女騎士「今日から私がこの隊の隊長だ!」 (290)


女騎士「よろしく頼む」


  「よろしく頼むって……」

  「アンタ、ココがどこだか分かってるのか?」


女騎士「もちろん、知っている」

女騎士「王国騎士団第二軍のフライコール隊」

女騎士「私が配属された部隊だろう?」


  「…」


女騎士「どうしたんだ?」

女騎士「何かおかしなことを言っただろうか」


  「いや……いい」

  「それより、これは分かるか?」

  「戦争の死にぞこないとか、傭兵まがいの騎士とか」

  「騎士団の中じゃ結構有名なはずだぞ」


女騎士「死にぞこない? 傭兵まがい?」

女騎士「騎士団にはそんな者も居るのか?」


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  「……話を変えよう」

  「アンタ、いくつだ?」

  「随分若いように見えるが」


女騎士「今年で17になる」

女騎士「まだまだ若輩者だが、隊を任された以上」

女騎士「しっかりと仕事はするつもりだ」


  「今年で17っていうと……」

  「正規配属ギリギリの年じゃねぇか」

  「それでいきなり隊長ってことは」

  「もしかして、親が大貴族か何かか?」


女騎士「ああ」

女騎士「私が言うのもなんだが、父は王国でも強い権力をもつ公爵だ」

女騎士「だが、私は身分を盾に威張るつもりは無い」

女騎士「『いかなるものにも公平にあれ』それが騎士たる者の務めだからな」

女騎士「だから、私にも他の者と同じような態度で構わない」


  「……そうか、それは助かるな」

  「で、アンタの親父さんについてだが」

  「もしかして、騎士になるのを反対してなかったか?」


女騎士「確かに、そうだった」

女騎士「初めて騎士になりたいと言い出した時は賛同してもらえなかった」

女騎士「でも、何度も頼んでやっと分かってもらった」

女騎士「そのおかげで今、ここに居られるのだ」


  「そうか……そういうことか」

  「隊長さん、アンタの言ってることは間違ってないみたいだ」

  「ウチの隊へようこそ」


女騎士「……信用してくれたみたいで嬉しいが」

女騎士「どうして、急に信じる気になったんだ?」


  「ちょっと……な」

  「気になるんだったら、家に帰って親父さんにこう言ってみるといい」

  「『おかげで素晴らしい隊に配属されました』ってな」


女騎士「本当にそれで分かるのか?」


  「よっぽど察しが悪くなきゃな」

  「まぁ……そんな事より、よろしくお願いしますだ」

  「あいさつがまだだったろ?」


女騎士「ああ、よろしく」

女騎士「ええっと……何て呼べばいい?」


  「お前でもアンタでも、好きに呼んでくれ」

  「周りの奴は傭兵騎士なんて呼ぶけどな」


女騎士「傭兵騎士?」

女騎士「お前も正式な騎士なのだろう」

女騎士「どうして、そんな呼ばれ方をしてるんだ?」


傭兵騎士「さぁ? 俺に聞かれてもな」

傭兵騎士「それよりも……ほら」ドンッ

傭兵騎士「今日の仕事だ」


女騎士「そんな紙の束を取り出して」

女騎士「一体何を始める気なんだ?」


傭兵騎士「何って? そりゃ仕事だよ」


女騎士「仕事?」

女騎士「まさか……書類整理でもするのか?」


傭兵騎士「そう、そのまさかだ」


女騎士「そんな、まさか!」

女騎士「騎士団って言うのはこう……」

女騎士「国を守るために鍛錬を重ねたり、強敵を打ち破って褒賞をもらったり」

女騎士「そんなところではないのか?」

女騎士「現に、兄上は……」


傭兵騎士「残念だが、そいつは他の部隊の話だ」

傭兵騎士「ここは他じゃいちいち相手にしてられないような書類を整理したり」

傭兵騎士「人手が足りない時に手伝いに行ったりする」

傭兵騎士「雑用係、もとい閑職だな」


女騎士「そ、そんなぁ……」


傭兵騎士「まだ始まったばかりだ」

傭兵騎士「そんなに気を落とさないでくれ」

傭兵騎士「アンタなら、異動のチャンスだって十分にある」


女騎士「そんなの、慰めになってない」

女騎士「私は……」


傭兵騎士「いいや、アンタなら出来るさ」

傭兵騎士「できなかったら、まぁ……」

傭兵騎士「残念パーティでも開いてやるよ」


女騎士「……分かった」

女騎士「このままウジウジしてても、何も始まらない」

女騎士「その言葉を信じてやってみる」


傭兵騎士「やる気になってくれたみたいだな」

傭兵騎士「じゃ、こいつをお願いするぜ」ドンッ


女騎士「こ、こんなに?」


傭兵騎士「中身を確認して同じだったらハンコを押すだけだ」

傭兵騎士「1日やってれば半分ぐらいは終わる」


女騎士「1日で半分……」

女騎士「でも、これを終わらせれば」


傭兵騎士「次の書類の束が出てくる」

傭兵騎士「兵隊の入れ替え時だからな、相当たまってる」

傭兵騎士「隊長さんが来てくれて助かったぜ」


女騎士「あはは……」


傭兵騎士「さて、始めますか」


女騎士「はぁ……」


<公爵家 玄関>


   ガチャ


女騎士「……ただいま」


  「お帰りなさいませ、お嬢様」


女騎士「ああ……うん」


  「どうかなさいましたか?」

  「今朝はあんなに上機嫌でしたのに」


女騎士「いや、何でもない」

女騎士「ちょっと疲れただけだから……」


  「本当に?」


女騎士「あ、ああ……」


  「はぁ……全く」

  「拗ねるときの顔は相変わらずね」

  「騎士の仕事が思っていたのと違ったのかしら?」


女騎士「どうして、それが?」


  「何年、あなたのメイドをやってると思ってるの」

  「何を考えてるかぐらいは分かるわ」


女騎士「やっぱり……姉さんには適わないや」


メイド「話なら後でしっかり聞いてあげるから」

メイド「今晩は、ほら……分かってるでしょ?」

メイド「あなたの就任祝い、旦那様も張り切ってるんだから」


女騎士「ああ、分かってる」

女騎士「お父様の前ではしっかりする」


メイド「さて……私も仕事をしなくちゃね」

メイド「さぁ、お嬢様」

メイド「旦那様もお待ちですから、こちらへ」


<公爵家 食堂>


女騎士「ただいま戻りました、お父様」


公爵「おお、戻ったか」

公爵「待っていたぞ」

公爵「さぁさぁ、座っておくれ」


メイド「こちらへどうぞ」ガタッ


女騎士「ありがとう」スチャ


公爵「今日は、お前の初仕事だからな」

公爵「お前の好物を目いっぱい用意した」

公爵「好きなだけ食べてくれ」


女騎士「お心遣い、感謝します」


公爵「……そう、改まらないでくれ」

公爵「領地で1人にして、さびしい思いをさせてしまったのは分かっているが」

公爵「私はお前の父親なんだ」

公爵「こうして2人で王都の別邸に暮らせるようになったことだし」

公爵「堅苦しい敬語はよしてくれ」 


女騎士「それは……」


メイド「横から失礼いたします」

メイド「旦那様、お嬢様にはまだ抵抗があるようです」

メイド「時間はいくらでもあります、そんなに急がなくても良いのではないでしょうか?」


公爵「そうか……そうだな」

公爵「私としたことが、つい先走ってしまったようだ」

公爵「悪いことをした」


女騎士「いえ、そんなことは……」


公爵「とにかく、お前の就任祝いだ」

公爵「さぁ、グラスを取ってくれ」スッ


女騎士「はい」スッ


公爵「では……娘の騎士団就任を祝して」

公爵「乾杯!」


女騎士「……乾杯」


公爵「それで……」

公爵「済まない、娘と2人で過ごしたいんだ」

公爵「下がってくれないか?」


メイド「…」


女騎士「私なら大丈夫」

女騎士「姉さんが居なくてもやっていける」


メイド「かしこまりました」

メイド「では……失礼いたします」


公爵「……悪いことをした」

公爵「でも、今日だけはお前と2人で過ごしたかったんだ」

公爵「許してくれ」


女騎士「心配いりません」

女騎士「私も王国騎士団の一員になったのです」

女騎士「いつまでもメイドに頼りきりでいる訳にはいきません」


公爵「そうか……そうだな」

公爵「それじゃあ、話は変わるが……」

公爵「お前の話を聞かせてくれ」

公爵「王都へ来る前でも何でもいい」

公爵「お前のことが知りたいのだ」


女騎士「はい、分かりました」


-1時間後-


公爵「さて……そろそろ料理もなくなってきたな」

公爵「今日はこれでお開きにしようか」


女騎士「は、はい」


公爵「王都に来て間もないというのに、私との食事会だ」

公爵「そろそろ、お前も1人になりたいところだろう」


女騎士「いえ、そのようなことは」

女騎士「父上との食事は私も楽しいものでした」


公爵「そう言って貰えると嬉しい限りだ」

公爵「私も、この食事会を開いて良かったよ」


女騎士「そんな……私こそ」

女騎士「このような場を設けて頂き、感謝の言葉もありません」


公爵「明日はお前も早いだろう」

公爵「今日はこれでお上がりなさい」

公爵「私は……」


女騎士「あの、済みません」

女騎士「言い忘れていたことがあったのですが……」

女騎士「よろしいでしょうか?」


公爵「私のことは気にしなくてもいい」

公爵「言いたいことがあるなら、何でも言っておくれ」


女騎士「それで……その」

女騎士「今回の仕事の件ですが……」


公爵「……うむ」


女騎士「ああ、えっと……」

女騎士「おかげで素晴らしい隊に配属されました」

女騎士「ありがとうございます!」


公爵「…」


女騎士(凄く渋い顔をしてる……)

女騎士(あの騎士は、これで何か分かると言っていたけれど)

女騎士(怒らせてしまったのかな)


公爵「はぁ……お前も、もう小さくは無いものな」

公爵「子供騙しなど通用しないか」


女騎士「!」ビクッ


公爵「だが、まさか……」

公爵「自分の娘に皮肉を言われるとは」

公爵「何か言われるだろうとは思っていたが、これは堪える」


女騎士「そ、それは……?」

女騎士(騙す? 皮肉?)

女騎士(一体何のことを言っているんだろう)


公爵「とぼけるフリをしてくれるのはありがたいが」

公爵「もう、その必要はない」

公爵「お前だって気づいているのだろ?」

公爵「私がお前をあの閑職と化している隊に入れたことを」


女騎士「えっ……」

女騎士(ち、父上が私を?)

女騎士(何がどうなって……)


公爵「お前の気持ちは十分に分かってる」

公爵「兄や……あの勇者に憧れる気持ちも」

公爵「だが、お前には兄のようになって欲しくは無いのだ」

公爵「国の英雄だともてはやされても、死んでしまったら意味がない」


女騎士「…」


公爵「まぁ、私が言うセリフではないのかもしれないな……」

公爵「アイツのおかげで王都へ戻って来れたのは、他でもないこの私なのだから」


女騎士「それは……」


公爵「とにかく、済まない」

公爵「全部私が仕組んだことなんだ」

公爵「恨むなら恨んでくれて構わない」


女騎士「わ、わたしは……」


公爵「無理に言葉にしてくれなくても良い」

公爵「だが、家族を失うのはそれ程辛い……」

公爵「それだけは分かって欲しい」


女騎士「その……今日は失礼します」

女騎士「少し、頭を整理する必要が……」

女騎士「あるみたいです」


公爵「そうか……」


女騎士「……では、失礼します」


<公爵家 使用人部屋>


   コン コン


メイド「はい? どちら様」


  「姉さん、わたし……」


メイド「お嬢様?」

メイド「どうかなさいましたか」


  「いや、そういうのじゃなくて」

  「その……帰ってきたときに言ってた」


メイド「……ああ、アレね」

メイド「分かったわ、今開ける」スタッ


   カチャ カチャ  ガチャ


女騎士「ごめんなさい、こんな遅くに」


メイド「いいのよ、これぐらい」

メイド「今までだって何度かやってきたじゃない」


女騎士「姉さん……」


メイド「ほら、そんなところで立ってないで」

メイド「話は部屋に入ってからにしましょう」

メイド「あなただって……」

メイド「あんまり他人に聞かれたくない話でしょ?」


女騎士「…」コクリ


  キィイイ ガチャン


女騎士「それで、姉さん」


メイド「その前に座りましょうよ」

メイド「その顔を見る限りだと、長話になりそうだし」

メイド「主人を立たせたままじゃ……恰好がつかないでしょ?」


女騎士「ああ……うん」


メイド「いつもなら紅茶か何か用意してるところだけど」

メイド「今夜は何も出せそうにないわ」

メイド「まだここに馴染めてなくて、勝手が利かないのよ」

メイド「次までには出せるようにしておくわ」


女騎士「ごめん、気を利かせちゃって」


メイド「気にしないの、それがメイドの仕事なんだから」

メイド「もっと迷惑かけても良いぐらいよ」


女騎士「そう言って貰えると嬉しいよ」

女騎士「でも、今日は」

女騎士「はぁ……」


メイド「やっぱり、騎士団で何かあったのね」

メイド「帰ってきたときから様子がおかしかったし」

メイド「向こうで何があったの?」

メイド「もし、何かされたって言うなら……」


女騎士「違う! そういうわけじゃない」

女騎士「騎士団がどうこうって訳じゃなくて……」


メイド「そんなに単純な問題じゃないみたいね」

メイド「それじゃあ……今日1日のことを全部話してみて」

メイド「何もわからないことには、私もアドバイスのしようがないもの」


女騎士「分かった」

女騎士「まず、屋敷を出て……」


-十数分後-


女騎士「……それで、姉さんのところへ来たんだ」


メイド「そうなの……旦那様がそんなことを」


女騎士「父上のお気持ちも分かる」

女騎士「私だって……母さんや兄さんが居なくなって」

女騎士「あんな想いは二度としたくない」

女騎士「でも……これから私がどうすれば良いか」

女騎士「それが分からなくっちゃったんだ」


メイド「なら、続けてみれば良いんじゃない?」

メイド「続けていけば何か分かるかも知れないし」


女騎士「そんなこと言っても……」

女騎士「こんな役職じゃ、何も始まらない」


メイド「じゃあ、やめるの?」

メイド「ずっと昔から『兄さんの様な騎士になりたい』って言ってたのに」


女騎士「それは……」


メイド「だったら、決まりね」

メイド「旦那様のお気持ちが変わるかも知れないし」

メイド「あなたの部下だって人も言ってったんでしょ」

メイド「異動のチャンスは十分にあるって」

メイド「なら、それに期待してもいいんじゃないかしら」


女騎士「でも、そんな……」


メイド「こういう時は行動あるのみ」

メイド「あれこれと頭の中で考えるよりも」

メイド「動いてるうちに、見えてくるものもあるはずよ」


女騎士「本当に?」


女騎士「本当に?」


メイド「まぁ、絶対とは言えないけど……」

メイド「7、8割はそうかしらね」


女騎士「……根拠は?」


メイド「もちろん、あるわ」

メイド「私の経験よ」


女騎士「それって、信用できるの?」


メイド「あら? 疑ってるの」

メイド「年長者の経験はバカにならないのに」


女騎士(年長者って……私といくつも離れてないのに)

女騎士「まぁ……やってみる」

女騎士「辞めるはその後でも遅くないから」


メイド「話したいことがあったら、また来なさい」

メイド「私はいつでも相談に乗るから」


女騎士「……ありがとう」

女騎士「けど、なるべく自力で頑張ってみる」


メイド「うん、応援してるわ」

メイド「それじゃあ、今夜はこれぐらいでお開きにしましょうか」


女騎士「…」コクリ


メイド「では……」

メイド「そろそろ夜も更けてまいりました」

メイド「明日も早いので、そろそろお休みになっては?」


女騎士「そうさせてもらうよ」

女騎士「おやすみ、姉さん」


メイド「ええ、おやすみなさいませ」


<王城 フライコール隊詰所>


   ガチャ


女騎士「おはよう」


傭兵騎士「ん? ああ……昨日の隊長さんか」

傭兵騎士「随分と早くから来たな」

傭兵騎士「どうせ、書類整理ぐらいしかやることないってのに」


女騎士「一応、新人だからな」

女騎士「少しでも早く新しい仕事を覚えようと思ったんだ」


傭兵騎士「新しい仕事を覚えるねぇ……」

傭兵騎士「残念だけど、隊長さん」

傭兵騎士「それはちょっと無理そうだぜ」


女騎士「どういうことだ?」

女騎士「私になんか出来ないと言いたいのか」


傭兵騎士「そういう訳じゃ無くてな」

傭兵騎士「ここの仕事は昨日教えたので全部なんだ」

傭兵騎士「忘れたって言うなら、何度でも教えてやるけど……」

傭兵騎士「そこまで物覚えも悪くないだろ?」


女騎士「……ある程度は覚悟していたけど」

女騎士「まさか、ここまでなんて」

女騎士「父上もとんでもないところに私を入隊させたな」


傭兵騎士「その口調……」

傭兵騎士「親父さんに聞いてみたのか?」


女騎士「ああ、お前に言われた通りに」

女騎士「そしたら、私をこの隊に入れたのは自分だって」


傭兵騎士「やっぱり、そうだったか」

傭兵騎士「おかしいと思ったんだ」

傭兵騎士「この隊に新兵が入ってくるなんて」


女騎士「でも、どうして分かった?」

女騎士「私も分からなかったのに」


傭兵騎士「そりゃあ……アレだな」

傭兵騎士「年長者の勘ってヤツだ」


女騎士「…」

女騎士(……姉さんと同じようなこと言ってるよ)


