【艦これSS】提督「壊れた艦娘と過ごす日々」08【安価】 (1000)

※艦これのssです。安価とコンマを使っています。

※轟沈やその他明るくないお話も混じっています。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1424082603

好感度的なもの

141 睦月(YP1)
78 榛名
57 加賀
54 浜風
50 夕立
41 鈴谷
30 伊58
28 雪風
23 大淀
15 清霜
02 金剛

※攻略は出来ないけど絶対に病まない癒し的な存在
曙・阿武隈・阿賀野

・好感度30 トラウマオープン

・好感度60 トラウマ解消
ここから恋愛対象&好感度上昇のコンマ判定でぞろ目が出たらヤンデレポイント(面倒なのでYP) +1

・好感度99 ケッコンカッコカリ

・好感度は150まで

・YPは5がMAX、5になったら素敵なパーティ(意味深)

沈んだ艦娘24人

一回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
大和・朝雲・那珂・武蔵・弥生
(雪風は生還)

二回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
深雪・大鳳・如月・雲龍・龍驤
(雪風は生還)

三回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
白露・時雨・村雨・五月雨・涼風・皐月・文月・長月
伊19・伊168・伊8・北上・神通

???
春雨


現在の資源とか建造とか
燃料385 弾薬398 鋼材394 ボーキ366

A【燃料30 弾薬30 鋼材30 ボーキ30】
いわゆる最低限レシピ。駆逐艦・軽巡洋艦が対象です。

B【燃料250 弾薬30 鋼材200 ボーキ30】
軽巡洋艦・重巡洋艦・潜水艦が対象です。

C【燃料400 弾薬30 鋼材600 ボーキ30】
重巡洋艦・戦艦が対象です。

D【燃料300 弾薬30 鋼材400 ボーキ300】
軽空母・正規空母が対象です。

E【燃料500 弾薬500 鋼材500 ボーキ500】
駆逐艦・軽巡洋艦・重巡洋艦・潜水艦・戦艦・軽空母・正規空母「以外」が対象です。


・装備
今いるヒロイン候補の新しい装備を作ります。
と言っても錬度とか戦力数値も無いスレですので、要は資源と引き換えに好感度を上げるだけです。
まず【燃料100 弾薬100 鋼材100 ボーキ100】を支払います。
次に誰の装備を作るか選択し、その後はコンマ次第で好感度が上がります。
ただし実際のゲームと同じで失敗する場合もあります。勿論その場合資源は帰ってきません。
具体的には3割の確率で失敗します。

戦闘システム


【戦闘判定】
コンマ+好感度+艦種

【艦種】
軽巡洋艦=20
重巡洋艦=30
軽空母・戦艦=45
空母=65

潜水艦=相手の艦種が重巡洋艦・戦艦・空母・潜水艦の場合、引き分け以上が確定。
コンマで相手より上ならば勝利、下なら引き分け。


提督「……」

 背もたれが軋む。一つ大きく息を吐いた。

提督「そうか……」

 文面こそ穏やかなものの、内容は願いを断る旨だった。

『当鎮守府では内外面共に今多忙で、十分な検討をする時間的余裕に乏しいため……』

 文面に目を滑らせながら、思考する。

 内面、というのはまだ分かる。雪風が退院し復帰することで、色々と考え直さなければいけないところもあるだろう。

 彼女を海に出ないよう説得する必要もあるし、もしかしたらこちらとの演習に参加しようとするかもしれない。

 あるいは、暗に雪風の面倒を見て欲しいと言うものを先に断ったのはこちらとも言える。それを受けての文面とも言えなくもないし、本当にそうだとしたら、それはこちらがとやかく言えることではない。

 文章の筆跡を見るに書いたのは司令官のようで、彼なりに雪風を慮っての結論であれば、確かに符合する。

提督「しかし、外面は何だ?」

 気になったのはその一文字。内面、の間に書かれた、外と言う文字。

 雪風の実情が鎮守府内の事情であれば、それ以外にも何か今回の結論に至った理由があるはずだ。

 しかもしれは雪風とは関係のない内容。もっと言えば、誰か特定の個人ではなく、鎮守府そのものとしての理由だ。

 また、同じく気になる点がある。それは、時間的余裕、というものだ。

 提案をしてから、おおよそ一ヶ月の期間は、回答に至るまでの時間的余裕に欠けるものだろうか。

 雪風に退院後、今の鎮守府に戻るよう勧めたのは、演習の提案をする前のことである。それが回答の時間を削る理由にはならない。

 であれば。

提督「何か、事情がある……?」

 雪風を理由としない、曖昧な理由で誤魔化さなければいけない理由。

提督「本部か?」

 そう考え、最初に浮かんだのはそれだった。

 本部からすれば、この鎮守府は邪魔な場所に違いない。わざわざ演習で鍛錬をする必要など感じないだろう。

 厄介者との交流を避けるために、本部がそうするように命じた可能性は、確かに考えられる。

提督「どこで知ったんだ?」

 しかしその場合、そもそもとして演習の申し出をどこで本部が知ったのか、という疑問が生じる。

 その提案をしたのは確か中央鎮守府の室内で、本部の人間は居なかった。

 あまり漏れるとは考えづらいが、大淀から話を聞かされた仲間たちが口にして、それを後日本部の人間が聞いた可能性も、ないわけではない。

 とはいえ、それはシンプルでもスマートでもない展開なので、やはり首を傾げざるを得ないのだが……。

提督「本部……」

 そういえば。

 司令官は、元々本部の人間だった、か。

提督「……」


提督「……いや、深く考えても仕方ないな」

 息を吐き、ぐっと背伸びをする。

 分からないことだらけの中での仮想はあてにならない。

 司令官が元々本部の人間だとしても、それがどう言う風に今回の文面に影響を与えているかなど考えようもないのだ。

 本部に良い思い出などはないが、しかしあの司令官は酷い人間ではないと思う。

 少なくとも何度か訪れた際の彼女たちは、司令官を信用しているようだった。

 彼女たちが騙されているとも思えない。

提督「また今度、話を聞いてみようか」

 何も今後一切連絡を取れないと言うわけではない。定期の演習を断られただけで、また単発で申し込むことくらいは可能だろう。

 マイナス方向への考えは、際限なく進んでしまうから切り替えが必要だ。

提督「明日からは三月か……」

 丁度月もかわることだ。

 明日からまた、出来る事をこなしていくべきである。


【三月一週 前半】


 今日から三月である。

 二月と言うとまだ冬のイメージが強いが、三月となるとどうしてだろう、春のイメージがわいてくる。

 暦上では確か三月からが春なので、そういうものを感じるのかもしれない。

 とはいえ、あくまで個人的な事を言わせて貰うと、春は四月と五月の二ヶ月で、秋も同じく十月十一月の感覚だ。

 残りの八か月分をそれぞれ二分して夏と冬と呼んだほうが、気温的には丁度いい気もするのだが、俺の気のせいだろうか。

提督「まだ朝は寒いな」

 まぁ、そんな話はどうでも良く。

 要は、三月になったところでまだ朝は寒い、と言う話である。

 月が変わったからと言って、いきなり温度が何度も変わるわけではないのだ。

 じんわりと少しずつ、暖かくなっていくのが待ち遠しい。



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)

雪風の退院祝いを名目に鈴谷と中央鎮守府に行く

今日はここで終わりです。
好感度が150の上限になったら、YPのカウントもしません。

21時になったら始めます。


睦月「う~ 工廠室工廠室」

 今、工廠室を求めて全力疾走をしている睦月は、鎮守府に務めるごく一般的な艦娘。

 強いて違う所をあげるとすれば、提督が好きってことかにゃ──

 名前は睦月型一番艦睦月。

 そんなわけで鎮守府の脇にある工廠室の入り口にやってきたのです。

 ふと見ると、工廠室の近くに一人の艦娘がしゃがみこんでいました。

睦月(おりょ、可愛い妖精さん!)

 そう思っていると突然その艦娘は睦月の見ている目の前で、妖精さんをとっつかまえたのだ……!

加賀「や り ま し た」


提督「艤装が壊れた?」

 工廠室。

 睦月の言葉をオウム返ししながら、少し離れた所に居る加賀に目をやる。

 俺の視線に気付いた加賀だったが、一瞥しただけですぐにまた妖精さんに視線を戻してしまった。

睦月「整備はしてたんですけど……」

 先ほどの出撃から戻ってきた睦月曰く、元々ここ最近連装砲の調子が良くなかったそうだ。

 それが今日の出撃で、駄目になったらしい。

睦月「およよ……」

 睦月のメンテナンスが不十分だったわけではないだろう。

 いくら万全に手入れをしても、海水や潮風で錆びたり痛んだりするし、海の上での戦いでぶつけたりすれば、あっという間に壊れる事も十分に考えられる。

 なので決して睦月に非があるわけではない。

提督「それで、新しい連装砲はあるのか?」

 ふるふると首を横に振る。

睦月「艤装の余りはないみたいです」

 この鎮守府では無理もない。

 余分なものは資源に回してしまっていただろうし、仮にそうしなかったとしても、ここのメンバーの面子を考えると睦月の使う連装砲に予備がないのも頷けるからだ。

 睦月、浜風、夕立、そして清霜と、今となってはこの鎮守府で一番多い駆逐艦とはいえ、四人が四人とも俺がここにきたときには居なかった艦娘である。

 鈴谷、加賀、伊58、そして榛名というそれより前のメンバーしか居なかったこの鎮守府では、駆逐艦用の連装砲に余りがなくても仕方がない。

提督「となると、新しく作るしかないのか」

睦月「そうなのですよ。それで……」

 工廠室に向かうと、妖精を捕獲する加賀が居た、と言うわけか。

睦月「そうなのです」

 妖精が居なければ、艤装を作ることは出来ない。

 なので睦月にしてみれば、加賀が妖精を捕獲してくれたことは丁度タイミングが良かっただろう。


提督「しかし加賀、その、なんだ。とりあえず妖精さんを放してやってはどうか」

加賀「……そういうわけにはいかないわ」

 加賀の手の中で妖精が逃れようともがいているが、加賀は身じろぎ一つしない。

加賀「今放したら逃げられてしまう」

提督「それは……」

 それだけ強く握っていたら、そうしたくもなるだろう。

 妖精からしたら、冷ややかな目線で自身を強く握る加賀は恐怖の対象になりそうだ。

睦月「加賀さんが怖いのがいけないのですよ」

加賀「……」

 直球にもほどがある。

睦月「もっと優しくしてあげないと。ただでさえ目つきが怖いんですから」

提督「睦月。もう少しオブラートにだな」

加賀「……」

 的確に急所を抉る睦月の言葉である。

睦月「あっ」

加賀「っ」

 動揺したのか、加賀の手が緩んだらしい。その隙を突いて妖精が加賀の手から抜け出した。

 再度加賀が捕まえようとするが、小さな妖精を捕まえるのは難しい。先ほどは油断している所を捕まえたのかもしれない。

 そして加賀の手から逃れた妖精が、そのまま睦月の胸に飛び込むようにして、咄嗟に差し出した手の中にすっぽりと収まった。

睦月「およ」

加賀「……」

 さしも加賀も、睦月の手から妖精を奪うようなことはしない。

 何かいいたさそうな表情を浮かべながらも、誤魔化すようにそっぽを向いた。

加賀「……お好きにどうぞ」

睦月「良いのです?」

加賀「私ではなく、妖精に聞いて頂戴」

 言われるがまま睦月が手の中の妖精に目を落とす。

 任せろと言わんばかりに妖精が頷いた。


 妖精の作業を邪魔しないように一度工廠室を出る。

睦月「ところで、加賀さんはどうして妖精さんを捕まえてたんですか?」

加賀「……」

提督「……」

 加賀がじとりを俺を見た。

提督「……いや、その」

加賀「……」

 艦載機をいつか用意すると言う約束は、未だ果たされていない。

提督「……すまない。忘れていたわけではない。必ず約束は守る」

加賀「私は別に、何も言っていないわ」

 言葉にしていないだけで、そう言いたいのはひしひしと伝わる。

 とはいえ、約束を果たしていない自分が悪いので、何も言えない。

睦月「加賀さんも、そう言えば装備が整ってないのですね」

 そんな俺と加賀との約束など知らない睦月が、のんびりとそう言った。

提督「ああ、そうだな」

加賀「ええ、そうね」

睦月「だから妖精さんを捕まえたんですか。なるほどなるほどー」

提督「そうだな……」

加賀「そうね」

 加賀の含みのある視線と、睦月の無邪気な言葉がちくちくと刺さる。

 完全に自分が悪いだけに、何も言い返せないのであった。

睦月「加賀さんも艦載機なしで戦ってるんですし、睦月も連装砲なしでなんとか戦えないかにゃあ」

提督「それとこれとは違うと思うが……」

睦月「両手両足に魚雷を構えて、どーんと!」

 ジェスチャーを交えてそう高らかに提案するが、当然認められるわけもない。

睦月「このままじゃ睦月、魚雷だけで戦う羽目になってしまうのです」

提督「じきに出来るだろう」

睦月「失敗したらどうするのです」

 忙しなく頭を動かしながら、ぽんと閃いたように掌を叩いた。


睦月(艤装が壊れる→使えない→出撃できない)

睦月(艦娘とは呼べない→艦娘じゃない→艦娘から“艦”がとれる→普通の女の子になる)

睦月(それすなわち、ケッコンカッコカリの書類を本部にもらいにいかなくても、普通の区役所にいけば良いのでは?)

睦月「おお……おお!」

提督「な、なんだ?」

睦月「提督! それです!」

提督「どれだ」

睦月「睦月、艦娘引退するのです!」

提督「!?」

加賀「!?」

睦月「このみなぎる作戦! 睦月感激!」

加賀「この子は何を言っているのかしら……」

提督「分からん……」

睦月「寿退社です! 睦月、寿退社で永久就職です!」

提督「!?」

加賀「……」

提督「待った、加賀、何故下がる。何故距離をとる」

加賀「別に」

提督「明らかに今下がっただろう」

加賀「別に、あなたの好みに口を出すつもりはないわ」

提督「口に出してないだけで、態度にはしっかり出てるから。頼むから話を聞いてくれないか。ちょっと睦月も落ち着いて、冷静になろう」

睦月「睦月は冷静です、冷静かつ情熱的です」

提督「映画みたいな言い方をするな」

加賀「お邪魔のようね、私は」

提督「いや待て、待ってはくれないか」

 加賀は立ち止まることなく行ってしまった。

 ……あらぬ誤解を生んでしまった気がして仕方がない。

提督「どうしてこうなった」

提督「どうしてこうなった」

本当だよw


加賀(なんとなく、彼女のここ最近の様子からして、そんな気が全くしないわけではなかったけれど)

加賀(ああも変わるとは思っていなかったわ)

加賀(まぁ、それはさておき)

加賀「……妖精さん。艤装は出来たのかしら」

妖精さん『アッ、コワイヒトダ ダレカタスケテー』

加賀「……それはもういいから。それより艤装は」

妖精さん『デキタヨー チョットマッテテー』

加賀「12.7cm連装砲。彼女のものね」

加賀「艦載機は?」

妖精さん『……』

加賀「……」

妖精さん『ミタイテレビガアルカラ カエルヨー』

加賀「ちょ……」

加賀「……」

加賀「……どうして、こうなるのかしら」



睦月の好感度上昇
↓1のコンマ十の位(ぞろ目でYP+1)

YP溜まってたら>>114

睦月「三人を解体して睦月の予備パーツにするのです!」

とか言ってたのかな

>>123
キャラやYPの数値、あと方向性によります
病むと言っても必ずしも相手を傷つけるのがヤンデレではないので


【三月第一週 後半】


提督「やれやれ……」

 結局、睦月の艤装は妖精が新調してくれたので問題にはならなかったが、もしも妖精が開発に失敗していたらと考えると頭が痛くなる。

榛名「どうしました、提督?」

提督「ん……ああ、いや」

 まさか“睦月のアプローチが最近凄くて”とは言えまい。少し誤魔化す形にありながらも、榛名の問いに漠然と答えた。

提督「榛名の艤装は、大丈夫か? 問題ないか?」

 事情を知らない榛名からしたら、突然の要領を得ない質問かもしれないが、なんとなく聞いてみる。

 睦月の艤装が壊れたという事は、他のメンバーの偽装だってそうなってもおかしくはない。

榛名「はい、大丈夫です。心配してくださって、ありがとうございます」

提督「そんな大げさなものじゃあないんだがな」

 却ってこちらが申し訳なくなってしまうほどの対応である。

 このあたりは以前から変わらないので、もともとの性格なのだろう。

提督「さて、今日はどうしようか」



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)

