千反田える「わたし、Pになります!」 (214)

折木奉太郎「……は?」

える「アイドルのプロデューサーを、Pと呼ぶのが今の流行なんだそうです」

奉太郎「さっぱりわからん。つまりお前は、学校をやめてそのプロデューサーとやらになるのか?」

伊原摩耶花「馬鹿ね。そんなわけないでしょ! あんた、ほんとに知らないの?」

奉太郎「……里志。説明してくれ」

福部里志「はいはい。こういうのは僕の仕事だね。最近はアイドルのファンをプロデューサーと位置づけて、Pと呼んでるんだ。そしていいかいホータロー、今この神山市には映画の撮影ロケでアイドルが沢山来てるんだ」

奉太郎「ああ。それなら聞いたな。もっとも俺には、縁の無い話だが」

里志「ふふん。それはどうかなあ」

奉太郎「……なんだ?」

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伊原摩耶花「本当に知らないんだ。へえ……」

奉太郎「だからなんだ。その気味の悪い笑みは?」

摩耶花「その映画のロケって、どこでやるかなんて折木は知らないわよねえ」

奉太郎「神山市だろ」

摩耶花「だから神山市のどこか、ってことよ!」

奉太郎「……まさか!」

里志「これだけのヒントで解るとは、さすがホータローだね。そうさ、撮影はここ神山高校で行われる」

える「それだけじゃありませんよ!」

奉太郎「……なんだ?」

える「わたしたちも映画に出られるんです!」

奉太郎「……」

摩耶花「あーら、さっそく目眩かしら? なんなら保健室に連れてってあげましょうかー?」

奉太郎「いらん! 里志、どういうことだ!?」

里志「今回、神山市にやって来たのは765プロという事務所のアイドル。総勢で12……いや、13名のアイドルだ」

奉太郎「それで?」

里志「うーん。でもここはむしろ、12.5人というべきかな?」

奉太郎「人数なんて何人でもいい! なんでそのアイドルがここで撮影なんてするんだ」

摩耶花「答えは簡単。撮る映画が学園モノだから、よ」

奉太郎「……」

里志「正確には、学園ミステリーものだね」

摩耶花「もう、ふくちゃん。せっかくわたしが折木をやりこめたのに、水を差さないでよ」

奉太郎「別にやり込められたとは思ってないが……学園ミステリーなんて映画を撮るなら、なにも神山市になんか来なくてもいいだろうに」

里志「こういう映画撮影の誘致って、地元が町おこしとかの宣伝として積極的にやるもんだけど、今回は765プロの方から神山市を選んだらしいよ」

奉太郎「……迷惑な話だ」

里志「省エネをモットーとするホータローにはそうだろうけどね、ほとんどの神高生は765プロのアイドルが12人も来るって大喜びさ」

奉太郎「アイドルは12人じゃないんじゃなかったか?」

える「そうですよ福部さん。ちゃんと13人と言ってあげないと、アイドルのみなさんに失礼ですよ」

奉太郎「? いや、人数なんてどうでもいい。千反田の言っていた『映画に出る』ってのはどういう意味だ?」

里志「ホータローも、高校が舞台の映画の1本ぐらい見たことあるだろう? ああいう映画には、主たる出演者以外にも背景に一般生徒が出てたりするじゃない」

奉太郎「つまりそれに、神高生がなるわけか」

摩耶花「そ。それもわたし達、1年生がね」

奉太郎「その笑い方はやめろ。俺には関係ない」

える「関係なくはないですよ?」

奉太郎「なに?」

奉太郎(いや待て、伊原もさっき「わたし達一年生が」と言ってたな。つまり、映画に出る人間はもう決まっているのか? そしてそれに俺も含まれている?)

里志「念のために説明すると、撮影は明日から1週間行われる。場所は主に1年生の教室」

奉太郎「なぜだ?」

里志「主役も含めた主立った出演者が1年生の設定だからだよ。そこで教室も1年生の教室を使うし、壁の花たる名前無き出演者も1年生が出演するというわけさ」

える「わたし、アイドルというものにはこれまで疎かったのですけど昨日、摩耶花さんに765プロのアイドルのみなさんのDVDを見せていただいて、感激しました!」

摩耶花「すごかったでしょ!? 会場一杯の観客と、それに応えながら歌って踊るアイドルのみんな!!」

える「はい! わたし、自然に身体が動くのを抑えられませんでした!!」

里志「僕も見たけど、最高だったね」

奉太郎「ふーん」

里志「あれ? ホータローは765プロのアイドルのライブを見た事がないのかい?」

奉太郎「ない」

える「そうなんですか」

摩耶花「ま、折木だもんね」

奉太郎「どういう意味だ……」

える「でも折木さんも、見た方がいいと思いますよ」

奉太郎「いや、俺はいい」

える「でも」

里志「まあまあ、千反田さん。どうやらホータローは随分と話題に乗り遅れているようだから、ここはちゃんと解説して765プロの魅力を教えてあげるべきじゃないかな」

奉太郎「やめろ里志。俺は……」

える「いい考えだと思います! わたし、折木さんにもあの素晴らしさを知って欲しいと思います!!」

奉太郎「いや、あのな千反田、俺はだな……」

える「知って欲しいと思うんです!!!」

奉太郎「……」

摩耶花「食わず嫌いは立派な大人にはなれないわよ、折木。ちゃんとわたし達が解説してあげるから、おとなしくなさい」

奉太郎(なにが『立派な大人』だ。こいつ、俺が困ってるのを見て喜んでるな。だが……)

奉太郎「あのな、千反田。音楽のような芸術に類するものは、感性で好みが分かれるものであってだな……」

える「折木さんにも、気に入ってもらえると思うんです!!!」

奉太郎「はあ……」

奉太郎(やはり無駄だ。こうなったこのお嬢様は、テコでも動きゃしない。アルキメデスはテコがあれば地球でも動かせると言ったそうだが、じゃあこのお嬢様をテコで動かしてみろ)

える「折木さん?」

里志「千反田さん、ホータローもちょっと興味が沸いてきて見てみたくなったようだよ」

奉太郎「誰が! もういい、見ろと言うなら見てやる。だから早くしてくれ」

える「はい。これは伊原さんからお借りした、特集雑誌なんですけど」

里志「おお、摩耶花も買ってたんだね。いやあ、この号は資料としても充実していて重宝してるよ僕も」

奉太郎(なんの資料だ)

摩耶花「プロフィールもだけど、写真も綺麗なのよね」

える「ええ。やっぱり芸能人の方って、私たちとは全然違うって思いました」

摩耶花「それはやっぱりね……」

里志「いやいや。千反田さんも摩耶花も、磨けば引けを取らないと僕は思うね」

える「とんでもありません! わたしなんて……」

摩耶花「もう、そう思うならふくちゃん。もうちょっとわたしと……」

里志「それでさホータロー、これがまず天海春香ちゃん」

摩耶花「……」

奉太郎(伊原が睨んでいるぞ里志。仕方ない、ここは助けてやるか。いや、そうしないと長引きそうだ)

奉太郎「へえ。確かに可愛いな」

える「……」

里志「おお、ホータローは春香ちゃんPかな?」

奉太郎「春香……ちゃんP」

奉太郎(ああ、そう言えばファン=Pというんだったんだな。いや、俺はお前を助けるために合わせてやっただけだぞ)

摩耶花「わたしは真クンが好きなんだけど、ちーちゃんはあずささんPなのよね」

える「はい! 大人な女性なのに、可愛いところがあって、スタイルも良くて、きっと優しくて素晴らしい人だと、わたし思うんです!!」

里志「千反田さんはあずささんPで、ホータローは春香ちゃんPか」

奉太郎「まだわからん。次は?」

里志「まあまあ、そう焦らずに。ほら、これを聞いてよホータロー」

摩耶花「『765プロスペシャルアニバーサリーLIVE』ね!」

える「あ! 昨日、わたしも見せていただいたDVDですね」

奉太郎「随分と手際がいいな」

里志「実際にライブの様子を見ながら解説するよ」

える「あ、春香さんの『乙女よ大志を抱け』ですよ!」

摩耶花「これこれ、この曲がいいのよね」

里志「はい、みんなこれ剥いて。折って。振って」

奉太郎(まあ確かにアイドルだけあって可愛い。そして歌もいい。しかし、だ!)

奉太郎「なんでこんな棒を振らなきゃならんのだ?」

摩耶花「やあだ、棒ですって。これはサイリウムって言うのよ」

える「これを振って、声援を送るんですよ!」

奉太郎(なんというエネルギー消費の多い行為だろうか。ライブというのは、おとなしく歌を鑑賞するものではないのか。少なくとも俺は絶対に行くまい)

春香『急がばまっすぐ進んじゃおう』

里志・摩耶花・える「急がばまっすぐ進んじゃおう!」

摩耶花「ほら、折木もちゃんとコール入れて」

奉太郎「なんで俺が」

える「さあ、折木さんも!」

奉太郎「……誰か助けてくれ」

ガラッ

三浦あずさ「失礼しま~す……あら?」

える「……」

摩耶花「……」

里志「……あ」

奉太郎「?」

里志「あずささん! 三浦あずささんじゃありませんか!?」

あずさ「えっと。はい~そうなんですけど……あの、ここは……どこなんでしょうか?」

摩耶花「え? なに? え?」

える「……! あ、こ、ここは古典部です。古典部の部室です。あ、普段は地学準備室なんですけど、今は古典部の部室です」

あずさ「古典部? やっぱりそうなのね~」

奉太郎「伊原、知り合いか?」

摩耶花「お、折木! あんた失礼にも程があるわよ」

里志「ホータロー……この人はね、三浦あずささん。さっき話してた765プロのアイドルだよ」

奉太郎「アイ……」ジー

あずさ「?」

奉太郎「……ドル」ジー

奉太郎(なるほど美人だ。それに……大きい)

える「あの、あずささん。ここに何かご用ですか?」

あずさ「ええと、あの、私……迷子になっちゃったみたいなのよね」

奉太郎(迷子……この女性は容姿から察するに、俺よりもはるかに大人だろう。その大人が迷子?)

里志「やっぱり! さすがあずささん。いやー、本物の迷子のあずささんを見られるんて、感激です」

摩耶花「ちょっと、ふくちゃん!」

あずさ「うふふ~ちょっと恥ずかしいけど、私の迷子のことはファンのみなさんにも知れ渡っちゃってるものね」

奉太郎(迷子……目の前の女性はまず間違いなく大人だ。迷子というのは、小さな子供がやるもんじゃないのか?)

里志「……やっぱり本物だ」

摩耶花「すごい! わたし達、本物の三浦あずささんに会っちゃったわよ!」

える「あの、福部さんに摩耶花さん? どういう意味なのでしょうか?」

摩耶花「そっか。ちーちゃんもそこまで詳しくはないわよね。あのね、三浦あずささんは、すぐ迷子になることで有名なのよ! あ……ご、ごめんなさい」

あずさ「いいのよ。事実ですし~」

里志「そこが大人っぽいあずささんの魅力でもあるんだよ。ほら、しっかり者なのにそういう部分があるってギャップがあって可愛く感じられるじゃないか」

奉太郎「そういうものか?」

里志「そういうものだよ、ホータロー」

あずさ「それで、あの……」

摩耶花「はい。なんでしょうか?」

あずさ「ここはその……どこなんでしょうか?」

える「ええと、先程も申し上げましたけど、ここは古典部の部室です。あ、地学準備室でもあるんですけど」

あずさ「古典部……それであの、プロデューサーさんは?」

里志「え? あの、プロデューサーさんというのはもしかしてあの有名な765プロのPさんのことですか?」

あずさ「はい。あの……プロデューサーさん、は……来てないのよね?」

える「? はい。わたし達以外はどなたも」

あずさ「私~また迷って間違っちゃったのかしら~?」

摩耶花「本当はどこへ行きたかったんですか? 良ければご案内しますけど」

奉太郎(さすがの井原も敬語か。まあ無理はない。相手は芸能人だ。だがそれよりも俺は、聞きのがせない事を井原が言った事に気づいた)

あずさ「でも悪いわ~」

里志「いえいえ。撮影には協力するように先生達からも言われてますし、困っている人を見過ごすわけにはいきませんよ」

奉太郎「……」

える「ええ。ねえ、折木さん!」

奉太郎「俺は……」

あずさ「?」

奉太郎「……三人いれば案内には十分じゃないか?」

里志「そうはいかないよホータロー。団体行動・団体交渉・集団的自衛は我が古典部のモットーじゃないか」

奉太郎「初めて聞いたぞ」

あずさ「それが、あの……どこに行けばいいのか、私わからなくなってしまって~」

摩耶花「え?」

あずさ「プロデューサーさんに言われて、一緒に撮影現場の下見をするつもりだったのよね。ここじゃなかったとすると、どこなのかしら~」

える「集合場所を、忘れてしまったんですか?」

あずさ「集合場所というか~その、プロデューサーさんに先に行っていると言われたんだけど……」

摩耶花「具体的には、どこと言われたんですか?」

あずさ「古典部の部室、って聞いていて~」

奉太郎「古典部の部室……ここだな」

あずさ「一番上の階の一番奥だって言われたんですけど~」

える「一番上の……」

里志「……うん。ここが一番奥の部屋だね。間違いない」

奉太郎「だが俺たち以外、誰もここには来てないぞ……」

摩耶花「え? ちょっと待って。それってどういう事?」

里志「そのプロデューサーさんが間違ったとか……いや、それはないか」

奉太郎「なぜだ? 誰だって間違いのひとつやふたつぐらいあるだろう」

里志「いやあ。ホータローは知らないだろうけど、765プロのプロデューサーであるPさんといえば敏腕で有名なんだよ」

摩耶花「たった1人でアイドル13人を全員まとめてトップアイドルにするぐらいなのよ。そんな人が仕事の上での指示を間違えるかしら」

あずさ「……」

える「たった1人で、というわけではないみたいですけれど。でも確かにとても有能な方なんですよね?」

あずさ「え? ええ。最初の頃は……うふふ、失敗もありましたけれどプロデューサーさんもすごく成長したわね~今ではどこへ行っても一目置かれるすごい人になっちゃいましたね~」