傭兵騎士「信用ならないって、言いたげだな?」


女騎士「まぁ……」


傭兵騎士「そりゃあ……勘とは言ったけど」

傭兵騎士「当てずっぽうって訳じゃない」

傭兵騎士「ほら、いくつかアンタに質問したろ?」

傭兵騎士「『年はいくつだ?』とか『父親は何してる?』とか」


女騎士「確かに、答えたけど」

女騎士「それだけで分かるものなの?」


傭兵騎士「まぁ……大体はな」

傭兵騎士「でも、俺だって確証があるわけじゃない」

傭兵騎士「だから、回りくどい言い回しで伝えるように言ったんだ」


女騎士(そのおかげで、皮肉を言ったことになったんだけど)


傭兵騎士「どうだ? 分かったか」


女騎士「でも……どうしてそんな推理を?」

女騎士「普通の人間はそんなこと考えないと思うぞ」


傭兵騎士「ここの仕事をやってると娯楽が少なくてな」

傭兵騎士「そうやって暇つぶしをしてるんだ」

傭兵騎士「例えば……そこの書類を見てみてみろ」


女騎士「書類って……これか」

女騎士「えっと、なになに……」

女騎士「小麦粉10キロ、干肉5キロ、荷馬と馬車がそれぞれ1台に……って」

女騎士「ただの資材調達の注文書じゃないか」

女騎士「これを見てどうなるって言うんだ?」


傭兵騎士「まぁ、そう慌てるなよ」

傭兵騎士「そいつは騎士団の第三軍から回ってきた書類の1つだ」

傭兵騎士「宛て先は王都の商人、期限は……一週間で間違いないな?」


女騎士「ああ、ここにはそう書いてある」


傭兵騎士「と、なると……」

傭兵騎士「近々、辺境警備の入れ替えがありそうだな」

傭兵騎士「場所は食料の量からして……旧魔王城あたりか」


女騎士「どうして?」


傭兵騎士「ちょっと考えればすぐさ」

傭兵騎士「まず、騎士団が荷馬車と馬を頼んだら、基本は遠征か輸送だ」

傭兵騎士「今回は武器の発注が一緒に無いから輸送って寸法だ」

傭兵騎士「ただ……今は、兵隊の入れ替え時だからな」

傭兵騎士「輸送は輸送でも兵員の輸送だと踏んだわけだ」

傭兵騎士「だから、そこに載ってる食糧で行きそうなところを推理したってだけさ」


女騎士「そ、そうだったのか……」


傭兵騎士「ま、ただの推理だから間違ってるかもしれないけどな」

傭兵騎士「暇があったら、隊長さんもやってみたらどうだ?」

傭兵騎士「たまに他じゃ扱えないような書類が流れてくるときもあるからさ」


女騎士「いや、私は遠慮しておく」

女騎士「そうやって、あれこれ考えてると仕事が出来なくなりそうだ」


傭兵騎士「そのうち嫌でも慣れて、やり始めると思うけどな」


女騎士「……それより早く仕事をしよう」

女騎士「これじゃあ、早く来た意味がない」


傭兵騎士「それもそうか」

傭兵騎士「じゃあ、隊長さん」

傭兵騎士「こいつをよろしく」ドサッ


女騎士「あ、ああ」


-1週間後-


女騎士「…」ペラリ ペラリ

女騎士(……あれから1週間)

女騎士(嘘だろうと思ってたけど、本当に書類仕事しかこない)


傭兵騎士「…」ペラッ ペラッ


女騎士「…」ペラ ヘ ゚ラ

女騎士(アイツはアイツで、仕事中は喋ろうともしないし……)

女騎士(いい加減、ここでやってけるのか不安になってきた)


傭兵騎士「…」ペラッ ペラッ


女騎士「はぁ……」


傭兵騎士「どうした? 隊長さん」

傭兵騎士「手が止まってるぞ」


女騎士「ああ、いや」

女騎士「……済まない」


傭兵騎士「…」


女騎士「…」ペラリ ペラリ


傭兵騎士「…」


女騎士「…」ペラリ ペラ ッ


傭兵騎士「…」


女騎士「ど、どうしたんだ?」

女騎士「そんなに人の顔を見つめて……」

女騎士「そっちも仕事に戻ったらいいだろ」


傭兵騎士「いや、隊長さんも随分堪えてると思ってな」

傭兵騎士「やっぱり娯楽がないと続かないだろ?」


女騎士「それは……まぁ」

女騎士「正直、書類をめくるのも嫌になってきた」


傭兵騎士「でも、よく1週間も持ったな」

傭兵騎士「普通のヤツなら3日で投げ出してるぞ?」


女騎士「こう見えても、時間つぶしには慣れてる」

女騎士「王都に来る前は辺境の領地で1人きりだったからな」

女騎士「母さんが亡くなって、姉さんも仕事で忙しかったから」

女騎士「1人の時間は有り余ってたんだよ」


傭兵騎士「それは……悪いことを聞いたな」

傭兵騎士「親が死んだのを話すのは気分が悪いだろ」


女騎士「気にしなくていい」

女騎士「母さんが居なくなったのは随分前だし」

女騎士「駆け出しとはいえ、私も騎士だ」

女騎士「とっくの昔に克服したよ」


傭兵騎士「……そうかい」

傭兵騎士「それじゃあ、お詫びと言ったら難だが」

傭兵騎士「気分転換に外へ出てみないか?」


女騎士「外へ?」

女騎士「仕事はどうする」


傭兵騎士「そんなの後でいくらでも出来る」

傭兵騎士「ここへ来るのは大抵はどうでもいい書類だ」

傭兵騎士「たまに、バレたらまずいようなのも来なくはないが……」

傭兵騎士「まぁ……書類が遅れたぐらいで大事にはならないさ」


女騎士「しかし……」


傭兵騎士「隊長さんも退屈してたんだろ?」

傭兵騎士「だったら、悪くない提案だと思うんだが」


女騎士「……分かった」

女騎士「そこまで言うなら、付き合う」


傭兵騎士「よし、決まりだな」

傭兵騎士「訓練用の軽鎧と木剣を持ってこい」


女騎士「木剣?」

女騎士「一体、なにを……」


傭兵騎士「場所は……そこの窓から見える広場にしよう」

傭兵騎士「俺は先に行って待ってる」

傭兵騎士「あんまり遅れるなよ?」


女騎士「あっ……って」

女騎士(……行っちゃったよ)

女騎士(何させられるのか気になるけど)

女騎士(取りあえず、行ってみようかな)


<王城 小さな広場>


傭兵騎士「お、来たな」


女騎士「言われた通りに鎧と剣を持って来たけど……」

女騎士「こんなのでいいのか?」


傭兵騎士「ああ、それで十分だ」

傭兵騎士「なかなか様になってるぜ?」


女騎士「……そう言うお前の鎧は何だ?」

女騎士「肩のところに国章が入ってるみたいだけど」

女騎士「そんな形の鎧、ここで見たことないぞ」


傭兵騎士「ああ、こいつは……」

傭兵騎士「ずっと昔に支給されたレザープレイトだ」

傭兵騎士「前に貰ったのをそのまま使ってるんだ」


女騎士「どうして?」

女騎士「それより良い鎧もたくさんあるのに」


傭兵騎士「……どうでもいいだろ」

傭兵騎士「変える理由もないんだ」

傭兵騎士「今のままでいい」


女騎士「まぁ……言いたくないなら、いいけど」

女騎士「それより、一体何をするんだ?」

女騎士「わざわざこんなところまで呼び出して」


傭兵騎士「それはもちろん、手合せだ」

傭兵騎士「隊長さんだって退屈してたんだろ?」

傭兵騎士「だから、その気晴らしにと思ってな」


女騎士「手合せ?」


傭兵騎士「訓練をしたいようなことを言ってたからな」

傭兵騎士「俺が相手をしてやろうと思ったんだが……どうだ?」


女騎士「……手合せはいいけど、ちゃんと相手はできるの?」

女騎士「これでも一応、本格的な剣技は習ってる」

女騎士「書類整理しかしない様な騎士には荷が重いんじゃないか」


傭兵騎士「言ってくれるな」

傭兵騎士「そんな大口叩いて、後で泣きを見ても知らないぞ」


女騎士「悪いけど、手は抜かない」

女騎士「『剣を握ったら、何があっても気を抜いちゃいけない』」

女騎士「小さいころに兄上が教えてくれた言葉だ」


傭兵騎士「……そうか」

傭兵騎士「じゃあ、行くぞ!」


-数分後-


傭兵騎士「はぁ!」

  
   ヒュッ


女騎士「わっ……」ドサッ


傭兵騎士「…」ヒュッ

傭兵騎士「勝負あったな、隊長さん」


女騎士「…」

女騎士(ま、負けた……)

女騎士(手も足も出なかった)


傭兵騎士「けど、結構いい線まで行ってたぞ」

傭兵騎士「俺の目で見ただけだが、剣技そのものなら一級品だ」

傭兵騎士「剣術勝負なら、そこいらの騎士より強いんじゃないか?」


女騎士「じゃあ、どうして?」


傭兵騎士「実戦経験が違うんだ」

傭兵騎士「そうそう簡単に負けない」

傭兵騎士「もちろん、戦い方を知ってるってのもあるけどな」


女騎士「……どういうことだ?」


傭兵騎士「説明しろって言われても難しいが……」

傭兵騎士「一言で言うなら『行動の先読み』だな」

傭兵騎士「右わきを締めたから、右の攻撃が来るだとか」

傭兵騎士「半身を引いたから、防御するつもりだろうだとか」

傭兵騎士「そういうのを読み取って自分の取る行動を決めて行く」

傭兵騎士「それが出来れば負けないだろ?」


女騎士「まぁ……確かに」


傭兵騎士「ま、一朝一夕で身に付く技でもないからな」

傭兵騎士「コツは教えられるが、後は練習あるのみだ」


女騎士「……そうなのか」


傭兵騎士「俺も書類整理ばかりで退屈になってたところだ」

傭兵騎士「何時でも相手になるから」

傭兵騎士「その気になったら言ってくれ」


女騎士「あ、ああ……うん」


傭兵騎士「それじゃあ、戻るとするか」


女騎士(でも、これほどの腕があるのに)

女騎士(どうして、あんな隊で……)


傭兵騎士「どうした? 隊長さん」

傭兵騎士「そろそろ戻らないと、見つかっちまうぞ」


女騎士「わ、分かってる」


<王城 フライコール隊詰所>


    バタンッ


傭兵騎士「おい! 隊長さん」


女騎士「ああ、お前か」

女騎士「今日は随分遅かったな」

女騎士「こっちはいつも通りの時間に来て……」


傭兵騎士「そんなことより大変だ」

傭兵騎士「仕事が入った」


女騎士「また、どこからか書類を貰ってきたのか?」

女騎士「だったら……」


傭兵騎士「そうじゃない」

傭兵騎士「警備の任務が入ったんだよ」


女騎士「警備って……あの警備?」


傭兵騎士「ああ、そうだ」

傭兵騎士「何か見張ったりするヤツだ」


女騎士「ほ、本当なのか?」


傭兵騎士「嘘ついてどうする」

傭兵騎士「本当の話だよ」


女騎士「……やった」

女騎士「ついに来たんだ! 騎士らしい任務が」

女騎士「これで私も……」


傭兵騎士「感動してるとこ悪いが、緊急招集だ」

傭兵騎士「ミ-ティングはもう始まってる」

傭兵騎士「今すぐ会議室へ行くぞ」


<兵舎 会議室>


1軍隊長「……で、今回の任務は」


   ガチャ


女騎士「失礼します」


傭兵騎士「…」


女騎士「フライコール隊、ただいま到着しました」


1軍騎士「…」チラリ


女騎士(……挨拶はナシか)


1軍隊長「今回の任務は王城で開かれるパーティーの警備だ」

1軍隊長「警備のみならば簡単な任務だが……」


女騎士(今、こっちを見て言ったのか?)


傭兵騎士「…」


1軍隊長「特に、城下で貴族が突然失踪する事件が発生している」

1軍隊長「今回のパーティーでも何が起こるか分からない」

1軍隊長「また、パーティーの開催は今晩であり、準備時間が少ない」

1軍隊長「単純な任務とはいえ、各自十分に注意するように」


1軍騎士「はい!」


1軍隊長「それでは、各自の配置を決めたい」

1軍隊長「まずは、会場袖の……」


女騎士(全く……居心地が悪いな)


-数時間後-

<王城 中庭>


女騎士「はぁ……」


傭兵騎士「どうした? 隊長さん」

傭兵騎士「任務に何か不満でもあるのか」


女騎士「いや、そういう訳じゃない」

女騎士「ただ……私たちの隊は本当に閑職なんだと思って」


傭兵騎士「そいつは……」


女騎士「パーティーの警護なのに、こんなところの警備を任されて」

女騎士「大体、あの隊長とその部下たちの態度」

女騎士「私たちが邪魔だと言わんばかりだったじゃないか」


傭兵騎士「ある程度は仕方ないな」

傭兵騎士「あいつらも進んで俺達に仕事をまわした訳じゃない」

傭兵騎士「城下の警備に人員を割いたおかげで、こっちにまわす人間が足りなくなったらしい」


女騎士「だったら、事前に準備をしておけばいいのに」

女騎士「騎士らしい仕事をするのは嬉しいけど」

女騎士「他の隊にそんな顔されるなら、来ないでも良かった」


傭兵騎士「ま、しょうがない」

傭兵騎士「このパーティー自体が急に決まったんだ」

傭兵騎士「アイツの帰還予定が早くなったとかでな」

傭兵騎士「そんな状況下じゃなきゃ、うちの隊にお呼び出しなんてかからない」


女騎士「あいつ?」


傭兵騎士「ああ、アイツだ」


傭兵騎士「国の英雄だとか言われて……お?」

傭兵騎士「噂をすればなんとやらだ」

傭兵騎士「ちょっと行ってくる」


女騎士「行ってくるって……」

女騎士「警備はどうすんだ? 任務中だぞ」


傭兵騎士「大丈夫だ、ウチの隊なら誰にも文句は言わない」

傭兵騎士「隊長さんはここで警備を続けててくれ」

傭兵騎士「それじゃ、行ってくる」


女騎士「あ、ちょっと!」

女騎士(……行っちゃったよ)


-数十分後-


女騎士「…」

女騎士(あれから結構経ったけど)

女騎士(中庭には誰も来る気配はないし)

女騎士(アイツはあのまま帰ってこない)

女騎士(警備とは言っても、同じところで突っ立ってるだけだし)


  「ねぇ……」


女騎士「…」

女騎士(こんなところで何してるんだろ)

女騎士(姉さんには続けてみるって言ったけど……)


  「ねぇ、キミ」


女騎士「…」

女騎士(これじゃあ、兄上にはもちろん)

女騎士(普通の騎士にも届かない)

女騎士(やっぱり……)


  「今、ひとり?」


女騎士「!?」

女騎士「は、はい!」


  「ちょうど良かった」

  「僕も今1人なんだ」


女騎士「は、はぁ……」

女騎士(誰かと思って顔をあげたら……)

女騎士(なんだ? こいつは)

女騎士(パーティーに出席していた貴族みたいだけど)


  「ちょっとお話ししない?」


女騎士「お、おはなし?」


  「そうそう、キミも暇してそうだし」

  「いいだろ? 少しぐらい」


女騎士「しかし、仕事が……」


  「仕事なんていいだろ?」

  「どうせ誰も来やしないさ」


女騎士「それは……」


  「ほら、向こうに良い場所があるんだ」

  「そこへ行こうよ」


女騎士「……いや、ダメだ」

女騎士「退屈な仕事だからといって放り出すわけには行かない」


  「そう言わないで」

  「すぐ終わるからさ」


女騎士「話をするなら、会場の中の人に聞いてもらえばいい」

女騎士「私と話しても仕方ないだろ」


  「いやぁ、そうじゃなくてさ」

  「僕はキミと話がしたんだ」


女騎士「だったら、断らせてもらう」

女騎士「任務中に持ち場を離れる訳にはいかない」


  「チッ、仕方ねぇな……」


  「おい! 出て来い」


    ザッ ザザッ


女騎士「!」

女騎士(後ろの茂みから、人が?!)


  「そいつを捕まえろ」


  「うっす」


女騎士「なっ!?」


   ダッ  ガバッ


女騎士「うわっ…」


  「……捕まえましたぜ、ボス」ガシッ


  「おし、上出来だ」

  「少々手荒になっちまったが、仕方ねぇ」

 
  「大事の前の小事ってヤツだ」 


女騎士「は、放せ!」

女騎士「何をしてるか分かってるのか!?」


  「うるせぇ女だな」

  「口を縛っとけ」


  「うっす」

 
女騎士「な、何を……モガモガ」

女騎士「……! ……!!」


  「うまいもんだな」

  「これでやり易くなったぜ」


  「へへっ、それほどでも」


  「まぁ、んなことより……」

  「アンタ、自分がどうなるか分かってないだろ?」


女騎士「…」

女騎士(どういうことだ?)


  「へっ、図星かよ」

  「アンタみたいのも偶にいるけど」

  「普通の女はもっと勘が冴えてるぜ?」


女騎士「…」

女騎士(こいつ……何が言いたい?)


  「分かってねぇようだから、教えてるよ」

  「アンタはこれからおもちゃになるんだ」

  「俺達を楽しませる、おもちゃにな」


女騎士「!」


  「やっと気づいたみたいだな」

  「どうだ? 後のことを知った気分は」


女騎士「……! ………!!」

女騎士(い、嫌だ! そんなの絶対に嫌だ)


  「助けを求めても無駄だぜ?」

  「ここには誰もいないし、誰も来ない」

  「アンタを運んだら、それでおしまいさ」


女騎士「……!! …!?」


  「オラ、大人しくしとけ!」ガンッ


女騎士「……っ」

女騎士(こんなところで、こんなやつらに……)


  「それに見つかっても俺達は捕まらねぇ」

  「なんたって、俺の親父は騎士団をまとめる貴族サマだ」

  「多少の事件は揉み消せんだよ」


女騎士(だ、誰か! 誰か助けて!!)