鈴谷とお茶会


鈴谷「……そんな余裕、ないんだけど」

 答えはわかりやすく素っ気ないものだった。

 じきに始まる街の工事によって、大事な親友の墓が取り壊されてしまうのだから、焦るのも無理はない。

 ましてやその工事が、真っ当なものでないという疑いの強いものであれば尚更だ。

 かつてこの鎮守府で散々不幸に遭い、それが通り過ぎたはずの今でもまた不幸に見舞われると言うのは余りにも酷い話ではある。

 唯一、不幸中の幸いを見出すとすれば、彼女が街の工事を調べる為に朝行動するようになった事だろうか。

 役所に行くにしても、工事の準備に取り掛かる様子を調べるにしても、日中でないと行えないものである。

鈴谷「……それに、あんたと二人なんて、嫌だし」

 数回瞬きを繰り返した鈴谷。緩く溜息を吐きながらそう零した。

 仕草や言葉にそれほど強いものはない。目元にもやや隈が見て取れる。

 夜型の人間が、朝型になろうとしている最中と言えばそういえなくもないが、事情が事情である。

 肉体的にも精神的にも疲弊がたまっているのは明らかだった。

提督「それは分かる。が、根を詰めすぎるのも良くはない」

鈴谷「……うるさい」

 どちらかと言うと、言い返す言葉に悩んでの返答のようだった。

 自分でも、というより、自分が一番無理していることに気付いているのだろう。

 よもや朝も夜も行動しているとは思いたくはなかったが、彼女の行動は出撃に取り組む艦娘達と反するものなので、俺を含めて殆んどが実情を知らない。

 もし仮に、彼女が数日鎮守府を留守にしたとしても、気がつかない可能性は十分に考えられた。

 だからこそ、不安だった。

 それはまるで、いつかの榛名を見ているようだったから。

 何かをしていないと気が休まらない、正気を保っていられない、そんな彼女の姿が重なって見えるようで。

 だから、例え鈴谷が俺を嫌っているのだとしても、どうしても言葉を掛けてあげなければいけないと思った。

睦月は病んでも攻撃的にならないのか…

鈴谷のお茶会はパッと思い付いた中で一番マシかなって思ったんだけど……すまん、失敗したっぽい

後個人的に鈴谷・浜風・大淀を進めたいだけで件の鈴谷ニキ榛名ニキではないぞ、証明出来ないのは解ってるけど


提督「鈴谷、ちゃんと夜眠っているか? 隈ができているぞ」

鈴谷「余計なお世話なんですけど」

提督「焦る気持ちは分かる。でも、自分の体も大事にしないといけない」

鈴谷「分かるわけないでしょ……」

提督「君が心配なんだ。だから……」

 きっと鈴谷が俺を睨んだ。

 続ける言葉を遮って、それから鈴谷が一歩下がる。

鈴谷「放っておいてよ!」

 そして強く床を踏みしめて、鈴谷が叫んだ。

 いつも通り組まれた腕を解いて、強く拳を握り締める。

 歯軋りが聞こえそうなほど唇を歪ませて、悲痛な叫びは続いた。

鈴谷「自分だって、夜まともに眠れてないくせに」

提督「……」

鈴谷「身体を大事にだなんて、自分が出来てないこと言わないでよ」

提督「……鈴谷」

鈴谷「気付いてないとでも思った?」

 少しだけ口角を上げて、皮肉げに笑う。

鈴谷「昔のことずっと引きずってるのはあんただって一緒じゃん。そんなあんたが、あたしに何言ったって、説得力がないんだよ」

提督「……ああ」

 毎日のように夢を見る。

 手を伸ばしてもその先で仲間が死んでいく夢を、繰り返して何度も何度も。

 夢と夢の合間に目を覚まし、その度に汗を拭いトイレで戻す。

 その姿を、鈴谷に見られていたようだ。

 だけれどそれは同時に、彼女もまた夜起きているという事を示している。

 それが眠れていないからなのか、それとも俺と同じ様に夢に起こされているからなのか。

 どちらかは分からなかったし、どちらでもそれは瑣末なことだった。

 自分の事を棚に上げ、鈴谷に言葉を投げかけても、彼女に届かないのも無理はなかった。


提督「……でもな、鈴谷」

鈴谷「いい、もういい」

 聞きたくないと言わんばかりに、鈴谷が顔を背ける。

 玄関への通路を俺が塞いでしまっているので、外に行きたい鈴谷が苛立ちながら息を吐く。

 玄関は二箇所だが、母港からぐるっと回って外に出る事も出来るので、実質的には出入り口は三つある。

 その他の出口に向かうために鈴谷が足を動かした。

提督「鈴谷」

 俺の言葉にも振り向かない。

 それでも、今ここで鈴谷に対して何もしないのはいけない気がした。

 ここ最近の彼女の様子を思い出す。

 彼女は、嫌な思い出しかないであろう執務室の前を、通る必要がないのにわざわざ通っていた。

 それが本当に偶々だと言ってしまえばそれまでだが、どうしてかそうとは思えなかった。

 もしかしたら、という自分に都合のいい想像でしかない。

 街の工事の時期と、彼女が執務室の近くに居るのを見た時期の重なり。

 たったそれだけの、微かなものでしかないけれど、それを偶然で片付けてしまいたくはなかった。

 彼女に何かしてあげられないかと言う希望と願望が、偶然を都合よく色付けしているのだとしても。

 それが見えざる彼女の助けを求める手なのだとしたら。その可能性が僅かでもあるのなら。何とかしてあげなければいけないのだ。


割と大事な選択肢です。
↓3

1.無理矢理にでも彼女の手をとる

2.せめて誰かと行動させる

3.諦めて背中を眺める

おそらく正解は2だろうけど>>1に地雷がどれでどうなったか聞きたいな
まさか2つも地雷はあるまい


提督「鈴谷……鈴谷!」

 びくっと肩を震わせて、立ち止まる。

 半身だけ振り返って俺の方を見る目は、睨んでいるようにも見えたし、どこか少し怯えているようにも見えた。

 言葉や態度でこそ強いところはあるが、それはそもそも彼女が受けた傷を隠すものであり、いってみれば盾のようなものだった。

 大きな声で怒鳴ったわけではないが、離れた距離のためにやや強めの呼びかけになってしまったのも事実だ。

 その声に、胸の前で手を重ね、それから身を守るように腕を組んだ。

 少し申し訳ない思いに駆られながら、再度言葉を重ねる。

提督「せめて、誰かと一緒に動いてくれないか。それなら君も俺も、安心できる」

鈴谷「なんで?」

提督「街の工事の真相は、見えないところがありすぎて不安だ」

鈴谷「……」

 鈴谷もそれは分かっているようだ。

 区役所に対して緘口令を敷ける相手など、限られている。

 以前睦月の言葉は否定したものの、ややもしたら本当に政府が関係していても否定は出来ないのだ。

提督「体調も良くないし、一人にさせるわけにはいかない」

鈴谷「……」

 艦娘と言う立ち位置は、あまりに複雑だ。

 人間よりも強い力を持ち、人間よりも弱い権力しか持たない。

 例え彼女が自分を艦娘と呼ばなくても、周りがそれを認めない以上守ってあげなければならない。

 その役目を俺がしてあげたいのだが、彼女の事を考えたのならば、より安心できる相手のほうが良いかもしれない。

提督「誰を選ぶのかは、君に任せる。だから、どうか一人で行動するのは少し控えてはくれないだろうか」

鈴谷「……」

 腕を組みながら、床に視線を落とす鈴谷。

提督「鈴谷」

鈴谷「……聞こえてる」

 細く息を吐きながら、鈴谷が髪に指で触れながら、

鈴谷「気が向いたら、そうする」

 とだけ答えた。


提督「そうか。良かった」

 鎮守府のメンバーは鈴谷を除いて七人。

 出撃などの兼ね合いを考えるのであれば誰か一人を交代で着かせるのがベターな気もする。

 或いはより安全を期す為にも、二人以上つけてもいいかもしれないが、それはそれで動きづらいだろう。結局の所鈴谷の判断に委ねる部分が大きくなるのはやむを得ない。

 それよりは、鈴谷が妥協する形とは言え俺の言葉を受け入れてくれたことに意味を見出したいと思う。

提督「何かあったら、相談してくれ。俺が嫌なら別の誰かでも良い」

鈴谷「……」

提督「一人で行動しないでくれ」

鈴谷「……分かった」

 適当な相槌でないことを祈る。

鈴谷「……」

提督「どうした」

 そのまま立ち去るのかと思ったら、ふと鈴谷が聞いてきた。

鈴谷「……もし、あんたなら、どうする?」

 言葉の真意を測りかねて、やや返答が鈍くなる。

 しばし考えて、ふと思い至った。

提督「お墓のことか?」

鈴谷「……」

 鈴谷は答えない。が、恐らくはそれだろう。

 工事で墓が取り壊されるとしたら、どうすれば良いのか。

 今まさに鈴谷が直面している状況であり、助けの声にも思えた。

 そしてそれに対する回答として一番わかりやすいのは工事自体を止めることだ。

 鈴谷もそうしたくて動いているのだろうし、しかしそれは余りにも壁が高すぎる。

鈴谷「なんでもない。やっぱり忘れて」

提督「鈴谷、おい……」

 今度こそ鈴谷は立ち止まることなく行ってしまった。 

 伸ばしかけた手が、そのまま虚空を切ってぱたりと脇に戻る。

 溜息だけが廊下に響いた。



鈴谷の好感度上昇
↓1のコンマ十の位


今日はここで終わりです。

>>199
1を選んだら泣いちゃう鈴谷を見ながらお茶が飲めました
3を選んだらお察しです

鈴谷の相方は話の都合上こちらが勝手に決めることもあれば安価やコンマにする事もあります
ただまぁ一つ言えるのは、以前の榛名や睦月と今の二人は違うよということですね

すみません、今日は更新出来ません

ここ最近更新できてなくて申し訳ないので、春雨のお話出しておきます。






──白露型駆逐艦五番艦の春雨です。

輸送や護衛任務は、少し得意なんです。はい──

 
 
 
 
 


 少し恥ずかしそうに、言葉の最後に“はい”と付け足すのと、片側だけをこめかみ辺りで結んだ髪の先を弄るのが、彼女の癖だった。

「はい、白露型五番艦春雨……出撃ですっ!」

「春雨が一番活躍って、本当? ……は、はい。少し、嬉しいです」

「作戦完了。艦隊帰投です、はい」

 薄い桃色の髪を指先で触りながら、そう話すあの日々。

「少し、疲れてしまいました、はい……」

「新しい艦が、はい。できました」

「業務連絡が、あの……。見てください」

 凛としていた大和や、快活だった金剛。或いは冷静だった大淀とも、かつては元気だった雪風達の中で、ともすれば埋もれがちな彼女だったけれど、それでも控え目な彼女の花は、いつだって健気に、確かに咲いていた。

