【短編もの】暗闇の花嫁【オリジナル】 (20)


「肝試し行かない?」

昼休みに伊東正樹(イトウ マサキ)が声を掛けてきた。
「肝試し?」
「ああ、近くに廃屋があるんだけどさ、そこで女の幽霊が出るらしい…」
悪ガキのような目をしながら興奮して言う。
「お前ね…そういうの卒業しろよ」
俺は空になったコンビニ弁当の蓋を丁寧に閉めてゴミ箱へ持って行く。
「…留衣ちゃんも来るぞ」
正樹は俺の背後でボソリと言った。俺は動きが止まる。
鏑木留衣(カブラギ ルイ)。俺が秘かに想っている女の子だ。
「留衣ちゃんだけじゃないぞ。美華ちゃんと翔子もだ」
黒木美華(クロキ ミカ)と澤村翔子(サワムラ ショウコ)も一緒?
「おまけで秋山卓(アキヤマ スグル)もだ」
そう言って正樹は俺に肩を組んできて、悪魔のように耳元で語りかける。
「────乗るよな?」
「……乗るっ!」
そうとしか言えなかった。留衣ちゃんが来るなら行くしかない。正直肝試しなどは得意分野だ。恐怖など感じたことは一度たりともない。
正樹は肩を組んだまま、悪魔の囁きを続ける。
「よいか?そちは留衣ちゃん、儂は翔子、卓は美華ちゃんだ。意味は…分かるな?」
「御意に。して、手段は?」
いつの間にか時代劇口調になっている。
「任せよ。ちゃんとクジを作ってあるわ。そちは儂が合図を送ったら引けば良い」
「ぬかりなく。謝礼の品はいつもの場所で…」
「くっくっ…そちも悪よのぉ…」
「お代官様には及びますまい…」
そこで正樹と一緒にわっはっはと笑う。ここで俺が言った『謝礼の品』とは、駅前の牛丼大盛り味噌汁卵セットの事だ。
「おいおい、僕を忘れるな」
すぐ傍(そば)まで来ていた卓が割って入ってきた。
「主(ぬし)、彼女らにきちんと伝えたであろうな?」
正樹はまだお代官様だ。
「ええ、伝えてきましたよお代官様。しかし、私の取り分をお忘れなく…」
「ぬぅ、主も欲が深いのぅ。地獄行きじゃ」
「お代官様には遠く及びますまい」
そこで三人揃ってわっはっはと笑う。

────決行は今夜21時。
斯くして名目は『肝試し』、目的は『彼女作り』の計画が切って落とされる…。


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「その部屋には絶対入ってはいけない…」

車中では正樹が低い声を作り、恐い雰囲気を醸し出しながら語っている。
俺は運転しながらも助手席で青い顔を見せる留衣に目がいってしまう。


集合場所は大学の正門前。
俺達が集合場所に着くと、彼女達は既に来ていた。あまりの綺麗さに俺は暫く見惚れてしまう。月明かりに照らされた留衣は昼間に見る留衣とは違う、一種妖しい雰囲気を漂わせた。
留衣のあまりにも美しい姿のせいで恥ずかしくなったのか、月は雲に身を隠す。
「お待たせ致しました、姫君達。相も変わらず見目麗しゅうございます。いや、月夜の灯りのせいでしょうか?一際色気が増し、目を奪われてしまいます。…いやいや、これまた戯言を申し上げました。失礼、月明かりのせいにでもして下さい…。さぁ今宵!未知の世界へとお連れ致しましょう!水先案内人は私伊藤正樹と秋山卓、運転手は大槻亮(オオツキ
リョウ)…以上三名です。いえいえ、心配はいりません。何かがあった時は我等三人、心命を賭して姫君達をお守り致します!」
エンターテイナーのような口調で身振り手振りを加えながら、正樹は女性陣にまくしたてる。
留衣達はくすくすと笑う。正樹は相変わらず盛り上げ方が上手い。
「さぁさ姫方様、そんな外気に触れる所では御体に障ります。どうぞ、よりむさ苦しい所へ…」
「むさ苦しいは余計だ」
俺のツッコミを無視して、正樹は後部ドアを開け女性陣を招き入れる。
「あ、留衣様!留衣様は特別待遇の席をご用意させていただいております故、助手席へどうぞ!」
「え?」
「ご安心召され!運転手はその名の通り “手が塞がって” おります。従って貴女様の美しいお肌その他に危害は及びません。しかしながら運転手も男です。片手に花の一輪も欲しいというのは本音…」
「おい!」
俺はすぐにツッコむが、正樹は続ける。
「今宵咲く三つの花はどの花も可憐で美しい。しかしながら私が望むは世界にたった一つだけの花…むしろ私はナンバーワンな貴女の傍にいられればと…」
正樹は翔子に顔を向けて真顔で言う。…まだ早い、馬鹿。
「え?あの…」
翔子は戸惑いを隠せない。しかしすぐ笑顔をつくり正樹は語り口調を続ける。
「そうなるとまたこちらも美しさの象徴、可憐の代名詞とも言える美華姫と留衣姫になるが…助手席はどちらにしよう。いや、翔子姫は私の隣なのでそれはもう無理。変えない」
最後はもうワガママになってる。すると卓が割って入った。
「美華姫、私の隣が空いております」
「え…あ、うん」
美華は戸惑いつつも卓の隣に座った。正樹はにんまりと笑う。
「こうなると私の隣に留衣姫が座ると両手に花となります!嬉しい限りぃ!」
「おい!」
冗談じゃない。それなら俺は帰るさ。
「しかしそうなるとあまりにも運転手が不憫!不満爆発で元より不細工がより見てくれ悪くなる。そもそも顔など見たくもない。ですから留衣姫、不細工運転手では多大な不満も御座いましょうがどうかどうか何卒…助手席の方へ…」
酷い言われようである。しかしクスッと笑って留衣は俺の顔を見た。
「分かりました。どうぞ宜しくお願いします、運転手さん」
留衣はそう言って助手席に乗った。
…やばい。超可愛いっ。
「では出発しましょう!…ほら、早く出せよ運転手」
そう言い後ろから運転席を蹴る正樹。女の子と扱いが全然違う。
こうして肝試しツアーが始まった。


「そこの部屋はね、なぁんか寒かった。でね、私はその奥に入ったんです…」
ゴクリと誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。これから行く廃墟の噂話しを正樹は怪談口調で話している。
「こりゃねヤバいと思いましたよ…。やばいなやばいなー…そう思ったんですね」
「そりゃ稲川さんの語りだな」
俺が運転しながらもツッコんだ。緊張した空間が一瞬にして崩れ、皆笑いだす。
「さぁ、着いたよ」
馬鹿話しにオチがついたところで、車を止めて言った。
廃墟は見えない。代わりに雑木林が一面に広がっている。女の子達は皆顔が青い。
「こっからは車で入れない。この林の奥に廃墟があるから、目的地までは……そうだな、ちょっとしたハイキングになるね」
俺はそれだけ言って懐中電灯を持ち車から出る。街灯は無い。
各々、車から降りて雑木林を眺めていた。懐中電灯であちこち射している。
「恐い…」
留衣が俺にしがみつく。…きた。これだよこれ。
「クジは必要ないな!」
場にそぐわないでかい声で正樹は言った。隣にはちゃっかり翔子ちゃんがいる。卓の隣にも美華ちゃん…確かにこれならクジは必要ない。

「行くか」
俺は歩きだす。しがみついた留衣はやや後ろに引くような感じで、俺に引きずられるようにして歩き出した。

夏の風がさぁっと吹く。
夏なのにやけに冷えた風は雑木林の木を一本一本揺らし、不気味さを目一杯に醸し出していた。


林を抜けると大きな門の奥に負けず、大きな屋敷が見えた。建物自体は朽ちている。
丁度その時、雲から月が顔を出した。俺達を迎え入れるかのように、朽ちた屋敷が月明かりに照らされて全貌を現す。
思っていたよりも大きいそれは威圧的でいて、ただそれだけの雰囲気に俺達は呑み込まれた。
鉄で出来た門は蔦(つた)が巻かれ、やや錆び付きが目立つ。半開きである。
悪戯な風により門はキイキイと不気味な音を刻ませていた。

