沙希「ねぇ…」 八幡「」 (232)




みなさんご無沙汰です。
初めましての方は初めましてです。


【過去作】
いろは「せーんぱいっ」八幡「」
いろは「せーんぱいっ」八幡「」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1412859595/)


↑の過去作を現行時に読んでくれてた人は知ってるかもしれませんが、書き溜めもないので投稿スピード遅いですすいません。

また、今回はオリジナルの設定が強くなるかもです。もし10.5巻等で違う設定になっていた場合はすいません。
それでもよければ最後まで読んでくれると嬉しいです!
ではお願いします!




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1425303270




* * *


流れる平穏。
俺こと比企谷八幡にとっての平穏とは、休日に家に居てMAXコーヒー片手に読書、あるいはゲームなんかをしながら、時たま退屈げにくっついてくるふてぶてしい愛猫を撫でたり、あるいは溺愛する可愛い妹と他愛のない会話をする、そんなダラダラとした、ただ流れゆく時間を指す。



八幡「…」



特に、今日のような雨雲からポツポツと水が落ちてくる日はテンションも落ちるてわけで、そんな日は家でダラダラ過ごすに限る。
念のため付け加えておくと、普段からテンションは落ちていて、俺のテンションが上がる唯一の出来事と言えば学校で天使こと戸塚彩加に逢うことくらいである。


小町「あ、お兄ちゃんおかえりー」


本日土曜日。
2月の中頃となった現在、小町はなんとか兄である俺の通う総武高校に合格を果たして以降、休日をまったりと過ごしている。
かくいう俺はこんな休日の雨の降る中、どこへ出かけていたかというと、1月末に発売されたラノベを買い損ねたのでその重版が発売されたという事で、書店まで買いに行っていたのだった。
それから先ほど帰ってきて玄関を開けるなり異変に気付いた。

………靴が、多い…。

そして現在、とりあえず靴を脱ぎ、リビングのドアを開けた俺は、目の前の光景に息を呑んだ。






ああ、俺だってある程度の予想はしていたさ。
見るからに小さい子供用の靴と少し汚れた白いスニーカーがあり、水滴がまばらに着いた我が家にはない傘が壁にかけてあった。
だからリビングの扉を開けるとどんな光景が待っているかをある程度心構えしていた。
だが予想していても衝撃が強ければ簡単に心は折れる。



小町「……ん?お兄ちゃん?いつまでそんなとこにつったってるの?」


小町が怪訝な視線を送ってくるが無理もない。なぜなら小町が眠っている小さな子どもをおんぶしているのである。
混乱する頭で冷静さを欠いたまま、一気に思考速度が加速する。
おそらくあのスニーカーは男のものだ。
大きさ的には中学生以上だろう。
何より白を基調としたスニーカーの汚れはよく目立ち、またその汚れが薄っすらとした茶色なので、男子学生がグラウンド等で遊ぶなり体育なりで付いた土埃などだろう事は容易に想像がつく。
故に思考が一つの可能性を示唆する。

小町の、子ども………?

ましてやそんな思考中に我が家のトイレからシャッと水の流れる音がしたかと思うと、そこから出てくる一つの影にこの可能性が証明された様な気になる。



大志「あっ、お兄さん!お邪魔してるっす」

八幡「」



脳内が完全に真っ白になっていくのが分かる。
こ、ここ、こいつは……!






開いた口が塞がらないとは正にこの事だろう。
トイレから出てきた少しナヨナヨした感じの今時風(笑)の男の子は俺と同じクラスの通称川なんとかさんの弟・大志である。
以前、彼から奉仕部への依頼を受けたりと、顔見知りではあったがまさかこんな形で再び会うことになろうとは…。
そのあっけらかんとした笑顔を向けてくる大志を見ていると突如として頭に血が昇る。

コイツは遂に、遂に我が妹を…!!

小町と大志の顔を交互に睨み付け、ようやく第一声を放った。



八幡「認めないからな…」

小町「ほぇ?」

八幡「俺はこんな事絶対に認めないからなっ」

大志「あの、お、お兄さん?」



小町と大志の頭上にはクエスチョンマークが浮いているようだ。
それが余計に俺の頭に血を運ぶ。
大志にだけ視線を向けて啖呵を切るように言葉を出す。



八幡「お前、前々からその『お兄さん』はやめろっつってんだろうが。つうかなに人様ん家のトイレに勝手に入ってんの?俺はお前にそんな事を許可した覚えはない。つかむしろお前に小町と話す権利をやった覚えはない」


次に小町に視線を向ける。


八幡「だいたい小町、お前なに俺が家に居ない時に男を家に上げてんだ。そもそも俺はお前がコイツとこんな関係だったなんて聞いてねぇからな。あのバカな父親が認めると思わねえが仮に認めても俺は絶対に認めねぇからな」





ほとんど早口ではあったがそれでもビシッとバシッと言ってやった。
そんな俺の言葉に小町と大志は視線で会話をする。
その行為がまたしても俺の妹愛という名の良からぬ琴線に触れ、再び言葉を出そうとするが小町の言葉でそれは遮られた。



小町「……ゴミいちゃん、何言ってんの?小町と大志君がなんだって?」

八幡「いや、だからお前とソイツがその、ほら、アレな感じでアレっつうか…」

小町「あり得ないから。ホントないからホントやめて」



小町の目がすっと冷めたものに変わり、俺はまたしても言葉に詰まり、大志は諦観した顔であはは…と苦笑している。
だが俺だって引くわけにはいかない。
ここで俺もようやく血の気が引いてきたようで冷静さを取り戻してきた。
確かにこの二人が男女の仲で、ましてや子どもが居る様な間柄というのはあまりに可能性が低過ぎる。
たが今目の前に広がる光景は事実である。
川崎大志が居て、小町が子どもをおんぶしている。



八幡「……ならその子どもは…」

大志「あれ、お兄さん知らないんですか?」

八幡「お兄さんって言うな。つか俺が知ってるわけねぇだろうが。交友関係狭いっつうかもはや無いまであるが、そんな俺がこんな子どもと知り合いなわけねぇだろ」

小町「自分で言うことじゃないよお兄ちゃん…」

大志「姉ちゃん聞いたら泣くかも…」



それぞれ2人がボソッと呟くがコチラの耳には届かない。
そんな時その幼子が小町の背でんんっ、と目をこすりながら目覚めた。
そして寝ぼけ眼で周りの状況を確認し、俺と目を合わせた時、ぱっと顔を輝かせた。



「はーちゃんっ!」





小町の背中に顔を埋めていたため、今になってその子どもが女の子だと理解した。
綺麗に二つに分けられ、シュシュでまとめられた青みがかった黒髪、あどけない表情、俺こと比企谷八幡を見てはーちゃんと呼んでくる幼女。
すぐに記憶が蘇る。



大志「あっ、やっぱ知り合いだったんすね」

八幡「……あぁ、今思い出したわ」



大志の言葉にボソッと相槌を打つ。
クリスマスイベントの時に出会った幼女・川崎沙希の妹のけーちゃんだ。
小町に下ろして、と頼み床に下ろしてもらった京華は、俺の足元まで駆け寄ってきてチノパンの裾をくいくいっと引っ張ってくる。
以前と同じようにその幼女の目の高さまで腰を下ろした。



京華「今日ね、さーちゃんいないの。でもね、たーちゃんがはーちゃんとこ行くって言ってたから来ちゃった!」

八幡「お、おぉそうか、けーちゃん俺の事覚えててくれたのかー、エライなぁ」

京華「えへへー」



京華の頭をまとめられた髪が崩れない様に優しくポンポンッと叩いてやる。
そんな俺の姿を意外そうに見ていた大志が口を開いた。



大志「お兄さんもそんな風に人と喋ることができるんすね」

八幡「どういう意味だおい」



京華の手前、そんな怒気を込める事はできないが大志に一瞥をくれてやる。





小町「お兄ちゃんは自分から人に関わらないだけで、相手の方から来たら少しは受け応えできるもんね?」

八幡「少しはは余計だろ…」


俺と大志の会話をクスッと笑いながらフォローにならないフォローをしてくれる心優しい妹が持てて俺は嬉しい。






それから少しの間、大志を敵対視することは忘れず京華のお絵描きを眺めていたり、おんぶしたり、ママゴトをしながら過ごした。


小町「大志くん、来たよー」

大志「あ、うん。それじゃそろそろ姉ちゃんも帰ってくるだろうし、帰ろうか?」


遊び疲れたのか、少し眠たそうな顔をした京華の手を取って大志は喋り掛ける。
家の前で車のランプが点滅している。
さすがに雨の中にこの眠そうな京華を連れて帰らせるのは忍びないので、タクシーを呼んでおいたのだ。
しかし京華は首を横に振ってそれを断った。
もう片方の手で隣に座る俺の指をキュッと握ってくる。
…………はぅっ!
そんな京華の行動に一瞬危ない領域に思考が飛びそうになるが、必死にそれを堪え、京華の小さな手を握ってゆっくりと話しかける。


八幡「けーちゃんはお兄ちゃんの言うこと聞かない悪い子じゃないよな?」


その問いに京華はコクリと頷く。
そんな京華の頭をそっと撫でてやる。
京華の前に腰を下ろした小町がそっと喋り掛ける。


小町「けーちゃんが良い子にしてたらまたいつでも来て良いから、今日はもうお兄ちゃんと帰ろう?お姉ちゃんがけーちゃんのこと待ってるから、ね?」


再びコクッと頷くと京華はヨロッと立ち上がり大志に抱っこのポーズをとる。
それを合図に大志も京華を抱き上げ立ち上がった。
そのまま大志は自分と京華の荷物を持つと玄関まで移動して、靴を履き、そこに小町が京華の靴をナイロン袋に入れて大志に手渡した。





大志「すいませんっす、長々と。本当はこの前風邪で寝込んでた分のノートを比企谷さんに見せてもらうだけのつもりだったんすけど、出る時けーちゃん1人にしとくわけにもいかなくて」


いや、なんでそこで小町なんだよ…と問いつめたい所ではあったが、すでにスゥスゥと寝息を立てている京華を起こしては悪いので今は心の中に閉まっておく。



八幡「……別に良い、その、なんだ、まぁ、俺もそれなりに楽しかったからな」

大志「それなら良かったです。それとわざわざタクシー代まで出してもらって本当すいませんっす」

八幡「それは良い、今度お前の姉に請求しとくから」

小町「お兄ちゃんっ!」

八幡「…冗談だ、気にするな」



ホントは8割方本心だったのだが…
いやだってね?お金ってやっぱ大事じゃん?お金なくちゃ生きてけないじゃん?現実って愛とか勇気とか友情とかじゃまず生きてけないじゃん?
夢も希望もあったもんじゃない思考をしているうちに大志は傘を持ち完全に帰り支度を済ます。



大志「ありがとうございます。じゃ、また遊びに来まs」

八幡「お前は来なくて良いから」

大志「はいっ、それじゃあまた!お邪魔しました」

小町「うん、またねー」



なんだかサラッと俺の言葉をかわされた気がしたが、まぁ良かろう。
眠っている京華にのみ手を少しぎこちなく振って、玄関の扉が閉まるのをじっと見つめていた。
………な、なんだこの感じ…
急に静まり返った我が家に疑問を持ったのは俺だけじゃないらしく、隣の小町も渋い顔をしている。





八幡「あー、まぁそのなんだ、やっぱ子供って良いな」

小町「えっ?!」

八幡「あ?」


小町のこの驚きようはなんだろうか…?
急に頬を染めて目を左右に動かしている挙動不審な小町。


小町「お、お兄ちゃん、それってどういう…」

八幡「どうもこうも、普通に子供って良いなって思っただけだぞ」

小町「そ、そかだよねっ。で、でもさ、お兄ちゃんは自分の子供欲しいって思わないの?」

八幡「あー、思わなくはないけど、今んとこ俺は将来とりあえず自分が働かず楽して飯食えりゃそれで良い」



俺の言葉にしれっとした冷たい視線を送ってくる妹の心理がいまいち分からないのでもう話はそこまでにして踵を返し、リビングへと戻ろうとする。
だが少し歩いた所で背中に重い衝撃が走り思わずうおっ!と声が出た。
衝撃とほぼ同時に柔らかな物体が首をホールドする。


八幡「………なんだよ」

小町「べっつにー。ただ久々にお兄ちゃんに甘えたくなったの。あ、今の小町的にポイント高いっ」


小町が背中に飛び乗ってきたのだ。
はぁ、とわざとらしく溜息をついて、小町の膝裏に手を回しそのままおんぶを続行する。
数十分前には京華が乗っていた背中。
京華に比べてみると断然重たいが、なぜかそれが一番心地いいとさえ感じている俺のブラコン具合に自分でもちょっと引く。


八幡「お前な…」


むふふー、とご満悦そうな声を出して顔をスリスリしてくる妹がもうホント可愛いと思う。
何が可愛いって中学3年生にもなって兄妹でこんなスキンシップを取ってくるのがもうなんかヤバい。
あれ?なんかもう俺たち兄妹って新婚さんよりもキャッキャウフフしてるくね?そろそろ本気で将来小町に養ってもらうかどうか考えようかしら…。
………うん、これはもうアレだな。もう色々と危ない所までキてるな。





八幡「歳考えろよな」

小町「まだ小町は子供だもーん!それにシスコンの兄にしてみればこんな嬉しいことはないでしょっ」

八幡「ばっか、俺はシスコンはシスコンでも妹と触れ合って喜ぶほど悪化してないからな。ただ妹に世話してもらえればそれで良いんだからな」

小町「斜め上過ぎだし、それはそれで社会的に問題だよ…。まぁそんなお兄ちゃんでもお兄ちゃんだから良いんだけどね。あ、今の小町的にポイント高いっ」

八幡「だったらやっぱ俺の貰い手がいなかったら小町に養ってもらうわ。あー、お兄ちゃんホント小町がいないとダメだわー。あ、今の八幡的にポイント高いっ」

小町「うわー…」



ひかれてしまった。
まぁでもなんだかんだ小町は俺を引き取ってくれそうだからなぁ…あれ?
俺の妹、めっちゃ良い娘じゃないっ?!
やっぱこの際だから最初から小町に養ってもらう方向でいこうかなっ!お兄ちゃんったらマジごみいちゃんっ!!


小町「ね、お兄ちゃん」

八幡「ん?」


リビングに入ったとこで小町を下ろそうとするが話しかけられてその動作は止まる。



小町「なーんかさ」

八幡「おう」

小町「寂しいね」

八幡「………おう」



先ほどまで賑やかだったリビングは静まり返り、来客が来てからどこかへ避難していた愛猫のカマクラがノスノスと部屋に入ってきて床に寝転がる。
子供というのは不思議なものだ。
そこにいるだけで、俺でさえも世話を焼きたくなる。その空間を温かい空気で包み、明るくしてくれる。
故に思う。
………願わくば、いつか自分にも子供がほしい、と。



* * *



そんな事があった土曜日から二夜明け、現在月曜日である。
昼休憩になった今、俺は暖房の効いた教室には居ない。
むしろ真逆の環境下にいた。





ヒューっと風が音をたて、剥き出しの顔から温度をさらっていく。
季節はまだ2月。
春が近いとはいえ、まだ冬である。
そんな季節にも関わらず、俺は学校の屋上に立っているのだ。
目の前の女の子の長くてシュシュでまとめられた青みがかった黒髪が風に激しくなびかれている。
気怠そうな目は下のタイルを捉え、こんな寒空の下でもその頬はわずかに赤い。


沙希「あ、あのさ……」

八幡「お、おう」


えっ…嘘、ヤダなにこれ告白っ?!
絶対そんなことありえないけどそんな事でも思考してなきゃ寒くて凍死してしちゃいそう。
もし死ぬ時は良い夢見ながら死にたいの…


沙希「その、この前は、なんていうか、あ、ありがとう」

八幡「………は?」


体の前で手をモジモジと動かし、一層赤くなった顔で感謝を述べてくるのは通称川なんとかさん、つまり川崎沙希である。



沙希「その、この前、あんたに弟と妹が世話になったらしいから…。タクシー代まで出してくれたみたいで…、ちゃんとお金は払うから」

八幡「いや別に良い。俺の財布から出した金じゃねぇし、世話したのは妹の方だから」

沙希「えっ?でも大志もけーちゃんも…」

八幡「良いって言ってんだろ。まぁ、そのなんだ、お前んとこの妹にまたいつでも来いよって伝えとけ。うちの妹が会いたがってるから、それでこの話はチャラだ」

沙希「う、うん……。あんたがそういうなら…」



納得いかなそうな顔をしているがコチラとしてはすでに納得しているので早々と話を切り上げて、立ち去ろうとするが、彼女の横を通り過ぎた瞬間、ブレザーの袖をつままれる。
怪訝な顔で振り返ると、川崎は伏し目がちに顔を真っ赤にしながらポソリと呟いた。
ヤダ、そんな顔されたら困っちゃう…
俺までモジモジしちゃうじゃないの…



沙希「で、でもさ、個人的にもお、お礼がしたい、んだけど…」






八幡「は?お礼?」

沙希「その、あんたが嫌なら全然良いんだけど…」

八幡「いや別に嫌なんてことはない…出かけたりすんのか?」

沙希「ううん別に…」

八幡「お、おう。まぁこっちとしては悪い気はしないから問題ないけど…」



そう言うと川崎は顔を上げて嬉しそうな顔をする。
うーむ、いつもそんな顔してたらコイツはぼっちにならないんじゃなかろうか。
普段の気怠げな目といい口調といい態度といい、俺もこうして少し接してみるまでは単なる不良だと思っていたのだが実際の川崎はそんな事は全くないのだ。
むしろ編みぐるみとかシュシュ作ったりとかの裁縫が趣味みたいだし、以前大志が食事も作ってもらっていたと言ってたし、予備校のない日は妹の京華を迎えに行くしで、正直そこらの女子よりも遥かに女子力高いと思われる。


沙希「な、なに?」

八幡「え?あ、あぁ、悪い。なんでもない」


そんな思考をしているとじっと川崎を見つめていたようで、照れたように互いに顔を背ける。


八幡「あー、そろそろ戻っていいか?昼、まだなんだが」

沙希「あ、ごめん」


そこで川崎は袖をつまんでいたのを離し立ち去ろうとする俺に声をかけてくる。


沙希「あのさ」


まだ話あるのかよ、パン売り切れちゃうじゃん…
面倒臭そうに川崎に視線を向けるとまたモジモジと視線を宙に彷徨わす川崎。


沙希「べ、べ弁当、その、作ってきてあげようか?」





川崎が何を言っているのか少し理解が追いつかなかった。
弁当?それってアレか?学校で昼休みに大半の生徒たちが口にしているアレか?