「マルフタマルマル。丑三つ時ですね。少し……いえ! 怖くなんかないです」

「マルヨンマルマル。眠く……大丈夫! 眠くなんかないです、はい!」

 珍しく夜にまで任務が伸びてしまった時には、そんな風に強がりながら、うとうとと舟を濃いでは恥ずかしそうな顔をしていた。

「マルロクマルマル。朝ごはん、春雨が作ってもいいでしょうか? はい、作ります」

「マルナナマルマル。朝ごはんは麻婆はる……嘘です。和定食にしてみました。どうぞ」

 彼女は真面目で、嘘なんてとてもつかない子だったけれど、いつだったか一度だけそんな冗談を言った事もあった。

 言った後で、恥ずかしそうに顔を隠しながらも、それでも二人して笑ったことはずっと忘れないだろう。

 麻婆春雨という、自身の名前と同じ食べ物が得意料理らしい。それだけはあの鎮守府で、大和でさえも彼女より上手には作れなかった。

「ヒトロクマルマル。少し日が陰ってきましたね。そろそろ夕方です、はい」

「ヒトナナマルマル。司令官、夕焼けが綺麗ですね。ずっと見ていたいです」

 夕焼けに照らされて、彼女の髪の毛が明るく光ったあの景色は、美しかった。

 何故か彼女の髪は、結んだサイドテールの先がやや水色がかっていたけれど、その時間だけは染めた頬と同じ朱色に色塗られていた。

「ヒトハチマルマル。お夕飯を用意しますね。司令官、何がいいですか?」

「ヒトキューマルマル。やっちゃいました。春雨特製、麻婆春雨。たっ、食べて!」

 きゅっと目を瞑りながらそんな事を言う春雨に苦笑して、つられて彼女も小さく微笑んでいた。

「フタフタマルマル。司令官、そろそろ明日の輸送作戦の打ち合わせを。あの……」

「フタサンマルマル。あっ、あの。司令官、今日も本当にお疲れ様でした」

 彼女と最後に過ごしたのは鎮守府でなく本部で、彼女のその言葉をかなえる日はもう来ない。

 永遠に夢の中で続く、夏の日の、前日。

 そして、雨を過ぎて最期の日。


 大和達が沈んで、龍驤達が還らぬ姿となって、そして俺は本部に拘束された。

 二度の襲撃事件の事情聴取というのは建前で、本音はそれよりも拙いものだ。

 期待を乗せて着任させた、軍の秘密兵器となるべき大和型戦艦の二人を沈められ、面子に泥を塗られた、というが実情だ。

 確かに、俺に責任はある。提督と言うのがそういう仕事だと言うのは、重々承知している。

 軍に逆らうつもりはない。事情聴取や折檻も、言ってしまえば当然だ。

 だけれど。

 海に出た艦娘の中で、生きて帰ってきたのは雪風だけ。

 その雪風も、何も見ていない。

 満身創痍で、雲を掴むような曖昧な証言しか出来ない雪風に非はない。

 にも拘らず彼女を責めるのは酷な話だ。

 責任の所在を求めるよりも、どうして一言でも彼女に優しい言葉を掛けてくれないのか。

 それだけが、納得がいかなかった。

 雪風から殆んど何も得られないことに業を煮やし、それを晴らす様に俺に折檻をする間に、更に三度目の襲撃事件が起きてしまった。

 しかも今度は、海上ではなく陸上で。

 鎮守府内で、起きてしまった。

 十四人の艦娘が命を落とす大惨事。


 この時はまだ、深海棲艦が艦娘を食べると言う事も、

 その深海棲艦が、食した艦娘の姿を模す事も把握されていなかった。

 それを知ることが出来るとしたらせいぜい雪風か、或いは伊58、そして榛名といった限られた存在だけだった。

 あまりに人類は、深海棲艦について知らなさ過ぎた。

 いや。知ろうとしなさ過ぎた。

 艦娘という対抗策を早く手に入れたことで、深海棲艦の生態について、解らないことがいくらでもあると言うのに、まるで答えを見つけたような錯覚に陥っていた。

 生態など知らなくとも、撃てれば良い。

 素性など知らなくとも、殺せれば良い。

 艦娘と言う存在が人類にとって盾になったのと同時に、深海棲艦にとっても一つの盾になった。

 人類は艦娘に頼り、艦娘に驕り、停滞を許した。

 そのツケが、今になって訪れたと言っても、過言ではないのかもしれない。


「白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はい」

 本部の大会議室。

 会議室、とは名ばかりで、実際のところは弾劾裁判にでも使われるような厳かな場所である。

 部屋の中央に連れて来られた春雨が、上段で憎らしげに足を組む上官に怯えた様子でそう宣言した。

 居心地悪そうに春雨が部屋を見渡し、そして部屋の端で捕まった状態の俺に気付き、はっとした表情を浮かべる。

「春雨!」

「司令官……!」

 小さく口を開け、駆け寄ろうとするが憲兵に止められる。

 まるで春雨が被告人のように、複数の上官に見下ろされている。

 それだけで春雨は肩を震わせた。

「あの、春雨に……ご用なのですか?」

「用。ふん」

 忌々しげな声で春雨の言葉を繰り返す。

「言うまでもないだろう。この不始末についてだ」

「……」

 不始末──。

 一体、誰の、不始末なのだろうか。誰の不手際なのだろうか。

 提督である俺か。そうだろう。それは正しい。

 艦娘に全てを押し付け、何もしない本部は問題ないのか。

 ……それは分からない。俺がいくら唱えた所で、それこそ責任逃れになってしまう。

 だけれど、少なくとも、春雨や艦娘に非はないはずだ。

 彼女達艦娘は被害を受けた側で、それだけで辛いはずなのに、加えて謂れのない言葉を浴びる理由など一つもない。

 正しい言葉を掛けずに、間違った言葉だけを投げつけようとする本部が、分からなかった。

 何故彼女を本部は呼んだのだろうか。

 事件を一部始終目撃した雪風ではなく、何故、春雨なのか。

 本部は彼女に、何を求めているのだろうか。


「上官! 何故春雨を呼んだのですか! 彼女は何も関係ないはずです!」

 後ろ手に拘束された状態で、必死に訴える。

 俺の言葉に舌を打ちながら、しかし何も答えない。

 わざわざ答える義理もないということだろうか。

「先の鎮守府で、深海棲艦の襲撃を受けただろう」

「……はい」

 俺の言葉など無視しながら、上官が口を開いた。

 やや間を置いて春雨が小さく頷く。

「深海棲艦が、海でなく陸に上がるなど我々は聞いていない。何故だ。警備はどうなっていた」

「え、と……」

 威圧するように重ねて問いを向けるも、春雨は考えるのにいっぱいいっぱいと言った様子で、眉を顰めるだけだった。

 その様子に苛立ちを積もらせたのか、上官の一人が椅子を蹴り飛ばした。

 静かな会議室に騒音が走り、春雨が目を瞑る。

「お前たち艦娘は、深海棲艦を殺すのが役目だろう! それをおめおめと無残にやられおって!」

「……はい」

「お前たちをつくり、維持するのもタダではないんだ、国民の血税がつぎこまれているんだ。申し訳ないとは思わないのか!」

「……はい」

「そんな事、彼女には何の関係もありません!」

「貴様は黙っていろ!」

 警棒で後頭部を殴られ、視界に火花が飛んだ。

 そのまま前方に倒れてしまいたかったが、せめて春雨にこれ以上不安な思いをさせないように、何とか歯を食いしばって耐えた。

 しかし殴られた際の音だけはどうしようもなく、春雨が泣きそうな表情で俺を見た。

「大丈夫だ。安心しろ、春雨」

「司令官……」

「必ず一緒に帰るからな」

「はい……」

 微かに鼻を啜りながら、春雨が頷いた。

 そんなやり取りが、上官は気に入らなかったらしい。

 苛立ちを更に加速させた上官が大きく溜息を吐いた。


「深海棲艦が、艦娘を食べる、ね。ふん」

「……」

 鎮守府内での三度目の襲撃事件は、きっと酷い光景だっただろう。

 自分たちと同じ姿を装った深海棲艦が、突如牙を剥いて襲い掛かってくるなど、恐怖でしかない。

 逃げ纏う中、周りを行きかう仲間達の中に、“裏切り者”がいる。

 昨日まで一緒に眠っていた相手が、今日になったら深海棲艦として、自分の肉を食らおうとする。

 廊下は血で濡れ、悲鳴で溢れ、そして絶望で満ちた。

「しかも食べた艦娘の姿をする、か。面白くもない話だ、全く」

「……」

 春雨は何も答えない。答えられない。

 あの地獄絵図を思い返すだけでも胃が逆流する思いだろう。

「ならば今でも鎮守府内に深海棲艦が潜んでいるかもしれないということか」

「それは……ない、です」

 久々に春雨が言葉を発した。

 さすがに、今もなお深海棲艦が鎮守府内に居たとしたら、艦娘達が撃退しているはずだ。

「どうだか。誤魔化しているかもしれないじゃないか」

「それは……」

 深海棲艦は食べた艦娘の姿をするが、知識や知能などまで同様に得るかまではわかっていない。

 言葉を発したという報告もあれば、まるきり最初から不自然だったという話もあるので、何らかのパターンがあるのだろう。

 恐らく、艦娘を食してから姿や知能を模するまでに、タイムラグがあるのではないだろうか。

 そしてそれは、裏を返せば、上官の言葉を一部肯定していることにもなる。

 最期に艦娘を食べたのが古い深海棲艦ならば、艦娘の姿や知能を完全に写したまま行動できるかもしれないし、今もどこかでそうやって艦娘の中に紛れ込んでいるかもしれない。

 しかしそれはどこまでも仮定の話で、何一つとして裏づけのある話ではない。

 その裏づけをするのは本部のすべきことなはずなのに。

「……上官。上官、まさか」

 そう思い、そう考え、一つ汗が伝った。

 頬を伝い、汗が落ちる。同時に先ほど殴られた際に出来た傷がしみ、身じろぎしてしまう。


 他の誰でもない春雨を呼んだ理由。

 それが、まさに今から裏づけをするためのものだとしたら。

 それはあまりにも強引で、理不尽すぎる。

「これを見ろ。ここ最近、新海域で見つかった深海棲艦の写真だ」

 投げつけるように上官が何枚もの写真をばら撒いた。

「駆逐棲姫……と、呼ぶらしいな」

「……」

 そこに写っていた姿は。

 春雨に良く似た、深海棲艦だった。


「良く似ている。いやそっくりだ」

「上官! 彼女は深海棲艦なんかではありません!」

 再度頭を殴られる。ついには頭を抑えられ、土下座をするように額を地面に叩きつけられた。

 鐘を鳴らしたような響音が身体全体に走る。

 が。そんな事は瑣末なことだ。

「違います! 上官! 彼女は、春雨は……!」

 優しく、気弱な彼女が、どうして深海棲艦と呼ばれるのか。

 いくら姿が似ていようと、彼女の心を見ればそんな事は一目瞭然だろう。

「心……か。笑わせる」

「……!」

「お前は、拳銃に心があると思うか? 薬莢に心があると思うか? 弾薬が、意思を持って敵を狙っていると、思うのか?」

「そ、れは……!」

 例えにさえなっていない。

 艦娘は兵器ではない。艦娘は、心を持つ人だ。

「おおかた、こいつが仲間を手引きしたんだろう。それならば警備を掻い潜ったのに説明がつく」

「違う……! 彼女は、そんな事するはずありません!」

 地面に頭をぶつけられながら。額が濡れているのを感じながら。ただ叫んだ。

「そしてあの鎮守府を制圧しようとした!」

 そんな俺の言葉を遮るように。更に強い口調で、威圧するように、今日一番の
大声が、会議室に響いた。

「……」

「が、しかし。中央鎮守府の艦娘に返り討ちにあい、作戦は失敗」

「……」

「他の深海棲艦は全員殺害済み、そしてお前が最後の深海棲艦。そうだな?」


 それを形容するならば、きっと、取引なのでしょう……はい。

 一度ならず二度までも、どころか三度も襲撃を受けては立つ瀬もありません。

 本部としても、誰かに責任を押し付けたいのです。

 最初はそれを司令官に押し付けようとして、そして私にすることにしたようです。

 取引。

 事件の責任を、全て私に背負わせること。

「もしお前の他に、深海棲艦の生き残りがあの鎮守府にいるとなれば、そうだな。全員解体し、殺害するしかないな」

「……」

「どれが艦娘で、どれが深海棲艦が分からない以上仕方あるまい」

 その代わりに、鎮守府の皆を生かすこと。

 私の命と、皆の命。

 司令官の命と、本部の面子。

 天秤が、揺れてゆらゆら。

「上官……! それは、彼女に全て押し付けるという事ですか!?」

「事件の事情聴取をしているだけだ。貴様は少し黙っていろ!」

 司令官が再度地面に顔を叩きつけられます。

 額の次は、鼻血を出しながら。それでも司令官は、必死に私を守ろうとしてくれています。

「春、雨。認めるな。そんな出鱈目、認めちゃ、いけない」

「司令官……」

「君は、深海棲艦なんかじゃない。艦娘だ」

「俺の、大事な、仲間だ」

「……」 

 ああ。

 この人は、こんな時でも、変わらずいつものままなんです。

 そんな人だから、大和さんも、金剛さんも、阿賀野さんも曙さんも阿武隈さんも、みんなみんな、この人の事を強く慕っていたんでしょう。

 そして私も。

 私も。伝えられはしなかったけれど。

「私が、処刑をされたら。それで全ては終わりますか?」

「春雨!」

 きっと私だって、この人に咲かせてもらったんです。

 ……はい。



「違う、君が犠牲になる必要なんてない! 君は大事な仲間だ! 艦娘だ!」

「司令官」

「……っ」

 これが、私の最後の嘘です。

 一世一代の、最後の嘘で、最後の演技です。

「いいえ」

「私は、あなたの思う様な者ではありません」

 もう“はい”と言う事はないでしょう。“いいえ”と言う事もないでしょう。

「私は深海棲艦で、貴方の鎮守府を乗っ取ろうとした悪者です」

 不思議と心は落ち着いていて、何故だか氷が溶けるようにとろけていて。

「私は、嘘つきなんですよ」

 そう、微笑みました。

 頑張って、微笑みました。

「折角だから、ここで処刑してやろう」

 こめかみに、冷たい感触が伝わりました。

 その冷たさに、少しだけまた溶けていた心の氷が凍てつきかけたけれど、ぐっと歯を食いしばって耐えました。

 貴方の前で、泣きじゃくりたくなんてないから。

 今の私は嘘つきです。今の私は嘘つきなんです。

 だから、頑張って口で嘘を吐き、顔で嘘を演じなければならないのです。

 ……それでも。

 貴方に嘘をつく代わりに。

 どうか心の中でだけ本音を呟く事を許してください。


──司令官。ごめんなさい。ごめんなさい。貴方の事、好きでした。
 



「春雨! 春っ、うぐ……っ!」

 司令官が暴れまわろうとしますが、後ろ手に拘束されて馬乗りにされていては、何も出来ません。

「……ああ」

 もうダメ、です、ね。

 村雨姉さん。今度も貴女の後を追うことになります。

 笑っているはずなのに、頑張って、笑っているはずなのに。

 どうしてか視界がぼやけて、仕方ありません。

 ちゃんと最後は貴方を見ていていたいのに。これじゃあ駄目だなぁ、だなんて。そんな事を思います。

 撃鉄を起こす音が聞こえました。冷たい鉄の音。

 司令官。

 私が最期に見る人が貴方で良かった。

 私の最期を見る人が貴方でごめんなさい。

「司令官」

 唇をそっと動かします。

 口付けさえ出来なかった、叶わない恋でした。




──さよなら。




 秋のことでした。

提督にとっての最後の被害者で、そして唯一彼の前で死んだ子。それが春雨というお話。

おやすみなさいませ。

申し訳ありません、今日も更新出来そうにありません。
明日は何とかしますのでご容赦ください。

イベントはE4クリアで終了です、レア艦を探す時間が取れないですね……。
E3E4、通常の4-4と1-5のゲージに止めを刺した那珂ちゃんとか言うスーパーアイドルすごい

21時くらいから始めます


雪風「失礼します。司令官、何か御用ですか?」

司令官「うむ」

 彼女が退院して、数日程度の朝である。

 短くなかった退院生活ではあるが、それを感じさせないような、きびきびとした表情と声。

 雪風は戦線に戻る意思が強かったということもあり、言ってみれば希望が叶ったわけでもあるのだから、その心理自体は、彼にも分からないではなかった。

 とはいえ出来れば司令官としてみれば、雪風にはもっとゆっくりと休んでもらいたかったので、複雑な感情でもある。

雪風「今お茶を淹れますね」

司令官「ああ、いや。構わないよ」

 その司令官の感情を後押しするように、雪風が誤って急須の蓋をカーペットに落下させた。

雪風「あっ……すみません」

 一度切断された利き腕と、慣れない左手。砲弾を放つよりももっと些細で大事な日常でさえ、彼女には悉く棘になる。

 退院するまでの間、雪風は左手で字を書く練習をし続けていた。

 いつでのこの鎮守府に戻り、また任務をこなすと言う願望の表れである。

 そしてそれを、見られないように隠していたのだろうが、偶然司令官は発見してしまった。

 最初はメモ用紙から始まり、チラシの裏側、コピー用紙と段階を経て、最終的にはノートを埋め尽くした彼女の文字は、哀しいほどに汚いものだった。

 右腕の握力は戻っていない。

 左手の字も、とても書類を任せられるものではなかった。

 それでも紙袋にまとめて捨てられていた幾つもの紙やノート、そしてボールペンの数が、そのまま雪風の心を示しているようだった。

 願望と言うより、もうそれは執念に近いものに感じられた。

 同時にそれは、彼女にとって入院している間に心を支えるものだったのかもしれない。

 弱音や愚痴を吐かない彼女が、その感情を整理し吐き捨てる場所が、白い紙上だったのではないだろうか。

 彼女は優しく、人にそう言う感情を見せようとしない。

 加えて彼女には強い負い目がある。

 夏の襲撃事件で、二度にわたり自分だけ生き残った。

 秋の襲撃事件でも、彼女は生き残った。

 死んでいった仲間を尻目に自分だけ毎回生き残っていると言う、後悔にも似た負い目。

 それが彼女を取り巻いている。

 彼女の今を突き動かす執念は、それが原因だろう。

 仲間の死に対する後悔と、自分の生に対する罪悪感。

 頼りない両手でそれを押しのけるには、少し時間が経ちすぎた。

 微かに震える自分の右手を見て、情けなさからかふっと彼女が笑った。


 誰も彼女を責めたりなどしないし、そんな権利を持つものなど誰も居ない。

 雪風自身も心のどこかではそれを分かってはいるのかもしれないが、それでもだからと言って、自身をあっさりと許せるほどには、傷は浅くはなかった。

 満足に動かない手足を見て、どこか他人事のように笑う雪風。

 傷つく度に、四肢を失うたびに。そして、四肢を繋ぎ合わせるたびに。

 自分の中で何かが剥がれ落ちていくのを、雪風は感じていた。

 自分で自分を見下ろすような、撮影された自分の映像を見るような、そんな感覚。

 それが何なのかは彼女にも分からない。

 だけれど、自分の生死について緩慢になっているのだけは感じていた。

 幸運や悪運と言った言葉でそれを表現してしまうのは簡単だ。

 しかしそれで結論付けてしまってはあまりにも拙い。

 確かに彼女はこれまで運よく危機を脱出できたかもしれない。

 果たして四肢を失い、心を砕きながら生きている今が幸運かと言われればそれは甚だ疑問ではあるが、それでも生きている以上は最悪ではない。
 
 とはいえ。

 災難から生き残ることが幸運ならば、災難に巻き込まれることもまた不運なのだ。

 幸運だけが彼女に訪れているわけではなく、むしろ、先に襲い掛かった悲運があるからこその幸運と言える。

 だとしたら、それは相対的には幸運でも何でもない。ただの帳尻だ。

 双方が相殺できるほど単純なものではないにしても、それでも先の悲運を計算せずに後の幸運だけに目をやってはいけないはずである。

 本来の幸運は、そもそもにおいて悲運などが訪れないことで、そういう意味では彼女は不幸だった。

 その不幸が、少しずつ少しずつ雪風を蝕んでいく。

 そしてその不幸の真に恐ろしいところは、音もなく、気がついたら足元を濡らしていることである。

 その水は徐々に水位を増していき、最終的に死に至らしめるだけのものになるのだが、それに雪風は気付いていない。

 雪風だけではない。他の誰もが、その水位を見破れない。

 自分の中から自分が離れていっている彼女にとっては、それに気付けないのも無理はなかった。

 水に浸かる自分を、意識だけの自分が、水のない場所から見ているのだから。

司令官「大丈夫か?」  

 司令官の言葉にはっとしたように顔をあげ、口元だけ咄嗟に微笑んだ。

雪風「はい、すみません」

 二度ほど右手を開閉させ確かめる。全く握力がないわけではなく、意識して力を加えるイメージを込めれば、ある程度は物も持てるので、今度は急須の蓋を拾えた。

 それが雪風の意識を、足元の水から背けさせる。

 少しずつ、しかし確実に、彼女は磨耗していくのだった。



司令官「早速で悪いのだが、一つ一緒についてきてもらいたい場所がある」

雪風「なんでしょう?」

 そんな雪風を見ながら帽子掛けから帽子を取る。

司令官「本部から呼び出しがあってね」

雪風「ああ、先の深海棲艦との戦闘ですか?」

 うむ、と司令官が頷いた。立ち上がった雪風も、急須を元の場所に戻し、姿勢を正した。

 数日前、雪風が退院してすぐのことであるが、出撃した第一艦隊が深海棲艦と遭遇し、交戦をした。

 完全撃破したわけでもないが、かといってこちらの艦隊に深刻な被害が出たわけでもなく、言ってしまえばよくある戦闘だ。

 しかし肝心なのはその相手である。

司令官「私と君、それから当日交戦した艦隊の旗艦の子の三人で向かう」

 その言葉に、雪風が察した。

 雪風は艦隊に加わったわけではないので、交戦した深海棲艦を見たわけではない。帰投した仲間の話を伝聞で把握しただけである。

 にも拘らず彼女も本部に呼ばれるのは、異例だった。

 それでも雪風には、何故自分が呼ばれたのかを把握した。

司令官「君は当日交戦していないので知らないだろうが……」

 司令官とて、雪風がとうに伝聞で耳にしているだろうとは思ってはいたので、半ば念の為の説明である。

 また、同時に、それは司令官にとっても改めて気持ちを整理する為でもあった。

司令官「第一艦隊が先日、とある深海棲艦と遭遇してね」

雪風「……」

 司令官の言葉を待つ。

司令官「相手艦隊はこちらと同じく複数だったが、肝心の人型の深海棲艦についてのみ話そう」

雪風「はい」

司令官「見間違い、ということもあるのでなんとも言えないが……」

 一度咳払いをし、言葉を区切る。

 特に急かすわけでもなく、耳を背けるわけでもない雪風に、司令官が心の中で溜息を吐いた。

 他人事のような雪風の仕草を、変だとは思っていながらも、具体的にはどう変なのかが言葉に出来ず、それが一層溜息を募らせた。

司令官「相手の人型の深海棲艦は、片方の足が無かった」

雪風「そう聞きました」

司令官「左足だ」

雪風「はい」

 一つ間が空く。

 ワンピースのスカートから見える彼女の太腿には、手術痕が残ったままだ。


司令官「艦娘の報告を聞くに、多分あれは……いや、彼女は」

 躊躇いながらも、全く動揺を見せていない彼女を見て、やはりそう言わざるを得なかった。

 出撃時にそれを目撃した六人。

 当日その内半分が彼女の名前を口にし、もう半分はそれを否定した。

 その否定は、そう見えなかったと言うものではなく、そうであって欲しくないと言う、半ば願望のようなものだった。

 最初は半分ずつだった意見も、徐々に否定派の声が強くなり、今では出撃に出向いたメンバーも全員否定に回ってしまった。

 まるで、その名前を口にしたくないかのように。

 見えない怪物を避けるかのような、空気の壁を前にしたかのように。

 鎮守府内の殆んどがその名前から目を背け、口を閉ざす方へ回った。

 それに反するのは大抵大淀などの理知的で冷静なタイプだ。

 そして恐らく、もう雪風の中ではどちらの意見をとるかという結論は出ているのだろう。

 それは雪風だからこそたどり着いた答えであり、彼女だけはこの先何があっても答えを変えないだろう。

 あの時。彼女の“足りない部分”を最後に触れたのは、他ならぬ彼女だから。


雪風「大鳳さんですか」

司令官「……うむ」


 あっけなく雪風がそう答えた。

 深海棲艦に襲撃された時、咄嗟に雪風が握った大鳳の左足。

 その部分と全く同じ箇所を欠損した人型の深海棲艦が海をうろついている。

 それでも雪風は特別動揺を見せずに、穏やかな表情のままに頷いた。

雪風「そういう話は聞いています。真偽はともかく」

司令官「もし本当ならば、嘆かわしい」

 もしそれが真実で、この先再び彼女と遭遇したら。

 その時彼女達は冷静で居られるだろうか。

 再度交戦しても、何の被害も受けずに済むだろうか。

 自分達のかつての仲間が、深海棲艦として牙を剥いてくる。

 今回は奇跡的に全員無事だったが、次回もそうとは限らない。

 少なくとも、鎮守府内で既に対立が出来てしまっている程度には、皆平静を失ってしまっていし、あの海域に出撃したいものなど居ないだろう。

 最初から彼女が居ると分かっている海域に出向く者など。普通は居ない。

 普通は。

雪風「私は、構いませんよ」

司令官「……」

 そして雪風は、逸脱してしまっていた。


雪風「そろそろ、出発しますか?」

司令官「うむ」

雪風「残りの一人、呼んできますね」

 そう言い残し、雪風が執務室を出る。

 ゆっくりとした歩きだ。もしかしたら、もう全力では走れないのかもしれない。

 ほんの少しだけ、今も歩行にぎこちなさを見せる左足と、治ったばかりの右足を動かしながら。

 きっと、彼女にとって正常の箇所などないのかもしれない。

 右手と両足を一度失った以上、疼痛や痺れは残り続ける。

 その事に、少しずつ心も濡れていっているようだった。

 ゆっくりと歩くその雪風がそのまま、彼女の心の落下する速度のように思えて仕方が無かった。



【三月二週 前半】

↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)


提督「ううむ……」

浜風「提督、と睦月。何してるの?」

睦月「およ?」

 食堂にて、腕を組み悩んでいると浜風がやってきた。

 睦月がテーブルに頬をつけたまま浜風を目で追う。

 そのだらんとした様子に浜風が首を傾げた。

浜風「だらけきってるけど、何かあったの?」

提督「まぁ、少しな」

睦月「疲れたのです」

 隣でそう答える睦月を見ながら、俺と向かいの席に腰掛ける浜風。

提督「艦載機を作ろうと思ってな」

 厳密に言えば、作るのは妖精なので、艦載機を作る妖精を探していたのだが。

睦月「でも妖精さんが見つからなかったのです」

浜風「なるほど」

 朝から三時間ほど工廠室やその周りを探したものの、姿はおろか影さえ掴めなかった。

 思えば過去に遭遇したのも二回ほどである。

 まだまだこの鎮守府に妖精が居つく可能性は低いようだ。

 だとすれば、先日の加賀の行動も少しばかり納得がいく。

睦月「あの時は気でも触れたのかと思いましたけど、ここまで見つからないと確かにふんづかまえたくなりますよ」

 もしあのまま逃がしていたら、睦月の艤装も未だに直っていなかったかもしれない。

 次にいつ現れてくれるか分からないので、ついつい加賀も捕まえてしまったのだろう。

浜風「加賀さんの目で見られたら逃げたくもなりますけどね」

睦月「肉食獣ですよ」

提督「容赦ないな……」





加賀「……くっしょっ」

加賀「……?」ズズ


提督「とはいえ、いい加減加賀の装備を何とかしないといけないからな……」

 本来後方支援がメインの空母である彼女が最前線で戦うのも、艦載機を持たないからだ。

 艦載機もなく、普通の連装砲しか持たないのであれば、後方に控えている意味合いは薄い。

 加賀のもともとの性格や深海棲艦に対する感情もあるだろうが、艦載機の有無が前線で戦う理由に強く後押ししているのは確かだ。

睦月「魔法使いが棍棒持って殴りに行ってる様なものです」

 ぞんざいな言い方だが、分かりやすい例えである。

 今の加賀からすれば、後方に留まる理由がないのだ。

 元来の性格、深海棲艦への憎悪、そして装備。

 鎮痛剤を打ってまで深海棲艦を殺そうとする加賀を止めるには、これらを解決しなければならないだろうが、前者二つはすぐにはどうしようもない。

 対して装備が唯一この中で難易度の低い壁だと言える。

浜風「その低い壁を越えるのに、随分時間がかかっている様な気がしますけど」

提督「……その通りだ」

 尤も、浜風の言うとおりで、これまで口では約束しておきながら彼女には何もしてやれていないと言うのが現状ではあるが。

睦月「浜風ちゃん、提督を虐めないでよ」

 顔を上げ、やや睦月がむくれたようにそう言う。

浜風「ごめん、つい」

 対して少し嬉しそうな表情を唇に乗せながら浜風が答えた。

 彼女からすれば、俺がその言葉で少しでも表情を歪めるのを見たいのだろう。

 良い趣味ではないと思うが、何しろ彼女の言葉は酷く正しいので、それを糾弾できるわけでもない。

 わかってはいながらも、結局は浜風の思うとおりの苦い表情を浮かべるしかなかった。

浜風「……ふふ」

睦月「もー」

 何だか睦月に守られているみたいで余計に情けなくなってしまう。

浜風「まぁ、それはさておき」

 睦月が頬を膨らませ、椅子ごと少し近づこうとした所で浜風がそう切りだす。

浜風「結局艦載機ですけど。ここで作れないなら、どこかに貰いにいけば良いんじゃないですか?」

提督「貰いに?」

 浜風が頷く。

 睦月は妙案とばかりに手を叩くが、俺は返答せずに少し空気を含んだ。


睦月「どうしたのです提督、良い案だと思いますけど」

 浜風の提案は尤もで、普通に考えればそれが次善の策だろう。

 とはいえ、それはあくまで普通ならばの話だ。

 そもそも鎮守府に装備を作る妖精が居ない時点で普通からは外れている。

 ましてやここはその普通とは対極に位置する場所だ。

 他の鎮守府と関わりを持たず、孤立しているこの鎮守府に、装備を提供してくれる場所はほぼ皆無と言って良い。

 一応友人が居る東鎮守府であれば、話くらいは出来るかもしれないが、良く考えたら重巡洋艦と戦艦にしか興味がないあいつの鎮守府に艦載機があるのかどうかは疑問の余地が残る。