女騎士(姉さん! 父上!)

女騎士(兄……)



傭兵騎士「へぇ、アンタの親父は騎士団の関係者か」


  「!?」


女騎士(あ、アイツは……)

女騎士(助けに来てくれた!?)


  「な、なんだ! お前は!?」


傭兵騎士「それはこっちのセリフだ」

傭兵騎士「アンタ、ウチの隊長さんをどうするつもりだ?」


  「へ……へぇ、この女はアンタの上司か」


傭兵騎士「ま、そういうことになってるな」


  「でも、残念だったな」

  「アンタは俺達には手出しできぇね」

  「聞いたろ? 俺の親父の話」


傭兵騎士「確かにな」

傭兵騎士「お前の父親がお偉方なら、俺は手出しできない」


  「ハハッ……物分かりがいい奴は好きだぜ」
  
  「さぁ、隊長さん」

  「これからお楽しみの時間だ」


女騎士(そ、そんな……私は)


傭兵騎士「だが、そいつは俺が普通の騎士だったらって話だ」


  「な、なんだ?」

  「テメェは普通じゃないって言うのかよ」


傭兵騎士「アンタも騎士相手に好き勝手するなら、聞いてるだろ?」

傭兵騎士「絶対に手を出しちゃいけない部隊の1つや2つぐらい」


  「……何言い出すと思えばそんなことかよ」

  「んなことぐらいしっかり調べは付いてる」

  「今日の警備は第一軍の居残り組だ」

  「手を出したって問題ねぇ部隊だよ」


傭兵騎士「ちょっとは頭が回るみたいだ」

傭兵騎士「だが、補充人員には気が回らなかったようだな」


  「補充人員?」

  「まさか……アンタら一軍じゃないのか!?」


傭兵騎士「そうだ、俺達は一軍じゃない」

傭兵騎士「人手が足りなくなって、仕方なく呼ばれた部隊さ」


  「じゃ、じゃあアンタは……」


傭兵騎士「王国騎士団第二軍、フライコール隊」

傭兵騎士「……死にぞこないの義勇兵だ」


  「ま、まさか……そんなこと」


傭兵騎士「信じられないなら、それでいい」


傭兵騎士「ただ……」ガシッ


  「ひ、ひっ……」グイッ


傭兵騎士「こんなマネしてみろ」

傭兵騎士「その時は……」


  「…」コクコクコク  


傭兵騎士「なら、さっさと失せろ」

傭兵騎士「お前の顔なんか見たくもない」


  「ひゃ、ひゃい! 分かりました!!」 


      タッタッタッタッ
   

  「ボ、ボス!? 待ってくだせぇ!」 


      タッタッタッタッ



傭兵騎士「……あんなのまで湧いてるとは」

傭兵騎士「どこまでも腐った国だ」

傭兵騎士「こんなのを守るために俺達は……」


女騎士「あの……」


傭兵騎士「ああ……悪い」

傭兵騎士「それより、大丈夫だったか? 隊長さん」


女騎士「あ、ああ……うん」

女騎士「お前が来てくれたから」


傭兵騎士「俺が持ち場を離れなきゃこんなことにはならなかったのに」

傭兵騎士「……悪いことをした」


女騎士「い、いいって! ほら」

女騎士「私は大丈夫だから」


傭兵騎士「……気を使わせて悪い」

傭兵騎士「でも、ああいうのには気をつけろ」

傭兵騎士「部隊の詰所がある区画は騎士が多いから良いが」

傭兵騎士「城には、特に貴族連中にはそんな輩が多い」


女騎士「……うん」


傭兵騎士「アンタも貴族だからと分かってると思ってたが」

傭兵騎士「俺の認識が甘かったみたいだ」


女騎士「……ごめんなさい」

女騎士「物心ついたときから、辺境の領地で育って」

女騎士「王都の……貴族の事なんて何も知らなかった」


傭兵騎士「隊長さんが謝る必要はない」

傭兵騎士「全部、あの性根が腐った野郎が悪いんだ」


傭兵騎士「ただ……またどこかで別の奴に絡まれるかもしれない」

傭兵騎士「そのときは隊の名前を出しておけ」

傭兵騎士「そうすれば大抵の奴は引く」


女騎士「でも……」


傭兵騎士「大丈夫だ、俺を信じろ」

傭兵騎士「古い貴族連中に笠を着てる限り手を引く」


女騎士「……あ、ああ」


傭兵騎士「さ、仕事に戻ろう」

傭兵騎士「滅多にない書類整理以外の仕事だ」

傭兵騎士「それなりに楽しまなくちゃな」


女騎士(……助けてくれたのは良かったけど)

女騎士(どうして、あんなことを?)

女騎士(ウチの隊は一体……)


-数週間後-

<公爵家 寝室>


   コン コン


女騎士「はい」
  

  「お夜食をお持ちしました」


女騎士「分かった、入って」


   ガチャ


メイド「失礼します」

メイド「サンドウィッチと紅茶を用意いたしました」


女騎士「ありがとう」

女騎士「そこのテーブルに置いておいて」


メイド「かしこまりました」


   スタ スタ  カタリ


女騎士「それで、その……」

女騎士「ちょっと話したいことがあるんだけど」


メイド「はい? なんでしょうか」


女騎士「いや、そうじゃなくて」


メイド「ええ……分かったわ」

メイド「あなたが夜食を頼むなんて滅多にないもの」

メイド「何かあるような気はしてた」

メイド「それで? 話したいことって」


女騎士「……アイツについてなんだが」


メイド「ああ……あの騎士さんね」

メイド「今日は何?」

メイド「訓練で教わったことでも教えてくれるの?」


女騎士「そういう訳じゃなくて」

女騎士「ここ最近、決まった時間にどこかへ行ってしまうんだ」


   『隊長さん、ちょっと用事があるから出かけてくる』


女騎士「……という感じに」


メイド「それで? それがどうかしたの」


女騎士「それがどうかしたって……」

女騎士「私の部下だぞ、勝手にいなくなっちゃ困る」


メイド「じゃあ、引き留めればいいんじゃない?」

メイド「隊長の命令だって」


女騎士「それは……一応、やってみたんだけど」


  『少しぐらい外の空気を吸ってきても良いだろ?』

  『どうせ書類整理ぐらいしか仕事がないんだしさ』


女騎士「……って、言われて」


メイド「押しきれずに逃がした?」


女騎士「…」


メイド「なら、諦め方がいいんじゃない?」

メイド「その騎士さんの方が一枚も二枚も上手だし」

メイド「仕事の方はしっかりこなしてるんでしょ」


女騎士「そうだけど……」

女騎士「でも、やっぱり」


メイド「はぁ……よっぽどその人のことが気になるのね」

メイド「仕方ない、私が一肌脱いであげる」


女騎士「本当に?」


メイド「ええ」

メイド「私がその人の後を付けてどこへ向かったが教える」

メイド「そしたら満足でしょ?」


女騎士「ああ、ありがとう!」


メイド「ただし、人のプライベートを探るわけだから」

メイド「その人に不快な思いをさせると思う」

メイド「そうなったら、嫌われちゃうかもしれないわよ」


女騎士「それは……嫌だ、けど」

女騎士「やっぱり気になる」

女騎士「だから、お願い」

女騎士「姉さんしか頼れる人は居ないんだ」



メイド「全く……仕方ないわね」

メイド「分かったわ」

メイド「でも、何あっても落ち込まないのよ?」


女騎士「分かってる」


メイド「それじゃあ、その人が出ていく時間と恰好を教えてちょうだい」


女騎士「それなら……」


-翌日-

<王城 正門前>


メイド(そろそろ、あの子が言ってた時間だけど……)

メイド(出てくるかしら?)



傭兵騎士「…」


カツ カツ カツ



メイド「あれは……」

メイド(確か……見慣れない形の革鎧を着て出て行ってるって言ってたわ)

メイド(他にそれらしいのは居ないし、アレがターゲットってワケか)



傭兵騎士「…」

  
   カツ カツ カツ



メイド(特に周りを警戒してる様子もないし)

メイド(行きましょうか)


<王都 街はずれ>


傭兵騎士「…」


   カツ カツ カツ



メイド(いつまで、歩くのかしら)

メイド(もう街はずれまで来ちゃったし)

メイド(こんなところに一体何の用が……)



傭兵騎士「…」



メイド「……!」

メイド(止まった?)

メイド(何か建物があるみたいだけど)



傭兵騎士「…」



メイド「……!」

メイド(止まった?)

メイド(何か建物があるみたいだけど)



傭兵騎士「…」


  ガチャ ギィイイ



メイド(……中に入っていく)

メイド(この建物は……教会かしら?)

メイド(でも、教会ならお城の近くにもあるのに)

メイド(どうして、わざわざこんなところまで)


メイド(まぁ……考えるのは後だわ)

メイド(それより、どうしましょうか)

メイド(このまま中へ入るか、それとも出てくるのを待つか……)



傭兵騎士「…」


    ガチャ



メイド「!」

メイド(もう出てきたの!?)



傭兵騎士「…」


   カツ カツ カツ



メイド「…」

メイド(また、城とは反対の方へ行ってるし)

メイド(……追いかけるしかなさそうね)

メイド(彼が何処へ行くのか、私も気になってきたわ)


<草原 王都を見下ろす丘>


傭兵騎士「…」



メイド「…」

メイド(まさか、王都の外まで来ちゃうなんて)

メイド(日はもう沈みかけてるし……)

メイド(帰ったら夜中だわ)



傭兵騎士「…」



メイド(でも、こんなところで何をしてるのかしら?)

メイド(丘の上に何かあるみたいだけど)

メイド(草むらに隠れてるから、起き上がって確認するわけにも行かないし)

メイド(ここは一度帰って……)



傭兵騎士「おい」



メイド「!?」

メイド(な、何!?)



傭兵騎士「そこにいるんだろ?」

傭兵騎士「出てきたらどうだ」



メイド(で、出てこい?)

メイド(もしかして……)



傭兵騎士「そこに隠れてるのは分かってる」

傭兵騎士「しらばっくれても無駄だ」


メイド(……やっぱり、バレてる)

メイド(でも、どうしよう……)

メイド(バレるかもとは言ったけど、こうなるケースは考えてなかった)



傭兵騎士「…」



メイド(……言われた通りに出てくのか、それともここに隠れ続けるのか)

メイド(後々のことを考えると素直に従った方がいいけど)

メイド(完全に私のことを警戒してるし)

メイド(けど、このまま何もしないのも……)

メイド(ああ……相手の顔が見えないのがこんなに怖いなんて)



傭兵騎士「……そうかい」

傭兵騎士「出てきたくないってのか」


メイド(ま、まずいわ……)

メイド(今ので、完全に敵だって判断された)

メイド(ここはもう……!)サッ



傭兵騎士「なら、それでもいいさ」

傭兵騎士「こっちも一戦交えようって気はないんだ」



メイド「!」ズサッ

メイド(あ、危ない……顔を出すとこだった)



傭兵騎士「了解した、ってことか」

傭兵騎士「そう言って貰えると助かる」

傭兵騎士「俺もこの場所は汚したくないしな」


メイド(……出てかなくても良くなったみたいだけど)

メイド(どうしましょう)

メイド(返って動きにくくなったわ)



傭兵騎士「それで、誰の差し金だ?」

傭兵騎士「わざわざ俺を尾行するなんて」

傭兵騎士「相当の好き者だと思うけどな」



メイド(そう言われると……)

メイド(なんだか、私がストーカーをしてるみたいね)



傭兵騎士「ま、当然だんまりだよな」

傭兵騎士「だが……アンタが言わなくても俺には分かってる」

傭兵騎士「今の俺に密偵を送るなんて、あの人しか考えられない」


メイド(バレてた?)

メイド(でも、それにしては重苦しい雰囲気だけど)



傭兵騎士「アンタがどんな命令を貰ったかは知らないが」

傭兵騎士「あの人……副長にこう伝えてくれ」

傭兵騎士「過程がどうあれ、隊にいる俺は騎士団の一員です」

傭兵騎士「だから、もしあなたがあの時に言っていたことをやるつもりなら……」

傭兵騎士「その時は容赦しません、俺が全力で相手をします、ってな」



メイド(これは、一体……)

メイド(何かと勘違いされてるの?)

メイド(あの子は隊長のはずだから、副長とはちがうし)



傭兵騎士「じゃあ……俺は帰らせてもらう」

傭兵騎士「伝言の件、頼んだぞ」



メイド「……帰って行ったわ」ザザッ

メイド(じゃあ、私も帰りましょうか)

メイド(あの子にも話してみる必要がありそうだし)


<公爵家 使用人部屋>


   ガチャッ


メイド「ただい……」


女騎士「姉さん!」


メイド「どうしたの? そんなに慌てて」

メイド「お嬢様がこんなところに居たら、皆に驚かれるわよ」


女騎士「そんなことより、大丈夫だったの?」

女騎士「アイツは昼に出てったきり帰ってこなかったし」

女騎士「帰ってきたら、姉さんも戻ってきてないって言うから……」


メイド「ごめんなさい」

メイド「余計な心配をかけちゃったみたいね」


女騎士「姉さんが謝る必要なんてない」

女騎士「元はと言えば私の愚痴が原因なんだから」


メイド「ほら、そんなことはいいから」

メイド「とにかく座って話をしましょう」

メイド「あなただって気になるでしょ?」

メイド「あの人が何をしてたのか」


女騎士「そうだけど……」

女騎士「それで、どうだった?」


メイド「うーん……なんとも言えないわね」

メイド「成功と言えば成功だし、失敗と言えば失敗かな?」


女騎士「失敗って……まさか」

女騎士「尾行がバレた?」


メイド「まぁ、そうね」

メイド「隠密行動には結構な自信があったんだけど」

メイド「彼の方が一枚も二枚も上手だったみたい」

メイド「王都の外まで誘き出されちゃったわ」


女騎士「と、いうことは……」


メイド「いえ、あなたのことがバレた訳じゃないわ」

メイド「どうやら……あの人も何かと勘違いしたみたい」

メイド「私の事を『副長』って人が寄こした密偵だ、とか言ってたわ」


女騎士「副長?」


メイド「ええ、確かにそう言ってたわ」

メイド「口調からして昔の知り合いみたいだったけど」

メイド「あなたは何か知らないの?」


女騎士「……分からない」

女騎士「今の隊も2人だけだから、アイツが副長みたいなものだし」

女騎士「そもそも、城で誰かと話してるのなんて見たことがない」


メイド「昔の話とかは聞いてないの?」

メイド「その時の副隊長の事かも知れないし」


女騎士「ううん……」

女騎士「アイツ、昔のことは話そうとしない」

女騎士「何度か聞いたこともあるけど、適当にはぐらかされて」

女騎士「知ってるのはアイツの付けてる鎧が支給品だってことと」

女騎士「うちの隊には特別な何かがあるってことぐらい」


メイド「過去を話したがらない男に、2人だけの部隊」

メイド「そして、昔の知り合いらしき人の影」

メイド「これは……何かありそうね」


女騎士「何かって?」


メイド「私にも分からないわ」

メイド「ただ、何かありそうって気配がするだけ」


女騎士「気配って、そんなもの……」


メイド「何も感じないの?」

メイド「これだけ材料がそろってるっていうのに」


女騎士「私にも何かがあるってことぐらいは分かってる」

女騎士「でも、それが分かったところで」

女騎士「一体どうすれば?」


メイド「さぁ? それは私に聞かれても」

メイド「でも、何かしら出来ることはあるんじゃない?」

メイド「仕事の内容からして、合間に訓練をする時間はあるんでしょ」


女騎士「……そうだった」

女騎士「本当に手がかりになるか分からないけど」

女騎士「とにかく、やってみるよ」


メイド「やる気になってくれたみたいで嬉しいわ」

メイド「じゃあ、今日はこれくらいにしましょう」

メイド「今日はいろいろあって疲れちゃったわ」


女騎士「ありがとう、姉さん」

女騎士「今日はしっかり休んで」


メイド「言われなくても」

メイド「自分のコンディションを保つのもメイドの仕事ですから」


女騎士「そうだったね」

女騎士「それじゃ、おやすみなさい」


メイド「ええ」

メイド「おやすみなさいませ、お嬢様」


<王城 図書室>


女騎士「…」パタン

女騎士(……この本にも載ってない)

女騎士(当てが外れたかな)


女騎士「はぁ……」

女騎士(アイツと隊の過去を調べようと思いついたは良いけど)

女騎士(それらしい資料がどこにも見当たらない)

女騎士(他の隊のはあるのに、どうしてウチの隊だけ……)


女騎士「……考えてもどうしようもないか」

女騎士(今は手がかりを探すことに集中しよう)

女騎士(パッと思いつくのは閲覧禁止の資料だけど、そんなもの見れるはずもないし)

女騎士(後は……兵舎の資料室かな?)

女騎士(半分物置みたいになってるらしいけど、そっちに行ってみよう)
   

女騎士「それじゃあ……」

女騎士「本を戻してくるか」スチャ


<兵舎 資料室>


   ガチャ


女騎士「失礼します」

女騎士(……って、やっぱり誰もいないか)

女騎士(まぁ、資料を探すだけなら城でも出来るし当たり前か)


   バタン


女騎士(初めて入ったけど……)

女騎士(薄暗くて良く見えないな)

女騎士(とりあえず、奥まで行ってみよう)


  カツ カツ カツ


女騎士「…!」

女騎士「えっと、これは……」

女騎士(使わなくなった資料がそこら辺に山積みにされてる)

女騎士(この資料の日付は……)ペラッ


女騎士「……7年前」

女騎士(だいぶ放置されてるよ……)

女騎士(でも、これなら戦時中の資料もそのまま残っていそうだし)

女騎士(ウチの隊に関係するものも見つかるかも知れない)


女騎士「さっそく探してみよう」


   ガサ ガサ

       ゴソ ゴソ


女騎士「…」


   ガサ ガサ

       ゴソ ゴソ


女騎士「……」
 

   ガサ ガサ

       ゴソ ゴソ


女騎士「………」


   ガサ ガサ

       ゴソ ゴソ


女騎士「…………」


   ガサ ガサ

       ゴソ ゴソ


女騎士「……………」


女騎士「はぁ……」

女騎士(ダメだ……見つからない)

女騎士(結構探したはずなのに、ウチの隊の頭文字すら出てこない)

女騎士(探す場所が悪かった?)