摩耶花「いずれにしても、あずささん困ってるんですよね? でもプロデューサーさんは本当はどこにいるのかしら」

里志「アイドルに告げた行き先に現れず消えたプロデューサー……うん、名付けて『学園に消えたプロデューサー』ってとこかな?」

える「! プロデューサーさんがどこへ消えたのか。わたし、気になります!」

奉太郎「とは言っても、神高のどこかにいることは間違いないんだろう? それなら……いや」

奉太郎(校内をひとつひとつあたればどこかにいると言ったが最期、こいつらは意気揚々と校内を徘徊するだろう。亡者みたいに……それにつきあわされるのはゴメンだ)

奉太郎「……行き違いもありうるし、どこにそのプロデューサーがいるのかを考えた方が効率的だな」

里志「それはそうか。校内放送をお願いしようかとも思ったけど、あの有名なPさんやうずささん目当てに神高生が騒いだりしたら危ないしね」

摩耶花「ここはわたし達が、探しましょうよ」

える「そうですよ! プロデューサーさんがだこにいるのか、折木さんも考えて下さい!」

※訂正

>>23
× 里志「それはそうか。校内放送をお願いしようかとも思ったけど、あの有名なPさんやうずささん目当てに神高生が騒いだりしたら危ないしね」
○ 里志「それはそうか。校内放送をお願いしようかとも思ったけど、あの有名なPさんやあずささん目当てに神高生が騒いだりしたら危ないしね」

里志「頼むよ、ホータロー」

奉太郎「お前も少しは考えろ」

里志「残念ながら、データベースはプロデュースができないんだ」

奉太郎(……まあいい)

奉太郎「状況を整理しよう。まず三浦あずさ……さんは、プロデューサーに『撮影の下見をしよう』と言われ、古典部の部室を指定された。そうですね?」

あずさ「……ええ」

える「?」

里志「ここまでは迷わずに来れたんですか? いやあ、こう言っちゃなんですけどあずささんの迷子は有名だから」

あずさ「実はちょっと迷いかけたんだけど、さすがに私でも一番上の階の一番奥って言われたらちゃんと来られましたよ~」

奉太郎(迷いかけたのか……)

摩耶花「プロデューサーさんは、どうして古典部の部室を指示したのかしら? 何か意味があるんですか?」

あずさ「プロデューサーさんは、夕日のシーンを撮りたいって言ってましたね~。場所を聞いたら私も、なるほどって思ったわ」

える「ここは一番上の階ですものね」

里志「うん。眺めの良さは、校内でも随一だもんね」

奉太郎「そうなのか?」

里志「授業以外では古典部しか行かないホータローにはわからないだろうけどね、手芸部は景観の面では古典部にはかなわないね」

摩耶花「漫研もね。そうか、夕日ねえ」

える「わたし達が毎日見ているこの夕日が、映画でも使われたら素敵です。一生の思い出になるかも知れませんね」

あずさ「あ、でも~」

える「え?」

あずさ「あんまりいいシーンじゃないのよね。これはここだけのお話しにしておいて欲しいんだけど、上の階から人が落ちてくるのよ~」

摩耶花「え……」

里志「なるほど、そういうミステリーなんだ」

奉太郎「まあ確かに綺麗な夕日のシーンだと思って眺めていたら人が落ちていった、となったら衝撃的ではあるな」

える「でも」

摩耶花「ん? どうしたの、ちーちゃん」

える「上の階から人が落ちてくるってあずささんはおっしゃいましたけど、ここよりも上の階はありませんよ?」

摩耶花「あ!」

あずさ「そうなんですか~? あ、そういえば」

里志「気がつかなかった。そうだよ、この部室が一番上の階だったんだ」

奉太郎「きっと屋上から落ちてくるんだろう」

里志「ホータロー、ここの屋上に上がったことは?」

奉太郎「ない。そんな用事も必要も今まで無かったからな」

摩耶花「本当にものぐさよね、折木って。普通、屋上って行ってみたくなるもんでしょうに」

奉太郎(どんな普通だ。伊原よ、なんとかと煙は高い所が好きって知ってるか)

える「摩耶花さんと上がろうとしたことはあるんですけど、鍵がかかっていて屋上には出られないんです」

奉太郎(お前もか、千反田……まあいい)

奉太郎「そうなのか?」

里志「これには過去に起きた事件が絡んでいてね、実は10年前に……」

奉太郎「今はその話はいい。けど撮影に学校が協力しているなら、撮影の時だけ鍵を開けて屋上に上がれるようにするんじゃないのか?」

里志「実はこれもここだけの話なんだけど、屋上のフェンスは近々改修されるんだ。部分的に老朽化していてね」

奉太郎「誰も行かない鍵のかかった場所が老朽化しててもかまわないだろう」

里志「腐食したフェンスが落ちてきたら危ないだろ? ま、そういうわけでそういう場所では撮影はしないと思うよ」

摩耶花「だから当然、誰もここより上には上がれない。残念だったわね折木」

奉太郎「ふむ……」

奉太郎(問題点が見えてきた気がする。三浦あずさが受けた指示は「撮影の下見に古典部の部室で落ち合う」「古典部の部室は特別棟最上階の一番奥」の2点。ここまでは問題がない)

奉太郎(問題となるのは「実際にはプロデューサーのPは古典部の部室にいなかった」そして「最上階であるはずの古典部の部室の上から誰かが落ちてくる予定」この2点だ)

奉太郎(と、すると……)

里志「お、その顔は何か思いついたねホータロー」

える「わかったんですか!?」

奉太郎「まあな、思いついたことはあるが……里志、神高がロケ地に決まったのはなぜだ?」

摩耶花「それとあずささんの件と、どういう関係があるのよ?」

里志「まあまあ摩耶花。僕も詳しくは知らないんだけど、決めたのは今話題になっているプロデューサーのPさんらしいよ」

える「そうなんですか?」

あずさ「? ええ。なんでも神山市には土地勘があるし、それに……」

摩耶花「? なんですか?」

あずさ「え? ええ、あ、そう、思い出の場所だって言ってたわ~」

奉太郎(やっぱりか)

里志「それで? ホータロー、Pさんの居場所はわかったんだろ?」

摩耶花「え!? ほんとにわかったの!?」

奉太郎「たぶん間違いない。あずささん、場所を教えますので……」

里志「僕らがご案内いたします!」

摩耶花「また迷ったりされるといけないし!」

える「さあ、折木さん! どこなんですか!?」

奉太郎(……しかたない。なに、そう遠い所じゃない)

奉太郎「わかった。行こう」

摩耶花「え? ここって……」

える「前にも来ましたね」

あずさ「ええと~生物準備室?」

摩耶花「でも、ここって……確か壁新聞部の部室じゃあ」

里志「ああ、古典部の文集『氷菓』を探しに来たんだったね。2年前までここが古典部の部室だったから、ここに文集があるとかで」

奉太郎「あの時は悪いことをした。けどまあ今はそれはいい。この生物講義室は、古典部の部室である地学講義室の真下だ」

あずさ「私~、一階間違えていたってことですか?」

里志「それだけじゃないと思いますよ。ね、ホータロー」

奉太郎「ああ。三浦あずさ……失礼、あずささんから聞いたキーワードは4つ」

あずさ「あずさ、でいいのよ~うふふ」

奉太郎「いや、その……すみません」

摩耶花「本当にこの折木は礼儀知らずで……えっと、なんだっけ」

える「あずささんが聞いたキーワードでしたね。ええと……『撮影の下見に古典部の部室で落ち合う』ですか?」

摩耶花「うん。それから『古典部の部室は特別棟最上階の一番奥』よね」

奉太郎「そう。これら2つには、問題は無い」

あずさ「そうよね~」

里志「じゃあ問題があるのは『実際にはプロデューサーのPは古典部の部室にいなかった』と……」

奉太郎「『最上階であるはずの古典部の部室の上から誰かが落ちてくる予定』だ」

摩耶花「この4つのどれかが間違っているのね」

奉太郎「いや、そうじゃない」

える「え?」

奉太郎「4つのキーワードを全部一度に成立させようとすると無理があるが、キーワードひとつひとつには間違いはない」

里志「確かに『撮影の下見に古典部の部室で落ち合う』と『古典部の部室は特別棟最上階の一番奥』は間違いないね」

摩耶花「『実際にはプロデューサーのPは古典部の部室にいなかった』も確かに事実だし……」

える「でも折木さん。『最上階であるはずの古典部の部室の上から誰かが落ちてくる予定』は明らかにおかしいですよ。さっき福部さんが話された通り、古典部より上の階は存在しませんし、屋上も使えません」

あずさ「そうよね~」

奉太郎「考え方を変えよう。古典部の部室の上から誰かが落ちてくるには、どうすればいいのか」

里志「屋上の改修を早急に終わらせる!」

奉太郎「却下だ。そんな簡単なものじゃないだろ、改修って」

摩耶花「ヘリコプターかなにかで、校舎より高い所から落としちゃうとか」

奉太郎「面白い考えだが、それだと勢いがつきすぎて撮影には不向きかも知れないし、失敗した場合のやり直しが難しいな。それよりも簡単な方法がある」

える「わかりました、折木さんの考えが」

あずさ「わかったの~?」

える「はい。折木さんの考えは『部室を下の階に移動させる』ですね」

奉太郎「正解だ。部室が下に移れば、上に階ができる。そこから人が落ちればいい」

摩耶花「それはそうかも知れないけど、現実に古典部は最上階に……あ!」

里志「そうか。2年前まで古典部の部室は、ここだったんだっけ。それでここに来たわけか」

える「プロデューサーさんの指示した『古典部の部室』が2年以上前の場所を指しているなら、『最上階であるはずの古典部の部室の上から誰かが落ちてくる予定』も間違いとは言えませんね」

摩耶花「そっか。それでさっき折木は、Pさんの事を僕に聞いたんだ」

奉太郎「ああ。プロデューサーのPが2年以上前となる古典部の部室の場所をもし知っているなら、元神高生じゃないかと思ってな」

あずさ「実はそうなのよね~。あ、でも口止めされていたから内緒にしておいてね~」

里志「あの敏腕プロデューサーのPさんが、僕らの先輩だったなんて光栄だなあ……あ、大丈夫です。僕たち誰にも喋りませんから」

あずさ「ありがとうございます」

摩耶花「もう! いつもながら、どうしてそんなことに気がつくのよ」

奉太郎「ちょっと思いついただけだ。だが、それでもまだ問題がある。それならなぜPは……失礼。Pさんは古典部の部室は最上階の一番奥と言ったか、だ」

える「どうしてでしょう?」

里志「記憶違い?」

摩耶花「記憶があやふやなら、ちゃんと確かめてから指示すると思うわ」

える「確かにそうですよね。Pさんはとても敏腕な方だとうかがってますし」

奉太郎「そうだな。もし場所を教えたのがPなら、な」

える「え?」

奉太郎「あずささん、古典部の部室が最上階の一番奥だと教えたのはP……いや、Pさんですか?」

あずさ「……いいえ」

摩耶花「え!?」

里志「じゃあ……誰に教わったんですか?」

あずさ「その……私、古典部の部室ということは覚えていたんだけど、場所は聞き逃したか忘れちゃったかしたみたいで、職員室で聞いたのよ」

奉太郎「だと思った。それで4つのキーワードが全部一度に成立する。きっと状況はこうだ」


P「あずささん。この夕焼けを眺めていると上から人が落ちてくるシーンですけど、ちょうど時間もいいですし、下見をしたいと思うんですけど」

あずさ「わかりました~。どこで撮影するんですか~」

P「古典部の部室がいい。場所生物準備室、特別棟2階の一番奥の部屋です。先に行ってますから、休憩を終えたら来ててもらえますか」

あずさ「は~い。じゃあ身支度をしてから行きますから、先に行って待っててくださいね~」


あずさ「おしごと、おっしごと♪ きょうはえいがのおしごと♪ ……えっと、場所は確か……古典部の部室だったわよね。それって、えっと……あら~ちょうど職員室があるわ。あそこで聞いてみましょう。ごめんなさ~い」

教員「ん? あ、み、三浦あずささん! ど、どうしました!?」

あずさ「あの~古典部の部室というのは、どちらなんでしょうか~?」

教員「古典部……ちょっと待って下さいね。……ああ、地学講義室ですね」

あずさ「確かそんな感じの名前のお部屋でしたね」

教員「特別棟、あっちの棟の一番上の階で一番奥です。一番上の階で一番奥だからわかりやすいと思います」

あずさ「ご親切にありがとうございます~」

奉太郎「どうでしょうか?」

あずさ「すごいわ~その通りよ~」

里志「Pさんは古典部の部室を過去の場所で指定して」

摩耶花「あずささんは職員室で今の古典部の部室の場所を聞いたわけか」

える「じゃあPさんは、この中で」

奉太郎「ああ。待ってるはずだ」

ガラッ

P「……来ましたね。ここに来ると思って……あれ?」

あずさ「ごめんなさいプロデューサーさ~ん。あの、私……」

P「あ、ええ。それより……君達は、ここの生徒さんだね?」

あずさ「あ、はい。私を案内してくださったんですよ」

P「あずささんを? それはどうもお世話になったね。申し訳ない」

摩耶花「いいえ。わたし達こそ、アイドルのあずささんとお会いできて嬉しかったですし。ね」

える「……はい」

摩耶花「? ちーちゃん?」

里志「あの、Pさんですよね? 765プロのプロデューサーの。ファンの間でも有名だけど、なかなか表には出てこない人にこうして会えるなんて感激ですよ」

奉太郎(伊原も里志もテンション高いな。だが……)

える「……」

奉太郎(なんだ千反田のこのテンションの低さは?)