睦月「中央鎮守府は駄目なのですか?」

提督「中央か……」

 睦月の言葉に再度考える。

 本当は、睦月に言われるまでもなく最初に頭をよぎったのはそれだった。

 とはいえ、先日の雪風や演習の件があり、何となく頼みづらかったので候補から外してしまったのだ。

 睦月には雪風が退院した旨だけを伝え、俺がした提案や、合同演習についての件は伏せてある。

 加えて入院中の雪風と仲良くしていたので睦月がそう言うのは自然であった。

睦月「雪風ちゃんも退院したみたいですし、丁度いいのですよ」

浜風「退院? 誰か入院してたの?」

睦月「そこにだけ食いつかないで欲しかった」

浜風「いや、別に深い意味はないんだけど」

 浜風のそれは置いておくとして。

提督「中央、か……」

 溜息を薄く引き延ばしながら、一度腕を組みなおす。

 睦月が雪風との再会を考えているのか、やや表情を明るめにして俺を見上げる。

 それに押されたわけではないが、とはいえ他に代案も浮かばなかったので、浜風の言葉に頷くしかなかった。

提督「そうだな……。そうするしかないか」

睦月「おおー」

浜風「私も行こうかな」

 中央鎮守府に対して、どんどん貸しのような物を積み上げていっている様な気がするが、大丈夫だろうか……。

短いし途中ですけれどここで今日は終わりにさせてください。

最後に一つコンマ判定、提督の自由安価の裏での鈴谷の相棒を。

↓1
00-19 加賀
20-39 榛名
40-59 夕立
60-79 伊58
80-99 清霜
ぞろ目 単独行動

相棒によって得られる情報が変わってきます。あとトラウマ的な奴も。

このところ更新ができてないなくてすみません、今日は22時頃に更新出来そうです。


清霜「あのー」

鈴谷「なに?」

清霜「なんであたしなんですかね?」

鈴谷「……さぁね。たまたま目についたからじゃない?」

 おずおずと手を少し挙げて尋ねる清霜だったが、返ってきたのは素っ気ない答え。

 行く先を失った挙手を、風を掴むようにふらふらとやや浮かせた清霜だったが、しかし周囲の目線にやや恥ずかしさを覚えて誤魔化すように髪を触った。

 街中は日に日に喧騒を増している。

 何も事情を知らない清霜は、最初祭りでもやるのかと思い少し心踊ったが、前を歩く鈴谷に話を聞いてすぐにその高揚も消え飛んだ。せめて溜息を鈴谷に聞こえないように吐いたのは優しさである。

清霜「そんな大事な用なら、尚更あたしじゃないほうが良いと思うんだけどなあ」

 ぼやくようにそう呟く清霜。

鈴谷「……、別に、帰っても良いから」

 それを聞いてますます清霜の気分は優れなくなるが、とはいえ言葉どおり帰るわけにもいかず、結局黙って鈴谷のあとを追うしかなかった。

 鈴谷としても、清霜をつれた理由に深いものはなく、半分は本人に言った通りのものだった。

 本当にたまたま出かける前に清霜の姿を見つけ、提督の言葉を嫌々ながら思いだし、そして嫌々ながら連れてきたのである。

 もしも清霜の代わりにその場所を歩いていたのが夕立や睦月だったとしても、鈴谷の行動は変わっていなかっただろう。

 例外があるとすれば部屋から出ること自体少ない伊58か、或いは彼女が良く思っていない榛名と出くわした場合か。

 提督に頷いた以上、仕方なくその言葉だけは実行しているが、別段志を一つにして仲良く調査をする気などなかった。

 ただ頭数としてその場に居てくれればそれでいい、位の気持ちである。

 そういう意味では清霜は、鈴谷にとってはある意味では丁度いい相手と言えるかもしれない。

 何しろ鈴谷にとって一番接点がない相手だ。

 鈴谷の過去の苦しみを清霜は知らないし、積極的に話したいものでもない。

 しかし清霜も、この鎮守府が通常の場所とは違うということは理解しているし、それはつまり鈴谷にも何かがあるという事くらいは察していた。

 それでいて清霜も、その内容を尋ねるなどと言う、月並みな言葉で言えば心に土足で押し入るような真似などはしない。

 こうして、後ろを歩いているだけで何も深くは聞いてこない清霜との距離感が、今は丁度良かった。

 焦りや苦しみ、拭えない不安がないまぜになって、歩く身体を更に火照らせる。

 それを冷ますような距離感が、言ってみれば彼女を誘ったもう半分の理由なのかもしれない。


清霜「それで、どこにいくんですか? 区役所? 建設会社?」

鈴谷「……どっちも空振り」

 区役所では説明をはぐらかされ、盥回しにされ、最終的には門前払いになった。

 仕方なく建設を請け負っている会社やプレハブ小屋に向かうも、区役所の事務員とは違い、相手は男だらけである。

 まったく何も聞き出せないわけではなかったが、鈴谷にとって男性相手に食い下がって説明を求め続けるなどと言う行為は出来るはずもなく、成果は殆んど得られなかった。

清霜「いっそ本部にでも行ってみますか?」

 政府が絡んでいるかもしれないと言う推測を、どちらかというと清霜は信じられず、半ば冗談交じりにそう提案する。

鈴谷「……」

 が、押し黙る鈴谷を見て、すぐに取り繕いながら訂正した。

清霜「ああ、いや。冗談ですよ冗談」

 そう言わないと鈴谷が本当に本部に突撃しかねない表情だったのだ。

 次いで空気を入れ替えるように、とぼけた声で辺りを見回す。

清霜「しかし、まぁ、ここら一帯を工事ってのも凄い話ですね」

 見た所、別段早急に区画整理が必要なほど田舎というわけでもない。

 勿論大都会というわけではないのだが、少なくとも住民が生活に困っている風には感じられなかった。

 清霜からすれば、むしろあの殺風景な鎮守府と見比べると殊更に賑わっているようにも思える。

 今急にまとめて工事をするのは、確かに新参者の清霜にとっても不可解なもので、だからこそ鈴谷は何かがあると踏んでいるのだろう。

清霜「こういう時は、やっぱり街の人から話を聞いたほうが良いんじゃないですかね」

鈴谷「まぁね」

 今鈴谷が持っている情報も、そうやって集めたものが少なくない。

 当たり障りのない説明しかしない役所よりも、口に戸を立てない住民の方が色々と知っているものである。

鈴谷「本当は四月からの工事なんだけど、もう準備はしてるみたいだね」

 そう言って鈴谷が指差す方向を見れば、街の一角を金網で取り囲んだプレハブ小屋があった。恐らくそこが工事の本拠地、になるのだろう。

 どうやって工事をするのかは、艦娘の清霜には分からなかったが、金網と目隠しで仕切られた壁から見える重機を使う程度の予想は出来た。

清霜「ひゃあ。あれで一気にやるのかな」

鈴谷「だろうね」

 道路のコンクリートを剥がし、再度固めなおすのかもしれない。だとしたらそれだけでも夏か、下手をしたら秋までかかりそうだ。

清霜「……あのー」

鈴谷「なに?」

 そこでふと清霜が疑問を覚えた。 

 それは、鎮守府に最後に来た清霜だからこそ思ったことなのかもしれない。

 知らない事だらけな清霜だからこそ、思えた疑問。

清霜「思ったんですけど。鎮守府、大丈夫なんですかね?」

鈴谷「……」

清霜「一緒に壊されたり、しませんよね?」

 鈴谷の足が、必然止まった。



 意外なことに──鈴谷は、そのことについて、全くと言って良いほど警戒していなかった。

 とはいえそれは仕方ないことで、彼女にとってこの工事を意味するのは、亡き熊野の墓を守れなくなるという事が殆んどを占める。

 その為如何にして工事を止めるか、また、どうしたら墓を守れるのか、という事にだけ意識がいってしまい、鎮守府自体には疑いを持たなかったのだ。

 また、あの鎮守府に一番長く居る鈴谷にとっては、この街とあそこは全くの別物、という認識が無意識ながらについてしまっていたのもある。

 街と鎮守府で区切りをつけてしまったので、一度工事の範囲を伝聞で把握した際に、それが固定概念として自身に植え付けられてしまったのだ。

 結果、工事の範囲内に鎮守府があるかもしれないと言う可能性を、鈴谷は考慮していなかった。

 その事を清霜に指摘され、些か動揺を浮かべそうになるが。すんでの所でそれを堪えた。

 単にそういう仕草を見せるのが恥ずかしかったと言うのもある。それか、今言ったように、一番の古株である自分が気付かなかった問題を、一番の新参の清霜に指摘されたのが重ねて恥ずかしいというのもあるかもしれない。

 或いは。

 或いは、どこか鈴谷の心の中で、鎮守府が取り壊されると言う事に、ほっとしている部分があるのかもしれない。

 あの場所は、鈴谷の心の傷を創った場所だ。そして今も彼女や他の艦娘を縛り付ける空間でもある。

 艦娘であることに辟易している鈴谷にとっては、街に繰り出すのは確かに墓参りのためでもあるが、やはり幾分かの少なくない割合で、逃げ出したい欲求があるからに違いない。

 いっそあの場所がなくなってしまえば、それこそ本当に自分は解放されるのではないか。

 そんな思いが、彼女の気付きを鈍らせたと言う可能性ももしかしたら、あるかもしれない。

 尤も、しかしそれは同時に、解放と共に愛する友の墓を失うことでもあるので、やはり工事自体は阻止しなければならないのだが。

清霜「……、ああ、いや、すいません。なんか余計なこと言ったかもです」

 鈴谷の沈黙を、清霜は前者の意味で受け取った。

 前者、すなわち気付かなかったと言うほうである。

 清霜にとっては、街も鎮守府も等しく新しい場所である。

 なので偶々自分だからこそ思った疑問なのだろう。そう結論付けた。

 鈴谷の心の傷を知らない清霜にとっては、よもやそんなもう一つの可能性など分かるはずもない。

 とはいえ、良く鎮守府を抜け出している所だけは見ている清霜にとっては、彼女にとって鎮守府はあまり居たい場所ではないのだろう、という想像だけは出来た。

 それは過程を飛ばしただけで、結果は概ね正しく、その為清霜はそれ以上深くは何も言わなかった。

 あくまで自分は、“たまたまそこにいたから連れて来られた頭数”という認識で居た方がいい、と思ったのだ。

 深く接しすぎると、思わぬものに触れてしまう。そうならない距離を保った方がいい。

 恐らくこの鎮守府でうまくやっていくには、その方が良いとのではないかという勘である。

 偶然か皮肉か、言ってみればそれは、かつて鈴谷が提督に言ったテリトリーという表現と同じものである。

 誰に言われるでもなく、清霜はそれを察し、受け入れることにしたのであった。

曙or阿賀野or阿武隈から一人お選びください
↓1

拙筆ながら支援
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提督「留守?」

阿武隈「はい、えっと、本部に行ってまして」

 以前にもこんなすれ違いがあった気がする。

 とはいえあの時は雪風の入院日を勘違いしていただけで、今回は本当に入れ違いになったようだが。

阿武隈「どうします?」

提督「そうだな……」

 雪風の見舞いと、艦載機についての相談。

 どちらも雪風と司令官本人が居なくてはどうしようもないことである。

浜風「この子が入院してた子?」

睦月「違うから、ちょっと静かにしてて欲しいのです」

阿武隈(なんか可愛い子が増えてる……)

阿武隈(ていうか、また髪セットしてる最中にだし、もうなんかほんとあたし、運悪いなあ)

提督(阿武隈は、前から思っていたがあまり落ち着きがないな。よく慌てていると言うか)

睦月「むっ……」

浜風「なに、睦月?」

睦月「これは……ライバル臭?」

浜風「睦月もどこか怪我してるの?」

睦月「シャラップ、浜風ちゃん」

>>515
ファッ!? ありがとうございます、びっくりしました。


睦月「提督! ここは出直しましょう!」

提督「どうした突然」

睦月「お相手が居ないんですから、長居しても迷惑になるのですよ」

提督「確かにそうだな……」

 阿武隈とて暇ではないに違いない。しきりに髪を触っているし、もしかしたら突然呼ばれたのかもしれない。

 だったら別の子でも良かったのではないかとも思ったが、まぁたまたまだろう。

阿武隈「あ、あたし的にはオーケーですから! 気にしないでください!」

提督「な、なんだ突然?」

阿武隈「ふぇ、あ、すみません……」

提督「別に怒ったわけではないんだ、ちょっとびっくりしただけだ」

阿武隈「は、はい」

睦月「むむむ……」

浜風(この子は、何だか明るすぎて楽しくないな……)

提督「……なんで君らは二人してそんな渋い顔してるんだ」

阿武隈「あ、あたしのせいなのかな」

提督「そんなわけないだろう」

阿武隈「ほんとですか? なら、良かったです」

 阿武隈がほっと頬を緩ませた。

睦月「むむむむむ……」

浜風(明るすぎて溶けそう)

提督「だからなんで二人とも……」


阿武隈「……あ」

 ふと、阿武隈が小さく声を挙げた。

 振り返ると丁度司令官と雪風が戻ってきたところだ。

司令官「おお、君か」

提督「留守の所にすみません」

 構わないよ、と穏やかな口調でそう断る司令官。

 同じくその傍らで佇む雪風を見て、最初に声を発したのは浜風だった。

浜風「……雪風?」

雪風「え? ……あ」

 珍しく、少し瞬きを重ねながら浜風が近づいた。

 よもや知り合いだったのか、と思い、しばし考え納得した。

 二人は共に、陽炎型の駆逐艦。いわば姉妹艦である。

 以前、新しく誕生した夕立の時もそうだったが、会っていない姉妹艦の存在を彼女達は最初から認識している。

 新しく艦娘として誕生したからと言って、本当にそこが生まれたての一秒目というわけではないようだ。

 尤も、万一人間の赤子と同様だったら、建造後数年はとても戦力になどなりはしないので、当然といえば当然なのだが。

浜風「……そうか。入院してたのは、雪風なんだ」

 そして浜風は、さっと雪風の姿を見やると、確信したように頷いた。

 決して雪風がそうだ、とは誰も言っていないのだが、彼女の足を見れば、手術痕が見て取れるので、そう推測する事も出来なくはなかった。

 とはいえ、一切の躊躇なくそう言い切ったのは、やはり浜風がそういう空気を感じ取ることに長けていて、同時に雪風の心の中に今もなお強く鎖が巻き付いていると言う事に他ならない。