八幡「……は?えっと、つまりそれがお礼の内容か?」

沙希「それとはまた別、っていうか、まぁこれもお礼って言えばお礼になるかもしれないけど、さっき言ったお礼とは違うっていうか…」



歯切れの悪い言葉を並べられ、より一層川崎の言っている事が理解できない。
えっと、つまりどゆこと???
俺の怪訝な視線を感じ取ったのか、川崎は更に顔を紅潮させる。


沙希「い、いやっ、あんたっていっつもパンばっかみたいだし…あたしたまに下の子の弁当作ること、あるし…だから、ついでに良いかな、って…」


お、おおう、つまりだからどういう事だってばよ?
そのいかにも後付けされた様な理由は全く理解できないが、とりあえず川崎が俺に弁当を作ってきてくれる、これだけは理解した。
なので首を横に振って応える。


八幡「別にお前にそこまでしてもらう程なんかした覚えはねぇよ」

沙希「そ、そう……」


なぜかシュンと寂しそうな目をするのが見えて、居心地が悪くなる。
え、なに?作りたかったの?俺に弁当作りたかったの?


八幡「大体俺は将来専業主婦になって養われたいとは思ってるが施しを受けるつもりはないからな」

沙希「………は?よく分かんないんだけど」




八幡「まぁつまり弁当までは良いってことだ。ホントそこまでしてもらう理由がない」

沙希「………あんたってホント面倒臭い性格してるよね」

八幡「だてにぼっち極めてねぇからな」

沙希「あんた、ホントにまだ自分がそのぼっち?だと思ってんの?」

八幡「……」



なぜか言葉につまった。
頭の中に色んな顔が浮かび上がったからだ。
だがその一瞬の沈黙を破る様に、その沈黙の理由を見つけないように声を発した。



八幡「ったりめーだろ。じゃなきゃすでに葉山みてぇになってる」

沙希「そう…。………あんたは、別にあんなのにならなくても全然良いと思うけど…」



川崎が何やらぼそっと呟いたのが聞こえたが、そこを追求してはいけない気がして屋上のドアノブに手をかける。


八幡「んじゃ俺は戻るぞ」

沙希「………うん、お礼の準備できたらまた呼ぶから」


その言葉にヒラヒラと手を振って応え、屋上をあとにした。
なぜか諦観した様な、それでいて寂し気な目をした川崎から、早く遠ざかりたかった。






結衣「ヒッキー!」


放課後、生徒たちが部活やら帰宅やらでまばらに教室を去っていく中、その波に流されるように出て、教室からしばらく歩いた所で後ろから由比ヶ浜が声をかけてくる。
なぜか口をへの字に曲げ、眉間に少し皺が寄っている。


八幡「…なんだよ」

結衣「部室一緒行こっ!」


……なんか怒ってね?
少し怒気を孕んだ声に少し不安を募らせながら歩き出す。
30cmも離れていない、少し寄れば肩がぶつかりそうな距離を同じペースで歩く。
しばしお互いに黙っていたが、こちらの方が気になってしまって先に喋った。


八幡「なんかあったのか?」

結衣「別にっ!」

八幡「…何か怒ってんだろ」

結衣「自分の胸に聞いてみてっ!」

八幡「……昼のあのスパムメールが原因か?」

結衣「あたしのメールそんな扱いなんだっ?!」



昼、川崎と話し終えてパンを買い、教室に戻った頃には昼休憩は残り10分足らずで急いでパンを頬張ったのだが、そんな時に携帯に着信があったようなのだ。
というのも気付いたのはつい先ほどで、さらに名前欄がスパムメールよろしく長ったらしいモノだったので、由比ヶ浜と分かりながらもどうせすぐに部室で会うと思って返信しなかったのだ。


八幡「気付いたのさっきなんだよ」

結衣「ふーん」


煮え切らなそうに横目で俺を見てくるが、こればかりは真実なので大して動揺もしない。





はぁ、と溜息と共に言葉を発する。


八幡「んでなんの用だったんだよ?」

結衣「メールの内容まで見てないのっ?!」

八幡「どうせすぐ部室で会うから良いかと思ったんだよ。んで、内容は?」


由比ヶ浜は諦観混じりに肩を落として溜息を吐くと、少し頬を膨らませる。


結衣「ヒッキー、昼休憩サキサキと何してたのかなーって思っただけ」

八幡「は?」


見られていたのだろうか?
いや見られても大した事はないわけだが…
そもそもクラスでぼっちの二人が会話をして、尚且つ一緒に教室を出て行ったらアホらしい輩が変に噂をたてたりするかもしれないと思ったので別々に出て行ったはずだが…


結衣「昼休憩サキサキに話しかけられた後教室から出てったじゃん」


まぁここで嘘をついたり変に誤魔化す必要もないのでザックリと聞かれた事だけを話す。



八幡「アレだ、土曜日にあいつんトコの弟と妹がウチに来ててな」

結衣「あー、えっと、大志くん、だっけ?ん?妹?」

八幡「あぁ、クリスマスイベントん時にその妹と知り合ってな。ちなみに保育園児な」

結衣「あ、良かった」

八幡「なにがだよ…。まぁそれで帰りも雨降ってたからタクシー呼んでやって、金も出したからな。その礼を言われただけだ」

結衣「へー、ヒッキーがお金出したげるなんて何か意外かも」

八幡「ばっか俺だってそこまでケチじゃねえよ。昔の小町を思い出して情が移っただけだ」






結衣「うわー何かヒッキーらしい…」

八幡「なんだ俺らしいって」


どこに引かれる要素があったのか皆目見当もつかないが、一応聞かれた事には応えたのでそこで互いに黙ってまた歩を進める。
しばらく歩いて奉仕部ももうすぐという所で再び由比ヶ浜が口を開いた。


結衣「でもさっきの話だとヒッキーちゃんと小さい子と遊べるんだね」


似たようなセリフをつい最近誰かにも言われた気がするのでこちらも似たようなセリフで返す。



八幡「どういう意味だよ」

結衣「やっ、だってヒッキーが人と話してるのでさえすごい珍しいのに知り合い程度の女の子と遊んだげるって何か想像つかないし」

八幡「俺のお兄ちゃんスキルはオート発動だからな。だから小さい子で尚且つ俺に好意的な子にはギリギリ対処できる」

結衣「ギリギリなんだ…」

雪乃「あなたに好意的なその子どもの将来が不安だわ」

八幡「だからどういう意味だってうぉいっ!」

結衣「ゆきのんっ!」



いきなり何の前触れも違和感もなく入り込んできた声にかなりビビる俺マジチキンハート。
ていうかいきなり後ろに現れんなよ…雪ノ下さんついに瞬間移動とか身に付けたんすか?知り合いにヤードラット星の方でもいるのかしら?







後ろの雪ノ下に気付いた由比ヶ浜がやっはろー!といつも通りのアホの娘らしい挨拶をしてそのまま飛び付く。


雪乃「その、由比ヶ浜さん苦しい」


主に雪ノ下にはほとんどなくて由比ヶ浜には有り余るほどある何かが雪ノ下の身体を圧迫しているのだろう事は容易に想像がつく。
故に雪ノ下が俺の思考を読み取って百獣の王さえも射殺しそうな視線を送ってくる事も容易に想像できた。
由比ヶ浜から解放された雪ノ下ははぁ、と全然嫌そうじゃない、むしろ少し頬を紅潮させて制服の乱れを直し、それを見届けてから3人一緒に廊下を歩く。


結衣「あれ?ていうか今日はゆきのん遅かったね」

雪乃「ええ、先生に呼ばれていて」

八幡「お前でも教師に呼ばれることあるんだな」

雪乃「どういう意味かしら?返答次第では[ピーーー]わよ?」

八幡「恐えよ…。まぁ別に他意はねえよ」

雪乃「そう、なら良かったわ」

結衣「ねぇゆきのんゆきのんっ!あのねーーー」



女子2人が会話を始めた事で俺は黙々と足を進めた。
奉仕部前に着く頃には女子同士の会話は終わっており、雪ノ下は持っていた鍵で教室のドアを開けながら尋ねてくる。


雪乃「それでロリ谷くん、今度はどんな幼女を手にかけたのかしら?」

八幡「お前な…」





結衣「サキサキの妹だって。まだ保育園児らしいよ」

雪乃「なん…ですって……」

八幡「いや、携帯出さなくて良いから。110番通報される様な事してねぇからな。ちょ、マシでやめて、やめて下さいお願いします」



雪ノ下ならマジで電話をかけかねないので必死に懇願する。
いやホントそんな事されたら俺の人生終わるから。
ただでさえ終わってる様なもんなのにこれ以上酷くなられたら真剣に自殺考えちゃうからね?


雪乃「そう言えばロリ谷くん、その子、あなたに好意的らしいわね?」

八幡「ん?あぁ、何かほぼ2ヶ月ぶりに会ったのに俺の名前覚えてたしな」

結衣「へー、小さい子なのにヒッキーの名前ちゃんと覚えてるなんてすごいねー」

八幡「いやフルネームで覚えてたわけじゃないぞ?会った時からあだ名っつうか何つうか、まぁそのあだ名を覚えてたってだけだ」

雪乃「比企谷くんにあだ名?オバケとかゾンビとか死霊とか、そんな感じかしら?」

八幡「アホか、初対面の保育園児の子にそんな呼ばれ方したらもう生きていけなくなるわ。はーちゃんだよ、はーちゃん」

結衣・雪乃「はーちゃん?」



二人ともキョトンとして顔を見合わせる。
その様子を見て自分の失態に気付いた。
は、はーちゃん…と口に手を当てながらプププッと笑いを堪えている由比ヶ浜。
視線を明後日の方向に向けて必死に堪えているが口角が上がり、今にも吹き出しそうに口がワナワナしている雪ノ下。
自分に今日、新たな黒歴史が生まれそうな予感がして既に冷や汗をかいている俺。


雪乃「は、はーちゃん?鍵、開いたわよ?……くくっ…」

結衣「ほ、ほら!は、はは、はーちゃん、中入ろ?……ぷっ…」

八幡「や、やめろぉっ!」


予想は見事に未来を言い当ててしまったのであった。





数多くの黒歴史を持つ俺の人生だが、これは中々に上位に食い込みそうだ。
なぜ京華にはーちゃんと呼ばれた時は、あんなに世界が花畑になったような感覚に陥るのに、この2人からそう呼ばれると死にたくなるのか…。
本当にこの2人に言ってしまった事を後悔している俺は、きっと近いうちにタイムリープしてこの世界線の俺を救ってみせるぜっ!!



雪乃「お茶どうぞ、はーちゃん」

結衣「お菓子もあるよはーちゃんっ!」

八幡「お前らいい加減に…」

結衣「いーじゃん別にっ!今までヒッキーなんて可哀想な呼び方してゴメンね。これからははーちゃんって呼ぶからっ」

八幡「可哀想だと思ってたならやめろよ。つかマジでそれだけはやめてくれ」

雪乃「良いじゃない、私も全然良いと思うわよはーちゃんって呼び方」

八幡「お前ら俺をどうしたいんだよ…」




あれから数分後、既に彼女たちの中ではーちゃん呼びが定着した様で、どうやら今後ずっとこのままらしい事を考えると自殺願望の芽がスクスクと育つ。
そんな時、教室のドアがノックされ、例の如く雪ノ下がそれに応える。
入ってきた人物に三者三様に息を呑んだ。



沙希「今、空いてる?」



疑問に思って調べてみたら結衣のサキサキの呼び方って沙希だったんですね、皆さん今までのとこ脳内補完お願いします




雪乃「ええ」


そのままどうぞ、と言って川崎に席に着くよう促す。
川崎が席に着いたのを確認すると、由比ヶ浜がずいっと川崎に身体を向けた。


結衣「今ちょうどはーちゃn」

八幡「おい」


明らかにさっきまでの流れで喋ろうとする由比ヶ浜を制し、由比ヶ浜も慌ててコホンと咳払いをする。
その一連の流れに川崎は少し怪訝そうな視線を投げかけてくるが、すぐにそれを収めた。



結衣「今ちょうどヒッキーと沙希の話してたとこなんだっ」

沙希「あたしの?」

雪乃「川崎さんというよりはあなたの身内の話よ。あなた、弟さんの下に妹さんも居たのね」

沙希「え、あ、まあうん。うちの下の子たちに何かあるわけ?」

雪乃「いえ、単にこの前その子たちが彼の家に遊びに行ったと聞いたものだから、ついロリ谷くんがあなたの妹さんに何かいかがわしい事をしていないか確認していただけよ」

沙希「は?………ちょっと、何もしてないよね?」



ブラコンであり、且つシスコンでもある川崎にギロリと睨まれ少し身体に力が入るこれでファザコンでマザコンだったら川崎の事をファミコンと呼ぼう!
あらやだっ、なにその愛着ありまくりなあだ名っ!懐かし過ぎて抱き締めちゃいそう!
とりあえずここで事実をはっきり言っておかないとマジで殺されそうなので、しっかりと言葉を口にする。






八幡「するかよ、ただおんぶしてやったり絵描いてるの眺めてたりプチママゴトに付き合ってただけだ。心配ならあの弟にも聞いてみろ」

沙希「……別に良い。こんな事で嘘つくとは思わないし」


どうやら一命は取り留めたようだ。
そんな中、由比ヶ浜がほえー、と感心したような声を出す。


結衣「別にヒッキーを疑ってたわけじゃないけど、ヒッキーホントに子どもとちゃんと遊んだげるんだね」

八幡「いや、別に俺はそんな…」

沙希「また遊びたいって喜んでたよ」

八幡「お、おうそうか…」


普段人から褒められたりする事がないのでこういう時どういう反応をすれば良いのかが分からない。
というより、なぜ京華が俺の事を覚えてて且つ俺に好印象を抱いたのだろうか?
雪ノ下ではないが、俺の様な犯罪者予備軍っぽい目つきした人間に懐いてしまっているあの娘の将来が色々と不安である。


結衣「ヒッキーって案外良いパパになるかもねっ」

八幡「あ?」

結衣「だってもし本当に専業主婦になったらちゃんと家事してくれるだろうし、そうやって子どもの世話もしてくれそうだし」

雪乃「確かに仕事をしていない面を除けば理想的な父親像かもしれないわね」

八幡「自分で言うのもなんだが仕事してないっていうのが決定的な気もするがな」


本当に自分で言っていたら世話はないだろうが、そんな俺の言葉を無視して他の3人は妄想の世界へと飛び立つ。





結衣「ヒッキーが旦那さんかぁ……大変そう…」

雪乃「……っ!…」

沙希「…………良いかも…」

八幡「おい…」



女子が何やらよからぬ妄想をしている気がして、ゴホンッとわざとらしく大きく咳払いをして彼女たちの意識を連れ戻す。
川崎が来てから一向に話が進まず、むしろ自分にはよろしくない話が続いているのでここらで本題に戻した。


八幡「それで川崎、何か依頼か?」

沙希「へ?…えっ、あ、うん」


だいぶ話が脱線していたがーーーもとから本線には乗っていなかったがーーー、依頼の話となると雪ノ下も由比ヶ浜も身を引き締めて、川崎に視線を向ける。
雪ノ下はコホンと上品に咳払いしてから川崎に話を促す。


雪乃「それで、どんな依頼かしら?」

沙希「あー、えっと……」

八幡「?」


なぜ俺を見る?
その視線には由比ヶ浜も雪ノ下も気付いた様で俺を睨み付けてくるが、こちらとしても川崎の視線の意味が分からず2人に首を横に振って応える。
そんな俺たちの動作には気付かず川崎は机に視線を落とし、昼休憩の時のように何かを言い辛そうにモジモジとしていた。




沙希「その、ある人に、弁当、作ってきてあげたい、んだけど…」






八幡「っ!」


その言葉に思わず息を呑んだ。
先ほどの川崎の視線を『それ』だと捉えたのは俺だけではないらしく、由比ヶ浜がクワッと目を見開いて俺を見てくる。
さらに負の連鎖は続き、由比ヶ浜の視線の意味するところを察した雪ノ下までも目を細めて俺と川崎を交互に見た。
……どうすんだよコレ。
可能性を確信に変えようと雪ノ下が話の核心を聞いた。


雪乃「川崎さん、そのお弁当を作ってあげたいという相手は誰かしら?」


先ほどまでの談笑とは明らかに違う雪ノ下の声に、川崎は更に言い淀む。


沙希「えっと、、それは…」


顔を下に向けたまま目だけ動かし俺をチラリと見てくる。
その視線の動きは俺にしか見えていないだろうが、あとの2人には川崎が言い淀んだこと自体が解答のようなモノで、より一層目がギラリと輝く。


結衣「ヒッキー、今日のお昼呼ばれたのはお礼言われただけ、なんだよね?」

八幡「お、おおう」


俺は間違った事は何も言っていない。
俺は無罪だ。やましい事など何もない。


沙希「べ、べべ別に相手がこいつなんて誰も言ってないじゃんっ!」


すでにその呂律の回ってなさが答えを言っているようなものですよ川崎さん…。
雪ノ下が冷静に反論に反論を返す。


雪乃「そうね、でも相手が比企谷くんでないとは誰も言ってないわよね」

沙希「っ!」


…………あ、コレ詰んだ。






ーーーと思ったのと同時に川崎がガタッと椅子がそのまま倒れそうなほど勢いよく立ち上がった。


沙希「別にあたしがコイツに弁当作ったってアンタ達には関係ないでしょっ」


ビシッと人差し指を俺に向け、視線を雪ノ下と由比ヶ浜の間で行き来しながら言い切る。
先ほどまでのモジモジした感じはないが、いかんせん顔が真っ赤に染まっているため迫力がない。
むしろ可愛い。


結衣「そ、それは…」

沙希「あ、あたしはコイツにこの前の事もだし他にも色々と恩があるからそのお礼をしようと思ってるだけだからっ。何か問題あるわけ?」

結衣・雪乃「………」


川崎の言っていることを当然この2人は否定できる材料を持っていないので無言になる。
ていうか言い返せなくてちょっとシュンとなってる雪ノ下が普段とのギャップ萌えで可愛い。


八幡「なぁ話の腰折って悪いけど、俺、お前のその提案断ったよな?」

沙希「………」


今度は川崎が黙る番だ。
俺の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜がキョトンとした顔を向けてくるので端的に説明をする。


八幡「今日の昼休憩こいつに呼び出されて今の弁当うんぬんの事言われたんだよ。でも俺にはそこまでしてもらう程の義理も理由もねぇって言って断ったんだよ」

結衣「ヒッキー…」

雪乃「比企谷くん…」





二人の相槌とも呼べる言葉を聞き、川崎に振り返る。


八幡「だからこの依頼は無効だ。すでに話はついてるだーーー」

結衣「サイテー」

雪乃「クズね」

八幡「ーーーろ、、は?」


思わぬ所からの伏兵に八幡城の守備は一気に瓦解する。
普段から言われ慣れている言葉ではあるが、今のこの教室の空気、会話の流れからしてまさかの言葉に動揺を隠せない俺。



結衣「女の子が男の子にお弁当作ってあげるなんてそうそう言えるもんじゃないよっ!それをそんな下らない事で断るなんてホントヒッキー最低っ!」

雪乃「全くだわ。あなたにいかなる思慮があったとしても、それは相手の勇気を踏みにじって良い事にはならないわ、さすがゴミ谷くんね」

八幡「え?ちょっ、お前ら、、は?」



いや絶対今までの流れからしたら奉仕部的にこの依頼を受けない、あるいは受けたくないというモノではなかっただろうか?
それを先陣切ってやった俺にこの言いようはなんだ?
え?なに?今度は俺が一人のパターン?
いや俺は普段からぼっちだから常に独りなわけで、確かに小学生の頃は独りデュエルする時とかは複数の人格を操って仮装複数人になったことはあるが…あれ?俺なに言ってるの?