女騎士「……いや、まだだ」

女騎士(まだ、半分ぐらいしか調べてないんだ」

女騎士(そう決めつけるのは良くない)


女騎士「でも……」

女騎士(これだけ探して見つからないのはおかしい)

女騎士(書類整理しかやってない部隊だから、記録が少ないのは分かるけど)

女騎士(活動記録が全く見つからないなんて……)


女騎士「あーっ! もう」

女騎士(調べれば調べるほど分からなくなる)

女騎士(どうして、こんな!)


女騎士「……ふーッ」

女騎士(とにかく、今日はもう終わりにしよう)

女騎士(そろそろアイツも戻ってくる時間だし、何時までもここにいるのはマズい)

女騎士(そうと決まったら、善は急げだ)

女騎士(どうせ誰も使ってないだろし、調べた資料は……!)ガッ


女騎士「うわぁ!?」


   ガタッ  ドシン


女騎士「いつつ……」

女騎士(まさか、自分で床にどかした資料に躓くなんて)

女騎士(誰にも見られてなくて良かった)


    ヒラ ヒラ  ストッ


女騎士「……ん?」


女騎士(さっきの衝撃でどこからか飛ばされてきた資料かな)

女騎士(とりあえず元の場所に……!?)ペラッ


  『フライコール隊 隊員名簿』


女騎士「ウ、ウチの隊の名簿?」

女騎士(でも、これ……今と比べ物にならないほど名前が多い)

女騎士(あの隊の隊員はアイツと私の2人だけなのに)

女騎士(これは一体……)


女騎士「ダメだ……分からない」

女騎士(結構古い資料みたいだし、名簿だけじゃ何も分からない)

女騎士(こうなったら、アイツに聞いてみるしかないかも知れない)

女騎士(いくらあしらうのが得意だからといって)

女騎士(流石にこれを見せたら、何か話してくれるはず)


女騎士「よし」

女騎士(そうと決めたら、戻ってアイツの待ち伏せだ)


<王城 フライコール隊詰所>


    ガチャリ


傭兵騎士「ただいま」


女騎士「ああ、戻ってきたのか」

女騎士「お帰りなさい」


傭兵騎士「あ、ああ……」


女騎士「?」

女騎士「何かおかしかったか?」


傭兵騎士「いや……今日は随分淡白だと思ってな」

傭兵騎士「いつもなら、何処へ行ったのかしつこく聞いてくるってのに」

傭兵騎士「どうかしたのか?」


女騎士「ああっと……それは」

女騎士(まずい、いつもの態度を忘れてた)

女騎士(まさか『お前の過去を探ってる』なんてこと言えないし)


傭兵騎士「ま、どうでもいいか」

傭兵騎士「同じ隊の人間で腹の探り合いをしても疲れるだけだし」

傭兵騎士「隊長さんだって、その方がいいだろ?」


女騎士「い、いやぁ……」

女騎士(……そんなことは言わないでほしい)

女騎士(あの名簿の事、余計に言いづらくなる)


傭兵騎士「へぇ……違うのか」

傭兵騎士「だったら、隊長さんも俺の腹の中が知りたいと?」


女騎士「……そういうわけじゃないけど」

女騎士「少し、聞きたいことがあって」


傭兵騎士「聞きたいこと? 何だそれは」

傭兵騎士「昼の出かけ先なら勘弁してくれよ?」

傭兵騎士「俺にもプライバシーってものがあるからな」


女騎士「分かってるよ」

女騎士「どうせ、聞いても教えてくれないだろ」


傭兵騎士「まぁ、はぐらかすだろうな」


女騎士「私が聞きたいのはこれについてだ」ペラッ


傭兵騎士「……!」

傭兵騎士「そいつは……」


女騎士「見ての通り、ウチの隊の隊員名簿だ」


傭兵騎士「まだ、そんなものが残ってたとはな」


女騎士「やっぱり、何か知ってるんだな」


傭兵騎士「それより……」

傭兵騎士「どうしてアンタがそんなものを持ってる?」

傭兵騎士「直ぐに出てくるようなものじゃないだろ」


女騎士「兵舎の資料室で見つけたんだ」

女騎士「古い資料に混ざってたから、見つけるのは大変だった」


傭兵騎士「あそこか……」


女騎士「お願いだ、教えてくれ」

女騎士「この隊は一体何で……お前は何者なんだ?」

女騎士「隊の記録を探しても、資料室でやっと名簿が1つ見つかっただけ」

女騎士「その名簿にも、今とは考えられないぐらいの人数の名前が挙がってる」

女騎士「一体……どういうことなんだ」


傭兵騎士「……そこに載ってる奴らは俺と同じ隊にいた」

傭兵騎士「そいつは間違いない」

傭兵騎士「だが、大きなヘマをしちまって」

傭兵騎士「みんな居なくなった」


女騎士「じゃあ、つまり……」

女騎士「隊員が減ったのが原因でこんな隊になったと?」


傭兵騎士「…」


女騎士「でも……」

女騎士(それじゃあ、どうして記録がない?)

女騎士(貴族が恐れる理由も分からないし……)


傭兵騎士「質問は終わりか? 隊長さん」

傭兵騎士「無いなら仕事に戻るぞ」


女騎士「いや、まだ……」


    コン コン コン


傭兵騎士「来客みたいだな」

傭兵騎士「どうぞ」



  「失礼するよ」


傭兵騎士「ああ……アンタか」

傭兵騎士「一体、何の用事だ? ここに来るなんて」


  「ちょっと、小耳にはさんだことがあってね」

  「それを伝えに来たんだ」


傭兵騎士「そいつはありがたいが……」


女騎士「なっ、なっ……」


傭兵騎士「タイミングが悪かったみたいだ」


  「ははは……それは悪かったね」


女騎士「ちょ、ちょっと待って!」

女騎士「どうして勇者様がここに!?」


勇者「どうして、って言われても……」

勇者「僕がここに居ちゃ悪いかい?」


女騎士「い、いえ……そういう訳じゃ」

女騎士「ただ、どうしてここに来たのかと」


勇者「まぁ……彼に話があったんだよ」


女騎士「彼? 彼って、まさか……」


勇者「そう、そこにいる君の部下さ」


傭兵騎士「なんだ? 俺がコイツと知り合いで驚いたか」


女騎士「そ、それはもちろん」

女騎士「自分の部下が一国の英雄と知り合いなんて」


勇者「英雄なんて……僕はそんなものじゃないさ」

勇者「たまたま運が良かった」

勇者「いや……悪かったからこうなってるのか」

勇者「まぁ、とにかく……僕は偉くもなんともない」

勇者「だから、普段接するようにして構わないよ」


女騎士「しかし……」


勇者「お願いだ」

勇者「君は何も知らないと思うけど……」

勇者「とにかく、そういう風に見られたくないんだ」


女騎士「わ、分かりました……」

女騎士「でも、どうしてコイツのことを?」

女騎士「節点なんてまるでなさそうなのに」


勇者「それは……」


傭兵騎士「戦友なんだ」

傭兵騎士「7年前の、魔族との大戦争のな」


女騎士(魔族との大戦争……)

女騎士(兄さんが帰ってこなかった戦争)

女騎士(その戦友?)


勇者「まぁ、そういうことで」

勇者「彼には話したいことがあるんだ」

勇者「少しの間だけ連れ出しても構わないかい?」


女騎士「ええ……まぁ」


傭兵騎士「悪いな、隊長さん」

傭兵騎士「すぐに戻ってくるとは思うが」

傭兵騎士「後は頼んだぜ」


女騎士「……ああ、うん」


勇者「それじゃあ、失礼するよ」


<公爵家 使用人部屋>


メイド「へぇ……あの騎士さんが勇者様と知り合いだったなんて」

メイド「面白いこともあるのね」


女騎士「それだけじゃない」

女騎士「あの大戦争で一緒に戦っていたんだ」

女騎士「そんな奴があんな部隊にいるなんて」

女騎士「姉さんはおかしいと思わない?」


メイド「まぁ、それはそれで何かありそうだとは思うけど」

メイド「答えなら出たんじゃないの?」

メイド「大きな間違いを犯して隊が離散」

メイド「その結果、今みたいな窓際部隊になったって」


女騎士「でも、それじゃあ納得できない」

女騎士「昔に何かあったのは分かったけど」

女騎士「なにが起こったまでは話してくれなかった」

女騎士「私が気になるのはそこなんだ」


メイド「でも、それって……」

メイド「私たちが立ち入っていい問題なのかしら」


女騎士「どういう意味?」


メイド「あなただって」

メイド「お兄様や旦那様のことを聞かれて、簡単に話す?」

メイド「もし、話すにしても……」

メイド「その前に色々調べられてたら、いい気はしないでしょ」


女騎士「そ、それは……」


メイド「だから、スッパリ諦めて今の生活を楽しむってのも良いと思うの」

メイド「あなたの気持ちはともかく、旦那様はそれを望んでる」

メイド「騎士さんだって、あなたのことは気にかけてくれてるんでしょ?」


女騎士「でも……それでも、やっぱり知りたい」

女騎士「ほとんど名前だけだけど、あの隊の隊長は私だから」

女騎士「どうして自分の隊があんな扱われ方をしているのか」

女騎士「過去に原因があるなら、どうしても知っておきたい」

女騎士「それを知らないまま騎士を続けるなんて……」

女騎士「私には出来ない」


メイド「……仕方ないわね」

メイド「正直、私としては気が進まないけど」

メイド「もう少し付き合ってあげるわ」


女騎士「ありがとう、姉さん」


メイド「でも、気を付けるのよ」

メイド「私たちがやろうとしてるのは人の心に土足で入るようなもの」

メイド「場合によっては一生恨まれるかも知れない」


女騎士「……分かってる」

女騎士「その時は全力で謝って」

女騎士「それでもダメなら、騎士だって辞める」


メイド「いいの?」


女騎士「…」コクリ


メイド「全く……極端というか潔いというか」

メイド「まぁ、あなたらしい答えで安心したわ」

メイド「それで話を戻すけど」

メイド「あの騎士さんについて……何か分かったことはある?」


女騎士「ううん、全く」

女騎士「勇者様と知り合いだったってことぐらい」


メイド「勇者様ねぇ……」

メイド「そういえば、勇者様はどうして来たの?」


女騎士「何か話があるって言ってた」

女騎士「内容を聞く前に出て行っちゃったから、何を話に来たかは分からないけど」


メイド「ふぅん、勇者様が直々に」

メイド「これはひょっとすると……アレかもしれないわね」


女騎士「アレ?」


メイド「ちょっとした噂よ」

メイド「諸国外遊の旅に出てた勇者様がどうして急に戻ってきたかって」


女騎士「聞いてないよ、そんな噂」


メイド「まぁ、城下で流行ってたていうのもあるけど」

メイド「あなた……あの騎士さんに付きっ切りだったから」


女騎士「なっ……」

女騎士「それじゃあ、私がストーカーみたいじゃない」


メイド「間違ってるの?」


女騎士「……それで、どんな噂なの?」


メイド「ほら、結構前から城下で起きてる失踪事件があるじゃない」


女騎士「ああ……あの、貴族が居なくなるっていう」

女騎士「騎士団も第1軍を警備に回して警戒してるみたいだけど」

女騎士「それがどうかしたの?」


メイド「城下で噂になってるのよ」

メイド「勇者様が帰ってきたのはこの事件を解決するためで」

メイド「なかなか解決しない事件にしびれを切らした大臣たちがそうさせたって」


女騎士「……そんな噂が」

女騎士「でも、それとこれと一体何の関係があるって言うの?」


メイド「あの噂が本当だとしたら」

メイド「勇者様は騎士さんに助けを求めたんじゃないかって」


女騎士「勇者様が? どうして」


メイド「ほら、あの騎士さんってかなり実力者でしょ?」

メイド「勇者様はあの人と一緒に戦って、その実力を知っている」

メイド「だから、自由に使える戦力としてあの人の力を借りに来たんじゃないかと思って」


女騎士「仮にそうだったとすると」

女騎士「アイツが昼間に出かけてたのは失踪事件の犯人を捜すため?」

女騎士「でも、それじゃあ姉さんが聞いた『副長』っていうのは……」


メイド「分からないわ」

メイド「でも、あの人は多分……かなり核心に迫ってるんじゃないかと思う」

メイド「自分に尾行がつくことも想定していたみたいだし」

メイド「もしかしたら、犯人の目星も付けていて……」


女騎士「それが……副長」


メイド「さぁ? これ以上は憶測でしかないから」


女騎士「でも、私はどうすれば……」

女騎士「真実だとしても、アイツには軽くあしらわれるだろうし」

女騎士「勇者様も口を割るとは思えない」


メイド「確かにね」

メイド「真正面から聞いたらそうなりそうね」


女騎士「……やっぱりそうだよね」


メイド「でも、方法がないことは無いわ」


女騎士「えっ?」


メイド「普通に聞いてダメなら、話さなきゃいけないような状況を作ればいいのよ」

メイド「例えば、ほら……失踪事件の犯人に捕まったとか」


女騎士「犯人に捕まったって……そんな」


メイド「……冗談よ、冗談」

メイド「あなたにそんなことをさせられる訳ないもの」


メイド「でも、失踪事件を追ってみるのはアリだと思うわ」

メイド「調べられるところを調べたら、後は行動あるのみってね」


女騎士(行動あるのみ……か)

女騎士(確かに、自分から動いたのなんて資料を探し回ったことぐらいだった)

女騎士(それぐらいで諦めてちゃ何も始まらない)

女騎士(こうなったら、トコトンやってみるしかないね)


メイド「ほら、今日はもうお開きにしましょ」

メイド「これ以上起きてたら、明日に支障が出るわ」


女騎士「あ、うん……そうだね」

女騎士「おやすみ、姉さん」


メイド「はい、おやすみなさいませ」


<王都 外へ通じる門>


女騎士「うーん……」

女騎士(とりあえず、姉さんがアイツを追いかけてった先に行こうと思ったけど)



  「すみません、そこを何とか!」


衛兵「ダメだ、何と言っても通すことはできない」

衛兵「外へ出たいなら、許可証を持ってこい」


  「お願いします!」

  「どうしても、隣町へ行かなければならないのです」


衛兵「ダメと言ったら、ダメだ」

衛兵「許可がない者は通せない」


女騎士(これじゃあ、ちょっと難しそうだな)

女騎士(でも、ここがダメなら他の門でも変わらないだろうし)



  「そんな、ちょっと前までは普通に出入りできたじゃないですか!?」


衛兵「今は特別警戒中だ」

衛兵「上からも一般人は通すなと言われている」

衛兵「文句があるなら、失踪事件なんか起こしてる奴に言え」


  「ううっ……そんな」

  「これじゃあ、私は……」


衛兵「ああ……ほら、泣くんじゃないって」

衛兵「許可証なら役所に行けば貰えるから、な」

衛兵「それ貰って、もう一度来いよ」

衛兵「そん時は通してやるから」


  「あ、ありがとうございます!」

  「さっそく準備して戻ってきます」


衛兵「はぁ……やっと帰ったか」

衛兵「ん? あそこに居るのは……」



女騎士(いっその事、騎士の身分を利用して通してもらおうか?)

女騎士(でも、そんなことをしたら記録に残りそうだし……)


衛兵「おい! そこのお前」


女騎士(かと言って、ここで引き下がっても)

女騎士(そもそも封鎖は犯人が捕まるまでは続くだろうから、意味ないし……)


衛兵「おい、聞いてるのか?」


女騎士「ん……あ、はい!」


衛兵「そんなところで突っ立って」

衛兵「荷馬車に轢かれても知らないぞ?」


女騎士「ああっと、ごめんなさい」

女騎士(……声をかけられるとは思ってなかった)


衛兵「俺も仕事だからな、目の前で死なれるのは困る」

衛兵「それじゃあ、気を付けて」


女騎士「……ああ、うん」

女騎士(とは言っても、どうすれば)


衛兵「なんだか納得していないって返事だが……」

衛兵「アンタもここを通りたいって言うのか?」


女騎士「それは……」


衛兵「だったら、諦めるんだな」

衛兵「一般人は通行禁止だ」

衛兵「通りたいなら、通行証を見せるか貴族でも連れてこい」


女騎士「貴族? 貴族でも通れるのか」


衛兵「……止めると色々うるさいからな」

衛兵「見て見ぬふりをしてるんだ」


女騎士「だったら、通してくれ」

女騎士「私は貴族だ」


衛兵「貴族って、アンタが?」

衛兵「確かに上等な服を着てるけど、それだけじゃなぁ……」


女騎士(まさか……貴族扱いされずに困る日が来るなんて)

女騎士(前はちょっとしたら、すぐに貴族だってバレたのに)

女騎士(貴族階級が殆どいない騎士団に慣れ過ぎたのかな?)


