上条「I'll destroy your fuck'n fantasy!」(134)

このSSは、もし「とある魔術の禁書目録」の舞台が1960年代のアメリカだったら? というIFストーリーです。
・実在の人物や出来事も登場予定。
・原作の登場人物の多くが外国人化&性格や口調、容姿が原形をとどめないほどに改変されたキャラもちらほら。そもそもストーリー展開がオリジナルになるかも。
・原作の文庫本を数冊持ってる他は、ほとんどの知識をネットで仕入れたので、設定はいい加減かもしれないし知識もほとんどない。
・文系なので科学知識が間違っているかも。世界観はなるべく史実をなぞるものの、やはり間違いがあるかも。
・ss(スレ立ても)初心者で、かなり遅筆。
以上の問題点が我慢ならない、もしくは生理的に無理だという方はブラウザバックされた方がよろしいかもしれません。他にも、何かと至らない点がございますが寛大に扱っていただけると幸いです。
それでは、どうぞ↓

1967年7月某日、メキシコシティ-


前日までの雨が嘘であるかのように、空はからりと晴れ上がっていた。ただし、湿度が相変わらず高いため、早朝だというのに街全体がサウナのような熱気に包まれている。そんなうだるような蒸し暑さの中でも、コロニア・ローマ地区のティアンギス(定期青空市)はいつもと変わらない賑わいを見せていた。通りの至る所に唐辛子、トマト、アボカド、豆、出来合いのトルティーヤなどが所狭しと並べられている。四方八方に商人の威勢のいい呼び声が飛び交う市場の中を、ロバの牽く荷車や籠を背負った行商が行き交っている。

かつてこの街がテノチティトランと呼ばれていた頃からほとんど変わっていないであろう、ごく日常的な光景。それでも、この数百年の間に多少の変化があったようで、明らかに場違いな、垢抜けた服装の白人もちらほら見受けられる。ヨーロッパ、もしくは北米からの観光客であろう。

そんな中を、一人の若い女性が足早に歩いていく。彼女もまた、他の街の住人同様浅黒い肌の持ち主であった。一見脇目も振らずに歩いているようだが、よく観察してみると絶えず四方八方に気を配り、周囲の視線を気にしているのが分かる。来た道を振り返ることもしばしばだ。まるで何者かに追われているかのように。事実、誰かに尾行されていないかどうか気にしているのだが。

やがて女性は市場を抜け、往来の激しい通りをしばらく進んでから古い建物が軒を連ねる路地に入った。先程までの通りとは打って変わって、閑散としている。市内の主要な通りに比べたら狭いが、それでも自動車が数台通れるだけの幅はあり、普段も決して通行人の数が少ない訳ではない。しかし、この静けさは一体どういうことなのか。本当に誰もいない。

やがて女は異変の原因に気付いた。数メートル先に立っている、槍を持って軍服に身を包んだ屈強な大男。彼を中心として、路地全体に異様な空気が立ち込めている。その筋骨逞しい体から放たれる威圧感もさることながら、やはり男の全身から滲み出る常人とは明らかに異なる雰囲気が原因なのだと傍目には映るだろう。少なくとも、その男がとても友好的なようには見えない。

「人払い(オースィラ)だ」まず男が口を開いた。
「貴様らが何を企んでいるのかは知っているぞ。貴様が数日前に殺害された女性に成りすまして当局の目を欺こうとしていることもな」そう言って彼はニヤリと笑い、槍を構えた。
「だが生憎、我々はそんな見え透いた手には乗らない。さあ、残りのお仲間が何処にいるのか、洗いざらい吐いてもらおうか」
女は返事をする代わりに、やれやれとでも言いたげに首を振って見せた後、さも大儀そうに懐から黒光りする鋭利なものを取り出した-

数分後、男が路地から出て来た。

面白そう
期待してる

市の中央部にあたるソカロ広場から少し離れた場所にある鉄筋コンクリート製の厳めしい建物、その中の地上から三階の高さのとある一室にその少女はいた。色黒な街の住人の中でも一際浅黒い肌と、ウェーブのかかった豊かな黒髪は、彼女がインディオの血を引いているということを仄めかす。少女は北に面した窓のそばに佇み、外の街並みに見入っていた。部屋の赤く染まった床には数人の男達が横たわっていたが、彼女はそれを気にかける素振りも見せない。


「随分と派手にやったじゃねぇか」突然背後から声がかかった。はっと後ろを振り返ると、槍を携えた大男が人の良さそうな笑みを浮かべて部屋の入り口に立っている。少女が身構えると、その大男は慌てて宥めるような口調で言った。
「落ち着いて! 違う、敵じゃない! 私だ、エツァリだよ!」
「何だ、紛らわしいな。脅かすなよ」そう言って相手の少女が緊張を解いたのをみて、大男は説得が通じたことに胸を撫で下ろした。こんなことで無駄に血を流したくない。

「しかし、本当にその紛らわしさはどうにかならないのか。いつか同士討ちになりかねない」
「敵を完全に欺くためには仕方の無いことなのだよ。口調をそっくり真似るのだって至難の技さ。僕の苦労も分かってくれ」エツァリと名乗った男は-乾季と雨季の間に行われる、トウモロコシと豆の粥『エツァリ』を食べて豊穣を祈るアステカの祭り『エツァルクアリストリ』の期間中に生まれたことが名前の由来である-突然自分の皮膚を『脱ぎ』始めた。中から現れたのは、少女と同じくらい浅黒い肌と短く刈り込まれた黒髪を持つ、がっしりとした体格の青年であった。
「アルバロ・オブレゴン通り沿いの路地裏でこの男に待ち伏せされてね。恐らく正教系の魔術師だ。この界隈で正教系と言ったら、まあ十中八九連邦警察(フェデラーレ)の回し者だろうな。数十年前まで教会とは犬猿の仲だったというのに。その時は我々の力を借りて奴らを抑えていたんだっけ。恩知らずもいいところだよ、全く」
「手強かったか?」
「いいや、こちらの手の内を完全に把握していなかったからか、たわいもなかったよ」
「成る程、苦戦したわけでは無いみたいだ。それじゃあ」そこで少女は顔を少ししかめた。
「約束の時間に30分も遅れたことに対する申し開きは無い、ということでいいな?」
「あ、いや、その」エツァリは愛想笑いを浮かべながら頭を掻く。
「それは本当にすまなかったと思っている。謝るよ」
「一体どこで油を売ってたんだ、シエスタにはまだ早すぎるというのに」戦友はご機嫌斜めだ。
「丁度ティアンギスが開いていたんで、掘り出し物がないか探していたんだ」
「呪物のか?」
「ああ。遅れたのは悪かったが、制圧のための時間が余分に持ててよかったのではないかね? それに、急に集合場所を変えるとは君も人が悪い。アラメダ公園のそばの古びたカフェで落ち合うはずじゃじゃなかったのかい、ショチトル?」そう言ってエツァリは、部屋一面の床を指し示した。床に横たわっている男たちの命は既になく、真っ赤な血が辺りを濡らしている。彼らはいずれも制服を纏っていた。
「それに関してはこちらもすまなかったな。当初の待ち合わせ場所は使えなくなったんだ、こいつらが張り込んでいたせいで。だから予定を変更した。まさか奴らも警察署が我々の手に落ちるとは夢にも思わなかっただろうよ」そう言ってショチトルと呼ばれた少女は-花を意味するナワトル語である-得意げに鼻を鳴らして見せた。
「制圧するのはわけなかったさ、意識を操って殺し合いをさせるだけなのだから。私を誰だと思ってるんだ? 『死体職人(アルテサナ・デル・クエルポ)』だぞ? しかし」そこで彼女は顔を窓の方へ向けた。
「労力に見合うだけの価値があったよ。ここからの眺めを見てみろ。中々壮観じゃないか」
エツァリは言われるままに、窓の外に広がる町並みに目をやった。

1920年代以来の政治的安定の中で、メキシコは順調に経済成長を続けており、国全体が成長の途上にある。メキシコの首都たるこの街は尚更であり、特に近年の目覚ましい発展は驚嘆に値する。現在の街の繁栄からは、前世紀半ばから今世紀初頭にかけての混乱、まして400年前にこの地を襲った厄災などは微塵にも想像できない。
さらに、来年にはオリンピック開催を控えているためか、これまで以上に活気に満ちているようだ。1年前の段階でこれなのだから、開催時には途轍もない盛り上がりようを見せるだろう。西ヨーロッパや北米からの観光客でも目を見張らずにはおれないはずだ。考えただけでも胸が躍る。若々しさに満ちた街は、朝の眩い日の光のもとでより一層輝いて見えた。

「それで、肝心の話とは?」エツァリは窓から再び視線をショチトルに戻した。
「お前はこの景色を見ても何も感じないのか」
「確かに見事な眺めだ。しかし、わざわざ私にこれを見せたいがために警察相手に大立ち回りを演じたわけではないだろう?」
「そうだな、確かにその通りだ」予想外の反応の薄さにがっかりしたらしく、ショチトルの声のトーンが幾分か低くなった。感情をはっきりと表情に表す彼女の素直さを、エツァリは愛しく思うのだ。
「それじゃあ単刀直入に言おう。上層部から、例の『人間図書館』を捕獲せよとのお達しだ。英国の連中が捜索に向けて本格的に動き出した。ローマの奴らもな」
「そういえば、もう何ヶ月も北米と南米の間を逃げ回っているという話だったな。上層部がそんな命令を下したということは、近くに逃げ込んでいるということかね?」
「そうらしい。敵も我々の動きを察知したようだ」
「タイムリミットが着実に迫っているというわけか。しかし、行方が分からなくなっていたのでは?」
「既に見当はつけてある。海外の工作員によれば、ハバナで奴が貨物船の中に紛れ込んでいるのを見かけた人間がいるらしい。メキシコかカナダから密航して来たんだろうな」
「国際関係についてはよく分からないんだが、なぜカナダかメキシコなのかね?」
「現在、この辺りでキューバと国交があるのはその二国だけだからだ。って、そんなことはどうでもいいだろう! とにかく、そいつはハバナ発の貨物船に乗り込んだ。そして、そいつが乗った船は北東へ向かって行った、それだけは確かなんだ」
「キューバから北東…確かその先にはフロリダがあったはず。しかし、アメリカとキューバの仲は現在険悪なはず……」
「何もアメリカに用があるとは限らんさ。フロリダの東側にあるビスケーン湾、その入り口のところに得体の知れない実験ばかりを繰り返しているというシンガポールほどのちっぽけな島がある。貨物船はそこを目的地にしているのではないかと上層部は睨んでいる」少し間をおいてからショチトルは続けた。

「もう分かるだろう。『学園都市』だよ」

「学園都市…『大学都市(シウダ・ユニベルシタリア)』かな?」エツァリはとぼけ顔で首を傾げた。十数年前に首都の南郊に建設された学問の街。オリンピックの会場もここ。
あまりの国際情勢への疎さにイライラを募らせたショチトルは頭を掻き毟りながら叫んだ、往来にまで声が聞こえることも考えずに。
「ここまで言ってまだ分からんのか唐変木! アメリカの庭先にありながら、その意向を無視した独自の外交を行っている『国』といえば、『学園都市』しかないだろうが! 超能力開発をやっているとして世界中の魔術結社から危険視されている場所だよ!」
「ああ、あそこか! 思い出したよ!」ようやく合点がいったエツァリは、手をパンと打ち合わせた。
「で、まさか私にその街に行けというんじゃないだろうね?」
「ああ、そのまさかだ。上層部は、兵士たちそれぞれの能力を判断した結果、お前が適任だという結論に達したらしい。だが気をつけろよ、あの街はアメ公(グリンゴ)どもがこの世に送り出した事物の中でも最悪の部類に入るものだ……」
「アメ公……」祖国メキシコ-かつてはアステカと呼ばれていた-の目の上のコブ。過去150年の間に多くの土地や資源を卑劣な手段で奪い去り、それにも飽き足らず二度にわたって祖国を蹂躙した積年の怨敵。どんな街なのか皆目見当がつかないが、あの忌々しい傲慢な侵略者どもが建てたというのだから、きっとろくでもない町に違いない。そう考えると、急に不安と恐怖が頭をもたげてきた。
ショチトルはニヤつきながら、いつになく真剣な面持ちのエツァリの耳元に近寄り囁いた。

「明日中にこの国を発て、との命令だ。健闘を祈ってるよ、『お兄ちゃん』」

今はひとまずここまで。先に申し上げたとおり、かなり遅筆なので続きは明日以降になるかもしれません。ごめんなさい。
あと、何か内容や文章に関してご意見やご感想、ご指摘等ございましたら書いていただけると幸いですが、なるべくお手柔らかにお願いいたします。

それから訂正がございます。本当にすみません。
誤)きっとろくでもない町に違いない。

正)きっとろくでもない街に違いない。

期待

だだっ広く、静かで薄暗い空間をふわふわと漂う。辺り一面、灰色のもやがかかっているようで何も見えない。この空間には、俺一人。自分がどこへ向かっているのか、それすらも分からない。そもそも自分が何者なのかも思い出せない。
突然、前方から微かに音が聞こえたような気がした。「気がした」というのは本当に音がしたのかどうか判断がつかなかったからだ。再び沈黙。
また音だ。今度は確実に聞こえた。どうやら人の声らしい。でも、何について話してるんだ?声は少しずつ大きくなっていく。いや、近づいているのか。「……は……ですか?」「どうやら脳細胞が……」声が近づくにつれて前方から眩い光が差し始める。光はやがて視界を覆い尽くすほどにまで広がり、そして-

目が覚めた時、俺は白いベッドの上に横たわり、真っ白な天井を見上げていた。
ここは一体何処だろう…?
自分の置かれている状況を把握しようと上体を起こしたところで、
「おや、どうやらお目覚めのようだね?」
突然巨大なヒキガエルの顔が視界に飛び込んできた。
「わひっ?!」思いがけないハプニングに仰天した俺は思わず奇声をあげながら後ろに飛び退き、そのままベッドから転げ落ちた。

今はひとまずここまでです。続きがかけ次第投稿いたしますのでもうしばらくお待ちください。ご迷惑をおかけします。

俺も『とある魔術の禁書目録』のSS書き始めたんだ一緒に頑張ろう

>>1は可愛そう >>14みたいなうんこ作者に応援されて >>14>>1のssを見習え

重大なことを表記し忘れていました。実はこのSSは、主人公の目線である一人称とそれ以外の三人称(所謂『神の視点』になることも)で進行する予定です。急に人称が変わって混乱された方もいらっしゃると思い、この場でお詫びさせていただきます。申し訳ありません。これからは、区別のために一人称シーンでは最初にヘ(^o^)ヘを、それ以外では☆をマークとして付けることとさせていただきます。

ヘ(^o^)ヘ
「落ち着いて、まだ傷が完治していないのだから。ね? ここは病院で、僕はここの医者、君は明け方にここへ運び込まれて来たんだよ?」背中を強打して呻いていると、ベッドの右側に立っていた、医師と名乗るそのヒキガエルは手をこちらに差し伸べて来た。
「さあ、つかまって」
「へ? あ、ありがとうございます」相手が思いもよらず親切だったことに少し戸惑いながらも、俺は言われたとおり伸ばされた手を握り、そのままベッドの上まで引っ張り上げてもらった。中々強い力だ。この時、ようやく助けてくれた相手の容姿をつぶさに観察する機会を持てた。

ヘ(^o^)ヘ
ヒキガエルに見えたのは、白衣を着た小太りで中背の白人男性だった。まばらな茶髪の中に白いものがちらほらと見えるということは、結構な年なのだろう。それでいて、腕力が見かけによらず強い。若い頃に何かスポーツをやっていたのだろうか。
そして何よりも目を引いたのは、ヒキガエルに驚くほどよく似たその顔立ちだ。離れた目に大きな口。顔のあちこちにできたイボのせいでより一層カエルらしさが増している。すぐにでも虫を喰らって低い声で鳴き出しそうな顔をしているのに、表情が至って真面目そうなところが却って滑稽に思える。
彼が外敵から身を守るために首の後ろから白い毒を分泌しているところを想像した俺は、危うく噴き出しそうになってしまった。
体を前に屈めて笑いを堪えたあとに医師の顔を再び見ると、彼は怪訝な表情をしていた。
「おかしいかね、僕の顔が?」
「いいえ、違うんです。でも……本当にすみません」俺はしどろもどろに謝った。
「顔がカエルに似ていると言うんだろう? いいさ、別に気にしないよ? 初めて会った人の多くが君みたいな反応をするからこういうのには慣れているよ? 自覚はしているさ、『ドク・クロウク』なんて渾名を頂戴しているくらいだからね? むしろ親しみが持ちやすくて良いことだと思っているくらいだよ? しかし」そう言ってヒキガエル顔の医師は顎を右手の指でしごくように撫でながら首を傾げた。
「君は僕の顔を見て笑った。つまり、カエルに関する知識は失われてないということになるね? それに君は、日本人であるのにこうして流暢な英語を話して僕とコミュニケーションを取ることができる……」
「日本人? 私は日本人なのですか?」目が覚めてから、初めて知りえた自分に関する情報。それまで知っていたことといえば、ここが病院であることと目の前の人物が医師であることだけだ。そこまで考えた時、俺は重大な問題に気づいた。自分のことについて何一つ知らないのだ。

俺は今迄何をしていたのか。どういう経緯で病院にいるのか。そもそも俺は一体誰なんだ……?