沙希「えっと、、つまり受けてくれるってこと?」


というよりすごい今更だけど、わざわざこんな事で依頼に来るとか川崎、お前どんだけ俺に弁当作ってきたかったんだよ…。
もう何ならこの先ずっと弁当作ってくれよ。
いや何ならもう毎食作ってくれないかな?
そしたら将来の就職先は川崎んとこで良いんじゃないの?
っべー、見つけたわー、マジ見つけたわ、っべー。
まぁ俺が良くても川崎はイくないだろうけどねっ!






とりあえずこれ以上よく分からん乙女心を刺激して辛辣な精神攻撃を受けたくないし、実際弁当を作ってきてもらえるのならコチラとしてはパン代は浮くし、きっと川崎の手料理は美味いだろうしでメリットしかないと思われるので、話を切りにかかる。


八幡「わかった、この依頼はなしだ。川崎、お前がそんなに言うならわざわざここに依頼するまでもない。その、お前の、お前の作った弁当、食わせろよ…」

沙希「べ、べべ別にまだアンタにあげるって言ってないじゃん!」

八幡「え?違うの?ここまで来て違うの?え?マジで?」

沙希「いや、その、アンタに、だけど…」


あっ、良かった。ホント良かった。
もし違ってたらこの瞬間が黒歴史になる前に教室の窓開けて飛び立つ所だったよ?そしたらきっと天国に行って大天使・戸塚に癒してもらうんだ。天国には天使の戸塚がいっぱいだよね?ね?


結衣「……なんかそれはそれで、うーん、、やな感じかも…」


なぜか由比ヶ浜が腕を組み考え事をしているが、あえて無視する。
それに反して雪ノ下はうむ、と頷いきながら口を開く。


雪乃「そう、まぁ当事者同士で話がついたのなら奉仕部部長として何も言うことはないわ」

八幡「ってなわけだ。その代わりクラス内で目立ちたくはないから、どっか誰にも怪しまれない所で渡してくれ」

沙希「う、うん分かった」

結衣「ちょっ、ヒッキー?!なんかやらしいっ!ダメダメ!そんなの絶対ダメッ!」

八幡「お前な、ちょっと落ち着け。別に弁当渡されるだけだろ?どこもやらしくねぇよ」

結衣「むー、でも……」






全然納得がいかないという顔でムスッとしている由比ヶ浜をしばし見て、雪ノ下は溜息を吐く。


雪乃「ならこうしましょう。お弁当を渡す場所はここ。ここならお昼、私も由比ヶ浜さんも一緒にいるから由比ヶ浜さんも文句ないでしょう?」

結衣「う、うんまぁそれなら…」

雪乃「川崎さんはどう?」

沙希「あたしは渡せるんならどこでも良い」


ここで全く言い淀むこともなくスラッと言葉を出した川崎に妙な違和感を覚えたが、それはすぐにどこかへと消える。


雪乃「ではこの話は終わりにしましょう」

沙希「そ、じゃあたしはこれで」


カバンを手に取り、立ち上がると颯爽と教室を去っていく。
川崎の足音が聞こえなくなるまで誰も一言も発しなかった。


雪乃「お茶も冷えてしまったわね、いれ直しましょう」

八幡「あぁ、悪いな」

雪乃「あなたから素直に感謝の言葉がでるだなんて、明日は槍が降ってきそうね」

八幡「ばっか、俺だってちゃんと自分に非があれば認めるし、悪いことしたら謝る。その逆の言葉も然りだっつの」

雪乃「あら、そんな世渡り上手ならこんなに目は腐らないと思うのだけれど」

八幡「世渡りが上手すぎるがゆえの現状だ」

雪乃「違いないわね」






一人は苦笑気味にフンッと鼻を鳴らし、もう一方は楽しげにクスッと笑う。
そんな二人の会話に置いてけぼりをくらった残りの一人はバンッと豪快に机を叩くと同時に勢いよく立ち上がる。


結衣「なに二人で楽しそうに会話してるのっ?!あたしも混ぜてよっ!ていうかなんで二人ともそんな呑気に会話してるのっ?!」

八幡「そんな慌てるような事は何もないだろ」

結衣「あるじゃんっ!大有りじゃんっ!」

雪乃「由比ヶ浜さん、落ち着いて。溢れるから」


いれ直した紅茶の入ったコップが由比ヶ浜の騒ぎの振動でカタカタと不安げに音を立てながら揺れている。
由比ヶ浜は雪ノ下の言葉で何とか再びイスに座りなおしたが、それでもまだ興奮は収まらないらしい。


結衣「ゆきのんは何とも思わないわけ?!」

雪乃「なんのことかしら?」

結衣「お弁当の話に決まってるじゃん!」

八幡「その話はもうケリついただろ」

雪乃「そうね、一応あなたも納得したはずだけど?」

結衣「うー、でも、でもぉっ!」


由比ヶ浜の煮え切らない興奮に、雪ノ下はこめかみに手を当て小さく吐息を漏らすと子供をあやすようにゆっくりと尋ねた。





雪乃「由比ヶ浜さん、いったい何が気に入らないの?」

結衣「え、えっと…」

雪乃「川崎さんが比企谷くんにお弁当を作ること?それともこの教室で渡すこと?それとも別のこと?」

結衣「それはっ………全部、かも」

八幡「はっ?」


雪ノ下に任せようと思って黙って見守ろうと思っていたのについ声を出してしまい、雪ノ下に睨まれるビクンビクン。
ついでに頭を踏んづけてほしいなんてこれっぽっちも思ってないからもう睨まないで下さい。


結衣「でももうお弁当作るのも渡すのも決まっちゃった事だからどうしようもないけど、でも…」

雪乃「でも、何?」


再び由比ヶ浜に視線を戻すと、優しく問い返す。
………普段から俺にもああやって接してくれないかしら?
俺ってまぁまぁ結構めちゃくちゃメンタル弱いのよ?豆腐メンタルと呼ばれる日が近いまである。
まぁ、いかんせん俺が豆腐メンタルと分かるくらいまで深く接してくる相手がいないという現実を思うと悲しくなってしまったので、頭の中で絶望に打ちひしがれ、ゼツボウグに取り憑かれた人格を創って暴れさせておいた。


結衣「でも、でも、なんか心配…」

雪乃「どんな事が?」

結衣「ここでお弁当渡してから別の場所で二人で一緒に食べるんじゃないか、とか…」

八幡「んなの依頼の内容にはなかっただろ」

雪乃「そうよ、それにいくらこの男が駄犬で不埒で不吉で煩悩が服を着て歩いている様なモノでもそこまで危険性はないと思うのだけれど」

八幡「おい、そんなディスる必要あったか?」






大体今の話に明らか不要な言葉も入ってましたよね?
なんだよ不吉って…俺の目に見られたら不幸になるの?
ヤダ何それどこの堕天の邪眼光だよ。
マックに行ったら女神に会えるのかしら?


結衣「ヒッキーの事は別に心配してない」


あ、さいですか。
まぁマジ俺、人畜無害だからな。
そろそろ国宝、いや世界遺産とかに認定されても良いレベル。
それで俺の死後は自由の八幡像とかが世界中に建てられちゃうんじゃないかと割と本気で心配しちゃうくらい超平和的な人間。



結衣「心配なのは沙希の方だよ。今までこんな大胆に行動しなかったし、そもそもするような娘じゃないと思うし…」

雪乃「確かにそうね…」



まぁそう言われれば確かにそうだ。
川崎沙希という女の子は進路のことや弟妹のこと、自分の趣味以外には大して興味を示さず、クラス内では俺に次ぐぼっち代表格である。
託された仕事はきちんとするが、見た目に反し奥手で、口下手、それでいて基本として高圧的なため友達ができない女の子である。
そんな女の子が、一度は断られた本人のいる所に一人で乗り込んできて、依頼を提示してきたのである。
不思議に思わない方がおかしい。
そんな中、校内外に部活終了のチャイムが鳴り響いた。
チャイムが鳴り終わると同時に由比ヶ浜は更に斜め上、いや、ある種、予想通りの言葉を発そうとする。


結衣「ヒッキー、あたしもヒッキーにお弁当作ってあg」

八幡「断る」

結衣「即答だっ?!」






由比ヶ浜のツッコミを華麗にスルーし、今日は部室に来てから出すだけ出して結局一度も開かなかった文庫本をカバンに入れると立ち上がる。
雪ノ下も由比ヶ浜もそれぞれにカバンを手に取り立ち上がった。


結衣「でもあたしもヒッキーにお弁当…」


すでにドアに向かって歩き出そうとしていたが、未だぶつぶつと文句を言っている由比ヶ浜に溜息を吐いてから向き直りありのままの言葉を告げる。



八幡「由比ヶ浜、正直お前の弁当となると命がいくらあっても足りないと思うぞ。俺はまだ死にたくない」

結衣「酷過ぎだっ?!」

雪乃「こればかりは庇いきれないわね」

結衣「ゆきのんまでっ?!」



うわーん!と半泣き状態で雪ノ下のもとまで駆け寄るとその肩をポカポカと叩く。
雪ノ下は雪ノ下でそれを鬱陶しそうに顔をしかめながらも拒絶はしない。
まーた百合百合しちゃってるよー。
そろそろ俺もガチユリに目覚めそう。誰だよユルユリが良いとか言った奴。

そんなこんなで三人が教室を出ると雪ノ下は鍵を閉め、職員室へと向かった。
残された俺と由比ヶ浜は一緒に玄関まで歩く。
道中、はぁ…とかうーん…とかむむむー…とかいかにも話を聞いて欲しそうに溜息を吐いたり唸ったりしているので、こちらも根負けして由比ヶ浜に尋ねた。


八幡「……なんだよ」

結衣「べっつにー」

八幡「ならもう良いわ」

結衣「うぇっ?!ちょっ、もうちょっと聞こうよ!なんでそこでもう良いやってなるわけっ?!」


静かな校内に由比ヶ浜の声が反響する。
うるさいし面倒くさいしでもう一個なんかあれば余分三兄弟そろったのになぁ、とか無駄に思考しながら溜息を漏らす。






そう、実際俺が文句を言われる筋合いはどこにもないわけで、むしろ由比ヶ浜が色々と言ってきてもそれはワガママであり、俺からしたら何をいけしゃあしゃあと…という感じである。
だが俺も雪ノ下も由比ヶ浜のワガママにはめっぽう弱く、少々理不尽であっても許容してきたし、おそらくこれからも許容してしまうだろう。


八幡「ま、そうなることはねぇだろ」

結衣「うん…」


これ以上追求してもおそらく由比ヶ浜の不安は拭えないだろうと諦めて話を切った。
玄関に着くと、由比ヶ浜は雪ノ下を待っているというので俺は早々に帰らせてもらう。






家に帰ると、出迎えてくれたのは愛猫カマクラで、そのふてぶてしい顔にただいまと告げて、頭をひと撫でしてから家に上がる。
リビングに入ると、暖房が効いており小町がソファの上で誰かと電話していた。
ドアの閉まる音で俺が帰ってきた事を確認すると電話口に挨拶を交わしその電話を終わらせる。



小町「おかえりー」

八幡「おう」

小町「あ、なんか今の熟年夫婦みたいっ!」

八幡「そりゃ十数年もいりゃ熟年夫婦並みに家に溶け込んでるだろ」

小町「もうっ!可愛くないっ!」






八幡「俺に来なかった分の可愛さは小町が受け取ってくれたから良いんだよ」

小町「うん可愛さ100%だもんねっ」

八幡「おいそれじゃ俺に1%の可愛さもない事になるだろうが」

小町「むしろあると思ってた事に驚きだよ…」



湯沸かしポットが沸騰終了の合図であるランプを照らし、あらかじめ用意しておいたドリッパーのセットされたカップにお湯をのの字状に注いでいく。
出来上がったコーヒーに角砂糖2つと練乳をたっぷりかけ小町の隣に腰掛けそれを少し飲んだ。
あーこの甘さ、たまらん。


小町「お兄ちゃん」


カップを机の上に置くと隣で小町が小悪魔めいた表情で見上げげてきた。
その表情に得体の知れぬ怖さを感じつつも先を促す。



小町「明日から小町がお弁当作ってあげよっか?」

八幡「はっ?!」



まさかのチェンジアップに頭がついていかない。
いや正直「小町に言うことあるでしょ?」とかなら言ってくると思ってた。
その際、なぜ小町にそのことが筒抜けになっているかとかは今更で、その辺はもう諦めてるから良い。
いや、良いのかどうなのかは分からんが…。
ただまさかの言葉に素で驚いてしまった。
俺の反応に満足したように笑顔になると小町は続ける。



小町「聞いたよ、今度から沙希さんにお弁当作ってもらうんだってね」

八幡「お、おぅ」






やっぱ知ってたか。
まぁもう小町は俺以上に俺の周りに顔が広い。
それはそれで小町的にも俺的にも問題だとも思うが…。



小町「だから小町としてもちょっと対抗心燃やしちゃったっていうかね」

八幡「いや何の対抗心だよ…。つかそんなに昼飯あっても食えねえから」

小町「でも妹の小町としてはー、お兄ちゃんに彼女ができるのは良いんだけど小町のポジションまでは取られたくないんだよね」

八幡「彼女じゃねえよ。つうか昼飯作ってくれるポジションにはいなかっただろ」

小町「お兄ちゃんの世話は全部小町の仕事なのっ!」

八幡「それ彼女いる意味ないだろ…」



小町といい由比ヶ浜といい、全くこのアホの娘の意味不明な理論にはいつも悩まされる。
そしてその意味不明な理論を意味不明と分かっているはずなのに許容してしまう自分が一番意味不明だ。


八幡「あのね小町ちゃん」

小町「はい」

八幡「小町の料理は確かに上手い。そりゃもう母親の域だ。それは俺が自信を持って自慢できる、アホな妹の数少ない長所の一つだ」

小町「それ褒めてる?」


小町の疑問は無視して続ける。


八幡「でもな、今回の川崎のは奉仕部への依頼なんだよ。奉仕部がそれを認めた以上、俺はその仕事をまっとうしなくちゃならない」

小町「うんうん、それで?」





八幡「いいか小町」


ソファの上で俺の方向へ正座している妹の両肩にそれぞれ手を乗せる。
そしてグッと力を込めて、少し顔を近付ける。
小町はひぅっ!と小動物めいた声をあげたかと思うと、次第に目を細め、何やら顔を毎秒ごとに紅潮させていくがそれは無視する。



八幡「これは仕事なんだ。仕事ってのは疲れるもんだろ?」

小町「う、うん…」

八幡「そこが小町の出番だ。仕事で疲れた身体と心を妹であり尚且つ家事全般こなせて料理の美味しいお前が癒してくれなきゃダメなわけだ。分かるな?」

小町「うん…」

八幡「だから小町、お前のポジションに入ってこられる奴なんているはずがない。俺にとって小町はオンリーワンなわけだ」

小町「ひゃい…」

八幡「例えそれが川崎であっても由比ヶ浜であっても、雪ノ下であっても、その事実は変わらねえだr………ってお前ちょっと近い」


なぜか徐々に顔を近づけて来る小町から顔を離そうとすると、重心が動いて俺は後ろに倒れこみ、そこに小町が覆い被さってくる。
へその少し上らへんに小町の顔が乗り、どかそうとするが小町の身体は力が入っていない割に妙に動かないので諦めた。


小町「……オンリー…ワン………」


何やらブツブツ呟いている小町の将来が本気で心配になり始めた1日だった。





それから翌日、目が覚めたのは午前7時20分。
ただでさえ遅刻症の俺は、11月の寒くなり始める頃から余計に遅刻回数が増える。
そんな俺がこうも早く起きて、朝食を食べ、絶対に遅刻するはずもない時間に家を出たのには少なからず理由がある。


八幡「はぁ、眠い寒い帰りたい…」


異変は昨夜の夜から起きていた。
ソファで小町に覆い被さられた後、どうやら俺は寝落ちしていたようなのだが、20時頃に小町に起こされ夕食をとった。
その夕食がまた何とも豪勢であった事に違和感を感じたのだ。
そして今朝、小町に起こされ、朝から元気の出そうな朝食をとらされ、今に至るのだが、いかんせん小町がボソッと呟いた言葉が脳裏を離れない。


小町『………お兄ちゃんは小町が癒してあげるんだから…』


どこかで頭でも打ったのだろうか?
別段それは悪い変化ではないわけだが、俺に被害が及ぶのは中々に御免だ。
まぁ実際早起きして学校に遅刻せずに行くというのが果たして俺にとって悪い被害なのかは複雑なところではあるが…。

登校後、素直に席に着きカバンをかけイヤホンを取り出すと携帯に繋ぎ音楽をかけてから机に突っ伏す。
朝の生徒たちの喧騒はぼっちである俺の身体には毒でしかなく、自分の中に自在に操れるノイズキャンセリング機能が備わっていないことが恨めしい。
早起きは三文の徳とか言われているが、俺からしたら損でしかない気がする。
そんな時、肩をトントンと叩かれたので顔を上げる。


彩加「おはよ、八幡っ」

と、とととっととっ戸塚ぁあああっっ!!
あぁ早起きってなんて素晴らしいんだ!
誰だよ損でしかないとか言った奴。
早起きしたら天使に会えるなんて三文の徳どころの問題ではない。





音楽を速攻で止め、耳からイヤホンをひん抜いて戸塚を見上げる。


八幡「おぉ戸塚、よっ」

彩加「うん、よっ」


あぁ可愛い…。
もう幸せ過ぎて何も考えられない。


彩加「ねぇ八幡、今日の昼休憩、一緒にテニスしない?ここ最近天気悪くてそんなに練習できてなくてさ、相手がいてくれれば嬉しいんだけど」


なん、だと……?!
まっ、ままま待て!今日の昼?!
えっ、今日のお昼だと?!
えっ、ちょ……マジ?