P「いや、俺はというかプロデューサーは裏方だからねえ。それよりもうちの三浦が本当にご迷惑をおかけしました。ただでさえ生徒さんには急な撮影で、色々と大変な思いをしてらっしゃるでしょうに」

摩耶花「そんなことないです。わたし達、楽しんでます」

里志「なかなかできない経験だから。ねえ。ホータロー」

奉太郎「まあな。それに俺たちは後輩ですから」

P「え?」

里志「僕たち、古典部なんです」

P「そうなのか。いや、しかしどうして俺が古典部のOBだとわかった?」

奉太郎「あなたは古典部の部室がここだと思っていた。その間違った情報は、あなたが2年以上前の古典部の部室の場所を知っているという事実に他ならない」

P「ここが古典部の部室だという間違った情報? どういうことだい?」

あずさ「古典部さんの部室は、この上の階なんですよ~」

里志「2年前に、移動になったんです」

P「え?」

摩耶花「今はここは、壁新聞部の部室です」

P「……そうか。あずささん、あなたは『今の』古典部の部室に行き、俺は『前の』古典部の部室に先回りしていたわけか」

える「……」

奉太郎「? まあそういうことです。神高は部活の数が多いのにあなたは、古典部の部室の場所を古い情報だったとはいえ正確に知っていた」

摩耶花「本当にあの有名なPさんがわたし達の先輩なんですね。すごい!」

里志「なんだか嬉しいです」

P「そうかい? いや、俺も古典部が健在で嬉しい。それと今日は本当にありがとう、ウチの三浦がお世話になった」

あずさ「みなさん。本当にありがとうございました。ごめんなさい」

里志「いえいえ。お役に立てて、僕らこそ感激です」

あずさ「うふふ。お世話になったわね」

ギュッ

奉太郎(手を握られてさすがに里志も赤くなってるな。だが里志よ、後ろから伊原が睨んでいるぞ)

あずさ「あなたも、ありがとう」

ギュッ

摩耶花「え? あ、はい。あの、楽しかったです」

あずさ「ごめんなさいね。部活のおじゃまをしちゃって」

ギュッ

える「いいえ。そんなことありません」

あずさ「あなたには、特にお世話になっちゃったわね~ありがとう」

ギュッ

奉太郎(あったかい手だな。それに柔らかい。……こうして間近に見ると、本当に美人だ)

える「……」

奉太郎(さすがにアイドルなんだな)

奉太郎「いえ……別に」

える「さあ、それではわたし達は失礼しましょう!」

里志「え? あ、折角だからPさんやあずささんに色々と……」

摩耶花「ふくちゃん。お二人のお仕事を邪魔しちゃ悪いわよ」

奉太郎「そうだな。戻ろう」

里志「……仕方ない。わかったよ」

P「本当に申し訳なかった。ありがとう」

奉太郎「いえ。それじゃあ」

える「……」

摩耶花「あの、ちーちゃん?」

える「……」

里志「千反田さん」

える「……えっ? 何かおっしゃいましたか?」

摩耶花「どうかしたの? 元気ないみたいだけど」

える「別になんともありませんよ。さあ、それじゃあ帰りましょうか」

奉太郎「そうだな。帰るか」

奉太郎(アイドルの勉強会がうやむやになったのはありがたいが……)

里志「ホータローは千反田さんの不機嫌の理由に心当たりは?」

奉太郎「なんで俺が……知らん」

里志「でも千反田さんが不機嫌だ、っていうのは認めるんだ」

奉太郎「まあ、元気はなかったな」

里志「焦がれだったアイドルの三浦あずささんに会えて、話もできて、助けてあげて、おまけに謎までとけたのにあの元気のなさは異常だよホータロー」

奉太郎「知らん」

里志「さっき摩耶花からもメールがあったよ。千反田さんが元気がないのはホータローのせいじゃないか、って」

奉太郎「だから、知らん」

里志「じゃあここは僕が推理してみようか」

奉太郎「データベースは答えを出せないんじゃなかったのか?」

里志「これはひとつの仮説さ。ホータローが答えを出す為の判断材料と言ってもいい」

奉太郎「俺が?」

里志「千反田さんは、あずささんに嫉妬したから不機嫌なんじゃないかな」

奉太郎「……なんだと?」

里志「普段は朴念仁を絵に描いたようなホータローが、間近にアイドルに接してジロジロ見ていたからさ」

奉太郎「別にそんなつもりはない。里志だってそうだっただろう」

里志「まあそれは否定するつもりはないよ。でも、千反田さんにはショックだったんじゃないかな?」

奉太郎「俺と千反田はそんな関係じゃない」

里志「……今はそうかもね。だけどホータロー、いつまでも灰色ではいられないんじゃないかな。朱に交われば赤くなるように、ね」

奉太郎「……」

里志「余計なことを言ったかも知れないね。じゃあホータロー、僕はここで」

奉太郎(俺があずささんに見とれてたから、千反田が不機嫌に……?)

奉太郎「いやいやいや。そんなはずはない」

奉太郎(まあいずれにせよ、明日になっても機嫌がなおっていないようなら少し聞いてみるか。なに。そのぐらいは大した無駄なエネルギーの消費じゃない。居心地いい古典部を維持するために必要な最小限の行為だ)

奉太郎「ただいま」

PrrrrrrPrrrrrr

奉太郎「電話か……はい、もしもし折木ですが」

える「折木さん? 折木奉太郎さんですか!?」

奉太郎「千反田……か? どうした」

える「折木さんですね? 大変なんです! 今、家に帰ったら……で……て……」

奉太郎「千反田? なんだ、そっちの後ろがうるさくてよく聞こえないんだが」

える「え? あ……ああっ! いけません!! それは……!!! やめてくださ

ブチッ

奉太郎「……? 千反田? どうした? 何があった? おい、千反田!? 返事をしろ!!」

ツーツー……

奉太郎「なんてことだ。なにが……くそっ!」

奉太郎(千反田の家は……前にも行ったな。自転車でもけっこうかかるが……何があった!?)

奉太郎「千反田!」


               Where did a it of hide-and-seek go?


一旦ここで、止まります。

レスの40のまやかのセリフはさとしの間違いだな?

奉太郎(見えてきた……千反田の家だ。遠目にだが別に異常はないな。火事とかではないみたいだが)

双海亜美「斉射必中! そ→れ→!」

奉太郎「千反田! 大丈夫か……うおわっ!」

双海真美「およよ→? この兄ちゃん、誰→?」

える「亜美さん、真美さん、もうそのぐらいで……あら? お、折木さん!?」

奉太郎「ち、千反田……無事……だったのか?」

える「えっ? それはどういう意味でしょうか……」

奉太郎「……」

える「折木さん? 折木さん!? 大丈夫ですか、折木さん!!」

奉太郎「……ん」

える「気がつかれましたか? 折木さん」

奉太郎「ああ。お前こそ無事だったのか」

える「あの……もしかして先ほどのお電話で私のことを心配して、折木さんは来てくださったんですか?」

奉太郎「……まあな」

える「やっぱり。ごめんなさい、わたし折木さんにもお知らせしたくて」

奉太郎「知らせるって、何をだ?」

える「765プロのアイドルのみなさんの宿泊先が急遽うちになったんです。広くて撮影にも丁度いいということで」

奉太郎「それを知らせようと、わざわざ俺に電話を?」

奉太郎(千反田よ、それはむしろ傍迷惑というやつだぞ。俺はアイドルに興味とかないんだ)

える「電話が途中で切れたのは、私が悪かったんです。亜美さんと真美さんが、大事な壷を持ち上げようとしているのを見てあわてたら受話器を置いてしまっていて」

奉太郎「人騒がせな……」

える「すぐにかけ直したんですけど、折木さんのお母様は折木さんは一度帰ってきたようだけどまたすぐ出て行ったとおっしゃられて……まさかうちに来られるとは思ってもいませんでした」

奉太郎「あんなせっぱ詰まった声で『大変だ』とか言われたら、心配になるだろう!」

える「……はい。あ!」

天海春香「あ、気がついたのかな? いやー、うちの亜美と真美がごめんね。枕投げの特訓とか言ってて、枕ぶつけちゃって」

奉太郎(……誰だ? いや、どこかで見たような……)

える「春香さんが悪いわけではありませんから。折木さんも気がつかれたみたいですし」

奉太郎「春香さん……天海春香?」

春香「うん。私、天海春香です。なんだか私も、責任を感じちゃって」

奉太郎「責任?」

春香「うん。あなたが私のファンだって聞いて、嬉しくって。急いで来てくれたんだよね」

奉太郎「……え?」

える「折木さんは、古典部の部室で春香さんのDVDを見て『可愛い』とおっしゃってましたから。それでわたしも、折木さんに春香さんがうちにいることを教えてあげようと電話したんです」

奉太郎(あれは里志に助け船を出しただけだが……まあいい。それに目の前にいる天海春香というアイドルは、確かに可愛い)

奉太郎「あ、ああ。そうです」

春香「嬉しいなー。あ、これからもよろしくね」

ギュッ

奉太郎「あ、はい。応援……してます」

える「良かったですね! 折木さん!」

奉太郎「千反田……なんだそのテンションは。下校時と全然違うじゃないか」

える「はい?」

奉太郎「なんでもない。えらく上機嫌だな、と思っただけだ」

える「お客様が大勢いらっしゃって、しかもアイドルの方達なんですから」

奉太郎(それは良かったな。里志に伊原よ、千反田が嫉妬している? それは邪推もいいところだ。俺なんかとは関係なく上機嫌な、この千反田を見ろ。)

里志「千反田さんも機嫌が直ったみたいで一安心だね、ホータロー」

奉太郎「って里志……なんでここにいる?」

里志「いやー、千反田さんから電話をもらっていてもたってもいられずに。こんな機会もう金輪際ないからね」

奉太郎「熱心なことだ」

摩耶花「あ、あの良かったらサイン……いいですか?」

水瀬伊織「このお屋敷のお嬢さんのお友達なんでしょ? いいわよ、ここは特別サービスしてあげる。にひひひっ」

奉太郎「伊原もか……」

菊地真「本当に広いお屋敷だね。雪歩の家もすごいけど、ここは本当に歴史を感じるよ」

萩原雪歩「作りもすごいんだよ。お父さんが来たら、きっとあちこち見たいと思うなあ」

奉太郎(おお、綺麗な人が次々と。里志たちの説明は途中までしか聞かなかったが、これが噂の765プロのアイドルなんだろうなあ)

如月千早「春香、ちょっと台本をさらっておきたいんだけどいいかしら」

春香「うん。じゃあ、またね」

奉太郎「あ、はい」

千早「ええと……35Pなんだけど……『こんな所にはいられないわ! 私は帰らせてもらうわ!』

春香「『待って千早ちゃん。一人はあぶないよ!』」

真「千早は熱心だなあ」

雪歩「真ちゃんは、もう全部台本覚えたの?」

真「えー……と」

雪歩「私、本読みつきあおうか?」

真「やーりぃー! 実はちょっと不安だったんだよね」

響「その手にしてる袋、綺麗だな」

里志「これですか? これは僕の手作りなんですよ」

響「手作り……すごいな! 自分も手芸とかするけど、これはなかなかすごいぞ」

やよい「ほんとですかー? うわあ、これすごくきれいに縫ってあるんですねー」

里志「よければこれ、どうぞ。たくさんありますから」

響「いいのか? じゃあこれ、大事にするぞ」

やよい「私もいいんですかー!」

里志「もちろんです。みなさんも良かったら」

伊織「これ、綺麗ね……いいの?」

里志「ええ」

伊織「ありがとう」

真美「お、なになに→?」

亜美「なにかいい物をもらってる気配が」

伊織「あ! きたわね。ほら、あんた達。この人にちゃんと謝りなさい!」

真美「え? あ、さっきの! あ、あの→……」

亜美「ご、ごめんなさい→……亜美たち、枕投げのれんしゅ→してて」

奉太郎「? そうか、俺はお前ら……いや、君たちに枕をぶつけられたわけか」

真美「ごめんね→……」

奉太郎「……気にしないでくれ。事故みたいなものだ」

亜美「お→! 兄ちゃん、話がわかる! そうだ。一緒にこれから、765鎮守府大枕投げ大会に参加Do-Dai?」

真美「い→ね→! 特別に参加させてあげちゃうYO!」

伊織「ちょっと、勝手に決めないでよね。いつ決まったのよそんな大会。私、聞いてないわよ!」

真美「お泊まりといえば、枕投げはつきものデース!」

亜美「真美お姉様、恋も枕投げも負けませんYO!」

伊織「はしゃいでるんじゃないわよ! 高校生組もなんか言ってやってよ!!」

響「ハラショーだぞ」

春香「一航戦! 天海! 出ます!」

千早「枕投げ……さすがに気分が高揚します」

雪歩「言っときますけど、真さんに枕を当てたら私の九三式酸素枕が火を噴きますからね!」

真「雪歩っち……////」

伊織「あんたたちいいいーーー!!!」

高槻やよい「伊織ちゃん、そんな大声で怒るなんて一人前のレディになれないよ?」

星井美希「さすがやよいは高槻型一番艦なの、です」

伊織「意味わかんないわよ! ちょっと、あずさからも何か言ってちょうだい」

あずさ「ぱんぱかぱーん!」

伊織「あーんーたーたーちー! もう、プロデューサーも律子もいないからって、気を抜き過ぎよ!!」

奉太郎「そういやあのPって人はどうしたんだ?」

える「まだお仕事が色々とあるそうで、後から来られるそうです」

奉太郎「そうか」

あずさ「あ、先程はありがとうございました~助かっちゃったわ~」

伊織「あら? あずさ知り合いなの?」

あずさ「ロケ予定の学校で、迷子になったところを助けてもらっちゃったのよ」

伊織「また!? もう、しっかりしてよね」

奉太郎(この娘……どうやら俺より年下らしいが、しっかりしているというかやや辛辣というか……)