浜風「久し振り」

 そっと浜風が右手を差し出した。

 数秒迷って、微笑みながら雪風がその手を握り返す。

浜風「……、……ああ、なるほど」

 二度三度と、浜風が頷く。

 繋がった右手同士。雪風の握力が戻りきっていないその手では、返す力は弱いだろう。

 それを感じ取り、足の怪我と合わせて、怪我の数だけ頷いた。

浜風「色々、怪我したんだね」

 優しく浜風が語りかける。

 その口調は、どこか俺個人に向けるものに良く似ていた。

 すなわち、獲物に向ける、毒の声だ。

 浜風の中で、雪風の状態は確信を持って満足に足るものだと感じたのだろう。

 だから浜風は唇を曲げた。

 そして雪風も同じく頷いた。

雪風「本当に、色々」


司令官「先日はすまなかったね」

 一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、すぐに演習の返答のことだと気付き首を振る。

提督「いえ、そんな。元を辿れば、私が彼女……雪風を」

 雪風を見やるが、浜風と睦月、そして阿武隈と話しているからか、こちらには気付かなかった。

 雪風の件は睦月にも全ては説明していないので、却って丁度良い。

司令官「それも全くないわけではないが、色々と立て込んでしまっていてね」

提督「そうですか」

司令官「今日も本部に呼び出されてね。参ったよ」

 その言葉にもう一度四人に視線だけ向ける。心なしか司令官の声も先ほどよりは小さくなった。

 四人はこちらに気づく様子なく、話している。

司令官「北方海域に、新しい深海棲艦が出たと言う目撃があってな」

提督「はい」

司令官「それが、どうやら大鳳君かもしれない」

提督「……」

 雪風の前で、音もなく全身を食われた少女。

 あの夏に、命を落とした彼女が、再び姿を現した。

 よりにもよって、今度は深海棲艦として。

司令官「君に言うのも酷かと思ったが、報告しておいたほうが良いと思ったんだ」

提督「むしろ、教えてくださりありがとうございます」

 彼女の死の責任は俺にある。

 ならば、彼女が深海棲艦として再生したのにも、責任を負わなければいけないと思う。

 彼女があんな形で死んでいなければそんな未来はなかったのだから。

提督「それで、本部は何と?」

司令官「撃破せよ、とのことだ」

 それはそうだろう。

 例えそれが大鳳の姿をしていようと、大鳳の記憶を持っていようと、今となっては深海棲艦なのだ。

 俺や他の艦娘がそれに躊躇いを覚えるとしてもそれは別の話で、軍としてはそういう方向性を維持するのは当然だった。

提督「北方海域……ですね」

司令官「君は、どうするつもりだね?」

 どうする、というのは、つまり、彼女を“殺せるかどうか”ということだろうか。

 かつて一緒に過ごした、大切な仲間である大鳳。

 そんな彼女に、二度も死を迎えさせること。

 それが俺に、果たして出来るのだろうか。


提督「……」

司令官「いや、何も私に断る必要はないよ」

司令官「とはいえ、悠長にしている余裕がないのも事実だ」

 本部からすれば、それが大鳳であろうとなかろうと、等しく深海棲艦であることに変わりない。

 ましてやどこの鎮守府が彼女を仕留めようと、それは関係ないことだ。結果として撃破したという事実だけが残れば、それで問題はない。

 ここの鎮守府が大鳳をしとめるのは、心理的には厳しいかもしれないが、例え彼女たちがそれを拒んでも、他の鎮守府が討伐に乗り出すだろう。

 かつて、大鳳を守れなかった。

 そして今度は、守る事は出来ない。

 彼女に二度目の死を迎えさせる覚悟をするか、それともそれを拒むか。

 どちらを選ぶべきなのかは……今は、出来なかった。

司令官「それで良いと思うよ。長くはないが、それでも悩んだ方がいい」

提督「司令官」

司令官「こんな事、機械みたいにイエスかノーかで決めることなど、誰にも出来やしないさ」

提督「……」

 答えが見つからず、つい黙りこくってしまう。

 見かねて、やや大きめに司令官が笑った。

司令官「はは。湿っぽい話は一度ここまでにして。そちらの用件を伺おうか」

 俺の心中を察したのだろう。話題を変えてくれた。

 それに感謝しつつ、ついでやはり申し訳なくなりながら尋ねる。

提督「不躾な事だとは重々承知しているのですが」

司令官「そんなに改まらなくて構わないよ」

 そうは言われるものの、しかしここ最近、何かと頼りっぱなしな気がするのだ。

提督「実はですね、その。……、……艦載機を、探しておりまして」

司令官「……また、面白いものを探してるんだな」

 肩透かしをされたかのごとく、苦笑しながらそう言った。

 どこの世界に、艤装を分けてもらいに他の鎮守府に向かう提督がいるのだろうか。

 いや、いない。

 ……自分で自分に言い返しながら、思わず再度頭を下げた。

 なんとも情けない話である。

今日はここで終わりです。
先に好感度上昇のコンマとってしまいますね。

睦月↓1のコンマ十の位(ぞろ目でYP+1)
浜風↓2のコンマ十の位
雪風↓3のコンマ十の位

睦月150、浜風62、雪風30到達とかいうピンポイント安価でしたね、たまげたなあ


──すまない。埋葬させてもらった

雪風「……」

 その言葉は、今でも昨日のように思い出せます。

 激しかった雨は、まるで私達を痛めつけるためだけに降っていたかのように、あの後ピークを過ぎました。

 私が一度意識を失っている間は、雨が一度降り止んだそうです。

 それを知らない私からすれば、それから再度弱く降り出した雨は、あれからずっと降り注いでいる気分でした。

 じくじくと腕に違和感を感じ、見下ろします。

 夏でも長袖を着ていた私の右腕は、あるべきものを失って、だらんと垂れ下がっていました。

 血や雨で濡れていないのは、良く考えたら当たり前の事で、手術をするのに一旦脱がしたのでしょう。

 それから新しい服を着せてもらったようです。

 その事を、恥ずかしいと思う前に申し訳ないと言う感情がこみ上げました。

 何故なら、今は夏なのです。

 一度手当てのために服を脱がせ、新しく別の服を着せるのであれば、半袖の服を用意するほうが普通でしょう。

 だけれど。

 腕のない私が半袖を着たら、いやでもその事実を目視する事になるから。

 だから、わざわざ長袖を用意してくれたのでしょう。

 傷を覆う様に。

 私を守る様に。 

雪風「……う、う」

 その事が酷く申し訳なくて、酷く惨めで、

 そして酷く悲しくて。

 零れる涙と共に熱を帯びる肩口を、無い腕の変わりに左手で抱えながら。

 ただ、泣く事しか、出来ませんでした。



大淀「雪風さん、気をしっかり!」

雪風「ふー、ふー……!」

 右腕の痛みは、一日の中で定期的に訪れます。

 鎮痛剤は打ちすぎると効果が薄くなるということもあり、今は投与していません。

 なので、痛くても耐えるしかないのです。

 だけれど、自分一人で耐えることができなくて。

 自分の意識とは関係なくのたうつ身体を、大淀さんがベッドに押さえつけます。

雪風「痛い、痛いんです! 腕が、ああ!」

大淀「我慢、してください……!」

 鎮痛剤を打てば、確かに痛みは感じなくなります。

 でもそれは、痛みがなくなると言うわけではなく、痛みに気付かなくなるもので、効果が切れれば反動で普通以上に痛みが襲うのです。

 だから、どんなに痛くとも、今は耐えるしかない。

 無い筈の腕がナイフを持ち、自分を切りつけている錯覚さえ感じます。

 出鱈目に喚き散らしながら、足をばたつかせて痛みから逃れようとします。

雪風「痛い、いたいいい!」

大淀「うぐっ……!」

 振り上げてしまった膝が、大淀さんの脇腹を強かに打ちつけても。

 それでも大淀さんは、呼吸を乱しながら私を押さえつけます。

 二人して涙を流しながら、痛みの上で苦しみながら。必死に、必死に叫びました。

 行き場を探した左腕が、私に覆い被さる大淀さんの身体をつかみます。

大淀「っ、うっ、くっ……!」

 大淀さんの肩や背中を、力の限り引っかいたり叩いたりしながら歯を食いしばります呻く私。

 大淀さんに何の罪も無いのに、こんな役目を引き受けてくれて、嬉しいと思う反面、やはり申し訳なく思うのです。

 痛みの波が引く頃には、いつも私は大淀さんに謝ります。

 それを焦燥しきり、疲弊した大淀さんが微笑みながら抱きしめてくれる。


──雪風だけでも、生きて帰ってきてくれて良かった


 こんな状態で、大淀さんを傷つけながらのたうつ私に。

 果たしてそんな言葉が本当に正しいのかどうかが、分かりませんでした。


 長く続いた雨の最終日でした。

 また私が痛みに耐えかね、仰向けのまま踵でベッドを蹴りつけます。

 大淀さんは私の左側で、やや背中をこちらに向けながら腰掛ける事で、両手で私の両足を、そして下半身で私の左腕を押さえるのです。

 大抵は暴れる事で、左腕はそのうち自由になり、大淀さんの肩や背中を傷つけてしまっているわけですが。

雪風「んー、ふー!」

大淀「雪風さん、気をしっかり」

 大淀さんの両手が、私の足──この時は、まだ無事だった両足を押さえつけます。

 それに力いっぱい抵抗しながら、後頭部を枕に何度もぶつけます。

 どこかにそうして衝撃をぶつけないと、正気を保っていられないのです。

 じくじくと。ずきずきと。がんがんと。

 そして、しとしとと。

 傷が痛み、雨が降り。

 何度目か分からないうめき声を、食いしばった歯から零れさせました。

 ぱっと大淀さんの膝から離れた左腕で、数回ベッドを叩き、そして彼女の肩をでたらめに叩きます。

大淀「んっ、く」

 それでも大淀さんは、文句一つさえ零さずに、私の痛みが引くのを待つのです。

 まるでそれに気を良くしたかのように、私の左手が一度高く上がり、そして大淀さんの肩甲骨当たりを引っかきました。

 何かに引っかかる感触が、ほんのちょっとだけ中指の爪先に伝わりました。

 かさぶたを剥がしたか、それとも前日につけた引っかき傷に丁度合わさったのか。

 大淀さんが強く身を捩り、痛みに顔を歪めました。

 そして。

 その拍子に、ふっと弱まった両手を弾くように、私の足が大淀さんの手を蹴り上げ。

大淀「きゃあっ!?」

雪風「あっ!?」

 それにより、大淀さんの眼鏡が吹き飛びました。

 床に落ちるよりも早く、私が蹴り上げた一秒後に、眼鏡が割れる音がして。

 そして自身の眼を覆った大淀さんの手の間から、一滴の赤い雫が滴りました。

 それが顎を伝って、シーツに落ちてようやく私は、起き上がりました。

 やってしまった。

 自分の痛みに耐えかねて暴れるあまり。

 私は、大淀さんの肩や背中だけでなく、顔にまで怪我をさせてしまったのです。


 幸いにして、顔に傷は残りませんでした。

 割れた眼鏡の破片で切ったのは、瞼だから、切っただけで大丈夫だ、と大淀さんも言いました。

 けれど。

 けれど、それは大淀さんが私を追い詰めないための言葉でした。

 確かに大淀さんは失明をしませんでした。

 それでも、瞬きの数や、物を見るときの時間などの変化は明らかでした。

 やはり眼鏡の破片は、大淀さんの瞳を傷つけたのではないでしょうか。

 失明こそ免れましたが、確実に大淀さんの視力は低下してしまったようです。

大淀「今日は身体の具合、大分良さそうですね」

 以前と変わらない様子で、大淀さんが笑いかけます。

 反して新調した眼鏡は、以前と違う縁の色。

大淀「雨、止みましたね」

 大淀さんがカーテンを開けます。

 ほんの僅かだけ空の隙間から、光が差し込んできました。

大淀「……もう少し落ち着いたら、大和さんの腕のお墓に行きますか?」

 私があの日、必死の思いで抱いた大和さんの腕。

 どうやって拾い上げ、どうやって持ち帰ったのかは殆んど覚えていません。

 偶然流れてきたそれを拾ったのだとして、それは幸運なのでしょうか。

大淀「幸運、かどうかは私には分かりませんけれど」

大淀「少なくとも、あの絶望的な状況から生還したのは、やっぱり運がよかったのだと思います」

 九死に一生、不幸中の幸い。

 どちらも私を言い表す言葉として皆が用いる言葉で、そしてそれは私には重荷でした。

 一度の幸運のために、幾度の不幸を味わうのであれば。

 一人の生還のために、全員の落命を味わうのであれば。

 最初から、そんな幸運は要らなかった。

 皆と同じ様に凡庸で、皆と同じ様に平凡で、

 そして皆と同じ様に、死んでしまいたかった。

 こんな風にのた打ち回って、誰かに傷を負わせてしまうのなら。

 幸運なんて、なければよかった。

 それでも、それは私の意思とは関係なく私に付きまとうのです。


 幸運とは、きっと呪いでした。

 逃れられない呪縛に、不幸にも生かされているのでした。


 大和さんたちの分まで、生きなければいけない。

 重荷のように、罪状のようにそれが重くのしかかります。

 それを背負おうにも、片腕では支えきれませんでした。

 張り裂けそうな苦しみと、切り裂かれそうな悲しみと、そして突き刺すような身体の痛み。

 大和さん、朝雲さん、那珂さん、武蔵さん、弥生さん。

 五人分の痛みと残りの人生を背負うには、私は弱すぎました。

 一人では、それに耐える事が、出来ませんでした。

雪風「はあっ、はあっ……!」

 雨が上がったばかりの、濡れた地面を踏みしめます。

 コンクリート路面から土の地面に変わり、跳ねた泥がふくらはぎに着く感触を覚えました。

 そんな事に気を払わないで、ただ目的の場所に向かいます。

 腕の痛み。心の痛み。体の傷。心の傷。

 それらからは逃げられないし、きっと消えないのでしょう。

 だけれど一人では向き合う事もできません。

 だから私は、助けを求めました。

雪風「あった……!」

 跪いて、左手で土を掘ります。

 湿ってぬかるんだままの土を掴んでは捨ててます。

 片腕の、なんともどかしい事か。

 何度もバランスを崩し、顔を掘った穴にうずめながら。体全身を土に汚しながら、彼女に会いに行きます。

雪風「痛う……!」

 人差し指の爪が折れて、激痛が走りました。

雪風「ん、ふう」

 口に含みながら、息を吐きます。

 土と血を吐きながら、更に掘りました。

 一掻きごとに激痛が貫き、それでも呻きながら彼女を探しました。

 少しずつ、手というよりは指だけで土を掻き分け、そしてついに見つけました。

雪風「はあっ、あ、ああ。あった……!」

 一メートルも無いくらいの深さでしたが、今の私にはそれを掘るのも精一杯でした。

雪風「ほら。ここに居ます」

雪風「死んでなんか、いませんよ」

雪風「ねえ、大和さん……」


 あの時から一週間ほど経ちましたが、土の中にあった為に大和さんの腕は、今も状態を保っていました。

 きっとそれは幸運で、そしてやはり私は幸運から逃れられないのでした。

雪風「……大和さん」

 そっと大和さんの腕を、自分の右腕に持っていきます。

 余った長袖を丸めて縛ったそこに、はまるはずも無いのに何故かぴったりと収まった気がしました。

 その一瞬だけ、冷たく痺れる右腕の断面が、仄かにそれを手放したように感じました。

 それが何だか、大和さんに抱きしめられたみたいで。

 そっと優しく、傷ついた心を撫でられたみたいで。

 こみ上げる嗚咽を、堪える事ができませんでした。

雪風「やま、と……さぁん」

 ぽろぽろと、双眸から涙が溢れます。

 拭おうにも、残った片腕で大和さんを抱えた私には、涙を払う手段はありませんでした。

雪風「やまとさん、やまとさん……!」

 顔の泥を洗い流すように涙が零れ続けます。

 右腕の痛みも、剥がれた爪の痛みも。そして心の痛みも薄れるほどに、ただ泣きじゃくりました。

 そして私は思いました。

 私一人では、傷も想いも背負いきれない。

 だから。

 今こうしてここにいる大和さんに助けてもらおうと。

 あの、優しかった大和さんの想いを貰おうと。

 大和さんの腕が、土の中で保存されていた事も幸運ならば。

 私と大和さんが、共に右腕を失った事も、きっと幸運なのでしょう。

 どこまでも私は幸運で、この先も呪われ続けるのです。


 かくして私は、失った自分の右腕の代わりに、大和さんの右腕を移植しました。

 手術がうまくいくことは、最初から確信していました。

 だって私は、幸運なのですから。


 二度目の襲撃事件で、大鳳さんの左足を手に取ったのも、同じ様に呪いでした。

 三度目の襲撃事件では、陸の上でしたので流れ着いたわけではなく残った遺体からの移植でした。

 右腕を失った私の元に、大和さんの右腕が流れ着いて。

 左足を失った私の元に、大鳳さんの左足が流れ着いて。

 右足を失った私の前に、文月さんの右足が授けられて。

 それらが拒否反応を起こすことなく、パズルのように移植に成功したのは、どこまでが幸運なのでしょうか。

 限りなくゼロに近いその確率は、幸運と言う表現を通り越して、悪魔のようでした。

 幸運は、ある領域からは悪魔か死神になる。

 まるで手足を失った私の元に、見えざる彼らが遺体を引きちぎり、当てはまる部分を投げつけるかのような出来事でした。

 もっと言ってしまえば、私の幸運の為に、誰かが不幸になっている。

 そう思えるくらいの確率でした。

 それはやはり、自分ひとりの身体では背負いきれない業でした。

 右腕と両方の足を失ったままの私では、文字通り立ち上がる事だってできないのです。

 それから救われるように私は手足を受け取りました。

 それでようやく私は、幸運と言う呪いと、彼女達の人生を背負える様な気がしたのです。

 或いは、自分一人ではこの幸運は、私を艦娘ではなく悪魔か死神に作り変えてしまうと思いました。

 それを留める様に、亡くなった大和さんや大鳳さん、文月さんの手足に引っ張られるように、なんとか理性を保っていられるのです。

 雪風という少女は、一人では幸運の名の下に死を撒き散らす存在でした。

 だから私は、自分の事を名前で呼ぶのもやめました。

 その名前さえも忌避すべきもののように感じられて仕方ありませんでした。

雪風「もし私が、雪風じゃないといったら、どうしますか?」

 病院で、冗談交じりであの人に言った言葉は、それでも半分は本音でした。

 私一人では、生きていられる気がしませんでした。

 右腕を大和さん、左足を大鳳さん、右足を文月さんの想いに引きずられ、ようやく生きていられるのです。

 この、ぴりぴりと身体を貫く疼痛が、そのまま彼女達の息吹でした。

 私の中で、三人の身体と二十五人分の想いと人生が生きています。

 私の身体を巣にするように。

 その分、自分の中で自分がなくなっていくような気がしました。

 いっそそうなってしまえば、この幸運から解放されるのでしょうか。

 そして。

 その時私は、私でいられるのでしょうか?