八幡「き、今日の昼…か?」

彩加「うん!……八幡どうかした?顔色悪いよ?具合悪いの?」

八幡「い、いや!大丈夫だ何でもないっ」


これほどまでに自分の人生を呪ったことはあるまい。
くっ!お昼は川崎の弁当を食べるというミッションが待ち構えている。
い、いや待て落ち着け!
弁当を食べるのに何十分かけるつもりだ?
最速スピードで食べたら10分かからないんじゃないのか?!
いやだが、おそらく弁当の感想は聞かれる。これは間違いない。
ここでの会話にいったいどれほどの時間がかかる?
いや問題はもっと前だろ!
昼休憩、授業が時間通りに終わったとしてそれから奉仕部まで行き、弁当を受け取る、おそらくここでも何かしらの会話は発生するだろう…それからまた場所移動をして弁当を食べ、そこから更に川崎の場所へ行き感想を述べる。
ダメだ!どう考えても時間がかかり過ぎる!
それじゃ俺の都合で戸塚の練習時間を削ってしまう!
それは断じてあってはならないことだ。





なら先に今ここで戸塚に行けたら行くと言っておくのがベストアンサーか?
いや待て、それは俺の中で最強の断り文句のはずだ。
それを戸塚に使うくらいなら死んだ方がマシというものだろうっ?!
それにその言葉だと戸塚はテニスコートでラケット片手に俺が来るのを何時間も待ってしまうかもしれない!
この季節だ、外は身体を動かさなければ寒いし、いつ雨等が降ってきてもおかしくはない。
そんな中に捨てられた子犬のような顔をした戸塚を見たら誰かが拾ってしまうかもしれないっ!
それはダメだ!それは断じてあってはならん事なのだよっ!!
なら俺はどうすべきだ?
戸塚の事を何よりも大切に思うなら、俺が出すべき解答はなんなのだっ?!

この一瞬でこれらの思考を済ませると、自分の顔から一気に生気が抜け出るのが分かった。



彩加「八幡ホントに大丈夫?体調悪いなら断っても良いんだよ?」

八幡「そうじゃないんだ、そういうことじゃ…」

彩加「は、八幡?そんな思い詰めないでよ」



それは無理な話だぜ戸塚。
俺の脳内ピラミッドの頂点に達する戸塚とのイベントをこんな事のために断らなければならいさないだなんて、俺は、なんて大馬鹿野郎なんだ…。
机に両肘をつき、指を重ねて額に当てる。



八幡「今日の昼は、どうしても抜けれない仕事があるんだ……ホント悪い…」

彩加「ううん、そんなの全然良いよ、こっちこそ無理言ってごめんね」



くっ、どこまでいっても戸塚彩加は天使であり続けるというのかっ?!






八幡「戸塚が謝る必要はないだろ。ただ、戸塚さえ良ければだが、また今度、誘ってくれるか…?」


少し顔を上げ、戸塚の顔を見ると、そこには嬉しそうにはにかむ天使の姿があった。


彩加「もちろんっ!」


世界が薔薇色に包まれた瞬間だった。






…が、薔薇色の学校生活もその日の午前中のうちに終わる。
四限目終了と同時に昼休憩開始の合図であるチャイムが校内に鳴り響いたのである。
それと同時に学生たちがトイレなり購買なりグループで固まったりなど多種多様の目的のために行動を開始する。
戸塚もその例外ではなく、教室を出る際に胸の前で小さく手を振ってきた。
できることなら今すぐその手を取って一緒にテニスをしたい。
心からそう思ったが現実とは残酷かな戸塚が教室を出てしばらくしてからテニスコートとは別の目的地へと足を運んだ。

奉仕部部室には既に雪ノ下と由比ヶ浜が来ており、俺は三着だった。



八幡「川崎はまだ来てないのか?」

雪乃「一応同じクラスなのだからあなたの方が私より詳しいと思うのだけれど」

八幡「残念だったな、俺は今傷心中でな。正直他のことはどうでも良いとさえ思えてる」



俺の言葉の意図することが分からないようで二人は顔を見合わせるが、まぁ分かるはずもなかろう。
俺もそれを言葉にすると今にも涙が出そうなので、ただ黙って川崎が来るのを待った。





俺が来てから2分も経たない内に川崎はやってくる。
いや、正確には川崎かどうかは分からない。
というのも教室の前で何やら動き回っている影があるのだが一向に入ってこようとしないからだ。
教室のドアに付けられたガラスは型板ガラスなので、中からも外からもそこに映るものはぼやけて不鮮明にしか見えない。
が、この時間帯にこの教室に来てウロウロしている人間は川崎以外に思いつかないので女子2人の見守る中、そのドアを開け放つ。



沙希「ひっ!」

八幡「………なにしてんだよ」



ドアが唐突に開かれたことに少しビクついてる川崎を可愛く思うが、こちとらそんなことでは到底埋まらない大きな溝を作ってしまったので、やや声が冷たくなる。


沙希「ご、ごめん…」


少しシュンとして教室に入ってくるなり居心地悪そうに視線を宙に泳がせている川崎。
右手には無地の袋が握られており、おそらくそれが例の物だと推測できる。



八幡「それか?」

沙希「う、うん。その、後で感想とか聞かせてもらえると、ありがたい、んだけど…」

八幡「……了解した。お前は昼どこで食ってるんだ?食い終わったらそこまで行くけど」

沙希「い、良いよ、放課後またここに来るからその時で」

八幡「分かった、ならそういうことで」





弁当箱を受け取ると由比ヶ浜を一瞥してから部室を後にした。



…………。
…………。
…………。
…………うめぇ。
川崎の弁当を食べた感想はそれに尽きた。
正直ふっ、どうせうちの小町には敵わないだろ?とか思ってた。いやホントなめてた。
これは普通に上手い。
当然冷食は入っているが、味がしっかり付いているからこれはおそらくレンジでチンしたのをそのままぶち込んだ奴ではなく、川崎自身がちゃんと味付けをしたのだろう。
肉が多めなのは高校生男児としてはかなり嬉しい。
トマトが入ってないのは八幡的に超ポイント高い。


八幡「小町ごめんよ。こんなの昼飯時に食わされたらお兄ちゃん嬉しさのあまり胃袋つかまれちゃいそうだよ…」


ポツリと懺悔の言葉を述べると、弁当箱を片し、袋の中に入れて立ち上がる。
教室に戻る頃には昼休憩も残り5分で、すでに戸塚も戻ってきていた。
そして何よりその日の午後は由比ヶ浜と川崎からの視線を強く感じた。







八幡「普通に美味かったぞ」


部室で三人の女子の前で開口一番それを言った。
俺の言葉にホッと胸を撫で下ろす川崎。
俺の言葉に不満そうに眉根を寄せる由比ヶ浜。
俺の言葉に興味なさそうに読書を再開する雪ノ下。
三者三様の反応を見てなぜか口淀む俺。
うーむ、次に何を言えば良いのだろうか…。


八幡「弁当箱は俺が洗って明日持ってくるわ」


まぁこれは常識だろう。
何かしらの恩を受けたのなら少しでも対価を払おうとする。
これぞ古来より受け継がれてきた日本人の美徳だろう。
まぁそれは錬金術ではダメだけどね!等価交換になってないもんね。
あっ、でも実際は錬成陣とか合掌するだけとかで錬金術使いまくってるけど、アレって等価交換になりうるのか、とは思う。



沙希「そしたら明日の分渡せないじゃん」

結衣「へ?」

雪乃「は?」

八幡「あ?」

沙希「え?」



教室の空気が凍てつく。
川崎のナゾ発言に奉仕部員は首を傾げ、その反応に川崎は首を傾げる。
川崎の言葉が脳内で何度か反芻する。
その言葉の意味する所を理解しようとする前にすでに雪ノ下が理解し終えたのか口を開いた。



雪乃「川崎さん、依頼は終わったわよね?」





沙希「え?」

雪乃「………川崎さん?」



今度は川崎が雪ノ下の言葉の意味を理解できずに首を傾げた。
いや、俺も雪ノ下と同意見なわけだが川崎はどうも違うらしい。


沙希「なんでそうなるわけ?」


川崎に尋ねられ奉仕部員たちは顔を見合わせる。
比企谷くん・ヒッキー、任せた。と目で合図され俺もそれに頷く。
再び川崎に身体を向け、その少し不機嫌そうな目に視線を移した。



八幡「川崎、お前の依頼は弁当を作って俺に食わせることだったよな?」

沙希「……そうだけどそれが何?」

八幡「いや、その依頼は達成されたよな?」

沙希「は?それで?」



……ん?川崎と話が合わない。
俺は何か間違ったことを言っただろうか。
いや、川崎はそれで?と言って、なんで?とは言わなかった。
つまり依頼が達成されたことは理解しているだろう。
ならそのそれで?には違う意味が込められているはずだ。
言葉の裏を読むことに長けた俺ならその言葉の真の意味を解明できるはずだ。考えろ、考えるんだ。
……………え、わけわかんない…。





八幡「あー、と。川崎、お前の言ってることが分からん」


ここは素直に川崎に聞くのが得策だと判断した。
分からないことがあってもすぐ他人に頼るな!と言う大人がいるがあれは正しいのだろうか?
何も調べたりせず最初から他人の力のみに頼るのは人であることの放棄と同等だとも思うが、時は金なりの精神を尊重するなら聞いた方が速いし効率もいいのではなかろうか?
実際勉強のできる奴の大半が問題を見て分からないと思ったらすぐに解答を見るなり先生に聞く、というやり方をしているように思う。



八幡「依頼は達成されたからこの話は終わりだろ?」

沙希「な、なんでそうなるわけ!あたしはこれから毎日作ってこようと思って…」

八幡「は?」

結衣「ぇえっ!」



ちょっと何言ってるか分かんない。
えっとつまりどういうこと?
いや俺はてっきり川崎が誰かに弁当を作ってきてあげたいんだけど自信ないから誰か見本になって!とか、勉強の息抜きとか、まぁ俺は何もしてやったつもりはないが俺へのお礼ということで一度きりのものだとばかり…。





八幡「ちょっと待て。俺はなにもお前にそこまでしてもらうほどの事はしてないぞ」

沙希「べ、別にあたしの勝手じゃん!」

八幡「川崎、確かに恩を感じるのはお前の勝手だが、これは奉仕部への依頼だろ。それに俺個人としてはすでに断ってるわけだしな。お前の厚意は嬉しいがそこまでしてもらうつもりはねぇ」

結衣「『好意は嬉しい』?」

雪乃「由比ヶ浜さん、おそらく勘違いしているから黙ってなさい」

沙希「別にそんなつもりじゃ…」



少し声音が強くなってしまったのは自覚している。
少し酷いことを言ったのも理解している。
そのせいで川崎が少し涙目になっているのも分かる。むしろ可愛い。
が、俺にもプライドというものがある!



八幡「昨日の昼にも言ったが俺は他人に養ってもらうつもりはあっても施しを受けるつもりはない」

雪乃「自信を持って言うことではないわね…」

結衣「普通にカッコ悪い…」



雪ノ下は溜息を吐きながら額に手を当て、由比ヶ浜は目を細めて呆れながら何か言っているが無視する。



八幡「確かにお前の弁当は美味かった。でもだからって毎日作ってもらう義理はねぇ」

沙希「そうやっていつも義理とか理由とか下らないこと言って………バカじゃないの」



なぜか川崎は瞳に涙を浮かべながら、穏やかに笑顔を見せた。






言葉に詰まった。
いやどうだろう。その表現は正しいのだろうか。答えは否だ。
その穏やかな表情に、つい、見惚れてしまったのだ。
そんな俺の気も知らず、川崎は言葉を紡ぐ。



沙希「あんたの言いたいことは分かった。だから奉仕部への依頼は完了ってことでいい」

結衣「え?」



素っ頓狂な声を出して由比ヶ浜が目を丸くする。
雪ノ下もその言葉に目を細めた。
ただ俺にはなんとなくその先に川崎が言おうとしていることが分かった。


沙希「だからあんた個人に、その、お願いしたいんだけど…」


由比ヶ浜も、雪ノ下も、俺もその言葉の先を目だけで促す。
この学校にけいおん部とかあっただろうか?あっても放課後ティータイム中かな?
でも確かに聞こえる。
けいおん部とか、バンド部とか、学祭前に前夜祭や後夜祭とかでバンド披露する奴らとかが大音量でたたらを踏みながら演奏するように、胸の奥で、体全体を震わせるような振動が、確かに、鳴っていた。




沙希「べ、弁当作ってきてあげるから、毎日、その、い、いい一緒に、
食べてよ」







それが何を意味する言葉なのか、言葉の裏に隠された言葉を読むことが得意な俺にはよく分かった。
毎日飯食わせてやんだから将来困った時に連帯保証人なれよとか、胃袋つかんで一生虐げてやるとか、そんな悪辣非道なモノではない。
素直に頭に響くのは1つ。
ただ率直に純粋に俺に弁当を作ってあげたいというもの。
そしてその言葉の意味する最も重要なところはーーー。



結衣「ヒッキー近いっ!!」



それから早3日。
小雨と少し冷たい風の吹く金曜日の昼休憩。
すでに奉仕部部室は賑やかだった。
あの日、いわゆる3日前の放課後部室で川崎の言葉を聞いた俺はただ頷くだけだった。
つまり川崎との間に奉仕部とは関係なしに契約を結んでしまったのだ。
だがさも当然のように猛烈に反対してきたのは由比ヶ浜、少し反対してきたのは雪ノ下。
その話し合いの結果ゆえ、あれから3日間、毎日川崎の作った弁当を片手に、川崎と共に奉仕部で雪ノ下・由比ヶ浜を交えた4人で食を囲んでいるのだ。



八幡「俺はなんもしてないだろ…」

結衣「でもダメっ!されるがままになってるのは男として絶対ダメっ!」

八幡「………だとよ。もうちょっと離れろ」

沙希「無理だから」


>>81
間違えてラストの台詞改行しちゃってますね、すいません。




その条件を呑んだ川崎だったが、その時のあのニヤッと口元が邪悪に歪んだ顔を俺はきっともう忘れられない。
こうして今も誰かに見せつけるかの如くほとんど肩と肩が触れ合いそうな距離で、というかもうくっつく状態で食事をしている。
由比ヶ浜に指摘され、俺は肩を内に寄せて文字通り肩身狭い思いをしているわけだが由比ヶ浜の興奮は収まってくれない。



結衣「無理じゃないじゃん!あっ!またっ!ていうかそれもうちょっぴしヒッキーの椅子に座ってるし!!」

雪乃「由比ヶ浜さん、少し落ち着いて」

結衣「ゆきのんは落ち着き過ぎだからねっ?!部室でこんなことされてて良いの?!」

雪乃「それは…」

八幡「おい由比ヶ浜その辺で…」

結衣「ヒッキーは黙ってて!!」

八幡「はい…」



美味しい川崎の弁当も、この喧騒の中ではろくに味わえない。
やっぱこれ小町が俺の癒しになってくれるしかなくね?
まぁ最近の小町なんか怖いけど。
昨日なんて『背中流すよお兄ちゃんっ』とか言ってバスタオル一枚で入浴中に乗り込んできたほどだし。
もうなんかホント最近の小町がアレでこわい。
もう家の中でもビクビクしてる。ビクンビクンはしてない。
ちなみに昨日のお風呂は髪だけ洗ってもらっちゃった!テヘペロッ☆





沙希「ねぇ」

八幡「あ?」



由比ヶ浜がムキーッ!とお猿さんよろしく興奮している(それはウキーッ!ですね)中、川崎はそんなのお構いなしに話しかけてくる。



沙希「その、味、大丈夫?」

八幡「お、あ、おぉ」



なら良いけど…と少しぶっきらぼうに、少し頬を染めて、少し口角を上げながら言うと自分の弁当へと戻る。
その一連の流れをマジマジと見ながら思い出したように顔を上げると、その一連の会話を見ていた由比ヶ浜がムキャーッとお猿さんよろしく頭を抱える(これはお猿さんですね)。
そんな由比ヶ浜を溜息混じりに、諦観混じりの哀れみ混じりの目で見つめる川崎。



沙希「あのさ、ここで食べろって言ったのあんた達だよね?」

雪乃「まぁそうね」

沙希「由比ヶ浜が嫌なら別にこっちはここじゃなくても良いんだけど」





結衣「それは絶対ダメッ!!」



川崎の言葉は焼け石に水で由比ヶ浜はガバッと顔を上げるが、こういう時はいかに冷静かが勝負を分ける。



沙希「なんで?」

結衣「なんでって!……その、それは…」



そこでなぜか由比ヶ浜と目が合う。
互いになぜか顔を背けてしまう。
少しの沈黙の後、再び静観していた雪ノ下が口を開く。



雪乃「由比ヶ浜さんは誰の目にもつかない所で比企谷くんと一緒にいると危険だと言ってるのよ。彼、どこでも見境ないから」

沙希「別にそんなことないと思うけど…」



なんでちょっと不安そうに見てくるんでしょうね?不思議でなりません。
俺がそんな発情中の犬に見えるのだろうか?
もうどっちかっていうとゾンb…おっと自分で言うのはやめておこうそうしよう!






そんな時、チャイムが昼休憩の終わりを告げた。
昼休憩10分後には5限目開始だ。
つうか俺ずっと思ってたんだよね。昼休憩の後は昼寝時間を設けるべきだ、って。
大抵5限目は寝てる奴が多い。
そんな中授業をしても教師にも生徒にも得はない気がする。
昼寝は15分くらいがベストらしいからそのくらい時間を割いても良いのではなかろうか?
どっかの国では国自体が昼寝という制度を設けてる所もあるとかなんとか。超羨ましい。
つまり何が言いたいかというと俺も大抵5限目は寝る。
でもぼっちだから授業のノート見せてくれる奴とかいないし、だったらみんな仲良く寝て元気100倍で平等で良いと思うの。

そして当然の如く5限は寝て、6限目は5限に微妙な時間寝たせいで眠気が倍増して寝た。
もう寝ることが学生の本分じゃないの?