伊織「? どうかしたの?」

奉太郎(伊原にちっょと似てるな)

伊織「わかったわ。このスーパーアイドル伊織ちゃんに見とれちゃったんでしょ。しょうがないわね、にひひっ」

奉太郎(……前言撤回)

伊織「ともかく。プロデューサーも律子もいないんだから、私たちがしっかりしてないとダメよ」

春香「わかってるよも伊織。自己管理も大事だからね」

伊織「そうよ。枕投げは論外よ」

真美「え→……」

亜美「そんな→!」

伊織「中止と言ったら中止よ!!!」

伊織「いひひっ! 狙ってくれって言ってるようなものなの!」

バシーン

千早「如月のこと……忘れないで……」

奉太郎「やってるんじゃないか!」

あずさ「うふふ。しっかりしてるようでも、伊織ちゃんはまだまだ子供っぽいところがあるのよね~」

里志「アイドル達の素のくつろいで遊んでる所が見られるなんて、ほんとラッキーだよ」

摩耶花「まあでもそうよね。伊織ちゃんもまだ中学生なんだし」

える「あの、折木さん達も夕食を食べていかれませんか? 奥座敷に用意してますから」

里志「いいの!? ありがとう千反田さん」

摩耶花「あ。じゃあ私、家に電話する」

折木「悪いな、千反田」

える「いいえ! 賑やかで、私とっても楽しいです!」

摩耶花「……ふーん」

折木「なんだ?」

摩耶花「ちゃんとちーちゃんに謝ったんだ」

折木「俺はなんにもしてないぞ」

摩耶花「照れちゃって。まあちーちゃんが元気になったなら、良かったわ」

里志「むしろいつもよりテンションが高いぐらいだもんね。ホータロー、なんて言ってご機嫌を取ったんだい?」

奉太郎「だから俺は知らん。千反田が勝手に元気になっただけだ」

奉太郎(まったく、お嬢様の考えることはわからん)

真「うわあ! このご飯美味しい!」

雪歩「本当だね。お米だけでもすごく美味しいのがわかるよ」

美希「ミキね、これなら握らなくてもこのお米だけで満足できちゃうの」

里志「前に千反田さんが作ってくれたおにぎりも、美味しかったよね」

摩耶花「そうだったわよね」

美希「そうなの?」

奉太郎「え? まあ……美味しかったな」

美希「ミキ、やっぱりおにぎりも食べたいのー!」

千早「やっぱり水とか空気が違うのかしら」

響「なんでもその土地で出来た物をその土地で食べるのは、格別だからな」

あずさ「おいしくて食べ過ぎると、こまっちゃうわよね~」

春香「でもこれは我慢するの大変だよ」

伊織「本当……これってこの家で作ったお米なの?」

える「はい。一生懸命、大切に育てたお米なんです」

千早「大変なんでしょう? 農業って」

える「わたしも少し手伝ってますけど、父も母もとても丹精込めてます! 本当に魂をこめて!!」

奉太郎(米の事になると、千反田はアツいな)

やよい「こんな美味しいお米、はじめてかも知れません! うっうー! 家族のみんなにも食べさせてあげたいなーって」

伊織「そうね。あの、このお米分けていただけるかしら。もちろんちゃんとお金は払うから」

える「私の一存では決められませんけど、とりあえず精米してある分をお持ちになってください」

伊織「そんな、悪いわよ」

える「大丈夫です。それで美味しかったら、父に言って買っていただければ」

伊織「そう? じゃあ、後でいただくわ。やよいにも分けてあげるから」

やよい「伊織ちゃん、ありがとう!」

美希「でこちゃん、ミキにはおにぎりにしてから分けて欲しいの」

伊織「お断りよ!」

美希「やよい~。ミキにおにぎり、握ってほしいの~」

やよい「いいですよー!」

奉太郎「なんというか……」

奉太郎(アイドルというのはものすごい活気なんだな。仕事時に限らず)

里志「やよいちゃんの作ったおにぎりなら、僕も食べてみたいなあ」

える「福部さんは、やよいちゃんPなんですか?」

里志「そういうわけじゃないけど、高槻やよいちゃんといえば『お料理さしすせそ』でいつも美味しそうな料理を作ってるからね」

やよい「うわあ、ありがとうございますー!」

奉太郎「へえ。アイドルも料理とかできるのか」

摩耶花「あんたって本当に失礼な上に物知らずね。やよいちゃんはふくちゃんも言ってたみたいに料理番組を持ってるぐらいだし、あずささんも時々自分で作った料理をブログにあげたりしてるのよ」

里志「真さんは、魚を捌いたりできるんですよね!?」

真「まあね。こう見えてもボク、女子力高いから////」

雪歩「真ちゃんは、豪快な料理が得意なんだよね」

奉太郎(そういうのは男の料理という気もするが……)

千早「春香もお菓子を作るのは得意よね」

春香「うん! 普通のお料理はなぜか、お母さんが側にいないと失敗しちゃうんだけど……」

美希「でこちゃんも、目をつぶって食べれば美味しい料理を作るの」

伊織「美希……ファンの前で余計なこと言わないで!」

奉太郎「?」

里志「伊織ちゃんはさ、味は最高なんだけど見た目は酷いという料理を作るので有名なんだ」ヒソヒソ

千早「ところでプロデューサーは?」

真「まだ打ち合わせだって。色々と調整もるらしいし」

雪歩「大変だよね」

春香「お昼休憩の時もバタバタしてたけど、プロデューサーさんご飯は食べてるのかな」

千早「しっかりと食事を摂らないと、心配よね」

響「千早からそれを言われるとは、思わなかったぞ」

伊織「……私たちをほっといて打ち合わせとか、アイツも偉くなったわよね」

真美「お!? いおりん、さびしいようですな→!」

亜美「ツンデレのホンリョウをハッキしてますな→」

伊織「誰が!!」

美希「ハニ……プロデューサーにミキは会いたいのー!!」

あずさ「ところで明日の撮影は、AスケかBスケかもう聞いたの~?」

奉太郎「Aスケ?」

里志「映画の撮影ではさ、2種類以上の撮影スケジュールを組んでおくんだよ」

摩耶花「どういう意味があるの?」

里志「例えば屋外で撮影がある映画を撮る時に、屋外を優先する撮影スケジュールであるAスケと、屋内でのシーンを主に撮るスケジュールのBスケを組んでおくんだ」

える「なるほど。それで当日の天気によって、どちらのスケジュールにするか決めるんですね」

響「そうそう。まあ実際には当日じゃなくて前日には決めるんだけどな」

伊織「あなた、映画の撮影に詳しいのね」

奉太郎「こいつはこういう余計な知識は豊富なんだ」

千早「天気が良ければ、例の夕焼けのシーンを明日撮るのよね?」

摩耶花「あの、上から人が落ちてくるっていう?」

春香「知ってるんだ。あれ、なんと落ちるのは真美なんだよ」

える「え? 本当に落ちるんですか!?」

真「まさか」

雪歩「人形を落として、後はCGだって聞いたよ」

伊織「これはここだけの内緒よ? 誰にも言わないでね」

里志「わかってます。僕たちも実際に映画で観るのを、楽しみにしてますから」

響「夕食終わったら、一旦現場行くんだっけ?」

春香「うん。細かい指示変更はその時だって」

摩耶花「え? 今から神高へ、ですか!?」

雪歩「打ち合わせだけだけど、スケジュールもおしてるからね」

響「夜の学校か。ちょっと楽しみだぞ!」

真美「兄ちゃんのために枕もってこ→か?」

亜美「景気づけに、ぶつけたげよ→よ!」

やよい「だめだよ!」

里志「あ、僕も一緒に見学に行ってもいいですか!?」

あずさ「まだ早い時間だから、いいと思うけど~」

千早「どうやって行くの? 私たち学校へ」

春香「マイクロバスだって。機材もあるから、2台分乗」

真美「真美、一番乗りしたい!」

亜美「亜美も!」

伊織「一番心配な組み合わせね。仕方ない、私も一緒に行くわ。しっかり見張っておかないと、ね。にひひっ」

真美「え→……」

摩耶花「ふくちゃんが行くなら、わたしも行こうかな」

亜美「じゃあ、亜美たちと行こうよ!」

摩耶花「いいんですか? ちーちゃんはどうするの?」

える「わたしは、片付けとかありますのでここで。折木さんはどうされますか?」

奉太郎「俺は帰る」

奉太郎(とはいえ、あの距離をまた自転車を漕いで帰るのか……)

春香「あ、自転車だったよね。途中までなら機材と一緒に自転車乗せて運んであげるよ?」

千早「そうね。亜美と真美がご迷惑をおかけしたんだから、そうしたらどうかしら」

奉太郎「いいんですか? では、お願いします」

やよい「あ、じゃあちょっと待っててくださいねー」

美希「? あ!」

える「じゃあ福部さん、摩耶花さん。また明日」

里志「うん。僕らはちょっと見学したらそのまま帰るから」

摩耶花「またね、ちーちゃん。ふくちゃん、ちゃんとわたしを送ってよね」

亜美「行ってくるね!」

真美「兄ちゃん、待ってるかな?」

響「あんまり騒いじゃだめだぞ、二人とも」

伊織「じゃあ先に行ってるから」

える「はい。お帰りを待ってますね。あら、その巾着袋」

伊織「さっそく使わせてもらっちゃってるわ。可愛いし、じょうぶねこれ」

里志「やった! 褒められた!!」

響「自分も後で、使わせてもらうぞ」

摩耶花「よかったわね、ふくちゃん」

奉太郎「なんというか……芸能人ってもっと偉そうなのかと思ってたが、そうでもないんだな」

える「はい! 素敵な方達ですね」

春香「あ、もう少し待っててもらうけどいいかな?」

奉太郎「え? あ、はい。構いませんが」

秋月律子「こんにちはー!」

千早「あ、律子が来たみたいよ」

あずさ「遅かったのね~」

律子「ごめんなさい。まさかスマホを落っことして壊しちゃうとは、我ながら大失敗よ」

春香「え!? それって大変じゃないですか!」

律子「大事なデータとかはクラウドに保存してあったんだけど、修理の間の代替え機を用意してもらったりクラウドからデータ引っ張ったり……えと、どちら様?」

える「秋月律子さんですね? わたし、千反田えると申します。この家の者です」

律子「あー。秋月律子です! 今回は色々とお世話になります」

える「こちらは折木奉太郎さん。私と同じ古典部の部員です」

奉太郎「あ、どうも」

奉太郎(この人もアイドルか。確かに綺麗な女性だ)

春香「私のファンの方なんですよ!」

律子「そうなんだ。これからも天海をよろしくお願いします」

奉太郎「あ、は、はい」

える「じゃあ折木さん、わたしちょっとお手伝いがありますので」

奉太郎「わかった。待ってる」

やよい「おまたせしましたー! 行きましょう!! うっうー!!!」

美希「ふう……ミキ、満足なの……」スヤスヤ

千早「ほら美希、お腹いっぱいだからってこんな所で寝ちゃだめよ」

響「プロデューサーの為にやよいが作ってたのに、全部食べちゃうかと思ったぞ」

春香「さすがやよいだよね、おにぎり本当に美味しそう」

える「Pさんもきっと、喜んで召し上がっていただけると思いますよ」

奉太郎「おにぎり……差し入れか」

あずさ「じゃあ、行きましょうか」

奉太郎「お願いします」

奉太郎(もっと待たされるかと思ったが、小一時間程だったな)

奉太郎「あ、ここでいいです。もう家はすぐそこですから」

律子「そう。じゃあ気をつけてね。今日は本当にありがとう」

春香「じゃあまた。学校とかで撮影の時の会えるかも知れないけど、これで。これからも応援、よろしくね」

奉太郎「あ、はい。その……応援してます」

春香「ありがとう!」

奉太郎(なんだか……本当はファンじゃないとか言いにくくなったな。いや、なんとなく飾らない感じで確かに可愛い。この天海春香って娘は、人気があるのもわかるな)