ホー、ホー。
背後にした林から鳥の鳴き声が聞こえた。それだけで皆の身体がビクンと反応する。
「梟(ふくろう)か?」
正樹は間抜けな声で言った。どうやら俺と正樹は恐怖に鈍いようだ。
「さぁ?梟なんか日本にいるのかな?」
「いるだろ?」
ホラースポットなのに変な会話である。緊張感の欠片も感じない。
「ねぇ、本当にこんなとこ入るの?」
翔子は誰に尋ねるでも無く、問い掛ける。
「ん?ここに来たのはここに入るのが目的でしょ?」
俺は翔子に言った。
「そ…そうだけど…」
「わっははははは!」
正樹が急に笑い出したので流石の俺もビックリした。
「笑え!笑うと恐いのが逃げるとサツキちゃんのお父さんが言ってた!」
「サツキちゃんて…誰?」
美華が尋ねる。
「となりのトトロの話しだよ、美華ちゃん」
卓が答えた。
「そうジブリ!」
胸を張って何だか偉そうに言う正樹。
「わははは!さぁ、進むぞ諸君!我輩に続けぇ!」
正樹は大股でのっしのっしと歩き出した。慌てて皆付いていく。

錆び付いた門を抜けると荒れ果てた中庭が広がっていた。雑草が生い繁っている。それをザクザクと踏みつけながら廃墟に向かう。
「足元に気を付けて」
留衣に注意を向ける。
「ありがとう…」
やはり顔が青い。俺達は可哀想な事をしているのだろうか?しかしこれは言わば恐がる為のゲームである。本当に嫌ならば来ないはずだ。
正樹はいち早く屋敷の玄関に到達した。そして拳を作りドンドンとノックする。
「入ってますかぁ!?」
「トイレじゃないんだから」
正樹がお約束のボケをかましたので、俺は仕方無くツッコむ。
「それに誰も居ないはずだろ?」
「いや、とりあえず紳士として礼儀をね」
「礼儀と言うなら既に君は無礼だよ。こんな夜分遅くにそんな強くノックする無礼な紳士はそう居ない」
「堅いこと言うなよ」
こうやって気兼ねなく会話しているのは俺と正樹だけで、他の皆はもう笑えないようだ。ただならぬ雰囲気に呑み込まれているのであろうか?
「ね、もう帰ろ」
翔子が正樹の袖を引っ張る。
「安心しなよ、何も出やしないさ」
正樹はそれはそれはにこやかに笑うと扉を引いた。


────ギィィィ…

蝶番(ちょうつがい)が錆びているからだろう。扉を開ける音がひどくうるさい。しかし、この音だけで充分ホラーの気分を味わえる。…うん、趣きがあるね。
「さぁ、探険だ!」
「ちょっと待って!」
正樹の声に被せるように、留衣が少し大きな声を出した。
「留衣ちゃん?どうしたの?」
留衣は俺にしがみついたまま後方を見ている。
「ねぇ…美華と卓君は?」
俺と正樹、そして翔子は後ろを振り向く。

────居ない。

そこに居るべき筈の二人が急に消えた。消えたという表現は正しくない。居ると思っていたら、そこに居なかったのだ。
ここで考えられる可能性は──。
「やるな…卓の奴」
正樹がボソリと小声を漏らした。どうやら俺と考えてることは同じらしい。
「ねぇ、どういう事!?」
翔子は必死になって正樹の腕を引っ張って聞く。
「ふむ、卓は今頃彼女とチチクリ合っ…ゴホン!」
「チチクリア?」
「分からないけど、きっと車に戻ったんじゃないかな?美華ちゃんは特に気分が優れなかったみたいだから…だから卓が今頃介抱してるんじゃない?」
俺は正樹のフォローに入った。
「車に?じゃあ私達も」
留衣はそう言ったが、正樹が止める。
「留衣ちゃん、卓が付いてれば安心だよ。彼は多分この中で一番ジェントルメンだ。それに…」
「それに…?」
留衣ちゃんは不思議そうな顔で正樹に問う。
「もしかしたらいい雰囲気になってるかもしれない。もし戻ってそんな現場を目撃したらとても気まずいし悪い」
「良い雰囲気って?」
留衣は思いの他鈍いようだ。察した翔子は肘で留衣をつつく。
「もしかしたら卓君が美華ちゃんのこと好きかもってこと」
「卓君が美華を好きなの?」
「そうかもね」
「でも関係ある?」
「こんな夜中にお互いに好きになったら?しかもお誂え(あつらえ)むきに、二人きり…」
「…あ。え?でもそんな、まさか」
翔子の言葉に留衣が顔を真っ赤にさせる。
「どこまで考えてんのよアンタは。そうじゃなくたって何か気まずいよね。車の中でイチャイチャされてたら」
「そっ…そうよね!」
留衣は必死に取り繕うが、顔が赤いのでその取り繕いは徒労に終る。
「だから入ろう!」
正樹はまた突然声を大にして言った。
「脈絡は無いが正樹の言うことも一理ある。変に戻って彼等の邪魔したら悪いし、ここで時間の経過を待つのも馬鹿らしい。だから当初の目的、肝試しを敢行しよう」
「たまには良い事言うね?」
正樹が俺を…多分おちょくってる。
「正樹も俺もこの手のものは得意分野だから、安心してよ。もし何かあっても君達を置いて逃げるような真似は絶対にしない」
それは本当に思っている。俺達はそもそも恐くないのだ。幽霊などという非現実的で非科学的な存在を肯定する筈がない。
「わ…分かったわ」
翔子が意を決して言った。釣られて留衣も頷く。
「では行こう!」
正樹と一緒に翔子が入る。ふと留衣を見ると、俺の腕にしがみつきながら軽く震えていた。
「大丈夫だよ」
出来るだけ優しく声を掛けた。
「は、はい」
「じゃ、行くよ。離さないで」
「は…はい」
はいしか言えない留衣に、何故か愛しさを感じる。別に何が起こるわけでも無いのに、この娘は絶対に守る…なんて青臭いような誓いを胸に立てた。
そして漸く一歩踏み込み、屋敷の中へと入って行った。

扉から中に入ると一面が吹き抜けになっており、小さなパーティーが出来るくらい広かった。左右には二階に通じる階段があり、一階の正面上部の壁面には美しい女性が描かれた油絵がある。絵は綺麗に残されたまま朽ちているようには見えない。絵の中の女性は両手を上品に重ねており、モナ・リザを思わせた。服装はウェディングドレスである。
じっと絵を見ていると、ふと絵の中の彼女と目が合った──ような錯覚を感じた。少しだけドキリとする。
全員、屋敷に入ってから一言も発せていない。確実に異様な雰囲気に呑まれている。

────ボーン…

急に大きな音が鳴る。音から察するに、旧式の大きな古時計が頭に浮かんだ。皆がそれぞれ懐中電灯で音が鳴った場所を探るが、ホールが広い為音が反響してなかなか探り当てる事が出来ない。
「あった!」
正樹が初めに見つけたようだ。時計は左の壁面にかけられている。振り子が左右に揺れ、中で時を刻んでいた。時間は丁度十時を指している。
「何で…動いてるの?誰かが住んでるの?」
翔子が動揺を隠せず聞いてきた。
「大きなノッポの古時計は百年休まずにチクタクしてたわけだから何も不思議は無いね」
のんびり正樹は答えた。
「だって、それは歌でしょ?」
「じゃあアンモナイトなんかどうだろう?あれなんかは三億五千年前のものが発掘されたりしてる」
「それは化石じゃない!動いてるのよこれは!」
翔子が正樹のボケにツッコむ。が、かなり必死に食いついてるので漫才としての完成度は低い。この肝試しが終る頃には多少でもマシな夫婦漫才が出来るようになっているのだろうか。
留衣は言い付け通りに俺にしがみついたままだ。身体の震えはまだ止まらないようである。
「あの絵だって…何であんな綺麗なままなの?何かおかしいよ!」
翔子はややヒステリックになっていた。
「それはね、翔子ちゃん」
正樹が真顔になる。
「目の錯覚だよ」
「錯覚なわけ無いでしょうに!」
「シッ!」
正樹と翔子の漫才を遮って、留衣が人差し指を口に当てて言った。
「何か…聞こえる」
皆一斉に振り返る。…誰も居ない。何も聞こえない。
「騙された?」
留衣は笑って言った。
「るる…留衣!」
翔子がびびりながらも、留衣に食いついた。
「翔子、恐いと思ったり不思議って思ったりすると余計に恐くなるよ」
「そ、そうだけど」
「だから笑ってればいいの。サツキちゃんのパパが言ってたように」
そう言って留衣はあっはっはと笑った。
俺にしがみつく彼女の腕から、まだ震えを感じる。留衣は思ったより強いかもしれない。
「そうだ留衣ちゃん!やっと分かったようだね!わっはっは!」
正樹は思ったより馬鹿かもしれない。