「おやおや、そんな基本的な事柄を忘れてしまったのかい? 困ったな……」医師は腕組みをしてそのまま黙り込んでしまった。その間に俺は部屋の周囲を見渡してみた。何かヒントがないか探すために、でも駄目だった。壁に掛かっているカレンダーと時計の他にはベッド一つがあるだけ。唯一分かったことといえば、今日が1967年7月28日金曜日で、今が朝の8時半ということだけだ。
「実は君が寝ている間に一通り診させてもらったんだけれども……よし、もう少し調べさせてもらうよ?」腕組みをやめた医師はパンと軽く手を打ち鳴らした。
「だがその前に、君はお腹が空いているんじゃないかい? まずは朝食にして、それから軽い検査を行おうか? なに、ごく簡単なテストさ、すぐに終わるから心配ないよ?」

ヘ(^o^)ヘ
実際、検査はすぐに終わった。語尾を疑問形にするおかしな口癖を持つカエル顔の医師ー便宜上『ドク・クロウク(ケロケロ先生)』とでもしておこうかーの言ったとおり、立方体のパズルを組み立てたり一般的な知識に関するクイズに答えたり、といったごく単純なテストだ。ほとんどは難なくパスできたが、ただ一つ、『ある島の地図をみてその地名を答える』という内容のテストだけは一問も答えることができなかった。
現在俺は、再び個室のベッドの上に横になり、検査終了後にドク・クロウクから手渡された九通の封筒を開けて中身を確認しようとしているところだ。俺を病院に運び、目を覚ます直前に去って行った若い男女二人組の片割れが残していったという話だった。差出人の名は『炎の魔術師、ステイル・マグヌス』。全く面識がないはずなのに、なぜかその字面から非友好的なものを感じた。ハート型の封蝋にすら殺気じみた悪意を感じてしまうほどだ。封筒の宛先は『親愛なるトーマス・カミジョーへ』となっている。
トーマス・カミジョー。それが俺の名前らしい。日本人とアメリカ人とのハーフで16歳、近くの高校に籍を置いているとのことだ。

訂正があります。
誤)九通の封筒

正)封筒 です。 遅くなって申し訳ありません。

ヘ(^o^)ヘ
検査が終わった後、俺の病名が伝えられた。 ‘generalized amnesia’、どうやら一般的に記憶喪失と呼ばれるものらしい。
「記憶を司る海馬という部分がほとんど破壊されたのが原因のようだから、むしろ記憶『破壊』というべきだね? 神経細胞ごと失われているから、記憶を取り戻すことは望み薄だね?」もっとも、とドク・クロウクは付け加えて
「海馬は時間が経てば再生することが近年の研究で明らかになっているし、幸いにしてどうやら君の場合は自分の思い出を司る『エピソード記憶』が破壊されただけにとどまっているようだからね? それまでに蓄積した知識を司る『意味記憶』など他の記憶や記憶能力そのものは無事みたいだから日常生活を送る上で何も問題は無いはずだよ?」後は右手の小指の骨折、腹部の軽い内臓挫傷、全身の打撲傷さえ治れば元の日常生活に戻れると言われた。
どのような経緯でこのようなことになったのかも聞いた。耳を疑うような話で、聞かせてくれた先生自身も終始信じられないと言いたげな表情のままだった。

ヘ(^o^)ヘ
要約するとこうだ。ある組織に10万3000冊の本ー医師の話によると本は『グリモワール』というもので、魔術に関することが記されているらしい。あえて訳語をあてるなら『魔道書』といったところかーの内容を記憶した少女がいる。彼女には『魔術』(彼ははっきりとそう言った)が施されていて、きっかり一年おきに記憶を消さなければ死に至ることになっていた。彼女の友人である二人の『魔術師』は組織の上層部に『10万3000冊の記憶が脳を圧迫しているのだ』と嘘を吹き込まれ、泣く泣く記憶を消していたが、ある少年がー俺のことだーカラクリを見破り、強力な光線を放つとても手強いセキュリティを撃破して魔術を解除することに成功。お陰で彼女の記憶を消す必要がなくなったものの、今度は少年が代わりに記憶を失ってしまった……。

「君を病院に運んできた二人組から聞いた話でね? 真に受ける方がどうかしていると思うけど当事者である君には真実を知らせる義務があったからね?」それに、と彼はまた付け加えて、
「夜中に地上からの謎の閃光によって観測衛星が一基撃ち落とされたそうだし、彼らの話もあながち嘘じゃないのかもね?」


ヘ(^o^)ヘ
一介の高校生がなぜ『魔術』に真っ向から立ち向かって勝利することができたのか。それは俺の右手にある特別な力のお陰らしい。
『イマジネール・ブリズール』。英語読みなら『イマジンブレイカー』、日本語に訳すならさしずめ『幻想殺し』といったところか。異能の力なら超能力だろうが魔術だろうが、『神様の奇跡』ですら打ち消すことができる。そんな力らしい。
俺は自分の包帯だらけの右手を見つめた。ドク・クロウクの話が本当なら俺の怪我は魔術によるもののはず。本当に魔術を打ち消せるのなら、なぜこんなに傷ついているんだ?どうも腑に落ちない。
そもそも俺が記憶喪失なのを良いことに、俺を病院まで運んでくれた奴があの先生にデタラメを吹き込んだという可能性もある。第一、超自然的な力なら何でも打ち消せるだなんて余りにも出来過ぎている。そんな都合のいい力がどこにあるんだ。馬鹿馬鹿しい。

ヘ(^o^)ヘ
俺はもう右手のことを考えるのはやめて、封筒の中身を調べることに専念しようと決めた。医師から手渡されたペーパーナイフで上部を切り開くと、中から手紙が出てきた。細長い便箋だ。
手紙はこんな一文から始まっていた。

「挨拶は無駄なので省かせてもらうよ。まったくよくもやってくれたなこの野郎と言いたいところだけど、その個人的な思いの丈をぶつけてしまうと世界中の木々を残らず切り倒しても紙が足りなくなるのでやめておくよこの野郎」
俺のしたことがよほど癇に障ったらしく、その後も何行かこんな調子の憎まれ口が続いている。しかし、今の俺には全く身に覚えのないことだ。
そうこうしているうちに、半分ほど読み進めたところで内容が変わった。
「とりあえず、必要最低限の礼儀として、手伝ってもらった君にはあの子と、それを取り巻く環境について説明しておく。あとあと貸し借りとか言われても困るしね。次に会う時は敵対する時と決めているから。
科学者だけでは不安なので医者のいない間に僕達もあの子の事を調べてみたけど、問題はなさそうだ。イギリス清教(English Puritan Church)の下した判断は、表向きなら『首輪』(俺が救ったという女の子にかけられていた魔術のことらしい)の外れたあの子を大至急連れ戻すようにって感じだけど、実際には様子見というのが正しいかな。僕個人としては、一瞬一秒でもあの子の側に君がいる事は許せないんだけど」
『ヨハネのペン』(俺を記憶喪失にした魔術のことらしい)によるものとはいえ、その女の子が頭の中にある10万3000冊の魔道書を用いて魔術を使ったという事実が差出人の上司たちの頭をひどく悩ませているらしい。女の子が自力で魔術を使って、自分たちに対して反逆することを恐れているようだ。そこで万一の場合に備えて、当分の間俺に監視させて様子を伺うことにしたようだ。

……ちょっと待ってくれ。つまり、俺としばらく生活を共にさせろと?

ヘ(^o^)ヘ
「ちなみに、これは別に諦めて君にあの子を譲るという意味ではないよ? 僕たちは情報を集め然るべき装備を整え次第、再びあの子の奪還に挑むつもりだ。寝首をかくのは趣味じゃないので、首はよく洗って待っているように」
いや、できれば今すぐにでも引き取っていただきたいんですがね。文面から察するに、俺がその子を預かることは確定事項のようだった。
ただでさえ右も左も、自分が何者なのかさえ分からない状況だというのに、女の子を養えと? 冗談じゃない!
改めて、自分がえらい事態に巻き込まれたのだということが実感できた。イギリスの国教であることくらいの認識しかなかった『イギリス清教』にこんなとんでもない一面があったことへの驚きもさることながら、何よりも見ず知らずの少女の養育を命じられた理不尽さへの憤りや絶望感が大きかった。それも、こんな言いがかりにも等しい理由で! とても重傷を負った、それも記憶喪失になった高校生への仕打ちとは思えない。

ヘ(^o^)ヘ
いつからだ? どれくらい預かればいい? まだ他に書いてあることはないか? 俺は大声で泣き叫びたい衝動を必死で抑えながら、現在自分が置かれている状況について何かもっと詳しく書いてないかと、すがるような気持ちで手紙をさらに読み進めた。便箋の下の方を持った時、右手の中で何かが砕けるような音がした気がするが、多分気のせいだろう。
しかし、残念なことに『必要最低限の礼儀』とやらはそこで終わっていた。
後に記されていたのは、せめてもの義理として今回の入院費を教会が出すこと、差出人たち二人がしばらくこの辺りに滞在すること、そしてこれから俺と寝食を共にすることとなるであろう女の子の身体的特徴と彼女の生活費をある程度教会が負担することなどの情報であった。確かにありがたい内容だが、生憎俺が本当に知りたいのはそこじゃない。

ヘ(^o^)ヘ
ふと、文章の最後の方にこんなことが書いてあるのに気づいた。
「あの医者から聞いたよ。記憶喪失になったんだってね。自業自得だと言いたいところだけど、生憎僕はこれでも人として最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。だから一応、曲がりなりにも見舞いと労いの言葉をかけておく。記憶を失ってまで、本当にご苦労さん。おっと、君に心を許したわけじゃないから勘違いしないでくれよ。好意を抱くなんてことは万に一つもない。まして親友になることなんて、それこそ地獄が凍った時くらいのものだろう。それから、記憶喪失のこと、彼女には内緒にしておいてくれよ。悔しいことに、彼女は記憶を失う前の、たった数日しか行動をともにしなかったはずの君にいくらか心を開いていたみたいなんだ。好意を抱いていた人物が死んでしまったとなれば、彼女はきっと悲しむだろうね」
自分が記憶を失っていることをあくまでも隠し通し、それまでの自分を演じ続けろと? またまた無理難題をおっしゃる。そんなのプロの俳優だってできるかどうか怪しいぞ。

ヘ(^o^)ヘ
とにかく、彼女を悲しませたらただでは済まさない。そう書かれた後、次のような文章で手紙は終わっていた。
「それとこの手紙は読み終わると同時に爆発するようにしておいた。真相に気づいたとはいえ、勝手に『賭け』に出た罰だ、その自慢の右手、指一本くらい」
全て読み終えるよりも先に、俺は手紙をできるだけ遠くへ投げ飛ばしていた。慌ててシーツの中に潜り込み、爆風に備えてうずくまる。しかし、待てど暮らせど何も起きなかった。
どうやらたちの悪い冗談だったらしい。全く、底意地の悪い連中だ。そう思いながら外へ這い出したところで、部屋の右側についたドアからノックの音が響いてきた。
続いて看護婦の声。

「カミジョーさん、面会を希望されている方がいらっしゃいますが?」


洗面台の鏡の前に立ち、深く息を吸う。そこに映っているのは、安全ピンだらけで金糸の刺繍が施されている白い修道服を纏った、銀色の長い髪と緑色の瞳を持つアーリーティーンの少女。
それが彼女、インデックス・ライブロラム・プロヒビットラムの姿であった。10万3000冊もの魔道書の内容をー中には教会によって悪書として禁じられたものもあるー全て記憶した、文字通りの『禁書目録』である。本名は彼女自身も知らない。

深呼吸すると、緊張が少し和らいできた。よし、行こう。そもそも事前にあの医師と練習したじゃないか。インデックスは意を決してトイレから出た。向かう先は一人用の病室。そこには、彼女を地獄の底から救い出した恩人が待っている。
病室のベッドの上で目覚めてから、カエルそっくりな風貌の医師から話を聞かされた時、ショックと罪悪感で胸が締め付けられるような思いをした。その恩人は自分を助けたばかりに、自分に課せられるはずだった過酷な運命を背負うことになってしまったのだ。
記憶喪失。
脳細胞ごと過去の思い出を跡形もなく抹消されているだろう、とその医師は言った。全ての思い出を失う。それは、彼女がその恩人に出会う前の人生で何度も経験してきたことだった。全く知らない友人たちと一緒に残した、全く身に覚えのないアルバムや日記の数々。それらを前にしても何も思い出せず、泣きじゃくる名前も知らない友人たちを見てもただ謝ることしかできず、その記憶も一年経てば失ってしまう……。
一年以上前の記憶を持たない彼女に真実を話したのは、それまで彼女にとって『敵』でしかなかった魔術師二人であった。しかし、急に『記憶を失う時に辛い思いをせずに済むように彼女を襲っていたのだ』と説明されても、たとえ断腸の思いでそうしていたのだと言われても簡単には納得できない。彼女の心には当然彼らとの思い出と呼べるものは残っておらず、あるのは彼らからの恐怖に満ちた逃避行の記憶ばかりだ。彼らがどのような思いで彼女の思い出を消し去ったか、どれほど彼女を過酷な運命から救い出そうともがき苦しんだかなどとつい昨日まで恐ろしい敵でしかなかった連中から言われても、おいそれと信じることはできない。
そんな彼らは、意識のない自分と傷ついた自分の恩人を病院に運ぶだけ運んで、自分が目覚めたらそれまでの経緯を話すだけ話してそそくさと帰ってしまった。今の彼女には、彼らに対して不信感しかない。


目覚めてからのことを思い返しているうちにその病室に着いた。ドアに掲げられたネームプレートを確認する。間違いなさそうだ。
入り口の辺りにいた看護婦に面会をする旨を伝えると、ノックをして部屋の主に伝えてくれた。
どうぞ、という少年の声。
収まっていた緊張が再び高まってきた。心臓が激しく脈打っている。
「失礼します」一言そう声をかけてから、インデックスは掌の汗を修道服で拭い、十字を切りながら腹を決めて入室した。

床も壁も天井も、一面真っ白な部屋。その奥、やはり真っ白なカーテンが風に揺れる窓のそばのベッドの上に、その少年はいた。
決して忘れるはずのない姿。ウニを髣髴とさせるトゲトゲとした短い黒髪。アジア人らしくも、それなりに整った顔。そして、彼は今その頭にヘアバンドのようにぐるりと包帯を巻きつけたままこちらを見ている。
彼は生きている。ただそれだけのことなのに、熱いものがこみ上げてくる。瞬きしようものなら涙がこぼれ落ちそうだ。彼女は生まれて初めて、心の底から神に感謝した。彼の無事が確認できた今、もう何がどうなっても構わなかった。できることなら、今すぐにでも彼の胸に飛び込みたい。
インデックスが感激のあまりそんなことを思ったその時、少年は言った。