P「いや、それはおかしい。今日のこの天気でAスケにしないはずがない!」

監督「俺もそう思ったが、ほら。指示板にはアンタの名前でBスケで、と書いてある」

P「ともかく、今すぐにAスケに変更を!」

監督「今からは無理だよ。早朝にスタッフ全員に指示を出したから」

P「そこをなんとか!!」

監督「いくらあんたの頼みでも、今からは絶対に変更できない」

P「責任者は俺です!!!」

奉太郎「? なんだ? もめてるのか?」

里志「うん。どうやら指示の伝達が上手くいかなかったみたいなんだ」

摩耶花「大丈夫……かしら? なんだか険悪じゃない?」

える「な、なんとかなりませんか?」

奉太郎「そう言われてもな」


監督「監督は俺だ。とにかく今日は、Bスケでいく!」

P「いいや、絶対にAスケだ!」

奉太郎「昨日の話と違うんじゃないか? 敏腕で有能な人なんだろ?」

摩耶花「敏腕も有能も同じ意味よ。これだから語彙の少ない人は」

里志「うーん。こういう失敗をしない人のはずなんだけどな」

える「間違いは誰にでもあるんじゃないですか?」

奉太郎「それはそうだ。間違いなんて、しようと思ってするやつなんかいない」

里志「2人の言いたいことはわかるけど、事は単純なミスとか些末なことじゃないんだよ。スケジュール進行とかは、基本的で重大な指示なんだから」

摩耶花「そう言えば確かに、PさんはAスケジュールのはずだって言ってるものね」

里志「プロデューサーの意図した指示が伝わらなかったのか、誰かの陰謀か妨害か、映画製作は混乱……そう、言うならば『ミスなき男が犯したミス』と言ったところかな」

える「自分が指示した事を忘れるはずはないですし、これは……」

奉太郎「! さ、さあそろそろ教室へ……」

える「わたし、気になります!」

奉太郎(里志め。こうなることを予期して、話を進めたな)

える「放課後、みんなで古典部の部室に集まって考えましょう!!」

奉太郎「また厄介なことを……」

里志「まあまあ、面白そうじゃない。どうしてこんなことが起きたのか、僕たちで考えてみようよ」

奉太郎「断る」

える「折木さんも、放課後までに考えてみてくださいね」

奉太郎「……」

摩耶花「ふふーん。今度は私が、謎をといちゃうわよ」

奉太郎(? 自身ありそうだな伊原。それはいい、がんばれ)

里志「何か思いついたことがあるのかい?」

摩耶花「ええ。放課後までに、実地見聞しておくから! みてなさい、折木」

奉太郎(健闘を祈る!)

奉太郎「さてそれじゃあ早速、伊原の推理を聞こうか」

える「摩耶花さん、お願いします」

里志「あ、ちょっとその前に補足というか追加情報があるんだけど」

摩耶花「え? なに?」

里志「結局、今日の撮影はBスケジュールで進行している。学校側もそう聞いていたから、変更が利かなかったらしい」

える「そうなんですか。じゃあ結局Pさんは、不本意だけどBスケジュールにしたわけですね」

里志「いやあ。それがね、僕らが授業に入ってからあのPさんは監督さんにお詫びをしたらしいよ」

里志「じゃあ自分の間違いに気づいた、ってことか。千反田よ、これでもう解決じゃないのか?」

える「でも、完全主義者でミスの少ない敏腕プロデューサーさんが、なぜそんな間違いをしたのかはやっぱり気になります!」

奉太郎(さいで。じゃあここは伊原に頼るか)

奉太郎「それで伊原はなにか、考えがあったみたいだが?」

摩耶花「そうよ。実は昨夜、撮影現場の様子を見せてもらってたんだけど、プロデューサーのPさんからの指示ってどうやって伝達されるか……折木、わかる?」

奉太郎「その場で言って伝えるんじゃないのか?」

摩耶花「何かのタイミングで会えない事もあるでしょ?」

里志「人づてだと、途中で間違って広まることもあるしね」

摩耶花「そう。そもそも本来は映画を撮るということの責任者は監督さんで、プロデューサーはアイドルのみなさんのスケジュールや生活面での支援と管理」

える「そうか。映画撮影は監督の方が受け持っていて、プロデューサーさんはアイドルのみなさんをまとめているわけですね」

里志「とすると、今回の映画は少し特殊だね」

奉太郎「この映画は違うのか?」

里志「そうだよ。現にスケジュールをAとB、どちらにするのかをPさんが決めてる」

える「そう言えば、そうでしたね。だからこそ、Pさんが出した指示がどちらかだったので、今朝も問題になったわけで」

摩耶花「765プロのPさんは、所属のアイドルの出演とかも全部決めてるもんね」

里志「実際、有能だしね。今回の映画は監督の上にPさんが最高責任者として、存在している感じだよね」

奉太郎「昨日のあの人、そんな偉いやつだったのか……」

里志「とはいってもそんな偉そうにする人じゃないんだ。業界での評判もいいらしいし」

奉太郎(なぜ芸能界の評判をお前が知ってる、里志……だが里志のこういう情報はたいてい信用に値するのも事実だ)

摩耶花「話を戻すわね。Pさんがスケジュールを伝達するのは、指示板と呼ばれるボードが設置されてるの。ほら、あそこ」

える「ええと……ここから見えますね。掲示板のようなものが立てられています」

摩耶花「あそこに指示を書き込むの。大勢の目に触れるように。今日の場合は早朝に着いたスタッフの人が、あれを見てスケジュールを確認するのよ」

奉太郎「しかしそれなら、関係者以外でも書き込めるだろ」

里志「ところがそうじゃないんだよ。さすがにそう無防備じゃない」

奉太郎(? 面倒だが実際に見てみるか……おお、なるほどこれは)

里志「見ての通り、指示板はアクリルの板を上からかぶせて鍵をかけてある。つまり、鍵が無いとアクリル板を取り除いて書き込めない」

える「じゃあ、神山高校の関係者がイタズラしたとかでもないんですね」

里志「千反田さんの言う通り、神高関係者で鍵を持っている者はいない」

奉太郎「じゃあ逆に、持ってるのは誰だ?」

里志「プロデューサー、監督、そして出演者である765プロのアイドルのみんな」

奉太郎「アイドルの人たちも持ってるのか?」

摩耶花「指示板には、要望とか意見も書くのよ。指示板とは言うけれど、実質連絡板よね」

摩耶花「さあ折木、どうして指示板が間違えられたのか、わかるかしら?」

奉太郎「謎を解くのは伊原じゃなかったのか?」

摩耶花「折木でもわかんなかった謎を、わたしが解きたいの。さて、どう?」

える「どうですか!? 折木さん!!」

奉太郎(結局考えることになるのか……)

奉太郎「まあ、プロデューサーのPでもなくて監督でもないなら、アイドル誰かが書き換えたんだろうな。指示を」

える「誰かが、って誰ですか!?」

奉太郎「そこまでは知らん。昨日の夜は、全員ここに来ていたんだから全員可能性はあるだろうがな」

摩耶花「いいセンいってるけど、まだまだね。折木」

里志「じゃあ摩耶花は、誰が指示を書き換えたと思ってるんだい?」

摩耶花「私の考えでは、アイドルのみんなは除外」

える「どうしてですか?」

摩耶花「そんなことをする意味がないからよ。確かにアイドルのみんなには、機会はある。手段はある。でも動機がない」

里志「うん。確かに推理小説で犯人を特定する時の重要な三本柱は、機会・動機・手段の3つだもんね」

奉太郎「なるほど、それに照らし合わせたわけか。だがな伊原、アイドルに動機がないと決めつけるのはどうだ?」

摩耶花「なによ。そんなことする意味ないでしょ?」

里志「亜美ちゃんか真美ちゃんが、お得意のイタズラをやっちゃったとか」

奉太郎「俺に枕をぶつけた2人か……そういえば、千反田の家の大事な壷にも何かしようとしたんだったな」

える「ええ。でもお二人とも、確かにイタズラは好きみたいですけど無邪気で可愛いイタズラしかされませんでした」

摩耶花「それに仕事に対しては、真剣だって聞いてるわ。だからいくらなんでも撮影の進行に差し障りがあるようなことはしないと思う」

里志「なるほどね。するとどうなるんだい?」

摩耶花「と、なると指示を書いたのは監督さんかプロデューサーということになるわよね」

える「監督さんは、Pさんが書いたとおっしゃってましたが」

摩耶花「違うのよ。Pさんじゃないわ」

里志「? じゃあ監督さん?」

摩耶花「それも違うと思う」

奉太郎「おいおい伊原よ、さっき言った事と矛盾してるぞ。お前は今、指示を書いたのは監督かプロデューサーだと言ったんだぞ」

摩耶花「そうよ」

奉太郎(なんだ? 伊原のあの自信に満ちた笑いは)

摩耶花「みんな忘れてない? 765プロには、プロデューサーが2人いるのよ」

里志「あ!」

える「そうでした!」

奉太郎「どういうことだ?」

摩耶花「折木、あんたって張り合いのない男ね。ふくちゃん、折木に説明してやって」

里志「はいはい。あのねホータロー、765プロにはプロデューサーはPさんだけじゃないんだ。もう1人いる」

奉太郎「そうなのか。確かにあれだけの人数を1人で取り仕切るのは大変だろうからな。どんなやつなんだ? もう1人のプロデューサーってのは」

える「折木さんも、もうお会いになってますよ?」

奉太郎「は?」

里志「りっちゃん。秋月律子さんさ」

奉太郎「秋月律子……ああ、昨夜遅れてやってきたあの眼鏡の女性か。あの人、アイドルじゃなかったのか」

里志「元アイドル……というか、今でもファンサービスだったり急遽の場合はステージに立ったりもするんだ」

える「プロデューサーでありながら、元アイドルでもあって、自ら舞台にも立つ! 本当にすごい人なんですよ!」

奉太郎「まてよ……昨日、里志が言ってた『765プロのアイドルは12.5人』ってのは、そういう意味か?」

摩耶花「そうなのよ。りっちゃんをアイドルとして数えるかどうかは、ファンの間でも議論のタネなの」

里志「ステージの幕が上がるまで、プロデューサーなのかアイドルなのかわからない! そうまさにりっちゃんは『シュレディンガーのアイドル』として、ファンの間では有名なのさ!」

える「そうなんですか!?」

奉太郎「……また作ったな、里志」

里志「……まあね。でも確かに765プロにはプロデューサーが2人いる。それは摩耶花の言うとおりさ」

摩耶花「そう。そして秋月律子さんが遅れてやってきた理由は……」

奉太郎「ああ、それなら覚えてる。スマホが壊れたんだろ」

える「そうでしたね。データはクラウドから移せたけど、代替機を借りる手間が大変だったっておっしゃってました」

摩耶花「そこよ!」

える「?」

奉太郎「?」

里志「つまり摩耶花が言いたいのは、りっちゃんのスマホは本来の自分のものではなかった、って事だろ?」

摩耶花「うん。それに私、見たんだ。ふくちゃんも一緒にいたでしょ」

里志「えっと、あれは昨夜……」


律子「じゃあそういう段取りで、いいですね」

P「ああ。よろしく頼む。俺は上の階を見てくるから」

律子「はい。さあ、みんな段取りはわかったわね」

亜美「りっちゃ→ん、亜美なら本当に宙吊りになってもい→のに」

律子「ダメです。万が一にでも怪我とかしたらどうすんの」

亜美「おもしろそ→なのに→」

真「ちょっとやってみたいよね」

やよい「わ、私は高いところはちょっとー……」

千早「明日は、さっそくそのシーンなの?」

律子「えっと、明日は降水確率……やだ、70%ですって」

春香「え? 星もこんなに綺麗にみえてるのに」

律子「明日はBスケかもね」

里志「言ってたね。そう言えば」

える「あれ? でも今日は、こんなに晴れてますよ?」

奉太郎「今朝も降水確率は10%だったぞ」

里志「テレビでやってたのかい? ホータロー」

奉太郎「ああ。傘を持って行くか、気になるからな」

奉太郎(塗れるのは嫌だし、濡れないよう走って帰るのは効率が悪い)

摩耶花「さて、どうして律子さんは天気予報を間違えたのでしょうか?」

奉太郎「ふむ……」

奉太郎(秋月律子が確認したのは、スマホの天気予報。とはいえ、テレビだろうがネットだろうがどこの予報もそれほど大した違いはないだろう。と、すると……)

奉太郎「スマホの設定が、間違っていた……か?」

える「え?」

摩耶花「ようやくわかったみたいね。たぶん、そうよ。律子さんのスマホの天気予報はウィジェットでホーム画面に張り付けてあったわ。その設定は……」

里志「そうか。東京の天気が映し出されていた!」

える「なるほど! 借り物のスマホだったわけですし、そういう細部に気がつかなかったというのもわかります」

摩耶花「そう。律子さんは、東京でスマホを借りてそのまま神山市に直行。スマホの天気予報の設定は東京のまま。そして東京の今日の天気は……」

里志「雨……だね。今、僕のケータイで確認したよ。摩耶花、すごいじゃないか」

奉太郎(ああ。なかなかの推理だ。後は千反田が気がつかなければ……)

える「でも、摩耶花さん」

奉太郎(……ダメか)