ホールに入ってから十分は経った。しかし未だにホールから動けていない。
「そろそろ奥も見ようか?」
「え!?」
俺の問いに翔子が過剰に反応した。しかし俺は敢えてそこを無視した。
「どこから回る?」
「とりあえず…別れてみようか?」
正樹が言った。なるほど、ここで勝負かけるのね。
「わわわっ…別れるって何!?」
慌てる翔子に正樹はやはり馬鹿みたいに言う。
「ペアで動くの」
「無理よぅっ!」
そう言った翔子の肩を抱いて、正樹はにこやかに笑う。
「俺がついてりゃ大丈ー夫!」
翔子は…正樹の顔を見て、それから顔を伏せた。諦めたようだ。
「じゃあ俺達は二階に行くよ」
しがみついた留衣を見てから、正樹にそう伝えた。
「分かった。俺達は一階だ。十一時になったらここに集合って事で」
「了ー解」
俺は留衣を連れて歩き出した。
「留衣~」
翔子が今生の別れの様に寂しい声を出す。
「うん、後でね」
留衣は翔子ににっこり微笑んで返す。やはりこの娘は強い。
「行くぞー!」
「ちょちょっ…正樹君!待ってよ!」
ホール左側の扉を開けて、正樹はズンズンと進んでいった。翔子が慌てて追いかける。すぐに二人の姿が見えなくなった。
俺は留衣に向き直る。
「よし留衣ちゃん、俺達も行こう」
「…だ、大丈夫ですよね?」
「何が?」
「お化けとか…」
「いたら一緒にお茶しよう」
「無理よぅ」
留衣は泣きそうになる。可愛いくてつい頭を撫でてしまった。
「大丈夫、いやしない」
「本当に?」
「大丈夫」
そうして俺達は階段を登り始めた。ギシギシ…と軋む。

ここからが────勝負どころだ。
決めの台詞を考えながら、俺は場にそぐわぬドキドキを胸に秘めた。


階段を登り終えると左右に廊下が伸びていた。正樹達は左側から行ったので俺達は右を攻めようと留衣に言った。
「その選択肢に…『降りる』は無いです……よね?」
「今登ってきたばかりだよ?」
「そうですけど…」
「大丈夫だってば」
俺は半ば強引に留衣の腕を引っ張った。
「わかっ、分かりましたからゆっくり進んで下さい」
留衣は観念してそう言った。

「ここの主は金持ちだったんだねぇ」
廊下にはどれも朽ちてはいるが絵画がいくつも飾られていた。
「あの…」
「ん?」
留衣が少しもじもじとしながら話しかけてきた。
「どうしたの?恐い?」
「違います。いえ、違くないけどその…」
様子が少しおかしい。歯切れが悪い。
「…トイレに…」
トイレ?想定外の言葉に耳を疑う。しかしトイレなんか…あるだろうけど…。
「水洗だとしたら流せないだろうなぁ…」
「も、もうちょっとなら…」
「我慢できる?」
「…はい…」
────仕方無い。
「降りようか。今日は日が悪いかもね」
諦めよう。またチャンスは来るはずだ。好きな子を落とすとこだけ考えてその子を苦しませるのは本末転倒だ。
「ごめんなさい」
申し訳無さそうに留衣は謝った。


俺達はすぐ階段を降りることになった。
階下に着き、俺は大声で正樹を呼ぶ。しかし、正樹の返事は無かった。
「正樹さんも…翔子が好きなんですか?」
そういうの聞きますか?さて、どうしよう。
「俺が留衣ちゃんを好きなのは間違いない」
あれ?今言うそれ?いや、言うつもり無かったけど口が何か滑った。
留衣は顔を赤くさせてうつ向く。俺は誤魔化すようにまた正樹を大声で呼んだ。
────やはり返事は無い。
「イチャイチャしてるんですかね?」
「翔子ちゃんが正樹を好きならね」
「好きですよ?」
留衣は簡単にバラした。
「ならイチャイチャしてる可能性大だな」
「…」
留衣が黙る。
「どうしたの?」
「あ…あ…」
俺にしがみつく留衣の腕が力強くなっている。
「ちょ、留衣ちゃん?」
俺の言葉を無視して留衣が宙に指を指す。指先の後を追うと、そこには美女の絵画…。

美女が映っていた絵画は、美女が消えて背景だけのものになっていた。
「────馬鹿な…」
つい声を漏らす。そんな筈は無い。あり得ない。確かにアレには美女が書いてあった。それなのに、いつの間にか風景画になっている。
なら、あの絵の中の美女は────


────あの美女は何処にいった?────


ドクンと心臓が高鳴る。嫌なものが胃から込み上げてきた。

「分かんないけど留衣ちゃん、どうやらここは危ない。俺の知る常識が通用しないかもしれない」
「…」
「だから出るよ」
「は…はい」
俺は周りに意識を集中させて玄関に近寄る。跫(あしおと)さえ立たないようにゆっくりと。
玄関に着き、俺はノブに手をかけた。

────開かない。

扉はいくら力を込めても開かなかった。
「亮…さん?」
不安な面持ちで留衣は俺に声をかけてきた。
「駄目だ、閉じ込められた。何処かの部屋から硝子をぶち破るしかないな」
「そんな…だって、“居ない” んでしょ?」
居ない…そう。俺も居ないと思っていた。“幽霊” なんか。
「それどころじゃない。とにかく出よう」
俺は彼女の手を取って、正樹達が入った扉に向かった。
運良く正樹達が居れば心強い。例え部屋の中で彼等が愛を囁き合ってようが、絡み合ってようが、もうそんなのは知ったことじゃない。

────バンッ!
強く扉を開ける。
部屋の中では…翔子が部屋の隅で怯えていた。
「翔子ちゃ…」
俺は声を掛けようと近寄ったら何かにつまずいて転んだ。
つまずいたものに目をやると、そこには血にまみれ変わり果てた正樹の姿があった。

「白いあの人が…白いあの人が…」

譫言(うわごと)のように言う翔子の声が、ただ俺の耳へ呪いのようにこびりついて離れなかった。


「翔子!翔子!」
「ふふ、ふふふ…」

留衣の必死な呼び掛けに、明らかに常軌を逸した態度を見せる翔子。

状況は………思わしくない。死者が出た以上ここに長く居るのは危険だ。
なるべく正樹を視界に入れないように窓を探す。しかしこの部屋には窓が見つからなかった。
「くそっ、留衣ちゃん」
留衣は翔子の介抱に必死である。
「翔子ちゃんを頼む。俺は…出口を探す」
「え?でも一人じゃ危ないよ!幽霊が…」
「シッ!静かに。幽霊なんか居やしない。いいか留衣ちゃん、『殺人』が起きたんだ。幽霊なんて非科学的な事を考えちゃいけない。それは逃げだ。まぁ…危ないって言ったらそれに関しちゃ間違いは無いんだけど………」
そこまで言って俺は別の考えが頭をよぎる。
「待った、やはり留衣ちゃんも一緒に…いや、やはり三人で動こうか」
「え?何?何で?」
普通に考えたら正樹を殺せた人間は第三者か…翔子だけになる。正樹が翔子相手に簡単に殺されるとは思えないが、好意を抱いてる人間に対してまさか殺されるとは思わないだろう。油断をすれば或いは…。
────玄関の鍵は?
玄関の鍵は勿論内側に付けられていた。俺達が入った時は鍵をかけていない。だからさっき逃げようとした時も内側の鍵はかかっていなかったのに開かなかった。
何らかの細工がしてあるのか?場合に依っては調べる必要があるだろう。
幽霊の仕業と仕向ける絵画のトリックも、もし犯人が翔子なら多分時間からして…。
「“この部屋” にあるか…?いや、とりあえず今は逃げる事が優先だ。いや…犯人が第三者なら…逃走経路をわざわざ残すか?となると犯人の特定が一番の安全策か…?」
「り…亮さん?私達…」
「ごめん、ちょっと待って」
留衣の言葉は思考を遮断するので制した。