【雪風の好感度が30を越えました】

安価とはなんだったのか……今日はここまでです、浜風睦月の間も安価がないので数日ほどなさそう。

すみません、更新は土曜日になります。


提督「突然不躾な願いを申し出たのにも拘らず、本当にありがとうございました」

司令官「いや、気にしなくて構わないよ。あまっていたのだから、活用してくれた方が偽装も喜ぶだろう」

 余ると言っても、いつ艤装が故障するのか分からない事を考えたら、予備として保管しておくに越した事はない。

 こうしてただ一方的に頂いてしまうのもやはり気が引けてしまうのだが、かといって替わりに差し出せるものも無いのが現状である。

提督「睦月、浜風。そろそろ帰ろうか」

 振り返り、三人のほうを見やる。

 ……が。

 良く見ると、三人の様子は最初とは違っていた。

睦月「浜風ちゃん、ほら。提督がもう行こうって」

 浜風の腕をとり、そう呼びかける睦月。

 一方で、それに聞く耳を立てる様子もなく、雪風の右手を握った浜風。

浜風「私は少し残るから」

睦月「でも……」

 雪風から離れない浜風に困惑し、助けを求めるように俺を見る。

浜風「もう少し雪風と話がしたい」

 にこりと笑う浜風。

 だけれどその表情はややぎこちないものだ。

 普段睦月や夕立に向ける自然なものでもなければ、俺に対する不穏なものでもない。

 どこか慌てたような、縋るようなもので、それを無理やり隠そうとしている風に見えた。

 恐らくそれは、彼女と反対に穏やかな表情を浮かべる雪風が原因だろう。

雪風「私は、何も話す事はないですよ」

 子供に言い聞かせるように柔らかく諭す雪風に対し、未だ右手を離さずに佇む浜風。

 外見だけ切って見れば、雪風の方が幼く見えるだけに、殊更その光景は不思議なものだった。

浜風「雪風」

 握るその手に、雪風からの返答は感じられないのか、焦燥しながら浜風が名前を呼びかけた。

浜風「……ほら。こんなに力が入ってない。足だって引きずってた。身体、まだ大丈夫じゃないんでしょう?」

 返答の代わりに、微笑を浮かべたままの雪風。

 ともすれば雪風を悲しませるような言葉で、睦月が再度浜風の袖を引っ張るが、やはり浜風は彼女の手を放さない。

 まるで母か姉に頼るような、そんな不安な姿に見えた。


雪風「私は大丈夫です」

浜風「……どこが? 大丈夫な部分の方が少ないじゃない」

雪風「それでも、大丈夫なんですよ」

 浜風の言葉にもゆるゆると首を振る。

 大丈夫、と同じ言葉を繰り返す雪風に少しだけ以前の榛名が重なったが、それも本当に一瞬のものだった。

 榛名の場合は、その言葉では隠せない程の悲痛な表情があったこともあり、不自然なまでに違和感があった。

 だが雪風の場合はそれとは違い、本当に自然な表情で言ってのけているのだ。

 まるで本当に、自分の境遇が、一晩目を瞑れば変わるとでも言いたげな表情で。

 そんな穏やかな言葉でそう浜風に返した。

 痛みを単純に数値化することは出来ないけれど、しかしあえて表現するのであれば、雪風の心はある一定の領域を超えてしまっているのかもしれない。

 傷は二つの種類があり、一つは身体の傷で、もう一つは心の傷だ。

 そして厄介な事に、後者は目には見えず、傷を負った本人にしか見えない。

 それどころか、下手をしたら本人さえその深さを見誤っている場合だって少なくない。

 身体の傷と心の傷。その両方がすぐに治せる範囲であれば問題はないけれど、そう出ない場合が問題だ。

 痛みが一定の領域を超えたとき、人は正気ではいられなくなる。

 身体の傷の場合は、意識を失ったり昏倒したり、最悪の場合は死に至る。

 それは見た目どおりの分かりやすい反応で、周りの人間も気付いてあげられるけれど、心の傷はそうはいかない。

 誰にも見えない傷の深さは、一定の領域を超えた場合だって誰にも見えはしない。

 心が深く傷ついて、行き着いた果てに壊れたとしても、その手を掴んであげられない事の方がきっと多いのだ。

 榛名にしても、睦月にしても。

 傷ついて、心が酷く傷ついて、膿を落とすまでに泣き腫らして、そこでやっと手を差し伸べられたに過ぎない。

 傷ついた人を救わなければいけない。

 だけれどそれは、その人が傷ついてからでしかそれに気付いてあげられない、自分の情けなさをも表しているのだと思う。

 そしてそれは、どこか浜風も一緒なのだ。

浜風「無理してるのは明らかだと思うけど」

 食い下がるように浜風がそう言い返す。

 だけれど浜風の言葉は正しい。

 手足の怪我は未だ完治していないどころか、ややもしたらこのまま治らない可能性だってある。

 少なくとも一番最初に怪我をした右手の握力は、半年を過ぎた今でも握力が戻っていないのだ。

 それが一晩二晩過ごした所で、以前のようになるとは到底思えない。

 だから、雪風の落ち着いた様子に安心できないのは浜風だけでなく俺も同様だ。

 それを俺と浜風とで分けるのはきっと、彼女が以前言った言葉なのだろう。

 人を救う事に義務を覚える俺と、

 人を救う事に快感を覚える浜風。

 そこに違いはあるのだとしても、やはり目の前の少女が傷ついていて、それに遅く手を指し伸ばす事の無力さを感じている事に関しては、俺も浜風も一緒だった。


雪風「あはは……まぁ、確かにまだ握力も何も戻ってませんけど」 

 浜風の言葉にやや苦笑しながら、雪風が続ける。

雪風「それでもきっと、私は沈みませんよ」

浜風「……どうしてそう言い切れるの」

 それに対する回答は、俺にも想像がついた。

 きっと浜風だって分かっていて、それでもそう聞かずにはいられなかったのだろう。

 力の入らない雪風の右手。それがそのまま浜風の助けを拒んでいるような風に感じられる。

 いくら手を差し伸べても、雪風はその助けを求めない。

雪風「だって私は、幸運艦ですから」

 雪風の痛みの領域も、きっと深く突き刺さっていた。

 ただしその心の傷は、人によって痛みの伴い方を変える。

 榛名の様に、自分を深く戒めるのではなく、

 睦月の様に、他人を浅く並べるのでもなく、

 ただ単に、本当に単純に。

 きっと彼女は、全てを諦めてしまったのだろう。

雪風「だから死にっこないんですよ」

浜風「……雪、風」

 生きる事も死ぬ事も、痛みに抗う事も乗り越える事も。

 そう言う事を諦めて、放棄して、ただ幸運に身を任せる事にしたのだ。

 それはあまりにも哀しい事ではあるが、だけれどそれを間違っているとは誰も言えない。

 身体の傷と心の傷が痛み、現状を保つ事ができないのならば、どこかに一度それをおかなくてはいけない。

 熱すぎるやかんを持ったとき、とっさにどこかに置くように。

 それと同じ様に、少しでも傷が痛まない様に苦心した結果が、今の雪風なのだ。

 それを言葉だけの善悪で当てはめる事は、絶対に出来ない。

雪風「だから、大丈夫」

 そっと雪風が左手で、浜風の右手を包む。

 力を込めている様子は全く無く、ただ優しく添えているだけだ。

 にも拘らず、するりと浜風の手が、雪風の右手から離れた。

浜風「……」

 今度は名前さえ呼ばずに、じっと目線でだけ訴えるも、やがてその目を伏せて唇を噛んだ。

浜風「……また、来るから」 

 それだけをようやく搾り出した浜風だった。



 幸運と言うものがどれほど不確かなものなのかは、今更ながら言うまでも無いことだ。

 心の傷もまた同様に、他人にはその深さを推し量れない不確かなもの。

 そういう意味では二つはどこか似ている。

 そして不確かさや曖昧さでいったら、浜風ほどそれに当てはまるものは無いのかもしれない。

 自分が艦娘か深海棲艦かも分からない浜風。

 そんな彼女からしたら、不確かさや曖昧さは、きっと自分が縋れる仲間のようなものなのだろう。

 自分のルーツが分からない。自分の立場が分からない。自分の振舞い方が分からない。

 そんな彼女だからこそ、見えない曖昧な心の傷を負った艦娘に身を寄せるのだろう。

 艦娘として生まれ、艦娘として生きる少女たちは、命の危険と向き合いながらも、それでも深海棲艦と戦い続ける。

 そんな少女達がきっと、浜風には眩しく見えるのかもしれない。

 自身の存在さえ曖昧な自分を尻目に、日々何かに向かって明確に歩み続ける少女達。

 深海棲艦との戦いは、終わりは見えないかもしれないが、それでも艦娘にとっては確かに生きた証そのものだ。

 それさえも掴めない浜風が、代わりに傷ついた艦娘の手をとるのは、あるいはきっと彼女なりの必死の行為でもある。

 前の鎮守府での浜風の様子は分からないが、少なくとも心の底から馴染める相手はあまり居なかっただろう。

 深海棲艦相手に、どう戦うかを考えている艦娘達に対して、まさか自分が深海棲艦かもしれないとは言える筈もない。

 仮にもしそれを言おうものならどうなるかは、俺が一番良く知っている。

 目の前で射殺された春雨が、身をもって証明したのだから。

 だから浜風は、自分の存在に向き合えないまま、誤魔化しながら生きてきた。

 睦月だけは浜風と笑って接してくれたのだろうが、それだって本心からのものではなかっただろう。

 浜風は睦月相手でも本心は隠していただろうし、当時の睦月は心の傷が一定の領域を超えていたから、そんな浜風の心理に気づく由も無い。

 反対に、壊れていた睦月と、誤魔化していた浜風だからこそ仲良くなれたのかもしれないし、そんなグラスに注いだ水の、上澄みだけの付き合いだとしてもきっと浜風からしたら心安らぐものだったのかもしれない。

 あるいは、もしかしたら。そこで睦月と出会った事で、浜風が睦月という安らぎを得た事で。そういう今の考えに行き着いた可能性も無いわけではないのかもしれないが……尤も、そんな心の機微は、推測しか出来ないのだけれど。

浜風「……」

 雨の中、傘をさしながら浜風が海を見る。

 場所は鎮守府……と言っても、自分の鎮守府ではない。

 中央鎮守府のすぐ脇で、出撃する少女たちをみる浜風。

 阿賀野、曙、阿武隈……。

浜風「……」

 その中に、雪風も確かに居た。

 一度波にふらつき、二度目にふらついた時にはその身を海に投げ出して。

 それでも遠目に、雪風は微笑んでいた。

浜風「どうして……」

 そんな雪風を見て、眉間をしかめたのは浜風だった。


 二度、三度と雪風が転倒し、全身を海水で濡らす。

 すぐに仲間が彼女に駆け寄り、起こされる。

 その度に浜風がぐっと傘の柄を強く握った。

浜風「どうして、笑っていられるの」

 忸怩たる思いでそれを見る浜風。

 それを見て、思った。

 きっと彼女が一番恐れているものは、孤独だ。

 そして彼女が一番望んでいるものは、居場所だ。

 自分が何者か分からない。どこに身を寄せたら良いのかが分からない。

 自分の周りで艦娘として確かに生きる少女たちを見ながら、蚊帳の外のように感じていた浜風。

 そんな彼女が、唯一人との繋がりを感じられたのが、傷ついた少女たちを介抱した時だろう。

 その時だけは彼女は一人ではなく、そして必要とされていた。

 傷ついた艦娘と触れ合い、寄り添っている間。

 きっとその時だけは、彼女は確かに自分が艦娘だとしっかり思えたのかもしれない。

 その為に傷ついて弱っている人を見ては近寄りは面倒を見た。

 自分を頼ってくれるのが嬉しかったし、自分が艦娘でいられるから。

 そして彼女たちが完治して、自分から離れていくのが寂しかった。

 自分が艦娘か深海棲艦か分からない浜風は、どこでもいいから居場所が欲しかった。

 中途半端な自分を求めてくれる人が欲しかった。

 曖昧模糊な自分を欲してくれる人が嬉しかった。

 本当は誰よりも浜風が一番、手を差し伸べて欲しかった。

浜風「……」

 雪風の傍には、阿賀野達が寄り添っている。

 そこに自分がいられないのを、惨めだと思っているのだろうか。 

浜風「……提督。私は、間違っているのでしょうか」 

 遠目に雪風たちを見ながら、そう呟く。

提督「間違ってはいないと思う」

浜風「本当に?」

 人を助ける事に快感を覚える、と言う言葉。

 それは嘘ではないし、そのまま全てが本心でもないのだ。

 誰かを助けることで、その人に求められる事。

 その間だけは自分が艦娘でいられる事。

 その時だけは居場所を見つけられているような気がして、それを悟られたくなくて、きっとそんな言葉で飾るのだろう。



提督「君がどういう気持ちで、どういう目的を持っていようとも。誰かを守って、助けてきた事は事実だ」

浜風「……」

 自分の居場所を得るために、自分の肩書きを得るために。

 その為に人を救う事は、間違っているだろうか。

 救われたい者が他人を救う事は、非難される事だろうか。

提督「全くの感情も目的もなく、“救うため”だけに人を救える人なんてそうはいない」

 誰かを救う事で自分も救われる。それを求めて縋る事を、果たして偽善と呼んでしまって良いのだろうか。

提督「少なくとも、君が助けた人たちは、君に感謝しているはずだ」

 睦月がその最たる例だ。

 今でも睦月は浜風に変わらず接している。

 浜風が心の傷から立ち直った艦娘に興味をなくすのは、恐らくはそうする事で自分を保っていられるからだろう。

 傷が治り、その人が艦娘として立ち直る事で、浜風は自分が再び曖昧になる事を恐れている。

 寄り枝を失って墜落する前に、自分から羽ばたく事で難を逃れようとしているのだ。

 そんな浜風にも、今まで通り睦月が接している事が、浜風に対する解答に他ならない。

提督「君がどう思おうと、少なくとも君と君が助けてきた艦娘達の間には絆がある」

 そしてそれは居場所となり、証明になる。

 浜風が、そこにいて良いと言う立派な証拠に。

浜風「……、でも。私は艦娘じゃないかもしれませんよ。今は大人しくしているだけで、もしかしたら睦月や、誰かに手を掛けるかもしれない」

提督「今まで君に、そんな欲求はあったか?」

 首を横に振る。

 それでも浜風の言葉は変わらず、少しだけ語気を荒めた様子で再度続けた。

浜風「それは偶々今までがそうだっただけで、今後もそうとは言えません」

 深海棲艦の生態は、未だ全てが解明されたわけではなく、むしろ謎の方が多い。

提督「君は立派な艦娘だ。深海棲艦が艦娘を助けた例は無い」

浜風「それも、偶々かもしれません」

提督「君の血は赤かった。深海棲艦は青い」

浜風「それも!」

 遮るように、浜風が強く否定した。

浜風「それも、確かな証拠にはなりません。深海棲艦の血が必ずしも青いだなんて、証明されたわけではないんです」

 深海棲艦は、艦娘を捕食する。

 そして捕食した艦娘の姿を模する。

 それが外見だけでなく、血の色や身体の構造までもそう変化させるのだとしたら。

浜風「……私が、艦娘を食べた事があるとしたら」

提督「……」

浜風「それでも提督は、私を艦娘だと言いきれるのですか?」

 弱く、浜風が項垂れるようにそう呟いた。
 


提督「確認するが。今言った、君が艦娘を捕食したと言うのは、確かな事実か?」

 俺の問いに一瞬だけ浜風が思慮を挟み、そして答える。

浜風「……、私の中での最初の記憶は、海の上でした。酷く体中が痛んで、実際傷だらけでした」

浜風「目を覚ました直後で、記憶が完全に保管されているわけではありませんが、その覚えはあります」

 艦娘が新しく誕生するのは、恐らく殆んどが建造によるものだ。

 海の上で建造するはずも無く、言ってみればそれは浜風の記憶の、海の上でのものよりも以前の部分がなくなっているのかもしれない。

 しかしもしも浜風が深海棲艦で、そこで艦娘を捕食したのだとしたら。

 確かに彼女の艦娘としての記憶は、そこからになるのだろう。

 或いは、捕食した艦娘の記憶も得る事ができるのであれば、また話は変わってくるのだろうが。

浜風「……、それに、この右目。これが良い証拠です」

 そういって浜風は手で髪を持ち上げる。

 普段は隠れている右眼が見えた。

浜風「捕食した艦娘の目を、ここに埋め込んだ記憶があるんです」

 眼窩に目を埋め込んだだけで視力が復活するわけではない。

 その目が見えているのかは定かではなかったが、逆に言えば、見えていないことが彼女の言葉を裏付ける証拠になるのかもしれない。

 しかし、だからと言って浜風の言葉が全て正しいとも思えなかった。

提督「君の記憶が、混濁している可能性もある」

浜風「それは……」

 浜風の言葉が確かならば、少なくとも彼女は海上で傷だらけになっていたということになる。

 海上でそんな事になる理由など、数えるほどしかない。恐らくは戦闘をしていたのだ。

 深海棲艦相手に砲撃を受け、それで記憶が混濁した可能性はある。

 その際に誰か別の艦娘が深海棲艦の餌食に遭い、それを見て誤った記憶を上塗りしてしまったとしても、否定は出来ない。

 浜風の言葉が真実としても嘘だとしても。

 浜風の記憶が本物としても偽だとしても。 

 いずれにしても、それを理由に彼女を遠ざけるつもりは、全く無かった。

 それはきっと、今の彼女があまりにも儚げに見えたからだ。

 止まり木を失い、弱い羽ばたきを繰り返す浜風。

 ここで彼女を突き放してしまったら、一生彼女は救われない。

 それが例え浜風の言う義務感だとしても、それで彼女が守れるのであれば、それで良い。

提督「浜風。俺はやはり、君を守りたいと思う」



↓4 わりと大事な選択です。

1.君は誰がなんと言おうと艦娘だ

2.君が深海棲艦だろうと、俺は君を受け入れる

3.君が艦娘なのか深海棲艦なのか、一緒に見つけよう

今日はここで終わりです、おやすみなさい。
一番面白い選択肢になりましたね。

あ、そうだ(唐突)
睦月の好感度150の小話ですが、作中が丁度ホワイトデーなので、いつものごとく手料理の出来映えをコンマでとりましょうか
↓1でどうぞ。


提督「君が、自分の事をどうしても艦娘と思い切れないとして」

提督「例え本当に、君が深海棲艦だろうと、俺は君を受け入れる」

浜風「……」

 浜風を守らなければいけない。彼女に止まり木を添わせなければならない。

 彼女がそれを望むかどうかは分からないが、少なくとも何かをしてあげたい。

 そう思い、俺は彼女にそう告げた。

 浜風の心の悩みは、睦月でさえ知らない。

 俺だけが知っているそれを、俺が受け入れてあげなかったとしたら、どうするというのだろう。

浜風「……ふ」

 少し浜風が息を吐き、そして笑った。

浜風「ふふっ、そう、ですか」

 そしてそのまま十数秒ほど微かに笑いながら、一度深く息を吐いた。

 傘の柄にこめられた力が、ふっと抜ける。

 くるくると、雨粒を転がすように傘を回した。

 そして俺を見る。

浜風「提督って、変な人ですね」

 先ほどの、遠く雪風を見ていた時の焦燥に駆られた表情はなくなっていた。

 代わりに浮かべたのは、微笑みだ。

 いつも二人の時に見せる、甘い毒を振りまくような深い表情にも見えるし、そうでもないようにも見える。

 穏やかで、少しだけ安心したような。

 それでいてどこか影を裏に灯したような、そんな不安定な揺らめきだ。

 その表情が、どんな心理を表しているのかは、今一読み取れない。

提督「変、か」

浜風「ええ」

 だけれど、どこかで一度だけその表情を見た気がして、考える。

 考えて、思い返して、そして思い当たった。

 それは、以前北の鎮守府と演習をしたときのこと。

 実弾を誤って身体に受け、海に倒れたあの日のこと。




──私の血って、赤いんですね

 