衛兵「嘘ついたって無理なもんは無理だ」


女騎士(こうなったら、仕方ない)

女騎士(出来れば見せたくなったけど……アレを見せよう)


衛兵「今日は見逃してやるから、帰るんだ」


女騎士「ちょっと待った!」

女騎士「これを見てくれ」ジャラリ


衛兵「それは……?」


女騎士「兄上が私にくれたペンダントだ」

女騎士「ここのところに家紋が入っている」


衛兵「どれどれ……」

衛兵「こ、これは!?」


女騎士(な、何かマズかったか)


衛兵「本物の金だ、初めて見た」

衛兵「……って、そうじゃない!」

衛兵「すみませんでした! 今すぐお通しします!!」


女騎士「いや、そんなに焦らなくても……」


衛兵「数々のご無礼、大変失礼いたしました!」

衛兵「健やかな旅をお楽しみください」


女騎士「あ、ありがとう」

女騎士(通れたけど……これでよかったのかな?)



  「…」


<草原 王都を見下ろす丘>


女騎士(ここが、姉さんが言ってた場所か)

女騎士(見た感じ、特に何もないけど……)


女騎士「ん? アレは……」

女騎士(あそこだけ少し盛り上がってる)



   ザク



女騎士「これは……」スチャ

女騎士(何かが埋められた跡?)

女騎士(ここだけ雑草が薄いし、間違いない)



   ザク  ザク 



女騎士(でも、一体何を?)

女騎士(アイツにとって思い入れのある場所らしいけど) 

女騎士(まさか、昔の仲間が関係している?)



   ザク  ザク  ザク



女騎士(仮にそうだとして……どうする?)

女騎士(掘り返すなんて問題外だし)

女騎士(結局、ここには手がかりになるようなものは無かったってこと?)



   ザク ザク ザク ザク



女騎士(結構苦労したのに収穫ナシかぁ)

女騎士(まぁ、仕方ないか)クルリ



    ダダッ


女騎士「!?」

女騎士「だ……ッ!」


    ガンッ


女騎士「うぐっ……」

女騎士(頭が……割れる)

女騎士(殴られた?)

女騎士(誰に? どうして……)

女騎士(ダメだ……意識が、おち……)


    ドサッ


  「…」


<??? 薄暗い部屋>


女騎士「うっ……」

女騎士(ここは……?)

女騎士(確か、誰かに殴られて……)


  「……目が覚めたみたいだな、貴族様」


女騎士「!?」ガチャガチャ


  「無駄だ」

  「その手錠は自力じゃ外せない」


女騎士「何処だ!」

女騎士「どこにいる!?」


  「お前の後ろだ」

  「疑うなら、逆を向いてみろ」


女騎士「…っ」

女騎士(素直に従っていいのか?)

女騎士(もし、何かの罠だったら……)


  「いいのか? 確認しなくて」


女騎士「お前は……」

女騎士「お前は、一体何者だ?」


  「…」


女騎士「王都の失踪事件、お前が犯人なのか?」


  「…」


女騎士「一体、何が目的で」

女騎士「どうして、私をさらった?」


  「一度に質問されも困るな」

  「ただ、その質問に答えるなら1つ」

  「お前に聞きたいことがあって、連れてきた」


女騎士「聞きたいこと?」

女騎士「それは何だ!?」


  「その前に確かめることがある」
  
  「……こっちを向け」


女騎士「な、何を……」


  「いいから、こっちを向け」


女騎士(これは……罠?)

女騎士(でも、そんなことを考えても仕方ない)

女騎士(……ここは素直に従おう)クルリ


女騎士「なっ! その鎧……」

女騎士(どうしてコイツが!?)


  「その反応、間違いないみたいだな」


女騎士(こいつの鎧、アイツのと同じものだ!)

女騎士(かなり状態が悪いけど、間違いない)

女騎士(でも、どうして……)


  「ここまで連れてきて正解だった」

  「さぁ、話してもらおうか」

  「どうしてお前が私たちの事を知っているかを」


女騎士「な、何を……」


  「とぼけても無駄だ」

  「私には分かっている」


女騎士(分かってるって、何を)

女騎士(私には何が何だか……)


  「黙っていても無駄だ」


女騎士(とにかく……どうにかしなくちゃ)

女騎士(このまま黙ってても、事態は良くならない)


  「お前を生かすも殺すも私次第」

  「話さないというなら、相応の処分を下すしかない」


女騎士「ま、待った!」

女騎士「どうして、私が知ってると思った?」


  「……そんなことを聞いて何になる」

  「あの場所に居たなら、分かっているはずだ」


女騎士「あの場所?」


  「お前が居た場所だ」

  「あそこを知っているのは、私とアイツと……」

  「それをどうしてお前が知っている?」


女騎士「それは……」


  「なぜ、貴族であるお前があそこに足を踏み入れた!?」

  「答えろッ!」


女騎士「し、調べるためだ」


  「調べる? 何をだ」

  「今更になって、私たちのことを掘り返すつもりだったでも言うのか?」

  
女騎士「……私の部下が何を追っているのか」

女騎士「それを、確かめるため」


  「部下? 何者だ」


女騎士「騎士だ」

女騎士「お前と同じ鎧を付けている」


  「……私と同じ鎧」

  「まさか……お前」

  「お前は騎士なのか?」


女騎士「ああ、そうだ」


  「お前の役職は? 隊の名前は?」

  「その男の名は!?」


女騎士「私は隊長で……王国騎士団第二軍、フライコール隊所属」

女騎士「部下は、傭兵騎士と呼ばれてる」


  「そうか……アイツが」

  「お前はあの隊の隊長か……」


女騎士(どうしたんだ? いきなり)

女騎士(あの鎧といい、口調といい)

女騎士(やっぱり……アイツのことを知っている?)


  「もういい、充分だ」

  「お前が私たちのことを知っている理由は分かった」


女騎士「あ、ああ……」

女騎士(何を納得したんだ? アイツのことを話した途端……)

女騎士(こいつ、一体何者なんだ?)


  「…」スチャ


女騎士(な、なんだ……いきなりこっちへ来て)



   カチャ カチャ

     ガチャ


  「よし、これで鍵は外れた」


女騎士「へ……?」

女騎士「どうして、こんな……」


  「手荒なことをして済まなかった」

  「私には君を捕える理由が無くなった」

  「どこへでも行けばいい」


女騎士「……?」

女騎士(どうして、こいつは私を開放なんか)

女騎士(もう、何が何だか……)


  「逃げないのか?」

  「自由になったんだぞ」


女騎士「そんなこと言われても、信用できるか」

女騎士「そうやって、私を罠にはめるつもりじゃないのか?」


  「ははは……そう考えてもおかしくは無いな」

  「だが、そんなことはしない」

  「名前は違うとはいえ、君も同じ隊の仲間だ」


女騎士「何なんだ、さっきから」

女騎士「捕まえられたと思ったら、開放され」

女騎士「責め立てられたと思ったら、いきなり引いて」

女騎士「挙句の果てには同じ隊の仲間?」

女騎士「一体、何を考えているんだ!?」


  「その様子じゃ、私の話は聞いてないみたいだな」

  「まぁ……アイツの事だ」

  「奴みたいに1人で解決しようとしたんだろう」


女騎士(ヤツ? アイツの事じゃ無いみたいだけど……)

  
  「さて、少し……昔話を聞く気はないか?」


女騎士「いきなり、何を……」

 
  「本当に君があの隊の隊長だと言うなら」

  「君には真実を知る資格があって、私にはそれを話す義務がある」

  「だから、私は話さなければならない」
 

女騎士「昔話を?」


  「ああ、そうだ」

  
  「7年以上前……まだ魔族と戦争を繰り広げてた時の話を」 


  「あの時、私は……私たちは義勇兵として戦場に出向いていた」


女騎士「義勇兵?」


  「簡単に言えば、自分から戦争に参加した兵士のことだ」

  「国が持っている正規の兵士……この国では騎士になるが」

  「それとは違って常備軍としては機能せず、戦時中に臨時に募集された者」

  「だが、傭兵とは違って金銭を目的としない」

  「純粋に国のために戦った兵士たちのことだ」


女騎士「国のため?」

女騎士「だったら、騎士団だってそうだ」

女騎士「騎士だって、国を守るために技を磨いている」


  「今はそうかも知れないが」

  「あの頃の騎士団は違う」

  「隙あれば他人の名誉を自分の物とし、何かあれば他人を犠牲に保身に走る」

  「そんな……欲にまみれた貴族の集まりだった」


女騎士「そんな……信じられない」

女騎士「あの騎士団が?」


  「君みたいな若い騎士には信じられないだろう」

  「実際に、今の騎士団は殆どが平民階級の人間の組織だ」

  「だが、現実としてあのころの騎士団はそうだったんだ」


女騎士「でも、どうして?」

女騎士「そんなに貴族が多いなら、平民ばかりになるはずがないのに」


  「……皆死んでしまったんだよ」

  「魔王との最終決戦……戦場となった魔族の城で」

  「魔王討伐の名誉が欲しいがために、身に余る戦場へ出向いたツケだな」


女騎士「…」


  「そして、その補充人員として多くの平民が徴収された」

  「それが今の騎士団の基になっている」


女騎士「ということは……」

女騎士「今と昔の騎士団は別物?」


  「そういうことになるな」

  「ただ……昔の貴族が完全にいなくなったと居なくなったという訳じゃない」

  「生き残った奴らは騎士という位を捨て、今でも権力にしがみ付いている」

  「そんな奴らを失くすため、私は……」


女騎士「誘拐事件を起こした?」


  「流石に気づかれていたか」

  「部下の行動を探るだけあって、勘は鈍くは無いみたいだな」


女騎士「けど……それでも分からない」

女騎士「どうしてお前がそんな事件を起こしたのか」

女騎士「なぜ、貴族を狙っているのか」


  「それには、この先を話す必要があるな」

  「犯罪者の言葉を信じるかどうかは分からないが」

  「聞けば分かるはずだ」


女騎士「…っ」


  「あの戦争で、私たち義勇隊は最前線で戦い続けた」

  「来る日も来る日も魔族の魔法に晒され、仲間を1人、2人と失い」

 「死んだ仲間の武器でも、敵の魔法でも、使えるものは何でも使って戦った」

  「正しく命を燃やしながら戦い続けた」

  「金のためでもなく、名誉のためでもなく、ただ平和のために戦い続けた」

  「自分たちが戦い続ければ、戦争が終わって……皆に笑顔が戻ると」


女騎士「…」


  「しかし、その想いは踏みにじられた」

  「他の誰でもない、味方のはずの騎士と国王によって」


女騎士「へ、陛下が?」


  「国王は義勇兵の事なんかこれぽっちも考えてなかった」

  「金を払わずとも働く、便利な駒ぐらいにしか思っていなかった」

  「褒賞として安い革鎧を与えておけば良い程度の認識だったんだろう」

  「その結果……義勇隊は常に最前線の壮絶な戦場に送られた」

  「魔法が飛び交い、仲間の死体に埋もれた戦場……」

  「多分、奴が居なかったら義勇隊はとっくに壊滅していたな」

  「それで……」


女騎士「待って」

女騎士「その『ヤツ』っていうのは?」


  「そうだな……」

  「義勇兵が国に未来を運ぶ勇者なら」

  「真の勇者とでもいうべきものかな」


女騎士「どういうこと? 勇者様なら城にいる……」


  「アイツは違う」

  「アレは貴族が造り出した偶像、偽りの英雄だ」


女騎士「偽りの英雄?」

女騎士「それは一体……」


  「……これ以上は私が話すことじゃない」

  「あいつも騎士だったとはいえ、仲間の一人だ」

  「軽々しく話して良いことじゃない」


女騎士「…」


  「とにかく、アイツは私たちの最後の希望だった」 

  「たった一人でどんな絶望的な状況も切り抜け」

  「敵の最高幹部である四天王相手に互角以上に戦って打ち勝った」

  「まさに、人類の英雄……勇者の名に恥じない男だった」


女騎士「でも、それは勇者様の……」


  「勇者と呼ばれる男の功績はすべて、アイツの物だ」

  「敵の幹部を何人も葬り、起死回生の立役者でもある」

  「国王はその名声を自分の都合の良いように利用した」

  「その結果、偶像の勇者が生まれた」


女騎士「…」


  「そうして……」

  「騎士団の貴族たちは私達……義勇兵を使い潰していった」
  
  「だが、それでも義勇隊は戦い続けた」

  「国を守るためため、自分を生かすため、家族に安心してもらうため……」

  「理由はバラバラだったが、それぞれの理由のため死力を尽くして戦った」

  「全員が同じ背中を……先陣を切って進んで行く本当の勇者の背中を見て思った」  

  「『俺達の力で戦争を終わらせてやる』と」


  「しかし、アイツは終戦を迎えることは無かった」

  「敵の最後の司令官、土の四天王の討伐に行ったきり……帰ってはこなかった」

  「騎士団の命令で、1人で討伐に向かった」

  「本人は友軍が来ると騙され、私たちにはそんなことも知らされず」


女騎士「1人だって!?」

女騎士「なぜ、そんな!」


  「騎士団にとって、目立ち過ぎだアイツは邪魔だったんだ」

  「戦争が終わったとき、自分たち以外の人間が力を持つのは避けたい」

  「そんな自分勝手な理由のせいでアイツは死地に赴き、帰ってこなかった」


女騎士「…っ」


  「全てが終わった後……」

  「生き残った義勇兵は私と君の部下の2人きり」

  「名ばかりの騎士の位を貰いはしたが、私の中には何も残らなかった」

  「あるのは生き残ってしまった罪悪感と、仲間と過ごした過去の思い出」

  「そして……自ら野望のために自分たちを陥れた貴族たちへの憎悪」


  「だから、私は認めない」

  「アイツを裏切った貴族どもも、過去の犠牲を忘れたこの国も」

  「全部この手で……潰してやる」


女騎士「なら、どうして!?」

女騎士「私だってお前が恨む貴族のはずなのに……」

女騎士「どうして、こんなことを話したんだ!」


  「それは……」


     ガンッ  

    ダダダダッ


女騎士「!?」


  「どうやら、お迎えが来たみたいだ」  

  「昔話はここまでだな」


女騎士「お前!?」


傭兵騎士「…」


傭兵騎士「……無事か? 隊長さん」


女騎士「ど、どうして……お前が?」


傭兵騎士「アンタのとこのメイドに頼まれたんだ」

傭兵騎士「お嬢様を探してくれってな」


女騎士「姉さんが?」


傭兵騎士「そこで大人しくしてろ」

傭兵騎士「後は俺がやる」


女騎士「大人しくって」

女騎士「ちょっと……!」


傭兵騎士「いいから、俺に任せろ」


女騎士「…っ」

女騎士(コイツの目、本気だ)


  「さて、話はおしまいか?」


傭兵騎士「……ええ」


  「そうか……」


傭兵騎士「…」


  「……久しぶりだな」

  「あそこで仲間の墓を掘った時以来か」 


傭兵騎士「…」

 
  「まさか、お前が来るとはな」

  「これも運命なのか?」


傭兵騎士「運命なんかじゃない」

傭兵騎士「俺が探そうとした結果、アンタが見つかった」

傭兵騎士「……それだけですよ」


  「そうか……それだけか」

  「でも、何故ここが分かった?」

  「我ながら結構上手く隠れられたと思っていたんだが」


傭兵騎士「……簡単です」

傭兵騎士「王都を散々探し回って見つからなかった」

傭兵騎士「だから、街の外を探しただけだ」


  「しかし、王都の外も広い」

  「すぐには見つからないとは思うが」


傭兵騎士「あなたの考えることぐらい分かる」

傭兵騎士「俺は……俺達はあなたの立てた作戦で行動していた」

傭兵騎士「だから、犯人がアンタなら」

傭兵騎士「……俺には必ず見つけられる」


  「必ず見つけられる……か」

  「こうもはっきり言われるとは」

  「昔の仲間というのは厄介なものだな」


傭兵騎士「大人しく投降してください」

傭兵騎士「でないと、俺は……」


  「私を斬る、か」

  「まぁ……当然だろうな」

  「騎士であるお前にとっては、それだけの罪を犯したのだから」


傭兵騎士「…っ」


  「どうした? 剣を抜かないのか」

  「それでは私を罰することはできないぞ」


傭兵騎士「……どうして」

傭兵騎士「どうして、こんなことをしたんですか?」

傭兵騎士「こんなことしたって、あの人は帰ってこないし、仲間だって死んだままだ」

傭兵騎士「一体、何のためにこんな事件を起こしたんだ!」


  「……そんなことは分かってる」

  「私がしていることは全て、自分を納得させるための自己満足だ」


傭兵騎士「だったら!」


  「だが、それでも……」

  「それでも、譲れないものがある」
 
  「私達にした仕打ちを忘れてのうのうと生きている貴族」

  「欺瞞を繰り返し、自らの罪を覆い隠す王族」

  「そんな奴らが許せないんだ」


傭兵騎士「あなたは……」


  「私はお前ほど強くはない」

  「過去を受け入れ、今を生きるには戦場に長居しすぎた」


傭兵騎士「そんなのは俺も同じです」

傭兵騎士「耳を塞げば、いなくなった仲間の声が聞こえ」

傭兵騎士「まぶたを閉じれば、あの戦場がよみがえる」

傭兵騎士「そんな俺のどこが強いと言うんですか!?」


  「だが、お前は騎士になることを受け入れ」

  「どんな目にあっても、隊を存続させようとした」

  「私よりよっぽど強い」


傭兵騎士「でも……!」


  「分かってるだろ? もう言葉は必要ない」

  「後は決着を付けるだけだ」


傭兵騎士「……副長」


  「もう、私は副長などではない」

  「元義勇隊の反逆者……お前にとっての敵だ」


傭兵騎士「くっ…」


  「さぁ、剣を抜け」

  「お前の手で私を止めてみろ」ジャキ

  
     ダダダッ


傭兵騎士「クソッ!」ジャキッ


女騎士「お、おい!?」

女騎士「まっ……」



    ヒュッ  
        カキンッ


  「早いな……だが!」ヒュンッ


傭兵騎士「…」サッ


  「まだまだッ!」ブンッ


   ガンッ


傭兵騎士「…っ!」


  「やッ!」ヒュッ


   カンッ


  「とぅ!」ヒュ


    キンッ


  「……ッ!」ブンッ


   ガキンッ



  「くっ、流石に……強いな」

  「貴族どもを相手にしすぎて体が鈍ってしまったか?」


傭兵騎士「……鈍ってなんかいませんよ」

傭兵騎士「あなたの腕はあのころと同じか、それ以上だ」

傭兵騎士「でも、俺の方が剣の腕は上です」


  「そうだったな」

  「お前と剣で戦って勝てたためしは無かった」
 

傭兵騎士「副長、考え直してください」

傭兵騎士「俺にあなたは……」


  「ははは、随分と舐めたことを言ってくれるな」

  「だが……もう、ここまで来てしまったんだ」

  「今更後戻りなどできない」


傭兵騎士「副長ッ!」


  「さっき、自分の方が剣の腕は上だといったな」

  「確かにそうだった」

  「剣技でお前に勝つことはただの一度もできなかった」

  「しかし、私にもお前より得意だったものもある」


傭兵騎士「まさか……」


  「そうだ!」

  「行くぞ、炎よッ!」


   ゴォオオオオオオ


女騎士「!」

女騎士(ま、魔法!?)