「あの……あなた、病室をお間違えではありませんか?」


その一言が、天にも舞い上がりそうだったインデックスの心に水をかけた。
顔から血の気がさっと引くのが分かる。頭が真っ白になって、何も考えられない。
そんなインデックスを気遣うように、少年は続けた。柔和な表情で。
「あのう、大丈夫ですか? 何だか君、ものすごく辛そうだけど」
その一言で我に返った。気持ちを落ち着かせようと息をゆっくりと吸い込み、そして吐き出す。
「うん」笑顔を作って見せながら、なるべく朗らかな口調で言った。相手を悲しませまいと。そして、泣き出すまいと。
「大丈夫なんだよ。そうに決まってるじゃない」
心なしか、少年の姿が透けて見える。それもそのはずだ。思い出、人生経験。彼の人となりや気概を形作ってきた全てのものを失ってしまったのだから。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、何の悪意も持たずに尋ねた。
「ねぇ、ひょっとして、僕たちは知り合い?」
その何気ない質問が一番こたえる。インデックスは、喉元までせり上がってくるものを必死でこらえながら力なくうん、と答えた。
それでもまだ、少しは何か覚えてくれているかもしれない。そんな一縷の望みを抱きながらインデックスは続ける。
「トーマス、私たちが初めて学生寮のベランダでであった時のこと、覚えてない? その時私はご飯をねだったよね?」
何のことやらさっぱり分からない、とでも言いたげな顔で首を傾げる少年。それでもめげず、安全ピンだらけの修道服を見せてみた。
「ほら、この『歩く教会』。覚えてる?」インデックスは全体が見えるよう、ぐるりと回ってみせた。
「元はどんな攻撃も受け流して吸収する無敵の防御結界だったのに、トーマスの右手で壊れちゃったんだからね」
やはり返事はない。彼女はそれでも話すことをやめなかった。こうして畳み掛けて話しかけることで、今にも溢れ出しそうな感情の奔流を辛うじて堰き止めていられる。
「ねぇ、覚えてない? あなたは、トーマスは私のためにたった一人で魔術師と戦ってくれたんだよ? ねぇねぇ、ねえってば!」
そろそろ感情を抑えきれなくなってきた。それでもこれだけは言っておきたい。

「インデックスは、トーマス・カミジョーのことが大好きだったんだよ?」



「ごめん、トーマス・カミジョーって誰? インデックスって何のこと? 僕は犬か猫でも飼っていたのかい? そして、君は僕の何を知っているの?」


どんな宣告よりも残酷であるように思える答えだった。この一言で全ての希望が打ち砕かれた。インデックスはそう感じた。
しかし、こうなって当たり前だったのだ。自分が無意識のうちに放ったという光の攻撃は、確実に少年の脳を傷つけていた。それは紛れもない事実。儚い希望を抱いて勝手に有頂天になっていた自分が悪い。インデックスはそう結論づけた。
「あの、トーマス。あなたの記憶喪失のことなんだけど……」泣きたくなるのを必死でこらえながらインデックスは言った。
「ごめんなさい。私が放った『ドラゴン・ブレス』の余波で生まれた光の羽が頭に当たったせいなの。その衝撃で……本当にごめんね」顔が自ずと下に向く。くしゃくしゃになっているのを悟られまいとするように。
「私にかけられていた魔術のせいであって、私はその時気を失っていたから何も知らない、なんて言い訳にならないよね。トーマスの人生を台無しにしたことが、グスッ、許されるわけじゃグスッ、ないよね……ヒクッ」もうこれ以上は耐えられない。インデックスはしゃくり上げ始めた。涙はまだ出ていないが、それも時間の問題。
「私さえいなければ、グスッ、私と会わなければこんなことにはならなかったのに、本当に、ごめんね……」



サァァァァップラァァァァァイズ‼︎‼︎

訂正がまたしてもあります。
>>31
誤)穏やかな笑みをうかべながら

正)こちらに気を使っているのか、ぎこちない笑みをうかべながら
どうやら別のシーンで使う予定の表現が紛れていたようです。本当にすみません。


突然病室に大声が響き渡った。
え、とインデックスは顔を上げた。見ると、さっきまでの穏やかながらも不安げな表情から打って変わって、少年は満面に意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「やれやれ、記憶喪失のフリをするのもなかなか骨が折れらぁ。そんじゃ、ここいらで臭い芝居はやめて、種明かしと行こうかね」
どういうこと……? 今度はインデックスが面食らう番だった。夢か幻覚じゃないかと両眼をこすり、頬をつねった。
「しかし、見事に引っかかってたなお前。犬猫と一緒くたにされて感極まるなんてとんだ性倒錯者がいたもんだぜ」
驚きで、インデックスは声も出せず、ただ口をポカンと開けているだけである。
「おいおい、なんだよその間抜け面は。一回鏡見てみろよ、自分でも笑えるだろうぜ」
その一言で、インデックスはようやく我に返った。
「あれ、トーマス? いったいどうして? 確か脳細胞が吹っ飛んで何もかも忘れたって……」
「まるで記憶喪失になって欲しかった、みたいな言い草だな。確かに俺は最後の最後に例の羽を浴びちまった。あれにどんな効果があるのかなんて門外漢の俺にはさっぱりだけどさ、本来ならあのまま脳が傷ついて記憶を無くしちまうはずだったんだってな」
「本来なら……?」インデックスはさっきから彼の話について行けていない。
「本当に察しが悪いな。確かに物理的なダメージならどうにもならねぇが、その羽は『魔術』によって生じたんだろ?」
あ、とインデックスは少し口を開いて声に出した。そこまで聞いて、彼女もようやく合点がいった。
「その顔を見るに、ようやく分かったみたいだな。そう、お前の考えている通りだよ。体の中を伝わる衝撃が脳に到達する前にこの特別な右手で打ち消しちまったって寸法だ」
全身からすっかり力が抜けたインデックスは、へなへなと床にへたり込んだ。どうやら全て取り越し苦労だったらしい。彼のしたことは、火のついた導火線をダイナマイトから引きちぎるような荒技だった。かなり強引で滅茶苦茶な戦法だが、彼の右手が持つデタラメな力を考えたら別に不思議なことではない。
「つまり、あなたの記憶は……」
「ああ、全くの無傷だ。俺の名はトーマス・カミジョー、そして右手に宿るは我が相棒の『イマジネール・ブリズール』だ! 俺の右手に不可能はねぇ!」少年は、ベッドの上に仁王立ちすると仰々しいポーズをとってみせた。
緊張が一気に解けたことによる脱力感と、一連の事実に対する呆れとで話す気力もなくしてしまった。本気で悲しんだのが馬鹿馬鹿しくなった。自分を救ってくれたトーマス・カミジョーは、確かに目の前で『生きている』のだ。


「しかし傑作だったぜ、あの泣き顔。カメラで撮っておきたかったな。でもまあ、これで分かったろ、無鉄砲なボランティア精神に振り回される他人の気持ちが? お前もようやく自分の問題点を見直せてよかったんじゃねぇのか?」
インデックスの耳にはもう彼の話は入ってこなかった。今の彼女の頭の中は、少年の一連の行動に対してどのように対応すべきかということで一杯だ。
彼に対してとろうと思っていた二つの行動のうち、彼の胸に飛び込んで抱きしめるという『プランA』は諸事情により使えなくなった。ならば『プランB』だ。
彼が無謀な行為によって自分を心配させたことへの罰として用意したもの。今度はその罪状に『たちの悪い冗談で自分を担いだこと』も加わっている。
インデックスはおもむろに立ち上がった。同時に顔も俯けていく。
「あの……インデックスちゃん? 急に立ち上がってどうしたんだい、ダーリン?」
猫なで声で機嫌をとろうとしたって無駄だ。肩がわなわなと震え出す。
「あの、一つ聞いていい?」不安なのか、少し声のトーンを落としてきた。負けじと低い声で、インデックスは聞き返す。
「何?」
「ねえ、ひょっとして……本気で怒ってらっしゃる?」


「待って、ねえ待って⁈ 何に怒ってるの? カメラで撮りたいって言ったこと⁈ いや、あれは実際にそういう番組が……痛い! 待って、謝るから、本当に謝るから! ごめんね、あれはただのジョークで……本当にごめんなさい! 痛い! 離して! 確かに記憶喪失は嘘だけど、怪我は本当だからね⁈ 先生⁈ いるんでしょう⁈ 助けて! SOS! メーデー! ヘェェェェェェルプ!」

ヘ(^o^)ヘ
「これはまた、派手にやったね?」
ドク・クロウクは、俺の頭の傷がどれほどのものなのか確認しながら言った。痛すぎて頷くのがやっとだ。自分で見ることはできないが、俺の頭には大きな歯形がついているはずだ。
俺の悲鳴はかなり大きなものだったらしい。それを聞きつけて駆けつけた先生が、白いシスターに頭を齧られている俺の姿を発見し、奴から引き離してくれたというわけだ。その後あの白シスターは物凄い剣幕で飛び出して行った。しかし、よりによって頭を怪我した人間の頭を齧るとは。聖書だの魔術だのと言った前に最低限の常識を教えたらどうなんだ。
「しかし、本当にあれでよかったのかね?」医師は軽い手当をしてくれてから、シスターが出て行った部屋の入り口の方を一瞬見やってから言った。

「外から一連のやりとりを聞かせてもらっていたけれど、君は何も覚えていないはずだろう? 本当は物凄く不安なはずだ、違うかね?」
日頃多くの患者と接しているだけあって、この人の洞察力は凄い。俺が心の中に抱いている恐れや不安感を簡単に見透かした。
確かに彼の言う通りだ。彼から伝えられた一連の事実を元に、一芝居打ってみせただけに過ぎない。体に伝わった衝撃を脳に伝わる前に打ち消すなんて、我ながら強引な理論だ。羽が当たったのは頭だというのに。そんなことが本当にできたらこんな事態になりはしなかっただろう。
「それに、君はこれまでの生活の記憶を全て失ったわけだよね? 思い出だけじゃなく、人間関係も全てね? きっとその嘘はいずれバレる時が来るね? だから真実を話した方があとあと君たちのためになったはずだと思うがね?」
それもそうだ。いつまでもこんな拙い嘘で誤魔化し切れるはずがない。いずれボロが出るだろう。
しかし、あの場ではどうしても嘘を付かざるを得なかったのだ。

ヘ(^o^)ヘ
「でも、仕方のないことなんですよ」俺はその訳を話す。頭の痛みが少し和らいできた。
「あの子のことをよく知っている知り合いとの約束なんですよ、絶対に悲しませるなって。違えたら八つ裂きにされるかもしれない。それに」俺はさらに続けた。
「なんだかあの子にだけは泣いて欲しくないなって思えたんです。どういう感情によるものなのか分からないし、恐らく思い出すこともできないでしょうが、その気持ちは本当なんです。ええ、確かに泣く一歩手前まで近づいていましたしあれは流石に自分でもやり過ぎたと思っています。しかし、あの子の今にも泣き出しそうな顔を見ていたら……」自分でも恥ずかしくなったのを愛想笑いでごまかす。まだ不安な気持ちが少し残っていたのでかなりこわばったものになった。
「なんだか僕も胸が締め付けられるような思いがしましてね。顔が可愛らしかったから、という理由だけでは説明できない何かがあったのだと思います」
その気持ちは、記憶喪失による不安感を覆い隠して有り余るものだった。全く面識がないはずなのにそんなことを感じたのは、体のどこかに前の記憶、彼女と過ごした記憶が残っていたからだ、とでもしないと説明がつかない。
「自分でも不可解なんですが、案外僕はまだどこかで覚えているのかもしれませんね」
医師は驚いた表情で俺の顔を見た。そんな非科学的なことがあり得るはずがない、とでも言いたげだ。
「野暮なことを言うようだけれど、君の記憶は脳細胞ごと『死んで』いるはずだけれどね? 脳に情報が残ってないなら、体のどこに思い出が残っていると言うんだね?」
「そんなの決まっているでしょう」俺は、思った通りのことをそのまま口にした。胸に手を当てながら。

ヘ(^o^)ヘ

「ー心に、じゃないですか?」



ヘ(^o^)ヘ
「心ね、ふむ、なるほど……」ドク・クロウクは顎を右手の指で撫でながら、俯いて少し考えていた。やがて俺の方へ向いて言った。
「実は医療の場でも時々科学では説明がつかない現象が起きたりするようでね? 臓器移植を受けた患者の性格が提供者の影響で変わったり、ある宗教の信徒は死後硬直を起こさないとかね? 最も、僕はそのいずれにもお目にかかったことがないし、眉唾ものだと思っているけどね? しかし、現在の医療技術が完璧のものではないのは事実だし、まだ科学で解明できていないこともたくさんあるしね?」そう言って、医師は口元を緩めた。
「君の考えもなかなか興味深いと思うよ? 今後の参考にさせてもらおうかな?」

医師の話によると、軽いリハビリさえ行えば数日で退院できる、とのことだった。
本来なら喜ばしいことなのだろうが、俺は心中穏やかならざるものがあった。
俺はこの病院の周りの地理を全く知らない。誰が住んでいるのかさえ知らない。そんな未知の場所で、一度顔を合わせたきりの未知の少女との共同生活がこれから始まるのだー気に入らない相手の頭に思い切り噛み付く癖を持った少女との共同生活が。
ベッドの上に寝転がっていると、収まったと思っていた不安感と恐怖が再びぶり返してきた。そしてそれは、今までにないほどの大きさで俺を押し潰そうとする。
ふと、ある言葉が浮かんだ。その言葉は、誰に命令されたでもなく、俺の意思でもなく、俺の口を衝いて出てきた。


「I'm miserable(不幸だ)…………」




ちっとくらい長いプロローグで絶望しかけた>>1です。ここまでが序章で、次のレスから2巻の内容に入る予定です。慣れないもので、かなり冗長になってしまったことをお詫びします。お待たせして申し訳ありませんでした。

このままこのペースで行くと、完結がかなり先になってしまいそうなので、これまで通り地の文ありの小説形式で行こうか、それとも台本形式に変更しようかと迷っているところなのですが、皆さんはいかがでしょうか。ご要望が大きかった書き方で行かせていただきたいのですがよろしいでしょうか。

すみません、訂正がまたしてもあります。
>>32
誤)この一言で

正)この言葉で です。申し訳ありません。

ご意見を募集しておりましたが、やはりこれまでの書き方だとかなり時間がかかりそうなので、誠に勝手ながら独断で台本形式に変更させていただきます。個人的な理由で何度もルールを変えて申し訳ありません。

それでは今日の投下を始めます。

とある建物にてーー

入り口から向かって左手に大きな窓がある広い部屋。床には赤いカーペットが敷かれ、部屋の中央には豪華な装飾が施された背の低い重厚なテーブルが置かれており、それを挟むようにソファーが二台向かい合わせに置かれている。その他にも、右側の壁に掛けられた大きな絵画などの豪華な調度が施されており、王侯貴族の宮殿のような雰囲気。
テーブルを挟んで向かい側のソファーに腰掛けているのは、 緑色の手術衣を纏った長髪の人物。中性的で整った顔立ちで、見た目から性別や年齢を窺い知ることは難しい。
その部屋に、ノックの音が響き渡る。

事務員?「理事長殿、お目見えになりました」

理事長と呼ばれた人物「通したまえ」

部屋の入り口に備え付けられた木製の重厚なドアがゆっくりと開き、

???「失礼します」

そこから背の高く、若い男性が現れる。童顔だが、右目下まぶたには縦縞の刺青が彫られており、耳にはピアス、両手指には銀の指輪がはめられ、赤く染められた髪は肩まで伸びている。それでも、真っ黒な司祭平服(カソック)の上からローブを羽織っているところから聖職者であることが窺える。その表情は緊張している。

理事長「わざわざ済まないね、ここまで来てもらって」

???「こちらこそ、理事長殿ご自身による応接室でのお出迎え、痛み入ります」

理事長「さて、お互い挨拶も済んだことだし、そこに腰掛けてリラックスしてくれて構わないよ」

そう言って、『理事長』は自分の向かい側のソファーを指す。若い男性は促されたとおりソファーに座る。

理事長「ここに呼び出した理由についてはすでに君も知っていることとは思う」

若い男性は顔に若干の不安の色を浮かべながら返答する。

???「『サン・フォール』、もしくは『ディープ・ブラッド』のことですね」

相手が自分のことを極度に恐れていることに気づき、さも愉快そうに口元を緩めながら『理事長』は続ける。

理事長「しかし、面倒なことになった。『能力者』だけなら問題はなかったのに。『この街』で住人が起こした事件ならば、それを解決したり隠蔽する手段など7万と632程度は揃えてあるからね」