 そっと自分の身体に指を這わせ、付着した血をどこか感慨深げに見ながらそう呟いたあの時。

 あの時の彼女は、何故か少しだけ安心したような……もっと端的に言ってしまえば、救われたような。

 そんな風な、囁きだった。

 それはきっと、自分の血が艦娘と同じ赤色だった事に、喜びを見たのだろう。

 艦娘を助けている間だけは、自分の居場所を確認出来る彼女。

 そんな彼女が、そんな助けを必要としなくても自分を確立できる一つの要素。

 それが、流した血の色だった。

浜風「だって、私を深海棲艦だと言うのに、それでも受け入れるだなんて、おかしいじゃないですか」

提督「……」

 だとすればそれは。

 彼女にとって、自分の居場所が分からず迷うのと同時に、もしかしたら背中を一つ押して欲しかったのかもしれない、と。

 今更ながらにそれを思った。

 遅まきながら、遅すぎたけれど。

 そんな事を、思った。

浜風「ここは鎮守府ですよ。それなのに、深海棲艦を受け入れるだなんて、普通じゃありません」

 自分の居場所が欲しくて。自分の立ち位置が欲しくて。

 仲間を看取る間、自分の血を流す間、どこかで自分を艦娘だと必死に思い込もうとしていた彼女の、その震える背中。

 それを少しでも押してあげられなかった今、目の前にある彼女の背中は、近いはずなのに空虚なものに見えて仕方なかった。

浜風「それに、提督。他の誰でもないあなたがそれを言うのが、本当に普通じゃないんです」

提督「……」

 薄く微笑む浜風。

 雨は傘を叩く音さえ聞こえないほどに弱い。

 それはきっと彼女の羽ばたきのようだった。

浜風「二十何人も深海棲艦に殺されて、あんな辺鄙な鎮守府に追いやられて、それでもまだそんな甘い事言えるんですね」



浜風「深海棲艦が憎くないんですか?」

提督「それと、君を守る事は別だ」

浜風「同じですよ。だって私は深海棲艦なんですから」

提督「……」

浜風「まさか、提督にとっては、もう亡くなった鎮守府の仲間は過去のもので、関係ないのでしょうか」

提督「そんなはずはない」

浜風「……」

提督「……」

浜風「……」

 少しだけ首をかしげて、浜風が呟く。

浜風「怒らないんですね」

提督「……」

浜風「前から、感情の出ない人だなとは思っていましたけど」

 試すような浜風の言葉には答えずに、告げる。

 傘をずらすが、雨はふとんど身体を濡らさなかった。

提督「……俺は、深海棲艦を憎んではいない」

 確かに、深海棲艦に仲間を殺された。

 生きている仲間の中にも、未だに傷を負ったままの艦娘も居る。

 そして俺は彼女達のそばにいることさえ許されず、今の鎮守府に追いやられた。

 だけれどそれは、俺の責任である。

 それを棚に上げ、深海棲艦を憎むのは、間違っている。

 俺にできるのは、誰かや何かを憎むより、それを取り戻したりやり直す事なのだと思う。

 かつて鈴谷に聞かれて、そう答えたように。

 失った日々は、憎んでも取り戻せない。

浜風「普通はそう思っても、本当にそのまま動けないんですよ」

浜風「どこかで心が軋んで、どこかで心が腐るんですよ」

浜風「それが出来るのは、機械みたいなものです」

 そっと浜風が隣に立った。

浜風「艦娘みたいな深海棲艦と、機械みたいな提督」

 表題をつけるように、そう囁く。

浜風「いつか、私達は似てるようで似てないと言いましたけど」

 甘い毒も、粘ついた蜘蛛の糸もなかった。

浜風「似てないようで、やっぱり私達、似ているのかもしれませんね」


 それもまた、もしかしたら彼女の願望で、止まり木なのかもしれない。

 傘を閉じた俺の代わりに、浜風が傘を添える。

 寄せた身を一度揺らしたのは、衣擦れしたからだろうか。

 似ている誰かに寄り添う事さえも、浜風には居場所の代わりになる。

 そして代わりではなく、本当に居場所を求めて、浜風がそっと肩をくっつけた。

浜風「提督。睦月や榛名さんを救えたとき、何を思いましたか?」

 言葉の意味を測りかねて、返答せずにじっと前を見据えたままでいると、くすりと浜風が笑った。

浜風「睦月や榛名さんを通じて、亡くなった子の事を考えたりしませんでしたか?」

提督「……」

 今度は、返答に窮して。言葉に詰まって、何もいえなかった。

 失った日々は取り戻せない。

 だからせめて、今出来る事を精一杯こなし、やり直す。

 そしてそれは、浜風の言葉どおりのものだった。

 救う事のできなかった大和達へのせめてもの報いとして、睦月や榛名を守りたいと思った。

 睦月を通じて大和達を見て、榛名を通じて金剛達を思った。

 間に合わなかった救いの手と、届かない救いの手を、どこかに伸ばさないと、自分が辛かった。

浜風「かさぶたは剥がしたくなるじゃないですか。水ぶくれは潰したくなるじゃないですか」

浜風「それは、どこかで傷を好んでいるからなんですよ」

 睦月の心の傷に触れ、それに昔を思い出し、自分も心を痛める。

 榛名の心の傷を抱き、それに昔を思い出し、自分の心が傷つく。

浜風「心の傷は、どこかで快感が伴うものなんです」

 心の傷は目には見えない。だからこそ、どうすれば痛むのかを無意識に選び、探る。

 その結果、痛みだけでは耐えられない苦しみを和らげるために、快感を伴わせる。

 それが、手を伸ばしても届かない過去であれば尚更。

提督「……俺は、違う。そんなつもりはない」

 記憶の中で笑い、傷つき、死んでいく仲間たち。

 そこに、浜風の言うようなものがあるとは、自分は思いたくなかった。

浜風「無意識で良いんです。無意識に、自分が楽になる道を探すくらい、良いんですよ」

浜風「人を救うだけで、救う事だけに目的を持つ人なんていないんですよ」

浜風「せめて誰かを救ったときくらい、報われて良いんですよ」

提督「浜、風」


浜風「提督。傷を舐めあうのでも、心を擦りあうのでも、体を慰めあうのでも、構いませんよ」

浜風「楽になりたければ、いつだって言ってくださいね」

浜風「それが、私が居場所を貰う代わりのようなものですから」

提督「……」

浜風「私達は、似ているんですから」

 浜風の視線は、海に向いたままだ。

 その海の上では、雪風たちが一通りの活動を終えたのか、鎮守府に戻るところだった。

 恐らくは出撃などではなく、雪風の身体の状態を確かめていたのだろう。

 それも終わり、手を引かれて雪風が戻っていく。

 それを眺めながら、ふっと浜風が再度口角を上げた。

 諦めのような、決別のような。そんな寂しそうな表情だ。

 事実彼女は、寂しいのだ。やるせないほどの虚無感と、実態のない自分に潰されそうな圧迫感で、苦しんでいたのだ。

 それを今、彼女は一つの形で答えを出した。

浜風「ここが、私の居場所……」

 消えない寂しさと、たった一つの止まり木。

 彼女をそこに導いたのは、正解だったのか。

 ……それは、分からないけれど。

 この罪悪感にも似た焦燥は、一体どうするべきなのだろう。




【浜風の好感度が60を越えました】
【浜風の立ち位置が「深海棲艦側」になりました】
【浜風のYPが1になりました】
【艦載機を獲得しました】

4ぐらいでも良いかと思ったけどさすがにやめました

>>640で1を選んでいると真っ当なお話でした。3はそのまま今後次第なのでなんとも言えない、まぁ現状維持みたいな感じでした


睦月「はー、出撃も終わったし、牛乳でも飲もうかなっと」

 誰に言うでもない独り言を呟きながら、そういって厨房にやってきたのは睦月である。

睦月「牛乳牛乳……」

 花も恥らう乙女である彼女は、少しだけ自分の身長(と、胸部装甲)が気になっていたりする。

睦月「それもこれも、夕立ちゃんと浜風ちゃんが駆逐艦らしくないのが悪いのです……」

 同じ駆逐艦の夕立も浜風も、何故だか自分よりも発育がよろしい。

 潜水艦の伊58にしたって、実は案外脚線美を誇っているし、鈴谷や加賀、榛名は最初からレベルが違う。

 唯一張り合えそうな相手は、せいぜい清霜だろうけれど、それでも多分比べたら勝てないだろう。

 そうなると、周りの発育がよろしいのではなく、むしろ自分の発育が悪いのではないかと思い始めた睦月なのだった。

 ぶつくさとそんな事を言いながら、お約束とばかりに牛乳を求める。

 ついこの間買った、一リットルの牛乳がまだ半分は残っていたはずだ。

睦月「牛にゅ……う!?」

 冷蔵庫の扉を開けて、そして睦月は固まった。

 何故かそこには、一リットルの紙パック牛乳が五本もあった。

 いや、睦月の飲みかけである牛乳も入れると、六本か。

 いずれにしても、同じ包装の紙パックがずらっと扉側のスペースに並んでいるのだ。

睦月「これは一体……」

 まさか、あまりに牛乳を求めるあまりに自分でも知らないうちに買い占めてしまっていたのか。

 だとしたらさすがにイカれてる、と睦月は思ったが、しかしそんな記憶は無い。

 誰かが買ったにしても、いくらなんでも多すぎる。

睦月「……」

 そして睦月に予感が走った。

 あまりに嫌な、嫌過ぎる、そして恐らくは当たっている予感である。

 もはや予感というよりは確信に似たものだった。

提督「睦月か」

 食堂に、提督がやってくる。

 睦月がゆっくりと、嫌そうに振り向く。

睦月「提督。この牛乳は」

 聞きたくはなかったが、しかしそうしないわけにもいかない。

 万に一つの可能性で外れていてくれたら、と睦月は半ば祈るが、しかしやはり提督は首を縦に振った。

提督「ああ。安かったからな」

睦月「……」

 財布の紐も締めないとだめか、と睦月はひそかに思ったのだった。

>>714
立ち位置は固定で変動はもう無い感じ?


睦月「安かったからって買いまくっても、結局飲みきれないで捨てる事になるじゃないですか……」

提督「何も飲むだけじゃない、料理に使えば減るだろう」

睦月「うーわー! うーわー!」

提督「な、なんだ」

睦月「牛乳とか、提督みたいなレベル1の初心者が使ったら絶対失敗する材料三位くらいじゃないですかー!」

提督「三位……そんなに高いのか」

 むしろ残りの二つはなんだろう。

睦月「今適当に言ったので考えてませんよ、バルサミコ酢とかそんなんですきっと」

 何だか投げやりだな……。

睦月「提督は料理が下手なんですから、せめて普通の材料で普通の料理を作るところから初めて欲しいのですよ」

睦月「どうして下手に難しいものに取り組もうとするんですか?」

提督「あまり下手下手といわないで欲しいのだが」

提督「ただ……」

睦月「ただ?」

提督「ここ最近、やけに牛乳を飲んでいたからな」

睦月「……う」

提督「だから、牛乳で料理を作れば睦月が喜んでくれるかと思ったのだが」

睦月「うー、もう」

睦月「……。仕方ないのです」

 そういうと、いそいそとエプロンをしだした。

睦月「牛乳料理、ですね。ちゃんと睦月の教えたとおりにしてくださいね?」

提督「分かった」

睦月「睦月の教えたとおりに、ですよ? アレンジとかなしですからね?」

提督「分かった」

睦月「じゃあ、そうですね……。三月ですし、菜の花と鶏肉を使って、スープパスタを作りましょう」


睦月「材料は全部二人分で、パスタ麺が120……140くらいにしましょうか」

提督「もう茹でるのか?」

睦月「うにゃ、麺は茹でません」

提督「茹でない……のか?」

睦月「まぁ、後ほど。他は、菜の花100グラム、鶏肉……モモですね。一枚」

提督「200グラムくらいか」

睦月「はい。玉葱半分、牛乳350mlです。後はまぁ、お水とか塩はその都度言いますね」

提督「最初は何をするんだ?」

睦月「まずはお鍋に水を張って、沸かしてください。菜の花を茹でます」

提督「分かった」

睦月「その間に鶏肉と玉葱を切ります。あんまり大きいと食べづらいので、3cmくらいですかね。玉葱は薄切りです」

提督「よし、切るのは任せてくれ」

睦月「それは出来るのに、どうして味覚が壊滅的なのでしょうか」

提督「俺はそう思ったことはないんだがな……。沸騰したぞ」

睦月「菜の花を入れてください。あんまりしなしなになるまで茹でないでくださいね」

提督「固め、か」

睦月「はい。茹でたら、冷水で締めて、水気を取って三等分です」

睦月「牛乳と、あとお水を200ml、それとお塩と小さじ半分くらい。これをボールで混ぜ合わせておきますね」

提督「それがスープになるのか」

睦月「そうなのですよ。さて、フライパンにごま油をひいて、玉葱、鶏肉の順に入れます。玉葱の水分がありますけど、一応鶏肉同士がくっつかないように気をつけながら……2分か3分くらいいためます」

提督「菜の花はどうする?」

睦月「醤油とごま油を小さじ1入れて混ぜ合わせてください」

睦月「フライパンの方に、さっきの牛乳のボールを投入です」

提督「おお、なるほど」

睦月「それでここに、乾麺のままのパスタ麺を入れます。茹でるとここでさらに火が入ってふにゃふにゃになるのです」

提督「なるほど」


睦月「麺をほぐしながらよーく混ぜて、弱火でじっくり10分です。蓋を閉めて待ちましょう」

提督「最後にこの菜の花を合わせるんだな」

睦月「はい」

提督「……」

睦月「どうしました?」

提督「いや、なんというか」

睦月「? 覚え切れませんでしたか?」

提督「いや、そうではなく。むしろ逆と言うか」

睦月「……提督。変な事考えてるんじゃないでしょうね?」

提督「いや、そうじゃない。ただ、ほら、彩りが菜の花だけだと寂しいだろう」

睦月「そう言うのはもっとレベルが上がってからにしてください、まだ駄目です」

提督「駄目か」

睦月「駄目です」

提督「なら、もう一品作ろう。良いマグロを買ったんだ」

睦月「そういうのは先に言ってくださいよー!」

提督「今思い出した」

睦月「もう、どこですか、チルドですか」

提督「ああ。オススメと言われて、つい何となく買ってしまった」

睦月「ごっ……五百グラムも買って何するつもりですか、廊下の穴でも埋めるつもりですか!」

提督「食べ物を粗末にするのは良くないな」

睦月「百年の恋も冷めそう!」

 ぷんすかと足踏みをしながら、冷蔵庫を漁る睦月。

睦月「まだ変な物買ってないでしょうね?」

提督「牛乳プリンを作ろうと……」

睦月「ふかーっ!」

 猫の様に喚き、冷蔵庫を開け閉めする。

 その行動に何か意味があるのだろうか。

睦月「なーいーですよ! 意味ないです!」

途中ですが今日はここでおわりにさせてください。

>>731
よほど安価が積み重なってそうせざるを得ない場合を除けば、ほぼ確定です
>>515に頂いた絵の通りになりましたね浜風さん

睦月はまだ自閉症で貧血気味のひよこのぬいぐるみを持ってるのかな?

すみません、今日は更新出来ません。

>>793
「改めてまともになって見てみると、そんなに可愛くないんじゃないだろうか?」と思ったり思わなかったりしながら枕元においてます。
ぬいぐるみ、大事なアイテムです。


睦月「牛乳と胡麻だれのマグロマリネです!」

 変わらず猫の様に高い声で、鼻息荒くもう一品を作り上げた睦月である。

 途中からは教えてもらうというより、さっさと睦月が作ってしまったので、残念ながらマリネに関しては作り方は覚えきれなかった。

 ただ、おおよその動きは分かったので、思い出しながら補完すれば何とかなるかもしれない。

睦月「マリネだからってお酢を使えば良いとか思ってませんか?」

 見透かしたように、というか、事実俺の心を読み解いて睦月がそう半眼でじとりと見やった。

提督「違うのか」

 肉や魚、それにあわせる野菜をお酢やレモン汁に漬ける料理。そういう認識だったのだが。

睦月「知識はちゃんとあるのに……」

 ややため息を吐きながら首を振る。

睦月「今回お酢は使ってないのです」

 確かに台所にお酢は見当たらない。恐らくは漬ける酢の代わりに胡麻だれを採用したのだろう。

睦月「マグロは10秒だけお湯に通して、すぐに冷やします。表面だけ湯がくような感じですね」

 臭みもとれるし、歯ごたえや見た目の変化にも富む。

 また、サラダにあわせるので、そのままの柔らかいものよりもこの状態のほうが向いているだろう。

睦月「生姜は千切り、みょうがは半分にした後斜めに薄切りです。シソは手で小さくちぎるので十分です。これを全部あわせて水に晒しておきます」

 本当は香草を一つ入れたかったんですけど、と付け足した。冷蔵庫にないので今回は省いたようだ。

提督「バジルか……ベビーリーフあたりがいいだろうか」

睦月「本当に、知識だけはちゃんとあるのににゃあ」

 頭を抑えて愚痴る睦月であったが、気を取り直して出来たマリネを器に盛り付けながら説明を続けた。

睦月「練り胡麻に、砂糖と山葵、それから塩を加えて練り混ぜて、そこに牛乳を少しずつ混ぜます」

 全部を纏めて入れてしまうと、混ざりきらずに味がばらついてしまう。

 よく菓子作りで、卵と小麦粉や牛乳を混ぜ合わせる時に、数回に分けて投入する事でダマの発生を防ぐのに似ている。

睦月「にゃあ、ほぼ同じ意味です」

 キッチンペーパーで水気を取ったマグロを切り分け、同じくざるにあげて水分を切った生姜達を散らす。

提督「最後にこのたれをかけて出来上がり、か」

睦月「冷製ですし、たれを馴染ませる意味でも、10分くらい冷蔵庫に入れておきましょう」

提督「それは丁度良い」

睦月「丁度良い?」

 冷蔵庫にマリネを入れ、次いで違う扉を手前に引く。

 冷凍庫の一つ上の段、そこにおいてあったものを出す。

睦月「……この流れ、嫌な予感しかしないんですけど」

提督「実は、デザートを作ってあるんだ」

睦月「やっぱりそういう流れじゃないですかー!」


睦月「デザートはまだ作ってないって言ってませんでしたっけ? ねぇ?」

 詰め寄りながらそう尋ねる睦月。きっと牛乳プリンの事を言っているのだろう。

提督「確かに牛乳プリンはまだ作っていない。だが、何も甘味を作っていないとは言っていない」

睦月「悪徳弁護士みたいなことを……!」

 別段嘘をついたわけでも隠していたわけでもなかったのだが、何故だかむくれながら睦月が、抗議するようにぺしぺしと俺の二の腕辺りを軽く叩いた。

 叩いたといっても、痛みは無い。じゃれ付くように触り、そして実際にじゃれ付くか如くくっつく。

 先ほどは怒り、少し前はむくれ、今度はくっつく睦月の表情は忙しい。

 恐らくは怒るといっても、睦月のそれは本気のものではなく、単に感情表現の触れ幅が大きめなのだろう。喜怒哀楽の表現がはっきりしているのだ。

 笑うときは笑う。泣く時は泣く。怒る時は怒る。

 今までは、何があっても笑う事しか出来なかった睦月。

 それをやめ、元に戻った本来の彼女がこうなのだろう。

 あるいはもしかしたら、少しだけその時の反動があって、感情表現が豊かになっているのかもしれない。

 とはいえ、いずれにしても。

 笑うだけのあの時よりも、今の睦月の方が愛らしい。

提督「ああ、いや。世間一般では、この週末がホワイトデーじゃないか」

睦月「そうですけど」

 何か言いたげに少しだけ口を尖らせる。

提督「睦月にチョコレートを貰った返しだから、同じく手料理にしたんだ」

睦月「気遣いが分かるだけに断れない……ぐぬぬ」

提督「そういうわけで、これを食べてくれ」

 スーパーの袋、そしてタッパーに入れて保冷しておいたそれを取り出す。

 やや薄い茶色の、横に長い直方体。

睦月「……」

提督「どうした、睦月?」

睦月「いや、あの。これ」

提督「ああ」

睦月「チョコレート……では、ないですよね?」

提督「ああ」

提督「小豆と牛乳の羊羹だ」

睦月「駄目ですってぇ……和菓子とか菓子類で一番ハードル高いじゃないですかぁ……」

提督「抹茶の夏氷もあるぞ」

睦月「心遣いが痛い……!」


 マリネとスープパスタ、そしてデザートを食べ終わり。

 洗い物をして、お茶を一杯飲み終えて、十分ほど休んでもなお。

 微妙な表情をしたまま、睦月がむぐむぐと口を動かしていた。

提督「まだ駄目か」

 こくりと睦月が頷く。

 やや眉を顰め、時折笑窪を作るように頬にきゅうと力を入れる。

 奥歯に物が挟まったような、という比喩表現を実際に体現しているのを見ると、確かになんとも言えない表情だ。

提督「……すまない」

睦月「いえ、良いんですけど。……とれない」

 言うまでもなく、睦月の微妙な表情の原因は、俺の作った菓子である。

睦月「端的に、簡潔に言って、硬かったです」

 牛乳と小豆の羊羹。

 どうやら寒天が多かったらしい。そのせいで火にかけたさいに溶けきらなかったようだ。

睦月「あと、多分ですけど、沸騰してすぐ火を止めたんじゃないですか?」

提督「駄目なのか」

睦月「出来れば、沸騰してからももう一、二分煮立てたほうが良かったです」

 今回のように量を多くしてしまったのなら尚更だ。

睦月「最初びっくりしました。歯が中々入らなくて、滅茶苦茶硬いキャラメルでも齧ったのかと思いましたよ」

提督「そんなに硬かったか」

睦月「虫歯があったら速攻で抜けてましたね」

 正直に言うと、包丁で切り分けた時点で既に俺と睦月の間に、微妙な空気は流れていた。

 素直に包丁が入らずに一度止まった瞬間、二人して目を合わせたのだから。

 目に見えた地雷を踏みに行った様なものだ。

睦月「提督が作ったのでなかったら食べてませんでしたよ」

提督「いや、その。……、すまない」

 同じ謝りの繰り返しではあるが、そう言う他にない。

睦月「抹茶の夏氷も、味が殆んどありませんでしたね。薄めすぎたカルピスみたいな感じでした」

 感じと言うか、文字通りそのままである。

提督「牛乳を少し多めに入れてしまったから、水をかさ増ししたんだが。それがダメだったみたいだ」

睦月「それするなら、抹茶と砂糖も足さないと意味ないのですよ」

睦月「……、……。むわぁん、歯に詰まって取れない!」

 寒天か小豆か抹茶か、分からないが睦月がそう言って隣で頭を振る。

 頭を振ったって、歯に詰まったものが取れるわけではないのだが、睦月とて本当にその為にそうしているわけではないだろう。

提督「歯を磨いてきたら良い」

睦月「そうしまぁす」


睦月「……」

 ぴたり。

 立ち上がったところで、何故か睦月が立ち止まる。

提督「……? どうした睦月」

睦月「いえね? ほら、提督のお菓子、お世辞にも上手に出来たわけではなかったわけでですね?」

 改めて言われると何と言うか、やはり申し訳ない。

 お返しのために作ったのに、お返しになっていないような気がしてならない。

睦月「なのでっ」

提督「くっ」

 三度目だからか、すんでの所で察知して睦月の体を抱きとめた。

 眼前一杯に睦月の顔と甘い香りがする。

睦月「ぐぬ、ぬ……! 何故止めるんですか……!」

提督「何故近づく……!」

睦月「お口直しですよお口直し!」

提督「やはりか!」

 椅子に座ったままの俺と、その横に立った状態の睦月。

 右側から顔を寄せた睦月の肩と額に手をやりながら、突進するように唇を近づける彼女を止める。

睦月「くぬぬ……!」

提督「離れるんだ……!」

睦月「嫌じゃ!」

提督「じゃってなんだ……!」

 体を少し捻るようにして迫る睦月だったが、その体勢が辛くなったのか、ふっと力を緩める。

 観念して諦めたかと思ったが、次の瞬間には再び睦月が顔を近づけた。

提督「!?」

睦月「ふかーっ!」

 飛び乗るように、俺の膝の上に座る睦月。

提督「待て、待て!」

 ぶわっと汗が吹き出るのを自分でも感じた。

睦月「およ?」

 とぼけながらも、込めた力は変わらない。

 以前に口付けをしたときも、確かに彼女を抱きかかえた事はある。

 が、それは何と言うか、横向きの状態だった。

 それが今は、ほぼ完全に向き合っているわけで。

提督(これは非常にまずいのではないだろうか……!?)