結衣「ヒッキーはどうするつもりなわけ?!」



だから現在放課後、奉仕部部室、由比ヶ浜の怒鳴り声が寝起きの俺には辛い。
もう無視してこのままここで寝ようかな…とか思ってもみたがもし寝て部活終了時まで寝てたら雪ノ下に閉じ込められる危険性があるので迂闊には寝れない。



八幡「……どうするってなにがだよ…。つかうるさい…」



それこそ主人公みたいにフアァと欠伸をしながら尋ねると由比ヶ浜の怒号は勢いを増す。





結衣「5限目も6限目も寝てたじゃん!なんでまだ眠そうなのっ?!」

八幡「由比ヶ浜お前よく見てんな。俺とか夢しか見てなかったぞ」

結衣「べ、別にそんな見てないもんっ!」

雪乃「その字面だけ見るとさもあなたが夢見る少年のように聞こえるわね」



もう二人のテンションの温度差にどっと眠気が増した気がする。
あ、その温度差だからこの二人はいい感じにバランスとれてるのね。
なるほど、その理論を用いるなら俺も超元気ハツラツ意気揚々な女の子といっしょになればバランスとれて良いんじゃね?まぁテンションのバランスはとれても顔のバランスは無理あるからなー。
イケメンとブス、あるいは美女と俺が歩いてたらマジ滑稽だもんなーうんうん。
ホント見た目大事。むしろ見た目で人生全てが変わるまである。



八幡「……あのな、俺にだって夢を見ていた頃はあるぞ」

結衣「過去形なんだ…」

雪乃「でも早いうちから常人が死ぬまでに味わう量の絶望を見てきたせいで今のようになってしまったのよね。同情するわ」

八幡「しなくていいから…」



人に同情される様な生き方はしていない。
目は死んでるし、いつだって後悔はするし、黒歴史思い出してのたうち回るし、ステルスヒッキーが常時オート発動しているがそれでも哀れみの目や同情の手を受けるつもりはない。
ゆえに俺が最強だ。






結衣「5限目も6限目も寝てたじゃん!なんでまだ眠そうなのっ?!」

八幡「由比ヶ浜お前よく見てんな。俺とか夢しか見てなかったぞ」

結衣「べ、別にそんな見てないもんっ!」

雪乃「その字面だけ見るとさもあなたが夢見る少年のように聞こえるわね」



もう二人のテンションの温度差にどっと眠気が増した気がする。
あ、その温度差だからこの二人はいい感じにバランスとれてるのね。
なるほど、その理論を用いるなら俺も超元気ハツラツ意気揚々な女の子といっしょになればバランスとれて良いんじゃね?まぁテンションのバランスはとれても顔のバランスは無理あるからなー。
イケメンとブス、あるいは美女と俺が歩いてたらマジ滑稽だもんなーうんうん。
ホント見た目大事。むしろ見た目で人生全てが変わるまである。



八幡「……あのな、俺にだって夢を見ていた頃はあるぞ」

結衣「過去形なんだ…」

雪乃「でも早いうちから常人が死ぬまでに味わう量の絶望を見てきたせいで今のようになってしまったのよね。同情するわ」

八幡「しなくていいから…」



人に同情される様な生き方はしていない。
目は死んでるし、いつだって後悔はするし、黒歴史思い出してのたうち回るし、ステルスヒッキーが常時オート発動しているがそれでも哀れみの目や同情の手を受けるつもりはない。
ゆえに俺が最強だ。
なにがゆえになのかは分からないが…。





結衣「ねぇヒッキー」


話が脱線したためか、冷静さを取り戻す由比ヶ浜。
落ち着いた声音で、真剣な眼差しで、彼女は聞いてくる。



結衣「沙希のこと、どう思ってるの?」

八幡「………」



少し、考える。
由比ヶ浜はなぜこんな質問をしてくるのだろうか?
それを聞いて何のメリットがあるのだろうか?
そして俺は、川崎をどう思っているのだろうか?



八幡「……普通に、いい奴だろ。弁当作ってきてくれるからな」

結衣「そんなこと……そんなこと、聞きたいんじゃないよ!」

雪乃「由比ヶ浜さん…」

結衣「ヒッキー言ったじゃん!そんな風にはなんないって!でもなってるじゃん!どうして沙希のお願い聞いたの?!」



再び感情的に喚く由比ヶ浜。
そんな由比ヶ浜についこちらも感情的にまくし立てたくなるのを堪えて口を開く。






八幡「俺は川崎の要望を受ける理由も義務もないっつって断った。でもあいつは俺に弁当を作ってくる代わりに俺が一緒に弁当を食べるっていう義務を設けた、なら俺には断れない。だから受けた、それだけだ」

結衣「でもちゃんと断るって言ったじゃん!!ヒッキーの嘘つきっ!」

八幡「俺はあいつの要望をお前らの前でも断っただろうが!」



つい言葉に熱がこもる。
由比ヶ浜の暴論とも呼べるそれに苛立ちが隠せなかった。



八幡「その時にも言ったが俺は前もって断っててんだぞ。それをお前らがああだこうだ言うから今みたいになったんだろうが。この事に関して俺が責められる謂れはねえし、そもそも奉仕部(ここ)が口を出していいもんじゃねえだろ」



何も間違ったことは言っていない。
俺らしくもなく、真っ当な正論を由比ヶ浜に叩きつけてしまった。
俺の言葉に言い返す事も出来ず、ただ目尻に涙をうかべる由比ヶ浜。
だが今はそこに罪悪感を感じられるほど俺は冷静じゃなかった。
明らかに言葉にこもった怒気、涙を流すことを許さない感情のこもった目、まだ何か言ってくるならいつでも言い返してやると高速で回転し続ける脳。
完全にらしくなかった。
涙を溜め込んだ瞳と睨みつける瞳とが交錯する。



雪乃「今日はここまでにしましょう」



唯一この中で冷静で平等な存在がため息混じりに言葉を発した。
その声を合図に乱暴にカバンを持つと駆け足で目を抑えながら教室を飛び出す由比ヶ浜。
由比ヶ浜の足音が聞こえなくなって少ししてから、俺は罪悪感を感じた。






部室に取り残された2人。
解散と言った雪ノ下はなぜか2つのコップに紅茶を注ぎ、1つを俺のもとへと置いて自分の席へと戻る。
その行動があまりにも不思議で雪ノ下に視線を移したが、雪ノ下は静かにカップの中の波面を見つめていた。



雪乃「あなたらしくないわね」



静かな心地よい声が静かな教室にこだまする。
俺はその言葉に答えず、自分のもとへと置かれたカップに視線を落としながら喋った。



八幡「……今日はもう、終了じゃなかったのかよ…」



明らかに話を逸らされたことを追求することなく、雪ノ下はただ静かに優し気に口を開く。



雪乃「部員が帰らなければ鍵を閉めなくてはいけない私は帰れないでしょう?」

八幡「……悪い、すぐ帰るわ」



すぐにカバンを持って帰ろうとした所にまた声がかかる。



雪乃「せっかくお茶をいれたのに勿体無いとは思わないのかしら?しかも私のいれた紅茶なのだけれど」

八幡「……それは『私がお前なんかのためにいれてやったから有難く飲め』ってことか?あとで何かしら請求されても無理だからな」

雪乃「解釈の仕方は任せるわ、それにそんなものをあなたに期待する方が酷でしょう?」





そこで少しの沈黙。
雪ノ下の嫌味な罵倒も、なぜか今は心地いい。



八幡「……自分でも分かってる。らしくなかったな、俺」

雪乃「そうね」

八幡「……その、悪かったな、気ぃつかわせて」

雪乃「一応部長だもの」



静かな教室の中を2人の紅茶を啜る音だけが支配する。
なんだか不思議な気分だ。
普段なら言うはずもない自分の素直な思いでさえも今ならサラッと言ってしまいそうになる。
そしてきっと、今の彼女ならそれを全て受け止めてくれる気がする。



雪乃「あなたらしくもない、何の捻りもなく、ただの正論だったわね」

八幡「言うなよ、自分でも結構驚いてんだ」

雪乃「これはこの一年間の私の頑張りのおかげかしらね」

八幡「別に俺はまだ矯正も何もされてねぇよ。ホント、何も、変わってねぇよ」





いつぞやの由比ヶ浜の言葉が頭の中で反芻する。
『人の気持ち、もっと考えてよ……。……なんで、いろんなことわかるのに、それがわかんないの?』
机の下で、自分でも無意識のうちに、拳を握りしめていた。



八幡「ホント、何も…」



口の中で誰にも届かない様な声でそう呟くが、こんな静かな空間ではそれさえも相手の耳に届いてしまう。



雪乃「人が変わらないのは当たり前のことよ。変わるのはいつだって本人じゃなくて、その周り。だから別に自分が変わる必要なんてないわ。自分の意識しない所で、それこそ勝手に、身勝手に、周りが変わっていってくれるのだから」



思わず雪ノ下を見た。
少し俯いた顔は楽し気で、少し細めて優し気に紅茶の波面を見つめる瞳、少しだけ朱に染まった頬、少し口角の上がった口元。
その表情も、放つ言葉も、普段の雪ノ下雪乃とはかけ離れている。



八幡「………らしくねえな」

雪乃「…そうね。どこかの捻くれ者の真似をしてみたのだけれど、本当に、らしくないわね」





雪ノ下が顔を上げたことで視線が交わる。
彼女の顔が、とても優しくて、温かくて、儚げで、視線を逸らせない。身動きがとれない。



雪乃「いつの間にか、更生されてたのは私の方だったのかもしれないわね」

八幡「は?」



クスッと微笑んで彼女は喋る。



雪乃「あなたと居るの、嫌いだわ」



雪ノ下はそれだけ言うと、視線を外して残りの紅茶を飲み干す。
俺もそれに吊られて固まっていた身体を動かして紅茶を一気に飲み干した。



雪乃「彼女と、きちんと仲直りしなさい」

八幡「………」



何も応えない俺に尚も優しい視線を送ってくる。
その目を見れば、俺の全てが引き込まれてしまいそうで、俺はつい顔を背ける。



雪乃「あなたが求めたのでしょう?らしくもなく……いや、むしろあなたらしい理想を」

八幡「………そうだな」







俺の言葉に満足したように頷くと、雪ノ下は立ち上がり、俺のカップも回収して一緒に片付ける。
片付け終えた雪ノ下は、自分の席に戻ると座ることはせずにカバンを持ち上げた。



雪乃「さて、今日はもう終わりよ」



先ほどまでの表情は消え、いつもの毅然とした顔でそう告げると俺にも出るよう促す。
そんな時、ガラガラと教室のドアが開き、外から亜麻色の髪をした女子生徒が元気よく入ってくる。



いろは「お邪魔しますー。…ってアレ?もしかして今ちょっとアレな感じでした?」

八幡「……別に。んでなんだよ、依頼か?」

いろは「いえ先輩が暇してたらー、生徒会のお仕事手伝ってもらおうかなーって思って来たんですけどー、もし今アレならまた後日でも全然良いですよ?」



なぜ頼みに来た奴の方が偉そうなのか。
もうその言い方だと俺が手伝うのは決定事項ってことなの?
つうか後日でも全然良い仕事なら生徒会だけで回せないのかよ…。



雪乃「一色さん、今日はちょっと…」



チラッと俺を見てくる雪ノ下。
おそらく今の俺、だいぶ雪ノ下に気を遣わせてるんだろうな…。
なのでそんな雪ノ下に顔を横に振ってから立ち上がり、カバンを手に取る。



八幡「別に問題ない」






いろは「んー、ホントに良いんですかー?」

八幡「良いっつったろ。すぐ行くから先行っといてくれ」



一色のもとまで行って、そう告げる。
少し困ったように首を傾げながらも一色は先に生徒会室へと向かった。
雪ノ下を振り返る。



雪乃「別に断っても良いと思うのだけれど」

八幡「…俺にはあいつを会長にした義務があるからな」

雪乃「そう、まああなたが良いなら止めはしないわ」

八幡「……なあ、お前今日なんか変なもんでも食ったのか?」

雪乃「はい?」



俺の言葉の意味することを素早く察するとクスッと微笑む。



雪乃「言ったでしょう。私は部長なのだから部員のメンタルケアををするのは当然のことよ」

八幡「そうか」

雪乃「ええ」



なら、雪ノ下のメンタルケアは誰がするのだろうか、疑問に思ったことを口にしようとしたが、やめた。
そんなことを聞いても何の意味もない。
俺にできるのはいつだって、ただいつも通りの俺であることだけだ。
だから、その代わりに。



八幡「雪ノ下」





言葉の先を視線だけで促される。
……こんな事を言うのも俺らしくない。
だが良いだろう、らしくない日にはらしくないことをどれだけ言っても。
今日の俺は本当に俺らしくない。
由比ヶ浜の言葉についムキになって、論理も、理屈も、屁理屈も、一切それらの欠片も込めず反論した。感情で反論した。
結果的としては由比ヶ浜と喧嘩したようなものだ。
そして、雪ノ下に支えられた。
大袈裟な表現かもしれない。
でも確かに俺は、彼女に支えてもらった。
こういう時、どんな言葉を言えば良いのか。
決まってる。



八幡「その、、助かった。サンキュな」



これしかない。
雪ノ下はすべき事を提示してくれた。
『彼女と、きちんと仲直りしなさい』と。
雪ノ下は励ましてくれた。
『あなたが求めたのでしょう?らしくもなく……いや、むしろあなたらしい理想を』と。
なら、それに応えなくては。
俺の言葉に少し驚いた後、雪ノ下は優しく微笑んで応えた。
それを確認してから教室を後にして一色を追った。
だからその時俺は気付かなかった。
その微笑みの中に隠された、悲しみの目をした雪ノ下に。






いろは「せんぱーい、何ずっと携帯見てるんですかー?」



雪ノ下と別れた後、生徒会の仕事を手伝って現在帰り道。
朝から小雨が降っていた事と、近頃おかしくなってしまった妹に生活リズムを管理されているのとで、今日は歩きで登校した。
そんな俺の横を歩く一色いろはに視線を向けることなく、俺は適当に応える。



八幡「こうはーい、なんで一緒に歩いてるんですかー?」

いろは「うざっ」

八幡「これ一応お前の真似なんだけど?」

いろは「私が言うと可愛いから良いんですよっ」

八幡「あそう」

いろは「その反応酷過ぎですっ!キモ過ぎですっ!可愛い後輩を構わない先輩とか需要なさ過ぎですっ!」

八幡「そーだなー」



とりあえず適当に会話を交わす。
俺の言葉に憤怒する一色には一切視線は向けない。
なぜならもっと大事な事をしているからだ。
右手にある端末に表示された宛名欄にはスパムメールよろしく長ったらしい名前が表示されている。
そう由比ヶ浜に送るメールの内容を考えているのだ。
本日は金曜日であるから、休日に部活を行わない奉仕部員である俺と由比ヶ浜は、今度会う時は月曜日になってしまうのだ。
それ以降でもおそらく仲直りはできるだろうが、やはり早いに越したことはない。
なので明日からの休日間にできれば会うなりして、気まずい関係を払拭しておきたいと考えた。
のだが………。




八幡「……なんて書けば良いんだよ…」



全く思い浮かばない…orz。
こういう時、何をどんな風に書けば良いのか皆目見当もつかない。
まずどんな挨拶から始めれば正解なのだろうか…。
ホントこんな時だけはリア充どもが羨ましいぜ。



いろは「独り言とか気持ち悪いんでやめてください」



ここで初めて隣を歩く一色に視線を向ける。
……俺の隣にはリア充筆頭の女子がいるんだがなぁ、ここでこいつに聞くのは何かアレだしなぁ。
いやもうホントアレだわ、アレ。
つかマジでなんでこいつと一緒に帰ってんの?
いやもう問題はそこじゃないんだけどね!



八幡「一色」

いろは「はい?」



問題は俺と一色の現状にこそある。
見上げてくる一色の顔がやけに近い。
ホントなんでこんな近いんでしょうね俺たちの距離。
うん、いやマジでなんで俺は後輩の女の子と相合傘してるんだろうねいやホント…。





八幡「もうちょい離れろよ」

いろは「これ以上離れたら先輩が濡れちゃうじゃないですかっ!」

八幡「俺が濡れる前提なの?つかこれ以上って、お前全然離れてねえだろ…。気になんないのかよお前は」

いろは「そんなこと気にするのは先輩くらいですよー。あ、でも可愛い後輩と肩がくっついてるからって変な気起こさないで下さいよ?」



え?リア充って付き合ってもない女の子と相合傘しても何とも思わねえの?
まぁ俺自身そんな変な気が起きるようなことはないんだけどね。
いやもうホント溜息とか余裕で吐いちゃう!
いやつうかもう自分でそこまで言われちゃうと何の気も起きないし。つかかえって萎える。つかあざとさに拍車かかり過ぎてて逆にテンション上がりまくっちゃうしっ!
やだなにこの可愛い後輩っ!
『おいおいマジかよ……そりゃ勘弁してくれよ…』
とか言っちゃいそう!
もう俺マジで主人公!



八幡「起こさねえよ。つかどこまで付いてくんだよ、俺の家もうちょいなんだけど」

いろは「先輩のお家まで行って傘もらってから帰りますー」



あー、マジかー…。
一色は現在傘を持っていない。
まぁだから相合傘なんてしてるわけだが…。
どうやら学校で盗難にあったのだそうだ。
いやホント人の傘とか平気で取っていく奴なんなの?
なんでてめぇが忘れたモンをこっちが補ってやらにゃならんのだ。
お前の物は俺の物とか頭なんか湧いてんじゃねぇの?いつからこんなにジャイアニズム浸透しちゃったの?お前らが俺の傘盗んでいくから俺は他人の傘取らなくちゃいけねぇんだぞ?
やれ日本人はマナーが良いだの、やれ奥ゆかしいだの、やれ親切で心優しいだの言われてるけど全くそんなことねーよ。
基本みんな卑怯で姑息で保身的で偽善的なんだからな!日本人なめてっとマジで痛い目見るぞどちくしょうっ!!






いろは「どうせなら先輩のお宅に上がってお茶なんか頂いてあげますけど?」



なんでこんなに図々しいの?つかなんで上から目線…。
あー、てか家に帰ったらまた最近ちょっとアレな妹が待ってるのかー…、考えただけでヤバいなー。
と、小町の顔が浮かんだ瞬間、何かの危険信号が身体中を駆け回る。
最近の小町はブラコンにしても度が過ぎている気がする。いや、シスコンの俺が言うのもアレだけどね?
そこに傘を貸すだけだとしても、一色を連れて帰ったら………うん、何かこわい。



八幡「一色、ちょっとこっち来い」

いろは「ふぇ?ちょっ、先輩?!」



あざとらしく声を上げる一色の手を軽く握ると、すぐそばの民家の屋根の下へと連れて行く。
ちょうど雨宿りにはピッタリで傘を閉じると握っていた手を離し、代わりにその傘を渡す。
手を離した瞬間一色の口から、ぁっ、と少し吐息めいたものが溢れたが気にしない。



八幡「その傘貸してやるからまた今度返せ」

いろは「え?なんでですか?えっ?ていうか先輩はどうするんですか?」

八幡「俺は家近いから走って帰れるがお前はそうも行かねぇだろ」

いろは「え、でも」

八幡「先輩らしいことしてカッコつけてるんだから有難く受け取っとけ」

いろは「そのセリフは気持ち悪いですけど…。で、でもそんな事されたって私の好感度は少ししか上がりませんからねっ!」

八幡「あーはいはいそりゃ残念だなー。まぁそういう事だから、じゃあな」






それだけ言って走り出そうと前方に体重をかけようとした瞬間にブレザーの袖を握られていたことに気付いた。
一色の方を向くと、一色はすぐさま視線を外した。



いろは「……あの、ありがとうございます」



一色の普段とは似つかわしくない歯切れの悪さに少し戸惑いを覚える。
むしろ一色が俺に素直に礼を述べるのがなんだか新鮮で、少し朱に染まった頬が小動物めいていて可愛らしい。



いろは「そ、その、今度、なんかおごらせてあげても、良いです、よ?」

八幡「………」



そしてこの後に及んでもこの傲慢な態度がうざ可愛いとさえ思える。
これが雨の日マジックか…、いわ知らんけど。つか雨の日マジックってなんぞ?