少し間を置いて『理事長』は言う。

理事長「問題は、本来立ち入ってはならない『君達』がこの事件に関わったことだ。外部からの侵入者ともなればなおさら不都合だ。『我々』が『君達』の仲間を倒してしまう、などと言う事態は到底認められないだろう?」

???「それもそうですね。倒された者を通じて、機密があなた方の手に渡ることを考えるとそうなるでしょう。となれば、増援は期待できなさそうだ」

恐怖を紛らわすためか、少しくだけた口調で話す若い男性。それを見透かしたのか、さらに笑みを大きくする『理事長』。

理事長「いいや、そうでもない。幸いなことに、私は最大の切り札を『一つ』持っている。異能の力を操る『君達』が何よりも恐れる天敵を、ね」

本日の投下を始めます。お待たせして申し訳ありませんでした。


所変わって、とある舗道の上ーー

トーマス・カミジョーとインデックスの両名は病院の外の並木道を歩いている。トーマスは怪我がほとんど完治したのか、包帯がなくなっている。空は快晴、昼が近いためか太陽が天頂近くに差し掛かっており、熱を目一杯吸収した路面からは陽炎が立ち上っている。暑さゆえか、二人の額には玉のような汗が滲んでいるが、その表情はどこか晴れやか。
インデックスは純白のシスター服を、トーマスは白のポロシャツに黒のチノパンを着用。トーマスは、手に地図を持っている。

インデックス「それにしても、予定よりも早く退院できてよかったね、トーマス」

トーマス「ああ、そうだな」

インデックス「あまりにも怪我の治りが速すぎて、あの人もびっくりしていたね。『本当に人間なのかい?』って」

トーマス「そうだったけな。でも、入院中ほとんど痛みを感じなかったことを考えると、やっぱりあの先生の腕が良かったんだろうな」

インデックス「それもあるかも。見かけによらず腕が立つお医者さんなんだよ。あの人とトーマスがいるなら、この街でも安心してやっていけそうなんだよ」

トーマス「そうかい、そいつぁよかった。これからよろしくな、インデックス」

インデックス「うんっ!」

二人の歩く道路の脇にある公園では、小さな子供達がキャッチボールに興じている。しかし、ボールを投げた瞬間遠くに瞬間移動したり、一切ボールに触れずに飛ばしたりと、通常の光景とは大きく異なっている。それを見たインデックスは怪訝な顔をする。

インデックス「それにしても、あれにはいつまでたっても違和感を禁じえないんだよ……」

トーマス「なぁに、そのうち慣れるよ」

笑いながらそう言って、手元の地図に目をやるトーマス。それはある島の地図であり、地図の上部に記されている島の名前は、『アカデミック・シティ』。

ナレーション(トーマス)「フロリダ州マイアミの南東沖合、ビスケーン湾の入り口の前に立ちはだかるような形で存在する、フロリダキーズ諸島最北端の小さな島。こう言うとなんでもないように思えるかも知れない。ところが、その島はいくつかの特徴においてかなり特殊である。

まずは、その大きさ。小さい島と言ったけど、それはあくまでも相対的な評価。この島の面積は、日本でいう奄美大島とほぼ同じ、シンガポールよりも少し大きいくらいである。フロリダキーズ諸島の他の島どころか対岸のマイアミ市と比べてもかなり広い。なぜここまで広いのか。それは、埋め立てによって面積をどんどん拡大してきたからに過ぎない。

ではなぜ、埋め立てをそれほどまでにする必要があったのか。それは、その島が全米一の新興都市(ブームタウン)で、年々人口が増えているからだ。しかし、避寒地として富裕層に人気があるからかといえばさにあらず。
その島は、世界最先端の科学技術を日々次々と生み出し、20世紀の目覚ましい文明の発展を支えている『完全独立教育研究機関(the Completely independent educational research institusion)』なのだ。この島で開発された多くの革新的技術のうち、最も重要だと見なされているのが、思い込みの力で超常現象を引き起こす『超能力』の安定した開発技術である。そして、その超能力を開発するために世界中から子供を集めているのだ。

その島は一般的に『アカデミック・シティ』と呼ばれている。人口230万のうち8割が学生だという文字通りの『学園都市』。そして、ここがそのアカデミック・シティだ。

そして、俺はここに住んでいるらしい。

カッケー

>>50 ありがとうございます!

などと偉そうに言ってみたけど、俺が知っているのはこれくらい。記憶喪失を患っているのであらかじめ知識として定着していた事柄しか知らないのだ。だから、超能力というものを『知識』として知っていてもどのようなものなのかは知らない。今初めて目にした形だ。『らしい』と言ったのも、この街に住んでいた記憶を無くしたようだから。
こんなちぐはぐな事態に陥ったのも『記憶』の部分だけ綺麗さっぱり無くしたかららしい……」

トーマス、そのまま立ち止まる。それを見て急かすインデックス。

インデックス「トーマス、何立ち止まってるの? 早く行こうよ」

トーマス「悪りぃ、ちょっと考え事してた」

インデックス「考え事なんて、寮に着いたらたくさんできるでしょ」

ナレーション(トーマス)「不安が全くないと言ったら嘘になる。でも、衣食住が十分に保証されてそうだし、知り合いと言える人もいる。何よりも料理や道具の使い方などの知識は健在なので、少なくとも生活に困ることはなさそうだ。ただ、現在俺はある問題に直面している」

分岐点でうっかりインデックスと反対の方向に進みそうになるトーマス。

インデックス「トーマス、こっちの道だよ? 買い物でもしに行くの?」

トーマス「へ? ああ、ゴメン。ちょっと忘れっぽくてさ」



ナレーション(トーマス)「自分の住んでいた学生寮がどこにあるのか、いやそれどころか、この辺りの地理すらすっかり忘れてしまっていることだ………」

再開いたします。
ナレーション(トーマス)「現に、インデックスの記憶力を頼りに帰路についている有様。しかし、まだ記憶を失ったことについては気づかれていないみたいだ。ご覧の通り、俺は地図無しじゃ碌に外も歩けやしない状態なので、いくら共に暮らすのが不安な相手だったとしても我慢して受け入れるしかないようだ。
そういえば、病院内で検査を受けた時、この街の地図を提示されてあちこちの地名について尋ねられた時に一つも答えることができなかった。 そこから考えるに、どうやら忘れてしまったのは帰り道だけではなく、この街の地理そのもののようだ。
地理に関する知識は思い出とは別のはず。なのに、なぜこのような不可解なことが起こっているのか。
俺を診たドク・クロウク自身も不思議がっていたが、彼によるとどうやら思い出にあたる『エピソード記憶』と知識にあたる『意味記憶』の境界は極めて曖昧なものなので、地名や場所に関する記憶も知識として定着する事なく消えてなくなってしまったのではないか、とのことだった。あるいは、記憶喪失以前からまともに知らなかったか。
何れにせよ、記憶を失う前の俺がおよそ地図とは縁遠い生活を送っていたということは確実だろう。そのくせ、先程述べたように『アカデミック・シティの面積』などという至極どうでもいいようなことを覚えていたりする。こりゃ一体どういう事か……。とにかく、これからは真面目に地理の授業を受けるのに越したことはないだろうね……と、そんな事を言っている間に」

インデックス「ほら、ここだよね、トーマス?」

二人の前に古ぼけた白塗りのアパートメントが現れる。そのアパートメントは7階建ての鉄筋コンクリート造で、いかにも科学の街らしい無味乾燥で素っ気ない建物である。また、その両隣にもビルがおよそ2m間隔で立ち並んでいる。

トーマス「ああ、うん」

トーマスは、アパートメントの手前に建っている看板に、自分が在籍しているという高校の名が書かれているのを確認してから頷く。

ナレーション(トーマス)「学生寮というよりも産業革命期の労働者用集合住宅って感じだな」

寮の管理人らしい中年男性が高いびきをかいている『管理人室』を横目に、二人は中を進んで奥にあるエレベーターに乗り込む。トーマスが何階に行けばいいのか迷っていると、インデックスがすぐさま階床ボタンを押す。行き先は7階。

トーマス「良くそこまで憶えてるな」

インデックス「10万3000冊の魔道図書館は伊達じゃないんだよ! 私の完全記憶能力を見くびらないで欲しいかも!」

そう言って誇らしげに胸を張るインデックス。

トーマス「そうかい。それは失礼いたしました」

頭をくしゃくしゃと撫でられて、天真爛漫の笑顔を浮かべるインデックス。それを見たトーマスの顔も綻んでいく。

ナレーション(トーマス)「なかなか可愛いところがあるじゃないか。一緒に暮らすのも案外悪くないかも知れないな……。
病院で貰った地図によると、この寮も、あの病院も、同じ第7学区というところーーアカデミック・シティのほぼ中央部を占める市内最大の区域らしいーーに位置しているらしい。意外と病院が近いところにあって助かった。何故だか分からないけど、これからたくさん世話になりそうな気がするから。
しっかし、本当にオンボロだなぁ。最先端の街というだけあって、流石にエレベーターくらいは備え付けてあるみたいだが、もう何年もほったらかされているように見える。一体いつから建ってるんだ?」

チャイムが鳴り、目的の階に着いた事を二人に知らせる。ガタガタと大きな音を立てながら扉が開くと、インデックスは真っ先に飛び出し、降りた先にある通路の突き当たりを指差す。

インデックス「ほら、あそこ! この突き当たりがトーマスの部屋、なんだけど……」

インデックスの声の調子が少し下がる。遅れてトーマスも降り、彼女が指差した先を見る。

ナレーション(トーマス)「前言撤回。こんなボロ屋にも多少なりとも新陳代謝という概念は残っていたらしい。ただし、俺の部屋中心に」

古びた外観とは対照的に、道路に面して上部が外に開かれた共用廊下は全体的に新しくなっている。天井の蛍光灯には黒ずみ一つ無く、新調されたステンレス製の手すりは銀白色に光り輝いている。また、何故か壁には焼け焦げた跡が付いている。そして、廊下の突き当たり部分ーーすなわち彼の部屋の玄関があるであろう部分ーーは幌で覆われており、作業服を着た数人の男性がそこで何やら作業をしている。そこには何故か、頭にはホワイトブリム、濃紺のワンピースの上に白いピナフォア(エプロンドレス)の典型的なメイド衣装という場違いな格好をした少女も居合わせており、異様な光景に見える。
メイド姿の少女が二人に気づき、顔を向ける。

メイド?「お、なんだトーマス・カミジョー。退院したのかー」

間延びした口調で話し、手を振りながら歩いてくる少女。年は13歳から14歳ほど。黒人の血が入っているのか、肌の色は薄茶色で、短い黒髪は後ろへ撫で付けられている。黒い目はくっきりと大きく、美少女と呼んでも差し支えないほどに整った顔立ちをしている。

トーマス「そう、今日退院したんだ。今はほら、ご覧の通りさ」

全く知らない相手が自分の事を知っているのに戸惑いながらも、記憶喪失を悟られまいと慎重に言葉を選ぶトーマス。

メイド?「そいつぁよかった、お前さんが大怪我を負って病院に担ぎ込まれたって聞いて心配したが、無事そうで何よりだよ。それで……そっちのシスターさんはどなたかなー? 真っ白だなんて随分と変わった修道服だなー」

トーマス「それは……」

返答に窮するトーマスにお構いなく、インデックスが口を開く。

インデックス「私の名前はIndex-Librorum-Prohibitorumって言うんだよ! 役目は名前の通り禁書目録、教会が禁止した10万3000冊に及ぶ古今東西の邪本悪書の内容を完全に」

トーマス「オーケーオーケー少し落ち着こうな」

身の上を語り始めたインデックスの口を押さえ、慌てて制止するトーマス。

トーマス「こいつは、その……イギリスにいる親戚の子で、訳あってここで預かることになってるんだ」

イギリス、と聞いて怪訝な表情をするメイド服の少女。

メイド?「アメリカと日本に親戚がいるとは聞いてたけど、イギリスに親戚なんていたっけかー?」

トーマス「つい最近見つかったんだよそれが! 長らく音信不通だったんだけどさ……」

口を押さえられて不満げな表情のインデックスをよそに、トーマスはもっともらしい顔で続ける。

トーマス「今のは偽の経歴で、本名は残念ながら名乗れない。政治的な理由で本国にいられなくなっちまって、今でも命を狙われている……修道女に身をやつしているのもそんな事情があってこそ、ってアイテテテテテ! 指噛むなって!」

必死で手の指をインデックスから引き剥がしながらもトーマスは真剣な表情のまま言う。

トーマス「だからさ、頼む。もうこの子の素性についてあまり詮索しないでくれないか」

メイド服の少女はトーマスの話を聞いてひとまず納得した様子。

メイド?「そうかい、なら仕方ないなー。そんな大変な事情を抱えているとも知らず、無神経な事言ってごめんよ、インデックスちゃん」

インデックス「ううん、気にしてないんだよ」

ようやく口のいましめを解かれたインデックスが答える。

メイド?「そういえば自己紹介がまだだったなー。私の名前はマーシャ、マーシャ・デュッティだ。この学区内にある『ブルーミング家政女学校』って所で優秀なメイドになるために勉強してるんだよ。よろしくなー」

インデックス「こちらこそよろしくなんだよ、マーシャ!」

ナレーション(トーマス)「とっさに思いついた嘘八百を並べ立てただけでもなんとか誤魔化せたようだ。相手も疑っている様子は無いし、これで一安心だな。インデックスも相手と打ち解けているようで何よりだ」

読みづらい・・・・

>>58 申し訳ありません。読みやすいよう努力いたします。

それでは本日の投下です。

らトーマス「それはそうと、マーシャ……はここで何してたんだ?」

ナレーション(トーマス)「この呼び方でいいよな……?」

マーシャ「ここで何をしてたのかって? 修理業者の皆さんにお茶やお食事の差し入れをしていたんだよ。うちの学校では、実際に外でお仕えする実地研修に重きを置いているもんでさ、これも修業の一環さね。って、これ前にも話さなかったかー?」

先ほどよりも少しだけ柔らかい表情になったマーシャは、トーマス達の部屋がある辺りを右手で示す。
そこにいた作業員の一人がトーマスとインデックスに気づき、会釈する。
それを受けてトーマスとインデックスも会釈する。

トーマス「ごめんよ、あいにく物覚えはいい方じゃなくてさ。それじゃあ、何故修理業者がここに?」

マーシャ「見ての通り修理だよ。部屋の事は本当に残念だったな……」

>>60訂正です。重ね重ね申し訳ありません。

トーマス「それはそうと、マーシャ……はここで何してたんだ?」

ナレーション(トーマス)「この呼び方でいいよな……?」

マーシャ「ここで何をしてたのかって? 修理業者の皆さんにお茶やお食事の差し入れをしていたんだよ。うちの学校では、実際に外でお仕えする実地研修に重きを置いているもんでさ、これも修業の一環さね。って、これ前にも話さなかったかー?」

先ほどよりも少しだけ柔らかい表情になったマーシャは、トーマス達の部屋がある辺りを右手で示す。
そこにいた作業員の一人がトーマスとインデックスに気づき、会釈する。
それを受けてトーマスとインデックスも会釈する。

トーマス「ごめんよ、あいにく物覚えはいい方じゃなくてさ。それじゃあ、何故修理業者がここに?」

マーシャ「見ての通り修理だよ。部屋の事は本当に残念だったな……」


トーマス「部屋? 俺の部屋に何があったんだ?」

マーシャ「ああ、ここにいなかったから知らないのか? ほら、先月20日にここで小火(ボヤ)が出たとかいってみんな騒いでたろー? 」

トーマス「小火……?」

そこまで言って、ハッとして右手で口を押さえるトーマス。

ナレーション(トーマス)「しまった、言葉には気をつけていたはずなのに! 今の一言であの子は疑念を持ったに違いないぞ! もしこれが誰でも知ってて当然な事だったら記憶喪失だって事がバレちまう!」

マーシャ「なんだそりゃぁ。全く知らないのか身に覚えがあるのかどっちなんだー? とにかくだ、小火があった時、あんたの部屋の周りの被害が一番大きかったんだよ。手すりはグニャグニャ、玄関のドアはボロボロ。そんで今の今まであの有様さ。とんだ災難だったね」