 俺の両足の間、椅子の上に右ひざを立て、反対の足は床を踏みしめたまま。

 抑える俺の両肩にそれぞれ手を当て、迫る睦月。

睦月「ふぬぬ、にひぃ」

 じりじりと持久戦に入り、変なスイッチでも入ったのだろうか、息荒く変な声で笑い始める始末である。

 艤装をつけていない状態の彼女に対して、どうしてここまで苦戦しているのかと逡巡したが、やはりそれは体勢のせいだろう。

 完全に椅子に腰を置いた俺と、それをやや上から覆い被さるように制しようとしている睦月。

 擬似的な身長差が生まれてしまっているために、上手く抵抗できないのだ。

 思い切り暴れるなりすれば逃れられるかもしれないが、それで彼女が怪我をしてしまっては困るし、元を辿れば俺の失敗した料理というのもあるので、そういう行動に出るのは気が引ける。

 この状態の睦月を説得できるのかどうかは定かではないが、それくらいしか思いつかない。

 あるいは誰かがここを通れば、さしもの睦月も離れるだろうが、その場合今は乗り切れても絶対に後の展開が嫌な方向に行くのは確かだった。

 夕立か榛名だけならまだ説明できるとして(それでも恥ずかしい思いをするのは確かだが)、加賀や浜風あたりに見られたらたまったものではない。

 ましてや鈴谷に見られた日には、間違いなく遺恨が残る。

 そういう意味では、このまま持久戦をするのも得策ではない。

 睦月に押し切られても負け、長引いてもほぼ負け。

 そして睦月は説得に応じる気は殆んどないという、勝ち目のない勝負だ。

睦月「ぬっふっふ……!」

提督「ぐぐ……!」

 そんな事を考えているうちに、段々と睦月に押され始めてしまっていた。

 状況が睦月に傾くほど、睦月がマウントポジションを取るが如く覆いかぶさる。

 睦月の額を押さえていた腕が折れ始め、その分顔が近づく。

 同時に身体も密着し、体温を感じる。

 牛乳のフルコースだったせいか、珍しく甘い香りの中にそんな匂いが混じった。

提督「くっ……!」

 睦月を支える腕が震え、力が抜けていく。

 長く力を込めていたので、もう限界だった。

 そしてきらりと睦月の目が光り、唇が釣りあがった。

睦月「にゃひひ、貰ったぁ、あ!?」

 頭突きでもするかのように、睦月の顔がこれ以上なく近づいた。

 と同時に。

 体重を加えすぎて、バランスを崩したことで、椅子ごと二人して後ろにすっ転んだ。

睦月「ふにゃ、ぐえっ」

 ぐるりと視界が睦月から天井に変わった。


 幸い床に額を打ったりはしなかったものの、椅子に乗っていなかった左足だけは床にぶつけたようだ。

提督「大丈夫か?」

睦月「およよ、あんよが痛いのですよ」

 睦月の額に手をやったままだったのを思い出し、手を放す。

 そのままぽすんと俺の胸に顔をうずめて、匂いをこすり付けるようにぐりぐりと額を動かした。

 かと思うと、急に顔を上げる。

睦月「あ」

提督「今度はどうした」

 二回ほど指で自分の唇を指し示し、口をほんの少しだけ開いて閉じる。

睦月「取れました」

提督「……あ、ああ。そうか」

 口の中を思い切り見せるのは恥ずかしかったようだ。

 半ば錯乱していたようだったが、そこまでは我を忘れていなかったらしい。

 出来ればその自制心をもう少し早く見せて欲しかった。

睦月「ん、ん。うん。取れました」

提督「それは良かったな」

 この状況は良くないが。

提督「じゃあどいてくれないか」

睦月「ん?」

提督「ん?」

睦月「……」

提督「……」

睦月「ん?」

提督「わざとらしく首を傾げても駄目だ」

睦月「駄目、かにゃぁ?」

提督「駄目だ」

睦月「うにゃあん……」

提督「猫撫で声を出しても駄目だ」

睦月「あれも駄目これも駄目って、姑ですか!」

提督「何故俺が怒られるんだ……!?」


睦月「思ったんですけど」

 こほん、と咳払いをして、睦月が話す。

 出来ればどいてからにして欲しかったのだが、ふざけた様子の抜けた表情を見て、その言葉を引っ込める。

睦月「提督って、そう言うのが多い気がするのです」

提督「……と、言うと」

睦月「ですから、あれも駄目だとか、これも駄目だとか、そういうのです」

睦月「今のこれは抜きにしても、何だかいつも自分を縛ってるみたいですよ」

提督「……」

 少しだけ湿った睦月の声。

 身を起こし、床にぺたんと座ったまま、睦月が続けた。

睦月「提督。笑ったり怒ったり、悲しんだり、しないですよね」

 心配したような、小さな呟き。

 それが嫌に胸の中でこだまする。

睦月「提督のおかげで、睦月は今、ちゃんと笑ってます。笑えるようになりました」

 笑うだけしか出来なかった睦月だが、今言っている睦月の“笑う”とは、本当の意味での言葉だろう。

 少なくとも、以前のような、仮面のように貼り付けたようなものではなく、心の内からそう思えるような。

 楽しいと言う感情や嬉しいと言う感情を、淀みなく映す為の笑顔。

 それを睦月は取り戻した。

 そして睦月が問い正した。

睦月「笑うしか出来なかった睦月もきっと、傍から見たら酷かったでしょうけど。でも、笑う事もできない提督は、それよりもっと……もっと、酷いですよ」

 そっと、睦月が指を伸ばす。

睦月「過去の事を後悔するのは大事です。それは提督にしか出来ません」

睦月「でも、それで提督が壊れてしまったら。それはきっと、亡くなった子達だって、哀しいんですよ」

 いつだって、記憶の薄皮一枚隔てた先に、大和達がいる。

 海を見たって、陸を見たって、外に出たって。

 どこにだって、過去がある。

睦月「提督。今の提督の前に、もし亡くなった子達が現れたとして。ちゃんと向き合って、弔えますか?」

提督「……」

 答えは出なかった。

 肯定は出来なかった。

睦月「ただ弔うだけじゃあ、駄目なんです。ちゃんと、亡くなった子達にそれまで向けていた様な、お別れする前のあなたでなくちゃ、駄目なんです」

 後悔の念、自責の念。

 一日たりとも、それから離れた日はない。

 そしてそう自分を戒め続ける事で、気がついたら今の自分になっていた。 

睦月「心が死んでたら、駄目なんです。生きて、弔うんです」



睦月「ね。提督」

 温もりを頬に感じ、柔らかな掌で包まれる。

睦月「……ね?」

提督「……」

 睦月の言葉は尤もだ。正しい。

 だけれど、だからと言って、言葉どおりに笑い返すことなど、出来なかった。

 深い海の底でも、陸の上でも。

 きっと死ぬその瞬間は、等しく痛く、寒かったに違いない。

 それに近づこうとしているわけではないけれど、まるでそうするように表情を凍らせて過ごしてきた。

 凍て付くような過去と、凍て付いた表情は、まだ凍て付いたまま。

 暦が変わったところで、溶けるわけではない。

 それでも。

睦月「ちょっとずつ、で良いんです。ちょっとずつ、戻っていきましょう」

 時間は巻き戻せない。起きてしまった事を、なかったことには出来ない。

 しかし、過去に寄り添うことは出来る。

 寄り添って、向き合って。

 乗り越える事ならば、出来る。

 そしてそれが本当の意味での、彼女たちへの手向けの花束だ。

睦月「きっと、亡くなった子達も、提督の笑顔が、好きだったはずですから」

提督「……ああ」

 笑いあった日々があった。笑って過ごした日々があった。

 彼女達の華やかな笑顔の中と共に、確かに過ごした日々があった。

 心を殺す事は、恐らく、それさえもなくしてしまう事だった。

 せめて記憶の中だけでも、追想の中だけでも。

 彼女達に寄り添ったあの時のように、笑う事を自分で許してあげたかった。

睦月「ちゃんと笑って、生きましょう。皆のために、あなた自身のために」

提督「……、ああ」

 目尻を下げて、困ったような表情を浮かべた。

 それは本当に困ったわけではなく、潤んだ瞳を堪えるためのものだろう。

 まるで泣く事もしない俺の代わりに、そうしているような。

 或いは、如月や文月、他の知らない子の為に弔っているような。

 そんな哀しい笑顔だった。

 頬を包む手が微かに震える。そんな睦月の手の甲に、自分の手を添えた。

 凍て付いた氷を燃やすような強い炎ではなく、本当にささやかな温もり。

 じんわりと、甘く、温く。

 それでも確かに一滴ずつ溶けた氷の雫が、過去に向かって落ちていく。


睦月「ちょっとだけ。ちょーっとだけ、妬いちゃいますけど。でも、そうしてあげてください」

提督「……、ああ」

睦月「……えへ」

 照れくさそうに睦月が、元より赤い頬を更に染めた。

 笑う度に、顔を綻ばせる度に、甘い香りが落ちてくる。

 そして俺の心から落ちる雫。

 睦月の香り、心の雫。それが混ざって、ろ過するように過去に一滴ずつ落ちていく。

 それが何だか、不思議な感じがして。

提督「睦月」

睦月「はい」

提督「……ありがとう」

睦月「……っ」

 ふっ、と。何かが軽くなった様な気がした。

 それが何かは最初分からずに、ついで目をやや開いた睦月の表情が変わる。

 唇だけ笑おうと動かしながら、大きな瞳から零れる涙。

 そして、雨の降り始めのように落ちた涙を見て。

 そこでようやく、自分が今、笑った事に気がついた。

 そう思ったときには恐らくもう自分は笑い止んでいた、だろう。

 睦月の手に合わせた手とは反対の手で、自分の顔を触る。

 そうしたところで、自分が笑ったかどうかなど分からないのに。

提督「俺は、今」

睦月「は、い」

提督「え、っと。笑った?」

睦月「はい……!」

 何度も頷く睦月。そうするたびに零れる涙が落ちる。

 俺の顔を濡らすそれを、まったく不快だとは思わず、拭う事さえせずに睦月の頬に触れた。

 涙の跡でひんやりと冷たく、その後に伝わる暖かさ。

 その暖かさにまた過去を見て、少し胸が痛んだけれど。

 親指で軽く睦月の目元を拭う。


 過去は消えはしない。

 この先も、何をしたって、何をしていたってすぐ裏側に佇んでいるだろう。

 きっと俺は、それが怖くて、それを見たくなくて。逃げるように表情を殺していた。

 だけれどそれは本当に逃避でしかない。

 過去からも、そして目の前の彼女からも逃げて。

 その先に何もないと言うのに、ただただそうしていた。

 確かにそれは、浜風の言うとおり、感傷に浸っているようなものだ。

 過去と言う傷に触れ、痛む心に酔いしれる。

 そんなつもりは自分になくとも、そうしていると言う事だ。

 そんな事をしても、誰も救われないし、浮かばれない。

 過去を弔う事は、過去と別れる事ではない。
 
 かつての自分で、かつてのように彼女たちを想う事。

 正しく向き合って、正しく過去を抱きしめる事。

 それが大和達に対する一番の弔い。

 そしてそれだけが唯一、自分の心の氷を溶かす方法だ。

提督「睦月」

睦月「……」

 そっと睦月が目を閉じる。

 甘い香り。暖かい体。

 確かな愛情。

睦月「ん……」

 頬に当てた手を少しずらし、首許に回す。

 そして優しく手繰り寄せる。

 迷うことなく、ずっと寄り添っていてくれた睦月の存在。

 それは、過去と同じく忘れてはいけない、大事な存在。

 笑った日々。笑えなくなった日々。再び笑おうと思った日。

 立ち直って過去を弔うと同時に、立ち直って彼女の傍に立つこと。

 それは何より大事な、睦月への想いになる。


 生きて大和達を弔う。

 睦月と一緒に。


 今度こそ失わないように。今度こそ放さないように。

 三度目の口付けは、初めて自分から向けたものだった。



【睦月の好感度が150になりました】


今日はここで終わりです、おやすみなさい。

提督「壊れた艦娘と過ごす日々」
艦娘「壊れた提督と過ごす日々」
>>1「壊れた読者と過ごす日々」

納豆「壊れた料理にされる日々」

壊れてないものはどこにあるんですかねぇ…

>>930
AAAは壊れてるかは五分ってとこだろ!

腹痛でお腹が痛いので、今日は一つか二つ安価をとって終わりにさせてください、すみません


【三月二週 後半】


提督「……」

榛名「提督、おはようございます……?」

 電灯の灯るようになった廊下。

 水道に一枚だけある鏡を見ながら自分の顔を触っていると、訝しげな表情で榛名が首を傾げた。

 誤魔化すように首の関節を鳴らしながら、目線を鏡から外す。

提督「榛名か、おはよう」

榛名「ええと……はい、おはようございます」

 やや逡巡した様子だったが、特別深くは尋ねてくる様子もなかった。

 俺としてもその方がありがたいので、ここは乗っかっておく。

 ……、よもや、鏡に向かって笑う練習をしていたなどと、とても榛名には言えない。

 大の男が情けない事を、と思われてしまいかねない。

榛名「今日は、何をしますか?」

提督「そうだな……」



↓2

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)


提督「おっと。伊58、か」

伊58「うぁ」

 ばったりと廊下で遭遇した。

 今日は良く人と遭遇する日である。

提督「食事か?」

 こくりと彼女が頷く。

 食事は、部屋からあまり出ない彼女が外に出る数少ない理由である。

 話に聞く限りでは、加賀がよく差し入れをしにくるそうだが、彼女も毎回毎食そうしているわけではないだろう。

 いつもは出来る限り人に会わない時間帯を選んでいるのだとしても、空腹の時間ばかりは本人にもどうしようもない。

提督「……そうだ」

伊58「?」

 きょとんと首を傾げる伊58。

提督「いいマグロが余っているから、食べないか」

 昨日料理に使ったマグロは半分ほどなので、まだストックがあるはずだ。

提督「伊58はマグロは好きか?」

 てこてこと、俺の数歩後ろを歩く。

 鈴谷とは理由は違うが、彼女もまた人に対して不信感に近いものを持っている。

伊58「ん……ふつう」

提督「そうか」

 海で惨劇に巻き込まれた彼女を考えると、もしかしたら魚にさえも恐怖を抱いているかもしれないと一瞬危惧したが、それはなかったようだ。

提督「ご飯も朝炊いたのがまだあるからな」

伊58「ん」

 味噌汁も睦月の作ったものの残りがある。

 もう一品くらい何か作ってあげようと思ったが、彼女は俺の知る中でも群を抜いて少食なので、それだけで足りてしまうかもしれない。

提督「まぁ、納豆もあるしな……」


夕立「ぽ?」

 もくもくと口を動かしながらマグロを咀嚼する夕立。

提督「……まさか、全部食べたのか?」

夕立「……あはっ。美味しかったです」

 最後の一切れだったマグロを飲み込みながら、そう高らかに宣言した夕立である。

 テーブルの上にはマグロのあった皿と醤油の小皿、それから幾つかの空容器。

提督「……待て。それは」

 それは昨日睦月に渡した和菓子の残りだ。

 羊羹は寒天を入れすぎて硬くなり、抹茶の夏氷は水分が多すぎて味の薄いものになってしまった失敗作である。

 睦月に渡した分は彼女も律儀に食べたが、実はもう少し残りがあったのだ。

 しかしそれも失敗作だったので、渡せず何となく置いておいたままだった。

夕立「食べちゃ駄目だったっぽい?」

提督「いや、そういうわけではないが」

 食べても良いが、食べても不味い。

提督「不味かっただろう?」

夕立「んー。良くわかんなかったっぽい」

夕立「お腹に入れば一緒っぽい」

提督「そうかもしれないが……」

伊58「ゴーヤのごはん、ないの?」

提督「いや、今俺が作るからな。少し待っていてくれ」

夕立「ええー? 提督さんの作る料理はそこら辺の土を齧るようなものだって、睦月ちゃんが良く言ってるけど」

提督「……」

伊58「ひどいでち」

>提督「まぁ納豆もあるしな…」

納豆常備してるのかwww


提督「食べながらで良いから、少し聞いてくれないか」

夕立「なーに?」

伊58「?」

 茶碗半分以下のご飯と、同じくらいの味噌汁、それから納豆という、彼女が少食と言う事を知らなかったら不安になる量をもそもそと口に運ぶ伊58。

 そして既に食べ終わったはずなのに、冷蔵庫にあった胡瓜の漬物をつまみ食いする夕立。二人が共に揃って首を傾げた。

提督「実は、来月辺りに、そこの街で大規模な工事があるんだがな」

 夕立は睦月から聞いていたようで特別珍しい反応はしなかった。

 対してあまり他の子と関わらない伊58は驚いたようにやや口を半開きにした。

 やはり伊58は知らなかったようだ。

提督「工事自体急なもので、今一良く分からないというのが本音だ」

夕立「あの街が工事になったら、食べ物とか買うの大変になるっぽい」

 陸と海に挟まれた鎮守府ならではの問題だ。

 最寄の街の工事は、やはり生活の利便に大きく影響する。

 買い物の為に海路を伝って、別の街に行くのも現実的ではない。

 その辺りの今後の行動も一つ考えどころである。

伊58「ん、と」

 箸を置いて、伊58が不安そうな表情で見上げる。

 キャベツの味噌汁だけは食べきったようだ。

 一方で納豆とご飯はあれだけ少なかったのに、それでも残したのはもう腹が膨れたのか、それとも話に集中するためか。

伊58「ゴーヤ、たち。追いだ、されちゃう、の……?」

 怯えたような声色。

夕立「えっ、そう、なんですか?」

 遅れて夕立も、その言葉に不安を覚えたようだ。

 先日、鈴谷と共に清霜が街の様子を見に行った際に覚えた疑問。

 それを彼女から聞いて、そこでようやく初めてその可能性を危惧した。

 謎の工事。

 理由も目的も分からないその工事は、確かに言われてみれば、範囲だって噂どおりとは限らない。

 或いは工事範囲くらいは区役所も公表しているかもしれないが、それが土壇場になって変更される可能性だって否定は出来ない。

 なにしろ、何のための工事なのかが分からないのだから。

 もしかしたら、鎮守府も工事に巻き込まれるかもしれないという可能性だって、確かに清霜の言うとおり、起こりえない話ではないのだ。

ううん、やっぱり今日はここで終わりにさせてください、すみません。

先に今日の内に夕立と伊58の好感度上昇のコンマとっておきますね。

夕立↓1のコンマ十の位
伊58↓2のコンマ十の位

でち

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年02月18日 (水) 01:33:58   ID: -vIj72OF

おしい・・・やっと、加賀に艦載機を装備できると思ったら妖精さんに怖がられてしまったか・・・。

2 :  SS好きの774さん   2015年02月21日 (土) 02:23:25   ID: eLlxqg3c

春雨…

3 :  SS好きの774さん   2015年02月22日 (日) 01:15:42   ID: IeV9LlXB

最初と比べると、大分話の雰囲気が変わったな

4 :  SS好きの774さん   2016年09月05日 (月) 23:06:44   ID: CtETrz__

安価が毎度絶望的にやらかしてんな。

ようえたらんでやれるわ。

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