────私達…

待てよ?…卓と美華は今どうなってる?
携帯を取り出す。あいつらに連絡…携帯?俺はうっかりしてた。
「携帯を忘れてた!そうだ!警察に電話…」
「駄目よ、携帯は繋がらないわ」
翔子が言った。
「翔…子?」
留衣は戸惑う。
「彼が…正樹君が死んでた時に私携帯を確認したもの」
確かに…携帯は圏外になっていた。
「何処かに電波の届く部屋が」
「無いわよ…きっと…」
俺の言葉を負の言葉でかき消す翔子。
「翔子ちゃん…君は今、正樹が《死んだ時》じゃなくて《死んでた時》って言ったね?どういう意味だ?」
「そのままよ。あの時この部屋を通過して、そこの扉を開けて次の部屋に行ったの。そしたら部屋の真ん中辺りで彼が急に叫ぶから私は腰を抜かして、彼は私を置いてこの部屋に戻って行った…」
「正樹が “叫んだ” ?」
「ええ。何かあったら私を守るなんて言ってたくせに…大丈夫とか言ってたくせに!」
翔子は自分の持っていた携帯電話を正樹に投げつける。
「あ、おい」
「翔子!やめて!落ち着いて!」
「あああああ!」
「翔子ぉ!」
留衣は錯乱した翔子に抱きついた。
「…翔子ちゃん、肝心なところを君は言ってない!正樹は “誰” に “どうやって” 殺されたんだ!」
「知らないわよ!」
「じゃあ《白いあの人》って何なんだ!」
「油絵の女よ!絶対あの女が彼を殺したのよ!」
意味が分からない。
「君は犯人を見たのか!?」
「…見たわ…」
騒いでた翔子は一転して、急に抑揚無く答えた。体がガクガクと震えているのが分かる。
「私が這いながらもやっとこの部屋に辿り着いた。そしたら正樹君が血だらけで倒れてて…傍に油絵の女が立って…彼を見下ろしてた」
「翔子…」
留衣は翔子を優しく抱き締めた。

────何かおかしい。
辻褄が合わない。翔子が嘘をついているのか?それとも見落としているものがあるのか…?

「とにかく、ホールへ移ろう。正樹には気の毒だが…ここは殺人現場だ。これ以上荒らすわけにはいかない」

俺達…俺と留衣、翔子はホールへ移動した。
ここなら見通しもいい。
「う…そ……うそうそうそうそっ」
留衣が何か言っている。彼女の視線の先を辿ると…


油絵の美女は戻っていた────


「あ、あいつよ!あの女よ!」
翔子は取り乱しながら油絵の美女を指差した。俺は無言で絵に近付く。
「ちょっと!死にたいの!?」
「亮さん!危ない!」
翔子と留衣が同時に声を発した。
「残念ながら絵が俺を殺せるとは思えない」
そして絵の真ん前に立つ。油絵の表面を一撫でする。…やっぱり。
「ねぇ!早く戻ってきてよ!」
翔子の必死な願いを無視し、額の裏を覗く。
「ん…打ち込んではいないね…」
「は!?聞こえないんだけど!」
「何でもないよ……」
今はヒステリックになった翔子の相手をしてられない。

────ボーン…
「ひっ!」
古時計が十一時の合図を鳴らす。翔子はいちいち過剰に反応する。
「十一時か……あ」
「何!?」
「いや、留衣ちゃん」
留衣は顔だけ俺に向けた。
「トイレは?」
「…」
俺の問いに留衣はうつ向く。聞いたらまずかったかな?
「…そろそろ…」
「やばい?」
「…はい」
「分かった。トイレを探そう」
俺の言葉を皮切りに二人は立ち上げった。

玄関を背にしてホールの奥には左右に伸びる廊下がある。多分どっちかにはあるだろう。二人は俺の後を付いてきた。とりあえず右に向かう。
「問題はトイレットペーパーがあるか…だな」
「あ…ティッシュなら私…ありますから」
留衣が返事をした。確かに小さなバッグを肩から下げている。
「なるほど、なら大丈夫だね。…お、ここっぽい」
左手側に小さな扉があった。俺は慎重に開ける。
中は…やはりトイレだった。洋式である。
「ちょっと待ってて」
俺はそう言って、便器の蓋を開けた。問題は無い。次にタンクを調べる。タンクの中にはちゃんと透明の水が入っていた。
「よし」
後は窓。窓はあったものの、女の子一人がやっと通れるような大きさである。しかし格子(こうし)がはまっていて、外には出られそうにない。念のため格子に手をかけようとする。
「キャアアア!」
悲鳴!?
誰の悲鳴だ!?
俺はすぐに振り返る。女性のこういった悲鳴は誰のものか特定出来ない。そして寒気が、鳥肌が立つ。
「留衣ちゃん!?」
俺は急いでトイレから出た。
「翔子ぉ!」
廊下へ出たら留衣がさっき来た道へ叫んでいた。
「何?どうした!」
「翔子が急に悲鳴あげてホールの方に…!」
「くそっ!何やってんだ!とにかく追うよ!」
「はい!」
俺はホールに向かい走りだした。
何だ?何なんだこれは!肝試しどころじゃない!

俺達がホールに着くと、そこには────。

────卓がいた。
油絵の美女の下に卓は真っ赤な鮮血に染まり、横たわっていた。
そして美女はまた、絵から消えていた。

「いや…いや…」
両手を頭に抱え、留衣が取り乱した。
「留衣ちゃん!しっかりするんだ!」
「いやぁああああああああああ!」

ホールに響く留衣が出した悲鳴の残響。
俺はただ立ち尽くし、卓の遺体に目を背け、留衣を抱き締めることしか出来なかった……。


古時計は十一時三十分を指した。
留衣はようやく落ち着いたようだが、まだ俺の胸で静かに泣いている。
「留衣ちゃん…」
留衣は返事をしない。

正樹に次いで卓までが死んだ。俄(にわか)には信じられないが、事実から目を背けていても始まらない。危険は見えないがすぐそばまで来ているのだ。

「…あ」
留衣がふと声を出す。
「ん?どうしたの?」
「…美華は…?」
────そう、そこは俺も気付いていた。当初卓と一緒に消えた美華。俺達は彼等が仲良く《よろしく》していたと思っていた。しかし現実には卓の死体が転がった。屋敷に入ってさえいない卓が、何故今になって屋敷内で死んでいたのか。そして卓と一緒にいたはずの美華は今何処に居るのか。
翔子もホールには戻ってきていない。
「留衣ちゃん」
留衣は俺を不安な顔で俺を見上げる。
「最初に言った通り、俺から離れないこと」
「…」
「大丈夫、何があっても守るから」
「…はい」
しがみついた留衣の手に力がこもる。女の子なりに頑張ってる。男は女の子を守るもんだ。だから────。
「翔子ちゃんと美華ちゃんを見つけよう」
「はい」
幾分か力を取り戻した留衣は、声に少し張りが出てきた。その時────。