八幡「あー、まぁなら今度学校の自販機で何か買ってやるよ」

いろは「は?いや、そういう意味じゃないんですけど……先輩のバカ…」



何やらゴニョゴニョと言っているが、生憎俺は懐も財布も性根も小さな男ですからね、変に大きな期待はしないでよねっ!





八幡「んじゃそろそろ帰るわ。じゃあな」

いろは「はいっ、ホントありがとうございますー、ではまたー」



それだけ交わして雨の中へと飛び出した。
とはいっても結局は小雨なので大して気にならないし、まぁほらあとアレな。
雨に濡れる男はかっこいい理論で今の俺マジかっこいんじゃね?!とか考えて走ってるとテンション上がってくるから好き。
まぁ多分この時間帯に雨の中目つきの悪い男が傘も差さずに走ってるとか不審者認定待ったなしだろうけどな。
俺という存在が罪。
罪を背負って走る男とかかっこよさに拍車かかっててすごい好き。愛してるまである。



八幡「意外と濡れたな…」



家の玄関に入り込んで、自分の髪やブレザーを確認して呟く。
何度か水たまりに突っ込んでしまったので靴はビショビショだ。
と、足に視線がいって気付いたこと一つ。
ローファーが多い。
あー、まぁ小町の友達でも来てるんだろ。
うん、そうに違いない。
そうであってくれお願します。
俺が玄関の扉を閉める音に気付いた小町がリビングからパタパタと出てくる。



小町「おかえりーってえっ?!なんでそんな濡れてるの?朝確か小町、傘持たせたよね?」

八幡「あー、困ってる奴に貸してやった」





小町「そんなこと言ってどうせまた盗まれたんでしょー、もうホントそういうことする人って最低だよ」



しかめっ面しながら文句を垂れると、ちょっと待ってて、とだけ言って走り去り、少ししてからタオルを持って帰ってくる。
そのタオルを受け取ろうと手を出すが、なぜか小町にその手を叩かれる。



小町「良いの!小町が拭いてあげるから!」

八幡「いやいいっつの。タオル貸せ」



再び小町からタオルを奪おうとするがその手をヒョイと避けられる。
はぁ、と大きくため息を吐いてから、なら髪だけ頼む、と言って玄関に腰を下ろす。
それに満足したように小町がワシャワシャと髪を拭いてくれている間に靴を脱いで、ついでにびしょ濡れの靴下も脱ぎ捨て、ブレザーを上下脱いでいく。



八幡「誰か友達でも来てんのか?」

小町「んー、まぁそうだけど…」



小町の要領を得ない回答に少し疑問を持ちつつもブレザーとその下のシャツも脱ぎ終え、Tシャツとパンツだけのあられもない姿になる。
小町の作業も終わり、立ち上がる。





小町はそのまま俺の脱いだ衣類を腕にかける。
んー、こういうことって兄妹といえど、やってくれるものなのだろうか?とか疑問に思う。
いやブレザーとかならまだしも、濡れた靴下まで普通に拾い上げるから何か不安になる。
まぁ小町は良いお嫁さんになるだろうな……嫁に出す気はないけど。



八幡「サンキュな、ならまぁ後は楽しんで」



感謝を述べてからそのまま立ち去ろうと背中を向けるが、その手を小町が空いた手で捕まえてくる。



小町「着替え終わったら降りてきて」

八幡「は?なんでだよ、妹の友達に挨拶して笑い者にされたりとかしたら俺のハート壊れちゃうんだけど?」

小町「そんなことする人とは付き合わないし、仮にそんなことしたら小町が許さないもんっ!とりあえず降りてきてね」

八幡「……まぁ了解した」



半ば小町の迫力に押されながらも不承不承に了解すると、その場を後にして自室に入る。
んー、これは悪い予感が的中したかもしれんなぁ…とか思いながら着替えを済まして一階のリビングへと降りた。





中にいる人物を見て息を呑む。
俺の予想していた人物とは違う人物がいて、これはこれで最悪である。
俺が入ってきたことに気付いたその人物と視線が合った時は心臓が耳元に来たのではないかと言うほど鼓動の音が聞こえた。
しばし交錯する視線。
驚き。焦り。不安。恐怖。期待。希望。安堵。様々な思いがその数瞬に二人の間を行き交った。



八幡「……由比ヶ浜」

結衣「や、やっはろー」



ソファに行儀よく腰掛ける由比ヶ浜。
普段の快活なアホ丸出しな挨拶は全くと言っていいほど元気が無く、互いに何を話して良いのか分からず再び黙り込んでしまう。
それをキッチンの方から見ていたのであろう小町が俺と由比ヶ浜の間に入って口を開いた。



小町「んーとですねお兄ちゃん、結衣さんは今日の部活でお兄ちゃんと口論になったのを気にかけてわざわざ謝りに来たのだそうです。まぁ別にもう小町的にはお兄ちゃんを将来面倒見てくれる人は要らないと思ってるんだけど、それでもやっぱ一人の友人として、4月からの先輩として放っておけなくてですね、ここにこうしてお兄ちゃんの帰りを待ってもらっていたのですっ!」



あぁなるほど、何となく分かった。
由比ヶ浜としても今日の事を思って、仲直りにしに来たということでおそらく間違いなかろう。
これは好都合だ。
送り方の分からんメールに四苦八苦するよりこういうのの方が簡潔で分かりやすいし、やりやすい。


八幡てサキサキのアドレスか携番持ってましたっけ?




小町「それじゃ結衣さんごゆっくりー。邪魔者はこれにてドロンっ」



それだけ言うと小町は踵を返し、リビングから出て行く。
またしばしの静寂が部屋の中を支配する。
小町に簡潔に説明されても、やはりこう面と向かって対峙するとどうすれば良いのか分からない。
そんな中、先に口を開いたのは由比ヶ浜だった。



結衣「と、とりあえず座って話しようよ」

八幡「お、おう」



ずっとリビングのドア付近で立ち尽くしていたためか、一歩が重い。
あれ?これ俺はどこに座るのが正解なの?え?まさか由比ヶ浜の隣?それとも床?
由比ヶ浜の近くまで行き少し考えあぐねていると、その思考を読み取ったのか、由比ヶ浜がソファの端に避けてスペースをつくってくれたので、そこに腰を下ろした。
あぁ、何か気まずいよぉ。



結衣「ご、ごめんね急に来ちゃって」

八幡「いや、別にいい。俺もお前にどんなメール送ろうか悩んでたから」

結衣「………そっか…。ヒッキーも、ヒッキーも仲直りしたいって思ってくれてたの?」

八幡「……まぁ、同じ部活だしな」

結衣「………それだけ?」

八幡「は?」

結衣「それだけの理由しか、アタシと仲直りする意味、ないの…?」






どんどんとか細くなる声。
俯いた顔。
なんて答えるのが正解なのだろう?
この質問の真意は何なのだろうか?
俺はなぜこの質問に即答できないのだろうか?



八幡「………」



横に座る由比ヶ浜の顔はうかがい知れない。
俯いた顔にしなだれた髪の毛が邪魔をして、その目を捉えることができない。
分かるのは、少しだけ、震えた唇。



八幡「……個人的に、お前とは、お前と雪ノ下とは、その、口論とか喧嘩とかになっても、仲直りできる、関係でいたい…」



俺の声も震えていたと思う。
ただ素直に、純粋に、自分の想いを口に出すのは恥ずかしい。
心音はうるさいし、手汗ハンパないし、頭ん中真っ白だし、声は上ずって震えるし。
でも言わなくちゃダメだ。
ちゃんと今日のことを互いに謝って仲直りしなければ、雪ノ下に合わせる顔もない。
何の反応も示さない由比ヶ浜。
なら今度は俺から謝って、仲直りの一歩を踏み出さなくてはならないだろう。
そう思って由比ヶ浜に顔を向け、謝ろうと口を開きかけたが、そんなものも全て由比ヶ浜の言葉に呑み込まれて、どこかへと消え去ってしまった。





結衣「………………スキ…」








世界が止まった感覚に陥った。
小さい声で呟かれたその単語を、俺の高性能な耳が完璧に拾い上げてしまった。
何も言葉を発することができない。
ただ目を見開いて、こちらに振り向く由比ヶ浜のとても紅潮した顔を見つめることしかできない。
ソファの端と端で、見つめ合っている女の子が、全く異次元の存在に思えた。



結衣「……好き…好きだよ、ヒッキー。アタシ、ヒッキーのことが好きだから、だから、仲直りしたい」



真っ直ぐ据えられたその瞳は、視線を逸らすことを許してくれない。



八幡「ちょ、ちょっと待て。え?由比ヶ浜、お前、ちょっ、何言ってーーー」

結衣「ねぇヒッキー」



由比ヶ浜から視線を逸らしていないはずなのに、そう言って由比ヶ浜が立ち上がって俺の目の前まで移動してきたことに気付かなかった。
由比ヶ浜の震えた華奢な手が、俺の頬に添えられてはじめてその現状を把握した。
俺の両足を跨いでソファについた膝。
膝立ちのせいで俺より少し上から見下ろしてくる瞳。今にもくっつきそうな鼻。
互いの吐息を確認できる距離に、由比ヶ浜はいる。
その大きな瞳に吸い込まれたかのように、身動き一つとることができない。
その口の動きが、とてもゆっくり、パノラマ写真のようにスローモーションに見えた。





結衣「アタシに、してよ」







どんどんと近付いてくる顔をただ見ていることしかできなかった。
頬に添えられた手は、いつ間にかそこを離れ、首をホールドしている。
正直、キスされるのかと思った。
だが、その顔はゆっくりと俺の顔の横を通過していった。
由比ヶ浜はただ抱きついてきたのだ。
彼女のお尻が腿の上に優しく降ろされる。
その豊満な胸が俺の胸と密接に重なり合う。
柔らかなシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
優しく、温かい吐息が首筋にかかる。
互いの心音が伝わり合う。



八幡「お、おい、いくらなんでもこれは…」

結衣「ヒッキー…」



消えてしまいそうなほど小さな声。
首に絡まった腕に力が入ったのが分かる。
由比ヶ浜を押し倒してしまいたい気持ちと葛藤している自分がいる。



結衣「アタシと、付き合ってよ…」

八幡「由比ヶ浜……」



由比ヶ浜の言葉に嘘偽りは微塵も感じない。
冗談でも、ドッキリでもない。
震えた身体が、伝わってくる心音が、それを証明している。
でも、そんな距離に由比ヶ浜を感じて、尚且つ心臓が爆音をたてていても、男として高翌揚している気持ちがあっても、俺はその震えた身体を抱き締め返すことができなかった。



八幡「………それは、できない」

結衣「…………」






なぜ、ダメなのだろう?
自分の中で、その問いが反芻している。
そこにコレといった確定的な理由が見つけられない。
すでに断っているのに、そんなことを考えてしまい、またその結論が出ない。
もし今ここで由比ヶ浜に、どうして?と聞かれたら何と言えばいいんだろうか?
だが無言を貫いていた由比ヶ浜の次の言葉はそれではなかった。



結衣「………そっか」

八幡「……理由、聞かねえのか?」



俺の問いに、ただ小さく頷く由比ヶ浜。
理由を尋ねてくると思っていた。
だがその端的な反応は、まるでこうなることを予期していたかのようにも感じられる。
俺の上に向かい合わせで座って、首に手を回して、かたに顔を埋めて、少し震える身体で抱き付いてきて、俺には今の由比ヶ浜がまるで読めない。
でも由比ヶ浜は意味のないことをするような人間ではない。
ならこの行動にいったいどんな意味があるのだろうか?



結衣「その代わり…」



再び囁かれる言葉は依然として小さく、震えている。
腕には少し力がこもり、かすかに嗚咽が聞こえる。
そして、徐々に由比ヶ浜の顔が乗った肩が温かくなっていくのが分かった。




結衣「その代わり、少しだけで、良いから………ギュッて、して…」






嗚咽がもれて、言葉が少し裏返ったり、切れ切れになったり、そんな由比ヶ浜のお願いをさすがの俺でも断ることなどできなかった。
指先が由比ヶ浜のブレザーに触れた瞬間、俺の中でブレーキ信号が出されて思わずその手を止めてしまった。
どこまで行っても俺はただの臆病者だ。
でも、泣いている由比ヶ浜のお願いを、泣かしてしまった由比ヶ浜のお願いを、無視することは万死に値する気がする。
その宙で止まった手に力をこめて、由比ヶ浜の震える身体を強く抱き締めた。



結衣「 うっ、、ヒッ、うっぐ、、ヒッキー…ヒッキー………ッ!」



嗚咽をもらしながら、俺の名前を何度も呼んで、俺のTシャツの肩を大粒の涙で濡らして、そんな少女をただ抱き締めて。
今すぐ自分の出した答に理由が欲しかった。
でないと俺はただ由比ヶ浜を傷付けただけになってしまう気がした。
自分のしたことが悪で、罪な気がする。
それなのに、それなのに謝罪の言葉すら見つからず、由比ヶ浜の柔らかな身体を堪能することもなく、ただその身体を強く抱き締めるだけだった。
告白されたという実感も大して湧かない。
フったという罪悪感だけが押し寄せる。
行動には何かしらの理由があるはずだ。
フィーリングで由比ヶ浜をフったなんて事はあり得ないはずだ。
そう思わないと、俺が俺じゃなくなってしまう。
理論と論理と理屈と屁理屈で塗り固められた俺がなくなってしまう。

『彼女と、きちんと仲直りしなさい』

雪ノ下、これは仲直りできたのだろうか?
仲直りもしないまま次の問題にぶち当たってしまったのだが、どうすればいい?

『そうやっていつも義理とか理由とか下らないこと言って………バカじゃないの』

川崎の言う通りだ。
でも、だって俺は、そんなやり方しか知らねぇんだよ。
お前らみたいには、なれないんだよ。
バカなのはお前たちだ。
正しいか間違ってるかを深く追求せず、闇雲に突っ走って、跳ね返されて、泣いて、また突っ走って、跳ね返されて、泣いて。
由比ヶ浜、お前はバカだ。
好きになる相手を間違えてる。




でも、本当にバカなのはーーー。






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ベッドに仰向けに寝転がって、ただぼーっとしていた。
時折深く溜息を吐いたりしてみて、心機一転を図ろうとするが何も変わらない。
先ほど風呂に入ったせいで、濡れた髪の毛からほのかにシャンプーの香りがして、余計に心は暗くなった。


ーーーあの後、泣き止んだ由比ヶ浜は俺から顔を離すと、ありがと、とだけ優しく呟いてから帰っていった。
由比ヶ浜を玄関で見送った後、俺はしばらくそこに立ち尽くしていた。
もうそこに由比ヶ浜は居ないのに。
あの由比ヶ浜の温もりはないのに。
あの由比ヶ浜の涙は拭えないのにーーー


現在風呂から上がってベッドで横になり、自問自答を繰り返している。いや、答が出ていないので自答はしていないが…。
結局仲直りしたかどうかも曖昧なままで、週明けからどんな顔して会えば良いのかすら分からない。
コレってもしかして雪ノ下に怒られるヤツ?え、すげー嫌なんだけど。月曜学校に行きたくない。
ちなみに普段から月曜は学校行きたくない。なんなら毎日休みたいまである。



小町「なにしてんの?」

八幡「……ノックくらいしようね?」



いつの間にやらドアを開けて小町が侵入してきていた。
お兄ちゃんビックリ!うちの妹ってくノ一だったの?お銀さんよりも可愛いから水戸のご老公も鼻の下伸びっぱなし間違いなしだね!
っていうかホントノックしてほしかった。
今お兄ちゃん、枕を優しく抱き締めて反省会してたんだからさ。
そりゃもう枕をあの時の由比ヶ浜と仮定してね。





八幡「んで、なんだよ」

小町「んー、ただ今日は結衣さんとどんな話してたのかなぁって」

八幡「………別に。お前に言うようなことは何もなかったぞ」



嘘をついた。
いや、確かに小町に言うことではないのは事実だが、今回のことは明らかに俺一人の力では何もできない気がする。
俺には余りにも大き過ぎる案件だったのは間違いない。そしてその大き過ぎる案件を俺は『それはできない』とたったの7文字でぶった切ったのだ。



小町「…ふーん」



疑いの色を込めた目を細め、相槌を打つ小町に、これ以上追求されたら何と答えようか…と考えていたが、それは杞憂に終わった。
少しの間、沈黙が降りて互いに見合っていると小町の顔が少し朱に染まる。
こちらの怪訝な視線には動じることなく、お兄ちゃん!と声高に呼んでくる小町に嫌な予感がする。



小町「一緒に寝よっか」

八幡「は?」



見事予感は的中。
もうお兄ちゃん最近小町ちゃんの頭の中が心配で仕方ないよ。
もはや怖いまである。
ただ、最近やけにべったりしてきて、尚且つそんなことを言ってくる小町が可愛いとさえ思えてきて嬉しくなってる俺もいる。
あぁ、八幡はダメなお兄ちゃんです…。





八幡「小町、お前最近おかしくないか?」

小町「んー?なにが?あ、そっち詰めて」



喋りながらズカズカとベッドの上に乗っかると俺を端へと追いやる。
いやホントおかしくね?
もう何が一番おかしいって俺がその小町の指示に従って端によけてることだよねっ!
コレそろそろ高坂家みたいになるんじゃね?
こんなとこあの小町溺愛のバカな父親に見られたら本気で東京湾に沈められそうなんだけど…。
どうせだったら俺の千葉愛に免じて亀山湖にして欲しい。



八幡「小町」

小町「ん、なあに?」

八幡「……なんかあったのか?」

小町「ほぇ?なんで?」

八幡「いや妹の最近のこういう行動にお兄ちゃん不安を隠せないんだけど…」

小町「………」

八幡「…やっぱなんかあったか?」



小町の無言で不安が加速する。
隣に寝転がる妹を横目でチラリと見ると、小町が横向きになりこちらを睨んでいることに気付いた。



小町「お兄ちゃんっ!」

八幡「はい」






小町「小町はお兄ちゃんに言われた通りにしてるだけだよ!」

八幡「…俺、お前にこんなことしろなんて言ったか?」



え?寝言とか呟いてた?
それでこんなことしてきてんの?
それはそれで小町にも問題ありそうなんだけど…
もちろん一番の有罪は俺ですね。
くそっ!俺のバカっ!なんで言っちまうんだよぉ!!