トーマス「お気遣いどうも。なるほど、そういうことか」

マーシャ「しっかし驚いたねー。修理が始まったのが小火騒ぎの翌々日で、あんたが入院したのが28日。それで今日は8月7日だろー? 家よりも治りが早いなんてどんな体してるんだよ?」

トーマス「ああ、なんでだろうね。俺が聞きたいくらいさ」

マーシャ「家から焼き出された挙句入院するほどの大怪我したって聞いた時は、ホントにツキに見放されてるなって思ったけど、こうしてみるとむしろ運がいい方なんじゃねぇかー?」

ナレーション(トーマス)「幸い、気づかれずに済んだようだ。それにしても、よりによって火事を起こすだなんて、前の俺は一体何をしてたんだ?」


トーマス「ああ、そうなんじゃないかな?」

考え事が進むにつれて段々適当になっていくトーマスの返事を聞いて、再び怪訝な表情をするマーシャ。とはいえ、表情の変化の差が少ないので注意深く見ないと先ほどまでとの違いが分からない。

マーシャ「なんだか、返事がいい加減になってないかー? 私もその時いなかったからよく知らないけれど、聞くところによれば火事の原因は今でも特定できてないそうじゃないか。当時人がほとんど出払っていたから失火の可能性は低く、放火だと考えようにも現場からは可燃物などは見つかっていないから、どう考えても何も無いところから火が出たとしか思えない。となれば、考えられるのは発火系能力者の仕業だって事くらい……と、調査結果はこんな感じだったらしいなー。やっぱり心当たりがあるんだろー? 何か相手を怒らせるようなこと言ったのか?」

ナレーション(トーマス)「どうやら記憶を失う前の俺は相当な頻度でトラブルに巻き込まれていたらしい。発火系能力ってのがどんなものなのかは知らないが、こんな惨状になっているという事を考えるとかなり強かったのだろう。そんな奴を放火させるほどにまで怒らせるなんて、どれほど命知らずだったんだ……?」

マーシャ「それでもやっぱり不自然かもな……。結局スプリンクラーが作動したお陰で事なきを得たらしいが、誰かがアラームのボタンを押したからだろー? 熱に反応した痕跡が無いってのはおかしいと思うよ」

トーマス「アラームに反応しなかった……?」

ナレーション(トーマス)「何も無いところから自然発生したばかりか、火事を未然に察知して食い止めるための火災報知器にも引っかからないだなんて……本当にそんな火があるのか? まるでこの世のものじゃないみたいだ。魔法でもなければそんな事……はっ! あの手紙、確か差出人が『炎の魔術師』だとか名乗っていたような……」




ナレーション(トーマス)「つまり、あの話って全部本当?」

インデックス「トーマス、ねぇトーマスったら!」

しばしの間もの思いに耽っていたところ、インデックスに揺り動かされる事で我に返るトーマス。

マーシャ「大丈夫かー? 具合が悪いんじゃないのかー? 軽い手当なら出来るぞー?」

トーマス「いや、大丈夫。心遣いはありがたいけど、本当に何でもないんだ」

その時、三人の後方で再びエレベーターのチャイムが鳴り響く。
インデックスとトーマスの二人がエレベーター乗り場の方向を振り返り、マーシャもそちらに目を向ける。

マーシャ「おっ、来た来た。そろそろ着く頃かなと思ってたところだよ。実は私がここに来た理由はもう一つあるんだぞー」

エレベーターの扉がガタガタと大きく揺れながら開き、中から背の高い人物が笑顔を浮かべながら現れる。


???「ようトミー! 四週間ぶりだなブラザー! 元気にしてたか?」

いいぞ
長い文は改行いれるか台詞を分けてくれ

>>65 ご意見ありがとうございます! では、なるべくそのように致します。

本日分です。
エレベーターから現れた男もまたマーシャと同様茶色い肌の持ち主で、目鼻立ちが整っている。
ただし、眼は薄青のサングラスに隠れて見えない。
金色に染めた髪は両側頭部から後頭部にかけて撫でつけられた所謂『リーゼント・スタイル』であり、前髪も後ろに撫でつけられている。
首には金の鎖のネックレスがかけられており、緑色のアロハシャツと黒いハーフパンツを着ている。
傍らにはスーツケースがある。

トーマス「あ……ひ、久しぶり」

戸惑いのあまりうまく言葉を話せないトーマス。
それにも構わず目の前の男は嬉しそうに早口でまくし立てる。

???「おやおや、しばらく見ないうちにお連れさんが出来たみたいだな。長らく女日照りの続いてたお前さんにもようやくお湿りが降ったみたいでなによりだねぇ!」

トーマス「い、いや、違うんだよ……」

???「おまけにお相手は修道院の尼さんときたか! 所謂『禁断の愛』ってやつかい? フゥーッ、こいつぁおったまげだ! 貞潔を守らなけりゃならない修道女に手を出したなんて知られた日にゃ大スキャンダル、特ダネになる事間違いなしだぜ! 運が良けりゃタブロイドの一面を飾れるかもな! これで晴れて有名人の仲間入りだおめでとう! で、どこの子だ? やっぱり第12学区の修道院かい?」

トーマス「いや、別に恋人ってわけじゃなくて……」

ナレーション(トーマス)「なんなんだこいつは?!まさか俺はこんな奴と知り合いだったってのか?」

混乱しながら隣のインデックスを見やると、目の前の男を敵意のこもった眼で睨みつけ、唸り声を上げながら歯軋りしている。

ナレーション(トーマス)「そうだ。我が同居人には恐ろしい癖があったのだった。なんとかして止めないと!」

トーマス「あの……」

マーシャ「からかうのはそこらへんにしときなよ兄貴ー。困ってるじゃないかー」

トーマスが困惑している所に助け舟を出すマーシャ。
それを聞いて、男はマーシャの方に顔を向ける。


???「……マーシャ? 本当にマーシャなのか?」


マーシャ「おかえり、兄貴」


口元に少しだけ笑みを浮かべながらマーシャは優しく呼び掛ける。
すると、男の表情がみるみるうちに変化し、今にも泣き出しそうな顔に。

???「マーシャ、マーシャ、マァァァァシャァァァァッ! 我が最愛の妹、神がお遣わしになった天使よ! 旅に出ている間、お前への慕情は日に日に募るばかりだった。ああ、我が愛しき人(マイ・スウィート・ハニー)!」


長い両腕を広げてマーシャを抱き締めようとする。


???「お前に会いたくて、どれほど寂しい思いを……」


マーシャも沸き起こる感情を抑えきれないかのようにかたく拳を握り、



マーシャ「だから人前にいる時くらい自重してくれっつったろうが!!」



そのまま男の腹目掛けて重いストマックブローを放つ。すると男は前屈みになりながら倒れてそのままうずくまる。気を失ったのか、それきり動かない。
突然の出来事に面食らったトーマスとインデックスの両名は、わけが分からずその場に立ち尽くすばかり。

マーシャ「これは失礼。今ので気を悪くしたなら謝るよ」

マーシャがインデックスの方に向き直って言う。

マーシャ「紹介しよう。うちの愚兄のマシュー、マシュー・デュッティだ」

マーシャ「トーマス・カミジョーと同じ高校に通っていて、部屋も隣同士なんだ。この通り軽はずみな事ばかり言うお調子者だけど根は優しいんで多めに見てやってくれー」

インデックス「え……」

どう答えたらいいのか分からないインデックス。一方、マーシャの声を聞いて我に返ったトーマスは、二人に構わずマシューと呼ばれた男のそばに駆け寄る。

トーマス「おい、大丈夫か? 」

軽く揺り動かしても反応がない。
慌てて脈を見て、気を失っただけで命に別状がない事を確認すると、すかさず立ち上がってマーシャの方に向く。
トーマスがいつになく真剣な面持ちであることに少し戸惑いながらもマーシャは続ける。

マーシャ「でもまあ、いつもの事だから気にしないでくれー。いくら言ってもやめてくれないもんだからさぁ……」


トーマス「だからってここまでする事はないだろ!」

ビクッとしてトーマスの方を向くマーシャ。表情の変化が少ない彼女にしては珍しく目を丸くしている。

マーシャ「ど、どうしたんだよ急に……」

トーマス「どうしたもこうしたもないっ!」

トーマス「よりによって自分の兄貴を、それも気絶するほどの力で殴るだなんて! いくらなんでもやっていい事と悪い事があるぞ!」

トーマスが本気で怒っているのを見て戸惑うマーシャ。

マーシャ「いや、これは私なりの抗議で……」

トーマス「なら殴ってもいいのか? 口で言えば済むことだろ! 」

マーシャ「でも、それなりに手加減はして、急所も外してるし、兄貴だって結構鍛えてるし……」

トーマス「それでも今後はやめるんだ。万が一当たった所が悪ければ命に関わるんだぞ!」

トーマス「確かにこいつの性格は少し鬱陶しいかもしれない。でもな、それだけお前の事をとても大事に思ってくれているって事じゃないのか! そんな妹思いの優しいお兄さんを殴るだなんて……」

マシュー「いや、いいんだよ……」

トーマス「え?」

声のする方に向くと、目を覚ましたマシューが壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がろうとしている。

マシュー「流石は我が妹、なかなか強いパンチだ……かのロッキー・グラジアノから直接手ほどきを受けただけの事はある……ごほ」

トーマス「大丈夫か? 手を貸すよ」

マシュー「いや、大丈夫だ。さっき妹も言ってたろう、こう見えて俺はかなり鍛えてるんだよ。それに」

壁から手を離し、すっかり立ち上がってマシューは言う。

マシュー「俺の方に非があるんだ。妹がひどく嫌がっている事を思わずやっちまったんだから。パンチを食らったって文句は言えない」

そこでマーシャの方に向き直って続ける。

マシュー「ごめんな、マーシャ」

マーシャもこう返す。

マーシャ「ううん、こちらこそいきなり暴力に訴えたりなんかしてごめん」

二人が和解したのを見て、トーマス。

トーマス「つまり、今のはマシューの方が悪かったって事でいいみたいだな。でも、マーシャも今後はこんな乱暴な事をしたらダメだぞ。家族なんだから、お互いに相手の嫌がる事をせずに仲良くしないと」

マシュー「そうだな。ごく基本的な、それでいて大切な事を忘れていた。それをお前さんに思い出させてもらったよ。ありがとう」

マーシャ「退院したばかりなのに、こんな見苦しい光景を見せて本当にごめんよ」

トーマス「いやいや、俺はそこまで言ってもらうほどの事は何一つしてないよ」

今度はトーマスが戸惑う番。

マシュー「さて、問題がめでたく落着した所で」

マーシャ「もう一度やり直しだね」

ひしと抱きしめ合い、再会を喜ぶ二人。それを見てトーマスも満足げな表情。

トーマス「さて、俺達も部屋に行こうか」

そう言って自分の部屋の方へ歩き始めたトーマスに構わず、インデックスはマーシャに尋ねる。




インデックス「ところで、部屋の修理はいつまでなのかな?」

それを聞いてトーマスの足も止まる。

ナレーション(トーマス)「そうだった! まだ修理中なのをすっかり忘れていた……!」

マーシャ「悪い悪い。その事をすっかり忘れていたよ」

マーシャは兄の体から手を離すと、トーマスの部屋の方を振り向き大声で呼び掛ける。

マーシャ「すみませーん! 工事はいつ頃まででしたかー?」

作業員の一人が答える。

作業員「そうですね、遅くても今晩の8時には終わるでしょう!」

またトーマス達の方に向き直るマーシャ。

マーシャ「だそうだ。今日中に終わるってよ。よかったなー」

野宿をしなくて済むという事を聞き、ほっと一安心する二人。しかし、トーマスはまだ不安げな表情のままである。

トーマス「でも、その間どうすれば……」

マーシャ「私らの部屋で良かったら、時間を潰してくかー?」

マシュー「悪いがダメだ。これからマーシャに荷物の片付けを手伝ってもらわにゃならん。それに、今日は二人きりで過ごしたいんだ。すまない」

マーシャ「だってさ。というわけでうちの部屋には上がれないみたいだ。ごめんなー」

トーマス「いいや、こちらこそ無理を言ってごめんよ」

途方に暮れたような表情の二人。

トーマス「……一旦外に出るか」

インデックス「そうしようか」

マシュー「それがいいと思うぜ。街をぶらつくついでに、そのおチビさんに観光案内するってのはどうだい? ここに来て間もないんだろ?」

インデックス「チビって言われるのは心外かも……


マシューを睨みつけるインデックス。

トーマス「確かにそれは名案だな。じゃあ、早速その助言に従わさせてもらうことにするよ。ありがとな」

そう言ってくるりと踵を返し、インデックスを促しながらその場を後にしようとするトーマス。

マーシャ「くれぐれも注意しろよー、最近ここら辺も治安が悪くなってるみたいだからなー……って、
病院からここまで無事に来れたなら問題ないか」

トーマス「ご忠告ありがとう」

トーマスは首だけ後ろに振り向けて礼を言い、それからまた前を向こうとする。

マーシャ「ああ、それとまだ言い忘れてた事があった。小火騒ぎ前日の落雷のせいか知らないけど、あんたんとこの家電製品の大半がぶっ壊れてたろー? この際だから、ついでにそれらも修理に出しておいたぞー」

トーマス「なんだって?」

今度は体ごと後ろに振り向けるトーマス。

マーシャ「無断でやっちまってごめんよ、でも、あのままじゃ困ると思ったからさ……。びっくりするといけないから先に知らせておこうと思ったんだ。……気を悪くしたかー?」

ナレーション(トーマス)「やっぱり俺はかなりの頻度で災難に見舞われてたみたいだな。落雷の翌日に火事に遭うだなんて、厄日にもほどがあるぞ」

トーマス「いいや、むしろ大歓迎さ。本当にありがとう、マーシャ!」

マシュー「マーシャ、本当になんて優しい子なんだ。お兄ちゃんは鼻が高いよ……」

再び妹に抱きつこうとするも、彼女が咳払いをするのを聞いて先ほどの悶着を思い出し、慌ててやめるマシュー。
それを見届けたトーマスは、にっこりと笑ってから背中を二人に向けてまた歩き出す。

マーシャ「じゃ、そういう事で。気を付けてなー! 何かあったらその子を守ってやれよー!」

トーマス「ああ、分かってるとも! それじゃあ、お互い良い一日を!」

マシュー「ああ、お互いにな!」

上体だけ後ろに振り向け、二人に向かって手を振るトーマス。それを見て二人も手を振りながら見送る。

マーシャ「さてと、次は兄貴の荷物を運び込むか!」


デュッティ兄妹の部屋ー

マーシャ「今日のトーマス・カミジョー、なんだか変じゃなかったかー?」

床に座り、スーツケースの中から日用品や衣服を取り出して整理しながらマーシャは言う。

マシュー「おかしいって、何が?」

部屋の中央に置かれたテーブルに向かい、書類をまとめながらマシューが訊き返す。

マーシャ「さっき兄貴を鉄拳制裁した時の事。あいつは猛烈に怒ってた。まるで初めて見たかのように。何度か同じ光景を目の当たりにしているはずで、それまでは特に何も言わなかったのに今回初めてだ」

マシュー「あいつも人間なんだ、気が変わる事だってあるさ。それで?」

マーシャ「あと、ここでつい最近小火があった事も知らないみたいだった。この街から離れていないのなら、嫌でも知る事になるはずなのに」

一瞬マシューの手が止まる。しかし、またすぐに動き始める。

マシュー「さあ、なんでだろうな? そこまで物忘れはひどくなかったはずだぜ。一応、脳を検査してもらう事を進めた方が良さそうだな」

マーシャ「ふん、まあそんなもんかね」

衣服を一通りたたみ終えたマーシャは、マシューの方に向き直って言う。

マーシャ「ところで、旅行に行くって言ってたけど、どこに行ってたんだー?」

マシュー「悪いな。いろいろ事情があって言えない事になってるんだよ」

マーシャ「妹の私にくらいなら教えてくれたっていいじゃないかー」

マシュー「例外はなし、だ。でもまあ」

マシューは黒いプラスチック製ファイルの中に書類をしまいながらニヤリと笑う。

マシュー「ただ一つ言えるのは、お前と過ごす時間ほどエキサイティングなものじゃないって事さ」

マーシャ「本当にー?」

少し疑り深そうな表情をわざと作って見せるマーシャ。そんな彼女の頭を撫でるマシュー。

マシュー「本当だとも。さて、次の旅に出かける前にちょっとオアシスで一休みしたいんだ……」

立ち上がって軽くストレッチングをしながらマシューは続ける。

マシュー「付き合ってくれるか?」

ニヤリと笑うマーシャ。


それでは本日の分を投下いたします。

第7学区中心部、アカデミック・シティ中央駅前ーー

インデックスとトーマス・カミジョーの二人は大きなロータリーのある駅前広場の端に立っている。二人の目の前には一軒のアイスクリーム・パーラーがあり、その入り口に張り紙が貼ってある。
インデックスは顔を近づけ、目を細めながら張り紙の文字を読む。