傭兵騎士「くっ……」サッ


  「まだだ! 風よ!」


  ヒュッ ゴォオオオオオ


傭兵騎士「クソッ、水よ!」ビシャッ


女騎士(あ、アイツも!?)

女騎士(これは、一体……)


  「はぁッ!」ヒュッ


    カンッ


傭兵騎士「…っ!」


  「やッ! たっ!」ヒュッ シュッ


傭兵騎士「…」サッ カキン


  「風よ!」


  ヒュォオオオオオ


傭兵騎士「なっ!?」


  「はっ!」ヒュッ


   ズブリッ


傭兵騎士「ぐおっ……」


女騎士「!?」

女騎士(そ、そんな……)


  「…っ!」


   ズシャッ


傭兵騎士「ガッ、はぁ…はぁ……」


女騎士「お、おい……お前」


傭兵騎士「はは……大丈夫だぜ、隊長さん」

傭兵騎士「これぐらい何ともない」

傭兵騎士「だから……そこで、待っててくれ」


女騎士「でも! このままじゃ」


傭兵騎士「いいから!」

傭兵騎士「いいから……そこに居てくれ」

 
  「お前、本気で攻撃する気が無いのか?」

  「このままでは死ぬぞ」


傭兵騎士「それぐらい、分かっています……」

傭兵騎士「でも、俺には……できない」


  「何故だ!」

  「このまま殺されても良いというのか!?」


傭兵騎士「犯人の目星がついたときからこうなることは分かってた」

傭兵騎士「自分なりにケリを付けて覚悟を決めたつもりだった」

傭兵騎士「他の誰かがやるぐらいなら自分がやろうと思っていた」


傭兵騎士「でも……アンタを見てたら、余計な事ばかり思い出す」

傭兵騎士「初めて戦闘で勝利した時の事とか、皆で魔法を練習した時のこととか」

傭兵騎士「アンタの周りに思い出がチラついて、手に力が入らないんだ」


  「お前……」


傭兵騎士「だから、お願いします!」

傭兵騎士「こんなことは止めて、どこかへ行って下さい」

傭兵騎士「もう……これ以上、仲間を失いたくないんです」


  「……分かった」

  「お前にその気がないなら、そうさせてやる!」

  「来い、炎よ!」


   ゴォオオオオオ


女騎士「!?」

女騎士(炎が、こっちに……!)


傭兵騎士「隊長さん!?」


  「行けッ!」


傭兵騎士「クソッ!」

傭兵騎士「やめろぉおお!!」


   ダダダダダダ


  「燃え尽きろ!!」


   ゴォオオオオオ


女騎士(ダメだ、間に合わな……)


   ゴォオオォォォ


女騎士(!?)


傭兵騎士「はぁッ!」


    ヒュッ


  「フッ……」


傭兵騎士「!」
    

    ズシャッ


  「がっ……はぁ…」


    ドサッ


傭兵騎士「はぁ……はぁ……」


  「よく……やったな」


傭兵騎士「……どうしてだ」

傭兵騎士「どうして、こんな」

  
  「良い…んだ、これで……」


傭兵騎士「でも、こんなこと!?」


  「……済まない」

  「私の……わがままに、付き合わせて」


傭兵騎士「副長……」


  「これを……頼む」


傭兵騎士「これは?」


  「せめてもの……償い、だ」

  「おまえの手で、すべてを終わらせ…て、くれ」


傭兵騎士「……分かりました」


  「最後に……ひとつ、頼まれて欲しい」

  「私の…私の鎧を……あの場所に」

  「仲間が眠っている、あの場所に」

  「身勝手な頼みだが……頼む」


傭兵騎士「…」コクリ


  「少し……疲れた、な」

  「無理を、し過ぎた……みたいだ」

  「ひと眠り……することにするよ」


傭兵騎士「お疲れ様です、副長」


  「ああ、ありが……とう……」


傭兵騎士「…」


女騎士「…」


傭兵騎士「……隊長さん、少し手を貸してくれ」

傭兵騎士「1人で動くのは……ちょっとキツそうだ」


女騎士「嫌だ」


傭兵騎士「隊長さん?」


女騎士「後は私がやっておく」

女騎士「だから、少し休んでいて」


傭兵騎士「そうか……悪い」


女騎士「いいよ」

女騎士「私がやりたいんだから」


傭兵騎士「それじゃあ、後で起こしてくれ」

傭兵騎士「少し……寝る」


女騎士「……おやすみなさい」


-翌日-

<兵舎 医務室>


   ガチャ


女騎士「おはよう」

女騎士「ケガの調子はどうだ?」


  「ああ、良好みたいだよ」


女騎士「えっと……勇者様?」


勇者「やぁ、おはよう」

勇者「君も彼のお見舞いかい?」


女騎士「ええ、まぁ」


勇者「それなら、他へ行った方がいいかもしれないね」

勇者「そこのベッド、もぬけの殻だったから」


女騎士「えっ……そんな」


勇者「いや、そういうんじゃないから大丈夫」

勇者「ベッドから抜け出すくらいは元気ってことさ」


女騎士「なんだ……一瞬でも心配して損した」

女騎士「でも、勇者様は良いんですか?」

女騎士「アイツのお見舞いに来たんでしょ」


勇者「僕なら大丈夫」

勇者「ちょっとした報告をしに来ただけだから」

勇者「帰ってくるまで、ここで待ってるよ」


女騎士「報告?」


勇者「……副長のことだよ」

勇者「君たち、あの隠れ家を燃やしただろ?」

勇者「それの事後処理について、どうなってるか話そうと思ってね」


女騎士「やっぱり、いけなかったですよね」

女騎士「隠れ家ごと燃やしちゃったのは……」


勇者「まぁ、僕の立場的には嬉しくないけど」

勇者「……彼が望んでやったことだろ?」

勇者「だったら、僕には何も言うことは無いし」

勇者「副長には僕も世話になったんだ、捕まえて晒し首になんかしたくないさ」


女騎士「…」


勇者「どうしたんだい? 黙りこくって」

勇者「何か変な事を言ったかな」


女騎士「いえ、その……」

女騎士「ちょっと気になることがあって」


勇者「気になること?」


女騎士「色々と話を聞いて思ったのですが」

女騎士「勇者様はアイツとあの副長と呼ばれる男」

女騎士「彼らと……どういう関係なんですか?」

女騎士「話では、その……偽りの英雄、と言ってましたが」


勇者「偽りの英雄……」

勇者「確かにその通りだ」

勇者「そう言ったのは副長かな?」


女騎士「ええ、はい」


勇者「実は、あの人は……彼だけじゃなく」

勇者「僕にとっても副長なんだ」


女騎士「えっ?」


勇者「つまり、僕も義勇隊に居たってことさ」


女騎士「でも、義勇兵は2人きりしか残らなかったと……」


勇者「多分、それには僕は含まれてない」

勇者「僕も義勇隊にいたけど、義勇兵じゃない」

勇者「王国の騎士として所属していたんだ」


女騎士「それは……どういうことでしょうか」


勇者「義勇隊の監督係として派遣されたんだ」

勇者「末端まで騎士団の意向を伝えるようにって」

勇者「でも……戦争の最前線で僕が出来ることなんて、何もなかった」

勇者「だから、僕も同じように戦って、彼らの仲間になったんだ」


女騎士「しかし、騎士団の義勇兵に対する扱いは……」

女騎士「勇者様も貴族の家系のはずなのに」

女騎士「なぜ? そんなことが」


勇者「今でこそ王族と結婚して、それなりの名前を持っているけど」

勇者「僕の家は、もともと地方の弱小貴族だったんだ」

勇者「家の力が弱い騎士は上へは上がれない」

勇者「だから、僕は義勇隊の監督係に任命された」

勇者「上の騎士たちにとって、僕の生死なんかどうでも良かったんだ」


女騎士「…」


勇者「でも……彼らも予想外だっただろうね」

勇者「殺すつもで送り出した人間が生きて帰ってきて」

勇者「あろうことか、救国の英雄になっているんだもの」


女騎士「……勇者様」


勇者「さて、話はこれで終わりかい?」


女騎士「いえ、その……最後にひとつだけ」


勇者「何だい?」


女騎士「あなたはどう思ってるんですか?」

女騎士「……今の自分について」


勇者「そうだね……」

勇者「正直言って滑稽に思うよ」

勇者「心の中では、在りし日の仲間に対して謝り続けている癖に」

勇者「国王や別の貴族の言いなりになって、未だに偽りの英雄を演じ続ける」

勇者「滑稽を通り越して、無様だ」


女騎士「じゃあ……どうして」

女騎士「どうして、そんなになってまで英雄を?」

女騎士「そんなに思いつめているなら……」


勇者「けど、同時にこうも思うんだ」

勇者「たとえニセモノであっても、人々に希望を与えることが出来る」

勇者「本当にどうしようもなくなったとき、勇者という希望があるなら」

勇者「偽りの英雄を演じ続けても良いかもしれないって」


女騎士「でも、そんな……」

女騎士「そんなの悲しすぎる」


勇者「それでも、僕はこの道を選んだ」

勇者「後悔していないと言えば嘘になる」

勇者「けど、それもひっくるめて今の僕が居る」

勇者「だから、僕は英雄で……勇者なんだ」


女騎士「その……ごめんなさい」

女騎士「こんなことを聞いて」


勇者「良いんだ」

勇者「久しぶりに誰かに話せてスッキリしたよ」

勇者「こんなことを話せるのは彼だけだし、こんな話題は滅多にのぼらないから」


女騎士「そう……ですか」


勇者「さて、君は彼の見舞いに来たんだろ?」

勇者「そっちには行かなくていいのかい」


女騎士「でも、場所が……」

女騎士「ここにいないとなると、何処へ行けばいいのか」


勇者「本当に分からないのかい?」

勇者「今の彼が行くところなんて決まってる」

勇者「君だって、副長の最期を看取ったんだろ」


  『私の…私の鎧を……あの場所に』


女騎士「あっ!」


勇者「……分かったみたいだね」

勇者「さぁ、行ってきなよ」

勇者「彼も君に話したいことがあるだろうから」


女騎士「は、はい! 失礼します」


   タッタッタッ 

    バタンッ


勇者「……行ったか」

勇者「副長、みんな……」

勇者「僕は間違ってないよな?」


    カサッ


勇者「ん? なんだろう」

勇者「何かのメモ?」

勇者「内容は……」


<草原 王都を見下ろす丘>


傭兵騎士「…」


女騎士(……見つけた)

女騎士(やっぱり、ここに居たんだ)