「り…亮…」

背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、卓が血まみれの顔を上げ右手を俺に向けて伸ばしていた。
「卓!!」
俺は卓に急いで駆け寄る。生きていた…生きていたんだ!
血まみれの卓を抱き上げる。血の滑り(ぬめり)のせいで上手に起こせない。
「卓!おい!」
「亮…」
卓は息も絶えだえで、必死に声を振り絞っていた。
「おん…」
「何だ!?お前どうしてこんな…」
「…おん…な…」
「女?美華ちゃんか!?美華ちゃんはどうした!?おい、しっかりしろ!」
「や…ばい…逃げ…ろ」
「何言ってんだ!お前置いて逃げるわけないだろ!待ってろ!すぐ救急車を」
「無駄…だ…俺…は………いいから…」
そこまで言って卓は大量の血を吐いた。俺の顔が卓の血にまみれる。
「卓!おい!死ぬな馬鹿!留衣ちゃんハンカチ!」
留衣に目を向けると、彼女は口を手で覆い震えていた。

「留衣ちゃん!!」
二度目の呼び掛けでハッと気付いた留衣ちゃんは、急いでバッグからハンカチを出して俺に渡す。
俺はとりあえず卓の口をハンカチで拭く。
「おい!どこが痛い!?どこが一番ヤバいんだ!?止血すっから早く」
「亮…もう…駄目…だ」
「何言ってんだ!絶対助かる!絶対…俺が助ける!」
自然と涙が溢れた。無能な…無力な自分に腹が立った。
「くそぉおお!」
「逃…げろ……お前…は…死ぬ…な」
「ざけんな!お前も」
「留衣…ちゃんを…守…」
「分かった!分かったから死ぬなよ!卓ー!」
卓の肩を揺する。段々と卓の声は小さくなり瞼も閉じてきた。
「気…をつ…け…ろ…奴は…」
「奴!?奴って誰だ!?」
「白…い…」
そこで卓の身体から力が抜け、卓の体重が全て俺の腕にのしかかる。
「…卓…?」
返事は無い。瞼も閉じている。
「卓…おい。冗談はよせ…」
軽く揺するが反応は無い。
「はは…なぁ、おい。卓…卓!っざけんな!目ぇ開けろよてめぇ!」
強く揺する。駄目だ………挫ける。こんなのはあっちゃいけない。
「馬鹿野郎かてめえ!勝手に死ぬんじゃねぇよ!」
より強く、卓を揺する。
より強く。より強く。
そこで留衣に引っ張られ、卓だったモノはいとも簡単に俺の手から離れ、ゴトリと嫌な音を立てて静止した。
「うああああああ!」
「亮さん!落ち着いて!」
「…………殺す!ぜってぇに殺してやる…!」
「…亮さ…」
「卓も正樹も同じ奴の仕業だ…見つけだして…」
「亮さん!聞いて!」
「出てこいや!何処に隠れてんだ!あっ!?ぶっ殺してやっからよぉ!」

────パンッ!

「亮さん目を醒ましてっ!」
留衣が…俺をはたいた。そしてすぐに俺を抱き締める。
「…ごめんなさい。でも貴方が確りしてくれなかったら…私…」
頬の痛みがゆっくりと伝わってきた。その頬の熱さが俺の頭を冷ましていく。
「…留衣ちゃん俺…」
「…大丈夫、貴方はきっと…出来る人だから…」

────馬鹿だ俺は。
守るだの何だの言っておいて、結局女の子に頭を冷やして貰ってる。おまけに励まされた。
確かにあのまま熱くなってたら正樹や卓の二の舞になっていたかもしれない。ここは留衣に感謝しよう。
「…ごめん、ありがとう留衣ちゃん」
「ううん…」
俺はまた留衣を抱き締める。
「暫く…こうしてていい?」
「…うん」
うんと言った留衣の顔は俺の胸に隠れてよく見えなかったが、とりあえず許可はもらったので抱き締めていた。


────ボーン、ボーン…
古時計は十二時を指した。
「………さて」
俺は留衣を体から離すと頭を回転させる。ある程度分かったことはあるが、まだ判断材料が少ない。
「どうするの?」
留衣の問いに俺は少し考えてから答えた。
「決めた」
「何を?」
「逃げない」
「え?」
俺はホールに飾られた油絵を見てからこう言った。

「翔子ちゃん達の探索と、いざという時の武器の調達。そして…この連続殺人の解決を優先させる!」


正樹が死に、次いで卓が死んだ。
予想だにしなかった状況に一瞬我を失うものの、留衣に頭を冷やしてもらう。俺はそこから解決しなければいけない問題をいくつかピックアップした。

1、絵の中を自由に出入りする油絵の美女
2、玄関の確認
3、翔子達の確保
4、犯人の確保
5、屋敷内への卓の侵入経路

もしかしたら犯人は翔子か美華かもしれない。いや、翔子や美華を疑うなら彼女達は共犯と考えるべきだろうか?それぞれが単独犯とは考えにくい。

俺はまず玄関を具(つぶさ)に調べた。ドアノブ、鍵、蝶番(ちょうつがい)、ドアを囲む隙間…。隅々まで調べたが何も異常は無かった。
ただ鍵は開いていたが、玄関は開かない。やはり外から閂(かんぬき)か何かを刺しているのだろうか。一センチほど開くが、それ以上は開かなかった。
つまり…ここから卓は侵入出来たかもしれない。しかしそうなるとこの玄関を外から閉めた人物がいることになる。そう、閉めた人物が犯人だ。────美華か?
正樹を殺した人間が翔子…?
そうなると卓を殺した犯人は美華か?翔子にはアリバイ(現場不在証明)がある。さっきトイレから逃げたばかりで卓をあそこまで血だらけに切り刻む時間は無いはずだからだ。
しかし美華なら犯行は可能になる。卓と一緒に入れば…いや、何処から入ったんだ?玄関だとしたら別の人間が閉めたことになる。他の入り口にしても、もし卓と美華が一緒に行動していたなら同じことだ。
翔子が閉めた?…無理だ。翔子は既に屋敷の中に居て、正樹と共に行動していた。
仮に翔子が正樹を殺害したとする。そのすぐ後に翔子は卓達を玄関から招き入れる。美華か翔子どちらかが素早く卓を切り、何処かへ一時隠して翔子は隣の部屋に戻り、美華は玄関から出て玄関を外から閉める…。
────不可能だ。
僕達はその時二階にいたが、すぐに一階へ降りたのだ。そんな事をする時間が無い。それにそうなると美華は今外に居ることになる。他の出入口があれば別だが…。

いかん、どうしても翔子や美華を犯人扱いしてしまう。しかし可能性がある限り考えなければこっちの身が危ういのだ。
犯人の殺す目的…動機が今どこに向いているのかさえ分からないのである。

「犯人なんて…いるの?」
留衣が不可解なことを聞いてきた。
「いるよ」
「でも…それじゃ誰が?」
「まだ…分からない」
「幽霊…?」
「それだけは違うよ」
俺はきっぱりと言い放つ。
「まさか亮さん…翔子達を…」
「いずれにしても、その翔子ちゃん達を探すのも必要なんだ。犯人、被害者…どっちに転ぼうと《彼女達は危ない》」
「亮…さん」
俺が翔子達を疑いの範疇に入れてることに留衣は気付く。少しだけ、彼女との距離が離れた。
仕方無いんだ。留衣を守る為には俺が死ぬわけにいかない。あらゆる想定をしないと、自らを危険に晒すことになる。
「警察でも捜査の基本は疑ってかかることなんだ。分かってくれ」
「亮さん…貴方は警察じゃない」
「確かにね。だけど俺は君を」
「現場保存はしなきゃいけないですよね」
「…そうだよ…」
「それなら」
「どうする?現場保持する為なら僕らは死んでもいいのかい?」
留衣を守るという意思を、彼女は汲んでくれていない。その思いがつい皮肉となって口から出てしまった。
「違います。何も犯人を探さなくても、翔子達を見付けてここから逃げれば」
「その翔子ちゃん達がもし犯人なら殺されるかもしれないんだ!」
「酷いよ…」
「酷い?何で分からない。現状を把握しなよ!」
「亮さん、落ち着いて」
「落ち着いてるさ!留衣ちゃん、君よりはね!俺だって無い知恵を絞って考えてるんだよ!君はただ逃げてるだけじゃないか!」
呼吸が荒くなる。
「そんな…」
「幽霊だか何だか分からないけど、何でそんな非科学的なものを考えるんだ!人二人死んでるんだぞ!」
「…」
それから留衣ちゃんは黙って下を向いた。

