双葉杏「大家と店子」(44)




―3月1日10:00AM・女子寮にて―



チュンチュン…



杏「んあ?もう朝か」ムクリ

杏「いつもならそろそろきらりが起こしに来るはずなんだけど……」ノビー

杏「……ああそっか、今日仕事で来れないって言ってたっけ」

杏「……」

杏「……んじゃ、もうちょっと寝よ」ゴロン





双葉杏(17)
http://i.imgur.com/y65A8t2.jpg






 ピーンポーン♪



杏「ちっ、誰だよこんな朝っぱらから……」



 ピーンポーン♪



杏「いませーん」



 ピンポンピンポンピンポンピンポーン♪



杏「……」イラッ





杏「うるさーい!いないって言ってるだろー!」グワッ!!



 カチャカチャ…ガチャン



杏「え?」

千秋「いるでしょうが!さっさと開けなさいよ!」バンッ!!

杏「うおっ!? 」ビクッ!!




黒川千秋(20)
http://i.imgur.com/WxYajRh.jpg





千秋「朝ってもう10時よ。相変わらず怠惰な生活を送ってるわね」

杏「今日はオフだからいいでしょ。今週忙しかったんだしゆっくりさせてよ」

千秋「アポなしで来た私も悪いけど、居留守はひどいんじゃない?」

杏「千秋はめんどくさいなあ。で、何しに来たのさ?」ジロリ

千秋「それは……」

千秋「…………」




杏「千秋?」

千秋「わ、わかってるでしょ……」モジモジ

杏「んー、わからないなあ。そもそも千秋と喋るのも久しぶりだし」ポリポリ

千秋「それは、そうだけど……」

杏「奈緒の歌じゃあるまいし、口にしてくれないと杏も気付けないよ。千秋も20歳に
  なったんだから、自分の気持ちくらい自分で言えないとねえ?」ニヤニヤ

千秋「くっ……」ギリリ…

杏(まあ何しに来たか想像はついてるけど。でもあの『千秋お嬢様』がねえ……)




杏「ふわぁ~あ、杏だんだん眠くなってきたなぁ。寝てもいい?」

千秋「だ、ダメよ!ちゃんと言うから起きてなさい!」

杏「杏もヒマじゃないんだよ?千秋が世間知らずのお嬢様なのはよ~く知ってるけど、
  それくらいわかってくれないと~」ゴロゴロ

千秋「」イラッ

杏(ありゃ?黙っちゃった。ちょっといじめすぎたかな?)




千秋「こっちが下手に出ていれば調子に乗って……」ワナワナ…

杏「ん?何?」

千秋「立ちなさい杏!この私が直々にそのたるんだ精神を直してあげるわ!」バンッ!!

杏「ひっ!? 」ビクッ!!

千秋「まずは部屋掃除よ!それから朝食…じゃなくてブランチね。メイド経験もある
   私がしっかり教育してあげるから覚悟しなさい!」ビシッ!!

杏「な、なんでそうなるのさ?杏は貴重なオフを満喫したいのに……」




千秋「元々諸星さんから合鍵を預かった時にあなたの世話も頼まれていたし、相手が
   あなただから一筋縄ではいかないくらい私もわかっていたわよ。これくらいは
   想定内、想定内だから……」ブツブツ…

杏「あの、気が進まないならお帰りいただいても……」

千秋「さっさと顔洗って来なさい!着替えたらまず布団を干すわよ!」

杏「は、はひっ!? 」

杏(おかしい、どうしてこうなった……?)





―――



千秋「意外と綺麗にしてるのね」フキフキ

杏「杏は綺麗好きなんだぞ。ニートが全員不潔だと思うなよ」キュッキュッ

杏(きらりとプロデューサーが片付けてくれるからあんまり散らからないんだけどね。
  今週は仕事が忙しくて部屋にもほとんどいなかったし)