傭兵騎士「隊長さんか」


女騎士「ああ、うん……」

女騎士「良く分かったな」


傭兵騎士「こんなとこまで来る奴はそうそう居ないからな」

傭兵騎士「一番、可能性が高そうなのを答えただけだ」


女騎士「……そうか」


傭兵騎士「……ここが何だか分かるか?」


女騎士「義勇兵たちの……墓場」


傭兵騎士「ああ、そうだ」

傭兵騎士「ここには俺の仲間たちが眠ってる」

傭兵騎士「まぁ……本当に眠っているという訳じゃないけどな」


女騎士「じゃあ、何が?」


傭兵騎士「剣とか、鎧とか……いわゆる遺留品ってヤツだな」

傭兵騎士「7年前の最終決戦の前、残った仲間で埋めたんだ」

傭兵騎士「死体なんて戦場から持って来れなかったから、これで我慢してくれってな」


女騎士「でも……家族とかは?」

女騎士「形見があるなら、その人たちに渡した方が」


傭兵騎士「俺達に家族はいない」

傭兵騎士「義勇兵のほとんどは教会に預けられた孤児か、戦争で家族を亡くした奴だ」

傭兵騎士「中には居る奴も居たが、そういう奴は直ぐに辞めていった」

傭兵騎士「だから、ここに埋まってるのは俺にとって家族みたいな奴らだ」


女騎士「それで……こんなところで何を?」

女騎士「まだ、傷も塞がってないのに」


傭兵騎士「副長の鎧を埋めてたんだ」

傭兵騎士「あの人の、最後の頼みだったから」


女騎士「でも、そんな体で」

女騎士「言ってくれれば……私だって」


傭兵騎士「いや、これは俺の仕事だ」

傭兵騎士「義勇隊の仲間で、あの人にとどめを刺した……」

傭兵騎士「俺がやらなきゃいけないことだ」


女騎士「でも、あれは違う!」

女騎士「最後のあれは……」


傭兵騎士「分かってる」

傭兵騎士「あの人がワザと殺されようとしたのも承知の上だ」

傭兵騎士「だが、こうしないと俺の気が済まない」


女騎士「……お前」


傭兵騎士「副長は死に場所を探していたんだ」

傭兵騎士「確かに……あの人は本気で貴族を恨んで、復讐を果たそうとした」

傭兵騎士「でも、同時に……」

傭兵騎士「その復讐に何の意味もないことを、一番分かっていたんだと思う」


女騎士「そんな……」

女騎士「どうしてそんなことが」


傭兵騎士「あの時、俺の前に立ち塞がった副長の目」

傭兵騎士「あれは復讐者の目じゃなかった」

傭兵騎士「どこか遠くを見て、昔を懐かしむ……そんな目だった」

傭兵騎士「だから、俺はそう思うことにした」

傭兵騎士「……少し身勝手すぎるか?」


女騎士「私はあの人のことは良く知らない」

女騎士「けど、どんな形であっても」

女騎士「お前が決めたなら納得してくれる」

女騎士「そんな……気がする」


傭兵騎士「……そうか」

傭兵騎士「ありがとな、隊長さん」


女騎士「い、いや……私は」


傭兵騎士「こういう時は黙って頷いとくもんだぜ」

傭兵騎士「その方が断然、恰好が付く」


女騎士「か、恰好が付くって……お前」

女騎士「茶化すようなところじゃない!」


傭兵騎士「ははっ……悪かったよ」

傭兵騎士「重苦しい話ばっかりだったから、つい」


女騎士「全く……」

女騎士「それで、どうして騎士なんかやってられるの?」

女騎士「そんな性格じゃ、騎士の仕事なんて向いてないだろうに」


傭兵騎士「それは……多分」

傭兵騎士「怖かったから、だろうな」


女騎士「怖かった?」

女騎士「一体、何が」


傭兵騎士「副長みたいに復讐の覚悟を決めることもそうだが」

傭兵騎士「一番は、義勇隊がなくなっちまうことだな」


女騎士「悪いけど……意味が分からない」

女騎士「お前の話なら、義勇隊はとっくの昔に……」

女騎士「それこそ、戦争が終わった時に解散したんじゃないのか?」


傭兵騎士「いや、名前は残ってないが」

傭兵騎士「隊自体は今でも残ってる」

傭兵騎士「それが、今の俺達の隊……」

傭兵騎士「王国騎士団第二軍、フライコール隊だ」


女騎士「えっ」


傭兵騎士「ほら、いつか俺に隊の名簿を見せたことがあるだろ?」


女騎士「あ、ああ……アレか」


傭兵騎士「アレに載っている名前は、全部昔の仲間」

傭兵騎士「義勇隊に所属していた兵士たちの名前なんだよ」


女騎士「そんな……生き残ったのはお前とあの人の2人だけだったはず」

女騎士「それが、どうして名簿に名前が載ってるんだ」


傭兵騎士「簡単さ」

傭兵騎士「生きてるか死んでるかなんて関係ない」

傭兵騎士「ただ、部隊として成り立たせるためには頭数が必要だった」

傭兵騎士「だから……死んでいった仲間たちの名前を借りたんだ」

傭兵騎士「名目だけでも義勇隊を残すためにな」


女騎士「じゃあ、まさか」

女騎士「私たちの隊って……」


傭兵騎士「ああ、そうさ」

傭兵騎士「名前こそ変わっちまったが」

傭兵騎士「中身はあの戦争の……あの頃のままの義勇隊だ」


女騎士「で、でも……どうして!」

女騎士「どうしてそんなことが」

女騎士「あの人が言ってた……昔の騎士団は義勇兵を使い潰していったって」

女騎士「だったら、そんなことをするなんておかしい!」


傭兵騎士「確かにな……戦争中は散々酷い目に遭わせた部隊だ」

傭兵騎士「普通なら、小細工なんかせずにさっさと解体しちまうだろう」

傭兵騎士「でも、奴らはそれをしなかった」

傭兵騎士「いや……出来なかったんだろうな」


女騎士「出来なかった?」


傭兵騎士「副長と話したなら聞いてるよな?」

傭兵騎士「義勇隊に居た……本当の勇者のことを」
  

女騎士「……うん、聞いた」

女騎士「誰よりも前で戦って、魔族の幹部を打ち倒した本物の英雄」

女騎士「けど、1人で行ったきり帰ってこなかったって」


傭兵騎士「ああ……あの人は帰ってこなかった」

傭兵騎士「だが、死んだわけじゃない」

傭兵騎士「行方不明なんだ」


女騎士「それは、どういう……」


傭兵騎士「あのとき、あの人は騎士団の命令で最後の四天王を討伐に行った」

傭兵騎士「友軍が来ると騙されて、たった一人でな」

傭兵騎士「でも……あの作戦が失敗したわけじゃない」

傭兵騎士「その証拠に、あの人と一緒にその幹部も姿を消した」


女騎士「倒した……?」


傭兵騎士「……分からない」

傭兵騎士「確認しようにもで出来なかったんだ」

傭兵騎士「当時の前線は混乱してて、敵の幹部がどこに居たかなんて調べようがない」

傭兵騎士「だから、誰もあの人の死を確かめていない」

傭兵騎士「でも、俺は信じてる」

傭兵騎士「あの人がそう簡単に死ぬはずがない」

傭兵騎士「きっとどこかで生き延びて、姿を隠してるだけだって」

傭兵騎士「そして……そう思ったのは俺だけじゃなかった」

傭兵騎士「騎士団の貴族たちもそう思ったのさ」


女騎士「貴族たちが?」


傭兵騎士「ああ、自分たちが殺そうとしても死ななかった人だからな」

傭兵騎士「行方不明ってのはよっぽど気味が悪かったんだろ」


傭兵騎士「奴らはあの人が帰ってくるのを恐れた」

傭兵騎士「本物の勇者が帰ってきて、自分たちへ復讐することを」

傭兵騎士「それで、戻ってきたときの保険のために義勇隊を存続させた」

傭兵騎士「形だけでも義勇隊を残して、自分たちへの怒りを抑えようと」

傭兵騎士「それが今の……」


女騎士「フライコール隊、ってことか」


傭兵騎士「でも、そんなことをする必要も無かったのにな」

傭兵騎士「あの人はそんな人じゃない」

傭兵騎士「自分の追いやられた境遇を恨んで復讐するなんて真似はしない」

傭兵騎士「ただ戦争が終わったことに安心して静かに暮らす」

傭兵騎士「俺はそう思うんだ」


女騎士「……そうか」


傭兵騎士「結局のところ、本当にこの隊が必要だったのは俺だったんだ」

傭兵騎士「副長みたいに今を憎むのも恐れて」

傭兵騎士「勇者みたいに過去と決別するのも怖かった」

傭兵騎士「中途半端に過去に縛られている癖に、今を生きるのにも辟易する」

傭兵騎士「それが俺……」

傭兵騎士「死にぞこないの義勇兵、傭兵まがいの騎士だ」


女騎士「……お前」


傭兵騎士「ゴメンな、隊長さん」

傭兵騎士「こんな俺に付き合わせて」


女騎士「どうしてお前が謝る」

女騎士「話だったら……」


傭兵騎士「そうじゃない」

傭兵騎士「アンタをこの隊に入れちまったことだ」


女騎士「えっ?」


傭兵騎士「多分、アンタの親父さんは何も知らずこの隊に入れたんだろう」

傭兵騎士「古参の貴族たちがそんなことをするはずもないし」

傭兵騎士「大貴族と呼ばれる貴族にも、辺境からの出戻り組は少なくないからな」

傭兵騎士「だから、俺が強く反対すれば別の隊に送ることもできた」

傭兵騎士「古い貴族どももバカじゃない」

傭兵騎士「俺が居なくなれば、隊を存続させる意味が無くなることも分かっていた」

傭兵騎士「だが、俺はそうはしなかった……」


女騎士「…」


傭兵騎士「心のどっかで思っちまったんだ」

傭兵騎士「こんなのも悪くない」

傭兵騎士「あの戦争を知らない、今を生きる人間が居れば、俺も変われるしれないって」

傭兵騎士「だから……済まなかった」

傭兵騎士「アンタがこんな閑職みたいな部隊に居るのは俺の所為だ」

傭兵騎士「俺が……」


女騎士「やめろ!」


傭兵騎士「隊長さん?」


女騎士「やめてくれ」

女騎士「そんなこと……言わないで」


傭兵騎士「どうして、そんなこと」


女騎士「お前にそんなことを言われたら……」

女騎士「私は、私はどんな顔をすればいい」


傭兵騎士「それは……」


女騎士「私の事を今を生きる人間だって言ったな?」

女騎士「でも、それは間違ってる」

女騎士「私も……私だって、お前と同じだ」


傭兵騎士「……アンタも?」


女騎士「私には兄さんが居たんだ」

女騎士「あの人も私と同じ騎士で、魔族と戦っていた」

女騎士「その時の話を、まだ小さかった私と姉さんによく話してくれた」

女騎士「強くて、優しくて……」

女騎士「私の知ってる一番の騎士だった」

女騎士「けど……7年前、魔王城の戦いで死んでしまった」

女騎士「お前の仲間たちと同じように」


傭兵騎士「…」


女騎士「その戦いぶりのおかげで父上は王都に戻って、今の仕事に就いてる」

女騎士「だから、私は兄上のように立派な騎士になって」

女騎士「貴族の名に恥じぬように務めを果たし」

女騎士「兄さんの代わりになろうと思っていた」


女騎士「でも、違った」

女騎士「お前の話を聞いて分かったんだ」

女騎士「私は立派な騎士になりたかったんじゃない」

女騎士「ただ……兄さんを忘れたくなっただけだって」

女騎士「戦争が終わって、魔族は過去の存在になった」

女騎士「それと同時に、魔族と戦った兄さんたちの事も忘れられていった」

女騎士「多分、私はそれが怖かったんだと思う」

女騎士「誰からも忘れられて……本当に自分の思い出の中だけの存在になることが怖かった」

女騎士「だから、騎士になった」

女騎士「騎士になって、兄さんと同じ立場になって……」

女騎士「自分の中に兄の存在を見つけようとしたんだと思う」


傭兵騎士「……隊長さん」


女騎士「私も同じだったんだ」

女騎士「お前と一緒で、過去にしがみ付いてただけだった」

女騎士「お前に会わなかったら、こんなことには気づけなかった」

女騎士「だから……ありがとう」

女騎士「お前の隊に入れて、良かった」


傭兵騎士「ははっ……」

傭兵騎士「まさか、こんな小娘に諭されるなんてな」

傭兵騎士「俺も焼きが回ったかな」


女騎士「……その言い方、気に食わない」

女騎士「年だって、10も離れてるように見えないし」

女騎士「仮にも私は上官だぞ」

女騎士「もっと気を使ったらどうだ」


傭兵騎士「はいはい、分かりましたって」


傭兵騎士「申し訳ありませんでした、隊長殿」

傭兵騎士「……これでいいかい?」


女騎士「まぁ……及第点ってとこかな」


傭兵騎士「手厳しいね」

傭兵騎士「ウチの隊長さんは」


女騎士「他の隊はもっと厳しいんだ」

女騎士「これぐらいで、済むんだから」

女騎士「十分甘い採点だ」


傭兵騎士「……そうかい」

傭兵騎士「そりゃあ、アンタに感謝だな」


女騎士「それより、もう日も沈む」

女騎士「こんなところに居ないで、ささっと帰ろう」


傭兵騎士「ああ……悪い」

傭兵騎士「もう少し、1人にしておいてくれないか」


女騎士「……分かった」

女騎士「でも、まだケガも完治してないんだから」

女騎士「早く帰って、しっかり休むこと」

女騎士「これは隊長命令だ」


傭兵騎士「了解しました! 隊長殿」


女騎士「なっ……!」


傭兵騎士「なかなか様になってただろ?」


女騎士「全く……からかうのもいい加減にして」

女騎士「早く帰るんだぞ」


   ザク ザク ザク


傭兵騎士「……ありがとうな、隊長さん」

傭兵騎士「アンタのおかげで少しだけ前を向けそうな気がする」

傭兵騎士「でも、悪いな……」

傭兵騎士「その前に一仕事片付けないと前に進めない」

傭兵騎士「これだけは、俺一人の手でな」

>>226致命的な誤植

女騎士「私は立派な騎士になりたかったんじゃない」

女騎士「ただ……兄さんを忘れたくなかっただけだって」


-翌日-

<王城 フライコール隊詰所>


女騎士「……一日潰して、これだけか」

女騎士(流石に1人だけだと)

女騎士(なかなか終わらないや)


女騎士「はぁ……」

女騎士(今日はもう終わりにしようかな)

女騎士(日も傾いてきたし、少しぐらい遅くても誰が困るってわけでもないし)

女騎士(これぐらいは大丈夫でしょ)


   コン コン コン


女騎士「あっ、どうぞ」

女騎士「……って、勇者様?」


勇者「どうも、昨日ぶりだね」


女騎士「ええ……はい」

女騎士「で、今日はどうしたんですか?」

女騎士「アイツならまだ治療中ですよ」


勇者「いや、今日は君に話があってね」


女騎士「私に? 何でしょうか」


勇者「彼を見ていないかい?」


女騎士「いえ、見てませんが……」

女騎士「医務室にもいなかったのですか?」


勇者「ああ、あの丘にも」

勇者「街はずれの教会にもね」


女騎士「教会?」

女騎士(そういえば、姉さんの話にもあったような)


勇者「聞いてなかったのかい?」

勇者「副長の育った教会、それが王都の街はずれにあるんだ」

勇者「だから、そこに顔を出しているのかと思ったけど」

勇者「そうじゃなかった」


女騎士「えっと……それで、勇者様の要件って」

女騎士「アイツの居場所を探してくれ、ってことですか?」


勇者「似たようなものだけど……」

勇者「本当は、居場所はもう分かってるんだ」


女騎士「えっ?」


勇者「昨日、彼の病室で会っただろ」

勇者「そのときに、これを見つけてね」ペラリ


女騎士「これは……?」


勇者「副長の残したメモだよ」

勇者「魔族との取引の詳細が書いてある」


女騎士「ま、魔族との取引!?」


勇者「しーっ、声が大きい」

勇者「誰かに聞かれたら大変だ」


女騎士「す、すみません……」

女騎士「でも、どういうことなんですか? 魔族との取引って」


勇者「副長が貴族の連続失踪事件の犯人なのは知ってるだろ」

勇者「どうやら、さらった貴族を魔族に引き渡してたみたいなんだ」


女騎士「貴族を魔族に?」

女騎士「どうして、そんな回りくどいことを」

女騎士「あの人なら自分の手で始末してもおかしくない」

女騎士「いや、むしろ誰かに引き渡すなんておかしい」


勇者「まぁ……話を聞いただけなら、そういう意見になるよね」

勇者「でも、そういうことじゃない」

勇者「どんなに憎い相手でも、あの人には人殺しはできなかった」

勇者「だから、敵対する魔族たちに貴族の身柄を引き渡したんだろう」

勇者「自分の代わりに始末してくれってね」


女騎士「でも、どうして」


勇者「……仲間と決めたルールを破ることになるから」


女騎士「ルール?」


勇者「僕らの戦った魔族、あの外見は人間に似ている」

勇者「いや……魔法を使える人間だ、って言っても過言ではない」

勇者「それぐらい、似ていたんだ」

勇者「そんな相手と戦っていると、何が敵で何が味方だか分からなくなってね」

勇者「だから、ルールを決めた」

勇者「義勇隊は魔族以外は斬らない、何があっても人間は殺さないって」

勇者「そうしないと……やっていけなかったんだよ」


女騎士「!」

女騎士「だったら、アイツは!?」

女騎士「アイツは自分の仲間を、その手で……」


勇者「彼なら大丈夫」

勇者「副長がそれを望んでいたってのも分かってるし」

勇者「過去に縛られ続けることの無意味さを分かってるだろうから」


女騎士「…」


勇者「でも、全てのケジメが付いたって訳じゃないみたいだ」

勇者「さっきのメモ書きの件だけど」

勇者「副長が魔族と取引していたのは分かったよね?」


女騎士「ああ……はい」


勇者「それで、そこにはこう書かれていたんだ」

勇者「『二日後の夕方、街はずれの廃墟で取引』って」

勇者「これが書かれたのは多分、君が捕まった一日前」

勇者「他の記述からして間違いない」


女騎士「私が捕まった一日前の二日後ってことは……」

女騎士「まさか!?」


勇者「そう、今日の夕方」

勇者「つまり……今だよ」


女騎士「そんな!」

女騎士「どうして、黙っていたんですか!?」


勇者「……ゴメン」

勇者「出来れば君に伝えずに、彼に直接会って止めたかったんだ」

勇者「だから、行きそうなところを全部回って探してみたんだけど」

勇者「こういうことは向こうの方が上手だったみたいで」

勇者「結局、見つけられずに君の所へ来たんだ」


女騎士「勇者様……」


勇者「彼の事だから……きっと、その魔族と戦って副長の件にケジメを付けようと考えてる」

勇者「けど、もう戦争は終わったんだ」

勇者「魔族の事なんか忘れて、静かに暮らしてほしいんだ」

勇者「だから、勝手な願いだけど、頼む」

勇者「君が行って、彼を止めてくれ」


女騎士「あなたは……」

女騎士「勇者様は行かないのですか?」


勇者「僕が行くには、有名になりすぎた」

勇者「魔族が居ると分かっているところへ簡単には行けない」

勇者「行ったら多分……戦争になる」

勇者「そうなったら、また悲劇を繰り返すだけだ」


女騎士「……分かりました」

女騎士「私に任せてください」

女騎士「アイツは私の部下です」

女騎士「私が責任をもって連れ戻してきます」

女騎士「たとえ名目だけであっても、隊長の役目ですから」


勇者「……済まない」

勇者「君にこんなことを頼むなんて、勇者失格だな」


女騎士「そんなこと言わないでください!」

女騎士「あなたは自分を犠牲にしてでも、皆の平和を考えている」

女騎士「誰が何と言っても英雄です」

女騎士「少なくとも、私はそう思います」


勇者「そうか……」


女騎士「それでは、行ってきます」


勇者「ああ、気を付けて」


女騎士「はい、任せてください」


   タッタッタッ 


勇者「……ありがとう」

勇者「そして、アイツを頼む」


<王都 街はずれの廃墟>


女騎士「…」

女騎士(ここがメモにあった魔族との取引場所)

女騎士(もう日も暮れかかってるけど……)

女騎士(まだ、始まってないよね?)



   カツ カツ カツ



女騎士「!」

女騎士(足音! 誰か来る)サッ



傭兵騎士「…」


   カツ カツ カツ


女騎士(なんだ……アイツか)

女騎士(だったら、慌てて隠れなくても……)



  「……お前」



女騎士「!?」

女騎士(他にも誰かいる!)

女騎士(まさか……魔族!?)



  「何者だ?」


傭兵騎士「代理の取引人だ」

傭兵騎士「ここへ来るはずの者が来れなくなってな」

傭兵騎士「その代わりに来た」


女騎士(どうしよう……)

女騎士(隠れたは良いけど、出て行きにくくなった)



  「代理だと?」

  「そんな話は聞いてないぞ」


傭兵騎士「急なことでな」

傭兵騎士「アンタたちに連絡する暇がなかった」


  「そんなこと……!」


  「まぁ、副長」

  「話だけでも聞いてみましょうよ」

  「俺達もここで騒ぎを起こすと不味いんですから」


副長「しかしだな、上等兵」

副長「ここは敵地だ」

副長「軽々しく相手を信用するべきではないんだ」


上等兵「でも、コイツの付けてる鎧」

上等兵「今までの奴とそっくりじゃないですか」

上等兵「少なくとも、全くの無関係って感じじゃなさそうですよ」  


副長「…」


傭兵騎士「どうだ?」

傭兵騎士「少しは信用する気になったか」



女騎士(とにかく、すぐに戦う訳じゃないみたいだし)

女騎士(ここは……少し様子見をしよう)



副長「お前、あの人間とどういう関係だ?」


傭兵騎士「そうだな……」

傭兵騎士「ちょうどアンタともう1人と同じ関係さ」

傭兵騎士「あの人が副長だったときの、兵士さ」


副長「嘘は付いてないだろうな?」


傭兵騎士「嘘なんか付かねぇよ」

傭兵騎士「あの人は俺の……ただ1人の副長だ」

傭兵騎士「他に代わりなんていない」


副長「…」


上等兵「副長、いい加減にしましょうよ」

上等兵「そんなこと疑ったって何も始まりませんって」

上等兵「疑うんだったら、ほら……」

上等兵「ここに来た目的とか、どうして手ぶらなのかとか、色々あるでしょ」


副長「しかし……」


傭兵騎士「部下の方が、よっぽど話が分かるぜ」

傭兵騎士「そんな石頭で肩こりなんかしないのか?」


副長「クソ……バカにして」

副長「良いだろう、お前の話を信じてやる」

副長「だが、そのまえに我々の質問に答えてもらおう」


傭兵騎士「いいぜ、何でも答えてやる」

傭兵騎士「ただし……俺の知ってる範囲までだがな」


副長「まず、1つ」

副長「今まで来ていた奴はどうした?」

副長「我々はあの人間と取引をしていた」

副長「奴に何が起こったか分かるまでは話を聞けん」


傭兵騎士「……死んじまったよ」

傭兵騎士「貴族を攫っていたのがバレてな」

傭兵騎士「最期には騎士に追い詰められて、隠れ家と一緒に焼け死んだ」


副長「なっ……!」

副長「それは本当か!?」


傭兵騎士「気になるんだったら、調べてみればいい」

傭兵騎士「表立っては隠されてるが」

傭兵騎士「ちょっと探れば直ぐに出てくる」

傭兵騎士「アンタらなら余裕だろ?」

傭兵騎士「誰にもバレずに王都まで侵入してるんだから」


副長「……次だ」

副長「取引材料はどうした?」

副長「約束では最低でも1人の人間を持ってくるはずだったが」


傭兵騎士「さっきも話したが、先任が死んだんだ」

傭兵騎士「俺だって下手に動けない」

傭兵騎士「こんなことがバレたら、牢獄行きじゃ済まないだろうからな」


副長「つまり、約束を果たせなかったようだな」

副長「その様子だったら、しばらく人間を捕えることも出来そうにない」

副長「なら……お前に付き合ってる暇はない」

副長「交渉決裂だ」


上等兵「ちょ、ちょっと、待ってくださいって」

上等兵「流石にこのまま帰るのはマズイですよ」

上等兵「コイツが俺達のことをベラベラ喋ったらどうするんですか?」


副長「だったら、ここで……」


傭兵騎士「なら、俺と新しい取引をしないか?」


副長「な、なにを?」



女騎士「!?」

女騎士(ど、どういうこと!)