「…ごめんなさい。私が居たら駄目ですね」
うつ向きながら留衣はそう言った。そして顔を上げ、俺に笑いかける。
「でも私は…翔子達を疑うなんて出来ない。きっと彼女達は今どこかで震えているもの」
「留衣ちゃん」
「…もし亮さんが言うように翔子達が犯人だとしても、私は疑うことより殺される方を選べる」
「馬鹿なこと言うな!」
「馬鹿だよ。馬鹿だもん」
「留衣ちゃん、落ち着け…」
「ごめんなさい…きっと私が居たら亮さんの足手まといになっちゃう。意見が違うから…」
「何を言ってるんだ?」
留衣は背を向けて奥の方へ歩き出した。
「留衣ちゃん!何処に行くんだよ!勝手に」
「来ないで亮さん。私は私のやり方でいきます」
留衣は振り向くことさえしない。
「危ないんだよ!」
「私からしたら亮さん、正直貴方の方が危ない気がしますから…」
俺は言葉を失った。どういう意味だ…?言葉の意味を本当は分かってる。しかし認めたくない事実だ。
留衣はそれきり一言も言わずに俺の前から姿を消した…。


古時計の振り子が秒針を刻む音のみ、ホールに響く。留衣が居なくなってから十分くらい経っている。
俺は今、一つの誓いを早くも破ってしまった。留衣を守る誓約は泡と化して消え、残された俺という個体は虚無感にさらされる。

もう────どうでも良かった。
俺を縛るものは何も無くなった。誓いも責任も…何も無い。勿論安らぎも無い。

俺は留衣に疑われたのだ。
最初から最後まで一緒に行動していた俺を、彼女はいとも簡単に疑ってみせた。彼女は友達を信じ、彼女の友達を疑った俺は留衣にとって犯人となった。
それなら…何故俺は自分の友達である正樹と卓を殺さなければならない!冗談じゃない!
もし友達という線で考えるなら、俺は彼女達を真っ先に殺すという話しになる。しかし殺されたのは俺の友達であって、彼等の友達である俺が留衣の中では犯人になった。
矛盾している。友達を信じるというのなら、俺が何故疑われるんだ?友達論を説くなら俺を疑うのは筋違いだ。むしろ俺を疑えるなら、彼女達を疑う方が筋は通る。正樹も卓も男だから、確かに翔子や美華が簡単に殺せるとは思えない。しかし…
────男?男が狙い?


────私からしたら亮さん、正直貴方の方が危ない気がしますから…────


ああ、なるほど。
次に狙われるのは俺…と、彼女は言ったのか。
で、一緒に居ると自分が危ないから俺の元から消えたのね。確かに自分を守る人間が、狙われてる人間じゃあ離れる方が身の安全だわ。
何だかおかしくなった。
彼女が安全であるならそれはそれで良い。しかし、彼女がそういう人間であった事に俺はショックを受けた。
分からないものである。


そうと決まれば後は簡単だ。俺は一人単独で犯人を追い詰めればいい。俺を縛るものは無いのだから。
かと言っても翔子や美華が犯人と決まったわけでは無いのだ。あくまでも可能性の一つであり、第三者の犯行であることも考えなくてはならない。むしろ翔子達が犯人であった方が俺としても楽なのだ。女の子相手であれば油断さえしなければ殺されることはない。しかしもし第三者の犯行説だとしたら。屈強な男が、一番抵抗力の強い男を先に片付けると考えていたら…。
やはり…身を守る物が必要だ。相手は刃物を持っている。そうなると、柄の長い棒みたいなものが必要だ。モップなどあれば理想だろう。
俺はひとまず正樹の部屋に向かう。歩きながら全神経を周りに集中させながら…。そこで俺は第三者の犯行説を頭に浮かべる。

事実、最近までこの屋敷には第三者的な人が居る、または居た…という確信はある。その根拠も俺は握った。ただそれだけではその人物が犯人とは断定出来ない。それに現在もこの屋敷で息を潜めているとも限らないのだ。いや、仮定として第三者の犯行ならば、全て辻褄が合うのか?
…いや、やはり難しい。
もし第三者…幽霊にちなんで《油絵の美女》と呼ぶとして、その者の犯行ならば、やはり最低でももう一人の共犯者が必要になる。

俺達が屋敷に入ったのは丁度十時くらい。それは古時計が鳴ったので確実だ。メンバーは俺と留衣、正樹と翔子の四人。この時既に卓と美華は居なかった。
俺達はここで二組に別れる。俺と留衣は二階、正樹と翔子は一階を回ることになった。その間は大体十分くらいだったように思う。二階に行った俺達は留衣のトイレ発言により五分もしないうちに階下へ降りる事になる。
その時、何度か正樹を大声で呼ぶが返答は無く、代わりに暗闇に浮かぶ例のウェディングドレスを来た美女の絵から、その美女が消えているという事実を目の当たりにした。危険を感じ、玄関から出ようとするも既に閉じ込められていた。そしてすぐ窓から脱出することを提案し、正樹との合流を企む。階段から降りてここまでの時間は約十分。つまり約、十時二十五分…。

そこまで考えて正樹の遺体がある部屋に辿り着いた。思考をまた廻らせる。
正樹の殺害現場に留衣と踏み込んだ時、正樹は息を引き取っていて、翔子は部屋の隅で怯えていた。

見ないようにしていたが、俺はチラリと正樹の遺体に目を向ける。

────正樹の遺体が…無い。

目を擦りもう一度確認するが、遺体どころかあれだけ流れていた血液も綺麗に無くなっている。
不自然な現象が続く中、俺は目眩をおこした。

その時突然、後ろから何者かに襲われた。
「くっそがぁっ!」
必死に抵抗するが相手は思ったよりも力が強く、俺は口にハンカチを当てがわれ徐々に意識が遠のく。
暴れる手足の感覚も次第に麻痺していく。
緊張感を解いてしまった事を悔やむ暇も無く、俺は深い闇へと落ちていった。

どうでもよくなった筈の留衣をまだ想う。笑顔の留衣が閉じかけた瞼に浮かぶ。
ただ俺は…留衣の無事だけを祈りながら深く…深く…闇に落ちて────


気が付くと物置のような所で目を覚ました。暗闇の中、手で床をまさぐると懐中電灯が近くに転がっていたので拾う。ライトは問題無く点いた。この懐中電灯は俺の持ち物である。壊れてはいないようだ。

頭が重い。若干の痛みがある。暫くまともに動けないので懐中電灯を使い、部屋を照らして安全かどうかの確認をした。武器があればなお良い。隅にライトを向けるとロッカーがあった。俺は身体に鞭打ち、立ち上がってロッカーの前まで行く。
ロッカーを開けると掃除道具がいくつもあった。モップもある。埃にまみれたモップを取り出し、雑巾で乾拭きした。床を拭く布地の部分は邪魔なので蹴って折る。それでもある程度の長さがある。犯人の持つ凶器が包丁のようなものであれば、これで対抗は出来ると思う。

しかし俺は意識を失ってからどれくらいここにいるのだろう。ポケットにある携帯を取り出して時間を確認する。
時間は深夜一時を示していた。逆算すると大体三十分くらい意識を失っていたようだ。
俺はすぐにドアに向かい出ようと試みるが鍵が掛けられていた。やはり倉庫なのだろう。鍵は外から閉められるが内からは開けられない。窓も当然無い。完璧に閉じ込められた。