千秋「比奈の話だと、ニートの部屋にはトイレ代わりのペットボトルやカビの生えた
   パンが転がっているのが常識だって聞いたけど」

杏「おい待て何だその豆知識は。それはむしろ夏と冬の祭典前の比奈の話だぞ」

千秋「そうなの?」





杏「そうだよだから祭典直前の比奈には近づかない方がいいよ。ちゃんとお風呂に
  入ってるかどうかも怪しいから」

千秋「あの子も大変なのね。今度掃除に行ってあげようかしら」フキフキ

杏「いや、ちょっとは疑問に思ってよ。千秋は杏も比奈もそんな不潔な女の子だと
  思ってたの?」

千秋「話半分で聞いてたわよ。あなた達は身なりに無頓着だし、もしかしたらとは
   思ったけど」クス




杏「……千秋さ、変わったよね」

千秋「あなたは変わらないわね」

杏「千秋はあっちにいた頃の杏を知らないでしょ。会ったこともなかったし」

千秋「それはお互い様でしょ。でもあなたの話は向こうでよく聞いていたわ。
   あなたもそうでしょ?」

杏「まあね。地主は何もしなくても自然に情報が勝手に入って来るし、人間嫌いで
  ワガママな黒川家の千秋お嬢様の話はよく聞いてたよ」ニヤリ




千秋「そ、それを言うなら『からっぽやみ』の地主様の娘の話も有名だったわよ!」

杏「からっぽやみ?ああ、『怠け者』ね。千夏から千秋は時々北海道弁が出るって
  聞いてたけどホントだったんだ」

千秋「も、もう無駄話は終わり!さっさと掃除終わらせるわよ!」カアア

杏「はいはい」





―11:30AM―



杏「もうダメだーうごけないー」ゴロゴロ

千秋「結局ほとんど私が1人で掃除したじゃない」

杏「こっちは朝ごはん抜きなんだぞー。飴よこせー」

千秋「昆布飴ならあるけど食べる?」サッ

杏「何でそんな微妙な飴なのさ。もっと普通のやつないの?」





千秋「利尻昆布で作られた無添加の高級飴よ。私は好きだけど」

杏「じゃあもうそれでいいや。1コちょうだい」アーン

千秋「はいどうぞ」ヒョイ

杏(不味くないけどやっぱ微妙……)コロコロ

千秋「お昼ご飯を作るけど、食べたいものはあるかしら?」

杏「早く出来るのなら何でもいいよ。野菜はそこに置いてる段ボールにいっぱい
  入ってるから好きに使って」ヒラヒラ




千秋「じゃがいもや人参や玉ねぎがこれでもかってくらい詰め込んであるわね。
   1人じゃ食べ切れないでしょ」ゴッチャリ

杏「冷蔵庫にも肉とかいっぱい入ってるよ。実家の仕送りはありがたいんだけど
  寮の食堂があるからこんなにいらないし、寮のみんなにおすそ分けしないと
  腐ってダメにしちゃうよ」

千秋「さすが地主の娘ね。これだけ仕送りが来たらわざわざ買い物に行かなくても
   いいじゃない」ゴソゴソ

杏「千秋の家は仕送りとかしてくれないの?」

千秋「食料の仕送りはないわ。取引先のお祝いは大量に送られてきたけど」




杏「おー、やったじゃん。ドレスとかダイヤとかわんさかじゃないの?」

千秋「下心の透けているプレゼントなんていくら沢山もらっても嬉しくないわよ。
   事務所の子達がくれた心のこもったプレゼントの方が嬉しいわ」フン

杏「ふーん、お嬢様も大変だねえ」ポリポリ

千秋「……」ジー

杏「ん?どしたの?」

千秋「……何でもないわよ」プイ

杏(この流れで言っちゃえばよかったのに)




千秋「圧力鍋はあるかしら?手早く調理するにはあれが一番だわ」

杏「杏は持ってないけど、まゆか響子なら持ってるかも」

千秋「そう。じゃあ借りて来て」サラリ

杏「は?」キョトン




千秋「ほらさっさと行ってきて。私は野菜の下ごしらえをしてるから」グイグイ

杏「ちょ、ちょっと、そんな急に言われても……」グイグイ

千秋「ついでにパンも欲しいわ。大原さんの所に行ってバゲットかバターロールを
   もらってきて頂戴。あなたの好きなパンでもいいから」

杏「みちるもいつもパン食べてるわけじゃ……いや、食べてるか?」

千秋「それじゃよろしくね」バタン





 シーン



杏「……ホントに何しに来たんだよ千秋お嬢様」ハア

杏「しょうがない、手ぶらで戻ったら怒られそうだし借りてくるか……」トボトボ






―――



千秋「さあ出来たわ。どうぞ」コトン

杏「何これ?野菜とベーコンをスープで煮ただけに見えるけど」

千秋「ポトフよ。ドラマで見て美味しそうだったから最近よく作ってるの。美里も
   美味しいって言ってくれたから味は保証するわ」

杏「千秋もドラマとか見るんだ。すっかり俗っぽくなっちゃって」

千秋「アイドルなんて仕事してるのに俗っぽくないわけがないじゃない。それじゃ
   冷めないうちに食べましょう」

杏「そだね。いただきまーす」

千秋「いただきます」





杏「もぐもぐ」

千秋「ど、どうかしら……?」オソルオソル

杏「もぐもぐ」

千秋「黙って食べないで何か言ってよ……」

杏「もぐもぐ」

千秋「もしかして口に合わなかった……?」

杏「ごっくん」

杏「……あのさ、千秋」ジロリ

千秋「な、何かしら!? 」ビクッ




杏「具が大きすぎるよ!ジャガイモも人参も皮むいただけじゃん!うっかりそのまま
  食べてノドが詰まるかと思ったよ!」ドンッ!!