インデックス「『改装のため閉店しております。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません』」

トーマス「だってよ。残念でした。それじゃ行こうぜ」

そう言うとトーマスは回れ右をしてスタスタと歩き始める。彼の右手には旅行者向けのガイドブックがあり、ズボンの後ろのポケットには丸めた新聞が差し込まれている。

インデックス「あっ、ちょっと待ってよトーマス! いくらなんでもそんな態度はあんまりかも!」

慌てて後を追うインデックス。

二人が歩いているのは中心市街の目抜き通りである。三車線と幅広な石畳の道路の中央レーンにはトラム(路面電車)の軌道が敷かれ、両脇には南国らしくホウオウボクが街路樹として植えられている。道路沿いには商業施設などが入った背の低いビルが立ち並んでいる。夏休みらしく、道は多くの人でごった返している。

インデックス「トーマス、一度女の子への接し方を見直してみるべきかも。こんな暑い盛りに外を連れ回して、日射病にでもなったら大変なんだよ」

頬を膨らませながらインデックスは不機嫌そうに言う。

トーマス「悪い悪い。じゃあ、どこか日陰を見つけて一休みしよう。しかし、その修道服を着ていれば少なくとも日焼けする事はないだろうぜ。露出も少ないし、何より白は光を反射する色だ」

彼は軽口を叩きながら額の汗を拭う。愉快げな口調とは裏腹に、その表情は険しい。
正午を過ぎたとはいえ、太陽が高い位置にある事には変わらず、強く照りつけている。彼らの前方では陽炎がゆらゆらと立ち上っている。

ナレーション(トーマス)「フロリダ州南部は熱帯に属しているらしい。当然この島も含まれるわけで、いくら周囲を囲む海によって緩和され、本土よりもマシになっているとは言え、とても暑い事には変わりがない。この島が高度に発達した近代都市である事も暑さを増大させる一因らしい。確か、ヒートアイランド現象とか言ったかな?」

ナレーション(トーマス)「もっとも、俺は知識として『暑い』という言葉の意味は知っていても、それがどのような感覚なのかまでは病院を出るまで知らなかった。先に述べたように過去の思い出をすべて忘れているからだ……」

インデックス「トーマス、私は日焼けしたくないからこんな格好をしているわけじゃないんだよ。この修道服は神と人々への奉仕の証。私は一度たりともやれ不便だの暑苦しいだのと罰当たりな感想を抱いたことはないんだから」

トーマス「そうかい、それは良かった。服を買う手間が省ける」

インデックス「だからそういう受け答えも含めて雑だって言ってるんだよもう~!」

さらに頬を膨らませるインデックス。

インデックス「ただの女の子ならまだしも、いやただの女の子でも問題だけれども、私は修道女として神にお仕えする身。なおさら邪険に扱う事はできないはずなんだよ」

トーマス「修道女、ねえ。一体どこの世界にアイスクリームが食べたいと駄々をこねる修道女さんがいらっしゃるのでしょうねえ」

インデックス「むぅ~」

真っ当な指摘をされて悔しそうな表情で下を向くインデックス。

インデックス「確かに私は貞潔・清貧・従順の誓願を立てた修行の身であり、お酒や煙草のみならずコーヒーに紅茶にデザート、その他もろもろ嗜好品の摂取は一切禁じられているんだよ」

トーマス「そいつぁ難儀なこった。ならなおさら駄目だね。修行の邪魔になったらいけないからな」

インデックス「でも」

トーマス「でも何?」

インデックスはもどかしげな表情で顔を上げ、トーマスの方を向く。

インデックス「あくまでも修行中の身だから完全なる聖人の振る舞いは出来ないわけで、何かの間違いで口の中にアイスクリームが放り込まれる可能性だってなきにしもあらずなんだよ。それに」

インデックスは辺りを見回しながら言う。

インデックス「『ローマにおいてはローマ人のように振る舞え』という古くからの諺に従えば、私はここ自由の国アメリカの習慣に従うべきなんだよ。ましてやここは学生の街。私も一学生として振る舞うべきだと思わない?」

トーマス「自由な振る舞い、ねえ……」

それを聞いて、トーマスも辺りを見回す。通行人はほとんどが十代ほどの少年少女であり、服装も肌の色も話す言葉もまちまちである。中には学生らしく制服を着ている者もいる。

トーマス「そう言えばこの本によると、この街は国籍や民族、宗教、性別の如何にかかわらず学ぶ事ができるってのが売りだってよ」

トーマスは右手に持ったガイドブックをインデックスに示す。

トーマス「確かにその理屈に従えば、何もこんな所に来てまで修道院のルールに縛られる必要はないわけだ」

インデックス「ネ、トーマスもそう思うでしょ?」

トーマス「でもどうしろってんだよ? 店の都合で休業中だって言ってるのに?」

トーマスはもうお手上げだとでも言わんばかりに手を広げてみせる。

インデックス「お店は他にもあるでしょ?」

ちょうどその時、インデックスの腹が鳴る。インデックスは腹をさすりながら続ける。

インデックス「第一私たちはまだお昼ご飯も食べていないんだからね。新聞とそのガイドブックの分のお金でできた事がたくさんあると思うんだけど」

今度はトーマスの方がぐうの音も出ないといった表情で俯く。

ナレーション(トーマス)「10ドル。それが現時点での出費であり、一学生にはなかなか応える額だ。内訳はガイドブック代と新聞代、そして行きの電車賃。このシスター、なかなか痛いところを突いてくる」

ナレーション(トーマス)「ご存知の通り、俺は思い出もろとも街の地理に関する知識をごっそり失っている。そこで、寮を出てから俺がまずしたのが、近くにある書店で旅行者向けの街のガイドブックを買う事だ。インデックスには街を詳しく案内するためだと説明したが、特に疑いを持ったようには見えない。
それから同じく近くにあった停留所からトラムに乗り込み、入院している間の世間の動きについて知るために車内で売っていた新聞を買った。
トラムはリーブズ・ストリートを抜けてーー正式名称は『第7学区39号線』。今俺達が歩いている道路の事だーーそのまま他学区に向かう、という路線を辿る。運賃が予想外に高かったのとそのままこの学区を通り過ぎてしまいそうだったのとで俺達は途中下車し、それからは歩いて駅前に向かったというわけだ」

ナレーション(トーマス)「財布の中に入っていたのは合計25ドル。うち40%をこの道中だけで失ってしまった事になる。そしてこれこそが、俺がアイスクリームを買ってやる事を頑なに拒み続けた最大の理由に他ならない」

ナレーション(トーマス)「確かマーシャは、先月の落雷で俺の部屋の家電がほとんどやられたと話していた。その中に冷蔵庫が含まれていたとしたら? 修理に出されるまでの間、この暑い盛りに何日も放置されていたんだ、中身が無事である保証はないだろう。だから俺は、何が何でも夕飯の食材を買いに行かなければならないのだ。そのためにはこれ以上の散財はなるべく避けたいところだ……」

下を向いたまますっかり黙りこくったトーマスの体を揺さぶるインデックス。

インデックス「ねえねえトーマス、黙ってないで答えて欲しいな! 近くに冷たい料理のお店ってないのかな? 私としては是非一度本場のスムージーを飲んでみたいところなんだけど」

トーマス「ん?何だって? スムージー? お前今自分で嗜好品の摂取は禁止だって言ったばかりだろ? 舌の根の乾かないうちによくもそんな事が……」

我に返ったトーマスが呆れたように言う。

インデックス「だから、この街では戒律に囚われずに生活する事に決めたんだよ! これさっきも言わなかった?」

ナレーション(トーマス)「生憎今のミスター・カミジョーにはそこまで持ち合わせがありませんのよ。もう少し懐が暖かければ、冷たいヴィシソワーズを出してくれる店にでも入るところなんだがな……。
それにしても、これでよく修道女が務まるもんだな。修道女の本分は禁欲じゃないのかよ? 今の言葉を録音して『教会』の連中に聞かせてやりたいくらいだ」


???「なかなかに素敵な交渉中なんやけどな、ちなみにそこの子誰なんトミー?」

本日の分を投下いたします。

突然トーマスは背後から野太い声で呼びかけられる。振り向くと白人の大男が立っている。

???「おぅ! 退院おめでとさん、トミー。その調子だともう全快したみたいやな」

軽く手を上げて挨拶する大男。

トーマス「やあ、ど、どうも……。この通り元気だよ……」

知らない人間がまたしても自分の事を知っていたという事に戸惑いながらも相手と同じように挨拶するトーマス。
大男は細い目をしていて、白いアメリカンフットボールのユニフォームに身を包んでおり、そのがっしりとした腕に紙袋を抱えている。何よりもトーマスの目を引くのが、短く刈り込まれた青い髪と耳についた金色のピアスである。

ナレーション(トーマス)「神様、またおかしな奴が現れやがった。まさかこいつも友達だなんておっしゃいませんよね? でも俺の名前を知っていると言うことは、人違いでないとしたら、もしや……」

???「ん? どないしたんやトム、そないなけったいな顔をして? 随分と他人行儀やけど、夏の暑さにやられて記憶が飛んでもうたんかい?」

記憶が飛んだ、というフレーズを耳にして思わず竦むトーマス。大男はそれを見て大笑いする。

???「分かっとる分かっとる、こら冗談や。『心の旅路』の主人公やあるまいし、そない簡単に記憶喪失になっとったら怖くて外も出歩けへんよね」

大男は次にインデックスの方を向いて軽くお辞儀をする。

???「はじめまして、嬢(いと)はん。トーマス君のクラスメイトで、これでも学級委員です」

インデックス「あ、はじめまして」

戸惑いながらも挨拶をするインデックス。

ナレーション(トーマス)「俺のクラスメイトだと名乗っているところを聞くに、やっぱり人違いじゃなさそうだ。しかし、なんて胡散臭い男なんだ。見た目もそうだし、何より喋り方からして怪しさいっぱいだ。友達選びくらいまともにやろうな、トーマス」

ナレーション(トーマス)「しかし、一体どこの訛りだ? こんな英語聞いた事がないぞ。南部の方かな?」

???「せやせや、そう言えばキミに伝えなあかん事があって、寮に向かっとるところやったわ。丁度良かった、今時間あらへん? もしランチがまだやったら、近くのハンバーガーショップで食事も兼ねて一休みしよかな思うとるんやけど」

インデックス「それは名案、是非ともご一緒させて欲しいんだよ!」

トーマス「おい、ちょっと」

ハンバーガーショップ、と聞いた途端に興奮し始めるインデックス。声も先ほどとは打って変わって生気が戻っている。トーマスが制止しようにも効く耳を持たない。

インデックス「トーマスったらひどいんだよ! この暑い盛りに人を連れ回しておいて、 いくら冷たいものが食べたいと言ってもちっとも応じてくれないんだから! 」

???「ホンマに?」

インデックス「そうなんだよ! それに、まだ何も食べてないからお腹ペコペコなんだよ」

インデックスからの『告発』を聞いて、再び大笑いする大男。

???「さてはトミー、例によってまた金欠やな? なに、これはボクからの奢りやから心配には及ばへんよ」

トーマス「え? 本当に俺が払わなくていいのか?」

本心を見抜かれた事だけでなく、相手の話した内容についても驚きを隠さないトーマス。

???「ああ、ホンマや」

大男は頷く。

ナレーション(トーマス)「この時、俺にはこの男が救世主に思えた」

トーマスは相手の右手を両手でしっかりと握り、上下に勢い良く振り始める。

トーマス「恩に着る。本当にありがとう」

トーマスは感謝の念に満ちた表情で大男の顔を見上げる。今にも涙を流しそうなトーマスの顔を見て戸惑う大男。

???「あ、別にかめへんよ」

それを見てインデックスも言う。

インデックス「私からもお礼を言うんだよ。ありがとうね、えっと……」

???「ブルーピアスでええよ。『青い』髪で『ピアス』しとるからブルーピアス。ボクの普段のあだ名や。そういうキミは……」

インデックス「インデックスでいいんだよ」

ニッコリと笑うインデックス。

ブルーピアス「さいでっか。よろしくな、インデックスちゃん。ほな、ここでいつまでも立ち話しとるわけにもいかへんし、ぼちぼち行こか?」

30分後、とあるハンバーガーショップ内ーー

店内に響くアナウンス。

接客係「28番でお待ちのお客様、ご注文の品が出来上がりました」

インデックス「はーい」

呼ばれてインデックスは店の奥にあるカウンターの方へ小走りで向かう。それを見届けるトーマスと『ブルーピアス』。

トーマスはすでにハンバーガーやフライドポテト、ドリンクなどを載せたトレイを持っており、『ブルーピアス』はドリンクのカップを右手に持って壁に寄りかかっている。彼の左手には紙袋が下げられており、その中からトーマスのガイドブックが顔を覗かせている。トーマスは浮かない表情をしている。

店内はテーブル席のみであり、いずれも埋まっている。

ブルーピアス「ええかトミー」

『ブルーピアス』はトーマスの方に向き直る。

ブルーピアス「あんなかわええ女の子が慕ってくれてるちゅうのにその事実を素直に喜べんとは、アンタ罰当たりもええとこや」

トーマスも答える。

トーマス「ああ、反省している。ただの連れ呼ばわりなんかして悪かったと思っているよ」

ブルーピアス「こんな可愛らしい子と一緒に暮らせる。そう考えれば多少噛みつかれたとしてもええやんけ。たまには不幸な事ばかり考えんと、幸せを素直に受け入れる事も大切やと思うよ。ボクは生まれてこの方彼女なんか一度もおらへんで」

トーマス「その通りだと思う。暑さでイライラするあまり少し邪険に扱っていた気がする。涼しい室内に帰って来れた事でまた正常な思考が戻ってきたよ。これからは、もっと大切に扱うよ」

そこでトーマスはブルーピアスの方に顔を向ける。

トーマス「大事な事を気づかせてくれてありがとな」

いつになく神妙なトーマスの様子に少し戸惑うブルーピアス。

ブルーピアス「いや、別に礼を言われるほどの事は……」

話題と雰囲気を変えようと、顔と手を向けてインデックスの方に注意を促すブルーピアス。

ブルーピアス「ほら、見てみ、ミルクセーキをあんなに沢山……どんだけアイスクリームに未練があったんやろな」

トーマス「ああ、ほんとだ。やっぱり多少無理してでも買ってやるべきだったんだろうな。彼女を空腹に泣かせるなんて、男の風上にもおけやしないよ……」

苦笑しながら再びトーマスの方を向くブルーピアス。

ブルーピアス「ホンマにどうしたん? いつものトミーらしくないで! いつもなら軽口の一つや二つ叩いとるやんけ。やっぱり今日のキミどこかおかしいで!」

ナレーション(トーマス)「こ存じの通り俺は記憶喪失。当然それまでの人間関係などすっかり頭から抜け落ちている。だからか、今の俺は人とのつながりを失うのがとても怖くてたまらないのだ。でも、まさかこんな事言うわけにはいかないよな……」

トーマス「いやいや、別にどこもおかしくないさ。病院で診てもらったばかりだしな」

そこでブルーピアスがドリンクしか注文していない事に気づくトーマス。

トーマス「それはそうと、何か食べなくていいのか?」

ブルーピアス「ああ、ボクはもう食べてきたからええんよ」

トーマス「そうかい。それにしても悪いな、ガイドブックまで持ってもらって」

ブルーピアス「別にかめへんよ」

そこでトレイを持ったインデックスが戻って来る。トレイの上にはバニラ味、チョコレート味、ストロベリー味の三種類のシェイクと大量のハンバーガー、フライドポテトが載っている。なお、トレイはいずれもプラスチック製である。
それを見て呟くトーマス。