…待てよ?
何故だ?
二つの疑問が俺の脳内を掻き回す。


1、犯人は後ろを取った俺を何故殺さなかったのか。やろうと思えば簡単に殺せたはずだ。俺を閉じ込めておく理由が分からない。

2、懐中電灯や携帯電話を取り上げなかったのは何故か。もし俺が犯人の立場なら拘留するにしても、身の回りの物は全て取り上げるだろう。いずれは殺すのだから…。


殺す気が無いのか?
だとしたらこの後はどんな展開を望む?犯人の要求は何だろう?悪いが身の代金の請求ならお門違いだ。俺の親父などただのサラリーマンである。年収だって四百万くらいだろう。至って普通である。身の代金請求なら正樹や卓の方が可能性がある。正樹の父は病院の院長をやっているし、卓の父はテレビ番組の敏腕プロデューサーである。いずれも劣らぬ収入をお持ちの筈だ。俺の家とはレベルが違う。しかし正樹達は俺とまともに友人関係を結んでくれたのだ。当初不思議に思っていた俺は彼等に聞いた。何故俺なんかと付き合うのか。彼等は簡単にそれに答えた。

────親が金持ちなだけだ。

二人とも同じ台詞を言った。

────胡麻すり名人の大人達や、金目当てで近寄ってくる連中にはうんざりしてる。亮、お前とは素で付き合える。

────ダチでいる理由なんか、あって無いようなものだろ。お前が俺達を色眼鏡で見ないで、金持ちだからってご機嫌取りしないのと同じ。

────これだから貧乏な人間は…

途中まで良い事言っていたのに、正樹のこの最後の台詞で俺はツッコンだ。真面目な話を継続できないのが正樹の欠点である。ボケずにはいられない。
その正樹達はもうこの世に居ない。
そうだ、正樹の遺体は何処にいったんだ?意識を失う前、正樹の遺体は無かった。謎が謎を呼ぶ。

「翔子?…美華?」

突然、ドアの向こうから声がかけられた。恐れながら出すこの声は…。
「留衣か!?」
「亮さん!?」
ドア一枚隔てて、俺は留衣と対峙する。
「中で何やってるの!?」
ガチャガチャとドアノブを回す留衣。
「さっき何か物音が聞こえたと思ったら、亮さんだったのね!?ねぇ亮さん、開けてよ!」
「犯人に閉じ込められたんだ!こっちからは開かない!鍵が無いと無理だ!それよりまだ居たのか!早く逃げろ!」
「…何処も逃げ道は無いの。外への扉は全部開かなかったわ。窓も格子がかかっていて抜け出せないの。翔子ちゃんや美華ちゃんも見つからないし…。亮さん…こっち側からも鍵が必要みたい。…ねぇ、犯人は誰だったの?」
「…残念ながら分からない。暗かったし、後ろからだったしね。そうか、俺達は完全に閉じ込められたんだな。犯人は何故俺達を殺さないんだろう?」
「ねぇ、亮さん」
「…ん?」
「正樹さんが居なくなってたの。血も無くて…」
「それは知ってる。俺がそれを見つけた瞬間に襲われたんだ」
「卓さんも…」
「何だって!?」
「卓さんも居なくなってた。ただ血は残ってたわ」
「…血は残ってた?やけに…杜撰だな。遺体の場所……か。もしかしたら…いや。留衣!」
俺はいつの間にか彼女を呼び捨てにしていた。
「は、はい」
「懐中電灯は持ってるな!?」
「はい」
「よし、床を照らせ」
「床?…………あ」
「あったか?」
「はい、鍵が。でも何で?」
「とりあえず説明は後だ。それでここは開く」
ドアノブから鍵がささる音がする。カチャリと音が鳴って、ドアはいとも簡単に開いた。
久しぶりに留衣に会った気がする。
留衣の服は埃にまみれていた。屋敷の中を一人孤独に、それでも懸命になって歩き回って翔子達を捜したのだろう。目にも疲労が出ていて充血している。
俺は留衣を優しく抱き寄せた。
「よく…頑張った」
そう言って頭を撫でる。留衣は安堵感からか、声を上げて泣いた。


俺と留衣はホールに戻った。そこで俺は真っ先に油絵の美女を確認する。油絵の美女はやはり消えていた。背景だけのものだ。思った通りである。俺は絵の右端に視線を落として指でなぞる。
「亮さん…?」
「留衣」
俺はまた呼び捨てる。
「やはり絵の中の美女が抜け出すなんてあり得ないんだ!」
「え!?ちょ、亮さん声が大きいです」
「俺がさっき絵を調べたのを覚えてるね!?」
「はい、いや、声が大きいですよ」
「俺はさっき絵を調べたついでに、右端を爪でひっかいて傷を付けたんだ!」
「はあ…」
「もし美女が幽霊の如く抜けたと仮定するなら、傷は残る!」
「亮さん、何を興奮してるんの?」
「しかし!」
俺はドンと絵画を叩く。
「この絵にはさっき付けた傷が無い!となると、傷ごと美女が抜けたのか!?違う!そもそも絵が二つあったんだ!背景だけのものと、美女と背景のもの!」
「まさか…」
「そうなんだ!何者かがタイミングを計りながら、絵を取り替えていたに過ぎない!だから今、美女が書いてある方の絵は何処かに隠されている筈だ!」
俺は言い終えてすぐ下…つまり卓の遺体があった場所を見る。やはり血は拭われ(ぬぐわれ)ていた。
「ふん、証拠隠滅だ!留衣、見てみな!さっき留衣は血があったと言ったね!?」
「あったけど…」
「どんな風に血があったか覚えてるかい!?例えばそうだな、引き摺られた跡とか!」
「無かった…と思います」
「うん!それは間違いない!無いよ!」
「あの…さっきから何で大声で?」
「何故大声で話してるかって!?それはね!」

俺は天井を向き、大きく息を吸った。

「謎が全て────解けたからだ!」

一際大きな声で俺は言った。



>>1より
これはミステリーじゃありません。
繰り返します。
このお話はミステリーじゃありません。
次でエンディングとなりますので、ちょっと考えたいと思う方は読み進めずにいることをお勧めします。
色々と謎とか書いてますが、ミステリーじゃないことを踏まえてその謎などをお暇な時間にでも考えてもらえたら面白いかなぁと思います。
では、エンディングへ。


俺の声は渇いたホールに反響した。
そう…間違いが無ければ、これでとりあえず問題無く帰れる。

「じゃ、犯人は分かったの!?」
留衣が興奮して聞く。
「犯人というのは分からん!」
「え?じゃあ翔子と美華は何処にいるの?」
「俺が聞きたい!」
「は?じゃあ何も分かってないじゃない」
留衣も段々とだが、タメ口をきくようになった。
「留衣、もう分かるだろ!?」
「何も分からないわ」
「何も《起きていやしない》んだよ!正樹や卓の消失も、翔子ちゃん達の安否も、油絵の交換も、閉じ込められた理由も、俺が殺されなかった謎も、何一つ不思議なことは起こっていない!!」
「起こってるじゃない!正樹君達は殺されたのよ!?しかも死体も消えたわ!翔子達にしたって未だ行方不明なのよ!?」
「全部捜した?」
「…大きい屋敷だもの…二階はまだ捜してないわ」
「一階は隈無く捜した?」
「捜したわ」
「じゃあ二階のどっかにいるよ」
「どうして分かるの?」
留衣は怒っている。彼女も人だから怒るのは当たり前だ。しかし今日という一日だけでどれだけの顔を見ただろう。
「一つ聞きたい事がある」
「何?」
「君は何故一度僕から離れた?」

留衣は少し戸惑い、考えてから口を開けた。

「…貴方の考え方についていけなかったから」
「それだけ?他には?」
「私が近くにいちゃ駄目だと思ったの」
「何で俺が一番危ないなんて言ったの?」
「私が貴方を疑えば、貴方は《疑われる事の意味》を知ることが出来る…そう思ったから…」
「事実僕を疑った?」
「本当に疑えるはずないじゃない……貴方が好きなんだもん…」
「留衣…」
留衣はやはりうつ向く。今どんな顔してるか容易に想像出来た。
「もう一つ聞いていいかな?」
「…もう何でも聞いて。一番恥ずかしいこと言ったから、何も恐くないわ」
「翔子ちゃんは正樹が好きって本当?」
「うん、翔子はそう言ってた」
「いつ?」
「随分前からよ?」
「美華ちゃんは卓のこと好きなのかな?」
「美華も卓さんのこと好きじゃないかなぁ?」
「それは分からない?」
「そういうの言わない娘だったから…ただ翔子には相談してたみたいだけど」
「じゃあやっぱり彼女もだな」
「え?」
「多分ね、これはまだ《肝だめし》なんだ」
「は?」
「そうなんだろ!?さっきわざわざでかい声で言ってやったんだ!聞こえないわけはないよなぁ!ちゃんと今も聞いてた筈だ!?悪趣味だぞ!」
俺はまた吹き抜けに向かって大声を出した。