千秋「え?」キョトン

杏「いやロクに見ないでそのまま食べたこっちも悪いけど、杏は色々とミニサイズ
  なんだからもうちょっと考えてよ。ホントに危なかったよ」プンプン

千秋「それは盲点だったわ。ごめんなさい……」シュン




参考:ポトフ
http://i.imgur.com/qpZQkcE.jpg





杏「……まああんまり小さく切っちゃうと、素材の味がわからなくなるからこれで
  いいと思うけど。味は美味しいよ」モグモグ

千秋「そ、そう!よかったわ!」パアア

杏(今日一番の笑顔だ。この笑顔を杏が独り占めするのは、全国の千秋のファンに
  悪い気がするよ……)

千秋「やっぱり北海道の野菜は美味しいわね。他の野菜より味が濃いわ」ルンルン♪

杏(俗っぽくなったというか、ずいぶん庶民っぽくなったなあ。杏は元々そんなに
  食べ物にはこだわらないけど、千秋も北海道にいた頃はもっと美味しい料理を
  いっぱい食べていただろうに)
  




***



千秋「こっちは圧力鍋を貸してくれた佐久間さんのぶんと、こっちはパンをくれた
   大原さんのぶんね。タッパーに詰めておくから夕食までに届けてね」

杏「はいはい。圧力鍋返しに行く時にちゃんと渡しとくよ」

千秋「さてと、お皿も洗ったし次は何をしようかしら?」





杏「ちょい待ち、千秋目的を忘れてない?今日ウチに来たのはメイドをする為じゃ
  なかったんでしょ?」

千秋「……すっかり忘れてたわ」

杏「まあ座りなよ。食後のお茶くらいなら淹れてあげるから、杏が準備してる間に
  千秋も心の準備でもしたら?」

千秋「わかったわ……」

杏(やれやれ、ホントに世話の焼けるお嬢様だね)カチャカチャ





―――



杏「どうぞ。ティーバッグのお茶だけど」コト

千秋「ありがとう……」

杏「それで、本当は何しに来たのさ?」ズズ

千秋「……」

千秋「……もう聞いてると思うけど、一昨日ね、礼子さんが私と美優さんの誕生日
   パーティーを開いてくれたの」

杏「楓さんから聞いたよ。美優さんと千秋は誕生日が1日しか違わないから、2人を
  まとめてお祝いしようって話になったんだってね」





千秋「レッドバラードの人達や、川島さんや木場さん達も来てくれて賑やかでとても
   楽しかったわ。あんなに楽しい誕生日パーティーは本当に初めてだった」

杏「よかったね。それで?」

千秋「……それで、私も20歳になったから初めてお酒を飲んでみたのよ」

杏「志乃さんや早苗さん達に勧められて、いっぱい飲んだらしいね」

千秋「確か最初はシャンパンだったと思うわ。それからワインを飲んで、ビールを
   飲んで、ウィスキーを飲んで、それから……」

杏「それから?」

千秋「…………気付いたら、病院のベッドの上にいたわ」

杏「あちゃー、やっちゃったねー」




千秋「の、飲み過ぎたんじゃないのよ!味見に少しづつ飲んだだけだし、礼子さんも
   私がお酒を初めて飲むことは知っていたから手加減してくれたし、私が病院に
   運ばれたのは……」アセアセ

杏「軽く酔いが回ってふらついて、後ろにひっくり返ってテーブルに頭をぶつけて
  気絶したんでしょ?千秋が白目剥いてたから大騒ぎになって、誰かが救急車を
  呼んだからそのまま病院に運ばれたって聞いたけど」

千秋「…………それも高垣さんから聞いたの?」

杏「いや、それは千夏から。順番が逆になるけど、杏が最初にこの話を聞いたのは
  千夏からだよ」




千秋「さすが千夏ね。私が倒れてみんなが大慌てしている時に一番最初にあなたに
   連絡するなんて、寒気がするくらい冷静だわ」

杏「ちゃんと千夏にもお礼言っときなよ。でもどうして杏が動いたってわかったの?
  千夏も千秋に言うつもりはないって言ってたけど」

千秋「冷静になれば気付くわよ。あれだけの大騒ぎになったんだから、どれだけ
   Pさん達が隠してもお父様の耳に入らないはずがないもの。お父様は私が
   アイドルをしていることを快く思ってないのに、こんな醜態を知られたら
   大学もアイドルも辞めさせられて北海道に連れ戻されるわ」