女騎士(まさか……アイツ、そんな! でも……)



上等兵「どういう意味だよ?」


傭兵騎士「もちろん、そのままの意味さ」


傭兵騎士「俺とお前達で、新しい取引をする」

傭兵騎士「簡単だろ?」


上等兵「副長……どうします?」

上等兵「確かに、コイツと新し取引をすれば事は収まりそうですけど」

上等兵「俺達だけで決めちゃっていいんですかね」


副長「……取引の内容は?」

副長「我々から何を差し出して、お前は何を渡してくれるんだ?」


傭兵騎士「そうだな……」

傭兵騎士「アンタらが差し出すのは前と同じでいい」

傭兵騎士「副長が、アンタらに頼んだモノだ」


副長「自分の手で王を殺したい、か」

副長「平気で同族を傷付ける……人間というのは恐ろしいな」


傭兵騎士「……そうでもしないと割り切れないモノもあるんだよ」


副長「それで……お前は何をくれるんだ」

副長「前の男は情報を持った人間だったが、お前もその類か?」


傭兵騎士「まぁな」

傭兵騎士「俺の持ってる情報、アンタらに売ってやるよ」


副長「生半可な情報はいらないぞ」

副長「前の男が連れてきた人間どもがそれなりだったからな」


傭兵騎士「だったら、安心しろ」

傭兵騎士「俺の情報はあの勇者様についてだ」


上等兵「勇者って……あの人間に囃し立てられてる奴か」

上等兵「そいつの情報がどうしたって言うんだ」


傭兵騎士「そっから先は取引してもらわないと教えられないな」

傭兵騎士「俺だって、ボランティアでこんなことやってるんじゃないんだ」


上等兵「どうしますか? 副長」

上等兵「アイツの情報なんか手に入れても……」


副長「いや、我々の知っているのは今いる英雄ではない」

副長「今後の事を考えたら、うまみがないわけじゃない」


傭兵騎士「それで、どうするんだ?」

傭兵騎士「答えが出ないなら、一日ぐらい待ってやろうか」


副長「いいや、その必要はない」

副長「お前の話……乗ってやろう」


傭兵騎士「交渉成立だな」



女騎士(まさか……本当に人間を裏切るつもり?)

女騎士(けど、アイツがそんなことを考えるはずない)

女騎士(きっと何か考えがあるんだ)

女騎士(飛び出すには……まだ早い)


副長「さぁ、お前の持っている情報」

副長「我々に教えてもらおうか」


傭兵騎士「ああ、さっそく教えてやる」

傭兵騎士「……と言いたいんだけどな」

傭兵騎士「ちょっと問題があるんだ」


副長「問題だと?」

副長「お前……出し抜こうなんて考えてないだろうな」


傭兵騎士「疑ってるのか?」


副長「お前だって人間だ」

副長「いつ裏切ってもおかしくない」


傭兵騎士「言ってくれるな」

傭兵騎士「だが……俺の言う問題ってのは」

傭兵騎士「口頭で情報をやり取りできないってことだ」


上等兵「どういうことだ?」

上等兵「お前が知ってるなら話せばいいだろ」


傭兵騎士「いや、俺の持ってる情報は口では説明できない」

傭兵騎士「要するに……絵みたいなもんなんだ」


副長「つまり、口で説明できないから」

副長「何か紙のようなものでやり取りしたいと?」


傭兵騎士「ああ、そうだ」

傭兵騎士「そして……それはここにある」ペラッ


副長「ふむ……全くの嘘では無いようだな」


傭兵騎士「お前らにこいつをくれてやる」

傭兵騎士「だが、俺から渡すつもりは無い」

傭兵騎士「そっちまでノコノコ出向いてやられるのは困るからな」

傭兵騎士「どっちか1人がこれを取りに来い」


副長「保険、という訳か」


上等兵「……俺が取りに行ってきましょうか?」


副長「いや、この取引を任されているのは私だ」

副長「お前は下がっていろ」


傭兵騎士「決まったか?」


副長「ああ、私が行こう」


傭兵騎士「こいつはここに置いておく」

傭兵騎士「俺は下がっているから……」


   カツ カツ カツ


傭兵騎士「お前が取りに来い」


副長「……そうか」



   カツ カツ カツ


女騎士「……っ」

女騎士(本当にこのまま取引を成立させる気?)

女騎士(でも、アイツは……)


   カツ カツ スチャ


副長「なになに……」ペラッ

副長「小麦粉10キロ、干肉5キロ、荷馬と馬車が……」

副長「何だ!? コレは!」


   ダダダダダダッ


上等兵「副長!?」


副長「なっ……」


傭兵騎士「はッ!」ヒュッ


   ザシュ


副長「がっ……は」



上等兵「クソッ……大地よ!」


  ビュンッ  ビュンッ


傭兵騎士「チッ、岩石砲か」

傭兵騎士「避けッ……!」



女騎士「させるかッ!」ジャキッ


   カンッ


女騎士「ぐっ…!」


   キンッ


女騎士「うわっ……」ドサッ


上等兵「何だ!? 俺の魔法が」



傭兵騎士「よし、来い! 炎……」


副長「させるか!」ヒュッ


傭兵騎士「!?」サッ



   ゴォオオオオオオ


上等兵「ぐっ……副長!?」

上等兵「クソッ、炎が迫って……」

上等兵「お前! 最初から騙すつもりだったのか!?」



女騎士「いや、私は……」


傭兵騎士「そうだ!」

傭兵騎士「最初からお前達を倒すつもりだった」

傭兵騎士「だから、あんな下手な芝居を打ってやったんだ」


上等兵「クソ……お前達」

上等兵「副長! 今助けます」

上等兵「大地よッ!!」


  ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ


女騎士「!?」

女騎士(じ、地面が動いてる?)


傭兵騎士「させるか!」

傭兵騎士「風よ……」


副長「私を忘れては困る!」ブンッ


傭兵騎士「くっ……」


   ヒュ ゴォォオオオオ


上等兵「ぐわっ……」


   ガンッ  ドシン


副長「……止めきれなかったか」

副長「なら、私が!」ヒュッ


   カキンッ


傭兵騎士「…!」


副長「ハアッ!」ブンッ


   ガキンッ


傭兵騎士「ぐっ…」


副長「……燃えろ」


傭兵騎士「なっ……この至近距離で!」


副長「炎……」


女騎士「させない!」ヒュッ


副長「!?」サッ


女騎士「逃がすか」

女騎士「ハッ!」ヒュ


   カンッ


女騎士「やぁッ!」ヒュッ


   キンッ
   

女騎士「たぁーッ!」ブンッ


副長「なに……」


   ズシャッ
  

副長「ぐおっ……」スチャ


女騎士「はぁ……はぁ…」


上等兵「副長ッ!」

上等兵「チクショウ、お前ら……」



副長「止めろ!」



上等兵「なっ、何言ってんですか!?」



副長「お前は……逃げろ!」

副長「逃げて、このことを、報告するんだ!」



上等兵「でも、そんな!?」



副長「いいから、行け!」

副長「上官命令だ!!」



上等兵「しかし……」



副長「上官の命令に文句があるのか!? 上等兵ッ!」



上等兵「……了解、しました」


副長「行った、ようだな」


傭兵騎士「……ああ」


副長「見逃して、よかったのか?」

副長「みすみす……取り逃がすような、ものだぞ」


傭兵騎士「俺は副長の……前の取引相手のケジメを付けに来た」

傭兵騎士「この取引を任されてるのはお前なんだろ?」

傭兵騎士「だったら、アイツに用は無い」

傭兵騎士「アンタが居れば十分だ」


女騎士「お前……」


副長「……そういうことか」

副長「人間にも、お前のような奴が…居たとはな」


傭兵騎士「御託はいい」

傭兵騎士「さっさと終えさせて貰う」

傭兵騎士「隊長さん、向こうを向いててくれ」


女騎士「どうして?」


傭兵騎士「いいから向こうを向いてくれ」

傭兵騎士「アンタには、なるべくこういうところを見られたくないんだ」


女騎士「……分かった」


副長「残念だが……その必要は、ない」


傭兵騎士「なんだ? 負け惜しみか」

傭兵騎士「だったら、向こうで存分にやってくれ」


副長「いいや、そうじゃない」

副長「私たち解放軍には」

副長「最後の……自決手段が、ある」


女騎士「な、何だ! それは!?」


副長「……爆弾だ」

副長「魔力を込めると……起動する」

副長「少しでも、多くの敵を巻き込んで、死ねるように」


傭兵騎士「なんだと!」


副長「だから……」


傭兵騎士「クソッ!」ガバッ


女騎士「……えっ」ドサッ


副長「さよならだ」


    カチッ


-数ヶ月後-

<王都 療養所>


   コン コン コン


傭兵騎士「……誰だ?」
 

  「えっと、私だ」


傭兵騎士「なんだ、隊長さんか」

傭兵騎士「入っていいぜ」


女騎士「失礼する」


傭兵騎士「今日はどうしたんだよ?」

傭兵騎士「看病なら間に合ってるぜ」


女騎士「間に合ってるって……その体でか?」


傭兵騎士「見てくれは包帯グルグルだが」

傭兵騎士「これでも、一応1人で歩けるんだ」

傭兵騎士「ちょっと前みたいに、なんでも手伝ってもらう必要は無くなったよ」


女騎士「全く……無茶するよ」

女騎士「私をかばって、敵の自爆を受けるなんて」

女騎士「医者の話では全身ズタボロだったって言うじゃない」


傭兵騎士「ま、こうして生きていられたんだ」

傭兵騎士「どうでも良いじゃねぇか」


女騎士「良くない」

女騎士「お前が死んだら、私が困る」


傭兵騎士「悪かったって」

傭兵騎士「あの時は、ああするしかなかったんだ」


女騎士「それは……分かってる」

女騎士「だから、その……お礼を言いに来たんだ」

女騎士「なんだかんだ、言いそびれてたから……」


傭兵騎士「そんなことのために」

傭兵騎士「ワザワザ俺のとこまでやって来たのか?」


女騎士「おい! そんなことって」


傭兵騎士「礼なんていらないさ」

傭兵騎士「俺達は同じ隊の仲間なんだ」

傭兵騎士「仲間が危険に陥ってるとして」

傭兵騎士「そいつを守るために体を張るのは当然だ」


女騎士「けど、それで大ケガなんかされたら……」


傭兵騎士「確かに、守られた奴は気が重いかもしれない」

傭兵騎士「だがな……もし、守れなかったら」

傭兵騎士「守ることすらできなかったら」

傭兵騎士「そのとき、そいつは一生そのことが心残りになる」


傭兵騎士「それは他でもない……この俺が一番よく知ってる」

傭兵騎士「だから、いいんだよ」

傭兵騎士「アンタが無事で俺も助かった」

傭兵騎士「それでいいじゃねぇか」


女騎士「…」


傭兵騎士「はは……少し、息苦しい話になっちまったな」

傭兵騎士「こんなとこでそんな話してもしょうがない、話題を変えるぞ」

傭兵騎士「隊長さん、なんか無いか?」

傭兵騎士「出来れば明るいヤツが良いな」


女騎士「明るい話題……」

女騎士「そうだ! 勇者様に子供が生まれたってのは」

女騎士「……知ってる、よね」


傭兵騎士「ああ、双子の兄妹らしいな」

傭兵騎士「アイツから直接聞いたよ」

傭兵騎士「これでしばらくは外遊しなくて良い、って喜んでたな」


女騎士「やっぱり、勇者様から聞いてたんだ」

女騎士「ん? 勇者様と言えば……」

女騎士「お前、療養中に絵巻物を作っていたんだって?」

女騎士「勇者様からそんなことを聞いたぞ」


傭兵騎士「ゲッ……」

傭兵騎士「アイツ、話したのかよ」


女騎士「……その反応」

女騎士「やっぱりそうなんだな?」

女騎士「ちょっとでいいから、私にも見せてみてよ」


傭兵騎士「いや、アレはその……」

傭兵騎士「見るに堪えないというか」

傭兵騎士「人に見せるもんじゃないというか」


女騎士「ますます気になってきた」

女騎士「私も作るのに協力するから」

女騎士「ほら、見せてみなって」


傭兵騎士「はぁ……仕方ねぇ」

傭兵騎士「こうなったら見逃してくれないだろうし」

傭兵騎士「ほら、こいつだよ」スッ


女騎士「……これか」

女騎士「では、さっそく」


   サラ サラ サラ


女騎士「……うん」


傭兵騎士「読み終わったか?」


女騎士「ああ」


傭兵騎士「で、どうだった」


女騎士「いや、中身は良いんだけど」

女騎士「この絵……どうにかならなかったの?」


傭兵騎士「悪いが……」

傭兵騎士「それが俺の全力だ」


女騎士「ええと……その、ゴメン」


傭兵騎士「……いいんだよ」

傭兵騎士「アイツにも散々からかわれたんだ」

傭兵騎士「今更、どうってことないね」


女騎士「いや……その、ほら!」

女騎士「絵だったら、私も協力する」

女騎士「母さんが生きてた頃は芸術も嗜んでいたんだ」

女騎士「だから、きっと役に立つはず」


傭兵騎士「ん? 隊長さんも手伝ってくれるのか」


女騎士「もちろん」

女騎士「隊長として部下に協力するのは当り前だし」

女騎士「お前の書いた、この絵巻物のストーリー」

女騎士「それを他の人にも見てもらいたいんだ」


傭兵騎士「そりゃまた、どうして?」


女騎士「この絵巻物、おとぎ話調で書かれているけど」

女騎士「お前の戦争での経験が基になってるだろ?」


傭兵騎士「まぁ……俺には他の話なんて書けないしな」


女騎士「お前がどんな想いでコレを書こうと思ったのかは分からない」

女騎士「でも、何か覚悟があって書こうとしたのは分かる」

女騎士「だから……手伝いたいんだ」


傭兵騎士「そんなこと言っていいのか?」

傭兵騎士「そいつがいつ完成するかも分からないし」

傭兵騎士「俺に付き合ってたら、いつまでも窓際のままだぞ」


女騎士「いいんだ」

女騎士「私にはもう、騎士の名誉とか誇りなんて必要ない」

女騎士「それを追い求めても兄さんの後姿を見てるだけって分かったから」

女騎士「だから……私は今を生きたい」

女騎士「過去を乗り越えようとしているお前と共に今日を生きる」

女騎士「そのために、手伝いたいんだ」


傭兵騎士「……言ってくれるな、隊長さん」

傭兵騎士「それじゃあ、愛の告白みたいだぜ?」


女騎士「なっ!?」

女騎士「なに、バカなことを!」


傭兵騎士「あはは……冗談だよ、冗談」

傭兵騎士「隊長さんにそんなつもりがないってのは分かってるさ」


女騎士「まぁ……うん」


傭兵騎士「けど、隊長さんの気持ちはしっかり受け取った」

傭兵騎士「言ったからには、トコトン付き合ってもらうぜ?」


女騎士「任せてくれ」

女騎士「……と、言いたいけど」

女騎士「1つだけ気になることがある」


傭兵騎士「なんだ?」


女騎士「ほら、最後の文に……」


  『魔王と勇者はいなくなった。新たなる時代の到来だ』


女騎士「……ってあるけど」

女騎士「勇者様は生きているし、本物の方も生きてると信じてるんだろ」

女騎士「なら、どうしてこんな文面に?」


傭兵騎士「それは……そうだな」

傭兵騎士「多分、俺の願望みたいなものだろうな」

傭兵騎士「魔王も勇者も、魔族も人間もない」

傭兵騎士「いつの日か、そんな時代が来てほしい」

傭兵騎士「そういう時代が来れば、俺達みたいに過去に縛られる人間が居なくなる」

傭兵騎士「……そんな風に思ったんだ」


女騎士「そうか……」


傭兵騎士「ま、どっちにしても」

傭兵騎士「そんな下手くそな絵じゃ、話にならないけどな」


女騎士「まぁ……な」


傭兵騎士「さて、画材ならそこにある」

傭兵騎士「早速始めようぜ」


女騎士「いや、まだ仕事が残ってるんだけど」


傭兵騎士「相変わらずの書類整理なんだろ?」

傭兵騎士「だったら、そんなの後回しでいいさ」

傭兵騎士「こっちの作業の方がよっぽど仕事をしてるってもんだ」


女騎士「確かに……そうかも知れないな」


傭兵騎士「さて、始めますか」


女騎士「ああ!」


おしまい

以上で全投下終了
バレバレだったかも知れないが↓のサイドストーリとして作った

勇者の像「…」
勇者の像「…」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410151017/)

質問があれば適当に


絵巻物の内容を書く気はないのか?

>>285
今のところ、書く予定はない

勇者の子供双子だったのか
上級兵の自爆に巻き込まれなかった方はどうなったんだろ?

>>289
あの時点では生きているつもり

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