスレが荒れるのは当然じゃないかな。読むのは艦これ好きな人が多いんだし。
艦娘は仮にも上司に対する姿勢じゃないのが気にかかる。命令すれば一応ケッコンカッコカリできそうなもんだが。

8 :  SS好きの774さん   2015年03月19日 (木) 06:44:56   ID: 7yPzJIM8

内容はともかく>>1がクサい

9 :  SS好きの774さん   2015年03月24日 (火) 03:23:52   ID: dc_zotEK

普通に好きでもない相手とケッコンしろと言う方がおかしいってことだなとは思うけど。どういう話なのかイマイチ掴めないな。

真相にたどり着けば流れが変わるのか・・
ただフラれる系の話なのか・・

10 :  SS好きの774さん   2015年03月24日 (火) 08:13:06   ID: FP5lLe14

続きあくしろよ
読みやすいから期待してんだよ

11 :  SS好きの774さん   2015年03月24日 (火) 16:18:52   ID: 7uhO9Nsg

普通二人断られれば原因の探求に入るし暫く指輪はおいておくよね
その探求に中々入らず適当に延ばしてるから無能っぽさが感じられるし、逆にこの事が伏線であるとも取れる
感想として言えば面白いけど前座が長くて弛れるパターン

12 :  SS好きの774さん   2015年03月27日 (金) 02:38:32   ID: ent-E9SL

胃が痛いいいぃぃ~...

13 :  SS好きの774さん   2015年04月02日 (木) 01:47:22   ID: qB2vTsk_

鳥海さん言ってること支離滅裂じゃん…
隠し事は明かさないし、結局煙に巻いてるでしょ。
こんなどいつもこいつも腹に一物抱えた状況で、任務に支障はないとか言われてもね…

14 :  SS好きの774さん   2015年04月05日 (日) 15:56:47   ID: mr0d8Zyh

スレが荒れ始めてスレ主が雲隠れしないか心配になってきた…

15 :  SS好きの774さん   2015年04月06日 (月) 09:35:39   ID: IufkUtqP

つーか何が嫌なのかちゃんと説明しろよ
提督はエスパーかつうの

16 :  SS好きの774さん   2015年04月17日 (金) 23:28:56   ID: OMj9EJT3

考えるに、提督が気付いてない内に、艦娘の「娘」つまり人間としての部分しか見てなくて、「艦」すなわち兵器としての部分を見てなかったって事?まぁ両方を併せ持つ艦娘にしたらどちらも「自分」なんだから片方しか見てないんじゃ嫌になるのはわかるけど、片方の「人間」しか持って無い提督に言わずとも解って欲しいは無理ゲーだと思う。

17 :  SS好きの774さん   2015年04月18日 (土) 18:56:25   ID: KewM0_6E

話は面白いし続きが気になるからエターだけはやめてほしい
完結するまでこのSSを見つけたくなかった

18 :  SS好きの774さん   2015年05月05日 (火) 23:23:44   ID: w3Kgi0-g

うーん.....完結するまでは何とも言えんが、今の所は提督の何がいけないのかハッキリしてないせいでただただ理不尽な仕打ちを受けてるようにしか見えん。上で言ってる人がいるように、前座が長すぎるとかえって逆効果なんだぜ。と素人が偉そうに言ってみる

19 :  SS好きの774さん   2015年05月07日 (木) 09:26:14   ID: l47WnNx3

100%になったら……ってことか

20 :  SS好きの774さん   2015年05月08日 (金) 16:25:54   ID: hXyBLiNb

完結してから見たかった…

21 :  SS好きの774さん   2015年05月13日 (水) 18:27:40   ID: cdAcW6wr

単純にカッコカリだから嫌だって話じゃないの?彼女達がしたいのは本当の結婚であってカッコカリじゃない。

22 :  SS好きの774さん   2015年06月12日 (金) 00:52:24   ID: 7b7wlZoX

このスレ見てると腹痛くなってくる…

と思ったら室温低いだけだったわ
普通に面白い 乙

23 :  SS好きの774さん   2015年06月20日 (土) 23:55:24   ID: EfccBlN-

感情移入する対象だけが話が分かってなくてモヤモヤするのがいいのに

24 :  SS好きの774さん   2017年07月25日 (火) 04:25:10   ID: vePhTUfR


一つ、皆さんに質問があります。艦娘たちを愛していますか?

↑くぅぅぅwwwwww

25 :  SS好きの774さん   2017年09月30日 (土) 22:32:17   ID: hPhUCB8c

結局エタってて草
ガイジかな

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