杏「仕事が忙しかったんじゃない?いくら千秋パパでも、そう簡単に北海道から
  東京に連れ戻しに来れないでしょ」




千秋「昨日お母様から電話で聞いたわ。私が病院に運ばれたのを知ったお父様が
   私を連れ戻そうとした時に、あなたのお父様が地元の有力者や社長さんと
   大勢で屋敷に来られて説得されて、さすがのお父様も参ったそうよ」

杏「そんなことになってたんだ。杏は父さんに千秋パパを北海道に足止めしてって
  お願いしただけなんだけどね」

千秋「北海道で一番の大地主の双葉一族に睨まれたら、お父様でもお手上げだわ。
   黒川の屋敷も会社も元々はあなたの家の土地に建ってるんだし」

杏「父さんが言うには、たまたまご先祖様が持ってた土地がどかーんと発展して
  大都市が丸々乗っかっちゃったから大地主になっただけで、ウチはそんなに
  立派な家柄じゃないんだけどね。まあ北海道では無敵だけど」ドヤッ




千秋「とにかくあなたのお陰で助かったわ。お礼を言うのが遅くなったけど、
   本当にありがとう」ペコリ

杏「いいっていいって。若いうちはお酒の失敗なんてよくあることだし、千秋の
  パパさんだってわかってくれたから連れ戻すのを諦めたんでしょ。次は気を
  付ければいいんじゃない?」ポンポン

千秋「くっ、飲んだこともないくせに上から偉そうに……」ブツブツ…

杏「んー?何か言ったー?」

千秋「何でもないわよ」プイ




杏「でもパパさんが心配するのもわかるよ。千秋東京に出て来てから、全然北海道に
  帰ってないんでしょ?たまには家に帰って親に顔見せてあげなよ。娘が20歳に
  なったんだから、一緒にお酒を飲みたいのかもしれないよ?」

千秋「息子が20歳になったら一緒に飲みたいって父親の話は聞いた事があるけど、
   娘でも同じなのかしら?」

杏「レッドバラードの衣装でお酌してあげたら喜ぶんじゃない?ホステスみたいで
  いい感じにエロいし」

千秋「そんなことをしたら今度こそ本当にアイドル辞めさせられるわよ」

杏「ふーん、エロいって自覚はあったんだ」ニヤニヤ




千秋「し、仕方ないでしょそういう衣装なんだから!幼児体型のあなたには絶対に
   理解出来ないでしょうけどね!」ズバッ!!

杏「まさかのカウンター!? 店子のくせに大家に歯向かうとは……」グサッ!!

千秋「北海道の外では関係ないでしょ。東京では私達は同じアイドルなんだから
   対等な立場のはずよ」フン

杏「ぐぬぬ、千夏に必死に頼まれたから助けてあげたのに、ほっとけばよかった。
  これだから千秋お嬢様は……」




千秋「……ねえ、前から一度あなたに聞きたかったんだけど」

杏「なにさ?」

千秋「あなたどうして東京でアイドルなんてやってるの?印税で遊んで暮らすとか
   言ってたけど、北海道にいれば何もしなくても土地収入がいくらでも入って
   くるからあなたの夢は叶うんじゃないの?」

杏「ちっちっちっ、わかってないね千秋は」

千秋「何か間違っているかしら。あなたはニートになりたいんでしょ?」




杏「確かに杏は働かずに生きて行きたいけど、親のスネはかじりたくないんだよ。
  杏は自立したニートになりたいんだ!」ドヤッ

千秋「……言葉に矛盾がありすぎて理解出来ないんだけど、わかるように説明して
   くれないかしら?」

杏「自分らしく生きたいってことだよ。ご先祖様から土地を受け継いでニートに
  なるのと、自分の力でニートになるのは違うでしょ。杏にだってプライドが
  あるんだから、自分の人生は自分で決めるよ」

千秋「立派なことを言ってるようだけど、著しく方向性が間違っている気がするわ。
   自分の人生は自分で決めたいっていうのは共感出来るけど」




杏「でもなかなか思うようにいかないねえ。杏もそこそこ有名アイドルになったのに
  全然ニート生活が出来ないし、むしろどんどん忙しくなってくるし……」ムス

千秋「だけどステージのあなたはとても楽しそうよ。アイドルの自分も悪くないって
   最近は思ってるんじゃないの?」

杏「ち、ちがわい!杏は自分のやりたいようにやってるだけだから!夢の印税生活を
  諦めたわけじゃないんだからね!」アセアセ

千秋「はいはい、そういうことにしときましょうか。ニート生活は応援しないけど、
   アイドル活動はこれからも一緒に頑張りましょ」クス

杏「千秋もほどほどにしときなよ。遅くなったけど誕生日おめでと」



おわり





杏のニート設定について、自分なりの考察をSSにしました。
とりあえず親が土地持ちらしいので地主とかじゃないかと。
色々想像の余地があるアイドルですね。では


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