トーマス「見かけによらず大食いなのかな」

インデックス「何か言った?」

トーマス「いや、何も」

インデックスは溜息をついてからトーマスの目を見て言う。

インデックス「トーマス、これほどの物を持ってこれから何十分も立ったまま待ち続けるなんてとてもじゃないけどできないよ」

インデックスの目つきが険しくなる。

インデックス「十字教において、癇癪を起こす事は固く戒められているのは事実。それでも、ただでさえこの炎天下を何時間も連れ回されて疲労困憊しているのにこんな所でもさらに何時間も待たされるとなったら、流石に堪忍袋の緒が切れるというものだよ。笑ってごまかしてたけどね」

病院で初めて(少なくとも彼にとっては)会った時の事が頭をよぎり、恐怖に震え始めるトーマス。
その時、脇からある従業員が近づいてきて一行に声を掛ける。

従業員「あの、お客様方?」

何でしょう、と言わんばかりに一斉に従業員の方を向く三人。

従業員「相席でよろしければ空きがございますが、いかがなさいますか?」

トーマス「相席、ですか?」

従業員「ええ、他のお客様との」

そう言って、ニッコリと笑顔を浮かべながら窓際の一角を差す従業員。その先には、人混みの中ただ一つだけ空いた四人掛けのテーブルがある。
そこに、長い黒髪の少女が俯せている。サラサラの髪は、ちょうど少女の顔を隠すようにテーブル上に広がっている。ギリシャ神話に登場する女神達のように、少女は布を体に巻いたキトンとショール型のヒマティオンを身に纏っている。

インデックス「じゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうんだよ。ありがとう」

ブルーピアス「そんなら、ボクらもそうしまひょか。おおきに。ほな座ろうか、トミー?」

トーマス「いや、俺は遠慮しておくよ」

二人とは異なり、気が進まないトーマス。ブルーピアスとインデックスは怪訝な顔をする。

トーマス「第六感が告げているんだ、お近づきにならない方が身のためだって。だって、見るからに怪しいだろ? 関わるときっとロクな事がないよ。寝ている犬はそのままにした方が吉だぜ」

店員に軽く例を言ってから、トーマスは近くの台の上にトレイを置いて新聞を腰から抜く。

トーマス「気長に席が空くのを待とうぜ。少なくとも今夜の『メイベリー110番』には間に合うだろうからさーー」

のんびりとした口調で言って新聞を広げるトーマス。しかし、ある記事を目にしたところで凍りつく。




1967年8月7日(月) マイアミ・ヘラルド

洋上に謎の閃光 アカデミック・シティからは依然として説明なし

先月28日にアカデミック・シティ上空にて観測された正体不明の光線の詳細について、街の運営を委託されている『学園都市公社』からは今なお納得のゆく説明は与えられていない。「学問の自由」ならびに都市の完全な自治を承認した『国連安保理決議114号』を盾に記者会見すら拒否するアカデミック・シティの度を越した秘密主義に対して、国内外から批判が集まっている。

衛星破壊兵器の実験か?

先月28日午前0時20分頃、マイアミ港沖に位置するアカデミック・シティから上空に向け……

トーマス「7月28日って、俺が病院に運び込まれた日じゃねえか……。謎の光……衛星の撃墜……あの医師の話とも合致する……しかも大変な事になってる……!」

改めてインデックスをよく見てみようと顔を横に向けたところで、彼女がすでにいない事に気づく。
恐る恐る視線を動かした先にはーー。

トーマス「Oh」

インデックスが少女と同じテーブルに腰掛けて幸せそうな表情で手招きしているのを見て肩を落とすトーマス。

ブルーピアス「何しとるん? はよ行こうや」

ブルーピアスにもそう促されて、深く息を吸うトーマス。

ブルーピアス「トミーは心配しすぎなんよ! いくら天性の不幸体質で、いるだけで不運を呼び寄せてまう『避雷針』や呼ばれるほどや言うても、用心すればどうってことあらへんと思うで!」

トーマス「だといいんだけどね……」

軽い会話を交わしながらテーブル席に向かう二人。

トーマス(でもまあ、彼の言う通りただの思い過ごしかもな)

そのような事を考えながら席に着こうとするトーマス。

ブルーピアス「すんまへん」

トーマス「すみません、お隣、失礼します」

その時、少女の顔が少しだけ上がり、髪の間から声が漏れる。




謎の少女「………………食い倒れた」

更新が遅くなって申し訳ありません。お知らせする事があります。
登場人物の独白や考えている事を表す時には()を使い、ナレーションとは区別する事といたします。何度も申し訳ありません。

ハンバーガーショップからそう遠くない路地裏ーー

三人の男が息を切らしながら、何者かから逃げるように走っている。薄暗いために、服装などまでは詳しく判別できない。いずれも目つきが悪く、とても潔白な人物であるようには思われない様子。

男1「畜生、なんでこんな所にまで軍のMP(憲兵)が出張ってやがる! 奴らの権限が及ぶのは第23学区内だけのはずだろ!」

リーダー格と思しき男が忌々しげに言う。それを聞いた別の男が答える。

男2「きっと治安の悪化を見越して出動を要請したんでしょうね! 今日は第10学区で労働者の大規模な賃上げデモがあって、『アンチ・カパシテ』はほとんど出払っているって話ですから!」

さらにもう一人の男。

男3「そんな事より、これからどうするかについて話し合いましょうよ! ヘリも車もやられたとあっては、もう逃げる手段はありませんよ? 仲間もほとんどやられましたしね」

やがて三人はT字路にさしかかる。三人はそこを横に折れて、大通りへの出口の手前で立ち止まる。
リーダー格らしき男が通りの様子を伺いながら言う。

男1「足がない? だったら簡単だ、奴らに用意させればいい」

男2「でも、どうやって?」

リーダー格らしき男がもう二人の方を振り返る。

男1「この辺りで、一番混んでいる店はどこだ?」

ナレーション(トーマス)「現在俺達は、窓際の一角にある四人掛けのテーブル席に腰を下ろしてハンバーガーやフライドポテトを食べているところだ。
不思議なのは、これらがどういう食べ物なのか、今まで食べた事がないはずなのに知っていたと言う事だ。やはりあの医師の言ったとおり、以前の『知識』だけ残ったせいなのか」

ナレーション(トーマス)「と、普通ならこんな事を考えながら初めての味を堪能したいところだが、生憎それをできない事情がある。
『食い倒れた』と言ったその少女は、俺とインデックスの真向かいのところに座り、テーブルに腹ばっている。少女、といっても服装や背丈などから辛うじてそう判断できるだけで、本当はいくつくらいなのか全く検討がつかない。顔のほとんどが長い髪で隠れているので表情も分からない。そして、この女の子のせいで俺の集中はさっきからかき乱されっぱなしだ。周りの席からの会話もプレスリーの有線放送も耳に入ってこない」

ナレーション(トーマス)「ブルーピアスの奴は席に着くや否やお腹が痛いといってそのままトイレに行った。注文したアイスティーを飲み過ぎたらしい。口ではもっともらしい事を言っておきながら、面倒な事を俺に押し付けて行きやがった。なんていい加減な男だ……。おまけに隣のインデックスもさっきからしきりに俺を肘で突っついて話しかけるように促してきやがる。なんで自分で話しかけないのかと小声で聞くとーー」

インデックス「やっぱり話しかけられた人が答えてあげるべきだと思うんだよ」

トーマス「でも、俺に話しかけたとは限らないだろ?」

インデックス「私は言っちゃいけない事まで話しちゃうかもしれないけど、それでいいの?」

ナレーション(トーマス)「俺は観念して、話しかける事にした。本当は一刻も早く完食してこの場を立ち去りたいというのに……。俺は彼女の方に向き直り、息を深く吸おうとした。その時だ」

少女「ハンバーガー一個が15セント。お得用の割引券がたくさんあったから」

目の前の少女が突然喋り出した事に面食らいながらも、彼女の話を聞こうとするトーマス。彼女は続ける。

少女「ついつい30個ほど頼んでみたりしちゃって」

トーマス「でも、君はなんでそんな事を?」

あまりのくだらなさに拍子抜けし、思わず椅子からずり落ちそうになりながらも訊き返すトーマス。

少女「あまりにも。お腹が減っていたものだから」

あたかも文章の切れ目にピリオドが打たれているかのように、区切りながら話す少女。

ナレーション(トーマス)「俺は喉元から出かかっていた『こいつ馬鹿だ』という言葉を呑み込むのに必死だった。
ご存じの通り俺には7月28日以前の記憶がない。それ以前の人間関係がどのようなものだったのか、全く分からないのだ。誰が家族で誰が友達なのか。
当然ながら、目の前の娘と俺が今日初めて出会ったのかそうじゃないのかも知らないわけで、言葉選びにはどうしても慎重にならざるを得ない」

トーマス「そうかい。そんな量を平らげるなんて、クジラでも難しいだろうね」

すっかり呆れ果てた表情でトーマスは言う。

トーマス「で、お悩みはなんだい? まさか『食い切れなかったから手伝って欲しい』とか言わないよな?」

少女「2ドル」

トーマス「……へ?」

少女「帰りのバス代」

トーマス「それで、今いくら持ってるの?」

少女「1ドル」

そう言ってからおもむろに上体を起こし始める少女。

トーマス「お前な、買い物をする時にはもう少し考えて……」

自分が記憶喪失である事も忘れ、呆れ顔のまま説教を始めようとしたところでトーマスの目が大きく見開かれ、話が止まる。

少女の顔は、一般的な基準で見て美人に分類されうるほどに整っている。
その瞳は髪と同様に黒く、眠たげながらも澄み切っている。
瞳と髪の黒が、透き通るほどに白い肌と鮮やかなコントラストを成す。

トーマス(可愛い……インデックスとはまた違った種類の美人だ……)

トーマスが少女の美しさに見とれている事に気づいたインデックスは、シェイクのストローを加えたまま彼を睨みつける。

そんな二人の様子にはお構いなしに、少女はトーマスに言う。

少女「1ドル。貸してもらえない?」

その一言で我に返ったトーマスは、危うく首を縦に振りそうだったのを踏み留まり、左右に激しく振り始める。

トーマス「いいや無理無理! こっちはただでさえすでに10ドルも散財してるというのにこれ以上の出費は勘弁してくれ! 今夜の夕飯がかかってるんだから!」

それからブルーピアスの消えたトイレを指差して、

トーマス「今だってあいつにご馳走してもらっているんだよ!」

少女は少しだけ首を傾げて言う。

少女「どうしても駄目?」

トーマス「悪いけど、駄目なものは駄目。いくら美人だからって、ここだけは譲れない。びた一文も払う事はできない」

少女「美人。か」

少女は俯いて、少しだけ考えてから顔を上げる。

少女「じゃあ。美人に免じて1ドル」

トーマス「おいおい、自分の顔を売り物にするなんて、娼婦のする事だぜ。少なくとも美人とは呼べないよ」

少女「……チッ。たかが1ドルも貸せないなんて」

トーマス「おい、今舌打ちをしたな。盗人猛々しいにもほどがあるぞお前。たかが昼飯に4ドル50セントもつぎ込んだばかりに、その1ドルすらも失ったのはどこのどなたですか?」

少女の態度に対して少し苛立ちを覚え、ムッとするトーマス。

トーマス(やっぱりトゲのない薔薇なんて存在しないんだな。この娘、見かけによらずなかなか図々しいぞ)

トーマス(それにしても、俺は今、この娘とごく当たり前のように会話を交わしている。この娘だけじゃない、学生寮で出会った黒人兄妹や青い髪のアメフト男ともだ。いずれの場合も、相手に疑いを持たせたという事はないようだ……)

トーマス(……こんな接し方で問題ないみたいだな)

話し終えたトーマスがため息をついて黙ると、むすっとして食事を続けていたインデックスが嫉妬のこもった眼差しを少女に向けて口を開く。

インデックス「私からも訊きたい事があるんだけど、いいかな?」

少女「うん。何?」

インデックスの方を向く少女。

インデックス「古代ギリシャの民族衣装を纏っているところを見る限り、あなたはピューティアか何かだと思うんだけど。古代のオリエントや地中海世界では宗教儀式の一環として売春が行われていたらしいけど、あなたもその口? 神聖娼婦なら顔を売るのも納得がいくんだよ」

インデックスの肩を小突いて尋ねるトーマス。

トーマス「あの……ピューティアって何?」

インデックス「デルフォイのアポロン神殿に仕えて、神託を人々に伝える役目を負った女性神官達の事だよ。シビュラとも呼ばれるけどね。彼女達の神託は時に政治を左右するほどの権威を持ったんだから」

トーマス(なるほど、巫女さんってことか)

少女は首を横に振って言う。

少女「……違う。私は預言したりしない」

インデックス「じゃあ、あなたは一体何者なの?」

少し俯いて考える少女。ややあって、彼女は答える。

少女「私。魔法使い」

暫し席を沈黙が支配し、聞こえるのは周囲の話し声と有線放送の音楽のみ。

トーマス(おいおい、こいつもかよ……勘弁してくれ)

トーマスは肩を落とそうとしたところで、隣のインデックスの表情にはっきりと敵意が現れている事に気付く。

インデックス「魔法使い、ね。それじゃあ、あなたの宗派はどこ? 一口に魔術師と言っても色々いるけど、その衣装を見るにギリシャ・ローマ系の新異教主義(ネオ・ペイガニズム)って事でいいのかな?」

少女「うん。じゃあそれで」

インデックス「『じゃあそれで』!? 何も知らずに魔術師だって嘘ついていたわけ!?」

勢い良くテーブルを叩いて身を乗り出そうとするインデックスを慌てて制止するトーマス。衝撃でトレイの上のフライドポテトが散らばり、シェイクが跳ね回る。

トーマス「落ち着けって、ピューティアだか魔法使いだか知らないが、別に実害があるわけじゃないんだからさ」

インデックス「ちょっとトーマス! 私の時とはまるで態度が違うんだよ!」

周囲の視線が次々と三人の席に向かう。トーマスは辺りを見回して弁明する。

トーマス「違うんです! これは、その、劇の練習ですよ! 中世の魔女狩りをテーマにしたやつで、来月上演する予定でして……その、お騒がせしてすみません」

それを聞いて、周囲の客は何事もなかったかのように視線を元の場所に戻す。
なんとかインデックスを席に座らせようとするトーマス。席に着くと同時に、インデックスは小声で呟く。

インデックス「私の時は本物だって証明するために服まで脱がされたのに」

トーマス「何だって?」

インデックス「なんでもない!」

インデックスは不機嫌そうな口調で答えると、拗ねた表情のままハンバーガーを頬張り始める。

トーマス(でも、無理もないよな。あの話が本当なら、インデックスは世界中の魔術師とやらに狙われているはず。当然警戒するはずだ……)

インデックスの方を向いていたトーマスは、今度は向こう側に座る少女の方に顔を向ける。

トーマス「ところでさっきの話の続きなんだけどさ、わざわざ人から借りずに手持ちの1ドル分だけでもバスに乗って、残りの1ドル分は歩けばいいじゃねえか。その涼しそうな古代ギリシャ風の服ーーえっと、名前は……」

少女「キトンとヒマティオン。下に着ているのがキトンで、その上の肩掛けみたいなのがヒマティオン」

トーマス「ああなるほど。そのキトンとヒマティオンは見るからに風通しが良さそうだし、暑さなんて気にならないだろ」

少女「そう言う問題じゃない。もっと違う理由で。私は外を歩きたくない」

トーマス「じゃあ何だよ一体?」

少女は少し黙り込んだ後、トーマスの目をはっきりと見据えて、おもむろに口を開く。

少女「最近。この辺りは。治安が悪い」

ナレーション(トーマス)「それを聞いて、俺は彼女の懸念を一笑に付そうとした。正直なところ、俺はようやく収まったと思っていたら一連の会話を通じてまたぶり返してきた自分の胸騒ぎもまた笑い飛ばしたかった。俺は彼女に言った、自分自身にも言い聞かせながら」

トーマス「あのなあ、いくら治安が悪いからって、ただ歩いているだけで犯罪に巻き込まれるなんて事が簡単に起こるわけがないだろ? 第一、ハイジャックされたり事故に遭う可能性を考えたら、バスだって十分危険だぜ? 大丈夫だって、普通に過ごしていれば何も心配は」





テロリスト達「全員動くな! 命が惜しかったら言う通りにするんだ!」

更新が遅れて申し訳ありません。

驚いたトーマスが声のした方を振り返る。彼の視線の先、店の入り口の近くに三人の白人の男が立っている。

一人は背が高くて目つきが鋭く、長めの黒髪である。最年少に見えるもう一人はやや背が低くて少し幼い顔立ちをしており、栗色の短い髪をしている。 そして最後の一人はスキンヘッドで筋肉隆々とした大男である。三人はいずれも拳銃や自動小銃で武装しており、中でも大男は大きなガトリング銃を担いでいる。また、三人とも大きな麻袋を背負っている。

テロリストA「この店は我々が占拠した。邪魔をしないのなら、諸君らに危害は加えない」

リーダー格と思われる、目つきの鋭い男がそう宣言する。
店内は騒然とし始める。三人組に向かって猛抗議するものもいれば泣き出すものもおり、人々の反応は様々である。

テロリストB「うるせぇ、静かにしないと殺すぞ! 俺達は本気だ!」

そう言って、一番若そうな童顔の少年が天井に向けて自動小銃を撃つ。すると、店内は急に静まる。

テロリストB「今度許可なく喋ったら、こいつを眉間にぶち込むからな」

テロリストA「全員手を頭の後ろで組み、床に跪け!」

リーダー格と思われる、目つきの鋭い男が命じる。逆らわない方が良いと判断したのか、言われるままに手を頭の後ろで組んで床に跪いていく客達。トーマス達も周りに倣う。

トーマス(ずっと嫌な予感がしていたが、まさか的中するとは思わなかった。天性の不幸体質ってのもあながち間違ってみたいだ……クソッ! 噛まれてもいいからもう少し我慢してもらい、店を探すべきだった! これじゃ不幸だって言っても、ほとんど自分で招き寄せているようなもんじゃねえか!)