摩耶花「どうしたの? ちーちゃん」

える「あの監督さんおっしゃってましたよ?」



監督「俺もそう思ったが、ほら。指示板にはアンタの名前でBスケで、と書いてある」


摩耶花「あっ!」

里志「そうだったね、確かに『Pさんの名前で』指示されてるってことだった。千反田さん、よく覚えていたね」

える「そんな。でも摩耶花さんごめんなさい、律子さんがプロデューサーとして指示を書いたとしたら、『律子さんの名前で』書くと思うんです」

摩耶花「ううう……」

える「ご、ごめんなさい摩耶花さん」

摩耶花「ううん。指摘してくれて良かった。わたし、まちがった結論を出す所だった……」

奉太郎(伊原、くやしそうだな……しかし自分の間違いを絶対に許さない。それは伊原の……まあ、美点ではあるな)

摩耶花「……折木」

奉太郎「?」

摩耶花「折木の考えを聞かせて」

奉太郎「俺には別に考えなんて……」

摩耶花「折木の考えを聞きたいの。考えていないなら、今から考えて!」

奉太郎「……」

奉太郎(……仕方ない、か)

える「折木さん」

奉太郎「わかってる。整理して考えよう。里志、機会・動機・手段だったな」

里志「ああ。手段の面から考えて、指示版に書くことの出来た人間は総勢14人」

摩耶花「鍵を持っていて、指示版に書き込める人よね」

える「真美さん、亜美さん、やよいさん、伊織さん、美希さん、春香さん、千早さん、響さん、雪歩さん、真さん、あずささん、そして律子さん」

摩耶花「アイドルの人達の12人ね。まあ、律子さんはプロデューサーでもあるけど」

奉太郎「加えて監督、そしてPの2人。計14人か」

里志「重要な点は『指示書はPさんの名前で書かれている』と言う点だね」

奉太郎「機会という点から言えば監督は除外されるな。監督は今朝、指示版を見た。指示を書く機会は昨夜だろう」

摩耶花「監督さんが、Pさんを陥れる目的で今朝書き換えて罪をなすりつけた、とかは?」

奉太郎「それを否定はしないが、Pは監督に謝ったんだったな」

える「はい。もし自分が間違っていないとわかっていたら、Pさんも謝ったりはしなかったと思います」

奉太郎「そうだな。よって犯人は2種類のパターンが考えられる」

える「2種類、ですか?」

奉太郎「まずアイドルの誰かが犯人のパターン。そしてPが犯人のパターン」

里志「理論的ではあるね。でもホータロー」

奉太郎「わかってる。後者のPが犯人であるなら、そもそもそれは自作自演にもならない。自分で指示を書いて、それは間違いだと騒ぎ、そして謝ったというだけのことだ。そもそもそうじゃないから、みんなこれを謎だと言っているんだろう?」

摩耶花「そう……よね。間違いはあるにしても、単純すぎる勘違いだし、それを自分で気づかなかったのもおかしいし、謝ったってことは変よね」

奉太郎「Pが犯人なら、その変節に何かヒントがあるかも知れない」

里志「これはここだけの内緒だけどさ」

える「? なんですか、福部さん」

里志「ここにAスケとBスケの写しがここにある」

摩耶花「ええっ!? ふ、ふくちゃん、こういうのって関係者以外……」

里志「いや、総務委員会でちょっと目にしてね。見て欲しいんだけど」


Aスケジュール

午前中:校門にて登校シーン(除;三浦・四条・星井)
    1年C組にて授業風景(除;萩原・如月・菊地・天海・双海亜・四条)
    学食にて昼食シーン(全員参加※四条は到着が遅れる可能性アリその場合は別撮り)
午 後:図書室にて討論シーン(除;如月・双海真・双海亜・水瀬・菊地・)
    生物準備室にて夕日のシーン(除;水瀬・星井・三浦・天海・萩原)


Bスケジュール

午前中:図書室にて討論シーン(除;如月・双海真・双海亜・水瀬・菊地・四条)
    体育館にてバレーシーン(除;水瀬・如月・四条)
    階段にて追いかけっこシーン(除;天海・水瀬・高槻・星井・四条)
午 後:1年C組にて授業風景(除;萩原・如月・菊地・天海・双海亜)
    調理実習室にてお菓子作りシーン(除;三浦・如月・双海真・星井)

里志「撮る場所が全然違うだろ? この辺りに何か意味があるんじゃないかと」

摩耶花「何か、って」

里志「AスケにもBスケにもあるのは図書室だろう? 違いは午前か午後か。Pさんは午前中の図書室と午後の図書室という違いに、判断を迷っていたんだ!」

摩耶花「……図書室は別に、午前中でも午後でもあんまりかわらないわよ」

里志「……やっぱり?」

摩耶花「わたし、図書当番だから言えるけど図書室って時間が止まったような静かな雰囲気があるの」

里志「じゃあ他にわかることを探すと……」

える「違いは……Aには屋外のシーンがありますけど、Bは全て屋内ですね」

奉太郎「天気の事を気にしてたな、そういえばPは」

摩耶花「()の中の人名は、そのシーンには登場しない人かな」

里志「たぶんね。脚本がないから誰がどんな役なのかはわからないけど」

奉太郎「……」

える「折木さん?」

里志「何か思いついたね、ホータロー」

奉太郎「ま、思いついたことはあるが。だが……なぜだ」


               Where did a it of hide-and-seek go?

一旦ここで、止まります。
おつき合いいただき、ありがとうございます。

>>71
ご指摘ありがとうございます。
以下のように訂正させていただきます。

※訂正
>>40
×摩耶花「そっか。それでさっき折木は、Pさんの事を僕に聞いたんだ」
○里志「そっか。それでさっき折木は、Pさんの事を僕に聞いたんだ」

摩耶花「聞かせてよ、折木。その思いついたことってのを」

える「そうです。わたし、気になります!」

里志「さ、ホータロー」

奉太郎「これは俺の想像だが……千反田、昨夜学校に向かう水瀬伊織が持っていた巾着袋を覚えているか?」

える「はい。さっそく使って下さってましたね」

里志「いやあ、光栄だったなあ」

奉太郎「あの巾着袋、何が入っているのかパンパンに膨らんでいただろう」

える「そう……確かにそうですね」

摩耶花「うん。確かに」

奉太郎「あの中身……もしかしたら、千反田。お前からもらった例の米じゃなかったのか?」

える「え?」

里志「お米? なんでそんなものを持って学校へ……そうか」

摩耶花「Pさん、夕食に来られなかったのよね」

奉太郎「昼食も食べたかどうかあやしいと、天海春香と如月千早は言ってたな。水瀬伊織も気にしてたんだろう」

える「確かに夕食の後、すぐに伊織さんにお米を差し上げました。そうですね、そうかも知れません。でも、折木さん」

奉太郎「わかってる。高槻やよいもPに差し入れを作っていた。あの、おにぎりだ」

摩耶花「おにぎり? やよいちゃんもPさんの為に夜食を作ってあげてたの?」

奉太郎「そうだ。でも先に学校へ向かった水瀬伊織はそれを知らなかった。そしてこれも多分だが、この調理実習室でのシーンの下見とか練習とかの理由をつけてそこへ向かったんじゃないか」

里志「なるほど。筋は通ってる」

奉太郎「つまり、昨夜……」


伊織「アイツ……いつもいつも、いつ寝ていつ食事を摂ってるのよ。私たちには、自己管理とかうるさいくせに……まったく」

ギュッ

伊織「……」

ギュッ

伊織「ふう。できたわ、まったくアンタは幸せ者よ。このスーパーアイドル伊織ちゃん手作りのおにぎりなんて、ファンでも食べられないんだから」

伊織「……」

伊織「ま、まあ見た目はよくないけど、味は保証つきなんだから! にししっ。アイツったら、こんなの食べたら泣いちゃうかもね!」

伊織「……」

伊織「……食べてくれる……わよね?」


伊織「? あれ、みんな来て……あ!」


P「悪いな、やよい。実を言うと、昼も食べてなかったんだ」

やよい「やっぱり。ちゃんと食べないとダメですよ、プロデューサー!」

P「ああ、ありがとう。おお、見るからに美味そうだな!」

美希「味も最高なの! ミキね、ちゃんとハニーの為に味見しておいたの!!」

あずさ「美希ちゃんは、夕食もしっかり食べてたのに~」

美希「おにぎりは、別腹なの!」

春香「もう、美希ったら」

千早「どうですか、プロデューサー?」

P「うん、見た目も味も最高だ。本当にありがとうな、やよい」

やよい「やりましたー。うっうー!」


伊織「……」

伊織「……私、馬鹿みたい……こんな……こんなみっともないおにぎり……」

伊織「……」

伊織「こんなの……こんなもの……!」

伊織「……」



える「わたしも少し手伝ってますけど、父も母もとても丹精込めてます! 本当に魂をこめて!!」



伊織「……」

伊織「…………」

伊織「………………」

奉太郎「水瀬伊織は、気が強く見えるが責任感も良識も優しさもある……ように見えた」

える「……はい」

摩耶花「ま、折木にしちゃあ、ちゃんとした評価よね」

里志「でも、僕もそう思うな」

奉太郎「その水瀬伊織が、千反田の家族が一生懸命作った米で作ったおにぎりを粗末にしたはずがない」

える「じゃあ、どうされたんですか?」

奉太郎「食べたんだろうな」

摩耶花「食べたって、誰が」

奉太郎「水瀬伊織が、だと思う」

里志「そんな! あれだけ夕食を食べた上に?」

奉太郎「他にあのおにぎりを食べた人間は思いつかない。そもそもあの場に自分の作ったおにぎりを出すのが恥ずかしかったんだろうし」

摩耶花「そっか……」

える「おにぎりが大好きな美希さんも、そのおにぎりを直前に食べておられましたしね」

里志「うん。健啖家の貴音さんも、その場にはいないしね。うん、なるほど筋は通ってる」

摩耶花「それはいいけど、それと掲示板がどうつながるのよ」

奉太郎「明らかに水瀬伊織は食べ過ぎだ。どうなると思う?」

摩耶花「え? うーん、お腹をこわしちゃう……とか」

える「そうですよね。はい」

里志「待って……さっきのスケジュールをもう一回……ははあ。ホータローの言いたいことはこれかい?」

奉太郎(スケジュール表の()内の『水瀬』部分を里志が赤ペンで囲んでくれた。うむ、わかりやすい)

奉太郎「そう。Aスケジュールの水瀬と書かれている部分を見てくれ」

える「ええと……ふたつありますね」

摩耶花「その2つとも午後ね。ということは、午後は伊織ちゃんの出番はなくて」

里志「逆に言えば、出番は午前中」

える「じゃあBスケジュールは……あっ! 逆です。伊織さんの出番は午後だけで、午前中はありません」

奉太郎「こんな偏っている出番になっているのは、水瀬伊織だけだ。つまりAスケジュールだと水瀬伊織は午前中から演技をしなくてはならない。だが、Bスケジュールなら午前中いっぱい休んで体調を整えられる」

摩耶花「……もう。なんでそんなことに気がつくのよ」

奉太郎「ちょっと思いついただけだ。それにこれは、推測に過ぎない」

える「じゃあ折木さんは、指示板を書き換えたのは伊織さんだと思うんですか?」

奉太郎「水瀬伊織は、Pにはその事を直接は言わなかっただろうしな」

える「直接には? どういうことです?」

奉太郎「俺は知らないが、Pってのは有能なんだろ?」

里志「? まちがいないね。でもそれが?」

奉太郎「掲示板に書かれた文字の文体を見るとか、水瀬伊織の顔色とかでなんとなく察したんじゃないか? 書き換えたのは水瀬伊織だと」

える「折木さんは……」

奉太郎「なんだ?」

える「先ほどおっしゃいました」



奉太郎「ま、思いついたことはあるが。だが……なぜだ」


奉太郎「ああ。なぜだ? なぜPは水瀬伊織がやったことだと気づいたとして、自分の間違いだと謝ったんだ?」

摩耶花「折木。あんたってヘンなやつだと思ってたけど、ヘンってよりも無神経なのね」

奉太郎「なんだと?」

里志「まあまあ摩耶花。ホータローだって、うすうすは気がついてるんだろう?」

える「……そうですよね。折木さん」

奉太郎「……」

奉太郎(ふう)

奉太郎「Pは、水瀬伊織をかばった……のか?」

える「そうだと思います。いえ、そうだとわたし……嬉しいです」

摩耶花「Pさんだって、折木が気づいた事ぐらい気がついたはずよ」

里志「ホータローも示唆したみたいに、伊織ちゃんだって間接的にはPさんに知らせようとしたみたいだしね。いや、怒ってもらおうとしたのかな」

奉太郎(誰かの為に必死で働いたり、それを心配したり、そして直接言えなくても何かを知らせようとして、そしてそれを理解して……守る)

える「やっぱりアイドルの人たちって、すごいですね」

摩耶花「本当よね」

里志「可愛いだけじゃないんだね。ホータロー、どこへ行くんだい?」

奉太郎「……ちょっと、撮影をしてる所を見てくる」

摩耶花「ええっ!?」

奉太郎「なんだ?」

摩耶花「あの、めんどくさがりの折木が、わざわざ何かを見に行くなんて!!」

奉太郎「言ってろ。俺は……行く」

える「待って下さい。わたしも行きます」

里志「僕も興味あるね」

摩耶花「ま、わたしも見たくないわけじゃないし」

奉太郎「じゃあ行くか」

奉太郎(俺は自分が灰色であることを知っている。それがいいとは思わないが、悪いと思っているわけでもない)

奉太郎(あのPという男は、どうなんだろう? 毎日アイドルの為に必死で、文字通り浸食を削って働いている)

奉太郎(Pという男は薔薇色なのだろうか?)

奉太郎(俺のことを、どう思うのだろうか?)


               Where did a it of hide-and-seek go?