「くそーー!」
暫くして二階の吹き抜けから声が聞こえた。
「お前は頭が堅いぞ!堅い!頭!」
そいつは上でぎゃあぎゃあと叫ぶ。
「ま、正樹さん!?」
留衣は驚きを隠せない。
「どうやらもう駄目みたいだな、正樹」
もう一つ、影が動いた。
「卓さん!?」
懐中電灯で照らす留衣。
真っ赤な血に染まった正樹と卓が吹き抜けの手すりに掴まってる。
「え?え?」
留衣は交互に正樹と卓を照らす。
「それだけじゃない筈だ。美華ちゃん、翔子ちゃん!」
俺はまた吹き抜けに向かって叫ぶ。


「…ごめぇん、留衣」
翔子が舌を出しながら顔を出す。
「もう少しだったんだけど…クライマックスのこの衣装はどうしようかしら?」
美華は白いウェディングドレスに身を包み、翔子の隣に立った。
「翔子!!美華!!」
留衣が涙を流した。当然だ。心配で心配で、恐い中今まで必死に捜してた人物がひょっこり現れたのだから。
「さぁて、この茶番劇の幕をどうやって下ろそうかね?」
俺はさっき要らぬ涙まで流したんだ。………三回は殴らせてもらう。
「それにしても何で分かった?亮」
卓が聞く。
「俺は現実主義者なんでね…お前達は穴だらけなんだよ」
「本当はびびっただろ!」
得意気に正樹は言った。
「最初の油絵から女が消えた時はな。おかしいと思ったのはお前のおかげだよ。」
「俺!?」
「ああ、俺を後ろから襲ったのはお前だろ?」
「正解!」
「運んだのもお前だろ?」
「内緒!」
「まぁいいよ。いずれにしても人の意識を失わせるような薬品を持つことが出来るのは、医療関係に携われる人間だけだ。お前の親父は医者なんだろ?」
「…なるほどな」
正樹はにやにやと笑う。
「絵や古時計などの小道具だってそう。俺は油絵を確認した時、埃にまみれていないことが一番引っ掛かった。古時計も怪しい。多分触れば塵(ちり)一つ無いだろう。トイレもそうだ。洋式便所だったが、便座の蓋を上げると中は異常無し。タンクも綺麗な水が張られていた。これだけ老朽化が進んでいれば、水は濁るか干からびてるかだ。多分ここで事前に大掛かりな仕掛けをしていたんだろう。その時トイレを使えなかったら大変だからな。卓の親父さんはテレビ番組のプロデューサー。仕掛けや小道具など用意は事の他簡単だろう」
「ご名答」
卓が感心して言う。
「それとその血のり。上手い具合に作られてる。血の鉄臭い匂いも上手く再現されてるな。小道具係の卓君」
「ドッキリでよく使うものを、正樹が加工したんだよ。血中成分のより近いものを選んで加工したものだよ」
「その血をすぐに処分出来なかったな?遺体を引き摺ったなら血は伸びる。卓、お前は俺達が消えた後に誰かの合図で立ち上がり、その場を後にした。すぐ入れ替わりで残り三人の誰かが拭き取り作業をしようとしたところ、途中で留衣が来て拭ききれなかったんだ」
「それ……私です」
翔子が言った。
「君の迫真の演技もなかなかだったよ」
「ごめんなさい」
翔子は素直に謝る。
「そして屋敷自体、卓の親の物かな」
「俺の爺さんのだ。というよりこの土地全部だけど。全然有効活用してない」
正樹がつまらなそうに言った。
俺は一息ついてから締める。
「犯人なんてものは無いが、あえて犯人というならば正樹、卓、美華ちゃん、翔子ちゃんの四人が仕掛けた複数の真犯人だ!四人が犯人であればアリバイもクソもない!外から出られないようにする仕掛けなど誰でも出来たんだ!まぁ翔子ちゃんか美華ちゃんだろうけどね!」
「えっ…いや私は」
「参った参った!」
正樹はそう言って階段を降りてくる。他三名も順に降りてきた。

「ひどいよぉ!」
留衣は大きな声で泣き出した。ぺたりと座りこんでわんわんと。まるで子供のように。
「ごめんってば留衣~」
翔子が必死に謝る。
「許さないー!」
留衣は精一杯の抗議をする。美華も派手な衣装であたふたしていたが、「私なんか出番さえ無かったのよ」などと見当違いな怒りをぶつける。

「でも、上手くいっただろ?」
卓が俺に言った。
「…まぁな」
癪に触ったが、とりあえず許すことにした。そして泣きじゃくる留衣の頭に手を乗せて、俺は言う。
「留衣、今回のこいつ等の《企画》は煮えきらない俺と留衣の進展を促すものだったんだ」
「…え?」
「つまり俺と留衣がグッと距離を近付けるようにする為に仕組んだ罠だよ。途中、留衣が俺から離れたのは計算外だった。だから俺を後ろから殺さずに襲うとか、懐中電灯や携帯電話を取らないといったずさんな図式になった。そのお陰で俺は真相に近付いたんだけどね。だけど…奴等にとっては結局結果オーライになっちまった」
「…え?それは…」
「俺が告白したのも、君の告白も皆多分聞いてたんだよ」
「…ええええ!!」
留衣の顔がみるみる赤くなる。
「んで、これは推測だけど…既に正樹と翔子ちゃん、卓と美華ちゃんは付き合ってる」
「嘘!?」
留衣は四人に目を向けた。
「それもビンゴ」
卓がニヤリと笑う。
「もう…何が何だか…」
いっぺんに色々ありすぎて、留衣はげっそりした。
「いいんだよ、留衣。俺達も付き合おう。それだけなんだ」
「わぁ」とか翔子と美華が言った。
「あ…はい」
また留衣の顔が赤くなる。


「さて、もう出ようか」
「おめでとう亮」
卓がからかう。
「やかましい。それよりどうやって出るんだ?」
「実は玄関に仕掛けがある。ちょっと待ってな」
卓がノブの横辺りをいじると、小さな穴が出てきた。そこに何やら小さな金具をはめこんでカチャカチャといじる。
「………なぁ卓」
「ん?」
「あの美女の絵は誰が書いたんだ?小道具さんか?」
「いや、あれは本当にたまたまこの屋敷にあった。二枚つづりでね。美女と背景で。使えると思ったんだけど、埃を取ったのが間違いだったなぁ」
「そうか。それはどこに隠したんだ?」
「今は正樹が死んだ部屋にあるさ」
笑いながら卓が言った。
ふと後ろを向くと正樹は翔子といちゃついている。留衣は美華とお喋りしている。
その奥にある背景だけの油絵。

「あれ?おかしいな」
「どうした卓?」
「開かないぞ」
「は?」
「いや、これで開くはずなんだけど」
「おいおい、それはもういいから」
「本当だって」
「いいから続けろよ」
俺はまた振り向く。

正樹は翔子といちゃついている。
留衣は美華とお喋りしている。

その奥には────
────ウェディングドレスを着た油絵の美女が戻っていた。
皆は気付いていない。

「やっぱ開かねぇ!くそ!」

ガチャガチャと卓は玄関をいじる。

「なあ…卓………」
「あ?」

卓は扉から目を離さずに返事をする。
俺は油絵の美女から目を離さずに言う。俺と美女の視線が絡む。
此処に最初に這入った時、“彼女” と目が合った時の悪寒が再び俺を襲い………。


「お前────幽霊って信じるか?」




以上です。
ご拝読ありがとう御座いました。


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