トーマス(でもおかしいな。さっきの予感は、あの古代ギリシャガールに対して感じたものだったのに、これはあの娘がいようがいまいが起こっていた事だ。まあいい、今はこの窮地を乗り切る事に専念しよう。余計な事をしなければ、身の安全は……)

そんな事を考えながら隣に目をやると、インデックスがまだ席に座って黙々と食事を続けているのが目に入る。

トーマス(こいつ、何が起こっているのか全く気付いてないのか……?)

トーマスは小声でインデックスに呼びかける。

トーマス「馬鹿、何やってるんだよ! そんなのは後回しでいいだろ! 今はまず、助かる事を優先しろよ!」

トーマスがやきもきしている一方で、三人組の近くで跪いていた一人の店員が口を開く。

従業員2「あの、これから何をなさるおつもりで……」

テロリストB「おいテメェ、勝手に喋るなと言っただろうが!」

テロリストA「落ち着け。少しくらいは答えてやってもいいだろう」

店員に銃口を向けようとする少年を制し、リーダー格が答える。

テロリストA「俺達は訳あって追われる身。俺達を追っているのは、この街の警察組織だ。でも、生憎逃げるための手段がない……」

警察組織、と聞いてまた店内はざわつき始めるが、少年が再び銃をぶっ放して黙らせる。

テロリストA「馬鹿野郎、むやみに撃つなよ! 弾の無駄だろうが! 警告する時に撃っていいのは一発だけだ、分かったな?」

リーダー格は少年を怒鳴りつけた後、また店員の方に振り向いて言う。

テロリストA「だから、これから連中に車を用意させる。俺達が乗って逃げるためのな。その間人質になってもらうぜ。心配するな、さっきも言ったとおり余計な事をしなけりゃ命は保証してやるよ」

従業員2「そ、その、お車の事なのですが……」

テロリストA「なんだ、言ってみろ」

従業員2「店舗の裏に、宅配用のバンが停めてありまして……」

テロリストA「なんだ、もう少し早く言ってくれれば手間が省けたのに」

その時、遠くからサイレンの音が聞こえ始める。

テロリストA「クソッ、もう追いついてきやがったか。じゃあ、ありがたく助言に従わせてもらうとしよう」

従業員2「あ、お待ちください! 」

テロリストA「今度はなんだ? こっちには時間がないんだ、早くしろ」

従業員2「でも、そのバンは店の所有物でございまして、私一人にどうこうする権限は……」

テロリストA「この店の責任者は?」

従業員2「奥に、店長がおります」

テロリストA「じゃあ、行ってそいつに許可をもらってこい。あまり俺達を待たせるな」

従業員2「か、かしこまりました!」

そう言って奥の壁の『staff only』と書かれた扉の方に向かおうとする店員。それを呼び止めるリーダー格。

テロリストA「待て」

従業員2「はい、なんでございましょう?」

リーダー格は大男の方を向き、一緒に行けと首を振って促す。

テロリストA「俺達が見ていない間に通報でもされちゃかなわんからな。それに、どんな奴が来たのか顔を見せておいた方がいいだろう」

店員と大男が店の奥に消えたのを見届けてから、リーダー格は店内を見渡す。

テロリストA「全員床に膝を突いているな? よし、しばらくそのままでいろよ。くれぐれも変な気を起こすんじゃないぞ」

窓際のテーブルでは、まだトーマスとインデックスが揉めている。

トーマス「早くしろって! 後で何か買ってやるから!」

インデックス「トーマス! 私は一刻も早くこれを完食しないことには空腹で死んでしまいそうなんだよ!」

トーマス「このままだとどっちにしろ死ぬ事になるぞ! 急げ! 奴らに気づかれる前に!」

テロリストB「おい、そこの女。聞こえなかったのか? 手を頭の後ろに組んで床に跪けと言ったはずだぞ?」

トーマス「だから言っただろうが! いいから早く、今ならまだ間に合うはず……!」

しかし、トーマスの予想に反し、テロリストはトーマス達のテーブルとは反対側の、壁際の席の方に向かう。

テロリストB「ツンボか? もう一つ耳穴をこさえてやった方が良さそうだな」

銃口を向ける先では、一人の少女が椅子に座って本を読んでいる。見えるのは肩までかかる短くて淡い栗色の髪のみで、顔は本に隠れて見えない。

テロリストB「おい、聞こえているのか! お前に言っているんだよ!」




???「最近この手のガンマン気取りが増えたわね。ジェシー・ジェームズにでもなったつもりかしら」

本の向こうから女の子らしい声。

テロリストB「なんだとテメェ!」

少女は少しだけ持っていた本を下にずらし、前髪との隙間から薄茶色の瞳だけを覗かせる。

???「あら失礼」

少女はそう言ってまた本を持ち上げる。彼女の目はまた見えなくなる。

???「銃無しじゃろくに他人とコミュニケーションが取れない人達がいる事は知っていたけど、まさか自分が脅されるとは思ってもみなかったもので」

そう言って少女は本を閉じてテーブルに置き、おもむろに立ち上がる。そこで、ようやく少女の顔が明らかになる。

???「友達が欲しかったら、人にものを頼む時の態度を改める事ね」

長らく更新が遅れて申し訳ありませんでした。
その少女の顔は目鼻立ちが整っており、傍目にも美人に見えるが、少し日焼けしていて活発な印象も与える。身長は5フィートより少し高いようであり、筋肉質で引き締まった体つきをしている。
また、彼女はどこかの制服なのか灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターを着用している。

テロリストA「無礼なのはあんたの方じゃないかね、嬢ちゃん? 口の利き方には気をつけ……」

そこまで言ったところで、少女の全身像を目にしたリーダー格の表情が凍り付く。一方、童顔の方は敵意に満ちた表情を崩さない。

テロリストB「へっ、どこまで減らず口が叩けるか見ものだな。あんまり舐めた態度をとってると泣きを見ることになるぜ」

童顔に向かって囁くリーダー格。

テロリストA「よしておけ、サイモン。下手に張り合わない方が身のためだ」

少女は童顔の銃を見ながらフンと鼻を鳴らす。

???「その台詞、そっくりそのままお返しするわ。まあ、それはさておき」

少女はテロリスト達の表情など気にもとめずに、二人の傍らに置いてある大きな麻袋をちらりと一瞥してから、童顔の持っている銃に目を移す。

???「その袋、中身はひょっとして札束? なるほど、さっき隣の学区で現金輸送車が襲撃されたって聞いたけど、アンタ達の仕業だと見ていいのね」

テロリストB「この金は、罪なき人民から不当に搾取した膏血。それを、正当な持ち主の元に返そうとしているだけだ。何も間違っちゃいない」

テロリストA「わざわざ説明してやる必要なんてどこにもないだろ? 関わり合いになるのはよそうぜ」

???「人民から? 搾取? ああ、なるほどね」

少女はそう言ってニヤリと笑う。

???「そういえば、アメリカが本格的にベトナムの紛争に介入し始めてから今日で三年目だっけ。道理で面倒臭い連中が元気になるわけね」

テロリストB「言葉には気をつけろよ、ブルジョワのクソアマ……」

テロリストA「挑発に乗ったらあいつの思う壺だぞ。気持ちは分かるが今回は堪えてくれ」

離れた席で、トーマスは三人の方を向き、事の成り行きをじっと見守っている。その目は驚きで見開かれている。

トーマス(さっきからあの娘は何をやっているんだ? 下手したら殺されるかもしれないというのに。ひょっとして、自殺願望でもあるのか?)

テロリストB「でもこいつ、俺達の大義をあざ笑ったんですよ」

???「大義ですって? 不当な手段で人からお金を奪い、全く無関係の他人を命の危険に晒すような行為のどこに大義があるって言うのかしら?」

テロリストB「日々俺達のような無能力者や低能力者の生活を脅かしている奴らが何を吐かす。この金だってほとんどがお前らを養うためだけに費やされるもの、俺達への割り当てはごくわずかだ」

???「じゃあ、その人達はみんながみんな、アンタ達と同じ事をしているってわけ? 違うでしょう? みんな真面目に勉強して、自分の才能を少しでも磨こうと努力している。私の友達もね。もっともらしいお題目を掲げているだけで、結局アンタ達のやっている事は駄々っ子と何も変わらないわ!」

テロリストB「こいつ、俺達がどれほど努力したかも知らないで!」

テロリストA「やめろ、相手が誰か分かってるのか?」

激昂して引き金を引こうとする部下を慌てて押しとどめるリーダー格。

トーマス(それにしても、すごい余裕だな。それにしても、リーダー格のヒビりようは一体……?)

>>117訂正があります。申し訳ありません。
誤)トーマス(それにしても、すごい余裕だな。それにしても、リーダー格のヒビりようは一体……?)
正)トーマス(すごい余裕だな。それにしても、リーダー格のヒビりようは一体……?)

???「あら、アンタは随分と物分りがいいようね」

テロリストA「こう見えて、学校での成績はそこまで悪くなかったんでね。身の程はしっかりと弁えているつもりだ。まあ、俺もあんたに対して言いたい事が山ほどあるが、今は一つだけ聞かせてくれ」

テロリストA「俺達はこっちなのに、なんでさっきから銃に話しかけているんだ?」

そこで少女はようやく顔を上げてテロリスト達の方に向ける。

???「あら、ごめんなさい。一向に下ろさないから、てっきりこっちが本体かと」

テロリストB「どこまで俺達をおちょくれば気が済むんだ……?!」

テロリストA「ダメだ、撃つな……」

???「第一」

突然少女の顔から笑みが消える。

???「その『人民の膏血』とやらのお陰で学校に通わせてもらっているくせに、被害者ぶってるんじゃないわよ! この街を出て行くくらいの覚悟を持たずに義賊気取りだなんて、とんだお笑い種だわ!」

テロリストB「言わせておけば……もう許さねえぞズベ公!」

テロリストA「よせ、お前はそいつが誰か分かっていない!」

童顔はリーダー格の制止を振り切り、少女の眉間に照準を合わせて引き金を引く。同時に、店内のあちこちから悲鳴が上がる。


トーマス(ああ、やっぱりこうなるのか……!)

トーマスはすぐに両目を手で覆おうとする。が、完全に覆う前に指の隙間から見えた光景に驚き、手を止める。

しばらく投稿できなくなりそうです。楽しみにしてくださっている方には本当に申し訳ありません。

銃口から弾丸が飛び出した瞬間、少女の体が大きく仰け反る。それに合わせて、弾丸も目標を大きく逸れて斜め上に飛んで行き、壁にぶつかる。
少女はしばらくそのままの姿勢でいた後、勢い良く上体を起こして元の姿勢に戻る。

唖然とする二人組。周りの人々も驚きに満ちた表情で少女を見ている。

少女は、周囲の表情など気にもとめずに、足を軽く踏み鳴らす。
踏み鳴らした足から小さく電光がほとばしるや否や、二人のテロリストが持っていた銃が彼らの手を離れて勢い良く床に吸い寄せられ、そのまま金属音を立てて張り付く。

???「この建物が鉄筋コンクリート造で助かったわ」

そう言ってから少女は、足元の銃二挺に一度目を落としてから、またテロリスト達の顔を見据えて言う。

???「武装解除。さっさと逃げればよかったのに」

テロリストA「その通りだな。だから俺は止めたのに」

リーダー格は憮然とした表情で、ため息をつきながら沈んだ声で言う。

テロリストA「大方斥力で弾道を逸らし、床そのものを電磁石にしたって所だろうな。これで分かったろう、俺達が敵う相手じゃないって事に」




テロリストA「なぜならこいつは、最強の『電撃使い(エレクトロマスター)』にして、この街に7人しかいない『L5』の一人である『カノン・ア・ライユ』に他ならないからだ!」

モブ1「カノン・ア・ライユだって?!」

モブ2「カノン・ア・ライユって、エヴァーグリーン・プラトーの?」

再び店内はざわつき始める。しかし、テロリスト達は止めようとしない。
訳が分からないといった表情の童顔。

テロリストB「カノン・ア・ライユ……?」

???「あら、知らないの?」

少女は少し驚いた表情。

???「まさか私の事を知らない人がいたとは。いいわ、改めて自己紹介しましょう」

髪をかきあげながら少女が言う。

???「エヴァーグリーン・プラトー女子校のエースにして『L5(エル・ファイブ)』第三位、『カノン・ア・ライユ』ことミカエラ・ミシェル・モハカとは私の事よ!」

トーマス「L5……?」

インデックス「L5って何?」

インデックスは食べていたハンバーガーをテーブルの上に置いてトーマスの方を向く。しかし、忘れてしまったのかトーマスは答えない。
代わりに床にしゃがんでいた少女が答える。

???「最強の能力者達の事。この街の能力者達は。能力の強度によって0から5までの6等級に分けられているけれど。彼女達はその頂点にいる」

インデックス「それってどれくらい凄い事なのかな?」

少女の方を向くインデックス。

???「彼女達だけで。北米州の安全保障が全て賄えるくらい」

インデックス「つまり軍隊並みの強さって事? すごいね」

トーマス(軍隊並みの強さだって?! あの娘が?)

トーマスは、驚いた表情でミカエラ・モハカと名乗った少女の方を見返す。

永らくご迷惑をおかけしています。やはりもう少しかかりそうです。本当に申し訳ありません。

楽しみにしてくださっている方がいたら申し訳ありません。やはり最初から全面的に手直しする必要があると思われるので、一度落としていただいてから再度立て直しという形にさせていただけないでしょうか? 本当に申し訳ありません。

立てたらここにリンク張れば問題ない

もう少し時間がかかりそうです。本当に申し訳ありません。

SS速報VIPの方に立てさせていただく、ということでもよろしいでしょうか?

荒れるよ?

では、やはりここで立て直した方がよろしいでしょうか?

そうだね

あと、みさきちをもっとだすと喜ぶ。おれが

>>126、129、131ご意見・ご教示ありがとうございました。では、ここで新たに立て直すこととします。なるべくご希望に添えるようにいたしますので、引き続きよろしくお願いします。

それはそうと、次のEテレ人形劇バラエティの主演がアレイスター役の関さんと氷華役の阿澄さんだそうですね。

失礼いたしました。正しくは>>129>>131でした。

大変長らくお待たせしました。新しくスレを立て直しましたのでこちらからどうぞ
上条「I'll destroy your fuck'n fantasy!」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/lite/read.cgi/internet/14562/1439036316/l30)

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