春香「ふう……あ、おーい!」

ブンブン

摩耶花「あ、春香ちゃんが手を振ってくれてる」

里志「こんにちはー!」

ブンブン

える「がんばってくださいねー!」

ブンブン

春香「……」

ブンブン

摩耶花「ほら、折木」

奉太郎「? なんだ?」

える「春香ちゃんが手を振ってくれてますよ?」

春香「おーい!」

ブンブン

奉太郎(ファンサービスか。いや、天海春香にそんなつもりはないのかもな)

奉太郎「……ども」

ブン

春香「うん。ありがとー!」

ブンブンブン

千早「春香? あ、昨日の」

ペコリ

里志「休憩中かな。あ、Pさんだ」

える「あれ? こっちに来られますよ?」

摩耶花「え? どうしよう!?」

P「やあ後輩諸君。昨日はあの後もうちのみんながお世話になったんだったね。ありがとう」

える「いいえ。賑やかでわたし、嬉しいです」

里志「滅多にない経験ができました!」

摩耶花「はい」

P「古典部か……すべてが懐かしい。俺の青春ももう、古典になっていったのかな? 昔は結構バカなこともやらかしたが、それも時効だろう」

里志「Pさんは成績優秀な優等生じゃなかったんですか?」

P「そうだな、どちらかといえば成績の悪い不埒なヤツだった」

里志「やった!」

摩耶花「喜ぶとこじゃないわよ、ふくちゃん」

P「神高で一番美しいものを自分のものにするために、悪いことをしたりもした」

える「わるいこと? ですか?」

P「別に誰かを傷つけたりはしてないけどね。まあ時効だよ」

奉太郎「……あの」

P「ん?」

奉太郎「あん……あなたは、楽しいですか? この仕事」

P「ああ、最高にね。ただ時々、仕事であることを忘れるけど」

摩耶花「え?」

P「こうして765プロのみんなの為に働くことは、もうなんというか……仕事とかを超えた自然な事なんだよ」

奉太郎「自分が罪をかぶったりするのも……ですか?」

P「……」

摩耶花「ちょっと、折木!」

える「折木さん、それは」

里志「え、えっとですねPさん。ホータローは……」

P「俺にはなんのことかはわからないが、だ」

里志「え?」

P「君の言う事が、単なる仮定だとしよう。ええと……俺があの娘たちを守る為ならなんらかの罪を身代わりするか、と聞かれれば」

える「聞かれれば?」

P「喜んでそうするだろう。それが、絆だ」

奉太郎「絆?」

P「そろそろ行かなきゃいけない。また会おう、後輩諸妹弟」

奉太郎「絆……」

える「折木さん?」

里志「ホータロー……」

摩耶花「ちょっと、どうしたのよ。折木」

奉太郎「悪いな、俺は帰る」

える「え?」

奉太郎「じゃあな」

奉太郎(絆とはなんだろう。俺は辞書をひいてみた)

奉太郎「断ちがたい人と人との結びつき……か」

奉太郎(俺はどうだ? 俺のモットーは省エネ。もっといえば『やらなくていいことならやらない、やらなくてはならないことは手短に』だ)

奉太郎「それは、孤独であるということだろうか?」

奉太郎(千反田や里志、そして伊原は俺の周りにいる。しかしそれは、古典部というだけのことだろうか?)

奉太郎「絆、か……」

奉太郎「千反田と俺の間に、そういうものはあるのか……?」

里志「ホータロー。ホータロー!」

奉太郎「里志か。どうした?」

里志「実はちょっと、ホータローに来てもらわないといけない用件があるんだ」

奉太郎「もしかしてまたアイドル絡みか?」

里志「ご名答。さすがはホータローだね」

奉太郎「まあこの所、ずっとだからな。言っておくが里志、今度は千反田を巻き込むなよ」

里志「千反田さんを? どうしてだい?」

奉太郎「あいつが絡んでくると、また面倒なことになる」

里志「うーん。だけど、そうもいかないと思うね」

奉太郎「なんだと?」

里志「ホータローを呼んでいるの内の1人が、他ならなぬ千反田さんだからね」

奉太郎「……なんてことだ」

里志「ともかく、部室に行こうよ。それに……悪いことばかりとは限らないよ?」

奉太郎「? まあいい、しかたあるまい」

える「あ、来ましたよ」

伊織「こんにちは。この間もお目にかかったわよね。改めまして、水瀬伊織です」

奉太郎「……」キョロ

伊織「……」

奉太郎「……」キョロ

奉太郎(もしかして、俺に言ったのか?)

奉太郎「あ、どうも」

伊織「それから……昨日はその……ありがとう」

奉太郎「は?」

伊織「私のこと、その……黙っていてくれて」

奉太郎「ああ。いや、別に……そうかなと思っただけで、確証があるわけでも確かめるつもりがあるわけでもなかったからな。この好奇心の権化が言い出さなければ、そもそも考えようとも思わなかったし」

える「? もしかして、わたしの事ですか?」

伊織「でもあなたは、知った事を言いふらしたりはしなかった。だから……ありがとう」

摩耶花「まあまあ。折木なんかに頭を下げる必要ないわよ。折木ったら、知ってる事を話すのも嫌がるぐらいにものぐさなんだから」

春香「そうなの?」

里志「友人として弁明させてもらうと、ホータローは省エネをモットーにしてるんだ」

奉太郎「それで? なんで俺は呼ばれたんだ?」

伊織「あなたにお願いしたいことがあるの」

奉太郎「?」

伊織「あなたは、断片的な情報だけでこの間の私の行動を完全に読み解いたわね」

奉太郎「偶然だ」

える「いえ。折木さんは、これまでも色々なわたしの疑問を解いてくださったんですよ」

奉太郎「……それも偶然だ」

摩耶花「くやしいけど折木は、ヘンなことに気がつくのよね」

奉太郎「……」

里志「ホータロー、観念して伊織ちゃんのお願いを聞いた方がいいと思うよ」

春香「うん。私からもお願いするよ。ね!」

奉太郎「……どんな願いなんだ?」

伊織「昨日のプロデューサー、変だったわ」

える「変、ですか?」

春香「うん。なんだかすごく落ち込んでいて」

伊織「あなたが推理した通り、あの指示版をアイツの名前で勝手に書き換えたのは私よ。でもそれは……制作進行上で問題がないからいいだろうと、私が勝手ではあるけど判断したからなの」

里志「つまり、昨日はAスケでもBスケでも大した問題はなかったってこと?」

伊織「正確には、問題はないつもりだったわ。撮影はまだ6日間もあるんだし、響やあずさはともかく私の出番なんてどうとでもなるはずだったの」

える「お天気の関係じゃないんですか?」

春香「うーん。でもこれから当分天気はいいみたいだし、それもなんとなくピンとこないんだ」

伊織「昨日……アイツはなんであんなに怒ったりしたのか……それほど昨日Aスケジュールをしたかった理由はなんなのか。そして……」

奉太郎「? なんだ?」

春香「あ、い、伊織はね。あのプロデューサーさんがそんなにまでしてやりたかったAスケジュールを、自分が台無しにしちゃったんじゃないかって……ね」

伊織「私をかばってまでくれて……それなのに当の私が理由を知らないままじゃ済まされないわ! 理由を知って、できることなら償いたいの!」

摩耶花「えらいね。伊織ちゃん」

里志「うん。僕、今日から伊織ちゃんPになろうかな」

える「折木さん!」

奉太郎「……それも、絆か?」

伊織「え?」

春香「うん。私たち、765プロの絆。ね、伊織!」

伊織「そうね……ええ、そうよ。私は知らなくちゃならない。アイツの為に」

奉太郎「わかった。考えてみよう」

伊織「ありがとう!」

春香「良かったね、伊織。ここはこの、今回の映画では探偵役の私も、およばずながらお手伝いするよ!」

摩耶花「春香ちゃん、探偵役なんだ。意外……」

春香「そうなんだよ! 一番後ろの席まで、全部お見通しだーーー!!!」

奉太郎「……じゃ、じゃあ。考えてみるか。Pがあれだけ感情をあらわにした理由……」

える「昨日のスケジュールがAでもBでも、問題がなかったのは間違いないんですね?」

春香「それは間違いないと思うよ。事実、今日はAスケジュールで進行してるしね」

里志「つまり、AスケもBスケも今日やるか昨日やるかの違いしかないわけか」

伊織「昨日と今日で、何が違うのかがわからないのよね」

える「それなんですが、昨日は大安で今日は赤口です! Pさんは験を担いだんじゃないでしょうか!?」

奉太郎「……それで撮影だが」

える「あれ?」

春香「う、うん。別に今日がBスケジュールで困ることないんだよね。どっちも晴れだったし」

摩耶花「でもそれは結果論で、今日晴れるっていう確証はないからじゃないの?」

伊織「でもね、昨日は撮影の1日目、まだまだいくらでもやりようはあるのよ」

春香「響ちゃんとあずささんは明日までで帰ることになるけど、伊織はずっといる予定なわけだし」

里志「え? 響ちゃんとあずささんは帰っちゃうんですか?」

春香「うん……ま、いいか。あのね、響ちゃんが最初の犠牲者であずささんがその次なの」

える「なるほど。出番がそこで終わりなんですね」

奉太郎「そこに要因はないのか? どうしても初日にAスケジュールをしたかった理由が」

える「……?」

伊織「そうね……でも、アイツも次の日もおそらく晴れだろう事は予報を調べたはずだし」

摩耶花「じゃあ逆に、初日にBスケジュールをやりたくなかったとか」

春香「それも思いつかないなあ。私たちなら、演技の関係があるけどプロデューサーさんは調整とかが仕事だから」

奉太郎「仕事……ね」

春香「? なに?」

奉太郎「いや、P……さんが言ってたな。時々仕事であることを忘れる、って」

春香「そうなの?」

摩耶花「ええ。それだけ楽しい、って」

伊織「アイツらしいわね。でも、だからといって手を抜いたりはしないけど」

奉太郎「そういう意味じゃなく、仕事とは関係ない部分でPはAスケジュール、もしくはBスケジュールをやりたかった。またはやりたくなかった……とか」

里志「具体的には?」

奉太郎「……」

伊織「……」

える「……」

摩耶花「……」

春香「……」

奉太郎「ダメだ……なにも思いつかない。なにか、必要なパーツが足らないのかも知れない」

春香「必要なパーツ?」

伊織「情報が不足してる、ってことね? でも私たちもこれ以上はわからないし……」

摩耶花「ふくちゃん、データベースになにかないの?」

里志「そう言われても、僕もお手上げさ」

える「……」

奉太郎「どうやらここが限界みたいです。申し訳ありません」

える「待ってください」

伊織「しかたないわよ……え?」

える「これが役に立つ情報か、折木さんのおっしゃる必要なパーツかはわかりませんが、わたしまだみなさんにお話していないことがあります」

摩耶花「ちーちゃんが、何か知ってるの? Pさんのことで?」

春香「そうなの?」

える「はい。とても個人的なことで、しかも場合によっては大変なことになるので、ずっとわたしだけの胸に秘めておこうともおもっていたのですが」

伊織「……なに?」

える「ここだけのお話にしてくださいね。あの……」

奉太郎(?)

える「Pさんとあずささんは、お互いに好意をもっておられる間柄です。その……おつき合いをしておられると思います」

伊織「……え?」

春香「ええっ!?」

摩耶花「ちょ、ちょっとちーちゃん!?」

里志「そ、そんなの噂レベルでも聞いたことないよ!!」

奉太郎(つき合っている? Pとあずさは……つきあっている? つまり、恋人同士……)

奉太郎「そうか!」

奉太郎(足らないパーツは、それだったんだ。それにしても……)