小町「違うもんっ!けど小町に癒してくれって言ったでしょ!」

八幡「…………あぁ、そういや言ったかも…」

小町「あぁもう!これだからゴミいちゃんは」



あぁ、、確かに言ったな。
あ、それで最近のコレだったのか。
うん納得。
………………。
………………。
………………いや待て、全然わかんない。
その言葉からなんでこうまで激しいスキンシップになるんだ?
え、お兄ちゃん余計に妹が心配…。



八幡「あーっと小町?俺は確かに小町の家事スキルで癒してくれみたいなことは言ったと思うが、ここまでしろとは…」

小町「………嫌?」






嫌じゃないっす。
マジで全然嫌じゃないっす。
ていうか妹にかまってもらえて嫌になる兄とかいないんじゃない?
そろそろ企業は妹付与とかのサービスしたら売り上げとか莫大に伸びそう。



八幡「あのな、嫌とかそういう問題じゃねえだろ…。………はぁ、まぁもういいわ、もう諦めたわ考えるの面倒くさいし」

小町「うむ、それで良いのだっ」



深い溜息を吐いて、小町から視線を外す。
たぶんきっと絶対ダメなんだろうけど、もう今日は良い。
もう今日は疲れました。
もう隣に小町がいるだけで癒されるから良いわ。
………アレ?ちゃんと癒されちゃってんじゃねーか。
アレ?だったら全然良くね?
たぶんきっと絶対ダメだけど。
Never say neverだよ、うん。



小町「……なんかあったのは、お兄ちゃんの方じゃないの?」

八幡「………」

小町「……なんとなくね、分かるんだ。アホな妹でも、ずっと一緒にいると。小町、いつでも相談に乗るからね?小町ってそれくらいしかできないから…」

八幡「………」

小町「……なんかごめんね、おやすみっ」

八幡「……あぁ、おやすみ」



そう言うと小町は横向きのまま完全に密着してきて、キュッと俺の手を握った。
その手を俺も極力そっと握り返す。
もしここに雪ノ下が居たら即刻通報されてる。
他人が兄妹でこんなことしてるトコロに出くわしたら俺が通報してるまである。
そんな小町の手の体温をしっかりと受け取って、静かに目を閉じた。
小町にはいつも助けられてる。
今だって、こうして落ち着いて瞼を閉じることができる。
今日は色々とあったのに…。
色々と……。
……………由比ヶ浜…。
そんな事を考えているうちに、深い眠りに落ちていった。





翌日の土曜日、現在14時過ぎ。
昨日の雨は止み、曇り空から少し晴れ間が差し込んでいた。
晴れ間が差し込んでいていてもこの季節は少し雨が降っただけで気温がグッと下がる。
実際には気温としてはそんな低くはないのだが、体感温度としては寒い。
願わくばこういう寒い日は家で炬燵にコッポリ入ってダラダラするに限るのだが、俺の現状はさにあらず。



八幡「お前昼飯は?」



現在俺は最寄りのララポートに来ている。
こんな寒い日といえど、世の中子供から大人まで元気あり過ぎというか暇人が多いというか、多くの人で賑わっていらっしゃる。
もちろん俺は暇人の部類に入る。
そんな俺の今日の出かける要因になった隣を淡々と歩く人物に話しかける。
下はジーンズ、上はグレーのタートルネックのニット、その上にベージュのステンカラーコートを羽織り、歩くごとに綺麗にシュシュでまとめられた青みがかった黒髪が揺れている。
つまるところ川なんとかさんが居るわけだ。
俺の問いに川なんとかさんは特に感情も込めずに応える。



沙希「食べてきた。……あんたは?」

八幡「俺も食べてきた」

沙希「……ふーん…」



俺の返答に少し眉間に皺を寄せる川なんとかさんを横目で見て変な気分になったが、それきり会話は特になく、更に行き先があるわけでもなく、ただ二人とも店内をブラブラと歩いていた。
ブラブラであって決してラブラブではない。
俺がラブラブなのは戸塚だけだ。もちろん一方的なラブだけどね!






沙希「そこ入らない?」



それからわずか4分程度で沈黙を破ったのは川崎の方で、指を指したのはララポート内にあるカフェスペース。



八幡「ん、あぁ」



店員に促されるまま席に着いて適当にコーヒーの注文を済ます。
高校生が休日に私服でとはいえカフェにいるのはなんだか浮く。
高校生の財布事情にカフェは値段が釣り合っておらず、おそらく周りの大人達には大人気分に浸りたいガキが…という目で見られているのだろう。
それに加えて川崎の容姿に相反して目の腐った俺が居ては悪目立ちしてしまうんじゃないかと心配にもなる。
世界って残酷だね。
人は見た目でしか判断されないんだから。



八幡「それで、今日は何の用事だ?」



コーヒーが出てくるまでの間に今日の本題を投げかける。
事の発端は今朝の10時前くらい。
リビングでぼーっとして小町の話に適当に相槌を打っていた時、小町の携帯に彼女の弟の川崎大志から連絡が入ったのだ。
電話を切るなり小町に『今日の14時、ララポート前ね』と言われて、意味も分からず来てみれば川崎沙希が居たというわけだ。
自分でも何を言っているのかよく分からないから突っ込まないでほしい。



沙希「あんた、妹から何も聞いてないわけ?」

八幡「まぁ…」

沙希「…………なんかあった?」

八幡「は?」






川崎の問いに心臓が飛び跳ねる。
ちょうどその時、店員がコーヒーを置いてごゆっくりどうぞ、と定型文を述べて立ち去っていった。
無意識に視線をマグカップ内のコーヒーに落とす。
今の会話のどこに俺の内面を見透かせるポイントがあったのだろうか?
俺は川崎の問いにたったの二文字しか使っていないわけだが…。
俺の声色か?表情に出ていたか?
俺の疑問を読み取ったように川崎が応えた。



沙希「……理由も何も聞いてないのにここまで来るって、なんていうか、らしくないし」



………あぁ、なるほど。本当だ。確かにそうだ。
川崎の言葉はストンと俺の中に落ちた。
詳細も教えられてないし、理由もないのに俺が休日にこんなとこまで一人でノコノコとやって来た、全くもって俺らしからぬ行動だ。
そしてそんな行動をした理由は分かっている。
自覚はしていながらも、それを川崎に言うべきか、言ってもいいものなのか、判断がつかず適当に濁した。



八幡「たまたま今日は出かけたい気分だっただけだ」

沙希「それ自体が全然らしくないんだけど」



川崎の言う通りだ。
そんな事あるはずがないのに。



八幡「……んで、お前の話は?」



俺の乱暴な切り返しに川崎は少し不満そうに眉根を寄せる。






沙希「……いい」

八幡「は?」

沙希「あたしの話はいい。っていうかもとから特にないし」

八幡「待て、意味が分かんないんだけど」

沙希「あたしもあんたと同じで、昨日大志にこの14時くらいにララポート前って言われて来ただけだから」

八幡「それって……」



あー、お兄ちゃん段々分かってきちゃったよ小町ちゃん。
これは帰ってお仕置きが必要ですね。
休日に俺を外に出した罰と、このカフェ代の分はきっちり叱ってやらにゃならん。
大志に関しては今度会ったらもうただじゃおかねぇ。
頭の中で(大志だけに)呪詛を呟いていたが、川崎の気怠げな目と目が合ってやめた。



沙希「でもそれも別にいいよ」

八幡「いや俺はよくねえんだけど…」



全然いくない!
時は金なりという言葉を知らんのか。
タイムイズマネーだよタイムイズマネー。
んー、この英語で言った時の海浜幕張高校っぽさがヤバい。
どのくらいヤバいかって、思い出しただけで頭を抑えたくなるくらいヤバい。
彼らの意識の高さは家庭でも発揮されるのだろうか?
つまり自分の親とかの前でもあんな感じなのだろうか?
うちの親の前であんな感じだとぶたれそうなんだが…。小町には嫌われるまである。



八幡「つうか俺自身、お前に話すことは特にないからな?」






これは事実だ。
確かに俺は昨日、由比ヶ浜に告白をされた。
だがそれを他人に話したところで何も変わらない。
他人に話した故に、噂となることだってある。
噂は次々と曲解されていき、最悪もう俺と由比ヶ浜は他人によって関係を切ることになるかもしれない。
川崎が他人に言うとは思わないが、ていうかこいつも言う友達いないだろうし…、でも言わないに越したことはない。
川崎は口を引き結んで、ジロッと睨めつけてくる。



八幡「………確かに何も無かったわけじゃねぇよ。でも人に言うようなモンでもねぇし、言う理由も……」



『理由』、その言葉を俺は使って良いのだろうか。
由比ヶ浜を理由もなしにフった俺に、そんな言葉を使う価値があるのか。
川崎は俺の言葉が切れたことに怪訝な視線を向けてきてから、諦観混じりに深い溜め息を吐いた。



沙希「……またそれ?」



川崎の目はいつものように気怠げで、でもどこか寂しそうで。
その視線に飲み込まれて、ただ黙って彼女の言葉の続きを待った。



沙希「理由って、そんな大事なわけ?」







店内には他の客だっている。
当然喋っている人だっている。
でも、川崎の声が、とてもクリアに聞こえた。
昼時の少しざわついた店内に、まるで俺たち2人しかいないかのように、ただ静かに、川崎の言葉を待った。
俺が欲しかった答を彼女が知っているような気がして。



沙希「……理由って大事だとは思うけど、必要なものだとは思わない、っていうかさ…。まぁあれば楽だとは思うけど…」



理由が必要ないという理論はどこからくるのだろうか。
わからない。
わからないはずなのに、なぜか、その言葉たちがストンと中に入ってくる。
なぜか、その理論に胸の奥が、熱くなる。
だからだろうか。
言うつもりもなかったし、川崎に言う理由もなかったのに、なぜか無意識的に言葉を発していた。



八幡「由比ヶ浜に、告られた…」

沙希「でもなんていうかーーーは?」



先ほどまで言葉に出すことを頑なに拒んでいたのに、俺の中で何かが吹っ切れたのか、スルリと言葉が出てくれる。



八幡「いやだから、由比ヶ浜に、告られた」

沙希「………ぇ?」



ん?もしもし?あれーおかしいなぁ。俺の声が聞こえてない?
ならもう一回言ってみるか。
これで聞こえなかったらきっと川崎にはノイズキャンセリング機能が付いていて、俺の声をノイズだと認識しているという風に解釈しよう。



八幡「だからーーー」






俺の言葉を両手を胸の前でブンブン振って遮る。



沙希「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待って!え?由比ヶ浜?こ、こ告白?え?は?え?」

八幡「おい、ちょっと落ち着け」

沙希「お、おおお落ちついてるからっ!」



うーむ、なんでこの娘こんなにドタバタしてるの?
そんなに俺が告白されるのが意外でした?
俺みたいな男子が告白されてはダメでした?
良いじゃありませんか、目が腐ってる所を除けば顔はそれなりにマトモな方なんだぞ!
川崎はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して、額に手を当てて尋ねてくる。
おぉ、そのポーズ、雪ノ下みたい。



沙希「そ、それって、その、本当…?」

八幡「いや、こんな嘘つかねぇよ。エイプリルフールじゃねぇんだから。いやエイプリルフールでもつかねぇけど」



ていうかそもそもエイプリルフールに嘘つき会ってキャッキャウフフする様な友達がいないんですけどね?
そもそもエイプリルフールだからって無理して嘘つかなくても良いと思うのん。



沙希「えっと……、その、へ、返事は…?」



その視線落としてモジモジ喋るのやめてもらえませんかね?
何かすごく居づらいんだけどなー。



八幡「それは…………断った…」






あの時の由比ヶ浜の布越しの肌の柔らかさが、温もりが、顔が、頭の中にフラッシュバックして、つい声に力が無くなった。
俺のその反応に川崎は落ち着きを取り戻して、すっといつも通りの、しかし真剣な顔に戻る。



沙希「………そう、だったんだ…」

八幡「あー、いやそんなお前が暗くなるような話じゃないだろ。俺と由比ヶ浜の問題だし、それに一応こうして解は出てんだから」

沙希「………なんで?」

八幡「は?」

沙希「……由比ヶ浜をフった理由。なんでフったわけ…?」

八幡「それこそ聞いてどうすんだよ…」

沙希「それは……その、参考に…」

八幡「俺の話なんて聞いても参考になんねぇよ。自分で言うのもなんだが、周りの奴らと考え方とか価値観とかかなり違うと思うぞ俺って」

沙希「良いよ、それでも」

八幡「………エラく食い下がるな」

沙希「そういうわけじゃ…」



川崎の目は至って真面目だ。
ただの好奇心や、からかいのために聞いてきているのではないと分かる。
ここまで食い下がってくるのも、何か意味があるのだろう。
だからこいつになら俺は言っても良いと思える。
というよりすでにここまで言っているのだ。
今さら渋っても仕方ない。
だから少し息を吸い込む。




八幡「アイツをフった理由があるんなら、俺が知りてぇよ…」








* * *




翌々日の月曜、俺は憂鬱だった。
朝、否が応でも由比ヶ浜と顔を合わせることになるであろうことを思うと憂鬱になった。
登校後、一度も視線を向けてこない由比ヶ浜の態度に思わず屋上から飛び降りそうになった。
そして現在放課後、とりあえず部室に行こうと鞄を手に取り、ノソノソと廊下を歩いていると後ろから背中を叩かれた。
振り向いた先にいた人物に思わず息を飲む。



結衣「やっはろ〜」



俺の顔が相当面白い顔になっていたのか、由比ヶ浜はしてやったりという風ににっしっしとイタズラな笑顔を見せる。
それでも俺がポカンとしていると、今度はその顔をしまい、少し真面目な顔になって見据えてきた。



結衣「ヒッキーすごくビックリした顔してる」

八幡「え、いや、だって、お前……」



何か言わねばならないのに、何も言葉が見つからない。
俺の疑問を解消してくれるように、全てお見通しといったように、優しい目で優しい声音で話しかけてくる。



結衣「もう、話したりしないって思ってた?」

八幡「…そりゃ、まぁ……あんな事があったし…」

結衣「もうやっぱりっ!そんな、中学生じゃないんだしさ!」






そこで由比ヶ浜はいつものように笑顔になる。
その笑顔を見て、俺もどこかホッとした。
しばらくその顔を見ていなかったような気がする。
だからだろうか、とてもその笑顔が、眩しい。



結衣「そんな風にはなんないよ。なりたく、ないよ…」

八幡「………」



再び真剣な表情。
そこで由比ヶ浜が歩き出したので俺もそれに続く。
いつもの部室までの道のりだ。
なのにとても遠く、放課後の学校の賑わいなど感じさせない廊下に軽くめまいを感じた。
由比ヶ浜がポツリと、独り言のように言葉を漏らすが、こんな静寂の中では全てがハッキリと聞こえる。



結衣「……もうすぐで2年も終わりだね…」

八幡「……そうだな」

結衣「………きっと3年生もすぐ終わるんだろうなぁ」

八幡「…………たぶんな」

結衣「……そしたらさ…」



由比ヶ浜の言葉が詰まった。
言おうとしていること、あるいは考えていることは分かる。
それはきっと、俺の、俺達の、彼女達の、未来。
俺がずっと、ずっと考えてきた、あるいは避けてきた、現実。



結衣「……そしたら、、どうなっちゃうのかな?」

八幡「………」






なぜ、由比ヶ浜は唐突に、このタイミングでこの話をしてきたのだろう?
これは先日の彼女の告白に何か関係性があるのだろうか?
いや、関係があろうとなかろうと、俺にはその問いに答えられる解がない。
だから俺はただ黙るしかなくて、そんな俺を横目でチラリと見た由比ヶ浜はクスッと微笑んだ。



結衣「きっとね、3人とも違う進路に進むと思うんだ。だから来年の1月にセンター試験があって、その頃は勉強が忙しくて部活そんな出来なくなって、試験のあとは自由登校とかになってさ、たぶん、もう奉仕部でいられる時間って少ないんじゃないかなって思う」



由比ヶ浜の指摘はおそらく間違いなくて、ものすごく現実的で、あまりにも生々しくて、だからこそ俺は未来が怖くて、どこか痛くて、なぜか切なくて、無自覚に寂しくて。



結衣「進学、それとも就職で誰かが県外に行くかもだし。もしかしたら外国行っちゃうかもだし…」



パッと雪ノ下の顔が思い浮かんだ。
あいつなら本当に海外とかまで行ってしまいそうだ。
でもね、と由比ヶ浜は言葉を繋いだ。




結衣「きっとあたし達は、大丈夫だと思うんだ。だからーーー」



何が大丈夫なのだろうか。
不確定の未来をこうも強く信じられる由比ヶ浜の根幹を支えるものはなんなんだ。
いつか絶対に終わりは来るのに。





結衣「ーーーだからこの前、ヒッキーに告白したんだよ」







だから、と言われても何がだからなのか分からない。
由比ヶ浜の言葉の意図するところが全く読めず、隣を歩く由比ヶ浜をチラリと見ると頬を少し朱に染めていた。
うん、そういう顔見るとドキドキしてきちゃうからやめてね?