里志「わかったのかい!? ホータロー?」

奉太郎「あ? あ、ああ。これも推測でしかないが、もしかして……いや……」

摩耶花「な、なに?」

奉太郎「……自信がない」

伊織「な、なによ! それ」

奉太郎「俺にはわからんことだ。ただ、そうかも知れないというだけで……」

里志「ずいぶんと弱気だね、ホータローにしては」

春香「それでも聞かせてよ、ここまできたんだから!」

摩耶花「そうよ。別に間違ってたって、誰も折木を責めやしないわよ。そもそも折木にそこまで期待してないし……」

伊織「そうね。私もあなたの答えが間違ってても、責任取れなんて言わないわ。約束する」

える「はい。それに……わたし、やっぱり気になります!」

奉太郎「……笑うなよ?」

える「はい!」

奉太郎「これは推理でもなんでもない。言ってみれば、その……想像だ」

える「? どこが違うのでしょう……あ、い、いいえ。はい」

奉太郎「言っておくが、俺がそうであるとかそういう願望を持っているわけじゃないぞ?」

伊織「なんだかわからないけど、アイツとあずさが恋人同士だとしたら、なんなのよ」

春香「そ、そそそ、そうだよ。なんで仕事のスケジュールと関係するの?」

奉太郎「仕事じゃない」

摩耶花「え?」

里志「プライベートってことかい? ホータロー」

奉太郎「そう。つまり……」

える「わかりました!」

伊織「わかったの?」

える「はい。つまりそれは」

春香「それは?」

える「Pさんは、あずささんに求婚したかったんじゃないでしょうか! 大安の吉日に!」

春香「……きゅう……こん?」

摩耶花「球根……じゃなくて」

里志「求婚? そ、それって!」

伊織「ぷ、プロポーズ!? アイツが!? あずさに!?」

摩耶花「ちょっと折木! 根拠はあるんでしょうね!?」

奉太郎「……たとえば誰かにぷ、プロポーズをするとして、だ。やっぱりそれなりの場所とかシチュエーションを選ぶだろ?」

摩耶花「そ、それはまあ……////」

春香「どこでもいい、ってわけにはいかないよね」

える「そうですね」

伊織「……」

里志「そうだなあ、僕なら……いやいや、それで?」

奉太郎「昨日、Pが言っていただろう?」

里志「Pさんが? ええと……」



P「神高で一番美しいものを自分のものにするために、悪いことをしたりもした」


摩耶花「そういえばそうだったわね。なんのことかと思ったんだけど……」

奉太郎「それから一昨日だ。あずさ……さんが言ってたが」

里志「なにかあったっけ?」

える「あずささんが、ですか?」

奉太郎「こう言っていただろう?」



あずさ「? ええ。なんでも神山市には土地勘があるし、それに……」

摩耶花「? なんですか?」

あずさ「え? ええ、あ、そう、思い出の場所だって言ってたわ~」


摩耶花「思い出の場所……」

里志「それから、神高で一番美しいもの……ね」

える「でも、それってなんでしょうか?」

春香「わかったよ。ね。伊織」

伊織「……そうね。そういうことね」

摩耶花「わかったんですか?」

春香「プロポーズにふさわしいシチュエーション。それからプロデューサーさんの思い出の場所。そしてここで一番美しいもの」

伊織「まだちょっと時間的に早いけど……あれでしょ」

里志「あれ……って……伊織ちゃんの指は外を……」

える「……わかりました」

摩耶花「なるほどね。あーあ、また折木にやられちゃったみたいね」

奉太郎「夕日……里志も伊原も言っていたな。古典部の部室から見る夕日は神高一の景観だって」

摩耶花「でもそれは、今の部室の話よ?」

える「はい。Pさんの時代は、古典部の部室は今よりも1階下ですよ?」

奉太郎「じゃあPの言っていた、『神高で一番美しいものを自分のものにするためにした、悪いこと』はなんだと思う?」

摩耶花「夕日、でしょ?」

奉太郎「そうだが、2階から見る夕日よりも3階から見る夕日の眺めがいいなら、もっと高い所に行った方が更にいいと思わないか?」

える「古典部の上……は屋上ですよ」

里志「そうだよホータロー、屋上には10年前から鍵がかかって普通は上がれな……あ!」

奉太郎「10年前にあった事件、ってのはなんなんだ里志?」

里志「ふざけた生徒が屋上から落ちかける事故未遂があって、学校側は屋上を立ち入れ禁止にしたって聞いてるけど……」

伊織「……はあ」

春香「プロデューサーさんだね、それ」

奉太郎「だろうな、たぶん。それで、屋上へは誰も行けなくなった。前もって合い鍵でも作っておかない限りは、な」

える「全部、計画的にやったんですか」

里志「校内にパーソナルスペースが欲しい、ってのは理解できるよ。Pさんはしかもそれに、最高の景観というオマケをつけた」

摩耶花「自分だけの場所を作る為に、そんなことしたの!? 自分が屋上から落ちかけるフリをしたの?」

伊織「アイツなら……」

春香「……やりかねないね。ふふっ」

奉太郎「夕日のシーンを撮っているそのはるか上で、スケジュールの空いている三浦あずさを屋上に呼び……そ、その『今撮っている夕日よりも綺麗』だとか言いながら、だな……」

える「求婚しようと思ったんですね! 『美しい君だけにこの美しい景色を見せたかった』とか言いながら」

摩耶花「ち、ちーちゃん意外とロマンチストね」

里志「そうかー。なるほどね、Pさんが自分だけが知っている最高の景色を、他の人達よりもあずささんだけに見せてプロポーズしたかったんだ」

伊織「まさかと思うけど……アイツ、ここをロケ地にしたのは……あんなに推していたのはぁぁぁ……」

春香「その為だったのかあ……あはははははは!」

奉太郎「まだ間に合うんじゃないか?」

える「そうです。仏滅でもいいじゃないんですか? 慶事吉凶を超える、と言いますし」

春香「うん。今からプロデューサーさんとあずささんを、屋上へ」

伊織「なによ……それならそう言えば……なんなのよ……」ブツブツ

里志「僕らも行こうよ。トップアイドルと有名プロデューサーが、結ばれる瞬間を」

摩耶花「い、いいのかな?」

春香「うん。いいことはみんなで、ね」

伊織「みんなでアイツがドギマドするとこ、見てやろうじゃない」

える「うわあ……折木さんも行きましょう!」

奉太郎「俺は……いや」

奉太郎「……そうだな。行こう」

える「昨日は感動的でしたね」

奉太郎「Pの方は、全員に見られて慌てふためいていたが……三浦あずさは幸せそうだったな」

える「はい! わたし、とっても嬉しかったです」

奉太郎「……今日は里志と伊原は?」

える「福部さんは補習だそうです。摩耶花さんは今日は漫研に顔を出すから、と」

奉太郎(つまり今日は2人だけか。丁度いい。俺はこいつに聞きたいことがある)

奉太郎「千反田」

える「はい? なんですか、折木さん」

奉太郎「お前はなぜ、Pと三浦あずさがつきあっている恋仲だと知っていたんだ?」

える「あ……」

奉太郎「俺たちの見ていない所で、あの2人がそんな素振りとか見せたのか?」

える「いいえ」

奉太郎「じゃあなんで」

える「……わたしは、三浦あずささんのライブのDVDを観て感激しました」

奉太郎「? 前にも言っていたな」

える「綺麗で……楽しいライブで……大人の魅力を感じるのに、どこか子供っぽくて……純粋な素晴らしい人だと感じたんです」

奉太郎「確かにそういう人だったな」

える「……わたし、身勝手かも知れませんけどあずささんにすごく憧れを抱いたんです。この人は素晴らしい人物だと」

奉太郎「? 実際そうだっただろう?」

える「はい。でも……最初あずささんにお会いして、Pさんのいる所を探した時……」

奉太郎「あの時?」

える「わたし、プロデューサーのPさんがどういう方か存じ上げなかったので。敏腕でお仕事の出来る方というお話しから、もしかして怖い人なんじゃないかと思ってしまいました」

奉太郎「ま、会ってみたらそんなことなかったけどな」

える「はい。でも、もしPさんというのが怖い人なら、迷って遅れたあずささんは怒られるんじゃないかとわたしは思いました。もしそうなるなら、わたしはあずささんを弁護してあげようと思ったんです。遅れたのにはPさんにも責任の一端がある、と」

奉太郎「そんな事を考えていたのか……」

える「あずささんのお話しでは、Pさんは打ち合わせで先に行っているということでした。なかなか来ないあずささんを待ちくたびれていたと思うんです。でも……Pさんの第一声は」



P「……来ましたね。ここに来ると思って……あれ?」


奉太郎(そうだったか? いや、確かにそうだ。あれ?)

える「Pさんは確かに待っていました。でも、打ち合わせた場所にあずささんが来たという感じの言葉ではなくて、まるであずささんの考えを読んで自分は先回りをしていたかのような言い方でした」

奉太郎「言われてみれば……」

える「その時、わたしは気がつきました。あずささんは、わたし達に嘘をついたんだ、って」

奉太郎「嘘?」

える「あずささんは、Pさんに打ち合わせとして指示された場所がわからなくなったとおっしゃってましたが、実際にはPさんは古典部の部室に来てくれとは言っていないんです」

奉太郎「……確かに、Pの口ぶりからすると、そうなるな」

える「わたしは折木さんみたいに考えることができないので、あずささんがどうしてそういう状況になったのかはわかりませんでしたけど、あずささんがわたし達にした説明は嘘だったと気がつきました」

奉太郎「それでか。壁新聞部の部室でPに会った後、妙に元気がなかったのは」

える「そう見えたんですか?」

奉太郎「ああ。伊原と里志も……いや、まあそれはいい」

える「憧れたあずささんが、わたし達に嘘をついたとわかってわたしはショックでした。大人だから、芸能人だから、仕事が絡んでいるから……色々理由はあったのかも知れません。でもわたしは……ショックだったんです」

奉太郎「だが、その後でお前の家で会った時はまた元気になっていたよな」

える「わたし、気がついたんです。どうしてあずささんが、わたし達に嘘をついたのか」

奉太郎「ほう。なぜだ?」

える「あずささんは、寂しかったんだと思います」

奉太郎「は?」

える「あずささんは765プロのアイドルでは最年長です。普段は色々と我慢したり、大人としての態度や責任を求められたりもしてるんでしょう」

奉太郎「いきなり人に枕をぶつけてくるような娘もいるぐらいだからな」

える「ふふっ。そうでしたね。でも、Pさんは仕事熱心で自分以外の他のアイドルの方々にも目を配っておられて……そういうのがアイドルとしては頼もしくても1人の女性としては、寂しく感じるんじゃないでしょうか」

奉太郎(そういうものなのか)

える「好きな人に、心配して欲しい。見て欲しい。見つけて欲しい。そういう想いが、あずささんにあったんじゃないでしょうか」

奉太郎「もしかして、三浦あずさの迷子というのは……」

える「はっきりとは言えませんけど、そうかも知れません。あずささんは、Pさんに心配して欲しかったのかも」



あずさ『プロデューサーさん気づいてます~? 私がまたいなくなってますよ~。心配じゃないんですか~?』

あずさ『このままいなくなっちゃうかも知れませんよ~。いいんですか~? 心配じゃないんですか~?』




あずさ「プロデューサーさん。私を探して……見つけて……お願い……プロデューサーさん。私を……見て……」


奉太郎「ちょっと待て、千反田」

える「え?」

奉太郎「今、理論の飛躍があったぞ。三浦あずさの迷子の件はそうかも知れんが、どうしてお前はそれに気がついたんだ?」

える「……」

奉太郎「帰る時には意気消沈していたお前が、お前の家に行った時には意気揚々としていた。そんな短い間になにがあった? なんで気づいたんだ?」

える「////」

奉太郎「千反田?」

える「折木さん……です////」

奉太郎「……え? 俺?」

える「折木さんは、わたしが電話を途中で切ってしまったら……すぐにかけ直したのに、わたしの家に慌ててやって来てくださいました」

奉太郎「そりゃあまあ、あんな電話がきたら……な」

える「わたしに何かあったんじゃないか、そう心配して来てくださったんですよね?」

奉太郎「まあ……」

える「わたしはそれが……嬉しかったんです。わたしを心配して、慌てて助けに飛んで来てくれた。あの、折木さんが……それがわたし、すごく嬉しかったんです////」

奉太郎「……」

える「その時です。わたし、気がつきました。あずささんも、同じなんじゃないかって」

奉太郎「心配されたかった……のか」

える「はい」

奉太郎「じゃああの時の三浦あずさとPの状況は、本当はこうか……」


P「ところであずささん。この……あれ? すみませーん! うちの三浦を知りませんか?」

スタッフ「あれ? また迷子ですかね?」

P「……ふう。とはいえ……」

P(あずささんがどこかに隠れて俺に探されたがっているにしても、初めて来たこの神高で……)

P「ああ、俺が古典部のことを話したんだっけな。そうか、あずささんからのヒントわかりましたよ」


あずさ「そろそろいいかしら~プロデューサーさん、私を探しに来て……くれるわよね~。この学校でわたしが聞いているプロデューサーさんに関係している場所は『古典部』だけですもんね~」

あずさ「……それに気づいて……くれるわよ、ね?」

あずさ「それでその古典部の部室は……あら~ちょうど職員室があるわ。あそこで聞いてみましょう。ごめんなさ~い」

教員「ん? あ、み、三浦あずささん! ど、どうしました!?」

あずさ「あの~古典部の部室というのは、どちらなんでしょうか~?」

教員「古典部……ちょっと待って下さいね。……ああ、地学講義室ですね」

あずさ「確かそんな感じの名前のお部屋でしたね」

教員「特別棟、あっちの棟の一番上の階で一番奥です。一番上の階で一番奥だからわかりやすいと思います」

あずさ「ご親切にありがとうございます~」

える「わたしもそう思います。あずささんは嘘をついたと思います。でもそれは、子供っぽいあずささんらしい、そして恋する女の子としてだったんです」

奉太郎「そうなのかもな」

える「それに気づいたら……やっぱりわたし、あずささんが大好きになってました! 恋する女の子のあずささんが!! わたしと同じなんだ、って!!!」

奉太郎「……千反田////」

える「え? あ……////」

奉太郎「……////」

える「……////」

奉太郎「あの、な千反田////////」

える「あ、は、はい!////////」

奉太郎「俺はなんというか……その」

ガラッ

春香「やっぱりここだ!」

伊織「ちょっと来てほしいのよ!」

奉太郎「え? あ、天海春香と水瀬伊織?」

春香「またちょっと考えて欲しいの! ほら、早く」

伊織「このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんの役にたてるんだから、感謝してよね。にししっ」

える「あ、ちっょと折木さん!? ま、待って下さい!! わたしも行きます!!!」

奉太郎「い、今俺は取り込み中で……待ってくれって」

える「折木さん! 今……さっきわたしに何を言おうとしたんですか!? ねえ、折木さん!! わたし……気になります!!!」


お わ り

以上で終わりです。
おつき合いいただき、本当にありがとうございました。
アニメ氷菓、BD-BOX発売もあわせて書かせていただきました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月14日 (木) 04:01:52   ID: 45E1Jn4t

最後にちゃんとほうえる回収するとはやりますねぇ!

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