八幡「それって、、どういう…」

結衣「きっと、大丈夫だって、思ったから…」



たははと照れくさそうに笑うと、由比ヶ浜はキュッと足を止めた。
俺もつられて足を止めて、由比ヶ浜に向き直る。



結衣「告白してフられても、きっと、いつもみたいに居られるって……もしかしたら、もっと強く繋がれるかなって、思ったから」



互いに向き合って、その真剣な目を見ればなんとなく由比ヶ浜の本意が読み取れた。
そのくらいには、俺たちはもう繋がれているということだろうか。
由比ヶ浜はきっと、自分の奥深くにある想いをぶつけることで、再び、より強く繋がれるのではないかと思ったのだろう。
例えそれが、俺への告白でも。
そして俺が、断ったとしても。
それでも強く繋がれると思ったのは、きっと俺への信頼。



八幡「……いやでも俺、さっきお前に話しかけられるまで…」

結衣「そりゃね、あたしもそうだし。なんて話しかけたら良いのかなぁとか全然分かんなくて困ってたから…。でも良いじゃん!今こうして話せてるんだから。結果オーライだよっ!」

八幡「お、おう、そうか…」






そうなのだっ!と元気よく相槌を打つ由比ヶ浜。
そこで再び歩き出そうとする彼女に、俺はつい聞きたいという衝動を抑えられず、声を発した。



八幡「なんで、そんなに俺を信頼してるんだよ」

結衣「んー…」



由比ヶ浜は顎に指を立てて少し黙考してから顔を上げると、意地悪そうに聞き返してくる。



結衣「ヒッキーはなんであたしをフッたの?」

八幡「は?えっ、あ、あー、それは……」



まさかの不意打ちに急所を突かれて動揺してしまう。
いやホントアレな。たまにいる不意打ち持ちのガルーラ様。
この前も不意打ち急所当たってやられたからなー。マジで次回作ではガルーラ様の調整おなしゃす。
って今大事なのはそこじゃなくてぇッ!!
あぁ、なんて答えれば良いんだよぉ…。



八幡「あー、まぁそのなんだ、別にお前のことが嫌いとかじゃなくて、むしろアレで、アレなんだけどなんか違うっつーか、よく分からんっつーのが実際のとこっつーか、なんか俺自身よく分かってないみたいな………」

結衣「あー、いやもう良いから。なんかよく分かったから。っていうかヒッキー言ってること最低だし…」



え?なにその目…。
俺そんな最低なこと言ってた?
あー……うん言ってるね!
なんなら平手打ち飛んできてもおかしくないくらい最低なクズ男だね!






由比ヶ浜はやれやれといった風に溜め息を吐くと呆れ混じりの顔で見てくる。
うん、その気持ち分かるよ。
いやこんな奴の相手してると溜め息の一つや二つ吐きたくなるよね。
特にそんな奴に自分が告白したのかと思うと一気にやる気なくなると思うわ。なんなら屋上から飛び降りるまである。



結衣「……でもね」

八幡「お、おぅ」

結衣「………きっと、そんなモノだよ」

八幡「は?」

結衣「ヒッキーやゆきのんってあたしなんかよりずっと勉強できて、色んな事知ってて、使う言葉難しくて、カッコ良くて、すごくあったかいけど、けど、ホントにバカだよ」

八幡「………」

結衣「あたしだって、ヒッキーの事をこんなに信じられる理由なんてよく分かんないもん」

八幡「ぇ?」

結衣「きっとね、この一年ずっと一緒にいたってこともあるだろうけどさ、それだけじゃないもん。でも多分それは言葉じゃ言えないことだよ」



そうだ。
俺は由比ヶ浜をフった理由を言葉にできない。できなかった。
そんな俺を由比ヶ浜は許してくれるのか。
由比ヶ浜がずっと大事に閉まっていた想いを、たったの二言三言で一刀両断し、その一太刀の理由は実はありませんでしたなんて事を、由比ヶ浜は許容できるのか?



八幡「……なんでーーー」







俺の言葉を由比ヶ浜が端的な言葉で遮る。



結衣「人だからだよ」

八幡「は?ヒト?」

結衣「うん。きっとね、ヒッキーやゆきのんは人だからこそ理由とか論理?とか求めるべきだーって言うかもだけど、あたし思うんだ。人だからその時の感情とか雰囲気とかに流されるんだって」



由比ヶ浜の言葉は的を射ているのではないか。
その証拠にその言葉たちがパズルのように頭に吸い込まれていくのが分かる。
あぁ、やはりそうか…。
こいつは、由比ヶ浜はーーー。



結衣「ウチのサブレだって色んな事考えたり感じたりしてるんだろうけど、でもあたし達ってワンちゃん達よりも色んな事勉強してて、考えてて、感じられるじゃん」

八幡「……そうだな」

結衣「だからね、その時の感情とか雰囲気に流されてばっかなのはあんま良くないと思うけど、でもやっぱ理由がないのに勝手に動いちゃうんだよ!………アレ?なんか言ってること意味わかんないかも…」

八幡「心配すんな、たぶんちゃんと伝わってるから」

結衣「…そっか。なら、良かった!」



エヘヘ〜とはに噛む仕草に見惚れてしまう。
人は、他の動物以上に物事を感情的に、感覚的に捉えられるからこそ、動かずにはいられない。
そこに理由がある時もあるが、無い時の方が多い。
理性的であるはずの人間は、実は他生物よりもずっと利口になったせいで、ずっと本能的になってしまう、由比ヶ浜はそう言っているのではないだろうか。

ーーーそうだ。
ーーーこいつは、由比ヶ浜は、いつだって俺や、雪ノ下が辿り着けない答を持っていた。
俺たちがいつまで求めても辿り着けない境地にこいつは居て、いつだって俺たちを手招いてくれた。
だから素直に、ただ純粋に、由比ヶ浜結衣を、すごいと思った。







結衣「だから、かな…。ヒッキーにフられて…でもフった理由は特にないって言われてさ、でもなんか結構大丈夫っていうかさ…」

八幡「それなら良いけど…」

結衣「辛くないわけじゃないよ?やっぱ好きになった人と付き合えないってさ、結構クるし…」



そういう言葉は言わないでもらいたい。
マジで罪悪感がパないから。
つかマジでなんでダメだったんだろうなぁ…
あー、俺完全に婚期逃したわー。
いやそれだとまるで付き合って結婚みたいな小・中学生みたいな発想でそっちがキモ過ぎてパないけど。
でももしかしたらこれって俺、マジで一生……やめよう、考えると自殺しちゃうから。



結衣「ねぇヒッキー………」

八幡「あ?」

結衣「あのさ…」

八幡「なんだよ…」

結衣「やっぱ……やっぱヒッキーのこと……」



お、おいおいおい…これはアカンやつやろ絶対…。
由比ヶ浜、落ち着け、待つんだ。



結衣「…………」

八幡「…………」

結衣「…………」

八幡「…………お、おい。どした?」






なに?なんなのこの沈黙?
ドキドキし過ぎて俺の方が不安になっちゃったじゃないのよさ。
かーっ、こういう時マジどうして良いかわかんねーわー。
いやホントォ、この状況における俺の行動は何が正しいのか教えて欲しいんですけど変な話ぃ。



結衣「……んーん、やっぱいいや!この話はここまでってことで」

八幡「…お前がそれで良いなら……」

結衣「うんっ!これからもよろしくね、ヒッキー!」

八幡「…………おう」



その笑顔の裏にはいったいどんな想いが隠されたのだろうか。俺はどれだけの痛みを由比ヶ浜に与えたのだろうか。どれだけの痛みを由比ヶ浜は抱え込んだのだろうか。
多くの疑問がただ募るばかりだ。
だが、俺にはそこを追求できるほどの勇気がない。
例えそれらの疑問の解答を得ても俺にはどうしようもないし、きっとそれは由比ヶ浜自身が許してはくれないだろう。
どんな理由であれ、理由がないであれ、俺は由比ヶ浜の前では強くなければならない。
それが告白してくれた相手をフるということなのだろう。



雪乃「こんな所で何をしてるの、由比ヶ浜さん?」

八幡「うぉっ」

結衣「ゆきのんっ!」



突如後ろから声をかけられてビックリする俺を置いて由比ヶ浜は雪ノ下にガバッと抱きついた。
………なんか、こうね、仲が良いのは良いことなんだけどさ、1人忘れてませんかね雪ノ下さん。奉仕部ってもう1人いたよね?ねっ?!
俺のつぶらな熱視線に気付いたのか雪ノ下はわざとらしく首をかしげる。



雪乃「ーーーと、ヒキガエル、くん?」

八幡「違うから。そろそろ名前覚えてくれませんかね」

雪乃「気が向いたらね」







いやそんな微笑まれても…。
…………。
…………。
なんだろうか、この感じ、すごく久しぶりな気がする。
そう感じたのは俺だけではないらしく、由比ヶ浜が雪ノ下から身体を離して俺たちに微笑みかける。



結衣「なんか、久しぶりだねっ。こういう感じっ」

雪乃「そうね」

八幡「……だな」

雪乃「とは言っても実際、先週まではこんな感じだったのだけれど」

結衣「あ、あー……ゴメンねゆきのん」

八幡「……悪い」

雪乃「…別に。あなた達が関係を修復して、その………また奉仕部に来てくれるのなら、構わないわ」

結衣「ゆきのん……」



……最近の雪ノ下は、初めて出会った時から比べるとどうなっただろうか?
こんな台詞をあの頃の雪ノ下は言っただろうか?
見た目は依然として凛々しく、清く、気高く、美しい。
まるで絵画的なその姿は変わっていない。
変わったのは雪ノ下の中身だ。
あの頃には考えられないほど柔和になったと思う。いや俺にはまだちょっとかなり冷たいかもだけどね……。
でも、それでも確実に、俺たちは少しずつ理解を重ねていく上で今の関係になれたのではないか。
それでもまだ、全ては知らず、いや、俺はまだ彼女たちのことを1割も知らないのかもしれない。
それでもきっと何かが少しずつ、積み重なっているように思えた。



八幡「いい加減寒い。行こうぜ、部室」

雪乃「ええ」

結衣「うんっ!」






ーーーだから、だからこそ俺は、きっとまた、何かを大きく、間違えるーーー。








* * *



寒い。
2月も後半戦に入り、ニュースでは数日前に春一番が吹いたなどと報道されていたのだが、春の訪れを予感させないその冷気に俺は身をよじらせていた。
最近の俺の休日は、見事に休日としての機能を果たしていないように思える。
というのも先週の休みに続いて、俺はまた外に駆り出されていたからだ。
さも当然のごとく前に座るのはその場に似つかわしくない仏頂面の女の子。
いや一番相応しくないのは俺ですけどね?心得てますから何も言わないで。



八幡「用事ってなんだよ」



現在俺は例の如く、という表現もアレだが、サイゼに来ていた。
昼間はサラリーマンやOLやらで賑わい、もう少し時間が経てば部活帰りの学生で賑わう。
そんな昼の喧騒に包まれた屋内には明らかに浮いている俺と彼女。
俺の周りでそんな空気を発するのは雪ノ下か川なんとかさんのどちらかくらいであり、休日に俺と二人で会うことに抵抗のない方といえば明らか後者である。
つまるところ川なんとかさんといる。



沙希「いやなんかもうちょっとあるでしょ…」

八幡「は?」

沙希「別に。ただ会っていきなり単刀直入に会う理由を聞いてくるのがあんたらしいって思っただけだから」

八幡「あぁそう…」



そんなに変だろうか?
いやきっと変なのだろう。
話の振り方や話題提供等にはかなり自信がない。
なにせあの材木座に言われたくらいだ。あの材木座にっ!!



八幡「………あー、と。んで、用事って?」






はぁ、と大きく溜め息を吐くなり、何かを諦めたように持ってきたバッグをガサゴソし始める。
諦めないでっ!
八幡との会話を諦めないでっ!
話を振ったりは苦手だけど、振られた話題に返答するのはできるんだからっ!
長所を伸ばす教育方針でいこうよっ!



沙希「………これ、はい」



川崎がバッグから取り出したのは可愛らしい小包と縦横5〜7cmくらいの正方形の小さな箱だ。



八幡「なにこれ」

沙希「良いからはい、早く受け取って」



ずずいっと前に出してくるので不承不承にそれらを受け取る。
ふむ、どうやらこの小包の中にはクッキーが入っているようだ。
そしてこちらの箱には……と川崎に目だけで箱を開けて良いかを確認すると、そっぽを向いてからコクリと頷かれたので、そっと開ける。
中には箱いっぱいに敷き詰められた茶黒い物体。
それらの上には赤茶色の粉末がかけられている。
言わずもがな、チョコである。



八幡「お前、これ」

沙希「そ、それはあたしが作ったやつ。そっちのクッキーは京ちゃ…京華が作ったやつだから、その、た、食べてほしい、んだけど…」

八幡「お、おう…。………いや、どうしただんよこれ」

沙希「ほ、ほら、前にお礼するって言ったじゃん」

八幡「あ?それは弁当じゃ………あー、そういやそれとは別に、って…」



そう、確かにいつぞやの屋上でそんなような事を言われた気がする。
でも、お礼の内容が弁当とお菓子?
なんか食い物ばっかだなー。
まぁ有難いから良いけど。





沙希「だ、だから、だからその、ほら、なんか最近バなんとかってあったし、だからその、チョコとかクッキーなら丁度いいかなって思ってて…」



バなんとか?
バ、バー、バル、バリ、バカ、バナ、バー、バス、………あん?
2月の中頃にあって、チョコやクッキー渡すのが丁度良くて、バなんとか……。
おいそれって、それって、、バレンなにがしじゃねぇかッ!!!



沙希「………ねぇちょっと」



いや、落ち着け、落ち着くんだ八幡。
バレンなにがしチョコやクッキーを貰ったからといって、それは昨今では友チョコという意味合いすら持っているのだ。
決して異性として好きだから、などではない。
いくら川崎が毎日弁当を作ってきてくれたとしてもそれは好意的なモノでは断じてなく、ただ単にお礼をしてもらっているだけだ。
毎日クラスの女の子に弁当を作ってもらえるほどの事をした覚えは全くないが。
むしろしてもらい過ぎてるんじゃなかろうか。



沙希「……聞いてる?」



そうだ!これはしてもらい過ぎてる!
自分への見返りが多いのは良いと思っていたが、善意をもらい過ぎると罪悪感が芽生えてしまう。
だがここで善意に応えられる様に今後頑張るというのは典型的な社畜っぽい。
ならばここで、俺がとるべく行動はなんだ?
そう、善意を、斬るッッッ!!!!



沙希「……なんか言ってy」

八幡「川崎」






沙希「な、なに?」

八幡「これは受け取れない。正直毎日あんなに弁当作ってもらってるし、ここまでしてもらうのは割に合わない気がする」

沙希「そ、そんなこと別に…」

八幡「俺はお前にここまでしてもらえるほどの事はした覚えがない」

沙希「でも」

八幡「まぁアレだ、欲求と罪悪感の葛藤っつうか、正直今後もお前の弁当にはあやかりたいけど流石にそろそろ罪悪感がヤバいからな。これは受け取れん」



まぁだが、けーちゃんのだけは貰ってやらんとな。
さすがに「受け取ってもらえなかった」なんて川崎に言わせるわけにはいかんし、あんな幼い子にそんな言葉を聞かせたくはない。
正直川崎に対してもものすごく悪いことをしているのは分かっている。
もしかしたら少し涙目程度にはさせてしまうかもしれない、ほら、川なんとかさんって意外と打たれ弱いから。
だが川崎の反応はそれとは真逆だった。



沙希「……ふーん」

八幡「…なんだよ、ふーんって…」

沙希「別に。ただ、京華のも受け取らない最低な奴なんだと思って」

八幡「あー、そのことなんだが流石にあんな小さい子が作ってくれたものを返すのは申し訳ないかr」

沙希「あたしのを貰ってくれないなら京華のもあげる気ないから」

八幡「待て待て待て、これはお前のためでもある。おそらく返されたらお前の妹は悲しむ、いや泣くまであり得る。しかもそれを伝えるお前も辛いだろ?ならーーー」

沙希「ダメ、絶対ダメ」

八幡「いや、ここは俺も引き下がれねぇ」

沙希「あたしも引き下がるつもりは全然ないから」

八幡「お前な…」






しばしの睨めっこ。
むぅ…といった感じで睨め合いつつも意識はそこから少しずつ遠のいていく。
知り合いの女の子が、川崎が、俺のためにチョコを作ってくれている姿を想像していた。
いや、俺のためというのは自惚れか。
他の誰かにも作ったかもしれない。
まぁ校内で川崎がチョコを作ってあげる相手がいるとは中々思えないが。



八幡「…ちなみにコレって誰かのついでだったりするのか?」

沙希「は?」

八幡「いや、なんでもないです…」

沙希「……………りまえでしょ…」



ぼしょぼしょと喋る声はあまり聞こえなかったが、その喋り方が解答と同じなのでつい俺の頬に熱が宿るのが分かった。
ゆえに俺の返答も喉の奥に引っかかってしまい、また二人して黙ってしまった。
あー、こういう時なんて言えば良いの?
相手の言いたいことだいたい分かってるのにさ、は?なんだって?って聞き返せば良いの?
おいおいそれどこのなに鷹さんだよ…
いやでも自分で聞いといて何も言わないのは人としてどうかしてるよな、まぁ自分がある意味人としてどうかしてるのは分かってるんですけどね。
なんならもう人じゃないのかも。
雪ノ下、やっぱり俺ゾンビ谷くんだったぜ…。



八幡「お、あ、おう、そりゃどうも…」

沙希「………うん」



結局思考が脱線したがためにいつも通りの気持ち悪さMAXの返答を返してしまったではないか。
ていうかそこでそんな耳の先まで紅くして頷かれちゃうと困るんですよね、えぇ。







沙希「あのさ……」








誰が想像できただろうか。
確かに、俺の目の前にいる彼女、川崎沙希はいつもどこか気怠げで、基本無関心で、見た目がちょっと恐くて、でも結構当たりに弱くて、学校に友達はいなさそうで、弟たちを溺愛していて、そして黒のレースで。
そう、何とも形容しがたい女の子である。



八幡「なんだよ」



俺はいつもの如くきっと他人から見ると目が死んでて、しかも思考はいつだってくだらなくて、でも自称結構顔は整ってる方で、戸塚と小町と戸塚と戸塚と自分の事しか基本愛してなくて、ぼっちで。
そんな何とも形容しがたい、いや、むしろゾンビとかクズとかカスとかキモいとかゴミとかたくさん形容できちゃうんですけどちょっと泣いて良いですか?
まぁそんなかなりアレな俺。
そんな俺に対して放たれる言葉を世界中の誰が想像できただろうか、いやできない(反語)。



沙希「…」



彼女の俯いていたその顔が申し訳なさそうに動く。
少し口を引き結んで、眉間には力が入っている。
瞬間的に合わさった瞳にはどこか熱がこもっていて、逸らされた瞳には恥ずかしさが滲み出ている。
動きそうになった唇をバッと手が覆う。
それらは何かのサインだったのだろうか。
俺は気づかなかった。
こうした経験がないから。
だから俺は何も警戒していなかったのだ。
ゆえにその言葉は、俺を凍りつかせた。













沙希「…………好き…」





このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月31日 (火) 22:25:14   ID: kNg3XeyK

面白いので過去作
何回も読みました(^o^)
今回も期待(^ω^)

2 :  SS好きの774さん   2015年05月20日 (水) 19:18:17   ID: PsxrorGM

由比ヶ浜の扱い方が、、、、笑
だけど面白いので続いてください

3 :  SS好きの774さん   2015年11月23日 (月) 09:40:30   ID: b_UblVLx

続きが気になって仕方ありませんw
早く続きください!

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